中年期以降の同窓会幹事の心のゆらぎ

 

 4月の同窓会まで1ヶ月を切り、ほぼ連絡が行きわたったようなので、手伝ってくれてる二人にメールを送って情報をとりまとめる。

 直前まで出欠変更は可能だけど、とりあえず人数を店に知らせておく必要があるので。

 

 この仕事、20代の頃は単なる飲み会の連絡係・会計係に過ぎなかったのだが、齢を経ると様相が変わる。

 

 飛び級で早々に人生を卒業してしまったのも二人ほどいる。

 

 それぞれの生活環境などわからないし、家族のこと・仕事のこと・お金のこと・健康のこと、ぞれいろいろ問題抱えているだろうし、長く生きているといろんなことが起こる。

 

 40年前と寸分たがわぬキャラ丸出しのメールが来て笑っちゃうこともあれば、できれば聞きたくなかったこと(相手も話したくなかったこと)を聞くことにもなる。

 

 名簿を見ながら、だれだれ出席、だれだれ欠席と、漢字4~5文字の本名を書いていると、これ誰だっけ?と認識できなくなるケースもチラホラ出てくる。

 特に女子は名字が変わっていることが多いので、なおのこと。

 

 そこでそれぞれ当時の愛称・通称・あだ名などで書き換えてみると、たちまち顔が思い浮かび、声が聞こえてきて、キャラクターが立ち上がる。

 身振り。口振り・服装・背景・いろんなシチュエーションまで再現できたりする。

 

 そうやって名前を書き出すと、今回は欠席でも次回また声を掛けようという気になる。

 

 でも連絡先がわからない・つながらないのもいる。

 また、もう連絡なんかいらないと思っているのもいるだろう。

 しかたないことだけど、幹事なんかやっていると、ここまできちゃうと、そういう人たちとはもう完全に切れちゃうだろうなと思う。

 切っちゃう権限が自分にあるのかなとも考える。

 

 もしかしたら以前は同窓会なんてどうでもいいと思っていたけど、今になってみると行ってみたいな、連絡があればなぁ、声掛からないかなぁ・・・と待っていることだってあるかも知れない。

 

 「あいつがお願いって声掛けてきたから、しかたないので来てやったよ」

 ――今ならそういうやつがいてもOKと笑えるだろうなぁ。

 

 こんなよけいなこと考えずに、クールに事務的にさっさと進めればいいのに、なんかいろいろ引っ掛かっちゃうんだよなぁ。

 


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テープ起こしの日々

 

 取材が続いたので、今週はテープ起こしと原稿書きの日々。

 きょうは先日の里山農業プロジェクトの野田君の音声を起こしました。

 録音を聞いてみて、やっと彼のヴィジョンが理解できる。

 思った以上に深く、広がりがある。

 これを一旦メモ帳に書き記して、その後、あっちこっち編集したのにプラス、合間合間に自分の文章を書き入れていく、というのが取材をした記事のオーソドックス(僕にとっては、ということだけど)な書き方です。

 

 テープ起こし(機器はICレコーダーですが)は面倒な作業で時間もかかるし、重労働ですが、手ごわい内容は、これをやらないとどうにも頭にすんなり入ってきません。

 テープ起こしをアウトソーシングすればラクに早くできるのだろうけど、そんな経済的余裕などないし、それにそう横着しちゃうと、なんだか寂しい気持ちになる。

 頭の回転が鈍いので、何度も反芻しないとよくわからないんだよね。

 この後もまだいろいろ溜っているので、どんどんやらねば。

 間もなく3月も終わり。

 こうしているとあっという間にゴールデンウィークになってしまいそうです。

 


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鎌倉新書と新連載企画の話

 

 月に一度、鎌倉新書の打ち合わせで日本橋・八重洲方面に出向きます。

 鎌倉新書というのは葬儀供養業界のWebや雑誌を作っている会社。

 以前は仏教書を出版していたのですが、現会長が社長になった20年ほど前から、機械化とかITテクノロジーとか、非人間的なイメージを嫌うこの業界において、いち早くインターネットでの情報発信にシフトしました。

 

 「いい葬儀」という、消費者と葬儀社とを仲介するポータルサイトを開設したところ、業界内では当初、白い目で見られ、あの会社は代替わりしてダメになったと言われたらしいのですが、そこは時代の趨勢であれよあれよという間に市場に浸透。

 

 特に僕が本格的に関わり出した2年半ほど前から株はうなぎのぼりで、一昨年末にこの八重洲の一等地に引っ越したと思ったら、それから1年も経たないうちに東証一部上場を果たしました。

 

 とは言え、利益分はいろいろ始めた新事業のほうに回っているようで、外部ライターである僕のギャラが上がるわけではありません。

 

 正直、割に合わんなーと思うことが多いのですが、興味のある分野だし、ある意味、高齢化・多死化代社会に関する最先端情報(テクノロジーなどではなく、社会心理的流れとしての情報)にも触れられるので、引き続き、業界誌の月刊仏事で記事を書き、時々Webの方もやっています。

 

 その月刊仏事から新しい連載企画をやりたいけど何かない?と言われたので、以前、このブログで書き散らしたネタを思い出し、「世界の葬儀供養・終活・高齢者福祉」なんてどうですか?と提案したら、じゃあぜひ、とあっさり通って取り組むことに。

 

 国内の出張費も出ないのに「海外出張費出ますか?」なんて聞くこともできず、ネット頼りの仕事になるのは必至。

 でもイラストを描いてくれる人もいるらしいので、伝統文化と最新事情をごった煮にして分析を交えた読物風の話にしようと思っています。

 ごく個人的なことでもいいので、情報あったらお知らせくださいな。

 


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野生の本能の逆流に葛藤する都会暮らしのネコ

 

 散歩がてらサクラを見に近所の大宮八幡宮に行くとネコ発見。

 例によってナンパを試みたが、例によってシカトされた。

 

 彼女には事情があった。

 上の方でガサゴソ音がするので見ると、キジバトがいる。

 落ち葉の中をつついて虫をほじくり出して食べているらしい。

 ネコは野生の本能が刺激され、ねらっているのか?

 でも、その割にはハトに対して集中力が欠けている。

 自分の中でウズウズモゾモゾ本能がうずくのを気持ち悪がっているように見える。

 

 サクラ色の首輪をつけているので、どこかの飼いネコだろう。

 家に帰ればいつもの安全安心、おいしく食べやすく栄養バランスもとれてるキャットフードが待っている。

 なのになんで鳥なんか狩らなきゃならんのか、

 だいいち、あたしが口の周りを血だらけにして鳥やらネズミやら持って来たら、飼い主さんが卒倒しちゃう。

 でも狩ったら脳からアドレナリンがドバっと出て気持ちよくなりそうだ。

 ああ、でも、そんなのダメダメ・・・と、ひどく葛藤しているように見える。

 

 飼いネコでも本能のままに生きているやつもいれば、鶏のササミや魚の切り身をあげても見向きもしないやつもいる。

 イヌもそうだけど、多くの飼い主はペットに一生自分のかわいい子供であってほしいと願う。

 人間じゃないんだから、大人になんかなってほしくない。

 恋もしてほしくないから去勢や避妊手術を施す。

 生物学的なことはよくわからないけど、そうするとホルモンもあまり分泌しなくなるだろうから、ペット動物は「子供化」して野生の本能は眠ったままになるのだろう。

 

 一生人のそばにいて、一生キャットフードを食べて、一生本能なんぞに煩わされることなく、平和に暮らせるのがサイコーだと思っているネコもいるはずだ。

 人間と一緒に都市生活をしていくにはそのほうが幸せなんだろう。

 

 けれどもイヌと違って、ネコは本能に目覚めても人間に危害を及ぼす可能性は限りなく低い。なので「最も身近な野生」を感じさせてほしいという、人間の勝手な期待を背負わされた存在でもある。

 

 おそらくネズミや鳥を狩ってくる飼いネコは、飼い主のそうした潜在的な希望を感じとって、本能のうずきに素直に従うのだ。

 ただ、そうじゃない彼女のようなネコもいて、せっかくのんびり暮らせているのに、野生時代の先祖の血の逆流に悩まされることもあるんじゃないかと思う。

 

 こんど道端で会ったネコに、そこんとこつっこんでインタビューしてみようと思うけど、答えてくれるかニャ~。

 


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東京唯一のブランド和牛・秋川牛と、むかしみらいTOKYO

 

 連荘で農業取材。

 26日(月)は秋川渓谷と美しい山並みが望めるあきる野市に出向き、秋川牛とご対面。出荷前・生後30ヵ月の黒毛和牛の体重は800キロ。でかっ。

 

 東京で唯一の肉牛生産牧場・竹内牧場では約200頭の秋川牛を飼育しています。

 このあたりは、日本各地の有名なブランド牛の産地に負けず劣らず、水も空気もきれいで豊かな環境なので、牛をはじめ、豚・鶏などを育てるには持ってこいとのこと。

 

 秋川牛は希少価値のある高価なお肉ですが、都内のホテル・レストラン・料理店なので口にするチャンスがあるかも。

 

 一方、武蔵五日市駅にほど近い松村精肉店は、地元で生産されるこの秋川牛の認知度を上げたいと、手軽に味わえる加工品としてレトルトカレーなど製作しています。

 オリンピックもあることだし、東京の名産品をアピールしていこうとブランド力UPに奮闘中です。

 

 昨日ご紹介した磯沼牧場+多摩八王子江戸東京野菜研究会でも聞きましたが、これら多摩・八王子地域の環境はこの20年ほどで劇的に改善され、川には清流が戻り、アユなども戻ってきているとか。

 

 今や都心で働く人たちのベッドタウンというイメージから脱却し、豊かな自然が楽しめ、農業も盛んな地域としてのイメージが高まっています。

 

 いつまでも「東京は緑が少ないから云々」なんて、手垢のつきまくったステレオタイプのセリフをほざいていると時代に取り残されますよ。

 

 テクノロジーとパラレルで進行する昔ながらの環境とライフスタイルへの回帰。

 「むかしみらい東京」がもう始まっているのかも知れません。

 


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楽しさ・学び・癒し満載の八王子・磯沼牧場

 

 東京にこんな素晴らしい牧場があったのか!

 噂には聞いていたけど、なかなかタイミングが合わずに来そびれていた磯沼牧場(磯沼ミルクファーム)に25日・日曜日、初めて来場。

 

 多摩八王子江戸東京野菜研究会とのコラボイベントで、牧場特製のチーズとベーコン、ソーセージ、野菜てんこ盛りのピッツァ作りです。

 

 牧場主・磯沼さん手づくりの溶岩石窯で焼いたピッツァはおいしくてボリューム満点。

 

 ランチの後は乳しぼり体験、牧場ツアー(放牧場もある)、磯沼さん×福島さん(多摩八王子江戸東京野菜研究会代表)の都市農業トークと続き、あえて取材の必要なしというところまで堪能しました。

 

 場所は京王線・山田駅から徒歩10分弱。

 新宿から1時間足らずで来れるし、横浜からも近い。

 わざわざ北海道などへ行かなくても、たっぷり牧場体験ができます。

 それも観光牧場でなく、リアルな生活と結びついている生産牧場で。

 

 環境問題、動物福祉問題への取り組みなど、牧場経営のコンセプトを通じて、さりげにいろいろ勉強でき、新しいライフスタイル、これからの哲学を考えるきっかけにもなると思います。

 

 乳しぼりをはじめ、毎週のように何らかのイベントが開かれ、牛さんをはじめ動物たちに触れあえます。

 いつでもオープンなので、ぶらっと覗きに来るだけでもいい。

 

 子供たちには超おすすめ。お年寄りにも楽しい。

 ちょっと凹んでいる人、メンタルを病んでいる人も心のケアができるのではないかな。

 直売所もあって、おいしいアイスクリームやプリンやヨーグルトも食べられますよ。

 興味のある人はホームページやフェイスブックもあるので検索してみてください。

 


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ぼくらはにおいでできている

 

 下の妹が飼っているチワワのハナちゃんとは、たぶん2年ぶりくらいのご対面。

 前に会ったのはチビ犬の頃だったけど、ちょっとの間、くんくん嗅ぎ回って「あ、知ってる知ってる」と思ったのか、尻尾をフリフリしてくれた。

 抱き上げても安心安心。僕のにおいを憶えていてくれてありがとう。

 

 人間の子どももいろいろ情報を詰め込まれる前は嗅覚がするどい。

 一度嗅いだにおいは絶対忘れない。

 自分自身のことを考えてみると、視覚や聴覚では憶えていなくても、においというか空気感で憶えていることがいっぱいある。

 親はもちろんだけど、周りにいる大人たちはそれぞれ独特のにおいを持っていたような気がする。

 

 におうと言うと何だか臭くて嫌われそうな気がするが、完全ににおいを消し去ると、その人は透明人間になって、見えていても誰にも気づかない存在になる。

 忍者やスパイになるならいいかも知れない。

 

 大人になると鼻が利かなくなって、というか、においを感じる脳の部分が鈍くなって、刺激の強いものしかキャッチできなくなるようだ。

 なので少しは意識してにおいを嗅ぐ練習をしたほうがいいのかもしれない。

 

 基本はやっぱり食事。

 テレビやスマホを見ながらめしを食わないこと。

 

 そして手料理を楽しむこと。

 最近はそんなものより出来合いの料理の方がよっぽどうまいと言う人も多いけど、手料理にはその家・その人独自のにおい・風味がついている。

 それを知っているのと知らないのとでは随分ちがうんじゃないかな。

 

 自分が自分である基礎とか土台みたいなものは、そういう些細な目に見えないもので出来ているのではないかと思う。

 そうだよね、ハナちゃん。

 


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かわいい叔母さん

 

 父も母も昭和ヒトケタ生まれ。貧乏人の子沢山でそれぞれ8人兄弟だ。

 ぼくが生まれる前に死んでしまった人を除き、そのきょうだい、および、その伴侶の全部はしっかり顔や言動を憶えている。

 僕が子供の頃は行き来が盛んだったので、みんなインプットしている。

 

 しかし、9年前に父が亡くなったのをきっかけに、毎年バタバタと後を追うように亡くなり、大半がいなくなった。

 今年もまたひとり、先日、ヨリコ叔母さんが亡くなったと聞いた。

 

 母方は女系家族で8人のうち、7番目までが女で末っ子だけが男。

 ヨリコ叔母さんは7番目。つまり7姉妹のいちばん下の妹だ。

 

 幼稚園の時だったと思うが、結婚式に出た記憶がある。

 きれいなお嫁さんで、チビだったぼくを可愛がってくれた。

 そのチビの目から見ても、なんだかとてもかわいい人だった。

 

 6人も姉がいて、4番目の母(母は双子の妹)とさえ12歳違う。

 いちばん上のお姉さんとは16歳以上違うはずだ。

 なのでほとんどは姉というよりチーママみたいなものだ。

 母もよく子守をしたというし、日替わりでみんなが面倒を見てくれていたようだ。

 

 母の家はお父さん(僕の母方の祖父)が早く亡くなったので、女が協力して貧乏暮らしからぬけ出そうとがんばってきた。

 でもヨリコ叔母さんは小さかったので、そうした苦労が身に沁みず、物心ついたのは、お母さんやお姉さんたちのがんばりのおかげで暮らし向きも上がってきた頃だった。

 そうした中で一家のアイドルとして可愛がられて育った。

 

 そうした成育歴はくっきり刻まれ、そのせいで彼女は、ほかの姉妹らの下町の母ちゃん風の雰囲気とは違う、お嬢さん風の雰囲気を持っていた。

 だから、おとなになってもどことなくかわいいし、ちょっと天然も入っていた。

 

 最後に会ったのは父の葬儀の時。

 さすがに外見はそろそろばあちゃんっぽくなっていたが、中身はほとんど変わっておらず、ぼくをつかまえて

 「せいちゃん、大きくなったねー」と言った。

 

 50間近の男に向かって大きくなったねーはないもんだけど、そう笑顔で屈託なく声を掛けられるとすごく和んでしまった。

 その時の会話が最後の印象として残ることになった。

 

 叔母とはいえ、中学生以降はめったに会うこともなかったので、彼女がどんな人生を送っていたのはわからない。

 

 もちろん少しは苦労もあったと思うけど、べつだんお金持ちではないにせよ旦那さんは真面目で優しくユーモアもある人だったし、特に悪い話も聞かなかった。

 嬉しそうに小さい孫娘の面倒を見ていたのも印象的だった。

 

 たぶん美化しているし、これは僕の勝手な想像であり願いだけど、おそらくそれなりに幸せに過ごしてきたのだろう。

 

 不幸な目に遭ったり、理不尽な苦労を強いられたり、他人にあくどく利用されたり、自分の欲に振り回されたり・・・

 人生の中のそんな巡りあわせで、人間は簡単に歪んでしまう。

 

 でも、できるだけそうしたものに心を損なわれないで、ヨリコ叔母さんのようにかわいい人にはいくつになっても、ずっと素直にかわいくいてほしいなぁと願ってやまない。

 


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里山を事業化するナチュラルボーン・サトヤマー

 

 今回の名古屋(愛知)ツアーでは、里山の概念を農業と組み合わせ、インターネットを利用して事業化するプロジェクトを掲げる人を取材しました。

 

 彼は2002年生まれ。16歳の高校生。

 田園地帯で植物や昆虫に親しみ、かたやインターネットに親しみながら育った彼は、資本主義発展拡大病の時代に育ったぼくたちの世代とはまったく違うセンスを生まれながらに持っているようです。

 

 「里山」という概念が今、世の中に浸透しつつあります。

 里山はごく簡単に言うと、自然環境と人間の生活圏の交流地帯。そのベストバランスを保つ、あるいは破壊したものを再生するという考え方を表現する言葉でもあります。

 

 人間が生活できなくてはならないので、当然そこには経済活動も含まれるし、伝統工芸・伝統芸能といった文化芸術や民俗学系の学問も含まれるのではないかと思います。

 「人間が手を入れた自然」と言い換えることもできるでしょう。

 

 また、それらを包括する懐かしいとか、愛おしいとかいった心象風景もその概念の中に入ってくるでしょう。

 人間のあり方・生き方を問い直す哲学も含まれているのかも知れません。

 

 日本独自のものかと思っていたら、他国にも通用し、国際的にも理解が進んでいる概念で、よく言われる「持続可能」な社会にSATOYAMAは不可欠とされているようです。

 

 そういう意味では、過去200年、世界を席巻し、地球を支配してきた工業化・資本主義化の流れに対するカウンターとも言えます。

 

 高校生の彼には野外でのインタビューを考えていましたが、あいにくの雨のためはやむを得ず、岡崎市内の「コメダ珈琲店」で敢行。コーヒーと、コメダ名物「シロノワール」を食べながらの取材になりました。

 

 彼は子供のころから自由研究などを通じて里山について学び、中学生のころから戦略的にプロジェクト化を画策。近所の農家の人たちなどはもとより、自分で電話やメールで東大・京大などの教授・学者に頼み込み、取材に出かけたといいます。

 

 現在はいわばサークル的なノリで同級生やネット上の仲間が集まり、大人の支援者もいますが、まだ実務のできるスタッフがいない状況。

 コンセプトは決まっているので、まずネットを通じての「ブランド化」に力を注いでいきたいとのことでした。

 

 僕としてはこうしたことを本気で考え、事業化に取り組んでいる若僧がいるというだけで十分心を動かされました。

 

 彼のことは来月、「マイナビ農業」でUPしますが、興味のある方は「里山農業プロジェクト」で検索してみてください。

 


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名古屋コーチンをめぐる冒険:ふしぎ・まったり小牧編

 「こんなやわらきゃー、水っぽい鶏はいかんわ。むかしのかしわはまっと歯ごたえがあってうまかったでよー」

 

 こんな軟らかい、水っぽい鶏はダメだ。昔のかしわ(鶏肉)はもっと歯ごたえがあっておいしかった、という声を受けて、一時期、市場から消滅した名古屋コーチンが、日本を代表する地鶏として見事復活を果たした物語を探るべく、今回は「マイナビ農業」で名古屋取材を敢行しました。

 

 市内にある「名古屋コーチン協会」で話を聞いた後、名古屋コーチン発祥の地である小牧市へ。

 明治の初め、この地に養鶏場を開いた元士族の海部兄弟が、地元の鶏と、中国(当時、清)から輸入したコーチンという鶏を掛け合わせてできたのが名古屋コーチンです。

 

 「だもんだで、まっとそのことを宣伝せんといかんわ。日本が誇れる名物だでよう」

 

 ということで昨年(2017年)、名鉄・小牧駅前にはコケー!と、おしどり夫婦(?)の名古屋コーチンのモニュメントが立ったと聞き、駅について改札を出たところ、出口が左右に分かれている。
 どっちだろう? と迷ったとき、すぐ目の前で駅員さんが掲示板を直す作業をしているので、尋ねてみました。

 

 「あのー、名古屋コーチンの像はどっちの出口にあるんでしょうか?」

 

 駅員さん、けだるそうに振り向き、ぼくの顔を一瞥。さらに一呼吸おいて

 「左の階段を下りてって、右に曲がってずっとまっすぐ行ったところに市の出張所がありますで、そこで聞いてちょーだゃー。それはうちの管轄でないもんで」

 

 ?????

 駅前って聞いたけど、そんな分かりづらいところにあるのかなぁ・・・と思いつつ、左の階段を降りると、なんと、その目の前にコーチン像があるではないか。

 

 ?????

 まさかあの駅員さんはこれを知らなかったのだろうか?
 それとも上司に、責任問題が発生するから、鉄道のこと以外は聞かれても答えるなと言われていたのだろうか?
 それとも奥さんと何かあったとか家庭の悩みでも抱えているからなのか?
 あるいはたんに鶏が嫌いで、コーチンお話なんかのしたくなかったのか? 

 

 たくさんの疑問に駆られながらも、前に進まなくてはなりません。
 海部養鶏場(跡地)にはどういけばいいのか。
 ちょうど目の前に観光案内所があったので入ってみました。

 

 平日ということもあってお客は皆無。
 ぱっと見た目、アラサーぐらいの女の子がひとりで机に向かって、わりとのんびりした感じで書類の整理みたいなことをやっています。
 そいえば時刻はちょうどランチタイムでした。

 「あのー、海部養鶏場跡地に行きたいんです」
 「え、何です?」
 「海部養鶏場です。カイフ兄弟。名古屋コーチンの」
 「あ、ああ、ああ、名古屋コーチンのね」
 「たしか池ノ内というところなんですが・・。歩きじゃちょっと無理ですよね」
 「ええと。そうだと思います。ちょっとお待ちくださいねー」

 

 と、アラサーの女性はあちこち地図やらパンフやらをひっくり返し始めました。
 市の観光スポットの一つに加えられたらしいと聞いていたので、即座に答えが返ってくるものと想定していた僕は思わぬ展開にちょっとびっくり。


 その女の子は一人じゃだめだと思ったのか、奥に入っておじさんを引っ張り出してきて、ふたりでああだこうだと大騒ぎで調べ始めたのです。

 お昼の平和でゆったりとした時間を邪魔してしまったようで申し訳ないなと恐縮しつつ、実はなんか面白いなと思いつつ待っていたら、もう一人、お昼を早めに済ませて戻ってきたおにいちゃんが加わって3人で合同会議。

 

 それで出てきた結論が「タクシーで行ったら?」というもの。
 べつにタクシーを使うお金がないわけじゃないけど、アポがあるわけじゃなし、急いでいるわけじゃないし、第一ここまで大騒ぎしたのに、それなら最初からタクシーに乗ってるよ、バスとかないんですか? 地元の人といっしょにバスに乗ると楽しいいんですよと言うと、バスルートと時刻表を調べて、やっと案内が完了しました。

 

 この間、約20分。効率主義、生産性アップが叫ばれる世の中で、このまったり感はどうだ。急いでいたら頭にきてたかもしれないけど、旅というのはこうやって余裕を持って楽しむものだ、と改めて教えてもらった気がしました。


 考えさせられる不思議な駅員さんといい、まったりした観光案内所といい、皮肉でなく、おかげで楽しい旅になりました。小牧の皆さん、ありがとう。


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リバーズ・エッジ:トラウマになった漫画を映画で観る

 

●リバーズ・エッジ:トラウマになった漫画を映画で観る

 

 岡崎京子の漫画「リバーズ・エッジ」は僕のトラウマになっている。

 この漫画に出会った1990年代前半、僕はとっくに30を超えていた。

 心のコアの部分を防御するシールドもしっかり出来上がっていたのにも関わらず、ティーンエイジャーを描いたこの漫画は、シールドに穴をあけて肌に食い込んできた。

 

 先日書いた大友克洋の「AKIRA」が世紀末時代の象徴なら、「リバーズ・エッジ」は、その the Day Afte rの象徴だ。

 

 リバーズ・エッジ(川の淵)は流れの淀みであり、尋常ではない閉塞感・荒涼感・空虚感に包まれた繁栄の廃墟だった。

 

 子供たちの残酷で不気味で鬱々としたストーリーと、ポップでシンプルな絵柄との組み合わせが劇的な効果を生み出し、ページをめくるごとにますます深くめり込んでくる。

 

 自分自身は仕事も順調で結婚もした頃。

 こんな胸が悪くなるようなものにそうそう関わり合っていられないと2~3度読んで古本屋に売ってしまった。

 けれども衝撃から受けた傷は深く心臓まで届いていた。

 

 映画化されたことは全然知らなかったのだが、先週、渋谷の公園通りを歩いていて、偶然、映画館の前の、二階堂ふみと吉沢亮の2ショットのポスターに出会ってしまった。ふみちゃんに「観ろ」と言われているようだった。

 原作に惚れた彼女自ら行定勲監督に頼んで映画化が実現したらしい。

 

 映画は原作をリスペクトし、ほぼ忠実に再現している。

 その姿勢も良いが、何よりもこの漫画が発表された四半世紀前は、まだこの世に生まれてもいなっかった俳優たちが、すごくみずみずしくて良かった。

 

 暴力でしか自己表現できない観音崎くん、

 セックスの相手としてしか自分の価値が認められないルミちゃん、

 食って食ってゲロ吐きまくりモデルとして活躍するこずえちゃん、

 嫉妬に狂って放火・焼身自殺を図るカンナちゃん、

 河原の死体を僕の宝物だと言う山田くん、

 そしてそれらを全部受け止める主人公のハルナちゃん。

 

 みんなその歪み具合をすごくリアルに演じ、存在感を放っている。

 最近の若い俳優さんは、漫画のキャラクターを演じることに長けているようだ。

 

 原作にない要素としては、この6人の登場人物のインタビューが随所に差しはさまれる。

 この演出もそれぞれのプロフィールと物語のテーマをより鮮明にしていてよかった。

 

 でも映画を観たからといって、何かカタルシスがあるわけでも、もちろん何か答が受け取れるわけではない。

 

 四半世紀経っても、僕たちはまだ河原の藪の中を歩いている。

 そして二階堂ふみが言うように、このリバーズ・エッジの感覚は彼女らの世代――僕たちの子どもの世代もシェアできるものになっている。

 

 そのうち僕は疲れ果ててこのリバーズ・エッジで倒れ、そのまま死体となって転がって、あとからやってきた子供たちに

 「おれは死んでいるけど、おまえたちは確かに生きている」と勇気づけたりするのかもしれない。

 そんなことを夢想させるトラウマ。やっぱり死ぬまで残りそうだ。

 


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ひるねして夢の記憶を情報発信

 

 齢を取ってくると昼寝が楽しみの一つになります。

 以前は時間がもったいないなぁと思っていましたが、たとえ僅かな時間でも体を横にして休むと、もう調子が段違い平行棒。

 その後の仕事の効率、クオリティを考えたら寝るに限る、休むに限る。

 

 しかし、会社のオフィスではなかなかこうはいかないでしょう。

 こういう時は自宅でやっているフリーランスで本当によかった~と思います。

 

 ただちょっと困るのが夢を見ちゃったとき。

 いや、夢を見るのはこれまた楽しいのですが、その夢の記憶が現実のものとごっちゃになることがあるのです。

 

 この間、通っていた学校を探そうと現地に行ってみると、迷宮に迷い込んだように、いくら歩き回っても見つからない。

 それで思い出したのが「移転した」という情報を耳にしたこと。

 それで、ああ、移転したんだっけと思い込んでしまったのです。

 

 ところが、あとでネットで調べてみると、改装はしているものの、ちゃんと同じ住所に存在しているではないか!

 確かに聞いていた移転情報。あれはいったい・・・

 と考えてみると、それはいつかの夢の記憶だったのです。

 

 あちゃ~、いよいよボケが始まったぁ。

 夢と現実がひとつながりになった次元へ、とうとう足を踏み入れてしまったのかも知れません。

 でもまぁいいや、気持ちよく昼寝できれば。

 

 というわけで、今後、僕の発信する情報が現実の出来事なのか、夢の中の記憶なのかは、読んでいるあなたの判断におまかせします。

 

 ではお休みなさい。ZZZ。

 


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永遠の現物支給

 

 きょうは確定申告の最終日でしたが、先週会ったお友だちの会計士さんは締切間近でストレス満載の様子でした。

 その彼がぼそっとつぶやいたセリフが

 「現物支給でも、永遠に続けばいいんだけど」

 

 え、まさか現物支給の報酬で会計を?

 そういえば、半年前に会った時は、つぶれそうな食品会社の経理を請負っているとか言ってたけど・・・。

 

 追及するのはやめときましたが、「永遠の現物支給」という言葉が頭に残ったので、それについて考えてみました。

 

 何でもお金の世の中で、ちょっとした贈り物も、冠婚葬祭の引き出物も、現金・カード・商品券などが喜ばれます。

 そうした風潮の中で現物支給――それも1回2回こっきりじゃなくて、毎月ずーっと支給が続くとしたら、何がもらえたら嬉しいだろうと考えると・・・

 

 やっぱり食べ物ですね。

 会計士さん、食品会社でよかった。

 なに、よくない?

 

 缶詰、レトルト、乾物、冷凍食品・・・

 そんなもの1か月分もらうと嵩張るし、置き場所に苦労する。

 それに毎日食べたくない。

 かといって生鮮食品は日持ちしないし・・・

 

 と考えていくと、ベストはお米だ!

 お米なら毎日食べられるい、真夏でも1カ月くらいなら保存も問題なし。

 うちはひと月10キロ食べるけど、それくらいなら置き場所にも困らない。

 

 ついこの間、イベントの仕事「五つ星お米マイスターのおいしいお米講座」でお米の食べ比べをやったけど、毎月ちがう品種のお米を支給してもらえれば、いろんなのが試食出来て、ますます楽しい。

 

 ――と話すと、そこは会計士さん、チャチャっと数字に置き換えて、

 「1カ月10キロ、平均5000円として1年で6万円。10年で60万円。17年しないと100万円超えませんよ。安すぎる~。お金でもらわなきゃだめだ~」

 

 なるほど。お金にすると確かに安い。

 でもね、お金がなくても、死ぬまでごはんだけは間違いなく食べられるという安心感は何物にも代えがたいのではないでしょうか。

 

 1カ月のギャラ・給料が5000円と考えると、わびしくみじめになるけど、今月も10キロのお米がいただけると考えると、なんだか豊かな気持ちになってくる。

 ましてやそれが永遠に続くとなると、穏やかな晴天が心の中に広がってくる。

 

 うんこれなら悪くないぞ、永遠の現物支給。

 農家さんとか、お米屋さんとか、JAさんとかの仕事なら、そんな契約を結んでもOKかも。

 会計士さんは嫌だというけど、あなたならどうですか?

 


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現実世界が「AKIRA」の近未来世界を追い越すとき

 

 渋谷パルコの建て替え工事現場の囲いに大友克洋のマンガ「AKIRA」が描かれている。

 この大きさだとすごい迫力。そして、内側の解体されたビルの風景が、「AKIRA」の世界観と符合して、リアルで巨大なアートになっている。

 人通りの多い公園通りだけにアピール度は抜群だ。

 

 最近あまり渋谷に行かないので知らなかったけど、このアートワークが搭乗したのはすでに昨年(2017年)5月半ばのこと。ネットでいろいろ話題になっていたらしい。

 

 というのも「AKIRA」の舞台は2019年の「ネオ東京」。翌2020年にはそのものずばり「東京オリンピック」が開催される予定・・・という設定。

 その中で抑圧された若者たちをい中心に超能力バトルが繰り広げられ、ネオ東京が崩壊していくというストーリー展開なのだ。

 

 というわけで「AKIRA」をパネルにしたパルコはオリンピック開催に異議を申し立てているのではないかという憶測が飛び交ったが、当のパルコ側は、さすがにそれは否定したという。

 

 僕が思うに、おそらく渋谷の街の再生劇のメタファーとして、かのマンガを用いたのだろう。それも「西武・パルコの渋谷」の。

 

 「AKIRA」が連載され、映画化され、一種の社会現象にまでなったのは1980年代のバブル上り坂の頃で、パルコの黄金時代、西武・セゾングループカルチャーの最盛期とぴったり重なる。

 

 一時は東急グループと渋谷の覇権を二分していた西武・セゾンにとって、昨今の東急の圧倒的な大改造計画に一矢でも報いたいという思いで、「AKIRA」を持ち出してきたのではないかと思われる。

 

 あの頃は経済の繁栄と裏腹に「近未来」「世紀末」という言葉が跳梁跋扈した。

 「AKIRA」はその象徴と言える作品だった。

 

 この繁栄・この豊かさはインチキなのではないか、まがいものではないのか。

 そんな違和感が当時の若者たちの心の中にトゲのように突き刺さっていた。

 そんな違和感によって支えられ、膨れ上がった「AKIRA」のような作品世界が、好景気で沸き返る、どこかうそくさい日常世界とのバランスを取っていたのかも知れない。

 

 その状況は終わったわけでなく、実はもう30年以上も続いている。

 だからなのか、現代の渋谷に「AKIRA」が出現することに時代遅れ感どころか、ベストマッチ感さえ感じてしまう。

 

 「世紀末」が過ぎても、東京の街は崩壊していない。

 終わりのない日常がダラダラと続き、僕たちはズルズルと前の時代の太い尻尾を引きずりながら、時には波に呑まれて漂流しながら前に進もうとしている。

 もうすぐ現実世界が「AKIRA」の近未来世界を追い越していく。

 


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秋田からきりたんぽ鍋セット到着

 

 今日は何の予告もなく、クール宅急便で「きりたんぽ鍋セット」が送られてきてびっくり。

 仕事をいただいている秋田の方からサプライズの贈り物です。

 これまでメールでしかやりとりしていなかったんだけど、そういえばこの間、住所を聞かれたので、紙にした資料を送ってくるのかなと思ってたら・・・どうもごちそうさまです。

 

 ちょうど今夜は家族が揃っていたので、早速いただきました。

 肉も野菜も一式入っていて比内地鶏のスープ付き。あったまりました。

 

 秋田県は、かなり昔に大潟村(かつての大干拓地・八郎潟にある村)の干拓資料館の仕事をやりましたが、それ以来の仕事。

 来週は名古屋コーチンの取材で名古屋に行きますが、いずれ比内地鶏も取材したいです。

 


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五つ星お米マイスター・小池理雄のおいしいお米講座:絶品ごはんの食べくらべ

 

 10日(土)・11日(日)の二日間、渋谷のNHKの敷地で「にっぽんの食・ふるさとの食」のイベント開催。JA全中ブースで「五つ星お米マイスター・小池理雄のおいしいお米講座:絶品ごはんの食べくらべ」をやり、台本と演出を担当しました。

 

 原宿の米屋・小池さんの作った「お米の通知表」を参考に、岩手・宮城・福島・福岡、各地産の4種類のブランド米を食べ比べ、その品種を当てる、クイズ形式のワークショップです。

 

 五つ星お米マイスターとしてメディアから引っ張りだこ、講師としても大活躍の小池さんですが、この二日間の受講生(1ステージにつき35人ほど)は、ぜひ「参加したくて来ているというよりも、ここに一休みに来たり、冷やかしに来たり、ただ単にごはんが食べられるからという理由で入ってきたた一般大衆。ぶっちゃけ、まじめにお米のことが知りたいと思っている人は1割、2割しかいません。講師にとっては最も手ごわい相手です。

 

 二日間で4ステージにありましたが、1日目の参加者の反応を見て、その夜、台本を書き直し、2日目は大きく違う構成でやってみました。

 

 ちなみに30分の台本のセリフ部分はほとんどMC(司会)用で、それに応じながら小池さんが自由にトークを展開していくというつくりです。

 

 イベントはまさしく生ものなので、その時の参加者の発するSomethingによって1回目も2回目も3回目も4回目も、まったく違ったステージになります。

 これが正解、これが完成という形はなく、きっちりできたのに反響が薄い場合もあれば、グダグダになっても大ウケという場合もあります。

 もちろんグダグダでいいというわけにはいきませんが、面白いものです。

 

 それにしても、その場に応じて自由自在にセリフを変えられる小池さんのお米ボキャブラリー宇宙は素晴らしい。

 ますますこなれて星雲のように年々膨らんでいます。

 


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天国への階段の上まで冒険

 

おなじみ階段シリーズ。

 うちは1階が「野の花鍼灸院」という鍼灸院になっています。

 カミさんが小児鍼のエキスパートなので、女性と子供を診ています。

 

 で、毎日、いろんな子供が来るのだけど、玄関を入ってすぐある階段にどうしても目が行ってしまう。とって

 特に好奇心旺盛で冒険好きの幼児には、たまらない魅力なのでしょう。

 

 もちろん進入禁止で、連れてきたお母さんは「怖いおじさんがいるのよ」なんて脅すのだけど、ある年齢を過ぎると、そんな脅し文句などヘのカッパになる。

 好奇心が抑えられず、のこのこ上ってくる子もいるのです。

 

 今日来た4歳児のショウちゃんもその一人で、お母さんとカミさんの制止を振り切り、階段を登り切ってパソコンやってた僕の背中に話しかけてきたので、ニヤッと笑って振り返ったら、むこもニコッ。 下からは「ショウちゃん!降りてきなさい」と呼ぶ声が。

 なので、ぺちっとハイタッチをしたら満足したように引き上げていきました。

 本日の冒険、おわり。

 

 あとから聞いたら、怖いおじさんなんていないよ~。やさしいおじさんだよ~って言っていたようだ。

 

 うーん、これに味をしめてまた上がって来るかも。

 今度はオバケのお面でもつけてふり返ってやろうか。

 でも、あんまり怖がらせ過ぎてもなぁ~。

 好奇心・冒険心は子供の宝物ですから。

 侵入されてもいいように、ちょっとは二階をちゃんと片付けて掃除しておかないとね。

 


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ミケランジェロ的冒険:誰もが自分の中に人生でしたいこと・すべきことを持っている

 

 ミケランジェロは石の中にダビデの像を見出し、解放したと言われています。

 そのダビデ象という「ヴィジョン」は最初から彼の中に存在していた。

 そして石と向き合うことでそれを見ることが出来た。

 芸術家として自分が何をするべきか分かった。あとは手を動かすだけ。

 

 これは芸術家に限らず、誰にでも起こりうることなのだと思います。

 

 誰もが自分が人生の中でしたいこと・すべきことはちゃんと持っていて、本能的に認知している。それは人生のいたるところで、日常生活のあちこちで顔をのぞかせる。

 

 けれども僕らはそれを取るに足らないこと、おかしなエゴが作り出す妄想だとして処理してしまう。

 この忙しいのに、そんなことに関わっているヒマはない、と。

 だから何となく分かっているのにそれははっきり見えない。

 そして見えたとしてもそれを実行しようとはしない。

 

 なぜならほとんどの場合、それは社会的必要性が認められない、人々が求めていることに応えられない、早い話、そんなことをしたって「食えない」。

 そういう事情があるからでしょう。

 なので、ますますその内在するものを見ようとしない。

 見るのを怖れ、目をそらしてしまうし、もちろんやろうとしない。

 その結果、不満だらけの人生が世の中に蔓延することになります。

 

 これはきっと人生の途上で、立ち止まって考えてみるべき課題なのだと思います。

 ミケランジェロのダビデのように、芸術家じゃなくてもあなたにはあなたが創るべきもの、やるべきことがある。

 そう静かに思いを巡らせると、「あれがそうだ」と人生のどこかで見たサインを再発見できるかも知れない。

 深い海の底から、ぽっかりと浮かび上がってくるかも知れない。

 

  あなたの中に何があるのか、することは何か、まず見つけ出す冒険。

  そして、それをやり始める冒険。

 


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星のおじい様と孤独なエイリアン

 

 その少女は一人暮らしの老人と友達になった。

 老人は近隣から奇異な目で見られている。

 彼は特殊な能力を持っており、それで人助けをしたりもするのだが、普通の人たちにはそれが気味悪く映る。

 だから少女にも、あの老人の家へ行くな、近寄るなと言う。

 両親にとってもそれは家族の一大事と受け取られていた。

 

 少女はなぜその老人にひかれるのか?

 老人の語る宇宙の話、昔の話、妄想のような話が好きなのだ。

 彼女は老人がじつは宇宙人で、永年地球で過ごし、近いうちに故郷の星へ帰ろうとしているのではないかと思っている。

 

 老人には少女子以外にもう一人だけ訪ねてくる人がいる。

 それは彼の身元保証人だ。

 老人はちゃんとお金を払ってその会社と契約し、自分の死後の後始末をつけてくれるよう段取りしている。

 彼は宇宙人なんかではない、まっとうな人生を歩んで齢を取り、社会人として最期まで人に迷惑をかけずに人生を終えようと考えている、普通のおじいさんなのだ。

 

 そうした現実を知っても、少女は彼がやっぱり本当は宇宙人なのではないかと疑念をぬぐえない。

 彼女はしだいに何とか老人の秘密を探りたいと考えるようになる。

 

 しかし、そんな彼女の行動を心配した両親は、それ以上、老人に近づくことを許さず、彼女を学習塾のトレーニング合宿に送り込んでしまう。

 

 数日を経て帰ってきた少女は両親の目を盗み、再び老人に会いに行くが、彼は呼び鈴を押しても出てこない。と同時に何か気になる匂いがする。

 彼女は身元保証人を電話で呼び、家の中に入る。

 そこには布団の中で孤独死した老人の遺体が横たわっていた。

 

 少女には老人が物理的に死んだことは分かったが、地球から消滅したとは映らない。

 彼女は遺体を運ぶ人たちが到着するまでの間、その老人――「星のおじい様」の時間軸に入り込み、孤独なエイリアンとして、奇妙な冒険に出掛ける。

 


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孤独な老人は本当に可哀そうな存在か?

 

 一人暮らしの高齢者というと、最近はすぐに「孤独死」が連想され、何やらくら~いイメージがつきまとう。

 そうでなければ、家族がなく、身寄りがなく、孤独で可哀そうとか、同情される。

 いずれにしてもネガティブなイメージであることに変わりない。

 

 でも本当にそうなのだろうか?

 彼らはけっこう孤独を楽しんでいるのではないか。

 本当にいっしょにいたいと思う家族ならいいけど、ただ同じ屋根の下にいるだけ、同じ空気を吸っているだけの家族なんて鬱陶しいと思ったりしていないのだろうか?

 

 血が繋がっていたって形だけの家族はいっぱいいる。

 財産などをあてにしてすり寄ってくる家族や親族なんかに、あれこれ気を遣ってもらったって不愉快なだけ。

 

 メディアの「家族は素晴らしい」「家族がいないと気の毒だ」といった大合唱もなんだか胡散臭いね。

 

 それよりも最期まで一人でやっていく、という気概のある生き方をを見せるほうがいい。

 あるいは、血縁にこだわらない、常識にとらわれない、損得勘定抜きの、心の深いところで繋がり合える人たちとの暮らし。

 齢を取ったからこそ、そうした自由や愛情に満ちたものを優先できるという面もある。

 

 幸いにも、そうした人たちをサポートするセーフティネットはあちこちにでき始めているようだ。

 

 「家族の絆」という美名のもとに隠した損得勘定や惰性的な繋がりよりも、自分の意思に基づいて生き、死ぬ「個の尊厳」を優先する時代がすぐそこまで来ている。

 


のりしろ時間

 

 元来、コアラとかナマケモノ体質で、自分のペースで動けないと調子悪くなっちゃうので、効率悪いことこの上なし。

 ヘタにビジネス書など読んで勉強して、時間を有効活用しようなんて意識すると、なんだかイライラしてきて、自分が今何をやっているんだか分からなくなってきます。

 

 とは言え、仕事をする以上、そんなこともいっていられない。

 相手のペースに合わせなきゃいけない場合もある。

 そんな時、最近、心がけているのが「時間ののりしろ」を作ることです。

 

 自分のペースでOKの時間帯と、相手に合わせる必要のある時間帯。

 この2種類のカテゴリーの時間帯が、ポンとカットで繋がると脳の切り替えがうまくできない場合があり、気持ちの負担も大きいので疲れます。

 やっぱリカットつなぎでなく、オーバーラップさせたほうがショックが和らげられる。

 

 なので、相手に合わせる時間帯に入るときは脳が自然に準備できるよう、「のりしろ時間」を作るようにしています。

 

 具体的に言うと、打ち合わせ、取材などの時は約束の時間より30分早く行って、その現場周辺の空気を吸っておくようにするのです。

 そうするとリラックスして、少しはその環境に入り込みやすくなります。

 つまり100%アウェイの空気でなく、10~20%くらいはホームの空気をまぜるようにする。

 するとある程度リラックスして、よりよいパフォーマンスが期待できます。

 

 昨日は思いのほか早く着いたので、待ち時間に近所の神社で、ぼやーっと木などを眺めて、ああ鳥の巣がある、何の鳥だろう。まだ作っている最中かなぁ・・・と思ったり、ネコの家族が来て日向で遊び出したりするのを見ていました。

 

 仕事の役に立つだけじゃなく、ちょっとおまけみたいなものを拾ってトクした気分になります。 もしかしたらそんなどうでもいいことが、あなたの人生を救ったりするかもしれません。

 スケジュールぱんぱんにして毎日アクセクしちゃうと、ほんと疲れますから。

 


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児童館でおチビらがビッグな牛さんの乳しぼりに初挑戦

 

 八王子市の児童館で、子供たちが乳しぼり体験。

 マイナビ農業の取材で、八王子界隈の酪農家の仲間たちがボランティアで提供しているイベントを見学してきました。

 

 でっかい開閉式トラックに牛を乗せて、そこに上って子供たちが搾乳するというやり方。総勢5人の酪農家さんたちがお世話をします。

 まったくこういうシステムを想像していなかったのでびっくりしました。

 このお乳パンパンの牛さんはマーガレットちゃん7歳。

 

 マーガレットちゃんの乳しぼりに挑戦するのは、幼稚園前の幼児クラス(+そのきょうだい)なので2歳児中心。たぶんその子たちの目から見たら、牛さんはゾウさん、いやもしかしたら怪獣並みの大きさだ。

 そりゃこわいに決まってる。

 

 勇気を出してぎゅっとつかめればいいのだけど、おそるおそるおっぱいに触るので、「なにやってんのよ、モ~」って、穏健温和なマーガレットちゃんもバフォンと荒っぽく鼻息をして体を揺する。

 すると、もうだめです。大半の子がこわがって泣き出す始末です。

 

 お父さん・お母さん、「うちの子は情けない」なんて言わないで。

 だいじょうぶ。 一度は失敗・撤退したほうがいい。

 また大きくなった時、トライしたら今度はできるから。

 

 最初からすんなりうまくできちゃうより、やったぜ感、リベンジできた感があって、自分は成長しているんだと実感できる。

 そのほうが却って自信になるんです。

 

 子供時代はまだ長い。

 人生はもっとずーっと長い。

 幼稚園・保育園で、小学校で、またトライして、こんどはマーガレットちゃんのおっぱい、いっぱい搾ってね~。


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ラストドライブ日本版 出発

 

 わたしを思い出の場所に連れてって――

 そんな末期患者の願いをかなえるのが「ラストドライブ」。

 この数年、ヨーロッパで静かに広がってきた、いわゆる終活支援です。

 

 昨年夏、ドイツでの事例を取材したドキュメンタリー番組がNHK-BSで放送されました。たまたまそれを見て感想をブログに書いたら、その時だけアクセス数が5倍くらいに跳ね上がってびっくりしました。けっこう関心の高い人が多いようです。

 

 じつは今年から日本でもこれと同様の終活支援サービスが始まりつつあります。

 さいたま市の「タウ」という会社がCSR(社会貢献事業)として始めた「願いの車」がそれ。余命少なく、一人では外出困難な患者を希望の場所に無料送迎するというものです。

 

 タウは事故車の買い取り・販売を手掛ける会社で、社長がかの番組に心を揺すられ、「自分たちも車を扱う仕事をしているので」と、立ち上げました。

 当面は近隣の病院やホスピスに声をかけて説明し、希望者を募るというやり方で進めていくそうです。

 

  あらかじめ民間救急会社と提携しており、車両は酸素ボンベ、吸引機、自動体外式

 除細動機(AED)などを装備した民間救急車を使用。外出には看護師やボランティ

アが同行。ただし外出は日帰りのみ。

 主治医の了承と、家族の同意を得た上で送迎です。

  

 僕は「月刊仏事」の記事を書くために電話で広報の方と話したのですが、この事業に誇りを持ち、かといって気負うこともなく、たいへん美しい応対だったことにも心惹かれました。

 

 今後、提携先を県内の病院などに広げ、将来的には、活動に理解を示す企業からの協賛も。2019年には公益社団法人にして全国的活動を目指すそうです。

 

 これも高齢化社会・多死化社会における一つの文化になり得るでしょう。 これからの展開が楽しみです。

 


「スターウォーズ エピソード8 最後のジェダイ」は舞台劇にしてOK

 

 今さらながら「スターウォーズ エピソード8 最後のジェダイ」。

 2月のうちに書いてこうと思って、つい書きそびれていました。

 

 あちこちでもうすっかりレビューも出尽くしていると思います。

 まったく読んでいないので、世間的な評判はさっぱり分かりませんが、僕的にはかなり面白かった。

 (特にこのシリーズの熱心なファンでないけど)全部見た中では、これが一番入り込めたな~と思いました。

 

 率直な印象を言うと、かつてのスペースオペラ的な部分が薄まり、シェークスピア劇みたいに見えました。

 

 世界政治とか抗争を含めた宇宙スケールの活劇だったはずが、なんだか家族ドラマみたいなスケールになってきた(これは批判ではありません)。

 

 あくまで個人的な印象です。

 

 実際には戦闘シーンは相変わらず多いし、チャンバラもあるし、絵作りも凝っているし、迫力もある。

 そうしないと、スターウォーズブランドにならないからね。

 

 ただ以前はそっちの方がストーリーを完全に凌駕していたのだけど、今回はドラマのほうが引き付けられる、ということ。

 戦闘状況なんかを全部セリフで説明させてしまって、舞台劇にしたらいいんじゃないかと思ったくらい。

 

 これまでのスターウォーズであまり魅力ある登場人物ってお目にかからなかった(ダースベイダーが悪役としてどうしてあんなに人気があるのか、さっぱりわからない)けど、若い二人の主人公――レイとカイロ・レンがはいい。

 

 スターウォーズ過去40年の歴史というか、遺産というか、おっさんファンたちの降り積もった愛着やら怨念やらを背負わされても、最終的にそんなもの蹴っ飛ばして、カウンターのロングシュートでゴールを決めちゃいそうな「フォース」を感じます。

 古いキャラクターはすべてこの二人の引き立て役ね。

 

 いっそのことエピソード9は完全にオールドファンを裏切りまくって、戦闘シーンなしにしてしまったらどうだろう?

 登場するのはレイとレンとBB-9(ロボット)だけとか。

 ま、そんなのあり得ないはわかっているけど。

 

 勝手にエピソード9の予測をすると、前回の3部作(エピソード1~3)は、史実(?)を変えるわけにはいかないので、主人公のアナキンがダークサイドに落ちてベイダーになってしまうという悲劇的ラストで後味が悪かった。

 けど、今回の9は必ずやハッピーエンド、希望ある結末に持っていくでしょう。

 なんといっても制作の大元はディズニーだし。

 

 王道としてはレンの魂が救われ、レイと結ばれる・・・というのが落としどころだと思うけど、それだと単純すぎるかなぁ。

 


魚のいない水族館:第2話

 

入館料は600円だった。

入口には何の断り書きもなかった。

これでは詐欺も同然だ。

けれども不思議と腹立たしい気持ちにはならない。

むしろこの空間は、今の自分に相応しいのではないか、と思ったくらいだ。

 

この夏、僕は失業していた。

春夏秋冬、僕はそれぞれの仕事を持っている。

夏の仕事は、子どもたちを海で遊ばせることだった。

打ち寄せる波と戯れたり、

波間でビーチボールを追い駆けたり、

シュノーケリングで魚といっしょに泳いだり、

岩場を這い回るカニを捕まえたり。

 

ある子どもはプカプカ波間に浮かぶ、円盤型の白いクラゲを捕まえてきては、

まるで石切りのように「クラゲ切り」をして見せた。

 

右手でクラゲのかさのへりをつかみ、腕を折り曲げて左胸に引き寄せる。

手首のスナップをきかせ、回転を付けて、水面すれすれに、平行に投げる。

 

クラゲはピッピッピッと10回近く跳ねて、小さなしぶきを上げならがら、水面を走っていく。

水平線に向かって走っていくその姿は、小人の宇宙人が乗りこんだUFOのようだ。

 

そして最後にスッと海中に沈む。

まるでUFOが宵闇の空に溶け手見えなくなるように。

同時に、ほっというクラゲの安堵のため息も聞こえてくる。

 

少年は自慢げに笑っている。

世界クラゲ切り大会があれば、チャンピオン候補だ。

子どもたちが歓声を上げ、われもわれもと「クラゲ切り」に夢中になる。

 

クラゲにとっては、このあたりに浮かんでいたのが運のつき。

いい迷惑だと思うが、意外とこのスリリングな体験を楽しんでいるのかもしれない。

クラゲの心はクラゲに訊いてみないとわからない。

 

子どもたちが海に入ってはしゃぐ姿を見るのは、

大人の僕にとってはとても楽しく、羨ましく、深い満足感を与えてくれた。

けれども子どもたちは当たり前のように成長して大人になる。

夏の海で遊ぶのなら、友だち同士、仲間同士、

あるいは若いボーイフレンドやガールフレンドといっしょのほうが

楽しいに決まっている。

こうして僕の夏の仕事は、自然と終わってしまった。

 

夏の仕事はやろうと思えば他にもあった。

芝刈りとか、雑草とりとか、盆踊りの後片付けとか、海水浴場のゴミ拾いとか。

だけどどれもやる気にならなかった。

 

仕事をしないことに少し負い目感を覚えることもあった。

だが、心配せずとも、秋になれば、秋の仕事が待っているのだ。

それまでしゃかりきになって働く必要はないだろう。

そう考えて、僕は失業したまま、ブラブラと散歩して夏をやり過ごすことにした。

 

下町の市場をぶらつくと、魚屋の軒先に何種類もの魚が並べられている。

中には盥や生簀の中で生きているのもいるが、ほとんどは死んで横たわっている。

盥や生簀の魚たちも食べられるために生かされている。

 

ふと、この魚たちはこの地球上に生まれてから、どんな遍歴でここまでたどり着いたのだろうかと考え始めた。

逆回ししてみるとわかりやすい。

まず、ここまで来るにはトラックに乗ってきたはずだ。

 

巨大な冷蔵庫を荷台に備えたトラックが、夜通し高速道路を走る。

その前は漁港だ。漁船から大きな網で無数の魚たちが引き上げられる。

漁船は港にたどり着く前、もちろん海の上を航行している。

 

僕が散歩した夏の暑い日、下町の魚屋の軒先に並べられた魚は、

もしかしら、ひどく後悔したかもしれない。

くそっ、あの群れの連中といっしょにいなければ、と。

 

群れて行動していたから、漁船の魚群探知機に知られてしまった。

ひとりぼっちでは生きられないことはわかっているが、

何か別の手立てはなかったのだろうか・・・。

 

僕はイメージを辿って魚の思考回路に入り込もうとしたが、

それ以上は魚屋の店先では無理だった。

僕だって魚を食べるのが好きだ。

刺身も、焼き魚も、煮つけも、ムニエルも、天ぷらも、フライも好物なので、

同情などして罪悪感を感じたりしたら大変だ。

思索するにもTPOというものがある。

 

やはり生きて水の中を泳いでいる魚を見なくては。

僕はそう思った。

目をキョロキョロさせ、口をパクパクさせ、背中と腹と尻尾の鰭をヒラヒラさせ、

全身の筋肉を張りつめたり、たゆませたりして泳ぐ魚の姿を。

そんな、まだ人間に捕まる前の、野生の魚のイメージを抱えて、

僕は足を水族館に向けた。

 

その水族館に行ったのは、遠い昔なので場所をはっきり憶えてない。

たどたどしい記憶をたぐり、バスを乗り継いで、やっとの思いでたどり着くことができた。

それなのに魚は一匹もいないとはどういうことだろう?

 

それでも僕はがっかりなどしなかった。

もともと大して期待していたわけではないし、

感動を求めていたわけでもない。

いわば、失業したなりゆきでここまで来てしまった。

ただ、心の中には「なぜいないのか?」という疑問だけが、グルグルと渦を巻く。

 

そうして頭の中をグルグルさせながら、

暗いプロムナードをゆっくり歩いていくと、依然として魚の姿は見当らないが、

人間の姿は一人だけ認めることができた。

 

ぱりっとした白い開襟シャツに、折り目の入った黒いズボン。

割ときちんとした身なりをして、黒々とした髪をバックにして、

ムースか何かでぴっちりとなでつけている。

客ではない。この水族館のスタッフに違いない。

それも身なりから察すると、責任者格ではないか。

僕はそう当たりをつけて、その男に尋ねてみた。

 

「あのぅ、魚は何処に行ったんですか?」

つづく

 


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魚のいない水族館:第1話

 

その水族館には一匹も魚がいなかった。

光が届かない深い海を模した暗く静謐な空間に、

大きな水槽がいくつもいくつも、ただひっそりと眠るように並んでいる。

まるで水をたたえた棺桶のようだ。

 

むかし、北陸のどこかの町で「魚のいない水族館」というのがあったことを

インターネット検索で知った。

そこでは水槽を模したモニターを館内に並べ、

コンピュータを使って、いろいろな魚のホログラム映像を見せていたらしい。

 

物珍しさに加えて、

「魚のいない水族館」という、ちょっとミステリアスなでロマンティックで、

好奇心をくすぐる名前が特別な印象を残した。

開館当初はけっこう大勢、お客が押し寄せたらしい。

けれども、飽きられるのも早かった。

3年も経たないうちに閉鎖してしまったそうだ。

 

その話を読んで、僕はいつも行く歯医者の待合室のことを思い浮かべた。、

30インチほどのモニターに、目が覚めるような鮮やかな青が映し出される。

 

水中に光が存分に届いているということは、

空との距離はそう遠くない。

僕だって潜ろうと思えば、潜ることのできる、危険の少ない海だ。

 

水中を美しい魚たちがゆったりと泳ぐ。

映像からは音はいっさい聴こえてこない。

けれども魚たちの、色とりどりの筋肉がリズミカルに、しなうように動くと、

水の流れと調和して、耳に届かない音楽を奏でているように見える。

午後のひと時のけだるさの中で、

ぼんやりとその音楽を眺めていると、脳が解きほぐされるようだ。

そんな気持ちになったことを思い出した。

 

ときほぐされた脳は、ひとしきり、歯医者の魚の映像の味を堪能すると、

インターネット上の「魚のいない水族館」に戻っていく。

そして、件の情報の価値を検証する。

 

あれと大差ないものを北陸まで行って、お金を払って見る気になるか?

そんな問いかけがやってくるが、答は即座に「いいえ」だ。

結論がむっくりと海底の砂から頭をもたげる。

やっぱり水族館には本物の水と魚がなくてはダメだ。

 

こにには水だけがあって魚がいない。

魚だけではない。

人もいない。

入館チケットは自動販売機で買うし、入館の際も自動改札機で処理する。

館内はしんと静まり返っていて、客もスタッフも誰もいなかった。

水槽内の酸素吸入ポンプのコポコポコポという音だけが響いている。

 

入館料は600円だった。

入口には何の断り書きもなかった。

これでは詐欺も同然だ。

けれども不思議と腹立たしい気持ちにはならない。

むしろこの空間は、今の自分に相応しいのではないか、

と思ったくらいだ。

つづく

 


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終戦記念日はいつから始まったのか?

 

今年で戦後74年。

敗戦を認め、国民に知らせる昭和天皇の玉音放送が流れたのが

1945(昭和20)年8月5日。

「終戦記念日」というのはその翌年の1946(昭和21)年が第1回だ。

だから今年は73回目の終戦記念日ということになる。

 

けれども、戦直後、GHQが進駐していた時代や、戦後の復興時代、

さらには高度経済成長の時代まで、

今日のように各地で式典が行われ、マスメディアがこぞって放送し、

全国民が(いちおう)認識する「終戦記念日」なるものは存在してなかった。

 

ではそれは「いつから「存在」するようになったのか?

ウィキペディアによると、法律的には、

 

1963年5月14日の閣議決定(第2次池田第2次改造内閣)により

同年から8月15日に政府主催で全国戦没者追悼式が行われるようになり、

1965年からは東京都千代田区の日本武道館で開催された。

 

とある。さらに、

 

1982年4月13日、8月15日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とすることが

閣議決定された(鈴木善幸改造内閣)。

現在ではこの閣議決定に基づいて毎年8月15日に全国戦没者追悼式が行われている。

 

1982年は昭和57年、僕は22歳だった。

戦後37年。終戦記念日としては36回目。

しかし、法的にはこの時が第1回目といえるのかも知れない。

 

そんな最近のことだったんだ、とちょっと驚き。

 

僕が子供の頃は、マンガでもオモチャでもテレビでも映画でも、

第2次世界大戦、太平洋戦争を素材としたものが溢れていた。

 

そうした「デフォルメされた第2次世界大戦、太平洋戦争」

を体験してきた僕たちが大人になったころ、

やっと「終戦記念日」が確立された感がある。

 

令和天皇も僕と同い年だ。

平和を祈る心に変わりはないが、

戦争を間接的にしか知らない世代に渡され、

8月5日が意味するものはこの先、だいぶ変っていくだろう。

 


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海から山への旅

 

むかし、人は魚だった。

故郷の海に還ろう。

 

なんてセリフやコピーをよく書いてきたが、

自分自身はたいして海が好きなわけじゃない。

 

ギリシャの島に10日ほど滞在して

「太陽がいっぱい」気分を味わったこともあるし、

グァムや沖縄でスキンダイビングをしたこともある。

海は輝いていて美しかった。

 

息子が生まれてからは毎年、彼の友だちなども

まとめて引き連れて、湘南や横須賀まで行っていた。

子どもらが喜び、はしゃぐのを見るのは楽しかった。

それも彼が小学5年生の時まで。

 

以来、楽しさよりも

面倒臭さや、砂でジャリジャリしたり、

潮でべたべたするイメージが先に来て、

少なくとも海で遊びたいという気にならない。

 

カミさんも若い時分はバリ島に行ったり、

グァムやハワイに連れてけとか言ってたけど、

最近はまったく聞かなくなった。

 

僕らは海を卒業してしまったのかも知れない、と思う。

そしてもしかしたら、

人というのはある程度年を取ると、

海よりも山に向かうのではないかという気がする。

 

イメージ的にも、漁師さんや船乗りなど、

職業としている人はべつとして、

海は子どもや若者に似つかわしく、

それに対して、山は年長者に似つかわしいイメージがある。

 

人間は他の生きものと同じく、海より生まれ、

はるかな陸地を旅して、

やがて天上にある神の世界を目指して山に登る。

 

人はむかし魚だった。

海から陸に上がり、蛇のごとく地を這い、

鳥になって高き山へ向って飛ぶ。

なんとなく進化論。

 


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あんまり期待はしないけど、中身スカスカの自己啓発本よりは そこそこ楽しそうなバッティングセンター

 

義父の新盆。

西武線に乗って所沢にある霊園へ墓参りに出かけた。

 

電車の車内には相変らず、

人生に、健康に、仕事に、勉強に、幸福に、

何にでもよく効く「ホニャララ○○法」だの、

「フニャリリメソッド」だの、

「ヘレホレトレーニング」といった自己啓発本の

中吊りポスターがいやでも目に入る。

 

「こんな方法、もっと早く知りたかった!」

という絶賛の嵐付き。

 

そこに書かれている内容のポイントを見れば、

「あなたの常識は間違ってる」といった意味合いの

ことが箇条書きで陳列。

 

この本を読んで、この方法さえ知れば、

いかに努力せず、面倒なく、ラクに、簡単に、

健康になり、仕事や勉強が上手くいき、幸福になって、

人生の成功を手に入れられるかを喧伝している。

 

「時間とお金の無駄遣いなので、こんなもの読まんよ」

と思っている僕のようなひねくれ者に対しては、

「あなたは大事なチャンスを失うつもりですか?」

と、脅しをかけてくる。

 

で、本を読んだだけじゃわかんないでしょうから、

何万円、何十万円のナンチャラセミナーへ

お越しください、という寸法。

 

いったいいつまでこういう中身スカスカの

自己啓発商売は成り立つのだろう?

 

と思って、隅の方を見ると、可愛い絵柄のポスター。

 

「西武新宿駅北口より“頑張れば”すぐ」のオスローバッティングセンターだ。

 

「あさからよるまで“だいたい”やってるよ」

 

「あんまり期待はしないでね」

 

「そこそこ楽しいよ」

 

「たまには来てね」

 

「目指せ“だいたい”世界一」

 

アバウトで、身の丈に合ってて、

暑苦しくないセリフが

涼やかな風とともに心にしみいります。

 

あんまし野球に興味ないので、

これまでバッティングセンターって、

かなり若い頃に2~3度行ったきりだけど、

このオスローバッティングセンターには

今度行ってみようかな、という気になりました。

 

でも、腰をひねると腰痛が再発しそうなのでやめとこ。

 


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アポトーシスによって消失するオタマジャクシの尻尾と、 これからの人間の進化のパラドックス

 

「ちぢむ男」の話を考えていて、

「アポトーシス (apoptosis)」という言葉に出会った。

 

ウィキペディアによれば、

これは人間を含む多細胞生物の体を構成する細胞の死に方の一種。

個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる、

管理・調節された細胞の自殺すなわちプログラムされた細胞死のこと――なのだそうだ。

 

細胞の自殺だの、プログラムされた細胞死だの、何やら小難しく、

不穏なイメージの説明が並ぶが、

いちばんわかりやすいのはオタマジャクシからカエルへの変貌だ。

 

それまで水中では必要だった尻尾が、

陸上に上がる際に消えてなくなるメカニズム。

 

あるいは、人間の手足の指。

母親の胎内では当初、指の間が埋まった、

肉団子のような状態で形成される。

 

それが胎児の成長とともに、

アポトーシスの作用で指の間の細胞が死滅する。

それによって複雑な動きを持つ指が完成するのだ。

 

そういえば南米には

体長20センチにも及ぶ世界最大のオタマジャクシがいるそうだ。

 

こいつがカエルになったら、どんだけデカい、化け物になるんだ?

と思わせるが、

不思議なことにカエルになると、4分の1程度の大きさ――

せいぜいトノサマガエルくらいになってしまうそうだ。

 

子どもよりも大人の方が小さいこのカエル、

和名はベたなアベコベガエル、

英名はパラドックスフロッグ。

なんだか新たな思想を生みだしそうなカエルである。

 

われわれの祖先であるほ乳類も、

大きくなり過ぎた恐竜の絶滅を目の当たりにして(?)、

巨大化をやめ、縮小する道を選んだ。

 

言ってみれば、コンパクトになることによって進化し、

環境の変化を克服し、

地球上で繁栄できるようになった。

これもまたアポトーシスの原理が作用したことになるのか?

 

また、コンピュータをはじめ、多くの機械は小さくなることによって

進化を遂げている。

 

物質的な豊かさを享受できるようになった先進国の人間は、

もう人生の多くのことに満足している。

 

恐れるのは手に入れたものを「失うこと」であり、

そのためたくさんの無駄なものまで抱え込む習性ができた。

もうこれ以上は抱えきれない。

そこで地球の意志なのか、アポトーシスが働く。

 

人間の身体も、あるいは脳も、縮小、あるいはある部分が

消失することによって、

地球環境に合うように進化していく・・・

 

そんな妄想に囚われ始めている。

 


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最後の核兵器

 

「長崎市への原子爆弾投下」について、

ウィキペディアで調べると、

「アメリカ軍が日本の長崎県長崎市に対して投下した、

人類史上実戦で使用された最後の核兵器である」

と記されている。

最終更新は今日の日付。

 

「最後の核兵器」という言葉が胸をえぐる。

誰が書いたのか知らないが、そこには何か深い思い、

何か劇的なニュアンスが含まれている。

 

この「最後の核兵器」は、

3日前、広島に落とされた「最初の核兵器」の

1・5倍の威力を持っていたと言われる。

 

それでも広島より被害が少なくて済んだのは、

長崎市は周りが山で囲まれていたため、

熱線や爆風が山によって遮断されたから。

 

と言っても、死者は推定7万4千人。

建物は約36%が全焼または全半壊。

 

厳密に言えば「最後」の前に、

「今のところ」とか「現時点では」という前提条件がつく。

 

けれども本当に、最後の最後であってほしい。

 

そして本当に長崎の原爆を「最後の核兵器」にするのは、

僕たち一人一人の生き方だと思う。

 


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サスティナブルなゲゲゲの鬼太郎

 

6月ごろから気になっていたが、

なぜだか今年の熱中症予防の啓蒙ポスターは、

「ゲゲゲの鬼太郎」だ。

 

僕らの子どもの頃のマンガヒーローが

軒並み廃れた中で、

唯一、鬼太郎だけは生き残っている。

 

祖先の霊毛で編んだちゃんちゃんこのおかげか?

 

かつては端役だったねこ娘は、

ほとんど鬼太郎と肩を並べる主役級。

 

原作では興奮すると、口が耳まで裂けて、

まさしく化け猫といった強烈キャラだったが、

すっかり洗練されてお嬢さんっぽくなった。

 

いまや、ネコは怪談話の似合う怪しい動物でなく、

可愛い女の子の化身のような存在である。

「ねこ娘」と呼ばれたら、

女の子はみんな喜んじゃうんだろう。

 

この間の日曜の朝、テレビをつけていたら

ちょうど「鬼太郎」をやっていた。

 

主題歌は変わらないのだが、歌っているのは

なんと氷川きよしだ。

 

内容は、ねずみ男がたまたま山の中で出会った縄文人を

SNSに載せて、いいね!をいっぱいもらってガバガバ稼ぐ。

それに対して、ブランドものに身を包み、

「オーッホッホッホ」と高笑いしている

SNSのカリスマみたいな女が対抗意識を燃やして、

なんとか縄文人をつぶして、

自分が「いいねランキング」のトップに立とうとする・・・

といった内容。

結構面白くて、つい最後まで見てしまった。

 

昔の鬼太郎は、人間を脅かしたり、社会に脅威を与える

悪い妖怪を鬼太郎がやっつけると言うのが

基本パターンだったが、

この回を見る限り、まったく逆パターン。

おぞましい妖怪は人間の方である。

 

水木しげる先生の原作の中でも、

妖怪を通して人間社会を風刺するエピソード、

科学文明を批判するエピソードがいくつもあったが、

現代ではそっちの方がメインになりそうだ。

 

まさしく鬼太郎はサスティナブルなマンガになった。

 


74年前の原爆と47年前のアトムズと原子力の今日

 

広島原爆の日。

テレビでは例年のごとく、原爆ドームの映像が映し出される。

 

べつに自分には何の責任もないよと思うけど、

同時になぜか、どこかの誰かから問いかけられている気がする。

 

おまえ、クーラー効いた部屋で、のうのうとテレビ見ていいの?

74年前のこと、もちろん、おまえの生まれる前のことだけどさ、

ここに原爆落とされたんよ。

何万人も死んだんよ。

その時は死ななかったけど、

後遺症で死んだり、病気で何年も苦しんだ人が大勢いるんよ。

それなのに、おまえ、そういうこと何も考えずに、

のうのうと生きていいの?

 

そんなことを詰問してくるのは

いったい誰なのかわからない。

はっきり言ってめちゃくちゃうざい。

でも、耳を塞げないのだ。

 

なので、何かこれと言って行動するわけじゃないけど、

少しは原爆のことを考えようと思う。

 

で、考えていたら、

なぜかアトムズというプロ野球チームのことを思い出した。

 

そう、アトムズというチームがかつてあった。

47年ほど昔のことだ。

前身は国鉄スワローズ。現在はヤクルトスワローズ。

 

ユニフォームの肩の所に鉄腕アトムのワッペンが貼ってあった。

1960年代後半から1970年代はじめのこと。

野球マンガ「巨人の星」の時代だ。

中日球場に中日対アトムズ戦を観に行って、

ロバーツというアトムズの4番の選手が

ホームランを打ったのを憶えている。

 

当時、「アトム」とか「原子力」は未来を象徴するキーワードだった。

膨大な戦争被害を生み出した原爆は悪だ。

だが原子力自体は人類の可能性を切り開く、素晴らしいものだ。

 

未来の日本を背負って立つ子どもたち(つまり当時の僕たち)よ、

原子力の平和利用。有効利用を考えるのが君たちの務めだ――

と言われていたような気がする。

 

それから時を経て、「アトム」も「原子力」も、

世界の経済大国にのし上がった日本の過去の栄光とともに

すっかり20世紀の遺物と化した。

とどめはもちろん3・11だ。

 

福島原発のあった地域で「原子力 明るい未来のエネルギー」という

看板が掛かっていた。

 

その標語があまりにもアイロニカルで恥辱的で

脳裏にこびりついて離れない。

 

「原子力」の輝きは失われたが、

僕たちを猛暑から解放し、熱中症から救うエアコンも、

原爆ドームと平和記念公園を映し出すテレビも、

このブログを書いているパソコンも、

動力の源には、やっぱり原子力から生まれる電気が

混じっているんじゃないの?

 

おまえ、そんなことも見て見ぬふりして、

のうのうとしていていいの?

 

また、どこかの誰かが問い詰めてくる。

 

戦争の怖ろしさはもちろんだが、

74年前の原爆の中には、さらに多くのメッセージが含まれている。

それは19世紀からこっちの

人類の科学文明全般に対する審判かも知れない。

 


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令和元年阿佐ヶ谷七夕祭り

 

義母を連れて阿佐ヶ谷の七夕祭りへ。

朝早めに行ったので、まだそんなに混雑してなくて、

ゆっくりとお散歩できた。

 

面白かったのが、昭和29年からの過去65年の写真展。

昭和30年(第2回)は時計屋やワイシャツ・ネクタイなどが

飾りになっていて、

なんとなく「高度経済成長」「モーレツ社員」といった

キーワードが思い浮かぶ。

 

お気に入りだったのは昭和55年の

不二家のペコちゃん・ポコちゃんの織姫・彦星。

 

この頃からキャラクターのハリボテが増えたのか、

平成以降はすっかりアニメキャラ中心になっている。

 

たったこれだけの写真でも時代の流れがわかるものだ。

 

義母は露店で売っているものを目にして、

「あれ食べたい」「あれ買いたい」と

子どもみたいに言うので、

ターキーレッグやわらび餅など、

いろいろお土産を買って帰った。

 

家に帰って、昼食用に食卓に広げる。

「これお母さんが欲しいと言ったから買ったんだよ」

と言うと、

「そんなこと言ったっけ?」

というオトボケぶり。

ってか、もうすっかり忘れてる。

 

で、撮った写真を見せると、

「わーすごい」「わーきれい」などと喜んでいる。

 

「今度は高円寺の阿波踊りに行きましょう」

というと、

「わー、連れてってくれるの。うれしい!」

 

いちおう、喜んでくれたり、楽しみにしてくれたりするので

いいんあだろうなぁ。

それもまた、ちょっと後には忘れてるんだろうけど。

 


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人生、飽きてからが本番

 

アキが来た。

 

と言うと、日本全国、このクソ暑いのに、

ボケてるのか?

熱中症になったのかと言われそぅだが、

そうではない。

 

秋ではない。

“飽き”が来た。

 

仕事に飽きた。

人間に飽きた。

人生に飽きた。

 

うーむ、やっぱり暑さのせいか。

実は、定期的に、ザザザザと

遠浅の海の砂浜に

寄せる波のようにやってくる。

 

仕事も人間も人生も、

もうアキアキだ。

 

でもね、どれも

楽しんでいるうちはまだまだ。

 

飽きてからが勝負。

飽きた後が本番。

 

そういえば誰だったか、

「セックスレスになってからが本物の夫婦」

と言っていたのを思い出した。

 

けだし名言。

 

というわけで猛暑中お見舞い申しげます。

 

ぼちぼち頑張りましょう。

 

早く秋が来ることを祈りつつ。

 


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いい大人が恥ずかしい電車内・ホームの暴力

 

電車内やホームでの暴力に対する

キャンペーンのポスターを

よく見かけるようになった。

 

このキャンペーンは2014年の暮れから

毎年7月と12月、年2回やっているそうだ。

 

じつは20年以上前、5年にわたって

関東私鉄協会のビデオを作っていたことがある。

 

内容は、勤務中・作業中の鉄道会社社員の

安全に対する注意を啓発するものだ。

 

その中に乗客による、車掌や駅員に対する

暴力への対処の仕方というのもあった。

 

いろんなケースの事例メモを戴いて

台本を作る。

 

注意したり、寝ているところを

起こそうとして殴られたとか、

 

乗客同士のケンカを仲介しようとして

袋叩きにあったとか、

 

そのメモに書かれている、

あまりに理不尽な暴力の実態を見て、

 

「なんで我慢しなきゃいけないの?

正当防衛はできないんですか?」

 

と、思わず意見してしまった覚えがある。

 

とにかく、やられ放題、言われ放題。

乗客のストレスのはけ口にされている。

 

お客様だから手を出せない

というのがクライアントさんの答だった。

 

その実情は四半世紀の間、

まったく変わっていなかったようだ。

 

この電車内暴力の問題、

ほとんど酔っぱらいの仕業だろうと思っていたが、

2割くらいは素面の人が起こしているらしい。

 

そこでピンときた。

2014年からキャンペーンという形で復活したのは、

スマホの普及が関係しているかも知れない。

 

そんな予測を立てて、

総務省の情報通信白書のデータを見ると、

安の定、2011年に29・3%だった保有率は、

2012年に49・5%、2013年には62・6%に

跳ね上がっていた。

 

通路の狭い所や混んでいる所で

ちんたら歩きスマホをしている人がいると、

急いでいても前に進めない。

これは相当イラつく。

 

また、せっかく乗換案内を検索して、

ちゃんと乗り換えプランを立てて乗ったのに、

事故や故障で電車が遅れたりすると、

これもまたイラつく。

 

おまけにイヤな情報がその場で入ってきたりすると、

ますますイラつく。

 

 

それが乗客同士のトラブルに発展したり、

駅員や車掌に対する暴力になったりしているのではないか。

 

ちょっとこじつけすぎ?

 

もちろん正確な因果関係は分からないけど、

何かしらの影響はあるんじゃないかと思う。

 

狭い車内に閉じ込められているストレスと、

普段から感じているストレスが融合して

つらい状態になってるけど、

このポスターに書いてあるように

大人なら当たり前のこと守らないとね。

 

と言いつつ、今日も歩きスマホのご婦人が

前を歩いてたせいで、1本乗り損なってしまい、

「おまえのせいで~ ムカムカ」と、

心の中でキレましたが。

 

電車に乗る時は、時間と心に余裕を持ちましょう。

忙しいし、難しいんだけど。

 


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住所変更で、銀行の変貌ぶりをリアル体験

 

この前、銀行の受付に行ったのは

確か昨年4月のこと。

うっかり財布を置き忘れて

カードをみんなキャンセルした。

そこで再発行の手続きに行ったのだ。

 

以来、1年余り。

銀行に行くときは

入ってすぐのATMしか使わないので、

中の様子には無頓着だった。

 

で先日、引っ越ししたので

住所変更に訪れたら、びっくり。

ぜんぜん人がいない。

 

あのワイワイ賑やかで、

一種の社交場のようでもあった

銀行の面影は

まったく消え失せている。

 

無人化のニュースは聴いていたが、

情報として知っているのと、

リアルに現場を体験するのとでは

大違いだ。

 

メインで使っているA銀行では、

一応、身分証を見せて

受付の生き残り?のお姉さんが

住所を確認。

 

その後、奥に通されて

大学出たばっかみたいな、

自分の娘みたいな女の子と

差し向かいで、

端末にあれこれ入力。

 

何度か名前を書き入れて登録すれば、

機械で筆跡確認できるので、

もはやハンコも必要ないと言う。

 

住所変更手続きと同時に

スマホアプリを入れて、

ATMに来なくてもOKになった。

 

アプリで収入・支出の確認もでき、

振り込みも振替も

残高管理ができてしまうので

もはや通帳さえも

必需品じゃなくなったとのこと。

 

「やめますか?」

と聞かれたが、

記帳という古代の習慣が

身についてしまっているので、

さすがに手放せなかった。

 

 

サブメインのB銀行では

さらに進んでいて?

案内のお姉さんに

「こちらでどうぞ」と

無人ブースに通された。

端末画面と向かい合って

新しい住所を入力・

登録して終わり。

 

こちらは身分証もハンコも

まったく必要なし。

最期にジジジと機会が作動して

本日の変更事項が

プリントアウトされて出てきて、

一丁上がり、という感じ。

 

これまでの銀行のイメージが

急速に過去のものになっていく。

 

こんなことに感心しているのは。

相当時代遅れなんだろう。

 

ATMコーナーで

銀行員を呼びつけて

怒鳴ってるおっさん。

 

使い方がわからなくて

おろおろしているばあちゃん。

 

普段、そんな人たちを見ていて、

それが当たり前の銀行の風景のように

思っていたが、

これらも遠からず、

「なつかしい昭和・平成の風景」

になるのだろう。

 

そして、自分もあのATM族の

ひとりであったことを再確認。

 

お金とのつきあい方は

どんどん変っていく。

 

それでもまだニコニコ現金払いが好き、

というか、やっぱ安心してしまうんだけど。

 


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れいわ新撰組の革命第一歩

 

旧民主党による政権交代劇からかれこれ10年。

チャンスをもらった民主党の

あまりのダメさ加減。

そしてハンパない国民のがっかり感。

裏切られ感。

 

「なんだ、何もできないじゃんか」

「なんだ、何も変わらないじゃんか」

 

おまけにたび重なる内輪もめ・仲間割れ。

「和」を尊ぶ国民の目には

醜態に映った。

 

そのトラウマのせいで

国民は現状維持を希求してしまった。

 

「現状維持希望」はその時始まったことではないけど、

民主党政権に対するがっかり感は

あまりに深い傷になった。

 

人間は基本的になまけものだ。

大して良い現状でなくても、

変化することで面倒くさい思いをするくらいなら、

現状維持のほうを選んでしまう。

 

というわけで、

半ばあきらめの気持ちで、

自民党・安倍首相という選択肢を選場ざるを得ず、

無気力にだらだらと6年半の月日が流れた。

 

今回の参院選もその延長戦上で白けきったものになっていた。

選挙民のその無気力な空気を切り裂いたのが

「れいわ新撰組」だったと思う。

 

今日、当選した二人の重度身体障がい者議員のために

国会の場を物理的に改造しなくてはならないというニュースを見て

一つの「革命」を感じた。

 

れいわ新撰組は、本当に日本を変える。

変えられるかも知れない。

結局、自民党の分派に過ぎなかった旧民主党とは明らかに違う。

自民党と同じくらいダラダラしている既存野党とも明らかに違う。

 

ネット上で改めて、今回の選挙時のれいわ新撰組の動画を見てみる。

代表・山本太郎氏の言葉は、

この政党を作る以前は上滑りしていたように感じたが、

今回のは違っている。

 

二人の重度身体障がい者をはじめ、

立候補者に対する責任と、

選挙民に対する信頼感。

それらが言葉に厚みを与え、心に響く。

彼はこれから本気で政権を奪いに行くだろう。

 

政治にわくわくするものを感じたのは久しぶり――

というか、初めてかもしれない。

 

まだほんのわずかだが

れいわ新撰組は日本人の心に希望の灯をともした。

これからこの小さな灯が消えてしまうか、

大きく燃え上がるかは、僕たち次第である。

 


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“稼ぐ”という言葉と稲作物語

 

神田昌典氏の本の中に

「“稼ぐ”という言葉の中には

稲が育つまでの物語が織り込まれている」

との記述があり、とても心に響いた。

 

土を耕し、種をまき、苗を育て、

田に植え、稲穂が実り、

黄金色に輝き、収穫する。

 

そうした自然の流れと

人の生業から生まれた言葉が「稼ぐ」。

 

禾編に家。

家族に糧をもたらすイメージもある。

 

また、収穫した稲を神さまに奉納する

ことも考えあわせると、

その地域全体を富ませるイメージもある。

 

今までちょっと「稼ぎ」「稼ぐ」を

誤解していたような気持ちになった。

 

経済やらビジネスやらと聞くと、

僕たちひとりひとりと

はるかかけ離れたところで動く、

無機質な巨大システムとか、

なんちゃらマシンみたいなものを想起する。

 

だけど、稲作の物語のイメージをまとった

「稼ぎ」「稼ぐ」を口にすると、

お金を稼ぐ行為が、

田畑を耕すイメージに繋がって

とてもヒューマンで

晴れやかな行為のように感じられる。

 

強制的に収穫を上げるために、

農薬や化学肥料をやり過ぎて

痛めつけてしまった田畑。

 

僕たちは今、未来へ向けて

それらの田畑を耕している。

 


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川床の七夕の夢

 

今朝はどういうわけか七夕の夢を見た。

澄んだ美しい風景だった。

水辺――どこかの川、涼やかな清流だ。

川床が置かれ、その上に七夕飾りが飾られている。

 

姿は見えないが、どこからか織姫さんらしき

女の子の声がして、

 

「また仙台の七夕祭りに来てね」と誘っている。

 

仙台の七夕祭りに行ったのはもう40年も昔の話だ。

いろんな思い出と重なって

ひどく懐かしい気分に浸ってしまう。

 

こんな夢を見たのは、

先日、義母といっしょに

近所の大宮八幡宮で

平安時代の七夕飾りを目にしたせいかもしれない。

 

夢の風景はそのまままぶたに貼り付き、

目が覚めてもそのまましばらまどろんでいた。

 

耳を澄ますとサラサラと水の流れる音が聞こえてくる。

まるで時のせせらぎのように響き、耳を潤す。

 

杉並に義母を連れてきた理由の一つには、

いろいろお祭りに連れてってあげたいと思ったからだ。

 

仙台まで連れて行くのは難儀だが、

阿佐ヶ谷の七夕ならバスに乗って15分で行ける。

 

すっかりでかくなってしまった息子が

まだチビだった頃は、

毎年、楽しみしていたが、

ここのところ、すっかり足が遠ざかっていた。

 

今度は子どもに戻った義母が

喜んでくれえばいいなと思う。

 


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京都アニメ放火殺人事件:オレのオリジナルという幻想と、パクられるという妄想

 

人は誰でも創造的で

アーティストの素養を持っている。

が、そこにこだわり過ぎると、

あらぬ妄想のとりこになってしまう。

 

「パクリやがって」

とは、いったいどう響くセリフだったのだろう?

 

自分も大やけどを負い、

倒れて意識を失う直前だったのだから、

よほど強烈な恨みを込めて叫んだのに違いない。

 

京都アニメーションの放火殺人犯に

同情するつもりも、弁護するつもりも全くない。

だけど気になるのだ。

 

あれほどの凶行に及んだ動機は

一体なんだったのだろう?

 

京都アニメに勤めたこともないし、

小説なりマンガなり、

自分の創作作品を公の場に出したこともないようだ。

 

少なくとも僕の知る限り、

そうした報道はされていない。

 

 

以前、シナリオライター講座に

通っていたことがある。

そこへ行くと、

 

「オレのアイデアがあのドラマでやられちまった」とか、

 

ほとんど同じプロットのストーリーを作られたとか、

 

あそこの局で企画を募集しているが、

あれは全部落選させて、

いいとこをみんなパクるんだ。

汚ねえ。

 

なんて話が、受講生の間で毎週、飛び交っていた。

 

いわゆる広告クリエイティブの世界でも、

デザインや文章をパクった・パクられた

という話は日常的に聞く。

 

また、世間に名の知れた有名作家の多くは、

初めて会う人から

 

「わたしをモデルにして書いたわね」とか、

 

「おれの人生を勝手に無断で話にしただろう」

 

とか、まったく身に覚えのない言いがかりを

つけられることがよくあるらしい。

 

かくも創作者の界隈は、そうした

「わたしは世界で一つだけの花妄想」

「ぼくの作品はスペシャル・ユニーク・オリジナル妄想」を、

集塵機のように引き寄せてしまう。

 

これだけインターネットが発達した時代だ。

小説、映画、マンガ、アニメ、音楽――

古今東西のいろんな分野のエンタメが、

誰でも手軽に、自由に楽しめるようになると、

いろんな作品の影響・刺激を受ける。

そこからクリエイターの道に入る人も

大勢いる。

 

しかし、これだけ古今東西の

創作物に関するデータが蓄積され、

そこへアクセスするのも容易になると、

世間に広く受け入れられる、

いわゆる「売れ筋パターン」が定着してくる。

 

売れるストーリー、キャラクター、メッセージ。

音楽ならメロディ、リズム、歌唱法。

 

また、「売りたいならこうするべきだ」といった

ノウハウ・法則なるものも広く伝搬する。

 

こうした要素がミックスアップされると、

どこまでが他から影響された部分で、

どこからが自分のオリジナルなのか、

わけがわからなくなってしまうのではないだろうか。

 

そしてヒット作が生まれると、

 

あれはオレが考えていたアイデア=

あいつらはそれをパクって大儲けしている。

 

といった妄想に囚われる人たちが

大量発生するのではないだろうか。

 

犯人の男が実際に創作活動をしていたのかどうか、

定かでない。、

頭の中で考えていただけという可能性は

十分にある。

 

京都アニメのある作品が、

彼が構想していたそのストーリーと

共通する部分を持っていると気づいた時、

これはパクられたのだと

脳が自動的に変換してしまったのではないか。

そんな気がする。

 

さまざまな奇行が多かったことも

考えあわせると、

自分の上手くいかない人生に対する

忸怩たる思いも堆積していたのだろう。

 

それらが混ざり合って、

絶望感と破壊衝動が生まれてしまったのか?

 

誰もがたやすく妄想の世界に浸れる時代。

しかし、24時間、365日、バーチャルな世界に

浸って生活することはできない。

あなたも僕も、腹が減って何か食べたり、

それ以上の頻度でトイレにも行く。

 

そして普通は働いてお金を稼ぎ、

家賃なりローンなりを払って家に住み、

光熱費や、ネット・電話を使うためにも支払いをする。

 

そうしたリアルな日常の細事を

バカにしていると、妄想で人生そのものが狂いかねない。

 

さえないリアルを人のせいにしたり、

あらぬ言いがかりを付けたり、

ましてや、こんなひどい事件を

起こしたりしない限り、

空想・幻想・妄想を膨らませるのは、

どこまでも自由だと思うのだけど。

 


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世界は代筆でできている

 

僕たちが生きているこの世界――

人間が社会を作り、

国家を作り、

文化を作ってきたほとんどの部分は

代筆でできている。

 

今日のようなメディアができる以前から、

歴史上の有名な人物が何をした、何を言った、

ということの99パーセントは、

無名の、どこかの誰かが、

その有名人に代って代筆し、

後世に残したものだ。

 

というわけで、

代筆業をやっていると言うと、

どうやったら始められるのか?

と聞かれることがある。

 

これについては何とも言いようがない。

ホームページでも、ブログでも、SNSでも

なんでもいいから、公開された場で

「私、代筆やります」と書いて宣伝するだけだ。

 

もちろん、会った人に直接言えるのなら、

それに越したことはない。

 

あとは待ち。

かなり運が良ければ、

これだけで何か仕事が来るかも知れない。

 

が、普通はダメだろうから、

自分がどれだけの文章が書けるのか、

あれこれアピールする。

 

そういう意味では、今は昔と違い、

インターネットを使えば

自由にいくらでもアピールできるから

いい時代になった。

 

でもやっぱり一本釣りは難しいから、

現実的には、どこかのメディアに入って

取材記事を書いてみて実績を作るのが早道だ。

 

 

代筆業と聞くと多くの人は、

芸能人や経営者などの本の、

いわゆるゴーストライターを想起する。

 

でも僕が思うに、インタビュー取材などをして

ウェブサイトや雑誌などの記事を

書くのも、みんな代筆だ。

 

自分が思っていること・

考えていることを

自分で、人に伝わる文章に書き表す。

 

みんな、それをやろうとするが、

これがそう簡単ではない。

 

自分では、自分の顔も体全体も

見ることができない。

鏡がないとどうにもならない。

 

そういう意味では代筆ライターは、

クライアントにとって一種の鏡である。

 

僕も取材して記事を書くと、

 

「私はこういう人間だったんだ」

「うちはこういう会社だったのか」

「わたしたちは、こういう仕事をしているんですね」

などと言われることが多々ある。

 

文章が読みやすくなるよう前後を整えたり、

専門用語がわかりやすくなるよう

解説を加えることもあるが、

基本的にはその人が話したことを

そのまま書くだけなのだが。

 

ただ、そう単純でないのは、、

その相手との信頼関係が、

インタビュー中のやりとりに、

そして出来上がった原稿の文章に

如実に反映されてしまうということ。

 

だから代筆業で最も大事な点は、

文章力とか理解力とか、そういうことではなく、

いかに相手と短時間で良い関係が築けるかだ。

 

リアルな取材なら、

インタビュー現場の雰囲気を

できるだけ楽しく盛り上げ、

インタビューそのものを

エキサイティングなイベントにする。

 

電話取材やメール取材の場合は、

事前に話の流れを作って、

できたら台本を準備しておいて、

その上で進めるなどの工夫をする。

 

こうした下ごしらえが、

代筆業の仕事の

8割以上を占める。

 

てなわけで、今日は野菜栽培を研究している

ご高齢の先生の農園を訪ねて取材した。

 

楽しかったが、なかなか大変だった。

 

どれだけ経験を積んでも、

以前やったことと同じパターンを使って

うまくいくことは一度もない。

 

さすがにこの分野にはAIライターは

まだ進出してこれそうにない。

めんどくさいけど、人間にしかできない仕事。

志のある人はどうぞ、

世界を作る仕事においでください。

 


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金魚の集中力は人間以上

 

「金魚の集中力は人間以上なのだ」

と言うと、「アホぬかせ、んなわけねーだろ!」

と思うだろうか?

 

2015年の時点で、

人間が集中力を持続できる時間は8秒、

対して金魚の集中時間は9秒。

 

僕はこの話を聞いて、さっそく金魚を観察しようとした。

しかし、残念ながら、

今、うちには金魚はいない。

 

そこでかつて自分が飼っていた

歴代の金魚たちを記憶の底から釣り上げてきた。

 

彼らは9秒間、集中できていたのだろうか?

金魚の目が何秒間か、じっと何かを見つめている。

そして目を動かし、体の向きを変える。

そこまでは思い出せるが・・・

 

でも、金魚が集中するのって何に?

 

あ、向こうから仲間が来る。

このまままっすぐ泳いでいくとぶつかるかも。

でも、可愛い女の子だから、

わざと気づかなかったふりをして

さりげに正面衝突して、キスできたらラッキー・・・

とかなんとか、集中して思考するのだろうか?

 

だけど、金魚だって個性があるだろうから、

10秒以上集中できるやつもいれば、

5秒しかできないやつだっているだろう。

 

あるいは、出目金とか、和金とか、

リュウキンとか、ランチュウとか、

オランダシシガシラとか、

種類によって集中力は違ってくるかもしれない。

 

 

じつは正確にはこれ、

「金魚の集中力は人間以上」ではなく、

通常は「人間の集中力は金魚以下」

と言い表されている。

 

ここのところ、マーケティングの勉強をしていて、

巡り合った文言だ。

 

情報源は、あなたも僕も使っているWindowsの

マイクロソフト・カナダ研究チームが、

2015年5月に発表したデータ。

 

情報があふれかえる時代に生き、

わずか数秒でも空白ができれば、

スマホを手に取り、

タップし始める現代人。

 

その現代人が集中できる時間は8秒、

対して金魚の集中できる時間は9秒。

というわけ。

 

デジタル情報中毒の人間が

どんだけ集中時間を持続できないかを

如実に表すデータとして

2017年頃、ビジネス関連の雑誌やサイトで

センセーショナルに採り上げられまくった。

 

まさしく、ここまで来たか人類!

金魚にも劣る集中力とは・・・

 

なにしろ、かのブランド企業のお墨付きで、

こんなキャッチ―な面白ネタが

飛び出したのだから、

ビジネスコンサルタント系の人たちも

こぞってこの話題を

講座などで使っていたらしい。

 

けど、僕がこの話に会って

最初に思ったのは、タイトルに書いた通り

「金魚の集中力は人間以上なのか?」という疑問。

 

および、誰がどうやって

金魚の集中力を計測したのかというものだった。

 

当然、多くの人が同じ疑問を抱くものと思って検索すると、

そんな人はほとんどいない。、

 

疑問を持ったとしても、

忙しいのにわざわざ時間をかけて、

調べたりしないんだろうな~と諦めかけた。

 

が、何ページ目かに

高橋美佐さんというパーソナルコーチをやっている人が

「わたしも自分の講座で、この金魚の話しました。

ごめんなさい」と謝りつつ、

この情報について徹底リサーチしていた。

 

マイクロソフトも金魚の集中時間については、

自前で調査したわけでなく、その元ネタがあったわけで

それを辿っていくと、金魚の集中力について

正確に科学的に計測した人、

その数値を発表した人もいないことが判明。

 

だから金魚の集中力が9秒というのは根拠のない話なのだ。

つまり、「人間の集中力は金魚以下」

=「金魚の集中力は人間以上」はガセネタ

――というのが言い過ぎなら、

一種の都市伝説にすぎないという

結論にたどり着いたと言う。

 

やれやれという感じだ。

がんばって追求した高橋美佐さんはえらい。

 

この話、たとえば僕――福嶋誠一郎が

「金魚の集中力は人間以上なんやでぇ」

と言っても「アホか!」と一蹴されるだけ。

 

ところが、かの世界に冠たるブランド企業が

言うことなので、

みんな、ろくに検証することもなく信じた。

そして、おそらくは今後も信じられ続けていく。

だって面白いし、間違っていたところで

大問題になるわけでもないしね。

 

それに、いちいち検証していたら、

人生それだけで終わっちゃうので。

 

というわけで、

僕たちはそういう世界に生きている。

 

夏はお祭りなどで金魚に出会う機会も

増えるかも知れない。

今度、じっくり観察してみよう。

 

しかし、僕の観察力は、

はたして9秒間持続しているだろうか?

8秒過ぎたところでスマホを始めたりして。

 

 


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認知症の義母と神頼みの散歩

 

「いいの、手なんか握って?」

「だって手をつながないと危ないよ」

「いいの本当に? 奥さんはいらっしゃるの?」

「はい、いますけど」

「わあ、どうしよう? 奥さん、怒らないかしら?」

「だいじょうぶです。公認ですから」

「わあ、うれしい。こうしたこと一生忘れないわ」

「喜んでもらえて何よりです」

 

認知症の義母と散歩に行くと、こういう会話になる。

言ってもわからないので、

「奥さんはあなたの娘ですよ」

なんて説明はわざわざしない。

 

僕のことは「お兄さん」と呼ぶ。

まぁ確かに義母より25も若いけど、

お兄さんというほど、若い男に見えているのだろうか?

 

亡夫(つまり僕の義父)は、

「女は三歩下がって」という考え方の

関白亭主だったらしいので、

男と手をつないで

公道を歩くのに慣れていないらしく、

ちょっと恥ずかしそうにする。

 

義母には昨日も明日もない。

小さな子どもと同じで、

「いま、この瞬間」があるだけだ。

 

「いま、この瞬間」がずうっと繋がって、

僕たちの人生があり、この世界があるわけだが、

そんなこと、ふだん僕たちはまったく考えない。

 

僕たちはいつも、これまで何をしてきたか、

少しでも多くの記憶をキープし、

自分のビッグデータを作って、

何があるかわからない明日に備え、

サバイバルしようとする。

 

ところが義母は昨日なにがあったかも忘れているし、

明日どうなるのか不安に脅えることもない。

もうボケちゃってるわけだから、

齢を取ってボケたらどうしようと怖がることもない。

 

でも時々、時計を見て

「もう家に帰らなきゃ」とか言い出す。

「ここがあなたの家だよ。

あそこにあなたの部屋があるでしょ」

と言うと、「ああ、「そうか」と

一応、納得するのだが、

数分後にはまた「帰らなきゃ」と言い出す。

 

まだ一緒に暮らし始めて1週間たたないから

しかたないのだろうが、

彼女はいったいどこに帰りたいのだろう?

 

僕は認知症についてはまったく不勉強だ。

てか、あんまり余計な先入観を持って関わるのは

よくないんじゃないかと思って、

あえて最小限の知識・情報しか入れてない。

 

人それぞれいろんなパターンがあると思うが、

認知症になると、

その人本来のキャラクターや

人生の中で培ったストーリーが

集約されて表現されるようで、

義母を見ている限り、

不謹慎な言い方かもしれないけど、

とてもとても興味深い。

 

それにしても、

いったいこれからどうなるのか?

 

同じ「いま、この瞬間」を生きる人間でも

小さい子どもはこれから成長が見込める、

いわば、のびしろのある存在だが、

認知症の高齢者はそうではない。

 

「お兄さん」としては、

とにかく少しでも、

その瞬間瞬間の積み重ねを、

幸福感・安心感を持って

過ごしてもらいたいだけだ。

 

ふだんは宗教心なんて欠片もないが、

義母に関してはもう神さまに祈るばかり。

 

大宮八幡は立派な神宮で、

初詣やお花見や秋祭りで毎年来ている。

この季節は七夕飾りが美しい。

 

すっかり通い慣れたお宮だが、

義母と一緒にいると、

不思議と素直で新鮮な気持ちでお参りできる。

やっぱ人間、最後の最後は神頼みやで。

 


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オリジナルひらがな教育ツール

 

引っ越しの荷物の中から出てきた

数十枚の自筆の絵。

 

息子がチビの頃、字を教えるのに

めったやたらとそこらへんの紙に

絵を描いていた思い出した。

 

いま見ると、この絵が結構面白い。

こんなのが何十枚も描くなんて、

われながらよくやってたもんだ。

ちょっと感心。

 

じいさんの左にはガイコツを

描くべきだったかな。

 


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息子は強制退去で独立

 

元来、劇画メンタルなので、

出会いや別れを過度にドラマチックなものとして

考える性癖がある。

けど、現実はそんなものじゃない。

大体のことは必要に追われているうちに、

いつの間にか始まって、なんとなく終わっている。

 

この1週間もあれこれバタバタしていた。

金曜はカミさんの実家から義母の荷物を運び出して

新しい住まいに入れ、

土曜はショートステイに行っていた義母が来た。

 

そして今日は入れ替わりに息子が家を出て行った。

ほとんど強制退去のようなものだ。

 

スーツケースとリュックサックに荷物を詰め込んで、

タクシーに乗っての引っ越しだった。

 

引っ越しと言っても同じ区内。

自転車で30分と掛からない距離なので、

大したことではないのだが、それでも独立は独立。

 

20数年の思い出が走馬灯のようによみがえり、

泣いてしまったらヤバいなと危惧していた。

 

ところが、バタバタやってたせいで、

そんな余裕もなく、じゃああばよ、達者でやれな、と別れた。

 

(と言っても、自転車やら本やら家にいっぱい荷物が

残っているので、またすぐ戻ってくるのだろうけど)

 

強制退去みたいな形でしか子供を独立させられなかったのは、

親としてちと情ないが、これもまた非ドラマなドラマ。

餞別に同封した一筆書きに「7月7日」と入れられたのが、

ちょっと華になった。

 

人生は劇的に、カッコよく、

理想通りにいかないから面白いのかも知れない。

 

家の冷蔵庫の側面には、僕が一番好きな、

彼の小学生の時の作品の「招き猫」が貼ってある。

夢を招いてほしい。

 


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きれいに咲いたガクアジサイが笑って見送ってくれた

 

永福町の家の小さな庭には、

鉢やプランターに植えた花とはべつに、

毎年、どこからか花の種が飛んできて、

いろんな花を咲かせていた。

「野の花鍼灸院」の名前に相応しい庭だった。

 

この季節はガクアジサイの花が美しい。

毎年咲くわけでなく、1年咲いては休み、

2年休んでは咲き、

といったのんびりペース。

今年はその当たり年だった。

 

引っ越ししてから1週間。

後片付けと掃除とゴミ出しに通っていた。

 

今日はインターネット回線のケーブル撤収工事があり、

そのあと最後の後始末をしていたら、

ガス屋さんが元栓を閉めに来た。

これですべて終わり。

水道と電気は人手をかけることなく、

0時になったら自動で止まる。

 

何もなくなった家の中はやっぱりさびしい。

雨の中、最後にガクアジサイが笑って見送ってくれた。

咲という字はエミ(笑)とも読む。

当て字じゃないよ。正しい訓読み。

日本語って美しい。

それではさようなら。

12年間ありがとう。


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食と祈りの店 自由が丘・田の実

 

ここのところずっと、葬儀供養と農業の仕事をやっているが、昨日取材したのは、そのふたつが一体化したお店。自由ヶ丘に先々週オープンしたばかりの「田の実」だ。
コンセプトは日本人の稲作文化の中で育まれた「食と祈り」。
1階は全国の農産物などの食品と四季の行事を彩る雑貨のショップ。2階はカフェ&レストラン。3階はイベントスペース。
ランチに出る汁ものは仙台の名店「ゆきむら」のシェフの作品で、日本人の脳の深淵に届く美味しさだ。

実はこの店の経営母体は、「手のしわとしわを合わせて、しあわせ」の、お仏壇のはせがわ。
「手を合わせるとはどういうことか?」を追究していったら、食と農にたどり着いたという。
さすがリーディングカンパニーと感心する話だった。
オープンしてからまだ2
週間だが、早くも自由ヶ丘の大人気店になりつつある。駅から3分なので、そっち方面に行くことがあれば、ぜひ寄ってみてください。

 


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引っ越しと地球の意志

 

長年住み慣れた家とも今日でお別れ。

今朝はひどく感傷的な思いが込み上げてきて目が覚めた。

 

ここ数日、急な対応を要する仕事も入らず、

引っ越し作業に集中できた。

ここにいたのは12年だが、考えてみたら、

12年前の引っ越しの時は、あまりモノを捨てていなかった。

 

息子がまだ小学生だったので、チビの頃の思い出の品などが

まだ親バカ的に愛おしくて捨てられなかったのである。

 

自分の仕事の資料や趣味の用品もたんまりため込んでいた。

すでに現在の生活に必要なくなったものでも、

むかし愛した愛着が残っていて、

自分の心が宿っているような気がしていた。

 

つまり、この家にはそれ以前も含め、

結婚から子育てしてきたヒストリーが詰まっていたんだなと思った。

 

しかし、今回はダウンサイジングするのでそんなことは言ってられない。

心の中で手を合わせながら、

昔の手紙も写真も本もどんどん捨ててしまった。

それでも、(何日か前にも書いたが)、

ずいぶん捨てたつもりなのに、段ボールはいっぱいだ。

 

作業をしていると、

家をゴミ屋敷にしてしまう人の気持ちが分かるような気がしてきた。

たぶん、かの住人はモノに囲まれてないと寂しくてしかたないのだろう。

 

モノには魂が宿っている。

モノの豊かさ=生活の豊かさである。

僕たちはそうしたメンタリティで生きてきて、なかなか変えられない。

 

そのあたり、息子のような若い連中はそうしたこだわりはないようだ。

本でもDVDでも、どんなものかわかった、もう十分楽しんだと思うと、

ホイホイ惜しげもなく捨ててしまう。

 

本も音楽も映像も思い出も、なんでもデジタル化でき、

デバイス一つで楽しめてしまう。

クラウドに上げて保存すれば、容量は無限である。

 

衣食住という生活の基本部分はさておいて、

仕事や勉強や娯楽の方面は、物理的なものは必要なくなってきている。

今後はすべて自分の頭の中・体の中で管理せよ・処理せよ。

そう言われているかのようだ。

 

引っ越しによって実感させられた、

石油製品に依存する大量生産・大量消費の時代の終焉。

僕たちはメンタリティを変える必要に迫られている。

地球の意志が働いているのかも知れない。

 


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白鳥の引っ越し屋

 

12年前と同じ引越し屋を選んだ。

「白鳥の湖? いや、みにくにアヒルの子?」

と、首かしげたくなる、不思議にメルヘンなイラストの入った、

この会社オリジナルの段ボールも12年前のままだ。

 

内見・見積もりに来た営業のお兄ちゃんに、前も使ったよという話をしたら、

「その頃と同じスタッフかも知れません」と、やや意外な返事。

 

聞くとスタッフの高齢化が進んでいて、

若い子は入ってもすぐやめてしまい、

結局、古くから働いている社員ばかりになっているという。

 

かく言う営業マン氏は、見た感じ、30ちょっと出たとこだけど、

かなりエキゾチックな風貌で、

タイやフィリピン方面の血を感じさせる。

少なくともハーフだろう。

日本語は難なく話し、理解していたので、

たぶん日本で生まれ育ったのだと思う。

 

大手はどうだか知らないが、こうした地域の中小の引越し屋さんは、

年輩者と外国人の職場になりつつあるのかも知れない。

 

もう一つ、引っ越し絡みで聞いたのは、

今年は昨年(および従来)と比べて、ピークが平均化しているということ。

普通、引っ越しと言えば年度末と初めの3月・4月だが、

今年は5月も6月もずっと忙しいのが続いているらしい。

通勤ラッシュの緩和策――オフピーク通勤をおもぃ起こさせる。

 

どうも企業の異動が、一時期に集中しないよう、

ずらして行われているようだ。

6月に転勤して7月から新しい部署で――

というパターンが増えてきている。

これも働き方改革の一環?

 

しかし、そのおかげで引越し屋さんは休みなく働き続けることになる。

中小企業の働き方改革は後回し?

というか、最初からあんまり考えてない?

要は「日本は労働者にも優しい先進的な国ですよ」ってアピールしたい、

政府のパフォーマンスだもんね。

 

日本の労働市場の実態を垣間見させる地域の引っ越しサービス。

いずれにしても、どうぞよろしくお願い致します。

 


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最期まで希望を見たい

 

人間はきっと最期の最後まで希望を見たがる生きものだ。

ここ数年、ドラマや小説などの創作を含め、

いろいろな書き物をしてきて、そんなことを思っている。

 

100パーセント満足な人生だったと、こころ満たされて最期を迎える。

それが最高の幸福だなんて大うそだ。

 

結局、自分の思い描いたゴールにたどり着けず、

あるいはゴールを見つけられず、

目的を達成できないまま、人間的にも未完成なまま終わって良い。

 

僕が考え得る最高の幸福は、

最期において、心を託せる誰か――

それは子どもかかもしれないし、友だちかもしれないし、

その日出会ったばかりの見知らぬ旅人かもしれない。

 

その誰かが、ついに自分がたどり着けなかった、

その場所に向かって歩いていく――

その後ろ姿を見られることだ。

希望を見つめながら死んでいけることだ。

 

義父がどんな思いで亡くなったかわからないが、

希望を見つめて空へ向かって欲しかった。

49日の納骨を迎え、美しい夏空のもと、そう祈った。

どんなところかわからないが、

これから義父の行けなかったところへ行こうと思う。

 


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これからは手ぶらで旅をしたいんだけど

 

 カミさんの鍼灸院に来る子どもらが「トトロの森みたい」と言ってた庭をすっかりきれいにした。

 壺や鉢やプランタにいろいろ花を咲かせていたのだが、それらも全部撤去し、生い茂っていた蔦の葉も刈り込んだ。

 小さな森が消え失せた。

 

 12年ぶりの引っ越しはなかなか厳しい。

 片付け作業が,やってもやっても終わらない。

 

 収納がたっぷりある家だったので、

何でもかんでも放り込めてたせいもある。

 それぞれの収納をあけるたびに、

とんでもない量の物が溢れ出してくるのだ。

(それも写真を載せようと思ったが、どう見てもゴミ屋敷に見えてしまうのでやめといた)

 

 過去、10代の頃から40年余りの間、

後生大事に持っていた本やら思い出の品やら、

「これは絶対捨てられない」と思っていたものも

今回はあっさり捨てている。

 

 捨てながら、逆にどうしてあんなにこだわっていたのだろう?

と不思議になることもある。

 本だのレコード(CD)だの映画や演劇のパンフレットだのといったものに、自分のアイデンティティを投影していたのかもしれない。

 

 もうそういう類の荷物はいらない。

 自分の中に残るものは残るし、消えるものは消える。

 これからの自分に必要と思われる――ぜひもう一度読み返したい本だとか――だけ手元に置いて、その他のよぶんなものは手放して、

なるべく手ぶらに近い状態で旅をしたいと思う。

 

 という方針で、ここ1ヵ月で膨大な量のごみを捨て、ずいぶん断捨離した気になっていた。

 が、それはあくまで主観であって、

現実的には思ったより荷物は少なくならない。

 

 思い出深い品を目にしてしまうと、

やっぱりリュックに詰めたくなっちゃうんだよなぁ。

 


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井の頭線文化圏残留報告とSUUMOのワナと不動産屋の愉快な若者たち

 

1ヵ月前、「さらば永福町」と書いたが、

結局、永福町からさほど遠くない、

浜田山に引っ越すことに。

井の頭線文化圏に残留することになった。

 

西武線文化圏の方、

転居情報がひるがえり、ぬかよろこびさせてごめんなさい。

(誰もしてない?)

 

駅にはちょっと遠いけど、公園まで歩いて3分。

いつでも散歩やジョギングができる環境に。

けっこう理想的なロケーションだ。

 

ところで、今回は物件を探す(なんといっても12年ぶり!)のに

SUUMOを使ってみた。

 

同じようなエリアに同じような間取りの部屋が

いっぱいあるなぁ。

このあたりの内装業者が皆、同じだからかなぁ、

不動産屋はみんな違うけどなぁ・・・

 

と思って見ていたら、何のことはない、

同じ物件の外観を、A社は正面から撮ったり、

B社は裏側から撮ったり、C社は斜めから撮ったり、

D社は上の部分だけ切り取って見せたり・・・

といったように

アングルや画角を変えて、

それぞれ違う物件に見せようとしている。

 

わかってみれば、な~んだという感じだが、

探している時は、みんな印象が異なるので、

いっぱいあるように見えて、なかなか気づかない。

 

複数の不動産屋で同じ物件を共有して

ネット上で「どうぞこちらへ」と営業しているので、

お客がどの写真が気に入ったかで、

どの不動産屋に行くか、

そして契約が取れるかが決まるというわけ。

 

不動産屋もなんとか検索数を上げようと、

SUUMO対策、ネット対策に必死である。

客にとっては紛らわいいこと、この上ない。

 

でも、今回は3件の不動産屋を回り、

それぞれ気のいい若い兄ちゃんたちと

いろいろ話ができたので面白かった。

 

というのが先月末のことで、

本日無事契約も終わり、引っ越し準備中。

完了は6月末予定。

 


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サンゲノヨル:仏教式罪の告白

 

「あのやろう、うまいことやりやがって」と妬んだり、

「失敗しろ。不幸になれ」と呪ったり、

道行く女の子に劣情を起こしたり、

気に食わないことに逆ギレしたり、

暴飲暴食に走ったり、

やるべきこともやらずゴロゴロ怠けていたり・・・

 

人間は日々、罪を犯している。

そこで神さまの前で自分の罪を白状するのが「懺悔」だ。

 

これはキリスト教の話だと思っていたら、仏教にもある。

同じようにお釈迦様の前で罪を認め、

仏教では「さんげ」と読む。

 

月に一度「サンゲノヨル」を開いているお寺があると聞いて、

一昨日、取材で出かけて行った。

神楽坂にある圓福寺だ。

 

まだ30代の若い住職様にインタビュー。

幕末に伝わり、この寺に祀られている夜光鬼子母神の話、

その鬼子母神絡みで妊活講座が行われている話、

住職がIT企業に勤めていた時の話など聞いて、

メインの「サンゲ」。

 

これは実際に体験してみた。

 

500円払ってお守り(懺悔守り)を購入し、

その中に自分の犯した、

あるいは犯していそうな罪を書く。

 

自分は悪いことしてなくても、遠い先祖が

騙し・欺き・裏切り・虐待・泥棒や人殺しなどの

大罪を犯している可能性もある。

 

因果応報。

過去の罪が、現在につながって、

あなたの人生で表現されている。

こうした考え方は、仏教ならではという感じがする。

 

書き入れたお守りは持ち帰るのではなく、

この寺の祖師像に奉納する。

奉納したら、あとはひたすら

心の中で罪を詫び、お経を唱える。

 

先祖が罪を犯したのかどうかはわからないので、

とりあえず自分の罪だけ思い起こした。

一応、善良な市民のつもりではいるが、

生きていると、どうしてもいろいろあるからねぇ。

ズルもしてるし、迷惑もかけてるし、

人を傷つけたりもしています。

 

ありがたいのは「懺悔」すると「三化」が起こるということ。

①健康運・②仕事運(金運)に恵まれるようになり、

③ 良縁にも恵まれる。 

これはもう、信じるしかないねぇ。

 

それに夜(僕が行ったのは5時過ぎでまだ明るかったけど)、

お堂の中にいると、厳かな気分になり、精神的にも良い刺激になる。新鮮な空気が身体の中に入ってくる感じだ

月に一度くらい、こうした体験をするのはいいと思う。

 

500円で懺悔守りを購入するのは最初だけで、

そのあと、2回目以降は自由。

リピーターも大勢いて、僕がいた時間だけでも10人くらいやってきた。

男よりも女のほうが多いという。

女のほうが男よりも罪深いのだろうか?

 

毎月、第一水曜日、夕方5時から8時までやっている。

こうした懺悔の概念を大事にして、

積極的に打ち出しているお寺はかなり少ない。

(少なくとも、僕は初めてだった)

 

あなたも秘密めいた体験として、

一度やってみると面白いと思う。

 

神楽坂・圓福寺。

サンゲノヨルは、お参りした後、

神楽坂に立ち並ぶ飲み屋でハシゴ・・・となったら、

またまたそこで罪を犯し、

翌月、ふたたび通うことになって永遠の循環に陥るかもね。

 


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