中年期以降の同窓会幹事の心のゆらぎ

 

 4月の同窓会まで1ヶ月を切り、ほぼ連絡が行きわたったようなので、手伝ってくれてる二人にメールを送って情報をとりまとめる。

 直前まで出欠変更は可能だけど、とりあえず人数を店に知らせておく必要があるので。

 

 この仕事、20代の頃は単なる飲み会の連絡係・会計係に過ぎなかったのだが、齢を経ると様相が変わる。

 

 飛び級で早々に人生を卒業してしまったのも二人ほどいる。

 

 それぞれの生活環境などわからないし、家族のこと・仕事のこと・お金のこと・健康のこと、ぞれいろいろ問題抱えているだろうし、長く生きているといろんなことが起こる。

 

 40年前と寸分たがわぬキャラ丸出しのメールが来て笑っちゃうこともあれば、できれば聞きたくなかったこと(相手も話したくなかったこと)を聞くことにもなる。

 

 名簿を見ながら、だれだれ出席、だれだれ欠席と、漢字4~5文字の本名を書いていると、これ誰だっけ?と認識できなくなるケースもチラホラ出てくる。

 特に女子は名字が変わっていることが多いので、なおのこと。

 

 そこでそれぞれ当時の愛称・通称・あだ名などで書き換えてみると、たちまち顔が思い浮かび、声が聞こえてきて、キャラクターが立ち上がる。

 身振り。口振り・服装・背景・いろんなシチュエーションまで再現できたりする。

 

 そうやって名前を書き出すと、今回は欠席でも次回また声を掛けようという気になる。

 

 でも連絡先がわからない・つながらないのもいる。

 また、もう連絡なんかいらないと思っているのもいるだろう。

 しかたないことだけど、幹事なんかやっていると、ここまできちゃうと、そういう人たちとはもう完全に切れちゃうだろうなと思う。

 切っちゃう権限が自分にあるのかなとも考える。

 

 もしかしたら以前は同窓会なんてどうでもいいと思っていたけど、今になってみると行ってみたいな、連絡があればなぁ、声掛からないかなぁ・・・と待っていることだってあるかも知れない。

 

 「あいつがお願いって声掛けてきたから、しかたないので来てやったよ」

 ――今ならそういうやつがいてもOKと笑えるだろうなぁ。

 

 こんなよけいなこと考えずに、クールに事務的にさっさと進めればいいのに、なんかいろいろ引っ掛かっちゃうんだよなぁ。

 


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テープ起こしの日々

 

 取材が続いたので、今週はテープ起こしと原稿書きの日々。

 きょうは先日の里山農業プロジェクトの野田君の音声を起こしました。

 録音を聞いてみて、やっと彼のヴィジョンが理解できる。

 思った以上に深く、広がりがある。

 これを一旦メモ帳に書き記して、その後、あっちこっち編集したのにプラス、合間合間に自分の文章を書き入れていく、というのが取材をした記事のオーソドックス(僕にとっては、ということだけど)な書き方です。

 

 テープ起こし(機器はICレコーダーですが)は面倒な作業で時間もかかるし、重労働ですが、手ごわい内容は、これをやらないとどうにも頭にすんなり入ってきません。

 テープ起こしをアウトソーシングすればラクに早くできるのだろうけど、そんな経済的余裕などないし、それにそう横着しちゃうと、なんだか寂しい気持ちになる。

 頭の回転が鈍いので、何度も反芻しないとよくわからないんだよね。

 この後もまだいろいろ溜っているので、どんどんやらねば。

 間もなく3月も終わり。

 こうしているとあっという間にゴールデンウィークになってしまいそうです。

 


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鎌倉新書と新連載企画の話

 

 月に一度、鎌倉新書の打ち合わせで日本橋・八重洲方面に出向きます。

 鎌倉新書というのは葬儀供養業界のWebや雑誌を作っている会社。

 以前は仏教書を出版していたのですが、現会長が社長になった20年ほど前から、機械化とかITテクノロジーとか、非人間的なイメージを嫌うこの業界において、いち早くインターネットでの情報発信にシフトしました。

 

 「いい葬儀」という、消費者と葬儀社とを仲介するポータルサイトを開設したところ、業界内では当初、白い目で見られ、あの会社は代替わりしてダメになったと言われたらしいのですが、そこは時代の趨勢であれよあれよという間に市場に浸透。

 

 特に僕が本格的に関わり出した2年半ほど前から株はうなぎのぼりで、一昨年末にこの八重洲の一等地に引っ越したと思ったら、それから1年も経たないうちに東証一部上場を果たしました。

 

 とは言え、利益分はいろいろ始めた新事業のほうに回っているようで、外部ライターである僕のギャラが上がるわけではありません。

 

 正直、割に合わんなーと思うことが多いのですが、興味のある分野だし、ある意味、高齢化・多死化代社会に関する最先端情報(テクノロジーなどではなく、社会心理的流れとしての情報)にも触れられるので、引き続き、業界誌の月刊仏事で記事を書き、時々Webの方もやっています。

 

 その月刊仏事から新しい連載企画をやりたいけど何かない?と言われたので、以前、このブログで書き散らしたネタを思い出し、「世界の葬儀供養・終活・高齢者福祉」なんてどうですか?と提案したら、じゃあぜひ、とあっさり通って取り組むことに。

 

 国内の出張費も出ないのに「海外出張費出ますか?」なんて聞くこともできず、ネット頼りの仕事になるのは必至。

 でもイラストを描いてくれる人もいるらしいので、伝統文化と最新事情をごった煮にして分析を交えた読物風の話にしようと思っています。

 ごく個人的なことでもいいので、情報あったらお知らせくださいな。

 


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野生の本能の逆流に葛藤する都会暮らしのネコ

 

 散歩がてらサクラを見に近所の大宮八幡宮に行くとネコ発見。

 例によってナンパを試みたが、例によってシカトされた。

 

 彼女には事情があった。

 上の方でガサゴソ音がするので見ると、キジバトがいる。

 落ち葉の中をつついて虫をほじくり出して食べているらしい。

 ネコは野生の本能が刺激され、ねらっているのか?

 でも、その割にはハトに対して集中力が欠けている。

 自分の中でウズウズモゾモゾ本能がうずくのを気持ち悪がっているように見える。

 

 サクラ色の首輪をつけているので、どこかの飼いネコだろう。

 家に帰ればいつもの安全安心、おいしく食べやすく栄養バランスもとれてるキャットフードが待っている。

 なのになんで鳥なんか狩らなきゃならんのか、

 だいいち、あたしが口の周りを血だらけにして鳥やらネズミやら持って来たら、飼い主さんが卒倒しちゃう。

 でも狩ったら脳からアドレナリンがドバっと出て気持ちよくなりそうだ。

 ああ、でも、そんなのダメダメ・・・と、ひどく葛藤しているように見える。

 

 飼いネコでも本能のままに生きているやつもいれば、鶏のササミや魚の切り身をあげても見向きもしないやつもいる。

 イヌもそうだけど、多くの飼い主はペットに一生自分のかわいい子供であってほしいと願う。

 人間じゃないんだから、大人になんかなってほしくない。

 恋もしてほしくないから去勢や避妊手術を施す。

 生物学的なことはよくわからないけど、そうするとホルモンもあまり分泌しなくなるだろうから、ペット動物は「子供化」して野生の本能は眠ったままになるのだろう。

 

 一生人のそばにいて、一生キャットフードを食べて、一生本能なんぞに煩わされることなく、平和に暮らせるのがサイコーだと思っているネコもいるはずだ。

 人間と一緒に都市生活をしていくにはそのほうが幸せなんだろう。

 

 けれどもイヌと違って、ネコは本能に目覚めても人間に危害を及ぼす可能性は限りなく低い。なので「最も身近な野生」を感じさせてほしいという、人間の勝手な期待を背負わされた存在でもある。

 

 おそらくネズミや鳥を狩ってくる飼いネコは、飼い主のそうした潜在的な希望を感じとって、本能のうずきに素直に従うのだ。

 ただ、そうじゃない彼女のようなネコもいて、せっかくのんびり暮らせているのに、野生時代の先祖の血の逆流に悩まされることもあるんじゃないかと思う。

 

 こんど道端で会ったネコに、そこんとこつっこんでインタビューしてみようと思うけど、答えてくれるかニャ~。

 


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東京唯一のブランド和牛・秋川牛と、むかしみらいTOKYO

 

 連荘で農業取材。

 26日(月)は秋川渓谷と美しい山並みが望めるあきる野市に出向き、秋川牛とご対面。出荷前・生後30ヵ月の黒毛和牛の体重は800キロ。でかっ。

 

 東京で唯一の肉牛生産牧場・竹内牧場では約200頭の秋川牛を飼育しています。

 このあたりは、日本各地の有名なブランド牛の産地に負けず劣らず、水も空気もきれいで豊かな環境なので、牛をはじめ、豚・鶏などを育てるには持ってこいとのこと。

 

 秋川牛は希少価値のある高価なお肉ですが、都内のホテル・レストラン・料理店なので口にするチャンスがあるかも。

 

 一方、武蔵五日市駅にほど近い松村精肉店は、地元で生産されるこの秋川牛の認知度を上げたいと、手軽に味わえる加工品としてレトルトカレーなど製作しています。

 オリンピックもあることだし、東京の名産品をアピールしていこうとブランド力UPに奮闘中です。

 

 昨日ご紹介した磯沼牧場+多摩八王子江戸東京野菜研究会でも聞きましたが、これら多摩・八王子地域の環境はこの20年ほどで劇的に改善され、川には清流が戻り、アユなども戻ってきているとか。

 

 今や都心で働く人たちのベッドタウンというイメージから脱却し、豊かな自然が楽しめ、農業も盛んな地域としてのイメージが高まっています。

 

 いつまでも「東京は緑が少ないから云々」なんて、手垢のつきまくったステレオタイプのセリフをほざいていると時代に取り残されますよ。

 

 テクノロジーとパラレルで進行する昔ながらの環境とライフスタイルへの回帰。

 「むかしみらい東京」がもう始まっているのかも知れません。

 


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楽しさ・学び・癒し満載の八王子・磯沼牧場

 

 東京にこんな素晴らしい牧場があったのか!

 噂には聞いていたけど、なかなかタイミングが合わずに来そびれていた磯沼牧場(磯沼ミルクファーム)に25日・日曜日、初めて来場。

 

 多摩八王子江戸東京野菜研究会とのコラボイベントで、牧場特製のチーズとベーコン、ソーセージ、野菜てんこ盛りのピッツァ作りです。

 

 牧場主・磯沼さん手づくりの溶岩石窯で焼いたピッツァはおいしくてボリューム満点。

 

 ランチの後は乳しぼり体験、牧場ツアー(放牧場もある)、磯沼さん×福島さん(多摩八王子江戸東京野菜研究会代表)の都市農業トークと続き、あえて取材の必要なしというところまで堪能しました。

 

 場所は京王線・山田駅から徒歩10分弱。

 新宿から1時間足らずで来れるし、横浜からも近い。

 わざわざ北海道などへ行かなくても、たっぷり牧場体験ができます。

 それも観光牧場でなく、リアルな生活と結びついている生産牧場で。

 

 環境問題、動物福祉問題への取り組みなど、牧場経営のコンセプトを通じて、さりげにいろいろ勉強でき、新しいライフスタイル、これからの哲学を考えるきっかけにもなると思います。

 

 乳しぼりをはじめ、毎週のように何らかのイベントが開かれ、牛さんをはじめ動物たちに触れあえます。

 いつでもオープンなので、ぶらっと覗きに来るだけでもいい。

 

 子供たちには超おすすめ。お年寄りにも楽しい。

 ちょっと凹んでいる人、メンタルを病んでいる人も心のケアができるのではないかな。

 直売所もあって、おいしいアイスクリームやプリンやヨーグルトも食べられますよ。

 興味のある人はホームページやフェイスブックもあるので検索してみてください。

 


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ぼくらはにおいでできている(チワワのハナちゃんに教えてもらったこと)

 

 下の妹が飼っているチワワのハナちゃんとは、たぶん2年ぶりくらいのご対面。

 前に会ったのはチビ犬の頃だったけど、ちょっとの間、くんくん嗅ぎ回って「あ、知ってる知ってる」と思ったのか、尻尾をフリフリしてくれた。

 抱き上げても安心安心。僕のにおいを憶えていてくれてありがとう。

 

 人間の子どももいろいろ情報を詰め込まれる前は嗅覚がするどい。

 一度嗅いだにおいは絶対忘れない。

 自分自身のことを考えてみると、視覚や聴覚では憶えていなくても、においというか空気感で憶えていることがいっぱいある。

 親はもちろんだけど、周りにいる大人たちはそれぞれ独特のにおいを持っていたような気がする。

 

 におうと言うと何だか臭くて嫌われそうな気がするが、完全ににおいを消し去ると、その人は透明人間になって、見えていても誰にも気づかない存在になる。

 忍者やスパイになるならいいかも知れない。

 

 大人になると鼻が利かなくなって、というか、においを感じる脳の部分が鈍くなって、刺激の強いものしかキャッチできなくなるようだ。

 なので少しは意識してにおいを嗅ぐ練習をしたほうがいいのかもしれない。

 

 基本はやっぱり食事。

 テレビやスマホを見ながらめしを食わないこと。

 

 そして手料理を楽しむこと。

 最近はそんなものより出来合いの料理の方がよっぽどうまいと言う人も多いけど、手料理にはその家・その人独自のにおい・風味がついている。

 それを知っているのと知らないのとでは随分ちがうんじゃないかな。

 

 自分が自分である基礎とか土台みたいなものは、そういう些細な目に見えないもので出来ているのではないかと思う。

 そうだよね、ハナちゃん。

 


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かわいい叔母さん

 

 父も母も昭和ヒトケタ生まれ。貧乏人の子沢山でそれぞれ8人兄弟だ。

 ぼくが生まれる前に死んでしまった人を除き、そのきょうだい、および、その伴侶の全部はしっかり顔や言動を憶えている。

 僕が子供の頃は行き来が盛んだったので、みんなインプットしている。

 

 しかし、9年前に父が亡くなったのをきっかけに、毎年バタバタと後を追うように亡くなり、大半がいなくなった。

 今年もまたひとり、先日、ヨリコ叔母さんが亡くなったと聞いた。

 

 母方は女系家族で8人のうち、7番目までが女で末っ子だけが男。

 ヨリコ叔母さんは7番目。つまり7姉妹のいちばん下の妹だ。

 

 幼稚園の時だったと思うが、結婚式に出た記憶がある。

 きれいなお嫁さんで、チビだったぼくを可愛がってくれた。

 そのチビの目から見ても、なんだかとてもかわいい人だった。

 

 6人も姉がいて、4番目の母(母は双子の妹)とさえ12歳違う。

 いちばん上のお姉さんとは16歳以上違うはずだ。

 なのでほとんどは姉というよりチーママみたいなものだ。

 母もよく子守をしたというし、日替わりでみんなが面倒を見てくれていたようだ。

 

 母の家はお父さん(僕の母方の祖父)が早く亡くなったので、女が協力して貧乏暮らしからぬけ出そうとがんばってきた。

 でもヨリコ叔母さんは小さかったので、そうした苦労が身に沁みず、物心ついたのは、お母さんやお姉さんたちのがんばりのおかげで暮らし向きも上がってきた頃だった。

 そうした中で一家のアイドルとして可愛がられて育った。

 

 そうした成育歴はくっきり刻まれ、そのせいで彼女は、ほかの姉妹らの下町の母ちゃん風の雰囲気とは違う、お嬢さん風の雰囲気を持っていた。

 だから、おとなになってもどことなくかわいいし、ちょっと天然も入っていた。

 

 最後に会ったのは父の葬儀の時。

 さすがに外見はそろそろばあちゃんっぽくなっていたが、中身はほとんど変わっておらず、ぼくをつかまえて

 「せいちゃん、大きくなったねー」と言った。

 

 50間近の男に向かって大きくなったねーはないもんだけど、そう笑顔で屈託なく声を掛けられるとすごく和んでしまった。

 その時の会話が最後の印象として残ることになった。

 

 叔母とはいえ、中学生以降はめったに会うこともなかったので、彼女がどんな人生を送っていたのはわからない。

 

 もちろん少しは苦労もあったと思うけど、べつだんお金持ちではないにせよ旦那さんは真面目で優しくユーモアもある人だったし、特に悪い話も聞かなかった。

 嬉しそうに小さい孫娘の面倒を見ていたのも印象的だった。

 

 たぶん美化しているし、これは僕の勝手な想像であり願いだけど、おそらくそれなりに幸せに過ごしてきたのだろう。

 

 不幸な目に遭ったり、理不尽な苦労を強いられたり、他人にあくどく利用されたり、自分の欲に振り回されたり・・・

 人生の中のそんな巡りあわせで、人間は簡単に歪んでしまう。

 

 でも、できるだけそうしたものに心を損なわれないで、ヨリコ叔母さんのようにかわいい人にはいくつになっても、ずっと素直にかわいくいてほしいなぁと願ってやまない。

 


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里山を事業化するナチュラルボーン・サトヤマー

 

 今回の名古屋(愛知)ツアーでは、里山の概念を農業と組み合わせ、インターネットを利用して事業化するプロジェクトを掲げる人を取材しました。

 

 彼は2002年生まれ。16歳の高校生。

 田園地帯で植物や昆虫に親しみ、かたやインターネットに親しみながら育った彼は、資本主義発展拡大病の時代に育ったぼくたちの世代とはまったく違うセンスを生まれながらに持っているようです。

 

 「里山」という概念が今、世の中に浸透しつつあります。

 里山はごく簡単に言うと、自然環境と人間の生活圏の交流地帯。そのベストバランスを保つ、あるいは破壊したものを再生するという考え方を表現する言葉でもあります。

 

 人間が生活できなくてはならないので、当然そこには経済活動も含まれるし、伝統工芸・伝統芸能といった文化芸術や民俗学系の学問も含まれるのではないかと思います。

 「人間が手を入れた自然」と言い換えることもできるでしょう。

 

 また、それらを包括する懐かしいとか、愛おしいとかいった心象風景もその概念の中に入ってくるでしょう。

 人間のあり方・生き方を問い直す哲学も含まれているのかも知れません。

 

 日本独自のものかと思っていたら、他国にも通用し、国際的にも理解が進んでいる概念で、よく言われる「持続可能」な社会にSATOYAMAは不可欠とされているようです。

 

 そういう意味では、過去200年、世界を席巻し、地球を支配してきた工業化・資本主義化の流れに対するカウンターとも言えます。

 

 高校生の彼には野外でのインタビューを考えていましたが、あいにくの雨のためはやむを得ず、岡崎市内の「コメダ珈琲店」で敢行。コーヒーと、コメダ名物「シロノワール」を食べながらの取材になりました。

 

 彼は子供のころから自由研究などを通じて里山について学び、中学生のころから戦略的にプロジェクト化を画策。近所の農家の人たちなどはもとより、自分で電話やメールで東大・京大などの教授・学者に頼み込み、取材に出かけたといいます。

 

 現在はいわばサークル的なノリで同級生やネット上の仲間が集まり、大人の支援者もいますが、まだ実務のできるスタッフがいない状況。

 コンセプトは決まっているので、まずネットを通じての「ブランド化」に力を注いでいきたいとのことでした。

 

 僕としてはこうしたことを本気で考え、事業化に取り組んでいる若僧がいるというだけで十分心を動かされました。

 

 彼のことは来月、「マイナビ農業」でUPしますが、興味のある方は「里山農業プロジェクト」で検索してみてください。

 


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名古屋コーチンをめぐる冒険:ふしぎ・まったり小牧編

 「こんなやわらきゃー、水っぽい鶏はいかんわ。むかしのかしわはまっと歯ごたえがあってうまかったでよー」

 

 こんな軟らかい、水っぽい鶏はダメだ。昔のかしわ(鶏肉)はもっと歯ごたえがあっておいしかった、という声を受けて、一時期、市場から消滅した名古屋コーチンが、日本を代表する地鶏として見事復活を果たした物語を探るべく、今回は「マイナビ農業」で名古屋取材を敢行しました。

 

 市内にある「名古屋コーチン協会」で話を聞いた後、名古屋コーチン発祥の地である小牧市へ。

 明治の初め、この地に養鶏場を開いた元士族の海部兄弟が、地元の鶏と、中国(当時、清)から輸入したコーチンという鶏を掛け合わせてできたのが名古屋コーチンです。

 

 「だもんだで、まっとそのことを宣伝せんといかんわ。日本が誇れる名物だでよう」

 

 ということで昨年(2017年)、名鉄・小牧駅前にはコケー!と、おしどり夫婦(?)の名古屋コーチンのモニュメントが立ったと聞き、駅について改札を出たところ、出口が左右に分かれている。
 どっちだろう? と迷ったとき、すぐ目の前で駅員さんが掲示板を直す作業をしているので、尋ねてみました。

 

 「あのー、名古屋コーチンの像はどっちの出口にあるんでしょうか?」

 

 駅員さん、けだるそうに振り向き、ぼくの顔を一瞥。さらに一呼吸おいて

 「左の階段を下りてって、右に曲がってずっとまっすぐ行ったところに市の出張所がありますで、そこで聞いてちょーだゃー。それはうちの管轄でないもんで」

 

 ?????

 駅前って聞いたけど、そんな分かりづらいところにあるのかなぁ・・・と思いつつ、左の階段を降りると、なんと、その目の前にコーチン像があるではないか。

 

 ?????

 まさかあの駅員さんはこれを知らなかったのだろうか?
 それとも上司に、責任問題が発生するから、鉄道のこと以外は聞かれても答えるなと言われていたのだろうか?
 それとも奥さんと何かあったとか家庭の悩みでも抱えているからなのか?
 あるいはたんに鶏が嫌いで、コーチンお話なんかのしたくなかったのか? 

 

 たくさんの疑問に駆られながらも、前に進まなくてはなりません。
 海部養鶏場(跡地)にはどういけばいいのか。
 ちょうど目の前に観光案内所があったので入ってみました。

 

 平日ということもあってお客は皆無。
 ぱっと見た目、アラサーぐらいの女の子がひとりで机に向かって、わりとのんびりした感じで書類の整理みたいなことをやっています。
 そいえば時刻はちょうどランチタイムでした。

 「あのー、海部養鶏場跡地に行きたいんです」
 「え、何です?」
 「海部養鶏場です。カイフ兄弟。名古屋コーチンの」
 「あ、ああ、ああ、名古屋コーチンのね」
 「たしか池ノ内というところなんですが・・。歩きじゃちょっと無理ですよね」
 「ええと。そうだと思います。ちょっとお待ちくださいねー」

 

 と、アラサーの女性はあちこち地図やらパンフやらをひっくり返し始めました。
 市の観光スポットの一つに加えられたらしいと聞いていたので、即座に答えが返ってくるものと想定していた僕は思わぬ展開にちょっとびっくり。


 その女の子は一人じゃだめだと思ったのか、奥に入っておじさんを引っ張り出してきて、ふたりでああだこうだと大騒ぎで調べ始めたのです。

 お昼の平和でゆったりとした時間を邪魔してしまったようで申し訳ないなと恐縮しつつ、実はなんか面白いなと思いつつ待っていたら、もう一人、お昼を早めに済ませて戻ってきたおにいちゃんが加わって3人で合同会議。

 

 それで出てきた結論が「タクシーで行ったら?」というもの。
 べつにタクシーを使うお金がないわけじゃないけど、アポがあるわけじゃなし、急いでいるわけじゃないし、第一ここまで大騒ぎしたのに、それなら最初からタクシーに乗ってるよ、バスとかないんですか? 地元の人といっしょにバスに乗ると楽しいいんですよと言うと、バスルートと時刻表を調べて、やっと案内が完了しました。

 

 この間、約20分。効率主義、生産性アップが叫ばれる世の中で、このまったり感はどうだ。急いでいたら頭にきてたかもしれないけど、旅というのはこうやって余裕を持って楽しむものだ、と改めて教えてもらった気がしました。


 考えさせられる不思議な駅員さんといい、まったりした観光案内所といい、皮肉でなく、おかげで楽しい旅になりました。小牧の皆さん、ありがとう。


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リバーズ・エッジ:トラウマになった漫画を映画で観る

 

●リバーズ・エッジ:トラウマになった漫画を映画で観る

 

 岡崎京子の漫画「リバーズ・エッジ」は僕のトラウマになっている。

 この漫画に出会った1990年代前半、僕はとっくに30を超えていた。

 心のコアの部分を防御するシールドもしっかり出来上がっていたのにも関わらず、ティーンエイジャーを描いたこの漫画は、シールドに穴をあけて肌に食い込んできた。

 

 先日書いた大友克洋の「AKIRA」が世紀末時代の象徴なら、「リバーズ・エッジ」は、その the Day Afte rの象徴だ。

 

 リバーズ・エッジ(川の淵)は流れの淀みであり、尋常ではない閉塞感・荒涼感・空虚感に包まれた繁栄の廃墟だった。

 

 子供たちの残酷で不気味で鬱々としたストーリーと、ポップでシンプルな絵柄との組み合わせが劇的な効果を生み出し、ページをめくるごとにますます深くめり込んでくる。

 

 自分自身は仕事も順調で結婚もした頃。

 こんな胸が悪くなるようなものにそうそう関わり合っていられないと2~3度読んで古本屋に売ってしまった。

 けれども衝撃から受けた傷は深く心臓まで届いていた。

 

 映画化されたことは全然知らなかったのだが、先週、渋谷の公園通りを歩いていて、偶然、映画館の前の、二階堂ふみと吉沢亮の2ショットのポスターに出会ってしまった。ふみちゃんに「観ろ」と言われているようだった。

 原作に惚れた彼女自ら行定勲監督に頼んで映画化が実現したらしい。

 

 映画は原作をリスペクトし、ほぼ忠実に再現している。

 その姿勢も良いが、何よりもこの漫画が発表された四半世紀前は、まだこの世に生まれてもいなっかった俳優たちが、すごくみずみずしくて良かった。

 

 暴力でしか自己表現できない観音崎くん、

 セックスの相手としてしか自分の価値が認められないルミちゃん、

 食って食ってゲロ吐きまくりモデルとして活躍するこずえちゃん、

 嫉妬に狂って放火・焼身自殺を図るカンナちゃん、

 河原の死体を僕の宝物だと言う山田くん、

 そしてそれらを全部受け止める主人公のハルナちゃん。

 

 みんなその歪み具合をすごくリアルに演じ、存在感を放っている。

 最近の若い俳優さんは、漫画のキャラクターを演じることに長けているようだ。

 

 原作にない要素としては、この6人の登場人物のインタビューが随所に差しはさまれる。

 この演出もそれぞれのプロフィールと物語のテーマをより鮮明にしていてよかった。

 

 でも映画を観たからといって、何かカタルシスがあるわけでも、もちろん何か答が受け取れるわけではない。

 

 四半世紀経っても、僕たちはまだ河原の藪の中を歩いている。

 そして二階堂ふみが言うように、このリバーズ・エッジの感覚は彼女らの世代――僕たちの子どもの世代もシェアできるものになっている。

 

 そのうち僕は疲れ果ててこのリバーズ・エッジで倒れ、そのまま死体となって転がって、あとからやってきた子供たちに

 「おれは死んでいるけど、おまえたちは確かに生きている」と勇気づけたりするのかもしれない。

 そんなことを夢想させるトラウマ。やっぱり死ぬまで残りそうだ。

 


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ひるねして夢の記憶を情報発信

 

 齢を取ってくると昼寝が楽しみの一つになります。

 以前は時間がもったいないなぁと思っていましたが、たとえ僅かな時間でも体を横にして休むと、もう調子が段違い平行棒。

 その後の仕事の効率、クオリティを考えたら寝るに限る、休むに限る。

 

 しかし、会社のオフィスではなかなかこうはいかないでしょう。

 こういう時は自宅でやっているフリーランスで本当によかった~と思います。

 

 ただちょっと困るのが夢を見ちゃったとき。

 いや、夢を見るのはこれまた楽しいのですが、その夢の記憶が現実のものとごっちゃになることがあるのです。

 

 この間、通っていた学校を探そうと現地に行ってみると、迷宮に迷い込んだように、いくら歩き回っても見つからない。

 それで思い出したのが「移転した」という情報を耳にしたこと。

 それで、ああ、移転したんだっけと思い込んでしまったのです。

 

 ところが、あとでネットで調べてみると、改装はしているものの、ちゃんと同じ住所に存在しているではないか!

 確かに聞いていた移転情報。あれはいったい・・・

 と考えてみると、それはいつかの夢の記憶だったのです。

 

 あちゃ~、いよいよボケが始まったぁ。

 夢と現実がひとつながりになった次元へ、とうとう足を踏み入れてしまったのかも知れません。

 でもまぁいいや、気持ちよく昼寝できれば。

 

 というわけで、今後、僕の発信する情報が現実の出来事なのか、夢の中の記憶なのかは、読んでいるあなたの判断におまかせします。

 

 ではお休みなさい。ZZZ。

 


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永遠の現物支給

 

 きょうは確定申告の最終日でしたが、先週会ったお友だちの会計士さんは締切間近でストレス満載の様子でした。

 その彼がぼそっとつぶやいたセリフが

 「現物支給でも、永遠に続けばいいんだけど」

 

 え、まさか現物支給の報酬で会計を?

 そういえば、半年前に会った時は、つぶれそうな食品会社の経理を請負っているとか言ってたけど・・・。

 

 追及するのはやめときましたが、「永遠の現物支給」という言葉が頭に残ったので、それについて考えてみました。

 

 何でもお金の世の中で、ちょっとした贈り物も、冠婚葬祭の引き出物も、現金・カード・商品券などが喜ばれます。

 そうした風潮の中で現物支給――それも1回2回こっきりじゃなくて、毎月ずーっと支給が続くとしたら、何がもらえたら嬉しいだろうと考えると・・・

 

 やっぱり食べ物ですね。

 会計士さん、食品会社でよかった。

 なに、よくない?

 

 缶詰、レトルト、乾物、冷凍食品・・・

 そんなもの1か月分もらうと嵩張るし、置き場所に苦労する。

 それに毎日食べたくない。

 かといって生鮮食品は日持ちしないし・・・

 

 と考えていくと、ベストはお米だ!

 お米なら毎日食べられるい、真夏でも1カ月くらいなら保存も問題なし。

 うちはひと月10キロ食べるけど、それくらいなら置き場所にも困らない。

 

 ついこの間、イベントの仕事「五つ星お米マイスターのおいしいお米講座」でお米の食べ比べをやったけど、毎月ちがう品種のお米を支給してもらえれば、いろんなのが試食出来て、ますます楽しい。

 

 ――と話すと、そこは会計士さん、チャチャっと数字に置き換えて、

 「1カ月10キロ、平均5000円として1年で6万円。10年で60万円。17年しないと100万円超えませんよ。安すぎる~。お金でもらわなきゃだめだ~」

 

 なるほど。お金にすると確かに安い。

 でもね、お金がなくても、死ぬまでごはんだけは間違いなく食べられるという安心感は何物にも代えがたいのではないでしょうか。

 

 1カ月のギャラ・給料が5000円と考えると、わびしくみじめになるけど、今月も10キロのお米がいただけると考えると、なんだか豊かな気持ちになってくる。

 ましてやそれが永遠に続くとなると、穏やかな晴天が心の中に広がってくる。

 

 うんこれなら悪くないぞ、永遠の現物支給。

 農家さんとか、お米屋さんとか、JAさんとかの仕事なら、そんな契約を結んでもOKかも。

 会計士さんは嫌だというけど、あなたならどうですか?

 


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現実世界が「AKIRA」の近未来世界を追い越すとき

 

 渋谷パルコの建て替え工事現場の囲いに大友克洋のマンガ「AKIRA」が描かれている。

 この大きさだとすごい迫力。そして、内側の解体されたビルの風景が、「AKIRA」の世界観と符合して、リアルで巨大なアートになっている。

 人通りの多い公園通りだけにアピール度は抜群だ。

 

 最近あまり渋谷に行かないので知らなかったけど、このアートワークが搭乗したのはすでに昨年(2017年)5月半ばのこと。ネットでいろいろ話題になっていたらしい。

 

 というのも「AKIRA」の舞台は2019年の「ネオ東京」。翌2020年にはそのものずばり「東京オリンピック」が開催される予定・・・という設定。

 その中で抑圧された若者たちをい中心に超能力バトルが繰り広げられ、ネオ東京が崩壊していくというストーリー展開なのだ。

 

 というわけで「AKIRA」をパネルにしたパルコはオリンピック開催に異議を申し立てているのではないかという憶測が飛び交ったが、当のパルコ側は、さすがにそれは否定したという。

 

 僕が思うに、おそらく渋谷の街の再生劇のメタファーとして、かのマンガを用いたのだろう。それも「西武・パルコの渋谷」の。

 

 「AKIRA」が連載され、映画化され、一種の社会現象にまでなったのは1980年代のバブル上り坂の頃で、パルコの黄金時代、西武・セゾングループカルチャーの最盛期とぴったり重なる。

 

 一時は東急グループと渋谷の覇権を二分していた西武・セゾンにとって、昨今の東急の圧倒的な大改造計画に一矢でも報いたいという思いで、「AKIRA」を持ち出してきたのではないかと思われる。

 

 あの頃は経済の繁栄と裏腹に「近未来」「世紀末」という言葉が跳梁跋扈した。

 「AKIRA」はその象徴と言える作品だった。

 

 この繁栄・この豊かさはインチキなのではないか、まがいものではないのか。

 そんな違和感が当時の若者たちの心の中にトゲのように突き刺さっていた。

 そんな違和感によって支えられ、膨れ上がった「AKIRA」のような作品世界が、好景気で沸き返る、どこかうそくさい日常世界とのバランスを取っていたのかも知れない。

 

 その状況は終わったわけでなく、実はもう30年以上も続いている。

 だからなのか、現代の渋谷に「AKIRA」が出現することに時代遅れ感どころか、ベストマッチ感さえ感じてしまう。

 

 「世紀末」が過ぎても、東京の街は崩壊していない。

 終わりのない日常がダラダラと続き、僕たちはズルズルと前の時代の太い尻尾を引きずりながら、時には波に呑まれて漂流しながら前に進もうとしている。

 もうすぐ現実世界が「AKIRA」の近未来世界を追い越していく。

 


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秋田からきりたんぽ鍋セット到着

 

 今日は何の予告もなく、クール宅急便で「きりたんぽ鍋セット」が送られてきてびっくり。

 仕事をいただいている秋田の方からサプライズの贈り物です。

 これまでメールでしかやりとりしていなかったんだけど、そういえばこの間、住所を聞かれたので、紙にした資料を送ってくるのかなと思ってたら・・・どうもごちそうさまです。

 

 ちょうど今夜は家族が揃っていたので、早速いただきました。

 肉も野菜も一式入っていて比内地鶏のスープ付き。あったまりました。

 

 秋田県は、かなり昔に大潟村(かつての大干拓地・八郎潟にある村)の干拓資料館の仕事をやりましたが、それ以来の仕事。

 来週は名古屋コーチンの取材で名古屋に行きますが、いずれ比内地鶏も取材したいです。

 


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五つ星お米マイスター・小池理雄のおいしいお米講座:絶品ごはんの食べくらべ

 

 10日(土)・11日(日)の二日間、渋谷のNHKの敷地で「にっぽんの食・ふるさとの食」のイベント開催。JA全中ブースで「五つ星お米マイスター・小池理雄のおいしいお米講座:絶品ごはんの食べくらべ」をやり、台本と演出を担当しました。

 

 原宿の米屋・小池さんの作った「お米の通知表」を参考に、岩手・宮城・福島・福岡、各地産の4種類のブランド米を食べ比べ、その品種を当てる、クイズ形式のワークショップです。

 

 五つ星お米マイスターとしてメディアから引っ張りだこ、講師としても大活躍の小池さんですが、この二日間の受講生(1ステージにつき35人ほど)は、ぜひ「参加したくて来ているというよりも、ここに一休みに来たり、冷やかしに来たり、ただ単にごはんが食べられるからという理由で入ってきたた一般大衆。ぶっちゃけ、まじめにお米のことが知りたいと思っている人は1割、2割しかいません。講師にとっては最も手ごわい相手です。

 

 二日間で4ステージにありましたが、1日目の参加者の反応を見て、その夜、台本を書き直し、2日目は大きく違う構成でやってみました。

 

 ちなみに30分の台本のセリフ部分はほとんどMC(司会)用で、それに応じながら小池さんが自由にトークを展開していくというつくりです。

 

 イベントはまさしく生ものなので、その時の参加者の発するSomethingによって1回目も2回目も3回目も4回目も、まったく違ったステージになります。

 これが正解、これが完成という形はなく、きっちりできたのに反響が薄い場合もあれば、グダグダになっても大ウケという場合もあります。

 もちろんグダグダでいいというわけにはいきませんが、面白いものです。

 

 それにしても、その場に応じて自由自在にセリフを変えられる小池さんのお米ボキャブラリー宇宙は素晴らしい。

 ますますこなれて星雲のように年々膨らんでいます。

 


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天国への階段の上まで冒険

 

おなじみ階段シリーズ。

 うちは1階が「野の花鍼灸院」という鍼灸院になっています。

 カミさんが小児鍼のエキスパートなので、女性と子供を診ています。

 

 で、毎日、いろんな子供が来るのだけど、玄関を入ってすぐある階段にどうしても目が行ってしまう。とって

 特に好奇心旺盛で冒険好きの幼児には、たまらない魅力なのでしょう。

 

 もちろん進入禁止で、連れてきたお母さんは「怖いおじさんがいるのよ」なんて脅すのだけど、ある年齢を過ぎると、そんな脅し文句などヘのカッパになる。

 好奇心が抑えられず、のこのこ上ってくる子もいるのです。

 

 今日来た4歳児のショウちゃんもその一人で、お母さんとカミさんの制止を振り切り、階段を登り切ってパソコンやってた僕の背中に話しかけてきたので、ニヤッと笑って振り返ったら、むこもニコッ。 下からは「ショウちゃん!降りてきなさい」と呼ぶ声が。

 なので、ぺちっとハイタッチをしたら満足したように引き上げていきました。

 本日の冒険、おわり。

 

 あとから聞いたら、怖いおじさんなんていないよ~。やさしいおじさんだよ~って言っていたようだ。

 

 うーん、これに味をしめてまた上がって来るかも。

 今度はオバケのお面でもつけてふり返ってやろうか。

 でも、あんまり怖がらせ過ぎてもなぁ~。

 好奇心・冒険心は子供の宝物ですから。

 侵入されてもいいように、ちょっとは二階をちゃんと片付けて掃除しておかないとね。

 


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ミケランジェロ的冒険:誰もが自分の中に人生でしたいこと・すべきことを持っている

 

 ミケランジェロは石の中にダビデの像を見出し、解放したと言われています。

 そのダビデ象という「ヴィジョン」は最初から彼の中に存在していた。

 そして石と向き合うことでそれを見ることが出来た。

 芸術家として自分が何をするべきか分かった。あとは手を動かすだけ。

 

 これは芸術家に限らず、誰にでも起こりうることなのだと思います。

 

 誰もが自分が人生の中でしたいこと・すべきことはちゃんと持っていて、本能的に認知している。それは人生のいたるところで、日常生活のあちこちで顔をのぞかせる。

 

 けれども僕らはそれを取るに足らないこと、おかしなエゴが作り出す妄想だとして処理してしまう。

 この忙しいのに、そんなことに関わっているヒマはない、と。

 だから何となく分かっているのにそれははっきり見えない。

 そして見えたとしてもそれを実行しようとはしない。

 

 なぜならほとんどの場合、それは社会的必要性が認められない、人々が求めていることに応えられない、早い話、そんなことをしたって「食えない」。

 そういう事情があるからでしょう。

 なので、ますますその内在するものを見ようとしない。

 見るのを怖れ、目をそらしてしまうし、もちろんやろうとしない。

 その結果、不満だらけの人生が世の中に蔓延することになります。

 

 これはきっと人生の途上で、立ち止まって考えてみるべき課題なのだと思います。

 ミケランジェロのダビデのように、芸術家じゃなくてもあなたにはあなたが創るべきもの、やるべきことがある。

 そう静かに思いを巡らせると、「あれがそうだ」と人生のどこかで見たサインを再発見できるかも知れない。

 深い海の底から、ぽっかりと浮かび上がってくるかも知れない。

 

  あなたの中に何があるのか、することは何か、まず見つけ出す冒険。

  そして、それをやり始める冒険。

 


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星のおじい様と孤独なエイリアン

 

 その少女は一人暮らしの老人と友達になった。

 老人は近隣から奇異な目で見られている。

 彼は特殊な能力を持っており、それで人助けをしたりもするのだが、普通の人たちにはそれが気味悪く映る。

 だから少女にも、あの老人の家へ行くな、近寄るなと言う。

 両親にとってもそれは家族の一大事と受け取られていた。

 

 少女はなぜその老人にひかれるのか?

 老人の語る宇宙の話、昔の話、妄想のような話が好きなのだ。

 彼女は老人がじつは宇宙人で、永年地球で過ごし、近いうちに故郷の星へ帰ろうとしているのではないかと思っている。

 

 老人には少女子以外にもう一人だけ訪ねてくる人がいる。

 それは彼の身元保証人だ。

 老人はちゃんとお金を払ってその会社と契約し、自分の死後の後始末をつけてくれるよう段取りしている。

 彼は宇宙人なんかではない、まっとうな人生を歩んで齢を取り、社会人として最期まで人に迷惑をかけずに人生を終えようと考えている、普通のおじいさんなのだ。

 

 そうした現実を知っても、少女は彼がやっぱり本当は宇宙人なのではないかと疑念をぬぐえない。

 彼女はしだいに何とか老人の秘密を探りたいと考えるようになる。

 

 しかし、そんな彼女の行動を心配した両親は、それ以上、老人に近づくことを許さず、彼女を学習塾のトレーニング合宿に送り込んでしまう。

 

 数日を経て帰ってきた少女は両親の目を盗み、再び老人に会いに行くが、彼は呼び鈴を押しても出てこない。と同時に何か気になる匂いがする。

 彼女は身元保証人を電話で呼び、家の中に入る。

 そこには布団の中で孤独死した老人の遺体が横たわっていた。

 

 少女には老人が物理的に死んだことは分かったが、地球から消滅したとは映らない。

 彼女は遺体を運ぶ人たちが到着するまでの間、その老人――「星のおじい様」の時間軸に入り込み、孤独なエイリアンとして、奇妙な冒険に出掛ける。

 


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孤独な老人は本当に可哀そうな存在か?

 

 一人暮らしの高齢者というと、最近はすぐに「孤独死」が連想され、何やらくら~いイメージがつきまとう。

 そうでなければ、家族がなく、身寄りがなく、孤独で可哀そうとか、同情される。

 いずれにしてもネガティブなイメージであることに変わりない。

 

 でも本当にそうなのだろうか?

 彼らはけっこう孤独を楽しんでいるのではないか。

 本当にいっしょにいたいと思う家族ならいいけど、ただ同じ屋根の下にいるだけ、同じ空気を吸っているだけの家族なんて鬱陶しいと思ったりしていないのだろうか?

 

 血が繋がっていたって形だけの家族はいっぱいいる。

 財産などをあてにしてすり寄ってくる家族や親族なんかに、あれこれ気を遣ってもらったって不愉快なだけ。

 

 メディアの「家族は素晴らしい」「家族がいないと気の毒だ」といった大合唱もなんだか胡散臭いね。

 

 それよりも最期まで一人でやっていく、という気概のある生き方をを見せるほうがいい。

 あるいは、血縁にこだわらない、常識にとらわれない、損得勘定抜きの、心の深いところで繋がり合える人たちとの暮らし。

 齢を取ったからこそ、そうした自由や愛情に満ちたものを優先できるという面もある。

 

 幸いにも、そうした人たちをサポートするセーフティネットはあちこちにでき始めているようだ。

 

 「家族の絆」という美名のもとに隠した損得勘定や惰性的な繋がりよりも、自分の意思に基づいて生き、死ぬ「個の尊厳」を優先する時代がすぐそこまで来ている。

 


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のりしろ時間

 

 元来、コアラとかナマケモノ体質で、自分のペースで動けないと調子悪くなっちゃうので、効率悪いことこの上なし。

 ヘタにビジネス書など読んで勉強して、時間を有効活用しようなんて意識すると、なんだかイライラしてきて、自分が今何をやっているんだか分からなくなってきます。

 

 とは言え、仕事をする以上、そんなこともいっていられない。

 相手のペースに合わせなきゃいけない場合もある。

 そんな時、最近、心がけているのが「時間ののりしろ」を作ることです。

 

 自分のペースでOKの時間帯と、相手に合わせる必要のある時間帯。

 この2種類のカテゴリーの時間帯が、ポンとカットで繋がると脳の切り替えがうまくできない場合があり、気持ちの負担も大きいので疲れます。

 やっぱリカットつなぎでなく、オーバーラップさせたほうがショックが和らげられる。

 

 なので、相手に合わせる時間帯に入るときは脳が自然に準備できるよう、「のりしろ時間」を作るようにしています。

 

 具体的に言うと、打ち合わせ、取材などの時は約束の時間より30分早く行って、その現場周辺の空気を吸っておくようにするのです。

 そうするとリラックスして、少しはその環境に入り込みやすくなります。

 つまり100%アウェイの空気でなく、10~20%くらいはホームの空気をまぜるようにする。

 するとある程度リラックスして、よりよいパフォーマンスが期待できます。

 

 昨日は思いのほか早く着いたので、待ち時間に近所の神社で、ぼやーっと木などを眺めて、ああ鳥の巣がある、何の鳥だろう。まだ作っている最中かなぁ・・・と思ったり、ネコの家族が来て日向で遊び出したりするのを見ていました。

 

 仕事の役に立つだけじゃなく、ちょっとおまけみたいなものを拾ってトクした気分になります。 もしかしたらそんなどうでもいいことが、あなたの人生を救ったりするかもしれません。

 スケジュールぱんぱんにして毎日アクセクしちゃうと、ほんと疲れますから。

 


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児童館でおチビらがビッグな牛さんの乳しぼりに初挑戦

 

 八王子市の児童館で、子供たちが乳しぼり体験。

 マイナビ農業の取材で、八王子界隈の酪農家の仲間たちがボランティアで提供しているイベントを見学してきました。

 

 でっかい開閉式トラックに牛を乗せて、そこに上って子供たちが搾乳するというやり方。総勢5人の酪農家さんたちがお世話をします。

 まったくこういうシステムを想像していなかったのでびっくりしました。

 このお乳パンパンの牛さんはマーガレットちゃん7歳。

 

 マーガレットちゃんの乳しぼりに挑戦するのは、幼稚園前の幼児クラス(+そのきょうだい)なので2歳児中心。たぶんその子たちの目から見たら、牛さんはゾウさん、いやもしかしたら怪獣並みの大きさだ。

 そりゃこわいに決まってる。

 

 勇気を出してぎゅっとつかめればいいのだけど、おそるおそるおっぱいに触るので、「なにやってんのよ、モ~」って、穏健温和なマーガレットちゃんもバフォンと荒っぽく鼻息をして体を揺する。

 すると、もうだめです。大半の子がこわがって泣き出す始末です。

 

 お父さん・お母さん、「うちの子は情けない」なんて言わないで。

 だいじょうぶ。 一度は失敗・撤退したほうがいい。

 また大きくなった時、トライしたら今度はできるから。

 

 最初からすんなりうまくできちゃうより、やったぜ感、リベンジできた感があって、自分は成長しているんだと実感できる。

 そのほうが却って自信になるんです。

 

 子供時代はまだ長い。

 人生はもっとずーっと長い。

 幼稚園・保育園で、小学校で、またトライして、こんどはマーガレットちゃんのおっぱい、いっぱい搾ってね~。


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ラストドライブ日本版 出発

 

 わたしを思い出の場所に連れてって――

 そんな末期患者の願いをかなえるのが「ラストドライブ」。

 この数年、ヨーロッパで静かに広がってきた、いわゆる終活支援です。

 

 昨年夏、ドイツでの事例を取材したドキュメンタリー番組がNHK-BSで放送されました。たまたまそれを見て感想をブログに書いたら、その時だけアクセス数が5倍くらいに跳ね上がってびっくりしました。けっこう関心の高い人が多いようです。

 

 じつは今年から日本でもこれと同様の終活支援サービスが始まりつつあります。

 さいたま市の「タウ」という会社がCSR(社会貢献事業)として始めた「願いの車」がそれ。余命少なく、一人では外出困難な患者を希望の場所に無料送迎するというものです。

 

 タウは事故車の買い取り・販売を手掛ける会社で、社長がかの番組に心を揺すられ、「自分たちも車を扱う仕事をしているので」と、立ち上げました。

 当面は近隣の病院やホスピスに声をかけて説明し、希望者を募るというやり方で進めていくそうです。

 

  あらかじめ民間救急会社と提携しており、車両は酸素ボンベ、吸引機、自動体外式

 除細動機(AED)などを装備した民間救急車を使用。外出には看護師やボランティ

アが同行。ただし外出は日帰りのみ。

 主治医の了承と、家族の同意を得た上で送迎です。

  

 僕は「月刊仏事」の記事を書くために電話で広報の方と話したのですが、この事業に誇りを持ち、かといって気負うこともなく、たいへん美しい応対だったことにも心惹かれました。

 

 今後、提携先を県内の病院などに広げ、将来的には、活動に理解を示す企業からの協賛も。2019年には公益社団法人にして全国的活動を目指すそうです。

 

 これも高齢化社会・多死化社会における一つの文化になり得るでしょう。 これからの展開が楽しみです。

 


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「スターウォーズ エピソード8 最後のジェダイ」は舞台劇にしてOK

 

 今さらながら「スターウォーズ エピソード8 最後のジェダイ」。

 2月のうちに書いてこうと思って、つい書きそびれていました。

 

 あちこちでもうすっかりレビューも出尽くしていると思います。

 まったく読んでいないので、世間的な評判はさっぱり分かりませんが、僕的にはかなり面白かった。

 (特にこのシリーズの熱心なファンでないけど)全部見た中では、これが一番入り込めたな~と思いました。

 

 率直な印象を言うと、かつてのスペースオペラ的な部分が薄まり、シェークスピア劇みたいに見えました。

 

 世界政治とか抗争を含めた宇宙スケールの活劇だったはずが、なんだか家族ドラマみたいなスケールになってきた(これは批判ではありません)。

 

 あくまで個人的な印象です。

 

 実際には戦闘シーンは相変わらず多いし、チャンバラもあるし、絵作りも凝っているし、迫力もある。

 そうしないと、スターウォーズブランドにならないからね。

 

 ただ以前はそっちの方がストーリーを完全に凌駕していたのだけど、今回はドラマのほうが引き付けられる、ということ。

 戦闘状況なんかを全部セリフで説明させてしまって、舞台劇にしたらいいんじゃないかと思ったくらい。

 

 これまでのスターウォーズであまり魅力ある登場人物ってお目にかからなかった(ダースベイダーが悪役としてどうしてあんなに人気があるのか、さっぱりわからない)けど、若い二人の主人公――レイとカイロ・レンがはいい。

 

 スターウォーズ過去40年の歴史というか、遺産というか、おっさんファンたちの降り積もった愛着やら怨念やらを背負わされても、最終的にそんなもの蹴っ飛ばして、カウンターのロングシュートでゴールを決めちゃいそうな「フォース」を感じます。

 古いキャラクターはすべてこの二人の引き立て役ね。

 

 いっそのことエピソード9は完全にオールドファンを裏切りまくって、戦闘シーンなしにしてしまったらどうだろう?

 登場するのはレイとレンとBB-9(ロボット)だけとか。

 ま、そんなのあり得ないはわかっているけど。

 

 勝手にエピソード9の予測をすると、前回の3部作(エピソード1~3)は、史実(?)を変えるわけにはいかないので、主人公のアナキンがダークサイドに落ちてベイダーになってしまうという悲劇的ラストで後味が悪かった。

 けど、今回の9は必ずやハッピーエンド、希望ある結末に持っていくでしょう。

 なんといっても制作の大元はディズニーだし。

 

 王道としてはレンの魂が救われ、レイと結ばれる・・・というのが落としどころだと思うけど、それだと単純すぎるかなぁ。

 


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ホームページに心のこもったお手入れを

 

こういうテーマで取材するところを探しているけど、

どこか適格な会社はないか?

 

今度、話を聞く会社はどんなところか?

 

・・・てな感じで、仕事柄、割と頻繁に

ちこちの会社や団体、お店などのホームページを見る。

 

ざっとした全体の印象として、5年ほど前よりだいぶ変った。

この5年くらいの間にリメイクしたところも多いのではないか?

 

無料作成ツールもたくさんリリースされ、利用し放題。

無料とは言っても、載せる内容がしっかりしていれば、

ちゃんと作り込め、訪問者にPRできる。

こういうところは、本当に便利でいい時代になった。

 

その分、年季の入ったホームページが気になる。

いや、べつに古いことが悪いわけではない。

もう随分更新されてないな、

お手入れもしてないな、

ほったらかしだな、とわかってしまうのが結構多いのだ。

 

付随されているブログを見て、

最後の記事がもう数年前の日付だったりすると、

この会社・団体・お店はまだ存在しているのか、

まともに稼働しているのか、

疑ってしまう。

 

最近は情報発信はSNSで、というところも多いので、

ホームページの扱いはぞんざいになっているのだろうか?

 

だけど個人ならともかく、

会社や公共団体がSNSオンリーでいいのか?

ホームページはやっぱり社会の見せる顔であるはずだ。

マーケティングに有効かどうか以前の問題である。

 

時折、ふと気になって、

以前、懇意にしていた幾つかの会社の

ホームページを覗いてみると、

10年ほど前と同じ状態なのを発見する。

時が止まっている。

心にピューと木枯らしが吹き荒れる。

 

立派だったり、見た目すごくカッコいい必要はありません。

でも、ちゃんと社会的な活動をしているのなら、

今の時代、中身のしっかりした、面白くて、

人柄(会社柄?)の伝わるホームページを出してほしい。

 

やっているところは、製作者がたった一人でも

素晴らしいのを作っています。

 

必要ならお手伝いしますよ。

 


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もう「これまでのオリンピック」は無理だ

 

●今さらなんで?の会場変更

東京オリンピックのマラソン・競歩の会場が

札幌になるらしい。

夕方のニュースでは、バッハIOC会長が出てきて「決定」と

告げていた。

有無を言わさず、という雰囲気だった。

ひどい話だが、この決定がひっくり返ることは99%ないだろう。

 

気温・湿度の条件が似通っている

カタールの世界大会で4割の選手が棄権したことが

変更のおもな原因らしい。

 

ラグビーワールドカップで何試合か中止になったこともあるので、

台風襲来のリスクも考えあわせたのかもしれないが、

やはり懸念のメインは猛暑だろう。

 

もちろん、がんばって暑さ対策は進められ、

スタート時間を早朝にするといった工夫は重ねられていた。

 

しかし、もし当日が真夏日、ヘタして猛暑日となったら、

選手、スタッフ、観衆・・・ひとりも倒れることなく、

無事に競技が済むとは考え難い。

正直、IOCの決断は賢明だと思う。

 

にしても、なんで今さら・・・だ。

 

●温暖化現象で北半球の夏季五輪はNG

そもそも開催地選定の時点で、

こういうことは検討の対象にならなかったのか?

 

あの時、10月でなく7・8月にやると聞いて、

喜ぶよりも仰天し、

熱中症で死者が出ることを心配したのは、僕ひとりではないだろう。

 

そこまでしてオリンピックをやる必要があるのか?と思った。

というか、今でも思ってる。

 

本当に無茶苦茶な話だけど、

IOCも考えを変えざるを得ない状況になったのかもしれない。

 

開催地決定は確か2013年。

あれから6年の間に、異常気象、地球温暖化の影響は、

世界中で軽視できない状態に進展してきた。

 

日本はもちろん、涼しいはずのヨーロッパでも、

40℃超の熱波に何度も襲われている。

 

それを考えると、東京だけでなく、

もう北半球の都市で夏のオリンピックを開くのは難しいんでないの?

昔のように10月とかにできんのかいな?

 

●残念ながら、リスク回避は妥当

来年は冷夏になるという可能性だってあるし、

札幌が協議当日、真夏日・猛暑日になる可能性だってある。

 

けど、選手・観衆・スタッフの抱えるリスクを考えると、

もう納得するしかないと思う。

猛暑だけでなく、台風のリスクもある。

 

花形競技であり、都市の景観を世界に紹介する絶好の機会であり、

クロージングに繋がる競技が、

同じ国内とはいえ、別の都市で開かれるのは

前代未聞の古都には違いない。

 

だけど、もう従来のような

オリンピック・パラリンピックの開催のしかたは

気象条件からも限界が来ているのだと思う。

 

時代は変わる。

地球も変わる。

 

マラソンを東京でやらないのは、確かにどっちらけ感が否めないけど、

もう頭を切り替えて、これまでのイメージを追い駆けず、

新しいオリンピック・パラリンピックの形を

東京2020で追究するしかない。

 


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東京ブラックホールⅡ 「老いた東京」は美しいか?

 

●夢と希望にあふれていた1964の光と闇

Nスペ「東京ブラックホールⅡ」を観た。

10月13日(日)と16日(水)※15日深夜 の放送。

 

一昨年(2017年)8月放送の

「戦後ゼロ年 東京ブラックホール」は

タイトル通り、戦後直後の東京を描いていた。

 

それに対し、回はそれから約20年後。

人口1000万人の巨大都市に育ち、

高度経済成長の最中の

「日本が最も夢と希望にあふれていた年」と

持ち上げられることが多い1964年。

前回の東京オリンピックの年だ。

 

もういろんな人が言ってるけど、

「最も夢と希望にあふれていた」というのは、

半分真実、半分欺瞞。

結局、社会の内情は現代とさして変わらない。

 

変わったのは、現在は外国人労働者などに頼っている

底辺の労働力を、

55年前は地方の農村からの出稼ぎ労働者や集団就職の若者

(東京の場合は東北地方からが多い)が担っていたということ。

 

オリンピック開催を迎えて

好景気に沸く東京。

仕事はいくらでもあったようだ。

 

●過酷な労働環境

産業振興・経済発展が優先された時代なので、

労働時間の長さ・過酷さは現代の比ではない。

 

パワハラ、セクハラはもちろん、

カローシなんて言葉もない、

 

つまり概念として存在してないから、

実質的な過労死者も、当たり前のように続出していたようだ。

人権なんかも現実問題として、どれくらい認められていたか怪しい。

 

ここで働いていた若者たちというのは、

現在の70代以上の人たちだ。

 

僕が子どもの頃や若い頃、

周囲の大人はみんな口をそろえて、

「世の中きれいごとじゃねえ」と言っていた。

 

こんなドキュメンタリーを見ると、なるほどと頷かざるを得ない。

「よくぞかこんな世界の中で生き残り、生き延びてきましたね」

と、改めて頭が下がる思いがする。

 

番組内のナレーションでも語られている通り、

光が眩しい分、影も濃いのだ。

その舞台裏がいかにひどかったか、

国の体面のために、いかに多くの人たちが

悲惨な目にあったか。

 

オリンピック応援団のNHKが、

これだけ前回のオリンピックに対して

批判的な表現ができるというのも、

ちょっと面白いし、安心できる気がする。

 

●ドラマ+ドキュメンタリー×合成映像

この番組はドラマ仕掛けの基本的にドキュメンタリーだ。

山田孝之演じる主人公は、2019年に生きる若者。

売れないマンガ家で、アルバイトで食いつないでいるという設定。

 

その彼が過去にタイムスリップし、彼の視点で1964が描かれる。

俳優以外はすべて本物の映像が使われている。

「戦後ゼロ年」の時も驚いたが、 

よくこれだけ貴重な記録映像を集めてきたものだ。

 

それを優れた技術で、俳優の演技部分を合成させており、

ほとんど違和感を感じさせない。

 

こういうところもさすがNHK、

さすがNスペと、素直に感心した。

 

ドラマの部分は、あくまでドキュメンタリーを見せるための

演出手段なので、かなり大ざっぱなつくりだが、

ラストシーンはとても良かった。

 

現代に戻った主人公は2020年になり、

自分の作品(マンガ)を発表。

それを抱えて都内のあるバーに行く。

 

バーは「KOYUKI」という店名だ。

主人公はそのオーナーと1964年に出会っていた。

秋田からやってきた、昼間は団子屋の娘、

夜はバーテンダーとして働く女の子。

彼女は自分の店を出すのが夢で、

彼は自分のマンガを出すのが夢で、

淡い恋愛もあった。

 

彼は自分のマンガをその夢をかなえた女に

プレゼントし、ドラマは締め括られる。

 

タイムスリップものにはよくある設定だが、

こうしたSF風抒情的なシーンには

滅法弱いので、つい涙ぐむ。

 

●今、はるかに生活環境はよくなったけど

「年老いた小雪さんは美しかった。

年老いた東京は・・・美しいだろうか?」

 

主人公のモノローグで物語は締めくくられる。

「年老いた東京」というのは新鮮な響きがあった。

 

55年前より、はるかに衛生的で、はるかに安全で、

はるかに豊かで、はるかに便利で、

はるかに命も人権も重んじられるようになった東京、日本。

 

本当はありがたく思うべきなのだろうが、

それがイコール幸福に繋がるかというと、

そうならないのが人間のやっかいなところ。

 

はるかに生活環境はよくなったものの、

年老いた東京、日本。

 

ちなみに1964年の平均年齢は29歳。

現在は45歳。

16歳も若かった55年前。

 

「2020東京」は「1964東京」ほどの熱狂は起こさないだろう。

また、起こす必要もないと思う。

 

ビッグイベントに頼っても、年老いた東京は若返らない。

人の心を根っこから揺り動かすことはできない。

そんな時代はもう終わっている。

 

東京を、日本を若返られせるのは、ひとりひとりが抱く

新しい夢の形だ。

 

でも、それがなかなか見えてこないので、

みんな、じんわりと息苦しい。

 


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数字偏重社会の中の「ほどほど」失言

 

また出た。

自民党の二階幹事長が、15日の記者会見で

今回の台風19号の被害について

「ほどほどには収まった」と発言。、

もちろん大批判の的になった。

 

今日、この発言は撤回されらしいが、

なんで性懲りもなく、政治家はこんな失言をするのか。

でも、僕もこういう類のことを言ってしまうかもしれないと思った。

 

べつに二階さんを弁護するわけじゃないけど、

数字偏重社会で、数字ばっかり見る癖がついてると、

自分は絶対こんことは言わない!と言い切れる自信はない。

 

19号の襲来前、気象庁から昭和33年の

「狩野川台風」の情報が引き合いに出され、

その死傷者数が「1200人」とされていた。

 

だからその4桁の数字が頭の中にインプットされていて、

それに比べれば「ほどほど」だったり、

もっと言ってしまうと「大したことなかった」と

内心思ってしまっても、何ら不思議ではない。

 

そこには数字だけがあって、被災者ひとりひとり、

あるいはその家族、周囲の関わりの深い人たちの

人間の顔が見えてない。

 

仕事などで「数字はウソをつかない」と言って、

数字ばかり追い駆けてると、

二階さんのような思考回路になっていき、

そこからとんでもない失言が飛び出してしまう。

にしても、自分の発言に責任なさすぎだけど。

 

世の中を理解するのに

数字、データが重宝されるのはしかたないと思うけど、

同時にその数字の裏にある人の顔を忘れないようにしたい。

 

1日1回は、自分の好きな人、大切な人、

思い出に残っている人、

あんまり世の中の役には立たないけど面白い人

などの顔を思い浮かべて

脳みそが数字まみれにならないようにしよう。

 


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複業したい人にAnother works  企業と個人が直接契約

 

働き方改革だ、労働時間短縮だと言っても、

休みが増えて万歳、ライフワークバランスだ万歳という人は、

実際のところ、そんなに多くありません。

 

ぶっちゃけ、収入減って困った~!

という人が多いのではないでしょうか?

 

そんな人に副業でなく、複業。

文字通り、複数の業務をこなすこと。

 

これから日本は副業社会になる。

かどうかはわからないけど、

こうした働き方を目指す人が増えるのは確実。

 

しかし、複業をしたいけど何をすればいいか分からない、

案件がない、紹介会社から案件が来ない、、

といった業務委託の案件を探す人が抱える悩みを解決する

サイトが登場しました。

 

それが「Another Works」です。

 

「Another works」は、複業をしたい人と

複業人材を採用したい企業を繋ぐマッチングプラットフォーム。

複業したいユーザーは、登録・利用料も無料で

複業先を自由に探すことができます。

 

登録はFacebook経由で簡単ラクラク。

リリース3ヶ月でユーザーは1,200名を超え、

右肩上がりに伸びています。

また、Yahoo!など多くのメディアへの掲載実績があり、

認知が一気に拡がっています。

 

フリーランスはもちろん、正社員でも会社で許されているならOK。

職種はエンジニア、マーケター、デザイナー、営業、ライター、

広報人事などが対象。

 

求人に対して、自ら能動的にメッセージやエントリーもできます

報酬面に関しては、企業と個人との直接契約という点が圧倒的な魅力。

仲介サービスへのマージンがないので報酬の目減りがなく、

自由に条件面を企業と調整できます。

 

求人の職種を特化させていないため、全職種の人が登録可能。

例えば、違う職種にチャレンジしたい人や

週末だけ地方の案件を受けたいなど、思うままに仕事ができるとのこと。

 

「複業社会を当たり前にする」というコンセプトのもと、

生まれた「Anolther Works」。

僕もさっそく登録して、随時、このブログを通して

レポートを書きたいと思っています。

 


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最強台風19号と地球温暖化問題

 

●地球環境を犠牲にしてもいいのか

グリーンピースやシーシェパードのような

エコテロリズムのイメージが強いせいで、

正直、環境保護団体とか、

熱烈に環境保護を訴える人物には

あまり良いイメージを持っていない。

 

先日、国連の「気候行動サミット」で、

各国首脳に温暖化対策への緊急行動を訴えた

グレタ・トゥンベリさんに対しても、

かなり斜め見していた。

 

環境保護を訴える人。団体の言うことは

だいたい同じだ。

 

「経済発展のために地球環境を犠牲にしてもいいのか。

他の生きものの住処・生きる権利を奪っていいのか」

 

それに対して、僕は、そして、おそらく多くの人は

「人間の幸福の追求のためには、ある程度しかたないじゃん」と

心の中で反論する。

 

さらに、グレタさんのような先進国(彼女はスウェーデン人)の

若者に対しては、

 

「きみらも豊かな国の、豊かな生活の

ありがたい恩恵を受けて育ってきたんでしょ」と。

 

「理想論やきれいごとは誰にでも言える」と。

 

しかし同時に、それは心のどこかにある罪悪感の表れ

かも知れない、とも思う。

 

すべて温暖化のせいにはできないかもしれない。

けれども、何かじわじわと、世代を超えた時間をかけて、

地球からの制裁を受けているような気になる。

 

●台風19号の衝撃

ずいぶん前から極地で氷山が溶けたり、

環境の変化で獲物を獲れbなくなったシロクマが

餓死していく映像を見たりしていたが、

「こういう現実も地球のどこかであるんだな」と、

あくまでそれは他人事だった。

だから、見ないふりをしていた。

 

今回の台風19号では幸い、

僕の住んでいる地域では大した被害がなかったので、

やっぱり他人事には違いない。

 

それで被害にあった人には申し訳ないなという気持ちを

若干だけど抱きながら、考えてみる。

 

環境破壊・地球温暖化の因果関係を

はっきり証明できる専門知識を、僕は持ってない。

けれどもやっぱり、あるんだろうと感じざるを得ない。

 

19号だけでなく、今年頻発した台風も、夏の猛暑も。

また、日本だけでなく、世界各地で起きている、

命を脅かすほどの異常気象も。

 

すべて温暖化のせいにはできないかもしれない。

けれども、何かじわじわと、世代を超えた時間をかけて、

地球からの制裁を受けているような気になる。

 

日本人にとってこの19号は、

首都圏の交通がストップし、

ほとんどの会社や店も休むという、

従来のゆるい対応とは違う変化が見られた。

 

もしかしら、これをきっかけに

環境・温暖化対策の新しい対応が起こるのかもしれない。、

 

●繁栄のケツを拭う時代?

とはいえ、せっかく手に入れた

(と言っても自分が日本の経済発展に貢献したわけではないが)

豊かな生活・便利な生活を

手放す気にはなれない。

 

今まさに経済発展中の国、

これから蔦かな生活を築こうとしている国の人たちは

なおさらだ。

彼らの多くは「地球環境よりも人間の幸福だ」

と考えるだろう。

そして、

「すでに豊かになった国の連中が、

それを阻害する権利はない」とも。

 

こうなるともう何も言えない。

どうすればいいのか?

どうすれば20世紀の繁栄のケツを拭えるのか?

僕らの100年ライフの後半に与えられた

課題なんだろうかと思う。

僕ら生きている間に、解決の糸口はつかめるのだろうか?

 


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冠婚葬祭のお客さんの送迎にラピドのジャンボタクシー/ワゴンタクシー

 

★「移動問題」は式の印象を左右する

最近は親しい人たちだけで行う

小さな結婚式やお葬式が増えてきました。

 

東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県で挙げる

小さくても心のこもった冠婚葬祭。

来た人みんなに「よいお式だった」と言われたいですよね。

 

でもそこで意外と問題になるのが、

お客さんの移動です。

 

最寄りの駅から会場が離れているとか、

大きな荷物を持ってこられるとか、

家族一同まとまった人数で来られるとか、

遠方からみえるので、

できれば空港やホテルまで迎えたいとか。

 

お客さんを移動させるのって、けっこう厄介で

呼ぶ側としては気を遣います。

 

そして、移動するときに不愉快な思いをすると、

心のこもった良いお式の印象も悪くなり、、

せっかくの心遣いが台なしになってしまうこともあるのです。

 

あなた自身もそんな体験をしたことはありませんか?

 

 

★車両もドライバーも好印象でお得なラピド

バスを貸し切らなきゃいけないほどの人数じゃない。

かといって普通の乗用車タイプのタクシーを

何台も呼ぶのは非効率で高くつく。

さあ、どうしよう?

 

そんな人たちにおすすめはラピドの

ジャンボタクシー/ワゴンタクシーがおすすめです。

 

ラピドのジャンボタクシー/ワゴンタクシーなら

最大9人までOK。

どの車も乗り心地抜群のゆったり空間です。

 

そんな車を運転するドライバーは、

経験豊富で安全運転第一。

健康チェックもしっかりやってます。

 

そして運転の腕前はもちろん、

乗客ファーストのホスピタリティを備えているので、

安心・安全、気持ちよく移動できます。

 

料金は距離メーターでなく、

時間単位(2時間~)なので、お得で安心。

 

駅から会場までのピストン運行などもOK。

大きな荷物があってもOK。

冠婚葬祭以外にも、空港送迎や観光など、

いろんな場面で利用ができます。

 

ラピドのジャンボタクシー/ワゴンタクシーを利用して、

お客さんが満足・納得できるお式を。

そして、あなたの心に残る人生の1シーンを。

 


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あなたの会社・製品・サービスもテレビ番でPR

 

★「テレビでPRはムリ」は昔の常識

製品を、サービスを、テレビなんかでPRしたいけど・・・

うちみたいな中小じゃ無理だよね。

 

いやぁ社長、広報部長、事業本部長、

あるいは個人事業のあなた、

そのお考えはひと昔前の常識ですよ。

 

テレビの情報バラエティ系の番組、見てますか?

いまテレビ局の製作スタッフは、

視聴者=消費者が得するビジネスネタ、

面白い企業や商売のネタを探して、

毎日、血眼になって

インターネットを検索しているんです。

 

え? でもどうやってアプローチしていいか、わからない?

SNSもブログもいっぱいやって発信してるけど反応なし?

やっぱ難しいじゃーん。

 

だいじょうぶ!

難しくなんかありません。

SeeSeedS(シーシーズ)を使ってみましょう。

 

 

★中小企業・個人事業主とメディア業界の出会い系サイト

SeeSeedS(シーシーズ)? なにそれ?

 

「PRしたいが予算が無い、手段が分からない企業」と

「ネタを探しているメディア(TV局)」をつなぐ情報サイトです。

 

要するに中小企業・個人事業主と

メディア業界の出会い系サイトみたいなもの?

 

そう思っていただけるとわかりやすい。

㈱スカイシーズが運営する

SeeSeedS(シーシーズ)には5つの特徴があります。

 

★5つの特徴=5つのベネフィット

 

▼特徴1「未上場企業限定」

大手企業の情報と違い、

なかなかメディアへ入ってこない

中小企業の情報をまとめることで、

ローカルなネタ、ニッチなネタを探す

メディア(TV局)にとっても便利なサイトです。

 

▼特徴2「成果報酬なし」

一般的なPR会社に依頼すると、

メディアから取材が入った場合、

成果報酬は当たり前。

でも、SeeSeedSまらこれが発生しません。

 

▼特徴3「手ごろな掲載料」

より多くの方に始めてもらえるよう、

月額掲載料を4万円(税別)と低めの価格に設定。

ただし年間契約となっています。

 

▼特徴4「年12回まで記事投稿OK」

年間12回まで、好きなタイミングで

記事、写真、動画を投稿できます。

 

▼特徴5「実績」

総合広告代理店として

全国のTV局との取引実績がある会社が運営してるので、

サイトの認知、信頼感につながっています。

 

 

★気軽に、低価格でできる広告として効果的

もしもあなたが中小企業の広報・PR担当者、

もしくは個人事業主なら

気軽に、低価格でできる広告メニューを探してるはず。

 

チラシやフリーペーパーへの広告出稿よりも

ぐんと効果の高いメディア(TV局)を通してのPR。

 

手の届かない高根の花だったのは、もう昔話です。

 

「無理だ」「難しい」という過去の常識を吹き飛ばし、

ぜひ、SeeSeedS(シーシーズ)を使って

チャレンジしてみましょう。

 


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未来のために、太陽光発電を初期費用ゼロで導入のチャンス ㈱アンフィニのソーラーリーシング(ジャパン電力)

 

新耐震基準を満たしている

「太陽光パネルの設置に適した環境がある」

「10年間の電力供給契約を結ぶこと」

「発電状況を送信するために、ウェブ通信環境の使用を許可する」

 

もしもあなたが新耐震基準を満たしている住宅のオーナーで、

この3つの条件をクリアできれば、

「初期費用ゼロ円」で太陽光発電設備を設置することができます。

 

加えて、月々の電気料金が削減できます。

例として、4人家族・1ヵ月の電気代が10,000円の家庭の場合、

月々1,500円程の削減が見込めます。

 

また災害時には停電に対する予備電源としての使用が可能なので、

緊急時の備えとしても利用できます。

 

今まで太陽光発電導入のネックだった

初期費用が「ゼロ」というのは大きい。

 

 

 

 

この㈱アンフィニは、

日本で最大級の生産工場を持つ

パネルメーカーで、

全国での電力販売実績を備えた小売電気事業者。

 

そのため自社で設計・提案・供給まで100パーセント、

行うことの出来るのです。

こんな会社、こんな企画は日本ではまだ超レア。

 

どうですか、住宅オーナー。

自分の生活と、エネルギー問題の未来のために、

ぜひとも考えてみてください。

 


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超バランスゾーンでネッコネコ

 

善福寺川緑地にいるのは、

アンバランスゾーンの生物だけではない。

こんなバランスの取れた生物も。

 

巨木の根っこの合間に、

見事なバランスで納まったネコ。

根っことネコで、ネッコネコ。

ぴったりはまって気持ちいいにゃ~。

 

お散歩にやってきたイヌたちを

ゆったりと見つめている。

ニャンとも平和な夕刻の秋の情景。

 

「よござんすか?」と訊くと、

「ニャ~」と言うので、

許可を得て1枚撮らせて戴いた。

 

根っこがあると安心・安定して余裕が生まれるのか、

地球ほども心の広いネコでもある。

 


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善福寺川緑地アンバランス生物との記念撮影

 

善福寺緑地アンバランスゾーンに生息する

謎の生物を遂に捕獲。

 

「こわいよ、こわいよ」と言って逃げ惑う義母を

説き伏せて、

無理やりシャッターを切らせる。

 

「わかんない、できない」と言ってた割には

なかなかグッドな撮影。

 

どや!

 

しかし、を地球の平和と宇宙のバランスを保つため、

写真撮影だけにとどめ、

引き続き観察活動をすることにする。

 

見れば見るほど不気味な風貌だが、

この雨の夜、やつはどうやって過ごすのだろう?

 

異次元をトリップして、

僕の夢に入り込んできたらどうしよう?

 

おお、こわ。

 


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オバQヒーリング

 

★オバケのQ太郎大全集

「ドラえもん」じゃなくて「オバQ」のファンである。

近所の高井戸図書館にはYA(ヤングアダルト)向けに

往年の名作漫画の全集が置いてあり、

ちょこちょこ「藤子・F・不二雄大全集」を借りて読んでいる。

 

この「オバケのQ太郎大全集」は確か12巻まであって、

少年サンデーに連載されていたものをはじめ、

小学館の学習雑誌などに載ってたもの網羅されている。

 

そんなに昔のマンガを読みたいとは思わないが、

「オバQ」と赤塚不二夫の「おそ松くん」は別格で、

いま読んでも面白いと思う。

 

★元気回復・食欲回復の特効薬

この間、胃腸の具合の悪くなった時、

なんとか仕事を済ませると、

布団にもぐりこんでオバQを読んでいた。

 

何といっても、おおらかで可愛くて、

ドラえもんにはない楽しさがある。

 

とくにQちゃんがちゃぶ台(この時代は普通)で

きちんと正座して、おいしそうに

ごはんをパクパク食べてる絵が最高である。

 

ラーメンという食べ物を初めて知ったのも、

ラーメン大好きキャラの小池さんに

出会ってからだ。

 

オバQを読んでたら、

ストレスがすーっと消えていって

元気を取り戻し、食欲が回復してくる。

 

そういえば、子どもの頃も病気をすると、

布団の中で「おそ松くん」と「オバQ」を読んでいた。

弱った時の回復マニュアルは変わらない。

 

★トキワ荘コンプレックス

この全集には、僕が読んでない話

(1960年代半ばごろのサンデー掲載分)も結構多い。

というか、よく考えたら

テレビアニメは毎週見てたけど、

雑誌の原作の方はあんまり読んでいなかった。

 

古い絵柄を見ていると、相棒の藤子不二雄Aさん、

加えて、トキワ荘の仲間だった石ノ森章太郎さんや

赤塚不二夫さんのテイストも混じってて、

懐かしくて賑やかで、妙に新鮮だ。

 

★「女学生の友」の「オバケのP子日記」

それから番外編として「オバケのP子日記」も

載っている。

こちらはQ太郎の妹のP子ちゃんが主人公だ。

 

小学館が出していた「女学生の友」という雑誌に

連載されていて、これは中高生の女の子が読者だった。

P子ちゃんが界外留学(オバケ界➔人間界)で

ホームステイするのが、その中高生と思しき

ユカリちゃんという女の子の家。

 

ユカリちゃんはおっちょこちょいでトボケてて、

夢見る少女という、なかなか可愛くて魅力的な

キャラクターだ。

 

幼稚園・小学生相手のオバQと比べて

話題がちょっと大人っぽく(?)、

恋愛やらダイエットやら留学のことなどで

悩んでいるユカリちゃんを見て、

P子ちゃんが助けよう、お手伝いしようと

奮闘する筋立てだ。

 

これは初めて読んだのでひどく新鮮だった。

そして、女性の関心は今も昔も変わらないのと、

読んでいた女学生の多く(1966年頃の掲載)は

そろそろばあちゃんになるんだなと思うと、

妙に感慨深いものがあった。

 


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千葉大停電と原発モンスターの歴史から、 電力自前調達・地域調達の必要性を考える

 

★成熟して腐り始めた電力産業

頭の中で、今月の関西電力⇔高浜町の元助役と、

先月の千葉の大停電と、8年前の3・11、

福島第一原発の事故が、グルグルとリンクしている。

 

僕たちの生活を豊かに、便利にしてくれる

電気というエネルギーの歴史は、

まだ150年に満たない。

社会のインフラとして欠かせない存在になったのは、

せいぜい戦後から。

この70年ちょっとのことだろう。

 

何でもそうだが、その技術・産業が誕生し、

成長する過程では、人は感動を持って見つめ、

恩恵を感じ、その成長・成熟を祝う。

 

しかしいったん産業として成熟し、

あって当たり前のものとなり、

大規模ビジネス化してくると、

その裏でいろんな負のドラマが生まれる。

 

★元助役の調脅し文句と、電力会社の罪悪感

関西電力と元助役の、歪んだ、醜悪な関係は

その象徴的なものだ。

 

金品を贈り続け、拒めば

「お前の家にダンプを突っ込ませる」

「娘がどうなってもいいんだな」なんて、

 

今時、ヤクザでも口にしない、

ほとんど昭和の劇画みたいな脅し文句が出たという。

 

そんなセリフを吐き、金をつかませたのは、

「俺たちはいつまでも一蓮托生、運命共同体。

裏切るなよ」

とでも表現したかったからなのか。

 

その劇画調のセリフは役員らの胸にいたく響いた。

負い目というか、罪悪感があるからだ。

「モンスターを住まわせてもらっている」

という潜在的な罪悪感。

 

両者の関係を結ぶのは、モンスター――原発だ。

元助役は原発誘致の中心人物だった。

大クライアントと業者の関係。

 

そして町の人たちにとっては、

原発マネーで町をお金持ちにしてくれた功労者。

いわば地元の英雄的存在だ。

 

★昭和の貧しさを救った原発誘致と、平成の原発事故の衝撃

そんな立場にあった人が晩節を迎えた時期、

8年前の東日本大震災における

福島第一原発の事故、

そしてその後、ゴーストタウン化してしまった

双葉町の惨状を見て、

いったい何を思っていたのだろうか?

 

半世紀間の裕福な暮らしと引き換えに、

故郷を失ってしまった人たちの気持ちを

どう捉えたのだろうか?

 

昭和の経済成長時代、原発は必要悪と言われた。

双葉町や高浜町のような地域は、

日本中、原発の数だけある。

 

そしておそらく、そのすべてが

原発建設前は、人口密度の低い辺境で、

とても貧しい地域だった。

 

危険であることはわかっていた。

けれども見返りは大きい。

 

貧しさから脱したい、豊かになりたい。

「安全だよ」という電力会社の言葉、

国の言葉を信じよう。

もう信じるしかない。

 

貧しさから脱するために原発を招き入れた。

原発マネーで街づくりが行われ、

人々は裕福になり、めでたし、めでたしとなった。

 

昭和の時代はそれでよかった。

誰もそれを非難はできない。

けれどもスト―リーは続く。

 

3・11で時代が一気に変ってしまった。

多くの日本人の心はもう原発から離れている。

もはや原発の役割は終わっている。

 

★新しい電力とのつきあい方

それとともに大手電力会社の役割も

これからゆっくりと終わっていくのではないかと思う。

 

あの千葉の大停電の状態を見ると、

電気の供給を大手電力会社のみに頼るのは

あまりにリスクが高い。

 

ソーラーなど自然発電の技術が上がっており、

ベンチャーの小さな電力会社も起業している。

 

だから災害のような非常時には、

各家庭・個人レベルでも、当面必要な電気を、

自前で調達できるようなシステムを

作らないと駄目なのではないだろうか。

 

たとえば自宅、集合住宅にはすべて

ソーラーパネルの設置と簡単な発電装置を

義務付けるとか、

 

あるいは地域の公共施設などに発電装置を設けて、

生活に必要な分の電気くらいは、いつでもそこで充電できるとか。

 

そういうことでもしないと、

盛んに喧伝されているスマート社会など、

絵に描いたモチである。

 

何でもかんでも電気で動く社会だからこそ、

150年の「歴史を踏まえて、

電気というエネルギー、

そのお世話になる生活のことを

丁寧に考えていかなくては、と思う。

 

関西電力の問題がそんなことを考えさせてくれた。

 


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善福寺川緑地アンバランスゾーンの未確認生物

 

夕刻の善福寺側緑地で謎の生物発見。

全長約1メートル。

ぱっと見た目、巨大なローストチキンが転がってるように見えた。

角度を変えると、浜辺に打ち上げられた深海の巨大イカにも見える。

そしてまたっ角度を変えると、

水鳥の首が付いているように見える。

 

そしてよく見ると、背中にはドングリがいっぱい乗っかっている。

いずれにしても不気味だ。

一体何のために、やつはこの原っぱに横たわっているのか?

何のために存在しているのか?

対話を試みても反応しない。

 

しかし、日が暮れて周囲が漆黒の闇に包まれる頃、

やつは動き出し、宇宙との交信を始める・・・のかも知れない。

 


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はげる女

 

「ちぢむ男」に続いて「はげる女」という

物語のタイトルが思い浮かんだ。

なかなかインパクトあるでしょ?

ちょっと女の人には嫌われそうだけど。

 

中身は何にも考えてないけど、

この4文字の中にドラマを感じてしまう。

「はげる女」。味わい深い。

 

冗談ではなく、はげる女は増えているようだ。

一つの要因としてはストレス。

 

もう一つの要因は、

どうもシャンプーのし過ぎにあるらしい。

「洗わないと匂うよ、フケ出るよ、ベタつくよ」と

コマーシャルで潜在的に脅されて、

毎朝、朝シャンやってた人も多いのではないだろうか?

 

ごしごしシャンプーして脂を落としたところに、

リンスして別の脂でコーティングするという所為を

繰り返してきたが、加齢するとそれが仇になって、

ハゲに繋がっているらしい。

 

そういえば、その朝シャン世代の女性で、

ハゲや、ハゲとは言わないまでも薄毛で

悩んでいる人が多いと聞く。

 

男ははげても、「何が悪い」と開き直ったり、

笑い飛ばしたりもできるが、

そういう真似ができる女の人が、そんなにいるとは思えない。

 

女ははげないというのは過去の話になってしまったようだ。

 

いったい僕たちが信じてきた美容と健康の常識とは

何だったのだろう?

 

何か面白がっているように見えるかもしれないが、

僕はやっぱり女の人には、はげてほしくない。

 

だから世の女性へ愛と笑いをこめて、

1年かけて「はげる女」を書いていきたいと思います。

 


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あなたと愛犬を安全に、やさしく結ぶハキハナハーネス

 

●首輪よりハーネスがおすすめ

あなた、まだ「犬には首輪をつける」って考えてますか?

それはちょっと古い常識かもしれません。

首輪は、まだ犬が人間の従者と見なされていた時代の

名残なのでは?、

 

今は「胴輪をつける」です。

胴輪、つまり、ハーネス。

ほら、盲導犬が付けているアレですよ。

 

どうしてこっちが常識になって来たかというと、

ハーネスのほうが犬の体にやさしいからです。

 

首輪は装着範囲が小さいので、

どうしても首や呼吸器官に負担をかけることになります。

お散歩中、勝手な方向へ行こうとする犬を

ぐいっと引っ張って、コントロールするのには

向いています。

 

●人と犬を安全という絆で結ぶハーネス

けれども、あなたの愛犬には、そうした心配は

あまりないのなら、、

ハーネスの方がおすすめです。

 

ハーネスという言葉のもう一つの意味は「安全帯」です。

目の見えない人が盲導犬と一緒に歩いているのを

見たことがありますか?

ふたり(正確には一人と一頭)の関係は対等です。

犬は人を守り、人は犬を守る。

双方を安全という絆で結ぶのがハーネスなんです。

 

●人を信頼し、仕事をする犬はハーネスを付ける

ハーネスは、もともとはソリ犬がソリを負担なく

引っ張れるように作られたものと言われています。

 

盲導犬や聴導犬、警察犬、救助犬など、

お仕事をする犬はみんなハーネスですね。

これはハーネスだと、リードを持っている人間が

犬の体全体の動きを感じやすいからです。

 

犬もそれを分かっています。

犬は、人間を信頼して仕事をする。

お互いの信頼のためにハーネスは

欠かせないツールなんです。

 

 

●獣医師が強く推奨するハキハナハーネス

そのハーネスの中でも最近、獣医師が

「犬の骨格をゆがませることがない」と、

強く推奨しているのが、

イタリア製の「ハキハナハーネス」です。

 

犬の骨格を徹底的に研究して開発されたという

ハキハナハーネスの評判は、

お医者さんやドッグトレーナーを通じてどんどん上がり、

最近、日本の愛犬家の間でもファンが急増しています。、

 

●世界27ヶ国で愛用されるハーネスの傑作

ハキハナハーネスの特徴は、自然な着け心地。

痛みや拘束感、肌への摩擦や不快感を感じさせないところ。

 

そのフィット感、装着しやすさ、デザイン性、

壊れにくさなど、さまざまな点から、

ペット先進国のヨーロッパではもちろん、

世界27ヶ国の愛犬家、ドッグトレーナー、

救助犬、警察犬などの飼い主さんから

「ハーネスの傑作」と認められ、

愛用されているんです。

 

 

●豊富なサイズと自在な長さ調節

サイズはxxxs, xxs, xs, S, M, Lと6種類。

超小型犬から大型犬まで

それぞれの犬の大きさに合わせて選べます。

 

とはいえ、同じ小型犬だって、

一頭一頭、少しずつ大きさは違いますね。、

 

ご心配なく。

ハキハナハーネスは、どのサイズも

長さの調整部が5か所あり、

あなたの愛犬の大きさに合わせ、

ぴったりフィットさせることができます。

 

そして、毛が長くなったり、短くなったり、

あるいは洋服が薄地になったり、厚地になったりして

きつくなったり、ゆるくなったとしても

それに応じて、微妙に調整することができるんですよ。

 

●おしゃれ感も抜群

また、さすがイタリア製だけあって、

カラーバリエーションが豊富でオシャレだから、

洋服に合わせて色を変えてみるのも

楽しいでしょう。

 

理想のハーネス、ハキハナハーネス。

お医者さんも、トレーナーも、

みんなが「いいよ」というハキハナハーネスを、

あなたも愛犬に試してみてください。

 

追伸:脇に食い込まないので

特に胴が長くて足が短いダックスフンドや

胸の筋肉が厚い犬におすすめできます。

 


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地球に生きる人間の数と、人間の適正な大きさについての疑問

 

今日は新しいシナリオを書いていて、

「この地球上に人間は今、何人生きているのか?」と。

「人間より大きい生き物はどれくらいいるのか?」

という2つの疑問にぶち当たった。

 

★世界の人口は77億人

1つ目の疑問は即座に調べられる。

国連広報センターのサイトの見出しには、

「世界人口の増大が鈍化。

2050年に97億人に達した後、 2100年頃に110億人で頭打ちか」とある。

 

日本では少子高齢化で人口が減る減ると騒いでいるけど、

地球レベルでは人口増加のほうが大問題――

とはよく言われている話。

 

というわけで2019年7月現在の数字を見ると、

世界の人口は77億人となっている。

 

★人口増加の大半を占める9か国

今後2050年までに

インド、ナイジェリア、パキスタン、コンゴ民主共和国、

エチオピア、タンザニア連合共和国、インドネシア、

エジプト、米国の9カ国が、

今後2050年までの世界人口の増加の大半を占めるという予測が出ている。

(ここに書いた順に増加率が高い)

 

インドは2027年頃、

中国を抜いて世界で最も人口が多い国になるようだ。

 

★人間は地球では大きい生き物なのか?

書いている話の中では、

それだけの数の、身長140~180㎝、

体重30~100キロ平均のデカい動物が

たくさんエネルギーを消費する、

現代文明スタイルの生活をしてたら、

そりゃ地球環境に深刻なダメージを与えるわな、

という議論が繰り広げられる。

 

実際には77億のうち、

現代文明スタイルの生活を送れる人は

4分の1にも満たないんだけど。

 

すると、国連が提唱するSDGsを果たすためには、

生活のダウンサイジングしかないんじゃないか。

 

国も、街も、家も、

そもそも人間の体を小さくしてしまえば、

環境にダメージの少ない

持続可能社会になるのではないか――

 

そもそも人間はこの星で文明生活するのに

適正な大きさなんだろうか?

 

というわけで、2つめの疑問が生まれ出た。

 

そりゃネズミから見ればでかいし、

象から見れば小さいのはわかってるけど、

人間の大きさって、地球レベルでは

どう考えればいいんだろう?

 

★人間より大きい生き物は何種類いるのか?

と、また調べてみたけど、

残念ながら、この疑問に対しては

まともな解答を得られるサイトはなかった。

 

意外と難問なんだ、人間の大きさって。

(てか、そんなこと、誰も気にしてない?)

 

ただ、人間より大きい生き物より、

圧倒的に小さい生き物の方が多いのは確か。

 

ゾウ、キリン、サイ、カバ、ライオン、トラ、

ウシ、ウマ、ワニ、ニシキヘビ、ゴリラ、

クジラ、サメ・・・・

 

結構いるにはいるけど、

あなたは人間より大きい生き物って、

どれくらい考えつきます?

 


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村上龍のエッセイを読んで想う「もうイメージできない別の人生」

 

村上龍のエッセイの一篇に

「自分を失うために酒を飲む。」というのがある。

 

20代の頃、作家としてデビューする前後に、

とにかく酔いたいというときがあった。

そうした欲求があった最大の理由は、

「自分を失いたい」ということだったような気がする。

 

そして、自分を失うというのは、

違う自分を見たいと言うことだった。

 

そう過去を述懐する。

 

要約すると何だか味気ないが、

妙に胸にしみる文章だった。

 

たぶん、自分も似た体験をしたからだ。

いや、“似た”どころか、そのまんまだったかもしれない。

 

飲めば飲むほど新しい自分が現れた。

新し世界に足を踏み入れた気分になった。

 

自分の可能性が広がっていく――

そんな思いにとらわれて、

演劇をやったり、モノを書いたり、

海外生活を送ったり。

 

結婚して親になったり、

親の面倒を見たりする人生を思い描いたことは

ほとんどなかった。

 

だけど結局、この30年近くそれをやってきて、

10代・20代の頃の幻想・妄想はすっかり消えた。

 

浄化されて美化されたことは都合よく憶えているけど、

不安だったり、憂鬱だったり、死にたくなったり、

嘔吐してゲロだらけになったことなんて

本当に忘れてたのだ。

 

今の0代・20代の連中は、何を、どう考えて生きているのだろう?

あと50年も60年も、もしかしたら80年も生きる時間が残ってて、

えんえんと人生が続いていくって

どんな感覚なんだろう?

もうぜんぜんわからない。

 

村上龍の件のエッセイは、こう結ぶ。

 

違う自分というのは、言い方を変えれば、

別の人生ということだ。

今は、おそらく「今の人生」を生きることだけで精一杯で、

「別の人生」をイメージする余裕がないのだろう。

 

昔は今より「よかった」ということではないが、

別の人生をイメージするという、

ある種の「解放感」が失われたのは確かだと思う。、

 

これもまたそのまんま。

ここまで歩いてきた自分としては、

共感せざるを得ない。

 

そして、解放感と引き換えに、

もう別の人生をイメージできないということは、

ある意味、とても幸福なことなのかもしれないと思う。

 

もちろん、あの頃とは別種の不安や焦りや憂鬱に

つきまとわれるのだkけど。

 


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1日3回の深呼吸

 

ここ数日、深呼吸をしていなかったのに気が付いた。

いや、数日どころか数週間?

最後に深呼吸をしたのはいつだっただろう?

なんで深呼吸を忘れていたんだろう?

 

毎日3回深呼吸すれば、

1日3回生まれ変われる。

1日3回新鮮な気持ちになれる。

 

月日の流れ、季節の移ろいは早い。

もたもたしてるな、

時間が足りんなと思ったら、

立ち止まって深呼吸。

生きる時間が倍々になる。

かも。

 


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よみがえる死者・よみがえる歌:AIの音楽

 

Nスペ「AIでよみがえる美空ひばり」を観た。

AIによってよみがえった美空ひばり(音声+映像)が

30年ぶりに新曲を披露する。

そのメイキングだ。

 

僕はべつに美空ひばりのファンではないが、

このAIの新曲「あれから」」には心を揺さぶられた。

若手作曲家のメロディに、「川の流れのように」を書いた

秋元康氏が詞を付けたものだ。

 

正直、今まで聴いた身空ひばりの歌の中で最高だと思った。

そして、AIはもう芸術の分野でもここまでできるのかと

驚愕した。

 

今、世界中でこうしたAIによるミュージシャンの再生の

試みがされているようだ。

この番組でもテレサ・テン、バディ・ホリー、

マリア・カラスなどの例が紹介されていた。

 

懐メロ趣味のおじさんみたいなセリフだけど、

やっぱり昭和の時代、海外なら1950年代半ばから

1990年代前半あたりまでの大衆音楽・

ポップミュージックは素晴らしい。

 

ものすご~く大ざっぱにいうと、

あの時代はあらゆる歌・音楽に

「もっと自由になっていいんだ」

「もっと自由に表現できるんだ」という

時代の空気がこめられていた。

 

もうああいう時代は帰らない。

ああいう楽曲群は生まれない。

 

今の若い連中もたぶん、それは認めている。

新しい曲は、必ずあの時代の音楽の影響下に作られる。

カバー曲も量産されている。

 

歌唱技術・演奏技術は進化しているので、

みんな、めちゃくちゃうまいし、感心するアレンジもたくさんあるが、

オリジナルはやっぱり30年から50年前のものがほとんどだ。

 

権利問題とかいろいろ障壁があるので、

そう簡単ではないと思うが、

こうしたAIによるミュージシャンの再生は

どんどん増えるだろう。

そしてビジネスにもなるだろう。

 

エルヴィス・プレスリー、ジョン・レノン、

デビッド・ボウイ、フレディ・マーキュリー

マイケル・ジャクソン・・・

 

AI・ロボット技術に対する

不安・猜疑はあるものの、

何よりも世界中の人々が死者たちの再来を待っている。

これからの時代、がんばっていく力を得るために

あの時代の歌・音楽を共有した人たちの心が

ミュージシャンをよみがえらせる。

 

身空ひばりの「あれから」、本当に良い曲ですよ。

 


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食欲のないお話

 

「食欲のないお話」というのは、

高校演劇でやった芝居の題名だ。

 

全ての欲望を制御した未来人たちは、

食事も錠剤一つでOK。

 

南極だか北極だかで氷漬けになっていた古代人、

つまり現代の僕らを掘り出し、

興味を持っていろいろ実験する

というSF話だった。

 

ちょっと星新一のショートショート

みたいな話だったような気がするが、

細かい所は忘れてしまった。

 

登場人物がコオリ博士だの、レイコだの、ユキノだの、

クールな連中だったことだけ憶えている。

 

なんでそんなことを思い出したかというと、

ここ数日、久しぶりに体調不良で2回ほど嘔吐。

胃がむかついて食欲がなく、

リンゴを薬代わりに食べていたからだ。

 

すりおろしたリンゴがおいしい。

ほとんど離乳食である。

リンゴが出回る季節でよかった。

 

リンゴがあれば医者いらず。

あなたもちょっと胃腸の調子を崩して

食欲が亡くなったら、

リンゴに頼ってみてください。

 

 


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ドイツ原産の愛犬に ドイツ製ペットフード「ハッピードッグ」

 

●ドイツ原産の愛犬なら、ごはんもドイツ製

 

あなたの愛犬の先祖はどこの国の生まれですか?

「故郷はドイツ」というワンちゃんは日本でも多いと思います。

 

ダックスフント、ポメラニアン、ミニチュアシュナウザーという、

可愛い人気小型犬。、

シェパード、ドーベルマン、ボクサーといった

凛々しく精悍な大型犬。

 

ドイツ原産の愛犬なら、

ごはんもドイツ製にこだわってみてはどうでしょう?

 

ペット先進国のドイツでは

フードにもこだわり、

愛犬にとってどんな食べ物がいいのか

あくなき研究が繰り返されています。

 

 

 

●Interquell社の「ハッピードッグ」

 

その一つがバイエルン州ベーリンゲンに拠点を置く

Interquell社です。

 

同社の提供するドッグフード「ハッピードッグ」は、

2009年にドイツ国内の国産プレミアムフードシェアNo.1となり、

2016年には、輸入品も含めたシェアNo.1となりました。 

 

たくさんのフードが乱立する中でのトップシェア。

これはこの会社が安易なペットビジネスに走らず、

愛犬の健康食をひたすら追究。

最新の栄養学に基づいたレシピの改良や

原材料の見直しを続け、

常に品質向上に努めた成果と言えるでしょう。

 

 

●ハッピードッグ開発ストーリー

 

Interquell社の前身はバイエルン州のミュラー家。

1765年から製粉所を代々製粉所を営んできたミュラー家は、

1950年代から自分たちの愛犬のために健康的なフードを作ろうと、

シリアルを作る技術を活かして、

シリアルとドライミートを合わせた、

最初の犬用ドライフードを開発しました。

 

そして1968年、トウモロコシフレークとドライミートによる

消化吸収性に優れたドッグフード「ハッピードッグ」が誕生しました。

 

 

●ドイツで愛されるドッグフードが日本でも買える

 

その「ハッピードッグ」は、

2013年からワールドプレミアム株式会社を通して、

日本でも買えるようになりました。、

 

2015年現在、世界67カ国で愛用されているというから

その品質は本物です。

 

発売から6年が経ち、

今、ダックスフントなどの飼い主さんの間で

人気上昇中。

 

 

●「故郷はドイツ」の愛犬にヘルシーなごちそうを

 

製品は全てバイエルン州のベーリンゲンで製造されています。

山が多い南ドイツの片田舎、

250年以上の歴史を持つ製粉所で作られるドッグフードが、

今や世界67カ国で愛用されているというから驚きです。

 

ダックスフント、ポメラニアン、シュナウザー、

ジャーマンピンシャー、、ジャーマンシェパード、

ドーベルマン、ボクサー・・・、

 

「故郷はドイツ」というワンちゃんに

ヘルシーなごちそうを。

Mahlzeit ! マールツアイト!

 


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ゴースト団地の住人たちはどこへ?

 

高齢化社会の進展とともに、日本中に

ゴーストな建物が増殖している。

 

13年ほど前まで住んでいたアパートの近くにも、

東電の社宅だったゴースト団地がある。

 

ここはかなり年季が入っている。

社宅を辞めたのはだいぶ前。

人が住まなくなってから、もう20年以上は経っていると思う。

 

特に悪いうわさは聞かなかったが、

小さいおじさんとか、この世とあの世を行き来する者が

住み着いていたのではないか?

と密かに思っていた。

 

きょうは歯医者のメンテナンスに行ったのだが

(月イチなので引越してもこっち:和泉3丁目に通っている)

帰りに前を通ったら、なんと、1週間前から解体工事が始まっていた。

 

送電線の鉄塔がデデン!立っている土地だが、

これからいったいどうなるのだろう?

 

そして、住処を失くした小さいおじさんたち

(と、勝手に決めつけている)は、

どこへ行くのだろう?

 


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死ぬまでの自由研究の時間

 

●それなりの幸福

 今の日本という国では、あなたも僕も含め、

だいたいの人が、

それなりに幸福に暮らせるようになっている。

 

「それなりの幸福」とは何か?

命が危険にさらされることが少なく、

自分は80、90まで生きられるだろう、と

漠然と予測できるからだ。

 

もちろん異論はあるだろうし、

色んな問題は山積みだけど、

少なくとも上記の意味で、

こんな社会は人類史上初めてだと思う。

 

過去と照らし合わせて、歴史的にもそうだし、

世界の他の国と比較しても間違っていないだろう。

  

●真っ白な灰になっちまったよ

 もちろん、安全や長生きに大した価値を感じない人もいる。

「いや、俺は太く、短く生きるんや!」と、

かなり無茶なことをやる人もいる。

僕の若い頃はそういう人が結構大勢いたような気がする。

 

芸術家や文学者らの間では、

のうのうと、平々凡々と長生きするより、

酒や博奕や女に溺れて、破天荒な生き方をして、

短時間で命を燃やし尽くすような人生を送るのが

美徳だったと思う。

 

まだ20歳前だった矢吹丈(あしたのジョー)の遺言は、

「真っ白な灰になっちまったよ」

 

僕もそういうのに憧れたことがあったが、

そんな度胸はからきしなかったので、やめた。

 

いいか悪いかはさておき、

平成の30年の間に、そうした破天荒な人はずいぶん減った。

 

戦争もなく、医療が発達し、社会がシステム化されて安定した。

 

子どもや若者の死亡率が高かった時は、

「人間、いつ死ぬかわからない」という気持ちが、

大多数の人々の心の中にあったので、

破天荒な生き方はカッコよく映った。

 

今だって人間、いつ死ぬかわからないのだが、

みんな、そうは思ってない。

 

というわけで、破天荒な生き方、

短時間で命を燃やし尽くす人生の価値は下がった。

それに伴い、ひとりひとりの人生はスケジュール化された。

 

●新しいタスクがスケジュールに組み込まれた

 生まれてから入学、受験、卒業、就職、結婚、出産、

子どもの成長、そしてまた入学、受験、卒業・・・・・と、

定型的な人生のスケジュールを

僕たちはこなして生きてゆく。

 

現実にそうなるかどうかはともかく、

少なくとも周囲からはそう求められるし、

自分の頭の中にもそのスケジュールのイメージが

一つのフォーマットとして設定されている。

 

さらに今、以前の時代、それまで僕たちが親しんできた世界と

大きく変わったのは、

子どもが成人・独立して以後、死ぬまでの時間がかなり伸びたことだ。

 

その死ぬまでの時間は、ここ数年で、

新たなタスクとして、人生のスケジュールに組み込まれた。

 

夏休みの宿題は一通りやり終えた。

あとは自由研究という課題が残っている、という感じ。

 

もちろん、この自由研究も

生活をしながらなので、

ごく一部を除き、僕を含め大多数の人は

まだまだお金を稼ぐ仕事をする必要がある。

 

それに事情は人それぞれだから、

家族の介護などをやらなくてはいけない人もいる。

 

そうした中で、

何でも好きにやっていいという自由研究に取り組むのは、

思いのほか難問だ。

  

●自由研究の時間こそ人生の本番

 今までのことは準備運動とか、リハーサルの類。

この自由研究の時間こそ本番であり、

人生の本質が秘められているといっても過言ではない。

 

そういう時代になった。

みんなが長生きできる社会。

幸福だけど、生き辛いパラドックスのような人生。

 

とりあえずパパッと紙に手書きで一本線を引いて、

左端に「生まれる」、右端に「死ぬ」と書く。

 

「死ぬ」がいやなら、終でも完でも了でもいい。

ENDでもFINEでもいい。

 

天皇陛下のご年齢を考えると、

令和は20年から30年。

自由研究の時間に入った方は、

この令和でどんな課題をやるのか、が問われる。

 

べつにサボりたきゃサボって

未提出ということでもいいんだけどね。

 


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ペットみたいなAI翻訳機 Perico(ペリコ)が「かわい~じゃん!」

 

●Perico(ペリコ)はおしゃべりインコ

 リアルSF時代。

ドラえもんの「ホンヤクコンニャク」に匹敵するような

自動翻訳機も当たり前になってきた。

 

それでAI翻訳機を探していたら、

「Perico(ペリコ)」という商品を見つけた。

 

ペリコってペリカンと関係あるんかいな?

と思ったら、スペイン語でインコのことだって。

 

●僕の出会ったかわいいインコ

 そのとたん、脳裏に

「かわい~じゃん!」という、

甲高くてかわいい声がよみがえった。

 

信濃町の駅から明治公園に行く途中の

アンティーク家具店に彼女はいた。

 

どんな女の子が喋っているんだろうと覗いてみると、

店先の鳥かごの中でインコが盛んにセリフを連発している。

 

「かわい~じゃん!」

 

声だけ聴いたら、アニメキャラで稼いでる声優みたいだ。

 

もうかれこれ15年くらい前の話だが、

あのインコはほんとにかわいかった。

 

 

●38か国語を瞬時に翻訳

オウム、インコ、九官鳥の類は

人間の言葉をモノマネできる。

 

おしゃべりできる鳥は飼ってて、

かわい~じゃん。

 

翻訳機に「ペリコ(インコ)」というネーミングは、

なかなかイカしてる。

 

なんだか肩にインコだかオウムだかを乗っけた、

「宝島」の海賊ジョン・シルバーをイメージする。

 

Perico(ペリコ)がいれば英語、スペイン語、フランス語、中国語、韓国語・・・

いろんな国の外国人と相対しても困らない。

 

間もなく東京2020。

オリンピック/パラリンピックイヤー。

首都圏の人たちは、街中で外国人と出くわす機会も増える。

インバウンドの需要も高まっている。

 

38か国語を瞬時に翻訳できるので、

ちょっとしたコミュニケーション、

日常会話レベルのやりとりなら、

このPerico(ペリコ)があればOKだ。

 

●東京2020が38倍楽しい

外国人観観光客がよく来るお店、

また慣れていないお店など、

Perico(ペリコ)を持っていると

何かと便利で心強い。

 

日本の文化や生活慣習から、

お店のシステムや会計方法まで、

ちゃんと言葉で説明できし、会話を楽しめる。

 

Perico(ペリコ)を活用すれば、東京2020は38倍楽しめる。

ビジネスの成果も38倍になるかも。

 

もちろん、自分が海外に行く場合は、

いっしょに連れていけるし、

語学練習にも大いに役立つ。

 

 

●Perico(ペリコ)のいる<ライフスタイル

AI翻訳機は今やスマホと同じで、

いつでもどこでもいっしょに連れ歩くもの。

Perico(ペリコ)なら、きっとあなたの素敵なペット、

楽しい相棒になる。

 

「かわい~じゃん!」も38カ国語に翻訳してみよう。

 

おしゃべりインコの力を借りて、言葉の壁を低くして、

自分の世界を広げられるといいね。

 


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2020年はSF社会の開幕年か?

 

●月2回の日本橋通い

ひと月に2回ほど、日本橋(八重洲)に詣でる。

エンディング業界(葬儀・供養・終活・高齢者ケアなど)の

業界誌・月刊仏事のライターをやっているので、

その発行元の株式会社鎌倉新書で

打ち合わせやゲラ校のチェックをする。

 

鎌倉新書は葬儀社のポータルサイト「いい葬儀」を開発。

葬儀社・石材店・仏壇手店などを

インターネットで葬儀社を選べる

メディアを作ったパイオニアで、上場企業となった。

 

小一時間で仕事を済ませ、外に出ると、

もう街中は黄昏色。

そう言えば、明日はもう彼岸の入りだ。

 

●ビジネスマン向け丸善BOOKS探検

いつも利用する東京メトロ日本橋駅B3出口は、

丸善と続いているので、時間に余裕のある時は

15分ほどブラブラ本を物色してから帰る。

 

ビジネスマン御用達の書店なので、

平月にされているのは、経済・社会分野の本が多い。

やっぱり手に取ってページをめくりたくなるのは、

ダイヤモンド社の本かなぁ。

 

●スケジュールはもう2020

地下では文房具を売っているが、

「2020」という数字がデデンとおでまし。

早くも来年の手帳コーナーが設けられている。

 

秋のお彼岸ともなれば、

ビジネスマンの脳は。すでに2020に向けて

動き出しているというわけか。

 

●2020とZOZOのSF的符号

「2020」という字の並びを見ると、

先日Yahoo!に売却された「ZOZO」を想起する。

2020とZOZO。

この符号は何かの暗喩みたいだ。、

 

記者会見でおそろいのTシャツを着ていた、

前澤さんと孫さんは、

僕には宇宙ビジネスとロボットビジネスの

SFキャラコンビに見えた。

 

●ウルトラQもあるでよ

そして2020のSFといえば、

やっぱりウルトラQのケムール人の来襲を

怖れずにはいられない。

ブオッフォッフォッフォフォ・・・

とうとう来るのか、「2020年の挑戦」が。

 

一体どんな年になるのだろう?

それまでの残り3ヶ月、

僕たちはどう準備をしていけばいいいのだろう?

 


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メイキング・オブ・ちぢむ男

 

物語のタネというのは、

結構むかしに脳の畑にまかれている。

いつも忘れた頃に芽を出すのだ。

 

きょう自分のブログの整理をしていたら、

3年前の12月、入院した母を見舞った時の文章の中に

「ちぢむ男」のテーマらしきことを書いていた。

 

(前略)

最近、母を見て僕が思うのは、人間、老いるに従い、

だんだん子供に戻っていくのかな、ということです。

 

子供の世界・視野は狭い。

それが成長につれてどんどん広がり、

大きくなっていくわけだけど

、老いるとその逆の現象が起き、

だんだん世界が縮小していく。

 

言い換えると広がりをなくす代わりに、

限りなく深化していくのかもしれない。

 

その分、この世とは異なる別の世界が

広がって見えてきて、

そちらのほうへ移行していくのかもしれません。

 

意識の中では身近にいる人間、

自分の思い入れの深い人間だけが残り、

そうでない人の存在は、血縁関係者でも、

親友だった人でも遠のいていってしまうのでしょう。

 

その人の生活の核が残る。

そしてさらに進むと、さらにそれが絞り込まれ、

その人の“生”の核が残る。

 

 

今、認知症の義母を見ていても、同じことを思う。

人生100年と言われながらも、

人間、体裁のいい社会人として、

まともに活動をしていられる時間は、

実はそう長くない。

 

「ちぢむ男」のラストは、

いったん、元のサイズに戻った主人公の男が、

息子の成長を確認すると、

今度は急速な勢いで限りなく縮んでいく。

 

最後は消失同然なほど超ミクロ化して、

地球の細胞の一つに化すという結末を用意している。

 

いわば自分の理想のエンディングを暗喩したものだが、

予定通りに行くかどうかは、書いてみないとわからない。

 


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ちぢむ男と、小さいおじさんと、Now いい Life

 

なぜか身長17センチに縮んでしまった中高年の男たち。

縮んでしまったのはチヂミを食べたせいか?

彼らの人生は、そんなダジャレみたいなものだったのか?

 

とにかく彼らは家族や子どもが暮らしている、

慣れ親しんだ、かつての「大きな世界」に別れを告げ、

新たな「小さな世界」でユートピアを目指して旅する。

 

そのカギを握るのは謎のフィクサー

「ビッグヘッド和田」という人物。

 

今年のコンペラジオドラマに向けて脚本

「ちちむ男」の執筆開始。

「ウルトラQ」的アンバランスゾーンの物語。

になる予定。

 

で、そのネタのヒントが大宮八幡宮に生息すると言われる

なそのパワー小人「小さいおじさん」。

なぜか子供にしか見えないという「小さいおじさん」は、

この神宮のパワースポット人気に一役買っているらしい。

 

でも、方南通りを挟んで入口の向かいにある、

この電柱広告の結婚相談所は、豊島区にある会社だ。

株式会社「ナウい」なんて、

ふざけた会社名だと思ったので、

ちょっとホームページを覗いてみた。

 

無縁社会を解決 Now いい Lifeを提供する会社。

おひとり様の結婚・育児・住居・生活支援を行う

「御用聞き型少子高齢化対策」のリーディングカンパニー。

 

とある。なかなかいいスローガンだ。

ちょっと気になる。

「小さいおじさん」の名に恥じない活躍をしてほしい。

 


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幸福撫でがえるで、人生みちガエル

 

いきカエル。

よみガエル。

人生カエル。

 

幸福(しあわせ)撫でがえるが、

大宮八幡宮に生息している。

 

千年ガマかと思えるほど、でかいカエルである。

しかし、その正体は石である。

カエル型の石。

うーん、そう言われると、カエルに見えなくもない。

 

この石をなでなでする。

すると幸せになるという。

 

仕事、学業、みちガエル。

病気も不調もケロリンとよくなり、

投資したお金もどんどんカエル。

 

だから幸福撫でがえる。

縁結びまでしてくれる。

いわゆるパワースポットだ。

 

杉並区の大宮八幡宮は「東京のへそ」とされているが、

明治時代、風水でここが東京の中心地とされていたこと、

都心で広大な敷地を持っていて、緑が多いことから

そういうことになったらしい。

 

その「東京のへそ」に、へそのないカエルが鎮座するという

パラドックスこそが、パワースポットしての真価だ。

 

というわけで撫でると幸福パワーがいただけるというので、

ナデナデして抱きしめてきた。

 

おみやげの幸福がえるは、年輪刻むバームクーヘン。

デザインもケロッとシンプル。

おしゃれでかわいいので、

ちょっとしたお祝いのプレゼントに。

 


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日本人に似合うのは祭り半纏  アスリートも和モードで

 

日本人なら誰でも祭り半纏を着ると、

とたんにキュキュっと引き締まり、

カッコよくなる。

これが民族衣装というものの強みか。

 

本日は義母を連れて、近所の大宮八幡宮に

昼・夜出かけるダブルヘッダー。

 

夜の部は周囲の各町会のお神輿の合同宮入り。

境内で10基のお神輿が踊り跳ねる。

 

ライトアップされた神殿に向かって

光り輝く神輿が進んでいく様子は、

幻想的で、ちょっとあっちの世界を連想させる。

 

死刑になる罪人が

「この世の名残に祭りが見たい」と

介錯人に懇願する時代劇の1シーンがあるが、

その気持ちもわかるような気がする。

 

普段、町であったらフツーのおにいちゃん、おねえちゃん、

ちょっとくたびれたようなおっさん、おばさんでも

ここでわっしょいやってるときは本当にカッコいいんだよな。

 

やっぱ日本人がいくら体格がよくなったと言っても、

洋装したら絶対白人に負ける。

筋肉量の差でもないし、

骨格が違うからなんだろう。

やっぱりあれは欧米の白人向けに作られた服なのだ。

 

スーツなどのチラシを見ても、

白人のモデルが入ってないと、

いくら良い物でも、なんだかぱっとしない。

べつに人種差別じゃなくて、

歴史的・民俗文化的・遺伝子レベル的に

似合わないものは似合わないのだ。

 

毎回思うのだけど、オリンピックの入場行進の衣裳が

いつもカッコよく見えないのは、

洋装ベースでしかデザインを考えられないからじゃないか。

 

出場するのはみんなアスリートなんだから、

こういう祭り半纏みたいな服だっていいと思う。

少なくとも和装ベースのデザインにしたらどうか。

 

てなことを考えながら、令和元年もお祭りを堪能した。

 


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