イノシシの冒険

 

  あの国境を越えれば、おいしい作物食い放題のパラダイスが待っている。

 

 情報化社会は人間の専売特許ではない。

 森の仲間たちの間でも、ここ何世代かにわたって「成功法則」の情報が伝えられシェアされている。

 サル、キツネ、タヌキ、クマ、イタチ、ハクビシン・・・もちろんイノシシにも。

 

 生き延びて成功したいのなら人間の生活圏とのボーダーを突破せよ。

 勇気を出せ、 だいじょうぶだ。人間は思ったほど怖くない。

 だが、ワナには気を付けろ。餌があっても近づくな。

 

 来年の干支として脚光を浴びる今日この頃だが、農業の取材をしていると、いまやイノシシは田畑を荒らすにっくき害獣ワーストワンに挙げられる。

 

 代々伝えられてきた無数の情報を租借し、知恵を付けた新世代のイノシシたちは、まるで移民のように人間の生活圏に潜入し、自分たちの居所を作ろうとしている。

 彼らの何頭かは冒険心に駆られ、命を賭けてフロンティアを切り開こうとしているようだ。

 


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芸術がわかる人と思われたい

 

 昔のことなので、そのおじさんがなぜ訪ねてきたか忘れてしまったが、たぶんガスの定期点検かなんかだったのだろう。

 とにかくおじさんは、うちの玄関に飾ってあったとうもろこしの水墨画を見て言った。

 

 「あ、この絵、わたし知ってますよ。描いた人」

 「ほんと?ご存知なんですか?」

 「けっこう有名な人ですよね?」

 「お目が高い。かの福嶋青観の絵ですよ」

 「あ、そうそう。福嶋青観ね。おいくらぐらいしたんですか」

 「銀座の画廊でね、100万でした」

 「ああ、やっぱりね。それくらいしますよね。いや、いいもの見せてもらいました。

 それじゃ」

 (ト、おじさん、気分良くルンルン気分で帰っていく)

 

 以上の会話は実は架空のものです。

 実際の会話はどうだったかと再現すると・・・

 

 「あ、この絵、わたし知ってますよ。描いた人」

 「え、なんで?」

 「けっこう有名な人ですよね? 高いんでしょ、おいくらぐらい?」

 「いや・・・それはうちの家内の絵です」

 「え?」

 「以前、水墨画教室に通ってまして、そこで描いたものですが・・・」

 「あ・・・そうですか・・・どうも失礼しました」

 (ト、おじさん、恥ずかしそうに慌てて立ち去る)

 

 どうぜその場限りでしか会わない人だから、適当に話を合わせて気分よくさせてあげればよかったのに、気が回らんかった。

 つい正直なことを言って恥をかかせてしまった~と、いまだに後悔しています。

 

 衣食住が足り、生活が安定すると、多かれ少なかれ、人は誰でも芸術に心を寄せるようになる。

 自分は芸術に理解がある、よくわかっていると思いたい。

 そしてそれ以上に、人からそう見られたいと欲する。

 

 でも、世間で認められている絵ばかりが芸術じゃない。

 水墨画教室の生徒の絵だって、あなたが「これは素晴らしい。おいしそう」と心から感じたのなら、それはあなたにとって銀座の画廊の100万円の絵よりも価値の高い芸術なのです。

 


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ライターの仕事の半分以上は取材です

 

 若い人で勘違いしている人が多いみたいだけど、ライターの仕事で文章を書くことは仕事の半分程度です。

 あとの半分は何かというと取材です。

 

 媒体の求めるものに合わせて企画を考え、調査し、取材先を決めて取材する。

 たまにネットリサーチだけであちこちの記事を複合して作ったり、電話取材で済ませたり、もありますが、基本的には現地へ行って取材対象本人と会ってインタビューする。必要なら写真も撮る。

 

 逆に言うと、このプロセスがちゃんとできないと(こうした経験がないと)、ネットリサーチだけ、電話取材だけでOKという仕事もまともにできません。

 

 いくら美しい文章が書けても、面白いブログが書けても、一発・二発ならともかく、継続することは難しいと思います。

 

 で、この取材に至るプロセスが結構めんどくさくて時間がかかる。

 相手も忙しかったりして、なかなか返事が来ないとイライラするし、締め切りまで日にちがないと焦る。

 でもあまり催促して相手の気分を害するのもまずいので、ぎりぎりまで我慢する。

 

 また、原稿を作った後も編集のチェック、取材先のチェックがあって、なかなか返事が返ってこなかったりする。

 

 書き直しを求められたら納得いかなくても、基本的にはやらなきゃいけない。

 媒体によりますが、自分の意見を主張してもいいけど、よほどのことがなければ、そのままOKということにはなりません。

 

 幸いにも最近は大ドンデン返しみたいなことがなく、大した書き直しはせずに済んでいます。

 しかし、じつはそうならないように取材交渉の段階で、依頼書をちゃんと作るとか、事前質問などを作って送っておくとか、いろいろインサイドワークをしておくのです。

 

 料理もいかに優れた調理技術を持っていても、材料が悪いとおいしい料理にはならない。

 取材は「材料を取る」だから、味を損ねないよう、おいしく取る工夫が必要になってきます。

 

 取材するライターは自分の特質を活かして――たとえば若い人がおっさん・おばさんを取材する際は

 「こいつ可愛いやっちゃな。よし、いろいろ教えたろか」と思わせるよう工夫してみるといいでしょう。

 

 こう考えると、いわゆる「もの書き」とはまったく離れたところでエネルギーを使っているなぁと思います。

 ま、自分の創作やブログ以外は、世のため人のために書いているので。

 


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リバプール出身のアーティストが作る「オレの胡椒」がうまいける!

 

 赤唐辛子、黒コショウ、塩にオレンジ・レモンの酸味をブレンドしたスパイス。

 オレンジとレモンで「オ」「レ」の胡椒。

 作っているのは、かのビートルズの聖地リバプールからやってきた英国人、マイケル・フォーリン氏。

 

 うまい!イケる!で、「うまいけるオレの胡椒」!

 

  このダジャレまみれのネーミングでやられた~、笑える~という感じですが・・

 ポテトサラダにつけて、ハムステーキにつけて、鶏団子スープの隠し味に入れてみたら、本当にうまいける~!

 

 早い話、柚子胡椒のアレンジ版なんだけど、より応用範囲が広いかも。

 食卓が新鮮で楽しくなって家族一同、大満足です。

 

 昨日の東京マラソンで、カミさんが鍼灸のボランティアをやりに行っていたのですが、そのブースで外国人選手の通訳をやっていたのが、このうまいけるさん(奥さんが鍼灸師らしい)。

 

 せっかく出向いてきたのに通訳だけじゃ足りないということで、ついでに鍼灸師相手にこの「オレの胡椒」の行商+販促活動を展開したらしい。

 

 このスパイス職人は、画家であり、グラフィックデザイナーであり、自分の畑で赤唐辛子作っているファーマーであり、おまけに通訳でもあるというマルチタレントぶり。

 

 節操なくいろんなことやっているように見えるけど、彼の中ではこれらの活動が一本の太いラインで繋がっているのでしょう。

 

 何はともあれ、商品が素晴らしいからOKだ、うまいける。

 化学調味料・保存料不使用。

 皮まで使う原料のオレンジ・レモンは、地元の神奈川でプロファーマーが無農薬栽培したものです。

 

 お値段は800円とちょっと高めだけど、エンターテイメンタブルなキャラクター、ストーリーもインクルーズされていて十分納得

 本当にいろんな料理に使えて、うまいけるな「オレの胡椒」です。

 


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AirBnB:旅行者もホストも面白い、新しい旅スタイル

 

 

 うちの近所で「This is not AirBnB」という貼り紙を玄関に出している家を発見しました。

 ということは、この永福町界隈に、そことよく似た門構えの家がAirBnBをやっているので、しばしば間違われて旅行者が訪ねてくるということ?

 

 AirBnBというのは要するに「民泊」のことです。

 自分の家やアパートに旅行者を泊めるところで、数年前、話題になった時は、そんなに利用者がいるのだろうか?と訝りました。

 

 が、スマホの普及と比例して、あっという間に世界各地で増殖したようです。

 もちろんホテル・旅館、あるいは民宿などと比べて安いのが魅力ですが、増殖したのはそういった経済面の理由だけではありません。

 

 ホテル・旅館に泊まるのとは違った旅、その現地に踏み込み、生活感のある旅を楽しめるという醍醐味があるのです。

 

 昨年秋に京都へ行ったとき、僕もはじめて利用したのだけど、そこは新選組のもと屯所して有名な壬生寺の近く。

 

 華やかな中心部の観光地とは趣が異なり、生活感あふれる下町で、昭和レトロな店もたくさん並ぶ商店街の路地裏にありました。

 

 ホテルや旅館が建つような立地じゃないので、迷子にでもならない限り、普通の観光客が入り込むところではありません。

しかし、宿があれば楽しめるし、親近感がわきます。

 本当に普通のアパートの一室を貸し出していました。

 

 オーナー(ホスト)は40代のDさん。男性。

 ホスト側も最初はお金目的にやり出すのですが、国内外からいろんな人がやってくるので、そういう人たちと交流するうちに面白くなってはまってしまい、本格的な経営者になってしまう。、

 人気のある観光都市だとプロのホストになって何軒も抱えて経営している人も珍しくありません。ベテランの「スーパーホスト」なる人も登場しています。

 

 そのDさんも1年ほど前にそれまで勤めていた会社を辞めてAirBnB業に乗り出し、京都・大阪に物件を持っていて、日夜往復しています

 掃除もしなきゃいけないので大変だと思いますが、本人はすごく楽しそう。

 オリンピック開催を狙って、この1年くらいのうちに東京でもやりたんだ、と話していました。

 

 泊った旅行者はその宿泊体験についてレビューを書く。

 そのレビューを参考に、次の旅行者がそこを利用するかどうか選択する。

 双方向でつくっていく新しい、個性的な旅のスタイル。

 インターネットの効用をフルに生かしています。

 

 もちろん、ホテル・旅館業界は大反対で、この流れに圧力をかけてきますが、Dさんはそれさえも楽しんでいる風情でした。

 

 AirBnBを利用した旅、きっと面白いので一度、体験してみてください。

 


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哲学するネコと瞑想書き

 

   ちょっと春めいた日差しがやってきたので、中野の哲学堂公園までサイクリング。

 そこで哲学するネコと出会う。

 ベンチの背もたれにちょこんと乗っかって、ウトウト居眠りしているのかと思ったら、目は細めているものの、ちゃんと起きている。 

 

 こういうフリーのネコと出会うと、僕はいつも果敢に対話を試みるのだが、ニャーとかミャーとか語り掛けても、まったくリアクションしてくれない。

 

 けれども拒否されたわけではない。

 20㎝くらいのところまで近づいて写真を撮っても、背中を撫でても、逃げ出すどころか微動だにしない。

 その背もたれの上にさりげなく、かつ堂々と“存在”しているのだ。

 まるで瞑想中の老師のようだ。さすが哲学堂。こんな大したネコがいるなんて。

 

 僕も何度かトライしたことがあるが、瞑想というのはうまくできない。

 部屋を暗くし、ヒーリング系の音楽を流し、お香などを炊いてみても、その行為に集中できない。

 なんだかこんなことをやっている自分は、自分じゃなく思えてきてしまうのだ。

 

 そこで見つけたのが「瞑想書き」。

 なるべく考えようとせず、頭に思い浮かぶ言葉・イメージを手書きでノートに書き留める。ただそれだけ。

 

 ちゃんとした文章になってなくていい。単語の羅列でも構わない。

 愚痴や泣き言や頭にきたことを書き散らしてもいい。

 「おまえバカじゃないの」とか「あなた賢いわ」とか、自分を分裂させてAとBの会話にしてもいい。

 

 ただひたすら意識の流れを「見える化」する。

 紙とペン(鉛筆)を見ていればいいので、集中力も保てる。

 瞑想効果があるので、瞑想書き。

 

 最初はうまくできないかも知れないけど、続けてやっていると、そのうち自然にスラスラ言葉が出てくるようになってきて、これがけっこう面白い。

 手を動かすことによって脳が開き、意識の奥から情報が湧き上がる。

 心の声を聴くような感覚をつかめるのだ。

 

 自分のものにできてきたなと思ったら、テーマや目的に沿って、仕事のアイディア出しの下書きに使ったり、ブログやSNSのメッセージの下書きに利用してもいい。

 もちろん、創作活動のウォーミングアップとしてもOK。

 

 たまにやるのではなく、できれば毎日やる。

 朝起きたばかりの、脳も空気もきれいな時間帯、あるいは夜眠る前の、おしりに何もやることが残っていない時間帯がベストです。

 興味があったら試してみてください。

 ネコの手は借りられないので、自分の手で書いてニャ。

 


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自伝を書いて脚色する

 

 

 文章を書くことに興味があって、自己表現でも、ビジネスに生かせるものでもいいから腰を入れてやりたい。

 もしあなたがそう考える人なら、まず自伝を書いてみるといいでしょう。

 

 最近は終活ばやりで、エンディングを意識した人が大勢、自伝に挑戦していますが、ここでいう自伝の執筆は、自分だけの言葉・文体・文章を養うためのものです。

 

 だからむしろ若い人にやってほしいと思っています。

 

 なぜかと言うと、これから先、「要点をうまくまとめた文章」「美しく整った文章」など、企業や役所などの仕事で求められる「正解」の文章は、AI・ロボットに委ねられるからです。

 

 自社・自分の組織に関するデータ、こんな目的で作う、こんな感じ(パターン)の文章、みたいな条件を入れてAI・ロボットに頼めば、オートマティックにお望みのものが出来上がってくる――そういう世界になっていくと思います。

 

 だから文章を書きたい、表現したいという若い人は、「おれの文」「わたしの文」を出来るだけ早くから磨いて使えるようになったほうがいいと思うのです。

 

 そのために有効なのが自伝の執筆です。

 自分のことならネタに困らないので、トレーニングには最適です。

 

 僕・わたしの短い人生なんて書いたって面白くないよという人、ほんとうにそうでしょうか?

 自分のことも面白く書けないのなら、人に読ませて少しでも心を動かす文章――そういした価値ある文章なんて書けるはずがありません。

 

 だから一度や二度はトライしてみましょう。

 目を凝らして自分の中を見つめれば、きっと面白い要素が見つかります。

 

 一口に自伝と言っても、ただ履歴書みたいなもの、「〇〇へ行って〇〇を食べた」みたいな単なる記録みたいなことを書いていてはダメです。

 

 あくまで人に見せることを意識して、面白く、わかりやすく読めるように書く。

 (ただし、書いても実際に人に見せる必要はありません)

 

 そして事実をそのまま書くのではなく、ポイントになる部分だけでもいいから脚色する。

 ドラマチックにしてもいいし、コミカルにしてもいいし、詩的にしてもいい。

 記憶の中の事実に、自分なりの構成・アレンジを入れてが面白いと思う脚色をする。

 自己満足でいいのです。

 

 さらにできれば、フィクションがまじってもいいので、その自伝を小説にしたり、エッセイにしたり、舞台の戯曲、映画の脚本にしてみる。

 そうすると自分の文章の世界が広がります。

 

 そのままの自分を書くのは恥ずかしいと言うのなら、自分とは別人の、架空の人物に置き換えてもいい。

 そうすると周囲の人たちのキャラクターも変わってきて、より生き生きと動き出します。

 

 過去のエピソードなんて面白くない。将来おれは宇宙へ行くから、その時の話を想像して書いてみようと思う。

 そんなアイデアが出てきたら、しめたもの。

 

 要は自分をネタにして、書く楽しさを体感してほしいのです。

 自分の脳を掘り返す楽しさ、記憶を引っ張り出し、自由に使う楽しさを。

 

 本当に自分の人生はつまらなさ過ぎて書くことない。

 トライしてみてあなたがそう絶望したら、文章を書くのには向いてないので、さっさとやめて、別のことに時間とエネルギーを使って人生を楽しみましょう。

 

 それでも何らかの事情で、どうしても何か書かなきゃいけないんだ、という人は、僕が代筆して差し上げますので、お便りください。

 


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世界を開くためのリライト

「Writing is Rewriting」と言ったのは、ブロードウェイの劇作家ニール・サイモンであり、ハリウッド映画のシナリオ教本を書いたシド・フィールド。

 最近になってやっとこの言葉が実感できるようになった。

 

 今日は「いたち」のリライトが進んだ。

 朝、「いけそうだ」と予感したので没頭すると、面白いようにスラスラ進んだ。

 途中、他の仕事の修正作業やメール対応を挟んだが、夕方までに5ページ分(約6000字)行けた。

 

 冒頭部分が物語のトーンを決める。

 自分自身の、作品に対するコミュニケ―ションのしかたも決める。

 

 「人間と動物の心の交流」といったフレーズから容易に連想される甘いトーンを崩したいとずっとグズっていたのだが、今日はみごとにブレイクスルー。

 もともとのプロットに沿って書き始めたが、思ってもみなかったシーンとなり、登場人物のキャラも鮮明になり、キレよく展開して上々だった。

 自分のコアにアクセスできているという感触が残った。

 

 原型を崩せば崩すほど面白くなる。それがリライトの醍醐味であり、その醍醐味が書き続けるエネルギーになる。

 今までのプロットで残す部分は一応決めてあるが、それもこのまま進んでいくとどうなるか分からない。

 

 既存の不十分な部分を補って完璧にするためのリライトではなく、まったく新しい物語を作り直し、その世界を開いていくためのリライト。

 

 創作は普段のライターの仕事とは別もので、成果(金銭的報酬・社会的評価・仕事の引き合いなど)が得られるのかどうかは、まったく未知数。

 でもその分、結果オンリーだけでなく、プロセスを楽しめる。

 書くことは、日常と非日常の双方に足を突っ込みながら生きることだ。

 


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自分をリライトする

今までやってきたことを書き直す。

 リライトは今後の自分のテーマである。

 

 と思って、久しぶりにアジアンカンフージェネレーションの「リライト」を聴いた。

 とんでもない重量感と疾走感。

 こんなカッコいいロックに出会ったのはどんだけぶりだ~と、ぶっとんだのが、はや15年ほど前。

 

 アニメ「鋼の錬金術師」のラストクールのオープニング曲だったので、ハガレンのクオリティが10倍UPした。

 

 いま聴いてもレジェンドでなく、なつメロでもなく、現在進行形のリアル感満点で、ザラザラの音の塊がより深く胸をえぐってくる。

 

 リライトは形を成した文脈をもう一度掘り進めて、新しい価値と意味を見つけ出す作業。書いて休んで書いて休んで、また書き直す。

 

 個人的なことだけど、今の時代はみんな同じようなことをして、自分の生きてきた中から何かを掘り出そうとしているのではないだろうか。

 

 あなたは何回自分を書き直しますか?

 


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宴会予約物語

 

●池袋西口探検

 

 4月の同窓会の幹事をやることになって、先日、今やすっかりアウェイになってしまった池袋西口を現地視察してきました。

 その昔(かなり大昔)、西池袋に学校があったので、毎日通っていたところです。

 

 ここ数年(というか数十年)、同窓会は皆が集まりやすいから、ということで、ほとんど新宿でやっていたのですが、今回はせっかくなので思い出深い池袋で、ということになったのです。

 

 6~7年前、立派になった東武デパートで、着ぐるみショーのスタッフをやりましたが、まともに街中を歩いたのはそれ以来かなぁ。

 そもそも最近は用事がないので、まったく足を踏み入れていませんでした。

 

 かつては「雑多」を絵にかいたような街でしたが、ずいぶんと洗練されました。

 

 でも西口公園=ピカピカの東京芸術劇場の前には、ちょっと胡散臭そうな、あまり身なりの良くないおっさんたちがたむろしており、伝統的な「ブクロ臭」をぷんぷん漂わせています。

 うん、いいぞ、いいぞ。

 

 というわけで、やたら道路が広くなったんぁとか、ゴミゴミ家が密集していたところがすっきりしちゃったなぁとか、ありゃ学校ない。そういや何年か前に移転したって聞いたなぁとか、あちこち探索・発見して、何軒か候補のお店に目星をつけて、チラシを持って帰って比較検討すること2日。

 

 そんな手間暇かけず、ネットで調べりゃいいじゃんと思うでしょうが、こういうプロセスを踏まないと納得できない性分なので。

 それに現地へ行って自分がどう感じたか分かっていないと、どうも気が落ち着かない。ほんとにめんどくさいアナログ体質です。

 

●第1志望:イタリアンレストラン貸し切り

 

 参加するのは女性が多い(予定)なので、第1志望、貸し切り歓迎(とチラシに書いてあった)のイタリアンレストランへ。

 小ぶりな地下のお店で、なんとなく良い雰囲気だし、僕もワインが好きなので、たまにはこういうところも、と思って電話をします。

 

 ちなみに時刻は4時ちょっと前。

 ランチが終わり、休憩してそろそろ夕方の準備に入ろうかという時刻。

 中年くらいの店長らしき人が出た。

 ちなみにネットで調べると「ぐるなび」などには情報載せているけど、独自のホームページは持っていない。

 

 「ハーイ、チャオ!」とお茶目に出るとは思わなかったけど、小規模な店なので、フレンドリーな温かみを期待したのですが、第一声は割と固い感じ。

 「これはちょっと・・・」とその瞬間ひるんだが、構わずそのまま切り込む。

 

 「貸し切り、本当に何人でも歓迎なんですか?」

 「ああ、えーと・・・土曜日ですよね? 土曜はちょっと・・・」

 「(なんだ、ここに書いてあることと違うじゃねえかよ)え、じゃあ何人ならいいんですか?」

 「そうですね、それは一人当たりのお値段によって代わってきますが・・・」

 「ひとり5000円。最低10人くらいは来ると思うけど、それじゃダメ? ま、もっと増えると思うけど」

 「それはちょっと・・・5000円なら20人くらいからじゃないと」

 

 「20人集まるかも知れないけど、ちょっとまだわからないので検討します」

 

 残念ですが、最初の3秒で感じたNG予感は当たってしまいました。

 

●第2志望:個室居酒屋

 

 第2志望。居酒屋でも個室があることころがいいな。

 最近流行っているらしいチェーン店。

 ここもネットで一応確認して電話すると男性が出るが、第一声の印象は芳しくない。

 休憩時間を邪魔された感がちょっと声に混じっている。

 ごめんね。でも営業している時間に掛けちゃ迷惑でしょ。

 と思いつつ、切り出す。

 

 「人数まだわからないんですが」

 

 「10~20人? うーん、するとお部屋違ってきちゃうんですよね。一応とっときますけど」

 

 「チラシに載っているこの〇コースがいいなと思っているんですが、これ2時間飲みホを3時間にはできんですか? 追加料金払いますよ」

 

 「はぁ、でも土曜ですよね?土曜は2時間オンリーでお願いしているんですよ」

 

 「わかりました。じゃあ検討します」

 

 こちらも残念ですが、最初の3秒でNGかな感が伝わりました。

 ていうか、どうしてもここにしたい!という気にならなかった。

 

●第3志望:フツーの老舗チェーン居酒屋(思い出付き)

 

 第3志望。フツーの昔からあるチェーン店の居酒屋。

 ただし、じつはここで何度も飲んだことがある。

 もちろん当時からたぶん何度も改装していて、とてもきれいな店になっています。

 

 電話すると、今度はお姉さん。

 

 「はい、ありがとうございます。あ、ご宴会ですね? はい、かしこまりました。2時間半のコースを。10~20名くらい。あ、大丈夫ですよ。3日前にわかれば。お料理、AとBはCとDに差し替えられますが・・・AとBですね。同窓会ですか、じゃあ学校の名前でお取りしますか・・・はい、ありがとうございます。お待ちしています」

 

 流れるような美しく、きびきびした応対。

 そもそも最初の第一声が、先の2店はボールから入ったが、こちらはズバッとストライク。こうこられるとありがたい。

 結局、ここで決まり。

 フツーのフツーだけど、安いし、思い出もあるし、OK。

 

 いや、マニュアル対応なのはわかります。

 老舗なのでデータも豊富だからね、こういうお客はこう応じればOKっていうのが出来上がっていると思います。

 でもたとえマニュアルでも、その場でちゃんとこなせるパフォーマンスは素晴らしい。

 僕のような単細胞な客はそれだけで気分が良くなってしまうのです。

 

 出たスタッフの声を聴くと何となくその店全体像が伝わってくる(と僕は信じています)。

 

 電話対応が良いからと言って、必ずしもその店のサービスが良いとは限らないけど、電話対応が悪かったところが、それを覆すほどサービスが良かったということはないんだよね。

 

●まとめ

 

 といういわけで、たかが宴会の店決めをするのに何をそんなに時間かけているんだと思われるでしょうけど、これも遊びみたいなもので、これくらいプロセスつけて自分の中でストーリー作らないと、生きてて面白くないんだよね。

 

 最初はほんの5~6行の日記で済ますつもりだったんだけど・・・

 与太話を長々とすみません。

 でもここまで読んでくれたということは、面白かったということかな?

 別にためになる教訓みたいなものはないけど、あなたも宴会幹事をすることがあったら参考にしてください(なればね)。

 


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記憶のダストを書き集めると星が生まれる

 

 続けて思い出話を書いたので、ズシ、と心に重みを感じている。

 とらやの羊羹か、名古屋名物ういろうを手渡された時のような重さ。

 寂しさと、悲しみと、楽しさと、懐かしさが熟して詰まった重さだ。

 

 宇宙に浮遊していた記憶のダストを書き集めて塊にすると、自分の中の宇宙にポコッと小さな星が生まれたよう。

 

 フェレットを飼っていたAさんも、

 亡くなった白滝さんも、

 そんなに長く付き合ったわけでなく、とても親しかったわけでもないけど、

 「同じ時間を生きた」と実感した人。

 だから思い出して書いてみると、一つの「過去」が出来上がり、一つの「物語」になる。

 

 書くという行為はとても面白い。

 

 あなたも心のどこかに引っ掛かっているダストがあれば、書き集めてみるといい。

 その人の目、話し方、歩き方。

 その時の聞こえてきた声、音楽。

 その場所に流れていた風。

 それを塊にすれば、あなたの宇宙に星が生まれる。

 誰にも見せなくていい。

 その星はただあなたのために静かに輝く。

 


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白滝さんと校庭芝生の本

 

 8年前の今頃、息子が通っていた小学校の校長室に毎週土曜日、10人以上のメンバーが集まり、原稿を手にえんえん編集会議をやっていた。

 校庭の芝生の本を出版するためだ。

 僕はライターの一人だったので、当然、毎回出席。

 一行一行、ああでもない、こうでもないと、時に大激論になる。

 

 基本的に午前中から昼過ぎまで3時間くらいが定時だが、ランチが運び込まれ、日が暮れる時間まで「残業」したこともしばしば。

 いつも芝生の面倒を見ていた、そのメンバーらの本への思い入れはハンパない。

 取りまとめ役の若き編集者Mくんは、おっさん・おばさんたちの執念にヒーコラ音を上げていた。

 

 3月になって本は無事完成し「悠雲舎」という小さな出版社から出版。

 わずかながら書店にも並んだ。

 その悠雲舎の社長が白滝一紀さんだった。

 白滝さんはもともと銀行マンだったが教育方面にも熱心で、出版社も経営し、学校支援本部の本部長も引き受け、当時の校長も頼りにしていた。

 この本の企画にも無償で、全面的に協力してくれた。(発行人は白滝さんの名前がクレジットされている)

 

 その白滝さんが5日前の2月13日、82歳で亡くなったのを聞き、今日はご葬儀に出席した。

 

 永福町駅近辺を歩いている姿が目に浮かぶ。

 ちょっとガニ股の、特徴的な歩き方は遠目でもすぐにわかる。

 僕と会うと、いつも「ヨッ!」と手を挙げて笑って話しかけてきた。

 

 「気のいい近所のおっちゃん」を絵に描いたような人だったが、秋田から上京し、早稲田を出て、有名銀行・有名保険会社の要職を次々と務めた、そうそうたる履歴の持ち主である。

 

 葬儀は神式で行われ(神式に出席するのは確か2回目。焼香でなく、玉串を祭壇に供える)、宮司が祝詞でその履歴を唱えるのだが、あの独特の雅やかな節回しにかの大学・銀行・企業の名前が乗っかると、白滝さんのキャラと相まって、面白かわいく感じ、不謹慎ながら、つい下を向いて笑ってしまった。

 

 校庭芝生の小学校はその後、隣の中学、他の小学校と統合され、杉並和泉学園に。そこでも白滝さんは引き続き、最期まで学校支援本部長を務められた。

 

 当時、音を上げていたM君=エディター三坂氏は、今、僕の仕事のパートナーになっている。

 彼も語るように、あれは本当に貴重な経験だった。

 そして何より、とびきり楽しい思い出――まさか子供の学校であんなことが起こるなんて思ってもみなかった。

 

 いろいろなご縁を作ってくれた白滝さんに感謝。

 どうぞゆっくりお休みください。

 


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子供の大学受験は「良い親検定」

 

私立大学の受験も終盤を迎えたようです。

今日もうちの近くのM大の正門前には、夕方、試験を終えて出てくるわが子を待つ親たちがたむろしていました。

 

子供のことを心配している。

なのだろうけど、じつは自分の心配。

子供の受験を自分の検定試験のように考えているはようで。

「親として私は合格なのだろうか?」と、気が気でない。

不安な気持ちはわかります。

 

でも、その合否を子供が受ける大学に決めてもらうのか?

子供がM大に合格すれば、自分も親として合格なのか?

それで「上がり」で、子育て卒業というわけか?

 

でも現代子育てすごろくには続編がある。

4年後には今度は就職(就社)がやってくる。

これまた一大イベントで、再び親としての検定試験が行われる。

今度は子供が入社試験を受ける〇〇社に

「私は親として合格でしょうか?」と問いかける。

 

「いやぁ、もちろんです。こんな立派な息子さん(娘さん)を育てたあなた、合格!」

とポン!とハンコを押してもらえば満足なのか?

 

ゾロゾロ門から出てくる受験生たち。

その中からわが子の姿を必死に探し出し、駆け寄る親たち。

 

中には子供に「来てほしくない」とはねつけられたけど、やっぱり来てしまって、

遠目からわが子の姿を追う人もいるようだ。

 

なんだか年々その数が増えている気がします。

よけいなお世話だろうけど、ちょっと考えさせられる風景なのです。

 


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ピーターラビットの農的世界への回帰現象

 

イギリスの田舎、農村地帯、田園地帯は日本人にやたらと人気があります。

確かにとても美しいのだけど、外国の、西洋の田舎ならフランスでもドイツでもイタリアでもスペインでもいいではないか。

なぜイギリスなのか?と考えると・・・今年のうちのカレンダーを見てハッとした。

 

ピーターラビットだ!

 

ピーターラビットこそ、イギリスの、洋風田舎の代表的イメージを形作っているのではないか。

さらには近代社会において農業・農村をポジティブなイメージに価値転換したのもピーターラビットなのではないか、と。

 

子供向けの絵本でありながら、大人にも、というか、むしろ大人に、特に女性に大人気のピーターラビット。

人気の秘密はあまりメルヘン過ぎない上品な絵と、よく読むと割ときわどいストーリーにあります。

 

なにせピーターラビットのお父さんは農夫マクレガーさんの畑を荒らして捕まり、パイだかシチューだかにされて食べられてしまったのですから。

ピーターも危うく同じ目にあいそうになります。

 

かと言って、作者はマクレガーさんを残酷な悪者扱いにすることなく、子供向けによけいな甘味料を加えることなく、それがごく自然な人間と動物の関係として、さらりと描いています。

 

子供だましでない、そのストーリーテリングの見事さと、リアリズムからちょっとだけズラした絵柄とのマッチングが、唯一無二の世界観を醸し出している。

 

そして、その世界観が、この物語の舞台である湖水地方、さらにその向こうにあるイギリスの田舎を一種の理想郷のイメージに繋がっているのではないかと思います。

 

僕はこの物語の舞台であり、作者のビアトリクス・ポターが暮らしたイギリスの湖水地方には何度も行きました。

 

最後に行ったのは20年ほど前ですが、その時すでに地元の英国人は日本人観光客の多さに驚き、「ポターはそんなに日本で人気があるのか?」と聞かれたことがあります。

その頃からピーター=ポターの人気は不動のようですね。

 

19世紀の産業革命の時代、ロンドンなどの都会に住んでいた富裕層が、工業化と人口の増加で環境が悪化した都会を離れ、別荘を構えたり移住したことで湖水地方は発展した・・・という趣旨の話を最近、聞きました。

 

それまでの田舎・農村は貧しさや汚さ、そしてその土地に人生が縛り付けられる、といった暗いイメージと結びついており、けっして好ましい場所ではなかった。

 

しかし、急速な工業化・非人間的で気ぜわしい労働・環境に嫌気のさした人々が、都市・工場とは対極にある農村・田園・農業に、自然とともに生きる人間らしさ、長閑さ、幸福感とぴったりの

高い価値を見い出したのです。

 

ポターの描いたピーターラビットの世界はその象徴と言えるのかもしれません。

 

そして産業革命から200年余りを経た今日、一種の回帰現象が起こり、再び農業に人気が集まりつつあります。

 

これからのライフスタイルは、工業化の時代を超えて、土に触れ、植物や動物の世話をする超リアルな農的ライフと、ネット・AI・ロボットのバーチャルな脳的ライフとに二極化し、僕たちはその間を行ったり来たりするのかなぁと、ピーターラビットのカレンダーを見ながら考えています。

 


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人間の歴史はチョコレート前とチョコレート後とに分かれる(かも)

 

  バレンタインデーなので、カミさんから「プレミアム・チョコプリン」を頂きました。自分も食べたいのでこれにしたようです。

 何がプレミアムなのか食べてみると、プリンという呼び名は相応しくない。

 食感はレアチーズケーキに近い。味は濃厚、そしてビター。でもしっかりチョコレート感がある。これはおいしい。ありがとう。

 

 僕は、人間の歴史はチョコレートが開発される前と後とに分けて考えられるんじゃないか、と考えています。

 

 古代から疲れを癒し、魂を覚醒させる効果があると信じられてきたチョコレート(古代は飲み物で、チョコというよりココアでしたが)。

 それが近世の西洋社会で量産され、普及するようになって、人々の知覚は明らかに鋭敏になった。

 いわゆるドラッグのような効果があったのではないかと言われています。

 

 体に害はないんだけど、「やばい食べ物」と言われた時期もあったようです。

 庶民にあんまり頭良くなってもらいたくない人たち、知恵を付けてほしくない人たちは、すぐにこういうことを言い出しますね。

 

 明治時代、日本で作られ出回るようになった頃も「牛の血を混ぜて作っている」とか、いろいろデマが飛び交い、売るのに苦戦したようです。

 

 日本の庶民が本当にチョコレートの味を知るようになったのは、やっぱり戦後から。

 「ギブ・ミー・チョコレート!」と叫んで進駐軍のジープを追いかける、あの子供たちからでしょう。

 

 映画やドラマでしかあのシーンを見たことがないけど、何度見ても衝撃的。

 あんな体験をリアルにしてしまった子供の胸には、良いにつけ悪いにつけ、アメリカの存在の大きさが胸に刻み込まれたことでしょう。

 

 そういえば、あのあたりの世代はアメリカかぶれが多いような気がします。

 無理もありません。

 あの時代、将来の日本人の頭を洗脳するのにチョコレートはうってつけでした。

 まさしくドラッグとして機能していたとしても、おかしくありません。

 

 父や叔父・叔母はそうした経験をしていないと思うけど(齢が下の方の叔父・叔母はちょうど「ギブ・ミー」の世代だけど)、僕が子供の頃、パチンコで勝って景品のチョコレートをもらってくると、誇らしげに僕や妹にたちに手渡しました。

 

 多くは「森永ハイクラウン」など、子供にとってワンランク上のちょっと大人っぽい、高級っぽいやつです。

 

 子供にチョコレートを与えられる、まっとうな生活力にある大人。

 そういう大人であることに、深い満足感を覚えていたのだと思います。

 もちろん僕たちは大喜びで、家族は幸せでした。

 チョコレートをかじると、その時代のみんなの笑顔を思い出します。

 

 僕が子供の頃からずっとチョコレートを好きで、食べるといろんな思いにとらわれるのは、そんな理由からです。

 

 すっかり習慣化したバレンタインデーは、朝からあちこちでいろんなチョコ――もちろ義理チョコの類だけど――をもらって食べました。

 でも家庭によけいな波風を立てたくないので、毎年カミさんには黙っているようにしています。

 


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慣習的自己と本質的自己

 

人間の中には「慣習的自己」と「本質的自己」という二つの自己が宿っている。

と看破したのは精神科医の神谷美恵子さんという人。

 

人間は社会生活が長くなるにつれ、つまり、おとなになるにつれ、慣習的自己が肥え太り、本質的自己がやせ細っていく。

 

現実の社会生活に対応するのが慣習的自己。

何につけても、これをするのは得か損かと考える。

そして他者が自分をどう認識するのかに気を張り詰める。

 

本質的自己は子供の頃は元気いっぱい。

けれども齢とともにだんだん隅に追いやられ、息を潜めて暮らすようになる。

けっして死んではいないけれど、ネグレストされた子供のように引きこもる。

 

「自分を見失う」とは慣習的自己に支配され、本質的自己を見失うこと。

いっそのこと、慣習的自己オンリーで生きればいい、と思うが、どこか心のすき間に

 

「本当は自分は何がしたいのか、何ができるのか?」

 

そう本質的自己が囁くのが聴こえてしまう。

 

またネグレストするか?

それとも耳を傾けるか?

それとも、とりあえずネットに何か書き込んでみるか?

「これが本当の自分です」というようなものを。

 


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中高年はめざせ!中川屋嘉兵衛

 

 「還暦から勝負です」と宣言した人がいるが、先パイ、その通りです。

 あなたも老後の心配で、使わないカネを貯め込んでいる場合じゃありません。

 「人生50年」と言われた時代でも、50歳から大活躍した人がいます。

 

 マイナビ農業の仕事で、日本における肉食の歴史を調べていると、幕末から明治にかけて活躍した「中川屋嘉兵衛(中川嘉兵衛)」という名に出会いました。

 この人は慶応3(1867)年、荏原郡白金村に東京初の屠畜場を開いた人です。

 

 三河(現在の愛知県岡崎市)出身で、京都で漢学を修めた後、江戸に出てきてイギリス公使の料理人見習いをしながら英語を勉強し、欧米人相手のビジネスを画策。

 

 そして慶応元(1865)年、開港間もない横浜に出て、アメリカ人医師のもとで牛乳販売業を、イギリス軍の食料用達商人としてパンやビスケットの製造販売、さらに牛肉の販売を手掛けるようになりました。

 

 しかし車も冷蔵庫もまだない時代。横浜から江戸まで肉を運ぶのは至難の業ということで、都内に屠畜場を作り、芝高輪の英国大使館に納品したのです。 

 

 それとほとんど並行する形で、肉を鮮度がいいまま保存管理するには氷が必要となって製氷業を、ついでにアイスクリーム屋も開業。お肉の方では牛鍋屋も開店。

 次から次へといろんな事業をやって、人からは「節操ない男」と映ったかもしれませんが、彼の中では「洋食事業」ということでつながっており、それぞれ牛乳部門、パン部門、肉部門、製氷部門・・・といったように部門別に分かれていたにすぎないのかもしれません。

 いわば日本における「洋食文化の父」と呼べる人でしょう。

 

 僕は最初、資料を読んでいて、彼のことを勝手に岩崎弥太郎みたいな青年実業家だと思っていたのですが、江戸に出てきたのは40歳、横浜に出た時はすでに50歳!

 

 これは江戸時代の社会常識で考えれば、人生晩年近く。

 すでにご隠居さんとなってもおかしくない齢でしょう。

 

 そこから欧米人に仕えて取り入って、車も鉄道も、電話もインターネットもない環境でこれだけの事業を成し遂げ、80歳まで仕事をやりぬいたというのだから、中川屋嘉兵衛あっぱれ。

 

 「もうトシですからムリですぅ~」とか、

 「もう今からでは遅すぎますぅ~」とか言ってる場合じゃないですよね。

 何かやってもやらなくても同じように齢は取る。

 何歳だって“今”より早いスタートはないわけですから。

 


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香水(パフューム):人間存在の深淵につながる「におい」の世界

「香水(パフューム)」という小説がすごい。

自分でもオナラ小説を書いているので、においの話には心ひかれます。

 

★鼻焼きの話

まだ寒いのにもう花粉が飛んでいるらしく、それで「鼻を焼きに行くんんだ。ふふふふ~ん💛」というFBの記事を読んで仰天しました。

鼻を焼く???

そうすると鼻水がジュルジュル出なくて具合がいいらしい。

 

「鼻を焼く」と聞いて、まさか鼻の頭に火をつけることはあるまい、鼻の穴に何か突っ込んでシュボッ、ジリジリジリ・・・とやるんだろうな、ということは察しました。

 

そこですぐさま思い浮かんだのはチリチリにカールした鼻毛。

新しいトレンドかと思ったけど、レーザーで焼くから、そうはならないんだって。

 

★嗅覚障害は大丈夫か?

そして次に湧き起った疑念は当然、嗅覚に問題は起きないのか、ということ。

あるサイトを調べてみると、においを感じる組織に焼きを入れるわけではないので大丈夫らしい。

でもやっぱり、ちょっと心配してしまいます。

手元が狂ってオペ失敗というこっとなないのか?

永遠ににおいが失われて、嗅覚障害者になってしまうことはないのか?

 

最も原始的な感覚である嗅覚は、現代人が未開拓のフロンティア。

鼻に障害がある、匂いがわかならないと言っても、目や耳の障害のようには深刻に受け止められない人が多いのではないか、という気がします。

 

しかし、それは大まちがい。

比べるものではないけど、目や耳よりも問題はシリアスかも知れません。

においの世界は潜在意識の世界とつながっているからです。

 

★天才香水調合師

それを見事に一つの物語として表現したのが「香水(パフューム)」という小説。

舞台は大革命が起こる少し前(らしい)の18世紀フランス・パリ。

主人公はグルネイユという天才香水調合師。

 

彼は無垢な魂の持ち主であると同時に、匂いによってこの世界の在り方を認識する超絶的な嗅覚の持ち主。

 

人生の目標は究極の香水を創り上げること。

それは彼にとって完璧な世界――天国のような世界を建設することに値する。

その研究の果てに見つけた手段は・・・副題の「ある人殺しの話」がすべてを物語る。

 

ケレン味たっぷりのストーリーなのだがリアル感がすごく、最初読んだ時など、これは実在の人物の、本当にあった話なのではないかと疑ったぐらいです。

 

★18世紀パリの裏通り

彼を産み落としてすぐさま死刑にされる生みの母。

カネのためにクールに孤児の彼を育てる養母。

彼をこき使う皮なめし職人の親方、

そして、むかし一発当てて、今は落ち目の、それでもプライドだけは人一倍高い老香水調合師。

など、脇役もみんなキャラが立っているととともに、当時の社会構造が垣間見えて、300年前のリアルに溢れています。

 

フランスで香水が発達したのは、パリがひどい悪臭の充満した街で、それを回避する手段が必要だったから――という話は以前から耳にしていました。

 

けれど、この小説の冒頭10ページ――グルネイユの生い立ちとともに描写される、貧民・労働者階級が蠢くパリの下町は、想像を絶する、魔女のスープのような地獄絵図。

それを描き出す筆致は、300年前にタイムスリップして見てきたのかと思えるほどです。

 

★人間存在の深淵に触れる

いったいこの作者はいかなる人物なのか?

何があって、どんな発想でこんな物語が生まれたのか?

ドイツ人だが、ナポレオン時代からヒトラー時代まで対立し続けた、隣のフランスに何か恨みつらみでもあるのか?

ちょっと名前が売れれば、たちまちインターネットで丸裸にされてしまう時代なのに、なぜか神秘のベールに包まれている。それもまたよし。

 

10年ほど前に映画化されたのをきっかけに、この原作を読んだのですが、勝手に想像を膨らませられる分、文章の方が10倍エロくて、グロくて、感動的で、人間存在の深淵を覗き見る思いがします。

 

パリの人々の凄惨な人生と風景(でも、たかだか300年前の話)に吐き気をもよおさず、拒絶反応を起こさず、最初の10ページを突破できる人なら、絶対面白い小説です。

 


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北千住の葬儀相談サロンと帰りそびれたウルトラマン

 

 近年は「葬儀相談所」とか「終活相談所」が増えています。

 本日オープンの「葬儀相談サロン ティア北千住」もその一つ。

 ティアというのは名古屋発祥の葬儀社(本社はうちの実家のすぐ近く)で、昔ながらの葬儀屋とは一線を画す、イマ風の垢ぬけた葬儀屋さんです。

 

 オープン記念でこの3連休、一般向け見学会を実施――というので覗いてみると、まだ午前中にも関わらず、結構お年寄りが遊びに来ている。

 中は小ぶりのカフェくらいの広さで、確かに相談サロンとしては狭すぎず、広すぎず、ちょうどいいスペース感。仏壇だの線香だの、いろいろ物販もやっています。

 

 ひと昔前は「縁起が悪い」と敬遠されたこうした葬儀関連の施設も、高齢化社会が進むにつれて抵抗がなくなり、街にもなじんできた感じがします。

 

 そんな感想を抱きつつ、取材を終えた帰り道で会ったのは、オヤジ化したウルトラマン。首から金モールをかけて、昼間っからそば屋でビールを飲んでいます。

 

 もうヒーローとして戦えなくなって、現役を引退して久しいけれど、過去の栄光が忘れられなくて、飲んだくれているうちに光の国に帰りそびれてしまったという感じ。なんだかこれからティアへ自分の葬式の相談にでも行きそうな風情です。

 

 でも、この帰りそびれたオヤジウルトラマンも不思議とこの街になじんでいるのです。

 めっちゃ久しぶりに来たけど、北千住、なかなか味わい深い、探検し甲斐がある街ではないかと思いました。

 


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アグリパークのブルーベリージャム

 

 葛飾区産のブルーベリー100%ジャム。

 新宿南口にあるJA東京アグリパークで取材。

 今日は東京産農産物のイベントをやっていて、その中でて目にとまったのでスタッフの方に聞いてみると、葛飾にあるJA東京スマイルと、都立農産高校のコラボ商品だとか。中身も美味しそうだし、ラベルも可愛い。

 

 お値段はちょっとお高め(660円)なのだが、おじさんなので、高校生の女の子が一生懸命作っているところを想像すると、つい応援したくなって買ってしまった。

 もしかしたら男の子かも知れないけど、まぁ、それでもいいや。

 

 ここは甲州街道沿いにあって、毎日1000人の人が覗いていくそうです。

 毎週、いろんなイベントをやっていて、楽しくポップに農業をアピール。

 新鮮な野菜も売ってます。

  新宿で時間があったらブラっと寄ってみてください。

 


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メモ帳活用ライティング

 僕のデスクトップに並ぶアイコンで最も多いのはメモ帳です。

 パソコンのメモ帳を使うと、楽しく、ラクに文章が書けるからです。

 

 仕事術というほどのものではないけど、2~3年くらい前から原稿を書くときにパソコンに入っている「メモ帳」を多用するようになりました。

 なんら特別な機能がない、ただ字を書くだけの、おそらくパソコンの中でも最もシンプルなアプリです。

 

 以前はワードやエクセル、あるいはパワポなどに直接入力していたのですが、毎日いろいろ書いているうちに、いったんメモ帳に書いたものをワードなどにコピペするのが習慣になりました。

 この原稿もそうで、メモ帳に書いたのをブログとFBにコピペしています。

 いわば下書きして清書するというパターンですね。

 ただし、(特に仕事の場合は)ワード原稿にしてからもあちこち書き直したりするのですが。

 

 なんでこんな書き方をするようになったかというと、資料にある文章をコピペして、それをあちこち加工するからです。

 ネット上の資料だと、ワードなどにコピーしてしまうと、文字の大きさやフォントなどもそのままになってしまう。

 実際にそれを使うにしても使わないにしても面倒くさいことになります。

 メモ帳ならみんな同じ文字になるので便利だし、加工もしやすい。

 

 そしてゼロから文章を起こす場合も、メモ帳のほうが断然書きやすい。

 ワードにしても、ブログやFBにしても、直にその画面に向かうと、脳が緊張するのか、思ったことがうまく文章化できない。

 

 ところがメモ帳なら自然にスルスルっと出てくる。

 余計な力が抜けるというか、書くときに気持ちの余裕ができるというか、文章もぱっとひらめきやすいし、遊べてしまう。

 

 わざわざ原稿を2段階に分けるなんて効率悪いのかも知れないけど、ホンチャンの用紙(ワードやブログ)にコピペするときに文章を整えることもできます。

 その時にうまく書けていなかったところが、「こうすればいいのか」と、ぱっと気が付いたりもします。

 メモ帳の時はいったい何を言いたいのか、ぐちゃぐちゃな文章でも、このステップを経ると、不思議にしっかりまとまることはしょっちゅうです。

 

 なぜかは分からないけど、メモ帳を味方につけるとなんだか快適な気分で書けるのです。

 

 「よい文章を書かなくては」と気合を入れると、よくフンづまり状態になってしまう人は、一度、この「字を書く以外機能なし」のメモ帳を活用してみてください。

 脳がリラックスして力を発揮できるかも。

 


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聞きかじり原宿むかし話:リーゼント床屋伝説

 

 昨日のことになってしまったが、3月のイベントの件で“原宿のお米屋さん”小池さんとの打ち合わせがあって原宿まで行きました。

 天気が良かったのでチャリンコで。

 

 小池精米店はいわゆる裏原宿――江戸時代、水車小屋もある田園地帯だった隠田商店街にあります。

 この辺りには隠田地域会館というのがあって、原宿にチャリで来るときは、いつもそこの駐輪場(サイカパークになっていて誰でも利用できる)に停めるのですが、この地域会館がなんと、D昨年末で閉鎖になっていた!

 

 地域の人たちが出入りするのを結構見ていたので、ちょっと寂しい気がしましたが、さすがにこの建物、筑何十年かわからないけど、老朽化が激しくて限界気味。やむを得ず建て直すことにしたようです。

 

 築何十年わからないけど、たぶん小池さんと同年代くらい。

 彼の少年時代は原宿カルチャーの絶頂期で、ホコ天で竹の子族が踊っていた時代とシンクロしていますが、台風の目の下にいると暴風雨に巻き込まれないのと同様、原宿に住む彼らはそうしたカルチャーやファッションにほとんど影響受けることなく、フツーの子供をしていたそうで。

 

 ホコ天も竹の子もツッパリも、ワンス・アポン・ア・タイムになってしまったけど、流行らない床屋さんはいっちょオヤジ相手にリーゼント専門店になってみてはどうだろうか。

 

 キャロルカットとか、永ちゃんレジェンドヘア、やりますとかね。

 さらにカッコいい無精ひげなんかも調整して、チョイ悪おやじ御用達になれば商売繁盛。

 

 オヤジも大人ぶって老朽化していないで、バリバリにキメてまた原宿を闊歩すれば、元気になって病気なんかもふっとばせるぜ。

 


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食べ物を作る仕事をしている人の話は一聴・一読に値する。

 

マイナビ農業で取材した「東京しゃも」の記事がUPされたので、先日、浅野養鶏場の浅野さんに報告したら丁寧なメールの返信が返ってきました。

 

 「自分のする話は難しいといつも言われるが、見事にまとめてくれました」と喜んでいただいたので、こちらも嬉しくまりました。

 

 開発技術者や、江戸時代からしゃも料理を扱ってきた人形町の名店とともに東京しゃも開発プロジェクトに携わったエピソードはめっぽう面白い。

 しかし、それ以上に、戦後の混乱期・食糧難の時代から身を起こして養鶏業を半世紀以上にわたって営んできた浅野さんの、食べ物に関する信念・哲学が魅力的なのです。

 

 また、昨日はある料理人の書いた本を読んで、けっこう心に染み入るものがありました。

 料理の話というよりも、自分の半生記みたいになっているエッセイで、さらっと口ごたえがいい割に、何というか、隠し味が効いていて面白いし、深味があるのです。

 料理の味やお店のコンセプト・ムードと、その人の人間性かどうかなんて関係ないように思えるけど、じつは深いところでつながっているんだろうなと思いました。

 

 総じて一流の料理人・生産者は、自分ならではの哲学を持っていると思います。

 哲学という言い方が難しければ、「生きる」ことについて感じること・考えることを何らかの形で表現を試みる――とでもいえばいいでしょうか。

 

 それが生産物・料理・お店全体の在り方に反映される。

 優れた技術に、その人ならではの魂が宿ることによって、人の心を打つ「食」が生まれます。

 

 浅野さんの「食べ物を扱うのは神聖な仕事なんだ」という言葉が耳に残ります。

 機械的に、早く、安く、美味しく、安全な食べ物がたくさん出回るようになった世の中だからこそ、時々はそうした生産者や料理人や作る人たちの人間性だとか、哲学だとかに目を向けて行こうと思います。

 


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雪トトロ、春を呼びに行く

 

 先月の大雪の日に地上に降り立って以来、思いがけないほど長い間、うちにやってくる子供たちを楽しませてくれた雪トトロは、いつの間にか旅立っていました。

 

 前日の雪でまたもや復活かと思いきや、あまり降ってくれなかったので、そろそろ見切りをつけて「じゃーねー」と夜の闇に紛れて行ってしまったようです。

 

 おりしも節分の日。

 たぶん春を呼びに行ったのだと思います。

 

 明日は立春。

 なので、すぐ連れてきてくれることを期待してしまいますが、なにせトトロは3000年も生きているので、毎日忙しい忙しい、急げ急げと言っている僕たちとは時間の感覚が違います。

 

 ちょっと30分昼寝のつもりが3日間寝ちゃったなんてことも起こります。

 それにあちこち道草して遊んでいるでしょう。

 

 なのでまだしばらくかかると思いますが、気長に待ちましょう。

 頼んだぞトトロ。

 春を連れてもいどってきておくれ。

 


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