唐十郎さんに「君の作文は面白い」と言われたこと

 

今朝、「唐十郎さん死去」のニュースを

最初に目にしたのは、

読売新聞オンラインでだった。

その記事内の写真を見て仰天した。

 

1968年、新宿・花園神社内に建てられた

紅テントの天井面にサイケポップなイラストと

「WELCOME」という横文字のデザインが施されている。

こんなにお洒落でお茶目な

紅テントを目にするのは初めてだ。

 

入ってみた人は知っていると思うが、

血と肉の色で四方を囲まれたテント内は、

母親の胎内を想起させる劇空間で、

毒々しい猥雑なエネルギーに満ちていた。

 

それとサイケポップなこのテントは、

ずいぶんかけ離れたイメージに感じる。

一時期、美術家の横尾忠則氏が

公演ポスターなどのデザインをやっていたので、

これも横尾氏のイラストだろうか?

 

その前で若き唐さん(当時28歳くらい)を中心にして

あの状況劇場のメンバーが写っているのが不思議に見える。

唐さんがアングラ演劇のヒーローとして大活躍した

1960年代とこの2024年がいっきに合流したような

錯覚にとらわれた。

そして、41年前に他界したもう一人のアングラヒーロー

寺山修司さんと同じく5月4日が命日になったことも、

何かスピリチュアルなものを感じずにはいられない。

 

そんなわけで唐さんの訃報を知ったとたん、

すっかり忘れていたことをいろいろ思い出した。

1979年3月、当時在籍していた演劇学校の卒業公演で

唐さんの「蛇姫様」(1976年、状況劇場で上演)

をやった。

韓国から日本に密航する船の中で凌辱された女の娘が、

スリを生業としながら

自分のアイデンティティを求めて旅する物語である。

 

そのちょっと前に僕は劇団状況劇場の入団試験を受けた。

第一選考の作文にパスし、

最終選考のために稽古場まで行ったのだ。

場所は杉並区の成田東。

今住んでいるところのすぐ近所で、

そう言えば阿佐ヶ谷から歩いて

川沿いの公園を通って行った記憶がうっすら残っている。

 

試験は面接と簡単なダンスのようなものをやった。

審査員として稽古場の演出席に陣取った

唐さんと李麗仙さん(当時の奥さんで主演女優・故人)が

じっと見ていて、相当緊張した。

 

李さんは冷たく厳しかったが、

おっかないと思っていた唐さんはずいぶん僕に優しかった。

卒業公演とその時の演出家(演技指導の先生)について

2,3聴いたあと、最後に

「君の作文はなかなか面白いよ」と言ってくれた。

門を叩きに来た、

20歳にもならない学生に気遣いなどしないだろうから、

少しは唐さんの胸に響くものだったのかもしれない。

 

たしか「志望動機」についての作文だったので、

「わたしの人生は演劇に救われた」

というテーマで書いたのではないかと思う。

当然、原稿など残っていないし、

詳しい内容は思い出せないが、

小中学校でやった寸劇の台本を書いた話とか、

高校の演劇部の話を書いたのではないだろうか。

もう同じものは書けないが、

その時の気持ちは45年経っても変わらない。

 

そして、状況劇場の芝居を見た時の感動も

いつまでも色あせない。

特にラストで舞台の後ろのテントが開き、

劇世界と現実の世界が混然一体となるシーンは、

自分の人生の一部になるような稀有な演劇体験だった。

 

唐十郎も、李麗仙も、根津甚八も、小林薫も、

皆、同じ舞台の上で、同じ世界の中で暴れていた。

あの時代、状況劇場の芝居を生で見ることができ、

本当に幸運だった思う。

そう考えると、状況劇場の舞台や

唐さんの作品にも救われている。

 

ただ、そう思えるようなったのは後年のことで、

当時はそこまで状況劇場・唐十郎の存在を

大きくとらえることはできなかった。

 

試験から帰って1週間後くらいに

合格通知をもらったのだが、

友人とオリジナル劇団を作ることになって、

結局、一度も状況劇場には行うことなく、

唐さんと直接言葉を交わすことも二度となかった。

 

ちなみに合格したのは別に優秀だったわけでなく、

公演時にテントを設営する人手や雑用係が必要なので、

とくに男は大半を合格させていたらしい。

 

それでも今思えば、ちょっとの間は状況劇場に入って、

人足でもいいからいろいろ経験しておけば良かったかなと、

ちょっぴり後悔もある。

が、あの頃は若くて血気盛んで、

そういうふうには頭が回らなかった。

 

「君の作文はなかなか面白いよ」――

そう言われて、あの時は「ありがとうございます」と

軽くお礼を言っただけで終わってしまったが、

いまだにへたくそな文章を書いて生業にしているのは、

あの時、作文をほめられたことが

大きいのかなと思う時がある。

知らず知らずのうちに

心の支えになっていたのかもしれない。

 

もちろん、永遠に足元にも及ばないのだが、

唐さんの芝居を体験し、自ら唐作品を演じ、

お褒めの言葉まで戴いた以上、

少しでも人の心に響くものを作れるよう、

最後まで頑張りたいと思う。

 

唐十郎さんのご冥福をお祈りします。