池袋・東京芸術劇場で
「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を観る。
村上春樹の原作小説をフランス人アーティスト
フィリップ・ドゥフクレが演出。
藤原竜也が主役の「私」を演じる。
現実と夢(深層心理)の世界が
パラレルワールドになって展開するこの物語は
場面転換が多いし、シーンも多い。
いったいどうやって芝居にするんだろうと思っていたが、
ファーストシーンの吸引力が素晴らしかった。
幕が上がって最初に現れるのは一角獣。
ダンサー扮する一角獣の群れのダンスがあまりに美しく、
一気に心を奪われた。
影も踊り、やみくろも踊る。
それぞれの場面もダンスを機能させて転換し、
ストーリーをつないでいく。
彼ら・彼女らの体の動き一つ一つが、
物語の世界観をつくり上げている。
演出のフィリップ・ドゥフクレは
国際的に活躍する振付家でもあり、
ダンスの舞台もたくさん作っている人だという。
この物語から演劇とダンスパフォーマンスが溶け合った
舞台を創り出すというのは、すごい発想、実力だ。
そして、これだけの優れたダンサーを集めたことで、
この舞台の成功は約束されたのかもしれない。
ダンサーたちの織り上げる世界の上で「私」を生きる藤原竜也。
その語り、呟き、時には叫びに、途中、泣いた。
魂のひび割れたところからぽろぽろ涙が零れ落ちる。
そんな感じだった。
世界が終わるってどういうこと?
なんで私はこの世界にいるのか?
それでもこの世界から消えたくない……
40年前、この小説に出会った時の鮮烈な印象は、
今なお残り続けていたが、
今また、この舞台で魂を揺さぶられることになった。
あの頃よりも、僕たちを取り巻く世界の表側は、
美しくスマートに、健全になったように見えるが、
深いところでは病とか腐食とかが進行し、
だんだん危うくなっているのではないか。
違う言い方をすると、
表面の世界と深層の世界とのギャップが広がり、
僕たちは知らず知らずのうちに、
心を引き裂かれているのではないだろうか。
村上春樹は1985年のこの作品に
納得いかない思いを長年抱えたのち、
一昨年、ハードボイルドワンダーランドの部分を切り離し、
新作として「街とその不確かな壁」を発表した。
しかし、作者にとって不満・不完全は作品だからこそ、
「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」は
読む者・観る者が想像力で補完する余地を与え、
より豊かなイメージを湧き起こさせるのかもしれない。
また両方の小説を読んでみようと思う。
この舞台は日本国内での公演を終えた後、
シンガポール、上海(ここはできるかどうか微妙)、
ロンドン、パリへワールドツアーに出かける。
海外での反響も気になるところだ。



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