自己満足のために山に登る

 

その昔、僕がまだ若かった頃は「30過ぎは信じるな」とか、

29歳で雪山の中に埋もれて死ぬ

(そうすれば美しく死ねる)

とか言ってた人が結構あちこちにいた。

現実にも、ドラマの中でも。

 

そんな御伽噺をしていた人が高齢まで生き延び、

健康を気にして、さらに生き延びたいと願っている。

「あんなこと言ってたのは若い時分のたわごとですよ」

ちょっと照れた顔で、

あるいはちょっと怒った素振りで

そう言い訳するだろう。

そして、あんな言い分は自己満足にすぎないよ、

と、ちょっと歪んだ笑いを見せるだろう。

 

そして、夢から醒めたほとんどの人は、

30過ぎから新たな人生を歩み始める。

 

もう遠くは見ない。

足元だけを見て歩く。

けれどもだんだん、

どこまでも続くまっ平らな平地を

歩き続けることには耐えられなくなる。

 

30過ぎまで生きた人は、

自分が登りたい山を見つける。

がんばれば登れそうな山を懸命に探しだす。

 

私はここまで登って、こういう景色を見た。

人生の中でその自己満足を得るために。

 

中には思いがけず高いところまで登れてしまって

怖くなってしまう人もいる。

怖いからもう降りようと思っても

降りる勇気がない。

 

登る時よりも降りるときのほうが勇気がいる場合もある。

気が狂うほど怖くなることだてある。

 

高齢まで生き延びて、果たして何があるのか?

人は人間としてどこかに到達するのだろうか?

 

答を言ってしまうと、どこにも到達しない。

どこにもたどり着けない。

ただ、山に登り続け、どこかで行き倒れになる。

私は最期まで登り続けたという自己満足だけを残して。

 

その自己満足こそが生き延びてきた人の特権だと思う。

 

 

AmazonKindle電子書籍

おとなも楽しい少年少女小説

 

魚のいない水族館