郷竜小説「6600万年前の夢を見て死ね」 ★パート2「麟風寺の遺産」②

パート2.麟風寺の遺産②

 

奈々湖に何か得体のしれない化け物が住んでいる——

少なくとも昭和のどこかまでは、

そんな伝説が村には流布していた。

 

その伝説の源は麟風寺だった。

660年の歴史がある寺だ。

所蔵されている古文書には、

室町時代から江戸時代にかけて、

どのようにこの村が出来上がったのかという記録とともに、

何年かに一度、奈々湖に現れるとされる怪物の目撃談が

いくつも残されていた。

 

その中にはその怪物の絵が添えられたものまであった。

巨大なワニとか、オドロドロしい魚とか、

エビの化け物のようなものまで、

いろいろバラエティに富んでいる。

 

とにかく何か得体の知れない生き物がいることは間違いない。

村の年寄りたちは一彦や大善の両親の世代に

そんな話をよく語り聴かせたようだ。

 

昭和の半ばあたりまで、

こんな山間の村にはろくに娯楽がなかった。

それは一種の夜伽話として代々、

村の子どもたちを楽しませていたのかもしれない。

 

「バカバカしい」

一彦はすでに亡くなった父の言葉を思い浮かべた。

「非科学的にもほどがある。

あの湖にそんな大きな生き物なんかいるわけねえ。

ちょっと考えればわかることだ。

ホントに田舎者はこれだから困る」

 

父はいつもそう言っていた。

近郊の少しばかり大きな街の、

世間に少しは名の知れた会社に勤める

サラリーマンだった父は、

自分はこの村のやつらとは違う、

という自負があったのだろう。

 

一彦らの世代になると、そんな話を信じるなんてバカだ、

という方が優勢だった。

けれどもその一方で、本当だったらいいけどな、

という気持ちもちょっぴりあった。

 

大善はビミョーな立場に立たされていた。

なんと言っても噂のもとであるお寺の跡取りである。

「あんなデタラメを広げやがって」と、

湖の怪物のせいでいじめられることも少なくなかった。

 

けれどもこちらもその一方で、

怪物の絵が描かれている古文書を見たい、

見せろと言ってくるやつらも多かった。

彼と仲の良かった一彦も、

もちろんその好奇心を強く抱えた一人だ。

 

しかし大善自身、父がどこに

その古文書をしまっているのか知らない。

一度、一彦を含め、四人の仲間で

〈捜索隊〉を作り、

大善の父――当時の住職が留守の時に

家のあちこちを探しまわったことがある。

 

ある日、それがバレて大善は父にこっぴどく叱られ、

それ以降、捜索活動は打ち切りになった。

みんな、ちょっとがっかりしたが

一日でそんなことは忘れてしまった。

 

しょせん子どもの遊びである。

いつまでも過去のことなどにこだわっちゃいられない。

奈々湖は相変わらず子どもたちの遊び場であり続けた。

ところがそれからしばらく後。

村じゅうがひっくり返るような出来事が起こった。