子供の声と「人類の子供たち」

 うちの前は車が通れないほどの狭い小道になっています。

 で、日中、2階で仕事をしていると、窓の下からタタタタと、とても軽いリズムの小走りの足音が聞こえてきます。

 「あ、きたな」と思うと、カチャリと音がして門が開き、ピンポーンとチャイムが鳴ります。

 うちのカミさんが受け答えすると、明るい、はしゃいだ子供の声が聞こえます。

 

 うちは1階が鍼灸院になっていて、カミさんが小児鍼をやっているので、営業日はほぼ毎日のように何人か子供がやってきます。

 

 足音のリズムと最初にドアを開けた時に発する声は、みんなに通っていながら、一人一人個性があって楽しい。

 

 僕は診療しているところには、いっさい顔を出さないので、どんな子が来ているのかは、彼女の話を通してしかわからないけど、音と声だけで想像するのも楽しいものです。

 

 僕は結構恵まれた環境にいるんだろうなと思います。

 

 子供を育てたことのある人でも、大きくなってもう子育てと関係なくなると興味を失ってしまい、子供の声がうるさく感じられるようです。

 だから近所に保育園や幼稚園を建てる話が出ると、必ずと言っていいほど反対運動が起こる。

 

 いろいろその人たちなりの事情があるのだろうけど、それでは寂しいのではないかなと思います。

 

 だいぶ前に読んだ小説で、英国のミステリー&SF作家のP・D・ジェイムズ(女性)が書いた「人類の子供たち」という作品がありました。

 

 世界中で子供が生まれなくなった世界を描いたもので、これはすごく面白った。

 子供いない世界――どこへ行っても子供の声を、足音を聞けない世界は、どんなに豊かで便利で娯楽に溢れていても、おそらく氷に閉じ込められた中で暮らしているような絶望感や孤独感に苛まれるのではないかと思います。

 

 自分との血のつながりがあるとかないとか、関係ない。

 「わたしたちの子供がいる」と思えることが大切なのだと思います。

 

 でもきっと、そういうことはこの小説の世界みたいに失ってみないと本当にはわからないんだろうな。