神ってるナマケモノ

 

 年末年始はナマケモノになる。

 と決めていたのですが、結局、大みそかの昼まで仕事をして、半日、最低限の掃除をしてやっとこさ静かな夜を迎えました。

 

 久しぶりに紅白歌合戦を頭から最後まで見ました。

 今までなんとも思っていなかったけど、SMAPの不在は大きい。

 失ってみて、その存在感の大きさをひしひしと感じました。

 

 さて、あけましておめでとう、となってしまいましたが、ナマケモノの話。

 超過労働の人が増えているのか、最近、この動物のファンが急増しているということです。

 僕もファンというわけではないけど、そのライフタイルには興味を持っています。

 

 英語名はそのものズバリ、「Sloth―怠惰」。

 これはキリスト教の教義では傲慢、強欲、暴食、淫乱、憤怒、嫉妬と並ぶ七つの大罪の一つ。の動物は存在そのもの、生き方そのものが罪であり、否定すべきものなのです。

 つまり、敬虔なキリスト教徒の西洋人にとってこ

 そのため、南米大陸で発見され、研究者によって生態がわかってくると、侵略―植民地政策―帝国主義―資本主義という歴史を突き進んできた、野心溢れる西洋人にとって侮蔑の対象となりました。

 地上最低のノロマで低能な生き物だと、19世紀・20世紀を通じてバカにされてきたわけです。

 

 ところが近年、21世紀になる頃には風向きが変わり、彼らの省エネでエコな生き方こそ、現代人が見習うべきではないかと意見があちこちから聞かれるようになりました。

 

 同時にあくせく働くこと(働かされること)に嫌気がさし、そうしたストレスフルな人生に疑問を抱く人々の心をつかむようになりました。

 

 そのナマケモノ、毎日ぶら下がっているだけの人畜無害な「いい人」だからと言って、厳しい自然はそんなことで容赦なんかしてくれません。

 しめしめ、おいしいごはんがぶら下がっている、と空から、地上から、狙ってくる猛禽・肉食獣がいっぱいいます。

 

 そんな時、彼はどうするのか?

 普段はのんびりウスノロだけど、いざ窮地に陥ればすごいパワーを出して敵に牙をむく、あるいは想像もつかなかったスピードを出してピンチから脱出する。

 

 ・・・なんて大逆転劇はまったくありません。

 狙われたら最後、何の抵抗をすることもなく、逃走を試みることもなく、ただ諦める。

そして全身の筋肉を弛緩するのです。

つまり、「あ、ねらわれちゃった」と思ったとたんに「はい、これまでよ」となり、「どうぞお召し上がりください」と、単なる肉塊と化してしまうのです。

 

 ああ、なんて情けないと思うでしょうか?

 やっぱりこいつらは史上最低のノロマで低能でダメダメなのでしょうか?

 

 けれども不思議なことに、そんな最低・最弱な哺乳類のナマケモノは進化の勝者。

 生き残るためにどんどん強く、速く、大きくなっていった動物たちが次々と進化の途上で滅びていく中で、ナマケモノは太古から連綿とその遺伝子を伝え続けている稀有な動物なのです。

 

 考えようによっては、狙われたとたんに全身の筋肉を弛緩させる。つまり、完全にリラックスした状態にできるなんて、ほとんど神技。

 人間にも他の動物にもできない芸当なのではないでしょうか。

 今年の、いや、もう昨年になりますが、流行語になった「神ってる」です。

 

 もしや彼らは低能どころか、あまりにも高度な頭脳、崇高な魂を持っていて、自らの哲学を実践し、この世の生の終わりを悟り、命を捧げることで逆に捕食者の命を飢餓から救っているのかもしれない。

 

 また、筋肉を弛緩させることで、襲われる恐怖と肉体を引き裂かれる苦痛から自由になり、精神を解放するのかも知れない。

 

 そして、食われることで捕食者と同化し、猛禽となって大空を翔たり、肉食獣となってジャングルを駆け回るのではないでしょうか。

 翔るナマケモノ、走るナマケモノ、神ってるナマケモノ。

 

 というわけでナマケモノの生き方に思いをはせつつ、三が日は僕も神って怠けていようと思います。

 

 

2017・1・1 SUN