拙作「茶トラのネコマタと金の林檎」は
私立探偵が主人公のコメディ小説。いわば人情噺である。
昔、演劇をやっていた時代に「林檎物語」「林檎探偵談」という、林檎をモチーフにした戯曲を2本書いたことがあって、
これはその30年後に書いた林檎シリーズの3作目。
約2万4千字の中編小説である。
べつにパソコンのアップル社や
ビートルズのアップルレコードを意識したわけではないが、
林檎という果物は人のイメージを刺激する何かを持っていて、
特に西洋世界では数多の神話・民話・物語のモチーフとして、
あるいはメタファーとして使われている。
だから自分も林檎を使って何か書きたいと思い、
それが探偵と結びついた。
ちょっとショーケンの「傷だらけの天使」や
松田優作の「探偵物語」の影響もある。
現実の探偵には二人知り合いがいたが、
もちろん、小説やマンガやドラマに出てくるような、
かっこいい謎解きの達人ではないし、
傷天や優作みたいな外連味もなく、ジミ~な奴らだった。
一人は雇われ、一人は独立しており、
実入りはどうだったか知らないが、
なかなか厳しい仕事であることは変わりはない。
勤務時間なんてあってないようなもので、体力的にもきついが、
メンタル面はもっときつく、
嫌でも人間社会の裏側を見なきゃいけない。
ろくでもない人間の感情を愛し、
異常な行動を面白がれる人にしか続けられない仕事なのだと思う。ヤバい仕事もあっただろうと思うが、
ちゃんと取材をしたわけではないのでよくわからない
(しておけばよかったと後悔している)。
そして、彼らと付き合ったのはもうずいぶん昔のことなので、
今はどうしているのか、
生きているのか死んでいるのかもわからない。
この話は2作目「林檎探偵談」のエピローグとして書いた
短い笑い話を膨らませて書いた。
夢うつつ・妄想の世界に生きる大金持ちのマダムが
自分の土地のどこかに埋められた金の林檎を、
探偵を使って探させるというストーリーだ。
社会的地位や経済状況などに関わらず、
現代社会には哀しさ・虚しさ・寂しさをはじめ、
様々な負の感情と格闘しながら生きる人々が大勢いる。
僕にとって探偵とは、そうした人たちに寄り添い、
彼ら・彼女らバックストーリーを掘り返し、
ぽっかり空いた心の穴を共有する
精神の肉体労働者(変な言い方だが)みたいな仕事をする職業だ。ライターの仕事にも相通じるものがあるのかもしれない。
ここで登場する主人公の健太・六郎とも長い付き合いなので、
彼らのためにまたこの林檎シリーズを書いてみたいと思う。

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