終活ドラマ・終活映画が面白い

 

昨日は草彅剛主演のドラマ「終幕のロンド」を見た。

遺品整理会社の話である。

映画ではこういう作品は最近よくあるが、

この時間にこういうテーマのドラマって。

先日のネオ終活の番組と言い、

急速にこんな時代に突入した?

もしや、これもDeathフェス効果?

どちらもフジテレビの番組だが、

そういえば、今年のDeathフェスに

フジが取材に来ていたという話を聴いた。

 

攻めてるフジ。

中居問題から発したドタバタで開き直ったのだろうか。

でもまぁ、製作陣は発奮したのか、

昔のトレンディドラマの栄光など、かなぐり捨てて

がんばっていると感じる。

 

それにしてもこのドラマ、孤独死をはじめ、親子の断絶、

ブラック企業の自殺隠ぺいとか、LGBTQのこととか、

最近のエンディング周りの社会問題てんこ盛り。

もしや、これから尊厳死問題なんかも出てくるのかな?

 

そういえばXで国民民主党の玉木代表が

「尊厳死法制化を議論云々」って発言した、

とか言って「けしからん、こいつを総理にするな!」

って投稿を見たけど、

玉木総理問題はともかく、

今、イギリスでもフランスでも法制化の検討が進んでいる。

欧州各国を始め、世界の国のいくつかは法制化されている時代。

 

だから日本も…というわけじゃないけど、

尊厳死をまともに議論の俎上に乗せるときは

もう来ているんじゃないかな。

数年前、カンヌ映画祭で賞を取った「PLAN75」も日本の作品。

攻めてる作品だが、テーマがテーマだけに、

日本ではほとんど話題にもされていない。

興味のある人は見てみてください。

 

ちなみに「終幕のロンド」は草薙主演だけど、

11月に木村拓哉主演の映画で

「TOKYOタクシー」というのをやる。

フランスの終活映画の名作「パリタクシー」の翻案。

共演は倍賞千恵子。

老婦人が「葛飾柴又」の家から葉山の施設に行くのに

タクシーに乗るというストーリー。

ご婦人の名はさくらじゃなくて、すみれだけどね。

監督はもちろん山田洋次。

なんかSMAPももう懐かしいね。

 


0 コメント

ダンスはまだ終わらない

体験作家・雨宮優さん主宰の「踊れる文学コンテスト」で

自作「ダンスはまだ終わらない」を3位に選んでいただいた。

じつはこの作品、過去にこのブログで発表した

4つのエッセイを構成・アレンジして短編小説に仕上げたもの。

仕事の合間に慌てて書いたのだが、

結構、自分好みの作品になったので

noteで応募してみたら嬉しい評価になった。

雨宮さん、どうもありがとう。たいへん光栄です。

 

 

1.群青色の交差点で

日が沈み、空は薄く群青色。
いつもの駅を通り抜け、いつもの通りを西から東へ。
自転車のペダルを踏みながら、
信号待ちの交差点で、僕は出会った。
向こう側に女性がふたり。
小学校高学年くらいの女の子と、そのお母さん。
信号待ちの短い時間に、ふたりは仲良くふざけ合ってる。
お母さんは体をスイング、リズミカルに脚をサイドキック。
娘はキャッキャと身をくねらせ、その光景に僕は見とれた。
鍛え上げられた筋肉の輪郭。
クラシックバレエの素養が、通りの向こうからでも見える。
本当に母娘なのか?
叔母と姪か、齢の離れた友達か――
そんなことを考えてるうち、信号が変わる。
僕は北から南、二人は小躍りしながら南から北へ。
すれ違いざま、僕は想像した。
あの女性はダンサーなのかも。
でも暮らし向きは良くない。
もしかしたら夫はろくでもない男で、離婚して娘と二人暮らし。
お金がなくて仕事を掛け持ち、スーパーのレジ、トイレ掃除
介護ヘルパー、宅配便配達。
それでも彼女は踊るのをやめない。
自分のために、娘のためにも。
ほんの一瞬のことだったけど、
生きてることは楽しい。
そして生きている限り、僕たちは踊り続けていける。
ふたりは僕に教えてくれた。

 2.カバの国のダンサーたち

男はある齢を過ぎると踊らなくなる。
ところが女はいくつになっても踊る。
昨日、友だちのダンス公演を観に行った。
西アフリカのマリの民俗舞踊。
エネルギッシュで好きだけど、
正直、マリもガーナもケニアも、僕には区別がつかない。
「マリ」はバンバラ語で「カバ」の意味、
首都バマコにはカバの銅像があるという。
司会役の先生は年齢不詳のマリ人の女。
生徒の大半が高齢の女性。
浴衣を着て盆踊りをしていたら、
近所のおばちゃん・ばあさんといったところだけれど、
民族衣装をまとって激しく踊ると、アフリカの精霊みたいに見える。
みんな、楽しそうに踊る。
その顔は夢中になって遊ぶ子どもたちの、
弾けるような笑顔そのままだ。
せっかくここまで生き延びたのだから、
思い切り楽しんでしまえという「やる気」。
妻なり、母なり、愛人なりの務めを終えて、
もうセクシーであり続ける必要はない。
そうした思いが女たちの心を解放する。
上手いか下手かなんてどうでもよくて、
見ている側が笑っちゃえるくらいでいい。
死ぬまで笑って踊って、
それで人を笑わせられたら、それが最高。

 3.男が躍り出す予感

バレリーナを目指す女の子は数多いけど、男の子は少ない。
自分が子どもの頃も、息子が幼い頃も、
すぐ近くにそんな子は一人もいなかった。
バレエは素晴らしい芸術で、
へたなスポーツをはるかに凌ぐ筋肉量と運動能力がいる。
稽古もハンパないが、ここでは男に対する偏見がある。
「ボク、バレエやりたい」なんて言い出したら、
周りはびっくりして「なんで男なのに……」
親も「なんでサッカーや野球じゃないんだ!」
と怒り出すかもしれない。
でも男子がバレエをやり出すきっかけは、
きっと武術をやりたい人と同じだ。
純粋にその運動に秘められた、
美とエネルギーと人間のドラマを感じ取れるから。
長寿化が進み、シルバーエイジになって踊り出す男が、
大勢出てきたら、きっと笑ってしまうだろう。
でも笑えるからいい。
笑って世の中が大きく変わるかもしれない。

 4.そろばん玉とバレエシューズ

わたしの妻は子どもの頃、バレエが習いたかったと話した。
幼稚園生の時、ひとりでバレエ教室に通って、
真剣に見入っていたという。
でも先生から「今度からはお母さんと来てね」と言われたので、
勇気を出して進言したら、あっけなくNGをくらって沈没。
それでもしつこく抵抗して、ついにお父さんへ話を持ちかけると、
「そこまで習い事がしたいなら」という展開。
期待で胸がはちきれんばかりに膨らんで――
紹介されたのは、そろばん塾。
実用的な習い事ならいいだろう、と。
「アン・ドゥ・トロヮ、プリエ、シャッセ」の代わりに、
「ねがいましてーは、13円なり、125円なり……」
そろばんの玉を弾きながら、
「バレエを習ってるはずだったのに、
なんでここでパチパチやってるんだろう?」
ちょっと切ないけど、かなり笑える光景。
じつは、わたしの方が習った経験がある。
演劇学校の必修科目、俳優の肉体トレーニングとしてのバレエだ。
指導役のF先生の印象は鮮烈だった。
きりっと伸びた背筋、凛とした立ち姿。
フッと腕を上げただけで、ツィと足を上げただけで、
周囲の空気を一変させてしまう。
脊椎動物の最高進化形。
しかもその時の彼女の年齢が、
母と祖母の間くらいと知って、さらにびっくり。
女性に対する概念が壊れるほどのカルチャーショック。

 5.ネバーエンディングな少女たち

最近はバレエ教室が増え、
日本のバレエ人口は世界一だという。
子どもにバレエを習わせる人が増えたのと、
大人の女性たちの参加がその理由。
かつて習っていたけど競争からこぼれ落ちた人も、
カミさんみたいに、やりたかったのにできなかった人も、
健康や美容を理由に、抵抗なく教室へ行けるようになった。
子育てがひと段落して、
「ああ、人生もうここまで来ちゃった。
もしかして、わたしの女としての役割はここまで?」
そんなふうに考えたりすると――
身体の奥底から、長らく眠っていた夢がむくむく湧いてくる。
あの時はあそこでやめちてしまったけど、もう一度踊りたい。
親に言われて泣く泣く諦めたけど、今からでもやっぱり踊りたい。
夫や息子に驚かれないよう、
表向きの理由は健康のため、美容のため。
もしかしたら「なぜ私はバレエ教室へ行くのか」
プレゼンまでやらなきゃいけないかもしれない。
それでも本気でやりたい。
これも切ない。
でも、笑える。笑えるからいい。
面白くて、笑えて、だから応援したくなる。
そんな大人の夢がいっぱいあふれると嬉しいじゃないか。


エピローグ 踊り続ける理由

夕暮れの交差点で出会った母娘も、
カバの国の踊りを踊る高齢女性たちも、
そろばん塾からバレエ教室へ向かう女たちも、
みんな同じことを教えてくれる。
人生に「遅すぎる」なんてない。
踊りたい気持ちに年齢制限はない。
上手い下手より、楽しいかどうか。
笑われても構わない、笑えるから。
だって、踊っている時の顔は、
夢中になって遊ぶ子どもと同じ。
弾けるような笑顔で、生きていることを全身で表現する。
そんな姿を見て、わたしもいつか踊り出すかもしれない。
新しく人生をスタートさせるように。
その時はきっと、みんなに笑われるだろう。
でもそれでいい。
笑って自分が変わり、世の中が変わるのなら。
変わるのなら。変わるのなら。変わるのなら。

おわり


0 コメント

就活と終活をいっしょにやる時代がやってきた

 

昨日、たまたまテレビの情報バラエティで

「ネオ終活」なる特集をやっていたのを見た。

10代後半から30そこそこの若い連中が

こぞって「終活」をやっているというのだ。

 

昨年から渋谷ヒカリエで開催されている

「Deathフェス」のお手伝いをしたり、

新潟のロックバンド「終活クラブ」の記事を

書いたりしていたので、

若者も「終活」に興味があるんだなぁとは思っていたが、

こんな民放のゴールデンタイムの番組で

俎上に上るようになったんだと、そこはかとなく感動した。

 

VTRに出てた若者は、子供~学生時代に、

コロナ禍に遭遇した世代。

死が隣り合わせになった環境を体験したこと、

そしてまた、楽しく盛り上がるはずの青春期を

コロナに奪われた悔しさ・切なさは、

感性の擦り切れたおとなが想像するよりはるかに大きい。

また、日本各地・世界の各地で相次ぐ自然災害や

地球温暖化による気候変動の影響も小さくないだろう。

 

「終活しよう」という背景には、

人それぞれいろいろな思いや事情があるが、

基本的には、やはりせっかく生まれてきたのに、

そして、いつ死ぬかわからないのに、

自分がやりたいことができずじまい、

わからずじまいじゃ嫌だ~という心の「叫び」があり、

その叫びに突き動かされてアクションするのだと思う。

 

今は我慢して、自分が好きなこと・やりたいことは

齢を取ってから時間的にも経済的にも

余裕ができたらやればいい――

という大人の話に、もうだまされんぞ!と気づき始めたのか。

 

そうだよ、そうそう。

「いくつからでも人生やり直せる」のは事実だが、

その一方で、体力・気力は確実に落ちる。

そして、体力・気力・若いエネルギーがあるからこそ、

やれることがいっぱいある。

 

大人の敷いたレールに乗せられて、

おとなしく就活しているだけではあかん。

会社や組織のいうことをまるごと聞いて、

奴隷みたいに働いているだけじゃいかん。

みんな、イキイキ生きるために、がんばって終活しよう。

 

番組に出ていた、入棺体験ができる

江東区の終活スナック「めめんともり」にも行ってみよう、

来年4月14日(よい死の日)の前後には、

また渋谷でDeathフェスも開かれるよ。

 


0 コメント

サッチャー元首相と高市早苗新総裁

 

街には失業者があふれ、

地下鉄の構内にはホームレスがたむろし、

トサカ頭のパンク野郎が観光客に写真を撮らせて

カネをせびり取っていた。

僕がイギリスで暮らしていた

1985~87年のロンドンの日常的風景。

マーガレット・サッチャー首相が、「英国病治療」のため、

それまでの福祉政策に大ナタを振るっていた時代だ。

 

高市早苗新総裁(そして、たぶん新首相)は、

そのサッチャー元首相の信奉者であるという。

サッチャーはイギリスではもちろん、

世界の先進諸国のなかでも初の女性首相だったので、

高市総裁に限らず、女性政治家のなかには信奉者が多いだろう。

 

サッチャーは思想家・実務家の両面で優れていて、

それがあの強いリーダーシップに繋がり、新自由主義を断行。

重要産業の国有化や社会保障制度の多くをそぎ落とし、

慢性赤字を克服した。

 

それで「強い英国」が復活したと評価されることが多いようだが、

一方で貧富の格差はかなり増大したのだと思う。

僕の働いていた日本食レストランには、

連日、裕福な人たちが大勢来ていたが、

休日、外を歩くと冒頭のような風景に出くわした。

あの頃のロンドンは、

いい意味でも悪い意味でもひどく人間臭かった。

町のあちこちから人臭さが漂っていた。

 

高市総裁も回顧録を何度も読み返し、

「尊敬する」と公言するからには、

マーガレット・サッチャーが政治家として成し得たストーリーが、

そこはとなく頭のなかにあるのだろう。

 

もはや世界で女性のトップは珍しくなくなった2025年、

やっと日本で誕生した(たぶん10日後には)女性首相。

でも、最初の組閣の段階で、もう麻生のじいさんの影が出ている。

本当にだいじょうぶなのか?

 

彼女にサッチャーのような手腕を求めるのは酷かもしれないが、

少なくとも、ジジイどもに対抗する覚悟を持って、

それこそ粉骨砕身、ワークライフバランスなどくそくらえで、

麻生のマリオネットちゃんにならないよう、

がんばってほしいものだ。

 


0 コメント

みなしごたちの殺処分とペットのための終活

 

来週、仕事でペット関連の取材があるので、

YouTubeで犬猫の殺処分の映像を見た。

取材は「ペットをみなしごにしないために何をすればいいか」

がテーマ。

可愛がっていたのに、飼い主の死や入院、施設への入所などで

みなしごになってしまう犬や猫が後を絶たない。

引き取り手がいない場合、最悪、彼らがどんな結末を迎えるのか、

多くの人は知識だけでなく、

目で見て知っておいた方がいいだろう。

 

「殺処分という現実を直視してほしい」という意図で

いくつかの映像が公開されている。

言うまでもなく、残酷で胸が痛み、トラウマになる。

死んでいく犬や猫はもちろん可哀そうだが、

僕はそれ以上に、こうした仕事をしなくてはならない

保健所の職員の人たちが気の毒でならなくなった。

おそらく身分としては公務員ということになるのだろうか。

でも、こんな仕事を好きでやる人はいない。

 

むしろ担当職員の人たちは動物好きが多いらしく、

必死で里親を探すらしいが、救われる子はごく一部。

税金を使っていつまでも施設内に犬猫を置いておけないし、

保護されるみなしごは毎日増える。

言ってみれば、ところてん式に入所してきた数だけ、

外に出さなくてはいけない。

そして、誰も生きては出られない。

 

しばらく前に、ペット葬の記事を書いたが、

飼い主に最後まで愛された犬猫は、

旅立つためにトリミングをされ、

生きて眠っているような姿になって見送られる。

とても手厚い弔いだ。

 

ところが、処分された犬猫はゴミ扱い。

そのギャップはすごく、

作業に携わる職員さんたちのぞんざいな動作が目に余る。

でも、やむを得ないのだ。

とてもじゃないが、

心を込めて丁寧に弔ってなどいられないだろう。

そんなことをしていたら、心臓がいくつあってももたない。

自分の心を守るため、

この作業時にはロボットにならざるを得ないのだ。

犬猫にとっても、人間にとっても地獄。

繁栄し、世界の人たちがもてはやすクールジャパン、

連日、テレビにもネットにも、

かわいい動物の映像があふれるわが日本は、

一皮むけば、まだこんな国だ。

 

ペットを飼う常識は昔と変わっている。

「死んじゃったからもう面倒見られない。しかたないじゃん」

それではもう済まされなくなっている。

「もし、飼い主の自分の方が先に死んだら…」

というところまで想定して、

ペットのために終活する必要が生まれている。

 


0 コメント

「ばけばけ」と彼岸花

 

「耳なし芳一」などの怪談を残した

小泉八雲(ラフディオ・ハーン)の

奥さんが主人公の「ばけばけ」。

今週から新しく始まった、

NHKの朝ドラをたまたま見たのだが、超面白い。

 

初回、朝っぱらから(ドラマの中では夜中だが)

家族で丑の刻参りして、

藁人形に五寸釘打ち込んでいるのにはワロた。

明治は昭和以上に面白い時代だ。

そして、主人公の少女時代を演じる子役の女の子が

可愛くておもろい。

「野垂れ死に、野垂れ死に」と歌う主題歌も気に入った。

 

今年は猛暑で遅咲きしている彼岸花は、

「死人花」とか「幽霊花」といった別名があるようだ。

日向で見ているときれいだが、確かに日陰で咲いているのや、

夕暮れの薄暗い中で見ると、ちょっと妖しい雰囲気を醸し出す。

 

彼岸花にそうした妖のイメージが付いたのは、

まだ死者を土葬していた時代、

ネズミやモグラが入り込んで遺体を齧るので、

周囲によく植えていたからだ。

 

彼岸花の球根には猛毒があるので、

ネズミなどが寄り付かなくなるのだ。

そんなわけで昔の人たちは、

遺体が埋まっている場所に咲く彼岸花を

かなり気味悪がったらしい。

 

そういえばこの間、子供らが遊びで

「青い彼岸花はないか」と探していた。

「鬼滅の刃」のボス鬼・鬼舞辻無惨が、

太陽の光を浴びても生きられるように=

不死身になる薬として、青い彼岸花なるものを

手下の鬼たちに探させていたからだろう。

もちろん、赤でも白でもなく、青いのは実際にはない。

 

同じく「鬼滅の刃」のなかで魔除けとして使われ、

鬼にとって強力な毒となる藤の花も、

実際には猛毒を持っている。

鬼でなくても、人間にとっても口にしたら危険だ。

やはり美しいものには毒がある。

藤も彼岸花も化け物に近しい花だと思うと、

ちょっと見え方が違ってくる。

 


0 コメント

不滅の手塚マンガ再発見「おさむーびー」

 

昨日、手塚治虫が亡くなる3年程前の

ドキュメンタリーを放送していたので、チラ見した。

大げさでなく、

本当に命を削って何十年もひたすらマンガを描き続けた天才。

それも近年のマンガ家のように、

強力なヒット作を何年も続けるのではなく、

子供対象から大人対象まで、バラエティ豊かなジャンルで、

実に多彩な作品を、次から次へと発表していた。

 

昭和レジェンドのあるある話だが、

本当に全然寝ていなかったようだ。

今では科学的に睡眠をとらないと

脳が正常に働かないことが証明されている。

が、それは僕らのような凡人の話。

 

彼のようにそんな科学的常識に当てはまらない人間、

意志の力で不可能を可能にしてしまう天才は確実に存在している。

 

60歳で「もっと仕事をやらせてくれ」と言って、

この世を去った手塚治虫。

あれだけ描いても満足も納得もできず、

残念な思いを残したかもしれないが、

それでもマンガの創作を通して、

彼は寿命の倍以上に匹敵する時間を

生き抜いたのではないかと思う。

 

最近、YouTubeの手塚プロダクション公式サイトで、

「おさむーびー」というのを配信しているので、

仕事の合間によく見ている。

 

これは手塚作品をアニメでなく、

コマ割りされたマンガを動かし、声優がセリフを吹き込み、

動画風にしたもの。

雑誌に読み切りとして掲載され、その後、全集に納められた、

マイナーな作品が中心で、短編ミステリーやブラックな話が多い。

 

いずれも半世紀ほど前の作品だが、

これがめっちゃ新鮮で面白い。

話の構成とストーリーテリングのすばらしさ、

ビジュアル表現の見事さ、

そしていろいろな角度から見て楽しめる奥深さ。

改めて手塚治虫の天才ぶりを堪能できる。

 

その中の一編「紙の砦」は、

少年時代の戦争体験をもとに描いた半自伝的作品で、

初めて見たが、

手塚先生がなぜ命を削ってマンガを描いていたのか、

これを見るとわかるような気がする。

 

戦争で生き延びることができた自分の人生は、

ひたすら創作するための人生――

時代の波、流行の波などと闘いながらも、

魂の命じるままに手を動かし続けていたのだろう。

不滅の手塚マンガは、僕にとって元気の源である。

 


0 コメント

今は夢となった100円サンマ

 

サンマが何年ぶりかに豊漁、

今年は太ったおいしいサンマが安く食べられますよと、

何度もニュースで放送されたので、楽しみにしていた。

 

ところがこの一月近く、何度スーパーに足を運んでも

「サンマ豊漁」を実感することができない。

確かに昨年、一昨年などと比べると、

やや太めではあるような気はする。

 

が、問題はお値段で、

一匹200円を下回っているのを見たことがない。

今日は300円近く。ふざけるなよと思わず呟いてしまった。

僕の頭の中では、

旬の脂ののったサンマは一匹120円がデフォルト。

安売り日なら100円。高くても150円未満。

いつの話だ?と問われても、明確に答えられないが、

少なくともコロナ前はこれくらいだったと思う。

 

4,5年前から不漁が報じられ、

サンマは食卓から遠ざかった。

今年は、確かにこの数年に比べればマシとは思うが、

メディアで豊漁、豊漁と騒ぐのが、とんと理解できない。

 

僕の心のなかでは、

もうあの100円サンマは戻ってこないのだろうと、

そこはかとない絶望感が漂っている。

まぁ、サンマが死ぬほど好きってわけでもないので、

このまま一生サンマが食べられなくても、べつに悲しくはない。

この世界にはサンマなんて魚を一度も口にすることなく、

一生を終える人たちがたくさんいるのだ。

 

それにしても、一向に

「サンマやっぱり高いじゃん」の声が聞こえてこないのは、

みんな一匹200円で問題ないと思っているのだろうか?

物価高だからしゃーないとあきらめているのだろうか?

僕のように「100円サンマ」を

憶えている人はもういないのだろうか?

 

もしや、いつの間にか、みんな認知症になって、

新米4000円ももはや当たり前で、

2000円、3000円で買えたぞって叫んでも、

それ昭和の話?と思っているのだろうか?

 

季節が変わり、いろいろな疑念に取りつかれつつ、

結局、今年もまだサンマを口にしていない。

1匹100円はもはや夢物語でも、

3人家族なので、せめて3匹500円(税込み)

くらいにはなってもらいたいものだ。

 


0 コメント

ストーリーを語るのに恵まれている昭和人

 

8月からとあるグループ会社の会長の自叙伝を書いている。

以前、そのグループ会社の取材をして

雑誌記事を書いたことから紹介され、

ご縁があって仕事をさせていただくことになった。

 

太平洋戦争が終わる少し前に生まれた方なので、

戦後80年をまるまる生きておられ、エピソードは豊富だ。

20代半ばで独立して会社を起こし、

高度経済成長の波、さらにバブル経済の波に乗って

グループを大きくしてきた。

 

その経緯と独立時の思いを残したいと、

ご自身で10年余りにわたって原稿を書き綴ってきたが、

どうにも行き詰まり、僕がそれを引き取って構成し、

新たなインタビューを交えてリライトしていくという作業だ。

 

原稿用紙100枚以上におよぶ手書き原稿は、

正直、なかなか読みづらく、字も判別しづらい。

ざっと読んで内容もチェックして頭の中でイメージができたので、最初の1万字分は書いたが、後が続かない。

 

観念して手書き原稿を一度、

ほぼ全編そのままパソコンで打ち直すことにした。

かなり面倒で時間がかかる作業だが、

やっていると会長の体験や思考、

幼少期の家庭の状況や仕事の状況、

高度経済成長時代の東京の風景や暮らしぶりなどを

肌で感じることができる。

 

取材の録音もしばらく前はAIを使って書き起こしていたが、

最近はあえて再度、

録音を耳で聴いて手を使って書き起こすようにしている。

そのほうが相手の意図・感情や人となりが入り込んでくるのだ・

自分のからだを通さない文章は、どこか上滑りして感じられる。

 

べつにアナログを礼賛しているわけではないが、

他人はともかく、そうしたやり方がどうも自分には

向いているようだ。

早い話、そのほうが「やってる感」が湧き、書くのが面白くなる。

 

ビジネスの世界では「やってる感」は

単なる自己満足としてネガティブに捉えられることが多いが、

仕事をするうえで気分を上げることは重要だし、

せっかく好きでライターの仕事をしているのに、

書く醍醐味が味わえないのでは本末転倒だ。

 

この会長はビジネス大好き、経営大好き、

バリバリ働くのが大好きという人で、

まさしく仕事大好き・昭和人の典型みたいな人である。

 

その一方で非常な愛妻家で、原稿の半分くらいは、

共同経営者だった奥さんの話、奥さんがらみの話になっている。「妻〇〇」という名が何回出てくるか数えられない。

今回の自叙伝は先に逝ってしまった奥さんへの

追悼の意味もあるのだろう。

 

この仕事をしていて思うのは、

昭和人は「自分のストーリーを語るのに恵まれている」

ということだ。

会長のような成功者でなくとも、

当たり前に貧乏していた。

当たり前に苦労していた。

当たり前に不便な思いをしていた。

そういう時代を生きて来たということは、

ただそれだけでストーリーになると思う。

 

 

現代社会はそうした昔の暮らしの負の部分を取り去り、

安心・安全・生産性・快適性を第一に、

山道・でこぼこ道を、歩きやすいよう、

きれいな舗装された道にしてきたわけだが、

いろいろなものに守られて平坦な道を

てくてく歩くだけではストーリーは生まれにくい。

生きやすさと、生きる面白さや意欲を両立させることは、

なかなか難しいようだ。

 

 


0 コメント

生きて祭 死して祭

 

「死ぬ前に一目祭りが見たい」

そう訴える老いた罪人に対し、

首切り役人が懐から狐のお面を取り出して渡す。

罪人がその面をつけると、耳には祭囃子が聞こえてくる。

彼が恍惚となり、幸福感に包まれた刹那、役人は刀を振り下ろし、

面をつけた罪人の首が宙を舞う。

 

「子連れ狼」と同じ小池一夫原作、小島剛夕作画コンビの劇画

「首斬り朝」は、刀剣の「試し斬り」の役目を担った

山田朝右衛門を描いた物語。

山田朝右衛門は打ち首の刑になった罪人の首を斬る、

いわば死刑執行人の役を兼務していたために、

江戸の町人たちから「人斬り朝右衛門」と恐れられていた。

江戸時代に実在した人物だ。

 

ちなみに「山田朝右衛門」というのは屋号みたいなもので、

代々同じ名を引き継ぎ、明治初期までお役目を務めていたという。

武士だが幕臣とは異なり、浪士の身分だった。

先述したストーリーは、

この「首斬り朝」の一編「祭り首」という話。

 

この劇画は基本的に一話読みきりで、

どちらかというと首を打たれる罪人が主役となり、

「なぜ罪を犯すことになったのか」を描く話が多い。

しかし「祭り首」は朝右衛門自身の

人生・感情にスポットが当たっている。

 

人々から恐れられていた「人斬り朝右衛門」は、

祭りの日は外出できなかった。

武士にとって、祭りは単なる遊びだが、

江戸の庶民にとっては、

現代のそれとは比較にならないほどの大イベント、

年に一度訪れる、命がけの祝祭である。

そんな特別めでたい日に、

不吉な死神と顔を合わせたくないというのだ。

 

祭というハレの日があるから、ケ(日常)が成り立つ。

解放の日にガス抜きをさせないと、庶民の間に不満が鬱積し、

世の中がうまく回らなくなる。

お上もそうした庶民の心情を無視しては

政ができないというわけである。

 

だから外出禁止は、なかばお上からの命令で、

それは気の毒なことに当人だけでなく家族も同様なのだ。

そのため、将来、「人斬り朝右衛門」になることを

運命づけられた少年朝右衛門は相当辛い思いをした。

 

10歳くらいの頃、我慢できずに

こっそり家を抜け出した少年朝衛門は、

人に見つからないよう、裏道でこっそり祭囃子を聞いていた。

すると、その裏道の入口前を、

同じ年頃の子供の集団が遊びながら走り抜け、

そのうちの一人が狐のお面を落としていった。

 

それを見つけた少年朝右衛門は、

こっそり拾って自分の顔にお面をつけてみる。

すると祭囃子がすぐ近くで聞こえた。

それは彼の人生で最初で最後の祭り体験になった。

 

漫画の中では描かれていないが、少年はその後、

急いで家に帰り、親に見つからないよう、お面を隠した。

もしかしたらその後、ずっと祭が来るたびに

家の中で一人でこっそりお面を被り、

幻聴のようなお囃子を聞いていたのかもしれない。

或いはお面を隠し持っていたおかげで、何とか大人になり、

父の後を継げたのかもしれない。

 

数十年後、刑執行の前日、彼は罪人が

「死ぬ前に一目祭りが見たい」と嘆願していることを知り、

箪笥の奥深くから隠し持っていた、あの狐のお面を取り出し、

しばし子供時代の回想に耽った後、

大事そうに懐に入れて家を出て、刑場へ――。

 

「首斬り朝」は「子連れ狼」と同じく、

父が全巻揃えて持っていた。

僕はそれを留守中に隠れて読んでいた。

「子連れ狼」より後なので、中学生だったと思う。

子連れ以上にエログロシーンが多い大人の漫画だったが、

人情噺に近い、この「祭り首」がいちばん印象に残っている。

そして、大人になって久しい今もなお、その印象は鮮明で、

罪人と朝右衛門の人生が交錯するラストシーンは、

思い出すたび、胸にじんと響く。

 

現代ではお祭りは、一部の人を除き、安全第一で、

神社の参道に並ぶ屋台で飲み食いするだけの

季節イベントになってしまっているが、

もともとは日本人の死生観と深くつながったものだった。

 

夜の神社を歩くと、ふと周囲の雑踏が消えて

生と死の境の空間に足を踏み入れたような

錯覚に落ちることがある。

 

死の間際に、心のどこかで祭囃子を聴くことができたら、

この世に未練を残さず別れられるのだろうか?

いい人生だったと思えるのだろうか?

祭りの季節になると、そんなことを考えるようになった。

 


0 コメント

認知症の義母の失踪

 

昨日の夕方、いっしょに行った近所のスーパーから

義母が忽然と姿を消した。

この店には一角にカフェコーナーがあり、

買い物客が買ったものをイートインしたり、

自販機でドリンクを飲んで休憩できるようになっている。

給水・給茶機もあり、こちらは無料だ。

この店まではそこそこ距離があるので、

来るとここに座らせてお茶を与え、休んでいてもらって、

10~15分、買い物をしている。

ところがレジを済ませて戻ってみると、姿がない。

前にも2度あったが、ひとりで店内をうろうろして

商品を見てまわっていたので、

すぐ見つかるだろうと高をくくっていたのだが、さにあらず。

2階・3階・地下を見て回ったがいない。

 

慌ててすっ飛んで帰り、

自転車で家とスーパーとの間の道をあちこち探し回ったが、

見つからない。

スーパーで事情を話し、防犯カメラを確認してもらったところ、

どうやら家と反対方向に歩いて行ったらしい。

頭はダメだが、体はじょうぶで健脚である。

以前も「自分の家(実家?故郷?)に帰る」と言い残して、

自分が知らない道を、ひとりでずんずん歩き続けたことがあった。

(その時は尾行していった)

 

日が暮れてきたので、

カミさんと相談してやむを得ず警察に届け出。

その後、家と反対方向の幹線道路を越えたあたりを

探していたら、カミさんの電話に、隣町の交番で保護された、

という連絡が入ったという。

自転車を飛ばして行ってみると、

特に疲れた様子も困った様子もなく、

交番の中にちょこんと座って涼しい顔をしている。

僕が入っていくと、わかったらしく

「この人たちはすごくいい人。それにいい男でしょ」

などと若い警官を持ち上げた。

警察の話によると、

その交番付近をウロウロしていたので声を掛けたら、

ちょっと反応がおかしいので、迷い人だなと思って保護。

さっき別の交番に届け出た本人の特徴と一致していたので、

カミさんに電話が行ったという。

最近、自分の名前が言えないこともあるが、

この時はちゃんと名乗れたらしい。

 

その交番はスーパーから約1キロ、

1時間近くひとり旅をしていたらしく、

さすがに疲れてどこかで休みたいと思っていたので、

交番を休憩所代わりに使ったのかもしれない。

そして、何よりも声をかけた警官が若くてちょっとイケメンで、

義母好みだったことも幸いしたのだろう。

帰る時は、彼の手を握って「また会いに来るからね」

などとのたまった。

こっちは2時間半探し回ってへとへとである。

 

それにしても、たまたま近所の、

わかりやすいところで保護されたからよかったが、

これは、これまで大丈夫だったからと、

目を離していた僕の大失敗。

今後、絶対に自分の都合で目を離さないと誓ったのと、

万一の時のために靴にGPSを仕込んでおこうと決めた。

 


0 コメント

電子書籍新刊「あなたはどんな大人に憧れましたか?」

 

人生に迷った時、私たちは何に立ち返ればいいのだろうか。

この問いに、著者おりべまことは実体験を通して

答えを示してくれる。

 

デイサービスで出会った青年が語った

「やきいも屋のおっさんにあこがれていた」という言葉。

手っ取り早く稼ぐことが成功とされる現代において、

地に足をつけて人と向き合う生き方への憧れを語る彼の言葉は、

私たちが忘れてしまった大切なものを思い出させる。

 

本書は「生きる」をテーマにしたエッセイシリーズ第7集。

認知症を患った義母の介護体験、友人の死、

そして自分自身の老いと向き合う中で見えてきた人生の真実が、

時にユーモラスに、時に切なく描かれている。

 

特に印象深いのは、認知症の当事者として講演活動を続ける

クリスティーン・ブライデン氏の

「私は死ぬとき、本当の自分になる」

という言葉を紹介したエッセイ。

病気によって社会的な役割を失いながらも、

真の自己と向き合うことで見出した生きる意味は、

健常者である私たちにとっても深い示唆を与えてくれる。

 

また、「人生は思ったよりもずっと短い」では、

かつて才能ある批評家だった知人の変わり果てた姿を通して、

時間の有限性と行動することの大切さを説く。

若者が死について考えることを否定するのではなく、

それこそが「生きるとは何か」という

根源的な問いかけだと捉える視点も新鮮だ。

 

ブログ「DAIHON屋のネタ帳」から厳選された33

編は、どれも読者の心に深く響く。

人生の後半戦を迎えた人はもちろん、

生き方に迷う若い世代にも、

きっと新たな視点を与えてくれるはずだ。

 

Amazon Kindleより本日発売! ¥500

 

もくじ

  • 私は死ぬとき、本当の自分になる
  • 恐竜王国 福井への遠足で「生きる」を養う
  • 誕生日は誰にでも平等にある祝福の日
  • 逃亡者の死の価値
  • 女を舐めるべからず
  • なぜ昭和の“すごい”人たちは本を出せなかったのか?
  • となりのレトロより:あんたも閻魔大王様に舌抜かれるよ
  • 赤いパンツの底力 ~巣鴨とげぬき地蔵デイトリップ~
  • どんな子どもも「世界は美しいよ」と実感させてくれる
  • 人生は思ったよりもずっと短い
  • 春休みは人生の踊り場
  • 死ぬ前にもう一度ワールドツアーで歌いたい・演奏したい
  • 友の旅立ちに春の花を
  • 「パーフェクト・デイ」そして「またあした」
  • なぜ女は「死」に関心が深いのか?
  • あなたはどんな大人に憧れましたか?
  • 酒タバコ やめて100まで生きる日本人
  • 若者が死について考えるのは健全である
  • 人生の価値観を問う「天路の旅人」
  • 唐十郎さんに「君の作文は面白い」と言われたこと
  • 唐十郎式創作術「分からないことに立ち向かう」
  • 高齢者を高齢者扱いするべからず
  • なぜ医者も歯医者も早死にするのか?
  • 母の日に酒を、父の日に花を
  • 息子の誕生日に考えたこと
  • 経済が支配するユートピアとディストピアを見つめる 「父が娘に語る経済の話。」
  • 友の49日と「友だち法要」
  • 前のめりになって生きて死ね
  • 父の日の秘密の花園
  • タクシーの中にスマホを忘れたら
  • やっぱり変わらなかった東京都知事選2024
  • 「十代が!」と連呼する大人の気持ち悪さと 「母親になる可能性を持った身体」について
  • 夏休みも人生も後半はあっという間

 


0 コメント

昭和歌謡・時代劇系の傑作「子連れ狼」

 

 

橋幸夫さんが亡くなった。

国民的歌手とまでいわれた、昭和歌謡の代表的な歌い手だが、

さすがに僕は、吉永小百合とのデュエットとかは、

リアルタイムでは知らない世代。

だけど子供のころ、「潮来笠」(デビュー曲)や「子連れ狼」などの

時代劇系の歌が好きだった。

 

自分ではよく覚えてないが、「潮来笠」は

♪いたこのいたろう ちょっとみなれば~

と、三度笠に見立てたザルを持って歌っていたらしい。

 

「子連れ狼」はもともと大人向けのマンガ(劇画)で

テレビドラマ化され、小学生の頃、ちょっとしたブームになった。

この曲は劇画のイメージソングとして企画され、

ドラマの主題歌になったのは後付けだったらしい。

1位にはならなかったが、

1か月くらいベスト10入りしていたと思う。

 

作詞は劇画の原作者である小池一雄。

イントロと途中で語りが入るのは、いかにも昭和歌謡らしい。

 

歌詞の1番で「しとしとぴっちゃん しとぴっちゃん」=雨、

2番で「ひょうひょうしゅるる ひょうしゅるる」=北風、

3番で「ぱきぱきぴきんこ ぱきぴんこ」=霜と、

きびしい自然を表現する、オノマトペの使い方が秀逸。

橋さんと子供合唱団の共演で3分間のドラマを生み出している。

 

訃報を聞いて、久しぶりに聴いてみたが、

やっぱりこれは名曲だなぁと感心した。

と同時に、小学生の時(確か5年生か6年生)の

友だちのことを思い出した。

 

ちなみに父がこの漫画を全巻揃えていたので、

いないときに読んでみたが、

けっこう濡れ場がふんだんに出てきて、

盗み読みするのに罪悪感を覚えた。

子供心にかなりショッキングな描写もあったが、

最近は、アニメなどでもやたらと、

刃物でズタズタ、バラバラにされる描写が出てくるので、

今思うと、かわいいものだったのかもしれない。

 

ゆるぎない昭和歌謡の傑作を世に送り出してくれた

橋幸夫さんのご冥福を祈ります。

 


0 コメント

心が乱れたら両手を合わせてみる

 

ここのところ、認知症の義母の幼児化が著しい。

欲望丸出しのガキに等しいので、大人の理屈は一切通らない。

「これやっちゃダメ」なんて言っても5分後には忘れている。

息子がチビの時代もこれほど手こずらなかった。

それに子供と違って、そのうち成長してわかるようになるだろう

という希望も抱けない。

 

ほとほと疲れるのだが、

それは「大人なのに」と思って接するからだ。

以前から子ども扱いはしていたが、それでもだめだ。

そこでお地蔵様あつかい・菩薩様あつかいし、

朝夕手を合わせることにした。

すると、あら不思議。

気持ちが落ち着き、イラついたり、腹が立ったり、

疲れたりすることが少なくなった。

 

そういえば以前、仕事で

「お仏壇のはせがわ」の社長にインタビューしたとき、

「一日三回、手を合わせると人生変わりますよ」

といわれたことがある。

 

一応、両親と義父の手元供養をしているので、

朝は手を合わせるようにしているが、

まだ生きている義母を菩薩視して同じようにやっていると、

なんだかメンタルヘルスにいい気がする。

はせがわのコマーシャルで女の子がやっている

「お手手のしわとしわを合わせて、しあわせ」は、

あながちでたらめではない。

 

僕は宗教心のカケラもない人間だが、

おそらく左右の手のひらを胸の前で合わせるという運動と姿勢が、

からだ全体の血流とか、気の流れとかに

何か影響を及ぼすのかもしれない。

そうした科学的根拠もありそうだが、

なんでも理論的に説明されてしまうと、

「なんだ、そういうことか」と納得してしまって、

生きるのがつまらなくなるような気がする。

人生にはある程度、

不思議なことや神秘的なことがあったほうが面白い。

 

仏壇やお墓やお寺やお宮の前でなくてもいい。

祈願も感謝も供養の心も、神仏のイメージも必要ない。

ただ何も考えず、両手を合わせるだけでよい。

もし、頭に来たり、悲しくなったり、不安になったり、

ネガティブな感情にとらわれたら、

胸の前で手と手を合わせてみよう。

できたら一日何回も「しあわせ」をやってみる。

たったそれだけで気持ちが落ち着き、気分が良くなるよ。

 


0 コメント

レット・イット・ビーTAKE28、そして、もう新しいものはもういらない

 

何万回聞いても飽きないビートルズの

「レット・イット・ビー」。

最近出てきたこの「テイク28」は衝撃的。

間奏のギターソロとオルガンの響き、

曲終盤のマッカートニーの

ちょっと外した歌い方が超新鮮でしびれまくる。

生涯最高のバージョンだ(今のところ)

 

2020年10月から2024年2月まで、

毎週末に「週末の懐メロ」という記事を180本書いて、

すごく楽しくて、いずれまた再開しようかなと思っていたが、

全然そんな気にならない。

自分にとってのベストはもう書き尽くし、

すっかり満足してしまったのだ。

 

音楽についてもう新しいものはいらない。

てか、街の中でもテレビやラジオでも、

懐メロしか耳に入ってこない。

お前が年寄りだからだろと言われればそれまでだけど、

若い衆も20世紀ロック・ポップスや昭和歌謡に

ご執心のように見える。

今や1960~90年代も、2020年代も変わりがない。

 

懐メロだけど、ネット上に初めて聴く別テイク、別バージョン、

秘蔵のライブ音源などが次から次へと上がってくる。

いまや音楽は進化ではなく、深化する時代。

古いも新しいも関係なく、

流行っているか・いないかも関係なく、

歴史的な価値があるのかどうかも関係なく、

パフォーマーが生きているのか、死んでいるのかだって

もう関係なくて、いいものはいい、好きなものは好き、

面白いものは面白いで、なんでもOKの時代になった。

みんな楽しく聴いて、

自分の魂に響くベストオブベストを掘り起こそう。

 


0 コメント

ファッションチャンネルの備蓄米

 

夏休みで遊びに来た20代の息子。

帰り際に「おまえ、家で備蓄米食ってるの?」と聞いたら、

「そんなまずい米食わねーよ」との返事。

「でも、おまえがうちで食っていったの、備蓄米だよ」

と言ったら、「え?」と目を丸くした。

「変わんないね」

 

というわけで、ぼちぼち新米の季節だが、

カミさんがショッピングチャンネルのQVCで10キロ、

備蓄米を頼んだ。

普段、おしゃれなファッションがどうだらこうだら

キャーキャー言っているチャンネルが、

なんで備蓄米を売っているのか、わけわからんが、

食費を節約してもらって、

その浮いた分を服に回してくれということなのか?

 

それはいいのだが、じつはこれ、

7月頭に頼んでから到着するのに1か月近くを要した。

まだ一袋目は1週間分くらい残っているので、

9月半ばあたりまで持ちそうだ。

 

「備蓄米ブーム」も過ぎ、ぼちぼち新米の季節だが、

これを喰い終わらないと新米には手を出さない。

てか、わざわざ倍以上のカネを出して

新米を食べようという気にならない。

 

うちの息子同様、古米・新米を

たんなるイメージでとらえている人が大勢いるのだろう。

ガチで何種類か食べ比べをしたら、

たしかに違うのかもしれないが、

僕は安い備蓄米で充実した食事ができれば、それで十分。

よい食卓・よい家庭は、ぜいたくなものを使わなくてもできる。

9月・10月まで、どんどん売ってほしい。

 


0 コメント

鬼滅の刃:「親孝行」という圧倒的正義

 

この物語の一貫したテーマは「親孝行」。

お盆休みの午後、吉祥寺という土地柄もあってか、

映画館の観客の大半は家族連れだ。

さすがに幼児はいないが、小学校低学年くらいの子が多かった。

こんなチビどもが2時間半以上もある映画をずっと見られるのか?途中で騒ぎだしたら嫌だな、と思った。

 

が、余計な心配だった。

これだけの大ヒットは、

過去の実績や宣伝のうまさだけでは達成できない。

文句なしのクオリティでまったく飽きさせない。

 

このアニメ(マンガ)の特徴は、

少年漫画と少女漫画のベストミックス。

少年マンガ得意のバトルアクションをベースに、

少女マンガ得意の内面ドラマがどんどん入ってくる。

 

スピード感あふれるアクションの合間に、

それぞれの登場人物の脳裏をよぎる数秒間の回想が、

10分、20分の主観的な物語として描かれるのだ。

その物語が次から次へと語られる。

双方のリズムが素晴らしく、長尺を感じさせない。

 

もう一つ、この映画が受け入れられるのは、

冒頭に挙げた「親孝行」というテーマの明快性。

何が正義がわからないこの時代に、

親・師匠を大事にすることの尊さを訴え、

親孝行、家族愛、兄弟愛といった圧倒的な正義を提示する。

観客にとってともわかりやすく、安心して観ていられる。

 

鬼殺隊は、親方様である産屋敷を父とする大家族であり、

曲者ぞろいの9人の柱は家族を支える兄弟。

主人公の炭治郎たちはその年若い弟である。

 

そして、彼らが闘う鬼の中でも、人間だった時代、

父親を救おうとしたり、養父であり、義父になるはずだった師匠を敬った猗窩座には同情・共感が寄せられる。

 

それと反対に、その美貌や天才性ゆえ、

両親を馬鹿にしていた童磨は嫌われる。

ただ、僕は彼の異常な心の闇がどのように形成されたのか、

とても興味がある。

これだけの狂気を表現できる声優さんの演技力はすごい。

 

近年、世間を震撼させる事件・犯罪は、

猗窩座のような、社会や他者に対する怨恨と、

童磨のような、お道化たサイコパス性が

混合したもののように思える。

 

「親孝行」をテーマに大成功を収めた「鬼滅の刃」。

しかし、圧倒的な正義は、巨悪に転じることもある。

宗教が、政治が、悪徳ビジネスが、

親孝行や家族愛を語りながら、巧妙に心を支配し、

金をだまし取ったり、個人の自由を侵したり、

人生を破壊するなど、人を喰う鬼に化けることがあり得る。

 

かつてこの国は、そこを利用して、

日本人は天皇を中心とした家族であるという夢を見せ、

富国強兵を進めて、アジア随一の軍国国家を創り上げた。

 

終戦の日の翌日に見たせいもあって、

どうしてもそのことが気になった。

娯楽なのだから、気にせず楽しめばいいのだが、

時として、娯楽は支配者にとって

都合の良い洗脳教育にも使われることは覚えておきたい。

 


0 コメント

終戦の日 昭和人の責任

 

戦争に負けた国だから、戦争の悲惨さを語れる、

原爆の悲惨さを語れる。

けれども「戦争の悲惨さなんて知ったこっちゃない」

という輩は、今、世界中で増えている。

同じ日本人の中にもそういう人は少なくないだろう。

 

だからこれからは悲惨さを語るだけでなく、

「なぜ、どうやって日本は戦争を始めたのか?」

そして「なぜ負けたのか?」を考え、

語り継ぐことがさらに重要になる。

 

あの時代、真珠湾攻撃など、緒戦の戦果に

「血沸き、肉躍った」という人が大勢いた。

「勝てば幸せになる」と信じていた人がたくさんいたのだ。

 

後から考えれば、そんなバカなと思えるが、

そうした愚かな熱狂があったこと、

その時の指導者層にだまされていたこと、

カルト宗教的なものが国民を洗脳していたこと。

忘れていけないと思う。

それは今の時代、近い将来にも十分起こり得るからだ。

 

それを防ぐためには、

ただ戦争は悲惨だと感情的に語るだけでなく、

なぜそうした愚かな考え方・愚かな行動をしてしまったのか、

冷静に考え、積極的に批判していかなくてはいけないと思う。

 


0 コメント

現代人の修行寺 檜原村・天光寺

 

奥多摩・檜原村の天光寺へ。

数十人が般若心情を唱える声が響いてくる。

ここは葬儀や供養と関係なく、「修行」に特化したお寺。

修行と言っても僧侶の修行でなく、対象は一般人で、

年間1万5千人が訪れるという。

 

「月刊終活」の取材でやってきたが、

メディア取材も多く、テレビ・新聞・雑誌はもとより、

ヒカキンをはじめ、いろいろなYouTuberも

体験レポートを発信している。

 

今日も本堂では、若者から中高年まで

40人近い人たちが修行に励み、写経、瞑想、お百度参り、

そして、滝行などを行っていた。

そして、10人以上の子供たち。

不登校や引きこもりの子たちもここで修行をする。

 

大人数が修行する場はもちろん、

食事や宿泊のための設備も整っており、

名だたる企業も修行・研修に訪れる。

お寺というより、研修センターに近い。

 

住職はもともと成功した実業家で、

20代の頃から飲食・不動産など、

さまざまな事業を手掛けていたが、

30代半ばで仏門を志願し、

それから10年以上かかって事業を整理したのち、

密教の修行を積んで僧籍を取得。

はなから葬式仏教に興味はなかったとのことで、

資産を投入して土地を買い、一般人の修行専門の天光寺を開いた。

 

ここはいわば、現代社会における「駆け込み寺」。

家庭・仕事・人生、様々な面で悩みや課題を抱える人たちや団体の

救済装置としての役割を担っているのだ。

 

修行した人に話を聴いたわけではないので、

本当に生き方・人間が変るのか、

ここでは悟りを開いたような気分になっても、

娑婆に戻ったらどうなるかはわからない。

でも、精神を整える施設として、

仏教の教えを活かした、こういう場所は

今の日本には必要なのだろうと思う。

 

秋川渓谷のある山の中だが、車でも、

電車・バスの乗り継ぎ

(五日市線・武蔵五日市駅からバス30分)でも、

都心や首都圏各地から日帰りで行ける。

 

座禅をやっているお寺は数あるが、

滝に打たれて修行とかって、僕は漫画でしか見たことない。

イメージの世界でしかなかったものを

リアルに体験できるお寺はそうないはず。

初心者向け修行メニューが用意されているので、

興味のある人、自分を変えたい人、

人生に変革を起こしたい人は、

ぜひ一度、体験してみるといいかも。

 


0 コメント

はんざき祭りと「ハンザキを喰った話」

 

人や牛馬を襲う巨大ハンザキ(オオサンショウウオ)を

村の若者が退治したという伝説が伝わる、

岡山県真庭市の湯原地域。

その温泉街一帯で8日、「はんざき祭り」が開かれた。

大はんざきをモチーフにしたねぶたや山車が練り歩き、

河川敷では「はんざき囃子(ばやし)」に合わせて

みんなで踊り、花火や餅まきまであるという。

 

グロテスクな風貌から、恐るべき怪物と

みなされてきたハンザキだが、

昭和30年代には特別天然記念物に指定。

伝説とは裏腹に、獰猛さのかけらもなく、

清流で静かでのんびりした生涯を送り、

井伏鱒二の「山椒魚」みたいに

岩屋から出られなくなったりもする?

 

最近はそんな、ちょっとトロい生き様が

「グロかわいい」ということで、全国にハンザキファンが急増。

真庭市湯原温泉の「はんざき祭り」にも

東京などから、そうしたファンがやってくるようだ。

 

僕もハンザキに興味があり、

いろいろ聞いた話をもとに小説を書いてみた。

よろしければ、この夏休みに読んでみてください。

 

ハンザキを喰った話/おりべまこと

(AmazonKindleにて¥500)

https://www.amazon.com/dp/B09PGDSQMP

 

2000年、20世紀最後の年。

文福社の雇われライター神部良平のもとに、

一風変わった依頼が舞い込む。

クライアントは自称発明家の堀田史郎、齢100歳の老人だった。

かつて折りたたみ式ちゃぶ台の発明で財を成しながら、

親友の裏切りによってすべてを失った堀田は、

人生半ばに自殺の旅に出た。

 

しかし島根県のある村で思いがけない歓待を受け、

まだ天然記念物に指定される前の

ハンザキ(オオサンショウウオ)を食したという。

そしてその時から自分は不死身になったのだと語るのだ。

 

最初は老人の妄想だと疑っていた神部だが、

なぜか半分は信じたくなり、みずからハンザキの村を訪れる。

 

美しい清流に恵まれたその村では、

もはや半世紀前の因習は失われ、

ハンザキを食べていた記憶すら途絶えていた。

ところが神部は、人間と両棲類が混じり合った

怪物との衝撃的な遭遇を体験する。

 

古代から地球上に生き続ける最大の両棲類オオサンショウウオ。

その神秘的な生命力は、明治・大正を生きた発明家と、

昭和・平成のライターという二人の男の運命を

不可思議に結びつけていく。

 

夢と現実のバランスが崩れた世界で展開される、

現代日本文学の新たな幻想譚がここに誕生した。

ミレニアムという時代の転換点を背景に、人間の記憶と妄想、

そして生命の根源的な力について問いかける、

15章からなる本格長編小説。

読者は神部とともに、

真実と幻想の境界線上を歩むことになるだろう。

 


0 コメント

「ひとりでしにたい」最終回:愛や自由について語る時代の再来

 

愛とか自由とかについて考えたり、語り合ったりする時代が

今また帰ってきたのじゃないか。

綾瀬はるかのNHKドラマ「ひとりでしにたい」の

最終回(2日)を見てそう思った。

 

やっぱり鳴海(綾瀬)と那須田(佐野勇斗)は結婚するのか、

それだとなんだかつまらない、

でも、ちゃんと恋人同士として付き合うことになるんだろうなと思っていたら、そうはならなかった。

すごく面白くて毎回見てしまったが、

従来のドラマのセオリーとしては大失格の作品である。

 

ドラマとは人間の変化を見せるものなのに、

そもそも主人公が始まったときと全然変わらない。

クライマックスも家族の食事会シーンで口論になるだけで、

盛り上がりもへったくれもない。

視聴者がこんなもの見るもんか!と、

90年代のトレンディドラマのロデューサーに

脚本を見せたら、びりびりに破かれそうだ。

 

この手の若い男女を主人公にしたドラマは、

一昔前まで感動ものであれ、コメディであれ、

劇的アクション、もしくはドタバタ狂騒曲をへて、

結婚に限らずとも、何らかの形で結びつくのがお決まりだった。

ハリウッドのドラマメソッドは1980年代に確立され、

80年代後半から00年代前半、アメリカでも日本でも

多くの映画やテレビドラマは

そのメソッドに基づいて作られていた。

 

簡単にいえば、紆余曲折を経て、ラストは平安が訪れる。

恋愛や友情や家族が色濃く絡めば、

ラストは結婚や子供の誕生など、

新しい家族が生まれるという喜びに満ち、

未来へ希望をもたらす終わり方にするべき。

もちろん例外はあるが、少なくともそれが王道であり、

視聴者の心を満足させる鉄板パターンであり、

そうでないものは大衆に受けいられるのは難しい。

 

僕がドラマの脚本を勉強をしていた頃はそう教えられた。

それはまんざら昔話でもないようで、

割と最近、シナリオ教室に行ったという人からも、

そうやって教えられたと聞いた。

けど、もう現実は違っている。

このドラマに共感を寄せる多くの視聴者--

鳴海と同じアラフォーやその下の年代は、

一見、何も変わらず、始まったときと同じく、

ひとりで自分らしく生きようとする鳴海の

内面の変化を感じ取っているのだろう。

 

しばらく前まで、家族が価値観の最上級、

唯一絶対の価値であったこの国では、

結婚すること、子どもを授かることは、

紛れもない、揺らぐことない幸福の証であり、

完全無敵の善だった。

 

しかし、今となっては、それは幻想だった。

それは何者かによる洗脳だったと、

現実に裏切られた人たちが気づいてしまった。

そして、家族って一種の「負債」ではないか?

という認識にも至ってしまった。

 

このドラマでは、特に那須田のセリフに顕著だが、

家族の問題・人生の問題を

経済用語で語る場面がやたらと出てくる。

今の世のなか、価値観の主軸が経済になっていて、

特にアラフォー以下の年代の人たちにとっては

それがデフォルトなのだろう。

 

家族主義の時代が終わって、

自分らしさを追求する個人主義の時代になった、

といえばそれまでだが、

家族という負債から解放された、自分らしさって何だろう?

愛とか自由とかの意味ってどうなってしまうんだろう?

と考えてしまった。

ただ、大いに笑った後にいろいろ考えられるということは、

よくできたドラマなんだろうな、やっぱり。

続編を望む声も多いが、すぐにやったら面白くない。

10年後の話だったら、また見てみたい。

それにしてもアラフォーになっても、綾瀬はるか、かわいい。

 


0 コメント

アスリート芸人・宇野けんたろうさんのガチトレーニングイベントを取材

 

吉本芸人随一のアスリート 宇野けんたろうさんの

「走力アップ×夏バテ対策イベント」を取材。

題して「目指せサブ4!in 3Po 

 低酸素ルーム × 宇野メソッドで走力UP」を

今週水曜(30日)の夕方に行った。

 

宇野けんたろうさんは、おそらく長距離走にかけては、

当代きっての芸能人最速ランナー。

間寛平、猫ひろしの後継者ともいわれ、

フルマラソン2時間30分台の記録を持つ。

オリンピックなど世界レベルの大会の出場者が2時間10分台。

東京マラソン・男子出場者の平均が4時間30分前後。

タイトルにある「サブ4」とは

「フルマラソン4時間切り」のことで、

3時間台で走れば、市民ランナーと言えども

「エリートランナー」の仲間入りをすることになる。

 

宇野さんはそんな人たちを指導する、

すごい実力の持ち主であるとともに、

芸人なのでコミュニ―ション力や

人を楽しませることにも長けている。

 

というわけで、地元の江東区をはじめ、

あちこちのマラソン大会、スポーツイベントに

コーチやゲストとして引っ張りだこ。

彼を中心としたランナーたちのコミュニティもできているという。

 

そんな宇野さんと、江東区・亀戸にある

低酸素リカバリーフィットネスサロン「3Po(さんぽ)」が

タッグを組み、初めてのイベントを開催。

といっても大げさなものではなく、

宇野さんといっしょに走って

低酸素トレーニングを体験してみよう、というものだ。

 

約90分のタイムスケジュールは、

1.施設案内&ウォーミングアップ

2.宇野けんたろうさんと一緒に外ラン(約20分)

3.低酸素ルームでトレーニング体験(約20分)

4.本格リカバリーマシンで疲労ケア

5.お土産配布

 

午後6時半に10代~50代の男女8人が集合し、

3キロ外を走った後に、3Poの低酸素ルームに入り、

4人ずつ分かれて、バイクとウォーキングマシンを

交互に体験した。

「マイマウンテン」というウォーキングマシンは、

トレイルランニング(山歩き・山走り)の練習に利用する

特製マシンで、速度を変えられるだけでなく、

傾斜角度を50度まで上げ下げできる。

 

軽く外ランの後に低酸素ルームのマシンで追い込む、

という計画通り、

たった20分だが、室内で猛烈なトレーニングが繰り広げられた。

低酸素ルームは、常圧低酸素の環境を創り出し、

高地トレーニングを代替。

肉体を細胞レベルで作り変えていくというもので、

近年、アスリートの間で急速に広がっている。

 

ここでの運動は、普段の状態での運動の3倍以上の効果、

つまりここで20分トレーニングすると、

単純に1時間以上のハードトレーニングをしたのと

同等の効果が得られるのだ。

 

そのため、負荷のかけすぎで体が悲鳴を上げたのか、

途中でバテてリタイアする人も。

終わった後、宇野さんに聞いてみたところ、

「今日はちょっとうやり過ぎたかも」

 

僕もここでバイクとマイマウンテンをやったり、

高齢者たちが健康増進のために利用するのを

取材したりしてきたが、今回、ガチランナーたちが思いきり、

マシンと格闘するのを目の当たりにして、

奇しくも、低酸素トレーニングのすごさ・クオリティを実感した。

 

最後、宇野さんは、

「こんな猛暑の季節に外で

ガチなトレーニングを続けるのは難しい。

できるのは早朝3時間、夜3時間くらい。

日が暮れても地面は熱をたくわえているので、

下手にやりすぎると危険です。

その点、こういう施設があると心置きなく、

からだに負荷をかけ、トレーニングに励める。

地元の亀戸にこんな施設ができて、うれしい」と話した。

 

トレーニングの後は脚の血流を癒すメドマーや、

筋肉をほぐすバイブレーションチェアなどで

癒しのひと時も。

 

今回のイベント企画者・スポーツメンタルコーチの

押田海斗さんのメンタル新聞、

新小岩でグルテンフリーのクレープ店

「おこめのおくりもの」を営む

和田あいりさんの「グルテンフリーフィナンシェ」の

お土産もついて、みんな大満足の楽しいイベントになった。

 


0 コメント

真夏の昭和スイカ子ども伝説

 

夏の食べ物と言えばスイカ。

他にもいろいろあるが、やはり圧倒的に迫力がちがう。

 

でかくて丸くて重い。

もしこれで大谷選手が時速160キロの剛速球を投げたら、

バットは確実にへし折られるだろう。

デッドボールを食らったら死ぬかもしれない。

 

それでいながら、丸くて色鮮やかでかわいい。

これほど夏に似合う食べ物もないだろう。

 

昭和の時代、スイカは子どものものだった。

大人は子どものおこぼれを預かっていた。

そうなのだ、スイカ食いの主役は子どもだ。

子どもが食べるから、スイカは楽しくて面白かった。

 

あのでかいやつをかち割って、

いとこたちと、近所のガキどもと、町内のクソガキどもと、

学校のバカどもと、みんなで分けて食った。

 

もちろん、家でも家族みんなで食った。

じいちゃんの記憶はほとんどないが、

なぜか真夏にいっしょにスイカを食っていたことは覚えている。

おじさんも、おばさんも、みんないてスイカを食った。

 

僕が生まれたのは、ひどくボロい借家だったが、

小さな内庭があって縁側があった。

その縁側から家族や友だちとタネ飛ばし競争をやった。

じいちゃんがタネを飛ばしていた映像が頭の片隅に残っている。

 

「スイカは英語で『タネプップー』にしましょう」

明日アメリカに行くというのに、

頭をぶつけて英語を忘れてしまった友人に

そう提案したのは、バカボンのパパである。

 

「天才バカボン」のマンガ家・赤塚不二夫は、

スイカに思い出やこだわりがあったらしく、

夏になるとマンガの中に必ずスイカが登場した。

 

その中で面白かったのが、「おそ松くん」などで

スイカの皮が紙のようにペラペラに薄くなるまで

食べるというやつである。

スイカをペラペラになるまで食う、というのは貧乏人の証だった。

「ほら、これ、あそこの家のスイカ」

「うわぁ、ぺっらぺら」

「ギャハハハ」

という会話で貧乏人を笑ってギャグが成立した。

その頃はみんな貧乏だったので、それでよかったのだ。

昭和の貧乏はあたたかくて楽しくて、

今となってはノスタルジーだ。

 

というわけで、僕はその赤塚ギャグが大好きで、

いとこや友達と「スイカペラペラ競争」をよくやった。

どっちがより薄くスイカを食べられるか競うのだ。

 

昔のスイカは、今のより皮が厚く、

白い皮の部分はぜんぜん味がない。

それでもひたすらかじりまくった。

そして笑った。

そういうばかばかしさがスイカにはよく似合った。

 

夏は子どものものだった。

まだ暑いことが、元気で楽しかった時代。

今、夏休みでも、昼間の公園に子供の姿は

ほとんど見当たらない。

これほどの猛暑、熱中症の危険があるからしかたがないが、

日本の夏もサマーがわりしてしまった。

 

でも、スイカは暑ければ暑いほど、甘くなるらしい。

明日から8月。スイカをいっぱい食べよう。

 


0 コメント

ペット葬・ペット供養のメッカと愛情の行方

 

「旦那はお安く直葬でいいけど、

うちのわんちゃんのお葬式は

何百万円かけてもいいから盛大にやりたいわ」

 

そういう奥さんが増えているらしい。

半分冗談だと思うが、本音度はそう低くない。

家族だろうが恩師だろうが、知人友人だろうが、

とかく人間同士の関係は、

愛情以外のいろんな感情・打算・損得勘定、

その他、いろんなしがらみがまとわりつく。

 

それに比べてワンちゃん・ネコちゃん(その他ペット)

との関係は愛情100パーセント。

そして通常は、親である飼い主が、

子供である犬・猫の旅立ちを見送ることになるので、

そのお葬式は人間のものよりも相当感情的になるらしい。

 

府中にある慈恵院の「多摩犬猫霊園」は

100年の歴史を持つ霊園。

最近でこそ、多くの飼い主が

ちゃんとペットを弔うようになったが、

大正や昭和の貧しい時代にそんな需要があったのだろうか?

 

と訝っていたが、取材でお話を聴くと、

その頃からセレブな方はちゃんと

犬猫を手厚く弔っていたようだ。

皇族をはじめ、大企業経営者、政治家、芸能人・・・

知っている有名人の愛犬・愛猫のお墓も多い。

本堂、納骨堂、霊園、色々見せてもらったが圧巻のひとこと。

広大な境内に火葬場もちゃんと設備されている。

100年の歴史はだてじゃない。

 

最近はどこのお寺・葬儀社なども

ペット葬を手掛けるようになっているが、

その多くはこちらをお手本にしたいと、

見学や相談に訪れるという。

少なくとも東京で唯一、東日本で断トツの

ペット葬・ペット供養のメッカである。

 

しかし、セレブ御用達だから、めっちゃ高いかというと、

そうでもないので、わが子を手厚く弔いたいという人は、

知っておくといいかもしれない。

 

ペットが家族化し、人間より大事に弔われる風潮を

嘆く人、怒る人もいるかと思うが、

そういう人は、自分が周囲の人たちをどんな目で見て、

どう付き合っているのかを、もう一度、考え直し、

犬・猫みたいに愛情をもって接してもらいたければ、

振る舞いや考え方を変えたほうがいいかもしれない。

 

現代人は、人間同士の愛情に希望をなくしている。

でも愛情・人情べったりより、

ほどほどの距離感があったほうがいい場合もあるので、

何とも言えない。

 


0 コメント

真夏の昭和立志伝

 

とあるグループ企業のトップの方からご指名を受けて、

自叙伝を代筆することになった。

初対面でいろんな話を聴かせていただいたが、

昭和の起業家の話はやっぱり面白い。

 

僕の父もそうだったが、

戦後の復興期から高度経済成長の時代、

志を立て、ハングリー精神を持って

荒れ地を開拓するかの如く、突き進めたのは、

ある意味、幸福な時代だった。

昭和の社会は野蛮で闇も多かったは、その分、

シンプルに成功を、幸福を追求できたのだと思う。

 

そんな歴史をとどめて後進に伝えたいという思いを

抑えることができないというのだ。

高齢とは言え、聡明でダンディな方なので、

自己満足であることは、

おそらくご本人もわかっているのだろうと思う。

でも、人に迷惑をかけるものでない限り、

自己満足は徹底的に追求してほしい。

またまた仕事として、

昭和立志伝を書くチャンスをもらって、

暑さも吹っ飛ぶほど光栄だ。

 


0 コメント

ロックってやっぱりカッコいい。 渋谷陽一の文章を読むとそう思う

 

音楽評論家の渋谷陽一さんが亡くなった。

雑誌「ロッキンオン」の編集長で、

ロックフェスのプロデューサーだったが、

僕の中では、若かりし頃の音楽ライター&DJの印象がほとんど。

僕がロックにハマったのは、

彼の文章やDJトークの影響が大きかったと思う。

 

1970年代の半ばから80年代初めごろまで、

彼の書く文章をむさぼるように読んでいた。

その頃はネットなど影も形もなく、

音楽を聴くうえで信頼できる情報は、

雑誌であり、レコードに入っているライナーノーツだった。

 

レッド・ツェッペリンのライナーノーツの文章は

今でも忘れられない。

なかでも印象的だったのが7枚目のアルバム「

プレゼンス」のライナーノーツ。

 

「ロックってやっぱりカッコいい。

レッド・ツェッペリンを聴くといつもそう思う」

 

と、何のてらいもなく書き放ち、

なぜ、ツェッペリンがそれほどカッコいいのか、

数あるバンドの中で特別なのかを、

アルバムタイトル「プレゼンス(存在)」と絡めて、

さらりと、しかし、力強く言語化していた。

わずか800字程度だったと思うが、

その文章がとんでもなくカッコよかった。

 

「プレゼンス」はツェッペリンの作品の中でも、

全体的にやや地味な印象のアルバムだが、

その渋谷さんのライナーノーツのおかげで、

ひときわ輝く存在になった。

 

キング・クリムゾンの「エピタフ」を社会批評の歌、

そして「レッド」をプログレでなくハードロック、

と最初に評したのも渋谷さん、

エマーソン・レイク&パーマーを

「70年代ロックの巨大な打ち上げ花火」

と言い表したのも渋谷さんだった。

 

渋谷さんひとりではないが、

当時の音楽ライターたちの文章は、ロックをただの音楽ではなく、

僕たちに必要なカルチャーに昇華させていた。

それらは間違いなく、僕らの精神を豊かにし、

現実と未来を生きていく糧になった。

 

彼が敬愛していたジミー・ペイジも、

ポール・マッカートニーも、

ミック・ジャガーも、まだ生きている。

彼が励まし続けた佐野元春もバリバリの新作を作っている。

ロックはまだ終わっていない、と信じたい。

 

渋谷陽一さんのご冥福をお祈りします。

 


0 コメント

日本には外国人もAIもロボットも必要

 

昨日の夕方、参院選の期日前投票に行ったら大混雑。

連休なので前日のうちに投票を済ませて、

日・月はお出かけしようという人が多いのかも。

 

選挙があるたびに「変わる」「変える」「変えよう」と、

捕手も革新もそろって連呼するが、

この30年、本質的なところは何も変わらなかった。

そしてちよっと変えてみたけど、全然うまくいかなかった。

(30年前の社会党、15年前の民主党)

 

さすがにそろそろ本気で変える・変わる潮目が来たのかな、

といった期待感だけはある。

消費税とともに外国人問題が争点となっているが、

僕は外国人も、AIも、ロボットも、

この先の日本には必要だと思う。

 

豊かになって精神的貴族が増えたこの国で、

昭和と変わらない考え方・やり方がまかり通るわけがない。

世界はこの先、あらゆるものがフラット化する。

どの国にいても同じ質の商品やサービスが手にでき、

ある程度のレベルの生活が保てるようになる。

そうなるには日本人だけではやっていけないし、

AIやロボットの助けがいる。

 

そんなわけで、変革のために

ちゃんと伝わる政策を掲げているれいわ新選組、

そして長期的には、

AIを駆使してやっていこうという可能性を秘めた

チームみらいに票を入れた。

新しい未来を感じられる結果が出ることを期待している。

 


0 コメント

55年がかりの夏休みの宿題

 

6月からのひどい暑さにKOされてしまったが、

子どもたちはこれからやっと夏休みに入るところ。

なんだか夏休みパート1が終わって,

パート2の始まりという感じ。

もしかしたら9月以降にパート3もあるかもしれない。

 

大人になって久しいので、

もはや夏休みという言葉には郷愁しかない。

会社員になったことがないので、

お盆休みには無縁だし、

わざわざ混雑する時期に出かけることもなかった。

だから、自分の中で夏休みとは、子どもの夏休みのことである。

 

そんなわけで一度、夏休みをテーマにした話を書こうと思って、

何年も前から取り組んでいるのだが、なかなかできない。

去年の夏はザクザク進めて、こいつは行けそう

と思ったのだが、途中で止まってしまい、

そのまま、また長らくお休みしてしまった。

今年の夏、突破口を見つけてまた書き始めている。

 

この話のベースにしているのは、

小学校5年生の時に友だちと一緒に書いた

小説(のようなもの)である。

内容も登場人物もまったく違えているが、

自分の中ではあの小説を再現する感覚で書いている。

 

もちろん、そのノートは残っていない。

紙面が真っ黒に見えるほど、びっしり字で埋め尽くし、

あちこちにマンガみたいな挿絵を入れていたのは、

今でも目に浮かぶ。

 

大体のストーリーをはじめ、

キャラ設定や何がどうしたという展開も

けっこう記憶に残っており、

書いていくと、どんどんいろいろなことを思い出す。

 

ついでに小学校5・6年生の時の

クラスメートの顔や声も思い出す。

最近は小学校も高学年になると、

スクールカースト化が始まって、

子どもたちが階級で分断されていく、という。

そんな話を聴くと、いい気持ちはしない。

 

昔がよかったわけではないが、

少なくとも、そうした不幸な分断・選別が

当たり前みたいに語られることはなかった。

 

僕が子供の頃の学校では、

なんとなく仲がいい同士のグループはあったが、

みんな、グループ間を自由に行き来していた。

とくに5・6年生の時のクラスは

小中高のなかで最も好きなクラスで、

いろいろなやつがいて、毎日いろいろなことが起きて、

本当に面白かった。

 

それにしても10歳の頃に書いたものを

60歳を過ぎてまた書く気になるなんて

夢にも思っていなかった、

なんだか55年がかりで夏休みの宿題を

やっているような気がする。

秋風が吹いて涼しくなるころには完成させたい。

今年こそ。

 


0 コメント

政党プロモーション動画をちゃんと作れ

 

参院選が近づいてきて、

「期日前投票行ってきました」

という投稿をチラホラ見かけるようになった。

消費税・給付金・社会保障・外国人問題・・・

争点はいろいろあるが、

一般の有権者にとっては、どうも各党の主張がわかりにくい。

これは今に始まったことでなく、

選挙があるたびに感じることだ。

 

選挙公報がある。

政見放送がある。

各党のホームページがある。

それはそうだろうし、そういうものちゃんと見て、

誰に、どの政党に投票するか、しっかり検討するのが、

まっとうな有権者だ。

 

という意見は、ごもっともだが、

現実問題、忙しい現代人がそこまでちゃんとやれるのか疑問だ。

もちろん、僕もちゃんとやれてない人の一人である。

それで面倒になって、SNSで流れてくる、

あそこがいい、あそこはだめといった情報、

それも感情的男・煽情的な情報を鵜呑みにしてしまう。

デマ情報にも簡単に踊らされてしまう。

そこでもっと活用すべきなのではないかと思うのが、

プロモーション動画である。

それも街頭演説を切り取ったようなものや、

ほんわかイメージだけのもの、

ただひたすら熱く語るだけのものではだめ。

 

その点、今回、感心したのは、

山本太郎率いる「れいわ新選組」のプロモ動画である。

データを明示して「だからこういう政策を取る」

ということを、テンポよく5分足らずで

論理的に、エンタメ的要素も入れて、しっかり見せている。

彼らの主張・政策がいいのかどうかは別の問題だが、

すごくわかりやすい。

今まで見た政治関係のプロモ動画のなかで

最もクオリティが高い。

 

どの党もこれくらいのクオリティの動画を作っ

理念・政策を訴えるべきだ。

それで興味を覚えた人は、

選挙公報・政見放送・ホームページを当たれば良い。

動画の時代になっているのに、党の顔になるプロモ動画が、

わけのわからないへぼなものではお話にならない。

 

もう今回は間に合わないが、

今回のれいわのプロモ動画をお手本に、

どの党も、有権者の投票行動に結びつく、

ちゃんとしたプロモ動画を作ってほしい。

 

※気になる人は「政党プロモ動画」で検索すれば、

上位にれいわのが出てくるので見てみてください。

 


0 コメント

映画「国宝」 畸形の演劇と女形の生き様

 

かつてはギリシャ劇にも、シェイクスピア劇にも、

中国の京劇にも、能・狂言にも、女優は存在せず、

男の俳優だけで芝居は上演されてきた。

いろいろな事情があったと思うが、女が舞台に立つと、

多くの男がそれに現を抜かして働かなくなり、

社会が立ちいかなくなったので、為政者が禁じたのだろう。

 

しかし、社会の発展とともに演劇の世界は広く開放され、

女優もだんだん舞台に立つようになった。

21世紀の今日、世界でいまだに女優が舞台に立てない演劇は、

日本の歌舞伎だけである。

江戸幕府によって女優が禁じられてから400年。

女を演じる男優--女形は

何代にもわたってその技芸が伝承されてきた。

今や一種の世界遺産ともいえる独特のスタイルだ。

 

その女形に人生を賭け、紆余曲折を経ながら

ついに人間国宝にまでたどり着く男の物語。

吉田修一の同名小説を映画化した「国宝」。

1964年から2014年までの50年間を描いた一代記は、

歌舞伎の世界の裏側を見事に描き出している。

 

歌舞伎は一見、華やかでセレブな世界だが、

よく考えたら、何でいまだにこんな慣習・ルールが成り立つの?

と思えるような魔訶不思議な世界であり、

畸形の演劇ともいえる。

 

いまだに女が舞台に立つのが許されないことに加え、

伝統芸能でありながら、国家に守られているわけでなく、

純然たる商業演劇として運営されていること。

家・家族で伝承する技芸であるからこそ、

「血」を守っていくためのこだわりが強いこと。

 

みんな、小さな世界で生きているので、

身内・味方に対する愛情・友情・敬愛心は強いが、

一旦事情が変わると、

たとえば、父親・師匠などの後ろ盾を亡くしてしまうと、

たちまち冷淡に扱われ、干されるようになる。

要するに、この物語の主人公・喜久雄のように、

才能があれば、芸が優れていれば出世できるという

フェアな世界ではないのだ。

 

とはいえ、商業演劇なので、

客を集め、興行を打っていくため、

常に客の期待・時代のニーズに応え、

新しいスターをプロデュースする必要がある。

その微妙なバランスのなかで歌舞伎は生き延びてきた。

 

そのあたり、原作(まだ読んでないが)は

かなり詳細に買いているようだが、

この映画でも十分描き出している。

重厚なドラマは、昭和・平成の時代背景も相まって、

素晴らしく見ごたえがあって、

3時間以上の長丁場でもまったく飽きさせない。

 

吉沢亮と横浜流星の熱演が話題になっていて、

もちろん、彼らの感情表現や演技・踊りは素晴らしいのだが、

僕としては、この2人に影響を与え、

無言のうちに「女形の生き方」を示唆する

人間国宝・小野川万菊の存在が、とりわけ胸に刺さった。

 

演じるのは、長らく孤高のダンサーとして活躍してきた田中泯。

その妖怪じみた女形ぶりはすさまじく、登場シーンになると、

まるでそこだけアングラ演劇の世界みたいになる。

そして、人間国宝という栄誉ある称号にあるまじき

最後の登場シーンは、戦慄を覚えるほど印象的で、

そこに「国宝」というタイトルの意味が

込められているように思えた。

 

昭和の時代まで、歌舞伎役者は江戸時代の身分制度を引きづった

「河原乞食」だった。

今でこそセレブ扱いされるが、一般的なセレブイメージと、」

彼らの生きる世界・人生には大きなギャップがある。

映画「国宝」は、そんな歌舞伎という畸形の演劇の歴史・文化、

そしてこの特殊な世界を成立させている人間模様を感じ取ることができる奇跡的なコンテンツだ。

 

舞台のシーンの迫力、女形を演じる喜久雄(吉沢亮)と

俊介(横浜流星)の美しさ。

この映画の魅力・価値を堪能するには、

テレビやパソコンサイズではだめで、

絶対に映画館の大スクリーンで見るべきだと思う。

 


0 コメント

777

 

素数である7は神秘のムードをまとい、

マジックナンバーとして古今東西、一目置かれてきた。

その7が3つ並ぶ(3ももちろん素数でマジックナンバー)

令和7年7月7日は大ラッキーデイ!

と大騒ぎになることもなく過ぎ去ろうとしている。

 

思い返すと、7はやはりミステリアスな数字。

かの「ノストラダムスの大予言」も、

空から大魔王が降ってくるのは「7の月」だった。

他の数字だったら、あそこまで話題にならなかったのではないか。

 

おとといの予言だか予知夢だかの「7月5日」も、

本当は7月7日にしたかったのだと思う。

でも、777だと、さすがに出来過ぎ感がするので、

少しずらして5日にしたのだろう。

 

「セブンイレブン」が成功したのは、

もちろんコンビニエンスストアという

新しい商形態を生み出したからだが、

「7(セブン)」のマジックも侮れない。

 

11も素数。素数を二つ並べ、韻を踏み、語感も抜群。

もともと午前7時開店、午後11時閉店という営業だったので、

理屈も整い、説得感も抜群。

誰でも一発で覚えられる最強のネーミングだ。

もし店名が「セブンイレブン」でなかったら、

コンビニエンスストアはこれほど普及しなかっただろう。

というのは言い過ぎ?

 

世の中のことはともかく、

自分の人生で7がつく日に何か大きな出来事があっただろうか、

と思い返してみた。

2つ思い当たった。

息子の誕生日が5月17日。

父の命日が12月17日。

ついでに言うと、祖父の享年が77歳だった。

こうなると、自分の命日や享年が気になるが、

それは考えずにおこう。

 

雨が降らなかったので、織姫と彦星は無事に会えただろう。

7は星や宇宙とも相性抜群。

ウルトラセブンもシックスやエイトじゃサマにならない。

やっぱりセブンはミステリアスでファンタジックで大好きだ。

 


0 コメント