新聞少年絶滅物語2:まかない付き・住み込みOK職場の光と闇

 

 新聞配達・新聞少年の話は、小説・エッセイ・映画などの中でよく登場します。

 作家の田口ランディは、若い頃、新聞販売所で「まかない婦」のアルバイトをしていたそうで、その体験談を自分のエッセイで書いていました。

 

 そうか、新聞屋さんというのはまかないがあるんだ。

 たぶん朝刊を配り終えて帰ってくると、ほっかほかのごはんとお味噌汁が出てきて、

みんなそろって「いただきまーす!」とがっつく。

 そして新聞少年はそのまま学校へ。いや、一度家に帰るのか?

 さすがに子供じゃ住み込みはしてないよね・・・。

 

 そんな昭和ロマンに思いをはせつつ、現代の求人広告を見てみると、驚いたことに、いまだに「住み込みOK」「賄いつき」という文言を目にします。

 

 そうでしたそうでした、事情で家がなかったり、部屋を借りられなくても、住み込みや賄いつきで働けるのが新聞販売店の特徴。

 新聞少年につられて、つい牧歌的でノスタルジー漂う昭和世界(なんとなくドリフのコントや吉本新喜劇の舞台にもなりそうだ)を連想してしまいますが、その反対に文学の世界では、新聞にまつわるネガティブな話もさんざん描かれています。

 

 上の方(新聞社)もいっぱいスキャンダルがあるけど、話を末端の新聞販売店・新聞配達に絞れば、そこで働く人たちははぐれ者として描かれ、ワケありの過去を持つ人物がウヨウヨ。

 いわばブラック業界、ダークサイドの職場というわけです。

 

 そうした環境にいるうちに、元気で明るく、健気だった新聞少年は、齢を重ねるごとに屈折し、何やら暗い影を背負った大人になっていきます。

 

 「なんで人が新聞読むか知っているか?

 記事を見て、ああ、世の中にはこんなに不幸な人、気の毒な人がいっぱいいる。

 それに比べれば、私たちはずいぶんましだ、幸せだ。

 そうやって安心するために読んでいるんだよ。

 新聞のいちばん大きな役割は、そうして人を安心させ、社会を安定させることなんだ。

 それを家まで配達している俺たちは、多大な社会貢献をしているんだぜ」

 

 高校の頃に、小説の中に登場する新聞屋さんの、こうした皮肉にあふれたフレーズに初めて出会った時、ああ、世の中、甘くないんだ。そんなシビアな見方もあるのかと、僕は衝撃を受けました。

 さすが小説を書くような人は違うな、すごいなと感心したものです。

 

 ちなみにこのフレーズ、表現の微細なところは異なっているけど、同じ意味の文章・セリフを、何本もの小説、エッセイ、映画などで散見しています。

 パクリなのか何なのか分からないけど、それだけ読む人の記憶に残るフレーズです。

 

 インターネット普及以前は、情報源のキングとして、社会に君臨していた新聞。

  もちろん、速報性という面では後発のテレビやラジオに後れをとっていましたが、

その深度と正確さはそれを補って余りあるもの(と思われていた)だし、何と言ってもメディアの大先輩。

 だから人々の信頼も厚く、従って社会的地位も高く、大きな顔をしていられました。

 

 そうした表の顔が輝かしい分、裏面の闇は深く、フィクション・ノンフィクションに関わらず、新聞にまつわるネガティブな話がさんざん描かれるようになったんでしょうね。

  

 子供の仕事から大人の仕事になった新聞配達。

 やはりいずれはロボットだか何かの仕事になるのだろうか。

 あと数十年したら、アトムみたいなロボット少年が新聞を配っているかもしれません。