杉並区の住民は今日もタヌキの夢を見る

 

今朝早く、夜明け前、家の近所の路上で

タヌキらしき動物を見かけた。

10メートルほど離れたところから目撃したので

確実なことは言えない。

2月22日、にゃんにゃんの猫の日なので、

大きめの丸っこい体型のネコという可能性も否定できない。

しかし、やはりあの姿かたちと足の運び方はネコのそれとは違う。もっと近くで確かめたかったのだが、

僕に気づいたそのタヌキと思しき未確認生物は

慌ててマンションの植え込みの陰に逃げ込んだ。

 

●3回目の遭遇

 

実は家の近所の路上でタヌキらしき未確認生物に遭遇したのは、

これが初めてではない。3回目だ。

1回目はおよそ5年前。今朝と同様、早朝の路上、

今日遭遇した地点からほど近い場所でのこと。

当時、そのあたりには解体予定の空き家があったので、

その空き家をねぐらにしていたのではないかと思われる。

 

2回目は未確認でなく、100%ピュアタヌキ。

3年ほど前の秋の真昼間、

5メートルくらい前に現れたので見間違えようがない。

いつも義母を連れて歩く善福寺川沿いの散歩道から

ちょっとだけ外れた路上で出くわした。

夜行性で臆病な動物のはずなのに、なんであんな昼間に、

人間に発見される可能性の高い場所でうろついていたのか、

理由は本人に聞いてみないとわからない。

 

とにかくびっくりし、興奮して隣にいた義母に

「ほら、お義母さん、タヌキだよタヌキ!」と、

つい大声でわめいてしまったのだが、

義母は目の前の動物がタヌキなのかイヌなのかネコなのか、

よくわからないようでポヤンとしている。

そうこうしている間にタヌキはもちろん、

いつまでも待っててくれているわけではなく

散歩道にある雑木林の中にそそくさと駆け込み、見えなくなった。

 

●杉並は都区内一のタヌキの聖地

 

ところで杉並区では僕の知る限り、

もう20年ほど昔からタヌキの目撃談が後を絶たない。

最近も身近なところでは、

高円寺に住む大学院生Kくんや

下高井戸に住むOさんからもタヌキを見た!という話を聞いた。

こういう話をするときは、みんなけっこうテンションが上がる。

 

目撃されたタヌキのうち、

半分くらいはハクビシンであるらしいが、

路上で一瞬見かけるだけでは、なかなか違いが分かりにくい。

ちょっと乱暴だが、この際、

まとめてタヌキとしてしまってもいいのではないか、と思う。

 

ある調査によると、東京23区内においてタヌキ目撃談は

杉並区がダントツに多いようだ。

理由として挙げられるのは

緑地が多くて住み着きやすいからというもの。

それだけは納得しがたいが、

このあたりは江戸から明治にかけては、

まだ武蔵野の原野に近い土地だったので、

昔からたくさん住み着いており、血筋を絶やさず、

子孫を残し続けてきたのかもしれない。

 

時代が進んで宅地開発が進み、環境が激変したが、

善福寺川や神田川沿いには緑地・雑木林が保全された。

そうした場所に逃げ込んで巣をつくり、

家族を作って子どもたちを後世に送り続けているなんて、

リスペクタブルなことである。

 

気になるのは、現代の杉並タヌキたちが

いったい何を食べて生きているのだろう?ということ。

一説によると、人間が出した生ごみを漁ったり、

ノラネコに与えられた餌を横取りしたり、

残り物をいただいているとのことだが、それで足りるのだろうか?一匹だけならともかく、

家族みんなが食べていくには苦しいのではないか?

夜中にはネズミがちょろちょろしていると思うので

それらを捕食したり、

雑食なので、後は草や木の実を食べてしのいだりするのだろうか?

 

●見たいから見える 愛しているから出逢える

 

さて、そうした生態の謎についてはさておき、

杉並区が都区内一のタヌキの生息地、

いや、正確には「目撃情報ナンバー1」という事実は、

杉並区民として誇るべきことではないかと僕は思っている。

なぜならそこから夢を見ようという情熱を感じるからだ。

 

人間は見たいものを見る。

逆に言えば、見たいものしか見ない。

UFOだってネッシーだって、実際にいるのかどうかはともかく、いてほしい、会いたいと思っているから見えるのである

。タヌキだって同じだ。

 

クマやイノシシと違って、

ただ遭遇するだけなら害を受ける恐れはほとんどない。

だから、いたら面白いよな、

逢えればいいよなと思っている人しか

タヌキに逢うことはできないのだ。

杉並住民の心にはタヌキへの愛が満ちている。

 

僕たちの日常はエキサイティングな夢にあふれたものでない。

それどころか、現実の厳しさや苦しさ、

あるいは退屈さやつまらなさに辟易することのほうが多いだろう。そんな中、UFOやネッシーほどではないにしろ、

タヌキやカッパやちっちゃいおじさんの伝説は、

ささやかな夢と生きる活力を与えてくれる。

逆に言えば杉並の住人は、

自らそうした夢を創り出し、

日常に潜む面白きものを巷に広めようとしている人が

多いのかもしれない。

 

●あなたも僕もタヌキに化かされたい?

 

さらにタヌキは昔から幻術・妖術の使い手でもある。

同じ人を化かす動物でも、キツネが聖なるオーラをまとい、

「お稲荷さん」として寺社に祀られるようになったのとは

対照的に、タヌキは下賤で親しみやすい妖怪のまま、

人間のそばに残った。

 

江戸時代に生まれた妖怪「豆だぬき」も

その化けだぬきの一種で、名前は可愛いものの、

この豆だぬき、

広げると畳8畳分もある大きさの陰嚢を持っているという。

 

陰嚢とはキンタマ袋である。

柴犬くらいの大きさのチビダヌキなのに、

その大きな風呂敷みたいなキンタマ袋を広げて

出逢った人にかぶせ、幻術をかける。

つまり、いたずらをして夢を見せるのである。

 

かつてこの杉並の地で豆だぬきに遭遇して

キンタマ袋をかぶせられ、

幻術にかかった人たちが大勢いたなんて想像するだけで楽しい。

ちょっと臭いかもしれないが、人生は夢を見た人勝ちである。