愛妻家・愛夫家は人生の成功者?

 

1月31日は、1(アイ)・31(サイ)という

かなり無理くりな語呂合わせで「愛妻の日」なのだそうだ。

 

「日本愛妻家協会」なる団体が制定した記念日で、

気になってホームページを見てみると、

2004年11月の計画表発表が

同団体の実質的スタートになっているらしく、

すでに18年という、そこそこの歴史がある。

 

趣旨としては、

「妻というもっとも身近な赤の他人を大切にする人が

増えると、世界はもう少し豊かで平和になるかもしれない。

という甘い理想のもと、日本独自の伝統文化かもしれない

愛妻家というライフスタイルを世界に広めていこうという

文化活動です」

とある。

 

愛妻家は日本独自の伝統文化なのか?

他国には「愛妻家」とか「愛妻」という概念はないのか?

幾つもの疑問符が頭の中に浮かんでくるが、

こうした言葉・概念が生まれたのは、

やっぱり世の中が男目線で回って来たから。

 

言ってみれば、

日本の男尊女卑思想の裏返しなのだ。

 

今でこそ、愛妻家は誉め言葉であり、

愛妻弁当をはじめ、愛妻〇〇はポジティブに評価されるが、

昭和の時代は、

「あいつは愛妻家だから」

「いつも愛妻弁当を持ってくる」というのは

悪口のニュアンスが強く、

ニョーボひとりで満足するしかない、お人よしのダメ男

といった軽侮する言葉だったような気がする。

 

仕事ができて、女にモテるでかい男は、

正室以外に側室が何人にもいて当たり前。

身分が違うのじゃ~! と威張っていたのだ。

 

しかし時代は変わり、愛妻家はいい人・いい男イメージで

語られるようになった。

それでもどこかちょっと笑いのタネになる

「愛妻の日」「愛妻家」。

あったっかくてハッピーなイメージがあるのは確かだ。

 

そんなこんなでふと思ったのだが、

人生の成功者と言えば、

大金を稼いで大金持ちになったとか、

仕事世界で大活躍とか、有名になったとか、

たくさんの人に認められたとか、

社会的に高い地位に就いたとか、

通常語られるのはそうしたことばかり。

 

だけど、いつまでも妻を愛せる、夫を愛せる。

「俺はいいニヨーボを持った」

「あたしはいいダンナに恵まれた」と思えることだって、

十分、人生の成功者と言えるのではないだろうか?