前のめりになって生きて死ね

 

本日の名言

「事実がたとえわかっていなくとも、

とにかく前進することだ。

前進し、行動している間に、事実はわかってくるものだ」

 

この名言の主ヘンリー・フォードは、

20世紀アメリカの自動車王。

要するにわからないと考えこむのではなく、

まず行動しろということ。

たぶん自己啓発リーダーの人たちも好んで使うフレーズだ。

 

そうだ、その通りだと思いつつ、

僕がこの名言を目にして連想したのは、

子供の頃に見た野球マンガ「巨人の星」の1シーンである。

 

それは主人公・星飛雄馬(ピッチャーです)の父・一徹が、

かの坂本龍馬の死について語るシーン。

一徹は投手生命に関わる

飛雄馬の欠点(球質が軽い)に気付き、

問い詰める息子に対して坂本龍馬の逸話を持ち出し、

「たとえドブの中で死んでも、なお前向きで死ぬ、

それが男だ」と語る。

 

その一徹のセリフに合わせて画面では

路上で暗殺者に襲われ血まみれになった龍馬が、

ドブの中で倒れながらも、這いつくばって前進しようとし、

ついに息絶えるという壮絶なシーンが描かれた。

 

当時はスポーツ根性マンガ全盛時代だったので、

一徹のセリフと、前のめりになって倒れる龍馬の表情は、

強烈に子ども心に染みた。

 

というわけで小学生当時、「巨人の星」を見ていた僕は、

長らくの間、これが坂本龍馬の最期だと思っていたのだ。

ところが事実はご存知のとおり、

料理屋の2階でしゃも鍋をつついていたところを

襲われたので、ドブの中で倒れようがない。

 

いや、もしかしたら瀕死の状態で店から這い出し、

路上にあったドブに落ちたのか?

とも考えたが、やっぱりこの話は

原作者・梶原一騎の創作だったようである。

 

厳密にいうと、梶原一騎はどうやら

司馬遼太郎の名作「竜馬がゆく」を読んで、

その一文にある

『男なら、たとえ溝の中でも前のめりで死ね』

をアレンジして使ったようだ。

 

もともと司馬遼太郎は歴史学者とか研究家ではなく、

あくまで歴史作家なので、エンタメになるよう、

史実にかなり自分のアレンジを加えている。

昭和以降の龍馬像をつくり上げ、

国民的ヒーローに押し上げたのも司馬遼太郎の功績。

梶原一騎はその功績をスポ根ドラマに

うまく取り入れたということだろう。

 

ちなみにこの「龍馬 前のめりで死ぬ」説は、

僕と前後する世代の人たちに

かなり大きな影響を与えたらしく、

小説家の有川ひろ(1972年生まれ・高知県出身・女性)が

「倒れるときは前のめり」という

題名のエッセイ集を出している。

 

寄り道が長くなったのでもとに戻す。

仕事にしても、生活にしても、

一歩一歩コツコツが大事なのはわかる。

ただ、視野を広げて人生全般を見た場合、

僕は若い頃、いずれ齢を取れば、

いろいろわからないことが

だんだんわかってくるのだろうと思っていた。

ところが現実は真逆で、

どんどんわからないことだらけになっていく。

 

死ぬまでに世の中の事実・真実がわかるのか?

と問われたら、ほとんど絶望的。

しかし絶望してても始まらないので、

何はともあれ、生きて一日一日大切に、

死ぬまで一歩一歩あゆむのみ。

一歩進むと二歩下がっちゃうんだけどね。

 

 

 

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「死ぬな!きみの地球を守るために(仮題)」

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