昭和の遺産はどこへ行き、どう使われるのか?

 

 昨年末から「遺産相続」のコラムを書いています。

 

 そこで遺産相続の問題をストーリーの中に取り込んだ文学だのエンタメコンテンツなども紹介しているのですが、いろいろ調べていると、ミステリーなんて半分くらいは遺産がらみのストーリーなんじゃないかというくらい巨大なテーマであり、何と言うか、使い勝手のいい事柄なんですね。

 

 考えてみれば、お金、親子、結婚、家族、男と女、愛、夢、希望、過去、未来・・・人間の感情を揺り動かすありとあらゆるものが「遺産」というキーワードに絡んできて、ドラマ作りとして、これほどおいしいテーマはありません。

 

 特に資本主義経済の世の中になった19世紀の英国あたりから、それまで上流階級の専売特許だった「遺産相続」というコンテンツが、一般大衆にまで下りてきて、広くいきわたった、という感じがします。

 

 チャールズ・ディケンズの「大いなる遺産」などがその代表作品かと思いますが、このあたりから、貧しい子や孤児などが厳しい境遇に負けずに頑張って生きていると、思いもかけないところから莫大な遺産が転がり込んできたり、あなたが相続人に選ばれましたと言われてハッピーエンド・・といった少年少女読み物が、ぼくの子供のころまではあったような気がします。

 

 しかし、それも最近はとんと聞かなくなりました。それよりも遺産をめぐって起こる殺人事件やら愛憎劇やらの方が、おとなのみならず少年少女にとってもリアリティがあるのでしょう。

 

 高齢者の貯金を狙って詐欺師が跳梁跋扈したり、安アパートで孤独死したお年寄りが、実は数千万円の預金通帳を持っていた、というご時世。

 戦後70年を経て、復興~高度経済成長期に作られた様々な昭和の「遺産」の行方が気になります。