本日発売!新作小説「マイ・ギターズメモリアル」

 

人気ポップスターだった父は、

意識不明の状態で病院のベッドに横たわっていた。

音楽で生きる父と子の、死を前にした対話の物語。

短編。1万9千字。

 

あらすじ

デビュー間もない若いシンガーソングライターは

時おり、広い畑の夢を見る。

そこでは幼い頃に死別した妹が畑仕事をしている。

夢の中でいっしょに成長してきた彼女は

「お父さんがもうすぐここに来るよ」と彼に告げた。

 

それが予知夢であるかのように、

ほどなくして父が脳出血で倒れた、

という報せが入る。

彼の父もまたミュージシャン。

それも世界的に有名なポップクスターであり、

愛のメッセンジャーとしても知られる人物だ。

けれどもそうした世間のイメージとかけ離れた、

プライベートな顔を知る息子は、

自分と母親と妹を捨てて生きてきた

父をひどく憎んでいた。

 

一本のギターを抱えて、

病院に瀕死の父の面会に訪れた息子。

閉じられた病室の中で、

意識を失ったままベッドに横たわる父に向き合い、

胸の奥から湧いて出る思いをつぶやく。

そしてギターを媒介として、

意識のないはずの父と「イエス・ノー」の問答形式で会話を交わすようになる。

次第に息子は、もう表に現れない父の奥の意識と

一つになっていき、

それまで知らなかった父の人生の一面を垣間見る。

 

栄光の中の孤独。

自分が信じていた音楽の才能が枯渇していく恐怖。

安息の場のはずだった家庭も重圧となり、

精神的混乱は家族愛さえも悪夢に変えてしまう。

迷走した父は家族を捨てて

一人の女(後妻)との愛に生きるようになる。

ジュンはそんな不完全な人間だった父を

少しだけ赦せる気持ちになり、

彼が旅立つ前に最初で最後のデュエットを

しようと試みる。

 

面会時間が終わる頃、

病室に父の心を奪った女――後妻が現れる。

憎しみのため、それまで顔をそむけ続けてきた相手。

そんな相手と言葉を交わし、思いを交流させるうち、

息子の中には新しい自分の音楽を作り、

歌い始める準備が進んでいった。

 

Amazon Kindleにて価格300円で販売中。

 


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最期のバグパイプ

 

ツイッターに「女王に捧げた最期のバグパイプ」

がアップされていた。

テレビ中継では見なかったが、

ウィンザー城のセントジョージ礼拝堂で

女王の棺が地下に降ろされ埋葬される時に

奏でられたものらしい。

 

まるで美しい映画や演劇のラストシーンのようだ。

とても感動的なのと同時に、エリザベス女王の

「スコットランドよ、行かないで」という

願いも込められているかのようだ。

 

ちょっと前から「6600万年前の夢を見て死ね」

という小説を書いていて、

これにマイケル・オーネストという人物が登場する。

マイケルはスコットランド人のバックパッカーで、

日本人女性と結婚し、東京で25年暮らしていたが、

還暦になり、スコットランド独立運動と

ネス湖の観光事業に取り組むため、

故郷スコットランドに帰ろうとしている。

彼はバグパイプ奏者でもあり、

楽器を教わりに来た主人公の男を相手に居酒屋で

スコットランドの自慢をして

「ネス湖を見て死ね」と、くだを巻く。

 

そんな設定なのだが、僕はスコットランドには、

1986年の春にネス湖観光、

1987年の夏にエジンバラ演劇祭を見に行ったきりだ。

特に強烈な印象はないが、

ロンドンなどより物価が安く、

のんびりした田舎というイメージが残っている。

インヴァネスの宿に泊まった時に給仕してくれた

当時高校生くらいの女の子が

真っ赤なほっぺをしていて可愛かった。

 

イングランドとスコットランドはここ数百年、

何とか折り合いをつけて仲良くしてきたが、

いつまでも過去を懐かしんではいられない。

何よりも民族としての

アイデンティティが大事なのだ。

 

亡き女王の願いむなしく、

近いうちにスコットランドは独立するだろう。

それが歴史の必然のような気がする。

そう思ってこのバグパイプを聴くと、

よけいに切なく美しく響く。

そしてエリザべㇲ2世の生きた時代は、

次世代へ語り継がれる物語としてパッケージされる。

 


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エリザベス2世国葬:20世紀の真の終幕

 

昨夜はエリザベス女王の国葬を、BBCの生中継で見た。

こんなに絢爛豪華で美しい式典を見ることは

もう生涯ないだろうと思った。

 

内容の重厚さあってこその華やかさ。

あれだけ世界の要人が一堂に集まることも

もうこの先ないのではないか、と思える。

 

そいて、こんなすごいことをする国、できる国は、

もう地球上にイギリスしかない。

 

BBCの気合の入れ方もハンパなかった。

イントロダクションの編集もめっちゃカッコいいし、

ウェストミンスター寺院の天井にカメラつけて

神さま目線の大俯瞰映像を撮るなんて本当にびっくりした。

 

おそらくBBCは昨日の中継映像を、

後世に残す、人類共有の遺産とすることを意識して

撮ったのではないだろうか。

 

21世紀になってから22年目にして、

とうとう20世紀の真の終幕を見た感じがする。

 

国葬のパレードは軍隊に支えられていた。

王制と軍制は一体のものであり、

あの祭典は、大英帝国の祭典である。

僕たちが暮らすこの世界は、

いまだ大英帝国の影響下にあったのだ。

 

その礎を築いたのは、16世紀のエリザベス1世。

海軍と海賊を使って世界の覇権を握り、

イギリスに富と繁栄をもたらした。

 

19世紀。ヴィクトリア女王の治世と産業革命。

日本も初めてグローバル化し、文明開化を迎え、

資本主義・覇権主義の時代が始まった。

 

世界を制覇し、栄光に包まれた大英帝国の歴史は、

富を求め、権力と暴力で人を抑えつける

搾取・略奪・虐殺・支配・蹂躙の歴史でもある。

 

エリザベス2世はそうした前世代の恩恵と、

犯した罪悪の双方を熟知して

この70年間、必死で世界のバランスを保つのに

努めてきたのだと思う。

 

そして自分の葬儀さえも過去と未来との懸け橋にした。

英王室内の知恵の蓄積もあったのだろうが、

 

すごい女王、すごい物語の作り手だ。

 

 

彼女がいなくなった今、

大航海時代から20世紀、そして今日まで

続いてきた一連の流れはゆるやかに止まっていくだろう。

 

英連邦国家の独立や、王制廃止の動きも

雪崩を打って襲ってくるだろう。

ユニオンジャックの国旗を見るのも、

もうそんなに長くないかもしれない。

 

世界のかたちは変わり、資本主義社会の在り方も

変質していくだろう。

 

もしかしたらそれらは僕がまだ生きている間、

向こう10年、20年のうちに実現してしまうかもしれない。

 

僕たちの子孫は、昨日の国葬を

20世紀文化のアーカイブとして鑑賞するのだろう。

そして、王様・女王様のいる世界を

バーチャルとして楽しむようになるのかもしれない。

 

リアルにこんなことをやって、無駄ガネを使いまくって、

なんてクレイジーな時代だったんだ!

ということになるんだろう、きっと。

 

僕らはそれを寂しいと思ってこう言う。

 

「いや、民主主義・合理主義には賛成だけど、

人間というものはどこかでこういう物語を

求めているんじゃないか?

それが心を豊かにするんじゃないか?」

 

だが結局、新しい時代のことは、

新しい世代が決めることになる。

 

いずれにしてもロンドンとウィンザーで

エリザベス女王を見送った僕たちは、

一つの歴史と始まりを見届けた。

とても幸運なことだし、貴重な体験をしたと思う。

 


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生涯現役・ウルトラの女神

過去にブログやSNSで書いたエッセイを

編集・リライトして電子書籍にしている。

 

今度の新刊「赤ちゃんはなぜかわいいのだ?」は、

子どもがテーマ。

その編集をしていたら

子ども時代に見た「ウルトラQ」がらみのネタが

3本もあった。

 

そう言えば、この間も5年くらい前に書いた

「2020年の挑戦への挑戦」を引用されてくれと

リクエストが来たのでOKした。

(この記事はエッセイ集:生きる

「酒タバコやめて100まで生きたバカ」に収録)。

 

ウルトラQは、のちのウルトラマン、ウルトラセブンなど、

ウルトラシリーズの元祖である。

製作・放送はなんと1966年。

その後のヒーローものにはさして執着心はないが、

Qはべつもの。

6歳の時、僕はいったい何を見たのだろう?

といまだに考える。

 

Qの記憶は素晴らしく鮮明で、

深読みさせられるマテリアルが

たくさん埋蔵されているので、

いまだに頭の中で、それぞれのエピソードが、

進化・深化を続けている。

 

そのQの中で活躍していた紅一点が

桜井浩子さん演じる「ユリちゃん」である。

桜井さんは、この後のウルトラマンに出てくる

科学特捜隊のフジ・アキコ隊員のほうが有名かもしれない。

 

「ユリちゃん」こと江戸川百合子は、

新聞社の女性カメラマンで、

ほかのふたりの男性とトリオの主人公で、

怪獣や怪事件に立ち向かっていた。

 

この時代、特撮やアニメ番組に出てくる

若い大人の女性は、なぜかカメラマンが多かった。

「スーパージェッター」のカオルさんとか。

 

まだ職場が男だらけだった時代、

カメラ片手に颯爽と駆け回るおねえさんは

子ども心にカッコよくて、胸がときめいた。

 

しかもユリちゃんはただ写真を撮るだけでなく、

知的でユーモアがあって勇敢で優しかった。

時にとんでもない悲劇にも見舞われた。

 

そのユリちゃん、そしてフジ・アキコ隊員を演じていた

桜井浩子さんの記事を先日読んだが

とても面白くて、こころ動かされた。

 

怪獣もののイメージがついてしまって、

その後の女優業は苦労したのではないかと思うが、

今になって、その半世紀以上前のキャリアが

燦然と輝いている。

 

彼女は現在、ウルトラ関係のコーディネーター業を

やっていて、今回の「シン・ウルトラン」でも、

裏方でいろいろ活躍していたようだ。

 

僕が6歳の時におねえさんだったのだから、

それなりのお齢だが、

この明るさ・元気さは素晴らしい。

 

こうなるともう生涯現役確定。

ユリちゃんファンも、フジ隊員ファンも

死ぬまでついていく。

いつまでもウルトラの女神でいてほしい。

 


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朗読劇・泉ピン子の「すぐ死ぬんだから」

 

以前、月刊仏事に告知記事を載せた、

泉ピン子の「すぐ死ぬんだから」というお芝居に

ご招待いただいたので観に行った。

劇場は東池袋の「あうるすぽっと」。

 

最後はいつだったか思い出せないほど、

観劇はかなり久しぶりだが、めっちゃ面白かった。

 

夫とともに町の商店を切り盛りしながら、

夫婦仲よく平凡に生きてきた

78歳の高齢女性を主人公としたストーリー。

 

テレビドラマの脚本家としておなじみ、

内館牧子が書いた小説を舞台用に構成した朗読劇で、

出演は泉ピン子と村田雄浩。

 

泉が、主人公のハナ役をメインに、

村田がその夫と息子をメインにしながら、

全登場人物、そして小説の地の文に当たる部分を

ト書きやナレーション風にして、すべて演じる。

 

その切り替えとバランスが抜群で、

縦横無尽に感情をさらけ出して暴れる泉ピン子を

村田雄浩が見事にフォローする。

だからとても安心して感情移入でき、笑って泣けるのだ。

 

泉ピン子が本に惚れて舞台化を企画したそうだが、

現代の高齢女性の心をドラマ化した

内館牧子の原作が素晴らしい。

 

タイトルの「すぐ死ぬんだから」は

劇中、随所にキーワードのように出てくる。

場面によって諦観の表現や、

笑いを誘うためのセリフとして

使われているところもあるが、

全体を通してみると、

人生の終章近くを生きる女性を叱咤し励ます

エールのような意味合いを帯びている。

 

そしてそれが最後には高齢女性に限らず、

すべての世代の男女に向けた

人生の応援歌として響いてくる。

 

観客も高齢者が大半かと思っていたら、

けっこう若い人も多く、バラエティに富んでいた。

 

休憩20分を入れて2時間余り。

終了後、作品の余韻を残したまま、

ピン子さんと村田さんがカーテンコールで

10分ほどのトークをしたが、それもまた楽しくて、

みんなとても良い気分で劇場を後にした。

まさしく名優にして名エンターテイナー。

 

東京での公演の後、年内は全国ツアーに出る。

機会があれば、ぜひ観ると面白いですよ。

  

第2世:長編小説特集「読むホリデー」

8月9日(火)16:00~12日(金)15:59

 

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レビューお待ちしています。

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カメとの遭遇

 

いつもの散歩で今日はカメに遭遇。

川沿いのから家に戻る道は、ちょっとした坂になっている。

上り出すと、向こうから変な歩き方をするイヌが

坂を下りて来るのが見える。

どこか体が悪いんだろうかと思ったが、

よく見たらカメだった。

 

甲羅の長さが40センチくらいあるやつなので、

遠目では体の丸っこい小型犬に見えたのである。

こんなところをノシノシ歩いているカメは、

もちろんノラガメではない。

どうやらその後についてきた親子(母と娘)が

飼い主らしい。

 

聞いてみたら、親戚のペットのヒョウモンリクガメを

1週間預かってるのだという。

僕に話しかけられ、足を止められた臨時飼い主を尻目に、

カメは自分のペースでノシノシ、

ひたすらまっすぐ川に向かって歩いていく。

 

カメをトロいとかノロマだとか、バカにしてはいけない。

4本の逞しい足を交互に繰り出して、

ぐんぐん前に進んでいく歩みは実に力強く、

年寄りで足腰の弱ったイヌなどよりもよほど速い。

顔つきも精悍そのもの。

これならのんびり昼寝していたウサギも負かせる。

 

あっという間に10メートル以上進んでしまったので、

娘(小4くらい)がささっと捕まえにいった。

少女とカメのコンビは、

なんとなくミヒャエル・エンデのファンタジー小説

「モモ」に出てくるモモとカシオペアを思い出させる。

ひたすら進んでいくカメは、川まで辿り着いたら

娘を連れてタイムトラベルするかもしれない。

 

臨時飼い主のお母さんの話によると、

なかなか骨があるというか、肝の坐ったカメで、

イヌなどと逢っても泰然としているという。

逆にイヌの方がビビッて尻尾を巻いてしまうらしい。

 

その行く先に何が待っているのか面白そうなので、

ぜひ一緒にフォローしたかったのだが、

義母がいっしょだったし、

パラパラ雨が降り始めていたので帰らなくてならず断念。

また、あのカメに遇えるだろうか?

 

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真夏の世の夢 16日間連続無料キャンペーン予告

 

●第1世:短編小説特集

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第3世:エッセイ集:昭和/子ども/動物

8月13日(土)16:00~16日(火)15:59

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●第4世:エッセイ集:生きる

8月17日(水)16:00~20日(土)15:59

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「ゴールデンボーイ」:誰もが怪物になり得る恐怖の神話

 

「刑務所のリタ・ヘイワース」と一緒に納められた

スティーヴン・キングの傑作中編。

タイトルや表紙から一見、

「スタンド・バイ・ミー」のような

青春物語なのかと思って読み始めると、

とんでもない目に遇う。

(「スタンド・バイ・ミー」も原作「死体」は、

映画と違ってかなる陰鬱な物語だが)

 

霊だの超能力だの超常現象だのは一切出てこない。

舞台はありふれたアメリカの田舎都市。

主人公は健康でスポーツ万能、成績優秀、

家庭にも恵まれ、経済的にも恵まれ、

孤独や貧困や差別などとは無縁な、

白い歯の笑顔が似合う理想的なアメリカ少年。

 

およそ人間の心の闇だの、

社会の裏とか影だのといったところとは

遠いところにいるはずだった少年は、

雑誌のエンタメ読み物風に掲載されていた

ナチスドイツの犯罪の話に興味を持った。

 

それに対する無邪気な好奇心が、

近所に隠れ住んでいた、

老齢のナチスの戦犯を見つけるという偶然から、

腹わたをえぐり出すような物語に発展する。

 

1983年にアメリカでキングの中編集「恐怖の四季」を

ペーパーバック化する際、

この作品の衝撃的な内容に出版社がおそれをなし、

「これだけ外せませんか?」と

お伺いを立てたといういわくもついている。

 

「あとがき」にはその時のことを語った

キングのインタビューの一部が載っている。

 

「僕は自分の精神分析に興味はない。

何よりも興味があるのは、

自分が何を怖がっているかに気付く時だ。

そこから一つのテーマを発見することができるし、

さらにはその効果を拡大して、

読者を僕以上に怖がらせることができる」

 

1980年代当時、発禁ギリギリとも言えるこの物語、

そして90年代以降、頻発する猟奇殺人・無差別殺人を

予言したかのような「ゴールデンボーイ」は、

超売れっ子作家であるキングの作品だからこそ

世に出すことができたのかもしれない。

 

1990年代から一般人の間でも精神分析、

プロファイリングという概念が広まり、

「トラウマ」「アダルトチルドレン」

といった言葉も一般化した。

 

以来、日本でも海外でも、

理由のわからない殺人事件が起きると、

僕たちはその犯人の心に闇をもたらしたもの———

孤独、貧困、虐待、差別、マインドコントロール、

格差社会のひずみといった問題を探し出し、

なんとか理解しようとする。

 

しかし、40年前に書かれたこの小説を読むと、

それ以前の何か—ー80年代のアメリカ社会に象徴される

現代のゴールデンな物質文明、

さらに情報化された社会そのものが、

人間を――特に可塑性のある子どもを、

容易にモンスター化する土壌に

なっているのではないかと思えてくる。

ナチスの老人との出会いはそのトリガーに過ぎない。

 

キングは二人の3年にわたる交流の過程を、

平凡な日常の描写を積み重ねながら描いていく。

そして、それが恐るべき状況を生み出し、

戦慄の結末へとつながっていく。

 

ラスト3頁の地獄の顛末の表現はあまりに素晴らしく、

読後感はとてつもなく苦い。

しかし、不思議なことに

それは何度でも何度でも嚙み締めたくなる、

噛み締めずにはいられない苦味なのだ。

 

それはこの物語がたんなる恐怖小説でなく、

僕たちの生きるこの社会に、

人間の魂に宿る善と悪の源泉に、

そして人生の始まりから行く末にまで

想像力を馳せらることができる、

現代の負の神話、負のバイブルだからではないかと思う。

 


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「刑務所のリタ・ヘイワーズ」:凡人の希望と絶望をめぐる物語

 

「刑務所のリタ・ヘイワース」という小説がある。

ハリウッド映画の中でも屈指の名作と名高い

「ショーシャンクの空に」の原作である。

作者はかのホラー小説の帝王スティーブン・キング。

中編集「恐怖の四季」の一編。

日本で出ている文庫本では「ゴールデンボーイ」と

一緒に収録されている。

 

映画のほうはヒューマンドラマの側面を強調した

感動的な物語として仕立てられているが、

小説は若干ニュアンスが異なり、

あそこまでの痛快感はない。

もっと内省的で、もっと多くの含蓄を含んでいる。

 

ホラー小説ではないが、「恐怖」の要素は入っている。

人の心を蝕む監獄という恐怖。

じわじわとその慣習に慣らされ、

夢や希望や人間らしさを剥ぎ取られていく恐怖。

 

そもそも主人公は、映画でティム・ロビンズが演じた

銀行家アンディーではなく、むしろ、

語り手である調達屋のレッドのほう。

映画では黒人のモーガン・フリーマンが演じたが、

こちらでは赤毛のアイルランド系移民

ということになっている。

 

なぜレッドが主人公かと言えば、

僕を含め、ほとんどの読者はアンディーよりも

レッドの境遇に近く、共感を抱くだろうからだ。

 

アンディーは自分は無罪であるという信念(正義)の上に、

強固な牢獄からの脱獄という、凡人には考えられない

めっちゃハードルの高い目標を立てる。

 

優秀な銀行家(経済のスペシャリスト)の上に、

遠大な計画力、主逸なアイデア力、果敢な実行力、

そして人生を賭けた、数十年にわたる地道な努力ができる

飛び抜けたヒーローだ。

 

それに対し、レッドはそれをただ観察し、評価し、称賛し、

彼が欲しいというリタ・ヘイワースのポスターを

こっそり調達してあげるだけの凡人である。

 

しかし、リタ・ヘイワースのポスターがきっかけで

二人は友だちになり、やがて深い友情に発展する。

アンディーにとって目標達成のためには、

自分の豊富な才能・人並み以上の能力・

不断の努力にプラス、

最後のカギとして「友情」が必要だった。

 

表面的には、次々と困難を克服していく

アンディーの活躍が物語の主軸となっている。

映画はもちろんこっちがメイン。

原作はそれとシンクロして

傍観者であるレッドの不安、絶望、希望の心の波を

綿密に描いている。

 

ショーシャンク刑務所は、殺人などの重罪を犯した

終身刑クラスの犯罪者を収容するところ。

つまり、ここに入ったら人生の大半を

刑罰としての奴隷労働を強いられる囚人として

過ごさなくてはならない。

 

だから自分も人間のはしくれだと信じ、

少しでも平安と快適さを得るためには、

監獄のルールに心身を慣らさなくてはならない。

そうして若い頃から身も心も監獄に縛り付けられると、

50~60代になって釈放されても、

自由の喜びでなく、

ジャングルに裸で放り出されるような

恐怖にやられてしまう。

そのため、ほとんどが再犯をして帰ってくる。

自分で自分を一生囚人化してしまうのだ。

 

レッドもその危機に立たされる。

そして、それを救うのが、

やはりアンディーとの友情だった。

映画はその最後をこの上なく美しく描いていて、

史上屈指のラストシーンとされている。

 

ただ原作はその一歩手前で終わっており、

英雄アンディーの話はもしかしたら、

凡人レッドが、シャバに出ても生き抜いていけるよう

勇気と希望を持ち続けるための

妄想だったのではないかとさえ思える。

 

こんなふうに書いてくると、

アンディーとレッドの関係は、

みんなが憧れ称賛する「成功者」と、

その名もなきフォロワーたちのように思えてきた。

 

もし、今生きているこの社会を牢獄と見立てたら、

そこから自由になるためにはどうすればいいのか?

 

アンディーのような一種の天才でなく、

レッドのようなケチな凡人にもそれが可能なのか?

 

希望を持ち続けるためにはどうすればいいのか?

自分の人生を牢獄の中で終らせないためには

どうすればいいのか?

 

いろいろなことを考えながら読める素晴らしい小説だ。

 

ちなみにリタ・ヘイワースは、

1940年代に一世を風靡した映画女優。

マリリン・モンローの前のセックスシンボルとして、

絶大な人気を誇った。

 

また、近年、アメリカでは増え過ぎた刑務所と囚人の問題の

ソリューション(問題解決)のために、

某巨大企業が刑務所の経営に乗り出した。

そして囚人を奴隷労働させて、

本業とは別に莫大な利益を上げているという情報も。

これもまた資源・人材の有効活用?

ウソかマコトか、真偽のほどはわからないけど。

 

 


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「てるてる男とふれふれ女」キャンペーン終了

 

無料キャンペーンは本日16:59で終了しました。

ご購入ありがとうございました。

面白かったらAmazon Kindleのサイトにレビューをお寄せください。

 

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●酒タバコやめて100まで生きたバカ ¥300

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●世界のEnding Watch ¥300

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●1日3分の地球人 ¥300

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●昭和96年の思い出ピクニック ¥300

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●ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力 ¥300

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●どうして僕はロボットじゃないんだろう? ¥300

https://www.amazon.co.jp/dp/B08GPBNXSF

 

●神ってるナマケモノ ¥300

http://www.amazon.co.jp/dp/B08BJRT873

 

●子ども時間の深呼吸 ¥300

https://www.amazon.com/dp/B0881V8QW2

 

●ロンドンのハムカツ ¥300

http://www.amazon.com/dp/B086T349V1

 

★新刊予告:7月上旬発売予定

次回の新刊は、エッセイ集:エンディング

「死ぬまでジタバタしようぜ」(仮題)

どうぞお楽しみに!

 


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週末の懐メロ86:リトル・グリーン/ジョニ・ミッチェル

 

1971年リリース。

米国ローリングストーン誌が2020年に選出した

「史上最高のアルバム500枚」で

堂々第3位に選出された名盤『Blue』の収録曲。

 

アメリカでは並みいるスターアーティストを差し置き、

ジョニ・ミッチェルの評価は断トツに高いようだ。

女性アーティストの中では、

アレサ・フランクリンと並んでトップと言っていいだろう。

 

確かに優れたシンガーソングライターだが、

最盛期ともいえる70年代、

彼女はここまで人気があっただろうか?

 

少なくとも僕の印象は割と地味で玄人好み、

日本人の女性フォーク歌手にちょっと影響を与えた人、

ぐらいだった。

 

どうして近年、すでに現役とは言えないミッチェルが

これほどまでに評価されるようになったのか?

その秘密を解くカギが、

この「リトル・グリーン」という曲の中に潜んでいる。

 

歌詞は大まかにこんな感じ。

 

かに座に生まれた女の子

この子に似合う名前を選んだ

グリーンと呼ぶわ 冬の寒さに負けないように

グリーンと呼ぶわ 彼女を産んだ子どもたちもね

リトル・グリーン、ジプシーの踊り子になって

 

子どもを持った子どもの偽り

家に嘘をつくのはもう嫌なの

あなたは書類にファミリーネームでサインする

悲しいの、ごめんなさい、でも恥ずかしいとは思わないで

リトル・グリーン、ハッピー・エンドになって

 

「リトル・グリーン」は実体験に基づく歌である。

ここでいう「グリーン」は、

ミッチェルが実の娘に付けた名前であり、

その親になった女と男を「青二才」と揶揄する呼び名でもある。

 

歌詞の中の「彼女を産んだ子どもたち」とは

母親である自分自身、そして恋人だった実の父親のこと。

 

この歌を歌う6年前の1965年、

まだカナダの無名の貧乏アーティストだったミッチェルは、

トロントの慈善病院で女の子を産んだ。

 

避妊の知識も乏しかった時代の、

望まない妊娠・出産。

当時、カナダでは中絶は法で禁じられていた一方、

未婚の女性が母親になることは罪を背負うことだった。

 

父親である前の恋人も、

新しく現れ結婚を申し込んだ男も、

赤ん坊に対してはひどく臆病で責任を逃れようとした。

 

まだ子どもだった若い彼らにとって、

赤ん坊を抱え込むことは、

アーティストになる希望の道が閉ざされることと

イコールに思えたのだろう。

 

結局、ミッチェルは生後6か月の娘を養子に出し、

アメリカにわたる。

「リトル・グリーン」を書くのは、その1年後の1966年のこと。

そして、その頃からシンガーソングライターとしての

天才を開花させる。

 

1968年のデビューアルバム発表後、

彼女は目を見張る勢いで、

世界のポピュラーミュージックの

メインステージに駆け上がる。

 

そして長い年月が流れたあと、運命は劇的な変転を迎える。

1997年、53歳になっていたミッチェルは、

当時32歳、すでに1児の母になっていた娘と再会する。

1971年、アルバム「BLUE」に

「リトル・グリーン」を収めて26年後、

養子に出して32年後のことだ。

 

親子は心から再会を喜び合った。

しかしその後、マスメディアの報道の嵐によって、

歌の通りに「ハッピーエンド」とはいかない事態と

なっていったようだ。

 

人の感情は大海に浮かぶ小舟のように、

ちょっとした波に簡単に揺らぎ、時には転覆してしまう。

 

いずれにしても、このストーリーを知る前と知った後では

「BLUE」の、そして「リトル・グリーン」の印象は

大きく変わってくる。

 

近年、ジョニ・ミッチェルの評価が高まっているのは、

楽曲そのものだけでなく、

こうした彼女の人生にまつわる劇的なドキュメンタリーが

大きく作用しているような気がしてならない。

 

「女性と子どもを大切にする」という

社会意識を深めるためにも、

ジョニ・ミッチェルをもっと評価しようという声が

強まっているのだ。

 

音楽ビジネスの世界に発言力のある女性が増えたことも

その一因だろう。

自由で開放的で先進的に見える映画や音楽の世界も、

つい最近まで男性権力者による支配が横行し、

パワハラ、セクハラの温床であったことが暴露された。

 

すでに60年近くに及ぶミッチェルの音楽キャリアと

優れた楽曲群は、

女性と子どもの未来に光を投げかけるものとして、

これからも評価はますます高まるものと考えられる。

 

 

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晴れ男と雨女が恋をした。

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人生は長くて短い

 

 

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「てるてる男とふれふれ女」では、

天気と人の運命について書いてみた。

人生は長くて短い。

還暦を超えて、やっとそうした言葉を実感できるようになった。

そして昨日、ちょっとそれにリンクするような出来事があった。

 

本を出したい、ということで代筆の依頼を受け、

2回ほど取材も行っていたが、

昨日、その人のご家族の重病が発覚。

今後の取材の予定がいったんキャンセルされた。

おそらくこのまま継続するのは難しく、

この案件自体がキャンセルになるか、

長期凍結ということになるだろう。

 

人生にはいろいろなタイミングというものがある。

運・不運の波は定期的にやってくるが、

それはなかなか予知できない。

(占いに頼る人が多いのも頷ける)

 

災害や疫病、金融恐慌だってある。

それを完璧に免れるのは不可能だ。

 

人生設計とか、あれこれ長期計画を立てるのもいいが、

今やりたいこと、できることを先延ばしにしていると、

天気が荒れて実現困難になるかも知れない。

一度時機を逃すと、

そのチャンスは永遠にめぐってこないかもしれない。

 

漠然とした不安に煽られて、お金をため込んで、

結局、節約生活だけが生きがいになって

人生終わってしまう人もいるという。

 

やりたいことがある人、

ずっと心にため込んでいる人は、

我慢と解放のタイミングをちゃんと考えた方がいいと思う。

 

 


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てるてる男とふれふれ女  無料キャンペーン継続中

 

いつも天気のことを気にして生きてきた二人だが、

その時だけは違った。

若くて健康だったので直観が働いたのだ。

もしかしたら傷つくことになるかもしれないなんて露とも考えず、まっすぐに思いをぶつけ合った。

大きな街の中心にニョキニョキと立つ高いビル。その谷間にある丸い広場の片隅。

夕闇が辺りを包んでいた。

「好きだ」と男は言った。

「あたしも」と女は言った。

とても純粋な恋だった。

問題はただ一つ。

男は晴れ男で、女は雨女であること。

星のめぐりが最高な運命のデートの日は晴れるのか、

どしゃ降りになるのか。

はたまた間を取ってくもりになるのか。

女は耐えきれない思いを抱いて、男に長い手紙を書いた。

 

恋と結婚と幸福と人生の行く末を描く、

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おとなも楽しい少年少女小説第9弾!

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若者だらけのEND展

 

「お、おれがいちばん年上じゃん!」

END展、先日行ったのは関係者向けの内覧会だったので、

昨日、一般公開の様子を探りに行ってみた(本日で終了)。

 

油断してたら事前予約の枠がいっぱいになってしまってて、

「当日券あるかも」とサイトに書いてあったのを信じて

ヒヤヒヤしながら行ったら、入れてもらえてホッ。

僕と同様、「事前予約が取れなかったので」という人も

けっこう大勢、受付に集まっていた。

 

主催者は「50代~60代はがメインの対象」と言っていたが、

入ってみたら、僕より若い人ばっか。

見た目、20代の人が一番多かったような気がする。

 

若くてカッコいい女の子ばっか見てたからだろ、

と突っ込まれたら「はい、そうです」

と言わざるを得ないが。

 

たまたまだったのかもしれないけれども、

マジで多かったのは20代・30代。

10代のおぼしき子も少なからずいたと思う。

僕はほとんど最年長の部類だった。

 

しかし、よく考えれば当然かもしれない。

おそらくリアルにENDに近い高齢者とか、

その一歩手前の人たちの多くは、

死がどうのこうのなんて

考えたくないし、向き合いたくない。

 

若ければ、それはまだ遠い先にある、

一種のファンタジーとして受け止められる。

 

実は「死」というコンテンツは、

年寄りのものでなく、若者のものではないか。

 

生とは?愛とは?自由とは?人間とは・・・

 

子どもからおとなになる頃、そういったことを考えながら、

いろいろな芸術・文化に触れて

自分ならではの世界観を作っていくのは、ごく自然なこと。

 

むしろ最近のように、社会に要請に応じて、

若い頃から仕事一辺倒、金儲けオンリー、

生産活動ばっかりみたいな人生のほうがおかしいと思う。

 

10代や20代が死について、

そしてそれと同時に「どう生きるかということ」に

考えをめぐらすのは全然おかしくない。

 

オーバー還暦もまた、

そうした10代・20代の心情に還っていくといいと思う。

 

展示の最後に

「死ぬまでにやりたいことは?」

「印象的な死のエピソードは?」

という問いがあって、ボードに自分の回答を書いた紙を

貼り付けられるコーナーがあるのだが、

あふれんばかりの回答でボードが真っ白になっていた。

 

それぞれ10個ずつくらい読んでみたが、

ジョークっぽいのからシリアスなのまで

いろいろあって面白かった。

とても全部読み切れなかったので、

ぜひ主催者さんにサイトに上げてほしい。

 

 

電子書籍

「てるてる男とふれふれ女」

梅雨入り記念無料キャンペーン

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てるてる男とふれふれ女 2022梅雨入り無料キャンペーン

 

 

♪6月6日に雨ざあざあ降ってきて

カエルかな?カエルじゃないよ、アヒルだよ~、ガァ。

 

というわけで、昨日から関東甲信地方は梅雨入り。

というわけで、

 

梅雨入り記念無料キャンペーン5日間実施!

6月7日(火)17:00~12日(日)16:59

おはなし

 

いつも天気のことを気にして生きてきた二人だが、

その時だけは違った。

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もしかしたら傷つくことになるかもしれないなんて

露とも考えず、まっすぐに思いをぶつけ合った。

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その谷間にある丸い広場の片隅。

夕闇が辺りを包んでいた。

「好きだ」と男は言った。

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とても純粋な恋だった。

問題はただ一つ。

男は晴れ男で、女は雨女であること。

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ゴールデンカムイ:明治時代は文化のゴールドラッシュ

 

今さらと言われそうだが、ここのところ、

「ゴールデンカムイ」にはまって

毎晩、Amazonでアニメを一気見している。

ちょっと前に連載が完結したところだが、

マンガはまだ読んでない。

 

「鬼滅の刃」は大正、こちらは明治。

さすがジャンプの目の付けどころは鋭い。

幕末、明治、大正、昭和。

現代にいたるまでの日本の150年ほどの時間は、

現代ではありえないリアルなドラマにあふれている。

ここに埋まっている資産を掘り起こすのは、

いわば文化のゴールドラッシュ。

 

日露戦争終結後の明治終盤、

1900年代後半の北海道を舞台にした

「ゴールデンカムイ」。

その面白さの要素はたくさんあって、

とんでもなくバラエティ豊かで充実した内容。

そして現代風の味付けもおいしい。

 

もうすでにいろいろな人が、

いろいろなところでこの作品を語っているが、

僕にとって最もインパクティブなのは、

明治という時代とそこで生きる

兵士・軍人が実にリアルに、

そして面白く描かれているところである。

 

さすが青年誌に連載されたマンガだけに

ここに出てくる兵士たちは、

べつにサイコナントカの超能力を使ったり、

必殺のカントカビームなどを発射するわけではない。

それぞれ現実的な範囲内で、

超人的な戦闘能力を発揮する。

 

こんなこと人間ができるのかと思う部分もしばしばで、

「マンガだから」と言ってしまえばそれまでだが、

僕はそれだけではないと思う。

これは現代とは異なる次元、

つまり過酷な自然、

まだ科学や医学や各種のテクノロジーが発展途上の環境、

さらに、戦場という命のやり取りをする極限状況、

といった中で生き、活動しているので、

脳のリミッターがはずれ、

それぞれが持っている潜在能力が発動するのだろう。

みんな天才戦闘家になるわけだ。

 

明治の男たちの強さ・凄まじさ、

それと裏腹な優しさ・愉快さについては、

昭和時代からいろいろな伝説があり、

中にはかなり誇張されているものもあると思うが、

基本的に僕はそうした伝説を信じている。

信じた方が面白い。

 

同時にこのマンガを読んで感じるのは、

おそらく命のやり取りをしなくては生きている

実感が得られない人間、

つまり戦争という状況がなくては生きられない人間

(たぶん、ほとんど男)が

必ず社会に存在するのだろうなということ。

 

特に幕末から明治、大正、昭和初期は、

そうした男たちにとっては生きやすい時代、

居場所のある時代だったのだと思う。

 

やっかいだが平和な現代でも

そういう男たちは一定数はいる。

遺伝子のなせるわざなのか、

いつの時代でも数パーセントはいるのだ。

今回のロシア・ウクライナ戦争でも、

日本から数十人が兵士に志願したという。

彼らは戦争という極限環境を求めていて、

自衛隊の演習などでは満足できないのだろう。

 

このマンガの作者の野田サトル氏の曽祖父は、

日露戦争の兵士だったと言うが、

そうした日本人の血のなかの遺伝子とか、

霊魂といったものも、100年以上の時を超えて、

現代人に何か刺激を与え、

行動を起こさせようとしているのかもしれない。

そんなことを考えると、

単純に戦争=悪とはいえなくなる。

自分だってこういうマンガを読んで楽しんでいるわけだし。

 

本当に面白い「ゴールデンカムイ」。

実写映画化も決まったようで、

興味はあるが、心配でもある。

 

最近はこういうダイナミックな物語は、

マンガやアニメのほうが感情移入できるし、

想像力を広げて楽しめる。

 

よほど自分が好きな俳優が出ているならいいが、

そうでないと実写にはがっかりさせられるケースが多い。

実写映画・ドラマよりもマンガ・アニメ。

それもまた時代のせいだろうか。

 


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新刊本日発売「てるてる男とふれふれ女」

 

いつも天気のことを気にして生きてきた二人だが、

その時だけは違った。

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その谷間にある丸い広場の片隅。

夕闇が辺りを包んでいた。

「好きだ」と男は言った。

「あたしも」と女は言った。

とても純粋な恋だった。

問題はただ一つ。

男は晴れ男で、女は雨女であること。

星のめぐりが最高な運命のデートの日は晴れるのか、

どしゃ降りになるのか。

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女は耐えきれない思いを抱いて、男に長い手紙を書いた。

恋と結婚と幸福と人生の行く末を描く、

おかしくてセンチメンタルな短編小説。

 


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安西水丸「青の時代」のシュールな詩情

 

僕にとって安西水丸といえば、

1980年代の村上春樹のエッセイ集

「村上朝日堂」などのイラストでなじみがある。

 

いわゆるヘタウマっぽい、とてもシンプルで

ちょっとトボけた味のある絵で好きだった。

2014年に亡くなったのを聞いた時は、

もうあの絵が見られないことにけっこうがっかりした。

 

じつは安西水丸氏はイラストだけでなく、

小説やエッセイストを書いたり、

デザイナーであり、絵本作家でもあった才人である。

 

これは彼が30代の時に

1970年代の伝説の漫画雑誌『ガロ』で発表したマンガ。

というか、絵物語とかアートに近い。

 

舞台はおもに彼が少年時代を過ごした

千葉県房総半島の海辺の町。

 

時代はもちろん昭和なのだが、

どこか時間を超越した異郷のような風景が、

独特のシンプルな線の絵で描かれており、

どこか寺山修司の世界と共通するシュールさがある。

 

奇妙な顔をした、

おそらく作者自身をモチーフにした少年と、

それを取り巻くエロチックで、

陰と哀しみをたたえた女たち。

怖ろしいほどの引力を持った詩情あふれる世界。

 

改めて安西水丸の才能に圧倒され、

何度も読み返してしまう。

 

最後に収録されている「二十面相の墓」は

作家・嵐山光三郎の小説を漫画化したもの。

 

発行はCrevisという会社で、

1980年に青林堂から出された同タイトルの復刻版である。

 

娘である安西カオリ氏が序文を、

嵐山光三郎氏が解説。

同作に関する水丸氏の1994年の

インタビューも収録されている。

 


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おとなも楽しい少年少女小説新刊 「てるてる男とふれふれ女」

 

晴れ男と雨女がちょっと不安定な恋をした。

だいじょうぶ、人生に完璧はあり得ない。

結婚するかどうかを決める運命のデートの日は

曇でオッケーという男。

そして女は男に長い手紙を書いた。

お天気を左右する二人の運命の軌跡を描く短編小説。

6月1日発売予定。

 


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「世界カメの日」に考える  なぜ浦島太郎はリスクを負ってカメを助けたのか?

 

「浦島太郎」のお話の始まりは、

太郎が浜辺でカメが子どもたちに

いじめられているのを助けるところから始まる。

 

勝手に解釈すると、イジメてたわけではなくて

捕まえて殺して食おうとしていたのだと思う。

昔はウミガメを捕まえて食うことなんて

海辺の村では日常茶飯事で、

この子どもたちも親たちから

「今夜のめしはカメ鍋にするから捕まえてこい」と

指図されたのだろう。

ひと家庭では食べきれないので、

村でパーティでもやる予定だったのかも知れない。

 

このカメは産卵するため浜辺に上がってきたところを

狙われたのだ。

これでは逃げようがない。

海辺の村人にとっては年に数少ない、

栄養満点のごちそうにありつく

絶好のチャンスだったのに違いない。

 

それを邪魔した浦島太郎は、子どもらのみならず、

ほとんど村全体を敵に回したと言っていいだろう。

そもそも彼はこの村の人間ではないのではないかと思える。

 

カメを助けるから動物愛護の精神に富んだ

いい人に思えるが、それは現代人の感覚で、

こんなことをしたら、子どもたちが親に言いつけて、

あとから村じゅうの人間から

袋叩きに逢うことは目に見えている。

 

結果的に彼はカメに竜宮城に連れて行ってもらい、

乙姫様と結婚して夢のような暮らしを送るので、

これだけの危険を冒したかいがあったということになる。

まさしくハイリスク・ハイリターン。

投資は大成功だ。

 

助けられるカメは、

現在では竜宮の使者ということになっているが、

一説では乙姫様が化けていたというものもある。

 

産卵しに上がってきたわけだからメス。

辻褄があっている。

ちなみにオスのウミガメが陸上に上がってくることは

ほとんどないようだ。

 

よく考えると、浦島太郎と乙姫様は

かなりミステリアスなキャラクターである。

夫婦だったのか?

愛人関係だったのか?

どうしてあっさり別れたのか?

玉手箱を持たせたのは乙姫の復讐だったのか?

太郎はじいさんになってどこへ行ったのか?

海が舞台ということもあり、

この物語には想像力を刺激される。

 

もしかしたら浦島太郎は

ちょっと過剰な動物愛護の精神を持った

現代のアメリカ人がタイムスリップしてきた

お話なのかもしれない。

 

今日、5月23日は「世界カメの日」。

カメに対する知識と敬意を高め、

カメの生存と繁栄のための

人類の行動を促すことを目的として、

2000年に米国カメ保護会によって制定された

記念日とのこと。

 

人新世(アントロポセン)という新たな地質学的時代、

カレンダーにはいつの間にか、

いろいろな動物の記念日が増えている。

「ナマケモノの日」とか

「ヤマアラシの日」なんてのもある。

 

急激に地球環境を変化さえてきた人類が、

単に保護するだけでなく、動物の声を聞き、

そこから新たな生き方を学ぼうとしているようにも思える。

 


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キラキラネームが踊る未来

 

昨夜、テレビのニュースを見ていたら

子どものキラキラネームについての話題をやっていた。

 

当て字にもほどがある。

個性的というより奇妙奇天烈。

マンガじゃないんだから。

宝塚じゃないんだから。

暴走族じゃないんだから。

なんて読めばいいのか、全然わからない。

今どきの若い親はアホやないか。

あんな名前を付けられた子供がかわいそう。etc・・・

 

非難ごうごうとまでは言わないけど、

上の世代からはネガティブに

とらえられがちなキラキラネーム。

 

でも親たちの話を聞くと、

そう悪くもない、アホでもない、

それなりに子どものことをあれこれ慮って

一見奇天烈な名前を考え出しているようだ。

 

いちばん感心したのは

「将来、セイが変わっても自分に違和感を持たないように」

という意見。

僕は最初、「姓」と勘違いしていて、

「ふーん、親が離婚して今の姓が変わっても

良い響きになるように、ということか」と思った。

じつは自分の息子にも、カミさんの姓になったとしても、

読んでも書いても問題ないように、ということは考えた。

 

しかし、僕は間違っていた。

そんなことは軽い問題だ。

そのお母さんの意図はもっとシリアスな、

その子の人生すべてに関わること。

 

彼女が言ったのは「姓」ではなく「性」。

つまりジェンダーの問題。

男の子として生まれてきたが女性になるかも。

女の子として生まれてきたが男性になるかも。

もし、その子が自分の意思でそう生きると決めたら——

ということまで想定して名前を付けたという。

 

目からウロコがペロッと落ちた。

子どもの名前を考えることは、

この先の時代、その子たちがいおとなになる社会の環境に

思いを巡らせること。

いまどきの若い親は、

劇的に変貌するかもしれない未来を見つめて、

これまでの常識や慣習にとらわれることなく、

思考のネットワークを広げているのだ。

 

当のキラキラネームの子どもたちも、

「お父さんやお母さんが一生懸命に

考えてつけてくれた名前だから好き」

と屈託ない。

 

なんていい子たち、なんてよい親子なんだ!

今までキラキラネームを

ちょっと馬鹿にしていたことを猛烈に反省した。

そして、上の世代は過去のことに拘泥していてはいけない

と改めて思い知らされた。

未来はどうなっていくのか、ちょっとまた楽しみになった。

 


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僕たちはすでにセンチメンタルなサイボーグである

 

現代を生きる人間、

少なくとも都市環境の中、現代文明の中で生きる人間は、

脳だけは生身のままだが、体のその他の部分も、

住環境も「技術=テクノロジー」に頼っている。

当然、あなたも僕も例外ではない。

 

これは世界的なロボット工学者の石黒浩教授の思想である。

 

石黒教授によれば

「人間とは、動物と技術を合わせたものである」。

 

住んでいる家やビルはもちろん技術の賜物であり、

都市部において、人間の手がまったく入っていない

純粋な自然を見つけることは、ほぼ不可能だ。

 

体だって工場で作られた服を着て、

メガネをかけて、常にスマホをいじっている。

内部に人工臓器を入れている人も珍しくない。

人間の活動はすでにその大半が

技術によって支えられている。

(「ロボットと人間」/岩波新書より)

 

「人間とは何か」を追求するために

さまざまなロボット・アンドロイドを開発し、

実証実験・演劇・パフォーマンスを通して

世に問い続ける石黒教授の考え方には、

非常に多くの共感と納得感を覚える。

 

彼のロボット研究(=人間研究)の世界には

未来の人間・社会の在り方が

かなり濃厚なイメージで潜在している。

 

人間は未来において、より進化するために、

価値観の多様性を広げ、

その身体機能や脳の機能を拡張する。

 

それを実現するために必要とされる、さらなる技術。

社会生活においても、

個人の生活においても、

AI・ロボットの協力はますます求められ、

僕たちはそれと共存していくことを余儀なくされる。

 

「純粋な人間でありたい」という

センチメンタルな感情のかけらが疼くかもしれない。

そんなものはとっくの昔に失っていることは

わかっているのだけど。

 

AI・ロボットは思いもかけなかった時空に

人間を連れて行ってくれるだろう。

その頃、まだしつこく生きていたら、

そして感傷的になるのを堪えることができたら、

僕もいっしょに連れて行ってくれるだろうか?

 

おりべまことのロボット小説・エッセイ集


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20世紀の絶対悪ナチスを利用する21世紀の悪魔の影

 

ロシア戦勝記念日。

プーチンが拠り所にするのは、ナチスに対する聖戦。

ウクライナに巣食うネオナチのせん滅。

 

「ナチス」という言葉には

恐るべき悪のエネルギー、

死と虐殺のイメージがまとわりついている。

実際に1930~40年代のナチスドイツによって、

ヨーロッパ各地で人類史上最悪の

ジェノサイド、人権蹂躙が行われたのは事実なので、

そんなのイメージだけだ、とは言わない。

 

けれども「ナチス」「ファシスト」と言って指を指せば、

その人・組織・団体は悪い奴らだから潰していい、

と単純に人に暗示をかけてしまうのは問題だと思う。

 

思えば僕たちはこの77年間

「ナチス絶対悪の世界」で生きてきた。

かつての同盟国だった日本ですら(日本だから?)、

僕が子ども・若僧だった戦後20年~40年くらいの頃、

つまり昭和40~昭和60年

(1960年代後半~80年代前半)あたり、

現実と離れた世界でなら抵抗感がないためか、

子ども向けのSFマンガやアニメには

「世界征服」「地球支配」「人類滅亡」

などのワードとともに、ヒトラーやナチスを模した

悪のキャラクターや組織が多数登場した。

 

ビッグX、宇宙少年ソラン、ジャイアントロボ、

新造人間キャシャーン、仮面ライダー、

マジンガーZ、宇宙戦艦ヤマト・・・

 

そういえば、仮面の忍者赤影は時代劇なのに、

トンデモ科学力を駆使する卍(まんじ)党という

悪の忍者軍団が出てきた(だから面白かったのだけど)。

あれもナチスのイメージが反映されていた。

 

ついでに「キン肉マン」とか「リングにかけろ!」とか、

少年ジャンプのバトル系マンガでも。

 

いまは史実に基づく映画・ドキュメンタリーを除いて、

フィクションの分野では絶対にメディアに出せないが、

ハーケンクロイツやナチス的敬礼も

頻繁に目にした気がする。

 

裏返して言えば、悪役としてとてもカッコよく、

知的で格も高いので、子供・若者の気を引いたのだ。

 

誰もあまり言わないけど、

ナチスの軍服のデザインはめっちゃ優れていると思う。

だから当時のドイツの若者が大勢ナチスに入りたがった。

 

それほど強力なナチスの悪のパワーだが、

かの組織自体は77年前に滅んでいる。

ネオナチという、その残党も確かにいて、

ヤバイ連中なのだろうが、

そんなに大きな力を持ち得ているとは思えない。

 

「ナチス」「ファシスト」はわかりやすい記号だ。

その絶対悪の記号を隠れみのにして、

この77年でナチスを凌駕する得体の知れない悪魔が

この世界の裏側で育っているのではないかと恐れている。

 

ヒトラーやナチスを悪魔、大罪人として裁いて

正義は勝った、世界は平和になった・・・

と話が収まっていた時代はとうの昔に過ぎ去っている。

 

国籍問わず、「ナチス」「ファシスト」といった

20世紀の悪に対する言葉・イメージを巧みに操り、

20世紀人のトラウマを刺激しようとする連中にこそ、

僕たちは注意しなければいけないのではないだろうか。

 

世界や歴史に関してのお話にも、

おりべまことのエッセイで軽く出逢ってみてください


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どうなる?イギリスで「となりのトトロ」舞台化

 

これはびっくり!

イギリスのロイヤルシェイクスピアカンパニー(RSC)が、

「となりのトトロ」を舞台化する。

 

トトロの世界って日本人独自の感性によるもの、

と思っていた。

英国人のセンスでどうやって表現できるのか?

と最初はかなり訝ったけど、

よくよく考えてみれば、

ファンタジーにかけてはしっかりした伝統を持つ国。

けっこう面白いものになるかも。

しかも映画じゃなくて、舞台というところが期待大。

 

以下、プレスリリース要約。

 

宮﨑駿監督のアニメーション映画「となりのトトロ」が、

イギリスのロイヤル・シェイクスピア・カンパニー

(RSC)によって初めて舞台化。

2022年10月からロンドンのバービカン劇場で上演される。

映画で音楽を手掛けた作曲家の久石譲が舞台化を提案し、

宮﨑駿監督がこれを快諾したことで始まったプロジェクト。

久石譲がエグゼクティブ・プロデューサーを務める。

 

久石譲は舞台化にあたり

「この作品に本当の意味で普遍性があるなら

――僕はあると思っていますが――

まったく違うカルチャーで育った人たちが

違う言語でやっても、

きっと世界中の人に伝わるはずです」とコメント。

 

また、題字も手掛けたスタジオジブリの

鈴木敏夫プロデューサーは

「果たしてどうやってトトロと出会えるのか。

とても楽しみにしています」

と期待を寄せているという。

 

演出のフェリム・マクダーモットは

「美しい音楽とともに舞台にします。

パペット、役者とともに、命を吹き込みます」

と意気込みを語っている。

 

世界的な作曲家・久石譲のもと、

世界最高峰の演劇カンパニーRSCが

「となりのトトロ」をどう表現するのか、

世界中が期待している。

 

どうやら全体的にオペラみたいな感じの舞台で、

ダンスやパントマイムやパペットの動き、

ポエムリーディングのようなセリフなどを交えて

表現していくのではないかと思う。

 

オリジナルの映画とは違う、

イギリスファンタジーっぽい味の作品になるのだろうか?

いずれにしても、これ見るだけの目的で

またロンドンに行く価値あるかも。

 

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ヤバいムーミン

 

 

時々、図書館で子どもの本のコーナーを

ブラブラするのだが、

トーベ・ヤンソンのムーミン全集全9巻の新版が

3年前に講談社から出されていたのを発見し、

1冊ずつ読んでいる。

装丁も新しく、表紙のイラストもなかなかお洒落な本だ。

 

日本でムーミンというと、

そうしても1969年と72年、

東京ムービー➡虫プロで制作され、

フジテレビで放送されていたアニメのイメージが強く、

「ねえムーミンこっちむいて」という主題歌が

頭にこびりついていて腹立たしかった。

 

僕はあの可愛しい丸っこいカバみたいな

ムーミンが出てくるメルヘンアニメが大嫌いで、

妹が見ているとよくディスっていた憶えがる。

 

その後、おとなになって「ムーミンやばい」という話を

あちこちで聞いて、そのうち読もうと思っていて、

62になった今年、初めてまともに読んでみた。

 

これは面白い!

トーベ・ヤンソン天才!

今まで無視しててごめんなさい

と思ってしまった。

 

もちろん、カテゴリーわけすれば、

メルヘン、ファンタジーの部類に間違いないが、

めちゃくちゃ詩的で深読みできる寓話になっている。

心理学的な要素や、ある意味、オカルトというか、

スプリチュアルな要素も入っていて、

僕たちの人生や僕たちを取り巻く世界について

いろいろ考えられる、かなり質の高い文学だ。

 

ちなみにトーベ・ヤンソンは

日本のアニメになったムーミンを見て激怒したらしい。

さもありなん。

僕が子どもの頃のフジテレビは

「母と子のフジテレビ」がキャッチフレーズだったし、

放送枠は「カルピス親子劇場」だったので、

ああなるのもやむを得なかったか。

 

今の日本のアニメなら、

もっとヤンソンの原作をリスペクトした、

エッジが立った「やばいムーミン」をやてくれそうだが、

そんな企画はないのかな。

 

ムーミンのことはちょくちょく書いていこうと思います。

また、9巻全部読み終えたら、

何年か前に飯能に出来たムーミンのテーマパークにも

行って見ようかなと思ってます。

 


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4月のある雨の朝に100パーセントの川岸から 小舟を漕ぎ出すことについて

 

今年はまだ「4月のある晴れた朝に

100パーセントの女の子に出会うことについて」を

まだ読んでいなかったので、昨日読んだ。

 

悲しい話ではあるのだけど、

これは平和でお天気の良い世界のお話だ。

 

ロシア・ウクライナ戦争があったこと、

そして雨が多かったこと

(4月に台風接近なんて生れて初めて聞いた)で、

どうもあまり読む気分にならなかった。

 

いつもこの短い物語からさまざまな寓意を感じとるのだが、

今年はなぜか「4月の雨の朝」のことを

書いてみたいと思った。

 

七日七晩降り続ける雨。

野山の景色が白く煙り、川の水が溢れる中、

彼と彼女は筏のような小さな舟を浮かべて

草花が萌え始めた川岸から漕ぎ出していく。

 

二人はおそらく100パーセントの世界から

旅立とうとしているのかもしれない。

勇気ある旅立ちなのか、愚かな逃亡なのか。

そして、いずれ二人はバラバラになるのかもしれない。

先のことは何もわからない。

 

そんなイメージの断片だけが思い浮かんだ。

ひらひらと舞い降りてきた桜の花びらのような

僕にとっての贈り物かも知れない。

 

村上春樹がまだ若い頃に書いた

この短編は「贈り物」の物語である。

 

人は皆、生まれながらに自分だけの特別な贈り物を

もらっているのだが、

ほとんどの人は気が付かないか、

それは本物の贈り物ではないのでは・・・と疑いを抱く。

 

そうして別の何か、

自分にとってはさほど大切でもないものばかり

探しているうちに年月が流れ、

もともと手にしていた贈り物を失ってしまうのだ。

 

人生はそれを取り戻すためのストーリー。

自分にとっての「成功」は

他人が吹聴する成功とは違う。

これはそんなことを教えてくれる寓話なのだと思う。

 


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非道・鎌倉殿の衝撃展開

 

源頼朝(大泉洋)の(観客的に)許すまじき

非道な陰謀の末、上総介広常(佐藤浩市)が惨殺された

「鎌倉殿の13人」の第15回。

ネット上でもあまりの衝撃に騒然となるほど盛り上がり、

まさに三谷幸喜脚本の本領発揮。

 

この脚本家は「本作は源頼朝(大泉洋)が

死んでからが本番」

と言っているくらいだから、

このあと出てくる壇ノ浦の合戦・平家の滅亡も、

兄に討たれる義経の悲劇も、ほんの序章ということになる。

 

とは言え、夏まではこのくだりでまた盛り上がるだろう。

従来のイメージを木っ端みじんにする

菅田将暉の純情ワルガキ義経は大好きだ。

 

上総介の死が、頼朝・義経兄弟の

確執と悲劇の伏線となっていることは明らか。

 

これまでは何やらお人よしのボンボンっぽかった頼朝が、

これからどんどんブラックな悪役になっていく。

 

でも大泉をキャスティングしている以上、

最期は「政治家になったばっかりに

あんなひどいことしたけど、

本当はやっぱりいい人だったんじゃないか」と

視聴者に思わせて退場するのではないかと僕は思う。

 

さらに上総介の死は、この先、源氏から政権を奪う

北条義時(小栗旬)の運命にも連なっている。

時を同じくして誕生する義時の息子・

北条泰時(鎌倉幕府第3代執権)は、

上総介の生まれ変わりなのか?とも思わせる。

 

義時もまだなんだかフツーのいい人っぽいが、

何と言っても小栗旬、

これからどんな豹変ぶりを見せるのか楽しみだ。

やっぱり脚本と役者がいいと見ごたえがあります。

 


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リンゼイ・ケンプのダンスの記憶

 

道化師の画像を見ていて、

リンゼイ・ケンプのことを思い出した。

 

ケンプは英国のダンサーであり、パントマイマーである。

俳優として映画に出演したことも何度かあったが、

基本的は舞台が命の人で、

自分のカンパニーを持ち、ダンス、パントマイム、

演劇を融合させたような舞台を作っていた。

 

音楽好きな人にはデビッド・ボウイやケイト・ブッシュの

ダンス、パントマイムの先生として

その名を聞いたことがあるだろう。

 

「ジギースターダスト」時代のボウイ、

デビューした頃のブッシュのライブパフォーマンスには

ケンプの影響が強く表れている。

 

僕も1985~87年、ロンドンに在住していた期間、

何度かケンプの公演を見に行った。

「フラワーズ」という舞台が特に印象に残っている。

 

彼のステージは、高貴なクラシックアートと

サーカスやバーレスクのような、

下卑た猥雑な「見世物」のエッセンス、

さらに1970~80年代のポップカルチャーなどが

絶妙にブレンドされた、

神と人間の間を行き来するような、魅惑的な世界だった。

 

日本のカルチャーにも造詣が深く、

能や歌舞伎の要素も取り入れていた。

今世紀になってからも何度か来日公演を行い、

若い頃と変わらない元気さを見せていた。

いったいいつまで踊り続けるのだろうと思っていた。

 

そんな彼が2018年に亡くなっていたことを知ったのは

昨年のことだ。

ネット上でケイト・ブッシュの追悼コメントを読んだ。

80歳。直前まで次回のステージの準備をしていたようだ。

踊りながら倒れたのかもしれない。

「死ぬときも前のめりで死ね」という

セリフを思いだしたが、

生涯ダンサーとしては理想的な最期だったのかもしれない。

 

拙作「ピノキオボーイのダンス」(Kindle電子書籍)

に登場する老ダンサーは、ケンプをイメージして書いた。

https://www.amazon.co.jp/dp/B08F1ZFLQ6

 

彼は廃棄物となったロボット少年を救い、

彼に踊ることを教える。

老ダンサーの魂は、ロボットダンサーの体を借りて

未来を生きる。

 

彼のパフォーマンスの映像・音声データが豊富にあれば、

何十年か先、そんなことが実現するかもしれない。

僕たちはそういう時代を生き始めている。

 


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おたく、家族を虐待していませんか?

 

「おたく、家族を虐待していませんか?」

 

といって誰か訪ねて来るんじゃないかとドキドキしていた。

というのは1週間前、例によって義母が

朝っぱらからカエル病を発症し、

「家に帰りますから!」と言って駄々をこねたのである。

 

ちょうど僕が留守で、カミさんが一人で対応。

玄関のところでドタバタやっているところへ

郵便屋さんが書留を持って来たらしい。

 

そしたら義母が

「あたし家に帰ります、帰りたいんですよ」と、

その郵便屋さんに向かって必死で訴えた。

 

彼は仕事が済むと、苦笑いを浮かべてそそくさと帰り、

カミさんはなんとかなだめて義母を部屋の中に止めた。

(そのあたりで僕が帰って来た)

 

その話を聞いて、こりゃ意識の高い人だったら、

年寄りの虐待を疑って通報するかもな、と思った。

まぁもう1週間以上経って何事もないので、

あの郵便屋さんはシカトしたのだろう。

 

社会的にはどうなんだろう?

放っておくほうがいいのか、

それとも念のために

「あの家、虐待ヤバイかも、ですよ」と

こっそり通報しておいた方がいいのか?

 

認知症の人の何割かは、義母と同様、

僕たちの日常、僕たちの社会とは

ちょっとズレた(人によってはかなり外れた)時間を生き、

それぞれの世界とストーリーを持っている。

 

これから認知症の人が急増するという説もあるけど、

そうなった時、どう対処すればいいのかは難問だ。

 

おとなも楽しい少年少女小説

ざしきわらしに勇気の歌を http://www.amazon.com/dp/B08K9BRPY6

認知症になった寅平じいさんの人生最後のミッション。それは最強の妖怪「むりかべ」に立ち向かうざしきわらしのきょうだいを得意の歌で応援することだった。笑ってちょっと不思議な気持ちになる、妖怪幻想譚。 


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週末の懐メロ77:ネバーエンディングストーリー/リマール

 

1984年リリース。

転調に次ぐ転調がカッコよくて気持ちよく、

まさしくネバーエンディングに楽しめる。

 

最近は同じ曲をえんえん1時間繰り返す

「1H」がいろいろ上がっていて、

僕も時々ライティング時のBGMとして聴いてるが、

この曲はその中でも断トツに好きだ。

 

流して聴いても邪魔にならないし、

テンション上げるために、

思い切り耳を傾けて聴き込むこともできる、

無理なくツーウェイができる楽曲は他にあまりない。

 

歌い手のリマールは80年代前半、

特に女子に人気があった

イギリスの「カジャグーグー」という

ポップロックバンドのヴォーカリストだった。

 

余談だが、このバンドのベーシストだった

ニック・ベッグスは、

僕が勤めていたロンドンの日本食レストランの

常連客だった。

いつもガールフレンドと一緒にきて、

天ぶらや焼き鳥を食べてた。

とてもフレンドリーで、いかにもアイドルといった

可愛い顔が記憶に残っているが、

最近はプログレバンドで結構活躍しているようだ。

 

話を戻して、この曲は日本でもかなり人気があり、

これまでトヨタのコマーシャルやドラマの挿入歌

(前者は坂本美雨、後者はeガールズがカバー)

としても使われた。

最近ではマクドナルドのコマーシャルでも

耳にした気がする。

 

が、何といってもリマールのオリジナル版が最高である。

彼の声の持つ「揺らぎ」が、この美しくも凛々しい曲調に

ベストマッチしているのだ。

 

これはもともと同年公開されたファンタジー映画

「ネバーエンディングストーリー」のテーマ曲だった。

 

原作は「モモ」で知られる

ドイツの児童文学作家ミヒャエル・エンデ。

この頃、高い文学性、深淵な哲学性、鋭い現代文明批評を

併せ持ったエンデの作品は世界的に脚光を浴び、

この作品は日本では

「はてしない物語」という題名で出版され、

よく読まれていた。

エンデ作品は「ハリーポッター」以前の

ファンタジー文学では

トップクラスの知名度を持っていたと思う。

 

さて、その「はてしない物語」――

ネバーエンディングストーリーの内容は、というと、

 

イジメにあった少年が古本屋に逃げ込み、

偶然見つけた本のページをめくっていくと

その物語の中に入り込んでいくというストーリー。

 

この本の中の物語は、産業社会が発展する中で

しだいに荒廃していく人々の内面世界を描いており、

「はてしない物語」とは人生のこと。

人生の主人公は、物語の英雄ではなく、

これを読んでいる君自身なのだよーー

簡単に解説すると、そんなメッセージが含まれている。

 

この曲で繰り返される転調は、

現実世界と異世界(内面世界)を行ったり来たりする

少年の心の動きを表現しているといえるかもしれない。

 

しかし、テーマ曲の素晴らしさに比べて

映画はイマイチだった。

ビジュアルは当時の技術のベストを尽くしていたと思うが、

脚本がただストーリーをなぞっただけの代物で、

出てくる人物やクリーチャーのキャラや

小道具に頼っていて、

原作の本質的な部分が表現されていなかった。

原作者のエンデも出来栄えにはかなり不満があったらしい。

 

ハリウッドのファンタジー映画は

2000年代に入ってから、

「ハリーポッター」や「ロード・オブ・リング」などで

ビジュアルはもちろんのこと、

脚本の面でも格段の進歩を見せた。

「ネバーエンディングストーリー」が作られらた頃は

まだ子どもだまし的な部分が否めず、

エンデ人気にのっかった、

早すぎる映画化だったのかもしれない。

 

ファンタジー映画に対する理解が進み、技術も成熟した今、

もう一度、この作品をリメイクしてみてはどうか。

もちろん、テーマ曲はこのままで。

 

ついでに1時間版もご紹介。

 


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「ちち、ちぢむ」Goto新発売無料キャンペーン

 

新発売&新年度スタート記念無料キャンペーン

3月31日(木)17:00~4月3日(日)16:59

 

ケントの11歳の誕生日、

プレゼントを持ってくるはずだったお父さんは、

身長9センチの「ちっちゃいおじさん」になって現れた。

どうしてお父さんは小さくちぢんでしまったのか?

いや、じつはお父さんだけではない。

今、社会の役に立たなくなった男たちが、

ある日突然、カエルサイズにちぢんでしまう

怪現象が多発している。

 

将来、生物学者をめざすケントは、これは南米に生息するアベコベガエルーーオタマジャクシの時よりもからだが小さくなってしまうカエルーーと同じく、アポトーシス(細胞の死)による変異が起こっていると解析。

「ちぢむ男=ちっちゃいおじさん」は、

やりたい放題のホモサピエンスを

これ以上のさばらせたくないという

地球の意志によって生まれているのではないかと推理する。

 

謎を解き、もとの姿に戻るために

「怪物マンション」に潜入したお父さんを、

知恵と勇気とやさしさで応援するケント。

アベコベ親子の奮闘を描く奇々怪々でユーモラスな物語。

おとなも楽しい少年少女小説第8弾!

 

もくじ

1.さらば、ちっちゃいお城

2.アベコベガエル

3.親子の事情

4.お父さんの身の上話とちぢんだ男たち

5.ちぢんだ男たちの秘密

6.なぞの科学者

7.怪物マンション〈ガウディ〉

8.どんぶり風呂

9.死体のころがる部屋

10. ウダ博士の研究秘話

11.赤と白のキノコ

12.ぼくのミッション

13.おまわりさん攻略法

14.ちち、のびる

15.ふたたび怪物マンションへ

16.313号室のあとしまつ

17.あきといっしょに

 

読みごたえたっぷりの中編4万字。

ぜひ読んでみてください。

レビューもよろしくお願いします。

 


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プレゼントを持ってくるはずだったお父さんは、

身長9センチの「ちっちゃいおじさん」になって現れた。

どうしてお父さんは小さくちぢんでしまったのか?

いや、じつはお父さんだけではない。

今、社会の役に立たなくなった男たちが、

ある日突然、

カエルサイズにちぢんでしまう怪現象が多発している。

将来、生物学者をめざすケントは、

これは南米に生息するアベコベガエルーーオタマジャクシの時よりもからだが小さくなってしまうカエルーーと同じくアポトーシス(細胞の死)による変異が起こっていると解析。

「ちぢむ男=ちっちゃいおじさん」は、

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これ以上のさばらせたくないという

地球の意志によって生まれているのではないかと推理する。

謎を解き、もとの姿に戻るために

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知恵と勇気とやさしさで応援するケント。

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もくじ

1.さらば、ちっちゃいお城

2.アベコベガエル

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4.お父さんの身の上話とちぢんだ男たち

5.ちぢんだ男たちの秘密

6.なぞの科学者

7.怪物マンション〈ガウディ〉

8.どんぶり風呂

9.死体のころがる部屋

10. ウダ博士の研究秘話

11.赤と白のキノコ

12.ぼくのミッション

13.おまわりさん攻略法

14.ちち、のびる

15.ふたたび怪物マンションへ

16.313号室のあとしまつ

17.あきといっしょに

 

読みごたえたっぷりの中編4万字。

Please Enjoy!

 


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週末の懐メロ75:ピアノマン/ビリー・ジョエル

 

73年リリースとは意外。

ビリー・ジョエルのデビュー曲であり代表曲は、

僕のイメージの中では1978年の歌だった。

 

44年前の今ごろ、東京に出てきた時、

専門学校に通っていた最初の2年間、

友だちと部屋をシェアして暮らしていた。

 

そいつがビリー・ジョエルが大好きで、

暇さえあれば「ストレンジャー」「オネスティ」などを

聴いていた。

特に好きだったのがこの「ピアノマン」。

風呂上がりに、夜寝る前に、

レコードに合わせて、年がら年中口ずさんでいた。

 

「この歌だけがおれの心を慰めてくれる」とかなんとか。

そんなセリフを言っていた覚えもある。

あの頃、あのアパートに集まってくる男も女も

みんな夢を喰って生きていた。

夢で腹を満たしていれば、飢えも乾きもなかった。

人生は長く曲がりくねった道で、

時間はあり余るほどあった。

真剣でありながら、能天気でもあった。

 

都会的なピアノの響きと、

素朴なブルースハープとの絡み合い。

親しみやすく口ずさみやすい、

明るく、けれどもあまりに切ないメロディ。

 

実際に酒場でピアノを演奏していた

ビリー・ジョエルの自伝ともいえる歌は、

飲まずにはいられない夢見る男たちのドラマを描く。

 

きっとこの歌と変わらないドラマが、

50年近く経った今でも、

世界中の街のたくさんの酒場で

繰り広げられているのだろう。

 

でも、もしかしたら、

この酒場に集っていた登場人物の何人かは

好きな酒を断ち、くだを巻くのもきっぱりやめて、

齢を取っても昔の夢を、あるいは新しい夢を

追い求めているのかもしれない。

 

「おまえはなんでこんなところで歌っているんだ?」と

言われていたピアノマンが酒場から足を洗い、

ビリー・ジョエルというスター歌手になった。

もしかしたら自分だって。

 

若いころ思っていたより人生はずっと短いことを知った。

このまま死んでいくのはごめんだ。

そりゃそうだ。

酔っぱらたままで終わりたくない。

夢のカーニバルをどこまで続けるか、

決めるのは自分次第。

 


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新作小説「ちち、ちぢむ」+お彼岸Wキャンペーン告知

 

おとなも楽しい少年少女小説の新作「ちち、ちぢむ」。

ただいま執筆中。今月末発売予定。

大好きなお父さんが

「ちっちゃいおいじさん」になってしまう、

笑って泣けて、深淵なお話です。

 

その前にまたキャンぺーンを予定。

食べるエッセイ

「ロンドンのハムカツ」

「あなたもごはんでできている」の

お彼岸ダブルキャンペーン!

3月19日(土)17:00~21日(月)16:59を予定。

どうぞお楽しみに~。

 


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「鬼滅の刃」は現代の日本人の生き方を問う物語

 

映画もドラマも新作はめっきり見なくなってしまったが、

「鬼滅の刃」だけは楽しみである。

先日、「遊郭編」のOA(AmazonPrimeで1日遅れで

見られるので、僕はそっちで見ていた)が終わって、

今度は「刀鍛冶の里編」の制作が発表された。

いつ公開されるかは未定だ。

 

「エヴァンゲリオン」が良い例だが、

ここまでファンがつくと、

どれだけ時間がかかってもお客は待っていてくれる。

 

原作が完結していて、ストーリーはわかっているので、

さすがにエヴァほど待たせないとは思うが、

完結編まであと3年くらいは掛かるだろう。

最後はまたテレビでなく、映画でやりそうな気がする。

 

いずれにしても。ちゃんと時間をかけて

じっくり作ってほしいと思う。

 

この作品はバトルアクションが中心で、

「遊郭編」は後半ほとんどバトルの連続だったが、

そこにやたらとそれぞれの登場人物の回想が

入り込んでくる。

その回想が、またやたらと密度が高い。

じつはここが人気の秘密である。

 

なぜ彼らは戦うのか?

なぜ彼らは鬼になったのか?

柱や鬼はどこから来て、どこへ行こうとしているのか?

 

という情報がほどよく客に伝わり、

客はそのドラマを自分の内側で膨らませられるのだ。

てか、じつはこのバトルドラマは、

混迷の時代にいる僕たちの生き方そのものなのである。

 

 

物語の舞台は今から100から110年ほど前の大正時代に

設定されているが、

僕から見ると、主人公の炭治郎ら少年隊士は、

平成生まれの現代の若者たちである。

 

そして彼らの上司である柱(鬼殺隊の幹部)たちは、

昭和生まれの中高年である。

 

彼らがいっしょに、古い因習と人の悪しき情念とが

絡まって「鬼」となった存在を倒し、

闇の世界を終わらせ、新しい世界を拓こうとする。

これはそういう物語だ。

 

そしておぞましい鬼たちも、その正体は、

何か大切なものを守りたいがために

必死で生きなくてはならす、

闇に取り込まれてしまった、か弱い子どもである。

 

鬼を退治するために首を切り落とすという、

残酷な所業は、魂を浄化させるための仕事であり、

鬼殺隊は、悪しき情念で鬼となった

子どもの魂を救うために闘うのである。

 

原作者の意図はわからないし、

そもそも原作のマンガは

アニメを見てから読もうと思っているので未読だが、

僕はそんな、いささかこじつけ過ぎた見方で、

この物語を楽しんでいる。

 


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週末の懐メロ70:ブロークン・イングリッシュ/マリアンヌ・フェイスフル

 

1979年に同名のアルバムがリリースされた際、

どこかの雑誌に「地獄から這い上がって来た女」

と紹介されていたのを憶えている。

 

ドスの効いたハスキーヴォイス。

ヒリヒリするような緊張感とデカダンスな雰囲気。

マリアンヌ・フェイスフルの

「ブロークン・イングリッシュ」は、

ポストパンクからニューウェーヴに移行する時代の

最先端のサウンドであり、強力にエッジが立っていた。

 

「地獄から這い上がって来た女」は

大げさなセールス文句に思えるが、

過去に遡ってストーリーを辿っていくと、

あながちそうでもない。

 

彼女は堕天使だった。

 

1964年、すでに結婚して母親になっていた18歳のとき、

ローリング・ストーンズの初期のバラード

「涙あふれて」を歌って18歳でデビュー。

清らかなその声はエンジェル・ヴォイスと言われた。

 

その頃、ビートルズの「イエスタディ」や

サイモンとガーファンクルの「スカボロフェア」なども

歌っているが、本家をしのぐほどの美しい歌唱。

たちまち人気アイドルとなったのも納得できる。

 

イギリス人だが、もともとオーストリアの

ハプスブルグ家の血を引く貴族のお嬢様という経歴も

大きな強みだったのだろう。

 

けれども可愛いアイドルに

ちんまり収まっている器ではなく、

歌だけでなく女優業にも進出。

 

1968年には「あの胸にもう一度」で当時の大スター、

アラン・ドロンと共演。

この映画で彼女はバイクに乗る

カッコいい娘を演じるのだが、

黒いレザーのバイクスーツの下は裸で、

そのジッパーをドロンが

口でくわえて引き下げて脱がすという、

かなりの衝撃度を持つエロチックなシーンがある。

 

それを見て鼻血ブー!となった男が大勢いると思うが、

どうやらその衝撃から

「ルパン三世」のあのヒロインが生まれたらしい。

 

そうなのだ。

マリアンヌ・フェイスフルが

峰不二子のモデルだったとは初めて知った。

 

その後、ストーンズのミック・ジャガーの恋人になり、

だんだん酒と煙草と麻薬に浸る生活にはまっていく。

 

1969年、ストーンズの「シスター・モーフィン」という、

「ヘロインの代わりにモルヒネを」という

とんでもない歌を歌った後は、

薬物に加え、数々のスキャンダル、ホームレス生活、

自裁未遂までしでかし、

ついには音楽・芸能の世界から姿を消す。

 

それから約10年。

一度死んだと言ってもいいマリアンヌ・フェイスフルは、

いまだ強い生命力を持つ

この大名盤を創り上げて奇跡のカムバックを果たす。

 

可愛いアイドルから

地獄を潜り抜けた、迫力満点の大姉御への大変身。

 

リアルタイムでこの曲・このアルバムを聞いていた頃は、

60年代の彼女のことはまったく知らなかったので、

そのギャップの凄さがよくわからなかったが、

今回、いろいろ聴いて、調べて、

「地獄から這い上がって来た女」の意味がやっとわかった。

そしてその豊富なキャリア、活動量、

そして才能に驚愕した。

 

しかし、そんな彼女のライフストーリーを抜きにしても、

グイグイ脳髄に切り込んでくる

「ブロークン・イングリッシュ」は、

文句なしにカッコいい。

 

その後の時代も、

アコースティックだったり、ジャズ風だったり、

様々なアレンジでやっているのを聴いたが、

どれも渋くて、めっちゃエッジが立っていて、

プログレッシブ。

 

最近のインタビュー映像で、アイドル時代からの流転変転を

余裕しゃくしゃくの笑顔で話す姿も貫禄あり過ぎだ。

 

ちなみに彼女は2006年の映画

「マリー・アントワネット」では、

アントワネットの母のマリア・テレジアを演じている。

 

お姫様アントワネットからオーストリアの女帝へ――

を地で行くかのような女の生きざまに脱帽。

 


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「あとしまつ」の時代を生きる

 

「大怪獣のあとしまつ」という映画が先週から公開されている。

最初に概要を見たとき、

すげえ題材に目を付けたな、と思った。

 

ヒーローが大怪獣を倒すが、

死体は消えてなくなるわけではない。

人間があとしまつをつけなくてはならない。

その顛末・奮闘劇を面白おかしく描く。

 

これはおいしい。

今まで誰もこんな話は作っていない。

それをこの令和4年にやる、というところにビビッときた。

 

「大怪獣」とは一種のメタファー(暗喩)である。

自分でもいろいろ書いているが、今やネット上には

昭和の振り返り情報――

政治や企業の栄枯盛衰から怪事件、怪人物、怪商品、

映画、音楽、マンガ、テレビ、アニメ、特撮、

芸能人あyスポーツ選手のスキャンダルなど

ーーがあふれかえっている。

 

大怪獣とは、後世に様々な影響を残した

戦後昭和という強烈な変動期のことであり、

終わって30年以上たった今、

僕たちは懐かしい、あの頃に帰りたいと

ブツブツつぶやきながら、

そのあとしまつに勤しんでいる、というわけだ。

なんだか残された家族が遺品整理をしているようである。

 

また、大怪獣とは災厄・災禍のメタファーでもある。

初代ゴジラが核兵器の化身だったように、

庵野監督のシン・ゴジラが東日本大震災の

イメージをまっとていたように、

人間が太刀打ちできない圧倒的なパワーの象徴として現れる。

 

なんとかそれを乗り切って生き延びても

そのあとしまつがまた大変だ。

東日本大震災ももう11年が経とうとしているのに、

原発の問題を始め、多くの傷跡が治療もされずに

置きざりにされたままだ。

 

そして今ならコロナ禍である。

オミクロンがピークアウトすれば、

コロナ禍は終わるかもしれないが、

喜んでばかりはいられない。

 

今度はコロナ禍で混乱し、取っ散らかってしまった社会の

後始末をどうつけるか、が大問題になるだろう。

これがけっこう心配だ。

いろんなところに想像もできないような歪が起き、

物理的な面・精神的な面、双方で

僕たちは何年も後始末に明け暮れるのではないか、

という気がする。

 

てなことをいろいろ考えて、「大怪獣のあとしまつ」、

そんなメタファーがふんだんに盛り込まれた、

それでいながら笑えるという、

すごい映画なのではないかと期待していたが、

ネットでチラ見してしまった評判は、あまり芳しくない。

 

あれこれ妄想を膨らませて夢を描いているだけのほうが

いい気がしてきた。

 


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私立探偵・健太のこと

「茶トラのネコマタと金の林檎」は私立探偵が

高齢女性から山の中に埋蔵された

金の林檎の捜索を頼まれる、という話だ。

 

この物語の主人公である探偵の健太は、

親に虐待され、棄てられた子どもで、

施設で育ったのち、

高校を出てから紆余曲折を経て

探偵事務所を開いたという経歴を持つ。

 

事務所といっても、自分のホームページを開き、

6畳一間のアパートで、

パソコンと携帯電話を使って仕事しているだけ。

それでも立派な独立事業者だ。

 

本筋とは関係ないのだが、

この健太が、自分の育った施設の所長に呼ばれ、

社会で独立して活躍する成功者として、

施設の子どもたちに講演してくれと頼まれる。

彼は最初拒むが、

しぶしぶその依頼を引き受けるというエピソードがある。

 

自分でもなんでそんな設定、

そんなシーンを書いたのかわからないが、

手前みそながら、そんな健太のことが結構好きで、

友だちのように思っている。

 

多分これを書いていた前後に、

こうした施設をめぐる悪いニュースを聞いたのだろう。

実際には健太のようなやつには逢ったことがないのだけど、

そこにいる不運だった子どもたちに

がんばってほしいという思いがあったのかもしれない。

 

世の中、「成功」の定義はいろいろだ。

オリンピック選手や芸能人やお金を儲けた実業家だけが

成功者ではない。

自分では成功したとか、偉くなったとか思っていなくても、

他人は、あの人イイな、えらいなと

思っていることだってある。

 

それに人生に成功したか、失敗したかなんて

最期まで行ってみないとわからない。

どんな境遇で生きることになったって、

自分を抑え込まず、自信を持って生きよう。

 


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「芝浜」と女落語家

 

「愛妻の日」に記事を書いたら、

「芝浜」という落語を思い出して、

ちょこちょこYouTubeに上がっているのを聴いていた。

 

有名な古典だから知っている人も多いと思うが、

あらすじを話すと——

 

江戸に魚屋を生業とする男がいて、

魚を選ぶ目も包丁さばきも優れているのだが、

困ったことに大の酒好き。

 

昼間から「ちょっとだけ」とすぐに飲んでしまい、

深酒して結局、ろくな仕事が出来なくなってしまう。

おかげで家は借金だらけという体たらく。

 

そんな魚屋がある日、芝の浜(昔は今の港区芝のあたりは浜、

芝浦から先は江戸湾だった)で大金を拾う。

 

大喜びでそのカネで贅沢三昧、遊び暮らそうとするのだが、

カミさんに「何言っているの。あんたはただ夢を見たのっよ」

と言われてしまう。

 

がっかりした魚屋はカミさんにほだされて酒を断ち、

まじめに働いて優秀な本領を発揮して

暮らしは上向きに。

そして3年後、カミさんから衝撃の真実を打ち明けられる

ーーという話。

 

最後のオチは、いつ何回聴いても笑って泣ける傑作中の傑作で、

おまけにお金とは何か、仕事とは何か、

人生とは、幸福とは・・・といろいろ考えさせてくれる。

 

ところが夫婦愛に溢れたこの物語、

現代女性の立場から見ると、

魚屋のカミさんが「できすぎニョーボ」

「男に都合よすぎるオンナ」という風に映り、

リアリティを感じないという。

なかなか女の目線はクールである。

 

江戸時代、寄席に来て落語を楽しむ観客は、

ほとんどが男だったようで、

どうも古典落語は基本的に男を喜ばせる話に

なっているようだ。

 

それでもいいと言えばいいのだが、

そんな落語の伝統に疑問を唱える落語家もいる。

それも女性。

 

この「芝浜」に女性目線を入れて改変しようと

しているのが、女性落語家の林家つる子さんだ。

 

今や昔とは比べ物にならないほど、

女性の仕事の選択肢は増え、

女性お笑い芸人も多数活躍する時代だが、

さすがに落語家をやろうという人はまだ稀。

 

僕も昨日知ったばかりだが、ちょっと注目してみたいし、

彼女がカミさんの心情を織り交ぜて作る

「芝浜」も聴いてみたいと思う。

 


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高円寺・猫の額で麻乃真純さんの作品を見る

 

電子書籍の表紙絵を描いてもらっている

漫画家・イラストレーターの麻乃真純さんが出展している

グループ展「春待祭」を覗きに行く。

 

高円寺北口にあるギャラリー「猫の額」は、

その名の通り、猫の額ほどの小さなスペースに

猫雑貨・猫アートがぎゅうぎゅうに詰め込まれている。

 

麻乃さんの絵はなんだか年を追うごとに

だんだんファンタジックになっている。

可愛がっていた犬や猫を看取るごとに

動物が妖精化していく。

 

僕も仕事でペットの葬儀や供養グッズのことを

書くことがあるが、

どうも動物の死は、人の死と違って

何かそうした異化作用を脳に及ぼすのかもしれない。

 

会期は終わりに近く、麻乃さんの絵は

ほとんど買い手がついていた。

 

猫好きの人は、高円寺方面に用事があったら

「猫の額」に行ってみてください。

「アトリエあさの」もよろしく。

猫の額 http://www6.speednet.ne.jp/nekojarasi/

アトリエあさの http://nazuna.jp/purofiru.html


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初詣リベンジ編

 

元旦の巨混み状態を見て撤退したので、

本日4日はカミさんと二人で大宮八幡宮に

リベンジ初詣。

 

大宮八幡宮ではコロナ対策か、

本殿の周囲で写真撮影などで

人が溜まらないようにしている。

 

なので記念撮影は再び、かえる石さまの前で。

改めて、本年もよろしくお願いいたします。

 

おみくじ引いたら小吉で、

「万事成り行きのままに身をゆだねるとき」

「流れに自然に従えば、物事はひとりでに発展していく」

と書いてある。

 

「ハンザキを喰った」も、じつはこんなことがテーマです。

人生は川の流れのように。

 

本日4日(月)16:59まで新春無料キャンぺーン続行中。

https://www.amazon.com/dp/B09PGDSQMP

 


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2022おりべ作品第1弾!「ハンザキを喰った話」 新春無料キャンペーン

 

新年あけましておめでとうございます。

今年も妄想力全開で仕事をやりまくり、

毎日楽しく生き抜きたいと思います。

元旦の初詣は「幸福がえる」のご神石にお参り。

カエルパワーを授かりました。

 

というわけで2022年は、昨年大みそかにUPした新作小説「ハンザキを喰った話」の無料キャンペーンからスタート。

奇怪でユーモラスで切ない不死身のハンザキのお話で

寿ぎください。

キャンペーン期間:4日間限定

1月1日(土)17:00~1月4日(火)16:59

http://www.amazon.com/dp/B09PGDSQMP

 


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2021最後の日に出版・新春キャンペーン実施「ハンザキを喰った話」

 

おりべまこと長編小説「ハンザキを喰った話」

2021年の最後を飾って本日大みそかに

Amazon kindleより発売!

 

そして発売記念新春無料キャンペーン実施!

2022年1月1日(土)17:00~1月4日(火)16:59

 

2022年のスタートは、

不死身のハンザキのお話で寿ぎください。

http://www.amazon.com/dp/B09PGDSQMP

 

あらすじ

舞台は2000年。20世紀と21世紀の狭間のミレニアムの年。

文福社という小さな出版社の雇われライター・神部良平は、

自費出版の「自分史」の本を書いている。

これは自分の人生を本にしたいという人から話を聞いて、

それを一編の物語のように仕上げる、

いわば代筆業、ゴーストライターだ。

 

今回のクライアントは自称・発明家の堀田史郎という

100歳の老人。

その昔、彼は折りたたみ式の「ちゃぶ台」を発明して

大きな富を得たが、

無二の親友の裏切りに逢い、

その財産をすべて失ったという経歴の持ち主だ。

 

そんな彼が1950(昭和25)年、

人生の半ばで自殺の名所を巡る旅に出て、

出雲大社に向かう途中、島根県のとある山村で歓待を受ける。

そこで当時まだ特別天然記念物に指定されていなかった

ハンザキ(オオサンショウウオ)を食べたという。

そしてその食体験によって

自分は不死身になったというのだ。

 

彼の話を書き綴る神部は、

そんな話は老人の妄想に違いないと疑惑を抱きつつも、

なぜか半分は信じたい気になって、

みずから堀田老人がハンザキを喰ったという村に赴く。

清流が流れるその美しい村では

半世紀前の因習・しきたりは途絶え、

もちろん堀田老人が歓待を受けた時のように

「ハレの日」のお祝いとして

ハンザキを食べていたという記憶さえ失われていた。

しかし、そこで神部は思いがけない体験をする。

それは半分人間、

半分ハンザキ(オオサンショウウオ)という怪物との

遭遇だった。

こうして堀田老人の語る夢のような話は、

神部の内面でみるみる真実に変貌する。

 

最大の両棲類として古代から地球上で生き続ける

オオサンショウウオの不思議な生命力に

人生を左右されることになった

明治・大正の発明家と、昭和・平成のライターの

怪奇な運命の物語が、

夢と現実のバランスが崩れた世界で紡がれてゆく。

 

もくじ

1.ハンザキになった男

2.カエルのから揚げ

3.友情に裏切られた男

4.発明家・堀田史郎のこの世の一生

5.ハンザキの村

6.ハンザキに関する調査

7.夢ヶ淵での遭遇

8.お寺の住職の夜伽話

9.最後の取材

10.もう一つの仕事

11.満月の夜

12.富士見川での別れ

13.仕事の後始末

14.ハンザキになった男の末裔

15. ハンザキ再来

 


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「ハンザキを喰った話」:オオサンショウウオに変態した100歳の発明家をめぐる幻想譚

 

最初は5000字程度のちょっとした民話というか

おとぎ話風の短い物語にする予定だったのだが、

やっているうちに膨らんで5万字超の長編小説に。

 

夏に1週間程度で書いて出そうと思ってたのが、

年末ぎりぎりまでかかってしまった。

やっと最後のチェックが済んでUP。

大みそかに発行できるかな?

 

あらすじ

 

舞台は2000年。20世紀と21世紀の狭間のミレニアムの年。

文福社という小さな出版社の雇われライター・神部良平は、

自費出版の「自分史」の本を書いている。

これは自分の人生を本にしたいという人から話を聞いて、

それを一編の物語のように仕上げる、

いわば代筆業、ゴーストライターだ。

 

今回のクライアントは自称・発明家の堀田史郎という

100歳の老人。

その昔、彼は折りたたみ式の「ちゃぶ台」を発明して

大きな富を得たが、

無二の親友の裏切りに逢い、

その財産をすべて失ったという経歴の持ち主だ。

 

そんな彼が1950(昭和25)年、

人生の半ばで自殺の名所を巡る旅に出て、

出雲大社に向かう途中、島根県のとある山村で歓待を受ける。

そこで当時まだ特別天然記念物に指定されていなかった

ハンザキ(オオサンショウウオ)を食べたという。

そしてその食体験によって

自分は不死身になったというのだ。

 

彼の話を書き綴る神部は、

そんな話は老人の妄想に違いないと疑惑を抱きつつも、

なぜか半分は信じたい気になって、

みずから堀田老人がハンザキを喰ったという村に赴く。

清流が流れるその美しい村では

半世紀前の因習・しきたりは途絶え、

もちろん堀田老人が歓待を受けた時のように

「ハレの日」のお祝いとして

ハンザキを食べていたという記憶さえ失われていた。

しかし、そこで神部は思いがけない体験をする。

それは半分人間、半分ハンザキ(オオサンショウウオ)という怪物との遭遇だった。

こうして堀田老人の語る夢のような話は、

神部の内面でみるみる真実に変貌する。

 

最大の両棲類として古代から地球上で生き続ける

オオサンショウウオの不思議な生命力に

人生を左右されることになった

明治・大正の発明家と、昭和・平成のライターの

怪奇な運命の物語が、

夢と現実のバランスが崩れた世界で紡がれてゆく。

 


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狛寅と百足小判と毘沙門天

 

先日、港区芝(浜松町と田町の間)にある

正傳寺(しょうでんじ)というお寺を取材した。

ここは江戸時代、毘沙門天を祀っていることで

参拝客で大賑わいしたというお寺だ。

 

来年、令和4(2020)年の干支は寅だが、

このお寺の毘沙門堂には狛犬ではなく、

二体の狛寅(こまとら)が鎮座している。

 

これは毘沙門天が日本で初めて姿を現したのは、

寅年、寅日、寅の刻だったという伝承があることから

寅が使いとされるようになったからだ。

勇猛な寅は、甲冑を着た戦いの神に

ぴったりイメージが当てはまる。

 

もう一つ、同じく毘沙門天の使いとされているのは百足だ。

百足は気味悪がる人が多く、

嚙まれるとアレルギー反応を起こすこともある毒虫だが、

こちらも江戸庶民の間では

縁起の良い生き物だと評判が高い。

 

理由は江戸庶民はお金のことを「お足」と言ったため、

百足はそのお足がたくさんあるということで

金運を呼ぶとされたからだ。

 

また、歌舞伎役者など、人気商売の人も

たくさんの足が自分に向きますように、

つまり、人気が出ますようにと願って

自分の家紋に百足を使うことがよくあったという。

 

江戸っ子の洒落、現代なら「おやじギャグ」の類だが、

正傳寺ではこうした江戸庶民の感情を機敏に捉え、

「百足小判」のお守りを考案して販売。

これが大いにウケたという。

 

今のこの寺の住職さんは、こうした歴史を踏まえて

自らデザインして

この「百足小判」の復刻版をプロデュース。

これが大好評を博している。

 

毘沙門天のお寺は、東京では神楽坂の善國寺が

最も有名(ここにももちろん狛寅が鎮座している)で、

正傳寺にならって百足小判のお守りを売り出したらしいが、

「オリジナルはこちら、あちらはフォロワーです」

と住職さん。

 

いずれにしても、寅年に狛寅のいるお寺で、

金運と人気が上がる百足小判は縁起がいい。

来年はぜひ毘沙門天様にお参りするといいことあるかも。

 


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金の林檎を贈って2021のクリスマスの思い出を

 

自分のハートに金の林檎を贈って

2021のクリスマスの思い出を残そう。

まだまだ続くおりべまことAmazonKidle電子書籍

オナラとネコマタ、クリスマス無料キャンペーン!

12月26日(日)16:59まで。

 


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今年のクリスマスは、自分のハートに金の林檎をプレゼント

 

おりべまこと AmazonKidle電子書籍

おとなも楽しい少年少女小説

オナラとネコマタ、クリスマス無料キャンペーン!

本日12月23日(木)17:00~12月26日(日)16:59

 

★オナラよ永遠に

http://www.amazon.com/dp/B085BZF8VZ

 小学5年生の小松救太郎は、ぬきうちテストの最中にオナラをもらし、クラス中からいじめられる。じつはそのオナラの真犯人は隣の席の水城ユリカ。彼は憧れの女の子の失敗をかばっていたのだ。しかし、ユリカはお礼を言うどころか、よけいなおせっかいだと救太郎をきびしく攻める。

 その日、家に帰った救太郎は奇妙な白昼夢を見る。

そこに登場するのは、26世紀から来た、オナラで音楽を奏でるプータローというキテレツな男。この男の話によると、500年後の世界では人間はオナラをしない生き物に進化しており、そのせいでストレスがたまり、心の病が蔓延しているという。

 そして救太郎こそが、失われたオナラを取り戻すための救世主であり、ユリカとラブラブになることで人類がオナラを取り戻し、不幸な歴史をやり直せると伝える。

 救太郎は、潔癖症でオナラを軽蔑するステージママである母親のプレッシャーにユリカが苦しんでいること、また、人類からオナラを奪おうとする謎のヘビ魔女が彼女に取りついていることを知る。

ヘビ魔女との対決や、秘密警察から逃走するプータローとの交信を通じて、ついに自分の力で未来を変えることを決意する救太郎。その方法はユリカのオナラをかばった日にタイムスリップして戻り、二人のよじれてしまった関係を修復するということだった。

 はたして彼はユリカの気持ちを変え、オナラを失った未来の人類を救うことができるのだろうか?

 オナラをテーマに展開する、愛と笑いとメッセージを載せたSF+ファンタジーテイストの少年少女小説。

 

★茶トラのネコマタと金の林檎

http://www.amazon.com/dp/B084HJW6PG

 20代半ばで独立起業し、6畳一間のアパートの自分の部屋で探偵事務所を開いた私立探偵・飛田健太。 その健太のもとに開業以来、最高のギャラが発生する難事件の依頼が飛び込んだ。

 山中に埋められた、時価数億円に上る金の林檎の捜索。 健太は相棒である便利屋の中年男・六郎を連れ、現場に飛ぶ。そこに現れたのはオレンジ色の髪をし、魔女のような真っ黒な服に身を包んだミステリアスな高齢女性。 健太はその依頼人に“茶トラのネコマタ”というあだ名をつける。

 ネコマタの目撃談によれば、10月の第3日曜日の夕暮れ時、黒服・黒メガネの4人組の男たちがこの山にやってきて、どこかから盗み出してきた大量の金の林檎を埋めていったという。

 しかし明らかに彼女の話はおかしい。 これはかつて女優だったという女の空想か?幻想か?妄想か?

 健太と六郎は、その話を信じたふりをして、山中の雑木林に入ってスコップを振るい肉体労働に精を出すことになった。 はたしてこの難事件はどんな“解決”に至るのか?

 それぞれ心に傷を負った若者、中年、年寄りが織りなす、コミカルでファンタジックな探偵小説。

 

今年のクリスマスは、自分のハートに金の林檎をプレゼント。

そして、家族なかよく、恋人同士、友だち同士もなかよく、オナラをかまし合って楽しいクリスマスをお過ごしください。

 


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新作「ハンザキを喰った話」ほぼ完成

 

オオサンショウウオに変態した

100歳の発明家をめぐる幻想譚。

Amazonの電子書籍で12月最終週、発売予定。

年末・お正月は、おりべまことのハンザキで寿ぎを。

 


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神田沙也加さんの死について

 

神田沙也加さんの死にはショックを受けた。

彼女は親の七光りを利用するどころか、

芸能の世界で、その光が届かない領域を探し回り、

ミュージカルという分野に活路を見出した。

 

僕は2000年代の5,6年間ほど、

演劇情報のテレビ番組の仕事をやっていた。

その中で彼女の出演する舞台作品について、

何本か紹介したことがある。

 

ミュージカルの世界には

宮本亜門氏演出の舞台でデビューしたが、

その後はまるで修行するかの如く、

小さなマイナーな舞台に幾つも取り組んでいた。

 

周囲の風当たりは相当強かったと思う。

何と言っても、両親があれだけのビッグスターなので、

妬み・嫉みを一身に受けていた感がある。

 

批評やダメ出しなどではなく、

どう聞いても悪口・陰口としか思えないことも

いろいろ言われていた。

 

彼女はいつも「松田聖子の娘」という、

一生逃げられない運命と闘い、

自分とは何者なのか?を追求していたのだと思う。

 

「アナ雪」のアナ役は、その闘いの大きな成果だった。

神田沙也加があの大スターの娘ではない、

ひとりの独立したミュージカル女優であることを

世間に認めさせることができた。

彼女のアナは本当に魅力的だった。

 

自死ということになっているようだ。

あれだけ打ち込んでいたミュージカル。

その名作「マイ・フェアレディ」の主役をやっていた。

その後も数年先まで出演作が決まっていた。

紛れもないミュージカル界の星だったはず。

好きな仕事、誇りになる仕事を責任を持ってやっていた。

 

札幌のホテルの部屋で、突然、ぽっかり空いた

エアポケットに落ちてしまったのか?

少なくとも転落した時は、

まともな精神状態だったとは思えない。

 

彼女の中に何が起こり、

どうして自ら命を絶ったのかは、

遺書でも見つからない限り、わからない。

「お疲れ様でした」と言うにはあまりに若すぎた。

ご冥福をお祈りしますとしか言えない。

 


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オナラとネコマタ、新たな表紙で発売 クリスマスキャンペーン実施

 

おとなも楽しい少年少女小説2タイトルを

新しい表紙で発売!

12月23日(木)17:00~26日(日)16:59まで、

クリスマス無料キャンペーン実施します。

 

★オナラよ永遠に http://www.amazon.com/dp/B085BZF8VZ

プッ!とかまして未来を救う SFファンタジー

 

★茶トラのネコマタと金の林檎http://www.amazon.com/dp/B084HJW6PG

大切なものを探している人に贈るコミカル探偵談

 

新作も年内発売予定。乞うご期待!

 


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週末の懐メロ60:オン・マイ・オウン/島田歌穂

 

『レ・ミゼラブル』は今のところ、

生涯最高のミュージカルである。

正直この先、これを超える作品に出逢うことは

難しいだろうとも思っている。

 

そして、こうしたアーカイブでは、

やはり島田歌穂の「オン・マイ・オウン」を聴いてしまう。

 

彼女が『レ・ミゼラブル』でエポニーヌを演じたのは

1000回を超える。

日本初演の年、1987年には同作の世界ベストキャストに選ばれ、

日本の女優として初めて英国王室主催のコンサート

『ザ・ロイヤル・バラエティ・パフォーマンス』に出演した。

 

英語でなく日本語で歌うというハンデをものともせず、

これだけの評価を得たのは驚異的だ。

いまだに史上最高、世界最高のエポニーヌという

呼び声が高いことも頷ける。

 

歌のうまい人は他にも大勢いるが、

島田歌穂の歌と演技は、何かが決定的に違っていた。

 

エポニーヌはパリの裏町で、

悪徳居酒屋を営む小悪党夫妻のもとで

生まれ育ったやさぐれ娘で、

革命の学生リーダーに報われない恋をし、

彼を救うために敵の銃弾に倒れる。

そして、最期は愛する人の腕に抱かれながら天に召される。

 

観客の誰もが感情移入せずにはいられない、

おいしい役だけど、

額面通りの、やさぐれ娘の片思いで終わってしまっては

人の心は掴めない。

 

エポニーヌは『レ・ミゼラブル』という物語にあって、

貴族でも英雄でも聖人でもない、

地を這って生きる凡百の人間が持つ

魂の純潔性を象徴する役である。

 

だからめっちゃ難しい。

僕が知っている限り、それを最も鮮やかに表現し得たのが、

島田歌穂ではないかと思う。

 

だから彼女の「オン・マイ・オウン」には

誰の胸にも届き、染み入る広がりと深みがある。

 

今思えば80年代は世界のミュージカルの黄金時代だった。

なんと幸運なことに、僕はその発火点のロンドンにいた。

 

1985年の8月からしばらくの間、

かの地に暮らしていたのだが、

「レ・ミゼラブル」がオープンしたのは、

ちょうどその頃だ。

 

初めて見たのは、36年前の今頃。

パリに留学していた友だちが遊びに来て、

何かミュージカルが観たいというので、

ロンドンの中心部、レースタースクエアの近くの

パレスシアターで上演中だった

「レ・ミゼラブル」を観に行った。

 

オープン直後から爆発的な人気だったので、

チケットはなかったのだが、

ダフ屋にだまされて20ポンド(当時、約6000円)払って、

いちばん安い5ポンド(1500円)のバルコニー席で観た。

かなり舞台は遠かったのだが、

それでも、詐欺られたことを忘れるくらい、

圧巻の舞台だったことを昨日のように思い出す。

 

その時のオリジナルキャストの

エポニーヌも素晴らしかったが、

日本に帰ってから帝国劇場で島田歌穂を見たら

それ以上だったので本当にびっくりした。

 

そもそも歌って踊って物語を綴る

ミュージカルという形式自体、

欧米人仕様のエンターテインメントなので、

日本人が世界レベルに達するのは難しい。

 

その中にあって島田歌穂の遺した功績は

どれだけ讃えても過ぎることはない。

後世のエポニーヌが皆、挑まなくてはならない巨大な壁。

 

美しい旋律と、

日本オリジナルと言ってもいい素晴らしい歌詞。

そして魂のこもった歌。

たとえアーカイブ上でも彼女の「オン・マイ・オウン」を

聴ける幸福に感謝する。

 


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11月30日は「いいおしりの日」

 

今日は11月30日、11の最後ということで

「いいおしりの日」でした。

11月はいろんな「いい」日があってイイね。

あなたもいいお尻を見ながらハッピーな月越しを。

2021年もあと1ヶ月です。

 

 

おしりといえばオナラが出るところ。

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フランケンシュタインの母

 

メアリー・シェリーは「フランケンシュタイン」の

作者である。

そのメアリー・シェリーを描いた映画が

2017年に公開されていたのを知って、

例によってAmazonPrimeで観た。

 

「メアリーの総て」という邦題は

わかりやすいけど、イケてない。

もうちょっと気の利いたタイトルは

付けられなかったのかと思う。

 

今や知らない人はいない人造人間フランケンシュタイン。

正確にはフランケンシュタイン博士が

死体をつなぎ合わせて作った怪物。

 

その原作小説を書いたのは女性で、

「シェリー夫人」とい

う人だーーということは

子どもの頃、読んだ雑誌で知っていた。

 

そのシェリー夫人という名前から、

僕は長年、妙齢の有閑マダムだと思っていた。

 

その雑誌にもイラストで40歳か50歳くらいの

金持ちそうなおばさんが描かれており、

「すごく怖い夢を見たの。この夢をもとに小説を書くわ」

といったセリフが付いていた。

 

さらに

「こうしてフランケンシュタインは誕生したのですーー」

といった解説がついていた。

おそらくその雑誌のライターも

シェリー夫人については何も知らなかったのだろう。

 

実際のシェリー夫人=メアリー・シェリーは、

もとは19世紀ロンドンの本屋の娘で、

両親がちょっと名を知られた思想家だったようだ。

そのためか、彼女にも文学的才能があり、

若い頃から怪奇小説を書きたがっていた

というベースがある。

 

そして彼女はフランケンシュタインの物語を書いたのは、

まだ18歳の時。

出産も経験していたものの、まだ少女と言っても

おかしくない齢だった。

執筆時、のちに夫となる詩人パーシー・シェリーとは

まだ正式に婚姻関係を結んでいなかった。

 

「フランケンシュタイン」をSFの元祖、

ロボット小説の元祖と見る向きもあるが、

メアリー・シェリーは科学に興味を持っていたものの、

科学的知識、理系のセンスはほとんどない。

 

フランケンシュタインの物語は、

あくまで当時、19世紀・大英帝国時代の

イギリス・ヨーロッパにおける思想・哲学・文学の

水脈から生まれてきたものだ。

 

そこには現代よりもずっと厳しい道徳性や保守思想、

それに反発する自由への希求、美への憧れ、

理想主義などが渦巻いている。

 

映画ではなぜ若い彼女があの物語を生んだのか、

ただのひらめだけでなく、その背景にどんな事実があり、

どんな心の動きがあったのかを丁寧に描いていて、

僕にはとても興味深かった。

 

ただし、「フランケンシュタイン」からイメージする

ホラー要素を期待して観るととがっかりする。

画面に怪物は一切出てこない。

 

しかし、怪物なるものの正体は、

ストーリーの中でとても分かりやすく描かれている。

ジャンル分けをするなら、

ヒューマンとか恋愛映画に入るのかな?

 

フランケンシュタインの物語は、

おそらくこの先も半永久的んな生命力を保つと思うが、

実は僕も原作は読んだことがないので、

こんどしっかり読んでみようと思う。

 


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義母とざしきわらしとちっちゃいおじさん

 

「ざしきわらしに勇気の歌を」というのは、

認知症の老人がざしきわらしに出逢うお話だ。

1年ちょっと前にひらめいて書いてみたのだが、

これが正夢になりつつある。

 

というのも最近、ときどき義母の部屋に

ざしきわらしが出没するらしいのだ

 

なんだか誰かと話してる声が聞こえて来たり、

ときどき唐突に

「あの男の子、どこに行っちゃったの?」とか

3時のおやつをあげると

「あの子と一緒に食べちゃった」などという。

 

べつに怖がったりすることもなく、

わりと楽しんでいるようなので、

「そうですか。それはよかった。

また遊びに来てくれるといいね」

などと適当に合わせている。

 

ざしきわらしは家を裕福にしてくれる

良い妖怪なので何も心配ない。

ついでに僕たちにもハッピーのおこぼれを授かりたい。

 

ただ、ざしきわらし体質になると、

いろいろ他のもついてきてしまうようだ。

 

今日は昼間、久しぶりに早く仕事を済ませて

余裕があったので、

2時間近くかけて大宮八幡宮を往復した。

するとなぜか帰り道、

「あの男の子は?」と言い出した。

 

ざしきわらしが出張してきたのかと思ったら、

川の向こう岸を歩いているおっさんを一生懸命探している。

義父(夫)の面影を追っているのか、

それとも大宮八幡で「ちっちゃいおじさん」を見てしまったのか?

 

何人ものちっちゃい子どもたちから

大宮八幡での「ちっちゃいおじさん」の目撃談を聞いた。

 

どう認識してるのかはともかく、

認知症の義母にも見えるのだ。

奇しくも七五三詣での腕の真っ最中でもある。

ちっちゃいおじさんたちも

元気に走り回っているに違いない。

もちろん僕にはさっぱり見えないけど、

 

ちっちゃいおじさんに逢いたい人は、

ちっちゃい子供か、認知症の人を連れて行くと

何万分の1くらいのチャンスはあるかもしれない。

 

あなたも、ちっちゃいおじさん情報、

そして、ざしきわらし情報、

ありましたらお寄せください。

 

電子書籍:おとなも楽しい少年少女小説

ざしきわらしに勇気の歌を/おりべまこと

ロボット介護士に支えられて余生を送っている寅平じいさんが、ある日、林の中を散歩していると不思議な子どもに出逢う。

その子を追って木の穴に潜り込むと、奥には妖怪の国が広がっていた。

子どもの正体はざしきわらし。

ざしきわらしは最強の妖怪“むりかべ”の脅威から人間を守るために闘うので、応援してほしいと寅平に頼む。

寅平はこれぞ自分のミッションと思い、闘うざしきわらしのために勇気の出る歌を歌う。


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認知症の義母と散歩中のワンちゃんと演じるシュールな野外劇についての断章

 

人間というのはとても複雑で面白い。

義母といると良い勉強になる。

 

基本的にこの人はあんまり生き物が好きではない。

ところが、なぜかそれを認めたがらない傾向があり、

時々、自分が飼っていたというイヌやネコの話をしたがる。

動物をかわいがる自己像を大事にしているのかもしれない。

 

そのせいか、散歩中の犬とすれ違うと、

たいてい「わぁ、かわいいワンちゃん」と大きな声を上げる。

100%本心ではなく、

連れている飼い主さんに気を遣っている部分が大きい。

 

しかし、多くの犬は「かわいい」という言葉がわかるので、

尻尾をふって寄ってくる。

そうすると、ビビッて引いてしまう。

 

しょうがないので代わりに僕がその犬を撫でてあげると、

義母と犬と飼い主さんの間で平和で安定した場が成り立ち、

なんとなく一つのエピソードが完結する。

 

それでたぶん、その飼い主さんから見ると、

義母は「イヌ好きな良い人」というイメージとして残る。

 

義母のほうはその場を離れたとたん、

犬のことも飼い主のことも忘れている。

 

それで橋を渡って折り返してくると、

同じ犬と飼い主さんに出くわすことがある。

すると、先ほどと同じシーンが繰り返される。

 

飼い主さんは顔で笑いながらも内心、

「さっきも同じことしたんだけど・・・」

と思っている。たぶん。

 

僕も敢えて「認知症なんで・・・」と説明することなく、

同じことを繰り返す。

なんだかシュールな野外劇のようだ。

 

ネコに対しては、飼い主さんがいないので、

「かわいいわね」と言いつつも、

僕が対話しに行くのを、ちょっと距離を置いて見ているだけ。

ソーシャルディスタンスを守っている。

 

そのくせ、離れるとまたもや

「私の家も子どもの頃はネコを飼っててね」と

言い出したりする。

 

この人、じつは幼い頃、女中さん・使用人がいる

目白のお屋敷で育ったお嬢様である。

とは言っても、それは4,5歳までのことで、

認知症になる前も、そんな記憶はほとんどなかったらしい。

 

けれども時おり、本当に、あ、そうだったのかなと思う時もある。

時々発症する「カエル病」も

そのお屋敷のイメージがどこかに残っていて、

魂がそこに帰ろうとするらしい。

 

そうすると、僕はさながら

おつきのじいやといったところかもしれない。

なんとなく「ちびまる子ちゃん」に出てくる

花輪君のおつきの「ひでじい」を思い浮かべる。

 

黒塗りのリムジンは運転できないが

そういう設定で面倒を見ると、

また面白くなる気がする。

 


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小室眞子さんに自由に幸福になってほしい

 

眞子さんには自由になってほしい。

そして自分の幸福を追求してほしいと思う。

もちろん、小室氏にも。

 

一度ニュースを見たら、

次から次へとスマホにネットニュースが入ってくる。

眞子さんと小室氏の結婚の話。

 

ストーリーの詳細はよく知らないけど、

小室氏の母のかつての婚約者の男が、

彼を大学に行かせたいという親心を抱いた。

男は彼女の願いを聴いてお金を出した。

これは男として最高にカッコいい。

 

ところが、それを小室氏が眞子さんと婚約したとたん、

カネが入ると思ったのか、

「あのカネ返せ」と言い出した。

これは男として最低にカッコわるくて、情けねー。

 

元婚約者について、僕は昭和の人間なので

「おまえに男のプライドはないのか」と、

本当にあきれ返ったよ。

 

いずれにしても、それで大騒ぎになり、

騒げば騒ぐほどこじれていく。

説明不足だの、あとあとの対応が拙かったのはわかるが、

これ、どこをどう見ても

小室氏に非はないではないか。

 

彼はただ勉強して、自分が望む職業について

人生を切り拓きたかっただけである。

 

ところが彼を標的にバッシングが起こった。

バッシングしている人たちの真意が見える。

その人たちは、

他人が持っている地位とか権威とかにすり寄って、

いい暮らしがしたり、おいしい思いをしたい。

そんな人たちだ。

自分はそういう幸運に恵まれないのに、

この男は皇族の娘にすり寄ってうまくやりやがった。

 

羨ましい、妬ましい。憎たらしい。

 

あれこれ理屈を並べ立てて正論化しているが、

そういう醜い感情にへ理屈をつけて、

やれ日本人としてどうの、

皇族の在り方がどうのと懸命に

まっとうなことを言っているように見せかけている。

 

ただ羨ましいだけ。

妬ましいだけの話だ。

 

小室氏の真意は知らない。

そりゃ相手は皇族のお嬢さんだから

一般人の恋愛・結婚と違ったものになることぐらい

わかっていただろう。

メリットのある結婚だ。

眞子さんを利用しようという気持ちがゼロだったとは思わない。

 

けどね、打算も思惑も妥協も忖度も何もなく、

100%、この人が好きだという思いだけで

結婚する夫婦がどれだけいるというのか?

 

むしろ100%の恋愛なんてすぐに終わってしまって、

結婚生活なんて長続きしないのではないか。

 

利用ということでは、むしろ眞子さんのほうが

小室氏を利用したのではないかと思う。

あの家を出るために。

 

責められることではない。

女性には息苦しい家から脱出するために

結婚という手段、救いがあるのだ。

自分の自由と幸福を追求するために

たとえ100%の恋愛感情でなくても、

男を利用していい。

 

今の時代、皇族なんぞに生まれても

いいことなんてほとんどない。

 

選んで生まれついたわけでもないのに、

よけいなところからいっぱい干渉されて、

ささやかな自由も許されない。

自分の感情を出すことも許されない。

 

皇族の品位を守れ?

国民の尊敬と愛情がある?

そんなものより自分の自由と幸福を追求する方が大事だ。

 

特に平成生まれの若い子たちは

みんなそう思っているのではないか?

あんな環境に置かれて、

精神がおかしくならないほうが不思議なくらいである。

 

眞子さんは5、6年前のイギリス留学の記憶が

あったのだろう。

1年間だけでも息苦しい日本から出られてよかった。

だから外国に行くのは正解だ。

 

みんな、1年でも2年でも

出来るだけ若いうちに外国で暮らしてみたほうがいい。

どこの国でもあちこちおかしなところがある。

日本もかなりおかしい国であることが

外国で暮らすとよくわかるだろう。

皇族を続けるにせよ、辞めるにせよ、

そうした経験は必要だ。

 

眞子さんはやめることを選んだ。

彼女と妹の別れのハグを見て、

「リアルアナ雪」なんてコメントがあったが、

あの歌のように「ありのままに」生きてほしい。

 

小室氏が弁護士試験に落ちてしまって

厳しい暮らしになるとは思うが、

このまま日本にいて、

あの家の中で澱んでいるより全然マシである。

 

騒いでる日本のアホどもにアカンべーして、

早くニューヨークに飛んで、

二人で新しい生活をスタートしてほしいと思う。

そして、自分なりの幸福を追い求めてほしい。

 

ついでにいつか心安らぐときが来たら、

僕に回顧録を書かせてくれないかな。

 


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同窓会延期と「いつまでもあると思うな 渋谷スクランブル交差点」

 

 

驚くべきことにコロナ感染者が急に激減した。

ちょっと不気味な感じがするが、

とりあえず素直に喜んで、この1か月あまりは

割と安心して外出できそうだ。

 

でも、この秋、予定していた

専門学校の同窓会は中止・延期にした。

いちおう幹事役みたいなことをやってて、

昨年企画していたが中止。今年もまた、である。

 

3年前にやった時は20人くらい集まって楽しかったのだが、

さすがにいまはまだそういうわけにはいかない。

週末にメルアドのわかるメンバーにはみんな連絡した。

 

人間、いつ死ぬかわからなくて、この仲間もすでに二人、

あの世に行ってしまったので、

このご時世でどうなっているのかわからない。

元気で暮らしていることを祈るばかりである。

 

いつまでもあると思うな、

親とカネと友だちと青春の思い出。

人生は束の間である。

 

全然関係ないけど。コロナでこの2年ほど、

新宿にも澁谷にもほとんど降り立っていない。

 

渋谷はコロナ禍にも関わらず、

再開発工事がやたら順調に進んでおり、

完成の暁には、車両はすべて地下を通ることになるようだ。

 

ということはかの名物、いまや国際的な観光名所でもある

澁谷スクランブル交差点は近々、

消滅するということになる。

 

見慣れた、当たり前の風景もあと5年かそこらで

消えてなくなってしまうのだろう。

 

いつまでもあると思うな、

親とカネと友だちと青春の思い出、

そして、僕らの渋谷スクランブル交差点。

 

「ありがとう、渋谷スクランブル交差点。

今日で君とはお別れだけど、愛した記憶は忘れない」

なんてセリフが今から聞こえてきそうだ。

 

あなたも今年のハロウィーンはオバケになって

渋谷スクランブル交差点へ出向いて

名残を惜しんでください。

 

なんてね。

こんなこと言って密になって騒ぐのを

煽ってはいかんのだろうけど。

 

ハロウィーンの原型・ディズニー映画の題材にもなったメキシコの「死者の日」などの先祖供養の風習、
人生最後の旅や最後の晩餐を提供する臨終ケア、
遺体をキノコの培養体やフリーズドライにして森や土に還すエコ葬、
安楽死の現実、コロナによる各国の死と葬送の記録など。
葬儀・供養の業界誌「月刊仏事」で連載した記事を一冊に収録したエッセイ集。

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「生きていくなら仕事しなきゃあな」という本

 

高齢社会において「ノスタルジー」は巨大市場である。

だからこういう本は一定の需要があるに違いない。

昨年末にグラフィック社から発行された

「失われゆく仕事の図鑑」が面白い。

 

著者は永井良和、高野光平ほか、全部で8人。

年齢は平均すると僕とほぼ同じか、ちょっと若いくらい。

 

丁寧によく調べてある上に、

写真もたくさん載っている。

文章はそれぞれの実体験も書き込まれていて、

単なる解説でなく、エッセイ風に読めて面白い。

 

僕にとって、この本に載っている仕事の世界は、

かつてのアングラ演劇や

ATGみたいなマイナーな日本映画の世界とつながっている。

 

汲み取り屋、バスガール、流し、押し売り、活動弁士、

傷痍軍人、花売り娘、見世物小屋、三助、ダフ屋、

売血、キャバレーのホステス・・

 

僕が社会に出た頃――昭和の最後の10年間には、

もうこうした仕事はどんどんなくなりつつあって、

多くは、演劇や映画で教えてもらった。

舞台やスクリーンの中には、

こうした得体の知れない人間がうようよいた。

 

 

僕が10代から20代の頃、今から40~50年くらい前まで

人も機械も、きれいで清潔で正義といえない、

時にインチキで、まがまがしいことをやりながら

一生懸命生きていた。

 

そうしたことがひしひしと伝わってきて、

人間が愛おしくなる。

 

そして人間にとって仕事は何なのだろう?

これから先、人間にとって仕事は

どんな意味を持つようになるんだろう?

と改めて考える。

 

生きがい? きれいごとだ。

カネだけ? かもしれないけど、だとしたらさびしい。

 

僕もノスタルジー市場の一員になってしまっているが、

できたら若い衆にも読んでほしい。面白いよ。

 


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週末の懐メロ50:エニウェア・イズ/エンヤ

 

1995年末のリリースのサードアルバム

「メモリー・オブ・トゥリーズ」の代表曲。

エンヤという稀有なミュージシャンの

代表曲とも言えるかもしれない。

 

このアルバムはちょうど息子が生まれた頃よく聴いていた。

中世を思わせるケルトの民族ドレスをまとった

エンヤのジャケットがとても神秘的で美しかった。

 

エンヤは1980年代の終わりごろから

アイルランドの歌姫として

世界のミュージックシーンで知られるようになった。

 

その登場は衝撃と言うよりも、

当時のワールドミュージックの潮流に乗って、

まるでひたひたと潮が満ちるように、

いつの間にかそこに存在していたという感じがする。

 

ワールドミュージックは

ごく大雑把に言えば、

現代文明が構築される以前の人間が

どう時間を捉え、どう人生を捉えていたかを

歌と音で伝えるツールである。

 

「エニウェア・イズ」は

人生の謎について問いかけ、答える歌だが、

ポップでありながら宇宙の律動のような響きを持っている。

 

いろいろな人の和訳を拾ってみると

最後のほうではこんな内容のことを歌っている。

 

 

何度やり直しても、どの道を選んでも

また新たな始まりが始まる。

ずっと答を探し求めてきたけど

終わりを見つけることはできない

今ここにあるこの道、

そして、向こうに広がるあの道

どっちを選んでもいい

今、わたしが選んだこの道も

あの頃のわたしが選んだあの道も

みんな始まりに過ぎないのかもしれないし

終わりはすぐそこなのかもしれない

 

 

人間ひとりの脳の中には

さまざまな次元の時間が流れている。

 

親子であっても、夫婦であっても

共有できるのは、そのほんの一部に過ぎない。

広い社会の中ではなおのこと。

 

若い頃は単一方向にしか流れていなかった時間が、

齢を取ってくると、放射状にあらゆる方向に伸び始める。

 

細かく切り刻まれた

現代社会における時間とは対照的な、

山上からな海へ向かって流れ続ける大河のような時。

 

個人の過去。

日本という国・地域の文化に包まれ過去。

ヒトという地球に生きる種族の過去。

 

個人の未来。

日本という文化の未来。

ヒトという種族の未来。

 

それらすべてを孕んで僕たちの現在(いま)がある。

 

始まりもなく終わりもない道をどう歩いてゆくのか。

きっとEnywhere、どこへでも歩いてゆける。

エンヤの歌を聴くと、いつもそんなことを考える。

 

音楽エッセイ集

ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力

4週連続無料キャンペーン

第4回:10月2日(土)17:00~3日(日)16:59

収録33編

●八王子・冨士森公園のスローバラード駐車場で、ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力について考える

●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●藤圭子と宇多田ヒカルの歌う力の遺伝子について

●ヘイ・ジュード:ジョンとポールの別れの歌

●阿久悠の作詞入門

●余命9ヵ月のピアニスト

●ローリング・ストーンズと新選組の相似点について

●キング・クリムゾンの伝説と21世紀版「風に語りて」

●プログレッシヴ・ロックスターの死①:ジョン・ウエットンの訃報、そしてロンドンの寿司

●プログレッシヴ・ロックスターの死②:キース・エマーソンの尊厳死(1周忌に捧ぐ) 

●勝手にビートルズ・ベストテン

●中学生時代の「エリナ・リグビー」の衝撃と和訳演奏

●純情ストーカー男と純心DV願望女の昭和歌謡

●人間は幸せに慣れると、幸せであることを忘れてしまう

●義弟のアナログレコードと帰ってきたカレン・カーペンター

●いちご畑で抱きしめて

●ダイヤモンドをつけたルーシーとの別れとジュリアンの心の修復作業

●抹消された20世紀パンクと想像力の中で生きる19世紀型スチームパンク

●悲しいことなんてぶっとばすロックンロールバンドのモンキービジネス

●オノ・ヨーコさん「NHKファミリー・ヒストリー」とYESの3文字の秘密

●オノ・ヨーコさん「NHKファミリー・ヒストリー」と「イマジン」の秘密

●いろいろな人が弾くから、心に響くロンドンのピアノ

●ストリートミュージックが商品になった街ロンドン

●アナログレコードとの再会

●見捨てられた恋人のようだったアナログレコードが、 なぜ絶滅の淵から回帰したのか?

●さすらいのレコード・コレクター:男のバカバカしくて痛快な生きザマ

●クリスマスにちょっとだけ世界と自分を変える

●森田童子の思い出:僕らの時代の子守唄

●自分をリライトする

●よみがえる死者・よみがえる歌:AIの音楽

●20世紀の愛と平和のロックなんて忘れてしまっていた

●だいじょうぶです、なすがままになさい

 


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6600万年前の夢を見て死ね

 

世界中に張り巡らされた恐竜マニアの秘密組織。

アクセスするためのパスワードは

「6600万年前の夢を見て死ね」。

本部はネス湖のあるスコットランドのインヴァネス。

日本支部は、もちろん日本一の恐竜県・

福井県の福井市である。

 

南青山5丁目にはその出張所がある。

見た目は飲食店や名産品ショップの集まりだが、

その奥に潜入すると、秘密の扉が開き、

6600万年前の夢を見ることになる。

 

約3ヵ月ぶりに都心に出張・リアル取材。

じつは福井県とも恐竜とも何の関係もない仕事で、

ここにあるレンタルスペースで

展示会をやっている会社の取材に来たのだが、

久しぶりに目の当たりにした都心の風景に、

つい夢想癖が抑えられなくなった。

 

なかなか味わい深く、妄想のトリガーになり得る

福井のドクター・ダイナソー。

入口に鎮座されておられるので

近所に寄ったらちょっと覗いてみてください。

 


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凶悪・孤狼・凪待ち:白石和彌監督の映画が面白い

 

白石和彌監督の映画を立て続けに3本観た。

「凶悪」「孤狼の血」「凪待ち」

どれもめちゃ面白い。

面白いが、人間やってるのが怖くなるような映画だ。

 

いちばん凄いのは「凶悪」で、

実際にあった連続殺人事件を題材に作られた。

本当にこんなひどい奴らがいたのかと思わせる、

本当にひどい内容・ひどい事件である。

 

「孤狼の血」も凄まじい暴力描写があるヤクザ映画だが、

役所広司・松坂桃季といったスターが主演しているのと、

昭和ヤクザの世界を舞台にしている分、

現代の日常からやや離れたものとして見えるので、

少し安心して観ていられる。

 

「凶悪」の怖さはやっぱりリアルなドキュメンタリーっぽいところか。

狂気のような人殺しをした連中が

時間と場所によって、ごく自然にスイッチを切り替えて

普通の人間に戻ってしまう。

 

まったく平和な日常生活そのままに

飯を食ったり、子どもに対しては

やさしい父親になってしまう。

 

頭からケツまで冷血非道な人間かと思いきや、

妙にあったかかったり、

可愛いところ・愛すべきところがあったりもする。

 

仕事術や勉強術を伝授するような本の中で

よく「なんでも習慣化すれば身に着く」

といったことを説いているが、

あれとまったく同じで、

人間、慣れれば人殺しも死体遺棄も普通に出来てしまう。

それで心が揺らぐこともない。

 

そんなのは特殊な人間だろ、と思うかもしれないが、

僕らだってきっとそうなれる。

それもわりと簡単に。

 

人殺しとかするやつは、

頭からケツまで冷血非道な人間かと思いきや、

妙にあったかかったり、

可愛いところ・愛すべきところがあったりもするのだ。

 

だから誰の心の中にも、こいつらと同じ「凶悪」がある、

じつはいい人も悪い人も、ほとんど違いなどなくて、

光の部分と闇の部分が交互に現れるだけ。

 

たまたま人生のどこかのタイミングで、

闇の部分がぱーっと広がると、

アッと言う間に人間丸ごとそれに支配されてしまう。

 

「凶悪」でおそるべき殺人首謀者だった

リリー・フランキーが、

「凪待ち」では、おそるべき“いい人”になるが、

彼がそれを証明しているかのようだ。

 

しかし、リリー・フランキー、

改めてすごい俳優だなと思う。

見た目軽くて、全然すごそうでないところがすごい。

 

さらに言うと、これらの作品の登場人物の特徴は、

およそ論理とはかけ離れた、不可解な行動をとる。

 

不条理とかシュールといった文学的な表現も

なんだか似合わない、もっと地を這うような感覚のもの。

ひどく奇妙でありながら、やたらとリアリティがあるのだ。

「人間はどうしてこういう行動を取るのか」

も白石映画の面白さの一つになっている。

 

撮影現場でのひらめきや俳優のアドリブなどが

たくさん含まれていると思うが、

それ以前の脚本の段階で、

こうした人物造型とストーリーを構築できるのが

素晴らしいと思う。

 

それにしても、映画の中でのたうち回る

犯罪者・ヤクザ・労働者・ギャンブル中毒者・

カネの亡者・借金地獄の人たちを見ていると、

明日、自分もこういう世界に

巻き込まれているんじゃないかと感じて

心底身震いがしてくる。

 


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月光浴しながら僕は考えた

 

今宵、中秋の名月が満月ということで浮足立っていた。

そこで日の暮れたあと、

川沿いの散歩道に出かけたら、

同じように浮き足だってお月見に来た人たちが

けっこう大勢ゆらゆら歩いてた。

 

一回りするうちに月はどんどん高くのぼって、

帰ってきたら自分の部屋からばっちり見える。

 

窓から差し込む銀の月の光。

これは気持ちいい。

そのまま30分ほど月光浴をしていた。

 

今夜の月の光はいつもより強くて、

たっぷり月光エネルギーを吸い取れる。

オオカミ男になれそうな気分だ。

 

そうしているうちにビジネスアイデアが浮かぶ。

日焼けサロンというのはあるが、

月光浴サロンというのはない。

 

この月の光を集めて月光浴サロンを開いたら

儲かるのではないか。

 

かのクレオパトラは月光浴で美を保ったという。

実際、科学的にもデトックス効果があるようだ。

 

本当に美容効果を得ようと思ったら

日焼けと同様、裸になって肌に直に当てるのがいいようである。

これは家ではなかなかできないと思うの江、

ニーズが十分にある。

月光ならUVダメージの心配もない。

 

さらに言えば、パワーストーンとか、

スピリチュアルグッズのお清めなどにも

月の光は効果的らしい。

 

これはけっこうぼったくれそうだ。

どなたか商才ある方、いかがでしょう?

もうかりまっせ。

 

せっかくの美しい神秘的な月夜に

しょーもない話でごめんなさい。

 


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認知症の症状は命の芸術表現

 

今月は成年後見・家族信託の本を書いている。

士業の会社の著作だ。

 

とっかりのテーマは「2025年問題」。

団塊の世代が75歳になり、後期高齢者に突入する。

 

そして、怖い情報として、

65歳以上の高齢者の5人に1人が

認知症という社会が訪れる。

という話を綴っていく。

 

そこから財産をどう管理・運用するのか・・・

というお金がらみの話に変わるわけで、

そこは専門家の皆さんにお任せだが、

一般向けにはどうしても

自分たちの文章だと固くなりがちなので・・・

ということで導入の1章分だけ僕が依頼された。

 

毎日、義母の様子を見たり、

あちこちから話を聞いたり、

本やネット情報を読んだりしていると、

認知症の症状は、人によって千差万別であると同時に、

一つの傾向があるようだ。

 

記憶を失うというのは誰にも共通の、

ベーシックな症状だが。

男女別にそれぞれ特徴的な症状がある。

 

男性には、怒りっぽくなって、周囲に暴言・暴行を働く。

女性はうつっぽくなって、「お金を取られた」とか

「夫が他の女と浮気している」といった被害妄想に陥る。

 

これはやはり年代的なものではないかと思える。

 

一般的に、昭和の女の人生は男次第。

専業主婦となり、夫と子供の面倒を見ながら、

心が抑圧されていた人が多かったのだと思う。

娘たちの世代がっ自由なのを見て、

面白くなかった人も多いだろう。

それがうつや被害妄想となって現れる。

 

じゃあ男はみんないい目を見ていたかというと、

そうではない。

「男の沽券」というものに拘り、

過度なプライドと戦わなくてはいけなかった。

それが認知症になり、人の世話を受けなければ、

まともに生活できない、大人の男として見られない。

そんな自分自身に対する怒りと苛立ち。

それが暴言・暴力となって現れる。

 

もちろん、ものすごく大雑把な分毛方だが、

今の70代以上の人たちは

そういう時代を生きて来たので、

どうしてもこうした傾向が現れるのではないか。

時代精神というものが反映されているのだ。

 

認知症は社会生活を送るために学習し、

獲得してきた能力と記憶をなくしていく病気である。

 

とはいえ、完全に子どもに還ってしまうわけではない。

最後に残るのは、この世で自分を偽ったり、

不自由さを感じながらも生きてこざるを得なかった

その人のコアのようなもの。

 

数十年生きて社会によって歪められて

それでも最後に残ったその人の本質である。

 

だから認知症の症状は、

その人の生き方の最終的な表現と言えるのだろう。

ある意味、一種の命の芸術なのか?

そう考えると、皆が覚悟しなくてはならない

この病気に対する見方が変わるかも知れない。

 


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めでたき9・9 重陽の節句 まさか一生上り坂?

 

今日は9月9日。重陽の節句。

得体の知れないスピリチュアル占いとかやって

○月○日は運気が最高だの、

最低だのって騒いでるあなた、

じつは今日こそが日本人として公明正大に

最もめでたく、ラッキーでハッピーな日と言えるのだよ。

 

日本には5つの節句がある。

これは江戸時代に定められた式日(今でいう祝日)のこと。

 

1月7日 人日の節句(七草粥)

3月3日 上巳の節句(桃の節句/雛祭り)

5月5日 端午の節句

7月7日 七夕の節句

9月9日 重陽の節句

 

1,3,5.7.9と奇数ばっかり。

それもそのはず。

古来、日本では奇数は縁起の良い「陽数」、

偶数は縁起の悪い「陰数」と考えらえてきた。

 

その奇数が連なる日をお祝いしたのが五節句の始まりで、

めでたい反面、悪いことにも転じやすいと考え、

お祝いとともに厄祓いをしていたそうな。

 

中でも一番ビッグな陽数「9」が重なる9月9日は、

陽が重なると書いて「重陽の節句」と定め、

不老長寿や繁栄を願う行事をしてきた。

 

それにしても他のお節句は、

七草がゆだの、ひな祭りだの、こいのぼりだの、

ずいぶん賑やかなのに比べて、

この9月9日のジミ~なこと。

 

そもそも「重陽の節句」なんて知らなくて、

めでたいどころか、

「9と9のダブル。苦しい苦しいで最悪~」

なんて思っている日本人が大半なのではないだろうか。

 

べつに派手なお祝いなどしなくていいので、

部屋に花でも飾るなりして、

心静かに感謝とお祈りをすれば、

いいことあるかもよ。

 

それにしてもおめでたいお節句なら、

めでたい、めでたい、ワハハハ・・・と

何も考えずに笑っていればいいのに、

「悪いことにも転じやすいと考え、

お祝いとともに厄祓い」

という日本人は、どんだけ心配性の民族なんだ~。

 

てっぺんまで上ったけど、

ついつい「この先、おれは下るだけ」

と不安になってしまうんですな、ご苦労様です。

 

そうすると、いつまでたってもうだつの上がらない

ぼくのような人間も

「おれは一生、死ぬまで上り坂」と自慢できてしまって、

案外ハッピーなのも知れない。

 

要は気の持ちようだって、

身もふたもない結論にたどり着いちゃうな~。

 


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まぼろしの家へカエル病

 

「どうもお世話になりました。

わたしは家に帰ります」。

 

夕方、デイサービスから帰ってきて、

さて一服、あともう少しだから

仕事の残りをやるかと思ったてたら、

いきなり義母の「カエル病」が発症した。

 

やれやれゲロゲロと思うが、あまり抵抗せず、

「そうですか。ではお気をつけて。

そこまでお見送りしますケロ」と言って、

いっしょに表に出る。

 

しかし、外に出てもどう帰っていいかわらない。

彼女の帰る家は「まぼろしの家」なので当然だ。

 

ぼくに道を訊くので、じゃあそこまで行きましょうと。

クルマの通らない、いつもの散歩コースである

川沿いの遊歩道まで連れて行く。

 

すると「ここからならだいたいわかります。

もう遅いのでお帰りなさい」と言われてしまった。

 

「はい、それでは」と言って別れたフリをしたら、

いつもの散歩コースをスタスタと歩き出す。

体力は後期高齢者と思えないほど満点だ。

 

僕は探偵のように離れてずっと尾行する。

 

やがて住宅街に入って行き、

迷子になって焦っているのが背中からわかる。

 

クルマも来るので、そのへんで

たまたま会ったフリをして声をかけると、

やっと改心してネコやイヌやカルガモらに

声をかけながら家に帰る。

 

でも義母にとって、こっちは「仮の住まい」でしかない。

子どもの頃の家族(と言っても、とっくにみんな亡くなっている)

がいる「まぼろしの家」こそ、

いつか帰っていく本当の家なのだ。

 

9月になって急に涼しくなり、

日が暮れるのも速くなったせいか、

「カエル病」の発症頻度が高くなった。

認知症には困ったケロ。

 


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どうして人は地球滅亡・人類滅亡の物語を創り続けるのか?

 

コロナで人類が滅亡すると思っている人は

ほとんどいないが、この先のことはわからない。

変異を繰り返して、

おそるべき大量殺戮ウイルスにならないとも限らない。

 

でも、そうしたら世界中の人々は

現在のように分断された状況ではなく、

心を一つにして「人類の敵」に立ち向かっていくだろう。

 

そんなことを考え出したのは、

そう言えばここ最近、

地球滅亡・人類滅亡系の映画を観ていないなぁと

ふと思ったからである。

 

最後に観たのは「アルマゲドン」だったか。

ということは、

21世紀になってからほとんど観ていないのか?

 

小説やマンガはどうか?

「寄生獣」などは人類滅亡系のカテゴリーに

 

入らなくはない。

 

「エヴァンゲリオン」は?

20世紀の旧作(旧劇場版)はそのニュアンスが強かった。

しかし、新劇場版になると、心の問題にすり替わった。

 

「地球滅亡・人類滅亡は、あなた自身の心の問題です」

というわけだ。

 

キリスト教瀬世界では「ノアの箱舟」など、

地球滅亡・人類滅亡は

大昔から語り継がれてきた一大テーマである。

そこから救世主・英雄の物語が展開した。

 

20世紀後半以降、それが現代科学の発展、

核兵器の開発などと結びついて、

SF分野で地球滅亡・人類滅亡の物語が

量産されるようになった。

 

また、僕らの世代の日本人は

「ノストラダムスの大予言」に当たってしまったので、

「地球滅亡・人類滅亡」に脳のコア部分が侵食されている。

 

僕はこの20年余り、さすがに食傷して、

あんまりその手の物語を楽しめなくなっていたが、

相変わらず滅亡映画は創られ続け、

どれもそこそこヒットしているようである。

 

観客がいなければ映画なんて作らないので、

やはり安定した需要があると考えられる。

 

そして、なんでそんなに需要があるのか?と考えると、

答は割と簡単で、先進国社会はおしなべて、

この先、人口が減っていくからである。

 

先進諸国の人口はピークアウトしている。

ピークアウトしているからこそ先進国であり、

豊かな経済・豊かな生活を実現していると言ってもいい。

 

ということは極論すると、

いずれは日本なら日本人がいなくなり、

人類が地球からいなくなるということだ。

 

もちろんそれは遠い遠い未来の話で、

僕たちや、僕たちの子どもや孫の時代に

起こることではない。

けれどもどれほど先かはわからないけど、

確実にそれはやってくる。

 

現代の人間と同じ新人類が地球に出てきたのが、

およそ20万年前だというから、

それくらいのスパンで人類は消滅するとも考えられる。

あるいは、もう人類とは呼べない、

ちがう生き物になっているのかもしれない。

 

ぼくたちの脳はもうそのことをどこかで感知している。

じつは得体の知れない不安のもとはそれである。

 

僕も含めてみんな、漠然とした将来への不安を抱え、

なんとか拭い去ろうと躍起になっているが、

はっきりいって無理である。

 

いずれ人類は滅亡する。

ぼくたちはその途上にいる。

 

人が地球滅亡・人類滅亡の物語を創り続けるのは、

一時的にでもその不安を払しょくし、

心の安定を取り戻すため。

いわば、一種の宗教的行為なのである。

 

そこには女神が、英雄が、救世主がいる。

そしてあなたの隣に愛する人が、大切な人がいる。

地球滅亡・人類滅亡の物語はそう教え、人々を導く。

安心できるためには、

やっぱり「愛」と「信じること」が必要なのだ。

 

と、ここでアルマゲドン愛のテーマ、

エアロスミスの「I Don't Want To Miss A Thing」が

ドラマチックに流れる。

ああ、また映画が観たくなった。

 

というわけで、もしコロナがおそるべき変異を遂げたら、

マスクしろ・しなくていい、

ワクチン打つべし・いや、あれは毒だ、支配層の陰謀だと

しょーもない喧嘩をすることなく、

人類は愛の心で一丸となてるのではないか?

 

もちろん、そんなことは望んでないけど、

たとえコロナが今のレベルでも、

かかったら重症化して死んでしまう可能性は誰にでもある。

 

べつに地球が滅亡しなくても、人瑠が滅亡しなくても、

あなたが死んだら、

あなたの地球も世界もそれで終わってしまう。

だから気を付けてね。

そして、死なないでね。

あなたの地球、あなたの世界を守るために。

 

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1月21日のルイ16世とマリー・アントワネット

アムステルダムのナシゴレンとコロッケとアンネ・フランク

孤独担当相の誕生

ヒトラーの人間力

 「GACHI」という言葉を外国人に説明すると

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週末の懐メロ42:秘密の花園/松田聖子

 

ミステリアスなランデブーからたおやかに広がっていく

夜の海の情景。

イメージ豊かな旋律が魅惑的な松田聖子1983年のヒット曲。

 

特にファンというわけではないのだが、

なぜか唯一この曲だけは完全にツボにはまってしまった、

 

愛らしい少女と

セクシーなおとなの女性の混じり合った神秘感と、

月や星の光に照らし出された海のファンタジー感が

重なり合う聖子ワールドの頂点、とでも言えばいいのか。

今でも聴くとゾクゾクする。

 

作詞は松本隆、作曲は呉田軽穂。

 

松田聖子のシングルの楽曲は

1981年の「白いパラソル」から

84年の「ハートのイアリング」まで3年間、

松本隆が作詞を一手に引き受けていた。

 

その絡みなのか、松本隆と縁の深いアーティストたちが、

次々と楽曲を提供するようになり、

不滅の聖子ワールドが構築されていく。

 

中でも多いのが財津和夫(チェリーブラッサム、夏の扉、白いパラソル、野ばらのエチュード)と

呉田軽穂(赤いスイートピー、瞳はダイアモンド、渚のバルコニー、小麦色のマーメイド)。

 

呉田軽穂ってだれ?と当時は謎だったが、

後年。松任谷由実(ユーミン)のペンネームと知って納得。

 

彼女は自分の名前を出さず、

純粋に作曲家として他の歌手(特に若手の女性)に

曲を提供する場合に限って、

このペンネームを使っていたようだ。

 

原田知世の「時をかける少女」、

薬師丸ひろ子の「Woman(Wの悲劇)」など

呉田軽穂の作曲。

女優のグレタ・ガルボをもじった名前らしい。

 

実はこの「秘密の花園」は最初、財津和夫作曲の歌だった。

財津バージョンというのは

デモ(試作品)のレベルかと思ってたけど、

つい最近、YouTubeに上がっていたのを聴いたら、

しっかり編曲もされて完成している。

 

正式tリリースされた呉田バージョンに比べて

アップテンポで、ポップで元気で明るい歌になっている。

 

財津和夫はもちろん当時のビッグネーム。

そしてまた当時の聖子人気からすれば、

これでもたぶん№1ヒットになっただろう。

 

しかしプロデューサー氏はじめ、

この時代の聖子プロジェクトのスタッフは妥協しないで

さらなる高みを目指していた。

 

正直、どこかこれまでの歌に似ている。

弾んだ感じはいいかが、歌詞まで軽い感じがする。

もっと新しい聖子ワールドを開きたい・・・・

たぶん、そんな思いに駆られたのだろう。

作りなおしを決断した。

 

作詞の松本隆も乗り出して、

ツアー中の松任谷由実を捕まえた。

時間がないと断る彼女を、そこを何とかと口説き落とした。

 

ツアーの合間に松任谷から呉田へスイッチして

かなり短時間で書き上げたらしい。

 

しかし、そこは彼女の才能とキャリアをもってすれば

驚くには当たらない。

30分で傑作が生まれることもあれば、

30年かけても駄作しかできないことがある。

創作の神は愛する者のもとに一周運のうちに舞い降りる。

 

とにかくそんないわくつきで「秘密の花園」は生まれた。

スタッフの判断は大正解だった。

財津さんにはたいへん申し訳ないが、

この曲に限ってはユーミンの完勝。

 

彼女の紡ぎ出すたおやかで繊細なメロディは

歌詞の奥に秘められた物語を存分に引き出した。

ここまでドラマチックに、ファンタジックに昇華し、

まさしく「秘密の花園」までたどり着けたのは

ユーミンマジック、そして、

編曲の松任谷正隆(ユーミンの旦那)のセンスの

賜物である。

 

僕は長らく「秘密の花園」は夏の歌だと思っていたが、シングルが出たのは1983年1月。真冬である。

 

そう思っていたのは「ユートピア」という

夏と海をテーマにしたアルバムに入っていたからだ。

 

「秘密の花園」「天国のキッス」という

2枚のヒットシングルを収めた「ユートピア」は、

呉田と財津をはじめ、

当時のニューミュージックのトップレベルの

ミュージシャンたちが集結して楽曲を提供した。

 

アルバム曲ならではの名作「マイアミ午前5時」や

「セイシェルの夕陽」などもここから生まれた。

 

アイドルポップスをはるかに超えた、

1980年代のJ-POP(という言葉はまだなかったが)の

金字塔ともいえる名盤だと思う。

 

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エッセイ集:音楽

ポップミュージックを

こよなく愛した僕らの時代の妄想力

ロックが劇的に進化し、ポップミュージックが世界を覆った時代。僕たちのイマジネーションは 音楽からどれだけの影響を受け、どんな変態を遂げたのか。心の財産となったあの時代の夢と歌を考察する音楽エッセイ集33篇。

もくじ

●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●藤圭子と宇多田ヒカルの歌う力の遺伝子について

●ローリング・ストーンズと新選組の相似点について

●キング・クリムゾンの伝説と21世紀版「風に語りて」 ほか

 


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週末の懐メロ41:カナリア諸島にて/大滝詠一

 

あなたはカナリア諸島に行ったことがあるか?

僕はない。

でもこの40年間、毎年のようにこの季節、

脳みそだけは永遠の夏に遊びに行く。

 

大滝詠一の不朽の名盤「ロングバケーション」が

リリースされたのは1981年。

「カナリア諸島にて」は、その3曲目、

シングル盤では「君は天然色」のB面だったが、

僕にとってはこの曲こそが「ロンバケ」を象徴する曲だ。

 

日本人が戦後の貧しさから抜け出し、

豊かさを実感し始めた80年代前半、

この曲に代表される大滝の音楽は

現代日本人の心に、現実とは別の心象風景をつくった。

 

南の島のパラダイス。

天国に一番近い島のリゾート。

 

それは豊かになった日本人が次に目指したい、

辿り着きたい場所だった。

 

少し前の時代はハワイが「夢の島」だった。

しかし、グァムもハワイも一般庶民が行けるようになってきて、

なんだか俗っぽくなってきた。

 

もっと新しい夢に相応しい南の島はないか?

でもまだ戦後36年(今年は76年)。

忌まわしい太平洋癒戦争の記憶がまだ残っている。

そんな残滓があるような島を選ぶわけにはいかない。

 

そこでアフリカ北西部にある

スペイン領カナリア諸島が選ばれたのかもしれない。

 

海が美しいのはもちろん、

日本からはるかに遠く、手あかがついていない聖地。

「カナリア」という言葉の響きも明るかった。

 

しかし、大瀧詠一も、作詞の松本隆も、

この頃、まだカナリア諸島には行ったことはなく、

詞も曲も完全に彼らの幻想・妄想から出来上がった。

 

いや、幻想・妄想だったからこそ

名曲になり得たし、僕たちの心に

「永遠の夏」を植え付けられたと言っていいだろう。

 

後年、松本隆は実際にカナリア諸島に行き、

その現実の風景をを目の当たりにして冷や汗をかいたーー

という話を聞いた。

 

大瀧詠一は生前、旅したことがあったのだろうか?

 

いずれにしても、1981年はもちろん、

それから40年経った今も、

カナリア諸島に行ったことのある日本人は、

せいぜい1~2パーセント程度だろう。

 

これからもそんなに大勢の日本人が

かの地に出かけていくとは思えない。

 

それでいいのだ。

 

そして僕らは薄切りのオレンジを浮かべた

アイスティーを飲みながら,

永遠にたどり着けない

カナリア諸島の夢の風景に自らを癒しつつ、

酷暑の夏、コロナの夏をやり過ごしていく。

 

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もくじ

●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●藤圭子と宇多田ヒカルの歌う力の遺伝子について

●ローリング・ストーンズと新選組の相似点について

●キング・クリムゾンの伝説と21世紀版「風に語りて」 ほか

 

 


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岡山の桃とAIと桃太郎

 

ここのところ、AI開発の本の執筆に取り組んでいる。

その開発者である岡山の女性社長と

ちょくちょくオンラインでやり取りしているのだが、

今日は彼女から桃のプレゼントが届いた。

 

桃太郎の物語が伝わる土地だけあって

桃が特産品。

「鬼滅の刃」では鬼が恐れるのは藤の花だったが、

岡山に残る桃太郎伝説によると、

鬼は桃を恐れると言われているそうだ。

 

今回いただいた「清水白桃」は

その中でも最高級とされる。

 

箱のふたをあけると甘い桃の匂い。

そして5つ並んだ、ちょっと小ぶりの桃は

美しい乳白色の5つ子の赤ちゃんみたいで

食べちゃいたいくらい可愛い。

 

もちろん食べるんだけど、

すぐに手を付けるのはもったいないので

一晩はそのままお供えしておこうと思う。

 

ホームページを見てみたら、

「この清水白桃が味わえるのは、

毎年7月下旬から約10日間限り」とある。

ずいぶん貴重なものを頂いた。

 

ちなみに僕らが知っている昔ばなしの桃太郎は

明治時代以降に各地の伝説を題材に作られたもので、

富国強兵思想が色濃く反映されたもの。

 

岡山に伝わっているのは、その題材の一つになったもので、

吉備津彦命(きびつひこのみこと)という英雄が

温羅(うら)呼ばれた鬼を退治した伝説である。

 

そういえばちょっと前にNHKの「昔ばなし法定」で

鬼を殺した桃太郎の裁判劇をやっていたのを見た。

めっちゃ面白く、考えさせられた。

 

愛があれば桃太郎と鬼は手を取り合えたのか?

富国強兵の時代が過ぎても、

現代日本人がずっと考えるべき課題かもしれない。

 

ちなみに本のタイトルは

「AI(愛)があればAIができる」である。

 

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おとなも楽しい少年少女小説

ピノキオボーイのダンス

12歳の少年の姿のまま、何十年も孤独な人たち・不幸せな人たちのために尽くしてきたレンタルロボットにも終わりの時がやって来た。けれども年老いたダンサーが彼を拾い上げ、自分の踊りを教え込む。人間とロボットの友情と裏切り・死と再生の物語。

 


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世界を感じたオリンピック開会式と聖火への疑問

 

オリンピックの開会式を最初から最後まで、
リアルタイムで見たのは、ずいぶん久しぶりだ。
 
改めて、何よりすごいなと思ったのは、
各国選手団の入場行進だ。
 
特に中南米とかアフリカあたりには、
知らなかった国、
いつの間にか独立していた国、
いつの間にか国名が変わっていた国が
いっぱいある。
 
ちょっと前にNHKの「人体」を見て、
ケニヤの選手がマラソンをはじめ、
長距離走に強いのは
糖質が豊富な食物をいっぱい食べるからだ、
という話をしていた。
 
タンパク質ではなく、糖質が瞬発性と持久性に優れた
筋力を生み出すというのである。
 
けれどもそれはケニヤの民族の人たちが
そういう遺伝子を持っているからだ。
 
日本人や欧米人がその論理を真似ると、
ただ太るだけで、筋力アップにはまるで役立たない。
その民族、その人の個性に合ったことを
やらなくては駄目なのだ。
 
人間って本当に面白いなと思った。
 
なので、今日まで知らなかったこの国の人たちは、
いったい何を食べて、
どんな練習をして出場したのだろうとか、
 
毎日どんな暮らしをしているんだろうとか、
コスチュームはどうやって作ったのだろうとか、
そんなことばかり気になっていた。
 
難民のチームもいるし、
シリアなど、今も内戦をやっている国もいるし、
ルワンダやボスニア・ヘルツェゴビナなど、
いったいどうやってあの悲惨な虐殺や暴政から
復興して選手を送り出せるようになったのか。
といったことも気になった。
 
そして、脱走して強制送還されてしまった
ウガンダの選手は
本国に帰って大丈夫なのか、
今ごろ何をしているんだろうかとか、
ひどく心配になってしまった。
 
今回の開催にはいろいろ問題があると思うけど、
やはり普段意識に上らない世界のことを
あれこれ考えられる機会が出来るのは、
オリンピックの大きな価値だなと思う。
 
いずれにしても開催されたのだから、
日本人選手の応援もいいけど、
知らない国の選手のこともできる限り、知っていきたいと思う。
 
開会式は次々と人が辞めて大変だったが、
最初の野村萬斎が総指揮をする予定だった時の
コンセプトはどれくらい残っていたのだろう?
もっと渋く「和の世界」に徹しても良かったと思う。
 
けど、まぁがんばった。
人も次々と辞めるドタバタ劇の中で、
とりあえずなんとか完走できた。
スタッフはほっとしているだろう。
 
けど。ひとつだけ、
最後の聖火について言わせてもらうとーー
 
未来とロボットを想起させる点火台はカッコよかった。
でも、なんで最終ランナーがプロ選手の大坂なおみなのか?
「多様性と調和」から彼女を選んで
持ってきたのはわかるが、
なんか表面的過ぎる。ウケ狙いに見えた。
 
ここにいたるまでの「多様性と調和」に反する
さまざまな失態を、彼女を起用することによって
一気に帳消しにしようとした。
そう取られてもしかたない。
 
大坂さんにケチをつけるわけでないが、
オリンピックの聖火をともすのは
現役のトップアスリートや
人気のプロプレーヤーではないと思う。
 
震災からの復興五輪、そいて未来への希望を謡うのなら、
あの東北の子どもたちが点火してよかったのではないか。
 
あるいはコロナとの闘いを象徴するなら
あの医療従事者のおじさん・おばさんとか。
 
あるいはコロナのせいで戦わずして出場がかなわなかった
名もなき選手たちが、
せめて点火の栄養を受けてもよかったのではないか。
そう思った。

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まさかの東京五輪2021で、僕たちは歴史の生き証人になる

 

あっつ~!

超絶暑い真夏がやってきて、猛暑日続出するであろう今週、

いよいよ、1年遅れの東京2020が開幕!

(するんだよね、きっと)

 

開催地に決まった当初は僕も、

「なんでこんなくそ暑い時期にやるんじゃ。

熱中症で死人続出したらどうすんねん!」

と叫んでいたが、

もうそんな心配もどっかに吹っ飛んでしまった。

 

無観客になったことで皮肉にも熱中症の心配、

および、観客を誘導するボランティアスタッフの負担は減った。

 

それにしてもこんなめちゃくちゃな状態になるなんて、

2年前まで予想できた人は誰もいなかった。

 

いや、1年前、延期になった時だって誰も考えられなかった。

まさか。

 

そうだ、人生には3つの坂がある。

上り坂、下り坂、そして、まさか。

 

国力下り坂の日本が、

ドカンと上り坂への大転換をめざしたはずの東京2020が、

まさか、こんな開幕を迎えるとは。

 

まるで三谷幸喜のシチュエーションコメディを

連日見せられているような国家規模のドタバタ劇。

 

でも、僕たちは認めなくてはならない。

人生にも世の中にも「まさか」はあるのだと。

 

くそー、コロナさえなければ!

そう恨み節を唱える人は山ほどいるだろう。

でも、歴史に「ればたら」はない。

 

果たしてこのオリンピックはどこへ行くのだろうか?

スポーツ大好き日本人は

メジャーリーグの大谷選手の活躍に湧き返ったように、

日本がいくつか金メダルを取れば、

政府や東京都の失態も、IOCの暴挙も、

理想を謡った五輪憲章が

完全にメルトダウンしてしまったことも、

みんな忘れて大盛り上がりになるのだろうか?

 

まさか、まさか。

いや、そのまさかのハッピーエンドも起こるかも(笑)

 

しかし、考えようによっては

こんなオリンピックは空前絶後。

しかもそれが他国でなく、自国で行われる。

 

不謹慎を承知で言えば、

もはや競技だけでなく、

政治も社会のこともトータルに含めて、

こんな面白い大会はこれまでも、これからもない。

 

今回の東京五輪は、いつものお決まりの

選手の感動ストーリーだけでなく、

ドタバタ劇も、先の見えないサスペンスドラマも、

社会問題ドキュメンタリーも何でもありで、

見どころ満載の超エンターテインメントなのだ。

 

こうなったら徹底的に楽しむしかない。

泣きも、怒りも、笑いも、感動も、恐怖もある

まさかの東京2020。

 

この後のオリパラが、

そして世界がいったいどうなるのか

さっぱりわからないが、

「まさかの東京2020」が

一つのエポックメーキングになることは間違いない。

 

これから僕たちひとりひとりが歴史の生き証人になる。

 


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幻想漬け、妖怪漬けの夏

 

夏の訪れ。

夏の木陰。

夏の夕暮れ。

夏の夜。

田舎の夏。

故郷の夏。

 

音楽ではない。自然の音。

虫、鳥、かえる、せせらぎ、風鈴など。

YouTubeには短くて1時間、

長いのだと10時間以上の自然音のBGMにあふれている。

癒しのサウンドスケープ。

こんなにいろんな自然音にあふれた国は、

世界中探してもどこにもないかもしれない。

 

夏の音は僕たちの心に

見たことなんてないのに、

きっとどこかで体験したような気にさせる

夏の風景--幻想の風景をつくりあげる。

 

かつて幕末から明治にかけて日本にやってきた

欧米の知識人たちは、日本を「妖精の国」と呼んだ。

目をつぶればたちどころにその妖精の国に飛んでいける。

 

妖精というより妖怪か。

 

民俗学者・柳田国男と漫画家・水木しげるの功績によって、

妖怪は日本の文化の一つになった。

 

夏は幻想に浸りながら妖怪を楽しみたい。

 

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おとなも楽しい少年少女

 

ざしきわらしに勇気の歌を

ロボット介護士に支えられて余生を送っている寅平じいさんが、林の中を散歩していると、ざしきわらしに出逢う。

 

ざしきわらしは最強の妖怪“むりかべ”の脅威から人間を守るために闘うので、応援してほしいと寅平に頼む。

 

 


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動物ハードボイルド人間群像アニメ「オッドタクシー」

 

仕事の合間に見ていた「オッドタクシー」というアニメに

ドハマリしてしまった。

 

大型連休の時、息子が遊びに来ていて

「面白い」と言っていたのを思い出し、

Amazon Primeでやってないかな~と覗いてみたら、

見放題だった。

テレ東で今年4月から6月まで深夜枠で法すしていたらしい。

 

1回20分強で全13回。

仕事の息抜きにちょうどいいかと見始めたのだが、

これがめっぽう面白い。

 

主人公はセイウチのタクシードライバー。

これにゴリラの医者、アルパカのナース、

トイプードル、三毛猫、黒猫のアイドルトリオ、

イノシシとウマの漫才コンビ、

ヒヒのハングレ、ヤマアラシのラッパーなど、

総勢20匹以上の動物キャラクターが絡む。

 

と書くと、なんだかほのぼの動物アニメとか、

メルヘンワールドみたいでしょ?

 

絵柄は割とコミカルだし、

OPやEDの歌もとぼけてたり、

可愛かったりするのだが、内容はそれと正反対。

 

クールでミステリアスでハードボイルド。

そして、けっこう切ない物語なのだ。

 

そのギャップが面白く、

脚本も演出もかなりエッジがきいていて、

心理描写も深い。

折々に入る関節を外すようなギャグもキレている。

何よりも現代の都会を描いた人間群像劇になっている。

 

動物なのに人間群像劇?

一体どうしてそんな世界になっているのか、

その秘密は最終回でわかる。

 

かなり衝撃、そしてかなり深いラスト。

興味を持った人はぜひ見てみてください。

 

Amazonの回しものみたいだけど、

Amazon Primeなら、いま見放題。

他の配信サイトでもそのうちやるかも。

 

 

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いたちのいのち


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目覚めればオオサンショウウオ

 

ステイホームで山椒魚化?

ずっと岩屋の中で暮らしていて

体が大きくなっちゃって

外に出られなくなった山椒魚の話は、

井伏鱒二の「山椒魚」である。

 

この間、たまたまオオサンショウウオについて

調べる機会があったので、気になって読んでみた。

確か中学の国語の教科書に載って居たと思うので、

約50年ぶり?

 

最近ずんずん目が悪くなって

本を読むのも結構疲れるのだが、

これはずいぶん短い話なので楽に読めた。

 

面白いかというと微妙で、

なぜこの人はこんな話を書いたんだろう?

と疑問がわく。

 

ウィキを見ると、結構いろんなことが書いてある。

やっぱ教科書に載っているだけあって

知名度が高く、日本文学の中では

夏目漱石の「坊ちゃん」や「吾輩は猫である」、

あるいは芥川龍之介の「蜘蛛の糸」や「杜子春」、

宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」や「やまなし」

くらいの人気があるのかもしれない。

 

ストーリー自体は別に面白くないが、

この山椒魚のキャラや、

描き出される岩屋のイメージは興味深い。

 

ちなみにオオサンショウウオは大きいのだと

体長1・5メートルになる、現在、地球上で最大の両棲類。

英名は「ジャイアントサラマンダー」。

 

半分に裂いても生きている、というすごい生命力で、

「ハンザキ」「ハンザケ」という異名を持つ。

 

すごい悪食で何でも食べるとも、

1年くらい何も食べなくても生きている、とも言われる。

 

戦後、昭和26年に得bつ天然記念物になったが、

その前は生息している地域ではよく食べられていたらしい。

 

あの食通のおじさん・北大路魯山人も、

まるでフグのような味と絶賛していた。

 

京都のある料亭では、

中国から輸入したオオサンショウウオを料理して

こっそり出しているという噂も。

 

いまや仕事も食事も遊びも

何でも岩屋(家)の中で済ませてしまえるご時世。

今夜はカフカの「変身」みたいに

朝起きたら山椒魚になっていた、

という夢でも見そうな気がする。

 

 

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神ってるナマケモノ


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あなたは遺骨を使った絵画を家に飾るだろうか?

 

先日の「セレモニージャパン2021」で

最も心に残ったブースは、

日本では、そしておそらく世界でもほとんど例のない

遺骨を使った絵画「供養絵画さくら」だった。

 

30年ちょっとの短い人生を終えた女性。

生後1か月で逝った子猫。

海辺を散歩するのが好きだった犬。

そして最期に桜を観たいと呟いた女の子。

 

彼女らの命の記憶をこの世にとどめるために、

「供養絵画さくら」のアーティスト小林吉春氏は

画材に遺骨を用いたのである。

 

仕事で主にアニメーション作品の

立体造形物制作に携わってきた小畑氏は、

自分が作ったものがイベント終了後には

ゴミとして破棄されてしまうことに

心のわだかまりを抑えられなかった。

 

それで給料をもらって生活しているのだから、

よしとしなければいけないのだが、

 

消耗品を作っている。

消費されるものを作っている。

 

という思いからアーティストは逃れられないのだ。

 

彼は「消費されないモノづくり」を模索するようになった。

そして2

遺骨、そして幼くして亡くなった姉の遺骨を目にした。

何かが彼の胸に舞い降りた。

 

遺骨を使った供養絵画はそこから始まった。

 

インスタグラムに上げたところ反響があり、

この5年間で約30点を制作した。

遺族や飼い主からヒアリングをし、

イメージする色や風景、

ストーリーを1枚の絵にしていく。

 

 

料金は応相談だが、基本的に大きさに比例し、

小さなものは額縁込みで5万円から。

 

人の遺骨を画材にするのは前例がなく、

禁止する法律はないが、万一のトラブルを避けるため、

依頼を受ける際に合意書を書いてもらているという。

 

ちなみに日本は遺骨の処理に関して、

おそらく世界一厳しい国ではないかと思う。

 

他の国では遺骨はメモリアルではあるが、

ただの物質としみなすのに対し、

日本では古くから霊魂が宿ると考えられ、

意味や価値を持っているからだろう。

 

絵画にするのは美しい・素晴らしいと思う人がいる一方で、

怖いと思ったり、眉を顰める日tもいるだろう。

 

新しいものはいつの時代も賛否両論である。

 

いずれにしても遺族の心に寄り添った

新しい供養の在り方として、

また、ひとりのアーティストの

ユニークなプロジェクトとして気にかかる。

 

 


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海はとても遠くにある

 

歌の中で、映画の中で、物語の中で、

海を目指す主人公は多い。

海は広い。限りない。

海は彼や彼女の内側にある可能性、

と同時に帰るべき場所のメタファーだ。

 

僕も演劇をやっていた頃、

海を目指す男の物語を書いたことがある。

けれども彼がたどり着いたのは仮想現実の海だった。

あの男は結局、仮想現実の海で溺れてしまい、

箱の中から外に出ていくことができなかった。

 

なんでそんな話を書いたのかよく思い出せないが、

海賊やら、人魚姫やら、詩人のランボーやら、

ギリシャ神話やら、

当時、自分が好きなものをぶち込みまくったので、

支離滅裂な話になってしまった。

 

それでも役者は楽しんで演じてくれたし、

数百人のお客さんも楽しんでくれた。(と思う)

 

だけど自分で納得がいかず、

そのうち何かの形でリベンジしようと思っていて、

あっという間に年月が経った。

 

人生は短い。

 

昨年出した「ピノキオボーイのダンス」という小説で、

少しそのリベンジの片鱗を入れた。

じつはこれも完成形にするまでに10年くらいかかった。

 

でもやっぱりまた海を目指す男(女でもいい)の話を

書きたいなぁと思い始めた。

僕がかつて描いたあの男は、

今度はどうやって仮想現実の海が広がる

箱舟から抜け出すのか?

 

そもそもどこかにリアルな海があるということを

信じられるのだろうか?

 

人生はますます短くなる。

実は海にたどり着くことより、

海を目指して歩くことに意味があるのだ。

 

歩き続けるためには海があると信じること。

自分を信じ続けること。

自分自身であり続けること。

 

テーマは美しい。

海は美しい。

だけど、とても遠い。

せめて街の雑音が消えて、

潮騒が耳に届くあたりまで行ければいいなぁと思う。

短い人生の中で。

 

 

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ピノキオボーイのダンス


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認知症のおかあさんといっしょ

 

 

今日も認知症の義母は川沿いを散歩しながら、

通りすがりの人たちに愛想を振りまく。

子どもやイヌを見て可愛い、可愛いいと連呼する。

ネコはどっちかというと苦手なようである。

 

しかし、じつはイヌもちょっと苦手。

イヌは人間の言葉がわかるから、

きっと可愛がってくれるんだろうと思って

しっぽをフリフリ寄ってくる。

 

顔は笑っているが、

ちょっと大きいイヌだと内心ビビっているのがわかる。

しかたないので、僕が代わりに撫でたりしてあげる。

義母のそんなキャラも面白いと思う。

 

認知症の介護と言っても、

今のところはそれくらいで済んでいるが、

もちろん先のことはわからない。

 

2025年には5人に1人が認知症患者になるという。

わずか4年後のことだ、

本当にそうなるのか?

もちろん先のことはわからない。

 

でも、これからの社会が

認知症という現象と共存する社会になるのは、

ほぼ間違いないだろう。

 

認知症と認定されると、

どんなお金持ちでも

自分の財産を好きなようには使えなくなる。

 

記憶の中から、お金も社会的地位も、

家族も友だちもみんな消え去っていく。

 

それまで所有していた財力や権力に関わらず、

一気に社会の弱者に転落する。

 

その時に何かを愛することができるか、

そして、人から愛されることができるか、

それがその人の人生の価値になる。

 

あまり考えたくないが、

もし自分が認知症になったら・・・ということは

心のどこかにメモしておいたほうはいい気がする。

 


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猿姫様

 

なんでこんなおサルみたいな娘たちが

年頃になると色気づいて綺麗になって

母親にまでなれるのか、はなはだ不思議である。

 

ジャングルジムやブランコや砂場など

公園の広場でおサルたいんのがキャッキャと

遊び回っている。

 

大の男がひとりでじっと見ているとしたら・・・

そんなつもりはなくても変質者と疑われる。

 

その点、義母といっしょだと

「お年寄りの面倒を見ている人」と

認識してしてもらえる(実際そうだし)ので安心だ。

ありがたい。

 

おサルたちはかわいくて、

彼ら・彼女らを見ていると

エネルギーが注入されるような気持ちになれる。

 

男の子は、そのまま大きくなれば

おとなの男になるのに何の違和感もない。

自分がそうだし、息子もそうだった。

 

しかし女の子はやっぱり不思議である。

たとえは悪いが、

女の子の成長は昆虫とか両棲類の変態に似ている。

 

戸川純が「玉姫様」で歌っていたが、

まさしく神秘、神秘、神秘の現象である。

 

そういう神秘がクリエイターを刺激するのだろう。

物語の世界では「ナウシカ」以降、

やたらと女の子の主人公が増えた。

 

ジブリ映画の主人公は大半が女の子である。

 

長らく物語の基本形は「少年の成長」だったが、

それを少女に変えた方が新しいものを

作りやすいという事情があった。

 

それに加えて女は体の変化という

内面的なドラマがある。

男が外的な条件・周囲の事情によって動くのに

比べて、体の奥底から上ってくる何かに

突き動かされる部分も多いのだろう。

 

いずれにしても僕にはそんなこと一生分からない。

でも分からないから想像力を刺激される。

 

作家にしても漫画家にしても映画監督にしても、

男が少女の物語を創りたがるのは、

そういうダイナミックな変化の可能性に魅力を

感じるからなんだろうと思う。

 


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「美しい人」は今でも幸せに暮らしているのだろうか?

 

俳優・田村正和さんの訃報が報じられた。

特に熱心なファンではないが、

1990年代に作られた

彼が主演した二つのドラマは好きだった。

 

一つはフジテレビの「古畑任三郎」。

たぶん今でもファンの多い、

「刑事コロンボ」をオマージュとした推理ドラマ。

60分1話完結、

古畑が対決する犯人役を

当時の人気俳優らが演じて話題を呼んだ。

 

脚本家・三谷幸喜の名を

世間に知らしめた作品でもある。

 

田村正和はそれまでの2枚目俳優とは

ひと味違う、コミカルさを併せ持った

絶妙の味付けで、主役の古畑を演じて

ファンを増やした。

 

「美しい人」は1999年の最後に放送された

TBSの恋愛ドラマ。

 

田村正和演じる凄腕の整形外科医が、

DV夫から逃げてきて「顔を変えてほしい」

と言う女(常盤貴子)の頼みを聞く。

 

そして、彼女の顔を自分の

愛する亡き妻の顔にしてしまう。

 

しかし、彼女のDV夫は刑事(大沢たかお)で、

その正体を見破り、執拗に追跡を続け、対決を迫る。

 

最終回はこのすごい設定を上回る

衝撃的なラストで、

今も胸に食い込んで離れない。

 

脚本が野島伸司。

当時、彼の作品はエッジが立ちまくり、

それでいて高視聴率を稼ぎ出すという

離れ技をやってのけていた。

 

昨日。昼飯時に「徹子の部屋」を見ていたら

追悼特集で田村さんのインタビューを流していた。

1993年と2011年の2回出演したという。

 

その間18年。

確かに二人とも齢を取っているのはわかるが、

それだけ時間が経っていることが

なんだかとても不思議に感じられた。

 

昭和後半から平成前半にかけて活躍した人たちが

次々とこの世を去る一方、

テレビでもネットでもどんどんアーカイブ映像が増える。

 

そうすると、そのうち誰がまだ生きていて、

誰がもう亡くなってしまったのか、

だんだんわからなくなってきそうだ。

 

人々の脳の中で時が止まる。

メディアに出ていた人たちは、

アーカイブの中で永遠に生き続ける。

 

そして現実と虚構の境界線も薄れてくる。

 

ふと、「美しい人」で

田村正和が演じた彼と、

常盤貴子が演じた彼女は、

今どうしているのだろうかと考えた。

年老いても元気に仲良く一緒に、

しあわせに暮らしているのだろうか、と・・・。

 

田村正和さんのご冥福をお祈りします。

 

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ドイツ人女性が見るエヴァの女性キャラ造型、 および、男の一生モノ幻想と第18以降の使徒発掘について

 

●ドイツ人はエヴァを見てどう思うのか

エヴァンゲリオンシリーズは、

アクション満載のロボットアニメである一方、

宗教的なモチーフをちりばめながら展開される

壮大な哲学心理ドラマの側面がある。

 

そこにはネルフ(NERV:生命)、ゼーレ(SEELE:魂)、

ヴィレ(VILLE:意思)、ヴンダー(VENDER:奇跡)など、

やたらとドイツ語が使われている。

 

ドイツと言えば、デカルト、カント、ニーチェなど、

今後の人類共有のデータベースになり得る

多数の哲学者輩出国。

 

ドイツ人はエヴァを見てどう思うのかと聞かれ、

こなふうに答えた人がいた。

 

「キャラクター自体が哲学的モチーフとして

妙な力を放っていたので、

私や周囲のドイツ学生たち

(のうちオタク適性がある者たち)は

議論の深みにハマりながら萌えまくっておりました」

 

●ドイツ人が見た『エヴァンゲリオン』のヒロイン像

そう言うマライ・メントラインさんは、

日本語ペラペラ、ちょっと若い時分のメルケル首相?

みたいな雰囲気を漂わせるドイツ人のお姉さんである。

 

昔、NHKのドイツ語講座に出ていたらしく、

いまもテレビのコメンテーターとして時々見かける。

本業は翻訳・物書き・テレビプロデューサーも

やっているらしい。

 

彼女は旧TVシリーズ版以来のエヴァファンだというが、

先日読んだ彼女の考察コラム

「ドイツ人が見た『エヴァンゲリオン』のヒロイン像。

アスカがしんどい」(女子SPA!)

https://joshi-spa.jp/1075690 は、

これまで読んだエヴァ関係の言説の中で

最もインパクトがあった。

 

“エヴァに登場する女性キャラクター造型の

何が凄いかといえば、

男性のエゴの中に存在する女性像を、

あきれるほど的確に描き抜いているという点です。

ゆえに男性視点とは何か、というテーマが

逆照射で奥底まで浮き彫りにもなる。

このへんは好き嫌い分かれるところかもしれませんが、

筆者は大好きです。”

 

●ドイツ的に真面目で真摯な変態性

続いて「綾波レイと碇ゲンドウの変態性」という一文では、

 

“で、いま改めて振り返ってみるに、

その中でも綾波レイというメインヒロインの独自性と

インパクトは空前絶後で、

時代性を超えて今後もいろんな

考察のコアになるだろうと思います。

 

彼女は「自立性のある良妻賢母」の権化たる

碇ユイ(故人)の

再来となるべく製造された存在で、

女性性というものを濃縮して体現するいっぽう、

「男性を安心させる」要素を決定的に欠くのが

大きなポイントでしょう。

 

俗世感覚では男性からも女性からも扱いに困る存在であり、

しばしば現世的に理想化されながら語られる古代宗教の

「大地母神」なるものの核心って

実はこんな感じなのではないか? 

と思わせぬでもないあたりが素晴らしい。

 

また、亡き妻である碇ユイを復活させようとしながら

綾波レイをひたすら磨き上げ、

しかも大量に培養してしまう碇ゲンドウの

ある意味ドイツ的に真面目で真摯な変態性も素敵です。

まさに男性性と女性性の高次元での葛藤と融合。

 

綾波は神性と何かしら関係がありながら

クローン量産可能で、

個体ごとに多少の性格差があったりするらしいあたりも

生々しくまた切なくて良い。

 

疑似キリスト教的な小道具抜きに、

原始女神信仰的な何かを多角的にシミュレートできるのも

本作の大きな見どころといえるでしょう。”

 

この後もえんえんと続くのだが、

引用だらけになってしまうので、

全部読みたい人はリンクへどうぞ。

https://joshi-spa.jp/1075690

 

●男は女に対する幻想から一生卒業できない

女性だけあって、主人公のシンジではなく、

レイやアスカなどのヒロインたちに焦点を当てた論考は、

ひどく新鮮で刺激的だった。

 

確かに自分の中にも、現実の女性とか母親とは別に、

イメージとしての女というものがあり、

その幻想に支えられて生きているところがあるなと思う。

 

てか、そうした幻想があるから現実の女子の

しょーもない部分も許せたり、

可愛いと思えたりするのかも知れない。

 

女は人生のどこかで男に対する幻想から卒業するが、

男は女に対する幻想から一生卒業できない、たぶん。

 

ゲンドウはそうした男の弱くてしょーもない部分を

とことん突き詰めたキャラクターなんだろう。

最後まで見て、もう一度テレビ版を思い返すと、

彼のシンジに対する冷厳な態度に説得力が出てより面白い。

 

いろいろほじくり返すと

エヴァンゲリオンからは思ってもみなかった

第18以降の使徒が発掘できそうだ。

 

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週末の懐メロ㉙:サパーズレディ/ジェネシス

 

Supper's Ready「晩餐の支度」。

1972年リリース。

 

ディナーを前に恋人と抱き合った男が

瞬間的に見る幻想の数々。

オカルティックであり、ユーモラスでもある

その幻想の旅をストーリー仕立てで綴った楽曲は、

半世紀後の今も燦然と輝く

1970年代プログレッシブロックの最高傑作である。

 

彼女の体を抱きしめたとたん、

男の心の奥底にある不安や恐怖や邪な思いがあふれ出し、

様々なシーンやキャラクターとなって一種の悪夢を作り出す。

 

その素材となっているのはイギリスの歴史、

御伽噺や寓話、幻想文学、

そしてキリスト教文化の世界観。

 

それぞれのシーンに深い意味や思想性があるわけではないが、

それらを一つの楽曲として織り上げたセンスと技術がすごい。

 

バックの演奏も素晴らしいが、

特にこの曲を名曲の極みに持って行ったのは、

この時のヴォーカリスト、

ピーター・ガブリエルの独特の歌唱スタイルだ。

 

ガブリエルがジェエシス時代に築き上げたスタイルは、

自ら物語の主人公となって、その心情のみならず、

情景描写、他の人物のセリフ的な部分まで歌い分けること。

 

分かりやすく言うと、ミュージカルっぽい表現手法だが、

こんな奇抜な表現力をロック音楽の中で発揮できたのは、

先にも後にもガブリエルしかいない。

 

彼は後年、バンドを脱退し、

このスタイルを捨てて、本格的な歌手への道を歩むが、

ジェネシスのヴォーカリストとして遺したものは

他では聴くことのできない秘宝となっている。

 

ちなみにジェネシスは、最もビートルズに近い

プログレバンドである。

 

「サージェントペパーズ」などで

ビートルズが行なった実験音楽を発展させたのが

プログレッシブロックだとすれば、

それを一番忠実にエッセンスとして取り入れていたのが、

ジェネシスだ。

 

リアルなラブソングと

幻想・非日常の世界・ドラマを絶妙なブレンドで表現する。

 

この曲の中でも端々に、また、構成全体からも

「サージェントペパーズ」や「アビーロード」の影響、

ナンセンスファンタジーみたいな歌詞には

ジョン・レノンの影響が感じ取れる。

 

1975年にガブリエルが脱退した後、

ドラムのフィル・コリンズがヴォーカルとなり、

プログレを捨てて、ポップロックに転向して大成功を収めたのも

そんなバンドの成り立ちと歴史が要因ではないかと思う。

 

この時期のジェネシスは

「シアトリカル・ロックバンド」の異名を取り、

ピーター・ガブリエルが奇妙奇天烈な扮装で歌い踊るという

すごいパフォーマンスを見せていた。

 

そのライブ映像も楽しくて見ものだが、

今回は曲の全体像がわかるので、

あえてイラストで疑似アニメーションにした映像を選んだ。

 

20分超の大曲をイラスト化した労作で、

作者のジェネシス愛、ガブリエル愛が伝わってくる。

 

僕はELPを聴いて以来、

中学生の頃からプログレマニアだったが、

ジェネシスはそんなに聴かなかった。

その楽曲の持つ魅力と真価と普遍性に気づいたのは

割と最近のことである。

 

ピンク・フロイドもキング・クリムゾンも

今となっては懐メロ感が拭い去れないが、

ジェネシスはいまだ僕の中で進化を続け、

刺激的なイメージを送ってくる。

 


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昭和28年を精神分析する妖怪小説

 

久しぶりに京極夏彦の妖怪小説を読んでいる。

古本屋であり、神道の祭司でもある京極堂と

薔薇十字探偵社の面々が活躍する、

このサイコミステリーは、

昭和28~29(1953~54)年あたりの時代を舞台に展開する。

 

その前年の昭和27(1952)年の

サンフランシスコ講和条約によって、

戦後7年間、日本を占領していたGHQは去り

(米軍基地は全国各地に残されたが)、

日本は国家としての主権を取り戻した。

 

しかし、まだその直後は、国全体が

独立した喜びよりも、頼ってた保護者をなくした

子どものような不安な心理状態のほうが勝っていた。

 

その不安心理が、妖怪という幻視となり、

恐ろしい殺人事件につながる。

京極堂妖怪小説シリーズは、

かの時代の精神分析を試みた作品だともいえる。

 

それは京極氏がデビューした、

平成が始まって間もない1990年代の平成初期、

そしてコロナ禍に見舞われた令和初期の現代と

共通する何かを持っているようだ。

 

作品の中には、昭和28年にはタブーだったと思われる

家族同士の相克・殺し合いの問題や、

ジェンダー問題などに切り込んだものもある。

 

今回のは京極堂の妹・敦子(雑誌記者)を主役に据え、

のっけから女学生らの河童をめぐる

可愛くてリズミカルなやりとりから始まる。

 

殺人事件の謎・人の心の暗闇を解き明かす

ミステリーであることに変わりはないが、

以前のヘヴィでダークななイメージと異なる

マイルド&ライトな感覚。

 

辞書みたいなぶ厚さだった旧シリーズと比べて

ボリュームも軽いので気楽に読める。

 

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残酷な天使のテーゼ/高橋洋子:週末の懐メロ㉘

 

「エヴァンゲリオン」がここまで人の心に食い込んだのは、

作品の内容はもちろんだが、テーマ曲の存在も大きい。

「残酷な天使のテーゼ」の歌詞は、

とてつもなく美しくドラマチックだ。

 

作詞の及川眠子がこの曲を書く際に与えられたオーダーは

「哲学的であること」「難解であること」。

それに対し、萩尾望都の漫画「残酷な神が支配する」を

元ネタにして2時間で書き上げたという。

 

そうして生まれたこの曲はエヴァ人気とあいまって

前世紀から常に人気カラオケ曲のトップ10に入る名曲となった。

アニメを観たことない人でも、

この歌は知っているという人は多いのではないか。

 

カヴァーもやたらと多い。

外国語バージョンも英語はもとより、10か国はくだらない。

 

それでもやはり高橋洋子のオリジナル版がいい。

このビデオは歌に合わせて、

テレビ版と旧劇場版、

つまり20世紀の旧シリーズのストーリーを

曲の尺4分に編集している。

 

新シリーズの完結編である「シン・エヴァ」を観た後だと、

絵もちょっと懐メロっぽい。

でも、そこがまたいい。

 

そして曲名どおり、

旧シリーズは本当に残酷だったなぁと感じる。

そう感じるのは、苛烈で凄惨なシーンが多いせいもあるが、

一番の要因は、女性の登場人物の運命があまりに過酷だからだ。

 

かつて映画の世界では、

劇中であっても女と子どもは殺してはならないという

不文律があった。

半世紀以上前の話で「女は守られるべき存在」という

一種の差別の表れでもあるのだけど。

 

しかし、自分が男のせいか、たとえ虚構の中とはいえ、

女が死んだり殺されたりするところを見るのは、

心が切り裂かれるような痛みを感じる。

 

旧シリーズでは、レイもアスカもミサトもリツコも、

主要な女キャラがみんな死んでしまった。

それもかなり無残で惨い死に方だった。

 

物語自体も最終的に狂気の世界に突っ込んでいき、

通常のロボットアニメ、

ヒロイックファンタジーとはかけ離れた、

前衛的なアート作品のようなエンディングになった。

 

そして、エヴァ人気が一種の社会現象としても扱われた。

1990年代の世紀末観、オカルトじみた事件の数々、

従来の社会常識の液状化、

人間の心の暗黒面の発見といったことも

影響してたのだろう、

 

それに比べて、新シリーズが

とても優しく温もりのある終焉に感じられたのは、

彼女らの命が無残に潰えることなく、救われたからだと思う。

ただ一人の死も崇高な「英雄死」だった。

 

庵野監督が新シリーズを旧シリーズほど

残酷な物語にしなかったのは、

齢を取って丸くなったせいもあるが、

女を殺し過ぎたことに対する

罪ほろぼしの意識があったからだろうと推測する。

男の心には必ずそういう贖罪の季節が訪れる。

 

この曲とこのアニメは、ある世代、

具体的には1995年から97年の

テレビアニメ放映~旧劇場版上映の時期に

ティーンエージャーだった人たち(現在の40代)にとって、

一つの原風景になった。

 

巨大なトラウマであり、一生消えない感動と傷跡。

幸か不幸か、僕は大人になってから出逢ったので、

適度な距離を置いて見ることができたけど、

耽溺した人を少し羨ましく思う時もある。

 

エヴァの素晴らしいところは、

自分の想像力でストーリーを補完し、

ひとりひとりの心の中に

「マイ・エヴァンゲリオン」をつくれるところにある。

 

エヴァンゲリオン補完計画発動。

四半世紀にわたった新旧シリーズが完結し、

「残酷な天使のテーゼ」が懐メロになった今、

世界中で無数の新たなマイ・エヴァが起動する。

 

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5月1日(土)17:00~3日(月)16:59

ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力

5月3日(月)17:00~6日(木)16:59

昭和96年の思い出ピクニック

 


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週末の懐メロ㉗:レディラック/ロッド・スチュワート

 

幸運の女神」と題された1995年リリースの歌。

明るさと切なさの入り混じった印象的なメロディーを

リズミカルに、独特のハスキーヴォイスで歌っていく

ロッド・スチュワートの佳作だ。

 

この曲はフジテレビで放送されていた

「沙粧妙子 最後の事件」の

エンディングテーマだった。

 

主演の浅野温子、佐野史郎、升毅をはじめ、

当時のスター級俳優やアイドルたちが顔をそろえた

とんでもなくヘヴィで陰惨でオカルト風味満載の

心理サスペンスドラマ。

 

ベストセラーになり、プロファイリングという言葉を広めた

ノンフィクション「FBI心理捜査官」や

サイコスリラーの原点となった

映画「羊たちの沈黙」の影響は明らかで、

毎回おそるべき異常でミステリアスな殺人事件が起きていた。

 

夜9時というゴールデンタイムに公共の電波で

よくあんなとんでもない話をやっていたものだ。

 

思うにあの1990年代、

多くの人が、人の心の奥に計り知れない闇があることを発見し、

そこに鬼とか悪魔が生息することを認識し、

それを覗き見ることに興奮と快感を覚えてしまったのだろう。

僕はその一人である。

 

あの頃、異常だの狂気だのと騒がれたような事件や事象は、

いまや日常茶飯事的に起こっている。

人間と社会の、一つの進化だったのかも知れないと思う。

 

いずれにしても「沙粧妙子 最後の事件」は

めちゃくちゃ面白かった。

毎回、次はどうなるんだろうと盛り上がったところで

この歌が入ってきてエンディングとなる。

 

ドラマの濃厚な後味をクリーンにしてくれる

スチュワートの、軽くカマしているような、心地よい歌声。

何度聴いてもナイスだ。

 

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ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力

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 ビートルズをきっかけにロックが劇的に進化し、ポップミュージックが世界を覆った時代.僕たちのイマジネーションは 音楽からどれだけの影響を受け、どんな変態を遂げたのか。心の財産となったあの時代の夢と歌を考察する、音楽エッセイ集。ブログより33編を厳選・リライト。

 

もくじ

●八王子・冨士森公園のスローバラード駐車場で、ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力について考える

●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●藤圭子と宇多田ヒカルの歌う力の遺伝子について ほか

 

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人生百年時代の浦島伝説

 

のろまなカメがマッハのスピードで空を飛ぶ、

という大きなギャップは、かつての少年たちの夢を育んだ。

 

ゴジラと人気を二分した大映映画の怪獣ガメラは、

ひっこめた手足の穴からジェット噴射を出して

クルクル回転しながら空を飛ぶという離れ技、

さらにそのまま敵の怪獣に体当たりするという

神風特攻隊みたいな荒技で子どもたちを驚愕させた。

 

一方、昨日ご紹介したウルトラQ「育てよカメ」の

大亀ガメロンはそんな技など使わず、

ウルトラマンみたいに、というかオバQみたいに

背中に少年をひょいっと乗せて空を飛ぶ。

 

この「育てよカメ」は早い話、浦島太郎のパクリなのだが、

なぜか竜宮城は雲の上にあり、そこには乙姫らしき女の子が

ごく普通のワンピースを着てブランコに乗っている。

 

いったいどういう発想であんなシーンが出てきたのだろう?

お前が夢みる竜宮城なんて、じつはこんなもんだよ

――というアイロニーなのか?

 

人生百年という超高齢社会において、

浦島太郎の物語は、日本人、いや、世界中の人たちにとって

さまざまな示唆に富み、考察をするに値する重要な物語だ。

 

物語のラストは浦島太郎が玉手箱をあけたら

もくもくと煙が出てじいさんになって終わるが、

それをどうとらえるのかで、意味は変わってくる。

 

そもそもこの物語が今の形になったのはまだ明治時代のことだ。

これは僕の憶測だが、何と言っても富国強兵の時代。

いじめられているカメを助けるという人徳ある若者が、

一度、遊び惚けて飲んだくれて、

女に腑抜けにされてしまったら、

一生を棒に振ることになる。

そんな“ありがたーい人生訓”を盛り込んで、

日本男児たる者、そんな堕落の道に落ちぬよう自己を戒めよ――

という訓示に繋げようとしたのかも知れない。

 

しかし自己を戒めてどんあないいことがあるのか?

それで幸福になるのか?

 

今の時代感覚から見ると、

カメを救うというちょっとした福祉をして感謝され、

飲んで食って楽しんで美人に愛されて一生過ごすなんて

こんなハッピーでサクセスフルな人生はない。

 

最後にじいさんになるのは人間、当たりまえの定めなのだから、

まさしく浦島太郎は人生の成功者と言えるではないか。

 

それにしても竜宮城にずっといればいいものを、

なんでまた浦島は故郷に帰りたいなんて思いに駆られたのか?

家族のことや村のことなど

放っておいて楽しみ続けることはできなかったのか?

 

玉手箱で太郎をじいさんにしてしまうのは、

裏切られた乙姫の復讐だったのか?

何もかも変わってしまった世界に絶望した

太郎に対する救済だったのか?

 

ところで浦島太郎がその後、どうなったのかは描かれていない。

明治から昭和にかけてはそれでおしまいだったかもしれないが、

人生百年時代のこれからは、じいさんになっても

ポジティブに生きていく浦島太郎の後日談が加わってもいい。

 

「昔はよかった」とか

「昔はこんなじゃなかった」なんてぼやくことなく、

浦島は荒野を目指して旅に出る。

 

まったく変わってしまった世界を

この目で見てやろうと世界の果てまで放浪する。

 

もしかしたらどこかの街で

人々に竜宮城の話をして喜ばれるかもしれない。

仙人や高僧だと持ち上げられて敬われるかもしれない。

また恋をして、

若い娘に惚れられてねんごろになることだってあり得る。

 

令和の世はそんなふうに浦島太郎の話を

つくり替えたってOKなのではがないだろうか。

 

それでは明日はこの続編で、

カメはなぜ浦島に助けられたのかと、

乙姫様が仕組んだ、女の陰謀のお話を一席。

 

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オバマのタカハシさんちの娘は人魚の肉を喰った

 

人魚はメルヘンであり、ファンタジーであり、

ホラーであり、モンスターである。

ついでにかなりセクシーでもある。

 

アンデルセンの「人魚姫」の下半身が魚から

人間の脚に変わるのは、

女性の性的成長を表すメタファーである、という解説を

ある本で読んだときは、

まさしく目から魚のウロコが落ちた。

 

というわけで古今東西、人魚に恋する者は後を絶たず、

世界各地に人魚伝説が残されることになった。

 

ヨーロッパには、人魚姫のイメージを覆す

人魚が船乗りの男どもをおびき寄せて

食っちゃうという話がある。

(というか、逆にアンデルセンがこの怖いイメージを覆して、

可愛く、美しいイメージを創り上げたんだけど)

 

対して日本では人魚を食べちゃった、という話がある。

 

オバマ大統領の時、大いに盛り上がった福井県小浜市。

そのオバマの地に伝えられている「八百比丘尼」の話は

日本の民話の中でも異常に人気が高い。

 

昔、若狭国小浜(わかさのくにおばま)に

高橋権太夫という長者が住んでいた。

ある日、舟を出して遊んでいると嵐が起こり、

見知らぬ島に流されてしまった。

そこで彼は思わぬもてなしを受けることになる・・・

 

という感じで始まるこの話、このタカハシさんはこの土地の

お偉いさん、お金持ちで、彼が贅沢な会食をするのは

いろんなバージョンがある。

しかし、その後はどのバージョンも共通している。

 

その贅沢な会食の食卓に上るのは人魚の肉なのである。

(タカハシさんが厨房で人魚がさばかれるのを

目撃してしまうというバージョンもある)

 

タカハシさんは金持ちのくせにセコいのか、

少年のように好奇心旺盛なのか、

この人形の肉をこっそりテイクアウトして、

家の戸棚に隠しておく。

 

お刺身だったのか、塩焼きだったのか、ムニエルだったのか

わからないが、いずれにしても

冷蔵庫のない時代、そんなところに入れておいて

腐らないのかと心配になるが、

腐る前に家族の者が見つけて食べてしまった。

 

そのつまみ食いの犯人が、

みめ麗しい年ごろのタカハシさんちの娘だったのである。

 

肌の白い美しいその娘は、

それ以後、まったく齢を取らなくなった。

人形の肉を食べたせいで不老不死の体になったのである。

 

夫も家族も友人も死に絶え、時代が変わっていっても、

彼女は若いまま生き続ける。

 

やがて彼女はその長い生に倦み、村を出て、

尼さんとなって全国を遍路する。

 

そして人々を助け神仏への信仰を説き、

行く先々で白い椿を植えたという。

(杉の木を植えたなど、違うバージョンもある)

ちなみに八百比丘尼は正確には不死だったわけでなく、

800歳でこの世を去ったということだ。

だけど十分過ぎるほど生きた。

 

魚食文化を持つ日本人にとって、

そう遠くない過去--昭和の貧しい時代まで、

魚は不老長寿の薬、とまではいかないにせよ、

病気を治し、健康を保つ薬だった。

 

そういえば僕も子どもの頃に、

産後の肥立ちが悪い母親とか、病気の大人に、

タイやコイを食わせろーーという話を聞いたことがある。

 

この間、取材した島根県の坊さんは、

このあたりでは戦前まではオオサンショウウオ

(現在、特別天然記念物の地球最大の両棲類)を

捕まえて食っていた。

 

オオサンショウウオは半分に裂いても死なないほど

生命力が強いことから「ハンザキ」の異名がある。

おそらく滋養強壮剤として食べられていたのだと想像する。

 

これも実際は両棲類だが「山椒魚」というくらいだから、

昔の人は魚の一種だと考えていたのだろう。

オオサンショウウオを食べて不老長寿を獲得する―ー

そういう人がただの一人もいなかった、とは言い切れない。

 

それにしても、八百比丘尼の話は、

人魚を殺して肉にする。

それを若い娘が喰う。

不老不死になる。

旅に出て、花や木を植える。

 

モンスター、ホラー、ファンタジー、メルヘン、

そして考えようによってはセクシーも。

 

すべての要素を一つの物語に凝縮したかのようだ。

そのおかかげで現代のマンガや映画、小説、アートなど、

いろいろなカルチャーのモチーフになっている。

そういえばコロナ退散祈願のアマビエも人魚っぽい。

 

僕は800歳になった八百比丘尼は死んだのではなく、

人魚になって海に帰っていったのではないかと思うのだが、

いかがだろうか?

 


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帰ってきたE.T.

 

先日、「中学生におすすめの映画」を30本ほど挙げてみた。

その中の1本に「E.T.」を入れたが、

一昨年、37年ぶりに続編が出ていたのを知ってびっくり。

 

ただし、これはインターネット会社の

コマーシャルとして作られらたショートムービー。

 

タイトルは「A Holiday Reunion」。

4分ちょっとで観られるので、

興味のある人は見てみてね。

 

なんと、あの時の主人公・エリオット少年を演じた俳優、

ヘンリー・トーマスが出演している。

もちろん彼は無事に大人になっていて、この時点で48歳。

作品の中ではパパとなっている。

 

「E.T.」の公開は1982年。

世界中で大ヒットした

スティーブン・スピルバーグ監督の作品である。

 

思えば80年代はハリウッド映画の黄金期で、

「スターウォーズ」「エイリアン」「ターミネーター」などの

SFアクションをはじめ、現代に繋がるエンタメ大作が

続々と作られ、ガンガンヒットを飛ばしていた。

 

その後、シリーズ化された作品も多く、

「E.T.」も人気に乗じて続編が作られても

おかしくないはずだった。

 

実際、そういう企画は上がっていたと思う。

けれどもスピルバーグ監督がやろうとしなかったのだろう。

僕もこれは彼の最高傑作だと思っている。

 

だからこそ、このショートムービーを観て思ってしまった。

スピルバーグ監督、失礼だけど、

きっとあなたの時間は残り少ない。

あなた自身の手でやったらどうですか、100分の続編を。

 

こんな世界が分断される時代だからこそ、

1982年とはまったく違った、

けれども人々が納得し共感できる「続E.T.」を。

あなたの手で作る価値があるのではないか?

そう僕は待望している。

 


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中学生におすすめの映画

 

フェイスブックで「中学生におすすめの映画を教えて下さい」

とあったので、いろいろ好きなのを書き出してみたら、

残念ながら半分くらいはR15だった。

 

でも、リュック・ベッソン監督の映画「ニキータ」「レオン」はR15だろうと思ってたらセーフ。

逆に同じベッソン監督でも「グランブルー」はNG。

バイオレンスよりエロスに厳しい。

 

グランブルーはきれいな濡れ場だったという印象があるけど、

とにかくやってるところや丸ハダカが出てきちゃダメってことだ。

サイコホラーの元祖みたいな「羊たちの沈黙」なんて

子供が見たら人間が怖くなりそうな映画だけどOKなんだね。

 

というわけで、中学生だからと言って教育上好ましい映画、

感動しますよ映画ばかり見せてちゃいけない。

怖い世界、醜い世界、残酷な世界、変な世界にも

なるべく若いうちから触れておいたほうがいいということで

オススメを出してみました。

 

●トミー:70年代ロックオペラ。幼少期のトラウマを克服していく青年の物語。当時のロックスターが集結する絢爛豪華な世界。

 

●ジーザス・クライスト・スーパースター:70年代ミュージカルの金字塔。舞台っぽい、メイキングオブ丸出しのつくりも面白い。

 

●レ・ミゼラブル:原作も名作。ミュージカルとしても、音楽としても名作。舞台を完全映画化。

 

●オペラ座の怪人:同上。舞台を見られない少年少女たちにぜひ映画で体験してほしい世界。

 

●ブレードランナー:これからの社会でAI、ロボットと共生する人間が見ておくべきSFを超えたリアル。

 

●マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ:詩情あふれる少年の成長物語。スウェーデン映画。

 

●ビッグ:大人になりたい子どもが一夜にして夢をかなえて活躍するファンタジックコメディ。若きトム・ハンクスの名演。

 

●はじまりへの旅:現代文明の中で生きる人たちの内なる希望を発見させる寓意と哲学性あるコ三カルなロードムービー。

 

●帰って来たヒトラー:独裁者であり大悪党とされているヒトラーだが、彼を産んだのは何だったのか?という話。現代批評を交えた物語でありながら、かなりのエンタメ。

 

●わたしを離さないで:原作もドラマも映画も傑作。これまた未来の社会を生きる人間が見ておくべきSFを超えたリアル。

 

●田園に死す:70年代アングラ演劇の帝王にして詩人・思想家の寺山修司の前衛幻想劇。中学生になったら、これくらい異様な世界に迷い込む体験をしておいた方がいい。

 

●その日の前に:人生を考える終活映画。宮沢賢治の詩を基調とした大林亘彦監督ならではのファンタジーワールド。

 

●鉄道員(ぽっぽや):詩情あふれる鉄道員のヒューマンドラマ。消えゆく日本の心を一度は堪能してほしい。高倉健さんも志村けんさんも今はもういない。

 

●花とアリス:かわいい女の子の恋愛話。確か原作は少女漫画。アニメ化もされた。

 

●万引き家族:是枝監督のおもしろ悲しい傑作。犯罪と裁判の舞台裏を描く「三度目の殺人」もおすすめ。

 

●実録連合赤軍・あさま山荘への道程:中学生のいじめと変わらなかった、堕した学生運動の理想と末路。日本の黒い歴史の一つとして見てほしい。フィクションなのにドキュメンタリーのよう。

 

●この世界の片隅で:今や戦争のことは映画で知るしかないかも知れない。これはアニメだし、入門編として最適&素晴らしい高質のドラマ。

 

●シザーハンズ:ジョニー・ディップの出世作。モンスターのメルヘンストーリーと映像美。

 

●あの頃ペニーレインと:70年代ロックをテーマに、グルーピーの女の子に恋してしまう少年の青春物語。

 

●街の灯:一度は見ておくべきチャップリンの名作クラシック。

 

●おくりびと:中学生も死を見つめる時間を持つと良い。その入門編としても面白い。

 

●深呼吸の必要:沖縄を舞台にした青春もので、とても癒され、さわやかになる。

 

●トゥルーマンショー:バーチャルワールドを生きる現代人必見の“恐怖”コメディ。ジム・キャリーの代表作。

 

●レインマン:自閉症の兄を助ける弟の物語。ヒューマンドラマ。ダスティン・ホフマンとトム・クルーズの共演。

 

●太陽がいっぱい:アラン・ドロン主演。いまだ最高のサスペンスドラマに思える。フランス映画の金字塔。

 

●ET:宇宙人の子どもを助ける少年たちの話。思い出しただけで胸躍り、脳が宇宙に舞い上がるスピルバーグの最高作。

 

●ALWAYS三丁目の夕日:高度成長期は現代と地続きであり、歴史の1頁でもある。おとなのノスタルジーだけにしないで中学生にも見てほしい。

 

●ラジオの時間:稀代の喜劇作家・三谷幸喜のエッセンスが詰まっている。「12人のやさしい日本人」もおすすめ。

 

●ニキータ:泣き虫の殺し屋の大活劇。女の子が無中になる。

 

●レオン:やさしい殺し屋の悲劇。男の子が夢中になる。ジャン・レノが最高。

 

●羊たちの沈黙:「人間とはなんと恐ろしい生き物だ」と思わせる史上最恐のサスペンスにして、サイコホラーの原点。現代の異常心理を描くサイコドラマはここから始まった。

 

スターウォーズ、ターミネーター、エイリアン、ハリーポッター、ロード・オブ・ザ・リングなどのシリーズものは敢えて外して単独で観られるものだけにした。

 

こうやって書き出してみると、中学生におすすめすると同時に、自分がもう一度観たい映画ばかりだ。

死ぬまでに観られるか?

 


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40年目の「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」について

 

今年も4月になったので、村上春樹の

「4月のある晴れた朝に100パーセントの

女の子に出会うことについて」を読んだ。

 

別にルーティン化しているわけではないのだが、

つい決まりごとのようにページを開いてしまう。

クリスマスにクリスマスケーキを食べたり、

お正月にお餅を食べるのと同じである。

 

いまや老練な大作家になった村上春樹氏だが、

この短編の文章には、そのみずみずしい萌芽が詰まっている。

懐かしさよりも新鮮さ。

何度読んでも、そのたびにいろいろな感情が

湧き水のようになって体を巡る。

 

この物語はちょうど40年前、

1981年の4月という設定になっている。

 

1981年の4月、僕は練馬区の江古田駅近くの

4畳半に住んで、自分の劇団のための芝居を書いていた。

何もなくて、まったく自由で、毎日楽しかった。

ただ、100%の女の子はいなかった。

 

そこでふと考えたのが、今のカミさんは

僕にとって100%の女の子だろうか? ということである。

 

昔はそんなこと考えもしなかったけど、

今、振り返るとそうだったのかも・・・と思える。

そうだったことにしようとしているのかもしれない。

 

みんな「成功」というものに憧れているけど、

良い恋愛、良い結婚、好きな仕事をしていれば、

それで人生は成功、100%である。

それ以上のことはみんなオマケだ。

オマケをたくさんつけようと追いかけて、

本体を台無しにしたら0%になってしまう。

 

4月はまだ始まったばかりなので、

ほかにも感じるところを言語化できれば書こうと思う。

 


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なぜ桜とクローンは切なくて美しいのか?

 

エヴァの人気キャラ・綾波レイが

ファンを虜にした名ゼリフの数々は、

彼女がクローン人間であるという設定から生まれた。

 

その切なさと美しさは桜に通じる。

日本のあちこちで美しい桜並木となったソメイヨシノは

1本のオリジナルを次々とコピーして作られた

クローン木なのである。

 

ソメイヨシノは200年ほど前、

江戸の植木職人がエドヒガンとオオシマザクラを交配させ、

その交雑種のなかでとりわけ美しい花を咲かせる個体を、

接木などの手法で増やしたもの。

 

取木や接木で増やした場合、

それらの個体はすべて遺伝子的には全て同一、

すなわちクローンなのだそうだ。

 

ちなみにクローンという言葉の本来の意味も「挿し木」。

科学技術の意味合いで、この言葉(概念)が人々に

認知されるようになったのは、今から30年前、

1981年、イギリスでクローン羊が生まれてからだ。

 

当初は新聞で、また、科学系雑誌で話題となり、

SF小説のネタとして使われていたが、

あっという間に世間一般の間にも広がった。

 

神の領域に踏み込んだ人工生命――

すなわち、ロボットやフランケンシュタインの怪物と同じく、

おぞましさと悲しさのイメージをまとったクローンは、

自分は世界でオンリーワンの存在なのだという現代人の自意識を

強く揺さぶり、脅かす。

 

特に個性的でありたい、自分らしくありたいと願いながら、

“みんな”に合わせて付和雷同してしまう日本人にとって、

クローンという概念が紡ぎ出すイメージは

心に食い込んでくるのだろう。

 

だから日本人は桜が好き―ーというのはこじつけ過ぎだが、

日本人の心象風景をつくり替えた桜を見て、

いろいろSFっぽい妄想に駆られる。

 

だけど、同じ遺伝子の木でも、

川沿いの桜は水と光を求めて枝を水平に伸ばし、

川から離れた桜は空へ向かって高々と枝を広げる。

育った環境で違った姿かたちになっていくのだ。

 

あんまり個性やオリジナリティやらにこだわる必要は

何ではないかと思う。

普通に生きているだけで、誰でも十分個性的なのに。

 

今年は早く咲いたが、散るのも早いかも知れない。

来週は桜吹雪があちこちで舞っているだろう。

そんな切なさも日本人は愛してやまない。

 

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どうして僕はロボットじゃないんだろう? ¥274

 社会のニーズに応え、生活に入り込み、世界を変革していくAI・ロボット。はたしてやつらは人間の敵か味方か? 上司か部下か? ライバルか友だちか? ただの機械に過ぎないのか、それとも人類の子どもなのか?

 2016年夏から2020年夏まで、AI・ロボット・インターネット・DXにまつわる考察の面白まじめエッセイ集。ブログから33編を厳選・リライト。

 ●もくじ

・介護士・看護師は人間か、ロボットか?

・インターネットがつくるフォークロア

・こちとら機械だのロボットだのじゃねえ。人間でぃ!

・聖書から始まった「人間VS機械」

・子どもはどうしてロボットが好きなのか?

・きみはロボットじゃないよ

 ・ロボットみたいな人間、人間みたいなロボット ほか

 

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なぜ「もう死にたい」と思っても人はめしを食うのか?

 

「親が死んでも食休み」というが、

確かに僕は父が死んだときでも

別に食欲が落ちることなくパクパク食べていた。

母が死んでもたぶん同じだろう。

 

どんなに悲しんだり、落ち込んだり、

深刻に悩んだり、もう死にたいと思っていても、

人は腹が減ればめしを食う。

 

食っているとき、

人の「生きる」という意欲はモリモリ表に出る。

そしてガツガツしたエゴがむき出しになる。

何だかひどく罪深い気持ちになる。

 

悲しんだり、悩んだり、絶望したりしているつもりでも、

結局それはフリだけだ。

本当のおまえは他の生命を奪ってまで

意地汚く食って、

みっともなく生き延びたいだけなんだ、

と別の自分に嗤われているような気になる。

 

たまにそんなことを考えつつ、

明日も生きるぞ、さあ何を食おう?と考える。

 

わが家では最近、いろいろ混ぜて飯を炊く。

今使ってるのは熊本県産発芽玄米使用の十一雑穀米。

 

くまモンが付いているせいか、

義母はお菓子だと思ってて、

時々こっそり開けて中身を見て

がっかりしているようだ。

 

でも認知症には、お好きな銀シャリよりも

こちらのほうがいいそうなんですよ。

 

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「食べる」を学び、遊び、モグモグ語る面白エッセイ集。ブログから33編を厳選・リライト。

 もくじ

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・お米を研ぐ理由と人間の味と匂いの話 

・永遠の現物支給 : 2018年3月15日

・フツーのおにぎりでも日本のコメなら800円!?

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