新作ラジオドラマ脚本

 

久しぶりにラジオドラマの脚本を書きました。

 ドラマの脚本を書くなんて本当に久しぶりだったので、最後までできるのか、ドキドキしていました。

 あれ、ト書きって上から何字あけて書いてたっけ?て感じ。

そんな感じでこの3ヵ月ほど、仕事の隙間を使ってやっと書き上げました。

 

 でもまぁ、普段からよく考えていたマテリアルだったので、設定が決まれば、途中からはわりかしすんなりできました。

 1時間ものなので400字詰め56枚。

 なんだ、できるじゃん、おれって感じ。

 

 昔、けっこう一生懸命ドラマを書いてた頃はガッチリ最後まで構成してないと不安でしかたなかったのだけど、今回ちょっと違っていたのは、なんとなくこんな感じ、という流れだけ作って進めていったこと。

 真ん中あたりの転換点はどうなるのか?

 ヤマ場はどうするのか?

 ラストどうなるか?

 全然わからなかったけど、かえって予定調和にならず、意外な展開と、とても気持ちのいい着地点を見つけられました。

 

 で、読み返してみると、なんだ、若い頃から全然成長してねえじゃん、おれって感じ。

 人間、結局何が言いたいのってこととか、自分の中にあるドラマ性・物語性って齢を取ったからってそうそう変わるもんじゃありません。

 一度死んで生き返った、ぐらいの体験をすれば別でしょうけど。

 大半の人は、10代後半から20歳ごろ持ってたヴィジョンって基本的にそのままです。

 

 でもだからと言ってがっかりはしない。

 ああ、おれってたぶん最期までこうなんだって思います。

 いずれにしても、 やっぱり自分の作品ができるとすごく嬉しい。

 今年のおれはやった!って感じで、とりあえずは自己満足。

 もちろん、これが人が見て面白いかどうかはまた別の話です。

 

 というわけで、誰かに頼まれて書いたわけじゃないので、公募に応募しました。

 小説などと違って、脚本はほれ込んでくれる演出家なり、プロデューサーがいて立体化してくれないとお話にならないので。

 4か月後、面白い展開になりそうなら、またここで書きます。

 

 というわけで2016年はOK。

 テンパっているのでこの後、1ヵ月は仕事しまくりの日々へ、です。

 

 

2016・11・29 TUE


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天国への階段 アウトテイク

 

 僕の11月のテーマ曲は、Led Zeppelinの「Stairway to Heaven」と決まっています。

 この曲を聴いていると、本当に生きててよかったなぁと思います。

 

 最近、セッションやリハーサル音源を収めたZepのアウトテイク集が出たので、「天国~」をはじめ、ずっとZepばかり聞いています。仕事するときのBGMにちょうどいいんだよね。

 

 レッド・ツェッペリンは世間的にはヘビメタバンドってことになっているけど、僕のイメージは全然違っていて、彼らはイギリスの民謡やアイルランド民謡、その他、世界各地の民俗音楽をベースとしたワールドミュ―ジックバンド。

 

 キャリアのスタートとなったスブルースだって、もとを辿れば黒人の民俗音楽だし、レゲエやヒップホップだって世界的に流行る前からやっている(あまりに彼らのサウンドの個性が強すぎてそう聞こえないけど)。

 

 丁寧に自分たちのリスペクトする音楽、面白いと思った音楽を何度も何度も繰り返し演奏し、深掘りし、アレンジして自分たちのオリジナルに変えていったんだな、ということがセッションの音源を聞いているとよくわかります。

 

 そのせいか黒人音楽通から「ブルースを金もうけに使った」とか「パクリの天才」とか揶揄されることもあるみたいだけど、それを言いだしたら、ビートルズやストーンズだってみんなパクリをやっていることになる。

 

 音楽に限らず、絵だって物語だって「まったく見たことも聞いたこともない」というのはほぼあり得ないし、あっても人々に受け入れられない。

 人々

 

 

が受け入れることができるもの、いいなぁ、これと思えるものって、どこか先人の業績をリスペクトし、踏襲しているものなんじゃないかなと思います。

 

 というわけでジミー・ペイジもロバート・プラントも相当じいさんになちゃったけど、何十年聴いていてもツェッペリンは飽きません。

 

2016・11・22 TUE


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がんばらないクリスマス

 

 先週、仕事で恵比寿ガーデンプレイスに行ったら、豪勢なクリスマスツリーがキラキラ☆☆☆。

 そうですよ。もうクリスマスです。あと1ヵ月ちょっと。

 そわそわするね、ざわざわするね。

 

 街の中で「ジングルベル」やら、「ラストクリスマス」やら「クリスマスイブ」やら、「恋人はサンタクロース」やらが流れたりすると、なんだか体の中の血流が速くなるような感じがします。

 

 映画やドラマでは、クリスマスに人生を変えてしまうような奇跡が起こったりする。現実にだって、僕にだってあり得るかも。

 

 ・・・となっていたのも昔話。

 ホントーにクリスマスと言えばがんばっていた。そして、その割に空振り三振の連続だった若かりし時代。

 

 いや、実は僕はどうもクリスマスには相性が悪くて、子供の頃から「メリークリスマス!」とやってもなんか違う、なんだかお寺の社務所やお宮の集会所でキリスト様のお誕生日会を祝っているような違和感を感じていました。

 

 大人になったらなったで周りの雰囲気に煽られて、いろいろ作戦立てたりするんだけど(とくにバブル時代)、あんまりうまくいった試しがない。

 

 子供が小さい頃はサンタになったり、プレゼントに凝ったり、自前でケーキや料理を作ったり、教会のクリスマス会に呼ばれて寸劇とかもやりました。

 

 まぁ打率にしたら2割そこそこというところでしょうか。

 

 どうして僕はクリスマスにがんばってきたのだろう? がんばらなくてはいけないと思ってきたのだろう、と考えてみると、やっぱり日本にとってクリスマスというのは異文化なのだ、という当たり前の結論に達しました。

 

 80年代に2年程ロンドンに住んでいて英国のクリスマスを体験しましたが、やっぱり本場のは違うのです。

 何が違うって、歴史が違う。文化が違う。

 街の広場で、子供やお母さんやおっさんたちが入り混じった聖歌隊がクリスマスソングを歌っている。

 もうそれだけで心にジーンときてしまうのです。

 

 もちろん歴史がなかろうが文化が違おうが、日本には日本のクリスマスがあってもいい。

 商売繁盛のためのクリスマスでもいい。

 そうした積み重ねが新しい文化になっていくのだから。

 

 でも個人的には、子供も大きくなったし、カミさんがいてあんまり家庭に波風立てたくもないので、ここ数年ほど、クリスマスはがんばらないでテキトーにやっています。

 

 今年もそのつもりだけど、これまでの習慣が身の意染みているのか、あんまりがんばらないというのもなんか寂しい気がします。

 うーん、やっぱりクリスマスには悩まされる。

 

 

2016・11・21 MON


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ドナルドに怒鳴るど

 

 そういえば僕はずっとドナルドダックのトランプを持っていて、愛用していました。

 ドナルド・トランプ――名前だけでもう勝っちゃっていた。大統領選はキャラ勝ちです。この1週間、メディアはトランプショックで大盛り上がり。

 

   「私が人々を扇動したのではない。人々が私の中に自分を見つけたのだ。だから人々は私に従った・・・」

 ちょうど1か月ほど前に「帰ってきたヒトラー」という映画を観て、ラスト近くにこんなセリフがあったよ、って書いたけど、それがそっくりアメリカのトランプ時期大統領にも当てはまります。

 

 誰も「こいつはヒトラーだ」とは言ってないけど、僕は1930年代のドイツってこんな感じだったのではないかと思います。

 しかもあからさまに人種差別など扇動しているところはヒトラー以上。この100年近く、人類はなんも成長してないってこと?

 

 カネが支配する世の中なので、ビジネスの成功者が指導者に選ばれるのは自然といえば自然。

 この10年~15年あまり、「おれの言うとおりにすれば、キミだって成功できるよーん。お金持ちになれるよーん」という、いわゆる成功本が山ほど出版され、法外な講習料を取って、金持ちますます儲かる、みたいなるビジネスセミナーみたいなものが山ほど開かれました。

 いったいそれで何人が夢をかなえて成功したというのか?――という話が国政レベルで起こっちゃった、ということですね。

 

 オバマ大統領が「Yes、We Can!」だの「Change!」だのって唱えて8年前、大喝采の中で就任したけど、この期待はずれ度がハンパなかったことも大きく影響しているでしょうね。今に始まったことじゃないけど、世界はずっと閉塞感で息苦しくなっている。

 そこに風穴をあけることがトランプに期待されているんだろうけど・・それが戦争や人種差別やら時代遅れの秩序の復活やらだと、また世界が混乱しそうです。

 なんとかまともな人たちが周囲でトランプ大統領を支えてくれるよう祈るばかりです。

 

 ところでこのアメリカ大統領選の大騒ぎや韓国の政治スキャンダルが連日バンバン報道されていると、日本がずいぶんと安定した良い国家に見えてきてしまう。

 日本でよかった、自民党に感謝しよう、安部さんありがとう、みたいな・・・。それはそれで問題ですぞ。

 


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高齢者ドライバーは、免許返すとお得やでぇ~

 

 「免許返すとお得やでぇ~」

 と言っているのは大阪府警。

 

 そうなんです。大阪では免許自主返納でいろんな割引やサービスが頂ける。

 高齢者の運転ミスによる交通事故が相次ぐ昨今、大阪では2012(平成24)年から、返納の証明書を提示すれば飲食店や雑貨店、金融機関から料金割引や金利優遇などの特典を受けられる「運転免許自主返納サポート制度」を実施しているとのこと。

 

 府内の1670店舗が参加(今年8月末現在)しており、この「お得効果」で大阪府の高齢者免許返納率は一昨年・昨年と全国トップを記録しているそうです。

 葬儀屋さんの「葬儀割引サービス」もあるねんて。

 

 「お得」で自主返納を促すとは、さすが大阪らしい。

 もちろん大阪が公共交通機関の発達している大都市だからできることなんだけど、この発想はやっぱユニークで好きです。

 人の心を動かすには正論を唱えたり、モラルを説いたりするだけではダメだと思うのです。

 

 高齢になると事故を起こすリスクが高くなるというのは、みんな知っていること。だけど、そう簡単に免許を手放せるものでしょうか。

 

 実用的な部分もさることながら、若い頃、「これが俺の青春だぜ!」とか言って、バイクやらスポーツカーやらアメ車やら、はたまたトラック、ダンプをかっ飛ばしていたような人たちにとって、運転免許はアイデンティティの一部と言っても過言ではありません。

 

 そろそろ高齢者の域に達する永ちゃんだって「やっちゃえ」とか「もっと行け」とか、車のコマーシャルでカッコよくかましています。

 

 「永ちゃんがあんなに頑張ってるんだから俺だってまだまだ・・・」と、内心思っている人は結構いるんじゃないかな。(別に永ちゃんが高齢者の運転を煽っているわけじゃないけど)

 

 そんな中で、たとえ今、そんなに頻繁に乗っていないにせよ、免許を手放す=車の運転を諦めるというのは、精神的にかなりきついことだと思うのです。

 

 でもそんな時、「わしも若い頃はバリバリやっちょったけど、そろそろヤバイので免許返したったわ。その代り、あっちの店でもこっちの店でも安く買い物したり、飲み食いできるでぇ~」と言えれば、少しは寂しさも和らぐのではないでしょうか。

 

  さらにまた、「葬式も割引になるさかい、浮いたゼニでみんなでパーッと飲み食いしてや!」

 と笑ってカマせるじいさん・ばあさん、僕は永ちゃん並みにカッコいいと思います。

 

 

2016・11・8 TUE


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