認知症の自己承認欲求に慣れちゃった話

 

今朝がた、トイレのあたりで大きな物音がするので、

起き出して行ってみると、トイレに入ろうとした義母が、

洗面台前の床に置いた

収納ダンスの引き出しに躓いて体勢を崩していた。

幸い転ぶことなく、僕が起きてきたことにも気づかず、

そのままトイレに入っていく。

 

やれやれと思って、中身の出た引き出しを片付けて

彼女の部屋に戻しておいた。

もちろん義母が自分で出して勝手に置いていたのである。

トイレから出てくると、引き出しのことなんて

すっかり忘れて、またねぐらに寝に帰る。

 

さすがにタンスの引き出しは初めてだったが、

何か自分の持ち物を置いていくという行動は

ルーティンワークになっている。

時には服、時には枕、時には人形。

自分がここにいた、という証拠を残していきたいらしい。

つまり、存在証明のために

夜中にいろいろなものを置いていくのである。

 

SNSで「いいね」を欲しがる

自己承認欲求の形を変えたものなのだろう。

そんなものに「いいね」をする気はないので、

さっさと片付け、何事もなかったことにする。

 

暮らし始めた最初の頃は、こうした奇行にぎょっとしたり、

「やめてください!」と怒ったりしたものが、

もう7年近くも一緒に住んでいると、

僕もカミさんもすっかり慣れっこになって

「またか、やれやれ」と思うだけ。

泰然自若として対応する。

 

最近は自分たちが楽をするために1ヵ月に1週間、

ショートステイに行かせている。

義母がいないと絡まれずにのびのびできる。

イラつくことなく、仕事もはかどる。

はずなのだが、そう思ったほどうまくはいかない。

毎日仕事が詰まってきて、

ちょっとメンタル不調に陥ってしまった。

 

義母がいると独特の緊張感が生まれ、

彼女を散歩に連れ出したりするのも、

おやつを食べさせたりするのも、

ある種のガス抜き効果があるのだ。

 

慣れとは本当に恐ろしいもので、

いつの間にか認知症対応モードが、

じんわり身に染みてきている感じがする。

まだまだお付き合いを続けなくてはならないだろう。