ロックと人権問題 世界は変わる

 

先日、電子書籍で出版した

「ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力2」の中で

ローリングストーンズの超名曲「ブラウンシュガー」が

ライブで封印されたという話を書いた。

 

歌詞の中に黒人奴隷に関する描写があるからだ。

この曲自体は人種差別の歌ではなく、

むしろ黒人音楽をリスペクトするもので、

そう認識されてきたはずだが、

2010年代から流れは大きく変わった。

 

ある意味、ローリングストーンズに代表される

60年代型のロックカルチャーはもう終焉している。

 

おそらくその背後には国連のSDGs(2015年に明文化)、

さらにそれ以前の、

特に欧米社会における人権意識の高まりがある。

 

SDGsというと環境問題・脱炭素の問題に

意識がいきがちだが、

それ以上に人権問題に対する意識が強い。

 

イギリスではそれと時を同じくして、

2015年に「現代奴隷法」という労働規制が作られ、

差別や搾取的な労働は処せられることになった。

 

かつての帝国主義時代、

さんざん他国を蹂躙した懺悔の意味もあるのか?

とシニカルに考えてしまうが、それはさておき、

先月末に出されたJETRO(日本貿易機構)の

「海外進出している日本企業の調査報告」を読むと、

ビジネスにおける人権問題について、

多くの企業がかなりのプレッシャーをかけられ、

大きな課題としているのが伝わってくる。

 

自社では人権を無視した経営など行っていなくても、

サプライチェーン(現地の下請けや関連会社など)に

児童労働や家族労働など、

人権に接触する問題があると、

国や顧客から責任を問われるというのだ。

 

そう言えば、サッカーワールドカップ・カタール大会の

会場工事で出稼ぎに来ていた外国人労働者が、

劣悪な労働環境

(現場の事故や不衛生な宿泊所、コロナの蔓延など)

のせいで数千人が亡くなったという報道があった。

大会が終わったら、

おそらく再びその問題が大きく取りざたされるだろう。

 

もちろん現実は理想にはまったく追いついていない。

けれども最近は「きれいごとなどほざくな」とは

言えない状況にだんだんなりつつある。

 

確実に人類は、僕らが慣れ親しんだ世界から

別の次元へシフトしてきている。