ありのままの私が帰ってこられる「ふるさと」

 

 「ふるさと」と聞いて、ほとんどの日本人が連想するのは、稲を実らせる田んぼや、野菜を育て、果実を育てる畑がのどかに広がり、魚が泳ぐ美しい川が流れ、背景に美しい山並みを望める、いわゆる里山の風景だと思います。

 

 愛知・長久手市の愛・地球博記念公園(モリコロパーク)内にある「あいち・さとラボ」では8年前から「里山開拓団」なるボランティアグループが、ほとんど砂漠のようだった更地から美しい里山をーーふるさとの風景を創り出しました。

 

 もちろん当初はアドバイザーがいたり、資金面では県のバックアップもあったわけですが、造園や農業などに素人同然の人たちが一つ一つ、作物の育て方のノウハウを学び、組織管理も行い、年間を通したイベント開催などで仲間を増やしていった開拓ストーリーの取材は、とても感動的でした。

 

 開拓に携わってきた人たちにとって、まさしくここは「ふるさと」になり得るでしょう。

 

 これからの課題は。この里山をどう維持していくか。

 

 4月にモリコロパーク内に2022年、「ジブリパーク」ができるというニュースが伝えらましたが、写真の山の左側の森の中にその一部である「もののけの里」ができるとのこと。

 具体的な話し合いはまだこれからですが、今後の里山活動によい影響が出ればいいなぁと思います。

 

 それにしてもこうした絵に描いたような里山の風景を、潜在的なイメージとしてではなく、実際の体験として、つまりリアルなふるさととして自分の中に持っている日本人は、僕も含め、もうそんなにいないのでは、と推察します。

 

 昭和レトロが一種のファンタジックな異文化として人気を集める背景、また、「ふるさと創生」やら「ふるさと起こし」といった言葉が流布する背景には、そうした日本人の「ふるさと喪失物語」があると思っています。

 

 かくいう僕もじつは今、「ふるさとについて考えよ」というお題を頂いているので、面倒だけどぼちぼちやっていこうと思います。

 

 どんな事象があって、どんなストーリーがあって、そこに立って何を想起できれば、人はその場所を、

 ありのままの私が帰ってこられるところ、

 裸の、少なくともそれに近い私が、心を開いて受け入れてもらえるところとして心の深い部分に取り込めるのか?

 

 これからの僕の人生は、ふるさとへたどり着くまでの長い巡礼の旅になるのかな。

 と、そんな気がします。

 


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まだまだ育つ「ばんめしできたよ」

 

 

  昨年11月、拙作「ばんめしできたよ」をNHK名古屋の創作ラジオドラマ脚本コンクールに送ったところ、最終審査まで残ったものの、受賞までは至りませんでした。

 

 過去2回経験がありますが、受賞すると制作されるのが何よりうれしい。

 小説と違って脚本は制作されてナンボですから。

 僕としては主人公の料理人を素敵な女優さんが演じてくれるのを夢見ていましたが、残念でした。

 

 ちなみにNHK名古屋はこのように審査経過や、最終審査に残った作品の講評や、受賞作をまとめたものをきちんと本にして応募者全員に送ってくれます。

 3月に結果は出ていたようですが、うちに届いたのは先週末でした。

 

 というわけで、いろいろ講評をもらえました。

 魅力的な作品だと推薦してくれた審査員が多くいて、なかには一押ししてくれた人もいたようなのですが、「描写が雑」やら「物語の展開が物足りない」やら「終わり方が尻切れトンボ」やら、なかなか厳しい意見もいただきました。

 クライマックスからラストは自分で書きながら泣いちゃったんだけどな。わはは。

 

 ちょっと承服しかねる批評もあったけど、内心、自分でもここはちょっと拙いかなぁ、強引かなぁ・・・と思っていたところを突かれていて、おおむね納得出来ました。

 

 思い切り頭を発熱させて書いて、その後はキンキンに冷やして書き直ししなくてはならないのだけど、愛しすぎて粗熱が取り切れなかったのかも。

 でも出した時点ではこれがベストだったんだよね。

 

 もちろん悔しいのですが、反面、まだ可愛いこの子を手放さずに済んだ~、嫁に出さずに済んだ~という安堵の思いもあります。

 

 ここで落選したのは、まだまだこの子は自分の手で育てる余地があるぞ、未来があるぞ、もっと面白くできるはずだぞ、ということなので、また書き直して新バージョンを作っていきます。

 


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孤独死に備えて

   

 シナリオにするか小説にするか、まだわからないけど、ちょっと新作の卵が育ってきた。

 「孤独死に備えて」。

 

 真面目に人生考えすぎてだんだんおかしくなっちゃう年寄りと、ちょっとイカれた子供と、その間にいるまともな社会人(だけどブレちゃう)大人――との間の愛をめぐる物語。

 実際はこんな堅苦しいタイトルじゃなく、どっちかちゅうとコメディっぽくしたいと思っています。

 

 で、それについて考えていたら、あらぬ妄想にとりつかれ、ここ1週間ほど頭がイカれてしまったというか、タマシイが放浪の旅に出ちゃっていました。

 

 一応なんとか仕事はこなしていましたが、こんな時間が長く続くと、社会生活も日常生活もまともに送れなくなるなという不安感に苛まれ、ブログも手につかないありさまでした。

 

 でも考えてみると20代の頃、一人暮らししていた時代は、時々こんな状態に陥ることがあったと思います。

 その頃の記憶と言うか、生活習慣みたいなものがよみがえって、久しぶりに妄想のるつぼにハマってしまった感じ。

 

 カミさんと暮らし始めてから(結婚するちょっと前から一緒に住んでいるので)そろそろ四半世紀。いい悪いの問題じゃないけど、いわゆる「孤独」を忘れてしまっているのだなぁと感じました。

 

 物語の世界にアクセスしようとすると、自分の中にあるいろいろな感覚が復元出来て面白い。と同時に、ちょっとずつ狂っていきそうで、おっかないのです。

 


唐組「吸血姫」観劇で思ったこと・考えたこと

 

 解散後のビートルズは、あるいはとっくの昔に衰退したパンクロックは、今もなお物語を紡ぎ続け、英国の文化の一つとして血肉化している。

 それと同様、テント芝居はビートルズであり、パンクであり、現代の日本においての一つの異文化として脈動している。

 

 日本一の大都市・繁華街と言える新宿の真ん中。

 黄昏時の光と闇が入り混じる、ぽっかりと空いた異空間に朱色の鳥居と、みずみずしい緑が浮かび上がる。

 そしてその向こう側。まるで僕たちの心の故郷のように、昔ながらの紅いテントが建っている。

 開場を待ってその周辺でうろついている観客は、もちろん懐かしさに駆られた年寄りが多いが、若い観客も少なくない。

 じいちゃん・ばあちゃんに話を聞かされた子供や孫たちなのかなぁと想像する。

 

 天井も側面も血肉色に包まれた紅テント内は胎内であり、繰り広げられる芝居は子宮の中の旅である。

 飛び交うセリフと役者の動きは、日常のリアル感とはまったく趣の違う、本質的なリアル感にあふれており、一緒に見に行った21歳の息子が目を白黒させていた。

 

 わけがわからないけど面白い。

 それでいいのだと思う。

 

 人間が生きることは、わけがわからない神秘にあふれている。

 それがなくて、ただ仕事をして生活しているだけなら、ロボットと変わらない。

 飯を食ったり休んだりする分、非効率でロボット以下だ。

 

 唐十郎の芝居にはそうしたことを再認識させてくれる価値がある。

 

 そして何よりも圧倒的なセリフの面白さ・美しさ。

 その一つ一つは詩であり、感情の表出であり、社会批評であり、精神分析であり、哲学であり、そうしたものすべてをひっくるめて物語全体を形作るピース(断片)になっている。

 

 物語はタイトルが示すように「吸血鬼」という存在を最初に思い浮かべると読み解きやすい(というか正解があるわけでなく、自分のものとして解釈できる)。

 

 吸血鬼はすでに遠い昔に死んでいるとも、永遠の命を持っている存在とも捉えられる。

 そんな幻想にとりつかれた主人公が、初演時の1971年を起点に、東京が焦土と化した戦後、大正末期の関東大震災、それに続く、アジア大陸における満州国建国と、幾つもの積み重なった時間と空間の中を旅する。

 

 インターネットが進んだ現在、僕らはこれと似たようなことができるようになっている。

 僕らは今という時間だけを生きるわけではない。

 リアル世界では若さを失っても、ネットにアクセスすれば脳内はたちまち時間を遡れる。

 情報は誰でもいつでもどこでも手に入れられ、知識としてだけならいくらでも異文化を吸収し、深入りすればバーチャル体験も可能だ。

 

 たとえば何の知識もなしにこの芝居を見ても、「愛染かつら」とはどういう話なのか、高石かつえ、川島浪速、川島芳子(東洋のマタ・ハリ)ってどんな人物なのか、関東大震災や満州建国で何が起こったのかなど、帰り道にスマホで調べれば家に帰る頃、そうした歴史的事象はわかっているのである。

 

 そう考えると、すでは僕らは半ば吸血鬼のような生き方をしているのかも知れない。

 

 それにしても唐さんが倒れてから、もう6年も経つとは知らなかった。

 病状のことはわからない。

 でももしかしたら自分が創った文化の後継者たちを育てるために、あえて病気になってみたのかも知れない。

 

 いや、もしかしたら病気というのは唐流の芝居で、じつは世界旅行にでも出掛けているのかもしれない。

 そして後継者らの成長を確信したらまさかの復活を遂げ、みずから「帰ってきた唐十郎」を舞台で演じるのかもしれない。

 

 その時、唐芝居は幕末~明治期に書かれた歌舞伎の名作同様、後世までずっと引き継がれる伝統芸能になるのではないかと思う。

 


紅テント伝説の名作「吸血姫」まさかの再演・まさかの家族観劇

 

 劇団唐組が伝説の名作「吸血姫(きゅうけつき)」を上演すると聞いて、日曜日に新宿・花園神社まで出かけることになりました。

 

 状況劇場で初演されたのは1971年。

 その後、紫テントの新宿梁山泊が2000年と2002年にやったらしいが、大御所の紅テントでやるのは47年ぶりとのこと。

 そうそう、かの状況劇場は、常に唐十郎の新作を上演していて、一切再演なんてやらなかったんです(僕の記憶の限りでは)。

 

 1971年の初演時、小学生だった僕は当然、紅テント・アングラ演劇のアの字も知らなかった。

 10代後半で演劇を始めた頃、「吸血姫」は状況劇場の歴史の第1幕(60~70年代初頭)のクライマックスを飾る集大成・最高傑作と評され、すでに伝説化していました。

 

 家にはなんと、ちゃんとこの戯曲があります。

 「唐十郎全作品集・第2巻」。

 若かりし頃の唐十郎が、演劇界の芥川賞と言われる岸田戯曲賞を受賞した当時の作品がずらり収録されています。

 

 初演時の上演記録も入っていて、唐十郎・李礼仙をはじめ、当時の主力役者の麿赤児、四谷シモン、大久保鷹といった名怪優たち、そして今は亡き根津甚八がやっと頭角を現してきた時代だったことがわかります。

 

 というわけで、ちゃんと読んだかどうか覚えもないこの作品集を、たぶん30年ぶりにくらいに開いて「吸血姫」を読んでみました。

 

 愛染かつら。

 看護婦と献血車。

 関東大震災。

 満州。

 

 わ、わけがわからん。

 そ、それなのにめちゃくちゃ面白い。

 

 この作品に限らず、唐作品は誇大妄想で練り上げられたセリフが繋がって、あっという間に化け物のように巨大化して暴走するのだが、それが物語としてちゃんと成立してしまうという摩訶不思議な世界。

 

 ということは分かっていたけど、やっぱりすごい。

 でも随分久しぶりに接した割に、とてもすんなり妄想世界に入っていけました。

 なんか若い頃読んだ時よりもイメージが広がりやすかった。

 

 今回の公演では、初演時、四谷シモンが演じた「狂える看護婦・高石かつえ(愛染かつらの主題歌を歌っていた歌手をもじった役)」を最後のアングラ女優・銀粉蝶が、

麿赤児が演じた「袋小路浩三(愛染病院の院長)」を唐さんの長男・大鶴佐助が、

李礼仙が演じた「海之ほおずき」を長女の大鶴美仁音が演じる。

 

 もうこれだけでストーリーができあがっちゃってるね。

 

 と、こんなに詳しくじゃないけど、メシ食ってるときにちょっとカミさんと息子に話したら、「わたしも行く」「僕も見たい」と言い出して、前売り券も取れたので、結局、連休の締め括りに3人で出かけることになってしまった。

 

 この時代にまさか家族そろって花園神社にアングラ・テント芝居を見に行くことになるとは夢にも思わなかった。

 

 久しぶりのテント芝居、2~3時間座って見るにも体力が要るので、観客として最後まで持つかどうか、いささか心配ですが。

 


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演劇仲間との同窓会

 

昨日は舞台芸術学院30期生の同窓会。

 こうした会の取り仕切りは不向きで、他では絶対やらないのだけど、どういうわけか、ここだけは昔から幹事役をやっています。

 

 入学40周年、出会って40年ということでやりました。

 集まったのは17人。連絡取れる人の約半分。

 

 福井や静岡などからわざわざ出向いてきてくれた人もいます。

 以前は利便性を考えて、新宿でやっていたのですが、今回は学校に通っていた池袋西口で開催。

 やっぱり土地の記憶というのは重要で、故郷の空気を吸ってリフレッシュしました。

 

 学生と社会人の狭間の2年間を、演劇なんぞに現をぬかしてともに過ごしたわけですが、時間がたってみると、その仲間と記憶が一つの大事な財産になっている気がします。

 

 何よりもこういう場と時間を共有できることが、それぞれの心の支えになっているならいいなぁ。

 

 6年ぶりに開きましたが、正直、この5~6年ほど全然やる気がしなかった。

 連絡するのも面倒だし、やってどうするの?という気持ちもあり、あまり大事なことと思えなかった。

 

 ところが仲間の一人のみっちゃんが毎年、年賀状で「今年はやらないの?」と粘り強く送りつけてくるので、徐々にボディーブローが効いてきてプレッシャーになっていたので思い切って昨年末から再開に踏み切りました。

 

 でもそうしてよかった。

 諦めずに背中を押し続けてくれたみっちゃんに感謝だなぁ。

 

 思い出話もさることながら、未来へ向けて年寄り劇団を作ったら・・・という話も出ました。

 酒の席の話なので冗談半分ですが、子供や孫みたいな連中をお客として呼んで、ヘンな年寄りたちがヘンな芝居をして見せるというのも悪くない。

 それで何かが伝えられればいいし、みんなのこれからの人生の励みにもなればいいなぁと思いました。

 


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マイピュアレディと妄想力に基づく男の深い愛

 

 うちのカミさんは髪を切るとき、カメが店長をやっている赤坂の24時間営業(これはぜんぶホントです)の「PINCH」という美容院に行っています。

 

 店内ではカメの店長が悠々とウロウロしながら野菜を食べているそうです。

 

 で、昨日そこに行ってバスっとショートカットにしてきました。

 身内なので褒め難いけど、なかなかイイのです。

 

 それで思わず「マイピュアレディの小林麻美みたいだ」と言ったら、「はぁ?」と返されてしまった。

 聞くと、小林麻美は長い髪のイメージしかないとか。

 デビュー当時のハミガキのCMに出演していた頃とか、「初恋のメロディ」を歌っていた頃のことだろうか。

 

 3つしか齢が違わないので、一応、同時代人なのだが、時々、話がズレるのです。

 それとも、僕が小林麻美が好きだったというのが気に喰わなかったのか・・・。

 いずれにしても、ほめ言葉のつもりだったが、あまりお気に召さなかったようです。

 表現手段を間違えましたた。

 

 そういえば半年くらい前だったか、雑誌の表紙で久しぶりに小林麻美さんを見ました。

 さすがにもう貫禄がついているんだけど、男の妄想力は偉大なので、脳の中でちゃんとそこに過去の残像をピタッと合わせられる。

 

 つまり現実を受け入れつつ、過去の記憶の中の面影をしっかり楽しめちゃうのです。

 だから昔ぞっこんだったアイドルを今も十分に愛でることができる。

 好きな女に対する男の愛はとっても深いのです。

 

 それに対して女の場合はどうなのか?

 女がおじさんになってしまった昔のアイドルに肩入れするのは、そのアイドルを愛しているというよりも、それを媒介として、脳内であの頃の若い自分にもどれるからではないかと思います。

 だからどっちかというと自己愛に近いものという気がします。

 

 やっぱりメインは子供の方にとっておくんでしょうね。

 そうしてください。

 子供より大事なものはこの世にありません。

 


未来の子どもたちに伝えたい。ネッシー、UFO、心霊写真、そして20世紀の化石ジジイ

 

フィルムしかなかった時代に比べて、今、写真の量は何倍くらいになっているのだろう?

100倍なんてことはないだろう。

1,000倍? 10,000倍? いや、もっと・・・。

調べようなんて気にならないくらい、すごい増え方だ。

 

それだけ増えてるのに、心霊写真やらUFOやらネッシーやら、謎の生物系の写真は一向に増える気配はない。

まぁ一定数は出ているのだろうけど、ろくろく話題にもならない。

 

みんな忙しくてそんなことに構っちゃいられないのだ。

もうみんなの心から幽霊もネッシーもUFOも絶滅しつつある。

 

しかし、この間、図書館の旅行書のコーナーで「死ぬまでに一度は行きたい世界の名所」というタイトル(正確でないけど、ま、こんな意味)の本があったので、手に取ってパラパラとめくったらネス湖もその一つに挙げられていた。

 

「ネッシーに興味のない人も一度は行ってほしい・・・」とか書いてあったけど、やっぱり行くのはその昔、さんざんその手のテレビや雑誌企画を見てネッシーが好きな人だろう。

 

そんなわけで20世紀の遺物として細々と生き残っていくのかも知れない。

 

ならば僕は20世紀の化石ジジイになって、これから生まれてくる子供たちに昔話を語り伝えようと思う。

 

「むかしむかし、20世紀という時代のことじゃ。

 空にはUFOが群れをなして飛び交い、世界中のあまたの湖には古生代の恐竜が住み着き、

雄たけびを上げておった。

 そして夜ともなれば、ほら、そこにもあそこにも。

 写真を撮ると、ほーら、この世のものでないものが」

 


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リメンバーミー:「わたしを忘れないで」のメッセージ

 

 昨年見た映画「はじまりへの旅」は、コメディでありながら妙に感動的な作品だった。

 

 文明生活に反してワイルドライフを送る父と子供たちが、都会暮らしで、精神疾患が原因で死んだ(らしい)妻(母親)の遺体を奪還。

 遺言通りに家族自らの手で火葬し、遺灰をトイレに流す、というのがストーリーだ。

 

 この家族はオートメーション化し、形骸化した現代社会の慣習に対する反抗精神を持って生きてきた。

 かつてのいヒッピー世代、フラワーチルドレンのメタファーのように思える。

 

 したがって遺灰をトイレに流すという行為(=流してほしいという遺言)は、その反抗精神の表現であると同時に、逆説的に「わたしを忘れないで」という妻(母親)のメッセージでもあり、家族の記憶の中に永遠にとどまりたい、という思いが込められている。

 

 こうした映画が生まれた背景は、やはり少子高齢化社会だ。

 

 半世紀前、ロック文化が盛り上がり、「Dont Trust Over Thirty」と皆が叫んでいた時代、アメリカの人口は、およそ半分が25歳以下だった。

 

 その圧倒的多数のベビーブーマー世代が高齢化し、自分のエンディングを意識せざるを得なくなった今、ハリウッド映画もそうした社会状況を反映するものが増えている。

 

 世界最高峰のアニメを送り出すディズニー/ピクサーもまたしかり。

 その最新作「リメンバー・ミー」は、メキシコの「死者の日」という民俗をモチーフに作られた。

 

 「死者の日」は毎月11月はじめに行われ、家族や友人達が故人・先祖への思いを馳せて語り合うために、みんなで集まるという。

 

 日本のお盆に共通する伝統文化であり、欧米のハロウィーンの原型とも言われている。

 

 死者の精霊が帰ってくるその日は、家々に先祖を祭る祭壇が飾られ、街は華やかで賑やかなお祭りムードに包まれる。

 

 「リメンバー・ミー」は、その雰囲気を映画表現に置き換え、世にも美しいカラフルでゴージャスな死者の国で、ガイコツの人々が“いきいきと”“楽しく”生活している。

 暗いムード、おどろおどろしいムード、また神聖な雰囲気などみじんもない。

 

 つまりこの死者の世界は、生者の世界と同時に存在するパラレルワールドになっていて、年一度の「死者の日」にだけ2つの間に橋が架かり、死者たちは生者の世界に里帰りする。

 

 こうした設定はメキシコの死生観が下敷きにされているという。

 

 メキシコは16世紀にスペインに征服され、以後、約300年間植民地化。19世紀にそこから独立して新たな国を作ったという経緯から、現在はカトリック教徒が多いが、植民地化される前のアステカ帝国の文化を引き継いでいる。

 

 このアステカ文化の影響で、死を象徴するものが独自の発展を遂げており、「死は、新たな生へと巡る過程のひとつ」という考え方が社会生活の基盤になっている。

生の世界と死の世界を分け隔てる壁がとても薄く、行き来することもそう難しくないと考えられているのだ。

 

 映画ではそこにもう一つ、「二度目の死」という設定を作っている。

 生者の世界で、誰一人としてその人の記憶を持つ者がいなくなってしまったら、その人は死者の世界からも消滅してしまうのである。

 

 テーマである「家族・先祖・伝統」に則った世界観の設定で、とても普遍的なものだが、同時にタイトル通り、そして「はじまりの旅」と同様に「わたしを忘れないで」という、ベビーブーマー世代の強い自己主張を感じる。

 

 ・・・といった面倒なことなど、あれこれ考えなくても、極上のエンターテインメントとして単純に楽しめちゃうところが、ディズニー/ピクサー映画のすごさであり、ハリウッド映画の底力である。

 

 観客対象はもちろん家族向けだけど、お父さん・お母さんとだけじゃなく、おじいちゃん・おばあちゃんも一緒に連れて見に来てね、というメッセージもこめられているんだろうなぁ。

 


忍法影分身と影縫いに関する実験と考察

 

 最近、自分の影をほとんど見ていませんでした。

 いつの間にか、影がふてくされていなくなっていても、きっと僕は全然気が付かなかったでしょう。

 

 あなたの影はちゃんとありますか?

 

 というわけで影の話をしますが、まずはうちの食卓から。

 

 うちでは食事中、しょーもない話題で盛り上がることがあります。

 本日の話題は忍者。

 今や世界に名だたるジャパニーズブランド文化の一つ「NINJA」です。

 

 忍者と言えばマンガですが、僕が子供の頃読んだ忍者マンガといえば、「カムイ」「サスケ」の白土三平先生、「影丸」「赤影」の横山光輝先生が二大巨頭ででした。

 

 いろんな忍法が出てきたけど、中でも心に食い込んでいるのが影に関する忍法です。

 ちょっとミステリアスでカッコいい。忍者そのものという感じがします。

 

 「影分身」は確かサスケの得意技です。

 これはちゃんとその原理についての解説がついていて、超高速で動くと相手の動体視力がそれに追いつけず、残像がいくつも残ってサスケが何人もいるかのように見える。

 そして「どれが本体なんだ」と焦っている相手に、「ここだ」と思いもかけぬ所――たとえば背後とか木の上とか――から攻撃し倒すというもの。

 

 これは僕も忍者ごっこで実験してみました。

 

 目にも止まらぬ速さで縦横無尽に(と本人は思っている)動き回り、

「どう?分身して見える?」と聞いてみたのです。

 

 見えるわけないよね。

 

 でも一生懸命やったらもしかして・・・とやってみたけど、やっぱりダメでした。

 

 もう一つ、横山先生の得意技(?)だったのが忍法影縫い。

これは影丸でも赤影でも敵方の忍者が使っていて、けっこうダークなイメージが強い術です。

 

 地面や壁などに映る相手の影。それに手裏剣を幾つも刺して縫い付ける。

 ここで「おまえの影はわしが縫った。もう動けまいが」なんてセリフを言うと、本当に体が動かせなくなってしまうのです。

 

 そんなアホな。

 

 と思うのは今だからであって、かつてはマンガを読むときは入れ込んでいたので、この術には驚愕しました。

 

 そして動けなくなっている本体にとどめを刺して命を奪う。

 

 いやぁこれはおそろしい。

 もしやこれは数ある忍術の中でも最強の術ではないか、と思ったくらいです。

 

 超フィジカルな影分身に対して、こっちは超メンタル。

 一種の暗示、催眠術の類で、今風にいえば精神攻撃と言うところでしょうか。

 

 この影縫いから逃れるには、影を作る光源(外なら太陽や月、室内ならろうそくなど)を消して、自分の影を消すしかない――いわば自分の存在を一時的に消し去るわけです。

 

 

 おそらく昔の人たちは、影が本当に自分の分身とか魂だと信じていて、それを敵に抑えられるということは、負け=死を意味していたということでしょう。

 

 そういえば僕も影踏みだとか、車にひかれるなどして自分の影がダメージを受けたらアウトとか、そんな遊びもしていました。

 

 今でももちろん「影」は多彩で深いイメージを抱えた概念として用いられますが、昔ほど肉体に直結した、リアリティのある存在ではなくなってきているような気します。

 

 これはやはり生活空間が人工物で構築されるようになってきて、自然の光と闇がの領域がどんどんん減ってきているからではないでしょうか。

 

 影はどんどんリアルな空間を離れ、仮想の世界に追いやられています。

 なので、たまには自分の影と話して、希望を聞いてあげるといいかもね。


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アナ雪短編 充実度1時間分

 

 大ぴらに言うのは初めてだけど、けっこうアナ雪が好きなんです。

 ストーリーもビジュアルも音楽も素晴らしい。

 最近、ミュージカル映画なんて全然見ない(そもそも作られているのだろうか?)けど、アナ雪だけは別格。何度聴いてもいい。

 この映画は本当にディズニー/ピクサーの力を思い知らされた。

 

 で、今日は「リメンバー・ミー」を見たんだけど、その前座がアナ雪。

 なんと贅沢な!

 20分そこそこのクリスマスをテーマにした短編だけど、ひとかけらの手抜きもなく充実度満点。

 「自分たちには伝統がないね」と、ちょっと悲しむアナとエルサのために、雪だるまのオラフが伝統を集めて回るが・・・という、いかにもアメリカらしい発想のストーリーで、これがまたとても面白く、かつ美しくまとまっている。

 もちろんアナとエルサの歌も最高で、1時間分くらい見た気になりました。

 

 けどあくまで前座なので、あまり胃にもたれず、ちゃんとメインを食べられるように軽くしてあるのがミソ。

 ちょっと完璧過ぎるバランスです。いずれにしてもこの2本立ては超お得です。

 

 メインの「リメンバー・ミー」については、いろいろ考えさせられたので、また後日。

 

 今日はほとんど映画会社の回し者になってしまいました。

 まぁ良いものは良い。好きなものは好きなので、ということで。

 


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ちょっとこわい、歪んでいく顔の話

 

 FaceBookでいろんな顔が並んでいるのを見ていると、先日、アカデミー賞でメイクアップ賞を受けた辻一弘さんがインタビューで話していたことを思い出します。

 

 印象に残っているのは、人間の顔は苦悩を重ねるたびに左右の対称性が崩れていくということ。

 子供の頃・若い頃は美しいシンメトリーを成していても、齢とともにそれがあらぬ方向に歪んでいく。

 

 純粋に皮膚、目、鼻、歯などの肉体の衰えもあると思いますが、それ以上に、生きていて笑ったり泣いたり怒ったりを繰り返していると、顔面の筋肉のつき方がいろいろ変わっていくのでしょう。

 

 また、顔では笑っていながら、心の中では相手に対する嫉妬や憎悪がメラメラ・・・なんてことをやっているのも、筋肉や神経が複雑によじれそうです。

 

 そういえば漫画などで、悪いやつとか、心に闇を持っている人物(別に異常者でなくても、よほどの聖人君子でない限り大抵の人が持っている)などの顔をアップにすると左右がひどく違う顔て描かれていたりします。

 

 これまであまり意識したことなかったけど、鏡でまじまじと自分の顔を見ると確かにそうだ。左右にかなり違いがある。おーこわ。

 

 若い頃、美男美女の誉れ高かった人は、その自画像の残影が強烈に焼き付いているので、齢とともにその顔が歪んでいくことに人一倍敏感なのでしょう。

 「顔が崩壊していく」という恐怖感を抱き、ほとんどパニックに近い精神状態になる人もいるようです。

 だから美容整形や薬物投与を繰り返し、ますます問題が複雑怪奇になっていく。

 

 僕らは、生まれついての美形なら、ずいぶんと人生のアドバンテージが高いだろうと思いがちですが、どうやらそうでもないようです。

 

 こうやって書くと齢を取ると醜くなる一方で、ロクなことがないようですが、辻さんはそうした歪みを超え、何らかの形で苦悩を克服した時、人間の顔は人生で最も美しく輝くと言います。

 

 そして彼が手掛ける特殊メイクの仕事は「その人の伝記を書くのと同じ仕事」だとも。

 

 ゲイリー・オールドマンを、ウィンストン・チャーチルに作り変えられる程、人間の顔と向き合い研究してきたアーティストだからこそ、そんな表現ができるのだと思います。

 

 筋肉の張り・弛み・しわの一つ一つに、その人の生き方・心の在り方・秘めたるものが現れているのでしょう。

 これはすごいことであり、また、とても恐ろしいことでもあります。

 

 だからFaceBookにも顔を載せない人が多いのかな?

 かく言う僕も、最近あまり気に入った写真がないので、6年前のを貼り付けてありますが。

 あなたはどうですか?

 


お母さんは夕暮れの交差点で踊った

 

昨日のこと。

日が沈み、空が薄く群青色になり始めていた。

僕は永福町の駅を通り抜け、井の頭通りを西から東へ自転車で走っていた。

通りの向こう側に行きたいので、信号のある交差点で停まる。

 

すると思わぬ光景に出会った。

 

向こう側に女性がふたりいる。

ひとりは小学5年生~6年生くらいの女の子。

もう一人はそのお母さんと思しき女性。

信号待ちの間、ふたりは何やら仲良くふざけ合っている。

 

お母さんはちょっとお道化て体をスイングさせながら、リズミカルに脚をサイドに蹴り出して見せる。

それを見て娘はキャッキャと嬉しそうに身をくねらせている。

 

どうやら彼女はクラシックバレエの素養があるようだ。

表現のために鍛え上げた筋肉はさりげにすごく、通りを挟んだこちら側からでも、体の輪郭がくっきりと浮かび上がって見える。

 

僕はぼんやり見とれながら、あの二人は本当に母娘か? 

あるいは叔母と姪か?

さすがに姉妹ではないだろう。

齢の離れた友達と言うのもあり得るかな・・・など、いろいろ考えていたが、そのうち信号が変わり、ぼくは北から南へ、二人連れはこれまた楽しそうに小躍りしながら南から北へ渡った。

 

すれ違って僕は、お母さんらしき女性はダンサーなのかも知れないと考えた。

でも暮らし向きは良くない。

もしかしたら彼女の夫はろくでもない男で、愛想をつかして離婚して娘と二人暮らしになってしまったのかも知れない。

 

お金がなくて娘を育てるためにスーパーマーケットンのレジ打ちやら、トイレ掃除やら、介護ヘルパーやら、宅配便の配達やら、いろんな仕事を掛け持ちしなくてはならないのかも知れない。

 

けれどそれでも彼女は踊るのをやめないだろう。

自分のために、娘のためにも。

 

ほんの一時かも知れないけど、彼女らは生きていることをとても楽しんでいて、僕に素敵な印象を与えてくれた。

 


植物のいのちは人間・動物より高次元にある

 

 食育などでは肉も魚も野菜も、いのちをいただくのよと、子供に教えている。

 それは正論だけど、僕は動物のいのちと植物のいのちはちょっと違うものなのではないかと考える。

 

 僕は子供の頃、肉が食べられなかった。

 ハムやソーセージなどの加工肉はいいが、そのままの豚や牛や鶏の肉は全然ダメで口にできない。

 煮物や炒め物などに入っているといつも避けていた。

 

 当時の大人はまだ肉食文化のアメリカに負けたという敗戦コンプレックスが強烈に残っていて、こっちも肉を食ってリベンジしたいという思いが潜在的にあった。

 そこに肉を食べない豆腐小僧みたいな男児がいると、あからさまに腹を立てた。

 別居うなんかできなくたって、ガツガツ肉を食う元気な男児がよしとされたのだ。

 というわけで毎日、給食の時間は絶望的な気分になっていた。

 

 一方、家では母親が、僕が肉を食えないことに対して「連想するんでしょ」と言っていた。つまり肉片から牛や豚や鶏のまんまの姿を思い描いてしまい、それで食えないというのだ。

 

 その時はそんなことはないよと思っていたけど、今考えると母は正しかったのかも知れない。

 哺乳類でも鳥類でも、肉を食べるということは、同族とか仲間とは言わないまでも、かなり自分に近い存在を殺して食べるということ。

 人間のいのちと動物のいのちは、ほぼ同じレベルに属するのだ。

 なので食べるには抵抗感がある。

 もしかしたら抵抗感を感じるということが、人間と動物の違いであるとも言える。

 

 でも植物はちがう。

 人間や動物より下等なのではない。逆だ。

 植物のいのちはより上等、高次元にあるのではないか。

 

 天上と地上の間、神さま(的な存在)と動物の間にあると言えるかもしれない。

 あるいは地球という大地と、そこで活動するすべての動物との媒介者と言ってもいいかの知れない。

 

 植物は惜しげもなく「恵み」として自分の身を与え、生命活動の成果物を与える。

 だから人間も感謝しこそすれ、その恵みを受け取ることに抵抗は感じない。

 草食動物はもとより、それを食べる肉食動物も、そして人間も、食物連鎖の基盤であり、神さまにより近いいのちを持つ植物に生かされているのかも知れない。

 


2018年の4月も「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」を読んだ。

 

 

 4月になると僕は本棚から村上春樹の「カンガルー日和」という本を取り出して、その中の2つ目に収録されている短編賞小説「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」を読む。

 ほんの15分もあれば読み切れる短い話だ。

 そして次の15分、これはいったいどういう話なのだろう?と、ぼんやりと問いかけてみる。

 答はいつの少しずつ違っているけど、今年はこんなふうに考えた。

 

 僕たちは自分にとって何が大切なのか、本当はとっくの昔に知っている。

 それはごく若い頃、もうほとんど子供と言ってもいいくらいの時にわかっている。

 ところがいつしか、「ちがうだろ」と心のどこかでもう一人の自分がささやくのだ。

 その声は年を追うごとに大きくなってくる。

 やがて「ちがうだろ」だけじゃなく、「おまえ、それじゃダメだ」と言うようになる。

 もう一人の自分というのは、顔のない大人の言うことを聞く自分だ。

 

 顔のない大人は、子供や若い連中を教え導かなきゃいけないという責任感と慈愛に満ち溢れている。信奉するのは知識と経験だ。

 それがなくては生きちゃいけない。もっと勉強しろ。もっと知識を仕入れろ。あれも覚えろ。これも覚えろと、ズカズカ僕たちの胸の中に上がり込んで親切な指導をする。

 

 そうすると僕たちは信じられなくなるのだ。

 自分がとっくの昔に本当に大切なものを見つけてしまったことを。

 そんな大切なものを、知識も経験もない、そんなほとんど子供みたいなやつに見つけられるはずがない。

 自分は何か大きなカン違いをしているんだ。

 そんなカン違いしたままでいると、人生取り返しのつかないことにななってしまうんじゃないかと。

 

 やがてもう一人の自分は、教え導いてくれたのと同じ顔のない大人になって、苦労して勉強しようよとか、我慢して仕事しようよとか、損せず得して賢く生きようよとか、まっとうでやさしう言葉を使って僕たちを励ます。

 

 そうするともう、大切なものを見つけた記憶なんてすっからかんになってしまい、あの人は得しているのに自分は損している。不公平だ。損するのはいやだ。得しなきゃ、得しなきゃ・・・って、そういうことで死ぬまで頭がいっぱいになってしまうのだ。

  

 この小さな物語は「悲しい話だと思いませんか」というセリフで終わるのだけど、僕たちはもうすでにそれが悲しいとさえ感じなくなっている。

 

 ということも、やっとこの2018年になって考えられるようになったのだけれども。

 


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野生の本能の逆流に葛藤する都会暮らしのネコ

 

 散歩がてらサクラを見に近所の大宮八幡宮に行くとネコ発見。

 例によってナンパを試みたが、例によってシカトされた。

 

 彼女には事情があった。

 上の方でガサゴソ音がするので見ると、キジバトがいる。

 落ち葉の中をつついて虫をほじくり出して食べているらしい。

 ネコは野生の本能が刺激され、ねらっているのか?

 でも、その割にはハトに対して集中力が欠けている。

 自分の中でウズウズモゾモゾ本能がうずくのを気持ち悪がっているように見える。

 

 サクラ色の首輪をつけているので、どこかの飼いネコだろう。

 家に帰ればいつもの安全安心、おいしく食べやすく栄養バランスもとれてるキャットフードが待っている。

 なのになんで鳥なんか狩らなきゃならんのか、

 だいいち、あたしが口の周りを血だらけにして鳥やらネズミやら持って来たら、飼い主さんが卒倒しちゃう。

 でも狩ったら脳からアドレナリンがドバっと出て気持ちよくなりそうだ。

 ああ、でも、そんなのダメダメ・・・と、ひどく葛藤しているように見える。

 

 飼いネコでも本能のままに生きているやつもいれば、鶏のササミや魚の切り身をあげても見向きもしないやつもいる。

 イヌもそうだけど、多くの飼い主はペットに一生自分のかわいい子供であってほしいと願う。

 人間じゃないんだから、大人になんかなってほしくない。

 恋もしてほしくないから去勢や避妊手術を施す。

 生物学的なことはよくわからないけど、そうするとホルモンもあまり分泌しなくなるだろうから、ペット動物は「子供化」して野生の本能は眠ったままになるのだろう。

 

 一生人のそばにいて、一生キャットフードを食べて、一生本能なんぞに煩わされることなく、平和に暮らせるのがサイコーだと思っているネコもいるはずだ。

 人間と一緒に都市生活をしていくにはそのほうが幸せなんだろう。

 

 けれどもイヌと違って、ネコは本能に目覚めても人間に危害を及ぼす可能性は限りなく低い。なので「最も身近な野生」を感じさせてほしいという、人間の勝手な期待を背負わされた存在でもある。

 

 おそらくネズミや鳥を狩ってくる飼いネコは、飼い主のそうした潜在的な希望を感じとって、本能のうずきに素直に従うのだ。

 ただ、そうじゃない彼女のようなネコもいて、せっかくのんびり暮らせているのに、野生時代の先祖の血の逆流に悩まされることもあるんじゃないかと思う。

 

 こんど道端で会ったネコに、そこんとこつっこんでインタビューしてみようと思うけど、答えてくれるかニャ~。

 


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かわいい叔母さん

 

 父も母も昭和ヒトケタ生まれ。貧乏人の子沢山でそれぞれ8人兄弟だ。

 ぼくが生まれる前に死んでしまった人を除き、そのきょうだい、および、その伴侶の全部はしっかり顔や言動を憶えている。

 僕が子供の頃は行き来が盛んだったので、みんなインプットしている。

 

 しかし、9年前に父が亡くなったのをきっかけに、毎年バタバタと後を追うように亡くなり、大半がいなくなった。

 今年もまたひとり、先日、ヨリコ叔母さんが亡くなったと聞いた。

 

 母方は女系家族で8人のうち、7番目までが女で末っ子だけが男。

 ヨリコ叔母さんは7番目。つまり7姉妹のいちばん下の妹だ。

 

 幼稚園の時だったと思うが、結婚式に出た記憶がある。

 きれいなお嫁さんで、チビだったぼくを可愛がってくれた。

 そのチビの目から見ても、なんだかとてもかわいい人だった。

 

 6人も姉がいて、4番目の母(母は双子の妹)とさえ12歳違う。

 いちばん上のお姉さんとは16歳以上違うはずだ。

 なのでほとんどは姉というよりチーママみたいなものだ。

 母もよく子守をしたというし、日替わりでみんなが面倒を見てくれていたようだ。

 

 母の家はお父さん(僕の母方の祖父)が早く亡くなったので、女が協力して貧乏暮らしからぬけ出そうとがんばってきた。

 でもヨリコ叔母さんは小さかったので、そうした苦労が身に沁みず、物心ついたのは、お母さんやお姉さんたちのがんばりのおかげで暮らし向きも上がってきた頃だった。

 そうした中で一家のアイドルとして可愛がられて育った。

 

 そうした成育歴はくっきり刻まれ、そのせいで彼女は、ほかの姉妹らの下町の母ちゃん風の雰囲気とは違う、お嬢さん風の雰囲気を持っていた。

 だから、おとなになってもどことなくかわいいし、ちょっと天然も入っていた。

 

 最後に会ったのは父の葬儀の時。

 さすがに外見はそろそろばあちゃんっぽくなっていたが、中身はほとんど変わっておらず、ぼくをつかまえて

 「せいちゃん、大きくなったねー」と言った。

 

 50間近の男に向かって大きくなったねーはないもんだけど、そう笑顔で屈託なく声を掛けられるとすごく和んでしまった。

 その時の会話が最後の印象として残ることになった。

 

 叔母とはいえ、中学生以降はめったに会うこともなかったので、彼女がどんな人生を送っていたのはわからない。

 

 もちろん少しは苦労もあったと思うけど、べつだんお金持ちではないにせよ旦那さんは真面目で優しくユーモアもある人だったし、特に悪い話も聞かなかった。

 嬉しそうに小さい孫娘の面倒を見ていたのも印象的だった。

 

 たぶん美化しているし、これは僕の勝手な想像であり願いだけど、おそらくそれなりに幸せに過ごしてきたのだろう。

 

 不幸な目に遭ったり、理不尽な苦労を強いられたり、他人にあくどく利用されたり、自分の欲に振り回されたり・・・

 人生の中のそんな巡りあわせで、人間は簡単に歪んでしまう。

 

 でも、できるだけそうしたものに心を損なわれないで、ヨリコ叔母さんのようにかわいい人にはいくつになっても、ずっと素直にかわいくいてほしいなぁと願ってやまない。

 


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リバーズ・エッジ:トラウマになった漫画を映画で観る

 

●リバーズ・エッジ:トラウマになった漫画を映画で観る

 

 岡崎京子の漫画「リバーズ・エッジ」は僕のトラウマになっている。

 この漫画に出会った1990年代前半、僕はとっくに30を超えていた。

 心のコアの部分を防御するシールドもしっかり出来上がっていたのにも関わらず、ティーンエイジャーを描いたこの漫画は、シールドに穴をあけて肌に食い込んできた。

 

 先日書いた大友克洋の「AKIRA」が世紀末時代の象徴なら、「リバーズ・エッジ」は、その the Day Afte rの象徴だ。

 

 リバーズ・エッジ(川の淵)は流れの淀みであり、尋常ではない閉塞感・荒涼感・空虚感に包まれた繁栄の廃墟だった。

 

 子供たちの残酷で不気味で鬱々としたストーリーと、ポップでシンプルな絵柄との組み合わせが劇的な効果を生み出し、ページをめくるごとにますます深くめり込んでくる。

 

 自分自身は仕事も順調で結婚もした頃。

 こんな胸が悪くなるようなものにそうそう関わり合っていられないと2~3度読んで古本屋に売ってしまった。

 けれども衝撃から受けた傷は深く心臓まで届いていた。

 

 映画化されたことは全然知らなかったのだが、先週、渋谷の公園通りを歩いていて、偶然、映画館の前の、二階堂ふみと吉沢亮の2ショットのポスターに出会ってしまった。ふみちゃんに「観ろ」と言われているようだった。

 原作に惚れた彼女自ら行定勲監督に頼んで映画化が実現したらしい。

 

 映画は原作をリスペクトし、ほぼ忠実に再現している。

 その姿勢も良いが、何よりもこの漫画が発表された四半世紀前は、まだこの世に生まれてもいなっかった俳優たちが、すごくみずみずしくて良かった。

 

 暴力でしか自己表現できない観音崎くん、

 セックスの相手としてしか自分の価値が認められないルミちゃん、

 食って食ってゲロ吐きまくりモデルとして活躍するこずえちゃん、

 嫉妬に狂って放火・焼身自殺を図るカンナちゃん、

 河原の死体を僕の宝物だと言う山田くん、

 そしてそれらを全部受け止める主人公のハルナちゃん。

 

 みんなその歪み具合をすごくリアルに演じ、存在感を放っている。

 最近の若い俳優さんは、漫画のキャラクターを演じることに長けているようだ。

 

 原作にない要素としては、この6人の登場人物のインタビューが随所に差しはさまれる。

 この演出もそれぞれのプロフィールと物語のテーマをより鮮明にしていてよかった。

 

 でも映画を観たからといって、何かカタルシスがあるわけでも、もちろん何か答が受け取れるわけではない。

 

 四半世紀経っても、僕たちはまだ河原の藪の中を歩いている。

 そして二階堂ふみが言うように、このリバーズ・エッジの感覚は彼女らの世代――僕たちの子どもの世代もシェアできるものになっている。

 

 そのうち僕は疲れ果ててこのリバーズ・エッジで倒れ、そのまま死体となって転がって、あとからやってきた子供たちに

 「おれは死んでいるけど、おまえたちは確かに生きている」と勇気づけたりするのかもしれない。

 そんなことを夢想させるトラウマ。やっぱり死ぬまで残りそうだ。

 


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星のおじい様と孤独なエイリアン

 

 その少女は一人暮らしの老人と友達になった。

 老人は近隣から奇異な目で見られている。

 彼は特殊な能力を持っており、それで人助けをしたりもするのだが、普通の人たちにはそれが気味悪く映る。

 だから少女にも、あの老人の家へ行くな、近寄るなと言う。

 両親にとってもそれは家族の一大事と受け取られていた。

 

 少女はなぜその老人にひかれるのか?

 老人の語る宇宙の話、昔の話、妄想のような話が好きなのだ。

 彼女は老人がじつは宇宙人で、永年地球で過ごし、近いうちに故郷の星へ帰ろうとしているのではないかと思っている。

 

 老人には少女子以外にもう一人だけ訪ねてくる人がいる。

 それは彼の身元保証人だ。

 老人はちゃんとお金を払ってその会社と契約し、自分の死後の後始末をつけてくれるよう段取りしている。

 彼は宇宙人なんかではない、まっとうな人生を歩んで齢を取り、社会人として最期まで人に迷惑をかけずに人生を終えようと考えている、普通のおじいさんなのだ。

 

 そうした現実を知っても、少女は彼がやっぱり本当は宇宙人なのではないかと疑念をぬぐえない。

 彼女はしだいに何とか老人の秘密を探りたいと考えるようになる。

 

 しかし、そんな彼女の行動を心配した両親は、それ以上、老人に近づくことを許さず、彼女を学習塾のトレーニング合宿に送り込んでしまう。

 

 数日を経て帰ってきた少女は両親の目を盗み、再び老人に会いに行くが、彼は呼び鈴を押しても出てこない。と同時に何か気になる匂いがする。

 彼女は身元保証人を電話で呼び、家の中に入る。

 そこには布団の中で孤独死した老人の遺体が横たわっていた。

 

 少女には老人が物理的に死んだことは分かったが、地球から消滅したとは映らない。

 彼女は遺体を運ぶ人たちが到着するまでの間、その老人――「星のおじい様」の時間軸に入り込み、孤独なエイリアンとして、奇妙な冒険に出掛ける。

 


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「スターウォーズ エピソード8 最後のジェダイ」は舞台劇にしてOK

 

 今さらながら「スターウォーズ エピソード8 最後のジェダイ」。

 2月のうちに書いてこうと思って、つい書きそびれていました。

 

 あちこちでもうすっかりレビューも出尽くしていると思います。

 まったく読んでいないので、世間的な評判はさっぱり分かりませんが、僕的にはかなり面白かった。

 (特にこのシリーズの熱心なファンでないけど)全部見た中では、これが一番入り込めたな~と思いました。

 

 率直な印象を言うと、かつてのスペースオペラ的な部分が薄まり、シェークスピア劇みたいに見えました。

 

 世界政治とか抗争を含めた宇宙スケールの活劇だったはずが、なんだか家族ドラマみたいなスケールになってきた(これは批判ではありません)。

 

 あくまで個人的な印象です。

 

 実際には戦闘シーンは相変わらず多いし、チャンバラもあるし、絵作りも凝っているし、迫力もある。

 そうしないと、スターウォーズブランドにならないからね。

 

 ただ以前はそっちの方がストーリーを完全に凌駕していたのだけど、今回はドラマのほうが引き付けられる、ということ。

 戦闘状況なんかを全部セリフで説明させてしまって、舞台劇にしたらいいんじゃないかと思ったくらい。

 

 これまでのスターウォーズであまり魅力ある登場人物ってお目にかからなかった(ダースベイダーが悪役としてどうしてあんなに人気があるのか、さっぱりわからない)けど、若い二人の主人公――レイとカイロ・レンがはいい。

 

 スターウォーズ過去40年の歴史というか、遺産というか、おっさんファンたちの降り積もった愛着やら怨念やらを背負わされても、最終的にそんなもの蹴っ飛ばして、カウンターのロングシュートでゴールを決めちゃいそうな「フォース」を感じます。

 古いキャラクターはすべてこの二人の引き立て役ね。

 

 いっそのことエピソード9は完全にオールドファンを裏切りまくって、戦闘シーンなしにしてしまったらどうだろう?

 登場するのはレイとレンとBB-9(ロボット)だけとか。

 ま、そんなのあり得ないはわかっているけど。

 

 勝手にエピソード9の予測をすると、前回の3部作(エピソード1~3)は、史実(?)を変えるわけにはいかないので、主人公のアナキンがダークサイドに落ちてベイダーになってしまうという悲劇的ラストで後味が悪かった。

 けど、今回の9は必ずやハッピーエンド、希望ある結末に持っていくでしょう。

 なんといっても制作の大元はディズニーだし。

 

 王道としてはレンの魂が救われ、レイと結ばれる・・・というのが落としどころだと思うけど、それだと単純すぎるかなぁ。

 


芸術がわかる人と思われたい

 

 昔のことなので、そのおじさんがなぜ訪ねてきたか忘れてしまったが、たぶんガスの定期点検かなんかだったのだろう。

 とにかくおじさんは、うちの玄関に飾ってあったとうもろこしの水墨画を見て言った。

 

 「あ、この絵、わたし知ってますよ。描いた人」

 「ほんと?ご存知なんですか?」

 「けっこう有名な人ですよね?」

 「お目が高い。かの福嶋青観の絵ですよ」

 「あ、そうそう。福嶋青観ね。おいくらぐらいしたんですか」

 「銀座の画廊でね、100万でした」

 「ああ、やっぱりね。それくらいしますよね。いや、いいもの見せてもらいました。

 それじゃ」

 (ト、おじさん、気分良くルンルン気分で帰っていく)

 

 以上の会話は実は架空のものです。

 実際の会話はどうだったかと再現すると・・・

 

 「あ、この絵、わたし知ってますよ。描いた人」

 「え、なんで?」

 「けっこう有名な人ですよね? 高いんでしょ、おいくらぐらい?」

 「いや・・・それはうちの家内の絵です」

 「え?」

 「以前、水墨画教室に通ってまして、そこで描いたものですが・・・」

 「あ・・・そうですか・・・どうも失礼しました」

 (ト、おじさん、恥ずかしそうに慌てて立ち去る)

 

 どうぜその場限りでしか会わない人だから、適当に話を合わせて気分よくさせてあげればよかったのに、気が回らんかった。

 つい正直なことを言って恥をかかせてしまった~と、いまだに後悔しています。

 

 衣食住が足り、生活が安定すると、多かれ少なかれ、人は誰でも芸術に心を寄せるようになる。

 自分は芸術に理解がある、よくわかっていると思いたい。

 そしてそれ以上に、人からそう見られたいと欲する。

 

 でも、世間で認められている絵ばかりが芸術じゃない。

 水墨画教室の生徒の絵だって、あなたが「これは素晴らしい。おいしそう」と心から感じたのなら、それはあなたにとって銀座の画廊の100万円の絵よりも価値の高い芸術なのです。

 


リバプール出身のアーティストが作る「オレの胡椒」がうまいける!

 

 赤唐辛子、黒コショウ、塩にオレンジ・レモンの酸味をブレンドしたスパイス。

 オレンジとレモンで「オ」「レ」の胡椒。

 作っているのは、かのビートルズの聖地リバプールからやってきた英国人、マイケル・フォーリン氏。

 

 うまい!イケる!で、「うまいけるオレの胡椒」!

 

  このダジャレまみれのネーミングでやられた~、笑える~という感じですが・・

 ポテトサラダにつけて、ハムステーキにつけて、鶏団子スープの隠し味に入れてみたら、本当にうまいける~!

 

 早い話、柚子胡椒のアレンジ版なんだけど、より応用範囲が広いかも。

 食卓が新鮮で楽しくなって家族一同、大満足です。

 

 昨日の東京マラソンで、カミさんが鍼灸のボランティアをやりに行っていたのですが、そのブースで外国人選手の通訳をやっていたのが、このうまいけるさん(奥さんが鍼灸師らしい)。

 

 せっかく出向いてきたのに通訳だけじゃ足りないということで、ついでに鍼灸師相手にこの「オレの胡椒」の行商+販促活動を展開したらしい。

 

 このスパイス職人は、画家であり、グラフィックデザイナーであり、自分の畑で赤唐辛子作っているファーマーであり、おまけに通訳でもあるというマルチタレントぶり。

 

 節操なくいろんなことやっているように見えるけど、彼の中ではこれらの活動が一本の太いラインで繋がっているのでしょう。

 

 何はともあれ、商品が素晴らしいからOKだ、うまいける。

 化学調味料・保存料不使用。

 皮まで使う原料のオレンジ・レモンは、地元の神奈川でプロファーマーが無農薬栽培したものです。

 

 お値段は800円とちょっと高めだけど、エンターテイメンタブルなキャラクター、ストーリーもインクルーズされていて十分納得

 本当にいろんな料理に使えて、うまいけるな「オレの胡椒」です。

 


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世界を開くためのリライト

「Writing is Rewriting」と言ったのは、ブロードウェイの劇作家ニール・サイモンであり、ハリウッド映画のシナリオ教本を書いたシド・フィールド。

 最近になってやっとこの言葉が実感できるようになった。

 

 今日は「いたち」のリライトが進んだ。

 朝、「いけそうだ」と予感したので没頭すると、面白いようにスラスラ進んだ。

 途中、他の仕事の修正作業やメール対応を挟んだが、夕方までに5ページ分(約6000字)行けた。

 

 冒頭部分が物語のトーンを決める。

 自分自身の、作品に対するコミュニケ―ションのしかたも決める。

 

 「人間と動物の心の交流」といったフレーズから容易に連想される甘いトーンを崩したいとずっとグズっていたのだが、今日はみごとにブレイクスルー。

 もともとのプロットに沿って書き始めたが、思ってもみなかったシーンとなり、登場人物のキャラも鮮明になり、キレよく展開して上々だった。

 自分のコアにアクセスできているという感触が残った。

 

 原型を崩せば崩すほど面白くなる。それがリライトの醍醐味であり、その醍醐味が書き続けるエネルギーになる。

 今までのプロットで残す部分は一応決めてあるが、それもこのまま進んでいくとどうなるか分からない。

 

 既存の不十分な部分を補って完璧にするためのリライトではなく、まったく新しい物語を作り直し、その世界を開いていくためのリライト。

 

 創作は普段のライターの仕事とは別もので、成果(金銭的報酬・社会的評価・仕事の引き合いなど)が得られるのかどうかは、まったく未知数。

 でもその分、結果オンリーだけでなく、プロセスを楽しめる。

 書くことは、日常と非日常の双方に足を突っ込みながら生きることだ。

 


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自分をリライトする

今までやってきたことを書き直す。

 リライトは今後の自分のテーマである。

 

 と思って、久しぶりにアジアンカンフージェネレーションの「リライト」を聴いた。

 とんでもない重量感と疾走感。

 こんなカッコいいロックに出会ったのはどんだけぶりだ~と、ぶっとんだのが、はや15年ほど前。

 

 アニメ「鋼の錬金術師」のラストクールのオープニング曲だったので、ハガレンのクオリティが10倍UPした。

 

 いま聴いてもレジェンドでなく、なつメロでもなく、現在進行形のリアル感満点で、ザラザラの音の塊がより深く胸をえぐってくる。

 

 リライトは形を成した文脈をもう一度掘り進めて、新しい価値と意味を見つけ出す作業。書いて休んで書いて休んで、また書き直す。

 

 個人的なことだけど、今の時代はみんな同じようなことをして、自分の生きてきた中から何かを掘り出そうとしているのではないだろうか。

 

 あなたは何回自分を書き直しますか?

 


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宴会予約物語

 

●池袋西口探検

 

 4月の同窓会の幹事をやることになって、先日、今やすっかりアウェイになってしまった池袋西口を現地視察してきました。

 その昔(かなり大昔)、西池袋に学校があったので、毎日通っていたところです。

 

 ここ数年(というか数十年)、同窓会は皆が集まりやすいから、ということで、ほとんど新宿でやっていたのですが、今回はせっかくなので思い出深い池袋で、ということになったのです。

 

 6~7年前、立派になった東武デパートで、着ぐるみショーのスタッフをやりましたが、まともに街中を歩いたのはそれ以来かなぁ。

 そもそも最近は用事がないので、まったく足を踏み入れていませんでした。

 

 かつては「雑多」を絵にかいたような街でしたが、ずいぶんと洗練されました。

 

 でも西口公園=ピカピカの東京芸術劇場の前には、ちょっと胡散臭そうな、あまり身なりの良くないおっさんたちがたむろしており、伝統的な「ブクロ臭」をぷんぷん漂わせています。

 うん、いいぞ、いいぞ。

 

 というわけで、やたら道路が広くなったんぁとか、ゴミゴミ家が密集していたところがすっきりしちゃったなぁとか、ありゃ学校ない。そういや何年か前に移転したって聞いたなぁとか、あちこち探索・発見して、何軒か候補のお店に目星をつけて、チラシを持って帰って比較検討すること2日。

 

 そんな手間暇かけず、ネットで調べりゃいいじゃんと思うでしょうが、こういうプロセスを踏まないと納得できない性分なので。

 それに現地へ行って自分がどう感じたか分かっていないと、どうも気が落ち着かない。ほんとにめんどくさいアナログ体質です。

 

●第1志望:イタリアンレストラン貸し切り

 

 参加するのは女性が多い(予定)なので、第1志望、貸し切り歓迎(とチラシに書いてあった)のイタリアンレストランへ。

 小ぶりな地下のお店で、なんとなく良い雰囲気だし、僕もワインが好きなので、たまにはこういうところも、と思って電話をします。

 

 ちなみに時刻は4時ちょっと前。

 ランチが終わり、休憩してそろそろ夕方の準備に入ろうかという時刻。

 中年くらいの店長らしき人が出た。

 ちなみにネットで調べると「ぐるなび」などには情報載せているけど、独自のホームページは持っていない。

 

 「ハーイ、チャオ!」とお茶目に出るとは思わなかったけど、小規模な店なので、フレンドリーな温かみを期待したのですが、第一声は割と固い感じ。

 「これはちょっと・・・」とその瞬間ひるんだが、構わずそのまま切り込む。

 

 「貸し切り、本当に何人でも歓迎なんですか?」

 「ああ、えーと・・・土曜日ですよね? 土曜はちょっと・・・」

 「(なんだ、ここに書いてあることと違うじゃねえかよ)え、じゃあ何人ならいいんですか?」

 「そうですね、それは一人当たりのお値段によって代わってきますが・・・」

 「ひとり5000円。最低10人くらいは来ると思うけど、それじゃダメ? ま、もっと増えると思うけど」

 「それはちょっと・・・5000円なら20人くらいからじゃないと」

 

 「20人集まるかも知れないけど、ちょっとまだわからないので検討します」

 

 残念ですが、最初の3秒で感じたNG予感は当たってしまいました。

 

●第2志望:個室居酒屋

 

 第2志望。居酒屋でも個室があることころがいいな。

 最近流行っているらしいチェーン店。

 ここもネットで一応確認して電話すると男性が出るが、第一声の印象は芳しくない。

 休憩時間を邪魔された感がちょっと声に混じっている。

 ごめんね。でも営業している時間に掛けちゃ迷惑でしょ。

 と思いつつ、切り出す。

 

 「人数まだわからないんですが」

 

 「10~20人? うーん、するとお部屋違ってきちゃうんですよね。一応とっときますけど」

 

 「チラシに載っているこの〇コースがいいなと思っているんですが、これ2時間飲みホを3時間にはできんですか? 追加料金払いますよ」

 

 「はぁ、でも土曜ですよね?土曜は2時間オンリーでお願いしているんですよ」

 

 「わかりました。じゃあ検討します」

 

 こちらも残念ですが、最初の3秒でNGかな感が伝わりました。

 ていうか、どうしてもここにしたい!という気にならなかった。

 

●第3志望:フツーの老舗チェーン居酒屋(思い出付き)

 

 第3志望。フツーの昔からあるチェーン店の居酒屋。

 ただし、じつはここで何度も飲んだことがある。

 もちろん当時からたぶん何度も改装していて、とてもきれいな店になっています。

 

 電話すると、今度はお姉さん。

 

 「はい、ありがとうございます。あ、ご宴会ですね? はい、かしこまりました。2時間半のコースを。10~20名くらい。あ、大丈夫ですよ。3日前にわかれば。お料理、AとBはCとDに差し替えられますが・・・AとBですね。同窓会ですか、じゃあ学校の名前でお取りしますか・・・はい、ありがとうございます。お待ちしています」

 

 流れるような美しく、きびきびした応対。

 そもそも最初の第一声が、先の2店はボールから入ったが、こちらはズバッとストライク。こうこられるとありがたい。

 結局、ここで決まり。

 フツーのフツーだけど、安いし、思い出もあるし、OK。

 

 いや、マニュアル対応なのはわかります。

 老舗なのでデータも豊富だからね、こういうお客はこう応じればOKっていうのが出来上がっていると思います。

 でもたとえマニュアルでも、その場でちゃんとこなせるパフォーマンスは素晴らしい。

 僕のような単細胞な客はそれだけで気分が良くなってしまうのです。

 

 出たスタッフの声を聴くと何となくその店全体像が伝わってくる(と僕は信じています)。

 

 電話対応が良いからと言って、必ずしもその店のサービスが良いとは限らないけど、電話対応が悪かったところが、それを覆すほどサービスが良かったということはないんだよね。

 

●まとめ

 

 といういわけで、たかが宴会の店決めをするのに何をそんなに時間かけているんだと思われるでしょうけど、これも遊びみたいなもので、これくらいプロセスつけて自分の中でストーリー作らないと、生きてて面白くないんだよね。

 

 最初はほんの5~6行の日記で済ますつもりだったんだけど・・・

 与太話を長々とすみません。

 でもここまで読んでくれたということは、面白かったということかな?

 別にためになる教訓みたいなものはないけど、あなたも宴会幹事をすることがあったら参考にしてください(なればね)。

 


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記憶のダストを書き集めると星が生まれる

 

 続けて思い出話を書いたので、ズシ、と心に重みを感じている。

 とらやの羊羹か、名古屋名物ういろうを手渡された時のような重さ。

 寂しさと、悲しみと、楽しさと、懐かしさが熟して詰まった重さだ。

 

 宇宙に浮遊していた記憶のダストを書き集めて塊にすると、自分の中の宇宙にポコッと小さな星が生まれたよう。

 

 フェレットを飼っていたAさんも、

 亡くなった白滝さんも、

 そんなに長く付き合ったわけでなく、とても親しかったわけでもないけど、

 「同じ時間を生きた」と実感した人。

 だから思い出して書いてみると、一つの「過去」が出来上がり、一つの「物語」になる。

 

 書くという行為はとても面白い。

 

 あなたも心のどこかに引っ掛かっているダストがあれば、書き集めてみるといい。

 その人の目、話し方、歩き方。

 その時の聞こえてきた声、音楽。

 その場所に流れていた風。

 それを塊にすれば、あなたの宇宙に星が生まれる。

 誰にも見せなくていい。

 その星はただあなたのために静かに輝く。

 


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「いたちのいのち」の書き直し

 

  5年ほど前に「いたちのいのち」という話を書いたことがあります。

 これはフェレットとその飼い主の話。

 フェレットと言うのはイタチ科の動物で、イヌより手間がかからず、ネコより愛嬌があって、ネズミよりも撫でがい、可愛がりがある――要するにとても飼いやすく、よくなついて面白いというやつです。

 

 体型が面白くて、ダックスフントみたいにビロロロンと胴体が長く、なんだかニョロニョロしている。そのまま首に巻いて襟巻にできそうな感じ。

 先祖はダックスと同じように穴に潜って野ネズミを捕まえていたらしい。

 英国のエリザベス1世やビクトリア女王にも飼われていて、ハリーポッターにも「ヨーロッパケナガイタチ」として登場。ドラコ・マルフォイが魔法でこのイタチに変えられてしまう、というシーンがあります。

 

 人間と代謝機能の何らかの数値が同じだとかで、実験動物として使われてきたという履歴(今でも使われている)を持っています。

 

 一時期、ペットとしてブームになったようですが、 今はどうだかわかりません。少なくとも最近は連れて歩いているのを見たことがない。

 

 なんでそんな話を書いたのかというと、純粋に個人用。

 フェレットを飼っている女性がいて、彼女の「イタチくん」との生活を話すからそれをまとめて話を作ってほしいというオーダーでした。

 

 彼女との関係やプロフィールを説明するのは面倒ですが、簡単に言うと、当時ちょっとバイトしていたところの職場の同僚。色恋とはまったく関係ないけど割と仲が良かったので、そのフェレットの話をよく聞かされました。

 あるとき、しばらく(1週間くらい)来なくなり復帰したので聞いてみると、いちばんお気に入りのフェレットが死んだとのこと。

 

 それで話を聞いているうちに、僕がライターだということも知っていたので、流れでそんなことになってしまったのです。

 

 仕事ではないのでギャラも発生せず、一銭ももらいませんが(コーヒーは一杯おごってもらった)、こういうのもけっこう面白いなと思って1カ月くらいかけて書き上げたのが「いたちのいのち」です。

 

 フェレットの歴史や習性の話、彼女とフェレットたちとの出会い(多頭飼いしていた)と生活、彼女の動物に対する思いをおもに書いたつもりだった。

 けど、できてみるとそのストーリーの裏に見え隠れする彼女の孤独感とか、家族との不和、人間関係のうまくいかなさ加減がにじみ出てしまっていて、ちょっといたたまれない気持ちになりました。

 

 それで原稿を見てもらおうとメールで送ったのですが、それからすぐに音信不通になり、職場にも無断で顔を出さなくなりました。

 

 結局その後、何度かメールをしても返事はなく、二度と顔を合わせることはなくなりました。

 僕もそこまで深追いはしなかった。

 

 この話を読んだせいかな、それとも最後の一匹(一番のお気に入りが死んで、その時点で一匹だけ残っていると話していた。)も死んでしまっておっち込んでいるのかな、といろいろ考えましたが、どうにもならない。

 

 その後、一度、少し書き直して置いてあったのですが、もう時効だと思うので、まるっきり書き直してみようと1カ月ほど前から、あれこれやっています。

 

 動物は純粋。というか、人間が「こいつは、この子は純粋」と信じられる。

 信じても差し支えない。損得勘定とも無縁の世界。

 だから心を素直に胸を開いて、自分の心を映し出せるのだろうなと思います。

 


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ピーターラビットの農的世界への回帰現象

 

●ピーターラビットの農的世界への回帰現象

 

イギリスの田舎、農村地帯、田園地帯は日本人にやたらと人気があります。

確かにとても美しいのだけど、外国の、西洋の田舎ならフランスでもドイツでもイタリアでもスペインでもいいではないか。

なぜイギリスなのか?と考えると・・・今年のうちのカレンダーを見てハッとした。

 

ピーターラビットだ!

 

ピーターラビットこそ、イギリスの、洋風田舎の代表的イメージを形作っているのではないか。

さらには近代社会において農業・農村をポジティブなイメージに価値転換したのもピーターラビットなのではないか、と。

 

子供向けの絵本でありながら、大人にも、というか、むしろ大人に、特に女性に大人気のピーターラビット。

人気の秘密はあまりメルヘン過ぎない上品な絵と、よく読むと割ときわどいストーリーにあります。

 

なにせピーターラビットのお父さんは農夫マクレガーさんの畑を荒らして捕まり、パイだかシチューだかにされて食べられてしまったのですから。

ピーターも危うく同じ目にあいそうになります。

 

かと言って、作者はマクレガーさんを残酷な悪者扱いにすることなく、子供向けによけいな甘味料を加えることなく、それがごく自然な人間と動物の関係として、さらりと描いています。

 

子供だましでない、そのストーリーテリングの見事さと、リアリズムからちょっとだけズラした絵柄とのマッチングが、唯一無二の世界観を醸し出している。

 

そして、その世界観が、この物語の舞台である湖水地方、さらにその向こうにあるイギリスの田舎を一種の理想郷のイメージに繋がっているのではないかと思います。

 

僕はこの物語の舞台であり、作者のビアトリクス・ポターが暮らしたイギリスの湖水地方には何度も行きました。

 

最後に行ったのは20年ほど前ですが、その時すでに地元の英国人は日本人観光客の多さに驚き、「ポターはそんなに日本で人気があるのか?」と聞かれたことがあります。

その頃からピーター=ポターの人気は不動のようですね。

 

19世紀の産業革命の時代、ロンドンなどの都会に住んでいた富裕層が、工業化と人口の増加で環境が悪化した都会を離れ、別荘を構えたり移住したことで湖水地方は発展した・・・という趣旨の話を最近、聞きました。

 

それまでの田舎・農村は貧しさや汚さ、そしてその土地に人生が縛り付けられる、といった暗いイメージと結びついており、けっして好ましい場所ではなかった。

 

しかし、急速な工業化・非人間的で気ぜわしい労働・環境に嫌気のさした人々が、都市・工場とは対極にある農村・田園・農業に、自然とともに生きる人間らしさ、長閑さ、幸福感とぴった高い価値を見い出したのです。

 

ポターの描いたピーターラビットの世界はその象徴と言えるのかもしれません。

 

そして産業革命から200年余りを経た今日、一種の回帰現象が起こり、再び農業に人気が集まりつつあります。

 

これからのライフスタイルは、工業化の時代を超えて、土に触れ、植物や動物の世話をする超リアルな農的ライフと、ネット・AI・ロボットのバーチャルな脳的ライフとに二極化し、僕たちはその間を行ったり来たりするのかなぁと、ピーターラビットのカレンダーを見ながら考えています。

 


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人間の歴史はチョコレート前とチョコレート後とに分かれる(かも)

 

  バレンタインデーなので、カミさんから「プレミアム・チョコプリン」を頂きました。自分も食べたいのでこれにしたようです。

 何がプレミアムなのか食べてみると、プリンという呼び名は相応しくない。

 食感はレアチーズケーキに近い。味は濃厚、そしてビター。でもしっかりチョコレート感がある。これはおいしい。ありがとう。

 

 僕は、人間の歴史はチョコレートが開発される前と後とに分けて考えられるんじゃないか、と考えています。

 

 古代から疲れを癒し、魂を覚醒させる効果があると信じられてきたチョコレート(古代は飲み物で、チョコというよりココアでしたが)。

 それが近世の西洋社会で量産され、普及するようになって、人々の知覚は明らかに鋭敏になった。

 いわゆるドラッグのような効果があったのではないかと言われています。

 

 体に害はないんだけど、「やばい食べ物」と言われた時期もあったようです。

 庶民にあんまり頭良くなってもらいたくない人たち、知恵を付けてほしくない人たちは、すぐにこういうことを言い出しますね。

 

 明治時代、日本で作られ出回るようになった頃も「牛の血を混ぜて作っている」とか、いろいろデマが飛び交い、売るのに苦戦したようです。

 

 日本の庶民が本当にチョコレートの味を知るようになったのは、やっぱり戦後から。

 「ギブ・ミー・チョコレート!」と叫んで進駐軍のジープを追いかける、あの子供たちからでしょう。

 

 映画やドラマでしかあのシーンを見たことがないけど、何度見ても衝撃的。

 あんな体験をリアルにしてしまった子供の胸には、良いにつけ悪いにつけ、アメリカの存在の大きさが胸に刻み込まれたことでしょう。

 

 そういえば、あのあたりの世代はアメリカかぶれが多いような気がします。

 無理もありません。

 あの時代、将来の日本人の頭を洗脳するのにチョコレートはうってつけでした。

 まさしくドラッグとして機能していたとしても、おかしくありません。

 

 父や叔父・叔母はそうした経験をしていないと思うけど(齢が下の方の叔父・叔母はちょうど「ギブ・ミー」の世代だけど)、僕が子供の頃、パチンコで勝って景品のチョコレートをもらってくると、誇らしげに僕や妹にたちに手渡しました。

 

 多くは「森永ハイクラウン」など、子供にとってワンランク上のちょっと大人っぽい、高級っぽいやつです。

 

 子供にチョコレートを与えられる、まっとうな生活力にある大人。

 そういう大人であることに、深い満足感を覚えていたのだと思います。

 もちろん僕たちは大喜びで、家族は幸せでした。

 チョコレートをかじると、その時代のみんなの笑顔を思い出します。

 

 僕が子供の頃からずっとチョコレートを好きで、食べるといろんな思いにとらわれるのは、そんな理由からです。

 

 すっかり習慣化したバレンタインデーは、朝からあちこちでいろんなチョコ――もちろ義理チョコの類だけど――をもらって食べました。

 でも家庭によけいな波風を立てたくないので、毎年カミさんには黙っているようにしています。

 


香水(パフューム):人間存在の深淵につながる「におい」の世界

「香水(パフューム)」という小説がすごい。

自分でもオナラ小説を書いているので、においの話には心ひかれます。

 

★鼻焼きの話

まだ寒いのにもう花粉が飛んでいるらしく、それで「鼻を焼きに行くんんだ。ふふふふ~ん💛」というFBの記事を読んで仰天しました。

鼻を焼く???

そうすると鼻水がジュルジュル出なくて具合がいいらしい。

 

「鼻を焼く」と聞いて、まさか鼻の頭に火をつけることはあるまい、鼻の穴に何か突っ込んでシュボッ、ジリジリジリ・・・とやるんだろうな、ということは察しました。

 

そこですぐさま思い浮かんだのはチリチリにカールした鼻毛。

新しいトレンドかと思ったけど、レーザーで焼くから、そうはならないんだって。

 

★嗅覚障害は大丈夫か?

そして次に湧き起った疑念は当然、嗅覚に問題は起きないのか、ということ。

あるサイトを調べてみると、においを感じる組織に焼きを入れるわけではないので大丈夫らしい。

でもやっぱり、ちょっと心配してしまいます。

手元が狂ってオペ失敗というこっとなないのか?

永遠ににおいが失われて、嗅覚障害者になってしまうことはないのか?

 

最も原始的な感覚である嗅覚は、現代人が未開拓のフロンティア。

鼻に障害がある、匂いがわかならないと言っても、目や耳の障害のようには深刻に受け止められない人が多いのではないか、という気がします。

 

しかし、それは大まちがい。

比べるものではないけど、目や耳よりも問題はシリアスかも知れません。

においの世界は潜在意識の世界とつながっているからです。

 

★天才香水調合師

それを見事に一つの物語として表現したのが「香水(パフューム)」という小説。

舞台は大革命が起こる少し前(らしい)の18世紀フランス・パリ。

主人公はグルネイユという天才香水調合師。

 

彼は無垢な魂の持ち主であると同時に、匂いによってこの世界の在り方を認識する超絶的な嗅覚の持ち主。

 

人生の目標は究極の香水を創り上げること。

それは彼にとって完璧な世界――天国のような世界を建設することに値する。

その研究の果てに見つけた手段は・・・副題の「ある人殺しの話」がすべてを物語る。

 

ケレン味たっぷりのストーリーなのだがリアル感がすごく、最初読んだ時など、これは実在の人物の、本当にあった話なのではないかと疑ったぐらいです。

 

★18世紀パリの裏通り

彼を産み落としてすぐさま死刑にされる生みの母。

カネのためにクールに孤児の彼を育てる養母。

彼をこき使う皮なめし職人の親方、

そして、むかし一発当てて、今は落ち目の、それでもプライドだけは人一倍高い老香水調合師。

など、脇役もみんなキャラが立っているととともに、当時の社会構造が垣間見えて、300年前のリアルに溢れています。

 

フランスで香水が発達したのは、パリがひどい悪臭の充満した街で、それを回避する手段が必要だったから――という話は以前から耳にしていました。

 

けれど、この小説の冒頭10ページ――グルネイユの生い立ちとともに描写される、貧民・労働者階級が蠢くパリの下町は、想像を絶する、魔女のスープのような地獄絵図。

それを描き出す筆致は、300年前にタイムスリップして見てきたのかと思えるほどです。

 

★人間存在の深淵に触れる

いったいこの作者はいかなる人物なのか?

何があって、どんな発想でこんな物語が生まれたのか?

ドイツ人だが、ナポレオン時代からヒトラー時代まで対立し続けた、隣のフランスに何か恨みつらみでもあるのか?

ちょっと名前が売れれば、たちまちインターネットで丸裸にされてしまう時代なのに、なぜか神秘のベールに包まれている。それもまたよし。

 

10年ほど前に映画化されたのをきっかけに、この原作を読んだのですが、勝手に想像を膨らませられる分、文章の方が10倍エロくて、グロくて、感動的で、人間存在の深淵を覗き見る思いがします。

 

パリの人々の凄惨な人生と風景(でも、たかだか300年前の話)に吐き気をもよおさず、拒絶反応を起こさず、最初の10ページを突破できる人なら、絶対面白い小説です。

 


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雪トトロ、春を呼びに行く

 

 先月の大雪の日に地上に降り立って以来、思いがけないほど長い間、うちにやってくる子供たちを楽しませてくれた雪トトロは、いつの間にか旅立っていました。

 

 前日の雪でまたもや復活かと思いきや、あまり降ってくれなかったので、そろそろ見切りをつけて「じゃーねー」と夜の闇に紛れて行ってしまったようです。

 

 おりしも節分の日。

 たぶん春を呼びに行ったのだと思います。

 

 明日は立春。

 なので、すぐ連れてきてくれることを期待してしまいますが、なにせトトロは3000年も生きているので、毎日忙しい忙しい、急げ急げと言っている僕たちとは時間の感覚が違います。

 

 ちょっと30分昼寝のつもりが3日間寝ちゃったなんてことも起こります。

 それにあちこち道草して遊んでいるでしょう。

 

 なのでまだしばらくかかると思いますが、気長に待ちましょう。

 頼んだぞトトロ。

 春を連れてもいどってきておくれ。

 


藤原カムイのウルトラQ

 

 息子から誕生日のプレゼントに貰ったのが、コミック版の「ウルトラQ」。 原作はおなじみ(かどうかは世代によるか・・・)の1960年代の特撮テレビ番組。

 1月の締めはオタクな話です。

 

 ウルトラQは初めて遭遇したのがチビッ子の時だったので、その衝撃はすさまじく、精神に完璧にインストールされました。

 

 ドロドロドロと溶けていた文字がギュルギュルっと回ってタイトル文字になって決まるギミック、そしてあのヒュルルというノコギリを震えさせて音を出していたというテーマ曲が流れるだけで怖くてドキドキしていました。

 

 ウルトラマンをはじめとする、のちのヒーローものにはストーリーの流れに一定のパターンがありますが、この作品にはそれがなく、ただ「アンバランスゾーン」というコンセプトに沿って、SF、ファンタジー、怪奇、ミステリーといった類のエピソードが1話完結方式で毎週放送されていました。

 

 マンガとして再現されているのは僕にとって、そしておそらく多くのファンにとっても傑作の誉れ高い6作品。

 

 迫りくる巨大怪獣の恐怖を描いた「ぺギラが来た」

 SFとサスペンスと寓話を融合させた「地底特急西へ」

 詩情と哲学的とさえ言える余韻の残る「バルンガ」

 宇宙人による地球侵略モノの元祖「ガラダマ」

 ミステリアスSFの原点かつ頂点。映像をネガ反転させる異常な演出と、驚愕のラストシーンがトラウマになった「2020年の挑戦」。

 幽体離脱シーンに震え上がってオシッコちびったオカルトもの「悪魔っ子」

 

 惜しむらくは、密室スリラーの「クモ男爵」とシュールコメディの「カネゴンの繭」は入れられなかったのか? 描けなかったのか?

 この2本が加われば完ぺきだったのに、と思わざるを得ません。

 

 ちなみに僕はこうした子供時代に見た映像は、初恋の思い出などと同じく、自分の記憶に刻み込まれているものがベストだと思っているので、デジタライズされてDVDが発売されたよ~ん、白黒じゃなくてカラーにされているんだよ~んと言われても、何か特別な事情・必要性がない限り、一切見ないことにしています。

 

 でもこちらはマンガ。藤原カムイの瀟洒な絵が、記憶の中の1960年代の映像と妙にミスマッチ――アンバランスゾーンになっていて、素直に読めます。

 番組を見たのはまだ5歳の頃ですが、このマンガを読むとその時の感覚がそのまま蘇ってくるのです。

 頭の中身は5歳児からほとんど進化していないのかも知れません。

 

 なにせわずか30分の番組(コマーシャルなどを抜いたら25分程度)。

 深い人間ドラマなど描いているヒマなんぞなく、ひたすら怖くて、世界観とプロットの面白さ、演出のアイデアを見せまくる作品だったはずですが、今こうしてマンガでストーリーをつぶさに追っていくと、その時代の雰囲気や、それぞれのキャラクターの秘めている物語が読み解けてきて、とても興味深いのです。

 

 そして、まだ幼稚園生だった時分に見ていた作品を、自分の息子から贈られるなんて、なんだか変な感じです。まさにこの作品のコンセプト「アンバランスゾーン」。

 

 今思えば「ウルトラQ」が放送されたのは前回の東京オリンピック終了直後のことでした。

 その時代、日本人のライフスタイルは大きく変わろうとしていたのだけど、その時代と時代のすき間に微妙なアンバランスゾーンが生まれていたのかも知れません。

 

 とすると、今回のオリンピックの後にも・・・。

 しかも「2020年の挑戦」だし。

 あなたの精神はあなたの肉体を離れ・・ヒュルルルル。

 


新潟のビジネスホテルで魚沼コシヒカリを食べて幸福について考える

 

 土日の新潟遠征で泊ったのは、駅から歩いて5分の、新潟なのに「京浜ホテル」という、どこにでもあるようなフツーのビジネスホテルでした。

 フツーと言っても、21世紀型のモダンなフツーではなく、建設された昭和の後半には、新潟へきてバリバリ働くビジネスマンが明日への英気を養う、最新の「東京に負けないくらいナウい」ホテルだったのかもね~といった匂いが漂う、本当によくある、シングルベッド、ユニットバス、テレビ付きのホテル。

 

 のはずだったのですが、日曜日の朝食でその印象がガラッと変わりました。

 

 う、うまい!

 魚沼産コシヒカリの和朝食だ。

 

 炊き立てではないが、降り積もった雪のよう白くピカピカ光っている。

 久しぶりに「銀シャリ」という言葉を思い出しました。

 

 生卵をかけて一杯、納豆かけて一杯、あちこちおかずと一緒に一杯。

 まだいけそうだったけど、これから仕事があるのにあまり腹いっぱいになってはいかんぞ、と抑えました。

 

 恐るべし、魚沼コシヒカリの魔力。

 

 すっかりご機嫌になって、食堂のおっちゃん・おばちゃん(たぶん夫婦だと思う)に、フロントのお兄さん・お姉さんに「おいしかった。ありがとう」と愛想を振りまいてしまいました。

 

 「ああ、そうだったのか」と、写真のポスターを見たのはその後。

 

 ごはんがおいしいとホテルの印象も変わります。

 何の変哲もない古ぼけたビジネスホテルが、新潟のオンリーワンホテルに見えてきた。

 

 当初の印象とのギャップ効果もあって、古ぼけ感も、おしゃレトロとまでは言わないけど、何やら味わい深く感じ、永く思い出に残るだろうなという気持ちになるのです。

 

 そこでハタと考えた。

 

 しかし、僕が普段から魚沼コシヒカリを食べなれている人間だったら、ここまでの強い印象を抱くだろうか。

 

 ヘン、魚沼コシヒカリなんて、わしゃ毎日くっとるでよう、別段、感動なんかせーへんがや。

 

 とクールに流し、おっちゃん・おばちゃんや、兄ちゃん・姉ちゃんに愛想を振りまくこともなかったでしょう。

 京浜ホテルが味わい深いホテルだと感じることもなく、永く思い出に残ることもなかったに違いない。

 

 そう考えると、人生と言うのはちょっとした条件の違い、ささいな感じ方の違いでまったく違ったものになってしまう。

 いつでも(俗にいう)美味いものを食っている人が幸福だとは限らない。

 もちろん、そうした人にとって、京浜ホテルに人生の醍醐味を感じるかどうかなんて、とんでもない低次元の問題で、はるかな高次元の幸福を追求しているのでしょうが。人類全体のとか、地球全体のとか、ね。

 

 いずれにしても、今や海外のセレブも認める最高級ジャパニーズライスブランド、魚沼コシヒカリは美味しかった。そして京浜ホテルとのギャップもよかった。

 

 どうもごちそうさま。

 


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孤独担当相の誕生

 人は一人で生まれてこれないし、一人で死ぬこともできない。

 「私は一人で生きてきたから孤独でいいのだ」というのは、その人の驕りだと思います。

 

 孤独担当相。Lonely Minister。

 これはジョークか、ファンタジーか、未来小説か、。

 まず抱いたのはそんな感想。

 政治の世界にミスマッチなこのネーミングのセンスは好きです。

 なんかイギリスらしいなという感じがするし。

 

 先日、政府がこの孤独担当相を新設。

 英国社会に影を落とす孤独の問題に取り組むと言います。

 当初、僕が見た報道では「高齢者の孤独死問題に」という形で採り上げられていました。

 割合的にはそれが大きいのかもしれないけど、それだけに限らず、この孤独の問題は全世代にわたっている社会問題のようです。

 うつ病、引きこもり等、精神疾患にまつわる要素もはらんでいるのでしょう。

 

 もちろん、大きなお世話だ、とも思います。

 そんな個人的なことに政府が介入するのか、とも。

 

 そもそもみんながイメージするほど、孤独というのは暗いものでも悲惨なものでもない。

 

 高齢者の孤独死も、本人にしてみたら可哀そうでも不幸でもないのかも知れません。

 可哀そうだ、不幸だというのは周囲の勝手な思い込みで、その人はやっと煩わしい人間関係から解放され、人生の最後に、自由に、のびのびと孤独を楽しむ時間が出来て嬉しいのかも知れません。

 

 孤独の何が悪いんじゃ。ほっといてくれ。よけいなお節介するな。

 

 日本でも英国でも、若かろうが年寄りだろうが、半分以上はそういう人ではないでしょうか。

 

 でも僕は政府がこうして孤独の問題に向き合うと宣言するのは悪いことではないと思います。

 世の中を動かす政治が、現代の社会の中でそれだけ個人個人の在り方を尊重し、手を掛ける価値のあるものとして捉えている――と思うからです。

 

 近代になって自立精神、独立独歩の生き方が理想とされ、そうアナウンスされ続けてきたけど、もしかしたら、それがもう限界に来ていて、何かケアしないと社会がこのままではもたないのかもしれません。

 

 

 「孤独の何が悪い」「よけいなお世話だ」という人は、また、人間生まれるときも死ぬときも一人なんだと言います。

 

 僕は違うと思う。

 人間、周囲の誰かの手を借りなければ生まれてこられないし、たとえ生まれたとしてもすぐ死んでしまう。

 

 死ぬ時だってそう。

 孤独死するのは本人はそれでよくても、自分で自分の遺体を処理できない限り、結局は誰かの手を煩わせ、迷惑をかけることになる。

 

 僕もべたべたした繋がりや面倒くさい人間関係、形にとらわれた付き合いは苦手で、孤独が好きな部類に入ると思うけど、社会が孤独について意識する姿勢を作る、そのきっかけとして孤独担当相なる大臣が登場するのは、アイデアとしていいなと思うのです。

 フィクションみたいで面白いしね。

 どこまで実効性・持続性があるのか、わからないけど、今後ちょっと注目してみたいです。

 


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笑って泣ける人生親子漫才

 

 夫婦漫才、兄弟漫才というのは昔からあるけど、最近は親子漫才も人気のようで、シングルファーザーのお父ちゃんと小学生の娘のコンビがネットでちょっとした話題になっています。

 

 「お父ちゃんがお笑い芸人になる夢捨てきれへんから、お母ちゃんが愛想つかして出て行ってしもうたわ」と、娘が可愛くかまして観客大爆笑。

 だけどちょっとホロっと来て、胸に響いて、ヘタな哲学談義などよりよっぽど考えさせられるのです。

 

 プライベートな話をネタにして、自分を笑い飛ばす。人生を笑い飛ばす。

 僕やあなたをはじめ、ちゃちなプライドにとらわれている人たちにとって、これはなかなかできることではありません。

 

 ベテランの漫才師さんたちを見ていると、自分の病気や体がきかなくなったことさえネタにして笑わせてしまう。

 これぞプロフェッショナル。まったく尊敬ものです。

 

 彼ら・彼女らは死ぬことさえも笑い飛ばして、相方のお葬式でも大爆笑の渦にしてしまうかも知れない。

 そして参列者をみんな体の芯から号泣させてしまうかも知れない。

 

  話を親子漫才に戻すと、これから親と子も相互扶助の時代で、ネタも豊富に作れそうだし、どんどん増えるような予感がします。

 今のところ、娘のツッコミ×親父のボケが主流のようですが、娘×母、息子×親父、息子×母、みんなあっていいんじゃないかなぁ。

 

 さらに男同士、女同士の夫婦とか、LGBTの漫才があっても面白い。

 

 そのうちジジババも交えて3世代のトリオ漫才も飛び出すかも。

 

 「老人ホーム入るために漫才やって稼がなあかんのや。

 おまえら協力しい」

 「何言うてんの、じいちゃん。このギャラは今度生まれてくる、あんたのひ孫のミルク代にするんやで」とかね。

 

 とにかく何があっても笑って生きていきたい。

 


江戸の歌舞伎戯作者は平成の大相撲のお家騒動をどうネタにするのか?

 

●世界のガラエンタメ

 

 日本が変われば相撲も変わる。

 相撲が変われば日本も変わる。

 

 相撲はスポーツ(格闘技)なのか?

 伝統芸能なのか?

 神事なのか?

 

 こうした質問を聞くと、インドの故事を思い出します。

 3人の盲目の人がゾウとはどんなものか、と聞かれた時に、

 ひとりは耳を触って「ゾウはぴらぴらの団扇みたいだ」と言い、

 ひとりは足を触って「ゾウはぶっとい木のようだ」と言い、

 ひとりは尻尾を触って「ゾウはヒョロヒョロして紐のようだ」と言った。

 

 ひとつひとつは間違ってないけど、どれもゾウ全体とはかけ離れた比喩。

 

 で、上記の質問に戻ると、もちろんどれも合っているんだけど、これらを全部インクルーズしつつ、全体的にはどれとも異質な存在としてゲシュタルトしているのが、日本の大相撲です。

 

 これぞまさしく日本の文化そのもの。

 だから相撲は面白い。

 だから相撲は世界にまたとないガラパゴスエンターテインメント。

 

 昨年11月から12月にかけてテレビのワイドショーは日馬富士の暴行事件、そこから展開した貴乃花親方と協会との確執の話題、さらに白鵬の取り口や態度はいかがなものか?

 といった話題でもちきりでした。

 

 おかげで普段、相撲なんて全く見ないような人も、すっかり相撲ファンに。

 野球やサッカーがいくら人気スポーツとは言え、こうはなりません。

 その人の日本人度は、大相撲を理解し、楽しめるかどうかで計れる、と言ってもいいくらいです。

 

●歌舞伎ネタ大盤振る舞い

 

 相撲が江戸の華なら、歌舞伎もまた華。

 

 江戸時代の歌舞伎は庶民にとって、現代のワイドショーもみたいな役割を果たしていました。

 「忠臣蔵」も「曽根崎心中」も「四谷怪談」もすべて実際にあった事件や人物をモチーフにしたもの。

 

 いや、モチーフなんて生易しいもんじゃない。

 大胆な脚色――というのもまだ足らず、ほとんど捏造。

 大衆という“お客様のために”戯作者が面白おかしく、感動的なお話になるよう捏造――ではなくて創作したものが現代に至り「名作」として伝えられています。

 

 江戸の戯作者が、この一連の相撲をめぐる騒ぎを目にしたら、芝居ネタの大盤振る舞い・バブル景気で大喜びしたでしょう。

 いったい何幕・何段のホンが書けるのやら。

 

 もっと戯作者を喜ばせたいのか、追加で立行司(NHKの「プロフェッショナル」でも採り上げられた人)のセクハラ事件まで加わって花を添え、あっという間に今日から初場所へ突入するくだりになりました。

 

 

●セクハラ事件と貴乃花親方の影

 

 さて、ここまでふざけたことを書いたけど、このセクハラ事件が明るみに出たのは、結構大きいのではないかなと思います。

 

 加害者は行司職のトップ、被害者はこの世界に入って間もないペーペー。

 女性でなく男性だし、それにお酒の席でのこと。

 ちょっと前なら関係者の間で、騒ぐ方がおかしい、と一笑に付された話でしょう。

 

 事件が明るみに出たのは、被害者の若い男性が「自分はセクハラを受けた」と訴えたからに違いありません。

 あるいは誰かの助言があったのか。

 

 いずれにしてもその結果、立行司・式守伊之助は厳罰処分で、日馬富士と同じく引退に追い込まれることに。

 

 角界の若者がそうした行動に出る、古い慣習に立ち向かう。 

 という流れは、もしかしたら改革派&ガチンコモットーの貴乃花親方の影響力が大きいのかな、と思うのです。

 

 表には余り出ないけど、理事を解任されたことによって、若い世代の間では貴乃花親方を支持する動きがより強まったのかもしれません。

 

 今年の初場所初日だけど、まだまだとめどもなく転がっていきそうな大相撲・舞台裏場所。

 戯作者も“お客様”も今後の成り行きを固唾をのんで見守っています。

 平昌オリンピックに負けるなよ~。

 


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秋田犬と終活スト―リー

 

年末に秋田犬となまはげとナマケモノの話を書いたら、秋田県から仕事が来ました。

ホントの話。

秋田の終活に関するお仕事です。

 

「月刊仏事」の仕事をやっていると、最近、終活が一大トピックになってきたのが分かります。

特に 昨年は関連ニュースも多く、専門団体の活動なども活発化した気がします。

終活と言っても、相続などの現実的な財産関係から家族の問題、心の問題まで、いろいろバラエティがあります。

そして、お金の問題も心の問題も結局ひとつながりなことも分かります。

 

終活と言うと、やっぱりちょっと暗いイメージがあって引く人も多いのだけど、「個人史」とか「自分ストーリー」の作成みたいな見方をすれば、ちょっと違うかも。

 

人生100年とか、二毛作・三毛作とか言われる時代、誰でも半ばを過ぎたかなと思ったら、終活かどうかはともかく、自分の人生・生き方を振り返ってみる必要があるのかも知れません。

 

秋田の仕事は楽しみです。

秋田を旅する機会があればいいなぁ。

 


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「騎士団長殺し」の免色渉と子供

 

 今年読んだ一冊。 村上春樹の「騎士団長殺し」。

 村上作品の中で最も子供の存在がクローズアップされた作品と感じた。

 

 「海辺のカフカ」は15歳の少年が登場するが、こちらは子供というより自ら主体となって物語の中で動く主人公――主体であり、いわば冒険する若者だった。

 

 片や「騎士団長殺し」では客体としての子供が強調されている。

 なので正確に言うと、「子供に対する大人の気持ち」がテーマと言えるのかも知れない。

 

 それを象徴するのは免色渉(めんしき・わたる)という登場人物である。

 

 髪が真っ白な50代の男で、小田原界隈の豪邸に住み、銀色のジャガーに乗っている。

 頭脳明晰で、常に筋トレをしているので年齢の割に身体能力も高い。教養もあって礼儀正しく、料理や家事もうまく、何でもこなせてしまうジェントルマン。

 

 それも 単なるお金持ちでなく、おそらくはIT関係ビジネスの成功者で、「こうすればうまくいく」とか「免色流成功法則」とかいったビジネス書・自己啓発書の一つや二つは出していそうだ。

 

 まさしく若者も中高年も、現代の人たちが皆、ああなりたいと目標にするような人物、こういう人とお近づきになりたいと願う人物――要するにカッコいいトレンディな男なのである。

 

 ところがこの世間的には申し分ない男が、内部にとんでもないカオスを抱えている。

 

 人生のある日、彼は自分のオフィスで急に姿を現した恋人と交わる。

 その時を最後に彼女とは二度と会えず、別れてしまったのだが、のちに妊娠・出産していたことを知る。

 しかし、彼がそのことを知った時、彼女はすでにこの世におらず、13歳の美しい娘が残されていた。

 

 生まれた時期から逆算すると、その娘は自分の子供に違いないと考えるのだが、確かめる手段がない。

 いきなり現れて自分が父親かも知れないから、とDNA鑑定しろと言うこともできない。

 

 やや下賤な言い方をすると、彼は発情したメスに種付けをさせられた。

 しかし、生まれた子が本当に自分の種からできた子で、自分の遺伝子を宿しているのか、つまり自分は未来に繋がっていけるのかどうか、底なしの不安に陥ってしまったのだ。

 

 人がうらやむほどの富とステータスを持ちながら、その自分の娘と思しき13歳の少女に対する執着心は、ほとんどストーカーのそれである。

 

 普通なら人生で人が求めるもののすべてを得ているのに、それらすべてよりはるかに重いものを手に入れることが出来ず、心に大きな穴があいてしまっている。

 それを埋めるべく、あの手この手を使い、主人公もその手段の一つにされる。

 

 こうした免色のアンバランスは感情と行動が、絵描きである主人公の人生が絡み合って、奇妙な日常とその下――潜在意識の世界との両面でドラマが展開していく。

 

 そこにはいろいろなテーマが読み取れるが、中心に「子供」があることは間違いない。

 出てくる子供は、この13歳の少女と、主人公の、まだ言葉も喋れない幼い娘の二人。

 どちらも女の子で、出番が特に多いわけではないが、とても印象付けられる。

 

 子供が劇中に出てくると、不思議と良い意味での「余白」を感じる。

 その今生きている人間が知り得ない余白が未来を想起させ、イメージを広げるのだ。

 

 この間も書いたけど、やっぱり人間は、子供がいない世界、子供がいない状況に耐えられないのだろう。

 問題は血のつながりにこだわって血縁でないと許せないのか、そうでなくもっと鷹揚に子供を未来として考えられるのか。

 

 村上さんもあと何本長編を書けるだろう・・・と漏らした、と聞いている。

 体も相変わらず鍛えておられるようだし、まだまだ何本も書いてほしいけど、年齢的に子供の存在、今の世界との関係性が気になっているのかも。

 


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寅平じいさんクリスマス夜話:三太九郎となってスイーツを振る舞った織田信長

 

 うちのじいさんは明治の寅年生まれで、名前を寅平という。

 出身地は東京らしいが、丁稚奉公とかいろいろやっているうちに、だんだん西へくだり、静岡にいたばあさんと駆け落ちして、豊橋辺りに移り住み、最後は名古屋までやってきた。

 

 その寅平じいさんがクリスマスになると、必ず僕を相手にぶつくさ言った。

 

 「なんで日本人が西洋の正月なんか祝わんといかんのじゃ。腹立たしい」

 

 でもそういう寅平じいさんは、カレーライスとかトンカツとかケーキとかの洋食が大好きで、じつは結構西洋通であることを僕は知っている。

 

 「でもじいちゃん、クリスマスは子供がプレゼントをもらえるから僕は好きだな」

 

 「ああ、三太九郎か」

 

 「三太と九郎じゃない。そんな漫才コンビみたいな名前じゃないよ。プレゼントを持ってくるのはサンタクロースっていうんだよ」

 

 「わしが子供の頃は三太九郎って名前じゃった。北国の翁って言われとってな」

 

 「オキナってなに?」

 

 「じじいという意味じゃ」

 

 「じゃ、じいちゃんもオキナ?」

 

 「ま、そういうことじゃ。どうもおまえはこの西洋の正月が好きなようじゃから、きょうは一つ、わしが三太九郎になって話をしてやろう」

 

 というわけで、この話は僕が5歳の頃、寅平翁が語ってくれたクリスマスプレゼントである。

 

●お茶目信長スイーツ伝説

 

 日本におけるサンタクロース――三太九郎というのは明治時代になって登場したのかと思いきや、その歴史は意外と深く、安土桃山時代まで遡ります。

 オリジナルはなんと織田信長だというのです。

 

 天下統一にまい進していた頃の信長は「荒ぶる神」として怖れられていましたが、その反面、まるで少年そのままのようなお茶目なところもあったという信長。

 甘い物、要するに現代でいうスイーツが大好きでした。

 

 そのお茶目信長スイーツ伝説の白眉が、安土城で徳川家康をもてなした「安土献立」と、それにまつわるエピソード。

 安土城で徳川家康をもてなした「安土献立」によると、美濃柿――今も岐阜県美濃地方の名物である甘い干し柿がデザートとして食膳を飾っておりました。

 

 好物を食べてご機嫌になった信長はパティシエとなって、家康にみずから甘くて香ばしい「麦こがし」(麦を原料としたお菓子)のお菓子をふるまったそうです。

 それが、かの本能寺の変のわずか2週間前。

 天下統一の野望はまさしくスイートドリームとして消えた・・・というところでしょうか。

 

 

●宣教師らのスイーツ布教、コンペイトウ外交

 

 さて、そこからまた遡ること数年前。

 12月の夜に宣教師から耳にしたのが、西洋にはクリスマスなるキリスト生誕のお祭りがあるということ。

 

 ちなみに宣教師らがお土産として差し出す南蛮菓子、特にコンペイトウが信長の大好物だったという記録が残っています。

 これもまさしくスイーツ布教、コンペイトウ外交。

 

 しゃぶしゃぶ、カリカリと甘いコンペイトウをほおばり、かじりながら信長が話に耳を傾けていると、南欧の地ポルトガルから遠く北ヨーロッパに布教に出向いた仲間の話を覚えていた宣教師の一人が、こんなことを伝えました。

 

 「北国の森の中には、仙人のような翁が暮らしており、クリスマスには貧しい女・子供たちに施しを授けて回るというのです」

 

 どうやらこの話は、自分たちの布教活動をPRするための出まかせだったようですが、信長、その翁にいたく興味を持ち、

 

 「してその翁とやらはどんな名だ?」

 

 「はい、サンタクロースと申します」

 

 「三太九郎? そういえばわしが子ども頃の世話役に三太という男がおって、よく柿を食わせてくれた。それに九郎というのは、かの源義経の通り名じゃ。こいつは縁起が良い。

 ではそのクリスマスの夜に、わしが三太九郎に扮して、菓子を配るというのはどうじゃ」

 

 

●信長三太九郎と赤鼻のおサル

 

 そんな、殿が・・・なんて止める家臣が、ワンマン経営の織田家にいるはずがありません。

 木下藤吉郎などはいの一番に賛同の声を上げて、

 

 「御屋形様、それは素晴らしいお考えであります。

 なんならこのサルめが、三太九郎のお供に扮しましょう」と言って跳び上がり、その場にあった朱書きの顔料を鼻の頭に塗りたくりました。

 

 それを見た信長、立ちあがって喜び、

 「よいぞよいぞ。おまえは赤鼻のサルじゃ。ワハハハ・・・」

 

 というわけで、宣教師らに南蛮渡来の赤い衣装を持ってこさせ、白い髭を付け、赤鼻のサルをお供にし、三太九郎となって、城中の家来や女・子どもに南蛮菓子を景気よくふるまったとか。

 

 もとより手柄を立てた家来のご褒美に、また、死んだ家来の子供を慰めようと好物の干し柿をプレゼントしていたという信長ですから、この日の三太九郎はコンペイトウのように目がキラキラしていました。

 

●家康、三太九郎を葬る

 

 この日、赤鼻のおサルとなった藤吉郎は、信長の死後、豊臣秀吉として天下を手中にしましたが、派手なこと・賑やかなことが大好きなので、自分もこの三太九郎に扮する行事を毎年続けていました。

 

 が、この習慣を辞めさせたのが「織田がこね、豊臣がついた餅を、徳川ただ食らう」と揶揄された天下人・徳川家康。

 

 質実剛健、浮かれた騒ぎが嫌いな家康は、この信長・秀吉が続けてきた三太九郎の行事を、まさしく「なんで日本人が西洋の正月なんか祝わんといかんのじゃ。腹立たしい」と、即刻禁止しました。

 これにはもちろんクリスチャンの反乱を抑える目的もありました。

 

 こうして江戸に幕府が開かれて260年、クリスマスもサンタクロースも、まるでそんなののは一切この国に存在しなかったように扱われることになったのです。

 

 

 じつはこの話にはまだ続きがあるのですが、それはまた来年。

 という寅平じいさんの話を思い出した今年のクリスマス。

 皆さん、楽しく過ごされたでしょうか?

 じつはこのこの話にはまだ続きがあるのですが、それはまた来年。

 

 皆さん、楽しいクリスマスを――

 と言っても、日本はイブが終わると、すぐに大みそか・正月モードに移行しちゃうんだよね。

 

 いずれにしても今日いっぱいはまだメリークリスマス。

 


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少年アキラ:ガキどもはくじ引きに命を懸ける

 

 この季節になると、どうしたって来年の運勢が気になるのが人情です。

 運の良し悪しは人生を大きく左右します。

 子どもだってそれは同じ。

 てか、そういうことには実は大人よりもうんと敏感に神経をとがらしている。

 

 自分にはどんな能力があって、どう生きていけるのか。

 特に小学生はめちゃくちゃそういうことを気にしていて、悲しいかな、10歳を過ぎるころには自分の力の限界をある程度知ってしまう。

 ケンカでもスポーツでも勉強でも、自分がどれくらいのレベルにいるのか、ある程度見えてきてしまいます。

 

 子供の夢は無限だなんて、無責任に大人は言うけど、そんな話を真に受ける子どもは、せいぜい小1くらいまででしょう。

 サンタって本当は・・・と言いだすのと同じくらいでしょうか。

 もちろん「自分はこの程度か」と悟った後から本当の勝負が始まるわけだけど。

 

 なので、じゃあ運はどうだ?となる。

 僕の愛読書の一つ「少年アキラ」(ゆうきえみ:作)はそれがテーマです。

 

 時代設定ははっきり示されてないけど、どうやら昭和40年代後半(1970年代前半)あたりの、どこかの街。

 なんとなく「ちびまる子ちゃん」と共通する世界観です。

 

 ガキどもが学校帰りにたむろする駄菓子屋に、秋のある日、ドドン!と「金くじ」なる黄金の福引みたいなくじ引きマシンが出現。

 子供らは夢中になり、一等の超合金ロボットを手に入れるために命を懸けてくじ引きに挑むという物語です。

 

 主人公のタカシはちょっと気の弱い、あんまり運も良くなさそうな男の子。

 それにタイトルにもなっているアキラという、ちょっとワルっぽい転校生が絡み、友情のような、そうでもないような関係になっていく。

 なんとか一山当てて逆転を狙う、うだつの上がらないチンピラコンビみたいにも見えます。

 

 出てくるのはなぜか男子ばっかり。

 こういう非合理なことにエキサイトするのは男の専売特許ということでしょうか。

 作者のゆうきさんが女性なので、バカバカしいことに血道を上げる男の気質に憧れるのかも。

 

 「命を懸ける」というのは、けっして大袈裟な表現ではありません。

 大人にとっては「そんな下らないことやってる暇があったら勉強しろ」とい

うようなことも、子どもにとっては自分に未来があるかどうか確かめる大きなイニシエーションのようなものだったりします。

 

 それぞれの家庭の事情なども描かれ、物語に陰影をつけているけど、主軸はタカシやアキラをはじめとするしょーもないガキどもと、その前にぬりかべのように立ちはだかる憎たらしい駄菓子屋の親父との対決。

 

 しかし、クライマックスでその対決が劇的に転換し、何とも言えない切なさとなって胸にしみこみます。

 ああ、こうやって僕たちは子供時代をサバイバルして来た。

 こうやって挫折の痛みに耐えるために心に鎧を着こむことを覚えてきたんだなぁとしみじみ。

 

 児童文学だけど、大人が読むと全然違う楽しみ方ができると思います。

 福島敦子さんの絵も絶妙な味があって、アキラの表情など歪んでて邪悪で、それでいて三下のヘナチョコっぽくて、好きだなぁ。

 

 でも自分は運がいいのか悪いかなんて、実は最後の最後まで分からない。

 けどそれも、何とかカッコだけは大人になって、ここまで生き延びてこられたから言えることなのかも知れません。

 

 いずれにしても皆さんも僕も、新年が良い年になりますように。

 


子供の声と「人類の子供たち」

 うちの前は車が通れないほどの狭い小道になっています。

 で、日中、2階で仕事をしていると、窓の下からタタタタと、とても軽いリズムの小走りの足音が聞こえてきます。

 「あ、きたな」と思うと、カチャリと音がして門が開き、ピンポーンとチャイムが鳴ります。

 うちのカミさんが受け答えすると、明るい、はしゃいだ子供の声が聞こえます。

 

 うちは1階が鍼灸院になっていて、カミさんが小児鍼をやっているので、営業日はほぼ毎日のように何人か子供がやってきます。

 

 足音のリズムと最初にドアを開けた時に発する声は、みんなに通っていながら、一人一人個性があって楽しい。

 

 僕は診療しているところには、いっさい顔を出さないので、どんな子が来ているのかは、彼女の話を通してしかわからないけど、音と声だけで想像するのも楽しいものです。

 

 僕は結構恵まれた環境にいるんだろうなと思います。

 

 子供を育てたことのある人でも、大きくなってもう子育てと関係なくなると興味を失ってしまい、子供の声がうるさく感じられるようです。

 だから近所に保育園や幼稚園を建てる話が出ると、必ずと言っていいほど反対運動が起こる。

 

 いろいろその人たちなりの事情があるのだろうけど、それでは寂しいのではないかなと思います。

 

 だいぶ前に読んだ小説で、英国のミステリー&SF作家のP・D・ジェイムズ(女性)が書いた「人類の子供たち」という作品がありました。

 

 世界中で子供が生まれなくなった世界を描いたもので、これはすごく面白った。

 子供いない世界――どこへ行っても子供の声を、足音を聞けない世界は、どんなに豊かで便利で娯楽に溢れていても、おそらく氷に閉じ込められた中で暮らしているような絶望感や孤独感に苛まれるのではないかと思います。

 

 自分との血のつながりがあるとかないとか、関係ない。

 「わたしたちの子供がいる」と思えることが大切なのだと思います。

 

 でもきっと、そういうことはこの小説の世界みたいに失ってみないと本当にはわからないんだろうな。

 


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●子どもや動物にモテる妻と、そうでない夫、そして人生のミステリーとハッピネスについて

 

うちのカミさんは子供や動物にモテる。

べつに子供や動物が大好きというわけではない。

むしろ子どもに対してはいたってクールだし、ペットを飼ったこともないし、ネズミ類などの動物は大嫌い。

 

だけどなぜだか子どもはよくなつくし、言うことをちゃんと聞く。

 

僕は道でネコに会うたびに対話を試みるが、ほとんど相手にしてくれるネコはいない。

なのに、彼女にはイヌもネコもクンクン、ニャーニャー寄ってくる。

 

なんで?

こういうのは生まれ持っての才能なのか?

(彼女はその才能を活かして、小児鍼という、子供を診る鍼をやっている)

 

子供や動物を愛してやまないという人ならわかるが、どうも納得できない。

なんだか不条理だ。

長らく僕にとって人生のミステリーとして濃い影を落としている。

 

なにかコツとか、ノウハウとか、心がけとかあるのかと聞くと、

「そんなもの、あるわけなでしょ」と一蹴される。

思えばこの20数年、そうしたやりとりを繰り返して暮らしてきた。

 

長く生きて、いろいろ経験を積めば、その謎が解けていくのではないか。

なるほど、そういうことだったのかと、いつかすべての霧が晴れる日が訪れるのではないかと漠然と思っていたが、どうもそういうものではないらしい。

 

わからないやつには一生わからない。

バカは死ななきゃ治らない。

これはそういう類の事象だ。

 

ネコにすり寄られようが、無視されようが、人生の大きな損失になるわけじゃないのだが、やっぱりちょっと悔しい。

 

でも彼女が子供やイヌ・ネコにモテた話を聞いたり、目の当たりにするのは悪くない気分である。

 

人間も世の中も理路整然とはしていない。

ロジックにとづいて動いている物事はむしろ少なく、大事なことは不条理だから面白かったりもする。

すべてのミステリーが解決して、空には一片の曇りもなく、影もなく霧も出ない人生はかなりつまらなそうだ。

 

いずれにしても、そういう才能に恵まれなかったぼくも、しゃーないから少しは努力しようという気になる。

 

そしてたまにネコとのコミュニケーションに成功したりすると、得も言われぬ幸福感・充実感に包まれるのである。

 


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京都探訪記2017⑥:新選組ゆかりの壬生寺は、ゆりかごから墓場までの下町京都のおへそ

●新撰組と壬生寺

 

 壬生寺と言えば、京都に出てきたばかりの頃の新撰組の駐屯地として知られるお寺です。

 嵐山線・四条大宮の近くにあり、この界隈は京都の下町風情が味わえる地域で、今にいたるまで、地域のコミュニティのおへそとして親しまれています。

 

 境内には資料館があり、その庭には凛々しき近藤勇局長の銅像。

 

 そしてもちろん、全国の新選組ファン巡礼の足跡も。

 最近はゲーム化もされているそうで、やたらアニメチックは美青年隊士が目立ちます。

 

●新選組血風録

 

僕が近藤勇と初めて出会ったのは、司馬遼太郎の「新選組血風録」の中でした。

「虎鉄」という名刀を手にし、それを手に勤王の志士をバッタバッタと斬るのだが、じつはこの虎鉄が真っ赤な偽物。

 

しかし、近藤さんはこの偽物の凡刀を、自分の信念(というか思い込み)で本物の名刀に変えてしまうという、すごいけど、ちょっと笑えるお話でした。

(その後、本物の虎鉄を手に入れるのだけど、「こんな刀はなまくらだ」と言って使わない・・・というオチがついていた)

 

司馬遼太郎氏はなぜか近藤勇を、思い込みは強いけど、ちょっとおつむのキレが悪い、昔のガキ大将みたいなキャラとして描いて、頭がキレまくる策士の土方歳三と対比していました。

 

土方主役の名作「燃えよ剣」はまさしくその司馬流新撰組の真骨頂。

おかげで長らく近藤さんのイメージはダウンしたままだったけど、2004年の大がドラマ「新選組!」で三谷幸喜の脚本と、香取慎吾の演技がそれを払拭したかなという感じ。

 

●昭和歌謡「あゝ新選組」

 

その他、かつて三橋美智也が歌った「あゝ新選組」という歌の歌碑があります。

単に歌詞が書いてあるだけでなく、スイッチを押すと、いかにも昭和歌謡という歌がフルコーラスで再生。

5分近い長尺ですが、ついつい聞き惚れてしまいます。

 

●インドの仏像、壬生狂言

 

資料館の中には、その和装の近藤さんと洋装の土方さんの、あの有名なポートレートが堂々鎮座。

お寺の記録には、新撰組が境内で教練などを行って、迷惑だなどと書かれていたそうですが、それが150年以上の歳月を経て、お寺の繁栄に貢献しているのだから面白いものです。

 

しかし実はこの壬生寺、新撰組だけのお寺ではありません。

古くから伝わるエキゾチックなインドの仏像や、江戸時代初期から根ざした庶民のエンターテインメント「壬生狂言」と、3本立てコンテンツで見どころ満載です。

 

壬生狂言は年に数度行われており、ホームページから日程を調べて予約すれば、観光客も楽しめるとのこと。

 

●保育園・養老院を経営

 

壬生寺の敷地には保育園があり、養老院が二つ建っています。

奥には墓地があり、まさしく「ゆりかごから墓場まで」人生丸抱えという感じ。

資料館の受付をしていたおばさんも子供の頃からお世話になっている、と言ってました。

 

地域に深く根付き、文化を育てるコミュニティ拠点として親しまれる壬生寺。

国宝や世界遺産の寺院もいいけど、こうして庶民と一緒に歴史を重ねる下町のお寺もLovelyです。

 


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カレー屋のペッパー君とAI党・ロボット大統領

 

 この間、麻布のインドカレー屋にいたペッパー君。

 しきりに「秋はセンチメンタルな季節で・・・」などとほざいていました。

 スキルアップしていないペッパー君は、しょせん単なるマスコット人形。

 それをいかに賢くするかは、オーナーの人間次第ですが、あんまり賢くないダメダメペッパーくんの方が愛されるのかも。

 

 その一方でAI・ロボット社会は確実に進行しています。

 経済・産業で十分役立てられ、社会的認知が進んだら政治でも。

 

 利権やらしがらみやら、人間の欲深さにまみれた政治の歴史を一掃。

 世界各国でAI党が設立され、正義を遂行するロボット大統領とその支持者から成る政権が次々と確立され、「民主的賢人政治」に移行していた。

 

 もし不祥事があったら、芸人やらアイドルやらが愛想を振りまいて「ごめんちゃい」と謝るか、涙を流すかして、しのぎます。

 

 ハリウッド映画などではそんな世界になったら、ヒーローが主導権を人間の手に取り戻そうと活躍するドラマが描かれると思いますが・・・現実にはどうか?

 

 今後は真面目にそんなことまで考えて、AI・ロボットと付き合う必要が出てくるでしょうね。

 


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「ばんめしできたよ」ができたよ

 

 新しいラジオドラマ脚本「ばんめしできたよ」ができました。

 主役のヒロコちゃん、お疲れ様。最初は男だったけど、途中で性転換しました。

 おかげでちょっと色っぽい話も盛り込めた。

 予定よりずいぶん延びてしまったけど、出来てしまうと何だか寂しい。

 コンペに出したので、とりあえず結果待ちします。

 

 あらすじはこんな感じです。

 

 「あなたは人生最後の食事に何を食べますか?」

 ホスピス「虹の彼方」に入居した余命わずかの人たちに、若き女性天才料理人と中年紳士の給仕人はそう問いかける。

 

 食事は人生で最も大きな喜びの一つ。ここでは最期にその喜びを味わってもらうために「最後の晩餐」を用意する。

 料理人ヒロコが入居者からそれぞれの人生の物語を聞いてメニューを考え、最後にふさわしい料理を作るのだ。

 そして給仕人のモリヤは、その料理に仕上げのスパイスをかけて提供する。

 

 「ただ食うために生きてきた」

 今回、「虹の彼方」に入居してきたのはフジムラという末期がんの患者。

 真面目に会社勤めをして定年を迎えた孤独な彼は、恋も夢も家族を持つことも諦め、ただ働いて生き長らえてきたことを後悔している。

何も欲せず、人を傷つけないようにしてきたのに、どうしてこんな病気になったのかと取り乱す。

 そしてまた、自分は食べたい物など何もないと、メニュー作りに協力しようとしない。

 

 そんなフジムラに対し、ヒロコはホスピスへの思いや将来の展望など、自分自身をさらけ出して奮闘。

 彼の恋の記憶を引っ張り出し、実は彼も料理人になる夢を持っていたことを思い出させ、やっとメニューを作り上げる。

 

 その日。食卓に並んだヒロコ渾身の作品。

 しかしそこでフジムラは、これを最後の晩餐にしたくない、なぜならヒロコに恋してしまったからだと、胸の内を打ち明ける。

 モリヤは土壇場で生への執着を持ってしまった彼を諭し、何とか食事をさせようとする。

 

 そこでヒロコは気づく。以前から心の片隅に抱いていた疑念が解け、確信に変わり、彼女はモリヤと対峙する。

 そしてこのホスピスの成り立ち、最後の晩餐の奥にある秘密、それを取り仕切る給仕人モリヤが本当は何者なのかを問いただす。

 


ぐゎぐゎタオルと世界共通言語

 「うわっ、ここでもチュパチュパやってる!」

 

 最近、スーパーでも電車の中でも、やたら指をしゃぶっている子供が目につきます。

 それもだいたいは親指。訊いてみたことはありませんが、おそらくいちばんしゃぶりがいがあるからでしょう。

 もちろん、何らかの理由があって子供の間で指しゃぶりが流行っているわけではありません。 なんというか普遍的な習癖です。

 

 うちの息子も一時期、これが大好きで、眠くなるとしゃぶり始めます。

 「うわっ、始まった」

 と思ったら、ものの1分もしないうちに寝息を立てはじめるのです。

 

 指しゃぶりの前は「ぐゎぐゎタオル」でした。

 お気に入りのクマの絵柄のバスタオルがあって、洗濯を重ねてかなりくたびれてきて物ですが、そのくたびれ具合が手でつかんで、しゃぶるのにちょうどよかったのでしょう。

 まだ喋れない1歳前後の頃、いつも「ぐゎぐゎ」とそのタオルを求めて端っこの方をしゃぶっていました。

 

 それでいつも不思議に思ったのが、そのタオルを指す「ぐゎぐゎ」という言葉。

 「ぐゎぐゎ」って何だろう?

 「くまクマ」って言ってるのかな?

 夫婦で考えてみましたが、謎は解明されませんでした。

 

 それが最近、妻が外国人から英語圏でも同じようなシチュエーションで[Gua Gua」という言葉を発すると聞いたのです。

 

 どうもこの「ぐゎぐゎ」いうのは食べ物につながる言葉で、世界中の子供が使うらしく、世界共通言語のようです。

 

 幼い頃は国や民族の区別なく、みんな共通の言葉を持っていたのでしょう。

 とくに食べるというのは生存の基本条件なので、それに関する伝達表現はいち早くマスターするのだと思います。

 

 というのはあくまで仮説ですが、けっこう信ぴょう性の高い話。

 幼い頃の息子の友達だった、日本とオランダのハーフの女の子は、話す相手と状況によって、日本語・英語・オランダ語を縦横無尽に使い分けていました。

 プリミティブな脳は、本当にすごいなと思った。

 

  いろんな国の人・いろんな人種の人と言葉が共有でき、対話できる。

 ――そんなオープンでプリミティブな脳の機能が、いつでも取りもどせるといいのになぁ。

 


京都探訪記2017③:京龍伝説

  祇園にある京都最古の禅寺・建仁寺の法堂天井画の「双龍」。

 すごい迫力だが、どちらもどことなく愛嬌のある顔をしています。

 京都の神社仏閣を訪ねると、やたらとあちこちに龍がいます。

 思わず「います」と言いたくなる存在感・実在感が京龍にはあります。

 

 このお寺ではほかに桃山時代に描かれた襖絵の雲龍もいます。

 そんな大昔の絵なのにずいぶんきれいだなと思ったら、この寺ができて800年の記念事業の一環で、京都文化協会とキヤノンの協力で、全部で50面ある襖絵を高精細デジタルで複製したということ。

 現代のテクノロジーの力で復活した京龍。まさしく日本のジュラシックパーク。

 

 嵐山にある天龍寺の法堂の天井にも「雲龍」がいます。

 こちらは撮影禁止でしたが、八方にらみの龍で、円に沿って堂内を一周すると、どこに行っても龍に睨まれている感じがします。

 けれども、これもまた睨まれて怖いというより、いつも見守ってくれているという安心感を感じます。

 

 この天井画の雲龍は、もともと明治時代の日本画家の筆によるもの。

 龍は水の守り神。

 海がない代りに豊かな水を湛えた琵琶湖が控えています。

 

 明治維新後、天皇は東京に移り住むことになり、いっしょに公家や大名も去って京都は都の地位を喪失。経済的にも大ダメージを被りました。

 お得意様をなくした町人たちは、自分たちの手で京都の街を再建し、生活の糧を得なくてはならなくなったのです。

 

 敢然と立ちあがった京の明治人たちは、脳も筋肉もフル回転。

 その再建事業の一つとして、永年夢見た琵琶湖の利用開発に着手。

 豊かな水を利用して運河を開いたり、水力発電を行うことに成功しました。

 明治時代に描かれた龍は、この明治の京都人たちの意気地と、琵琶湖疎水の象徴だったのかも知れません。

 

 二つの天井画は、天龍寺の「雲龍」が2000年に、建仁寺の「双龍」が2002年に、それぞれ著名な日本画家によって新しく描き直されました。

 明治の龍がどんな筆致だったのかは分からないけど、豪壮で勇ましく権威を感じさせる龍から、優しくし親しみやすい守り神のような龍に変わったのではないかと想像します。

 

 京都の水はやわらかくて、おいしい。

 だから21世紀の京龍は、Lovdelyなのかなぁ。

 


京都探訪記2017:外国人観光客の群れ、そしてKimono女の大増殖

 

 今回の京都旅行は22年ぶり。

 22年前に行ったときは、カミさんのお腹の中には息子がいました。

 時が経つの速いこと、速いこと。

 

 悠久の古都・京都もこの20年余りの間に大きな変貌を遂げていました。

 その最たる現象が、外国人観光客とキモノ女の大増殖。

 

●グローバリゼーションとITを体感できおすえ

 

 東京でもそうですが、近年やたら外国人が増えたなと思ったら、JapanRailPassという、外国人しか買えない全国のJR共通の切符があり、これを使うと東京・大阪間を新幹線で往復する程度の費用で、1週間日本中のJRが乗り放題。

 僕もかつてユーレイルパスという欧州一帯乗り放題の切符でヨーロッパ中を旅して回ったことがありますが、それと同じようなものです。これはお得!

 

 というわけでオールドジャパンの情緒・風情と、世界遺産の神社仏閣目白押しの京都は東京と並ぶ超人気観光地。

 

 そぞろ歩けば、中国語、韓国語、英語、ロシア語、フランス語、スペイン語、etc.・・・世界中いろんな言葉が四方八方から耳に入ってくるわ、自撮り棒にスマホやタブレットを括りつけてバシバシ写真を撮りまくるわで、21世紀のグローバリゼーションとIT化社会を改めて実感出来ます。

 

●お金かせぎながらお勉強できおすえ

 

 という状況なので、観光地で商売をしている京都のあきんどさんたちは、少なくとも商売に関する英語はペラペラ。

 

 錦市場の丹波の黒豆茶を売っている齢80になろうかというおばあちゃんも「ディスイズ・ブラックビーンズティー。20ピーシーズ・ティーバッグス・イン・1パケッジ。ドリンク・オーケー。プロイーズ・トライ」とか、じつになんとも、いわゆるナガシマさん英語で堂々と丹波の黒豆茶を試飲販売しています。

 

 ビジネス英語なんて、わざわざ月謝払って英会話スクールなんか行かなくても、ロンドンやNYCまで出かけなくても、京都の飲食店や土産物屋でバイトすれば、必要に駆られていくらでも喋れるようになりますよ。いっしょにお金も稼げて一石二鳥です。

 

 語学に限らず、これからはお金払って勉強するんじゃなくて、お金かせぎながら勉強する時代。そのほうが効率的だし、やらなきゃいかんからしっかり覚える。高い教育費払うのなんてバカらしいよね~。

 

●着物で歩きはったらどうでっしゃろな

 

 さてそんな中、うちのカミさんは今回、着物を着て京都を歩くというヴィジョンを持ってやってきました。

 観光ガイドブックなどを見ればわかると思うけど、ここのところ京都では「レンタルきもの屋」が大繁盛。

 

 昔から舞妓さんや花魁のコスプレをして写真を撮る、といったサービスはありましたが、そこから展開して今は、とても安いお値段でレンタル着物を着て街が散策できるのです。

 

 今回利用したお店の場合、インターネット予約割引もあって、1日¥1980で着物はもちろん、帯、足袋(使い捨て)、履物(女物はMとLの2種類サイズ。かなり履きつぶされているものもある)、さらに着付けサービス、お荷物預りサービスも付いていました。

 

 特に祇園・清水寺近辺は大激戦区らしく、いたるところにこのテの店が立ち並び、通りにはまるで真夏の花火大会の会場みたいハデハデの着物に身をまとった娘たちがウジャウジャしています。

 

 ちなみにこのレンタルきもの、基本的に安いポリエステルの生地でできています。

 ポリエステルなので発色が良く、見た目、ほとんどすべて浴衣に見える。

 そして、着終わった後はそのままガガガっと簡単に洗濯できるのが大きな特徴。

 お値段のことを考えれば、そうケチはつけられません。

 

 ただ、素材の性質上、モノはどうしても赤やらピンクや水色やらライトパープルやらの、若い子向きの明るくハデハデなものばかり。

 

 うちのカミさんは、幸いにもなんとか奥ゆかしい(?)柄を選び取ることができましたが、街を散策中の方の中には、結構なご年配の外国人レディが娘の浴衣みたいなのをまとって歩いています。

 ま、彼女らにとっては民族衣装を着ているような意識なので、とくに問題ないでしょうが。

 

 そんな光景を目の当たりにすると、京都では過当競争のこのビジネスも、ターゲットを、頭の中は10代・20代のエイジレス年配者にすれば儲かるのではないかな、と思いました。

 

●表も裏も京都のお味、楽しんでおくれやす

 

 日が暮れるころには、お店の中は脱ぎ散らかした着物でいっぱい。

 ゴミ箱は使い捨ての足袋でいっぱい。

 スタッフはほとんどがお客と同じお姉さんがただけど、1日終わった後の片づけは大変だろうね。

 情緒あふれる祇園の通り、清水の坂道。

 レンタルきものビジネスの舞台裏。

 ひと粒で二度も三度もおいしい秋の京都の旅。

 

 そうそう、日本語出来ない人、日本の文化がわからない外国の人も、舞妓さんにはおさわりしたらあかんどすえ。

 

 


靴みがき少年と有楽町で逢いましょう

 

 取材で有楽町の東京交通会館に出向いたら、何やら行列ができてます。

 覗いてみるとそこは靴みがきスポット。

 僕も似たようなのを被っているけど、キャスケット型帽子のレトロモダンないでたちの「もと靴みがき少年(?)」のおっさんたちが5~6人並んでキュッキュキュとお客の靴を磨いています。

 30分後、取材を終えてもう一度通ると列は倍の長さに。

 

  「おっちゃん、靴みがかせてよ」

 と、靴みがき少年が、たまたま声をかけたのが大会社の社長。

 

 その靴を磨く少年の一所懸命さに胸を打たれた社長、

 

 「小僧、わしの会社で働かんか」

 

 こうして靴を磨いたことをきっかけに少年は丁稚奉公から努力を重ねて、ついにトップに上り詰めた・・・

かつてはそんな物語がまことしやかに語られいました。

 

 どんな小さな仕事でも、まじめに丁寧に、一生懸命やっていれば、夢のようなチャンスと出会える・・・靴が汚れているから、という実用的な目的よりも、そうした古き良き時代(?)の郷愁というかロマンを感じてお客が集まってくるのでしょう。

 

 ましてや、魅惑の低音・フランク永井の歌う「有楽町で逢いましょう」の舞台ならなおさら。

 

 そんな夢とロマンの靴みがき物語に水を差すわけではありませんが、これはどうやらここに店を出している靴屋さんのレトロビジネスの仕掛けのようで1回1100円。

 

 そういえば生まれてこの方、靴磨きなんてやってもらったことがない。

 皆さんがどの程度の腕前かは分かりませんが、床屋で髭を剃ってもらうような感覚でやってもらうのもいいかもしれません。

 と思って列に並ぼうとしたところで気が付きました。

 

 「あ、おれ今日、スニーカーだ」

 残念ながら靴磨き体験はまた次の機会に。

 


eパン刑事、その愛と死とスマホ

 

 スマホを一生懸命いじくっている人を見ると、つい「何か良いニュースは入っていますか?」と訊きたくなる。

 さすがに街中で見ず知らずの人にいかなりそう問いかける度胸はないが、知り合いだと、しばしば実行している。

 

 「うれしい知らせは来ましたか?」

 「すてきな情報をゲットできましたか?」

 「心あたたまる良いニュースはありますか?」

 「幸せになる話は見つかりましたか?」

 「吉報はありましたか?」

 

 そんなふうに訊くと、みんな一様に戸惑ったような表情を見せて

 「いや何も・・・」

 「とくにこれといって・・・」

 「ぜんぜん」

 「ありません」

 「べつに・・」

 

 といった曖昧で、なんだか冴えない返事が返ってくる。

 一度も「はい」とか「うん」とか「来たけど秘密だよ。ウシシ・・」

 といった楽しいリアクションに出会ったことがない。

 

 良いニュースがないのなら、寸暇を惜しんでそんなに一生懸命見なくてもいいのに、と思うが、また次の瞬間には目を画面に戻して、再びいじくり出す人が大半である。

 これはかなり不可思議な現象だ。

 

 そう思っていろいろ考えてみると、これはもしかして喫煙に近い性癖なのではないかと思い至った。

 煙草の場合はつい口寂しくて、スマホの場合はつい手持無沙汰で、その行為で心のすき間を埋めようとする。そうするとストレスも軽減されるような気がする。

 要するに軽い中毒症状である。

 

 煙草を吸っている人に「おいしいですか?」と訊くと、やっぱりたいていは

 「いや、べつに、とくにこれといってうまくもないけど・・・」

 みたいなリアクションが返ってきて、

 「いや、そろそろやめようと思っているんだけどね」

 なんて心にもないことを言いだす。

 

 昔はちょっと違ってた。

 自分はタバコを愛している、という人は多かった。

 「おいしいですか?」と訊くと、

 「あたりめーだ。これが俺の生きがいだ!」ぐらいの啖呵を切るような人は、結構いたと思う。

 

 かく言う僕も啖呵は切らないまでも「うん、うまいよ!」ぐらい明快に応えたはずだ。

 

 僕がタバコを吸うようになったのは、周囲のいろいろな影響があるけど、大きな要因の一つとして松田優作のことがある。

 

 中学生の頃にテレビドラマ「太陽にほえろ!」で、松田優作演じる「Gパン刑事」が活躍していた。

 Gパン刑事は職務中に殉死するのだが、その最期が壮絶だった。

 彼は悪んの組織から一人の男を助け出すのだが、その男は恐怖のあまり錯乱状態になっていて、自分を助けてくれたGパン刑事を誤って撃ってしまうのである。それも何発も。

 

 Gパンン刑事は一瞬何が起こったのか、わけが分らないのだが、激痛のする自分の腹に手をやると、その手がべったりと血に染まっている。

 その自分の手を見た彼は

 「なんじゃ、こりゃあ!」と夜の闇の中で叫び、そのまま倒れ込んでしまう。

 そして仰向けになって、もう自分は死ぬのだということを悟る。

 

 どうして彼がここで、こんな形で死ななくてはならないのか?

 自分が救った人間になぜ裏切られ、なぜ撃たれるのか?

 1970年代前半の映画やドラマは、そうした人生の不条理を表現した作品、「人生に意味や目的なんてねーんだよ」とニヒルにうそぶくような作品が多く、当時の少年や若者はそこのところに心をわしづかみにされた。

 

 でも考えてみれば、人生も死も不条理に満ちているのは当たり前で、時代に関係なく、いつでもそうなのだ。

 

 それで話を戻すと、死を悟ったGパン刑事は震える手で懐中から煙草の箱を取り出す。

そして最後の力を振り絞って、タバコを1本取り出し、口にくわえ、火を点ける。

 やっとの思いで一服し、それで力尽きるのだ。

 

 死に瀕してまで吸いたいという、Gパン刑事のタバコへの偏愛が、僕がスモーカーになった大きな一因であることは間違いない。

 

 それから40年以上が経過し、この殉職シーンは、松田優作のキャリアの中でも名場面として数えられていると思うが、たぶん現代ではこういったシーンは観客に受けないし、優作のようなタバコが似合う俳優もいない。

 そもそもドラマとして成り立たないのではないかと思う。

 

 そこで僕の頭に浮かんだのは、eパン刑事の殉職である。

 暴漢に撃たれたeパン刑事は、自分の死を悟り、震える手を懐中に突っ込む。

 それで彼が取り出したのは愛用のスマホだ。

 彼は最後の力を振り絞ってスマホを見ようとする。

 そこで僕が声をかける。

 

 「何か良いニュースは入ってますか?」

 

 「いや、べつになにも・・・」

 

 その言葉を残して、eパン刑事は息絶える。

 

 現代の死の不条理。

 これはこれで感銘のある、味わい深いラストシーンではないかという気がする。

 (そんなことない?)

 


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人生の果てに辿りつきたい場所

 

 「自分の夢を話してほしい。いや、夢というより目標かな・・・人生の果てまで行って辿り着きたい自分の場所。」

 

 ラジオドラマを書いていて、こんなセリフを主人公の女が吐いた。

 最初は「自分の夢を話してほしい」だけだった。

 

 意味としてはそうなんだけど、どうも「夢」という言葉がぬるくて気持ち悪い。

 彼女は28歳の料理人で、人生の最期を迎えた男に最後の食事を作ろうとしている。

 それで彼に何が食べたいのか訊いているうちに話が展開し、自分の将来の話をする。

 

 彼女の出したい店は、自分の夢を語ってくれれば、一飯の恩義を施すという店だ。

 それでその夢の話。

 

 子どもなら良い。

 子どもには夢が似合う。

 でも、大人には似合わない。

 

 最近は大人も夢を語っていい――という風潮になっているが、自分も含めて、いいおっさん、おばさんに

「わたしの夢は・・・」

 なんて言われると、子供や若い連中に対するみたいに「そうか、がんばって!」とは素直に言えない。

 

 言い換えるなら、やっぱり「目標」なのではないか。

 けど、この言葉も何だかカッコよすぎるし、きっぱりし過ぎているし、四角四面なニュアンスがある。

 で、出てきたのが「辿り着きたい場所」。

 

 「辿り着く」という言葉には積極的なニュアンスと消極的なニュアンスが両方ある。

 夢を持って進むのだけど、半ばで崩れて、立ち直り、何とか目標を立てて進んでいくのだが、いろんな波風に遭遇して、寄り道したり、ちょっと休んだりしているうちに、いつの間にか潮に流され、漂流してしまった。

 それでも彼方に見え隠れする目標に向かって泳ぐなり、歩くなりしていく。

 

 世の中の大人って言うのは、だいたいそうなのでななのだろうか?

 完全に周囲に流されちゃったり、完全に目標を見失って漂流民になってしまっては困るけど、なんとか自分の場所に辿り着きたい・・・。

 

 人生の最期を迎えた男も、それだったら何か語れるのではないか。

 そう考えた。

 

 そう考えているうちに、ふと中島みゆきの「店の名はライフ」という曲を思い出した。

 

 ♪店の名はライフ おかみさんと娘 

  どんなに酔っても 辿り着ける

 

 中島みゆきがデビューして間もない頃、確か2枚目くらいのアルバムに入っていた。

 ドラマチックな人気曲と違って、ほぼ同じメロディー、同じリズムが淡々と繰り返され、彼女がかったるそうにズラズラと上記のような歌詞を歌っていく。

 

 劇的な世界とコントラストをなす日常的な世界――けれども、とてもタフな心とやさしさと希望を秘めた世界が広がっていた。

 

 なんとか自分が望んだところの少しでも近くに辿り着きたい。

 僕はそう思うし、人生の最期を迎えた男もそう思うだろう。

 28歳の料理人の女にはまだ夢という言葉が似合う。

 

 けれども彼女はこの話の最後に、思ってもみなかったところに「辿り着く」ことになっている。

 一応、そうなる設定:目標を立てて書いている。

 

 


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三度目の殺人:本当に大切なものを僕たちは見ようとしていない

●この物語はファンタジーであり、寓話である

 

 是枝監督はファンタジー作家、と言うと奇妙な感じがするかもしれない。

 いわゆるスピリチュアルともちょっと違う。

 でも僕たちが生きているこの世界には、普段、目の当たりにしている日常的な「見える化した世界」と、その向こう側にある「見えない世界」がある。

 

 サン・テグジュペリが星の王子様に言わせた「本当に大切なものは目に見えない」の「見えない」。

 

 もともとドキュメンタリー畑出身の人だが、現実の人間と社会の機構をつぶさに見つめるうち、そこを通り抜けて見えない世界に入り込めるようになったのだろう。

 

 この作品は同監督初のサスペンス映画というふれこみで、表面的には確かにその通り。

 だけど、なぜか僕は鑑賞後、8年前の「空気人形」という、ダッチワイフが現実の女の子になってしまうというストーリーの、寓話風な是枝作品と重なった。

 もちろんタッチは全然ちがうのだけど。

 

●弁護士・重盛と犯人・三隅

 

 福山雅治演じる重盛は、べったり「見える化世界」を代表するビジネスライクな弁護士。

 実際に弁護士と付き合ったことはないけど、きっと現実はこういう人が多いんだろうなと思う。

 加えていえば、世間で「デキる人」――いわゆるエリートだ。

 

 これまでいろいろな映画やドラマで弁護士は正義の味方的に描かれることが多かったが、本作の中では彼は、敵役の検察官と、仲を取り持つ裁判官と一緒に法廷という舞台で芝居を演じる役者だ。

 

 そしてそのお芝居の舞台裏で「今回はこのあたりで手を打っておきましょう、シャンシャン」という感じで被告人の生き死にが決められる。

 これもまた、きっと現実はこういうパターンが多いんだろうなと思う。

 

 それに対する役所広司演じる殺人犯の三隅。

 供述一つ一つで重盛を翻弄する。

 一見穏やかで、社会の底辺部近くで朴訥に生きる庶民。

 ではあるが、30年前にも一度、殺人事件を犯している前科者。

 彼は「見えない世界」を体現する人物だ。

 

●僕たちは重盛

 

 重盛のようなデキる人ではないけれど、僕たち見える化世界の住人は、彼の目線でこの三隅と対峙し、ドラマを体験する。

 

 するといかに自分がインチキな世界で生きているか、わかる。

 そして重盛同様、「本当に大切なもの」なんてどうでもいいと思っていることも分かる。

 

 僕たちは毎日忙しい。

 お金を稼ぐために仕事をしなきゃいけないし、家事だってしなきゃいけないし、ごはんもちゃんと食べたいじ、寝る時間だって必要だ。

 とにかくやらなきゃいけないことがいっぱいある。

 

 そんな中で、毎日を少しでも心穏やかに生きていくために――言い換えれば、何とかやり過ごすためには、真実がどうだとか、本当に大切なものだどうだとか、そんなことにいちいちかまっているのは面倒くさいのだ。

 

●神の目線と半神の少女

 

 もっと率直に言ってしまう。

 犯人・三隅は、神、あるいはそれに類する観念のメタファー(暗喩)だ。

 僕にはそう見えたし、きっと多くの観客がそう感じるだろう。

 (劇中、そう感じざるを得ないシーンがいくつもある)

 

 神、あるいはそれに類する存在だから真実を知っている。

 同時に、重盛や僕たちが、そんな真実なんてどうでもいい、と思って生きていることも知っている。

 すべてを見通す三隅の心を唯一動かすのは、広瀬すず演じる少女だ。

 彼女は神と人間の間に立つ半神のような存在に見える。

 

 彼女は足に障害を負っている。

 生まれつきの障害らしいが、なぜか彼女自身は、子供の頃、屋根から飛び降りてケガをしたから・・・と弁明する。

 何らかの社会的抑圧を受けて、そう弁明せざるを得ない・・・とも見て取れる。

 

 なぜ是枝監督は、足が悪い少女という設定にしたのだろう?

 彼女が「嘘つき」なのかどうかを考えさせるギミックなのか?

 それもあるが、彼女に半神としての役割を負わせるための、何かもっと深い意味を込めているようにも思える。

 

●いい話ですねぇ

 

 終盤、是枝作品には珍しく、カタルシスが来るのか、と予感する一瞬があった。

 でもやっぱり来なかった。

 いつも通り、カタルシスもハッピーエンドもない。

 観終わったあとに胸に留まるのは、いったい何だったんだろう?というわだかまり。

 この監督はけっして観客に明快な答を差し出そうとしない。

 

 でも重盛との最後の接見で三隅が呟く「いい話ですねぇ」というセリフがたまらなく良かった。

 あの一言を聞くだけでも、何度も繰り返しこの映画を観る価値がある。

 僕も重盛と同じく、「いい話」を信じたい凡人なのだ。

 たとえその「いい話」が真実ではなかったとしても。

 

 福山雅治も、役所広司も、広瀬すずも、素晴らしい俳優だ。

 


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八王子・冨士森公園のスローバラード駐車場で、ポップミュージックをこよなく愛した僕たちの時代の妄想力について考える

 

八王子緑化フェアのメイン会場である富士森公園の駐車場は、ある一部の人たちにとってスペシャルな駐車場である。

 

 ある一部の人たちというのは、僕を含むRCサクセション、あるいは忌野清志郎の音楽が好きな人たちだ。

 この駐車場は彼らの名曲「スローバラード」の舞台なのである。

 

 ♪昨日はクルマの中で寝た

  あの娘と手をつないで

  市営グランドの駐車場・・・

 

 ここはもともと運動公園で、陸上競技のグランドになっていた。

 おそらく清志郎がこの歌を作った若かりし頃は、こんなにきちんと整備・舗装されていない、土の駐車場だったのだと思う。

 

 そんなイメージを抱きながら、僕は仕事の合間にこの入口に立ち、頭の中にスローバラードの切ないメロディを響かせてみた。

 

 すると一瞬のち、この場所はもう何の変哲もないただの駐車場ではあり得ず、光り輝くロックの聖地に変貌を遂げたのだ。

 

 おそらく僕だけでなく、60~70年代のロック・ポップミュージックに浸っていた輩は、こうした想像力が旺盛だ。

 

 当時はインターネットはおろか、まだミュージックビデオさえもなかった。

 

 僕たちが得られる音楽周辺の情報は、一部の音楽雑誌に載る記事と、ごく限られた写真、ラジオ、ごくたまにテレビ、そしてレコードジャケットのアートワークとライナーノーツだけだった。

 

 現代と比べればごくわずかなそれらの情報をタネに、僕たちは想像力を駆使して、その音楽の中から迸る感情を受け止め、現出する世界に没頭し、ひとりひとりが自分の感性によりぴったりくるよう頭の中でアレンジを施し、「自分の歌・自分の音楽」に育てあげていた。

 

 こうなると想像というよりは妄想に近い。

 

 より情報の少ない海外のミュージシャンのもの、さらにより前衛的なプログレバンドの音楽世界などは、そうした妄想力をますますパワフルにかき立て、際限なくストーリーを膨らませることができた。

 

 だから情報過多な現代とは、まったく聴き方の作法が違っていたのだ。

 

 それは単にミュージシャンから提供してもらった音楽を聴くというより、脳内で彼らの歌や演奏とともに、めくるめくイメージの世界を築き上げる「共同作業」をしていたと言える。

 

 もちろん、はなはだしい勘違いもあっただだろう。

 でも僕たちはそこまで楽しませ、刺激し、生き方の指針を示してくれるミュージシャンたちを心からリスペクトしていた。

 

 そうした情報レスな妄想リスニングの時代は、ミュージシャンとリスナーのとても幸福な関係が結ばれていたのではないかと思う。

 

 ♪ぼくら夢を見たのさ

  とってもよく似た夢を

 

 そう歌った清志郎も、もうこの世にいない伝説の人になってしまっている。

 八王子緑化フェアで賑わう、10月の日曜日の富士森公園の、ただ車を停めておくだけの空間でその歌声が胸にしみこんだ。

 


●手づくり消臭剤と匂いなき世界の探究

 

カミさんの手作りクラフトシリーズ第2弾。

 と言っても今回のは自分で作ったわけじゃなくて、友だちからもらったらしい。

 ガラス瓶に余った保冷剤の中身を詰めて、ビーズをパラパラっと入れて布切れなんかで口を閉じれば、消臭剤の一丁上がり。 インテリアとしても活用できます。

 

 と、作り方を聞きながらメシを食っていたら、なぜか話が嗅覚のテーマに。

 臭いにおいがなくなるのはいいけど、果たしてにおいのない世界とはどういう世界か?

 目が見えない、耳が聞こえないというのは、なんとなくイメージできるし、実際、その気になれば、真っ暗闇体験、無音状態体験もできるようだが、嗅覚がまったく働かない、においが嗅げないというのは、イメージできない。

 そうした疑似体験も聞いたことがありません。

 

 鼻をつまんでいたって、完全にシャットアウトするのは無理だし、人間もある程度、皮膚呼吸しているので、肌からにおいが伝わってきたりもする。

 

 ちゃんとした研究書を読んだわけではないが、どうやらにおいがないと、世界はひどくのっぺりとた、味気ない平面的なものに感じられるらしい。

 リアルな世界でも臨場感がなくなって、画面の世界に入ってしまった感じになるということだろうか。

 

 視覚や聴覚の場合は失うと、それをカバーするために他の感覚が発達するが、嗅覚を失くした場合は、他の感覚でカバーすることは可能なのだろうか?

 

 鏡や写真で自分の顔を見るように、あるいは録音した自分の声を聞くように、客観的に自分のにおいを知る方法はあるのだろうか?

 

 そういえば、自分のオナラは臭くない。

 いや、臭いのだけど、くんくん嗅いで楽しめるし、なんだか安心してしまいます。

 

 人間もじつは脳を社会モードから個人モードにシフトさてれば、イヌなど、他の動物以上に鋭く、繊細な嗅覚を発揮することが可能なのかも知れません。

 


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ロボットが社会に出てくるからこそ、人間の在り方について考えられる

 

 先月の「エンディング産業展2017」では、ロボット導師(お経を唱えるお坊さんPepperくん)がセンセーションを巻き起こしました。

 

 じつはここ数日、その提案を行なった企業とやりとりしていたのですが、聞くところによると、反響・問い合わせがものすごく、その大半はかなりネガティブなものだったようです。

 「死者を冒涜している」とかね。

 

 目立つし、エンターテイメンタブルなのでメディアにとっては格好の素材。

 面白おかしく、なおかつ、「これからの葬式はどうなっちゃうんだ~」みたいな煽るような報道をするので、ひどい誤解を受けた、とその企業の人は語っていました。

 

 ゆるキャラ的な領分でならいいけど、やはり人々はロボットが社会に入ってくるのを快くは思っていないようです。

 それが葬儀のような、心に深く関わる領域、人間の尊厳に触れる領域に顕れたので、そういう感情が露呈されたのだと思います。

 

 僕も以前、そのうち、美男美女の看護士アンドロイドとか登場するのでは・・・と書いたことがあったけど、医療・介護・葬祭などの分野では割とロボットが活躍するシーンが多くなるのでは、と考えています。

 

 なんというか、人間よりもロボットに面倒見てもらったほうが気がラクだ~、癒される~という人も結構多いのではないかな。

 お葬式もロボットにやってもらいたいという人だって割といるかも。

 亡くなる本人はそれでよくても、遺族が許さないだろうけど。

 

 人間の心、尊厳に触れる領域で、ロボットやAIを使うのには相当抵抗があるというのが現在の社会通念だけど、坊さんや牧師さんがロボ化するかどうかはともかく、これからIT技術が入り込んでいくことは必至。

 

 だからこそ「人間の尊厳とは何か?」という議論が巻き起こる。

 それって、むしろ良いことだと思います。

 

 というか、これから先は「人間の在り方とは?」「人間にしかできにことって何だ?」を考え、議論するのが、どんな職域でも人間のメインの仕事になるのではないか・・・そんなふうに思えるのです。

 


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ヤモリは家守。かわいく、さりげなく守り神

 夜、ぺたっとガラス窓や壁に貼りついているヤモリ。

 年に1~2回はヤモリに遭遇します。

 僕がこれまで住んできた家にはたいていヤモリもいるのです。

 

 ぎょっとする人、はっきり言って気持ち悪いと感じる人は、少なくないと思いますが、僕はけっこう親近感を持っていて、かわいいと感じています。

 

 ヤモリは「家守」。縁起のいい生き物。

 という刷り込みがあるせいかもしれません。

 

 実際、シロアリやカ・ハエなどの害虫を食べてくれるので、そう悪いやつではありません。

 

 それによく見ると、本当に愛嬌のある顔をしていて、

他の爬虫類に見られる「冷血さ」を感じない。

 

 かわいく、さりげなく守り神。

 

 ヤモリがキャラクターとして登場する物語はたぶんあまりないと思うので、いずれ書きたいと思っています。

 


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オノ・ヨーコさん「NHKファミリー・ヒストリー」とジョン・レノン「Imagin」の秘密

●レノン=オノの衝撃度

 

 前回(22日)日の続き。

 あの番組で僕がちょっと驚いたのは、最後に「Imagine」がジョン・レノンのソロ作でなく、オノ・ヨーコさんとの共作であったことをアメリカの音楽出版社協会が公認した――ということをNHKが電波に乗せて堂々と言ってしまった、ということ。

 

 「それがどうした?」という声が聞こえてきそうだけど、ビートルズを愛し、よく知っている人達にとっては、これってけっこう大事件ではないだろうか?

 

 ビートルズ解散後のジョンの音楽活動は、「Imagine」という超名曲をで持っていたところがある。

 

 想像してごらん。「Imagine」を歌うことのなかったジョン・レノンを。

 

 ウィングスを作ってガンガンヒットを飛ばしていたポールや、ビートルズ終盤からがぜん注目を集めるようになったジョージに比べて、相当見劣りしていたはずだ。

 

 実際、低迷したり沈黙していた時代が長く続き、作品の量も少ないし、全体的に質もイマイチだ。

 それでもジョンが偉大でいられたのは、20世紀を代表する歌の一つ、と言っても過言でない「Imagin」を作ったからだ。

 

 でもそれが、オノ・ヨーコとの共作だったと言われたら、昔ながらのビートルズファンはかなり複雑な気持ちになるのではないかな。

、彼らはオノ・ヨーコをあまり好きでないから。

 

 かの有名なフレーズ「想像してごらん」は、以前にヨーコさんが自費出版で出した詩集に載っていたものである。

 言ってみればパクリだけど、夫婦間ならそれも許されるというわけで、番組内でも彼女は「あれはジョンへのプレゼント」と語っていた。

 

●ポールの申し出を断った話

 

 余談になるけど、今世紀になってから、ポールがヨーコのところにビートルズ時代のレノン=マッカートニー名義の曲のいくつかを、自分一人の名義に変えてほしい。もちろん、ジョンが一人で作った曲はジョンの名義にして・・・と言ってきたことがあったらしい。

 

 前回も書いたけど、ジョンとポールが作った楽曲は、表向きはすべてレノン=マッカトニー作品、すなわち共作ということになっている。

 ビートルズのスタート時、若き二人の天才は本当に一体化して音楽づくりに熱中していたので、そういう取り決めをしたわけだ。

 

 事実、どっちが歌詞と曲のベースを作って、二人でアイデアを出し合い、アレンジしてその作品を膨らませ、磨き上げるという形で共同作業をしていたらしい。

 

 でも、特に中期以降はほとんどそれぞれ別々に作ることが増え、もはや共作とは言えなくなっており、基本的にジョンのヴォーカル曲はジョン作品、ポールのヴォーカル曲はポール作品ということになっている。

 

 けれども、そのポールの申し出をヨーコははねつけ、認めなかった。

 もちろん、ジョン単独の曲もレノン=マッカトニーのままだ。

 

 最後にポールは「じゃあ、せめて『イエスタデイ』だけでいいから、僕の単独曲ということにしてくれないか」と折れたのだが、それにも彼女は肯かなかった。

 

 1966年の日本公演でも、この曲の時は他の3人は引っ込み、ポールが一人でギターで弾き語ったという、明らかにポール作品なのだが、それでもダメだというのである。

 

 僕も最初にその話を読んだ時は、どうしてそこまで頑ななのか、理解に苦しんだ。

 そこまでして著作権に固執するのか、財産なんか十分すぎるほどあるだろうに・・・と。

 

 でも違うのだ。

 権利とかカネの問題ではなく、彼女の中には彼女なりの仁義があり、いくら頼まれてもそれは曲げられないのだと思う。

 

 おそらくジョンが生きていれば、ポールの申し出に「OK」と言った可能性は高い。

 が、いかんせん、この世にいない以上、彼の気持ちはもう聞けない。

 いくら相続人とは言え、本人から気持ち・意見を聞けなければ、そのままにするしかない・・・というのが彼女の見解なのだろう。

 

●昔ながらのビートルズファン

 

 さて、ここでいう「昔ながらのビートルズファン」というのは、リアルタイムでビートルズを体験した人たち――僕より10~15歳くらい上の、ベビーブーマー世代、日本で言えば団塊の世代を中心にした人たちだ。

 

 このカテゴリーの人たちの中で、ヨーコさんに好意的な人は、少なくとも僕が直接知っている中にも、メディアを通して情報を発信する評論家・専門家・ラジオDJなどの中にも、ひとりもいなかった。

 

 彼らはヨーコさんを「ビートルズを崩壊させた魔女」といって憎むか、でなければ、その存在を無視し続けた。

 「あの人はミュージシャンでもアーティストでもない、たんなるイベント屋さんですよ」という人もいた。

 

 ジョンの死後も彼女の評判は相変わらず芳しくなく、権利金の問題にいろいろうるさいとか、前妻シンシアさんとの息子であるジュリアンに、つい最近までジョンの遺産を分配しようとしなかったことなどもバッシングの対象にされた。

 

 お金の問題が多いのは、人々の中に「なんであれだけカネがあるのに・・・どこまで強欲な女なんだ」といった、口には出しては言えない嫉みがあるからだと思う。

 

●憎まれる条件

 

 番組を見て思ったのは、このオノ・ヨーコさんは、人から憎まれたり、嫉まれたり、疎んじられる条件の揃った人だったんだなぁということ。

 

条件①:日本人(アジア人=有色人種)である

 1960年代の欧米社会では、まだまだカラードに対する差別意識が強かった。

 当の日本人の方も、お洒落でハイソな欧米ライフスタイルをめざしてがんばっていた時代だったので、欧米に対するコンプレックスが強かった。

 

条件②:女である

 女性蔑視もまだ強く、女はかなり見下されていた。

 才能がある上にでしゃばってくるような女は、男たちの嫉妬と陰湿ないじめを受けることが多かった。

 

条件③:主張する自己がある

 ①②でも、従順で可愛ければ許されたが、彼女は欧米人以上に積極的に自己表現し、社会 に相対していた。「東洋の神秘」でなく「ただ不気味」で、魔女呼ばわりもされた。

 

条件④:お金持ちのお嬢様である

 これにはむしろ同じ日本人のほうが反感を持った。みんな貧乏で「ブルジョア憎し」みた いな気分が蔓延していた。

 「めざせ憧れの欧米ライフスタイル」の人々を尻目に、生まれた時からお屋敷で欧米ライフスタイルを送っていた彼女が妬まれないはずがなく、「金持ちが道楽で芸術ごっこをやっているだけじゃん」と捉えられた。

 

 1960年代はやたらもてはやされることが多いけど、現代ではあからさまな差別と思われることが、欧米・日本、どちらの社会でも、まだまかり通っていたのである。

 いわばヨーコさんは当時の社会にあって、完全に異分子だった。

 

●女に弱いジョン・レノン

 

 じつはジョン自身は生前、「Imagine」がヨーコの影響が強く、共作のようなものだ・・・と発言している。

 けれどもマスコミはじめ、周囲がその発言を無視した・・・とは言わないまでも、あまり重要なことと捉えていなかったような気がする。

 でないと、われらがスーパースターであり、ワーキングクラスヒーローであるジョン・レノンの輝きが薄れる。

 そんな社会的心理が働いていた。

 

 つまり、バッシングや無視することで、彼女の存在を否定してきた人たちにとって、あの神がかり的名曲が、ジョン・レノン作でなく、レノン=オノ作として認められてしまったら、それまでの批判がただの悪口だったということになってしまい、かなり都合が悪いのだ。

 

 ソロになり、バンドのボスの座を失って、ひとりぼっちのガキ大将みたいになってしまったジョンには心の拠り所が必要だった。

 そういう意味では、パートナーであるオノ・ヨーコはプロデューサーでもあり、ソロのジョン・レノンは彼女の作品だった、と言えるかも知れない。

 

 いずれにしても彼のヨーコさんに対する精神的依存度はかなり大きかったと推察する。

 若い頃は社会に反逆し、挑戦的な態度を取り続けてきたジョンは、そういう女性に弱いところのある男だった。

 

 そのことは前妻のシンシアさんも著書「わたしが愛したジョン・レノン」の中でも指摘している。

 幼少の頃、母親がそばにいなかったために、厳しい叔母の世話を受けることが多かった彼は、自己のしっかりした強い女に惹かれる傾向があったのではないか・・・と述べている。

 

 なんだかオノ・ヨーコを一生懸命弁護して、ジョン・レノンを貶めるような文章になってしまったけれど、僕は相変わらずジョンのファンである。

 

 今回のテレビ番組を見て、いろいろ考えてみたら、ますますジョンのことが好きになってしまった。

 彼をヒーローだの、愛の使者だのと褒め讃え、信奉する人は多いけど、僕はその根底のところにある、彼の弱さ・情けなさ、さらにズルさ、あざとさなどの人間的なところが大好きだ。

 そして、そこから20世紀の大衆精神やマスメディアの功罪も見て取れる、彼はそんな稀有なスターなのだ。

 

●これも終活?

 

 というわけで今回、「Imagine」が発表後47年目に、レノン=オノ作として広く認められることになったのは、とてもめでたいと思います。

 

 でも、これってアメリカの音楽出版協会のいい人ぶりっこかもしれない。

 ヨーコさんももうご高齢だし、病気を患ったという話も聞くので、最期に花を持たせてやろうか・・・・ということで認めたのではないだろうか?

 

 想像してごらん。彼女が終生認められずに他界してしまったら・・・。

 

 長らく彼女を攻撃してきた人々が、彼女の最期を想像し、良心の呵責に耐えられなくなったということなのかもしれない。

 

 本当に人生、長く生きていると何が起こるかわからない。

 ヨーコさんもこのことは全然期待していなかっただろうし、彼女自身が働きかけたことではないけれど、これも一種の終活なのかな、と感じます。


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オノ・ヨーコさん「NHKファミリー・ヒストリー」とYesの3文字の秘密

 

●ジョンとヨーコの出会い

 

  昨日、未来食堂の「Yes」=相手を、自分を肯定し、受け入れる理念について書いたら、ジョン・レノンとオノ・ヨーコも「Yes」という言葉で出会ったことを思い出した。

 

 60年代半ば、ロンドンで開かれていたヨーコの個展にジョンがふらりと立ち寄る。

 自分ではしごを昇って行くと、天井に小さな文字が何か書いてある。

 そこに備え付けられていた虫眼鏡で見ると、その文字は「Yes」。

 

 このエピソードはよく知られているけど、どうしてそれでジョンがヨーコに強烈に引き付けられたのか、その3文字が、この時のジョン・レノンにどれだけ強烈に響いたのか、あまり語られることがないようだ。

 

●前妻の著書「わたしが愛したジョン・レノン」から推察するジョンの危機

 

 それについて考えるヒントは、皮肉にもジョンの前妻のシンシアさんが10年ほど前に出版した手記「John(邦題;わたしが愛したジョン・レノン)」に書かれている。

 

 60年代半ばはビートルズの絶頂期。

 アイドル時代を超えて、斬新な作品を次々と生み出し、ポップミュージックの概念を塗り替えていった時期だ。

 

 けれどもジョンは行き詰っていた。

 ビートルズは紛れもなくジョンのバンドであり、彼の才能が全開した初期のけん引力は凄まじかった。

 

 しかし、だからこそ彼はひしひしと感じ出していた。

 ポール。マッカートニーの脅威。

 

 ビートルズを作った時から彼はポールの才能をすごいと認め、自分と組めば素晴らしいことが起こると信じていた。

 そして、それは見事に実現した。

 

 けれども同時に怖れてもいた。

 いつかポールにビートルズの主役の座・ボスの座を奪われるのではないか、と。

 

 他の誰もそんなことは気づかなかったかも知れないが、唯一、ジョン自身だけはわかっていた。

 その時がすぐそこまで来ているということを。

 

 シンシアさんの本によれば、67年頃から次第にジョンは曲作りにおいてドラッグの助けを借りることが増えていたという。

 事実、この年の夏に出した「サージェント・ペパーズ」あたりから、徐々にビートルズの楽曲は、ジョンの作品よりもポールの作品の方が質・量ともに勝っていく。

 早熟の天才で、ずっと先を走っていたジョンを、追ってきたポールがとうとう捕らえたのである。

 

 (最初の取り決めで、ジョンとポールが作った楽曲は、表向きはすべてレノン=マッカトニー作品、すなわち共作ということになっているが、ごく初期の頃はともかく、中期以降はそれぞれ別々に作っていた)

 

●オノ・ヨーコの哲学・芸術の結晶

 

 あれだけ成功していたのに信じられないことだが、ジョンは非常に繊細な人なので、当時、自分の音楽家としての未来に非常な不安を抱えていたのではないか。

 

 ドラッグは当時、ロックミュージシャンの常識みたいなところがあって、みんなやっていたかも知れないけど、ジョンの場合、そのままだと溺れてしまうほど、急激にのめり込みつつあった。

 自分もいっしょにドラッグを勧められ、シンシアさんはかなり心配していたようだ。

 

 ちなみに彼女は、ジョンとの青春とビートルズ黄金時代のこと、その後の離婚の悲劇、彼の死後も続いたヨーコとの確執を綴ったこの本が。まるで遺書だったかのように、出版の数年後にガンで亡くなっている。

 

 話を戻して、

 そんなやばい状況で出会った、ヨーコの提示する「Yes」の3文字は、いえわるスピリチュアル系でよく出てくる「宇宙の引き寄せ」みたいなものだったのかも知れない。

 この「Yes」をどう解釈したのか分からないが、ジョンにとって、生まれ変るほどの響きがあったのに違いない。

 オノ・ヨーコの哲学と芸術は「ビートルズのジョン・レノン」を木っ端みじんにしてしまったのだ。

 

●オノ・ヨーコさんの「ファミリー・ヒストリー」

 

 ・・・というふうに考えたのは、録画してあったNHKのオノ・ヨーコさんの「ファミリー・ヒストリー」を見たからです。

 

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/1396/1804134/

 

オノ・ヨーコさん84歳。1969年にビートルズのジョン・レノンと結婚、数々の共作を残している。前衛芸術家、平和活動家としても活躍してきた。ヨーコさんは、息子ショーン・レノンさんに自らのルーツを伝えたいと、出演を決めた。祖父は日本興業銀行総裁、父は東京銀行の常務取締役を務めた。また、母は安田財閥・安田善次郎の孫にあたる。激動の時代を生き抜いた家族の歳月に迫る。収録はニューヨーク、73分特別編。

 

 ヨーコさんは息子のショーンさんが自分の家族のことを知ってもらえれば・・・ということでこの番組を承諾したと言います。

 

 

●家族の歴史から生まれた、半世紀進んでいた前衛芸術

 

 番組では幕末からのヨーコさんの家族の歴史が綴られており、とても興味深く観ました。

 それは日本が近代的文明国家になっていく歩みとシンクロしていました。

 いわば彼女の家系は、日本が世界と渡り合う歴史の最先端にいたのです。

 

 そしてまた、そんな歴史のもとに生まれ育ったから、ヨーコさんのあの前衛芸術が生まれたのだろうなぁとも感じました。

 

 彼女が表現する芸術、その奥にある哲学は進み過ぎていて、半世紀前は、日本の大衆も英米の大衆もついてこれなかった。

 

 現代なら多くの人が普通に受け入れられるだろうと思うけど、1960年代にはまだ、風変わりでエキセントリックな有色人種の女が、奇妙奇天烈な、これ見よがしのパフォーマンスとしか受け取られなかったのだ、と思います。

 

 「Yes」と言い続ける彼女に対して、大半の人が「NO」と言った。

 

 そんな時、自己喪失の苦境に喘いでいたジョン・レノンだけが、彼女の訴えるささやかな「Yes」をまともに受け止めることができた。

 

 ジョンがいなくても彼女の思想は変わらなかったかも知れないが、やはり彼と結びついたことで広く彼女の考え方が世界に知られるようになったのは確かです。

 ただし、それは誤解に満ち、彼女はその後の人生全般にわたって大きな代償を払うことになりますが・・・。

 

●なんで今、イマジンが・・・

 

 この番組は本当にいろいろなことを考えさせらました。

 

 どうしてヨーコさんがあれほど嫌われ、憎まれてきたのか。

 

 ジョンのソロになった後の代表曲「イマジン」が、ヨーコさんとの共作だったということを、どうして今ごろ(2017年6月)になって、アメリカの音楽出版社協会が公認したのか。

 

 かなりクリアに分かった気になりました。

 

 このあたりの話をやり出すと、どんどん長くなってしまうので、今日はこのへんで。

 この続きはまた明日。(書けるかな?)

 


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未来食堂から学ぶ、「Yes」から始まる未来

 

「未来食堂」の小林さんがまたテレビに出ていた。

 自分のブログをふり返ったら、この前、未来食堂のことを書いてからもう4ヵ月が経っている。 光陰矢の如し。

 

●未来のストーリー

 

 で、やっぱり話を聞いて、やっぱり感心してしまった。

 お店の理念がとにかく素晴らしい。

 ごはんを食べる場所は、誰もがそこ安心していられる場所。誰もに相応しい場所。

 

 AIやロボットが台頭して、それまで有能と言われ、自信にあふれていたビジネスマンが失職し、失意の中で食堂にめしを食いにやってくる。

 

 ある人は表に貼ってある「ただめし券」を使って、泣きながらガツガツ食べたりもする。

 

 そして、お腹が満たされたて、ふと店内の他のお客を見わたす。

 泣いているやる、笑っているやつ、怒っているやつ、まったりしているやつ、生まれてきたばかりのやつ、もうすぐあっちへ行っちゃいそうなつ・・・

 いろんなやつがいいて、そいつらみんな、たくさんの人間の未来に思いを馳せる。

 これからの人間には何が求められるのだろう?と。

 

 話を聞きながらなんだか、ふと、そんなストーリーとシーンが思い浮かんだ。

 

●しょうゆを使わないきんぴらの話

 

 今回、印象に残ったのは、お客さんの申し出を否定しない、ということ。

 

 一例として挙げたのは、「あつらえ」――この店ではその日の定食のほかに、冷蔵庫にある材料を見せて、お客がほしい一品料理を作ってくれる――に、「塩気のない金平」を作ってくれ、という人がいたという話。

 

 きんぴらには塩分のある醤油を使うので、通常、この注文はアウトだが、小林さんは醤油の代わりにお酢と砂糖を使って、なんとかきんぴらに近いものを作る、という。 (お酢を熱すると、しょうゆに近い風味が出せるらしい。今度実験してみよう)

 

●まず肯定し、受け入れて、考えて、工夫する

 

 お客を否定しないなんて、そんなの商売なら当たり前だろ、という意見もあるだろ、

 また、表向きはどんな会社もお店もそう言ってるだろう。

 

 でも、いざ実行しているところはどれだけあるだろう?

 小林さんのように考えて、こんな工夫をするだろうか?

 

 実際、ノーといった方が面倒はないし、カッコもつけやすい。

 自信があるように見える。

 

 ノー、うちはそんなものは作りません。

 ノー、それは僕の仕事じゃありません。

 

 もちろん、理不尽な要求にはノーと言わなくてはいけないけど、すぐに否定する前に少しは相手を受け入れられるか、考えてみていいのかも。

 

 イエス、やってみましょう。

 イエス、できるかもしれません。

 

 そして、人に対してだけじゃなく、自分に対しても。

 

 イエス、やったことないけど、やってみよう。

 イエス、自分のこういうところ、いいんじゃない?

 (そいういえば「Yes、We can!」とういうのがあったなぁ。懐かしい)

 

 人との関係も、自分の可能性らも、ます肯定して受け入れるところからしか始まらない。

 未来はイエスと言った時点からスタートする。

 もう一度、小さなところから「Yes、We can!」を実行したらどうだろう?

 

 そんなわけで未来食堂、

 4ヵ月前は「これから産休に入ります」とのことだったが、いつの間にか産休も終えて復帰していたようなので、しばらく神保町界隈に用はないけど、行ってみるか

 ・・・と思ってホームページを見たら、29日まで夏休みになっていた!

 

 う~ん、未来はまだ遠い。

 


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先祖ストーリー④:父方のじいちゃん:明治・大正のフーテンの寅平

 

 お盆にちなんで先祖の話。

 じいちゃん・ばあちゃんの話です。

 最終回は父方の祖父の巻。

 

●幻のようなじいちゃん像

 

 ちょうど僕が小学校に入学するときに亡くなったおじいちゃんは、ずいぶん僕を可愛がってくれた、と父や母から聞きましたが、あまり憶えていません。

 

 近所の公園に散歩に連れて行ってもらったこととか、縁側でひなたぼっこをしながらザクロやイチジクの樹を見ていたことなど、かすかな記憶はあるものの、それが現実のことだったのか夢のことだったのか、よくわからない程度です。

 

 そんな幻のような像しか残っていないのだけど、4人の祖父母の中で一番興味を覚えるのがこの人なのです。

 

●日本放浪の旅人

 

 彼の名前は寅平といって、明治24年(1890年)の寅年生まれ。

 名古屋にやってきたのは昭和になってから――40歳を過ぎた頃のようです。

 というのはその頃、祖母と結婚し、父をはじめ子供を8人もうけているからです。

 名古屋に来てからは会社勤めをしていたらしいのですが、それ以前はいったいどこで何の仕事をしながら、どう暮らしていたのかさっぱりわからない。

 

 生前の父や叔父の話でよく出たのは、日本のあちこちを放浪してらしいこと。

 けっこう女たらしで、どこかに異母兄弟がいるかもしれないということ。

 異母兄弟の話はちょっと眉唾ものですが、仕事を求めてなのか、そういう性癖があったのかは、それこそ「フーテンの寅さん」のようにあちこちの土地を渡り歩いていたというのは本当らしい。

 

 僕も高校卒で家を出て、海外暮らしをしていたりしたので「おまえは隔世遺伝でじいちゃんに似たのだ」とよく言われました。

 

●いずれ寅平像を創り上げる

 

 これは僕の勝手な想像だけど、どこか丁稚奉公に出て、そこをクビになったか、逃げだしたかした後、露店とか見世物小屋みたいなところで糊口をしのいでいるうちに放浪生活が始まったのではないかと思います。

 

 どうせ事実がわからないのなら、いっそ明治・大正時代を舞台に、このじいちゃんを主人公にした物語を書いてみようかと思っています。

 そうすることで、自分にとっての祖父像を作り上げるのもアリではないかな、と思うのです。

 寅平じいちゃん、まだじいちゃんが亡くなった齢まではかなりあるのでがんばりmす。

 いずれまた会いましょう。

 

●家族メモリー

 

 というわけで、じいさん・ばあさんのことを回顧してきたけど、その子供たちもこの10年ほどの間にち次々と亡くなってしまって、父方の8人きょうだいのうち、存命しているのは叔父さんひとり、母方の8人きょうだいは、母を含め3人存命。

 

 僕が育てられ、幼い頃に暮らしていた世界は、もうほとんど跡形もなく消え去ろうとしています。

 世の中もあの昭和の時代とはまったく違った世界に変りつつあります。

 

 だから自分の記憶の中にしか残っている人たちを大事にしていきたいと思っています。

 


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先祖ストーリー③:父方のばあちゃん:狭い家の中の女同士のバトル

 

 お盆ということで先祖の話。

 じいちゃん・ばあちゃんの話です。

 その②は父方の祖母の巻。

 

●当時のわが家の住環境

 

 4人の祖父母の中でいちばん長く一緒に時間を過ごした人、また、いちばん長く生きていた人です。

 といっても亡くなったのは僕が中学2年の時で、かれこれ40年以上前。14年ほどの間、同じ家で暮らしていたことになります。

 

 実家は僕が小学6年生の夏に建て直しましたが、古い家は6畳が三つきり。玄関と台所は土間になっており、ちょっとした裏庭がついているというつくり。トイレは汲み取り式、お風呂は最初ありませんでしたが、のちに家の外にちょっとした小屋を作って取り付けた、という具合でした。

 

 その大して広くもない家に祖父母はもちろん、複数の叔父や叔母が同居していたり、時々、父の仕事の関係の人なのか、よく関係性の分からない人たちも出入りし寝泊りし、多い時は10人くらいで暮らしていたと思います。

 

 そうした何やら混とんとした環境はかなり特殊なことなのだろうと思っていましたが、いろいろ話を聞くと、昭和40年代頃までは似たような家庭も少なくなかったようです。

 そういえば僕の従妹や友だちとか、6畳一間のアパートに5人も6人も一緒に雑魚寝している家庭はザラにありました。

 

 おおらかと言えば、おおらか。いい加減と言えば、いい加減。

 子供だったから気にしなかったけど、大人のプライバシーはいったいどうなっていたのか?

 

●母VS祖母・叔母の目に見えないバトル

 

 というわけで、うるさいガキはいるわ、小姑はいるわ、年寄りはいるわで、うちの母親はしじゅうイライラしていたような記憶があります。

 

 あんまりおばあちゃんとの相性も良くなくて、あからさまにぶつかることはなかったけど、いろいろお互いに牽制し合っていた。

 

 おばあちゃんは一応、母を立てて引くのですが、やはり不満を抱えていたようで、時々、ぶつくさこぼしていました。

 

 僕にはやさしくて、よくお菓子とかお土産とか買ってくれたのだけど、母はそれが気に入らなかった。

 こっちからも愚痴・陰口が聞こえてきます。

 

 ついでに言っちゃうと、おばあちゃんの買ってくれるお菓子とかお土産は、どうも口に合わないものが多かった。

 そのへんの味覚の違い・好みの違いが、明治生まれの人と昭和生まれの小僧とのギャップになっていた。

 だからごちそうになったありがたみがイマイチ薄いんだよね。

 こんな自分勝手なことを言ってごめんなさい・・・と今は思うけど。

 

 また、しばらくの間、一緒に住んでいた叔母がいて、この人も僕を喫茶店に連れて行ってごちそうしてくれたり、よくお菓子をくれたりしていました。

 ちなみにこちらは若くてハイカラなので、感覚が合い、いつも好きなものを提供してくれ、強烈な印象がある。

 

 なので、母はこの二人が息子をスポイルしていると思っていて(実際、それは当たっていましたが)、神経質になっていました。

 でもその一方で、手のかかる、うるさいガキの面倒を見てくれて助かる・・・という側面もあったのですが。

 

 今にして思えば、僕という小僧をめぐって狭い家の中で、目に見えない女のバトルが繰り広げられていたわけです。

 

 僕としては双方の悪口を聞くのは気持ちよくなかっけど、それを我慢すればいろいろ報酬が入るという、子どもならではの打算があって、おばあちゃんや叔母さんの施しを素直に受け入れていました。

 

 だから思い返すと、このおばあちゃんに対する感情はけっこう複雑で、好きな部分と嫌いな部分がまぜこぜです。

 

●居場所を失くしたおばあちゃん

 

 新しい家になってからは、叔父や叔母たちはめいめい別に住むことになり、一緒に住むのは僕たちの親子とおばあちゃんだけになりました。

 

 おばあちゃんには仏壇のある広々とした六畳間が当てがわれ、母もそんなにイライラすることが減り、双方のストレスも解消されたのだろうと思います。

 けれどもこの頃から急速に祖母の影は薄くなっていきました。

 それから2年程のちに亡くなったのですが、その2年程の彼女の記憶がほとんど残っていない。

 

 年寄りは長年暮らしていた環境から新しい環境に移ると、たとえそれがどんなに快適な場だとしても居場所を失ったような感覚を持つ・・・と言われます。

 また、この世を去る時期を脳(潜在意識)が事前察知すると、徐々に霊魂と肉体が分離し始める・・・とう説も。

 そんな現象が祖母にも起こっていたのかもしれません。

 

 でもごく単純に、その頃、僕はもう小学6年生になっており、自分の部屋ももらってそこで時間を過ごすようになっていたので、祖母への関心が薄れていたからでないかとも思います。

 

 それにしても、何だかここでもあまり良い孫ではなかった感が強いなぁ。

 こちらのおばあちゃんにも謝らなきゃいけないようです。

 

 to be continue・・・

 


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先祖ストーリー②:母方のばあちゃん:7人の娘たちとの結束

 

 お盆なので先祖の話を書いています。

 先祖と言っても、じいちゃん・ばあちゃんまでしか遡れないけど。

 その②は母方の祖母の巻。

 

●夫を失っても娘がいるから大丈夫?

 

 僕の母の証言を真に受けるなら、母方の祖父、つまり母の父はバクチ好きで、いい加減で、若くして死んでしまったので、その妻だった祖母はさぞや苦労した…とは思いますが、じつはそうでもなかったのかな、とも感じています。

 

 たしかにお金はなくて貧乏だったかも知れないけど、傍目で見るほど不幸で困窮しているというわけでもなかった。

 

 なぜなら彼女には7人の娘という強い味方がいた。つまり、僕の母やその姉妹――伯母・叔母たちです。

 おまけに末っ子には黒一点の可愛い息子もいた。

 この子供たちは明るく祖母を支えていたと思います。

 祖母の思い出は、その家まるごとセットの思い出です。

 

●お正月は女の園

 

 僕は幼い頃、毎年正月の2日・3日には必ず母と一緒に一泊二日で祖母の家に行っていました。

 祖母の家は名古屋市中村区の「中村公園」の近くにあったので、僕らは「中村のおばあちゃん」と呼んでいました。

 町中ではありましたが、当時はまだ畑もけっこうたくさんありました。

 

 その頃(昭和30年代後半~40年代前半)、すでに7人の娘のうち、5人は嫁に行っていましたが、必ず示し合わせて全員集合し、中村の家は女の園と化していました。

 

 当時、20代前半だった末っ子(僕の叔父さん)はそれを見越して、必ずスキー旅行に出かけており、僕の記憶の中ではほとんどいたことがありません。

 

 なので男と言えば、僕と従妹の二人のチビだけ。当然、そんなの男とみなされません。

 

 それで女衆は祖母を囲んで、ここぞとばかりのごちそう――すき焼き――をつつきながら、ガールズトークに花を咲かせるのです。

 

 何を話していたのかはもちろん憶えてないけど、その名古屋弁で奏でられるサウンドというか、音色だけは耳の奥にしっかり残っていて、思い起こすとそれが明るく温かく、力強い音楽のように響くのです。

 まさしく女系家族のパワーを感じます。

 

●祖母の家の思い出

 

 このすき焼きを食べるときのちゃぶ台が面白くて、真ん中の丸い板がスポンと抜けるようになっている、すると真ん中に丸い穴の開いたドーナツみたいなちゃぶ台になる。そして、そこにスポンとガス台とすき焼き鍋をはめ込んでグツグツさせながらみんなでつつくのです。

 

 上の伯母二人は近所に住んでいて、すき焼きを食べ終えると帰っていくのだけど、この二人の嫁ぎ先が地元の大きな市場や惣菜店を営んでいる家(僕は「市場のおばさん」とか、「天ぷら屋のおばさん」とか呼んでいた)で、どちらも割と裕福な商家だったようで、それで祖母もずいぶん助かったのだと思います。

 

 中村の祖母の家は本当にボロ家で、子どもにはトイレ――というより、まさしく便所!――が暗くてすごく怖かった。

 もちろん汲み取り式で、下からなんか出てくるんじゃないかと、やむなく大きいほうをするときはいつもヒヤヒヤしていました。

 

 そして必ず一泊していったのだけど、障子や襖もボロボロで、布団も古いもの。

 今の自分だったら我慢できるかどうか自信がないけど、なぜか子供の僕にはそれらがとても心地よく、面白かった。

 

 齢の近い従妹たちと一緒に遊べた、ということもあるのだろうけど、あの家を包む匂い・空気が大好きで、泊まるのを楽しみにしていました。

 

●かも南蛮の悔恨

 

 そんなわけで、中村のおばあちゃんはその家の主として記憶に焼き付けられており、人間としてどうだったのか、ということは今いちよく分かりません。

 そうしょっちゅう会うわけでもないので、孫には優しい人でした。

 ただ、僕の中には一つ罪悪感が残っています。

 

 ひどい状態だった古い家はさすがに住むのに限界が来ていたのか、祖母は叔父さんとともにすぐ近所の新しい家に引っ越しました。

 僕が小学校の高学年になった頃です。

 

 で、母とその新しい家に行ったのですが違和感を覚え、また会うのを楽しみにしていた従妹たちも来ていなかったので、僕は機嫌が悪く、ふてくされていました。

 

 そんな僕に祖母が「かも南蛮食べるか?」と聞いてきたのです。

 カモナンバンって、その時は何のことか分からなかったので、思わず「いらないよ、そんなもの!」と言い返したら、祖母は悲しそうな顔をしました。

 それで僕の機嫌が悪いことを見て取り、母は早めに予定を切り上げて帰ることにしました。

 

 帰りのバスの中で母にぶつくさ言われた覚えがありますが、依然として僕はふてくされたままでした。

 その時はもちろん、思いもしなかったけど、これが生きている祖母と会った最後の機会になりました。

 以降、その家に行くことはなく、僕が中学に入った年に祖母は亡くなったのです。

 

 結局、葬式にも出ぜ、祖母は記憶のなかったのですが、あれから40年以上たった今でも、そば屋のメニューで「かも南蛮」の文字を見ると祖母の顔が浮かびます。

 申し訳なかったなぁ。せっかくいい思いをさせてもらったのに。おばあちゃん、ごめんなさい・・・と心の中で謝っています。

 

 to be continue・・・

 


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先祖ストーリー①:バクチにハマって貧乏暮らし:娘たちに疎んじられた母方のじいちゃん

 

 お盆なので、先祖の話を書こうと思います。

 先祖と言っても、うちは父方も母方も由緒正しき家柄ではないし、家系図なんてものも存在しません。

 親に訊いてみたこともありますが、おおかたどっかのビンボーな百姓だったんだろ、という程度の回答でした。

 要はそんなことに関心のある人たちではないのです、

 

 なので、先祖と言っても僕に語れるのは祖父・祖母のことくらいです。

 

●明治生まれのジジ・ババは異国の住人

 

 最近は少子高齢化のせいで、3世代の距離が縮まり、孫とじいちゃん・ばあちゃんの親密度はぐんぐん高まっています。

 

 けど、僕らの世代にとって、祖父・祖母は明治時代に生まれて、今の中学生くらいの年齢から働き出し、貧乏生活と軍国化の波を体験し、戦争時代は社会の中核を担い、戦争が終わってやっと平和になって豊かになってきたなと思ったら、もう人生終り・・・といった境遇の人たちです。

 

 彼らの生きていたそんな時代は、僕ら現代の日本人にとってまるで異国のようです。

 

 生活の基本である衣食住にしても、仕事にしても娯楽にしても、まったく違う文化の国の人たちだと言えます。

 もちろん、同じ日本人ではあるのだけれど、今の3世代のように共有できるものは極めて少ない。

 吸っている時代の空気・生活空間の空気がまったく異なるのです。

 

●サザエさんも、ちびまる子ちゃんもファンタジー

 

 日曜の夜のフジテレビのファミリーアニメ2作品はノスタルジーもあるけど、一種のファンタジーとして楽しまれているのだと思います。

 

 原作が戦後間もなく新聞の四コマ漫画として始まった「サザエさん」。

 アニメももう45年くらい続いていて(放送開始の頃も見ています)、表面的なライフスタイルは時代に合わせて現代風にしているけど、家族や近所の人たちとのつながり方など、本質的な部分はそのままキープしています。

 

 波平さんや舟さんは、ほとんど僕のじいちゃん・ばあちゃん世代的な存在です。

 

 いまやこうした「典型的な日本人の家族」とされた暮らしはほとんど幻想であり、そういう意味では「日本むかしばなし」に匹敵するのではないかと思います。

 

 昭和四〇年代が舞台の「ちびまる子ちゃん」。

 こちらは僕らとほぼ同世代で、僕は単純に自分の子供時代と重ね合わせて見られます。

 けど、若い世代の人たちにとっては、日常と地続できでありつつも、ちょっと浮き上がった「プチ・ファンタジー」のように映るのではないでしょうか。

 モモエちゃんだの、ヒデキだの、リンダだの伝説のアイドル(みんなまだ存命だけど)もいっぱい出てくるしね。

 

●語り部おらず、謎に包まれた母方のじいちゃん

 

 というわけで前置きが長くなってしまったけど、そんな異国の民のじいちゃん・ばあちゃんの話。

 当然のことながら、ぜんぶで四人います。

 

 まず母方の祖父。つまり母親の父。

 この人のことは僕はまるで知らない。

 というのは僕が生まれる前に、すでにこの世にいなかったから。

 割と若い頃――戦後10年も経たないうちに亡くなったらしい。

 

 子供の頃は何とも思っていなかったけど、割と最近いなってから気になって、何度か母に訊いてみたことがありますが、あまり話してくれません。

 

 「いい加減な人だった」

 

 というのが娘である母の印象。

 その言い方もずいぶんぶっきらぼう。

 

 母のきょうだういは末っ子は男子だが、その上は彼女を含め、女子ばかり7人。

 ちなみに母は双子の片割れです。

 

 それだけ子供を設けたのだから、それなりの結婚生活があったと思うのですが、どうも彼女の中での父親は好ましい存在ではなかったようで、思い出したくないし、話したくもないようです。

 

 ちらっとわかったのはバクチ好きだったらしい、ということ。

 そのため、家にお金がなく、母たちきょうだいは早くから働いて生計を立てなくてはならなかったようです。

 

 今と違って、男女差別が激しく、女子の給料は極めて低いのが一般的だった戦前の日本国にあって、当時の窮乏生活の元凶だった父=僕のじいさんに対しては恨みはあれど、愛情らしきものはほとんど残ってないのかもしれません。

 

 夫(=僕の父)は、そんな自分の父親とはほぼ正反対で、まじめに働いて金はしっかり稼ぐし、バクチも愛嬌程度にしかやらない人だったので、ずいぶん幸せな思いをしたと言います。

 

●じつはお洒落な遊び人?

 

 ちなみにこの女系家族の唯一の男子である、母の弟(=僕の叔父)は、割と二枚目の優男で、スキーなどのアウトドアスポーツを趣味にするなど、若い頃はちょっとシティボーイ風のイメージがありました。

 彼だけ昭和二けた生まれだし、末っ子だったので、お姉さんたちの癒しと希望の光として、ずいぶん可愛がられたのでしょう。

 

 会ったこともない母方のじいちゃんのことを想像するには、息子であるこの叔父さんのイメージを材料とするしかありません。

 なので、割としゃれた遊び人だったのかなぁ・・・と、良いほうへ考えます。

 母は嫌っているみたいですが、同じ男のせいか、僕はどこか彼に親近感を感じのです。

 ぜんぜん知らないんだけど、いちおう孫として。

 to be continue・・・

 


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カエル男のスキンケロ情報

 ここでよくカエルのことを書いているせいか、もしかしたら、僕はカエル男化しているのではないだろうか?

 と最近、疑念にかられることがある。

 

 9月に八王子でイベントの仕事があるので、今日は午後からいろいろ下見と打ち合わせをやってきた。

 1時に京王堀之内駅に着くと、青空が広がり、気温37度超。

 思わず駅のコンビニでウィルキンソンの炭酸水を買ってシュワシュワのやつをゴクゴク飲み干した。

 

 が、台風が来た時のひどい蒸し暑さと違って、割とカラッとしていると感じる。

 みんな数字を聞いて大騒ぎするけど、僕としては32~3度を超えちゃうと、それより上はそう大して変わらない感じがする。

 これが40度ちかくなればまた違うのだろうけど。

 

 で、堀之内駅からプロデューサー氏といっしょに車で5分ほどのガーデンデザイナーのお店を下見し、14時半ごろ、再び車に乗って20分ほど走って八王子駅方面へ。

 

 八王子駅からほど近い冨士森公園というのが、9月のイベントの会場なのだが、そこで降りると20分前とは空気がガラッと変わっていた。

 日差しがなくなったのでさっきより気温は下がっている感じがするのだが、湿気をたっぷり含んだ空気がじとっと肌にまつわりつくのである。

 

 カエルなら跳び上がって喜んでケロケロっと鳴き出すところだが、僕にとってはただ気持ち悪いばかりで、「もうすぐ降ってくる」と訴えた。

 で、公園を歩き回って10分もたたないうちに落ちてきて、3時のおやつの時間には思いっきりザアザアぶりに。

 

 他愛のない話だけど、自分の肌が天気の急変に鋭敏に反応したことは、ちょっと面白かった。

 

 皮膚は第2の脳と言われています。

 子どもの直観力が鋭いのも、皮膚が繊細で鋭敏だから。

 言語化されない、可視化できない無数の情報をキャッチすることができる。

 

 子どもと同等に――とまではいかないだろうけど、自分の皮膚感覚を信頼することは、ネットなどで溢れる情報の洪水に流されないためにも割と大事なことだと思います。

 カエル男・カエル女になるのも悪くない。

 

 余談ですが、荷物の2ヶ口、3ヶ口というのを「にケロ、さんケロ、よんケロ、ごケロ」と呼ぶ人たちといっしょに働いています。

 みんなケロケロ言って、カエルの合唱をしているような職場で僕は大好きです。

 


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映画やテレビドラマの世界では高齢の犯罪者が増えている?

 

 何かデータがあるわけでなく、あくまで個人的な印象に過ぎないのだけど、最近の映画やテレビドラマでは高齢の犯罪者が多く登場しています。

 

 もちろん昔でも、ヤクザの親分とか、ギャングのボスとか、政財界の黒幕は高齢だったのですが、最近は下っ端の実行犯や、普通の市民の犯罪者も高齢者というパターンが増えている気がするのです。

 

●老人=善人のイメージの崩壊

 

 物語を作る立場で考えていくと、かつては基本的に老人=心穏やかで優しき善人、頑固だったり、ちょっとヘンテコだったりしても愛すべき心の広い善良な人、「悟っている」とは言わないまでも、世の中を達観した、それなりの領域に達した人間というイメージが強かった。

 

 作り手の思い込みもあるけれど、それ以上に、高齢者に対する社会通念と言うか、世の中の常識というものが厳然と存在していました。

 

 つまり、老人と言えば、容貌の衰えに反比例して精神は美しく磨かれた善人か、たとえ悪人でも、人の上に立つ者、大勢の部下の尊敬なり畏怖なりを勝ち取っている者でなければ、見る側の観客が納得してくれなかったのです。

 

 それはまた、人間が年齢を重ねるとともに、現世における欲望の渦とか、負の感情の濁流から徐々に遠ざかり、真の大人になっていく、人間的に完成していく・・・という、人々が共有する信念でもありました。

 

 つまり、精神の円熟した立派な大人が、同情するに価する、やむを得ない事情がない限り、殺人などをはじめとする社会を混乱させる重罪に手を染めることはないーーそう考えるのが基本でした。

 

 けれども最近は事情が変わり、影の裏ボスみたいなのに、いいように操られる高齢犯罪者が急増しています。

 彼ら・彼女らの中には、不治の病で余命いくばくもない運命で、人生の夢が絶たれてしまった人、未来をみずから絶ってしまった人も。

 それなら最後に何かでかいことをやって名を残したい・・・といった、とんでもなく自己チューな動機で犯罪に手を染める人、他人を巻き添えにして自殺してしまうような人が目立つのです。あくまでドラマの世界のことでだけど。

 

●洗脳も簡単

 

 例えば、IS(イスラミック・ステーツ)などのテロ組織は、言葉巧みに若者を洗脳して、自爆テロの犯人に仕立てあげます。

 

「この腐った社会を正すんだ」とか、

「これでキミの命が輝く」とか、

「価値ある人生にできる」とか、

「本当に人の役に立つにはこういうことをしなくちゃいけない」とか・・・

 

 まるでどこぞの自啓発セミナーで頻発しているようなセリフですが、個人のパーソナリティに合わせて、こうしたセリフを吹き込むことで、現代なら、いい齢をした高齢者でも簡単に洗脳できちゃえるのではないかと思います。

 

●現実の反映

 

 再び作り手の立場に立てば、推理ドラマ・犯罪ドラマを作る際、従来の年功序列のパターンより、若者や子供、あるいは人類の子供たる人工知能に指示されて、高齢者が犯罪を犯すーーといった物語のほうが目新しくて面白い。

 そして今ではそれが、観客も納得するリアリティを持ち得る。

 

 言うまでもなく、こうした映画やテレビドラマで起きる現象は、肥大した自己といつまでも続く欲求不満を抱え、永遠に大人になれない高齢者が急増している現実世界の反映です。

 

 肥大した自己といつまでも続く欲求不満を抱え、永遠に大人になれない高齢者は、怖ろしい犯罪の予備軍ともなり得る。

 あまり認めなくないことですが、そう遠くない未来に仲間入りする僕も、そうした現実を変えていく努力をコツコツやっていかないとなぁ、自分を大切にしないとなぁ、と思っています。

 


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ネコミュニケーションをスキルアップして、ネコから情報を取得する野望

 

  昨日、吉祥寺に行ったら、駅ビルの「キラリナ」で動物写真家・岩合光昭さんのネコグッズ販売所がありました。

 岩合さん撮影のネコの写真を使った雑貨グッズが、ずらりと取り揃えてあります。

 

 岩合さんは言わずと知れた、ネコミュニケーションの達人。

 「海辺のカフカ」(村上春樹の小説)に登場する、ネコ探し名人のナカタさんのように、ネコ語が話せるのではないかと思うくらいです。

 

 ネコは人間にとっていちばん身近な野性。

 野生のネコ(つまり野良猫)と、一部の飼いネコ――「ずーっと人間の家にいるのはたいくつだニャ~」という好奇心旺盛な奴や、 「エサとねぐらは頂戴するが、人間の言うとおりになんかしニャいぜ」という志の高い奴など――は、毎日のように人間の世界と野性の世界とを行きつ戻りつしています。

 

 野生の世界にはぽっかりと空いた時空の穴、通称「アリスのうさぎ穴」みたいなものもあって、不思議の国に迷い込むネコも後を絶ちません。

 最近、永福町界隈で頻発している飼いネコ失踪事件も、その不思議の国に迷い込んでしまったのでは・・・という噂が立っています。

 

 いずれにしても、ネコたちは野生の世界や、その他のわけのわからない世界から、いろいろ情報を持ち帰り、共有しているとのこと。

 人間にはわからない、地球の生物界に起こっているいろいろな出来事についても探究している模様です。

 

 インターネット上のろくでもないクズ情報はもううんざりなので、ネコネットワーク経由で、そうした貴重な情報を取得できはしまいか、いずれネコたちとの座談会や冒険好きネコのロングインタビューができはしまいかと、日々、ネコミュニケーションの研鑽を積んでいるのです。

 が、さっぱり上達しませんニャ。

 

 泣き声は結構自信あるんだけどニャ~。

 そもそもどう努力すればいいのかにゃあ。

 フニャーゴロゴロゴロ・・・

 と雷雨になってきたので、これでおしまい。

 にゃんころり。

 


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ばんめしの支度できたよ

 

 「ばんめし できたよ」のプロットが出来たので、とりあえずラジオドラマとして執筆開始。

 

 病に倒れ、死に瀕した男がホスピス「虹の彼方」に送られてくる。

 彼を迎えたのは、温厚温和な給仕人と、愛と情熱にあふれた女性料理人。

 給仕と料理人は、夢を失った自分の人生と運命を呪い、嘆く男の記憶を引き出し、彼を幸福にする「最後の晩餐」を作ろうとするが・・・。

 

第1幕:虹の彼方

第2幕:メニュー作り

第3幕:最後の晩餐

 

 新しい作品に取り組み始める時は、期待感と同時に、本当に仕上がるのか?とすごく不安になりますが、登場人物の3人が約束してくれたので、このひと夏で完成するでしょう。

 


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ばんめしできたよ プロット

著作者: VinothChandar ライセンス:クリエイティブ・コモンズ
著作者: VinothChandar ライセンス:クリエイティブ・コモンズ

写真著作者: VinothChandar ライセンス:クリエイティブ・コモンズ

 

おもな登場人物

★ヒロコ:料理人。28歳

★モリヤ:給仕人。52歳

★ウノ:ホスピス入居者。67歳

 

第1幕:ホスピス「虹の彼方」

 

ホスピス「虹の彼方」に新しい入居者・ウノさんが来た。

ヒロコとモリヤは部屋に行き、自己紹介するとともにホスピスのコンセプト――緩和ケアと食事サービスのあらましを紹介。人生を幸福に締め括るために「最後の晩餐」を提供していることを伝える。

ヒロコは何が食べたいか、ウノさんに話を聞きに行く。

「ただ食うために生きてきた」――ウノさんは語り始める。

何も欲せず、人を傷つけたりしないようにひっそりと生きてきて、やっと自由になったと思ったら、こんな病気になるなんてあんまりだと、彼は人生を呪い、死の恐怖におびえ、混乱する。

そんなウノさんにモリヤが飲み物を出す。飲み物を飲んだウノは、落ち着きを取り戻していく。彼は次第に現実を受け入れていく。そしてこのホスピスに入れてもらえたことは自分の人生の中で最高に幸福な出来事かも知れないと思い始め、記憶をよみがえらせていく。メニュー作りの準備はできた。

 

 

第2幕:メニューづくり

 

 厨房でヒロコが料理を仕込み、デザートを作っている。突然、手が引きつり、作業の手が止まる。ほどなくして回復し、作業に戻りつつ、彼女はウノさんが語ったことを回想していた。

ヒロコはあの手この手でウノの記憶を呼び覚まし、いろいろなシーンをイメージさせ、それに基づいてメニュー作りを行った。

 

 ウノさんは学生時代、好きだった女の子にプレゼントしようとお菓子を作ったことがある。でも、これじゃ男と女があべこべだと思って手渡せなかった。その子は結局、他の男とくっついてしまった。

 ウノさんは夢を抱いた。自分は結構うまく料理ができる。料理人になりたいと思った。けれども両親は大反対し、ちゃんと勉強して大学に入って会社に勤めろと言った。

 ウノさんは親の言われるままにしてしまった。大学は志望したところに入れず、親はがっかりした。就職もままならず、志望した会社には入れなかった。

 その後、社会人になっても彼の人生は鳴かず飛ばず。思い切って会社を辞めて、キッチン付きのキャラバンカーで日本独自の料理を作りながら世界中を旅して回る夢を抱いたこともあった。しかし、これも自分では無理だと結論して諦めてしまった。

 

 ウノさんに話を聞くうちにヒロコの記憶も入り混じっていく。

彼女も親に反対されたが、家を飛び出し、修行をして回って各地でプロの料理を学んだ。ある夜、彼女は真夜中の店の厨房で、同じスタッフだったかつての恋人と抱き合い、歌を歌い、想像の中でいっしょに料理の歴史の旅に出かけたことを思い出した。恋人は痩せた彼女の身体をなでながら「この骨で美味しいスープが取れそうだ」と言って笑った。おいしい料理は素敵な恋に、素敵なセックスに似ている・・・。

 

 そんな彼女の瞳をウノさんはじっと見つめ、入り込んでいた。彼女の恋の思い出もウノさんにとっては羨ましいものだった。

 自分の話に戻り、結局、ウノさんは真面目に会社勤めを続けて無事定年を迎えてすぐに病に倒れた。夢は何一つかなわず、ただロボットのように感情もなく働いて生き長らえてきた。そんな人生に何の価値があるのか・・・。

 

 回想が終り、ヒロコはウノさんの「最後の晩餐」のメニューを完成させた。そしてモリヤと話し合い、サーブする日時を決める。けれどもヒロコはこれを本当に彼の最後の晩餐ということにしてしまっていいのか、疑問に捕らわれる。そのことをモリヤは察し、よけいなことを考えずにあの人が幸せになれるようにこの料理を作ってください、と穏やかに命じる。

 

第3幕:最後の晩餐

 

 ウノの前に出される完璧な最後の晩餐。けれども彼は口を付けようとせず、料理の中に毒が入っていると言う。自分はそんなことをした覚えはないとヒロコは驚き、うろたえる。

 ウノはヒロコの語った話を聞いて、彼女のことが好きになってしまったと告白する。最後に自分を幸せな気持ちにしてくれた料理人への感謝を込めて毒でも頂きましょう、と言って食べようとする。その瞬間、ヒロコの中で雷光のようなものが閃き、ウノの動きを阻止して自分の作った料理を床にぶちまける。

 彼女は気が付いたのだ。モリヤがサーブの時に最後の仕上げとしてふりかける「魔法のスパイス」が、入居者の息の根を止める毒であることを。

 

 ヒロコの糾弾を受けて、モリヤは語り出す。「虹の彼方」は、最後の晩餐によって人を安楽死させるための施設だった。給仕人のモリヤは影の院長であり、ホスピスを管理統括していた。そして、これは老い、病んだ人々が無事幸せに人生を締めくくれるよう、国家と資本家が秘密裏に考案し、実践している合法的な医療行為だったのだ。

 モリヤはヒロコに告げる。「このことを人に言いたければ言ってもいい。でも誰も信じないだろうし、信じようとしないだろう。私たちは何も悪いことをしていないし、罪悪感を抱く必要もない」。

 

 ヒロコはモリヤの言うことに抗えないが、受け入れることもできない。帽子とエプロンを外し、辞任すると告げたのち、ウノを叱咤激励し、彼のために、かつて恋人のために歌った歌を歌う。それに元気づけられ、よろよろとベッドから起き上がるウノ。一歩二歩と歩き出した彼を支えながら、ヒロコは本当にやり残したことはないのか?と問う。こんな体で何ができるのか、と自嘲して笑うウノ。しかし、じっと彼女の瞳を覗き込むと、お腹の奥底から一つの抑えがたい思いがこみあげてきた。

 「おかゆと味噌汁でいい。自分で最後の晩餐を作って、あなたと食べる。それをやり遂げるまで僕は生きる」と言う。家に帰ろうとするウノにヒロコはついていく。彼の本当の最後の晩餐を手伝うために。

 

END

 


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カッパものがたり

●カッパ娘とカッパ少年

 

  先日、その昔「デメキン」というあだ名の女の子がいたという話をしましたが、「カッパ」というあだ名も女の子もいました。

 本当に小学生というのはひどいあだ名をつけるものです。

 

 ただ、デメキンとちがって、彼女の場合容姿がカッパに似ているわけではありませんでした。

 寿司屋の娘なのに魚が嫌いで、お寿司はカッパ巻きが好きだ・・・というところから「カッパ」とネーミング。

 気さくでさっぱりしていて結構かわいいので、みんな親愛の情を込めて「カッパ」と呼んでしました。

 

 そしてもう一つ、彼女がカッパだった理由は、カッパに似た男の子、つまり僕らの同級生の男子のことが好きだったからです。

 

 この男子の方は正真正銘カッパ顔で、運動神経もよく、泳ぎも得意。勉強も割と優秀でした。

 そんなカッパ少年と寿司屋の娘を、僕たちはひそかに「カッパの夫婦」と呼び、宿題でも何でもなかったけど、小学校5年生の夏休みにカッパの夫婦の物語を書きました。

 

 友だちと二人で始めて、本当はそいつのほうが話を書いて、僕がイラストを担当する予定だったのですが、そいつがすぐに飽きて投げ出してしまったので、結局、僕が両方とも担当することになりました。

 確かこんな話です。

 

●人間になりたいカッパの大冒険

 

 カジカガエルのきれいな声が響く岐阜の山奥に、カッパの夫婦が住んでいた。

 とても仲の良い夫婦で、夫は魚が大好物、妻はキュウリが大好物。

 美しい自然の中で、ふたりはとても幸せに暮らしていた。

 

 そんなある日、美しい人間の娘が山で迷子になっているのを夫が発見し、彼女に街へ帰る道を教えてあげた。

 それ以来、夫はその娘のことが忘れられず、ついに人間の暮らす街へ行くと言い出した。

 

 もちろん妻は大反対したが、夫は「おれはこんな山奥ですっとカッパをやっているような男じゃない」と言い、ついには「人間になるんだ」と言いだした。

 

 妻はあの手この手で夫の決意を翻そうとしたが、夫はガンとして聞き入れない。

 何とか人間になれないものかと、山のバケギツネのところに相談しに行くと、キツネは名古屋に行くまでの地図を取り出し、

 

 「この道を行け。この道の途中には3種類の化け物がいて、行く手に立ちふさがる。その関門をみんな突破して名古屋に着いたら、おまえは人間になる」と予言した。

 

 この3種類の化け物も、その頃の友だちをモデルに考案した妖怪とか怪獣とか怪人です。

 

 で、これらの関門を潜り抜け、とうとうこの冒険を成功させて、川を下ってカッパは名古屋に着く。

 しかし、美しい故郷の清流とちがって、名古屋の川はヘドロだらけで汚れきっていた。

 (僕が小学生だった昭和40年代当時、公害が大きな社会問題になっていました。日本の都会の川はみんなそうだったと思いますが、工場などの排水で、うちの近所を流れていた川は本当にドロドロで真っ黒でした)

 

 その汚い川を泳いでいたカッパの身体は化学変化を起こし、甲羅は溶け、頭のお皿も手足の水かきもなくなり、川から上がると、なんと彼は本当にカッパから人間に変態していた!・・・

 

●よみがえる?カッパ

 

 この続きをさっぱり憶えていないのですが、おそらく冒険活劇の部分に重きを置いていて、その部分を書き終えてしまったので、飽きて適当に終わらせてしまったのでしょう。

 でも、今こうして見ると、このあとの後半部分が、キモになるストーリーですね。

 

 結局、この物語は誰にも見せなかったのだけど、今、こうして思い出してみると、なんだか日本昔話と「人魚姫」と各種冒険活劇とがミックスされていて、結構面白いなぁ。

 

 設定やディテールをちゃんとして、いずれ再生してみたいと思います。

 

 かの昔、カッパだったクリキくんとヤマダさんは今でも元気かなぁ。

 


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「2020年の挑戦」への挑戦

●迫りくる祝・2020年

  

 2017年も半分過ぎました。

 待望の2020年まであと残り2年半です。

 この半年があっという間だったように、きっとこの2年半もあっという間に過ぎて、気がついたら2020年になっちゃっているでしょう。

 

 しばらく前から「2020年を境に世の中が大きく変わる」という漠然とした空気が漂っています。

 もちろん、語呂と数字の並び具合が最高にキマっているスターイヤーだというのもありますが、特に日本の場合、東京オリンピックが開催されるのでなおさら待望感大盛です。

 

 ごく一部の人は、高度経済成時代――1964年の前・東京オリンピックの時と同様、日本が再び大発展すると、かなり本気で考えています。

 

 その他の大部分の人は、「そんなことあるわけねーだろ、バーカ」と思いながらも、何か劇的な変転――できればよい方向への――を期待しています。

 

 物理的・精神的生活の両面においても、経済・産業・政治といったマクロな部分についても、この数年で変化の要因がいっぱい出ているので、そう考えたくなるのも無理はありません。

 

●ウルトラQ最高傑作「2020年の挑戦」

 

 ところで僕が子供の頃のテレビの特撮ドラマ「ウルトラQ」(ウルトラシリーズの第一弾。ウルトラマンの前の番組)で「2020年の挑戦」というエピソードがありました。

 

 まずタイトルがカッコいい。

 「ぺギラが来た」だの「ガラモンの逆襲」だの、わかりやすく怪獣の名前を盛り込んだものでなく、何やら含みを持った詩的とも言えるタイトル。

 

 内容は、2020年からやってきた未来人=ケムール人が、老化した身体を若返らせるために、現代(この当時=1965年。なんと前・東京オリンピックの翌年!)にやってきて、この当時の人々を特殊なやり方で2020年の未来へ連れ去ってしまう、要するに誘拐していくという、SF、怪奇、ミステリー、サスペンスの要素がぎっしり詰まった濃厚なストーリーの上に、画面をネガ反転させて見せる恐怖感を駆り立てる演出に、僕はトラウマになるほど震え上がりました。

 

 さらにこの事件を、ある作家が予言書のごとく「2020年の挑戦」というSF小説に描いていたという、「ノストラダムスの大予言」みたいな裏話がついているというメタ構造。

 さらにさらに、これまたトラウマになってしまった衝撃的なエンディング。

 子ども心に「すげぇえええ」と感じ、「ウルトラQ」のエピソード中、最高傑作だと思っています。

 

●ケムール人は僕たちのメタファーか?

 

 制作していた人たちが当時、どれくらいの年齢で、どんな時間感覚を持っていたのかは分からないけど、もしかしたら、まだ自分も生きているかも知れない「55年後」をネタにこんな話を作れるとは・・・。

 高度経済成長時代の日本人にとっては、21世紀、そして2020年というのは、本当にまだまだ遠い未来の話だったのだなぁと思わざるを得ません。

 

 僕はここで考えてしまう。

 もしかしたら、2020年に生き、若い身体を求めて過去にタイムスリップまでして人々の若さを欲しがる、このケムール人とは、僕たち現代の中高年世代のメタファー(暗喩)なのではないか、と。

 

 ケムール人とは、老いることを怖れる人間の悲しい性の具象化なのか、おぞましい根性なのか、はたまたお笑いネタなのか、「2020年の挑戦」とは何に対して、何のための挑戦なのか――。

 

 ただ変転を期待しているだけでは芸がないので、自分なりの2020年を作っていくためにも

残り2年半、マラソンしながら挑戦していきたいと思います。

 

 興味のある人は「ウルトラQ」を見て、いっしょに挑戦してみてください。

 

 

 


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人工知能・ロボット社会へ、ぼちぼち心の準備中

 

●世界最強の棋士

 先日は将棋の藤井四段の連勝新記録達成に日本中が湧きかえりました。

 天才少年のホットニュースに水を差すつもりはないけれど、彼を確実に負かせる、世界最強の棋士がいます。

 人工知能です。

 

 ちょうど藤井四段の新記録がかかった1日前にNスぺで「人工知能」の特集が放送されました。

 そこでは「電王戦」と銘打たれた勝負(もちろん公式戦ではありません)で、佐藤名人が人工知能に完敗。

 

 もはやチェスも囲碁も将棋も、人間の頭脳では人工知能に太刀打ちできなくなっているようです。

 

 単に強いというのではなく、人工知能が繰り出す手はあまりに「創造的」で、相手の意表をついている。

 人間の将棋の世界が銀河系の一部とすれば、人工知能のそれは全宇宙的。ほとんど神の領域だ

 

 ――というのは対戦した佐藤名人、そしてコメンテーターの羽生さんのコメント。

 それだけでなく、プログラミングをした開発者も、自分の「子供」であるはずの人工知能のすさまじい学習能力、急激な成長ぶりに驚いている様子でした。

 

●知識・ノウハウ・創造に関する「巨人」

 

 どうしてそんなことが起こり得るのか?

 答えは簡単です。

 人工知能は、100人、1000人のプロ棋士が束になって、一生かかっても体験し得ない、天文学的な数の対局をすべて体験し、記憶し、応用し、そこから新しい手を生み出すことができるからです。

 

 つまり、これまで人間が積み上げてきた膨大なデータを活用するからこそできる所業で、けっしてゼロから生み出しているわけではありません。

 

 その過程は僕たち人間が勉強したり、技能をスキルアップさせたりするのと同じです。

 

 先達が伝えてきた資料を読み込んだり、技能を真似て学んだり、練習したり・・・をくり返す中で、どんどんレベルを上げて、さらに上れば自分オリジナルのやり方なり、技なりを編み出していく。

 

 職業訓練だって、スポーツや芸術館関係だって、大雑把に言えば、そうやって身に着け、プロとして選手として成長していくわけですよね?

 

 ただ、人工知能の場合は、そうしたデータを取り込むスピードとキャパシティが人間の脳の能力をはるかに超えている。

 ある分野の発祥からこれまでの歴史を丸ごと、ごく短時間で自分のものにできる。

 

 要するに知識・ノウハウ・創造に関する「巨人」なのです。

 それに対して人間は小人以下。

 自虐的に言えば、虫か細菌のレベルです。

 到底かなうはずがありません。

 

●社会への活用はますますスピードアップ

 

 番組内でもタクシー会社や人材派遣会社など、すでに社会で人工知能が活用されている事例が紹介されていましたが、現在の状況はほんの序の口の先っぽ。この流れは今後、一気に早まると思います。

 

 認めたくない人は多いと思いますが、経済・産業の分野ではこの「巨人」が、人間の業務をコントロールする日はすぐにやって来るでしょう。

 

 「ロボット大統領が生まれる日が来ます」

 そういうSFの世界から抜け出してきたような研究者も登場しました。

 

 映画やマンガじゃあるまいし・・・と言いたくなるところですが、自分の利権を主軸に国を動かそうとする各国の政治家を見ていると、彼の言う通り、有史以来の人間の政治の歴史をすべて読み込んだ、人間の事情や性分を、人間よりよく知ったロボットが政治を行ったほうがいいのでは、とも思えてきます。

 

 皮肉だけど、人工知能・ロボットが統治することで、真の民主主義政治が実現するのかもしれない。

 

●人間が人間である意味は?

 

 そうした経済・産業・政治など、社会のマクロなところに対して、人間一人一人の生活や精神活動などミクロなところには、どうなのか?

 

 こちらも家事をやってくれたり、子供や家族のように心を癒してくれたり・・・といった領域で、人工知能・ロボットの活躍が期待されています。

 心のひだまでケアしてくれるロボットって、意外と早く作られそうな気がするなぁ。

 

 そうなっちゃうと、人間はどうすればいいのだろうか?

 少なくとも、役に立つ・立たないとか、優秀・優秀でないとか、そうした、現代社会の中心にある基準は相当薄れてきてしまうのではないでしょうか。

 

●ぼちぼち準備が必要なようです

 

 「心の準備はできていますか?」

 番組はそんなナレーションで締めくくられていましたが、本当に少しずつでも心の準備をしていかないと、人工知能がコントロールし、ロボットが活躍する世の中になった時、人間としてのアイデンティティはたやすく崩壊してしまうと思います。

 

 ところで、Nスぺのこのシリーズ、これまでいつも「綾波レイ」の声で響いてきていたのだけど、今回はなぜか林原めぐみさん本人の声として響いてきました。

 なぜ? 不思議だ。

 


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こんな夢を見た

 

 奇妙なもので、今晩は(今回の睡眠では)夢を見そうだな、と予感すると、ちゃんと夢を見る体質になりました。

 で、そういうときの夢は目が覚めたあとも割とはっきり覚えています。

 

●一本目:歌ってくれるという女の子の話

 

 今朝の夢は二本立てで、1本目は女性歌手が登場。

 歌手といってもプロなのかどうかわからない。

 なにやら昔の友達なのか、知り合いなのか、付き合っていたことのあるガールフレンドなのか、判然としないというか、その複数の女性の融合体という感じで、僕に歌を歌ってくれようとします。

 僕はその気持ちがうれしくて、何を歌ってもらおうか迷う。

 でも決められなくて、というか、決めちゃったら一曲歌って彼女は行ってしまうから、つまらないなと思って、いつまでもどうしようかこうしようか迷いながら、いつまでも一緒にいるのを楽しんでいる、という話でした。

 

●誰かの赤ちゃんを預かった話

 

 2本目はどこかのホテルのようなところの、パーティーの席のような場所にいる。

 そこである友達から

 「知り合いからこの子を預かったのだけど、用があるのでちょっとだけだけこの子を預かってほしい」といわれて赤ん坊を手渡される。

 

 僕は気安く「ああ、いいよ」と言って受け取る。

 ところが、その席からしばらく離れ、別のフロアに行って戻ってくると、その友達が誰だったか忘れてしまっているのです。

 

 それで懸命にその友達を探すのですが、見つからない。

 最初のうちはのんびり構えているが、だんだん焦ってくる。

 幸か不幸か、赤ん坊はとてもおとなしくてむずかって泣き出したりしないので、周囲の人たちは注目しない。

 

 でも僕は内心、誘拐犯と誤解されるのではないかと気が気でない。

 それで友達を探すのはやめて、友達にその子を預けたという本当の親を探そうとする。

 

 その本当の親はもっと上のフロアにいるのではないかという直感があって、エレベーターで昇ってみて、チン!と扉が開くと、なぜかそのフロアはひとつの街ーー新宿の歌舞伎町か、渋谷のセンター街みたいなところになっていて、人がうじゃうじゃいる。

 

 こんなところでは探せないと思って、しかたないからホテルのフロントというか相談係みたいなところで事情を話そうと思ってまた下がる。

 

 で、そこでふと赤ん坊を手にしていないことに気がつき、慌てて探す羽目に。

 でも赤ん坊はすぐに見つかり、ああよかったと思って抱き上げると、その子もにっこりする。

 その笑顔を見た僕は、これももう家に連れ帰って自分で育てるしかないなと思う。

 でも一方で、そんなことをしたら犯罪だぞと葛藤する。

 

 というところで目が覚めました。

 なんだかどちらも夢らしく、迷ったり探したりばかりでしたが、後味はそんなに悪くありませでした。

 夢の話なので、特にオチもまとめもなく、これでおしまい。すっとんころりこ。


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人生最後の食事

 

 一流レストランの料理人だった男が、ホスピスのシェフになり、入居者ひとり一人のために食事を作るという物語。

 

 ホスピスはご存知の通り、病気などで医師からいわば「死刑宣告」をされた人、生きるのを諦め、人生の最期を受け入れつつある人たちの「終の棲家」になる場所。棲み処と言ってもそこにいるのはほんの半月程度の間です。

 

 この物語はその入居者、および付き添うパートナーや子供たち数組と、彼らの話を聞き、食事を提供するシェフとの交流やそれぞれの人生のドラマ、そして食事をめぐる心の葛藤を描いています。

 

 もともとドイツのテレビのドキュメンタリー番組だったようで、著者はその番組の制作者の一人でもあるジャーナリスト。

 あまりドラマ性を強調せず、感動を押し付けない素直な語り口と乾いた文体で淡々と文章を綴っています。

 

 いちばん興味をひかれるのは、やはりシェフの男。

 年齢は明確にされていませんが、大学を中退してあちこちの一流店で料理人の修業を積み、このホスピスに来て11年、というのだから、若くても30代半ば。父親以外、家族について語ることなく、まだ独身のようです。

 

 多少脚色がされているのか「人生の旅人」といったニュアンスのキャラクターになっています。

 

 このホスピスがあるのが閑静な郊外ではなく、世界に名だたる夜の歓楽街レイパーバーン(ハンブルグ)の程近くというところも、なんだかちょっとフィクションめいているのだけど、それもまた面白い。

 

 人生にとって大事なものは何か?を考えさせられる一冊です。

 


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迷子の猫とネコ探し名人ナカタさんのこと

 

 恋の季節なのか、最近、近所でやたらと「猫が迷子です」という貼り紙を見かけます。

 飼い猫が家に帰ってこなくなってしまって、飼い主さんが捜しているのです。

 どこかの猫とラブラブになって、駆け落ちしちゃったということなら、まぁ、達者で暮らせよ、と諦めもつくでしょうが、どこぞの人間に連れ去られてしまったのでは・・・と考え出すと、そりゃいてもたってもいられません。

 

 村上春樹の「海辺のカフカ」に「ナカタさん」という猫探しの名人が出てくるのですが、ああいう人がうちの近所にもいればいいのにな、と思います。

 

 ナカタさんは子供の頃、秀才だったのですが、戦時中の疎開先で遭遇した事件がもとで知的障害になり、その代り、猫の言葉がわかる能力を得たという設定で、この物語の中でも数奇な運命を辿ります。

 

 このナカタさんが頼まれて探していた三毛猫の「ゴマちゃん」を見つけ出し、無事、飼い主のコイズミさんのお宅に届けたら、コイズミさん一家が狂喜した・・・という場面が、僕は大好きです。

 何度読んでもすごくいいんだよね。

 

 その一方、いろいろなドラマを経てゴマちゃんを救い出した(そうなんです。おぞましい世界からの救出劇があるのです)のに、お礼がたったの3000円って、どうなの? と思ってしまいます。里芋の煮っ転がしがおまけについてきましたが。

 

 救出劇のことはコイズミさんも知らなかったのでしゃーないけど、現実的に考えても、行方不明の猫を探し出してくるという、そんじょそこらの凡人にはない、稀少な職能です。

 

 しかも家族に大いなる幸福をもたらす仕事をしたのだから、もっと報酬弾めよ。 結婚式のご祝儀だって30,000円くらい出すだろう、と言いたくなります。

 

 でもまぁ、ナカタさんは職業で猫探しをやっているのではないし、金銭欲もまったくない人なので、これでいいのかも。

 貼り紙出している人は、見つけたらいくら報酬を出すのだろう?

 ちょっと気にはなりますが。

 

 ネコ写真家の岩合さんも猫と話ができるのだろうな。

 

 僕はと言えば、長年、道ばたで猫と遭遇すると、会話をしようと試みるのですが、さっぱり見向きもされません。

 

 ごくたま~~に相手にしてくれる奇特な猫もいますが。

 

 ナカタさんとまではいきませんが、少しはネコが心を開いてくれる人間になるのが、今後の目標の一つです!・・・かな。

 


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人間には最初から子供から大人まで全部詰まっている

 

●子供の僕の中にも大人がいた

 

  中年を超え、息子がほぼ成人したころから、自分の子供時代のことをよく思い越すようになりました。

 

 齢を取って懐古趣味に陥っているのか?

 

 それもあるけど、そこで止まっていたら、ただのノスタルじいさんだ。

 

 そこから進んで掘り下げて考えると、おとなになった自分の中に子供がいるのを感じるのです。

 

 でもこれは普通のこと。

 大人は誰しも子供だった経験があるのだから。

 

 もう少し思いをめぐらすと、子供だった頃の自分の中にも大人、もっと言えば老人の自分もいたのだなぁと気付きます。

 

 人間の魂には時間の流れは関係なくて、最初から一生分が丸ごと詰まっている。

 

●潜在意識と物語

 

 ただ当然ながら、子供や若者の頃には、成長後のことは潜在意識の中に入っていて、普段は見ることが出来ません。

 

 それが何らかのきっかけで、深海の暗闇を潜水艦のサーチライトが照らし出すように、潜在意識の奥にあるものが垣間見える瞬間がある。

 

 そのきっかけとなるものはいろいろとあるけど、最もわかりやすいのが言葉や絵で表現されている文学や絵本です。

 

 特に昔から伝承されている神話とか民話の中には

 「こんなの、子供に聞かせて(読ませて)いいのか?」

と思うような、エログロなものが結構あります。

 主人公が残酷に敵を殺したり、不条理に殺されたり、食べられちゃったり。

 

 また、現代の児童文学でも、単なるハッピーエンドで終わらず、そうしたエッセンスをうまく採り入れているものも多々あります。

 だから子供向けの本でも優れた作品は、やっぱりどこかで大人っぽい。

 大人が読んでも面白い。

 

 僕たちを取り巻く現実はハッピーエンドばかりじゃありません。

 かと言って、現実を見ろ!と、生々しいドキュメンタリーやノンフィクションをわざわざ見せつければ、却って子供は目を塞いでしまうか、心にひどい傷を負ったり、大人や社会に対する大きな不信感を抱きます。

 

 そんなときに「物語」が活かされる。

 そうした物語に触れて、子供は成長後のことを悟り、人生の厳しさ・不条理さに対する心の準備をしていくのかも知れない、と思うのです。

 

●大人と子供のコラボで生きる

 

 中年を過ぎると、遠くからひたひたと「終わり」の足音が聞こえるようになります。

 そうなると、今度は「過ぎ去った子供」がブーメランのように戻ってきて、

 「さあ、いっしょにこれからの展開を考えながら、どうまとめるか決めていこうか」と囁きます。

 

 葬儀業界では「エンディング」がすでに一般用語にんっているけど、これも言ってみれば、ロングディスタンスのエンディングプラン?

 

 大人の僕はお金のことや毎日の暮らしのせこいことばかり考えているけど、子供の僕はそうした現実べったりのこととは違う、夢とか愛とか地球とか未来とか、何かもっと生を輝かせることを考えてくれるのです。

 


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昭和オカルト大百科

 

 ネッシーも、UFOも、心霊も、超能力も、そしてノストラダムスの予言した世界の終りも歴史になった。

 

 今さらですが、そう感じさせる一冊が、この「ぼくらの昭和オカルト大百科」です。

 

 今日は仕事の骨休め日と決めて、寝っ転がって、おせんべいを食べながら読んでいましたが、けっこう笑えておもしろかったです。

 もちろん、僕もこれらの世界におおいにハマっていた一人です。

 

 この著者の初見健一さんと言う人は1967年生まれで、僕より7つ年下なので、僕が中学・高校生で体験したことを、ほぼ小学生で体験しています。

 なので、その若さ分、はまり具合は僕よりさらにガッチリしてたのでしょう。

 

 まさにこの頃はテレビや雑誌が「見世物小屋」になり、「○○プロデューサー」と名乗る興行師・香具師たちが、昭和の大衆という名の子供たち相手に、

 「ほらほら、今度はこんなの連れてきたよ。怖い?でも見たいでしょ」

と、手を変え品を変え、ネタを抱いたりひっこめたりしながらボロ儲けしていたのだと思います。

 

 僕もこの著者と同じく、このペテンっぽさというか、オドロオドロしさというか、見世物感覚と言うか――が大好きでした。、

 

 いま、僕が気になるのは、ネッシーにしてもUFOにしても、もとネタとなった目撃者・撮影者・証言者が、どうしてねつ造をしたり、妄想虚言をしたのかということ。

 

 世間を騒がせ、面白がりたかったと言えばそれまでだけど、わざわざ手間暇かけてプランニングし、実行に移すプロセスには、いろいろ心の葛藤みたいなものがあったと思います。

 

 その証拠にこの世を去る前に、みんな「あれはウソだった」と告白している。

 神に犯した罪を懺悔するかのように。

 

 これら騒ぎを引き起こす行為の奥にはもっと人間の持っている根源的な欲求があるような気がします。

 

 みんな、均一に光が当たる、のっぺりとしたフラットな世界に耐えられないのかもしれない。

 

 もっとこの世界は陰影に富んだ、奥行きと言うか、科学では計り知れない不思議なもの、こことは違う「裏側」「向こう側」があるのだと信じたいのかもしれない。

 

 UFOはその陰の部分の闇夜の空から飛んでくるものであり、ネッシーは暗黒の湖底から首をもたげるものでした。

 

 しかし、ノストラダムスの予言は外れた21世紀には、大衆のための見世物小屋は撤去され、これらのネタはインターネットを通して見る「覗き込屋」になった。

 覗き小屋の中でUFOやネッシーは永遠に生き続けるのか?

 そして、ノストラダムスに代わる新しい「世界の終わり」の予言者は現れるのか?

 

 もしかしたら今度は人工知能がその役目を果たすかも知れません。

  

 


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でめきんをめぐる追憶

●でめ金がない

 

 友だちとメールでやりとりしていて「でめ金がない」というセリフを送ってきたので、「デメキン? 金魚すくいに行きたいの?」と返しました。

 気が利かないやつなので、まともに「『でもカネがない』って書いたんだよ」と返してきましたが。

 

 そんなわけで、そのメールを見たら、頭の中に出目金が現れ、泳ぎ出しました。

 僕には出目金の思い出がある。

 ひらひら尾びれをゆらめかして金魚鉢の中を行ったり来たりしていた黒い出目金。

 子供の頃、出目金に対して最初に抱いた疑問は、なんで他の金魚は赤いのに出目金は黒いんだろう? でした。

 なぜか、なんで目が飛び出しているんだろう? という疑問はあとから出てきた。

 

●金魚のフリークス

 

 それで金魚の図鑑を調べたら、出目金だけじゃなく、ヘンな金魚がいっぱいいる。

 リュウキンなんかはあちこちのヒレがやたら長くてゆらゆらしていて、それなりにきれいだと思ったけど、背びれがなくてブヨッとした体形のランチュウとか、頭にイボだかコブみたいなものをいっぱいくっつけているオランダシシガシラなんてのは、どうみても気持ち悪い。

 

 出目金も含め、どうやらこのへんのやつらは自然発生したんじゃなくて、人間の手で作られたらしい。

 なんでこんなヘンなサカナを作ったんだろう? と、ふくらんだ疑問に対して自分で見つけた答は、みんな赤いフツーの金魚(和金)ばかりじゃ、金魚すくいをやっても面白くないから――ということで、お祭りの金魚すくい屋が、もっとお客を呼ぶために、いろんな変わった金魚を創り出したのだ――というものでした。

 

●金魚すくいの出目金

 

 もちろん、そんな気概のある金魚すくい屋はいないし、ランチュウやオランダシシガシラは希少価値のある、高価な金魚なので、金魚すくいなんかに使えない。

 でまぁ、赤い和金とのコントラスト――いわば賑やかしのために、黒い出目金が「変わり者代表」として、金魚すくいの舞台で活躍することになったわけです。

 

 概して子供は目のデカい生き物が好き。

 だから出目金も人気がありました。

 僕も金魚すくいに行くと、たいてい出目金を狙っていました。

 からだが大きめで、なんとなく動きがほかの連中よりのろく、からだも大きめなので、カンタンに救える気がするのですが、そう甘くはありません。

 それでもがんばって何匹かすくって、家に持って帰って飼うんだけど、出目金はなぜかみんな早死にしちゃうんだよね。

 目玉が飛び出しているので、ケガをしやすいと本に書いてあったけど。

 

●「でめきんちゃん」のこと

 

 ついでに――とう言っては失礼だけど、もう一つ思い出したのが「でめきん」というあだ名の女の子がいたこと。小学校の同級生でした。

 目が大きく、ちょっと出っ張っていて、まぶたが脹れぼたかった。

 それで、でめきん。

 

 僕はべつに特別な感情を持っていたわけじゃないけど、彼女とは同じクラスの同じ班になったり、そろばん塾でもいっしょだったりしました。

 

 どっちかというと真面目でおとなしい、目立たないタイプで、べつだん愛嬌のあるキャラではありません。

 それなのに顔の特徴の一部をあげつらった、そんなあだ名をつけられて、さぞや不愉快・不本意だったと思います。

 なんと言っても女の子だなんだからね。

 僕もいま思うと、申し訳ないことしてたな、と反省しきり。

 

 最近はもう少しまともなのかも知れませんが、その時分の小学生の男のガキどもは、まったくそういうところにはデリカシーのかけらもありませんでした。

 

 でも、彼女は確か卒業文集の自己紹介の「あだ名」を書く欄で、ちゃんと「でめきん」と書いていた。

 不本意・不愉快ではあったけど、受け入れていたということなのか?

 それとも、あだ名がないよりはあったほうがいいと考えていたのかなぁ?

 

 いずれにしても小学生とは言え、もう高学年だったので、容姿のことは気にしていたと思うけど、その後どうしたのだろう?

 まだ子供だったから当然、大きく変わっているでしょう。

 

 あの頃のバカ男子どもの目玉が飛び出すほどの美人になった、という可能性だってあり得ます。

 どんな人生を辿ったのかはわからないけど、いずれにしても幸せになってくれているといいなぁ。

 ・・・と、少しでも罪悪感を感じないですませたいので、そう願います。

 

●でめきんの顛末

 

 メールを送ってきた、給料日前で“でめ金がない”、しょーもない誤字メールを送ってきた友だちとは会って、昼飯をごちそうしました。

 せっかくなので魚メインの定食屋へ。

 しらす丼とまぐろメンチカツ定食。

 カマスの塩焼きとさくらエビ入りコロッケ定食。

 つごう1,820円なり。うまかった。

 


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ビートルズ伝説×ロボティクス・エンターテインメント事業

 

 再生可能なデータがあれば、20世紀の伝説はロボティクスでよみがえり、後世に伝承される。たとえば、The Beatles。

 

●ビートルズ未来作戦

 ここのところ、ネット上でやたらビートルズ関係の広告を目にするなぁと思ったら、今年はポップミュージックの大革命と言われ、世界初のコンセプトアルバムである「サージェント・ペパーズ・ロンリーハーツクラブバンド」のリリース50周年ということ。

 

 ジョン・レノンとジョージ・ハリスンはとっくの昔にこの世を去っているし、ポール・マッカートニーもリンゴ・スターも、今さらビートルズをネタにビジネスをしようなんて考えないでしょう。

 

 「ビートルズ」は今や一種のブランドであり、レジェンドと化しています。

 そのビジネスはそもそも誰が動かしているのか知らないけど、どう今後の戦略を立てているのか、気になるところです。

 

 メンバーの使っていた楽器が新たに発見されたとか、ジョンがポールに宛てた手紙がオークションでン千万の値をつけたなんて話もいまだに聞きますが、そうした話に興味を示す熱心なファンは、すべからくリアルタイムで聴いていた人たちで、だいぶ高齢化してきています。

 

 そろそろこのあたりで決定的な手を打って若い世代を取り込み、ビートルズの功績を未来に伝えていきたい・・・と考えるのは自然なこと。

 

●ビートルズランド構想

 そこでビートルズくらい世界中で認知度の高いバンドなら、この際、ディズニーランドみたな体験型テーマパークを作ったらどうなんだ?と僕は考えるのです。

 

 ロンドンのアビーロードツアーとか、リバプールのペニーレーンやストロベリーフィールズ巡りは、昔からの定番だけど、バーチャルでそれができる。

 

 サージェントペパーズとか、マジカルミステリーツアーとか、イエローサブマリンとか、中期のビートルズの音楽は、サイケデリック、ファンタジックな世界観を持っているので、アミューズメントに展開しやすい。

 体験としても面白いでしょう。

 

 それこそディズニーレベルで資産をドカンと投資し、シナリオや演出についての優れた人材を集めて制作すれば、結構楽しい場所にできるのではないか。

 

 ロンドンかリバプールか、イギリスに本拠を置いて、日本にも「東京ビートルズランド」みたいなのをつくる。

 

 そこは単なるエンターテインメント施設ではなく、世界へ向けて愛と平和のメッセージを送る情報発信基地のような場所であったりする。

 

 そして、キャバーンクラブをイメージしたライブハウスがあり、4人が演奏します。

 コピーバンドじゃありません。本物です。

 

●ビートルズはロボットとして復活する

 本物のデータを採り込んだロボット――アンドロイド・ビートルズのライブパフォーマンス。

 山ほどあるレコーディングの際の音源、ステージ映像、膨大なインタビューなども含め、メンバーのデータをぜんぶロボットに記憶させ、学習させる。

 それをもとにしたパフォーマンスです。

 

 日本のロボット技術は、すでに演劇をやるロボットや、落語の名人芸を再現する、見た目も人間と変わらず、表情も作れるアンドロイドを開発しています。

 その技術をもってすれば、メンバーそっくりのロボット(アンドロイド)を創り出すのは、そう難しいとは思えません。

 

 若い世代にアピールするためには、音や映像だけでは迫力が足りない。

 「永久保存版」のロボットなら圧倒的に強く訴えられるでしょう。

 

 それに学習能力があるから、新しい曲を生み出すことも可能です。

 ナンセンス、ファンタジーが得意なジョン・レノンのアインドロイドなら、気の利いたゲームやアミューズメントの一つや二つ、プランニングできるかもしれない。

 

 もちろん今のところ、夢みたいな話ですが、ビートルズという、あの時代ならではの、世界の若者の精神が作った「文化」を後世に引き継いでいく文化事業(であるとともにビッグビジネス)は、きっと必要とされる日が来ると思います。

 それもそう遠い未来じゃなく。

 


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人を食った話

 

  人間は餓死しそうなほど飢えていればなんでも食べるのだろうか?

 生まれて一度も口にしたことのないものでも、口に入れられるのだろうか?

 敬虔なイスラム教徒は不浄な豚の肉でも食べられるのだろうか?

 ヒンドゥー教徒は神聖な牛の肉でも食べられるのだろうか?

 他の動物は、飢えれば共食いも辞さない。

 でも人間はどうなのか?

 僕もあなたも人の肉は食べられるのだろうか?

 

 すべての人間の脳には「飢える恐怖」がプリインストールされている。

 食に関する禁忌は、そうではなく生後、育つ過程で、その環境の生活・文化・宗教などによってインストールされる。

 脳に厳重なロックが掛けられる。

 その鍵は生命に危険がおよぶ極限状況に遭遇すると解除される。

 でも本当にそうなのだろうか?

 

 俗にいう「アンデスの聖餐」では、アンデス山脈の雪山で遭難した人々が、死んだ仲間の肉を食べて生き延びた。

 しかし、何人かは最後まで頑なにその「贈り物」を拒み、餓死した。

 

 どっちがいい・悪いの問題ではない。

 でもどっちか選ばなくてはならなくなったら、僕はどっちなのだろうか?と考えるのです。

 

 もちろん生きたい。

 ただ、生き延びた人のその後の人生はどうだったのか?

 食事はちゃんとできたのだろうか?

 生きたことを後悔しなかったのか?

 罪の意識に苛まれるることはなかったのか?

 

 いろんな疑問が渦巻きます。

 一度、脳のロックを解除してしまったらどうなるのだろう?

 僕は四六時中、自分で自分が怖くてたまらなくなるのではないか・・・と、想像してしまいます。

 

 人間の場合、動物とちがって、食べることは単なる栄養補給・肉体を維持するためだけの行為ではありません。

 そこにはその人が生まれてから体験してきた文化やアイデンティティの問題が、深く、複雑に絡み合っています。

 

 脳のロックは、その文化やアイデンティティに基づいて掛けられたもの。

 いわば自分がその文化圏の人間であること、自分が自分であることの証明でもあるのです。

 

 世界各地で人食い人種やカニバリズムの話が広められ、実際にそういう記録も残っているようなので、いざとなれば容易に解除されそうだけど、実際はどうなのか?

 

 たとえ死に瀕したとしても、僕はおそらくそう簡単には外せないと思うのです。

 もちろん人それぞれで判断は違うだろうけど、人間はギリギリのところまで人間であり続けようと考えるのではないか。

 他の動物に堕して生きるより、人間として死ぬほうを選ぶのではないか。

 

 だから、禁忌に対するタブーは侵さない――僕はそう思う。

 希望する、といった方がいいかも知れません。 

 

 あなたはどうですか?

 餓死の危機に陥ったら、普段はけっして口にしないもののうち、何と何なら食べられると思いますか?

 

 


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雨女に会った

 

 梅雨入りして初めての雨。

 最近のゲリラ豪雨はたまりませんが、今日のような雨は割と好きです。

 なんか、ピチピチチャプチャプランランランと歌い出したくなるような。

 

 というわけで雨降りを見ていたら、ふわっと目の前に雨女が現れました。

 赤い傘をさして、なんとなくデビューしたころの壇蜜に似ています。

 彼女は僕にちょっと色っぽい、アンニュイな声で囁きかけます。

 「雨女のご用はありません?」

 

 彼女はご用聞きにやってきたのだ。

 

 イベントのある日は雨男・雨女、晴れ男・晴れ女というのがよく話題になります。

 

 たいていの場合は単なる印象で、しかも自分でそう言っているんだけど、最近は物心ついたときから――とまでは言わないまでも、たとえば幼稚園とか小学校の頃から、自分の能力と将来を見越して、ちゃんと自らデータを取っているような人も、ごくたまにいる。

 

 「わたしは正真正銘の晴れ女だ。見よ!」

 

 とか言ってスマホを見せれば、そこには過去の遠足やら運動会やら旅行やら冠婚葬祭時の晴天率がちゃんとデータ化されており、その時々の写真やら参加者のコメントまで載っている。

 

 彼ら・彼女らは生まれながらの才能とスキルアップによって、お天気を操作できるプロの晴れ男・晴れ女なのである。

 

 晴れ男・晴れ女の需要は高い。

 野外イベントをぜひ成功させたい時、いまや主催者の合言葉は決まっている。

 

 「晴れ男・晴れ女を予約したか?」

 

 「いえ、あいにく当日はスケジュールがあいてなくて・・・」

 「予算がなくて、ギャラが出せないんですが」

 「降水確率ゼロですよ。もったいない」

 「ばかもーん!」

 

 晴れ男・晴れ女を手配できなければ、担当者のクビはスパッと吹っ飛んでしまう。

 たんまりギャラをふっかけられても、惜しんでいる場合ではない。

 たとえ雨の確率0%でも念には念を入れて保険をかけておく必要があるのだ。

 

 でも、雨男・雨女の場合は?

 これはあまりお呼びがかからないかも知れない。

 

 でも、彼女と相合傘でデートしたいとか、

 雨で外に出られず一日家の中でデートすることになって、一線を超えるような状況に持っていきたいとか・・。

 

 晴れ男・晴れ女のビッグビジネスに比べて、こちらはなんとも地味で儲からなそうだが、それでも求められることはあるのだ。

 

 晴れているばかりでは困ることだってある。

 晴ればっかりでは生きててつまらないこともある。

 それに意外と雨というのは思い出をつくることが多い。

 

 僕が息子をベビーカーに乗せて初めて散歩に出た日、途中で雨に降られたら、カミさんが傘を持ってきてくれたことを憶えている。

 あれは息子にとって初めて体験した雨だったと思う。もちろん本人は憶えてないけど。

 ちょうど今日のような6月の雨降りだった。

 

 そんな話を雨女にしたら、

 「ぜひまたご用命を」とにっこりと、ちょっと少し寂しげに笑って消えました。

 

 ゲリラ豪雨のような雨は嫌だけど、今日のような梅雨のしとしと雨は、ちょっと愛とお色気と人生のスパイスがあるなと感じます。

 


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ロボットみたいな人間、人間みたいなロボット

 

 仕事の関係で、ソフトバンクのロボット「ペッパーくん」の写真を何枚か見ました。

 ビジネスシーンでも活用され始めたペッパーくん。

 チェコの劇作家カレル・チャペックが舞台劇「R・U・R」で初めてロボットを登場させてから、ロボットという概念は急速に世界に広まった。

 それから100年が過ぎ、いよいよ本格的に、そして日常的に人工知能・ロボットが活躍する時代が来たようです。

 

 この100年、ロボットのような人間が増えたと言われます。

 自分の頭で考えず、誰かの命令に従い、言われたままにひたすら働く人間。

 あるいは冷酷で計算高く、人情のない人間。

 

 だけど、ロボットのような人間が増えたのは当たり前です。

 それ以前の時代はロボットという概念がなかったのだから「ロボットのような人間」などいるはずがない。

 

 じゃ、それ以前の人間はすごく人間らしかったのか?

 みんな自分の頭で考え、自分の判断で行動していたのか?

 みんな人情に厚く、温かい心を持っていたのか?

 みんな満ち足りてハッピーだったのか?

 

 これからロボットが社会進出します。

 

 僕はなぜか昔から「老人とロボット」という取り合わせに興味があったのですが、高齢者施設におけるロボットの必要性・活用度はかなり高いようです。

 

 お年寄りはロボットなんて怖いし、嫌がるかと思いきや、どうもそんなことはなく、むしろ子供とよりも相性がいいなんて声も聞かれます。

 

 ロボットのように働いてきた人間、ロボットのように生きてきた人間が年老い、施設に入り、人間のようなロボットに世話してもらう。

 そして失っていた「人間らしさ」を取り戻す。

 

 けっしてアイロニーでもブラックユーモアでもなく、これからあちこちでそんな物語が生まれてくるかも知れません。

 

 でも、そこでまた疑問が湧き起る。

 

 「人間らしさ」っていったい何?

 「人間らしい」って、どういうこと?

 

 それを人間自身に考えさせるために、ロボットは人間の群れの中に入ってくるのかもしれない。

 


恐竜少年Get Back

 

 ザザザザと水面が波立ち、10メートルにも届こうかという長い首が宙に弧を描いたかと思うと、周囲の山々に咆哮が響きわたる。

 それは太古の遺伝子が、いま生きている人間たちの魂を震わせる瞬間だった。

 

 スコットランドのネス湖をはじめ、世界中の多くの国の湖で、人々がそんなシーンを夢想してきました。

 そうした夢想は20世紀で終わったのかと思っていたら、どうもそうではないらしい。

 絶対いないと思うけど、もしかしたらやっぱりいるかな、いたらいいな・・・という人たちが、まだまだいっぱいいるようです。

 ネットでそうした情報に遭遇すると、何やら「ネッシー教」のような宗教なのではないかと勘繰るぐらいです。

 

 しかし、その地域にとってはやむにやまれぬ事情もあります。

 いわゆる町おこし・村おこしに湖の恐竜が一役買っていたことがあるからです。

 地域経済を活性化させる貴重な観光資源なのです。

 

 そんなわけでまだ絶滅させるわけにはいかないと、21世紀の若者たちによって、新たな古代生物復活プロジェクトが進んでいるとか、いないとか。

 

 人々の脳内で再び湖の恐竜が実在する日が訪れるのか?

 

 昨日、ブログの整理をしていて「ネッシーの実在と絶滅について」という記事を読んだら、これ、なかなか面白いなと思って、ドラマ化してみようと考えました。

 いろいろ並行して進めているので、また忘れた頃に進捗状況を報告しようと思います。

 


脳が構築する「風味」:人間の食と世界観

 

●「風味」という名のイメージ調味料

  昨年の「ふるさとの食・にっぽんの食」のイベントで、出演者の講師(料理人)が話していたフレーズが印象に残っています。

 

 「料理の風味というものは家庭の食卓で作られる」

 

 最近、「食」に関する研究書を読んでいて知ったことですが、本当の意味での「風味」というのは実在しない。

 風味とは物理的なものでなく、脳の中で作られるイメージだというのです。

 

 僕たちが食べ物を味わう時、その食べ物が実際に持つ味・においの信号が、舌・鼻から神経を通って脳に伝えられます。

 そこで脳が信号を処理して、その食べ物の味・においを認識させるわけですが、この処理の段階でかなり複雑な操作が行われます。

 そこに絡んでくるのが「記憶」です。

 

 その食べ物があった食卓の情景――食事をした時間・空間、誰がいっしょだったのか、その人たちとどんな関係で結ばれ、どんなコミュニケーションがあったのか・・・

 

 といった環境すべてを含んだ要素で形成される、いわば、その食べ物を取り巻く「世界観」が入り混じって、ある種のストーリーを創り上げます。、

 そして、そのストーリーに対する感情・イメージが形成され、それが「風味」となるのです。

 

 僕たちは毎日・毎食、そうした「風味」という名のイメージ調味料をふりかけて食事をしているわけです。

 

 そうすると、巷で売られている食品に付される「風味」「風味豊か」といった言葉は、実際には「軽いにおい」と言い表すのが正解なのでしょうね。

 

●人間を人間たらしめる風味・におい

 この風味がないと食事はどうなるのか?

 それは単なる栄養補給行為になって、動物がエサを食べるのと変わりなくなってしまう。

 動物にはその味やにおいは感じられても、風味を感じられるわけではない。

 風味があるからこそ、人間は食を楽しめ、人間としての食事をできる。

 そしてまた、そこには自分の記憶・自分が存在する理由も含まれている。

 

 この風味を形成するために重要なウェイトを占めるのが「におい」ですが、事故などで嗅覚を失ったりする(においを感じる神経が損傷する)と、脳の中で「風味」を構築することができなくなり、食事を楽しめなくなります。

 

 そればかりか、自分の記憶・アイデンティティを失う危機に陥ると言います。

 

 イヌなど(および野生動物全般)は、嗅覚によって、自分がいる世界を認識すると言いますが、文明社会に生きる人間の場合も、それと同じことが言えそうです。

 

 ちなみに人間の嗅覚はイヌや、その他の野生動物より数段劣るというのが従来の説でしたが、最近の研究ではそんなことはなく、人間は一兆種類以上のにおいを識別できると言います。

 

 しかも脳内で記憶と結びつけ、「風味」に変換できるという、他の動物には逆立ちしても真似できない特殊能力も兼ね備えている。

 

●母の料理は超えられない

 そう考えていくと、単なる栄養学を超えて、幼少期の食育というのがいかに大事か、が分ってきます。

 ただ食わしておけばいいわけではないし、毎食ぜいたくなものを食べればいいというわけでもありません。

 

 そういえば、冒頭にご紹介した料理人の方は、戦前のお生まれで、子供の頃、家の台所ではまだかまどを使っていたとか。

 

 「長年プロとしてやっているけど、私の料理は、永遠に母の手料理を超えられない」とも言っていました。

 

 におい・風味・記憶――人間の食にまつわる世界は、底なしに深く、面白い。

 


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日本のバラマキ風習はいま

 

 もしやアメリカは、日本の打ち撒き、散米、撒き銭、餅撒き、菓子撒きの風習があるのを調べ上げて戦後、乗り込んできたのだろうか?

 

 しばらく茨城の「撒き銭」の話を書いていたら、そんな疑念に囚われました。

 

 それを知っていて、戦略的にジープからチョコレートやガムをばら撒いて、当時の子供らを手なずけていたのならすごいな。

 次世代の日本人を戦勝国の文化に染め上げる最高の手段だったと思います。

 

 さすがに僕は「ギブ・ミー・チョコレート」の時代は知らないけど、名古屋の菓子撒きなら子供の頃に体験しています。

 

 まだ幼稚園生の頃だったと思うけど、タダで菓子がもらえる、それもバラマキでもらえると思うとワクワク、ガツガツしちゃうんだよね。

 当時はまだ貧乏な子どもが多かったから、みんな目をギラギラさせて集まってきた。

 本当に子供って言うのは「餓鬼」そのものです。

 

 その餓鬼を八百万の神の一つになぞらえちゃうんだから、本当に日本ってやさしい国です。

 幕末・明治にやってきた西洋人が、日本人がみんな子煩悩なのを見てびっくりしたというエピソードがあるのも頷けます。

 もちろん、中には子供を手なずけて手下にして、悪事を働かせていた悪党も結構いたと思うけど。

 

 ところで今日は、茨城の葬儀社の人と電話で話したので、ついでに「撒き銭」のことも聞いてみました。

 その人自身は南部なので経験ないと言っていたけど、県北のほうでそういう風習が今でもまだあるという話を聴いた他の葬儀社から聞いたことがある、とのこと。

 

 これは貴重な証言です。

 こうなれば今度は北部の方の葬儀社に訊いてみるしかありません。

 

 会話の中で名古屋の嫁山車の際の話も出て、「いや、名古屋も冠婚葬祭はすごいですよねぇ」と言われてしまった けど、まだ菓子撒きなんかやっているところがあるのだろうか?

 

 「名古屋の嫁入りはハデ」というイメージが蔓延ってしまっているので、他の土地の人がそう見るのはしかたないけど思うけど、ぼくたちのような世代が親になって以降、そんなド派手な結婚式や、ましてやお菓子をばら撒くなってことが行われているとは思えないのだけど。

 

 疑念が疑念を呼んでいます。

 菓子撒き、餅撒き、撒き銭・・・はたして現在の日本のバラマキの実態やいかに?

 


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最後の晩餐の演出

 

●再確認のための晩餐

 

 ネット上に数多見かける「人生の最期に何を食べたいか?」という質問。

 それに対する答を見てみると、自分の好物や、食べたくても普段なかなか食べられないもの(高価なもの、贅沢なもの、あるいは太るのを怖れていつも我慢している・・・といった理由で)がほとんどを占めています。

 

 一度も味わったことがないもの――たとえば「チベットの秘境に伝わる伝説の○○料理」――を、この世の食い納めに味わいたい、という人はほとんどいません。

 一度味わったあの味を、あるいはそのワンランク上のレベルもの(同じマグロのお寿司でも○○産のクロマグロの・・・)を欲しがる人が、ほぼすべてです。

 

 つまり最期に所望するのは、脳の奥深くに刻み込まれている、あの美味しさをワンスモア。

 再確認するためというわけ。

 

●人生の美味しいところが凝縮された晩餐

 

 それでアンケートでは、好きな食べ物・料理やお菓子そのものを挙げるのですが、実際にはそう単純ではありません。

 その食べ物・料理・お菓子の背景には、ひとりひとり独自の膨大な思いがあります。

 逆に言えば、その思いをギュッと凝縮し、具象化したのが、その食べ物・料理・お菓子なのです。

 

 いくら寿司や刺身やステーキや焼肉といった好物・贅沢品の皿がずらりと並んだとしても、そこがひとりぼっちでカラッポの病室だったら、「ああ、これが最後の晩餐だ」と感動して迎え入れ、美味しく食べられるでしょうか?

 

 おそらくはその食べ物に、その人の人生における体験や人間関係にまつわるシーン、シチュエーション、ストーリーが伴っていないと、最後の晩餐たる食卓にはなり得ません。

 

 それは子供の頃、おふくろが作ってくれた○○であったり、

 かつて旅の途中で入った異国の片田舎のレストランの○○であったり、

 友だちとみんなでわいわい言いながら突き合った○○であったり、

 貧乏な時代、家族や仲間と分け合って食べた○○であったり。

 栄光を勝ち取り、人生が輝いていた席での○○であったり。

 

 でも、そんなシーン、シチュエーション、ストーリーを再現するのはまず不可能です。

 希望に叶った「あの味」を口にしても「あんなに食べたかったのに……こんなもんだっけ?」という結果になってしまうでしょう。

 

 失望に終わる最後の晩餐ほど悲しく残酷なものはない。

 

●最期の想像力で創り上げる晩餐

 

 でもその時、人間は失望で終わらせないために、人生最後で最大の想像力を発揮して、その食べ物をコアとした、記憶の中のあの空間・あの時代・あの世界を創り上げるのではないだろうか。

 その食卓には、失われた家族や友だち、仲間、自分自身さえ集ってくるかもしれない。

 

 その好物の味と匂い、そして、何かのきっかけがあれば、たとえ認知症だとしても、人間の脳はそれくらいの幻想を構築できるのではないかと思います。

 

 問題は食事を作る者・出す者が、どうやってそのきっかけを作れるか。

 それが最後の晩餐を提供する者の腕前なのでしょう。

 

 (たとえ幻想だとしても)本当に望んだとおりの最後の晩餐が出来れば、たとえ実際にはとてもつまらない、スカスカの人生を送ってきたとしても、その人は幸福だった、充実していたと締め括れるのではないか。

 

 そんなブラックな妄想から「ばんめし できたよ」を構想しています。

 


ジャイアント馬場と大福とが創り出すアッポーな化学反応

 

●人生の最期に食べたいものは?

 新作「ばんめしできたよ」に向けて始動。

 その一環で「最後の晩餐」について調べてみました。

 

 「人生の最期に何を食べたいか?」というのは人気アンケートの一つらしく、サイト上にはいっぱい記事が載っています。

 ちなみにどこを見てもトップは「お寿司」。

 ま、わかりますが、わかりやすすぎてつまらない。

 

 僕もお寿司はフツーに好きだけど、そこまで特別なものか、執着するものかと言われると、そうでもない。

 

●父との最後の晩餐

 うちの父親は八年前に亡くなったけど、亡くなる1ヵ月ほど前(最後の2週間は意識がなかったので、2週間前と言えるかもしれない)、僕がいっしょに食べた最後の食事は「うどん」でした。

 

 うまく食べられないので、子供に食べさせるみたいに手伝ってあげたのですが、口からはみ出たうどんを、がんばってチュルチュルっと吸い込んだ時の映像が、いまだに頭の中に残っています。

 なんだかトンマで笑える光景でした。

 

 三島由紀夫は割腹自殺する前の晩に、取り巻きである楯の会のメンバーと、行きつけの料亭へ行って本当に「最後の晩餐」をやったらしいけど、覚悟を持ってそんなことが出来る人はそうはいません。

 多くはうちの父親と大同小異なのでは。

 

●馬場さんと大福

 もう一人、「最後の晩餐」と言えば、プロレスラーのジャイアント馬場さんです。

 馬場さんはテレビ番組で「人生の最期に食べたいものは何ですか?」と聞かれて「大福です」と答えました。

 

 ジャイアント馬場と大福という組み合わせは、「格闘家でありながら、人情味・ユーモア満載」というキャラクターとマッチして、忘れがたい印象を残しました。

 

 そう感じたのは僕だけでなかったようで、「ジャイアント馬場+大福」でネット検索すると、思いがけずたくさんの記事がヒットします。

 

 単なる思い出話だけでなく、なんと3年ほど前には、NHK Eテレの「グレーテルのかまど」というお菓子作りの番組で「馬場さんの大福」をやっていました。知らなかった!

 

 こういう話を聞くと、16文キックや椰子の実割りなど往年の格闘シーンや、芸人たちが物まねしたユーモラスなキャラクターと、ふくふくした大福のイメージが溶けあって、思わず「アッポ―」と叫びだしたくなるような、おいしい化学反応を起こします。

 


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父親としての誕生日に「父親の誕生」を拾い上げる

 

 

 今日は息子の誕生日だったのですが、近所の図書館に行ったら「父親の誕生」という本がリサイクル本になっていたので、ついピックアップ。

 

 これは息子が生まれた頃、何回か(たぶん4~5回)にわたって、くり返し借りて読んだ本です。

 

 女は母親になるということを身をもって体感するのに対し、男が父親になるというのは、そう単純な話ではありません。

 

 その昔、「子育てをしない男は父親と呼ばない」というキャッチコピーがありましたが、子供の面倒をちゃんと見るかどうかはともかく、とにかく自分で子供を見て、触って、声を聞いて、「そうだ、これはおれの子なんだ」と自覚して胸に刻まない限り、男は父親にはなれないのです。

 

 そうした観点から、子供が生まれて男が父になることを「父親の誕生」と言い表した著者の慧眼と表現力は、まさしく目からウロコものでした。

 

 著者のマーチン・グリーンバーグ博士は、1960年代から父子関係の研究を行ってきた、アメリカの精神科医ですが、この本の内容は博士の個人的な育児体験をベースに、その研究成果を散りばめるような形で書かれています。

 

 けっして難しい育児書、あるいは子育てマニュアルを書いたものではなく、エッセイに近いものというか、いわゆる読み物として面白い。

 そして随所に見受けられる深い洞察は、一種の哲学書としての趣も持っています。

 

 確か息子が保育園に通っている頃までは、年に一度は借りて読んでいたような気がしますが、大きくなるにつれて、もう借りることもなくなり、すっかり忘れていました。

 

 それがたまたま図書館に行ったとき、リサイクル本として入口近くに置いてあったのです。

 なんだか懐かしい友だちに再開したような気分。

 

 でも、リサイクル本になっているということは、おそらくこの10年くらいの間、ほとんど借り手がいなかったということです。

 イクメン、増えているはずだけど、こういう本は読まないのかなぁ。

 

 確かにもう20年以上前に出された本で、内容のベースとなっている著者の育児体験は、さらにまた20年近く前のことなので、若干古い感じがするのだと思いますが、良い本なのに、もったいない気がします。

 

 で、子供の誕生日=僕の父親としての誕生日に出会ったのも何か意味あるのだろうと思い、捨てられた子を拾い上げるように家に持って帰ってきたというわけです。

 

 ページをペラペラとめくって、拾い読みすると、当時の、赤ん坊だった息子を抱いたときの軽さ・柔らかさの感覚がよみがえってきました。

 

 悪くない。

 父親になってよかった。

 子供の面倒を見てきてよかった。

 

 そして、こういう感覚がまだ自分のからだの中に残っている、ずっと人生の中にあるんだ、と思えるだけで、なんだかうれしく、満たされた気持ちになります。

 

 また時間のある時に、ゆっくり読み込んでみようと思います。

 


ヌード犬・ファッション犬

 

●裸のワンちゃん・着衣のワンちゃん

 

 「あのイヌ、裸だ」

 昨夜、近所の夜道で散歩しているイヌに会った時、そう思ってしまいました。

 人間だったら大事だけど、イヌです。ベージュのトイプードル。

 服を着ていないのは当たり前、というか、こっちが普通のはずだったのですが・・・。

 

 最近、服を着て散歩している犬をすっかり見慣れてしまったせいです。

 特にトイプー、チワワ、ポメラニアン、ミニチュアダックスなどの小型犬の着衣率は、かなり高いという印象を持っています。

 

 うちの近所の永福町・明大前界隈もそうですが、このあいだ仕事で行った、横浜の「港の見える丘公園」とか、元町界隈では超わんダフルなファッションのイヌたちがいっぱいお散歩していました。

 

 やっぱりあの界隈は裕福な家が多いんだなと、ワンちゃんたちに教えてもらった感があります。

 

●犬服の効用は?

 

 イヌのしつけマニュアルや動物関係の広報誌・サイトの仕事をやっていた時分は、よく犬服について調べていましたが、それに関連してサイト上では必ず「イヌに服を着せるなんてアホか」「イヌがかわいそうだ」「病気になる」、極端なのになると「虐待に相当する」といった意見まで見られました。

 

 僕がいっしょにやっていた、しつけの先生は

 「いや、毛が飛散するのを防ぐなど、犬服にはメリットが多い」という賛成説を取っていました。

 

 ペット用品業界にスポンサーになってもらっているという立場があって、悪いことは言えないという、おとなの事情もあったようですが。

 

 ただ、僕の知る限り、服を着せるのが健康を著しく損なうとか、病気になるとかいう科学的な根拠はないようです。

 

 ネットで犬服の悪口を書く人は、やっぱりイヌをよく思っていなかったり、そういう可愛がり方をする飼い主が嫌いなんでしょうね。

 

●ファッショナブルになってリーダーを幸せにする

 

 僕も「イヌに服が必要か?」と問われれば、要らないとは思いますが、当のワンちゃんたちはどうなんでしょうか?

 

 イヌはタテ社会の習性が身体の芯まで備わっており、ボス・リーダーの役に立ち、喜んでもらうことに無上の幸せと安心感を感じる動物です。

 

 そんな彼ら・彼女らのほとんどは、ほとんど物心つく頃から飼い主さんの家族に育ててもらい、いっしょに暮らしています。

 だから飼い主さんは自分のボスであり、リーダー。

 

 よしんば服を着るのが少々窮屈だなと思っても、そのボス・リーダーが「〇〇ちゃん可愛い!」と喜んでくれれば、幸せを感じるのではないでしょうか。

 

 あるいは、自分はイヌというよりも人間か、それに近い存在だと思っているので、表に出掛ける時は服を着るのは当たり前だと思っているのではないかなぁ。

 

 昔のイヌはともかく、いまの家庭犬・愛玩犬って、飼い主さん家族を癒し、幸せにするのが仕事みたいなもの。

 それに小さい頃からそういう生活をしていれば、おのずと脳も服を着ることに対して、ひどい不快感はかんじなくなるのではなかなぁ。

 

 ま、残念ながら、イヌにインタビューしたことはないので、いずれも想像の領域を出ませんが。

 

●犬のエロス

 

 そういうわけで、ここ10年くらいですっかりポピュラーになった犬服ですが、そのせいで昨夜みたいに夜道で「ヌード犬」に出会うとびっくりしてしまう。

 

 大型犬でも毛の長い犬はいいけど、毛の短いラブラドールで、しかも人の肌色に近いベージュ系のヌード犬を見ると、ちょっとエロチックでドキッとするワン。

 

 「きみ、丸出しだけどだいじょうぶ?」って、つい心の中で問いかけてしまうのです。

 「よけいなおせワンよ」と言われそうですが。

 


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バカは死ななきゃ治らないけど、死ぬまでちょっとは成長できるかも知れない

 

 近年、日本のコンテンツをハリウッドが映画化する事例が増えています。

 このGWは「甲殻機動隊」を実写映画化した「ゴースト・イン・ザ・シェル」が公開(まだ見てない)。

 そこで息子と今後どんなコンテンツが映画化されそうか、されると面白そうか、話してみました。

 「鋼の錬金術師」などは、敵がキリスト教における「七つの大罪」だし、アメリカ人にウケそうな要素がたっぷり詰まっていると思います。

 

「エヴァンゲリオンなんかどう?」と水を向けると、

 「いや、あれはムリ。主人公のシンジ君をはじめ、登場人物が誰も成長してないから」という返事。

 しかも敵が使徒――ANGELでは、ハガレンとは逆にキリスト教徒の反感を買うのは必至というわけ。

 

 と議論をしていたわけですが、ハリウッド映画の中の暗黙のルールは、主人公が成長を体現すること。

 これがヒットの条件となっており、脚本の中にこれがないとドラマと認められません。

 

 21世紀になる頃からこうした公式が少しずつ崩れ始めてはいますが、やはりいまだに観客の意入る王道的な作品、子供を含む幅広い年齢層にアピールする作品は、この公式に則って作られる、少年(最近は少女も多い)の成長物語なのです。

 

 成長物語なので、主人公は子供や若者であることが多いのですが、必ずしもそうでなくていい。

 現状に留まらず(留まれず)リスクを負って冒険でき(せざるを得なくなり)成長するのであれば、登場人物は中年や年寄りだっていいわけです。

 

 なんとか賢く、ずるく立ち回ろうとしたがうまくいかず、身も心も擦り切れて、あるいは悪徳に染まって、社会の軋轢に青息吐息の中高年。

 「バカは死ななきゃ治らない」とうそぶいて、薄ら笑いを浮かべながら人生を放棄しようとしている。

 そんな彼らにも、それぞれ一つだけ、どうしても守らなくてならない何かがあった。

 そのために望みもしない冒険に巻き込まれ、闘う羽目に陥って・・・。

 

 人間、良い意味で、永遠の子供・永遠の若造でいられる。

 きっと死ぬまで成長できる、たいしたことないかもしれないけど。

 そんな話を一つ書きたいなと思っています。

 


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子供の成長

 

 自分の子供がちっとも成長しなかったら、僕はどうなるだろう?

 やっぱり悩むし、嘆き悲しむだろう。

 腹を立てて、サーカスに売り飛ばしてしまうことだってするかもしれない。

 そうしちゃった人がいます。もちろんマンガの話だけど。

 

 アトムの生みの親・天馬博士は、トビオという息子が事故で死んでしまったのを悲しみ、その身代わりにアトムを作りました。

 

 ロボットなんだから成長しないのは当たり前。

 そんなこと最初からわかっていたはずなのに、息子可愛さのあまり、その事実を受け入れらえず、あげくの果てに前述したような児童虐待の極み。

 

 天才科学者として世間から尊敬されていた人ですが、このふるまいは完全に幼児以下のレベルです。

 

 天才と言われる人は、子供の心・子供の感性を持っていて、それが仕事に結びつけば、肯定的にみなされるだけど、こと親としては失格者。

 子供に子供は育てられません。

 

 でも最近は子供が子供を育てていることはままあるようです。

 天馬博士とは逆に、子供に成長してほしくない、という人。

 ずっと小さくて可愛いまま、幼いままでいてほしいという人が少なくない。

 

 そりゃそうだよね。

 大きくなっちゃったら可愛くないもんね。

 特に男は自分よりでかくなっちゃうし、髭やら何やら生えてくるし・・・。

 

 と、もちろん冗談だと思って笑って話を聞いていると、

 最近はどうもそうではない人も結構いたりして・・・。

 

 仲良し親子はいいのだけど、 聞くところによると、中学生になっても、高校生になっても、20歳過ぎても、いっしょに風呂に入っている異性の親子がいるとか。

 

 信じられないけど、本当の話らしい。

 いろんな親子の在り方があっていいと思う。

 けど、やっぱりおかしいものはおかしい。

 

 こういう親子関係、こういう子育てって、子供の成長を阻害する、一種の虐待とは言えないのだろうか?

 

 お母さんと一緒に風呂に入っている20歳の息子、お父さんといっしょに風呂に入っている20歳の娘は、健全に成長したと言えるのだろうか?

 

 子供の日。

 子供たちの健やかな成長を願わずにはいられません。

 


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「THE ALTERNATE LET IT BE…Naked」:ビートルズの終わらない物語

 

●行間のある音源

 

 昨年の秋ごろからか、YouTubeにやたらと60~70年代のロックバンドのデモ音源が上がるようになりました。

 スタジオ内やライブ会場のリハーサルの際の音や、収録したけどリリースをされなかったアウトテイク、さらにそれ以前の編曲前の原曲、完成される途上のものなどです。

 当然、未完成だったり、ノイズが入っていたり、音がひずんでいたりもするのだけど、完成品を聞きなれた耳に、半世紀近くも昔のパフォーマンス、曲作りのプロセスの様子が妙に新鮮に響きます。

 

 未完成な、いわば子供状態みたいな原曲や、それに近いものは、こういう過程を経てあの名曲に成長したんだなと思うと、なんだかとても感動的です。

 

 未完成作品には、リスナーが楽曲の世界にみずからの想像力を潜り込ませて楽しめる「行間」があるということでしょう。

 

 

●Let it Beが厚化粧した理由

 

 最近、気に入ってよく聴いているのは、ビートルズの「THE ALTERNATE LET IT BE…Naked」です。

 1970年発表のラストアルバム「LET IT BE」はプロデュ―サーのフィル・スペクターが原曲にオーケストラをコテコテにオーバーダビングしたことで、メンバー(特にポール・マッカートニー)の怒りを買い、長年ビートルズファンから大ブーイングされてきた、いわくつきの作品です。

  

 ただ、あえてスペクター氏の弁護をすれば、当時はスタジオ技術が急激に進歩し、ロックによる表現方法も格段に広がった時代で、とにかく高密度で、ぶ厚い音作りが求めれていました(その流れを作ったのが、当のビートルズの「リボルバー」や「サージェント・ペパーズ」なんだけどね)。

 

 2003年にポール・マッカートニーがリベンジを図って発表した「Let It Be... Naked」は、もともとビートルズが原点回帰(Get Back!)をめざしたオリジナルに近い作品に仕上がっています。

 

 いま聴くと渋くてカッコいいなぁと思うけど、当時の感覚では

「なにこれ?なんか音がスカスカじゃん。ビートルズ、スカじゃん」

 といった感想になったのでないでしょうか?

 

 まだロックが音楽として発展途上だった1960年代の終わりから70年代は、ロックは刺激を求める若者が聞く音楽であり、今でいう「行間」「ゆとり」は、「スカスカの音」と否定的にしか認識されなかったのです。

 

 スペクター氏は、スカスカは許されないと思った。

 これはこのままでは商品にならない、なんとかせねば、と思った。

 何よりもビートルズブランドを守らなくては、と思った。

 

 とにかく高密度に、とにかく音を分厚く・・・ということで、オーケストラを大導入し、タイトル曲の「レット・イット・ビー」には荘厳なパイプオルガンを響かせたり、間奏にはハデでカッコいいギターソロをフィーチャーしたわけです。

 

 ちなみに僕は今でもこの間奏のギターソロが大好きです。

 一応、リードギターのジョージ・ハリスンが弾いていることになっていますが、あれはスタジオミュージシャンだという説もあります。

 カッコよければ、どっちでもいいのだけど。

 

●永遠に続くストーリーを聞く

 

 この「ALTERNATE」は、「Naked」の別バージョンとも言うべき音源で、歌い方や演奏内容が「Naked」と微妙に違っていて、スタジオ内の話し声とともに、ノイズやひずみ、バランスが悪かったりするけど、とても楽しめます。

 

 むしろ、そうした声やノイズやひずみがあることで、この頃の空気が伝わりやすくなっている。

 バンドとしてのビートルズはすでに瀕死の白鳥になっており、バラバラになってしまったメンバーの心を、なんとかつなぎとめよう、まだビートルズでいようと、ひとりひとりが必死で頑張っている様子がリアルに伝わってくる。

 

 でもその一方で、オレたち、やっぱもうダメかな~と諦めかけている。

 やることやったし、カネも十分稼いだし、もうこれ以上ムリして続けなくてもいいんでね?

 そろそろ自分の好き勝手にやりたいよ、と投げやりになり始めている。

 

 そんな最後のあがきやら、利己心やら、それぞれの心のゆらぎが音と音との「行間」から一つのストーリーのように見えてくるのです。

 

 しかし、そんな末期的状態なのに(だから、なのか)、これだけの名曲群が生れ落ちるのだから、やはりすごいと言わざるを得ない。 

 

 ジョン・レノンもジョージ・ハリスンもこの世を去ってもうずいぶん経つのに、このアルバムの歌を聴いていると、まだまだ彼らのストーリーが続いているような気がして、不思議な気持ちになるのです。

 


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「ありがとう」の思いを込めた動物供養は、世界オンリーワンの日本の文化

 

★ペット葬・ペット供養

 

 葬儀・供養業界の雑誌の仕事をしているのいで、その方面の話を聞くと、反応するようになっています。べつに信心深いわけではないのですが。

 

 最近、興味を抱いたのが、動物慰霊の話。

 人間の方は、お葬式をしないでそのまま焼場に送ってしまう直葬が激増。

 お葬式なんて形式的なものにお金をかけられない、という傾向が全国的に広がっていますが、その反面、ペット葬儀・ペット供養の件数は年々増え、手厚く弔うようになっています。

 

 これだけ聞くと、「人間より動物の方が大事なのか!」

 と怒り出す人もいそうですが、

 「その通り」とまでは言わないけど、

 日本のように動物の霊魂を認め、ちゃんと供養する文化を持つ国は稀少――というか、ほとんど唯一と言っていいようです。

 

★肉になる動物の供養:畜霊祭

 

 ペットの場合は心の癒し――いわば、精神の栄養になってくれるけど、肉体の栄養になってくれるのが、僕たちが毎日食べているお肉です。

 

 僕のロンドン時代の職場(日本食レストラン)の仲間にダテ君というのがいて、彼は高校卒業後、しばらくの間、食肉関係の会社に勤めていたそうです。

 

 そこでは必ず年に一度、「畜霊祭」というのを行い、自分たちが屠った牛や豚や鶏などを供養していたとのこと。

 

 もちろん、お坊さんが来てお経を唱えるし、参列者も喪服かそれに準じる服装をし、人間の法要と変わることなく、ちゃんとした儀式として行なうそうです。

 そして、社長など代表の人が祭詞を読み上げます。

 

 「人間のために貴重な命を捧げてくれて感謝の念に堪えません云々・・・」

 

 ダテ君の話を聞いたのはずいぶん昔のことなので、すっかり忘れていましたが、最近、この畜霊祭のことが書かれてある本を読んで思い出しました。

 

 さらにインターネットで調べてみると、びっくり。

 

 実際に屠畜に関わる食肉会社はもとより、家畜の飼料を作る会社とか、直接屠畜に関わるけではないところも、とにかく家畜関係のビジネスをやっているところは、みんな、こうした畜霊祭、牛供養、豚供養、鶏供養などを行っているんです。

 家畜のおかげで収入を得て暮らしていける。感謝してしかるべき。

 そういう考えかたなのです。

 その本の著者によれば、こんなことをやっているのは世界中で日本だけ。まさしく日本独自の文化。

 

★イルカもクジラも魚も、動物園も水族館も、実験動物も

 

 この話をすると、欧米人は信じられないとか、奇異な目で見て、嗤う輩もいるらしい。

 バカヤロ。

 彼らがよくやり玉に上げるクジラやイルカはもちろんのこと、「魚魂祭」といって魚の供養をするところだって全国津々浦々にあるのです。

 

 さらに言えば、9月の動物愛護週間には、全国各地の動物園で「動物慰霊祭」が行われるし、水族館ではやはり魚魂祭が行われます。

 

 そして実験動物も。

 マウスやモルモットをはじめ、動物実験を行っている研究所・医療機関も動物供養を行っています。

 

 僕たちは割と当たり前だと思っているけど、こうした施設においてちゃんとした動物供養をする国も、どうやら世界で日本だけのようです。

 

★敬虔な気持ち、感謝の心に基づく文化

 

 だから日本人は立派だ、という気はありません。

 ナナメから見れば、いくらでも批判できます。

 

 ペット業者も食肉業者も動物園も、みんな商売の一環でそうしているんだ。

 他のところがやっているから右へ倣えでやってるだけだ。

 実験動物だって、一部の動物愛護家がうるさいからだろ。

 カタチだけで魂なんかこもっちゃいない・・。

 とも言えるかもしれません。

 

 でも、そうした命や自然に対する敬虔な気持ち、哀れに思う気持ちと感謝の心に基づく文化があることは確かだし、知っておいたほうがいい。

 そして機会があれば、外国の人にも伝えられればいいと思うのです。

 

 少なくとも、畜霊祭や魚魂祭のこをおかしがって嗤う輩に

 「クジラやイルカを殺して食うとは、かわいそう。日本人はザンコクだ」

 なんて言われたくないよね。

 

 


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新聞少年絶滅物語2:まかない付き・住み込みOK職場の光と闇

 

 新聞配達・新聞少年の話は、小説・エッセイ・映画などの中でよく登場します。

 作家の田口ランディは、若い頃、新聞販売所で「まかない婦」のアルバイトをしていたそうで、その体験談を自分のエッセイで書いていました。

 

 そうか、新聞屋さんというのはまかないがあるんだ。

 たぶん朝刊を配り終えて帰ってくると、ほっかほかのごはんとお味噌汁が出てきて、

みんなそろって「いただきまーす!」とがっつく。

 そして新聞少年はそのまま学校へ。いや、一度家に帰るのか?

 さすがに子供じゃ住み込みはしてないよね・・・。

 

 そんな昭和ロマンに思いをはせつつ、現代の求人広告を見てみると、驚いたことに、いまだに「住み込みOK」「賄いつき」という文言を目にします。

 

 そうでしたそうでした、事情で家がなかったり、部屋を借りられなくても、住み込みや賄いつきで働けるのが新聞販売店の特徴。

 新聞少年につられて、つい牧歌的でノスタルジー漂う昭和世界(なんとなくドリフのコントや吉本新喜劇の舞台にもなりそうだ)を連想してしまいますが、その反対に文学の世界では、新聞にまつわるネガティブな話もさんざん描かれています。

 

 上の方(新聞社)もいっぱいスキャンダルがあるけど、話を末端の新聞販売店・新聞配達に絞れば、そこで働く人たちははぐれ者として描かれ、ワケありの過去を持つ人物がウヨウヨ。

 いわばブラック業界、ダークサイドの職場というわけです。

 

 そうした環境にいるうちに、元気で明るく、健気だった新聞少年は、齢を重ねるごとに屈折し、何やら暗い影を背負った大人になっていきます。

 

 「なんで人が新聞読むか知っているか?

 記事を見て、ああ、世の中にはこんなに不幸な人、気の毒な人がいっぱいいる。

 それに比べれば、私たちはずいぶんましだ、幸せだ。

 そうやって安心するために読んでいるんだよ。

 新聞のいちばん大きな役割は、そうして人を安心させ、社会を安定させることなんだ。

 それを家まで配達している俺たちは、多大な社会貢献をしているんだぜ」

 

 高校の頃に、小説の中に登場する新聞屋さんの、こうした皮肉にあふれたフレーズに初めて出会った時、ああ、世の中、甘くないんだ。そんなシビアな見方もあるのかと、僕は衝撃を受けました。

 さすが小説を書くような人は違うな、すごいなと感心したものです。

 

 ちなみにこのフレーズ、表現の微細なところは異なっているけど、同じ意味の文章・セリフを、何本もの小説、エッセイ、映画などで散見しています。

 パクリなのか何なのか分からないけど、それだけ読む人の記憶に残るフレーズです。

 

 インターネット普及以前は、情報源のキングとして、社会に君臨していた新聞。

  もちろん、速報性という面では後発のテレビやラジオに後れをとっていましたが、

その深度と正確さはそれを補って余りあるもの(と思われていた)だし、何と言ってもメディアの大先輩。

 だから人々の信頼も厚く、従って社会的地位も高く、大きな顔をしていられました。

 

 そうした表の顔が輝かしい分、裏面の闇は深く、フィクション・ノンフィクションに関わらず、新聞にまつわるネガティブな話がさんざん描かれるようになったんでしょうね。

  

 子供の仕事から大人の仕事になった新聞配達。

 やはりいずれはロボットだか何かの仕事になるのだろうか。

 あと数十年したら、アトムみたいなロボット少年が新聞を配っているかもしれません。


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新聞少年絶滅?物語

 

●昭和ロマンの新聞少年

  

 今、新聞配達の仕事ってどうなっているんだろう?

 ・・・と、ふと気になっています。

 最近見かける新聞配達は、バイクでぶいーんと走っている兄ちゃん。

 というか、どっちかというとおっさんが多い(たまにお姉さん、おばさん)ような気がします。

 

 僕が子供の頃は、新聞配達の主役と言えば新聞少年――つまり子供、小中学生でした。

 貧乏に負けず、毎日早起きして家計を助けるために頑張って働き、終わったら学校に行ってよく学び、よく遊ぶ。そしてまた夕刊の配達へ。

 

 それをフォローするちょっとくだけた大人たちが周囲にいて、時にあたたかく、時にきびしく、時にズッコケながら少年らの成長を見守る・・・。

 新聞配達という仕事からはイモヅル式に、そういう笑いあり、涙ありの昭和ロマンを連想してしまうのです。

 

●新聞配っているやつらはいいやつら

 

 現実的な記憶をたどってみると、

 僕が小学生だった昭和40年代、新聞配達をやっている同級生はクラスに必ず2~3人いはいたように思います。

 女子はやらないので、男子の1割強といったところでしょうか。

 もう少し年齢が上の人たち――昭和30年代に小学生だった人たちなら、もっと多かったのではないかと推察します。

 

 彼らの家はやっぱりだいたい貧乏だったとと思います。

 これは印象でしかないので、もしかしたら十分金持ちだけど趣味でやっていたんだよ~ん、というやつもいないとは限らないけど。

 

 いずれにしても「新聞少年」の姿は、昭和40年代ではまだ当たり前に見られ、けっして特別なことではなかったし、学校もそれに対してとやかく言うことはありませんでした。

 むしろ、そうやって頑張ってる友達をみんな応援しよう、という空気でした。

 

 僕はというと、そうした彼らを割と尊敬していました。

 働かず、カネも稼がず、親に甘えてノホホンと学校に通わせてもらっている自分に比べてなんて偉い奴らだろうと、ちょっと引け目を感じていたくらいです。

 

 で、また、覚えている限り、新聞少年たちはみんな、だいたい気のいい連中で、いやなやつはひとりもいませんでした。

 特別な親友というのはいなかったけど、けっこう仲の良かった友だちは何人かいて、今でも彼らの顔ははっきりと思い出せます。

 

●新聞少年の孤独

 

 ただ、彼らは友だちがいてもどこか孤独な感じが漂っていました。

 ほかの子供とはちょっと違う、少しおとなびた雰囲気が共通してあったのです。

 それは僕が「こいつは自分やほかの連中とちがって自立している」という目で見ていたせいかも知れません。

 

 しかし今にして思えば、やはり彼らは家庭にいろいろ問題を抱えていて、働かざるを得ない事情があったのでしょう。

 子供って割と小さい頃から、そうしたことを知られるのには敏感で、秘密にしたりしちゃいます。

 それが自立したムード、孤独な雰囲気として自然と表現されていたのだと思います。

 

●「貧しくとも子供働くべからず」の時代へ

 

 そんな昭和の元気と希望とちょっぴり哀愁の入り混じった「新聞少年」ですが、どうやら平成の現代日本では絶滅してしまったようです。

 

 というのは基本、小中学生を労働させるということが禁止されてしまったからです。

 もちろん、家の仕事を手伝ったり、知り合いの仕事を非公式な形で手伝ってお小遣いをもらう、というのはOKらしい(厳密にはダメなのかも知れませんが、まぁ、そこまでチェックはしないので)のですが、いわゆる表立って「雇用」という形ではNGとのこと。

 

 もちろん昭和40年代と社会環境は大きく変わりました。

 豊かになったんだから子供が働く必要ないでしょ。

 また、学校で勉強すべき子供を働かせちゃダメでしょ。

 そんなの先進国家として恥ずかしいじゃないか・・・

 

 という、社会の上層部の方の意見が反映されて、新聞販売店も子供を働き手と使えなくなりました。

 でも、そんなこと言っても現実には貧困家庭は昔と変わらずあるわけで、ちゃんとした仕事で働いて、お金を稼ぎたい、家計を助けたいと考える子は少なからずいると思うのです。

 ちょっとネットで調べたら「うちはシングルマザーなので新聞配達をやって家計を助けたんです」という子供の投稿が載っていました。

 本物の子供が本心でそういう記事を載せたのかどうかはギモンですが・・・。

 

 じつは新聞配達、新聞少年をテーマにしたお話のアイデアが浮かんで、これから膨らまそうという魂胆。

 昔のものでも現在のものでも、もし新聞配達、新聞少年に関する興味深い情報があれば、ぜひお寄せください。

 というわけで、この続きはまた明日(か次回)に。

 


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スチームパンク:19世紀への冒険

 

 息子が「スチームパンク」なるものに凝っていて、ちょっと話を聞いたら面白い。

 SteamPunkとは蒸気によるテクノロジー、つまり19世紀の産業革命時代の技術がそのま進化した世界=架空の物語世界の概念。

 

 創始者はかつて「ニューロマンサー」で「サイバーパンク」なる概念を生み出したSF作家・ウィリアム・ギブスンで、もちろんこれはサイバーパンクをもじった造語。

 アニメや漫画やファッションの分野では、割と以前から一つのジャンルを形成しており、人気が高いようです。

 そういえば数年前に、大友克洋の「スチームボーイ」という映画をやっていたっけ。

 

 僕が面白いなと思ったのは、こうした物語世界にはまる多くの若い連中が、近代社会の始まりとなる19世紀の西洋文化に強くインスパイアされているということ。

 

 現代を産業革命以降の「人間VS機械文明」の時代の最終章、あるいは石油などの地球資源使い放題の大量生産・大量消費時代の集大成と捉えるのなら、こうしたカルチャーが開花するのはとても興味深い現象です。

 

 もちろん、これは一種の遊びなので、スチームパンク現象に高邁な思想やら哲学やら未来学やらが盛り込まれているわけではありませんが、何か匂いがする。

 ネジや歯車など、コンピューター以前のアナログなマシンの持つ質感の魅力。

 バーチャルなものに生を支配されてしまう事に対する怖れみたいなものが、若い連中の心を引き寄せるのかもしれません。

 

 これに関連しているのか、ジュール・ヴェルヌ(海底2万里)、H・G・ウェルズ(透明人間/タイムマシン)などの古典SF、さらにはカレル・チャペック、アイザック・アシモフのロボットものなども復活しているとか。

 

 子供らといっしょに現代からの視点で、こういう古典を再読し、近代社会・近代思想について学習しなおすことも必要だなと思っています。

 


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「ガチ:GACHI」という言葉を外国人に説明するとしたら・・・

 

 若者言葉から今やすっかり一般に浸透した「ガチ」という言葉。

 

 「What is GACHI?」

 

 そう外国人に聞かれたら、どう説明すればいいか、考えてみました。

 

 まず、「ガチンコ」の短縮形であることを説明しますね。

 では「ガチンコ」とは何か?

 

 「ああ、あのチンジャラジャラってやつ?」

 

 ちゃうちゃう、あれは「パチンコ」。

 やっぱり相撲の話をしなくちゃならない。

 ガチン!とマジで、本気でぶち当たるから、ガチンコ。

 つまり真剣勝負。この取組はガチンコだよ、とか・・・。

 

 「え?ということは真面目にやらない、本気で闘わない取組もあるということですか? 相撲はスポーツじゃないんですか?」

 

 いや、ちょっとスポーツというカテゴリーとは違ってて・・・ と、ここでやはり「八百長」という概念を説明する必要が出てくるでしょう。

 

 「What is YAOCHOH?」

  

 最近は鳴りを潜めているけど、

「立ち合い、右からこう当たりますから、あとは流れでどうこうで・・」

というのが数年前に問題になりまして・・・。

 その言葉の由来は明治の「八百屋の長兵衛」というのがいて、商売上の取引があったりしてね・・・

 

 「ええええ、ということは、スモウはインチキ? ビジネス?」

 

 いや、インチキじゃないんだよ。

 何というか、興行になっていて、江戸時代からの歴史があって・・・・

 カブキとか、シアターと同じように考えてもらえれば・・・。

 

 「スモウがカブキ? シアター?」

 

 この辺りで江戸の名大関・雷伝為衛門の話など。

 対戦相手の年老いたお母さんが見に来るので、わざと負けたという人情話もあるんだ。

 そういう日本人の歴史や文化は詰まっているんだよ、スモウには。

 奥の深いものなんだ。

 Did You Understand?

 

 「う~ん、ヨクワカリマセン。

 それがGACHIになったんですか?」

 

 「ガチ」の一言を説明するためには相当な時間と労力を要しそうです。

 みなさん、東京オリンピックまでに英語の勉強も必要だけど、日本の歴史と文化も勉強しておきましょう。

 

 


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脳が知っている、豆腐小僧の食歴と健康食

●肉食卒業?

 

 最近、あまり肉を食べなくなってきました。

 特に健康を気にしているわけでもなく、ましてやベジタリアンになろうとしているわけではないけど、「肉が食いたい!」と、ムラムラっと湧き起っていた、あの欲求が起こらない。

 たとえば、街中で肉料理のアップの写真の宣伝物に出くわしても、なんとも思わない。

 もし仮に明日から肉食禁止と命じられても。「はい了解」と、すんなり受け入れられそうです。

 

 その代わりというわけではないのだけど、豆類や海藻類が妙に好きになってきた。

 豆類は食べ出すと脳内ブレーキがゆるみっぱなしになり、おかずだけでは飽き足らずに、おやつにもバクバク食べて、あとからお腹がいっぱいになり、プープーおならが出て困ったことになってしまう。

 

 トンカツなども、ヒレカツは食べるけど、脂身の多いロースかつは最近食べていません。

 牛丼は割と頻繁に食べていたのだけど、だいぶ前――40歳の手前もある時期、急に食べられなくなりました。

 匂いにつられてお店に入って注文し、2~3口食べると、急に胸やけと吐き気に襲われたのです。べつに体調が悪かったわけではないのに。

 そんなことが2~3度あって、いっさい食べられなくなりました。

 なぜだろう? あれは今でも不思議だなぁ。

 自分の脳から「もう食うな」と命令が下りたのではないかという気がします。

 

●食歴をふりかえって

 

 自分の「食歴」をふり返ってみると、子供の頃は肉がダメだったんですね。

 豆腐が大好きで「豆腐小僧」と呼ばれていたこともありました。

 

 学校給食に入っている肉が最悪で、しかも僕の子供時代は「勉強できなくても、給食をいっぱい食べる元気な子がいい子」という価値観の時代。

 だから先生もかなり脅迫的で、食べられるまで残されました。

 あの取り残された時のみじめさといったらありません。

 学校でどの授業よりも、給食の時間がいちばん嫌いで、本当にあのひどい「食育」には苦しめられました。

 そういうのもトラウマになっているのかもしれませんね。

 

 でもまぁ、子供時代に肉食がダメだったということは、もともと肉があまり体質にあってないのかも。

 なので、体力のピーク時を過ぎて、だんだん本来(?)の自分の食の趣向に戻っていっているのかも知れません。

 

●何が健康食かは、ひとりひとり違っている

 

 ちなみに何を食べれば健康になるか、維持できるかというのは人ひとりひとり全く違うと思います。

 極端な偏食は問題あるかも知れないけど、肉をバクバク食って長生きしている人もいるし、朝食を食べたほうが調子いいか・悪いかというのも、その人次第。

 

 いろんな人が「私のこの食事法がいいんだ」と、いろんな健康法を提言し、あれ食うな、これ食え、などと言っていますが、気にして惑わされないほうがいいと思います。

 

 それよりも自分の子供時代をはじめ、食の嗜好の歴史を振りかえって、本来自分に合っているのはどういう食なのかを、自分の脳に教えてもらったほうがいいのではないでしょうか。

 

 

 

 


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気になる。あったかくて、クールで、おいしそうな「未来食堂」

 

●これが未来の定食屋?の画期的システム

 

 神保町に「未来食堂」というところがあって、革新的な定食屋として話題を集めています。

 

 メニューは日替わり定食1種類だけ。

 しかし、それにプラス400円で、お客が自分の好きなものをオーダーし、いわばカスタムメイドの定食にできる「あつらえ」というシステムがあります。

 

 また、お店のお手伝いをすると一食ただで食べられるという「まかない」のシステム、さらにその「まかない」をチケットにしてお店の外に貼っておき、お腹をすかせた通りすがりの旅人が、自由にそれを使えるというシステムもあるとか。

 

 画期的というか、面白いというか、まさしく飲食業界の常識をひっくり返している。

 もちろん慈善事業でも何でもなく、ちゃんとビジネスとして成立し、黒字経営ができているとのこと。

 

 なんか独特のストーリーがある定食屋さんだなと感じます。

 

 オーナーで店主の女性は、もとITエンジニアで、以前はクックパッドで仕事をしていたそうです。

 なんか納得してしまう。

 そして、そうか、これが「未来」か、と大きくうなずいてしまう。

 

●接客はコンビニのように

 

 こうしたお店なので、さぞやお客さんと和気あいあいという感じでやっているのだろうと思いきや、彼女は接客に関して、「コンビニのような接客をしています」とテレビ番組のインタビューで応えていました。

 

 じつはこれが僕が最も興味をひかれたところ。

 

 家族のような、ヒューマンタッチの人情にあふれた食の風景ではなく、そこにあるのはクールで、半ばマニュアル的とも言えるコンビニ風の接客。

 そうしたベタつかない、さっぱりした関係が彼女の理想たと言います。

 

 それにはちゃんと理由があって、

 

 常連客と店のスタッフの距離があまりに近く親密だと、初めて来た人や、たまにしか来ない人たちは気後れしてしまう。

 足しげく通っていた時期もあったが、たまたましばらく来られない時期が続くと、なんだかバツが悪くて、来たくても以前と同じように顔が出せなくなってします。

 好きなお店に対するお客の心理って、けっこうビミョーです。

 

 そうしたよけいな気遣いをしなくて済むよう、どんなお客でも、ほとんど差がないよう、コンビニのように接するのが基本だと考えている。

 

 ・・・という趣旨の話を彼女がしていて、とても感心しました。

 

 そういえば、マンガ「孤独のグルメ」でも井の頭五郎(主人公)が、初めて入った店(このマンガに出てくる店は、だいたいどれも井の頭五郎が初めて入る店)で、やたら店主と常連客がなれ合っていて、裏メニューを出したり、わがままを聞いてやったりするのを不快がっていたのを思い出しました。

 

 僕たちはヒューマンタッチの店が、あったかくて人間らしくて良い店だ、と勝手に思い込んでいますが、そうとは限らない。

 たしかに親密さ、距離の近さが、べたつき感につながったり、うざく思える時がある。

 もちろん、そういう世界を求める人は求めていいのだけど。

 おみせの立場に立った場合、ビジネスでやる以上、自分の姿勢ははっきり打ち出さないとね。

 特に飲食の世界では、自分は顔が効くということを自慢し、店側に甘えたがる人も少なくないので。

 

●ただいま産休中

 

 「あつらえ」「まかない」といった画期的システムに、ベタベタしたなれ合にならない、クールで確かなお店の姿勢。

 「未来食堂」というネーミングがお腹の底にストンと自然に落ちます。、

 

 

 最近、神保町界隈には出向いていないので、こんど千代田区方面に行くときは、ぜひ寄ってみよう・・・と思っていたら、なんと、きょうから店主産休のためしばらくの間、お休みとのこと。

 がつがつ仕事するだけが人生じゃない。

 これもまた新しい「未来」!

 

 


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人形が幸せになれる国ニッポン

 

 先日、「仏事」の仕事で和歌山の清掃会社を取材したときのこと。

 その会社は仕事の半分以上が、遺品整理や生前整理、そして独居老人が亡くなった後の家の清掃などをやる、いわゆるデスケア関連の会社です。

 

 和歌山というのは高齢化の先進県で、人口全体に対する高齢者の割合が全国第6位。

 近畿地方ではナンバーワンとのことで、この数件、家の中を整理したいという高齢者が激増しているのだとか。

 デスケア業界で言う「生前整理」のニーズに応じて、このビジネスに参入する業者も増えているとのこと。

 

 そこでかなりの割合で出てくるのが、お人形さんです。

 この季節、父・母から子へ、祖父・祖母からかわいい孫へ、立派な五月人形が贈られます。少し前なら、もちろん、女の子を寿ぐひな人形が。

 

 これらの華やかな人形たちは、最初の数年は家の中ですごい存在感を放つのだけど、子供が大きくなるとともに、だんだんその存在感が薄れていきます。

 

 そして気が付けば、子や孫は大人になり、人形たちは楽屋の隅に引きこもった役者のように。

 ましてや子供が出て行ってしまった家では、こういっちゃなんだけど、ちょっと邪魔者になってしまう場合が多い。

 

 そんなわけで、その会社では生前整理の仕事を受けていると、2~3ヵ月ほどの間に倉庫に人形があふれてしまうのだそうです。

 

 スピリチュアルなんて信じないという人でも、やっぱり人形は「ただのモノ」としては扱えません。

 みんな多かれ少なかれ、口には出さないまでも「これ魂入ってる???」と考えてしまう。

 ポイとゴミ箱に捨てるわけにはいきません。

 

 じつはこの会社の近所には「淡島神社」という、人形供養で全国的にも有名な神社があります。

 長い間、家族の物語を育んできた人形たちはその役割を終えて、ふるさとの家をあとにし、しばしの下宿暮らしを終えたのち、生前整理屋さんの車でこの神社に辿り着きます。

 そして厳かに供養され、安らかな眠りにつきます。

 

 淡島神社に持って行ってもらえると聞くと、親御さんたちも安心して手放すことが出来るのだそうです。

 ここだけでなく、こうした場所が全国津々浦々きちんとあるということは、人形にとって幸せなことなのでしょう。

 子供にとっても、親にとっても、きっと。

 

 最期にちゃんと行き着き、安らぐ場所があるから、安心して人形が作られ、売り買いされ、魂が入り、人形の文化が豊かになったのかなぁ、キャラクター文化につながっているのかなぁと思ったりしています。

 


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放浪のブタ、ほじくり返すブタ

 

 ここのところ、頭の中を一匹のブタがピイピイ、ブーブー言いながら徘徊している。

 彼(彼女かも知れない)は、まだ子供のブタ。

 仕事場を求めてさすらう、中世のイングランドの石工の家族が、いざという時のための財産として連れ歩いていたブタか、

 あるいは戦国時代の薩摩軍が兵糧のために戦場で放牧していたブタか。

 

 まだ子供なので、毎日ごはんを食べさせてくれる人間が大好き。

 たらふく食べてどんどん大きくなると、みんながほめてくれてうれしくなる。それでまた食べる。

 

 でもある日、彼(彼女)は自分の運命に気づく。

 なぜ人間が自分を可愛がり、太るままにしてくれるのか。

 

 逃亡を画策するが、生まれながらの食いしん坊のブタは、自由の身になるには食えなくなるかも知れないというリスクを負うことも悟る。

 

 思春期のブタは思い悩みながら、自分の命運を握る人間たちを鋭い目で観察する。

 「食べられる者の目」で、人間がどんな暮らしをしながら何を、どうやって、どんな気持ちで食べるのか、見る。

 

 という具合で、次作は「食」をテーマにした作品。

 でも、このブタがどういう役回りになるのかはまだわかりません。

 とりあえずファーストストローク(初稿)は3ヵ月でやってみようと思っていますが、どれくらいの旅になるのやら。

 

 脳の奥にあることはブタに訊く。

 きっとブタがほじくり返してくれる。ここ掘れブヒブヒ。

 


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