電子書籍第1号「魚のいない水族館」完成

 

おりべまこと というのは、
芝居をやっていたころのペンネームです。

今回、AmazonKindleで本を出すにあたり、
おりべを復活させることにしました。


戯曲や小説やドラマの脚本は、
どうも本名ではやりにくいので。

昔は漢字表記でしたが、
これ以降はかな表記です。

 

というわけで去年の夏に書いた
「魚のいない水族館」を電子書籍にしました。

現在レビュー(審査)中なので、
2~3日したら出ると思います。
出たらまたお知らせします。

 

ずっと紙の本じゃないと納得できない、
みたいな思いがあったのですが、
そうした思い込みというか、
こだわりもなくなりました。
還暦になったせいか?(笑)
いいか悪いか、面白いか面白くないかは
市場が判断してくれるでしょう。

 

本作は短編で30頁程度のボリュームだし、
すでに推敲済みで原稿をいじる必要はなかったので、
試しに作るにはやりやすかったです。

 

・・・というと軽く作れたようだけど、
以前のワード原稿は印刷用にレイアウトしていたので、
いろいろ不都合が出て、
結局、いったんメモ帳(シンプルテキスト)に落として、
それをまたコピペして白紙のワードに戻す、といった
ややこしいことをやったので、
結構時間がかかりました。

 

概念が紙の本と電子書籍ではだいぶ違うので
その混乱から抜け出すのに戸惑った感じ。

プレビューと原稿を見比べながら、
10回くらいアップロードしなおしを繰り返しました。


一応ちゃんと前付きと後付き、コピーライトも入れて
それらしく仕上がったので満足です。

表紙もアプリで、そこそこのものなら
簡単に自分でデザインできます。

 

今回のは短編小説なので、目次も画像も入れませんでしたが、
今後いろいろ創っていきたいと思っています。

次回は今月終わりから来月初め、
ブログに書いたエッセイを集めたものを出す予定です。


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「茶トラのネコマタと金の林檎」あとがき

 

これはもともと20代の終わりの頃に書いた
「林檎探偵談」という芝居のエピローグで、
3分くらいのコントみたいな場面でした。

実際に上演する芝居の台本を書いたのは、
この時が最後だったので、
電子書籍の最初はここから始めようと思ってました。

 

正月明けの仕事がひと段落したあと、
チョイチョイと3日くらいで書いて
25~30枚程度(10.000~12,000字)にする
つもりだったのが、思いのほか、躍起になってしまい、
結局、その倍くらいの長さに。
日にちも1週間かかりました。

特に後半は当初の予定とはだいぶちがう展開になり、
以前とはすっかり違う物語になりました。

 

すぐに出してもいいかと思いましたが、
やっぱり少し間をおいて養生して
再度推敲したほうがいいと思うので
電子書籍の第1号は別の作品にします。

それにしても30年前の作品をこうして深く掘っていくと、
いろいろ違うもの、新しいものが発掘されて、
どんどん以前とは違った話になっていくのは面白い。
書くことは、自分の正体を炙り出す作業なのかな、とも思います。

 


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短編小説「茶トラのネコマタと金の林檎」第5話(最終回)

 

 カッパを着ていたものの、家にたどり着いた頃には帰るころにはずいぶん濡れていた。出迎えた息子は母親を叱りながら、妻かきょうだいかわからないが中年の女性を呼んでバスタオルで体を拭かせた。しかめっ面をしながら健太と六郎にもタオルを用意し、シャワーを浴びるよう勧めたが、二人はお母さん優先で、と言った。

 

 夕食のころにはかなりの大雨になっていた。息子はこの雨ではもう明日は無理だ、たとえやんでも土がぬかるんで作業は出来ないだろう。依頼の仕事はこれで終わりにしてください、おカネは当初の約束通りお支払いします、と言った。
 それを聞いて健太が一瞬怪訝な顔をしたのを見て取り、六郎はすかさず「わかりました。心残りですが、そうさせていただきます」と言った。

 

 夜通しざあざあ降りだった雨は、朝になると小降りになっていた。ふたりは朝食をすますと帰り支度をした。

 「残りの半額は月末に振り込みます。交通費は前払い分と一緒にお渡ししましたが、ほかに何かご請求いただく経費はありますか?」

 息子がそう聞いてきたので、「いや、特に・・・」と答えかけた健太を制して、六郎が「はい、それでは帰ったらまとめますので」と代わって答える。その分は一緒に振り込むので――ということで話は収まった。これでこの仕事はもう終わりだ。それにしても息子の態度が必要以上に事務的なので、健太は少し引っ掛かりを感じた。

 

 ネコマタは二人の前に出てこなかった。それとなく健太は息子に聞いてみたが、まだ寝ていると言う。

 

 「あなたがたがいたこの二日間、興奮しっぱなしで疲れたんでしょう。本当にありがとうございました。わたしのほうからよろしく言っておきますので」

 

 時計はもう9時になろうとしている。健太は、急いで帰る必要もないし、せっかくなので最後にご挨拶だけでもしたい。少しくらい待っても構わないので、起こしてはもらえないか、と食い下がってみた。

 少し不穏な空気を感じたのか、六郎は「ま、いいじゃないか。お休みだっていうんなら。もう行こう」と促した。

 しかし健太は譲らなかった。なおも黙っている息子に対して、
「もしお体の具合が悪いのでなければ」と付け足した。

 

 息子は観念したように「じつは起きているんですが」と言った。そして「でも、あなたがたに会ってもわかないでしょう」と続けた。
 「わからないって?」
 「探偵さんが帰るよってさっき言ったんです。ところが、探偵ってなに?」って。 
 健太は黙っている。
 「金の林檎を探しに来た探偵さんだよって言うと、金の林檎って何のこと?」
 「そ、そうですか」
 六郎が笑いながら言った。
 「ま、しかたないですよね。わたしらなんてほんの二日間ご一緒しただけだし」

 

 息子はしばし躊躇っているようだったが、思い切ったように
 「あなたがただけではありません。わたしのこともわからないんです」
 二人は何も言えなくなった。彼の話はまだ続いた。


 「何もわからないんですよ。ここはどこなのか? 今はいつなのか? そして自分は誰なのか?」

 

 帰り道、雨はやんでいた。雲の切れ間から太陽も顔を出そうとしていた。
 しかし、ゆうべの雨でぬかるんだ道を歩いていったので、駅に着くころには二人の革靴は泥だらけになっていた。

 

 電車の中、二人は無口だった。
 健太は何か話す切り口を探していたが、自分の泥で汚れた靴に目を止めて 「これ、経費として請求する? ロクさんのパイプとか虫メガネとかも」
 「そのつもりだったけどね」その後は続けない。
 「ごめん」と健太は頭を下げた。
 「なんで謝ってるんだ?」
 「あの時、ロクさんの言う通り、さっさと帰るべきだった」
 「だよな。でも実をいうとさ、おれも何か釈然としなかったんだよ。たとえあのまま帰ったとしても、あの息子は後から訊いてきたさ。いったい何があったんだ?ってね」

 

 ネコマタは一晩ですべての記憶を消失してしまった。二人は彼女の息子から昨日の午後、何か原因になることがあったのか、追及された。


 あの缶ブタが見つかったあたりにまだ何か埋まっているんじゃないかということで、続けて掘り返した――それが二人の答だった。
 そこまでは話したが、健太も六郎も穴の中に揃って寝転がったことは黙っていた。どうしてそんなことをしたのか、問い詰められても説明できない。できたとしても、あの息子がそれを理解し、納得することは到底できないだろう。


 息子はそれ以上追及せずに了解したようだ。というよりも来るべき時が来てしまったと、母親の病気に対するあきらめの気持ちがあったのかもしれない。


 健太も六郎も日常の時間に戻ってくると、あの時、あの穴の中で自分たちが何をし、何を話したのか、よくわからなくなっていた。本当にあれは眠っているときに見る夢の出来事だったのではないかと思えた。

 

 結局、その後、健太も六郎も経費は請求せず、月末には約束通りの残金が振り込まれた。すべては元に戻った。健太は仕事に忙しく、まだハウスに行って金の林檎の話はしていない。六郎もコツコツと借金を返してはいるが、息子のところにはまだまだ行けそうもない。

 

 そうして年が明け、寒さが強まり、1月も終わりに近づいた頃、ネコマタの息子から健太のもとへ訃報が届いた。母親が亡くなったという。メールには5行でごく簡単に挨拶と経緯が書かれていた。

 

 昨年11月中旬から風邪をひいて体調を崩し、その後、肺炎を発症。入院生活を送ったのち、年が明け2週間たってから、眠るように穏やかに旅立った。葬儀は身近な家族だけで行った――それが要旨、というか、ほとんど全部だった。

 

 あの最後の朝の口調と同じ、事務的な物言いで、たぶん同じ文章をコピーペーストして宛名だけ変えて送っているのだろうと見て取れた。悪い感情は抱かない。むしろそのおかげでホッとできたくらいだ。しかし、文章の奥からは死へつながる行程のすべてが伝わってきた。

 

 11月中旬というのは、あの晴れのち雨の日、金の林檎のかけらを見つけ、穴の中に入った日だ。あの日、ネコマタは雨に濡れたのがきっかけでひどい風邪を引いたのだろう。夜には熱が出たのかも知れない。そして一晩ですべての記憶を失った。もしかしたらもうそこで彼女の命は終わっていたのかもしれない。

 

 健太はいてもたってもいられなくなり、電話で六郎を呼び出した。六郎はちゃんと話を聞いてくれた。その夜、二人は待ち合わせをして一緒に安い居酒屋に飲みに行った。

 

 「おい、まさか自分を責めてるわけじゃないだろうな。だったらやめとけ。雨に濡れたのは、俺たちのせいじゃない。運が悪かっただけだ。あの息子だって、何か非難がましいことを書いてきたわけじゃないだろ?」

 

 こういうところはやっぱり六郎はおとなだ。おれはまだガキだな、と健太は思った。
 「こんなこと言っちゃナンだけど、あいつだってホッとしてるかもしれないぞ。いくら母親だって妄想狂の相手をし続けるのは大変だからな」

 

 健太はどう返していいかわからず、思いついたことを漏らしてみた。
 「あれはあのばあさんの終活だったのかな?」
 「あの金の林檎の話が?」
 「うん」
 六郎は焼鳥を串からかじり取り、もぐもぐと頬張った。それをチューハイで飲み下し、ふうっと息を吐いてから、ぼそっと呟いた。

 

 「若い時分、女優だったって言ってたな。ああいう芝居をやったのかもな」
 「女スパイとギャングが出てくるような?」
 「うん。あのばあさんには結構似合ってたかも」
 
 健太は小さな芝居小屋の、黒い幕に覆われた舞台の上で、金の林檎を手にしてセリフを朗誦し、歌ったり踊ったりするネコマタを想像してみた。
 昔は音程もしっかりしていたんだろうか?

 

 そして次に、もう一度、あの山へ行って、スコップをふるって力いっぱい土を掘り返し、汗まみれ泥まみれになっている自分を想像した。

 

 どっちも悪くない。
 どっちもありもしない記憶だが、思い浮かべると、不思議と心が満たされる。

 

 いつもはきっちり割り勘なのに、その夜は六郎が奢ると言って聞かなかった。
 「またなんかあったら呼んでくれ。よろしくな」
 そう言って六郎は夜風に吹かれ、少し足元をふらつかせながら、寒そうに背中を丸めて帰っていった。
 空には月が輝いている。ほぼ満月に近い。

 

 12時を過ぎ、アパートにたどり着くと、階段のところに茶トラのネコが座っていた。まるで健太の帰りを待っていたようだ。丸い瞳が光っている。まだ若く、月の光を受けてオレンジ色の毛がつやめいている。

 

 「だいじょうぶ。おれは元気だよ。来週、ハウスにも行ってガキどもに金の林檎の話をするよ。えーと、出だしはこうだ。
 おれはおまえらと同じ、11だか12だかの頃、人間は齢を取ったらどうなるのかっていうことにすごく興味があった。おれたちはこの世にオギャーと生まれた時は何か大事なものを持っているらしいけど、大きくなるにつれ、いつの間にかそれをなくしてしまう。けど、どうやら年寄りになると、それをまた見つけられるようになるらしい。だったら齢を取るのもそう悪くないのかな、と思う。けど――」

 じっと健太の顔を見ていたネコは、そこでまばたきをした。
 
 「けど齢を取る前に、たとえば今のおまえらくらいで見つけられれば、もっといい。なに、早すぎることなんてないさ」

 

 そう言って健太がニヤッと微笑むと、ネコはニャーと鳴いて体を起こした。そして悠然とした仕草で地面に降り立ち、長い尻尾をしならせながら歩いていく。

 

 「おやすみ。よい夢を」

 

 一瞬、振り向きかけたが、そのままネコは夜の闇に消えていった。
 健太はそれを見届けると、白い息を吐きながらトントンとリズミカルに階段を昇って行った。

                                                        おわり
 


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短編小説「茶トラのネコマタと金の林檎」第4話

 

 小雨の中、二人が昼食をとりにネコマタの家に戻ると、4人組の謎の黒いスーツの男たちが消えていた。
 「そんな男たちのことなんて知らないと言い出したんですよ」
 息子は笑いながら言う。金の林檎を林の中に埋めた連中であり、またいつか帰ってきて掘り出そうとしていた窃盗団の一味だ。この1か月近くの間、ずっとネコマタの頭の中で跳梁跋扈してきたのに、今朝突然、記憶から消え去ってしまったのだという。

 「でもまた、そのうち戻ってくるんじゃありませんか?」
 健太は息子に訊いた。
 「かもしれませんがね。ただ、相変わらず林檎は埋まっているんですよ」

 

 すると金の林檎はどこからやってきたことになっているんだろう? 
 新たな疑問が生まれるが、やることは変わらない。それよりも問題は雨だ。まだ降ったりやんだりしている。昨日までの健太と六郎だったら、こんな天気だから穴掘りは中止にしましょうと言うところだが、今日はなぜか、ぎりぎりまで作業を続けたいという奇妙な熱にうかされていた。

 

 「本当に行くんですか? こんな天気だから無理しなくていいですよ」
 息子は二人にそう言ったが、横からネコマタが入ってきた。

 「いや、ダメだよ。行くよ。わたしも一緒に行くからね」
 「やめとけよ。雨が降ってくるよ」
 「だったら傘やカッパを持ってきゃいいさ」

 息子は肩をすくめ両手を広げて、お手上げのポーズを取った。
 彼女の言葉にはそれまでの妄想へのこだわりとは違った、ひとつのきっぱりした意志が込められていた。健太は妙な胸騒ぎを抑えつつ、三人分の雨具をリュクサックに詰めて背負った。

 

 降ってきたらすぐ戻るからと息子に約束して二人はネコマタをつれて出かけた。
 現場に着くと、彼女は少しも迷わず、もう宝のありかはわかっているとでもいう足取りで目的地へ直行した。
 それはあの五股に分かれた<星の形の木>だった。周囲には今朝、二人が掘り返した穴がいくつも空いている。

 「落っこちないよう気をつけてくださいよ」
 健太の注意が耳に入っているのか、いないのか、ネコマタは軽やかなステップを踏むように穴の間を歩き回る。そして、おそらくいちばん深いと思われる穴のところで足を止めた。六郎があの缶ブタを見つけた穴だ。

 

 「ここを掘って。もっと深く」
 その声には有無を言わせぬ力があった。もはやただの茶トラ髪のばあさんでなく、女王陛下のような威厳に満ちている。

 言われた通り、二人がかりで穴を掘り下げていく。ガツッと尖ったスコップの先端をガツッと地面に突き刺し、黒い土をすくう。そして穴の外に放り投げる。
 「土をかぶらないよう!」
 健太は表にいるネコマタに向かって声を張り上げた。
 「気をつけてください!」
 六郎もそれに合わせて叫ぶ。

 

 息はぴったり合っていた。二つのスコップがリズミカルに土を掻き出していく。何かが見つかるんじゃないか――口には出さないが、健太の胸にも、六郎の胸にもわくわく感が宿る。

 

 「♪ルロロロ、リラララ~ がんばって がんばって もっとがんばって
 ディギ ディギ ディギ ディギ ディギ ディギ」

 

 今度のはどうやら二人を応援する歌のようだ。
 健太も六郎も顔を上げ、互いに目と目を合わせると、なぜだか笑みがこぼれた。さらに二かき三かきスコップを動かすと、愉快になってどちらからともなく笑い出した。

 おれたちはただカネのために働いているんじゃない。彼女は本当に見たんだ。まばゆくキラキラ光る夜明けの金星のような林檎を――。


 その時、また雨が落ちてきた。そして遠雷。もしかして今度のは本降りになるかもしれない。

 穴はもう健太と六郎がすっぽり入れるくらいの深さになっていた。2メートル以上あるだろう。上からネコマタが顔をのぞかせる。

 「残念ながら、何も出て来ないよ。金の林檎のかけらさえも」
 健太はそう叫んだが、彼女の返事は意外なものだった。
 
 「わたしもそこへ降りていく」

 

 二人は驚いたが、ネコマタは何の躊躇もなく、果敢に穴の中に降りてきた。二人はあわててその細い体を支える。
 底に足を下すと、服についた土をぱんぱんと手で払いながら、澄ました顔でさらに驚くべきことを言った。

 

 「金の林檎はなくなった」

 健太も六郎も目が点になった。
「どういうことですか?」
 アッハッハと笑うネコマタ。

 

 二人は顔を見合わせたが、まともに相手をしてちゃいけないと、すぐ思い直し、
 「わかった。ゆうべ、UFOが来て宇宙人が回収していったとか」
 六郎が気をきかせたつもりで合いの手を入れた。
 しかし、これはあっさり否定された。

 

「ちがう」

 ひとこと厳かな口調でそう言うと、彼女はゆっくり腰を下ろし、深呼吸をひとつして土の上に仰向けに横たわった。そして胸の上で手を組む。まるでこれから埋葬される死体のように。

 

「な、なにやってるんですか?」
 健太が思わず声を上げる。
「あたしが金の林檎なのさ」
 そのセリフに、二人は沈黙した。穴の中もひんやりとした空気が、さらに一度、二度と下がっていく。

 

 「ここまで生きてきてやっと気が付いた。あたしのこの体が林檎さ。実の部分はずいぶん減っちゃったけど、まだ芯が残っている。それに種があるよ。あんたらもそうさ。ここにきて一生懸命穴を掘った。探偵としてできる限りのことをやった。金の林檎の話を信じた人は自分が金の林檎になる。嘘だと思うならそんなところに突っ立ってないで、あたしの隣に寝てごらん」

 

 言っていることは意味不明だが、健太には「あたしと一緒に寝てごらん」という最後のセリフが、一度も遭ったことのない、そしてこれからも一生遭うことなんてないであろう母親のセリフのように響いた。

 

「あのぅ、雨も降ってきたことですし・・・」
と、横で六郎が言いかけたが、健太はだまって彼女の隣に横たわった。まるで何かに操られているように。ネコマタと同じように仰向けに寝て、胸の前で手を組んだ。

 

 六郎はしばし唖然としていたが、やがて「どんな気分なんだ?」と問いかけた。
「悪くないよ」
健太は答えた。
「ヘンな気分だけど、そう悪いものじゃない」

 健太の視界には木々が無数にそびえ立ち、そこからさらに無数の枝が上へ、右へ、左へ、あらゆる方向に伸びていた。
 その木々のてっぺんの向こう、はるかかなたの空からこれまた星の数ほどの雨粒が顔をめがけてまっすぐに落ちてくる。それに交じって時折、色づいた木の葉もくるくると旋回しながら落ちてくる。
 
 こんな世界をこれまで見たことあったっけかな? 

 健太は記憶をたどってみたが、思い出せない。けれどもその情景になぜだか懐かしさも感じる。不思議だ。

 自分がこれまで生きてきた時間、それからネコマタぐらいまで生きると想定した場合の残り時間を計算してみた。おそらくまだ彼女の3分の1、六郎と比べても2分の1にもなっていない。あとどれくらいこの世で旅を続けるのか見当もつかないが、生きる時間の1割くらいは、こうした不思議な世界にいてもいいんじゃないかと思った。

 

 「うん、悪くないな」
 やや離れたところ――ネコマタの体の向こう側から六郎の声が聞こえた。いつの間にか、彼もまたネコマタと健太と同じ格好で横たわっていた。

 「なんで今までこういうことをしなかったんだろうって思うよ。いや、したことあるのかな、遠い昔に。子どものころとか・・・それとも息子のチビだったころはどうだったかなぁ・・・」

 

 「あんたはこれから何がしたい?」
 上を向いたままだったが、ネコマタの問いは六郎に向けてのものらしい。
 「それは、わたしの夢ってことですか?」
 「そう呼びたきゃ呼んでもいい」
 「ええと・・まず借金を返します。それから息子に会いに行こうかな。もうおとなになっちゃいましたけど。ちょっと勇気がいりますね・・・ハハハハ、こんなのが夢ですかね?」

 ネコマタはそれには答えず、今度は健太に訊いた。


 「お兄さんは?」
 「またハウスに行きます。俺が育った施設です。親がいないんで。そこでこの間、子どもらに探偵の仕事の話をしたんだけど、今度は金の林檎の話をしますよ。どう話していいか、まだわらないけど・・・」

 自分でも意外なほどスラスラと答えた。その後で思った。そうだ、これが今、俺が抱えている夢なんだ、と。あいつらに金の林檎には魔法があるんだ、って話したい。そしておまえらも、もともと金の林檎だって。

 

 ビチョっ。
 巨大な雨粒が健太の鼻を狙ったように落ちてきた。それを合図に雨の降る勢いが急に増してきた。ずいぶん長い時間、穴の底に横たわっていたと思ったが、実際にはほんの10分足らずだったようだ。

 健太は体を起こして右側で寝ているネコマタを見た。目を閉じている。眠ってしまったのか? ざらっとした嫌な感触が胸の右から左――心臓を通り過ぎた。まさか・・・思い過ごしだ。健太に「お兄さんは?」と問いかけたのは、まだ1分くらい前のことだ。一瞬、息を飲み込み、おそるおそる声をかけようとすると、ネコマタはカッと目を見開いた。

 

「帰る」

 

 立ち上がろうとするネコマタを六郎と二人で手助けし、苦労して穴から出した。2メートル程度でも よじ登るのは大変だ。三人とも穴の外に出たときはかなりの雨になっていた。とても冷たい雨だ。体がぐんぐん冷えてくる。
 急いでリュックに詰めてきたカッパを出してネコマタに着せ、自分たちも着た。


 手が自由にならないと歩きにくいので傘は差さなかった。今度は近くで雷が鳴った。日暮れまでにはまだ時間があったが、林の中は宵闇のような暗さに包まれていた。

 

                          つづく


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短編小説「茶トラのネコマタと金の林檎」第3話

 

 山間なので星空がきれいだ。健太は久しぶりに星を見た。前に見たのはいつ頃だったか思い出せない。流れ星が秒単位で流れていくのがはっきり見える。こんなにしょっちゅう流れていたら、そのうち空から星が全部なくなってしまうんじゃないかと心配した。たまにはそんなくだらないことに心を砕いてみるのもいい。

 

 健太と六郎はネコマタの家の空いている部屋に泊まった。この仕事の契約は3日間だ。「どうすりゃいいんだ?」
 ふとんの上に転がって健太はぼそっとつぶやいた。
「ずっと掘り続けてりゃいいんだ」
 ひとりごとのつもりだったが、横で同じように転がっている六郎が応答した。
「だって何も出てこないし」
「当たり前だろ。もともと何もないんだから」
「それだと事件の“解決”にならない」
「これは事件じゃないぞ。解決もくそもないよ」
健太が黙っていると、六郎は続けて言った。
「とにかく3日付き合えばカネは全額もらえるんだろ?」
 健太はまだ黙っている。
「おい、そういう約束だったよな?」
 六郎は上半身を起こして言った。
「そうだよ。けど納得できない」
「なあ、これは仕事だろ。ビジネスだろ」
「・・・」
「まさかボランティアをやるつもりじゃないだろうな?」
なおも健太が黙っているので、六郎は言い方を変えてみた。


 「ま、考え方としちゃケアということでもいい。おれたちゃ妄想癖のばあさんの介護ヘルパーだ。ヘルパーは病気を治すわけじゃない。いや、どんな医者だってあのばあさんの病気を治すのは無理だ。だから、おれたちがそこまでやる必要は・・・」
「おれはヘルパーじゃない、医者でもない。探偵だ」
「ああ、そういや、そうだったな」


 六郎はまだ何か言いたげだったが、そこでやめて、ふとんをかぶりなおした。それから1分もしないうちにいびきが聞こえ始めた。

 

 11月も中旬になると日が短くなり、朝の5時はまだ暗い。
 「星だよ、星の形をした木があるんだ。その近くだ。さあ行くよ」
 夢のお告げがあったという。
 茶トラの髪の毛を振り乱し、大騒ぎするネコマタにたたき起こされ、二人は水を一杯だけ飲んで、眠い目をこすりながら林へ向かう。


 空には明けの明星が輝いていたが、 <星の形をした木>というのは何のことだかさっぱりわからなかった。
 早朝のうす暗い林をうろうろしているうちに、幹が地面から30センチくらいのところで5つに枝分かれしている珍しい木が見つかった。確かに上から見おろすと、星の形に見えなくもない。

 

「そうだよ、これこれ。よかった~、ありがとう探偵さん」
と、ネコマタは健太に抱きついた。

 

 二人は朝日が昇る中、その木の周りを掘った。ネコマタは興奮してさっきからしゃべりっぱなしだ。

 

 「そうそうそう、夢のお告げのとおりにしてりゃ、絶対だいじょうぶだから。100パーセント間違いないよ。人生のだいじなことはみんな夢が教えてくれるんだ。これはあんたらも憶えといたほうがいいわよ。どうすればいいか迷ったら、とっとと寝て夢をみりゃいいの。翌朝にゃ万事OK、“じんかんばんじさいおうがうま”なの。知ってるかい? フランスのことわざだよ。ああ、パリが懐かしいわ。もう秋よね。枯葉がセーヌを流れるわ。人も時代も、あたしの恋も流れてゆくわ~ ♪ルロロロ、リラララ~」

 

 支離滅裂なその話の後はなぜか歌になった。一応フランス語のようだ。音程はだいぶ外れている。ちなみに「人間万事塞翁が馬」は中国の格言である。中国とフランスの共通項を見つけ出すのは、けっこう難しい。

 

 「シャンソンだよ。これ歌ってるの、エディット・ピアフだっけ? ジュリエット・グレコだっけ?」
 六郎のどうでもいい質問に健太が答える。
 「おれが好きなのはエビピラフとグリコのキャラメルだ」

 

 絶好調のネコマタのパフォーマンスをやり過ごしながら、二人は星の木の半径5メートル一円を手あたり次第、掘りまくった。夜明けは冷え込んでいたが、もう汗ぐっしょりだ。


 あれもフランスだった、と健太は思った。フランスの何とかという作家が神話を書いていた。神様をだました男が罰として、岩を山のてっぺんに運ぶ話だ。やっとたどり着いたと思ったら岩は下に転がり落ちて最初からやり直し。これはゴールなんてないことがわかりきっている永遠の苦行、無間地獄だ。

 

 ぞっとして、それとなく六郎にボヤいたら、
 「心配するな。俺たちのは明日の日暮れまで辛抱すりゃ終わる。それで残念、見つかりませんでしたチャンチャンで、カネをもらって帰る。それだけの話だ」

 

 ゆうべはこんなことをぬけぬけと言う六郎に対して「このサラリーマン野郎め」と内心ディスったが、今、このシチュエーションで聞くと、六郎のほうが圧倒的に正しいということがわかった。健太は朝の清涼な空気の中で、重く深いため息をついた。脳細胞が1万個くらい飛び散って空気中をふわふわと舞った。

 

 その時だった。
 「なんだ、こりゃあ?」
 六郎が大きな声を張り上げた。
 健太は急いで駆け寄った。六郎のスコップの先端の黒い土の中に朝日を反射して何か金色にキラキラと光っている。

 異変を察し、気持ちよくシャンソンを歌っていたネコマタもよたよた走ってきた。しかし気持ちばかり前に出て、足が追い付かない。木の根っこに躓いて転びそうになったところに、健太がすかさずスライディングした。

 

 「見せて」
 健太の背中に上で腹ばいになったまま、ネコマタは叫んだ。金色の光が彼女の目を射る。まぶしさに目をつむったまま、もう一度、叫んだ。「早く!」

 六郎はスコップの先端にある金色のかけらを指でつまみ上げ、確認してからネコマタに差し出した。
 「気を付けて触ってください。指を切るかもしれませんよ」

 ネコマタの指はわなわなと震えていた。そっとそのかけらを両手の親指と人差し指でつまみ上げる。ネイルの臙脂色とかけらの金色が美しいコントラストをつくる。
 「これはーー」


 ネコマタが体を浮き上がらせたので、健太も体を反転させてそのかけらが何かを確かめた。

 長さ10センチ、幅5センチくらいの、楕円がかった薄っぺらい金属の板。
 なんだっけ?と健太が考えていると、六郎が説明した。

 

 「缶詰の底ブタですね。ほら、スパムとかランチョンミートとか、お尻の近くのところをくるっと一回り切り取ってあける缶詰があるでしょう」

 

 説明を聞いても、ネコマタはただだまってしげしげとそのフタを見つめていた。間を持たせようとしたのか、六郎が続ける。

 

 「うちの息子が好きだったんですよ、そういうの。適当な厚さに切って玉ねぎとかピーマンとか、冷蔵庫の中に転がっている野菜といっしょにフライパンでチャチャっと炒めるんです。味つけは塩コショウだけでもいいし、ケチャップとかマスタードをつけてもいい。ご飯に合うし、パンに挟んでサンドイッチにしてもおいしい。パスタに入れてもグーです。簡単にできるからよく作ってました」

 

 「あなたが料理するの?」
 ネコマタが訊いた。

 「しますよ、料理くらい。適当でしたが。だって子どもにメシ食わせないわけにはいかないでしょ」
 健太も六郎のそんな話は初めて聞いた。

 「親バカと思われるでしょうけど、うちの子は優秀なんです。頭もいいし、スポーツもできる。親に似なくてよかった。ハハハハ」
 「カラスがワシを生んだってこと?」
 それを言うなら「トンビがタカを生んだ」だろ――健太は思ったが、

 「そうそう、それそれ。ま、ちょっと出来が良すぎてね、わたしの手には余るようになってきちゃったんですよ。こんな親父じゃだめだよな。せっかくの子ども才能をそてられないなって・・・・。でまぁ、いろいろ社会状況の変化、ビジネス環境の変化もありまして、勤めてた会社も経営が厳しくなってきましてね、ま、もともと弱小ですから。どうにもこうにも仕事がうまく回らなくなって・・・それでなんていうか、人員削減もあったんで、いわゆる転職をしようと思った矢先に、いわゆる離婚ということになりまして・・・」

 

 「息子さんはどうされたんですか?」
 そう訊いたネコマタの声と顔は、今までにないほど“まとも”だった。

 

 「息子はカミさんのほうが引き取ることになったんです。ま、あっちのほうが優秀ですし、シングルマザーでもない。要するにまぁなんていうか、若い優秀な男とできちゃいましてね。イケメンかというとそうでもなくて、ま、わたしとどっこいどっこいと言いますかーー」

 

 おいおい、ロクさん、どうしたんだ? なんでそんなみっともない身の上話を、しどろもどろになって話さなきゃいけないんだ?


 健太はもういい加減やめさせようと、口をはさむタイミングを計っていたが、なかなか見つからない。一方、ネコマタは缶詰の底ブタをつまんだまま、一心に六郎の話を聞いていたが、やがてポツリと言った。

 

「あなたとどっこいどっこいじゃ、たいしたことないわね」

六郎は一瞬、言葉を失ったが、何とか持ち直した。

「そ、そうですね。おっしゃる通りです」
「けど、あっちのほうが優秀」
「そ、そうです。アハハ、アハハハハ・・・」
「けど、わたしはあなたが好きだわ」
「あ、ありがとうございます。光栄です」
「けど、こっちのお兄さんのほうがもっと好き」

 ネコマタはまたもや健太に抱きついた。


 「これ危ないから僕が持っていましょうか?」
 健太は缶ブタを気にして言った。
 「ありがとう。やさしいのね」

 臙脂色のネイルの指から缶ブタを受け取ると、もう一度、朝日にキラッと光った。


 気が付くと林の中は明るい新鮮な光に満たされ、鳥のさえずりもうるさいほどあふれていた。

 

「♪ルロロロ、リラララ~」
 その鳥たちの声に対抗するかのように、声を張り上げ、ふたたびシャンソン(らしき歌)を歌いだしたネコマタは、そのまま家のほうに向かって歩き出す。茶トラの髪が艶めき、背筋もしゃきっと伸びている。だが、どこで転ぶかわからない。

 六郎が健太に手を差し出し、ネコマタの背中を見てあごをしゃくった。健太は缶ブタを六郎の右手に渡し、スコップを左手に渡すと、慌てて後を追った。

 

 

 朝7時のニュース。昨日は世界ではいろいろな出来事があった。今日もいろいろな出来事がありそうだ。

 

 二人は戻って自分たちの部屋で朝食を食べた。お互いしゃべる気にならず、食後もだまってコーヒーを飲みながら、テレビを見たり、スマホをいじったりしていた。健太のスマホには新しい仕事の依頼メールが入っていた。


 何時になったらまた出かけようかと思っていたら、ネコマタの息子が現れ、よもやま話を始めた。この家を民泊にすつつもりだと言う。

 

 「町でね、観光に力を入れようとしているんですよ。このあたりは街中からのアクセスも良くて、不便じゃない。そうは見えないでしょうが、割と外国人にも人気があるんですよ。あの林のもう少し奥に行くと滝がありましてね。知る人ぞ知る、隠れたパワースポットとも言われているらしいんですよ。そのへんをもっとアピールすれば、もっといろいろできるんですよ。特に欧米人は、有名観光地を回るより、ちょっと変わった体験を求めて日本に来る人が多いですからね。それで・・・」

 

 と、前置きを終えて、仕事のはかどり具合について聞くとともに、ネコマタの様子について報告した。どうもちょっと変化があったらしい。

 「今日これからまた林檎を探しに行くの?と聞くと、探偵さんにまかせるというんですよ。その言い方がこれまでと違うんです。こだわりが消えたというか、つきものが落ちたというか・・・なんだか穏やかになった感じで」

 

 さらに聞くと、ジュエリーボックスから例の缶ブタを出して見せて、こういうものがまた出てきたら知らせてほしいと言う。
 「何ですかあれ? スチール? でも、はっきり言ってただのゴミですよね?」


 わかりません、今朝、言われたところを掘っていたら出てきて、お気に召したようですと、健太は答えた。
 「金の林檎のかけらなんです、きっと」
 六郎が言った。「ただのゴミに見えると思いますが」

 

 それから二人は再び林に行って掘り続けた。
 不思議なことに、健太の中で今朝までの徒労感が消えていた。掘れば何かが出てきそうな気がする。それは六郎も同じようだった。適当に休みを入れつつも、何か明確な意志を持って作業しているように見える。しかし、その気持ちの変化の正体はつかめなかった。

 

 そんな二人のやる気とは裏腹に、時間がたつとともに、美しかった晴天は一転、どんよりと曇りだし、昼を過ぎるころにはポツポツと雨が落ちてきた。遠くでは雷の鳴る音までしている。
 天気のことなど、まったく意識していなかった健太は、急いでスマホの天気予報を見た。午後遅くなるにつれて、この地域は大雨になるという予報が出ていた。

 


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短編小説「茶トラのネコマタと金の林檎」 第2話

 

 「手紙に書いたことはほんとだよ。林檎はどこかへ寄付しようと思ってんの。恵まれない子どもの施設とかさ」

子どもの施設と聞いて、健太はちょっとどきっとした。が、そんなことはおかまいなしにネコマタは続ける。

 

「あたしはもう欲なんてないんよ。でもね、心配しなくたってだいじょうぶ。全部じゃないから。あんたらががんばって掘り出してくれたら、ちゃんと一個ごほうびとしてあげるから。ありったけの愛をこめて、あたしからのプ・レ・ゼ・ン・ト」


 最後の「プレゼント」を一音一音スタッカートで弾ませ、健太に向かってニタリと笑う。健太はぞっとして後ずさる。

 「つまり成功報酬ってわけだな」
 あとから六郎が耳元でささやいた。
 いや、違うだろ。健太は首を横に振った。
 「そもそも金の林檎はどこかから盗まれたもので、あのばあさんのものじゃないだろ」
 そう言ったが、それも違うと、また思った。


 そもそも俺は最初からこんな芝居めいた話を信じていない。

 健太は探偵になる前から高齢者相手の仕事をいくつかしてきたが、自分の妄想をもっともらしいストーリーにしてしまう年寄りは珍しくない。どこから湧いて出るのかわからないが、彼ら・彼女らはこうした妄想を実際に起こった出来事だと信じ込んでいるのだ。信じて疑わないということは、それはもう妄想でもまぼろしでもなく、事実そのものなのである。

 

 じつは今回の依頼の本当のクライアントは別にいる。ホームページ経由でメールを送ってきたのは、彼女の息子だ。齢は50代前半。ちょうど六郎と同じくらいだ。その息子の話では、母親、つまり、茶トラのネコマタは、半年くらい前からこの金の林檎の話をし出した。いったい何がきっかけだったのかはわからない。彼女のこうした妄想癖は数年前から徐々に悪化しており、周りを混乱させることがたびたびあったらしい。しかし、いつもなら次の日になれば昨日の妄想のことなどケロッと忘れていた。


 ところが今回のは違った。2日経っても3日経っても1週間経っても忘れるどころか、日に日に鮮烈に、詳細になっていった。その日の昼に何を食べたか、夜にはもう忘れてしまっているのに、この金の林檎のストーリーだけは彼女の脳のどこかにへばりついて取れなくなり、まるでおできのように大きく腫れ上がってしまったのだ。
 80年以上に及ぶ膨大な人生の記憶はどんどん失われていくのに、金の林檎と黒いスーツの男たちの記憶だけがぐんぐん成長する。そんなことありえないなんて言おうものなら、恐ろしい形相で怒り出し、ついには誰も自分のことをわかってくれないと、狂ったように泣き出す始末だ。


 息子いわく、「わたしの知るかぎり、若い頃だって、あそこまで何かにこだわり、強烈に主張を繰り返すことなどありませんでした」。
 それでほとほと困った末に口をついて、ぽろっと思わぬセリフがこぼれ落ちた。

 

 「探偵に頼んで、この事件を解決してもらおうか」

 

 それを聞いて母親は大きく目を見開いた。みるみる涙があふれ、口角が上がっていく。

 

 「それだよ、それ。どうして今まで気が付かなかったんだろう。探偵だ。探偵に頼めばいいんだ!」

 

 そう言って今度は突然、大声を上げて笑い出した。あげくにすっくと立ち上がって踊り出す。普段は腰が曲がって、猫背になっているのだが、腰も背中も、あるでプリマドンナのように、きれいにまっすぐ伸びていた。息子も後から知ったことだが、母はまだ結婚する前、小さな劇団で女優をやっており、ダンスも得意だったそうだ。

 

 こうした経緯があるので、とてもまともな探偵に依頼はできない。あちこちインターネットで探したあげく、彼もやはりご多分に漏れず、健太の実績とプロフィールに目を止めてで飛田探偵事務所を選んだ。


 いや、今回に限っては、最近載せるようになった六郎のプロフィールも決め手の一つになったようだ。同世代の男がいると安心するという。たいしたことはできなくても、おっさんというだけで結構、役に立つもんだなーー健太は改めて六郎の存在意義を認めた。

 

 何でも屋的な探偵の報酬はかなり曖昧だが、健太は一応、ホームページに基本料金表を載せており、それをもとにクライアントと交渉して決める。しかし今回の場合、報酬は相手から持ち出してきた。
 「こんな仕事なので、これでなんとか“解決”していただければ・・・」


 そう言って息子は気前よく前払いで報酬の半額を支払ってくれた。それだけでもこれまで受けた仕事の中で最高額だった。しかし喜んでばかりもいられない。確かにこれは“解決”すべき事件なのだ。

 

 「探偵と聞いてリアクションしたんだろ。まさかシャーロック・ホームズとか、明智小五郎とか、フィリップ・マーロウとか、名探偵コナンみたいなのが現れると思ってやしないだろうな」


 依頼の経緯を聞いて、六郎は不安を口にした。もっともだ。

 そこで、できるだけ探偵らしく見せたほうがいいということになり、二人とも英国製っぽいベストとジャケット、ハンチング帽といった、<なんちゃってホームズ>みたいなファッションをあつらえた。六郎にいたっては吸いもしないのにパイプや虫眼鏡まで取りそろえた。


 「こういうお年寄りには中身よりも、まず見た目が大事なんだよ」 と、六郎はやけに自信たっぷりに意見を述べる。

 健太はこんな恰好じゃ穴掘り作業がやりにくい、作業着か、ぼろいジーパンで行きたいと抗議したが、ゴム長やスコップなどの道具はあちらで貸してくれるというので、まぁいいかと素直に年長者の意見に従った。

 

 服装をそれっぽくして来たのは正解だった。茶トラのネコマタは一目見るなり、生まれて初めて探偵に遭ったと、感激して二人の手をぎゅっと握りしめた。握っている時間は六郎よりも健太のほうが倍以上長かった。同じ探偵でも息子と同年代のおっさんよりも孫みたいな若い男のほうがお好みのようである。

 

 これまで口にするクライアントはいなかったが、確かに普通の人にとって、探偵というのは推理小説やマンガや映画の中の登場人物であり、現実生活の中でお目にかかることはそう何度もないだろう。 ネコマタのようなばあさんにとっては、たぶん最初で最後の一大イベントだ。


 いずれにしても無条件に二人は問題の張本人に迎え入れられた。作業着や穴のあいたジーパンなんかで来ていたら、門前払いを食らっていた可能性だってある。なるほど。ここでも健太はちょっと六郎を見直した。

 

 息子から聞いて知っていたが、ひと通り、二人は本人の口から事情を聴き取った。同じことを何度も繰り返す上に、芝居のセリフみたいにして話すので3時間近くかかった。

 ネコマタは絶えず健太のほうを向いて話を進めたが、その横からパイプをくわえた六郎が、「時間は?」とか「場所は?」とか「その時、男たちはどんな様子でしたか?たとえば、そわそわして落ち着かない様子だったとか・・・」といった、いかにも探偵らしい質問を挟んでいった。

 

 その質問によって、ますます妄想は膨らみ、架空のストーリーが組み立てられていく。健太は相手に合わせた六郎の対応に感心しつつも、途中からイライラしてきて、2時間を超えるころには「いいかげんにしろ!」と怒鳴りたくなった。
 が、調子よく“聴き取り調査”が進んでいくのでぐっと堪え、適当に相槌を打っていた。その間にもネコマタはちらちらと色目を使い、時折、健太の手を握って涙ぐんだりする。そうなると、もう黙っていられなくなり、
「大丈夫です。名探偵にお任せください。この事件を必ず解決してみせます」などと言ってネコマタをはを元気づけた。
 いったい何を言ってるんだ、俺は? 自分のセリフにますます混乱する。

 

 やっと話が終わり、外に出て穴掘り作業に取り掛かることになった。健太は内心ほっとした。林に分け入り、ネコマタが指示した場所にスコップを突き立て、えっちらおっちら土を掘り返す。もちろん、いくらほじくり返したところで何も出てこない。

 

「おかしいねえ。もうちょっとあっちの方だったかも知れない」
「あの木の根もとあたりだったような気がするね」
「もっと深く掘らなきゃだめだよ」

 

 途中、六郎がへたばり、後半は健太がひとりで作業するはめになった。ある程度は覚悟していたものの、さすがにきつくなり、体力の限界が近づいたころ、「精が出るねぇ」と言って息子が姿を現した。気が付いて西の空を見ると、山波の間に日が沈んでいく。

 

「もう暗くなっちゃうから、続きは明日にしたら?」
 盗子の提案にネコマタはすぐには承服せず、口の中でぶつぶつ言っている。

 

「晩ご飯の時間になっちゃうよ。おなかすいたでしょ?」と重ねられると、「そうだね・・・」と軟化しかけた。

健太はやむを得ず、
「僕たち、明日も来ますよ」
すると木の根元に座って休んでいた六郎も立ち上がって
「明日も探偵におまかせください」と、とどめのセリフを放った。

 

茶トラのネコマタの顔はぱっと明るくなった。
「うん、わかった!」
子どものように元気よく返事した。
そして西の空に向かって手を合わせ、ブツブツとお祈りを唱え始める。健太は耳を澄まして聴いた。明日こそは林檎が見つかりますように。心を込めてお日様に向かって祈っている。

 

 そのお祈りを聞いているうちに、健太はふと、先日、<ピースフルハウス>に立ち寄って子どもたちに話したことを思い出した。

 

 施設長はOBの健太が自分で開業してがんばっていることを知り、ときどき励ましのメールを送ってくる。一度、講演でもやってくれないかとまで言ってきた。そんな大それたことはできないと断ったが、頼まれて悪い気はしない。そこで仕事のない日曜日にぶらっと寄ってみたのだ。

 

 ハウスには健太同様、親に捨てられたり、虐待などの疑いで保護された子どもたちが大勢暮らしている。施設長は食堂兼集会ホールに健太を連れて行って、子どもたちもの前で紹介した。
照れながら「OBです」とあいさつする。
「探偵をやっているんだ」と施設長が言う。
子どもたちは興味しんしんの視線を健太に集める。
「いや、マンガみたいな、そんなカッコいいもんじゃないから」と言って、うやむやに笑ってごまかして適当にやり過ごそうと思ったが、そこにいる、かつての自分にそっくりの子どもたちの顔がいくつも並んでいるのを見ると、そのまま何も言わないわけにはいかなくなった。

 

 「世の中には“ちゃんとしたおとな”には解決できない仕事がいっぱいあるんだ。つまり学校とか市役所とか警察とか、誰でも知っている大きな会社みたいに“ちゃんとしたところ”と、そうではないところがあって、俺が活躍できるのは、そっちのほうだ。けど、ただのデクノボーじゃ仕事は来ない。仕事をするヒケツは“ちゃんと人の話を聞く”ということだ。
 夢だろうが、モウソウだろうが、どんなとんでもない話でも、困っている人、何か手助けを必要としている人の話はきちんと聴く。その人の周りにいる、いわゆる“ちゃんとしたおとな”が耳を貸さないような話でもな。いや、そういう話だからこそ、よけいにきちんと聴く。そしてどうすれば希望をかなえてあげられか考えて、自分ができる限りのことをする。だから俺はプロの探偵をやっていられる。マンガみたいにカッコよく悪人に立ち向かうわけじゃないけど、それもまた探偵の仕事だ」

 

 緊張のあまり、ひどくぞんざいな言葉づかいで支離滅裂な話になってしまったが、なんとか言いたいことが言えた。
 子どもたちはみんな静かに健太の話を聞いていた。小さい子はポカンとしててわけがわからなかったようだが、小学校の高学年以上の子には伝わったようだ。顔を紅潮させながらまぶしそうに健太を見つめている。

 そこで急にまた恥ずかしさがこみ上げてきた。穴があったら入りたい気持ちになって、健太は食堂を飛び出した。
 おれってやつは・・・おれってやつは・・・子ども相手にエラそうなことぬかしやがって。まったく・・・。
 
 「おい、とりあえず今日は引き上げよう」
 六郎がポンと肩に手をやった。永遠に続くんじゃないかと思えたネコマタのお祈りは、いつの間にか終わっていた。

 健太は穴掘り道具を片付けながら、ハウスの食堂で自分が話したことと、子どもたちの視線の感触を反芻していた。

                           つづく

 


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義母のカエルコール

 

「帰ります」

「どこへ?」

「わたしの家。お母さんのいるところ。

あにき(亡くなった義父)もいるし」

 

夕方、久しぶりに義母の「カエルコール」が飛び出した。

帰るっていったって一人じゃなんか分からない。

たぶん、いったん表に出たら

迷子になって二度とここに帰ってこられません。

 

夕焼けを見て帰りたくなったのでしょうか。

小さい子は「黄昏泣き」というのをしますが、

おそらくあれと同じ情動が働くのでしょう。

 

ここが今、あなたの家なんですよ。

そもそも帰るところなんて、他にどこにもないんですよ。

 

そう言いたくなるけど、

これは認知症の義母にとって、

ひどく残酷なセリフとして響くでしょう。

 

お父さんも、お母さんも、きょうだいも、

そして長年連れ添ってきた伴侶も、

もうこの世界をあとにして、

向こうの世界に行ってしまった。

ひとりぼっちで取り残されて、

帰るところなんか、どこにもない。

それって・・・。

 

あくまで僕たちが一緒に住んでいる今の家は、

母にとって仮の宿でしかありません。

いつかは自分の本当の家に帰るのだ。

心の片隅で絶えず「カエルコール」が

鳴っているのかもしれません。

 

そんなふうに考えると、人間って、

いったん世の中に出てしまった後は、

自分の帰るべきところをずっと探して旅している――

結局それが人生なんだろうか・・・

という思いに囚われます。

 

そういえば同じ認知症だった知人のお母さんが、

入っていた東京郊外の施設から脱走し、

どうやってたどり着いたのか、

家族も誰も知らない北陸の山に入って

凍死しているのが発見された

――という話を聞いたことがあります。

 

その人はどこを目指していたのだろう?

どこへたどり着きたかったのだろう?

すべてはミステリー――とのことでした。

 

今日、「カエルコール」が出たのは、

お天気いいのに僕が仕事をしていて

昼間、放っておいたせいかも知れません。

せめて30分くらいでも散歩に外へ連れ出せば、

黄昏時に切なくなってしまうこともなかったかもな・・・

ごめん。

と、ちょっと後悔・反省。

 

晩ごはんを食べるころには

カエルといったことも忘れて

ケロケロっとしていましたが。

 


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おとなも楽しめる少年少女小説

 

「星の皇女さま、カッパを探しに旅に出る」

という小説を書き始めた。

殆んどタイトルそのままのお話です。

 

昨年、スティーブン・キングの

「スタンド・バイ・ミー」を

読み返してから、

こういう物語を書きたいとモヤモヤ考えていた。、

年が押し迫るとともに、イメージの原型ができてきて、

クリスマスの日に出だしの何行かを殴り書きしてみたら、

ノート3頁分になった。

というわけで、旅に出る準備がでした。

やっと始める気になった。

 

目指すのは「少女版スタンドバイミー(The Body)」であり、

おとなも楽しめる少年少女小説である。

 

とりあえず3か月ほど、彼女らと一緒に旅をしてみたいと思う。

 

2020年はこれまでに書いたタイトル――

「オナラよ永遠に」「いたちのいのち」「ばんめしできたよ」など、

小説や脚本や随筆を電子出版で出していきます。

 

それでは良いお年を。

 


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わたしも「コンビニ人間」:自分の世界≒世界とつながる

●世界の一部になる

「コンビニで仕事をすることは、

私にとって世界の一部になること」

そんな主人公のセリフが印象的。

 

秀逸なタイトルの持つ、

面白おかしく、超現実的で、

ちょっと不穏な雰囲気そのままの物語だ。

 

そして読み終えた後、切ないような哀しいような、

地下へ降りる巨大なトンネルに一歩二歩、

足を踏み入れたまま、フリーズしてしまったような、

奇妙な気持ちになる物語である。

 

村田沙耶香の2016年芥川賞作品で、

読もうと思って頭の片隅にメモしておいたが、

あっという間に3年経過していた。

そこでやっと先日、大掃除の合間に読み始めた。

 

ここのところ目が悪くなり、

すっかり読書スピードが落ちてしまっているが、

これは面白くて、掃除は適当に済ませて、

ほぼ1日で読み切った。

文章のリズムが良く、読みやすい。

 

●就職・結婚・出産・子育てをスルー

コンビニに勤め続け、

就職も結婚もしていない30代半ばの女性が主人公。

彼女のキャラクター設定が最高だ。

僕も彼女と同じ部分を持っており、

おそらくあなたも持っている。

 

通常、社会の歯車の一つになる――

という言説は、

ネガティブな意味で使われることがほとんど。

 

主人公の表現は「世界の一部分になる」と、

やや異なるが、意味としては同じ。

でもその使い方はポジティブで、

世界の一部分になったことに喜びを感じている。

 

それほど彼女は、周りから浮き上がった

個性的な人間である。

その個性ゆえに生き辛く、

就職・結婚・出産・子育てなど、

この社会で生きる人間のミッションとされることを

スルーしてきてしまった。。

 

そんな彼女にとって

唯一、心の拠り所なのが、

18歳からアルバイトを始めた

コンビニエンスストアだったのだ。

 

コンビニの店員として働くことによって、

言い換えると、

コンビニというシステムの一部になることによって、

彼女は自分の存在が世の中から認められていると

実感できるのだ。

 

●個性的であること、歯車になること、どちらを選ぶか?

いわば、世界は大きなコンビニである。

僕もあなたも誰もかも、その歯車の一つとして、

誰かの生活をより便利に、

より豊かにする機械の部品として日夜働いている。

そう見立てることも可能だろう。

 

個性的であることが、

やたらと持てはやされる時代、

「歯車なんてやってられるかよ!」

と啖呵を切るのはカッコいいが、

いざ歯車をやめてしまったら、

果たして僕らはまともに生きていけるのだろうか?

 

世界の一部になる自分と、自分の世界まるごとの自分。

双方を両立させ、」スイッチングができるかどうかが、

幸福な人生の鍵になるのではないか。

そう思わせてくれる小説だ。

 

●2019コンビニ問題

そういえば、この30年ほどの間、

コンビニは休むことなく働き続けてきたが、

今年は本部の搾取醸造に対するフランチャイズ店=歯車たちの反乱、

慢性的な人員不足など、様々な問題が吹き出した。

 

あなたの近所のコンビニも、

もしかしたらお正月はお休みかもしれない。

 

そういえば僕が東京で暮らし始めた頃、

セブンイレブンは自宅から歩いて10分くらいの所にしかなかった上に、

営業時間も文字通り、午前7時から午後11時だった。

 

それでも深夜や早朝、CM通り「あいててよかった」と、

しみじみ思えた。

そんな時代に戻ってもぃい。

いや、戻らないか。

人間はいなくてもAI・ロボットが相手してくれるから。

 


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ミラクルクリスマス

 

最近、クリスマスなのに奇跡が起きなくなった。

 

昔、シナリオ教室に通っていた頃、

習作で1時間もののドラマのプロット(あらすじ)を書いて

提出するのだが、

 

「秋口になると、やたらクリスマスの話が増えるんだよね。

それもほとんどミラクルやマジックやらが起こる話なんだ」

 

と、講師のライターが呟いていたのを覚えている。

 

人のことは言えない。

僕もそういう話――

たしか「傷天」のショーケンみたいなチンピラが

奇跡のような幸運に遭遇するのだが、

愛すべきバカさ加減でチャンスを取り逃がす――

といった話だった。

 

もちろん、本当に昔はクリスマスに

奇跡が起きていたわけではない。

ただ「起きるかもしれない」

「奥たらいいな」「起きそうだ」

「いや、絶対起きる。起こしてみせる!」

といった気概が人々の心の中にあった。

 

早い話、ネッシーはいるとか、UFOがやってくるとか、

ノストラダムスの予言は当たるとか、

そういうのと同じ類の、

アナログな世界ならではの、発熱系の幻想である。

 

デジタルな世界になり、

何でも数値化されるようになるにつれ、

熱を帯びた幻想は冷え切り、

クリスマスの奇跡は人々の心の中から消滅していった。

 

今、シナリオ教室に行っても、

クリスマスの奇跡なんて話を書くやつは

ほとんどいないだろう。

 

けど、もうしばらくしたらまた復活しそうな気がする。

「やっぱりクリスマスなんだから、

奇跡ぐらい起こってもらわなきゃ困る」

と、みんなが言い出して、

あちこちでどんどん奇跡が起きるようになるだろう。

そんな日がきっと来ると僕は思う。

 

というわけで、

今晩は夢の中で素敵なプレゼントを戴くことにしmます。

メリークリスマス。

きよし夜を。

 


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モスラが繭を作り、ギャオスが巣を張った東京タワーは、地方出身者にとって 愛すべき&憎むべき東京のシンボルなのだろうか?

 

●東京タワーの誕生日

12月23日は今年から天応誕生日ではなくなったが、

依然として「東京タワーの日」であり続けている。

 

昨日、年に一度の東京タワー詣でに行った。

この足もとのお寺に、

10年前に亡くなった友達のお墓があるので、

毎年、12月の命日あたりに墓参りに来るのだ。

 

その友だちは50で死んだが、

東京タワーはもう還暦を過ぎた。

昭和33年(1958年)12月23日竣工。

61歳におなりだ。

 

後輩の東京スカイツリーに高さも人気も

追い越された感が強いが、

まだまだ引退というわけにはいかない。

 

●金の卵と東京タワー

前回の東京オリンピックの頃、

地方から集団就職で上京してきた「金の卵」たちにとって、

東京タワーは、いまだにかけがえのない

東京のシンボルであり続けているはずだ。

 

僕はさすがにその時代のことは知らないが、

バーチャルの世界で、東京タワーが多くの人にとって

いかに巨大な存在かを思い知らされた。

 

●神のモスラ、悪魔のギャオス

昭和の時代、映画の中でこの塔はモスラに繭を作られた。

平成の時代になると、今度はギャオスに巣を張られた。

 

いずれのシーンも、そのあまりの美しさが、

特撮映画ファン、怪獣映画ファンの間で、

令和になった今も語り草になっている。

 

他にも映画だかテレビの中で、

いろいろな怪獣の攻撃目標になっていた。

 

それら、人間社会にとっての破壊と

神とも悪魔ともつかない

モンスターにとっての誕生のシーンは、

この都市に限りない愛着と、果てしない憎悪という

二律背反の思いを抱く、

地方出身者たちの心の中を映し出しているように思う。

だから東京タワーは、

彼らが、僕らが生き続ける限り、

シンボルであり続けるのだ。

 

●東京タワーが抱かせてくれる幻想

少なくとも新参者で、まだ7歳のの東京スカイツリーに

そんな幻想を被せる人はあまりいないだろう。

積み上げられた時間の差、刻み込まれた歴史の差は

いかんとも埋めようがない。

 

僕も地方出身者なのでそう感じるのだろうか?

東京タワーに特に愛着があるわけではないけれど、

年に一度、ここを訪れるたびに、

そんな妄想に取りつかれてしまう。

 


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私のちいさなお葬式(解凍された鯉) 終活と成功と幸福を考える、現代のロシア民話

 

●マトリューシュカみたいな現代のロシア民話

「終活映画」という振れこみで公開された

「私のちいさなお葬式」。

銀座の映画館に観に行ったが、チラシやサイトを見て

想像していた作品とは少し印象が違った。

 

終活映画というより、

現代のロシア民話みたいな印象を受ける。

 

映画館の販売店でお土産に

マトリューシュカを売っていたが、

マトリューシュカみたいな感じの映画――

というと雰囲気が伝わるかな。

 

●ユーモラスだけどシュール

主人公のおばあちゃん先生エレーナは、

可愛くてユーモラスなんだけど、

どこかシュールな不気味さも持っている。

 

だいたい、まだ死んでもいないのに

検死医のところへ死亡診断書を書かせたり、

自分で役所に行って埋葬許可証を出させたり、

棺桶を買い込んで、自分で自分の葬式の準備をする。

めちゃくちゃシュールなキャラである。

 

いわゆる終活映画の半分くらいはコメディだ。

その理由は、やっぱり人間、

行き着く所までたどり着くと、

社会人として活動していた頃には陰に隠れていた、

どうしようもなく滑稽な部分が現れるからだと思う。

 

それに加えて、わけのわからない

シュールでアバンギャルドな部分も

むき出しになってくる。

 

年寄りは敬うべきだけど、

それと同時に僕はいつも笑っている。

うちの90歳の母も、84歳の義母も、

オーガニックなボケをかまして、

僕を面白がらせてくれる。

 

●鯉は秘密の隠し味

もう一つ、この映画の民話っぽさというか、

シュールなおとぎ話感を演出しているのが、

余命宣告を受けたエレーナが、

その帰り道で出会う「鯉」である。

 

この鯉は、これも彼女の教え子だった、

偏屈そうなおっさんが、

湖で釣り上げ、頭をボコボコに打ち付け、

気絶させたのをあげると言って、

ほとんど無理やり押し付けるのだ。

 

彼女はしかたなく受け取って家に帰り、

そのまま冷蔵庫の冷凍室に押し込める。

 

ロシア料理については、

ボルシチ以外よく知らなかっので調べてみたら、

「ウハー(Уха)」という魚のスープがあって、

これによく鯉が使われるという。

あんまりおいしそうではないが・・・。

 

最初はなんでこんな鯉のエピソードを引っ張るのだろう?

と思って見ていたが、

この鯉が、実はこの映画の大きなキーポイントなのだ。

 

後から気が付いたのだが、

「私のちいさなお葬式」というのは邦題で、

原題は「Thawed Carp」――「解凍された鯉」。

メタファー感、寓話感たっぷりのタイトルである。

 

●成功=幸福なのか?

エミーナとともにもうひとりの主人公とも言えるのが、

息子のオレクである。

僕もそうだが、まだ終活するには早い男は、

たぶん彼の立場から、彼の視線で、この映画を観ると思う。

これはこの息子が再生する物語で阿もある

 

彼は故郷を後にし、母親から離れ、

都会で暮らすビジネスマン。

それも成功して、お金持ちになっている風の男で、

自己啓発セミナーを主催し、

講師として、成功したい人々を導く―

そんな役割を担っている。

言ってみれば、お母さんと同じ「先生」なのだ。

 

ところがこの成功者であるはずの彼が、

あんまり、というか全然、幸福そうに見えない。

 

「居心地のいいところに安住していてはいけない。

目標をしっかり掲げて前を向いて進まなくてはいけません」

と彼はセミナーで集まった受講生らに説く。

僕もビジネス書・啓発本の類で聞き覚えのある言葉だ。

 

ところが、受講生の一人の女性から

「わたしの目標は幸福になることです」

と返されると、なぜかしどろもどろになってしまう。

講義の内容とは裏腹に、

彼自身がもう目標を見失ってしまっているかのようだ。

 

成功と幸福はちょっと違うものなのだろう、たぶん。

いや、まったく違うのだ、きっと。

 

日本でこういう成功セミナーをやったり、

本を書いたりしている人はどうなんだろうな?

と、ふと思いがよぎった。

 

これはこの息子が再生する物語でもある。

「解凍された鯉」とは、彼のことなのかもしれない。

 

●若くても観たら面白い

観に行ったのは、平日の昼間だったこともあり、

お客は年輩の、それも女性ばっかりだったが、

ちらほら若い人も見かけた。

 

「終活映画」という触れ込みだからしかたないと思うが、

自分には関係ないと思って無視するには、ちょっともったいない。

 

それほど、いろんな示唆と寓意に溢れた、

笑って深く考えられる、

大人のおとぎ話のような映画である。

若い人も観たらいいのではないかと思う。

 


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ボロ市と天使

 

「わたしは賑やかな所が好きなのよ」

と言うのが、最近の義母の口癖になっている。

 

公園やうちの住宅街の周辺を歩くと、

「人通りの少ない、さみしいところね」などとほざく。

 

公園や住宅街が新宿や渋谷の繁華街みたいに

人でごったがえしてたら困りますよ、お母さん。

あ、そうか――

といっても5分もすればもう忘れてて、

また同じセリフを繰り返す。

 

相手は認知症なのでしかたない。

しかし、というか、だから、というか、

時々、彼女が地上の人間界を

視察に来た天使のように見える。

 

そこで今日は天気も良いし、今日は

義母とカミさんと世田谷のボロ市に行ってきた。

今シーズンの初日、少々寒いがピーカンで、

しかも日曜日と重なったのですごい人出だ。

 

ボロ市は毎年1月15・16日、12月15・16日の4日間、

路面電車でおなじみ、東急世田谷線の

世田谷駅と上町駅の間で開かれている。

 

天正6年(1578年)に小田原城主・北条氏政が

このあたりで楽市を開いたのが始まりで、

400年以上の歴史がある。

 

最初は古着や古道具など農産物等を持ち寄ったことから

「ボロ市」という名前がついたとされ、

今は代官屋敷のあるボロ市通りを中心に、

骨董品、日用雑貨、古本などを売る露天が立ち並ぶ。

 

僕が目をひんむいたのが、

江戸時代、明治~戦前の時代の教科書を

まとめて売っている露店があったこと。

いったいどこからこんなものが出てきたのか。

 

明治時代のものはなんとか2~3割読めるが、

江戸時代の教科書なんて、

何が書いてあるのかチンプンカンプンだ。

 

天使さんは僕らがお供について

賑やかな場所に来られたのが、楽しいらしくい。

 

最近、とみに元気になって食欲も旺盛。

今日もお日に入った蕎麦屋で、

天丼を1人前ペロリと平らげ、

「全然疲れてないわよ」などと言う。

その言葉通り、健脚ぶりを発揮。

僕とカミさんのほうがよっぽど疲れた。

 

3時ごろまでウロウロして、

義母には外出時用の肩掛けポシェットと、

古着屋で気に入った

300円のノルディック柄のパーカーを買った。

 

あんまり電車が混まないうちに帰ってきたが、

帰り道では、そのポシェットとパーカーを見て、

「これ何?」

「これ誰の?」

と言っていた。

 

でも、今日の視察には満足したようで、

夕食を食べた終えたら、ほどなくしてAngel Sleep。

 


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2019グレタ現象:未来のことは子どもに学ぶ

 

●グレタ現象の意味するもの

「TIME」の今年の顔にグレタ・トゥーンベリさんが選ばれた。

彼女のことが好きか嫌いか、

彼女の意見が是か非かはともかく、

やはり何かを象徴することなんだろうと思う。

 

僕たち日本の大人の大半は(たぶん)

「こんな小娘に何がわかる」と言っていた。

あの台風の災害がなければ、まだそう言い続けていただろう。

 

今年の漢字一文字は無難に令和の「令」になったが、

「災」とか災害絡みの文字を

思い浮かべた人も多いのではないだろうか。

僕はそうだ。

 

そして今後、これまでの季節感が

どんどん壊されていく気がする。

食物を生産する農業に与えるダメージも甚大だ。

 

「異常気象と温室効果ガスの因果関係は

はっきりわかっているわでけはない」

確かにそうだけど、

確かな数値が出そろう日なんていつ来るかわからない。

 

僕たちは脳のどこかで、実はもうはっきりわかっている。

証拠としての数値が揃わなければ何もやらないというのは、

行動を起こさないための言い訳に過ぎないのだ。

 

●本気のイノベーション

でも、まったく行動してないわけじゃない。

買物にはエコバッグを使っているし、

節電もしているし、使い捨てもだいぶしなくなった。

 

・・・ということはもう20年も30年も前からやっている。

 

企業も環境に配慮し、色んな開発をして

CO2削減の努力をしているし、

消費者もそういう企業が好ましいと思っている。

水や空気を汚して儲けまくっている企業など許されない。

 

そして、本、映画、テレビ、音楽。

さまざまなメディアを通して警鐘も鳴らされてきた。

 

・・・ということはもう20年も30年もさんざん行われてきた。

何もしてないわけじゃない。

 

それでも一向に環境が改善されないのは、

そんな取り組み方じゃ全然甘くて駄目なんだろう。

未来を生きる子どもたちは許さない。

 

大きな発想の転換。

地球と共存するための知恵。

本気のイノベーションが求められている。

 

●世界を動かす少女と20世紀の化石人

20年も30年も大して動かなかったことが、

ひとりの戦士のような少女が現れたことで、

大きく動くのであれば、それは素晴らしいことではないか。

今までのエコ活動は助走・伏線だったのだ。

そして今、求められているのは、その大幅なUPDATEである。

 

グレタさんの言動をあれこれ批判するヒマが会ったら、

どーんと受けて立って、

あれだけの発言をする裏付けになっている

科学的データを直視して

どうやってライフスタイルを変えるべきか、

これからの経済活動をどうすべきか、」

徹底的に考える。

それが僕たち大人の取るべき姿勢ではないか。

 

未来のことは子どもに学ぶ。

100まで生きるつもりなら、そうした態度が必要だと思う。

でないと、老害を振りまく20世紀の化石人になりかねない。

 

 


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中学生時代の「エリナ・リグビー」の衝撃と 47年後の和訳演奏

 

●「エリナ・リグビー」の詩

中1の時、国語の時間で自分の好きな詩を選んで書き、

それに自作のイラストを添えて発表するという課題があった。

国語の先生はクラス担任の北原先生と言って、

僕にとっていちばん良い記憶に残っている先生だが、

今考えるとイキな課題を出したものだ。

授業参観の日に教室の後ろに貼り出していた。

 

僕は確か、高村光太郎の「無口な船長」という詩を書いたのだが、

昨日紹介したビートルズオタクのイナガキくんが選んだのは、

レノン・マッカートニーの「エリナ・リグビー」の詩だった。

 

イナガキくんは、すべてにおいて“そこそこ”の少年で、

勉強もスポーツも、とびきりできるわけでもなく、

さりとて明るい性格や芸人気質で教室を賑わすわけでもなく、

リーダーシップを発揮して人望を集めるわけでもない、

要するに僕と似たり寄ったりの目だたない生徒だった。

 

ビートルズオタクだったけど、

僕自身、ビートルズというバンドは知っていたが、

ほとんど意識していなかった。

 

そもそもその頃(1972年)、「ビートルズはもう古い」と言って

隣のロック好きな先輩はバカにして、ハードロックを聴いていた。

 

ところがその彼が書いた詩を見て、僕は仰天した。

「ああ、あんなにさみしい人たちは何処へ行くのでしょう?」

大人になりかけた子ども心に、その詩のインパクトはものすごかった。

その時からイナガキくんをちょっと尊敬するようになった。

 

●衝撃の弦楽四重奏

それから間もなくして、ビートルズを馬鹿にしていた先輩が

「兄貴の友だちから貰ったけど、俺はビートルズなんで聴かんから」

と言って、ビートルズの「オールディーズ」というLPをくれた。

 

「リボルバー」までのシングル曲を集めた、

いわゆるベストアルバムで、

「シーラブズユー」も「抱きしめたい」も「涙の乗車券」も

入っていたのだが、その頃はあんまりピンと来す、

最高に響いたのが「エリナ・リグビー」だった。

 

それまで抱いていた「なんだか歌謡曲っぽいロック」という

ビートルズのイメージが、

あの美しくて切ない弦楽四重奏で木端微塵に吹っ飛んだ。

生まれて初めての異次元の音楽体験だった。

そして、あのイナガキくんの詩のインパクト。

初めて「ビートルズってすごいバンドだ」と認識した瞬間だった。

 

・・・というのがマイビートルズ・ベスト10の

第7位「エリナ・リグビー」のマイストーリー。

 

●ああ、この孤独な人々

最近、YouTubeで和訳のカバーを聴いて驚いた。

ギター2本とアコーディオンの素朴な編成で

あの美しいメロディを奏でる。

これは素晴らしい!

イナガキくんも聴いていrるだろうか?

 

初めて聞いた頃、僕の中でエリナはまだ10代の少女で、

マッケンジー神父も「イマジン」を歌っていた頃の

ジョン・レノンに似た青年だったが、

年月を経た今は、二人とも齢を取った姿で現れる。

なんとなく孤独死や、無力な宗教者を連想させる。

 

もう半世紀以上も前からビートルズは

現代人の孤独と不安を歌っていた。

信じられるもの、心を寄せられるものが

どんどん消え失せていく時代において、

ますます多くの人の心をつかみ、深化し、

アレンジされて口ずさまれるだろう。

 


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夏狩の太郎・次郎滝  富士の水湧く瞑想空間

 

昨日訪れた、山梨県都留市の耕雲院は、

富士急行・大月と河口湖の間のちょうど真ん中にある

「東桂(ひがしかつら)」という駅にある。

 

寺の界隈は「夏狩(なつかり)」という地名で、

副住職の話によると、かつて源頼朝が

夏になるとこの辺りに狩りに来ていたので、

そうした地名が付いた――

という言い伝えがあるらしい。

 

この界隈一帯にはゴォゴォと水の流れる音がひびいている。

さらに、副住職が子供だった30年余り前

――昭和の終わり頃までは、

この辺りは織物産業が盛んだったそうで、

家のあちこちから織機のガタンガタンという音が聞こえ、

水の音と相まって「うるさい~」と思ってたと言う。

 

 

しかし東京の大学に行っていた彼が戻ってきた頃には

織機の音は途絶え、水の音だけが残っていた。

ゴォゴォゴォゴォ・・・

人の暮らしや仕事は変わっても、

自然はそれっぽっちの短い時間では変わらない。

ここは霊山・富士山からの湧水が流れる地域なのだ。

 

その中心になっているのが、

「太郎・次郎滝」という美しい二本の滝のある場所。、

ここは「平成の名水百選」に選ばれており、

隠れたパワースポットにもなっているらしい。

 

本当に気持ちの良い所で、

少年だった副住職も、

織機のノイズが溢れる町の中から逃げてきて、

夏はここでよく川遊びに興じたと言う。

 

 

「夏狩」が源頼朝ゆかりの名なので、

太郎・次郎というのは源氏の武士か、

何かこの辺りの村人を救った英雄の名かと思ったら、

なんとこの二人は兄弟の盗賊。

 

盗みに入ったところを村人に見つかり追い詰められて、

この滝から飛び降りて死んでしまったという。

兄の太郎が飛び降りたところが太郎滝。

弟の次郎が飛び降りたところが次郎滝。

 

しかしそんな賊でありながら、

死して滝として名を遺してもらい、

今や「平成の名水百選」になっているのだから、

果報者の兄弟と言わざるを得ない。

 

 

それにしても、周囲の紅葉も相まって

本当に美しく、聖性さえ感じさせる場所だ。

 

特に空気の澄んだ朝早い時間とか、

ここで耕雲院のお坊さんと瞑想などやったら

心が洗われ、脳もリフレッシュされるだろうと思った。

 

また、この近くにはワサビ園もあり、

良質な水を活かして、

大正時代から100年以上にわたり、ワサビを栽培している。

 

仕事の取材に来て、思いがけず

こうした美しい風景に出会えるのは幸運で嬉しい。

 


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あなたや僕が死んだら、サイバー空間の存在証明と お金にならない自分の財産はどこへ行くのか?

 

●遺された文章

フェイスブックから送られてくる、

友達のお誕生日のお知らせ。

昨日来たお知らせはスルーせざるを得なかった。

なぜなら、その人はもうこの世にいないから。

 

そっと覗いてみたら、今年も何人かのおめでとうメッセージが

入っていて、何とも奇妙な気持ちになった。

 

ついでに、と言っては何だが、

10年前に亡くなった友達のアメブロも覗いてみた。

最後の更新からすでに3700日近く経っているが、

こちらも依然として存在している。

 

●きっとそれは遺産

フェイスブックは、生前に追悼アカウント管理人を

指定しておけば、後始末を任せられる。

ただ、他の財産管理と同様、条件は厳しく、

本人が確かに認めたという証明も必要とされるので、

かなり面倒だし、責任も重い。

たかがSNS、たかがブログと侮れない。

 

そう考えると、いま書いているこのサイバー空間の文章も、

あなたや僕のアイデンティティの証であり、

世界の一つだけの存在証明であり、

お金にはならないけど貴重な遺産・財産なのだ。

 

●だけど運営会社が潰れたら・・・

ただし、それも運営会社次第と言えるのかもしれない。

もしフェイスブックやアメブロが倒産したり、

「もう仕事辞めます」と言って閉鎖したら、

いったいどうなるのだろう?

 

煙のように消えてしまうのだろうか?

 

最近、「デジタル終活」という言葉をよく聞くようになり、

故人が持っていた仕事上のデータ、

金銭がらみのアカウントなどどう処理すればいいのか、

大きな問題になっている。

 

SNSやブログの文字や映像がお金になることは

滅多にないと思うが、

その人の生きた証をどうと扱うか、

これもまたデジタル社会が進むにつれて

大きなテーマになっていくだろう。

 

●そして文は永遠に残る

こう書いてみて思うのは、

いまや人生の半分はパソコンやスマホの中の

サイバー空間に入っているんだなぁということ。

 

そして、それが残っている限り、

肉体は滅んでも、

僕たちは永遠に生き続けるのではないかということ。

 

レッド・ツェッペリンの歌に

「The Song Remains the Same(永遠の詩)」

というのがあったが、まさしくそれだ。

 

自分を取り巻く世界が、

ますます奇妙で不思議なものに見えてくる。

 


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「忘れられた巨人」は、僕たちの未来を描いた物語なのかもしれない

 

カズオ・イシグロの「忘れられた巨人」は5世紀の

ブリテン島、つまり、今の英国を舞台にした物語。

かのアーサー王亡き後の時代という設定だ。、

 

英国の歴史には詳しくないが、

魔法使いや円卓の騎士らが登場する

「アーサー王伝説」は英国のみならず、

世界中で知られている。

 

アーサー王自身が現実に存在したのかどうか曖昧な

ファンタジー的な人物だが、

この物語は、そのアーサー王亡き後の、

ブリトン人とサクソン人が対立する世界を描く。

テーマは「失われた記憶」だ。

 

離れた土地に暮らす息子を訪ねて行く

老夫婦の旅を軸にして、

戦士や、戦士候補の少年、そして、

アーサー王の騎士だったという老人などが絡んで

繰り広げられるドラマは、けっして波乱万丈とか、

大ドンデン返しみたいな派手なプロットではない。

 

けれども1行1行読み進めていくうちに、

じわじわと見たことのない、

はるか昔のブリテン島の世界のイメージが、

リアルな肌触りとともに広がっていくような

不思議な感触を覚える。

そして、そのいたるところに現代世界のメタファーが溢れている。

 

これは現代の寓話である。

その寓話の向こうには、これから始まる

僕たちの未来の世界が広がっているようにも感じる。

 

原文で読んでいるわけではないが、

イシグロの文章には何ともいえない香りと気品を感じる。

その静謐な筆致からこれほどダイナミックな物語を

紡ぎ出せるところは素晴らしい。

 

老夫婦は息子を訪ねて旅をするのだが、その息子のことは

「息子」としか呼ばず、名前は呼ばない。

 

また、夫は妻のことを常に「お姫様」と呼ぶ。

もうこうした仕掛けだけでも想像力をそそられる。

 

かと言って、けっして小難しい文学ではなく、

エンターテインメント性豊かな冒険ファンタジーなのだ。

 

これは絶対、映画化されるのではないかなと思って調べてみたら、

案の定、「ソーシャルネットワーク」などを手掛けた

大物プロデューサーが、すでに2015年に映画化権を獲得しているようだ。

製作は進んでいるのだろうか?

 

いずもにしても、何回も繰り返し読みたい傑作だ。

 


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酒・タバコ、やめて100まで生きたバカ:2019シガーバー&愛煙家通信編

 

★JOKERはチェーンスモーカー

先日、「JOKER」について書いたが、

あの映画の舞台・ゴッサムシティは

明らかに1970年代のニューヨークをモデルにしている。

 

世界一繁栄を誇る、と同時に、

世界一荒廃したこの都市の

底辺生活者の代表でもある、

主人公アーサー、のちのJOKERは、

ひっきりなしにタバコを吸い続ける

チェーンスモーカーだ。

 

アメリカで猛烈な禁煙運動が起こるのは、

その後、80年代に入り、

レーガノミクスという経済政策

(アベノミクスのお手本)が始まってから。

 

1970年代までの喫煙習慣は、

世界中の近代国家で、

明らかに一つの屹立した文化を形作っていた。

昭和までの日本も、もちろんその例外ではない。

 

僕より上の年代の人たちの中には、

ごくまともでも、

アーサーみたいなチェーンスモーカーが

今でも大勢いるのではないかと思われる。

 

★2020世界の模範都市・東京のシガーバー

20世紀、近代国家が成長する過程で

創り上げられた、一つの喫煙文化は、

今、絶滅の危機に瀕している。

 

2020に向けて世界の模範都市になるために、

東京都はますます喫煙に厳しくなった。

弱小の飲食店にも圧力がかけられ、

2020年4月1日から従業員を雇っている店は原則禁煙となる。

都内の少なくとも約84%の店が禁煙になる見込みだと言う。

 

僕の友人がやっている神楽坂の店は、

1950~70年代の雰囲気を売りにしていて、

常連客の大半はスモーカー。

そしてご年輩の人も多い。

 

現在、昼間カフェ、夜はバーだが、

来年4月からは「シガーバー」として営業するようだ。

そうでなければ営業できなくなるのである。

 

完全分煙のために店を改装する費用が出せないのが理由だが、

もはや店内にはタバコの匂いが深く染み付いてしまっているので、

建て替えでもしなければ、煙草嫌いは寄ってこないだろうと言う。

 

「シガーバーも受動喫煙防止法の対象で禁煙になりますか?」

なんて笑い話みたいな質問がウェブ上に載ってたりして、

これはこれで混乱が起こりそうな気がする。

 

★愛煙家通信

 

“あるホテルのシガーバーで、おばさんに「タバコやめてくれませんか」と言われて大喧嘩になったことがある”

 

そう語るのは作家の北方謙三氏だ。

 

これは「愛煙家通信」というウェブサイトに載せられた

北方氏の投稿文の一部。、

 

この文章がめっぽう面白く、こんな一節もある。

 

“男というのはね、女が価値を認めないようなものを

大事にするものなんですよ。

煙になって消えて行くようなものの価値なんて、女にはわかりませんよ。

男なんて人生そのものが煙みたいなものだから、自分と重ね合わせて、

そういう消えて行くものの価値を大切にする。

ほとんどの女は絶対、煙になって消えようなんて思ってないですからね”

 

さすがハードボイルド作家。

人生における喫煙の意味、そして女には理解困難な、

喫煙に対する男の心情を見事に言い表した

含蓄のある言葉である。

 

こじつけ?

そう、タフガイらしい、そのこじつけ力が素晴らしい。

 

この「愛煙家通信」の投稿コーナーは、

「禁煙ファシズムにもの申す」と題され、

さまざまな著名人の意見やエッセイが載っている。

 

ちなみに杉浦日向子氏や上坂冬子氏など、

女性作家や学者なども寄稿している。

 

「たばこはわたしの6本目の指」なんて、

そそられるタイトルで書いているのは女優の淡路恵子氏。

こんな色っぽいことを囁かれたら、

夜のブラックホールに吸い込まれそうだ。

 

好き嫌い、良い悪いはともかく、

なぜ、20世紀の近代国家の成長段階で、

あれほど喫煙が持てはやされ、

一つの文化を7築いたのか、

歴史を知る意味でも

「愛煙家通信」は一読の価値があると思う。

 

★かつては愛煙家、じつは今も

僕はかれこれ20年近く前に25年間の喫煙習慣を捨てた人間だ。

心情的には喫煙者・禁煙者、双方の間を、

コウモリみたいに、どっちつかずで行ったり来たりしている。

 

だから性懲りもなく、毎年思いついたように

この「酒、タバコ、やめて100まで生きたバカ」という

シリーズを書き続けている。

 

それはやっぱり体はタバコを受け付けなくなったが、

心のどこかで、過去の自分を含め、

タバコを吸っていた人たちを愛していたいからだと思う。

早い話、ノスタルジーや思い出の世界。

変わりゆく世界への抵抗、なのかもしれない。

 

時々、あのまま吸い続けていたら、

今ごろどうなっていたか?と考える時もある。

 

もしかしたら今と変わらず元気でいるかもしれなし、

重大な健康障害に陥っていたかも知れない。

中年以降の人生は今とは違ったものになっていたかもしれない。

 

そんなこと、誰にもわからない。

自分にもわからない。

ただ、やめてしまったからこそ、

一つの世界、一つの文化として

却って興味をそそられる部分がある。

 

酒もタバコも人間の愚かしい習慣だと思う。

でも、その愚かしいストーリーがある世界から

たぶん一生離れられない。

  


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子どもの中にどんな花を咲かせる種が眠っているのか、誰も知らない

 

●無職・プータローという未来

子どもが自分たちの未来を見つけに行く物語を書こうと思っている。

子どもはどうやって自分の未来を見つけるのだろう? 

 

ここでいう未来とはおもに職業ということになるのだろう。

だとすれば「無職」「プータロー」という未来だって

あり得るのではないか。

今の時代はそれでもOKなのではないか。

それに代わる生きる理由があるのなら。

 

前の時代だったら許されないことだったと思うが、

今は許される。

職業=プロ=お金を稼ぐ、だとすれば。

 

●大人の期待に応えるストーリーにjはもうアキアキ

不登校、引きこもりの子どもは無意識のうちに

「無職」という自分の未来に気付き、

それを選び取っている可能性もある。

 

そんな子どもたちが何かのきっかけで仕事を見つけ、

職業に就く。

めでたし、めでたし――

というストーリーがテレビなどで紹介されることがあるが、

視聴者の大人としてはそうなってほしい、

そういうオチがついていてほしいと期待して見ているから、

製作者もその期待に応えるように作るのだ。

 

でも何か違うような気がする。

学校でだって「将来の夢」に

無職だのプータローだのって書けないから、

そんな子はいないように思えるが、

それはみんな親とか先生とか、

大人の顔色を窺ったり、

慮ってそう言っているような気もする。

 

●子どもの中から未知のエナジーが湧き出ている

現代は親が未来=職業を指し示すパターンが

多いのかも知れない。

しかし、親が子供の未来を決めてしまうのはよくない。

 

昔の身分制社会だったら、

それは当たり前だったのだろうが、

今のような自由社会はそうではない。

 

自由な環境に置かれると人間の中には、

それまでの時代と全く違ったものが

湧き出てくるのではないかと思う。

 

公に差別のあった身分制社会では、

財力も何らかのステータスもない民衆はきつい枠――

たとえとしては不適切かもしれないが、

イヌをつなぐリードとかハーネス、

首輪みたいなものを付けられて、

勝手なふるまいを抑えられていた。

 

今はそれらが解けて放牧状態だ。

僕らの時代でさえも、

「役者になる、歌手なる、漫画家になる」

なんて言おうものなら、

大半の親はだ大反対したと思う。

だが今はそんな頑なに

昔ながらの伝統を守っているような親は少なくなった。

 

基本的に放牧なのに、

親や大人に未来を決められてしまうのは、

自分だけが鎖に繋がれているような思いに

駆られてしまうのではないか? 

 

今、子どもや若者の中からは、

従来の人類にはなかった、何か未知のエナジーのようなものが

内側から湧き出ているのではないかと感じることがある。

 

●人間とは何か?自分とは何か?

ひとりの人間の中に、どんな花を咲かせ、

どんな実を実らせる種が眠っているのかは、

親も誰も知らない。

そして、その本人にさえ分かっていない。

 

揶揄されることの多い「自分探し」だが、

これからは誰もが、何歳からでも、

自分探しをしなくてはならない時代になる。

僕もあなたも日々、そのヒントを探し回っていると思う。

 

もう豊かさを追求する時代は終わった。

人間とは何か?

自分とは何か?

自分という人間は何をするために、

ここにいるのか?

誰もlがそれを追究せざるを得ない時代になった。

 

 

 


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なぜ人はJOKERに魅了されるのか?

 

●JOKER誕生の物語?

これは、バットマンのライバルとなる

あの究極の愉快犯「Joker」が

どのように生まれたのか?

 

ひとりの平凡な男が、

なぜ稀代の大悪党になったのか?

 

それを解き明かす物語だと思っていた。

 

観たいなと思った映画は、

いつもなるべく事前に情報を入れないようにしているけど、

どうしてもチラホラと小耳に挟んでしまう。

 

だから、子どもの頃、

親に虐待されたトラウマがどうだとか、

 

分断された格差社会の犠牲者だとか、

 

自分を貶めた偽善者たちへの復讐だとか、

 

いろんな悲劇の上に、

あの残虐な笑いを湛えたサイコパスが生まれた

――という説明がなされるのだと思っていた。

 

それをすごいクオリティでやってのけたから、

ハリウッド製のメジャーな映画は賞が獲れないとされる

ヴェネチア国際映画祭で最高賞を獲ったのだろう。

そう思ってた。

 

そうした先入観はぶち破られた。

 

●原因と結果はそう簡単に結びつかない

悲劇であることは間違いないのだ。

 

ジョーカーになってしまう主人公アーサーの

家庭環境は酷すぎる。

父親も母親もめちゃくちゃだ。

 

それが原因となって、

彼は精神障害を抱えて生きざるを得ない。

 

あのジョーカーキャラの最大の特徴となっている、

誤ってキノコのワライタケを食べてしまったような、

マッドで素っ頓狂な笑いは、その症状であり、

重い十字架になって、差別や誤解のもとになっている。

 

そして当然のように極貧の生活を送り、

社会の底辺から這い上がれない。

それでも彼は年老いた母親のために尽くす良い息子なのだ。

 

そんな彼を社会は蔑み、嗤い、潰そうとする。

その中にはバットマンも含まれている。

 

そりゃ可哀そうだ。

そりゃ恨んだり憎んだりもするわな。

そりゃ悪党・犯罪者になってしまってもしかたない。

 

・・・というふうに、

主人公に同情し、部分的に共感し、理解を示し、

この物語を解釈してしまうことも可能だ。

 

でもそんなにクリアに「わかった、理解した」とは

とても言えない。

そう言ってしまうと、とてもつまらない。

何か違う。

原因と結果がそう簡単に結びつくわけではないのだ。

 

●道化の仕事

主人公のアーサーには一つだけ希望の灯がある。

それは仕事だ。

道化の仕事。

もちろん底辺の仕事だが、

少なくともそれは奴隷労働ではない。

 

彼はいやいやそれをやっているわけではない。

人を笑わせることが好きなのだ。

それで自分もハッピーになれると信じている。

生きがいなのだ。

 

そしてそれは彼の夢である

スターコメディアンの道に繋がっている。

 

ロジカルに説明するなら、

アクシデントによってその仕事を失った時から、

彼が自分の中に潜む悪魔に気付き、

Jokerへの変貌が始まる。

 

けれどもやっぱりそう単純ではない。

 

●現実か妄想か

1970年代の最も治安が悪かった頃のNYC。

その負の部分を凝縮したかのような

ゴッサムシティを舞台にした

このドラマの中にはもっと不条理な何かが渦巻いている。

 

そこには機械化による人間性の喪失を描いた初めての映画、

チャップリンの「モダンタイムス」や、

主人公が破滅していく「タクシードライバー」や

「カッコーの巣の上で」などの

1970年代のアメリカンニューシネマの

オマージュも溶け込んでいる。

 

途中挟まれる、

隣人の女への愛が成就したかのようなシーン。

少し後にそれは彼の頭の中の

妄想だったことがわかるのだが、

その他も全て――殺人をはじめ、

この中で起こるドラマチックな出来事すべてが

アーサーの妄想に過ぎなかったのではないか、

という疑惑さえ抱かせる。

 

●「笑う」という行為の奥底に広がる宇宙

これは1週間以上前に観たのだが、

いったい何をどう書いていいのか、わからなかった。

 

そろそろ書けるかなと思って書いてみたけど、

やっぱりダメだった。

 

ただただ、圧倒的なクオリティ。

娯楽映画のはずなのに、その行間にある深淵がすごい。

 

悲劇も喜劇も、悪も正義も、

愛も憎悪も哀しみも、すべてを包みこんだ「笑い」。

 

人間の「笑う」という行為の奥底に

天使と悪魔がせめぎ合う宇宙が広がっている。

 

遥か昔から数多の作家や芸術家たちが、

その宇宙の秘密をつかもうとしてきた。

この映画は漆黒の宇宙に浮かぶ

星のカケラを見せてくれる。

 

僕はフェニックスのJokerに魅了されている。

 


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ラジオドラマ脚本「ちぢむ男」完成

 

毎度のことながら、創作部の仕事は、

出来上がるとすごくうれしい。

 

「ちぢむ男」は

最初のアイデアから約1年。

 

アイデアが熟してきたら

何となくのあらすじを書く。

 

今回は5パターンくらい書いた。

 

実際の執筆は2か月程度。

たいてい初稿から半分以上は書き直す。

 

今回は最初の10枚くらいがなかなか決まらず、

かなり大胆に手術した。

 

コテコテ書き直しを繰り返した。

結果、当初考えていたのと全然ちがう話になった。

たぶん、最終稿は第7稿。

やってる間、ずっと面白かったけど、

ずっと抱えているわけにはいかない。

ので本日、コンペに投稿。

 

一昨年の「ばんめしできたよ」は

書き直しを繰り返して、しつこく3回出したが、

結局、うち2回は最終選考まで残った。

 

昨年の「星のおじいさま」は

一次予選敗退。

 

「ちぢむ男」はどこまでいくか?

 

ま、宝くじみたいなものなんで、

当分の間、夢を抱えて生きられる。

 


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認知症の義母は、オバケのQ太郎だった

 

●ばなな氏の「私のQちゃん」

オバケのQ太郎全集の2巻の最後に、

作家のよしもとばなな氏の解説が載っている。

 

彼女は大のQちゃんファンで、

藤子・F・不二雄先生が亡くなった時、

肩にQちゃんの入れ墨を入れたそうである。

 

彼女がこの解説で書いていることは、

いちいち自分にも当てはまる。

 

思えば、ラーメンという食べ物を初めて知ったのも、

オバQの小池さんに出会ったからだ。

小池さんが食べるラーメンの美味しそうなことと言ったら!

 

というわけで、マンガとともに

よしもとばなな氏の話にすっかり共感し、

より深いオバQワールドに入り込みつつある。

 

ばなな氏は、ドラえもんよりもQちゃんに肩入れしているが、

その理由は、ドラえもんが役立ちすぎるのに対して、

Qちゃんはほとんど何の役にもたたないからだと言う。

 

まさしくまさしく。

 

僕も役に立って頼りになるドラえもんより、

役立たずで全然頼りにならないQちゃんが大好きだ。

 

さらにばなな氏は、Qちゃんのキャラクターを評して、

“涙もろいし人情家ではあるけれど、わがままだしマイペースだし、

怒りっぽいし、案外なんでもすぐ割り切るし、けっこうクールなのだ”

と言う。

 

●オバQ要素てんこ盛りの認知症

これを読んで気づいたことがある。

 

義母そっくり。

 

もちろん、人によって違うだろうが、

認知症の人の多くは、こうしたちょっと

マンガチックなオバQ要素を

いくつか持っているのではないかと思う。

 

そうか、義母はオバQになったのだ。

僕は相棒の正ちゃんである。

そう考えると、一緒に過ごす日々が

楽しいし、愛おしくなる。

 

この2巻と3巻の表紙のQちゃんの表情は

本当にそっくりだ。

(ラジカセで昭和歌謡を聴いて歌うのが日課になっている)

 

第3巻ではQちゃんの家族がやってきたり、

正ちゃんを連れてオバケの国へ行ったりする。

 

●人間族はオバケ族に還る?

そこで妹のP子ちゃんがオバケの国のことを物語る。

 

「ずーっとむかし、地球にはオバケ族と人間族がいたんですって。

ところが世の中が進歩するにつれて、

ノンビリ屋のオバケは人間にかなわなくなくなったの。

 

多い詰められたオバケは、人間をおどかしたこともありました。

このころの言い伝えが、いろんなバケモノを想像させたのよ。

 

しかし、けっきょくオバケは雲の上に逃げ出しちゃったの。

オバケはうそをついたり、人をきずつけたりできなかったからよ」

 

子どもの頃は、ただ面白がって笑っていたけど、

大人になってオバQを読んで、

これほど考えさせられるとは思わなかった。

 

社会で役に立たなくなった認知症の人は、

人間の悪い部分が抜けて、

オバケみたいなところだけが残るのかも知れない。

 

オバケの国に帰る日まで良い友達でいたいと思う。

 


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認知症の義母の価値はどうやって見つけるか?

 

認知症の義母とこの4ヶ月一緒に暮らしているが、

昨日と今日はいない。

施設のショートステイに預けたのだ。

特に理由はないのだが、いわゆる「ならし」で

一度、利用してみようと思った。

 

将来的に、もし自分たちで面倒を見られなくなったら、

施設に預ける―ーその伏線でもある。

 

認知症患者専用のフロアには

魂の抜けたようなばあちゃんたちが大勢いた。

(なぜだか圧倒的に女性が多い)

比べるのは悪いが、義母は比較すると相当元気だ。

 

残していく時にはちょっと胸が痛く、

逃げるように出てきた。

 

久しぶりにカミさんと二人だったので、

新宿に行って映画を見てきた。

 

義母がいないと気楽だし、仕事もはかどるが、

ちょっと寂しい。

 

これはどういうわけだろう?

 

義母はもう社会の役には立たない人だ。

それでも一生懸命、僕らの役にたとうと

料理や掃除を手伝いたがり、洗い物や片づけを手伝う。

 

効率性を考えると、少々邪魔なこともあるが、

「手伝わなくいいよ」とは言えない。

 

役にたちたいというのは、

人間の本能の次に来るものだ。

自分の存在の証明でもある。

 

小さい子どもも役に立たないが、

子どもは「可愛さ」それ以上に「未来」という

大人にとって圧倒的にありがたいプレゼントをくれる。

 

残念ながら、老人にはそれがない。

子どものようになってしまっても、子どもではなく、

子どもと同じ価値もない。

 

ほとんど役に立たず、わがまま、マイペース。

おまけに認知症だとトンチンカン。

明日迎えに行ったとき、

はたして僕やカミさんのことを憶えているかも怪しい。

しかし、言葉にできないが、価値はあるのだ。

 

彼女といかに楽しく暮らし、

そのまたとない価値を見出せるかが、

僕の生きるテーマとなりつつある。

 


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人間とロボットの未来は、トイレ掃除がカギを握っている

 

●トイレ掃除はサービス業の大問題

お店のトイレに入って清掃表を見たことはあるだろうか?

「決められた通り、○時○分にお掃除しました」という証明に、

それぞれのスタッフがハンコを押すアレ。

 

あれを見るたびに、

「ああ、もっとスタッフが楽できる方法はないのかなぁ」と

思ってしまう。

 

そして、このAI・ロボット社会の黎明期にあって、

このトイレ掃除こそ、

いの一番にロボットの力を借りるべき部分ではないかと思う。

 

大勢のお客さんが出入りするお店は、

とにかく掃除が大変だ。

やってもやってもすぐに汚れてしまう。

そのため、30分おきとか1時間おきとか、

かなりの頻度で掃除しなくてはならない。

 

けっして生産的な仕事ではない。

にもかかわらず、重要度は相当高い。

トイレがきれいか汚いかというのは、

その店の印象を大きく左右するからだ。

 

特に飲食店などではイメージを決定づける一大要素になる。

どんな高級レストランや、お洒落で美味しいお店でも、

トイレが汚かったりすると、どっちらけ。

食事の満足感がご和算になったりもする。

 

男の僕がそう思うくらいだから、

女性はもっと敏感だろう。

 

●トイレこそ機械不可侵の、人類の聖域

もちろん、ちゃんとした経営者は

そういうところがよくわかってて、

スタッフに指示してまめに掃除を行う。

 

しかし、ヒマな時間ならいいけど、

多忙な時間にそれを実行するのは、たいへんな負担だ。

少し大げさかもしれないが、

サービスの質を落とすことにもなりかねない。

 

それで僕はロボットに掃除を任せよう

――と提案するのだが、

これは意外とハードルが高いようだ。

 

床掃除のロボットはすでに出ているが、

トイレ掃除のロボットというのはまだ聞かない。

 

ロボットにとってトイレという場所は難易度が高い。

何といっても水を使う場所は、機械に不向きだ。

 

自分でやってみるとわかるが、トイレ掃除は

床掃除などと比べて、ずっと複雑で細かい動作を必要とされる。

それも割と小さなスペースの中で動かなくてはならないので

けっこう大変だ。

 

そしてまた、排せつはロボットが体験できない行為。

ウンコやオシッコの構成物質については

科学的に分析出来るのだろうが、

人間があの空間に求めるデリカシーを

はたしてどこまで理解し、配慮し、実現できるのか。

 

ある意味、トイレこそ最も人間らしいスペースであり、

機械が入り込めない最後の聖域なのかもしれない。

 

●ロボットカフェがオープンしても、

トイレ掃除は人間の仕事

ところで今度、12月5日に渋谷の東急プラザに

「Peppar PARLOR」なるカフェがオープンする。

「ロボットと過ごす未来を体感できるカフェ」が

キャッチフレーズで、

店名の通り、かのPepparくんをはじめとする

ロボットたちがおもてなししてくれるようだ。

当然、話題になるだろうし、

僕もぜひ行ってみたいと思う。

 

https://robotstart.info/…/…/06/pepper-parlor-menu-robot.html

 

だけど、Pepparくんは看板スターだ。

トイレ掃除なんかしないだろう。

 

床掃除をするロボットはいるらしいが、

こいつもトイレは無理だと思う。

 

今日までマイナビでアルバイトの募集をしていたので、

トイレ掃除は彼ら・彼女ら人間の仕事になるに違いない。

 

(トイレはお店専用でなく、そのフロアの共用トイレを使う

可能性があるので、Peppar PARLORのアルバイトさんたちは

掃除はせずに済むかもしれない)

 

要するに、AI・ロボット社会は始まったばかり、

まだそういう段階だということ。

 

●トイレ掃除ロボットは今後最大のビジネス

しかし、こうした問題のあるところにこそ

ビッグなビジネスチャンスがある。

 

ロボットメーカーか、トイレメーカーか、清掃会社か

いずれか、あるいは共同で、

高性能(と言っても人間お清掃員ができるレベル)の

トイレ掃除ロボットを開発したら、

とんでもなく儲かるのではないだろうか。

 

店でも駅でも公共施設でも、

入口の隅でちょこんと坐って待っているロボットが、

トイレの汚れを感知して、いそいそと入っていって

キュキュキュと素早くきれいにしてくれる――

そんなトイレ掃除ロボットが活躍じ始める時こそ、

本格的なAI・ロボット社会が来るのではないかと思う。

 


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見捨てられた恋人のようだったアナログレコードが、 なぜ絶滅の淵から回帰したのか?

 

●古き時代への浪漫、だけではない

長年、レコードコレクターがいるのは知っていたが、

それは考古学者が目を輝かせて

恐竜の化石を発掘する

―ーそうした喜びに似ているんだろうと思っていた。

 

ひとことで言えば、過去へのノスタルジー。

古き時代への浪漫、郷愁。

 

年輩のコレクターにはこれに当てはまる人が多いようだが、

最近のレコード事情を探ってみると、

どうもそれだけではない。

 

アナログレコード未体験の若い世代の中にも

結構レコードファンが増えているのだと言う。

 

どうやら彼らはレコードを、

CDやYouTubeやデジタル配信と競合するものでなく、

まったく別種のメディアとして捉えているようだ。

 

●アナログ未体験世代に非日常を提供する

それは形態の違いというよりも、

「聴くスタイル」の違いだ。

 

音楽を聴くのなら、レコードかラジオ、プラス、

ごく一部のテレビ音楽番組など、

非常に限られた選択肢しかなかった僕たちと比べ、

今の若い奴らは何でも選び放題だ。

それにお金もたいして掛らない。

 

その豊富な選択肢の中から、

他と比べて高価なアナログレコードを選ぶのは、

なぜなのか?

 

また、デジタル配信などで聴いている

同じアーティストの同じ曲を、

わざわざアナログレコードで聴くというのは、

どういう心理が働くからだろうか?

 

もちろん人それぞれ理由があると思うが、

あえて概論として考えてみると、

それは生活の中のいろいろなシーンに合わせて

「聴くスタイル」を変えるから、ではないだろうか。

 

デジタル系の音楽が、

掃除や洗濯の時のBGM、

仕事をするときのBGMなど、

日常に溶けこんだものだとすれば、

 

アナログレコードは同じアーティスト、同じアルバム、

同じ曲を聴いても、

それは「非日常体験」になるんだろうと思う。

 

プレイヤーの上に盤を置き、

アームを上げて、静かに針を落とし、

数秒間、演奏が始まるのを待つ。

 

そんな面倒な作業を通して得られる、

何ともいえない緊張感は、

演劇や映画を観る時の体感に似ている。

 

ライブコンサートも非日常体験だが、

それと異なる、自分だけの非日常の世界。

間断なく入り込んでくる情報という名のノイズに

侵されない聖なる時間。

 

そういう世界・時間を内に持つことは、

事あるごとに「社会の歯車」的な感覚を覚え、

アイデンティティを見失い、

日々、生きる意味を問われる今の時代にあって、

自分を育てるのに大切なことだ。

 

ジャケットなどのアートワーク、

歌詞カード、ライナーノーツ、

さらにさまざまな「おまけ」など、

その音楽にまつわるストーリーが

パッケージされたレコードは、楽しさとともに、

そうした自己育成のタネも与えてくれる。

 

●アナログレコードが真価を発揮する時代が来る

1980年代後半の軽薄短小の時代、、

重くて嵩張って、収録時間も短くて、

もはや無用の長物じゃないかと思ったレコード。

 

多くの人が、こんなもの、20世紀の化石じゃないかと審判し、廃棄・二束三文売却の対象となったレコード。

 

見捨てられた、かつての恋人のように、

ネグレストされた子どもか老人のようになってしまったレコード。

 

けれども、その命はレコードを愛する人たち、

レコードを生きる支えにする人たちの手によって守られ、

この30年余りの間、途絶えずに継がれてきた。

命は耐えていなかった。

 

絶滅の淵から回帰したアナログレコード。

一度廃れたからこそ、レコードの文化は

これから先、その奥底に眠っていた真価を発揮し、

人間の心を癒し、活性化させるメディアとして

再び成長するのかもしれない。

 

新しい仕事を戴いたことをきっかけに、

レコード文化復活にまつわる様々なストーリーを探り、

描いていけたら、と思う。

 


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アナログレコードとの再会

 

とあるレコード店のコピーライティングを

やることになった。

音楽、レコードは大好きなので、とても嬉しい。

 

が、待てよ。

じつはもう30年以上、まともにアナログレコードを聴いてない。

 

僕がアナログレコードを熱心に、

それこそ盤が擦り切れるほど聴いていたのは、

中学生から25歳まで。

 

ロンドンで働くために、それまで住んでいた

江古田(練馬区)のアパートを引き払った時、

ステレオセットを売り払ってしまい、それっきり。

今から思えば、わずか10年余りの期間だ。

 

でもその10年は今の10年と全然違っていた。

いわゆる日常生活やお金を稼ぐ仕事は適当にうっちゃいといて、

本と音楽と演劇・映画に浸っていた。

 

一枚のレコードはA面・B面合わせて

短いのだと30分少々、長くても50分くらい。

でも、その1時間に満たない時間が、

とてつもなく豊かだった。

 

仲間や友達、あるいは付き合ってた女の子と

いっしょに聴くことも、たまにはあったが、

基本的に一人で聴いていた。

 

酒を飲んだり煙草を吸いながら、

集中してひたすらその音楽世界と向き合っていた。

アナログレコードではそれができた。

 

それがCDになり、ネット配信になり、

ほとんどがもうBGMというリスニングスタイルだ。

 

好きな曲を2~3曲、手を止めて聴くこともあるが、

レコードを聞いていた頃の感覚とはほど遠い。

 

実はCDに移行した後も、

200枚くらいのレコードを引っ越しのたびに持ち歩いていた。

 

20年以上も聴いてないのにずっと持っているのはどうもなぁ、

部屋も手狭だしなぁと、、

7年ほど前に処分することを思い立った。

 

某レコード店に何度か通い、大半を売りさばいたが、

話によると、その頃は最もレコードが不人気だった時代に

合致するらしい。

 

次いで3年ほど前に、義弟がコレクターになり始めたので、

残りは彼に譲ることにした。

 

以前、父の職務室兼応接間だった実家の一室が、

今では彼のご自慢のオーディオルームに変貌し、

棚にどっさりアナログレコードが収まっている。

 

そのうちの百枚ほどが自分の人生の半分を

連れ添ってきたレコードだと思うと、なんだか不思議な気分になる。

 

しかし、それでもまだ最後の10枚ほどが手元にある。

思いがけず、仕事で再びレコードの世界に入れるとは・・・

人生、面白い。

割と自分思い通りになるものかも知れない。

 

というわけで、最近のアナログレコード事情を

勉強し始めたところです。

 


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自分がいちばん自分らしく生きていた時間の記憶が残る

 

義母はまだ結婚する前、20代前半の頃、

麻布にあったインドの駐日大使の私邸で

メイドとして働いていたそうだ。

 

この頃、彼女は一生懸命英語を勉強していて、

結構、会話もできていたとのこと。

そのせいか、ちょっと込み入った日本語よりも、

シンプルな英語の方がよくわかることもある。

 

いったい頭の中の時間軸がどうなっているのか

さっぱりわからない。

 

でも、どうやら人生でいちばん楽しい時期だったようで、

基本的には、この20代前半のイメージが

自分を自分たらしめていることは確かだ。

 

言い換えると、この頃の記憶が、

彼女のアイデンティティに繋がっている。

 

認知症も人によっていろんな症状があるし、

いろんな進行の段階があるので、

一概には言えない。

 

ただ、どうも人間、誰が家族だったかは忘れてしまっても、

自分がいちばん自分らしく生きていた時間の記憶は

最後まで残るようだ。

 

僕やあなたが認知症になったら、

いったいどの時間の、どういう記憶が残るのだろうか。

 

社会的制約をあまり受けず、

家族に煩わされることもなく、

いつも自由に、自分らしく生きていたら、

記憶が抜け落ちたりはしないのだろうか?

 

義母と付き合っていると、

生き方についてのヒントを

与えられているような気になる。

 


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東京ブラックホールⅡ 「老いた東京」は美しいか?

 

●夢と希望にあふれていた1964の光と闇

Nスペ「東京ブラックホールⅡ」を観た。

10月13日(日)と16日(水)※15日深夜 の放送。

 

一昨年(2017年)8月放送の

「戦後ゼロ年 東京ブラックホール」は

タイトル通り、戦後直後の東京を描いていた。

 

それに対し、回はそれから約20年後。

人口1000万人の巨大都市に育ち、

高度経済成長の最中の

「日本が最も夢と希望にあふれていた年」と

持ち上げられることが多い1964年。

前回の東京オリンピックの年だ。

 

もういろんな人が言ってるけど、

「最も夢と希望にあふれていた」というのは、

半分真実、半分欺瞞。

結局、社会の内情は現代とさして変わらない。

 

変わったのは、現在は外国人労働者などに頼っている

底辺の労働力を、

55年前は地方の農村からの出稼ぎ労働者や集団就職の若者

(東京の場合は東北地方からが多い)が担っていたということ。

 

オリンピック開催を迎えて

好景気に沸く東京。

仕事はいくらでもあったようだ。

 

●過酷な労働環境

産業振興・経済発展が優先された時代なので、

労働時間の長さ・過酷さは現代の比ではない。

 

パワハラ、セクハラはもちろん、

カローシなんて言葉もない、

 

つまり概念として存在してないから、

実質的な過労死者も、当たり前のように続出していたようだ。

人権なんかも現実問題として、どれくらい認められていたか怪しい。

 

ここで働いていた若者たちというのは、

現在の70代以上の人たちだ。

 

僕が子どもの頃や若い頃、

周囲の大人はみんな口をそろえて、

「世の中きれいごとじゃねえ」と言っていた。

 

こんなドキュメンタリーを見ると、なるほどと頷かざるを得ない。

「よくぞかこんな世界の中で生き残り、生き延びてきましたね」

と、改めて頭が下がる思いがする。

 

番組内のナレーションでも語られている通り、

光が眩しい分、影も濃いのだ。

その舞台裏がいかにひどかったか、

国の体面のために、いかに多くの人たちが

悲惨な目にあったか。

 

オリンピック応援団のNHKが、

これだけ前回のオリンピックに対して

批判的な表現ができるというのも、

ちょっと面白いし、安心できる気がする。

 

●ドラマ+ドキュメンタリー×合成映像

この番組はドラマ仕掛けの基本的にドキュメンタリーだ。

山田孝之演じる主人公は、2019年に生きる若者。

売れないマンガ家で、アルバイトで食いつないでいるという設定。

 

その彼が過去にタイムスリップし、彼の視点で1964が描かれる。

俳優以外はすべて本物の映像が使われている。

「戦後ゼロ年」の時も驚いたが、 

よくこれだけ貴重な記録映像を集めてきたものだ。

 

それを優れた技術で、俳優の演技部分を合成させており、

ほとんど違和感を感じさせない。

 

こういうところもさすがNHK、

さすがNスペと、素直に感心した。

 

ドラマの部分は、あくまでドキュメンタリーを見せるための

演出手段なので、かなり大ざっぱなつくりだが、

ラストシーンはとても良かった。

 

現代に戻った主人公は2020年になり、

自分の作品(マンガ)を発表。

それを抱えて都内のあるバーに行く。

 

バーは「KOYUKI」という店名だ。

主人公はそのオーナーと1964年に出会っていた。

秋田からやってきた、昼間は団子屋の娘、

夜はバーテンダーとして働く女の子。

彼女は自分の店を出すのが夢で、

彼は自分のマンガを出すのが夢で、

淡い恋愛もあった。

 

彼は自分のマンガをその夢をかなえた女に

プレゼントし、ドラマは締め括られる。

 

タイムスリップものにはよくある設定だが、

こうしたSF風抒情的なシーンには

滅法弱いので、つい涙ぐむ。

 

●今、はるかに生活環境はよくなったけど

「年老いた小雪さんは美しかった。

年老いた東京は・・・美しいだろうか?」

 

主人公のモノローグで物語は締めくくられる。

「年老いた東京」というのは新鮮な響きがあった。

 

55年前より、はるかに衛生的で、はるかに安全で、

はるかに豊かで、はるかに便利で、

はるかに命も人権も重んじられるようになった東京、日本。

 

本当はありがたく思うべきなのだろうが、

それがイコール幸福に繋がるかというと、

そうならないのが人間のやっかいなところ。

 

はるかに生活環境はよくなったものの、

年老いた東京、日本。

 

ちなみに1964年の平均年齢は29歳。

現在は45歳。

16歳も若かった55年前。

 

「2020東京」は「1964東京」ほどの熱狂は起こさないだろう。

また、起こす必要もないと思う。

 

ビッグイベントに頼っても、年老いた東京は若返らない。

人の心を根っこから揺り動かすことはできない。

そんな時代はもう終わっている。

 

東京を、日本を若返られせるのは、ひとりひとりが抱く

新しい夢の形だ。

 

でも、それがなかなか見えてこないので、

みんな、じんわりと息苦しい。

 


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最強台風19号と地球温暖化問題

 

●地球環境を犠牲にしてもいいのか

グリーンピースやシーシェパードのような

エコテロリズムのイメージが強いせいで、

正直、環境保護団体とか、

熱烈に環境保護を訴える人物には

あまり良いイメージを持っていない。

 

先日、国連の「気候行動サミット」で、

各国首脳に温暖化対策への緊急行動を訴えた

グレタ・トゥンベリさんに対しても、

かなり斜め見していた。

 

環境保護を訴える人。団体の言うことは

だいたい同じだ。

 

「経済発展のために地球環境を犠牲にしてもいいのか。

他の生きものの住処・生きる権利を奪っていいのか」

 

それに対して、僕は、そして、おそらく多くの人は

「人間の幸福の追求のためには、ある程度しかたないじゃん」と

心の中で反論する。

 

さらに、グレタさんのような先進国(彼女はスウェーデン人)の

若者に対しては、

 

「きみらも豊かな国の、豊かな生活の

ありがたい恩恵を受けて育ってきたんでしょ」と。

 

「理想論やきれいごとは誰にでも言える」と。

 

しかし同時に、それは心のどこかにある罪悪感の表れ

かも知れない、とも思う。

 

すべて温暖化のせいにはできないかもしれない。

けれども、何かじわじわと、世代を超えた時間をかけて、

地球からの制裁を受けているような気になる。

 

●台風19号の衝撃

ずいぶん前から極地で氷山が溶けたり、

環境の変化で獲物を獲れbなくなったシロクマが

餓死していく映像を見たりしていたが、

「こういう現実も地球のどこかであるんだな」と、

あくまでそれは他人事だった。

だから、見ないふりをしていた。

 

今回の台風19号では幸い、

僕の住んでいる地域では大した被害がなかったので、

やっぱり他人事には違いない。

 

それで被害にあった人には申し訳ないなという気持ちを

若干だけど抱きながら、考えてみる。

 

環境破壊・地球温暖化の因果関係を

はっきり証明できる専門知識を、僕は持ってない。

けれどもやっぱり、あるんだろうと感じざるを得ない。

 

19号だけでなく、今年頻発した台風も、夏の猛暑も。

また、日本だけでなく、世界各地で起きている、

命を脅かすほどの異常気象も。

 

すべて温暖化のせいにはできないかもしれない。

けれども、何かじわじわと、世代を超えた時間をかけて、

地球からの制裁を受けているような気になる。

 

日本人にとってこの19号は、

首都圏の交通がストップし、

ほとんどの会社や店も休むという、

従来のゆるい対応とは違う変化が見られた。

 

もしかしら、これをきっかけに

環境・温暖化対策の新しい対応が起こるのかもしれない。、

 

●繁栄のケツを拭う時代?

とはいえ、せっかく手に入れた

(と言っても自分が日本の経済発展に貢献したわけではないが)

豊かな生活・便利な生活を

手放す気にはなれない。

 

今まさに経済発展中の国、

これから蔦かな生活を築こうとしている国の人たちは

なおさらだ。

彼らの多くは「地球環境よりも人間の幸福だ」

と考えるだろう。

そして、

「すでに豊かになった国の連中が、

それを阻害する権利はない」とも。

 

こうなるともう何も言えない。

どうすればいいのか?

どうすれば20世紀の繁栄のケツを拭えるのか?

僕らの100年ライフの後半に与えられた

課題なんだろうかと思う。

僕ら生きている間に、解決の糸口はつかめるのだろうか?

 


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超バランスゾーンでネッコネコ

 

善福寺川緑地にいるのは、

アンバランスゾーンの生物だけではない。

こんなバランスの取れた生物も。

 

巨木の根っこの合間に、

見事なバランスで納まったネコ。

根っことネコで、ネッコネコ。

ぴったりはまって気持ちいいにゃ~。

 

お散歩にやってきたイヌたちを

ゆったりと見つめている。

ニャンとも平和な夕刻の秋の情景。

 

「よござんすか?」と訊くと、

「ニャ~」と言うので、

許可を得て1枚撮らせて戴いた。

 

根っこがあると安心・安定して余裕が生まれるのか、

地球ほども心の広いネコでもある。

 


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善福寺川緑地アンバランス生物との記念撮影

 

善福寺緑地アンバランスゾーンに生息する

謎の生物を遂に捕獲。

 

「こわいよ、こわいよ」と言って逃げ惑う義母を

説き伏せて、

無理やりシャッターを切らせる。

 

「わかんない、できない」と言ってた割には

なかなかグッドな撮影。

 

どや!

 

しかし、を地球の平和と宇宙のバランスを保つため、

写真撮影だけにとどめ、

引き続き観察活動をすることにする。

 

見れば見るほど不気味な風貌だが、

この雨の夜、やつはどうやって過ごすのだろう?

 

異次元をトリップして、

僕の夢に入り込んできたらどうしよう?

 

おお、こわ。

 


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善福寺川緑地アンバランスゾーンの未確認生物

 

夕刻の善福寺側緑地で謎の生物発見。

全長約1メートル。

ぱっと見た目、巨大なローストチキンが転がってるように見えた。

角度を変えると、浜辺に打ち上げられた深海の巨大イカにも見える。

そしてまたっ角度を変えると、

水鳥の首が付いているように見える。

 

そしてよく見ると、背中にはドングリがいっぱい乗っかっている。

いずれにしても不気味だ。

一体何のために、やつはこの原っぱに横たわっているのか?

何のために存在しているのか?

対話を試みても反応しない。

 

しかし、日が暮れて周囲が漆黒の闇に包まれる頃、

やつは動き出し、宇宙との交信を始める・・・のかも知れない。

 


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はげる女

 

「ちぢむ男」に続いて「はげる女」という

物語のタイトルが思い浮かんだ。

なかなかインパクトあるでしょ?

ちょっと女の人には嫌われそうだけど。

 

中身は何にも考えてないけど、

この4文字の中にドラマを感じてしまう。

「はげる女」。味わい深い。

 

冗談ではなく、はげる女は増えているようだ。

一つの要因としてはストレス。

 

もう一つの要因は、

どうもシャンプーのし過ぎにあるらしい。

「洗わないと匂うよ、フケ出るよ、ベタつくよ」と

コマーシャルで潜在的に脅されて、

毎朝、朝シャンやってた人も多いのではないだろうか?

 

ごしごしシャンプーして脂を落としたところに、

リンスして別の脂でコーティングするという所為を

繰り返してきたが、加齢するとそれが仇になって、

ハゲに繋がっているらしい。

 

そういえば、その朝シャン世代の女性で、

ハゲや、ハゲとは言わないまでも薄毛で

悩んでいる人が多いと聞く。

 

男ははげても、「何が悪い」と開き直ったり、

笑い飛ばしたりもできるが、

そういう真似ができる女の人が、そんなにいるとは思えない。

 

女ははげないというのは過去の話になってしまったようだ。

 

いったい僕たちが信じてきた美容と健康の常識とは

何だったのだろう?

 

何か面白がっているように見えるかもしれないが、

僕はやっぱり女の人には、はげてほしくない。

 

だから世の女性へ愛と笑いをこめて、

1年かけて「はげる女」を書いていきたいと思います。

 


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地球に生きる人間の数と、人間の適正な大きさについての疑問

 

今日は新しいシナリオを書いていて、

「この地球上に人間は今、何人生きているのか?」と。

「人間より大きい生き物はどれくらいいるのか?」

という2つの疑問にぶち当たった。

 

★世界の人口は77億人

1つ目の疑問は即座に調べられる。

国連広報センターのサイトの見出しには、

「世界人口の増大が鈍化。

2050年に97億人に達した後、 2100年頃に110億人で頭打ちか」とある。

 

日本では少子高齢化で人口が減る減ると騒いでいるけど、

地球レベルでは人口増加のほうが大問題――

とはよく言われている話。

 

というわけで2019年7月現在の数字を見ると、

世界の人口は77億人となっている。

 

★人口増加の大半を占める9か国

今後2050年までに

インド、ナイジェリア、パキスタン、コンゴ民主共和国、

エチオピア、タンザニア連合共和国、インドネシア、

エジプト、米国の9カ国が、

今後2050年までの世界人口の増加の大半を占めるという予測が出ている。

(ここに書いた順に増加率が高い)

 

インドは2027年頃、

中国を抜いて世界で最も人口が多い国になるようだ。

 

★人間は地球では大きい生き物なのか?

書いている話の中では、

それだけの数の、身長140~180㎝、

体重30~100キロ平均のデカい動物が

たくさんエネルギーを消費する、

現代文明スタイルの生活をしてたら、

そりゃ地球環境に深刻なダメージを与えるわな、

という議論が繰り広げられる。

 

実際には77億のうち、

現代文明スタイルの生活を送れる人は

4分の1にも満たないんだけど。

 

すると、国連が提唱するSDGsを果たすためには、

生活のダウンサイジングしかないんじゃないか。

 

国も、街も、家も、

そもそも人間の体を小さくしてしまえば、

環境にダメージの少ない

持続可能社会になるのではないか――

 

そもそも人間はこの星で文明生活するのに

適正な大きさなんだろうか?

 

というわけで、2つめの疑問が生まれ出た。

 

そりゃネズミから見ればでかいし、

象から見れば小さいのはわかってるけど、

人間の大きさって、地球レベルでは

どう考えればいいんだろう?

 

★人間より大きい生き物は何種類いるのか?

と、また調べてみたけど、

残念ながら、この疑問に対しては

まともな解答を得られるサイトはなかった。

 

意外と難問なんだ、人間の大きさって。

(てか、そんなこと、誰も気にしてない?)

 

ただ、人間より大きい生き物より、

圧倒的に小さい生き物の方が多いのは確か。

 

ゾウ、キリン、サイ、カバ、ライオン、トラ、

ウシ、ウマ、ワニ、ニシキヘビ、ゴリラ、

クジラ、サメ・・・・

 

結構いるにはいるけど、

あなたは人間より大きい生き物って、

どれくらい考えつきます?

 


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よみがえる死者・よみがえる歌:AIの音楽

 

Nスペ「AIでよみがえる美空ひばり」を観た。

AIによってよみがえった美空ひばり(音声+映像)が

30年ぶりに新曲を披露する。

そのメイキングだ。

 

僕はべつに美空ひばりのファンではないが、

このAIの新曲「あれから」」には心を揺さぶられた。

若手作曲家のメロディに、「川の流れのように」を書いた

秋元康氏が詞を付けたものだ。

 

正直、今まで聴いた身空ひばりの歌の中で最高だと思った。

そして、AIはもう芸術の分野でもここまでできるのかと

驚愕した。

 

今、世界中でこうしたAIによるミュージシャンの再生の

試みがされているようだ。

この番組でもテレサ・テン、バディ・ホリー、

マリア・カラスなどの例が紹介されていた。

 

懐メロ趣味のおじさんみたいなセリフだけど、

やっぱり昭和の時代、海外なら1950年代半ばから

1990年代前半あたりまでの大衆音楽・

ポップミュージックは素晴らしい。

 

ものすご~く大ざっぱにいうと、

あの時代はあらゆる歌・音楽に

「もっと自由になっていいんだ」

「もっと自由に表現できるんだ」という

時代の空気がこめられていた。

 

もうああいう時代は帰らない。

ああいう楽曲群は生まれない。

 

今の若い連中もたぶん、それは認めている。

新しい曲は、必ずあの時代の音楽の影響下に作られる。

カバー曲も量産されている。

 

歌唱技術・演奏技術は進化しているので、

みんな、めちゃくちゃうまいし、感心するアレンジもたくさんあるが、

オリジナルはやっぱり30年から50年前のものがほとんどだ。

 

権利問題とかいろいろ障壁があるので、

そう簡単ではないと思うが、

こうしたAIによるミュージシャンの再生は

どんどん増えるだろう。

そしてビジネスにもなるだろう。

 

エルヴィス・プレスリー、ジョン・レノン、

デビッド・ボウイ、フレディ・マーキュリー

マイケル・ジャクソン・・・

 

AI・ロボット技術に対する

不安・猜疑はあるものの、

何よりも世界中の人々が死者たちの再来を待っている。

これからの時代、がんばっていく力を得るために

あの時代の歌・音楽を共有した人たちの心が

ミュージシャンをよみがえらせる。

 

身空ひばりの「あれから」、本当に良い曲ですよ。

 


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食欲のないお話

 

「食欲のないお話」というのは、

高校演劇でやった芝居の題名だ。

 

全ての欲望を制御した未来人たちは、

食事も錠剤一つでOK。

 

南極だか北極だかで氷漬けになっていた古代人、

つまり現代の僕らを掘り出し、

興味を持っていろいろ実験する

というSF話だった。

 

ちょっと星新一のショートショート

みたいな話だったような気がするが、

細かい所は忘れてしまった。

 

登場人物がコオリ博士だの、レイコだの、ユキノだの、

クールな連中だったことだけ憶えている。

 

なんでそんなことを思い出したかというと、

ここ数日、久しぶりに体調不良で2回ほど嘔吐。

胃がむかついて食欲がなく、

リンゴを薬代わりに食べていたからだ。

 

すりおろしたリンゴがおいしい。

ほとんど離乳食である。

リンゴが出回る季節でよかった。

 

リンゴがあれば医者いらず。

あなたもちょっと胃腸の調子を崩して

食欲が亡くなったら、

リンゴに頼ってみてください。

 

 


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ゴースト団地の住人たちはどこへ?

 

高齢化社会の進展とともに、日本中に

ゴーストな建物が増殖している。

 

13年ほど前まで住んでいたアパートの近くにも、

東電の社宅だったゴースト団地がある。

 

ここはかなり年季が入っている。

社宅を辞めたのはだいぶ前。

人が住まなくなってから、もう20年以上は経っていると思う。

 

特に悪いうわさは聞かなかったが、

小さいおじさんとか、この世とあの世を行き来する者が

住み着いていたのではないか?

と密かに思っていた。

 

きょうは歯医者のメンテナンスに行ったのだが

(月イチなので引越してもこっち:和泉3丁目に通っている)

帰りに前を通ったら、なんと、1週間前から解体工事が始まっていた。

 

送電線の鉄塔がデデン!立っている土地だが、

これからいったいどうなるのだろう?

 

そして、住処を失くした小さいおじさんたち

(と、勝手に決めつけている)は、

どこへ行くのだろう?

 


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死ぬまでの自由研究の時間

 

●それなりの幸福

 今の日本という国では、あなたも僕も含め、

だいたいの人が、

それなりに幸福に暮らせるようになっている。

 

「それなりの幸福」とは何か?

命が危険にさらされることが少なく、

自分は80、90まで生きられるだろう、と

漠然と予測できるからだ。

 

もちろん異論はあるだろうし、

色んな問題は山積みだけど、

少なくとも上記の意味で、

こんな社会は人類史上初めてだと思う。

 

過去と照らし合わせて、歴史的にもそうだし、

世界の他の国と比較しても間違っていないだろう。

  

●真っ白な灰になっちまったよ

 もちろん、安全や長生きに大した価値を感じない人もいる。

「いや、俺は太く、短く生きるんや!」と、

かなり無茶なことをやる人もいる。

僕の若い頃はそういう人が結構大勢いたような気がする。

 

芸術家や文学者らの間では、

のうのうと、平々凡々と長生きするより、

酒や博奕や女に溺れて、破天荒な生き方をして、

短時間で命を燃やし尽くすような人生を送るのが

美徳だったと思う。

 

まだ20歳前だった矢吹丈(あしたのジョー)の遺言は、

「真っ白な灰になっちまったよ」

 

僕もそういうのに憧れたことがあったが、

そんな度胸はからきしなかったので、やめた。

 

いいか悪いかはさておき、

平成の30年の間に、そうした破天荒な人はずいぶん減った。

 

戦争もなく、医療が発達し、社会がシステム化されて安定した。

 

子どもや若者の死亡率が高かった時は、

「人間、いつ死ぬかわからない」という気持ちが、

大多数の人々の心の中にあったので、

破天荒な生き方はカッコよく映った。

 

今だって人間、いつ死ぬかわからないのだが、

みんな、そうは思ってない。

 

というわけで、破天荒な生き方、

短時間で命を燃やし尽くす人生の価値は下がった。

それに伴い、ひとりひとりの人生はスケジュール化された。

 

●新しいタスクがスケジュールに組み込まれた

 生まれてから入学、受験、卒業、就職、結婚、出産、

子どもの成長、そしてまた入学、受験、卒業・・・・・と、

定型的な人生のスケジュールを

僕たちはこなして生きてゆく。

 

現実にそうなるかどうかはともかく、

少なくとも周囲からはそう求められるし、

自分の頭の中にもそのスケジュールのイメージが

一つのフォーマットとして設定されている。

 

さらに今、以前の時代、それまで僕たちが親しんできた世界と

大きく変わったのは、

子どもが成人・独立して以後、死ぬまでの時間がかなり伸びたことだ。

 

その死ぬまでの時間は、ここ数年で、

新たなタスクとして、人生のスケジュールに組み込まれた。

 

夏休みの宿題は一通りやり終えた。

あとは自由研究という課題が残っている、という感じ。

 

もちろん、この自由研究も

生活をしながらなので、

ごく一部を除き、僕を含め大多数の人は

まだまだお金を稼ぐ仕事をする必要がある。

 

それに事情は人それぞれだから、

家族の介護などをやらなくてはいけない人もいる。

 

そうした中で、

何でも好きにやっていいという自由研究に取り組むのは、

思いのほか難問だ。

  

●自由研究の時間こそ人生の本番

 今までのことは準備運動とか、リハーサルの類。

この自由研究の時間こそ本番であり、

人生の本質が秘められているといっても過言ではない。

 

そういう時代になった。

みんなが長生きできる社会。

幸福だけど、生き辛いパラドックスのような人生。

 

とりあえずパパッと紙に手書きで一本線を引いて、

左端に「生まれる」、右端に「死ぬ」と書く。

 

「死ぬ」がいやなら、終でも完でも了でもいい。

ENDでもFINEでもいい。

 

天皇陛下のご年齢を考えると、

令和は20年から30年。

自由研究の時間に入った方は、

この令和でどんな課題をやるのか、が問われる。

 

べつにサボりたきゃサボって

未提出ということでもいいんだけどね。

 


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2020年はSF社会の開幕年か?

 

●月2回の日本橋通い

ひと月に2回ほど、日本橋(八重洲)に詣でる。

エンディング業界(葬儀・供養・終活・高齢者ケアなど)の

業界誌・月刊仏事のライターをやっているので、

その発行元の株式会社鎌倉新書で

打ち合わせやゲラ校のチェックをする。

 

鎌倉新書は葬儀社のポータルサイト「いい葬儀」を開発。

葬儀社・石材店・仏壇手店などを

インターネットで葬儀社を選べる

メディアを作ったパイオニアで、上場企業となった。

 

小一時間で仕事を済ませ、外に出ると、

もう街中は黄昏色。

そう言えば、明日はもう彼岸の入りだ。

 

●ビジネスマン向け丸善BOOKS探検

いつも利用する東京メトロ日本橋駅B3出口は、

丸善と続いているので、時間に余裕のある時は

15分ほどブラブラ本を物色してから帰る。

 

ビジネスマン御用達の書店なので、

平月にされているのは、経済・社会分野の本が多い。

やっぱり手に取ってページをめくりたくなるのは、

ダイヤモンド社の本かなぁ。

 

●スケジュールはもう2020

地下では文房具を売っているが、

「2020」という数字がデデンとおでまし。

早くも来年の手帳コーナーが設けられている。

 

秋のお彼岸ともなれば、

ビジネスマンの脳は。すでに2020に向けて

動き出しているというわけか。

 

●2020とZOZOのSF的符号

「2020」という字の並びを見ると、

先日Yahoo!に売却された「ZOZO」を想起する。

2020とZOZO。

この符号は何かの暗喩みたいだ。、

 

記者会見でおそろいのTシャツを着ていた、

前澤さんと孫さんは、

僕には宇宙ビジネスとロボットビジネスの

SFキャラコンビに見えた。

 

●ウルトラQもあるでよ

そして2020のSFといえば、

やっぱりウルトラQのケムール人の来襲を

怖れずにはいられない。

ブオッフォッフォッフォフォ・・・

とうとう来るのか、「2020年の挑戦」が。

 

一体どんな年になるのだろう?

それまでの残り3ヶ月、

僕たちはどう準備をしていけばいいいのだろう?

 


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メイキング・オブ・ちぢむ男

 

物語のタネというのは、

結構むかしに脳の畑にまかれている。

いつも忘れた頃に芽を出すのだ。

 

きょう自分のブログの整理をしていたら、

3年前の12月、入院した母を見舞った時の文章の中に

「ちぢむ男」のテーマらしきことを書いていた。

 

(前略)

最近、母を見て僕が思うのは、人間、老いるに従い、

だんだん子供に戻っていくのかな、ということです。

 

子供の世界・視野は狭い。

それが成長につれてどんどん広がり、

大きくなっていくわけだけど

、老いるとその逆の現象が起き、

だんだん世界が縮小していく。

 

言い換えると広がりをなくす代わりに、

限りなく深化していくのかもしれない。

 

その分、この世とは異なる別の世界が

広がって見えてきて、

そちらのほうへ移行していくのかもしれません。

 

意識の中では身近にいる人間、

自分の思い入れの深い人間だけが残り、

そうでない人の存在は、血縁関係者でも、

親友だった人でも遠のいていってしまうのでしょう。

 

その人の生活の核が残る。

そしてさらに進むと、さらにそれが絞り込まれ、

その人の“生”の核が残る。

 

 

今、認知症の義母を見ていても、同じことを思う。

人生100年と言われながらも、

人間、体裁のいい社会人として、

まともに活動をしていられる時間は、

実はそう長くない。

 

「ちぢむ男」のラストは、

いったん、元のサイズに戻った主人公の男が、

息子の成長を確認すると、

今度は急速な勢いで限りなく縮んでいく。

 

最後は消失同然なほど超ミクロ化して、

地球の細胞の一つに化すという結末を用意している。

 

いわば自分の理想のエンディングを暗喩したものだが、

予定通りに行くかどうかは、書いてみないとわからない。

 


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ちぢむ男と、小さいおじさんと、Now いい Life

 

なぜか身長17センチに縮んでしまった中高年の男たち。

縮んでしまったのはチヂミを食べたせいか?

彼らの人生は、そんなダジャレみたいなものだったのか?

 

とにかく彼らは家族や子どもが暮らしている、

慣れ親しんだ、かつての「大きな世界」に別れを告げ、

新たな「小さな世界」でユートピアを目指して旅する。

 

そのカギを握るのは謎のフィクサー

「ビッグヘッド和田」という人物。

 

今年のコンペラジオドラマに向けて脚本

「ちちむ男」の執筆開始。

「ウルトラQ」的アンバランスゾーンの物語。

になる予定。

 

で、そのネタのヒントが大宮八幡宮に生息すると言われる

なそのパワー小人「小さいおじさん」。

なぜか子供にしか見えないという「小さいおじさん」は、

この神宮のパワースポット人気に一役買っているらしい。

 

でも、方南通りを挟んで入口の向かいにある、

この電柱広告の結婚相談所は、豊島区にある会社だ。

株式会社「ナウい」なんて、

ふざけた会社名だと思ったので、

ちょっとホームページを覗いてみた。

 

無縁社会を解決 Now いい Lifeを提供する会社。

おひとり様の結婚・育児・住居・生活支援を行う

「御用聞き型少子高齢化対策」のリーディングカンパニー。

 

とある。なかなかいいスローガンだ。

ちょっと気になる。

「小さいおじさん」の名に恥じない活躍をしてほしい。

 


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幸福撫でがえるで、人生みちガエル

 

いきカエル。

よみガエル。

人生カエル。

 

幸福(しあわせ)撫でがえるが、

大宮八幡宮に生息している。

 

千年ガマかと思えるほど、でかいカエルである。

しかし、その正体は石である。

カエル型の石。

うーん、そう言われると、カエルに見えなくもない。

 

この石をなでなでする。

すると幸せになるという。

 

仕事、学業、みちガエル。

病気も不調もケロリンとよくなり、

投資したお金もどんどんカエル。

 

だから幸福撫でがえる。

縁結びまでしてくれる。

いわゆるパワースポットだ。

 

杉並区の大宮八幡宮は「東京のへそ」とされているが、

明治時代、風水でここが東京の中心地とされていたこと、

都心で広大な敷地を持っていて、緑が多いことから

そういうことになったらしい。

 

その「東京のへそ」に、へそのないカエルが鎮座するという

パラドックスこそが、パワースポットしての真価だ。

 

というわけで撫でると幸福パワーがいただけるというので、

ナデナデして抱きしめてきた。

 

おみやげの幸福がえるは、年輪刻むバームクーヘン。

デザインもケロッとシンプル。

おしゃれでかわいいので、

ちょっとしたお祝いのプレゼントに。

 


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かなりヤバそうな「人間失格」

 

「わたしは灰皿なんか投げないですよ」

と言ったかどうかわからんが、

今朝のテレビで蜷川実花監督が出ていた。

 

よく知らない人は、どうも怖い女、

怖い監督のイメージで自分を見ているようだ、

と話していた。

 

父親(舞台演出家の故・蜷川幸雄氏)のイメージが

まとまりついていると言う。

「あの世から営業妨害されてます」

というセリフで笑った。

 

ちょっと見てただけだが、とても可愛い女性だ。

 

その蜷川監督の新作映画が

「人間失格 ~太宰治と3人の女たち」

 

太宰治は小栗旬。

3人の女をやるのは、宮沢りえ、沢尻エリカ、二階堂ふみ。

端役らしいが、藤原竜也まで出ている。

 

すごいキャスティング。

これはヤバすぎる。

 

ちらっと出てきた映像は、まんま「ヘルタースケルター」の極彩世界。

 

しばらく映画館に行ってないが、これはぜひ観たいなぁ。

 


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魚のいない水族館:あとがき

 

「魚のいない水族館」をお読みいただき、ありがとうございます。

なんでこれを書いたかというと、夏の盛りのある昼下がり、

 

♪さかな~の「い~な~い、すいーぞっかん

 

という歌がヤグルマソウほども青い海の底から聴こえてきたのです。

 

むかし付き合っていた女の子が、よく口ずさんでいた歌です。

たしか、黒色テント(1970年代のアングラ演劇)の芝居の中で

歌われていた歌だと思います。

後からネットで調べてみたら、林光という人の作曲でした。

 

とても憶えやすいメロディだったので、彼女は気に入ったのでしょう。

僕はすっかり忘れてたけど、

猛暑の中、昼寝をしてたら、つい口ずさんでいました。

脳の深海から上がってきた泡が、ぽこっと出てきたみたいに。

40年ぶりのことです、たぶん。

 

それで何か書いてみようと、

ライティング・メディテーション(書く瞑想)をやってみたら、

なんだかお話のようなものができました。

 

そこでこのノート5ページ分に書き出したあらすじを、

何とか人様も読めるものにしようと、

ごりこりと書き足し、書き直しながら

ブログに載せていきました。

 

まるで夏休みの宿題みたいになってしまって、

最後までゴールできるかどうか不安になりましたが、

なんとか書ききれました。

 

当初は3回くらいで終わる予定だったのに、

やり出したら、どんどん展開して6回になりmした。

トータル13,000字超。

原稿用紙33枚という、ちょっとした物語になりました。

 

せっかくなので、ここからまた少し手を加えて、

とりあえず短編小説賞に出そうと思います。

2,019年、令和元年、夏の思い出です。

 


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魚のいない水族館:最終話

 

 こんな形で秋の仕事が入ってくるなんて、思いもしなかった。

 僕は水族館の閉鎖作業を手伝うことになった。

 

 いろいろな業者がやってきて作業するが、いちばん大がかりなのは、やはり水槽の水を抜くことだった。

 何トンにもおよぶ水がポンプで汲み取られ、強大なタンク車に移され、運び去られた。この水も海に還っていくという。

 

 地球の70パーセントは海の水。頭の中に漆黒の宇宙の闇の中、ぽっかりと青い惑星が浮かび上がった。確かに地球は“水球”だ。

 水を抜いて空っぽになった水槽は、古代文明の遺跡のように見えた。僕は後に残された残骸を拾い集めて可燃ごみ・不燃ごみ・リサイクルごみにきちんと分別した。

 

 閉鎖することを決めてから、館長は館の奥にある、海底基地みたいな事務所にこもってパソコンをいじりながら事務処理をしていた。

 閉鎖するという情報は特に公開しなかったようだ。

 彼の言い分はこうだ。

 

 「人間は忘れる生き物です。それも割とすぐに。夏のことなんて、みんなとっくに忘れています。

 いったん涼しい風に慣れてしまえば、もう夏がどれくらい暑かったかなんて、ほとんど思い出せないでしょう?

 でも、それでいいんです。新しい暮らしが始まれば、過去のことなど忘れてしまっていい。

 また同じことが巡りくるようなら、その時はその時で、また対処して順応すればいいだけの話です。

 人間だけじゃなく、地球上の生きものはみんなそうしています」

 

 館長の言うとおりだった。

 みんな、「ああ、そう言えば、そんな水族館もあったよね」とは思っても、詳しいことは思い出せない。

 魚はいなかったということは記憶にあるが、もはやその輪郭は霧に包まれたようにぼやけている。

 

 しかし、何かが終わろうとする時は、人は見逃さない。

 どこからか情報を掘り出して――というか匂いを嗅ぎつけて、と言った方が適切かもしれない――ざわざわと集まってくる。

 そう、まるでサメが獲物の血の匂いを嗅ぎつけるように。

 

 そして、一度も来たことのない人でも、みんな、昔ながらの愛好者、顔なじみの友だちであるかのように主張するのだ。

 

 彼らはまた。遺跡を発掘する探検隊のようでもある。目ざとく金目のものを見つけ出し、「どうせもう要らないガラクタなんでしょ」と言って自分の物にしようとする。

 たぶん、「売れば値のつくものがいっぱいありそうだ」と、どこかの誰かがネットで書き込んだのが広まったのだろう。

 

 というわけで連日、大勢の“自称・魚のいない水族館の友だち”が、水槽に貼ってあった解説プレートやら、売店にあった魚の図鑑、模型、文房具、日持ちのするお土産のお菓子屋らの類を、僕がいいとかダメとか言う間もなく、持ち去って行ってしまった。

 おかげで片付け作業は半分くらいに減ったのだけど。

 

 僕はそのことを館長に事後報告した。

 館長は僕をとがめることなく、感情を顔に表さず、ただ「わかりました」とだけ言った。

 そして「あなたがいてくれて本当に良かった。助かります」とも。

 ほとんど感情を顔に表さないが、この人ならではの感謝の気持ちが伝わってきた。

 

 僕はいつの間にか、この館長の人柄に惹かれていたのだろう。

 最初はほんの1週間ほど手伝うつもりだったのに、「あと少しだけお願いします」と頼まれると、嫌とは言えなかった。

 

 それに自分でもこの仕事が結構気に入っていた。楽しいわけではないが、少なくとも嫌々だったり、辛かったりはしない。

 あれよあれよという間に1か月以上が過ぎ、秋の仕事の半分を水族館での後片付けに費やした。

 

 けれども、冬が来るまでやっているわけにはいかない。

 僕は「幸福の王子」のつばめではないのだ。

 もともと予定していた秋の仕事に入らなくてはいけない。

 閉鎖作業はまだ完全に終わってはいなかったが、僕は館長にそのことを申し出た。

 

 館長は一瞬、眉を寄せ、口を歪め、目を閉じて、ちょっとだけさびしそうな表情を見せ、空を見上げた。その後、すぐに顔を戻し、いつもの、感情を内側に宿したままの平坦な口調で

 

 「ここまでやっていただき、ありがとうございました。あなたにはたいへんお世話になりました」とだけ言い、おもむろにデスクの引き出しをあけた。

 

 そこには少し厚みを帯びた封筒が入っていた。まるで僕が今日、申してくることを予測していたかのように準備万端だ。封筒の中には賃金が入っていた。お札とコイン。

 

 僕は「失礼して」と断って、中の金額を確認し、「確かに」と伝えた。1か月分の賃金としては悪くない。

 

 「これは記念品です」館長はやはり表情を変えず、「これは記念品です」と言って、今度はポケットから小さな箱を取り出して手渡した。青いラッピングペーパーに包まれているが、リボンなどはかけられていない。

 

 僕は小さな声で「ありがとうございます」と言い、こちらは中身を開かず、そのまま自分のズボンのポケットにしまった。

 館長はもうそれ以上、何も言わなかった、

 これで本当に最後だ――そう思った僕は、以前からこの人に尋ねたかったことを、思い切って訊いてみた。

 

 「あなたも海に還るのですか? 魚たちと同じように」

 

 冗談とも取れるように、ほんの軽く訊いたつもりだったのに、思いがけずそれは事務室の空気を重く変えた。

 しばらくの間、ずしっと水圧がかかるような沈黙が流れた。初めて会った時と同様、何秒か過ぎた後に、館長はようやく唇を動かした。

 

 「わたしは山で育ちました」

 それからせきを切ったように自分の物語を語り出した。

 

 「海なんて少年の頃は一度も見たことがなかったのです。

 私の家族も海のことは知らなかった。

 私はその山の周辺で一生を終えるはずだった。

 

 ところがある時期から海へのあこがれが募り始めた。

 なぜかはわかりません。何がきっかけだったかも忘れてしまった。

 この間も言ったように、人間は忘れっぽい生きものですからね。

 

 わたしの中に――心の奥底に、海を求める何かが潜んでいたとしか言いようがない。とにかく、抑えがたいものを感じて、わたしは山を下り、旅に出た。

 もしかしたらずっと山にいた方が気楽に暮らせただろうなと思うことも何度かあった。

 けれども始まってしまったものは今さら止められない。

 

 夏も、秋も、冬も、春も、わたしは働いた。

 暑い時も寒い時も休まず働いた。

 そしてこの水族館を作ったのです。

 これは、わたしの夢の結晶でした。

 たくさんの魚たちに囲まれて、時には魚たちといっしょに夜も過ごして、わたしは幸福だった」

 

 彼はそこで話を止めた。すべてを語り終えたとは思えなかったので、僕は重ねて質問しようと思ったが、これ以上訊いたところで、何がぢうなるわけでもない。

 

 「ここの閉鎖が完了したら、わたしは故郷の山に帰ります」

 「そうですか。わかりました」

 「どうぞお元気で」

 「あなたも」

 

 それで僕たちは別れた。

 物事の終わりはいつもあっけない。

 人生は尻切れトンボのストーリーの連続だ。

 

 僕は家に帰って、館長からもらった記念品のことを思い出した。青いラッピングペーパーをあけると白い小箱が現れた。

 その蓋を取ってみると、中に入っていたのは、銀色のペンダントだった、少し大きめの魚のウロコのようにも見える。

 

 どうしてこんなものをくれたのか訝ったが、中には何のメッセージも入ってない。

 突然、僕はひどい不安に襲われた。このペンダントの意味や、魚のいない水族館の意味が分かる時は来るのだろうか? 

 これまで何十年も生きてきたが、僕には大事なことがなに一つ分かってないのではないか、という気がする。

 

 けれども僕はいったん考えるのをあきらめた。

 そうそういつまでもあの水族館のことを気に留めている暇はない。これから本当の秋の仕事が始まる。忘れてもいいのだ。

 

 忘れなくては前に進めないことがある。僕は自分にそう言い聞かせ、そのペンダントの入った小箱を机の引き出しの奥にしまった。

 浜辺で拾った小さな貝殻を、遥かな沖合まで出かけて行って、そっと沈めるように。

 

END

 


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般若心経(cho Ver)は21世紀のプログレ

 

エンディング産業展のイベント「次世代僧侶オブザイヤー」で知った。

坊主バンド、昨年末のアジアツアーライブ。

世界は宗教から離れつつある。

それを人々のもとに取り返そうという試み。

 

てか、そんなリクツはどうでもいい。

これはすごい。カッコいい。

僕に言わせれば、これぞ現代のプログレッシブロック。

若い坊さん、面白いじゃないか。

 


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魚のいない水族館:第5話

 

驚くべきことが起こった。

魚のいない水族館に人が集まり出した。

それも半端な数ではない。“わんさか”である。

きっかけば僕のブログだった。

僕はあの日の奇妙な体験を、

自分のブログに書いて公開してみたのだ。

 

ブログを書いたのは、ほぼひと月ぶりだった。

こんなことが人々の気に止まるとも、

共感を呼ぶとも思えなかったが、

自分にとって、かなり印象深い体験だったのは確かだ。

ただし、いよいよ頭がおかしくなったかと

思われるかも知れない。

 

そんな、どうでもいいことを思い悩んで逡巡していたら、

あっという間に三日が過ぎていた。

これ以上悩むのは明らかに時間の無駄だと思って、

えいやっと投稿した。

 

そうすればすっきりするだろうと思っていた。

ところが、意に反してそうはならならない。

なんだか澱のようなものが沈殿していて、

なんとも気持ちが悪いのだ。

 

脳の深いところ――深海にうごめく魚の群れ。

僕は小型潜水艦に乗り込んで、水圧と闘いながら、

その深淵にゆっくりと降りてゆく。

 

地球の衷心――館長が「地球の脳」と呼んだ所に下りてゆく。

僕の脳と地球の脳とはどこかで繋がっている。

降りれば降りるほど確信が増していく。

数日のうちにそんな夢を何度も見た。

 

その夢を見るたびに、ブログの評判は上がり、

僕の体験談は加速度的に広がっていった。

 

魚を皆、海に返したという勇気ある行為に、

環境保護団体のみならず、さまざまな企業や団体、

政治組織から賞賛の声が上がった。

そしてまた、それが多くの人の共感を呼び起こした。

 

気が付いた時には、魚のいない水族館は、

世界中から観光客が押し掛ける、

この夏いちばんのトレンドスポットになっていた。

 

僕は再び水族館に足を運んだ。

 

館内はまるで夢遊病者の群れだった。

訪れた客たちは空っぽの巨大な水槽をただ眺め、

魚から人間はどう見えるんだろう?と考えていた。

 

その中の何人かは「私も昔は魚だった」とか

「僕も海に還らなくてはいけない」などと、つぶやいていた。

 

最初はそうした静かな人たちが多かったのだが、

そのうち、瞑想やヨガをやる者が現れた。

 

さらに今度は、コスプレイヤーがやってくるようになった。

魚の被り物をして「ギョギョギョ」っという人をはじめ、

イルカやアシカやペンギンのコスチュームを着て、

パフォーマンスする人も現れた。

 

決定的だったのは、

とある世界的に有名なファッションデザイナーが、

新作のマーメイドドレスのショーを開催したことだった。

 

水族館はいろいろな色の肌や髪をした人魚たちと、

それを追いかける人魚マニア、

そして当然のことながら、マスコミの取材陣で溢れかえった。

 

こうなると水族館人気はますますエスカレートし、

旅行代理店は「魚のいない水族館ツアー」を売り出し、

大ヒットとなった。

 

さらに信じられないことが起こった。

あの館長が人気に応えるためとして、

巨大水槽を来場者に開放したのだ。

 

女も男も服を脱ぎ棄て、

それぞれ好みの水槽に入って泳ぎ出した。

自分の鍛えた肉体・磨きをかけた肉体を誇示し、

優美な泳ぎを人に見せつける。

その快感に酔いしれる連中が続出した。

 

もはや歯止めはきかず、聖域をイメージさせた

魚のいない水族館は、

坂を転がるように、レジャー施設へと変貌していった。

 

その変貌ぶりに僕はぼう然とするばかりだった。

僕はあの時、一入場者としての感想をブログに書いただけで、

この施設に何の関係もないし、何か責任を負うすべはない。

けれども、どうしても気分が落ち着かなかった。

 

その日、訪れた時、僕は館長の姿を探した。

ごった返す館内を抜けて表に出てみると、

人々のざわめきが波音に変わり、さ

あっと吹いてきた潮風に髪が乱れた。

館長の姿が目に入る。

彼はひとりでデッキの端に佇み、海を見ていた。

ムースで撫でつけた黒い髪は、

風に晒されてもびくともしない。

 

「どうしてこんなことになってしまったんですか?

あなた、いったい何を考えているんです?」

そう問いただすはずだった。

ところが、上手く口をついて言葉が出てこない。

僕は仕方なく、ゆっくりと彼に近づき、横に立った。

何か言わなくてはと焦り、言葉を探していると、

逆に彼から質問を投げてきた。

 

「人はどうして海を見たがるのでしょうか?」

 

「海は故郷だからです。

すべての生命の源であるからです」

 

僕はほとんど考えることもなく答えた。

なぜかそう答えていた。

答えた後で、もしかしたら、

彼は僕に質問しようとしたわけでなく、

自分自身に語りかけただけではないかと思った。

けれども彼は僕の言葉を丁寧に掬ってくれたようだ。

 

「海を見られるのは幸福なことです。

中には死ぬまで海を見ないで、一生を終える人だっています。

いや、交通手段が発達するまでは、

むしろそういう人の方が多かった。

山で生まれ育った人は、

一生をその山里のあたりで過ごしていました。

海などというものは物語に出てくる異境だった」

 

館長はそこで言葉を切った。

その気になればいつでも海を見られる僕たちは、

はたして幸福なのだろうか?

 

わからない。

それに、それがこの水族館と

どういう関係があると言うのだろう?

 

「もう秋の仕事は決まっているのですか?」

 

館長は唐突にそう訊いた。

 

「もしまだなら、ここに仕事があります」

「ここに?」

「はい。この水族館は秋になったら閉鎖します。

あなたにその後片付けを手伝ってもらいたい」

                     つづく


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魚のいない水族館:第4話

 

「そうなんだ、これは地球の意思なんだ」

 

横向きになった館長の顔は。やはり魚っぽかった。

もう半魚人だとは思わなかったけど、代わりに、

人間は母親のおなかの中にいる時、つまり胎児の期間中、

生物の数億年にわたる進化を経験するという話を思い出した。

受精卵が成長する過程の、ほんの数日間、

人間も魚のかたちをとる時間がある。

人は昔、魚だった。

この水族館は胎内だ。

 

「地球は宇宙に浮かぶ1個の生命体です」

水槽に向き合う館長の言葉は、僕に向けられているのか、

自分自身に対して語っているのか、判断がつかなかった。

 

「だとすれば、魚も人間も、もちろん他の動植物も、

地球を構成する一つ一つの細胞なのです。

細胞は日々、新しく生まれ変わる。

古い細胞は死んでいく。

永遠に存在し続けるということはあり得ない。

それが正しい細胞としての在り方です」

 

こう見えても僕はわりと気が短い。

こうしたもったいぶった話し方を聞いていると、

だんだんイライラしてくる。

言いたいことがあるなら、もっとはっきり言えばいい。

 

「つまり、こういうことですか?

水族館なんて無駄なんじゃないか。

水族館を作って、人間に娯楽を与えたり、

魚たちの生態を研究させたところで、

ちっとも地球のためには役立たないという・・・」

 

館長はちらりと僕を一瞥して、また水槽に向き直った。

 

「わたしたちの足元を何万キロも掘り進んだところに、

“地球の脳”があります」

 

僕は図鑑で見た地球な内部の図を思い浮かべた。

丸い地球の真ん中に赤い玉のようなものがあった。

図鑑を見た時、僕は心臓のようだなと思ったが、

この人は脳だと言う。

意思があるというのだから、

心臓じゃなくて脳という例えが適切なのだろう。

 

「マントル層があって、その中心に核(コア)があるってやつですね?

脳っていうのは、ちょっと擬人化しすぎじゃないですか?」

 

館長は僕の言ったことをスル―する。

 

「人間は一つの細胞に過ぎなかったはずなのに、

地球の脳はその行動をコントロールできなくなった。

それをいいことに人間は、他の細胞を食い荒らし始めた」

 

「人間が地球にとって癌細胞だ、という話は聞いたことがありますが。

あのぅ、いったい何が言いたいんでしょうか?」

 

今度は館長は黙っている。

気を付けてものを言ったつもりだが、

心のイラつきが混じって表に出たかも知れない。

 

僕は環境保護団体も、環境保護運動も嫌いだ。

あんなことは、カネもヒマもあり余っている連中の

趣味だと思っている。

 

仕事とか、家族のこととか、健康のこととか、貯金と借金と保険のこととか、

買物とか、情報収集とか、メールやSNSのチェックとか、

ニュースや流行もののチェックとか・・・

 

こっちは生活するので精いっぱいでだ。

地球のことなんて、いちいち考えちゃいられない。

僕は毎日、ゴミだってちゃんと分別して出している。

電気もガスも水道も、できるだけ節約して使っている。

それでいいじゃないか。

それ以上、僕が地球のために何ができるというんだ?

 

自分たちが趣味として取り組んでいる分には、

勝手にどうぞという感じだが、

価値観を押しつけられるのはまっぴらごめんだ。

 

それに水族館の館長なら、その前にやるべきことがあるだろう。

まだ夏休みなんだ。

魚やイルカやアシカやペンギンやクラゲに会うのを

楽しみにやってくる子どもだって大勢いるはずだ。

子どもだけじゃない。

最近は、疲労が蓄積した大人たちの癒しの場にもなっている。

 

水族館にはそうした、かけがえのないミッションがあるはずだ。

地球環境がどうのこうのと言う前に、

まず、人間社会における役割をきちんと果たすべきだ。

 

そんな抗議の言葉が頭の中を右往左往した。

しかし、ここでこの男と議論を戦わせて、

いったいどんないいことがあるだろう?

いたずらに消耗するだけではないか。

そう考えたらバカバカしくなった。

 

「まだ遅くないんです。今ならまだ引き返せる。

人間自身もそのことに気付き始めた」

 

そう言って、館長は首から上を僕に向けた。

魚のような目が合う。

僕は再び言葉を飲みこみ、顔を伏せた。

そして、踵を返してその場を立ち去ろうとした。

もうこれ以上、こんな話に関わり合うのはごめんだ。

考えたってしかたがない。

面倒な問題からは逃げるが勝ちだ。

僕は忙しい。時間がないのだ。

 

けれども歩きながら別の声が聞こえてくる。

いや、ウソだろ。忙しくなんかない。

僕は今、失業中だ。

ヒマだからここに来たのではなかったのか?

たしかにそうだ。

たしかにそうなのだが。

 

「その水槽を見てごらんなさい」

 

心の隙を突くように、館長が鋭い矢を放った。

射止められて、僕は足を止めた。

 

「わたしのほうは見なくてもいい。

すぐ横にあるその水槽をご覧なさい」

 

僕は自分の身体の右側にあった水槽を見た。

水面ははるか上の方にある。

僕は見上げて思った。

ここにはどんな魚が入っていたのだろうか?

 

「さあ、それでは、あなたがそこに入っていると思いなさい」

僕が? 水槽に入る?

 

館長はそれ以上、何も言わなかった。

けれどもなぜか、僕はその突然の、奇妙な提案をすんなりと受け入れた。

なにも抵抗感はない。

まるで自分が、ずっと以前からそうしたかったかのようだ。

 

僕はもう水槽の中に入っていた。

水が流れている。

ポンプの音が聞こえてくる。

それに混じって、何か無数のメロディーのようなものが聞こえてくる。

それは魚の歌う歌のように聞こえた。

魚がいなくなっても、その一匹一匹の記憶だけが水の中に残っている。

 

その歌のような音の中からは、魚の感情の波のようなものが感じられた。

それはいやがおうでも想像力を刺激し、

僕は魚の目を持つにいたった。

 

水の中から館内のプロムナードを見る。

透明なガラスの向こうに集っている人間たち。

魚は人間という生き物をどう認識するのだろう?

 

人間が、同じ惑星で、今、同じ時間を生きている生き物だと、

魚たちは認めるのだろうか?

それとも・・・

つづく

 


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魚のいない水族館:第3話

 

「あのぅ、魚は何処に行ったんですか?」

 

「海に帰りました」

僕の質問から2秒、間を置いて男はそう返答する。

 

「全部?」

「はい、全部。1匹残らず」

今度の間は1秒だった。

 

僕は一瞬ためらってから3つめの問いを発した。

「なんで?」

「魚たちが海に帰りたいと言い出したからです」

今度の間は0・5秒。

いや、0・3秒くらいだったかもしれない。

 

ストップウォッチで測っているわけではないので、

正確な秒数ではない。

でもだいたいわかる。返答の間がだんだん短くなっている。

 

けれども男の口調はけっして慌ただしいものではない。

落ち着いた、冷静な口調だ。

さりとて事務的というのでもない。

静かな中に、どこかあたたかみを感じることができる。

落ち着いた話し方に、力強さ、説得力がある。

 

じわりと水圧がかかったような気がした。

しばし黙っていると、男のほうが言葉を継いだ。

 

「そうなんです。魚たちが言い出したことです。

だからこうしました。

魚あっての水族館。魚が軸の水族館。魚ファーストです。

それなら魚の言うことを聞いてあげなくてはなりません。

魚の希望をかなえてあげなくては」

 

「だけど・・・」と、僕は口を挟もうとした。

しばし、男の説得力ある口調に圧倒されていたが、

「ああ、そうだったんですね」と、

簡単に納得するわけにはいかない。

男の言い分に正当性はあるものの、

人間側からすれば、「魚がいるからこそ水族館」とも言える。

 

しかし、僕がそのことを口にする前に、

男はさらになめらか話を継いだ。

 

「あなたの言いたいことはわかります。

その通りです。魚あっての水族館です。

魚が1匹もいないのでは水族館としての存在意義がないのではないか?

どうしてオープンしているのか?」

 

男はそこでまた間を取り、やや大げさに息を吐き、吸った。

 

男は僕の顔を改めて見据える。

僕も気持ちを整え、ちゃんと男の顔を見る。

 

二つの目が大きくて丸い。

そして目と目の間が奇妙に離れている。

7~8センチ位あるのではないか。

 

額は広く、やや前方に膨らんでいる。

鼻は低く、口は小さいが、これもまた前方に突き出している。

きりっと結ばれておらず、微妙に半開き状態で。

 

真横から見たら、額と口が前に突き出して、

真ん中にある鼻が窪んでいるように見えるだろう。

そんな気がした。

なんとなく魚類を思わせる顔だ。

一瞬、こいつは半漁人ではあるまいな、

という疑惑が頭をよぎった。

 

「あなたが訝しく思うのは、ごもっともです」

ひと呼吸おいて、男はまた、僕より先に言葉を継いだ。

 

「あなたは館長さんですか?」

僕は違う方向から質問を投げかけた。

「そうです」

男はゆっくりと首を縦に振る。

「だったら従業員だって・・・」

僕がそういうと、館長と名乗った男はまばたきをした。

魚はまばたきしない。

半漁人もまばたきはしないだろう、たぶん。

僕は頭から疑惑と妄想を払い落とした。

ちゃんと人間である男は会話を進める。

 

「そうですね。従業員だって、魚が好きで、

水族館で働いて幸福だったのに、

その魚がいなくなってしまった。

魚だけではない。イルカもアシカもペンギンもいない。

みんな、海に帰ってしまった。なので失業です。

わたしはここで、夢を持って働いていた従業員を

みんな失業させてしまった」

 

そこで館長は初めて悲しそうな感情を少しだけ見せ、

顔を伏せた。

 

「どうして・・・」

僕は緊張しながら、喉の奥から声を絞り出した。

少しかすれているのが分かる。

「どうして返す必要があったんですか?」

 

館長は顔を上げて僕の顔を見た。

 

「そのために仕事を失ってしまった人たちがいる。

いやいややってた仕事じゃないでしょう。

魚やイルカやアシカやペンギンが好きで、

そんな自分が大好きで、誇りを持ってやっていた仕事だ」

 

するするとお腹から出てきた言葉を、そのまま声に出した。

そうせざるを得ない何かが僕の中にあった。

声には自然と力がこもる。

そして、なおも続ける。

 

「あなたが館長なら、その責任がある。

僕の問いにもちゃんと答える義務がある」

 

そこで言葉を切り、僕は大きく呼吸した。

責めるような口調になっていたのではないか?

なぜ、そんなに強く質してしまったのか?

 

ちょっと後悔したが、時間はもとには戻らない。

それに間違ったことを言ったわけでも、失礼なことを言ったわけでもない。

自分にそう言い聞かせ、もう一度、頭の中で疑問を整理し、

質問文を構成し直して、館長に投げた。、

 

「どうして魚を海に帰し、水族館を閉じ、スタッフを解雇したんですか?」

 

館長は動揺したそぶりも見せず、

また、1秒の間を置いて、言葉を返した。

 

「それは地球がそう望んでいるからです」

 

その台詞を日常の生活空間の中で聞いたら、正気を疑うだろう。

「んなわけねーだろ」

と、思わず腹を抱えて笑いころげていた可能性だってある。

 

けれどもここは、水だけをたたえた、

静謐で巨大な水槽が並ぶ、魚のいない水族館だ。

そんなことができるはずがない。

 

言葉はどんな空間で発せられるかで、響きがまったく変わる。

そして、響きが変われば意味も変わってくる。

 

僕は、館長の語る話を聞かなくてはいけないと思った。

もっと聞きたい、とも思った。

なぜなら、そこには世間に浮遊している藻屑のような言葉よりも、はるかに価値のある真実が含まれているような気がしたからだ。

 

しかし、館長はそれ以上、僕と向き合おうとしなかった。

彼はくるりと90度、からだの向きを変え、

空っぽの水槽と向き合った。

透き通った水槽の表面に、魚によく似た顔が映し出される。

館長は僕ではなく、鏡の向こうにいる自分自身に、

丁寧に言い聞かせるようにつぶやいた。

 

「そうなんだ、これは地球の意思なんだ」

つづく

 


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時が止まった部屋:遺品整理人がミニチュアで伝える孤独死のはなし  本日発売編

 

今日から3日間、東京ビッグサイトで

エンディング産業展が開催されている。

例によって「月刊仏事」の取材で有明通い。

メインは毎日行われるセミナーやイベントの取材だが、

ブースの方も覗いてみる。

 

昨年、最も衝撃を受けたのは「遺品整理クリーンサービス

(㈱ToDo-Company)」のミニチュア展示。

 

孤独死の現場・ゴミ屋敷の様子を、

遺品整理人(特殊清掃)が、写真ではなく、

ミニチュアで伝えるというもの。

各メディアでも、たびたび取り上げられているようなので、

ご存知の人も多いかも知れない。

 

しかもその遺品整理人がうら若き、かわいい女性。

 

しかもしかも、アートの学校や講座に通っていたとかいうわけではなく、

現実を伝えるには、こういう手段がいいだろうということで

仕事の合間に、いきなりこうしたミニチュアを作ってしまった。

 

しかもしかもしかも、話していると気負ったところもなく、

純粋に、まっすぐに、

彼女のこの仕事に対する思いが伝わってくる。

 

というわけで、トリプルインパクトを受けたのが1年前。

 

今年も出しているのかな~と思って覗いてみたら、

出してた!

しかも本を出していた!

本日、8月20日発売だ。

 

彼女――小島美羽さんの作るミニチュアの魅力は、

じつはそこに添えられる文章によるところが大きい。

 

けっして文章がうまいとか、表現力に長けているわけではない。

その部屋の清掃・整理に実際に携わった時の感想・

湧き出てくる思いを淡々とつづっているだけだ。

 

しかし、その語り口がいい。

彼女が語り部になると、その部屋の悲惨な情景から、

人生のストーリーが形となって響いてくる。

 

まるで、この21世紀の日本の社会で、

生まれて生きて、そして死んでゆく、

僕らの人生を映し出す叙事詩のようだと思った。

 

当然、本にする価値、大ありでしょう!

昨年はブログにも書いたし、ちょっとだけ仏事の記事にもしました――

 

という話を、当の小島さんが他のお客さんと話してたので、

本を売りに来てた出版社の人にしたら、

1冊、献本していただいてしまった。

 

ありがとうございます。

これはちゃんと読んで、夏休み読書感想文にします。

 

でも、読む前からわかっている。

これは素晴らしい本だ。価値のある本だ。

孤独死やゴミ屋敷に興味があれば、ぜひ、手に取ってみてください。

 


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魚のいない水族館:第2話

 

入館料は600円だった。

入口には何の断り書きもなかった。

これでは詐欺も同然だ。

けれども不思議と腹立たしい気持ちにはならない。

むしろこの空間は、今の自分に相応しいのではないか、と思ったくらいだ。

 

この夏、僕は失業していた。

春夏秋冬、僕はそれぞれの仕事を持っている。

夏の仕事は、子どもたちを海で遊ばせることだった。

打ち寄せる波と戯れたり、

波間でビーチボールを追い駆けたり、

シュノーケリングで魚といっしょに泳いだり、

岩場を這い回るカニを捕まえたり。

 

ある子どもはプカプカ波間に浮かぶ、円盤型の白いクラゲを捕まえてきては、

まるで石切りのように「クラゲ切り」をして見せた。

 

右手でクラゲのかさのへりをつかみ、腕を折り曲げて左胸に引き寄せる。

手首のスナップをきかせ、回転を付けて、水面すれすれに、平行に投げる。

 

クラゲはピッピッピッと10回近く跳ねて、小さなしぶきを上げならがら、水面を走っていく。

水平線に向かって走っていくその姿は、小人の宇宙人が乗りこんだUFOのようだ。

 

そして最後にスッと海中に沈む。

まるでUFOが宵闇の空に溶け手見えなくなるように。

同時に、ほっというクラゲの安堵のため息も聞こえてくる。

 

少年は自慢げに笑っている。

世界クラゲ切り大会があれば、チャンピオン候補だ。

子どもたちが歓声を上げ、われもわれもと「クラゲ切り」に夢中になる。

 

クラゲにとっては、このあたりに浮かんでいたのが運のつき。

いい迷惑だと思うが、意外とこのスリリングな体験を楽しんでいるのかもしれない。

クラゲの心はクラゲに訊いてみないとわからない。

 

子どもたちが海に入ってはしゃぐ姿を見るのは、

大人の僕にとってはとても楽しく、羨ましく、深い満足感を与えてくれた。

けれども子どもたちは当たり前のように成長して大人になる。

夏の海で遊ぶのなら、友だち同士、仲間同士、

あるいは若いボーイフレンドやガールフレンドといっしょのほうが

楽しいに決まっている。

こうして僕の夏の仕事は、自然と終わってしまった。

 

夏の仕事はやろうと思えば他にもあった。

芝刈りとか、雑草とりとか、盆踊りの後片付けとか、海水浴場のゴミ拾いとか。

だけどどれもやる気にならなかった。

 

仕事をしないことに少し負い目感を覚えることもあった。

だが、心配せずとも、秋になれば、秋の仕事が待っているのだ。

それまでしゃかりきになって働く必要はないだろう。

そう考えて、僕は失業したまま、ブラブラと散歩して夏をやり過ごすことにした。

 

下町の市場をぶらつくと、魚屋の軒先に何種類もの魚が並べられている。

中には盥や生簀の中で生きているのもいるが、ほとんどは死んで横たわっている。

盥や生簀の魚たちも食べられるために生かされている。

 

ふと、この魚たちはこの地球上に生まれてから、どんな遍歴でここまでたどり着いたのだろうかと考え始めた。

逆回ししてみるとわかりやすい。

まず、ここまで来るにはトラックに乗ってきたはずだ。

 

巨大な冷蔵庫を荷台に備えたトラックが、夜通し高速道路を走る。

その前は漁港だ。漁船から大きな網で無数の魚たちが引き上げられる。

漁船は港にたどり着く前、もちろん海の上を航行している。

 

僕が散歩した夏の暑い日、下町の魚屋の軒先に並べられた魚は、

もしかしら、ひどく後悔したかもしれない。

くそっ、あの群れの連中といっしょにいなければ、と。

 

群れて行動していたから、漁船の魚群探知機に知られてしまった。

ひとりぼっちでは生きられないことはわかっているが、

何か別の手立てはなかったのだろうか・・・。

 

僕はイメージを辿って魚の思考回路に入り込もうとしたが、

それ以上は魚屋の店先では無理だった。

僕だって魚を食べるのが好きだ。

刺身も、焼き魚も、煮つけも、ムニエルも、天ぷらも、フライも好物なので、

同情などして罪悪感を感じたりしたら大変だ。

思索するにもTPOというものがある。

 

やはり生きて水の中を泳いでいる魚を見なくては。

僕はそう思った。

目をキョロキョロさせ、口をパクパクさせ、背中と腹と尻尾の鰭をヒラヒラさせ、

全身の筋肉を張りつめたり、たゆませたりして泳ぐ魚の姿を。

そんな、まだ人間に捕まる前の、野生の魚のイメージを抱えて、

僕は足を水族館に向けた。

 

その水族館に行ったのは、遠い昔なので場所をはっきり憶えてない。

たどたどしい記憶をたぐり、バスを乗り継いで、やっとの思いでたどり着くことができた。

それなのに魚は一匹もいないとはどういうことだろう?

 

それでも僕はがっかりなどしなかった。

もともと大して期待していたわけではないし、

感動を求めていたわけでもない。

いわば、失業したなりゆきでここまで来てしまった。

ただ、心の中には「なぜいないのか?」という疑問だけが、グルグルと渦を巻く。

 

そうして頭の中をグルグルさせながら、

暗いプロムナードをゆっくり歩いていくと、依然として魚の姿は見当らないが、

人間の姿は一人だけ認めることができた。

 

ぱりっとした白い開襟シャツに、折り目の入った黒いズボン。

割ときちんとした身なりをして、黒々とした髪をバックにして、

ムースか何かでぴっちりとなでつけている。

客ではない。この水族館のスタッフに違いない。

それも身なりから察すると、責任者格ではないか。

僕はそう当たりをつけて、その男に尋ねてみた。

 

「あのぅ、魚は何処に行ったんですか?」

つづく

 


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魚のいない水族館:第1話

 

その水族館には一匹も魚がいなかった。

光が届かない深い海を模した暗く静謐な空間に、

大きな水槽がいくつもいくつも、ただひっそりと眠るように並んでいる。

まるで水をたたえた棺桶のようだ。

 

むかし、北陸のどこかの町で「魚のいない水族館」というのがあったことを

インターネット検索で知った。

そこでは水槽を模したモニターを館内に並べ、

コンピュータを使って、いろいろな魚のホログラム映像を見せていたらしい。

 

物珍しさに加えて、

「魚のいない水族館」という、ちょっとミステリアスなでロマンティックで、

好奇心をくすぐる名前が特別な印象を残した。

開館当初はけっこう大勢、お客が押し寄せたらしい。

けれども、飽きられるのも早かった。

3年も経たないうちに閉鎖してしまったそうだ。

 

その話を読んで、僕はいつも行く歯医者の待合室のことを思い浮かべた。、

30インチほどのモニターに、目が覚めるような鮮やかな青が映し出される。

 

水中に光が存分に届いているということは、

空との距離はそう遠くない。

僕だって潜ろうと思えば、潜ることのできる、危険の少ない海だ。

 

水中を美しい魚たちがゆったりと泳ぐ。

映像からは音はいっさい聴こえてこない。

けれども魚たちの、色とりどりの筋肉がリズミカルに、しなうように動くと、

水の流れと調和して、耳に届かない音楽を奏でているように見える。

午後のひと時のけだるさの中で、

ぼんやりとその音楽を眺めていると、脳が解きほぐされるようだ。

そんな気持ちになったことを思い出した。

 

ときほぐされた脳は、ひとしきり、歯医者の魚の映像の味を堪能すると、

インターネット上の「魚のいない水族館」に戻っていく。

そして、件の情報の価値を検証する。

 

あれと大差ないものを北陸まで行って、お金を払って見る気になるか?

そんな問いかけがやってくるが、答は即座に「いいえ」だ。

結論がむっくりと海底の砂から頭をもたげる。

やっぱり水族館には本物の水と魚がなくてはダメだ。

 

こにには水だけがあって魚がいない。

魚だけではない。

人もいない。

入館チケットは自動販売機で買うし、入館の際も自動改札機で処理する。

館内はしんと静まり返っていて、客もスタッフも誰もいなかった。

水槽内の酸素吸入ポンプのコポコポコポという音だけが響いている。

 

入館料は600円だった。

入口には何の断り書きもなかった。

これでは詐欺も同然だ。

けれども不思議と腹立たしい気持ちにはならない。

むしろこの空間は、今の自分に相応しいのではないか、

と思ったくらいだ。

つづく

 


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終戦記念日はいつから始まったのか?

 

今年で戦後74年。

敗戦を認め、国民に知らせる昭和天皇の玉音放送が流れたのが

1945(昭和20)年8月5日。

「終戦記念日」というのはその翌年の1946(昭和21)年が第1回だ。

だから今年は73回目の終戦記念日ということになる。

 

けれども、戦直後、GHQが進駐していた時代や、戦後の復興時代、

さらには高度経済成長の時代まで、

今日のように各地で式典が行われ、マスメディアがこぞって放送し、

全国民が(いちおう)認識する「終戦記念日」なるものは存在してなかった。

 

ではそれは「いつから「存在」するようになったのか?

ウィキペディアによると、法律的には、

 

1963年5月14日の閣議決定(第2次池田第2次改造内閣)により

同年から8月15日に政府主催で全国戦没者追悼式が行われるようになり、

1965年からは東京都千代田区の日本武道館で開催された。

 

とある。さらに、

 

1982年4月13日、8月15日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とすることが

閣議決定された(鈴木善幸改造内閣)。

現在ではこの閣議決定に基づいて毎年8月15日に全国戦没者追悼式が行われている。

 

1982年は昭和57年、僕は22歳だった。

戦後37年。終戦記念日としては36回目。

しかし、法的にはこの時が第1回目といえるのかも知れない。

 

そんな最近のことだったんだ、とちょっと驚き。

 

僕が子供の頃は、マンガでもオモチャでもテレビでも映画でも、

第2次世界大戦、太平洋戦争を素材としたものが溢れていた。

 

そうした「デフォルメされた第2次世界大戦、太平洋戦争」

を体験してきた僕たちが大人になったころ、

やっと「終戦記念日」が確立された感がある。

 

令和天皇も僕と同い年だ。

平和を祈る心に変わりはないが、

戦争を間接的にしか知らない世代に渡され、

8月5日が意味するものはこの先、だいぶ変っていくだろう。

 


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アポトーシスによって消失するオタマジャクシの尻尾と、 これからの人間の進化のパラドックス

 

「ちぢむ男」の話を考えていて、

「アポトーシス (apoptosis)」という言葉に出会った。

 

ウィキペディアによれば、

これは人間を含む多細胞生物の体を構成する細胞の死に方の一種。

個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる、

管理・調節された細胞の自殺すなわちプログラムされた細胞死のこと――なのだそうだ。

 

細胞の自殺だの、プログラムされた細胞死だの、何やら小難しく、

不穏なイメージの説明が並ぶが、

いちばんわかりやすいのはオタマジャクシからカエルへの変貌だ。

 

それまで水中では必要だった尻尾が、

陸上に上がる際に消えてなくなるメカニズム。

 

あるいは、人間の手足の指。

母親の胎内では当初、指の間が埋まった、

肉団子のような状態で形成される。

 

それが胎児の成長とともに、

アポトーシスの作用で指の間の細胞が死滅する。

それによって複雑な動きを持つ指が完成するのだ。

 

そういえば南米には

体長20センチにも及ぶ世界最大のオタマジャクシがいるそうだ。

 

こいつがカエルになったら、どんだけデカい、化け物になるんだ?

と思わせるが、

不思議なことにカエルになると、4分の1程度の大きさ――

せいぜいトノサマガエルくらいになってしまうそうだ。

 

子どもよりも大人の方が小さいこのカエル、

和名はベたなアベコベガエル、

英名はパラドックスフロッグ。

なんだか新たな思想を生みだしそうなカエルである。

 

われわれの祖先であるほ乳類も、

大きくなり過ぎた恐竜の絶滅を目の当たりにして(?)、

巨大化をやめ、縮小する道を選んだ。

 

言ってみれば、コンパクトになることによって進化し、

環境の変化を克服し、

地球上で繁栄できるようになった。

これもまたアポトーシスの原理が作用したことになるのか?

 

また、コンピュータをはじめ、多くの機械は小さくなることによって

進化を遂げている。

 

物質的な豊かさを享受できるようになった先進国の人間は、

もう人生の多くのことに満足している。

 

恐れるのは手に入れたものを「失うこと」であり、

そのためたくさんの無駄なものまで抱え込む習性ができた。

もうこれ以上は抱えきれない。

そこで地球の意志なのか、アポトーシスが働く。

 

人間の身体も、あるいは脳も、縮小、あるいはある部分が

消失することによって、

地球環境に合うように進化していく・・・

 

そんな妄想に囚われ始めている。

 


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74年前の原爆と47年前のアトムズと原子力の今日

 

広島原爆の日。

テレビでは例年のごとく、原爆ドームの映像が映し出される。

 

べつに自分には何の責任もないよと思うけど、

同時になぜか、どこかの誰かから問いかけられている気がする。

 

おまえ、クーラー効いた部屋で、のうのうとテレビ見ていいの?

74年前のこと、もちろん、おまえの生まれる前のことだけどさ、

ここに原爆落とされたんよ。

何万人も死んだんよ。

その時は死ななかったけど、

後遺症で死んだり、病気で何年も苦しんだ人が大勢いるんよ。

それなのに、おまえ、そういうこと何も考えずに、

のうのうと生きていいの?

 

そんなことを詰問してくるのは

いったい誰なのかわからない。

はっきり言ってめちゃくちゃうざい。

でも、耳を塞げないのだ。

 

なので、何かこれと言って行動するわけじゃないけど、

少しは原爆のことを考えようと思う。

 

で、考えていたら、

なぜかアトムズというプロ野球チームのことを思い出した。

 

そう、アトムズというチームがかつてあった。

47年ほど昔のことだ。

前身は国鉄スワローズ。現在はヤクルトスワローズ。

 

ユニフォームの肩の所に鉄腕アトムのワッペンが貼ってあった。

1960年代後半から1970年代はじめのこと。

野球マンガ「巨人の星」の時代だ。

中日球場に中日対アトムズ戦を観に行って、

ロバーツというアトムズの4番の選手が

ホームランを打ったのを憶えている。

 

当時、「アトム」とか「原子力」は未来を象徴するキーワードだった。

膨大な戦争被害を生み出した原爆は悪だ。

だが原子力自体は人類の可能性を切り開く、素晴らしいものだ。

 

未来の日本を背負って立つ子どもたち(つまり当時の僕たち)よ、

原子力の平和利用。有効利用を考えるのが君たちの務めだ――

と言われていたような気がする。

 

それから時を経て、「アトム」も「原子力」も、

世界の経済大国にのし上がった日本の過去の栄光とともに

すっかり20世紀の遺物と化した。

とどめはもちろん3・11だ。

 

福島原発のあった地域で「原子力 明るい未来のエネルギー」という

看板が掛かっていた。

 

その標語があまりにもアイロニカルで恥辱的で

脳裏にこびりついて離れない。

 

「原子力」の輝きは失われたが、

僕たちを猛暑から解放し、熱中症から救うエアコンも、

原爆ドームと平和記念公園を映し出すテレビも、

このブログを書いているパソコンも、

動力の源には、やっぱり原子力から生まれる電気が

混じっているんじゃないの?

 

おまえ、そんなことも見て見ぬふりして、

のうのうとしていていいの?

 

また、どこかの誰かが問い詰めてくる。

 

戦争の怖ろしさはもちろんだが、

74年前の原爆の中には、さらに多くのメッセージが含まれている。

それは19世紀からこっちの

人類の科学文明全般に対する審判かも知れない。

 


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人生、飽きてからが本番

 

アキが来た。

 

と言うと、日本全国、このクソ暑いのに、

ボケてるのか?

熱中症になったのかと言われそぅだが、

そうではない。

 

秋ではない。

“飽き”が来た。

 

仕事に飽きた。

人間に飽きた。

人生に飽きた。

 

うーむ、やっぱり暑さのせいか。

実は、定期的に、ザザザザと

遠浅の海の砂浜に

寄せる波のようにやってくる。

 

仕事も人間も人生も、

もうアキアキだ。

 

でもね、どれも

楽しんでいるうちはまだまだ。

 

飽きてからが勝負。

飽きた後が本番。

 

そういえば誰だったか、

「セックスレスになってからが本物の夫婦」

と言っていたのを思い出した。

 

けだし名言。

 

というわけで猛暑中お見舞い申しげます。

 

ぼちぼち頑張りましょう。

 

早く秋が来ることを祈りつつ。

 


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川床の七夕の夢

 

今朝はどういうわけか七夕の夢を見た。

澄んだ美しい風景だった。

水辺――どこかの川、涼やかな清流だ。

川床が置かれ、その上に七夕飾りが飾られている。

 

姿は見えないが、どこからか織姫さんらしき

女の子の声がして、

 

「また仙台の七夕祭りに来てね」と誘っている。

 

仙台の七夕祭りに行ったのはもう40年も昔の話だ。

いろんな思い出と重なって

ひどく懐かしい気分に浸ってしまう。

 

こんな夢を見たのは、

先日、義母といっしょに

近所の大宮八幡宮で

平安時代の七夕飾りを目にしたせいかもしれない。

 

夢の風景はそのまままぶたに貼り付き、

目が覚めてもそのまましばらまどろんでいた。

 

耳を澄ますとサラサラと水の流れる音が聞こえてくる。

まるで時のせせらぎのように響き、耳を潤す。

 

杉並に義母を連れてきた理由の一つには、

いろいろお祭りに連れてってあげたいと思ったからだ。

 

仙台まで連れて行くのは難儀だが、

阿佐ヶ谷の七夕ならバスに乗って15分で行ける。

 

すっかりでかくなってしまった息子が

まだチビだった頃は、

毎年、楽しみしていたが、

ここのところ、すっかり足が遠ざかっていた。

 

今度は子どもに戻った義母が

喜んでくれえばいいなと思う。

 


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京都アニメ放火殺人事件:オレのオリジナルという幻想と、パクられるという妄想

 

人は誰でも創造的で

アーティストの素養を持っている。

が、そこにこだわり過ぎると、

あらぬ妄想のとりこになってしまう。

 

「パクリやがって」

とは、いったいどう響くセリフだったのだろう?

 

自分も大やけどを負い、

倒れて意識を失う直前だったのだから、

よほど強烈な恨みを込めて叫んだのに違いない。

 

京都アニメーションの放火殺人犯に

同情するつもりも、弁護するつもりも全くない。

だけど気になるのだ。

 

あれほどの凶行に及んだ動機は

一体なんだったのだろう?

 

京都アニメに勤めたこともないし、

小説なりマンガなり、

自分の創作作品を公の場に出したこともないようだ。

 

少なくとも僕の知る限り、

そうした報道はされていない。

 

 

以前、シナリオライター講座に

通っていたことがある。

そこへ行くと、

 

「オレのアイデアがあのドラマでやられちまった」とか、

 

ほとんど同じプロットのストーリーを作られたとか、

 

あそこの局で企画を募集しているが、

あれは全部落選させて、

いいとこをみんなパクるんだ。

汚ねえ。

 

なんて話が、受講生の間で毎週、飛び交っていた。

 

いわゆる広告クリエイティブの世界でも、

デザインや文章をパクった・パクられた

という話は日常的に聞く。

 

また、世間に名の知れた有名作家の多くは、

初めて会う人から

 

「わたしをモデルにして書いたわね」とか、

 

「おれの人生を勝手に無断で話にしただろう」

 

とか、まったく身に覚えのない言いがかりを

つけられることがよくあるらしい。

 

かくも創作者の界隈は、そうした

「わたしは世界で一つだけの花妄想」

「ぼくの作品はスペシャル・ユニーク・オリジナル妄想」を、

集塵機のように引き寄せてしまう。

 

これだけインターネットが発達した時代だ。

小説、映画、マンガ、アニメ、音楽――

古今東西のいろんな分野のエンタメが、

誰でも手軽に、自由に楽しめるようになると、

いろんな作品の影響・刺激を受ける。

そこからクリエイターの道に入る人も

大勢いる。

 

しかし、これだけ古今東西の

創作物に関するデータが蓄積され、

そこへアクセスするのも容易になると、

世間に広く受け入れられる、

いわゆる「売れ筋パターン」が定着してくる。

 

売れるストーリー、キャラクター、メッセージ。

音楽ならメロディ、リズム、歌唱法。

 

また、「売りたいならこうするべきだ」といった

ノウハウ・法則なるものも広く伝搬する。

 

こうした要素がミックスアップされると、

どこまでが他から影響された部分で、

どこからが自分のオリジナルなのか、

わけがわからなくなってしまうのではないだろうか。

 

そしてヒット作が生まれると、

 

あれはオレが考えていたアイデア=

あいつらはそれをパクって大儲けしている。

 

といった妄想に囚われる人たちが

大量発生するのではないだろうか。

 

犯人の男が実際に創作活動をしていたのかどうか、

定かでない。、

頭の中で考えていただけという可能性は

十分にある。

 

京都アニメのある作品が、

彼が構想していたそのストーリーと

共通する部分を持っていると気づいた時、

これはパクられたのだと

脳が自動的に変換してしまったのではないか。

そんな気がする。

 

さまざまな奇行が多かったことも

考えあわせると、

自分の上手くいかない人生に対する

忸怩たる思いも堆積していたのだろう。

 

それらが混ざり合って、

絶望感と破壊衝動が生まれてしまったのか?

 

誰もがたやすく妄想の世界に浸れる時代。

しかし、24時間、365日、バーチャルな世界に

浸って生活することはできない。

あなたも僕も、腹が減って何か食べたり、

それ以上の頻度でトイレにも行く。

 

そして普通は働いてお金を稼ぎ、

家賃なりローンなりを払って家に住み、

光熱費や、ネット・電話を使うためにも支払いをする。

 

そうしたリアルな日常の細事を

バカにしていると、妄想で人生そのものが狂いかねない。

 

さえないリアルを人のせいにしたり、

あらぬ言いがかりを付けたり、

ましてや、こんなひどい事件を

起こしたりしない限り、

空想・幻想・妄想を膨らませるのは、

どこまでも自由だと思うのだけど。

 


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世界は代筆でできている

 

僕たちが生きているこの世界――

人間が社会を作り、

国家を作り、

文化を作ってきたほとんどの部分は

代筆でできている。

 

今日のようなメディアができる以前から、

歴史上の有名な人物が何をした、何を言った、

ということの99パーセントは、

無名の、どこかの誰かが、

その有名人に代って代筆し、

後世に残したものだ。

 

というわけで、

代筆業をやっていると言うと、

どうやったら始められるのか?

と聞かれることがある。

 

これについては何とも言いようがない。

ホームページでも、ブログでも、SNSでも

なんでもいいから、公開された場で

「私、代筆やります」と書いて宣伝するだけだ。

 

もちろん、会った人に直接言えるのなら、

それに越したことはない。

 

あとは待ち。

かなり運が良ければ、

これだけで何か仕事が来るかも知れない。

 

が、普通はダメだろうから、

自分がどれだけの文章が書けるのか、

あれこれアピールする。

 

そういう意味では、今は昔と違い、

インターネットを使えば

自由にいくらでもアピールできるから

いい時代になった。

 

でもやっぱり一本釣りは難しいから、

現実的には、どこかのメディアに入って

取材記事を書いてみて実績を作るのが早道だ。

 

 

代筆業と聞くと多くの人は、

芸能人や経営者などの本の、

いわゆるゴーストライターを想起する。

 

でも僕が思うに、インタビュー取材などをして

ウェブサイトや雑誌などの記事を

書くのも、みんな代筆だ。

 

自分が思っていること・

考えていることを

自分で、人に伝わる文章に書き表す。

 

みんな、それをやろうとするが、

これがそう簡単ではない。

 

自分では、自分の顔も体全体も

見ることができない。

鏡がないとどうにもならない。

 

そういう意味では代筆ライターは、

クライアントにとって一種の鏡である。

 

僕も取材して記事を書くと、

 

「私はこういう人間だったんだ」

「うちはこういう会社だったのか」

「わたしたちは、こういう仕事をしているんですね」

などと言われることが多々ある。

 

文章が読みやすくなるよう前後を整えたり、

専門用語がわかりやすくなるよう

解説を加えることもあるが、

基本的にはその人が話したことを

そのまま書くだけなのだが。

 

ただ、そう単純でないのは、、

その相手との信頼関係が、

インタビュー中のやりとりに、

そして出来上がった原稿の文章に

如実に反映されてしまうということ。

 

だから代筆業で最も大事な点は、

文章力とか理解力とか、そういうことではなく、

いかに相手と短時間で良い関係が築けるかだ。

 

リアルな取材なら、

インタビュー現場の雰囲気を

できるだけ楽しく盛り上げ、

インタビューそのものを

エキサイティングなイベントにする。

 

電話取材やメール取材の場合は、

事前に話の流れを作って、

できたら台本を準備しておいて、

その上で進めるなどの工夫をする。

 

こうした下ごしらえが、

代筆業の仕事の

8割以上を占める。

 

てなわけで、今日は野菜栽培を研究している

ご高齢の先生の農園を訪ねて取材した。

 

楽しかったが、なかなか大変だった。

 

どれだけ経験を積んでも、

以前やったことと同じパターンを使って

うまくいくことは一度もない。

 

さすがにこの分野にはAIライターは

まだ進出してこれそうにない。

めんどくさいけど、人間にしかできない仕事。

志のある人はどうぞ、

世界を作る仕事においでください。

 


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認知症の義母と神頼みの散歩

 

「いいの、手なんか握って?」

「だって手をつながないと危ないよ」

「いいの本当に? 奥さんはいらっしゃるの?」

「はい、いますけど」

「わあ、どうしよう? 奥さん、怒らないかしら?」

「だいじょうぶです。公認ですから」

「わあ、うれしい。こうしたこと一生忘れないわ」

「喜んでもらえて何よりです」

 

認知症の義母と散歩に行くと、こういう会話になる。

言ってもわからないので、

「奥さんはあなたの娘ですよ」

なんて説明はわざわざしない。

 

僕のことは「お兄さん」と呼ぶ。

まぁ確かに義母より25も若いけど、

お兄さんというほど、若い男に見えているのだろうか?

 

亡夫(つまり僕の義父)は、

「女は三歩下がって」という考え方の

関白亭主だったらしいので、

男と手をつないで

公道を歩くのに慣れていないらしく、

ちょっと恥ずかしそうにする。

 

義母には昨日も明日もない。

小さな子どもと同じで、

「いま、この瞬間」があるだけだ。

 

「いま、この瞬間」がずうっと繋がって、

僕たちの人生があり、この世界があるわけだが、

そんなこと、ふだん僕たちはまったく考えない。

 

僕たちはいつも、これまで何をしてきたか、

少しでも多くの記憶をキープし、

自分のビッグデータを作って、

何があるかわからない明日に備え、

サバイバルしようとする。

 

ところが義母は昨日なにがあったかも忘れているし、

明日どうなるのか不安に脅えることもない。

もうボケちゃってるわけだから、

齢を取ってボケたらどうしようと怖がることもない。

 

でも時々、時計を見て

「もう家に帰らなきゃ」とか言い出す。

「ここがあなたの家だよ。

あそこにあなたの部屋があるでしょ」

と言うと、「ああ、「そうか」と

一応、納得するのだが、

数分後にはまた「帰らなきゃ」と言い出す。

 

まだ一緒に暮らし始めて1週間たたないから

しかたないのだろうが、

彼女はいったいどこに帰りたいのだろう?

 

僕は認知症についてはまったく不勉強だ。

てか、あんまり余計な先入観を持って関わるのは

よくないんじゃないかと思って、

あえて最小限の知識・情報しか入れてない。

 

人それぞれいろんなパターンがあると思うが、

認知症になると、

その人本来のキャラクターや

人生の中で培ったストーリーが

集約されて表現されるようで、

義母を見ている限り、

不謹慎な言い方かもしれないけど、

とてもとても興味深い。

 

それにしても、

いったいこれからどうなるのか?

 

同じ「いま、この瞬間」を生きる人間でも

小さい子どもはこれから成長が見込める、

いわば、のびしろのある存在だが、

認知症の高齢者はそうではない。

 

「お兄さん」としては、

とにかく少しでも、

その瞬間瞬間の積み重ねを、

幸福感・安心感を持って

過ごしてもらいたいだけだ。

 

ふだんは宗教心なんて欠片もないが、

義母に関してはもう神さまに祈るばかり。

 

大宮八幡は立派な神宮で、

初詣やお花見や秋祭りで毎年来ている。

この季節は七夕飾りが美しい。

 

すっかり通い慣れたお宮だが、

義母と一緒にいると、

不思議と素直で新鮮な気持ちでお参りできる。

やっぱ人間、最後の最後は神頼みやで。

 


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最期まで希望を見たい

 

人間はきっと最期の最後まで希望を見たがる生きものだ。

ここ数年、ドラマや小説などの創作を含め、

いろいろな書き物をしてきて、そんなことを思っている。

 

100パーセント満足な人生だったと、こころ満たされて最期を迎える。

それが最高の幸福だなんて大うそだ。

 

結局、自分の思い描いたゴールにたどり着けず、

あるいはゴールを見つけられず、

目的を達成できないまま、人間的にも未完成なまま終わって良い。

 

僕が考え得る最高の幸福は、

最期において、心を託せる誰か――

それは子どもかかもしれないし、友だちかもしれないし、

その日出会ったばかりの見知らぬ旅人かもしれない。

 

その誰かが、ついに自分がたどり着けなかった、

その場所に向かって歩いていく――

その後ろ姿を見られることだ。

希望を見つめながら死んでいけることだ。

 

義父がどんな思いで亡くなったかわからないが、

希望を見つめて空へ向かって欲しかった。

49日の納骨を迎え、美しい夏空のもと、そう祈った。

どんなところかわからないが、

これから義父の行けなかったところへ行こうと思う。

 


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仏像にいちばん近いアイドル&鎌倉名物・鳩サブレ入りソフトクリーム

 

“仏像にいちばん近いアイドル”を取材しに、いざ鎌倉へ。

その名も「みほとけちゃん」。

彼女は何と、2016年度ミス鎌倉でもある。

 

当然、美人でかわいい。

写真や動画を見て、それはわかっていたが、

ナマで会ったら、一段と美人でかわいい。

そして、かしこく、おとなだ。

 

自作の刺繍入り作務衣を着込み、

仏像のインナースペースに入り込める特技を持ち、

まさしく仏像にいちばん近いアイドルを体現する。

 

僕はこれまで特にアイドルに興味を持ったことはないが、

彼女のことは応援したくなる。

興味を持ったら、

「みほとけ」で検索してみてください。

 

アイドルの鎌倉おすすめスポットの一つが、

おみやげの「鳩サブレ」でおなじみ、

豊島屋がやっている洋菓子店&カフェ「置石」。

 

ここの「置石ソフト」は、

ソフトクリームの中に粉々になった鳩サブレが

まんべんなく入っているという逸品。

クリーミーさとザクザク感が一体化して

これはおいしい!

 

アイ love 鎌倉。

 


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ロンドンのストリートミュージック

 

ストリートミュージックが商品になった街・ロンドン。

 

1週間前にロンドンのセントパンクラス駅の駅ピアノの話を書いたが、

街頭の音楽は、今やすっかりこの街の観光資源の一つである。

 

歴史的な古い建造物の立ち並ぶ街の中で、ギターをはじめ、

アコーディオン、バイオリン、管楽器、キーボードなど、

思い思いの楽器を手に、名も知らぬ貸家演奏者が

得意のパフォーマンスを披露する。

その光景は確かに楽しく、絵になる。

さしずめ、どこかの物語世界の中に入ったような気にさせてくれる。

 

演奏する曲もロックからジャズ、クラシックまでさまざま。

けっしてみんながみんな、上手いわけではないが、

やる側も聴く側も、あまりそんなことは気にしていない。

 

残念ながら、日本の都市で同じことを、いくら上手いミュージシャンがやっても、

こんな魅力的なテイストにはならないだろう。

 

30数年前、ロンドンで暮らし始めたばかりの頃、

地下鉄の構内や町中で彼ら演奏しているのを聴いて、

「おお、俺はロンドンにいるんだ」と、胸を熱くしていたが、

当時、彼らは街の邪魔者で、何割かはホームレスだった。

 

1980年代半ばの英国は経済的落ち込みから復興する途上で、

鉄の女マギー・サッチャーがそれまでの福祉政策を全面的に見直して

大ナタを振るっている最中だった。

 

その頃まだニートという言葉は生まれていなかったが、

多くの若者は職もなく、路上に放り出され、途方に暮れ、

歌でも歌わずにはいらなかった。

 

警官や地下鉄の職員は、大目に見ていたものの、

やはり目立つことをすると追いはらっていた。

 

けれども追いはらっても追いはらっても、

虫のようにわいてきて、今度は隣の駅で、

一本向こうの通りで歌ったり、演奏したりしている。

 

それが30年たって、社会は彼ら(の「子どもたち)を

認めるだけでなく、

観光客用の売り物にしてしまった。

 

歴史を売り物にするこの国では、

わずか30年前の歴史もまた、

立派なメニューとして陳列され、

求めるお客様をおもてなしする。

 

生活事情は30数年前と大して違わないと思う。

物価の高いロンドンで、歌って暮らすのは楽じゃない。

EU離脱問題だって気が気じゃないだろう。

 

それでも歌うのをやめない。

誰かがいなくなっても、またべつの誰かが、

どっからかやってきて、

楽しそうに歌ったり踊ったりしている。

 

人生にはやっぱり音楽が必要だ。

ロンドンにはそう思わせてくれるろくでなしが大勢いる。

 


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100万回生きたロボット(仮題)

 

新作として「100万回生きたロボット」という話を考えた。

もちろん、かの名作、佐野洋子さんの「100万回生きたねこ」のパクリです。

 

100まんねんも しなない ねこがいました。

100万回も しんで、100万回も 生きたのです。

りっぱな とらねこでした。

100万人の 人が、そのねこをかわいがり、

100万人の 人が、そのねこが しんだとき なきました。

ねこは1回もなきませんでした。

 

意味はともかく、1ページ目の、この言葉のリズムが圧倒的。

あっという間に、子どもも大人も、この世界に吸い込まれる。

 

子どもに読み聞かせると言って買ってきて、

こっそり自分が読んで泣いているお母さんが多いようだ。

女性受けする絵本でもある。

 

さて、「100万回生きたロボット」。

メモリーチップさえ残っていれば、

ロボットは何回でも生き返り、何回でも記憶を再生させる。

 

ボディだって、ごっついマシンから

限りなく人間に近いアンドロイドまで、よりどりみどり。

子どもにも大人にも老人にも、男にも女にもなれる。

 

工場でもお店でもか病院でもどこでも働くし、

海の底に潜ったり、宇宙にだって飛んでいく。

 

いつ生まれても、やるべき仕事があった。

しかし100万1回目に生まれた時、仕事もなく、

命令を下す人もいなかった・・・

 

人間の未来を描く物語になるのかもしれない。

 

というわけで、出発点はパクリ。

以後、オリジナル。

いったいどこへたどり着くのか。

また長い旅が始まった。

 


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結婚記念日の花束と、ネコのいる花屋と、花を食べるネズミの話

 

結婚記念日は昨日(4月15日)だったけど、

夜、仕事があったので、今日お祝いすることに。

と言っても、近所のピザ屋でメシ食うだけですが。

 

メシだけではなんだな~と思って、

少し仕事を早めに切り上げて近所の花屋へ。

 

その昔、陸奥A子のマンガに出ていた花屋の娘が

そのまま大人になったような女主人がやっている。

 

30年ちょっと前に会っていたら、

恋をしたかも知れない。

 

1970年代のフォークソングと、

1980年代のニューミュージックの隙間の歌が

似合いそうな、小さな花屋だ。

 

サーモンピンクのバラが目に止まって、

それを7本入れて、グリーンと白を合わせた花束を、

その女主人に作ってもらった。

 

出来るのを待っていると、なにか横で生き物の気配がするので

振り返ると、白黒ブチのでかいネコがいた。

去勢したオスだそうで、かなりデブっている。

 

「先代はもっとデブっていたんですよ」と女主人。

 

花屋にネコがいるのは、なかなかファンタスティックな光景だが、

飼い始めたのは、ネズミよけという、なんとも現実的な動機から。

 

しかし、飲食店なら分かるけど、なんで花屋にネズミ?

 

「ネズミに売り物の花を食べられちゃたんです」と女主人。

 

聞くと、近所で解体された家があり、そこから出てきたらしいネズミが、

カーネーションの花が好きで、侵入して食い荒らし、

母の日のカーネーションは、あわれ、がくだけの残骸に。

 

僕は頭の中でネズミが花びらを1枚1枚むしって

ほおばっている様子を思い浮かべてみた。

 

「トムとジェリー」でジェリーが花の中にいたシーンが

あったような気がするが、そんな可愛くて牧歌的な世界が広がる。

 

だが、花屋さんにとっては大損害。

それに現実のネズミはジェリーみたいに可愛くない。

そこでネコのトムさんが花番として任務に就いてるというわけだ。

 

僕が会った2代目トムさん――というより、

ドラえもんに近いブチネコは、ずいぶんのんびりした風情だが、

一応、任務は果たしているようだ。

おかげでネズミは来なくなったらしい。

 

小さな花屋の平和な光景にも、いろんなドラマがある。

夜になって出張診療から帰ってきたカミさんに

その話をしたら、花束よりも喜んでた。

花束にも喜んでほしいんだけど、

24年も経つと、やっぱ花よりダンゴですかね、

 


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イチローの国民栄誉賞辞退に心の中で拍手喝采

 

「人生の幕を下ろした時に頂けるよう励みます」

そう言ってイチローは国民栄誉賞の授与を辞退した。

カッコいい!と思うと同時に、もし受けちゃったら、ちょっとカッコ悪いよな、とも思った。

 

たぶん国民の半分は僕と同じように感じるんじゃないか。

 

べつに権威に対する反骨心とか、

自民党の宣伝材料に使うなとか、

そんな思想めいたことを言っているのではない。

 

単に、もらっちゃったら、イチローらしくない。

「長い間のヒーロー業、ご苦労様。国民みんなでお祝いします」と、

定年退職のおじさんに花束が贈られるような雰囲気になってしまう。

そんなことがあると、一気にリタイアしたじいさんになってしまいそうだ。

 

もうそんな時代じゃない。

定年退職して過去の栄光だけでやっていける時代じゃない

 

イチローには、孤高の姿勢を保ってほしい。

国民栄誉賞なんて、時代遅れな荷物を担がなくていい。

何するにしても、軽やかに新しい人生に踏み出してほしい。

たぶん本人もそう思っていると思います。

 

さて、ここからは日本昔話。

 

数多の伝説を作り出してきたイチローだが、

そのストーリーの根本にあるのは、彼がプロ野球に入るとき、

けっしてそんなに注目される選手ではなかった、ということがある。

 

1991年のドラフトでのオリックスの指名は第4位。

彼は愛知県の出身で、子供の頃から

地元・中日ドラゴンズのファンだった。

 

なので、中日が早い順番に指名すると思っていたのに、

オリックスが先を越してしまったのだ。

これは意外なことだった。

 

その後の大活躍を目の当たりにした名古屋のファンから

「なんでイチローを取らなかった!」と球団に講義が殺到。

「次の順番で指名するつもりだったんだよ~」と、当時の高木守道監督が言い訳がましいことを言ったため、火に油を注いだことをよく憶えている。

 

メジャーリーガーとして活躍するようになった後、一時期、名古屋のファンの間では、

「イチローは大リーグを辞めたら、日本のプロ野球界に戻ってきて、中日でプレーする」

という噂が広がったが、それも幻と消えた。

 

僕もその名古屋のファンのひとりだったが、

落合監督が辞めた頃からなぜか野球自体に興味をなくして、

この10年余りの間、全然、見なくなってしまった。

いま、プロ野球ではどんな選手が活躍しているのか、ほとんど知らない。

 

だけど、もし、イチローが日本で、中日の監督なりコーチをやるというなら、また観るようになるかも知れない。

ま、ありえないと思うけど。

 


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いたちのいのち少年少女版・完成

 

ホームページに載せている「いたちのいのち」という小説を書きなおした。

「いたち」というのはペットのフェレットのこと。

書き直す時点で削除しようと思ったけど、

割と毎日のようにアクセスがあるようなので、そのままにしておいた。

たぶん、タイトルが面白いのでアクセスするんだと思うけど、

ちゃんと読まれているかどうかはわからない。

 

どういう経緯だったか、詳しい事は忘れてしまったが、

6年ほど前、フェレットを飼っている、ひとりぐらしの女性に話を聞いた。

確か横浜のファミレスで4時間ぐらい聞いたと思う。

 

その録音をもとに、彼女とフェレットの暮らしを

ちょっとフィクションを交えてストーリーにした。

 

読んでもらって感想を聞こうと思ったのだが、

リアクションはなく、そのまま僕の前から姿を消した。

たぶん、彼女としては、

自分がどんなにそのフェレットを好きか、

思いきり話をして相手に聞いてもらえれば、

それだけで満足だったのだろう。

 

手元に残った原稿は、400字詰めで100枚以上あったので、

このままにしとくのはもったいないなと思い、

彼女の名前やフェレットの名前を変えて、

構成も組み直して小説らしきものにした。

 

これを原作にして、少年少女小説にしてみようと

思い立ったのが去年のはじめ。

 

ひとり暮らしだった彼女は、その後、

あるオトコと出会って恋におち、子どもを設けたが、

じつはそいつが割とろくでもないオトコで

逃げ出してしまったので、

彼女はシングルマザーとなり、

生まれた娘と二人で暮らすことになった。

その娘が3歳の時、

ペットショップでまたフェレットと出会い、

フェレットを飼い始める。

その7年後の話。

 

なので主人公は10歳になった娘とフェレット。

こいつは本当は人間に生まれたかった天使。

話は、娘の視点と、天使のフェレットの視点の

ダブルカメラで進む。

タイトルは気に入っているので、

まんま「いたちのいのち」です。

 

結局、いろいろあって書き直すのにまる1年かかった。

400字詰めで290枚になった。

最後まで書上げられて、ほっとしている。

児童文学賞の賞レースに出してみた。

落選したら公開します。

 


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さらばショーケン:カッコ悪いカッコよさを体現した1970年代のヒーロー

 

ショーケンが死んだ。

代表作はやっぱり、「傷だらけの天使」か

「太陽にほえろ!」のマカロニ刑事。

どちらも僕らのヒーローだった。

 

マカロニは主人公だったのにも関わらず。

タチションしている最中に、チンピラに刺されて死んだ。

ショーケン本人が考えたエンディングだ。

 

子どもの頃に見て「人生は不条理なり」と教えられた。

ショーケンにはそんな気はさらさらなくて、

ただ、こうやってぶざまに死んだら

カッコいいぜ、と思ったんだろうけど。

 

「傷だらけの天使」のオサムは、探偵をやってたけど、

みじめで卑怯で不器用でカネがなくて、でも純粋な、

でもやっぱり虫ケラみたいな男だった。

 

だけど、とびきっきりイカしてた。

とくに男はみんな、あの生き方に憧れた。

とんでもなくぶざまでカッコ悪いのに、なぜかそれがカッコいい。

 

1970代のティーンエイジャーの男で、

「傷天」にまったく影響を受けなかったやつは

いないのではないかと思えるぐらいだ。

 

あれほど、カッコ悪いカッコよさを

体現できる男は、もう二度と出てこない。

 

うちの本棚に「傷だらけの天使」の脚本集がある。

メインライターだった、名脚本家の故・市川森一氏のペンによる

8本の脚本が収められている。

この本が出た1983(昭和58)年の時点で、

傷天は、すでに伝説的なドラマとなっていた。

 

あとがきで市川氏は語っている。

 

「傷だらけの天使」は、テレビ界のどんな賞ももらわなかった。

視聴率も、最後まで20%に届かなかった。

それにも関わらず、自作の中で、これ程、いつまでも、

人々の口の端にのぼる作品を、私はほかに持たない。

 

当時、業界では非常に評判の悪い作品だったので、

市川氏自身も「傷だらけの天使」って、なんだったのだろう?

と自問することが、よくあったという。

 

そして氏は、自ら書いた第1回のファーストシーンの

1行目のト書きに、その答を見つけたと言う。

 

――鳩が糞(クソ)を垂れて飛び立つ。

 

鳩=平和のシンボル。すなわち、平和の糞。

70年代の繁栄が垂れ流した糞。

「傷だらけの天使」とは、ほかでもない、

実に、鳩の糞だったのだ。

 

それもまた遠い昔話となった。

時も時。平成の終わり。

われらがヒーロー・ショーケンには、平成という時代は似合わなかった。

合掌。

 


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企業ブランディングとストーリーテリング

 

 企業ブランディングの仕事の際に、

 商品の想定ユーザーを主人公とした8つのストーリー、 

 そしてその企業にまつわる1つのストーリーを作ってみた。

 

 あくまで提案の方向性とキーワードを見つけるための準備作業なので、

 それをそのまま提案するわけではないが、

 われながら良い方法だし、なかなか楽しいなと思った。

 

 冷静なマーケティング分析も必要なんだろうけど、

 まずは自分がその会社や店と一体になってみないと、

 良い提案など考えられない。

 

 それに昔、広告代理店がやってたF1やらM2やらの分析って、

 今でも有効なのか?

 

 

 何より自分がなんでこの仕事をやっているのか納得できるし、

 その商品なり、サービスなりを愛せるし、テンションも上がる。

 

 ブランディングとは、その企業なり、商品なりのストーリーを

 見出して、一つのまとまった形にして、社会に向けて発表することだ。

 

 もちろん、会社・創業者(代表者)・商品にそれなりの歴史があれば、

 その棚卸をすることでストーリーは作れる。

 けれども、それだけではだめで、未来のストーリーを

 繋げて描けないといけない。

 

 自分たちはいったい何のためにその事業をやっているのか。

 その事業を通して、何を実現したいのか。

 その商品・サービスによって、人の心にどんな動きが起こるのか?

 それはその人の生き方を少しでも変えられるのか?

 

 あるいは、

 これまで単にお金儲けのためにやってたその仕事に、

 どんな意味づけをして、どんな夢を付加して、

 社会性を持たせられるのか?

 

 会社でも非営利団体でも、法人というからには、人格がある。

 すなわち、その会社・団体独自のキャラクターが求められる。

 

 市場で生きていくため、

 特に無名の中小企業やベンチャー企業は、

 キャラクターとストーリーづくりをしっかりやっていく必要がある。

 それが顧客との出会いのドラマを生み出す。

 

 こう考えると、ブランディングもドラマや物語を書くのと同じだ。

 


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異業種からの葬儀供養業参入ストーリー

  

 小さな会社でも社内で新規事業を立ち上げ、

 一つのブランドとして展開させるケースが増えてきた。

 

 レギュラーで仕事をしている鎌倉新書の月刊仏事では、

 毎月、葬儀・供養業界(この頃は終活とかシニア問題なども加わる)の

 ニュース記事を書いており、いろいろネタをリサーチするのだが、

 そういうケースによく出会う。

 

 10年余り前、「おくりびと」という映画が公開されるまで、

 やはりまだ葬儀屋さんに対する世間の差別意識は強かったと思う。

 

 それがたった10年で、高齢化社会・多死社会の進展とともに、

 みんなが参入したがる成長産業になった。

 

 ちなみに鎌倉新書も僕が最初に訪れた時は、

 小伝馬町の小さなビルの1フロアにある小さな会社だったのだが、

 あかれよあれよという間に成長して、

 八重洲の一等地のビルにオフィスを構える

 東証一部上場企業になった。

 

 お金儲けがしたくて、もともと畑違いの会社が安易に入ってくる――

 という批判的な見方もできる。

 でも、これはちょっと一面的過ぎる。

 

 たとえば以前「ラストドライブ日本版」の記事で紹介した

 タウという埼玉の会社は、

 事故車の買い取りをして海外へ輸出する事業をしている。

 

 ここが「願いのくるま」という法人を立ち上げ、

 ターミナルケアを 受けている人を希望の場所に車で連れて行く、

 という事業をボランティアでやっている。

 

 高齢者が増えたことによって、

 こうしたケアや葬儀・供養に関する社会的ニーズが激増中なのだ。

 

 また、それだけでなく、社会通念が変わり、

 死を仕事にする人たちを忌み嫌う風潮がかなり弱くなった。

 

 こうした理由から異業種からの参入者が増えているのだと思う。

 

 とは言え、いきなりそれだけで新しく会社を起こすのは

 あまりにリスキーなので、社内の事業単位で

 独立したブランドを作るのだろう。

 

 異業種から参入するからには、

 いろんなストーリーがありそうだが、

 残念ながら、ホームページを見ているだけだと、

 なんでこの会社が葬儀事業を???

 と、分からないことが多い。

 

 仏事の新連載企画として、異業種からの参入ストーリー

 というのをやってみようかと思っている。

 


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ビジネスのための本気の企業理念

 

 先日、取材に行ったファームで、僕はそこの社名に興味を持ち、

 「これは一体どういう意味ですか?」と訊いた。

 すると40代の社長は、名刺を見せて、おもむろに説明を始めた。

 ロゴマークと理念(カンパニースピリッツ)が名刺上の小さなスペースにきれいに収まっている。

 

 そこは企業理念と会社のネーミング、商品の制作・販売が見事にリンクした稀有な会社だった。

 

 「環境問題に貢献する会社として、その理念に基づいて有機栽培をやっている。

 しかし有機野菜は値段が高い。多くの人に有機の良さを知ってもらい、理解してもらうためにはコストダウンして安く提供することが必要だ」

 

 その考え方を実践し、商品である作物を作り、それに共感する顧客が付く。

 理念はその会社の「顔」であり、一種のキャラクターであり、強みになる。

 だから通常ではなかなか市場で扱いづらい商品も「顔の見える売り方」で売ることができるわけだ。

 

 そういったことを社長は短く簡単な言葉で明快に話して聞かせてくれた。

 

 正直な所、農作業というのは単調で退屈な仕事である。

 しかし、その理念に共感してやってきたスタッフらは、どうしてその作業をするのかがわかっているし、疑問があれば説明してもらえるので楽しく働けると言う。

 

 インタビューして僕はかなり感心した。

 

「企業理念は大切です」と、いろんなビジネス本の類に書いてある。

 経営術の講座、起業セミナーなどでもそうだろう。

 けれども大方の人は、理念というものを金儲けをするための大義名分と考えている。

 

 金を稼ぐことは悪いことではないし、必要不可欠なことだ。

 それなのに日本人はどうしてもお金を稼ぐことに心のどこかで罪悪感を感じている。

 

 だから企業の理念・哲学なるものを打ち立て、わが社は人々の幸せのために・・・といった小論文を展開させて、会社案内のパンフレットやホームページに載せる。

 

 で、制作物(コピーライティング)の打ち合わせに行って、その理念やら哲学やらの話をしようとすると、担当者から

 「ま、表向きそう言ってるだけなんで」とか、

 「きれいごとでは商売できませんよ」と返されることが、昔も今も往々にあるのだ。

 

 最近は理念を持ってないと駄目なんだという認識が浸透してきたせいか、

 「福嶋さん、こういう言葉をサイトのトップに持って行きたいんだ」と、夢やら希望やらのやたらキラキラしたワードを並べ立てる。

 

 企業理念ってそんなものでいいのか? といつも思ってしまう。

 やるなら、かのファームの社長のように本気でやらねば。

 

 ちなみに僕は「あなたが自分や自分の仕事についての物語を見つけるためのお手伝いをし、文章として書き記すこと」

 を理念として活動している。

 

 個人事業者もビジネスをやっていることは変わりないので、お金をいただく以上は、なんでやっているのか相手に馳せる、それなりの理念は作っておいたほうがいいと思う。

 


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アンドロイド観音とどう向き合うか?

 

 先週、京都の高台寺でアンドロイド観音「マインダー」がプレス公開された。

 これは素晴らしい、面白い試みだ。

 僕は映像を見て感動さえ覚えた。

 このあと2カ月、一般公開されるとこことなので、期間中にぜひ実物に会いに行きたい。

 

 けれども案の定、多くの人はネガティブに反応しているようだ。

 もはやテクノロジー抜きには成り立ちえない社会になって、AI・ロボットがビジネスの世界に、生活の中に入り込み始めているのに、なぜだろう?

 宗教は人間だけの聖域にしておきたいということか?

 

 YouTubeにアップされたコメントを見ていると、由緒ある寺(豊臣秀吉の正室の北政所=ねねが創設)なのに、こんなもの大金をかけて作って、観光客に媚びてるのか。恥を知れ――といった批判をはじめ、怒り・呆れ・戦き・怖れといった感情が溢れている。

 

 人間の下で労働するしもべならともかく、観音様の姿で法話を語って聞かせるのが許せないというのだろう。

 「人間の尊厳」「仏への冒涜」などともっともらしい言葉を出して批判しているが、実質的には階級社会における、上層の人間の、下層の人間に対する差別意識と大差ない。

  

 開発チームの中心人物である大阪大の石黒浩教授は世界の認めるロボット研究者で、これまでに落語家の故・桂米朝やマツコデラックスのアンドロイドを作ったり、演出家の平田オリザと組んでロボット演劇/アンドロイド演劇を上演したりしている。

 

 石黒教授がアンドロイド開発に取り組むのは「人間とは何か?」を探究するためだ。

 ロボット研究者であるとともに、人間の研究者であり、優れた思想家でもある石黒教授と彼のチームは、こうした社会の反響も織り込み済みで、このアンドロイド観音をリリースしたのではないかと思う。

 

 ロボット・アンドロイドは仏像と同じく、人間の心を映し出す鏡。

 彼女を見て怒ったり、恐怖を抱くといった人々のリアクションもすべて「ロボット」という大きな概念の一部なのだ、と言いたいのかも知れない。

 

 イヌも歩けば、歩きスマホに当ると言われるくらい、テクノロジーに依存するようになったこの時代、僕たちはいつまでも20世紀のSF小説やマンガや映画に登場するロボットのイメージにとらわれているわけにはいかない。

 もっと素直に受け入れ、共生する前提で付き合ったほうがいいと思う。

 


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アザラシの入江でヤギの乳を搾ってチーズを作る娘について

 

 その女の子は短大を卒業した後、なぜか農業に目覚めてアメリカ・メイン州の農場で働いていたそうだ。

 

 メイン州と言われても、ああ東海岸のほうか~という程度のイメージしか浮かばなかったが、その農場の名前は Seal Cove―ーつまり、アザラシの入江という。

 

 アザラシが集まってウオッウオッと鳴いているところで、メェメェ鳴いてるヤギのお乳を来る日も来る日も搾っている彼女の姿を思い浮かべたら、あまりに健気で愛おしくて抱きしめたくなってしまった。

 

 「フクシマさん、ぜんぜん違いますよ」

 「え、なにが?」

 「まずアザシはウオッウオッなんて鳴きません。それはアシカです」

 「ああ、そうか。きみの2・5倍も長く生きてるのに、アザラシとアシカの区別もついてなかった。

 ボーッと生きてんじゃねえよ!ってチコちゃんみたいに叱らないでほしい。ところでアザラシってどう鳴くんだっけ?」

 「知りませんよ」

 「だってきみの働いてた農場はアザラシの入江のそばにあったんだろ?」

 「それは大昔の話で、今はもう海から離れたところに移転してるんです。でも Seal Coveって名前だけは残してあるんです。ちなみにSeal Coveはこのあたりのリゾート地になっているんですよ」

 

 そっか~

 というわけで帰ってきてからインターネットで調べてみたら、あった。

 メイン州のSeal Cove。

 なんだか水平線のに落ちる夕陽が素敵そうな海岸だ。

 

 そして、Seal Cove Farmもあった。

 なるほど。彼女はここでヤギのミルクを取ってチーズを作っていたのだ。

 Goat Cheeseはこの農場の名物である。

 ミルクはちょっとくさいし、チーズはかなりクセがあるのだそうだ。

 でもたぶん、それで病みつきになるんだろうなと推測する。

 

 日本ではヤギのチーズって、世界のチーズを取り揃えているようなチーズ専門店に行かないと売っていないようだ。

 少なくとも成城石井では見たことない。

 しかし、欧米では結構ポピュラーで愛好者も多いと言う。

 アメリカ人は大好きらしい。

 

 ちょっと食べてみたいなと思う。

 チーズと来ればやっぱりワインだ。

 メイン州に行って、Seal Coveの夕焼けに染まる海と空を見ながら、ヤギのチーズをつまんでワインのグラスを傾ける。うーん、たまらん。

 

 ヤギの乳を搾っていた女の子は日本に帰ってきて今、神奈川に住んでいる。ブランド都市・横浜にいるのに、住まいは神奈川ですという人は珍しい。神奈川が好きなので、職場に近くても東京には住みたくないとまで言う。神奈川の海にもアザラシはやって来るのだろうか?

 

 Seal Cove Farmはだだぴろい割に人が少なく、結構ハードワークだったらしい。だからもうヤギの乳は搾りたくないと彼女は語った。

 メェ~。

 


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群馬・横川のひもかわうどん

 

 マイナビ農業の取材で朝からカメラマンの車で長野県佐久市の農家へ。

 ここ数日、暖かかったので油断して薄着で行った。

 なんといっても長野。スキー場も近いし、当たり前に寒い。

 

 お昼過ぎに仕事が終わったので、帰り道、ランチにかの横川名物「峠の釜めし」を食おうということになった。

 

 サービスエリアに行ってみてメニューを見ると「あったかけんちんひもかわうどん」というのがある。

 キモかわ? 紐革? なにこれ?

 

 釜めしは食べたことあるし、冷えていたこともあって頼んでみた。

 ちなみにこの横川SAの食堂は券売機で食券を買うと、厨房へ自動的にオーダーが入ることになっている。

 食券の右上には注文番号が入っており、食事を出すカウンターのところではおばちゃんがマイクでその食券番号を読み上げると、自分で券を持って行って、注文したメニューを受け取るという仕組みになっている。

 

 で、僕の注文の「あったかけんちんひもかわうどん」。

 これは言ってみれば「拡大きしめん」である。

 

 わが故郷・名古屋の名物きしめんは平べったいうどんだが、この横川名物ひもかわうどんは、それをはるかに凌駕する平ぺったさで、めんの幅は普通のきしめんの3~4倍、ゆうに5センチはあえりそうだ、

 

 平べった過ぎてちょっと食べにくいが、つるっ、もちっとした食感は喉をくすぐるような感じで気持ちいい。

 そして鶏と野菜の入ったけんちん汁(ちょっと甘いので七味を少し多めにかけた)がうまいことからんで、これはうまい。

 

 それにしても「ひもかわ」ってどういう意味だろうと思って、帰ってネットで調べて、いたら、どうもこれは愛知県三河地方――徳川家康の出身地――信長や秀吉の出身地である名古屋を中心とするWest Aichiの尾張地方とは、明らかに違う文化圏であるEast Aichi(同じ愛知県の名古屋圏よりもむしろ静岡県との共通点が多い)にある「芋川」といいう土地に由来しているらしい。

 

 尾張と三河を隔てて流れる境川の三河側、現在の刈谷市北部がその「芋川」にあたるということで、江戸時代、その辺りの茶店で売られていた平打ちのうどんがそう呼ばれていたようで、井原西鶴の『好色一代男』や十返舎一九の『東海道中膝栗毛』にも登場するとのこと。

 

 それが尾張(名古屋)へ行ってきしめんになり、どういう経緯かは知らねど、関東の「山間に入って「ひもかわうどん」になったらしい。

 

 ちーとも知らなかったけど、この平ぺったいうどんをめぐるストーリーは、突っ込みがいのある、面白そうな話だ。

 が、今日のところはここまで。

 

 ちょっとお値段が高くなってしまうが、峠の釜めしとセットで食べると上州を満悦できそうだ。

 

 ちなみのこのサービスエリアでは、本物の電車車両にテーブルを取り付けた席もあり、駅弁気分で釜めしを食べられる。

 


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早春に目覚めたカエルと村上春樹の「かえるくん」について

 

 昼間の日差しはずいぶん暖かくなり、日も長くなった。

 季節は早春と言ってもいいだろう。

 この頃になると地球がアラームを鳴らすらしく、地下で眠っていた虫やカエルなどがのそのそと起き出してくる。

 

 そういえば「啓蟄」という言葉もある。

 

 今年はまだ見ていないが、うちの猫の額みたいな庭でもこの季節になると、ガマガエルがのっそりしているのに遭遇して、ちょっとびっくりしたりする。

 

 カエルと言えば、僕のブログの中でやたらアクセスの多い(ランキングを見ると断トツトップ)のが、2016年6月30日に上げた「なぜ日本ではカエルはかわいいキャラなのか?」という記事だ。

 

 なんでだろう? 

 そんなにカエルのファンが多いのか?

 多いのかもしれないが、そんなの、イヌ・ネコ・ウサギなどに比べれば微々たるものだろう。

 

 考えてみて推察できるのは、村上春樹の短編小説「かえるくん、東京を救う」について少し触れているからではないかと思い至った。

 

 これは村上氏の作品の中でも非常に人気が高い。

 

 短編なのでそんなに時間をかずに読めるし、寓意に富んだ、まるで現代のグリム、アンデルセンのような物語だ。

 

 言い換えると、村上春樹という作家のエッセンスが、最もわかりやすい形で凝縮された作品だろう。

 

 講談社が出してる小中学生向けの「はじめての文学」というシリーズにも村上氏の自薦で収められている。

 

 物語の背景には1995年の阪神淡路大震災とオウム真理教による地下鉄サリン事件という、日本を襲った二つの大事件がある。

 

 これらの悪夢的な事件はもう昔話だが、昔話ゆえに僕たちの脳裏に静かに負の感情を伴って沁み渡っている気がする。

 

 それをこんなメルヘンのような作品にして後世に残した村上春樹はすごいなと思う。

 

 天災と人災。いずれ東日本大震災と福島原発の事件も似たような形で、多大な影響力を持つ「昔話」として日本人の脳裏に沈殿するのではないか。

 

 彼はインタビューで自分は長編小説の作家だと語っているが、同時に短編は大事な実験場だとも話し、短編の中でさまざまなアイデアを形にしてみたり、新しいトライアルをしているという。

 

 「かえるくん」のエッセンスは後に書かれた代表的な長編作品の中でもずっと息づいているような気がする。

 

 この作品を好きな人は結構、僕と同様の印象を持っているのではないだろうか。

 近々また、地下から這い出してきたかえる君に会いたいと思っている。

 


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たっぷり眠るとたらふく夢を見る

 

 夢を見るのは楽しい。

 と思っていると、わりと楽しい夢が見られる。

 

 疲れがたまっていたのか、久しぶりに10時間以上眠ってしまった。

 いつもは朝の4時とか5時に起きるのだが、今朝は8時起き。

 カミさん一緒に朝食を食べて、洗濯物を干して、ひと仕事したところで、こりゃだめだ~と思ってもう1回ふとんに入ったら、次に起きた時はお昼をとっくに過ぎていた。

 

 夢に期待していたら、二度寝した時には案の定、たっぷり夢を見た。

 充実してたな~という印象だけは残っているのだが、いつもと同じく内容はさっぱり忘れてしまう。

 

 インターネットを見ると夢占いとか夢診断のサイトがわんさかある。

 ちょいちょい拾い読みをすると、もっともらしいことがいろいろ書いてある。

 

 「空を飛ぶ夢」はこう解釈するとか、「階段から落ちる夢」はこんなことを意味してるとか・・・ニーズも多いだろうし、熱心にハマってる人も多いだろうが、どうもこういうものにピンと来ない。

 

 夢が潜在意識の表れであることに疑念はないが、人それぞれ持っているバックボーンも生活環境も人生の趣向もが違うのだから、同じ夢でもそれぞれ意味するところは違ってくると思う。まったく逆の意味になることだってあるだろう。

 

 夢占いは古い歴史を持っているが、かつては多分、占い師が人生相談に応ずる際の一つの材料として、その人にどんな夢を見たのか聞いたていたのだろう。

 そしてその人にとって、その夢が何を表しているのかを相談を聞く中で解き明かしていったのだ。

 

 なので、サイトや雑誌に載っている夢診断・夢占いは、神社のおみくじの吉凶とか、星占いの「きょうの運勢」程度のもんなんだろうと思う。

 

 その日の気分を盛り上げたいとか、自分の気持ちを調整するために活用したい人は、大いに活用すればいいと思うけど、僕は自分の夢に他人にずかずか踏み込まれて、あれこれ理屈を付けて分析されるのはご免だなぁ。

 

 人生の夢と同様、眠っている時の夢だって自分の聖域だ。

 ヘンな解釈などせず、ナンセンスな世界、「不思議の国」のままでいいと思う。

 みんな、不思議でミステリアスな部分を持ってたほうが面白いんじゃないかな。

 


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おばさん天使

 

 日本では天使というと小さな子どもの姿をしていることが多い。

 欧米では若い男女の姿が多い気がする。

 神さまがじいさんなので、その弟子みたいなイメージなのか?

 

 だけどもちろんのこと、天使に年齢的制限はない。

 最近は地上の世相を反映して? おばさん天使が増えている。

 

 天国には地球に生き物を派遣する「いきもの派遣センター」がある。

 そこは、ふつう人間が「神さま」と呼ぶゾーブツシュが経営していて、希望者は自分がほしい〈いのち〉を登録しておく。

 

 そこで空きが出るのを待っていて、オーケーの連絡をもらったら正式なハケンの手続きをしに行く。

 それをすませば一定期間、地球で生きものとしての命が与えられ、地上に旅立つというシステムになっている。

 

 その受付業務を担っているのは、おばさん天使だ。

 これから地上で生まれる生き物候補が「○生相談」しやすいというので、近年、おばさん天使の株が上がってきた。

 

 彼女らはセンターの受付のテーブルのところで背中の翼を微妙にパタパタさせながら、いつもお菓子を食べて、マンガを読んでいる。

 

 訪問者が声をかけようとした瞬間、おばさんは気がついてニコっと笑う。

 「べつにヒマしているわけじゃないのよ。いまちょうどいそがしい時間が終わったところ。あなたはラッキー」

 とか何とか言いながら、そそくさとお菓子とマンガをテーブルの下にしまう。

 口の周りにはお菓子の食べかすがくっついていて、しゃべるたびにぽろぽろこぼれ落ちる。

 

 声は思いのほか、かわいいキャンディヴォイス。

 子どもの声からばあちゃんの声まで幅広い声域を持ち、歌が得意だ。

 

 体型はふくよかで、地上にいるとドスドスと音を立てて歩きそうだが、天使なのでもちろんそんなことはなく、ふわふわっとした足取りで軽やかに浮遊しながら歩く。

 

 そして相談を持ちかけると、親身になって聞いてくれ、場合によっては神さまも怒鳴りつけるほど感情的になることもある。

 意外と知恵者だが、お菓子とマンガが手放せないところが玉にキズ。

 

 いま書いてる話のチョイ役として出てくるのだが、なかなか楽しいキャラなので、いずれまた別の話で主役級に持っていきたいと思ってる。

 


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今夜はホームアローンでわくわく?

 

 うれしくてうれしくて、シッポがあったら振りたいくらい。

 

 前、アメリカのノンフィクションでこんな文章があって、気に入っていたことを思い出した。

 これは夫が出張か何かで数日間留守にするのを妻が喜んで発したセリフ。

 前後の文脈は忘れてしまったので、この後、これ幸いとばかりに盛大な女子会を開いて大盛り上がりしたのか、それとも密かに男を家に連れ込んだのかは定かでない。

 

 なんでこんな文章を思い出したかというと、今夜はカミさんがお泊り〈小児はりの研究会の合宿〉でいない。一人だ。

 

 そこはかとない解放感。

 

 べつに普段、一緒に暮らしていてストレスとかプレッシャーを感じているわけではないのだが、ちょっとだけ家の中の空気をいつもより多く吸える気になる。

 そして、さて何をしようかとわくわくする。

 

 イヌみたいに喜んでシッポは振らないけど、期待でリスのしっぽみたいに膨らむかも知れない。

 しかし、何に期待しているのか?

 

 子どもの頃は親が留守でホームアローンぬいなれば、友達を呼んで大騒ぎしてたし、友達と部屋をシェアしていた頃は、そいつが留守だとここぞとばかりに当時のガールフレンドを呼んでいちゃついていた。

 

 ホントに面白かったし、楽しかった。

 

 ところが一人暮らしをするようになって、いつでも自由に、当たり前にそういうことができる環境を得ると、そうした「今日はホームアローン」の喜びはなくなってしまった。

 やっぱりメリハリの問題なのだ。

 

 でまぁ、結婚してまた一人暮らしじゃなくなったのだが・・・たまに一人になっても、やるのはせいぜいテレビ見たり、ネット観たり、本読んだりしてゴロゴロ。

 これじゃ普段やってる生活と変わりない。

 

 そう思ってたら、夜中にピンポンとインターホンが鳴るので出てみたら「ずっとあなたのこと、お慕いしてました」とか言って女性が訪ねてきた。

 

 もしそんなことがあるのなら若い女がいいいと、まず考えるのだけど、近所のガールズバーにいるようなキャンキャンした小娘に来られてもうるせえなと思い直して、やっぱり壇蜜みたいな女が赤ワインとチーズを持って現れて「ご一緒に」なんて言われるのがいいなと思ったり。

 

 そんな想像を巡らせたりはするけど、実際にそんなことが起こったらめんどくさくて「ありがとう。でも結構です」って帰しちゃいそうだ。

 想像するのは楽しいけど、それだけで十分。

 というわけで、テレビとネットと本にもどる。

 

 こういうのって、何だかつまらない人生だと思ってた若い時代もあったけど、最近はどうも自分は劇的な刺激を求めて、ダイナミックに生きる人間ではないなと悟ってしまった。

 

 ま、それなりに充実した暮らしがあるし、平和が何より。

 普段と同じことをして今晩は一人で床に着こうと思います。

 


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別の惑星との交信

 

 街を歩いていると、やたらとぶつぶつ独り言を言ったり、へらへら笑いながら歩いている人が増えてるような気がする。

 

 おやおや、こりゃ精神をやられちゃっているのかなと思ってよく見ると、何のことはない。電話で話しているのだ。

 ワイヤレスイヤホンが普及したせいで、何だか街の中に奇妙な光景が現出している。

 

 だけどそれを差し引いても、ひとり言を言う人は増えたのではないだろうか。

 =精神やられてる、というのは言い過ぎかもしれないけど、電車で隣に座っている人が、そうやって自分の世界に入っちゃってると、やっぱりちょっと引いてしまう。

 

 でも、街中や電車の中ではないが、自分も時々ひとり言を口にしていることに気付く。

 家の中とか、人通りの少ない近所の道端とかでそっとね。

 しかも最近、その頻度がかなり増しているのではないか、こりゃやべぇと感じる。

 

 でも思考していることや認識したことなどをはっきり確認するためには、言葉を内に留めておくのではなく、外に出す――アウトプットするのは良いことなのだ。

 

 安全や防災などの指差確認歓呼などはその好例だ。

 本の音読効果もその類だろう。

 書いた文章がおかしくないか、誤字脱字がないかを確認する際も、黙読でなく、音読するほうが10倍精度が高い。

 

 また、ふっと心に過ったことをメモに書きとめるとか、意識に上ったことをノートしていく「瞑想ノート」なども、アウトプットという意味ではとても有効だ。

 

 だから街中やで電車の中でぱっと良いアイデアが閃いたりして何とか記憶しておきたいなら、ひたすら口で唱えて脳に焼き付けるしかない。

 

 だいたいそういう時はメモを取れるような状況じゃない。

 ペンと紙や、スマホなどを取り出そうとしているうちに、閃きは流れ星のように消えてなくなってしまう。

 

 あんまり大声出して周囲に迷惑かけちゃいけないけど、なにこれ? ヘンな人。ちょっと頭がおかしいじゃないの、気持ちわる~い、と思われるくらいなら、まぁ構わないのではないだろうか。

 

 周りの人もそれくらいなら、この人はたぶん別の惑星から来た人で、故郷の星とワイヤレスイヤホンで交信しているんだと思って、まぁ大目に見てあげてくださいな。

 


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ネコのふりかけ

  

 もう前世の記憶に近いが、そのむかし「劇団ねこ」というのをやってた。

 なんでそんな名前を付けたのかというと、管理社会を自由にすりぬけ、何者にも縛られず、ネコのように柔軟に生きながら、可愛がってくれる人がいれば調子よくニャオンとすり寄り、ごはんとねどこをせしめたい。

 そんなメッセージを、演劇を通して発信しようとしたからだ。

 

 というのは今しがた考え付いた、まったくのこじつけだけど、潜在的にはそんな気持ちがあったのだと思う。

 

 劇団ねこは30年以上も前に消滅してしまい、座長と演出をやってた男も10年前に死んでしまった。

 

 けれども最近のネコのモテモテぶりに触れると、現在を生きる人たちの心の奥底には、冒頭に書いたような、ネコのように生きたいという思いが、ずっとくすぶり続けているのでないかと推測する。

 

 そして、それは30年前よりますます強くなっているのではないかと感じる。

 

 こんなことを言っては申し訳ないけど、受験生とか、就活している若者らとか、その親とかの顔を見ると、何に縛られているのかさえ分からなくなってしまって、もう闇雲にネコ的なものを求めたくなっているように思える。

 

 だから、絵本も写真集もテレビ番組も、ネコを使えばみんなが観てくれるし、ファッションもグッズもネコのふりかけをかければ魔法のように美味しくなる。

 

 こんなにも身近にいながら野性を感じさせてくれ、しかも基本的に安全。人間に甘えてくれるけど、かといって媚びてるわけではない。

 もはやネコは人間にとっての夢の存在であり、希望の星と言っても過言ではない。

 

 この先、テクノロジーが進むとともに、人間のネコ依存症はますます深まっていくのではないだろうか。

 すると何が起こるか?

 そうだ、AIを搭載したネコを作ろう――という発想が生まれる。

 

 というわけで、ネコ型ロボット・ドラえもんの誕生だ。

 そうなると逆転現象が起こって、僕たちはのび太くんのようにネコのドラえもんに甘えるようになるだろう。

 そして、ドラえもんにいろんな夢をもらうようになる。

 ネコのふりかけは未来まで果しなく効能を発揮する。

 

 そうか「劇団ねこ」の演劇は、ドラえもんに繋がっていたのかと、前世の記憶が新たな発見を伴ってよみがえった今宵。

 いずれ、ネコとロボットをテーマにしたお話を書いてみたい。

 


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ちぢむ男〈ファーストプロット〉

 

 ある日、男は自分が縮んでいることに気が付いた。

 服がなんだかだぶついているように感じる。

 これは何だろう? まさか老化現象では・・・。

 いや、オレはまだそんな齢ではない。

 妻はまだ若い。子どもだってまだ小学生だ。

 

 男はこっそり医者に相談してみたが、有効な解決方法は見つからない。

 それに縮んでいると言っても少しずつだから大きなダメージがあるわけではないし、とりあえず健康上の問題があるわけでもないから、いいじゃないですか気にしなくても――などと言われてしまった。

 

 インターネット上では昔の友人らとやり取りしているが、思い切って自分が縮んでいることをカミングアウトしてみた。

 みんな「そりゃ大変だ」とは言ってくれるが、やっぱり「命に別状ないならいいじゃん」とか言われてしまう。

 それから怪しげなクスリや健康器具のセールス、謎のセミナーへのお誘い、カウンセリングの勧誘メールがひっきりなしに舞い込むようになった。

 

 見捨てられたようで男は途方に暮れた。

 このまま1年たち、2年たったら・・・と、男の想像はふくらむ。

 そうこうしているうちに縮む速度が日に日に早まっていくような。

 

 男は身長測定器を買い、毎日、データを取るようになる。

 そして日記帳に克明な記録も取っていく。

 縮んでいることに気づき出してから、1日1日がかけがえのないものになっていく。

 

 そして男は息子の視線が気になりだした。

 筋肉自慢のマッチョなその男は、息子を厳しく鍛えていたが、彼はなんでこんなに軟弱野郎なのだろうと思っていた。

 その息子が自分より大きくなっていく――いや、自分が息子より小さくなっていく。

 じわじわと男は不安と恐怖に追い詰められていく。

 

 これはもしかしたら息子〈子ども〉の視点で、小さくなっていくお父さんを描いた方が面白くなるかも知れない。

 


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銀河の死なない子供たちへ:人生は無限ではないという幸福

 

 息子の推薦図書。またマンガ。

 「ヨルとネル」の作者・施川ユウキの作品。

 

 「1万年前、わたしはこの星空を見ている。

 1万年後も、わたしはきっと同じ星空を見ている」

 というモノローグから始まる、タイトルそのまんま、とうの昔に人類が絶滅した地球で生きる、なぜか不老不死になった子どもの物語だ。

 

 手塚治虫の名作「火の鳥」をリスペクトしたマンガであることは一読して明らか。

 作者みずからネタばらしのコマもある。

 

 何といってもすごいのはストーリーと絵柄のギャップ。

 「火の鳥」に匹敵する神話的・宗教的な超シリアスなストーリーであるにも関わらず、かわいいギャグ漫画タッチの絵柄で、悠久の世界をありふれた日常のように描いているところが、不思議な寓意を醸し出す。

 

 物語の最も肝になるのは、ロケットで不時着した宇宙飛行士の女が赤ん坊(ミラ)を産み、主人公のきょうだい(πとマツキ)がその子を育て、家族のように暮らす下り。

 

 これは壮大な家族愛の物語でもある。

 

 ミラは普通の人間の子どもとして成長し、πとマツキを追い越して大人になり、不死になれる可能性を拒んで、やがて死んでいく。

 

 そのあたりを読むと、不老不死とは何と残酷で救いがないのだろう、それに対して限りある短い人生は、はかなくはあるが何と幸福なのだろう、という感慨を抱く。

 

 いたずらに長編にすることなく、2巻ですっきり完結するところも良い。

「ヨルとネル」と同じく、思い出してはページを繰りたくなる人生の常備薬のようなマンガだ。

 


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子どもを愛さない男を父親とは呼ばない

 

 アメリカの児童虐待に対する厳しさにはびっくりする。

 宮崎駿(スタジオジブリ)の「となりのトトロ」は、さつきとメイがお父さんと一緒におフロに入るシーンをカットすることで、やっと公開が認められたらしい。

 何もそこまで・・・と思うが、これはかつてのこの国のマッチョな父親たちがのちの世代に及ぼした悪影響を分析・検討してこうした厳しい対応になっている。

 「子どもを守る」というテーマについて、日本人の問題意識はまだ甘いのだろう。

 

 千葉県野田市で10歳の女の子が父親に殺された事件を見ると、残念ながら、日本もアメリカ並みの法的な縛りを入れないと、子供を守れないんじゃないかと思ってしまう。

 

 もともと父権が強かったのに加え、「天皇は父・国民はその子供」という近代国家建設時代の名残なのか、日本はまだまだ父親という存在が尊重される国だ。

 

 尊重されるのはいいけど、ろくでもない父親はいっぱいいる。

 昔からいっぱいいたと思うけど、十把一絡げで尊重されてたおかげで、昔のアホ父は暴力を振るおうが、飲んだくれようが、あまり非難されずに「しょうがないわねぇ」と見過ごされ、女に甘やかされてきた。

 

 しかし最近はそうではない。

 「昔は豪傑が大勢いて良い時代だった」なんて感傷に耽っていてはいけない。

 

 あんなひどい父親に「暴力を受けてる」と子どもが直接訴えていたのに、見殺しにするどころか、わざわざその訴えを当の父親に見せた、という教育委員会の失態。

 

 「再発防止に努めます」なんて、いかにもお行儀よく反省してますみたいなマヌケなコメントを出していたが、死んだ女の子は二度と帰らない。

 

 教育委員会も、学校の先生も、教育でメシを食っているのなら、勉強なんか二の次でいい。

 エゴ丸出しのしょーもない親どもをお客様扱いして、どこそこの高校・大学に何人受かったとかなんて、くだらないことやってるヒマがあったら。相手が誰だろうと、自分がその子の父・母になったつもりで、本気になって子どもを守ってほしい。

 

 もはやあんなろくでもない男が、血のつながった父親だというだけで大きな顔をできる時代はとっくに終わっている。

 

 昔、「子育てをしない男を父親とは呼ばない」というキャッチコピーがあったが、子どもを愛さない男を父親だの、保護者だのと認識すべきではないと思う。

 


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手塚治虫「どろろ」アニメリメイク版:人間のおぞましさ・美しさ・面白さに迫る

 

 息子が「どろろ」のアニメリメイク版(今月から放送)が面白いというので、最初の2回を見てみた。

 確かに面白く、かなりクオリティが高い。

 

 この漫画は僕が小学生の頃、少年サンデーで連載していた。

 同じころ、テレビアニメも製作されたており(当時まだモノクロ)、アニメとして放送されるのは50年ぶり。

 原作者はかの手塚治虫先生だ。

 

 手塚先生は科学もののイメージが強く、さすがにそろそろ時代遅れ感を抱く人も少なくないと思う。

 が、手塚作品の真価は、人間存在のおぞましさ・美しさ・面白さといったものを、漫画というエンタメ性の高い手段で表現したこと。できることを証明したことだ。

 いわば文学のレベルまで引き上げ、漫画の地平を大きく切り開いた。

 これは後続の後輩らをはじめ、彼の子供世代、孫世代の漫画家たちがこぞって実現し、進化させてきたことだ。

 

 そういう意味ではSFとか、怪奇ものとか、伝記ものとかといった表面的なレッテルはあまり意味がない。

 が、僕は「どろろ」や「バンパイヤ」のようなグロテスクな怪奇物にその真骨頂が出ているのではないかと考える。

 

 主人公の百鬼丸は、父親の野望のために、肉体のパーツを鬼神らに奪われ、それを取り戻そうとする若者で、その存在はほとんどサイボーグ。

 相棒のどろろは戦国の荒れはてた世の中を生き抜くために犯罪も平気で犯す子供で、本当は女の子なのに男の子のふりをしている。

 

 誤解を恐れずに言えば、現代の世界で、障がい者とLGBTの人が、いっしょに人生の旅をしているかのようにも見える。

 

 どろろは敢えて女の子っぽいところを隠さず、とても可愛く描かれている。

 一方の百鬼丸も原作と異なり、サイボーグっぽい-―まるで人形のような顔をしているのが斬新で印象深い。

 彼は物語開始当初、義眼で目が見えないため、表面的な部分を突き抜けて、相手の存在を「内面の魂の炎のゆらぎ」として見ることができる、という解説も良くできている。

 

 リメイクとはいえ、若い連中の心を捉えるこうした設定・表現力はひどく刺激的だ。

 

 どこまで原作に忠実で、どこまでアレンジが許されているかは分からないが、ラスト付近では少し成長した百鬼丸とどろろが、それぞれの内面の声に動かされ、恋仲になってくれればいいなと思う。

 


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酒・タバコ、やめて100まで生きたバカ 2019

 

 きょうは健康診断を受けた。

 問診票の中にタバコを吸うか・吸わないか、以前吸っていたか否かに答える欄があり、今年は「吸っていた。何年前まで?19年」と書いた。

 ちょうど40の時にやめたのでわかりやすい。

 年々「タバコを吸っていた年数」と「タバコをやめてからの年数」の差が縮まっていくのが嬉しいような、切ないような。

 

 タバコをやめて何がいいかというと、「私タバコ吸ってます」というストレスを受けずに済むのがいい。

 この「吸ってます」の言葉の裏には「こんな健康に悪いことを毎日毎日やってて、ろくな人間じゃないですよね。これじゃガンとかいろん病気にかかっても一切文句言えませんよね。すべて自己責任ですから。のうのうと生きててすみません」といった自虐的な意味がオートマティックに付随してくる。

 

 こうしたストレスをものともせず、スパスパできる人は、ある意味、尊敬に値する。

 僕はもうこうしたストレスというか、プレシャーを受けるだけで耐えられない。

 

 ストレス解消のはずの喫煙が逆にストレスになる時代になってしまったのである。

 

 ところで僕の友人に「ストレスたまるとどうしても余計な飲み食いをしちまうだろ。

それよかタバコを吸ってた方がよっぽど体にいいんだ」と豪語して憚らない強者がいる。確かにその理論にはうなずかざるを得ないところはある。

 タバコは娯楽が少なく、食事も割と乏しかった貧しい時代における、労働者の細やかなお楽しみだったのだ。

 

 しかしその強者である友人も、吸っているのは電子タバコである。

 彼は過去何度も禁煙宣言をして、その都度、ご和算にするということを繰り返してきたが、今では電子タバコにたどり着いた。

 しかし、電子タバコが彼の安息のアイテムとして落ち着くかどうかは定かでない。

 そろそろまた「タバコやめる」とか言い出しそうだ。

 

 ちょっとおまけだが、きょうの健康診断で身長を測ったら、なんと、1センチ以上縮んでいた。

 これって老化現象?

 まだまだのびしろがあるぞと思っているのに・・・ショック!

 「ちぢむ男」というタイトルが思い浮かんだ。

 カフカみたいな小説が書けるかもしれない。

 


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どうして僕はロボットじゃないんだろう?

 

 何の脈絡もなしに、あるセリフだけが、葉っぱが一枚、ひらひらと風に乗って頭の中の郵便受けに届けられるときがある。

 「どうして僕はロボットじゃないんだろう?」

 というものその一つ。

 

 その一つのセリフから、それを発した人物、そこに関連しているストーリー、その背後にある世界観を探っていく――ということを時々やる。

 

 こういうセリフを言う以上、人物はもちろん人間だ。

 まだ若い。子どもかもしれない。

 自分は人間なのに、人間であることに一種の罪悪感を抱いている。

 まるでロボットなり機械であったほうがよかったのに、と言わんばかりだ。

 

 その時代の人間は、ロボットほど生産能力・情報解析能力が高くないことを嘆いているのかも知れない。

 いまや産業界の労働力のメインはAIであり、ロボットだ。

 

 あるいは地球環境の観点から言っても、環境を破壊したりしない、地球の味方であるロボットの方が好ましい。

 人間はその点でもロボットにかなわない。

 

 セリフを少し変えてみる。

 「どうして君はロボットでなく、人間なんだろう?(自分でよく考えなさい)」

 

 脳の奥深くか、地球の奥底か、宇宙の果てか、から聞こえてくる問いかけは、実はすぐ身の回りにあるコンピューターから少しずつ発せられているように感じる。

 

 コンピューターに意思があるなどと言うと、ばかばかしいと嗤われるだろうが、やはりコンピューターは人間の純粋な道具だった、いわば知能がなかった機械類とは違っているのではないか。

 

 この四半世紀余りの間に社会にゆっくりと澱のように何かが溜まってきている。

 それはじわじわと僕たち人間の存在にプレッシャーをかけ続けている。

 そして、スマホの普及もあってそれはこの数年で加速している。

 その正体は、コンピューター類の発する無言のメッセージなのではないかという気がする。

 

 これから先、AI・ロボットが日常生活の中で完全に主力となれば、その目に見えないメッセージ=プレッシャーは著しく人々の精神を圧迫することになるのかも知れない。

 

 というのは、あくまで僕の妄想ですが、

 本気で「どうして僕は(わたしは)ロボットじゃないんだろう?」

 と思っている人が、」もうチラホラいるのではないだろうか。

 


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僕たちは罪を背負わされている

 

 先日書いたラジオドラマの脚本「ばんめしできたよ」のリライト版は、は、人間の罪悪感がテーマになった。

 

 時々、現代人の人生は、は罪悪感から逃れるためにあるのではないかと思える。

 情報社会型・資本主義的罪悪感。

 

 子どもをいい学校に行かせられないあなたは罪悪を犯しています。

 

 子どもにちゃんとして結婚式を挙げさせてやれないあなたは罪悪を犯しています。

 

 家族に満足な医療を受けさせられないあなたは罪悪を犯しています。

 

 大事な家族が亡くなったのにまともなお葬式を挙げられないあなたは罪悪を犯しています。

 

 お金で幸福は買えないかも知れないけど、少なくとも得体のしれない罪悪感からは逃れられる。

 そう考えて、みんな一生懸命にお金を稼ごうとする。

 

 でも、その「あなたは罪悪を犯している」という情報の多くは、もとをたどっていくと、学校なり、学習塾なり、ホテルや結婚式場なり、病院なり、葬儀屋さんなりがビジネスをするための宣伝メッセージだったりする。

 

 それに気が付く人は少ない。

 だから、あなたも僕も何とか義務を果たそうとする。

 本来は義務でも何でもないことなのに。

 

 そもそも「人間は生まれながらに罪を背負っている」という「原罪」の教えが、キリスト教を広めるための広告(だから神を信じて魂を清めよ)だ。

 

 何が本当に人間として抱かざる得ない罪悪感なのか。

 それはひとりひとりちがう部分もあれば、共通する部分もある。

 

 情報化社会のいたるところから送られてくる大量のメッセージを、いくらかやり過ごすことも罪を意識しないですむ方法の一つかも知れない。

 


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100年ライフの条件と自分ストーリー

 

●みんなの認識は「人生は100年」

 

 リンダ・グラットン/アンドリュー・スコットの「LIFE SHIFT」を読んだのは一昨年の正月のこと。それから2年、あっという間に「人生100年」巷に広がった。

 社会通念というのは怖ろしい。

 こうなるともう現在の平均寿命がいくつかなんて関係ない。

 みんなの認識は「人生は100年」である。

 それが喜ばしいことなのか、困ったことなのかはさておいて。

 

 僕の場合、20歳の頃の自分が現在の、50代の自分なんてまったく想像できなかったのと同様、100歳になった自分なんて思いもよらない。

 いったいどうなっているんだろう?

 

 当然体力は相当衰えているだろう。

 精神の状態はどうか?

 たぶんよけいな欲などが消え去って、割と清楚――いわば子どもに近づいているんじゃないかと考える。

 逆に言えば、そうありたいし、そうじゃないと100年ライフは辛い。

 

●100まで生きる人間の条件

 

 僕は100まで生きる人間には条件が2つあると思う。

 

 一つは幸福であること。

 客観的にどうこうではなく、自分が幸福だと思っているか――自分の人生に納得し満足しているかということである。

 周囲の人からそれなりに愛情を受けているか、といったことも含まれるだろう。

 そうでない人はおそらくストレスにやられてしまう。

 

 もう一つは生き続けるためのミッションを持っているかということ。

 たとえば、自分の戦争体験を後世に伝えるとか・・・

 ビジネスであるかどうかはともかく、「これが自分の仕事」というものを持ち続けることが重要なのではないか。

 

 このどちらか、あるいは両方の条件を満たしている人が100まで生き延びる。

 

●自らの持っているストーリーを探っていく

 

 僕の母親は正月の2日に90歳になったが、10年前に亡くなった父が、最期に「おまえのおかげで良い人生だった。ありがとう」と言い残したらしく、それを心の支えにして今も健康に生きている。

 実家に帰るたびに何回も同じ話を聞かされるが、これはもう両親のためにちゃんと聞かねばならない。

 

 100まで生きるかどうかはともかく、還暦を過ぎたあたりからは準備は必要になってくると思う。

 

 脳は齢を追うごとにどんどん脱皮を繰り返して「100歳の自分」へ向かっていく。

 

 最近は終活ばやりで自分史を書くことなどもポピュラーになってきたようだが、べつに終活じゃなくても、自分史などを作って、自分は本来何者なのか、自らの持っているストーリーを探っていくことが必要なのではないかと思う。

 


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アナ雪を鑑賞して想い巡らせる男と女の未来

 

 子どもの時に出会う物語は、実体験と同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に重要で、脳の奥深くに沁み込んで、その後の人生全般に影響を与えるのではないかと思う。

 

 なんでそんなことを言い出したかというと、正月の3日に「アナ雪」をテレビでやってたので、また見てしまったからだ。

 このお話を見た女の子は大人になった時、これまでの女性――母欧亜や祖母の世代とはだいぶ違った世界観・男性観を持つに至るような気がする。

 

 「アナ雪」は文学性も兼ね備えたエンターテインメントだ。

 観客のメインである少女(および大人女子全般も)の心をしっかり掴む、よくできたストーリー展開になっている。

 

 そして制作陣がどの程度意識しているかは分からないが、世界各地に国家というものが出来て以来、女性がどう扱われてきたかの歴史が凝縮されて入っている。

 

 考えてみれば女性が全般的にこれほど社会で活躍できるようになったのは、ほんのこの数十年―ー僕が大人になった後のことである。

 

 というわけで気が付くと、こっちも頭の中が女の子になっていて、ハンス王子の悪行が明かされるシーンでは「こいつは絶対ゆるせーん!」と叫んだりしている。

 

 日本の貴族や武家もそうだが、欧州の王侯貴族の間では権力を手にするために、彼が仕組んだような陰謀はほとんど日常茶飯事だったのだろう。

 で、たいていの場合、女はその道具にされてきた。

 

 もう一人の男のクリフは30年前のバブリーな時代だったら「いい人なんだけどねー」で終わっていそうなタイプ。ところが現代では見事にアナのハートも、たぶん観客の大半の女の子のハートも射止めている。

 時代はいい人に順風を送っているようだ。

 

 そんなこんなでまた楽しめたのだけど、この作品を観た後は、いつも漠然とした不安に駆られてしまう。

 

 これからの男の存在意義って何? 

 

 だって女だけで暮らしが成り立っちゃうじゃん、幸せになれちゃうじゃん、という感じがしてしまう。

 

 エルサやアナも子どもが欲しくなったら、男なんて別にいらんからと言って、精子バンクから精子を調達してきそうだ。

 

 というのは冗談だけど、少なくともマッチョなヒーローみたいな男はいらんポイ。

 労働もAIやロボットにお任せになったら、スポーツ・芸能・芸術などの分野で花を咲かせるか、そんな才能がなければクリフのようなサポート役になるか、しかなくなってしまうのでは・・・?

 

 そんなことを考えてると、頭の中はすっかり普段の男に戻ってて、ハンスも末子王子なんていう辛い立場なので表舞台に立つには、ああした陰謀を企てるのもしかたないよな、あいつも人生大変だよな、牢屋にぶちこまれてしまってこれからどうなるんだろう、何とか情状酌量してやってくれんかね?・・・なんて結構同情的になってしまうのだ。

 


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「ばんめしできたよ2019」執筆の三が日

 

 お正月3が日にほとんど家にこもりきりで執筆に取り組んだ。

 昨年、NHK名古屋の創作ラジオドラマ脚本募集で拙作「ばんめしできたよ」がファイナルステージまで上がって「着想はいいんだけどね~」といった講評をいただいた。

 一押ししてくれた審査員もいたというので、それじゃ書き直しに挑戦してみるかと思ったのだ。

 

 あらすじはほぼそのまんまで、登場人物と出てくる施設の設定を大幅に変えた。

 3日で書けたわけじゃなくて、昨年末から1か月以上かけてやっとこさできたという感じ。

 

 ライティング・イズ・リライティング。

 昨日の脳と今日の脳と明日の脳は違うので、書き直しはきりがないし、楽じゃない。

 

 それでも何とかできてよかった。

 物語としてより面白く、より深くなったと、とりあえず自画自賛。

 もちろんリベンジを期して、また別のところのコンペに出します。

 

 おかげで充実したお正月になりました。

 今年もコツコツがんばります。

 


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2019年元旦の干支ものがたり

 

あけましておめでとうございます。

お正月恒例。近所の大宮八幡宮参道にある材木屋さんの干支ギャラリー。

富士をバックに駆け抜けるイノシシが魅せる。

 

イノシシ君はめっぽう速くて、他の連中に負けないはずなのに、方向を間違えてしまって神様のところにゴールしたのが12番めになってしまった。

でも、ぎりぎりセーフだったからよかったブー。

 

跳梁跋扈する情報に惑わされてあらぬ方向に疾走せぬよう、自分の内なる声に耳を澄ませながら軽やかに走りましょう。

 


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自分という人間のスト―リーに気付いた一年

 

  家の中を掃除しながら、ああまた1年が終わるなぁ、また一つ齢を取るなぁと思いつつ、齢を取るとはどういうことなのか考えていた。

 

 結論から言うと、齢を取るとは、自分という人間のスト―リーが見えてくるということだ。

 

 結局、自分は自分であって他の人間とは違っている。

 

 自分がやれることも、本当にやりたいこともあらかじめ決まってたことに、今年一年でやっと気が付いた。

 

 流行を追っても、他人が持っているものを欲しがったり、ましてや真似をしていてはだめだ。

 

 そう悟ったのか、諦めたのか。

 この夏、事故で頭を打ち付けたことが効いたのかもしれない。

 

 20代・30代の頃は自分のストーリーなんて何にもわかってなかったので、とにかくなんでも体験だ!と思って、あっちこっち出歩きまくって、見て回って、手当たり次第にいろんなことをやっていた。

 

 それが50代も後半になって還暦が近づいてくると、脳の中に映し出される風景はすっかり変わってしまった。

 

 体力はも落っこちてくるし、自分の残り時間が気になってきて、大してやりたくもないこと、人との付き合いでしかたなくやることなどにエネルギーも費やしている余裕はない。

 

 正直、好奇心や冒険心も薄れているのだろう。

 もはやかつてのように気の向くままに、あちこち首を突っ込むことはできない。

 逆に言えば、若い時代にそれができてとても幸運だった。

 

 ただ、本当に自分が興味を引かれる世界、自分のストーリーにマッチした世界にはとことんつっこんでいきたいと思う。

 

 あとは日々コツコツと自分の畑を耕して、少しでも多くの作物を作って収穫できればいいと思う。

 これは美味しいと食べてくれる人がいれば、なおいい。

 

 


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世界を作った歴史人は?(世界史編)

 クリスマスの夜、家族で晩餐していたところ、イエス・キリストは最も有名で人気のある歴史上の人物か? という息子の発言が引き金になって、人気の歴史人を言い合いっこが始まった。

 日本を混ぜるとややこしくなるので、世界史の方に絞ってやった。

 出てきた人をざっと挙げると、

 

 イエス、マリア、ブッダ、モハメット、ソクラテス、プラトン、シーザー、クレオパトラ、ツタンカーメン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、シェイクスピア、ゲーテ、モーツァルト、ベートーベン、マリー・アントワネット、ナポレオン、ワシントン、リンカーン、ナイチンゲール、アンデルセン、グリム兄弟、イソップ、アンネ・フランク、ヒトラー、マハトマ・ガンジー、マザーテレサ、ピカソ、ジョン・レノン、ニュートン、アインシュタイン・・・

 

 あまり考えずに口をついて出てきたのがこれくらい。

 あくまで僕とカミさんと息子の感覚なので少々偏ったところも7あるだろうが、世間の人もベスト20とか30と言えば、このあたりの人を挙げるのではないだろうか。

 

 ヒトラーは人気というと語弊があると思うが、あれだけ本や映画になっているし、興味深い人物という点、知名度という点では確実に上位10人に入るだろう。

 

 死後20年のマザーテレサと40年のジョン・レノンは、歴史上の人物というには若すぎる(?)かもしれない。

 

けれどもその業績やら、人々に与えた影響やらを考えると、もう歴史上の人物にしてもいいのではないか、ということになった。

 

 こうしてラインアップを見ると、やはりそれぞれキャラが立っているか、劇的なストーリーを背負っているか、いい意味でも悪い意味でも人間臭いかがポイントとなっているようだ。

 単に立派な人と言うだけでは上がってこない。

 

 単なる遊びでやっていたけど、こうした人たちが現代のこの世界を作ってきた代表者だと考えると、ちょっと感慨深いものがあった。

 面白いので、お正月ヒマだったらお家の人、あるいは友達同士でやってみてください。自分の世界観がわかるかも。

 


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「安楽死を遂げるまで」:自殺幇助という安楽死

 

 今年読んだ中で最も衝撃を受けた一冊。

 「安楽死を遂げるまで」宮下洋一(小学館/2017年12月発行)。

 

 著者の宮下氏は欧州南部を拠点として活動する国際ジャーナリスト。

 スイス、オランダ、ベルギー、スペイン、アメリカ、そして日本を巡り、各国の安楽死事情をルポルタージュしたこの本は、第40回講談社ノンフィクション大賞を受賞している。

 

●外国人も頼りにするスイスの安楽死事情

 

 世界で初めて安楽死が認められた国はスイスである。この国における安楽死は「自殺幇助」という形で行われる。

 正確には法的に認められているのではなく、刑法に照らし合わせて「罪に問われない」のが実情だ。

 それでも最初の幇助団体が生まれたのが1982年だから、すでに30年以上の歴史がある。

 そして特筆すべきはその団体に会員登録すれば外国人でも措置を受けられることだ。実は近年、日本人の登録者も少なくないという。

 

●「自殺幇助」という手段

 

 以前、安楽死には『積極的安楽死』と『消極的安楽死』の2つがあると書いたが、これに『セデーション』が加わる。これは終末期患者に対して薬を投与して昏睡状態に落とし、その後、水分や栄養を与えず死に向かわせること。いわば延命措置をやめる『消極的安楽死』の一つとも捉えられる。これらの措置はすべて医師が手を下す点で共通している。

 

 これらと大きく異なる安楽死の手段が「自殺幇助」だ。医師ではなく、患者=自殺(安楽死)志望者がみずからの手でみずからの命を終わらせる。これが行われているのは現在のところスイス一国だ。

 (※ただし、アメリカ・オレゴン州で認められている『尊厳死』は、呼称は違うものの実態は自殺幇助と同じとされている)

 

●満たすべき4つの条件

 

 スイスで自殺幇助を受けるには、それを管理運営する団体(いずれも中心メンバーは医療関係者)に会員登録する必要がある。

 しかし会員になれば誰でもすぐに死ねるわけではない。国内に3つある団体はそれぞれ少しずつ規約が違うが、審査の基準――幇助を許可される条件は同じで厳正に守られている。(これらの条件は積極的安楽死の場合も共通している)。

 

1.耐えられない痛みがある。

2.回復の見込みがない

3.明確な意思表示ができる。

4.治療の代替手段がない。

 

 この4つの条件が認められて初めて自殺幇助が行われるのだ。

 

●どのように幇助するのか?

 

 幇助のやり方はおもに2通りあり、一つは用意された致死薬をコップで飲み干す方法。

 もう一つは点滴で血液内に注入する方法。後者の場合はストッパーをかけておき、患者が自分でそれを開封する。

 いずれもその団体に所属する医師の立会いのもとに実行される。

 

 ちなみにオランダなどにおける積極的安楽死では医師が致死薬を注射する方法が一般的だが、スイスではこれを行うと犯罪になる。

 

●外国人の需要と日本人の登録

 

 スイス連邦統計局のデータ (複数の幇助団体から集めた推定値) によれば幇助数は2015年で1014人。2000年にはまだ100人にも満たなかったので、その増加率の高さがわかる。しかもこの数値は国内在住のスイス人のみが対象だ。

 

 ヨーロッパ大陸の中央に位置し、WHO世界保健機関や国連欧州本部など、さまざまな国際機関の本部が置かれたスイスは昔から外国人の行き来が非常に多い国だ。

 

 そうした背景もあり、3団体のうち2団体は外国人に対しても門戸を開いている。少なくとも表立って安楽死(自殺幇助)の措置を受けられるのは、世界で唯一スイスだけなのだ。

 

 ある団体では会員の4分の3を外国人が占め、世界各国から自殺幇助の申請に訪れると言う。その審査はスイス人以上に厳しく、自国の医療機関での診断書をはじめ、精密で膨大な書類の提出が求められる。

 また現地の医師とスムーズにコミュニケーションできるだけの語学力も必要とされる。

 

 登録者の中には日本人の会員も相当数いるようだが、そのうち何人が実際に自殺幇助を申請し、何人が認められて死んだのかは公表されていない。

 

●グローバル化・高齢化の中で

 

 欧米では1970年代から安楽死について活発に議論が交わされ、一部の国では法整備が進められた。

 スイスでは自殺幇助という形でそれが発展してきたわけだが、近年、幇助団体の外国人受け入れに関する情報が世界に行きわたり、スイスへの自殺ツアーが組まれているというニュースまで報じられるようになってきた。

 こうした現象を見て、安楽死に反対する組織・人々がスイスの各団体に厳しい視線を向け始めている。

 

 安楽死の容認・合法化は今や世界的な潮流だが、その是非をめぐっては半世紀を経て再び大きな論争を巻き起こしそうだ。

 今や日本もその枠外ではない。

 欧米各国の動向は、日本人の死に対する考え方に少なからぬ影響を及ぼすに違いない。

 


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「酒、タバコ、やめて100まで生きたバカ」の最後の晩餐は、雪のように真っ白なごはん

 

   人生は思いのほか短い。

 折り返し地点を過ぎると、そのスピードは倍速になる。

 やはり40歳あたりがミッドポイントで、自分のことを振り返ると「健やかに中年」と、年賀状に大きく書いて宣言したことを憶えている。

 そして、その宣言とともに25年間吸っていたタバコをやめた。

 

 「酒、タバコ、やめて100まで生きたバカ」を目指して人生の復路を走りながら頭に浮かぶのは、ゴールする前に何を食べるのか――最後の食事は何がいいのかということである。

 

 これまでおかずのことばかり考えていたが、先日、いや、これはおかずではないな、ということに気が付いた。

 

 お米のごはんだ。

 雪のように真っ白な、炊きたてのホカホカの極上のごはんだ。

 それだけ。

 味噌汁くらいはついていてもいい。

 またはバリエーションとして、そのごはんで握ったおにぎりがあってもいい。

 

 それだけだ。

 そう思いつくと、これぞ日本人の正しい「最後の晩餐」だと疑えなくなってきた。

 

 まぁ、食い物に正しいも間違ってるもないんだけど。

 

 人間は真っ白で生まれて、真っ白で帰っていく。

 これは美しい。

 

 でも本当にそうなるかどうかは、タイムマシンで、未来の、死ぬ間際の自分に会って聞いてみないとわからない。

 

 ちなみに酒はまだやめてないし、100まで生きるかどうかも当然わからない。

 


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NOELちゃん

 

 むかし勤めていたロンドンのレストランスタッフの同僚にNoelというフランス人の女性がいた。

 Noelとはフランス語でクリスマスのこと。

 つまり「クリスマスちゃん」である。

 

 普段はElisabethと名乗っていたので、僕らもそう呼んでいたのだが、何かのきっかけで本名がわかった。

 べつにからかうつもりもなく、本名を呼ぶんでみたら「やめてー」と、嫌がった。

 日本でいうキラキラネームに該当するのだろうか。

 

 彼女は僕より少しだけ年上だったので、たぶん当時26~7歳だったと思う。

 子供の頃やティーンエージャーの頃ならともかく、大人になって「クリスマスちゃん」なんて呼ばれるのは恥ずかしかったのかもしれない。

 

 彼女には同じレストランの調理助手のバイトをやっていたニキ君という日本人男性と恋仲で、僕が来て一年しないうちに、二人でフランスで暮らすと言ってやめて行った。その後のことはわからない。

 

 そんなに美人というわけではなかったけど、彼女のことをよく覚えているのはその声だ。

 フランス語なまりの英語ってこんなに素敵なのかと思った。

 日常会話がすごくロマンチックなものに聞こえるのだ。

 

 フランス人の話す英語はみんなこんな感じなのかなと思ったけど、その後にもフランス人の女性が入ったが、そっちの彼女のは全然ちがっていた。

 Noelの話す英語は特別にすばらしかったのかも知れない。

 フランス万歳。

 


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トキワ荘復元に関するあれこれ

 

 トキワ荘通りにある南長崎花咲公園。

 そこに2020年3月に「マンガの聖地としまミュージアム(仮称)」として復元されるトキワ荘。

 その費用の一部をクラウドファンディング、つまり寄付で賄うと言う。

 当初は、総費用9億4千万円のうち1億円を、という算段だったそうだが、その人気は目を見張るものがあり、今年10月にはすでにその目標額の7割以上をクリア。

 「これはイケる」と思ったのか、豊島区は目標額を2億8千万円に上方修正したと言う。これだと総費用の4分の1を寄付で賄えることになる。

 

 まずここまではここまではいいことづくめ。

 着工は年明けからか。

 これからオープンまでは話題が絶えないだろう。、

 その日が来るまで、夢が実現するまでは、みんなドキドキワクワクするからね。

 

 問題はできた後だ。

 超情報化時代の今日、新たに生まれたコンテンツの情報はあっという間に消費される。それでなくても、トキワ荘のストーリーは、これまでもさんざん表舞台に上がり、かなり多くの人がもう知っている。

 建設の前から難くせをつけるようで申し訳ないが、賞味期限がそんなに長いとは思えない。

 

 完成~オープン予定の期日を見れば、東京五輪の開催時期に合わせていることは明らか。外国人のマンガ・アニメファンを取り込もうという思惑があるようで、実際、そういう広報も行っている、

 

 日本人のマンガ好きはトキワ荘に思い入れが深いかも知れないが、外国人はどうか?

失礼ながら、手塚治虫先生以外はそんなに海外にその名が轟いているとは思えない。

 この先生たちが遺したものがいかに偉大な功績かを理解してもらうには、相当な工夫が必要だ。

 

 また、その前に日本の若い世代がトキワ荘=マンガの聖地であることをどれだけ認識しているか? はなはだ疑問なのである。

 

 

 あと気になるのはこの公園のこと。

 代々木公園、井の頭公園、和田堀公園のような広い公園ではない。街中でよく見かける児童公園だ。

 今あるようなちょっとしたモニュメントなら問題ないだろうが、アパート一棟分だ。おそらくこの公園の大部分は潰れてしまうだろう。

 

 見たところ、この近辺では唯一の公園で、子供たちの遊び場、お年寄りの憩いの場になっている。

 みんながマンガファンでトキワ荘の価値を認めているわけじゃないので、なんでそんんなボロアパートのために大事な公園を潰すのか、納得できない人も多いだろう。

 

 どうやら豊島区が代替公園を作ると言うことで話は決着したらしいが、そこまでリスクを負って9億ものお金をかけるのだから、本当に意義あることをやらないと地域の人たちの不満はずっと残る。

 

 箱を作ってミュージアムとしてあれこれ展示しても、オープン時は賑やかだろうが、オリンピック・パラリンピックが終わる頃にはもう人は離れているだろう。

 

 最初からそれを覚悟して、飽きられたころに始まる企画――月並みなところではマンガ塾とか――をいくつも用意しておき、どう活用するのか、この地域の資産・トキワ荘のマンガ家たちの偉業が未来に繋がっていくのかを世の中に向かって考え、表現していかないとダメだろう。

 でなければ集まってくるのは、昭和レトロを愛する懐かし好きの年寄りばかり、ということになりかねない。

 楽しみにしているだけにちょっと心配。

 10年後・20年後を想像して、レジェンドの殿堂を築いてほしいなぁ。

 


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マンガの聖地・トキワ荘通りを散策する

 

 以前も紹介したことがあるが、金剛院には「マンガ地蔵」が鎮座しており、マンガご朱印も発行している。もちろん、プロデューサー的センス抜群のご住職の発案だ。

 クリエイターのたまごたちがお参りするマンガ地蔵。その向いている方向は、かのトキワ荘のあった場所だ。

 

 手塚治虫をはじめ、赤塚不二夫、藤子不二雄の二人などがデビュー前から住み、石ノ森章太郎なども頻繁に訪れていたというトキワ荘は「マンガの聖地」と呼ばれ、その時代から半世紀を過ぎた今日、この地に人を呼び寄せる地域の財産になっている。、

 

 金剛院のある西武池袋線・椎名町から次の駅の東長崎、その間にある都営大江戸線の落合長崎駅の三角形の界隈には、各所にモニュメントが置かれ、マンガ地蔵も含め、「トキワ荘散策コース」が作られているのだ。

 

 その中心のトキワ荘通りからちょっと裏道に入ったところに跡地がある。トキワ荘は1982年に解体され、その跡地には現在、保険会社のビルが建っている。

 

 

 お休み処という場所もあって、小さなマンガギャラリーになっている。

 僕が入った先週の土曜は、この2階にトキワ荘仲間の紅一点、「ファイヤー!」「星のたてごと」の水野英子先生が来ていてサイン会をやっていた。

 

 それにしてもこのトキワ荘通り、夕方になろうかという時間に行ったせいか、なんだか「三丁目の夕日」を想起するレトロムードが満点。

 裏通りに入ると、ちょっと・・・というかかなりさびれた空き家などもあって、これもまぁレトロと言えばレトロだけど・・・という感じ。

 

 そしてこの通り沿いには南長崎花咲公園というのがあり、そこに2020年3月に「マンガの聖地としまミュージアム(仮称)」として、トキワ荘が復元される。

 まさしく日本のマンガ文化のジュラシックパーク誕生!

 ・・・と拍手したいところだが、ちょっとした懸念も。

 長くなりそうなので、その話はまた明日。

 


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イノシシの冒険

 

  あの国境を越えれば、おいしい作物食い放題のパラダイスが待っている。

 

 情報化社会は人間の専売特許ではない。

 森の仲間たちの間でも、ここ何世代かにわたって「成功法則」の情報が伝えられシェアされている。

 サル、キツネ、タヌキ、クマ、イタチ、ハクビシン・・・もちろんイノシシにも。

 

 生き延びて成功したいのなら人間の生活圏とのボーダーを突破せよ。

 勇気を出せ、 だいじょうぶだ。人間は思ったほど怖くない。

 だが、ワナには気を付けろ。餌があっても近づくな。

 

 来年の干支として脚光を浴びる今日この頃だが、農業の取材をしていると、いまやイノシシは田畑を荒らすにっくき害獣ワーストワンに挙げられる。

 

 代々伝えられてきた無数の情報を租借し、知恵を付けた新世代のイノシシたちは、まるで移民のように人間の生活圏に潜入し、自分たちの居所を作ろうとしている。

 彼らの何頭かは冒険心に駆られ、命を賭けてフロンティアを切り開こうとしているようだ。

 


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