認知症の義母は、オバケのQ太郎だった

 

●ばなな氏の「私のQちゃん」

オバケのQ太郎全集の2巻の最後に、

作家のよしもとばなな氏の解説が載っている。

 

彼女は大のQちゃんファンで、

藤子・F・不二雄先生が亡くなった時、

肩にQちゃんの入れ墨を入れたそうである。

 

彼女がこの解説で書いていることは、

いちいち自分にも当てはまる。

 

思えば、ラーメンという食べ物を初めて知ったのも、

オバQの小池さんに出会ったからだ。

小池さんが食べるラーメンの美味しそうなことと言ったら!

 

というわけで、マンガとともに

よしもとばなな氏の話にすっかり共感し、

より深いオバQワールドに入り込みつつある。

 

ばなな氏は、ドラえもんよりもQちゃんに肩入れしているが、

その理由は、ドラえもんが役立ちすぎるのに対して、

Qちゃんはほとんど何の役にもたたないからだと言う。

 

まさしくまさしく。

 

僕も役に立って頼りになるドラえもんより、

役立たずで全然頼りにならないQちゃんが大好きだ。

 

さらにばなな氏は、Qちゃんのキャラクターを評して、

“涙もろいし人情家ではあるけれど、わがままだしマイペースだし、

怒りっぽいし、案外なんでもすぐ割り切るし、けっこうクールなのだ”

と言う。

 

●オバQ要素てんこ盛りの認知症

これを読んで気づいたことがある。

 

義母そっくり。

 

もちろん、人によって違うだろうが、

認知症の人の多くは、こうしたちょっと

マンガチックなオバQ要素を

いくつか持っているのではないかと思う。

 

そうか、義母はオバQになったのだ。

僕は相棒の正ちゃんである。

そう考えると、一緒に過ごす日々が

楽しいし、愛おしくなる。

 

この2巻と3巻の表紙のQちゃんの表情は

本当にそっくりだ。

(ラジカセで昭和歌謡を聴いて歌うのが日課になっている)

 

第3巻ではQちゃんの家族がやってきたり、

正ちゃんを連れてオバケの国へ行ったりする。

 

●人間族はオバケ族に還る?

そこで妹のP子ちゃんがオバケの国のことを物語る。

 

「ずーっとむかし、地球にはオバケ族と人間族がいたんですって。

ところが世の中が進歩するにつれて、

ノンビリ屋のオバケは人間にかなわなくなくなったの。

 

多い詰められたオバケは、人間をおどかしたこともありました。

このころの言い伝えが、いろんなバケモノを想像させたのよ。

 

しかし、けっきょくオバケは雲の上に逃げ出しちゃったの。

オバケはうそをついたり、人をきずつけたりできなかったからよ」

 

子どもの頃は、ただ面白がって笑っていたけど、

大人になってオバQを読んで、

これほど考えさせられるとは思わなかった。

 

社会で役に立たなくなった認知症の人は、

人間の悪い部分が抜けて、

オバケみたいなところだけが残るのかも知れない。

 

オバケの国に帰る日まで良い友達でいたいと思う。