週末の懐メロ86:リトル・グリーン/ジョニ・ミッチェル

 

1971年リリース。

米国ローリングストーン誌が2020年に選出した

「史上最高のアルバム500枚」で

堂々第3位に選出された名盤『Blue』の収録曲。

 

アメリカでは並みいるスターアーティストを差し置き、

ジョニ・ミッチェルの評価は断トツに高いようだ。

女性アーティストの中では、

アレサ・フランクリンと並んでトップと言っていいだろう。

 

確かに優れたシンガーソングライターだが、

最盛期ともいえる70年代、

彼女はここまで人気があっただろうか?

 

少なくとも僕の印象は割と地味で玄人好み、

日本人の女性フォーク歌手にちょっと影響を与えた人、

ぐらいだった。

 

どうして近年、すでに現役とは言えないミッチェルが

これほどまでに評価されるようになったのか?

その秘密を解くカギが、

この「リトル・グリーン」という曲の中に潜んでいる。

 

歌詞は大まかにこんな感じ。

 

かに座に生まれた女の子

この子に似合う名前を選んだ

グリーンと呼ぶわ 冬の寒さに負けないように

グリーンと呼ぶわ 彼女を産んだ子どもたちもね

リトル・グリーン、ジプシーの踊り子になって

 

子どもを持った子どもの偽り

家に嘘をつくのはもう嫌なの

あなたは書類にファミリーネームでサインする

悲しいの、ごめんなさい、でも恥ずかしいとは思わないで

リトル・グリーン、ハッピー・エンドになって

 

「リトル・グリーン」は実体験に基づく歌である。

ここでいう「グリーン」は、

ミッチェルが実の娘に付けた名前であり、

その親になった女と男を「青二才」と揶揄する呼び名でもある。

 

歌詞の中の「彼女を産んだ子どもたち」とは

母親である自分自身、そして恋人だった実の父親のこと。

 

この歌を歌う6年前の1965年、

まだカナダの無名の貧乏アーティストだったミッチェルは、

トロントの慈善病院で女の子を産んだ。

 

避妊の知識も乏しかった時代の、

望まない妊娠・出産。

当時、カナダでは中絶は法で禁じられていた一方、

未婚の女性が母親になることは罪を背負うことだった。

 

父親である前の恋人も、

新しく現れ結婚を申し込んだ男も、

赤ん坊に対してはひどく臆病で責任を逃れようとした。

 

まだ子どもだった若い彼らにとって、

赤ん坊を抱え込むことは、

アーティストになる希望の道が閉ざされることと

イコールに思えたのだろう。

 

結局、ミッチェルは生後6か月の娘を養子に出し、

アメリカにわたる。

「リトル・グリーン」を書くのは、その1年後の1966年のこと。

そして、その頃からシンガーソングライターとしての

天才を開花させる。

 

1968年のデビューアルバム発表後、

彼女は目を見張る勢いで、

世界のポピュラーミュージックの

メインステージに駆け上がる。

 

そして長い年月が流れたあと、運命は劇的な変転を迎える。

1997年、53歳になっていたミッチェルは、

当時32歳、すでに1児の母になっていた娘と再会する。

1971年、アルバム「BLUE」に

「リトル・グリーン」を収めて26年後、

養子に出して32年後のことだ。

 

親子は心から再会を喜び合った。

しかしその後、マスメディアの報道の嵐によって、

歌の通りに「ハッピーエンド」とはいかない事態と

なっていったようだ。

 

人の感情は大海に浮かぶ小舟のように、

ちょっとした波に簡単に揺らぎ、時には転覆してしまう。

 

いずれにしても、このストーリーを知る前と知った後では

「BLUE」の、そして「リトル・グリーン」の印象は

大きく変わってくる。

 

近年、ジョニ・ミッチェルの評価が高まっているのは、

楽曲そのものだけでなく、

こうした彼女の人生にまつわる劇的なドキュメンタリーが

大きく作用しているような気がしてならない。

 

「女性と子どもを大切にする」という

社会意識を深めるためにも、

ジョニ・ミッチェルをもっと評価しようという声が

強まっているのだ。

 

音楽ビジネスの世界に発言力のある女性が増えたことも

その一因だろう。

自由で開放的で先進的に見える映画や音楽の世界も、

つい最近まで男性権力者による支配が横行し、

パワハラ、セクハラの温床であったことが暴露された。

 

すでに60年近くに及ぶミッチェルの音楽キャリアと

優れた楽曲群は、

女性と子どもの未来に光を投げかけるものとして、

これからも評価はますます高まるものと考えられる。

 

 

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