週末の懐メロ41:カナリア諸島にて/大滝詠一

 

あなたはカナリア諸島に行ったことがあるか?

僕はない。

でもこの40年間、毎年のようにこの季節、

脳みそだけは永遠の夏に遊びに行く。

 

大滝詠一の不朽の名盤「ロングバケーション」が

リリースされたのは1981年。

「カナリア諸島にて」は、その3曲目、

シングル盤では「君は天然色」のB面だったが、

僕にとってはこの曲こそが「ロンバケ」を象徴する曲だ。

 

日本人が戦後の貧しさから抜け出し、

豊かさを実感し始めた80年代前半、

この曲に代表される大滝の音楽は

現代日本人の心に、現実とは別の心象風景をつくった。

 

南の島のパラダイス。

天国に一番近い島のリゾート。

 

それは豊かになった日本人が次に目指したい、

辿り着きたい場所だった。

 

少し前の時代はハワイが「夢の島」だった。

しかし、グァムもハワイも一般庶民が行けるようになってきて、

なんだか俗っぽくなってきた。

 

もっと新しい夢に相応しい南の島はないか?

でもまだ戦後36年(今年は76年)。

忌まわしい太平洋癒戦争の記憶がまだ残っている。

そんな残滓があるような島を選ぶわけにはいかない。

 

そこでアフリカ北西部にある

スペイン領カナリア諸島が選ばれたのかもしれない。

 

海が美しいのはもちろん、

日本からはるかに遠く、手あかがついていない聖地。

「カナリア」という言葉の響きも明るかった。

 

しかし、大瀧詠一も、作詞の松本隆も、

この頃、まだカナリア諸島には行ったことはなく、

詞も曲も完全に彼らの幻想・妄想から出来上がった。

 

いや、幻想・妄想だったからこそ

名曲になり得たし、僕たちの心に

「永遠の夏」を植え付けられたと言っていいだろう。

 

後年、松本隆は実際にカナリア諸島に行き、

その現実の風景をを目の当たりにして冷や汗をかいたーー

という話を聞いた。

 

大瀧詠一は生前、旅したことがあったのだろうか?

 

いずれにしても、1981年はもちろん、

それから40年経った今も、

カナリア諸島に行ったことのある日本人は、

せいぜい1~2パーセント程度だろう。

 

これからもそんなに大勢の日本人が

かの地に出かけていくとは思えない。

 

それでいいのだ。

 

そして僕らは薄切りのオレンジを浮かべた

アイスティーを飲みながら,

永遠にたどり着けない

カナリア諸島の夢の風景に自らを癒しつつ、

酷暑の夏、コロナの夏をやり過ごしていく。

 

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ロックが劇的に進化し、ポップミュージックが世界を覆った時代。僕たちのイマジネーションは 音楽からどれだけの影響を受け、どんな変態を遂げたのか。心の財産となったあの時代の夢と歌を考察する音楽エッセイ集33篇。

もくじ

●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●藤圭子と宇多田ヒカルの歌う力の遺伝子について

●ローリング・ストーンズと新選組の相似点について

●キング・クリムゾンの伝説と21世紀版「風に語りて」 ほか