短編小説「茶トラのネコマタと金の林檎」第1話

 

 6畳一間のアパートで探偵事務所を開いている健太は、クライアントにひそかにあだ名をつけて楽しんでいる。


 最初、そのばあさんのあだ名は<魔女>だった。よれよれのブラウスにほこり臭いカーディガンを羽織り、くるぶし近くまである、しわのよった長いスカートをはいている。ブラウスには安っぽいスパンコールがちりばめられ、カーディガンには薄紫の細いライン。スカートには全体に妙なひらひらが付いている。どれもカラスみたいに真っ黒だ。どうやら黒は高貴な色、お洒落でかっこいい色という思い込みがあるらしい。


 黒の上下で身を包んでいると、髪の毛の色がよけいに引き立つ。茶トラ。オレンジ色の縞模様のネコがよくいるが、ちょうどあんな感じの色だ。齢の割に毛量が多く、しかもパーマでふくらませているので、やせて木の枝みたいな胴体とのコントラストで頭でっかちに見える。 


 頭は茶トラ。首から下は黒ネコ。全体から醸し出す雰囲気もなんだかネコっぽい。むかしは小悪魔的魅力であまたの男をメロメロにしてたのよーーそう自慢されたら、なるへそと思うかもしれない。

 

 「知ってるか?長く生きたメスネコは<猫又>になるんだ」
 そう言ったのは相棒の六郎だ。相棒と言っても、健太の親父くらいの齢のおじさんだ。
 「それって化け猫のこと?」
 「まあ、そんなところだ」
 たんなる〈魔女〉よりもそっちのほうが面白い。ほどなくしてばあさんのあだ名は<茶トラのネコマタ>にアップデートされた。

 

 健太と六郎が訪れた<茶トラのネコマタ>の家は、その山間にある小さな町ーーというか集落の中で飛びぬけて大きかった。先祖代々の地主ファミリーなのだという。
 山間と言っても、すぐ近くに都心部に乗り入れる鉄道の駅もあり、そんなに不便な地域ではない。周囲には鳥の声と川のせせらぎの音がこだまする。季節がら紅葉が進み、自然を楽しむにはもってこいのスポットだ。

 

 彼女が犯行現場を目撃したのは、今から10日前。10月の第3日曜日の夕方5時ごろだという。黒いスーツを着て黒メガネをかけた謎の男たちが雑木林のなかに分け入って、金の林檎を埋めたのだと言う。男たちは4人組で、3人がそれぞれスコップやシャベルを手に、上着を脱ぐこともなく、もくもくと作業に没頭していたらしい。
 
 林檎はちょうど八百屋やスーパーで売っている「ふじ」とか「ジョナゴール」くらいの大きさで、段ボールに4箱分あったという。ひと箱につき20個くらい入っていたのなら、80個あったという計算になる。


 山の向こうに沈んでいく金色の夕日を反射して、その林檎たちはキラキラと光っていた。まるで魔法の国から盗み出してきた、不思議な力を持った果実のように。

 

 健太は頭の中にそんな情景を思い浮かべつつ、推理を働かせた。
 魔法の国かどうかはともかく、その男たちがどこかからその林檎を盗み出してきたのは間違いないようだ。つまりやつらは窃盗犯だ。四人のうち、残りの一人は、携帯電話でどこかの誰かと喋りながら三人の作業を監視していたというから、そいつが現場の作業リーダー。そしてその上には指図を下す上司がいる。どの程度の規模かはさておき、つまりやつらは窃盗組織というわけだ。それにしても金の林檎というのはいったい何だろう? 金塊か、もしくは美術品か? 

 

 「埋めて隠しといて、事件のほとぼりが冷めたころ、夜中にこっそりやってきて、ヒヒヒヒって笑いながら掘り起こすつもりなんだ」
 ネコマタは「ヒヒヒヒ」という気味の悪い笑い声のところをやたらと強調した。
 その笑い声にハモるのは、ホーホーというフクロウの鳴き声。そしてガサガサと木の葉を揺らし、ムササビやモモンガが樹上を滑空する。夜の生き物だけが跋扈する暗黒の世界。さらに上空から月がミステリアスな輝きを放ちながら、男たちの作業を凝視する。地中の暗闇から掘り出されたリンゴは、今度はその月光を浴びて、ひときわ美しく、人を狂わせるほど怪しく輝く・・・。

 

 「一個何百万とか、何千万とか・・・それくらいの価値があるんでしょうか?」

 健太の推理とイメージに水を差すように、ひょこっと六郎がぶっちゃけた質問をした。すかさずネコマタは、ふん、と鼻で笑った。


 「そうだね。あいつらはそろいもそろってボンクラだから、カネに換えることしか考えつかないだろうね」


 「エヘヘ、僕もそうですけど・・・」


 ネコマタはへつらったような六郎のセリフなど無視して話を続けた。

 「あの金の林檎は魔力を持っているのさ。カネになんか換えられない力だ」
 「たとえばどんな?」

 

 ネコマタはだまって六郎をにらみつけ、次に健太を見やった。その目はさっきまでとは別人のようにらんらんと光り、妖気を帯びた迫力に満ちている。

 

 「それに触るとどんな病気でも治ってしまう。永遠の命が得られる。どんな悩みもたちどころに消えてしまう」

 と、そこまで言って、深くため息をついた。そして沈黙すること5秒。まるで舞台の上でシェイクスピア劇を演じる俳優が“間を取る”ように。


 健太は思い出した。そう言えばこのばあさん、昔は女優をしてたことがあるって聞いた・・・。これはその名残なのか? かつてスターとしてスポットライトを浴びたことが忘れられない、そう言いたげな間だ。


 ちょうどいいタイミングなので、話を聞きながら自分なりに推理を展開していた健太は、いったんそこで頭をリセットした。さて、この話をどう受け止めればいいのか?
 これは彼女の空想なのか? 幻想なのか? 妄想なのか?
 まぎれもない事実であるという可能性は、はたして一パーセントでもあるんだろうか?

 

 私立探偵・飛田健太。地元の高校を中退した後、しばらくあちこちでフリーターをしていた。居酒屋の店員、建設現場の手伝い、運送屋の助手、清掃員、介護ヘルパー、テレビ番組のAD、IT企業の雑用係・・いろいろな職業を渡り歩く中でたどり着いたのが、とある小さな人材派遣会社だった。


 <ミラクル・マイティ・ソリューション>。なにやら胡散臭いカタカナ社名だが、漂白・消臭されたクリーンな職場よりも、そういう臭いのする環境を好む性癖が健太にはある。ブラック企業かもな・・・という疑惑は頭をかすめていたが。


 業務内容は「一般家庭における、人には頼みにくい家事・雑事のお手伝い・問題解決」というもの。そうしたニーズのあるいろいろな現場にスタッフを送り込んでいる。具体的には一人暮らしの高齢者の家の掃除・修理・雑用などの仕事が多いが、中には家族にまつわる素性調査・素行調査・浮気調査、さらにはペットの探索など、探偵もどきの仕事も結構あった。


 入って間もなく、健太はそうした類の現場に派遣された。案件は行方不明になってしまった子猫を探してくれというもの。ほとんどノウハウらしいノウハウはなかったが、こうしたことにカンが働き、なぜだか動物に好かれる健太は、たった一日でその子猫を探し出し、クライアントの家族に涙ながらに感謝された。それがこの仕事にハマるきっかけになった。ちなみにこの時の子猫が<茶トラ>だった。

 

 健太は一生懸命働いた。家庭に恵まれず、それまで何かと世間から疎んじられることの多かった彼は、毎日いろいろな家族に「ありがとう」と言われるのがうれしくてしかたがなかった。こんなに生き生きと、充実感を抱いて働いたのは生まれて初めてだった。


 しかし、当初疑ったとおり、<ミラクル・マイティ・ソリューション>はやっぱりブラックだった。仕事はやりがいがあるものの、いつもサービス残業が山積み状態で給料は安く、生活はかつかつだった。結局、半年あまりで社長とケンカして辞職した。辞めることにためらいも後悔も何もなかった。自分でこの仕事をやろうと、もう決心していたからだ。


 25歳の誕生日に独立起業。胸の高鳴りを抑えられない。健太は踊り出したい気分になった。事務所を借りる資金などないので、一人暮らしの自分の部屋を事務所にすることにした。6畳一間のマイワールド。職住一体、家内制手工業というやつだ。パソコンでホームページを作り、<飛田探偵事務所>という屋号と、メールアドレス、スマートフォンの電話番号を明記し、ホームプリンタを使って名刺を作った。表のポストには自分の名前と並べて<飛田探偵事務所>と書き入れた。依頼はメールで受け、細かい事情は電話か、テレビ電話アプリで話す。面談が必要なら近所の喫茶店に行けばいい。
 こうして私立探偵・飛田健太は誕生した。先のことなんてたいして考えもせず、さっさと行動に移すことが、この若者の強みである。

 

 家事・雑事を含むなんでも屋的な探偵は、意外と世間のニーズが高い。<探偵>とか<調査>とか、堂々と本格的な看板を掲げているところには頼みにくく、話しづらい事情が一般家庭にはたくさんあるのだ。そういう人たちにとって飛田探偵事務所のような存在は気軽に頼めてありがたい。


 健太は個人情報の漏洩に注意しながら、ホームページに<ミラクル・マイティ>での実績を丁寧に書きつづった。開業して1週間は何の音さたもなく、少し不安になったが、8日目に一通の依頼メールが入った。そのあとは割と順調に仕事が入り、ひとりで暮らしていく分くらいは軽く稼げるようになった。


 行動力にプラス、人の話をちゃんと聞くこと、悩みや心配事を抱えて強張ってしまったクライアントの緊張感を和らげる愛嬌とユーモア。それがこの私立探偵・飛田健太の強みだ。


 そしてもう一つ、健太はホームページのプロフィール欄に自分が孤児だということを明かした。彼はネグレストされた子どもだった。両親はまだ物心つかない頃に育児放棄の罪で逮捕され、顔を見たこともない。<ピースフルハウス>という施設で育ち、施設長からその話を聞いたのは中学卒業のころだ。それから彼はグレて高校を途中でやめてしまった。

 

 そうした生い立ちを明るくあけっぴろげに書いたことが、同情を呼び、かえって信頼感を生んだようだ。孤独な高齢者の中には、彼を離れて暮らす、自分の息子のように思う人さえいた。「がんばってね」と、ギャラとは別に、両手で抱えきれないほどのお土産をもらうこともたびたびあった。

 

 そんな健太にとって、六郎はちょっと困った存在だ。脱サラして、なんでも屋になったこのおじさんは、ちょうど健太が<ミラクル・マイティ>に入ったころに入れ替わりでやめていき、独立起業した。
 そういうとカッコいい先輩になるわけだが、実際は仕事で失敗してクビになったのだ。その前に30年間勤めていたという、聞いたことのない広告代理店も、自分からやめたわけでなく、おそらくリストラされたんだろうと健太は踏んでいた。


 以前はほとんど顔を合わせたこともなかったが、どこで健太のことを知ったのか、頻繁に連絡してくるので会うようになり、いつの間にか、お互いに受けた仕事をシェアしたり、ひとりでやり切れない仕事にはコンビで取り組んだりする仲になっていた。


 不器用というか要領が悪く、お世辞にも仕事ができるとは言えない。しかしどんな人の話でもしっかり聞くところなど、この仕事をやる上で欠かせない長所も持っている。それに表面上、年配者と一緒に行動していると、健太のような若造にとっては社会的信用度の面で何かと有利だ。いずれにしてもいい人であることは確かなので、頼りないけど良き相棒として付き合っている。ホームページにも協力者として載せてみた。なんとなく彼がメンターで、自分がその弟子みたいに見えるのは気になるが。

 

 そんなこんなで独立して約1年。探偵として健太は自信を持ち始めていた。貯金も増えてきた。もう少し金が貯まったらここを引っ越して、ちゃんとしたオフィスを構えたい。そうすると、もしかして六郎がくっついてくるかもしれない・・・そんなことを考えていた矢先に一通、新しい仕事の依頼のメールが入ってきた。
 
 「人さまの物を盗むなんて、しちゃいけないことだもんね。あの悪党どもにちゃんとそれを教えてやりたいの。自分たちの物にしたはずの林檎が知らない間に消えていたらびっくりするでしょうね。それでね、代わりに手紙を入れとくの。
『林檎は困っている人たちのところに分け与えました』
誰も知らないと思ってもお日さまが見てる。お月さまが見てる。神さまはちゃんと罰をくだすんだ」


 茶トラのネコマタは感情を込め、芝居がかった口調でそうまくしたてると、最後にホホホホホと、しわがれ気味の声で笑った。


 健太と六郎はそれぞれゴム長を履き、軍手をはめた手でスコップを握って、山並みにこだまする、その魔女のような笑い声を聞いていた。黒いスーツの男たちが埋めた場所を掘り返し、金の林檎を見つけ出すことーーそれが今回のミッションだ。問題はほぼ間違いなく、それがまぼろしに過ぎないということ。

 さて、どうすればこのまぼろしのストーリーに決着をつけ、クライアントに満足・納得してもらえるか。二人は顔を見合わせた。どちらの顔にも「まだノーアイデア」と書いてある。