中年期以降の同窓会幹事の心のゆらぎ

 

 4月の同窓会まで1ヶ月を切り、ほぼ連絡が行きわたったようなので、手伝ってくれてる二人にメールを送って情報をとりまとめる。

 直前まで出欠変更は可能だけど、とりあえず人数を店に知らせておく必要があるので。

 

 この仕事、20代の頃は単なる飲み会の連絡係・会計係に過ぎなかったのだが、齢を経ると様相が変わる。

 

 飛び級で早々に人生を卒業してしまったのも二人ほどいる。

 

 それぞれの生活環境などわからないし、家族のこと・仕事のこと・お金のこと・健康のこと、ぞれいろいろ問題抱えているだろうし、長く生きているといろんなことが起こる。

 

 40年前と寸分たがわぬキャラ丸出しのメールが来て笑っちゃうこともあれば、できれば聞きたくなかったこと(相手も話したくなかったこと)を聞くことにもなる。

 

 名簿を見ながら、だれだれ出席、だれだれ欠席と、漢字4~5文字の本名を書いていると、これ誰だっけ?と認識できなくなるケースもチラホラ出てくる。

 特に女子は名字が変わっていることが多いので、なおのこと。

 

 そこでそれぞれ当時の愛称・通称・あだ名などで書き換えてみると、たちまち顔が思い浮かび、声が聞こえてきて、キャラクターが立ち上がる。

 身振り。口振り・服装・背景・いろんなシチュエーションまで再現できたりする。

 

 そうやって名前を書き出すと、今回は欠席でも次回また声を掛けようという気になる。

 

 でも連絡先がわからない・つながらないのもいる。

 また、もう連絡なんかいらないと思っているのもいるだろう。

 しかたないことだけど、幹事なんかやっていると、ここまできちゃうと、そういう人たちとはもう完全に切れちゃうだろうなと思う。

 切っちゃう権限が自分にあるのかなとも考える。

 

 もしかしたら以前は同窓会なんてどうでもいいと思っていたけど、今になってみると行ってみたいな、連絡があればなぁ、声掛からないかなぁ・・・と待っていることだってあるかも知れない。

 

 「あいつがお願いって声掛けてきたから、しかたないので来てやったよ」

 ――今ならそういうやつがいてもOKと笑えるだろうなぁ。

 

 こんなよけいなこと考えずに、クールに事務的にさっさと進めればいいのに、なんかいろいろ引っ掛かっちゃうんだよなぁ。

 


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テープ起こしの日々

 

 取材が続いたので、今週はテープ起こしと原稿書きの日々。

 きょうは先日の里山農業プロジェクトの野田君の音声を起こしました。

 録音を聞いてみて、やっと彼のヴィジョンが理解できる。

 思った以上に深く、広がりがある。

 これを一旦メモ帳に書き記して、その後、あっちこっち編集したのにプラス、合間合間に自分の文章を書き入れていく、というのが取材をした記事のオーソドックス(僕にとっては、ということだけど)な書き方です。

 

 テープ起こし(機器はICレコーダーですが)は面倒な作業で時間もかかるし、重労働ですが、手ごわい内容は、これをやらないとどうにも頭にすんなり入ってきません。

 テープ起こしをアウトソーシングすればラクに早くできるのだろうけど、そんな経済的余裕などないし、それにそう横着しちゃうと、なんだか寂しい気持ちになる。

 頭の回転が鈍いので、何度も反芻しないとよくわからないんだよね。

 この後もまだいろいろ溜っているので、どんどんやらねば。

 間もなく3月も終わり。

 こうしているとあっという間にゴールデンウィークになってしまいそうです。

 


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鎌倉新書と新連載企画の話

 

 月に一度、鎌倉新書の打ち合わせで日本橋・八重洲方面に出向きます。

 鎌倉新書というのは葬儀供養業界のWebや雑誌を作っている会社。

 以前は仏教書を出版していたのですが、現会長が社長になった20年ほど前から、機械化とかITテクノロジーとか、非人間的なイメージを嫌うこの業界において、いち早くインターネットでの情報発信にシフトしました。

 

 「いい葬儀」という、消費者と葬儀社とを仲介するポータルサイトを開設したところ、業界内では当初、白い目で見られ、あの会社は代替わりしてダメになったと言われたらしいのですが、そこは時代の趨勢であれよあれよという間に市場に浸透。

 

 特に僕が本格的に関わり出した2年半ほど前から株はうなぎのぼりで、一昨年末にこの八重洲の一等地に引っ越したと思ったら、それから1年も経たないうちに東証一部上場を果たしました。

 

 とは言え、利益分はいろいろ始めた新事業のほうに回っているようで、外部ライターである僕のギャラが上がるわけではありません。

 

 正直、割に合わんなーと思うことが多いのですが、興味のある分野だし、ある意味、高齢化・多死化代社会に関する最先端情報(テクノロジーなどではなく、社会心理的流れとしての情報)にも触れられるので、引き続き、業界誌の月刊仏事で記事を書き、時々Webの方もやっています。

 

 その月刊仏事から新しい連載企画をやりたいけど何かない?と言われたので、以前、このブログで書き散らしたネタを思い出し、「世界の葬儀供養・終活・高齢者福祉」なんてどうですか?と提案したら、じゃあぜひ、とあっさり通って取り組むことに。

 

 国内の出張費も出ないのに「海外出張費出ますか?」なんて聞くこともできず、ネット頼りの仕事になるのは必至。

 でもイラストを描いてくれる人もいるらしいので、伝統文化と最新事情をごった煮にして分析を交えた読物風の話にしようと思っています。

 ごく個人的なことでもいいので、情報あったらお知らせくださいな。

 


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野生の本能の逆流に葛藤する都会暮らしのネコ

 

 散歩がてらサクラを見に近所の大宮八幡宮に行くとネコ発見。

 例によってナンパを試みたが、例によってシカトされた。

 

 彼女には事情があった。

 上の方でガサゴソ音がするので見ると、キジバトがいる。

 落ち葉の中をつついて虫をほじくり出して食べているらしい。

 ネコは野生の本能が刺激され、ねらっているのか?

 でも、その割にはハトに対して集中力が欠けている。

 自分の中でウズウズモゾモゾ本能がうずくのを気持ち悪がっているように見える。

 

 サクラ色の首輪をつけているので、どこかの飼いネコだろう。

 家に帰ればいつもの安全安心、おいしく食べやすく栄養バランスもとれてるキャットフードが待っている。

 なのになんで鳥なんか狩らなきゃならんのか、

 だいいち、あたしが口の周りを血だらけにして鳥やらネズミやら持って来たら、飼い主さんが卒倒しちゃう。

 でも狩ったら脳からアドレナリンがドバっと出て気持ちよくなりそうだ。

 ああ、でも、そんなのダメダメ・・・と、ひどく葛藤しているように見える。

 

 飼いネコでも本能のままに生きているやつもいれば、鶏のササミや魚の切り身をあげても見向きもしないやつもいる。

 イヌもそうだけど、多くの飼い主はペットに一生自分のかわいい子供であってほしいと願う。

 人間じゃないんだから、大人になんかなってほしくない。

 恋もしてほしくないから去勢や避妊手術を施す。

 生物学的なことはよくわからないけど、そうするとホルモンもあまり分泌しなくなるだろうから、ペット動物は「子供化」して野生の本能は眠ったままになるのだろう。

 

 一生人のそばにいて、一生キャットフードを食べて、一生本能なんぞに煩わされることなく、平和に暮らせるのがサイコーだと思っているネコもいるはずだ。

 人間と一緒に都市生活をしていくにはそのほうが幸せなんだろう。

 

 けれどもイヌと違って、ネコは本能に目覚めても人間に危害を及ぼす可能性は限りなく低い。なので「最も身近な野生」を感じさせてほしいという、人間の勝手な期待を背負わされた存在でもある。

 

 おそらくネズミや鳥を狩ってくる飼いネコは、飼い主のそうした潜在的な希望を感じとって、本能のうずきに素直に従うのだ。

 ただ、そうじゃない彼女のようなネコもいて、せっかくのんびり暮らせているのに、野生時代の先祖の血の逆流に悩まされることもあるんじゃないかと思う。

 

 こんど道端で会ったネコに、そこんとこつっこんでインタビューしてみようと思うけど、答えてくれるかニャ~。

 


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東京唯一のブランド和牛・秋川牛と、むかしみらいTOKYO

 

 連荘で農業取材。

 26日(月)は秋川渓谷と美しい山並みが望めるあきる野市に出向き、秋川牛とご対面。出荷前・生後30ヵ月の黒毛和牛の体重は800キロ。でかっ。

 

 東京で唯一の肉牛生産牧場・竹内牧場では約200頭の秋川牛を飼育しています。

 このあたりは、日本各地の有名なブランド牛の産地に負けず劣らず、水も空気もきれいで豊かな環境なので、牛をはじめ、豚・鶏などを育てるには持ってこいとのこと。

 

 秋川牛は希少価値のある高価なお肉ですが、都内のホテル・レストラン・料理店なので口にするチャンスがあるかも。

 

 一方、武蔵五日市駅にほど近い松村精肉店は、地元で生産されるこの秋川牛の認知度を上げたいと、手軽に味わえる加工品としてレトルトカレーなど製作しています。

 オリンピックもあることだし、東京の名産品をアピールしていこうとブランド力UPに奮闘中です。

 

 昨日ご紹介した磯沼牧場+多摩八王子江戸東京野菜研究会でも聞きましたが、これら多摩・八王子地域の環境はこの20年ほどで劇的に改善され、川には清流が戻り、アユなども戻ってきているとか。

 

 今や都心で働く人たちのベッドタウンというイメージから脱却し、豊かな自然が楽しめ、農業も盛んな地域としてのイメージが高まっています。

 

 いつまでも「東京は緑が少ないから云々」なんて、手垢のつきまくったステレオタイプのセリフをほざいていると時代に取り残されますよ。

 

 テクノロジーとパラレルで進行する昔ながらの環境とライフスタイルへの回帰。

 「むかしみらい東京」がもう始まっているのかも知れません。

 


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楽しさ・学び・癒し満載の八王子・磯沼牧場

 

 東京にこんな素晴らしい牧場があったのか!

 噂には聞いていたけど、なかなかタイミングが合わずに来そびれていた磯沼牧場(磯沼ミルクファーム)に25日・日曜日、初めて来場。

 

 多摩八王子江戸東京野菜研究会とのコラボイベントで、牧場特製のチーズとベーコン、ソーセージ、野菜てんこ盛りのピッツァ作りです。

 

 牧場主・磯沼さん手づくりの溶岩石窯で焼いたピッツァはおいしくてボリューム満点。

 

 ランチの後は乳しぼり体験、牧場ツアー(放牧場もある)、磯沼さん×福島さん(多摩八王子江戸東京野菜研究会代表)の都市農業トークと続き、あえて取材の必要なしというところまで堪能しました。

 

 場所は京王線・山田駅から徒歩10分弱。

 新宿から1時間足らずで来れるし、横浜からも近い。

 わざわざ北海道などへ行かなくても、たっぷり牧場体験ができます。

 それも観光牧場でなく、リアルな生活と結びついている生産牧場で。

 

 環境問題、動物福祉問題への取り組みなど、牧場経営のコンセプトを通じて、さりげにいろいろ勉強でき、新しいライフスタイル、これからの哲学を考えるきっかけにもなると思います。

 

 乳しぼりをはじめ、毎週のように何らかのイベントが開かれ、牛さんをはじめ動物たちに触れあえます。

 いつでもオープンなので、ぶらっと覗きに来るだけでもいい。

 

 子供たちには超おすすめ。お年寄りにも楽しい。

 ちょっと凹んでいる人、メンタルを病んでいる人も心のケアができるのではないかな。

 直売所もあって、おいしいアイスクリームやプリンやヨーグルトも食べられますよ。

 興味のある人はホームページやフェイスブックもあるので検索してみてください。

 


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ぼくらはにおいでできている(チワワのハナちゃんに教えてもらったこと)

 

 下の妹が飼っているチワワのハナちゃんとは、たぶん2年ぶりくらいのご対面。

 前に会ったのはチビ犬の頃だったけど、ちょっとの間、くんくん嗅ぎ回って「あ、知ってる知ってる」と思ったのか、尻尾をフリフリしてくれた。

 抱き上げても安心安心。僕のにおいを憶えていてくれてありがとう。

 

 人間の子どももいろいろ情報を詰め込まれる前は嗅覚がするどい。

 一度嗅いだにおいは絶対忘れない。

 自分自身のことを考えてみると、視覚や聴覚では憶えていなくても、においというか空気感で憶えていることがいっぱいある。

 親はもちろんだけど、周りにいる大人たちはそれぞれ独特のにおいを持っていたような気がする。

 

 におうと言うと何だか臭くて嫌われそうな気がするが、完全ににおいを消し去ると、その人は透明人間になって、見えていても誰にも気づかない存在になる。

 忍者やスパイになるならいいかも知れない。

 

 大人になると鼻が利かなくなって、というか、においを感じる脳の部分が鈍くなって、刺激の強いものしかキャッチできなくなるようだ。

 なので少しは意識してにおいを嗅ぐ練習をしたほうがいいのかもしれない。

 

 基本はやっぱり食事。

 テレビやスマホを見ながらめしを食わないこと。

 

 そして手料理を楽しむこと。

 最近はそんなものより出来合いの料理の方がよっぽどうまいと言う人も多いけど、手料理にはその家・その人独自のにおい・風味がついている。

 それを知っているのと知らないのとでは随分ちがうんじゃないかな。

 

 自分が自分である基礎とか土台みたいなものは、そういう些細な目に見えないもので出来ているのではないかと思う。

 そうだよね、ハナちゃん。

 


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かわいい叔母さん

 

 父も母も昭和ヒトケタ生まれ。貧乏人の子沢山でそれぞれ8人兄弟だ。

 ぼくが生まれる前に死んでしまった人を除き、そのきょうだい、および、その伴侶の全部はしっかり顔や言動を憶えている。

 僕が子供の頃は行き来が盛んだったので、みんなインプットしている。

 

 しかし、9年前に父が亡くなったのをきっかけに、毎年バタバタと後を追うように亡くなり、大半がいなくなった。

 今年もまたひとり、先日、ヨリコ叔母さんが亡くなったと聞いた。

 

 母方は女系家族で8人のうち、7番目までが女で末っ子だけが男。

 ヨリコ叔母さんは7番目。つまり7姉妹のいちばん下の妹だ。

 

 幼稚園の時だったと思うが、結婚式に出た記憶がある。

 きれいなお嫁さんで、チビだったぼくを可愛がってくれた。

 そのチビの目から見ても、なんだかとてもかわいい人だった。

 

 6人も姉がいて、4番目の母(母は双子の妹)とさえ12歳違う。

 いちばん上のお姉さんとは16歳以上違うはずだ。

 なのでほとんどは姉というよりチーママみたいなものだ。

 母もよく子守をしたというし、日替わりでみんなが面倒を見てくれていたようだ。

 

 母の家はお父さん(僕の母方の祖父)が早く亡くなったので、女が協力して貧乏暮らしからぬけ出そうとがんばってきた。

 でもヨリコ叔母さんは小さかったので、そうした苦労が身に沁みず、物心ついたのは、お母さんやお姉さんたちのがんばりのおかげで暮らし向きも上がってきた頃だった。

 そうした中で一家のアイドルとして可愛がられて育った。

 

 そうした成育歴はくっきり刻まれ、そのせいで彼女は、ほかの姉妹らの下町の母ちゃん風の雰囲気とは違う、お嬢さん風の雰囲気を持っていた。

 だから、おとなになってもどことなくかわいいし、ちょっと天然も入っていた。

 

 最後に会ったのは父の葬儀の時。

 さすがに外見はそろそろばあちゃんっぽくなっていたが、中身はほとんど変わっておらず、ぼくをつかまえて

 「せいちゃん、大きくなったねー」と言った。

 

 50間近の男に向かって大きくなったねーはないもんだけど、そう笑顔で屈託なく声を掛けられるとすごく和んでしまった。

 その時の会話が最後の印象として残ることになった。

 

 叔母とはいえ、中学生以降はめったに会うこともなかったので、彼女がどんな人生を送っていたのはわからない。

 

 もちろん少しは苦労もあったと思うけど、べつだんお金持ちではないにせよ旦那さんは真面目で優しくユーモアもある人だったし、特に悪い話も聞かなかった。

 嬉しそうに小さい孫娘の面倒を見ていたのも印象的だった。

 

 たぶん美化しているし、これは僕の勝手な想像であり願いだけど、おそらくそれなりに幸せに過ごしてきたのだろう。

 

 不幸な目に遭ったり、理不尽な苦労を強いられたり、他人にあくどく利用されたり、自分の欲に振り回されたり・・・

 人生の中のそんな巡りあわせで、人間は簡単に歪んでしまう。

 

 でも、できるだけそうしたものに心を損なわれないで、ヨリコ叔母さんのようにかわいい人にはいくつになっても、ずっと素直にかわいくいてほしいなぁと願ってやまない。

 


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里山を事業化するナチュラルボーン・サトヤマー

 

 今回の名古屋(愛知)ツアーでは、里山の概念を農業と組み合わせ、インターネットを利用して事業化するプロジェクトを掲げる人を取材しました。

 

 彼は2002年生まれ。16歳の高校生。

 田園地帯で植物や昆虫に親しみ、かたやインターネットに親しみながら育った彼は、資本主義発展拡大病の時代に育ったぼくたちの世代とはまったく違うセンスを生まれながらに持っているようです。

 

 「里山」という概念が今、世の中に浸透しつつあります。

 里山はごく簡単に言うと、自然環境と人間の生活圏の交流地帯。そのベストバランスを保つ、あるいは破壊したものを再生するという考え方を表現する言葉でもあります。

 

 人間が生活できなくてはならないので、当然そこには経済活動も含まれるし、伝統工芸・伝統芸能といった文化芸術や民俗学系の学問も含まれるのではないかと思います。

 「人間が手を入れた自然」と言い換えることもできるでしょう。

 

 また、それらを包括する懐かしいとか、愛おしいとかいった心象風景もその概念の中に入ってくるでしょう。

 人間のあり方・生き方を問い直す哲学も含まれているのかも知れません。

 

 日本独自のものかと思っていたら、他国にも通用し、国際的にも理解が進んでいる概念で、よく言われる「持続可能」な社会にSATOYAMAは不可欠とされているようです。

 

 そういう意味では、過去200年、世界を席巻し、地球を支配してきた工業化・資本主義化の流れに対するカウンターとも言えます。

 

 高校生の彼には野外でのインタビューを考えていましたが、あいにくの雨のためはやむを得ず、岡崎市内の「コメダ珈琲店」で敢行。コーヒーと、コメダ名物「シロノワール」を食べながらの取材になりました。

 

 彼は子供のころから自由研究などを通じて里山について学び、中学生のころから戦略的にプロジェクト化を画策。近所の農家の人たちなどはもとより、自分で電話やメールで東大・京大などの教授・学者に頼み込み、取材に出かけたといいます。

 

 現在はいわばサークル的なノリで同級生やネット上の仲間が集まり、大人の支援者もいますが、まだ実務のできるスタッフがいない状況。

 コンセプトは決まっているので、まずネットを通じての「ブランド化」に力を注いでいきたいとのことでした。

 

 僕としてはこうしたことを本気で考え、事業化に取り組んでいる若僧がいるというだけで十分心を動かされました。

 

 彼のことは来月、「マイナビ農業」でUPしますが、興味のある方は「里山農業プロジェクト」で検索してみてください。

 


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名古屋コーチンをめぐる冒険:ふしぎ・まったり小牧編

 「こんなやわらきゃー、水っぽい鶏はいかんわ。むかしのかしわはまっと歯ごたえがあってうまかったでよー」

 

 こんな軟らかい、水っぽい鶏はダメだ。昔のかしわ(鶏肉)はもっと歯ごたえがあっておいしかった、という声を受けて、一時期、市場から消滅した名古屋コーチンが、日本を代表する地鶏として見事復活を果たした物語を探るべく、今回は「マイナビ農業」で名古屋取材を敢行しました。

 

 市内にある「名古屋コーチン協会」で話を聞いた後、名古屋コーチン発祥の地である小牧市へ。

 明治の初め、この地に養鶏場を開いた元士族の海部兄弟が、地元の鶏と、中国(当時、清)から輸入したコーチンという鶏を掛け合わせてできたのが名古屋コーチンです。

 

 「だもんだで、まっとそのことを宣伝せんといかんわ。日本が誇れる名物だでよう」

 

 ということで昨年(2017年)、名鉄・小牧駅前にはコケー!と、おしどり夫婦(?)の名古屋コーチンのモニュメントが立ったと聞き、駅について改札を出たところ、出口が左右に分かれている。
 どっちだろう? と迷ったとき、すぐ目の前で駅員さんが掲示板を直す作業をしているので、尋ねてみました。

 

 「あのー、名古屋コーチンの像はどっちの出口にあるんでしょうか?」

 

 駅員さん、けだるそうに振り向き、ぼくの顔を一瞥。さらに一呼吸おいて

 「左の階段を下りてって、右に曲がってずっとまっすぐ行ったところに市の出張所がありますで、そこで聞いてちょーだゃー。それはうちの管轄でないもんで」

 

 ?????

 駅前って聞いたけど、そんな分かりづらいところにあるのかなぁ・・・と思いつつ、左の階段を降りると、なんと、その目の前にコーチン像があるではないか。

 

 ?????

 まさかあの駅員さんはこれを知らなかったのだろうか?
 それとも上司に、責任問題が発生するから、鉄道のこと以外は聞かれても答えるなと言われていたのだろうか?
 それとも奥さんと何かあったとか家庭の悩みでも抱えているからなのか?
 あるいはたんに鶏が嫌いで、コーチンお話なんかのしたくなかったのか? 

 

 たくさんの疑問に駆られながらも、前に進まなくてはなりません。
 海部養鶏場(跡地)にはどういけばいいのか。
 ちょうど目の前に観光案内所があったので入ってみました。

 

 平日ということもあってお客は皆無。
 ぱっと見た目、アラサーぐらいの女の子がひとりで机に向かって、わりとのんびりした感じで書類の整理みたいなことをやっています。
 そいえば時刻はちょうどランチタイムでした。

 「あのー、海部養鶏場跡地に行きたいんです」
 「え、何です?」
 「海部養鶏場です。カイフ兄弟。名古屋コーチンの」
 「あ、ああ、ああ、名古屋コーチンのね」
 「たしか池ノ内というところなんですが・・。歩きじゃちょっと無理ですよね」
 「ええと。そうだと思います。ちょっとお待ちくださいねー」

 

 と、アラサーの女性はあちこち地図やらパンフやらをひっくり返し始めました。
 市の観光スポットの一つに加えられたらしいと聞いていたので、即座に答えが返ってくるものと想定していた僕は思わぬ展開にちょっとびっくり。


 その女の子は一人じゃだめだと思ったのか、奥に入っておじさんを引っ張り出してきて、ふたりでああだこうだと大騒ぎで調べ始めたのです。

 お昼の平和でゆったりとした時間を邪魔してしまったようで申し訳ないなと恐縮しつつ、実はなんか面白いなと思いつつ待っていたら、もう一人、お昼を早めに済ませて戻ってきたおにいちゃんが加わって3人で合同会議。

 

 それで出てきた結論が「タクシーで行ったら?」というもの。
 べつにタクシーを使うお金がないわけじゃないけど、アポがあるわけじゃなし、急いでいるわけじゃないし、第一ここまで大騒ぎしたのに、それなら最初からタクシーに乗ってるよ、バスとかないんですか? 地元の人といっしょにバスに乗ると楽しいいんですよと言うと、バスルートと時刻表を調べて、やっと案内が完了しました。

 

 この間、約20分。効率主義、生産性アップが叫ばれる世の中で、このまったり感はどうだ。急いでいたら頭にきてたかもしれないけど、旅というのはこうやって余裕を持って楽しむものだ、と改めて教えてもらった気がしました。


 考えさせられる不思議な駅員さんといい、まったりした観光案内所といい、皮肉でなく、おかげで楽しい旅になりました。小牧の皆さん、ありがとう。


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リバーズ・エッジ:トラウマになった漫画を映画で観る

 

●リバーズ・エッジ:トラウマになった漫画を映画で観る

 

 岡崎京子の漫画「リバーズ・エッジ」は僕のトラウマになっている。

 この漫画に出会った1990年代前半、僕はとっくに30を超えていた。

 心のコアの部分を防御するシールドもしっかり出来上がっていたのにも関わらず、ティーンエイジャーを描いたこの漫画は、シールドに穴をあけて肌に食い込んできた。

 

 先日書いた大友克洋の「AKIRA」が世紀末時代の象徴なら、「リバーズ・エッジ」は、その the Day Afte rの象徴だ。

 

 リバーズ・エッジ(川の淵)は流れの淀みであり、尋常ではない閉塞感・荒涼感・空虚感に包まれた繁栄の廃墟だった。

 

 子供たちの残酷で不気味で鬱々としたストーリーと、ポップでシンプルな絵柄との組み合わせが劇的な効果を生み出し、ページをめくるごとにますます深くめり込んでくる。

 

 自分自身は仕事も順調で結婚もした頃。

 こんな胸が悪くなるようなものにそうそう関わり合っていられないと2~3度読んで古本屋に売ってしまった。

 けれども衝撃から受けた傷は深く心臓まで届いていた。

 

 映画化されたことは全然知らなかったのだが、先週、渋谷の公園通りを歩いていて、偶然、映画館の前の、二階堂ふみと吉沢亮の2ショットのポスターに出会ってしまった。ふみちゃんに「観ろ」と言われているようだった。

 原作に惚れた彼女自ら行定勲監督に頼んで映画化が実現したらしい。

 

 映画は原作をリスペクトし、ほぼ忠実に再現している。

 その姿勢も良いが、何よりもこの漫画が発表された四半世紀前は、まだこの世に生まれてもいなっかった俳優たちが、すごくみずみずしくて良かった。

 

 暴力でしか自己表現できない観音崎くん、

 セックスの相手としてしか自分の価値が認められないルミちゃん、

 食って食ってゲロ吐きまくりモデルとして活躍するこずえちゃん、

 嫉妬に狂って放火・焼身自殺を図るカンナちゃん、

 河原の死体を僕の宝物だと言う山田くん、

 そしてそれらを全部受け止める主人公のハルナちゃん。

 

 みんなその歪み具合をすごくリアルに演じ、存在感を放っている。

 最近の若い俳優さんは、漫画のキャラクターを演じることに長けているようだ。

 

 原作にない要素としては、この6人の登場人物のインタビューが随所に差しはさまれる。

 この演出もそれぞれのプロフィールと物語のテーマをより鮮明にしていてよかった。

 

 でも映画を観たからといって、何かカタルシスがあるわけでも、もちろん何か答が受け取れるわけではない。

 

 四半世紀経っても、僕たちはまだ河原の藪の中を歩いている。

 そして二階堂ふみが言うように、このリバーズ・エッジの感覚は彼女らの世代――僕たちの子どもの世代もシェアできるものになっている。

 

 そのうち僕は疲れ果ててこのリバーズ・エッジで倒れ、そのまま死体となって転がって、あとからやってきた子供たちに

 「おれは死んでいるけど、おまえたちは確かに生きている」と勇気づけたりするのかもしれない。

 そんなことを夢想させるトラウマ。やっぱり死ぬまで残りそうだ。

 


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ひるねして夢の記憶を情報発信

 

 齢を取ってくると昼寝が楽しみの一つになります。

 以前は時間がもったいないなぁと思っていましたが、たとえ僅かな時間でも体を横にして休むと、もう調子が段違い平行棒。

 その後の仕事の効率、クオリティを考えたら寝るに限る、休むに限る。

 

 しかし、会社のオフィスではなかなかこうはいかないでしょう。

 こういう時は自宅でやっているフリーランスで本当によかった~と思います。

 

 ただちょっと困るのが夢を見ちゃったとき。

 いや、夢を見るのはこれまた楽しいのですが、その夢の記憶が現実のものとごっちゃになることがあるのです。

 

 この間、通っていた学校を探そうと現地に行ってみると、迷宮に迷い込んだように、いくら歩き回っても見つからない。

 それで思い出したのが「移転した」という情報を耳にしたこと。

 それで、ああ、移転したんだっけと思い込んでしまったのです。

 

 ところが、あとでネットで調べてみると、改装はしているものの、ちゃんと同じ住所に存在しているではないか!

 確かに聞いていた移転情報。あれはいったい・・・

 と考えてみると、それはいつかの夢の記憶だったのです。

 

 あちゃ~、いよいよボケが始まったぁ。

 夢と現実がひとつながりになった次元へ、とうとう足を踏み入れてしまったのかも知れません。

 でもまぁいいや、気持ちよく昼寝できれば。

 

 というわけで、今後、僕の発信する情報が現実の出来事なのか、夢の中の記憶なのかは、読んでいるあなたの判断におまかせします。

 

 ではお休みなさい。ZZZ。

 


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永遠の現物支給

 

 きょうは確定申告の最終日でしたが、先週会ったお友だちの会計士さんは締切間近でストレス満載の様子でした。

 その彼がぼそっとつぶやいたセリフが

 「現物支給でも、永遠に続けばいいんだけど」

 

 え、まさか現物支給の報酬で会計を?

 そういえば、半年前に会った時は、つぶれそうな食品会社の経理を請負っているとか言ってたけど・・・。

 

 追及するのはやめときましたが、「永遠の現物支給」という言葉が頭に残ったので、それについて考えてみました。

 

 何でもお金の世の中で、ちょっとした贈り物も、冠婚葬祭の引き出物も、現金・カード・商品券などが喜ばれます。

 そうした風潮の中で現物支給――それも1回2回こっきりじゃなくて、毎月ずーっと支給が続くとしたら、何がもらえたら嬉しいだろうと考えると・・・

 

 やっぱり食べ物ですね。

 会計士さん、食品会社でよかった。

 なに、よくない?

 

 缶詰、レトルト、乾物、冷凍食品・・・

 そんなもの1か月分もらうと嵩張るし、置き場所に苦労する。

 それに毎日食べたくない。

 かといって生鮮食品は日持ちしないし・・・

 

 と考えていくと、ベストはお米だ!

 お米なら毎日食べられるい、真夏でも1カ月くらいなら保存も問題なし。

 うちはひと月10キロ食べるけど、それくらいなら置き場所にも困らない。

 

 ついこの間、イベントの仕事「五つ星お米マイスターのおいしいお米講座」でお米の食べ比べをやったけど、毎月ちがう品種のお米を支給してもらえれば、いろんなのが試食出来て、ますます楽しい。

 

 ――と話すと、そこは会計士さん、チャチャっと数字に置き換えて、

 「1カ月10キロ、平均5000円として1年で6万円。10年で60万円。17年しないと100万円超えませんよ。安すぎる~。お金でもらわなきゃだめだ~」

 

 なるほど。お金にすると確かに安い。

 でもね、お金がなくても、死ぬまでごはんだけは間違いなく食べられるという安心感は何物にも代えがたいのではないでしょうか。

 

 1カ月のギャラ・給料が5000円と考えると、わびしくみじめになるけど、今月も10キロのお米がいただけると考えると、なんだか豊かな気持ちになってくる。

 ましてやそれが永遠に続くとなると、穏やかな晴天が心の中に広がってくる。

 

 うんこれなら悪くないぞ、永遠の現物支給。

 農家さんとか、お米屋さんとか、JAさんとかの仕事なら、そんな契約を結んでもOKかも。

 会計士さんは嫌だというけど、あなたならどうですか?

 


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現実世界が「AKIRA」の近未来世界を追い越すとき

 

 渋谷パルコの建て替え工事現場の囲いに大友克洋のマンガ「AKIRA」が描かれている。

 この大きさだとすごい迫力。そして、内側の解体されたビルの風景が、「AKIRA」の世界観と符合して、リアルで巨大なアートになっている。

 人通りの多い公園通りだけにアピール度は抜群だ。

 

 最近あまり渋谷に行かないので知らなかったけど、このアートワークが搭乗したのはすでに昨年(2017年)5月半ばのこと。ネットでいろいろ話題になっていたらしい。

 

 というのも「AKIRA」の舞台は2019年の「ネオ東京」。翌2020年にはそのものずばり「東京オリンピック」が開催される予定・・・という設定。

 その中で抑圧された若者たちをい中心に超能力バトルが繰り広げられ、ネオ東京が崩壊していくというストーリー展開なのだ。

 

 というわけで「AKIRA」をパネルにしたパルコはオリンピック開催に異議を申し立てているのではないかという憶測が飛び交ったが、当のパルコ側は、さすがにそれは否定したという。

 

 僕が思うに、おそらく渋谷の街の再生劇のメタファーとして、かのマンガを用いたのだろう。それも「西武・パルコの渋谷」の。

 

 「AKIRA」が連載され、映画化され、一種の社会現象にまでなったのは1980年代のバブル上り坂の頃で、パルコの黄金時代、西武・セゾングループカルチャーの最盛期とぴったり重なる。

 

 一時は東急グループと渋谷の覇権を二分していた西武・セゾンにとって、昨今の東急の圧倒的な大改造計画に一矢でも報いたいという思いで、「AKIRA」を持ち出してきたのではないかと思われる。

 

 あの頃は経済の繁栄と裏腹に「近未来」「世紀末」という言葉が跳梁跋扈した。

 「AKIRA」はその象徴と言える作品だった。

 

 この繁栄・この豊かさはインチキなのではないか、まがいものではないのか。

 そんな違和感が当時の若者たちの心の中にトゲのように突き刺さっていた。

 そんな違和感によって支えられ、膨れ上がった「AKIRA」のような作品世界が、好景気で沸き返る、どこかうそくさい日常世界とのバランスを取っていたのかも知れない。

 

 その状況は終わったわけでなく、実はもう30年以上も続いている。

 だからなのか、現代の渋谷に「AKIRA」が出現することに時代遅れ感どころか、ベストマッチ感さえ感じてしまう。

 

 「世紀末」が過ぎても、東京の街は崩壊していない。

 終わりのない日常がダラダラと続き、僕たちはズルズルと前の時代の太い尻尾を引きずりながら、時には波に呑まれて漂流しながら前に進もうとしている。

 もうすぐ現実世界が「AKIRA」の近未来世界を追い越していく。

 


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秋田からきりたんぽ鍋セット到着

 

 今日は何の予告もなく、クール宅急便で「きりたんぽ鍋セット」が送られてきてびっくり。

 仕事をいただいている秋田の方からサプライズの贈り物です。

 これまでメールでしかやりとりしていなかったんだけど、そういえばこの間、住所を聞かれたので、紙にした資料を送ってくるのかなと思ってたら・・・どうもごちそうさまです。

 

 ちょうど今夜は家族が揃っていたので、早速いただきました。

 肉も野菜も一式入っていて比内地鶏のスープ付き。あったまりました。

 

 秋田県は、かなり昔に大潟村(かつての大干拓地・八郎潟にある村)の干拓資料館の仕事をやりましたが、それ以来の仕事。

 来週は名古屋コーチンの取材で名古屋に行きますが、いずれ比内地鶏も取材したいです。

 


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五つ星お米マイスター・小池理雄のおいしいお米講座:絶品ごはんの食べくらべ

 

 10日(土)・11日(日)の二日間、渋谷のNHKの敷地で「にっぽんの食・ふるさとの食」のイベント開催。JA全中ブースで「五つ星お米マイスター・小池理雄のおいしいお米講座:絶品ごはんの食べくらべ」をやり、台本と演出を担当しました。

 

 原宿の米屋・小池さんの作った「お米の通知表」を参考に、岩手・宮城・福島・福岡、各地産の4種類のブランド米を食べ比べ、その品種を当てる、クイズ形式のワークショップです。

 

 五つ星お米マイスターとしてメディアから引っ張りだこ、講師としても大活躍の小池さんですが、この二日間の受講生(1ステージにつき35人ほど)は、ぜひ「参加したくて来ているというよりも、ここに一休みに来たり、冷やかしに来たり、ただ単にごはんが食べられるからという理由で入ってきたた一般大衆。ぶっちゃけ、まじめにお米のことが知りたいと思っている人は1割、2割しかいません。講師にとっては最も手ごわい相手です。

 

 二日間で4ステージにありましたが、1日目の参加者の反応を見て、その夜、台本を書き直し、2日目は大きく違う構成でやってみました。

 

 ちなみに30分の台本のセリフ部分はほとんどMC(司会)用で、それに応じながら小池さんが自由にトークを展開していくというつくりです。

 

 イベントはまさしく生ものなので、その時の参加者の発するSomethingによって1回目も2回目も3回目も4回目も、まったく違ったステージになります。

 これが正解、これが完成という形はなく、きっちりできたのに反響が薄い場合もあれば、グダグダになっても大ウケという場合もあります。

 もちろんグダグダでいいというわけにはいきませんが、面白いものです。

 

 それにしても、その場に応じて自由自在にセリフを変えられる小池さんのお米ボキャブラリー宇宙は素晴らしい。

 ますますこなれて星雲のように年々膨らんでいます。

 


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天国への階段の上まで冒険

 

おなじみ階段シリーズ。

 うちは1階が「野の花鍼灸院」という鍼灸院になっています。

 カミさんが小児鍼のエキスパートなので、女性と子供を診ています。

 

 で、毎日、いろんな子供が来るのだけど、玄関を入ってすぐある階段にどうしても目が行ってしまう。

 特に好奇心旺盛で冒険好きの幼児には、たまらない魅力なのでしょう。

 

 もちろん進入禁止で、連れてきたお母さんは「怖いおじさんがいるのよ」なんて脅すのだけど、ある年齢を過ぎると、そんな脅し文句などヘのカッパになる。

 好奇心が抑えられず、のこのこ上ってくる子もいるのです。

 

 今日来た4歳児のショウちゃんもその一人で、お母さんとカミさんの制止を振り切り、階段を登り切ってパソコンやってた僕の背中に話しかけてきたので、ニヤッと笑って振り返ったら、むこもニコッ。 下からは「ショウちゃん!降りてきなさい」と呼ぶ声が。

 なので、ぺちっとハイタッチをしたら満足したように引き上げていきました。

 本日の冒険、おわり。

 

 あとから聞いたら、怖いおじさんなんていないよ~。やさしいおじさんだよ~って言っていたようだ。

 

 うーん、これに味をしめてまた上がって来るかも。

 今度はオバケのお面でもつけてふり返ってやろうか。

 でも、あんまり怖がらせ過ぎてもなぁ~。

 好奇心・冒険心は子供の宝物ですから。

 侵入されてもいいように、ちょっとは二階をちゃんと片付けて掃除しておかないとね。

 


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ミケランジェロ的冒険:誰もが自分の中に人生でしたいこと・すべきことを持っている

 

 ミケランジェロは石の中にダビデの像を見出し、解放したと言われています。

 そのダビデ象という「ヴィジョン」は最初から彼の中に存在していた。

 そして石と向き合うことでそれを見ることが出来た。

 芸術家として自分が何をするべきか分かった。あとは手を動かすだけ。

 

 これは芸術家に限らず、誰にでも起こりうることなのだと思います。

 

 誰もが自分が人生の中でしたいこと・すべきことはちゃんと持っていて、本能的に認知している。それは人生のいたるところで、日常生活のあちこちで顔をのぞかせる。

 

 けれども僕らはそれを取るに足らないこと、おかしなエゴが作り出す妄想だとして処理してしまう。

 この忙しいのに、そんなことに関わっているヒマはない、と。

 だから何となく分かっているのにそれははっきり見えない。

 そして見えたとしてもそれを実行しようとはしない。

 

 なぜならほとんどの場合、それは社会的必要性が認められない、人々が求めていることに応えられない、早い話、そんなことをしたって「食えない」。

 そういう事情があるからでしょう。

 なので、ますますその内在するものを見ようとしない。

 見るのを怖れ、目をそらしてしまうし、もちろんやろうとしない。

 その結果、不満だらけの人生が世の中に蔓延することになります。

 

 これはきっと人生の途上で、立ち止まって考えてみるべき課題なのだと思います。

 ミケランジェロのダビデのように、芸術家じゃなくてもあなたにはあなたが創るべきもの、やるべきことがある。

 そう静かに思いを巡らせると、「あれがそうだ」と人生のどこかで見たサインを再発見できるかも知れない。

 深い海の底から、ぽっかりと浮かび上がってくるかも知れない。

 

  あなたの中に何があるのか、することは何か、まず見つけ出す冒険。

  そして、それをやり始める冒険。

 


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星のおじい様と孤独なエイリアン

 

 その少女は一人暮らしの老人と友達になった。

 老人は近隣から奇異な目で見られている。

 彼は特殊な能力を持っており、それで人助けをしたりもするのだが、普通の人たちにはそれが気味悪く映る。

 だから少女にも、あの老人の家へ行くな、近寄るなと言う。

 両親にとってもそれは家族の一大事と受け取られていた。

 

 少女はなぜその老人にひかれるのか?

 老人の語る宇宙の話、昔の話、妄想のような話が好きなのだ。

 彼女は老人がじつは宇宙人で、永年地球で過ごし、近いうちに故郷の星へ帰ろうとしているのではないかと思っている。

 

 老人には少女以外にもう一人だけ訪ねてくる人がいる。

 それは彼の身元保証人だ。

 老人はちゃんとお金を払ってその会社と契約し、自分の死後の後始末をつけてくれるよう段取りしている。

 彼は宇宙人なんかではない、まっとうな人生を歩んで齢を取り、社会人として最期まで人に迷惑をかけずに人生を終えようと考えている、普通のおじいさんなのだ。

 

 そうした現実を知っても、少女は彼がやっぱり本当は宇宙人なのではないかと疑念をぬぐえない。

 彼女はしだいに何とか老人の秘密を探りたいと考えるようになる。

 

 しかし、そんな彼女の行動を心配した両親は、それ以上、老人に近づくことを許さず、彼女を学習塾のトレーニング合宿に送り込んでしまう。

 

 数日を経て帰ってきた少女は両親の目を盗み、再び老人に会いに行くが、彼は呼び鈴を押しても出てこない。と同時に何か気になる匂いがする。

 彼女は身元保証人を電話で呼び、家の中に入る。

 そこには布団の中で孤独死した老人の遺体が横たわっていた。

 

 少女には老人が物理的に死んだことは分かったが、地球から消滅したとは映らない。

 彼女は遺体を運ぶ人たちが到着するまでの間、その老人――「星のおじい様」の時間軸に入り込み、孤独なエイリアンとして、奇妙な冒険に出掛ける。

 


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孤独な老人は本当に可哀そうな存在か?

 

 一人暮らしの高齢者というと、最近はすぐに「孤独死」が連想され、何やらくら~いイメージがつきまとう。

 そうでなければ、家族がなく、身寄りがなく、孤独で可哀そうとか、同情される。

 いずれにしてもネガティブなイメージであることに変わりない。

 

 でも本当にそうなのだろうか?

 彼らはけっこう孤独を楽しんでいるのではないか。

 本当にいっしょにいたいと思う家族ならいいけど、ただ同じ屋根の下にいるだけ、同じ空気を吸っているだけの家族なんて鬱陶しいと思ったりしていないのだろうか?

 

 血が繋がっていたって形だけの家族はいっぱいいる。

 財産などをあてにしてすり寄ってくる家族や親族なんかに、あれこれ気を遣ってもらったって不愉快なだけ。

 

 メディアの「家族は素晴らしい」「家族がいないと気の毒だ」といった大合唱もなんだか胡散臭いね。

 

 それよりも最期まで一人でやっていく、という気概のある生き方をを見せるほうがいい。

 あるいは、血縁にこだわらない、常識にとらわれない、損得勘定抜きの、心の深いところで繋がり合える人たちとの暮らし。

 齢を取ったからこそ、そうした自由や愛情に満ちたものを優先できるという面もある。

 

 幸いにも、そうした人たちをサポートするセーフティネットはあちこちにでき始めているようだ。

 

 「家族の絆」という美名のもとに隠した損得勘定や惰性的な繋がりよりも、自分の意思に基づいて生き、死ぬ「個の尊厳」を優先する時代がすぐそこまで来ている。

 


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のりしろ時間

 

 元来、コアラとかナマケモノ体質で、自分のペースで動けないと調子悪くなっちゃうので、効率悪いことこの上なし。

 ヘタにビジネス書など読んで勉強して、時間を有効活用しようなんて意識すると、なんだかイライラしてきて、自分が今何をやっているんだか分からなくなってきます。

 

 とは言え、仕事をする以上、そんなこともいっていられない。

 相手のペースに合わせなきゃいけない場合もある。

 そんな時、最近、心がけているのが「時間ののりしろ」を作ることです。

 

 自分のペースでOKの時間帯と、相手に合わせる必要のある時間帯。

 この2種類のカテゴリーの時間帯が、ポンとカットで繋がると脳の切り替えがうまくできない場合があり、気持ちの負担も大きいので疲れます。

 やっぱリカットつなぎでなく、オーバーラップさせたほうがショックが和らげられる。

 

 なので、相手に合わせる時間帯に入るときは脳が自然に準備できるよう、「のりしろ時間」を作るようにしています。

 

 具体的に言うと、打ち合わせ、取材などの時は約束の時間より30分早く行って、その現場周辺の空気を吸っておくようにするのです。

 そうするとリラックスして、少しはその環境に入り込みやすくなります。

 つまり100%アウェイの空気でなく、10~20%くらいはホームの空気をまぜるようにする。

 するとある程度リラックスして、よりよいパフォーマンスが期待できます。

 

 昨日は思いのほか早く着いたので、待ち時間に近所の神社で、ぼやーっと木などを眺めて、ああ鳥の巣がある、何の鳥だろう。まだ作っている最中かなぁ・・・と思ったり、ネコの家族が来て日向で遊び出したりするのを見ていました。

 

 仕事の役に立つだけじゃなく、ちょっとおまけみたいなものを拾ってトクした気分になります。 もしかしたらそんなどうでもいいことが、あなたの人生を救ったりするかもしれません。

 スケジュールぱんぱんにして毎日アクセクしちゃうと、ほんと疲れますから。

 


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児童館でおチビらがビッグな牛さんの乳しぼりに初挑戦

 

 八王子市の児童館で、子供たちが乳しぼり体験。

 マイナビ農業の取材で、八王子界隈の酪農家の仲間たちがボランティアで提供しているイベントを見学してきました。

 

 でっかい開閉式トラックに牛を乗せて、そこに上って子供たちが搾乳するというやり方。総勢5人の酪農家さんたちがお世話をします。

 まったくこういうシステムを想像していなかったのでびっくりしました。

 このお乳パンパンの牛さんはマーガレットちゃん7歳。

 

 マーガレットちゃんの乳しぼりに挑戦するのは、幼稚園前の幼児クラス(+そのきょうだい)なので2歳児中心。たぶんその子たちの目から見たら、牛さんはゾウさん、いやもしかしたら怪獣並みの大きさだ。

 そりゃこわいに決まってる。

 

 勇気を出してぎゅっとつかめればいいのだけど、おそるおそるおっぱいに触るので、「なにやってんのよ、モ~」って、穏健温和なマーガレットちゃんもバフォンと荒っぽく鼻息をして体を揺する。

 すると、もうだめです。大半の子がこわがって泣き出す始末です。

 

 お父さん・お母さん、「うちの子は情けない」なんて言わないで。

 だいじょうぶ。 一度は失敗・撤退したほうがいい。

 また大きくなった時、トライしたら今度はできるから。

 

 最初からすんなりうまくできちゃうより、やったぜ感、リベンジできた感があって、自分は成長しているんだと実感できる。

 そのほうが却って自信になるんです。

 

 子供時代はまだ長い。

 人生はもっとずーっと長い。

 幼稚園・保育園で、小学校で、またトライして、こんどはマーガレットちゃんのおっぱい、いっぱい搾ってね~。


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ラストドライブ日本版 出発

 

 わたしを思い出の場所に連れてって――

 そんな末期患者の願いをかなえるのが「ラストドライブ」。

 この数年、ヨーロッパで静かに広がってきた、いわゆる終活支援です。

 

 昨年夏、ドイツでの事例を取材したドキュメンタリー番組がNHK-BSで放送されました。たまたまそれを見て感想をブログに書いたら、その時だけアクセス数が5倍くらいに跳ね上がってびっくりしました。けっこう関心の高い人が多いようです。

 

 じつは今年から日本でもこれと同様の終活支援サービスが始まりつつあります。

 さいたま市の「タウ」という会社がCSR(社会貢献事業)として始めた「願いの車」がそれ。余命少なく、一人では外出困難な患者を希望の場所に無料送迎するというものです。

 

 タウは事故車の買い取り・販売を手掛ける会社で、社長がかの番組に心を揺すられ、「自分たちも車を扱う仕事をしているので」と、立ち上げました。

 当面は近隣の病院やホスピスに声をかけて説明し、希望者を募るというやり方で進めていくそうです。

 

  あらかじめ民間救急会社と提携しており、車両は酸素ボンベ、吸引機、自動体外式

 除細動機(AED)などを装備した民間救急車を使用。外出には看護師やボランティアが同行。ただし外出は日帰りのみ。

 主治医の了承と、家族の同意を得た上で送迎です。

  

 僕は「月刊仏事」の記事を書くために電話で広報の方と話したのですが、この事業に誇りを持ち、かといって気負うこともなく、たいへん美しい応対だったことにも心惹かれました。

 

 今後、提携先を県内の病院などに広げ、将来的には、活動に理解を示す企業からの協賛も。2019年には公益社団法人にして全国的活動を目指すそうです。

 

 これも高齢化社会・多死化社会における一つの文化になり得るでしょう。 これからの展開が楽しみです。

 


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「スターウォーズ エピソード8 最後のジェダイ」は舞台劇にしてOK

 

 今さらながら「スターウォーズ エピソード8 最後のジェダイ」。

 2月のうちに書いてこうと思って、つい書きそびれていました。

 

 あちこちでもうすっかりレビューも出尽くしていると思います。

 まったく読んでいないので、世間的な評判はさっぱり分かりませんが、僕的にはかなり面白かった。

 (特にこのシリーズの熱心なファンでないけど)全部見た中では、これが一番入り込めたな~と思いました。

 

 率直な印象を言うと、かつてのスペースオペラ的な部分が薄まり、シェークスピア劇みたいに見えました。

 

 世界政治とか抗争を含めた宇宙スケールの活劇だったはずが、なんだか家族ドラマみたいなスケールになってきた(これは批判ではありません)。

 

 あくまで個人的な印象です。

 

 実際には戦闘シーンは相変わらず多いし、チャンバラもあるし、絵作りも凝っているし、迫力もある。

 そうしないと、スターウォーズブランドにならないからね。

 

 ただ以前はそっちの方がストーリーを完全に凌駕していたのだけど、今回はドラマのほうが引き付けられる、ということ。

 戦闘状況なんかを全部セリフで説明させてしまって、舞台劇にしたらいいんじゃないかと思ったくらい。

 

 これまでのスターウォーズであまり魅力ある登場人物ってお目にかからなかった(ダースベイダーが悪役としてどうしてあんなに人気があるのか、さっぱりわからない)けど、若い二人の主人公――レイとカイロ・レンがはいい。

 

 スターウォーズ過去40年の歴史というか、遺産というか、おっさんファンたちの降り積もった愛着やら怨念やらを背負わされても、最終的にそんなもの蹴っ飛ばして、カウンターのロングシュートでゴールを決めちゃいそうな「フォース」を感じます。

 古いキャラクターはすべてこの二人の引き立て役ね。

 

 いっそのことエピソード9は完全にオールドファンを裏切りまくって、戦闘シーンなしにしてしまったらどうだろう?

 登場するのはレイとレンとBB-9(ロボット)だけとか。

 ま、そんなのあり得ないはわかっているけど。

 

 勝手にエピソード9の予測をすると、前回の3部作(エピソード1~3)は、史実(?)を変えるわけにはいかないので、主人公のアナキンがダークサイドに落ちてベイダーになってしまうという悲劇的ラストで後味が悪かった。

 けど、今回の9は必ずやハッピーエンド、希望ある結末に持っていくでしょう。

 なんといっても制作の大元はディズニーだし。

 

 王道としてはレンの魂が救われ、レイと結ばれる・・・というのが落としどころだと思うけど、それだと単純すぎるかなぁ。

 


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追悼・アントニオ猪木さん:あなたほど無様さがサマになる男はいなかった

 

「ふつう見せないでしょう。こんな無様な姿は。

でもそういう商売をしてきたから。ありのままですよ」

 

昨日亡くなった猪木さんの病床の最期の映像を見て、

なんてカッコいいんだと涙しかなかった。

 

特に熱烈な猪木のシンパではないし、

プロレスファン、格闘技ファンでもない。

しかし、ご多分に漏れず、

子どもの頃・若い頃は夢中になってプロレスを観た。

そして、アントニオ猪木のカッコよさは

体の芯に染みついていた。

 

僕の中でのアントニオ猪木はそんなに強くはなかった。

最期に語ったように、むしろ無様にやられたり、

負けたりするシーンのほうが印象に残っている。

 

それはジャイアント馬場との対比で明らかだ。

馬場がやられるところ、

負けたところはほとんど記憶にない。

しかし、猪木はいつも敵の外人レスラーにやられて、

額から血を流していた。

馬場とタッグを組むと、危機一髪のところでタッチし、

馬場が大暴れして一人で敵のチームをコテンパンにした。

馬場は圧倒的に強く、威勢はいいけど猪木は弱かった。

 

アニメ「タイガーマスク」でも、

なんだか馬場が悠々とした親分で、

猪木は子分の鉄砲玉みたいな感じで描かれていた。

 

ところがある年のワールドリーグ戦。

最終戦で猪木は血まみれになりながら、

相手のクリス・マルコフを卍固めでギブアップさせた。

世界最強の必殺技・卍固め(オクトパスホールド)

初披露の日、猪木はワールドリーグ戦に優勝。

馬場が血で真っ赤に染まった白いハチマキの猪木を讃えた。

めちゃくちゃ感動し、

しばらくテレビの前で棒立ちになっていた。

 

新日時代になってからのアントニオ猪木も、

大巨人アンドレ・ザ・ジャイアントの

バックドロップで粉砕されたり、

超人ハルク・ホーガンのアックスボンバーを食らって

卒倒したりした。

長州力らの維新軍にコテンパンにやられ、

惨敗したこともある。

 

鮮烈に記憶に残る無残な負け方、無様なやられ方。

だけどめちゃくちゃカッコいい。

そして、どんなに無様な姿をさらしても、

敢然と立ちあがり、リベンジを果たした。

それがアントニオ猪木の「闘魂」だった。

 

だから猪木さんの言葉は響いた。

無様でもいいんだ。

負けてもいいんだ。

人生が続く限り、何度でも立ち上がれ。

リベンジしろ。

 

もちろん、彼のように誰でもリベンジできるわけではない。

無様さをサマにできるわけではない。

いや、むしろ、ほとんどの人ができない。

でも「それでもいいんだ」と

猪木さんなら笑って言う気がする。

「元気ですかー!」と言って、

ビンタを食らわせてくれそうな気がする。

もっと生きろ、夢を捨てるな、とも。

もう記憶のなかでしか、それはかなわない。

 

ありがとう猪木さん。

ご冥福をお祈りします。

 


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本日発売!新作小説「マイ・ギターズメモリアル」

 

人気ポップスターだった父は、

意識不明の状態で病院のベッドに横たわっていた。

音楽で生きる父と子の、死を前にした対話の物語。

短編。1万9千字。

 

あらすじ

デビュー間もない若いシンガーソングライターは

時おり、広い畑の夢を見る。

そこでは幼い頃に死別した妹が畑仕事をしている。

夢の中でいっしょに成長してきた彼女は

「お父さんがもうすぐここに来るよ」と彼に告げた。

 

それが予知夢であるかのように、

ほどなくして父が脳出血で倒れた、

という報せが入る。

彼の父もまたミュージシャン。

それも世界的に有名なポップクスターであり、

愛のメッセンジャーとしても知られる人物だ。

けれどもそうした世間のイメージとかけ離れた、

プライベートな顔を知る息子は、

自分と母親と妹を捨てて生きてきた

父をひどく憎んでいた。

 

一本のギターを抱えて、

病院に瀕死の父の面会に訪れた息子。

閉じられた病室の中で、

意識を失ったままベッドに横たわる父に向き合い、

胸の奥から湧いて出る思いをつぶやく。

そしてギターを媒介として、

意識のないはずの父と「イエス・ノー」の問答形式で会話を交わすようになる。

次第に息子は、もう表に現れない父の奥の意識と

一つになっていき、

それまで知らなかった父の人生の一面を垣間見る。

 

栄光の中の孤独。

自分が信じていた音楽の才能が枯渇していく恐怖。

安息の場のはずだった家庭も重圧となり、

精神的混乱は家族愛さえも悪夢に変えてしまう。

迷走した父は家族を捨てて

一人の女(後妻)との愛に生きるようになる。

ジュンはそんな不完全な人間だった父を

少しだけ赦せる気持ちになり、

彼が旅立つ前に最初で最後のデュエットを

しようと試みる。

 

面会時間が終わる頃、

病室に父の心を奪った女――後妻が現れる。

憎しみのため、それまで顔をそむけ続けてきた相手。

そんな相手と言葉を交わし、思いを交流させるうち、

息子の中には新しい自分の音楽を作り、

歌い始める準備が進んでいった。

 

Amazon Kindleにて価格300円で販売中。

 


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週末の懐メロ102:去りゆく恋人/キャロル・キング

 

1971年リリース。

この曲が収録されたアルバム

「つづれおり」(Tapestry )は、

全米アルバムチャートで15週連続1位、

その後も302週連続でトップ100に留まる

ロングセラーとなり、

グラミー賞でも4部門を制覇した。

 

それだけでなく、現在も聴かれ続ける

ポップミュージックの名盤中の名盤として名高い。

この四半世紀、ローリングストーン誌などをはじめ、

いろいろな音楽雑誌やサイトなどで

何度もロック・ポップス名盤ランキングが

開催されているが、いわゆる一般的なランキングで、

「つづれおり」はつねに十傑に入っている

という印象がある。

それだけ多くの人に、

世代を超えて訴える普遍性があるということだ。

 

キャロル・キングは1960年代、

弱冠16歳からプロの音楽家として活動している。

今回、知ってびっくりしたのは

「ロコモーション」をはじめ、

今でも有名なR&B系のスタンダードナンバーの多くが

彼女の手によって書かれたということ。

 

最初の夫となったジェリー・ゴフィンとコンビを組んで、

ソングライターとして全米ヒットを連発していたのである。

ビートルズのレノン=マッカトニーも、

最初はゴフィン=キングを目指していたという

逸話さえあるようだ。

 

そんな彼女が夫とのコンビを解消して、

今度は自らシンガーソングライターとして活動を始めて

2枚目のアルバムが「つづれおり」だった。

このアルバムが後世のミュージシャンに与えた影響は

計り知れない。

そして、もしかしたらその影響力は

日本の女性ミュージシャンたちに

最も大きく及んだのではないかと思える。

 

彼女の作曲の素晴らしさ、アルバムの充実度に加えて、

ジャケット写真がとても印象的だった。

 

日の当たる窓際で、猫といっしょに

セーターとジーンズ姿でたたずむキングの姿は、

「自由な新しい女」として、一つの世界を、

これからのライフスタイルを提示していた。

それもジャニス・ジョプリンのような

常人離れした激しすぎる生き方でなく、

愛情と平和と穏やかさを伴った、日常の中の新しい人生を。

 

事実、キングは五輪真弓のアルバム制作にも関わっており、

日本の音楽界とも縁が深い。

もしも彼女がいなかったら、

そして「つづれおり」というアルバムがなかったら、

日本でこれほどフォークソングも、

ニューミュージックも

発展しなかったのでないかと思えるくらいだ。

 

僕自身は正直、

これまでキャロル・キングにあまり興味がなく、

昔、ラジオでときどき聴いたな~くらいの印象だった。

 

僕が音楽をよく聴き始めた中学生時代—ー

1970年代の半ばには、すでに彼女はレジェンドであり、

当時の変化の激しい音楽界において、

過去の人になっていた感がある。

 

そんなわけで最近、改めて聴いてみたら、

たしかにこれだけいろいろな音楽を聴いた耳にも

「つづれおり」の楽曲群は新鮮に響く。

これはやはり現代のポップスのバイブルと言える

アルバムなのだ。

 

中でもいちばん好きなのが「去りゆく恋人」である。

この曲は中高生時代、女性のDJの

「秋になるとキャロル・キングが聴きたくなるんです」

というセリフとともに、

ラジオで何度か耳にしたことをよく憶えている。

 

BBCに、これまた当時、

シンガーソングライターとして大活躍していた

盟友ジェームス・テイラーと共演したライブ。

若くして素晴らしい貫禄。

そして、心に染みわたる「自由な新しい女」の歌声。

 


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キンモクセイとセミ

 

外に出るとあちこちでふわっと鼻をくすぐる。

今年は一段と香りが良い。

川面をわたる風に乗ってやってくる金木犀の

優しい匂い。

あっという間に9月もおしまい。

もう秋なんだなぁと思いきや、

夕方はまだツクツクホウシとヒグラシが

がんばって鳴いている。

まだ恋がしたいのか。

セミ生の最後によいおなごに出逢って

エッチできることを祈っています。

 


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なぜ30年前のトレンディードラマには、 お彼岸が出てこなかったのか?

 

まだ暑い日はあるが、お彼岸を過ぎて

本格的な秋になった。

 

ふと思い出したのが昔、30代の初めの頃、

「もうお彼岸だね」といったら

「トレンディードラマでお彼岸なんて出てこないよ~」

と笑われた。

要するに「年寄りくせー」と馬鹿にされたのだが、

僕はトレンディードラマで

カップルがお彼岸に墓参りに行くなんて

シーンがあったら面白いのに、と思っていた。

 

その頃はバブル崩壊直後だったが、

世のなかは、まだまだお祭り続けるぞ!

みたいな雰囲気があふれていた。

ジュリアナ東京も、クリスマスのホテルも、

当時の僕らのような若い連中で大賑わいだった。

 

その頃の倍の齢になり、

さすがにもうああいう騒ぎに参加したいとは思わない。

若ぶってもしょうがない。

 

正直、最近はスポーツも音楽も、

盛り上がる系イベントにはさして興味がなくなった。

人生の秋になったからだ。

 

そんなものより、もっと自分のために

大切に時間を使いたいと思うようになった。

 

とはいえ、毎日、

仕事と義母の介護とカミさんとの付き合い、

そして自分の本を書くことでいっぱいいっぱいで、

合間にちょっと本を読んだり、

映画を観たり程度の日々が続いている。

 

もともと人間のキャパが小さく、

エネルギッシュでもないので、

この状態で精いっぱいなのだ。

でもまぁ、とりあえず、ここで死んでも悔いはない。

まだ死ぬ気はないけど。

 

ありがたいことにここのところ、いろいろ仕事が入って、

当分の間、おそらく年末まで忙しそうだ。

仕事は面白くて大好きなので、

いっぱいごはんをいただいている気分である。

もっと稼げればいいんだけどね。

 


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新作短編小説「マイ・ギターズメモリアル」予告

 

新作短編小説「マイ・ギターズメモリアル」

人気ポップスターだった父は、

意識不明の状態で病院のベッドに横たわっていた。

訪れた息子が憎しみと別れの言葉を告げると、

父の意思はギターの弦を鳴らし、

彼を引き止め、語り掛けてきた。

 

10月1日(土)AmazonKindleよりリリース予定。

どうぞお楽しみに。

 


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週末の懐メロ101:ザ・ビッグシップ/ブライアン・イーノ

 

1975年リリース。

アンビエントミュージック(環境音楽)の原点であり、

巨大な船で僕たちの心をはるかな海へ曳航してくれる

ブライアン・イーノの最高傑作。

 

イーノはグラムロックとプログレッシブロックの

あいの子みたいなバンド「ロキシーミュージック」の

キーボードプレイヤーとして70年代の初めにデビュー。

 

その頃は奇抜なファッションと

アバンギャルドなパフォーマンスで話題を集めたが、

ソロになってからは独特の音楽世界を築き始めた。

 

この曲が収録された3枚目のソロアルバム

「アナザー・グリーン・ワールド」は、

1980年代になってブレイクし、

新たな音楽ジャンルとして成立する

アンビエントミュージック(環境音楽)の先駆的作品。

 

その後、イーノはいわゆるロック、ポップミュージックとは

一線を画した音楽活動を続けるが、

当時のミュージシャン、アーティストらに

与えた影響は絶大で、

ロバート・フリップ、デビッド・ボウイ、

トーキングヘッズ、U2など、

数え上げればきりがない。

 

そしてアンビエントミュージック(環境音楽)の

開発者の一人として、

映画や美術などの世界にもその影響力は広がった。

 

いまや懐かしのマイクロソフト・ウィンドウズ95の、

あの起動音を作曲したのもイーノだった。

コンピュータ時代の幕開けを彩った

わずか3秒の鮮烈な序曲。

 

人間の無数の感情の一つ一つを構築して作ったような

「ザ・ビッグシップ」には、

信者ともいえる熱烈なファンが大勢いるようで、

YouTubeには「THE BIG LOOP」と題して、

10時間という長大な編集バージョンも上がっている。

 

瞑想曲として、作業用BGMとして、

仕事や生活のあらゆる場面で愛聴できる、

そして日常の風景を非日常的なものに変えてしまう

このマジックナンバーは、

ひとりひとりの心の無意識の領域で

まるで血流のうねりのように響き続ける。

 


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最期のバグパイプ

 

ツイッターに「女王に捧げた最期のバグパイプ」

がアップされていた。

テレビ中継では見なかったが、

ウィンザー城のセントジョージ礼拝堂で

女王の棺が地下に降ろされ埋葬される時に

奏でられたものらしい。

 

まるで美しい映画や演劇のラストシーンのようだ。

とても感動的なのと同時に、エリザベス女王の

「スコットランドよ、行かないで」という

願いも込められているかのようだ。

 

ちょっと前から「6600万年前の夢を見て死ね」

という小説を書いていて、

これにマイケル・オーネストという人物が登場する。

マイケルはスコットランド人のバックパッカーで、

日本人女性と結婚し、東京で25年暮らしていたが、

還暦になり、スコットランド独立運動と

ネス湖の観光事業に取り組むため、

故郷スコットランドに帰ろうとしている。

彼はバグパイプ奏者でもあり、

楽器を教わりに来た主人公の男を相手に居酒屋で

スコットランドの自慢をして

「ネス湖を見て死ね」と、くだを巻く。

 

そんな設定なのだが、僕はスコットランドには、

1986年の春にネス湖観光、

1987年の夏にエジンバラ演劇祭を見に行ったきりだ。

特に強烈な印象はないが、

ロンドンなどより物価が安く、

のんびりした田舎というイメージが残っている。

インヴァネスの宿に泊まった時に給仕してくれた

当時高校生くらいの女の子が

真っ赤なほっぺをしていて可愛かった。

 

イングランドとスコットランドはここ数百年、

何とか折り合いをつけて仲良くしてきたが、

いつまでも過去を懐かしんではいられない。

何よりも民族としての

アイデンティティが大事なのだ。

 

亡き女王の願いむなしく、

近いうちにスコットランドは独立するだろう。

それが歴史の必然のような気がする。

そう思ってこのバグパイプを聴くと、

よけいに切なく美しく響く。

そしてエリザべㇲ2世の生きた時代は、

次世代へ語り継がれる物語としてパッケージされる。

 


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エリザベス2世国葬:20世紀の真の終幕

 

昨夜はエリザベス女王の国葬を、BBCの生中継で見た。

こんなに絢爛豪華で美しい式典を見ることは

もう生涯ないだろうと思った。

 

内容の重厚さあってこその華やかさ。

あれだけ世界の要人が一堂に集まることも

もうこの先ないのではないか、と思える。

 

そいて、こんなすごいことをする国、できる国は、

もう地球上にイギリスしかない。

 

BBCの気合の入れ方もハンパなかった。

イントロダクションの編集もめっちゃカッコいいし、

ウェストミンスター寺院の天井にカメラつけて

神さま目線の大俯瞰映像を撮るなんて本当にびっくりした。

 

おそらくBBCは昨日の中継映像を、

後世に残す、人類共有の遺産とすることを意識して

撮ったのではないだろうか。

 

21世紀になってから22年目にして、

とうとう20世紀の真の終幕を見た感じがする。

 

国葬のパレードは軍隊に支えられていた。

王制と軍制は一体のものであり、

あの祭典は、大英帝国の祭典である。

僕たちが暮らすこの世界は、

いまだ大英帝国の影響下にあったのだ。

 

その礎を築いたのは、16世紀のエリザベス1世。

海軍と海賊を使って世界の覇権を握り、

イギリスに富と繁栄をもたらした。

 

19世紀。ヴィクトリア女王の治世と産業革命。

日本も初めてグローバル化し、文明開化を迎え、

資本主義・覇権主義の時代が始まった。

 

世界を制覇し、栄光に包まれた大英帝国の歴史は、

富を求め、権力と暴力で人を抑えつける

搾取・略奪・虐殺・支配・蹂躙の歴史でもある。

 

エリザベス2世はそうした前世代の恩恵と、

犯した罪悪の双方を熟知して

この70年間、必死で世界のバランスを保つのに

努めてきたのだと思う。

 

そして自分の葬儀さえも過去と未来との懸け橋にした。

英王室内の知恵の蓄積もあったのだろうが、

 

すごい女王、すごい物語の作り手だ。

 

 

彼女がいなくなった今、

大航海時代から20世紀、そして今日まで

続いてきた一連の流れはゆるやかに止まっていくだろう。

 

英連邦国家の独立や、王制廃止の動きも

雪崩を打って襲ってくるだろう。

ユニオンジャックの国旗を見るのも、

もうそんなに長くないかもしれない。

 

世界のかたちは変わり、資本主義社会の在り方も

変質していくだろう。

 

もしかしたらそれらは僕がまだ生きている間、

向こう10年、20年のうちに実現してしまうかもしれない。

 

僕たちの子孫は、昨日の国葬を

20世紀文化のアーカイブとして鑑賞するのだろう。

そして、王様・女王様のいる世界を

バーチャルとして楽しむようになるのかもしれない。

 

リアルにこんなことをやって、無駄ガネを使いまくって、

なんてクレイジーな時代だったんだ!

ということになるんだろう、きっと。

 

僕らはそれを寂しいと思ってこう言う。

 

「いや、民主主義・合理主義には賛成だけど、

人間というものはどこかでこういう物語を

求めているんじゃないか?

それが心を豊かにするんじゃないか?」

 

だが結局、新しい時代のことは、

新しい世代が決めることになる。

 

いずれにしてもロンドンとウィンザーで

エリザベス女王を見送った僕たちは、

一つの歴史と始まりを見届けた。

とても幸運なことだし、貴重な体験をしたと思う。

 


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ガラパゴスマスク

 

先日、義母といっしょに近所の八百屋に買い物に出た時、

マスクを忘れたことに気が付いた。

もう春先ぐらいから外ではマスクをしていない。

ただ、店とか建物に入る時はつけなきゃいけないので、

持ち歩くのだが、家に置いてきてしまったのだ、

 

ちょうどストックが切れかけていたので、

ドラッグストアに寄って60枚入りの不織布マスクを買った。

その時、こうしてコロナ用にマスクを買うのは

これが最後になるだろうと思った。

 

テレビなどの映像を見る限り、

どこへ行くにもこれだけ国民が

一律にマスクをしている国は日本だけ。

まさにガラパゴス感があふれている。

 

データを見ても第7波は終わりに近づいているが、

そもそも欧米などはもはやデータ管理さえしていない。

つまりもう「普通の病気」と見做している。

 

WHOも「パンデミックはそろそろ終わり」

と言い出してるし、

マスクをする生活にも終わりが近づいている、

そう予感している人は少なくないだろう。

 

エリザベス女王の国葬でロンドンにおられる天皇陛下も

日本のメディアを意識して外ではマスクをしたり、

晩さん会の場では周囲と合わせて外したりと、

なかなかお気遣いが大変だ。

 

だけどある意味、

3年におよぶコロナの影響はこれから現れる。

気になるのは子どもや若者。

彼らにとって3年は、おとなにとっての30年に匹敵する。

そんな長い間、マスク生活を強いられ、

人の顔・表情がまともに見えない、

自分の顔・表情をちゃんと見せない感覚になった子の

メンタリティはどうなのか?

マスクを外して生活できるのか?

 

北欧のどこかの国の保育園では、

コロナ禍においても、

保育士はけっしてマスクをしなかったという。

理由は、子どもに大人の表情を見せないのは、

精神の発達上、よくないという考え方があるからだそうだ。

国がわざわざそんなお達しをするとは考えにくいので、

その園なり、保育士業界の判断なのだろう。

 

日本(アジア)と欧米では、

相手の表情を読みとるのに、

目もとを見るか、口もとを見るかの違いがあるので、

一概にはこうした方針の是非は問えない。

 

ただ、上からのお達しや世間に対する気遣いを重視するか、

自分たちの信念、大げさに言えば哲学を重視するかの

違いがあるなと思った。

 

いずれにしても社会の中で、

コロナによって変わったもの・変わるものと

変わらずに残るもの・元に戻るものがある。

 

自分の中でも何が変わらずに続いているのか、

どんな習慣・考え方を変えたのか?

どこかで落ち着いて検討してみようと思う。

 


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週末の懐メロ100:ザ・ローズ/ベット・ミドラー

 

1979年リリース。

誰もが知る名曲中の名曲だが、

僕にとっては、冒頭の騒然としたざわめきと

ピアノのイントロが交わる数秒間こそが

本物のザ・ローズの泣かせどころである。

 

ベット・ミドラー主演の映画「ローズ」が

日本で公開されたのは

翌1980年11月のことだった。

ひどく寒い日、新宿の映画館に

一人で観に行った覚えがある。

 

物語の舞台は遡ること10年前。

1969年のアメリカ。

ベトナム戦争、ヒッピームーブメント、

ドラッグ、セックス、ロックンロールの時代。

 

ローズのモデルはジャニス・ジョプリン。

いまだに史上最高の女性ロック歌手として崇められるが、

死後10年のこの頃、そのカリスマ性はハンパなかった。

 

映画は当初、彼女の生涯をドラマ化するという企画だったが、

主演をオファーされたベット・ミドラーはこれを拒否。

「わたしは私の役をやりたい」

こうして愛と激情に生きる架空のロックシンガー

「ローズ」が生まれた。

 

しかし、ミドラーの熱演・熱唱にも関わらず、

ドラマの展開、ローズのキャクターにはどうしても

ジャニス・ジョプリンの幻影が覆いかぶさる。

 

劇中で歌われるブルースナンバー

「男が女を愛する時」も、「ステイ・ウィズ・ミー」も

本当に素晴らしいのだが、

かのレジェンドが生きて歌っていたら、

もっと胸を揺さぶるだろうと夢想してしまう。

当時、それほどまでに

ジャニス・ジョプリンの存在感は絶大だった。

 

けれども物語の最後にそれが覆る。

故郷でのライブステージ。

酒と麻薬でボロボロになっていたローズは、

満員の観衆の前で倒れ、命尽きる。

そうして画面が闇に包まれていくとともに

エンドロールをバックにこの曲が流れる。

 

その時、ローズ(ミドラー)は死と引き換えに、

ジョプリンの幻影を拭い去り、永遠の存在となった。

以後40年以上、世界中で歌い継がれ、

聞き継がれてきたこの曲は、

これから後も長い年月にわたって生き続ける。

 

ローズのあまりに激しい、狂気にも思える生き方は、

現代では理解しづらく、共感も呼ばないだろう。

それでも彼女の歌は愛の種となって未来に残る。

 

僕は長年、この美しい旋律を酒の肴にしてきたが、

そろそろこの歌詞をもっと

じっくり味わななくてはいけない齢になったようだ。

もう毎日元気いっぱいというわけにはいかない。

人生に疲れた時にこの歌は本当に心のひだに染みてくる。

 

ローズのように酒も麻薬もやらなくても、

この世の中は十分、

僕たちの頭を狂わせるものに溢れている。

 

どうかあなたの心が痛みや憎しみで

バラバラになりませんように。

どうかこの世界とは何か、この自分とは何か、

つかめるところまで歩いて行けますように。

 


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良い夢を見る方法

 

今朝はとても美しい夢を見てめざめた。

「がんばっているアタシへのご褒美」みたいな夢だ。

 

最近、何かいいことあったっけ?

特に思いつないので、近々いいことがあるのかな?

と、たかが夢でこんなに良い気分になるなんて、

ほとんど記憶がない。

もしかしたら人生を変える夢になるかもしれない。

 

そこで「良い夢を見る方法」なんてものが

あるのだろうかと思って

学者・研究者のサイトを検索してみた。

が、とくにそういうものはないようだ。

 

強いていれば悩み事を抱え込まないとか、

良い睡眠をとるとか、その程度。

でも、「良い睡眠をとる方法」と

[良い夢を見る方法」とは別だと思う。

 

記憶がどうこう、潜在意識がどうこうなど、

いろいろ説明はできるようだが、

結局、科学的に解明できないから、

メソッドなんて誰も編み出せないから、

夢は面白い。

 

そこで今朝の夢を参考に、

自分で「良い夢を見る方法」を考えてみた。

 

自分にウソをつかずに生きること。

ある程度、人を慮って丁寧に接すること。

好きなものは好き、面白いものは面白いと言うこと。

そして自分を見失わないよう、

できるだけ心の中を整理整頓しておくこと。

 

なんだかみんな

ごくありきたりのことだばっかだけど、

夢が人生を映し出すとすれば、

こういうことになるんだろうと思う。

 

いずれにしても良い夢、美しい夢を見られることは

幸福なこと。

あなたもたくさん良い夢を見られますように。

 


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どうだ、銅だ、ブドウだ

 

秋はブドウの季節。

ちょっとご報告遅くなったけど、

岡山県から今年もブドウが届いた。

グリーンのはシャインマスカット。

黒いのはオーロラブラック。

 

オーロラブラックは岡山特産で、

粒は巨峰をはるかにしのぐ大きさ。

甘くて食べ応え抜群だ。

 

ちなみに昨年(2021年)日本のぶどうの収穫量は

16万5,100トン。

1位:山梨県(4万6千トン)シェア25% やっぱり。

2位:長野県(2万8千トン)シェア17% こちらも強い。

そして、おめでとうございます。

3位が岡山県。1万5千100トン。シェア9%。

4位の山形県・1万4千500トンを僅差でかわし、

どうどう銅メダル獲得。

 

ちなみに5位は福岡県で6,910トン。4%。

このベスト5で全国生産量の64%を占めている。

 

東高西低のブドウ生産県。

岡山は堂々、西日本ナンバーワンを誇るブドウの国だ。

ブドウだけでなく。モモやイチゴもおいしい。

農家の皆さん、これからもおいしい果物を

たくさん作ってください。

 

そして岡野さん、いつもありがとう。

お礼が遅れてごめんなさい。

カミさんが歯痛でしばらく食べられなかったので、

まだ食べてます。

日持ちがいいのもうれしいね。

 

上記データは農林水産省のサイトより。

https://www.maff.go.jp/j/tokei/kekka_gaiyou/sakumotu/sakkyou_kajyu/nasi_budou/r3/index.html

 


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ふたたびエリザベス女王逝去について

 

ここ数日、テレビやネットで

エリザベス女王逝去に関するニュースが

目に触れると、つい見てしまう。

 

20代の一時期、2年半ほどイギリスで

暮らしていたというだけで、

特に王室にシンパシーを感じていたわけでもないが、

何か喪失感のようなものがある。

 

一つの時代の終焉。

世界が大きく変わる予感。

なんだかひどく胸が疼くのだ。

 

エリザベス女王の最期は、ある意味、

高齢者にとっての理想形でもあった。

ガンや認知症に侵されることもなく、

ほぼ健康なまま、最後まで現役を全うした。

ひどく苦しむこともなく、安らかに亡くなったのは、

母を見送る子どもたち(国民)にとって

幸いなことだ。

 

死は悲しい出来事だが、

それ以上に、女王の死には

人生を生き切った不思議な充実感が感じられる。

 

どのように死を迎えるかは自分で選べないが、

彼女のように国を背負って

70年も歩き続けてきた人間には、

その報酬として、最後にはるか高い山頂から

広大な世界を見わたすことができたのかもしれない。

 

国葬は19日に行われるという。

エンディングの仕事をやっていることもあって、

こちらにもたいへん興味がある。

 

天皇陛下と皇后陛下も参列されるようだ。

お二人の英国留学は、

かけがえのない青春の1ページだったはず。

ほぼ同世代ということもあり、

かの地、かの時代、王室、女王対する

両陛下のお気持ちがひしひしと伝わってくる。

どうぞ心おきなくお別れをしてほしいと思う。

 


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週末の懐メロ99:ヴィクトリア/キンクス

 

1969年リリース。

エリザベス女王の訃報を聞いた時、

真っ先に思い浮かんだのは、

ビートルズの「ハー・マジョスティ」と

セックス・ピストリズの「ゴッド・セーブ・ザ・クイーン」。

そして、このキンクスの「ヴィクトリア」だった。

 

一時期、英国ではビートルズ、

ローリングストーンズと

肩を並べる大人気バンドだったキンクスだが、

日本での人気はイマイチで、

僕も20歳を過ぎるまで聴いていなかった。

 

しかし、1980年代になってヴァン・ヘイレンが

彼らの代表曲「ユー・リアリー・ガット・ミー」を

カバーして世界的大ヒットになったのをきっかけに、

キンクスの人気も再燃。

 

このライブが収められている

「ワン・フォー・ザ・ロード」は

ヒット曲満載で演奏内容も弾けまくっていて、

大好きだった。

中でもこの曲は、

僕にとっての最高のキンクスナンバーだ。

 

「ヴィクトリア」とはもちろん、

エリザベス女王のひいひいばあちゃん。

経済・産業が支配する現代の世界の始まりを作った

大英帝国の元首・ヴィクトリア女王のことである。

 

♪幸福な僕は愛する国に生まれてきた

 貧しくたって自由なのさ

 大人になったら戦争に行って

 お国にために戦うよ

 女王の栄光よ 永遠に

 ヴィクトリア ヴィクトリア

 

めっちゃ明るく元気なロックンロールに乗せて

歌う歌詞は猛毒のてんこ盛り。

強烈な社会批判、

半世紀前の高齢者の老害に対する糾弾を含めて、

偉大なるヴィクトリア女王を皮肉り倒して見せた。

 

ビートルズやセックス・ピストルズもそうだったが、

権威に対する反抗的な姿勢は痛快だった。

 

ただ、いま聴くと、

懐の深い母親や祖母に見守られて、

跳ね回っている腕白小僧たちにも見えるのだけど。

 

いずれにしても、自由にロックできる世界が

これからもずっと続くことを願ってやまない。

 

 

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God save the Queenの終焉

 

エリザベス2世逝去。

在位70年はすごい。

最後の最後まで女王であり続けた。

 

僕の母を超える高齢。

日本で言えば、昭和と平成をほぼ丸ごと生きた。

いずれ近いうちに・・・と思っていたが、

いざ現実になとやはり寂しい。

でも、穏やかな最期とのことで、良かったと思う。

 

政治家でも芸能人でもないが、

その存在感はあまりに大きく、

世の中に与える影響も大きかった。

 

ミニスカートも、ビートルズも、パンクも、

ブリティシュロックも、

ウェストエンドのミュージカルも、

戦後の英国生まれの文化は

すべて女王の擁護のもとに生まれ育った。

 

ロンドンで暮らしていた頃は、

毎日お顔を拝んでいた。

ポンド札の表で微笑む肖像は

(1980年代の実年齢より)

若くてチャーミングだった。

 

70年もの間、目に見えない巨大な何か、

ヴェールのようなものを英国のみならず、

ヨーロッパのみならず、

世界全体に投げかけていたような気がする。

 

その存在が地上から消えて、

これから世界に何が起きるだろう?

気になる。

僕たちの知る世界は

大きく変わってしまうのだろうか?

 

この2週間のうちに、誰も何の疑問を抱くことなく、

“本物”の国葬が行われるものと思う。

 

心から女王陛下のご冥福をお祈りします。

 

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始まったのだ。ぜひご注文くださいね。

 

無力な状態で生きなくていけないため、親に「守ってあげなきゃ」と思わせる。

だから赤ちゃんはかわいいのだ――というのが今では定説。

でも、そうした戦略だけではないのではないか?

あのかわいさには、

もっともっと人間の心の根源にひびく秘密がありそうだ。

そう考えて男の目線から赤ちゃんについて考察した表題作。

 

「若水」「浦島太郎」など、

シュールで意味深な日本むかし話に関する考察、

 

6歳の時、僕はいったい何を見たのだろう?――と、

いまだに頭の中でそれぞれの

エピソード・世界観が進化・深化を続けている

「ウルトラQ」をモチーフにしたお話など、

子どもをテーマにした35編のエッセイを収録。

 

もくじ

 

ホラー日本むかしばなし「若水」

人生で大事なことの始まりは子どものお祭り

オバQヒーリング

どんな花を咲かせる種が眠っているのか誰も知らない

子どもの卒業・親の卒業

中学生におすすめの映画

天国への階段の上まで冒険

川床の七夕の夢

子どもの自立について

子どもを愛さない男を父とは呼ばない

山中の孤独な夜の過ごし方

山羊座のボヤキとイベント増殖に対する懸念

息子は強制退去で独立

未来の子どもに伝えたい ネッシー、UFO、心霊写真、二十世紀の化石ジジイ

日本の子ども・高齢者の幸福度と「迷惑施設」と呼ぶ大人のエゴ

さるひめさま

神さまのカケラを拾い集めて生きる

私立探偵・健太のこと

絵描きのセンス

自由な気持ちで、丁寧に生きる

藤原カムイのウルトラQ

誕生の恐怖・思春期の恐怖・最期の恐怖

ルカ Lukaと子どもの虐待

夏祭りの女の子と大きな梨

コロナの後遺症に鍼治療の可能性

カネゴンは鳥を見た

赤ちゃんはなぜかわいいのだ?

アナ雪を鑑賞して想い巡らせる男と女の未来

なぜキャンデーズが三体のコケシのように見えたのか?

たましいのふたりごと:女は自信まんまん?

ざしきわらしを追いかけて

人生百年時代の浦島伝説

母の日・父の日に感謝のプレゼントなんかいらない

キラキラネームが踊る未来

雪だるま  やよいの旅のお花見

 

自身のブログ「DAIHON屋のネタ帳」から

厳選・リライトした35編を収録。

 


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ニューヨークのリモートワーク事情

 

DX(リモートワーク関係)のビジネス書の執筆で、

ニューヨークに取材。

おそらく日本の社会人なら知らない人はいない

大企業のアメリカ拠点の経営者。

 

相手の背景は窓越しに摩天楼ニョキニョキの風景。

あれ、でも外は青空?

ニューヨークは夜の時間じゃなかたっけ?

と思って聞いたら、やっぱバーチャル背景だった。

 

「夜分にすみません」と言ったら、

「自宅にいるから大丈夫です」というお返事。

そうなのだ。

もうがんばって夜遅くまで

オフィスに残ってなくてもいい、

というニューノーマルが、コロナ以降、

かの地ではすっかり定着してしまったようである。

 

取材はアメリカのリモートワーク事情について

いろいろ聞いた。

これから執筆を始めるところなので

内容はもちろんここでは言えないが、

前述のようにすっかりワーカーの意識が変わり、

経営者もこれまで通りのやり方では

仕事を回せないという。

 

特に印象に残ったのが、

「コストを掛ける部分が変わった」という話。

要はこれまで掛かっていた

オフィスの賃料や出張費を、

リモートで希薄になりがちな

社内のコミュニケーション維持の費用に

当てているということだ。

 

ちなみに、ちょっと前に

テスラのイーロン・マスク氏が

「家でダラダラしながら

リモートワークなんて許さん。

ちゃんとオフィスに出てこい!」と怒ったと聞いた。

 

ああいうリモートNG企業もあるんですか?

と聞いたら、ウォール街の金融企業などは

ちゃんとスーツとネクタイで出社しなきゃダメ

というところが多いそうだ。

 

しかし、よくよく聞いてみると、

それを求められるのは年収数千万円、

ヘタすりゃ億レベルのトップエリートさんたちで、

一般のオフィスワーカーは、

ほとんどがリモートの恩恵に授かっているらしい。

特に若い世代には

仕事は家やカフェでやるもの、

みたいな意識が急速に浸透しているとう。

 

取材した経営者の方は、

それにはちょっと危機感を持っていて、

家庭を持っている人たちには出社を強要しないが、

若者たちにはある程度、

リアルで接することを求めているようだ。

 

ガラパゴス日本は、コロナから2年半たち、

ほぼほぼフルリモート派と、もと通り通勤派と

すっかり二極化してしまった印象。

満員電車に乗らないと、

仕事やってる気がしないという人がまだ多いようだ。

 

ついでに言うと、正規社員か非正規雇用か

といったことにこだわっているのは、

今や国際基準から遠く離れた労働思想。

ガラパゴスどころか、地球の最果てみたいな話だ。

子どもに「将来の夢は正社員です」

と言わせるような社会に将来の夢はあるのかな?

 

 

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明日から始まるのだ。読んでね。

 

 


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なぜアフリカの国では、 すぐさまキャッシュレス決済が浸透するのか?

 

アフリカのある国――もちろん日本より

はるかに経済規模の小さい新興国――では

キャッシュレス決済が、

ほぼ100パーセント浸透しているという。

なぜかというと絶対的な必然性があるからだ。

 

その国では夫が週に5日、

都市に出稼ぎに行き、週末に村に帰って家族と過ごす、というのが一般的なライフスタイル。

最近まで昭和時代の日本同様、

1週間の労働賃金を現金でもらって

持ち帰っていたのだが、

そこにはいろいろ問題があった。

 

まず第一に、そのお金が偽物の可能性が低くない。

一所懸命働いて稼いだカネが贋金だったら

たまったもんじゃない。

 

もっとひどいことがある。

出稼ぎ者たちは村に帰る途中、

強盗に狙われる可能性が非常に高い。

「あいつはカネを持っている」というのが、

すぐばれるからだ。

カネを取られるだけならまだしも、

殺されてしまうことも少なくないという。

 

そこにキャッシュレス決済システムが導入された。

こうなると支払い側も贋金は使えないし、

受け取った瞬間に、村にいる家族にオンラインで

キャッシュレスで送ってしまえば道中手ぶらになり、

強盗に襲われる危険もない。

そんなわけで一瞬にして

国中にキャッシュレス決済が広がったという。

 

しかし、日本のように

信頼し合える相手と良好な取引ができ、

路上で強盗に出くわす危険性がほとんどない

治安の良い国ではそうした必然性がないため、

浸透するのには時間がかかるというのだ。

 

これは先日のエンディング産業展のセミナーで

DXを進めている会社から聴いた話。

 

最近は日本でも日常の買い物をはじめ、

生活のあらゆるシーンで

キャッシュレスが増えてきたが、

それでもまだまだ現金信仰が厚い。

これは世界的な視野から見ると、

一つの大きな幸福であり、

素晴らしい幸運の証なんだろうなと思う。

 

そして何となく、東太平洋の

ガラパゴス諸島で悠久の大海原を見ながら

のんびり暮らすイグアナになったような気分になる。

 

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お楽しみに。

 


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子育てしている人も、そうでない人も。

まだ子どもの人も、遠い昔にそうだった人も。

 

 どうぞお楽しみに。読んでね。

 

もくじ

 

ホラー日本むかしばなし「若水」

人生で大事なことの始まりは子どものお祭り

オバQヒーリング

どんな花を咲かせる種が眠っているのか誰も知らない 

子どもの卒業・親の卒業

中学生におすすめの映画

天国への階段の上まで冒険

川床の七夕の夢

子どもの自立について

子どもを愛さない男を父とは呼ばない

山中の孤独な夜の過ごし方

山羊座のボヤキとイベント増殖に対する懸念

息子は強制退去で独立

未来の子どもに伝えたい 

ネッシー、UFO、心霊写真、二十世紀の化石ジジイ

日本の子ども・高齢者の幸福度と

「迷惑施設」と呼ぶ大人のエゴ

さるひめさま

神さまのカケラを拾い集めて生きる

私立探偵・健太のこと

絵描きのセンス

自由な気持ちで、丁寧に生きる

藤原カムイのウルトラQ

誕生の恐怖・思春期の恐怖・最期の恐怖

ルカ Lukaと子どもの虐待

夏祭りの女の子と大きな梨

コロナの後遺症に鍼治療の可能性

カネゴンは鳥を見た

赤ちゃんはなぜかわいいのだ?

アナ雪を鑑賞して想い巡らせる男と女の未来

なぜキャンデーズが三体のコケシのように見えたのか?

たましいのふたりごと:女は自信まんまん?

ざしきわらしを追いかけて

人生百年時代の浦島伝説

母の日・父の日に感謝のプレゼントなんかいらない

キラキラネームが踊る未来

雪だるま  やよいの旅のお花見

 

 

全35編収録

 


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自分史・遺言ムービーのブルーオーシャンスターズ

 

今年のエンディング産業展は、時代の潮流に合わせて、

終活・相続というテーマがフィーチャーされていた。

終活という言葉の持つイメージ・意味合いが

どんどん膨らんでいる今、

葬儀・供養もその一環として捉えられるのかもしれない。

 

そんな中で目に留まったのが「nokosu」というブランドで、

自分史・遺言ムービーを製作する

ブルーオーシャンスターズという会社。

社名は華々しいが、代表の高塩博幸氏は、

とても親しみやすく、朴訥な印象の人である。

 

話を聴くと、彼はもと新幹線の運転士。

子どもの憧れの職業だが、

彼自身は映像の仕事をやりたかったのだという。

それで定年になる前に彼は会社を飛び出した。

 

きっかけは、先輩や義父の退職記念に

自分史映像を作ってあげて、とても喜ばれたこと。

 

そうだ!40年前と違って、

撮影機材も編集ソフトも、今なら用意するのは難しくない。

テレビ局や映像プロダクションに

就職しなくても自分でできる、

あの若い頃の夢が実現できる。

というわけで知り合いのディレクターについて

撮影・編集のノウハウを学び、

シナリオセンターに通って脚本の勉強もした。

人間、目標を持って突き進むと強い。

 

一昨年、会社を起業した高塩氏は、

北千住の東京芸術センターを拠点にして活動を始めた。

ただ、映像を作りますというだけじゃなく、

YouTuberも多い今、

自分のスマホで自分史動画を作って遺す

ノウハウを教えたり、

さまざまな映像コンテンツが必要とされる時代に合わせて、

柔軟な事業展開をしている。

 

面白い。

カッコいい。

彼自身が自分史というものを体現しているかのようだ。

 

今回はご家族も応援して出展することになった。

結構引き合いが多かったように見受けられるが、

良いクライアントにたくさん出逢えたのだろうか。

 

ブルーオーシャンスターズという社名には

「創意工夫を凝らして

競争のない世界で新しいものを創造する」

そして、

「高い位置で光り輝くお客さまへ、

新しいサービスを創造してお届けする」

という意味を込めているという。

ぜひ個人的に応援したいと思える会社である。

 

https://blueoceanstars.co.jp/

 


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週末の懐メロ98:アイ・キャント・ハヴ・ユー/ イヴォンヌ・エリマン

 

先週に引き続き、世界的に大ヒットした

映画「サタデーナイトフィーバー」の挿入歌。

1978年リリース、全米シングルチャートで1位を記録した。

 

僕にとっては「恋のナイトフィーバー」や

「スティン・アライブ」よりも、

この曲が最もあの時代の空気をまとっているように思える。

 

歌手のイヴォンヌ・エリマンは、

ハワイ生まれの日系アメリカ人。

1971年にロックミュージカル

『ジーザス・クライスト・スーパースター』

さらに1973年の同作の映画でも

マグダラのマリア役を演じて人気を得た女優でもある。

 

若い頃はもっと日本人っぽい顔をしていたが、

この映像(2000年代だと思う)では

貫禄がついてポリネシアンらしくなった。

 

そして、彼女と同じく貫禄のついた

ディスコ世代のダディ、マダムが

「30年後(40年後?)のナイトフィーバー」という感じで

楽しそうに踊る姿は素敵であり、

同時にちょっと笑えたりもする。

 

大好きなこの曲、惜しいと思うのは

もっと気の利いた邦題が付けられなかったのかということ。

「アイ・キャント・ハヴ・ユー」では

味もないし、平凡でインパクトに欠ける。

 

「サタデーナイトフィーバー」には

「愛はきらめきの中に」なんて

素晴らしい邦題もあったのに。

(原題:How Deep is your Love)

 

こちらの原題は「あなたがいないと」という意味なので、

いくらでも考えられそうなものだが、

なんで日本のレコード会社は、

頭の「If」を取るだけという中途半端な手抜きをしたのか、

いまだに謎である。

 

 

おりべまこと電子書籍新刊 

エッセイ集:子ども②

「赤ちゃんはなぜかわいいのだ?」

http://www.amazon.com/dp/B0BCNZK6WX

 

無力な状態で生きなくていけないため、親に「守ってあげなきゃ」と思わせる。

だから赤ちゃんはかわいいのだ――というのが今では定説。

でも、そうした戦略だけではないのではないか?あのかわいさには、もっともっと人間の心の根源にひびく秘密がありそうだ。そう考えて男の目線から赤ちゃんについて考察した表題作。ほか、子どもをテーマにした面白エッセイ35編を収録。

 

 


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本日発売! 赤ちゃんはなぜかわいいのだ?

 

おりべまことの新刊 Amazon Kindleより発売! ¥300

 

無力な状態で生きなくていけないため、

親に「守ってあげなきゃ」と思わせる。

だから赤ちゃんはかわいいのだ――というのが今では定説。

でも、そうした戦略だけではないのではないか?

あのかわいさには、

もっともっと人間の心の根源にひびく秘密がありそうだ。

そう考えて男の目線から赤ちゃんについて考察した表題作。

 

「若水」「浦島太郎」など、

シュールで意味深な日本むかし話に関する考察、

 

6歳の時、僕はいったい何を見たのだろう?――と、

いまだに頭の中でそれぞれのエピソード・世界観が

進化・深化を続けている

「ウルトラQ」をモチーフにしたお話など、

子どもをテーマにした35編のエッセイを収録。

 

もくじ

 

ホラー日本むかしばなし「若水」

人生で大事なことの始まりは子どものお祭り

オバQヒーリング

どんな花を咲かせる種が眠っているのか誰も知らない

子どもの卒業・親の卒業

中学生におすすめの映画

天国への階段の上まで冒険

川床の七夕の夢

子どもの自立について

子どもを愛さない男を父とは呼ばない

山中の孤独な夜の過ごし方

山羊座のボヤキとイベント増殖に対する懸念

息子は強制退去で独立

未来の子どもに伝えたい ネッシー、UFO、心霊写真、二十世紀の化石ジジイ

日本の子ども・高齢者の幸福度と「迷惑施設」と呼ぶ大人のエゴ

さるひめさま

神さまのカケラを拾い集めて生きる

私立探偵・健太のこと

絵描きのセンス

自由な気持ちで、丁寧に生きる

藤原カムイのウルトラQ

誕生の恐怖・思春期の恐怖・最期の恐怖

ルカ Lukaと子どもの虐待

夏祭りの女の子と大きな梨

コロナの後遺症に鍼治療の可能性

カネゴンは鳥を見た

赤ちゃんはなぜかわいいのだ?

アナ雪を鑑賞して想い巡らせる男と女の未来

なぜキャンデーズが三体のコケシのように見えたのか?

たましいのふたりごと:女は自信まんまん?

ざしきわらしを追いかけて

人生百年時代の浦島伝説

母の日・父の日に感謝のプレゼントなんかいらない

キラキラネームが踊る未来

雪だるま  やよいの旅のお花見

 

「DAIHON屋のネタ帳」から厳選・リライト 全35編

どうぞ読んでみて!

 


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エンディング産業展2022

 

本日から3日間、9月2日(金)まで

東京ビッグサイト南館で開催されている

エンディング産業展2022の取材。

今年から「資産運用・家計対策フェア」が併催。

 

政府が投資に躍起になっていることからも

おわかりのように、

これから国民の――特に高齢者の

眠れる資産・埋蔵されているお金をどう掘り起こし、

どう活用するかが日本の大テーマの一つ。

 

産業界の主役、とまでは言わないが、

エンディング業に携わる人たちの仕事が

俄然、存在感を増し、

クローズアップされるようになることは確か。

 

終活とか、葬式とか、遺産とか、相続とか、

そんなもの自分には関係ないと思って生きてきた人たちも

ちょっとでもこのへんの動きに

注目しておいたほうがいいと思います。

 


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生涯現役・ウルトラの女神

過去にブログやSNSで書いたエッセイを

編集・リライトして電子書籍にしている。

 

今度の新刊「赤ちゃんはなぜかわいいのだ?」は、

子どもがテーマ。

その編集をしていたら

子ども時代に見た「ウルトラQ」がらみのネタが

3本もあった。

 

そう言えば、この間も5年くらい前に書いた

「2020年の挑戦への挑戦」を引用されてくれと

リクエストが来たのでOKした。

(この記事はエッセイ集:生きる

「酒タバコやめて100まで生きたバカ」に収録)。

 

ウルトラQは、のちのウルトラマン、ウルトラセブンなど、

ウルトラシリーズの元祖である。

製作・放送はなんと1966年。

その後のヒーローものにはさして執着心はないが、

Qはべつもの。

6歳の時、僕はいったい何を見たのだろう?

といまだに考える。

 

Qの記憶は素晴らしく鮮明で、

深読みさせられるマテリアルが

たくさん埋蔵されているので、

いまだに頭の中で、それぞれのエピソードが、

進化・深化を続けている。

 

そのQの中で活躍していた紅一点が

桜井浩子さん演じる「ユリちゃん」である。

桜井さんは、この後のウルトラマンに出てくる

科学特捜隊のフジ・アキコ隊員のほうが有名かもしれない。

 

「ユリちゃん」こと江戸川百合子は、

新聞社の女性カメラマンで、

ほかのふたりの男性とトリオの主人公で、

怪獣や怪事件に立ち向かっていた。

 

この時代、特撮やアニメ番組に出てくる

若い大人の女性は、なぜかカメラマンが多かった。

「スーパージェッター」のカオルさんとか。

 

まだ職場が男だらけだった時代、

カメラ片手に颯爽と駆け回るおねえさんは

子ども心にカッコよくて、胸がときめいた。

 

しかもユリちゃんはただ写真を撮るだけでなく、

知的でユーモアがあって勇敢で優しかった。

時にとんでもない悲劇にも見舞われた。

 

そのユリちゃん、そしてフジ・アキコ隊員を演じていた

桜井浩子さんの記事を先日読んだが

とても面白くて、こころ動かされた。

 

怪獣もののイメージがついてしまって、

その後の女優業は苦労したのではないかと思うが、

今になって、その半世紀以上前のキャリアが

燦然と輝いている。

 

彼女は現在、ウルトラ関係のコーディネーター業を

やっていて、今回の「シン・ウルトラン」でも、

裏方でいろいろ活躍していたようだ。

 

僕が6歳の時におねえさんだったのだから、

それなりのお齢だが、

この明るさ・元気さは素晴らしい。

 

こうなるともう生涯現役確定。

ユリちゃんファンも、フジ隊員ファンも

死ぬまでついていく。

いつまでもウルトラの女神でいてほしい。

 


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新刊「赤ちゃんはなぜかわいいのだ?」9月1日発売予定!

 

おりべまこと電子書籍新刊 

エッセイ集:子ども②

「赤ちゃんはなぜかわいいのだ?」

9月1日(木)発売予定!

もくじ

●ホラー日本むかしばなし「若水」

●人生で大事なことの始まりは子どものお祭り

●オバQヒーリング

●子どもの卒業・親の卒業

●中学生におすすめの映画 

●子どもを愛さない男を父とは呼ばない

●カネゴンは鳥を見た

赤ちゃんはなぜかわいいのだ?

ほか全35編収録

 

無力な状態で生きなくていけないため、

親に「守ってあげなきゃ」と思わせる。

だから赤ちゃんはかわいいのだ――

というのが今では定説。

でも、そうした戦略だけではないのではないか?

あのかわいさには、

もっともっと人間の心の根源にひびく

秘密がありそうだ。

そう考えて男の目線から

赤ちゃんについて考察した表題作をはじめ、

子どもをテーマにした35編のエッセイを収録。

どうぞお楽しみに!

 


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アナログマジックの残暑お見舞いとデジタル発信の効用

 

古い友だちから残暑お見舞いの葉書が届いた。

もう10年近く会っておらず、

オンラインでもやりとりしていない。

年賀状だけは、ずっと交わしていたのだが、

この齢になると親が亡くなり、

喪中で出さない年も多くなる。

 

そうすると翌年、出すのを忘れてしまったり、

忘れてしまう程度のつながりなら、

半ば形骸化した関係なので

なくてもいいかと、喪中葉書をきっかけに

「年賀状じまい」をする人も増えてきた。

 

この友だちも昨年、父が亡くなり、

今年、母が亡くなったという。

僕一人に宛てたわけでもないと思うのだが、

「『元気でいるよ』とお知らせしたくて、お手紙しました」

という一文にはちょっと心を動かされるものがあった。

これはアナログのマジックと言えるのかもしれない。

 

2年続けて喪中で出さないと・・・

という危惧があったからだろうか?

それとは別に何かあったのだろうか?

本当に元気でいてくれているのなら何の問題もないのだが。

 

僕らの世代はまだオンラインのやりとりを

煩わしく感じる人が多い。

Facebookなども一時の流行りで始めたものの、

もうやっていない、ずっと休眠中という人が

周りに大勢いる。

 

僕は時々サボるけど、いちおう、ほぼ毎日、

ブログもFace boookも Twitterも更新しているよ。

電子書籍も出してます。

よかったら覗いてね~と書いて返事を出した。

 

相手がどう思うか、感じるかは二の次でいい。

自分の「いま」を、

いつでも表現して見せられるということ、

「俺は生きている」と発信し続けられることは、

心の安定と新たなエネルギーにつながる。

 

還暦を過ぎると、こういうことって、

けっこう重要になっていくのではないかと思う。

 


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週末の懐メロ97:恋のナイトフィーバー/ビー・ジーズ

 

夏の終わりはディスコでフィーバー!

って、どんだけ昔の話なんだ?と思ったら、

1977年12月のリリースだった。

 

ジョン・トラボルタ主演映画

「サタデーナイト・フィーバー」の主題歌。

日本ではアメリカに遅れること半年、

1978年7月の公開。

 

そうだった、そうだった。

東京に出てきた年の夏休み、

学校の友だちやバイト仲間と、

新宿、池袋、赤坂、六本木など渡り歩き、

アホみたいにフィーバーしてた。

いっしょに踊ってた一人一人の顔が目に浮かぶ。

 

この頃から10年くらいは

ディスコの黄金時代だった。

口にするのは恥ずかしいけど「青春のディスコ」だね。

 

この映画、トラボルタは普段はペンキ屋のあんちゃんで、

週末だけディスコ輝いている、という設定。

そして出逢った女性と恋に落ち、

ダンス大会に出場するというストーリーだったが、

メッセージとしては

「ディスコみたいなところばっか行ってたら、

ロクな大人にならないぞ」みたいなことだったと思う。

それに相反するように、

以後、世界中でディスコ文化が出来上がり、

僕らの世代は一生引きづっている。

 

かつてのディスコブームは、はるか夢の彼方だが、

ビー・ジーズのこの曲は、

いま、普通に聴いていてもすごく良い曲だ。

踊らなくてもいいから、ずっとずっと聴いていよう。

 


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潮騒の音楽を楽しむための海

 

今日は久しぶりに江ノ電に乗って湘南の海へ。

おそらく江ノ電に乗るのは5~6年ぶり。

駅も電車もすっかりきれいになっている。

 

遊びじゃなくて仕事――お寺の取材で行ったのだが、

七里ガ浜の住宅地を歩くと潮騒がロマンチックに響く。

でも、砂浜に降りてみると、あまりきれいではない。

 

東京に来た頃から、季節を問わず、友だちと騒ぎに来たり、

女の子とデートしに来たり、

子どもを連れて遊びに来た湘南。

でも、もうここで遊びたいとか泳ぎたいとは思わないなぁ。

 

むかしはご多聞に漏れず、

湘南のイメージに憧れていた。

けれども還暦を過ぎると、その魔法も解ける。

サーフィンやマリンスポーツを楽しむわけでもなし、

もともと僕はそんなに海が好きな人間ではないのだ。

 

潮騒の音楽を楽しむもの。

遠くから眺めるもの。

イメージを楽しむもの。

これから自分にとっての海は

そういうものでいいと思う。

今日はそのことを再確認した感じ。

 

おまけ情報:

このあたりのスポーツ振興会の会長をやっている、

取材先のお寺の住職は、

ちょっとだけサーフィンをやってたそうだ。

 

ところが、このあたりは中級者以上限定で、

初心者はダメという暗黙のルールがあるそうだ。

だから彼は目の前に海があるのに

ここではサーフィンができず、

わざわざ江の島のほうまで行ってたとか。

 

では、残り少ない夏をしっかりお楽しみください。

 


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グローバルビジネスの勉強

 

英国では「英国現代奴隷法」という法律が

2015年に作られた。

人権意識が高い欧州では、

人種やジェンダーの差別問題に気を付けることはもちろん、

サプライチェーンにおける従業員の権利保護が重要。

サプライチェーンがアジアなどに工場を持つ場合でも、

奴隷的労働は許されず、

この「英国現代奴隷法」には十分な注意が必要だ。

 

新興国では「3万円で人が殺せる(殺し屋を雇える)」

と言われている。

異性関係やお金のトラブルには十分な注意が必要だ。

 

いきなり、日本企業が先進国、新興国に進出する際、

どんなリスクがあるのかについて、

それぞれ書かれている。

 

これは国際弁護士の人が、

海外進出を考える企業に向けて書いている本の一端。

 

難しい法律を「ざっくり」わかりやすく説明し、

「当たり障りのある」表現をあえて心がけたそうである。

いやいや、たしかにわかりやすく刺激的で面白い。

 

「現代奴隷法」なんて初めて知ったし、

聞いたことはあったが3万円で殺しもOKとは・・・。

なんだかいきなり映画の世界に放り込まれたようだ。

 

ビジネス本の仕事として、

企業のグローバルビジネスに関する

本の制作がスタートした。

人口減少によってマーケットが縮小する日本。

リモートワークの普及を踏まえて、

海外市場に進出しようとする企業の

サポートサービスについて書いていくものだ。

 

というわけで、久しぶりに世界に目を向けて勉強している。

上記の本はその一環として読んでいる。

サイト情報も割とソフトタッチのものが多い中、

これはなかなかエグい。

 

「汚職・腐敗防止法」の項目では、

海外では汚職が水や空気のようにはびこっています

(日本の汚職なんて甘っちょろい?)とか、

 

「労務・人事」では、アジアの新興国のような

高温多湿の環境では、人は働きません。

日本人が通常と考える勤怠管理をするだけで

一苦労ですとか。

 

噂で聞くことはあっても、

こうやって世界中の現場でトラブルに向き合った人に

本ではっきり書かれると、やたら説得力があり、

その国の生活・ビジネスの風景が広がってくる。

 

グローバルというイメージは美しく、

そこでビジネするぜというとカッコいいけど、

現実はいろいろ大変。

というわけで、観光ではない、

バックヤードの世界旅行へ出発だ。

 


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