53年目の「仁義なき戦い」

 

かつてはヤクザ映画を好きになれなかったので、

ほとんど見ていない。

東京に出て来たばかりの頃、社会勉強、教養(?)の一つだと

友達に言われたこともあり、

どこかの名画座で菅原文太の「仁義なき戦い」を見たはずだが、

やたらドンパチやって次々とヤクザたちが死んでいくこと以外、

さっぱり内容を覚えていなかった。

 

人間ドラマや芸術性など、くそくらえ!

 

それをなぜか今、急に観てみようという気になって、

アマプラで観たら、めっちゃ面白かった。さすが昭和映画。

コンプラなんぞくそくらえの痛快さで、

どいつもこいつもバンバン銃を撃ちまくり、

みんな血まみれになって、どんどん死んでいく。

こんな映画を1973年から74年(昭和48・49年)の約1年半の間に5本もシリーズで作ったいうのだから、

すごい密度、すごいエネルギーだ。

 

当時、テレビの普及で、すでに日本映画界は斜陽化していたが、「仁義なき戦い」の大ヒットは、映画の魅力と迫力、

この産業の健在ぶりを知らしめるものだったらしい。

多くの観客は「やっぱ映画はテレビドラマなんかと違うぜ」と、

脳天をぶん殴られたような気持ちになったのだろう。

 

「映画は娯楽」と言い切る深作欣二監督の演出は、

人間ドラマや芸術性など、くそくらえとばかりに、

これでもかこれでもかと、

アクション、バイオレンスシーンの連続。

しかし、だからこそ、その合間の短い時間に垣間見えるドラマが

濃密で、観客の想像力を掻き立てる。

 

戦後復興から生まれた物語

 

「仁義なき戦い」は、

終戦直後の広島の焼け野原から始まる物語だ。

国家による巨大な暴力でボロボロにされた民衆。

その中から立ち上がった義侠心に富んだ男たちが、

社会の理不尽さと闘うドラマ―ーのはずだったのだが、

終盤の坂井(松方弘樹)のセリフにあるように、

彼らは「どこかで道を間違えて」しまう。

 

菅原文太演じる主人公の広能は、

当初は、ボロい兵隊服をまとった復員兵だが、

非常に純真な心と強烈な正義感、そして度胸を持っている。

 

彼を中心に、闇市で必死に生きる男たちが結束して、

女性を襲う米兵に抵抗したり、

市を荒らすならず者と闘ったりする序盤は、

熱く、さわやかな一種の青春映画風だ。

その純真さと正義感が仇となって人を殺し、

広能は刑務所に入れられるが、

彼が出所した時、みんなで喜ぶ仲間たちの明るさが心にしみる。

 

しかし、日本が徐々に復興し、

朝鮮戦争などをきっかけに社会が豊かになるにつれ、

彼らはボロ服を脱ぎ棄て、

上等なスーツに身を包んだヤクザと化していき、

暴力にまみれるようになり、どんどん影を帯びていく。

そして、かつての仲間同士が裏切り合い、

血で血を洗う「身内の戦争」、殺し合いの泥沼となって、

悲劇・惨劇が繰り返される。

 

生き残る者と消え去る者

 

彼らを仕切る親分である山守(金子信雄)は、

カネもうけは滅法うまいが、およそ男が惚れる男とは言い難く

、親分としての威厳はほとんどない。

この山守と、いつの間にか取り入って懐刀として暗躍する

槇原(田中邦衛)は、滑稽ささえ感じさせる狡猾な悪党だ。

金子・田中の好演もあって、

ひどく魅力的な「嫌な奴」になっている。

そして、戦後の社会で生き残り、繁栄していくのは、

裏工作に長けており、こうして狡猾に立ち回る奴らであることを、僕たちに思い知らせる。

 

それと対照的なのが、松方弘樹演じる坂井で、

彼は野心にあふれ、一旦は山守をトップから追い落とすものの、

そうした策略だらけの世界で生きることに疑問を持ち、

妻と生まれて間もない娘のほうを大事にする

心優しき父親として描かれる。

たいがいこうしたキャラは出世に失敗することを

僕たちは知っている。

 

「弾はまだ残っとるがよ」の前段のやりとり

 

「仁義なき戦い」のラストは、菅原文太演じる広能が、

殺された坂井の葬式に単身踏み込み、

銃撃で香典や花輪をめちゃくちゃに吹っ飛ばし、

最後に決め台詞を放つ。

多くの熱狂的な文太ファンを産み出した

「山守さん、弾はまだ残っとるがよ」である。

この葬式銃撃と決め台詞はあまりにも有名だが、

僕にはその前段で交わされる

広能(菅原)と坂井(松方)の車の中でのやりとりが印象深い。

 

坂井「夜中に酒を飲んじょると、つくづく極道が嫌になってのう、もう足を洗っちゃるかと思うんじゃ。

けど、朝になって若い者に囲まれると、そんなことなど、コロッと忘れてしまうんじゃ」

 

広能「最後だから言うとくが、

狙われる者より狙う者のほうが強いんじゃ。

そげな考えしちょると隙ができるど」

 

広能が言った通り、その後、坂井は一人で車を降り、

ふと娘のことを思い出し、玩具屋に立ち寄ったところを、

山守の配下に襲われ、

お土産に買おうとした人形を手に絶命する。

「戦争」のさなかでは、彼の優しさ、家族を思う気持ちは、

相手が付け入る甘い隙となり、命取りになってしまうのである。

 

歴史的価値と現代的価値

 

「仁義なき戦い」は、昭和という野蛮な世界の、

暗く泥臭い物語だが、単なる懐メロでなく、

現代的価値も大きい。

今の時代に決定的に抜け落ちている何か大事なものが

この映画の中には詰まっている。

その「何か」を見つけるために、

今、昭和のヤクザ映画を観る価値があるのではないかと思う。