ロンドンのハムカツ

 

●「イギリスの食い物はまずい」という常識に物申す

 

 ハムカツはロンドン名物? 

 なわけはない。ロンドン名物(英国名物)はフィッシュ・アンド・チップス、ベーコンエッグ、シェーファーズ・パイ、スコーン……といったところか。

 パブにカレーを置いてあるところもあって、これが意外とイケたりする。

 だって、日本のカレーはもとを正せば、明治期に輸入された英国式カレー。

 インドのカレーをイギリス人が自分たちの口に合うようにアレンジしたものだった。 

 

 とにかく、「若い時分、3年ほどロンドンに住んでいた」と言うと、まるでパブロフの犬のように決まって「食べる物、まずかったでしょう?」と聞かれる。

 確かにおかしな味のもの(スーパーで売っている缶詰のシチューとか、マヨネーズもまずい)も多いが、日本人の味覚基準に合わせたら、それはどこの国でも大して変わらないのじゃないかと思う。 

 

  ヨーロッパは一通り回ったが、それと比べて英国の食い物がとびきりまずいとは思わなかった。かのフランスだってイタリアだってトントン。

 うちのカミさんは5~6年前に北京と上海に行ったが、本場の中華料理はまずかったそうである。

 ちなみにロンドンの中華街の中華はとびきりうまい!

 インドレストランのカレーもうまい!

 

●ロンドンの日本食レストランのまかない

 

 ただし、僕の場合は日本食レストランで働いていた、という特殊事情がある。

 フルタイムで飲食店で働いたことのある人はわかると思うのが、従業員には“まかない”が出るのだ。

 つまり、ロンドンにいたとは言え、日常的にはまかないの日本食を食べていた。

 外食でも自炊でも、自分ひとりで食べるのは週に1日半のオフ(1日休みと1日半ドン)だけ。

 「たまに食べるだけだからイギリスのめしも美味いと思っていたんだろう」と言われれば、それまでだが…。 

    

  そのまかないだが、基本的には店で出したものの余り物・ハンパ物を材料にしたメニューだ。

 忙しい店だったので、シェフの皆さんもスタッフのためにそうそう手間ヒマかけていられない。

 なので、こうした肉や野菜のハンパ物をデン!と大皿に持って、それをすき焼きにしたり、しゃぶしゃぶにしたり、鉄板焼にしたりして食べた。

 また、ドカッ!と作れるカレー、そば、うどんなども定番メニューであった。 

 

 当時、僕のいた店ではランチタイム・ディナータイム、あわせて延べ30人くらいのスタッフが働いていた。

 日本人の他にフランス人、デンマーク人、ポーランド人、タイ人、フィリピン人、韓国人、中国人、スリランカ人、エジプト人などがいて、まさに多国籍軍団。

 中には肉・魚類を一切口にしないベジタリアンや、イスラム教徒のために豚肉が食べられないヤツもいた。

 

 それ用に特別メニューが作られることもあるのだが、基本的にはみんないっしょに、午後3時の昼飯・午後11時の晩飯に上記のような“日本食”をワイワイ食べるのだ。いま思い返すと、なんとも愛おしい風景である。 

 

●特製ハムカツの思い出

 

  さて、上記のように基本、余り物で作るスタッフミール=まかないだが、時々、まかない専用のメニュー(店では使わない材料をわざわざ取り寄せて作る献立)も食卓に上った。その中の一つがハムカツだ。これが美味かった!

 

 エジプト人でいつもまかないを楽しみにしていたモハメッドというやつは、これが出ると「オー、ヘム!」といって嘆いていた(イスラム教徒なのでポークが食えない)が、こんなに美味いハムカツはその後、味わったことがない。

 自分でも作ってみたが、単に材料がよくてもダメだ。お歳暮などでいただく高級ハムより普通の安いハムで作った方がうまかったりもする。  

  

 本当にあのまかないの味は、記憶の中枢と結びついていて、ロンドン時代の思い出が次から次へと湧き出してくる。

 当時の街の匂いや光や空気感までよみがえってくるのである。もっといろいろ書きたいけど、キリがなくなるのでまた次回。

 

 当時、かのHIROKOレストランで厨房を仕切っていたヘッドシェフの岡山さん、〈おいしいロンドン〉をどうもありがとう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2011・6・6 MON