是枝裕和監督の「箱の中の羊」を観た。
5年前ならこの映画の世界はSFと呼ばれたかもしないが、
これだけAIが普及した今日では、
僕たちのリアルな日常と完全に地続きだ。
人間とAI・ロボットをめぐる物語。
大人と子供をめぐる物語。
家と家族をめぐる物語。
そして、生と死をめぐる物語。
是枝監督の映画は大好きで、ほとんど観ているが、
今回もまた素晴らしい作品を世に送り出してくれた。
心にしみて、今日すぐにはうまく言葉にまとめられない。
後日、また詳しい感想を書いてみたい。
現代に生きる人間がぜひ体験し、
考えてみるべき物語世界だと思います。
興味のある方は、なるべく予備知識なしで観てみてください。
かつてはヤクザ映画を好きになれなかったので、
ほとんど見ていない。
東京に出て来たばかりの頃、社会勉強、教養(?)の一つだと
友達に言われたこともあり、
どこかの名画座で菅原文太の「仁義なき戦い」を見たはずだが、
やたらドンパチやって次々とヤクザたちが死んでいくこと以外、
さっぱり内容を覚えていなかった。
人間ドラマや芸術性など、くそくらえ!
それをなぜか今、急に観てみようという気になって、
アマプラで観たら、めっちゃ面白かった。さすが昭和映画。
コンプラなんぞくそくらえの痛快さで、
どいつもこいつもバンバン銃を撃ちまくり、
みんな血まみれになって、どんどん死んでいく。
こんな映画を1973年から74年(昭和48・49年)の約1年半の間に5本もシリーズで作ったいうのだから、
すごい密度、すごいエネルギーだ。
当時、テレビの普及で、すでに日本映画界は斜陽化していたが、「仁義なき戦い」の大ヒットは、映画の魅力と迫力、
この産業の健在ぶりを知らしめるものだったらしい。
多くの観客は「やっぱ映画はテレビドラマなんかと違うぜ」と、
脳天をぶん殴られたような気持ちになったのだろう。
「映画は娯楽」と言い切る深作欣二監督の演出は、
人間ドラマや芸術性など、くそくらえとばかりに、
これでもかこれでもかと、
アクション、バイオレンスシーンの連続。
しかし、だからこそ、その合間の短い時間に垣間見えるドラマが
濃密で、観客の想像力を掻き立てる。
戦後復興から生まれた物語
「仁義なき戦い」は、
終戦直後の広島の焼け野原から始まる物語だ。
国家による巨大な暴力でボロボロにされた民衆。
その中から立ち上がった義侠心に富んだ男たちが、
社会の理不尽さと闘うドラマ―ーのはずだったのだが、
終盤の坂井(松方弘樹)のセリフにあるように、
彼らは「どこかで道を間違えて」しまう。
菅原文太演じる主人公の広能は、
当初は、ボロい兵隊服をまとった復員兵だが、
非常に純真な心と強烈な正義感、そして度胸を持っている。
彼を中心に、闇市で必死に生きる男たちが結束して、
女性を襲う米兵に抵抗したり、
市を荒らすならず者と闘ったりする序盤は、
熱く、さわやかな一種の青春映画風だ。
その純真さと正義感が仇となって人を殺し、
広能は刑務所に入れられるが、
彼が出所した時、みんなで喜ぶ仲間たちの明るさが心にしみる。
しかし、日本が徐々に復興し、
朝鮮戦争などをきっかけに社会が豊かになるにつれ、
彼らはボロ服を脱ぎ棄て、
上等なスーツに身を包んだヤクザと化していき、
暴力にまみれるようになり、どんどん影を帯びていく。
そして、かつての仲間同士が裏切り合い、
血で血を洗う「身内の戦争」、殺し合いの泥沼となって、
悲劇・惨劇が繰り返される。
生き残る者と消え去る者
彼らを仕切る親分である山守(金子信雄)は、
カネもうけは滅法うまいが、およそ男が惚れる男とは言い難く
、親分としての威厳はほとんどない。
この山守と、いつの間にか取り入って懐刀として暗躍する
槇原(田中邦衛)は、滑稽ささえ感じさせる狡猾な悪党だ。
金子・田中の好演もあって、
ひどく魅力的な「嫌な奴」になっている。
そして、戦後の社会で生き残り、繁栄していくのは、
裏工作に長けており、こうして狡猾に立ち回る奴らであることを、僕たちに思い知らせる。
それと対照的なのが、松方弘樹演じる坂井で、
彼は野心にあふれ、一旦は山守をトップから追い落とすものの、
そうした策略だらけの世界で生きることに疑問を持ち、
妻と生まれて間もない娘のほうを大事にする
心優しき父親として描かれる。
たいがいこうしたキャラは出世に失敗することを
僕たちは知っている。
「弾はまだ残っとるがよ」の前段のやりとり
「仁義なき戦い」のラストは、菅原文太演じる広能が、
殺された坂井の葬式に単身踏み込み、
銃撃で香典や花輪をめちゃくちゃに吹っ飛ばし、
最後に決め台詞を放つ。
多くの熱狂的な文太ファンを産み出した
「山守さん、弾はまだ残っとるがよ」である。
この葬式銃撃と決め台詞はあまりにも有名だが、
僕にはその前段で交わされる
広能(菅原)と坂井(松方)の車の中でのやりとりが印象深い。
坂井「夜中に酒を飲んじょると、つくづく極道が嫌になってのう、もう足を洗っちゃるかと思うんじゃ。
けど、朝になって若い者に囲まれると、そんなことなど、コロッと忘れてしまうんじゃ」
広能「最後だから言うとくが、
狙われる者より狙う者のほうが強いんじゃ。
そげな考えしちょると隙ができるど」
広能が言った通り、その後、坂井は一人で車を降り、
ふと娘のことを思い出し、玩具屋に立ち寄ったところを、
山守の配下に襲われ、
お土産に買おうとした人形を手に絶命する。
「戦争」のさなかでは、彼の優しさ、家族を思う気持ちは、
相手が付け入る甘い隙となり、命取りになってしまうのである。
歴史的価値と現代的価値
「仁義なき戦い」は、昭和という野蛮な世界の、
暗く泥臭い物語だが、単なる懐メロでなく、
現代的価値も大きい。
今の時代に決定的に抜け落ちている何か大事なものが
この映画の中には詰まっている。
その「何か」を見つけるために、
今、昭和のヤクザ映画を観る価値があるのではないかと思う。
新宿に出かけて、スティーブン・キング原作の映画
「サンキュー、チャック」を見た。
パニック映画か?と思わせる衝撃的なオープニング。
大洪水、津波、火山の噴火、地盤沈下、
恐怖の新型ウィルス、原発のメルトダウン・・・
地球環境の大異変によって、世界は終末を迎え、
人々の暮らしが崩壊していく。
そんななか、街中に税理士みたいな中年男がほほ笑む、
ミステリアスな広告が広がる。
広告のフレーズは
「素晴らしい39年間に、ありがとう、チャック」。
このショッキングで不可思議なオープニングは第3章。
3パートに分かれたこの物語は、
3章から1章へ時間をさかのぼっていく。
そして、冒頭に描かれた世界の終わりが、
1人の男の人生に直結していることが解き明かされていく。
この不可思議な構成と視点の切り替えがめっちゃ面白い。
僕も、おそらく誰もが、この主人公チャック
=税理士チャールズ・クランツと同じように、
ラストに明かされる秘密の部屋を持っている。
それを直視することは恐ろしいことかもしれないが、
逆に生きる力につながっているのだと思う。
原作の発表は2020年だというから、キング72歳のとき。
その年齢が反映された内容と言えるのかもしれない。
一種の終活映画にもカテゴライズできそうだ。
実際、平日ということもあり、
映画館に来ている人たちの平均年齢も高かった。
でもね、どこかで人生投げやりになっている人たち、
生きることに希望を見出せない若い人にも見てほしい。
これは人生の主役は自分であることを思い知らせてくれる
とても哲学的な物語であり、
人生に希望と勇気をもたらしてくれる。
こういう映画との出会いは大事にしていきたい。
「チキン」という言葉が示す通り、弱虫と鶏には深い縁がある。
ラーメン屋で修行中の語り手の「おれ」は、
仕入れ先の武蔵軍鶏が「喧嘩しない軍鶏」だと知り、
それを生み出した老養鶏家・風間晴仁に会いに行くことになる。
昭和20年代の食糧難の時代、
「鳥のように自由に生きたい」と願った少年・晴仁が、
農学博士の言葉に背中を押され、
風吹き抜ける春川の地に養鶏場を開いてから60年。
ブロイラー旋風に流されず、己の信念を貫きながら、
県の畜産技官と共に挑んだのが「喧嘩しない軍鶏」の開発だった。
弱虫を選抜し続けるという逆転の発想、
老舗料理店の頑固な主人との長年にわたる対話、
そして「昔そのままではなく、今の時代の魂を持った鶏を」
という境地——長年にわたる格闘の末、
武蔵軍鶏はついに誕生する。
本作の魅力は、鶏をめぐる物語が、
そのまま人間の生き方の物語へと重なっていくところにある。
養鶏、絵画、合唱——
晴仁にとってそれらは「ぜんぶ同じこと」であり、
命を育て、美しいものを作ることだと語る。
その哲学は、修行中の「おれ」や、
一度は逃げ出しながら戻ってきた弟子・
田中の生き方にも静かに宿っていく。
「弱虫が育てた弱虫の鶏が、今の時代は一番強い」——
ラーメンの湯気の向こうに見える、
食と命と自由をめぐる連鎖が、
読む者の胸に熱くじんわりと広がる快作。
拙作「茶トラのネコマタと金の林檎」は
私立探偵が主人公のコメディ小説。いわば人情噺である。
昔、演劇をやっていた時代に「林檎物語」「林檎探偵談」という、林檎をモチーフにした戯曲を2本書いたことがあって、
これはその30年後に書いた林檎シリーズの3作目。
約2万4千字の中編小説である。
べつにパソコンのアップル社や
ビートルズのアップルレコードを意識したわけではないが、
林檎という果物は人のイメージを刺激する何かを持っていて、
特に西洋世界では数多の神話・民話・物語のモチーフとして、
あるいはメタファーとして使われている。
だから自分も林檎を使って何か書きたいと思い、
それが探偵と結びついた。
ちょっとショーケンの「傷だらけの天使」や
松田優作の「探偵物語」の影響もある。
現実の探偵には二人知り合いがいたが、
もちろん、小説やマンガやドラマに出てくるような、
かっこいい謎解きの達人ではないし、
傷天や優作みたいな外連味もなく、ジミ~な奴らだった。
一人は雇われ、一人は独立しており、
実入りはどうだったか知らないが、
なかなか厳しい仕事であることは変わりはない。
勤務時間なんてあってないようなもので、体力的にもきついが、
メンタル面はもっときつく、
嫌でも人間社会の裏側を見なきゃいけない。
ろくでもない人間の感情を愛し、
異常な行動を面白がれる人にしか続けられない仕事なのだと思う。ヤバい仕事もあっただろうと思うが、
ちゃんと取材をしたわけではないのでよくわからない
(しておけばよかったと後悔している)。
そして、彼らと付き合ったのはもうずいぶん昔のことなので、
今はどうしているのか、
生きているのか死んでいるのかもわからない。
この話は2作目「林檎探偵談」のエピローグとして書いた
短い笑い話を膨らませて書いた。
夢うつつ・妄想の世界に生きる大金持ちのマダムが
自分の土地のどこかに埋められた金の林檎を、
探偵を使って探させるというストーリーだ。
社会的地位や経済状況などに関わらず、
現代社会には哀しさ・虚しさ・寂しさをはじめ、
様々な負の感情と格闘しながら生きる人々が大勢いる。
僕にとって探偵とは、そうした人たちに寄り添い、
彼ら・彼女らバックストーリーを掘り返し、
ぽっかり空いた心の穴を共有する
精神の肉体労働者(変な言い方だが)みたいな仕事をする職業だ。ライターの仕事にも相通じるものがあるのかもしれない。
ここで登場する主人公の健太・六郎とも長い付き合いなので、
彼らのためにまたこの林檎シリーズを書いてみたいと思う。
ノロウィルスから回復して
(といっても症状が出ていたのは1日だけだったらしいが)、
認知症の義母がショートステイから帰ってきた。
いない間は芝居や映画を観に街を出歩いていたが、またもやわけのわからない日本語と振る舞いと格闘し、
混乱する日々がもどってきた。
ふたたび日常の中での芝居が始まる。
義母と相対しているときの自分は、
少なくとも50%はまともな大人とはいえないなとよく思う。
さすがに外に出るときは社会人の仮面をかぶるが、
家に戻るとなんだか、だんだんまともでなくなってくる。
そして、それをちょっと楽しんでいたりもいる。
昔、芝居をやっていた頃のことを思い出すのだ。
認知症と芝居は相性がいい。
思い起こせば、昔のアングラ演劇には認知症患者みたいな、
頭のおかしな(とあえて言う)登場人物がうじゃうじゃいた。
「夢の国からやってきました!」というような、
わけの分からないことを言って周りを混乱に陥れ、
時に暴言を吐いたり、暴力を振るったり、泣きわめいたりして、
他の登場人物や観客をはるか彼方の世界へ連れてゆく。
でも、それがひどく人間臭くて、
人間という存在の本質をついていた。
僕たちは日常の平和を保つために、どこかで人間性を抑えつけ、
機械化しなくてはならないのかもしれない。
義母の頭の中でどんな物語が渦巻いているのか、覗きたくなる。
以前、認知症の寅平じいさん(実は祖父の名)を主人公にした
「ざしきわらしに勇気の歌を」という話を書いたが、
また認知症をテーマにした話を書いてみたいと思う。
大森にある山王ヒルズホール(日本芸術専門学校)で、
リーディングドラマを観た。
「ダブルスタンダード」という2部構成の舞台。
その第2部「自主規制」という作品は、
テレビの新米プロデューサーとドラマの脚本家とのやりとりを
コミカルに描いた秀作で、三谷幸喜の「ラジオの時間」のように、
スポンサーに忖度しているうちに、
どんどん当初のドラマ設定が崩れ、
脚本家が果てしない書き直しをしていく、という話で、
めっちゃ面白かった。
なんといっても、プロデューサーの要請に困窮しながらも
対応していく脚本家――萩原朔美の演技が、味わい深くて最高だ。
萩原朔美といえば、天井桟敷の創立メンバーだった人だ。
劇作家・寺山修司が率いた演劇実験室・天井桟敷は、
1960年代、唐十郎の状況劇場ともに
日本のアングラ演劇の頂点にいた。
様々な伝説を作り、その影響は現代にまで及んでいる。
萩原朔美は天井桟敷の代表作の一つである
「毛皮のマリー」で「美少年」の役として出演。
丸山明宏(今の美輪明宏)演じるマリーに次ぐ準主役である。
その他、初期の天井桟敷で演出などもやっていた。
僕は後追い世代なので、それらの舞台は見たことがない。
ビデオもまだなかった時代なので、
その作品世界に触れられるのは、
本(戯曲)と写真集くらいだったが、
萩原朔美の名は脳裡に刻まれていた。
文学に通じている人は、名前からピンと来るかもしれないが、
彼は明治~大正~昭和初期に活躍した
詩人・萩原朔太郎の孫である。
とても多彩な人で、天井桟敷を辞めた後は、
映像作家、編集者、エッセイストなど、
多岐にわたって活躍していた。
調べてみたら、多摩美術大学の名誉教授や
前橋文学館の館長までやっている。
演劇からは離れていたらしいが、
70歳を超えてまた芝居がやりたくなり、
近年は朗読劇に取り組んでいるそうだ。
僕にとっては夢の世界の人だった、
アングラ演劇の雄・天井桟敷のオリジナルメンバー、
なんてイメージなど、もうどこにもなく、
そのへんにいるおじさん(じいさん)と変わりないが、
その普通ささえも不思議と素晴らしい味になっている。
終演後に15分ほどのトークショーがあったが、
前立腺ガンを患って女性ホルモンを注射したら
ハゲが直った、なんて話を、
悲壮感のカケラもなく、ジョークのようにしていて、
そのひょうひょうさぶりに感動さえ覚えた。
本当に才能ある人とは、こういう人なのだ。
もうすぐ80歳に手が届く、とお話しされていたが、
自分もこんなふうに年を取りたいものだと、つくづく思った。
明日も2回公演があるが、
萩原さんに会えるだけでも満足のいく舞台である。
池袋・東京芸術劇場で
「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を観る。
村上春樹の原作小説をフランス人アーティスト
フィリップ・ドゥフクレが演出。
藤原竜也が主役の「私」を演じる。
現実と夢(深層心理)の世界が
パラレルワールドになって展開するこの物語は
場面転換が多いし、シーンも多い。
いったいどうやって芝居にするんだろうと思っていたが、
ファーストシーンの吸引力が素晴らしかった。
幕が上がって最初に現れるのは一角獣。
ダンサー扮する一角獣の群れのダンスがあまりに美しく、
一気に心を奪われた。
影も踊り、やみくろも踊る。
それぞれの場面もダンスを機能させて転換し、
ストーリーをつないでいく。
彼ら・彼女らの体の動き一つ一つが、
物語の世界観をつくり上げている。
演出のフィリップ・ドゥフクレは
国際的に活躍する振付家でもあり、
ダンスの舞台もたくさん作っている人だという。
この物語から演劇とダンスパフォーマンスが溶け合った
舞台を創り出すというのは、すごい発想、実力だ。
そして、これだけの優れたダンサーを集めたことで、
この舞台の成功は約束されたのかもしれない。
ダンサーたちの織り上げる世界の上で「私」を生きる藤原竜也。
その語り、呟き、時には叫びに、途中、泣いた。
魂のひび割れたところからぽろぽろ涙が零れ落ちる。
そんな感じだった。
世界が終わるってどういうこと?
なんで私はこの世界にいるのか?
それでもこの世界から消えたくない……
40年前、この小説に出会った時の鮮烈な印象は、
今なお残り続けていたが、
今また、この舞台で魂を揺さぶられることになった。
あの頃よりも、僕たちを取り巻く世界の表側は、
美しくスマートに、健全になったように見えるが、
深いところでは病とか腐食とかが進行し、
だんだん危うくなっているのではないか。
違う言い方をすると、
表面の世界と深層の世界とのギャップが広がり、
僕たちは知らず知らずのうちに、
心を引き裂かれているのではないだろうか。
村上春樹は1985年のこの作品に
納得いかない思いを長年抱えたのち、
一昨年、ハードボイルドワンダーランドの部分を切り離し、
新作として「街とその不確かな壁」を発表した。
しかし、作者にとって不満・不完全は作品だからこそ、
「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」は
読む者・観る者が想像力で補完する余地を与え、
より豊かなイメージを湧き起こさせるのかもしれない。
また両方の小説を読んでみようと思う。
この舞台は日本国内での公演を終えた後、
シンガポール、上海(ここはできるかどうか微妙)、
ロンドン、パリへワールドツアーに出かける。
海外での反響も気になるところだ。
伊勢の旅の最後は民泊のマダムの紹介で、ある民家を訪れた。
雨の中、民泊から歩いて5分。
幕末に建てられた、築160年以上という古民家だ。
古民家と言えば聞こえがいいが、ぼろぼろの廃屋に近い建物。
しかし、ここは伊勢神宮をブランディングし、
伊勢参りの文化をつくった「御師(おんし)の宿」。
一般的にはあまり知られていないが、
天皇家しか詣でることを許されなかった伊勢の神々と
日本の庶民を結び付けた歴史的価値の高い施設なのだ。
一生一度の伊勢参り。
江戸時代、伊勢は日本人ほぼ全員の憧れの地として仰がれた。
以来、今日に至るまで、伊勢は日本の聖地として、
最近では最強のパワースポットとして、
国内外から多くの観光客・参拝客を引き寄せている。
その立役者と言えるのが「御師」と呼ばれた人たちだ。
彼らは現代風に言えば旅行代理店であり、
観光プロデューサーである。
この御師が「営業活動」をしたことによって
日本全国津々浦々まで「伊勢講」が組織された。
伊勢講とは、町や村など、ある一定の地域・集団の中で、
一軒一軒が少しずつお金を出し合い、
その町や村の代表となる人が
伊勢神宮へ参拝の旅に出かけるという仕組みのことである。
「講」ごとに決まった御師がついており、
たとえば「杉並講」の代表が伊勢に行けば御師・松田何某が、
「中野講」の代表には御師・小野何某が出迎えてくれる。
そして、それぞれの専属の御師の宿に泊まり、
歓待(おもてなし)を受けられるのである。
いわば、旅行会社とその得意客との関係が築かれている。
というと簡単に聞こえるが、なにせ江戸時代の話である。
現代のように情報が即座にいきわたる時代ではない。
インターネットはおろか、テレビやラジオ、
新聞だってまだない。
情報メディアは皆無の世界である。
伊勢神宮は天皇家しか参れない特別な神宮で、
日本国を作った神様が祀られている――
そんな風聞は耳にしたことがあったかもしれないが、
日本人のほとんどは「お伊勢参り」
という概念すら持っていなかったはずである。
そんなイノセントな状況のなかで、
伊勢の御師たちは何代にもわたって、
全国を行脚して、素晴らしいご利益をもたらす
「お伊勢参り」なるものを口づてに広め、
旅行プランを作って販売したというのだからすごい。
僕が訪れた御師の宿「旧御師丸岡宗太夫邸」の
パンフレットによると、御師の歴史は鎌倉時代まで遡る。
平安時代の終わりごろから
律令制(天皇を中心とした中央集権的な国家統治体制)が崩れ、
各地の神宮領が武家に奪われるようになると、
神宮を経営していくことが難しくなった。
その一方で公家や大名など、
一部の有力者たちは、日本国でも別格と言える
伊勢神宮への厚い信仰を持っていた。
「神様に感謝の意を表したい」と願う有力者たちの要請に応え、自宅で伊勢神宮の神々に捧げる神楽を上げる神職が現れた。
それが「御師」のルーツなのだという。
有力者たちと繋がった御師たちは、室町時代を経て、
戦国の世になると、
神職として合戦時の戦勝祈祷を行うだけでなく、
兵糧米や軍事物資の調達者としても活動するようになる。
スピリチュアルなパワーを操りつつ、
実務面でも武将たちの戦を陰で支えていたらしい。
そうした歴史・実績をもとでにして、
江戸時代――天下泰平の世になると、
こんどはビジネスマンに転身。
経済的に豊かになった江戸・京都・大阪などの
商人、町人、農民の家々を回り、
伊勢神宮のお札を配って初穂料を集めた。
そして、その資金を使って、彼らが伊勢を詣でる際の
宿泊・飲食・名所案内・神楽の奉納といった
複数のサービスを統括して提供するようになるのである。
これはなかなかすごい。面白い。
僕が訪れた「丸岡宗太夫」は個人名でなく、
代々受け継がれてきた名跡・屋号である。
神職から発展した旅行プロデューサーの宿、およびオフィスで、
大阪や信州各地に8000軒ほどの檀家、
つまりお客様を抱えていたという。
すごい数だと思うが、8000はまだ中企業レベル。
いわゆる大企業レベルの御師になると、
檀家の数は1万、2万というところもあったようだ。
さらにその営業ネットワークは、上記の都市部だけでなく、
北は東北から南は九州まで広がっていたという。
旧御師丸岡宗太夫邸は、
そうした御師の華々しいストーリーを伝える遺跡である。
空き家問題が深刻化する昨今、一時期、解体寸前となったが、
街づくりを行うNPO法人のはたらきかけが実り、
平成27(2015)年に国の登録有形文化財となった。
それちともに「伊勢まちかど博物館」に認定されている。
伊勢神宮には連日、日本全国どころか、
最近は世界中から観光客が訪れ、
内宮も外宮も晴れがましい空気に包まれている。
そのどちらからも離れた住宅街に
ひっそりと佇む古い木造住宅には、
研究者などを除き、観光で訪れる人はほとんどいない。
しかし、この時代に唯一残された、
かつての旅行プロデューサーの根城は、
伊勢参り文化の創始者たちのシンボルであり、
現代まで続く伊勢の物語をいきいきと語り継ぐ
貴重な存在になっており、
今回、地域の事情に詳しい民泊に宿泊したおかげで
拝観する機会に恵まれたのは、とても幸運なことだと思っている。
江戸時代、首輪の代わりにおめでたい注連縄を巻き、
旅賃を入れた財布をぶら下げた犬が、伊勢神宮まで参拝した。
高齢で歩けない、病気で遠出できない、家から出られない、
そんな様々な事情でお伊勢まりがしたくても叶わない主人のために
彼ら・彼女らは代理で参拝しにいったのだという。
それも誰にも連れられることなく一匹で。
「わしの代わりにお参りしてきてくれないか」
「ワン!」
というわけで、江戸・京都・大阪をはじめ、
全国各地の忠犬たちは伊勢神宮を目指して旅をしたのである。
その話を聞いたとき、そんなアホな、と最初は思った。
芝居や落語用の作り話だと思っていたのだが、
ちゃんとした事実で記録にも残っている。
歌川広重の浮世絵「伊勢参宮宮川渡しの図」にも
さまざまな旅人たちに混じって、
お参りに来た白い犬が描かれているのだ。
しかし、だとすると犬たちはたちまち
山賊みたいな悪い奴らに捕まって、
カネを奪い取られ、最悪、殺されてしまうのではないか――
そう心配したが、これもさにあらず、伊勢をめざす犬たちは
街道を行く旅人、宿屋や飯屋の人たちに褒められ、可愛がられ、
ごはんを食べさせてもらったり、旅賃を恵んでもらったり、
手厚いおもてなしを受けることも少なくなかったという。
もしかしたら、「伊勢参りに行くと、人間にちやほやされるし、
おいしいものにもありつけるよ」という情報が
犬たちの間で伝搬していたのかもしれない。
そんなアホな、と思うかもしれないが、
犬は犬同士で脳と脳とのネットワークがあって、
「イセ」という言葉も理解できるようだ。
「一生一度のお伊勢参り」と言われたものだが、
お伊勢参りには江戸時代に生きた人々の夢や願い、
人生において経験する喜怒哀楽の心持ちの多くが
こめられているような気がする。
犬だってそうした人間の心持を察知できると思う。
当時の伊勢界隈(松坂なども含む)は、
江戸・京都・大阪に次ぐ日本第4の都市。
今でも観光名所、パワースポットであることは変らないが、
明治維新前の賑わいぶりは独特のものがあったようだ。
そして、犬畜生だからと悪さすることもなく、
バカにすることもなく、
「賢いやっちゃ」と励まし、応援する。
なんていい人たちなんだ、江戸時代の日本人は。
現代の視点から想像すると、
まるで一種のファンタジー、おとぎ話の世界の話のようだ。
今回はそんなストーリーに魅せられて、伊勢神宮を訪れたので、
とても楽しかった。
そして、江戸時代にはこの伊勢神宮を観光名所化し、
パワースポットとして喧伝した元祖広告屋であり、
お伊勢参りプロデューサーとでも呼ぶべき人たちがいた。
幸運にもこの旅の最後は、
そのプロデューサーの家を訪問することができた。
「れいわ伊勢ものがたり」は、
その家の訪問記で締めくくりたいと思っています。
では、また明日。
「俺たちは屁だぁ~」と、大田南畝が叫び、
一堂に集った江戸のカルチャーヒーローたちが、
へ・へ・へ・へ・・・と、踊りながら蔦屋重三郎を送る。
そうだ、僕たちは、つかの間のにおいを残して、
すぐに跡形もなく空へ消えていく屁だ。
「べらぼう」の最終回、笑って泣けた。
森下佳子の脚本はさえわたり、
最終回は、すわ、最後に大事件を持ってきたのか?
と一瞬、思わせる劇的なオープニング。
従来の大河ドラマなら、
ここから手に汗握るサスペンスフルな展開と
感極まるラストシーンに持っていくのかもしれないが、
見事に肩透かしを食わせられる。
へたに劇的に盛り上げないのが、森下脚本の劇的なところ、
粋でいなせなところなのかもしれない。
場面転換後は淡々と、江戸における写楽プロジェクトの顛末、
そして、その後の蔦重の活動を描いていく。
淡々としてしながらも面白いのは、脚本の力とともに、
蔦重役の横浜流星の演技力というか、
表現センスに負うところが大きいだろう。
昭和の頃なら大河ドラマの題材としてはけっして
取り上げられなかったであろう時代の話だが、
こちらの方が現代の日本と相通じるものが多い。
猛々しい武士ではなく、町人中心の物語。
背景には政治の裏の陰謀、格差社会、火災・天災、
吉原の女郎の運命、毒親に与えられたトラウマなどがあり、
偶然なのか、米騒動もシンクロした。
戦乱のない、平和な世の中のドラマだけに、
その奥に潜む人間の喜怒哀楽に、
妙にリアリティが感じられるのだ。
最終回、後半の下りはまるで落語のようだった。
病を得て死に向かう蔦重だが、
そこにはあまり悲壮感はなく、悲劇的な演出も一切ない。
蔦重は一人一人、カルチャーヒーローたちに助言を残していく。
奥さんのおていさんもけっして泣き崩れるようなことなく、
ただ甲斐甲斐しく夫の旅立ちの準備を手伝う。
まるで夫婦そろって、視聴者に終活のお手本を見せるかのように。
こんなエンディングを演じられるのも、
横浜流星の抜群の演技センスならでは、
そして、あの強烈な黒メガネをかけた橋本愛ならでは。
メガネをはずして涙を見せるシーンがあるのかと期待したが、
それも見事に肩透かしを食った。でも、おていさん、好きだ。
実際、蔦重の本屋「耕書堂」は彼の死後、
いちおう2代目が継いだものの、自然死するかのように、
何年かかけて静かに店じまいしたらしい。
劇中、これまで要所で2回登場した、
ラストのみんなの「へ踊り」は、
そんな蔦重を見送る盛大な葬式のようだった。
そして最後の「オチ」も、このドラマらしい、
粋で格好いい幕切れ。
本当に長い落語、べらぼうな噺を堪能できた。
見終わって思ったのは、
蔦重の時代の人々と、現代の僕らとの違いは、
その自意識の持ち方かもしれない。
現代の日本人はあまりに自意識が肥大化している。
そのため、幸福、成功、自分らしさ、自己実現、
他者からの承認など、
本来はポジティブな意味合いを持つ言葉が仇となって、
詐欺でカネをむしり取られたり、
自分で自分を追い込んで精神を病んだりしてしまうのだ。
幸福や成功や自分らしさに心を蝕まれるなんて悲しすぎる。
しょせん僕たちはこの大きな世界を形作る細胞の一つに過ぎない。
だから、「おれは、わたしはこうあるべき」――
なんていう考えで頭がいっぱいになってしまったら、
「おれは、あたしは、屁だぁ~!」と叫んでみたらどうだろう?
仲間がいれば、なおのこといい。
「べらぼう」のメッセージはそんなところにあるような気がする。
みんなでへ踊りができれば、さらにいい。
と、僕も自意識が膨張した現代人なので、
そこまで悟るのは難しいが、
「べらぼう」を手本にこっそり「俺は屁だ」とつぶやいている。
毎日三度めし食って、あったかい部屋で時々屁をかましながら、
好き勝手なことを書き散らしていられるなんて、かたじけなすび。
そして、あなたにこんな戯言を仕舞いまで読んでいただいて、
ありがた山の寒がらすでございます。
日本最強のパワースポット伊勢神宮には外宮と内宮があり、
本丸は内宮のほう。
外宮には豊受大御神(食物・産業の守り神)が
祀られているのに対し、
内宮には日本神話で有名な天照大御神(太陽の神、最高神)。
要は俗世界の政治・産業に対する
精神世界の宗教性とか霊性みたいなものだろうか。
こちら内宮が最も尊い(外宮よりも格上)とされ、
参拝は外宮→内宮の順が伝統的なならわしとなっている。
実際、パワースポットとしてありがたがられているのは内宮で、
こちらがメインイベントとすれば、
外宮は前座扱いされることが多いようだ。
僕らは2泊3日で行ったので、
二見浦神社→外宮→内宮とフルコースで回ったが、
時間のない人たちは観光バスなどで乗り付け、
内宮だけさっとお参りして帰っていく。
最近は伊勢神宮(内宮)と熊野古道・高野山といった世界遺産を
2,3日で回るパワスポ・スピリチュアル
てんこ盛りツアーが人気らしい。
実は子供の頃、一度だけ、
親に連れられて伊勢神宮に来たことがあるが、
なぜか境内が玉砂利だったという記憶が残っている。
足の裏があの玉砂利の感触を憶えていて、
歩きづらいなぁと思ったのだが、
今回来てみたら、境内に玉砂利なんて一個もない。
50年以上昔のことなので、変わっていて当然。
20年に一度、「式年遷宮(しきねんせんぐう)」で
社殿を建て替えるので、
その都度、境内もかなり大規模に改装されるのだろう。
内宮に詣でて最も印象深かったのは、
五十鈴川(いすずがわ)。
その名の通り、50の鈴がシャリシャリと鳴っているような
せせらぎの音が美しい川だ。
人のあらゆる暮らしは水のほとりから始まる。
内宮の御手洗場(みたらしば)にもなっており、
ここで手を洗って参拝する。
きれいな水に手を突っ込んだら、
甲羅が5センチくらいある沢ガニが、
さらさらとした水の流れに揺られて踊っていた。
この五十鈴川の風景は、観光案内のポスターにも使われていて、
巫女さんがこの川で手を洗う姿は、
これまでとは違う、神域・伊勢神宮の
新鮮なイメージを打ち出している。
参拝後のお楽しみ、
飲食店・土産物屋が並ぶ「おはらい通り」沿いには
「五十鈴川カフェ」があり、ゆっくりお茶を飲みながら
美しい川の風景が堪能できた。
「宿命のライバル和菓子対決」と銘打ったものの、
令和7(2025)年の現時点において、
知名度・ブランド力という意味での勝敗は明らか。
今や伊勢名物として日本中に知れ渡り、
全国お土産ランキングでも第3位にあげられる赤福餅に対し、
おなじあんころ餅という味・形状、さらにパッケージまで、
あまりに似通っているため、
「何これ?赤福のパチモン?」というのが
御福餅に対する一般的認識ではないだろうか。
実際、僕自身も割と最近までそう思っていた。
御福には申し訳ないが、
300年近くにおよぶこの対決、赤福の完勝・圧勝である。
しかし、今回の旅で二見浦にある本店に行き、
「抹茶御福餅」を口にして、
その認識が変わる日が来るかもしれないと感じた。
こ、これはおいしい!
普通の御福餅も赤福餅と同レベルのおいしさだが、
これは赤福との差異をアピールするには強烈な商品!
餡の甘さと抹茶の苦味が絶妙なバランスで口の中に広がり、
お餅と溶け合う。
8個入りだが、
カミさんと二人であっという間に4個ずつ平らげて、
正直、「赤福餅よりおいしいじゃん」と思ってしまった。
この抹茶バージョンをもっとフィーチャーすれば、
宿的・赤福に太刀打ちするのも不可能ではない。
ちなみにこの2つの商品、兄弟で始めたとか、
のれん分けしたとかではなく、
それぞれ別の会社が製造・販売している別製品とのことである。
御福餅本家の本店は、創業以来、
つい最近まで二見興玉神社の参道にあったが、
参道沿いのホテル・旅館が寂れてしまったせいか、
夫婦岩のすぐ近くに移動した。
今年3月にオープンしたばかりの
美しいウッドデザインのおしゃれな店だ。
宝永4年(1707年)に店を開けた赤福餅から遅れること31年。
元文3年(1738年)に二見浦で創業。
伊勢神宮へ参拝に来た旅人に餅を
「お福分け」したことが始まりだという。
赤福餅の表面には伊勢神宮・内宮境内の
五十鈴川の清流をイメージした三筋がついている。
そして御福餅にもそっくりな三つの筋が。
こちらは二見浦の海岸に打ち寄せる波を
表現したものとされている。
いや、でも、そう説明されても、
現代的視点からは明らかにパクリに見える。
ただでさえ、同じあんころ餅というカテゴリーなのに、
わざわざ形・デザインまで似せてしまうとは・・・
現代では絶対に裁判沙汰になりそうだが、
始まりが江戸時代で、そのへんのことは
あまり問題にならなかったのだろうか?
赤福餅圧勝の理由は、第一にやはり立地だろう。
赤福本店は、伊勢に参拝した人が、
ほぼ必ず通る「おはらい町」の
入口付近という最高のロケーション。
伊勢神宮の参拝客は圧倒的に多く、その動線に本店があるため、
おのずと多くの人の目に触れ、購入の機会が増える。
御福餅本店がある二見浦は、
かつては「浜参宮」として重要な場所だったが、
現代では伊勢神宮の一般的な参拝ルートからは
外れた場所になっているため、
通りかかる人の数が赤福本店と比べて少ないのだ。
理由の第2は、赤福が販売チャネル開拓と流通戦略によって、
広域展開に成功したことだろう。
伊勢名物だが、名古屋駅に行けば、毎日必ず赤福餅が買える。
カミさんも息子も大好物なので、
実家に帰省するといつも買って帰っていた。
東京では知らないが、僕が子供だった昭和40年代(1970年前後)、
名古屋では「赤太郎」というキャラクターが登場する
テレビコマーシャルが連日流れ、
「ええじゃないか、ええじゃないか、赤福餅はええじゃないか」と歌っていた。
僕の脳にはそのアニメ動画と歌がしっかり刷り込まれている。
おそらく同時代の人たちの中には、
同じように刷り込まれた人は大勢いるだろう。
こうなると僕たちにとって、もはや赤福餅は一生もの。
そんな人間がわんさかいることを考えると、
たかがコマーシャルでも、長い目で見れば侮れない効果がある。
その他、関西圏(大阪・京都)の主要ターミナル駅、
サービスエリアなど、
三重県外に積極的に販売網を広げてきた。
赤福は伊勢名物のみならず、
「名古屋みやげ」「大阪みやげ」としても
親しまれるようになったのだ。
一方の御福餅は地元密着型。
主に伊勢・二見浦周辺での販売が中心であり、
広域的な流通戦略は積極的に展開してこなかった。
結局、あれこれ投資してきた成果で、
赤福の知名度・ブランド力が上がったと言えるが、
ブランド作りにかけた年月は3年とか30年じゃなくて、
300年ですよ。
うまいもの・時代が変わってもみんなが喜ぶものを
300年作り続けるというのはハンパなことではない。
宣伝も大事だが、やはり決め手は商品力。
良い商品を誠実に作り、一生懸命売る。
これに勝るものはない。
宣伝では後れを取ったものの、
御福餅も商品力では五分の勝負をしている。
そして、今回感動した抹茶味は、
さらに商品力をパワーアップさせるに違いない。
ただ、二見浦に来る人は、伊勢神宮に来る人に比べ、
圧倒的に少ないので、やはりライバルには勝てないだろう。
しかし、この際、勝負なんてどうでもいい。
パクリだ、パチモンだと、かなりディスってしまったが、
御福餅にはマイペースでがんばってほしい。
赤福に続いて、創業300年はもう目の前だ。
あなたも夫婦岩を拝みに行ったら、御福餅をぜひどうぞ。
ただ、新しい本店はちょっとモダンでオシャレ過ぎるかも。
禊の地・二見浦だから、ちょっとフォーマル気分で・・・
というコンセプトなのかもしれないけど、
僕は庶民派なので、赤福のお店にある、
江戸時代の茶店みたいな、あのわいわい感が好きなんだよな。
海にカエル。海に帰る?
太古の生命がみな、海から生まれ出たことを考えれば、
人もすべからく海にカエル???
そんなわけで、神聖な大注連縄で繋がった夫婦岩で知られる
二見浦の二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)を参拝。
波打ち寄せる海岸に建てられたこの神社には、
なぜかカエルがあふれており、神社でありながら、
さながらケロケロテーマパークの様相を呈している。
カエルと寺社は相性がいい。
うちの近所の杉並大宮八幡宮の境内でも
「幸福がえる」という、どでかいカエルに見立た石を祀っており、
ご利益を賜るよう、僕も行くたびになでなでしている。
日本各地の自社でカエルを祀っているところは
たくさんあるが、鳥居の役割を果たす神々しい夫婦岩、
さらにはるか彼方には富士山まで望む雄大な海を背景に
カエルが佇んでいる風景は、この二見浦ならではのものだろう。
二見興玉神社にカエルが群れを成しているのは、
ここに祀られている御祭神が
「猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)」だからだ。
猿田彦大神は、天孫降臨の際に道案内をしたことから
「道開きの神」として信仰されているが、
そのお使い(神使)がカエルだと信じられている。
ただし、これは社会的お題目、つまり表向きの理由で、
実際は日本人の大好きな語呂合わせ、言葉あそびから生じた
「カエル」のご利益を当て込んだものだろう。
無事かえる→旅の安全、交通安全、出張からの無事帰宅
貸した物がかえる→お金の返し、失ったものの発見
若がえる→健康、美容、長寿
福がかえる→開運招福、商売繁盛
みんな、自分が失ったものを思い浮かべ、
帰ってきておくれ、返ってきておくれと願をかける。
天照大御神を祀る伊勢神宮へ参るための禊の地なので、
しっかり天岩戸も設けられ、
日本国初代ストリッパー アメノウズメノミコトも踊っている。
そんな霊験あらかたなる神社におわすカエル様だ。
ご利益もたいそうなものに違いない、と考えるのは人情である。
そうやって心から拝めば、テンションが上がるとともに、
心も安定する。
コンディションを整え、前向きに仕事や学業をがんばれば、
運もよくなり、成功や幸福を手にすることも増えそうだ。
そして、ご利益を実際に受けた人々が、
感謝のしるしとして境内にカエルの置物を献納する習わしが
古くからこの神社にはあるのだという。
その歴史の蓄積によって、
境内には大小さまざまなカエルの置物が積み重ねられ、
「カエルがいっぱいいる神社」という
現在の姿が出来上がったのである。
特に手水舎(ちょうずや)には
「満願蛙(まんがんがえる)」が鎮座しており、
水をかけて願掛けをする参拝者が多い。
もちろん僕も水をかけて「ケロケロケロ」と願いを唱えた。
「海にカエル」という落差のインパクトが強すぎて、
見どころである夫婦岩も霞んでしまった。
(よく見ると、大きさが違い過ぎて、
夫婦岩というより親子岩と呼んだほうが合ってる感じ)
ただ、神話ファンタジーから現実に立ち返ると、
海は実際のカエルにとってきびしい環境、
ほぼ生存不可能な地獄といっても過言ではない。
塩水(海水)に入ると、
体内の水分濃度よりも海水の塩分濃度の方が遥かに高いため、
浸透圧の働きによって、体から水分が奪われ、
脱水状態になって、あっという間に塩干になってしまう。
悲しいかな、地球上のすべてのカエルは海には帰れないのである。
と思っていたら、なんと例外があり、
海でも生きられるカエルがいるという。
東南アジアの沿岸にあるマングローブ湿地に生息する
「カニクイガエル」である。
彼らは他のカエルにはない特殊な機構を持っていて、
塩分を体外に排出し、
海水や汽水域(川の水と海水が混じるところ)のような、
塩分濃度の高い環境にも適応できるというのだ。
そしてその名の通り、カニを食って生きている。
カニ!? いや、驚くことではない。
明治時代にウシガエル(食用ガエル)が輸入された際、
餌にするためアメリカザリガニも輸入された。
カエル一族は、エビやカニなどの甲殻類が好物なのだ。
それにしても、子供であるオタマジャクシのほうが
成長したカエルより大きいという、
南米のアベコベガエル(パラドックスフロッグ)など、
カエルワールドは奥深い。
これまでのカエルの常識がくつガエル。
二見浦の白波を目の当たりにして、
世界は広いぞ、大きいぞとカンガエル参拝でした。
JR参宮線で伊勢市から西(鳥羽)へ二駅。
二見浦は伊勢神宮参拝の前に身を清める
「禊(みそぎ)」の地である。
二見浦と言ってもピンと来ない人も、夕景の美しい、
あの「夫婦岩」のある海岸と言えばわかりやすいだろうか。
この禊の地は、昭和の名作映画
「砂の器」(1974年公開・松竹)のロケ地である。
旅の初日、昼過ぎに二見浦に着いて、
腹ペコだったので迷わず入った「扇屋」というカフェがそれだ。
駅から徒歩1,2分。つまり、ほぼ駅前。
当時はカフェでなく旅館だったが、外観はほぼそのまま。
内装ももとの構造・雰囲気を残してリノベーションしてあり、
おしゃれな昭和レトロカフェになっている。
この物語は、都内大田区・蒲田駅の操車場構内で、
殺人事件の遺体が見つかったところから始まる。
被害者は事件に遭う前にお伊勢参りに行ったのだが、
その足取りを追って、刑事(丹波哲郎)が
宿泊した旅館を捜索しに来る。
そこで登場するのが扇屋旅館
(松本清張の原作では「二見旅館」)なのだ。
とはいえ、カフェではそんなこと宣伝などしていないので、
まったく知らなかった。
僕とカミさんはおなかを満たすために、
ランチメニューにあった松坂牛のハンバーグと
鳥羽浦産のカキフライをがつがつ食い、
ついでに気になった「ウツボの唐揚げ」を食べてみた。
ウツボはいわゆる珍味なので、
ごはんのおかずにはならなかったが、
ビールなどのつまみにはよく合うと思う。
それで食事を終えて出てきたところ、
落ち着いてよくよく店の佇まいを眺めると、
雰囲気のある古めかしい旅館であることがわかった。
それで確認してみようと、わざわざ戻って尋ねてみたら、
店の人が「じつはここは・・・」と話してくれたというわけ。
「砂の器」は社会派推理小説としての原作の持ち味を活かしつつ、殺人事件の裏にある社会背景・悲劇を背負った人間の姿を
ドラマチックに描いた、今に語り継がれる昭和の名作だ。
この映画には思い出があって、
中学生の時の「映画観賞会」で初めて見た。
劇中、犯人の音楽家とその愛人の、ごく控えめな濡れ場があって、ちらっとだが愛人役の島田陽子さんのハダカが出てくる。
そこで男子がこぞって大騒ぎしたという、
じつにしょーもない思い出だ。
思春期ホルモン出まくりの中学生だからしゃーないです。
「砂の器」では他に二見浦の風景は出てこないが、
かつて伊勢参りの観光客が観光バスに乗って
大挙して押し寄せていた名残があり、
あの頃の昭和のにおいがプンプン漂う。
海岸沿いに立ち並ぶ松の木の歪んだ枝ぶり、
そして大半のホテル・旅館が閉鎖し、廃虚化しているところも
何やらいい味付けになっており、
白波の立つ海の景色と奇妙にマッチしているように思えた。
「伊勢に来たら、ごはんは餃子ですよ」
「え、ギョウザ?」
民泊の女性オーナーにそう言われたときは、
一瞬、目が点になった。
伊勢名物と言えば、赤福餅はスイーツだから別だとしても、
一般的には「伊勢うどん」、もしくは「手ごね寿司」、
高そうだけど、やっぱ「伊勢エビ料理」。
ギョウザっていったい・・・。聞いたことないんだけど。
僕らの戸惑いをものともせず、彼女は堂々と言い放つ。
「伊勢の餃子は日本一。日本人も外国人も誰もが認めています。
ここから歩いて3分。Have a Nice meal!」
というわけで紹介されたのが「ぎょうざの美鈴」。
本当に泊った宿から歩いて3分。
幹線道路沿いにある小さな店だ。
金曜の夕方6時過ぎ。
店の前には1ダースほどの行列ができている。
何時間も並んで飯を食うのは嫌いだが、
旅に来てるし、せっかくだからと思って並んだが、
20分待ちくらいで順番が回ってきた。
店内に入った瞬間、この店が人気あることが一目でわかった。
真ん中がオープンキッチン。
それをぐるりと20席ほどのカウンター席が取り囲む構造。
キッチンの中で立ち働く5,6人ほどのスタッフは、
活気あふれるおっさん、おばさんたちだ。
この店では出来立てを提供するため、
注文を受けてから餃子の皮を伸ばして餡を包む。
専門の包み手がいて、スピーディーな熟練の手さばきで
あっという間に数十個の餃子を包み上げ、焼き手に手渡す。
油を敷いた鍋にするするっと餃子の群れが滑りこむと、
ジュージューとおいしそうな音を立てる。
包み手・焼き手の職人技連係プレーにほれぼれする。
焼きあがった餃子は、皮はもちっとしながらもカリッと香ばしく、
中身の餡は野菜ベースで、とてもジューシー。
にんにくがたっぷり効いている。
一人前は8個だが、
何個でも食べられるさっぱりとした美味しさだ。
ちょっとストレンジなのがサイドメニューのラインナップ。
まず、ごっつい鶏の唐揚げ。
骨付きの大ぶりな唐揚げで、鶏肉の肉汁が口いっぱいに広がる。
唐揚げは中華つながりでわかるが、
なぜかカニクリームコロッケがある。
クリーミーで舌触りが良く、マイルドなおいしさ。
カニコロ好きのカミさんは、
餃子とカニコロをいっしょに食べられて大喜びで。
さらに不思議なことに、ごはんがなくて代わりにおにぎり。
鮭・おかか・梅の3種類がある。
飲み屋ベースだからかもしれないが、
ランチタイムの定食も餃子+おにぎり3個だ。
頼まなかったが、他に水餃子、おでんもある。
おでんは大根やがんもどきなど、七色のネタがあり、
「黒砂糖のような風味が効いている」など、
独特な味わいが支持されているようだ。
餃子を中心に、唐揚げ・カニコロ・おでん・おにぎり。
あまりお目に掛からないラインアップだが、
よくよく見れば、僕ら昭和っ子の大好物
そろい踏みという感じになっている。
それも「何でもあり」ではなく、
餃子店というコンセプトから外れない、
ぎりぎりの範囲で納まっている。
メニューのおいしさもさることながら、
とにかく店の雰囲気が最高にいい。
楽しくて懐かしくて活気があって、
アットホームで昭和レトロ感むんむん。
旅人がひとりでブラっとやってきても、
優しくて、あったかく、居心地の良い時間を過ごせるだろう。
カミさんが酒を飲まないので、
僕も旅行ではほとんど飲まないのだが、
この雰囲気にのまれて、つい一杯やってしまった。
「伊勢の餃子は日本一」の評価も、あながち大げさではない。
今の時代、日本人も外国人も、多くの旅行者は
こういう味・こういう空気・こういう日本情緒(?)を
求めているのではないかと思われる。
お値段もリーズナブルだ。
ちなみに次の日、土曜の夕方、
まだ5時をちょっと過ぎた時間にも関わらず、
前の日の倍以上の客が店の前を埋め尽くしていた。
後でネットで調べてみたら、
伊勢市宮町にあるこの「ぎょうざの美鈴」は、
2024年に「食べログ餃子百名店」に選出されるほどの
超人気店とのこと。
旅人を迎える民泊オーナーにとって、
まさに地元の誇りでもあるのだろう。
伊勢うどん、手ごね寿司、伊勢エビも
もちろんいいのだけど、お伊勢まいりに行ったら、
美鈴の餃子もどうぞお忘れなく。
若い頃からの性分なのか、
民泊が一般化してから、宿は好んで民泊にする。
仕事で使うならホテルなどの機能性を優先するが、
遊びで行くときは、まずどんな民泊があるかを
エアビーで探すようになった。
単なる安宿というだけでなく、
いろいろ個性があって面白いからだ。
ロケーションも観光地や駅前、繁華街のような
便利な場所であることは稀で、
多くは地元住民の生活圏である住宅街にある。
今回、伊勢で泊った家もその類で、
伊勢市駅から約15分、神宮外宮から10分ほどの
「宮町」というところにあった。
昭和の頃に建てられた家で、
若い世代には「懐かしい」と感じられる民家。
オーナーの女性は教師をしながら、
あちこち外国を旅行していたという人で、
旦那さんが亡くなってから、
家を改造して2階を民泊にしたのだという。
部屋は3部屋あって、僕らが泊ったのは、
2人から3人用の、6畳一間+αの中部屋だったが、
他に5~6人用の大部屋と、一人用の小部屋がある。
僕らの部屋は昭和感漂う和室だったが、
一人用の小部屋(最後の日はあいていたので覗かせてもらった)は、
大きなアンティーク風の机とベッドが置いてあり、
インテリアもちょっと欧風レトロといった風情。
作家や研究者の常宿といった感じでカッコよかった。
さらに夫婦ともども学校の先生だったこともあって、
膨大な蔵書があり、それらを全部集めて図書室にしている。
伊勢志摩の資料はもとより、昭和時代に刊行されたものを中心に
数千冊が10畳ほどの部屋に並んでいる様子は圧巻だ。
また、1階の受付ロビー風の部屋には
ハンドクラフトのミニギャラリーもあり、
オーナーの人生や人柄を映し出したようなゲストハウスだ。
彼女は割と気の合う人だったので、ちょっと話をした。
ここで民泊を始めたのは4年ほど前。
京都などと違って、伊勢では民泊はまだ希少な存在らしい。
少し離れた山のほうに別荘も持っているらしく、
そこでは貸し切りでさらに大勢のグループを泊められるそうだ。
利用するゲストは日本人と外国人が半々くらい。
いろいろな人が来るので緊張したり、疲れたりもするが、
毎日が面白いという。
僕より年上の彼女としては、家や本や資産はあっても、
連れ合いはいないし、ぼーっとして余生を過ごすだけは
ただボケていくだけだろう。
そういう意味では、仕事兼趣味として、
民泊の経営はもってこいだったのかもしれない。
ただ、ちょっと不器用そうで、
あまり経営者に向いているとは言えないキャラクターだ。
いい意味でも悪い意味でも、
ビジネスライクになれない人なので、
客によっては苦労したり、
嫌な思いをすることもあるかもしれないと心配になった。
他の民泊では、民泊用にマンションやアパートを一棟借りたり、
会社の空いている部屋を貸し出して、
スマホに送られてくる暗証番号で
カギを開閉するというシステムを採用。
オーナー、スタッフとはまったく顔を合わせないという
ところもよくあるが、それとは正反対の古臭いスタイルである。
経済的なことも気になったので、
家の改造費にはけっこう先行投資をしたのか?と
尋ねてみたら「そうです」というお返事。
金額までは聞かなかったが、細かいところも含めれば、
おそらく千万単位の費用は掛かっていると思う。
管理についてきくと、
掃除まではさすがに一人では手が回らないので、
他の人に1回につきいくらで頼んでいるため、
一泊だけだと、その手間賃と相殺してしまって
利益は出ないという。
ただ、「一泊の人はお断り」というわけにもいかないので、
連泊客を増やすために、
2泊目以降は少し割引値段にしているそうだ。
話した感じ、割とコンスタントに客が入っているようだが、
10年ほどやればイニシャルコストを回収できるのだろうか?
ただ、エアビーにかなりの割合で
マージンを持っていかれるらしいので、
経済面はきびしいようだ。
以前泊った京都の民泊オーナーは、
いろいろ対抗手段を考えていると言っていたが、
その後、京都では民泊条例が変わってしまったので、
どうしたのだろうか?
それはさておき、
このオーナーは地域の歴史や地元情報にも詳しく、
普通の観光ガイドには載っていない情報を教えてもらったり、
案内してもらったりしたので、宿泊費以上にお得感を感じた。
僕としてはとても好感度が高い宿で、
民泊自体に彼女の人生・人柄が表現されているように思え、
お伊勢参りの旅が、より心に残るものになった。
今回の新作は、以前書いた自分のエッセイを
AIに読み込ませ、どうしたらうまく小説に変換できるか、
半日ほど対話を繰り返した。
それを経てAIが出してきた初稿を、
全体にわたってリライトして完成させた。
自分一人だったら書かないフレーズ・描写を
AIは頻繁に出してきて、感心したり戸惑ったり。
それでも作家の世界観はちゃんと守っている。
なかなか良い相棒、アシスタントになってくれた。
初めてだったが、とても面白い執筆体験だった。
あらすじ
ロンドンのレストランで働く二十歳の青年は、
三日間の休暇を取り、子どもの頃からの夢を叶えるため
スコットランドのインヴァネスを訪れた。
目的はただひとつ、ネス湖の怪獣ネッシーに会うこと。
宿泊先のB&Bで朝食を運んできたのは、
金色の髪にリンゴのような赤いほっぺをした少女アマンダ。
接客に不慣れな彼女のぎこちない笑顔と、
心を込めて作られた温かいベーコンエッグ。
その出会いが、青年の旅の意味を静かに変えていく。
太古の地球から生き延びた幻獣を追い求めてきたはずなのに、
いつしか彼の心を占めるのは、五月の朝の光、
ネス川のせせらぎ、そしてアマンダの微笑みだった。
夢を追いかけた先で見つけたのは、夢そのものではなく、
今ここにある穏やかな幸せ。
少年時代を卒業し、大人への一歩を踏み出す
青年の心の旅を描く短編小説。1万字。
ええじゃないか、ええじゃないか、ええじゃないか。
お伊勢参りはええじゃないか。
ということで江戸時代のお伊勢参りはすごかった。
なかでも60 年に一度、出雲大社とダブルで遷宮をした、
慶安3年(1650)・宝永2年(1705)・
明和8年(1771)・文政13年(1830)は特別で、
町人文化が花開いた宝永以降の3回は、
江戸や京都・大阪の大都市をはじめ、日本全国の町や村から、
町人も百姓も武士も、
士農工商の埒外にあるアウトサイダーたちも、
みんなこぞって伊勢に繰り出した。
人が集まれば、当然、そこには商売も生まれる。
各街道をはじめとする伊勢への旅路には、
駕籠タクシー・飲食店・旅籠屋(宿泊)はもちろん、
賭場や遊郭などもバンバン作られ、露天商あり、大道芸あり、
その他、わけのわからない商売人たちが跳梁跋扈していたらしい。
なにせ60年に一度だから、ほとんどの人は人生で一度、
巡り合えるかどうかの希少なチャンスだ。
気合の入れ方はハンパない。
仕事なんてやってる場合じゃないぞ、ということで、
仕事を抜け出して旅立つことから“抜け参り”、
神々のおかげをいただくことから“おかげ参り”とも呼ばれた。
現代ならそんなことで勝手に会社やお店を休む輩がいたら、
ソッコーくびだろうが、江戸時代はみんな神仏を大事にし、
おおらかでもあったので「お伊勢参りならしゃーないか」と、
大目に見てくれたという話もある。
お伊勢参りは誰もが夢見る大イベントだったのだ。
そうした江戸時代の「おかげ参り」の様子を
ダイナミックに描き出した屏風絵がある。
しかも、それは芸術作品として、
博物館みたいなところで大事に飾られているのではなく、
いわゆるストリートアートになっている。
場所は内宮前から1キロほど続く「おはらい通り」から
「五十鈴川野遊びどころ」という広場・駐車場に抜ける
地下道「内宮おかげ参道」。
僕はお参りの後に行ったが、
こちらから来て内宮に向かう人を想定し、
いわば、内宮参りの玄関、そして、
タイムトンネルのような役割を持っているらしい。
この10メートルほどの地下道の両側の壁に
ずらりと並ぶ13枚の屏風絵が壮観なのだ。
この屏風絵は、それぞれバラバラなのではなく、
京都の三条大橋から伊勢神宮への旅が
一連のストーリーになっている。
西から東へ下ってお参りに向かう、老若男女の大群。
現代のように車も電車もないから、みんな歩きか、駕籠タクシー。
川を渡らなくてはならないときは舟である。
いったい何人が描かれているのか数えきれないが、
ひとり一人の表情まで詳細に描かれており、
その雑多で猥雑な、お祭り的賑わいは、
見ているこっちまで楽しくなってくる。
通り道なので、ほとんどの人はささっと目をやるだけ、
そそくさと歩き去っていく。
1枚1枚ちゃんと見ているのは僕たちだけだったが、
通り過ぎるだけではあまりにもったない。
伊勢の見どころの一つに上げてもいいくらいだ。
作者は「昭和の浮世絵師」と言われた門脇俊一画伯。
噓か真か、このストーリー仕立ての一大絵巻物を、
わずか3ヵ月で完成させたというから驚きだ。
この門脇画伯は、「こんぴらさん(金刀比羅宮)」にほど近い
香川県観音寺市に在住していた(2005年逝去)。
江戸から伊勢に詣でた人たちの中には、
その足を延ばして京見物、
さらに遠く四国のこんぴらさんまで旅した人もいるらしい。
現代人の感覚でいえば、世界一周旅行に近いのかもしれない。
「昭和の浮世絵師」によるこの大作の筆頭スポンサーは、
ご存知、赤福餅のメーカー 和菓子屋「赤福」である。
一連の旅のストーリーの最後の1枚、
すなわち、伊勢到着の画面は参道内でなく、
「五十鈴川野遊びどころ」にある
赤福五十鈴川店の店内に飾られている。
赤福の創業は、宝永4(1707)年となっているので、
宝永のおかげ参りのすごさを見て、店を出したのだろう。
その60年後・120年後には、すっかり伊勢の名物として
定着していたと想像できる。
そう考えると、300年以上の老舗の存在ってすごい。
当然のように、絵の中には赤福のお店があり、
そこで人々が座って、笑顔で赤福餅を食べている。
まさに至福のとき。
ついに着いたぞという喜びと達成感と安堵感、
そして、旅の疲れをいやし、
よくぞ参ったと労わり、祝ってくれるような、
甘い、とろけるような赤福餅のおいしさ、
それを包む伊勢の町の賑やかな風景が
1枚にしっかり凝縮されているのだ。
まさに一生一度のお伊勢参り。
こうした至福の時を味わうことを夢見て、
江戸時代の人々は生きていた。
現代はいつでも気軽に来られるけど、
じつは不便で苦労しなくてはならなかった、
昔の人たちのほうが幸福度は高いのかもしれないなぁと、
カミさんと赤福餅をほおばり、
お茶をすすりながら、せんないことを考えていた。
明日死ぬかもしれないので、一生一度の伊勢参り。
というわけで先週末、二泊三日で行った来ました、お伊勢さん。
まずはいきなりお土産のご紹介。
伊勢の名物と言えば、ごぞんじ、お餅をこしあんでくるんだ、
めっちゃおいしい赤福餅が超有名で、
全国お土産ランキングでも堂々第3位にランクイン。
伊勢では外宮・内宮ほか、あちこちいたるところに店舗があって、
おなじみの赤福餅はもちろん、赤福ぜんざい、
要するにお汁粉も食べられる。
それと同時に最近、売り出し中なのが「おかげ犬サブレ」。
赤福餅は日持ちがしないので、残念ながら、
ばらまき土産としてあっちゃこっちゃに配るのには不向き。
というわけで、このサブレが考案されたらしい。
(賞味期限約1カ月)
「おかげ犬」とは江戸時代、
首におめでたい注連縄と、街道の人々から
御寄進をいただくための巾着財布をつけて
お参りに行ったという「代参犬(だいさんけん)」のこと。
お伊勢参りに行きたくても、健康上の理由などで出かけられない、
お店のご主人などに代わって、
江戸から、京都・大阪から、遠くは四国や東北からも、
お参りに行った犬がワンさかいたという。
まさかそんな落語やメルヘンみたいな話は
誰かのでっちあげかねーのと思うだろうが、
本当の話でちゃんと記録も残っている。
このミラクルでハートウォーミングなドキュメンタリーは、
江戸研究者・動物研究者の本が出されたこともあって、
近年、一般人の間でもポピュラーになり、
それに目を付けた赤福が「おかげ犬」としてキャラ化し、
赤福餅とは別路線のお土産を作ったのだ。さすが商売上手。
もともと赤福餅は、「ええじゃないか、ええじゃないか」の
コマーシャルソングにもある通り、
江戸時代、何十万人と大挙して押し寄せた
伊勢参りの庶民を相手にして大当たりし、
全国に広まった名物。
そうした「庶民に愛される」というブランドコンセプトに
「おかげ犬」はぴったりだったのだ。
次は赤太郎とおかげ犬のコラボ商品も出してほしい。
これをお読みの皆さんが、日本の神様を熱心に拝んでいる、
信仰深い人だとはまったく思ってないので、
食べ物のことなど、俗っぽいお話を中心に、
年内、気まぐれにお伊勢参りのお話を書いていきます。
たぶん何の役にも立たない与太話なので、
お暇がある人だけ、テキトーに読んでってください。
土曜の午後、「踊れる文学」に参加した。
もちろん、人生で初めての体験だし、
これ自体、世界で初めての催しかもしれない。
平たく言ってしまうと、図書館で音楽を聴き、
3時間、踊りながら本を読むというイベント。
図書館がクラブになった、と言えばイメージしやすいだろうか。
場所は神奈川県大和市。
大和駅にほど近い「シリウス」という
文化施設と商業施設が合体した建物の4階。
すごくきれいでおしゃれな市立の図書館だ。
貸し切りではない。
平常通り、利用者が訪れ、本を読んでいる。
その一角のスペースが、いわばクラブに設えられていて、
DJが時間ごとに入れ替わり、音楽をかけ、そこで踊る。
そんなところで音楽など、ガンガンかけられるわけがない。
参加者はヘッドフォンをつけて、
そのヘッドフォンのなかでのみ音楽とアナウンスが流れる。
同じ図書館という空間にいながら、
参加者は、一般の利用者とは異なる次元に身を置く。
本を読みながら数十人がゆらゆら踊っている様子は、
向こう側にいる一般の利用者からどう見えるのか?
好奇心にかられて寄ってくる人が大勢いても、おかしくないが、
不思議とみんな無関心・無干渉であるところが現代的。
それがいいことなのか悪いことなのか、わからないが、
なんだか面白い。
考えてみれば、図書館は一昔前まで、
身体は外にいるが、頭だけは引きこもりになって、
本の中の世界にトリップできるという稀有な場所だった。
この「踊れる文学」は、
それをより深く追求してみたかのようである。
そんなことを考えながらゆらゆらしていたら、
後半、いつの間にやら3人のダンサーが現れ、
パフォーマンスを披露した。
ゆったりとした動き。
伸びたり縮んだりする美しい身体のシルエット。
球や帯を使った遊戯のようなアクションは、
世界と人間の関係を表すメタファーのように感じる。
途中、DJの音楽に合わせ、
踊りながらてバイオリンまで弾いて見せた。
とはいえ、説明はいっさいないので、
本当の意味するところはわからない。
ただ、僕はすっかり見とれてしまい、
彼女たちが踊りながら去っていく後姿を
ずっと見送り続けていた。
図書館の通路を通って向こう側へ消えていくその姿は、
むかし見た、寺山修司の天井桟敷の演劇のようだった。
ちなみにこの日のイベントは、
体験作家の雨宮優さん主宰の「Silent it」が開く
サイレントフェス®の一環である。
図書館でこんなイベントを開くなんて、ふつうは考えられない。
このチームの、
10年にわたる活動実績があってこその企画だろう。
何よりも「踊れる文学」という発想が秀逸だが、
発案した雨宮さん自身も、
実はこれがどういうものだかよくわからないと言っている。
それでもちゃんとカタチにしてしまう行動力が素晴らしい。
じつはこのイベントには前段があり、
9月にnote上で「踊れる文学コンテスト」
というものが開かれた。
そこに「ダンスはまだ終わらない」という短編小説を応募したら、
雨宮さんに末席に選んでいただいた。
嬉しい限りだ。
こんなことして意味があるのかとか、
役に立つのかとか考えながら踊る人はいない。
生きているから踊れるし、踊りは生きていることそのもの。
書くことや読むことで心が躍れば、それもまた生きる楽しみ。
この日のことを、またいずれ物語にしてみよう。
谷川俊太郎の詩を読んでいたら、
40年余り前に暮らしていた江古田の
アパートの部屋の風景がよみがえった。
「第2みのり荘」という名のそのアパートで、
1階の4畳半の角部屋で一人暮らしをしていた。
古い建物だったので、窓はサッシでなくて木枠で、
金色のネジみたいなカギをくるくると回して穴につっこみ、
ネジ締め方式で施錠していた。
その南向きの窓から暖かい秋の日差しと
金木犀の香りが入り込んできた。
それで記憶が刺激されたのだ。
ちょうど今頃の季節に谷川俊太郎の本を読んでいたのだろう。
おそらく「20億光年の孤独」だったと思う。
新潮文庫だったか、黄色っぽい表紙に
若かりし頃の谷川さんの顔写真が載っていたことを憶えている。
そんなに熱心な読者ではないし、
センセーショナルな体験をしたというわけでもない。
それでも人生の要所要所に谷川俊太郎の詩に出会い、
その言葉の数々が心にしみ込んだ。
文章の流れがちょっと異次元的なのだが、
僕にとってはとても自然に感じられるのだ。
息子が生まれて初めて絵本も
谷川俊太郎が書いた「もこもこもこ」だった。
膝に乗せて読んであげるとキャッキャと
声を上げて大喜びするので、何度読んだか数えきれない。
それから18年後、その息子の高校の卒業式で、
谷川俊太郎が卒業生に贈った長編詩を、
演劇部の生徒が朗誦したのを聞いて、
なんてすごい詩人だろうと、めっちゃ感動した。
子どもたちへのはなむけに贈った詩は
まるでロックの歌詞のようだった。
谷川さん自身がこの高校(都立豊多摩高校)のOBなのである。
この本「行先は未定です」は、
谷川さんが活躍し出した1950年代から、
死の間際に書かれたと思われる2024年の作品までを採録し、
晩年のインタビューも交えて構成したアンソロジーで、
今年の7月に刊行された。
いわば「ベスト・オブ・谷川俊太郎」
もしくは「谷川俊太郎入門書」と言えるのかもしれない。
タイトルもとても谷川さんらしくて素敵だ。
きらめく星々のような詩句は、いつまでも初々しく、
老いや死について語る言葉にも、
青春のみずみずしさにあふれている。
谷川さんの人生は完結したが、
その詩の世界は、僕たちを取り巻くこの宇宙のように
ますます広がり続けている。
昨日は草彅剛主演のドラマ「終幕のロンド」を見た。
遺品整理会社の話である。
映画ではこういう作品は最近よくあるが、
この時間にこういうテーマのドラマって。
先日のネオ終活の番組と言い、
急速にこんな時代に突入した?
もしや、これもDeathフェス効果?
どちらもフジテレビの番組だが、
そういえば、今年のDeathフェスに
フジが取材に来ていたという話を聴いた。
攻めてるフジ。
中居問題から発したドタバタで開き直ったのだろうか。
でもまぁ、製作陣は発奮したのか、
昔のトレンディドラマの栄光など、かなぐり捨てて
がんばっていると感じる。
それにしてもこのドラマ、孤独死をはじめ、親子の断絶、
ブラック企業の自殺隠ぺいとか、LGBTQのこととか、
最近のエンディング周りの社会問題てんこ盛り。
もしや、これから尊厳死問題なんかも出てくるのかな?
そういえばXで国民民主党の玉木代表が
「尊厳死法制化を議論云々」って発言した、
とか言って「けしからん、こいつを総理にするな!」
って投稿を見たけど、
玉木総理問題はともかく、
今、イギリスでもフランスでも法制化の検討が進んでいる。
欧州各国を始め、世界の国のいくつかは法制化されている時代。
だから日本も…というわけじゃないけど、
尊厳死をまともに議論の俎上に乗せるときは
もう来ているんじゃないかな。
数年前、カンヌ映画祭で賞を取った「PLAN75」も日本の作品。
攻めてる作品だが、テーマがテーマだけに、
日本ではほとんど話題にもされていない。
興味のある人は見てみてください。
ちなみに「終幕のロンド」は草薙主演だけど、
11月に木村拓哉主演の映画で
「TOKYOタクシー」というのをやる。
フランスの終活映画の名作「パリタクシー」の翻案。
共演は倍賞千恵子。
老婦人が「葛飾柴又」の家から葉山の施設に行くのに
タクシーに乗るというストーリー。
ご婦人の名はさくらじゃなくて、すみれだけどね。
監督はもちろん山田洋次。
なんかSMAPももう懐かしいね。
体験作家・雨宮優さん主宰の「踊れる文学コンテスト」で
自作「ダンスはまだ終わらない」を3位に選んでいただいた。
じつはこの作品、過去にこのブログで発表した
4つのエッセイを構成・アレンジして短編小説に仕上げたもの。
仕事の合間に慌てて書いたのだが、
結構、自分好みの作品になったので
noteで応募してみたら嬉しい評価になった。
雨宮さん、どうもありがとう。たいへん光栄です。
1.群青色の交差点で
日が沈み、空は薄く群青色。
いつもの駅を通り抜け、いつもの通りを西から東へ。
自転車のペダルを踏みながら、
信号待ちの交差点で、僕は出会った。
向こう側に女性がふたり。
小学校高学年くらいの女の子と、そのお母さん。
信号待ちの短い時間に、ふたりは仲良くふざけ合ってる。
お母さんは体をスイング、リズミカルに脚をサイドキック。
娘はキャッキャと身をくねらせ、その光景に僕は見とれた。
鍛え上げられた筋肉の輪郭。
クラシックバレエの素養が、通りの向こうからでも見える。
本当に母娘なのか?
叔母と姪か、齢の離れた友達か――
そんなことを考えてるうち、信号が変わる。
僕は北から南、二人は小躍りしながら南から北へ。
すれ違いざま、僕は想像した。
あの女性はダンサーなのかも。
でも暮らし向きは良くない。
もしかしたら夫はろくでもない男で、離婚して娘と二人暮らし。
お金がなくて仕事を掛け持ち、スーパーのレジ、トイレ掃除
介護ヘルパー、宅配便配達。
それでも彼女は踊るのをやめない。
自分のために、娘のためにも。
ほんの一瞬のことだったけど、
生きてることは楽しい。
そして生きている限り、僕たちは踊り続けていける。
ふたりは僕に教えてくれた。
2.カバの国のダンサーたち
男はある齢を過ぎると踊らなくなる。
ところが女はいくつになっても踊る。
昨日、友だちのダンス公演を観に行った。
西アフリカのマリの民俗舞踊。
エネルギッシュで好きだけど、
正直、マリもガーナもケニアも、僕には区別がつかない。
「マリ」はバンバラ語で「カバ」の意味、
首都バマコにはカバの銅像があるという。
司会役の先生は年齢不詳のマリ人の女。
生徒の大半が高齢の女性。
浴衣を着て盆踊りをしていたら、
近所のおばちゃん・ばあさんといったところだけれど、
民族衣装をまとって激しく踊ると、アフリカの精霊みたいに見える。
みんな、楽しそうに踊る。
その顔は夢中になって遊ぶ子どもたちの、
弾けるような笑顔そのままだ。
せっかくここまで生き延びたのだから、
思い切り楽しんでしまえという「やる気」。
妻なり、母なり、愛人なりの務めを終えて、
もうセクシーであり続ける必要はない。
そうした思いが女たちの心を解放する。
上手いか下手かなんてどうでもよくて、
見ている側が笑っちゃえるくらいでいい。
死ぬまで笑って踊って、
それで人を笑わせられたら、それが最高。
3.男が躍り出す予感
バレリーナを目指す女の子は数多いけど、男の子は少ない。
自分が子どもの頃も、息子が幼い頃も、
すぐ近くにそんな子は一人もいなかった。
バレエは素晴らしい芸術で、
へたなスポーツをはるかに凌ぐ筋肉量と運動能力がいる。
稽古もハンパないが、ここでは男に対する偏見がある。
「ボク、バレエやりたい」なんて言い出したら、
周りはびっくりして「なんで男なのに……」
親も「なんでサッカーや野球じゃないんだ!」
と怒り出すかもしれない。
でも男子がバレエをやり出すきっかけは、
きっと武術をやりたい人と同じだ。
純粋にその運動に秘められた、
美とエネルギーと人間のドラマを感じ取れるから。
長寿化が進み、シルバーエイジになって踊り出す男が、
大勢出てきたら、きっと笑ってしまうだろう。
でも笑えるからいい。
笑って世の中が大きく変わるかもしれない。
4.そろばん玉とバレエシューズ
わたしの妻は子どもの頃、バレエが習いたかったと話した。
幼稚園生の時、ひとりでバレエ教室に通って、
真剣に見入っていたという。
でも先生から「今度からはお母さんと来てね」と言われたので、
勇気を出して進言したら、あっけなくNGをくらって沈没。
それでもしつこく抵抗して、ついにお父さんへ話を持ちかけると、
「そこまで習い事がしたいなら」という展開。
期待で胸がはちきれんばかりに膨らんで――
紹介されたのは、そろばん塾。
実用的な習い事ならいいだろう、と。
「アン・ドゥ・トロヮ、プリエ、シャッセ」の代わりに、
「ねがいましてーは、13円なり、125円なり……」
そろばんの玉を弾きながら、
「バレエを習ってるはずだったのに、
なんでここでパチパチやってるんだろう?」
ちょっと切ないけど、かなり笑える光景。
じつは、わたしの方が習った経験がある。
演劇学校の必修科目、俳優の肉体トレーニングとしてのバレエだ。
指導役のF先生の印象は鮮烈だった。
きりっと伸びた背筋、凛とした立ち姿。
フッと腕を上げただけで、ツィと足を上げただけで、
周囲の空気を一変させてしまう。
脊椎動物の最高進化形。
しかもその時の彼女の年齢が、
母と祖母の間くらいと知って、さらにびっくり。
女性に対する概念が壊れるほどのカルチャーショック。
5.ネバーエンディングな少女たち
最近はバレエ教室が増え、
日本のバレエ人口は世界一だという。
子どもにバレエを習わせる人が増えたのと、
大人の女性たちの参加がその理由。
かつて習っていたけど競争からこぼれ落ちた人も、
カミさんみたいに、やりたかったのにできなかった人も、
健康や美容を理由に、抵抗なく教室へ行けるようになった。
子育てがひと段落して、
「ああ、人生もうここまで来ちゃった。
もしかして、わたしの女としての役割はここまで?」
そんなふうに考えたりすると――
身体の奥底から、長らく眠っていた夢がむくむく湧いてくる。
あの時はあそこでやめちてしまったけど、もう一度踊りたい。
親に言われて泣く泣く諦めたけど、今からでもやっぱり踊りたい。
夫や息子に驚かれないよう、
表向きの理由は健康のため、美容のため。
もしかしたら「なぜ私はバレエ教室へ行くのか」
プレゼンまでやらなきゃいけないかもしれない。
それでも本気でやりたい。
これも切ない。
でも、笑える。笑えるからいい。
面白くて、笑えて、だから応援したくなる。
そんな大人の夢がいっぱいあふれると嬉しいじゃないか。
エピローグ 踊り続ける理由
夕暮れの交差点で出会った母娘も、
カバの国の踊りを踊る高齢女性たちも、
そろばん塾からバレエ教室へ向かう女たちも、
みんな同じことを教えてくれる。
人生に「遅すぎる」なんてない。
踊りたい気持ちに年齢制限はない。
上手い下手より、楽しいかどうか。
笑われても構わない、笑えるから。
だって、踊っている時の顔は、
夢中になって遊ぶ子どもと同じ。
弾けるような笑顔で、生きていることを全身で表現する。
そんな姿を見て、わたしもいつか踊り出すかもしれない。
新しく人生をスタートさせるように。
その時はきっと、みんなに笑われるだろう。
でもそれでいい。
笑って自分が変わり、世の中が変わるのなら。
変わるのなら。変わるのなら。変わるのなら。
おわり
「耳なし芳一」などの怪談を残した
小泉八雲(ラフディオ・ハーン)の
奥さんが主人公の「ばけばけ」。
今週から新しく始まった、
NHKの朝ドラをたまたま見たのだが、超面白い。
初回、朝っぱらから(ドラマの中では夜中だが)
家族で丑の刻参りして、
藁人形に五寸釘打ち込んでいるのにはワロた。
明治は昭和以上に面白い時代だ。
そして、主人公の少女時代を演じる子役の女の子が
可愛くておもろい。
「野垂れ死に、野垂れ死に」と歌う主題歌も気に入った。
今年は猛暑で遅咲きしている彼岸花は、
「死人花」とか「幽霊花」といった別名があるようだ。
日向で見ているときれいだが、確かに日陰で咲いているのや、
夕暮れの薄暗い中で見ると、ちょっと妖しい雰囲気を醸し出す。
彼岸花にそうした妖のイメージが付いたのは、
まだ死者を土葬していた時代、
ネズミやモグラが入り込んで遺体を齧るので、
周囲によく植えていたからだ。
彼岸花の球根には猛毒があるので、
ネズミなどが寄り付かなくなるのだ。
そんなわけで昔の人たちは、
遺体が埋まっている場所に咲く彼岸花を
かなり気味悪がったらしい。
そういえばこの間、子供らが遊びで
「青い彼岸花はないか」と探していた。
「鬼滅の刃」のボス鬼・鬼舞辻無惨が、
太陽の光を浴びても生きられるように=
不死身になる薬として、青い彼岸花なるものを
手下の鬼たちに探させていたからだろう。
もちろん、赤でも白でもなく、青いのは実際にはない。
同じく「鬼滅の刃」のなかで魔除けとして使われ、
鬼にとって強力な毒となる藤の花も、
実際には猛毒を持っている。
鬼でなくても、人間にとっても口にしたら危険だ。
やはり美しいものには毒がある。
藤も彼岸花も化け物に近しい花だと思うと、
ちょっと見え方が違ってくる。
昨日、手塚治虫が亡くなる3年程前の
ドキュメンタリーを放送していたので、チラ見した。
大げさでなく、
本当に命を削って何十年もひたすらマンガを描き続けた天才。
それも近年のマンガ家のように、
強力なヒット作を何年も続けるのではなく、
子供対象から大人対象まで、バラエティ豊かなジャンルで、
実に多彩な作品を、次から次へと発表していた。
昭和レジェンドのあるある話だが、
本当に全然寝ていなかったようだ。
今では科学的に睡眠をとらないと
脳が正常に働かないことが証明されている。
が、それは僕らのような凡人の話。
彼のようにそんな科学的常識に当てはまらない人間、
意志の力で不可能を可能にしてしまう天才は確実に存在している。
60歳で「もっと仕事をやらせてくれ」と言って、
この世を去った手塚治虫。
あれだけ描いても満足も納得もできず、
残念な思いを残したかもしれないが、
それでもマンガの創作を通して、
彼は寿命の倍以上に匹敵する時間を
生き抜いたのではないかと思う。
最近、YouTubeの手塚プロダクション公式サイトで、
「おさむーびー」というのを配信しているので、
仕事の合間によく見ている。
これは手塚作品をアニメでなく、
コマ割りされたマンガを動かし、声優がセリフを吹き込み、
動画風にしたもの。
雑誌に読み切りとして掲載され、その後、全集に納められた、
マイナーな作品が中心で、短編ミステリーやブラックな話が多い。
いずれも半世紀ほど前の作品だが、
これがめっちゃ新鮮で面白い。
話の構成とストーリーテリングのすばらしさ、
ビジュアル表現の見事さ、
そしていろいろな角度から見て楽しめる奥深さ。
改めて手塚治虫の天才ぶりを堪能できる。
その中の一編「紙の砦」は、
少年時代の戦争体験をもとに描いた半自伝的作品で、
初めて見たが、
手塚先生がなぜ命を削ってマンガを描いていたのか、
これを見るとわかるような気がする。
戦争で生き延びることができた自分の人生は、
ひたすら創作するための人生――
時代の波、流行の波などと闘いながらも、
魂の命じるままに手を動かし続けていたのだろう。
不滅の手塚マンガは、僕にとって元気の源である。
「死ぬ前に一目祭りが見たい」
そう訴える老いた罪人に対し、
首切り役人が懐から狐のお面を取り出して渡す。
罪人がその面をつけると、耳には祭囃子が聞こえてくる。
彼が恍惚となり、幸福感に包まれた刹那、役人は刀を振り下ろし、
面をつけた罪人の首が宙を舞う。
「子連れ狼」と同じ小池一夫原作、小島剛夕作画コンビの劇画
「首斬り朝」は、刀剣の「試し斬り」の役目を担った
山田朝右衛門を描いた物語。
、
山田朝右衛門は打ち首の刑になった罪人の首を斬る、
いわば死刑執行人の役を兼務していたために、
江戸の町人たちから「人斬り朝右衛門」と恐れられていた。
江戸時代に実在した人物だ。
ちなみに「山田朝右衛門」というのは屋号みたいなもので、
代々同じ名を引き継ぎ、明治初期までお役目を務めていたという。
武士だが幕臣とは異なり、浪士の身分だった。
先述したストーリーは、
この「首斬り朝」の一編「祭り首」という話。
この劇画は基本的に一話読みきりで、
どちらかというと首を打たれる罪人が主役となり、
「なぜ罪を犯すことになったのか」を描く話が多い。
しかし「祭り首」は朝右衛門自身の
人生・感情にスポットが当たっている。
人々から恐れられていた「人斬り朝右衛門」は、
祭りの日は外出できなかった。
武士にとって、祭りは単なる遊びだが、
江戸の庶民にとっては、
現代のそれとは比較にならないほどの大イベント、
年に一度訪れる、命がけの祝祭である。
そんな特別めでたい日に、
不吉な死神と顔を合わせたくないというのだ。
祭というハレの日があるから、ケ(日常)が成り立つ。
解放の日にガス抜きをさせないと、庶民の間に不満が鬱積し、
世の中がうまく回らなくなる。
お上もそうした庶民の心情を無視しては
政ができないというわけである。
だから外出禁止は、なかばお上からの命令で、
それは気の毒なことに当人だけでなく家族も同様なのだ。
そのため、将来、「人斬り朝右衛門」になることを
運命づけられた少年朝右衛門は相当辛い思いをした。
10歳くらいの頃、我慢できずに
こっそり家を抜け出した少年朝衛門は、
人に見つからないよう、裏道でこっそり祭囃子を聞いていた。
すると、その裏道の入口前を、
同じ年頃の子供の集団が遊びながら走り抜け、
そのうちの一人が狐のお面を落としていった。
それを見つけた少年朝右衛門は、
こっそり拾って自分の顔にお面をつけてみる。
すると祭囃子がすぐ近くで聞こえた。
それは彼の人生で最初で最後の祭り体験になった。
漫画の中では描かれていないが、少年はその後、
急いで家に帰り、親に見つからないよう、お面を隠した。
もしかしたらその後、ずっと祭が来るたびに
家の中で一人でこっそりお面を被り、
幻聴のようなお囃子を聞いていたのかもしれない。
或いはお面を隠し持っていたおかげで、何とか大人になり、
父の後を継げたのかもしれない。
数十年後、刑執行の前日、彼は罪人が
「死ぬ前に一目祭りが見たい」と嘆願していることを知り、
箪笥の奥深くから隠し持っていた、あの狐のお面を取り出し、
しばし子供時代の回想に耽った後、
大事そうに懐に入れて家を出て、刑場へ――。
「首斬り朝」は「子連れ狼」と同じく、
父が全巻揃えて持っていた。
僕はそれを留守中に隠れて読んでいた。
「子連れ狼」より後なので、中学生だったと思う。
子連れ以上にエログロシーンが多い大人の漫画だったが、
人情噺に近い、この「祭り首」がいちばん印象に残っている。
そして、大人になって久しい今もなお、その印象は鮮明で、
罪人と朝右衛門の人生が交錯するラストシーンは、
思い出すたび、胸にじんと響く。
現代ではお祭りは、一部の人を除き、安全第一で、
神社の参道に並ぶ屋台で飲み食いするだけの
季節イベントになってしまっているが、
もともとは日本人の死生観と深くつながったものだった。
夜の神社を歩くと、ふと周囲の雑踏が消えて
生と死の境の空間に足を踏み入れたような
錯覚に落ちることがある。
死の間際に、心のどこかで祭囃子を聴くことができたら、
この世に未練を残さず別れられるのだろうか?
いい人生だったと思えるのだろうか?
祭りの季節になると、そんなことを考えるようになった。
この物語の一貫したテーマは「親孝行」。
お盆休みの午後、吉祥寺という土地柄もあってか、
映画館の観客の大半は家族連れだ。
さすがに幼児はいないが、小学校低学年くらいの子が多かった。
こんなチビどもが2時間半以上もある映画をずっと見られるのか?途中で騒ぎだしたら嫌だな、と思った。
が、余計な心配だった。
これだけの大ヒットは、
過去の実績や宣伝のうまさだけでは達成できない。
文句なしのクオリティでまったく飽きさせない。
このアニメ(マンガ)の特徴は、
少年漫画と少女漫画のベストミックス。
少年マンガ得意のバトルアクションをベースに、
少女マンガ得意の内面ドラマがどんどん入ってくる。
スピード感あふれるアクションの合間に、
それぞれの登場人物の脳裏をよぎる数秒間の回想が、
10分、20分の主観的な物語として描かれるのだ。
その物語が次から次へと語られる。
双方のリズムが素晴らしく、長尺を感じさせない。
もう一つ、この映画が受け入れられるのは、
冒頭に挙げた「親孝行」というテーマの明快性。
何が正義がわからないこの時代に、
親・師匠を大事にすることの尊さを訴え、
親孝行、家族愛、兄弟愛といった圧倒的な正義を提示する。
観客にとってともわかりやすく、安心して観ていられる。
鬼殺隊は、親方様である産屋敷を父とする大家族であり、
曲者ぞろいの9人の柱は家族を支える兄弟。
主人公の炭治郎たちはその年若い弟である。
そして、彼らが闘う鬼の中でも、人間だった時代、
父親を救おうとしたり、養父であり、義父になるはずだった師匠を敬った猗窩座には同情・共感が寄せられる。
それと反対に、その美貌や天才性ゆえ、
両親を馬鹿にしていた童磨は嫌われる。
ただ、僕は彼の異常な心の闇がどのように形成されたのか、
とても興味がある。
これだけの狂気を表現できる声優さんの演技力はすごい。
近年、世間を震撼させる事件・犯罪は、
猗窩座のような、社会や他者に対する怨恨と、
童磨のような、お道化たサイコパス性が
混合したもののように思える。
「親孝行」をテーマに大成功を収めた「鬼滅の刃」。
しかし、圧倒的な正義は、巨悪に転じることもある。
宗教が、政治が、悪徳ビジネスが、
親孝行や家族愛を語りながら、巧妙に心を支配し、
金をだまし取ったり、個人の自由を侵したり、
人生を破壊するなど、人を喰う鬼に化けることがあり得る。
かつてこの国は、そこを利用して、
日本人は天皇を中心とした家族であるという夢を見せ、
富国強兵を進めて、アジア随一の軍国国家を創り上げた。
終戦の日の翌日に見たせいもあって、
どうしてもそのことが気になった。
娯楽なのだから、気にせず楽しめばいいのだが、
時として、娯楽は支配者にとって
都合の良い洗脳教育にも使われることは覚えておきたい。
愛とか自由とかについて考えたり、語り合ったりする時代が
今また帰ってきたのじゃないか。
綾瀬はるかのNHKドラマ「ひとりでしにたい」の
最終回(2日)を見てそう思った。
やっぱり鳴海(綾瀬)と那須田(佐野勇斗)は結婚するのか、
それだとなんだかつまらない、
でも、ちゃんと恋人同士として付き合うことになるんだろうなと思っていたら、そうはならなかった。
すごく面白くて毎回見てしまったが、
従来のドラマのセオリーとしては大失格の作品である。
ドラマとは人間の変化を見せるものなのに、
そもそも主人公が始まったときと全然変わらない。
クライマックスも家族の食事会シーンで口論になるだけで、
盛り上がりもへったくれもない。
視聴者がこんなもの見るもんか!と、
90年代のトレンディドラマのロデューサーに
脚本を見せたら、びりびりに破かれそうだ。
この手の若い男女を主人公にしたドラマは、
一昔前まで感動ものであれ、コメディであれ、
劇的アクション、もしくはドタバタ狂騒曲をへて、
結婚に限らずとも、何らかの形で結びつくのがお決まりだった。
ハリウッドのドラマメソッドは1980年代に確立され、
80年代後半から00年代前半、アメリカでも日本でも
多くの映画やテレビドラマは
そのメソッドに基づいて作られていた。
簡単にいえば、紆余曲折を経て、ラストは平安が訪れる。
恋愛や友情や家族が色濃く絡めば、
ラストは結婚や子供の誕生など、
新しい家族が生まれるという喜びに満ち、
未来へ希望をもたらす終わり方にするべき。
もちろん例外はあるが、少なくともそれが王道であり、
視聴者の心を満足させる鉄板パターンであり、
そうでないものは大衆に受けいられるのは難しい。
僕がドラマの脚本を勉強をしていた頃はそう教えられた。
それはまんざら昔話でもないようで、
割と最近、シナリオ教室に行ったという人からも、
そうやって教えられたと聞いた。
けど、もう現実は違っている。
このドラマに共感を寄せる多くの視聴者--
鳴海と同じアラフォーやその下の年代は、
一見、何も変わらず、始まったときと同じく、
ひとりで自分らしく生きようとする鳴海の
内面の変化を感じ取っているのだろう。
しばらく前まで、家族が価値観の最上級、
唯一絶対の価値であったこの国では、
結婚すること、子どもを授かることは、
紛れもない、揺らぐことない幸福の証であり、
完全無敵の善だった。
しかし、今となっては、それは幻想だった。
それは何者かによる洗脳だったと、
現実に裏切られた人たちが気づいてしまった。
そして、家族って一種の「負債」ではないか?
という認識にも至ってしまった。
このドラマでは、特に那須田のセリフに顕著だが、
家族の問題・人生の問題を
経済用語で語る場面がやたらと出てくる。
今の世のなか、価値観の主軸が経済になっていて、
特にアラフォー以下の年代の人たちにとっては
それがデフォルトなのだろう。
家族主義の時代が終わって、
自分らしさを追求する個人主義の時代になった、
といえばそれまでだが、
家族という負債から解放された、自分らしさって何だろう?
愛とか自由とかの意味ってどうなってしまうんだろう?
と考えてしまった。
ただ、大いに笑った後にいろいろ考えられるということは、
よくできたドラマなんだろうな、やっぱり。
続編を望む声も多いが、すぐにやったら面白くない。
10年後の話だったら、また見てみたい。
それにしてもアラフォーになっても、綾瀬はるか、かわいい。
6月からのひどい暑さにKOされてしまったが、
子どもたちはこれからやっと夏休みに入るところ。
なんだか夏休みパート1が終わって,
パート2の始まりという感じ。
もしかしたら9月以降にパート3もあるかもしれない。
大人になって久しいので、
もはや夏休みという言葉には郷愁しかない。
会社員になったことがないので、
お盆休みには無縁だし、
わざわざ混雑する時期に出かけることもなかった。
だから、自分の中で夏休みとは、子どもの夏休みのことである。
そんなわけで一度、夏休みをテーマにした話を書こうと思って、
何年も前から取り組んでいるのだが、なかなかできない。
去年の夏はザクザク進めて、こいつは行けそう
と思ったのだが、途中で止まってしまい、
そのまま、また長らくお休みしてしまった。
今年の夏、突破口を見つけてまた書き始めている。
この話のベースにしているのは、
小学校5年生の時に友だちと一緒に書いた
小説(のようなもの)である。
内容も登場人物もまったく違えているが、
自分の中ではあの小説を再現する感覚で書いている。
もちろん、そのノートは残っていない。
紙面が真っ黒に見えるほど、びっしり字で埋め尽くし、
あちこちにマンガみたいな挿絵を入れていたのは、
今でも目に浮かぶ。
大体のストーリーをはじめ、
キャラ設定や何がどうしたという展開も
けっこう記憶に残っており、
書いていくと、どんどんいろいろなことを思い出す。
ついでに小学校5・6年生の時の
クラスメートの顔や声も思い出す。
最近は小学校も高学年になると、
スクールカースト化が始まって、
子どもたちが階級で分断されていく、という。
そんな話を聴くと、いい気持ちはしない。
昔がよかったわけではないが、
少なくとも、そうした不幸な分断・選別が
当たり前みたいに語られることはなかった。
僕が子供の頃の学校では、
なんとなく仲がいい同士のグループはあったが、
みんな、グループ間を自由に行き来していた。
とくに5・6年生の時のクラスは
小中高のなかで最も好きなクラスで、
いろいろなやつがいて、毎日いろいろなことが起きて、
本当に面白かった。
それにしても10歳の頃に書いたものを
60歳を過ぎてまた書く気になるなんて
夢にも思っていなかった、
なんだか55年がかりで夏休みの宿題を
やっているような気がする。
秋風が吹いて涼しくなるころには完成させたい。
今年こそ。
かつてはギリシャ劇にも、シェイクスピア劇にも、
中国の京劇にも、能・狂言にも、女優は存在せず、
男の俳優だけで芝居は上演されてきた。
いろいろな事情があったと思うが、女が舞台に立つと、
多くの男がそれに現を抜かして働かなくなり、
社会が立ちいかなくなったので、為政者が禁じたのだろう。
しかし、社会の発展とともに演劇の世界は広く開放され、
女優もだんだん舞台に立つようになった。
21世紀の今日、世界でいまだに女優が舞台に立てない演劇は、
日本の歌舞伎だけである。
江戸幕府によって女優が禁じられてから400年。
女を演じる男優--女形は
何代にもわたってその技芸が伝承されてきた。
今や一種の世界遺産ともいえる独特のスタイルだ。
その女形に人生を賭け、紆余曲折を経ながら
ついに人間国宝にまでたどり着く男の物語。
吉田修一の同名小説を映画化した「国宝」。
1964年から2014年までの50年間を描いた一代記は、
歌舞伎の世界の裏側を見事に描き出している。
歌舞伎は一見、華やかでセレブな世界だが、
よく考えたら、何でいまだにこんな慣習・ルールが成り立つの?
と思えるような魔訶不思議な世界であり、
畸形の演劇ともいえる。
いまだに女が舞台に立つのが許されないことに加え、
伝統芸能でありながら、国家に守られているわけでなく、
純然たる商業演劇として運営されていること。
家・家族で伝承する技芸であるからこそ、
「血」を守っていくためのこだわりが強いこと。
みんな、小さな世界で生きているので、
身内・味方に対する愛情・友情・敬愛心は強いが、
一旦事情が変わると、
たとえば、父親・師匠などの後ろ盾を亡くしてしまうと、
たちまち冷淡に扱われ、干されるようになる。
要するに、この物語の主人公・喜久雄のように、
才能があれば、芸が優れていれば出世できるという
フェアな世界ではないのだ。
とはいえ、商業演劇なので、
客を集め、興行を打っていくため、
常に客の期待・時代のニーズに応え、
新しいスターをプロデュースする必要がある。
その微妙なバランスのなかで歌舞伎は生き延びてきた。
そのあたり、原作(まだ読んでないが)は
かなり詳細に買いているようだが、
この映画でも十分描き出している。
重厚なドラマは、昭和・平成の時代背景も相まって、
素晴らしく見ごたえがあって、
3時間以上の長丁場でもまったく飽きさせない。
吉沢亮と横浜流星の熱演が話題になっていて、
もちろん、彼らの感情表現や演技・踊りは素晴らしいのだが、
僕としては、この2人に影響を与え、
無言のうちに「女形の生き方」を示唆する
人間国宝・小野川万菊の存在が、とりわけ胸に刺さった。
演じるのは、長らく孤高のダンサーとして活躍してきた田中泯。
その妖怪じみた女形ぶりはすさまじく、登場シーンになると、
まるでそこだけアングラ演劇の世界みたいになる。
そして、人間国宝という栄誉ある称号にあるまじき
最後の登場シーンは、戦慄を覚えるほど印象的で、
そこに「国宝」というタイトルの意味が
込められているように思えた。
昭和の時代まで、歌舞伎役者は江戸時代の身分制度を引きづった
「河原乞食」だった。
今でこそセレブ扱いされるが、一般的なセレブイメージと、」
彼らの生きる世界・人生には大きなギャップがある。
映画「国宝」は、そんな歌舞伎という畸形の演劇の歴史・文化、
そしてこの特殊な世界を成立させている人間模様を感じ取ることができる奇跡的なコンテンツだ。
舞台のシーンの迫力、女形を演じる喜久雄(吉沢亮)と
俊介(横浜流星)の美しさ。
この映画の魅力・価値を堪能するには、
テレビやパソコンサイズではだめで、
絶対に映画館の大スクリーンで見るべきだと思う。
NHK・綾瀬はるか主演の終活ドラマ
「ひとりでしにたい」が大人気で、大河・朝ドラを凌駕する勢い。
カレー沢薫の同名マンガをドラマ化した作品で、
僕も土曜日に見たが、確かに面白い。
それにしても僕の中では、
綾瀬はるかはまだ若手女優だったのに、
そんな、終活なんて…と思って調べたら、彼女ももう40。
役柄はもっと年上の設定らしいが、
もはや40から終活を考えるのが当たり前になってきたようだ。
そういわれてみると、4月に参加したデスフェスの
スタッフも多くは40代
(はっきりとは知らないが、平均とったら多分)。
来場者もそのあたりの人が多かったような気がする。
今や60・70代よりも40・50代のほうが
しっかり死生観を持っており、終活に熱心なのではないか?
それどころか、20・30代も
「今から終活だ!悔いなく生ききるぜ!」と言っている。
どうやらがんばって終活するためには、
若いエネルギーが必要なのだ。
60・70代からじゃ遅すぎる?
いったいどうなっちょるんじゃ?
あっという間に1億総終活時代に突入だ。
「ひとりでしにたい」本当に面白いので、
観てない人は、NHKプラスで観てみてください。
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なぞの演出満載の山口百恵版「伊豆の踊子」
小説(原作)と映画は別物。
それはそれでいいのだが、
そのギャップが大きければ大きいほど。
ツッコミがいがあって面白い。
「伊豆の踊子(1974年:三浦友和・山口百恵版)」は
その最たる例と言えるかもしれない。
川端康成の原作は、割と淡々とした小品だが、
映画にするなら、
全体をもっとドラマチックにしなくてはいけない。
それも当時のスーパーアイドルが初めての主役とあれば、
その見せ場もいろいろ作る必要がある。
というわけで、この作品の場合は、
そうした娯楽映画・アイドル映画のセオリーを踏まえながら、
社会問題を盛り込んでやろうという野心が込められていて、
謎めいた演出が随所に散見される。
日本人の差別問題が裏テーマ
社会問題とは差別問題だ。
1960年代のアメリカの公民権運動や女性解放運動などの余波は
ちょっと遅れて日本にも及んだ。
70年代前半は、学生運動の挫折があり、
昭和の高度経済成長という繁栄の陰にあった、
ダークなるもの・ダストなるものが見えてきた時代。
当時の先鋭的な文化人や屈折した若者たちが、
当時、まだあまり表沙汰になっていなかった、
日本社会における差別問題を掘り起こし始めていたのだ。
川端康成はそんなに意識していなかったと思うが、
大正末期に書かれた「伊豆の踊子」には、
そうした日本人の差別意識が、
いかんともしがたい悪しき現実として、
随所にちりばめられている。
映画はそれらの材料をかき集め、
大きく増幅して裏テーマみたいな形で描きだしている。
「あんな連中とは関りにならないほうがいい」という呪文
三浦演じる旧一高の学生は超エリートのボンボンで、
彼が旅路で出会う商人や旅館の人たちは皆、彼にやさしい。
旅芸人たちは、そうした商人たちの下の階層に置かれていて、
下賤な職業の人間として蔑視されている。
物語冒頭、学生と踊子たち旅芸人一座が出会った
休憩所(だんご屋)の婆さんは、
旅芸人たちと親しげに話していたが、
学生に対しては
「あんな連中とは関りにならないほうがいいですよ」と、
親切な(?)アドバイスのような呪文をささやく。
実はこれはこの映画のオリジナルのセリフで、原作では
「あの人たちは今日の宿も決まっていない
(放浪者みたいなものだ)」と言っている。
映画ではこの婆さんの差別意識を、
いっそうあからさまに表現しているのだ。
セクシー少女・百恵の魅力の開花
なおかつ、同じ旅館に泊まった客(商人)などは、
「あの子(踊子かおる)を一晩世話しろ」と
一座をまとめるおふくろに迫ったりもする。
彼女らのような芸人の女は、売春対象とみなされていたのだ。
これらは原作にはなく、この映画における演出である。
山口百恵は昭和のレジェンドアイドルだが、
彼女の人気に火が付いたきっかけは、
シングル2枚目「青い果実」3枚目「ひと夏の経験」と、
当時ローティーンながら、
セックスをイメージさせるきわどい路線の歌が
大ヒットしたからだ。
男はもちろん、当時の女もその歌にハートを貫かれた。
他の可愛い路線の甘ったるいアイドルにはまねできない、
子供が禁断の領域に踏み込むような、大胆で刺激的な表現は、
多くの人に圧倒的な刺激と感動を与えて支持され、
アイドル百恵の誕生につながった。
この伊豆の踊子もそうしたセクシー路線の成功を
踏まえたものであり、
観客の期待に応える娯楽映画であるとともに、
山口百恵の独特の、青い性的魅力を
うまく引き出したアート風味の映画とも言えるだろう。
ラスト1分 衝撃の不協和音
そして見せ場は最後の最後にやってくる。
学生は東京に帰るため、一座と別れ、波止場から船に乗る。
見送りに来たのは、
かおるの兄(中山仁)だけで彼は内心がっかりするのだが、
船が出た後、埠頭で手を振るかおるの姿を見つけ、
大喜びで叫び、手を振り返す。
離れ離れになってはじめて
「ああ、この感情は恋だったのだ」と気づく青春純情ドラマ。
その切なくて、あたたかな余韻を残しつつ、
きらきら輝く海をバックにエンドマークが出て終わり、
というのが、この手の青春映画・ロマンス映画の常道だと思うが、最後の1分で、またもや謎の演出が施される。
叫んだ学生の頭の中に、あのだんご屋の婆さんに聞かされたセリフ「あんな連中とは関りにならないほうがいいですよ」が
唐突によみがえり、まさに呪文のようにこだまするのである。
え、なんで?と思った瞬間、旅館のお座敷のシーンに転換。
かおるが酔客相手に笑顔で踊っている。
ところが彼女に酔っぱらったおやじが絡みついてくる。
しかも、そのおやじの背中にはからくり紋々の刺青が。
ひきつりながらも笑顔を保ち、
懸命にそのおやじを振りほどこうとする踊子かおる。
最後は顔をそむける彼女と、おやじの刺青がアップになり、
ストップモーションになってエンドマークが出るのである。
なんとも奇妙で、
まるで二人の恋心を容赦なく切り裂くようなラスト。
なぜラストショットが、
若い二人の清純な心を映し出す伊豆の海でなく、
汗臭く、いやらしい酔っ払いおやじの刺青なのか?
夢は終わりだ、これがわれわれの現実だよ。
とでもメッセージしたいのか?
せっかくモモエちゃんの映画を観に行った当時の観客が、
このラストシーンに遭遇してどう感じたのか、
怒り出す人はいなかったのか、知る由もないが、
50年後の今見た僕としては、美しい予定調和でなく、
違和感むんむんのこうした不協和音的エンディングが、
なんとも昭衛的で、僕はけっこう好きである。
あなたも日本人なら「伊豆の踊子」体験を
ちなみに川端康成の原作も、二人の別れでは終わっていない。
船が出る前、学生は地元の土方風の男に、
3人の幼子を連れた婆さんを
上野駅(その婆さんの田舎が水戸)まで送って行ってやってくれ、と頼まれるのである。
現代ならとんでもない無茶ぶりだが、
大正~昭和初期の時代は、エリートたるもの、
こうした貧しい人たちの力になってあげるのが当然、
みたいな空気があったようで、
彼は快く、この無茶ぶりを引き受ける。
そして踊子との別れを終えた後、
伊豆の旅で下層の人たちと心を通わせた、
東京では味わえない体験が、旅情とともによみがえってきて
彼は涙を流すという、なかなか清々しい終わり方をしている。
当時の読者はきっと、この学生は一高(東大)を出たら、
庶民の気持ち、さらにその下の被差別者の心情もわかる、
立派な官僚か何かになって、日本の未来を担うんだな――と、
そんな前向きな感想を持っただろう。
ちょっと悪口も書いたが、世界の文豪にして、
少女大好きロリコンじいさん 川端康成先生の、
古き良き日本人の旅情・人情に満ちた「伊豆の踊子」。
本当に30分から小一時間で読めちゃう小説なので、
まだ読んだことがない人はぜひ。
そしてその50年後、戦争と復興、高度経済成長を経て、
豊かになった昭和日本で、
この物語がどう解釈され、リメイクされたのか、
令和の世からタイムトラベルして、
若き山口百恵・三浦友和の映画で確かめください。
●50年目の百恵踊子
伊豆・河津町で「伊豆の踊子体験」をした
(駅の川端康成文庫と銅像を見ただけだが)ので、
ちゃんと小説を読んで、映画を観ようと思った。
アマプラで1974(昭和49)年公開の
山口百恵・三浦友和主演版が見放題になっていたので鑑賞。
僕が中学生の時に公開された映画で、
当時大きな話題になっていた。
しかし当時、中二病にかかっていた僕は
「そんなアイドル映画なんか観てられるかよ」
と言って無視していた。
しかし、その割に天地真理の「虹をわたって」
なんて映画は観に行った覚えがある。
山口百恵のファンだった試しはない。
「昭和の菩薩」とか「時代と寝た女」とまで言われた山口百恵は、
少し年上の男やおじさん世代には男には大人気だったが、
僕たち同年代の男子にはイマイチだったように思う。
中高生がアイドルに求める
可愛いさ・少女っぽさに欠けていたのが
大きな要因だったのではないだろうか。
同世代なら「ああいう女性に憧れる」ということで、
むしろ女子の方に人気があった。
しかし今、この齢になって観ると、
唯一無二の百恵の魅力が伝わってくる。
この映画は女優として初出演作でもあるので、
演技力としては大したことないが、少女っぽさと大人っぽさ、
明るさと陰とのバランスが素晴らしく、
この踊子・かおるの人間像に不思議な立体感を与えている。
●「え、はだか?」ではありませんでした
物語中、温泉に入っていたかおるが
学生(三浦友和)と兄(中山仁)に向かって
裸で手を振るシーンがあるが、
そこもちゃんと描いていて、ちょっとびっくり。
最初ロングショットだが、観客へのサービスのつもりか、
いきなりグイっとカメラが寄る。
そして「え!?」と思う間もなく、
1秒かそこらでまた引きに戻るという謎の演出。
「まさか」と思って一時停止し、2度見、3度見してしまったが、
やっぱ肌色のパットみたいなものを着けていた。
そりゃ当然だよね。
●「旅情」「異文化体験」を描いた原作
そんなわけで原作と並行して観たので、
小説との違いに目が行った。
俗に大正期の青春恋愛小説っぽく語られることが多い
「伊豆の踊子」だが、原作はもともと川端自身の伊豆旅行記を
リライトしたものだけあって、あくまで「旅情」を描いたもの。
もちろん、主人公の学生が旅先で出会った
芸人一座との交流、そして踊子・かおるへの淡い思慕が
メインのエピソードになっているが、それだけの話ではない。
少女を描くことに固執し、
ロリコンじいさんと揶揄されることも多い川端先生だが、
この作品ではそこまで踊子に対して執着心たいなものはなく、
恋愛的感情の表現はごく薄味だ。
そうした初々しさ・青春っぽさ・ロマンチックさこそ
「伊豆の踊子」が、
老若男女問わず親しまれるようになったゆえんだろう。
人物描写や風景描写などがイマイチで、
文学作品として未熟な部分も、
却って一般の人たちにとっては受け入れやすく、
つまりあまり深く考えずに「お話」として楽しめる。
そうしたところが何度も映画化された要因なのだろう。
今では伊豆や信州などは、東京から日帰りコースで、
旅行といっても、ほとんど日常と地続きだが、
この物語の舞台である100年前は、
東京から伊豆や信州というと、ほぼ1日がかり。
作家が日常と離れた時間・空気の中で作品を書くには
うってつけの場所だったのだと思われる。
そうしたなかで旧制一高の学生(現代のエリート東大生)が出会う
旅芸人一座・踊子は、異界・異文化の人たちだ。
「伊豆の踊子」は、まだ貧しい人たち・下層の人たちが
圧倒的多数を占めていた、大正日本における
エリートボンボンの異文化体験の記録とも読めるのだ。
●河原乞食という現実
先日も書いたが、この物語に登場する旅芸人は被差別民である。
明治維新以降の近代日本では、
こうした旧時代的差別はご法度とされていたが、
それはあくまで建前上、表面上のもので、
庶民がしっかり理解していたとは言い難い。
人々の心情に根付いた差別意識は、
まだ江戸時代のままだったのだ。
芸能人はどんな大スターだろうが、
すべからく「河原乞食」である。
原作の中で「物乞い旅芸人 村に入るべからず」(岩波文庫P95)
という立札が出てくる。
この立札が、彼らの旅路の途中の村々の入り口に立ち、
旅芸人の一行は遠回りせざるを得なくなる。
川端はこの作品を単に旅情を綴っただけのものにしないよう、
ストーリー面でしっかりスパイスを効かせている。
踊子への恋愛感情が甘いスパイスなら、
こうしたあからさまな差別の証は、かなり辛口のスパイスだ。
とはいえ、川端は差別を告発しようと、
この作品を書いたわけではない。
あくまで旅で出会った現実の一つとして、
さらっと流している感じである。
クリエイティビティを刺激した山口百恵
この立札は原作では後半、終わりに近いところで
「おまけ」みたいに出てくるのだが、1974年版の映画では、
この辛口スパイスをめっちゃきかせてアレンジしており、
立札も物語が始まって間もないところで現れ、
かなり強い印象を残す。
まるでこれが裏テーマですよ、と観客に示唆しているようだ。
かなり意図的なものと思われるが、
その背景として、おそらく当時、
社会改革の余波で部落問題などに焦点が
当たっていたことがあるのだろう。
また、ヌーベルバーグやアメリカンニューシネマの影響で、
日本の映画人も多かれ少なかれ、
社会派・アート派でありたいと意識していたはずだ。
それで監督や製作陣が、
単なる娯楽・アイドル映画で終わらせたくない、
と考えたのかもしれない。
山口百恵という稀有な素材は、
そうしたスタッフの創作欲をかき立てた。
吉永小百合や田中絹代が主演の作品がどうだったは知らないが、
百恵の持つ「薄倖の少女」の雰囲気は、
昭和の高度経済成長期以降の
「伊豆の踊子」のイメージを大きく変え、
現代にまで残る傑作にしたのだ。
映画の話、さらに次回に続く。
名作「伊豆の踊子」の舞台
伊豆の河津に行ったのは先週だが、
駅には伊豆の踊子像と川端康成文庫コーナーがある。
それで初めて河津が、かの日本文学の名作
「伊豆の踊子」の舞台なのだということを認識した。
主人公の学生と踊子を含む旅芸人一座が超える天城峠は、
今の伊豆市と(賀茂郡)河津町との間にある。
ゆかりの宿として知られる「湯ケ野温泉 福田屋旅館」も
河津町だ。
いずれも山のほうなので、仕事のついでにちょっと寄っていこう、みたいな場所ではないので、
そのまま帰ってきてしまったが、せっかくなので・・・と、
生まれて初めて、まともに「伊豆の踊子」を読んでみた。
おどろきの踊子
いわゆる名作は、ストーリーのあらましやダイジェスト版が
なんとなくどこかから耳に入ってきて、
知ってるつもり・読んだつもりになっている。
僕もこれまで「伊豆の踊子」にも川端康成にも関心がなく、
スルーしてきたが、65歳でやっとまともに読んだ。
そして正直、びっくりした。
え、これだけ?って感じ。
文庫本でわずか40ページ。
字数にして2万字あまりの短編で、
30分ちょっとあれば読めてしまう。
旅の話、途中で出会う踊子に恋して云々ということで
けっこうな長編の、抒情的ドラマをイメージしていたのだが、
ひどくあっさりした短い話なのでびっくり。
どうしてこんなすぐ読める物語なのに、
俺は50年あまりもの間、読まずにいたのだろうと、
自分の人生を後悔してしまった。
でもまあ、ここでちゃんと知ることができてよかった。
100年前の変態ロリコンじいさん
ついでに川端康成先生についても、いろいろ調べてみた。
なんといっても「世界のカワバタ」。
ノーベル文学賞を受賞した、
敷居の高い大作家・大文豪というイメージだったが、
その幻想もガラガラと崩れ去った。
今の世の中だったら、まず間違いなく、ロリコン少女漫画家とか、美少女アニメを作っていたオタク作家である。
「100年前の変態ロリコンじいさん」というのが、
最近の川端康成の定番像のようだ。
踊子へのエロい思慕
そういうイメージをインプットして読み始めてしまったので、
この「伊豆の踊子」の物語も、
なんとなくエロっぽく読めてしまう。
主人公の男は旧制一高(今の東大)の学生で20歳。
いわば川端の分身みたいな人物だが、
それが旅の一座の踊子(14歳)に淡い恋心を抱く。
大学生が中学生に――ということなので、
今どきの倫理観で言うと、セーフかアウトか、
ちょっと微妙なところ。(やっぱアウト?)
全体的にはあくまで「淡い恋」「ささやかな慕情」が
メインのトーンだが、川端先生、途中で欲求が抑えきれず、
いきなり踊子が素っ裸で出てくるシーンもあり、
頭がくらくらしてくる。
わずか40ページの短編のなかに、
こうしたスパイシーなアクセントが施されているところが、
日本文学の名作、それどころか世界名作としても
親しまれているゆえんなのかもしれない。
そう考えると、100年前の日本の文学界、および、
世界の文学界に君臨していた作家・識者・学者の類は、
みんな少女幻想を抱いたロリコンおやじたちばかりだった
のではないか?という疑念にとらわれる。
いい加減だから名作になった?
正直な感想を言うと、ボリュームもさることながら、
そんなに中身のある話ではない。
話の設定も人物の造形も割といい加減で、なりゆきまかせ。
物語としてはかなり薄味である。
川端自身が文庫本のあとがきで書いているが、
もともとこのあたりを旅したときの旅行記から、
旅芸人の一座との交流の部分を、
何年後かに抜き書きしたものらしい。
いわば自分が実際に体験したドキュメンタリーの
ノベライズなのである。
また、川端は、この作品では
「修善寺から下田までの沿道の風景がほとんど描けていない」とし、後でリライトしようとしたが、できなかったとも言っている。要は自作としてそんなに満足できるものではなかったのだろう。
でも、この作品の場合、その「さらっと感」
「割といい加減な、力が抜けてる感」がいいのかもしれない。
発表されたのは大正最後の年、15年、1926年。
まさしく100年前、「伊豆の踊子」は、
日本人のハートをわしづかみにした。
川端初期の代表作、日本文学の代表作とまで言われ、
6度にわたって映画化された。
映画は1974年の山口百恵版が最後かと思っていたが、
その後もテレビドラマ、アニメ、歌舞伎、ミュージカル(?)でもやっているらしい。
「女が箸を入れて汚いけど」
なんだか川端先生の悪口を並べ立てたみたいだが、
かなり深く心に刺さった部分もある。
それは主人公の男と、踊子たち旅芸人との「社会的格差」である。
100年前、旧制一高の学生と言えば、
日本の未来を背負って立つエリート中のエリート。
対して、旅芸人たちは最下層の被差別民。
さらにその中でも女は一段身分が低く、
一座のリーダー役の「おふくろ」は、
(泉の水を飲むとき)「女のあとは汚いだろうと思って」とか、
(鳥鍋をすすめて)「女が箸を入れて汚いけど」とか、
二度も卑下して、自ら「女は汚い」と言っている。
(川端が言わせている)
現代よりも江戸時代に近い「踊子」の世界
江戸時代、歌手でも役者でも、いわゆる芸能人は
どんなに人気があろうとも被差別民であり、
身分制度の埒外の存在、
つまり、まともな社会人として扱ってもらえなかった。
それは徳川幕府が、町人や農民に
「自分たちより下の、卑しい身分の人間がいる」と思わせ、
できるだけ不満を抱かせないようにするための、
狡猾な支配構造をつくったからだ。
その意識は明治になって近代化された以降も、
えんえんと人々の意識に残った。
そういう意味では100年前、
大正から昭和になったころの日本はまだ、
現代よりも、江戸時代に近かったのかも知れない。
モモエ踊子は差別問題を強調?
小説を読んだ後は、映画も見た。
1974年、昭和49年に公開された、
三浦友和・山口百恵初共演の作品だ。
これも今に至るまで気が付かなかったが、
このモモエ踊子は、恋愛劇の裏で
「伊豆の踊子」で描かれた差別問題をかなり強調している。
今、そういう意識で見ると、単なるアイドル映画・旅情映画ではなく、ちょっと深い作品に見えてくる。
その話はまた次回に。
●伝説の茶壺、ついにご対面
前編では栖足寺の由緒正しい歴史と、
河童伝説の顛末を紹介したが、
いよいよ後編では本丸である。
住職に「河童の壺を拝見したい」と申し出ると、
快く承諾してくれた。
住職が大切そうに持参したのは、
見た感じ直径30センチほどの茶色い壺である。
よく見ると表面がややぼこぼこしており、
いかにも古い時代の手作り感が漂っている。
蓋は何度か作り変えられているそうだが、
壺本体は実に700年以上前のものだという。
「実は、これはお茶の葉を入れる茶壺なんです」
住職がひっくり返すと、
底には「祖母懐」という文字が刻まれている。
●国宝級の陶工が作った、河童の置き土産
「祖母懐」と書いて「そぼかい」と読む。
これは両側が山に囲まれて南側に向かって開けている、
温暖で良質な土が採れる土地のことを指すのだそうだ。
愛知県瀬戸市にこう呼ばれる場所があり、
そこが陶器の別名「瀬戸物」の発祥地なのである。
さらに驚くべきことに、この壺には作者のサインまで入っている。
「加藤四郎左衛門景正」
これは瀬戸焼の開祖として知られる伝説的な陶工の名前である。
加藤景正は鎌倉時代前期の陶工で、
一般的には貞応2年(1223年)に道元とともに南宋に渡り、
帰国後に尾張国瀬戸で窯を開いたとされている人物だ。
現在も愛知県瀬戸市の深川神社境内には、
景正を祀った「陶彦社」が存在する。
「本物なら国宝級の品物です。
ただし、河童にもらった後は門外不出ということで、
鑑定などしてもらったことはありません」
住職は笑いながら説明してくれた。
「河童からもらいました」と言えば、
鑑定士はどんな顔をするだろう?
そうしたテレビ番組もあるが、そうしたところに出したら
どんな結果になるか、正直、見てみたいものだ。
さて、話を戻すと、この時代はまだ轆轤がなかったため、
粘土を丸くして重ねて成型していく手法で作られたという。
そのため表面に痘痕のようなぼこぼこした跡が残り、
焼き上げた後に石が出てくるような荒々しさが
四郎左衛門の作風だったそうだ。
確かに、目の前の壺も実に味わい深い、
野趣に富んだ風合いを見せている。
●いよいよ河童のせせらぎ体験
「河童はこれを置いていくときに、
『この中に河津川のせせらぎを封じ込めました。
これを聴いて私を思い出してください。
この川の音が聴こえる限りは、
私はどこかで元気に暮らしていますから、
和尚さん、安心してください』と言い残して去っていったんです」
住職の説明を聞いているうちに、だんだんと期待が高まってくる。
果たして本当に河童の封じ込めたせせらぎが聴こえるのだろうか?
「どんな壺でも、こうやって耳を近づけて聴くと、
ぼーっという音は聞こえるものなんです。
それは容器の中で風が流れる音で、
貝を耳に当てたときにも同様の音が聞こえるので、
お分かりかと思います。
しかし、この壺の場合はそれだけでなく、ぼーっという音の中、
下の方からぴしゃぴしゃっという感じの、
小さな水が流れる音がします」
住職に促され、恐る恐る壺の口に耳を近づけてみた。
最初は確かにぼーっという、よくある空洞音が聞こえる。
しかし、じっと耳を澄ませていると……あった!
確かに奥の方から、ぴちゃぴちゃという水の音らしきものが
聞こえてくるではないか。
まさに小川のせせらぎのような、
優しい水の流れる音が壺の奥底から響いてくる。
思わず身を乗り出して、もう一度しっかりと耳を当て直してみた。
やはり聞こえる。確実に水の音である。
正直、最近なかった、一種の感動に背筋がゾクゾクした。
●プロの最新機材で録れなかった音が、
子供のラジカセで録音成功
住職によると、この不思議な音を録音しようと、
NHKが高性能のマイクを持ち込んで挑戦したことがあるという。
しかし、どんなに頑張っても音を捉えることができなかった。
「ところが、近所の子どもがこの音を録りたいといって、
ラジカセみたいなもので録ったら録れたんです」
なんとも不思議な話である。
最新の録音機材では録音できないのに、
子どものラジカセでは録音できる。
まるで河童が、純真な心を持つ者だけに
水音を聴かせてくれるかのようだ。
試しに僕も自分のICレコーダーを取り出して録音を試みてみた。
すると、どうだろう。確かに音が録れているではないか。
後で家に帰って聞き返してみると、
確実にせせらぎの音が記録されている。
超うれしい!
これは一体どういう現象なのだろうか。
科学的に説明のつく現象なのか、
それとも本当に河童の仕業なのか。
真相は定かではないが、確実に言えるのは、
この壺から不思議な音が聞こえるというのは、
真実であるということだ。
●豪雨の前兆を知らせる、河童からの警告
住職の話では、この壺にはさらに不思議な力があるという。
豪雨などで河津川が氾濫しそうになった時、
壺の中でゴウゴウと唸りが聞こえ、
洪水を予告してくれるのだそうだ。
「今でも川の音が聞こえるのですが、
河津川の水位が上がりそうな時など、
壺がいつもと違う音を立てて知らせてくれることがあります」
これは確かめようがなかったが、
もし本当だとすれば、
河童は命の恩人である和尚への恩返しとして、
災害から人々を守り続けてくれているということになる。
●禅の教え「不立文字」と河童の壺が奏でるハーモニー
ここで住職は、この河童伝説に込められた深い意味について語ってくれた。
「お寺にこの昔話が伝わっているのは意味があると思うんです。河童は『これを聴いて私を思い出してください』と言っています。
ですから、この音を聴くと、今でも河童はこのあたりに暮らしているのだ、
と思いを巡らせることができます」
その上で住職は、禅宗の根本的な教えである
「不立文字」(ふりゅうもんじ)について説明してくれた。
「達磨大師の教えに『不立文字』というものがあります。
これは、人は書かれている文字を真実と思い込み、
それに惑わされてしまうという教えです。
実は文字では真実は伝わらない、ということなんですが、
例えば、こういう音を聴いたり、においを感じたり、
肌で感じたりすることで、
現実には目に見えないものに思いを馳せたり、
いろいろな想像・連想ができたりする。
そうしたものも『不立文字』の教えに入るんです」
なるほど、これは深い話である。
現代社会では膨大な量の文字情報に囲まれ、
さらにAIが生成する映像や音声なども加わって、
僕たちはそれらに振り回されがちだ。
しかし禅の教えによれば、真実は文字や人工的な情報では伝えられない。
むしろ五感を通じて感じ取るものの中にこそ、
真実が隠されているというのだ。
「人間が本来持っている『仏性』を大切にして、
自分で感じなさいという教えです。
現代社会では、テレビやインターネットを通じて
文字・映像・音声などになった膨大な情報が入ってきて、
皆さん惑わされますから。
こういうものを聴いて『あ、河童生きてるかも』と
想像力を膨らませるのも、不立文字の実践なんだよ、
という教えが、
この伝説に詰まっているんじゃないかと思うのです」
●「衆生本来仏なり」-河童が教えてくれる仏の心
住職はさらに続けた。
「人間は『衆生本来仏なり』という言葉にあるように、
もともと仏の心を持っています。
ところが、現実の社会で生きるうちに、
心にたくさんの垢がこびりついてしまう。
真実を見るのは、それを落としていくことが必要なんです」
これも禅宗の重要な教えの一つである。
すべての人間は本来、仏と同じ清らかな心を持って生まれてくる。
しかし生きていくうちに、さまざまな欲望や偏見、
先入観といった「垢」が心に付着してしまう。
その垢を落とせば、本来の仏性が現れるという考え方だ。
河童の壺から聞こえるせせらぎの音は、
その心の垢を洗い流してくれる効果があるのかもしれない。
現実の利害関係や損得勘定を離れ、純粋に音に耳を傾ける時、
僕たちは本来の清らかな心を取り戻すことができるのだろう。
「うちのお寺はこうした佇まいなので、訪れた方は皆さん、
実家とか故郷に帰ってきたようで落ち着くとおっしゃいます。
昔ながらの趣を残した、癒しの空間だと評価されるんです。
ですから、そんな中で、こうした体験をすると、
より心に響くのかなと思います」
確かに、栖足寺の境内は不思議と心が落ち着く場所である。
現代的な装飾や人工的な美しさとは対極にある、
素朴で自然な美しさがそこにはある。
そんな環境の中で河童の壺の音に耳を傾けると、
日頃の雑念が自然と消えていくような感覚を覚えるのだ。
●現代人に必要な、河童からのメッセージ
河童の壺から聞こえるせせらぎの音を体験して、
僕は深く心を動かされた。
これは単なる音響現象以上の何かがある。
人はみな心に仏性を持っており、
それによって、せせらぎの音を聴くことができる。
虚実入り混じったネット情報に翻弄される現代人にとって、
こてはとても大切な体験であるように思える。
SNSで飛び交う断片的な情報、
ニュースサイトに踊る刺激的な見出し、
AI生成による真偽不明の映像や音声、
誰かの偏った意見が拡散される炎上騒ぎ--
僕たちは日々、膨大な「情報」に囲まれて生きている。
そして知らず知らずのうちに、それらの情報に振り回され、
本来の自分を見失ってしまっているのかもしれない。
そんな時、河童の壺から聞こえるせせらぎの音は、
僕たちに大切なことを思い出させてくれる。
文字や人工的な情報で表現できない真実が、
この世界にはあるということ。
そして、その真実は五感を通じて、
心で感じ取るしかないということを。
●科学では説明できない不思議と、それを受け入れる心
この河童の壺の音について、
科学的な説明を求めたくなる気持ちもある。
壺の形状による音響効果なのか、
それとも何らかの物理的現象なのか。
しかし、そうした科学的説明を求めること自体が、
実は「情報に惑わされる」ことの一例なのかもしれない。
大切なのは理屈ではなく、
その音を聴いて何を感じるかということなのだろう。
最新の科学技術よりも、
純真な心の方が真実に近づけるということなのかもしれない。
河童が和尚に「私を思い出してください」と言い残したように、
この音を聴く時、
僕たちは「河童とは何か?」について思いを馳せることになる。
河童が実在するのかどうかは問題ではない。
大切なのは、その存在を通じて、
自然との調和や他者への慈悲といった
大切な価値を思い出すことなのだ。
●あなたの心の中の河童に出会うために
700年という長い年月を経ても、
河童の壺は今なおせせらぎの音を響かせ続けている。
伊豆に来たら、河津に来たら、
ぜひ河童寺・栖足寺を訪れてみることをお勧めしたい。
ただし、河童の壺を体験したい場合は、
この壺が寺宝中の寺宝であるため、
必ず事前に連絡を入れて準備をしてもらう必要がある。
そこで、あなたも河童の封じ込めた
せせらぎの音を聴いてみてほしい。
音が聞こえるかどうかは、あなたの心の状態次第かもしれない。
日頃の雑念を捨て、素直な気持ちで耳を傾けてみよう。
もし音が聞こえたなら、
それはあなたの心の中に仏性が息づいている証拠だ。
そして、河童という架空の存在を通じて、
自然への畏敬の念や他者への慈悲の心を
思い出すことができるだろう。
あなたの心の中の河童に出会えるかもしれない栖足寺。
そして河童が、
人生で本当に大切なものを教えてくれるかもしれない。
文字や人工的な情報に疲れた、僕たち現代人にこそ、
河童の壺が奏でるせせらぎの音は、
きっと新鮮な感動を与えてくれるはずである。
(おわり)
●ディスカバー河童寺
今週は仕事の取材で、静岡県河津町にある
「河童寺」の通称で親しまれる栖足寺(せいそくじ)を
訪ねることになった。
JR伊豆急行線の河津駅から徒歩10分弱という好立地である。
駅を出ると、あの有名な河津桜の並木がある河津川が
目の前に広がる。
あいにくの小雨模様だったが、
河津川を渡ってすぐに栖足寺の境内に足を踏み入れると、
これが意外にもラッキーだったかもしれないと思えてきた。
ピーカンの青空だと、どうにも風情がない。
むしろこの雨模様のほうが、
なんとも言えない妖しい雰囲気を醸し出していて、
まさに河童が出てきそうな気配が漂っているのである。
●椅子まで河童という油断のならない境内
境内に入ってまず驚かされるのは、
とにかくあちこちが河童だらけということだ。
持参した飲み物を飲もうと思って何気なく腰を下ろした椅子も、
よく見ると河童の形をしていた。
思わず「おっと失礼」と河童に謝ってしまうほどである。
寺院としては日本的な古さを感じさせる、
いかにも由緒正しそうなお寺だ。
と同時に、どこか懐かしい感じもする。
よくよく観察すると、シンボルっぽい河童像を中心に
境内全体がレトロアートな感じにアレンジされているのが分かる。
これは後で知ったことだが、
ミュージシャンでありアーティストでもある現住職のセンスが
なせる業なのだ。
●鎌倉時代生まれの禅寺、河童と暮らして700年
「河童の寺」という通称が板についた栖足寺は、
実に700年の歴史を持つ古刹である。
その創建は元応元年(1319年)、鎌倉時代にまで遡る。
開山したのは下総総倉の城主千葉勝正の第三子である
徳瓊覚照禅師(とくけいかくしょうぜんじ)という、
なかなかに由緒正しい禅寺なのだ。
徳瓊覚照禅師は八歳で得度し、
二十歳にして大本山建長寺で建長寺開山の
大覚禅師(蘭渓道隆)の直系弟子として九年間、修行を積んだ。
その後、中国に渡って当時の禅の名僧たちに師事し、
帰国後は各地の名刹を歴任した。
そして元応元年、北条時宗の旗士であった北条政儀の招きにより、この河津の地にやってきたのである。
興味深いのは、もともとこの地には「政則寺」という
真言宗の寺があったということだ。
それを禅寺に改めて「栖足寺」としたのである。
「栖足」という寺号は、百丈禅師の「幽栖常ニ足ルコトヲ知ル」(静かな隠遁生活に常に満足することを知る)
という句から取られたと推測されている。なんとも禅寺らしい、
深い意味を込めた名前である。
●桜に負けた河童の末路と、寺が果たした避難所の役割
現在の住職にお話を伺うと、興味深い地域の歴史が見えてくる。
「大昔から栖足寺は河童寺として通っており、
河津桜で有名になる前--
昭和の時代までは、河津町は河童で町おこしをしていたんですよ」
今でこそ河津桜で全国的に有名になった河津町だが、
桜まつりが始まったのは今から34年前の
1991年(平成3年)のこと。
桜まつりは1999年(平成11年)には訪問客が100万人を超える
大イベントに成長したが、
それ以前は河童が町の看板だったのである。
「各旅館に河童のおちょこやとっくり、手ぬぐいなどがあったり、
商工会に飾られていたりしたんです。
でも桜が有名になって見向きもされなくなったので、
そういったものを寺で預かったんです」
なんとも皮肉な話である。
河童で町おこしをしていたのに、桜の方が大ブレイクしてしまい、
河童グッズは行き場を失ってしまったのだ。
そこで栖足寺が河童文化の避難所のような役割を
果たすことになったというわけである。
●「つくったが、作られていないように」のアート美学
現住職は過去10年あまりで、境内の大改修も手がけた。
「『つくったが、作られていないように』をテーマにしました」
ちょいダークで、幽玄なムードを醸し出す草木や苔。
人が一人、ゆうに入れそうな大瓶や、
まっ茶色に錆び付いた自転車のオブジェ。ユニークなアート哲学に基づいてアレンジされた境内は、
「雨が降ると河童寺っぽくなる」という演出も施され、
心憎いばかりだ。
書家の師範のスタッフもいるということで、
寺院としての格式を保ちながらも、
現代的なアート感覚を取り入れた斬新な取り組みである。
●先代住職の逝去と、一時休業中の河童ギャラリー
以前は客間で「河童ギャラリー」を開いて、
町から預かった河童グッズを展示していたそうだが、
昨年、先代住職が逝去され、いろいろな儀式があったため、
一旦片付けられ、まだ再開されていないとのことだった。
「河童ギャラリー、ぜひ見てみたかったのですが…」と言うと、
住職は苦笑いを浮かべながら、
「また準備が整い次第、再開する予定です」と答えてくれた。
●裏門の淵で暮らしていた、いたずら好きの住人
さて、そもそもなぜ栖足寺が河童寺と呼ばれるようになったのか。
それは江戸時代から語り継がれている河童伝説があるからだ。
昔、栖足寺の裏を流れる河津川の淵に、河童が住んでいた。
お寺の裏に位置するその場所は、
川が大きく蛇行して深い淵を作る「裏門」と呼ばれていた。
この河童、水浴びをしている子どもの足を引っ張るなど、
いろいろないたずらをして村人を困らせていた。
そのうち噂が一人歩きして、「河童が子どもの尻子玉を抜く」とか
「生き肝を食らう」などと大げさに伝えられるようになり、
村人たちは河童を恐がり、ついには憎むようになってしまった。
なんとも人間らしい話である。
最初は単なるいたずら者だった河童が、噂によってどんどん恐ろしい存在に仕立て上げられていく。現代でもよくある話だ。
●馬のしっぽにしがみついて御用となった河童
そして運命の日がやってきた。
ある夏の夕方、村人たちは寺の普請(建物の修理や建設)の手伝いをした後、裏の川で馬や道具を洗っていた。
そのとき一頭の馬が急にいななき、後ろ足を高く蹴り上げた。
そばにいた村人が驚いて見ると、馬のしっぽに何か黒いものがしがみついている。
よく見ると、それは噂に聞いていた河童だった。
「河童だ、河童がいるぞ!」
誰かが叫ぶと、近くにいた村人たちが一斉に集まってきた。
河童も捕まってしまったら大変と大慌てで逃げ出し、
裏門を抜けて寺の井戸に飛び込んだ。
ここでの河童の行動が実に人間臭い。
馬のしっぽにしがみつくという、
なんともマヌケな状況で発見され、
慌てふためいて逃げ出す様子が目に浮かぶようだ。
●井戸に逃げても逃げ切れず、袋叩きの刑
しかし村人たちは容赦しなかった。
井戸に逃げ込んだ河童に向かって、てんでに石を投げつけた。
河童はバラバラと落ちてくる石に我慢ができず、
井戸の中から這い出してきてしまった。これが失敗だった。
村人たちは河童を取り囲み、
「こやつはひどいやつだ。殺してしまえ」と叫びながら、
棒切れで叩き始めた。
ちょっとやりすぎな気もするが、
当時の人々にとって河童は子どもを攫う
恐ろしい妖怪だったのだから、無理もない話かもしれない。
●「殺生は禁物じゃ」-禅僧の慈悲が救った一命
ちょうどそこへ、栖足寺の和尚さんが帰ってきた。
村人たちが騒いでいるのを見て、何事かと近づいてみると、
河童が息も絶え絶えに倒れている。
それでもなお、村人たちは河童を叩き続けている。
和尚さんは大きな声で「皆の衆、やめられい」と叫んだ。
「今日は寺の普請の日じゃ。殺生は禁物じゃ。
寺の縁起にかかわる。この河童はわしが預かろう」
さすがは禅僧である。
暴力で問題を解決しようとする村人たちを諫め、
慈悲の心で河童を救おうとした。
村人たちも、寺の縁起にかかわるのでは仕方がないと、
和尚さんの言葉に従って河童を預けた。
●月夜に現れた河童からの、思いがけない恩返し
和尚さんは村人たちがいなくなると、
「これ河童、助けてやるからどこか遠くへ行きなさい」
と言って、河童を逃がしてやった。
この和尚さんの優しさが、後に奇跡を生むことになる。
その晩のこと、和尚さんは何者かが庫裏の戸を叩く音で
目を覚まし、縁側の雨戸を開けてみた。
すると、月明かりの中に昼間の河童が立っていたのである。
●河津川のせせらぎを封じ込めた、魔法の壺
河童は言った。
「昼間は助けていただき、ありがとうございました。おかげさまで命拾いをしました。このつぼはお礼のしるしです」
そう言って、丸い大きなつぼを縁側に置いた。
「このつぼに河津川のせせらぎを封じ込めました。
口に耳を当てると、水の流れる音がします。
水の音が聞こえたら、
わたしがどこかで生きていると思ってください。
和尚さまもどうぞお元気で」
そう言い残して、河童は立ち去ったのだ。
●令和の今も、壺に耳を当てれば
和尚さんは夢心地で聞いていたが、
我に返ると確かに縁側に大きなつぼが置いてあるので、
河童が本当に来たのだと確信した。
それからというもの、河津川に河童が姿を現すことはなくなり、
村人たちもいつしか河童のことは忘れていった。
けれども和尚さんは時折つぼの口に耳を当て、
底の方から聞こえる、かすかな水音を聞いて、
河童の無事を思った。
また、河津川に出水があった際、
このつぼがゴウゴウとうなりを上げて知らせ、
人々が助かったこともあり、
それから寺の宝として大切に奉られてきたという。
今でもつぼに耳を当てると、川のせせらぎが聞こえ、
河童が元気で生きていることを伺える。
そして人々は水の流れが心を洗うと言い、
ありがたく拝聴していくのである。
●果たして河童の声は聞こえるのか~後編への誘い~
さて、この河童の壺、実は現在も栖足寺に残されており、
実際に耳を当てて音を聞くことができるのだという。
果たして本当に河童の封じ込めた河津川のせせらぎが
聞こえるのだろうか。
後編では、この神秘的な河童の壺による
不思議体験をレポートする。
僕は雨に濡れた境内で河童たちに見守られながら、
数百年の時を超えた河童との不思議な邂逅を
体験することになるのだが、
その詳細は次回のお楽しみということにしておこう。
後編ではいよいよ河津桜で有名になる前の河津町の隠れた魅力、
そして現代まで語り継がれる河童伝説の真相に迫る。
(後編に続く)
「イタリアに行きたい」と、カミさんが言うので、
「んなら行くか」と、新宿の映画館に出かけた。
「岸辺露伴は動かない 懺悔室」。
人気ドラマ・岸辺露伴シリーズの映画版で、
オールヴェネチアロケ。
映画館のスクリーンで見るヴェネチアの風景は圧巻だ。
テレビでやっていたドラマは一度も見たことがなかったので、
ははぁ、こういうファンタジックな話か、と感心。
主人公は漫画家で、人の人生ストーリーが読め、
そこに書き込み・改ざんを加えられるという特殊能力の持ち主。
それによって事件を解決していくストーリーだ。
原作のマンガも全く知らないが、
高橋一生は超ハマり役だと思った。
舞台となるヴェネチアは、言わずと知れた世界遺産。
ルキノ・ヴィスコンティの「ベニスに死す」をはじめ、
幾多の映画・文学・芸術に描かれてきた。
年中、観光客が押し寄せていると思うが、
いったいどうやって撮影したのだろうと思うぐらい、
人気が少なく、その分、どこもため息が出るほど美しく、
歴史が醸し出す豊潤な空気に包まれている。
僕は40年弱前、ヨーロッパを放浪していて、
ヴェネチアにも訪れたが、
見た目はその頃とほとんど変わっていない気がする。
それは当たり前で、
この街は「変ってはいけない」ことを義務付けられている。
世界遺産になった宿命みたいなものである。
車はもちろん、自転車も街の中に入れない。
観光客がわんさか来るのだから、
スタバやマックなどの店もありそうだが、
少なくともその看板などが景観に入り込んではいけない。
そうした規制も多いはずだ。
オーバーツーリズムを避けるため、
街に入るための入場料徴収も検討されているという。
世界中の観光客が称賛する「水の都」だが、
僕には無性に物憂げで哀しみを帯びた場所に思える。
一見、ラテン気質で、明るいイメージのイタリアだが、
僕の体感では、どこの街もその明るさの裏に
奇妙な暗さ・屈折・残酷・哀愁があって、
どう対処していいのか、戸惑うことが多かった。
ヴェネチアはその最たる街だ。
さらに、そもそもヴェネチアは、ローマやミラノのような
スケールの都市ではなく、
せいぜい東京23区の1区くらいの規模の街。
そこに独自の文化が集約されている。
観光も急げば半日、1日あれば十分見て回れるので、
実際の観光収入はそんなにないのではないか。
ヴェネチアを舞台とした映画で、
ジョニー・ディップ主演の「ツーリスト」(2010年)
という作品があった。
そのなかで水路から直接入れる高級なホテルが出てくるが、
たぶん、ヴェネチアで宿泊できるのは、
ああしたセレブ御用達の超高級なところばかりで、
普通の観光客は半日、1日わさわさと歩いたり、
ゴンドラやボートに乗ったり、
写真を撮ったら、夜は郊外の安いホテルに行くのだろう。
僕もヴェネチアで泊まった覚えはないので、
多分そうしたのだと思う。
それとも今は、古いお屋敷を民泊にしているところなどが
あるのだろうか?
観光地の常で、遺産的な街並みばかりが目に入って、
この街の住人たちがどうやって暮らしているか、
庶民の生活・普通に働く労働者たちが見えてこないので、
ひどく気にかかる。
この岸辺露伴の映画も、
けっして明るく陽気なイタリアンのトーンではなく、
人生の運命や呪いを描いた、憂鬱で哀しく残酷なものだ。
それが美しい水の都の風景と奇妙にマッチしていているのが、
とても心に残った。
地球温暖化で水没の危険がささやかれるヴェネチア。
この風景はいったいいつまで見られるのだろう?
一昨年、としまえんの跡地にオープンした
「ハリーポッター スタジオツアー」に行ってきた。
正式名称は「ワーナー ブラザース スタジオツアー東京
‐メイキング・オブ・ハリー・ポッター」。
約3万平方メートルの敷地内を歩いて回る
ウォークスルー型のエンターテインメント施設だ。
●見どころ満載6時間ツアー
映画ハリー・ポッターシリーズや、
ファンタスティック・ビーストシリーズ制作の
舞台裏を体験できる。
映画に出てくるセット・小道具・クリーチャー・衣装や、
実際に撮影で使われた小道具などが展示され、
視覚効果を使った体験型展示もある。
初めてなのでフルパッケージのチケットを買い、
音声ガイドもつけて回ったので、ぜんぶ回るのに6時間かかった。
かなり見どころが多く、特に熱心なハリポタファンでもない僕でも
満足のいくツアー。
6時間は長すぎるかもしれないが、普通に3~4時間は楽しめる。
施設内にレストランやカフェもあるので、途中休憩もオーケー。
映画ハリー・ポッターシリーズは、
ほぼ2000年代に制作されており、
CGなどは現在の映像技術の1ランク下の技術が駆使されている。
その分、アナログ的というか、
昔ながらの手作りの部分も残っていて、
セットや小道具などの作りこみがすごい。
魔法学校の教科書など、映らないページまで
しっかり書き込まれており、
映画スタッフの間で受け継がれてきた
「魂は細部に宿る」の精神が生きており、
職人的な意気込みが伝わってくる。
でも、こういう部分は果たして、
今後の映画作りにおいてはどうなのだろう?
コスト削減のためにそぎ落とされているのではないか?
「ハリーポッター」は20世紀の映画文化の集大成。
映画が娯楽の王者だった最後の時代を飾る傑作シリーズ。
そんな言い方もできるのかもしれない。
●全8作再確認、そしてリメイク版ドラマも
というわけで、このツアー後、
アマプラで「賢者の石」から「死の秘宝」まで
全8作を一気見した。
(最後の「死の秘宝」は2パートに分かれている)
主役の3人が可愛い少年少女から青年に成長していくにつれ、
映画各話のトーンが変わっていく。
第1作・2作あたりはコミカルで明るい要素が多いが、
ヴォールデモートとの対決の構図が鮮明になる
中盤から後半にかけて、
ダークでハードな物語になっていく変化が面白い。
そして、やっぱり最終作における謎解き――
ハリーの運命をめぐる、
ダンブルドアとスネイプの人生をかけたドラマに感涙。
何でもテクノロジーでできてしまう昨今の映画製作だが、
演者の子供たちが青年に成長していく過程は、
さすがに機械では実現できない。
それをやってしまった「ハリー・ポッター」は、
やはり空前絶後の作品だろう。
こんな作品は二度と作れない――
と思っていたら、
何とアメリカで連続テレビドラマとしてリメイクされる。
キャストはもちろん全とっかえ。
(映画版の誰か生徒役が先生役として出れば面白いと思うが)
映画版では割愛された詳細な部分が描かれたり、
出番がなかった原作の脇役なども登場するらしい。
製作はすでにけっこう進行していて、
今年の夏には撮影開始予定とのこと。
製作総指揮は、原作者のJ・K・ローリング。
1作につき1シーズンで、最低7シーズン。
後半は内容が膨らむので、回数はさらに増えるかも。
いずれにしても10年スパンで、
映画同様、子役たちが大人になる過程を描き出す。
この時代にすごい構想だ。
「ハリー・ポッター」で一時代を築いたローリングももう還暦。
このドラマ化で、みずからの終活をしたいのかもしれない。
どうしても映画版と比較してしまうだろうが、
かなり楽しみにしている。
小説ももう一度、全巻ちゃんと読み直してみようと思う。
かつてのアングラ演劇シーンのヒーロー 唐十郎の一周忌。
昨年11月に出された追悼本
「唐十郎 襲来!」(河出書房新社)を読んだ。
現代演劇を研究し、過去、唐十郎界隈の評論も出している
評論家・編集者の樋口良澄氏がまとめたものだ。
同氏を含め、30人以上の人が、
それぞれの「唐十郎体験」を、
証言・エッセイ・読解・インタビュー・短歌・俳句など、
様々な形の文章で語っている。
中には寺山修司、蜷川幸雄のものも。
もちろん、過去の原稿を転載したものだが。
あの演劇界の巨人たちがみんなそろって、
あちらの世界に行ってしまったんだなぁと改めて実感。
蜷川幸雄のパートは、2011年の唐さんとの対談になっており、
二人の対談は、これが最初で最後だったようだ。
唐さんが「蜷川くん」と呼んでいるのが面白い。
●不破万作のインタビュー:伝説の舞台裏
特に心に残ったのは、状況劇場の初期から劇団員として
長年、活躍し、名脇役として名を馳せた不破万作のインタビュー。状況劇場が活動した1960~80年代は、
まだインターネットがなかったので、
この劇団にまつわる話題、唐十郎にまつわる逸話は、
良きにつけ、悪しきにつけ、いろいろな尾ひれがつき、
事実を大いに誇張した伝説として語られていた。
1969年、新宿西口公園で芝居を強行上演して逮捕された事件、
寺山修司の天井桟敷との乱闘事件、
そして、何度も行われた海外ゲリラ公演――
しかも当時まだ治安も環境も劣悪だった
アジアから中近東地域の旅公演などの話を本や雑誌などで読み、
当時学生だった僕たちは、唐十郎と状況劇場に対して、
途方もないスケールとエネルギーを持った、
天才、怪物演劇集団のイメージを抱いたものである。
不破万作はその舞台裏を明かし、いろいろ事件を起こしたものの、唐十郎も普通の人間だったのだなぁと、
ほほえましい思いになった。
特に妻だった李麗仙の前では小さくなっていた――
という話には笑ってしまった。
昨年も書いたが、僕も状況劇場の入団試験を受けに行って、
一度だけ、じかにこの夫婦に会ったことがある。
李麗仙は攻撃的でちょっと怖かったが、
唐さんは抱いていたイメージとのギャップもあって、
ずいぶん優しい人だなぁという印象が残っている。
そして唐さんに「きみの作文は面白かった」と言われたことが、
今の自分を支える柱の一つになっている。
●久保井研のインタビュー:
後半の創作活動を継続可能にした作劇スタイル
現在、座長代行・演出として唐組をまとめる
久保井研のインタビューもよかった。
彼と編集者・樋口との対話で、
状況劇場時代、「戦後復興した街に対する違和感」を
創作活動の根源にしていた唐十郎が、
唐組として再出発するにあたり、
「新しいメディアによる新しい現実を描き、
豊かさの中で右往左往する人間を描く」という
手法に切り替えたという話は、とても興味深い。
過去の実績・作劇法にこだわらず、自分の演劇を続けるために、
テーマとなる現場に出かけ、独自の取材をして戯曲を書くという、状況劇場の頃とは違う作劇スタイルは、
唐十郎の後半の創作活動を継続可能にした。
どんな天才でも、何十年にもわたって、クオリティが高く、
パターンに頼らない創作を続けるのは至難の業だ。
唐十郎が偉大なのは、なりふり構わず変えるべきところは変えて、好きな演劇を、けっしてブレることなく、
半世紀以上、死ぬまでやり続けたことである。
●永堀徹のエッセイ:唐十郎の原点
そして、もう一つ感動的だったのが
「唐十郎の原点」という唐十郎=大鶴義英の、
明治大学時代の一つ年上の先輩である永堀徹のエッセイだ。
1960年の安保闘争の挫折によって、活動継続の危機に瀕した、
彼らの明治大学実験劇場は、
都市の中での演劇に距離を置こうと、
茨城県の農村に地方公演に出かける。
都会と田舎との情報格差・ライフスタイルの違いが大きな時代に、若者たちが見知らぬ土地で、
どのように芝居をやり、何を得たのか?
タイトル通り、「唐十郎の原点」が、
まるで昨日のことのように鮮やかに、
朴訥な文章でつづられている。
最後のほうは読みながら涙してしまった。
本当に唐十郎はこの若き日の体験を基点に、
生涯、紅テントを持続し続け、それは今また、
後進に受け継がれた。
1960年代の日本の演劇ルネサンスが生んだ奇跡である。
あれから1年。
永遠の演劇少年・唐十郎に改めて合掌。
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「傷だらけの天使―魔都に天使のハンマーを―」は、
作家・矢作俊彦が2008年に出した小説(講談社文庫)である。
題名で察しがつくように、これは「傷だらけの天使」の小説。
30年後の後日談だ。
今年になってからAmazpn Primeで
「傷だらけの天使」全26話を見た僕は、
頭の中で、かつての傷天熱が再燃。
いろいろネットで情報をあさり、書籍として出版されている
解説本「永遠なる『傷だらけの天使』
(山本俊輔・佐藤洋笑/集英社新書)」を、
そして、この小説を読んでみた。
●1か月近く書けなかった感想
あの衝撃の最終回でラスト、
いずこともなく去った小暮修(萩原健一)は、
30年後、どうなったのか?
それを描いた物語となれば、
傷天ファン、ショーケンファンなら、
興味を持たずにはいられないし、ぜひ読むべき作品である。
……と言いたいところだが、
同時に「読まないほうがいいよ」とも言いたくなる内容である。
思い出は思い出のまま、大事に取っておいたほうがいい。
昔の恋人にはもう一度会おうなんて思わず、
かつての美しい面影だけを抱きしめていたほうがいい。
正直、そんな心境になってしまった。
これを読み終えたのは3月末だったが、
どんな感想を書けばいいのか、うまく整理がつかず、
かれこれ1か月近く経ってしまったのは、そのせいだ。
●トリビュート小説の傑作だが
誤解がないように言っておくと、
「傷だらけの天使―魔都に天使のハンマーを―」が、
読むに堪えない駄作というわけではない。
むしろその逆で、これは傑作だと思う。
探偵小説、ハードボイルド小説、エンタメ小説、
どの呼び方が一番いいのかわからないが、
とにかく、こうしたジャンルにおいて、
構成、文体、表現、リズムなど、
相当質の高い作品であることは確かだ。
作者自身が傷天ファンであり、
読者も完全に傷天ファンを対象としているので、
原作ドラマに対するリスペクトも十分すぎるくらい十分。
たとえば冒頭部分は、僕たちがこぞってマネをした、
あの伝説的なオープニング朝食シーンの
完全なオマージュになっている。
同時に、30年後、55歳になったオサムの現状を
ビビッドな表現で読者に伝える始まり方になっており、見事だ。
この冒頭部分が象徴するように、
トリビュート小説として非常によくできており、
いちいち納得できる。
しかし、だからこそ、この物語が、
多くの傷天ファンに与えるダメージ(?)も
大きいのでないかと思う。
少なくとも僕にとってはそうだった。
●萩原健一と市川森一の置き土産
1974年秋から1975年春にかけて日本テレビ系で放送された
「傷だらけの天使」は、
当時、その圧倒的存在感で人気を誇った俳優・
萩原健一を主役にした、
コミカルさとハードボイルドテイストと
人情味を併せ持つ探偵ドラマで、
斬新な内容・演出と、日本映画界を代表する監督らが参加した
「テレビ映画」として話題になった作品だ。
視聴率は振るわなかったが、
その「カッコ悪いカッコよさ」「ろくでなしの生き様」は、
当時の若者たちの心にずっぽり突き刺さり、
大量のファンを生み出し、半世紀を超えて続く伝説となった。
そうしたファンの一人である作者の矢作俊彦は1950年生まれ。
まさしくショーケンと同級生である。
彼はこの作品の執筆に際して、
主演の萩原健一と、脚本家の市川森一から承諾を得ている。
市川は登場人物やドラマの世界観の設定をつくり、
26話中、8つのエピソードの脚本を書いた、
脚本陣のメインライター。
いずれも「傷天」を代表する傑作で、
第1話(制作側の都合で放送時は第7話になった)と最終話も
彼のペンによるものだ。
市川は2011年、萩原は2019年に他界しているので、
「魔都に天使のハンマーを」は、傷天の核ともいえる二人が、
矢作に託して残した、置き土産ともいえるかもしれない。
市川は1983年に同名の脚本集を大和書房から出しているが、
その後、何度も傷天復活の話があったらしい。
しかし、幸いなことに(?)、それらは実現しなかった。
制作上の都合もあったかと思うが、
ファンも齢を取った萩原がオサムを演じる姿は
見たくなかっただろう。
そして、萩原以外の俳優がオサムを演じることも
許せなかっただろう。
●小説の世界だから許される30年後の傷天
しかし、小説の世界――僕たちの想像力の範囲でなら、
それは許される。
キャラクターの描写は的確で、
修が話すセリフの文字からショーケンの声が聴こえてくる。
僕たちは、この物語の中で「55歳の小暮修」と出会えるのだ。
それは他のキャラも同じ。
ここには、オサムがヤバい仕事を請け負っていた、
探偵事務所のボス・綾部貴子も、
その右腕として活躍していた辰巳五郎も出てくる。
最終回で横浜港から外国へ逃亡した貴子は、
もはや探偵事務所の経営者などではなく、
六本木ヒルズを根城とする組織のトップとして、
2000年代半ばの日本の政治・経済・産業界を牛耳る
フィクサーとなっている。
同じく横浜港で逮捕された辰巳は、
あの時、貴子に裏切られたのにも関わらず、
相変わらず手下として、舞台裏を跳梁跋扈している。
どちらも年齢設定は還暦をとっくに超えて
70代ということになるが、
超高齢化社会で、
いまだに昭和のジジババが幅を利かす日本においては、
何ら違和感がない。
それぞれの役を演じた岸田今日子・岸田森も、
すでにこの世を去っているが、
ここも想像力を駆使して、加齢し、より妖怪化した
二人の声を被せて読むといいだろう。
●アキラへの想い
そして、物語の中で絶大な存在感を感じさせるのが、
オサムの弟分の乾亨である。
しかし、アキラはドラマの最終回、つまり30年前に死んでいる。
もちろん生き返って登場するわけではないが、
彼はオサムの中でずっと生き続けており、
ことあるごとに心の底からよみがえってくるのだ。
文字通り、天使になったアキラへの追憶。
若かりし時代の、宝のような思い出と、
あの時、彼を見捨て、死なせてしまったという罪悪感。
それがこの物語の軸の一つになっており、
随所に現れる、ドラマから引用したアキラのセリフを読むと、
若き水谷豊のあの声と独特の言い回しが響いてくる。
(断じて、現在の、杉下右京の水谷ではない)
● 在りし日のエンジェルビルも
それぞれのキャラクターとともに、
世界観もきちんと踏襲しており、
オサムが住処としていたペントハウスも、
舞台の一つとして出てくる。
やはり傷天にはペントハウスが欠かせない。
このペントハウスのロケ地として使われた、
代々木駅近くの代々木会館ビルは、
傷天ファンの間で「エンジェルビル」と呼ばれ、
この小説が出版された当時は「不滅の廃虚」として、
まだ健在だった。
オサムだった萩原が亡くなったのが、
令和が始まった2019年3月。
このエンジェルビルが解体されたのが、同じ年の8月。
単なる偶然だろうが、ファンとしては
何らかのつながりを感じたくなる。
●1970年代と21世紀ビギニングとの融合
そんなわけで原作の世界観に忠実に……と言いたいところだが、
あくまでこちらの時代設定は、ゼロ年代半ば。21世紀の物語だ。
30年が過ぎ、もう世界は変わっているのに、
1970年代と同じ世界観で描くのは、逆にウソになる。
作者はそのあたりも心得ていて、
バーチャルワールドや生殖医療などの要素も入れ込んでいる。
1970年代には、ほとんどSF小説・SF映画に出てくるものが、
ここでは現実として違和感なく描かれており、
かつての傷天を、21世紀の物語としてシフトさせているところは
心憎い。
しかも、ゼロ年代半ばといえば、
まだデジタル社会への移行の途上で、
インターネットが今ほど社会に普及しているとは言い難く、
スマホも世のなかに登場していない。
そうしたなかで、こうした要素を駆使して描いたのは、
かなり先進的だ。
●残酷な結末
僕が最初に「読まないほうがいいよ」と言ったのは、
この「21世紀の傷天」の物語世界を形作る
キーマンが存在するからである。
それは貴子でもなければ、辰巳でもない。
他の新たな登場人物でもない。
それは原作ドラマを知る者なら、誰でも知っている人物だ。
物語の終盤、その人物とオサムとの、
二人きりの対決のシーンが描かれる。
まるで目の前で、
あの傷天のアクションが展開されているような見事な筆致。
しかし、そのシーンで、それまでのすべての謎が解け、
物語の文脈が明らかになると、
そのあまりの運命の残酷さに慄然とする。
原作のメインライター市川森一が、ドラマ作りの信条としていた、
とびきり賑やかで楽しい夢と、
奈落の底に落ちるような現実とのコントラスト。
矢作俊彦は、この後日談でも、それをしっかり踏襲した。
55歳になったオサムが、
最後に何と向き合わなくてはならなかったのか。
誰と闘わなくてはならなかったのか。
当たり前のことだが、30年もの月日が経てば、子供は大人になる。
これだけ言えば、原作を知る人は、もうピンと来るだろう。
粗野で風来坊のように生きてきたオサムだが、
彼は家族を大事にする男でもあった。
しかし、彼はそのかけがえのない家族に裏切られてしまう。
「魔都に天使のハンマーを」は、家族の物語でもあるのだ。
読み終えた後、僕は原作の様々なシーンを思い出して、
思わずため息をついてしまった。
そして、やるせない気分に覆われた。
すべて辻褄が合い、すべてが納得できる内容である。
この後日談を、一級のエンタメ小説として構築するためには、
こうするのが最高の手立てだったのだろうと思う。
でもなぁ、こうなるなら、
もう少しダメダメな話でもよかったよなぁと思ってしまった。
最後の最後に、ほんのちょっとした救いはあるんだけど。
●ショーケン死すとも傷天死なず
というわけで、長々と書いてしまった末にもう一つ気付いたのは、
傷天の30年後を描いたこの作品は、
もう20年も前に書かれたものだということ。
この20年の間にまた時代は変わった。
萩原や市川をはじめ、傷天関係者は相次いでこの世を去った。
エンジェルビルも代々木から姿を消した。
でも、その代わりに、U-NEXTやAmazon Primeなどの動画配信で、
多くの世代が、半世紀前の、
若かりしオサムとアキラの活躍を見られるようになった。
物語のなかで55歳になっていたオサムは、
もう後期高齢者の仲間入りをしている。
貴子や辰巳は90代になるだろう。
それでも超高齢化社会では、
この物語はまだ続くのではないかと思わせる。
傷天伝説の一部となった「魔都に天使のハンマーを」。
最初に「読まないほうがいいよ」と言っておきながら、
今さらだが、勇気を出して読んでみることをおすすめする。
青春の思い出の湯に浸るのは気持ちいいが、
やっぱりそれだけだと、今を生きることにはつながらない。
今を生きて、傷天を未来に伝えていきたい。
ショーケンが死んでも、「傷だらけの天使」は死なない、きっと。
1975年のドラマ「傷だらけの天使」の最終回では、
修(萩原健一)が、姿をくらましたボス・
綾部貴子(岸田今日子)を探しに
横浜・中華街を訪れるシーンがある。
映像に映し出された、当時の中華街は、
いかにもヤバそうな街で、あちこちに密航の手続きを請け負う、
中国人のアンダーグランドビジネスの巣窟がありそうな、
魔都のにおいがプンプンしていた。
50年後の今、中華街はきれいに整備された観光地となり、
子供も大人も、日本人も外国人もみんな、
豚まんやら、月餅やら、チキンを平たく伸ばした台湾から上げやら、
イチゴとマスカットのミックス飴やらを食べ歩きして、
わいわい楽しさと賑わいにあふれている。
50年前のドラマの世界と現実とのギャップは大きい。
洗練された街、そして、
それを作り守っている地元の人たちに
ケチをつけようなんて気はさらさらない。
けれども、やっぱり、こうした見かけの繁栄と、
幸福感が希薄な日本人の内なる現実との
ギャップを考えると、もやもやした疑念が胸に湧き上がってくる。
「50年前よりほんとにこの国はよくなったのか?」と。
人も街も、化粧することが上手になった。
汚いものを包み隠すのがうまくなった。
それがいいこと何か悪いことなのか、わからないが、
食べ歩きをしている人の中にも、
いろいろ問題を抱えている人、
それだけでなく、精神にダメージを負い、
本当に「傷だらけの天使」になっている人がたくさんいるはずだ。
この国では20人に一人が心を病んでいると伝えられている。
観光地を行く外国人旅行者のほとんどは、
そんな話は信じられないだろう。
外からやってきた彼らから見れば、
日本は、平和で安全で、食い物も、おもちゃも、
いろいろな楽しみも豊富な、21世紀の世界における、
一種の理想郷に見えるのではないだろうか。
僕たちが到達したユートピアでは、
「私たちは見かけほど、豊かでも幸福でもないんだよ」
という顔をして街を歩いてはいけない。
楽しさ・賑やかさの裏から、
そんな無言の圧がかけられているような気もしてくる。
最終回「祭りの後にさすらいの日々を」で、やっぱり号泣。
AmazonPrimeで「傷だらけの天使」を全26話見た。
大好きなドラマだったが、実はちゃんと見たのは3分の1くらい。
3分の1は断片的に覚えているシーンもあるが、
3分の1は全く見てなかった。
だから今回、50年の年月を経て、初めて完食。
長生きしてよかった!と思ってしまった。
この時代まで生き延びて幸福だ。
その「傷天」、この間も書いたけど、
今の基準で見ると、かなりひどい出来。
最近の映画やドラマの悪口を言う人は多いが、
30年前にラジオドラマの脚本賞を
取らせていただいた人間の目から見ると、
今の脚本・演出・演技、
すべて30年前よりはるかに高いレベルにあると思う。
少なくともテクニック的には。
だから50年前のこの作品が、
稚拙で雑なつくりに見えるのは当然かもしれない。
でもね。
面白いかどうかとなると話は別。
うまけりゃいいってものじゃない。
ちゃんと伏線があって、きれいにストーリーがつながって、
オチがついてりゃいいってもんじゃない。
本当にめちゃくちゃだけど、
このノリはどうだ。この勢いはどうだ。
ショーケンと水谷豊はもちろんいいのだが、
両岸田をはじめとする脇役のすばらしさ。
脚本家、監督をはじめ、製作スタッフの息遣いが伝わってくる。
喫煙シーン、暴力シーン、セックスシーン満載で、
コンプラなんてくそくらえ。
何よりも、あの70年代の東京の空気が
あまりにも鮮やかに封じ込められている。
戦後まだ29年、30年の世界。
ここで描かれているのは、29歳・30歳の若い日本。
新宿も渋谷も横浜も、かなりヤバい街に見える。
今の日本は、いいにつけ悪いにつけ、
おとなになって老成した80歳なのだと痛感する。
キャストもスタッフも大部分がこの世を去り、
もはやリメイクは不可能だが、
なんと作家の矢作俊彦が、
ショーケンとメインライターだった市川森一に許可を取って、
2008年にリメイク小説を書いていたと知って、びっくり。
きょうはとても冷静に書けないが、
これからまた、この昭和の名作「傷だらけの天使」について
いろいろ書いていきたいと思います。
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もちろん、例外はたくさんあって、
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満たされることのなかった憧れや欲求が、
現代の孫世代の女性らに受け継がれ、
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亡くなって早や20年近く経ちますが、
なぜだか彼女は僕の心のどこかに棲み続け、
両親とは違った形で僕の人生を支え続けています。
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だから小説として、大部分は想像して書いたのですが、
フィクションの中にも、確かにこの世で生きた、
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昭和の名もなき女性がどう生きたかの物語をお楽しみください。
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都会の片隅でかろうじて生きている、しがない探偵は、
いつも仕事に、カネに飢えている。
けれどもカネのためだけで働くには、
やつも、やつの相棒もお人好し過ぎた。
夢見る女のために奮闘する心やさしき男たちの物語。
あなたの連休のおともに。
若き私立探偵の健太のもとにホームページ経由で、開業以来、最高のギャラが発生する難事件の依頼が飛び込んだ。
山中に埋められた、時価数億円に上る金の林檎の捜索だ。
健太は相棒である便利屋の中年男・六郎を連れて現場に飛ぶ。
そこに現れたのは茶トラのネコみたいなオレンジ色の髪をし、
魔女のような真っ黒な服に身を包んだミステリアスな高齢女性。
健太はその依頼人に“茶トラのネコマタ”というあだ名をつける。
ネコマタの目撃談によれば、10月の第3日曜日の夕暮れ時、
黒い服の4人組の男たちがこの山にやってきて、
どこかから盗み出してきた大量の金の林檎を埋めていったという。
しかし明らかに彼女の話はおかしい。
これはかつて女優だったという女の空想か?幻想か?妄想か?
健太と六郎は、その話を信じたふりをして、
山中の雑木林に入ってスコップを振るい、
肉体労働に精を出すことになった。
はたしてこの難事件はどんな“解決”に至るのか?
それぞれ心に傷を負った若者、中年、年寄りが織りなす、
コミカルでファンタジックな探偵小説。
「傷だらけの天使」は、
おそらく現在の60代から70代前半の男性の多くが、
ディープにハマったドラマだろう。
1974年10月から75年3月まで半年間、
毎週土曜日、日本テレビで放送された。
主役の小暮修(オサム)は、
表の社会と裏社会とを行き来しつつ、
やばい仕事で荒稼ぎをする「綾部調査事務所」の調査員。
と言えば聞こえはいいが、
実態はチンピラ探偵といったような風体の若い男。
これをショーケンこと萩原健一が演じる。
そしてその弟分であり、仕事の相棒・乾享(アキラ)の役が、
人気ドラマ「相棒」の杉下右京=水谷豊だ。
この半世紀前のドラマが、
AmazonPrimeで配信されているので見ている。
作品紹介は以下の通り。
ビル屋上のペントハウスに住み、
探偵事務所の下働きをする修(萩原健一)と、
彼を「アニキィ!」と慕う亨(水谷豊)。
修の貧乏生活を知る探偵事務所のボス、
貴子(岸田今日子)とその手下、辰巳(岸田森)は、
金をエサに彼らに毎回無茶苦茶な仕事を押しつける。
割に合わないと思いつつも、
がむしゃらな修は命懸けで危険な仕事に飛び込んでいくのだが、
根っからの善人で単細胞なゆえに、
仕事も思わぬ方向へ暴走してしまう。
笑いあり、涙あり、お色気ありで展開するストーリーには、
息をもつかせぬスピード感がみなぎっている。
どうやらコロナの時期から配信していたらしいが、
気が付かなかった。
またハマったらどうしようと思って恐る恐る見たが、
やっぱりハマってしまった。
脚本も演出も撮影も演技もメチャクチャで、
聞き取れないセリフもいっぱいいある。
だけど、やっぱり面白いし、イカしている。
泣いてしまうし、考えさせられる。
そして、「ああ、おれはやっぱり死ぬまで
傷天の世界から抜け出せない」と再認識した。
決してノスタルジーを感じたわけではない。
むしろ逆で、50年たった令和の今見るからこそ、
違った傷天の魅力が見えるのだ。
これについては、とても1回や2回では書けないので、
これからしばらく折に触れて書いていこうと思う。
今日、一つだけ書いておく。
今までこのドラマのタイトルを意識したことがなかったが、
今回、昭和から遠く離れた地点から見ると、
オサムとアキラは、
まんま「傷だらけの天使」なんだなということがわかる。
二人は人間世界に降りてきたエンジェルであり、
あのバカかげんは、
人間世界における天使のふるまいなのだ。
そういう視点で見ていくと、
ハードボイルドともコメディとも昭和残酷物語ともとれる、
この探偵ドラマが、一種のヒューマンファンタジーとして、
新鮮な輝きを帯び始める。
そして、なんで俺はこんな世界で生きているのだろうと、
大いなる疑問にとらわれるのだ。
「なんのこっちゃ?」と思うでしょうが、
また、おいおい書いていきます。
東京ビッグサイトで12日から14日まで開催されている
「ギフトショー」に行ってきました。
太田区のブースの一角で「人生まるごと回想アルバム」を
紹介しているのは、株式会社テコデコドリーム研究所です。
アルバム本来の役割を見直す
アルバムに並んだ写真を見て、
過ぎ去りし日々を楽しむというのは、ごくありふれた行為で、
どこの誰でも実践していることのように思えます。
けれども、実はちゃんと写真を整理整頓し、
他者が見ても分かるよう管理できている高齢者はごく少数。
また、それが子供世代との間でコミュニケーションツールとして
活用されている例はさらに少ないようです。
「人生まるごと回想アルバム」は
そうしたアルバムが本来持つ役割を見直し、
可能性を伸ばすことによって生まれた商品です。
医療・介護の分野で注目の「回想法」
このアルバムは回想法で利用するシーンを
想定して作られています。
回想法とは1960年代初期に
アメリカの精神科医が開発したもので、
回想し過去の記憶をよみがえらせることで脳を活性化。
さらにその記憶を他者と共有し、
分かち合うことでより元気を出せるという精神療法です。
ご存じのようにこの10年ほどの間、
超高齢社会の進展に伴って認知症患者が激増。
それによってすでに相続などの分野で
様々な問題も起こっています。
そんな状況のなかで回想法は、認知症に対する予防効果、
あるいは症状の緩和・改善が期待できる非薬物療法として、
医療現場や介護施設、自治体の介護事業、
地域コミュニティーなどにも注目されています。
心療回想士のスタッフが開発
テコデコドリーム研究所ではスタッフ全員が
この回想法の基礎を学び、
心療回想士の資格を取得。
素材として写真を用い、
その写真を編集して作るアルバムに焦点を合わせました。
どうすれば親世代(高齢者)にとって、
より楽しく記憶をよみがえらせるものにできるか、
子供世代・孫世代とのコミュニケーションに
役立つツールにできるかを考えた上で設計し、
他にはないユニークな特徴と機能を持たました。
親子で楽しめるアルバムづくり
最も大きな特徴は、マグネット式アルバムを採用したこと。
家族みんなで閲覧しようという時、
アナログの分厚く重いアルバムを手に取るのは億劫で、
一人一人気軽に回して見るのに適していません。
また、スマホやタブレットのようなデジタル端末の画面上で
写真のデータを見るというスタイルだと、
みんなで見ている、家族で親の人生を共有している、
という感覚が持てません。
1ページずつ取り外しができるマグネット式アルバムは
そうした課題をクリアし、
家族で集まれば、自由に広げてみんなで見ることができ、
ページ追加も簡単にできるといいます。
また、記憶を呼び起こすためには“可視化”が重要。
家の中で目につく場所に写真があると、
ふとしたきっかけで大事なことを思い出したり、
家族への感情が深まることがあります。
通常、アルバムはしまっておくと中身が見えませんが、
ここでもマグネット式の利点を生かし、
お気に入りの写真があるページを
スチール製の壁や冷蔵庫に貼りつけて見ることができます。
また、アルバムそのものを360度開いて
そのままフォトスタンドとして使うこともできるといいます。
子供が親のためのアルバム編集者に
こうした特徴・機能を活かして同社では
「子供世代が高齢の親にためにアルバム編集者なること」
を推奨しています。
フィルムカメラの時代は、撮影後、
現像してプリントしなければ、写真を見られませんでした。
そのため、親世代が保存している写真の量・アルバムの量は
膨大であるケースが多く、
本人が亡くなった後は、(悲しいことではありますが)
そのほとんどを破棄しなくてはならないのが現実です。
それを踏まえて、テコデコのスタッフは、
子供世代が自分で見て貴重だと思える写真、
親のことを知らない子供や縁者の人たちが見ても
楽しめるような写真などを選び出し、
この「人生まるごと回想アルバム」を使って、
世代を超えて共有できるアルバム、
親孝行のツールとなるアルバムを作ってほしいと話していました。
施設のスタッフが心のケアにも手を伸ばせる
また、このアルバムは親が
介護施設で暮らすことになった場合にも
効果を発揮します。
介護施設のスタッフは、
親を「入居者=高齢の人」としか認知できないので、
毎日の食事や排泄の世話など、身体機能面でのケアはしますが、
感情面でのケアは天気のこと・庭の花のことなど
についてしか話せません。
生まれながらの高齢者など一人もおらず、
誰しも何十年という人生の道程、
無数の喜怒哀楽を経験してそこにたどり着くのですが、
スタッフはその一つとして想像するすべがないのです。
そんな時、このアルバムで子供時代や青春時代など、
親の人生のわずかな断片でも知ることができれば
「かわいいですね」「楽しそうですね」など、自然と会話が弾み、
心の介護・感情面のケアにも手を伸ばせるのではないか。
テコデコ研究所ではそうした期待も抱いています。
ちなみに、「回想法」の効果的な会話のポイントとして
「ほめ言葉は過去形にしないで現在形で話す」そうです。
還暦スタッフの第2のスタートアップ
テコデコドリーム研究所は、
もともとキャラクターと音楽コンテンツを
メイン事業とする会社で、
かつては各種アミューズメント施設やイベントなどで
若者や家族連れの人気を集めていましたが、
いずれも家庭の主婦を兼任していた3人のスタッフが
家族の介護に専念するために一時企業活動を休止していました。
その間、代表の池尾里香さんが施設に入居した
独身の叔母の家の整理をした際に、
それまで見たことのなかった若い叔母の
いきいきした姿の写真を大量に発見。
その中から自分の目で選んで一冊にまとめたアルバムを
本人に見せたところ、認知症気味だった叔母が大いに喜び、
互いに思い出を共有できたといいます。
同社の3人は、中小企業振興公社主催の
「事業家チャレンジ道場」で約2年間、
ものづくり・最新のマーケティング技術を勉強する中、
介護経験と回想法を活かした今回の事業を考案しました。
誕生日、母の日、父の日、施設の訪問時、
米寿や喜寿のお祝い事などに、
子から親への真心こもったプレゼントに使ってほしいというのが
彼女らの提案です。
永続的な親孝行の実現をサポート
「人生まるごと回想アルバム」は、
葬儀の遺影や式場の思い出コーナーの写真などに
使えることはもちろん、
その後の法事の場でも集まった人たちに
親の人生を偲んでもらうこと、
また、孫やその後の世代に伝えていく
「ファミリーヒストリー」としても
役立てることができるといいます。
池尾さんと、実の姉である綿井さんは、
両親の法事の席で親戚一堂にこのアルバムを見てもらったところ、
たいへん盛り上がり、皆、新鮮な感動を受けたといいます。
それがまた両親に対する供養に繋がるのでしょう。
これは単にアルバムを販売するビジネスでなく、
アルバムづくりを通して、
永続的な親孝行の実現をサポートする事業
といえるかもしれません。
もしギフトショーに行かれる方は、
ビッグサイト南館にある大田区のブースで、
ぜひ実物を手に取ってみてください。
また、このアルバムのサイトはこちらです。
https://tekodekorecollection.com/
「南総里見八犬伝」は
江戸時代の作家・滝沢馬琴が書いた長編小説。
1814年に始まって、
1842年の完結まで28年かかって世に出された、
世界に誇れる傑作エンタメファンタジーです。
運命に導かれて集まった仲間が
力を合わせて敵と戦うという勧善懲悪パターンは、
神秘的かつ痛快で、この活劇をモチーフにした
コンテンツが200年の間に続々と作られました。
今日の日本のマンガ・アニメ文化の基盤を築く
一要素になったことは、疑いようがありません。
僕の八犬伝との出会いは、
小学生の時に見たNHKの人形劇でしたが、
それ以後も「八犬伝」から
いくつもの映画やマンガが生まれるのを見てきました。
いちばん最近のものは、
昨年秋に劇場公開された映画「八犬伝」でしょう。
僕は見逃していたので、先日、アマプラの配信で視聴。
公開の時は評判はイマイチだったようですが、
とても楽しめました。
虚と実、二つの世界がパラレルで進む構成で、
虚はご存じ、八犬伝の活劇世界です。
原作に忠実なのはいいのですが、
ストーリーの上っ面をサーっと撫でているという感じで、
今一つ物足りないのですが、
それでもやっぱり面白いのは、さすが八犬伝。
名刀・村雨を持つ犬塚信乃、女装の犬坂毛野、
少年剣士の犬江親兵衛などはとてもイケメンで、
画面も派手で美しい。
それに対する実の世界では、
作者・滝沢馬琴と絵師・葛飾北斎、
二人のむさいジジイの対話で進みます。
これに「東海道四谷怪談」の戯作者・鶴屋南北が絡んだりして、
彼らの創作に対する考え方・思いが伝わってきて味わい深く、
このむさいじいさん・おっさんたちから
ああした華麗な物語や絵画が生まれたのが面白い。
まるで現代人のような、滝沢馬琴の家庭の事情
(一人息子がニート状態)も描かれていて、
これも考えさせられます。
いよいよ最終章、物語がクライマックスに差し掛かったところで
馬琴は失明。目が見えなくなり、執筆できなくなります。
「八犬伝」は未完の大作に終わるかと思われたときに、
代筆者として名乗りを上げたのが息子の嫁でした。
この嫁は無学で字もろくに書けない女性なのですが、
義父である馬琴が字を教えながら、二人三脚でがんばり、
わずか8か月で残りを仕上げ、物語を完成させます。
すごく感動的なエピソードですが、
この嫁がどうして馬琴に尽くし、代筆をやろうと思ったのか?
夫を先になくして寂しかったから?
義父のことを好きだったから?
「八犬伝」が好きだったから?
そのあたりがドラマとして描かれていないので、
どうも腑に落ちないのですが、それでも物語は最期を迎え、
馬琴の仕事は成就しました。
そして、まるで最近の
ファンタジー系アニメやマンガのお約束事のように、
戦いで命を落とした犬士たちも生き返るのです。
僕も小説などを書いているので、虚実が融合し、
馬琴と八犬士が遭遇するラストシーンには、
涙を抑えきれませんでした。
不平・不満はありますが、やっぱり八犬伝は面白いし、
創作の舞台裏も描かれたこの映画には、
単なるエンタメを超えた奥深さがあると思います。
小さな劇場の何もない舞台は、想像力が刺激される、
自由で可能性に満ちた空間です。
今日はここで「星の王子さま」の舞台を見ました。
原作はもちろん、サン・テグジュペリの童話。
壁面全体にしわをつけたベージュの模造紙を張り付け、
あの物語の舞台になる砂漠のイメージを表現しています。
内容は原作をなぞるものではなく、
生演奏やダンスが随所に交じる、
音楽劇風・イメージコラージュ風の構成。
前半は、王様、実業家、のんべえ、点灯夫など、
へんな大人がいる星をめぐる旅など、
原作に出てくるエピソードを仮面劇で見せたり、
後半は王子様とキツネがともに
パリと東京を合わせたような、
きらびやかな都会の街を探索したり、
地下にある死の国をめぐり歩く
オリジナルのエピソードを取り入れたりと、
自由自在な展開で、不思議な世界に引き込まれました。
王子様役の女性はクラシックバレエの心得があるようで、
随所で王子の心情をダンスで表現します。
彼女のビジュアルは、絵本のイラストそっくりでありながら、
不思議なエロシティズムと、
物語全体を包む切なさ・寂しさが感じられて魅力的でした。
上演したのは、
カミさんの仕事仲間である鍼灸師の奥さんが主宰する
「クリスタルレイク」というグループ。
この奥さんというのは、もともと新劇俳優で、
劇団新人会のメンバーだった人だそうです。
大ベテランですが、キツネ役として登場した
彼女の動きはキレがよく、
せりふ回しもクリアで「生涯現役」を感じさせました。
僕たちはこうした小劇場演劇に感化された世代ですが、
昨今の舞台演劇は、
やる側も見る側もシニア世代のものになりつつあるようです。
これも時代の趨勢なのでしょうが、
若い人たちにも、こうした変幻自在の小さな空間で描かれる
リアルでアナログな演劇の空気を、
若い人たちにも、ぜひ体験してほしいと思います。
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昨夜よりもっといい夢を見る方法
「生きる」をテーマにしたエッセイ第6集。
人生の半分は夜。だったらもっといい夢みなきゃな。そう思ったら読んでみてほしい。
生きるのが楽しくなる36のエッセイ。
是枝裕和監督の映画「怪物」を見た。
息子を愛するシングルマザー、
生徒思いのまじめな小学校教師、
そして無邪気な子どもたちが送る平穏な日常。
それがある小さな事件がきっかけでガラガラと崩れる。
その背後にいるのは、正体不明の怪物。
ひとことで言えば、
タイトルの「怪物」とは誰か?何か?を追究する物語だ。
それは親なのか? 教師なのか?
学校という組織なのか?
それとも子供たちなのか?
いったい何なのか?
前半は学校と家、地域を舞台とした、
リアルでドキドキするサスペンス。
そして後半からクライマックスは、
それが一種のファンタジーにまで昇華する。
還暦を超えても全く衰えを感じさせない
是枝監督のクリエイティビティに舌を巻く。
音楽は最晩年の坂本龍一。
坂本龍一と言われなければ、
わからないくらい主張は少ないが、
随所でとてもいい味を出している。
そして脚本は坂元裕二。
いまや日本を代表する脚本家だが、
彼は1987年に初めて行われた
「フジテレビヤングシナリオ大賞」の受賞者。
つまり、フジテレビが発掘した才能だ。
1991年の、あのフジ・トレンディドラマの代表作
「東京ラブストーリー」の脚本を手掛けた人でもある。
坂元氏はその後、テレビ業界が嫌になり、
一時的にテレビドラマの脚本を書かなかったこともあり、
最近はもうプロフィールにも
「東京ラブストーリー」については触れられていない。
そんな大昔のことなど持ち出す必要もなく、
クオリティの高い作品をコンスタントに手がけ、
充実した活動を展開しているからだろう。
この作品は、第76回カンヌ国際映画祭の
コンペティション部門で脚本賞も受賞している。
そんな坂元氏を輩出した1990年代のフジテレビは、
恋愛を中心としたトレンディから
先鋭的なサイコサスペンスまで、
ドラマの制作能力がとても高く、
TBSと競い合うように傑作・問題作を次々と放送していた。
それはもうすっかり過去の話だが、
そうしたコンテンツ制作の資産は残っているはずだ。
サザエさんや、ちびまる子ちゃんや、
ガチャピン&ムックもいる。
このままダメになるのは、あまりに惜しい。
けれども再出発のためには今いる、
過去の栄光に浴した経営陣営陣ではダメなことは明らか。
なんとか改革して、また優れたコンテンツ、
動画配信をしてほしいと願う。
フジテレビの話に傾いてしまったが、
是枝映画「怪物」はほんとに傑作。
カンヌで認められた、なんて話はどうでもいいので、
ぜひ、このドラマの奥に潜む怪物を
自分の目で発見してほしい。
青く晴れわたった空を見ていると、
なぜか胸が切なくなり、涙が出てくる。
歌だったか、小説だったか、忘れてしまったが、
誰かがそんなことを書いていた。
ヴィム・ヴェンダーズ監督、役所広司主演の映画
「パーフェクトデイズ」の感想を一口で言うなら、
そんな映画だ。
たんにエンタメとして楽しませてくれるよりも、
いろいろなことを考えさせてくれるのがいい映画、
あるいは、きょうはそういう気分になっている
人にとっては、これほどいい映画はない。
役所広司演じる主人公は、トイレの清掃員・平山。
朝、夜明け前に起き出し、支度して仕事に出かけ、
終わると安い飲み屋で一杯ひっかけ、
夜はふとんで本を読んで寝る。
その単調な生活、同じような毎日の繰り返しを淡々と描く。
周囲の人たちとの、小さなエピソードはいくつかある。
そして、彼が毎朝、若木に水をやったり、
公園の木々の写真をフィルムカメラで撮ったりする描写も、
そうした命を愛する人だということを伝える。
しかし、それだけだ。
平山の生き方を変えてしまうような劇的な展開、
物語らしい物語はいっさいない。
テーマらしいテーマもないように見える。
でも、僕はこの映画の秘密めいたテーマを見つけた。
まだ序盤のあたり、同じ清掃員仲間の若い男が
平山の丁寧な仕事ぶりをちょっとくさすように、
「どうせ汚れるんですから」という。
トイレだから当然だ。
どうせ汚れるのに、汚されてしまうのに、
どうしてそんなに一生懸命になって掃除するんだ。
僕もそう思う。
きっと誰もが、若い男のセリフを借りれば、
「10人のうち9人は」、いや、もしかしたら10人が
そう思うと思う。
誰もが豊かで便利で平和に生活できる、この社会では。
「どうせ汚れるのに、どうして一生懸命掃除するのか」
これは言い換えれば、
「どうせ死ぬのに、どうして一生懸命生きるのか」
につながる。
平山はきっとそうしたことを考えながら、
毎日のトイレ清掃に励んでいる。
それがどんな仕事でも、
ていねいに仕事をすることは、
ていねいに生きることにながる。
ていねいに生きれば、一日一日がきれいに輝く。
そんなメッセージが流れている。
平山は現代社会に取り残されてしまったような人だ。
孤独だし、もう若くないし、カネも持っていなさそうだ。
スマホもパソコンも使わなければ、
ボロアパートの部屋にはテレビさえ置いていない。
車は持っているので、ラジオは聴くかもしれないが、
彼がラジオを聴くシーンは出てこない。
車内で聴くのはもっぱら古いカセットテープ。
1960年代から70年代の音楽だ。
彼の年齢は60歳前後と察せられる。
要は、学生だった40年ほど前の時代と
ほとんど変わらない生活を送っているのだ。
そんな取り残され、落ちこぼれた、
高齢者に近い孤独な男だが、
なぜか周囲の人たちを励まし、
元気づける存在になっている。
先述の若い男もそうだし、
その男が好きになった女も平山にキスをする。
極めつけは、中盤で彼のアパートにやってくる姪だ。
高校生らしき彼女は、伯父である平山を慕って、
仕事についてきたり、いっしょに銭湯に行ったりする。
この姪との会話のなかで、平山は、
「みんな一緒の世界に住んでいるようで、
じつは別々の世界に住んでいるんだ」
といった意味のことをいう。
彼のバックストーリーは一切語られないが、
この姪を連れ戻しに来た母親=彼の妹との短い会話は、
平山の人生を想像させる。
妹は高級そうな車に乗っており、
彼とは段違いの裕福風な暮らしを送っていることが
見て取れる。
また、彼の父親は高齢で認知症らしく、
施設に入っているようだ。
実家はかなりの資産家で、
長男である平山は、父の生き方に反発し、
家を出たまま、齢を重ねてしまったのかもしれない。
妹とは同じ家庭で育ちながら、
互いにまったく違う価値観を持った人間になってしまった。
けれども、きょうだい仲は悪くない。
姪の家出もそんなに深刻なものではなく、
母親に素直に従って帰っていく。
けれども彼女にとって、伯父の持っている世界は、
一種の憧れに満ちた世界として映っている。
この姪や、仕事仲間の男、そのガールフレンドらは、
みんな若く、軽やかに、
面白おかしく生きているように見える。
けれどもその裏側に漂う切なさは何だろう?
彼女らは、平山の存在に何を感じていたのだろう?
それはきっとこういう予見だ。
わたしも、おれも、いずれ齢を取り、死ぬ。
それまでどう生きればいいのか?
そうした思いにあまり齢は関係ないのかもしれない。
映画の終盤、彼が最後に励ますのは、
行きつけの飲み屋のママのもとを訪れた男である。
平山と同年代らしいこの男は、ママの元夫で、
ガンでもう寿命があまりない。
それで別れた妻に最後に会いに来たという経緯だ。
「結局、何もわからないまま終わっていく」
という男のセリフは胸に刺さる。
そんな男をやさしく励ます平山のふるまいは、
ひどく感動的だ。
平山の人生はこの先、劇的に展開する気配はなく、
きっと彼はこのアパートの一室の片隅で、
野良猫のように一生を閉じるのだろう。
社会に置き去りにされた、底辺のエッセンシャルワーカー。
高齢者に近い孤独で無口な男。
そんな彼の存在にも価値がある。
1本1万円で売れる、
聴きつぶした中古のカセットテープのように。
彼の人生は輝いている。
一日一日がパーフェクト・デイ=完璧な日だ。
このタイトルは、ルー・リードが、
1972年に発表した同名曲から取ったものだろう。
晴れわたった青空を想起させるような、
美しいが、ひどく物悲しい旋律に乗せて、
意味深な歌詞が繰り返される。
Just a perfect day
ただただ完璧な一日
You just keep me hanging on
君は僕をかろうじて生かしてくれている
You're going to reap just what you sow
自分の蒔いた種は、すべて刈り取らなくてはいけない
2023年のカンヌ映画祭など、
世界的に評価された作品であることは
あまり意識せず、
素直にありのままの気持ちで見た方がいい。
そうでないと、この映画の真価は見えてこない。
ヴェンダースの作品はむかし何本か見たが、
若い頃の自分にとっては退屈だった。
たぶんヴェンダース映画を見るのがイケてる、
カッコいいといった意識が入っていたからだろう。
これはシニアの自分には面白く見られたが、
若い人には退屈かもしれない。
でも、自分の目で見てほしいと思う。
「ベルリン天使の詩」「パリ、テキサス」など、
かつてはつまらないと思ったヴェンダース作品も
齢を取った目でもう一度、見てみたいと思う。
新しい何かを発見できるかもしれない。
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●あらすじ
彼女は「お花屋さんになりたい」という
少女時代の夢をかなえた。
今はとある町の小さな花屋の女主人として、
ひとりで店を切り盛りしている。
花に関する豊富な知識、アレンジメントのセンスと技術。
加えて人柄もよく、お店の評判は上々で、
商売はうまいこといっている。
彼女自身も毎日、大好きな花に囲まれて
仕事ができて幸せだ。
ところが、明日は母の日という土曜日の朝、
店の外に出て、びっくりした。
そこに置いてあったカーネーションの花が
ネズミに食い荒らされていたのだ。
ショックを受けた彼女は、
今後、二度と店にネズミを寄せつけないよう、
ネコを飼う決心をする。
保護猫サイトを探すと、
かわいらしい子猫たちにまじって大人のネコがいた。
人間に保護されるまで1年間、
野良猫として生き延びてきた頼もしそうな奴だ。
しかも彼は、オスの三毛猫というレアものである。
女主人は彼を引き取り、
「ダビ」と名付け、自分に言い聞かせた。
「寂しいからじゃない。癒されたいからじゃない。
ネズミよけのためにこのネコを飼うんだ」と。
そして、自分とネコとの関係を明確にするために、
雇用契約を結ぶ。
彼女は仕事の依頼主。
その報酬として彼に食事と寝床を与える。
こうして、花屋の女主人と
三毛猫ダビの暮らしが始まった。
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12月18日(水)17:00~23日(月)16:59まで。
一人で店を切り盛りする花屋の女主人と、
彼女のために大いなる任務を果たす保護猫の物語。
花好き、ネコ好きに贈るクリスマスプレゼント。ぜひ。
●あらまし
彼女は「お花屋さんになりたい」という
少女時代の夢をかなえた。
今はとある町の小さな花屋の女主人として、
ひとりで店を切り盛りしている。
花に関する豊富な知識、
アレンジメントのセンスと技術。
加えて人柄もよく、お店の評判は上々で
、商売はうまいこといっている。
彼女自身も毎日、
大好きな花に囲まれて仕事ができて幸せだ。
ところが、明日は母の日という土曜日の朝、
店の外に出て、びっくりした。
そこに置いてあったカーネーションの花が
ネズミに食い荒らされていたのだ。
ショックを受けた彼女は、
今後、二度と店にネズミを寄せつけないよう、
ネコを飼う決心をする。
保護猫サイトを探すと、
かわいらしい子猫たちにまじって大人のネコがいた。
人間に保護されるまで1年間、
野良猫として生き延びてきた頼もしそうな奴だ。
しかもオスの三毛猫というレアものである。
女主人は彼を引き取り、
「ダビ」と名付け、自分に言い聞かせた。
「寂しいからじゃない。癒されたいからじゃない。
ネズミよけのためにこのネコを飼うんだ」と。
そして、自分とネコとの関係を明確にするために、
雇用契約を結ぶ。
彼女は仕事の依頼主。
その報酬として彼に食事と寝床を与える。
こうして、
花屋の女主人と三毛猫ダビの暮らしが始まった。
久しぶりに映画館で、
倉本聰・作の映画「海の沈黙」を観る。
すごくよかった。
久しぶりにずしっと腹に応える映画を味わったなぁという感じ。
派手でわかりやすくておいしいけど、
あまり栄養になりそうにもない、
おやつみたいな映画が多い中、
これこそ主食となる、心の栄養になる映画。
「生き残り」と言ったら失礼かもしれないけど、
倉本聰さんは日本のテレビドラマ黄金期、
そして衰退傾向だったとはいえ、
まだまだ映画が娯楽の王座にいた時代を支えた
作り手の「生き残り」だ。
(こんな言い方は失礼だと思うけど)
今年で齢89歳。うちの義母と同い年。
改めて履歴を見ると、
なんと、僕が生まれる前、1958年から
ドラマ作りのキャリアをスタートさせている。
この20年ほどの間に
同じ脚本家の山田太一・市川森一をはじめ、
同時代に活躍した作家や監督や俳優が
次々とこの世を去っていったが、
倉本聰さんは依然健在で、
「どうしても書いておきたかった」と、
60年温めてきた構想を実現した。
キャリアが長けりゃいい作品が書けるわけじゃない。
ものを書くには気力も体力もなくてはできない。
体内のエネルギー量がどれだけあるかの問題なのだ。
こんな気力溢れる作品を書く力が残っているなんで、
驚きと尊敬の何物でもない。
セリフの一つ一つ、シーンの一つ一つが重く、深く、
濃厚な内容は、昭和の香りがプンプン。
サスペンスの要素もあり、画面には2時間の間、
緊張感がみなぎって面白いので、
若い人にも見てほしいが、やっぱりこういうのは
ウケないんだろうなとも思う。
かくいう僕も、20代・30代の頃に
こういう映画を見て傑作と思えたかどうかは怪しい。
やっぱり齢を取らないとわからないこと、
味わえないものがあるのだ。
出演陣も素晴らしい。
なかでも中井貴一は飛び抜けてシブい。
それに比べて、主演の本木雅弘は
いま一つ軽いかなぁという感じ。
これまで小泉今日子をいいと思ったことは一度もなく、
倉本作品に合うのかなと思ったが、最高だった。
もと「なってたってアイドル」なので、
この類の人は、何かにつけて「経年劣化」を揶揄される。
けれども最近、不自然な修正画像やアニメ顔、
整形美女の不気味な顔を見過ぎているせいだろうか、
たびたびアップになる、しわの寄った顔が、
リアルでナチュラルで美しい。
そう思ったのは、やっぱり自分も齢を取ったからだろう。
カミさんと朝イチ(といっても11時半)の回に行ったが、
僕たちを含めて、観客はシニア割の人たちばかり。
やっぱり昭和の作り手、昭和の観客の世界だ。
間もなくこうした世界はむかし話になるだろう。
でも僕は、リアルで深遠な昔ばなしを
大事にしていきたい。
わが「恐怖」の原点。
かつて子どものマンガに確実に
「恐怖」というジャンルがあった。
その創始者であり、第一人者であり続けたのが、
楳図かずおだった。
小学校の低学年の頃、
わりとお金持ちの、仲の良い女友だちがいて、
その家によく遊びに行っていたのだが、
そこに楳図マンガが連載されていた
「少女フレンド」(だと思った)が揃っていて、
その置き場所には怖くて寄りつけなかった。
「リング」の貞子が
テレビの中から抜け出してきたように、
雑誌の中から「へび女」とか「ミイラ先生」が
這い出してくるのを想像していたのだろうと思う。
その後、少年漫画誌で「猫目小僧」とか、
「半魚人」とか「恐竜少年」とか、
いろいろな楳図製恐怖マンガを読んだが、
なぜか少女系のほうが圧倒的に怖かった。
「女は怖い」という、僕の感情のOSは、
楳図かずおによって生成されたのかもしれない。
うちの母親がもっと美人で優しかったら、
「この人、へび女にならないだろうな」
と思ったかも‥だが、幸か不幸か、
あんまりそういう雰囲気の人ではなかったので
助かった(?)
いっしょに住んでいた若い叔母は
ちょっとその方面の雰囲気を持っていたような気がする。
それにしてもあんな怖いマンガを
毎日、描きまくっていた、
当時の楳図かずおの頭の中は
いったいどうなっていたのだろう?
ご本人は「ぜんぜん怖くなんかないですよ」と
言っていたが、自分なら気が狂いそうだ。
その後、ギャグやSFの分野でも
とんがった才気を見せつけ、傑作を量産。
しかもそうした恐怖、怪奇、ギャグ,SF、
ファンタジーなど、それぞれの要素が
重層的にクロスオーバーし、
誰にもまねできない「楳図ワールド」を構築した。
そして、その核には「人間」がいて、
人間が奥底に持つカオスのようなものについて
考えさせられる。
楳図かずおは人間の深いところを、
その不可解で不可思議な在り方を、
とことん掘りまくることによって、
最も原始的な感情である「恐怖」をベースとした
独自の世界をつくり上げたのだ。
そういう意味で
「まことちゃん」は「猫目小僧」の弟であり、
「おろち」は「へび女」の娘であり、
「漂流教室」と「14歳」「わたしは真吾」などは、
同列に展開するパラレルワールドになっている。
個人的に最も胸に刺さったのは、
連作オムニバス「おろち」の「秀才」だ。
「おろち」は、不滅の存在である少女
(萩尾望都「ポーの一族」のバンパイアに似ている)が
時空を旅して、人間界のさまざまな時代・場所で、
人間同士の感情が絡み合って起こるドラマに
関わっていくという話。
「秀才」はそのかなの一遍で、
教育ママとその息子の物語だが、
それまで持っていた「オバケマンガ」の概念を破る
深い人間ドラマに驚愕した。
読んだのが小学校高学年で、
大人のドラマに興味を持ち始めた時期だったので、
よけい感動したのかもしれない。
「秀才」は今でも十分通じるドラマで、
現代社会における母親という存在の
愛の深さゆえの罪深さを描き出した傑作だ。
まちがいなく歴史に名を留める漫画家・芸術家。
日本のマンガ文化の重要なパーツとなる孤高の作家。
そして最後まで自分のぶっ飛んだ個性を貫き通した
楳図かずお先生。
人間の怖さ・驚くべき世界を見せてくれてありがとう。
ご冥福を祈ります。
11月の花はリンドウ。
行きつけの花屋さんをモデルにした小説を書いてる。
1万字~1万5千字程度の短編にしようと
夏の暑くなり始めた頃から書き出したのだが、
いろいろ話が展開し、
途中で止まったりして、かれこれ4カ月。
2万5千字を超えたところで
やっと完成のめどが立ってきた。
年内には何とか出版できそうだ。
今年は春先に長編を1本書き上げたので、
あとは短編を2~3本書こうと思っていたが、
かなり苦戦した。
ちょっとと体力が落ちて疲れやすくなり、
感情の流れの混乱がうまく収拾できないことが増えた。
小説は普段書いている文章と違って、
事実を綴ったり、理屈をこねたりするだけでなく、
それらと合わせて
自分の感情を掘り起こす作業だと思っている。
ぜひ表現してみたい感情があって、
それを登場人物のセリフにするために、
ストーリーや場面設定を作る場合もある。
逆に思いついたストーリーに引きずられて、
すっかり忘れていた感情がよみがえったり、
まったく思いもかけなかった感情が
登場人物のセリフに乘って現れたりする。
どっちも面白いが、根気よく書き続けないと出てこない。
アスリートと同じで、
つねに体のコンディションを整えていないと、
自分の感情と格闘できないのだ。
最近は最初のプロットを作る段階で、
AIと会話してヒントを得たりする。
感情を引き出せるストーリー作りのためなら
AIに手助けしてもらうのもよし。
そうして作ったものを何本か塩漬けしてある。
僕たちは日々、
自分の感情をあまり表に出さないように
コントロールしながら生活している。
読む相手がいる限り,SNSでも
感情全開でぶちまける、というわけにはいかない。
感情を抑えつつうまくやっていくためには
いろいろな方法があるが、
小説というフィクションの形にして
表現するという仕事は、
ひとりでできるし、場所も問わないし、金もかからない。
小説はただ感情をぶちまけるのでなく、
ストーリーやキャラクターとともに
一つの作品として形にするので、
よりクリアな記録して、貴重な人生の記憶として
遺すことができる。
今、小説は誰にでも書ける。
文才なんていらない。
僕がそのいい例である。
自分で面白いと思えるアイデアがあれば、
AIの助けを借りて、
オリジナルストーリーを作ってみればいい。
それが人にウケるかどうか、
読んでもらえるかどうかは、また別の話だけど。
毎月、ウェブサイトのコラム記事で
世界の終活映画の紹介をしているが、
フランスの近年の代表的な終活映画が
「パリタクシー」だ。
あらすじはシンプルで、これから施設に入居するという
92歳のおばあちゃんが、自分が住んでいた家から施設まで
タクシーに乗り、回り道をして、自分が暮らしてきた
パリの街を周遊するという物語だ。
タクシードライバーは当然、ひと癖ある中年男。
(変な奴が絡まないと、映画として面白くない)
いいおっさんだが、年齢は彼女の半分の46。
いわば息子と孫の中間みたいな、微妙な年齢設定である。
フランスも高齢化社会が進んでいるので、
こうした設定も面白く見える。
そしてまた、彼は当然のように、人生に問題を抱え、
経済的トラブルに苛まれている。
それでも救いは、彼がなんとか家族を守りたいと
考えているところだ。
しかし、タクシードライバーのギャラでは、
とても短期間にこのトラブルを解消しようにない。
つまり、追い詰められているのである。
しかし、ご安心を。
彼はけっして闇バイトに手を染めたり、
乗客であるおばあちゃんを脅したり殺したりして
カネを奪ったりしない。
これはそうした類のブラックなドラマでなく、
コメディ要素の強いヒューマンドラマである。
だから、こうした映画のお決まりで、
最初、ぎくしゃくしていた二人の仲は
しだいに打ち解け、おばあちゃんは
自分の思い出を彼に物語るようになる。
じつはその内容が、かなりブラックである。
僕が驚いたのは、彼女が若い時代、
1950年代のフランスでは、
まだひどい女性差別がまかり通っていたことだ。
何となくではあるが、20世紀にあって、
芸術・文化が発達したフランスは、
世界で指折りの先進的な国で、
女性が大事にされていたーーというイメージがあった。
この映画で語られていることは、
たぶん史実に基づいていることだと思うので、
かなり意外だった。
ほとんど昭和日本と変わらない。
もっとひどいぐらいである。
そして、彼女がより悲惨なのは、
暴力をふるった夫だけでなく、
可愛がった息子にも裏切られてしまうこと。
息子の裏切りは、当時のフランス社会の
現実を象徴しているのだろう。
普通のおばあちゃんのように見えたのだが、
ヘヴィなドラマを抱え、社会の差別と闘って
92歳まで生き延びたのだ。
厳しい人生だったが、
それでも私は良い時代を生きたと、彼女は語る。
そんな彼女の心情を表すかのように、
全編にわたって古いジャズが心地よく流れていく。
最後はとても心あったまる終わりが待っている。
てか、こんなおとぎ話みたいなオチって、
いくらヒューマンタッチの終活映画とは言え、
今どきアリ?みたいな感じ。
でも、人生がこんなおとぎ話で終わるならいい。
観た人の多くが、きっとそう言うと思う。
演劇をやっていたので、むかしは演劇をよく見た。
しかし最近は、
・義母の介護・面倒で、
仕事以外ではめったに家をあけられない。
・観劇料が高い。
・その割に面白くない。
あるいは面白い芝居が少ないように思える。
3つの理由で、劇場に足を運ぶことは
年に1,2度しかない。
とは言え、演劇には人一倍興味がある。
受け持つ生徒の顔と名前を一発で覚えるという
離れ業をやったのにもかかわらず、
5年生女子から「キモ先生」と言われて
意気消沈してしまった小学校の臨時教師Kくんは、
この秋、演劇発表会の演出をやっている。
彼は大学時代、サークルで演劇をやった経験があるので、
それにもとづき、5年生相手に腹式呼吸やら、
舞台に立った時の目線のことなど、
ビシバシ指導をしているというのだ。
上演する芝居の内容はよく聞いていないが、
小学校なので、もちろん全員参加。
ただ、役者をやりたくない子は、
裏方でもOKなので、
照明や小道具係などを希望するらしい。
登場人物は村人1、2.3・・・みたいな役が多く、
あまり目立ちたくない子は、やはりこれらを希望。
でも、こういう機会に超積極的な、
自己主張の強い子は必ずいる。
このテの子ども、スポーツ分野は男子が多いが、
演劇などの文化・芸能系は、圧倒的に女子だ。
話を聞くと、どうやら主役は女の子で、
魔法を使えるお姫様うんぬんと言っていたので、
「アナ雪」みたいな話なのだろうか?
やる気満々、「あたしはスターよ」
みたいな女の子が3人、
クラス内オーディションで選ばれた。
面白かったのが、女の子の役なのに、
主役の立候補者の中に、男の子がいたという。
僕たちの時代には考えらえなかった。
なかなか勇気のある子だ。
彼はセリフも演技もけっこううまかったようだが、
プロの世界ならいざ知らず、
学校教育の一環である演劇発表会で
ヒロイン役に男の子を配役するわけにはいかない。
残念ながら、彼は落っことされて、
村人1、2.3・・・にされてしまったようだが、
どんな子なのか、なんだかとても気になった。
小学5年生の演劇発表会。
どんな役を希望するのか、
どんな役・どんな係に就くのか、
何かその子のこれからの人生を
暗示しているようにも見える。
もちろん、この時点ですごく引っ込み思案で、
村人1をやっていた子が
数年先に突如覚醒し、大スターになったり、
照明係をやっていた子が
そのままメカ系の道でイノベートして
有力ベンチャーになったりとか、いろいろあり得る。
勉強やスポーツの場とは違う、
可能性の舞台が、演劇の場には広がっている。
犬を自由に操る女装のダークヒーロー。
壮絶なアクション。
監督は「ニキータ」「レオン」のリュック・ベッソン。
ということで、ベッソン特有の
妙に重量感のあるアクションシーン、
そして、目を覆いたくなるような暴力・殺人シーンが
先行して頭に浮かんで、
しばらくためらっていたが、やっと見た。
良い意味で裏切られた。
「ドッグマン」(2023年)は、人間の美しさ、
そして、犬の美しさを描いた、すごくいい映画だ。
これはAmazonPrimeでなく、
映画館で観るべきだったかもしれない。
何と言っても、主役ダグラスを演じる
ケイレブ・ランドリー・ジョーンズが魅力的。
少年時代、彼は父と兄に虐待されて
犬小屋に放り込まれて生活することになり、
障害を負いながらやっと脱出する。
その後、養護施設で、のちにシェイクスピア女優になる
養護員の女性に芝居を通して生きる喜びを学び、
彼女に恋をして成長する。
しかし、そんな彼に世間は決してやさしくない。
やがてドラッグクイーンとなって歌って
アイデンティを保つ一方で、
犬たちと生活するために犯罪に手を染める。
そうした変化の在り様・人間形成の在り様を
じつにビビッドに演じ描く。
また、紹介文や予告編などから、
犬たちは恐ろしく凶暴で、獰猛で
野獣的な犬を想起させるのだが、
意外にもけっこう可愛いのが多い。
随所に人を襲うシーンがあり、
クライマックスのギャングとのバトルでは
それこそ壮絶な闘いを繰り広げるが、
けっしてリアルには描かれず、
ここで出てくる犬たちは、
ファンタジーの領域にいる生き物のように見える。
動物愛護団体の視線もあるので
襲撃・戦闘シーンは、
あまりリアルには描けないという
事情もあるのかもしれない。
ベッソンの映画はアクションやバイオレンスばかりが
取りざたされる感があるが、
彼のドラマづくりは、
いつも人間の美しさ・崇高さを追求している。
そういう意味では、
アクションで売り出す前の出世作「グランブルー」で
前面に出ていたファンタジー性こそ、
ベッソン映画の真髄・醍醐味なのだと思う。
この映画では最後にそれが表出される。
ラスト5分は本当に美しく、
ダグラスは人間を卒業して神になるかのようだ。
そして犬たちがダグラスを導く
天使のように見えて涙が出た。
「DOGMAN」は「GODMAN」。
アナグラムになっているのだ。
一つ気になるのは、全体の雰囲気が
「ジョーカー」(2019年)によく似ていること。
こちらも主役ジョーカー(アーサー)を演じた
ホアキン・フェニックスの怪演が見ものだが、
「児童虐待」「障がい者差別」「貧困との戦い」
これらを物語の根底のテーマに
置いているところも同じだ。
別にパクリだとは思わない。
こうした個人的問題と社会的問題が
ダイレクトにつながって感じられる点が現代的で、
映像系であれ、文学系であれ、
エンタメコンテンツに求められている
現代的役割の一つなのだろうと思った。
ちなみに「ジョーカー」の続編、
『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』が
来月、10月11日(金)劇場公開。
なんとレディー・ガガが共演する。
前にも書いたことがあるが、
行きつけの花屋の女主人は、
昔の少女マンガに出てくる、
お花屋さんになりたかった女の子が
そのまま夢を叶えて花屋になったような人である。
齢はたぶん僕と大して変わらないと思うので、
客観的に見ればりっぱなおばさんだが、
”お花大好きなの。でも、商売でやっているから
ビジネスライクなところもあるわよ。”
といった絶妙なブレンド感が漂い、
なかなかかわいい上に味がある。
40年前に逢っていたら恋に落ちていたかもしれない。
ふらっと店に入ると、いつもの黒いエプロンをつけ、
長い髪をひっつめにして、いつものように淡々と、
けれどもお花大好き感を醸し出しながら作業している。
狭い店内は季節柄、青い紫陽花が幅を利かせており、
他の花はそれに押しのけられるように
小さくなっている。
何となくとっちらかった印象だが、
花が呼吸し、人間には聞こえない言葉で
いろいろお喋りしてるような雰囲気がある。
今日は父の日なので
「父の日に花を贈る人はいないんですか?」
と聞いてみたら、
「いないですね、ほとんど」と、つれない返事。
「最近は子育てするお父さんも増えたので、
むかしより認知度上がっているはずなんですけどねー。
やっぱ父の日はお花よりお酒ですよね」
そこで前々から気になっていたことを聞いてみた。
「『お父さんだってお花が欲しい』とか、
そんな宣伝出したら売れないですかね?」
と水を向けると、
「うーん、どうでしょう?
あんまり忙しくなっても困っちゃうんで、
うちはやらないですね。
母の日もぜんぜん宣伝しないんですよ。
商売っ気がなくてすみません」
と、なぜか謝られてしまった。
へたに宣伝してカーネーションなどが
山ほど売れ残っても困る。
けっこうしっかり者で、コスト意識が高そうだ。
そして、確かに商売っ気はあまりない。
じつは僕もそこが気に入っている。
この花屋は僕が知る限り、
近辺の花屋のなかでいちばん値段が安い。
他の花屋は、ぜいたく感・贈り物感を
演出するところが多いが、ここは庶民派というか、
「さりげない日常という庭に咲く花」を
大事にしている感がある。
家に花を飾るのはぜいたくではない。
花は心の栄養剤になるのだ。
極端な話、おかずを一品減らしてでも、
部屋のどこかに生きた花を飾ったほうが
生活のクオリティが上がるのではないだろうか。
そんなことを考えていたら彼女は、
「わたし自身は、母の日も、父の日も、
お花はもちろん、
なーんもあげたことなんてないんですよ」
と言って笑ってのけた。
おとなになった少女マンガの花屋の娘は
なかなかミステリアスで奥が深い。
秘密の花園のなかで悠々と生きている感じがする。
「90のじいさんになっても少女を描いているって
変態だよね」
先日テレビで、美術家の横尾忠則と
イラストレーターの宇野 亞喜良が
話していたのをチラ見した。
前述のセリフは横尾氏が宇野氏に言ったもの。
16日の日曜まで東京オペラシティのアートギャラリーで
宇野 亞喜良展をやっているので、
それに関連した番組だったようだ。
「変態」なんて言われて、
さすがにムッとした表情を見せていたが友達同士だし、「(常識的なことにとらわれない)天才」の、
横尾流の表現なので、
特にケンカになることもなく対談は続き、
最後はいっしょにメシを食うところで終わっていた。
宇野 亞喜良の絵の世界の主役は女性だが、
別に少女専門というわけでなく、
大人の女も描いている。
寺山修司の本や演劇の美術もよくやっていたので、
寺山流に言えば「青女(せいじょ)」が多い。
青女とは、「少年」に対して「少女」があるように、
「青年」に対して「青女」という言葉があっていい。
そう言って寺山修司が1970年代に出した
「青女論」というエッセイに出てきた言葉だ。
宇野 亞喜良の描く女の絵の特徴は、
笑わない顔と奇妙にアンバランスな体型。
笑わない顔は「大人や男に媚びない表情」と
よく言われる。
重心が下りていない、アンバランスな体型は、
女になりきっていない少女・青女特有のもの。
どこの画家か漫画家か忘れたが、
「少女の体型がアンバランスに見えるのは、
この世界に存在することにまだ慣れていないからだ」
といった類のことを言っていて、
ちょっと感心したことがある。
クリエイターが好んで描いて見せる、
10代後半の女の子特有の透明感とか、
ちょっとミステリアスな雰囲気は、
そういうところと繋がって
醸し出されるのかもしれない。
僕も熱心なファンというわけではないが、
寺山修司が好きだったこともあり、
宇野 亞喜良の絵は昔からよく目にしてきた。
イラスト・美術の世界ですでに60年以上、
第一線で活躍してきた人だが、
その魅力はまったく色あせない。
横尾忠則もそうだが、このレジェンド美術家たちは、
本当に最後の最後まで
現役の「変態じいさん」を貫きそうだ。
そんな宇野 亞喜良氏の最新作か。
先日、唐組の紅テントの芝居を見た時、
彼のイラストが載ったチラシをもらった。
今週末から花園神社で始まる新宿梁山泊の
「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」。
唐組の紅テントに対して、こちらは紫テント。
寺山修司でなく、唐十郎の状況劇場時代の芝居で、
豪華キャストが出演する。
たぶん連日満員大入りだろう。
宇野 亞喜良の、アンバランスで媚びない女たちの世界
(そしてたぶん横尾忠則の世界も)を培ったのは、
やはり1960~70年代のアングラ演劇カルチャーという
肥沃な土壌だったのだろうと思う。
たまたまタマなしネコの話を調べることになり、
タマなしのオスの生きる道について考えてみた。
今回ここでいう「タマなし」とは
動物の去勢のことで、ジェンダー問題とは関係ない。
今どき都会で飼われるイヌやネコは、
ほぼほぼ愛玩用で、自然の状態から切り離し、
人間社会に組み入れるわけだから、
その辺に出て行ってヤリまくって
子供がうじゃうじゃできると困る。
そういうわけで避妊・去勢もやむなし、と考えられている。
ちょっと古いが、2017年の調査によると、
避妊・去勢手術をしたイヌは全体の約5割、
ネコは8割だという。
これは多分、飼い方の違いだろう。
イヌは外出の際、必ず飼い主といっしょだが、
ネコは勝手に出歩くことが多い。
それで雄雌がくっついてやっちゃうからだ。
「去勢」という言葉には心がざわつく。
男子なら誰でもそうだろう。
実際、雄イヌ・雄ネコの男性飼い主は
「そんな可哀そうなことできるか」と
反対する人が多いらしい。
それに対してメスの避妊にはあまり反対しない。
可愛い娘がその辺の男とやっちゃってできちゃったら
大変だという、父性愛(?)の由縁だろうか?
人間同様、イヌもネコもお年頃になると、
脳内にホルモンがドバドバ出て、
やりたくてたまらなくなる。
オスの立場に立つと、
強烈なフェロモンを発散しているメスに遇ったのに
ガマンを強いられると、頭狂いそうになるかもしれない。
これは人間も同じで、男の人生の半分は、
そうした己の性欲との戦いとも言えるのだ。
実際、イヌ・ネコも未去勢だとストレスが溜まって
暴力的になったり、
夜鳴きやマーキングなどの問題行動が増えるらしい。
だから男の子のイヌやネコと
なかよく平和に暮らしたければ、
できるだけ性欲に悩まされないよう、
去勢しておっとりした子にしたほうがいい――
という意見が優勢に見える。
でも、タマなしネコだと
ネズミを捕らなくなっちゃうのでは?
と思ったら、そんなことはなく、
狩猟本能そのものには大きな影響を与えないようだ。
今どき、ネコをネズミ駆除用に飼う家は少ないと思うが、
せっかくいるのなら役立ってくれれば、
それに越したことはない。
これ見よがしに血まみれの獲物を持て来られると
嫌かもしれないけど。
動物病院のネコの去勢手術の動画を見たら、
麻酔をかけて結構簡単に済ませていた。
ただ手術後、そのネコが股の間を舐めていて
「あれ、タマないぞ」と気付くシーンには、
やっぱちょっと胸が切なくなったな。
ちなみに家畜のブタやウシのオスも
少し成長すると、オス独特の体臭がついて
肉の味を落としてしまうため、去勢する。
しかし、こちらの場合、
日本ではまだ麻酔をかけずにやっているので、
アニマルフェアウェルの観点から問題視されている。
肉の味をよくするために男の子のブタ・ウシが
タマを切られて痛い思いをしているのを想像すると、
けっこう複雑な気持ちになる。
業者の人たちは、一生懸命おいしい肉を作ろうと
努力してやっているのだが……。
本日の名言
「事実がたとえわかっていなくとも、
とにかく前進することだ。
前進し、行動している間に、事実はわかってくるものだ」
この名言の主ヘンリー・フォードは、
20世紀アメリカの自動車王。
要するにわからないと考えこむのではなく、
まず行動しろということ。
たぶん自己啓発リーダーの人たちも好んで使うフレーズだ。
そうだ、その通りだと思いつつ、
僕がこの名言を目にして連想したのは、
子供の頃に見た野球マンガ「巨人の星」の1シーンである。
それは主人公・星飛雄馬(ピッチャーです)の父・一徹が、
かの坂本龍馬の死について語るシーン。
一徹は投手生命に関わる
飛雄馬の欠点(球質が軽い)に気付き、
問い詰める息子に対して坂本龍馬の逸話を持ち出し、
「たとえドブの中で死んでも、なお前向きで死ぬ、
それが男だ」と語る。
その一徹のセリフに合わせて画面では
路上で暗殺者に襲われ血まみれになった龍馬が、
ドブの中で倒れながらも、這いつくばって前進しようとし、
ついに息絶えるという壮絶なシーンが描かれた。
当時はスポーツ根性マンガ全盛時代だったので、
一徹のセリフと、前のめりになって倒れる龍馬の表情は、
強烈に子ども心に染みた。
というわけで小学生当時、「巨人の星」を見ていた僕は、
長らくの間、これが坂本龍馬の最期だと思っていたのだ。
ところが事実はご存知のとおり、
料理屋の2階でしゃも鍋をつついていたところを
襲われたので、ドブの中で倒れようがない。
いや、もしかしたら瀕死の状態で店から這い出し、
路上にあったドブに落ちたのか?
とも考えたが、やっぱりこの話は
原作者・梶原一騎の創作だったようである。
厳密にいうと、梶原一騎はどうやら
司馬遼太郎の名作「竜馬がゆく」を読んで、
その一文にある
『男なら、たとえ溝の中でも前のめりで死ね』
をアレンジして使ったようだ。
もともと司馬遼太郎は歴史学者とか研究家ではなく、
あくまで歴史作家なので、エンタメになるよう、
史実にかなり自分のアレンジを加えている。
昭和以降の龍馬像をつくり上げ、
国民的ヒーローに押し上げたのも司馬遼太郎の功績。
梶原一騎はその功績をスポ根ドラマに
うまく取り入れたということだろう。
ちなみにこの「龍馬 前のめりで死ぬ」説は、
僕と前後する世代の人たちに
かなり大きな影響を与えたらしく、
小説家の有川ひろ(1972年生まれ・高知県出身・女性)が
「倒れるときは前のめり」という
題名のエッセイ集を出している。
寄り道が長くなったのでもとに戻す。
仕事にしても、生活にしても、
一歩一歩コツコツが大事なのはわかる。
ただ、視野を広げて人生全般を見た場合、
僕は若い頃、いずれ齢を取れば、
いろいろわからないことが
だんだんわかってくるのだろうと思っていた。
ところが現実は真逆で、
どんどんわからないことだらけになっていく。
死ぬまでに世の中の事実・真実がわかるのか?
と問われたら、ほとんど絶望的。
しかし絶望してても始まらないので、
何はともあれ、生きて一日一日大切に、
死ぬまで一歩一歩あゆむのみ。
一歩進むと二歩下がっちゃうんだけどね。
★エッセイ集:生きる 第5集
「死ぬな!きみの地球を守るために(仮題)」
Amazon Kindleより近日発売予定。
先月亡くなった劇作家・唐十郎さんの供養もかねて、
新宿・花園神社に唐組の公演「泥人魚」を、
観に行ってきた。カミさん・息子が同伴。
この時代になると、テント芝居は貴重なアナログ体験だ。
●すべて人力のアングラテント演劇
切符の販売とか、精算方法(現金のみ)とか、
入場整理(劇団員が大声を上げて整列させる)とか、
デジタルでもっと効率的にやる方法があるのでは・・・
と思うが、たぶんないのだろう。
それにこういうやり方を続けてほしい、
という客の願いもある。
テントという、日常と異なる異空間に侵入するためには、
それなりの段取りが必要で、
すんなり簡単に事が運んでしまっては面白くない。
言い換えれば、忙しくて時間が取れない、
もっとタイパを良くしろという人には味わえない、
アナログ・人力ならではのぜいたく感が味わえる。
ござに座って見る昔ながらのアングラ式桟敷席に
(おそらく)500人くらいが詰め込まれたテント内は
現代の高齢化社会の縮図のような風景で、
半数近くが僕の同年代(60代)以上。
残りの半数がそれ以下で、男女比は半々か、
男性がちょっと多めかなという印象だ。
息子(20代後半)やそれ以下の若者もけっこういて、
中には高校生らしき子の姿もチラホラ
(学校帰りなのか、制服を着ていた)。
「入場料:子供2000円」とあったが、
さすがに子どもはいなかった。
でも、子供がこうした観劇体験をしてもいいと思う。
●状況劇場の幻影
僕は李麗仙・根津甚八・小林薫などが活躍していた
70年代後半~80年代初めの状況劇場に洗礼を受けている。
そのため、唐さんの芝居作品にはどうしてもあの頃の、
卑俗なものを聖なるものに転換させる、
リリカルでスケールの大きい幻想ロマンを求めてしまい、
唐組以降の作品にはイマイチ魅力を感じてこなかった。
けれどもこの「泥人魚」という作品には、
状況劇場時代の作品とは全く異なる魅力があった。
●諫早湾「ギロチン堤防」から生まれた物語
モチーフになっているのは、
「ギロチン堤防」という呼称が衝撃的だった
1997年の長崎県諫早湾干拓事業問題。
湾と干拓地を遮断する293枚の鉄の板(潮受け堤防)が
すごいスピードで次々と海に落とされていく
ギロチンシーンはかなりのインパクトがあり、
人々の関心も高かった。
(テレビのニュースなどで放送された)。
これはもともと戦後間もない頃に農地を増やすため、
国が計画した干拓事業、いわば国家プロジェクトだ。
これによって、かつて「豊饒の海」と言われた
諫早湾の環境は一変して、漁獲量は激減。
漁業者と農業者との対立をはじめ、
損得を巡って地域住民の深刻な分裂が起こり、
20年あまりにおよぶ長い裁判になった。
●ドキュメンタリーを重視した劇作
唐さんはその裁判が始まった2002年9月に
諫早湾まで取材に行き、自分の目で現地の海を見て、
この戯曲を書いた。
その経緯は、新潮社から出版されている戯曲のあとがきに、
また今回の観劇プログラム掲載の、
演出・久保井研氏のコラムに書かれている。
ちなみにこの久保井氏のコラムは、
唐組における劇作活動の様子が垣間見えて興味深い。
唐さんは、状況劇場の時代は自分が生まれ育った、
終戦直後の東京の下町の風俗や人々の暮らしと、
思春期から学生時代の文学・芸術体験をベースに、
60年代・70年代の世情を取り入れて
独自の劇世界を構築していた。
しかし、1988年に始まった唐組時代の作品では、
その時代ごとにクローズアップされる
現実の社会問題に材を取り、
いわばドキュメンタリー的な要素に重きを置いて
みずからの劇世界を継続・進化させていったようだ。
とはいっても、舞台に上る成果物は、
やはり常人には真似できない
妄想ワールドであり、イメージコラージュである。
「ギロチン堤防」という現実の材料から、
人魚姫、天草四郎、ハリーポッター
(2002年当時大ブームだった)など、
次々と出てくる連想がキャラになり、セリフになり、
アクションになり、劇世界をかたち作る。
あとは観客がどこまで想像力を駆使して
それについていけるかだ。
●もののけ姫と泥人魚
これはもちろん、紅テントで上演することを前提に
書かれた作品だが、普通の劇場でやっても、
あるいは映画や映像+詩みたいな作品にしても
面白いのではないかと思った。
もちろん、その場合はアレンジが必要だと思うが、
人々がネットの世界など、より現実と乖離した人工環境に
(精神的に)移り住み始めたこの時代、
海・地と人の日々の暮らしとが
緊密に繋がっていた時代の記憶を綴るこの物語は、
ある種の普遍性を孕んでいるのだ。
ちなみにいっしょに見た息子の感想は
「要するに『もののけ姫』だよね」。
うん、その通りとは言わないけど、そう遠くはない。
若い世代の感想としては面白いと思う。
みんな気にしているテーマなのだ。
終幕、ブリキの鱗を作り続ける男の口から
最後にこぼれ落ちるセリフ、
そしてお決まり通り、テントの背景が開いて
劇世界と現実の風景とが溶け合うラストシーンは、
やはり状況時代と変わることなく、
卑俗なるものを聖なるものに変え得る、
唐作品独自の力と美しさに溢れている。
めっちゃ美女なのに、めっちゃ邪悪。
どうせいつか死ぬのなら、
そういう女に溺れて死にたい。
――というのは男子なら一生に一度は見る夢。
(そんなことない?おれだけ?)
そんな妄想を広げていたら
頭のどこかから
「きれいはきたない、きたないはきれい」
というセリフが響いてきた。
ご存知、シェイクスピア劇「マクベス」の
オープニングに登場する魔女のセリフ。
久しぶりに「マクベス」を読みたくなったが、
手元にないので、YouTubeを覗いてみたら、
朗読劇がアップされていた。
「劇団ホシ灯り」という所はまったく知らなかったが、
聴いてみるとなかなか気持ちよく聴ける。
手だけ動かしていれば進められる
単純な仕事ならBGMとしても利用できる。
改めてシェイクスピアの劇は素晴らしいと思うとともに、
余計なビジュアルがない分、
ストレートにセリフが伝わってくるのもいい。
もちろん、マクベスのストーリーを知っているからだが、
脚色も朗読劇用にかなり圧縮して
上手く作っていると思う。
シェイクスピア劇の面白さを
従来とは違う角度から味わえる気がする。
気になって「劇団ホシ灯り」を調べてみたら、
どうもこの脚色・監督の女性がひとりで
やっているらしい。
劇団ひとり?
役者はそのプロジェクトごとに集めてくるのだろうか?
いずれにしてもなかなか面白いので、
他のも聴いてみようと思う。
先日、川沿いの公園で体長1メートル強、
体重は20キロ弱ありそうな秋田犬を散歩させている
高校生か大学生と思しき男の子に遇った。
ところがその犬、疲れたのか、
その場所が気に入ったのか、
あるいはご機嫌を損ねたのか、
途中で道の真ん中に座り込んで動かなくなった。
「おい、どうした?行くぞ、行こうよ」と、
彼が何度もなだめすかそうとも、
ハーネスのリードを引っ張ろうとも、
泰然自若としていて、
とうとうその場で寝そべり始めた。
「某は動きたくないでござる」という感じ。
歩き方や全体の雰囲気からして、
シニアっぽい犬だったので、
ゆうに10歳は超えていると推察する。
ということは彼が子犬だったころ、
今連れて歩いている若僧はまだ小学校の低学年。
親からはもちろん子ども扱いだ。
犬は上下関係に厳しい。
家のなかで息子は最低の地位。
彼がまだチビの間に犬はおとなになり、
自分はこいつより地位が上だと思っている。
息子が大きくなって、だんだん両親と対等になっても、
犬の意識は「おれは上、あいつは下」のままだろう。
だから坐りこんで
「なんで某が下っぱの貴君の言うことを
聞かねばならぬのか」となる。
困った彼はしたかたなくその犬を抱きかかえて
歩き出した。
とはいえ、20キロ近くあろう大型犬なので
そのまま家に帰るのは大変だっただろう。
それにしても、もし何らかの事情で、
それまでの主人である父や母が家からいなくなり、
息子(あるいは娘)と犬だけの暮らしになったら、
二者の関係はどうなるのだろうか?
犬の意識は「これからはおれは下、あいつが上」
に変わったりするのだろうか?
あるいは若殿(姫君)と
年長の家来みたいになったりするのだろうか?
飼い主さんで、もし知っている人がいたら
教えてください。
YouTubeで状況劇場の音源が上がっていたので、
思わず聴いてしまった。
1975年秋の公演「糸姫」の千秋楽の舞台。
じつはこの「糸姫」は僕らが演劇学校で上演した
唐作品の一つ(1979年7月)である。
紡績工場の女工と、
労働の価値を考える
しがないサンドイッチマンの男を中心に、
怪しい整形外科病院、
アドルフ・ヒトラーを狂信する院長、
紡績会社の跡取りのバカ息子、
そして、整形手術に失敗した女たちが
リボンの騎士となって登場。
地獄の天使ヘルスエンジェルスの
バイクまでが舞台を走りまわる
恐るべき妄想コラージュ。
とは言え、ちゃんと筋の通った物語になっていて、
2時間観客をくぎ付けにするのが、
唐十郎作品のすごいところ。
脚本(戯曲)はもちろん読んでいるが、
こんなライブ音源を聴くのは初めて。
かなりぶった切られていて、
たぶん半分強の尺になっているが、
見せどころ(聴かせどころ)はちゃんと抑えている。
それに相当良い席で録音したらしく、
50年近く前の録音と思えないほど音質が良い。
主役の絵馬(エマ)は李麗仙。
相手役の価(アタイ)は根津甚八。
二人ともめっちゃカッコよくて
改めてしびれて聞き惚れてしまった。
あまりに生き生きしているので、
どちらもこの世を去って久しいなんて信じられない。
唐さんが作る独特のリズムのセリフの群れは
美しい音楽のようだ。
また、最後に挨拶する唐さんの声が若々しく、
いたって“まともな人”のように聞こえるのが
なんだか面白い。
そして当時の観客の熱狂的な雰囲気も
きちんと記録されている。
ポスターは“ゲージツ家”篠原勝之。
唐十郎ワールドはインスピレーションを
いたく刺激するらしく、
横尾忠則以降、多くの美術家がポスター、チラシの
デザインを担当し、
その魅力的な絵も状況劇場の人気の一要素だった。
どうやら最近、これらのポスターは美術品扱いで、
ネット上でかなり高値で取引されているらしい。
また、クマさんこと篠原勝之氏は、
この戯曲を原作として同名の漫画本を出している。
「糸姫」とまた出会えて、とても嬉しい。
小惑星が地球に落ちてくる。
激突すれば人類滅亡は必至。
それを回避するには小惑星の真ん中に
核爆弾をぶちこみ、破壊するしかない。
そのミッションを担ったのは、
石油採掘会社の、ろくでなしだが愛すべき男たち。
地球を、人類を、愛する人たちを救うために
男たちは悲壮な覚悟を持って宇宙空間に旅立った・・・
1998年公開のアメリカ映画「アルマゲドン」は
20世紀カルチャーてんこ盛りの、
ハリウッド映画のお手本のような作品だ。
エアロスミスが歌うドラマチックな主題歌
「ミス・ユー・シンク」も泣かせる。
このPVを見れば5分で
2時間の映画を見た気分になれる。
この手の20世紀映画で人類の危機を救うのは
みんなアメリカ人だ。
アメリカで作っているのだから当たり前だが、
やはり日本人や他国の人たちでは、
なかなかこうした地球大・宇宙大のスケールで
愛と正義と救済の物語は描けないのではないかと思う。
なぜかといえば20世紀、
現実の世界でアメリカが
「世界の警察」の役割を担っていたからだ。
それはアメリカがイギリスと共に
19世紀・20世紀の世界を形づくった責任から――
と言えなくもないのではないかと思う。
その役割がおかしくなり、やがて放棄するに至ったのは、
2001年の9・11同時多発テロがきっかけだった。
あのあたりからだんだんアメリカの関心は内へ向かい、
自分たちさえよければ他はどうでもいいや、
というふうに変わってきたのではないか。
日本人をはじめ、どの国の人たちもみんなそうだが。
「世界の警察」という意識には独善的な面が多々あり、
困った問題もたくさん引き起こしたが、
それでもやはり広く見れば、
アメリカのが言う“正義”によって
世界はバランスを保ってこられた。
今起こっているロシアとウクライナとの戦争、
イスラエルとハマスとの戦争は、
やはりアメリカが警察の役目を放棄したことが
大きな要因の一つになっているような気がしてならない。
21世紀になって、地球を救う者・人類を救う者は
いなくなってしまった。
「アルマゲドン」が旧態然としたハリウッドの
おめでたい予定調和映画と批判するのは簡単だが、
もう一度、未来のために
誰がどうやって地球を・人類を救えるのか考えてみたい。
長年書き続けた理由を尋ねると
「分からないことに立ち向かうためです」と言い切った。
一昨日、亡くなった唐十郎さんが
記者に向かって言ったセリフ。
カッコいい。
わかっているから書く、のではなく、
わからないことを自分に問い、文字にする。
わからないから書き続ける、創作し続ける。
すると脳の奥深くにある泉から物語が湧き出てくる。
また、別の記事では、
「僕は書きながら考えていくんです。
テーマ、モチーフを決めないで、
1点だけ入り口を見つけて、あとはペンが走るまま」。
天才だからそうやってできたのだ、
と言えばそれまでだが、
作品のレベルは違えど、
僕にもそういうふうに書けることがある。
誰でも自分の中に表現するための水脈を持っている。
要は掘り進める勇気と技術があるかだ。
どこをどう掘れば水脈に当たるか。
唐さんは熟知していたのだろう。
その脳の奥にある泉は広く、深く、
自分を掘りまくって膨大な作品を残した。
芥川賞をはじめ、数々の文学賞を獲りまくったが、
小説もエッセイも映画もテレビも
唐さんにとってはオマケみたいなもの。
メインの仕事、主戦場は、
あくまで自分が主宰する紅テントの芝居—ー
状況劇場・唐組で上演する戯曲であり、
演出であり、出演で、
最後までいっさいブレることはなかった。
大学教授などもやったが、それも人生の付録みたなもの。
自分では教授役を演じている、
といった意識だったのではないだろうか。
華やかな場所や国際的な名声にも興味がなかったようで、
とにかく死ぬまで芝居をやり続けられられれば満足、
幸せだったのだと思う。
唐さんの訃報を聴いた後、
どうも落ち着かず、仕事も進まない。
きょうは少し昼寝をしたら、
状況劇場の芝居を観に行ったときの夢を見てしまった。
年内に唐作品のオマージュのようなものを書きたい。
山田詠美はよくも悪しくも
デビュー作「ベッドタイム・アイズ」や
直木賞受賞作「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」が鮮烈過ぎた。
そのせいで黒人との恋愛・セックスを描く
女性作家という、偏見に満ちた、
スキャンダラスなイメージがついてしまったようだ。
白人にぶら下がる女はいいが、
黒人に寄っていく女はふしだら――
彼女が若い世代の作家として活躍した
1980年代から90年代はまだまだ
そうした“名誉白人”的な偏見・差別が
日本人の心の奥でとぐろを巻いていた時代だ。
僕はその後に出された「風葬の教室」
「晩年の子ども」など、
子どもを主人公にした物語が好きで、
山田詠美に対してはその側面の評価もけっこう髙いはず。
けれども、世間的にはやはり
「ベッドタイム・アイズ」のイメージが
べったり貼りついたまま、
ここまで来てしまったのではないかと思う。
それでも山田詠美は偏見的なレッテルなど
自らはがせる優れた作家で、
とてもバラエティ豊かな物語を描ける人だ。
コミカルなものからメルヘン、家庭劇、恋愛劇、
ちょっとセクシーなもの、SFチックなものまで、
21の短編からなるこの本は
そんな彼女の魅力を詰めこんだ、
詠美ワールドの入門編としておすすめ。
その中の一編「GIと遊んだ話(2)」を読んだら、
デルフォニックスの
「ラ・ラ・ミーンズ・アイ・ラブ・ユー」が
聴きたくなった。
いろんなミュージシャンがカバーしているが、
これがオリジナル。
クールで短い物語の中から
音楽が流れ出してくる筆致の素晴らしさ。
ぜひ味わってみて下さい。
フランシス・ハーディングという
イギリスのファンタジー作家の作品。
テーマはズバリ「呪い」。
舞台は架空の国で、イメージとしては中世ヨーロッパ。
主人公は呪いの「ほどき屋」の少年と、
呪いをかけられた少女。
この世界には呪いをかける「呪い人」がいて、
それを束ね、利用しようとする悪のボスが登場する。
呪いをかけられた人は動物などに変身したり、
この世界に生息する奇妙なクリーチャーが
いろいろ出てきたりして、
全体の印象は、そこはかとなく
「ハリーポッター」を想起させる。
僕が面白いなと思ったのは、
そうしたファンタジックなストーリー展開や
冒険劇、敵とのバトルよりも、
「呪い」というテーマそのもの。
中世風ファンタジーの衣をまとったこの物語で
扱われる「呪い」は古典的な感じではなく、
ひどく現代的で、僕たちが身に覚えのあるものだ。
家族間や仲間同士の支配・被支配、
夫婦間のDV、子どもへの虐待、親への憎しみ、
そして幸福な(と映る)人に対する妬み・嫉み。
もちろん古今東西、呪いというものは、
人間の性のようなものだが、
読みながらこれはほとんど
今の日本の状況ではないかと思えた。
もし、この物語の「呪い人」のような
力を持ってしまったら、
それを行使する人はきっと後を絶たないだろう。
そして、この呪いの力はある種、最強のサイコ兵器で、
悪意を持って利用しようとする輩が
大勢出てくるに違いない。
呪われる側はもちろん、呪わずにいられない人、
そしてこんな力を持ってしまった人たちの
悲しさが胸に残る。
文中に「呪いの卵」という表現があるが、
情報化・格差・競争・・・そんな社会で日々を送るうちに、
僕らは知らぬ間に自分の中に
「呪いの卵」を孕んでしまっている。
現代は誰もが表向き善良な市民である同時に、
怖ろしい「呪い人」の予備軍でもあるのだ。
陰惨で悲劇的な部分も多いが、
ファンタジー物語としてはけっこう華があるので、
映画化すると面白いのではないかと思う。
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もくじ
1 地球人の母になる
2 星のおじいさま
3 UFOに出逢ったお母さん
4 ラブリーな親友
5 恋文と宇宙の夢
6 令和終活コーポレーション
7 記念碑ツアー
8 レトロ喫茶と未来の記憶
9 取り調べ
10 里山の合宿でUFOと出逢う
11 UFO同窓会のレポート
12 奇妙な家族だんらん
13 競馬場でのドラマ
14 絶交
15 星のおじいさまの息子
16 いつか見た虹のこと
17 UFOからのメッセージ
18 天国への扉
19 魔法のアイドル誕生
20 ありがとう友だち
21 いつか家族に
春休み、夏休み、冬休み。
子どもは長い休みに成長する。
宿題のない春休みは勉強なんか忘れて、
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どうぞお楽しみに!
平成後半、何度もオワコンだと言われ、
アメリカに売り飛ばされていたゴジラがまさかの再生。
そして驚愕のアカデミー賞受賞。
その「ゴジラ-1.0」と、
作品賞をはじめ、各賞を総ナメにした
「オッペンハイマー」が同じ年に受賞したことには
何か因縁を感じるが、
あまりそんなことを考えている人はいないのかな?
以前も書いたが、昭和20年代を舞台にした
「ゴジラ-1.0」が
原爆投下や敗戦の傷跡をあまり感じさせなかったことに
けっこう違和感を覚えた。
もしやアメリカ市場に忖度してる?とも考えた。
今回の受賞で、ゴジラが水爆実験から生まれた怪物だという
オリジナル設定は忘却されてしまうのではないか?
そんな懸念もある。
もう一つ、今回称賛され、
たぶん受賞の一要因になったのは、
アメリカ・ハリウッドでは考えられない
低予算・少人数による制作体制。
どちらもケタ違いに安くて少ない。
これはもう日本映画のお家芸みたいなもので、
映画が量産されていた1950年代・60年代、
黒澤明や小津安二郎が活躍していた時代は、
コスパ、タイパに徹底的にこだわり、
1週間で1本とか、1か月で3本とかをあげるのは
ザラだったという。
巨大な予算と膨大な人数で映画作りを行い、
働く人たちの権利意識が強く、組合も強力で、
頻繁にデモやストライキなどをやる
ハリウッドでは到底考えられない作り方・働き方なのだ。
これもまた、資本・経営者に対する
日本の労働者の立場の弱さを表している。
と言ったら言い過ぎ?
もちろん、条件が悪い中で工夫して知恵を絞ることに
イノベーションが生まれるので、
いいことでもあるんだけど。
ただ、この働き方改革の時代に、
スタッフの健康やプライベートは大丈夫かとか、
それなりの額のギャラが
ちゃんと払われているだろうかとか、
会社の言いなりになっていないかとか、
ついついよけいなことを考えてしまう。
映画をはじめ、クリエイティブの現場は
労働基準法なんてあってなきもの、
みんな好きで、愛を込めて仕事やっているんだから、
夜中までかかろうが、休みがゼロだろうが文句なんかない。
といった世界だったはず。
気持ちがノッて、クリエイティブ魂が全開になって、
現場のテンションがグワーって盛り上がってきたところで、
「はい、6時になったんで今日はここでおしまい」
なんて言われたらドッチラケ。
昔の監督だったら「ふざけんな!」と怒鳴りまくるだろう。
と、僕は認識しているが、最近はそうした環境も
変わってきているのだろうか?
なんだかせっかくの受賞に
ケチをつけるようなことを書いたけど、
やっぱりこれは画期的な出来事。
ハリウッドの映画製作にも何か影響を与えるのだろうか?
ちょっと楽しみではある。
最近はどうだか知らないが、
僕が子どもの頃、よく読んだマンガでは
作者自身がしばしば作品のなかに出てきた。
おそらく手塚治虫先生がその草分けだろう。
「バンパイヤ」では完全に登場人物のひとりとなって、
物語のなかで大活躍していた。
その他、石ノ森章太郎、永井豪などの
セルフキャラも印象的で、
土田よしこなどは、ほとんど自分を主人公にした
「よしこ先生」なんてマンガを描いていた。
鳥山明先生の自画像「ロボットリヤマ」も大好きだった。
僕は「ドラゴンボール」のことはあまり知らなくて、
好きだったのは「ドクタースランプ」の方だった。
ちなみに「ロボットリヤマ」とは
当時、僕とごく一部の友人がそう呼んでいただけで、
公式なキャラ名などではない。
デビュー当時、「ドクタースランプ」の絵は衝撃的で、
お洒落なのにめっちゃギャグ漫画しているところ、
そしてアラレちゃんをはじめとするキャラが
可愛くて弾けているところは、
それまでのマンガにない、新鮮な世界だった。
鳥山先生は名古屋出身、僕も名古屋なので、
ニコちゃん大王をはじめ、
ブロークンな名古屋弁をしゃべるキャラが
いろいろ出てくるのも面白くて親しみを覚えた。
ペンギン村には作者自身もやってきて、
しばしば登場していた。
最初の頃は人間の姿で出ていたが、
すぐに自己改造して「ロボットリヤマ」になり、
ペンギン村に移住した。
鉄を食べちゃうガッちゃんによく食われて、
半壊状態になっちゃうのには、いつも笑わせてもらった。
人気が爆発し、仕事が忙しくなり、
自分がマンガ生成マシーンのように思えて
ロボット化したのだろうか。
でも、みんなに喜んでもらうマンガを描き続ける
ロボットの自分をとても楽しみ、愛していたのだと思う。
どうかごゆっくりお休みください。
「僕が64歳になっても、きみは僕を愛してくれるかい?
と歌うのは、ビートルズの
「ホウェン・アイム・シックスティー・フォー」。
この歌が出された1967年頃は
64歳がイギリス人の平均寿命だったらしい。
同じころの日本人の寿命はもっと短かったと思う。
自分もその齢になって、ちょっとドキドキしている。
齢を取っていいことは、経験したどの年齢にも
自由自在に往復できること。
なので還暦を超えると時おり中二病が再発する。
中二の時は「中二病」なんて言葉はなかったけど。
おとなみたいに適当にやり過ごすことができなくて、
「生きる」ことに対して一生懸命に考えている中学生
――にたまには戻ってみてもいい。
そうしてこの先のことを考えてみる。
わたしは、あなたはどう生きたいのか?
そんな思いがあって出来上がった話。
おりべまこと電子書籍最新刊
今はまだ地球がふるさと
Amazon Kindleより¥600
自分は“宇宙人とのあいのこ”だというリコは、
小学校時代からの親友サーヤとともに
あちこちの葬式を巡り
「故郷の星へ帰っていく人たち」を見て回っては
聖女のごとく祈りを捧げている。
そんなとき、偶然、終活サポートの仕事をしている
中年男・中塚と出会い、彼を介して、
ひとり暮らしでハーモニカ吹きの老人・
小田部と知り合った。
孤独死予備軍の小田部に興味を引かれたリコは
彼に「星のおじいさま」というあだ名をつけ、
食事や掃除の世話をするために家に出入りするようになり、次第に親しさを深めていく。
そんなリコに恋したシンゴが彼女の気を引くために
「きみのためにUFOを呼ぼう」
と言ってアプローチすると、
リコが生きる世界にさまざまな
不思議な現象が起こり始める。
子ども時代を卒業し、
人生の旅に出る支度を始めた少女の、
夢と想像と現実が入り混じった日常生活を描く
青春×終活×謎の空飛ぶ円盤ファンタジー。
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「今はまだ地球がふるさと」
レビューにいつもより時間がかかったので、
もしや中学生の女の子に
セクシーなセリフを言わせたのでNG?
と一瞬心配しましたが、無事出せました。
91,000字の長編小説。
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あらすじ
自分は“宇宙人とのあいのこ”だというリコは、
小学校時代からの親友サーヤとともに
あちこちの葬式を巡り
「故郷の星へ帰っていく人たち」を見て回っては
聖女のごとく祈りを捧げている。
そんなとき、偶然、終活サポートの仕事をしている
中年男・中塚と出会い、彼を介して、
ひとり暮らしでハーモニカ吹きの老人・
小田部と知り合った。
孤独死予備軍の小田部に興味を引かれたリコは
彼に「星のおじいさま」というあだ名をつけ、
食事や掃除の世話をするために
家に出入りするようになり、
次第に親しさを深めていく。
そんなリコに恋したシンゴが
彼女の気を引くために
「きみのためにUFOを呼ぼう」
と言ってアプローチすると、
リコが生きる世界に
さまざまな不思議な現象が起こり始める。
子ども時代を卒業し、
人生の旅に出る支度を始めた少女の、
夢と想像と現実が入り混じった日常生活を描く
青春×終活×謎の空飛ぶ円盤ファンタジー。
もくじ
1 地球人の母になる
2 星のおじいさま
3 UFOに出逢ったお母さん
4 ラブリーな親友
5 恋文と宇宙の夢
6 令和終活コーポレーション
7 記念碑ツアー
8 レトロ喫茶と未来の記憶
9 取り調べ
10 里山の合宿でUFOと出逢う
11 UFO同窓会のレポート
12 奇妙な家族だんらん
13 競馬場でのドラマ
14 絶交
15 星のおじいさまの息子
16 いつか見た虹のこと
17 UFOからのメッセージ
18 天国への扉
19 魔法のアイドル誕生
20 ありがとう友だち
21 いつか家族に
約1カ月半かけてAmazonPrimeで
アニメ「進撃の巨人」全94話を見た。
先月末の途中経過でも書いたが、人間が食われる話なので、
残酷描写がかなりのもので、見続けるのが精神的にきつい。
それに慣れてきた中盤で
かつて仲間と信じていた者同士が「共食い」になるので、
これまたきつくなる。
それでも3分の2くらいのところまでは、
自分たちがなぜ壁に閉じ込められているのか、
その謎を解こう。
そして、この壁の向こうにあるはずの
海を見に行こう、という少年の夢がある。
つまり、そこまではどんなに残酷であっても
希望に満ちた冒険物語になっていて、
夢を達成した少年たちが新たな世界に旅立つ――
といった美しい結末を予感させていた。
ところが話はそんな単純ではない。
問題はそのゴールに達したあとのこと。
人生と同じで当たり前だけど、
僕たちはいつまでも少年少女のままではいられない。
この作品は安易なハッピーエンドで
お茶を濁すようなことはしなかった。
カメラが180度切り替わり、新たな世界に視界が開けると、
そこにはさらに救いのない
残酷で恐ろしい世界が広がっていて、
そこでまた戦わなければいけなくなる。
後半の話はどんどん深く複雑になり、
それまでのいろいろな謎が解けていくのだが、
ますます見るのが辛くなっていった。
そして、そもそもいったい誰が主人公だったんだっけ?
と思わせるようなカオス的な展開になっていく。
それでも向き合わずにはいられない気持ちにさせるのが、
この作品のすごいところ。
壁とは何か?
巨人とは何か?
近代日本、戦後日本社会のメタファーであり、
風刺であるという説がよく聞かれるが、
帝国主義や数々の戦争、難民問題などから形づくられた
現代の人類の世界全体の暗喩であるとも受け取れる。
ラストも決してスカッと終わらず、あれでいいのかという、
気持ちの悪い違和感が腹の中に残った。
まるで「後味の良い感動を残す物語」なんてあざ笑い、
ぶった切るかのようだ。
最後の最後のあのシーン、あのセリフは、
希望や救いと言えるのだろうか?
「進撃の巨人」の世界には
随所にさまざまな意味が込められており、
それをどう読み解き、何を考えるかは
読者・視聴者の向き合い方次第と言えるだろう。
それだけの豊かなものがこの作品には詰まっている。
少し落ち着いたら、
今度は原作のマンガを通読してみようと思っている。
いずれにしてもこの時代に、マンガ・アニメという手法で
こんなすごいドラマを創り上げた作者を
リスペクトせずにはいられない。
おりべまこと Kindle新刊:長編小説
今はまだ地球がふるさと
本日2月25日発売予定でしたが、
残念ながら提出が遅れたため、
まだレビュー中。
楽しみにされていた方、
どうもごめんなさい。
明日までお待ちくださいね。
一方、みずからジャパニーズネッシー捜索隊の総指揮官に就任した国会議員は、隊を北と南、二班に分けて、北海道の屈斜路湖、鹿児島県の池田湖から捜索をスタート。政府公認の研究施設や大学の生物学研究所などから選ばれたスタッフがそれぞれ8名ずつ派遣され、現地調査を行った。マスコミも大挙して押し寄せて大騒ぎをしていたが、こちらもナッシー捜索の子どもたち同様、待てど暮らせどクッシーもイッシ―も現れないので、数日するうちに飽きてきた。
それからしばらく後、とある大臣のスキャンダルが発覚し、政府がマスコミの糾弾を受け、野党が色めき立つと、ジャパニーズネッシー捜索隊もそのとばっちりを受けて国会でやり玉に挙げられた。
いったいあの予算はどこから出ているのか?
国会議員がろくに仕事もしないで、あんなろくでもないことに現を向かしていいのか?
そもそもあの活動が社会的・経済的にどんな意味・どんなメリットがあるのか? など云々。
当の作家議員は抗弁するのに窮してトーンダウンし、何も見つからないまま捜索は打ち切られることになった。結局、ジャパニーズネッシー捜索隊は奈々湖には来ずじまいだったのだ。
村長はマスコミの取材に応じてコメントを残した。
「まことに残念です。ちゃんと捜索すれば、必ずや世紀の大発見になったのに。ナッシーは間違いなかったのですから」
そのコメントはちゃんとそのまま新聞や雑誌に載ったが、それだけだった。そこから何か新しい活動が展開されることはまったくなかった。そして、そんな騒ぎがあったことも遠い昔ばなしになった。いまやこの湖にナッシーの伝説があったことを知っている人さえ少なくなっている。
しかし、世の中には6600万年前に死に絶えた巨大な生き物が、今まだ、この地球上のどこかに生き続けているはずだと信じている人が驚くほど大勢いる。それはもはや願いのようなものだ。
おれたちにはその願いをかなえるミッションがある。
一彦はまじめな顔をして大善に訴えた。
大善はうんうんと頷いたものの、いったい東京で何があったのだろう?と訝った。たしかにいっしょに古文書の捜索などもやったが、彼の記憶の中の一彦は頭の良い秀才タイプで、むしろ周囲の子どもたちよりも一般常識をわきまえている男だった。
中学生になる頃には奈那湖の怪物のことなどすっかり忘れて、勉強と部活のバスケットボールに打ち込んでいた。時々、テレビや雑誌で見たオカルト話で盛り上がることはあったが、それはちょっとしたお楽しみの範疇だった。もうその頃にはみんな、おとなになって社会の常識の中で生きていかなくてはいけないことがわかっていたのだから。
いったい何が一彦を、いわば逆行させてしまったのか、大善にはわからなかったが、人が大勢来て村が賑わうことはいいことだ。そして正直、大善も時おり湖畔を散歩しては、ああ、本当に怪物が出てきて、また大騒ぎが起こればいいのにと考え、朝夕のお務めで仏に向かって祈念していたのである。
そしてもう一人、このナッシープロジェクトに参加したいという人物が現れた。その名も菜々子という。
子どもたちが探しまわった古文書は仏像や古地図が所蔵してある部屋にしまわれていた。住職――大善の父は村長からの連絡を受けてそれを取り出しておいた。
翌日、村長以下、村のお偉方はがん首揃えて麟風寺を訪れ、住職――大善の父に古文書を見せてくれるよう願い入れた。
住職は彼らを客間に通し、とっておきの黄金に輝く法服を着て出迎えた。そして訴えを聞くとまるで時代劇のように大仰な間を取り、両手を合わせて目をつむった。そして読経を始めた。村長らも慌てて手を合わせ、首を垂れる。
一分ほどのち、住職は目を開き、傍に法具の上に用意してあった古文書をしずしずと村長らの前に取りだし、一枚ずつ広げて見せた。ミミズがのたくったような黒々とした文字が黄ばんだ和紙にえんえんと書き綴られている。村長らは食い入るような目つきでその文字の列を追っていたが、何が書いてあるのやら、さっぱり読めない。住職はいつにない厳かな口調でそこに書いてあることを解説した。
そして絵を見せる。どれも子どもの落書きみたいな絵だが、たしかに怪物らしきものが描かれている。
全員が深いため息をつき、客間はしばし沈黙に包まれた。
「これは間違いありませんな」
最初にそう声を発したのは、観光課長の田中だった。
「他の湖にはこれほどの資料はありますまい。動かぬ証拠です。ナッシーは間違いなく、日本のネッシーの一番手です」
「けどなぁ」
そう異議を唱えたのは副村長の山田だった。
「他のところには写真があるんだよ、写真が。ナッシーにはあるのか?」
「たしかありますよ、何枚か」
「なんかコブが水から突き出していたりとか、ぼんやりしてて何だかわからない黒い影が映ってるのしかないだろ。おお、これは恐竜だっていう決定的なやつはないの?」
「そんなの他のところにだってないですよ。みんな似たり寄ったりだ」
そこでけんけんがくがくの議論になり、結局、決め手は写真で、古文書はその付属品に過ぎない、という話になった。住職は憤まんやるかたない思いを抱いたが、とにかく村をあげての大事業だから協力すると約束してその場は収まった。
子どもたちは隣の部屋でふすま越しに耳を澄ませ、この会合の一部始終を聞いていた。胸が湧きたつのを感じた。そして、なんとか自分たちでナッシーの写真を撮ろうと画策し、プロジェクトチームを結成した。
カメラを持っているのは、タカシとユキヒロだ。他には女子の中にもいるかもしれない。そんなわけでタカシがリーダーとなって学校で募集をかけると、全部で十二人が参加した。
プロジェクトはずんずん進んだ。カメラマンと見張り役二人、三人で一チームとし、学校が終わって夕暮れまでの間、交替で奈々湖を見張ることにした。
彼らの空想は限りなく広がった。それまでのほほんとした長閑な佇まいだった奈々湖は、急にミステリアスでオカルト感に満ちた、底なしの不気味な湖に見え始めた。
子どもたちは会議も開いた。たいてい「緊急会議」とか「重要会議」とか「特別会議」とか、ものものしい名前がついていた。そこでは一日二時間くらいでは時間が足りない、という意見が出たが、夏休みになったら一日中見張りをしよう、ということで解決策が決まった。
しかし、そんな盛り上がりは長くは続かなかった。何日見張っても、奈々湖には何も現れない。ときどき水音がするので何かと思って見ると、水鳥が羽根をバタバタさせているだけだったりした。
当初、メンバーは皆、「おれたち、すごいことやってる感」がしていたので、そんなちょっとした異変にも色めき立って面白かったがすぐに飽きた。何回か経つうちに退屈になってきて、だんだんサボるチームも出てきた。
つづく
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ところがそれからしばらく後。村じゅうがひっくり返るような出来事が起こった。
とある国会議員が「日本のネッシーを捜索する」と言い出し、日本各地のネッシー伝説がある湖に捜索隊を送り込んだからだ。
その国会議員はもともとSF作家で、数々のベストセラー作品を発表して世間を賑わせていた。それと同時に「日本は世界で最も地球の歴史を知っている国」とか、「国土には太古の記憶が幾重にも刻まれている」いう自説を展開し、テレビの討論会などにもちょくちょく出演していた。
そして、その人気・知名度を使って参議院選挙に立候補したら、しっかり当選してしまったのだ。政治経験はもちろんゼロ。しかし、歯に衣を着せない物言いは庶民にとって痛快に映り、彼は喝采を浴びて政界に迎えられた。
参議院で何らかの実績を上げたという話は聞かないが、その男がなぜだか恐竜探しをやるというのである。しかし、彼の中では決して荒唐無稽なパフォーマンスではなく、ちゃんと論理だった、国民感情を高揚させるためのストーリーがあった。
「イギリスのごとき老大国の一地方であるスコットランドの田舎がネッシーだけで盛り上がり、年間で世界中から相当数の観光客が訪れるという。わが国にも列島各地の湖に恐竜が生息している可能性があるのだから発掘し、エコノミックアニマルではない、夢とロマンにあふれた日本国を世界にアピールすべきである」
折も折、日本は高度経済成長によって世界有数の豊かな国になりつつあった。円は高騰し、他国の通貨を圧倒する勢いは当分衰えそうにない。カネのことしか考えない成金国家の台頭に、二〇世紀の世界をリードしてきた欧米諸国は苦々しい思いを抱いている。これらの国の各地では日本製品排斥のデモが起こるなど、貿易摩擦も深刻化しており、政府もほったらかしておくわけにはいかなくなった。
そんな時に出された彼のアイデアは、そうした摩擦・軋轢を緩和する潤滑油のようなはたらきができるのではないかと期待されたらしい。それにもちろん観光客が増え、観光収入のアップも目論まれていたのだろう。
あくまでも噂だが、裏では当時の首相も絡んでいたようで、排斥運動を受けた複数の企業がスポンサーとなってこのプロジェクトを動かすことになったという。
その作家議員が公開したリストには、北海道・屈斜路湖のクッシー、山梨県・本栖湖のモッシー、鹿児島県・池田湖のイッシ―などの有名どころに連なって、最後に奈々湖のナッシーの名も挙がっていた。
今まで日本中の誰も聞いたことがなかった村の名前は、この時から突然、全国区になった。このニュースに村人たちが沸き返ったのは言うまでもない。
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今さらだけど「進撃の巨人」のアニメを
アマプラで見ている。
評判は聞いていたが、巨人が人間を食うシーンが怖くて
気持ち悪くて、これまで見ていなかった。
しかし今年になって、意を決して(?)見出したら
めっちゃ面白くてドハマリ。
正月からこの1カ月ほどで、
ほぼ一気見ペースで見まくっている。
それにしても想像以上に残酷シーンが多い。
巨人が人間を食う、巨人が巨人を食う。
人食いシーンのてんこ盛りである。
感想的なものは全部見終わってから書こうと思うが、
一つだけ先に言うと、
この作品において「食べる」という行為は、
三つの意味を持っているように見受けられる。
一つは殺戮・戦争のオマージュ。
巨人は強大な力を持って襲ってくる。
心を持たない兵器・軍隊のように見える。
一つは本能だけで食欲の塊である赤ん坊や子供の暗喩。
知性を持たない、ただ人を食うだけの巨人は
「無垢の巨人」と呼ばれ、
姿形も動きも本能のまま、
無邪気に食物に向かう子供のように描かれる。
そしてもう一つは、
相手の能力を取り込む行為としての「食べる」。
最近は人種差別につながるからか、あまり聞かないが、
僕が子どもの頃には少年雑誌・マンガ誌などに
よく人食い人種の話が載っていた。
今でもそういう習慣を残している種族がいると思うが、
彼らが人を食うのは、
自分にはない敵の能力を取り入れるという意味があり、
一種の宗教的・呪術的な行為であったようだ。
この作品では能力にプラス相手の持つ記憶も
取り込めることになっており、
それがストーリーの大きな鍵になっている。
僕たちもしばしば
「食べたものが自分になる」ということを言う。
ふだんあまり意識しないが考えてみえば、
かなり恐ろしい思想・イメージだ。
太古の人類は地球上のどこでも、
それぞれの種族同士で殺し合い・食い合いをやっていた。
そして殺した敵の(時には仲間の)
人間を食うということは、他のどの動植物よりも優れた
最高の栄養を取り入れることだった。
と、科学的にどうかはともかく、そう信じられていた。
なので、少なくとも精神的には強力な栄養になった。
そうした栄養によって進化してきたのがホモサピエンスだ。
おそらく僕たちの脳のどこかには
そうした太古のホモサピの記憶が残っているのだと思う。
この先、より科学が発達し、社会が発展し、
ライフスタイルが洗練されても、
こうした原初の感覚は残り続けるのではないかと思う。
というわけで「進撃の巨人」は
すさまじいイメージが渦巻く物語であり、
とても優れた人間ドラマであり、
テーマもストーリー展開も素晴らしい作品である。
残酷シーンが大丈夫な人には、ぜひ見て欲しいと思う。
というわけでまだ最後まで辿り着いていないので、
この話はまたこんどするが、
日本のアニメのクオリティはやっぱりすごい。世界一。
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奈々湖に何か得体のしれない化け物が住んでいる——
少なくとも昭和のどこかまでは、
そんな伝説が村には流布していた。
その伝説の源は麟風寺だった。
660年の歴史がある寺だ。
所蔵されている古文書には、
室町時代から江戸時代にかけて、
どのようにこの村が出来上がったのかという記録とともに、
何年かに一度、奈々湖に現れるとされる怪物の目撃談が
いくつも残されていた。
その中にはその怪物の絵が添えられたものまであった。
巨大なワニとか、オドロドロしい魚とか、
エビの化け物のようなものまで、
いろいろバラエティに富んでいる。
とにかく何か得体の知れない生き物がいることは間違いない。
村の年寄りたちは一彦や大善の両親の世代に
そんな話をよく語り聴かせたようだ。
昭和の半ばあたりまで、
こんな山間の村にはろくに娯楽がなかった。
それは一種の夜伽話として代々、
村の子どもたちを楽しませていたのかもしれない。
「バカバカしい」
一彦はすでに亡くなった父の言葉を思い浮かべた。
「非科学的にもほどがある。
あの湖にそんな大きな生き物なんかいるわけねえ。
ちょっと考えればわかることだ。
ホントに田舎者はこれだから困る」
父はいつもそう言っていた。
近郊の少しばかり大きな街の、
世間に少しは名の知れた会社に勤める
サラリーマンだった父は、
自分はこの村のやつらとは違う、
という自負があったのだろう。
一彦らの世代になると、そんな話を信じるなんてバカだ、
という方が優勢だった。
けれどもその一方で、本当だったらいいけどな、
という気持ちもちょっぴりあった。
大善はビミョーな立場に立たされていた。
なんと言っても噂のもとであるお寺の跡取りである。
「あんなデタラメを広げやがって」と、
湖の怪物のせいでいじめられることも少なくなかった。
けれどもこちらもその一方で、
怪物の絵が描かれている古文書を見たい、
見せろと言ってくるやつらも多かった。
彼と仲の良かった一彦も、
もちろんその好奇心を強く抱えた一人だ。
しかし大善自身、父がどこに
その古文書をしまっているのか知らない。
一度、一彦を含め、四人の仲間で
〈捜索隊〉を作り、
大善の父――当時の住職が留守の時に
家のあちこちを探しまわったことがある。
ある日、それがバレて大善は父にこっぴどく叱られ、
それ以降、捜索活動は打ち切りになった。
みんな、ちょっとがっかりしたが
一日でそんなことは忘れてしまった。
しょせん子どもの遊びである。
いつまでも過去のことなどにこだわっちゃいられない。
奈々湖は相変わらず子どもたちの遊び場であり続けた。
ところがそれからしばらく後。
村じゅうがひっくり返るような出来事が起こった。
「ガチか?イッピコ、おまえヤバイんでねぇの?」
川西大善の口からはおよそ僧侶とは思えない
俗っぽいセリフが飛び出す。
「なんで事前に相談しなかったのさ?」
「一度連絡しただろ。けどプーちゃん、忙しそうだったし」
大善は、はたと自らを振り返る。
「そういやそうだった。けっこうテンパってたかもね」
麟風寺の住職になって半年。
大善は先代住職の父から引継ぎで、
なんやかんやとバタバタしていたことを思い起こした。
愛称は「ダイちゃん」でなく「プーちゃん」。
麟風寺のプーから来ているのだが、
そこに彼の持ち味であるのんきな性格も加味されている。
大学を出た後はそれこそプータローとして、
2年ほど外国を放浪していた。
「坊主にはならねえ」が子どもの頃からの口癖だったが、
結局、頭を丸めて修行に出たあと、
実家に戻り、坊主稼業を継ぐことに決めた。
麟風寺は故郷にあるお寺で、
その若い住職は一彦の幼なじみであり親友だった。
「いや、そりゃ帰ってきてくれたのはうれしいけどさ、
せっかく東京でちゃんとした会社に就職したのに・・・」
「もったいないってこと?」
「そう思うでしょ、誰だって」
「おまえが人生相談で言ってることと違うな」
大善はインターネットの「お坊さんに相談しよう」
というサイトで人生相談に応じている。
「プー坊主」というのは彼の売りだ。
「悩んだら自分に正直になりましょう。
心の声を聞きなさい。
好きなことを優先しましょう、とか」
「まあ、そうだけど」
「先のことを考えすぎです。今を生きましょう、
とかなんとか」
「いや、それとこれとはべつで」
「そんなの無責任だろ」
「だってさ、おれはおまえが羨ましかったわけ」
そう言って大善は子ども時代と変わらないまなざしで
一彦を見た。
麟風寺の宗派では頭を剃る戒律はない。
修行を終えて戻ってきてからは普通に髪を伸ばし、
袈裟も着ていないので、大善はまったく僧侶には見えない。
二人は本堂に隣にある住居の一室で話をしている。
ここも二人が子どもだった頃のまま、
ほとんど変わっていない。
「おれは跡取りだからさ、
ここから離れられなかったんだ。
660年の歴史がこう、ずしっとのしかかってな」
大善は重い荷物を背負うようなお道化たしぐさを見せた。
「こう言っちゃなんだけど、
親父はいい時に仏様の世界へ行ったよ。
やれやれ、これからどうすりゃいいのやら」
「ひどい住職がいたもんだな。
そのセリフをお檀家さんたちに聞かせてあげたいよ」
「どうぞお好きに。お檀家さんもめっきり減っちゃってね、
もうお布施も集まらなくて」
二人の故郷はすごい勢いで過疎化が進んでいる。
自然の恵みに溢れた美しい村なのだが、
ここで生まれ育った多くの子どもたちにとっては
そうではない。
それぞれの家はきれいで新しい住宅に建て替えられ、
電化製品が行きわたり、豊かで便利な生活を送っている。
にも関わらず、いまだに昔ながらの差別意識と
おかしな因習が残る閉塞的な暗いムラなのである。
だからみんな成長し、
中学や高校を卒業するとさっさと都会へ出て行ってしまう。
大学に入れば、そのまま大都市圏の会社に就職だ。
そうでなければフリーターをやりながら
自分の好きなことをやったり起業をめざす。
一彦はそれなりの規模の旅行会社に就職したものの、
2年と経たないうちにもう退職と起業を考え出した。
起業して自分の会社を持つという漠然とした夢が
日に日に膨らみ、週末ごとに起業サークルに通い始めた。
最初はいろんな仲間がいて面白かった。
けれども何回か通ううち、じつはみんな、
大して本気じゃないことに気付いた。
口当たりのいい自己啓発書を読み漁ってヴィジョン、
言い換えれば自分に都合の良い“妄想”を膨らませ、
「起業家」「経営者」という名の職業に就こうとしている。
だから何か手っ取り早く稼げる仕事はないか。
あわよくばその稼ぎを投資に回して
資産を作って早期リタイアできないか――
そんなことばかり考えて、
いわゆるビジネスチャンスを探しまわっている。
何よりも彼らには、仕事に対する愛情が
決定的に欠落していた。
市場のニーズと言えば聞こえがいいが、
今、儲かりそうならどんな仕事でいい。
効率よくやって効率よく金を稼ぐ。
それで成功している人を見ると、
自分にもたやすくできそうな気がしてくる。
しかし、そうなるためにはやはり特別な才能がいるのだ
ということにも気がついた。
仕事に対する愛情の欠落――
つまり好きなこと、やりたいことがないことは
自分もまったく同じだった。
一彦は割と器用で、
何をやってもだいたいのことはうまくできた。
人間関係もどう立ち居ふるまえばいいか
頭が素早く回転した。
女にだってそこそこモテる。
傍目にはわりかし優秀な人間・スマートな男と
映っているはずだ。
しかしそれだけだ。
その分、がんばってやり抜きたいと思うことは何もない。
この女のためなら何でもすると思うこともない。
すべてそこそこで、ほどほどで、
このままいけば平均的な日本人はこうあるべき、
みたいな人生を歩めるだろう。
人は彼を見て、これこそ幸福と思い、
中には羨む人もいるかもしれない。
だけど、それが何なんだ?
うすっぺらいペラペラな人生。
彼の胸にはぽっかりと大きな穴が開いていた。
起業サークルに通って学べば学ぶほど、
その穴はどんどん大きくなっていった。
それは怖ろしいことだった。
この先、何十年も続く人生を
いったいどうやって生きていけばいいのか
見当がつかなかった。
マイケルのサイトに出会ったのはちょうどそんな時だった。
特に恐竜が大好きというわけでもなかったが、
彼のサイトを目にするうち、
からからに乾いた心が潤い、
みるみる小さなオアシスが育っていく。
しだいに心の中に夢が芽生えた。
自分の故郷で、現代の恐竜伝説を創る。
それによって旅行客を呼び寄せ、新たな観光名所にする。
おれみたいな人間が、どうしてそんな荒唐無稽な話、
幼稚な妄想をマジになって考えているんだ?
最初のうち、自分が自分を信じられなかった。
しかし、これはただの夢物語ではない。
なぜなら根拠がゼロではないからだ。
つづく
辰年ということで郷竜(きょうりゅう)小説スタート。
随時連載。
★パート1.マイケル・オーネストの遺言 その2
自称・スコットランド観光大使の還暦バックパッカー
マイケル・オーネストは、
スコッチウィスキーではなく、
日本のグレープフルーツサワーを飲みながら
椎名一彦相手に新宿の居酒屋でくだをまく。
「とにかくネス湖を世界遺産にしたいんだ」
彼は故郷に帰ったら、その運動に携わるという。
インヴァネスという
ネス湖観光の拠点として知られる街が彼の故郷だ。
街の中にはネス川という川が流れている。
彼はその流れを眺めて育ち、
夕日に照らし出された
川の景色の美しさを何度も語って聞かせた。
ついでにベッド・アンド・ブレックファーストを
経営していた家の娘との初恋のことも。
「アマンダは可愛かった。
白いエプロンがよく似合ってね。
ベーコンと目玉焼きを作るのが得意だったんだ。
そんなの、誰にだってできると思うだろ。
だけど、目玉焼きをきれいに
程よい加減で焼くのは思ったより難しい。
お皿に移す時に
黄身を崩さないようにするのにコツがいるんだ。
かといって黄身を固くしてしまったらおいしくない」
そんな話をしているときに、
つまみに頼んだベーコンポテトが出てきた。
マイケルは「オー!」と声を上げて
好物に飛びつき、初恋の話は
それであっけなくフェードアウトした。
一彦はインヴァネスの
ベッド・アンド・ブレックファーストで
白いエプロンを着た金髪の娘に給仕され、
ベーコンエッグの朝食を食べている自分の姿を想像した。
窓越しに鳥の声、そして川のせせらぎが聞こえてくる。
その川、ネス川はネス湖に流れ込んでいる。
それはまた、マイケルのイメージの中では
スコットランド独立というヴィジョンにも
繋がる流れでもあった。
「必ず実現してみせるよ」
彼の人生には二つの目標があるという。
ネス湖の世界遺産登録。
スコットランドの独立。
その二つがどこでどうつながるのか、よくわからない。
ところが彼はその疑問に対する答えも
ちゃんと用意しているのだ。
「ネス湖は有名ではあるが、どこの国にあるのか、
ちゃんと知らない人が世界には圧倒的に多い。
スコットランドは今、君たち日本人が言うイギリス、
すなわち、グレートブリテン、
またの名をユナイテッド・キングダム、
の一地域ということになっている。
けれどもネス湖はイギリスにある湖、
とは誰も言わないだろ?」
そう言われてみればそうかなと一彦は思った。
たしかにビッグベンやウェストミンスター寺院、
あるいはストーンヘンジやシェイクスピアの村、
ピーターラビットの村と同じように
ネス湖を「イギリスの名所」
だと思っている人は少ない気がする。
多くの日本人にとってスコットランドのイメージは
何といってもネス湖。
あとは古都エジンバラ(こちらの街並みは世界遺産)とか、
タータンチェックにバグパイプといったところか。
「だから僕はこの二つをできるだけ
同時期に実現することに意義があると思っている」
マイケル・オーネストは自分のサイト
「マイケルのローストネッシーがうまいケル」で
ネッシーの話題を提供している。
一彦はそれを見つけて彼と友だちになったのだ。
日本語版は奥さんが翻訳をやっていたが、
どうやらその表現のしかたを巡って
ケンカになったことが離婚の原因だったようだ。
男の夢は離婚も辞さない。
それくらいマイケルは
ネス湖とネッシーについて本気だった。
その熱意に一彦は心動かされた。
東京でサラリーマンをやっていた
彼の脳裏に故郷の奈々湖の景色、
そして幼い頃に一度だけ見た
あの怪物の姿がよみがえった。
ほんの一瞬だけ、目の当たりにした
天に向かって伸びる長い首。
あれはたしかに太古の恐竜だった。
6600万年前に絶滅した、
かつてこの地球を支配していた巨大生物。
妄想にかられた彼の耳にはその咆哮さえも轟いた。
何度かマイケルと会って話を聞くうち、
一彦の心はしだいに固まっていった。
いま務めている会社を辞め、
故郷に戻って観光事業をやる。
その夜――彼はその決意を
マイケルに打ち明けた。
彼は一瞬、大きく目を見開き、
「オー!」と声を上げて両手を広げ、
やたらと芝居掛かったリアクションをした。
そして一彦の肩をがっちりとつかみ、
「マイフレンド」と感嘆のセリフを漏らした。
目には涙さえあふれ、ツーと頬を伝った。
シェイクスピアの芝居でこういう人物がいたかもしれない。
「それならば君も言うべきだ。ナナコを見て死ね、と」
人生は短い。
僕たちはこの世界のほんのわずかな部分しか、
見ることも触れることもできない。
だから人々に問うべきなのだ。
あなたにとって大切なものは何か?
自分に正直になってそれを確かめなさい。
そして明日死ぬ前に
それをしっかり見ておきなさい、と。
そう言い残して、
マイケル・オーネストはイギリスに、
いや、スコットランドに旅立って行った。
辰年ということで郷竜(きょうりゅう)小説スタート。
随時連載します。
★パート1.マイケル・オーネストの遺言
「ネス湖を見て死ね」
マイケル・オーネストはそう言った。
まだ見たことはないが、
椎名一彦は霧に包まれたネス湖を頭に思い浮かべた。
同時に頭の半分には明るい太陽の光に照らされた
奈々湖の風景が浮かび上がった。
神秘性、何か出そうな雰囲気という点では
まったく比較にならない。
奈々湖はあまりにも長閑で緊張感に欠けている。
けれども確信しなくてはならない。
ネス湖にネッシーがいるように、
おれの故郷の奈々湖にだって〈ナッシー〉がいるのだ、と。
マイケル・オーネストは
スコットランドの観光大使を自称している。
あくまで“自称”だ。
実際はただのバックパッカーに過ぎない。
若い頃からバックパックを背負って
世界をほっつき歩いてきたが、
60歳になった今、祖国に帰ると言う。
日本が気に入って住みつき、12年暮らした。
結婚もしていたが奥さんとは昨年離婚したという。
彼が言うには奥さんはかなりエキセントリックな性格で、
とてもいっしょに暮らしていけなかったと言っている。
そういう本人も相当エキセントリックだが。
いずれにしてもそんなわけで本人曰く、
「日本はの長い世界漫遊の最後の地になる“かもしれない”」
「“かもしれない”って、
また帰ってくるかもしれないってこと?」
そう一彦が聞くと、
「未来のことは誰にも分らないからね」
マイケルは答える。
「だけど自分自身のことでしょう」
二人が飲んでいる新宿三丁目の居酒屋〈下町伯爵〉には
1960年代から70年代のポップスや映画音楽が流れている。
「自分のことだってわからない。
今の自分と未来の自分は違うから」
そう言ってマイケルは自分の頭を指さした。
「この脳は三日後には違う脳になってるよ」
笑って大好物のグレープフルーツサワーを
グイッとあおった。
スコットランドの観光大使を名乗っている割に、
スコッチウィスキーを飲んでいるところは見たことがない。
つづく
「シン・ゴジラを超えた」と評価の高い
「ゴジラ-1.0」を見た。
時代設定が太平洋戦争末期から戦後間もない、
80年近く前の日本。
ここまで時間を戻してしまうということは、
ゴジラ映画のリセットを意図しているのか?
前作 庵野監督の「シン・ゴジラ」もそうだったが、
それとは真逆のベクトルのリセットだ。
以下、ネタバレありで。
戦争直後の東京の再現ということで
昭和レトロ世界構築の実績を持つ
「ALWAYS 三丁目の夕日」の山崎監督が出陣。
街の風景・環境の作り込みなどはよくできているが、
ストーリーが「ALWAYS」と違って、
シリアスでスケールが大きいせいもあり、
この時代の雰囲気づくりにはイマイチ感が漂う。
僕が時おり、
古い日本映画を見ているせいもあるのだろうけど、
そもそも俳優さんの顔つき・体つきが、
あの時代を生きていた人と現代を生きる人とでは、
同じ日本人でもずいぶん違うと感じる。
これはもうどうしようもない。
食い物もライフスタイルも80年前とはまったく違うのだから。
そこに難癖をつけるつもりはない。
しかし、補完する工夫はもっと必要ではないかと思う。
東京のど真ん中にゴジラが上陸して、
死傷者3万人という大惨事が起こったのに、
日本政府も、当時統治していたGHQも
まったく対策に関与しないのは、
どう考えても解せない。
元軍人たちの民間組織に丸投げするっていう設定は
無理があり過ぎだ。
「シン・ゴジラ」では政府の対ゴジラを描いたので、
今回はそれを避けたというのはわかるし、
台詞の中でもなぜ日本政府も米軍も出てこないかの説明は
一応ある。
けれども少しは政府高官なり、GHQの将校なりとの
やりとりのシーンが出てこないと
リアリティ不足は否めない。
もう一つ、ストーリーで不服だったのが、
主人公・敷島(神木隆之介)の描き方。
彼はもともと特攻隊員だが、冒頭シーン、
その任務から逃げて修理班のいる島に不時着し、
そこでまだ水爆実験の影響を受ける前のゴジラに遭遇する。
飛行機の機銃でゴジラを撃とうとするができず、
結果、修理班の人たちを見殺しにしてしまう。
なぜ敷島は特攻隊の任務から逃げたのか?
なぜ危機的状況でも機銃を撃てなかったのか?
何か重要なトラウマがあるのだろうと思ってみていたが、
どれだけ話が進んでもその説明は一切ない。
なので戦後、典子(浜辺美波)と出逢って
いっしょに暮らし始めてからも
イマイチ彼に感情移入できず、ドラマに深みが出ないのだ。
典子は戦災のせいで
自分の子ではない子供を育てることになったという設定。
それ自体は戦後の混乱を表現する要素で良いと思うが、
それだけで深掘りしていないので、
イマイチ設定が生きていない。
現代の日本人への
大事なメッセージを含んでいる気もするだけに
非常にもったいないなと感じる。
映像技術だけでなく、人間ドラマの部分も
高く評価されていると聞いていたので
期待していただけに、
こうした人物造形の粗さ・ドラマ作りの甘さが
よけい気になってしまった。
もっと丁寧に描いていたら
すごくクオリティアップしたのになー
と思うと、残念でならない。
ただ、僕にとっては欠陥に思えるそうした部分が
この映画をシンプルでわかりやすいものにしているので
アメリカでも受けているのかな、とも思う。
確かにこの脚本は、主人公が
「自分にとっての戦争」を終わらせるという
ゴールに向かって
様々な困難を克服していくという、
ハリウッドの黄金律に忠実なヒーロー物語になっている。
それに水爆実験の影響でゴジラが強大化したとか、
放射能を武器とした怪獣である点も
申し訳程度に説明しているだけで、ひどく印象が薄い。
もしやこういうところもアメリカに贖罪意識を抱かせず、
売り込むための忖度?
熱線発射の際に背中のヒレが青光りして
順番に立っていくところは、
「シン・エヴァンゲリオン」の
エヴァ2号機ビーストモードだし、
ラストの海中の覚醒シーンは、
1990年の「ゴジラVSキングギドラ」のまんま焼き直し。
そうしたイメージが連なってきて、
どうも原点回帰とか昭和レトロ世界観が伝わってこない。
と、ずいぶん難癖をつけてしまったが、
新世代向け、世界向けにリセットしたと考えると、
そのへんのことも
みんな成功要因になっているようにも思える。
思えば東宝は10年おきくらいに
ゴジラ映画の製作を諦めたり、
再開させたりを繰り返しているが、
やっぱりやれば客が入り、
一定の興行収入が見込めることを考えると
ゴジラ様を完全に引退させるわけにはいかないらしい。
これまでも何度かゴジラ映画限界説がささやかれたが、
そのたびに復活し、
「もう限界だと感じた時点がスタートだ!」を
実践してきた。
次はどんな切り口でゴジラを再生させるのか、
楽しみではある。
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