岡山の桃とAIと桃太郎

 

ここのところ、AI開発の本の執筆に取り組んでいる。

その開発者である岡山の女性社長と

ちょくちょくオンラインでやり取りしているのだが、

今日は彼女から桃のプレゼントが届いた。

 

桃太郎の物語が伝わる土地だけあって

桃が特産品。

「鬼滅の刃」では鬼が恐れるのは藤の花だったが、

岡山に残る桃太郎伝説によると、

鬼は桃を恐れると言われているそうだ。

 

今回いただいた「清水白桃」は

その中でも最高級とされる。

 

箱のふたをあけると甘い桃の匂い。

そして5つ並んだ、ちょっと小ぶりの桃は

美しい乳白色の5つ子の赤ちゃんみたいで

食べちゃいたいくらい可愛い。

 

もちろん食べるんだけど、

すぐに手を付けるのはもったいないので

一晩はそのままお供えしておこうと思う。

 

ホームページを見てみたら、

「この清水白桃が味わえるのは、

毎年7月下旬から約10日間限り」とある。

ずいぶん貴重なものを頂いた。

 

ちなみに僕らが知っている昔ばなしの桃太郎は

明治時代以降に各地の伝説を題材に作られたもので、

富国強兵思想が色濃く反映されたもの。

 

岡山に伝わっているのは、その題材の一つになったもので、

吉備津彦命(きびつひこのみこと)という英雄が

温羅(うら)呼ばれた鬼を退治した伝説である。

 

そういえばちょっと前にNHKの「昔ばなし法定」で

鬼を殺した桃太郎の裁判劇をやっていたのを見た。

めっちゃ面白く、考えさせられた。

 

愛があれば桃太郎と鬼は手を取り合えたのか?

富国強兵の時代が過ぎても、

現代日本人がずっと考えるべき課題かもしれない。

 

ちなみに本のタイトルは

「AI(愛)があればAIができる」である。

 

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おとなも楽しい少年少女小説

ピノキオボーイのダンス

12歳の少年の姿のまま、何十年も孤独な人たち・不幸せな人たちのために尽くしてきたレンタルロボットにも終わりの時がやって来た。けれども年老いたダンサーが彼を拾い上げ、自分の踊りを教え込む。人間とロボットの友情と裏切り・死と再生の物語。

 


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週末の懐メロ40:真夏の出来事/平山みき(代官山ミラクルキャバレー)

 

学生の頃、平山三紀の歌声に初めて大人の女性を感じた、

「セクシー」という言葉はその当時

まだ知らなかったと思うが、

そのお洒落で色っぽい声にしびれていた。

「希望の旅」と「真夏の出来事」は

あの時代の歌謡ポップスの中で最も印象深い2曲だ。

 

という思い出が、つい1週間ほど前によみがえった。

ちょうど50年前、1971年の夏の大ヒット

「真夏の出来事」を久しぶりに聴いてみようと検索したら、

オリジナルとともに出てきたのが

この代官山ミラクルキャバレーによる

スウィングジャズバージョン。

 

グループを率いているのは、

なんとご本家の平山みき(芸名をひらがなに改名していた)

なので、超びっくり。

 

お齢は僕より10歳は上のはずだが、

依然として色っぽくて可愛くて、

歌声も歌い方も50年前のまま。

 

美脚・胸元ガン見せの女の子たち、

迫力満点のドラッグクイーンのおねえさんたちとともに

お洒落に楽しく華やかに、かの名曲を歌う。

 

仲間とお遊び感覚でやってみました

といったノリのパフォーマンだが、

思わず感動してしまった。

まさしく「真夏の出来事」として胸に刻みたい。

 

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エッセイ集:音楽

ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力

ロックが劇的に進化し、ポップミュージックが世界を覆った時代。僕たちのイマジネーションは 音楽からどれだけの影響を受け、どんな変態を遂げたのか。心の財産となったあの時代の夢と歌を考察する音楽エッセイ集33篇。

もくじ

●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●藤圭子と宇多田ヒカルの歌う力の遺伝子について

●ローリング・ストーンズと新選組の相似点について

●キング・クリムゾンの伝説と21世紀版「風に語りて」 ほか

 


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世界を感じたオリンピック開会式と聖火への疑問

 

オリンピックの開会式を最初から最後まで、
リアルタイムで見たのは、ずいぶん久しぶりだ。
 
改めて、何よりすごいなと思ったのは、
各国選手団の入場行進だ。
 
特に中南米とかアフリカあたりには、
知らなかった国、
いつの間にか独立していた国、
いつの間にか国名が変わっていた国が
いっぱいある。
 
ちょっと前にNHKの「人体」を見て、
ケニヤの選手がマラソンをはじめ、
長距離走に強いのは
糖質が豊富な食物をいっぱい食べるからだ、
という話をしていた。
 
タンパク質ではなく、糖質が瞬発性と持久性に優れた
筋力を生み出すというのである。
 
けれどもそれはケニヤの民族の人たちが
そういう遺伝子を持っているからだ。
 
日本人や欧米人がその論理を真似ると、
ただ太るだけで、筋力アップにはまるで役立たない。
その民族、その人の個性に合ったことを
やらなくては駄目なのだ。
 
人間って本当に面白いなと思った。
 
なので、今日まで知らなかったこの国の人たちは、
いったい何を食べて、
どんな練習をして出場したのだろうとか、
 
毎日どんな暮らしをしているんだろうとか、
コスチュームはどうやって作ったのだろうとか、
そんなことばかり気になっていた。
 
難民のチームもいるし、
シリアなど、今も内戦をやっている国もいるし、
ルワンダやボスニア・ヘルツェゴビナなど、
いったいどうやってあの悲惨な虐殺や暴政から
復興して選手を送り出せるようになったのか。
といったことも気になった。
 
そして、脱走して強制送還されてしまった
ウガンダの選手は
本国に帰って大丈夫なのか、
今ごろ何をしているんだろうかとか、
ひどく心配になってしまった。
 
今回の開催にはいろいろ問題があると思うけど、
やはり普段意識に上らない世界のことを
あれこれ考えられる機会が出来るのは、
オリンピックの大きな価値だなと思う。
 
いずれにしても開催されたのだから、
日本人選手の応援もいいけど、
知らない国の選手のこともできる限り、知っていきたいと思う。
 
開会式は次々と人が辞めて大変だったが、
最初の野村萬斎が総指揮をする予定だった時の
コンセプトはどれくらい残っていたのだろう?
もっと渋く「和の世界」に徹しても良かったと思う。
 
けど、まぁがんばった。
人も次々と辞めるドタバタ劇の中で、
とりあえずなんとか完走できた。
スタッフはほっとしているだろう。
 
けど。ひとつだけ、
最後の聖火について言わせてもらうとーー
 
未来とロボットを想起させる点火台はカッコよかった。
でも、なんで最終ランナーがプロ選手の大坂なおみなのか?
「多様性と調和」から彼女を選んで
持ってきたのはわかるが、
なんか表面的過ぎる。ウケ狙いに見えた。
 
ここにいたるまでの「多様性と調和」に反する
さまざまな失態を、彼女を起用することによって
一気に帳消しにしようとした。
そう取られてもしかたない。
 
大坂さんにケチをつけるわけでないが、
オリンピックの聖火をともすのは
現役のトップアスリートや
人気のプロプレーヤーではないと思う。
 
震災からの復興五輪、そいて未来への希望を謡うのなら、
あの東北の子どもたちが点火してよかったのではないか。
 
あるいはコロナとの闘いを象徴するなら
あの医療従事者のおじさん・おばさんとか。
 
あるいはコロナのせいで戦わずして出場がかなわなかった
名もなき選手たちが、
せめて点火の栄養を受けてもよかったのではないか。
そう思った。

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小山田問題:才能と人間性

 

世の中は芸術的才能よりも

人間性を重視している。

人として正しく生きている上での

才能でなければ認められない。

そういう世界になった。

 

数年前、ハリウッドの女優が

映画プロデューサーのパワハラ・セクハラを

掘り起こして糾弾したあたりから、

世界が急速に人権や個人の尊厳といったものを

クローズアップするようになった。

 

この流れはもう止まらない。

そして、元に戻ることはない。

 

昔は真逆だった。

 

才能がすべてだ。人間性なんか関係ねーだろ。

 

誰だったか忘れたが、むかし芝居をやっていた頃、

僕もそう言われたことがある。

 

かれこれ40年近く前の話だが、

当時、それは真実の言葉だった。

 

作家も俳優もダンサーも画家も映画監督も、

そして音楽家も、

およそ芸術・娯楽の分野で仕事をしようとする者にとって

それは鉄の掟のようなものだった。

 

いや、でも人間性も大事なんじゃないでしょうか。

そんなことを言おうものなら嗤われ、馬鹿にされた。

 

「いい人」に何ができる?

世間の常識にとらわれた人間に

面白い表現、人を感動させる表現などできるわけがない。

そう言われたらグウの音も出なかった。

 

僕の実感は昭和時代のものだが、

これは割と最近まで、おそらく10年ちょっと前くらいまで

生きていた鉄則ではないかと思う。

 

小山田氏があんなひどい虐待・暴行を

さも自慢げに、笑い飛ばすように話したのも

1990年代半ばは、そうした芸術分野の

才能至上主義みたいな常識が

まだしっかり生きていたからだろう。

 

才能があり、人気もあり、

セールスを上げているミュージシャン。

ほとんど無敵である。

何を言っても、何をやっても許される。

あの記事の内容を読む限り、

そうした自信(今となっては驕り)

が見て取れる。

 

僕は今回読んで吐き気がしたけど、

当時はああした話を歓迎して受け止める風潮も

世の中にあったのだろうと想像する。

 

だから出版したし、

あの雑誌自体もそこそこ売れたらしい。

 

そういう観点からすると、

記事を企画し、リリースに関わった

ライター、インタビュアー、編集者、そして出版社にも

相当大きな責任がある。

(出版社は謝罪文を出した)

 

小山田氏に関して、全然彼の音楽を知らなかったので、

フリッパースギターとか、

コーネリアスとか、ちょっとずつ聴いてみた。

 

胸に響くというほどではないにせよ、

そこそこカッコいいし、才能を感じる。

 

さすが開幕式の音楽担当に選ばれるだけあって、

作曲能力も演奏表現も優れている。

実績も立派なものだ。

 

だけど、時代は変わった。

芸術を生み出すにはにはもちろん才能が必要だが、

それは人間性とセットでなければ、

社会に受け入れてもらえない。

 

それでこの先、本当に面白いものは生まれるのだろうか?

新しい芸術は生まれるのだろうか?

と、古い常識にとらわれた僕は

ちょっと疑問には思っている。


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呪われた五輪でなく、理念をないがしろにしてきたツケを払う五輪

 

 

これが最後の不祥事になればいいが・・・と、

関係者は今夜も祈りをささげる思いだろう。

僕もそうなるよう祈っているけど、

まだあっちこっちからいろいろ出てくる可能性が高い。

 

開会式の音楽担当を辞任した小山田圭吾氏の問題。

小山田氏個人の問題はとりあえず置いといて、

今日は組織委員会の人選についての話。

 

「呪われたオリンピック」などと言われるが、

本当にそうなのか?

 

呪いなんかじゃなくて、みんな起こるべくして

起こっているのではないか?

 

単にツケを払わされているだけではないのか。

 

そもそもなんで東京でオリンピックをやろうとしたのか?

その始まりがまちがっていたのではないか。

精神がなってなかったのではないか。

 

五輪憲章をきちんと読んでいる人は何人いたのか?

利権・ビジネスファーストで、

「復興五輪」なんて大看板もお飾りなのではなかったのか?

 

大元締めのIOCがブレまくってから、

そうなるのもやむを得ないか、という気がするが。

 

小山田炎上問題に関しては、

ITメディア経済の「スピン経済の歩き方」の記事が

素晴らしかった。

組織員会の致命的な欠陥について書いている。

 

これは今後の企業経営・ビジネスにとっても、

とても参考になる記事だと思う。

 

五輪スポンサーの中でトヨタ自動車は

いっさい五輪に関連付けたコマーシャルを放送することを辞めた。

けれどもトヨタは会場において移動用の車両を提供し、

スポンサーとしての務めを果たす。

 

別にトヨタの回し者ではないが、

今後は企業理念と矛盾しないアクションを取ろうと努める

こうした企業だけが

好感と共感を得ることができるのではないだろうか。

 


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まさかの東京五輪2021で、僕たちは歴史の生き証人になる

 

あっつ~!

超絶暑い真夏がやってきて、猛暑日続出するであろう今週、

いよいよ、1年遅れの東京2020が開幕!

(するんだよね、きっと)

 

開催地に決まった当初は僕も、

「なんでこんなくそ暑い時期にやるんじゃ。

熱中症で死人続出したらどうすんねん!」

と叫んでいたが、

もうそんな心配もどっかに吹っ飛んでしまった。

 

無観客になったことで皮肉にも熱中症の心配、

および、観客を誘導するボランティアスタッフの負担は減った。

 

それにしてもこんなめちゃくちゃな状態になるなんて、

2年前まで予想できた人は誰もいなかった。

 

いや、1年前、延期になった時だって誰も考えられなかった。

まさか。

 

そうだ、人生には3つの坂がある。

上り坂、下り坂、そして、まさか。

 

国力下り坂の日本が、

ドカンと上り坂への大転換をめざしたはずの東京2020が、

まさか、こんな開幕を迎えるとは。

 

まるで三谷幸喜のシチュエーションコメディを

連日見せられているような国家規模のドタバタ劇。

 

でも、僕たちは認めなくてはならない。

人生にも世の中にも「まさか」はあるのだと。

 

くそー、コロナさえなければ!

そう恨み節を唱える人は山ほどいるだろう。

でも、歴史に「ればたら」はない。

 

果たしてこのオリンピックはどこへ行くのだろうか?

スポーツ大好き日本人は

メジャーリーグの大谷選手の活躍に湧き返ったように、

日本がいくつか金メダルを取れば、

政府や東京都の失態も、IOCの暴挙も、

理想を謡った五輪憲章が

完全にメルトダウンしてしまったことも、

みんな忘れて大盛り上がりになるのだろうか?

 

まさか、まさか。

いや、そのまさかのハッピーエンドも起こるかも(笑)

 

しかし、考えようによっては

こんなオリンピックは空前絶後。

しかもそれが他国でなく、自国で行われる。

 

不謹慎を承知で言えば、

もはや競技だけでなく、

政治も社会のこともトータルに含めて、

こんな面白い大会はこれまでも、これからもない。

 

今回の東京五輪は、いつものお決まりの

選手の感動ストーリーだけでなく、

ドタバタ劇も、先の見えないサスペンスドラマも、

社会問題ドキュメンタリーも何でもありで、

見どころ満載の超エンターテインメントなのだ。

 

こうなったら徹底的に楽しむしかない。

泣きも、怒りも、笑いも、感動も、恐怖もある

まさかの東京2020。

 

この後のオリパラが、

そして世界がいったいどうなるのか

さっぱりわからないが、

「まさかの東京2020」が

一つのエポックメーキングになることは間違いない。

 

これから僕たちひとりひとりが歴史の生き証人になる。

 


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週末の懐メロ39:ダンシング・ウィズ・ミスターD/ザ・ローリング・ストーンズ

 

ヘビが肌にからみつくようなヌメヌメ感。

粘り気たっぷりのグルーブが気持ち悪くて気持ちイイ。

 

「ダンシング・ウィズ・ミスターD」は、

1973年リリースのアルバム「山羊の頭のスープ」の

オープニングナンバー。

ダークで猥雑で退廃的な

ストーンズ流変態ダンスナンバーとでもいえばいいのか、

彼らの楽曲の中でもすごくユニークな曲だ。

 

このビデオでも化粧したミック・ジャガーが

体をくねらせ尻振りダンスを披露していて、

セクシーというより、いやらしくて気味が悪くて面白い。

 

女ものの帽子をかぶってギターを弾く

この時代のリードギタリスト、ミック・テイラーも

無表情にドラムを叩くチャーリー・ワッツの顔もいい。

 

★山羊の頭のスープ1973

 

この年、僕は中学2年生だったが、

「悲しみのアンジー」というラブバラードが大ヒットし、

それが聴きたくてアルバムを買った。

ローリング・ストーンズとまともに出逢ったのは、

このアルバムが初めてだった。

 

薄い布かビニールみたいなものを被ったメンバーの顔が映った

まっ黄色のジャケットもシュールでヘンテコで大好きだった。

だからとても愛着がある。

 

この1973年は彼らの来日公演が、

ミック・ジャガーの麻薬所持が理由で中止になった年でもある。

 

結局、初来日公演はそれから17年後の1990年になった。

僕は1万円のチケットを手に入れて

友だちと大騒ぎして東京ドームまで観に行った。

 

ド派手な超一級のエンターテインメントだったが、

今思うと、やはりこの頃のダークさ・猥雑さと

だいぶ雰囲気が違っていた。

 

★1979年代:ロック王の格闘史

 

ストーンズが名実ともにロックの王者となったのは、

70年代を見事に生き抜いたからだと思う。

 

60年代の終わり、

目の上のたんこぶ的な存在だったビートルズが解散。

初代リーダーのブライアン・ジョーンズが死に、

ミック・ジャガーとキース・リチャーズの双頭体制になった。

(まるで芹沢鴨を追い出して、

近藤・土方主導になった新撰組みたいだ)

 

そして「スティッキー・フィンガース」

「メインストリートのならず者」という

ロック史・ストーンズ史に残る

大傑作アルバムを立て続けに出して天下を取った、

と思われた。

 

しかし、ポップミュージックの可能性が思い切り広がった

70年代の音楽シーンの荒波に

王者の地位はいつも揺るがされていた。

 

イギリス・アメリカでは人気ナンバーワン。

そして音楽通・ロック通の評判は高かったものの、

日本ではどうだったか?

 

人気の面、音楽性の広さ・演奏表現の醍醐味といった面では

レッド・ツェッペリンやディープ・パープルなどの

ハードロック勢、

イエスやELPなどのプログレ勢、

もしくはクイーンやエアロスミスなどの新興勢力の

後塵を拝していた。

 

そういった状況を意識してかどうか、

2大傑作の成功に安住することなく、

「山羊の頭のスープ」では、

この変態ダンスナンバー「ダンシング・ウィズ・ミスターD」や

ストーンズとしては珍しい、

もろバラードの「悲しみのアンジー」、

民俗音楽を取り入れ、

ちょっとプログレにアプローチしたようにも聴こえる

「すべては音楽」など、

いろいろなことに挑戦している。

 

もちろん、「スター・スター」みたいな

This is Stones みたいな曲もやりながら。

 

それまでのワイルド感やラフ感を抑えて、

かなり緻密で来寧な音作りを行っている。

 

評価が低いのは、そのへんが裏目に出て、

なんだか全体の印象が散漫で、

あんまりストーンズらしくないぜ~と映ったからだろう。

 

一貫して、ブルースから発展させた

自分たちのロックンロールを失わなかったストーンズだが、

その一方で、いろいろな音楽のっセンスを取り込むことに

挑戦し続け、

コンスタントにアルバムを作り、

ライブをやり続けたからこそ

激動の70年代ロックシーンを生き抜くことができた。

 

そして80年代になる頃、

他の人気バンドが解散したり衰退したりする中、

ストーンズだけは頭一つ抜けた、

別格のロックバンドになっていた。

 

そんなふうな格闘のヒストリーを考慮すると

「山羊の頭のスープ」はもっと評価されていい。

 

★山羊の頭のスープ2020

 

と思っていたら、じつは昨年、

「山羊の頭のスープ2020」という

アルバムが出ていたのを知った。

 

聴いてみたら、リマスターされたオリジナルの10曲に加え、

デモバージョン、別バージョン、アウトテイク、

未発表曲、この時代のライブパフォーマンスなど

盛りだくさん入っていてすごくいい。

 

僕たちの世代にとってローリング・ストーンズは、

永遠のロックの王者だが、

今の若い世代は、ベロ出しマークは知っていても、

ストーンズというバンドの存在は知らない人が多いらしい。

 

そんな世代にとって、バラエティに富んだ

ストーンズのロック宇宙が楽しめる

「山羊の頭のスープ2020」は超オススメである。

 

★ミスターDとコインロッカーベイビーズ

 

最後に、この「ダンシング・ウィズ・ミスターD」の

ミスターDとは何者なのか?

ちょっと気になるところ。

これはどうやらドラキュラのDらしい。

闇夜に吸血鬼と一緒にヌメヌメ踊ろうぜ、というわけだ。

 

ちなみに村上龍が1980年に発表した傑作小説

「コインロッカーベイビーズ」の中に

“D”という変態音楽プロデューサーが登場する。

このDという人物は、

この曲からイメージして書いたのでないか、

と勝手に僕は思っている。

 

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エッセイ集:音楽

ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力

ロックが劇的に進化し、ポップミュージックが世界を覆った時代。僕たちのイマジネーションは 音楽からどれだけの影響を受け、どんな変態を遂げたのか。心の財産となったあの時代の夢と歌を考察する音楽エッセイ集33篇。

もくじ

●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●藤圭子と宇多田ヒカルの歌う力の遺伝子について

●ローリング・ストーンズと新選組の相似点について

●キング・クリムゾンの伝説と21世紀版「風に語りて」 ほか

 


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幻想漬け、妖怪漬けの夏

 

夏の訪れ。

夏の木陰。

夏の夕暮れ。

夏の夜。

田舎の夏。

故郷の夏。

 

音楽ではない。自然の音。

虫、鳥、かえる、せせらぎ、風鈴など。

YouTubeには短くて1時間、

長いのだと10時間以上の自然音のBGMにあふれている。

癒しのサウンドスケープ。

こんなにいろんな自然音にあふれた国は、

世界中探してもどこにもないかもしれない。

 

夏の音は僕たちの心に

見たことなんてないのに、

きっとどこかで体験したような気にさせる

夏の風景--幻想の風景をつくりあげる。

 

かつて幕末から明治にかけて日本にやってきた

欧米の知識人たちは、日本を「妖精の国」と呼んだ。

目をつぶればたちどころにその妖精の国に飛んでいける。

 

妖精というより妖怪か。

 

民俗学者・柳田国男と漫画家・水木しげるの功績によって、

妖怪は日本の文化の一つになった。

 

夏は幻想に浸りながら妖怪を楽しみたい。

 

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おとなも楽しい少年少女

 

ざしきわらしに勇気の歌を

ロボット介護士に支えられて余生を送っている寅平じいさんが、林の中を散歩していると、ざしきわらしに出逢う。

 

ざしきわらしは最強の妖怪“むりかべ”の脅威から人間を守るために闘うので、応援してほしいと寅平に頼む。

 

 


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気が付けばすぐそこにデジタルとSDGsの未来

 

まもなく世界は一気に違うステージに突入する。

本気の21世紀が始まると言ってもいいくらいだ。

 

昨日も書いたけど、

オリパラが終わってワクチンが一通り行きわたれば、

もうコロナもおしまいモードになると思われる。

 

その先はいくら変異株が現れようが、

政府も世の中ももう見て見ぬふり。

 

マスメディアでも今やっているような

コロナの感染報道はなくなって

天気予報レベルに落ち着くだろう。

 

それで復興というか、

新しい世界の構築--21世紀型というか。

SDGS型社会の実現へ向かうだろう。

もうすでに舞台裏ではその準備が着々と進んでいる。

 

3か月余りかかったが、

中小企業向けのDX本が完成(月末発刊予定)。

これからは本気でDXに取り組まないと、

多くの中小企業は潰れてしまうかもしれない。

 

この本は中小企業の経理を担当する

会計事務所のグループの名義で出す本だが、

最近、便利で安価な会計システムが

どんどん開発・販売されているせいで、

当の会計事務所が、

もうこれまでみたいに会社の経理を

請け負うだけでは食えなくなっている。

 

便利で安価なデジタル会計システムが

どんどん開発・販売されいるせいだ。

 

デジタルの強みはデータが蓄積できることで、

これからは過去データが活用できないと

ビジネスがうまく展開できなくなる。

 

もちろん、AI・ロボットの進化がその後押しをしていく。

そうして経済・産業の世界がどんどん機械化されていく一方で、

人権や個々の生き方を尊重する考え方がどんどん広がっていく。

 

パワハラ・セクハラの告発しかり。

LGBTの権利拡大しかり。

 

最近の漫才やコントは、

昔のように相手の容姿をいじったりすると

かえってウケないのだそうだ。

少なくとも若者からはそっぽを向かれる。

面白いと思う前に嫌な気分になるというのである。

人格破綻者の代表選手だった役者や芸人も

今や人格者であることが求められる。

 

これから30年くらいは死ぬ人が大勢いるので、

宗教やスピリチュアル的なものも見直されそうだ。

WHOでは「健康」の条件に、

フィジカル(肉体的)、メンタル(精神的)、

ソーシャル(社会的・人間関係)の3つを挙げてるが、

これにスピリチュアル(霊的?といえばいいのだろうか)を

加えることを検討している。

 

この世とあの世が妻がっているという宗教的な考え方が、

日常生活のレベルで認識されるようになるのかもしれない。

ただ世のため人のために働いて年取って死んでゆく、

ただそれだけではない

人間的価値の追求―-という時代になるのだろうか?

 

コロナだ、オリンピックだと騒いでいる間に

しっかり未来は近寄ってきている。

これからそんな未来ネタを衆くらいで

書いていこうと思ってます。

 

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エッセイ集:AI・ロボット
どうして僕は

ロボットじゃないんだろう?

AI・ロボット・インターネット・DXにまつわる考察を読み物にした面白まじめエッセイ。

 

●もくじ:

・介護士・看護師は人間か、ロボットか?

・インターネットがつくるフォークロア

・こちとら機械だのロボットだのじゃねえ。人間でぃ!

・聖書から始まった「人間VS機械」

・子どもはどうしてロボットが好きなのか?

・どうして僕はロボットじゃないんだろう? ほか全33編

 


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あなたが「もう終わり」と言えばコロナは終わる

 

みんなが知りたい。

コロナ禍はいつ終わるのか。

 

1年前は多くの人が、

今ごろは終わっているだろうと漠然と思っていた。

現在のようなこんな状況を想像していた人は、

ほとんどいなかっただろう。

そしてワクチンさえできれば、

もう解決だと思ってもいただろう。

 

ところが、どうもそうではない。

そうならない。

僕はもしやこれはえんえんと、

まだ2年も3年も続くんじゃないの、と思う。

 

ただし、それはみんなの中に

「コロナ怖い」という意識があるから。

 

ニュースを見ると、

あれだけ悲惨な状況が伝えられていた

ニューヨークやロンドンの

アメリカ人やイギリス人は

「コロナなんてもう終わりだよ」と言って騒いでいる。

 

彼らはワクチンも打ったし、もうコロナなんて怖くない。

だから医療者が何と言おうと、

彼らにってはもうコロナは終わりなのだ。

 

そういう人が大半を占めるようになれば、

実際にはウイルスが跳梁跋扈していても

その社会でコロナ禍はジ・エンドなのである。

 

そんなアホな。

そう思うだろうか?

 

けど日本だってきっと何とか無事にオリパラが終わって

ワクチンが全国・全世代に一通り行きわたれば、

政府も「もう終わりにしましょう」と、

すべてをなし崩しにして

「これからは経済復興です」と言い出すだろう。

 

今回の首都圏の緊急事態宣言に対する

人々のリアクションを見たら、

もうそうせざるを得ないに違いない。

 

インフルエンザが地球上からなくならないのと同様に、

新型コロナもなくならない。

物理的にそれは存在し続け、

僕たちの命を脅かし続ける。

 

でも人日tの多くが

「しかたない。私たちはいつか死ぬのだから」

と思うようになり、

マスメディアもわざわざ取り上げなくなれば、

流行は終焉するのである。

 

要は僕たちがコロナの存在

を無視できるかどうか。

コロナを終わらせるのは、僕たちの心なのである。

 

厄介なのはコロナが終わってほしくないと思っている人が

わりと大勢いることだ。

 

そんなアホな。

そう思うだろうか?

 

オリパラはどうなる?

コロナはどうなる?

僕が思うに、その緊張感を生きる張り合いにしている人が

日本には結構いる。

 

コロナよりも時代が変わってしまうのが怖い。

そういう心理の人たちが

今年秋から来年あたり

どうなってしまうのか。

それもまた気がかりである。

 

命は保障されても、

生きがいは誰も保証してくれない。

 

というわけで今日は1回めのワクチン接種をやってきた。

来月初め、2回めをやったら、

一応、僕の中でコロナの時代は終わる予定である。

ただ、社会には付き合わなくてならないから

空気読みながらおとなしくはしていますが。

 


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週末の懐メロ38:ワイルドワン/スージー・クアトロ

 

「キャン・ザ・キャン」「48クラッシュ」

「悪魔とドライブ」に続く真打。

スージー。クアトロ、1974年の大ヒット曲。

 

レザーのジャンプスーツに身を包み、

ベースを弾いてシャウトする

ロックンロールねえちゃんは、ぶちカッコよかった。

 

彼女が弾くベースはやたらでかく見えたが、

べつにベースがでかいわけじゃなくて、

彼女が小柄だったのだ。

 

あんまりグラマーでお色気出しまくりじゃなくて、

ちょっと小さくて可愛いところも、

アイドルチックで日本人にウケた。

 

それまで女性のミュージシャンが弾く楽器といえば、

ギターやピアノ(キーボード)で、

少なくともメジャーになった人で

ベースというのはいなかった。

その点でもクアトロは斬新だった。

 

彼女が人気になって以降、

急にベ-スが女をカッコよく見せるアイテムになり、

実際に弾かなくてもベースを抱えた

女性アイドルがレコードのジャケットや

雑誌のグラビアを飾っていた記憶がある。

 

音楽雑誌で「なぜあなたはベースを弾くんですか?」

というインタビューに対する

彼女の答が忘れられない。

 

「ギターは頭にガンガン響くのよ。

ドラムはお尻にボンボンくるわ。

ベースはね、股間にビンビン来るのよ」

 

ひえー、そうなの!と、

中学生だった僕はそれを読んで、ぶっとんでしまった。

ロックの女王、面目躍如。

この名ゼリフとともにスージー・クアトロは

永遠のアイドルになった。

 

アイドルと言えば、

かつての歌謡アイドル・榊原郁恵の「夏のお嬢さん」

(♪アイスクリーム、ユースクリームと歌う曲)は、

この「ワイルドワン」のパクリだと言われている。

 

試しに聴いてみたら、パクリとまではいわないけど、

おいしいところはいただいてます、という感じ。

興味のある人は聴き比べてみてください。

 

 

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僕らの時代の妄想力


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動物ハードボイルド人間群像アニメ「オッドタクシー」

 

仕事の合間に見ていた「オッドタクシー」というアニメに

ドハマリしてしまった。

 

大型連休の時、息子が遊びに来ていて

「面白い」と言っていたのを思い出し、

Amazon Primeでやってないかな~と覗いてみたら、

見放題だった。

テレ東で今年4月から6月まで深夜枠で法すしていたらしい。

 

1回20分強で全13回。

仕事の息抜きにちょうどいいかと見始めたのだが、

これがめっぽう面白い。

 

主人公はセイウチのタクシードライバー。

これにゴリラの医者、アルパカのナース、

トイプードル、三毛猫、黒猫のアイドルトリオ、

イノシシとウマの漫才コンビ、

ヒヒのハングレ、ヤマアラシのラッパーなど、

総勢20匹以上の動物キャラクターが絡む。

 

と書くと、なんだかほのぼの動物アニメとか、

メルヘンワールドみたいでしょ?

 

絵柄は割とコミカルだし、

OPやEDの歌もとぼけてたり、

可愛かったりするのだが、内容はそれと正反対。

 

クールでミステリアスでハードボイルド。

そして、けっこう切ない物語なのだ。

 

そのギャップが面白く、

脚本も演出もかなりエッジがきいていて、

心理描写も深い。

折々に入る関節を外すようなギャグもキレている。

何よりも現代の都会を描いた人間群像劇になっている。

 

動物なのに人間群像劇?

一体どうしてそんな世界になっているのか、

その秘密は最終回でわかる。

 

かなり衝撃、そしてかなり深いラスト。

興味を持った人はぜひ見てみてください。

 

Amazonの回しものみたいだけど、

Amazon Primeなら、いま見放題。

他の配信サイトでもそのうちやるかも。

 

 

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いたちのいのち


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週末の懐メロ 37:紅い月/佐野元春&ザ・コヨーテバンド

 

若い頃より還暦を超えた今のほうが

楽曲も。歌う姿も、断然カッコいい。

 

ビートと歌詞が深く溶け合った表現。

積み重ねた歳月、刻まれた経験知

それでいて不思議と新鮮な息吹を感じさせる音楽。

おとなとして成長するとはこういうことか。

 

「アンジェリーナ」も「ハートビート」も

「サムデイ」も「ビジターズ」も「ヤングブラッズ」も

好きでよく聴いていたけど、

最近はもうあのへんの曲を聴きたいと思うことはない。

 

2015年リリースのアルバム

「BOLLOD MO0N」のタイトル曲の充実した歌と演奏は、

佐野元春が懐メロ歌手ではなく、

いまだ現役バリバリの日本のロックの担い手である証だ。

 

この曲のみならず、2005年から始まった

コヨーテバンドとのセッションで

彼の世界はさらに進化した。

 

80年代から90年代の活躍は、

ここにたどり着くまでの

助走だったのではないかとさえ思える。

 

盟友・忌野清志郎も、大瀧詠一も

この世を去った今、

時代の天気を気にすることなく、

けれども確実に空気を呼吸しながら、

佐野元春はひたすら誠実にロックし続けている。

 

かつて「ガラスのジェネレーション」で

「つまらない大人にはなりたくない」と叫んでいたが、

40年を経て、彼はそれを実現した。

 

自分はどうか?

つまらない大人をしていないか?

佐野元春の歌を聴くと。

いつもそう問いかけずにはいられない。

それだけでも聴く価値がある。

 

 

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目覚めればオオサンショウウオ

 

ステイホームで山椒魚化?

ずっと岩屋の中で暮らしていて

体が大きくなっちゃって

外に出られなくなった山椒魚の話は、

井伏鱒二の「山椒魚」である。

 

この間、たまたまオオサンショウウオについて

調べる機会があったので、気になって読んでみた。

確か中学の国語の教科書に載って居たと思うので、

約50年ぶり?

 

最近ずんずん目が悪くなって

本を読むのも結構疲れるのだが、

これはずいぶん短い話なので楽に読めた。

 

面白いかというと微妙で、

なぜこの人はこんな話を書いたんだろう?

と疑問がわく。

 

ウィキを見ると、結構いろんなことが書いてある。

やっぱ教科書に載っているだけあって

知名度が高く、日本文学の中では

夏目漱石の「坊ちゃん」や「吾輩は猫である」、

あるいは芥川龍之介の「蜘蛛の糸」や「杜子春」、

宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」や「やまなし」

くらいの人気があるのかもしれない。

 

ストーリー自体は別に面白くないが、

この山椒魚のキャラや、

描き出される岩屋のイメージは興味深い。

 

ちなみにオオサンショウウオは大きいのだと

体長1・5メートルになる、現在、地球上で最大の両棲類。

英名は「ジャイアントサラマンダー」。

 

半分に裂いても生きている、というすごい生命力で、

「ハンザキ」「ハンザケ」という異名を持つ。

 

すごい悪食で何でも食べるとも、

1年くらい何も食べなくても生きている、とも言われる。

 

戦後、昭和26年に得bつ天然記念物になったが、

その前は生息している地域ではよく食べられていたらしい。

 

あの食通のおじさん・北大路魯山人も、

まるでフグのような味と絶賛していた。

 

京都のある料亭では、

中国から輸入したオオサンショウウオを料理して

こっそり出しているという噂も。

 

いまや仕事も食事も遊びも

何でも岩屋(家)の中で済ませてしまえるご時世。

今夜はカフカの「変身」みたいに

朝起きたら山椒魚になっていた、

という夢でも見そうな気がする。

 

 

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おりべまことエッセイ集:動物

 

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ワイルドボーイ・オオタカきょうだい大成長

 

2021年も早や半分が過ぎようとしている。

人間はいまだコロナ禍に苦しめられているが、

野鳥天国・善福寺川では、

鳥たちの子育てがうまくいっている。

 

今年はオオタカも3羽のヒナが無事成長。

この3きょうだいがもう中高生レベルに達し、

超音波怪獣クラスの鳴き声を上げながら、

川沿いのヒマラヤ杉近辺を飛び回っている。

 

と思ったら、今日はすごいシーンに出くわした。

杉の下にある低い梅の木の枝に止まって

ごはんを食っているのだ。

ごはんになられたのは、どうやらムクドリさんらしい。

 

これまでオオタカがいることは知っていたが、

ほとんど姿を見たことはなかった。

杉の木のてっぺんあたりの木陰から

小さくかすかに見えたのが2~3度きり。

 

肉眼では無理だなと思っていたが、

きょうは10メートルもない距離でばっちり、

それも食事シーンが見られるとは。

 

ちなみにこの林の周辺は、

オオタカにストレスを与えないように、

という配慮でロープが張られ、

それ以上近くには寄れないようになっている。

カメラマンの人たちもそのへんはわきまえ、

きちんとそれを守っている。

おらがアイドルを見守るファンのようだ。

 

撮影したが、さすがにスマホのズームではこれが限界なので、

望遠レンズで撮影している人のモニターを

覗かせてもらった。

子どもとは言え、迫力満点。

目は鋭く美しく、猛禽の凛々しさを備えている。

 

ただ、まだガキンチョなので食べ方が下手。

くちばしできれいに羽根をむしるのはいいが、

いざつつき出すと

ときどき肉を地面に落っことす。

 

落っことしたのは地面に降りて

また熱心に、丁寧にくちばしと足を使って食べる。

他のきょうだいに盗られまいとしているそうだ。

 

このごはんは自分で取ったものでなく、

親から与えられたものを食べているらしい。

まだ狩りはできない

すねかじりの王子さまだ。

 

狩りはできないけど、

攻撃力は日に日に増しているらしい。

 

1ヵ月ちょっと前、杉の木のてっぺん近くにある巣に

数羽のカラスが波状攻撃をかけているところを見た。

 

どうやら生まれた頃の彼らを狙っていたらしく、

大丈夫だろうか? と心配していた。

しかし、カルガモ8きょうだいと同じく、

ここも夫婦で子育てをしていて、

しっかり守り抜いたようだ。

 

あれから1ヵ月あまり、

この中高生レベルの王子様たち

(王女様もいるかもしれない)は

今や大胆にも十数羽の群れに向かって

猛スピードで突っ込み、

カラスたちを蹴散らしているという目撃談まである。

 

たんに遊んでいるのか、

チビの時に襲われたことのお礼参りか、

「おれはタカだ」というアイデンティティの確認か、

いずれにしても体格的にそう違わないカラス軍団に

果敢にケンカを仕掛けるとは、

驚くべきワイルドボーイぶり、成長ぶりだ。

 

オオタカがここで暮らし始めて、

もう5年くらい経つと思うが、

さすがに人に慣れてきて、

人間は危害を加えないということを知ったようだ。

 

ごはんにされてしまうムクドリさんなどには気の毒だが、

動物園でもこんなシーンにはめったにお目に掛かれない。

ワイルドボーイ・オオタカのアイドル度は

ぐんぐんUPしている。

 

 

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猛禽はちょっと怖いイタチ(フェレット)もお話。


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週末の懐メロ㊱:雨音はショパンの調べ/小林麻美withC-POINT

 

 

雨の季節になると思い出さずにはいられない、

小林麻美、1984年の大ヒット曲。

邦題と日本語訳詞を手掛け、

プロデューサー的な役割を果たしたのは松任谷由実。

 

ディスコブームの1980年代、

陽気でイケイケなアメリカとはひと味違う

ユーロ系ディスコが台頭し流行したが、

中でもメロディアスでメランコリックな旋律を

ダンスのリズムに乗せた

イタリア産の「イタロディスコ」はユニークで人気を博した。

 

そのイタロディスコの立役者のひとりが

パウロ・マッツォリーニ。

この原曲「I Like Chopin」を歌ったガゼボだった。

 

ガゼボは自作でありながら

この日本語バージョンに魅了され、

「これは彼女(小林)の歌だ」と言ったという。

 

アレンジも打ち込み音とオーガニックなイメージの

バランスが素晴らしく、

原曲のようなディスコっぽさをあまり感じさせない

とても繊細で丁寧な音作りをしている。

 

「別れたあの人はショパンが好きだった」という、

内容的にはありがちな失恋ソングなのだが、

ユーミンマジックと小林麻美の魔性の歌唱によって

神秘度・エロス度MAXの名曲に昇華した。

 

クールでメランコリックでダンサブル。

8分間のクラブミックスバージョンで展開する

小林麻美の脳内フル女神イリュージョン。

このイリュージョンであなたも僕も

10年長く生きられる。

 

 

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杉並・善福寺川どうぶつキッズサマー

 

5月の半ばに生まれた子ガモは、

お父さん(かな?)も子育てに協力してくれたことで

8きょうだいが無事に中高生レベルまで育ち、

うるさいほど元気に泳ぎまくっている。

 

やっぱり2羽で守っていると、

かなり敵から襲われるリスクを回避できるようだ。

大きくなったので、親父はどっかに行っちゃったみたいだが。

まぁここまで育てばもう親父いなくて大丈夫だろう。

 

と思ってたら、水上でバタバタ大騒ぎ。

何やっているんだろう? と思って観察すると、

なんと飛び立つ練習をしているのだ。

 

飛行機と同じで水上を羽ばたきながら滑走し、

飛び上がろうとするが、まだうまくいかない。

思わず、がんばれ! と応援したくなる。

 

この間、目撃した愛の営みが結晶したのか、

いつの間にか新しい赤ちゃんも5匹登場。

こっちはシングルマザーのようだから

敵から守り切れるのか、ちょっと心配だ。

頭上にはカラスがカーカー飛び回っているし。

 

その川の向こう岸のスギ林では、

すごい甲高い鳴き声が響き渡る。

これはオオタカの子どもだ。

姿は見えないが、すごいすごい。

 

オオタカは善福寺川沿いのアイドルなんで、

きょうはカメラマンが押しかけ、

かなりエキサイト気味。

 

だけど、赤ちゃんガモは

このオオタカの子たちのごはんになるのだろうか?

 

けれども気をを付けるべきはやっぱりカラスだ。

カラスもいつの間にか子育て完了したのか、

やたらと増えている。

 

さらに子ガモの天敵・ヘビーなアオダイショウも

低木の上にニョロリ。

おとなのアオダイショウはその名の通り、

青緑色だが、こいつはほぼグレー。

体もまだ小さくてシマヘビ並なので、

アオダイ少年だと思われる。

 

きょうはアオサギ君までご訪問。

魚を取る瞬間は撮れなかった。

ワイルドに夏本番。

 

 

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あなたは遺骨を使った絵画を家に飾るだろうか?

 

先日の「セレモニージャパン2021」で

最も心に残ったブースは、

日本では、そしておそらく世界でもほとんど例のない

遺骨を使った絵画「供養絵画さくら」だった。

 

30年ちょっとの短い人生を終えた女性。

生後1か月で逝った子猫。

海辺を散歩するのが好きだった犬。

そして最期に桜を観たいと呟いた女の子。

 

彼女らの命の記憶をこの世にとどめるために、

「供養絵画さくら」のアーティスト小林吉春氏は

画材に遺骨を用いたのである。

 

仕事で主にアニメーション作品の

立体造形物制作に携わってきた小畑氏は、

自分が作ったものがイベント終了後には

ゴミとして破棄されてしまうことに

心のわだかまりを抑えられなかった。

 

それで給料をもらって生活しているのだから、

よしとしなければいけないのだが、

 

消耗品を作っている。

消費されるものを作っている。

 

という思いからアーティストは逃れられないのだ。

 

彼は「消費されないモノづくり」を模索するようになった。

そして2

遺骨、そして幼くして亡くなった姉の遺骨を目にした。

何かが彼の胸に舞い降りた。

 

遺骨を使った供養絵画はそこから始まった。

 

インスタグラムに上げたところ反響があり、

この5年間で約30点を制作した。

遺族や飼い主からヒアリングをし、

イメージする色や風景、

ストーリーを1枚の絵にしていく。

 

 

料金は応相談だが、基本的に大きさに比例し、

小さなものは額縁込みで5万円から。

 

人の遺骨を画材にするのは前例がなく、

禁止する法律はないが、万一のトラブルを避けるため、

依頼を受ける際に合意書を書いてもらているという。

 

ちなみに日本は遺骨の処理に関して、

おそらく世界一厳しい国ではないかと思う。

 

他の国では遺骨はメモリアルではあるが、

ただの物質としみなすのに対し、

日本では古くから霊魂が宿ると考えられ、

意味や価値を持っているからだろう。

 

絵画にするのは美しい・素晴らしいと思う人がいる一方で、

怖いと思ったり、眉を顰める日tもいるだろう。

 

新しいものはいつの時代も賛否両論である。

 

いずれにしても遺族の心に寄り添った

新しい供養の在り方として、

また、ひとりのアーティストの

ユニークなプロジェクトとして気にかかる。

 

 


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分身ロボットカフェがオープン

 

本日、日本橋に分身ロボットカフェがオープン。

その名も「DAWN(ドーン)」

AI・ロボット時代の夜明け。

 

カフェでサービスする分身ロボット「OriHime」と「OriHime-D」(オリヒメ)を

遠隔から操作する「パイロット」は、

難病や重度障害などで外出が困難な人たち総勢50名。

 

日本らしい、人の心を映し出した

クールジャパンなロボット文化が

本格的に始まる予感。

 

 

 

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ロボットをテーマにした小説・エッセイもどうぞ。

 


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週末の懐メロ㉟:ナッシング・トゥ・ルーズ/U.K.

 

U.K.は1978年に結成された

“最後の”プログレッシブロックバンドである。

プログレッシブロックの歴史の始まりが、

1960年代後半のビートルズの

「リヴォルバー」や「サージェントペパーズ」だとすれば、

終焉はU.K.の3枚目にして最後のアルバム

「ナイト・アフター・ナイト

(U.Kライブ・イン・ジャパン)」だった。

 

僕は1979年のこの日本公演を見た。

東京で2公演が行われ、

5月30日の中野サンプラザのステージに行った。

 

同年発表されたこの曲ももちろん演奏され、

クリスタルに輝くエレクトレックバイオリンを弾きまくる

エディー・ジョブスンの姿が今でも目に浮かぶ。

 

「ナイト・アフター・ナイト

(U.Kライブ・イン・ジャパン)」は演奏修了後、

オーディエンスの「U.K.コール」が鳴り響き、

それがエコーアウトするという

すごくカッコいい終わり方をする。

 

しかし、収録は僕が見た後の6月4日の

日本青年館での公演を録音したものだったので、

レコードを聴いた時、

U.K.コールに参加できなかったことを

地団駄踏んで悔しがった。

 

そのライブアルバムが出たのは

確か同年の終わりごろだったが、

翌年になってU.K解散のニュースが伝えられた。

つまり、プログレッシブロックの歴史は

1970年代とともに終わったのである。

 

――と言うと、異論を唱える人がいるのは知っている。

U.K.を率いていたジョン・ウェットンは解散後、

イエスのスティーヴ・ハウや

ELPのカール・パーマーらと

エイジアを結成し、世界的な大ヒットを飛ばした。

 

メンバーチェンジをして生まれ変わった

イエスやジェネシスも

全米ヒットチャートを賑わせる

超人気グループに駆け上がった。

 

それはそれでいい。

売れたのが悪いわけではない。

けれども、それらはもうプログレッシブロックとは

異なる音楽だった。

 

その後、40年余りにわたってこれらのバンドは

解散しては再結成を繰り返してきたけど、

オーディエンスがリクエストと喝采を送るのは、

全米で売れた80年代のヒットナンバーではなく、

それ以前の70年代に彼らが生み出した、

今思えば奇跡のような、野心と抒情と哲学と、

大いなる世界の幻想に溢れたプログレの名曲群なのである。

 

1978年はパンクロックが音楽界に旋風を巻き起こし、

プログレ人気が凋落の一途を辿っていた時期だった。

 

そこへ舞い込んだビッグニュース。

ジョン・ウェットン(ベース/ヴォーカル)と

ビル・ブラッフォード(ドラム)が新バンドを結成!

しかもバンド名は、

United Kingdamというイギリスの正式国名。

 

これに数多のプログレファンの胸は高鳴った。

何と言っても二人は1975年に一度解散した

キング・クリムゾンのベーシストとドラマーだ。

 

そこにロキシーミュージックの元メンバーで、

クリムゾンのセッションに参加したこともある

キーボード&バイオリンのエディー・ジョブスン、

そして元ソフトマシーンのギタリスト、

アラン・ホールズワースが加わる。

 

U.K.の登場はキング・クリムゾンの再来、再結成と

受け取られた。

しかし、U.K.に対する当時の世間的評価は

あまり芳しくなかった。

 

クリムゾンファンの期待が大きすぎたせいか、

デビューアルバム「憂国の四士」は、

「クリムゾンにしてはスケール小さい」

「いまいちエッジが立ってない」などと言われた。

 

メンバーチェンジしてトリオ編成になって出した

セカンドアルバム「デンジャーマネー」は

「プログレなのにポップ過ぎる」という評価だった。

 

いま改めて聴いてみると、

1枚目は、確かにクリムゾンの影が残っているものの、

アヴァンギャルド的な部分よりも、

メロディアスな部分を強調していて聴きやすい。

 

2枚目は半分プログレ、

半分ポップなハードロックという感じで、

のちのエイジアに繋がる要素が垣間見える。

 

けれどもそれはもちろん、

クリムゾンでもエイジアでもなく、

U.K.というバンドでしか生み出せなかった楽曲群だ。

 

U.K.は活動期間も短く、

遺したアルバムもスタジオ盤2枚、ライブ盤1枚の

3枚のみで、レパートリーも20曲に満たない。

けれどもその充実度はすばらしく、

僕はどの曲も大好きだったし、

初めてプログレを聴く人にも親しみやすいと思う。

 

プログレの頂点に立つのは、一般的には4大バンド

(キング・クリムゾン/ピンク・フロイド/

イエス/エマーソン・レイク&パーマー)、

あるいはこれにジェネシスを加えた

5大バンドと言われているが、

僕はキャメルとU.K.を加えて

7大バンドということにしている。

そして唯一、

リアルタイムでライブを体験できたU.Kに対しては

愛着ひとしおなのだ。

 

あの40年以上前の日本公演で印象に残ったことがもう一つ。

プログレを聴くのは男ばかりと思っていたのだが、

オーディエンスには意外と女の子も多かった。

 

それはたぶん、

表に立つジョン・ウェットンとエディー・ジョブスンが

二人ともかなり美形だったことが大きいと思う。

ちょっとクイーンファンっぽいノリだったのだろう。

 

たしかにウェットンがベースをブンブン鳴らす横で、

ジョブスンが、今でいうならまるで羽生結弦のように

華奢な身をくねらせながらバイオリンをきらめかせ、

ギュンギュン言わせるビジュアルは、

本当に美しく、かっこよかった。

 

女子たちは、周りにいる

「聖域を荒らすミーハー許すまじ」みたいな、

プログレファンの男たちの気位の高さを察してか、

ジョンとかエディーとか呼ぶのではなく、

「ウェットン!」「ジョブスン!」と声をかけていた。

そのおとな対応が、いま思い返すとちょっと面白い。

 

2011年以降、ウェットンとジョブスンはU.Kを再結成し、

日本公演も行った。

映像を見たが、齢を取って二人の美貌は衰えたものの、

演奏は素晴らしく充実しており、

“最後の”プログレッシブロックバンドは

なおも光り輝いていた。

 

けれどもウェットンは2017年にこの世を去り、

ジョブスンも音楽の世界から身を引いたという。

 

さようならU.K.

歴史は永遠に閉じられた。

それでも僕はやっぱり死ぬまで

プログレを聴き続けるだろう。

 

 

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海はとても遠くにある

 

歌の中で、映画の中で、物語の中で、

海を目指す主人公は多い。

海は広い。限りない。

海は彼や彼女の内側にある可能性、

と同時に帰るべき場所のメタファーだ。

 

僕も演劇をやっていた頃、

海を目指す男の物語を書いたことがある。

けれども彼がたどり着いたのは仮想現実の海だった。

あの男は結局、仮想現実の海で溺れてしまい、

箱の中から外に出ていくことができなかった。

 

なんでそんな話を書いたのかよく思い出せないが、

海賊やら、人魚姫やら、詩人のランボーやら、

ギリシャ神話やら、

当時、自分が好きなものをぶち込みまくったので、

支離滅裂な話になってしまった。

 

それでも役者は楽しんで演じてくれたし、

数百人のお客さんも楽しんでくれた。(と思う)

 

だけど自分で納得がいかず、

そのうち何かの形でリベンジしようと思っていて、

あっという間に年月が経った。

 

人生は短い。

 

昨年出した「ピノキオボーイのダンス」という小説で、

少しそのリベンジの片鱗を入れた。

じつはこれも完成形にするまでに10年くらいかかった。

 

でもやっぱりまた海を目指す男(女でもいい)の話を

書きたいなぁと思い始めた。

僕がかつて描いたあの男は、

今度はどうやって仮想現実の海が広がる

箱舟から抜け出すのか?

 

そもそもどこかにリアルな海があるということを

信じられるのだろうか?

 

人生はますます短くなる。

実は海にたどり着くことより、

海を目指して歩くことに意味があるのだ。

 

歩き続けるためには海があると信じること。

自分を信じ続けること。

自分自身であり続けること。

 

テーマは美しい。

海は美しい。

だけど、とても遠い。

せめて街の雑音が消えて、

潮騒が耳に届くあたりまで行ければいいなぁと思う。

短い人生の中で。

 

 

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ピノキオボーイのダンス


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みんなでワイワイおかたづけの時間

 

そういれば最近、顔出しをしてないなと思って、

先週「セレモニーJAPAN」の会場で撮った写真をのっけてみる。

いっしょに映っているのはブットンくんという

大阪の御堂筋にある「難波別院」、

通称「南御堂」のキャラクターである。

 

このお寺の境内にははドカン!と

17階建ての高層ホテルが建っており、

「日本初のホテル一体型山門」を売りとしている。

 

つまりホテルとお寺が一体化しており、

快適なベッドルームに宿泊した客は、

そのまま本堂へ行って坐禅や写経を体験、

といったこともできるらしい。

 

ホテルは「大阪エクセルホテル東急」である。

つまり東急資本の新たな開発だ。

東急グループはこの4月に「東急ラヴィエール」という

新会社を立ち上げ、不動産の整理や相続、終活、

そしてゆくゆくは葬式やお墓のことまで手を伸ばそうと、

エンディングにまつわる事業をスタートさせた。

 

先週紹介した広告代理店の博報堂もそうだが、

この業界にはいろいろな資本が入ってきて、

ビジネスをしようとしている。

 

それは日本社会が戦後、どんどん広げまくってきた

風呂敷をたたむ時代になっていることを象徴している。

思い切り散らかした部屋をどう後片づけするか、

と言ってもいい。

 

後ろ向きな意見に聞こえるかもしれないが、

問題はどうすれば風呂敷をきれいにたたむのか、

どうすれ、ときめきながらお片付けできるか、だ。

 

その後始末・お片付けというテーマに

市場があり、ビジネスのタネがある。

 

大資本もITもお菓子屋さんもアーティストも個人事業者も、

みんなここに集まってくる。

思ったほど儲かるかどうかはわからないが。

大勢の人や会社が集まれば、

当然、いろいろ面白くなる。

 

これからこの業界で何が起こるか?

僕は仕事があるので探っていくが、

あなたもちょっと気にしておいて損はない。

 

そしてできれば、お片付けに

ちょっとでも胸のときめきを感じたいね。

 

 

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エッセイ集:昭和

昭和96年の思い出ピクニック


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子ガモとアニマルガモ

 

先週は取材で日中、出ずっぱりだったので、

ほぼ1週間ぶりに泡沿いを散歩する。

 

チビガモ8羽、いつものホームエリアで確認。

少し見ぬ間にまたもや大きくなった。

はじめて目撃してから1ヵ月経つ。

そろそろチビとは呼べなくなりそうだ。

 

ところで1週間前の夕方の散歩中、

ガーガーギャーギャー

すごいわめき声が聞こえるので

どうしたんだろう?と慌てて駆け寄ってみると

カルガモカップルが子作りに励んでいた。

 

またもう少しして今の子どもたちが

おとなになる頃。新しいチビガモが生まれるかもしれない。

 

それにしても、いくらカルガモとはいえ、

プライベートライフを盗撮するのは

失礼かなと思って

写真も動画も撮らなかったが、

かなりワイルドな世界。

(野生の鳥だから当たり前だけど)

 

オスはメスにのっかってバシバシたたくわ、

くちばしをくわえて引っ張るわで、

平和そうな顔つきに似ず、

なかなかエキサイティングな愛の営みを繰り広げていた。

 

もちろんカモだって個体差があるので、

そいつが特別暴力的だったとか、

メスもそういうのが大好きだったという可能性もあるが。

 

生まれた子どもはかわいいけど、

子孫繁栄のための行為は、

やっぱりけっこう

スケベでアニマルだよなと再認識。

 

 

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エッセイ集:動物

 

神ってるナマケモノ


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週末の懐メロ㉞:雨のクロール/森田童子

 

森田童子には春や夏を歌った曲が多い。

明るい光の向こう側にある影、孤独、別れ、哀しみ、死。

彼女はそうしたものを歌にしてきた。

1975年のデビューアルバムに収められた

「雨のクロール」はそれを象徴する佳曲である。

 

この音源はライブ

「東京カテドラル聖マリア大聖堂録音盤」から。

 

死去したことが公表されたのは3年前、

2018年のちょうど今頃だ。

それより35年以上も前に

もう森田童子であることをやめ、

一人の主婦として

都内のどこかで静かに暮らしていたらしい。

 

森田童子として遺した特異な歌の数々からは

どうもその暮らしぶりは想像しにくい。

でも、作品とその人の生き方・キャラクターに

整合性を求めるのは間違っていると思う。

 

1980年を過ぎて時代が変わり、

「学生運動をやっていた人たちのアイドル」

に対する関心は薄れ、

もう自分の役割は終わったと感じたのだろう。

 

どんな思いで歌うのをやめたのかわからないが、

もうしがみつくことはなかった。

 

キャリアの後半、

周囲がなんとか“延命”させようと

自分の曲に

当時の流行りだったニューウェーブやテクノポップ風の

アレンジをして売ろうとしたことにも、

すっかり嫌気がさしてしまったのだろう。

 

でもそれ以上に、普通の人になって

普通の幸せを手に入れたかった。

子ども時代に何か普通ではない、

過酷な体験があったのかも知れない。

 

本人はインタビューで

「病気のせいで孤独な生活を送っていた」

とだけ語っている。

 

そんなわけで1990年代になって

「ぼくたちの失敗」がドラマの主題歌となって

大ヒットしたのは、

本人がいちばんびっくりしたにちがいない。

 

けれども、それさえも遠い昔ばなしになってしまった。

 

森田童子はあまりにも学生運動とその時代と

セットで語られ過ぎてきた。

 

時代のベールを剥がして聴くと、彼女の歌の本質が見える。

春や夏の光の向こう側にある、人間の心の影や孤独。

 

時々、若い歌手がカヴァーを歌っているのを聴くが、

若者ほどその本質を理解している。

 

消費されることのない永続性と、

神聖と言ってもいい領域が、森田童子の歌の中にある。

 

 

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ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力


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世界へ羽ばたく鳥取・米子のどら焼き屋

 

エンディング業界の展示会

「セレモニーJAPAN2021」で

ひときわ異彩を放つどら焼きブース。

 

どら焼きの生産量日本一、

鳥取県米子市の丸京製菓が、

お葬式のおみやげや香典返しにどら焼き最適!

ということでブースを出展した。

 

4月4日を「どら焼きの日」に制定し、

地元では「どら焼き公園」まで作ったというこの会社、

日本全国のスーパーやデパートに供給。

そればかりか、

世界20か国にどら焼きを輸出しているという

知られざるどら焼き屋。

 

もともとは和菓子屋として饅頭、団子、大福など

いろんな和菓子を作っていたらしいが、

何を思ったのか、50年ほど前から

どら焼きに特化。

以降、どら焼きを信じ、

どら焼き一筋に邁進してきたという。

 

「社長がドラえもんを好きだったんですか?」

と聞いてみたが、よくわからないという。

 

「ドラえもんがどら焼きに及ぼした経済的効果について」

という一文を書いたことがある僕としては、

丸京食品がどら焼き専門店になった秘密が

知りたくてたまらない。

一度、米子を訪れなくてならない。

 

というわけで、どら焼きの地位向上の

おもての立役者がドラえもんだとすれば、

裏の?立役者は丸京製菓だと言わざるを得ない。

 

黄色いポロシャツを着た営業担当者の方から

いただいた名刺には

 

「常務執行役員CMO(最高マーケティング責任者)

営業部 兼 国際事業部 兼

マーケティングチーム責任者」

 

という、とてもどら焼き屋さんとは思えない

カッコいい肩書が。サイコーです。

 

ちなみに贈答の用途は、お葬式に限らず、

お祝い事でも何でもOK。

注文すればオリジナル焼き印も押してくれる。

「1個からでもオーケーです」とのこと。

 

取材したらおみやげももらったので、うちで食べた。

ふつうにおいしい。

 

感動的!というほどでなく、

ふつうに、ほどほどにおいしところが、

贈る側もいただく側も、重くなくていいのだ。

 

気軽においしくてユーモラスなどら焼きは

鳥取の誇り、日本の誇りです!

 

 

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エッセイ集:食べる

 

ロンドンのハムカツ


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セレモニーJAPAN2021取材: 大手企業の葬儀業界参入

 

昨日9日から青海(東京テレポート駅:

フジテレビのあるところ)の

ビッグサイト分館で、

「セレモニージャパン

(エンディング産業展)2021」という

葬儀供養業界の展示会が開かれている。

 

鎌倉新書・月刊仏事の仕事で、

ライターとして3日間通勤取材。

 

世は高齢化・多死時代。

数年前から、そのうち、この業界にも広告代理店が

進出してくるのではないかという噂が飛び交っていたが、

今年、ついにそれが現実となった。

 

この6月に博報堂が、

オンライン追悼サービス「しのぶば」の開始を発表。

一気に業界の多くの人たちが浮足立った感がある。

 

通りがよいので簡単に「博報堂」と言ってしまうが、

「しのぶば」は、正確には博報堂DYグループの

AD plus VENTURE(アドベンチャー)株式会社の

事業の一つである。

 

DYというのは、大広、読売広告社のイニシャルで、

これらの広告会社も傘下に入っており、

いまや博報堂はメガ高億代理店となっている。

 

AD plus VENTURE(アドベンチャー)は

そのグループ56社から広く新規ビジネスアイディアを

募集、審査、育成し、事業化する仕事を

2010年から行っている。

 

昨日はセミナーの一つで、「しのぶば」の代表と、

業界の革命児と呼ばれる二人の葬儀社社長の

パネルディスカッションが行われ、

10年後を見据えたとても濃い内容で面白かった。

 

「しのぶば」の代表は子育て中の30代の女性である。

 

「博報堂は生活者目線で事業を展開してきた。

今まではその明るい部分にばかり焦点を当ててきたが、

これからはそうではない(陰とされてきた)部分にも

焦点を当てたい」

 

と話したのが、ひどく印象的だった。

いずれにしてもこの業界を、

ひいてはライフスタイル全般を変える

きっかけの一つになるのは確かだと思う。

 

 

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どうして僕は

ロボットじゃないんだろう?

 


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自己満足のために山に登る

 

その昔、僕がまだ若かった頃は「30過ぎは信じるな」とか、

29歳で雪山の中に埋もれて死ぬ

(そうすれば美しく死ねる)

とか言ってた人が結構あちこちにいた。

現実にも、ドラマの中でも。

 

そんな御伽噺をしていた人が高齢まで生き延び、

健康を気にして、さらに生き延びたいと願っている。

「あんなこと言ってたのは若い時分のたわごとですよ」

ちょっと照れた顔で、

あるいはちょっと怒った素振りで

そう言い訳するだろう。

そして、あんな言い分は自己満足にすぎないよ、

と、ちょっと歪んだ笑いを見せるだろう。

 

そして、夢から醒めたほとんどの人は、

30過ぎから新たな人生を歩み始める。

 

もう遠くは見ない。

足元だけを見て歩く。

けれどもだんだん、

どこまでも続くまっ平らな平地を

歩き続けることには耐えられなくなる。

 

30過ぎまで生きた人は、

自分が登りたい山を見つける。

がんばれば登れそうな山を懸命に探しだす。

 

私はここまで登って、こういう景色を見た。

人生の中でその自己満足を得るために。

 

中には思いがけず高いところまで登れてしまって

怖くなってしまう人もいる。

怖いからもう降りようと思っても

降りる勇気がない。

 

登る時よりも降りるときのほうが勇気がいる場合もある。

気が狂うほど怖くなることだてある。

 

高齢まで生き延びて、果たして何があるのか?

人は人間としてどこかに到達するのだろうか?

 

答を言ってしまうと、どこにも到達しない。

どこにもたどり着けない。

ただ、山に登り続け、どこかで行き倒れになる。

私は最期まで登り続けたという自己満足だけを残して。

 

その自己満足こそが生き延びてきた人の特権だと思う。

 

 

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魚のいない水族館

 


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認知症のおかあさんといっしょ

 

 

今日も認知症の義母は川沿いを散歩しながら、

通りすがりの人たちに愛想を振りまく。

子どもやイヌを見て可愛い、可愛いいと連呼する。

ネコはどっちかというと苦手なようである。

 

しかし、じつはイヌもちょっと苦手。

イヌは人間の言葉がわかるから、

きっと可愛がってくれるんだろうと思って

しっぽをフリフリ寄ってくる。

 

顔は笑っているが、

ちょっと大きいイヌだと内心ビビっているのがわかる。

しかたないので、僕が代わりに撫でたりしてあげる。

義母のそんなキャラも面白いと思う。

 

認知症の介護と言っても、

今のところはそれくらいで済んでいるが、

もちろん先のことはわからない。

 

2025年には5人に1人が認知症患者になるという。

わずか4年後のことだ、

本当にそうなるのか?

もちろん先のことはわからない。

 

でも、これからの社会が

認知症という現象と共存する社会になるのは、

ほぼ間違いないだろう。

 

認知症と認定されると、

どんなお金持ちでも

自分の財産を好きなようには使えなくなる。

 

記憶の中から、お金も社会的地位も、

家族も友だちもみんな消え去っていく。

 

それまで所有していた財力や権力に関わらず、

一気に社会の弱者に転落する。

 

その時に何かを愛することができるか、

そして、人から愛されることができるか、

それがその人の人生の価値になる。

 

あまり考えたくないが、

もし自分が認知症になったら・・・ということは

心のどこかにメモしておいたほうはいい気がする。

 


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週末の懐メロ㉝:ジョニー・B・グッド/チャック・ベリー

 

ビートルズも、ローリング・ストーンズも、

彼らに追随した世界中の数多の歌手も演奏者も、

チャック・ベリーがいなかったら生まれなかった。

ロックンロールのグランドファーザー、

1958年のバイブル。

 

このバイブルが発表された年は

僕はまだこの世に影も形もなかった。

 

初めて聴いたのは1974年。

近所のレコード屋が主催する

中高生らのコンサートが

区役所のちんまりしたホールで開かれた。

 

そこで中学の同級生のカドタくんが

「お子さまバンド」という3人組のバンドを結成して出演。

そこで演奏したのが「ジョニー・B・グッド」だったのだ。

(他にも2、3曲やったと思うが忘れてしまった)

 

当時、僕はハードロックやプログレッシブロックの

分厚くて起伏が激しく、

綿密に構成された楽曲が好きだったので、

初期のビートルズやストーンズがやっていたような

シンプルなロックンロールには

スカスカ感を感じて、正直、物足りなかった。

 

ところが、お子さまバンドがやった

「ジョニー・B・グッド」は

めちゃくちゃイカしてた。

 

中学生のバンドがそんなにうまかったわけではない。

しかし、とにかく楽しいノリと旋律が、

一発で体に刻み込まれた。

 

チャック・ベリーはその頃から

すでに伝説のロックンローラーとして、

ジョン・レノンやキス・リチャーズの口から

語り継がれていた。

 

その独特のパフォーマンスも、

「ロックなんてお笑いみたいなもん」とか、

「インチキだらけの世の中なんて笑い飛ばしたる」

みたいな気概を体現しているようで大好きだ。

 

2017年、グランパ・ベリーが

90歳でこの世を去った今も、

永遠のロックの北極星として、

ジョニーはグッドであり続ける。

 

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なぜ日本にカエル食が定着しなかったのか?

 

 

かわいいから食べられなかった?

そんなに殊勝な民族なのだろうか、日本人は。

 

というわけで昨日の続き。

 

どうして中華やフランスには

カエル料理があるのに、

世界に冠たる日本料理にはそれがないのか?

なぜ日本ではカエル食が定着しなかったのか?

 

そう考えて検索してたら、

素晴らしいものを見つけてしまった。

 

その秘密は横浜にあった、

横浜の、あまり実用的とは言えない

さまざまな面白情報を載っけている

「はまれぽ.com」というウェブマガジン。

「横浜には食用ガエルの養殖場があったって本当?」

という記事だ。

 

この記事によると、

 

日本の食用ガエルの歴史は、

1918(大正7)年4月に東京帝国大学(現:東京大学)

名誉教授・渡瀬庄三郎(わたせ・しょうざぶろう)

博士によって、

アメリカのルイジアナ州ニューオリンズより雄10匹、

雌4匹を輸入したことが始まりだ。とされている。

 

食用ガエルは当初、帝国大学伝染病研究所内(東京都文京区)の小規模な養蛙池で養殖され、食用蛙養殖が国内でも可能なことが立証された。(以上引用)

 

となっている。

当時、カエルは栄養素も高く貴重なタンパク源として、

食糧問題解決の一策として注目された事業だったらしい。

 

このアメリカからやって来た食用ガエルの正式名は

「ブル・フロッグ」。

まんまウシガエルだ。

そして昭和になってから、そのエサとすべく

今や親しみ深いアメリカザリガニも輸入された。

 

今や指定外来種として、

石もて追われるような存在になってしまった

ウシガエルとアメリカザリガニだが、

100年前は鳴り物入りで、

日本の新たな食の救世主として招かれたんだね。

 

で、どうやら今の新横浜駅の近くにある

スケートセンターのあたりに

1938(昭和13)年ごろまで

大規模な養蛙場があったらしい。

 

はっきりとはわからないが、

日本にあった養蛙場は1940年代、

つまり終戦の前後ですべてなくなり、

そこで日本におけるカエル食の歴史は

途絶えてしまったようだ。

 

横浜で養殖されたカエルたちは

中華料理店などに出荷されていたらしいが、

その頃は中華街でカエルを食べさせる店が

あっただろうか?

 

このはまれぽの記事は、

女性ライターが、実に丹念に現地取材と文献調査を行い、

写真も豊富に載せていて、

日本の食用ガエルの歴史がわかる仕組みに

なっているので、

興味のある人はぜひ読んでみてください。

(カエルが苦手は人はやめたほうがいいです)

 

https://hamarepo.com/story.php?page_no=1&story_id=4457

 

カエルのから揚げを食べた経験上、

カエルの肉は結構おいしい。

味や食感としては、

鶏のささみと魚の中間みたいな感じだ。

 

いいお値段がするけど、ネットで買うこともできる。

話のネタに一度食べてみてケロ。

 

しかし、はまれぽの記事にも

「なぜカエル食が日本に根付かなかったのか?」

の考察はなかった。

やっぱり見た目の問題なのか?

 

と、今日もYouTubeのカエルの合唱をBGMにして

夜な夜なかんガエル。

 


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6月にカエルを愛でる日本人と 「みんなが作ってる カエルのから揚げレシピ」の衝撃

 

6月と言えばジューンブライド。

というのはヨーロッパの話で、

日本は6月と言えばカエルである。

 

お米の国・日本では田んぼの妖精みたいなカエルは

人気者だ。

ケロケロ鳴いて

恵の雨を降らせてくれると信じられていた。

人気者どころか豊作の神様みたいなものである。

 

食糧が豊富になった現代はそんなありがたみも薄れ、

雨もカエルが呼んでくるような情緒あるものでなく、

災害の恐怖を伴う集中豪雨。

 

しかし、時代は変わってもカエルはかわいがられる。

幼稚園とか学校とか、子どもびいるところは

かわいいイラストとか折り紙のカエルだらけ。

 

昨日、スーパーに行ったら季節感を出すために

ここにも蓮の葉の傘を差したカエルがいっぱいいた。

 

そこでつい売り場のお姉さんに

「こちらのお店ではカエルの肉は売ってないですか?」

と聞こうとしたが、抑えた。

嫌がらせに来たのかと思われても嫌なので。

 

なんでそんなことを聞こうと思ったのかと言うと、

だいぶ昔のことだが、

名古屋にある浜木綿(はまゆう)という

中華料理のチェーン店のメニューに

カエルのから揚げがあって、

それがけっこうおいしかったことを

思い出したからだ。

 

帰省するたびに家族で食べに行っていた。

まだ父が生きていた頃だから

もう12年以上前のことである。

 

今はもうメニューにないが、

中華料理では普通にカエルを食べる。

タイとかベトナムなどの東南アジアでもあるし、

ヨーロッパではフランス料理の

重要な素材になっている。

 

今の日本ではどうなのだろうと

ネット検索してみたら、

「みんなが作ってる カエルのから揚げレシピ」

というタイトルを見つけた。

なんとクックパッドに載っている。

 

レシピの生い立ちには

「田んぼ道でふと見かけて、

捕まえられたので作りました」とあり、

ちゃんと写真付きで作り方が書いてある。

脚だけかと思ったら、

なんと丸ごと姿揚げなので、

ちょっとびっくりした。

 

ただ、当然というか、

他に作って食べてみましたという

「たべレポ」は見当たらなかった。

 

そこでまた考えた。

 

どうして中華やフランスには

カエル料理があるのに、

日本料理にはないのだろう?

どうしてゲテモノ扱いなのだろう? と。

 

実は明治期から昭和の戦時期にかけて

日本でもカエルを食べようという施策が

国家プロジェクト波のスケールで進んでいた。

東京都文京区の実験田をはじめ、

鎌倉や横浜に大規模な養蛙(ようあ)場も

儲けられていたのである。

 

というわけでこの話の続きはまた明日。

 


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