「2020年の挑戦」への挑戦

●迫りくる祝・2020年

  

 2017年も半分過ぎました。

 待望の2020年まであと残り2年半です。

 この半年があっという間だったように、きっとこの2年半もあっという間に過ぎて、気がついたら2020年になっちゃっているでしょう。

 

 しばらく前から「2020年を境に世の中が大きく変わる」という漠然とした空気が漂っています。

 もちろん、語呂と数字の並び具合が最高にキマっているスターイヤーだというのもありますが、特に日本の場合、東京オリンピックが開催されるのでなおさら待望感大盛です。

 

 ごく一部の人は、高度経済成時代――1964年の前・東京オリンピックの時と同様、日本が再び大発展すると、かなり本気で考えています。

 

 その他の大部分の人は、「そんなことあるわけねーだろ、バーカ」と思いながらも、何か劇的な変転――できればよい方向への――を期待しています。

 

 物理的・精神的生活の両面においても、経済・産業・政治といったマクロな部分についても、この数年で変化の要因がいっぱい出ているので、そう考えたくなるのも無理はありません。

 

●ウルトラQ最高傑作「2020年の挑戦」

 

 ところで僕が子供の頃のテレビの特撮ドラマ「ウルトラQ」(ウルトラシリーズの第一弾。ウルトラマンの前の番組)で「2020年の挑戦」というエピソードがありました。

 

 まずタイトルがカッコいい。

 「ぺギラが来た」だの「ガラモンの逆襲」だの、わかりやすく怪獣の名前を盛り込んだものでなく、何やら含みを持った詩的とも言えるタイトル。

 

 内容は、2020年からやってきた未来人=ケムール人が、老化した身体を若返らせるために、現代(この当時=1965年。なんと前・東京オリンピックの翌年!)にやってきて、この当時の人々を特殊なやり方で2020年の未来へ連れ去ってしまう、要するに誘拐していくという、SF、怪奇、ミステリー、サスペンスの要素がぎっしり詰まった濃厚なストーリーの上に、画面をネガ反転させて見せる恐怖感を駆り立てる演出に、僕はトラウマになるほど震え上がりました。

 

 さらにこの事件を、ある作家が予言書のごとく「2020年の挑戦」というSF小説に描いていたという、「ノストラダムスの大予言」みたいな裏話がついているというメタ構造。

 さらにさらに、これまたトラウマになってしまった衝撃的なエンディング。

 子ども心に「すげぇえええ」と感じ、「ウルトラQ」のエピソード中、最高傑作だと思っています。

 

●ケムール人は僕たちのメタファーか?

 

 制作していた人たちが当時、どれくらいの年齢で、どんな時間感覚を持っていたのかは分からないけど、もしかしたら、まだ自分も生きているかも知れない「55年後」をネタにこんな話を作れるとは・・・。

 高度経済成長時代の日本人にとっては、21世紀、そして2020年というのは、本当にまだまだ遠い未来の話だったのだなぁと思わざるを得ません。

 

 僕はここで考えてしまう。

 もしかしたら、2020年に生き、若い身体を求めて過去にタイムスリップまでして人々の若さを欲しがる、このケムール人とは、僕たち現代の中高年世代のメタファー(暗喩)なのではないか、と。

 

 ケムール人とは、老いることを怖れる人間の悲しい性の具象化なのか、おぞましい根性なのか、はたまたお笑いネタなのか、「2020年の挑戦」とは何に対して、何のための挑戦なのか――。

 

 ただ変転を期待しているだけでは芸がないので、自分なりの2020年を作っていくためにも

残り2年半、マラソンしながら挑戦していきたいと思います。

 

 興味のある人は「ウルトラQ」を見て、いっしょに挑戦してみてください。

 

 

 


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コメント: 1
  • #1

    やす (月曜日, 19 3月 2018 15:11)

    今、アマゾンプライムビデオでウルトラQを見ながら感想を書いてます。
    私は,1960年生まれでウルトラQを見てたのは幼稚園のころでした。
    ケムール人の姿と声は幼心に焼きついて夜カーテンを開けるとケムール人
    が立っている気がして眠れなかった思い出があります。