「刑務所のリタ・ヘイワーズ」:凡人の希望と絶望をめぐる物語

 

「刑務所のリタ・ヘイワース」という小説がある。

ハリウッド映画の中でも屈指の名作と名高い

「ショーシャンクの空に」の原作である。

作者はかのホラー小説の帝王スティーブン・キング。

中編集「恐怖の四季」の一編。

日本で出ている文庫本では「ゴールデンボーイ」と

一緒に収録されている。

 

映画のほうはヒューマンドラマの側面を強調した

感動的な物語として仕立てられているが、

小説は若干ニュアンスが異なり、

あそこまでの痛快感はない。

もっと内省的で、もっと多くの含蓄を含んでいる。

 

ホラー小説ではないが、「恐怖」の要素は入っている。

人の心を蝕む監獄という恐怖。

じわじわとその慣習に慣らされ、

夢や希望や人間らしさを剥ぎ取られていく恐怖。

 

そもそも主人公は、映画でティム・ロビンズが演じた

銀行家アンディーではなく、むしろ、

語り手である調達屋のレッドのほう。

映画では黒人のモーガン・フリーマンが演じたが、

こちらでは赤毛のアイルランド系移民

ということになっている。

 

なぜレッドが主人公かと言えば、

僕を含め、ほとんどの読者はアンディーよりも

レッドの境遇に近く、共感を抱くだろうからだ。

 

アンディーは自分は無罪であるという信念(正義)の上に、

強固な牢獄からの脱獄という、凡人には考えられない

めっちゃハードルの高い目標を立てる。

 

優秀な銀行家(経済のスペシャリスト)の上に、

遠大な計画力、主逸なアイデア力、果敢な実行力、

そして人生を賭けた、数十年にわたる地道な努力ができる

飛び抜けたヒーローだ。

 

それに対し、レッドはそれをただ観察し、評価し、称賛し、

彼が欲しいというリタ・ヘイワースのポスターを

こっそり調達してあげるだけの凡人である。

 

しかし、リタ・ヘイワースのポスターがきっかけで

二人は友だちになり、やがて深い友情に発展する。

アンディーにとって目標達成のためには、

自分の豊富な才能・人並み以上の能力・

不断の努力にプラス、

最後のカギとして「友情」が必要だった。

 

表面的には、次々と困難を克服していく

アンディーの活躍が物語の主軸となっている。

映画はもちろんこっちがメイン。

原作はそれとシンクロして

傍観者であるレッドの不安、絶望、希望の心の波を

綿密に描いている。

 

ショーシャンク刑務所は、殺人などの重罪を犯した

終身刑クラスの犯罪者を収容するところ。

つまり、ここに入ったら人生の大半を

刑罰としての奴隷労働を強いられる囚人として

過ごさなくてはならない。

 

だから自分も人間のはしくれだと信じ、

少しでも平安と快適さを得るためには、

監獄のルールに心身を慣らさなくてはならない。

そうして若い頃から身も心も監獄に縛り付けられると、

50~60代になって釈放されても、

自由の喜びでなく、

ジャングルに裸で放り出されるような

恐怖にやられてしまう。

そのため、ほとんどが再犯をして帰ってくる。

自分で自分を一生囚人化してしまうのだ。

 

レッドもその危機に立たされる。

そして、それを救うのが、

やはりアンディーとの友情だった。

映画はその最後をこの上なく美しく描いていて、

史上屈指のラストシーンとされている。

 

ただ原作はその一歩手前で終わっており、

英雄アンディーの話はもしかしたら、

凡人レッドが、シャバに出ても生き抜いていけるよう

勇気と希望を持ち続けるための

妄想だったのではないかとさえ思える。

 

こんなふうに書いてくると、

アンディーとレッドの関係は、

みんなが憧れ称賛する「成功者」と、

その名もなきフォロワーたちのように思えてきた。

 

もし、今生きているこの社会を牢獄と見立てたら、

そこから自由になるためにはどうすればいいのか?

 

アンディーのような一種の天才でなく、

レッドのようなケチな凡人にもそれが可能なのか?

 

希望を持ち続けるためにはどうすればいいのか?

自分の人生を牢獄の中で終らせないためには

どうすればいいのか?

 

いろいろなことを考えながら読める素晴らしい小説だ。

 

ちなみにリタ・ヘイワースは、

1940年代に一世を風靡した映画女優。

マリリン・モンローの前のセックスシンボルとして、

絶大な人気を誇った。

 

また、近年、アメリカでは増え過ぎた刑務所と囚人の問題の

ソリューション(問題解決)のために、

某巨大企業が刑務所の経営に乗り出した。

そして囚人を奴隷労働させて、

本業とは別に莫大な利益を上げているという情報も。

これもまた資源・人材の有効活用?

ウソかマコトか、真偽のほどはわからないけど。