雨の中、子どもたちはカエルを放つ

 

小雨の降る中、義母をつれて川沿いを散歩していたら、

小3くらいの子どもたちが4、5人、

自転車やキックスケーターで爆走していく。

雨ふりなんてへのカッパって感じ。

 

最後に走って来た、

ピカピカ光るキックスケーターの女の子に

「雨なのに平気なの?」と声をかけたら、

振り返って

「あのね、これからカエルを放しにいくんだ」と、

目をキラキラさせながら言う。

 

彼女らの行先には池がある。

捕まえたのか、それとも

飼ってたオタマジャクシが成長したのか、

わからないが、どうやらその池に

カエルを解き放ってあげるらしい。

 

いろいろ訊きたいことはあったが、

彼女はひとことだけ言い残すと、

ワクワクした気持ちが抑えらえないらしく、

またキックスケーターをかっ飛ばして

風のように去って行った。

 

なんだか春の雨が心地よく感じられる。

いいぞいいぞ、

カエルもきみたちも解き放たれて

自由に飛び跳ねてケロ。

 

 

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昭和99年の思い出ピクニック

昭和96年の思い出ピクニック

 


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若者が死について考えるのは健全である

 

先週まで渋谷ヒカリエでやってた「Deathフェア」は、

「よりよく生きるために死について考えよう」

という趣旨のイベントだった。

 

渋谷という場所がら、中高年だけでなく、

若い人も大勢集まってきた。

主催の人にインタビューしたところ、

(まだデータを集計していないが)

20代から90代までまんべんなく来場した、

という話だった。

たぶん中には10代も混じっていただろう。

 

若者が死について考えるのはおかしい、危険だ、

という人も少なくないが、

むしろ思春期のほうが成人してからより

死について思いを巡らすことが多いのではないかと思う。

それを単純に自殺願望などと結びつけ、

命の大切さを説きたいと思うおとながいて、

まわりであーだこーだ言うから

かえって生きることが息苦しくなってしまうのだ。

 

僕もよく死について考えた。

マンガも小説も映画も演劇も死に溢れていた。

逆に言えば、それは「生きるとは何か」

という問いかけに満ちていたということでもある。

 

いまの若者は・・・という言い方は好きでないが、

僕たちの時代以上に、

いい学校に行って、いい会社に就職して・・といった

王道的な考えかたに、みんが洗脳されている印象がある。

だから志望校に入れなかったら人生敗北、

志望した会社に入れなかったらもう負け組、

残った余生を負け犬としてどうやり過ごすか、

みたいな話になってしまう。

そうした展開の方が死に興味を持つより、

よっぽど危険思想ではないか。

 

人生計画を立てる、

キャリアデザインを構築するという考え方も

言葉にするときれいで正しいが、

若いうちからあまり綿密に

そういったデザインとかスケジュールにこだわると、

これまたしんどくなる。

人生、そんな思った通りになるわけがないし、

そのスケジュールの途中で、

AIやロボットが進化して仕事が消滅、

キャリアがおじゃんになることだってあり得る。

 

「Deathフェア」に来ていた若者は、

そうしたしんどさ・息苦しさ・

絶望感・不安感みたいなものを抱えて、

いっぱいいっぱいになってしまって、

「じゃあ、終わりから人生を考えてみようか」

と思って来てみた、という人が多いのではないか。

いわば発想の転換、

パラダイムシフトを試みているのだと思う。

それってものすごくポジティブな生きる意欲ではないか。

 

あなたが何歳だろうが死はすぐそこにある。

同時に「生きる」もそこにある。

社会の一構成員でありながら、

経済活動の、取り換え可能なちっぽけな歯車でありながら、

絶えず「自分は自分を生きているのか?」

と問い続けることは、とても大事なことだと思う。

たとえ答えが出せず、辿り着くところがわからなくても。

 

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4月29日って何の日?

 

来週4月29日は昭和の日。
「ゴールデンウィークの日」じゃないですよ!
新しい時代を生きていくためにも
昭和の価値観を知ってほしい。
というわけで、
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酒タバコ やめて100まで生きる日本人

 

NHKのショート番組で酒を飲む日本人は今、

二人に一人というデータが紹介されていた。

マジか?

 

思えば酒とたばこをヤルのはおとなになった証であり、

飲酒文化・喫煙文化に精通し、

上客や偉い人といっしょに

吞むとき・吸うときのマナーやルールを覚えることは

社会人として生き抜くための必須条件だった。

しかし、いまやそれらの文化は

昭和の伝説になりつつあるのだろうか?

 

そういう僕もタバコをやめてそろそろ四半世紀になるし、

酒も1年に10回も飲まないので、

「ほとんど飲まない」の部類に入るかもしれない。

最近はノンアルの酒もあるけど、

そういうのを飲んで付き合うという機会もほとんどなく、

いまだに呑んだことがない。

 

昭和の男たちは「酒タバコ やめて100まで生きたバカ」

と吹聴して、

刹那の人生を楽しもうという意気が旺盛だったが、

そういう人たちがどんどんこの世から去ってゆき、

酒とタバコのある、ある種の豊かな世界は

僕たちのそばから消えつつある。

 

昔は知られていなかった

(あるいは知らんぷりができた)

アルコールやニコチン・タールの

人類におよぼす害毒が明らかにされてきて、

おそらくこれまでの歴史のように、

飲酒文化・喫煙文化が栄えることはもうないだろう。

 

代わりに健康な世界がやってくるはずだけど、

100まで生きることにどれだけの意味があるのか、

考えている人はまだ少ないと思う。

 

健康づくりやお金を増やすことに一生懸命の人は多い。

でも「酒タバコ やめて100まで生きて何するか?」にも

みんなで一生懸命にならないと、

幸福も生きがいも育っていかないのではないだろうか。

 


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あなたはどんなおとなに憧れましたか?

 

「焼き芋屋のおっさんがカッコいいと思っていた」

「八百屋の親父にあこがれていた」

今日インタビューしたデイサービスの

マネージャーの若者は、

子どもの頃を振り返ってそう語った。

 

焼き芋屋とか八百屋とかの職業が

どうこうというのではなく、

地に足を付けて生身の人間とわたりあって商売する

その生きざまが子どもの目にまぶしく映ったのだろう。

そのまぶしさがその後の彼の道を決め、

人間同士が向き合う現場の仕事に向かわせた。

いまどき珍しい心根を持った青年と言えるかもしれない。

 

手っ取り早く楽してもうけるのがカッコいいとか、

いい生き方だとか、成功者だとか言われ、

みんなそうした考え方に洗脳されてしまっている。

 

けれども経済的に豊かになることと、

豊かな精神をもって生きることとは別の問題。

そして悲しいかな、

大多数の人はそのどちらも手に出来ずに行き詰ってしまう。

 

みんな自分の理想的な将来像を持っている。

こんな生き方をしている“はず”の自分が脳内にいる。

もし行き詰ったら、子どもの頃、何になりたかったか、

どんなおとながカッコいいと思っていたのか

じっくりと思い出してみよう。

 

あなたはどんなおとなに憧れましたか?

どう生きたいと思っていましたか?

いくつになっても問いかけていていいと思う。

若者にそう教えられた日。

 


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