怪談よりミステリー、お化けより怖いのは人間

 

僕が子供のころ、昭和40年代あたりは、

妖怪ブームなるものがあって、

夏となれば必ず映画やテレビで怪談・お化け物を

やっていました。

もちろん、今でもあるにはあるのですが、

あのころとはちょっとニュアンスが違う。

 

今はお化けの話や妖怪の話に代わって

ミステリー小説があります。

恐ろしい殺人事件が起こる。

その背景にある人間の心の闇。壮絶なドラマ。

人殺し・死に関わる物語が、読者をドキドキさせ、

震え上がらせる。

いささか不謹慎に聞こえるかもしれませんが、

そうしたミステリー小説なるものが、

僕たちにとってめっちゃ面白い。

 

そして同時に思うのです。

日本人はこの50、60年の間に、

「本当に怖いのはお化けよりも人間だ」

「妖怪の正体は人間なのだ」ということをしっかり学んだのだと。

 

そんなわけで僕たち、現代の日本人は、

お化けや妖怪の話は水木しげるの漫画や京極夏彦の妖怪小説

(これもまた一種のミステリーですが)にまかせて、

せっせとミステリーを読み、

テレビや映画で見ることが習慣づきました。

提供する出版社・映画会社・テレビ局にとっても

これはおいしいビジネスとなるジャンルなので、

懸命に才能ある書き手を発掘します。

 

今日、訃報が伝えられた東野圭吾さんはその第一人者でした。

ミステリー小説は映画やドラマでビジュアル化すと、

つまらなくなるものが少なくないのですが、

東野さんの作品はどれも面白く、

映画化・ドラマされれば、ほぼ間違いなくヒットしています。

人間がしっかり描けているので、

作り手もやりがいがあるのでしょう。

僕が初めて見た東野作品映画は

「白夜行」(深川栄洋監督・2011年・ギャガ)でした。

主演の堀北真希が哀しく美しく、すごくよかった。

 

東野さんは平成・令和を代表するスター作家でしたが、

日本におけるミステリーの歴史は、

社会が豊かになる過程とリンクしていると思います。

 

江戸川乱歩の時代は、ミステリーの類は

「探偵もの」「怪奇もの」で、

子どもの読み物、もしくは低俗な娯楽で、

いい大人が堂々と読むものではないと思われていました。

 

大勢の戦死者を出した太平洋戦争の前後は、

死や殺人を取り扱う話なんて

ご法度に近い雰囲気があったでしょう。

 

そんななか、昭和30年代に一躍、国民的作家となった松本清張は、差別問題や政治・財界の裏など、

社会の闇を殺人事件の背後に描いた「社会派推理小説」で、

日本における現代ミステリーの基礎を築きました。

 

それから昭和後期にかけて日本社会がどんどん豊かになるにつれ、

僕たちは無意識のうちに

「お化けや幽霊より怖いもの」を求めるようになりました。

あえて嫌な言い方をすると、生活に余裕ができた僕たちは、

たとえ架空の話とは言え「死や殺人を楽しめる心の余裕」も

できたのだと思います。

 

僕より少しだけ年上の東野さんは、

そうした日本社会の変貌、

そして日本人の心が、愛や夢や欲望によって、

どう歪み、どう変化してきたのかを体感しながら

ミステリーの世界を開拓していきました。

昭和・平成・令和を体験してきた僕たちの心に響くよう、

「怖い人間」を時に美しく、哀しく、

ときにユーモアを交えて描き出した、優れた書き手でした。

作家は亡くなっても、作品は残り続ける。

まだまだ彼の小説、映画、ドラマを楽しみたいと思います。

 

東野圭吾さんのご冥福をお祈りします。

 


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江ノ島マイアミビーチの弁天様と名物・海苔羊羹

 

昭和35年といえば、僕が生まれた年。

この年の「江ノ島マイアミビーチの女王」はこんな方々でした。

今では江ノ島と言えば、海水浴場と水族館ですが、

忘れてはいけないのが、江ノ島神社です。

祀られているのは、学問と芸御術の女神・弁財天なので、

言ってみれば、彼女らは

ビーチに舞い降りた弁天様でもあるのです。

弁天様とマイアミという、日米混合イメージが成立するのは、

いかにも昭和真っ只中、イケイケドンドンの高度経済成長期に

ふさわしい企画です。

 

 

 

この写真が展示されているのは、

明治35年(1902年)創業の「中村屋羊羹店」です。

海と羊羹って、現代的感覚ではなんだかミスマッチですが、

江戸時代までの江ノ島は、江ノ島神社以外、

海水浴場も水族館もない、、

観光・レジャーとはほとんど無縁な漁師町でした。

 

もともとこの羊羹屋さんはその漁師町で

駄菓子屋を営んでいたそうですが、

明治時代の主人が弁天様を参拝するお客さんの

「おみやげ」を作ろうと、

羊羹に地元の海苔――養殖でなく、

島の岩場一面に付着していたもの——を混ぜて、

「弁天海苔やうかん」を開発。

これがヒットし、

弁天海苔やうかん→弁天海苔羊羹は江ノ島名物に。

 

江ノ島神社にお参りし、江の島岩屋(洞窟)をめぐった僕たちは、

しらす丼の昼食の後、デザートとして、

この中村屋羊羹店で名物羊羹セットと

わらび餅セットを賞味しました。

 

 

羊羹セットは、普通の小豆羊羹と、芋羊羹、

夏に嬉しい塩羊羹、そして件の海苔羊羹と4色そろい踏み。

どんなものだ?と試した海苔羊羹は、

海苔の香りが羊羹の甘さと見事にブレンドされ、

独特の味わいがあっておいしい。

これに「冷やしレモン抹茶」なる、

苦味と酸味の利いた冷たい抹茶との相性が抜群です。

 

140年の歴史を持つ老舗店だけあって、

店内はレトロムード満載。

江ノ島神社・江の島岩屋に行く機会があったら、

ぜひ立ち寄ってみてください。

 

 

それにしても先週、江ノ島に行っておいてほんと良かったと、

今週はしみじみしています。

水族館だけなら猛暑日、酷暑日でもOKだけど、

屋外を歩かなくてはならない江ノ島神社や洞窟探検に行くのは

とても今週のような猛暑日・酷暑日では厳しい。

カミさんなんぞは

「夏はあの日だけでもう十分」と漏らしています。

今年の夏はこの江ノ島旅行(日帰りだけど)の体験を

スルメのようにしゃぶって過ごします。

 


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noteマガジン「れいわ伊勢ものがたり」本日発刊

 

昨年末の公開以来、noteで1.4万ビューを獲得した記事

「赤福餅VSお福餅 300年におよ宿命の和菓子対決」が

まとめて読めるようになりました。

新たに「逆襲のお福餅」、そしてお伊勢参りの情報ページを追加。

写真・画像マシマシでお届けします。

 

マガジン「れいわ伊勢ものがたり」無料版

https://note.com/oribe4note/m/ma58a7f0729a9

 

もくじ

まえがき  

其之壱 ええじゃないか、おかげ犬 

其之漆 赤福餅VSお福餅 宿命のライバル和菓子対決  

其之捌 外宮のコッコちゃん  

 

 

マガジン「れいわ伊勢ものがたり」有料版(¥660)

https://note.com/oribe4note/m/mf3c3eadd5842

 

もくじ

まえがき  

其之壱 ええじゃないか、おかげ犬  

其之弐 昭和の浮世絵師が描いたおかげ参り屏風絵

其之参 伊勢の歴史が詰まった図書室のある民泊

其之肆 伊勢の名物料理はギョーザで決まり!

其之伍 『砂の器』の旅館で松坂牛とカキフライ

其之陸 二見浦の海を見てカエルについてカンガエル

其之漆 赤福餅VSお福餅 宿命のライバル和菓子対決 

其之捌 外宮のコッコちゃん  

其之玖 内宮と五十の鈴の音

其之拾 おかげ犬へのおもてなし

其之拾壱  伊勢参りプロデューサー「御師」の宿を訪ねる

其之拾弐  さらば御師 さらば江戸のエンタメ伊勢参り

番外編 逆襲のお福餅

あとがき

付録:お伊勢参りを楽しくする情報源一覧

 

ガイドブックに載っていない、楽しい伊勢旅行体験・考察記。

どうぞご賞味ください。

 


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映画「サムライの子」:底辺を生きるしょーもない大人と賢い娘

 

アマプラでまた日本の古い映画を観ました。

1963年公開で、製作は日活。

これは今どきの映画・ドラマではお目に掛かれない傑作です。

 

「サムライの子」といっても時代劇ではありません。

バタ屋(今どきの言葉絵呼べば「廃品回収業」)の人々が

ゴミを拾うためのトングを腰に差して街を歩く姿が、

刀を差した侍(サムライ)のように見えたので、

そう呼ばれるようになったのだそうです。

 

戦後の貧しい時代の日本社会を必死で生きる人々の

生々しいエネルギーやたくましさ、そして愛情の深さを

ユーモアを交えて描いています。

 

主人公の少女ユミは、ボロは着てても心の錦。

凛としていて美しく、

大人・社会を見つめる透き通った目に魅了されます。

もし小学生のときにこんな女の子と出会っていたら、

ドギマギしていただろうな。

 

小沢昭一と南田洋子演じる父・母は、この賢明な娘から見て

「絶対こうなってはいけない、しょーもない大人」

として、かなり絶望的に描かれています。

 

ろくに働こうとしない。

競輪で儲けても酒を飲んで使ってしまう。

ろくに勘定・計算ができず、知能未発達。

そんな境遇を人のせい・社会のせいにして自分を甘やかす。

 

つまり、ユミの両親は大人でありながら

精神的に未熟で幼稚な生き方しかできないのです。

しかし、健気で賢い子どものユミは二人を

愚かな人」として見捨てることなく、

彼らのダメなところをそのまま受け入れ、

愛情を抱いて一緒に生きていこうとします。

 

あれ?これって親子としてまったくあべこべじゃないの?

そうなんです。

この「あべこべな人間関係」こそ、この映画の見どころなのです。

ちなみに、こういう親子って、

現代の家族の現実にもありそうですが。

 

人間のズルさと、底辺の生命力。

無垢ゆえの狂気と愛。

 

スラムのどん底の生活を単に悲惨なものとして描くのではなく、

人間の持つ生々しいエネルギーや

たくましさを引き出す脚本を書いた今村昌平の筆力。

そして、名優・小沢昭一と南田洋子の役者魂炸裂の演技は、

笑いとともに僕たちの心の奥底にある

根源的な悲しみにリーチします。

 

舞台の北海道小樽市は、

原作者である児童文学者・山中恒が少年時代に暮らした街で、

戦後期にはこうした「サムライ部落」が実在したそうです。

 

ちなみに小樽だけでなく、

北海道では明治後期から開拓民や流れ着いた

人々の貧民窟が各地に作られていました。

戦後は引き揚げ者や職を持たない人々もそこに住み着き、

こうしたバタ屋で生計を立てる人が多かったようです。

 

60年昔への時間旅行はカルチャーショック絶大で、

貴重な昭和体験にもなり得ます。

復興期・高度計経済成長期に興味のある人、

「日本にもこんな時代があったんだ」ということを

知りたい人にはぜひ見てほしい作品です。

 


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クラゲファンタジーと海を駆けるクラゲ

 

新江ノ島水族館。

僕はタコ推しで、巨大タコのエンターテイナーぶり、

さらに、無脊椎動物であるタコが有する異常に高い知能と、

19世紀イギリスのSF作家ウェルズが発案し、

その後、宇宙人のスタイルの定番となった

「タコ型宇宙人」との関連性について書きました。

 

が、しかし、新江ノ島水族館における一般的なイチ推しは、

やはり「クラゲファンタジー」でしょう。

小田急線・片瀬江ノ島駅にも、

そして、水族館入口にも、クラゲ、クラゲ、クラゲ。

クラゲは新江ノ島水族館の顔・主役なのです。

 

展示スペース「クラゲファンタジーホール」は、

館内見学ルートのちょうど真ん中あたりにあります。

ユーモラスでファンタジック。

美しく、かわいらしいクラゲの泳ぎ、

というか「浮遊」に心癒されます。

 

さて、クラゲといえば、

どうしても僕は息子のことを書かずにはいられません。

以下は10年ほど前、

「天才クラゲ切り:海を駆けるクラゲ」と題して、

ブログに書いたエッセイです。

 

天才クラゲ切り:海を駆けるクラゲ

 

「クラゲ切り」とは聞きなれない言葉だと思いますが、

要するに石切りのクラゲ版です。

息子は石切りが得意で、川に行くと平らな石を拾ってきては

ピピピと飛ばして遊んでいました。

それが海では「クラゲ切り」というわけです。

 

彼がチビのころは毎年、

鎌倉や湘南の海へ海水浴に行っていました。

仲のいい友だちも含め、

3~4人の子どもをまとめて連れて行く小旅行です。

これは小学四年生くらいまで夏休みの恒例行事でした。 

 

その日はまだ8月初旬。

藤沢から江ノ電に乗り、

終点・鎌倉の三つ手前「由比ヶ浜」に到着。

駅から10分程度歩いていよいよ海です。

波もほどほどにあり、子どもたちはサーフィンの真似事などをして大はしゃぎしていました。 

 

けれども僕は入ってしばらくすると異変を感じました。

何か半透明の白いものがあちこちにぷかぷか浮かんでいる。

 

クラゲだ。

 

異変とはミズクラゲがうようよいることだったのです。 

 

ところが、あろうことか息子たちはこのクラゲを捕まえて、

「クラゲ切り」を始めました。

クラゲを平たい石に見立て、

海面へ向かって石切りのごとく投げるのです。 

 

「クラゲが石のように跳ねるわけねーだろ」と、

ふつう思うが――しかし! 

息子がサイドスローから繰り出したクラゲは、

ピッピッピッピツピッと、

5回ほど(スピードが速くて数え切れない)海面を跳ねたあと、

海中に沈む。 

 

「まさか、あり得ねー」という光景が目の前で展開します。 

それはTVゲームの黎明期を飾った、

かのスペースインベーダーが宇宙空間をスキップするかのような動きでした。

子どもたちは次々とクラゲを切りまくり、

多いときには7回でも8回でも海面上をクラゲが跳ねました。 

 

そう言えば、「おさるのまいにち」

(作・絵:いとうひろし/講談社)

という絵本のなかで、南の島で平和に暮らすおさるたちが

毎日バナナを食べて、おしっこして、カエル投げをして遊ぶ・・・

というフレーズがありましたが、

あの「カエル投げ」とはこれと似たものなのかと、

このとき初めてリアルに理解できました。

 

のんびりぷかぷか浮かんでいたクラゲはいい迷惑だと思いますが、

意外と、滅多にないスリリングな体験ができて楽しかったのかも。

そのあたりの気持ちはクラゲに聞いてみないと分かりません。 

 

というわけで遊んで、帰りも江ノ電に乗り、

夕暮れの海に別れを告げて帰宅。

息子とその友だちは家に泊まり込んで大騒ぎの状態でした。

子どもを連れて海に出かけたのは、

その日が最後だった気がします。

 

それにしても、いま振り返ってもすごい。

「うちの子、天才!」と親ばか丸出しで叫びたいくらいでした。

「クラゲ切りワールドカップ」があったら絶対優勝できると、

その時思いました。

この類まれなる才能を伸ばすため、

僕は「クラゲ切り養成ギプス」

を開発しようかと考えたくらいです。

やはりどんな子どもにも必ず一つは秀でた才能があるのです。 

 

問題はうちの場合、その才能が「クラゲ切り」という、

世の中で何の役にも立たないものだった、ということでしょう。 

でも、あんなエンターテインメントは一度きり。

もう生涯見られないだろう。 

あれで少なくとも十分に親孝行してもらったので、

あとは自分のために生きてほしい。 

 

ちなみにこの息子は、今年30になり、

製本会社で働きつつ、、短歌を作ったり、

読書会などを行う文学サークルで活動しています。

 

ところで万が一、

これを読んで自分もクラゲ切りをやってみようと思ったら、

クラゲはファンタジックな白いミズクラゲですから。

毒のあるクラゲには十分ご注意ください。 

 


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