トノサマラーメンと名古屋インスタントラーメン戦国史

 

むかし名古屋に「トノサマラーメン」という

インスタントラーメンがあった。

「殿さま」ではなく、

トノサマガエル、トノサマバッタなどと同様、

カタカナであるところに昭和のレトロモダンを感じる。

なんとなく、シン・ゴジラとか、

シン・ウルトラマンと通じるものがある。

 

日本における(=世界における)

インスタントラーメンの歴史は、

1958年(昭和33年)に発売された

日清食品のチキンラーメンから始まるとされている。

このチキンラーメンの大ヒットに追随して、

当時、日本各地でいろいろな

インスタントラーメンが作られ、発売されたらしい。

 

「こりゃうみゃーな」

 

その中でトノサマラーメンは名古屋地域において

まさしく殿様の座を有していた。

名古屋で生まれ育った僕にとって、

インスタントラーメンの原体験は、

チキンラーメンではなく、トノサマラーメンだ。

初めてチキンラーメンを食べた時、

「おっ、トノサマラーメンと同じラーメンだがや」

と思ったような気がする。

 

このトノサマラーメンを作っていたのは、

松永食品という会社だ。

現在、愛知県の春日井市(隣接市で、ほとんどの名古屋人は、名古屋の一部だと思っている)に

「しるこサンド」という、

あんこペーストを挟んだビスケットで有名な

松永製菓というお菓子メーカーがある。

松永食品はそこの同族会社だったらしい。

 

その松永食品の社長の息子が

小学1・2年の時の同級生だった。

特に親しい友だちというわけではなかったが、

出席番号が近く、席が近かったり、

同じ班になることが多かったせいもあって。

「松永くん(下の名前は憶えてない)」のことは、

割と今でもはっきりと思い出せる。

 

満月みたいなまんまるい顔をしていて

おっとりとした喋り方をする。

子ども、それもまだ7、8歳の頃だったのに

なんだかおっさんくさい雰囲気を漂わせていた。

けっこう大柄でクラスの男子で2、3番目に背が高く。

よく紺色のセーターを着ていた。

勉強や運動がどうだったかはさっぱり思い出せない。

 

彼の家、つまり松永食品の本社は

学校のすぐ近く(名古屋市北区)の住宅地にあった。

白っぽい大きな建物――たぶんラーメン工場――

が建ってたのをなんとなく思い出せる。

ただ、子どもの目から見れば“大きな”だったが、

たぶん町工場レベルだったのだろうと思う。

 

トノサマラーメンがどれくらいの期間、

発売されていたのか知らないが、

松永食品は1968(昭和43年)に倒産した――

とネット情報にあった。

1968年は僕が2年生か3年生の時である。

松永くんのことはクラスが分かれて以来、

どうなったのか全然知らない。

あの学校には卒業まではいなかったような気がする。

会社がつぶれておそらく一家で引っ越すことになって

転校したのだろう。

工場もいつなくなったのか憶えてない。

 

今振り返れば、名古屋地域における

松永食品・トノサマラーメンが、その名の通り、

殿様としてナンバーワンの座にいたのは、

明智光秀の三日天下に等しかった。

 

あんなに売れていた(ように思えた)のに、

なぜ潰れてしまったしまったのだろうか?

 

一つの仮説として考えられるのは

「すがきや」の市場進出・攻勢である。

尾張名古屋においてトノサマラーメンを

殿様の座から追い落とし、

インスタントラーメン市場の天下を取ったのは、

全国区のチキンラーメンでもチャルメラでも

出前一丁でもサッポロ一番でもなく、

地元ローカルの「すがきやラーメン」だった。

 

すがきやラーメンの颯爽たる登場は、

まさしく光秀を討った秀吉の中国大返しのごとく

華やかで衝撃的だった。

 

「どえりゃあうみゃー」

 

名古屋人の舌は完全に洗脳ならぬ“洗舌”されたのだ。

このすがきやについてはまた明日。

 

それにしても小学校低学年にして

商売の栄枯盛衰・諸行無常を味わった

松永くんは今ごろどうしているのだろう?

僕は50年以上たっても、

ちゃんと君とトノサマラーメンのことを

憶えてとるでよう。

 

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コメント: 7
  • #1

    松田博 (金曜日, 09 7月 2021 20:21)

    トノサマラーメンを調べてここに来ました

    私の母親が昔岐阜に働きに行った頃
    トノサマラーメンを食べたと言っています
    チキンラーメンによく似たもので
    チキンラーメンを見せると
    トノサマラーメンと言ってきます
    60年以上前の話ですが
    トノサマラーメンを食べさせてあげたいです
    昔の話を聞きたくなってしまいました

  • #2

    のあ (木曜日, 12 8月 2021 10:03)

    私の家は、駄菓子屋で、お好み焼きもやっていました。近くには、町工場が多く、集団就職でやってきた若者が多く働いていて、昼休みになるとインスタントラーメンを煮て、卵を入れて調理してあげていました。
    ずっとトノサマラーメンです。子供だった私は、作ってもらっても一杯も食べられなかったのですが、当時の青年たちは、みんなこぞって食べてました。そのうちマルちゃんハイラーメンに代わってしまったのですが、それまでずっとトノサマラーメンだったような気がします。だから私にとって、人生初のインスタントラーメンは、トノサマラーメンです。ずっと探してましたが、意外と早く倒産してしまったんですね。

  • #3

    安江 完治 (金曜日, 17 9月 2021 00:06)

    1954年生まれのジジィーです。
    子供の頃インスタントラーメンと言えば絶対トノサマラーメンでした‼️
    チキンラーメンもあったけどトノサマラーメンには勝てなかった、とにかくトノサマラーメンはうまかった‼️

  • #4

    ナカイサヤカ (水曜日, 01 12月 2021 12:48)

    今日、リハビリ仲間のおじいさんから「トノサマラーメンってのが好きだったんだ」と聞いて、調べてここにたどり着きました。名古屋だったんですね。

  • #5

    やっちゃん (金曜日, 11 3月 2022 23:13)

    私の子供時代はインスタントラーメンといえばトノサマラーメンだったから良く食べていた、そして生まれ育った地元には松田食品という小さなインスタントラーメンの会社があって大きな袋にインスタントラーメンの破片?を詰めて売っていた、後のベビースターラーメンである、おやつとして毎日のように食べていたな。松永さん一族は今をときめく健康ランドの産みの親でいち早く日本各地に展開した起業家一族です。

  • #6

    じゅんちゃん (月曜日, 06 6月 2022 09:09)

    トノサマラーメンは、地元のラーメンだったのですね。しかも、十年ほど前に、仕事でお世話になった松永食品様の同族会社とは、知りませんでした。是非もう一度、トノサマラーメンを、よみがえらせていただきたいものです。六十後半の爺ですが、名古屋の味を堪能したいものです。がんばれ松田社長。

  • #7

    三河屋 (日曜日, 12 6月 2022 21:05)

    昭和40年7月発行の「暮しの手帖」80号の「即席たんめんはどれがおいしいか」という記事では、17銘柄がテストされ、松永食品工業の「トノサマ・ニッコリタンメン」と「トノサマ上海タンメン」が載ってました。前者は評判がよかったようですが、後者は「同じ会社でつくった品とおもえないくらい、味もにおいも格段におちます」とのことでした。