さらば平成――みんなが昭和に帰りたがった30年

 

平成もいよいよ残り1週間ということで、家族で「平成の最高傑作映画」は何か、議論した。

ギロンと言うと大げさだけど、ま、めしの時に話してたわけです。

「平成の」と冠詞が付いているので、邦画限定。

 

僕としては岩井俊二監督や是枝裕和監督の作品を選びたいところだが、クオリティの高さにも関わらず、このお二人の映画はあまり一般受けしているとは言い難い。

 

そこで選んだのは「ALWAYS 三丁目の夕日」である。

選んだと言っても僕とカミさんと息子の3人の意見が一致しただけです。

あとはアニメ部門として、ジブリの「もののけ姫」と「千と千尋の神隠し」。

 

興行収入の面から見ても「ALWAYS 三丁目の夕日」は、トップクラスだと思う。

そして、そこから平成とはどういう時代だったのか、時代精神が見えてくる。

 

「昭和に帰りたい」

 

これこそが平成の本質だったのではないか。

あくまで僕の印象だが、平成前期、日本人の心は荒れに荒れた。

 

バブル経済から始まり、あっという間にそれが崩壊。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と胴上げされて宙に舞ったと持ったら、ドカンと落されて愕然としているところに、

阪神淡路大震災。

続いて、自分たちの妄想を現実にしてしまおうとする、

オウム真理教の地下鉄サリン事件が起きた。

 

さらに続いて神戸の連続児童殺人事件など、子どもの妄想狂の不可解な犯罪、

精神がイカれてしまったような連中の、

あたかもホラー映画のような殺人事件が頻発し、

それまでとはまったく違った社会が始まってしまった。

 

そして、経済の落ち込みがそれに拍車をかけた。

 

大勢の人がその地殻変動に恐れ戦き、

ああ、昭和はあんなに幸せだったのに・・・と過去を美化した。

 

昭和だって不可解な事件は山ほどあったはずだが、

情報化が進んでなかったせいで

表に出てこなかっただけだと思う。

あるいは隠ぺいされていたか。

 

いま振りければ、社会全体が格段に貧乏(ビンボーだけど幸せだよねなんて言ってる余裕のある人は、本当の貧乏人ではない)だったし、差別もセクハラもパワハラも横行していたし、人権だってないがしろにされていた。

 

昔が良かったはずはない。

 

けれども、いやなこと・ダメだったことに目を瞑り、

いいこと・楽しかったことだけをかき集めて貼り合わせ、

心の中に「懐かしい、ハッピーだった昭和」を築いた。

 

そうしなければ、みんなの精神のバランスが崩れてしまっていたかもしれない。

 

「みんなが昭和に帰りたがった時代」というのがあまりに後ろ向きというなら、

「みんが昭和とは何だったんだろう?と検証した時代」と言い換えてもいいかもしれない。

 

文化的にも新しいものは生まれず、昭和生まれの文化の焼き直しが目立った。

 

平成生まれの、うちの息子のような若い連中も

昭和文化の方が圧倒的に面白いと言う。

 

最近はネットのアーカイブの発達・充実で、

いつの時代のものも見放題・研究し放題。

彼は僕より昭和カルチャーについて詳しいくらいだ。

 

だけど、そんな30年に及ぶ流れも令和になったら終わる。

たかが元号が変わるだけだけど、この国において言霊は強力だ。

 

もう十分に検証も終わって、来年のオリンピック・パラリンピックを境に、昭和は彼方に遠去かっていくだろう。

 

さらば平成、さらば愛しき昭和よ。

いったいこれからどうなってしまうのか?

たぶん令和がどうなるか、最初の3年で時代のトーンが決まると思う。

 

楽しみもあるけど、僕はやっぱり恐れおののいています。

あなたはどうですか?

 

とりあえず、ゴールデンウィークは

「ALWAYS 三丁目の夕日」を見て心を休めようかな。

 

 

 

 

 


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ロンドンのストリートミュージック

 

ストリートミュージックが商品になった街・ロンドン。

 

1週間前にロンドンのセントパンクラス駅の駅ピアノの話を書いたが、

街頭の音楽は、今やすっかりこの街の観光資源の一つである。

 

歴史的な古い建造物の立ち並ぶ街の中で、ギターをはじめ、

アコーディオン、バイオリン、管楽器、キーボードなど、

思い思いの楽器を手に、名も知らぬ貸家演奏者が

得意のパフォーマンスを披露する。

その光景は確かに楽しく、絵になる。

さしずめ、どこかの物語世界の中に入ったような気にさせてくれる。

 

演奏する曲もロックからジャズ、クラシックまでさまざま。

けっしてみんながみんな、上手いわけではないが、

やる側も聴く側も、あまりそんなことは気にしていない。

 

残念ながら、日本の都市で同じことを、いくら上手いミュージシャンがやっても、

こんな魅力的なテイストにはならないだろう。

 

30数年前、ロンドンで暮らし始めたばかりの頃、

地下鉄の構内や町中で彼ら演奏しているのを聴いて、

「おお、俺はロンドンにいるんだ」と、胸を熱くしていたが、

当時、彼らは街の邪魔者で、何割かはホームレスだった。

 

1980年代半ばの英国は経済的落ち込みから復興する途上で、

鉄の女マギー・サッチャーがそれまでの福祉政策を全面的に見直して

大ナタを振るっている最中だった。

 

その頃まだニートという言葉は生まれていなかったが、

多くの若者は職もなく、路上に放り出され、途方に暮れ、

歌でも歌わずにはいらなかった。

 

警官や地下鉄の職員は、大目に見ていたものの、

やはり目立つことをすると追いはらっていた。

 

けれども追いはらっても追いはらっても、

虫のようにわいてきて、今度は隣の駅で、

一本向こうの通りで歌ったり、演奏したりしている。

 

それが30年たって、社会は彼ら(の「子どもたち)を

認めるだけでなく、

観光客用の売り物にしてしまった。

 

歴史を売り物にするこの国では、

わずか30年前の歴史もまた、

立派なメニューとして陳列され、

求めるお客様をおもてなしする。

 

生活事情は30数年前と大して違わないと思う。

物価の高いロンドンで、歌って暮らすのは楽じゃない。

EU離脱問題だって気が気じゃないだろう。

 

それでも歌うのをやめない。

誰かがいなくなっても、またべつの誰かが、

どっからかやってきて、

楽しそうに歌ったり踊ったりしている。

 

人生にはやっぱり音楽が必要だ。

ロンドンにはそう思わせてくれるろくでなしが大勢いる。

 


100万回生きたロボット(仮題)

 

新作として「100万回生きたロボット」という話を考えた。

もちろん、かの名作、佐野洋子さんの「100万回生きたねこ」のパクリです。

 

100まんねんも しなない ねこがいました。

100万回も しんで、100万回も 生きたのです。

りっぱな とらねこでした。

100万人の 人が、そのねこをかわいがり、

100万人の 人が、そのねこが しんだとき なきました。

ねこは1回もなきませんでした。

 

意味はともかく、1ページ目の、この言葉のリズムが圧倒的。

あっという間に、子どもも大人も、この世界に吸い込まれる。

 

子どもに読み聞かせると言って買ってきて、

こっそり自分が読んで泣いているお母さんが多いようだ。

女性受けする絵本でもある。

 

さて、「100万回生きたロボット」。

メモリーチップさえ残っていれば、

ロボットは何回でも生き返り、何回でも記憶を再生させる。

 

ボディだって、ごっついマシンから

限りなく人間に近いアンドロイドまで、よりどりみどり。

子どもにも大人にも老人にも、男にも女にもなれる。

 

工場でもお店でもか病院でもどこでも働くし、

海の底に潜ったり、宇宙にだって飛んでいく。

 

いつ生まれても、やるべき仕事があった。

しかし100万1回目に生まれた時、仕事もなく、

命令を下す人もいなかった・・・

 

人間の未来を描く物語になるのかもしれない。

 

というわけで、出発点はパクリ。

以後、オリジナル。

いったいどこへたどり着くのか。

また長い旅が始まった。

 


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結婚記念日の花束と、ネコのいる花屋と、花を食べるネズミの話

 

結婚記念日は昨日(4月15日)だったけど、

夜、仕事があったので、今日お祝いすることに。

と言っても、近所のピザ屋でメシ食うだけですが。

 

メシだけではなんだな~と思って、

少し仕事を早めに切り上げて近所の花屋へ。

 

その昔、陸奥A子のマンガに出ていた花屋の娘が

そのまま大人になったような女主人がやっている。

 

30年ちょっと前に会っていたら、

恋をしたかも知れない。

 

1970年代のフォークソングと、

1980年代のニューミュージックの隙間の歌が

似合いそうな、小さな花屋だ。

 

サーモンピンクのバラが目に止まって、

それを7本入れて、グリーンと白を合わせた花束を、

その女主人に作ってもらった。

 

出来るのを待っていると、なにか横で生き物の気配がするので

振り返ると、白黒ブチのでかいネコがいた。

去勢したオスだそうで、かなりデブっている。

 

「先代はもっとデブっていたんですよ」と女主人。

 

花屋にネコがいるのは、なかなかファンタスティックな光景だが、

飼い始めたのは、ネズミよけという、なんとも現実的な動機から。

 

しかし、飲食店なら分かるけど、なんで花屋にネズミ?

 

「ネズミに売り物の花を食べられちゃたんです」と女主人。

 

聞くと、近所で解体された家があり、そこから出てきたらしいネズミが、

カーネーションの花が好きで、侵入して食い荒らし、

母の日のカーネーションは、あわれ、がくだけの残骸に。

 

僕は頭の中でネズミが花びらを1枚1枚むしって

ほおばっている様子を思い浮かべてみた。

 

「トムとジェリー」でジェリーが花の中にいたシーンが

あったような気がするが、そんな可愛くて牧歌的な世界が広がる。

 

だが、花屋さんにとっては大損害。

それに現実のネズミはジェリーみたいに可愛くない。

そこでネコのトムさんが花番として任務に就いてるというわけだ。

 

僕が会った2代目トムさん――というより、

ドラえもんに近いブチネコは、ずいぶんのんびりした風情だが、

一応、任務は果たしているようだ。

おかげでネズミは来なくなったらしい。

 

小さな花屋の平和な光景にも、いろんなドラマがある。

夜になって出張診療から帰ってきたカミさんに

その話をしたら、花束よりも喜んでた。

花束にも喜んでほしいんだけど、

24年も経つと、やっぱ花よりダンゴですかね、

 


結婚記念日と「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」

 

4月のある晴れた朝に結婚式を挙げた。

もう24年も前の今日のことだ。

カミさんとは一緒にいて楽しいし、

未だに可愛いと思うが、

では彼女が自分にとって

100パーセントの女の子か?

そう問われると、ちがうと思う。

 

たぶん75パーセントくらい。

4分の1くらいは不足や違和感があったほうがいい。

 

何でもそうだけど、完璧すぎると、

もうその時点でコンプリートされてしまって面白くない。

 

不足があるから、今よりハッピーにしていこうと思える。

未来に夢が持てるのだ。

 

100パーセント同志で夫婦になってしまうと、

きっと長く持たないのではないだろうか。

 

100パーセントの女の子には、

ずいぶん前にどこかで会っているのではないかと思う。

 

あるいは気づいてないだけで、つい最近、

どこかで会った可能性だってある。

 

いや、もしかしたら、まだこの世にいなくて、

これから生まれてくるのかもしれない。

 

ときどき。脳の端っこでそんなことを感じている。

 

そう考えると、人生、より楽しくなってくる。

 

20代のはじめに、初めて村上春樹の

「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」を読んだが、

それから40年近く経っても、スルメみたいに楽しめる。

4月になるとページを開いて、毎年、

100パーセントの女の子に出会うことについて思いを巡らす。

たぶん死ぬまで、そんなことをやっている。

 


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いろいろな人が弾くから、心に響くロンドンのピアノ 

 

ピアノを演奏するのが好きな人、自信のある人は、

ロンドンに行って一曲弾いてみるといいと思う。

きっと貴重な体験・思い出ができる。

人生が変わることだってあり得るかもしれない。

 

ロンドンの都心にあるセントパンクラス駅構内に一台のピアノが置いてある。

通りすがりの人が、誰でも自由に弾けるようになっている。

 

今日、お昼を食べながら、そのテレビ番組

「駅ピアノ」(NHK-BS1)を見ていた。

いろんな国籍の人が足を止めて弾く。

 

旅行で来た人もいれば、在住の人もいる。

ロンドンは多国籍都市なので、イギリス人、ロンドン在住者でも人種はさまざま。

 

性別はもちろん、年齢もバラバラ、職業もいろいろ。

そして演奏する曲も、クラシック、ジャズ、ロック、ソウル、

ポップスなど、バラエティに富んでいる。

 

ポーランドから来た旅行者で、クイーンの大ファンだという男性は、「ボヘミアン・ラプソディ」を弾いた。

 

ミュージシャンを目指し、弾き語りを披露する若い男性。

 

地方から遊びに来た仲良しの女子高生のカップル。

 

同じく地方から来たが仕事が見つからず、

現在はホ―ムレスだと言う男性のピアノは

ちょっと物憂げだが、美しかった。

ここでピアノを弾くことが、

彼の心の支えになっているようだ。

 

ルーマニア人の奥さんとラブラブな

ナイジェリア人の男性が、ゴスペル風の讃美歌を轢く。

そういえばアフリカの国は半分くらいの人が

キリスト教らしい。

 

8歳のかわいい男の子が、即興でブギウギ(めちゃくちゃ上手い!)を弾いていると、

プロのミュージシャンの男性がジョイントして、

アドリブ合戦が繰り広げられる。

 

1ヵ月前、脳梗塞で倒れた男性は、無事、一曲弾き終えて

安堵した表情をしていた。

 

ドイツ人の音楽教師は替え歌で、EU離脱で混迷する

イギリスに向けて

「イギリスよ、離れるな。帰ってきてくれ」と歌った。

 

ブルーのおしゃれなネクタイを締めた90歳の男性は、

「音楽は生きがいだった。ピアノと出会い、

弾けることができて、私の人生は幸運だった」と

しみじみ語った。

 

どうもこのピアノは、2012年のオリンピックの時に、」

エルトン・ジョンが寄付したものらしい。

去年、ロンドンを旅したときは、

セントパンクラスにも行ったのに、

不覚にも見過ごしてしまった。

ちと残念、

 

テレビ番組なので、うまい人しか登場しないが、

たぶん誰でも触れると思う。

たくさんのオーディエンスが行き交っているので、

自信のある人はトライして楽しませてほしい。

 

この番組はロンドンに限らず、

各国の駅や空港に置いてあるピアノと、

それを演奏する人たちを映し出すドキュメンタリー。

 

登場する人たちのプロフィールを紹介するテロップが出て、

演奏後にそれぞれの人のコメントが入る。

 

途中で、その国や都市のインフォメーションが何度か入る。

 

たったそれだけだが、音楽が楽しめるとともに、

ピアノを愛する、それぞれの人の人生の背景を

垣間見ることができて、本当に面白い。

 

番組の最後には、黒人のミュージシャンが、

障がいのある女の子とのセッションを見せる。

さらに、周囲のオーディエンスに呼びかけて、

サッカーのイングランド応援歌を演奏して盛り上げた。

 

やっぱりそうだ。

音楽には人をつなぐ力がある。

そしてやっぱり、

世界はいろいろな人がいるから、生きてて面白い、

いろいろな人がいるから、世界は成り立っている。

いろいろな人が弾くから、心に響くロンドンのピアノ。

 

今度行ったときは、わが十八番「かえるの合唱」を弾こう。

 


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さいみょうくん・さいみょうちゃん

 

お寺のオリジナルキャラクターというのに初めてお目にかかった。

「さいみょうくん」と「さいみょうちゃん」。

一昨日、「寺力本願」の取材で伺った川越・最明寺のキャラである。

 

開かれたお寺づくり――とくに女性・子どもに親しんでもらえる

お寺を目指して、平成元年生まれ・インド修行帰りの

若き副住職のプロデュースのもと、

仏像キャラ専門のデザイナーが考案した。

 

ご本人は否定したが、男の子のさいみょうくんは、

当の副住職をモデルにしたのではないかと思われる。

(理知的で優しい顔立ちのイケメンである)

 

女の子のさいみょうちゃんは「小悪魔風」のキャラ付がされていて、

そこはかとなくドキンちゃんを連想させる。

それにしても、仏像キャラなのに、小悪魔って、どーゆーこっちゃ!

 

―ーといったツッコミが入るのも織り込み済みなのだろう。

プロデューサー/デザイナーの遊び心が窺えて楽しい。

 

可愛いだけじゃなく、高貴な品格も感じさせてくれて、

僕はたちまちファンになってしまった。

 

 

最明寺は先週、世界自閉症啓発デー/発達障害啓発週間に合わせて、

1週間、お寺をブルーにライトアップし、

本堂では障がいを持つ子どもたちの絵画展をはじめ、

地元のアーティストやアイドルが出演するイベントを開催。

市や商工会の人たちも巻き込んで大いに盛り上がった。

 

また、10月には毎年、乳がん検診啓発の「ピンクリボン運動」に参加。

この時はピンクでライトアップし、」同様に各種イベントを繰り広げるという。

これをやっているのは今までのところ、

最明寺と京都の清水寺だけだ。

 

2人のキャラクターのカラーリングは、

それぞれのライトアップを表したものなのだ。

 

最明寺の社会活動とそれに連動したイベントもあって、

小江戸でにぎわう川越は、ますます活気づいているもよう。

あなたも川越方面に出向くことがあれば、

ぜひ西川越まで足を伸ばして、

さいみょうくん・さいみょうちゃんに

会いに行ってください。

僕もまた行きたいと思ってます。

 


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小江戸・川越をぶらり

 

真冬の寒さだった昨日は埼玉の川越へDayTrip。

お寺の取材でアポを取っていて、延期するわけにもいかず、

震えながらの小旅行になった。

 

お寺のあたりは、隣の西川越という無人駅の近くの長閑な地域。

桜も菜の花もまだ綺麗に咲いている、

とてもいいところだったのに、ちょっと残念。

しかし、お天気のことなので、文句を言っても始まりません。

 

取材を終えて川越に戻り、街中をぶらり。

というか、それもまた取材の一部なので、1時間余り歩き回った。

「小江戸」という愛称の古い街並みが人気。

京都・金沢・鎌倉などのプチ版という感じだろうか。

スターバックスも純和風のしつらえで出店しています。

 

その小江戸界隈(川越駅からはちょっと距離がある)は、

平日で、みぞれが降る悪天候・寒さにも関わらず、

けっこうな人出でにぎわっていた。晴れて陽気が良かったら、

どんだけ~の世界。

ご多分に漏れず、シニア層と外国人(おもにアジア系)の姿が目立った。

 

川越に来たのは、たぶん20年ぶりくらい。

池袋から40分もあれば来れるところだけど、

やっぱり仕事でもないと、なかなか足を運ばない。

そう考えると、仕事という名目でいろいろな街に行けるのは、

幸運な境遇なのかも知れない。

 


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世界自閉症啓発デー&発達障害啓発週間と人権意識の未来

 

桜が満開になり、新年度が始まった4月2日(火)は

世界自閉症啓発デー、

そして4月2日~8日(月)までは発達障害啓発週間だった。

 

「LIGHT IT UP BLUE 」――青は希望の色として、

2007年から毎年、世界各地のランドマークを

ブルーにライトアップ。

東京タワー、東京スカイツリー、大阪の通天閣なども

真っ青な光で照らされ、各地でイベントが行われた。

 

ということを週末、ほとんど終わりかけていた頃に知った。

でも、知っただけでもいいかな。

 

平成の30年間で最も進化したのは、人権意識だと思う。

少なくとも、ほとんどの人が

「すべての人に人権がある」

ということを知り、認めるようになった。

 

昭和の時代は、パワハラ、セクハラなど、

さまざまなハラスメントや暴力が、

そういう習慣だ、常識だと、平然とまかり通っていた。

よほどのことでもない限り、

問題視されて取り沙汰されることさえなく、

泣き寝入りするしかなかった。

 

死ななければならない人も大勢いたと思う、たぶん。

 

それと比べると大きな進化だと思う。

もちろん、知ってはいても、

それがアクションに繋がっているかと言うと、

まだ全然そうなってないと思うけど。

 

すでにコンビニなどで実験が始まっているが、

これから産業界ではAI・ロボットがどんどん導入され、

多くの人間はAIの指示のもとに動くようになる。

あるいは、それまでやってきた仕事を失う。

この流れはもう止めようもない。

 

「きみの仕事はAIが、ロボットがやってくれるよ」

 

いかに経済・産業に貢献する能力があるかを競ってきた、

ほとんどの人に、アイデンティティの危機が訪れる。

 

その時に、こうした人権を尊重しよう、

それぞれの個性を尊重しようという、

何十年にもわたって続けられてきた社会活動の成果がやっと表れ、

するすると社会に染み透っていくのではないかと思う。

 

他人の人権を軽視する人は、

自分の人権も失いかねない。

そんな時代になるのではないかと思う。

 


イチローの国民栄誉賞辞退に心の中で拍手喝采

 

「人生の幕を下ろした時に頂けるよう励みます」

そう言ってイチローは国民栄誉賞の授与を辞退した。

カッコいい!と思うと同時に、もし受けちゃったら、ちょっとカッコ悪いよな、とも思った。

 

たぶん国民の半分は僕と同じように感じるんじゃないか。

 

べつに権威に対する反骨心とか、

自民党の宣伝材料に使うなとか、

そんな思想めいたことを言っているのではない。

 

単に、もらっちゃったら、イチローらしくない。

「長い間のヒーロー業、ご苦労様。国民みんなでお祝いします」と、

定年退職のおじさんに花束が贈られるような雰囲気になってしまう。

そんなことがあると、一気にリタイアしたじいさんになってしまいそうだ。

 

もうそんな時代じゃない。

定年退職して過去の栄光だけでやっていける時代じゃない

 

イチローには、孤高の姿勢を保ってほしい。

国民栄誉賞なんて、時代遅れな荷物を担がなくていい。

何するにしても、軽やかに新しい人生に踏み出してほしい。

たぶん本人もそう思っていると思います。

 

さて、ここからは日本昔話。

 

数多の伝説を作り出してきたイチローだが、

そのストーリーの根本にあるのは、彼がプロ野球に入るとき、

けっしてそんなに注目される選手ではなかった、ということがある。

 

1991年のドラフトでのオリックスの指名は第4位。

彼は愛知県の出身で、子供の頃から

地元・中日ドラゴンズのファンだった。

 

なので、中日が早い順番に指名すると思っていたのに、

オリックスが先を越してしまったのだ。

これは意外なことだった。

 

その後の大活躍を目の当たりにした名古屋のファンから

「なんでイチローを取らなかった!」と球団に講義が殺到。

「次の順番で指名するつもりだったんだよ~」と、当時の高木守道監督が言い訳がましいことを言ったため、火に油を注いだことをよく憶えている。

 

メジャーリーガーとして活躍するようになった後、一時期、名古屋のファンの間では、

「イチローは大リーグを辞めたら、日本のプロ野球界に戻ってきて、中日でプレーする」

という噂が広がったが、それも幻と消えた。

 

僕もその名古屋のファンのひとりだったが、

落合監督が辞めた頃からなぜか野球自体に興味をなくして、

この10年余りの間、全然、見なくなってしまった。

いま、プロ野球ではどんな選手が活躍しているのか、ほとんど知らない。

 

だけど、もし、イチローが日本で、中日の監督なりコーチをやるというなら、また観るようになるかも知れない。

ま、ありえないと思うけど。

 


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高級住宅街のど真ん中の斎場

 

 日曜日のことだが、月刊仏事の仕事で、代々幡斎場へ行った。

 場所は京王線・幡ヶ谷と、小田急線(+東京メトロ千代田線)の中間点にある渋谷区西原というところ。

 

 結構な豪邸が並ぶ高級住宅街のど真ん中に、火葬場併設の葬儀場が、どーん!と立つ。そのギャップがすごい。

 

 どうしてこんな一等地に火葬を行う斎場が・・と思ってしまうが、これは話が逆。

 

 ここでは江戸時代からいくつかの寺院が合同して火屋(火葬場)を運営していた。

 明治になって 東京市区改正条例(都市計画法の前身)が施行され、1889(明治22)年5月20日より都市計画施設として稼働。

 

 1921(大正10)年から東京博善株式会社(現・廣済堂グループ)が所有することになり、以後、1世紀にわたって運営を担い続けている。

 名称は、所在地がかつて「豊多摩郡代々幡町」という名の町だったことに由来する。

 

 戦後、これを囲むように住宅が次々と建てられ、やがて都内でも指折りの高級住宅街として発展していった。

 

 約四半世紀前まで外観は大型の寺院風で、瓦葺きの屋根に煙突が立っているが特徴的だったが、1996年(平成8年)11月に全面改築され、明るく近代的な快適性と、人生最終の大礼に相応しい荘厳さを兼ね備えるとともに、環境問題にも配慮した無煙無臭火葬システムも導入。3階建ての総合斎場に生まれ変わった。

 

 この日は3月最後の日曜で友引。

 ということで、初めての地域感謝イベントが開かれ、花見や落語が行われていた。

 館内には明るい笑い声が響き、とても火葬場だとは思えない。

 渋谷区も後援につき、町会も開催に協力したようだ。

 

 高齢化社会が進み、こうした施設も、人間の自然な営みとして、敬遠せずに街が受け入れる――令和は、そうした時代になりそうだ。

 


令和元年が来る

 

 菅官房長官、たぶん、この日のためにスーツ新調、

 昨日はちゃんと散髪もしてきた。

 そして新元号「令和」発表。

 小渕さんの時と違って、

 今回は余裕があって良かったね。

 

 新元号、結構、意外性があった。

 頭文字が「R」というのは新鮮感がある。

 昭和の「和」が入っていることで、年配者も安心だ。

 そして中国の古典からじゃなくて、

 日本の「万葉集」から持ってきた、

 というところがミソなんだと思う。

 

 それにしても日本人って面白い。

 街のあちこちで大勢集まって、大画面でその瞬間を見てた。

 元号発表でこれだけ盛り上がれるなんて、

 他の国ではありえない。

 日本語には言霊が宿ってることを改めて実感。

 ホント、今日は日本人冥利に尽きました。

 4月31日と5月1日も楽しみだ。

 

 もう僕の頭は「令和時代」に入ってます。

 


いたちのいのち少年少女版・完成

 

ホームページに載せている「いたちのいのち」という小説を書きなおした。

「いたち」というのはペットのフェレットのこと。

書き直す時点で削除しようと思ったけど、

割と毎日のようにアクセスがあるようなので、そのままにしておいた。

たぶん、タイトルが面白いのでアクセスするんだと思うけど、

ちゃんと読まれているかどうかはわからない。

 

どういう経緯だったか、詳しい事は忘れてしまったが、

6年ほど前、フェレットを飼っている、ひとりぐらしの女性に話を聞いた。

確か横浜のファミレスで4時間ぐらい聞いたと思う。

 

その録音をもとに、彼女とフェレットの暮らしを

ちょっとフィクションを交えてストーリーにした。

 

読んでもらって感想を聞こうと思ったのだが、

リアクションはなく、そのまま僕の前から姿を消した。

たぶん、彼女としては、

自分がどんなにそのフェレットを好きか、

思いきり話をして相手に聞いてもらえれば、

それだけで満足だったのだろう。

 

手元に残った原稿は、400字詰めで100枚以上あったので、

このままにしとくのはもったいないなと思い、

彼女の名前やフェレットの名前を変えて、

構成も組み直して小説らしきものにした。

 

これを原作にして、少年少女小説にしてみようと

思い立ったのが去年のはじめ。

 

ひとり暮らしだった彼女は、その後、

あるオトコと出会って恋におち、子どもを設けたが、

じつはそいつが割とろくでもないオトコで

逃げ出してしまったので、

彼女はシングルマザーとなり、

生まれた娘と二人で暮らすことになった。

その娘が3歳の時、

ペットショップでまたフェレットと出会い、

フェレットを飼い始める。

その7年後の話。

 

なので主人公は10歳になった娘とフェレット。

こいつは本当は人間に生まれたかった天使。

話は、娘の視点と、天使のフェレットの視点の

ダブルカメラで進む。

タイトルは気に入っているので、

まんま「いたちのいのち」です。

 

結局、いろいろあって書き直すのにまる1年かかった。

400字詰めで290枚になった。

最後まで書上げられて、ほっとしている。

児童文学賞の賞レースに出してみた。

落選したら公開します。

 


さらばショーケン:カッコ悪いカッコよさを体現した1970年代のヒーロー

 

ショーケンが死んだ。

代表作はやっぱり、「傷だらけの天使」か

「太陽にほえろ!」のマカロニ刑事。

どちらも僕らのヒーローだった。

 

マカロニは主人公だったのにも関わらず。

タチションしている最中に、チンピラに刺されて死んだ。

ショーケン本人が考えたエンディングだ。

 

子どもの頃に見て「人生は不条理なり」と教えられた。

ショーケンにはそんな気はさらさらなくて、

ただ、こうやってぶざまに死んだら

カッコいいぜ、と思ったんだろうけど。

 

「傷だらけの天使」のオサムは、探偵をやってたけど、

みじめで卑怯で不器用でカネがなくて、でも純粋な、

でもやっぱり虫ケラみたいな男だった。

 

だけど、とびきっきりイカしてた。

とくに男はみんな、あの生き方に憧れた。

とんでもなくぶざまでカッコ悪いのに、なぜかそれがカッコいい。

 

1970代のティーンエイジャーの男で、

「傷天」にまったく影響を受けなかったやつは

いないのではないかと思えるぐらいだ。

 

あれほど、カッコ悪いカッコよさを

体現できる男は、もう二度と出てこない。

 

うちの本棚に「傷だらけの天使」の脚本集がある。

メインライターだった、名脚本家の故・市川森一氏のペンによる

8本の脚本が収められている。

この本が出た1983(昭和58)年の時点で、

傷天は、すでに伝説的なドラマとなっていた。

 

あとがきで市川氏は語っている。

 

「傷だらけの天使」は、テレビ界のどんな賞ももらわなかった。

視聴率も、最後まで20%に届かなかった。

それにも関わらず、自作の中で、これ程、いつまでも、

人々の口の端にのぼる作品を、私はほかに持たない。

 

当時、業界では非常に評判の悪い作品だったので、

市川氏自身も「傷だらけの天使」って、なんだったのだろう?

と自問することが、よくあったという。

 

そして氏は、自ら書いた第1回のファーストシーンの

1行目のト書きに、その答を見つけたと言う。

 

――鳩が糞(クソ)を垂れて飛び立つ。

 

鳩=平和のシンボル。すなわち、平和の糞。

70年代の繁栄が垂れ流した糞。

「傷だらけの天使」とは、ほかでもない、

実に、鳩の糞だったのだ。

 

それもまた遠い昔話となった。

時も時。平成の終わり。

われらがヒーロー・ショーケンには、平成という時代は似合わなかった。

合掌。

 


和服でサムライプレゼン

 

 IT関連企業などを中心に、

 ビジネスの現場では、じわじわと脱スーツが進んでいる。

 ように感じるけど、実際にはどうなのだろうか?

 

 今日はアップルの動画配信サービス参入のニュースで、

 CEOのプレゼンシーンを見た。

 ジョブズ氏以来の伝統になっているのか、

 カジュアルな服装でのプレゼンがカッコいい。

 

 昔はよく、若い者はカジュアルファッションでもいいけど、

 年輩者はやっぱスーツじゃないとサマにならんよねーと

 言われたものだが、もうそんな常識も吹っ飛んでる。

 

 ただ、きょうのプレゼンシーンを見て思ったのは、

 これって日本人ならどうかな~ってこと。

 

 スーツにしても、カジュアル服にしても、

 洋服というのは、西洋人の顔や体型を基準に作られている。

 

 いくら最近、日本人の上背が伸び、筋肉が発達し、

 体型が変わったと言っても、やっぱり西洋人とは違う。

 

 肌の色はもちろん、その質や骨格が違う。

 年齢が高くなるにつて、そうした特徴は顕著になってくる。

 

 プレゼンは演劇みたいなものだから、

 観客を満足・納得させるためには、

 内容や語り口と同じくらい、見てくれが重要。

 服装が占める要素はけっこう大きいのではないか。

 

 同じ服を着たら、西洋人にかなわない。

 スティーブ・ジョブズの真似をしてもダメ。  

 

 日本人ビジネスパーソンをカッコよく見せ、

 プレゼン内容の説得力を高めるのは、

 和服――着物ではないかと思う。

 

 和服の価値・イメージは近年、上がっていると思うが、

 さすがにビジネスシーンでは、

 特別な接待やセレモニーの場を除いて、

 お目にかかる機会はほとんどない。

 

 女性の場合は、フジヤマ・ゲイシャ時代からの

 華やかなキモノ・イメージがついちゃっているので、

 ちょっと難しいと思うけど、

 男性用は大いに開発の余地がある。

 

 カッコいいデザインのビジネス和服、勝負着物で、

 サムライプレゼン。

 特に国際的なステージでは効果的では、と思うけど、

 どうでしょう?

 


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日本人は、ほんとは幸福になんかなりたくないのでは、と思う時がある

 

 先日、今年もまた、国連の持続可能開発ソリューションネットワークが発行する、幸福度調査レポートが発表された。

 いわゆる「世界幸福度ランキング」です。

 

 やっぱりというか、

 案の定というか、

 相変らずというか、

 日本は下位に低迷。

 今年は58位。

 昨年が54位だったから、4つ順位を下げたことになる。

 年々じりじりと下がり続けている。

 

 今年は韓国より下になってる。ガーン!

 でも中国よりはだいぶ上だ、ホッ。

 

 なんて言ってランキングに一喜一憂している日本人の皆さん、

 そうやって他人と比較する癖が抜けなければ、

 永遠に幸福にはたどり着けません。

 

 それにこの国連のランキング、

 欧米の価値観を基準にして作られているから、

 そんなに気にして一喜一憂してもしゃーない。

 

 いつも日本の幸福度を下げている「他者への寛容さ」の項目は、

 寄付をしたか・しないかがポイントの高低の基準だというので、

 そうした習慣が定着していない日本が低くなるのは、

 当たり前なんです。

 

 今年のベスト3は、フィンランド、デンマーク、ノルウェーと、

 例年同様、北欧勢が強い。

 

 でも、かといって日本人が北欧で暮らせば、幸福を感じられるかというと、まずそんなことはないだろう。

 

 確かに社会保障は充実しているけど、その分、税金はたまげるほど高い。

 平均的な生活水準だって、日本と比べてけっして高いわけではないと思う。

 貧富の差だってもちろんあるし、いろんな社会問題もあるし、犯罪だって起こる。

 

 そして何よりも、あの地域は1年のおよそ4分の3が「冬」だ。

 

 寒いのにプラス、今ごろもまだお日さまが拝めず、1日中ほとんど真っ暗である。

 その分、夏は白夜で、1日中お日様が出ているが、それもわずかな期間だ。

 こんなところで現代の日本人が暮らしたら、とたんにうつ病になりそうだ。

 

 それに比べれば、四季折々の、美しく、バリエーション豊富な自然を楽しめる日本は断然、恵まれている。

 食べるものだって、その幅の広さもクオリティも、おそらくは世界一。

 アニメもマンガもゲームも、たぶん世界一。

 

 社会保障だって、世界の他国と比べて、そうダメなわけでもない。

 お金だってあって生活水準は高いし、健康寿命も長い。

 北欧の人なんか、日本は天国だと思っているのではないか。

 日本ほど幸福な国はないと思っている人は、世界にはいっぱいいるはずだ。

 

 けれども北欧人は、人生に幸福を感じている人が多く、

 日本人は少ない。

 

 なんで?

 

 よく言われることだが、結局、生きるための軸が自分にあるのか、

 他人にあるのかの違いなんだと思う。

 

 被害者意識の強い人が多すぎる。

 あの人と比べて、私はこんなに不幸、運が悪い、恵まれてない。

 くそー、あんちくしょう、恵まれやがって。

 早く落ちぶれればいいのに・・・。

 とかなんとか。

 

 そして、子どもの声がうるさいから、近所に保育園なんか作るなとか、

 わが街のブランド価値が下がるから、児童相談所なんか作るなとか、

 他人の立場に立って考えられない想像力の欠如と余裕のなさ。

 こういうのは「他者に不寛容」と言われてもしかたないだろうね。

 

 さらに、それをなんでかと深掘りすると、

 子どもの声を許容できないほどの疲労とストレスの蓄積や、

 土地が高く、ブランド価値が高い地域に住んでいることを

 支えにしなきゃならないような心の在り方が、

 構造的不幸をつくっているんだと思う。

 

 日本人が幸福感を高められる日は、やって来るのだろうか?

 

 


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企業ブランディングとストーリーテリング

 

 企業ブランディングの仕事の際に、

 商品の想定ユーザーを主人公とした8つのストーリー、 

 そしてその企業にまつわる1つのストーリーを作ってみた。

 

 あくまで提案の方向性とキーワードを見つけるための準備作業なので、

 それをそのまま提案するわけではないが、

 われながら良い方法だし、なかなか楽しいなと思った。

 

 冷静なマーケティング分析も必要なんだろうけど、

 まずは自分がその会社や店と一体になってみないと、

 良い提案など考えられない。

 

 それに昔、広告代理店がやってたF1やらM2やらの分析って、

 今でも有効なのか?

 

 

 何より自分がなんでこの仕事をやっているのか納得できるし、

 その商品なり、サービスなりを愛せるし、テンションも上がる。

 

 ブランディングとは、その企業なり、商品なりのストーリーを

 見出して、一つのまとまった形にして、社会に向けて発表することだ。

 

 もちろん、会社・創業者(代表者)・商品にそれなりの歴史があれば、

 その棚卸をすることでストーリーは作れる。

 けれども、それだけではだめで、未来のストーリーを

 繋げて描けないといけない。

 

 自分たちはいったい何のためにその事業をやっているのか。

 その事業を通して、何を実現したいのか。

 その商品・サービスによって、人の心にどんな動きが起こるのか?

 それはその人の生き方を少しでも変えられるのか?

 

 あるいは、

 これまで単にお金儲けのためにやってたその仕事に、

 どんな意味づけをして、どんな夢を付加して、

 社会性を持たせられるのか?

 

 会社でも非営利団体でも、法人というからには、人格がある。

 すなわち、その会社・団体独自のキャラクターが求められる。

 

 市場で生きていくため、

 特に無名の中小企業やベンチャー企業は、

 キャラクターとストーリーづくりをしっかりやっていく必要がある。

 それが顧客との出会いのドラマを生み出す。

 

 こう考えると、ブランディングもドラマや物語を書くのと同じだ。

 


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新元号発表とGod Save the Kingと戦争のあった時代

 

 新元号が発表されるまであと2週間を切った。

 やっぱり気になる。

 

 菅官房長官が そのプレゼンター(たぶん)となり、

 のちのちの時代まで語り継がれることになる。

 

 数十年後、みんな、安倍首相のことは忘れても、

 菅官房長官の顔は忘れない。

 

 元号のことを考えていたら、

 イギリスに住んでいた頃、戦中派のご夫婦から

 英国国歌の「God Save the Quuen」は、

 前は「God Save the King」だったんだよ、

 と教えてもらったことを思い出した。

 

 考えてみれば当たり前のことで、

 1952年2月まで 英国国王はジョージ6世だった。、

 

 現在のエリザベス2世に替わっても

 国歌は同じ曲だ。

 ただ、タイトルと、ほんの少し歌詞が変わっている。

 

 王様が変わるというのは、立憲君主制国家にとって

 やはり国民の精神に少なからぬ影響を及ぼす。

 

 ジョージ国王時代とエリザベス女王時代とでは、

 厳然とした違いがあると思う。

 

 政治に関わらなくても、

 王様の持つ雰囲気・キャラクターというのは

 ある程度、国の在り方――

 特に文化方面に働きかけるものがあるのではないだろうか。

 

 もし、1952年に即位したのが女王でなく、

 男性の国王だったら、

 イギリスは現在とはけっこう色合いの違う国に

 なっていたような気がする。

 

 もしかしたら、ビートルズが

 あれほど人気が出ることもなかったし、

 それならばイギリス発のロックやポップカルチャーも

 これほど世界を席巻することはなかったのでは、と思う。

 

 ただ、イギリスや他の国家では西暦を採用しているので、

 日本のように元号というものがあり、

 それが変わることはない。

 

 そういう意味では日本はかなり特殊な国だ。

 言霊の持つ力を信じる民族にとって、

 社会的影響力は想像以上に強力だ。

 

 そして、新しい天皇陛下になる皇太子様

 ――僕は同年代のよしみで、

 つい「浩宮さん」と言ってしまうのだが

 ――と雅子様の雰囲気・キャラクターが及ぼす力は、

 やっぱり小さくないと思う。

 

 新元号になって1~2年もすれば、

 平成とはかなり色合いの違う時代になり、

 昭和は一気に遠くなる。

 

 そうなればも昭和は伝説的な「戦争のあった時代」になる。

 高度経済成長も、バブルも、

 ジャパン・アズ・ナンバー1も、

 もう戦争(敗戦・復興)なしには語れない。

 

 いや、昭和っていうのは前半と後半に分かれててね、

 戦争があったのは前半の話で・・・

 なんて言っても、

 新元号生まれの子どもたちには、たぶん通用しない。

 

 戦争なんてまったく知らず、チャラチャラ育った僕たちも、

 下の世代からそういう目で見られるようになるということ。

 

 新元号の時代において、僕たちは語り部の役割を求められる。

 

 今からでも遅くない。

 多少は戦争のことについて

 勉強しておいたほうがいいだろう。

 


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SNSメディアはNZの事件を黙って見過ごすのか?

 インターネット社会の進展で、多くの人が、組織が、

 ネット上で自分の存在をアピールする必要に迫られるようになった。

 会社や大きな組織だけでなく、

 個人も、小さな団体も、何かしようと思ったら

 とにかく目立たなくてはいけない。

 

 ニュージーランドのテロ組織は、殺害現場を生中継した。

 犯行声明文も公開している。

 

 10年ほど前には、フィクションで起こっていた

 こうした 超・劇場型犯罪は、いまや現実の世界で普通に起こり得る。

 

 FBやTwiterはこの事件にまつわる動画の配信を

 停止したらしいが、もうかなり拡散されたんじゃないだろうか。

 

 テロはテロを引き起こす。

 目立ちたい奴、自分をアピールしたい奴は

 世界にうじゃうじゃ溢れている。

 

 ネットメディアは、もはや社会のインフラで、

 影響力は絶大だ。

 それを運営する企業には、大きな責任があると思う。

 ご利用いただければ、それでいいのか?

 

 このような暴力を抑制するために、

 今後のネット社会の方向性を示すために、

 世界に向けて、大きな声で

 自分たちの理念にもとづく

 何らかのメッセージを発信してほしい。

 


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電車内スマホゲームはなぜカッコ悪いか

 

 最近、電車の中で新聞を読む人を見かけなくなった。

 会社勤めをしてないので、あまり電車に乗らないし、

 乗る時も多くは昼間のすいてる時間帯のせいかもしれない。

 

 本を読む人、マンガを読む人もあまりいない。

 大半はスマホをやっている。

 そしてまた、そのうち大半はゲームに興じているようだ。

 子どもなら、ま、しゃーないかなと思うが、

 社会人であり、中高年の領域になったいい大人が

 一生懸命になってやっている。

 

 スマホなんだから、画面を覗きこまなければ

 わからないだろうと思うだろうが、

 顔を見てるとわかっちゃうんだよね、これが。、

 

 僕が若い頃、電車の中でマンガを読むのは

 下品なことだ、それもいい大人が読むとは――

 みたいなことをよく言われた。

 

 確かにスーツにネクタイの紳士が

 少年ジャンプなどを読んでいるのはカッコ悪く見えた。

 青年コミック誌でも、なんかやっぱり違和感がある。

 少なくともあまり頭がよく見えなかった。

 

 スマホゲームにもまったく同じことが言える。

 男でも女でも、いい大人がやっているとバカに見える。

 

 なぜだろう? と考えてみた。

 べつにゲームやマンガが悪いわけではない。

 

 立派な表現手段だし、芸術性が高いものだってある。

 日本のコンテンツ産業のクオリテの高さは

 外国でもよく知られている。

 まさにクールジャパンの重要部分であり、

 日本の経済力の一端を担ってもいる。

 

 でもやっぱりそれは私的な娯楽である。

 自分の家の中、あるいはマンガカフェ、ゲームカフェなど、

 専用空間でやる分には全然構わない。

 

 要するにその私的な娯楽を公共空間で―ー

 それも電車内という閉じられた空間でやるから

 ネガティブに捉えられる。

 

 つまり、電車の中でゲームに興じている人は、

 公私の区別、自分の家の中と外の区別もつかない

 「稚拙な人間」となるわけです。

 電車の中でメイクしているおねーちゃんと一緒です。

 

 ちなみに若い者はどう思っているかなと、

 マンガ好き・ゲーム好きの息子に聞いてみたら、

 やはり、おっさん・おばさんの電車内スマホゲームは

 カッコ悪いし、情けなく見えるとのこと。

 

 自由な世の中だ、余計なお世話だ、

 誰にも迷惑かけてないじゃん、

 何が悪いんじゃいと言うレディース&ジェントルメ、

 20歳そこそこの若造――息子や娘たちから

 そんなふうに見られてますよ、

 ということは知っておいた方がいいと思います。

 自分の品性を保つために。

 


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異業種からの葬儀供養業参入ストーリー

  

 小さな会社でも社内で新規事業を立ち上げ、

 一つのブランドとして展開させるケースが増えてきた。

 

 レギュラーで仕事をしている鎌倉新書の月刊仏事では、

 毎月、葬儀・供養業界(この頃は終活とかシニア問題なども加わる)の

 ニュース記事を書いており、いろいろネタをリサーチするのだが、

 そういうケースによく出会う。

 

 10年余り前、「おくりびと」という映画が公開されるまで、

 やはりまだ葬儀屋さんに対する世間の差別意識は強かったと思う。

 

 それがたった10年で、高齢化社会・多死社会の進展とともに、

 みんなが参入したがる成長産業になった。

 

 ちなみに鎌倉新書も僕が最初に訪れた時は、

 小伝馬町の小さなビルの1フロアにある小さな会社だったのだが、

 あかれよあれよという間に成長して、

 八重洲の一等地のビルにオフィスを構える

 東証一部上場企業になった。

 

 お金儲けがしたくて、もともと畑違いの会社が安易に入ってくる――

 という批判的な見方もできる。

 でも、これはちょっと一面的過ぎる。

 

 たとえば以前「ラストドライブ日本版」の記事で紹介した

 タウという埼玉の会社は、

 事故車の買い取りをして海外へ輸出する事業をしている。

 

 ここが「願いのくるま」という法人を立ち上げ、

 ターミナルケアを 受けている人を希望の場所に車で連れて行く、

 という事業をボランティアでやっている。

 

 高齢者が増えたことによって、

 こうしたケアや葬儀・供養に関する社会的ニーズが激増中なのだ。

 

 また、それだけでなく、社会通念が変わり、

 死を仕事にする人たちを忌み嫌う風潮がかなり弱くなった。

 

 こうした理由から異業種からの参入者が増えているのだと思う。

 

 とは言え、いきなりそれだけで新しく会社を起こすのは

 あまりにリスキーなので、社内の事業単位で

 独立したブランドを作るのだろう。

 

 異業種から参入するからには、

 いろんなストーリーがありそうだが、

 残念ながら、ホームページを見ているだけだと、

 なんでこの会社が葬儀事業を???

 と、分からないことが多い。

 

 仏事の新連載企画として、異業種からの参入ストーリー

 というのをやってみようかと思っている。

 


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記憶を伝える「おもかげ復元師の震災絵日記」

 

 彼女が遺体安置所を訪れると「おくりびとが来た」

 と人々がどよめいた。

 

 この本と出会ったのは、震災から3年くらい経ったころだ。

 女性納棺師である笹原留似子さんが被災地を回って

 300人以上の遺体を復元した。

 

 もちろんボランティア。寝るのは車の中。

 1日の終わりに、その日、復元した人たちの顔を思い浮かべて

 スケッチとメモを残していた。

 

 それがどういう経緯でか、翌年の夏、

 ポプラ社から絵本として出版された。、

 僕がこの本と出会ったのは、それからまた1年くらい経ったころだ。

 

 彼女の簡素な絵と言葉が、現場の状況と

 人々の感情を描き出していて、胸に迫ってくる。

  

 どうしてこんな仕事ができたのか?

 この時、彼女の手には神様が降りていたとしか思えない。

 

 3・11の記憶を後世に伝えるとともに、

 納棺師という仕事の尊さ、

 ひとりひとりの心に寄り添う仕事の重さを

 普遍的に伝える本。

 


あたりまえに豊かで幸福だけど

 

 生きててたくさん不満はある。

 いやになちゃうこともある。

 世の中には運のいい人がいっぱいいいるのに、

 なんで自分だけ運が悪いんだと嘆くこともある。

 

 でも、こうやってパソコンやスマホがあれば

 インターネットでつながって、

 あなたにメッセージを届けられるし、

 話をすることもできる。

 

 SNSを覗いてみれば、

 今日もおいしそうなごはんやお菓子やお酒の写真も

 楽しそうな動画があちこちに載っている。

 

 僕も昼はラーメン、夜はヒレカツを作って食べました。

 

 これはやっぱり豊かな生活だし、

 ささやかだけど幸福なことに違いない。

 

 でもその豊かさ・幸福も

 地球がちょっと身震いするだけで

 一瞬で消えてなくなることがある。

 

 あの日、亡くなった人たちの多くも、

 普通に生活できて当たり前と思っていたし、

 それがずっと続くと思っていた。、

 

 でもそうではなかった。

 日本中がみんな、そうではなかったことに気が付いた。

 

 そうやって気が付いたこともそろそろ忘れかけてたけど、

 やっぱり思い出したほうがいと思う。

 

 3・11はこんな暮らしが楽しめることに

 ありがとうと唱える日。

 そして、その気持ちを未来へ伝える日。

 


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子どもの卒業・親の卒業

 

 先日、大学生の息子の卒業式に出たいのに出させてくれないというお母さんに、息子さんがいやだと言うのは当然ですよ、僕だって嫌でした、という類のことを言ってちょっと冷た過ぎたのではないかと後悔している。

 

 嫌がるのは息子さんの独立心の証だと言いたかったのだが、そう言えば自分も息子の中学の卒業式に出られなかった。

 

 仕事だったのでやむを得なかったわけだが、子どもの一生一度のイベントを犠牲にしてまでやらなければいけなかったのかなぁ・・・と、しばらくの間、後悔してた。

 

 僕の親の世代はこんなことは考えなかっただろう。

 父親は学校なんかに一度も来たことなんてない。

 父親がわざわざ子どもの入学式やら卒業式に出るなんて、男を下げることだ――

 と、昭和の男たちはそういうだろう。

 

 そんな父を見ているので、母親が入学式やら卒業式やらについてくるのを容認するのは、やっぱり男を下げることだった。

 

 けれども今は母親も父親も大学まで、いや、会社の入社式までついてきたがるし、子どももそれを容認する。中にはぜひ来てほしいと願っている子もいる。

 

 親は子どもの成人した姿を見て何らかの精神的報酬を受けようとしている。

 彼もしくは彼女は自分が手塩にかけた立派な作品であることを確認したがる。

 その確認を済ませた上で、気持ちをすっきりさせて、人生の次の章に移る。

 つまり子どもの卒業式は、親の卒業でもあるわけだ。

 そういう意味では、ずいぶん親にやさしい子どもが増えた。

 

 でもこれで、子どもにとっての卒業は、本当に卒様になるのかはやっぱり疑問だけど。

 

 お互いに助け合い、いたわり合って、親子団子になってやっていかないと、この先、生きいくのはきびしいぞという予感がしているのかも知れない。

 


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カラオケBOXミーティング

 

 かなり歌が下手なので、カラオケからは、ず~~っと遠ざかっている。

 でもカラオケBOXには行く。

 仕事の打ち合わせのためだ。

 個室で周囲と遮断されるので集中して話ができるし、資料も広げやすい。

 

 きょうはアートディレクター氏と1時間半たっぷり。

 来週もやる予定だ。

 

 都心であれば、レンタルオフィスや談話室喫茶などもたくさんあるが、ざんねんながら、わが永福町には皆無。

 カラオケBOXはいわば臨時オフィスだ。

 

 経営上の必要に駆られて、こうした「昼の顔」を持つようになったのだろうが、いつごろからカラオケBOXが集会場として利用されるようになったかは定かでない。

 

 それにしてもランチ会が開かれていたり、学生らが溜まり場にしたり、PTAのお母さんたちの喧々諤々の会議が開かれていたり、もちろん昼間の2時から歌いまくってるグループもいたり、スキルアップを目指して一人で練習しているおじさんもいたりで、なかなか魅力あふれるカオス状態になっている。

 

 KARAOKEは世界に冠たる正真正銘の日本文化で、海外でも大人気だが、ここまで進化を遂げ、別の目的で利用されているのは、やはりまだ日本だけだろう。

 まさに原点にして頂点。

 日本のカラオケはこれからどこへ行くのか?

 


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デジタル時代ならではのアナログ手書き写本トレーニング

 

 手は脳と連結している。

 運動することによって信号がビビットに伝わる。

 やればやるほどその能力は上がる。

 それがデジタルデバイスの入力作業では得られない手書きの効能。

 ま、科学的根拠があるわけじゃないけど。

 

 毎日インターネットを使っていろんな文章を読み書きしているが、デバイス上で読む文章はなんだか字面だけなぞっているようで、文章の奥にあるSomethingが見えてこない。

 つまり単なる情報なんだな。

 

 アナログ世代の習性なのかも知れないが、重要なものはプリントアウトしてしまう。

 紙の上に納まった文章は読みやすく、(自分にとって)一段と質の高い情報になる。

 

 さらにその情報を自分の知識にするには、自分で書く。

 仕事で使うためにデータ入力もするが、これはぜひとも深い所まで突っ込んで血肉にしたいと思うともう手書きするしかない。

 いわば「写経」のようなものだ。

 

 本でもウェブサイトでもそこに載っている気に入った文章をまるまる写す。

 コピペではないよ。

 するとその世界に没入し、その筆者がなぜその文を書いたのかの意図、その行間にある精神みたいなものが伝わってくる。

 

 それが合ってるか間違っているかはどうでもぃい。

 自分がそう思えるということが大事なのだ。

 

 でも手書きは疲れる。

 めちゃくちゃ時間もかかる。

 そして何より、1回や2回やっただけじゃ効能がわからない。

 何度もトレーニングして、やっとその価値が分かってくる。

 肉体のトレーニング同様、サボらずにやっていると確実に身に付く。

 手と脳の繋がりを磨く、これも一種の筋トレなのだ。

 

 小説でも論文でも宣伝文句でも何でも、こころ動かされる文章に出会ったら、その都度やってみるといい。

 

 もっと効率的なやり方があるんじゃないかと思う時もあるけど、やっぱりないのだ。

 これからやってくる、はるかに効率の良いAIライターに対抗するには、人間ならではの非効率なやり方を実践するしかないと思う。

 


フリッパトロニクス 幻の起動音

 

 キング・クリムゾンのロバート・フリップが開発したフリッパトロニクスの音がWindowsの起動音に採用された――というニュースを、ラジオで、確かJ-WAVEのジョン・カビラがナビゲーターをやっていた朝の番組で聞いたことをふと思い出した。

 

 確か2000年をちょっと過ぎた頃だと思う。

 反響も大きく、僕も楽しみにしていた。

 

 しかし、それはガセネタだったのか、その後もフリッパトロニクスはWindowsで使われることはなかった。

 

 ブライアン・イーノやロバート・フリップが1980年代に始めた環境音楽 ambient musicは今でも仕事のBGMや、頭を休めたい時によく聴く。

 

 あの時代よりも、むしろ21世紀の今の時代に合っているのではないかと思う。

 かつては空間に溶け込むような感触だった環境音楽の音は、今だとそれに加えて、時間にも溶け込んでいるように聴こえる。

 

 ちょっと瞑想音楽めいたフリッパトロニクスの世界。

 20年近くの時を超えて、Windowsの起動音。

 今からでも遅くないのではないか。

 


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ビジネスのための本気の企業理念

 

 先日、取材に行ったファームで、僕はそこの社名に興味を持ち、

 「これは一体どういう意味ですか?」と訊いた。

 すると40代の社長は、名刺を見せて、おもむろに説明を始めた。

 ロゴマークと理念(カンパニースピリッツ)が名刺上の小さなスペースにきれいに収まっている。

 

 そこは企業理念と会社のネーミング、商品の制作・販売が見事にリンクした稀有な会社だった。

 

 「環境問題に貢献する会社として、その理念に基づいて有機栽培をやっている。

 しかし有機野菜は値段が高い。多くの人に有機の良さを知ってもらい、理解してもらうためにはコストダウンして安く提供することが必要だ」

 

 その考え方を実践し、商品である作物を作り、それに共感する顧客が付く。

 理念はその会社の「顔」であり、一種のキャラクターであり、強みになる。

 だから通常ではなかなか市場で扱いづらい商品も「顔の見える売り方」で売ることができるわけだ。

 

 そういったことを社長は短く簡単な言葉で明快に話して聞かせてくれた。

 

 正直な所、農作業というのは単調で退屈な仕事である。

 しかし、その理念に共感してやってきたスタッフらは、どうしてその作業をするのかがわかっているし、疑問があれば説明してもらえるので楽しく働けると言う。

 

 インタビューして僕はかなり感心した。

 

「企業理念は大切です」と、いろんなビジネス本の類に書いてある。

 経営術の講座、起業セミナーなどでもそうだろう。

 けれども大方の人は、理念というものを金儲けをするための大義名分と考えている。

 

 金を稼ぐことは悪いことではないし、必要不可欠なことだ。

 それなのに日本人はどうしてもお金を稼ぐことに心のどこかで罪悪感を感じている。

 

 だから企業の理念・哲学なるものを打ち立て、わが社は人々の幸せのために・・・といった小論文を展開させて、会社案内のパンフレットやホームページに載せる。

 

 で、制作物(コピーライティング)の打ち合わせに行って、その理念やら哲学やらの話をしようとすると、担当者から

 「ま、表向きそう言ってるだけなんで」とか、

 「きれいごとでは商売できませんよ」と返されることが、昔も今も往々にあるのだ。

 

 最近は理念を持ってないと駄目なんだという認識が浸透してきたせいか、

 「福嶋さん、こういう言葉をサイトのトップに持って行きたいんだ」と、夢やら希望やらのやたらキラキラしたワードを並べ立てる。

 

 企業理念ってそんなものでいいのか? といつも思ってしまう。

 やるなら、かのファームの社長のように本気でやらねば。

 

 ちなみに僕は「あなたが自分や自分の仕事についての物語を見つけるためのお手伝いをし、文章として書き記すこと」

 を理念として活動している。

 

 個人事業者もビジネスをやっていることは変わりないので、お金をいただく以上は、なんでやっているのか相手に馳せる、それなりの理念は作っておいたほうがいいと思う。

 


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「実践!50歳からのライフシフト術」で人生の午後に備える

 

 安倍首相が口にしたのが大きかったのか「人生100年時代」はあっという間にポピュラーになった。

 テレビなどではやたらきれいな70歳が笑い、やたら元気な80歳が走り、やたら楽しげな90歳もあふれるようになって、人生100年啓蒙キャンペーンのような様相を呈している。

 

 だけどみんな、ついこの間まで100年の人生なんて考えていなかった。

 何となく大学出て就職して40年ほど働いて、退職した後は10年くらいぼーっと過ごして人生終わるんだろうなと漠然と思っていた。

 そして社会全体がそうした人生のモデルケースを想定して作られ動いていた。

 

 その常識が、ほんのこの数年で見事に覆された。

 これからは会社がどうの、社会がこうのという前に、自分で主体的に生きて人生を構築しなくてはならない。

 かつての「人生50年」は」まだ正午。

 50歳になってやっと午後が始まると言うのだ。

 

 これまでにもそういう話はいろいろなところでいっぱい聞かされてきたが、

 「いやいや、主体的に生きろったって、私らサラリーマンで会社から給料もらって生活してるんで、運よくそういうチャンスがあったらやってみますよ」

 と言って逃げられた。

 

 けれどもこれからはそうはいかない。

 チャンスはそのへんにころがってなんかいない。

 自分で決断して作るものだ。

 会社を退職した後は、主体的に生きるというのは必須条件である。

 どうしたものか――と思案している人にとって、これは一種の福音書からも知れない。

 

 この本に出てくる22人のうちのひとり、海外貿易で起業した三浦陽一さんは、息子が小学生の頃、一緒にボランティアをやっていた仲でよく知っている。

 知っているけど、こんなすごい人だとは知らなんだ!

 

 僕が和泉親児の会で出会ったころはちょうど起業した頃だったらしい。

 どうすごいのか知りたい人はぜひ読んでみてください。

 

 と、ここで締めようと思ったんだけど、じつは半月くらい前に読み終わっていて、どう感想を書いたらいいのかとという思いあぐねていた。

 

 なんでかというと、たぶん、僕はこの本の人たちのようにサラリーマン生活を経験してないので、会社勤めの人生前半から主体的に生きる人生後半にシフトする、という感覚が、いま一つ実感として分からないのだ。

 

 それに帯の「一切、きれいごと抜き」のコピーは余りに大げさで中身と合ってない。

 僕から見ると、やっぱきれいごとだろ、と思える。

 ライターの立場からすれば、取材した人を悪く書くわけにはいかないので、一見短所もじつは長所だったんですよと、塩梅を考えて文章を綴るのは当然だ。

 

 戦後、日本が一丸となって構築してきたサラリーマン社会はこれから解体の一途を辿る。

 僕自身は最初からフリーランスだが、企業相手に仕事をしている以上、まるっきり他人事ではない。

 

 ここに登場する人たちほど劇的ではないが、確かに50を過ぎて親が死んだり、友人が死んだり、体力の衰えを感じたりがあって、シフトしてきている。

 

 一つ言えるのは、50歳を過ぎると人生を俯瞰して見られるようになるということ。若い時にはこれができなかった。

 

 三浦さん以下、この本の人たちも人生を俯瞰して見られるようになったからこそ、それぞれの起業ができたのではないかと思う。

 シニアはもちろんだが、リンダ・グラットンの「ライフシフト」と併せて若い衆にも読んでほしいと思う。

 


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アンドロイド観音とどう向き合うか?

 

 先週、京都の高台寺でアンドロイド観音「マインダー」がプレス公開された。

 これは素晴らしい、面白い試みだ。

 僕は映像を見て感動さえ覚えた。

 このあと2カ月、一般公開されるとこことなので、期間中にぜひ実物に会いに行きたい。

 

 けれども案の定、多くの人はネガティブに反応しているようだ。

 もはやテクノロジー抜きには成り立ちえない社会になって、AI・ロボットがビジネスの世界に、生活の中に入り込み始めているのに、なぜだろう?

 宗教は人間だけの聖域にしておきたいということか?

 

 YouTubeにアップされたコメントを見ていると、由緒ある寺(豊臣秀吉の正室の北政所=ねねが創設)なのに、こんなもの大金をかけて作って、観光客に媚びてるのか。恥を知れ――といった批判をはじめ、怒り・呆れ・戦き・怖れといった感情が溢れている。

 

 人間の下で労働するしもべならともかく、観音様の姿で法話を語って聞かせるのが許せないというのだろう。

 「人間の尊厳」「仏への冒涜」などともっともらしい言葉を出して批判しているが、実質的には階級社会における、上層の人間の、下層の人間に対する差別意識と大差ない。

  

 開発チームの中心人物である大阪大の石黒浩教授は世界の認めるロボット研究者で、これまでに落語家の故・桂米朝やマツコデラックスのアンドロイドを作ったり、演出家の平田オリザと組んでロボット演劇/アンドロイド演劇を上演したりしている。

 

 石黒教授がアンドロイド開発に取り組むのは「人間とは何か?」を探究するためだ。

 ロボット研究者であるとともに、人間の研究者であり、優れた思想家でもある石黒教授と彼のチームは、こうした社会の反響も織り込み済みで、このアンドロイド観音をリリースしたのではないかと思う。

 

 ロボット・アンドロイドは仏像と同じく、人間の心を映し出す鏡。

 彼女を見て怒ったり、恐怖を抱くといった人々のリアクションもすべて「ロボット」という大きな概念の一部なのだ、と言いたいのかも知れない。

 

 イヌも歩けば、歩きスマホに当ると言われるくらい、テクノロジーに依存するようになったこの時代、僕たちはいつまでも20世紀のSF小説やマンガや映画に登場するロボットのイメージにとらわれているわけにはいかない。

 もっと素直に受け入れ、共生する前提で付き合ったほうがいいと思う。

 


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取材はイベントにしたい

 

 仕事柄、取材によく出向くので、ホームページやブログなどを見て事前に情報を仕入れる。

 企業や店舗はもちろん、個人もホームページを公開する時代になった。

 それ以外に既存のブログを活用したり、SNSを主軸に発信する法人も多くなり、情報は百花繚乱だ。

 ちょっと前までは必死にそれらの情報を読み込み頭に叩き込んで、質問事項もめいっぱい書き上げて事前に取材先に送った上で出向いていた。

 が、そういうやり方をしていると、ホームページに載っていることをなぞって確認するだけになってしまって、どうもつまらない。

 なので最近は事前調査をあまり綿密にやり過ぎず、ささっと目を通し、印象に残った文や単語をちょっとメモる程度にしている。

 

 事前調査をやる意味は、取材現場を盛り上げるためだ。

 言い換えれば、相手を楽しませ、気持ちよく喋ってもらうためである。

 

 される側にとって、する側にとっても、1時間なり2時間なりを費やすのだから、取材というのはどちらにとっても楽しい時間――イベントの一種ででなければならないと思う。

 

 今日は取材と称して面白いやつが訪ねてきて、いろいろうちのやっていることをインタビューして「きたので、あれこれ応えて話ができて面白かった。

 あいつに話したことで、自分がどんな仕事をやっているのか、どんなことを考えているのか、そして自分とはどういう人間なのかが、改めて明確になった。楽しい体験だった。

 

 取材相手にそう思ってもらえてこそ本当の取材だ。

 相手のホームページに載っている情報や、日々のブログやSNSでの発信はそのネタでしかない。

 そのネタと自分の問題意識をもとに、面と向かった時、一定の緊張感を持ってどう話を展開させるかが醍醐味だ。

 

 もちろん相手によってはきっちりした、意外性のない取材を―ーつまり自分たちで用意している決まりきった受け答えで済ませられる取材を要望していることもある。

 それはそれでしかたない。

 

 でもメールを使ってネット上で何でもやっちゃえる時代にあって、せっかくナマで向き合えるのなら、アドリブをきかしてその場限りのグルーブを作りたい。

 

 面白い取材ができると、そのあと原稿を書いてる段階までテンションを高く保てる。

 最終的に内容は平凡なものになったとしても、取材をやったその時の感触と熱は、その後、相手にも自分にも残る。

 


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