認知症と演劇の世界

 

ノロウィルスから回復して

(といっても症状が出ていたのは1日だけだったらしいが)、

認知症の義母がショートステイから帰ってきた。

いない間は芝居や映画を観に街を出歩いていたが、またもやわけのわからない日本語と振る舞いと格闘し、

混乱する日々がもどってきた。

ふたたび日常の中での芝居が始まる。

義母と相対しているときの自分は、

少なくとも50%はまともな大人とはいえないなとよく思う。

さすがに外に出るときは社会人の仮面をかぶるが、

家に戻るとなんだか、だんだんまともでなくなってくる。

そして、それをちょっと楽しんでいたりもいる。

昔、芝居をやっていた頃のことを思い出すのだ。

 

認知症と芝居は相性がいい。

思い起こせば、昔のアングラ演劇には認知症患者みたいな、

頭のおかしな(とあえて言う)登場人物がうじゃうじゃいた。

「夢の国からやってきました!」というような、

わけの分からないことを言って周りを混乱に陥れ、

時に暴言を吐いたり、暴力を振るったり、泣きわめいたりして、

他の登場人物や観客をはるか彼方の世界へ連れてゆく。

でも、それがひどく人間臭くて、

人間という存在の本質をついていた。

僕たちは日常の平和を保つために、どこかで人間性を抑えつけ、

機械化しなくてはならないのかもしれない。

 

義母の頭の中でどんな物語が渦巻いているのか、覗きたくなる。

以前、認知症の寅平じいさん(実は祖父の名)を主人公にした

「ざしきわらしに勇気の歌を」という話を書いたが、

また認知症をテーマにした話を書いてみたいと思う。