誕生の恐怖・思春期の恐怖・最期の恐怖

 

化け物は最初から化け物だとそんなに怖くないけど、
普通の人間だと思ってた人が化け物になってしまうと、
めちゃめちゃ怖い。

そんな恐怖を僕たちはすべからく体験しています。

 

とある子どもの本に、思春期の子どもたちにとって
体が変化することがどれだけ恐怖することか
書かれていました。

 

自分はどうなってしまうんだろう?
自分はどこへ行ってしまうんだろう?

 

僕にとってはもう遠い昔のことなので、
そんな感覚はほとんど残っていなかったのですが、
その文章によって忘れていたものが少しよみがえってきました。

 

最近はほとんどの学校できちんと性教育が行われていて、
子どもたちにも知識・情報があるわけですが、
やはり実際に自分の身に起こると、
理屈通りにはいかない。


自分もそうだけど、
周りの連中が変わっていくのも怖かった。

 

小さいころ仲が良くて、いつも子犬みたいに
じゃれあっていた幼馴染の女の子とも
まるで知らない者同士のようになってしまった。

男はまだそういう意識が希薄だけど、
女の子は劇的に変わるからなぁ。

 

ところで思春期の変化は人生の中で唯一、
記憶できる変化です。
実はそれ以前に母親の胎内から外界に出た、
つまり誕生というのも、人間の体の最初の変化。

なにぶん1回目だし、
たぶんとんでもない恐怖なんだと思います。


ほとんどの人はそんなの憶えちゃいないけど、
(しっかり憶えてたら生きちゃいられない)
潜在意識のどこかにそれは刻み込まれているんでしょう。

 

その2回の変化の恐怖を乗り越えて、
ここまでこの世で生きてきた僕たちにとって、
残された最終最大の恐怖が「死の恐怖」です。

 

でも何といっても3回目。
大人の心構えを持って準備していれば、
誕生の恐怖と思春期の恐怖に比べたら
そう大したことではないのかもしれない。

 

南に死にそうな人あれば
行ってこわがらなくてもいいといい・・・
そういうものにわたしはなりたい。
(宮沢賢治「雨ニモ負ケズ」より)