週末の懐メロ60:オン・マイ・オウン/島田歌穂

 

『レ・ミゼラブル』は今のところ、

生涯最高のミュージカルである。

正直この先、これを超える作品に出逢うことは

難しいだろうとも思っている。

 

そして、こうしたアーカイブでは、

やはり島田歌穂の「オン・マイ・オウン」を聴いてしまう。

 

彼女が『レ・ミゼラブル』でエポニーヌを演じたのは

1000回を超える。

日本初演の年、1987年には同作の世界ベストキャストに選ばれ、

日本の女優として初めて英国王室主催のコンサート

『ザ・ロイヤル・バラエティ・パフォーマンス』に出演した。

 

英語でなく日本語で歌うというハンデをものともせず、

これだけの評価を得たのは驚異的だ。

いまだに史上最高、世界最高のエポニーヌという

呼び声が高いことも頷ける。

 

歌のうまい人は他にも大勢いるが、

島田歌穂の歌と演技は、何かが決定的に違っていた。

 

エポニーヌはパリの裏町で、

悪徳居酒屋を営む小悪党夫妻のもとで

生まれ育ったやさぐれ娘で、

革命の学生リーダーに報われない恋をし、

彼を救うために敵の銃弾に倒れる。

そして、最期は愛する人の腕に抱かれながら天に召される。

 

観客の誰もが感情移入せずにはいられない、

おいしい役だけど、

額面通りの、やさぐれ娘の片思いで終わってしまっては

人の心は掴めない。

 

エポニーヌは『レ・ミゼラブル』という物語にあって、

貴族でも英雄でも聖人でもない、

地を這って生きる凡百の人間が持つ

魂の純潔性を象徴する役である。

 

だからめっちゃ難しい。

僕が知っている限り、それを最も鮮やかに表現し得たのが、

島田歌穂ではないかと思う。

 

だから彼女の「オン・マイ・オウン」には

誰の胸にも届き、染み入る広がりと深みがある。

 

今思えば80年代は世界のミュージカルの黄金時代だった。

なんと幸運なことに、僕はその発火点のロンドンにいた。

 

1985年の8月からしばらくの間、

かの地に暮らしていたのだが、

「レ・ミゼラブル」がオープンしたのは、

ちょうどその頃だ。

 

初めて見たのは、36年前の今頃。

パリに留学していた友だちが遊びに来て、

何かミュージカルが観たいというので、

ロンドンの中心部、レースタースクエアの近くの

パレスシアターで上演中だった

「レ・ミゼラブル」を観に行った。

 

オープン直後から爆発的な人気だったので、

チケットはなかったのだが、

ダフ屋にだまされて20ポンド(当時、約6000円)払って、

いちばん安い5ポンド(1500円)のバルコニー席で観た。

かなり舞台は遠かったのだが、

それでも、詐欺られたことを忘れるくらい、

圧巻の舞台だったことを昨日のように思い出す。

 

その時のオリジナルキャストの

エポニーヌも素晴らしかったが、

日本に帰ってから帝国劇場で島田歌穂を見たら

それ以上だったので本当にびっくりした。

 

そもそも歌って踊って物語を綴る

ミュージカルという形式自体、

欧米人仕様のエンターテインメントなので、

日本人が世界レベルに達するのは難しい。

 

その中にあって島田歌穂の遺した功績は

どれだけ讃えても過ぎることはない。

後世のエポニーヌが皆、挑まなくてはならない巨大な壁。

 

美しい旋律と、

日本オリジナルと言ってもいい素晴らしい歌詞。

そして魂のこもった歌。

たとえアーカイブ上でも彼女の「オン・マイ・オウン」を

聴ける幸福に感謝する。