生きていく燃料としての記憶

 

コロナ騒ぎが起こった頃から、

なぜかまた10代の終わりから20代前半くらいの記憶が
日々の生活の合間によみがえるようになった。

 

具体的な一つ一つをシーンとして思い起こすのではなく、
そのころの光とか湿り気みたいなものを肌が感知したり、
匂いとか空気のようなものが鼻腔から肺に入ってくる。

「若者時間の深呼吸」なのか?

 

還暦になったせいだろうか?
そのころの仲間が一人、死んだせいだろうか?
(そういえば間もなく49日になる)
よくわからない。

 

村上春樹の「アフターダーク」という小説の中に
こんなセリフがある。

 

「人間ゆうのは、

記憶を燃料にして生きていくものやないのかいな。
その記憶が現実的に大事なものかどうかなんて、
生命の維持にとってはべつにどうでもいいことみたい。
ただの燃料やねん。
新聞の広告ちらしやろうが、哲学書やろうが、
エッチなグラビアやろうが、1万円札の束やろうが、
火にくべるときはみんなただの紙切れでしょ。
(中略)
それとおんなじなんや。大事な記憶も、

それほど大事やない記憶も、
ぜんぜん役に立たんような記憶もみんな分け隔てなくただの燃料」

 

主人公の娘に向かってこのセリフを言うのは、
ラブホテルの雑用係兼用心棒である

元・女子プロレスラーの手下の女だ。

 

何をしでかしたのかわらないが何者かに追われ、
日本中を逃げ回っていて、つかの間、

そのラブホに腰を落ち着けている。
そして彼女は続ける。

 

「もしそういう燃料がなかったとしたら、
もし記憶の引き出しみたいなものが自分の中になかったとしたら、
私はとうの昔にぽきんと折れてたと思う。
どっかしみったれたところで、

膝を抱えてのたれ死にしていたと思う。
大事なことやらしょうもないことやら、
いろんな記憶を時に応じてぼちぼちと引き出していけるから、
こんな悪夢みたいな生活を続けていても、
それなりに生き続けていけるんよ。
もうあかん、これ以上やれんと思っても、
何とかそこを乗り越えていけるんよ」

 

前半は話にコミカルな彩を添えるための端役として登場するが、
何を思ったのか、後半のいいところになって
作者は彼女の口からこんな貴重なセリフを言わせた。


どう解釈するかは「あなた次第です」だが、
僕はけっこう共感を覚え、その中身について考えたくなる。

 

あれも知らなきゃいけない、

これも憶えとかなきゃいけないという
情報が大量に渦巻く今日、
案外、あとあとになって僕たちが生きる燃料にするのは、
役に立たない、カネにならない、どうでもいい与太話や、
本当にささやかな喜びや感傷や、

夢のカスみたいなものなのもしれない。

だれの心のなかにも「子ども」がいる。
自分のなかにいる子どもにアクセスしてみれば、何が本当に大切なのか、何が必要なのか、
幸せになるために何をすればいいのか、どう生きるのか。
自分にとっての正解がきっとわかる。
〈少年時代の思い出〉×〈子育て体験〉×〈内なる子どもの物語〉で
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