映画「はじまりへの旅」の寓意とユーモア

 

 望んだとおりに生き、望んだとおりに死にたいのだけど、それがすごく難しい。

 はるか昔からほとんどの人間はそうだったのだけど、現代の先進国で暮らす人間がひどく思い悩み、そうした生き方・死に方を求めて悪あがきするのは、なまじ物質的に豊かになり、自由を手に入れているような幻想に囚われて育つからかもしれない。

 

 ということをよく考えていますが、そんな僕のような人間にとっては、素晴らしく面白い映画でした。

 

 そうでもない人には、ただのヘンテコな家族の巻き起こす大騒動、という物語でしょう。

 もちろん、それでも面白いと思えればいいけど。

 

 例によって息子が面白いというので、だいぶ遅れて観てきました。

 以下は、これまた例によってネタバレ。

 

●「生きる力」を身に着ける最強の子育て

 アメリカの森の中で暮らす、現代文明を拒否するかのような生活を送るサバイバルファミリー。

 

 父親は「生きる」ということに真剣で、18歳から8歳まで6人の子供たちとともに、森の中を駆けてナイフを使って動物を狩り、獲物を屠り、その肉で食事をする。

 また、岩登りなどにも挑戦し、過酷な自然環境の中での適応能力をつける。

 そうして鍛えられた子供たちの身体能力はアスリート並み。

 文字通り「生きる力」を養う教育・生活だ。

 

 体力のみならず、夜は火を囲んで本を読み、あらゆる学問に通じ理解し、学校なんか行かなくても子供たちの知力はみんな超一流。

 

 これは一種の理想的父親像であり、最強の子育て・教育の在り方だと思います。

 称賛されこそすれ、非難されるものではないはずなのですが、そうは問屋が卸さないのが現代社会のオキテです。

 

●現実と理想の間で引き裂かれた母の死

 ここに唯一欠けているもの――それは母親の存在です。

 母親はほとんどこの物語の中に登場しないのだけど、その存在が物語を動かす大きなテーマ。

 なんと、父子と離れて都会の病院に入院していた彼女は、精神を病んで自殺してしまうのです。

 

 物語の前半で、母(妻)が精神を病んだことが、消費文明をボイコットし、森の中で生きる・子供を育てることを選ぶ、大きなきっかけになったことが示唆されます。

 

 この両親は、自分たちを含む現代人の精神が不健康になるのは、資本主義社会、物質文明に支配された生活環境が原因なのだと考えたのです。

 

 ところがその考え方は違っていた。

 結局、子供たちの母――父にとっての妻は、現実の文明社会と、彼女と夫自身が理想とした自然の暮らしとの間で引き裂かれてしまった。

 

 そうした重苦しいテーマをはらんで、物語は軽快なテンポの、コミカルなロードムービーへ展開。

 一家は、母の葬式に出るべく、森を出て都会へ向かって旅します。

 その旅の中で、理想の父に最強の教育を受け、真の「生きる力」を身に着けたはずの子供たちが、現実のアメリカ社会の中では、ひどく脆く、奇異な存在であることが露呈されてしまいます。

 

 ひとりひとりの個性を尊ぶというアメリカでも、やはりこれだけ極端な個性は忌避されてしまう現実。

 日本の場合だったら、言わずもがなでしょう。

 

 この子供たちが皆、かわいくて素敵です。

 長男役は若い頃のジョニー・ディップに、次男役はレオナルド・ディカプリオに似ている。なんとなく。

 女の子たちも、名前は出てこないけど、みんな誰か先輩女優に似ている気がします。

 

●これがホントの家族葬?

 最も感動的だったのは、終盤の母親の「葬送」です。

 父と子供たちは埋葬(キリスト教の伝統で土葬)された母親を掘り起こし、遺体を森の中へ運んで自分たちで音楽を演奏しながら火葬します。

 そして残った遺灰を空港のトイレに流してしまうのです。

 

 こう書くとギョッとするかも知れないけど、この一連のシークエンスは、とても愛のこもった、心温まる、なおかつ神聖な場面です。

 

 これが母が遺書に遺した「自分の望む死」だったのです。

 

 最近、日本でも家族葬や散骨に人気が集まっていますが、これぞ真の家族葬であり、散骨。

 

 僕もこういう終わり方がいいなぁ。

 現代人らしく、最後の最後は水洗トイレでジャーッと流れていきたい。

 

 でも、実際にはこんなことは社会で許されないのです。

 日本ではトイレに遺灰を流すのは明らかに違法行為、たぶんアメリカでも同じだと思います。

 

●改めて子供の未来のこと

 長男(実は彼はアメリカ中の超一流大学にすべて合格している)はその空港から新しい環境に向けて旅立っていき、残った父やきょうだいたちは、なんとか現実と自分たちが培ってきたライフスタイルとの折り合いをつけた、新しい生活を送り始めます。

 

 今の若い連中、そしてこれから生まれ、育つ子供たちは、どんなライフスタイルを理想と考え、どう行動するのか?

 大人が示すライフプラン、ライフデザインは、はたして彼ら・彼女らにどれくらい有効なのか、改めてとても気になりました。

 

 監督さんはこの作品が長編2本目とかで、ちょっと青臭さも目立つけど、そこがまたいい。

 テーマは重く、とても考えさせるけど、寓意にあふれ、ユーモアたっぷりなところがいい。

 ミニシアターでの公開だけど、僕の中では大ヒット作品です。

 もっと大勢の人に見てほしいけどね。