なぜ宝くじに当たるとほとんどの人が破産するのか?

 

先週に引き続き、司法書士の方の本を書くので取材。

その中の項目の一つに

「なぜ宝くじに当たるとほとんどの人が破産するのか?

わたしが絶対破産しない方法を教えます」

というのがあった。

 

彼は宝くじを取り扱うみずほ銀行の仕事もしている。

どういう必要性があるのか、よくわからないが、

みずほ銀行は高額当選者のその後を調べているらしい。

 

「宝くじに当たる」というのは、

もちろん1万円、10万円レベルでなく、億単位の話である。

 

そりゃ前提がレアケース過ぎますよと笑ったが、

話はなかなか面白かったし、感心した。

 

内容はもちろん出版してからしか話せないが、

宝くじで大金が当たった人が取る行動の特徴が

二つあるらしい。

 

人にそのことを話す。

仕事を辞める。

 

黙ってりゃいいのに人に話しちゃうのは、

SNSで「いいね!」が欲しいといった

承認欲求にもとづくものだという。

 

そんなことでしか承認欲求を満たせないのか?

と思うが、どうやら人間心理はそうなっているらしい。

 

万一、僕は当たっても続けると思うが、

ほとんどの人が仕事を辞めてしまうという。

要するに、仕事をカネを稼ぐ手段としか考えていない、

ということだろう。

カネさえあれば働かない。

遊んで暮らしたいというわけだ。

 

なんだかずいぶんと心が貧しい気がする。

承認欲求ってそんなことで得るもの?

あなたのやってる仕事ってその程度のもの?と思う。

何だかこれではお金の従僕である。

でもそれが平均的日本人の本質なんだろう。

 

阿武町の間違い振り込み事件の彼は、

とうとう逮捕されてしまった。

ぼくに言わせれば彼は被害者に近い。

 

とんでもないボンクラミスを犯した町の職員らは

まともな謝罪もなければ、何の責任も取らないようだ。

 

お金で簡単に人生が狂わされること、

 

公務員・議員・官僚・政治家などの

おいしいポジションにつけば、

無責任にのうのうと暮らせること、

 

そして、やっぱりマスコミは

貧乏人の嫉妬心を煽り立てる報道をしちゃうこと。

まぁ、世間の方々が求めているのだからしゃーないよ、

ということだろうか。

そして、そこから透かして見えるのは、

日本人の心の貧しさとムラ社会の現実。

 

そうしたものをこの騒ぎでは、

またもやまざまざ見せつけられた。

 

思わぬ大金が転がり込む幸運(=不運)に出逢ったら、

ぜひかの司法書士の本を手に取ってください。

完成・発行は8月くらいかな?

 


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もし僕が24歳の時、4630万円振り込まれたら?

 

「バカだな。すぐに4630万返しときゃ

こんな大騒動にならなかったのに」

最初そう思ってしまった今の自分。

もちろん、山口県阿武町の間違い振り込み事件のこと。

 

でも、待てよ。

24歳の時、こんなことがあったら、

おれは今みたいに考えたかな?

と思ってしまった。

 

昨日まで限りなくゼロに近かった自分の銀行口座に

ある日突然、4630万円入っている。

びっくりして足が宙に浮く。

 

24の時はバイトしながら演劇やってたので

46万円3千円稼ぐのに3ヵ月以上かかっていた。

それが一晩で4630万円!

 

絶対何かの間違いだろうということはわかる。

だけど、人間のこの方面のメンタルって

そんなに強くてクールだろうか?

ましてや、人生経験の少ない24歳の青年である。

 

足はふわふわ宙に浮き、

頭はキーンとしびれている。

4630万円はそれくらいインパクトがあり、

若者を一種のトランス状態にしてしまう。

 

そんなところへ役所の人間がやってきて

「間違えたから返しなさい」と言われて

素直に「はい、わかりました」と言えるだろうか?

 

いったん口座に記載された4630万という数字が消え、

もとの限りなくゼロに近い数字に戻ることを

そうやすやすと受け入れられるだろうか?

 

おまえどうだよ?と自分に向かって訊いてみたが、

はなはだ怪しい。

 

振り込まれた若者が役所の人間に対して

抵抗感を示したというが、

なんだかちょっとわかる気がする。

 

僕も24だったら、彼と似た言動をとるかもしれない。

いったん自分のものになったカネを返金するには、

尋常でないほど、

怒りと悲しみと痛みと寂しさが伴うと思う。

なにか世のなかの不条理なるものに

打ちのめされたような気持ちになるはずだ。

 

彼は今、めちゃくちゃバッシングされて、

子どもの時の卒業文集までさらされ、

「カネの亡者」にされてしまっている。

さらに実名も公開されてしまった。

 

もちろんすぐにカネを返さなかったのは悪いのだが、

なんだか気の毒な気がしてきた。

そもそもこれは間違って振り込んだ町の役所の責任。

あまりにもおそまつすぎる。

 

どういう事情があったのか、

どういう人が担当者だったのか知らないが、

公金を扱う役所が、4630万円もの大金を振り込むのに

上司や町長クラスがろくにチェックもしてなかったのか?

こんなのも「ヒューマンエラー」で済まされるのか?

 

こんな怠慢で、緊張感のない仕事をやっているのなら、

公務員の数を半分に削ってAIにしてしまったほうが

いいんじゃないかと思ってしまった。

 

それにしてもこんなつまらないことで

人生をズタズタにされてしまうのは

余りにもひどい。

 

さっさとカネ返して、とっとと忘れて

そんな田舎町なんか捨てて、東京で出直せ。

でなければ逆に自叙伝でも書いて(俺が代筆する)、

自分を売り込め、と彼には言いたい。

 


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END展~死から問うあなたの人生の物語~

 

大資本である東急もエンディング領域で

事業を行うようになった。

その事業を担う東急ラヴィエールが

グループ内で進めている活動のいくつかを記事にしたが、

4月から新しく外に向けても発信を始めると言っていた。

 

5月27日(金)から6月8日(水)、

二子玉川で開くEND展は、

おそらくその第1弾。

渋谷など、東急線の駅内で

ポスターを見かけた人もいるかもしれない。

 

東急ラヴィエールからは内覧会の招待状をいただいたので、

また取材するが、マンガという表現を活かした

なかなか面白そうな企画です。

 

入場には予約が必要だが無料なので、

ご興味のある方は二子玉散歩ついでに覗いてみては?

 

以下、リリース要約。

 

人生100年時代。

世界に類を見ない超高齢社会を迎えている日本では、

多様な生き方を選ぶ人が増える中で、

「老後の生活」のイメージは徐々に刷新され、

洗練の兆しを見せている。

 

この展覧会は超高齢社会において、

東急ラヴィエールと、アート&サイエンスを軸に

分野横断的なプロジェクトを遂行する

Whole Universが連携し、

普段あまり考えることのない

死について思いを巡らせる機会を創出することを

目的にしている。

 

展覧会場では、死や人生に関するさまざまな問いを軸に、

テーマと関連する「名作マンガの1シーン」を

セットで紹介するほか、

自分の大切な人へ「最後に伝えたい言葉」を

参加者から事前に募集し、

展示する作品《Type Trance/Last Words(10分遺言)》、

テクノロジーが進展する時代の新たな死のありようを描いた

短編マンガ作品などを展示する。

 


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僕たちはすでにセンチメンタルなサイボーグである

 

現代を生きる人間、

少なくとも都市環境の中、現代文明の中で生きる人間は、

脳だけは生身のままだが、体のその他の部分も、

住環境も「技術=テクノロジー」に頼っている。

当然、あなたも僕も例外ではない。

 

これは世界的なロボット工学者の石黒浩教授の思想である。

 

石黒教授によれば

「人間とは、動物と技術を合わせたものである」。

 

住んでいる家やビルはもちろん技術の賜物であり、

都市部において、人間の手がまったく入っていない

純粋な自然を見つけることは、ほぼ不可能だ。

 

体だって工場で作られた服を着て、

メガネをかけて、常にスマホをいじっている。

内部に人工臓器を入れている人も珍しくない。

人間の活動はすでにその大半が

技術によって支えられている。

(「ロボットと人間」/岩波新書より)

 

「人間とは何か」を追求するために

さまざまなロボット・アンドロイドを開発し、

実証実験・演劇・パフォーマンスを通して

世に問い続ける石黒教授の考え方には、

非常に多くの共感と納得感を覚える。

 

彼のロボット研究(=人間研究)の世界には

未来の人間・社会の在り方が

かなり濃厚なイメージで潜在している。

 

人間は未来において、より進化するために、

価値観の多様性を広げ、

その身体機能や脳の機能を拡張する。

 

それを実現するために必要とされる、さらなる技術。

社会生活においても、

個人の生活においても、

AI・ロボットの協力はますます求められ、

僕たちはそれと共存していくことを余儀なくされる。

 

「純粋な人間でありたい」という

センチメンタルな感情のかけらが疼くかもしれない。

そんなものはとっくの昔に失っていることは

わかっているのだけど。

 

AI・ロボットは思いもかけなかった時空に

人間を連れて行ってくれるだろう。

その頃、まだしつこく生きていたら、

そして感傷的になるのを堪えることができたら、

僕もいっしょに連れて行ってくれるだろうか?

 

おりべまことのロボット小説・エッセイ集


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ときにはダンゴより花

 

 

5月は花の季節。バラが特に美しい。

もうすぐ息子の誕生日ということもあり、

部屋に花を飾った。

 

毎日当たり前のことを繰り返して生活していると、

何かが少しずつ損なわれていっているような、

擦り切れていっているような、

漠然とした不安を抱くことがある。

それが日常であること・平和であることの恐ろしさ。

 

今日も無事に暮らせました。ありがとうと、

いちいち神さまか何かに感謝するような

殊勝な気持ちは持ちあわせていないが、

花があるとそれができる。

 

花があると心が膨らみ、想像力が刺激される。

そして損なわれたものが自然と修復されていくような、

とても救われた気持ちになる。

 

そんなの錯覚であり、妄想なんだろうと思う。

それでもいいのだ、心の栄養になれば。

特別な日でなくても

時には一日食べなくても花を飾るといい。

新しい季節を始めるために。

 


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週末の懐メロ82:ベティ・デイビスの瞳/キム・カーンズ

 

1981年。

今から41年前のちょうど今頃から2ヵ月余りの間、

全米チャートのトップを走り続けた大ヒット曲。

1981年のグラミー賞最優秀楽曲賞も受賞した。

 

キム・カーンズ独特の強烈なハスキーヴォイスと、

高く鳴り響くシンセサイザー、そして打ち込みのビート。

絶妙なブレンドが生み出すマジックが酩酊感を醸し出す。

 

そしてビジュアルも印象的だった。

 

スラリとした長身に白いブラウス、黒いスーツの上下、

ロングブーツといういでたちで、

艶やかなブロンドの長髪をなびかせた

当時36歳のキム・カーンズは、

ベルばらのオスカルのようで、めっちゃカッコよかった。

 

それから40年後。

昨年、2021年のパフォーマンス。

キム・カーンズ、齢76。

さすがに容貌は衰え、身長も縮んだかのように見える。

ところが。

 

ヒット当時はもちろん、

いろいろな時代のライブと聴き比べてみたところ、

76歳で歌うこの「ベティ・デイビスの瞳」が最高なのだ。

 

なんでだろうと思って何度も聴いてみると、

往年の歌唱の力強さが少々薄れ、

時々わずかに声がかすれたり、

音程が不安定になるところがある。

それが却って気持ち良い「ゆらぎ」となって、

よりセクシーに響いてくるのだ。

 

すべて完璧ならいいというものじゃない。

音楽って、人間って面白い。

 

じいさん、おっさん、あんちゃん。

あらゆる年代の男たちをバックに従えて

不滅のハスキーヴォイスを聴かせるカーンズの

カッコいいばあさんっぷりには、

感動とリスペクトを覚えずにはいられない。

 

もう一つこの曲について発見があった。

なんとこの大ヒット曲はカヴァー曲だった。

 

オリジナルは1975年に、

ジャッキー・デシャノンという

ソングライターが歌ったもの。

 

聴いてみたら、ちょっとノスタルジックなジャズ調の曲。

何も知らないで聴いたら、よほど注意しないと

同じ曲だとは思えない。

それほどカーンズバージョンのアレンジは

斬新でエッジが立っていた。

 

女は男を弄び、惑わせ、悦ばせる

女は早熟で熟知している

頬を染めるプロに欠かせないもの

それはグレタ・ガルボのため息

そして、ベティ・デイビスの瞳

 

ベティ・デイビスは1930年代に活躍した

ハリウッド映画の名女優。

だからデシャノンの原曲はレトロジャズっぽい。

 

往年の女優をモチーフにした歌なのに、

なんでこんな斬新な曲が生まれたのか、

不思議に思っていたが、その謎が解けた。

 

自分の個性・センス・才能を信じて疑わなかった

カーンズの大勝利。

 

興味のある方はぜひデシャノンの原曲と

聴き比べてみてください。

 


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川崎ビジネス

 

司法書士の方の本の代筆をすることになり、

取材で川崎へ行く。

 

川崎と言えば、川崎球場。

大洋ホエールズの本拠地である。

「巨人の星」の左門豊作もいた。

と言っても、なんやそれ?と首をかしげる人も多いだろう。

 

昔あったプロ野球チームだ。

缶詰めでおなじみのマルハ(現・マルハニチロ)が

親会社で、ユニフォームの肩のところには

マルの中に「は」の字の入ったロゴが燦然と輝いていた。

 

川崎球場には、スタンドで麻雀やってる観客がいるとか、

流しそうめんをやっている人がいたという

レジェンドがある。

球場で流しそうめんやりながら野球見物というのは、

何やら昭和の高度成長時代を象徴するような絵柄である。

 

川崎にはそういう猥雑というか、

大衆的な活気が似合う街だった。

工業地帯、労働者、酔っぱらい、ギャンブル、風俗、

生活破綻者・・・

 

そういえば川崎という街の名前を初めて知ったのは、

中学生くらいの頃、当時の人気アイドルが、

デビュー前、川崎の風俗店で働いていたという

スクープがすっぱ抜かれ、

大スキャンダルになったことからだ。

どういう顛末になったかは忘れてしまったが。

 

そんなわけで、川崎には

いまだにそういう昭和のイメージがまとわりついている。

東京と横浜の狭間の街、というのも損なポジションだ。

 

そして、かの大洋ホエールズも昭和が終わらないうちに

本拠地を横浜に移し、

横浜ベイスターズ➡横浜DeNAベイスターズ

になってしまった。

 

ついでにサッカーのヴェルディ川崎も、

いつの間にか東京ヴェルディになっていた。

 

アクセスの良さにも関わらず、

東京・横浜においしいとこどりされている川崎だが、

わがクライアントの司法書士氏は

「だから私はここで事務所を開いて成功できたんです」

という。

 

東京や横浜はおいしい場所なので競争が激しすぎる。

よほど優秀でなければ成功するのは難しい。

はざまにある川崎は、いわばビジネスの穴場。

何と言っても東京や横浜に比べて家賃が安い!

 

というわけで氏は20年以上にわたってこの地に根を張り、

ビジネスを展開してきた。

おかげで僕にも仕事が回って来た。

今までほとんど縁のなかった街だが、

これから大事に思おう。

 

昭和ダーティのイメージをまとった川崎だが

今はきれいに洗練され、治安もよく、

大都市にあっては全国屈指の犯罪率の低さを誇るという。

ヴェルディは東京に行っちゃったけど、

フロンターレ川崎がいる。

 

でも、それじゃなんだかつまんないけどなぁと、

昭和人としては思ったりもするが。

 


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「昭和96年の思い出ピクニック」のレビュー

 

毎日のように身近な芸能人や文化人の訃報を聞く。

今日はダチョウ倶楽部の上島竜兵さん。

ひとりひとりこの世を去っていくたびに、

昭和という時代がどんどん遠ざかっていくようだ。

 

政治家や企業家などの偉い人たちより、

芸能人や文化人の死にそうした感情を抱くのは、

やはり彼ら・彼女らが僕たちの暮らしの一部であり、

人生の夢や楽しさを与えてくれたからだ。

 

ブログでときどき昭和についてのエッセイを書いているが、

それを電子書籍としてまとめた第1集

「昭和96年の思い出ピクニック」(昨年発売)

http://www.amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

の紹介文にはこんなことを書いた。

 

アイドル、マンガ、オカルト、オリンピック、

新聞配達、家族、そして戦争――

昭和には愛すべきもの、憎むべきもののすべてがあった。

2021年=令和3年=昭和96年になった今でも、

僕たちは昭和の物語から離れられない。

 

海を埋めたて、山を切り開き、

明日へ向かって進んだ果てに

見つけたものは何だったのか?

みんなが愛して憎んで生きた時代を

1960(昭和35)年生まれの著者が探検する

面白まじめエッセイ集。

 

この本にはこんなありがたいレビューをいただいている。

 

この本に出会えたのは電子書籍という世界だから。

これが仮に紙媒体で出版されていたら、

私は、おそらくそのコーナーにすら

近づくことはなかったと思う。

別に嫌だからとかではなく、

純粋に出会えるきっかけがないから。

内容はこの時代を生きた人の生の声。

熱さ寒さだけでなく匂いまで伝わってきそうな生きた声。

素敵だ。

電子書籍=副業か恋愛のような

偏った冊数の分布がある中で、

こんな電子書籍でしか表現できない本があるというのも、

kindleの魅力なんだなーと再認識した1冊である。

 

身に余る光栄。

これからも僕の書ける限りの昭和のお話を

後世に伝えていきたいと思っています。

 


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死後手続きのDXと遺骨ジュエリー

 

葬儀供養メディアの仕事をしているので、

毎月、いくつもそっち方面の取材をしている。

今日は葬儀社のDXに取り組む会社と

遺骨ジュエリーを作っている会社。

 

葬儀社のDXに取り組む会社は、

行政と協定を結んで手続のデジタル化推進に関わっている。

具体的には配偶者や親が亡くなったときの

煩雑な手続きをインターネット経由で簡素化するのだ。

 

これはつい先日、全国紙のコラムに取り上げられ、

大きな反響を呼んでいるようだ。

 

言い方は悪いけど腐っても鯛。

大新聞やテレビの力はまだまだ絶大なので、

この行政手続きのデジタル化には、社会的関心も集まり、

医療機関なども巻き込んでこれから加速度的に進むと思う。

 

遺骨ジュエリーは、お墓や仏壇と別の形の供養として、

ここ10年くらいで徐々に浸透してきた。

 

最近はお墓を作らない人も多く、

散骨が増えている。

ただ、海洋葬にしても樹木葬にしても、

その時はそれでよくても、

あとからお参りする「もの」がないので、

心を寄せる場所が何もないという現実にぶつかってしまう。

その時にほんの少しご遺骨を残しておいて、

小さな箱に入れておいたり、

こうしたジュエリーにして

身に着けて偲ぶという方法がある。

 

遺骨の一部を樹脂で固めて

ジュエリーの一部に組み込むタイプ、

また、遺骨そのものを加工して

ダイヤモンドにするタイプがある。

 

特に子どもをなくした親御さんとか、

若くして配偶者を失くした人にとって

「いつもいっしょにいたい」という思いを叶えるもの、

今後を生きていくための心の支えとして役立つと思う。

 

 

葬儀供養に興味のある方へ:

おりべまこと

エッセイ集:エンディング

電子書籍 Amazon Kindleより発売中


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20世紀の絶対悪ナチスを利用する21世紀の悪魔の影

 

ロシア戦勝記念日。

プーチンが拠り所にするのは、ナチスに対する聖戦。

ウクライナに巣食うネオナチのせん滅。

 

「ナチス」という言葉には

恐るべき悪のエネルギー、

死と虐殺のイメージがまとわりついている。

実際に1930~40年代のナチスドイツによって、

ヨーロッパ各地で人類史上最悪の

ジェノサイド、人権蹂躙が行われたのは事実なので、

そんなのイメージだけだ、とは言わない。

 

けれども「ナチス」「ファシスト」と言って指を指せば、

その人・組織・団体は悪い奴らだから潰していい、

と単純に人に暗示をかけてしまうのは問題だと思う。

 

思えば僕たちはこの77年間

「ナチス絶対悪の世界」で生きてきた。

かつての同盟国だった日本ですら(日本だから?)、

僕が子ども・若僧だった戦後20年~40年くらいの頃、

つまり昭和40~昭和60年

(1960年代後半~80年代前半)あたり、

現実と離れた世界でなら抵抗感がないためか、

子ども向けのSFマンガやアニメには

「世界征服」「地球支配」「人類滅亡」

などのワードとともに、ヒトラーやナチスを模した

悪のキャラクターや組織が多数登場した。

 

ビッグX、宇宙少年ソラン、ジャイアントロボ、

新造人間キャシャーン、仮面ライダー、

マジンガーZ、宇宙戦艦ヤマト・・・

 

そういえば、仮面の忍者赤影は時代劇なのに、

トンデモ科学力を駆使する卍(まんじ)党という

悪の忍者軍団が出てきた(だから面白かったのだけど)。

あれもナチスのイメージが反映されていた。

 

ついでに「キン肉マン」とか「リングにかけろ!」とか、

少年ジャンプのバトル系マンガでも。

 

いまは史実に基づく映画・ドキュメンタリーを除いて、

フィクションの分野では絶対にメディアに出せないが、

ハーケンクロイツやナチス的敬礼も

頻繁に目にした気がする。

 

裏返して言えば、悪役としてとてもカッコよく、

知的で格も高いので、子供・若者の気を引いたのだ。

 

誰もあまり言わないけど、

ナチスの軍服のデザインはめっちゃ優れていると思う。

だから当時のドイツの若者が大勢ナチスに入りたがった。

 

それほど強力なナチスの悪のパワーだが、

かの組織自体は77年前に滅んでいる。

ネオナチという、その残党も確かにいて、

ヤバイ連中なのだろうが、

そんなに大きな力を持ち得ているとは思えない。

 

「ナチス」「ファシスト」はわかりやすい記号だ。

その絶対悪の記号を隠れみのにして、

この77年でナチスを凌駕する得体の知れない悪魔が

この世界の裏側で育っているのではないかと恐れている。

 

ヒトラーやナチスを悪魔、大罪人として裁いて

正義は勝った、世界は平和になった・・・

と話が収まっていた時代はとうの昔に過ぎ去っている。

 

国籍問わず、「ナチス」「ファシスト」といった

20世紀の悪に対する言葉・イメージを巧みに操り、

20世紀人のトラウマを刺激しようとする連中にこそ、

僕たちは注意しなければいけないのではないだろうか。

 

世界や歴史に関してのお話にも、

おりべまことのエッセイで軽く出逢ってみてください


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母の日・父の日に感謝のプレゼントなんかいらない

 

週末は息子が遊びに来た。

正月以来である。

もうすぐ誕生日なので、一足早くお祝いをした。

 

「おまえ、日曜は母の日だけど、

かあちゃんに花ぐらい持ってこないの?」

と冗談めかして言ったら、テヘヘと笑っている。

 

今年で26になるが、

親にとって子どもはいつまでたっても子どもである。

いつものごとく本とか映画とか音楽とかネットとか、

しょーもない話ばかりしてたのだが、

なんとなく2日いっしょにいたら

カミさんともどもリフレッシュして元気になった。

 

不思議なもので、義母もなんだかご機嫌麗しくなって、

お散歩も楽しげだった。

若い奴はなかなか目に見えない力を持っているものだ。

 

母の日・父の日になるといつでも、

世の中の空気にそこはかとない気持ち悪さを感じる。

親が子どもを育てるのは当たり前である。

子どもが「育ててくれてありがとう」などと言って、

わざわざ感謝のプレゼントを贈る必要なんかあるのか、

と思う。

 

子どもに親への感謝を強制しているんじゃないの?

そんなことする権利が親にあるの?

むしろ成人して独立して、心配させるでもなく

元気にやっている子どもがいたら、

親はその子に感謝すべきじゃないか。

 

近年は、親の子に対する虐待、

子の年老いた親に対する復讐みたいな虐待、

そして、愛しすぎて子離れできない親とか、

おとなになった親子の問題が原因で、

メンタルに深刻な影響を与えるケースが増えている。

 

いっそのこと、母の日・父の日なんかやめてしまって、

自分の親子関係を考え、見直す日にしたらどうか。

その上で子どもが心から母・父に感謝したい、

何かプレゼントしたいと自発的に思えるなら贈ればいい。

 

世のなかの風潮に流されて、

なんとなく習慣化・形骸化している母の日・父の日に

「やらされている感」がある若い人は、

自分の今後の人生のためにも、

ぜひ一度考えてみてください。

 

子どもや家族のことを書いたエッセイ集。

息子がチビの時のことや、父親の戦争体験などの話も収録。

●子ども時間の深呼吸

https://www.amazon.com/dp/B0881V8QW2

●昭和96年の思い出ピクニック

 http://www.amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

 


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週末の懐メロ81:ヒート・オブ・ザ・モーメント/エイジア

 

1982年リリース。

キング・クリムゾン、ロキシー・ミュージック、

ユーライア・ヒープ、U.K.、そしてエイジア。

1970年代から80年代にかけて、

イギリスのプログレッシブ・ロックバンドを渡り歩いた

ベーシスト/ヴォーカリスト/ソングライターの

ジョン・ウェットンがこの世を去ってもう5年が経つ。

 

イエスのスティーブ・ハウ(ギター)、

ELPのカール・パーマー(ドラムス)、

バグルスのジェフ・ダウンズ(キーボード)らと組んだ

最強のバンド、エイジアは

ウェットンのそうそうたるキャリアの頂点だった。

 

「放浪者」「堕落天使」「夜を支配する人」などで

落ち着いたヴォーカルを聴かせながら、

ぶっといベースをブンブン唸らせるウェットン。

彼が大活躍した1973年から74年の

第3期クリムゾンは今でも大好きである。

 

しかも、脊髄をひん曲げるほどの

強烈にダークでアヴァンギャルドな音楽をやりながら、

映画俳優のような生粋の二枚目。

 

半世紀を経て第3期クリムゾンが

ますます神格化されているのは、

メンバーの才能、楽曲の素晴らしさはもちろんだが、

若きジョン・ウェットンと

デビッド・クロス(バイオリン/キーボード)が

アイドルバンド並みのイケメンだったことも

一因ではないかと思う。

 

70年代後半のU.K.ではエディ・ジョブソンや

ビル・ブラッフォードなどと組んで

「クリムゾン再来を目指した」などと言われていたが、

2枚目のアルバムでは、

もうエイジアと共通するポップ指向が見て取れた。

 

おそらく彼はクリムゾンを超えるほどの

サウンドを作るのは不可能だと感じ、

プログレを卒業しようとしていたのだと思う。

 

エイジアは結成時、スーパーバンドの呼び声が高く、

70年代のプログレ四天王を超越する音楽が

期待されていたが、

そのあまりにポップな楽曲群に

プログレファンは大きく裏切られた。

 

1980年代、プログレの黄金時代はとっくに終焉し、

ウェットン等は新たな境地を目指していた。

 

彼らの新たなチャレンジは見事、功を奏し、

この「ヒート・オブ・ザ・モーメント」がトップを飾る

デビューアルバム『詠時感〜時へのロマン』は、

全米ビルボード・チャートで第1位を9週間獲得。

年間アルバム・チャートでもNo.1に輝いた

大ヒット作であり、

1980年代を代表するロックナンバーになった。

 

しかし、売れたせいでエイジアへの風当たりは

より強くなった。

その後、節操なくメンバーチェンジを繰り返したため、

ヒット狙いの寄せ集め産業バンドとも揶揄された。

 

なんと創始者であり、リーダーであるはずのウェットンも

一時期離脱してしまっていたくらいだ。

 

それでもエイジアのサウンドのカッコよさは

誰もが認めるところだろう。

僕もこの曲を聴くと、がんがんテンションが上がり、

エネルギーが湧いてくる。

 

映像はウェットンが復帰した代わりに

スティーブ・ハウが抜けた

1985年あたりのものだと思われる。

 

ハウがいなけりゃエイジアじゃないという声もあるが、

僕にとってはウェットンさえいればエイジアだ。

 

それに僕の知る限り、

メンバーがみんな楽しく生き生きしている

このライブ映像は、この曲のベストパフォーマンス。

疾走するギターとキーボードをぶっとく支える

ウェットンのベースランニングが何よりも素晴らしい。

 

改めて、ぼくの人生を変えた

プログレッシブロック最高のスター、

ジョン・ウェットンの冥福を祈りたい。

 


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自分の未来、世界の未来、子どもの未来を大切にして生きよう

 

時間は未来から現在、そして過去へ流れる。

 

そんなわけないだろうと思うが、

自分の最終形をイメージし、そう考えて生きる方が

これからは良いのではないかと思う。

 

人間の不幸の最大の原因は

「比べてしまうこと」である。

 

他者と比べておれは・・・とやると、

自分のことを客観的に見られるというメリットはあるものの、

自分を見失ってしまうデメリットはその何倍も大きい。

 

それよりもさらに悪いのは、

過去の自分とくらべてしまうことだ。

 

とくに若い頃、いろいろ活躍して

周りにチヤホヤされた中高年は、これをやりがちである。

 

昔の輝いていた自分のイメージが忘れられなくて、

「むかしはよかった」

「もうトシだ」と呟いていると、

その自分の吐く言葉で、

どんどん脳細胞が破壊されていく。

そして、いつの間にか脳が大きなダメージを受けている。

そうなると人生に希望は残らない。

 

その点はうちの義母には見習うべき点がある。

なにせ過去の記憶をすっかり失ってしまっているので、

「昔の自分は・・・」なんて比べようがない。

 

いつでもどこでも“今”が新鮮であり、

“今”が最高で生きている。

認知症も悪いことばかりではない。

 

時間は未来から現在、そして過去へ流れる。

 

そう考えるのはごまかしでもなんでもなく、

たとえ病気になっても、

たとえ頭や体が動かなくなったと感じても、

人生を良き方向に向かわせるための貴重な思考法である。

 

あなたの最終形は何だろうか?

最後の夢、究極の人生の目的は何だろうか?

それを考えるのは、何歳からでも遅くはない。

それを設定できれば、

“今”は過去の結果、過去のなれの果てではなく、

未来へ向かうための一行程、

成長の一段階に変わる。

 

そして、その夢、その目的に不要な情報は

切り捨てていい。

人生は短いのだ。

僕たちは世の中の総ての情報を知ることはできない。

重要でないものには目を瞑っていい。

自分の未来を大切にして生きよう。

そして、世界の未来、子どもの未来を大切にして生きよう。

 

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どうなる?イギリスで「となりのトトロ」舞台化

 

これはびっくり!

イギリスのロイヤルシェイクスピアカンパニー(RSC)が、

「となりのトトロ」を舞台化する。

 

トトロの世界って日本人独自の感性によるもの、

と思っていた。

英国人のセンスでどうやって表現できるのか?

と最初はかなり訝ったけど、

よくよく考えてみれば、

ファンタジーにかけてはしっかりした伝統を持つ国。

けっこう面白いものになるかも。

しかも映画じゃなくて、舞台というところが期待大。

 

以下、プレスリリース要約。

 

宮﨑駿監督のアニメーション映画「となりのトトロ」が、

イギリスのロイヤル・シェイクスピア・カンパニー

(RSC)によって初めて舞台化。

2022年10月からロンドンのバービカン劇場で上演される。

映画で音楽を手掛けた作曲家の久石譲が舞台化を提案し、

宮﨑駿監督がこれを快諾したことで始まったプロジェクト。

久石譲がエグゼクティブ・プロデューサーを務める。

 

久石譲は舞台化にあたり

「この作品に本当の意味で普遍性があるなら

――僕はあると思っていますが――

まったく違うカルチャーで育った人たちが

違う言語でやっても、

きっと世界中の人に伝わるはずです」とコメント。

 

また、題字も手掛けたスタジオジブリの

鈴木敏夫プロデューサーは

「果たしてどうやってトトロと出会えるのか。

とても楽しみにしています」

と期待を寄せているという。

 

演出のフェリム・マクダーモットは

「美しい音楽とともに舞台にします。

パペット、役者とともに、命を吹き込みます」

と意気込みを語っている。

 

世界的な作曲家・久石譲のもと、

世界最高峰の演劇カンパニーRSCが

「となりのトトロ」をどう表現するのか、

世界中が期待している。

 

どうやら全体的にオペラみたいな感じの舞台で、

ダンスやパントマイムやパペットの動き、

ポエムリーディングのようなセリフなどを交えて

表現していくのではないかと思う。

 

オリジナルの映画とは違う、

イギリスファンタジーっぽい味の作品になるのだろうか?

いずれにしても、これ見るだけの目的で

またロンドンに行く価値あるかも。

 

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下北沢のロボットとコミュニケーション

 

今日はカミさんと下北沢の街をぶらつきに行く。

お天気もいいしすごく賑わっていた。

まともに歩くのは約2年ぶりだ。

 

下北沢は過去の「若者の街」の記憶を残しつつ、

未来へ向かって生まれ変わりつつある。

駅前には映画「ブレードランナー」のアジ

アン飲食街をイメージした

「ミカン(未完)」というストリートが出来ていたり、

以前の小田急線の線路後に、他の街では見られない

おしゃれな施設が出来ていたり。

 

京王井の頭線の駅(券売機の横)にはロボット駅員のレイちゃんもいる。

「戻ってきました」と書いてあるので、

どこか他の駅に出向していて帰って来たらしい。

果敢に会話を試みたが、リアクションはイマイチ。

「もっと勉強してね」と言ったら

「ありがとうございます」だって。

ロボットがいたらどんどんコミュニケーションしよう。

ロボットと共存する社会はもう目の前に来ている。

 

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本気で生まれ変わりたい人のための「白葬」

 

「人は何度でも生まれ変われる」 

「生まれ変わったつもりでがんばる」

「一度死んで生まれ変われ」

 

映画、ドラマ、文学など、フィクションの分野でも、

ビジネスなどリアルな分野でも、よく耳にするセリフだ。

 

美しい。

カッコいい。

ドラマティックだ。

 

でも、言葉だけなら誰でも、いくらでも言える。

実際に一度死んで生まれ変われる人なんていない。

そんなことできるはずがない。

 

これまではそうだった。

 

ところがそれが実現できるようになった。

横浜の地下鉄・三ッ沢下町駅のすぐそばにある

「逃げBar WhiteOut」がその実現の場だ。

 

何から何まで真白な空間。

小さなスペースだが、何だか無限に広がるような

不思議な感触のある空間だ。

 

ここのオーナーであり、体験作家の雨宮優氏は

今年2月からこの「逃げBar WhiteOut」で

「白葬(はくそう)」をプロデュースしている。

 

真白な空間で自分自身の葬儀を挙げることができる。

本気で「生まれ変わりたい」という人のための

舞台装置を整えたのだ。

 

演劇をやっていた僕の目から見ると、

とても演劇的な空間だ。

そうなのだ。

演劇の中であれば、人は何度も死ねるし、

何度でも生まれ変われる。

 

現代ではべつに演劇などやっていなくても、

一般の人が現実の常識から離れて、

仮想現実、バーチャル空間に

容易にアクセスできるよう、脳を進化させている。

特に若い世代は、その進化が著しい。

 

むかしの自分は死んだ。

ここで白葬を開いて新しい自分に生まれ変わる。

葬式は一生に一度きりでなくてもよい。

何度やってもよい時代になったのだ。

 

発案者の雨宮氏は白葬のリリースのなかで語っている。

 

“人生は1度きり。そうなのだと思う。

けれど、例えば1度きりの人生を

1つの小説だとしたときに、

それは複数の章によって構成されている。 

そして章が変われば場面や時代、

キャラの設定だって変わっていることもある。

1つの人 生に対して1人の自分でいる縛りはないはずだ。”

 

ひとことで言えば生前葬だが、

従来のものとは全く違うことは一目瞭然。

 

こんなものを世に出した

雨宮氏の発想・オリジナリティには静かな感動を覚える。

 

彼自身は大変もの静かな青年だが、

「白葬」のほかにも、「Ozone合同会社」として

斬新でエキサイティングな活動をいろいろ行っている。

 

月刊仏事の取材で訪れ、これから記事を書くが、

葬儀やエンディングの概念を変えてしまうような

彼の活動には、個人的に大いに注目している。

 

 

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もくじ

●「人間を大事にしています」ってどういうこと?

●悟りを開いてお寺で婚活

●クリスマスにちょっとだけ世界と自分を変える

●いい人のサービス残業問題

●慢性硬膜下血腫で頭の手術の顛末記

●自分という人間のスト―リーに気付いた一年

●百年ライフの条件と自分ストーリー

●1/fのゆらぎの初夢

●山羊座のボヤキとイベント増殖に対する懸念

●僕たちは罪を背負わされている

●わが心の誕生日会

●酒・タバコ、やめて100まで生きたバカ・パート3

●「どろろ」アニメリメイク版:人間のおぞましさ・美しさ・面白さに迫る

●「悠々自適の幸福な未来」が待ってるはずだった

●ライターという職業の面白さ

●銀河の死なない子供たちへ:人生は無限ではないという幸福

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●今夜はホームアローンでわくわく?

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●絵描きのセンス

●ビッグデータ分析と夢を共有する時代

●取材はイベントにしたい

●「実践!五〇歳からのライフシフト術」で人生の午後に備える

●ビジネスのための本気の企業理念

●子どもの卒業・親の卒業

●あたりまえに豊かで幸福だけど

●電車内スマホゲームはなぜカッコ悪いか

●みずから幸福になることを放棄している日本人

●イチローの国民栄誉賞辞退に心の中で拍手喝采

●世界自閉症啓発デー&発達障害啓発週間と人権意識の未来

●結婚記念日と「四月のある晴れた朝に百パーセントの女の子に出会うことについて」

●夜中に情報ウンコの排出

●これからは手ぶらで旅をしたいんだけど

●最期まで希望を見たい

●引っ越しと地球の意志

●ガクアジサイの咲(えみ)

 


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新刊発売!銀河連邦と交信中なう

 

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週末の懐メロ80:私は風/カルメン・マキ&OZ

 

1975年リリース。

昭和の天才詩人・寺山修司のシュールな歌謡曲を

歌ってデビューしたカルメン・マキが、

ジャニス・ジョプリンのレコードに出逢って

ロック歌手に転向。

春日博文らのバンド・OZ(オズ)の演奏を

バックに絶唱する日本のハードロックの金字塔。

 

 

1969(昭和44)年、17歳のカルメン・マキの

「時には母のない子のように」は

子ども心にトラウマを残すような歌だった。

 

僕はまだ10歳にもなっていなかったが、

テレビから流れてくる、

長い髪をしたエキゾチックな若い女

(子どもだったのでずいぶん大人に見えた)の雰囲気、

そして他の歌謡曲にもフォークソングにもない、

その異様な歌詞に胸がざわめいたことを

今でも覚えている。

 

作詞が詩人・劇作家の寺山修司、

そして、カルメン・マキが彼の主宰する

演劇実験室「天井桟敷」の一員だったことを知るのは

後に高校生になってからのこと。

その頃、すでに彼女は当時の日本で随一の

ロック歌手に変貌していた。

 

当時はまだ、ジャニス・ジョプリンを除いて、

こんな激しいシャウトができる女性ヴォーカルは、

アメリカにもイギリスにもいなかったように思う。

 

「私は風」は70年代ロックの総ての要素を盛り込んだ

ドラマティックな展開を見せる大曲で、

OZの代名詞、ジャパニーズ70'Sの代表曲でもある。

 

そしてよく聴き込んでみると、

この歌の主人公の女は、

「時には母のない子のように」で

海を見ていた少女であるかのように思える。

 

少女は大人になり、愛した男と別れて

新しい旅に出ていく——-

そんなストーリーが流れている。

 

それもまた「私は風」が他のOZのレパートリーと

一線を画す特別な曲になっているように感じる。

聴けば聴くほどすごい歌と演奏だ。

 

 


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新刊予告「銀河連邦と交信中なう」

 

 

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ヤバいムーミン

 

 

時々、図書館で子どもの本のコーナーを

ブラブラするのだが、

トーベ・ヤンソンのムーミン全集全9巻の新版が

3年前に講談社から出されていたのを発見し、

1冊ずつ読んでいる。

装丁も新しく、表紙のイラストもなかなかお洒落な本だ。

 

日本でムーミンというと、

そうしても1969年と72年、

東京ムービー➡虫プロで制作され、

フジテレビで放送されていたアニメのイメージが強く、

「ねえムーミンこっちむいて」という主題歌が

頭にこびりついていて腹立たしかった。

 

僕はあの可愛しい丸っこいカバみたいな

ムーミンが出てくるメルヘンアニメが大嫌いで、

妹が見ているとよくディスっていた憶えがる。

 

その後、おとなになって「ムーミンやばい」という話を

あちこちで聞いて、そのうち読もうと思っていて、

62になった今年、初めてまともに読んでみた。

 

これは面白い!

トーベ・ヤンソン天才!

今まで無視しててごめんなさい

と思ってしまった。

 

もちろん、カテゴリーわけすれば、

メルヘン、ファンタジーの部類に間違いないが、

めちゃくちゃ詩的で深読みできる寓話になっている。

心理学的な要素や、ある意味、オカルトというか、

スプリチュアルな要素も入っていて、

僕たちの人生や僕たちを取り巻く世界について

いろいろ考えられる、かなり質の高い文学だ。

 

ちなみにトーベ・ヤンソンは

日本のアニメになったムーミンを見て激怒したらしい。

さもありなん。

僕が子どもの頃のフジテレビは

「母と子のフジテレビ」がキャッチフレーズだったし、

放送枠は「カルピス親子劇場」だったので、

ああなるのもやむを得なかったか。

 

今の日本のアニメなら、

もっとヤンソンの原作をリスペクトした、

エッジが立った「やばいムーミン」をやてくれそうだが、

そんな企画はないのかな。

 

ムーミンのことはちょくちょく書いていこうと思います。

また、9巻全部読み終えたら、

何年か前に飯能に出来たムーミンのテーマパークにも

行って見ようかなと思ってます。

 


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4月のある雨の朝に100パーセントの川岸から 小舟を漕ぎ出すことについて

 

今年はまだ「4月のある晴れた朝に

100パーセントの女の子に出会うことについて」を

まだ読んでいなかったので、昨日読んだ。

 

悲しい話ではあるのだけど、

これは平和でお天気の良い世界のお話だ。

 

ロシア・ウクライナ戦争があったこと、

そして雨が多かったこと

(4月に台風接近なんて生れて初めて聞いた)で、

どうもあまり読む気分にならなかった。

 

いつもこの短い物語からさまざまな寓意を感じとるのだが、

今年はなぜか「4月の雨の朝」のことを

書いてみたいと思った。

 

七日七晩降り続ける雨。

野山の景色が白く煙り、川の水が溢れる中、

彼と彼女は筏のような小さな舟を浮かべて

草花が萌え始めた川岸から漕ぎ出していく。

 

二人はおそらく100パーセントの世界から

旅立とうとしているのかもしれない。

勇気ある旅立ちなのか、愚かな逃亡なのか。

そして、いずれ二人はバラバラになるのかもしれない。

先のことは何もわからない。

 

そんなイメージの断片だけが思い浮かんだ。

ひらひらと舞い降りてきた桜の花びらのような

僕にとっての贈り物かも知れない。

 

村上春樹がまだ若い頃に書いた

この短編は「贈り物」の物語である。

 

人は皆、生まれながらに自分だけの特別な贈り物を

もらっているのだが、

ほとんどの人は気が付かないか、

それは本物の贈り物ではないのでは・・・と疑いを抱く。

 

そうして別の何か、

自分にとってはさほど大切でもないものばかり

探しているうちに年月が流れ、

もともと手にしていた贈り物を失ってしまうのだ。

 

人生はそれを取り戻すためのストーリー。

自分にとっての「成功」は

他人が吹聴する成功とは違う。

これはそんなことを教えてくれる寓話なのだと思う。

 


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青と黄色はこの春のトレンドカラー?

 

最近、広告でブルーとイエローの二色のデザインを

チラホラ見かける。

内容はべつにウクライナにも戦争にも関係ない。

 

たまたま青と黄色が好きなんだよ、

デザイン、カラーリングとしていいんだよ、

というだけのことかもしれないし、

もしかしたらちゃんとその事業者に

なるほど!と思えるような理由や深い思想が

あるのかもしれないが。

 

このネット時代、パッと見ただけで、

内容を読もうかどうか判断されてしまう。

だからいかに人目を引くかが大事だというのはわかる。

ただ、あまり良い気持ちはしない。

 

グローバル、社会貢献、SDGs・・・

これらにちょっとでも関わる内容なら、

いくらでもウクライナ問題とこじつけられる。

 

もちろん突っ込めば、

「いや、私たちは世界平和を祈りながら

日々、活動を行っています」

ぐらいの切り返しは用意していると思うが、

どうもモヤモヤする。

 

詐欺とか犯罪ではないし、

広告・集客のためならそんなこと気にしてちゃダメでしょ、

と言わるかもしれないが、

やっぱり引っかかるな。

そんなことで引っかかっている僕がおかしいのだろうか?

 

そういえば、レオ・レオ―二の絵本に

「あおくんときいろちゃん」というのがあった。

 

レオーニはオランダ生まれのユダヤ人で、

子ども時代にイタリアに移住後、

ファシストの迫害を受けてアメリカへ亡命したという

20世紀の絵本作家。

 

「あおくんときいろちゃん」は

抽象的な表現で人間の愛情を描いた、

子どもの大好きな本だ。

ぜひ一度読んでみてください。

https://leolionni.jp/


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これからどうやって旅に出るか?

 

おそらく誰もが若い時代、

「視野を広げる」ということを意識したり、

年長の大人から言われたりすると思う。

 

たしかに振り返ってみると、自分の場合も

10代から20代にかけて様々な文化に出会い、

実際に海外をほっつき歩いたりもして、

劇的に視野は広がった。

 

しかし、ある程度のところまで行くとその広がりは止まる。

つぶさに見れば、以前ほど劇的にではないにせよ、

いろんな経験――たとえば結婚とか子育てとか――

をするとともに広がり続けてはいるのだが、

それまでに構築したものが大きすぎて自覚が薄い。

 

残念ながら、脳も体も

かつてのようなエキサイティングな変化に

ついていけなくなってるのだ。

 

こういう時は旅に出るといいということは

わかっているのだが、

家族もいるし、昔のように一人で自由な旅は出来ない。

 

それに予定調和の旅、

休息のための旅にはもうあまり興味がない。

ゆったり温泉・グルメ満喫旅行も、

天国みたいな南の島のバカンスも、

三日もやれば飽きてしまう。

そんな退屈なものはいらない。

 

欲しいのはもう一度、

自分の根っこを揺るがすような旅体験である。

たぶん可能なのは、忙しい日常の中でもできる、

脳内に臨場感を作る、

自分自身のためのバーチャルトリップを編み出すことである。

死ぬまで視野が広がり続ける旅ができるよう、

いろいろトライを続けて行きたい思う。

 


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おりべまこと還暦おもしろエッセイ第11弾 予告

 

今月の刊行予定はエッセイ集:生きる③。

仮題は「今日もまた銀河の果てとの交信」。

今回も面白く生きるヒントになる(かも知れない)まじめな話、おバカな話、ミックスアップして満載します。

 

①②もよろしく。

各¥300でAmazonKindleより発売中。

 

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週末の懐メロ79:あなたがここにいてほしい/ピンク・フロイド

 

1975年リリース。

アルバム「炎(原題:Wish You were here)」の

タイトル曲。

 

ピンク・フロイドが世界で最も成功した

プログレバンドであることは疑いようがない。

けれども、プログレオタクの僕は、

イエスやジェネシス,ELPやキング・クリムゾンと

出会ったときのような

脊髄をひん曲げてしまう衝撃も、

脳髄を侵食してしまうほどの愛着も

ついにピンク・フロイドからは感じることができなかった。

 

一応、デビュー作の「夜明けの口笛吹き」から

70年代最後の「ザ・ウォール」までのアルバムは

一通り聴いたが、どうも前出のバンドのような、

人生を変えるほどの圧倒的な印象がなかった。

もっというと、U.K.やキャメルよりもつまらない。

 

巷で名盤と名高い2枚組の「ザ・ウォール」などは

あまりに退屈で、途中で聴くのを辞めてしまった。

以来40年ほど、たまたま耳に入って来た時以外、

まったくピンク・フロイドは聴いていなかった。

「ザ・ウォール」はこの週末の懐メロを始めてから、

気を取り直して改めて聴いてみたが、やっぱりだめだ。

退屈でどうしようもない。

なんでこれが名盤なのか?

 

と、さんざんディスってしまったが、

70年代前半、バンドの黄金期、

そしてプログレの黄金時代に生まれた「狂気」と「炎」。

この2枚のアルバムだけは別格である。

特に「あなたがここにいてほしい」は

何度聞いても飽きない。

 

このオルタナティブバージョンは、

今回初めて聴いたが、

中盤からバイオリンが入ってくるのがとても新鮮で、

この曲の個性を際立たせている。

 

ドキュメンタリーフィルムに出てくるのは

1970年代のロンドン。

地下鉄ジュビリーライン。

ダブルデッカーが走るセント・ジョーンズウッド駅の界隈。

ビートルズのアルバムジャケットに使われた、

世界一有名な横断歩道。

アビーロードスタジオでレコーディングに

いそしむメンバーたち。

哀切感あるメロディと相まって

すべてが懐かしの風景。

 

さて、ここから47年後、

今年4月にピンク・フロイドが新曲を出した。

20世紀末以降、活動を停止していたのだが、まさかの復活。

ウクライナ支援の「ヘイヘイ・ライズアップ」という曲だ。

正直、これがピンク・フロイドと言われても

ピンと来ないが、

ギターのデイヴ・ギルモアによれば、

「ピンク・フロイド」というブランド力で、

ウクライナ支援を訴えたいということ。

ちなみに彼の義理の娘がウクライナ人である。

 

趣旨は良いと思う。

しかし往年のファンからは

「ロジャー・ウォーターズのいないフロイドなんて」

という声も上がっている。

じつは僕も同感である。

 

狂気の天才シド・バレットが生み出した

ピンク・フロイドは、

ベースのロジャー・ウォーターズが後を引き継ぎ、

黄金時代を築き上げた。

それがいつしかギルモアが主導権を握るようになり、

かつての仲間同士の争いは裁判沙汰に発展し、

結局、裁判に負けたウォーターズは追放された形で

バンドに戻れなくなった。

 

新曲に参加している往年のメンバーは、

デイヴ・ギルモアと、ドラムのニック・メイスンのみ。

キーボードのリック・ライトはすでにこの世を去っている。

 

この先も何か音楽活動をするのかどうかは不明だが、

戦争によってレジェンドバンドが復活するなら、

かつてのバンドエイドや

ウィ・アー・ザ・ワールドのような

動きには繋がらないのだろうか?

 


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女の諍いにピースサイン

 

気が弱いので、オンナ同士の諍いは大の苦手である。

それを避けるためなら(死ねと言われるには嫌だけど)、

たいてい何でもする。

 

カミさんと義母と3人で暮らすようになって

間もなく3年。

この二人は時々ぶつかる。

 

他の生物の世界では、

自分の遺伝子と酷似する他の個体、

つまり子どもが大人になって巣立ったら、

親子が同じ場所で暮らすことは少ないが、

人間は別。

 

特に日本人は「家族・親子は仲が良くて当然」

みたいな幻想にいまだに囚われているので、

いろいろやっかいだ。

 

義母は昭和10(1935)年生まれだが、

このあたりの戦前・戦中に生まれ育った人たちは

当時の男尊女卑思想が体に染みついている。

これは認知症になろうが変わらない。

 

したがって義母は男=僕には優しいし気を遣うが、

女=娘であるカミさんには上から目線で

けっこう厳しい言動をとる。

カミさんもムカッとしてやり返すから

ときどき険悪なムードになる。

 

それを察すると、僕は仕事の途中だろうが何だろうが、

さっとニコニコ仮面をかぶって

「ありゃありゃ、どうしたの~」と

とりなしに入る。

 

時として非常に疲れる。

そして、これはいつか昔に経験したことだと悟る。

 

そうだ、遺伝子は違うが、

母と祖母(父の母)も同じだった。

 

もちろん子どもの頃の話である。

 

母はヒステリックにばあさんへの愚痴をこぼすし、

ばあさんはばあさんで、悪口とまでは言わないけど、

母への不満をこぼす。

そして「お母さんには内緒だよ」と耳打ちして

そっと僕におやつとか小遣いとかを渡す。

愛情でもあるが、味方になれよという賄賂でもある。

 

断れるはずがないのでもらっちゃって

内心ニンマリしちゃうんだけど、

母の顔を見ると罪悪感に苛まれる。

妻に不倫がバレないよう隠している夫のような心境だ。

 

妹はあまりそういうことがなかったたしいので、

これはやっぱり自分が男だからなんだろうなーと思う。

 

その母は今、施設に入っていて、

今日電話したら、にこやかに

「元気だよ」「心配いらないよ」

「ごはんもちゃんと食べてるよ」としか言わない。

 

スタッフの人からあんまり調子よくないと聞いて

知ってるけど、

「いやいや、そうじゃないでしょ」とは言えないので、

笑って聴いている。

いろいろな感情が湧き出る。

 

身内に限らず、できれば、すべからく女性には

いつも、いつまでも幸福であってほしいと願う。

願っているだけで何もできない男だが。

 


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非道・鎌倉殿の衝撃展開

 

源頼朝(大泉洋)の(観客的に)許すまじき

非道な陰謀の末、上総介広常(佐藤浩市)が惨殺された

「鎌倉殿の13人」の第15回。

ネット上でもあまりの衝撃に騒然となるほど盛り上がり、

まさに三谷幸喜脚本の本領発揮。

 

この脚本家は「本作は源頼朝(大泉洋)が

死んでからが本番」

と言っているくらいだから、

このあと出てくる壇ノ浦の合戦・平家の滅亡も、

兄に討たれる義経の悲劇も、ほんの序章ということになる。

 

とは言え、夏まではこのくだりでまた盛り上がるだろう。

従来のイメージを木っ端みじんにする

菅田将暉の純情ワルガキ義経は大好きだ。

 

上総介の死が、頼朝・義経兄弟の

確執と悲劇の伏線となっていることは明らか。

 

これまでは何やらお人よしのボンボンっぽかった頼朝が、

これからどんどんブラックな悪役になっていく。

 

でも大泉をキャスティングしている以上、

最期は「政治家になったばっかりに

あんなひどいことしたけど、

本当はやっぱりいい人だったんじゃないか」と

視聴者に思わせて退場するのではないかと僕は思う。

 

さらに上総介の死は、この先、源氏から政権を奪う

北条義時(小栗旬)の運命にも連なっている。

時を同じくして誕生する義時の息子・

北条泰時(鎌倉幕府第3代執権)は、

上総介の生まれ変わりなのか?とも思わせる。

 

義時もまだなんだかフツーのいい人っぽいが、

何と言っても小栗旬、

これからどんな豹変ぶりを見せるのか楽しみだ。

やっぱり脚本と役者がいいと見ごたえがあります。

 


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さらば、おれの牛丼

 

東京に来た時は、右も左も分からない田舎者の童貞だった。

中毒と言うほどではないが、わりと牛丼にハマった。

どれくらいかわからないが、

まああ普通の若者程度に売上に貢献したと思う。

 

ところが34歳のとき、突然、食べられなくなった。

新宿だったか、渋谷だったか、池袋だったか、

定かでないが、

夜、腹を減らしてフラフラ歩いていて店の前を通った。

あのいい匂いが鼻を刺激する。

即座に心は決まった。

店に入り、席に着き、並を注文すると、

1分で湯気を上げた丼が出てくる。

いつものようにベニショウガをどっちゃりのっけて

その上から七味をかなり多めにふりかける。

 

その一連の作業の間に、

肉とタマネギとめしとベニショウガを同時に

口内にかっこみ、その味と食感の混じり合ったイメージが

エアー状態で脳に伝達される。

すでに脳は「うめー」と歓喜のうめきを上げている。

 

それよりやや遅れて、フィジカルにそうなるはずだった。

ところが異変が起きた。

最初の一口をかっこんだところで、

「うっ」となったのである。

 

喉を通らない。

いや、その前にほおばっている口が、

正確にはあごにマヒが走り、動かせない。

 

なんとかその分だけは飲み下したが、

もうそれ以上はだめだ。

 

ここから先、食道に入れたら戻す。

 

脳がそう言っていた。

脅しではない。

やつは本気だ。

そういったら必ずそうする。

 

まさかりっぱな社会人であるおれが、

いくら何でも飲食店でゲロを出すわけにはいかない。

冷や汗がタラリと流れる。

何か不気味ない生き物が腹の底から

這い上がってくるような感覚にとらわれる。

 

これはやばい。

お茶をガッと飲む。

少し気分が落ち着く。

もう一度、ほとんど減ってない

丼の中ににチラと目をやるが、

やはりもう一度トライするのは無謀だと観念し、

そのまま席を立ち、金だけ払って店を出る。

 

いったいどうしてしまったのか?

もしや何か異物が入っていたのか?

それとも体調が悪かったのか?

おそらくそうだろう。

このおれが牛丼を喰えなくなるなんてありえない。

 

しかし、あり得たのだ。

それから1週間後、1か月後、3ヵ月後。

やはり同様に匂いに魅かれ、食べようとトライしたのだが、

まったく同じ現象が起きた。

 

もう体が牛丼を受け入れられなくなっていた。

意思と反して、脳が異常な圧力をかけてくる。

超常的な何かが、おれに牛丼を食わせなくなったのだ。

思えば17年の付き合いだった。

 

高校生のとき、初めて食べた名古屋の牛丼。

上京してやたらハイになって食べた明大前の牛丼。

池袋の芝居のけいこ場で仲間と食べた牛丼弁当。

徹夜の仕事帰りに食べた渋谷の牛丼。

飲み会の後に友と語り合い合いながら食べた新宿の牛丼。

 

思い出が走馬灯のようによみがえる。

けれども涙を拭って決別しなくてはならない。

さらば牛丼。青春の牛丼。

 

好きなのにどうして別れなくてはならなかったのか、

あれから28年経つがいまだに謎だ。

人生は謎だらけだ。

そんなわけでおれの人生から牛丼は消えた。

 

なお、このお話は本日、話題になった

某大学における某牛丼チェーン店役員の

「田舎の生娘、牛丼シャブ漬け発言」とは

何の関係もありません。

 


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マンガと我が青春の街・長崎へ行く

 

先週、藤子不二雄A先生が亡くなり、

かのトキワ荘の住人でこの世にいらっしゃるのは

水野英子先生ひとりになってしまった。

 

トキワ荘ミュージアム界隈の3駅――

西武池袋線・椎名町、東長崎、

都営大江戸線・落合南長崎の駅構内・周辺は

マンガだらけ。

 

仕事で長崎界隈に行ったのだが、

今回も残念ながら、

トキワ荘ミュージアムには行けなかった。

 

もはや昔の面影はほとんどないが、

かつて江古田駅周辺に住んでいた僕にとって、

このあたりは思い出深い街。

けど振り返ってみれば20代の足かけ10年余り。

そのうち3年近くはロンドンにいたので、

実施にいたのは7年くらいに過ぎなかった。

にもかかわらず、

人生の半分くらいをこの界隈で過ごしたような感覚がある。

 

青春時代の時間は濃密。

若者よ、やりたいことがあるなら、

先延ばしにしてしまったら後悔する。

うまく行くか行かないかわからなくても

今しかないと疾走しても悪くない。

 


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「コミュニティふらっと」に阿波踊り見参

 

4月からすぐ近所に

「コミュニティふらっと成田」という施設がオープン。

今日はそのオープニングイベントだった。

 

いわゆる地域集会所なので、

ヨガや体操の体験教室や親子リトミック、

障がいのある音楽家のコンサートなどが開かれる中、

目玉は杉並名物・高円寺阿波踊りの公演。

菊水連の面々が、小さなホテルのロビー程度のスペースで

見事な踊りを見せた。

義母も大喜びでノリノリだった。

 

散歩コースの途中にあるので、

オープン前から中を覗いて顔を売っていたので、

スタッフの人は気やすく声をかけてくれる。

向こうはよく知っているが、

義母のほうは誰だかわからない。

しかし、そこをうまく合わせて

「お友だち会話」を成立させてしまうのが、

彼女のすごいところ。

 

後からこっそり

「すみません。認知症なんで、

じつは全然おぼえてないんです」

「ああ、うちの母もそんな感じです」というお返事。

正直、なんだかちょっとホッとする。

 

いずれにしても近所にこんなきれいな施設が出来たので、

ふらっと寄って休憩所として利用できそうだ。

 


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永福町マッシモ・タヴィオのピッツァは日本一!

 

永福町にあるイタリア料理店「マッシモ・タヴィオ」は

引っ越しする前、ご近所だったのでよく行った。

店の雰囲気も、料理も申し分なし。

特に窯焼きピッツァは本当にうまい!

 

オーナーシェフのイタリア人マッシモさんは

料理の腕だけでなく、キャラも立ってるし、

経営の才覚がある。

 

 

しかし、引っ越してからは、

食については頑固に保守的な義母が

ピッツァなんて食べないこともあって

すっかり足が遠のいていた。

 

昨日は結婚記念日だったので、

なにかディナーを食べようとことになって、

久しぶりにマッシモのピッツアを食べることにした。

 

店に足を運ぶことが叶わないので、

雨の中、永福町まで電車で行って、

マルゲリータとミヤカヤをテイクアウト。

 

約3年ぶりに食べたマッシモのピッツアは、

やっぱりおいしい!

思いっきりリアライズして、

みょうちきりんな顔をして一切れの半分程度しか

手を付けない義母を無視して、

カミさんとふたりで一心不乱にガツガツ食べた。

 

ちなみにこうなることを見越して、

義母のためには好物の

特製ポテトサラダを用意しておいたので、

そっちを食べてもらった。

 

というわけで最高にうまい。

さめてもうまい。。

食べきれなくて残った分を

きょう温め直して食べたけど、

これがまたうまい!

 

独断と偏見で言い切る。

永福町マッシモ・タヴィオのピッツァは日本一!

 

まだこのピッツァを知らない人に警告する。

永福町マッシモ・タヴィオのピッツァを

一度は食べないと人生の一部を

損失していることになりますよ。

ホントです。

僕はもう他のピッツァはまともに食べられません。

 


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週末の懐メロ78:アニバーサリー/松任谷由実

 

1989年リリース。

絶頂期のユーミンが生んだ奇跡の一曲。

 

むかしは運命の人に出会えた恋愛、

そして結婚の歌なのだと、

当たり前のように思っていたが、

いま聴くとかなりニュアンスが違う。

 

「ひとり残されても」

「いつか会えなくなる」

「思い出列車に乗る」

歌詞の中に出てくるこれらの言葉には

死の香りが漂っている。

 

「ひこうき雲」が、

飛び降り自殺をした友人を思って

書いた歌というのは、ほぼ定説になっている。

 

命とか魂といったものに対する意識が

彼女の音楽の源泉にあるのではないかと考える。

 

他にも「ベルベットイースター」

「翳りゆく部屋」など、

荒井由実時代の傑作は、

死のベールをまとった、

それゆえに不思議な透明感が印象深い作品になっている。

 

どうやら「アニバーサリー」も

その系譜に連なっているようだ。

80年代以降、都市に暮らす大人の恋愛を

お洒落に、華やかに歌ってきた彼女がたどり着いた、

一つの終着点のようにも思える。

 

このプロモーションビデオは今回初めて見たが、

誰もいない地球、すべてが終わった世界に

ひとり残された松任谷由実が

海岸や砂漠や草原をでさまよいながら

ほとんどスッピンで普段着で、

孤独に歌っている。

 

世界の果て、人生の果てを

たったひとりで歩いて行った――

30代半ばの彼女の自然な心象風景なのだろう。

その姿からは数多のイメージが流れ出し、

ひどく感情を揺さぶられる。

 

名曲ぞろいのレパートリーの中でも、

おそらく最も多くの人に、

最も長く聴き継がれる曲の一つになるであろう

「記念日」の刻印。

 


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リンゼイ・ケンプのダンスの記憶

 

道化師の画像を見ていて、

リンゼイ・ケンプのことを思い出した。

 

ケンプは英国のダンサーであり、パントマイマーである。

俳優として映画に出演したことも何度かあったが、

基本的は舞台が命の人で、

自分のカンパニーを持ち、ダンス、パントマイム、

演劇を融合させたような舞台を作っていた。

 

音楽好きな人にはデビッド・ボウイやケイト・ブッシュの

ダンス、パントマイムの先生として

その名を聞いたことがあるだろう。

 

「ジギースターダスト」時代のボウイ、

デビューした頃のブッシュのライブパフォーマンスには

ケンプの影響が強く表れている。

 

僕も1985~87年、ロンドンに在住していた期間、

何度かケンプの公演を見に行った。

「フラワーズ」という舞台が特に印象に残っている。

 

彼のステージは、高貴なクラシックアートと

サーカスやバーレスクのような、

下卑た猥雑な「見世物」のエッセンス、

さらに1970~80年代のポップカルチャーなどが

絶妙にブレンドされた、

神と人間の間を行き来するような、魅惑的な世界だった。

 

日本のカルチャーにも造詣が深く、

能や歌舞伎の要素も取り入れていた。

今世紀になってからも何度か来日公演を行い、

若い頃と変わらない元気さを見せていた。

いったいいつまで踊り続けるのだろうと思っていた。

 

そんな彼が2018年に亡くなっていたことを知ったのは

昨年のことだ。

ネット上でケイト・ブッシュの追悼コメントを読んだ。

80歳。直前まで次回のステージの準備をしていたようだ。

踊りながら倒れたのかもしれない。

「死ぬときも前のめりで死ね」という

セリフを思いだしたが、

生涯ダンサーとしては理想的な最期だったのかもしれない。

 

拙作「ピノキオボーイのダンス」(Kindle電子書籍)

に登場する老ダンサーは、ケンプをイメージして書いた。

https://www.amazon.co.jp/dp/B08F1ZFLQ6

 

彼は廃棄物となったロボット少年を救い、

彼に踊ることを教える。

老ダンサーの魂は、ロボットダンサーの体を借りて

未来を生きる。

 

彼のパフォーマンスの映像・音声データが豊富にあれば、

何十年か先、そんなことが実現するかもしれない。

僕たちはそういう時代を生き始めている。

 


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世界のサピエンスはこの戦争を許さない (ハラリ氏のプーチン敗北宣言)

 

「サピエンス全史」「ホモ・デウス」の

ユヴァル・ノア・ハラリ氏が、

英国のガーディアン紙上で、

また、YouTubeにおいても、

ロシア・プーチン大統領の敗北を宣言している。

 

 

ハラリ氏は世界的な歴史学者、哲学者、

そしてベストセラー作家だが、

彼のこの宣言で世界の情勢が変わるわけではない。

それでも深く共感できる人は多いのではないだろうか。

 

もちろんロシアはウクライナとの戦争で負けたわけではない。

それどころか依然優勢なのだが、

ハラリ氏が言いたいのは、

大国・独裁者の横暴を、世界中のかなりの数のサピエンスたちが

許せない精神状態になっている、

そして未来に対して非常な危機感を抱いている、

という趣旨だ。

 

ロシアの勝利=大国の小国への侵略成功は、

世界を1945年(第2次世界大戦終結時)より以前に

逆行させてしまうことになる。

 

1945年以前、多くの国にとって、国を豊かにするために

戦争は一種の必要アイテムだった。

国家予算の半分以上を軍事費に使うのが

当たり前だった時代。

それがロシアの勝利・成功によって帰ってくる。

 

つまり、この77年間の経済・産業の発展、

いろいろな文化の成熟の歴史が

完全否定されてしまうことになる。

 

そんな時代の再来を、あなたも僕も、

多くのサピエンスたちは望んでいない。

心の底から嫌がっている。

 

ゼレンスキー大統領は、

そのあたりの心理をうまく読み取って、

巧みに情報戦を展開し、ウクライナを有利な方向に導いた。

僕も情報戦・認知戦ではウクライナが

ロシアを圧倒していると思う。

 

そうした世界(といっても西側諸国だが)の

「戦争・侵略は許せない」――ハラリ氏の言葉に変えれば、

「ジャングルに戻りたくない」という心情が、

ロシアの国民を動かせるかが問題になると思う。

 

あと、YouTubeの話の中では、

ドイツに対する提言が興味深い。

ナチスが犯した戦争犯罪の贖罪として、

ドイツがより積極的に動くことを、

イスラエル人(ユダヤ人)の立場から訴えている。

 

かつてのドイツの同盟国であり、

アジアで侵略行為を行った日本はどう動くべきだろうか?

 

今のこの世界が素晴らしく幸福であるとは思わないし、

この戦争の陰には、アメリカをはじめとする

西側諸国の陰謀が渦巻いているのだろうとは考えられるが、

それでも今の世界は、

1945年以前より、はるかに良くなっていると思う。

 


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100年生きるホモサピエンスの世界はこれから

 

「サピエンス全史(ユヴァル・ノア・ハラリ:著/柴田 裕之:訳)」

「ライフシフト(リンダ・グラットン + アンドリュー・スコット:著 / 池村千秋:訳)」

 

2016年に出されたこの2冊の本で

僕たちの生き方は大きく変わった。

前者は人間がどこから来て、

どうして今こうなっているのかを解き明かし、

後者は人間がこれからどう生きるのかを示唆した。

 

大げさな話ではない。

この2016年以前と2017年以後では世界は、

社会は、人生はすっかり変わってしまった。

 

僕たちは猿から進化した唯一の人類ではなく、

共同幻想の能力によって協力することで

他の人類を駆逐して繫栄した

サピエンスという一種族である。

 

そのサピエンスはこの先の世代は

100年の寿命があると言われた。

僕たちは人生100年時代の幕開けに遭遇してしまった。

60歳は定年でもなく、人生の終盤でもなく、

新たなスタートになった。

 

今までそう言ってた人も少しはいたが、

それがすべての人に当てはまるようになった。

社会もそれを望んでいる。

 

概念を変えること。

今まで続いてきた固定観念を変えるというのは

すごいことだ。

 

これから先の人間・人生にまつわるすべての物事は、

「サピエンス全史」と「ライフシフト」を基準に

回るだろう。

多くの研究者・思想家は

ハラリとグラットン/スコットのフォロワーになり、

こうしている間にもじわじわと世界を変えていく。

 

ダイジェストで何となく読んだつもりになっている人は、

未だ遅くないので、

できればちゃんと読んだ方がいいですよ。

 


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おたく、家族を虐待していませんか?

 

「おたく、家族を虐待していませんか?」

 

といって誰か訪ねて来るんじゃないかとドキドキしていた。

というのは1週間前、例によって義母が

朝っぱらからカエル病を発症し、

「家に帰りますから!」と言って駄々をこねたのである。

 

ちょうど僕が留守で、カミさんが一人で対応。

玄関のところでドタバタやっているところへ

郵便屋さんが書留を持って来たらしい。

 

そしたら義母が

「あたし家に帰ります、帰りたいんですよ」と、

その郵便屋さんに向かって必死で訴えた。

 

彼は仕事が済むと、苦笑いを浮かべてそそくさと帰り、

カミさんはなんとかなだめて義母を部屋の中に止めた。

(そのあたりで僕が帰って来た)

 

その話を聞いて、こりゃ意識の高い人だったら、

年寄りの虐待を疑って通報するかもな、と思った。

まぁもう1週間以上経って何事もないので、

あの郵便屋さんはシカトしたのだろう。

 

社会的にはどうなんだろう?

放っておくほうがいいのか、

それとも念のために

「あの家、虐待ヤバイかも、ですよ」と

こっそり通報しておいた方がいいのか?

 

認知症の人の何割かは、義母と同様、

僕たちの日常、僕たちの社会とは

ちょっとズレた(人によってはかなり外れた)時間を生き、

それぞれの世界とストーリーを持っている。

 

これから認知症の人が急増するという説もあるけど、

そうなった時、どう対処すればいいのかは難問だ。

 

おとなも楽しい少年少女小説

ざしきわらしに勇気の歌を http://www.amazon.com/dp/B08K9BRPY6

認知症になった寅平じいさんの人生最後のミッション。それは最強の妖怪「むりかべ」に立ち向かうざしきわらしのきょうだいを得意の歌で応援することだった。笑ってちょっと不思議な気持ちになる、妖怪幻想譚。 


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日本のコロナはどこへ行く?

 

真っ白な煙突(ごみ焼却施設)でおなじみ、

高井戸区民地域センターにてコロナワクチン3回目接種。

ちなみにここはごみ焼却施設の排熱を使って

温水プールを営業している。

オールシーズン泳ぎたい人はぜひどうぞ。

 

で、話はワクチン。

いまいち気乗りがしなかったが、

アレルギーでワクチン打てない人と

高齢者と同居しているし、

どっか行くとき接種証明が必要になるかもしれない。

そう考えて打ってきた。

 

それにしても昨年の夏のような緊張感はまったくなく、

会場も平和なムード。

日本のコロナはこれからいったいどうなってしまうのか?

 

第6波がどうなったのかわからないうちに、

いつも間にか第7波に突入しているとかいないとか。

 

欧米は「もうウィズコロナでやっていくしかない」と

腹をくくったみたいだが、

日本はほかのことと同様、何か明言するわけでなく、

「じゃウィズで。空気読んで。そこんとこヨロシク」

 

てな感じでうやむやにしてダラダラ続いていきそうだ。

それにしてもロックダウンもなく、

世界的に見れば感染者も少なく、死者もわずかで、

なんとかここまで切り抜けてきた日本。

うやむやダラダラでも

結構すごい国と言えるのだろうか?

 

今日は暑かったけど、

がんばってきたご褒美で、

そろそろマスクもやめますか?

 


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●週末の今メロ:ハムカツ黙示録/BEYOOOOONDS

 

ハー、ムカツく。

だけどハムカツ食って明日も元気に生きる。

これは怒りと笑いと感動の涙があふれる希望の歌だ。

 

歌っているのは、

BEYOOOOONDS(ビヨーンズ)って言うんだって。

今どきのアイドルグループのことはよくわからんが、

おもろくて、僕の大好物のハムカツのことを歌っている。

歌詞も曲もバリバリイケてて、

一発で大好きになった。

 

いや、わたしはメンチカツのほうが好きなんで、

いやいや、わたしはやっぱりコロッケ推しなんで、

とか言わずにぜひご視聴ください。

ああ、ロンドンのお店の賄いで食ったような

おいしいハムカツが食べたーい!

食べるエッセイ集「ロンドンのハムカツ」

「あんたもごはんでできている」もよろしくね!


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週末の懐メロ77:ネバーエンディングストーリー/リマール

 

1984年リリース。

転調に次ぐ転調がカッコよくて気持ちよく、

まさしくネバーエンディングに楽しめる。

 

最近は同じ曲をえんえん1時間繰り返す

「1H」がいろいろ上がっていて、

僕も時々ライティング時のBGMとして聴いてるが、

この曲はその中でも断トツに好きだ。

 

流して聴いても邪魔にならないし、

テンション上げるために、

思い切り耳を傾けて聴き込むこともできる、

無理なくツーウェイができる楽曲は他にあまりない。

 

歌い手のリマールは80年代前半、

特に女子に人気があった

イギリスの「カジャグーグー」という

ポップロックバンドのヴォーカリストだった。

 

余談だが、このバンドのベーシストだった

ニック・ベッグスは、

僕が勤めていたロンドンの日本食レストランの

常連客だった。

いつもガールフレンドと一緒にきて、

天ぶらや焼き鳥を食べてた。

とてもフレンドリーで、いかにもアイドルといった

可愛い顔が記憶に残っているが、

最近はプログレバンドで結構活躍しているようだ。

 

話を戻して、この曲は日本でもかなり人気があり、

これまでトヨタのコマーシャルやドラマの挿入歌

(前者は坂本美雨、後者はeガールズがカバー)

としても使われた。

最近ではマクドナルドのコマーシャルでも

耳にした気がする。

 

が、何といってもリマールのオリジナル版が最高である。

彼の声の持つ「揺らぎ」が、この美しくも凛々しい曲調に

ベストマッチしているのだ。

 

これはもともと同年公開されたファンタジー映画

「ネバーエンディングストーリー」のテーマ曲だった。

 

原作は「モモ」で知られる

ドイツの児童文学作家ミヒャエル・エンデ。

この頃、高い文学性、深淵な哲学性、鋭い現代文明批評を

併せ持ったエンデの作品は世界的に脚光を浴び、

この作品は日本では

「はてしない物語」という題名で出版され、

よく読まれていた。

エンデ作品は「ハリーポッター」以前の

ファンタジー文学では

トップクラスの知名度を持っていたと思う。

 

さて、その「はてしない物語」――

ネバーエンディングストーリーの内容は、というと、

 

イジメにあった少年が古本屋に逃げ込み、

偶然見つけた本のページをめくっていくと

その物語の中に入り込んでいくというストーリー。

 

この本の中の物語は、産業社会が発展する中で

しだいに荒廃していく人々の内面世界を描いており、

「はてしない物語」とは人生のこと。

人生の主人公は、物語の英雄ではなく、

これを読んでいる君自身なのだよーー

簡単に解説すると、そんなメッセージが含まれている。

 

この曲で繰り返される転調は、

現実世界と異世界(内面世界)を行ったり来たりする

少年の心の動きを表現しているといえるかもしれない。

 

しかし、テーマ曲の素晴らしさに比べて

映画はイマイチだった。

ビジュアルは当時の技術のベストを尽くしていたと思うが、

脚本がただストーリーをなぞっただけの代物で、

出てくる人物やクリーチャーのキャラや

小道具に頼っていて、

原作の本質的な部分が表現されていなかった。

原作者のエンデも出来栄えにはかなり不満があったらしい。

 

ハリウッドのファンタジー映画は

2000年代に入ってから、

「ハリーポッター」や「ロード・オブ・リング」などで

ビジュアルはもちろんのこと、

脚本の面でも格段の進歩を見せた。

「ネバーエンディングストーリー」が作られらた頃は

まだ子どもだまし的な部分が否めず、

エンデ人気にのっかった、

早すぎる映画化だったのかもしれない。

 

ファンタジー映画に対する理解が進み、技術も成熟した今、

もう一度、この作品をリメイクしてみてはどうか。

もちろん、テーマ曲はこのままで。

 

ついでに1時間版もご紹介。

 


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お寺の参拝とお花見を施設にオンライン配信

 

今日は上野・寛永寺から関東各地の高齢者施設に映像を

オンライン配信するという参拝・お花見イベントを取材。

たんなる映像配信だけでなく、

視聴する高齢者が楽しめ、参加感があり、

ちゃんとしたエンタメカルチャーとして作られている。

 

しかも配信してそれだけではなくて、思い出に残るよう、

いろいろな工夫がされた参加者専用の

「プレミアム番組」になっていて、たいへん感心した。

 

企画・演出・施行は凸版印刷。

最近、テレビCMを流しているが、

印刷技術を応用・発展させて、

20年以上前から文化施設の展示・映像制作に携わっている。

 

実は僕もむかし、とある大学の展示室のコンテンツ制作を

凸版の仕事としてやったことがある。

当時は「なんで印刷屋さんが?」と思ったが、

きちんと時代に対応していたということだね。

 

近年はほぼ完全にデジタルにシフトしているが、

とても丁寧な仕事をしており、

文化財のデジタル映像制作では

すでに多くの実績を積み上げている。

 

今回のような高齢者施設への配信イベントは

今年のお正月の増上寺に続いて2回目。

外出できないお年寄りにとって、

ケアする施設にとって、

そして案内するお寺にとっても良い企画だと思う。

 


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入学祝いはやっぱり桜

今日は近所の小学校の入学式だった。

僕の子どもはとっくに成人してしまったので、

もはや懐かしさしかないけど、

こんな春の美しい日に

子どもたちと若いお父さん・お母さんの姿を見られることに

とてもとても幸福な思いを抱く。

 

東京は日曜・月曜がひどい雨で、

もう桜もこれまでかと思っていたけど、

入学式のために、ちゃんとがんばって残り、

散り際の最も美しい姿を見せつけた。

そよ風に舞う桜吹雪。

川面を流れる花筏。

こんな風景を見せられたら、

日本人ならずとも、

誰もが桜を愛さずにはいられない。

 

子どもは成長するうちに、

今日のことなんかたぶん忘れてしまうと思うけど、

入学式に出たお父さん・お母さんには、

お祝いの桜の花が舞っていたこの日のことを

すっと憶えておいてほしいと思う。

この先、辛いことがあっても、

きっとどこかで支えになってくれるんじゃないかな。

 


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死ぬまで戦争体験はしたくないけれど

 

去年の東京オリンピックの映像で「イマジン」が流れた時、

「またイマジンかよ。マンネリ~、芸なし~」と思った。

確認してないが、ブログにもそう書いたような気がする。

だけどあの感情は撤回する。

 

いま、インターネット上に

40年以上前にこの世を去った

ジョン・レノンが降臨している。

そんな錯覚にとらわれる。

僕たちの世代は無力さを自覚しつつ、

やっぱり「イマジン」を聴いて平和を祈るしかない。

 

今日、テレビでキーウ郊外のブチャの街の惨状を見て

震えあがった。

番組ではほんの数年前の同じ街の

平和で穏やかな風景も映し出した。

その日常の営みが完膚なきまでに叩き潰された。

 

こんなことを書くと、被災者の方にたいへん申し訳ないが、

阪神淡路大震災でも、東日本大震災でも、

同様に街が破壊された惨状を映像で見た。

けれどもやはり違うのだ。

自然災害と人間の手による殺戮の現場とは。

 

あの街には案の定、

人間の醜さ・おぞましさの痕跡が記されていた。

自分がリアルにあの場所にいたら発狂しそうだ。

 

僕は戦争体験をしていないし、死ぬまでしたくないが、

親は昭和ひとケタ生まれなので子どもの頃してしまった。

僕は自分が子どもの頃、よくその話を聞かされた。

 

べつに強要はされなかったけど、

なんだかちゃんと聞くのが子どもの義務のように感じた。

これも一つの親孝行だとも思っていた。

 

亡父は軍需工場で働いていたが、

集合時間に遅刻したおかげで爆撃に遇わずに済んだという。

もし、もっとまじめにやってたら死んでたかも、

と笑っていた。

 

そんな父の話を思い出し5つほど書いて、

マンガやテレビやアイドルの話と一緒に、

「昭和96年の思い出ピクニック」というエッセイ集に収めた。

 

平和な時代にこんな話・・・と思っていたが、

とりあえず残しておいてよかったと思う。

もう僕に戦争の話を語る肉親はいない。

 

若い人も、本でも映画でも何でもいから、

やっぱり日本人が当事者になった

最後の戦争のことは知っていおいたほうがいいと思う。

自分が体験しないためにも、疑似体験が必要なのだ。

 

本当にあれが最後であることを祈る。

そして、いつも同じこと言ってるけど、

この戦争もどうにかして終わることを祈るばかりだ。

 

昭和96年の思い出ピクニック

http://www.amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

●死者との対話:父の昭和物語

●大空襲をすり抜けた父は

「生きてるだけでOK」

●父の話:ラッパ要員を兼ねて軍需工場に就職

●名古屋大空襲:

金のしゃちほこも燃えてまったがや

●父のメガネを借りて終戦を見る ほか

 


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おとなも楽しい少年少女小説

 

「ちち、ちぢむ」の無料キャンペーン終了しました。

ご購入してくださった皆さま、

どうもありがとうございます。

さらに面白い新作

「6千6百万年前の夢を見て死ね」も始動。

おりべまことの「おとなも楽しい少年少女小説」を

これからもよろしくお願いいたします。

 


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インターペットで真珠葬大人気

 

少し先の話だが、月刊仏事で

ペット葬特集をやるというので、

東京ビッグサイトで開かれている

「インターペット~人とペットの豊かな暮らしフェア~」

を見に行った。

 

以前もご紹介した「真珠葬」が出展している。

亡くなったペットの遺骨を、

長崎の海のアコヤ貝に入れて

1年かけて真珠に変えて記念品にするという

ユニークなプロジェクト。

 

ペットの飼い主さんは当然、

「うちの子」の看取りまでする義務がある。

飼う以上はこうした葬儀・供養のことも

ちゃんと考えておいたほうがいい。

 

ブースには撮影コーナーを設けており、

写真を撮ってもらって啓蒙活動にするという。

これはなかなかいいアイデアだ。

海のデザインが素敵で長蛇の列ができていた。

 

全体の傾向として、ペットも高齢化しているせいか、

健康とか介護とかに関連した

商品・サービスが目立って見えた。

 

それにしてもこの展示会は

ペットを連れた人がぞろぞろいっぱいいて壮観。

ほとんどイヌばかりで、

普段、近所では見なれないデカいやつ、

高級犬(なのだろう、きっと)も大勢いて大さわぎ。

食べ物系のブースのあたりが一番混んでいたが、

興奮してケンカが起きないのだろうか、

とちょっと心配になった。

 

ネコはこういう所は苦手らしく、

いてもケージの中に入っておとなしくしているので

あまり目にしなかった。

 

真珠葬のスタッフに話だと、

昨日はタカやフクロウを連れてきている人もいたとか。

初めてきたが、

こんなアニマルな展示会を毎年やっているんだ、

そしてこんないっぱいいろんな人が

いろんなペットを飼っているんだ、とオドロキ。

ちょっとしたカルチャーショックである。

 

 

おとなも楽しい少年少女小説

ちち、ちぢむ

 

お父さんが「ちっちゃいおじさん」に!

役立たずの男たちが縮んでしまう怪現象は地球の意志なのか?アベコベ親子の奇々怪々でユーモラスな物語。

新発売&新年度無料キャンペーン

4月3日(日)16:59まで続行中!

 


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週末の懐メロ76:そよ風の誘惑/オリビア・ニュートン・ジョン

 

1975年リリース。

優れた歌唱、楽曲の素晴らしさ、そして邦題マジックと

3拍子揃った大ヒット曲。

僕はちょうど高校生になった頃で、

ラジオで聴いてドハマリしてレコードも買った。

 

オリビア・ニュートン・ジョンは当時、金髪美人の代名詞。

こんな美人にこんな声で歌われたら、みんなメロメロだ。

 

歌詞の中には「そよ風」も「誘惑」も出てこず、

辛うじて「Mellow」が

その言葉のニュアンスに引っかかるか?

 

けれども彼女の清楚でキュートなイメージ、

そして曲調から生まれた「そよ風の誘惑」という邦題は、

数ある洋楽曲の中でも指折りの名作だと思う。

50年経っても色あせず、

日本のリスナーがこの曲を覚えているのは

邦題の力も影響しているはず。

 

この頃から30年以上たったライブでもこの曲を聴いた。

齢が行き、さすがに高音はちょっと苦しそうだが、

その分、歌に深みが加わっていて、すごくよかった。

 

永遠の歌姫オリビア・ニュートン・ジョン

そういえば「オリビアを聴きながら」

という歌があったことも思い出した。

 

 

おとなも楽しい少年少女小説

ちち、ちぢむ

 

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「ちち、ちぢむ」Goto新発売無料キャンペーン

 

新発売&新年度スタート記念無料キャンペーン

3月31日(木)17:00~4月3日(日)16:59

 

ケントの11歳の誕生日、

プレゼントを持ってくるはずだったお父さんは、

身長9センチの「ちっちゃいおじさん」になって現れた。

どうしてお父さんは小さくちぢんでしまったのか?

いや、じつはお父さんだけではない。

今、社会の役に立たなくなった男たちが、

ある日突然、カエルサイズにちぢんでしまう

怪現象が多発している。

 

将来、生物学者をめざすケントは、これは南米に生息するアベコベガエルーーオタマジャクシの時よりもからだが小さくなってしまうカエルーーと同じく、アポトーシス(細胞の死)による変異が起こっていると解析。

「ちぢむ男=ちっちゃいおじさん」は、

やりたい放題のホモサピエンスを

これ以上のさばらせたくないという

地球の意志によって生まれているのではないかと推理する。

 

謎を解き、もとの姿に戻るために

「怪物マンション」に潜入したお父さんを、

知恵と勇気とやさしさで応援するケント。

アベコベ親子の奮闘を描く奇々怪々でユーモラスな物語。

おとなも楽しい少年少女小説第8弾!

 

もくじ

1.さらば、ちっちゃいお城

2.アベコベガエル

3.親子の事情

4.お父さんの身の上話とちぢんだ男たち

5.ちぢんだ男たちの秘密

6.なぞの科学者

7.怪物マンション〈ガウディ〉

8.どんぶり風呂

9.死体のころがる部屋

10. ウダ博士の研究秘話

11.赤と白のキノコ

12.ぼくのミッション

13.おまわりさん攻略法

14.ちち、のびる

15.ふたたび怪物マンションへ

16.313号室のあとしまつ

17.あきといっしょに

 

読みごたえたっぷりの中編4万字。

ぜひ読んでみてください。

レビューもよろしくお願いします。

 


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「ちち、ちぢむ」新発売&新年度スタート記念無料キャンペーン

 

新発売&新年度スタート記念4日間無料キャンペーン

3月31日(木)17:00~4月3日(日)16:59

 

ケントの11歳の誕生日、

プレゼントを持ってくるはずだったお父さんは、

身長9センチの「ちっちゃいおじさん」になって現れた。

どうしてお父さんは小さくちぢんでしまったのか?

いや、じつはお父さんだけではない。

今、社会の役に立たなくなった男たちが、

ある日突然、

カエルサイズにちぢんでしまう怪現象が多発している。

将来、生物学者をめざすケントは、

これは南米に生息するアベコベガエルーーオタマジャクシの時よりもからだが小さくなってしまうカエルーーと同じくアポトーシス(細胞の死)による変異が起こっていると解析。

「ちぢむ男=ちっちゃいおじさん」は、

やりたい放題のホモサピエンスを

これ以上のさばらせたくないという

地球の意志によって生まれているのではないかと推理する。

謎を解き、もとの姿に戻るために

「怪物マンション」に潜入したお父さんを、

知恵と勇気とやさしさで応援するケント。

アベコベ親子の奮闘を描く奇々怪々でユーモラスな物語。

おとなも楽しい少年少女小説第8弾!

 

もくじ

1.さらば、ちっちゃいお城

2.アベコベガエル

3.親子の事情

4.お父さんの身の上話とちぢんだ男たち

5.ちぢんだ男たちの秘密

6.なぞの科学者

7.怪物マンション〈ガウディ〉

8.どんぶり風呂

9.死体のころがる部屋

10. ウダ博士の研究秘話

11.赤と白のキノコ

12.ぼくのミッション

13.おまわりさん攻略法

14.ちち、のびる

15.ふたたび怪物マンションへ

16.313号室のあとしまつ

17.あきといっしょに

 

読みごたえたっぷりの中編4万字。

Please Enjoy!

 


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謹賀新年度 執筆の御用賜ります

 

今日は20代・30代の社員が活躍する

若々しい会社をリモート取材。

来週からは50代の士業の人の7万5千字の書籍の執筆に入る。

還暦過ぎると、頭の中に10歳の脳から

各年代の脳がずらりと勢ぞろい。

対象に合わせて自在に駆使できます。

 

3月から4月へ。

明けましておめでとう。

新年度が始まります。

これを機に本の出版、ホームページのリニューアル、

企画書、台本の立ち上げなど、

執筆の御用がありましたら、

どうぞお気軽にお問い合わせください。

 

そして本格的な春の訪れとともに、

海の向こうの恐ろしい戦争が

早く終結しますように。

 


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死生観について考える仕事をする

 

いつも思っている。

しっかり死生観を持って生きることが大事なのだ、と。

ただ働いてカネを稼ぐだけで

擦り切れて死んでいくなんていやだ。

自分の命を使い捨てにするのはまっぴらごめんだ。

いつも心の中でそう唱えていないと、

毎日の生活と情報の波に揉まれて本当に擦り切れていく。

 

名古屋の母に会ったのが、

思ったより精神的ダメージになっていて、

戻ってきてから数日テンションがダウンし、

ネガティブ思考が頭の中を支配した。

 

そんな中で今日はエンディング関係の取材の

ダブルヘッダー。

午前は恵比寿でお寺のサポート事業をやっている法人。

午後は巣鴨でメタバース(バーチャル空間)の

お墓(供養コンテンツ)を開発しているベンチャー。

 

どちらも永久保存したいほど充実した、

未来志向の面白い話で、

予定の倍以上の時間を使うほど感動的だった。

ネガティブ思考もすっかり回復した。

 

これからメディアの記事にするので、

詳しいことは書けないが、

人々の死生観が変わることで、

これからの葬儀供養の在り方は大きく変わる可能性がある。

 

そして僕たちは、文学的・芸術的な意味でなら

個人が永遠の生を獲得するのも

不可能でないのだなぁとさえ思った。

 

こうして死生観について考える仕事に携われることに

感謝と喜びを感じた一日。

 


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コロナのおかげで桜が美しい

 

善福寺川公園の桜は大半が満開になった。

今年もコロナの影響で、

都内の公園は飲食禁止のお触れが出ているが、

みんな守っているとは言い難い。

 

ただ、ずいぶん控えめに楽しんでいると感じる。

これなら桜の美しさも損なわれない。

以前はカラオケの騒音やバーベキューの煙などがひどかった。

 

都心の公園では、新入社員の最初の仕事は、

花見の陣取りだった。

今でもまだやっているのだろうか?

それとも「懐かしの昭和の風景」になったのだろうか?

 

カラオケも、バーベキューも、陣取りも

なくなってみると、なんと清々しいことか。

申しわけないが、

コロナも悪いことばかりではないなと思う。

 

コロナが終息しても、

騒々しくてゴミで汚くなって、

桜の美しさが台無しになってしまう

あの花見の悪しき習慣はこのまま消滅してほしいと願う。

 

それにしてもロシア・ウクライナ戦争が始まって以来、

すっかり影が薄くなったコロナ。

まだ東京では7千人以上の感染者が出ているそうだが、

もうこれでフェードアウトしていくのだろうか?

 

専門家の先生たちが繰り返し

「油断は禁物です」と言っていたが、

いったいどうなってしまったのか?

気温が上がったら、そろそろマスクももういらないかな、

3回目のワクチン接種もやらなくていいかなと、

感染対策へのモチベーションが下がり出した今日この頃。

 


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週末の懐メロ75:ピアノマン/ビリー・ジョエル

 

73年リリースとは意外。

ビリー・ジョエルのデビュー曲であり代表曲は、

僕のイメージの中では1978年の歌だった。

 

44年前の今ごろ、東京に出てきた時、

専門学校に通っていた最初の2年間、

友だちと部屋をシェアして暮らしていた。

 

そいつがビリー・ジョエルが大好きで、

暇さえあれば「ストレンジャー」「オネスティ」などを

聴いていた。

特に好きだったのがこの「ピアノマン」。

風呂上がりに、夜寝る前に、

レコードに合わせて、年がら年中口ずさんでいた。

 

「この歌だけがおれの心を慰めてくれる」とかなんとか。

そんなセリフを言っていた覚えもある。

あの頃、あのアパートに集まってくる男も女も

みんな夢を喰って生きていた。

夢で腹を満たしていれば、飢えも乾きもなかった。

人生は長く曲がりくねった道で、

時間はあり余るほどあった。

真剣でありながら、能天気でもあった。

 

都会的なピアノの響きと、

素朴なブルースハープとの絡み合い。

親しみやすく口ずさみやすい、

明るく、けれどもあまりに切ないメロディ。

 

実際に酒場でピアノを演奏していた

ビリー・ジョエルの自伝ともいえる歌は、

飲まずにはいられない夢見る男たちのドラマを描く。

 

きっとこの歌と変わらないドラマが、

50年近く経った今でも、

世界中の街のたくさんの酒場で

繰り広げられているのだろう。

 

でも、もしかしたら、

この酒場に集っていた登場人物の何人かは

好きな酒を断ち、くだを巻くのもきっぱりやめて、

齢を取っても昔の夢を、あるいは新しい夢を

追い求めているのかもしれない。

 

「おまえはなんでこんなところで歌っているんだ?」と

言われていたピアノマンが酒場から足を洗い、

ビリー・ジョエルというスター歌手になった。

もしかしたら自分だって。

 

若いころ思っていたより人生はずっと短いことを知った。

このまま死んでいくのはごめんだ。

そりゃそうだ。

酔っぱらたままで終わりたくない。

夢のカーニバルをどこまで続けるか、

決めるのは自分次第。

 


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名古屋の母と母校の話

 

施設に入っている実母の見舞いで名古屋に行く。

電話でもそうだが、ぼくには「元気だ」

「だいじょうぶ」としか言わない。

 

けれどもスタッフの人に聞くと、

最近、朝起きられなかったり、

時おり、意識が飛ぶこともあるようだ。

 

一番の懸念は食欲がないことである。

多くても半分、少ないときは1,2割くらいしか

食べないらしい。

あと何か月だろう?と考えてしまった。

とりあえず年内か、と覚悟した。

穏やかに終わりを迎えることを祈るばかりだ。

 

帰りに少し時間があったので、歩いて母校の高校に寄った。

実は3年ほど前に歴史を閉じたと聞いた。

市内の他の工業高校と併合されたのだ。

 

愛知工業高校は、

昭和の前期から高度経済成長の昭和40年ごろまでは、

愛利県きっての名門校だった。

 

僕が在籍した昭和50年代には

相当、質が落ちていたと思うが、

それでもまだブランド力は健在で、

大人から「いい学校に行っている」と言われた。

イメージと実態は相当かけ離れていたが。

 

今回のニュースを聞いて

老境に入ったOB(たぶん70代半ば以上)は

ショックで泣いているかも知れない。

 

敷地の広さも名古屋の高校としてはトップクラスだった。

広大な敷地の半分は新しい普通高校に、

半分はショッピングモールになる模様。

 

多くの高校が大学の予備校と化す今、

工業高校の役目は終わった、

というか、とっくに終わっていたのだと思う。

日本の産業構造が変わった証に見える。

延命処置はもういらない。

 


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日本人の心情に訴えたゼレンスキー演説

 

ロシア・ウクライナの戦争が長引くにつれて

プーチン大統領が20世紀の戦術を

そのまま踏襲しているのに対し、

ゼレンスキー大統領が21世紀型の戦術で

勝負しているのが明らかになってきた。

 

彼は卓越した戦術家であり、営業マンであり、

広報のエリートだ。

武力でガチンコ勝負したらロシアに叶うわけがない。

最初からそのことはわかっていて、

情報戦(正確には「認知戦」というらしい)

で勝負する戦法だ。

 

大衆はある程度、善悪で単純化して

わかりやすくものを観ようとする。

ゼレンスキー大統領は最初の段階で、

ロシア=大国=悪・侵略者、

ウクライナ=小国=善・被害者

というイメージを世界に与えることに成功した。

 

これは功を奏し、

世界の主要国の多くはウクライナの味方に回っている。

さすがに当初のようにゼレンスキー大統領を

英雄視する見方は薄まってきたようだが、

それでも初期の印象・図式は強力で、

少なくともいわゆる民主主義国家の国民の大半は

ウクライナに同情し、共感を寄せていると思う。

 

各国で行うスピーチも練りに練られ、

その国・国民に合わせてツボを押さえている。

アメリカのオバマ元大統領についていた

専属のスピーチライターについての話を

読んだことがあるが、

ゼレンスキー大統領にも

かなり優秀なスピーチライター・広報ライターが

ついている。

 

今日の国会での演説は実に見事に

日本人の心を動かした。

特に「復興」という言葉が効果的だった。

 

あの演説を聞いた日本国民の大半は、

太平洋戦争で焦土と化した東京・広島・長崎、

阪神淡路大震災の神戸、

3・11の東北各地のことを思い浮かべ、

かつての日本と現在のウクライナのイメージを

ダブらせただろう。

「核兵器」や「サリン」といったワードも

効果的に入れ込んだ。

 

あくまで私見だが、ゼレンスキー大統領は

キエフなどの都市が破壊されるのは

仕方がないと諦めているのではないだろうか。

その焦土に戦後日本のような新たな国・新たな都市を

建設するヴィジョンを抱いているのではないだろうか。

 

日本は今回の戦争において欧米のように

武器や情報を提・協力するといった加担はできない。

それよりも戦後の復興をにらんだ協力関係づくりに

徹しているように感じた。

そしてそれがまた控えめに感じられ、

好感を呼んだはずだ。

 

彼の狡猾ともいえるやり方に反感を感じ、

悪く言う人もいるが、国のトップである以上、

国益と国家の未来を第一に考えて行動し、発言し、

他国に働きかけるのは当たり前である。

 

そういう意味では21世紀の政治家として、

政治家っぽくない部分も含めて

プーチン大統領より上を行ってるのではないかと思う。

 


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宇宙元旦はみんなで祈ろう世界平和

 

今日3月21日は、なんと「宇宙元旦」なんだって!

春分の日だから?

さらに「一粒万倍の日」であり、

ダブルでスペシャルデーなわけだね。

へー、こりゃ知らんかった。

 

けどね、みんなにとって

そんなW素晴らしい日だったら、

自分の運勢がどうとか、自分を見つめてどうとか言う前に、

ロシアとウクライナの戦争が終わって

一日でも早く平和な日が来るよう、

みんなで祈ろうよ。

 

宇宙元旦&一粒万倍の日なら

スピリチュアルパワーも強化されるわけでしょ。

 

日付が変わる前に(変わってもいいけど)

みんなでスピリチュアル念力を送って、

プーチン氏やロシアの戦争賛成派の人たちの

考えを変えさせよう。

 

せっかくの「宇宙元旦」「一粒万倍の日」なら

もっと有効活用しませんか?

 

食べるエッセイ集お彼岸Wキャンペーン終了しました。

ご購読の皆さん、どうもありがとうございます。

よろしければレビューお送りください。

今後ともおりべまことの電子書籍、よろしくお願いします。

 

ちなみに明日の朝食は、

ギリシャヨーグルトのせバゲット、

ポテッコリーサラダの

チェリートマトブラッサムバージョン、

イチゴのココナッツミルクがけを作ります。

 

平和な朝においしく食事ができることに感謝。

 

 


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お昼ごはんは何ですか?

本日のうちのランチは、

アボカ丼の韓国のりまぶし、

一晩置いて味の滲みた自家製昆布煮豆、

梅干し、もやしと豆苗と油揚げの味噌汁、

デザートにチビあんドーナツでした。

間もなくこれらが間もなくぼくの一部になります。

 

 

★春のお彼岸スペシャル

食べるエッセイ集 3日間限定W無料キャンペーン

本日3月21日(月・祝)16:59まで!

 

●ロンドンのハムカツ

http://amazon.com/dp/B086T349V1

・お米と田んぼとお母ちゃんのニッポン!

・フツーのおにぎりでも日本のコメなら800円!?

・インヴァネスのベーコンエッグ

・フランス革命とマカロン大統領と「パンがなければお菓子を食べろ」発言の真相 ・ハムカツの呪い

・肉じゃがは幻想のおふくろの味

・恐竜の唐揚げ

 ・ドラもんがどら焼きの売り上げに及ぼした経済的効果について ほか

 

●あなたもごはんでできている

http://amazon.co.jp/dp/B09TNVMWPW

・ブタめし大好き 最後の将軍・徳川慶喜

・高杉晋作が愛した妻と鯛の押ずしと潮汁

・篤姫のお貝煮と「御殿女中」

 ・徳川家康提唱「日本人の基本食は麦飯と味噌」

・オバマのタカハシさんちの娘は人魚の肉を喰った

・「みんなが作ってる カエルのから揚げレシピ」の衝撃

 ・なぜ日本にカエル食が定着しなかったのか? ほか

 

ご賞味の上、甘口、辛口、旨口、苦口、

いろいろご感想お待ちしております。

 


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食べるエッセイ集お彼岸キャンペーン継続中

 

今晩のごはんは何ですか?

うちは厚揚げとキャベツとキノコと大豆ミートの炒め物。

ホウレンソウの胡麻和え。インゲンとカニカマのマヨネーズ和え。温奴・柚子胡椒添え。ワカメとねぎの味噌汁。雑穀ごはん。

デザートにギリシャヨーグルト・クッキー添えでした。

 

★春のお彼岸スペシャル

食べるエッセイ集 3日間限定W無料キャンペーン

3月21日(月・祝)16:59までやってます!

 

●ロンドンのハムカツ

http://amazon.com/dp/B086T349V1

・お米と田んぼとお母ちゃんのニッポン!

・フツーのおにぎりでも日本のコメなら800円!?

・インヴァネスのベーコンエッグ

・フランス革命とマカロン大統領と「パンがなければお菓子を食べろ」発言の真相 ・ハムカツの呪い

・肉じゃがは幻想のおふくろの味

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・ドラもんがどら焼きの売り上げに及ぼした経済的効果について ほか

 

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・徳川家康提唱「日本人の基本食は麦飯と味噌」

・オバマのタカハシさんちの娘は人魚の肉を喰った

・「みんなが作ってる カエルのから揚げレシピ」の衝撃

 

・なぜ日本にカエル食が定着しなかったのか? ほか

 

ご賞味の上、甘口、辛口、旨口、苦口、

いろいろご感想お待ちしております。

 


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電子書籍 春のお彼岸 無料キャンペーン

 

春のお彼岸スペシャル

食べるエッセイ集 3日間限定W無料キャンペーン

本日3月19日(土)17:00~21日(月・祝)16:59

 

●ロンドンのハムカツ

http://www.amazon.com/dp/B086T349V1

・お米と田んぼとお母ちゃんのニッポン!

・フツーのおにぎりでも日本のコメなら800円!?

・インヴァネスのベーコンエッグ

・フランス革命とマカロン大統領と「パンがなければお菓子を食べろ」発言の真相 ・ハムカツの呪い

・肉じゃがは幻想のおふくろの味

・恐竜の唐揚げ

・ドラもんがどら焼きの売り上げに及ぼした経済的効果について ほか

●あなたもごはんでできている

http://www.amazon.co.jp/dp/B09TNVMWPW

・誰が死んでも食休み

・原宿・穏田のお米マイスター

・食べ物を扱うのは神聖な仕事なんだ

・にいがたラーメンVSタレカツ丼

・長野・伊那谷で昆虫を食べる

・武田信玄の陣中食ほうとうは清少納言が愛した「はうたう」

・坂本龍馬の最後の晩餐は本当に軍鶏鍋だったのか? ほか

 

ぜひともご賞味あれ。

甘口、辛口、旨口、苦口、

いろいろご感想お待ちしております。

 


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週末の懐メロ74:タイム・アフター・タイム/シンディ・ローパー

 

1984年の大ヒット曲。

最初にブレイクした「ハイスクールはダンステリア」

(本人の抗議によって後に原題通りの

「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」に変更)の

印象が強烈だったせいか、

僕の中でシンディ・ローパーはずっと

ネアカのおもろい青春ねーちゃんというイメージだった。

 

それがいつの間にか、ずいぶんおとなになっていた。

てか、僕よりだいぶ年上なので、

こんな言い方は失礼だけど。

 

「タイム・アフター・タイム」は

優しいメロディといかにも80年代っぽいリズムの絡みが

とても心地よい曲だった。

 

もちろん、オリジナルは素晴らしいのだが、

この女3人で弦を奏でるストリングスバージョンは、

まるで曲自体が子どもからおとなに、

ガールからレディになったかのように聴こえてくる。

 

時を重ねて磨き上げられ、

深い美しさ、神聖さが味わえる究極のアレンジ。

 

齢を取ってますます輝きを放つ

シンディ・ローパーの才能に敬服する。

 


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「ラブ&ピース」の歌は無力ではない

 

かつて「音楽で世界は変えられる。ラブ&ピース」という

ノー天気なメッセージを、

世界の多くの若者がノー天気に信じていた時代があった。

本当にお気楽な時代だったんだと思う。

でも今、もう一度、あれを信じてみたい思いに駆られる。

 

本当に気が重くなる。

うちのカミさんなどは最近、

ロシアとウクライナの戦争のニュースが

テレビで流れると「見たくない」と言って

チャンネルを換えてしまう。

 

彼女は昔、某商社の貿易事務のロシア部門で

働いていたので、

ロシアやウクライナの地名や都市名に

若干ながら親しみがある。

直接的なつながりがなくても

やっぱり嫌な気持ちになるのだろう。

 

それでもやっぱりまったく目を瞑るわけにはいかない。

破壊された街や難民、

何人が犠牲になったといった報道を見るのは

本当にたまらない。

 

でも、きっと僕たちがこんなにひどい気分になるのは、

第2次世界大戦以降、音楽をはじめ、

さまざまな文化を通して、

いろんな人たちが戦争の悲惨さを訴えてきたからだと思う。

 

戦争はアカンと叫んできたからだと思う。

 

戦争が人間を、いかにおぞましくて

醜い生き物に変えてしまうかを知らせてきたからだと思う。

 

だから僕たちは戦火に包まれた

ウクライナのニュースを見て戦慄を覚える。

 

経済がめちゃくちゃになったロシアの混乱を見て

やるせなさを覚える。

 

憎しみが新たな憎しみを生んでいくのを想像して

悲しくなる。

 

ほとんどのビジネス、旅行、娯楽は

平和だからこそ成り立つものであることを痛感する。

 

そうした知性と感性を持った人間は、

きっと第2次世界大戦時よりは

世界にずっと増えているはずだ。

 

「ラブ&ピース」と歌っても世界は変わらない。

けれども全く無力かというと、そうでもない。

あきらめずに繰り返すことで確実に人の心は変わっていく。

そう信じたいな。

でないと、この世界で生きてる価値がないよ、とも思う。

 


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銀狼・佐野元春「銀の月」

 

ロックミュージシャンの佐野元春が、

毎年文化庁が主催する芸術選奨の文部科学大臣賞を受賞。

その贈呈式が昨日3月15日、

都内のホテルで開かれたことが報じられた。

 

芸術選奨というのは、

芸術の各分野で優れた業績を上げた人や

新生面を開いた人に贈られるもの。

佐野元春は

“コロナ禍にあっても新曲リリースを重ね、

大会場を含むライブにも挑み続けた

熱心な音楽活動などが認められ”、受賞とのこと。

 

今さら「認められ」というのが、何だか気にくわない。

彼自身はどう思っているのか?

ま、もらえるものはもらっとくか、という感じだろうか。

僕たちは40年前から「認めている」。

 

昨年7月、「週末の懐メロ」で

「紅い月」を紹介した時にも書いたが、

佐野元春は懐メロでなく、完璧な現役だ。

だから理由にある“新曲リリースを重ね”は正しい。

 

多くのファンはいまだに「サムデイ」「アンジェリーナ」

「約束の橋」などを聴きたがるようだが、

66歳になった今が、曲もパフォーマンスもベストだ。

 

若い時分より白髪になった今のほうが断然カッコいい

稀有なロックミュージシャン。

 

ザ・コヨーテバンドとやり始めた

21世紀の佐野元春の音楽は、

確実に進化し、深化した。

 

哲学的ともいえる深みと

辛口の社会批評を交えながらもポジティブで、

時にユーモラスで、希望を与えてくれる歌詞。

それといちばんはじめのまっすぐな

ロックスピリットにあふれたサウンドとの絶妙な絡み合い。

 

ズンズン来るロックも、エモーショナルなバラードも、

ジャージーな感覚の曲も、ヒップホップ調の曲も、

圧倒的なクオリティとバラエティだ。

 

自分が生み出した過去の名曲に頼ることなく、

リスナーの心を鼓舞する、

聴きごたえのある新曲、アルバムを

次々とリリースし、ひたすら今を呼吸し続けている。

 

昨年シングルリリースされた新曲「銀の月」は、

あの「紅い月」のアンサーソングなのだろうか?

曲もビデオもめっちゃカッコよく、ポップで面白い。

 

けっして若ぶっているわけではなく、

ありのままにやっているだけなのに、

シルバーになってこんなに革ジャンが

似合うとはどういうことだ?

 

佐野元春の音楽には

円熟という言葉も、完成という言葉もいらない。

どこかで倒れるまで成長し続け、

銀の狼のように走りつづける。

 


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新作小説「ちち、ちぢむ」+お彼岸Wキャンペーン告知

 

おとなも楽しい少年少女小説の新作「ちち、ちぢむ」。

ただいま執筆中。今月末発売予定。

大好きなお父さんが

「ちっちゃいおいじさん」になってしまう、

笑って泣けて、深淵なお話です。

 

その前にまたキャンぺーンを予定。

食べるエッセイ

「ロンドンのハムカツ」

「あなたもごはんでできている」の

お彼岸ダブルキャンペーン!

3月19日(土)17:00~21日(月)16:59を予定。

どうぞお楽しみに~。

 


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親子で卒業ソング

 

卒業シーズンなので、あちこちで

「卒業しました」という話を聞く。

と言っても、その人自身ではなく、息子や娘の話。

そうなのだ、卒業が感動的なのは、

多くの場合、子どもの卒業式に立ち会うから。

 

僕自身もそうだったが、

親になって卒業というセレモニーに初めてしみじみする。

息子が中学生の時、

仕事で卒業式に出られなかったことは一生の不覚だった。

 

50で死んだ僕の友だちは、

3人の子どもがいたが、

誰の入学式にも卒業式にも出なかった。

もちろん仕事で出られなったので、しかたないのだが、

自分の死を悟った時、

彼はひどくそのことを後悔していたように思う。

笑ってごまかしていたが胸が痛くなった。

 

子どもの皆さんは

お父さんやお母さんが卒業式や入学式についてくると、

鬱陶しいと感じるかもしれないが、

そのへんの人情をわかってあげて、

しっかり泣かせてあげてください。

そうしないと、いつまでも子離れできない親に

なってしまいますから。

 

自分自身も学校の卒業式なんて全然覚えていない。

そもそも高校の卒業式は出なかった。

東京に受験に来ていたからである。

 

受験とはいえ、プレッシャーなどほとんどなく、

東京に出ていけるのが嬉しくてしかたがなかった。

大都市なのに田舎街の当時の名古屋が嫌いだった。

 

それにもう終わった高校生活のことも、

卒業式も本当にどうでもよかった。

これから始まる新しい生活、新しい人生、

未来のことしか頭になかったのだ。

子どもというのは、そういうものだ。

 

という話も、いまや懐かしの思い出話である。

この間、「週末の懐メロ」で

森山良子の卒業ソング

「今日の日はさようなら」を紹介したが、

息子の森山直太朗も卒業ソングを歌っている。

 

親子で卒業ソングとは、

森山親子は日本の顔。

「さくら」はつい最近の歌だと思ってたけど、

リリースは2003年。

もう19年も経っている。

りっぱな懐メロだ。

 

さまざまな卒業ソングは、

桜の花が咲く季節を愛でる

日本人ならではの心情、

日本ならではの文化だと思う。

 

卒業・入学を欧米式だか世界標準に合わせるのは、

合理的なのだろうが、感動・感傷は半分以下。

日本の文化の喪失になるだろう。

 


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昭和最強のおやつベビーラーメン

 

ブログ内で昨年来、大人気の

「トノサマラーメン」の記事には

やたらとコメントが入る。

昨日来ていたのは、こんなの。

推察するに、僕よりちょっと年上の人か。

 

“私の子供時代はインスタントラーメンといえば、

トノサマラーメンだったから良く食べていた、

そして生まれ育った地元には「松田食品」という

小さなインスタントラーメンの会社があって

大きな袋にインスタントラーメンの破片?

を詰めて売っていた。

後のベビースターラーメンである。

おやつとして毎日のように食べていたな。”

 

「松田食品」とは、

あの「ベビースターラーメン」を作っている

「おやつカンパニー」。

調べてみると、本社は三重県津市にある。

 

商品として発売されたのは1959(昭和34)年。

僕が生まれる前のことだ。

その頃の商品名は「ベビーラーメン」で、

中国人の女の子みたいな初代キャラが、

どんぶり持って「へい、おまち~」

といった感じのパッケージだった。

 

もちろん僕も子どもの頃、食べていた。

とういうか、大好物でかなりのヘビーユーザーだった。

チキンラーメンみたいに麵自体に味が付いてて、

めっちゃおいしかった。

小さな袋とは言え、子どものおやつとしては

十分ボリューミーで、おなかもふくれる。

しかも10円玉1個で買えるという

最高のコストパフォーマンス!

 

友だちと、あるいはひとりで、

あのクズみたいなラーメンを

指でつまんで、あるいは手のひらに広げて、

ポリポリかじるのは至福のひと時。

まさに昭和最強のおやつだった。

 

インスタントラーメンの破片から生まれたということは

テレビ番組だか何かで聞いたことがある。

そうか、地元では最初、

大きな袋に詰めて売っていたんだね。

 

「もったない精神」から誕生した

副産物がヒット商品になり、会社の顔になり、

ついに社名もそっちに合わせて変えてしまった。

アイディアは宝なり。

あなたや僕も仕事をやってて、

「こんなもの、いらねー」と

ポイ捨てしているモノや情報の中に

磨けば光るダイヤモンドの原石が紛れているかもしれない。

 

そういえば1か月ほど前だが、

義母とスーパーに行ったら

なぜか「ベビースターラーメン」が

ズラッと陳列してあった。

パッケージは2017年に3代目キャラクターに代わっていて、

「ホシオくん」というらしい。

 

義母がこのホシオくんを見て、

目をハートにして「かわいい、ほしい」と言うので

一袋買って帰ったが、

家に着くと「なにそれ?」と言って見向きもしない。

 

店内のレイアウトで素敵なものに見えたのだろう、。

認知症だし、よくあることなので

半分以上こうなることは織り込み済み。

 

というわけで自分で食べた。

さすがに子どもの頃のような感動はもう得られないが、

ストレスが上がってきたときに、

ポリポリかじるのにはいい。

柿の種みたいにピーナッツと混ぜて、

ビールのつまみにするという人もいるようだ。

気が向いたらまた食べよう。

 


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週末の懐メロ73:サマータイム・ブルース/RCサクセション

 

あの3・11から11年。

亡くなった人の冥福を祈る。

ただ、地震・津波は人間の力でどうにもできない自然災害。

それに対して福島第一原発の事故は完全な人災だ。

「原子力はがつくる明るい未来」という

戦後日本が掲げてきた輝ける看板は

木っ端みじんになり、

あの地域の人々は故郷を失った。

 

その惨状を20数年前に予言したかのような偉人、

忌野清志郎。

「サマータイム・ブルース」は

1988年、彼のバンド、RCサクセションとして

リリースしたアルバム「カヴァーズ」の1曲。

その名の通り、1950年代・60年代の

名曲カヴァーを収めたアルバムで、

オリジナルはアメリカのロカビリー歌手、

エディー・コクランの歌。

それを忌野が日本の原発の在り方を告発する歌詞をつけ、

反原発ソングとして作り変えた。

 

この少し前の1986年4月、

当時のソ連(現ウクライナ)の

チェルノブイリ原発事故が発生。

以降、日本でも一時期、原発の安全性が取りざたされた。

 

3・11の福島第一原発以前にも

小規模・中規模の事故はいくつかあった。

でも、この後、バブル景気になって、みんなすぐに忘れた。

僕もすっかり忘れた。

 

忌野清志郎はこのほかにも、

プレスリーの「ラブ・ミー・テンダー」や

タイマーズとして「原発音頭」を歌って反原発を唱えたが、

時が経つうち、これらは彼のキャリアの

ちょっとおかしな番外編として

隅っこに置かれたような印象がある。

 

でも今、改めて聴くとすごい。

ユーモアとエンターテインメント性にあふれた告発は、

誰にもまねできない反骨精神あふれるパフォーマンスだ。

 

だから、もし彼があの3・11の惨状を目の当たりにしたら、

いったいどんな歌を・・・と、どうしても考えてしまう。

 

ロシアとウクライナの戦争が勃発し、

チェルノブイリ原発がロシア軍に制圧されたという。

次々と攻撃され、制圧されていくウクライナの原発。

久しぶりに「核」という言葉が切迫感を持って

毎日にように飛び交っている。

 

そして、また考えてしまう。

もし彼がこの世界の現状を目の当たりにしたら、

いったいどんな歌を・・・と。

 

2009年に亡くなってもう13年になる。

生きていれば今年で71。

ロックンロールにゃトシかも知れないけど、

死ぬにはちょいと若すぎたぜ、清志郎。

 


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27年前のモスクワ旅行とロシア人への思い

 

1995年5月、新婚旅行でモスクワに行った。

メインはロンドンをはじめイギリスだったのだが、

最初の2泊3日だけモスクワに寄ったのである。

 

結婚前、カミさんが某大手商社のロシア部門で

貿易事務の仕事をしていたので、

支局の人たちへのご挨拶を兼ねての訪問だった。

 

ソ連からロシアに移行したばかりの時代。

泊まったホテルは以前、国営だったが、

その時にはロシアマフィアの手にわたっていた。

マフィア経営のホテルである。

建物がデカいわりに、部屋は当時の日本の地方都市にある

ビジネスホテルのようなそっけない場所だった。

 

ロシア語ペラペラの支局の人たちは

たいへん歓迎してくれて、

修道院を改装したレストランでごちそうしてくれた。

ボルシチにようなものやサラダを食べた記憶があるが、

悪いけど、あまりおいしいとは思わなかった。

 

新入りの雑用係のミハイルという青年が運転手になって、

赤の広場やモスクワ大学など、

車であちこち観光名所を回ってくれた。

 

シェルターを兼ねる地下鉄の構内には

シャンデリアがいくつも下がり、

さながら地下宮殿のようになっていたのが印象的だった。

 

ロシア、モスクワと言えば、

寒いというイメージを持っていたが、

僕たいが行った日は、とても5月とは思えない

真夏の暑さだった。

ホテルにクーラーなんてもちろんない。

 

それで冷たいものが飲みたくて

街中探しまわったが、自販機なんてあるはずもなく、

お店にも冷蔵庫なんてないので、

ぬるいジュースでがまんするしかなかった。

 

当時、マクドナルドの第1号店が開店したばかりで、

後にも先にも、あそこで食べたチーズバーガー以上に

マックがおいしいと思ったことはない。

正直、レストランの食事の数倍うまかった。

 

ミハイル君にもお礼にごちそうした。

値段は日本より高く、

飲み物やポテトなどつけて1000円そこそこ。

 

それに対して当時のロシアの物価水準は、

戦後間もない日本くらいだったらしく、

ミハイル君の給料は、たぶん2、3万程度。

感覚としては、

僕たちが1万円の食事をとるようなもの。

なのでロシアの人たちにとって、

マックは超高級レストランだったのである。

 

そんなわけで、恐縮しながらも超よろこんで

ハンバーガーをほおばっていた

ミハイル君の幸福そうな顔が忘れられない。

 

今となっては面白い体験で、

もちろん、空港で兵士に銃口を向けられた

ソ連時代の1985年よりも数倍ましな国になっていたが、

それでも滞在するのは2泊3日で十分だなと思った。

 

その後に行ったロンドンが実際以上にラブリーで

素敵な街に思えたものだ。

それから1カ月近く、ロンドンとイギリスの旅を楽しんだ。

 

あの時はソ連からロシアになってまだ間もなく、

物資が乏しく、経済も混乱して、人々は貧しかった。

 

今、ロシアの生活はどうなっているのだろう?

ウクライナは爆撃を受けて悲惨だが、

ロシアも機材封鎖は喰らうわ、

店も企業も次々と閉じるわ・撤退するわで

めちゃくちゃなことになっているのではないか。

 

加えて、世界中の人たちからの非難はものすごい。

日本や西側諸国みたいには情報は入らないだろうけど、

いずれそういう声が耳に届いた時、

非難や憎悪をまともに受け止められるのか?

 

ミハイル君など、1995年の思い出があるので、

あまりロシアの人に対して悪い感情は湧かない。

 

もちろん、こうした為政者を選び、

20年以上も国の運営を任せっきりにした

国民としての責任はあるのだろうけど。

 

これからいったい両国はどうなるのか、

僕が考えても仕方ないが、どうにも心配でならない。

 


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ロシアの兵士の声は聞けないのか?

 

僕が初めてモスクワ空港に降りたのは、

1985年8月5日だった。

(1,2日ズレているかもしれない)

アエロフロートの旅客機で

ロンドンへ向かっていたのだが、

そのトランジットのためだった。

ロシアがまだソ連だった時代のことである。

 

空港内は節電していたのか、

半分くらいしか電灯がついていなくて

薄暗かった。

そして空港職員ではなく、銃を持った兵士が

トランジットの客に対して

「さっさと歩け」と言わんばかりに誘導していた。

 

ちょっと不愉快な顔をしたら銃口を向けられた。

もちろん本気じゃないのでそんなに怖くはなかったが、

あのイヤーな感触は今でもよく憶えている。

 

今のところ、人生で銃口を向けられたことは、

あれ一度きりだ。

その兵士は女だった。

その当時の僕よりいくつか年上に見えたから、

20代後半から30くらいだったのだと思う。

 

それからしばらくしてゴルバチョフが出現し、

ソ連は解体に向かった。

1987年のクリスマスのちょっと前、

ロンドンから日本に帰る時もアエロフロートで、

やっぱりモスクワでトランジットしたのだが、

その時は空港の雰囲気はずいぶん明るくなっていて驚いた。

もちろん、銃を持った兵士は一人もいなかった。

もう35年前のことだ。

 

日本で報道されるのは、ウクライナのことばかりで

ロシアのことはよくわからない。

ウクライナの兵士はとても人間的だ。

何といっても、彼らには

「攻撃され、侵略されているのだから国を守る」

「愛する人たちを守るために戦う」

という大義がある。

 

対してロシアの兵士はどうなのか?

プーチン大統領をはじめとする上層階級の人たちにはある。

「偉大なるロシア帝国の復活」

「ソ連崩壊以来、30年以上にわたる屈辱の歴史を

塗り替える」

 

最初はプーチンの独裁政治かと思っていたが、

おそらくロシアの知識人とか、貴族階級みたいな人たちは、

戦争に賛成してプーチンの後押しをしているのだと思う。

 

世界最高峰の音楽や文学や芸術を愛する人たちが、

現在の世界地図を、

1世紀前の広大なロシア帝国が広がる地図に

書き変えることを待望している。

 

ウクライナの戦地で戦う兵士たちは、

そんな彼らの命令を受けて戦う。

 

洗脳されているのか?

いったい何をモチベーションに戦っているのか?

仕事だからしかたなくか?

カネのためか? 死ぬかもしれないのに?

こんな21世紀の情報社会になっても、

彼らの声を聞くことはできない。

37年前と同じように。

 


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世界最高峰の音楽と文学と侵略戦争

 

2月の終わりごろからやたらとブログのアクセスが

増えている。

そして、その半数以上は、昨年1月30日に上げた

「週末の懐メロ15:キエフの大門」だ。

 

アクセスが増えるのは嬉しいが、

「キエフ」のキーワードから来ていることは明らかなので、

なんだか複雑な心境だ。

 

もちろん中身はロシアもウクライナも全然関係なくて、

1970年代のプログレッシブロックバンド、

エマーソン・レイク&パーマーの

超絶パフォーマンスを紹介するもの。

 

「キエフの大門」とは彼らの名盤「組曲・展覧会の絵」の

クライマックスを飾る荘厳な楽曲だ。

 

原曲はロシアの音楽家・ムソルグスキーの交響曲。

クラシックにさして興味のない人でも、

どこかで耳にしたことがあるはずだ。

 

ムソルグスキーは友人の描いた10枚の絵に

インスピレーションを受けてこの組曲を書いたという。

 

ロシアはムソルグスキーやチャイコフスキーをはじめ、

多数の世界的音楽家を輩出している。

 

音楽だけではない。

文学も、バレエも、演劇も、映画も。

演劇(特に戦後の新劇)を勉強した人にとって

「スタニスラフスキーシステム」はなじみ深く、

ブロードウェイの俳優もこのメソッドを習っていた。

チェーホフの戯曲も日本では人気が高い。

 

映画を勉強した人は、世界で初めて

モンタージュ手法を開発した

エイゼンシュタイン監督の

「戦艦ポチョムキン」について習ったはずだ。

 

優れた芸術を輩出する国が、

世界平和に貢献しているわけではないのは、

すでに20世紀に

ナチスドイツのアドルフ・ヒトラーが

証明してしまっているが、

それなら芸術は何のためにあるのか?

 

ウラジミール・プーチンは

チャイコフスキーのピアノ交響曲第一番を

こよなく愛し(そう言えば、北京五輪における

ROCの選手の表彰では国家の代わりにこの曲が流れた)、

一番の愛読書はトルストイの「戦争と平和」だという。

 

世界最高峰の音楽を愛し、

世界最高峰の文学を読み込む大統領がどうして?

 

政治と関係ないよと言われればそれまでだ。

わかっているけど、やっぱり問わざるを得ない。

 


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あなたもごはんでできている」 無料キャンペーン 本日限り

おりべまことエッセイ集:食べる②
あなたもごはんでできている
無料キャンペーン実施中:3月6日(日)16:59まで

今日も元気だ、ごはんがうまい!

と言える生活ができていることに感謝。

今日も明日も世界が平和で、

みんなが楽しくごはんを食べられますように。

 

もくじ

・誰が死んでも食休み

・原宿・穏田のお米マイスター

・「鳥のように自由に」と八十歳になって語れるか?

・食べ物を扱うのは神聖な仕事なんだ

・新潟のビジネスホテルで魚沼コシヒカリを食べて幸福について考える

・にいがたラーメンVSタレカツ丼

・名古屋コーチンをめぐる冒険:ふしぎ・まったり小牧編

・楽しさ・学び・癒し満載の八王子・磯沼牧場

・東京唯一のブランド和牛・秋川牛と、むかしみらいTOKYO

・カフカのワイン

・長野・伊那谷で昆虫を食べる

・豊橋ウズラはキャラ弁の名優

・茨城県の納豆―カレーーアニメ―あんこう―ライブの螺旋現象

・歴人めし

・武田信玄の陣中食ほうとうは清少納言が愛した「はうたう」

・坂本龍馬の最後の晩餐は本当に軍鶏鍋だったのか?

・うなぎ屋のロイヤルカスタマー平賀源内・一行千両の大発明

・ブタめし大好き 最後の将軍・徳川慶喜

・高杉晋作が愛した妻と鯛の押ずしと潮汁

・篤姫のお貝煮と「御殿女中」

・徳川家康提唱「日本人の基本食は麦飯と味噌」

・山内一豊の生食禁止令から生まれた?「カツオのたたき」

・スイーツ大好き織田信長の「信長巻き」

・日本のトマト革命

・群馬・横川のひもかわうどん

・アザラシの入江でヤギの乳を搾ってチーズを作る娘について

・サンマの未来はどうなるのか?

・葬儀屋さんの黒にんにく

・ヴェジ中心食研究への挑戦

・人類を進歩させたのは「やばい食べ物」

・とりあえずロックダウンに備えて備蓄

・杉並グルメ テイクアウトOK店取材

・夏みかんのお菓子「夏柑糖」

・富士山と富む水の「ベリーの森」

・オバマのタカハシさんちの娘は人魚の肉を喰った

・「みんなが作ってる カエルのから揚げレシピ」の衝撃

・なぜ日本にカエル食が定着しなかったのか?

・日本のごはんがおいしいシンプルな理由

 

●立ち読みコーナー

食べ物を扱うのは神聖な仕事なんだ

 

「東京しゃも」の記事がUPされたので、先日、浅野養鶏場の浅野さんに報告したら丁寧なメールの返信が返ってきました。

「自分のする話は難しいといつも言われるが、見事にまとめてくれました」と喜んでいただいたので、こちらも嬉しくなりました。」

開発技術者や、江戸時代からしゃも料理を扱ってきた人形町の名店とともに東京しゃも開発プロジェクトに携わったエピソードはめっぽう面白い。

しかしそれ以上に、戦後の混乱期・食糧難の時代から身を起こし、半世紀以上にわたって養鶏業を営んできた浅野さんの、食べ物に対する信念・哲学が魅力的なのだ。

また、昨日はある料理人の書いた本を読んで、けっこう心に染み入るものがあった。

料理の話というよりも、自分の半生記みたいになっているエッセイで、さらっと口ごたえがいい割に、何というか、隠し味が効いていて面白いし、深味があるのです。

料理の味やお店のコンセプト・ムードと、その人の人間性がどうかなんて、まるで関係ないように思えるけど、じつは深いところでつながっている。

総じて一流の料理人・生産者は、自分ならではの哲学を持っていると思う。

哲学という言い方が難しければ、「生きる」ことについて感じること・考えることを何らかの形で表現を試みる――とでもいえばいいだろうか。

それが生産物・料理・お店全体の在り方に反映される。

優れた技術に、その人ならではの魂が宿ることによって、人の心を打つ「食」が生まれる。

浅野さんの「食べ物を扱うのは神聖な仕事なんだ」という言葉が耳に残る。

 

機械的に、早く、安く、美味しく、安全な食べ物がたくさん出回るようになった世の中だからこそ、時々はそうした生産者や料理人や作る人たちの人間性だとか、哲学だとかに目を向けて行こうと思う。


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週末の懐メロ72:今日の日はさようなら/森山良子

 

卒業の季節。

森山良子がギター1本で歌うこの名曲は

1967年リリース。

最初出た時はシングル盤のB面だった。

—ーと、今回調べてみて初めて知った。

あなたはどこかの卒業式でこの歌を歌っただろうか?

 

僕がこの曲を初めて聴いたのは、

中学生の頃聴いていたラジオの深夜放送で、である。

 

「私がこの番組を担当するには今日が最後です」という

DJのお別れの挨拶のバックに掛かっていたのが

とてもきれいで印象的だった。

 

卒業式の歌のメロディは、総じて切なく美しい。

 

僕の世代は卒業式と言えば「あおげばとうとし」と

「ほたるの光」だったが、

歌詞はともかく「あおげばとうとし」のメロディも

とてもきれいで好きだった。

(最近、アンジェラ・アキがピアノを弾いて

歌っているのを聴いた)

 

1970年代の後半あたりから卒業の歌は、

お世話になった師(先生)に対して歌うものではなく、

別れゆく友だちを思って歌うものになったようだ。

 

「今日の日はさようなら」が作られた頃は

「あおげばとうとし」や「ほたるの光」の

おまけみたいな役回りだったのだが、

だんだん主役に取って代わるようになってきたのだと思う。

30代の友人に聞いたら、歌ったよという人が何人かいた。

 

息子は7年前に高校を卒業して、

いま20代半ばだが、

このあたりの世代はもう歌っていないようだ。

彼らにとってこの曲は

「エヴァンゲリオン」の印象が強烈なようである。

 

子どもたちとともに歌う林原めぐみバージョンが

「エヴァンゲリオン新劇場版・破」の

あのシーンで使われたために、

トラウマになってしまったという人も少なくない。

 

たしかにすごい演出だった。

完結した今、思い返すと、

この曲と「翼をください」の2曲の昭和フォークが

新劇場版全体のトーンを作っていた。

 

作曲者は森山良子のために書いたわけではないが、

最初に歌ってヒットさせ、広めたのが森山だったので、

彼女の持ち歌ということにしても問題ないだろう。

 

それにしてもシングルレコードのB面という、

いわばオマケあつかいだった曲が、

今や懐メロ、卒業ソング、昭和フォークといった枠を超えて

「にっぽんの歌」の殿堂入り。

この季節、改めて聴いてみると本当に良い歌だ。

僕にとって卒業式は、

もう人生の卒業式しか残されていないが、

さようならにはこの歌がいいかもしれない。

 

おりべまことエッセイ集:食べる②
あなたもごはんでできている
無料キャンペーン実施中:3月6日(日)16:59まで

農業現場の取材、テレビ番組「歴人めし」台本のリライトものも収録。発見あり、お笑いあり、哲学あり、雑学情報ありの食のエッセイ集。この機会にぜひともご賞味ください。

 

・食べ物を扱うのは神聖な仕事なんだ

・にいがたラーメンVSタレカツ丼

・長野・伊那谷で昆虫を食べる

・徳川家康提唱「日本人の基本食は麦飯と味噌」

・なぜ日本にカエル食が定着しなかったのか? ほか全38編。


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「あなたもごはんでできている」 無料キャンペーン スタート!

おりべまことエッセイ集:食べる②
あなたもごはんでできている
無料期間:3月3日(木)17:00~6日(日)16:59
ブログから「食べる」をテーマにしたエッセイ38編を収録。農業もの、歴史ものも揃えてカラフルなメニューにしました。
どんな夢も、どんな未来も、めしを食わなきゃ始まらない。「明日もがんばるぞ。さあ、今日は何を食おう?」  そうして食っためしが、あなたの血となり肉となり、心になる。読めば食欲がわき、元気が出る面白エッセイ。この機会にぜひ召し上がれ。

★もくじ

・誰が死んでも食休み

・原宿・穏田のお米マイスター

・「鳥のように自由に」と八十歳になって語れるか?

・食べ物を扱うのは神聖な仕事なんだ

・新潟のビジネスホテルで魚沼コシヒカリを食べて幸福について考える

・にいがたラーメンVSタレカツ丼

・名古屋コーチンをめぐる冒険:ふしぎ・まったり小牧編

・楽しさ・学び・癒し満載の八王子・磯沼牧場

・東京唯一のブランド和牛・秋川牛と、むかしみらいTOKYO

・カフカのワイン

・長野・伊那谷で昆虫を食べる

・豊橋ウズラはキャラ弁の名優

・茨城県の納豆―カレーーアニメ―あんこう―ライブの螺旋現象

・歴人めし

・武田信玄の陣中食ほうとうは清少納言が愛した「はうたう」

・坂本龍馬の最後の晩餐は本当に軍鶏鍋だったのか?

・うなぎ屋のロイヤルカスタマー平賀源内・一行千両の大発明

・ブタめし大好き 最後の将軍・徳川慶喜

・高杉晋作が愛した妻と鯛の押ずしと潮汁

・篤姫のお貝煮と「御殿女中」

・徳川家康提唱「日本人の基本食は麦飯と味噌」

・山内一豊の生食禁止令から生まれた?「カツオのたたき」

・スイーツ大好き織田信長の「信長巻き」

・日本のトマト革命

・群馬・横川のひもかわうどん

・アザラシの入江でヤギの乳を搾ってチーズを作る娘について

・サンマの未来はどうなるのか?

・葬儀屋さんの黒にんにく

・ヴェジ中心食研究への挑戦

・人類を進歩させたのは「やばい食べ物」

・とりあえずロックダウンに備えて備蓄

・杉並グルメ テイクアウトOK店取材

・夏みかんのお菓子「夏柑糖」

・富士山と富む水の「ベリーの森」

・オバマのタカハシさんちの娘は人魚の肉を喰った

・「みんなが作ってる カエルのから揚げレシピ」の衝撃

・なぜ日本にカエル食が定着しなかったのか?

・日本のごはんがおいしいシンプルな理由

 

●立ち読みコーナー

武田信玄の陣中食ほうとうは清少納言が愛した「はうたう」

 

腹が減っては戦が出来ぬ。

戦国時代、デリバリーやコンビニもない戦場で、どうやって兵にめしを食わせるかは指揮を執る側にとって、士気を高めるための最重要課題だった。

「早い、うまい、あったかい。みんなが腹いっぱいになれる陣中食はないかー!?」

どの武将もそうした問いかけを何度となく繰り返したことだろう。

「戦国最強の武将」と恐れられた武田信玄も事情は同じ。強い軍隊にするためには、兵が満足できるものを食わせなくてはならない。

そこである家臣がこう進言する。

「殿、平安の昔から“ほうとう”なるものがございます」

ほうとうのルーツは、奈良時代に中国から入ってきた「はくたく」。

小麦をこねて長く伸ばしたものをさくさく切って煮た食べ物で、平安時代には貴族の宴会料理になった。

清少納言は『枕草子』の中で「はうたうまいらせむ」と書いており、これは「ほうとうをプレゼントいたします」ということだ。

信玄の本拠地・甲斐の国(山梨県)は山に囲まれており、あまり米づくりに適した土地とは言えない。そこで人々は畑で大豆やそば、小麦などを作り、それらを材料にした「粉食」を食べていた。ほうとうは地元の材料を使った、この粉食のひとつである。

運びやすく、保存しやすく、とにかく鍋にぶちこんで、ぐつぐつ煮れば一丁あがり。陣中食としては願ったりかなったりの食べ物だ。信玄も勇んでほうとうに軍配を上げた。

上流階級のごちそうだったほうとうが、戦国時代では武田軍の陣中食として重宝され、江戸時代には甲斐の名物に。そして今では、山梨の郷土食として愛されるようになった。

最も武将らしい武将として、さまざまな伝説を残す信玄だが、このほうとうが山梨の郷土食として根付いたことが、じつはいちばん誇らしい功績なのかもしれない。

 


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「あなたもごはんでできている」 発売記念無料キャンペーン予告

 

3月3日(木)17:00~6日(日)16:59

http://www.amazon.co.jp/dp/B09TNVMWPW

 

コロナ減らない、ロシア・ウクライナ戦争で、

春になったのに憂鬱な気分。

それでも腹は減る。めしは食う。

「エッセイ集:食べる」の第2集。

どんな夢も、どんな未来も、めしを食わなきゃ始まらない。食うことは明日へ向かって生きること。

賞味期限100年超の面白エッセイ。

 

もくじ

・誰が死んでも食休み

・原宿・穏田のお米マイスター

・食べ物を扱うのは神聖な仕事なんだ

・にいがたラーメンVSタレカツ丼

・長野・伊那谷で昆虫を食べる

・武田信玄の陣中食ほうとうは清少納言が愛した「はうたう」

・坂本龍馬の最後の晩餐は本当に軍鶏鍋だったのか?

・ブタめし大好き 最後の将軍・徳川慶喜

・高杉晋作が愛した妻と鯛の押ずしと潮汁

・オバマのタカハシさんちの娘は人魚の肉を喰った

・「みんなが作ってる カエルのから揚げレシピ」の衝撃

・なぜ日本にカエル食が定着しなかったのか?

・日本のごはんがおいしいシンプルな理由

ほか全38編。

ちゃんとメシ食って人生がんばりましょう!

 


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新刊「あなたもごはんでできている」本日発売!

 

「エッセイ集:食べる」の第2集。

自身のブログ「台本屋のネタ帳」から

「食べる」をテーマにしたエッセイ38篇を抜粋。

農業の現場を取材した仕事をネタにしたもの、

テレビ番組「歴人めし」の台本をリライトしたものも

収録しました。

 

どんな夢も、どんな未来も、めしを食わなきゃ始まらない。食うことは明日へ向かって生きること。

どんなに悲しんだり、落ち込んだり、深刻に悩んだり、

もう死にたいと思っていても、

人は腹が減ればめしを食います。

 

食っているとき、人の「生きる」という意欲は

モリモリ表に出ます。

「明日もがんばるぞ。さあ、今日は何を食おう?」 

そうして食っためしが、あなたの、私の、

血となるり肉となり、心になっていく。

読めば食欲がわき、元気が出る面白エッセイ。

どうぞご賞味ください。

http://www.amazon.co.jp/dp/B09TNVMWPW

もくじ

・誰が死んでも食休み

・原宿・穏田のお米マイスター

・「鳥のように自由に」と八十歳になって語れるか?

・食べ物を扱うのは神聖な仕事なんだ

・新潟のビジネスホテルで魚沼コシヒカリを食べて幸福について考える

・にいがたラーメンVSタレカツ丼

・名古屋コーチンをめぐる冒険:ふしぎ・まったり小牧編

・楽しさ・学び・癒し満載の八王子・磯沼牧場

・東京唯一のブランド和牛・秋川牛と、むかしみらいTOKYO

・カフカのワイン

・長野・伊那谷で昆虫を食べる

・豊橋ウズラはキャラ弁の名優

・茨城県の納豆―カレーーアニメ―あんこう―ライブの螺旋現象

・歴人めし

・武田信玄の陣中食ほうとうは清少納言が愛した「はうたう」

・坂本龍馬の最後の晩餐は本当に軍鶏鍋だったのか?

・うなぎ屋のロイヤルカスタマー平賀源内・一行千両の大発明

・ブタめし大好き 最後の将軍・徳川慶喜

・高杉晋作が愛した妻と鯛の押ずしと潮汁

・篤姫のお貝煮と「御殿女中」

・徳川家康提唱「日本人の基本食は麦飯と味噌」

・山内一豊の生食禁止令から生まれた?「カツオのたたき」

・スイーツ大好き織田信長の「信長巻き」

・日本のトマト革命

・群馬・横川のひもかわうどん

・アザラシの入江でヤギの乳を搾ってチーズを作る娘について

・サンマの未来はどうなるのか?

・葬儀屋さんの黒にんにく

・ヴェジ中心食研究への挑戦

・人類を進歩させたのは「やばい食べ物」

・とりあえずロックダウンに備えて備蓄

・杉並グルメ テイクアウトOK店取材

・夏みかんのお菓子「夏柑糖」

・富士山と富む水の「ベリーの森」

・オバマのタカハシさんちの娘は人魚の肉を喰った

・「みんなが作ってる カエルのから揚げレシピ」の衝撃

・なぜ日本にカエル食が定着しなかったのか?

・日本のごはんがおいしいシンプルな理由

 


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リア王プーチンの恐るべき終活

 

シェイクスピアのリア王を初めて観た時、

道化という存在が不思議で仕方がなかった。

道化はいつもリアのそばにいて、

家来も家族も逆らえない権力者に対して、

馬鹿にしたようなことを言って笑いものにする。

なんでこんなアホにだけ、そんなことが許されるのか?

 

どうもその昔、王の中にははそうした道化=

社会における序列・上下関係がわからないアホに

自分の言動を批判させ、笑わせることによって、

客観性を見失わないように工夫していたらしい。

 

すなわち、道化をそばに置くのは、

権力者であるがゆえに独善的になり、

権力者として人々の信望を失わないよう、

自分を正常な状態に維持するための知恵だったのである。

 

人間は長い間、権力の座に座り、

周囲から敬われ、従わせるのに慣れっこになってしまうと、

たいてい頭がおかしくなってくる。

 

だんだん自分が神に近い存在に思えてきて、

とんでもない妄想の世界にはまっていく。

 

妄想が自分の頭の中だけならいいが、

力があるゆえにそれを実現するのが可能になる。

そしてそれを実践しようと思った時、世界は動乱する。

 

今のプーチン大統領がいい例だ。

おそらく彼の頭の中にある妄想は、

自分が生まれ育った、かつての偉大なる

ソヴィエト連邦の姿と威信を取り戻すこと。

ソ連を崩壊に導いたアメリカと西ヨーロッパ諸国、

そして、裏切り者の旧ソ連圏の

東欧諸国への意趣返しをして、

世界地図を再び書き換えることである。

 

聞くところによると彼は高齢者の域に入り、

健康状態にも異常がみられるという。

トップの座についてすでに20年以上。

元気で活動できる時間は、

もうそんなに長くないという自覚があるのだろう。

サッカーに例えれば、後半40分経過という所だろうか。

 

彼は自分が設定したゴールに向かって突っ走り始めた。

おそらく側近で止められる人はいない。

相手チームの西側諸国もドリブル突破を

阻止するのは困難だ。

これは彼の人生を賭けた「終活」なのである。

 

何やら1939年のナチスドイツによる

ポーランド侵攻を想起させるウクライナ侵攻。

 

人命尊重・人権重視、そして経済を守ることが

至上の課題となった

西側諸国は、ひと昔前と違って、

外国で起こる紛争には容易に派兵しない。

兵士の命には膨大なコストが掛かるからだ。

 

兵士の命に価値をつけるのはよいことだが、

ロシア・中国・北朝鮮など、

そうした「人命=コスト」の意識が乏しい

独裁国家にとっては戦争を起こしやすい環境に

なってしまった。

 

狂ったリア王・プーチンを止めるにはどうしたらいいのか?

 

ウクライナのゼレンスキー大統領は、

首都キエフにおいて徹底抗戦の構えを見せている。

ロシア国民の多くもこの暴挙を

支持しているわけではなさそうだ。

西側は厳しいSWIFTを含む厳しい経済制裁を決定。

効果はどれだけあるのか?

和平の希望はあるのか?

 

とりあえずウクライナの難民の救済が急務だと思うが、

いったいこれがどう展開していくのか。

中国・北朝鮮に与える影響も気になるし、

日本にとってけっして対岸の火事ではない。

 

アメリカのバイデン大統領は

「アメリカが介入すると第3次世界大戦になる」とまで

言い出した。

耳を疑う言葉。

まさかリアルな第3次世界大戦の危機に

直面するとは思わなかった。

戦争は絶対嫌だ。

 


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週末の懐メロ71:アイビスの飛行/マクドナルド&ジャイルズ

 

1971年リリース。

マクドナルド&ジャイルズの叙情溢れる

プログレッシブ・フォークロックの佳曲。

2人はキング・クリムゾンのオリジナルメンバーで、

イアン・マクドナルドはフルートなどの管楽器や

キーボード群担当のマルチプレイヤー、

マイケル・ジャイルズはドラマーである。

 

今月9日、そのイアン・マクドナルドが76歳で亡くなった。

キング・クリムゾンはギタリスト 

ロバート・フリップのバンドとして認識されているが、

デビュー作であり、後世に語り継がれる歴史的名盤となった

「クリムゾン・キングの宮殿」で

音楽的イニシアティブを執っていたのは、

フリップよりもマクドナルドだった。

 

 

 

彼はアルバム全5曲、すべての作曲に携わり、

中でも「風に語りて」と「クリムゾンキングの宮殿」は

マクドナルド単独の作曲

(作詞はピート・シンフィールド)である。

 

初期クリムゾンの音楽は、凄まじい狂気性・暴力性と

それに相反する優しさ・抒情性との絶妙なバランスで

成り立っていた。

 

その優しさ・抒情性のパートを担っていたのが、

イアン・マクドナルドの多彩な才能と

抜群の音楽センスだった。

 

「クリムゾン・キングの宮殿」は大成功したが、

当時、全員、20代半ばの若者だったメンバーらは、

その成功にしがみつくことなく、

新たな地平へ向かっていく。

 

ベース&ヴォーカルのグレッグ・レイクは、

キース・エマーソンに誘われ、ELP結成のために脱退。

 

マクドナルドとジャイルズは、このユニットを結成し、

自分たちの音楽を追求すべく脱退。

 

その後は残されたロバート・フリップが

「21世紀の精神異常者」の路線を追求して、

クリムゾンを狂気と暴力性を強調した

バンドに発展させていく。

 

それでもマクドナルドが創った

「叙情クリムゾン」のカラーを

捨て去ることは難しく、

後年もジョン・ウェットンや

デビッド・クロスの助けを借りて

「放浪者」「夜を支配する人」「堕落天使」など、

代表曲となる美しい楽曲群を生みだしていった。

 

「マクドナルド&ジャイルズ」は

美しい水彩画のような楽曲が揃った、

今聴いてもとても味わい深いアルバムだが、

キング・クリムゾンやELPに比べると

インパクトが弱いのは否めない。

 

ただ、その分、とても聴きやすく、

クリムゾンやELPのようなアグレッシブな音楽に

アレルギー反応を起こす人には、ぜひ聴いてみてほしい、

プログレッシブロックのアナザーワールドだ。

 

「アイビスの飛行」は、

そんなマクドナルド&ジャイルズの個性を味わうのに

最適な珠玉のバラード。

美しいメロディーと、

それに絡みつくような独特のドラムスが

とても印象的だ。

 

1960年代と70年代の狭間でロックを変革した寵児・

イアン・マクドナルドの冥福を祈る。

 


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「鬼滅の刃」は現代の日本人の生き方を問う物語

 

映画もドラマも新作はめっきり見なくなってしまったが、

「鬼滅の刃」だけは楽しみである。

先日、「遊郭編」のOA(AmazonPrimeで1日遅れで

見られるので、僕はそっちで見ていた)が終わって、

今度は「刀鍛冶の里編」の制作が発表された。

いつ公開されるかは未定だ。

 

「エヴァンゲリオン」が良い例だが、

ここまでファンがつくと、

どれだけ時間がかかってもお客は待っていてくれる。

 

原作が完結していて、ストーリーはわかっているので、

さすがにエヴァほど待たせないとは思うが、

完結編まであと3年くらいは掛かるだろう。

最後はまたテレビでなく、映画でやりそうな気がする。

 

いずれにしても。ちゃんと時間をかけて

じっくり作ってほしいと思う。

 

この作品はバトルアクションが中心で、

「遊郭編」は後半ほとんどバトルの連続だったが、

そこにやたらとそれぞれの登場人物の回想が

入り込んでくる。

その回想が、またやたらと密度が高い。

じつはここが人気の秘密である。

 

なぜ彼らは戦うのか?

なぜ彼らは鬼になったのか?

柱や鬼はどこから来て、どこへ行こうとしているのか?

 

という情報がほどよく客に伝わり、

客はそのドラマを自分の内側で膨らませられるのだ。

てか、じつはこのバトルドラマは、

混迷の時代にいる僕たちの生き方そのものなのである。

 

 

物語の舞台は今から100から110年ほど前の大正時代に

設定されているが、

僕から見ると、主人公の炭治郎ら少年隊士は、

平成生まれの現代の若者たちである。

 

そして彼らの上司である柱(鬼殺隊の幹部)たちは、

昭和生まれの中高年である。

 

彼らがいっしょに、古い因習と人の悪しき情念とが

絡まって「鬼」となった存在を倒し、

闇の世界を終わらせ、新しい世界を拓こうとする。

これはそういう物語だ。

 

そしておぞましい鬼たちも、その正体は、

何か大切なものを守りたいがために

必死で生きなくてはならす、

闇に取り込まれてしまった、か弱い子どもである。

 

鬼を退治するために首を切り落とすという、

残酷な所業は、魂を浄化させるための仕事であり、

鬼殺隊は、悪しき情念で鬼となった

子どもの魂を救うために闘うのである。

 

原作者の意図はわからないし、

そもそも原作のマンガは

アニメを見てから読もうと思っているので未読だが、

僕はそんな、いささかこじつけ過ぎた見方で、

この物語を楽しんでいる。

 


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ニャンとかもっと稼がニャいと

 

来月早々、青色申告に行くので

今日は収支の計算に専念。

 

「めんどくせー」とブー垂れている人も多いが、

僕は年に1回、こういう作業をするのは嫌いではない。

 

めっちゃ儲けてる人、毎日のように出し入れがある人、

時間の無駄だと思う人は、税理士に任せればいいと思うが、

僕はスモールビジネスなので、

自分で心を込めて?計算に取り組む。

するとだんだん脳からアドレナリンが出てきて、

数字の「ゾーン」に入っていく。

 

領収書の1枚1枚、

数字の一つ一つにストーリーを感じられる。

 

ああ、取材のためにこんなものを買ったなぁとか、

あそこにいって取材したなぁとか、

時間がなくてタクシーに乗ったなぁとか、

けっこう雨が降ってたとか、クソ暑かったとか、

帰りは夕焼けがきれいだったなとか、

いろいろなシーンを思い浮かべられる。

 

スマホやパソコン、手帳や領収書をにらみながら、

昨年1年を振り返って、笑ったり嘆いたり

舌打ちしたりできる醍醐味がある。そして、

よし、今年はもっとがんばろうと改めて思えるのだ。

 

大きく変わったのは、

一昨年から取材も打ち合わせもリモートが増えたので

交通費が激減したこと。

 

収入はむしろ増えたので、ぶっちゃけ稼いでいる。

一昨年の申告時(つまり2019年の収支)が

一番ひどかったので、

まぁまぁのところに戻ってきたのかなという感じ。

 

たぶん世の中の雰囲気からすると、オミクロンの後、

よほど殺人的な変異株が出てこない限り、

コロナは終息——というか、

経済優先のために強制終了ということになるだろう。

 

だから今年の後半からは社会全体がリハビリ状態になり、

景気は上向くと思う。

でも、なんか思ってもいない

社会的後遺症も出てきそうで、ちょっと怖い。

 

てなわけで2月22日、

222(ニャンニャンニャン)の日だそうなので、

商売繁盛・先客万来を願って豪徳寺の招き猫をアップ。

このお寺には生きた招き猫もニャンニャンしてます。

 

あなたのところにも、僕のところにも、

キャット良いお仕事がたくさん

にゃんころりんと転がり込みますように。

 


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新刊予告「あなたもごはんでできている」

 

おりべまこと電子書籍新刊は、「ロンドンのハムカツ」に続く「食べる」をテーマにしたエッセイ集第2弾。

「歴人めしシリーズ」「農業シリーズ」など、ブログで人気の記事をリライト・編集してお届けします。

2月28日(月)発売予定! 

お楽しみに。

 

収録予定

・坂本龍馬の最後のばんめしは本当に軍鶏鍋だったのか?

・豚肉大好き、最後の将軍

高杉晋作の好物と愛妻物語

スイーツ大好き織田信長の「信長巻き」

日本のトマト革命

日本のごはんが世界一おいしいシンプルな理由

茨城県の納豆・カレー・アニメ・アンコウ・ライブの螺旋現象

なぜ日本にカエル食が定着しなかったのか?

オバマのタカハシさんちの娘は人魚の肉を喰った

なぜ人はもう死にたいと思ってもめしを食うのか?

 

ほか、全36編収録予定。

 


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週末の懐メロ70:ブロークン・イングリッシュ/マリアンヌ・フェイスフル

 

1979年に同名のアルバムがリリースされた際、

どこかの雑誌に「地獄から這い上がって来た女」

と紹介されていたのを憶えている。

 

ドスの効いたハスキーヴォイス。

ヒリヒリするような緊張感とデカダンスな雰囲気。

マリアンヌ・フェイスフルの

「ブロークン・イングリッシュ」は、

ポストパンクからニューウェーヴに移行する時代の

最先端のサウンドであり、強力にエッジが立っていた。

 

「地獄から這い上がって来た女」は

大げさなセールス文句に思えるが、

過去に遡ってストーリーを辿っていくと、

あながちそうでもない。

 

彼女は堕天使だった。

 

1964年、すでに結婚して母親になっていた18歳のとき、

ローリング・ストーンズの初期のバラード

「涙あふれて」を歌って18歳でデビュー。

清らかなその声はエンジェル・ヴォイスと言われた。

 

その頃、ビートルズの「イエスタディ」や

サイモンとガーファンクルの「スカボロフェア」なども

歌っているが、本家をしのぐほどの美しい歌唱。

たちまち人気アイドルとなったのも納得できる。

 

イギリス人だが、もともとオーストリアの

ハプスブルグ家の血を引く貴族のお嬢様という経歴も

大きな強みだったのだろう。

 

けれども可愛いアイドルに

ちんまり収まっている器ではなく、

歌だけでなく女優業にも進出。

 

1968年には「あの胸にもう一度」で当時の大スター、

アラン・ドロンと共演。

この映画で彼女はバイクに乗る

カッコいい娘を演じるのだが、

黒いレザーのバイクスーツの下は裸で、

そのジッパーをドロンが

口でくわえて引き下げて脱がすという、

かなりの衝撃度を持つエロチックなシーンがある。

 

それを見て鼻血ブー!となった男が大勢いると思うが、

どうやらその衝撃から

「ルパン三世」のあのヒロインが生まれたらしい。

 

そうなのだ。

マリアンヌ・フェイスフルが

峰不二子のモデルだったとは初めて知った。

 

その後、ストーンズのミック・ジャガーの恋人になり、

だんだん酒と煙草と麻薬に浸る生活にはまっていく。

 

1969年、ストーンズの「シスター・モーフィン」という、

「ヘロインの代わりにモルヒネを」という

とんでもない歌を歌った後は、

薬物に加え、数々のスキャンダル、ホームレス生活、

自裁未遂までしでかし、

ついには音楽・芸能の世界から姿を消す。

 

それから約10年。

一度死んだと言ってもいいマリアンヌ・フェイスフルは、

いまだ強い生命力を持つ

この大名盤を創り上げて奇跡のカムバックを果たす。

 

可愛いアイドルから

地獄を潜り抜けた、迫力満点の大姉御への大変身。

 

リアルタイムでこの曲・このアルバムを聞いていた頃は、

60年代の彼女のことはまったく知らなかったので、

そのギャップの凄さがよくわからなかったが、

今回、いろいろ聴いて、調べて、

「地獄から這い上がって来た女」の意味がやっとわかった。

そしてその豊富なキャリア、活動量、

そして才能に驚愕した。

 

しかし、そんな彼女のライフストーリーを抜きにしても、

グイグイ脳髄に切り込んでくる

「ブロークン・イングリッシュ」は、

文句なしにカッコいい。

 

その後の時代も、

アコースティックだったり、ジャズ風だったり、

様々なアレンジでやっているのを聴いたが、

どれも渋くて、めっちゃエッジが立っていて、

プログレッシブ。

 

最近のインタビュー映像で、アイドル時代からの流転変転を

余裕しゃくしゃくの笑顔で話す姿も貫禄あり過ぎだ。

 

ちなみに彼女は2006年の映画

「マリー・アントワネット」では、

アントワネットの母のマリア・テレジアを演じている。

 

お姫様アントワネットからオーストリアの女帝へ――

を地で行くかのような女の生きざまに脱帽。

 


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義母の復活と 認知症になった蛭子能収さんの本のこと

 

義母のワクチン反応熱は下がり、

すっかりよくなった。

ただ、しばらく家にいて歩いていなかったせいか、

散歩に出ると、すぐに疲れたといい、息切れして

30分ぐらいが限界。

先々週まであれほどガシガシ歩き回っていたのが

嘘みたいだ。

 

1日にトータルすると3時間もお供をさせられていたので、

仕事は六に出来ないし、内心辟易していたが、

こうなってしまうと逆にちょっと心配になる。

本当に年寄りはちょっと表に出ないと

すぐ弱くなってしまうのだ。

 

「寝たきり老人は作られる」というが、その通り。

おじいちゃん、おばあちゃんに

元気で健康であってほしいなら、

大事に安全にして上げ膳・下げ膳してたら

絶対だめだと思う。

 

足のほうは少しトレーニングすればまた元に戻るだろうが、

認知症になった頭のほうは戻らない。

でも残りの人生を楽しく生きられればいいと思う。

 

そう言えば漫画家・タレントの

蛭子能収(えびす・よしかず)さんも認知症だ。

それでいながら昨年8月、

「おぼえていても、いなくても」(毎日新聞出版)

というエッセイ集を出した。

蛭子さんらしい、トボけててイカすタイトルだ。

 

新聞や雑誌に連載していたものをまとめた本で、

マンガもいっぱい載ってて楽しめる。

 

特に第1章はめっちゃ面白い。

協定の話とか、昔やったバイトの話とか、

エロ雑誌とギャンブル雑誌と

間違えて原稿を送っちゃた話とか、

読んでて思わず笑ってしまった。

 

天然おとぼけキャラクターまる出しで、

漫画と同じくヘタウマ文章になっている。

 

ところが第2章はなんとなくテイストが違う。

わざと文体を変えているとかではなく、

最初は気付かないが、読み進めていくと

なんか違うな・・・といったレベルなのだ。

 

文章自体はこっちのほうがうまくて、

ちゃんとまとまっている感がある。

けれども行間から彼のキャラがにじみ出てこなくて、

イマイチ面白くない。

蛭子さんのようで、蛭子さんではないのだ。

 

文章って不思議なものだ。

うまけりゃいいってわけじゃない。

 

推察するに、第2章では認知症が進んで、

なかなか書けなくなったため、

口述筆記でゴーストライターが

以前のテイストに似せて書いているか、

あるいは、断片的なメモっぽいものを

なじみの編集者などがうまいこと

文章にまとめているのかもしれない。

 

あまり突っ込むつもりはないし、

周囲のスタッフのフォローを

ディスるつもりはない。

 

「認知症になっても楽しく生きてる蛭子さん」は、

世の中の人に勇気と元気と安らぎを与えている。

今後のことはちょっと心配だけど、

できるところまでがんばってほしい。

いまや蛭子さんは認知症の人たちの星なのだから。

 


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アイの時代 アイのものがたり

 

最近、顔出ししていなかったので久しぶりに登場。

昨年、老眼が進んでしまって、

パソコンの画面などがどんどん見えなくなってきた。

そのため眼精疲労がひどい上、

書き間違いも増えて困ったことに。

 

眼鏡屋に行くのを面倒がっていたが、

これはいかんと新しいのにチェンジした。

 

遠近両用はレンズが大きくなってしまい、

デザイン的に気に入らないのと、

いちいち顔を上げ下げして見なくてはならないのが

面倒だなと思ったので、

普段使い(中・長距離仕様)➡写真左

仕事・読書用(短距離仕様)➡写真右

を分けて、二刀流メガネに切り替えた。

 

仕事・読書用にはブルーレンズを入れた。

やっぱり目の疲れ方がぜんぜん違うなと実感。

けっして眼鏡屋の宣伝ではないけど、ほんとです。

JINS!吉祥寺店の店員さんは大変丁寧でやさしい。

 

それにしてもメガネを変えて視界良好になると、

今までそうとう酷使していたなと、

自分の目にお詫びをしたい気持ちになった。

 

パソコン・スマホの時代、

老眼の人はもちろんだけど、

若い人もブルーレンズは必須です。

自分の目をきちんといたわっていきましょう。

 

目eyeに愛を。

自分Iに愛を。

 


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油断大敵ワクチン3回目:義母、副反応熱でダウン

 

認知症以外、元気で健康だった義母が、

ここのところ体調不良。

 

1週間前の日曜日に3回目のワクチン接種をしたのだが、

当初は問題なかったものの、3日目から微熱が出始め、

ここ4日間ほどはずっと37度台。

ほとんど寝て過ごしている。

 

1回目・2回目はまったく副反応がなかったので、

今回もだいじょうぶか、と思っていた矢先だった。

 

熱に加えて朝晩、ときどきせき込むので、

もしやコロナかと思って一応、抗体検査をしてみたが

結果は陰性。ほっとした。

 

アナフィラキシーが出たカミさんの見立てでは、

弱いけど、潜在的な喘息系のアレルギー反応が出たのかも、

ということ。

 

おかげでいつもの「カエル病」が沈静化し、

「出かける」と駄々をこねなくなったため、

僕の仕事は捗るが。

 

昨日、医者に行って聞いたところでは、

3回目は割と強い副反応が出たり、

高齢者は2週間ほど熱が続く人もいるらしい。

義母のように2回目までは平気でも3回目は出た

という人も少なくないらしい。

 

打ったのはファイザー製。

モデルナを敬遠し、

ファイザーを希望する人が多いが、

モデルナのほうが量が少なくて済むようなので、

3回目はむしろモデルナのほうがいいのかも。

 

もちろん、人それぞれ反応が異なるので、

一概には言えないが、

これから接種する人は、接種日の後、

休みを取るまでしなくても、

あんまりハードワークをしたり、

仕事のスケジュールをがちがちにしないほうが

無難かもしれない。

 

というわけで、そういう僕のところにも

区役所から「赤紙」が来た。

3月なかばに行こうかなと思っている。

 


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週末の懐メロ69:だれかが風の中で/上條恒彦&小室等

 

1972年、フジテレビ放映のドラマ「木枯し紋次郎」の

主題歌としてリリースされた。

かの市川崑監督が描く時代劇で、

「市川崑劇場」と銘打っていた。

 

故郷の村が盗賊に襲われて家族が皆殺しになり、

一人生き残った。

確かそんなといった設定だったと思うが、

とにかく紋次郎は天涯孤独の男となり、

上州(群馬県あたり)を旅して回る。

 

「あっしには関りにないことでござんす」と言いつつも、

行く先々でトラブルに巻き込まれ、

悪党どもとチャンバラをする羽目になる。

 

件のニヒルなセリフと口にくわえた長い楊枝、

そして編み笠と旅合羽がトレードマークで、

アホなガキども(自分を含む)が

紋次郎のマネをして遊んでいた。

 

正直、ドラマはあまりまともに観たことがなく、

したがって大して思入れはないのだが、

この主題歌はいい曲だなぁと思って

レコードを買って持っていた。

 

上條恒彦はこのちょっと前、ギターを弾いている小室等と

「六文銭(ろくもんせん)」という

バンドを組んで活動していた。

 

六文銭の音楽は一応、フォークソングとして

カテゴライズされていたと思うが、

フォークやロックとは一線を画す、

もちろん歌謡曲とも違う独特の存在、

そして上條の圧倒的な歌唱力は子ども心にも衝撃的だった。

 

二人ともすっかりじいさんになってしまったが、

この曲は今聴いても、体の奥底から血がたぎってくる。

 

小室等のギターは優しく美しく響き、

上条恒彦は力強さを保ちながらも、

齢を取った男の味わい深い声で、

この歌の持つ内側のドラマを描き出す。

 

バックの演奏もオーケストラではなく、

ギターとピアノを立たせた小編成バンドで、

アレンジでとても新鮮だ。

2022年になっても、この先まで行っても、

きっとまだ、誰かが風の中で待っている。

 


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元祖・勝浦タンタンメンと勝浦の危機

 

いまやカップラーメンにもなり、

全国的にその名を知られるようになった

「勝浦タンタンメン」。

 

千葉・勝浦市のはずれにある「江ざわ」は、

この勝浦タンタンメン発祥の店。

店内には堂々と「元祖・担々麺」の暖簾が。

 

今日、取材で訪れた勝浦の海を臨むお寺の住職は、

地域の一員として、10年余り前、B-1グランプリに出場。

「勝浦タンタンメン」のプロモーション活動に

携わった一人だ。

彼には3年前にも取材して、今回2回目。

地元・勝浦のためにすごくがんばっている。

 

3時間余りの取材の後、

いっしょに遅い昼飯に「江ざわ」に連れて行ってもらった。

彼のおススメの「上担々麺」は、ひき肉たっぷりで、

辛くてコクがあって、めっちゃうまくて、

「さすが元祖」と唸る味。

 

今日は天気も悪く、時間もおそかったせいか空いていたが、

いつもお昼時は小さな店に長蛇の列ができるという。

 

「勝タン」で盛り上がる勝浦!

と思いきや、かつての漁港・朝市の賑わいは

もはや昭和の昔ばなし。

現在、過疎化、空き家問題がかなり深刻化しており、

危機的な状況になっているという。

 

アラフォーの住職はそんな状況のなか、

地域の人たちや行政に頼りにされ奮闘中。

様々な試みに挑戦している。

 

過疎化する地域を盛り上げるには、

かつて地域のコミュニティのおへそとなっていた

お寺の復活がカギだ。

てな話を勝タン食べながら話した。

 

昭和時代の「坊主丸儲け」の所業が祟って、

儲けてたお手はみんなにそっぽを向かれるいうになった。

 

それを継いだ彼のような30代・40代の地方の住職は、

そういう意味でははずれくじを引いている。

 

檀家制度も崩壊し、納得できない寄付・お布施は

認められない時代になって、

彼らのように逆境でがんばっている若い坊さんには

微力ながら力になりたいと思う。

 


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「あとしまつ」の時代を生きる

 

「大怪獣のあとしまつ」という映画が先週から公開されている。

最初に概要を見たとき、

すげえ題材に目を付けたな、と思った。

 

ヒーローが大怪獣を倒すが、

死体は消えてなくなるわけではない。

人間があとしまつをつけなくてはならない。

その顛末・奮闘劇を面白おかしく描く。

 

これはおいしい。

今まで誰もこんな話は作っていない。

それをこの令和4年にやる、というところにビビッときた。

 

「大怪獣」とは一種のメタファー(暗喩)である。

自分でもいろいろ書いているが、今やネット上には

昭和の振り返り情報――

政治や企業の栄枯盛衰から怪事件、怪人物、怪商品、

映画、音楽、マンガ、テレビ、アニメ、特撮、

芸能人あyスポーツ選手のスキャンダルなど

ーーがあふれかえっている。

 

大怪獣とは、後世に様々な影響を残した

戦後昭和という強烈な変動期のことであり、

終わって30年以上たった今、

僕たちは懐かしい、あの頃に帰りたいと

ブツブツつぶやきながら、

そのあとしまつに勤しんでいる、というわけだ。

なんだか残された家族が遺品整理をしているようである。

 

また、大怪獣とは災厄・災禍のメタファーでもある。

初代ゴジラが核兵器の化身だったように、

庵野監督のシン・ゴジラが東日本大震災の

イメージをまっとていたように、

人間が太刀打ちできない圧倒的なパワーの象徴として現れる。

 

なんとかそれを乗り切って生き延びても

そのあとしまつがまた大変だ。

東日本大震災ももう11年が経とうとしているのに、

原発の問題を始め、多くの傷跡が治療もされずに

置きざりにされたままだ。

 

そして今ならコロナ禍である。

オミクロンがピークアウトすれば、

コロナ禍は終わるかもしれないが、

喜んでばかりはいられない。

 

今度はコロナ禍で混乱し、取っ散らかってしまった社会の

後始末をどうつけるか、が大問題になるだろう。

これがけっこう心配だ。

いろんなところに想像もできないような歪が起き、

物理的な面・精神的な面、双方で

僕たちは何年も後始末に明け暮れるのではないか、

という気がする。

 

てなことをいろいろ考えて、「大怪獣のあとしまつ」、

そんなメタファーがふんだんに盛り込まれた、

それでいながら笑えるという、

すごい映画なのではないかと期待していたが、

ネットでチラ見してしまった評判は、あまり芳しくない。

 

あれこれ妄想を膨らませて夢を描いているだけのほうが

いい気がしてきた。

 


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私立探偵・健太のこと

「茶トラのネコマタと金の林檎」は私立探偵が

高齢女性から山の中に埋蔵された

金の林檎の捜索を頼まれる、という話だ。

 

この物語の主人公である探偵の健太は、

親に虐待され、棄てられた子どもで、

施設で育ったのち、

高校を出てから紆余曲折を経て

探偵事務所を開いたという経歴を持つ。

 

事務所といっても、自分のホームページを開き、

6畳一間のアパートで、

パソコンと携帯電話を使って仕事しているだけ。

それでも立派な独立事業者だ。

 

本筋とは関係ないのだが、

この健太が、自分の育った施設の所長に呼ばれ、

社会で独立して活躍する成功者として、

施設の子どもたちに講演してくれと頼まれる。

彼は最初拒むが、

しぶしぶその依頼を引き受けるというエピソードがある。

 

自分でもなんでそんな設定、

そんなシーンを書いたのかわからないが、

手前みそながら、そんな健太のことが結構好きで、

友だちのように思っている。

 

多分これを書いていた前後に、

こうした施設をめぐる悪いニュースを聞いたのだろう。

実際には健太のようなやつには逢ったことがないのだけど、

そこにいる不運だった子どもたちに

がんばってほしいという思いがあったのかもしれない。

 

世の中、「成功」の定義はいろいろだ。

オリンピック選手や芸能人やお金を儲けた実業家だけが

成功者ではない。

自分では成功したとか、偉くなったとか思っていなくても、

他人は、あの人イイな、えらいなと

思っていることだってある。

 

それに人生に成功したか、失敗したかなんて

最期まで行ってみないとわからない。

どんな境遇で生きることになったって、

自分を抑え込まず、自信を持って生きよう。

 


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今夜のごはんは豚のしょうが焼き

 

今日は義母が3回目のワクチン接種をした。

少なくとも今日の時点では副反応はまったくなく、

相変わらず「お母さんが病気だから家にカエル」と

ケロケロ言ってくるので、

頻繁に仕事の手を止めて散歩に同伴する。

 

「週末の懐メロ」で紹介した矢野顕子の

「ごはんができたよ」は、

とても素敵なおとなの童謡だった。

 

認知症の義母の上にも夜は来る。

夜が来ると、僕の家にも帰ってきてくれる。

今晩のご飯は豚のしょうが焼きと、

大根・厚揚げの煮物だった。

 

つらいことばかりあるなら 帰って帰っておいで

泣きたいことばかりなら 帰って帰っておいで

 

子ども時間を深呼吸しながら聴いてみよう。

 

https://www.youtube.com/watch?v=OzBjF6wPdTk


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週末の懐メロ68:ごはんができたよ/矢野顕子

 

自由奔放に明るく跳ね回るピアノの旋律。

およそ40年ぶりに聴いたこの曲は、

ナイフのようにズブリと胸の奥深くまで入り、

いろいろな感情が噴き出してきて、不覚にも涙した。

 

八百屋のみいちゃん、お医者さんちのあっこちゃん、

甘ったれのふうちゃん、鼻ったれのかずちゃんたちは

今どうしているのだろう?

 

歌う矢野顕子も、聴く自分も

ずいぶん齢を取った。

だからこそこの「おとなの童謡」の真髄が響く。

 

1980年リリース。

同名の2枚組アルバムは確かその次の年くらいに

中古レコード屋で手に入れて持っていた。

 

矢野顕子は1979~80年に行なわれた

YMO(イエローマジックオーケストラ)の

ワールドツアーにサポートメンバーとして帯同し、

時にはYMOを食ってしまうぐらい

大活躍していた。

 

その帰国直後に作られたこのアルバムでは、

YMOの3人——

細野晴臣、高橋幸宏、坂本龍一が全面的にバックを務め、

テクノポップっぽいサウンドになっていた。

 

アルバムのハイライトになっていた

この表題曲もオリジナルはテクノ歌謡みたいな感じで、

それはそれで面白ったのだが、

このピアノバージョン(10年ほど前のコンサートらしい)は

格別の味わいと深みがある。

 

義なるものの上にも 不義なるものの上にも

静かに夜は来る みんなの上に来る

いい人の上にも 悪い人の上にも

静かに夜は来る みんなの上に来る

 

こんな歌詞を軽やかなピアノに乗せて、

こんな童謡のような歌にできる

矢野顕子という音楽の女神を愛さずにはいられない。

 


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「芝浜」と女落語家

 

「愛妻の日」に記事を書いたら、

「芝浜」という落語を思い出して、

ちょこちょこYouTubeに上がっているのを聴いていた。

 

有名な古典だから知っている人も多いと思うが、

あらすじを話すと——

 

江戸に魚屋を生業とする男がいて、

魚を選ぶ目も包丁さばきも優れているのだが、

困ったことに大の酒好き。

 

昼間から「ちょっとだけ」とすぐに飲んでしまい、

深酒して結局、ろくな仕事が出来なくなってしまう。

おかげで家は借金だらけという体たらく。

 

そんな魚屋がある日、芝の浜(昔は今の港区芝のあたりは浜、

芝浦から先は江戸湾だった)で大金を拾う。

 

大喜びでそのカネで贅沢三昧、遊び暮らそうとするのだが、

カミさんに「何言っているの。あんたはただ夢を見たのっよ」

と言われてしまう。

 

がっかりした魚屋はカミさんにほだされて酒を断ち、

まじめに働いて優秀な本領を発揮して

暮らしは上向きに。

そして3年後、カミさんから衝撃の真実を打ち明けられる

ーーという話。

 

最後のオチは、いつ何回聴いても笑って泣ける傑作中の傑作で、

おまけにお金とは何か、仕事とは何か、

人生とは、幸福とは・・・といろいろ考えさせてくれる。

 

ところが夫婦愛に溢れたこの物語、

現代女性の立場から見ると、

魚屋のカミさんが「できすぎニョーボ」

「男に都合よすぎるオンナ」という風に映り、

リアリティを感じないという。

なかなか女の目線はクールである。

 

江戸時代、寄席に来て落語を楽しむ観客は、

ほとんどが男だったようで、

どうも古典落語は基本的に男を喜ばせる話に

なっているようだ。

 

それでもいいと言えばいいのだが、

そんな落語の伝統に疑問を唱える落語家もいる。

それも女性。

 

この「芝浜」に女性目線を入れて改変しようと

しているのが、女性落語家の林家つる子さんだ。

 

今や昔とは比べ物にならないほど、

女性の仕事の選択肢は増え、

女性お笑い芸人も多数活躍する時代だが、

さすがに落語家をやろうという人はまだ稀。

 

僕も昨日知ったばかりだが、ちょっと注目してみたいし、

彼女がカミさんの心情を織り交ぜて作る

「芝浜」も聴いてみたいと思う。

 


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高円寺・猫の額で麻乃真純さんの作品を見る

 

電子書籍の表紙絵を描いてもらっている

漫画家・イラストレーターの麻乃真純さんが出展している

グループ展「春待祭」を覗きに行く。

 

高円寺北口にあるギャラリー「猫の額」は、

その名の通り、猫の額ほどの小さなスペースに

猫雑貨・猫アートがぎゅうぎゅうに詰め込まれている。

 

麻乃さんの絵はなんだか年を追うごとに

だんだんファンタジックになっている。

可愛がっていた犬や猫を看取るごとに

動物が妖精化していく。

 

僕も仕事でペットの葬儀や供養グッズのことを

書くことがあるが、

どうも動物の死は、人の死と違って

何かそうした異化作用を脳に及ぼすのかもしれない。

 

会期は終わりに近く、麻乃さんの絵は

ほとんど買い手がついていた。

 

猫好きの人は、高円寺方面に用事があったら

「猫の額」に行ってみてください。

「アトリエあさの」もよろしく。

猫の額 http://www6.speednet.ne.jp/nekojarasi/

アトリエあさの http://nazuna.jp/purofiru.html


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愛妻家・愛夫家は人生の成功者?

 

1月31日は、1(アイ)・31(サイ)という

かなり無理くりな語呂合わせで「愛妻の日」なのだそうだ。

 

「日本愛妻家協会」なる団体が制定した記念日で、

気になってホームページを見てみると、

2004年11月の計画表発表が

同団体の実質的スタートになっているらしく、

すでに18年という、そこそこの歴史がある。

 

趣旨としては、

「妻というもっとも身近な赤の他人を大切にする人が

増えると、世界はもう少し豊かで平和になるかもしれない。

という甘い理想のもと、日本独自の伝統文化かもしれない

愛妻家というライフスタイルを世界に広めていこうという

文化活動です」

とある。

 

愛妻家は日本独自の伝統文化なのか?

他国には「愛妻家」とか「愛妻」という概念はないのか?

幾つもの疑問符が頭の中に浮かんでくるが、

こうした言葉・概念が生まれたのは、

やっぱり世の中が男目線で回って来たから。

 

言ってみれば、

日本の男尊女卑思想の裏返しなのだ。

 

今でこそ、愛妻家は誉め言葉であり、

愛妻弁当をはじめ、愛妻〇〇はポジティブに評価されるが、

昭和の時代は、

「あいつは愛妻家だから」

「いつも愛妻弁当を持ってくる」というのは

悪口のニュアンスが強く、

ニョーボひとりで満足するしかない、お人よしのダメ男

といった軽侮する言葉だったような気がする。

 

仕事ができて、女にモテるでかい男は、

正室以外に側室が何人にもいて当たり前。

身分が違うのじゃ~! と威張っていたのだ。

 

しかし時代は変わり、愛妻家はいい人・いい男イメージで

語られるようになった。

それでもどこかちょっと笑いのタネになる

「愛妻の日」「愛妻家」。

あったっかくてハッピーなイメージがあるのは確かだ。

 

そんなこんなでふと思ったのだが、

人生の成功者と言えば、

大金を稼いで大金持ちになったとか、

仕事世界で大活躍とか、有名になったとか、

たくさんの人に認められたとか、

社会的に高い地位に就いたとか、

通常語られるのはそうしたことばかり。

 

だけど、いつまでも妻を愛せる、夫を愛せる。

「俺はいいニヨーボを持った」

「あたしはいいダンナに恵まれた」と思えることだって、

十分、人生の成功者と言えるのではないだろうか?

 


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早大の起業家と村上春樹ライブラリー

 

新しいメディアから

ライティングワーク(ウェブ記事)の依頼を受けた。

昨日はそこの初仕事で早稲田大学へ。

 

僕自身は早稲田大学とは無関係だが、

昔、ここの大学生協で半年ほどアルバイトしたことがある。

演劇公演やら、ロケやら、取材やらで

何度となく訪れていて、

構内の雰囲気も早稲田の街も好きだ。

 

ただ、昔と比べるとすいぶん洗練されて、

お洒落になってて、そこはかとなく寂しさも感じる。

 

で、訪れたのは、

大学構内のはずれにある

「早稲田大学アントレプレナーシップセンター」

という建物。

早稲田出身の起業家たちにオフィスを提供している所だ。

 

ざっと見た感じ、20~30くらいのベンチャー企業が

入っており、

賃料激安、光熱費なども相当割安なようだ。

シェアスペースも多く、

若い起業家たちが自由な雰囲気で仕事をしている。

 

今回はそこで活動しているベンチャー企業を取材した。

トップは経営学部の出身者でMBAを取得。

とても好感度が高い、

将来性の高い仕事をやっている若者たちなので、

ぜひ良い記事にしたいと思っている。

 

構内を通ったら、演劇博物館の横に

昨年オープンした村上春樹ライブラリーを見つけた。

正式名称は

「早稲田大学国際文学館 村上春樹ライブラリー」。

建物のデザインは、日本を代表する建築家・隈 研吾氏。

惹きつけられる魅力的な建物で、1階(地下1階?)は

カフェになっている。

 

残念ながら昨日は時間がなくて中に入れず、

(そもそも入館には事前予約が必要)

ちょちょっと写真を撮っただけに終わったが、

今度ゆっくり訪れたいと思う。

 


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週末の懐メロ67:冬の散歩道/サイモンとガーファンクル

 

1966年リリース。

僕が中学生の頃(1970年代半ば)、

みんなが好きな洋楽と言えば、

ビートルズ、カーペンターズ、ミッシェル・ポルナレフ、

そして、サイモンとガーファンクルだった。

 

代表曲「明日に架ける橋」をはじめ、

「サウンド・オブ・サイエンス」「スカボロフェア」

「コンドルは飛んで行く」など、

ビートルズに匹敵する名曲・影響力のある曲の数々を

世に送り出したS&Gだが、フォークのイメージが強くて、

かの時代の中二病に掛かっていたロック小僧たちからは

軟派音楽として軽んじられていた。

 

そんなわけでやはりロック小僧だった僕も、

「サイモンとガーファンクルっていいね」とは

なかなか言えなかったのだが、

彼らのロックっぽい曲の中でも最大のヒットとなった

この「冬の散歩道」だけは別格。

 

特に切れ味鋭く、スパッとカットアウトする

エンディングは、めっちゃカッコよくて、

ロック小僧の皆さんもシビれていた。

 

解放的に明るく、青春を謳歌する

春夏モードの楽曲と対照的に、

秋冬モードの楽曲は舞い落ちる落ち葉や雪に

哀しみや寂しさの感情を乗せた叙情的なものが多い。

 

しかし、そこをキリっとした緊張感のある曲調で、

寒くてグレイな風景を描きながら

哲学的な歌詞を載せたこの歌は

やはり特別の味わいがある。

今もって、これに追随するような

ポップミュージックは数少ない。

 

ただ邦題の「散歩道」というタイトルが、

曲のイメージと相反するのんびりムードを

醸し出しているところが

ちょっと残念かな。

憶えやすくはあるんだけど。

 


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ワクチンに対する疑念とコロナのこれから

 

今朝、杉並区から義母宛てに

ワクチン3回目接種の案内が来た。

昨年と違って、日時もすべて指定済み。

どうしても都合悪くて来れなければ変更は可能ですよ、

ただ、もしかしたらだいぶ後回しになるかもねー―

というスタンス。

 

昨年みたいに、希望に応じて予約取って――

なんてやっていると、

受ける側も保健所側も混乱して大変なので、

まぁいいと思う。

高齢者は基本的に時間の自由がきくしね。

 

ただ、現在爆発しているオミクロンは、

海外の例を見る限り、ピークアウトも早そうなので、

今から打って(義母の指定日は来月前半)、

効果としてどうなのか?

 

政府もマスメディアも、ちょっと前まで

「感染拡大に歯止めをかけ、重症化を防ぐためのは

ブースター接種に掛かっている」といったニュアンスで

懸命にワクチン効果をPRしていたが、

あれよあれよという間に感染が広がって、

誰の目にも手遅れという事態が明らかになるとともに、

そのアナウンスもトーンダウンしてきた。

 

ブレイクスルー感染も多いようだし、

国民も1回目・2回目の時ほど、

ワクチンを信頼してないのではないかな?

 

僕は決してワクチン反対派ではないが、

高齢者の接種がすみ、3月・4月になって

オミクロンが沈静化したタイミングで

「今後の予防のために3回目どうぞ」と来ても、

あんまり受ける気にならない。

 

しかし気になるのはオミクロンの後のこと。

巷では「オミクロンでコロナ禍は終わる。

あとちょっとの辛抱だ」という声が多いが、

僕はそれよりも南アフリカの大統領が

「オミクロン株の発生は、

ワクチンの不平等がもう許されないことを示した」

と発言していたことのほうが印象的だ。

 

地球は一つ。

人類みんな一蓮托生。

先進国ばかり3回、4回、5回とワクチンを打っても、

殆ど打てないアフリカ諸国の状況を改善しない限り、

オミクロンの後も

次々と新しい変異株が生まれるのではないか。

 

すると永久にコロナ禍は終わらない、

とまでは言わないが、この先、5年も10年も

パンデミックは解かれない可能性もあるのではないか。

 

良くも悪くもこの半世紀で

それまでとは比べ物にならないほど、

世界の人々の関係は密になり、地球は小さくなった。

 

コロナ禍は分断・格差・差別を生んでいると言われるが、

最終的にはコロナがそれらを

大きく減退させるかもしれない。

 

新型コロナウィルスは、

国連のSDGsの理念「ひとりも置き去りにしない」を

無理やり実現し、人類を団結させ平等にするために

生まれたもの———

そんな妄想にとらわれたりもする。

 


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こぐま座 再生目指してトラックコンサート

 

先日トラックが盗難事故に遭った

こぐま座のコンサートがYouTubeにUPされている。

 

彼らのレパートリー

「三匹のこぶた」「ももたろう」「ピノッキオ」などの

主題歌メドレー、

および、この劇団のスーパーアイドル、

ファンキーなラッパーゴリラ・ゴンタの

パフォーマンスが見られる。

 

 1月18日、盗難されたトラックが帰ってきたけど、

自走が困難になってしまったため、

廃車することになったそうだ。

それで、日本全国を幾度となく旅して回った

トラックの最後の思い出として

荷台ステージでのコンサートとなったようだ。

 

皆さん、新しいトラックで活動再開したら、

子どもや孫を連れて観に行ってみてください。

こぐま座の人形劇は、日本の偉大な文化の一つです。

もちろん、おとながひとりでブラっと行って

童心を取り戻してもええんでないかい?

 


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バースデーフラワー

 

ピンクとブルー。

誕生日にもらった花がどんどん開いていく。

冬来りなば春遠からじ。

If Winter comes, can Spring be far behind ?

 


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アホになる修行をせなあかん

 

誕生日メッセージをいただいた皆さん、

どうもありがとうございます。

 

昨日も書きましたが、還暦を超えると

あたりの見晴らしがよくなるので、

この際、終わりから人生考えてみても

いいのではないでしょうか。

 

折しも、第3次世界大戦になぞらえられるコロナ禍。

年末年始は全世界、オミクロン弾の大空襲。

戦後はおそらくいろんな価値観がぐちゃぐちゃになり、

過去の社会常識・人生モデルが瓦礫と化すでしょう。

 

そんな焼け野原を口笛吹いて明日へ向かって歩けるか?

自分の行く末と、

ホモサピエンスはこれからどこへ行くのか?

を想像しながら歩くのもまた楽し。

 

この間、横尾忠則さんの

「アホになる修行~横尾忠則言葉集~」(イーストプレス)

という本を読んだが、

「死を想う」という項目が一番面白かった。

 

現実を死の側からの視線で眺めたい。

いつもそう思っている。

死の側から見たこの現実を描きたいと。(引用)

 

その他、素敵な言葉がいっぱい並んでいる。

すぐに小賢しいことを考える僕は、

横尾さんにならって

アホになる修行をせなあかんな、と思った誕生日でした。

 

面白まじめなネタ帳エッセイ集

「いつもちょっとクレイジーでいるためのスキル」も

明日1月23日(日)16:59まで

発売記念無料キャンペーン続行中。

読み応えたっぷり。人生の常備薬にぴったり。

ちょっとおなかすいた時のおやつにもばっちりです。

この機会にぜひ。

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週末の懐メロ66:リヴィング・イット・アップ/リッキー・リー・ジョーンズ

 

今日は誕生日。

還暦を過ぎると誕生日って、

そこはかとなく人生の終わりから逆算したりしてみる。

そこで死ぬ前に1曲だけ好きな歌を聴かせてやる、

と言われたら、何を選ぶだろうと考えてみた。

 

殆ど考えることなく、この曲のイントロが聞こえてきた。

1981年リリース。

リッキー・リー・ジョーンズの

セカンドアルバム「パイレーツ」のA面2曲目。

変幻自在の曲調。

マジックのように変転するリズムに乗せた歌声は、

軽やかな足取りで野道を行く少女のようであり、

裏街の酒場で飲んだくれるセクシーな女のようでもある。

 

♪おかしな片目を持ったエディは

 可愛い女の子がやってくると

 すぐにマンガのほうに視線をそらしてしまう

 彼はそれ以上何もしないで

 一日中玄関のポーチにすわっている

 何かを待っているようなふりをして・・・

 

そんな歌詞で始まるこの歌は、

まだ人生を始める前のイカれた子どもたちが

恋をしたり悪さをしたりしながら成長して

やがて離れ離れになっていく物語を

リリカルに、人生の変節を綴るかのように歌い語る。

 

人生をぜいたくに楽しむ。

おもしろおかしく暮らす。

「リヴィング・イット・アップ」はそんな意味だ。

 

リッキー・リー・ジョーンズの代表作と言われるのは、

1979年にリリースし、グラミー賞新人賞を獲得した

デビューアルバム「浪漫」だが、

彼女の類まれな、魔術としか思えない

独特のジャージーなヴォーカルを思う存分堪能できるのは、

このセカンドアルバムだ。

 

アナログレコードはずいぶん前に売ったりあげたりして、

今ても手元に残っているのは10枚ほどだが、

その中の1枚がこの「パイレーツ」である。

 

確かレコード屋でジャケ買いしたのだが、

ジャケットの写真は、ライナーノーツによれば、

1930年代のパリのナイトライフを撮っていた

ハンガリー出身のブラッサイという写真家のもの。

彼は画家のピカソや作家のヘンリー・ミラーと親交が厚く、

自ら画家としても活躍していたらしい。

この写真は1932年の「Lovers(恋人たち)」と

題された代表作である。

 

1981年。その頃はテレビもあまり見ないで、

演劇と本とレコードが生活のほとんどを占めていた。

一時期、毎晩、ひとりで酒を飲みながらアパートの部屋で

このレコードを聴きふけっていたことを思い出す。

特に幸福だったという思い出でもないし、

人生最高の歌なのかと問われてもイエスとは言い難い。

 

でも。

今日はカミさんのプレゼントのフランスワインを

飲みながら聴いているが、

やっぱり最後の晩餐にいちばん相応しいのは

この曲だなと思わずにいられない。

まだまだ面白おかしく暮らしたいしね。

 

さて、あなたは最後の晩餐曲に何を選びますか?

 

 

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中高年が人生後半をエンジョイし、充実した生き方をするためには、型にはまっていちゃダメ。

人目ばっかり気にしていちゃダメ。過去の常識にばっかり囚われていちゃダメダメダメ。

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ヘンなところ、おかしなところ、

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もくじ

・酒・タバコ、やめて100まで生きたバカ:その2

・町会・商店会の世界ではアラ還でも「青年部」

・船上のワーキング

・カエル男のスキンケロ情報

・ナマケモノリズムで未来型脳を養生

・朝十時台のスーパーで年寄りの気持ちになる

・いつもちょっとクレイジーでいるためのスキル

・「釣った魚にエサをやらない男」は、じつはその魚に依存して生きている

・とんかつ屋はいかにして声優に転身したか

・eパン刑事、その愛と死とスマホ

・少年アキラ:ガキどもはくじ引きに命を懸ける

・負けっぱなしでも強く、しぶとく、勝っているやつよりハッピーに生きている

・自分の中の文脈を探る冒険

・誕生日のコーヒーカップと悪魔と天使

・中高年はめざせ!中川屋嘉兵衛

・慣習的自己と本質的自己

・子どもの大学受験は「良い親検定」

・自伝を書いて脚色する

・哲学するネコと瞑想書き

・民泊は旅行者もホストも面白い、新しい旅スタイル

・芸術がわかる人と思われたい

・のりしろ時間

・孤独な老人は本当に可哀そうな存在か?

・ミケランジェロ的冒険:誰もが自分の中に人生でしたいこと・すべきことを持っている

・現実世界が「AKIRA」の近未来世界を追い越すとき

・中年期以降の同窓会幹事の心のゆらぎ

・お母さんは夕暮れの交差点で踊った

・ちょっとこわい、歪んでいく顔の話

・演劇仲間との同窓会

・生殖機能終了後の人生とは?

・唐組「吸血姫」観劇で思ったこと・考えたこと

・シェイプ・オブ・ウォーター:もし人魚姫が生き延びたら

・LGBTの話題

・患者のセリフは信じるな、医者のセリフも信じるな

・ヨルとネル:心のツボによく響く少年ドラマ

・電車で若者に座席を譲る

・「継続は力なり」を今頃やっと実感

・感動的でもなくイベント的でもない小さなこと

 


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なぜ宝くじに当たるとほとんどの人が破産するのか?

 

先週に引き続き、司法書士の方の本を書くので取材。

その中の項目の一つに

「なぜ宝くじに当たるとほとんどの人が破産するのか?

わたしが絶対破産しない方法を教えます」

というのがあった。

 

彼は宝くじを取り扱うみずほ銀行の仕事もしている。

どういう必要性があるのか、よくわからないが、

みずほ銀行は高額当選者のその後を調べているらしい。

 

「宝くじに当たる」というのは、

もちろん1万円、10万円レベルでなく、億単位の話である。

 

そりゃ前提がレアケース過ぎますよと笑ったが、

話はなかなか面白かったし、感心した。

 

内容はもちろん出版してからしか話せないが、

宝くじで大金が当たった人が取る行動の特徴が

二つあるらしい。

 

人にそのことを話す。

仕事を辞める。

 

黙ってりゃいいのに人に話しちゃうのは、

SNSで「いいね!」が欲しいといった

承認欲求にもとづくものだという。

 

そんなことでしか承認欲求を満たせないのか?

と思うが、どうやら人間心理はそうなっているらしい。

 

万一、僕は当たっても続けると思うが、

ほとんどの人が仕事を辞めてしまうという。

要するに、仕事をカネを稼ぐ手段としか考えていない、

ということだろう。

カネさえあれば働かない。

遊んで暮らしたいというわけだ。

 

なんだかずいぶんと心が貧しい気がする。

承認欲求ってそんなことで得るもの?

あなたのやってる仕事ってその程度のもの?と思う。

何だかこれではお金の従僕である。

でもそれが平均的日本人の本質なんだろう。

 

阿武町の間違い振り込み事件の彼は、

とうとう逮捕されてしまった。

ぼくに言わせれば彼は被害者に近い。

 

とんでもないボンクラミスを犯した町の職員らは

まともな謝罪もなければ、何の責任も取らないようだ。

 

お金で簡単に人生が狂わされること、

 

公務員・議員・官僚・政治家などの

おいしいポジションにつけば、

無責任にのうのうと暮らせること、

 

そして、やっぱりマスコミは

貧乏人の嫉妬心を煽り立てる報道をしちゃうこと。

まぁ、世間の方々が求めているのだからしゃーないよ、

ということだろうか。

そして、そこから透かして見えるのは、

日本人の心の貧しさとムラ社会の現実。

 

そうしたものをこの騒ぎでは、

またもやまざまざ見せつけられた。

 

思わぬ大金が転がり込む幸運(=不運)に出逢ったら、

ぜひかの司法書士の本を手に取ってください。

完成・発行は8月くらいかな?

 


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もし僕が24歳の時、4630万円振り込まれたら?

 

「バカだな。すぐに4630万返しときゃ

こんな大騒動にならなかったのに」

最初そう思ってしまった今の自分。

もちろん、山口県阿武町の間違い振り込み事件のこと。

 

でも、待てよ。

24歳の時、こんなことがあったら、

おれは今みたいに考えたかな?

と思ってしまった。

 

昨日まで限りなくゼロに近かった自分の銀行口座に

ある日突然、4630万円入っている。

びっくりして足が宙に浮く。

 

24の時はバイトしながら演劇やってたので

46万円3千円稼ぐのに3ヵ月以上かかっていた。

それが一晩で4630万円!

 

絶対何かの間違いだろうということはわかる。

だけど、人間のこの方面のメンタルって

そんなに強くてクールだろうか?

ましてや、人生経験の少ない24歳の青年である。

 

足はふわふわ宙に浮き、

頭はキーンとしびれている。

4630万円はそれくらいインパクトがあり、

若者を一種のトランス状態にしてしまう。

 

そんなところへ役所の人間がやってきて

「間違えたから返しなさい」と言われて

素直に「はい、わかりました」と言えるだろうか?

 

いったん口座に記載された4630万という数字が消え、

もとの限りなくゼロに近い数字に戻ることを

そうやすやすと受け入れられるだろうか?

 

おまえどうだよ?と自分に向かって訊いてみたが、

はなはだ怪しい。

 

振り込まれた若者が役所の人間に対して

抵抗感を示したというが、

なんだかちょっとわかる気がする。

 

僕も24だったら、彼と似た言動をとるかもしれない。

いったん自分のものになったカネを返金するには、

尋常でないほど、

怒りと悲しみと痛みと寂しさが伴うと思う。

なにか世のなかの不条理なるものに

打ちのめされたような気持ちになるはずだ。

 

彼は今、めちゃくちゃバッシングされて、

子どもの時の卒業文集までさらされ、

「カネの亡者」にされてしまっている。

さらに実名も公開されてしまった。

 

もちろんすぐにカネを返さなかったのは悪いのだが、

なんだか気の毒な気がしてきた。

そもそもこれは間違って振り込んだ町の役所の責任。

あまりにもおそまつすぎる。

 

どういう事情があったのか、

どういう人が担当者だったのか知らないが、

公金を扱う役所が、4630万円もの大金を振り込むのに

上司や町長クラスがろくにチェックもしてなかったのか?

こんなのも「ヒューマンエラー」で済まされるのか?

 

こんな怠慢で、緊張感のない仕事をやっているのなら、

公務員の数を半分に削ってAIにしてしまったほうが

いいんじゃないかと思ってしまった。

 

それにしてもこんなつまらないことで

人生をズタズタにされてしまうのは

余りにもひどい。

 

さっさとカネ返して、とっとと忘れて

そんな田舎町なんか捨てて、東京で出直せ。

でなければ逆に自叙伝でも書いて(俺が代筆する)、

自分を売り込め、と彼には言いたい。

 


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END展~死から問うあなたの人生の物語~

 

大資本である東急もエンディング領域で

事業を行うようになった。

その事業を担う東急ラヴィエールが

グループ内で進めている活動のいくつかを記事にしたが、

4月から新しく外に向けても発信を始めると言っていた。

 

5月27日(金)から6月8日(水)、

二子玉川で開くEND展は、

おそらくその第1弾。

渋谷など、東急線の駅内で

ポスターを見かけた人もいるかもしれない。

 

東急ラヴィエールからは内覧会の招待状をいただいたので、

また取材するが、マンガという表現を活かした

なかなか面白そうな企画です。

 

入場には予約が必要だが無料なので、

ご興味のある方は二子玉散歩ついでに覗いてみては?

 

以下、リリース要約。

 

人生100年時代。

世界に類を見ない超高齢社会を迎えている日本では、

多様な生き方を選ぶ人が増える中で、

「老後の生活」のイメージは徐々に刷新され、

洗練の兆しを見せている。

 

この展覧会は超高齢社会において、

東急ラヴィエールと、アート&サイエンスを軸に

分野横断的なプロジェクトを遂行する

Whole Universが連携し、

普段あまり考えることのない

死について思いを巡らせる機会を創出することを

目的にしている。

 

展覧会場では、死や人生に関するさまざまな問いを軸に、

テーマと関連する「名作マンガの1シーン」を

セットで紹介するほか、

自分の大切な人へ「最後に伝えたい言葉」を

参加者から事前に募集し、

展示する作品《Type Trance/Last Words(10分遺言)》、

テクノロジーが進展する時代の新たな死のありようを描いた

短編マンガ作品などを展示する。

 


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僕たちはすでにセンチメンタルなサイボーグである

 

現代を生きる人間、

少なくとも都市環境の中、現代文明の中で生きる人間は、

脳だけは生身のままだが、体のその他の部分も、

住環境も「技術=テクノロジー」に頼っている。

当然、あなたも僕も例外ではない。

 

これは世界的なロボット工学者の石黒浩教授の思想である。

 

石黒教授によれば

「人間とは、動物と技術を合わせたものである」。

 

住んでいる家やビルはもちろん技術の賜物であり、

都市部において、人間の手がまったく入っていない

純粋な自然を見つけることは、ほぼ不可能だ。

 

体だって工場で作られた服を着て、

メガネをかけて、常にスマホをいじっている。

内部に人工臓器を入れている人も珍しくない。

人間の活動はすでにその大半が

技術によって支えられている。

(「ロボットと人間」/岩波新書より)

 

「人間とは何か」を追求するために

さまざまなロボット・アンドロイドを開発し、

実証実験・演劇・パフォーマンスを通して

世に問い続ける石黒教授の考え方には、

非常に多くの共感と納得感を覚える。

 

彼のロボット研究(=人間研究)の世界には

未来の人間・社会の在り方が

かなり濃厚なイメージで潜在している。

 

人間は未来において、より進化するために、

価値観の多様性を広げ、

その身体機能や脳の機能を拡張する。

 

それを実現するために必要とされる、さらなる技術。

社会生活においても、

個人の生活においても、

AI・ロボットの協力はますます求められ、

僕たちはそれと共存していくことを余儀なくされる。

 

「純粋な人間でありたい」という

センチメンタルな感情のかけらが疼くかもしれない。

そんなものはとっくの昔に失っていることは

わかっているのだけど。

 

AI・ロボットは思いもかけなかった時空に

人間を連れて行ってくれるだろう。

その頃、まだしつこく生きていたら、

そして感傷的になるのを堪えることができたら、

僕もいっしょに連れて行ってくれるだろうか?

 

おりべまことのロボット小説・エッセイ集


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ときにはダンゴより花

 

 

5月は花の季節。バラが特に美しい。

もうすぐ息子の誕生日ということもあり、

部屋に花を飾った。

 

毎日当たり前のことを繰り返して生活していると、

何かが少しずつ損なわれていっているような、

擦り切れていっているような、

漠然とした不安を抱くことがある。

それが日常であること・平和であることの恐ろしさ。

 

今日も無事に暮らせました。ありがとうと、

いちいち神さまか何かに感謝するような

殊勝な気持ちは持ちあわせていないが、

花があるとそれができる。

 

花があると心が膨らみ、想像力が刺激される。

そして損なわれたものが自然と修復されていくような、

とても救われた気持ちになる。

 

そんなの錯覚であり、妄想なんだろうと思う。

それでもいいのだ、心の栄養になれば。

特別な日でなくても

時には一日食べなくても花を飾るといい。

新しい季節を始めるために。

 


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週末の懐メロ82:ベティ・デイビスの瞳/キム・カーンズ

 

1981年。

今から41年前のちょうど今頃から2ヵ月余りの間、

全米チャートのトップを走り続けた大ヒット曲。

1981年のグラミー賞最優秀楽曲賞も受賞した。

 

キム・カーンズ独特の強烈なハスキーヴォイスと、

高く鳴り響くシンセサイザー、そして打ち込みのビート。

絶妙なブレンドが生み出すマジックが酩酊感を醸し出す。

 

そしてビジュアルも印象的だった。

 

スラリとした長身に白いブラウス、黒いスーツの上下、

ロングブーツといういでたちで、

艶やかなブロンドの長髪をなびかせた

当時36歳のキム・カーンズは、

ベルばらのオスカルのようで、めっちゃカッコよかった。

 

それから40年後。

昨年、2021年のパフォーマンス。

キム・カーンズ、齢76。

さすがに容貌は衰え、身長も縮んだかのように見える。

ところが。

 

ヒット当時はもちろん、

いろいろな時代のライブと聴き比べてみたところ、

76歳で歌うこの「ベティ・デイビスの瞳」が最高なのだ。

 

なんでだろうと思って何度も聴いてみると、

往年の歌唱の力強さが少々薄れ、

時々わずかに声がかすれたり、

音程が不安定になるところがある。

それが却って気持ち良い「ゆらぎ」となって、

よりセクシーに響いてくるのだ。

 

すべて完璧ならいいというものじゃない。

音楽って、人間って面白い。

 

じいさん、おっさん、あんちゃん。

あらゆる年代の男たちをバックに従えて

不滅のハスキーヴォイスを聴かせるカーンズの

カッコいいばあさんっぷりには、

感動とリスペクトを覚えずにはいられない。

 

もう一つこの曲について発見があった。

なんとこの大ヒット曲はカヴァー曲だった。

 

オリジナルは1975年に、

ジャッキー・デシャノンという

ソングライターが歌ったもの。

 

聴いてみたら、ちょっとノスタルジックなジャズ調の曲。

何も知らないで聴いたら、よほど注意しないと

同じ曲だとは思えない。

それほどカーンズバージョンのアレンジは

斬新でエッジが立って