「ザ・ビートルズ:Get Back」を観て死ね

 

昨年末に映画「ザ・ビートルズ:Get Back」の

先行特別映像が公開されていた。

 

1970年制作の映画「レット・イット・ビー」は、

「ゲットバック・セッション」という約3日間にわたる

末期ビートルズのセッション風景を編集した

ドキュメンタリーだった。

 

今年8月に公開される「ザ・ビートルズ:Get Back」は

それと同じ映像素材――

「レット・イット・ビー」で使われなかった

約56時間に及ぶ未公開映像を編集し、

新たな映画として構築したものだ。

 

予定ではビートルズの終焉から50周年となる昨年中に

完成・公開されるはずだったが、

コロナ禍によって延期を余儀なくされたという。

 

先行特別映像は、ピーター・ジャクソン監督の挨拶の後、

約5分にわたってモンタージュ映像が展開するが、

これを見て驚愕した。

 

本当にこれが50年以上前の、

あの「レット・イット・ビー」と

同時期に撮影した映像なのか?

 

この4人は一昨年のクイーンの映画みたいな

若いそっくりさんじゃないのか?

 

何かフェイクの極みみたいな、

すごい加工技術が施されているのではないか?

 

そんな疑念が次々と湧いた。

が、そんなことはあり得ない。

これは本物だ。1970年のリアル・ビートルズだ。

 

この頃、解散寸前のビートルズは仲間割れが顕著となり、

4人の心はもうバラバラで、

それぞれのソロ活動に向かっていた。

ビートルズは、ビートルズを葬り去ろうとしていた。

 

ーーというのがこれまでの定説だった。

それを表現した映画「レット・イット・ビー」は

葬送曲のごとく、暗く物憂いトーンで作られていた。

 

ところが、この未公開映像の中の4人は

そうした従来のイメージとあまりにかけ離れている。

とても半分崩壊したバンドとは思えない、

元気で生き生きとした輝きを放っている。

 

そして端々に垣間見える、

彼らの音楽つくりへの意欲と創造性の炸裂。

このテンションの高さはなんだ?

すでにこの世にいないレノンやハリスンの息吹も

間近に感じられる。

 

若い世代にとっては、現代に続くロック、

ポップミュージックの礎を築いた伝説のバンドの

最後の姿が見られる絶好のチャンス。

 

そして半世紀を超えてビートルズを愛し続けたファン、

特に70歳を超えた、リアルタイムでビートルズを聴いた

オールドファンは、もう一度、元気にGet Backするためにも

これを観ずして死んではいけない。

8月27日(金)世界同時公開とのこと。

 

1月21日(木)17:00~24日(日)16:59

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もくじ

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韓国映画「OLD BOY」

 

コロナ禍は当分続くと覚悟して、夜早く帰ったら、

あるいは終日在宅仕事の息抜きプラスアルファで

この際、思い切り本を読んだり、映画を見たりしてはどうか。

 

今日はAmazonPrimで韓国映画「オールドボーイ」を視聴。

2004年のカンヌ国際映画祭グランプリ作品。

原作は日本のマンガらしい。

 

冒頭出てくるのは、人のいい家族思いの、

でもちょっと酒癖の悪いおっさん。

このおっさなんが突如、何者かに監禁され、

その監禁生活が15年も続く。

 

いったいなぜ自分は15年もの間、自由を奪われたのか?

復讐の鬼と化した男がその謎を解くサスペンス劇。

 

ドラマ的にもビジュアル的にもかなり残酷だが、

めちゃくちゃ面白い。

メンタルの弱い人やハッピーエンドが好きな人には

お薦めしないけど、

人間が人間を愛することの悲しさ・残酷さ、

人生の苦さが胸の奥底まで響く物語。

AmazonPrimでの配信は1月20日まで。

 

自由に出歩くのが憚られる時期だけど、

家で大したお金もかけずに映画が楽しめるのだから

恵まれた良い時代だと思う。

 

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ジブリ映画と著作権

 

臨済宗青年僧の会のオンライン講座

「ジブリと禅の生き方問答」の原稿を書き上げた。

ジブリのプロデューサー・鈴木敏夫氏と、

世田谷区の龍雲寺の住職で禅僧、

そして、ジブリ映画の大ファンである細川晋輔師の対談である。

 

この和尚さんはもう40過ぎだが、ちょうど彼が子どものときからジブリの歴史が始まっている。子どもの時からジブリ映画を観て育ってきた人も、すでに中年なのだ。

そうしたことを意識してか、鈴木氏は

長くいろんな人に見てもらいたい、

作品をのちの時代に残していきたい――

という思いを込めて「常識の範囲内で」

というコメントをつけて、

静止画の無償提供を始めた。

 

最初は「千と千尋の神隠し」など5作品だったが、

今日ジブリのサイトを見たらどどっと増えていて、

「トトロ」「魔女の宅急便」「もののけ姫」など、

大半の作品が対象になっている。

なってないのは「ナウシカ」「ラピュタ」

「火垂るの墓」ぐらいか。

鈴木氏は書作権でガチガチに固めてしまったら、

いずれ作品は忘れられてしまうかも知れないと危惧している。

未来永劫、不動の人気を保っていくかに見えるジブリ映画とて、

そうならないとは限らない。

もちろん、ヒット作を連発し、

十分な資産を持っているからこそ

できることなのかも知れないが。

 

こうしたジブリの英断は今後、いろんなコンテンツの

著作権と作品の永続性に関する考え方に

一石を投じることになるだろう。

 

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「2020年の挑戦」への挑戦が終わる

 

コロナ、コロナに明け暮れた2020年が終わろうとしている。

日本はの感染者数、重症者数、死亡者数、

どれをとってもアメリカやヨーロッパなどとは桁違いに低い。

にも拘わらず医療機関はひっ迫し、危機的状況にあるという。

これでは病気になっても怪我をしても

診てもらえない可能性がある。

コロナよりも急病や事故の方がよっぽど怖いともいえる。

 

なんでこんなことになってしまうのか?

日本なんて及びもつかないほど患者数が爆発している他の国では

医療はいったい今どうなっているのだろう?

ネットでちょこちょこ調べてみたが、

最近の状況はよくわからない。

 

春先はあちこちから医療崩壊、葬儀崩壊、

遺体をスケートリンクに収納とか、

冷凍トラックに積み込んでいるとか、

ショッキングなニュースがどんどん飛び込んできたが、

この冬はそういう話は聞かない。

 

一説によれば他国では医療崩壊を

とっくに超えてしまったという。

お金を出せば重症になっても治療を受けられるが、

貧乏人はもうほったらかしだという。

 

そんなアホな、と思いつつも、

あの数を見れば、それでも納得せざるを得なくなる。

諦めろ、神に祈れ、自分の幸運を信じろ、ということか。

 

それしてもいったいなんで他国の情報はないのか?

もう皆慣れっこになってニュースバリューがないから?

それとも「これ以上、悪いニュースで

人々を心配させてはいけない」

という報道側の良心的配慮? から?

 

片や、経済への影響が甚大で、

自殺者数の増加は、確実にコロナの影響による倒産・解雇が

原因になっているという指摘もある。

 

GOTOトラベル、GOTOイートの経済効果は絶大で、

観光業、飲食業の人たちの多くがおかげで一息つけたのも事実。

自殺者の増加が抑えられた面もあると思う。

 

何が良くて何が悪いのか、頭が混乱してくる。

いったいこのコロナ禍の真実はどこにあるのか?

渦中にいる限りはわからない。

たぶん過ぎて何年かしてから、やっと気づくことなのだろう。

 

2020年はこれまでの時代の終焉であり、始まりである――とは

以前からよく聞いていた。

価値観の変換――使い古され、手垢にまみれた言葉だが、

ようやくそれが現実になるときが来たようだ。

 

そういえば3年半前にブログで

「2020年の挑戦への挑戦」というエッセイを書いていた。

自分でいうのもなんだが、読み返してみると、なかなか面白い。

 

あの怪奇な「ウルトラQ」のドラマが放映された1965年、

日本の人口はまだ1億人に届かず、平均寿命も70歳だった。

あれから人も社会も激変した。

 

ケムール人ならぬ新型コロナウイルスの侵略に遭遇した人々は、

今、新しい価値観を持った人類と社会に

孵化している最中である。

 

来年、コロナは収まるかもしれないが、

その孵化活動はまだ数年間は続くだろう。

古い殻を破って外に出てきたとき、

世界はどうなっているだろう?

 

期待と不安を抱きつつ、日々、マスクして手を洗い、

劇場や映画館やお店などにもなるべく行かず、

密室っぽいところや混雑や賑やかな場所を避けて、

大人しくして過ごしている。

たぶんクリスマスも正月も。

 

この齢だからそれほど苦にならないけど、

10代、20代の頃だったら耐えられなかったかもしれない。

 

自分を見失わないよう、

がんばって凌いでくれ、若者たち。

 

 

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週末の懐メロ⑥:スワロウテイル~あいのうた~/¥タウンバンド

 

1996年は息子が生まれた年だった。

それなのにこの歌は、

中学生か高校生の時に出逢ったような錯覚にとらわれる。

それくらいの威力を持って肌に食い込んで、

消えない痣をつくった。

 

今でも耳にすると、架空の街「¥TOWN(エンタウン)」の

荒廃した風景と人々の群像が浮かび上がり、胸が疼き出す。

そして繰り返し聴かずにいられなくなる。

 

¥TOWN(エンタウン)は

バブル経済崩壊後の日本の心象風景だった。

岩井俊二監督はそれを終戦後の焼け野原・闇市のような

イメージを重ね合わせて描き出した。

 

経済戦争のThe DAY After。

僕たちはいまだその後遺症に悩んでいる。

 

その映画「スワロウテイル」を

僕は仕事帰りに渋谷の映画館で観た。

子どもが生まれたばかりだったので、

早く家に帰ってカミさんを手伝わんと・・・と、

ちょっと罪悪感を抱きながら。

 

およそ四半世紀が過ぎたいま、

この歌が頭の中で鮮明によみがえってきたのは、

コロナ禍に巻き込まれて世界が変わっていくのを

目の当たりにしているからだろうか。

 

名曲はそれまでの価値観が崩壊した荒野から生まれる。

 

 

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動物ストーリー「いたちのいのち」

11月30日(月)、Amazon Kindleより発売予定

 

子どもからちょっとおとなに変わっていく小学4年生のカナコ。そして、天使の目を持ったまま生きるフェレット「イタチ」。

飼い主とペット、それぞれの視点から代わる代わる、日常生活とその中で起こる事件の数々、そして別れを描く長編小説。

「ほっとペット・クリニック」「いぬの先生」などの作品でおなじみ、日本の動物マンガの第一人者、麻乃真純さんが表紙イラストを制作。お楽しみに。

 


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人は神秘なき世界では生きられない

 

缶コーヒーを買おうと思ったら「鬼滅の刃」。

スーパーマーケットへ行っても鬼滅の刃。

最近、どこへ行っても鬼滅の刃。

映画はもはや向かうところ敵なしの大ヒットを記録しているという。

 

2年前、息子からこの漫画の話を聞いたときは

「ふーん」という感じで流していた。

「ONE PIECE」より人気があるのはすごいなと思ったが、

まさかここまで売れるとは予想だにしなかった。

 

唯一、最初に聞いた時に感心したのは、

時代設定だった。

大正時代をもってきて、そこから世界観を構築するセンスは、

素晴らしいなと思った。

 

江戸時代じゃ鬼が物語に出てくるのは当たり前。

昭和の初めの方でもいいかなという気はするが、

ちょっと戦争の影が濃すぎる嫌いがある。

戦後の世界では無理がある。

 

明治の後半から大正は面白い。

とりわけ大正はデモクラシーの時代で、

大衆が自由な生き方があることに気づき、

それを模索し始めた時代だ。

 

そして何よりも科学と合理主義の現代世界と

伝統的な古い世界とがせめぎ合っていた。

 

鬼なんて非科学的で非合理で、神秘的な存在は

公的機関は認めない。

社会にそんなものはあり得ない。

 

だからこの世のいないはずの鬼を退治しようなんて

鬼滅隊は闇の存在である。

そして、そこにこそドラマがあるのだ。

光の中では安全に、安心して暮らせるけど、

そこにドラマは起こらない。

 

「鬼滅の刃」から100年後の現代世界に生きていて思うのは、

人は神秘なき世界では生きられないということ。

 

どんなに光に満ち溢れた、

科学と合理性と客観性が支配する世界になっても、

人は神秘的なものを求め、暗闇の奥を覗きたがるだろう。

人間らしく、感情を動かし、呼吸をするために。

 

 

 

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半沢歌舞伎の「ど~もぉ~、すみまぁせん、でぇしたぁ~」

 

称、半沢歌舞伎のドラマ「半沢直樹」で、

大和田氏(香川照之)の「おしまいDeath」が評判になったが、

僕がいちばん好きだったのは、伊佐山氏(市川猿之助)の

「ど~もぉ~、すみまぁせん、でぇしたぁ~」である。

(文字で表現すると、こんな感じ? 見た人はあの口調と顔を想像してください)

 

腹の底から湧き上がる悔しさを抑えつけ、

半沢を睨みつけながら唸るように謝罪する

あのセリフには、めちゃくちゃ笑って感心した。

 

失言したり、粗相して一般市民やマスコミに糾弾され、

やむなく謝らなくてはならなくなった政治家や企業のお偉いさんは、

まさしくこの通り。

 

紙に書いた謝罪文を、感情を殺して読み上げながら、

腹の底では伊佐山部長のようにこう唸っているに違いないと思う。

 

「ど~もぉ~、すみまぁせん、でぇしたぁ~」

 

子どもは「ごめんなさい」と謝る。

幼稚園や保育園でケンカになると、

たいてい、どっちか悪い方(あるいは双方)が

「ごめんなさい」と謝り、

謝られた方が「いいよ(許すよ)」と答える。

 

そうしないとことが収まらない。

そうしないとそこにいる大人が納得しない。

 

「ごめんなさい」と言われて

「いやだ」とか「許さない」とか言い出すと、

今度はそっちが叱られる。

 

というわけで、子どもは自然とその“型”を覚える。

 

とりあえず口だけ・形だけ謝っとけ。

そうすりゃなんとか許される。

それが生きる知恵となる。

 

大人になるとともに、家族や親しい間柄、

つまりプライベートなシーンでは

やっぱり「ごめんなさい」なのだが、

大人の社会人同士、ソーシャルシーンでは

「すみません」「申しわけない」になる。

 

「ごめんなさい」の後には言外に

「でも許してくれるでしょ」というセリフがついてるし、

「すみません」や「申しわけない」の後には、

「でも俺、本当は悪くなんかねえし」というセリフがついてる。

 

心から、魂からの謝罪というのはなかなか難しいが、

本気で「悪かった」という気持ちを相手に伝えたいなら、

少なくとも子どもやプライベート用の「ごめんなさい」の方が

まだしも「すみません」より伝わりやすいかも知れない。

 

自分で伊佐山部長風のセリフにしてみるとわかるが、

「ど~もぉ~、ごぉめんなさ~い」では、

なかなか悔しさの感情がにじみ出にくい。

 

あなたも仕事でミスったりして謝る時、

「すみません」や「申しわけありません」でなく、

「ごめんなさい」にしてみたら、

相手の心象は違ってくるかもしれない。

 

余談だけど、このコラム用の画像を探して

「ごめんなさい」や「すみません」のキーワードで検索したら

土下座のイラストや写真がごまんと出てきた。

しかもその多くのはサラリーマンの人たち。

 

ちょっとなまなましいかなと思ったので、

ネコちゃんの「ごめんニャさい」にしたけど、

こんなに土下座画像のニーズが大きいとは・・・

皆さん、ほんとうにお疲れさまです。

 

 

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どうして赤ちゃんはかわいいのか?

 

どうして赤ちゃんはかわいいのか?

 

そりゃ親の母性本能をくすぐって、守ってあげなきゃ、

育ててあげなきゃ、という気にさせるためだ。

 

と、動物学だか心理学だかの先生は、

クールにパシッと答えるだろう。

 

けど、それは唯一の正解なのだろうか?

 

それはあなたがたがSEXという罪深い行いをしたから、

神様がその贖罪のために天使を遣わしたのです。

天使も姿を見ることで、あなたはたは救われます。アーメン・

――と、昔の敬虔なキリスト教徒の人なら、

そう言うかも知れない。

 

僕はこれはべつにキリスト教徒ではないが、

あながち悪くない回答のように思える。

 

人は子どもに救われる。

 

高校演劇で「薔薇のベビィ」という芝居をやったことがある。

泥棒の三人組が捨て子の赤ん坊を拾い、育てることにする。

大の男たちが小さな赤ん坊に翻弄され、ドタバタを繰り広げるが、

最後に赤ん坊はバラの花に変わってしまう――という話。

なんとなくチャップリンの映画っぽいコメディだ。

 

泥棒だから犯罪者ではあるのだが、

殺人犯やレイプ犯のような凶悪な奴らではない。

それどころか揃ってマヌケで(だからコメディになるのだが)、

女にモテそうもなく、事実、話の中ではいっさい女の影はない。

(高校演劇用の台本なので、あまりセクシャルなことはできない)

 

赤ちゃんはバラに変わるには、

ドラマ的にいろいろ紆余曲折があったはずだが、

残念ながら、今となってはあらすじしか思い出せない。

 

勝手に想像してみると、

 

赤ん坊かわいさに高価なおもちゃを買ってやろうと

お金持ちに家に空き巣に入り、一人が警察につかまってしまう。

それをきっかけに改心して泥棒をやめ、真面目に働き出した。

そして捕まっていた一人が帰ってきて、

改めてこの子を育てようとした翌朝、赤ちゃんは――という感じ。

 

女の子育てはナチュラルで、

時に涙をともなう感動ストーリーだが、

男の子育ては基本的にコメディで笑いを誘う。

 

赤ちゃんを見て「かわいい」と思っても、

それを口に出して表現するのは、

(とくに昔の男にとっては)男の沽券に関わること

なので、「人として、男として見捨てておけない」と

正義の言葉を吐いて、

男は赤ん坊を拾いあげたのだ。

 

そういう意味では昔の男は大変だったし、気の毒だった。

けれども、女の人、お母さんには申し訳ないが、

物語の主人公として魅力的なのは、男、お父さんのほうだ。

 

それはやっぱり子どもが、

男にとって「救い」になるからだと思う。

 

性行為も経済活動も、もちろん悪いことだとは思わないけど、

やっぱりどこかで罪のにおいが漂う。

 

一つ一つは些細なものだが、

それらが積み重なると、自己をゆがめていく。

 

子ども――赤ちゃんのかわいさというのは、

それを矯正し、治癒してくれるものなのだと思う。

 

遺伝子工学が発達すると、

「子どもは欲しいけど、男(父親)はいらない」

という女の人が増えるかも。

 

実際、子どもを虐待する男が少なくないようなので、

そういう考えにたどり着くのもしかたないけど、

それはちょっと寂しいなぁという気がする。

 

 

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高校教師とぼくたちの失敗

 

ふとしたはずみから「高校教師」を全編観た。

1993年1月~3月のTBS金曜ドラマ。

真田広之と桜井幸子主演のオリジナル版全11話。

 

舞台の女子高は井の頭公園駅から歩いて〇分だ。

出てくる場所は、ほとんどわが京王井の頭線沿線で、

それも吉祥寺~下北沢間。

ヒロインの自宅は浜田山だというから、

うちのご近所さんやないか。

 

今までこのドラマをほとんど見たことがなかった。

当時は忙しくて夜の9時に家にいたことは

あまりなかったからだ。

 

1回だけちらっと見たが「これはアカン」と思って

ビデオ録画もしなかった。

 

その後、評判になったのは知ってたが、

「教師の生徒へのレイプ」と「近親相姦」が

キーワードになっていて、

怖いというか嫌悪感みたいなものが先に立って観られなかった。

(1回観て「これはアカン」と思ったのもそれが原因)

 

ただ正直なところ、心の中でずっと興味を抱いていた。

だけど結婚して、子どもが出来たりすると

こういう引きずり込まれそうな世界に

近づかないほうがいいと思ってた。

たかがテレビドラマなんだけどね。

 

で、27年の時を経てやっと観てみて、

世間の評価が正しいことを確認した。

 

あらを探し出したらきりがないが、

そんなものはどうでもいいと言えるほど、

物語として圧倒的な迫力がある。

脚本と俳優の賜物だ。

 

恥ずかしながら、桜井幸子(というか繭という少女)の

可愛さと明るさと美しさに完全にイカれてしまった。

そして、その裏側にある地獄と悲しみに震えてしまった。

 

「お母さんが死ぬ時に見せた、強い憎しみの目。

怖かった。とても怖くて・・・それはそのまま

わたしがしていることの怖さに変わって・・・」

 

すごいセリフを書く。想像するだけで恐怖。

それを絶妙のトーンで語れる桜井幸子のすごさ。

 

真田広之演じる教師・羽村の情けなさ、

ダメさ加減にも心底共感した。

やっぱりグレートな役者やなと改めて感心。

 

物語の中で羽村は繭を救うために行動するが、

男の立場から見ると、実は自分を救うために動いている。

 

婚約者に裏切られても

「何も見なかった、何も聞かなかった」ことにして、

自分の人生を鋳型にはめようとする男は、

少女の前でそれ以上、嘘がつけなくなる。

 

そしてついに人のため、カネのため、地位や名誉のために

がんじがらめになり、ねじ曲がってしまった自己を解放する。

 

ストーリー上、羽村に救われる繭は、

実は歪んだ人生の牢獄から彼を救い出す天使なのである。

 

ラストは(ドラマの中の)現実としては悲劇に向かうが、

僕には救われた魂同士のハッピーエンドに見える。

 

この時代はまだインターネットも携帯電話も普及していない。

それらが行きわたり、

ネット上で自由に意見を発信できるようになった今、

性暴力とその二次被害に対する制度や心遣いは

このドラマの時代より

いささかでもましになっている感じはする。

 

けれどもその一方でネットによる誹謗・中傷の恐怖は

拡大するばかり。

結局、何も変わっていないのだろうか?

 

「禁断の愛」というキャッチフレーズのもと、

センセーショナルな話題が先行していたが、

いろいろなメッセージが含まれており、

社会的な問題や人間存在の不条理について

考えさせられるドラマなのだ。

 

 

「高校教師」を観なかった理由はもう一つある。

それはテーマ曲に森田童子の「ぼくたちの失敗」が

使われていたからだ。

 

この曲がかなり好き、というか、

自分にとってとても特別な曲だったので、

このドラマのイメージにまみれるのに反感を感じたのである。

 

と言ってみたところでどうにもならないが、

バカげたこだわりにずっと囚われていた。

 

けれども2年前に歌い手が他界してからは、

そのこだわりも抜けた。

 

いざ観てみると、あまりに美しい旋律が醸し出す心象風景は、

物語にぴったり重なる。

 

いまは、このドラマのおかげで、

多くの人たちの心に深く刻まれる名曲になり、

永遠の命を持ち得たことをうれしく思う。

 

井の頭公園のあたりはドラマから27年経った今でも

ほとんど変わっていない。

それどころか、僕が東京で暮らし始めた42年前から

ほぼそのままだ。

歌詞の中の「春の木漏れ日」もここにある。

ゆっくりと流れる時間の中で季節が繰り返す。

 

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「アホな人間よりも優秀な機械ですよ」とは書かない

 

AIなど高度な技術に手を出す前に、
自社に合ったITツールの運用の仕方を見直しましょう。

 

そんな趣旨で、中小企業向けの
DX(デジタルトランスフォーメーション)の本を書いていたが、初稿からあちこち直しが入り、完成が近づいてきた。

 

コンサルタントの事例とノウハウを紹介するのがメインだが、
本であるからにはストーリーが必要ということで、
僕がその部分を担当した。

 

そのストーリーというのは、一言でいえば、
機械にできる「労働」「作業」はみんな機械にまかせて、
生産性を上げて余裕を作って、
「もっと人間らしい仕事をしましょうよ」ということになる。

 

もうちょっと言えば、
今まで「時間かけて、魂込めてやらなくちゃいかんぞ」
と思っていたところも、べつにタマシイなんぞいらんよ、
IT使って早く、ラクに、手を抜いてできたほうがいいよねーー
というわけ。

 

会議や打ち合わせなど、
その場でリアルに相手と向かい合わなければ、
ちゃんとした話し合いにならない――と言ってた人も、
コロナ禍で「大半はリモートでもOKだな」と考え直した。

セミナーもミーティングも、
リアルでなくては成り立たないというほどのものは
そう多くはないことを実感したはずだ。

 

さて、それはいいとして、
じゃあ「もっと人間らしい仕事って何?」と問われると、
クリエイティブな仕事とか、
そんな返事が返ってくるんだろうけど、
具体的なことはさっぱりわからない。

 

もちろん、僕にもわからない。
だってそれはそれぞれの業種・業態・会社によって
さまざまだから。
自分たちで考えてください、としか言いようがない。

 

考えてみたら、こういうことって、
工業化大量生産時代のフォーディズム、
要するにベルトコンベアの分担作業の頃から
ずっと言われ続けていたことだ。

 

機械を入れれば生産性が上がり、
良いものができ、会社が儲かる。
お客さまは幸せになり、働く人も幸せになる。
みんな幸せになって人間らしい暮らしが送れる。

 

場所が工場か、オフィスか。
仕事が製造・組み立てか、デスクワークか、の違いだけである。

 

と書いてみて、かれこれ30年以上前、
名古屋にある某有名家電メーカーの工場で
3カ月ほどのアルバイトで、

チャップリンしていたことを思い出した。


ちょっとコンベアのスピードが上がると
ついていけなくて、あちこち配置を代えられたことを憶えている。

 

映画「モダンタイムス」が制作されたのは1936年。
もうかれこれ80年以上前になる。
「人間らしい働き方」というのは、
そのころからの普遍的テーマなのだ。

 

20世紀の人たちからしてみれば、
21世紀の僕たちは、工場労働などの多くはロボットにやらせて、
みんなでコンピュータやスマホをいじくり、
いろんな情報を取り込んで、加工して・・・
なんてことをやってて、
実に人間らしい働き方をしているなぁ、と見えるのかも知れない。

 

よく言われているように、機械は人から仕事を奪う。
2015年に野村総研がリリースした
「日本の労働人口の 49%が人工知能やロボット等で代替可能に」
という研究報告が社会に与えた衝撃は大きく、
「いずれその日が来る」と
僕たちの潜在意識にインプットされてしまった。

 

これも時代の変化と言ってしまえばそれまでだが、
より安く、より良い製品・サービスを提供するために、
職場により進化したIT技術を導入するのは当然だろう。
そうなれば、会社が抱えきれなくなる人は続出するだろう。
これまで貢献して来ましたと言っても、もう通用しないのだ。

 

「そうした落ちこぼれる人に、
新たな活躍の場を作れないかと考えるのもDXです」
ストーリーはそんな願いを込めて、
ちょっとエモーショナルに結んでみた。

 

現実面ではともかく、本の中で
「アホな人間よりも優秀な機械ですよ」とは書かない、書けない。
僕に限らず、おそらく誰もが。
2020年の今の時点では。

 

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オナラよ 永遠に

オナラをテーマに展開する、愛と笑いとメッセージを載せたSF+ファンタジーテイストの少年少女小説。

小学5年生の小松救太郎は、ぬきうちテストの最中にオナラをもらし、クラス中からいじめられる。
じつはそのオナラの真犯人は隣の席の水城ユリカ。。彼は憧れの女の子の失敗をかばっていたのだ。しかし、ユリカはお礼を言うどころか、よけいなおせっかいだと救太郎をきびしく攻める。
その日、家に帰った救太郎は奇妙な白昼夢を見る。そこに登場するのは、26世紀から来た、オナラで音楽を奏でるプータローというキテレツな男。
この男の話 によると、500年後の世界では人間はオナラをしない生き物に進化しており、そのせいでストレスがたまり、心の病が蔓延しているという。そして救太郎こそが、失われたオナラを取り戻すための救世主であり、ユリカとラブラブになることで人類がオナラを取り戻し、不幸な歴史をやり直せると伝える。
救太郎は、潔癖症でオナラを軽蔑するステージママである母親のプレッシャーにユリカが苦しんでいること、また、人類からオナラを奪おうとする謎のヘビ魔女が彼女に取りついていることを知る。
ヘビ魔女との対決や、秘密警察から逃走するプータローとの交信を通じて、ついに自分の力で未来を変えることを決意する救太郎。
その方法はユリカのオナラをかばった日にタイムスリップして戻り、二人のよじれてしまった関係を修復するということだった。
はたして彼はユリカの気持ちを変え、オナラを失った未来の人類を救うことができるのだろうか?

読みだしたら止まらない面白さ。
オナラをこよなく愛するあなたのバイブルに。

 

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奇妙で、不気味で、不思議な彼女ら。
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僕たちはこの星の上で137万種類を超す動物たちといっしょに暮らしている。
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ロボットが生まれて100年が経った

 

今年2020年で、この世界にロボットが生まれて

ちょうど100年になる。

チェコの作家カレル・チャペックが
「R.U.R――原題: チェコ語: Rossumovi univerzální roboti」
という戯曲を発表したのが、1920年のこと。

 

R.U.R.とは「ロッサム万能ロボット会社」。
この劇の発表によって「ロボット」という言葉が世界に誕生した。

 

R.U.R.とはこんな物語。

 

舞台は未来のとある孤島。そこにはR.U.R社のロボット工場がある。ここで製造されたロボットたちは世界中に送られ、

さまざまな労働に使われていた。

人々はロボットによって便利な生活をしはじめていた。

ある日、社長のハリー・ドミンの元に会長の娘であるヘレナ・グローリーが訪れる。

ロボットにも心があると考えているヘレナは人権団体の代表となり、地位向上や権利保護を訴えるために来たと話す。
(ウィキペディアより)

 

日本でも「人造人間」という邦題で、
わずか3年後の1923年に翻訳が出ている。

 

「ロボット」という言葉・概念は機械文明が飛躍的に発展していた
20世紀の世界を瞬く間に席巻し、人々の想像力を刺激した。

そして小説や映画の世界、
さらに漫画の世界でも瞬く間に一つのジャンルを構築した。

アイザック・アシモフも、手塚治虫も、
カレル・チャペックとこの作品の子どもだ。

 

さて、それから100年後の今日。
ロボットは大きな進化を遂げ、

日常の様々なシーンで目にすることも多くなった。


だが、チャペックの物語のような形で
労働市場にはまだ入ってきていない。

 

ロボット(身体)の進化よりもAI(頭脳)の進化のほうが

圧倒的に早い。
従って市場への導入も早い。

 

重い物を運ぶ・持ち上げるなど、力仕事をするロボット、
人間が立ち入れない危険な区域で活動するロボットは
どんどん実用化され、早期に普及するが、
人間のように複雑な動作ができるロボットが
社会で活躍するまでにはまだまだ時間がかかるだろう。

 

今回のコロナウィルスによる災禍から生じたテレワーク、
リモートワークへの移行の状況がを見ていると、
ホワイトカラーの仕事の7~8割はAIに置き換えられる。

たぶんここ10年、いや、5年で。


しかし、現場で働くブルーカラーの大半は生き残る。

するとどうなるか?

AIの指令、マネージメントのもとに
人間が作業を行うという世界になる。


それはもうすぐそこまで来ている。

問題はそれを僕たちがどう感じるかだ。

 

機械に管理されて屈辱を感じるのか?
そういうものだと割り切るのか?

 

ロボット生誕100年は、誰もが「人間とはなんだ?」
と考える時代の元年になるのかも知れない。

 

 

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使徒COVID-19とエヴァンゲリオン的妄想

 

映画公開日延期のニュースによって、
頭がエヴァってしまったので、
新型コロナウィルスを「使徒」として考えてみる。

 

使徒とはAngel、つまり神が地上に遣わし天使である。

 

ウィルス蔓延で感染者が増え、
世界各地の都市がロックダウンし、
経済活動がストップすると、
やれ、武漢の空がきれいになったとか、
やれ、ベネチアの運河に魚が帰ってきた、
とかいった環境浄化現象が起こった。

 

するとネット上では、コロナは神の怒りだ、地球の逆襲だ、
人類への天罰だといった
アニメの見過ぎだろ~という言説が湧き出てきた。

 

もちろん、そんなことをまじめに論じる人たちは
ごく少数だ。

 

しかし、コロナが人類のこれ以上の環境破壊を阻む
使徒とか天使とか、地球の子ども とか、
といった捉え方はまんざら悪くないと思う。

 

そんなものを相手にして、
戦争みたいな勝ち負けを論じるのは間違っているし、
第一、殲滅させることはたぶん不可能だ。

 

この先、僕たちはこの新型コロナウィルスと
長らく付き合っていかなくてはならなくなるだろう。
1年、2年ではなく、10年、20年という長期スパンで。

 

共生しなくてはならないという覚悟もいるわけで、
このウィルスを世界全体で
懐柔するような手立てが必要になる。

 

いずれにしても環境問題で、
遠からず世界の経済活動に制限がかかってくるのは
わかっていたはずだ。

 

昨年、スウェーデンの環境活動家の少女が、
環境・生命よりも経済活動優先なのかと、
世界の首脳らに厳しく抗議していたシーンがよみがえる。

 

あれはささやかな兆しだったのか?

 

彼女らの世代は、脳の奥底で
僕たちよりもずっと強い危機感を感じているのだろう。
子どもを産む性である女は、
そのアンテナが特に鋭敏なのかも知れない。

 

使徒コロナはそうした地球の危機的現実から目を背け、
過剰な経済活動を続けようとする世界を強制的に
リセットさせるためにやってきた――
と考えることもできる。

 

これに対処するためには人類が皆、けちけちせずに
それぞれの国の資源――データも、エネルギーも、技術も、

経済も、文化も、知恵も――を出し合って、
力を合わせないと良い結果は得られない。

 

今、注目を浴びている各国の女性リーダーらの活躍は
未来の世界の再構築の布石になっていくのだろう。

 

あくまでヴァンゲリオン的妄想だけど。

 

 

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幻のエヴァvs五輪、そして明菜の残酷な天使

 

昨日、「シン・エヴァンゲリオン劇場版」の公開が延期された、
というニュースが流れてきた。

 

今年6月27日(土)に公開予定だったが、
新型コロナウィルス感染症の拡大でやむなく延期とのこと。

 

前作「Q」を高校生だった息子と一緒に見に行ったのが、
もう8年も前のことだったので、すっかり忘れてた。


去年だか一昨年だかに息子に
「2020年の夏に続きやるらしいよ」と聞いて、
「なに? もしや意図的に五輪にぶつけてきたのか?」
と思ったことを思い出した。

その「エヴァvs五輪」の対決? も幻と消えた。

こうなると新型コロナウィルスは、まさしく“使徒襲来”である。

 

映画館も劇場も、図書館さえもが閉鎖されてしまった今、
そういった場所に普通に入れて、

普通に非日常を楽しめたことは
本当に幸せなことだったと、しみじみ噛みしめる。

 

延期されたエヴァの映画の公開日もまだわからない。
いったいいつまでこれが続くのか?
今はいつかは再開するんだと信じるのみである。

 

でも劇場なんかは、この時期に特別な演劇体験をできないかなぁ。

 

舞台と客席の間を、飛沫が飛ばないよう透明な幕で仕切る。
観客は人数制限して、その劇場のキャパの1割程度しか入れない。
あえてそういうスカスカの空間で芝居をやるのだ。


プレミアムな演劇体験だから、料金は通常の10倍――
はさすがに高すぎるので、2~3倍いただいたらどうだろう?


それでも興行としては採算取れないだろうが、
実験的として面白いんじゃないかな?
寺山修司が生きていたらやりそうだ。
そういえば彼の作品の中で「疫病流行記」というのがあった。
やってみるところはないだろうか?

 

といった妄想にとらわれっつ、久しぶりに頭の中が
エヴァだらけになったので、
「残酷な天使のテーゼ」を聴こうと思ったら、
知らぬ間にいろんな歌手がカヴァーしていて、
なんと、八代亜紀や藤あや子までこの歌を歌っている。

 

中でも究極は中森明菜。
これまた久しぶりにこの人の歌を聴いたけど、
これはすごい。
とんでもなく色っぽくてエモーショナルで、完全にノックアウト。
エヴァとのシンクロ率120パーセントだ。

 

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大林宣彦監督の集大成「海辺の映画館―キネマの玉手箱―」

 

大林監督は「その日のまえに」(2008年)を作ったころから、
自分の映画人人生の終活を考えていたのかもしれない。

そうでなければ、ガンで「余命3か月」の告知を受けてから
これだけの大作はできないのではないか。


――というのはあくまで推測だが、
鑑賞してそんな感想を持った。

 

月刊仏事で数活映画特集をやっている関連で、
「海辺の映画館―キネマの玉手箱―」の
マスコミ試写会に行ってきた。
六本木にある、配給会社の試写室である。

 

すでに一度、昨年10月の東京国際映画祭で上映されているが、
4月上旬の公開に向けてマスコミ向けに数回試写会が行われる。
今回はその第1回だ。

 

渡された資料の中のコメントによると、
 幼いころ、“純真な軍国少年”だったという大林監督は、
「自由に生きよ、それが平和の証だ」と父に言われ、
形見代わりに8ミリ映写機を譲られ、
終戦から10年後の東京にやってきたという。
以来、60年以上にわたる映画作り――

 

と口で言ってしまうと簡単だが、
好きなこととはいえ、ビジネスでもある。
自分の中でさまざまな矛盾と
闘わなくてはならないこともあっただろう、

その思いは、この作品のはしばしから浮かび上がってくる。


この世の中と折り合いをつけながら、
自分のやりたいことをやり続ける、
この世界で自分をだまさずに生き続けるための矛盾。

 

3時間の長尺である。
ジャンル分けすると「戦争映画」「反戦映画」
ということになるのだろう。しかし、
一般的に思い浮かべるそれらとはだいぶ趣が異なる。

 

オープニングはほとんどSF映画。
宇宙船の中から観客に話し仕掛けるのは、
語り手のひとり、「爺ファンタ」こと、
かのYMOのドラマー・高橋幸宏氏である。

 

その宇宙から懐かしい日本の現風紀が残る広島・尾道の
海辺の映画館にシーンがぶっ飛ぶ。

そこでは映画への愛とともに、
幕末の動乱・明治維新から原爆投下で終わる太平洋戦争まで、
およそ1世紀にわたる日本の近代の歴史を軸にした、
すさまじいほどのイメージコラージュが展開する。

 

戦争とは何なのか?
僕たちが教わってきた歴史は何だったのか?
それらは歴代の権力者たちが作った、
映画のようなフィクションのようなものだったのか?
公になっている史実の裏には、本当は何があったのか?

 

嫌でもそんなことを考えざるを得ない。

 

おそらく批評としては、CGがマンガのようだとか、
合成がチャちいといった意見が出ると思うが、
むしろそれは全体のメッセージを伝え、
飲み下してもらうための
監督得意の「糖衣」のように思える。

 

実際、リアルな映像ではとても見られない残酷なシーンもある。
利己的な欲望を正義の美名に乗せて、
人を殺したり、人格を蹂躙する、
人間の卑劣さ・醜悪さが醸し出す“残酷”だ。

 

大林監督はメジャーデビュー作を製作した経験から
「ジャンルを選択すれば、如何なる純文学も
商業映画になり得ることを学んだ」
と言っているが、
この作品には、合成画面の稚拙さなどを補って余りある
真摯で深いメッセージがある。

 

これは大林監督の終活であり、集大成となる作品なのだと思う。
しかし、それでありながら、もっと前に進みたいんだという
溢れんばかりの意志を感じる。


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大林宣彦監督の終活映画

 

新年早々、「終活映画」の話です。

縁起が悪いから嫌だと言う人はスルーしてください。

 

昨年末で「月刊仏事」でページ埋める企画、なんかない?

と言われて「終活映画特集」をたりましょうと提案したら、

すんなりOKが出て進行中。

 

「人間の生と死を見つめる終活映画」と題して、

黒澤明監督の「生きる」をはじめ、

先日も紹介した、現在公開中の「私のちいさなお葬式」、

そして今年公開の新作まで、1ダースほどの終活映画を

紹介する予定です。

 

その中に大林宣彦監督の

「その日のまえに」(2008年公開)という、

重松清氏の短編小説を原作に作った作品を入れました。

 

これは死という重いテーマを扱いながら、

同監督独特の笑いとファンタジーの味付けがされていて

とても楽しく、ジンと来る映画です。

 

その大林監督、ガンに侵されている事が判明。

「まだやり残していることがある」と、

闘病しながら、まさしく命がけで

新作「海辺の映画館 キネマの玉手箱」を完成させました。

 

これは昨年10月の「東京国際映画祭」で上映され、

NHKの番組(たしか「クローズアップ現代」)でも

そのメイキングが紹介されたので、

知っている人も多いかもしれません。

 

この新作自体は終活映画のカテゴリーには

入らないと思うけど、

大林監督の映画製作に取り組む姿勢が

クリエイターの終活そのもの。

 

「その日のまえに」と合わせて、ぜひ紹介させてほしいと、

配給会社と制作会社に頼んだところ、

マスコミ用試写会のご案内を戴きました。

 

これは楽しみです。

何回かありますが、

さっそく今月下旬の第1回試写会に行ってきます。

 

なお、この「海辺の映画館 キネマの玉手箱」は

今年4月に公開予定。

 

「尾道三部作」以来、

ユーモアとファンタジーの入り混じった作風で

僕たちを楽しませてきてくれた大林監督の

集大成となる戦争映画です。

 


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私のちいさなお葬式(解凍された鯉) 終活と成功と幸福を考える、現代のロシア民話

 

●マトリューシュカみたいな現代のロシア民話

「終活映画」という振れこみで公開された

「私のちいさなお葬式」。

銀座の映画館に観に行ったが、チラシやサイトを見て

想像していた作品とは少し印象が違った。

 

終活映画というより、

現代のロシア民話みたいな印象を受ける。

 

映画館の販売店でお土産に

マトリューシュカを売っていたが、

マトリューシュカみたいな感じの映画――

というと雰囲気が伝わるかな。

 

●ユーモラスだけどシュール

主人公のおばあちゃん先生エレーナは、

可愛くてユーモラスなんだけど、

どこかシュールな不気味さも持っている。

 

だいたい、まだ死んでもいないのに

検死医のところへ死亡診断書を書かせたり、

自分で役所に行って埋葬許可証を出させたり、

棺桶を買い込んで、自分で自分の葬式の準備をする。

めちゃくちゃシュールなキャラである。

 

いわゆる終活映画の半分くらいはコメディだ。

その理由は、やっぱり人間、

行き着く所までたどり着くと、

社会人として活動していた頃には陰に隠れていた、

どうしようもなく滑稽な部分が現れるからだと思う。

 

それに加えて、わけのわからない

シュールでアバンギャルドな部分も

むき出しになってくる。

 

年寄りは敬うべきだけど、

それと同時に僕はいつも笑っている。

うちの90歳の母も、84歳の義母も、

オーガニックなボケをかまして、

僕を面白がらせてくれる。

 

●鯉は秘密の隠し味

もう一つ、この映画の民話っぽさというか、

シュールなおとぎ話感を演出しているのが、

余命宣告を受けたエレーナが、

その帰り道で出会う「鯉」である。

 

この鯉は、これも彼女の教え子だった、

偏屈そうなおっさんが、

湖で釣り上げ、頭をボコボコに打ち付け、

気絶させたのをあげると言って、

ほとんど無理やり押し付けるのだ。

 

彼女はしかたなく受け取って家に帰り、

そのまま冷蔵庫の冷凍室に押し込める。

 

ロシア料理については、

ボルシチ以外よく知らなかっので調べてみたら、

「ウハー(Уха)」という魚のスープがあって、

これによく鯉が使われるという。

あんまりおいしそうではないが・・・。

 

最初はなんでこんな鯉のエピソードを引っ張るのだろう?

と思って見ていたが、

この鯉が、実はこの映画の大きなキーポイントなのだ。

 

後から気が付いたのだが、

「私のちいさなお葬式」というのは邦題で、

原題は「Thawed Carp」――「解凍された鯉」。

メタファー感、寓話感たっぷりのタイトルである。

 

●成功=幸福なのか?

エミーナとともにもうひとりの主人公とも言えるのが、

息子のオレクである。

僕もそうだが、まだ終活するには早い男は、

たぶん彼の立場から、彼の視線で、この映画を観ると思う。

これはこの息子が再生する物語で阿もある

 

彼は故郷を後にし、母親から離れ、

都会で暮らすビジネスマン。

それも成功して、お金持ちになっている風の男で、

自己啓発セミナーを主催し、

講師として、成功したい人々を導く―

そんな役割を担っている。

言ってみれば、お母さんと同じ「先生」なのだ。

 

ところがこの成功者であるはずの彼が、

あんまり、というか全然、幸福そうに見えない。

 

「居心地のいいところに安住していてはいけない。

目標をしっかり掲げて前を向いて進まなくてはいけません」

と彼はセミナーで集まった受講生らに説く。

僕もビジネス書・啓発本の類で聞き覚えのある言葉だ。

 

ところが、受講生の一人の女性から

「わたしの目標は幸福になることです」

と返されると、なぜかしどろもどろになってしまう。

講義の内容とは裏腹に、

彼自身がもう目標を見失ってしまっているかのようだ。

 

成功と幸福はちょっと違うものなのだろう、たぶん。

いや、まったく違うのだ、きっと。

 

日本でこういう成功セミナーをやったり、

本を書いたりしている人はどうなんだろうな?

と、ふと思いがよぎった。

 

これはこの息子が再生する物語でもある。

「解凍された鯉」とは、彼のことなのかもしれない。

 

●若くても観たら面白い

観に行ったのは、平日の昼間だったこともあり、

お客は年輩の、それも女性ばっかりだったが、

ちらほら若い人も見かけた。

 

「終活映画」という触れ込みだからしかたないと思うが、

自分には関係ないと思って無視するには、ちょっともったいない。

 

それほど、いろんな示唆と寓意に溢れた、

笑って深く考えられる、

大人のおとぎ話のような映画である。

若い人も観たらいいのではないかと思う。

 


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笑って泣ける終活映画「私のちいさなお葬式」公開

 

今や世界中で大きな関心事となっている「終活」は、

ヒューマンドラマのテーマとしても重視され、

近年、次々と映画が製作されている。

 

2017年製作のロシア映画「私のちいさなお葬式」は、

モスクワ国際映画祭で上映されて大反響を呼び、

観客賞を受賞。

 

余命わずかと告げられた73歳の

チャーミングな元・女性教師を主人公とした

コミカルタッチの、笑って泣ける佳作だ。

 

12月6日(金)の、シネスイッチ銀座における

ロードショー初日初回では、

(一社)終活カウンセラー協会提供の

エンディングノートが入場者にプレゼントされた。

 

また、公式サイトには同協会の会長・武藤頼胡氏のコメントも掲載されている。

2019年12月から2020年2月にかけて

全国の劇場で順次公開される。

 


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映画「典座」の主役を訪ねて

 

ビデオクリップ➔短編➔長編➔カンヌ

「寺力本願」の取材で、映画「典座」に主演した
河口智賢さんの耕雲院(山梨県都留市)を訪ねた。
悩みつつ、いろんな社会活動に取り組む
若いお坊さんと話すのは楽しい。
 
この映画は、当時、河口さんが副会長を務めていた
曹洞宗青年会が製作したインディーズ映画だ。
 
当初はちょっとしたビデオクリップのようなものを・・・
という話だったのが、短編映画になり、長編映画になり、
カンヌ映画祭に招待される作品として仕上げられた。
●ロングバージョンを期待
「上映時間1時間というのはちょっと物足りないです」
と正直に言ったら、
「そういう反響は多くあります」とのこと。
 
明解な解決とか、感動的エンディングとか、
オチがなく、問題提起のみで終わっているのも
物足りなさの一因でもある。
 
それはいいのだが、せっかく映像が美しく、
僧侶らの心情も丁寧に描かれているので、
多少中だるみがあってもいいから、
もうちょっと映画の世界に浸っていたかった、という感じ。
監督が上手にまとめ過ぎたのかもしれない。
 
女性老師との対話のシーン
(この部分は完全なドキュメンタリー)などは
2時間以上カメラを回したというので、
機会があれば、この部分だけでドキュメンタリー作品にするとか、
90分くらいのロングバージョンを作ってもいいと思う。
●高齢僧は批判、若僧・坊守は絶賛
賛否両論いろんな反響があったようだが、
面白かったのは、同じお坊さんの反応。
 
若い人がおおむね好意的なのに対し、
年齢が上がるにつれて
「僧侶があんな悩んでる姿を見せては信頼を損ねる」
といった批判が出たと言う。
 
片や、住職の奥さん方を集めた上映会などでは、
河口さんが自分の奥さんをやや邪険に扱うシーンや、
別の坊さんがお酒を飲んで酔っ払うシーンなどを観て
「現実はあんなもんじゃないわよ」と言って
盛り上がるなどして、エールを戴いたと言う。
 
ちなみに住職の奥さんを「坊守(ぼうもり)さん」と
呼ぶらしいが、
これは坊主のお守と言う意味なのだろうか?
子どものお守みたいでもある。
 
いずれにしても。そうした話を聞いて、
さもありなんと思ってしまった。
とってもわかりやすい。
昭和・平成の日本は、そういう社会だったのだ。
 
これから原稿にするので、
ちょっとまだここでは書けないが、
映画製作の裏話などもいろいろ聞けて面白かった。
 
「うんうん、映画人だったら、ドラマ性を狙って
最初はそういう脚本でやりたがるよ」という感じ。
●世界での反響と宗教者の未来
「典座」はカンヌやマルセイユ(フランス)、
カルタゴ(チュニジア)の国際映画祭、
ロンドン(英国)やベルギーなどでも上映されており、
日本国内よりも海外での関心が高いようである。
 
「宗教」と「食」を一緒に描いているところが、
日本食に興味津々の外国人に響くのだろう。
 
テクノロジーの進化によって、
宗教は現実の世界と乖離し、
だんだん生活に必要とされなくなってきた。
 
そうした環境において宗教者は、
威厳を持って上から教え説く者でなく、
俗世間の人々に混じって、
苦悩しならも明るく生きる自分の姿をさらさないと、
人々の心を引き寄せ、信頼を得られないのではないか。
 
話を聞いて、そんなことを思った。
 
AI・ロボットによる新たな社会の仕組みづくりが進み、
「人間とは何か?」の時代が深まっていくにつれて、
彼らの活動は少しずつ社会にしみていくのかも知れない。
 
そして、従来のお坊さんとは違った存在感を示すことが
できるようになるのかも知れない。

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さすらいのレコード・コレクター:男のバカバカしくて痛快な生きザマ

 

先日、レコード屋さんの仕事をやったこともあり、

たまたま近所の映画館でかかっていたので観に行った。

1時間強のドキュメンタリー映画。

 

ジョー・ハザードはクレイジーなレコードマニア。

先入観念で、いわゆるジャズマニアなのかと思ってたら、

それ以前のルーツ音楽――ブルース、カントリー、

ブルーグラスなどのレコードのコレクターなのだ。

 

製作年が2003年で、この頃、ジョーは見た感じ、

70歳前後。

今も存命中だとすれば、もう80代後半。

僕の父とそう変わらない齢だ。

ということは昭和ひとけた。

1930年代の生まれらしい。

 

彼が愛する音楽は、その自分が生まれる前と生まれた頃の

1920年代~30年代、今から1世紀近く前の、

主に黒人音楽だ。

 

音楽ソフトはもちろんアナログレコード。

それも78回転のSP盤。

僕もこんなの資料館みたいなところでしか見たことがない。

ハードは蓄音機である。

 

で、このおっさんはオンボロのアメ車を乗り回して、

要らないレコードをはるばる遠くまで出張買取に出かける。

今でいう中古レコード屋みたいなことを

1960年代頃からやっている。

 

すでにこの頃からSP盤や蓄音機は過去の遺物で、

売りたい人たちは、テレビを買うお金の足しにするために、

モノ好きなレコードコレクターに二束三文で

大量のレコードを売っていた。

取引額は$でなく、¢の世界。

10セントとか20セントだ。

 

そんなわけでジョーは、

長年溜めこんだ2万5千枚のレコードが棚に並ぶ

音楽のお城で、いつも葉巻を吹かしながら、

リズムに乗せて、5歳児みたいに

足をバタバタ鳴らし、

あげくに私設ラジオ局まで作って、

お気に入りの曲を放送する。

とんでもなお大人子どもだ。

 

当時の若者音楽であるロックが大嫌いで、

娘が親への反抗の意味もあって買ってきた

ビートルズのレコードも捨ててしまったと言う。

 

この映画は、そんなおっさんのクレイジーぶりを描くのだが、

なぜ彼がブルーグラスなどの音楽にそこまでハマったのか、

仕事は何をしている(してきた)人なのか、

音楽を聴く以外にどんな暮らしを送っているのかということなど

一切描かれない。

 

家族も、成人して中年に近くなった娘が

「こんなお父さんだった」ということをコメントするために

2,3ヵ所、短く登場するだけだ。

 

カメラは、ただひたすら楽しそうに音楽を聴き、

車に乗ってレコードを買い集めるジョーを追うだけで、

特にこれといったドラマも起こらない。

 

ジョー自身も特にこれといった

音楽に対する主義主張や評論家じみた批評や

マニア然としたうんちくをぶつわけじゃなく、

ひたすら「これがいい」「あれが最高」と言うだけ。

 

ちなみに彼はロック以前にジャズさえもいい作品は

戦前のもので、大恐慌・2次大戦以降の音楽は

とても聴けないと言う。

まさしく古き良きアメリカンフォークの偏愛者と呼ぶしかない。

 

結果的に、彼は100年後の現在のポップミュージックに繋がる

アメリカ音楽の歴史の貴重な生き証人であり、

この映画にはそういう価値があるのだが、

ジョーにとってはそんなこと、どうでもいいのだろう。

 

何も人間を深く描き、

ドラマチックで感動的な出来事を伝えるだけが

ドキュメンタリーではない。

 

「俺には生涯熱中できるものがある。

傍から見たら単なるバカに見えるかもしれないけど、

楽しい音楽を聴いてりゃ、そんなことどうでもいいんだ」

 

そんなジョーの声は聞こえてきそうだ。

 

人の役に立つわけでなく、社会に貢献するわけでもない。

感動的でもなければ、深い意味があるわけでもない。

しかし、彼の音楽に対する偏愛ぶりは痛快で、

どこか胸を打つものがある。

 

これもまた立派な男の生きザマである。

 


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酒・タバコ、やめて100まで生きたバカ:2019シガーバー&愛煙家通信編

 

★JOKERはチェーンスモーカー

先日、「JOKER」について書いたが、

あの映画の舞台・ゴッサムシティは

明らかに1970年代のニューヨークをモデルにしている。

 

世界一繁栄を誇る、と同時に、

世界一荒廃したこの都市の

底辺生活者の代表でもある、

主人公アーサー、のちのJOKERは、

ひっきりなしにタバコを吸い続ける

チェーンスモーカーだ。

 

アメリカで猛烈な禁煙運動が起こるのは、

その後、80年代に入り、

レーガノミクスという経済政策

(アベノミクスのお手本)が始まってから。

 

1970年代までの喫煙習慣は、

世界中の近代国家で、

明らかに一つの屹立した文化を形作っていた。

昭和までの日本も、もちろんその例外ではない。

 

僕より上の年代の人たちの中には、

ごくまともでも、

アーサーみたいなチェーンスモーカーが

今でも大勢いるのではないかと思われる。

 

★2020世界の模範都市・東京のシガーバー

20世紀、近代国家が成長する過程で

創り上げられた、一つの喫煙文化は、

今、絶滅の危機に瀕している。

 

2020に向けて世界の模範都市になるために、

東京都はますます喫煙に厳しくなった。

弱小の飲食店にも圧力がかけられ、

2020年4月1日から従業員を雇っている店は原則禁煙となる。

都内の少なくとも約84%の店が禁煙になる見込みだと言う。

 

僕の友人がやっている神楽坂の店は、

1950~70年代の雰囲気を売りにしていて、

常連客の大半はスモーカー。

そしてご年輩の人も多い。

 

現在、昼間カフェ、夜はバーだが、

来年4月からは「シガーバー」として営業するようだ。

そうでなければ営業できなくなるのである。

 

完全分煙のために店を改装する費用が出せないのが理由だが、

もはや店内にはタバコの匂いが深く染み付いてしまっているので、

建て替えでもしなければ、煙草嫌いは寄ってこないだろうと言う。

 

「シガーバーも受動喫煙防止法の対象で禁煙になりますか?」

なんて笑い話みたいな質問がウェブ上に載ってたりして、

これはこれで混乱が起こりそうな気がする。

 

★愛煙家通信

 

“あるホテルのシガーバーで、おばさんに「タバコやめてくれませんか」と言われて大喧嘩になったことがある”

 

そう語るのは作家の北方謙三氏だ。

 

これは「愛煙家通信」というウェブサイトに載せられた

北方氏の投稿文の一部。、

 

この文章がめっぽう面白く、こんな一節もある。

 

“男というのはね、女が価値を認めないようなものを

大事にするものなんですよ。

煙になって消えて行くようなものの価値なんて、女にはわかりませんよ。

男なんて人生そのものが煙みたいなものだから、自分と重ね合わせて、

そういう消えて行くものの価値を大切にする。

ほとんどの女は絶対、煙になって消えようなんて思ってないですからね”

 

さすがハードボイルド作家。

人生における喫煙の意味、そして女には理解困難な、

喫煙に対する男の心情を見事に言い表した

含蓄のある言葉である。

 

こじつけ?

そう、タフガイらしい、そのこじつけ力が素晴らしい。

 

この「愛煙家通信」の投稿コーナーは、

「禁煙ファシズムにもの申す」と題され、

さまざまな著名人の意見やエッセイが載っている。

 

ちなみに杉浦日向子氏や上坂冬子氏など、

女性作家や学者なども寄稿している。

 

「たばこはわたしの6本目の指」なんて、

そそられるタイトルで書いているのは女優の淡路恵子氏。

こんな色っぽいことを囁かれたら、

夜のブラックホールに吸い込まれそうだ。

 

好き嫌い、良い悪いはともかく、

なぜ、20世紀の近代国家の成長段階で、

あれほど喫煙が持てはやされ、

一つの文化を7築いたのか、

歴史を知る意味でも

「愛煙家通信」は一読の価値があると思う。

 

★かつては愛煙家、じつは今も

僕はかれこれ20年近く前に25年間の喫煙習慣を捨てた人間だ。

心情的には喫煙者・禁煙者、双方の間を、

コウモリみたいに、どっちつかずで行ったり来たりしている。

 

だから性懲りもなく、毎年思いついたように

この「酒、タバコ、やめて100まで生きたバカ」という

シリーズを書き続けている。

 

それはやっぱり体はタバコを受け付けなくなったが、

心のどこかで、過去の自分を含め、

タバコを吸っていた人たちを愛していたいからだと思う。

早い話、ノスタルジーや思い出の世界。

変わりゆく世界への抵抗、なのかもしれない。

 

時々、あのまま吸い続けていたら、

今ごろどうなっていたか?と考える時もある。

 

もしかしたら今と変わらず元気でいるかもしれなし、

重大な健康障害に陥っていたかも知れない。

中年以降の人生は今とは違ったものになっていたかもしれない。

 

そんなこと、誰にもわからない。

自分にもわからない。

ただ、やめてしまったからこそ、

一つの世界、一つの文化として

却って興味をそそられる部分がある。

 

酒もタバコも人間の愚かしい習慣だと思う。

でも、その愚かしいストーリーがある世界から

たぶん一生離れられない。

  


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なぜ人はJOKERに魅了されるのか?

 

●JOKER誕生の物語?

これは、バットマンのライバルとなる

あの究極の愉快犯「Joker」が

どのように生まれたのか?

 

ひとりの平凡な男が、

なぜ稀代の大悪党になったのか?

 

それを解き明かす物語だと思っていた。

 

観たいなと思った映画は、

いつもなるべく事前に情報を入れないようにしているけど、

どうしてもチラホラと小耳に挟んでしまう。

 

だから、子どもの頃、

親に虐待されたトラウマがどうだとか、

 

分断された格差社会の犠牲者だとか、

 

自分を貶めた偽善者たちへの復讐だとか、

 

いろんな悲劇の上に、

あの残虐な笑いを湛えたサイコパスが生まれた

――という説明がなされるのだと思っていた。

 

それをすごいクオリティでやってのけたから、

ハリウッド製のメジャーな映画は賞が獲れないとされる

ヴェネチア国際映画祭で最高賞を獲ったのだろう。

そう思ってた。

 

そうした先入観はぶち破られた。

 

●原因と結果はそう簡単に結びつかない

悲劇であることは間違いないのだ。

 

ジョーカーになってしまう主人公アーサーの

家庭環境は酷すぎる。

父親も母親もめちゃくちゃだ。

 

それが原因となって、

彼は精神障害を抱えて生きざるを得ない。

 

あのジョーカーキャラの最大の特徴となっている、

誤ってキノコのワライタケを食べてしまったような、

マッドで素っ頓狂な笑いは、その症状であり、

重い十字架になって、差別や誤解のもとになっている。

 

そして当然のように極貧の生活を送り、

社会の底辺から這い上がれない。

それでも彼は年老いた母親のために尽くす良い息子なのだ。

 

そんな彼を社会は蔑み、嗤い、潰そうとする。

その中にはバットマンも含まれている。

 

そりゃ可哀そうだ。

そりゃ恨んだり憎んだりもするわな。

そりゃ悪党・犯罪者になってしまってもしかたない。

 

・・・というふうに、

主人公に同情し、部分的に共感し、理解を示し、

この物語を解釈してしまうことも可能だ。

 

でもそんなにクリアに「わかった、理解した」とは

とても言えない。

そう言ってしまうと、とてもつまらない。

何か違う。

原因と結果がそう簡単に結びつくわけではないのだ。

 

●道化の仕事

主人公のアーサーには一つだけ希望の灯がある。

それは仕事だ。

道化の仕事。

もちろん底辺の仕事だが、

少なくともそれは奴隷労働ではない。

 

彼はいやいやそれをやっているわけではない。

人を笑わせることが好きなのだ。

それで自分もハッピーになれると信じている。

生きがいなのだ。

 

そしてそれは彼の夢である

スターコメディアンの道に繋がっている。

 

ロジカルに説明するなら、

アクシデントによってその仕事を失った時から、

彼が自分の中に潜む悪魔に気付き、

Jokerへの変貌が始まる。

 

けれどもやっぱりそう単純ではない。

 

●現実か妄想か

1970年代の最も治安が悪かった頃のNYC。

その負の部分を凝縮したかのような

ゴッサムシティを舞台にした

このドラマの中にはもっと不条理な何かが渦巻いている。

 

そこには機械化による人間性の喪失を描いた初めての映画、

チャップリンの「モダンタイムス」や、

主人公が破滅していく「タクシードライバー」や

「カッコーの巣の上で」などの

1970年代のアメリカンニューシネマの

オマージュも溶け込んでいる。

 

途中挟まれる、

隣人の女への愛が成就したかのようなシーン。

少し後にそれは彼の頭の中の

妄想だったことがわかるのだが、

その他も全て――殺人をはじめ、

この中で起こるドラマチックな出来事すべてが

アーサーの妄想に過ぎなかったのではないか、

という疑惑さえ抱かせる。

 

●「笑う」という行為の奥底に広がる宇宙

これは1週間以上前に観たのだが、

いったい何をどう書いていいのか、わからなかった。

 

そろそろ書けるかなと思って書いてみたけど、

やっぱりダメだった。

 

ただただ、圧倒的なクオリティ。

娯楽映画のはずなのに、その行間にある深淵がすごい。

 

悲劇も喜劇も、悪も正義も、

愛も憎悪も哀しみも、すべてを包みこんだ「笑い」。

 

人間の「笑う」という行為の奥底に

天使と悪魔がせめぎ合う宇宙が広がっている。

 

遥か昔から数多の作家や芸術家たちが、

その宇宙の秘密をつかもうとしてきた。

この映画は漆黒の宇宙に浮かぶ

星のカケラを見せてくれる。

 

僕はフェニックスのJokerに魅了されている。

 


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映画「典座―TENZO―」はおいしい精進料理映画

 

全国曹洞宗青年会が映画を製作した。

今年のカンヌ映画祭・特別招待部門に出品された作品だ。

 

タイトルの「典座(てんぞ)」とは、

禅宗の寺院で僧侶や参拝者の食事を司る役職。

平たく言うと「調理師」「料理番」だ。

 

曹洞宗では日常におけるすべての行いが修行の一環であり、

修行堂において、典座職は特に重んじられている。

そしって典座の教え(典座訓)は調理のみならず、

仏道を歩むうえで非常に大切な教えをたくさん含んでいるという。

 

主人公は修行時代、その典座職を経験した二人。

3・11で寺も檀家も家族も失い、

今は瓦礫撤去の土木作業に携わる僧侶と、

その弟弟子で、

ひどい食物アレルギーの息子を抱えて暮らす僧侶。

 

とても人間臭い若僧らが日々の生活に苦闘しながら、

一般人からの電話での「人生相談」に応じる姿には、

とても美しいものを見た気がした。

 

宗教臭い、小難しい映画ではない。

映像はあくまで美しく、今を生きる人間の呼吸を感じられる。

 

もちろん、いわゆるエンターテインメントではないが、

「おいしい精進料理映画」といった趣だ。

 

同青年会が映画製作を思い立った理由として、

3・11以降、自分たちが「求められる」と感じており、

世に活動を見せたい、奮闘する姿を知らせたいという思い、

また、自分たちを鼓舞したいという思いががあるようだ。

 

彼らの思いとは違って、

僕には世界の宗教離れはますます進んでいると感じている。

江戸の昔、地域のお寺には人生のすべてが詰まっていたが、

今は子育ても、教育も、医療も、人生相談も、冠婚葬祭も、

すべてが産業化されてしまった。

 

その中で僧侶は、、お寺は、いかにして生きていくのか?

社会のために働けるのか?

大きな課題となっている。

 

実は月刊仏事の連載企画「寺力本願(じりきほんがん)」で

この映画の主人公を演じた、

山梨のお寺の僧侶を取材することになっている。

 

この映画を体験した意義、

日本の、世界の観客の反応について訊いてみたい。

 


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東京ブラックホールⅡ 「老いた東京」は美しいか?

 

●夢と希望にあふれていた1964の光と闇

Nスペ「東京ブラックホールⅡ」を観た。

10月13日(日)と16日(水)※15日深夜 の放送。

 

一昨年(2017年)8月放送の

「戦後ゼロ年 東京ブラックホール」は

タイトル通り、戦後直後の東京を描いていた。

 

それに対し、回はそれから約20年後。

人口1000万人の巨大都市に育ち、

高度経済成長の最中の

「日本が最も夢と希望にあふれていた年」と

持ち上げられることが多い1964年。

前回の東京オリンピックの年だ。

 

もういろんな人が言ってるけど、

「最も夢と希望にあふれていた」というのは、

半分真実、半分欺瞞。

結局、社会の内情は現代とさして変わらない。

 

変わったのは、現在は外国人労働者などに頼っている

底辺の労働力を、

55年前は地方の農村からの出稼ぎ労働者や集団就職の若者

(東京の場合は東北地方からが多い)が担っていたということ。

 

オリンピック開催を迎えて

好景気に沸く東京。

仕事はいくらでもあったようだ。

 

●過酷な労働環境

産業振興・経済発展が優先された時代なので、

労働時間の長さ・過酷さは現代の比ではない。

 

パワハラ、セクハラはもちろん、

カローシなんて言葉もない、

 

つまり概念として存在してないから、

実質的な過労死者も、当たり前のように続出していたようだ。

人権なんかも現実問題として、どれくらい認められていたか怪しい。

 

ここで働いていた若者たちというのは、

現在の70代以上の人たちだ。

 

僕が子どもの頃や若い頃、

周囲の大人はみんな口をそろえて、

「世の中きれいごとじゃねえ」と言っていた。

 

こんなドキュメンタリーを見ると、なるほどと頷かざるを得ない。

「よくぞかこんな世界の中で生き残り、生き延びてきましたね」

と、改めて頭が下がる思いがする。

 

番組内のナレーションでも語られている通り、

光が眩しい分、影も濃いのだ。

その舞台裏がいかにひどかったか、

国の体面のために、いかに多くの人たちが

悲惨な目にあったか。

 

オリンピック応援団のNHKが、

これだけ前回のオリンピックに対して

批判的な表現ができるというのも、

ちょっと面白いし、安心できる気がする。

 

●ドラマ+ドキュメンタリー×合成映像

この番組はドラマ仕掛けの基本的にドキュメンタリーだ。

山田孝之演じる主人公は、2019年に生きる若者。

売れないマンガ家で、アルバイトで食いつないでいるという設定。

 

その彼が過去にタイムスリップし、彼の視点で1964が描かれる。

俳優以外はすべて本物の映像が使われている。

「戦後ゼロ年」の時も驚いたが、 

よくこれだけ貴重な記録映像を集めてきたものだ。

 

それを優れた技術で、俳優の演技部分を合成させており、

ほとんど違和感を感じさせない。

 

こういうところもさすがNHK、

さすがNスペと、素直に感心した。

 

ドラマの部分は、あくまでドキュメンタリーを見せるための

演出手段なので、かなり大ざっぱなつくりだが、

ラストシーンはとても良かった。

 

現代に戻った主人公は2020年になり、

自分の作品(マンガ)を発表。

それを抱えて都内のあるバーに行く。

 

バーは「KOYUKI」という店名だ。

主人公はそのオーナーと1964年に出会っていた。

秋田からやってきた、昼間は団子屋の娘、

夜はバーテンダーとして働く女の子。

彼女は自分の店を出すのが夢で、

彼は自分のマンガを出すのが夢で、

淡い恋愛もあった。

 

彼は自分のマンガをその夢をかなえた女に

プレゼントし、ドラマは締め括られる。

 

タイムスリップものにはよくある設定だが、

こうしたSF風抒情的なシーンには

滅法弱いので、つい涙ぐむ。

 

●今、はるかに生活環境はよくなったけど

「年老いた小雪さんは美しかった。

年老いた東京は・・・美しいだろうか?」

 

主人公のモノローグで物語は締めくくられる。

「年老いた東京」というのは新鮮な響きがあった。

 

55年前より、はるかに衛生的で、はるかに安全で、

はるかに豊かで、はるかに便利で、

はるかに命も人権も重んじられるようになった東京、日本。

 

本当はありがたく思うべきなのだろうが、

それがイコール幸福に繋がるかというと、

そうならないのが人間のやっかいなところ。

 

はるかに生活環境はよくなったものの、

年老いた東京、日本。

 

ちなみに1964年の平均年齢は29歳。

現在は45歳。

16歳も若かった55年前。

 

「2020東京」は「1964東京」ほどの熱狂は起こさないだろう。

また、起こす必要もないと思う。

 

ビッグイベントに頼っても、年老いた東京は若返らない。

人の心を根っこから揺り動かすことはできない。

そんな時代はもう終わっている。

 

東京を、日本を若返られせるのは、ひとりひとりが抱く

新しい夢の形だ。

 

でも、それがなかなか見えてこないので、

みんな、じんわりと息苦しい。

 


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食欲のないお話

 

「食欲のないお話」というのは、

高校演劇でやった芝居の題名だ。

 

全ての欲望を制御した未来人たちは、

食事も錠剤一つでOK。

 

南極だか北極だかで氷漬けになっていた古代人、

つまり現代の僕らを掘り出し、

興味を持っていろいろ実験する

というSF話だった。

 

ちょっと星新一のショートショート

みたいな話だったような気がするが、

細かい所は忘れてしまった。

 

登場人物がコオリ博士だの、レイコだの、ユキノだの、

クールな連中だったことだけ憶えている。

 

なんでそんなことを思い出したかというと、

ここ数日、久しぶりに体調不良で2回ほど嘔吐。

胃がむかついて食欲がなく、

リンゴを薬代わりに食べていたからだ。

 

すりおろしたリンゴがおいしい。

ほとんど離乳食である。

リンゴが出回る季節でよかった。

 

リンゴがあれば医者いらず。

あなたもちょっと胃腸の調子を崩して

食欲が亡くなったら、

リンゴに頼ってみてください。

 

 


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かなりヤバそうな「人間失格」

 

「わたしは灰皿なんか投げないですよ」

と言ったかどうかわからんが、

今朝のテレビで蜷川実花監督が出ていた。

 

よく知らない人は、どうも怖い女、

怖い監督のイメージで自分を見ているようだ、

と話していた。

 

父親(舞台演出家の故・蜷川幸雄氏)のイメージが

まとまりついていると言う。

「あの世から営業妨害されてます」

というセリフで笑った。

 

ちょっと見てただけだが、とても可愛い女性だ。

 

その蜷川監督の新作映画が

「人間失格 ~太宰治と3人の女たち」

 

太宰治は小栗旬。

3人の女をやるのは、宮沢りえ、沢尻エリカ、二階堂ふみ。

端役らしいが、藤原竜也まで出ている。

 

すごいキャスティング。

これはヤバすぎる。

 

ちらっと出てきた映像は、まんま「ヘルタースケルター」の極彩世界。

 

しばらく映画館に行ってないが、これはぜひ観たいなぁ。

 


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田町駅のペディストリアンデッキの鳩

 

「鳩がクソを垂れて飛び立つ」

 

これは平成の終わりとともに逝った名優、

ショーケンこと萩原健一の代表作

「傷だらけの天使」の第1話の冒頭にあるト書きだ。

あの名作はこの1行から始まった。

 

この脚本を書いた故・市川森一氏は

「傷だらけの天使とは何だったのか?」と回想した際、

自分で書いたこのト書きに,

その答えを発見した、と語っていた。

 

「鳩=平和のシンボル。

 傷だらけの天使とは、1970年代の平和と繁栄の“クソ”だったのだ」

 

今日、仕事(三田の方で取材があった)で

久しぶりに田町駅で降りたら、

三田方面に向かうペディストリアンデッキの手すりの上に、

あまり美しくない鳩がズラリと居並んでいた。

 

女の人などは、汚いものを見るようにイヤ~な顔をして通り過ぎていく。

 

鳩が平和のシンボルだと言われても、

今や「?」の人が多いのではないか。

僕たちは平和にも繁栄にも慣れ切ってしまっている。

 

でも、巨大なビルが立ち並び、

あまり人が始終行き交う大都会の真ん中で、

僕たちのようにあまり美しくもなく、強くもなく、特別でもなく、

もちろん偉大でもない、平々凡々とした鳩たちが、

わやわや集まって仲良く生きている光景を見たら、

やっぱり平和とはいいものだよなと思った。

PEACE。

 


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さらば平成――みんなが昭和に帰りたがった30年

 

平成もいよいよ残り1週間ということで、家族で「平成の最高傑作映画」は何か、議論した。

ギロンと言うと大げさだけど、ま、めしの時に話してたわけです。

「平成の」と冠詞が付いているので、邦画限定。

 

僕としては岩井俊二監督や是枝裕和監督の作品を選びたいところだが、クオリティの高さにも関わらず、このお二人の映画はあまり一般受けしているとは言い難い。

 

そこで選んだのは「ALWAYS 三丁目の夕日」である。

選んだと言っても僕とカミさんと息子の3人の意見が一致しただけです。

あとはアニメ部門として、ジブリの「もののけ姫」と「千と千尋の神隠し」。

 

興行収入の面から見ても「ALWAYS 三丁目の夕日」は、トップクラスだと思う。

そして、そこから平成とはどういう時代だったのか、時代精神が見えてくる。

 

「昭和に帰りたい」

 

これこそが平成の本質だったのではないか。

あくまで僕の印象だが、平成前期、日本人の心は荒れに荒れた。

 

バブル経済から始まり、あっという間にそれが崩壊。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と胴上げされて宙に舞ったと持ったら、ドカンと落されて愕然としているところに、

阪神淡路大震災。

続いて、自分たちの妄想を現実にしてしまおうとする、

オウム真理教の地下鉄サリン事件が起きた。

 

さらに続いて神戸の連続児童殺人事件など、子どもの妄想狂の不可解な犯罪、

精神がイカれてしまったような連中の、

あたかもホラー映画のような殺人事件が頻発し、

それまでとはまったく違った社会が始まってしまった。

 

そして、経済の落ち込みがそれに拍車をかけた。

 

大勢の人がその地殻変動に恐れ戦き、

ああ、昭和はあんなに幸せだったのに・・・と過去を美化した。

 

昭和だって不可解な事件は山ほどあったはずだが、

情報化が進んでなかったせいで

表に出てこなかっただけだと思う。

あるいは隠ぺいされていたか。

 

いま振りければ、社会全体が格段に貧乏(ビンボーだけど幸せだよねなんて言ってる余裕のある人は、本当の貧乏人ではない)だったし、差別もセクハラもパワハラも横行していたし、人権だってないがしろにされていた。

 

昔が良かったはずはない。

 

けれども、いやなこと・ダメだったことに目を瞑り、

いいこと・楽しかったことだけをかき集めて貼り合わせ、

心の中に「懐かしい、ハッピーだった昭和」を築いた。

 

そうしなければ、みんなの精神のバランスが崩れてしまっていたかもしれない。

 

「みんなが昭和に帰りたがった時代」というのがあまりに後ろ向きというなら、

「みんが昭和とは何だったんだろう?と検証した時代」と言い換えてもいいかもしれない。

 

文化的にも新しいものは生まれず、昭和生まれの文化の焼き直しが目立った。

 

平成生まれの、うちの息子のような若い連中も

昭和文化の方が圧倒的に面白いと言う。

 

最近はネットのアーカイブの発達・充実で、

いつの時代のものも見放題・研究し放題。

彼は僕より昭和カルチャーについて詳しいくらいだ。

 

だけど、そんな30年に及ぶ流れも令和になったら終わる。

たかが元号が変わるだけだけど、この国において言霊は強力だ。

 

もう十分に検証も終わって、来年のオリンピック・パラリンピックを境に、昭和は彼方に遠去かっていくだろう。

 

さらば平成、さらば愛しき昭和よ。

いったいこれからどうなってしまうのか?

たぶん令和がどうなるか、最初の3年で時代のトーンが決まると思う。

 

楽しみもあるけど、僕はやっぱり恐れおののいています。

あなたはどうですか?

 

とりあえず、ゴールデンウィークは

「ALWAYS 三丁目の夕日」を見て心を休めようかな。

 

 

 

 

 


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茨城県の納豆―カレーーアニメ―あんこう―ライブの不思議な螺旋現象

 

 納豆カレー、メロンカレー、栗カレー、しじみカレー。

 あなたが食べたいカレーはどれですか?

 

 これらのカレーはいずれも「マイナビ農業」の茨城県タイアップ記事の取材で出向いた、笠間市のドライブインにあったお土産。

 

 カレーになっている納豆、メロン、栗、しじみは茨城の名産品。

 いずれも全国有数の産出量を誇ってます。

 

 カミさんに話したら、他の3つはおいしそうだが「メロンカレーはNG」とのこと。

 彼女はメロンファンなので、おいしいメロンちゃんをカレーにぶちこむのが許せないらしい。

 

 僕が疑問だったのは納豆カレーのパッケージ。

 どうしてアニメのメイドちゃんなのか?

 裏を見ると「ご主人様に健康に良いものを召し上がってもらいたくて作りました云々」と、メイドちゃんのナレーションで書いてあります。

 

 一緒に行ったカメラマンが茨城には「アニメの聖地があるからだよ」という情報を得て調べてみたところ、あった~!

 

 人気アニメ「ガールズ&パンツァー」。

 

 2012年秋の放映開始以来、舞台になった茨城県の小さな港町・大洗はいまなおガルパンの舞台として多くのファンが訪れています・・・とのこと。

 

 全然知らなかった。

 

 昨年11月の大洗の「あんこう祭り」の時は、メインキャスト(声優?)にやってきて、テーマソングのライブもやったらしい。

 うーん、これが納豆カレーのメイドちゃんに繋がっているのか、と妙に感心しました。

 

 全国魅力度ランキング最下位の茨城ですが、納豆―カレーーアニメ―あんこう―ライブといった不思議な螺旋現象はなかなか魅力的です。

 


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アナ雪を鑑賞して想い巡らせる男と女の未来

 

 子どもの時に出会う物語は、実体験と同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に重要で、脳の奥深くに沁み込んで、その後の人生全般に影響を与えるのではないかと思う。

 

 なんでそんなことを言い出したかというと、正月の3日に「アナ雪」をテレビでやってたので、また見てしまったからだ。

 このお話を見た女の子は大人になった時、これまでの女性――母欧亜や祖母の世代とはだいぶ違った世界観・男性観を持つに至るような気がする。

 

 「アナ雪」は文学性も兼ね備えたエンターテインメントだ。

 観客のメインである少女(および大人女子全般も)の心をしっかり掴む、よくできたストーリー展開になっている。

 

 そして制作陣がどの程度意識しているかは分からないが、世界各地に国家というものが出来て以来、女性がどう扱われてきたかの歴史が凝縮されて入っている。

 

 考えてみれば女性が全般的にこれほど社会で活躍できるようになったのは、ほんのこの数十年―ー僕が大人になった後のことである。

 

 というわけで気が付くと、こっちも頭の中が女の子になっていて、ハンス王子の悪行が明かされるシーンでは「こいつは絶対ゆるせーん!」と叫んだりしている。

 

 日本の貴族や武家もそうだが、欧州の王侯貴族の間では権力を手にするために、彼が仕組んだような陰謀はほとんど日常茶飯事だったのだろう。

 で、たいていの場合、女はその道具にされてきた。

 

 もう一人の男のクリフは30年前のバブリーな時代だったら「いい人なんだけどねー」で終わっていそうなタイプ。ところが現代では見事にアナのハートも、たぶん観客の大半の女の子のハートも射止めている。

 時代はいい人に順風を送っているようだ。

 

 そんなこんなでまた楽しめたのだけど、この作品を観た後は、いつも漠然とした不安に駆られてしまう。

 

 これからの男の存在意義って何? 

 

 だって女だけで暮らしが成り立っちゃうじゃん、幸せになれちゃうじゃん、という感じがしてしまう。

 

 エルサやアナも子どもが欲しくなったら、男なんて別にいらんからと言って、精子バンクから精子を調達してきそうだ。

 

 というのは冗談だけど、少なくともマッチョなヒーローみたいな男はいらんポイ。

 労働もAIやロボットにお任せになったら、スポーツ・芸能・芸術などの分野で花を咲かせるか、そんな才能がなければクリフのようなサポート役になるか、しかなくなってしまうのでは・・・?

 

 そんなことを考えてると、頭の中はすっかり普段の男に戻ってて、ハンスも末子王子なんていう辛い立場なので表舞台に立つには、ああした陰謀を企てるのもしかたないよな、あいつも人生大変だよな、牢屋にぶちこまれてしまってこれからどうなるんだろう、何とか情状酌量してやってくれんかね?・・・なんて結構同情的になってしまうのだ。

 


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Moher&Daugthter:フロリダ・プロジェクト&レディ・バード

 

 高田馬場の早稲田松竹に映画を観に行った。

 「フロリダ・プロジェクト」と「レディ・バード」の2本立て。

 この映画館はいつもテーマを設けて常に2本立てで上映している。

 今回は「Moher&Daugthter 大切な時間を過ごしたあの場所」というテーマだ。

  フロリダ・プロジェクトは息子のおススメ作品の一つ。

 最近の新しい映画や小説や漫画の情報は息子頼みだ。

 

 舞台はディズニーワールド付近の安モーテル地域。

 真っ青な空のもと、観光客をターゲットに、極彩色のフェイク感たっぷりのモーテルやギフトショップや飲食店が立ち並ぶ。

 そのモーテルの一つはシングルマザーらの住処になっていて、主人公の母娘もそこでひと夏を暮らしている。

 

 6歳の娘のワルガキぶり、その母親のBitchぶりがすごいパンチ力だ。

 

 見た目30出たとこのこのかあちゃんは、実はかあちゃんじゃなくて、15歳で妊娠・出産しちゃった娘の子を引き取ったのだという。

 つまりこの母娘は、ホントはばあちゃんと孫娘というわけだ。

 

 いわゆる底辺に生きる人たちを子供の目線から描いており、ちょっとファンタジックでコミカルな世界が広がる。

 その中でリアル感を発散しているのがモーテルの管理人のおじさん。

 このろくでもない母娘に手を焼きながらも、観ていて泣けるほど優しく暖かくてシブくてカッコいい。思いっきり感情移入してしまった。

 

 最後の方になんと本物のディズニーワールドが現れるのだが、このラストシーンはめちゃくちゃ斬新だ。

 

 

 「レディ・バード」はカリフォルニア州サクラメントの高校からニューヨークの大学に入学する女の子の青春&ファミリードラマ。

 

 サクラメントというのは行ったことないけど、この映画で見る限り、田舎町といえどもそこそこ豊かで、余計な夢や野望など抱かず、適当に周りと合わせていればぬくぬく暮らせるような街。

 日本でいえば、昔の名古屋みたいなところかなぁ。

 

 主人公の自称レディ・バードはそこから飛び立ちたいと願って母親と衝突するのだけど、これはこの子どもと母親・父親の両方の気持ちになれて面白かった。

 齢を取ると、こうした青春&ファミリードラマは二重に楽しめる。

 

 

 早稲田松竹は昔ながらの面影を残す、好きな映画館の一つだ。

 古い体質なのかも知れないけど、映画は基本的に家では見ないので、こうした街の名画座があるのはとてもありがたいし、がんばってほしい。

 


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恐竜の唐揚げ

 

 映画「ジュラシックパーク」では人間が肉食恐竜のチラノサウルスやヴェロキラプトルに襲われ食われてしまうが、人間は日常的に恐竜を唐揚げや鍋物や焼き竜などにして食っている。

 そう、恐竜とはニワトリのことだ。

 

 近年はニワトリが恐竜の末裔だという説がメジャーとなり、実際にアメリカやチリの大学の研究者の間で「逆進化」の研究がされているらしい。

 

 これはニワトリを遺伝的に操作して、その遠い祖先の隔世遺伝的特徴を取り戻させて、恐竜に似た生物をつくり出そうとする研究で、すでにその気になれば実現できる段階まで来ているようだ。

 

 ちょっとにわかには信じがたい話だが、すでに最初の「ジュラシックパーク」が作られた頃からこの分野の研究は進められていたらしい。

 先日はクローン犬ビジネスの話をしたが、遺伝子工学の進歩は、まさに「事実は小説より奇なり」の領域に達している。

 

 そういえばこの春、マイナビ農業の仕事で都内のある牧場に行ったとき、割とでかい雄鶏が放し飼いにされていて、そいつがしつこく嘴で攻撃を仕掛けてきた。

 ジーパンをはいていたので特にけがなどはしなかったが、半ズボンだったらふくらはぎのあたりをガシガシやられ血だらけになっていた可能性もある。

 

 後から思い返すと、前夜の夕食に鶏の唐揚げを食べていた。

 ぬぬ、もしや仲間の敵討ち?

 

 だったのかどうかはともかく、軍鶏みたいなケンカ屋じゃなくても、ニワトリのオスはなかなか凶暴で好戦的だ。

 そしてよく見ると、たしかに恐竜に似ている。

 脚がもう何倍か太かったらますます似ている。

 まさに「チキノザウルス」だ。

 

 僕を含め現代人は自分で鶏を押さえつけて

シメるという経験がないので、わりと怖い。

 あいつらが恐竜だと思うともっと怖い。

 もう怖くてチキンは食べられない。

 ――というのは大うそで、今日のお昼も恐竜の照り焼きを食べた。

 

 にしても何らかのインセンティブが働いて倫理的問題が氷解すれば、そう遠くない将来、チキノザウルスが歩き回るジュラシックパークが生まれるかもしれない。

 


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