世界は代筆でできている

 

僕たちが生きているこの世界――

人間が社会を作り、

国家を作り、

文化を作ってきたほとんどの部分は

代筆でできている。

 

今日のようなメディアができる以前から、

歴史上の有名な人物が何をした、何を言った、

ということの99パーセントは、

無名の、どこかの誰かが、

その有名人に代って代筆し、

後世に残したものだ。

 

というわけで、

代筆業をやっていると言うと、

どうやったら始められるのか?

と聞かれることがある。

 

これについては何とも言いようがない。

ホームページでも、ブログでも、SNSでも

なんでもいいから、公開された場で

「私、代筆やります」と書いて宣伝するだけだ。

 

もちろん、会った人に直接言えるのなら、

それに越したことはない。

 

あとは待ち。

かなり運が良ければ、

これだけで何か仕事が来るかも知れない。

 

が、普通はダメだろうから、

自分がどれだけの文章が書けるのか、

あれこれアピールする。

 

そういう意味では、今は昔と違い、

インターネットを使えば

自由にいくらでもアピールできるから

いい時代になった。

 

でもやっぱり一本釣りは難しいから、

現実的には、どこかのメディアに入って

取材記事を書いてみて実績を作るのが早道だ。

 

 

代筆業と聞くと多くの人は、

芸能人や経営者などの本の、

いわゆるゴーストライターを想起する。

 

でも僕が思うに、インタビュー取材などをして

ウェブサイトや雑誌などの記事を

書くのも、みんな代筆だ。

 

自分が思っていること・

考えていることを

自分で、人に伝わる文章に書き表す。

 

みんな、それをやろうとするが、

これがそう簡単ではない。

 

自分では、自分の顔も体全体も

見ることができない。

鏡がないとどうにもならない。

 

そういう意味では代筆ライターは、

クライアントにとって一種の鏡である。

 

僕も取材して記事を書くと、

 

「私はこういう人間だったんだ」

「うちはこういう会社だったのか」

「わたしたちは、こういう仕事をしているんですね」

などと言われることが多々ある。

 

文章が読みやすくなるよう前後を整えたり、

専門用語がわかりやすくなるよう

解説を加えることもあるが、

基本的にはその人が話したことを

そのまま書くだけなのだが。

 

ただ、そう単純でないのは、、

その相手との信頼関係が、

インタビュー中のやりとりに、

そして出来上がった原稿の文章に

如実に反映されてしまうということ。

 

だから代筆業で最も大事な点は、

文章力とか理解力とか、そういうことではなく、

いかに相手と短時間で良い関係が築けるかだ。

 

リアルな取材なら、

インタビュー現場の雰囲気を

できるだけ楽しく盛り上げ、

インタビューそのものを

エキサイティングなイベントにする。

 

電話取材やメール取材の場合は、

事前に話の流れを作って、

できたら台本を準備しておいて、

その上で進めるなどの工夫をする。

 

こうした下ごしらえが、

代筆業の仕事の

8割以上を占める。

 

てなわけで、今日は野菜栽培を研究している

ご高齢の先生の農園を訪ねて取材した。

 

楽しかったが、なかなか大変だった。

 

どれだけ経験を積んでも、

以前やったことと同じパターンを使って

うまくいくことは一度もない。

 

さすがにこの分野にはAIライターは

まだ進出してこれそうにない。

めんどくさいけど、人間にしかできない仕事。

志のある人はどうぞ、

世界を作る仕事においでください。

 


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ちぢむ男〈ファーストプロット〉

 

 ある日、男は自分が縮んでいることに気が付いた。

 服がなんだかだぶついているように感じる。

 これは何だろう? まさか老化現象では・・・。

 いや、オレはまだそんな齢ではない。

 妻はまだ若い。子どもだってまだ小学生だ。

 

 男はこっそり医者に相談してみたが、有効な解決方法は見つからない。

 それに縮んでいると言っても少しずつだから大きなダメージがあるわけではないし、とりあえず健康上の問題があるわけでもないから、いいじゃないですか気にしなくても――などと言われてしまった。

 

 インターネット上では昔の友人らとやり取りしているが、思い切って自分が縮んでいることをカミングアウトしてみた。

 みんな「そりゃ大変だ」とは言ってくれるが、やっぱり「命に別状ないならいいじゃん」とか言われてしまう。

 それから怪しげなクスリや健康器具のセールス、謎のセミナーへのお誘い、カウンセリングの勧誘メールがひっきりなしに舞い込むようになった。

 

 見捨てられたようで男は途方に暮れた。

 このまま1年たち、2年たったら・・・と、男の想像はふくらむ。

 そうこうしているうちに縮む速度が日に日に早まっていくような。

 

 男は身長測定器を買い、毎日、データを取るようになる。

 そして日記帳に克明な記録も取っていく。

 縮んでいることに気づき出してから、1日1日がかけがえのないものになっていく。

 

 そして男は息子の視線が気になりだした。

 筋肉自慢のマッチョなその男は、息子を厳しく鍛えていたが、彼はなんでこんなに軟弱野郎なのだろうと思っていた。

 その息子が自分より大きくなっていく――いや、自分が息子より小さくなっていく。

 じわじわと男は不安と恐怖に追い詰められていく。

 

 これはもしかしたら息子〈子ども〉の視点で、小さくなっていくお父さんを描いた方が面白くなるかも知れない。

 


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僕たちは罪を背負わされている

 

 先日書いたラジオドラマの脚本「ばんめしできたよ」のリライト版は、は、人間の罪悪感がテーマになった。

 

 時々、現代人の人生は、は罪悪感から逃れるためにあるのではないかと思える。

 情報社会型・資本主義的罪悪感。

 

 子どもをいい学校に行かせられないあなたは罪悪を犯しています。

 

 子どもにちゃんとして結婚式を挙げさせてやれないあなたは罪悪を犯しています。

 

 家族に満足な医療を受けさせられないあなたは罪悪を犯しています。

 

 大事な家族が亡くなったのにまともなお葬式を挙げられないあなたは罪悪を犯しています。

 

 お金で幸福は買えないかも知れないけど、少なくとも得体のしれない罪悪感からは逃れられる。

 そう考えて、みんな一生懸命にお金を稼ごうとする。

 

 でも、その「あなたは罪悪を犯している」という情報の多くは、もとをたどっていくと、学校なり、学習塾なり、ホテルや結婚式場なり、病院なり、葬儀屋さんなりがビジネスをするための宣伝メッセージだったりする。

 

 それに気が付く人は少ない。

 だから、あなたも僕も何とか義務を果たそうとする。

 本来は義務でも何でもないことなのに。

 

 そもそも「人間は生まれながらに罪を背負っている」という「原罪」の教えが、キリスト教を広めるための広告(だから神を信じて魂を清めよ)だ。

 

 何が本当に人間として抱かざる得ない罪悪感なのか。

 それはひとりひとりちがう部分もあれば、共通する部分もある。

 

 情報化社会のいたるところから送られてくる大量のメッセージを、いくらかやり過ごすことも罪を意識しないですむ方法の一つかも知れない。

 


「ばんめしできたよ2019」執筆の三が日

 

 お正月3が日にほとんど家にこもりきりで執筆に取り組んだ。

 昨年、NHK名古屋の創作ラジオドラマ脚本募集で拙作「ばんめしできたよ」がファイナルステージまで上がって「着想はいいんだけどね~」といった講評をいただいた。

 一押ししてくれた審査員もいたというので、それじゃ書き直しに挑戦してみるかと思ったのだ。

 

 あらすじはほぼそのまんまで、登場人物と出てくる施設の設定を大幅に変えた。

 3日で書けたわけじゃなくて、昨年末から1か月以上かけてやっとこさできたという感じ。

 

 ライティング・イズ・リライティング。

 昨日の脳と今日の脳と明日の脳は違うので、書き直しはきりがないし、楽じゃない。

 

 それでも何とかできてよかった。

 物語としてより面白く、より深くなったと、とりあえず自画自賛。

 もちろんリベンジを期して、また別のところのコンペに出します。

 

 おかげで充実したお正月になりました。

 今年もコツコツがんばります。

 


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子どもと大人の狭間で人間は自分の一生を俯瞰するのも知れない

 

 今回書いたドラマは、葬式めぐりをしたり孤独死しそうな老人を観に行く中学生の女の子を主人公にした。

 「死に興味を抱く子ども」と聞くと、びびっちゃう大人は多いかも知れない。

 でもこれは性に興味を抱くのと同じくらい自然なことだと思う。

 

 子どもは永遠の時間を生きている。

 

 死は自分の時間の終わりであり、主観的な世界の終わりである。

 子どもはそんな終わりのあることなんて考えない。

 ただ、得体のしれない恐怖心は持っている。

 地底か、海底か、宇宙か、暗黒の中に吸い込まれていくような、そうした死につながる恐怖の瞬間があることは直観的に知っている。

 

 物語を読むなり聞くなり、ごっこ遊びをするなりして、徐々に「死とは何か」は子ど

 

もの心に取り込まれていくのだと思うが、死の概念が完全に人間の心に定着するのは、やはり生殖できる体に変わる時期なのだろう。

 

 子どもが大人になるというのは、性を含めた愛を知ること、そして死を知ることだと思う。

 その時――思春期のほんの一時期、人間は自分が生まれてから老いて死ぬまでを一挙に俯瞰できてしまうのかも知れない。

 ただ、そんなことは、ほとんどの人はすぐに忘れてしまうのだけど。

 

 主人公の女の子は「いつかみんな故郷の星に帰るのにどうして地球にいるんだろう? ここでわたしたちは何をして、どうなろうとしているんだろう?」というセリフを言った。

 

 どうせ死ぬのになんで生きているのか?

 自分自身も抱えていた疑問が遠い昔からよみがえってきた。

 書いていると、いろいろなことが起こる。

 


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星のおじいさま 完成

 

 今年もコンペにラジオドラマ脚本の新作を送った。

 「星のおじいさま」。

 毎度のことながら本当に最後まで出来るのか、ハラハラしたが、かわいい二人の娘が跳ねてくれたおかげで楽しくできた。

 リライトも十分できた。

 ジュンちゃん、マナちゃん、ありがとう。

 評価はどうだか分からないけど、例によってとりあえず自己満足。

 というわけで、以下あらすじ。

 

 13歳。子供から大人になろうとしている中1女子ジュンの心を占めるのは「地球に生まれてきて幸運だったか?」という自身への問いかけ。そこで彼女は小学校時代からの親友マナとともに葬式を巡り「故郷の星へ帰っていく人たち」を見て回っている。

 

 そんなジュンは偶然、終活サポート業の中塚(43)と出会い、彼を介して、ひとり暮らしでハーモニカ吹きの老人・和泉(73)を知る。孤独死予備軍の和泉に興味を引かれたジュンは「星のおじいさま」というあだ名をつけ音信不通の父や死んだ祖父のイメージを重ね合わせる。そして家に出入りするようになり、次第に親しさを深めていく。

 

 その一方で彼女はマナとのセクシャルな交遊をこれ以上続けるのをやめようとしていた。それに抵抗し嫉妬したマナは、ジュンと和泉が不純な関係を結んでいるというスキャンダラスな噂を流し、会えないようにする。

 

 しかしそれを契機に二人は互いを必要としていることを強く感じ、好奇の目に晒される怖れのない競馬場で再会。レースに託して人生を賭けた勝負を敢行する。ジュンの唱えるまじないによって和泉は勝利し大穴を当てるが、その直後、心臓発作を起こして倒れる。

 

 和泉が運び込まれた病院に現われたのは、30年前に別れた息子の小峰仁(43)。彼はジュンと中塚が信じていた、和泉の家族や仕事についてのストーリーがすべてウソだったと明かす。それでもジュンは和泉を救うために、再びまじないの言葉を唱える。

 

 その効力か、奇跡的な回復を果たした和泉は退院し、ハーモニカ吹きとして生きると決める。ジュンはそんな和泉に対し、大人になったらまた会いに来ると言って別れる。

 

 子供だからこそ持ち得た力。それを使い果たしたことに気づいたジュンは、ギターを練習し始め、マナと今しばらく甘え合いながら新しい人生の旅へ出る支度を始める。

 


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創作と勝手にテーマ音楽

 

 新作ラジオドラマ脚本の初稿を書き上げた。

 自己満足度100%。「わーい!」って気分になっている。

 

 前作がコンペでファイナルまで残ったので、今回はぜひとも当選してほしい。

 まだ完成ではないが、とりあえず今年も連荘で参加できるという目途が立って一安心。

 とにかく作品を書いて参加しないことには話にならないので。

 

 創作に関してはいつも作品ごとにテーマ音楽を決める。

 言っても、べつにこれを使ってくれとかリクエストを書き込むわけじゃなく、自分がの頭の中で勝手に決めているだけ。

 

 でもテーマ曲があると不思議と全体の雰囲気がつかめ、リズムも出る。

 要は気持ちよく書けるのだ。

 

 選曲は頭の中の音楽ライブラリーから引っ張り出してくる。

 今回のはYesの「And You、And I」

 メンバーがシニア世代になってからのライブを見ると、間奏のあとの後半部分でベースのChris Squire (3年前に他界してしまった)がハーモニカを吹いている。

 それが原曲にない素晴らしい味付けになっていて、イメージの刺激剤となった。

 音楽の力はGreatだ。

 

 ちょっと休んで頭を冷やしてこれから1ヶ月かけてリライトする。

 じつはこれが肝心。

 結構余裕があるので、思い切ったリライトもできそうだ。

 


高齢者を書くということについて

  

 最近、高齢者・老人のイメージ・概念そのものが本当に大きく変わって

しまった。

 若い世代との交流の仕方もすっかり変わったという印象がある。

 本格的にエイジレスの時代が始まっている。

 

 なので脚本を書いていて、70代とか80代の高齢者を登場させるとセリフ

の書き方に戸惑う。

 もうかつてのように「わしは・・・じゃ」なんて感じでは書けない。

 サザエさんの波平さんや、ちびまる子ちゃんの友蔵さんみたいなのは

現代では通用しない。

 

 かなりマンガっぽいキャラ(白髭の○○博士とか○○師匠とか)ならそれ

でもOKなんだろうけど、ある程度リアル感を追求すると、ぱっと読んだ

だけでは年齢が分からないセリフになってしまう。

 いわばじいちゃんぽく・ばあちゃんっぽくならない。

 

 かつては頑固じじい、性悪ばばあなどもいたけど。基本的にお年寄りと

言えば、人畜無害で善良な市民か、よぼよぼの老いぼれか、師範や大先生

といった人生を極めた人、博士のように専門を極めた人が大半だった。

 

 でも今の高齢者と言えば、時代の変化に翻弄されて迷い、戸惑い、生き

ることにも死ぬことにも怯えながら、それでも自分の人生を肯定したくて

頑張っている人たち――それが全体的なイメージだ。

 

 どんな生き方をしてきたのか、現在どんな状況にあるのか(健康なのかそ

うでないのか、仕事をしているのかしていないのか、家族はいるのかいな

いのか、どこに住んで何を食っているのか・・・)、で、人のセリフは違っ

たものになってくる。

 高齢者を書こうとすると、それがいっそう顕著になるので、バックスト

ーリーを相当作り込まないとまったく書けない。

 

 今は穏やかに静かに暮らしているじいちゃんでも、かつてはゴロツキど

もを震え上がらせた任侠ヤクザだったかも知れない。

 

 今はケチなごうつくなばあちゃんでも、かつては男どもをイチコロにし

た女神さまだったのかも知れない。

 

 一口にじいちゃん・ばあちゃんと言っても、また、たとえそれが架空の

人物でも、それなりの歴史・それなりの世界を持った人間にしっかり向き

合い、人間像を構築していくのはなかなか骨が折れる仕事だ

 ま、それもこれも当たり前の話なんだけど。

 

 


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まだまだ育つ「ばんめしできたよ」

 

 

  昨年11月、拙作「ばんめしできたよ」をNHK名古屋の創作ラジオドラマ脚本コンクールに送ったところ、最終審査まで残ったものの、受賞までは至りませんでした。

 

 過去2回経験がありますが、受賞すると制作されるのが何よりうれしい。

 小説と違って脚本は制作されてナンボですから。

 僕としては主人公の料理人を素敵な女優さんが演じてくれるのを夢見ていましたが、残念でした。

 

 ちなみにNHK名古屋はこのように審査経過や、最終審査に残った作品の講評や、受賞作をまとめたものをきちんと本にして応募者全員に送ってくれます。

 3月に結果は出ていたようですが、うちに届いたのは先週末でした。

 

 というわけで、いろいろ講評をもらえました。

 魅力的な作品だと推薦してくれた審査員が多くいて、なかには一押ししてくれた人もいたようなのですが、「描写が雑」やら「物語の展開が物足りない」やら「終わり方が尻切れトンボ」やら、なかなか厳しい意見もいただきました。

 クライマックスからラストは自分で書きながら泣いちゃったんだけどな。わはは。

 

 ちょっと承服しかねる批評もあったけど、内心、自分でもここはちょっと拙いかなぁ、強引かなぁ・・・と思っていたところを突かれていて、おおむね納得出来ました。

 

 思い切り頭を発熱させて書いて、その後はキンキンに冷やして書き直ししなくてはならないのだけど、愛しすぎて粗熱が取り切れなかったのかも。

 でも出した時点ではこれがベストだったんだよね。

 

 もちろん悔しいのですが、反面、まだ可愛いこの子を手放さずに済んだ~、嫁に出さずに済んだ~という安堵の思いもあります。

 

 ここで落選したのは、まだまだこの子は自分の手で育てる余地があるぞ、未来があるぞ、もっと面白くできるはずだぞ、ということなので、また書き直して新バージョンを作っていきます。

 


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世界を開くためのリライト

「Writing is Rewriting」と言ったのは、ブロードウェイの劇作家ニール・サイモンであり、ハリウッド映画のシナリオ教本を書いたシド・フィールド。

 最近になってやっとこの言葉が実感できるようになった。

 

 今日は「いたち」のリライトが進んだ。

 朝、「いけそうだ」と予感したので没頭すると、面白いようにスラスラ進んだ。

 途中、他の仕事の修正作業やメール対応を挟んだが、夕方までに5ページ分(約6000字)行けた。

 

 冒頭部分が物語のトーンを決める。

 自分自身の、作品に対するコミュニケ―ションのしかたも決める。

 

 「人間と動物の心の交流」といったフレーズから容易に連想される甘いトーンを崩したいとずっとグズっていたのだが、今日はみごとにブレイクスルー。

 もともとのプロットに沿って書き始めたが、思ってもみなかったシーンとなり、登場人物のキャラも鮮明になり、キレよく展開して上々だった。

 自分のコアにアクセスできているという感触が残った。

 

 原型を崩せば崩すほど面白くなる。それがリライトの醍醐味であり、その醍醐味が書き続けるエネルギーになる。

 今までのプロットで残す部分は一応決めてあるが、それもこのまま進んでいくとどうなるか分からない。

 

 既存の不十分な部分を補って完璧にするためのリライトではなく、まったく新しい物語を作り直し、その世界を開いていくためのリライト。

 

 創作は普段のライターの仕事とは別もので、成果(金銭的報酬・社会的評価・仕事の引き合いなど)が得られるのかどうかは、まったく未知数。

 でもその分、結果オンリーだけでなく、プロセスを楽しめる。

 書くことは、日常と非日常の双方に足を突っ込みながら生きることだ。

 


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36年目の旗揚げ記念日

 

昨日は昔やっていた劇団の飲み会でした。

6年ぶりくらいだったと思います。

声をかけた中から約半分の8人が集結。

全員、外観はかなり劣化しましたが、頭の中はあっという間に30年以上バック。

楽しかったけど、あの頃はこんなふうになっているなんて、まったく想像できなかったなぁ。

もうこの世にいないやつもいるし。

 

たまたまだったのですが、ちょうど36年前の今日(12月4日)が旗揚げ公演の初日でした。

新宿ゴールデン街のすぐそばにあったスペースデンというキャパ100人の小さな小屋で自作を上演しました。

 

当時はパソコンはおろか、ワープロもまだ普及していない時代で、台本はわら半紙にガリ版刷りでした。

後年、メンバーの一人が残っていた台本をパソコンでデータ入力してくれたものが、今、手元にあります。

 

サン・テグジュペリの「星の王子様」をもモチーフにしていて「子供でも観られますか?」という問い合わせがあったのを覚えています。

 

話は「星の王子様」とは似ても似つかぬものだったけど、読み返してみると、今では考えられないほどのエネルギーに満ちている。

この後もいろいろ書いて、構成やら表現技術やら、客観的にうまく見せることは多少上達したと思うけど、どれもこれ以上のものになっていない気がします。

 

いったいなんでこんなものを書いたのか、書けたのか、芝居ができたのか、自分でも不思議でしかたない。

でもきっと、これは仲間がいたから書けたんだな、そのバリエーションで今までもの書いて生きてきたんだな、と思います。

 

もう36年も経っちゃったけど、この際、年月は関係ない。

昨日会った7人をはじめ、死んでしまったやつも含めて、本当にあの頃の仲間には感謝したい。

そして、単なる青春の思い出でなく、なんでこんな話を書けたのか、自分の中にあるものをもっと解明していきたい。

 

 


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ばんめしできたよ プロット

著作者: VinothChandar ライセンス:クリエイティブ・コモンズ
著作者: VinothChandar ライセンス:クリエイティブ・コモンズ

写真著作者: VinothChandar ライセンス:クリエイティブ・コモンズ

 

おもな登場人物

★ヒロコ:料理人。28歳

★モリヤ:給仕人。52歳

★ウノ:ホスピス入居者。67歳

 

第1幕:ホスピス「虹の彼方」

 

ホスピス「虹の彼方」に新しい入居者・ウノさんが来た。

ヒロコとモリヤは部屋に行き、自己紹介するとともにホスピスのコンセプト――緩和ケアと食事サービスのあらましを紹介。人生を幸福に締め括るために「最後の晩餐」を提供していることを伝える。

ヒロコは何が食べたいか、ウノさんに話を聞きに行く。

「ただ食うために生きてきた」――ウノさんは語り始める。

何も欲せず、人を傷つけたりしないようにひっそりと生きてきて、やっと自由になったと思ったら、こんな病気になるなんてあんまりだと、彼は人生を呪い、死の恐怖におびえ、混乱する。

そんなウノさんにモリヤが飲み物を出す。飲み物を飲んだウノは、落ち着きを取り戻していく。彼は次第に現実を受け入れていく。そしてこのホスピスに入れてもらえたことは自分の人生の中で最高に幸福な出来事かも知れないと思い始め、記憶をよみがえらせていく。メニュー作りの準備はできた。

 

 

第2幕:メニューづくり

 

 厨房でヒロコが料理を仕込み、デザートを作っている。突然、手が引きつり、作業の手が止まる。ほどなくして回復し、作業に戻りつつ、彼女はウノさんが語ったことを回想していた。

ヒロコはあの手この手でウノの記憶を呼び覚まし、いろいろなシーンをイメージさせ、それに基づいてメニュー作りを行った。

 

 ウノさんは学生時代、好きだった女の子にプレゼントしようとお菓子を作ったことがある。でも、これじゃ男と女があべこべだと思って手渡せなかった。その子は結局、他の男とくっついてしまった。

 ウノさんは夢を抱いた。自分は結構うまく料理ができる。料理人になりたいと思った。けれども両親は大反対し、ちゃんと勉強して大学に入って会社に勤めろと言った。

 ウノさんは親の言われるままにしてしまった。大学は志望したところに入れず、親はがっかりした。就職もままならず、志望した会社には入れなかった。

 その後、社会人になっても彼の人生は鳴かず飛ばず。思い切って会社を辞めて、キッチン付きのキャラバンカーで日本独自の料理を作りながら世界中を旅して回る夢を抱いたこともあった。しかし、これも自分では無理だと結論して諦めてしまった。

 

 ウノさんに話を聞くうちにヒロコの記憶も入り混じっていく。

彼女も親に反対されたが、家を飛び出し、修行をして回って各地でプロの料理を学んだ。ある夜、彼女は真夜中の店の厨房で、同じスタッフだったかつての恋人と抱き合い、歌を歌い、想像の中でいっしょに料理の歴史の旅に出かけたことを思い出した。恋人は痩せた彼女の身体をなでながら「この骨で美味しいスープが取れそうだ」と言って笑った。おいしい料理は素敵な恋に、素敵なセックスに似ている・・・。

 

 そんな彼女の瞳をウノさんはじっと見つめ、入り込んでいた。彼女の恋の思い出もウノさんにとっては羨ましいものだった。

 自分の話に戻り、結局、ウノさんは真面目に会社勤めを続けて無事定年を迎えてすぐに病に倒れた。夢は何一つかなわず、ただロボットのように感情もなく働いて生き長らえてきた。そんな人生に何の価値があるのか・・・。

 

 回想が終り、ヒロコはウノさんの「最後の晩餐」のメニューを完成させた。そしてモリヤと話し合い、サーブする日時を決める。けれどもヒロコはこれを本当に彼の最後の晩餐ということにしてしまっていいのか、疑問に捕らわれる。そのことをモリヤは察し、よけいなことを考えずにあの人が幸せになれるようにこの料理を作ってください、と穏やかに命じる。

 

第3幕:最後の晩餐

 

 ウノの前に出される完璧な最後の晩餐。けれども彼は口を付けようとせず、料理の中に毒が入っていると言う。自分はそんなことをした覚えはないとヒロコは驚き、うろたえる。

 ウノはヒロコの語った話を聞いて、彼女のことが好きになってしまったと告白する。最後に自分を幸せな気持ちにしてくれた料理人への感謝を込めて毒でも頂きましょう、と言って食べようとする。その瞬間、ヒロコの中で雷光のようなものが閃き、ウノの動きを阻止して自分の作った料理を床にぶちまける。

 彼女は気が付いたのだ。モリヤがサーブの時に最後の仕上げとしてふりかける「魔法のスパイス」が、入居者の息の根を止める毒であることを。

 

 ヒロコの糾弾を受けて、モリヤは語り出す。「虹の彼方」は、最後の晩餐によって人を安楽死させるための施設だった。給仕人のモリヤは影の院長であり、ホスピスを管理統括していた。そして、これは老い、病んだ人々が無事幸せに人生を締めくくれるよう、国家と資本家が秘密裏に考案し、実践している合法的な医療行為だったのだ。

 モリヤはヒロコに告げる。「このことを人に言いたければ言ってもいい。でも誰も信じないだろうし、信じようとしないだろう。私たちは何も悪いことをしていないし、罪悪感を抱く必要もない」。

 

 ヒロコはモリヤの言うことに抗えないが、受け入れることもできない。帽子とエプロンを外し、辞任すると告げたのち、ウノを叱咤激励し、彼のために、かつて恋人のために歌った歌を歌う。それに元気づけられ、よろよろとベッドから起き上がるウノ。一歩二歩と歩き出した彼を支えながら、ヒロコは本当にやり残したことはないのか?と問う。こんな体で何ができるのか、と自嘲して笑うウノ。しかし、じっと彼女の瞳を覗き込むと、お腹の奥底から一つの抑えがたい思いがこみあげてきた。

 「おかゆと味噌汁でいい。自分で最後の晩餐を作って、あなたと食べる。それをやり遂げるまで僕は生きる」と言う。家に帰ろうとするウノにヒロコはついていく。彼の本当の最後の晩餐を手伝うために。

 

END

 


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おいしいお米ができましたイベント

 

 この週末はイベントの仕事3連荘。

 土・日はNHK敷地の「ふるさとの食 にっぽんの食フェア」の現場に出向き、「おいしいお米ができました」と題したJAブースで、お米マイスターの「おいしいお米の食べ比べ講座」や、トーク&クッキングショーの進行・演出を担当しました。

 

 演出と言っても、台本を書いてしまった後は、基本的に出演者にお任せで、あとはスタートの時間や試食の料理を出すタイミングの合図を出しているだけです。

 

 「おいしいお米の食べ比べ講座」は昨年に引き続き、原宿の隠田商店街でお米屋さんをやっている五つ星マイスターの小池理雄さんが出演。4種類の米を食べ比べるなんて、ふつう家ではできないので、参加した人にとっては貴重で贅沢な体験になりました。

 

 トーク&クッキングショーはE-テレ「きょうの料理」の講師をやっている料理研究家の枝元なほみさんと、司会の後藤繁榮アナの「ゆるゆるコンビ」が出演。ほとんど漫才みたいな掛け合いで笑いを取っていました。

 

 後藤さんはダジャレでこれだけ笑いを取れるのだからすごい。

 

 枝元さんの大根を油で揚げる料理はぜひ作ってみたい。

 

 司会者の中には台本どおり・原稿どおりにしかできない人もいれば、ほとんど無視して自分流にやってしまう人もいるけど、後藤さんはそのあたりのバランスが最高です。

 

 オンエアに関係ないイベントの時は、かなり崩してしまうのだけど、実はちゃんと流れを抑えていて、肝心なところは台本から離れないでやってくれる、気持ちのいい司会者です。そのあたりはさすがNHKアナ(ちなみにもう退職されたので立場はフリーです)。

 

 このイベントはただ飲み食いするだけでなく、地震や台風による自然災害などの被災地農家の応援という趣旨があり、メッセージボードにはたくさんのメッセージが貼りつけられました。

 

 「そういえば3・11忘れてた」という人たちも、「忘れたフリをしていたい」という人たちも、何か刺激されるところがあったようです。

 


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趣味の園芸フェアinヨコハマ1st

 

 今日はNHK-Eテレ「趣味の園芸フェア」の公開収録&トークショーで横浜の「港の見える丘公園」へ。

 ここに来たのは、おそらく20数年ぶり。そういえば、横浜に遊びに来ることんなんてなくて、ミナトヨコハマという雰囲気はすごく久しぶりに味わいました。

 今日もべつに遊びに来たわけじゃンんだけど、ここだと遠くでボーッと船の汽笛が聞えたりして。 「ああ、ヨコハマ~」と、ちょっぴり感動。

 

 仕事の方はこの公園のフランス山地域に作られた「遊ガーデン」3月26日放送分の現場で、朝からリハーサル、午後からお客さんを入れて本番。

 

 途中、思ってもみなかった通り雨で撮影中断するわ、プログラムの順番がぐちゃぐちゃになるわで、予定調和を超越した、野外ロケ・イベントの醍醐味たっぷりの現場になりました。

 

 番組収録後、「趣味の園芸・遊ガーデン」6人の講師の皆さんのトークショーをやったのだけど、これがなかなか面白かった。

 オンエアとちがって制約がなく、自由におしゃべりができるので、皆さん、とてもいきいきと自分お仕事について話していました。

 さすがプロフェッショナルだけあって、植物・動物に関する知識の深さは素晴らしい。

 

 台本書きだけのつもりだったけど、人手不足につき、イベント部分のディレクターもやることになってしまいましたが、無事こなせてホッ。

 

 緑化フェアの期間は花がいっぱいで楽しそうだし、この春は何度か横浜に遊びに来たいと思っています。

 


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世界で一つだけの自分の言葉・自分の文章

 

 編集マン・M氏から動物病院のサイトに載せるコラム記事を書いてくれないか、という依頼がありました。

 そのサイトを見ると、院長と3人のスタッフの獣医がやっているところで、たいへん素晴らしい、充実した内容。

 ペットを飼っていない僕でも引き込まれたので、これなら飼い主さんの信頼を得られるでしょう。

 

 その分、これは安易に取り組めないな、と思いました。

 

 いちおう、犬のしつけコーチの代筆で、しつけマニュアルの本を書いたり、動物学校連盟の機関誌の記事などを書いたりして、多少はかじったことがあるものの、動物に関する習性や医療の知識など、素人レベル。

 

 そんな素人のライターが、そのへんの本やネット上から拾ってきた知識を貼り合わせた文章を載せても、共感も信頼も得られないと思います。

 

 文章のうまい・へたではないのです。

 

 この動物病院の例で言えば、現場で日々、診療にあたっているスタッフだからこそ書けること・醸し出せる味があるのです。

 それに地域情報やこの病院ならではの仕事感も感じられたので、関係のない外部の人間が1から書くのは困難でしょう。

 

 それで僕が知りたかったのは、クライアントさんは外部のライターに何を期待されておられるのか?ということ。

 

 このサイトのブログの欠点を挙げれば、更新回数が少ない。

 とても丁寧に書いてあるので、忙しい日々の業務の中、4人いても頻繁に更新するのはたいへんです。

 だいたい平均すると週1くらい。

 あいてるときは月2~3回。

 頑張っている時で週2回。

 

 それで回数を上げたいけど、人手が足りないので・・というのが主な理由だと思います。

 取材に行ければよいのですが、遠いのでそう頻繁に足を運ぶこともできず、メール中心のやりとりにならざるを得ないのは必至。

 で、「以下のようなやり方ならお役に立てるかもしれません」と返答しました。

 

●日々の医療の中で感じたこと・考えたこと・エピソードなどをもとに、それぞれの記事の企画はスタッフ自身に立てていただく。

読者に何を伝えたいかもできるだけ明確に。

 

●それをメモ書きにして送って頂く。専門的な医学知識を入れるならその疾患名・キーワードなども。独自の知見があればその説明を。一般的なことでよければこちらで調べる。

 

●いただいた企画メモをもとに、読み物として面白くなるよう、こちらで構成・肉付けを考え、文章化する。

 

 ざっとこんな感じ。

 

 僕は基本的にブログなどは、そのサイトのオーナなり、スタッフなりが自分で書くべきだと思います。

 たとえばあなたが自分の会社やお店でサイトを持っていて、うまく書けないから、ライターにアウトソーシングしたい場合は、そうすることでいったいどんなメリットがあるのか、デメリットはないのか、よくよく吟味したほうがいい。

 

 どんなに優秀なライターでも、有名な作家でも、あなた自身の発信は、あなた以上によく書けません。

 僕も4~5年前は、SEO対策として、指定キーワードを入れて、社長ブログの代筆をする・・・といった仕事をよくやっていました。

 でも、もうそんな時代ではないと思う。

 読んでいる人たちもネットリテラシーが上がって、ブログなど、少しまとまった文章なら、ヘタでも本人の書いた信頼できる文章か、他のライターが代筆した、まとまっているけどカッコだけの文章か、すぐ見破られると思います。

 

 なんだか自分の仕事を減らす自虐ネタみたいになってしまったけど、みんな、自分の言葉・自分の文章を大事にしたほうがいい。

 それを心得たうえで、どこを自分以外の人に書かせるか、考えるといい。

 

 長くなりそうなので、また明日、この続きを書きます。

 

 


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新作ラジオドラマ脚本

 

久しぶりにラジオドラマの脚本を書きました。

 ドラマの脚本を書くなんて本当に久しぶりだったので、最後までできるのか、ドキドキしていました。

 あれ、ト書きって上から何字あけて書いてたっけ?て感じ。

そんな感じでこの3ヵ月ほど、仕事の隙間を使ってやっと書き上げました。

 

 でもまぁ、普段からよく考えていたマテリアルだったので、設定が決まれば、途中からはわりかしすんなりできました。

 1時間ものなので400字詰め56枚。

 なんだ、できるじゃん、おれって感じ。

 

 昔、けっこう一生懸命ドラマを書いてた頃はガッチリ最後まで構成してないと不安でしかたなかったのだけど、今回ちょっと違っていたのは、なんとなくこんな感じ、という流れだけ作って進めていったこと。

 真ん中あたりの転換点はどうなるのか?

 ヤマ場はどうするのか?

 ラストどうなるか?

 全然わからなかったけど、かえって予定調和にならず、意外な展開と、とても気持ちのいい着地点を見つけられました。

 

 で、読み返してみると、なんだ、若い頃から全然成長してねえじゃん、おれって感じ。

 人間、結局何が言いたいのってこととか、自分の中にあるドラマ性・物語性って齢を取ったからってそうそう変わるもんじゃありません。

 一度死んで生き返った、ぐらいの体験をすれば別でしょうけど。

 大半の人は、10代後半から20歳ごろ持ってたヴィジョンって基本的にそのままです。

 

 でもだからと言ってがっかりはしない。

 ああ、おれってたぶん最期までこうなんだって思います。

 いずれにしても、 やっぱり自分の作品ができるとすごく嬉しい。

 今年のおれはやった!って感じで、とりあえずは自己満足。

 もちろん、これが人が見て面白いかどうかはまた別の話です。

 

 というわけで、誰かに頼まれて書いたわけじゃないので、公募に応募しました。

 小説などと違って、脚本はほれ込んでくれる演出家なり、プロデューサーがいて立体化してくれないとお話にならないので。

 4か月後、面白い展開になりそうなら、またここで書きます。

 

 というわけで2016年はOK。

 テンパっているのでこの後、1ヵ月は仕事しまくりの日々へ、です。

 

 

2016・11・29 TUE


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子供の運動会と人生の台本

 

「運動会見てて、あーっ、自分にはもう二度とこんな日は還ってこないんだなぁって思っちゃったよ~」

 

 いつも素敵なセリフ、楽しいコメント、気になる情報を発信してくれるお友達――彼女は2児の母でもあります――が、また今日もぶちかましてくれました。

 週末、子供(小学生)の運動会に行った時の感動ストーリーを語ったのちに出てきた、なんともエモーショナルなセリフは、秋が来たからセンチメンタルになったせいでしょうか。

 僕は表面上、軽く受け流しながらも、お腹の中では腹を抱えて笑い転げていました。ごめん。

 

 そうですよ。子供の青春はこれからだけど、あんたの青春はもう終わりです。

 ちゅーか、とっくの昔に終わってる。いったいいくつだったけ?

 あ、30? まだまだ若いね。こりゃ苦しいよね。

 

 ♪若いという字は苦しいという字に似てるわ~ 

 

 という歌が昔あったけど、禁煙してまだ日が浅いので、時おりタバコ吸ってる夢を見ちゃって、ガバッと起きちゃう――っていう状態だね。お気の毒。 

 はよ年取ったほうがええでっせ。50にもなればそんな夢は見なくなるさかいに。

 

 僕くらいになると、神様に子供の頃や若い時代に戻してやる、もう一度、あの日々を送るチャンスをやるぞ、と言われても、「めんどくさいからもう結構です」と言ってしまうでしょう。

 

 運動会で一等になることもなかったし、大したことをしてきたわけでもないけど、あんまり後悔することはありません。やりたいことやって、けっこう楽しい思いもいっぱいしたしね。

 あの時代に10代・20代でよかったなぁと思えるし、今、50代でいいなぁとも思える。

 

 こういうのはもしかしたらごまかしの一種かも知れないけど、そうやって過去の自分を受け入れていかないと、後半、生きていくのがほんとにきつくなります。まだまだこれからもう一幕、二幕ありそうなので。

 

 人間はみんな自分の人生の台本を、状況に応じてちゃんと自分でリライトしながら書いているのだと思います。

 

 というわけで、お友達には禁断症状が消えるまで、子供の成長を見守りながら、自分もシンクロナイズしてもういっぺんいっしょに青春楽しみながら生きてほしい。

 でも、くれぐれも子供に嫉妬なんかしないでね。

 

 

2016・10・4 TUE


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今、そこにゴジラが立っている

 

●息子の解説

 

 息子がチビの頃はよくゴジラ映画に連れて行き、自分もいっしょに楽しんでいましたが、この10年くらいはさっぱり興味がなくなり、観る気がおきませんでした。

 庵野監督が撮る、と聞いても「へ~、エヴァンゲリオンの完結編はどうなっちゃってるの?」という感じ。モスラやキングギドラなど、ほかの怪獣などとバトルすることのない、いわばゴジラ単独作品は、1954年(もう62年も昔だ!)のオリジナル作品を超えるものは作れないだろうと思っていたからです。

 

 さて、大喜びでバトルものを観ていた息子が成人し、一人で「シン・ゴジラ」を見てきて感想を報告したのが7月末。

 「中身を話せ」と話させたら、えんえん1時間ほど解説。それを聞いたらすごく見たくなりました。

 最近、新しい映画だの小説だのは息子に紹介してもらって観ています。

 親バカ丸だけど、彼の鑑賞眼はなかなかのものであります。

 

●シン・ゴジラ鑑賞

 

 で、それから1ヵ月。遅ればせながらやっと観てきました。

 日曜日の渋谷ということも関係しているのか、子供連れからオヤジ層まで観客の年代は幅広い。ただし、子供と言ってもあんまりオチビはいません。怖そうだしね。

 さらに意外だったのは女性客が多いこと。カップルもいるが、女子同士のチームも結構いる。シニアな女子会の人たちまで来ている。怪獣映画を女子がこんなに見に来ているとはちょっとサプライズ。

 てなわけで鑑賞記ですが、これは完全ネタバレ記事です。僕のようにネタを聞いてから観るという人でなければ読まないでください。

 

●超オリジナルな庵野ゴジラ

 

 最初に言ってしまうと、これはオリジナルを超えている――ということはゴジラ映画の最高傑作。

 いや、制作の時代背景が全く違うので、単純に比較なんかできません。

 けれど、戦争も、戦後の荒廃と復興も知らない、そして原爆投下にいまいちリアリティを感じることができない、1960年代以降生まれの僕らの世代――もとい、同年代でもちゃんと感じとっている人もいると思うので、僕とします。

 

 僕にとってはオリジナルバージョンよりも身体の芯に響いてきました。そこにはやはりあの5年前の原発事故を目の当たり(テレビやネットを通じてだけど)にしてしまった体験が効いているのでしょう。

 

 なにせゴジラが放射能光線を吐くシーンで、これほどビビったことはありませんでした。建物が倒壊し、街が炎上し、人が殺戮される――それまでの秩序あるものが一発で崩壊する恐怖。

 

 最近はアクション映画やスペクタクル映画が山ほど作られているし、テレビでもゲームでも、こうした爆発・炎上・壊滅シーンは見慣れています。いわばエンタメコンテンツにおいては日常茶飯事のようなもの。

 けれどもこれだけ怖いのは、虚構の世界の出来事と割り切って考えられない何かが、僕ら、観客の内側にあるからだと思います。

 

●虚構を成立させるためのリアリティ

 

 庵野監督自身も語っているように、ゴジラという壮大な虚構を成り立たせるためには、その周りは限りなく現実に近いものでなくてはなりません。

 つまり、ウソはゴジラだけ。それに対する人間の反応・行動はすべて本物。

 なので、こうした事態に対する政治システムの対応にしても、自衛隊の作戦・活動にしても、徹底的にディテールまでこだわって作り込んでいます。

 まさしく魂は細部に宿る。

 

 もちろん、東宝・ゴジラ・庵野秀明といったビッグネームがあって可能になることなのでしょうが、演出スタッフの取材力、その前提となる脚本のち密さ(実際に読んだわけじゃないけど、相当細かく書き込まれていると思う)には舌を巻きます。

 

 実際、台本は通常の2時間もの映画の倍の厚さがあったとか。

 セリフの量は膨大で、それを無数の俳優たちが聞き取れないほどのスピードで喋りまくる。

 全体の3分の2くらいのカットには、これまた読み切れないスピードで、役職名付き人名や乗り物や武器などの名前、作戦名などがダブりまくる。

 現実世界と同じく、高密度の情報の洪水が、ゴジラ襲来という異常事態を煽り立てるのです。

 

 これまでのこういうスぺクタクル映画にありがちな、気休めの恋愛・家族愛・友情、あるいは息抜き用のちょっとしたお笑いなどの甘っちょろいシーンは一切なし。

 息つく間もなくドラマはひたすらゴジラと人間の戦いに集中されます。 けれどもそんなハードな展開から、そのバックグランドにあるのであろう人間ドラマがにじみ出てくるのです。

 

●変態し、進化する

 

 そして何と言ってもゴジラのキャラクター造形がすごい。

 最初に出てくるのは手足がなく、ズルズルと地を這う、まるで陸に上がった古代の肺魚のような「幼体ゴジラ」。

 心なしか、エヴァンゲリオンの使徒の中にこなのいたんじゃなかったけか?と思わせます。なんと、このゴジラはモスラのように変態し進化するのです。こんなの初めて。

 

 魚のような真ん丸な目が印象的な幼体ゴジラは、生物としての意志も感情も何も感じさせません。ただ自分が生きるため、存在するために人間の作った街を破壊している感じ。

 そして途中で立ち上がり、二足歩行する第3形態に変態して、いったん海へ引き上げます。

 みんな、ほっと一安心と思ったら、今度は倍の大きさの最終形態となって再び東京へ上陸。 まるで大都市・東京から人間のエネルギーを吸い取って進化したようです。

 

●完全生物?地球の化身?

 

 庵野監督は、ゴジラを「完全生物」と設定しています。

 つまり、人類も含めた、太古から現代までの地球上のすべての生物の要素が結集した生命体が、核廃棄物を食べて実体化したのがゴジラというわけ。

 

 最終形態になっても、やっぱり何の意志も感情も感じさせず、ただ破壊するだけ。けれども、けっしてマシンのようではない。

 その奥底に「超意志」とでも言えばいいのか、通常の人間や動物の意志・感情を超えた、何か巨大なビジョンを秘めているかのように進んでいくのです。

 

 1954年の、モノクロ画面の中の禍々しい原爆怪獣よりも、さらにいっそう禍々しく、そして神々しくさえ見えるゴジラ。

 「ゴジラ」という名が「荒ぶる神」という意味付けがされるようになったのじは、いつごろからだか分かりませんが、この映画のゴジラはモンスターなどではなく、まさしく神と呼ぶのがふさわしい。でなければ「地球」の化身と呼んでもいかもしれません。

 

●日本ならではのイメージ

 

 こうした発想は、八百万の神という概念を持つ日本人ならではのものではないかと思います。

 神は妖怪になり得るし、妖怪は神になり得る。ゴジラ誕生の物語を考えれば、「核」もまた人類に巨大な力と、巨大な災厄をもたらす八百万の神の一つと言えるのでしょう。

 そして、図らずもその災厄を体験してしまったことが、日本を「ゴジラのいる国」にしてしまったのです。

 

●ゴジラと共存する未来

 

 ネタバレついでにラストもバラすと、対策チームは、ゴジラの身体組織を解析し、血液を凍結させる薬剤を開発。それを口から体内に投入してゴジラを「凍結」させます。

 これまでの映画のように、海の底へ、あるいは宇宙のかなたに姿を消したりはしません。凍結したゴジラはまるで巨大なモニュメントのように東京のど真ん中に屹立します。

 そこで主人公がそのモニュメントのようなゴジラを背景に一言セリフをこぼします。 

 「われわれはゴジラと共存して生きていかねばならない」――

 

 ゴジラとの共存。災厄との共存。核との共存。あらゆる生物との共存。地球との共存。神との共存。なんだか矛盾している・・・矛盾との共存。

 それが人類の未来であり、逃げられない世界なのでしょう。

 目に見えないけれど、今そこに凍結したゴジラは存在しているのだ。そう思いました。

 

 

 

2016・8・30 TUE


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エンディングを意識して人生の台本を書く。

 

●エンディング文化の時代到来

 

 エンディング産業展の取材を終えて考えたこと。

 それは、エンディング――死を楽しむ時代がやってきたということです。

 

 「死を楽しむ」というと語弊があるかもしれませんが、要はひとりひとりが自分の人生の終え方について期待感や希望を抱く、ということです。

 

 いつかはこの世からおさらばしなくてはいけない。

 これはあらかじめそう決まっています。

 だったら悲しんだり寂しがったりするだけでなく、そうした感傷も含めて、思い切って楽しんだほうが「お得」なのではないでしょうか。

 

 少なくとも僕たち、現代の日本人ひとりひとりは、そうしたことをできる豊かな文化に包まれて生きていると思うのです。

 

●人生は20歳まで

 

 じつは人生は20歳で決定しています。

 20歳までの経験とそこから吸収したもの、そして喜怒哀楽の感情で人間の心身の基盤は出来上がります。

 どうすれば自分は気持ちよく生きられるのか、この世の人生において何に価値を置いて生きるのか、自分が果たすべきミッションは何なのか・・・これらはもうみんな、最初の20年で僕たちの内側にしっかりインプットされます。

 

 ただし、そのことに気づくかどうか、それらをいつ発見できるか、はその人しだいです。最期まで見つけられずに終わってしまう人も少なくない。いや、もしかしたら大半の人はそうなのではないでしょうか。

 

 だから20歳を過ぎた大人は、自分の人生の主人公は自分であると、しっかり意識したほうがいい。

 そして日々、自分の人生の台本を書いていくといい。

 細かく書き込む必要はないけれど、どういう流れでどうなり、どんな大団円を迎えるのか、エンディングまで想定してプロット(筋書)を作っておくといいと思います。

 

 もちろん、僕たちを取り巻く環境は、時代とともに刻一刻と変化していくので、日々リライトすることが必要です。

 でも、ベーシックな台本があるとないとでは違います。まったく手ぶらで毎日アドリブだらけでは続きません。

 

 でもじつは、わざわざ僕がこんなことを言わなくても、あなたも自分の人生の台本はひそかに書き進めているはずなんですよ。

 耳を澄まして自分に聞いてみてください。

 そして、目を凝らしてよく探してみてください。

 

●リライトしよう、今からでも始めよう

 

 親やら先生やら世間一般やらの書いた台本で生きている――

 もし、あなたがそう感じるのなら、そんなものは破り捨てるか、端から端までリライトして自分のものにしてしまう必要があるでしょう。

 

 また、もう齢で今からでは手遅れだ・・という人も大丈夫です。

 これまでの記憶・実績を材料に再構成することができます。

 起きてしまった事実は変えられなくても、現在の自分、そして未来の自分に合わせて、その事実の意味を変えることができます。

 マイナスと捉えていた事象もプラスに転換することができます。、

 これもどんどんリライトしましょう。その気になれば一晩でできます。

 

 完成度の高い台本、公開する台本(必要だと思えば見せてもいいけど)を作ることが目的ではありません。

自分が主人公であることを意識し、生きるということについてイメージを広げ、深めるためにこうした考え方をするのは有効ではないかと思うのです。

 

●エンディング産業を面白がろう

 

 エンディング産業は「人の死をネタにしたお金儲け」と、胡散臭い目で見られることがまだまだ多いようですが、歴史・文化・哲学など、いろいろなことを考えさせてくれる媒体です。

 

 そして経済と結びつくことで、世の中に大きな影響を与えていきます。

 そこで提供されるあふれんばかりの商品やサービス――それこそラーメン一杯からデザート付きフルコースまで――は、すべて今を生きる人たちの心が投影されたものばかり。どれを選ぶかは自分次第だし、オーダーメイドも可能だし、どれも選ばないという選択肢だってもちろんあります。

 興味と好奇心を持って覗いてみると、きっと面白いと思います。

 

 

 

 

2016・8・28 SUN


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家族ストーリーを書く仕事② 個の家族

 

  「これから生まれてくる子孫が見られるように」

 ――今回の家族ストーリー(ファミリーヒストリー)を作った動機について、3世代の真ん中の息子さん(団塊ジュニア世代)は作品の最後でこんなメッセージを残しています。

 彼の中にはあるべき家族の姿があった。しかし現実にはそれが叶わなかった。だからやっと安定し、幸福と言える現在の形を映像に残すことを思い立った――僕にはそう取れます。

 

 世間一般の基準に照らし合わせれば、彼は家庭に恵まれなかった人に属するでしょう。かつて日本でよく見られた大家族、そして戦後の主流となった夫婦と子供数人の核家族。彼の中にはそうした家族像への憧れがあったのだと思います。

 

 けれども大家族どころか、核家族さえもはや過去のものになっているのでないか。今回の映像を見ているとそう思えてきます。

 

 団塊の世代の親、その子、そして孫(ほぼ成人)。

 彼らは家族であり、互いに支え合い、励まし合いながら生きている。

 けれど、その前提はあくまで個人。それぞれ個別の歴史と文化を背負い、自分の信じる幸福を追求する人間として生きている。

 

 むかしのように、まず家があり、そこに血のつながりのある人間として生まれ、育つから家族になるのではなく、ひとりひとりの個人が「僕たちは家族だよ」という約束のもとに集まって愛情と信頼を持っていっしょに暮らす。あるいは、離れていても「家族だよ」と呼び合い、同様に愛情と信頼を寄せ合う。だから家族になる。

 

 これからの家族は、核家族からさらに小さな単位に進化した「ミニマム家族」――「個の家族」とでもいえばいいのでしょうか。

 比喩を用いれば、ひとりひとりがパソコンやスマホなどのデバイスであり、必要がある時、○○家にログインし、ネットワークし、そこで父・母・息子・娘などの役割を担って、相手の求めることに応じる。それによってそれぞれが幸福を感じる。そうした「さま」を家族と呼称する――なかなかスムーズに表現できませんが、これからはそういう家族の時代になるのではないでしょうか。

 

 なぜなら、そのほうが現代のような個人主義の世の中で生きていくのに何かと便利で快適だからです。人間は自身の利便性・快適性のためになら、いろいろなものを引き換えにできます。だから進化してこられたのです。

 

 引き換えに失ったものの中にももちろん価値があるし、往々にして失ってみて初めてその価値に気づくケースがあります。むかしの大家族しかり。核家族しかり。こうしてこれらの家族の形態は、今後、一種の文化遺産になっていくのでしょう。

 好きか嫌いかはともかく、そういう時代に入っていて、僕たちはもう後戻りできなくなっているのだと思います。

 

 将来生まれてくる子孫のために、自分の家族の記憶を本なり映像なりの形でまとめて遺す―― もしかしたらそういう人がこれから結構増えるのかもしれません。

 

 

2016・6・27 Mon


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家族ストーリーを書く仕事① 親子3世代の物語

 

 親子3世代の物語がやっと完成一歩手前まで来ました。

 昨年6月、ある家族のヒストリー映像を作るというお仕事を引き受けて、台本を担当。

足掛け1年掛かりでほぼ完成し、残るはクライアントさんに確認を頂いて、最後にナレーションを吹き込むのみ、という段階までこぎつけたのです。

 

 今回のこの仕事は、ディレクターが取材をし、僕はネット経由で送られてくるその音源や映像を見て物語の構成をしていきました。そのディレクターとも最初に1回お会いしただけでご信頼を頂いたので、そのあとはほとんどメールのやり取りのみで進行しました。インターネットがあると、本当に家で何でもできてしまいます。

 ですから時間がかかった割には、そんなに「たいへん感」はありませんでした。

 

 取材対象の人たちともリアルでお会いしたことはなく、インタビューの音声――話の内容はもとより、しゃべり方のくせ、間も含めて――からそれぞれのキャラクターと言葉の背景にある気持ちを想像しながらストーリーを組み立てていくのは、なかなかスリリングで面白い体験でした(最初の下取材の頃はディレクターがまだ映像を撮っていなかったので、レコーダーの音源だけを頼りにやっていました)。

 

 取材対象と直接会わない、会えないという制限は、今までネガティブに捉えていたのですが、現場(彼らの生活空間や仕事空間)の空気がわからない分、余分な情報に戸惑ったり、感情移入のし過ぎに悩まされたりすることがありません。

 適度な距離を置いてその人たちを見られるので、かえってインタビューの中では語られていない範囲まで自由に発想を膨らませられ、こうしたドキュメンタリーのストーリーづくりという面では良い効果もあるんだな、と感じました。

 

 後半(今年になってから)、全体のテーマが固まり、ストーリーの流れが固まってくると、今度は台本に基づいて取材がされるようになりました。

 戦後の昭和~平成の時代の流れを、団塊の世代の親、その息子、そして孫(ほぼ成人)という一つの家族を通して見ていくと、よく目にする、当時の出来事や風俗の記録映像も、魂が定着くした記憶映像に見えてきます。

 これにきちんとした、情感豊かなナレーターの声が入るのがとても楽しみです。

 

 

2016・6・26 Sun


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ハリウッド映画の映画脚本術

 ハリウッドの映画術を勉強するのに最適な映画?
 連休中に行って観たのが「追憶の森」。おもな登場人物はたった3人。その一人が今や米国メジャー俳優に出世した渡辺謙。舞台は富士の樹海「青木ヶ原」。そこに主人公の回想シーンが行き来する。死に直面し、どんな深淵な哲学ドラマが展開するのか、という予測わ立てていたのだが・・・。

 

 「大人のファンタジー」と言えば聞こえがいい。けど、にしても随所の詰めが大甘なのです。主人公が死にたくなった気持ちはわかるけど、なんでアメリカからはるばる日本の樹海までやって来るのか? なんでそこに渡辺謙が登場するのか? そして結末は・・・なんだか甘いぞ。観ているほうはこれで安心するのかも知れないけどね、という感じ。

 

 ネタばれ・悪口を並べるのは本意でないので、これ以上、内容には触れません。

 ただ、ハリウッドの映画術を勉強するのにはとても良い見本の作品だなと思いました。

 登場人物は少なく、シンプルな構成で、余分なお肉やお化粧がついてないので、脚本や演出の骨組みがよくわかるのです。

 だから、この部分をこう変えて、設定をこういじくって・・・ということが、とても考えやすい。ここからまったく違うストーリー、違う映画にできちゃうな、と思いました。
 舞台劇にしてもいいかもしれません。ある意味、久々に新鮮な刺激。
 逆にいえば、あまりに教科書的なので・・・、もっと言うと、今の意ハリウッドはこのレベルで通用しちゃうのか?

 また、なんとなくこのプロジェクトの裏事情も気になります。最初に渡辺謙ありき、樹海ありきだったたのか、日本の市場を狙って作られたのか・・・・うーむ。本当は久々に映画館で、純粋に映画を楽もうと行ったのですが。

 

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華のある店・華のある人・華のある文章

花の季節。

人やその場の「華」とはなんだろう?と考えます。
連休はどう過ごしていましたか?もしやまだ連休中とか・・・。
ぼくは家でごごろして本を読んだり、カミさんと映画を見に行ったり、ちょっとしたお祭りに行ったり、久しぶりにゆっくり過ごしました。
で、これまた久しぶりに、立て続けにあちこちで外食もしたのですが、飲食店関係の企画をやっているせいか、いろいろなところが気になりました。

 

いちばん気になったのは、抽象的ですが、そのお店に「華があるかどうか」。

もちろん、店内に花が飾ってあるかどうかの問題ではないのですが、味もそこそこ、接客もそこそこ、内装もそこそこ、同じようにそこそこの店があっても魅力的でまた来たいなと思う店もあれば、そうじゃない店もある。もっと言えば、料理はおいしい、また食べたいと思うのに、店自体はあまりぱっとしない、というところもある。


これは結局、その店に華があるかどうかの問題なんだなと思います。そして華とは結局、そこで働く人間の問題。店主はもとより、アルバイトのスタッフまで。そのお店が好きか、働き甲斐があるか、働くのが楽しいか、お客に喜んでほしいと思っているか・・・そうした気持ちが、形にならないエアとなり、抽象的な華になっていくのだと思います。


 そうして、そういうエア華に触れると、お客の方も楽しくなって、店全体が華やかになる、さらに料理や飲み物もおいしくする(おいしく感じられるようにする)という好循環が起こるのでは・・・と思います。


 そう考えると、舞台と一緒ですね。シェフもホール係も、お客の前に出る、サービスをする以上、りっぱな役者。役者なら華がないと。人前に出て、その時間その空間で何か表現、パフォーマンスをする仕事はみなそうですね。

 

 文章もまた然り。どんなカテゴリーの文章であっても華がないと魅力的なライティングにはならない。

 そことはいつも意識していなくては・・・と思っています。

 

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