還暦はおとなの成人式

 

誕生日のお祝いを下さった皆様、ありがとうございます。

先日、LutherさんというFBのお友達の誕生日の時、
お顔つきを見て、
60歳は「大人の成人式ですね」という言葉が出たのですが、
我ながら「なかなかいいな、これ」と思って、
自分にも使いました。
その割に結局、正装もせず、床屋へも行かずじまいです。

 

20歳から40年かけてもう一度、成人しましたということで、
電子本出版のために,あちこちの原稿をまとめたり、
リライトしたりしています。

そんなことをやっていると、
なんだか終活をやっているような錯覚に陥ります。
けど、無理に若ぶる必要もないので、
やっぱこれからは長い終活になるのかもしれません。
人生第3幕、始まり始まり~というところでしょうか。

 

どんどん面白いこと書いていきますので、
引き続きよろしく。ほな。

 


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「茶トラのネコマタと金の林檎」あとがき

 

これはもともと20代の終わりの頃に書いた
「林檎探偵談」という芝居のエピローグで、
3分くらいのコントみたいな場面でした。

実際に上演する芝居の台本を書いたのは、
この時が最後だったので、
電子書籍の最初はここから始めようと思ってました。

 

正月明けの仕事がひと段落したあと、
チョイチョイと3日くらいで書いて
25~30枚程度(10.000~12,000字)にする
つもりだったのが、思いのほか、躍起になってしまい、
結局、その倍くらいの長さに。
日にちも1週間かかりました。

特に後半は当初の予定とはだいぶちがう展開になり、
以前とはすっかり違う物語になりました。

 

すぐに出してもいいかと思いましたが、
やっぱり少し間をおいて養生して
再度推敲したほうがいいと思うので
電子書籍の第1号は別の作品にします。

それにしても30年前の作品をこうして深く掘っていくと、
いろいろ違うもの、新しいものが発掘されて、
どんどん以前とは違った話になっていくのは面白い。
書くことは、自分の正体を炙り出す作業なのかな、とも思います。

 


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短編小説「茶トラのネコマタと金の林檎」第5話(最終回)

 

 カッパを着ていたものの、家にたどり着いた頃には帰るころにはずいぶん濡れていた。出迎えた息子は母親を叱りながら、妻かきょうだいかわからないが中年の女性を呼んでバスタオルで体を拭かせた。しかめっ面をしながら健太と六郎にもタオルを用意し、シャワーを浴びるよう勧めたが、二人はお母さん優先で、と言った。

 

 夕食のころにはかなりの大雨になっていた。息子はこの雨ではもう明日は無理だ、たとえやんでも土がぬかるんで作業は出来ないだろう。依頼の仕事はこれで終わりにしてください、おカネは当初の約束通りお支払いします、と言った。
 それを聞いて健太が一瞬怪訝な顔をしたのを見て取り、六郎はすかさず「わかりました。心残りですが、そうさせていただきます」と言った。

 

 夜通しざあざあ降りだった雨は、朝になると小降りになっていた。ふたりは朝食をすますと帰り支度をした。

 「残りの半額は月末に振り込みます。交通費は前払い分と一緒にお渡ししましたが、ほかに何かご請求いただく経費はありますか?」

 息子がそう聞いてきたので、「いや、特に・・・」と答えかけた健太を制して、六郎が「はい、それでは帰ったらまとめますので」と代わって答える。その分は一緒に振り込むので――ということで話は収まった。これでこの仕事はもう終わりだ。それにしても息子の態度が必要以上に事務的なので、健太は少し引っ掛かりを感じた。

 

 ネコマタは二人の前に出てこなかった。それとなく健太は息子に聞いてみたが、まだ寝ていると言う。

 

 「あなたがたがいたこの二日間、興奮しっぱなしで疲れたんでしょう。本当にありがとうございました。わたしのほうからよろしく言っておきますので」

 

 時計はもう9時になろうとしている。健太は、急いで帰る必要もないし、せっかくなので最後にご挨拶だけでもしたい。少しくらい待っても構わないので、起こしてはもらえないか、と食い下がってみた。

 少し不穏な空気を感じたのか、六郎は「ま、いいじゃないか。お休みだっていうんなら。もう行こう」と促した。

 しかし健太は譲らなかった。なおも黙っている息子に対して、
「もしお体の具合が悪いのでなければ」と付け足した。

 

 息子は観念したように「じつは起きているんですが」と言った。そして「でも、あなたがたに会ってもわかないでしょう」と続けた。
 「わからないって?」
 「探偵さんが帰るよってさっき言ったんです。ところが、探偵ってなに?」って。 
 健太は黙っている。
 「金の林檎を探しに来た探偵さんだよって言うと、金の林檎って何のこと?」
 「そ、そうですか」
 六郎が笑いながら言った。
 「ま、しかたないですよね。わたしらなんてほんの二日間ご一緒しただけだし」

 

 息子はしばし躊躇っているようだったが、思い切ったように
 「あなたがただけではありません。わたしのこともわからないんです」
 二人は何も言えなくなった。彼の話はまだ続いた。


 「何もわからないんですよ。ここはどこなのか? 今はいつなのか? そして自分は誰なのか?」

 

 帰り道、雨はやんでいた。雲の切れ間から太陽も顔を出そうとしていた。
 しかし、ゆうべの雨でぬかるんだ道を歩いていったので、駅に着くころには二人の革靴は泥だらけになっていた。

 

 電車の中、二人は無口だった。
 健太は何か話す切り口を探していたが、自分の泥で汚れた靴に目を止めて 「これ、経費として請求する? ロクさんのパイプとか虫メガネとかも」
 「そのつもりだったけどね」その後は続けない。
 「ごめん」と健太は頭を下げた。
 「なんで謝ってるんだ?」
 「あの時、ロクさんの言う通り、さっさと帰るべきだった」
 「だよな。でも実をいうとさ、おれも何か釈然としなかったんだよ。たとえあのまま帰ったとしても、あの息子は後から訊いてきたさ。いったい何があったんだ?ってね」

 

 ネコマタは一晩ですべての記憶を消失してしまった。二人は彼女の息子から昨日の午後、何か原因になることがあったのか、追及された。


 あの缶ブタが見つかったあたりにまだ何か埋まっているんじゃないかということで、続けて掘り返した――それが二人の答だった。
 そこまでは話したが、健太も六郎も穴の中に揃って寝転がったことは黙っていた。どうしてそんなことをしたのか、問い詰められても説明できない。できたとしても、あの息子がそれを理解し、納得することは到底できないだろう。


 息子はそれ以上追及せずに了解したようだ。というよりも来るべき時が来てしまったと、母親の病気に対するあきらめの気持ちがあったのかもしれない。


 健太も六郎も日常の時間に戻ってくると、あの時、あの穴の中で自分たちが何をし、何を話したのか、よくわからなくなっていた。本当にあれは眠っているときに見る夢の出来事だったのではないかと思えた。

 

 結局、その後、健太も六郎も経費は請求せず、月末には約束通りの残金が振り込まれた。すべては元に戻った。健太は仕事に忙しく、まだハウスに行って金の林檎の話はしていない。六郎もコツコツと借金を返してはいるが、息子のところにはまだまだ行けそうもない。

 

 そうして年が明け、寒さが強まり、1月も終わりに近づいた頃、ネコマタの息子から健太のもとへ訃報が届いた。母親が亡くなったという。メールには5行でごく簡単に挨拶と経緯が書かれていた。

 

 昨年11月中旬から風邪をひいて体調を崩し、その後、肺炎を発症。入院生活を送ったのち、年が明け2週間たってから、眠るように穏やかに旅立った。葬儀は身近な家族だけで行った――それが要旨、というか、ほとんど全部だった。

 

 あの最後の朝の口調と同じ、事務的な物言いで、たぶん同じ文章をコピーペーストして宛名だけ変えて送っているのだろうと見て取れた。悪い感情は抱かない。むしろそのおかげでホッとできたくらいだ。しかし、文章の奥からは死へつながる行程のすべてが伝わってきた。

 

 11月中旬というのは、あの晴れのち雨の日、金の林檎のかけらを見つけ、穴の中に入った日だ。あの日、ネコマタは雨に濡れたのがきっかけでひどい風邪を引いたのだろう。夜には熱が出たのかも知れない。そして一晩ですべての記憶を失った。もしかしたらもうそこで彼女の命は終わっていたのかもしれない。

 

 健太はいてもたってもいられなくなり、電話で六郎を呼び出した。六郎はちゃんと話を聞いてくれた。その夜、二人は待ち合わせをして一緒に安い居酒屋に飲みに行った。

 

 「おい、まさか自分を責めてるわけじゃないだろうな。だったらやめとけ。雨に濡れたのは、俺たちのせいじゃない。運が悪かっただけだ。あの息子だって、何か非難がましいことを書いてきたわけじゃないだろ?」

 

 こういうところはやっぱり六郎はおとなだ。おれはまだガキだな、と健太は思った。
 「こんなこと言っちゃナンだけど、あいつだってホッとしてるかもしれないぞ。いくら母親だって妄想狂の相手をし続けるのは大変だからな」

 

 健太はどう返していいかわからず、思いついたことを漏らしてみた。
 「あれはあのばあさんの終活だったのかな?」
 「あの金の林檎の話が?」
 「うん」
 六郎は焼鳥を串からかじり取り、もぐもぐと頬張った。それをチューハイで飲み下し、ふうっと息を吐いてから、ぼそっと呟いた。

 

 「若い時分、女優だったって言ってたな。ああいう芝居をやったのかもな」
 「女スパイとギャングが出てくるような?」
 「うん。あのばあさんには結構似合ってたかも」
 
 健太は小さな芝居小屋の、黒い幕に覆われた舞台の上で、金の林檎を手にしてセリフを朗誦し、歌ったり踊ったりするネコマタを想像してみた。
 昔は音程もしっかりしていたんだろうか?

 

 そして次に、もう一度、あの山へ行って、スコップをふるって力いっぱい土を掘り返し、汗まみれ泥まみれになっている自分を想像した。

 

 どっちも悪くない。
 どっちもありもしない記憶だが、思い浮かべると、不思議と心が満たされる。

 

 いつもはきっちり割り勘なのに、その夜は六郎が奢ると言って聞かなかった。
 「またなんかあったら呼んでくれ。よろしくな」
 そう言って六郎は夜風に吹かれ、少し足元をふらつかせながら、寒そうに背中を丸めて帰っていった。
 空には月が輝いている。ほぼ満月に近い。

 

 12時を過ぎ、アパートにたどり着くと、階段のところに茶トラのネコが座っていた。まるで健太の帰りを待っていたようだ。丸い瞳が光っている。まだ若く、月の光を受けてオレンジ色の毛がつやめいている。

 

 「だいじょうぶ。おれは元気だよ。来週、ハウスにも行ってガキどもに金の林檎の話をするよ。えーと、出だしはこうだ。
 おれはおまえらと同じ、11だか12だかの頃、人間は齢を取ったらどうなるのかっていうことにすごく興味があった。おれたちはこの世にオギャーと生まれた時は何か大事なものを持っているらしいけど、大きくなるにつれ、いつの間にかそれをなくしてしまう。けど、どうやら年寄りになると、それをまた見つけられるようになるらしい。だったら齢を取るのもそう悪くないのかな、と思う。けど――」

 じっと健太の顔を見ていたネコは、そこでまばたきをした。
 
 「けど齢を取る前に、たとえば今のおまえらくらいで見つけられれば、もっといい。なに、早すぎることなんてないさ」

 

 そう言って健太がニヤッと微笑むと、ネコはニャーと鳴いて体を起こした。そして悠然とした仕草で地面に降り立ち、長い尻尾をしならせながら歩いていく。

 

 「おやすみ。よい夢を」

 

 一瞬、振り向きかけたが、そのままネコは夜の闇に消えていった。
 健太はそれを見届けると、白い息を吐きながらトントンとリズミカルに階段を昇って行った。

                                                        おわり
 


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短編小説「茶トラのネコマタと金の林檎」第4話

 

 小雨の中、二人が昼食をとりにネコマタの家に戻ると、4人組の謎の黒いスーツの男たちが消えていた。
 「そんな男たちのことなんて知らないと言い出したんですよ」
 息子は笑いながら言う。金の林檎を林の中に埋めた連中であり、またいつか帰ってきて掘り出そうとしていた窃盗団の一味だ。この1か月近くの間、ずっとネコマタの頭の中で跳梁跋扈してきたのに、今朝突然、記憶から消え去ってしまったのだという。

 「でもまた、そのうち戻ってくるんじゃありませんか?」
 健太は息子に訊いた。
 「かもしれませんがね。ただ、相変わらず林檎は埋まっているんですよ」

 

 すると金の林檎はどこからやってきたことになっているんだろう? 
 新たな疑問が生まれるが、やることは変わらない。それよりも問題は雨だ。まだ降ったりやんだりしている。昨日までの健太と六郎だったら、こんな天気だから穴掘りは中止にしましょうと言うところだが、今日はなぜか、ぎりぎりまで作業を続けたいという奇妙な熱にうかされていた。

 

 「本当に行くんですか? こんな天気だから無理しなくていいですよ」
 息子は二人にそう言ったが、横からネコマタが入ってきた。

 「いや、ダメだよ。行くよ。わたしも一緒に行くからね」
 「やめとけよ。雨が降ってくるよ」
 「だったら傘やカッパを持ってきゃいいさ」

 息子は肩をすくめ両手を広げて、お手上げのポーズを取った。
 彼女の言葉にはそれまでの妄想へのこだわりとは違った、ひとつのきっぱりした意志が込められていた。健太は妙な胸騒ぎを抑えつつ、三人分の雨具をリュクサックに詰めて背負った。

 

 降ってきたらすぐ戻るからと息子に約束して二人はネコマタをつれて出かけた。
 現場に着くと、彼女は少しも迷わず、もう宝のありかはわかっているとでもいう足取りで目的地へ直行した。
 それはあの五股に分かれた<星の形の木>だった。周囲には今朝、二人が掘り返した穴がいくつも空いている。

 「落っこちないよう気をつけてくださいよ」
 健太の注意が耳に入っているのか、いないのか、ネコマタは軽やかなステップを踏むように穴の間を歩き回る。そして、おそらくいちばん深いと思われる穴のところで足を止めた。六郎があの缶ブタを見つけた穴だ。

 

 「ここを掘って。もっと深く」
 その声には有無を言わせぬ力があった。もはやただの茶トラ髪のばあさんでなく、女王陛下のような威厳に満ちている。

 言われた通り、二人がかりで穴を掘り下げていく。ガツッと尖ったスコップの先端をガツッと地面に突き刺し、黒い土をすくう。そして穴の外に放り投げる。
 「土をかぶらないよう!」
 健太は表にいるネコマタに向かって声を張り上げた。
 「気をつけてください!」
 六郎もそれに合わせて叫ぶ。

 

 息はぴったり合っていた。二つのスコップがリズミカルに土を掻き出していく。何かが見つかるんじゃないか――口には出さないが、健太の胸にも、六郎の胸にもわくわく感が宿る。

 

 「♪ルロロロ、リラララ~ がんばって がんばって もっとがんばって
 ディギ ディギ ディギ ディギ ディギ ディギ」

 

 今度のはどうやら二人を応援する歌のようだ。
 健太も六郎も顔を上げ、互いに目と目を合わせると、なぜだか笑みがこぼれた。さらに二かき三かきスコップを動かすと、愉快になってどちらからともなく笑い出した。

 おれたちはただカネのために働いているんじゃない。彼女は本当に見たんだ。まばゆくキラキラ光る夜明けの金星のような林檎を――。


 その時、また雨が落ちてきた。そして遠雷。もしかして今度のは本降りになるかもしれない。

 穴はもう健太と六郎がすっぽり入れるくらいの深さになっていた。2メートル以上あるだろう。上からネコマタが顔をのぞかせる。

 「残念ながら、何も出て来ないよ。金の林檎のかけらさえも」
 健太はそう叫んだが、彼女の返事は意外なものだった。
 
 「わたしもそこへ降りていく」

 

 二人は驚いたが、ネコマタは何の躊躇もなく、果敢に穴の中に降りてきた。二人はあわててその細い体を支える。
 底に足を下すと、服についた土をぱんぱんと手で払いながら、澄ました顔でさらに驚くべきことを言った。

 

 「金の林檎はなくなった」

 健太も六郎も目が点になった。
「どういうことですか?」
 アッハッハと笑うネコマタ。

 

 二人は顔を見合わせたが、まともに相手をしてちゃいけないと、すぐ思い直し、
 「わかった。ゆうべ、UFOが来て宇宙人が回収していったとか」
 六郎が気をきかせたつもりで合いの手を入れた。
 しかし、これはあっさり否定された。

 

「ちがう」

 ひとこと厳かな口調でそう言うと、彼女はゆっくり腰を下ろし、深呼吸をひとつして土の上に仰向けに横たわった。そして胸の上で手を組む。まるでこれから埋葬される死体のように。

 

「な、なにやってるんですか?」
 健太が思わず声を上げる。
「あたしが金の林檎なのさ」
 そのセリフに、二人は沈黙した。穴の中もひんやりとした空気が、さらに一度、二度と下がっていく。

 

 「ここまで生きてきてやっと気が付いた。あたしのこの体が林檎さ。実の部分はずいぶん減っちゃったけど、まだ芯が残っている。それに種があるよ。あんたらもそうさ。ここにきて一生懸命穴を掘った。探偵としてできる限りのことをやった。金の林檎の話を信じた人は自分が金の林檎になる。嘘だと思うならそんなところに突っ立ってないで、あたしの隣に寝てごらん」

 

 言っていることは意味不明だが、健太には「あたしと一緒に寝てごらん」という最後のセリフが、一度も遭ったことのない、そしてこれからも一生遭うことなんてないであろう母親のセリフのように響いた。

 

「あのぅ、雨も降ってきたことですし・・・」
と、横で六郎が言いかけたが、健太はだまって彼女の隣に横たわった。まるで何かに操られているように。ネコマタと同じように仰向けに寝て、胸の前で手を組んだ。

 

 六郎はしばし唖然としていたが、やがて「どんな気分なんだ?」と問いかけた。
「悪くないよ」
健太は答えた。
「ヘンな気分だけど、そう悪いものじゃない」

 健太の視界には木々が無数にそびえ立ち、そこからさらに無数の枝が上へ、右へ、左へ、あらゆる方向に伸びていた。
 その木々のてっぺんの向こう、はるかかなたの空からこれまた星の数ほどの雨粒が顔をめがけてまっすぐに落ちてくる。それに交じって時折、色づいた木の葉もくるくると旋回しながら落ちてくる。
 
 こんな世界をこれまで見たことあったっけかな? 

 健太は記憶をたどってみたが、思い出せない。けれどもその情景になぜだか懐かしさも感じる。不思議だ。

 自分がこれまで生きてきた時間、それからネコマタぐらいまで生きると想定した場合の残り時間を計算してみた。おそらくまだ彼女の3分の1、六郎と比べても2分の1にもなっていない。あとどれくらいこの世で旅を続けるのか見当もつかないが、生きる時間の1割くらいは、こうした不思議な世界にいてもいいんじゃないかと思った。

 

 「うん、悪くないな」
 やや離れたところ――ネコマタの体の向こう側から六郎の声が聞こえた。いつの間にか、彼もまたネコマタと健太と同じ格好で横たわっていた。

 「なんで今までこういうことをしなかったんだろうって思うよ。いや、したことあるのかな、遠い昔に。子どものころとか・・・それとも息子のチビだったころはどうだったかなぁ・・・」

 

 「あんたはこれから何がしたい?」
 上を向いたままだったが、ネコマタの問いは六郎に向けてのものらしい。
 「それは、わたしの夢ってことですか?」
 「そう呼びたきゃ呼んでもいい」
 「ええと・・まず借金を返します。それから息子に会いに行こうかな。もうおとなになっちゃいましたけど。ちょっと勇気がいりますね・・・ハハハハ、こんなのが夢ですかね?」

 ネコマタはそれには答えず、今度は健太に訊いた。


 「お兄さんは?」
 「またハウスに行きます。俺が育った施設です。親がいないんで。そこでこの間、子どもらに探偵の仕事の話をしたんだけど、今度は金の林檎の話をしますよ。どう話していいか、まだわらないけど・・・」

 自分でも意外なほどスラスラと答えた。その後で思った。そうだ、これが今、俺が抱えている夢なんだ、と。あいつらに金の林檎には魔法があるんだ、って話したい。そしておまえらも、もともと金の林檎だって。

 

 ビチョっ。
 巨大な雨粒が健太の鼻を狙ったように落ちてきた。それを合図に雨の降る勢いが急に増してきた。ずいぶん長い時間、穴の底に横たわっていたと思ったが、実際にはほんの10分足らずだったようだ。

 健太は体を起こして右側で寝ているネコマタを見た。目を閉じている。眠ってしまったのか? ざらっとした嫌な感触が胸の右から左――心臓を通り過ぎた。まさか・・・思い過ごしだ。健太に「お兄さんは?」と問いかけたのは、まだ1分くらい前のことだ。一瞬、息を飲み込み、おそるおそる声をかけようとすると、ネコマタはカッと目を見開いた。

 

「帰る」

 

 立ち上がろうとするネコマタを六郎と二人で手助けし、苦労して穴から出した。2メートル程度でも よじ登るのは大変だ。三人とも穴の外に出たときはかなりの雨になっていた。とても冷たい雨だ。体がぐんぐん冷えてくる。
 急いでリュックに詰めてきたカッパを出してネコマタに着せ、自分たちも着た。


 手が自由にならないと歩きにくいので傘は差さなかった。今度は近くで雷が鳴った。日暮れまでにはまだ時間があったが、林の中は宵闇のような暗さに包まれていた。

 

                          つづく


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短編小説「茶トラのネコマタと金の林檎」第3話

 

 山間なので星空がきれいだ。健太は久しぶりに星を見た。前に見たのはいつ頃だったか思い出せない。流れ星が秒単位で流れていくのがはっきり見える。こんなにしょっちゅう流れていたら、そのうち空から星が全部なくなってしまうんじゃないかと心配した。たまにはそんなくだらないことに心を砕いてみるのもいい。

 

 健太と六郎はネコマタの家の空いている部屋に泊まった。この仕事の契約は3日間だ。「どうすりゃいいんだ?」
 ふとんの上に転がって健太はぼそっとつぶやいた。
「ずっと掘り続けてりゃいいんだ」
 ひとりごとのつもりだったが、横で同じように転がっている六郎が応答した。
「だって何も出てこないし」
「当たり前だろ。もともと何もないんだから」
「それだと事件の“解決”にならない」
「これは事件じゃないぞ。解決もくそもないよ」
健太が黙っていると、六郎は続けて言った。
「とにかく3日付き合えばカネは全額もらえるんだろ?」
 健太はまだ黙っている。
「おい、そういう約束だったよな?」
 六郎は上半身を起こして言った。
「そうだよ。けど納得できない」
「なあ、これは仕事だろ。ビジネスだろ」
「・・・」
「まさかボランティアをやるつもりじゃないだろうな?」
なおも健太が黙っているので、六郎は言い方を変えてみた。


 「ま、考え方としちゃケアということでもいい。おれたちゃ妄想癖のばあさんの介護ヘルパーだ。ヘルパーは病気を治すわけじゃない。いや、どんな医者だってあのばあさんの病気を治すのは無理だ。だから、おれたちがそこまでやる必要は・・・」
「おれはヘルパーじゃない、医者でもない。探偵だ」
「ああ、そういや、そうだったな」


 六郎はまだ何か言いたげだったが、そこでやめて、ふとんをかぶりなおした。それから1分もしないうちにいびきが聞こえ始めた。

 

 11月も中旬になると日が短くなり、朝の5時はまだ暗い。
 「星だよ、星の形をした木があるんだ。その近くだ。さあ行くよ」
 夢のお告げがあったという。
 茶トラの髪の毛を振り乱し、大騒ぎするネコマタにたたき起こされ、二人は水を一杯だけ飲んで、眠い目をこすりながら林へ向かう。


 空には明けの明星が輝いていたが、 <星の形をした木>というのは何のことだかさっぱりわからなかった。
 早朝のうす暗い林をうろうろしているうちに、幹が地面から30センチくらいのところで5つに枝分かれしている珍しい木が見つかった。確かに上から見おろすと、星の形に見えなくもない。

 

「そうだよ、これこれ。よかった~、ありがとう探偵さん」
と、ネコマタは健太に抱きついた。

 

 二人は朝日が昇る中、その木の周りを掘った。ネコマタは興奮してさっきからしゃべりっぱなしだ。

 

 「そうそうそう、夢のお告げのとおりにしてりゃ、絶対だいじょうぶだから。100パーセント間違いないよ。人生のだいじなことはみんな夢が教えてくれるんだ。これはあんたらも憶えといたほうがいいわよ。どうすればいいか迷ったら、とっとと寝て夢をみりゃいいの。翌朝にゃ万事OK、“じんかんばんじさいおうがうま”なの。知ってるかい? フランスのことわざだよ。ああ、パリが懐かしいわ。もう秋よね。枯葉がセーヌを流れるわ。人も時代も、あたしの恋も流れてゆくわ~ ♪ルロロロ、リラララ~」

 

 支離滅裂なその話の後はなぜか歌になった。一応フランス語のようだ。音程はだいぶ外れている。ちなみに「人間万事塞翁が馬」は中国の格言である。中国とフランスの共通項を見つけ出すのは、けっこう難しい。

 

 「シャンソンだよ。これ歌ってるの、エディット・ピアフだっけ? ジュリエット・グレコだっけ?」
 六郎のどうでもいい質問に健太が答える。
 「おれが好きなのはエビピラフとグリコのキャラメルだ」

 

 絶好調のネコマタのパフォーマンスをやり過ごしながら、二人は星の木の半径5メートル一円を手あたり次第、掘りまくった。夜明けは冷え込んでいたが、もう汗ぐっしょりだ。


 あれもフランスだった、と健太は思った。フランスの何とかという作家が神話を書いていた。神様をだました男が罰として、岩を山のてっぺんに運ぶ話だ。やっとたどり着いたと思ったら岩は下に転がり落ちて最初からやり直し。これはゴールなんてないことがわかりきっている永遠の苦行、無間地獄だ。

 

 ぞっとして、それとなく六郎にボヤいたら、
 「心配するな。俺たちのは明日の日暮れまで辛抱すりゃ終わる。それで残念、見つかりませんでしたチャンチャンで、カネをもらって帰る。それだけの話だ」

 

 ゆうべはこんなことをぬけぬけと言う六郎に対して「このサラリーマン野郎め」と内心ディスったが、今、このシチュエーションで聞くと、六郎のほうが圧倒的に正しいということがわかった。健太は朝の清涼な空気の中で、重く深いため息をついた。脳細胞が1万個くらい飛び散って空気中をふわふわと舞った。

 

 その時だった。
 「なんだ、こりゃあ?」
 六郎が大きな声を張り上げた。
 健太は急いで駆け寄った。六郎のスコップの先端の黒い土の中に朝日を反射して何か金色にキラキラと光っている。

 異変を察し、気持ちよくシャンソンを歌っていたネコマタもよたよた走ってきた。しかし気持ちばかり前に出て、足が追い付かない。木の根っこに躓いて転びそうになったところに、健太がすかさずスライディングした。

 

 「見せて」
 健太の背中に上で腹ばいになったまま、ネコマタは叫んだ。金色の光が彼女の目を射る。まぶしさに目をつむったまま、もう一度、叫んだ。「早く!」

 六郎はスコップの先端にある金色のかけらを指でつまみ上げ、確認してからネコマタに差し出した。
 「気を付けて触ってください。指を切るかもしれませんよ」

 ネコマタの指はわなわなと震えていた。そっとそのかけらを両手の親指と人差し指でつまみ上げる。ネイルの臙脂色とかけらの金色が美しいコントラストをつくる。
 「これはーー」


 ネコマタが体を浮き上がらせたので、健太も体を反転させてそのかけらが何かを確かめた。

 長さ10センチ、幅5センチくらいの、楕円がかった薄っぺらい金属の板。
 なんだっけ?と健太が考えていると、六郎が説明した。

 

 「缶詰の底ブタですね。ほら、スパムとかランチョンミートとか、お尻の近くのところをくるっと一回り切り取ってあける缶詰があるでしょう」

 

 説明を聞いても、ネコマタはただだまってしげしげとそのフタを見つめていた。間を持たせようとしたのか、六郎が続ける。

 

 「うちの息子が好きだったんですよ、そういうの。適当な厚さに切って玉ねぎとかピーマンとか、冷蔵庫の中に転がっている野菜といっしょにフライパンでチャチャっと炒めるんです。味つけは塩コショウだけでもいいし、ケチャップとかマスタードをつけてもいい。ご飯に合うし、パンに挟んでサンドイッチにしてもおいしい。パスタに入れてもグーです。簡単にできるからよく作ってました」

 

 「あなたが料理するの?」
 ネコマタが訊いた。

 「しますよ、料理くらい。適当でしたが。だって子どもにメシ食わせないわけにはいかないでしょ」
 健太も六郎のそんな話は初めて聞いた。

 「親バカと思われるでしょうけど、うちの子は優秀なんです。頭もいいし、スポーツもできる。親に似なくてよかった。ハハハハ」
 「カラスがワシを生んだってこと?」
 それを言うなら「トンビがタカを生んだ」だろ――健太は思ったが、

 「そうそう、それそれ。ま、ちょっと出来が良すぎてね、わたしの手には余るようになってきちゃったんですよ。こんな親父じゃだめだよな。せっかくの子ども才能をそてられないなって・・・・。でまぁ、いろいろ社会状況の変化、ビジネス環境の変化もありまして、勤めてた会社も経営が厳しくなってきましてね、ま、もともと弱小ですから。どうにもこうにも仕事がうまく回らなくなって・・・それでなんていうか、人員削減もあったんで、いわゆる転職をしようと思った矢先に、いわゆる離婚ということになりまして・・・」

 

 「息子さんはどうされたんですか?」
 そう訊いたネコマタの声と顔は、今までにないほど“まとも”だった。

 

 「息子はカミさんのほうが引き取ることになったんです。ま、あっちのほうが優秀ですし、シングルマザーでもない。要するにまぁなんていうか、若い優秀な男とできちゃいましてね。イケメンかというとそうでもなくて、ま、わたしとどっこいどっこいと言いますかーー」

 

 おいおい、ロクさん、どうしたんだ? なんでそんなみっともない身の上話を、しどろもどろになって話さなきゃいけないんだ?


 健太はもういい加減やめさせようと、口をはさむタイミングを計っていたが、なかなか見つからない。一方、ネコマタは缶詰の底ブタをつまんだまま、一心に六郎の話を聞いていたが、やがてポツリと言った。

 

「あなたとどっこいどっこいじゃ、たいしたことないわね」

六郎は一瞬、言葉を失ったが、何とか持ち直した。

「そ、そうですね。おっしゃる通りです」
「けど、あっちのほうが優秀」
「そ、そうです。アハハ、アハハハハ・・・」
「けど、わたしはあなたが好きだわ」
「あ、ありがとうございます。光栄です」
「けど、こっちのお兄さんのほうがもっと好き」

 ネコマタはまたもや健太に抱きついた。


 「これ危ないから僕が持っていましょうか?」
 健太は缶ブタを気にして言った。
 「ありがとう。やさしいのね」

 臙脂色のネイルの指から缶ブタを受け取ると、もう一度、朝日にキラッと光った。


 気が付くと林の中は明るい新鮮な光に満たされ、鳥のさえずりもうるさいほどあふれていた。

 

「♪ルロロロ、リラララ~」
 その鳥たちの声に対抗するかのように、声を張り上げ、ふたたびシャンソン(らしき歌)を歌いだしたネコマタは、そのまま家のほうに向かって歩き出す。茶トラの髪が艶めき、背筋もしゃきっと伸びている。だが、どこで転ぶかわからない。

 六郎が健太に手を差し出し、ネコマタの背中を見てあごをしゃくった。健太は缶ブタを六郎の右手に渡し、スコップを左手に渡すと、慌てて後を追った。

 

 

 朝7時のニュース。昨日は世界ではいろいろな出来事があった。今日もいろいろな出来事がありそうだ。

 

 二人は戻って自分たちの部屋で朝食を食べた。お互いしゃべる気にならず、食後もだまってコーヒーを飲みながら、テレビを見たり、スマホをいじったりしていた。健太のスマホには新しい仕事の依頼メールが入っていた。


 何時になったらまた出かけようかと思っていたら、ネコマタの息子が現れ、よもやま話を始めた。この家を民泊にすつつもりだと言う。

 

 「町でね、観光に力を入れようとしているんですよ。このあたりは街中からのアクセスも良くて、不便じゃない。そうは見えないでしょうが、割と外国人にも人気があるんですよ。あの林のもう少し奥に行くと滝がありましてね。知る人ぞ知る、隠れたパワースポットとも言われているらしいんですよ。そのへんをもっとアピールすれば、もっといろいろできるんですよ。特に欧米人は、有名観光地を回るより、ちょっと変わった体験を求めて日本に来る人が多いですからね。それで・・・」

 

 と、前置きを終えて、仕事のはかどり具合について聞くとともに、ネコマタの様子について報告した。どうもちょっと変化があったらしい。

 「今日これからまた林檎を探しに行くの?と聞くと、探偵さんにまかせるというんですよ。その言い方がこれまでと違うんです。こだわりが消えたというか、つきものが落ちたというか・・・なんだか穏やかになった感じで」

 

 さらに聞くと、ジュエリーボックスから例の缶ブタを出して見せて、こういうものがまた出てきたら知らせてほしいと言う。
 「何ですかあれ? スチール? でも、はっきり言ってただのゴミですよね?」


 わかりません、今朝、言われたところを掘っていたら出てきて、お気に召したようですと、健太は答えた。
 「金の林檎のかけらなんです、きっと」
 六郎が言った。「ただのゴミに見えると思いますが」

 

 それから二人は再び林に行って掘り続けた。
 不思議なことに、健太の中で今朝までの徒労感が消えていた。掘れば何かが出てきそうな気がする。それは六郎も同じようだった。適当に休みを入れつつも、何か明確な意志を持って作業しているように見える。しかし、その気持ちの変化の正体はつかめなかった。

 

 そんな二人のやる気とは裏腹に、時間がたつとともに、美しかった晴天は一転、どんよりと曇りだし、昼を過ぎるころにはポツポツと雨が落ちてきた。遠くでは雷の鳴る音までしている。
 天気のことなど、まったく意識していなかった健太は、急いでスマホの天気予報を見た。午後遅くなるにつれて、この地域は大雨になるという予報が出ていた。

 


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