認知症の義母がぬくぬくする光と音の暖炉

 

この間の土曜日のことだが、

カミさんが中学校の同窓会に出かけたので、

夜は義母と二人だった。

 

普段、食事は居間でしているが、

ここは食事の時間以外はカミさんがいろいろ使っている。

食後、義母はたいてい自分の部屋に引っ込むのだが、

居間の主であるカミさんがいないので、ずっと動かない。

 

カミさんは管理責任者でもあるので、

ああしろ、こうするなとガミガミいわれるが、

今日はその心配はないと察知して

居心地がよかったのだろう。

僕はなめられているということでもある。

 

特に何か話すこともなく、テレビを見ていた。

彼女はテレビで何をやっているのか、

内容を理解できない。

 

メシが出てくれば、おいしそうとかまずそうと言ったり、

イケメンや美女はいいねと言ったり、

激しいスポーツのシーンには「うわ、ひどいことする!」と

怒りのリアクションをするが、すぐに忘れている。

彼女にとってテレビは

「光と音の出る暖炉」のようなものなのかもしれない。

 

そう思って「ペチカ」と「たき火」を歌ったら喜ばれた。

僕のヘタな歌で喜んでくれるのは義母だけである。

 

そのうち、ああ、この人は何十年もの間、

夜はこのように居間で義父と過ごしていたのだなと

わかった。

 

認知症患者には過去の記憶も、未來の展望もなく、

今この時だけがあるが、生活習慣のイメージは残っている。

あたたかい光と音の暖炉に当たりながら

そのイメージに浸るのが、

ぬくぬくして気持ちよかったのかもしれない。

 

そうしているうちに9時を回ったので、

「お義母さん、そろそろおねんねしましょう」と、

みかんを1個持たせたら、喜んで部屋に帰るという。

だが、2時間以上も坐っていたのですぐに立てない。

 

腕を回して抱き起そうとしたら、

「手を持ってくれるだけでいいです」

こういうところはプライドが許さないようだ。

 

土曜日はデイサービスで筋トレをやる上に、

少々夜更かしをしたので

翌日は疲れて1日中寝ていた。

最近はデイサービスに行かない日は、

僕たちも放っておくので、少なくとも昼まで寝ている。

特に寒い季節になると、寝る時間が長くなる。

外に出かけるなど、騒ぎ出さないのでこっちは助かるが。

 

認知症を発症してから、

少なくとも15年は経っているのにもかかわらず、

まだまだ体は元気。

ただ、見ていると、昨年、今年と、

確実に体力は落ちている気がする。