複業したい人にAnother works  企業と個人が直接契約

 

働き方改革だ、労働時間短縮だと言っても、

休みが増えて万歳、ライフワークバランスだ万歳という人は、

実際のところ、そんなに多くありません。

 

ぶっちゃけ、収入減って困った~!

という人が多いのではないでしょうか?

 

そんな人に副業でなく、複業。

文字通り、複数の業務をこなすこと。

 

これから日本は副業社会になる。

かどうかはわからないけど、

こうした働き方を目指す人が増えるのは確実。

 

しかし、複業をしたいけど何をすればいいか分からない、

案件がない、紹介会社から案件が来ない、、

といった業務委託の案件を探す人が抱える悩みを解決する

サイトが登場しました。

 

それが「Another Works」です。

 

「Another works」は、複業をしたい人と

複業人材を採用したい企業を繋ぐマッチングプラットフォーム。

複業したいユーザーは、登録・利用料も無料で

複業先を自由に探すことができます。

 

登録はFacebook経由で簡単ラクラク。

リリース3ヶ月でユーザーは1,200名を超え、

右肩上がりに伸びています。

また、Yahoo!など多くのメディアへの掲載実績があり、

認知が一気に拡がっています。

 

フリーランスはもちろん、正社員でも会社で許されているならOK。

職種はエンジニア、マーケター、デザイナー、営業、ライター、

広報人事などが対象。

 

求人に対して、自ら能動的にメッセージやエントリーもできます

報酬面に関しては、企業と個人との直接契約という点が圧倒的な魅力。

仲介サービスへのマージンがないので報酬の目減りがなく、

自由に条件面を企業と調整できます。

 

求人の職種を特化させていないため、全職種の人が登録可能。

例えば、違う職種にチャレンジしたい人や

週末だけ地方の案件を受けたいなど、思うままに仕事ができるとのこと。

 

「複業社会を当たり前にする」というコンセプトのもと、

生まれた「Anolther Works」。

僕もさっそく登録して、随時、このブログを通して

レポートを書きたいと思っています。

 


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冠婚葬祭のお客さんの送迎にラピドのジャンボタクシー/ワゴンタクシー

 

★「移動問題」は式の印象を左右する

最近は親しい人たちだけで行う

小さな結婚式やお葬式が増えてきました。

 

東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県で挙げる

小さくても心のこもった冠婚葬祭。

来た人みんなに「よいお式だった」と言われたいですよね。

 

でもそこで意外と問題になるのが、

お客さんの移動です。

 

最寄りの駅から会場が離れているとか、

大きな荷物を持ってこられるとか、

家族一同まとまった人数で来られるとか、

遠方からみえるので、

できれば空港やホテルまで迎えたいとか。

 

お客さんを移動させるのって、けっこう厄介で

呼ぶ側としては気を遣います。

 

そして、移動するときに不愉快な思いをすると、

心のこもった良いお式の印象も悪くなり、、

せっかくの心遣いが台なしになってしまうこともあるのです。

 

あなた自身もそんな体験をしたことはありませんか?

 

 

★車両もドライバーも好印象でお得なラピド

バスを貸し切らなきゃいけないほどの人数じゃない。

かといって普通の乗用車タイプのタクシーを

何台も呼ぶのは非効率で高くつく。

さあ、どうしよう?

 

そんな人たちにおすすめはラピドの

ジャンボタクシー/ワゴンタクシーがおすすめです。

 

ラピドのジャンボタクシー/ワゴンタクシーなら

最大9人までOK。

どの車も乗り心地抜群のゆったり空間です。

 

そんな車を運転するドライバーは、

経験豊富で安全運転第一。

健康チェックもしっかりやってます。

 

そして運転の腕前はもちろん、

乗客ファーストのホスピタリティを備えているので、

安心・安全、気持ちよく移動できます。

 

料金は距離メーターでなく、

時間単位(2時間~)なので、お得で安心。

 

駅から会場までのピストン運行などもOK。

大きな荷物があってもOK。

冠婚葬祭以外にも、空港送迎や観光など、

いろんな場面で利用ができます。

 

ラピドのジャンボタクシー/ワゴンタクシーを利用して、

お客さんが満足・納得できるお式を。

そして、あなたの心に残る人生の1シーンを。

 


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あなたの会社・製品・サービスもテレビ番でPR

 

★「テレビでPRはムリ」は昔の常識

製品を、サービスを、テレビなんかでPRしたいけど・・・

うちみたいな中小じゃ無理だよね。

 

いやぁ社長、広報部長、事業本部長、

あるいは個人事業のあなた、

そのお考えはひと昔前の常識ですよ。

 

テレビの情報バラエティ系の番組、見てますか?

いまテレビ局の製作スタッフは、

視聴者=消費者が得するビジネスネタ、

面白い企業や商売のネタを探して、

毎日、血眼になって

インターネットを検索しているんです。

 

え? でもどうやってアプローチしていいか、わからない?

SNSもブログもいっぱいやって発信してるけど反応なし?

やっぱ難しいじゃーん。

 

だいじょうぶ!

難しくなんかありません。

SeeSeedS(シーシーズ)を使ってみましょう。

 

 

★中小企業・個人事業主とメディア業界の出会い系サイト

SeeSeedS(シーシーズ)? なにそれ?

 

「PRしたいが予算が無い、手段が分からない企業」と

「ネタを探しているメディア(TV局)」をつなぐ情報サイトです。

 

要するに中小企業・個人事業主と

メディア業界の出会い系サイトみたいなもの?

 

そう思っていただけるとわかりやすい。

㈱スカイシーズが運営する

SeeSeedS(シーシーズ)には5つの特徴があります。

 

★5つの特徴=5つのベネフィット

 

▼特徴1「未上場企業限定」

大手企業の情報と違い、

なかなかメディアへ入ってこない

中小企業の情報をまとめることで、

ローカルなネタ、ニッチなネタを探す

メディア(TV局)にとっても便利なサイトです。

 

▼特徴2「成果報酬なし」

一般的なPR会社に依頼すると、

メディアから取材が入った場合、

成果報酬は当たり前。

でも、SeeSeedSまらこれが発生しません。

 

▼特徴3「手ごろな掲載料」

より多くの方に始めてもらえるよう、

月額掲載料を4万円(税別)と低めの価格に設定。

ただし年間契約となっています。

 

▼特徴4「年12回まで記事投稿OK」

年間12回まで、好きなタイミングで

記事、写真、動画を投稿できます。

 

▼特徴5「実績」

総合広告代理店として

全国のTV局との取引実績がある会社が運営してるので、

サイトの認知、信頼感につながっています。

 

 

★気軽に、低価格でできる広告として効果的

もしもあなたが中小企業の広報・PR担当者、

もしくは個人事業主なら

気軽に、低価格でできる広告メニューを探してるはず。

 

チラシやフリーペーパーへの広告出稿よりも

ぐんと効果の高いメディア(TV局)を通してのPR。

 

手の届かない高根の花だったのは、もう昔話です。

 

「無理だ」「難しい」という過去の常識を吹き飛ばし、

ぜひ、SeeSeedS(シーシーズ)を使って

チャレンジしてみましょう。

 


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未来のために、太陽光発電を初期費用ゼロで導入のチャンス ㈱アンフィニのソーラーリーシング(ジャパン電力)

 

新耐震基準を満たしている

「太陽光パネルの設置に適した環境がある」

「10年間の電力供給契約を結ぶこと」

「発電状況を送信するために、ウェブ通信環境の使用を許可する」

 

もしもあなたが新耐震基準を満たしている住宅のオーナーで、

この3つの条件をクリアできれば、

「初期費用ゼロ円」で太陽光発電設備を設置することができます。

 

加えて、月々の電気料金が削減できます。

例として、4人家族・1ヵ月の電気代が10,000円の家庭の場合、

月々1,500円程の削減が見込めます。

 

また災害時には停電に対する予備電源としての使用が可能なので、

緊急時の備えとしても利用できます。

 

今まで太陽光発電導入のネックだった

初期費用が「ゼロ」というのは大きい。

 

 

 

 

この㈱アンフィニは、

日本で最大級の生産工場を持つ

パネルメーカーで、

全国での電力販売実績を備えた小売電気事業者。

 

そのため自社で設計・提案・供給まで100パーセント、

行うことの出来るのです。

こんな会社、こんな企画は日本ではまだ超レア。

 

どうですか、住宅オーナー。

自分の生活と、エネルギー問題の未来のために、

ぜひとも考えてみてください。

 


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千葉大停電と原発モンスターの歴史から、 電力自前調達・地域調達の必要性を考える

 

★成熟して腐り始めた電力産業

頭の中で、今月の関西電力⇔高浜町の元助役と、

先月の千葉の大停電と、8年前の3・11、

福島第一原発の事故が、グルグルとリンクしている。

 

僕たちの生活を豊かに、便利にしてくれる

電気というエネルギーの歴史は、

まだ150年に満たない。

社会のインフラとして欠かせない存在になったのは、

せいぜい戦後から。

この70年ちょっとのことだろう。

 

何でもそうだが、その技術・産業が誕生し、

成長する過程では、人は感動を持って見つめ、

恩恵を感じ、その成長・成熟を祝う。

 

しかしいったん産業として成熟し、

あって当たり前のものとなり、

大規模ビジネス化してくると、

その裏でいろんな負のドラマが生まれる。

 

★元助役の調脅し文句と、電力会社の罪悪感

関西電力と元助役の、歪んだ、醜悪な関係は

その象徴的なものだ。

 

金品を贈り続け、拒めば

「お前の家にダンプを突っ込ませる」

「娘がどうなってもいいんだな」なんて、

 

今時、ヤクザでも口にしない、

ほとんど昭和の劇画みたいな脅し文句が出たという。

 

そんなセリフを吐き、金をつかませたのは、

「俺たちはいつまでも一蓮托生、運命共同体。

裏切るなよ」

とでも表現したかったからなのか。

 

その劇画調のセリフは役員らの胸にいたく響いた。

負い目というか、罪悪感があるからだ。

「モンスターを住まわせてもらっている」

という潜在的な罪悪感。

 

両者の関係を結ぶのは、モンスター――原発だ。

元助役は原発誘致の中心人物だった。

大クライアントと業者の関係。

 

そして町の人たちにとっては、

原発マネーで町をお金持ちにしてくれた功労者。

いわば地元の英雄的存在だ。

 

★昭和の貧しさを救った原発誘致と、平成の原発事故の衝撃

そんな立場にあった人が晩節を迎えた時期、

8年前の東日本大震災における

福島第一原発の事故、

そしてその後、ゴーストタウン化してしまった

双葉町の惨状を見て、

いったい何を思っていたのだろうか?

 

半世紀間の裕福な暮らしと引き換えに、

故郷を失ってしまった人たちの気持ちを

どう捉えたのだろうか?

 

昭和の経済成長時代、原発は必要悪と言われた。

双葉町や高浜町のような地域は、

日本中、原発の数だけある。

 

そしておそらく、そのすべてが

原発建設前は、人口密度の低い辺境で、

とても貧しい地域だった。

 

危険であることはわかっていた。

けれども見返りは大きい。

 

貧しさから脱したい、豊かになりたい。

「安全だよ」という電力会社の言葉、

国の言葉を信じよう。

もう信じるしかない。

 

貧しさから脱するために原発を招き入れた。

原発マネーで街づくりが行われ、

人々は裕福になり、めでたし、めでたしとなった。

 

昭和の時代はそれでよかった。

誰もそれを非難はできない。

けれどもスト―リーは続く。

 

3・11で時代が一気に変ってしまった。

多くの日本人の心はもう原発から離れている。

もはや原発の役割は終わっている。

 

★新しい電力とのつきあい方

それとともに大手電力会社の役割も

これからゆっくりと終わっていくのではないかと思う。

 

あの千葉の大停電の状態を見ると、

電気の供給を大手電力会社のみに頼るのは

あまりにリスクが高い。

 

ソーラーなど自然発電の技術が上がっており、

ベンチャーの小さな電力会社も起業している。

 

だから災害のような非常時には、

各家庭・個人レベルでも、当面必要な電気を、

自前で調達できるようなシステムを

作らないと駄目なのではないだろうか。

 

たとえば自宅、集合住宅にはすべて

ソーラーパネルの設置と簡単な発電装置を

義務付けるとか、

 

あるいは地域の公共施設などに発電装置を設けて、

生活に必要な分の電気くらいは、いつでもそこで充電できるとか。

 

そういうことでもしないと、

盛んに喧伝されているスマート社会など、

絵に描いたモチである。

 

何でもかんでも電気で動く社会だからこそ、

150年の「歴史を踏まえて、

電気というエネルギー、

そのお世話になる生活のことを

丁寧に考えていかなくては、と思う。

 

関西電力の問題がそんなことを考えさせてくれた。

 


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あなたと愛犬を安全に、やさしく結ぶハキハナハーネス

 

●首輪よりハーネスがおすすめ

あなた、まだ「犬には首輪をつける」って考えてますか?

それはちょっと古い常識かもしれません。

首輪は、まだ犬が人間の従者と見なされていた時代の

名残なのでは?、

 

今は「胴輪をつける」です。

胴輪、つまり、ハーネス。

ほら、盲導犬が付けているアレですよ。

 

どうしてこっちが常識になって来たかというと、

ハーネスのほうが犬の体にやさしいからです。

 

首輪は装着範囲が小さいので、

どうしても首や呼吸器官に負担をかけることになります。

お散歩中、勝手な方向へ行こうとする犬を

ぐいっと引っ張って、コントロールするのには

向いています。

 

●人と犬を安全という絆で結ぶハーネス

けれども、あなたの愛犬には、そうした心配は

あまりないのなら、、

ハーネスの方がおすすめです。

 

ハーネスという言葉のもう一つの意味は「安全帯」です。

目の見えない人が盲導犬と一緒に歩いているのを

見たことがありますか?

ふたり(正確には一人と一頭)の関係は対等です。

犬は人を守り、人は犬を守る。

双方を安全という絆で結ぶのがハーネスなんです。

 

●人を信頼し、仕事をする犬はハーネスを付ける

ハーネスは、もともとはソリ犬がソリを負担なく

引っ張れるように作られたものと言われています。

 

盲導犬や聴導犬、警察犬、救助犬など、

お仕事をする犬はみんなハーネスですね。

これはハーネスだと、リードを持っている人間が

犬の体全体の動きを感じやすいからです。

 

犬もそれを分かっています。

犬は、人間を信頼して仕事をする。

お互いの信頼のためにハーネスは

欠かせないツールなんです。

 

 

●獣医師が強く推奨するハキハナハーネス

そのハーネスの中でも最近、獣医師が

「犬の骨格をゆがませることがない」と、

強く推奨しているのが、

イタリア製の「ハキハナハーネス」です。

 

犬の骨格を徹底的に研究して開発されたという

ハキハナハーネスの評判は、

お医者さんやドッグトレーナーを通じてどんどん上がり、

最近、日本の愛犬家の間でもファンが急増しています。、

 

●世界27ヶ国で愛用されるハーネスの傑作

ハキハナハーネスの特徴は、自然な着け心地。

痛みや拘束感、肌への摩擦や不快感を感じさせないところ。

 

そのフィット感、装着しやすさ、デザイン性、

壊れにくさなど、さまざまな点から、

ペット先進国のヨーロッパではもちろん、

世界27ヶ国の愛犬家、ドッグトレーナー、

救助犬、警察犬などの飼い主さんから

「ハーネスの傑作」と認められ、

愛用されているんです。

 

 

●豊富なサイズと自在な長さ調節

サイズはxxxs, xxs, xs, S, M, Lと6種類。

超小型犬から大型犬まで

それぞれの犬の大きさに合わせて選べます。

 

とはいえ、同じ小型犬だって、

一頭一頭、少しずつ大きさは違いますね。、

 

ご心配なく。

ハキハナハーネスは、どのサイズも

長さの調整部が5か所あり、

あなたの愛犬の大きさに合わせ、

ぴったりフィットさせることができます。

 

そして、毛が長くなったり、短くなったり、

あるいは洋服が薄地になったり、厚地になったりして

きつくなったり、ゆるくなったとしても

それに応じて、微妙に調整することができるんですよ。

 

●おしゃれ感も抜群

また、さすがイタリア製だけあって、

カラーバリエーションが豊富でオシャレだから、

洋服に合わせて色を変えてみるのも

楽しいでしょう。

 

理想のハーネス、ハキハナハーネス。

お医者さんも、トレーナーも、

みんなが「いいよ」というハキハナハーネスを、

あなたも愛犬に試してみてください。

 

追伸:脇に食い込まないので

特に胴が長くて足が短いダックスフンドや

胸の筋肉が厚い犬におすすめできます。

 


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ドイツ原産の愛犬に ドイツ製ペットフード「ハッピードッグ」

 

●ドイツ原産の愛犬なら、ごはんもドイツ製

 

あなたの愛犬の先祖はどこの国の生まれですか?

「故郷はドイツ」というワンちゃんは日本でも多いと思います。

 

ダックスフント、ポメラニアン、ミニチュアシュナウザーという、

可愛い人気小型犬。、

シェパード、ドーベルマン、ボクサーといった

凛々しく精悍な大型犬。

 

ドイツ原産の愛犬なら、

ごはんもドイツ製にこだわってみてはどうでしょう?

 

ペット先進国のドイツでは

フードにもこだわり、

愛犬にとってどんな食べ物がいいのか

あくなき研究が繰り返されています。

 

 

 

●Interquell社の「ハッピードッグ」

 

その一つがバイエルン州ベーリンゲンに拠点を置く

Interquell社です。

 

同社の提供するドッグフード「ハッピードッグ」は、

2009年にドイツ国内の国産プレミアムフードシェアNo.1となり、

2016年には、輸入品も含めたシェアNo.1となりました。 

 

たくさんのフードが乱立する中でのトップシェア。

これはこの会社が安易なペットビジネスに走らず、

愛犬の健康食をひたすら追究。

最新の栄養学に基づいたレシピの改良や

原材料の見直しを続け、

常に品質向上に努めた成果と言えるでしょう。

 

 

●ハッピードッグ開発ストーリー

 

Interquell社の前身はバイエルン州のミュラー家。

1765年から製粉所を代々製粉所を営んできたミュラー家は、

1950年代から自分たちの愛犬のために健康的なフードを作ろうと、

シリアルを作る技術を活かして、

シリアルとドライミートを合わせた、

最初の犬用ドライフードを開発しました。

 

そして1968年、トウモロコシフレークとドライミートによる

消化吸収性に優れたドッグフード「ハッピードッグ」が誕生しました。

 

 

●ドイツで愛されるドッグフードが日本でも買える

 

その「ハッピードッグ」は、

2013年からワールドプレミアム株式会社を通して、

日本でも買えるようになりました。、

 

2015年現在、世界67カ国で愛用されているというから

その品質は本物です。

 

発売から6年が経ち、

今、ダックスフントなどの飼い主さんの間で

人気上昇中。

 

 

●「故郷はドイツ」の愛犬にヘルシーなごちそうを

 

製品は全てバイエルン州のベーリンゲンで製造されています。

山が多い南ドイツの片田舎、

250年以上の歴史を持つ製粉所で作られるドッグフードが、

今や世界67カ国で愛用されているというから驚きです。

 

ダックスフント、ポメラニアン、シュナウザー、

ジャーマンピンシャー、、ジャーマンシェパード、

ドーベルマン、ボクサー・・・、

 

「故郷はドイツ」というワンちゃんに

ヘルシーなごちそうを。

Mahlzeit ! マールツアイト!

 


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ペットみたいなAI翻訳機 Perico(ペリコ)が「かわい~じゃん!」

 

●Perico(ペリコ)はおしゃべりインコ

 リアルSF時代。

ドラえもんの「ホンヤクコンニャク」に匹敵するような

自動翻訳機も当たり前になってきた。

 

それでAI翻訳機を探していたら、

「Perico(ペリコ)」という商品を見つけた。

 

ペリコってペリカンと関係あるんかいな?

と思ったら、スペイン語でインコのことだって。

 

●僕の出会ったかわいいインコ

 そのとたん、脳裏に

「かわい~じゃん!」という、

甲高くてかわいい声がよみがえった。

 

信濃町の駅から明治公園に行く途中の

アンティーク家具店に彼女はいた。

 

どんな女の子が喋っているんだろうと覗いてみると、

店先の鳥かごの中でインコが盛んにセリフを連発している。

 

「かわい~じゃん!」

 

声だけ聴いたら、アニメキャラで稼いでる声優みたいだ。

 

もうかれこれ15年くらい前の話だが、

あのインコはほんとにかわいかった。

 

 

●38か国語を瞬時に翻訳

オウム、インコ、九官鳥の類は

人間の言葉をモノマネできる。

 

おしゃべりできる鳥は飼ってて、

かわい~じゃん。

 

翻訳機に「ペリコ(インコ)」というネーミングは、

なかなかイカしてる。

 

なんだか肩にインコだかオウムだかを乗っけた、

「宝島」の海賊ジョン・シルバーをイメージする。

 

Perico(ペリコ)がいれば英語、スペイン語、フランス語、中国語、韓国語・・・

いろんな国の外国人と相対しても困らない。

 

間もなく東京2020。

オリンピック/パラリンピックイヤー。

首都圏の人たちは、街中で外国人と出くわす機会も増える。

インバウンドの需要も高まっている。

 

38か国語を瞬時に翻訳できるので、

ちょっとしたコミュニケーション、

日常会話レベルのやりとりなら、

このPerico(ペリコ)があればOKだ。

 

●東京2020が38倍楽しい

外国人観観光客がよく来るお店、

また慣れていないお店など、

Perico(ペリコ)を持っていると

何かと便利で心強い。

 

日本の文化や生活慣習から、

お店のシステムや会計方法まで、

ちゃんと言葉で説明できし、会話を楽しめる。

 

Perico(ペリコ)を活用すれば、東京2020は38倍楽しめる。

ビジネスの成果も38倍になるかも。

 

もちろん、自分が海外に行く場合は、

いっしょに連れていけるし、

語学練習にも大いに役立つ。

 

 

●Perico(ペリコ)のいる<ライフスタイル

AI翻訳機は今やスマホと同じで、

いつでもどこでもいっしょに連れ歩くもの。

Perico(ペリコ)なら、きっとあなたの素敵なペット、

楽しい相棒になる。

 

「かわい~じゃん!」も38カ国語に翻訳してみよう。

 

おしゃべりインコの力を借りて、言葉の壁を低くして、

自分の世界を広げられるといいね。

 


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自分がいちばん自分らしく生きていた時間の記憶が残る

 

義母はまだ結婚する前、20代前半の頃、

麻布にあったインドの駐日大使の私邸で

メイドとして働いていたそうだ。

 

この頃、彼女は一生懸命英語を勉強していて、

結構、会話もできていたとのこと。

そのせいか、ちょっと込み入った日本語よりも、

シンプルな英語の方がよくわかることもある。

 

いったい頭の中の時間軸がどうなっているのか

さっぱりわからない。

 

でも、どうやら人生でいちばん楽しい時期だったようで、

基本的には、この20代前半のイメージが

自分を自分たらしめていることは確かだ。

 

言い換えると、この頃の記憶が、

彼女のアイデンティティに繋がっている。

 

認知症も人によっていろんな症状があるし、

いろんな進行の段階があるので、

一概には言えない。

 

ただ、どうも人間、誰が家族だったかは忘れてしまっても、

自分がいちばん自分らしく生きていた時間の記憶は

最後まで残るようだ。

 

僕やあなたが認知症になったら、

いったいどの時間の、どういう記憶が残るのだろうか。

 

社会的制約をあまり受けず、

家族に煩わされることもなく、

いつも自由に、自分らしく生きていたら、

記憶が抜け落ちたりはしないのだろうか?

 

義母と付き合っていると、

生き方についてのヒントを

与えられているような気になる。

 


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ホームページに心のこもったお手入れを

 

こういうテーマで取材するところを探しているけど、

どこか適格な会社はないか?

 

今度、話を聞く会社はどんなところか?

 

・・・てな感じで、仕事柄、割と頻繁に

ちこちの会社や団体、お店などのホームページを見る。

 

ざっとした全体の印象として、5年ほど前よりだいぶ変った。

この5年くらいの間にリメイクしたところも多いのではないか?

 

無料作成ツールもたくさんリリースされ、利用し放題。

無料とは言っても、載せる内容がしっかりしていれば、

ちゃんと作り込め、訪問者にPRできる。

こういうところは、本当に便利でいい時代になった。

 

その分、年季の入ったホームページが気になる。

いや、べつに古いことが悪いわけではない。

もう随分更新されてないな、

お手入れもしてないな、

ほったらかしだな、とわかってしまうのが結構多いのだ。

 

付随されているブログを見て、

最後の記事がもう数年前の日付だったりすると、

この会社・団体・お店はまだ存在しているのか、

まともに稼働しているのか、

疑ってしまう。

 

最近は情報発信はSNSで、というところも多いので、

ホームページの扱いはぞんざいになっているのだろうか?

 

だけど個人ならともかく、

会社や公共団体がSNSオンリーでいいのか?

ホームページはやっぱり社会の見せる顔であるはずだ。

マーケティングに有効かどうか以前の問題である。

 

時折、ふと気になって、

以前、懇意にしていた幾つかの会社の

ホームページを覗いてみると、

10年ほど前と同じ状態なのを発見する。

時が止まっている。

心にピューと木枯らしが吹き荒れる。

 

立派だったり、見た目すごくカッコいい必要はありません。

でも、ちゃんと社会的な活動をしているのなら、

今の時代、中身のしっかりした、面白くて、

人柄(会社柄?)の伝わるホームページを出してほしい。

 

やっているところは、製作者がたった一人でも

素晴らしいのを作っています。

 

必要ならお手伝いしますよ。

 


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もう「これまでのオリンピック」は無理だ

 

●今さらなんで?の会場変更

東京オリンピックのマラソン・競歩の会場が

札幌になるらしい。

夕方のニュースでは、バッハIOC会長が出てきて「決定」と

告げていた。

有無を言わさず、という雰囲気だった。

ひどい話だが、この決定がひっくり返ることは99%ないだろう。

 

気温・湿度の条件が似通っている

カタールの世界大会で4割の選手が棄権したことが

変更のおもな原因らしい。

 

ラグビーワールドカップで何試合か中止になったこともあるので、

台風襲来のリスクも考えあわせたのかもしれないが、

やはり懸念のメインは猛暑だろう。

 

もちろん、がんばって暑さ対策は進められ、

スタート時間を早朝にするといった工夫は重ねられていた。

 

しかし、もし当日が真夏日、ヘタして猛暑日となったら、

選手、スタッフ、観衆・・・ひとりも倒れることなく、

無事に競技が済むとは考え難い。

正直、IOCの決断は賢明だと思う。

 

にしても、なんで今さら・・・だ。

 

●温暖化現象で北半球の夏季五輪はNG

そもそも開催地選定の時点で、

こういうことは検討の対象にならなかったのか?

 

あの時、10月でなく7・8月にやると聞いて、

喜ぶよりも仰天し、

熱中症で死者が出ることを心配したのは、僕ひとりではないだろう。

 

そこまでしてオリンピックをやる必要があるのか?と思った。

というか、今でも思ってる。

 

本当に無茶苦茶な話だけど、

IOCも考えを変えざるを得ない状況になったのかもしれない。

 

開催地決定は確か2013年。

あれから6年の間に、異常気象、地球温暖化の影響は、

世界中で軽視できない状態に進展してきた。

 

日本はもちろん、涼しいはずのヨーロッパでも、

40℃超の熱波に何度も襲われている。

 

それを考えると、東京だけでなく、

もう北半球の都市で夏のオリンピックを開くのは難しいんでないの?

昔のように10月とかにできんのかいな?

 

●残念ながら、リスク回避は妥当

来年は冷夏になるという可能性だってあるし、

札幌が協議当日、真夏日・猛暑日になる可能性だってある。

 

けど、選手・観衆・スタッフの抱えるリスクを考えると、

もう納得するしかないと思う。

猛暑だけでなく、台風のリスクもある。

 

花形競技であり、都市の景観を世界に紹介する絶好の機会であり、

クロージングに繋がる競技が、

同じ国内とはいえ、別の都市で開かれるのは

前代未聞の古都には違いない。

 

だけど、もう従来のような

オリンピック・パラリンピックの開催のしかたは

気象条件からも限界が来ているのだと思う。

 

時代は変わる。

地球も変わる。

 

マラソンを東京でやらないのは、確かにどっちらけ感が否めないけど、

もう頭を切り替えて、これまでのイメージを追い駆けず、

新しいオリンピック・パラリンピックの形を

東京2020で追究するしかない。

 


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東京ブラックホールⅡ 「老いた東京」は美しいか?

 

●夢と希望にあふれていた1964の光と闇

Nスペ「東京ブラックホールⅡ」を観た。

10月13日(日)と16日(水)※15日深夜 の放送。

 

一昨年(2017年)8月放送の

「戦後ゼロ年 東京ブラックホール」は

タイトル通り、戦後直後の東京を描いていた。

 

それに対し、回はそれから約20年後。

人口1000万人の巨大都市に育ち、

高度経済成長の最中の

「日本が最も夢と希望にあふれていた年」と

持ち上げられることが多い1964年。

前回の東京オリンピックの年だ。

 

もういろんな人が言ってるけど、

「最も夢と希望にあふれていた」というのは、

半分真実、半分欺瞞。

結局、社会の内情は現代とさして変わらない。

 

変わったのは、現在は外国人労働者などに頼っている

底辺の労働力を、

55年前は地方の農村からの出稼ぎ労働者や集団就職の若者

(東京の場合は東北地方からが多い)が担っていたということ。

 

オリンピック開催を迎えて

好景気に沸く東京。

仕事はいくらでもあったようだ。

 

●過酷な労働環境

産業振興・経済発展が優先された時代なので、

労働時間の長さ・過酷さは現代の比ではない。

 

パワハラ、セクハラはもちろん、

カローシなんて言葉もない、

 

つまり概念として存在してないから、

実質的な過労死者も、当たり前のように続出していたようだ。

人権なんかも現実問題として、どれくらい認められていたか怪しい。

 

ここで働いていた若者たちというのは、

現在の70代以上の人たちだ。

 

僕が子どもの頃や若い頃、

周囲の大人はみんな口をそろえて、

「世の中きれいごとじゃねえ」と言っていた。

 

こんなドキュメンタリーを見ると、なるほどと頷かざるを得ない。

「よくぞかこんな世界の中で生き残り、生き延びてきましたね」

と、改めて頭が下がる思いがする。

 

番組内のナレーションでも語られている通り、

光が眩しい分、影も濃いのだ。

その舞台裏がいかにひどかったか、

国の体面のために、いかに多くの人たちが

悲惨な目にあったか。

 

オリンピック応援団のNHKが、

これだけ前回のオリンピックに対して

批判的な表現ができるというのも、

ちょっと面白いし、安心できる気がする。

 

●ドラマ+ドキュメンタリー×合成映像

この番組はドラマ仕掛けの基本的にドキュメンタリーだ。

山田孝之演じる主人公は、2019年に生きる若者。

売れないマンガ家で、アルバイトで食いつないでいるという設定。

 

その彼が過去にタイムスリップし、彼の視点で1964が描かれる。

俳優以外はすべて本物の映像が使われている。

「戦後ゼロ年」の時も驚いたが、 

よくこれだけ貴重な記録映像を集めてきたものだ。

 

それを優れた技術で、俳優の演技部分を合成させており、

ほとんど違和感を感じさせない。

 

こういうところもさすがNHK、

さすがNスペと、素直に感心した。

 

ドラマの部分は、あくまでドキュメンタリーを見せるための

演出手段なので、かなり大ざっぱなつくりだが、

ラストシーンはとても良かった。

 

現代に戻った主人公は2020年になり、

自分の作品(マンガ)を発表。

それを抱えて都内のあるバーに行く。

 

バーは「KOYUKI」という店名だ。

主人公はそのオーナーと1964年に出会っていた。

秋田からやってきた、昼間は団子屋の娘、

夜はバーテンダーとして働く女の子。

彼女は自分の店を出すのが夢で、

彼は自分のマンガを出すのが夢で、

淡い恋愛もあった。

 

彼は自分のマンガをその夢をかなえた女に

プレゼントし、ドラマは締め括られる。

 

タイムスリップものにはよくある設定だが、

こうしたSF風抒情的なシーンには

滅法弱いので、つい涙ぐむ。

 

●今、はるかに生活環境はよくなったけど

「年老いた小雪さんは美しかった。

年老いた東京は・・・美しいだろうか?」

 

主人公のモノローグで物語は締めくくられる。

「年老いた東京」というのは新鮮な響きがあった。

 

55年前より、はるかに衛生的で、はるかに安全で、

はるかに豊かで、はるかに便利で、

はるかに命も人権も重んじられるようになった東京、日本。

 

本当はありがたく思うべきなのだろうが、

それがイコール幸福に繋がるかというと、

そうならないのが人間のやっかいなところ。

 

はるかに生活環境はよくなったものの、

年老いた東京、日本。

 

ちなみに1964年の平均年齢は29歳。

現在は45歳。

16歳も若かった55年前。

 

「2020東京」は「1964東京」ほどの熱狂は起こさないだろう。

また、起こす必要もないと思う。

 

ビッグイベントに頼っても、年老いた東京は若返らない。

人の心を根っこから揺り動かすことはできない。

そんな時代はもう終わっている。

 

東京を、日本を若返られせるのは、ひとりひとりが抱く

新しい夢の形だ。

 

でも、それがなかなか見えてこないので、

みんな、じんわりと息苦しい。

 


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数字偏重社会の中の「ほどほど」失言

 

また出た。

自民党の二階幹事長が、15日の記者会見で

今回の台風19号の被害について

「ほどほどには収まった」と発言。、

もちろん大批判の的になった。

 

今日、この発言は撤回されらしいが、

なんで性懲りもなく、政治家はこんな失言をするのか。

でも、僕もこういう類のことを言ってしまうかもしれないと思った。

 

べつに二階さんを弁護するわけじゃないけど、

数字偏重社会で、数字ばっかり見る癖がついてると、

自分は絶対こんことは言わない!と言い切れる自信はない。

 

19号の襲来前、気象庁から昭和33年の

「狩野川台風」の情報が引き合いに出され、

その死傷者数が「1200人」とされていた。

 

だからその4桁の数字が頭の中にインプットされていて、

それに比べれば「ほどほど」だったり、

もっと言ってしまうと「大したことなかった」と

内心思ってしまっても、何ら不思議ではない。

 

そこには数字だけがあって、被災者ひとりひとり、

あるいはその家族、周囲の関わりの深い人たちの

人間の顔が見えてない。

 

仕事などで「数字はウソをつかない」と言って、

数字ばかり追い駆けてると、

二階さんのような思考回路になっていき、

そこからとんでもない失言が飛び出してしまう。

にしても、自分の発言に責任なさすぎだけど。

 

世の中を理解するのに

数字、データが重宝されるのはしかたないと思うけど、

同時にその数字の裏にある人の顔を忘れないようにしたい。

 

1日1回は、自分の好きな人、大切な人、

思い出に残っている人、

あんまり世の中の役には立たないけど面白い人

などの顔を思い浮かべて

脳みそが数字まみれにならないようにしよう。

 


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複業したい人にAnother works  企業と個人が直接契約

 

働き方改革だ、労働時間短縮だと言っても、

休みが増えて万歳、ライフワークバランスだ万歳という人は、

実際のところ、そんなに多くありません。

 

ぶっちゃけ、収入減って困った~!

という人が多いのではないでしょうか?

 

そんな人に副業でなく、複業。

文字通り、複数の業務をこなすこと。

 

これから日本は副業社会になる。

かどうかはわからないけど、

こうした働き方を目指す人が増えるのは確実。

 

しかし、複業をしたいけど何をすればいいか分からない、

案件がない、紹介会社から案件が来ない、、

といった業務委託の案件を探す人が抱える悩みを解決する

サイトが登場しました。

 

それが「Another Works」です。

 

「Another works」は、複業をしたい人と

複業人材を採用したい企業を繋ぐマッチングプラットフォーム。

複業したいユーザーは、登録・利用料も無料で

複業先を自由に探すことができます。

 

登録はFacebook経由で簡単ラクラク。

リリース3ヶ月でユーザーは1,200名を超え、

右肩上がりに伸びています。

また、Yahoo!など多くのメディアへの掲載実績があり、

認知が一気に拡がっています。

 

フリーランスはもちろん、正社員でも会社で許されているならOK。

職種はエンジニア、マーケター、デザイナー、営業、ライター、

広報人事などが対象。

 

求人に対して、自ら能動的にメッセージやエントリーもできます

報酬面に関しては、企業と個人との直接契約という点が圧倒的な魅力。

仲介サービスへのマージンがないので報酬の目減りがなく、

自由に条件面を企業と調整できます。

 

求人の職種を特化させていないため、全職種の人が登録可能。

例えば、違う職種にチャレンジしたい人や

週末だけ地方の案件を受けたいなど、思うままに仕事ができるとのこと。

 

「複業社会を当たり前にする」というコンセプトのもと、

生まれた「Anolther Works」。

僕もさっそく登録して、随時、このブログを通して

レポートを書きたいと思っています。

 


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最強台風19号と地球温暖化問題

 

●地球環境を犠牲にしてもいいのか

グリーンピースやシーシェパードのような

エコテロリズムのイメージが強いせいで、

正直、環境保護団体とか、

熱烈に環境保護を訴える人物には

あまり良いイメージを持っていない。

 

先日、国連の「気候行動サミット」で、

各国首脳に温暖化対策への緊急行動を訴えた

グレタ・トゥンベリさんに対しても、

かなり斜め見していた。

 

環境保護を訴える人。団体の言うことは

だいたい同じだ。

 

「経済発展のために地球環境を犠牲にしてもいいのか。

他の生きものの住処・生きる権利を奪っていいのか」

 

それに対して、僕は、そして、おそらく多くの人は

「人間の幸福の追求のためには、ある程度しかたないじゃん」と

心の中で反論する。

 

さらに、グレタさんのような先進国(彼女はスウェーデン人)の

若者に対しては、

 

「きみらも豊かな国の、豊かな生活の

ありがたい恩恵を受けて育ってきたんでしょ」と。

 

「理想論やきれいごとは誰にでも言える」と。

 

しかし同時に、それは心のどこかにある罪悪感の表れ

かも知れない、とも思う。

 

すべて温暖化のせいにはできないかもしれない。

けれども、何かじわじわと、世代を超えた時間をかけて、

地球からの制裁を受けているような気になる。

 

●台風19号の衝撃

ずいぶん前から極地で氷山が溶けたり、

環境の変化で獲物を獲れbなくなったシロクマが

餓死していく映像を見たりしていたが、

「こういう現実も地球のどこかであるんだな」と、

あくまでそれは他人事だった。

だから、見ないふりをしていた。

 

今回の台風19号では幸い、

僕の住んでいる地域では大した被害がなかったので、

やっぱり他人事には違いない。

 

それで被害にあった人には申し訳ないなという気持ちを

若干だけど抱きながら、考えてみる。

 

環境破壊・地球温暖化の因果関係を

はっきり証明できる専門知識を、僕は持ってない。

けれどもやっぱり、あるんだろうと感じざるを得ない。

 

19号だけでなく、今年頻発した台風も、夏の猛暑も。

また、日本だけでなく、世界各地で起きている、

命を脅かすほどの異常気象も。

 

すべて温暖化のせいにはできないかもしれない。

けれども、何かじわじわと、世代を超えた時間をかけて、

地球からの制裁を受けているような気になる。

 

日本人にとってこの19号は、

首都圏の交通がストップし、

ほとんどの会社や店も休むという、

従来のゆるい対応とは違う変化が見られた。

 

もしかしら、これをきっかけに

環境・温暖化対策の新しい対応が起こるのかもしれない。、

 

●繁栄のケツを拭う時代?

とはいえ、せっかく手に入れた

(と言っても自分が日本の経済発展に貢献したわけではないが)

豊かな生活・便利な生活を

手放す気にはなれない。

 

今まさに経済発展中の国、

これから蔦かな生活を築こうとしている国の人たちは

なおさらだ。

彼らの多くは「地球環境よりも人間の幸福だ」

と考えるだろう。

そして、

「すでに豊かになった国の連中が、

それを阻害する権利はない」とも。

 

こうなるともう何も言えない。

どうすればいいのか?

どうすれば20世紀の繁栄のケツを拭えるのか?

僕らの100年ライフの後半に与えられた

課題なんだろうかと思う。

僕ら生きている間に、解決の糸口はつかめるのだろうか?

 


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冠婚葬祭のお客さんの送迎にラピドのジャンボタクシー/ワゴンタクシー

 

★「移動問題」は式の印象を左右する

最近は親しい人たちだけで行う

小さな結婚式やお葬式が増えてきました。

 

東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県で挙げる

小さくても心のこもった冠婚葬祭。

来た人みんなに「よいお式だった」と言われたいですよね。

 

でもそこで意外と問題になるのが、

お客さんの移動です。

 

最寄りの駅から会場が離れているとか、

大きな荷物を持ってこられるとか、

家族一同まとまった人数で来られるとか、

遠方からみえるので、

できれば空港やホテルまで迎えたいとか。

 

お客さんを移動させるのって、けっこう厄介で

呼ぶ側としては気を遣います。

 

そして、移動するときに不愉快な思いをすると、

心のこもった良いお式の印象も悪くなり、、

せっかくの心遣いが台なしになってしまうこともあるのです。

 

あなた自身もそんな体験をしたことはありませんか?

 

 

★車両もドライバーも好印象でお得なラピド

バスを貸し切らなきゃいけないほどの人数じゃない。

かといって普通の乗用車タイプのタクシーを

何台も呼ぶのは非効率で高くつく。

さあ、どうしよう?

 

そんな人たちにおすすめはラピドの

ジャンボタクシー/ワゴンタクシーがおすすめです。

 

ラピドのジャンボタクシー/ワゴンタクシーなら

最大9人までOK。

どの車も乗り心地抜群のゆったり空間です。

 

そんな車を運転するドライバーは、

経験豊富で安全運転第一。

健康チェックもしっかりやってます。

 

そして運転の腕前はもちろん、

乗客ファーストのホスピタリティを備えているので、

安心・安全、気持ちよく移動できます。

 

料金は距離メーターでなく、

時間単位(2時間~)なので、お得で安心。

 

駅から会場までのピストン運行などもOK。

大きな荷物があってもOK。

冠婚葬祭以外にも、空港送迎や観光など、

いろんな場面で利用ができます。

 

ラピドのジャンボタクシー/ワゴンタクシーを利用して、

お客さんが満足・納得できるお式を。

そして、あなたの心に残る人生の1シーンを。

 


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あなたの会社・製品・サービスもテレビ番でPR

 

★「テレビでPRはムリ」は昔の常識

製品を、サービスを、テレビなんかでPRしたいけど・・・

うちみたいな中小じゃ無理だよね。

 

いやぁ社長、広報部長、事業本部長、

あるいは個人事業のあなた、

そのお考えはひと昔前の常識ですよ。

 

テレビの情報バラエティ系の番組、見てますか?

いまテレビ局の製作スタッフは、

視聴者=消費者が得するビジネスネタ、

面白い企業や商売のネタを探して、

毎日、血眼になって

インターネットを検索しているんです。

 

え? でもどうやってアプローチしていいか、わからない?

SNSもブログもいっぱいやって発信してるけど反応なし?

やっぱ難しいじゃーん。

 

だいじょうぶ!

難しくなんかありません。

SeeSeedS(シーシーズ)を使ってみましょう。

 

 

★中小企業・個人事業主とメディア業界の出会い系サイト

SeeSeedS(シーシーズ)? なにそれ?

 

「PRしたいが予算が無い、手段が分からない企業」と

「ネタを探しているメディア(TV局)」をつなぐ情報サイトです。

 

要するに中小企業・個人事業主と

メディア業界の出会い系サイトみたいなもの?

 

そう思っていただけるとわかりやすい。

㈱スカイシーズが運営する

SeeSeedS(シーシーズ)には5つの特徴があります。

 

★5つの特徴=5つのベネフィット

 

▼特徴1「未上場企業限定」

大手企業の情報と違い、

なかなかメディアへ入ってこない

中小企業の情報をまとめることで、

ローカルなネタ、ニッチなネタを探す

メディア(TV局)にとっても便利なサイトです。

 

▼特徴2「成果報酬なし」

一般的なPR会社に依頼すると、

メディアから取材が入った場合、

成果報酬は当たり前。

でも、SeeSeedSまらこれが発生しません。

 

▼特徴3「手ごろな掲載料」

より多くの方に始めてもらえるよう、

月額掲載料を4万円(税別)と低めの価格に設定。

ただし年間契約となっています。

 

▼特徴4「年12回まで記事投稿OK」

年間12回まで、好きなタイミングで

記事、写真、動画を投稿できます。

 

▼特徴5「実績」

総合広告代理店として

全国のTV局との取引実績がある会社が運営してるので、

サイトの認知、信頼感につながっています。

 

 

★気軽に、低価格でできる広告として効果的

もしもあなたが中小企業の広報・PR担当者、

もしくは個人事業主なら

気軽に、低価格でできる広告メニューを探してるはず。

 

チラシやフリーペーパーへの広告出稿よりも

ぐんと効果の高いメディア(TV局)を通してのPR。

 

手の届かない高根の花だったのは、もう昔話です。

 

「無理だ」「難しい」という過去の常識を吹き飛ばし、

ぜひ、SeeSeedS(シーシーズ)を使って

チャレンジしてみましょう。

 


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未来のために、太陽光発電を初期費用ゼロで導入のチャンス ㈱アンフィニのソーラーリーシング(ジャパン電力)

 

新耐震基準を満たしている

「太陽光パネルの設置に適した環境がある」

「10年間の電力供給契約を結ぶこと」

「発電状況を送信するために、ウェブ通信環境の使用を許可する」

 

もしもあなたが新耐震基準を満たしている住宅のオーナーで、

この3つの条件をクリアできれば、

「初期費用ゼロ円」で太陽光発電設備を設置することができます。

 

加えて、月々の電気料金が削減できます。

例として、4人家族・1ヵ月の電気代が10,000円の家庭の場合、

月々1,500円程の削減が見込めます。

 

また災害時には停電に対する予備電源としての使用が可能なので、

緊急時の備えとしても利用できます。

 

今まで太陽光発電導入のネックだった

初期費用が「ゼロ」というのは大きい。

 

 

 

 

この㈱アンフィニは、

日本で最大級の生産工場を持つ

パネルメーカーで、

全国での電力販売実績を備えた小売電気事業者。

 

そのため自社で設計・提案・供給まで100パーセント、

行うことの出来るのです。

こんな会社、こんな企画は日本ではまだ超レア。

 

どうですか、住宅オーナー。

自分の生活と、エネルギー問題の未来のために、

ぜひとも考えてみてください。

 


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超バランスゾーンでネッコネコ

 

善福寺川緑地にいるのは、

アンバランスゾーンの生物だけではない。

こんなバランスの取れた生物も。

 

巨木の根っこの合間に、

見事なバランスで納まったネコ。

根っことネコで、ネッコネコ。

ぴったりはまって気持ちいいにゃ~。

 

お散歩にやってきたイヌたちを

ゆったりと見つめている。

ニャンとも平和な夕刻の秋の情景。

 

「よござんすか?」と訊くと、

「ニャ~」と言うので、

許可を得て1枚撮らせて戴いた。

 

根っこがあると安心・安定して余裕が生まれるのか、

地球ほども心の広いネコでもある。

 


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善福寺川緑地アンバランス生物との記念撮影

 

善福寺緑地アンバランスゾーンに生息する

謎の生物を遂に捕獲。

 

「こわいよ、こわいよ」と言って逃げ惑う義母を

説き伏せて、

無理やりシャッターを切らせる。

 

「わかんない、できない」と言ってた割には

なかなかグッドな撮影。

 

どや!

 

しかし、を地球の平和と宇宙のバランスを保つため、

写真撮影だけにとどめ、

引き続き観察活動をすることにする。

 

見れば見るほど不気味な風貌だが、

この雨の夜、やつはどうやって過ごすのだろう?

 

異次元をトリップして、

僕の夢に入り込んできたらどうしよう?

 

おお、こわ。

 


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オバQヒーリング

 

★オバケのQ太郎大全集

「ドラえもん」じゃなくて「オバQ」のファンである。

近所の高井戸図書館にはYA(ヤングアダルト)向けに

往年の名作漫画の全集が置いてあり、

ちょこちょこ「藤子・F・不二雄大全集」を借りて読んでいる。

 

この「オバケのQ太郎大全集」は確か12巻まであって、

少年サンデーに連載されていたものをはじめ、

小学館の学習雑誌などに載ってたもの網羅されている。

 

そんなに昔のマンガを読みたいとは思わないが、

「オバQ」と赤塚不二夫の「おそ松くん」は別格で、

いま読んでも面白いと思う。

 

★元気回復・食欲回復の特効薬

この間、胃腸の具合の悪くなった時、

なんとか仕事を済ませると、

布団にもぐりこんでオバQを読んでいた。

 

何といっても、おおらかで可愛くて、

ドラえもんにはない楽しさがある。

 

とくにQちゃんがちゃぶ台(この時代は普通)で

きちんと正座して、おいしそうに

ごはんをパクパク食べてる絵が最高である。

 

ラーメンという食べ物を初めて知ったのも、

ラーメン大好きキャラの小池さんに

出会ってからだ。

 

オバQを読んでたら、

ストレスがすーっと消えていって

元気を取り戻し、食欲が回復してくる。

 

そういえば、子どもの頃も病気をすると、

布団の中で「おそ松くん」と「オバQ」を読んでいた。

弱った時の回復マニュアルは変わらない。

 

★トキワ荘コンプレックス

この全集には、僕が読んでない話

(1960年代半ばごろのサンデー掲載分)も結構多い。

というか、よく考えたら

テレビアニメは毎週見てたけど、

雑誌の原作の方はあんまり読んでいなかった。

 

古い絵柄を見ていると、相棒の藤子不二雄Aさん、

加えて、トキワ荘の仲間だった石ノ森章太郎さんや

赤塚不二夫さんのテイストも混じってて、

懐かしくて賑やかで、妙に新鮮だ。

 

★「女学生の友」の「オバケのP子日記」

それから番外編として「オバケのP子日記」も

載っている。

こちらはQ太郎の妹のP子ちゃんが主人公だ。

 

小学館が出していた「女学生の友」という雑誌に

連載されていて、これは中高生の女の子が読者だった。

P子ちゃんが界外留学(オバケ界➔人間界)で

ホームステイするのが、その中高生と思しき

ユカリちゃんという女の子の家。

 

ユカリちゃんはおっちょこちょいでトボケてて、

夢見る少女という、なかなか可愛くて魅力的な

キャラクターだ。

 

幼稚園・小学生相手のオバQと比べて

話題がちょっと大人っぽく(?)、

恋愛やらダイエットやら留学のことなどで

悩んでいるユカリちゃんを見て、

P子ちゃんが助けよう、お手伝いしようと

奮闘する筋立てだ。

 

これは初めて読んだのでひどく新鮮だった。

そして、女性の関心は今も昔も変わらないのと、

読んでいた女学生の多く(1966年頃の掲載)は

そろそろばあちゃんになるんだなと思うと、

妙に感慨深いものがあった。

 


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千葉大停電と原発モンスターの歴史から、 電力自前調達・地域調達の必要性を考える

 

★成熟して腐り始めた電力産業

頭の中で、今月の関西電力⇔高浜町の元助役と、

先月の千葉の大停電と、8年前の3・11、

福島第一原発の事故が、グルグルとリンクしている。

 

僕たちの生活を豊かに、便利にしてくれる

電気というエネルギーの歴史は、

まだ150年に満たない。

社会のインフラとして欠かせない存在になったのは、

せいぜい戦後から。

この70年ちょっとのことだろう。

 

何でもそうだが、その技術・産業が誕生し、

成長する過程では、人は感動を持って見つめ、

恩恵を感じ、その成長・成熟を祝う。

 

しかしいったん産業として成熟し、

あって当たり前のものとなり、

大規模ビジネス化してくると、

その裏でいろんな負のドラマが生まれる。

 

★元助役の調脅し文句と、電力会社の罪悪感

関西電力と元助役の、歪んだ、醜悪な関係は

その象徴的なものだ。

 

金品を贈り続け、拒めば

「お前の家にダンプを突っ込ませる」

「娘がどうなってもいいんだな」なんて、

 

今時、ヤクザでも口にしない、

ほとんど昭和の劇画みたいな脅し文句が出たという。

 

そんなセリフを吐き、金をつかませたのは、

「俺たちはいつまでも一蓮托生、運命共同体。

裏切るなよ」

とでも表現したかったからなのか。

 

その劇画調のセリフは役員らの胸にいたく響いた。

負い目というか、罪悪感があるからだ。

「モンスターを住まわせてもらっている」

という潜在的な罪悪感。

 

両者の関係を結ぶのは、モンスター――原発だ。

元助役は原発誘致の中心人物だった。

大クライアントと業者の関係。

 

そして町の人たちにとっては、

原発マネーで町をお金持ちにしてくれた功労者。

いわば地元の英雄的存在だ。

 

★昭和の貧しさを救った原発誘致と、平成の原発事故の衝撃

そんな立場にあった人が晩節を迎えた時期、

8年前の東日本大震災における

福島第一原発の事故、

そしてその後、ゴーストタウン化してしまった

双葉町の惨状を見て、

いったい何を思っていたのだろうか?

 

半世紀間の裕福な暮らしと引き換えに、

故郷を失ってしまった人たちの気持ちを

どう捉えたのだろうか?

 

昭和の経済成長時代、原発は必要悪と言われた。

双葉町や高浜町のような地域は、

日本中、原発の数だけある。

 

そしておそらく、そのすべてが

原発建設前は、人口密度の低い辺境で、

とても貧しい地域だった。

 

危険であることはわかっていた。

けれども見返りは大きい。

 

貧しさから脱したい、豊かになりたい。

「安全だよ」という電力会社の言葉、

国の言葉を信じよう。

もう信じるしかない。

 

貧しさから脱するために原発を招き入れた。

原発マネーで街づくりが行われ、

人々は裕福になり、めでたし、めでたしとなった。

 

昭和の時代はそれでよかった。

誰もそれを非難はできない。

けれどもスト―リーは続く。

 

3・11で時代が一気に変ってしまった。

多くの日本人の心はもう原発から離れている。

もはや原発の役割は終わっている。

 

★新しい電力とのつきあい方

それとともに大手電力会社の役割も

これからゆっくりと終わっていくのではないかと思う。

 

あの千葉の大停電の状態を見ると、

電気の供給を大手電力会社のみに頼るのは

あまりにリスクが高い。

 

ソーラーなど自然発電の技術が上がっており、

ベンチャーの小さな電力会社も起業している。

 

だから災害のような非常時には、

各家庭・個人レベルでも、当面必要な電気を、

自前で調達できるようなシステムを

作らないと駄目なのではないだろうか。

 

たとえば自宅、集合住宅にはすべて

ソーラーパネルの設置と簡単な発電装置を

義務付けるとか、

 

あるいは地域の公共施設などに発電装置を設けて、

生活に必要な分の電気くらいは、いつでもそこで充電できるとか。

 

そういうことでもしないと、

盛んに喧伝されているスマート社会など、

絵に描いたモチである。

 

何でもかんでも電気で動く社会だからこそ、

150年の「歴史を踏まえて、

電気というエネルギー、

そのお世話になる生活のことを

丁寧に考えていかなくては、と思う。

 

関西電力の問題がそんなことを考えさせてくれた。

 


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善福寺川緑地アンバランスゾーンの未確認生物

 

夕刻の善福寺側緑地で謎の生物発見。

全長約1メートル。

ぱっと見た目、巨大なローストチキンが転がってるように見えた。

角度を変えると、浜辺に打ち上げられた深海の巨大イカにも見える。

そしてまたっ角度を変えると、

水鳥の首が付いているように見える。

 

そしてよく見ると、背中にはドングリがいっぱい乗っかっている。

いずれにしても不気味だ。

一体何のために、やつはこの原っぱに横たわっているのか?

何のために存在しているのか?

対話を試みても反応しない。

 

しかし、日が暮れて周囲が漆黒の闇に包まれる頃、

やつは動き出し、宇宙との交信を始める・・・のかも知れない。

 


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はげる女

 

「ちぢむ男」に続いて「はげる女」という

物語のタイトルが思い浮かんだ。

なかなかインパクトあるでしょ?

ちょっと女の人には嫌われそうだけど。

 

中身は何にも考えてないけど、

この4文字の中にドラマを感じてしまう。

「はげる女」。味わい深い。

 

冗談ではなく、はげる女は増えているようだ。

一つの要因としてはストレス。

 

もう一つの要因は、

どうもシャンプーのし過ぎにあるらしい。

「洗わないと匂うよ、フケ出るよ、ベタつくよ」と

コマーシャルで潜在的に脅されて、

毎朝、朝シャンやってた人も多いのではないだろうか?

 

ごしごしシャンプーして脂を落としたところに、

リンスして別の脂でコーティングするという所為を

繰り返してきたが、加齢するとそれが仇になって、

ハゲに繋がっているらしい。

 

そういえば、その朝シャン世代の女性で、

ハゲや、ハゲとは言わないまでも薄毛で

悩んでいる人が多いと聞く。

 

男ははげても、「何が悪い」と開き直ったり、

笑い飛ばしたりもできるが、

そういう真似ができる女の人が、そんなにいるとは思えない。

 

女ははげないというのは過去の話になってしまったようだ。

 

いったい僕たちが信じてきた美容と健康の常識とは

何だったのだろう?

 

何か面白がっているように見えるかもしれないが、

僕はやっぱり女の人には、はげてほしくない。

 

だから世の女性へ愛と笑いをこめて、

1年かけて「はげる女」を書いていきたいと思います。

 


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あなたと愛犬を安全に、やさしく結ぶハキハナハーネス

 

●首輪よりハーネスがおすすめ

あなた、まだ「犬には首輪をつける」って考えてますか?

それはちょっと古い常識かもしれません。

首輪は、まだ犬が人間の従者と見なされていた時代の

名残なのでは?、

 

今は「胴輪をつける」です。

胴輪、つまり、ハーネス。

ほら、盲導犬が付けているアレですよ。

 

どうしてこっちが常識になって来たかというと、

ハーネスのほうが犬の体にやさしいからです。

 

首輪は装着範囲が小さいので、

どうしても首や呼吸器官に負担をかけることになります。

お散歩中、勝手な方向へ行こうとする犬を

ぐいっと引っ張って、コントロールするのには

向いています。

 

●人と犬を安全という絆で結ぶハーネス

けれども、あなたの愛犬には、そうした心配は

あまりないのなら、、

ハーネスの方がおすすめです。

 

ハーネスという言葉のもう一つの意味は「安全帯」です。

目の見えない人が盲導犬と一緒に歩いているのを

見たことがありますか?

ふたり(正確には一人と一頭)の関係は対等です。

犬は人を守り、人は犬を守る。

双方を安全という絆で結ぶのがハーネスなんです。

 

●人を信頼し、仕事をする犬はハーネスを付ける

ハーネスは、もともとはソリ犬がソリを負担なく

引っ張れるように作られたものと言われています。

 

盲導犬や聴導犬、警察犬、救助犬など、

お仕事をする犬はみんなハーネスですね。

これはハーネスだと、リードを持っている人間が

犬の体全体の動きを感じやすいからです。

 

犬もそれを分かっています。

犬は、人間を信頼して仕事をする。

お互いの信頼のためにハーネスは

欠かせないツールなんです。

 

 

●獣医師が強く推奨するハキハナハーネス

そのハーネスの中でも最近、獣医師が

「犬の骨格をゆがませることがない」と、

強く推奨しているのが、

イタリア製の「ハキハナハーネス」です。

 

犬の骨格を徹底的に研究して開発されたという

ハキハナハーネスの評判は、

お医者さんやドッグトレーナーを通じてどんどん上がり、

最近、日本の愛犬家の間でもファンが急増しています。、

 

●世界27ヶ国で愛用されるハーネスの傑作

ハキハナハーネスの特徴は、自然な着け心地。

痛みや拘束感、肌への摩擦や不快感を感じさせないところ。

 

そのフィット感、装着しやすさ、デザイン性、

壊れにくさなど、さまざまな点から、

ペット先進国のヨーロッパではもちろん、

世界27ヶ国の愛犬家、ドッグトレーナー、

救助犬、警察犬などの飼い主さんから

「ハーネスの傑作」と認められ、

愛用されているんです。

 

 

●豊富なサイズと自在な長さ調節

サイズはxxxs, xxs, xs, S, M, Lと6種類。

超小型犬から大型犬まで

それぞれの犬の大きさに合わせて選べます。

 

とはいえ、同じ小型犬だって、

一頭一頭、少しずつ大きさは違いますね。、

 

ご心配なく。

ハキハナハーネスは、どのサイズも

長さの調整部が5か所あり、

あなたの愛犬の大きさに合わせ、

ぴったりフィットさせることができます。

 

そして、毛が長くなったり、短くなったり、

あるいは洋服が薄地になったり、厚地になったりして

きつくなったり、ゆるくなったとしても

それに応じて、微妙に調整することができるんですよ。

 

●おしゃれ感も抜群

また、さすがイタリア製だけあって、

カラーバリエーションが豊富でオシャレだから、

洋服に合わせて色を変えてみるのも

楽しいでしょう。

 

理想のハーネス、ハキハナハーネス。

お医者さんも、トレーナーも、

みんなが「いいよ」というハキハナハーネスを、

あなたも愛犬に試してみてください。

 

追伸:脇に食い込まないので

特に胴が長くて足が短いダックスフンドや

胸の筋肉が厚い犬におすすめできます。

 


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地球に生きる人間の数と、人間の適正な大きさについての疑問

 

今日は新しいシナリオを書いていて、

「この地球上に人間は今、何人生きているのか?」と。

「人間より大きい生き物はどれくらいいるのか?」

という2つの疑問にぶち当たった。

 

★世界の人口は77億人

1つ目の疑問は即座に調べられる。

国連広報センターのサイトの見出しには、

「世界人口の増大が鈍化。

2050年に97億人に達した後、 2100年頃に110億人で頭打ちか」とある。

 

日本では少子高齢化で人口が減る減ると騒いでいるけど、

地球レベルでは人口増加のほうが大問題――

とはよく言われている話。

 

というわけで2019年7月現在の数字を見ると、

世界の人口は77億人となっている。

 

★人口増加の大半を占める9か国

今後2050年までに

インド、ナイジェリア、パキスタン、コンゴ民主共和国、

エチオピア、タンザニア連合共和国、インドネシア、

エジプト、米国の9カ国が、

今後2050年までの世界人口の増加の大半を占めるという予測が出ている。

(ここに書いた順に増加率が高い)

 

インドは2027年頃、

中国を抜いて世界で最も人口が多い国になるようだ。

 

★人間は地球では大きい生き物なのか?

書いている話の中では、

それだけの数の、身長140~180㎝、

体重30~100キロ平均のデカい動物が

たくさんエネルギーを消費する、

現代文明スタイルの生活をしてたら、

そりゃ地球環境に深刻なダメージを与えるわな、

という議論が繰り広げられる。

 

実際には77億のうち、

現代文明スタイルの生活を送れる人は

4分の1にも満たないんだけど。

 

すると、国連が提唱するSDGsを果たすためには、

生活のダウンサイジングしかないんじゃないか。

 

国も、街も、家も、

そもそも人間の体を小さくしてしまえば、

環境にダメージの少ない

持続可能社会になるのではないか――

 

そもそも人間はこの星で文明生活するのに

適正な大きさなんだろうか?

 

というわけで、2つめの疑問が生まれ出た。

 

そりゃネズミから見ればでかいし、

象から見れば小さいのはわかってるけど、

人間の大きさって、地球レベルでは

どう考えればいいんだろう?

 

★人間より大きい生き物は何種類いるのか?

と、また調べてみたけど、

残念ながら、この疑問に対しては

まともな解答を得られるサイトはなかった。

 

意外と難問なんだ、人間の大きさって。

(てか、そんなこと、誰も気にしてない?)

 

ただ、人間より大きい生き物より、

圧倒的に小さい生き物の方が多いのは確か。

 

ゾウ、キリン、サイ、カバ、ライオン、トラ、

ウシ、ウマ、ワニ、ニシキヘビ、ゴリラ、

クジラ、サメ・・・・

 

結構いるにはいるけど、

あなたは人間より大きい生き物って、

どれくらい考えつきます?

 


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村上龍のエッセイを読んで想う「もうイメージできない別の人生」

 

村上龍のエッセイの一篇に

「自分を失うために酒を飲む。」というのがある。

 

20代の頃、作家としてデビューする前後に、

とにかく酔いたいというときがあった。

そうした欲求があった最大の理由は、

「自分を失いたい」ということだったような気がする。

 

そして、自分を失うというのは、

違う自分を見たいと言うことだった。

 

そう過去を述懐する。

 

要約すると何だか味気ないが、

妙に胸にしみる文章だった。

 

たぶん、自分も似た体験をしたからだ。

いや、“似た”どころか、そのまんまだったかもしれない。

 

飲めば飲むほど新しい自分が現れた。

新し世界に足を踏み入れた気分になった。

 

自分の可能性が広がっていく――

そんな思いにとらわれて、

演劇をやったり、モノを書いたり、

海外生活を送ったり。

 

結婚して親になったり、

親の面倒を見たりする人生を思い描いたことは

ほとんどなかった。

 

だけど結局、この30年近くそれをやってきて、

10代・20代の頃の幻想・妄想はすっかり消えた。

 

浄化されて美化されたことは都合よく憶えているけど、

不安だったり、憂鬱だったり、死にたくなったり、

嘔吐してゲロだらけになったことなんて

本当に忘れてたのだ。

 

今の0代・20代の連中は、何を、どう考えて生きているのだろう?

あと50年も60年も、もしかしたら80年も生きる時間が残ってて、

えんえんと人生が続いていくって

どんな感覚なんだろう?

もうぜんぜんわからない。

 

村上龍の件のエッセイは、こう結ぶ。

 

違う自分というのは、言い方を変えれば、

別の人生ということだ。

今は、おそらく「今の人生」を生きることだけで精一杯で、

「別の人生」をイメージする余裕がないのだろう。

 

昔は今より「よかった」ということではないが、

別の人生をイメージするという、

ある種の「解放感」が失われたのは確かだと思う。、

 

これもまたそのまんま。

ここまで歩いてきた自分としては、

共感せざるを得ない。

 

そして、解放感と引き換えに、

もう別の人生をイメージできないということは、

ある意味、とても幸福なことなのかもしれないと思う。

 

もちろん、あの頃とは別種の不安や焦りや憂鬱に

つきまとわれるのだkけど。

 


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1日3回の深呼吸

 

ここ数日、深呼吸をしていなかったのに気が付いた。

いや、数日どころか数週間?

最後に深呼吸をしたのはいつだっただろう?

なんで深呼吸を忘れていたんだろう?

 

毎日3回深呼吸すれば、

1日3回生まれ変われる。

1日3回新鮮な気持ちになれる。

 

月日の流れ、季節の移ろいは早い。

もたもたしてるな、

時間が足りんなと思ったら、

立ち止まって深呼吸。

生きる時間が倍々になる。

かも。

 


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よみがえる死者・よみがえる歌:AIの音楽

 

Nスペ「AIでよみがえる美空ひばり」を観た。

AIによってよみがえった美空ひばり(音声+映像)が

30年ぶりに新曲を披露する。

そのメイキングだ。

 

僕はべつに美空ひばりのファンではないが、

このAIの新曲「あれから」」には心を揺さぶられた。

若手作曲家のメロディに、「川の流れのように」を書いた

秋元康氏が詞を付けたものだ。

 

正直、今まで聴いた身空ひばりの歌の中で最高だと思った。

そして、AIはもう芸術の分野でもここまでできるのかと

驚愕した。

 

今、世界中でこうしたAIによるミュージシャンの再生の

試みがされているようだ。

この番組でもテレサ・テン、バディ・ホリー、

マリア・カラスなどの例が紹介されていた。

 

懐メロ趣味のおじさんみたいなセリフだけど、

やっぱり昭和の時代、海外なら1950年代半ばから

1990年代前半あたりまでの大衆音楽・

ポップミュージックは素晴らしい。

 

ものすご~く大ざっぱにいうと、

あの時代はあらゆる歌・音楽に

「もっと自由になっていいんだ」

「もっと自由に表現できるんだ」という

時代の空気がこめられていた。

 

もうああいう時代は帰らない。

ああいう楽曲群は生まれない。

 

今の若い連中もたぶん、それは認めている。

新しい曲は、必ずあの時代の音楽の影響下に作られる。

カバー曲も量産されている。

 

歌唱技術・演奏技術は進化しているので、

みんな、めちゃくちゃうまいし、感心するアレンジもたくさんあるが、

オリジナルはやっぱり30年から50年前のものがほとんどだ。

 

権利問題とかいろいろ障壁があるので、

そう簡単ではないと思うが、

こうしたAIによるミュージシャンの再生は

どんどん増えるだろう。

そしてビジネスにもなるだろう。

 

エルヴィス・プレスリー、ジョン・レノン、

デビッド・ボウイ、フレディ・マーキュリー

マイケル・ジャクソン・・・

 

AI・ロボット技術に対する

不安・猜疑はあるものの、

何よりも世界中の人々が死者たちの再来を待っている。

これからの時代、がんばっていく力を得るために

あの時代の歌・音楽を共有した人たちの心が

ミュージシャンをよみがえらせる。

 

身空ひばりの「あれから」、本当に良い曲ですよ。

 


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食欲のないお話

 

「食欲のないお話」というのは、

高校演劇でやった芝居の題名だ。

 

全ての欲望を制御した未来人たちは、

食事も錠剤一つでOK。

 

南極だか北極だかで氷漬けになっていた古代人、

つまり現代の僕らを掘り出し、

興味を持っていろいろ実験する

というSF話だった。

 

ちょっと星新一のショートショート

みたいな話だったような気がするが、

細かい所は忘れてしまった。

 

登場人物がコオリ博士だの、レイコだの、ユキノだの、

クールな連中だったことだけ憶えている。

 

なんでそんなことを思い出したかというと、

ここ数日、久しぶりに体調不良で2回ほど嘔吐。

胃がむかついて食欲がなく、

リンゴを薬代わりに食べていたからだ。

 

すりおろしたリンゴがおいしい。

ほとんど離乳食である。

リンゴが出回る季節でよかった。

 

リンゴがあれば医者いらず。

あなたもちょっと胃腸の調子を崩して

食欲が亡くなったら、

リンゴに頼ってみてください。

 

 


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ドイツ原産の愛犬に ドイツ製ペットフード「ハッピードッグ」

 

●ドイツ原産の愛犬なら、ごはんもドイツ製

 

あなたの愛犬の先祖はどこの国の生まれですか?

「故郷はドイツ」というワンちゃんは日本でも多いと思います。

 

ダックスフント、ポメラニアン、ミニチュアシュナウザーという、

可愛い人気小型犬。、

シェパード、ドーベルマン、ボクサーといった

凛々しく精悍な大型犬。

 

ドイツ原産の愛犬なら、

ごはんもドイツ製にこだわってみてはどうでしょう?

 

ペット先進国のドイツでは

フードにもこだわり、

愛犬にとってどんな食べ物がいいのか

あくなき研究が繰り返されています。

 

 

 

●Interquell社の「ハッピードッグ」

 

その一つがバイエルン州ベーリンゲンに拠点を置く

Interquell社です。

 

同社の提供するドッグフード「ハッピードッグ」は、

2009年にドイツ国内の国産プレミアムフードシェアNo.1となり、

2016年には、輸入品も含めたシェアNo.1となりました。 

 

たくさんのフードが乱立する中でのトップシェア。

これはこの会社が安易なペットビジネスに走らず、

愛犬の健康食をひたすら追究。

最新の栄養学に基づいたレシピの改良や

原材料の見直しを続け、

常に品質向上に努めた成果と言えるでしょう。

 

 

●ハッピードッグ開発ストーリー

 

Interquell社の前身はバイエルン州のミュラー家。

1765年から製粉所を代々製粉所を営んできたミュラー家は、

1950年代から自分たちの愛犬のために健康的なフードを作ろうと、

シリアルを作る技術を活かして、

シリアルとドライミートを合わせた、

最初の犬用ドライフードを開発しました。

 

そして1968年、トウモロコシフレークとドライミートによる

消化吸収性に優れたドッグフード「ハッピードッグ」が誕生しました。

 

 

●ドイツで愛されるドッグフードが日本でも買える

 

その「ハッピードッグ」は、

2013年からワールドプレミアム株式会社を通して、

日本でも買えるようになりました。、

 

2015年現在、世界67カ国で愛用されているというから

その品質は本物です。

 

発売から6年が経ち、

今、ダックスフントなどの飼い主さんの間で

人気上昇中。

 

 

●「故郷はドイツ」の愛犬にヘルシーなごちそうを

 

製品は全てバイエルン州のベーリンゲンで製造されています。

山が多い南ドイツの片田舎、

250年以上の歴史を持つ製粉所で作られるドッグフードが、

今や世界67カ国で愛用されているというから驚きです。

 

ダックスフント、ポメラニアン、シュナウザー、

ジャーマンピンシャー、、ジャーマンシェパード、

ドーベルマン、ボクサー・・・、

 

「故郷はドイツ」というワンちゃんに

ヘルシーなごちそうを。

Mahlzeit ! マールツアイト!

 


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ゴースト団地の住人たちはどこへ?

 

高齢化社会の進展とともに、日本中に

ゴーストな建物が増殖している。

 

13年ほど前まで住んでいたアパートの近くにも、

東電の社宅だったゴースト団地がある。

 

ここはかなり年季が入っている。

社宅を辞めたのはだいぶ前。

人が住まなくなってから、もう20年以上は経っていると思う。

 

特に悪いうわさは聞かなかったが、

小さいおじさんとか、この世とあの世を行き来する者が

住み着いていたのではないか?

と密かに思っていた。

 

きょうは歯医者のメンテナンスに行ったのだが

(月イチなので引越してもこっち:和泉3丁目に通っている)

帰りに前を通ったら、なんと、1週間前から解体工事が始まっていた。

 

送電線の鉄塔がデデン!立っている土地だが、

これからいったいどうなるのだろう?

 

そして、住処を失くした小さいおじさんたち

(と、勝手に決めつけている)は、

どこへ行くのだろう?

 


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死ぬまでの自由研究の時間

 

●それなりの幸福

 今の日本という国では、あなたも僕も含め、

だいたいの人が、

それなりに幸福に暮らせるようになっている。

 

「それなりの幸福」とは何か?

命が危険にさらされることが少なく、

自分は80、90まで生きられるだろう、と

漠然と予測できるからだ。

 

もちろん異論はあるだろうし、

色んな問題は山積みだけど、

少なくとも上記の意味で、

こんな社会は人類史上初めてだと思う。

 

過去と照らし合わせて、歴史的にもそうだし、

世界の他の国と比較しても間違っていないだろう。

  

●真っ白な灰になっちまったよ

 もちろん、安全や長生きに大した価値を感じない人もいる。

「いや、俺は太く、短く生きるんや!」と、

かなり無茶なことをやる人もいる。

僕の若い頃はそういう人が結構大勢いたような気がする。

 

芸術家や文学者らの間では、

のうのうと、平々凡々と長生きするより、

酒や博奕や女に溺れて、破天荒な生き方をして、

短時間で命を燃やし尽くすような人生を送るのが

美徳だったと思う。

 

まだ20歳前だった矢吹丈(あしたのジョー)の遺言は、

「真っ白な灰になっちまったよ」

 

僕もそういうのに憧れたことがあったが、

そんな度胸はからきしなかったので、やめた。

 

いいか悪いかはさておき、

平成の30年の間に、そうした破天荒な人はずいぶん減った。

 

戦争もなく、医療が発達し、社会がシステム化されて安定した。

 

子どもや若者の死亡率が高かった時は、

「人間、いつ死ぬかわからない」という気持ちが、

大多数の人々の心の中にあったので、

破天荒な生き方はカッコよく映った。

 

今だって人間、いつ死ぬかわからないのだが、

みんな、そうは思ってない。

 

というわけで、破天荒な生き方、

短時間で命を燃やし尽くす人生の価値は下がった。

それに伴い、ひとりひとりの人生はスケジュール化された。

 

●新しいタスクがスケジュールに組み込まれた

 生まれてから入学、受験、卒業、就職、結婚、出産、

子どもの成長、そしてまた入学、受験、卒業・・・・・と、

定型的な人生のスケジュールを

僕たちはこなして生きてゆく。

 

現実にそうなるかどうかはともかく、

少なくとも周囲からはそう求められるし、

自分の頭の中にもそのスケジュールのイメージが

一つのフォーマットとして設定されている。

 

さらに今、以前の時代、それまで僕たちが親しんできた世界と

大きく変わったのは、

子どもが成人・独立して以後、死ぬまでの時間がかなり伸びたことだ。

 

その死ぬまでの時間は、ここ数年で、

新たなタスクとして、人生のスケジュールに組み込まれた。

 

夏休みの宿題は一通りやり終えた。

あとは自由研究という課題が残っている、という感じ。

 

もちろん、この自由研究も

生活をしながらなので、

ごく一部を除き、僕を含め大多数の人は

まだまだお金を稼ぐ仕事をする必要がある。

 

それに事情は人それぞれだから、

家族の介護などをやらなくてはいけない人もいる。

 

そうした中で、

何でも好きにやっていいという自由研究に取り組むのは、

思いのほか難問だ。

  

●自由研究の時間こそ人生の本番

 今までのことは準備運動とか、リハーサルの類。

この自由研究の時間こそ本番であり、

人生の本質が秘められているといっても過言ではない。

 

そういう時代になった。

みんなが長生きできる社会。

幸福だけど、生き辛いパラドックスのような人生。

 

とりあえずパパッと紙に手書きで一本線を引いて、

左端に「生まれる」、右端に「死ぬ」と書く。

 

「死ぬ」がいやなら、終でも完でも了でもいい。

ENDでもFINEでもいい。

 

天皇陛下のご年齢を考えると、

令和は20年から30年。

自由研究の時間に入った方は、

この令和でどんな課題をやるのか、が問われる。

 

べつにサボりたきゃサボって

未提出ということでもいいんだけどね。

 


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ペットみたいなAI翻訳機 Perico(ペリコ)が「かわい~じゃん!」

 

●Perico(ペリコ)はおしゃべりインコ

 リアルSF時代。

ドラえもんの「ホンヤクコンニャク」に匹敵するような

自動翻訳機も当たり前になってきた。

 

それでAI翻訳機を探していたら、

「Perico(ペリコ)」という商品を見つけた。

 

ペリコってペリカンと関係あるんかいな?

と思ったら、スペイン語でインコのことだって。

 

●僕の出会ったかわいいインコ

 そのとたん、脳裏に

「かわい~じゃん!」という、

甲高くてかわいい声がよみがえった。

 

信濃町の駅から明治公園に行く途中の

アンティーク家具店に彼女はいた。

 

どんな女の子が喋っているんだろうと覗いてみると、

店先の鳥かごの中でインコが盛んにセリフを連発している。

 

「かわい~じゃん!」

 

声だけ聴いたら、アニメキャラで稼いでる声優みたいだ。

 

もうかれこれ15年くらい前の話だが、

あのインコはほんとにかわいかった。

 

 

●38か国語を瞬時に翻訳

オウム、インコ、九官鳥の類は

人間の言葉をモノマネできる。

 

おしゃべりできる鳥は飼ってて、

かわい~じゃん。

 

翻訳機に「ペリコ(インコ)」というネーミングは、

なかなかイカしてる。

 

なんだか肩にインコだかオウムだかを乗っけた、

「宝島」の海賊ジョン・シルバーをイメージする。

 

Perico(ペリコ)がいれば英語、スペイン語、フランス語、中国語、韓国語・・・

いろんな国の外国人と相対しても困らない。

 

間もなく東京2020。

オリンピック/パラリンピックイヤー。

首都圏の人たちは、街中で外国人と出くわす機会も増える。

インバウンドの需要も高まっている。

 

38か国語を瞬時に翻訳できるので、

ちょっとしたコミュニケーション、

日常会話レベルのやりとりなら、

このPerico(ペリコ)があればOKだ。

 

●東京2020が38倍楽しい

外国人観観光客がよく来るお店、

また慣れていないお店など、

Perico(ペリコ)を持っていると

何かと便利で心強い。

 

日本の文化や生活慣習から、

お店のシステムや会計方法まで、

ちゃんと言葉で説明できし、会話を楽しめる。

 

Perico(ペリコ)を活用すれば、東京2020は38倍楽しめる。

ビジネスの成果も38倍になるかも。

 

もちろん、自分が海外に行く場合は、

いっしょに連れていけるし、

語学練習にも大いに役立つ。

 

 

●Perico(ペリコ)のいる<ライフスタイル

AI翻訳機は今やスマホと同じで、

いつでもどこでもいっしょに連れ歩くもの。

Perico(ペリコ)なら、きっとあなたの素敵なペット、

楽しい相棒になる。

 

「かわい~じゃん!」も38カ国語に翻訳してみよう。

 

おしゃべりインコの力を借りて、言葉の壁を低くして、

自分の世界を広げられるといいね。

 


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2020年はSF社会の開幕年か?

 

●月2回の日本橋通い

ひと月に2回ほど、日本橋(八重洲)に詣でる。

エンディング業界(葬儀・供養・終活・高齢者ケアなど)の

業界誌・月刊仏事のライターをやっているので、

その発行元の株式会社鎌倉新書で

打ち合わせやゲラ校のチェックをする。

 

鎌倉新書は葬儀社のポータルサイト「いい葬儀」を開発。

葬儀社・石材店・仏壇手店などを

インターネットで葬儀社を選べる

メディアを作ったパイオニアで、上場企業となった。

 

小一時間で仕事を済ませ、外に出ると、

もう街中は黄昏色。

そう言えば、明日はもう彼岸の入りだ。

 

●ビジネスマン向け丸善BOOKS探検

いつも利用する東京メトロ日本橋駅B3出口は、

丸善と続いているので、時間に余裕のある時は

15分ほどブラブラ本を物色してから帰る。

 

ビジネスマン御用達の書店なので、

平月にされているのは、経済・社会分野の本が多い。

やっぱり手に取ってページをめくりたくなるのは、

ダイヤモンド社の本かなぁ。

 

●スケジュールはもう2020

地下では文房具を売っているが、

「2020」という数字がデデンとおでまし。

早くも来年の手帳コーナーが設けられている。

 

秋のお彼岸ともなれば、

ビジネスマンの脳は。すでに2020に向けて

動き出しているというわけか。

 

●2020とZOZOのSF的符号

「2020」という字の並びを見ると、

先日Yahoo!に売却された「ZOZO」を想起する。

2020とZOZO。

この符号は何かの暗喩みたいだ。、

 

記者会見でおそろいのTシャツを着ていた、

前澤さんと孫さんは、

僕には宇宙ビジネスとロボットビジネスの

SFキャラコンビに見えた。

 

●ウルトラQもあるでよ

そして2020のSFといえば、

やっぱりウルトラQのケムール人の来襲を

怖れずにはいられない。

ブオッフォッフォッフォフォ・・・

とうとう来るのか、「2020年の挑戦」が。

 

一体どんな年になるのだろう?

それまでの残り3ヶ月、

僕たちはどう準備をしていけばいいいのだろう?

 


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メイキング・オブ・ちぢむ男

 

物語のタネというのは、

結構むかしに脳の畑にまかれている。

いつも忘れた頃に芽を出すのだ。

 

きょう自分のブログの整理をしていたら、

3年前の12月、入院した母を見舞った時の文章の中に

「ちぢむ男」のテーマらしきことを書いていた。

 

(前略)

最近、母を見て僕が思うのは、人間、老いるに従い、

だんだん子供に戻っていくのかな、ということです。

 

子供の世界・視野は狭い。

それが成長につれてどんどん広がり、

大きくなっていくわけだけど

、老いるとその逆の現象が起き、

だんだん世界が縮小していく。

 

言い換えると広がりをなくす代わりに、

限りなく深化していくのかもしれない。

 

その分、この世とは異なる別の世界が

広がって見えてきて、

そちらのほうへ移行していくのかもしれません。

 

意識の中では身近にいる人間、

自分の思い入れの深い人間だけが残り、

そうでない人の存在は、血縁関係者でも、

親友だった人でも遠のいていってしまうのでしょう。

 

その人の生活の核が残る。

そしてさらに進むと、さらにそれが絞り込まれ、

その人の“生”の核が残る。

 

 

今、認知症の義母を見ていても、同じことを思う。

人生100年と言われながらも、

人間、体裁のいい社会人として、

まともに活動をしていられる時間は、

実はそう長くない。

 

「ちぢむ男」のラストは、

いったん、元のサイズに戻った主人公の男が、

息子の成長を確認すると、

今度は急速な勢いで限りなく縮んでいく。

 

最後は消失同然なほど超ミクロ化して、

地球の細胞の一つに化すという結末を用意している。

 

いわば自分の理想のエンディングを暗喩したものだが、

予定通りに行くかどうかは、書いてみないとわからない。

 


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ちぢむ男と、小さいおじさんと、Now いい Life

 

なぜか身長17センチに縮んでしまった中高年の男たち。

縮んでしまったのはチヂミを食べたせいか?

彼らの人生は、そんなダジャレみたいなものだったのか?

 

とにかく彼らは家族や子どもが暮らしている、

慣れ親しんだ、かつての「大きな世界」に別れを告げ、

新たな「小さな世界」でユートピアを目指して旅する。

 

そのカギを握るのは謎のフィクサー

「ビッグヘッド和田」という人物。

 

今年のコンペラジオドラマに向けて脚本

「ちちむ男」の執筆開始。

「ウルトラQ」的アンバランスゾーンの物語。

になる予定。

 

で、そのネタのヒントが大宮八幡宮に生息すると言われる

なそのパワー小人「小さいおじさん」。

なぜか子供にしか見えないという「小さいおじさん」は、

この神宮のパワースポット人気に一役買っているらしい。

 

でも、方南通りを挟んで入口の向かいにある、

この電柱広告の結婚相談所は、豊島区にある会社だ。

株式会社「ナウい」なんて、

ふざけた会社名だと思ったので、

ちょっとホームページを覗いてみた。

 

無縁社会を解決 Now いい Lifeを提供する会社。

おひとり様の結婚・育児・住居・生活支援を行う

「御用聞き型少子高齢化対策」のリーディングカンパニー。

 

とある。なかなかいいスローガンだ。

ちょっと気になる。

「小さいおじさん」の名に恥じない活躍をしてほしい。

 


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幸福撫でがえるで、人生みちガエル

 

いきカエル。

よみガエル。

人生カエル。

 

幸福(しあわせ)撫でがえるが、

大宮八幡宮に生息している。

 

千年ガマかと思えるほど、でかいカエルである。

しかし、その正体は石である。

カエル型の石。

うーん、そう言われると、カエルに見えなくもない。

 

この石をなでなでする。

すると幸せになるという。

 

仕事、学業、みちガエル。

病気も不調もケロリンとよくなり、

投資したお金もどんどんカエル。

 

だから幸福撫でがえる。

縁結びまでしてくれる。

いわゆるパワースポットだ。

 

杉並区の大宮八幡宮は「東京のへそ」とされているが、

明治時代、風水でここが東京の中心地とされていたこと、

都心で広大な敷地を持っていて、緑が多いことから

そういうことになったらしい。

 

その「東京のへそ」に、へそのないカエルが鎮座するという

パラドックスこそが、パワースポットしての真価だ。

 

というわけで撫でると幸福パワーがいただけるというので、

ナデナデして抱きしめてきた。

 

おみやげの幸福がえるは、年輪刻むバームクーヘン。

デザインもケロッとシンプル。

おしゃれでかわいいので、

ちょっとしたお祝いのプレゼントに。

 


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日本人に似合うのは祭り半纏  アスリートも和モードで

 

日本人なら誰でも祭り半纏を着ると、

とたんにキュキュっと引き締まり、

カッコよくなる。

これが民族衣装というものの強みか。

 

本日は義母を連れて、近所の大宮八幡宮に

昼・夜出かけるダブルヘッダー。

 

夜の部は周囲の各町会のお神輿の合同宮入り。

境内で10基のお神輿が踊り跳ねる。

 

ライトアップされた神殿に向かって

光り輝く神輿が進んでいく様子は、

幻想的で、ちょっとあっちの世界を連想させる。

 

死刑になる罪人が

「この世の名残に祭りが見たい」と

介錯人に懇願する時代劇の1シーンがあるが、

その気持ちもわかるような気がする。

 

普段、町であったらフツーのおにいちゃん、おねえちゃん、

ちょっとくたびれたようなおっさん、おばさんでも

ここでわっしょいやってるときは本当にカッコいいんだよな。

 

やっぱ日本人がいくら体格がよくなったと言っても、

洋装したら絶対白人に負ける。

筋肉量の差でもないし、

骨格が違うからなんだろう。

やっぱりあれは欧米の白人向けに作られた服なのだ。

 

スーツなどのチラシを見ても、

白人のモデルが入ってないと、

いくら良い物でも、なんだかぱっとしない。

べつに人種差別じゃなくて、

歴史的・民俗文化的・遺伝子レベル的に

似合わないものは似合わないのだ。

 

毎回思うのだけど、オリンピックの入場行進の衣裳が

いつもカッコよく見えないのは、

洋装ベースでしかデザインを考えられないからじゃないか。

 

出場するのはみんなアスリートなんだから、

こういう祭り半纏みたいな服だっていいと思う。

少なくとも和装ベースのデザインにしたらどうか。

 

てなことを考えながら、令和元年もお祭りを堪能した。

 


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よけいな荷物を背負わない結婚

 

「おれたち、結婚した~」

30代の仕事仲間がそう告げてきた。

新婚夫婦ふたりとも知り合い。

 

自分たちからそういうことは言わなかったけど、

前々からこいつら絶対付き合ってるなと思ってたので、

ぜんぜん意外ではなかった。

 

身近で結婚の話を聞いたのは

ずいぶん久しぶりだ。

最近は冠婚葬祭と言えば、もっぱら葬式ばかり。

これは毎年2~3回は出ている。

 

しかし、結婚式となると、最後に出たのは

息子がまだチビの頃だったので、

20年くらいは昔の話だ。

 

2人ともかなり照れくさそうに、

ぶっきらぼうな物言いだったが、

嬉しさ・幸せ感が滲み出ていた。

 

有名人や芸能人の結婚のニュースを聞いても、

べつに何とも思わないが、

身近な人がするのは、こちらも何だか

あったかくて満たされた気持ちになる。

 

30~40年くらい前は、家制度の名残だとか、

つまんない契約とか、自由を拘束するシステムとか、

社会人としての義務だとか、強迫観念とか、

いろいろ否定的な意見が飛び交い、議論があった。

 

それで自分のイズムとして独身を通す人、

結婚というシステムを拒む人も多かったような気がするが、

最近はとんとそうした話は聞かない。

 

いま考えると、あの時代は経済が順調で、生活の質も向上し、

男も女もひとりでやっていける余裕があったから

ああした議論を戦わせることができたのかなと思う。

j女性の社会進出も始まって間もない頃だったしね。

 

それに対して、概して今の若い連中は、

(もちろん、ひとりひとり結婚に対する考え方は違うけど)

あんまり制度がどうだこうだといった

こだわりはないように見える。

同性婚だってオープンにできる世の中だ。

 

ふたりのほうが楽しいし、この先生きていくのに心強いじゃん、

子どももできたら可愛いし面白いじゃん――といった

シンプルな気持ちで一緒になる。

いいことだ。

 

オールドミスとか、売れ残りとか、クリスマスケーキとか、

そういった言葉も死滅したみたいだし、

男は所帯を持っていっちょ前、と上司に圧力をかけられることも

あまりないだろう。

 

昔のように、よけいな荷物をいっぱい背負って

結婚することことも、皆無とは言わないが、

相当少なくなったんでないのだろうか。

 

 

もちろん今だって、自分の考え方を持ち、独身を通す男女、

子供を持たない夫婦はいる。

それを否定する気はない。

 

大人になったらみんな、それぞれ自分に与えられた条件のもと、

自分がベストとする生き方を追究すればいいと思う。

 

というわけで、先のお二人さんは、

特に結婚式も挙げないようなので。

何か、恐縮しないですむ程度のお祝いを

贈りたいなと思ってる。

 


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マイナビ農業 3年目に突入 日本の農業の将来を担う一大勢力に成長

 

品川インターシティにマイナビ農業主催のイベント

「NEXT AGRI PROJECT」を覗きに行った。

 

マイナビ農業のスタートは2017年8月。

最初の1年は編集部のメンバーと、

僕らアウトソーシングのライターとで、

ひたすらウェブサイトの記事を書いた。

 

僕もリサーチしては企画を立て、

取材しまくり、書きまくり、UPしまくりの日々。

 

総数はどれくらいだったかわからないが、

僕一人だけでも50記事以上書いたので、

少なくとも500は下らないだろう。

 

というわけで、1年でサイトを構築し、

信頼を分厚くして、昨年8月以降、

2年目に入ってからは、

今度はひたすら営業活動に打って出た。

 

マイナビ農業の活動に関心を寄せる所は多く、

大企業から自治体、研究機関から個人農家、学生まで

集客しまっくたようだ。

 

農業サイトはそれ以前にもたくさんあったが、

上記の戦略が功を奏し、マイナビ農業は

ごぼう抜きでトップメディアにのし上がった。

 

3年目に入った今日では、農業関係者にとって、

たぶん、日本一の寄合所になっている。

 

何を持って成功というかはわからないが、

少なくとも多くの人や組織を動かせるメディアになったという点では、

ここまで大成功と言えるだろう。

 

今回のイベントでは「マイナビ農業アワード」なるものを催し、

受賞した若き農業者や福祉関係者、学生などを表彰した。

 

確実に、日本の農業の将来を担う勢力の一つになっていると思う。

 

一外部ライターとしては、以前のような企画記事がほとんどなくなり、

最近はもっぱら記事広告の執筆というのが、ちと寂しいけど。

 


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呼び名でケロケロ若返る

 

義母撮影。彼女はカミさんを娘と、僕をその夫と認識してないので、

それぞれをお姉さん、お兄さんと呼ぶ。

そうすると、僕らもお互いに、

お姉さん、お兄さんと呼び合うことになる。

おかげで若返ったような気分になる。

短髪の男にちょっと抑圧感があるというので、

ここのところ、ずっと長髪。

昨年は頭の手術をしたので坊主にしたが、

今年の夏はこれで乗り切った。

こんあに長い期間、伸ばしているのは20代以来だ、たぶん。

今日は猛暑。

暑い季節、早く終われ。

 


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義母と祖母の未知のスポーツに対するリアクション

 

今日は亡き義父の誕生日だった。

甘党で和菓子が大好きな人だったので、

お菓子をお供えしようということで、

義母といっしょに買い物に出かけた。

 

義母とスーパーに行くのは、なかなか楽しい。

愛想の良い人なので、知らない人にでも

「こんにちは」とあいさつする。

 

あまりに遠慮がないので、

相手もつい「こんにちは」と返してくる。

 

小さい子どもにでも会おうものなら、

「かわいいねー、いくつ?」と、

何の躊躇もなく声をかける。

 

照れくさがる子どももいないではないが、

大体はみんな良い気分になれる。

 

9割以上の人は、義母が認知症だとは気付かない。

けどまぁ、普通の人とはちょっと違うことは確かである。

 

一緒にテレビを見ていても結構面白い。

最近、間もなくワールドカップが開幕する

ラグビーの映像がよく出てくるが、

タックルなどのシーンを見るたびに

「うわー、なんてひどいことするの!」と、

顔をしかめる。

 

「いや、お母さん、こういうスポーツなんですよ」

と説明して、その場では「ああ、そうか」と納得するが、

すぐに忘れて、次の時はまた

「うわー、ひどい」と言っている。

それでまた説明する。

 

そんな義母のリアクションを見ていて、

うちの祖母のことを思い出した。

 

うちの祖母と札幌オリンピック(1972年)の

テレビ中継を見ていた時のこと。

札幌オリンピックと言えば、

フィギュアスケートのジャネット・リンである。

 

彼女を見て、祖母はビックリ仰天して

「うわー、パンツ丸出し。なんでこんなカッコウさせるの」。

うちの母が

「おばあちゃん、こういう衣裳なんですよ」と、

母が一生懸命説明していた。

 

その後、ジャネット・リンが演技議中、

転倒して尻餅をついたのを見た時の、

祖母の何とも言えない悲しそぅな顔がよみがえった。

 

祖母はその年の夏に亡くなったので、

僕にとっては「パンツ丸出し」というセリフと、

あの時の表情が、祖母の最後のインプレッションになっている。

 

義母との暮らしにもだいぶ慣れてきた。

面白がらせてくれてありがたい。

 


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豊多摩高校高校学園祭:人生で大事なことの始まりは子どものお祭り

 

 

高校生というのは、自分が高校生になるまで、

そして高校生をやっている時は、ものすごく大人に思えた。

 

けど、成人した後は、ものすごく子どもに見える。

 

仕事の合間に、散歩がてら近所の豊多摩高校の学園祭を

覗きに行った。

 

ここはうちの息子が卒業したところなので、

5年前まで、よく通ってた。

3か月前まで、すぐ近所に引っ越すとは

夢にも思ってなかったけど。

 

ちなみに詩人の谷川俊太郎氏や

アニメ監督の宮崎駿氏の卒業校でもある。

 

自主自立の校風があり、

ものすごく子どもな高校生らが、

思い思いの企画で

演劇やったり、映画やったり、音楽やったり、

パフォーマンしたり、店を出したりしている。

 

こういうのを改めて見ると、

(もちろん本人たちは本気で取り組んでるが)

将来、何やるにしても、

最初は子どもの遊びやおふざけで

始まるのだなぁと思った。

 

自分を振り返ってもそうだ。

この頃からずいぶん遠くまで歩いてきたわけだg、

一方で、ほとんど成長できてないなとも感じる。

 

こんなマグマみたいなエネルギーを発散している

子どもには、正直、ちょっと羨望を感じる。

 

彼らの多くは勉強して、大学に行って、就職して・・・

という人生がこれまら待っているわけだけど、

こうした遊びのことは、役に立たないものとして

ポイと捨てちゃうか、

その時限りの思い出としてしまっちゃうんだよね。

 

こういうお祭りで、単なるバカ騒ぎでもいいけど、

何かやった~!と心の熱は、できれば、

ずーっとキープしてってほしいなと思う。

 


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酒、タバコ、やめて100まで生きたかねぇ: オリンピック前の東京喫煙事情

 

神楽坂にある、友人のカフェ/バーが、

東京都から店の方針の転換を迫られているという。

 

全席禁煙にするか、シガーバーにするか。

 

その店は1950年代~70年代のムードがウリで、

壁には「ゴッドファーザー」など、

その時代の映画のポスターや、

ポップスのレコードのジャケットなどが飾られている。

 

さりとて、そんなにマニアックな感じでもなく、

フツーの人でも気軽に入れるお店なので、

近所の、割と年齢層高めのお客が集まってくる。

 

そして、その大半はタバコを吸う。

 

周囲の飲食店はあらかた禁煙化されてしまったか、

もしくはドアで遮断されて完全分煙化されてしまったので、

昔のように安心して、ストレスなく吸える店として

重宝されているようだ。

 

夜は行ったことがないが、

特に60代以上の人たちにとっては、

お酒も飲めて、さぞかし楽しい雰囲気になるのだろう。

 

まさしく“酒、タバコ、やめて100まで生きたかねぇ”人たちの

至福の空間だ。

 

 

しかし今や、世界に認められる国際文化都市・東京では、

そんな店の存在は許されない。

来年4月までに、お役所のお達しに対して

返答をし、店の在り方を決めなくては、罰金5万円を払わなくてはならない。

 

5万円と言っても1回きりではない。

直さなければ、年に何度か永遠に支払い続けるのだ。

 

店の構造からして、最近のチェーン店みたいに

ドアを作って完全に分煙にするというわけにもいかない。

 

禁煙にしたら売り上げは確実に半減する。

しかも店内にはタバコの匂いがしみついてしまっているので、

全面改装しない限り、

そのまま禁煙店として続けるのは難しいだろう。

 

友人は小池百合子に対して、

あーだこーだと抗議――

というか、愚痴をこぼしていたが、

選択肢としては、もう、葉巻を置いて

シガーバーにするしかない。

 

カッコいいシガーバーにして、

20世紀のタバコ文化を後世に伝えていきゃいいじゃん、

と思うのだが。

 

オリンピック/パラリンピックを前に、

東京の飲食店は規模の大小を問わず、

こうした状況に置かれているようだ。

 

そういえば、家で吸う時でも、

小さな子どもに受動喫煙させたらペナルティだもんね。

 

あなたもタバコを吸ってるなら、

シガーバー通いするしかなくなるかも。、

 


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かなりヤバそうな「人間失格」

 

「わたしは灰皿なんか投げないですよ」

と言ったかどうかわからんが、

今朝のテレビで蜷川実花監督が出ていた。

 

よく知らない人は、どうも怖い女、

怖い監督のイメージで自分を見ているようだ、

と話していた。

 

父親(舞台演出家の故・蜷川幸雄氏)のイメージが

まとまりついていると言う。

「あの世から営業妨害されてます」

というセリフで笑った。

 

ちょっと見てただけだが、とても可愛い女性だ。

 

その蜷川監督の新作映画が

「人間失格 ~太宰治と3人の女たち」

 

太宰治は小栗旬。

3人の女をやるのは、宮沢りえ、沢尻エリカ、二階堂ふみ。

端役らしいが、藤原竜也まで出ている。

 

すごいキャスティング。

これはヤバすぎる。

 

ちらっと出てきた映像は、まんま「ヘルタースケルター」の極彩世界。

 

しばらく映画館に行ってないが、これはぜひ観たいなぁ。

 


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純情ストーカー男と純心DV願望女の昭和歌謡

 

昭和歌謡にはストーカーするする男と、

DVしてして女が登場する。

 

前者の代表は坂本九の「明日があるさ」、

後者の代表は奥村チヨの「恋の奴隷」か。

 

高井戸図書館にはCDも置いてあるので、

歌好きな義母のために2枚ほど借りてきた。

 

耳が悪いので、そのまま聴こうとすると、

近所迷惑な大音量にしなくてはいけないので、

ヘッドホンで聴いてもらう。

 

全30曲、義母はノリノリで声を出して歌いまくる。

同じ家にいる僕としては、ちとうるさいなと思うが、

これくらいなら近所迷惑にならないからいいかとガマン。

 

認知症なのだが、若い頃に聴いた歌は

脳のどこかにこびりついていて、

心地よい世界にトリップできるようだ。

 

それにしても、義母が歌うと歌詞が気になる。

「明日があるさ」も「恋の奴隷」も大ヒット曲だが、

現代なら発禁になりそうな内容だ。

 

しかし、明るいメロディーと

歌い手の九ちゃんのキャラクターも相まって、

「明日があるさ」の主人公のストーカーまがいの行為は、

愛すべき純情男の、片思いの表現とされていた。

 

そして、子犬のように膝に絡みついたり、

「悪い時はどうぞぶって」と言う「恋の奴隷」の女は、

男にとってはたまらなく可愛い純心女だった。

 

もちろん当時は、ストーカーや

ドメスティックバイオレンスなんて言葉自体、

存在してなかったし、

流行歌や作詞家が悪いわけでもない。

 

けど、子どもの虐待が頻発し、

その原因の一つに、男の女に対するDV、

支配構造があると聞くと、

やっぱり気分が落ち着かなくなる。

 

僕も子どもや若い時分には、人生の先輩たちに

「女ってのはちょっとくらい殴って、言うこと聞かせなきゃだめだ」

なんてことをよく言われた。

 

半ば冗談であったり、子ども・若造の前で

男気を見せようという意識がはたらいて、

そんなセリフになったんだろう。

ただ、やっぱり昭和はまだ男が威張れた時代、

言い換えれば甘やかさていれた時代だったんだなと思う。

 

人間は感情で動く生き物だ。

理屈は感情で行動した後の言い訳・後付けに過ぎない。

歌は感情に深く訴えかけるからこそ、

認知症になった義母も憶えている。

 

男尊女卑(とあえて言う)の時代の空気を取り込んだ

昭和歌謡に親しんできた世代の人たちが、

セクハラやパワハラという概念に理解を示し、

現代の考え方に順応していくのは、

それだけですごいことなんじゃないかな。

 

けど、その遺伝子を引き継いでしまった若い人たちが、

まだまだ大勢いるようだ。

 

余談だが、「恋の奴隷」を歌った奥村チヨさんは

昨年、71歳で引退したそうだ。

「恋の奴隷」(改めて見るとすごいタイトル!)が

リリースされたのは1969(昭和43)年。

彼女は22歳だったが、あの歌詞には抵抗があった、

とコメントしていた。

 

けど、「わたしを奴隷にして」と歌うことで、

当時の男の心を虜にしたんだよね~。

 


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魚のいない水族館:あとがき

 

「魚のいない水族館」をお読みいただき、ありがとうございます。

なんでこれを書いたかというと、夏の盛りのある昼下がり、

 

♪さかな~の「い~な~い、すいーぞっかん

 

という歌がヤグルマソウほども青い海の底から聴こえてきたのです。

 

むかし付き合っていた女の子が、よく口ずさんでいた歌です。

たしか、黒色テント(1970年代のアングラ演劇)の芝居の中で

歌われていた歌だと思います。

後からネットで調べてみたら、林光という人の作曲でした。

 

とても憶えやすいメロディだったので、彼女は気に入ったのでしょう。

僕はすっかり忘れてたけど、

猛暑の中、昼寝をしてたら、つい口ずさんでいました。

脳の深海から上がってきた泡が、ぽこっと出てきたみたいに。

40年ぶりのことです、たぶん。

 

それで何か書いてみようと、

ライティング・メディテーション(書く瞑想)をやってみたら、

なんだかお話のようなものができました。

 

そこでこのノート5ページ分に書き出したあらすじを、

何とか人様も読めるものにしようと、

ごりこりと書き足し、書き直しながら

ブログに載せていきました。

 

まるで夏休みの宿題みたいになってしまって、

最後までゴールできるかどうか不安になりましたが、

なんとか書ききれました。

 

当初は3回くらいで終わる予定だったのに、

やり出したら、どんどん展開して6回になりmした。

トータル13,000字超。

原稿用紙33枚という、ちょっとした物語になりました。

 

せっかくなので、ここからまた少し手を加えて、

とりあえず短編小説賞に出そうと思います。

2,019年、令和元年、夏の思い出です。

 


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都内で珍しい杉並区浜田山の吹きガラス工房

 

うちから高井戸図書館に向かって自転車を走らせていたら、

小さな吹きガラス工房を発見。

井の頭通りから入ってすぐの「Blue Grass Arts」。

こんなところにこんな工房があるなんて、発見!という感じ。

 

ちょっと覗いてみると熱気がムワッ。

ぱっと見た目、中で作業しているのは女性が多く、

炉の前で丸く膨らんだオレンジ色のガラス球を成形している様子。

 

看板などの写真を撮っていたら、

指導している金髪のお兄ちゃんが出てきて、

チラシをくれた。

 

訊けばもうここで16年やっているとのこと。、

都内唯一の吹きガラス工房――かどうかは定かでないが、、

かなり珍しいことは確かだろう。

 

浜田山近辺い引越して2か月。

このあたりはなかなか奥深く、探検のし甲斐がある。

住所は高井戸東だけど、駅は井の頭線・浜田山のほうが近く、

徒歩10分弱と言ったところ。

 

ちょっとした体験コースもあるので、興味ののある方はぜひ。

 


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魚のいない水族館:最終話

 

 こんな形で秋の仕事が入ってくるなんて、思いもしなかった。

 僕は水族館の閉鎖作業を手伝うことになった。

 

 いろいろな業者がやってきて作業するが、いちばん大がかりなのは、やはり水槽の水を抜くことだった。

 何トンにもおよぶ水がポンプで汲み取られ、強大なタンク車に移され、運び去られた。この水も海に還っていくという。

 

 地球の70パーセントは海の水。頭の中に漆黒の宇宙の闇の中、ぽっかりと青い惑星が浮かび上がった。確かに地球は“水球”だ。

 水を抜いて空っぽになった水槽は、古代文明の遺跡のように見えた。僕は後に残された残骸を拾い集めて可燃ごみ・不燃ごみ・リサイクルごみにきちんと分別した。

 

 閉鎖することを決めてから、館長は館の奥にある、海底基地みたいな事務所にこもってパソコンをいじりながら事務処理をしていた。

 閉鎖するという情報は特に公開しなかったようだ。

 彼の言い分はこうだ。

 

 「人間は忘れる生き物です。それも割とすぐに。夏のことなんて、みんなとっくに忘れています。

 いったん涼しい風に慣れてしまえば、もう夏がどれくらい暑かったかなんて、ほとんど思い出せないでしょう?

 でも、それでいいんです。新しい暮らしが始まれば、過去のことなど忘れてしまっていい。

 また同じことが巡りくるようなら、その時はその時で、また対処して順応すればいいだけの話です。

 人間だけじゃなく、地球上の生きものはみんなそうしています」

 

 館長の言うとおりだった。

 みんな、「ああ、そう言えば、そんな水族館もあったよね」とは思っても、詳しいことは思い出せない。

 魚はいなかったということは記憶にあるが、もはやその輪郭は霧に包まれたようにぼやけている。

 

 しかし、何かが終わろうとする時は、人は見逃さない。

 どこからか情報を掘り出して――というか匂いを嗅ぎつけて、と言った方が適切かもしれない――ざわざわと集まってくる。

 そう、まるでサメが獲物の血の匂いを嗅ぎつけるように。

 

 そして、一度も来たことのない人でも、みんな、昔ながらの愛好者、顔なじみの友だちであるかのように主張するのだ。

 

 彼らはまた。遺跡を発掘する探検隊のようでもある。目ざとく金目のものを見つけ出し、「どうせもう要らないガラクタなんでしょ」と言って自分の物にしようとする。

 たぶん、「売れば値のつくものがいっぱいありそうだ」と、どこかの誰かがネットで書き込んだのが広まったのだろう。

 

 というわけで連日、大勢の“自称・魚のいない水族館の友だち”が、水槽に貼ってあった解説プレートやら、売店にあった魚の図鑑、模型、文房具、日持ちのするお土産のお菓子屋らの類を、僕がいいとかダメとか言う間もなく、持ち去って行ってしまった。

 おかげで片付け作業は半分くらいに減ったのだけど。

 

 僕はそのことを館長に事後報告した。

 館長は僕をとがめることなく、感情を顔に表さず、ただ「わかりました」とだけ言った。

 そして「あなたがいてくれて本当に良かった。助かります」とも。

 ほとんど感情を顔に表さないが、この人ならではの感謝の気持ちが伝わってきた。

 

 僕はいつの間にか、この館長の人柄に惹かれていたのだろう。

 最初はほんの1週間ほど手伝うつもりだったのに、「あと少しだけお願いします」と頼まれると、嫌とは言えなかった。

 

 それに自分でもこの仕事が結構気に入っていた。楽しいわけではないが、少なくとも嫌々だったり、辛かったりはしない。

 あれよあれよという間に1か月以上が過ぎ、秋の仕事の半分を水族館での後片付けに費やした。

 

 けれども、冬が来るまでやっているわけにはいかない。

 僕は「幸福の王子」のつばめではないのだ。

 もともと予定していた秋の仕事に入らなくてはいけない。

 閉鎖作業はまだ完全に終わってはいなかったが、僕は館長にそのことを申し出た。

 

 館長は一瞬、眉を寄せ、口を歪め、目を閉じて、ちょっとだけさびしそうな表情を見せ、空を見上げた。その後、すぐに顔を戻し、いつもの、感情を内側に宿したままの平坦な口調で

 

 「ここまでやっていただき、ありがとうございました。あなたにはたいへんお世話になりました」とだけ言い、おもむろにデスクの引き出しをあけた。

 

 そこには少し厚みを帯びた封筒が入っていた。まるで僕が今日、申してくることを予測していたかのように準備万端だ。封筒の中には賃金が入っていた。お札とコイン。

 

 僕は「失礼して」と断って、中の金額を確認し、「確かに」と伝えた。1か月分の賃金としては悪くない。

 

 「これは記念品です」館長はやはり表情を変えず、「これは記念品です」と言って、今度はポケットから小さな箱を取り出して手渡した。青いラッピングペーパーに包まれているが、リボンなどはかけられていない。

 

 僕は小さな声で「ありがとうございます」と言い、こちらは中身を開かず、そのまま自分のズボンのポケットにしまった。

 館長はもうそれ以上、何も言わなかった、

 これで本当に最後だ――そう思った僕は、以前からこの人に尋ねたかったことを、思い切って訊いてみた。

 

 「あなたも海に還るのですか? 魚たちと同じように」

 

 冗談とも取れるように、ほんの軽く訊いたつもりだったのに、思いがけずそれは事務室の空気を重く変えた。

 しばらくの間、ずしっと水圧がかかるような沈黙が流れた。初めて会った時と同様、何秒か過ぎた後に、館長はようやく唇を動かした。

 

 「わたしは山で育ちました」

 それからせきを切ったように自分の物語を語り出した。

 

 「海なんて少年の頃は一度も見たことがなかったのです。

 私の家族も海のことは知らなかった。

 私はその山の周辺で一生を終えるはずだった。

 

 ところがある時期から海へのあこがれが募り始めた。

 なぜかはわかりません。何がきっかけだったかも忘れてしまった。

 この間も言ったように、人間は忘れっぽい生きものですからね。

 

 わたしの中に――心の奥底に、海を求める何かが潜んでいたとしか言いようがない。とにかく、抑えがたいものを感じて、わたしは山を下り、旅に出た。

 もしかしたらずっと山にいた方が気楽に暮らせただろうなと思うことも何度かあった。

 けれども始まってしまったものは今さら止められない。

 

 夏も、秋も、冬も、春も、わたしは働いた。

 暑い時も寒い時も休まず働いた。

 そしてこの水族館を作ったのです。

 これは、わたしの夢の結晶でした。

 たくさんの魚たちに囲まれて、時には魚たちといっしょに夜も過ごして、わたしは幸福だった」

 

 彼はそこで話を止めた。すべてを語り終えたとは思えなかったので、僕は重ねて質問しようと思ったが、これ以上訊いたところで、何がぢうなるわけでもない。

 

 「ここの閉鎖が完了したら、わたしは故郷の山に帰ります」

 「そうですか。わかりました」

 「どうぞお元気で」

 「あなたも」

 

 それで僕たちは別れた。

 物事の終わりはいつもあっけない。

 人生は尻切れトンボのストーリーの連続だ。

 

 僕は家に帰って、館長からもらった記念品のことを思い出した。青いラッピングペーパーをあけると白い小箱が現れた。

 その蓋を取ってみると、中に入っていたのは、銀色のペンダントだった、少し大きめの魚のウロコのようにも見える。

 

 どうしてこんなものをくれたのか訝ったが、中には何のメッセージも入ってない。

 突然、僕はひどい不安に襲われた。このペンダントの意味や、魚のいない水族館の意味が分かる時は来るのだろうか? 

 これまで何十年も生きてきたが、僕には大事なことがなに一つ分かってないのではないか、という気がする。

 

 けれども僕はいったん考えるのをあきらめた。

 そうそういつまでもあの水族館のことを気に留めている暇はない。これから本当の秋の仕事が始まる。忘れてもいいのだ。

 

 忘れなくては前に進めないことがある。僕は自分にそう言い聞かせ、そのペンダントの入った小箱を机の引き出しの奥にしまった。

 浜辺で拾った小さな貝殻を、遥かな沖合まで出かけて行って、そっと沈めるように。

 

END

 


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般若心経(cho Ver)は21世紀のプログレ

 

エンディング産業展のイベント「次世代僧侶オブザイヤー」で知った。

坊主バンド、昨年末のアジアツアーライブ。

世界は宗教から離れつつある。

それを人々のもとに取り返そうという試み。

 

てか、そんなリクツはどうでもいい。

これはすごい。カッコいい。

僕に言わせれば、これぞ現代のプログレッシブロック。

若い坊さん、面白いじゃないか。

 


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岩渕さんのお葬式

 

息子が小学生の頃、「和泉親児の会」に参加していたが、

その頃の先輩メンバーだった岩渕さんが亡くなった。

まだ60代の前半だったそうだ。

骨のガンだったとのことだが、

1か月ほど前まで元気に働いていたと言う。

現役だったので、お通夜・葬儀は結構大勢の参列者があった。

 

昨夜のお通夜には「親児の会」のメンバーも

たくさん来ていた。

なんだか懐かしい顔ぶれだ。

同じ小学生だった子どもは、もうとっくに成人している。

 

みんな老けたと言えば老けたが、いい具合に齢を取っている。

何よりも、あまりストレスにやられている感じがしない。

岩渕さんはどうだったのだろうか・・・。

できればストレスニやられず、皆さん長生きを。

 

元気だった頃のお顔を思い出しつつ、

親児の人たちの健康を祈りつつ、

香典返しとして頂戴したマロングラッセをいただく。

岩渕さんのご冥福をお祈りします。

 


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魚のいない水族館:第5話

 

驚くべきことが起こった。

魚のいない水族館に人が集まり出した。

それも半端な数ではない。“わんさか”である。

きっかけば僕のブログだった。

僕はあの日の奇妙な体験を、

自分のブログに書いて公開してみたのだ。

 

ブログを書いたのは、ほぼひと月ぶりだった。

こんなことが人々の気に止まるとも、

共感を呼ぶとも思えなかったが、

自分にとって、かなり印象深い体験だったのは確かだ。

ただし、いよいよ頭がおかしくなったかと

思われるかも知れない。

 

そんな、どうでもいいことを思い悩んで逡巡していたら、

あっという間に三日が過ぎていた。

これ以上悩むのは明らかに時間の無駄だと思って、

えいやっと投稿した。

 

そうすればすっきりするだろうと思っていた。

ところが、意に反してそうはならならない。

なんだか澱のようなものが沈殿していて、

なんとも気持ちが悪いのだ。

 

脳の深いところ――深海にうごめく魚の群れ。

僕は小型潜水艦に乗り込んで、水圧と闘いながら、

その深淵にゆっくりと降りてゆく。

 

地球の衷心――館長が「地球の脳」と呼んだ所に下りてゆく。

僕の脳と地球の脳とはどこかで繋がっている。

降りれば降りるほど確信が増していく。

数日のうちにそんな夢を何度も見た。

 

その夢を見るたびに、ブログの評判は上がり、

僕の体験談は加速度的に広がっていった。

 

魚を皆、海に返したという勇気ある行為に、

環境保護団体のみならず、さまざまな企業や団体、

政治組織から賞賛の声が上がった。

そしてまた、それが多くの人の共感を呼び起こした。

 

気が付いた時には、魚のいない水族館は、

世界中から観光客が押し掛ける、

この夏いちばんのトレンドスポットになっていた。

 

僕は再び水族館に足を運んだ。

 

館内はまるで夢遊病者の群れだった。

訪れた客たちは空っぽの巨大な水槽をただ眺め、

魚から人間はどう見えるんだろう?と考えていた。

 

その中の何人かは「私も昔は魚だった」とか

「僕も海に還らなくてはいけない」などと、つぶやいていた。

 

最初はそうした静かな人たちが多かったのだが、

そのうち、瞑想やヨガをやる者が現れた。

 

さらに今度は、コスプレイヤーがやってくるようになった。

魚の被り物をして「ギョギョギョ」っという人をはじめ、

イルカやアシカやペンギンのコスチュームを着て、

パフォーマンスする人も現れた。

 

決定的だったのは、

とある世界的に有名なファッションデザイナーが、

新作のマーメイドドレスのショーを開催したことだった。

 

水族館はいろいろな色の肌や髪をした人魚たちと、

それを追いかける人魚マニア、

そして当然のことながら、マスコミの取材陣で溢れかえった。

 

こうなると水族館人気はますますエスカレートし、

旅行代理店は「魚のいない水族館ツアー」を売り出し、

大ヒットとなった。

 

さらに信じられないことが起こった。

あの館長が人気に応えるためとして、

巨大水槽を来場者に開放したのだ。

 

女も男も服を脱ぎ棄て、

それぞれ好みの水槽に入って泳ぎ出した。

自分の鍛えた肉体・磨きをかけた肉体を誇示し、

優美な泳ぎを人に見せつける。

その快感に酔いしれる連中が続出した。

 

もはや歯止めはきかず、聖域をイメージさせた

魚のいない水族館は、

坂を転がるように、レジャー施設へと変貌していった。

 

その変貌ぶりに僕はぼう然とするばかりだった。

僕はあの時、一入場者としての感想をブログに書いただけで、

この施設に何の関係もないし、何か責任を負うすべはない。

けれども、どうしても気分が落ち着かなかった。

 

その日、訪れた時、僕は館長の姿を探した。

ごった返す館内を抜けて表に出てみると、

人々のざわめきが波音に変わり、さ

あっと吹いてきた潮風に髪が乱れた。

館長の姿が目に入る。

彼はひとりでデッキの端に佇み、海を見ていた。

ムースで撫でつけた黒い髪は、

風に晒されてもびくともしない。

 

「どうしてこんなことになってしまったんですか?

あなた、いったい何を考えているんです?」

そう問いただすはずだった。

ところが、上手く口をついて言葉が出てこない。

僕は仕方なく、ゆっくりと彼に近づき、横に立った。

何か言わなくてはと焦り、言葉を探していると、

逆に彼から質問を投げてきた。

 

「人はどうして海を見たがるのでしょうか?」

 

「海は故郷だからです。

すべての生命の源であるからです」

 

僕はほとんど考えることもなく答えた。

なぜかそう答えていた。

答えた後で、もしかしたら、

彼は僕に質問しようとしたわけでなく、

自分自身に語りかけただけではないかと思った。

けれども彼は僕の言葉を丁寧に掬ってくれたようだ。

 

「海を見られるのは幸福なことです。

中には死ぬまで海を見ないで、一生を終える人だっています。

いや、交通手段が発達するまでは、

むしろそういう人の方が多かった。

山で生まれ育った人は、

一生をその山里のあたりで過ごしていました。

海などというものは物語に出てくる異境だった」

 

館長はそこで言葉を切った。

その気になればいつでも海を見られる僕たちは、

はたして幸福なのだろうか?

 

わからない。

それに、それがこの水族館と

どういう関係があると言うのだろう?

 

「もう秋の仕事は決まっているのですか?」

 

館長は唐突にそう訊いた。

 

「もしまだなら、ここに仕事があります」

「ここに?」

「はい。この水族館は秋になったら閉鎖します。

あなたにその後片付けを手伝ってもらいたい」

                     つづく


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現代の聖職者による、現代人必読の書:「時が止まった部屋」レビュー

 

 僕が初めてエンディング産業展(毎年8月に東京ビッグサイトで開催)で、著者・小島美羽さんの孤独死・ゴミ屋敷の現場のミニチュア展示を見たのは昨年のこと。

 その時、小島さんが独学で作ったミニチュア作品の素晴らしさとともに心を奪われたのが、そこに添えられている自筆の説明文だった。

 淡々と、朴訥にそこで見たこと、感じたことを綴った文章の奥には、小島さんの人間の生と死に対する想いが、人生や家族というものに対する誠実な考え方が、にじみ出ていた。

 

 そして今年、彼女のいる「遺品整理クリーンサービス」のブースを覗いてみると、この本が平積みされていた。おお、やっぱり。よくぞ書いてくれたという感じ。

 マスメディアなどでも多数紹介されていたようなので、出版は意外ではなかった。

 著者本人に聞いてみると、テーマがテーマだけにコンタクトはしてきても、いまいち本気でないところが多かったと言う。その中で、この出版社だけがミニチュアはもちろん、小島さんの仕事と、この現実を伝えたいという思いに貴重な価値を見出し、真摯に出版を持ちかけたと言う。

 

 「孤独死」「ゴミ屋敷」は、僕のストーリー、あなたのストーリーでもある。

 人は必ずいつか死ぬ。

 誰もが知っているけど、誰も認めたくない現実。

 特に孤独死なんていう、悲惨で寂しい最期は、自分には縁のないものと、何の根拠もなく思っている。

 

 何か月も、時には何年も放置され、誰にも顧みられることがない。遺体は傷み、原型をとどめないことさえある。まさか自分がそんなことになるなんて・・・。

 でも、自分のライフスタイルを大切にしている人、家族も含め、他人に煩わされるのをよしとしない人なら、将来、そうなる可能性が5割くらいはあると思っていい。

 少なくとも僕自身はそうである。

 僕は現在、59歳で家族とともに暮らしているが、自分も孤独死し、この聖職者にお世話になるかもしれないと思う。

 

 遺品整理・特殊清掃は、技術さえあれば誰にもできるという仕事ではない。ましてやお金を稼ぐという目的だけではとても続かない。

 小島さんも、そして彼女の勤める会社のた社長さん(創業者)も、自分の中にあるストーリーの必然によって、この仕事を始めたのではないか。悲惨な現場に携わる者ならではの「伝えたい」という思いが強く伝わってくる。

 「現代の聖職者」とは、いささか大げさな呼び名だが、この本を読めば、その一端が分かる。

 社会の裏側をえぐる壮絶なドキュメンタリーとかルポルタージュなどとは趣が異なり、ミニチュアの写真を多数載せた、とても読みやすい本になっていることも特徴だ。

 

 いま、この社会で生き、死んでゆく人たちの人生を描いた叙事詩のようだと僕は感じた。

 


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高円寺阿波おどり2019

 

息子がチビの時によく連れて行った阿波踊り。
今年は義母とカミさんを連れて18年ぶりくらいに見物へ。
夕方5時のスタート時から1時間余り、混んでるし、立ち見だし、大丈夫だろうかとちょっと心配だったが、義母は連の応援団の方からプレゼントされた団扇を振るって、思いきりフィーバー。
お囃子に乗って、僕らがそろそろ帰ろうと言っても、かなか聞かなかった。
踊るあほうも、見るほうも、子どもから年寄りまで老若男女、分け隔てなく楽しめるのがいい。
本当に久しぶりに見たけど、やっぱりサイコーだ。
それにしても、しばらく来ない間にすっかり東京の大名物と化した感じがする。
阿波踊りが終わると夏も終わる。
また、毎年来よう。

 


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魚のいない水族館:第4話

 

「そうなんだ、これは地球の意思なんだ」

 

横向きになった館長の顔は。やはり魚っぽかった。

もう半魚人だとは思わなかったけど、代わりに、

人間は母親のおなかの中にいる時、つまり胎児の期間中、

生物の数億年にわたる進化を経験するという話を思い出した。

受精卵が成長する過程の、ほんの数日間、

人間も魚のかたちをとる時間がある。

人は昔、魚だった。

この水族館は胎内だ。

 

「地球は宇宙に浮かぶ1個の生命体です」

水槽に向き合う館長の言葉は、僕に向けられているのか、

自分自身に対して語っているのか、判断がつかなかった。

 

「だとすれば、魚も人間も、もちろん他の動植物も、

地球を構成する一つ一つの細胞なのです。

細胞は日々、新しく生まれ変わる。

古い細胞は死んでいく。

永遠に存在し続けるということはあり得ない。

それが正しい細胞としての在り方です」

 

こう見えても僕はわりと気が短い。

こうしたもったいぶった話し方を聞いていると、

だんだんイライラしてくる。

言いたいことがあるなら、もっとはっきり言えばいい。

 

「つまり、こういうことですか?

水族館なんて無駄なんじゃないか。

水族館を作って、人間に娯楽を与えたり、

魚たちの生態を研究させたところで、

ちっとも地球のためには役立たないという・・・」

 

館長はちらりと僕を一瞥して、また水槽に向き直った。

 

「わたしたちの足元を何万キロも掘り進んだところに、

“地球の脳”があります」

 

僕は図鑑で見た地球な内部の図を思い浮かべた。

丸い地球の真ん中に赤い玉のようなものがあった。

図鑑を見た時、僕は心臓のようだなと思ったが、

この人は脳だと言う。

意思があるというのだから、

心臓じゃなくて脳という例えが適切なのだろう。

 

「マントル層があって、その中心に核(コア)があるってやつですね?

脳っていうのは、ちょっと擬人化しすぎじゃないですか?」

 

館長は僕の言ったことをスル―する。

 

「人間は一つの細胞に過ぎなかったはずなのに、

地球の脳はその行動をコントロールできなくなった。

それをいいことに人間は、他の細胞を食い荒らし始めた」

 

「人間が地球にとって癌細胞だ、という話は聞いたことがありますが。

あのぅ、いったい何が言いたいんでしょうか?」

 

今度は館長は黙っている。

気を付けてものを言ったつもりだが、

心のイラつきが混じって表に出たかも知れない。

 

僕は環境保護団体も、環境保護運動も嫌いだ。

あんなことは、カネもヒマもあり余っている連中の

趣味だと思っている。

 

仕事とか、家族のこととか、健康のこととか、貯金と借金と保険のこととか、

買物とか、情報収集とか、メールやSNSのチェックとか、

ニュースや流行もののチェックとか・・・

 

こっちは生活するので精いっぱいでだ。

地球のことなんて、いちいち考えちゃいられない。

僕は毎日、ゴミだってちゃんと分別して出している。

電気もガスも水道も、できるだけ節約して使っている。

それでいいじゃないか。

それ以上、僕が地球のために何ができるというんだ?

 

自分たちが趣味として取り組んでいる分には、

勝手にどうぞという感じだが、

価値観を押しつけられるのはまっぴらごめんだ。

 

それに水族館の館長なら、その前にやるべきことがあるだろう。

まだ夏休みなんだ。

魚やイルカやアシカやペンギンやクラゲに会うのを

楽しみにやってくる子どもだって大勢いるはずだ。

子どもだけじゃない。

最近は、疲労が蓄積した大人たちの癒しの場にもなっている。

 

水族館にはそうした、かけがえのないミッションがあるはずだ。

地球環境がどうのこうのと言う前に、

まず、人間社会における役割をきちんと果たすべきだ。

 

そんな抗議の言葉が頭の中を右往左往した。

しかし、ここでこの男と議論を戦わせて、

いったいどんないいことがあるだろう?

いたずらに消耗するだけではないか。

そう考えたらバカバカしくなった。

 

「まだ遅くないんです。今ならまだ引き返せる。

人間自身もそのことに気付き始めた」

 

そう言って、館長は首から上を僕に向けた。

魚のような目が合う。

僕は再び言葉を飲みこみ、顔を伏せた。

そして、踵を返してその場を立ち去ろうとした。

もうこれ以上、こんな話に関わり合うのはごめんだ。

考えたってしかたがない。

面倒な問題からは逃げるが勝ちだ。

僕は忙しい。時間がないのだ。

 

けれども歩きながら別の声が聞こえてくる。

いや、ウソだろ。忙しくなんかない。

僕は今、失業中だ。

ヒマだからここに来たのではなかったのか?

たしかにそうだ。

たしかにそうなのだが。

 

「その水槽を見てごらんなさい」

 

心の隙を突くように、館長が鋭い矢を放った。

射止められて、僕は足を止めた。

 

「わたしのほうは見なくてもいい。

すぐ横にあるその水槽をご覧なさい」

 

僕は自分の身体の右側にあった水槽を見た。

水面ははるか上の方にある。

僕は見上げて思った。

ここにはどんな魚が入っていたのだろうか?

 

「さあ、それでは、あなたがそこに入っていると思いなさい」

僕が? 水槽に入る?

 

館長はそれ以上、何も言わなかった。

けれどもなぜか、僕はその突然の、奇妙な提案をすんなりと受け入れた。

なにも抵抗感はない。

まるで自分が、ずっと以前からそうしたかったかのようだ。

 

僕はもう水槽の中に入っていた。

水が流れている。

ポンプの音が聞こえてくる。

それに混じって、何か無数のメロディーのようなものが聞こえてくる。

それは魚の歌う歌のように聞こえた。

魚がいなくなっても、その一匹一匹の記憶だけが水の中に残っている。

 

その歌のような音の中からは、魚の感情の波のようなものが感じられた。

それはいやがおうでも想像力を刺激し、

僕は魚の目を持つにいたった。

 

水の中から館内のプロムナードを見る。

透明なガラスの向こうに集っている人間たち。

魚は人間という生き物をどう認識するのだろう?

 

人間が、同じ惑星で、今、同じ時間を生きている生き物だと、

魚たちは認めるのだろうか?

それとも・・・

つづく

 


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勝浦タンタンメンは、過疎化する漁師町を救えるか?

 

今週は取材でお出かけWeek。

今日は連載企画「寺力本願(じりきほんがん)」の取材で、

千葉県勝浦市へ。

 

かつては房総でも指折りの水揚げを誇っていた漁業の街、

しかし、それも昭和時代まで。

漁業の衰退によって、平成の30年間で人口は半減し、

街の中には空き家が目立つ。

 

取材先は「海の見えるお寺」として人気の妙海寺。

その住職は、まだ若いながら、勝浦の街を救おう、

100年後も200年後も栄える街にしようと奮闘。

様々な地域おこしイベントを開催し、

現在は、空き家対策として、みんぱく事業に力を入れているという。

 

最近、何かとネガティブに捉えられることの多い宗教者だが、

自治体や企業ではできないことを、

お寺という立場、一種の社会的信頼性を生かして活動している。

 

そんな住職が以前、地域おこしの一環として普及に携わり、

ご当地グルメになったという「勝浦タンタンメン」。

ひき肉と一緒にタマネギとナスが入ってて、見た目ほど辛くない。

 

冬の海で働き、冷えた漁師や海女さんのからだをあっためたという

ストーリーが、味わいを深くする。

コンビニにも「勝浦タンタンメン」食品がいっぱい。

 

ちなみに勝浦は海流の作用で、夏は涼しく、猛暑日がない。

冬も比較的穏やかで、雪の降ることはほとんどないという。

 

僕は勝浦と言うと、反射的に「勝浦温泉」と出てきて、

なんとなく熱海っぽいイメージを持っていたのだが、

よく調べると、和歌山の@「勝浦温泉」だった。

なんで勘違いしてたのだろう?

 


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エンディング産業展2019「葬式・戒名・墓――どこまで省けるのか?」

 

エンディング産業展2019終了。

今日は宗教学者・島田裕巳氏のセミナーが面白かった。

タイトルは「葬式・戒名・墓――どこまで省けるのか?」

 

「お葬式はいらない」などの著書で有名な島田氏が、

なんで葬儀やお墓の業者や僧侶が集うエンディング産業展に招かれたのか?

 

かなり挑発的なタイトルだが、

「私があれこれ言わなくても、

一般の人はもう気が付いて“省いてます”」。

 

詳しい内容は月刊仏事の記事にするので、ここでは書けないが、

要は、高齢化社会への移行で、人々の死生観が変わったということ。

 

ついこの間まで、人生が40年から50年程度だった時代。

人間ははいつ死ぬかわからない、という前提で生きていた。

寿命は伸びていたが、10年ほど前までは、

みんな、その社会通念のもとに生きていた。

 

しかし、人生が80年、90年、100年以上続く時代になった今はちがう。

僕たちはそれだけ長く生きることを前提に人生を考える。

そして社会もその考え方に合わせて動く。

もう設定自体が変わってしまったのだから、年金が破綻するのも当然だ。

 

もちろん「いつ死ぬかわからない」ということは本質であり、

変らないはずだ。

今だって、僕たちはいつ死ぬかわからない。

 

しかし、人生の概念はすでに100年ライフに変わっている。

50歳や60歳、あるいそれより若く死ぬのは、

あくまでイレギュラーなケースだ。

 

そんな社会になると何が起こるかと言えば、

人々の心を救済していた宗教が衰退し、機能しなくなる。

 

また、みんな、人生をスケジューリングする。

まだ幼いことから将来を見据えて勉強し、進学に就職に、

スケジュールを組み立てて、一つ一つこなしていこうとする。

そのスケジュールの最後には、もちろん死が用意されている。

スケジュールをこなすための人生。

 

これから死のポイントは変わるという。

多くの人にとって、肉体的な死の前に、社会的なエンディングがある。

 

たとえば施設などに移らなくてはならなくなった時、

人はこの世界と切り離され、

実質的にはもうそこで人生は終わってしまうのはないか。

なのに、そこに葬式・戒名・墓は、本当に必要とされるのか・・・。

 

島田氏の言葉は、聴講に集まった人たち

――まだ前の時代の死生観で仕事に励む

エンディング業界人の胸に波紋を起こす。

 

その波紋はこれからじわじわと広く、社会に広がっていくのはないか。

そんな感想を抱いた。

 


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