母の人生本について

 

 

父の人生の話は書いて本(原稿だけ)にしたが、

母からはついぞ話が聞けなかった。

父が亡くなってから10年あまり、

帰省するたびに何度かトライしてみたのだが、

自分のことはほとんど語ろうとはしなった。

 

中学生か高校生の頃だったと思うが、

小津安二郎の映画の世界みたいな

写真を家で見たことである。

 

白黒なのではっきりとはわからないが、

どうやら菜の花畑みたいなところで

若い女が立っている。

 

それが母の若い頃――おそらく20歳そこそこ

――であることに気付くのにしばし時間がかかった。

けっして美人ではないが、そこそこきれいだなと思って、

しばらく目が釘付けになった。

なぜか、そこにはそよそよと風が吹いていると感じた。

 

もうずいぶん昔のことなのに、

わりと鮮烈に脳に映像とその風の感触が刻まれている。

あの写真、まだ実家にあるのだろうか?

 

16歳で終戦を迎えた母が父と結婚したのは

30歳の時である。

当時としてはかなり晩婚だったはずだ。

 

双子の姉がいたのだが、

そちらは20歳前に嫁に行っていた。

下の妹も先に嫁に行っていたので、

内心穏やかでなかったかも知れないが、

結婚については

「そろそろしようかなと思って、したんだよ。

相手がお父さんで良かった」

と軽くかわされた。

 

家事手伝いだったわけでもないようなので、

終戦から14年間、何か仕事をしていたんだと思うが、

さっぱり不明である。

 

インタビューしていろんな人の本を書く機会があるが、

男性は割とあけっぴろげに何でもはしてくれるのに対して、

女性はプライベートなことに関してはガードが堅い。

以前は自分の聞き方が拙いのだろうと思っていたが、

そうではなさそうだ。

だから、これ以上つっこむのは無理だなと思ったら、

できるだけ寸止めすることにしている。

 

「お互い裸の付き合いで」

というのは男同士の話であって、

やはり相手が異性だと裸を見せるわけにはいかない。

 

たとえ家族でも事情は同じで、

娘なら語ってくれたかもしれないが、

息子では駄目だった。

残念だが母の若い時代は謎のままで終ってしまった。

でも女は男にとってミステリアスな部分を

残しておいたほうがいい、とも思う。

 

そんなわけで亡くなった母の話はわかるところを書いて、

以前書いた父の話と合わせて

両親の人生本を作ろうと思っている。

 

 

★おりべまこと電子書籍 夏休み企画2022★

真夏の世の夢 16日間連続無料キャンペーン

 

第4世:この生きづらい世界を生きる!エッセイ集

明日8月17日(水)16:00~20日(土)15:59

 

★酒タバコやめて100まで生きたバカ

http://www.amazon.com/dp/B09MDX2J45

 

★いつもちょっとクレイジーでいるためのスキル

https://amazon.co.jp/dp/B09QQ823C9

 

★銀河連邦と交信中なう

http://www.amazon.co.jp/dp/B09Z6YH6GH

 


0 コメント

戦後77年の認知症予防策

 

両親が昭和ひとケタ生まれなので、

終戦記念日になると、

父と母がどのように終戦を迎えたのだろうかと

頭の中でトレースする。

 

二人とも16歳で名古屋で終戦を迎えた。

名古屋も空襲を受け、

父が働いていた軍需工場も爆撃された。

危ない目に遇い、亡くなった仲間もいたようだが、

父自身は幸運にもケガ一つしなかった。

それもあって母はよく父のことを

「運の良い人」と言っていた。

 

これから本格的に社会に出る前、

16歳で終戦になったことは、

軍国主義、戦前の価値観でがんじがらめにされずに済んだ、

自由に戦後を生きることができた、という点で、

ある意味、幸運だったのではないかと思う。

 

僕が子どもの頃は、二人とも自分たちの戦争体験や

食糧難体験をよく話して聞かせていた。

それは実際は悲惨なことではあったのだろうが、

豊かな暮らしを手に入れた安心からか、

なにか懐かしい、

牧歌的な昔ばなしのように僕には聞こえた。

 

けれども、まだそれはすぐ近くにあるものだった。

僕たちは軍歌を知っていたし、戦記マンガも読んでいた。

街には傷痍軍人もいて物乞いをしていた。

考えてみれば、そうした両親の話を聞いていたのは、

戦後20年から30年ちょっとの頃である。

 

人間、齢を取れば認知症にもなる。

戦後77年。国だって国民だって認知症になりがちだ。

かつて平和ボケと言われた日本は、

戦後ボケにもなってきたように見える。

戦争反対、平和祈願の理念も、

中身の伴わない空虚なお題目になっているように

感じるときがある。

 

今年、母が亡くなって、

僕の中でも戦後のリアリティが1枚ぺろっとは剥がれ落ち、

軽度認知症になった感じがする。

認知症の進行を食い止め、

戦後文化の記憶を保つには、

人間の本質、生きる本質を見ようと努め、

想像力を駆使するよう努める必要があると思う。

 

★おりべまこと電子書籍 夏休み企画2022★

真夏の世の夢 16日間連続無料キャンペーン

第3世:お盆に効く!子どもと動物と昭和のエッセイ集

本日8月13日(土)16:00~16日(火)15:59

 

★子ども時間の深呼吸 https://amazon.com/dp/B0881V8QW2

いつものロレックスを外して子どもの時計を巻いてみる。

心の中の子ども時間が自分を自分らしくする。

 

★神ってるナマケモノ http://amazon.co.jp/dp/B08BJRT873

人間のことは動物に訊け。

動物から人間の正体が見えてくる。

 

★昭和96年の思い出ピクニック http://amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

戦争も平和も、芸術も金儲けも。甘い夢も非情な現実も。

僕らの愛するもののすべてがあった昭和へGO!

 

ご購読後はぜひレビュー投稿をお願いします。

 


0 コメント

昭和97年、戦後77年の夏休み

 

おりべまことエッセイ集

無料キャンペーン 8月16日(火)15:59まで実施中

 

★昭和96年の思い出ピクニック

http://www.amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

戦争も平和も、マンガもアイドルも、芸術も金儲けも。

昭和には今も心を傾けられるもののすべてがあった。

もくじ

・西城秀樹さんのお葬式:青春の同窓会

・ちびまる子ちゃんとサザエさんはいつまで続くのか?

・昭和オカルト大百科

・新聞少年絶滅?物語

 

・死者との対話:父の昭和物語 ほか

 

 

同じく無料キャンペーン中!

 

★子ども時間の深呼吸 

https://amazon.com/dp/B0881V8QW2

心の中の子ども時間が自分を自分らしくする。

 

もくじ

 ・大人のなかの子ども、子どもの中のおとな

・ちびちびリンゴとでかでかスイカ  

・天才クラゲ切り:海を駆けるクラゲ 

・子ども時間の深呼吸 

・親子の絆をはぐくむ立ちション教育

 

★神ってるナマケモノ 

http://amazon.co.jp/dp/B08BJRT873

人間のことは動物に訊け。動物から人間の正体が見える。

 

もくじ

・なぜ日本ではカエルはかわいいキャラなのか?

・ウーパールーパーな女子・男子

・ヌード犬・ファッション犬

・いやしの肉球

・金魚の集中力は人間以上 ほか

 

ぜひ読後のレビューをお願いします。

 


0 コメント

お盆に効く!子どもと動物と昭和のエッセイ集

 

★おりべまこと電子書籍 夏休み企画2022★

真夏の世の夢 16日間連続無料キャンペーン

第3世:お盆に効く!子どもと動物と昭和のエッセイ集

本日8月13日(土)16:00~16日(火)15:59

 

★子ども時間の深呼吸 https://amazon.com/dp/B0881V8QW2

いつものロレックスを外して子どもの時計を巻いてみる。

心の中の子ども時間が自分を自分らしくする。

 

★神ってるナマケモノ http://amazon.co.jp/dp/B08BJRT873

人間のことは動物に訊け。

動物から人間の正体が見えてくる。

 

★昭和96年の思い出ピクニック http://amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

戦争も平和も、芸術も金儲けも。甘い夢も非情な現実も。

僕らの愛するもののすべてがあった昭和へGO!

 

ご購読後はぜひレビュー投稿をお願いします。

 


0 コメント

週末の懐メロ95:オー・マイ・マイ/リンゴ・スター

 

1973年リリース。

この曲が収録されたアルバム「リンゴ」は、

ビートルズ解散後、

リンゴ・スターの初めてのオリジナル曲集。

他のメンバー3人も曲を提供したり、

録音に加わっていることから、

発表当時、

ビートルズ再結成説がまことしやかに飛びかった。

 

僕は高校時代に友だちから、

このレコードを100円だか200円で買った記憶がある。

その頃は緊張感の強い曲が好きだったので、

どうもこういうリラックスムードが気にいらなかった。

ビートルズ時代の曲もそうで、

「黄色い潜水艦」とか「タコさんのお庭」とか、

リンゴの歌う曲はマヌケな歌・お笑いか?

と思わせるような歌ばかりで、

ビートルズのカッコよさを損ねていると思っていた。

 

ドラムも後から出てきたハードロック、

プログレッシブロックなどの

ドラマーと比べて地味で、全然カッコよくない。

 

1960年代から70年代のロックドラマーは

ジャズドラマーに習って、思いっきり腕前を見せつける、

派手で長尺のドラムソロを披露するのが一流の証だった。

 

しかし、一度もそんなことはやったことがなく、

それもまたリンゴ・スターは二流、三流で、

たまたま他の3人がすごかったから一緒に売れただけだと、

さんざんディスられていた。

 

けど、いくらすごいドラマーでも、

ドラムソロが5分も10分も続いた日にゃ、

よほどのマニアでなければ飽き飽きしてしまう。

ライブでならまだいいが、レコードでは退屈でしかたなく、

たいていその部分は飛ばして聴いていた。

 

そうしたリスナーの心理を知っていたのか、

リンゴ・スターは、

「誰もレコードでドラムソロなんて聴きたくないから」

と言って、目立とうとはしなかった。

 

そんなビートルズ時代の彼の姿勢は、

今ではほとんどの評論家に支持されており、

「ビートルズのハートビート」

「ドラムで曲に表情を付けられる天才ドラマー」として

リスペクトされている。

 

リードヴォーカルを取ることも、

作曲をすることも少なかったが、

アルバム1枚に1曲、彼の歌声が聴こえてくると

なんだかホッとする面があった。

 

キャラクターもユニークで、他の3人に比べて、

なにか次元の違う場所にいるような奇妙な味がある。

たとえドラムがリンゴ・スターでなくても、

レノン=マッカートニーの天才ぶりを考えれば、

やはりビートルズは偉大なバンドになっていたとは思う。

 

ただ、ロックミュージックの変革者たる彼らが、

ここまで世界中で多くの人々に愛され、

「ビートルズ」という、後の世代まで親しまれる、

ひとつのカルチャーになり得たかというと、

疑問符が浮ぶ。

単なるドラマーの域を超えたリンゴ・スターの存在感。

本当に不思議な存在感。

 

ビートルズの4人を四季に例えてみると、

ジョージ・ハリスンは秋、

ジョン・レノンは冬、

ポール・マッカートニーは春、

そして、やはり「イエローサブマリン」や

「オクトパス・ガーデン」のイメージからか、

リンゴ・スターは夏。

 

ハッピーでノー天気な「オー・マイ・マイ」は

彼のソロ曲の中でも、僕としてはベストナンバー。

この齢になって知るリンゴ・スターの素晴らしき世界。

 

★おりべまこと電子書籍 夏休み企画2022

真夏の世の夢 16日間連続無料キャンペーン

第3世:子どもと昭和と動物のエッセイ集

8月13日(土)16:00~16日(火)15:59

 

子ども時間の深呼吸

https://www.amazon.com/dp/B0881V8QW2

 

 

神ってるナマケモノ

http://www.amazon.co.jp/dp/B08BJRT873

 

 

昭和96年の思い出ピクニック

http://www.amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

 


0 コメント

朗読劇・泉ピン子の「すぐ死ぬんだから」

 

以前、月刊仏事に告知記事を載せた、

泉ピン子の「すぐ死ぬんだから」というお芝居に

ご招待いただいたので観に行った。

劇場は東池袋の「あうるすぽっと」。

 

最後はいつだったか思い出せないほど、

観劇はかなり久しぶりだが、めっちゃ面白かった。

 

夫とともに町の商店を切り盛りしながら、

夫婦仲よく平凡に生きてきた

78歳の高齢女性を主人公としたストーリー。

 

テレビドラマの脚本家としておなじみ、

内館牧子が書いた小説を舞台用に構成した朗読劇で、

出演は泉ピン子と村田雄浩。

 

泉が、主人公のハナ役をメインに、

村田がその夫と息子をメインにしながら、

全登場人物、そして小説の地の文に当たる部分を

ト書きやナレーション風にして、すべて演じる。

 

その切り替えとバランスが抜群で、

縦横無尽に感情をさらけ出して暴れる泉ピン子を

村田雄浩が見事にフォローする。

だからとても安心して感情移入でき、笑って泣けるのだ。

 

泉ピン子が本に惚れて舞台化を企画したそうだが、

現代の高齢女性の心をドラマ化した

内館牧子の原作が素晴らしい。

 

タイトルの「すぐ死ぬんだから」は

劇中、随所にキーワードのように出てくる。

場面によって諦観の表現や、

笑いを誘うためのセリフとして

使われているところもあるが、

全体を通してみると、

人生の終章近くを生きる女性を叱咤し励ます

エールのような意味合いを帯びている。

 

そしてそれが最後には高齢女性に限らず、

すべての世代の男女に向けた

人生の応援歌として響いてくる。

 

観客も高齢者が大半かと思っていたら、

けっこう若い人も多く、バラエティに富んでいた。

 

休憩20分を入れて2時間余り。

終了後、作品の余韻を残したまま、

ピン子さんと村田さんがカーテンコールで

10分ほどのトークをしたが、それもまた楽しくて、

みんなとても良い気分で劇場を後にした。

まさしく名優にして名エンターテイナー。

 

東京での公演の後、年内は全国ツアーに出る。

機会があれば、ぜひ観ると面白いですよ。

  

第2世:長編小説特集「読むホリデー」

8月9日(火)16:00~12日(金)15:59

 

・オナラよ永遠に http://www.amazon.co.jp/dp/B085BZF8VZ

子どもたちの未来を開くのは愛と笑いとオナラの力!

 

・いたちのいのち http://www.amazon.co.jp/dp/B08P8WSRVB

少女とフェレットの楽しい暮らしと切ないお別れの物語

 

・ちち、ちぢむ 

http://www.amazon.com/dp/B09WNC76JP

ちっちゃいおじさんになっちゃったお父さんを救え!

 

レビューお待ちしています。

あなたの感想をお聞かせください。

 


0 コメント

平和祈願・核廃絶祈願のエネルギーと新たな戦争の脅威

 

ヒロシマ・ナガサキ。 

今年もいくつか原爆関連のニュースを見た。

たいへん失礼な言い方になるかもしれないが、

ここ数年、特にコロナ禍が始まった一昨年以降、

かなりトーンダウンしてきたような印象がある。

 

昭和の頃の原爆記念日はとても熱いものがあった。

テレビで平和式のニュースの一端を見て、

みんなで平和を祈り、核廃絶を唱えていれば、

それがやがて世界中に広がるだろう。

いつか僕らがおとなになり、

50歳・60歳を超える頃は

核兵器が一掃され、

世界平和が実現するのではないか。

たしかにそう思えた。

 

けれども現実はそんなに甘くなかった。

考えてみれば、当たり前のことだけど。

 

平成になり、令和になり、

昭和の頃に感じた

平和祈願・核廃絶祈願のエネルギーは、

徐々に減衰した。

 

みんな、ただ祈願しても無力だ、

ということがわかってしまった。

言葉に出しては言わないけど、心の中で諦める。

おとなになったのだ。

これもまた、考えてみれば、

当たり前のことだけど。

 

体験を持つ人も高齢化している。

気力・体力も衰える。

亡くなる人も増えている。

そして改めて思うのが、

(これもまた怒られるかもしれないけど)

被爆者であることを

自分のアイデンティティの一部にして

生きていかなくてはならないのは、

ひどく辛いことなのではないかと思う。

 

被爆者の人たちは、いやがおうでも

「世界平和」や「核廃絶」というスローガンを

背負って歩かなければならない。

それもやっぱり辛いことだと思う。

何と言っても体験してしまったいるのだから、

被害者なのだから、

僕たちのように飽きたら投げ出す、

というわけにはいかないのだ。

 

加えて今年はロシアのウクライナ侵攻を

見てしまった。

平和祈願・核廃絶祈願がぶっとぶほどの

インパクトだ。

それに乗じて中国も不穏な動きを見せている。

やっぱりロシアや中国が

「話せばわかる」国だとは信じがたい。

 

いくら日本が世界平和・核廃絶を叫んでも、

あいつらが「行動」してしまったら、

もうそんなことは言っていられなくなる。

 

それでも日本は反戦・反核を

唱え続けるべきだと思う。

でもその一方で万一の時のために

備えておく必要もある。

 

日本も核を保有して抑止力にするべき――

そう考える人が出て来るのもしかたがないだろう。

日本が核兵器を保有することは

99パーセントないとは思うが、

ロシアなり中国なりから侵略の脅威に

晒されたら・・・と考えると、

今までのように落ち着いてはいられない。

 

政治家の皆さんは

アホなことをやっているように見えるが、

それでも国防はちゃんと考えていて、

トップシークレットの奥の手は

持っているのではないだろうか。

国民も何もせず黙っていても

今の平和、今の幸福が、

未来永劫続くんだとは思わず、

もしまた戦争になりそうになったら、

巻き込まれそうになったら・・・ということは

想定しておくべきではないかと思う。

 

第2世:長編小説特集「読むホリデー」

8月9日(火)16:00~12日(金)15:59

 

・オナラよ永遠に http://www.amazon.co.jp/dp/B085BZF8VZ

子どもたちの未来を開くのは愛と笑いとオナラの力!

 

・いたちのいのち http://www.amazon.co.jp/dp/B08P8WSRVB

少女とフェレットの楽しい暮らしと切ないお別れの物語

 

・ちち、ちぢむ 

http://www.amazon.com/dp/B09WNC76JP

ちっちゃいおじさんになっちゃったお父さんを救え!

 

レビューお待ちしています。

あなたの感想をお聞かせください。

 


0 コメント

おりべまこと電子書籍 夏休み企画2022 真夏の世の夢 16日間連続無料キャンペーン  第2世

 

第2世:長編小説特集「読むホリデー」

8月9日(火)16:00~12日(金)15:59

 

・オナラよ永遠に http://www.amazon.co.jp/dp/B085BZF8VZ

子どもたちの未来を開くのは愛と笑いとオナラの力!

 

・いたちのいのち http://www.amazon.co.jp/dp/B08P8WSRVB

少女とフェレットの楽しい暮らしと切ないお別れの物語

 

・ちち、ちぢむ 

http://www.amazon.com/dp/B09WNC76JP

ちっちゃいおじさんになっちゃったお父さんを救え!

 

レビューお待ちしています。

あなたの感想をお聞かせください。

 


0 コメント

安倍元総理には死後も働いてもらう  国民に奉仕してもらう

 

「安倍元総理、日本にはまだあなたの力が必要です。

あちらへ行かれても、今しばらく日本国民のために

お力をお貸しください!」

 

安倍元総理の巨大な遺影に向かって

岸田総理が力の限り叫ぶ。

秋に予定されている国葬の1シーンを

ちょっと先取りしてみた。

 

セリフは僕が勝手に書いている。

どうせやるなら、注目する国内外の人々の心に響く

国葬にしてほしい。

ちゃんとした脚本家や演出家は用意されるのだろうか?

 

今朝見たネットニュースで

安倍元総理の国葬 「反対」45%で「賛成」42%を上回る

とあった。

JNN(ジャパンニューズネットワーク)の

世論調査に基づく数字だ。

 

これは何とかしないといかんということで

お盆あけあたりから自民党が

国葬キャンペーンを始めるかもしれない。

これは冗談ではなく、ちゃんとやった方がいいと思う。

 

「私たちが国葬をやりますと言ったら、

国民はみんな大人しく黙ってついてくるよ」

という岸田総理以下、

自民党の政治家たちのおごった心の声は聞こえないか?

 

なんといってもハンパない国費を使うのだから、

国葬をやるのはこんな理由・メリットがあることを

説明すべきだし、国民側も求めるべきだ。

 

僕は国葬をやるのは悪くないと思っている。

 

会社のトップが亡くなった場合、

社員・関係者・取引先などを集めて

社葬を行うのはビジネス上、多くのメリットがある。

 

その場で新代表のお披露目ができる。

今どきはネットやメディアなどを使って

いくらでもお知らせはできるが、

やはり直接、生の顔・生の声に触れられるのは違う。

 

取引先もとりあえずは安心して関係を継続できるし、

対面で新トップ・幹部が情報交換し、

今後の計画を話し合うきっかけづくりもできる。

そんな将来的な無形の利益を考えると、

社葬にはコストを掛けるだけの価値はあるのだ。

 

国葬もそれと同じである。

国葬という大義名分があれば、

外交のまたとないチャンスになる。

 

外国の要人を大勢呼んで直接言葉を交わせるし、

その場で国際問題について話し合うことはないにしても、

各国との関係を調整し、今後の日本国のビジョンを示すには

絶好の機会になるのではないかと思う。

 

安倍元総理が「民主主義を体現」した人だとは思わないし、

いろいろ問題をうやむやにしたままだったことも

気持ち悪いが、

彼が人当たりがよく、社交性に富んでおり、

国内外のいろいろなところに顔が利くという、

政治家として最も必要な資質を持っていたことは確か。

そうしたところは評価して、

死後もまだ働いてもらえるのではないかと思っている。

 

だから岸田総理と自民党は

安倍元総理の能力と功績、

日本と国際社会においてこんな貢献をしたのだ~

ということをきちんと説明し、

国葬をやるメリットについて、

これは日本の未来へ向けた投資なんですと、

国民に堂々とプレゼンすればいいのだ。

 

安倍元総理にはまだ利用価値がある。

安倍元総理には死んだ後も働いてもらう。

あちらの国に行っても、

われら日本国の利益のために、国民にご奉仕いだだく。

ぶっちゃけそう言っていいのではないか。

 

べつに失礼ではない。

むしろ政治家であれば名誉なことではないか。

 

惨劇による死だったので、衝撃度が強く、

感情論が先に立つのもわかる。

しかし、家族でもなく友人でもない大多数の国民は、

感情や、人間的にどーのこーのなんて、

妙ちきりんなモラルでものを言っても仕方がない。

 

国葬をやる・やらないは、

感情論でなく、国としての勘定論で考えた方が良い。

もちろん、本当に良い投資になるのかどうかは

後になってみないとわからないけど。

 

 

★おりべまこと電子書籍 夏休み企画2022

真夏の世の夢 16日間連続無料キャンペーン

明日より第2世!

 

●第2世:長編小説特集「読むホリデー」

 8月9日(火)16:00~12日(金)15:59

 

・オナラよ永遠に http://www.amazon.co.jp/dp/B085BZF8VZ

子どもたちの未来を開くのは愛と笑いとオナラの力!

 

・いたちのいのち http://www.amazon.co.jp/dp/B08P8WSRVB

少女とフェレットの楽しい暮らしと切ないお別れ

 

・ちち、ちぢむ http://www.amazon.com/dp/B09WNC76JP

ちっちゃいおじさんになっちゃったお父さんを救え!

 


0 コメント

おりべまこと電子書籍 真夏の世の夢  無料キャンペーン実施中!

 

第1世:短編小説特集「1時間で奇譚旅行体験」

8月8日(月)15:59まで

 

・魚のいない水族館

主人公が就職した廃墟の水族館が、人魚も踊るひと夏だけのカーニバル会場になった。

http://amazon.co.jp/dp/B08473JL9F

 

 

・茶トラのネコマタと金の林檎

金持ちマダムに雇われた私立探偵が、密かに埋められた財宝・金の林檎の発掘に挑む。

http://amazon.com/dp/B084HJW6PG

 

・ざしきわらしに勇気の歌を

子どもたちの妖怪大戦争に巻き込まれた認知症の寅平じいさんの運命やいかに!

http://amazon.com/dp/B08K9BRPY6

 

レビューお待ちしています。

皆さんの読んだ感想をお聞かせください。

 


0 コメント

週末の懐メロ94:おしゃべり魔女/トムトム・クラブ

 

1981年リリース。

ヒップホップやレゲエのソースを

だぼだぼにぶっかけたアフロビート。

ポップスとのこんなにこってり濃厚な

ミックスアップを聴いたのは

初めてだったので、ガチぶっ飛んだ。

 

いま聴いても、もちろんサイコーにユニーク、

サイコーにとんがったダンス・ポップで、

楽しさ106106パーセント。

 

彼女らのオリジナル曲だが、

元ネタはモロッコの子どもたちが遊ぶときの

わらべ歌だったという話もある。

そう言われると、なんとなく納得。

 

トムトムクラブは当初、

80年代ニューウェーブの最先鋒だった

トーキング・ヘッズのメンバー、

ティナ・ウェイマス(ベース)と

クリス・フランツ(ドラム)の夫婦による

プロジェクトバンドだった。

 

バンド名は、トーキング・ヘッズが

レコーディングで使っていたバハマのスタジオに隣接する

ミキシング施設から来ているという。

 

このデビュー・シングル

「おしゃべり魔女(Wordy Rappinghood)」と

セカンド・シングル

「悪魔のラヴ・ソング(Genius of Love)」は

どちらもビルボードのホットダンスプレイチャートの1位を記録。

 

真夏のクソ暑い一日の終わり、

頭からっぽにして、

おしゃべり魔女のリズムに身をまかせよう。

 

おりべまこと電子書籍 夏休み企画2022

 

真夏の世の夢 16日間連続無料キャンペーン実施中

第1世:短編小説特集「1時間で奇譚旅行体験」

8月5日(金)16:00~8日(月)15:59

 

・魚のいない水族館

廃墟だったはずの水族館が、人魚も踊るひと夏のカーニバル会場になった。http://www.amazon.co.jp/dp/B08473JL9F

 

・茶トラのネコマタと金の林檎

金持ちマダムに雇われた私立探偵が、密かに埋められた金の林檎の発掘に挑むhttp://www.amazon.com/dp/B084HJW6PG

 

・ざしきわらしに勇気の歌を

子どもたちの妖怪戦争に巻き込まれた寅平じいさんの運命やいかに! http://www.amazon.com/dp/B08K9BRPY6

 

レビューお待ちしています。

皆さんの読書体験をお聞かせください。

 


0 コメント

おりべまこと電子書籍 夏休み企画2022 真夏の世の夢 16日間連続無料キャンペーン 本日よりスタート!

 

第1世:短編小説特集「1時間で奇譚旅行体験」

8月5日(金)16:00~8日(月)15:59

 

・魚のいない水族館

廃墟だったはずの水族館が、人魚も踊るひと夏のカーニバル会場になった。http://www.amazon.co.jp/dp/B08473JL9F

 

・茶トラのネコマタと金の林檎

金持ちマダムに雇われた私立探偵が、密かに埋められた金の林檎の発掘に挑むhttp://www.amazon.com/dp/B084HJW6PG

 

・ざしきわらしに勇気の歌を

子どもたちの妖怪戦争に巻き込まれた寅平じいさんの運命やいかに! http://www.amazon.com/dp/B08K9BRPY6

 

レビューお待ちしています。

皆さんの読書体験をお聞かせください。

 


0 コメント

読むジュエリー展:絵本になった遺骨ジュエリーの世界

 

今日は月刊仏事の取材で、

二子玉川 蔦屋家電に「読むジュエリー展」の

発表会・内覧会に行く。

 

近年、手元供養品として、ミニサイズの骨壺や

遺骨や遺灰の一部をリングやペンダントなどに仕込む

「遺骨ジュエリー」の需要が高まっている。

 

そうした遺骨ジュエリーの世界を

「メモリアルアートの大野屋」が絵本で表現した。

 

広報室のスタッフが

このジュエリーを購入した人たちのコメントを集め、

それをもとに企画を立案。

 

絵はプロのイラストレーター、

文は著名な作家(本名はシークレットだそうで、

ここでは専用のペンネームを使用)が作成。

発表会ではナレーターが、

この「かけら」という物語を朗読した。

 

蔦屋家電の2階の1コーナーを使った

小さなアート展だが、とても素晴らしい。

入場無料で、8月17日(水)までやっているので、

二子玉界隈に出向くことがあったら

ぜひ覗いてみるといいと思います。

 

何よりも遺骨ジュエリー・手元供養の世界、

その奥にある物語を、

寓話性に富んだ絵本というアナログな手段を使って

表現するセンスにたいへん感心した。

 

このアート展を通して、

遺骨ジュエリーのことが

より多くの人に広まってほしいと素直に思う。

特に若くして伴侶を失くしたり、

子どもを失くしたりした人のために。

 

特設サイト 

https://story.souljewelry.jp/

おりべ まこと電子書籍 夏休み企画2022

真夏の世の夢 16日間連続無料キャンペーン

明日8月5日(金)16:00よりスタート!

 

●第1世:短編小説特集

8月5日(金)16:00~8日(月)15:59

・魚のいない水族館 

http://www.amazon.co.jp/dp/B08473JL9F

・茶トラのネコマタと金の林檎り http://www.amazon.com/dp/B084HJW6PG

・ざしきわらしに勇気の歌を http://www.amazon.com/dp/B08K9BRPY6

 


0 コメント

カメとの遭遇

 

いつもの散歩で今日はカメに遭遇。

川沿いのから家に戻る道は、ちょっとした坂になっている。

上り出すと、向こうから変な歩き方をするイヌが

坂を下りて来るのが見える。

どこか体が悪いんだろうかと思ったが、

よく見たらカメだった。

 

甲羅の長さが40センチくらいあるやつなので、

遠目では体の丸っこい小型犬に見えたのである。

こんなところをノシノシ歩いているカメは、

もちろんノラガメではない。

どうやらその後についてきた親子(母と娘)が

飼い主らしい。

 

聞いてみたら、親戚のペットのヒョウモンリクガメを

1週間預かってるのだという。

僕に話しかけられ、足を止められた臨時飼い主を尻目に、

カメは自分のペースでノシノシ、

ひたすらまっすぐ川に向かって歩いていく。

 

カメをトロいとかノロマだとか、バカにしてはいけない。

4本の逞しい足を交互に繰り出して、

ぐんぐん前に進んでいく歩みは実に力強く、

年寄りで足腰の弱ったイヌなどよりもよほど速い。

顔つきも精悍そのもの。

これならのんびり昼寝していたウサギも負かせる。

 

あっという間に10メートル以上進んでしまったので、

娘(小4くらい)がささっと捕まえにいった。

少女とカメのコンビは、

なんとなくミヒャエル・エンデのファンタジー小説

「モモ」に出てくるモモとカシオペアを思い出させる。

ひたすら進んでいくカメは、川まで辿り着いたら

娘を連れてタイムトラベルするかもしれない。

 

臨時飼い主のお母さんの話によると、

なかなか骨があるというか、肝の坐ったカメで、

イヌなどと逢っても泰然としているという。

逆にイヌの方がビビッて尻尾を巻いてしまうらしい。

 

その行く先に何が待っているのか面白そうなので、

ぜひ一緒にフォローしたかったのだが、

義母がいっしょだったし、

パラパラ雨が降り始めていたので帰らなくてならず断念。

また、あのカメに遇えるだろうか?

 

おりべまこと電子書籍 夏休み企画2022

真夏の世の夢 16日間連続無料キャンペーン予告

 

●第1世:短編小説特集

8月5日(金)16:00~8日(月)15:59

・魚のいない水族館 http://www.amazon.co.jp/dp/B08473JL9F

・茶トラのネコマタと金の林檎 http://www.amazon.com/dp/B084HJW6PG

・ざしきわらしに勇気の歌を http://www.amazon.com/dp/B08K9BRPY6

 

●第2世:長編小説特集

8月9日(火)16:00~12日(金)15:59

・オナラよ永遠に http://www.amazon.co.jp/dp/B085BZF8VZ

・いたちのいのち http://www.amazon.co.jp/dp/B08P8WSRVB

・ちち、ちぢむ http://www.amazon.com/dp/B09WNC76JP

 

第3世:エッセイ集:昭和/子ども/動物

8月13日(土)16:00~16日(火)15:59

昭和96年の思い出ピクニック http://www.amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

・子ども時間の深呼吸 https://www.amazon.com/dp/B0881V8QW2

・神ってるナマケモノ http://www.amazon.co.jp/dp/B08BJRT873

 

●第4世:エッセイ集:生きる

8月17日(水)16:00~20日(土)15:59

酒タバコやめて100まで生きたバカ http://www.amazon.com/dp/B09MDX2J45

いつもちょっとクレイジーでいるためのスキル https://amazon.co.jp/dp/B09QQ823C9

銀河連邦と交信中なう http://www.amazon.co.jp/dp/B09Z6YH6GH

 


0 コメント

暑くても世の中は回る

 

「適切に冷房を使い、命を守りましょう」

というアナウンスが今日も聞こえてきた。

本当に暑いので、

そのアナウンスが間違っているとは言わない。

けれども、6月に亡くなった母には

「そんなに暑い、暑いと言ってはいかん」と、

子どもの頃、よく怒られた。

 

理由は父が真夏のクソ暑いときでも外で働いていたからだ。

仕事だから休むわけにはいかない。

「お父さんがこの暑い中、家族のために働いているのに、

おまえはなんだ」というわけである。

 

そう言われるとグウの音も出なくて、

黙ってひたすら扇風機の風に当たっていた。

そして、扇風機に向かって

「ワレワレハウチュウジンダ」と言って遊んでた。

 

父は瓦のふせ替えの仕事をしていたので屋根に上る。

屋根の上は遮るもののない光の世界——

360度の直射日光ワールド。

 

太陽がまともにジリジリ照り付け、

とてつもない暑さであることを

学生時代に手伝って実感した。

 

特に反抗的だったわけでもないが、

以来、(口に出しては言わなかったが)

父を尊敬するようになった。

自分をたしなめた母のことも。

「尊敬」とか「感謝」はオーバーだけど、

両親のそういうところはとてもいいなと

今でも思っている。

 

昭和の、まだ一般家庭にエアコンなど普及していない、

日本がうすら貧乏だった時代の、

今ならうっとうしい根性論・精神論である。

 

じつは僕も人からそういう根性論・精神論を

説かれるのは大嫌いなのだが、

その一方で両親からの教え

(という大げさなものではないけど)が身に沁みている。

 

だから炎天下、外で働いている人たちを見ると、

いつも頭が下がる思いがする。

涼しい部屋でパソコンやっている自分に

かすかな罪悪感さえ覚えたりする。

 

そして、当たり前のことだけど、

猛暑だろうが酷暑だろうが、

こうして汗水たらして働いている人たちがいるからこそ

日本の社会は、経済は回っている。

誰が何と言おうと、それだけは忘れてはいけない。

 

熱中症で倒れたりしませんように、

今日も無事仕事を終えて、

冷たいビールでプハーッとできますように。

と心の中で手を合わせる。

 

★おりべまこと電子書籍 夏休み企画2022

真夏の世の夢 16日間連続無料キャンペーン予告

 

●第1世:短編小説特集

8月5日(金)16:00~8日(月)15:59

・魚のいない水族館 http://www.amazon.co.jp/dp/B08473JL9F

・茶トラのネコマタと金の林檎 http://www.amazon.com/dp/B084HJW6PG

・ざしきわらしに勇気の歌を http://www.amazon.com/dp/B08K9BRPY6

 

●第2世:長編小説特集

8月9日(火)16:00~12日(金)15:59

・オナラよ永遠に http://www.amazon.co.jp/dp/B085BZF8VZ

・いたちのいのち http://www.amazon.co.jp/dp/B08P8WSRVB

・ちち、ちぢむ http://www.amazon.com/dp/B09WNC76JP

 

第3世:エッセイ集:昭和/子ども/動物

8月13日(土)16:00~16日(火)15:59

昭和96年の思い出ピクニック http://www.amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

・子ども時間の深呼吸 https://www.amazon.com/dp/B0881V8QW2

・神ってるナマケモノ http://www.amazon.co.jp/dp/B08BJRT873

 

●第4世:エッセイ集:生きる

8月17日(水)16:00~20日(土)15:59

酒タバコやめて100まで生きたバカ http://www.amazon.com/dp/B09MDX2J45

いつもちょっとクレイジーでいるためのスキル https://amazon.co.jp/dp/B09QQ823C9

銀河連邦と交信中なう http://www.amazon.co.jp/dp/B09Z6YH6GH

 


0 コメント

おりべまこと電子書籍 夏休み企画2022 真夏の世の夢 16日間連続無料キャンペーン予告

 

第1世:短編小説特集

8月5日(金)16:00~8日(月)15:59

・魚のいない水族館 http://www.amazon.co.jp/dp/B08473JL9F

・茶トラのネコマタと金の林檎 http://www.amazon.com/dp/B084HJW6PG

・ざしきわらしに勇気の歌を http://www.amazon.com/dp/B08K9BRPY6

 

第2世:長編小説特集

8月9日(火)16:00~12日(金)15:59

・オナラよ永遠に http://www.amazon.co.jp/dp/B085BZF8VZ

・いたちのいのち http://www.amazon.co.jp/dp/B08P8WSRVB

・ちち、ちぢむ 

http://www.amazon.com/dp/B09WNC76JP

 

第3世:エッセイ集:昭和/子ども/動物

8月13日(土)16:00~16日(火)15:59

・昭和96年の思い出ピクニック http://www.amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

・子ども時間の深呼吸 https://www.amazon.com/dp/B0881V8QW2

・神ってるナマケモノ http://www.amazon.co.jp/dp/B08BJRT873

 

第4世:エッセイ集:生きる

8月17日(水)16:00~20日(土)15:59

・酒タバコやめて100まで生きたバカ http://www.amazon.com/dp/B09MDX2J45

・いつもちょっとクレイジーでいるためのスキル https://amazon.co.jp/dp/B09QQ823C9

・銀河連邦と交信中なう http://www.amazon.co.jp/dp/B09Z6YH6GH

 

●スマホやタブレットで読める:Kindle無料アプリ

https://www.amazon.co.jp/gp/digital/fiona/kcp-landing-page

 

●Kindle unlimited 1ヶ月¥980で読み放題

https://www.amazon.co.jp/kindle-dbs/hz/subscribe/ku?shoppingPortalEnabled=true&shoppingPortalEnabled=true

 

どうぞお楽しみに!

 


0 コメント

さらばノラネコきょうだい

 

「あの子たち、保護猫ということになって

先週、埼玉の川越の里親さんのところに行っちゃったのよ」

暑さがやっとやわらいだ夕方、

義母を連れて、いつもの川沿いの道を散歩していたら、

ネコ使いのおばさんがそう言って声をかけてきた。

 

あの子たちというのは、このあたりのネコ林や

ベンチのあるネコ庭にゴロゴロしていた

クロネコと白黒ブチのことである。

ぼくたちはクロとか、ブチとか呼んでいたが、

ネコ使いのおばさんは「松ちゃん」「竹ちゃん」と

名まえをつけていた。

二匹はきょうだいである。

 

とてもフレンドリーで、

この近くに引っ越してみてから

僕もずいぶん写真を撮らせてもらった。

野良猫として川のほとりに

骨をうずめるのかと思っていたら、

詳しい経緯はわからないが、意外な展開が待っていた。

 

そう言えば最近見かけていなかったが、

暑いのでどっかに引っ込んでいて

夜、行動しているのかと思っていた。

 

二匹ともノラとは思えないくらい、人懐っこく、

散歩の人たちに可愛がられていたので、

そうしたキャラが幸いしたのか、

すっかりおとなになっていても

引き取ってくれる里親が現れ、

めだたしめでたしというところか。

 

よくごはんをやっていた

ネコ使いのおばさんは仲介役だったのか、

川越からいろいろ情報が入ってくるようで、

わざわざスマホを開いて僕と義母に、

二匹の現在の暮らしぶりの写真や動画などを見せてくれた。

ちょっと寂しがっているのかもしれない。

 

それにしてもクロ(松ちゃん)のほうは

よくネコ林のあたりで小鳥を狙ったり、

川岸に降りて行ってカルガモの親子を狙ったりしていたが

そんなワイルドなご趣味も卒業ということなのだろうか。

新しい暮らしになって、野生の血は疼かないのだろうかと

少々気にはなるが、住めば都という言葉もある。

かなり環境に対する順応性が高いようなので、

川越で幸福にくらしてほしいと思う。

 

 

エッセイ集:音楽

神ってるナマケモノ

 

AmazonKindleより好評発売中

¥300


0 コメント

ロック/ポップミュージックからいただいた一生モノの妄想力

 

一昨年秋からブログで毎週連載している

「週末の懐メロ」がそろそろ100回になる。

最初は手抜きコンテンツーーYouTubeのリンクを貼って

適当なことを200字程度書いとけばOKや――として始め、

年内いっぱいぐらい続けるかと思っていたが、

どんどん感情移入が進み、

個人的思い出を交えて好き勝手に書いている。

 

ネットでは音楽関係の業界とおぼしき人や、

僕より100倍詳しいロックおやじがいっぱいいて、

そうした人たちの知識に比べれば微々たるものだが、

自分の音楽体験は唯一無二のもの。

物書きになったのも、中学生から高校生にかけて、

音楽雑誌やレコードのライナーノーツをむさぼり読んだ

読書経験に由来する。

 

僕が音楽にどっぷりハマっていたのは、

70年代後半から80年代前半の10年程度だが、

良い時代にロック/ポップミュージックに夢中になれ、

そして今またその頃の曲をYouTubeで

好きな時に好きなだけ聴けたり、

当時は存在すら知らなかったライブやプロモ映像、

テレビパフォーマンスなどを見られて幸せに思う。

おかげで一生モノの妄想力をいただいた。

 

というわけで、「週末の懐メロ」はもう少し、

ネタがなくなるまで続けるつもりだが、

そろそろ2,3巻に分けてまとめてKindleで出版する予定。

ただ、KindleはYouTubeのリンクは載せられないので、

かなりリライトする必要がありそうだ。

それもまた楽し。

 

 

エッセイ集:音楽

ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力

 

AmazonKindleより好評発売中

¥300


0 コメント

週末の懐メロ93:スイム/パパズ・カルチャー

 

ラジオからイルカの声が聴こえてくると、

「お、今日も始まった」という感じで、

トロピカルなサウンドが流れてきた。

 

1993年の夏のことなので、

ちょうどカミさんと一緒に暮らし始めた頃だっただろうか。

J-WAVEの朝の番組で、

ほぼ毎日のようにこの曲が流れていた。

ジョン・カビラがいつも

「暑い日はゆったり過ごしましょう」とか

「泳ぎに行きたいですね」とか言っていたのを思い出す。

歌詞の中にもあるように、

本当に今すぐジャボンと海に飛び込んで

泳ぎたくなる歌だ。

 

パパズ・カルチャーは、

ベーシストでコンポーザーのハーレー・ホワイトと、

ギタリスト兼ボーカリストのブレイク・ディビスの

2人による音楽デュオ。

アルバム1枚で解散してしまったようだが、

シングルカットされたこの曲はあの夏、

世界中で大ヒットした。

 

まったり、うねうね、それでいてファンキーな

独特のノリが酷暑にぴったり。

オーシャンビューをイメージしながら

楽しく、リラックスして夏を乗り切ってください。

 

 

音楽エッセイ集

「ポップミュージックを

こよなく愛した僕らの時代の妄想力」

おりべまこと

AmazonKindleより好評発売中!

¥300


0 コメント

コロナはいつ「ただの風邪」になるのか?

 

「今年の夏は行けるでぇ~!

3年ぶりに大爆発~」

と、1か月前は誰もが思っていた。

 

むしろ猛暑による熱中症のほうが

よっぽどコロナより脅威に思われていたが、

あっさり形勢大逆転。

 

「コロナなんか終わってるのに、クソ暑い中、

いまだマスクしてるアホ真面目民族」

などと揶揄されていた日本国民が一転、

きょうは「日本の感染者増加率、世界一!」と

センセーショナルに報道されてしまって、

あのアホ真面目振りは何だったの?と、

むなしさを感じている人も少なくないようだ。

 

欧米なんかはもはやコロナは風邪扱いで、

感染者のカウントすらしてないのだから、

そんな比較に何の意味もないのだが、

人と比べ合って一喜一憂する国民性は

いかんともしがたいようだ。

 

日本でも欧米同様、「ウィズ・コロナ」を目指し、

社会活動・経済活動を優先して、

コロナをインフルエンザなどと同じ5類扱いにしろ、

という声が前々から出ている。

 

しかし当然、法律上で分類を書き替えれば

OKというわけでなく、

いろいろそのための準備・手続き・体制づくりが

必要なのだが、落ち着いている間も、

岸田内閣は放置・無視・無策状態で、

何もやってなかった。

 

ロシアのウクライナ侵攻、物価の高騰と円安、

さらに参院選に安倍元首相の銃撃事件と、

いろいろあったから忙しかったんですよ~。

――というのは何の言い訳にもならない。

 

医療崩壊が起こり、社会インフラに支障が出る

今の状況で「じゃあ明日から5類にします」なんて

言えるわけもないので、

なんとか対策を打ってもらいたいが、

この夏、いったいどうするのか?

 

社会・経済のために行動制限しないのはいいが、

報道されている通り、医療体制がやばいのなら、

どこかに出かけるのに躊躇する人が増えるのも

しかたがない。

 

交通事故や水難事故などに遭ってケガしたり、

熱中症にやられたりしても、ヘタすると医療に

お世話になれない可能性は高い。

 

イベントの中止も相次いでいる。

杉並名物の阿佐ヶ谷七夕祭りも、

高円寺阿波踊りも結局3年連続中止。

(阿波踊りは昨年同様、8月27 日・28 日に

「座・高円寺」で屋内舞台公演を実施)

ちなみに写真は2019年のものです。

 

伝統的なイベントも3年連続でやらないと、

復活させようにも運営体制をもとに戻すのが大変だ。

そのまま消え失せてしまう行事も出てくるだろう。

 

個人的にはリアルな旅行とかイベント参加など、

どこか出かけるのは波が去った後に、

と無責任に考えているが、

主催者側はそうもいかないだろう。

 

お盆が過ぎる頃には落ち着いてほしいが、

「コロナはただの風邪だよ、心配しなくても平気だよ」

と言い切れるのは、いつの日になるのか?

 


0 コメント

しのぶば:オンライン「偲ぶ会」「お別れ会」のプロデュース

 

先週取材した「しのぶば」の記事原稿を書いている。

オンラインの「偲ぶ会・お別れ会」を

プロデュースする事業で、

博報堂の社内ベンチャー企業として1年前にスタートした。

 

葬式を行うのは、原則、血のつながりのある

遺族しか許されないが、

「偲ぶ会」「お別れ会」は友人や仲間でもできる。

 

最近はコロナの影響もあり、

家族葬が主流となっているため、

いつの間にか彼(彼女)は死んでいた、

と後から家族に知らされることも少なくない。

 

遺族は見送り、弔う責任がある。

葬式で外部の者に気を遣うのは大変な負担だ。

しかたがなかったのだ。

おれはちょっと一時期だけ、

あいつと仲良くしていただけなのだから。

 

と、なんとなく納得する。

 

でも、おれとあいつの関係ってなんだったのか?

おれはあいつの人生の中でどんな意味を持っていたのか?

あいつはおれの中でどんな存在だったのか?

 

釈然としない思いを抱いたまま時は過ぎていき、

結局、大事だと思っていたことはうやむやになってしまう。

それが自分の人生にとって

小さくない損失であることにも気が付かない。

 

「しのぶば」は、そんな時にオンラインを利用して、

みんなを集めてお別れ会をやってみたら・・・

というニーズを狙って誕生したサービスだ。

 

じつはそれだけでなく、この事業には

社会的にもっと深い意味合いがあり、

日本人の供養の在り方を変えるほどの

ポテンシャルがあるのではと非常に興味を抱いている。

 

ただ、未だ記事にしてないし、長くなるので

今日はそこは伏せておく。

 

今年になってからぐんと実績が伸び、

アクセス数も上がっているという。

もし、上記のような思いを抱いている人がいて、

関心があればちょっと覗いてみるといいだろう。

 

料金もホテルなどで開く従来のお別れ会などと違って、

とてもリーズナブルなので、

気軽に企画し、相談もできると思う。

関連コンテンツの作成など、クリエイティブな部分は、

「さすが博報堂」と言えるクオリティである。

 


0 コメント

コロナ第七波で49日延期

 

先月亡くなった母の49日法要の予定が月末にあったが、

実家にいる義弟が本日、コロナ陽性と判定。

妹も姪も濃厚接触者になってしまった。

 

妹が「どうしよう?」と相談してきたので、

即座に延期を決定。

いちおう宗教的には、

49日は49日前にやらなくてはならないという

きまりになっているようだが、

「べつに構わん。家族が不安な状況で無理やりやっても

おふくろは成仏しない。

どうせうちは信心深くないからOKだ」

と言い切り、3週間延ばした。

 

そもそも月末にやるのは早すぎるのだが、

それも「お盆は忙しいので」という

坊さんの都合で決めたこと。

現代社会では宗教のきまりごとよりも

世俗のスケジュールが優先される。

だからこっちから主張したっていいのだ。

 

正直、感染が広がっているのに

名古屋まで移動するのは大丈夫か?

でも遊びじゃないし、動かせないからしゃーないか・・

と思っていたところ。

 

もう緊急事態宣言やら行動制限は出なさそうだが、

この第七波がうねっている間は、

自分で自分の生活をコントロールして

コロナに対処したほうがよさそうだ。

感染拡大中は、

不要不急の用事・遊び・集まりなどはやめとく。

波が収まったタイミングで行けばいい。

長い人生、そんなに急いでどこへ行く?

でも今月いっぱいくらいでピークアウトすることを願う。

 


0 コメント

週末の懐メロ92:ジェニーはご機嫌ななめ/ジューシィ・フルーツ

 

♪きみとイチャイチャしてるところを見られちゃったわ

それをペチャクチャ言いふらされて わたしピンチ

 

という、ある意味、衝撃的な歌詞をロリ声で歌う

テクノポップというか、歌謡ロックが

1980年にヒットした。

当時、売れっ子だった近田春夫のバックバンドから独立した

ジューシィ・フルーツ。

「ジェニーはご機嫌ななめ」はそのデビュー曲・代表曲で、

近年、パフュームをはじめ、

いろんなミュージシャンにカバーされている。

 

プロデューサーは当の近田春夫で、

テクノポップ×アイドル歌謡の路線を狙って売り出したのが

見事に当たった。

 

当時の大人から「幼児化現象」などと揶揄された

ヴォーカル・イリアのロリ系ファルセット

(わざと地声より高い声で歌う唱法)と

明るく軽くチープなサウンドが、すごく新鮮で面白かった。

 

いま改めて聴いてみると、

チープさ・オモチャっぽさを際立たせるために、

すごくしっかりした演奏力を持っていたのがわかる。

特に間奏は、実力あるロックバンドを証明するカッコよさ。

 

イリアのギターソロもしびれるが、

それを支えるベースとドラムのノリがすごくいい。

 

この時代は、文学性・思想性をまとい過ぎて

重厚長大化してしまった60~70年代のロックに反発し、

初期のシンプルなロックンロールや

甘いポップスに回帰しようというムーブメントがあった。

「たかがロックンロール、たかがポップミュージック、

楽しけりゃいいじゃん」というノリ。

 

ジューシィ・フルーツがウケたのは

そんな背景もあると思うが、

やっぱ、良い曲は時を超えるという、

当たり前の結論にたどり着く。

 

オマケについている2曲目の「はじめての出来事」は、

70年代アイドル、花の中3トリオの一角、

桜田淳子のヒット曲のカバー。

わずか1分ちょっとの演奏だが、「ジェニー」同様、

ドライブ感、キレ感満点のロックアレンジがイカしている。

 

 

エッセイ集:音楽

 

ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力

Amazonkindleより好評発売中 ¥300

 


0 コメント

「ゴールデンボーイ」:誰もが怪物になり得る恐怖の神話

 

「刑務所のリタ・ヘイワース」と一緒に納められた

スティーヴン・キングの傑作中編。

タイトルや表紙から一見、

「スタンド・バイ・ミー」のような

青春物語なのかと思って読み始めると、

とんでもない目に遇う。

(「スタンド・バイ・ミー」も原作「死体」は、

映画と違ってかなる陰鬱な物語だが)

 

霊だの超能力だの超常現象だのは一切出てこない。

舞台はありふれたアメリカの田舎都市。

主人公は健康でスポーツ万能、成績優秀、

家庭にも恵まれ、経済的にも恵まれ、

孤独や貧困や差別などとは無縁な、

白い歯の笑顔が似合う理想的なアメリカ少年。

 

およそ人間の心の闇だの、

社会の裏とか影だのといったところとは

遠いところにいるはずだった少年は、

雑誌のエンタメ読み物風に掲載されていた

ナチスドイツの犯罪の話に興味を持った。

 

それに対する無邪気な好奇心が、

近所に隠れ住んでいた、

老齢のナチスの戦犯を見つけるという偶然から、

腹わたをえぐり出すような物語に発展する。

 

1983年にアメリカでキングの中編集「恐怖の四季」を

ペーパーバック化する際、

この作品の衝撃的な内容に出版社がおそれをなし、

「これだけ外せませんか?」と

お伺いを立てたといういわくもついている。

 

「あとがき」にはその時のことを語った

キングのインタビューの一部が載っている。

 

「僕は自分の精神分析に興味はない。

何よりも興味があるのは、

自分が何を怖がっているかに気付く時だ。

そこから一つのテーマを発見することができるし、

さらにはその効果を拡大して、

読者を僕以上に怖がらせることができる」

 

1980年代当時、発禁ギリギリとも言えるこの物語、

そして90年代以降、頻発する猟奇殺人・無差別殺人を

予言したかのような「ゴールデンボーイ」は、

超売れっ子作家であるキングの作品だからこそ

世に出すことができたのかもしれない。

 

1990年代から一般人の間でも精神分析、

プロファイリングという概念が広まり、

「トラウマ」「アダルトチルドレン」

といった言葉も一般化した。

 

以来、日本でも海外でも、

理由のわからない殺人事件が起きると、

僕たちはその犯人の心に闇をもたらしたもの———

孤独、貧困、虐待、差別、マインドコントロール、

格差社会のひずみといった問題を探し出し、

なんとか理解しようとする。

 

しかし、40年前に書かれたこの小説を読むと、

それ以前の何か—ー80年代のアメリカ社会に象徴される

現代のゴールデンな物質文明、

さらに情報化された社会そのものが、

人間を――特に可塑性のある子どもを、

容易にモンスター化する土壌に

なっているのではないかと思えてくる。

ナチスの老人との出会いはそのトリガーに過ぎない。

 

キングは二人の3年にわたる交流の過程を、

平凡な日常の描写を積み重ねながら描いていく。

そして、それが恐るべき状況を生み出し、

戦慄の結末へとつながっていく。

 

ラスト3頁の地獄の顛末の表現はあまりに素晴らしく、

読後感はとてつもなく苦い。

しかし、不思議なことに

それは何度でも何度でも嚙み締めたくなる、

噛み締めずにはいられない苦味なのだ。

 

それはこの物語がたんなる恐怖小説でなく、

僕たちの生きるこの社会に、

人間の魂に宿る善と悪の源泉に、

そして人生の始まりから行く末にまで

想像力を馳せらることができる、

現代の負の神話、負のバイブルだからではないかと思う。

 


0 コメント

「刑務所のリタ・ヘイワーズ」:凡人の希望と絶望をめぐる物語

 

「刑務所のリタ・ヘイワース」という小説がある。

ハリウッド映画の中でも屈指の名作と名高い

「ショーシャンクの空に」の原作である。

作者はかのホラー小説の帝王スティーブン・キング。

中編集「恐怖の四季」の一編。

日本で出ている文庫本では「ゴールデンボーイ」と

一緒に収録されている。

 

映画のほうはヒューマンドラマの側面を強調した

感動的な物語として仕立てられているが、

小説は若干ニュアンスが異なり、

あそこまでの痛快感はない。

もっと内省的で、もっと多くの含蓄を含んでいる。

 

ホラー小説ではないが、「恐怖」の要素は入っている。

人の心を蝕む監獄という恐怖。

じわじわとその慣習に慣らされ、

夢や希望や人間らしさを剥ぎ取られていく恐怖。

 

そもそも主人公は、映画でティム・ロビンズが演じた

銀行家アンディーではなく、むしろ、

語り手である調達屋のレッドのほう。

映画では黒人のモーガン・フリーマンが演じたが、

こちらでは赤毛のアイルランド系移民

ということになっている。

 

なぜレッドが主人公かと言えば、

僕を含め、ほとんどの読者はアンディーよりも

レッドの境遇に近く、共感を抱くだろうからだ。

 

アンディーは自分は無罪であるという信念(正義)の上に、

強固な牢獄からの脱獄という、凡人には考えられない

めっちゃハードルの高い目標を立てる。

 

優秀な銀行家(経済のスペシャリスト)の上に、

遠大な計画力、主逸なアイデア力、果敢な実行力、

そして人生を賭けた、数十年にわたる地道な努力ができる

飛び抜けたヒーローだ。

 

それに対し、レッドはそれをただ観察し、評価し、称賛し、

彼が欲しいというリタ・ヘイワースのポスターを

こっそり調達してあげるだけの凡人である。

 

しかし、リタ・ヘイワースのポスターがきっかけで

二人は友だちになり、やがて深い友情に発展する。

アンディーにとって目標達成のためには、

自分の豊富な才能・人並み以上の能力・

不断の努力にプラス、

最後のカギとして「友情」が必要だった。

 

表面的には、次々と困難を克服していく

アンディーの活躍が物語の主軸となっている。

映画はもちろんこっちがメイン。

原作はそれとシンクロして

傍観者であるレッドの不安、絶望、希望の心の波を

綿密に描いている。

 

ショーシャンク刑務所は、殺人などの重罪を犯した

終身刑クラスの犯罪者を収容するところ。

つまり、ここに入ったら人生の大半を

刑罰としての奴隷労働を強いられる囚人として

過ごさなくてはならない。

 

だから自分も人間のはしくれだと信じ、

少しでも平安と快適さを得るためには、

監獄のルールに心身を慣らさなくてはならない。

そうして若い頃から身も心も監獄に縛り付けられると、

50~60代になって釈放されても、

自由の喜びでなく、

ジャングルに裸で放り出されるような

恐怖にやられてしまう。

そのため、ほとんどが再犯をして帰ってくる。

自分で自分を一生囚人化してしまうのだ。

 

レッドもその危機に立たされる。

そして、それを救うのが、

やはりアンディーとの友情だった。

映画はその最後をこの上なく美しく描いていて、

史上屈指のラストシーンとされている。

 

ただ原作はその一歩手前で終わっており、

英雄アンディーの話はもしかしたら、

凡人レッドが、シャバに出ても生き抜いていけるよう

勇気と希望を持ち続けるための

妄想だったのではないかとさえ思える。

 

こんなふうに書いてくると、

アンディーとレッドの関係は、

みんなが憧れ称賛する「成功者」と、

その名もなきフォロワーたちのように思えてきた。

 

もし、今生きているこの社会を牢獄と見立てたら、

そこから自由になるためにはどうすればいいのか?

 

アンディーのような一種の天才でなく、

レッドのようなケチな凡人にもそれが可能なのか?

 

希望を持ち続けるためにはどうすればいいのか?

自分の人生を牢獄の中で終らせないためには

どうすればいいのか?

 

いろいろなことを考えながら読める素晴らしい小説だ。

 

ちなみにリタ・ヘイワースは、

1940年代に一世を風靡した映画女優。

マリリン・モンローの前のセックスシンボルとして、

絶大な人気を誇った。

 

また、近年、アメリカでは増え過ぎた刑務所と囚人の問題の

ソリューション(問題解決)のために、

某巨大企業が刑務所の経営に乗り出した。

そして囚人を奴隷労働させて、

本業とは別に莫大な利益を上げているという情報も。

これもまた資源・人材の有効活用?

ウソかマコトか、真偽のほどはわからないけど。

 

 


0 コメント

腹が減った義母のパン侵略

 

朝食のとき、

買っておいたロールパンの袋をあけようとすると、

すでに封が解かれ、

5個入りだったものが2個に減っている。

盗み食いの犯人はもちろん知っている。

認知症だろうが何だろうが、もちろん腹は減るのだから。

 

誤解されると困るので言っておくと、

ちゃんと三食モリモリ食べている。

それだけじゃなく3時のおやつもしっかり食べる。

それでも夜中に空腹を感じて起き出すことが

しばしばある。

 

そこでわが家では、

昼夜問わずおやつをほしがる義母のために

4段ある木製フードラックの一番上引き出しには、

好物のキャラメルやアメなど、

なるべく一口で食べられ、カスをボロボロこぼして

部屋を汚さないようなお菓子を仕込んである。

 

ちなみにキャラメルは昔ながらの

黄色いパッケージの森永ミルクキャラメル。

他のもあげるときはあるが、

子どもの頃からの刷り込みは強烈で、

あの黄色いキャラメルが最高においしいと信じている。

たぶん、実際にそう感じるのだろう。

メーカーもそれを知っていて、作り続けているし、

スーパーなどもちゃんと定位置に置いている。

 

子どもじゃないし、この齢の人に

体にいい・悪いといった理由でガミガミ言って

お菓子を禁じるのは、

ストレスを与えるだけだろうと思って容認してきた。

夜中にネズミみたいにごそごそ探る音にも

聴こえないフリをしてきた。

 

そんなわけでしばらくうまくやっていたのだが、

この引き出しに入っているものは取っても大丈夫、

怒られなくて安全と認知すると、

だんだんお菓子以外にも手を伸ばすようになってきた。

 

さすがに野菜や乾物などには手を出さないが、

パンやバナナ、ビスケットなどは好物なので

夜中にこっそり食べているようである。

 

それでもちょっと前までは気が咎めるのか、

封を切っていないものには手を出さなかった。

ところが、ここ最近は大胆に侵略するように

なってきたのだ。

 

丸っこいロールパンは味も見た目も愛おしく、

ついがまんできなくなるようである。

今朝のはスーパーで一袋98円の代物。

高級パンを買った時は冷蔵庫にしまっておこう。

 

まだ冷蔵庫のなかを漁るようなことはしていないが、

いずれこちらにも侵略行為が及ぶかもしれない。

 

やはり食べることこそ行動原理。

人間の(というか生き物の)すべてのアクションの源。

母は食べられなくなって亡くなったが、

こちらの義母はまだまだ元気である。

 

 

エッセイ集:食べる②

あなたもごはんでできている

http://www.amazon.co.jp/dp/B09TNVMWPW

 

電子書籍Amazon Kindleより

好評発売中! ¥300


0 コメント

週末の懐メロ91:七月の朝/ユーライア・ヒープ

 

1971年リリース。

西城秀樹もライブで歌った

70年代ブリティッシュロックの大名曲。

 

黄金期のヒープは、レッド・ツェッペリン、

ディープ・パープル、

ブラック・サバスなどのヘヴィメタの大御所、

さらにはキング・クリムゾンやイエスをはじめとする

プログレ四天王と肩を並べる超人気バンドだった。

 

特に日本での人気がすさまじかったのは、

ツェッペリンの「天国への階段」を彷彿とさせる

この曲の印象が強烈だからだろう。

 

哀愁漂う叙情的バラードからハードなロック、

カオスなバトルへと展開する、

ドラマチックでカタルシス満点の構成美。

 

「七月の朝」は70年代ロックの偉大な遺産であるとともに、

半世紀たった今も現役で活動している

このバンドのアイデンティティでもある。

 

この70年代のライブの記録映像で

雄姿を見せているメンバーたち――

圧倒的な存在感のベースを弾きまくるゲーリー・セインは

この黄金期のライブの最中の感電事故がもとで75年に死亡。

美しく歌い上げたヴォーカルのデビッド・バイロンも

85年に死亡。

この曲の作詞・作曲者である

キーボードのケン・ヘンスレー、

さらにドラムのリー・カースレイクもすでにこの世を去り、

生存しているのはギタリストの

ミック・ボックスただひとり。

 

それでも人々はユーライア・ヒープが

ライブをやると聞けば、

「七月の朝」を聴くために集まってくる。

僕も毎年7月になれば、

やっぱり「七月の朝」を聴きたくなる。

もしできれば若い人たちにも

じっくり耳を傾けて聴いてほしい。

20世紀のロック/ポップミュージックは、

人類が共有し得る文化財産である。

 

 

音楽エッセイ集

ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力

https://www.amazon.co.jp/dp/B08SKGH8BV

電子書籍Amazon Kindleより好評発売中。¥300


0 コメント

ブドウとモモのダブルインパクト

 

義妹からシャインマスカット、

岡山の岡野さんからモモが同日到着!

義父のところにお供え。

母の遺骨は名古屋にあるので、

いっしょに心の中でお供えします。

どうもありがとうございます。

桃はたくさんただいたので、

また半分くらい、ご近所におすそ分け。

 

 

エッセイ集:食べる

 

あなたもごはんでできている

http://www.amazon.co.jp/dp/B09TNVMWPW

 

AmazonKindleにて好評発売中。 ¥300


0 コメント

晴れ男の不運と銃撃の謎

 

安倍元首相は晴れ男であったという。

昨日も葬儀から斎場に着くまでの間は雨がやみ、

沿道の人々も濡れずに見送ることができた。

血統も良いし、人当たりも良い。

政治家としての才覚以上に

とても運に恵まれた人だったのだと思う。

 

皮肉を言わせてもらえれば、

不正疑惑をうまくする抜けられたのも幸運の証だし、

その晴れ男体質に群がってくる輩、

利用させてもらおうという輩も

少なくなかったに違いない。

 

でもその分、最期に大悪運を引き寄せてしまったのか?

宗教団体とのつながり。

統一教会は40年以上昔から、

「合同結婚式」「霊感商法」「ツボ売り」などで

悪名馳せてきた団体なのに。

 

安倍元首相と統一教会とのつながりは

知ってたはずなのにマスコミが「忖度」したのか、

最初、名前を出さなかった。

ところが、当の統一教会自身がみずから記者会見を行った。

 

これは今後の追及を免れる、またはやわらげるための施策。

会見内容も、問題を起こした法人のお手本になるような、

冷静で堂に入ったもの

(でも肝心なお金のことなどは言わない)で、

なぜ山上容疑者が安倍元首相を銃撃したのか、

なんとなく流れはわかった。

 

また、安倍元首相がぱっと頼まれて

メッセージビデオに出たわけではなくて、

そもそも祖父の岸信介元首相が

統一教会の日本での活動を

バックアップした経緯があり、

彼の一族が教会と深いつながりがあることもわかった。

 

山上容疑者は自分で調査して、

岸信介——安倍晋三という世代を超えた政治家が、

自分の家族を破産させた主教団体の黒幕であると

思い込んでしまったのか?

それで妄想に取りつかれ、

あんな手製の銃を作って殺害計画を立てたというのか?

 

うーん、わからん。

そう考えるのにはどうも無理がある。

実行は彼の単独犯だが、

そこまでいく間に何かいろいろ段階があるはず。

たとえばだが、彼がそう思い込むように

そそのかした人物・組織がいるのではないか?

安倍元首相の晴れ男体質に群がっていた誰かとか・・・。

 

と、やっぱり陰謀論から離れられないのだが、

もうちょっと時間が経てば、

見えてくるものがあるのかなと、

とりあえずこの課題は寝かせることにする。

 

また、安倍政治の功罪も

少し時間が経ってから検証する必要があるかも。

 

それとも

「安倍さんは日本を明るく照らした晴れ男だった。

どうもありがとう」ですべて終わって、

何もかもうやむやになって、みんな忘れていくのだろうか?

 

 

てるてる男とふれふれ女

http://www.amazon.com/dp/B0B2W7M47L

 

晴れ男と雨女の恋を描く、おとなも楽しい

少年小説

AmazonKindleより好評発売中 ¥300


0 コメント

それでも自民独裁を防ぎたいから一言

 

 

参院選は案の定、自民党の大勝。

なんだかつかみどころのない岸田政権も

これで当分、安泰だ。

安倍元首相の殉死も影響したかと思うが、

要するにこの国では自民党(+公明党)にしか

政権を任せられないのだ。

 

もともとそういう下地があったが、

それを決定的にしたのは、

やはり10年余り前の民主党政権だろう。

 

あんなのに危なっかしくて政治を任せられない

と国民の大半が思ってしまった。

思い切って政権交代してみたが結局、野党はダメだ。

としっかり印象付けてしまった。

 

ふたたび自民に戻ってできた安倍政権が

あれよりかなりマシと映ったのはしかたがない。

どうせ世のなか、きれいごとだけじゃ成り立たないんだから、

裏でおかしなことやっているのにも目をつむろう、

ときどき臭いが出るのは鼻をつまもう、

悪いうわさや疑問・疑念の声には耳をふさごう、

あれよりはよっぽどマシだから———

という心理になるのはしゃーない。

 

そんなわけで亡くなって仏様になった今、

安倍さんは良い政治家だった、偉大だったと

英雄扱いされるのもしゃーないのかなと思ってしまう。

 

野党は今回もバラバラのまま、

何年たっても何の戦略も立てられない。

これじゃ100年経っても政権なんか取れない。

 

この際、以前の民主党政権の体たらくを

身に沁みて知ってる40代以上の人たち、

安倍元首相を神さま扱いする年寄りたちは切り捨て、

これからを担う10~30代に焦点を絞って

「若者優遇・高齢者無視」の政策を

訴えていった方がいいのではないか。

 

野党は本気の政権奪取を目指して結束した上で、

それくらいの思い切ったことをアピールしないと、

きれいごとを並べているだけでは、

ますます存在価値がなくなっていく。

 

「死ぬまでジタバタしようぜ」 http://www.amazon.com/dp/B0B5FMN8QW 無料キャンペーンは本日終了しました。ご購入いただいた皆さん、ありがとうございました。引き続き、¥300で販売していきます。Kindle読み放題も活用して読んでみてください。次回は8月、既刊のキャンペーンを行う予定。お楽しみに。


0 コメント

「死ぬまでジタバタしようぜ」七夕スペシャル無料キャンペーンあと1日

 

7月11日(月)15:59まで。

あと1日。

どうぞお見逃しなく。

 

エンディングライターとしての活動から綴った、老いと死をめぐる面白エッセイ集。

 

すべての人がいつかは関わらなくてはならない「死」の話。

それについて自分は本当はどう考えているのか、他の人はどう感じているのか――そんな対話をしてみたい人のネタに使っていただき、どうせいつかは向き合わなくてはならない死に心を慣らすのにお役に立てていただければ幸いです。

 

また、子どもや若者で、

じつはとっても死に興味があるという人。

あなたは別に異常でも何でもなく、

「死があるからこそ生が輝く」という人生の本質を知る人です。そんな人にとっても心の糧にしていただきたい本です。

自身のブログ「台本屋のネタ帳」2016~2019年から

39編を厳選・リライトして収録。

 

もくじ

・死ぬまでジタバタしようぜ:「老い」を楽しんだ蜷川幸雄さん

・エンディング時代の遺産相続を考える

・エンディングを意識して人生の台本を書く

・「老害人」の話と人生最後で最大の仕事

・高齢者ドライバーは、免許返すとおトクやでぇ~

・母の世界深化縮小

・犬から、ネコから、人間から、ロボットからの卒業

・近江路の庶民の仏像

・人形が幸せになれる国ニッポン

・茨城・葬式の撒き銭のルーツを探る

・映画やテレビドラマの世界では高齢の犯罪者が増えている?

・マタギの里の大往生

・ロボットみたいなプロより、ヘタで未熟な若僧のほうが好印象

・一生消費者で終わらないために

・ロボットが社会に出てくるからこそ、

人間の在り方について考えられる

・国境なき医師団に遺贈の問い合わせ急増

・北千住の葬儀相談サロンと帰りそびれたウルトラマン

・孤独な老人は本当に可哀そうな存在か?

・リメンバーミー:「わたしを忘れないで」のメッセージ

・西城秀樹さん葬儀:青春の同窓会

・孤独死の現場・ゴミ屋敷の実態をミニチュアで見せる

・高齢者を書くということについて

・百年ライフの条件と自分ストーリー

・「悠々自適の幸福な未来」が待ってるはずだった

・記憶を伝える「おもかげ復元師の震災絵日記」

・異業種からの葬儀供養業参入ストーリー

・高級住宅街のど真ん中の斎場

・義父の棺に競馬研究ノート

・長生きすれば運・不運、幸・不幸もチャラになる?

・義父の葬儀

・葬儀・供養に関する「昭和システム」の呪縛

・サンゲノヨル:仏教式罪の告白

・葬式・戒名・墓――どこまで省けるのか?

・現代の聖職者による、現代人必読の書

「時が止まった部屋」レビュー

・死ぬまでの自由研究の時間

・ガンで死ななきゃカネが入らん

・死後のサイバー空間の存在証明と

(お金にならない)財産の行方

・喪中はがきと終活年賀状

・「私のちいさなお葬式」: 終活と成功と幸福を考える映画   全39編収録

 


0 コメント

安倍元首相の死と選挙は関係ない

 

安倍元首相の銃撃事件、そして死去で大騒ぎになっている。

昨日のテレビのニュースはそればかりだった。

きょうも大半はそうだ。

 

この国は亡くなった人に限りなく優しい。

逆に言うと、亡くなった人に対する批判は

許されない雰囲気になる。

 

報道をくまなくチェックしているわけではないが、

この事件のニュースを見ていると、

いろいろな疑念・疑惑が湧いてくる。

 

100メートル先から

凄腕のスナイパーが狙撃したわけではない。

たった5メートル後ろからの銃撃。

SPや警察は何をしてたのか?

ただ単に緊張感がなかっただけなのか?

 

犯人には政治的背景はないようだし、

ろくに情報がないのに、はなっから

政治家たちが「民主主義への挑戦」なんて

口をそろえて言ったのはなぜなのか?

 

安倍元首相のことを

「民主主義をゆがめた」などと批判していた

メディアも同じ。

いろいろ「忖度」しなくてはいけない事情があるのか?

 

でも今はやめておこう。

今、言っておきたいのは

この事件は明日の参議院選挙とは

何の関係もないということ。

冷静になる。

同情票は投じない。

 

そんなところで亡くなった人に優しくすることはない。

安倍元総理の死を

選挙に利用している候補者がいるのかどうか

わからないが、

与党でも野党でもそうした候補者には絶対投票しない。

 

 

「死ぬまでジタバタしようぜ」七夕スペシャル無料キャンペーン実施中

7月11日(月)15:59まで。

 

エンディングライターとしての活動から綴った、老いと死をめぐる面白エッセイ集。


0 コメント

週末の懐メロ90:神秘の丘/ケイト・ブッシュ

 

1985年リリースのこの曲が、

先月、世界中で大ブレイクした。

全英第1位、米ビルボードHot100では4位を記録、

その他、スイス、スウェーデン、オーストラリア、

ニュージーランド等でもトップになり、

37年の時を超えたリバイバル・ワールドヒットになった。

 

Netflixのドラマ『ストレンジャー・シングス~未知の世界』の

シーズン4で使用されたのがその原因だが、

この大ヒットは、優れた曲は時代を超えることの証、

そしてまた、それを生み出した、

ケイト・ブッシュという異次元の天才の証でもある。

 

「神秘の丘(Runninng Up That Hill)」が収録された

彼女の5枚目のアルバム

「愛のかたち(Hounds of Love)」が発売された

1985年8月は、

ちょうど僕がロンドンで暮らし始めた時期だった。

 

狩猟の女神をイメージしたのだろう、

2匹の猟犬を抱いてパープルの湖面に横たわる

ケイトの妖艶なジャケット写真が

ロンドンの街中に貼り出されていたことを、

つい昨日のことのように思い出す。

 

「愛のかたち(Hounds of  Love)」は

傑作ぞろいの彼女のアルバムの中でも

ひときわ充実した内容で、

一曲一曲のクオリティの高さ、

緩急自在の曲のバリエーション、

精神世界から宇宙空間まで行かうようなスケールの大きさ、

コンセプトアート的な全体の統一感。

どれをとっても超絶的な素晴らしさで、

ロック/ポップミュージック史の金字塔である。

 

ケイト・ブッシュが

世界最高の女性ミュージシャンであること、

そして、彼女の音楽が人類が共有できる至宝であることは

疑う余地はないが、それにしても

人気ドラマで使われたからとは言え、

こんなアート系な曲が、2022年の今、

これほどまでの大ヒットになるとは驚きである。

何かが変わりつつあるサインなのか?

 

YouTubeではこの1ヵ月ほどの間に、

「神秘の丘」のリミックスバージョンが、

毎日、山のようにUPされている。

と同時に他の曲やアルバム、

インタビュー、レコード解説まで、

次から次へとあふれ出してくる。

 

僕としてはきっかけが何であれ、

これまでケイト・ブッシュを知らなかった大勢の人たちに

彼女の音楽を楽しんでもえらえば

何も言うことはない。

 

こちらはストレジャーシングスのリミックス(の一つ)↓

 

 

「死ぬまでジタバタしようぜ」七夕スペシャル無料キャンペーン実施中

7月11日(月)15:59まで。

 

エンディングライターとしての活動から綴った、老いと死をめぐる面白エッセイ集。


0 コメント

「死ぬまでジタバタしようぜ」七夕スペシャル無料キャンペーン実施中

 

7月11日(月)15:59まで

6日間連続。

 

エンディングライターとしての活動から綴った、老いと死をめぐる面白エッセイ集。

 

 すべての人がいつかは関わらなくてはならない「死」の話。

それについて自分は本当はどう考えているのか、他の人はどう感じているのか――そんな対話をしてみたい人のネタに使っていただき、どうせいつかは向き合わなくてはならない死に心を慣らすのにお役に立てていただければ幸いです。

 

また、子どもや若者で、

じつはとっても死に興味があるという人。

あなたは別に異常でも何でもなく、

「死があるからこそ生が輝く」という人生の本質を知る人です。そんな人にとっても心の糧にしていただきたい本です。

自身のブログ「台本屋のネタ帳」2016~2019年から

39編を厳選・リライトして収録。

 

もくじ

・死ぬまでジタバタしようぜ:「老い」を楽しんだ蜷川幸雄さん

・エンディング時代の遺産相続を考える

・エンディングを意識して人生の台本を書く

・「老害人」の話と人生最後で最大の仕事

・高齢者ドライバーは、免許返すとおトクやでぇ~

・母の世界深化縮小

・犬から、ネコから、人間から、ロボットからの卒業

・近江路の庶民の仏像

・人形が幸せになれる国ニッポン

・茨城・葬式の撒き銭のルーツを探る

・映画やテレビドラマの世界では高齢の犯罪者が増えている?

・マタギの里の大往生

・ロボットみたいなプロより、ヘタで未熟な若僧のほうが好印象

・一生消費者で終わらないために

・ロボットが社会に出てくるからこそ、

人間の在り方について考えられる

・国境なき医師団に遺贈の問い合わせ急増

・北千住の葬儀相談サロンと帰りそびれたウルトラマン

・孤独な老人は本当に可哀そうな存在か?

・リメンバーミー:「わたしを忘れないで」のメッセージ

・西城秀樹さん葬儀:青春の同窓会

・孤独死の現場・ゴミ屋敷の実態をミニチュアで見せる

・高齢者を書くということについて

・百年ライフの条件と自分ストーリー

・「悠々自適の幸福な未来」が待ってるはずだった

・記憶を伝える「おもかげ復元師の震災絵日記」

・異業種からの葬儀供養業参入ストーリー

・高級住宅街のど真ん中の斎場

・義父の棺に競馬研究ノート

・長生きすれば運・不運、幸・不幸もチャラになる?

・義父の葬儀

・葬儀・供養に関する「昭和システム」の呪縛

・サンゲノヨル:仏教式罪の告白

・葬式・戒名・墓――どこまで省けるのか?

・現代の聖職者による、現代人必読の書

「時が止まった部屋」レビュー

・死ぬまでの自由研究の時間

・ガンで死ななきゃカネが入らん

・死後のサイバー空間の存在証明と

(お金にならない)財産の行方

・喪中はがきと終活年賀状

・「私のちいさなお葬式」: 終活と成功と幸福を考える映画   全39編収録


0 コメント

「死ぬまでジタバタしようぜ」無料キャンペーン スタート

 

本日7月6日(水)16:00から

「七夕スペシャル・星に願いを無料キャンぺーン」

11日(月)15:59まで6日間連続。

 

エンディングライターとしての活動から綴った、

老いと死をめぐる面白エッセイ集。

 

すべての人がいつかは関わらなくてはならない「死」の話。

それについて自分は本当はどう考えているのか、他の人はどう感じているのか――そんな対話をしてみたい人のネタに使っていただき、どうせいつかは向き合わなくてはならない死に心を慣らすのにお役に立てていただければ幸いです。

 

また、子どもや若者で、

じつはとっても死に興味があるという人。

あなたは別に異常でも何でもなく、

「死があるからこそ生が輝く」という人生の本質を知る人です。そんな人にとっても心の糧にしていただきたい本です。

自身のブログ「台本屋のネタ帳」2016~2019年から

39編を厳選・リライトして収録。

 

もくじ

・死ぬまでジタバタしようぜ:「老い」を楽しんだ蜷川幸雄さん

・エンディング時代の遺産相続を考える

・エンディングを意識して人生の台本を書く

・「老害人」の話と人生最後で最大の仕事

・高齢者ドライバーは、免許返すとおトクやでぇ~

・母の世界深化縮小

・犬から、ネコから、人間から、ロボットからの卒業

・近江路の庶民の仏像

・人形が幸せになれる国ニッポン

・茨城・葬式の撒き銭のルーツを探る

・映画やテレビドラマの世界では高齢の犯罪者が増えている?

・マタギの里の大往生

・ロボットみたいなプロより、ヘタで未熟な若僧のほうが好印象

・一生消費者で終わらないために

・ロボットが社会に出てくるからこそ、

人間の在り方について考えられる

・国境なき医師団に遺贈の問い合わせ急増

・北千住の葬儀相談サロンと帰りそびれたウルトラマン

・孤独な老人は本当に可哀そうな存在か?

・リメンバーミー:「わたしを忘れないで」のメッセージ

・西城秀樹さん葬儀:青春の同窓会

・孤独死の現場・ゴミ屋敷の実態をミニチュアで見せる

・高齢者を書くということについて

・百年ライフの条件と自分ストーリー

・「悠々自適の幸福な未来」が待ってるはずだった

・記憶を伝える「おもかげ復元師の震災絵日記」

・異業種からの葬儀供養業参入ストーリー

・高級住宅街のど真ん中の斎場

・義父の棺に競馬研究ノート

・長生きすれば運・不運、幸・不幸もチャラになる?

・義父の葬儀

・葬儀・供養に関する「昭和システム」の呪縛

・サンゲノヨル:仏教式罪の告白

・葬式・戒名・墓――どこまで省けるのか?

・現代の聖職者による、現代人必読の書

「時が止まった部屋」レビュー

・死ぬまでの自由研究の時間

・ガンで死ななきゃカネが入らん

・死後のサイバー空間の存在証明と

(お金にならない)財産の行方

・喪中はがきと終活年賀状

・「私のちいさなお葬式」: 終活と成功と幸福を考える映画   全39編収録

 


0 コメント

みんなのハンバーグ

 

昨日は「おふくろの味はハンバーグ」と書いたが、

これについては日本全国に同士が大勢いると思う。

少なくとも昭和40年代以降の子どもの多くにとって、

ハンバーグは最高峰のごちそうだったはずである。

そして、その子どもたちが大人になった今、

ハンバーグはカレー、ラーメンと並ぶ国民食となり、

世界に冠たる「日本食」となった。

 

みんな大好きハンバーグ。

庶民の味方ハンバーグ。

労働者階級のぜいたくおかずハンバーグ。

 

いやいや、なに寝ぼけてるの?

ハンバーガーといえばアメリカに決まってるでしょ。

という声が上がるかもしれない。

たしかにハンバーガーはアメリカの国民食だが、

ハンバーガーとハンバーグは、

まったく違うカテゴリーの食べ物だ。

 

レッツ・イマジン。

マックやキングのバーガーのパテを

パンの間から取りだしただけで、

ごはんのおかずになるだろうか?

 

日本食のハンバーグは白いご飯と味噌汁に合う。

そのように最初から作られ、そのように発展してきた。

ソースも中濃、ウスター、ケチャップ、

デミグラスといった洋食系から

大根おろし、醤油、ポン酢、

照り焼きソースといった和風系、

さらに様々なオリジナルソースの開発も盛んで

自由度が高い。

 

今や家庭やファミレスのみならず、

街には多様な専門店が百花繚乱。

おふくろのハンバーグ、おやじのハンバーグ、

おれのハンバーグ、ギャルズバーグ、キッズバーグ、

シティバーグ、カントリーバーグ、

むかしバーグ、未来バーグなど、

カレー、ラーメンと同様、

驚くべき柔軟性と文化性をもって進化してきた。

 

しかし、やはり定義はある。

ごはんのおかずにならないハンバーグ、

いわゆる「ハンバーグ定食」にならないハンバーグは、

ハンバーグとは言わない。

 

いやいや、うちのは定食用よりうんと高級ですから、

そんな労働者なんかじゃなくて

富裕層・上層階級の方々にご提供したい――

というものもあるだろう。

否定はしないが、それは「ハンバーグステーク」という、

また違うカテゴリーであり、

僕たちが求める、温かくておいしくて愛の肉汁あふれる

「みんなのハンバーグ」とは別物なのだ。

 

日本でハンバーグが一般家庭に広がったのは、

やはり昭和の高度経済成長時代。

1962年(昭和37年)に現在も人気のロングセラー商品、

マルシンフーズの「マルシンハンバーグ」が発売開始。

テレビCMも頻繁に流れ、

ハンバーグの認知度が格段にアップ!

 

そういえば僕の母も、手作りの前に、

このお手軽マルシンハンバーグを

幼稚園の弁当のおかずに入れてくれました。

のりたまなどのふりかけをかけたごはん。

その横にちょこんとマルシンハンバーグという、

今の基準で見たら、超手抜き弁当。

でも、めっちゃうまかった。

 

1969年(昭和44年)のテレビアニメ

「ハクション大魔王」では、

主人公のハクション大魔王の好物はハンバーグ。

しかしこれ、台本ではコロッケとなっていたため、

大魔王の声優だった大平透氏が、

「今時コロッケはないだろう。

今の子どもはハンバーグだ。」

とその場でハンバーグに変更したそうな。

 

この秘話は一般社団法人「日本ハンバーグ協会」の

ホームページからの引用。

https://j-hamburg.org/

ハンバーグ愛にあふれる同協会では、

歴史をはじめ、豊富なハンバーグ情報が満載。

あんまりまじめでなく、適度にふざけてコミカルなところも

ハンバーグらしくて良い。

勉強・研究してみたい人はぜひ覗いてみてください。

いっしょにハンバーグの世界を広げていきましょう。

 

 

エッセイ集:エンディング2

死ぬまでジタバタしようぜ

http://www.amazon.com/dp/B0B5FMN8QW

 予告!

7月6日【水】16:00~11日【月】15:59

たなばた無料キャンペーン実施!


0 コメント

おふくろの味はハンバーグ

 

この間の母の葬式で司会者の人に

「お母様はどんなごはんを作ってくれましたか?」

と聞かれた。

 

司会ナレーションとしては、

「母が息子のために作った手料理」は

最も普遍的、かつ、感動に持っていきやすいネタだ。

だけど、故人が父親だったら、

事前アンケートで「(父の)趣味は料理」と書かない限り、

いきなりこんな聞き方はしない。

 

母=料理・家事 父=仕事

長年、日本社会に染みついたこういう図式は

まだまこれから先も数十年は有効だ。

お父さんが料理して、お母さんが稼いでくる家庭だって

たくさんあると思うが、

そういうご家庭のお葬式のときは、

「うちはちょっと違うパターンですよ」と

事前に葬儀屋さんにお断わりしておいた方が

いいかもしれない。

 

それはともかく、

うちは通常パターンに則った家庭だったので、

「母の料理で好きだったのはハンバーグです」

と素直に答えた。

 

「おふくろの味と言えば肉じゃが」というのは

遠い過去の話。

ほとんど昭和のおとぎ話である。

そもそも僕の母親は肉じゃがなんて好きじゃなかったので、

ろくに作ったことがなかった。

だから、僕にとっておふくろの味はハンバーグである。

 

そう言うと司会者の人は、

なにか「マザーズスペシャル」があったのかと、

しつこく聞いてきたが、特別仕様はなく、

ネタは普通の合いびき肉と炒めたタマネギ。

ソースも普通のウスターか中濃とケチャップを

まぜまぜしただけのもの。

 

そもそも母親は別段料理が得意なわけでもなく、

好きだったわけでもない。

ただ昔は、今と違ってあまり外食するところもなかったし、

スーパーでいろいろな惣菜が買えるわけでもないし、

レンチンもないので、しかたなく作っていただけである。

 

僕が小学校の低学年のころまでは大家族だったので、

毎日めしを作るのはかなり苦役だったらしく、

僕が台所を覗きに行くとイラついて、

「じゃまだからあっちへ行ってろ!」とよく怒られた。

 

と、さんざん悪口を書いてしまったが、

それでも母の作るハンバーグはめっちゃうまかった。

人生経験の浅い、舌の肥えてない子どもだったので、

のちのちまでその味が深層心理に

響いているだけだと思うが、

うまかったという思いは永遠に残る。

 

いつごろから作っていてくれていたかは思い出せない。

日本の家庭にハンバーグが普及し始めたのは

高度成長期の昭和30年代後半(1960~)らしいが、

たぶん家を新築して以降だと思うので、

小学校高学年(1970~)の時ではないだろうか。

 

それまで肉料理は苦手だったが、

このハンバーグには目がなく、

中高生の頃はおにぎりサイズのやつを

いっぺんに5,6個平気で食っていた。

母は「ようさん食うねぇ、あんたは」とあきれていたが、

嬉しそうに笑っていた。

 

とは言っても、おふくろの味に固執することなく、

東京に来て一人暮らしを始めてからは、

付き合う女の子といっしょに必ずハンバーグを作った。

逆に言えば、今のカミさんもそうだが、

いっしょにハンバーグを作った女性とは長続きした。

 

ついでにいうと「肉じゃが大好き」なんていう女は

一人もいなかった。

だから僕の人生において、肉じゃがは酒のつまみに食べる

居酒屋の食い物だった。

 

母の作るハンバーグを最後に食べたのはいつだったのか、

ぜんぜん思い出せない。

20代の後半、ロンドンから帰ってきた後、

3か月くらい一時的に実家にいたことがあったので、

多分その頃だと思うが、記憶には残っていない。

だから「もう一度、あのおふくろの味が食いたかった」

と感傷に浸ることもない。

 

母親は子どもに、どれだけ心に残るものを食わせたか、

を世間から問われるシーンが多いと思うが、

これからはあんまり気にしないほうがいい。

めしを作って食うことは人生の基本である。

子どもはある程度成長したら、

自分のめしは自分で作るべきだ。

そうでないといつまでも自立できない。

僕も実際はどうなるかわからないが、

できれば最後まで自分のめしは自分で作って

自分で食いたいと思っている。

 

 

エッセイ集:エンディング2

死ぬまでジタバタしようぜ

http://www.amazon.com/dp/B0B5FMN8QW

 

7月6日【水】16:00~11日【月】15:59

たなばた無料キャンペーン実施!


0 コメント

★七夕キャンペーン予告

 

最新エッセイ集:エンディング2

「死ぬまでジタバタしようぜ」

http://amazon.com/dp/B0B5FMN8QW

7月6日(水)16:00~11日(月)15:59まで

七夕キャンペーンを実施します。

全国のおりひめさま、ひこぼしさま、

天の川をわたって、ぜひご購読くださいませ。

 

もくじ

・死ぬまでジタバタしようぜ:「老い」を楽しんだ蜷川幸雄さん

・エンディング時代の遺産相続を考える

・エンディングを意識して人生の台本を書く

・「老害人」の話と人生最後で最大の仕事

・高齢者ドライバーは、免許返すとおトクやでぇ~

・母の世界深化縮小

・犬から、ネコから、人間から、ロボットからの卒業

・近江路の庶民の仏像

・人形が幸せになれる国ニッポン

・茨城・葬式の撒き銭のルーツを探る

 

・映画やテレビドラマの世界では高齢の犯罪者が増えている?

・マタギの里の大往生

・ロボットみたいなプロより、ヘタで未熟な若僧のほうが好印象

・一生消費者で終わらないために

・ロボットが社会に出てくるからこそ、人間の在り方について考えられる

・国境なき医師団に遺贈の問い合わせ急増

・北千住の葬儀相談サロンと帰りそびれたウルトラマン

・孤独な老人は本当に可哀そうな存在か?

・リメンバーミー:「わたしを忘れないで」のメッセージ

・西城秀樹さん葬儀:青春の同窓会

 

・孤独死の現場・ゴミ屋敷の実態をミニチュアで見せる

・高齢者を書くということについて

・百年ライフの条件と自分ストーリー

・「悠々自適の幸福な未来」が待ってるはずだった

・記憶を伝える「おもかげ復元師の震災絵日記」

・異業種からの葬儀供養業参入ストーリー

・高級住宅街のど真ん中の斎場

・義父の棺に競馬研究ノート

・長生きすれば運・不運、幸・不幸もチャラになる?

・義父の葬儀

 

・葬儀・供養に関する「昭和システム」の呪縛

・サンゲノヨル:仏教式罪の告白

・葬式・戒名・墓――どこまで省けるのか?

・現代の聖職者による、現代人必読の書「時が止まった部屋」レビュー

・死ぬまでの自由研究の時間

・ガンで死ななきゃカネが入らん

・死後のサイバー空間の存在証明と(お金にならない)財産の行方

・喪中はがきと終活年賀状

 

・「私のちいさなお葬式」: 終活と成功と幸福を考える映画   

 

全39編収録

 


0 コメント

週末の懐メロ89:夏星の国/ジ・エニド

 

1976年リリース。

40年あまり昔にやっていた劇団の旗揚げ公演で

ラストシーンにこの曲を使ったので、とても思い出深い。

 

僕がこの曲と同名のアルバムに出逢った1980年当時、

手に入るレコードは、イギリスからの輸入盤だけだった。

なぜ知ったのかは、たしかプログレ偏重の音楽雑誌で、

このバンドとこのアルバムのレビューを見たからだ。

 

羊水の中の綾波レイみたいな女が膝を抱えた

ジャケットデザインにも魅かれた。

全体を通して「死と再生」みたいなものが

テーマになっているのだと思う。

 

これは買わねばと、新宿のディスクユニオンの

輸入盤コーナーに探しに行ったら

見つけることができた。

 

聴いてみると、全曲ヴォーカルなし、

インストゥルメンタルのみで、

ちょっとイエスやジェネシスに通じる

ファンタジー性やシンフォニック性がある。

 

ただ、ポップ色・ロック色は薄い。

宗教音楽っぽいところもあって、

あまりとっつきやすくはないのだが、

最後を飾るこの曲だけは別。

 

自分の作品で使った思い出があるので偏愛しているが、

この一曲に限っては、

構成も美しさも躍動感・飛翔感も、

世界のプログレッシブ・ロックの最高峰レベル

と言って過言ではない。

 

輸入盤で聴いたので、曲名についてはずっと原題通り、

「イン・ザ・リージョン・オブ・サマースターズ」と

憶えていたので、

「夏星の国」という邦題は今回初めて知った。

 

「リージョン(Region)」とは「領域」という意味で、

「国」というのはかなりの意訳だが、

雰囲気掴んでいるし、

大島弓子のマンガのタイトルみたいで

親しみやすくて良いと思う。

 

現在のアマゾンの内容解説では、

「いわずとしれた英国シンフォニック・ロックの

名盤のひとつ、エニドのデビュー作。

ダイナミズムや幻想性に於いて

このオリジナルに勝るヴァージョンはなし!」と極上の評価。

 

とはいえ、「いわずとしれた」は誇張で、

ジ・エニドは日本では限りなく知名度が低く、

相当なプログレマニアでなければ知らないと思う。

 

実際、世界的なセールスが成功したとは聞かないし、

イギリス国内でコアなファンを相手に

活動してきたのだろう。

それでも現在まで音楽活動を続けられ、

人々の記憶にバンドの存在が刻まれているのは、

この不朽の名曲があるからだ。

 

40年経とうが50年経とうが、

まったく色あせることのない

ファンタジックでエネルギー溢れる演奏は、

星の降る真夏の夜のグッドトリップを約束してくれる。

 


0 コメント

新刊発売「死ぬまでジタバタしようぜ」

 

エンディングライターとして2016年から雑誌・ウェブサイト(葬儀・供養業界の専門誌)で記事を書いています。

その取材の過程で拾った諸々のエピソード、

記事上では公開しなかった情報・感想などを

中心に綴ってきた、

人生のエンディングにまつわるエッセイを

1冊にまとめました。

(2020年以降のものは続刊で刊行予定)

 

エンディングは

「何を大切にし、自分にとって幸福とは何で、

そのためにどう生きていくか」といった、

普遍的で本質的な問いが集約される分野です。

 

しかし、些事に追われる忙しない常識的な日常では、

なかなか話題にもできません。

出来れば遠ざけたいもの、

ずっと知らないフリをしていたい「死」。

しかし、すべての人がいつかは関わらなくてはならない「死」の話。

 

それについて自分は本当はどう考えているのか、

他の人はどう感じているのか――

そんな対話をしてみたい人のネタに使っていただき、

どうせいつかは向き合わなくてはならない死に

心を慣らすのにお役に立てていただければ幸いです。

 

また、子どもや若者で、

じつはとっても死に興味があるという人。

あなたは別に異常でも何でもなく、

「死があるからこそ生が輝く」という

人生の本質を知る人です。

そんな人にとっても心の糧にしていただきたい本です。

 

自身のブログ「台本屋のネタ帳」2016~2019年から39編を厳選・リライトして収録しています。

 

もくじ

・死ぬまでジタバタしようぜ:

「老い」を楽しんだ蜷川幸雄さん

 

・エンディング時代の遺産相続を考える

・マタギの里の大往生

・西城秀樹さん葬儀:青春の同窓会

・孤独死の現場・ゴミ屋敷の実態をミニチュアで見せる

・高齢者を書くということについて

・百年ライフの条件と自分ストーリー

・死後のサイバー空間の存在証明と(お金にならない)財産の行方

・喪中はがきと終活年賀状  ほか ¥300

 


0 コメント

己書の「パラダイス昭和」と昭和の夏

 

名古屋の栄にあるテレビ塔周辺の地下は、

「セントラルパーク」という地下街になっている。

そのプロムナードを使って

「パラダイス昭和」というギャラリーが

7月3日まで開催されている。

主催は「日本己書道場」というところ。

 

「己書(おのれしょ)」というのは筆文字と絵を使って

自由に表現する書ということらしい。

その師範クラスの人たちが「昭和」をテーマにした

いろいろな作品を展示していている。

 

時間があまりなかったので、

通り掛けにチラッと見ただけだけだが、

これがなかなか面白かった。

無料で楽しめるので、もし機会があったらおすすめです。

 

「己書(おのれしょ)」のことは知らなかったが、

全国に道場があって幸座(講座)も開いている。

 

https://www.onoresho.jp/

 

それにしても、今や昭和は時代自体が

エンタメコンテンツになっている。

僕が子どもの頃は、エアコンがある家なんて

ほとんどなかったが、

扇風機や団扇があればそこそこ涼しく感じ、

それなりに夏を楽しく過ごせた。

 

やはり今よりも気温が低かったのか?

それともどこもボロい家なので

風通しが良かったからなのか?

 

いずれにしても気候も暮らし方も

すっかり変わっちゃったんだね。

現代はクーラーの効いた部屋で

「昔はよかった」「あの頃に戻りたい」と

昭和を懐かしむのが、至福の時間???

 

 

昭和96年の思い出ピクニック

http://www.amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

 

おりべまことの昭和エッセイ集

Amazon Kinleより好評発売中

¥300 


0 コメント

母の人生について

 

昨日、書き忘れていたことがあります。

葬式の前にアンケートと司会の方からヒアリングを受けて、

母の人柄などいろいろ聴かれました。

その中で「好きだった食べ物」というのがあって

いくつか答えたら、

その中から鰻、プリン、キャラメルを

紙皿に入れて持ってきて最後に棺に入れてくれました。

こういう配慮は遺族としてとてもありがたく、

好印象に繋がったと思います。

 

僕は冠婚葬祭の、

歯の浮いたようなナレーションがどうも好きではないので、

(仕事で頼まれれば書くのですが)

今回は家族だけだし、ナレはいらないと思っていました。

 

しかし、身内ではない、まったく知らない他人に、

故人(家族)はこういう人だった、

という話を聞いてもらうのは結構いいものです。

どういえばいいのか、

ちょっと頭の整理ができるような気がします。

 

というわけで、きょうだい3人で30分ちょっとでしたが、

母はこうだった、ああだったという話をしたのは

とても楽しかった。

 

司会の人はそのへん上手で、

最後のお別れの前(棺に花などを入れる前)の

ちょっとの間に、さらっと2,3分話してくれました。

 

小学生の高学年だったか、中学生くらいの頃、

小津安二郎の映画の1シーンみたいな、

古い白黒写真を家の中で見つけました。

菜の花畑みたいなところに立っている、

20歳そこそこくらいの若い娘。

それが母の若い頃の写真だとはすぐに気づきませんでした。

かなりスマートで、今いる実物より

やたら美人に見えたことをよく憶えています。

 

自分が生まれる前の母の写真は、

その1枚と嫁入りの時の写真しか見たことないのですが、

その時は子どもだったので、

自分の母親にもこんな若い時代があったことが

不思議に思えました。

 

僕が知っている母のきょうだいは7人で、

そのうち6人は女、いちばん下だけ弟です。

双子の姉がいて、四番めのはずですが、

自分は六女だと言っていたので、

僕が会ったことのない(たぶん大人になる前に死んだ)

姉が二人いたのかもしれません。

 

昭和34(1959)年、

30歳で父と結婚(当時としては晩婚)しましたが、

父の両親・きょうだいとも一緒に住むことになりました。

 

以前の僕の実家は、父の弟や妹、

自営業だったので仕事関係の人など、

やたらいろんな人が出入りしていていました。

 

子どもの僕としては面白かったのですが、

その面倒を見なくてはならない母は、

相当ストレスを抱えていたようです。

 

祖母や父の弟・妹らとは相性が悪い一方で、

稼ぎが良い父にみんな頼り、

お金を無心してくるのでいつも怒って

イライラしていました。

それで僕たち子どもに八つ当たりすることも

しばしばありました。

かーちゃん、おっかねー。

おそらくすごいストレスだったのでしょう。

 

それでも凹まなかったのは、

夫である父の人柄のおかげでしょう。

べつに惚れた腫れたで夫婦になったわけではありませんが、

よく働いて稼ぎも良く、

優しくてユーモラスな父を愛していたのだと思います。

主婦として家事をやりながら、

今でいう経理部門を担当し、

二人三脚でがんばっていました。

 

「福嶋の家でまともなのは、お父さんだけ」

というのが口癖でした。

 

昭和46(1971)年のちょうど今頃、

家を新築したのを機に、義弟・義妹らはみんな離れ、

祖母もすぐに他界して僕たちだけになり、

いわゆる大家族から核家族になりました。

 

よく「昔は大家族で良かった、核家族になって

日本人はおかしくなった」

みたいなことを言う人、マスコミなどがありますが、

母の目線からするととんでもない話でしょう。

 

現在の日本の核家族社会は、

半世紀前の社会の中枢だった人たちが求めた

幸福の形なのだと思います。

代替わりして最近はその形もまた

変わり始めているのでしょう。

 

父はちょうど今の僕の齢の頃に仕事を辞め、

(体力頼みの仕事だったので限界を感じたらしい)

それから10年余りは夫婦で悠々自適に暮らし、

母は旅行・お花・踊りなどを存分に楽しんでいました。

 

その後、父が糖尿病を患ってからは5年余り、

看病・介護の生活になりました。

そして2008年末に父が他界してからは、

「自分がやる仕事は終わった」と考えるようになったのか、

余り活動的ではなくなりました。

 

からだはまだ丈夫でしたが出歩かなくなり、

日がな一日、家で過ごすようになりました。

父と一緒に建てた夫婦のお城みたいな家で、

父との思い出に包まれて暮らすのが

一番安心で幸福だったのでしょう。

 

一緒に暮らしていた妹は、そんな母を施設に移すのは

さぞや罪悪感に苛まれたと思いますが、

現実的問題・介護の際の物理的問題を考え合わせると、

しかたありませんでした。

 

僕が帰省するたびにいつも

「そろそろお父さん、迎えに来るかな」と言っていたので、

亡くなった時は、よかった、やっと来てくれたね、

という気持ちでした。

 

棺には父と旅行に行ったときの写真と、

最期まで愛用していた

兎の柄の巾着袋(小物入れ)を入れました。

かれこれ10年以上前に、

うちのカミさんが母の日にプレゼントしたものです。

 

皆さんの参考になれば、

また、自分のメモの意味もあって、

三日間、あれこれ母の死に際して思ったことを書きました。

 

考えてみると、母が亡くなったことで、

子供時代から自分のことを知っている年長者は

一人もいなくなりました。

やはりこれから時々、

寂しさに襲われたりするのだろうなという気がします。

 


0 コメント

母の葬式について

 

6月24日にお通夜、25日にお葬式をしました。

僕は長男なので喪主をしました。

 

14年前の父の時に続いて2回目ですが、

父の時は、僕が名古屋に到着した時は

母や妹がすでに段取りを決めていたので、

そこに乗ってやっていただけでした。

それと比べて今回はいろいろ意見を出しました。

 

ちょうど仕事がひと段落し、

入っていた予定がキャンセルされていたので、

巡り合わせがいいというか、

そんなところまで息子に配慮して

出立してくれたのかなぁと思います。

 

さらにタイミングについて言うと、

コロナが落ち着いてからだったので、

みんな気兼ねなく集まれたことも幸いでした。

たとえば去年の今ごろだったら、

とてもこうはいかなかったと思います。

 

名古屋には「ティア(TEAR)」という

割と新参者の葬儀社があり、その本社と葬儀場が、

実家から歩いて10~15分程度の場所にあります。

 

ここは業界で先駆けて明朗会計を打ち出し、

業績を伸ばしてきた会社で、

名古屋をはじめ、愛知県内では40以上の会館を運営。

近年は東京など、他の地域にも進出しています。

 

父の時は病院で亡くなったので、

そこに常駐している(?)葬儀社に頼んでしまいましたが、

今回はここでやろうと、予め妹と話して決めていました。

(特に事前相談などはしていませんでしたが)

 

家族葬で参列は10人。

うちが3人、上の妹の家3人、下の妹の家4人。

母のきょうだいはすでにほとんど亡くなっており、

末の弟さんが一人だけ残っていますが、

ご高齢のこともあって呼びませんでした。

 

また、特に親しくしていた友人や

近所の人もいなかったので呼びませんでした。

 

母はすでに社会的な存在力はないし、

僕も妹夫婦も自営業ということもあり、

いわゆる世間体や面倒な利害関係などは

全然考える必要はありませんでした。

 

うちのカミさんは義母の世話があるので、

名古屋まで来るのは無理だろうと当初、思っていました。

義母は認知症なので、

たとえ1日でも一人でほっとくわけにはいきません。

 

日程を伝えてすぐにケアマネさんに頼んで、

どこか泊まれるところはないか探してもらいましたが、

認知症患者を受け入れてくれるところは

急には見つかりません。

 

そこで普段通っているデイサービスに無理やり頼み込んで、

朝1時間早く、

夕方1時間遅く預かってもらうことにしました。

それでぎりぎり葬式の時間に間に合うことができました。

終了後はそのままタクシーと新幹線で

とんぼ返りになりましたが、

それでも本人は最後のお別れが出来てよかった、

と言っています。

 

近年、特にコロナ禍になってから東京などでは、

火葬場でお別れするケースも増えています。

3年前の義父の時もそうでした。

 

ただ義父は「お寺はいらない。葬式も特にしなくていい」

と明瞭に書き残していたので、

送る遺族もそれに従うことに心は痛みませんでした。

 

 

母は何も希望を遺してなかったので、

やはり遺族しては心情的に、

普通に葬式をやるべきだろうと思いました。

 

最近はお葬式不要論も唱えられており、

僕も自分自身の時はいらないと思っていますが、

やはり親の世代は別です。

 

いずれにしても何らかの形で

お別れの場は作った方がいいと思います。

 

もちろん、かなり非日常的な値段のお金がかかるし、

経済的にどうしても無理という人もいるでしょう。

また、悪感情しか持ってないが、

自分の肉親なので義務で葬らなくてはならない人、

身元引受人としてしなくてならない

という人もいるでしょう。

 

そうした人はのぞいて、

故人に少しでも愛情を抱いている人、

お世話になったと思える人は

お葬式、またはそれに準じるお別れは

きちんとした方がいいと思います。

 

やはり亡くなってすぐ、そうした場を設けないと

自分が後から寂しくなるし、

心に何らかの罪悪感が残ると思うのです。

 

葬式については予算オーバーでしたが、

大変満足出来ました。

費用のことについてはまた後日書きますが、

低価格を打ち出している葬儀社の

「○○円~」という表示には注意が必要です。

 

この提示された金額はベーシックプランの額なので、

そこに何が含まれているのかが問題です。

あれもオプション、これもオプションとなると、

安いと思っていた価格が2倍、3倍、4倍と

際限なく膨れ上がります。

 

うちの場合は全員身内だし、引き出物なども省いて

できるだけ簡素にしましたが、

それでも当初の予算の1・5倍くらいにはなりました。

 

両親のささやかな遺産があったので、

施設の入居費も含め、すべてそれで賄えたので

そこまでケチる必要はありません。

 

費用のことはひとます置いといて、

ひとことで言ってしまうと、

お葬式は、現場を仕切る担当者(葬祭ディレクター)が

どういう人かで決まります。

 

母のお葬式を担当してくれた方は

たいへんいい人でした。

説明も丁寧で、ビジネスっぽさを感じさせません。

過剰に感情を入れることもありませんでした。

(母が幸福な亡くなり方をしたので、

僕らが冷静だったこともあるかもしれません)

 

いずれにしてもいい人かどうか、

いい人と感じられるかどうかがすべてです。

 

技術や知識はあるに越したことはありませんが、

それよりも人柄の比重が大きいでしょう。

正直、相性もあるので、運・不運もあります。

なんとなく合わない人に当たったら、

うまく合わせるようにするしかありません。

 

そんなわけで身内だけで仏式の通夜と葬式をやり、

火葬場へ行って収骨をして戻ってきてから

初七日法要をやって、精進落としの料理を食べて

散会しました。

 

担当してくれた人には

「あなたがやってくれてよかった。ありがとう」と

素直にお礼を言いました。

 

プロなんだから当たり前だと思われるかもしれませんが、
あんまりプロっぽいと却って嫌な感じがするのが、
葬儀屋さんの難しいところ。
だから人として率直に感謝を伝えました。

葬式は本当に遺族の心の問題なので、

何が正解で、何が不正解かはありません。

お金をかければいいわけでも、

何が何でも安く済ませばいいというわけでもありません。

 

また、最近は時代が変わって

いろいろ新しいやり方も提案されていますが、

葬式はその地域ごとに、長年続いてきた

風習・文化に基づくものなので、

この10年やそこらの東京のトレンドで

変わったこと・新しいスタイルでやるのは、

結構難しいのではないかと感じます。

 

本当は普段からいろんなところに相談しに回って

「葬儀屋の文脈」みたいなものに親しんでおいたほうが

いいんだろうと思いますが、

なかなかそうはいかないのが現実ですね。

 

いずれにしても母の旅立ちは

無事、安心して見送れてよかったと思っています。

 


0 コメント

93歳・母の老衰死について

 

6月23日に母が亡くなりました。

たくさんのお悔やみの言葉をいただき、

ありがとうございます。

 

今後、皆さんも高齢の親御さんなど、

親族の最期に立ち会う機会があるかと思います。

エンディングライターの仕事もやっているので、

3回ほどにわたって母の死の過程や、

自分が喪主を務めた葬式のことなどについて書きます。

もちろん、まったく同じケースなど

あるはずはありませんが、

何かの参考になれば幸いです。

 

母の死因は老衰。

93歳と5ヵ月でした。

 

名古屋の実家で妹の家族と一緒に暮らしていました。

6年ほど前からだいぶ老いてきたなと思っていましたが、

90歳を迎えた頃から衰えが顕著になり、

自宅で面倒を見るのが困難になってきました。

 

結局、2020年の2月に肺の機能が

一時的に落ちて入院したのをきっかけに、

同年3月末から特養老人ホームに入居して、

そこで2年3ヵ月暮らしていました。

 

僕はコロナでなかなか面会に行けず、

電話で話すばかりでしたが、

いつも「元気だよ、大丈夫だよ」と言っていました。

 

施設へは昨年10月にやっと行けたのですが、

一目会って見て

「ああ、この人はもうそんなに長くこの世にいない」

とわかりました。

ちょっと大げさに表現すると、

この世の煩悩が抜けた、半分観音様にみたいに見えました。

 

その後、何回か面会に行きましたが、

6月9日に息子(彼女の孫)といっしょに、

カミさんの手紙とプレゼントの花を持って行ったのが

最後になりました。

 

死の前日の午後、実家の妹から

「血圧が下がっている」と連絡がありました。

夕方、直接施設に電話したところ、

どうなるかわからないという話だったので、

とりあえず仕事を済ませ、

翌日朝から向かったのですが、

途中で妹から「亡くなった」とメールが来ました。

 

後から聞いたところ、前日から眠ったままの状態になり、

朝、職員が見た時は呼吸が極端に弱くなっており、

9時過ぎぐらいには止まってしまったようです。

その後、医師が来て10時過ぎくらいに

死亡を確認したとのことでした。

 

冬場に肺の機能が落ちること以外、

特に目立った内蔵疾患などはなく、

自然に衰弱していったことなのだろうと思います。

 

認知症というよりボケが入っていて、

今年になってから時おり意識が飛ぶことがあったようで、

一度、施設の職員から

「病院に行ってCTなどで検査してもらいますか?」

と聞かれたことがありましたが、

苦痛・ストレスを与えるだけだと思い、

妹も僕も断固断りました。

延命措置も最初から断っていました。

 

ちなみに高齢社会を反映して

「死因:老衰」は最近増えているようで、

90歳を超えた人で特定の病気がわからない人には

老衰という診断を下すようです。

 

ネットである医師の記事を見ると、

老衰の定義というのはかなりあいまいで、

言ってみれば「非科学的な死因」らしいです。

 

それもあって高度成長期以降、

いわゆる「病院死」が多かった時代は、

ずっと老衰という死因は減り続けていたようです。

それがこの10年ほどでまた増えて来たようです。

 

ただ、遺族の中には「老衰」という診断を下すと

怒り出す人もいるようです。

なぜかは僕にはわかりませんが、

ちゃんとした科学的な死因(病名)がつかないと困る人

(お金がらみ?)もいるのでしょうか。

 

今年になってからすごく食が細くなってきて、

最期の数日はぜんぜん食べなかったようです。

母は僕の知らない若い頃は別にして、

ずっと太めのおばさんだったのですが、

亡くなった時はほぼ半分以下にスリムに、

小さくなっていて、顔も細長くなっており、

まるで別人のようでした。

 

と書くと、とても痛々しい印象を受けるかと思いますが、

人間、自然に死ぬときは

こういうものではないかと思います。

人生おしまいにするのだから、

もうエネルギーを補給する必要もない。

だから食べずに、小さく小さく縮んでいく。

比喩でなく、本当に肉体的にも子どもに還っていくのです。

 

ボケていましたが、電話の時も面会の時も

「おまえの声はすぐわかる」と言って、

僕の声や顔はクリアに認知していたようです。

そして、息子に対しては最後の最期まで

「元気だよ。大丈夫だよ」としか言いませんでした。

亡くなった今も僕はそのセリフを鵜呑みにしています。

 

本人ではないのでもちろん本当にところはわかりませんが、

特に苦しい思いをすることなく、

自然に安らかに旅立ちました。

 

おかしな言い方に聴こえると思いますが、

そんな亡くなり方をしてくれて嬉しい。

正直、自分の中では悲しさよりも

嬉しい、良かったという思いが勝っていました。

ありがとう。

あちらで先だって亡くなった父(夫)と逢うこと、

そして幸福であることを祈っています。

 


1 コメント

週末の懐メロ88:恋はみずいろ/ヴィッキー・レアンドロス

 

1967年リリース。

誰もがおなじみ、

ポール・モーリア楽団のインストゥルメンタルで有名。

僕はてっきりポール・モーリアの曲だと思っていたのだが、

じつはカバー曲。

 

オリジナルはアンドレ・ポップという、

映画音楽を手掛けていたフランスの作曲家が作った歌。

発表されるや、あっという間に大人気となり、

1960年代から70年代にかけて、

めっちゃ大勢の歌手が競うようにこの曲を歌っている。

日本では森山良子、由紀さおり、あべ静江など。

(僕はつい最近まで、

この曲にちゃんと歌詞があることすら知らなかった)

 

そして最初に歌ったのは、

このヴィッキー・レアンドロスで、

この人のことも初めて知った。

ギリシャ出身でフランス語、英語、ドイツ語などの

マルチリンガル。

 

まだティーンエイジャーだった1967年、

ウィーンで開催された

「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」で、

ルクセンブルク代表として出場しフランス語で歌った。

 

もともとアップテンポの曲で、

このコンテストではメダルを逃す4位だったが、

その後、僕たちがよく知る

メロディアスな曲にアレンジされた

英語バージョンが登場し、

のちのロングセラーヒットに繋がった。

 

このビデオはドイツ語バージョンで、

美しいエーゲ海と故郷ギリシャの島をバックに

ヴィッキー・レアンドロスが

海風に髪をなびかせて歌っている姿が夏にぴったり。

 


0 コメント

母、亡くなる

 

今朝、母が亡くなったので名古屋に来ている。

93歳。老衰。まさに眠るように終わった。

2週間前、息子と面会に行ったのが最後だった。

さようなら👋

 


0 コメント

新刊予告:エッセイ集:エンディング2「死ぬまでジタバタ しようぜ」

 

エンディングライターとして雑誌・ウェブサイト

(葬儀・供養業界の専門誌)で2016年から記事を書いている。その取材の過程で拾った諸々のエピソード、

記事の中には出さなかった情報・感想などを

中心に綴ってきた、

人生のエンディングにまつわるエッセイを1冊にまとめた。(2020年以降のものは続刊に収録予定)

 

出来れば遠ざけたいもの、

ずっと知らないフリをしていたい「死」は、

すべての人がいつかは関わらなくてはならない事象。

どうせいつかは向き合わなくてはならないものなら、

少しずつでいいから心を慣らしておいた方がいいのでは――

ということでお役に立てるなら何よりです。

 

また、子どもや若者で、

じつはとっても死に興味があるという人。

あなたは別に異常でも何でもなく、

「死があるからこそ生が輝く」という

人生の本質を知る人です。

そんな人にとってもお役に立てる本・

心の糧にしていただきたい本です。

 

もくじ

・死ぬまでジタバタしようぜ:「老い」を楽しんだ蜷川幸雄さん

・エンディング時代の遺産相続を考える

・エンディングを意識して人生の台本を書く

・「老害人」の話と人生最後で最大の仕事

・高齢者ドライバーは、免許返すとおトクやでぇ~

・人形が幸せになれる国ニッポン

・茨城・葬式の撒き銭のルーツを探る

・映画やテレビドラマの世界では高齢犯罪者が増えている?

・マタギの里の大往生

ほか全39編

 


0 コメント

夏至ケロ、運よ開ケロ

 

きょうは夏至。

いちばん日の長い日。

それに加えて、いろいろ縁起の良いことが重なってて、

スピリチュアル的にはめちゃくちゃな幸運日で、

この日に何もやらないのはおバカさん。

――くらいの素晴らしい開運日なんだって。

 

ということを日が暮れた、ついさっき知った。

あっちゃー!

今日はカミさんも義母もいないので、

ひとり悠々夏バテの先取りをして、

1日中、本を読みながら転がってた。

 

今年もぼちぼち半分終わり。

頭からっぽにしてキャパシティ作って

後半戦の運を呼び込みましたってことで。

 

名古屋名物・青柳ういろうの

「かえるまんじゅう」の空き箱で

開運ガエル作りました。

 

あなたの運が開ケロ。

世界に平和と笑顔がよみガエル。ますように。

 

 

おとなも楽しい少年少女小説

 

てるてる男とふれふれ女

 

http://www.amazon.com/dp/B0B2W7M47L

 


0 コメント

「南の島でのんびり」なんてFIREしなくてもすぐできる

 

1~2年ほど前からビジネスパーソンが

「FIRE」という言葉をよく口にするようになった。

「うぉぉぉぉ」と炎のように燃えて

仕事をすることなのかと思ったら、

ぜんぜん違っていて、

FIREとは「Financially Independence, Retire Early」の略。

若いうちに経済的に自立し、仕事を辞めることだという。

 

ネットや雑誌では、投資でもうけて

30代くらいでリタイアし、

「南の島でのんびり暮らしてます」

といった人が紹介されているそうな。

 

それなら僕はもう20代でそんな経験は済ませた。

1987年、ヨーロッパをバックパックで旅行していて、

エーゲ海に浮かぶギリシャのロードス島という島で

10日くらいのんびり過ごしていた。

 

気を入れていた仕事が

クライアントの事情でキャンセルになり、

いきなり蒸し暑くなったせいもあって

疲れがどっと出たので、

ここ2日ほど、

ネットもほとんど見ずにゴロゴロしていたら、

ふと、そのことを思い出したのだ。

 

いかにもエーゲ海風の白い家(民宿)に泊って、

そこにオランダ人の女の子やカナダ人の男も

出入りしていた。

 

持ち主のギリシャ人のご夫婦といっしょに食事をして

日本のことやイギリスのこと

(その頃はロンドンで暮らしていた)を聞いてきた。

 

「日本人は何を食べるんだ?」

「魚介類をよく食べるので、

この島と似てるかも知れません」

「イギリスのめしとギリシャのめしはどっちがうまい?」

「うーん。イギリスのほうがうまいものもあるし、

ギリシャのほうがうまいものもありますね」

とかなんとか。

 

そんなわけで美しい海を見ながら、

さらにネコと戯れながら

(ギリシャの島にはどこもやたらネコが多い)、

旅の疲れを癒したのだが、

あの10日ほどが自分の人生の中でどんな意義があったのか、

今もってわからない。

まあ単なる「休み」だったのだろう。

 

でも、今思うとちょと長すぎた。

なんで10日もいたのだろう?

海は確かに美しかったが、それも3日も見てれば飽きる。

特にこれといった思い出もなく、

ただただ、何もすることがなくて

退屈だったという印象が強い。

 

最近言っている「FIREして南の島でのんびり」というのは、

もちろん僕のビンボー旅行の体験などとは

ニュアンスが違っていて、

億り人(資産1億円)の特権みたいなものだ。

 

でも、僕が言いたいのは

「南の島でのんびり」したいだけなら、

今の日本人なら、その気になればいつでもできるってこと。

 

知らないから憧れる人も多いのだろうけど、

そんなのちょっと本気で働いてお金を貯めれば、

あるいは、投資をする元手があるのなら

それを使ってすぐできる。

 

先に体験しておいて「ああ、こういうものなのか」と

わかったうえで、それでも

「永遠ののんびり」を手に入れたいというなら

がんばってFIREをめざしたら?と思う。

 

それにまたいつ何時、コロナが復活したり、

他の伝染病が起こらないとも限らない。

本気で南の島に憧れているのなら

FIREしてどーのこーのなんて言ってないで、

行けるときに行って、若いときに体験しておいた方が

おトクなのではないかと思う。

 

「おいしいものは楽しみに取っておいて、

後からゆっくりいただこう」なんて思っていると、

いただく機会を失っちゃうかもしれないよ。

人生は短いですよ。

 

 

おりべまことエッセイ集:世界

1日3分の地球人

http://www.amazon.co.jp/dp/B09DF7VHPZ

 


0 コメント

週末の懐メロ87:東風/YMO(イエローマジック・オーケストラ)

 

1979年リリース。

「テクノポリス」「ライディーン」と並ぶYMOの代表曲。

ファーストアルバムに収められており、

ライブでも中盤のハイライトやエンディングを飾っていた。

 

1979年と80年、2回のワールドツアーの演奏の数々は、

今でもオールドファン、そして新しいファンをうならせる

彼らのベストパフォーマンスだ。

 

YMOの正式メンバーは、

リーダーでベーシストの細野晴臣。

 

当時まだ、ほとんど無名のスタジオミューシャン、

ここから「世界のサカモト」に昇華した

キーボードの坂本龍一、

 

サディスティックミカバンドのドラマーで、

英国でのライブ、レコーディングも経験していた

高橋幸宏の3人。

高橋はリードヴォーカルも担当するほか、

衣裳デザインなど、

アートディレクター的な役割も担っていた。

 

この3人にサポートメンバーとして、

ギターに渡辺香津美、のちに大村憲司。

シーナ&ロケットの鮎川誠も入ったことがある。

 

キーボードとヴォーカルに矢野顕子。

このツアーの中盤には必ず彼女の歌う

「在広東少年」を演奏し、大人気だった。

 

さらにシンセサイザープログラマーの

松武秀樹。

 

まさに当時の最強の布陣で取り組んだ

このツアーの音源はたくさんあるが、

同じ曲でも一度として同じ演奏はなく、

バラエティ豊かな即興性を楽しめる。

「東風」はこのバージョンが、

最も疾走感・アグレッシブさを感じる。

 

YMOは1970年代に後の日本のポップス、

ニューミュージックの原型を創り上げた

「はっぴえんど」「ティン・パン・アレー」という

2大バンドの中心メンバーとして活躍した細野晴臣が創設。

 

細野は「エキゾチカ」と称されるジャンルの音楽

――西洋人が解釈する東洋の音楽――に影響を受けて、

これをシンセサイザーなどの電子楽器を駆使し

てやってみたらどうか?

という野心的な試みを抱いて

YMOのコンセプトを練り上げた。

 

ただし、たんなる実験で終わることなく、

インターナショナルな商業的成功を目指し、

坂本・高橋と共に独自のサウンドを追求した。

 

細野としては1970年代を通して、

日本のポップミュージックが

英米に劣らないレベルまでスキルアップしたことを確信し、

世界に打って出ようという強い意思があったのだろう。

 

彼の目論見は功を奏し、

YMOは日本のバンドとして

最も大きな世界的成功を収めた。

 

国内では社会現象を巻き起こし、

僕もこの頃、長髪をやめてテクノカットにしたり、

シャツのボタンを喉もとまできっちり締めたりしていた。

 

彼らの登場は新たに「テクノポップ」という、

それまでにない音楽ジャンルを産んだ。

近代ポピュラー音楽史のエポックメイキングになり、

当時はもちろんだが、

YMOはむしろ近年のほうが評価が上がっている感がする。

 

いま聴いても抜群に新鮮でキレのある演奏

(特に細野ベースと高橋ドラムの凄さ!)から、

あの時代の空気と共に、

若々しかったメンバーらの熱いエネルギーが伝わってくる。

 

 

エッセイ集:音楽

ポップミュージックを

こよなく愛した

僕らの時代の妄想力

https://www.amazon.co.jp/dp/B08SKGH8BV

 


0 コメント

烏山寺町のネコ寺

 

世田谷区の千歳烏山に近い烏山寺町でお寺の取材。

この地域には大正末期の関東大震災のとき、

浅草や築地あたりで被災した26ヵ寺が

こぞって引っ越してきて集まっている。

東京西部でこれだけのお寺が集まっているところは、

ここだけ。

 

寺町ができる前はもちろん一面の農地で、

このあたりから1キロほど先の千歳烏山駅まで

ズドーンと見渡せたそうだ。

 

訪れたのはその中の一つ、

首都高速からすぐのところにある乗満寺。

 

このお寺の境内には20歳になるネコがいて、

めっちゃ人なつっこい。

スマホを向けたら嬉しがってニャーニャー寄ってくる。

近すぎてちゃんと撮れないだけどにゃあ。

 

奥さん(坊守さん)がネコ好きらしく、

この長老ネコの「みいちゃん♂」を筆頭に

5匹のネコが暮らしており、

時々、というか、けっこう頻繁に

ノラネコも何匹か遊びに来て、

勝手にめしを分捕っていくらしい。

 

月に1回「ねこ茶房」をやっていて、

住職の話とセットでお寺のネコと遊べる日を設けている。

 

普段の日でも、運が良ければ

境内でウロウロしているみいちゃんに出逢えるかもニャー。

 

 

 

動物をめぐる面白エッセイ集

神ってるナマケモノ

http://www.amazon.co.jp/dp/B08BJRT873


0 コメント

少子高齢化の先にある死亡者激増・労働人口激減社会

 

エンディングライターとしての仕事で、

昨日・今日とパシフィコ横浜で開かれた

「フューネラル・ビジネスフェア」を取材した。

葬儀・供養・終活。

エンディングに関わるビジネスの領域は年々広がっている。

 

統計によれば現在、年間140万人が死亡する。

ピークは2040年で、死亡者は167万人に上る予測。

あと18年だが、自分もこのあたりか?

 

少子高齢化社会の先には

「死亡者激増・労働人口激減社会」が待っている。

2065年には、日本の労働人口は現在の6割程度になるという。

 

こうした社会の到来に備えて政府では、

いろいろなデジタルデータを集めて、

人生を一気通貫する、

いわゆる「ゆりかごから墓場まで」の

支援プランを構築中とのこと。

 

よく言えば手厚いサポート。

悪く言えば強固な管理体制。

あまり愉快な話題ではないが、

これもまた「持続可能な社会」の

必然的要素なのだろう。

 

僕たちは短期的には個を主張するが、

長い目で見れば、やはり広大な社会の、

長大な人類史の一細胞として生きている。

 

 

エッセイ集:エンディング①

世界のENding Watch

http://www.amazon.com/dp/B09HQT42JR

 

世界の伝統的な葬儀・供養の風習、

現代の終活・エンディング事情を知る

エッセイ集。

 


0 コメント

「てるてる男とふれふれ女」キャンペーン終了

 

無料キャンペーンは本日16:59で終了しました。

ご購入ありがとうございました。

面白かったらAmazon Kindleのサイトにレビューをお寄せください。

 

今後もおりべまことの作品をよろしくお願いいたします。

 

いつでもカエル21タイトル

 

★おとなも楽しい少年少女小説

 

●てるてる男とふれふれ女 ¥300

http://www.amazon.com/dp/B0B2W7M47L

 

●ちち、ちぢむ ¥500

http://www.amazon.com/dp/B09WNC76JP

 

●ハンザキを喰った話 ¥500

http://www.amazon.com/dp/B09PGDSQMP

 

●ざしきわらしに勇気の歌を ¥300

http://www.amazon.com/dp/B08K9BRPY6

 

●いたちのいのち ¥500

http://www.amazon.co.jp/dp/B08P8WSRVB

 

●ピノキオボーイのダンス ¥500

https://www.amazon.co.jp/dp/B08F1ZFLQ6

 

●オナラよ永遠に ¥500

http://www.amazon.co.jp/dp/B085BZF8VZ

 

●茶トラのネコマタと金の林檎 ¥300

http://www.amazon.com/dp/B084HJW6PG

 

●魚のいない水族館 ¥300

http://www.amazon.co.jp/dp/B08473JL9F

 

 

★人生のおやつに還暦エッセイ集

 

●銀河連邦と交信中なう ¥300

http://www.amazon.co.jp/dp/B09Z6YH6GH

 

●あなたもごはんでできている ¥300

http://www.amazon.co.jp/dp/B09TNVMWPW

 

●いつもちょっとクレイジーでいるためのスキル ¥300

https://amazon.co.jp/dp/B09QQ823C9

 

●酒タバコやめて100まで生きたバカ ¥300

http://www.amazon.com/dp/B09MDX2J45

 

●世界のEnding Watch ¥300

http://www.amazon.com/dp/B09HQT42JR

 

●1日3分の地球人 ¥300

http://www.amazon.co.jp/dp/B09DF7VHPZ

 

●昭和96年の思い出ピクニック ¥300

http://www.amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

 

●ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力 ¥300

https://www.amazon.co.jp/dp/B08SKGH8BV

 

●どうして僕はロボットじゃないんだろう? ¥300

https://www.amazon.co.jp/dp/B08GPBNXSF

 

●神ってるナマケモノ ¥300

http://www.amazon.co.jp/dp/B08BJRT873

 

●子ども時間の深呼吸 ¥300

https://www.amazon.com/dp/B0881V8QW2

 

●ロンドンのハムカツ ¥300

http://www.amazon.com/dp/B086T349V1

 

★新刊予告:7月上旬発売予定

次回の新刊は、エッセイ集:エンディング

「死ぬまでジタバタしようぜ」(仮題)

どうぞお楽しみに!

 


0 コメント

「てるてる男とふれふれ女」無料キャンペーン 明日限り

 

「てるてる男とふれふれ女」無料キャンペーン 

http://amazon.com/dp/B0B2W7M47L

明日6月12日(日)16:59まで!

 

いつも天気のことを気にして生きてきた二人だが、

その時だけは違った。

若くて健康だったので直観が働いたのだ。

もしかしたら傷つくことになるかもしれないなんて露とも考えず、まっすぐに思いをぶつけ合った。

大きな街の中心にニョキニョキと立つ高いビル。その谷間にある丸い広場の片隅。

夕闇が辺りを包んでいた。

「好きだ」と男は言った。

「あたしも」と女は言った。

とても純粋な恋だった。

問題はただ一つ。

男は晴れ男で、女は雨女であること。

星のめぐりが最高な運命のデートの日は晴れるのか、どしゃ降りになるのか。

はたまた間を取ってくもりになるのか。

女は耐えきれない思いを抱いて、男に長い手紙を書いた。

 

恋と結婚と幸福と人生の行く末を描く、

おかしくてセンチメンタルな短編小説。

 

ご購入ありがとうございます。

面白かったらレビューをお願いします。

 


0 コメント

週末の懐メロ86:リトル・グリーン/ジョニ・ミッチェル

 

1971年リリース。

米国ローリングストーン誌が2020年に選出した

「史上最高のアルバム500枚」で

堂々第3位に選出された名盤『Blue』の収録曲。

 

アメリカでは並みいるスターアーティストを差し置き、

ジョニ・ミッチェルの評価は断トツに高いようだ。

女性アーティストの中では、

アレサ・フランクリンと並んでトップと言っていいだろう。

 

確かに優れたシンガーソングライターだが、

最盛期ともいえる70年代、

彼女はここまで人気があっただろうか?

 

少なくとも僕の印象は割と地味で玄人好み、

日本人の女性フォーク歌手にちょっと影響を与えた人、

ぐらいだった。

 

どうして近年、すでに現役とは言えないミッチェルが

これほどまでに評価されるようになったのか?

その秘密を解くカギが、

この「リトル・グリーン」という曲の中に潜んでいる。

 

歌詞は大まかにこんな感じ。

 

かに座に生まれた女の子

この子に似合う名前を選んだ

グリーンと呼ぶわ 冬の寒さに負けないように

グリーンと呼ぶわ 彼女を産んだ子どもたちもね

リトル・グリーン、ジプシーの踊り子になって

 

子どもを持った子どもの偽り

家に嘘をつくのはもう嫌なの

あなたは書類にファミリーネームでサインする

悲しいの、ごめんなさい、でも恥ずかしいとは思わないで

リトル・グリーン、ハッピー・エンドになって

 

「リトル・グリーン」は実体験に基づく歌である。

ここでいう「グリーン」は、

ミッチェルが実の娘に付けた名前であり、

その親になった女と男を「青二才」と揶揄する呼び名でもある。

 

歌詞の中の「彼女を産んだ子どもたち」とは

母親である自分自身、そして恋人だった実の父親のこと。

 

この歌を歌う6年前の1965年、

まだカナダの無名の貧乏アーティストだったミッチェルは、

トロントの慈善病院で女の子を産んだ。

 

避妊の知識も乏しかった時代の、

望まない妊娠・出産。

当時、カナダでは中絶は法で禁じられていた一方、

未婚の女性が母親になることは罪を背負うことだった。

 

父親である前の恋人も、

新しく現れ結婚を申し込んだ男も、

赤ん坊に対してはひどく臆病で責任を逃れようとした。

 

まだ子どもだった若い彼らにとって、

赤ん坊を抱え込むことは、

アーティストになる希望の道が閉ざされることと

イコールに思えたのだろう。

 

結局、ミッチェルは生後6か月の娘を養子に出し、

アメリカにわたる。

「リトル・グリーン」を書くのは、その1年後の1966年のこと。

そして、その頃からシンガーソングライターとしての

天才を開花させる。

 

1968年のデビューアルバム発表後、

彼女は目を見張る勢いで、

世界のポピュラーミュージックの

メインステージに駆け上がる。

 

そして長い年月が流れたあと、運命は劇的な変転を迎える。

1997年、53歳になっていたミッチェルは、

当時32歳、すでに1児の母になっていた娘と再会する。

1971年、アルバム「BLUE」に

「リトル・グリーン」を収めて26年後、

養子に出して32年後のことだ。

 

親子は心から再会を喜び合った。

しかしその後、マスメディアの報道の嵐によって、

歌の通りに「ハッピーエンド」とはいかない事態と

なっていったようだ。

 

人の感情は大海に浮かぶ小舟のように、

ちょっとした波に簡単に揺らぎ、時には転覆してしまう。

 

いずれにしても、このストーリーを知る前と知った後では

「BLUE」の、そして「リトル・グリーン」の印象は

大きく変わってくる。

 

近年、ジョニ・ミッチェルの評価が高まっているのは、

楽曲そのものだけでなく、

こうした彼女の人生にまつわる劇的なドキュメンタリーが

大きく作用しているような気がしてならない。

 

「女性と子どもを大切にする」という

社会意識を深めるためにも、

ジョニ・ミッチェルをもっと評価しようという声が

強まっているのだ。

 

音楽ビジネスの世界に発言力のある女性が増えたことも

その一因だろう。

自由で開放的で先進的に見える映画や音楽の世界も、

つい最近まで男性権力者による支配が横行し、

パワハラ、セクハラの温床であったことが暴露された。

 

すでに60年近くに及ぶミッチェルの音楽キャリアと

優れた楽曲群は、

女性と子どもの未来に光を投げかけるものとして、

これからも評価はますます高まるものと考えられる。

 

 

てるてる男とふれふれ女

梅雨入り記念無料キャンペーン実施中

6月12日(日)16:59まで。

 

晴れ男と雨女が恋をした。

恋と結婚と幸福と人生の行く末を描く、

おかしくてセンチメンタルな短編小説。

 


0 コメント

人生は長くて短い

 

 

てるてる男とふれふれ女

梅雨入り記念無料キャンペーン実施中

6月12日(日)16:59まで。

晴れ男と雨女が恋をした。

恋と結婚と幸福と人生の行く末を描く、

 

おかしくてセンチメンタルな短編小説。

 

http://www.amazon.com/dp/B0B2W7M47L

 

「てるてる男とふれふれ女」では、

天気と人の運命について書いてみた。

人生は長くて短い。

還暦を超えて、やっとそうした言葉を実感できるようになった。

そして昨日、ちょっとそれにリンクするような出来事があった。

 

本を出したい、ということで代筆の依頼を受け、

2回ほど取材も行っていたが、

昨日、その人のご家族の重病が発覚。

今後の取材の予定がいったんキャンセルされた。

おそらくこのまま継続するのは難しく、

この案件自体がキャンセルになるか、

長期凍結ということになるだろう。

 

人生にはいろいろなタイミングというものがある。

運・不運の波は定期的にやってくるが、

それはなかなか予知できない。

(占いに頼る人が多いのも頷ける)

 

災害や疫病、金融恐慌だってある。

それを完璧に免れるのは不可能だ。

 

人生設計とか、あれこれ長期計画を立てるのもいいが、

今やりたいこと、できることを先延ばしにしていると、

天気が荒れて実現困難になるかも知れない。

一度時機を逃すと、

そのチャンスは永遠にめぐってこないかもしれない。

 

漠然とした不安に煽られて、お金をため込んで、

結局、節約生活だけが生きがいになって

人生終わってしまう人もいるという。

 

やりたいことがある人、

ずっと心にため込んでいる人は、

我慢と解放のタイミングをちゃんと考えた方がいいと思う。

 

 


0 コメント

てるてる男とふれふれ女  無料キャンペーン継続中

 

いつも天気のことを気にして生きてきた二人だが、

その時だけは違った。

若くて健康だったので直観が働いたのだ。

もしかしたら傷つくことになるかもしれないなんて露とも考えず、まっすぐに思いをぶつけ合った。

大きな街の中心にニョキニョキと立つ高いビル。その谷間にある丸い広場の片隅。

夕闇が辺りを包んでいた。

「好きだ」と男は言った。

「あたしも」と女は言った。

とても純粋な恋だった。

問題はただ一つ。

男は晴れ男で、女は雨女であること。

星のめぐりが最高な運命のデートの日は晴れるのか、

どしゃ降りになるのか。

はたまた間を取ってくもりになるのか。

女は耐えきれない思いを抱いて、男に長い手紙を書いた。

 

恋と結婚と幸福と人生の行く末を描く、

おかしくてセンチメンタルな短編小説。

おとなも楽しい少年少女小説第9弾!

6月12日(日)16:59まで無料キャンペーン

 


0 コメント

若者だらけのEND展

 

「お、おれがいちばん年上じゃん!」

END展、先日行ったのは関係者向けの内覧会だったので、

昨日、一般公開の様子を探りに行ってみた(本日で終了)。

 

油断してたら事前予約の枠がいっぱいになってしまってて、

「当日券あるかも」とサイトに書いてあったのを信じて

ヒヤヒヤしながら行ったら、入れてもらえてホッ。

僕と同様、「事前予約が取れなかったので」という人も

けっこう大勢、受付に集まっていた。

 

主催者は「50代~60代はがメインの対象」と言っていたが、

入ってみたら、僕より若い人ばっか。

見た目、20代の人が一番多かったような気がする。

 

若くてカッコいい女の子ばっか見てたからだろ、

と突っ込まれたら「はい、そうです」

と言わざるを得ないが。

 

たまたまだったのかもしれないけれども、

マジで多かったのは20代・30代。

10代のおぼしき子も少なからずいたと思う。

僕はほとんど最年長の部類だった。

 

しかし、よく考えれば当然かもしれない。

おそらくリアルにENDに近い高齢者とか、

その一歩手前の人たちの多くは、

死がどうのこうのなんて

考えたくないし、向き合いたくない。

 

若ければ、それはまだ遠い先にある、

一種のファンタジーとして受け止められる。

 

実は「死」というコンテンツは、

年寄りのものでなく、若者のものではないか。

 

生とは?愛とは?自由とは?人間とは・・・

 

子どもからおとなになる頃、そういったことを考えながら、

いろいろな芸術・文化に触れて

自分ならではの世界観を作っていくのは、ごく自然なこと。

 

むしろ最近のように、社会に要請に応じて、

若い頃から仕事一辺倒、金儲けオンリー、

生産活動ばっかりみたいな人生のほうがおかしいと思う。

 

10代や20代が死について、

そしてそれと同時に「どう生きるかということ」に

考えをめぐらすのは全然おかしくない。

 

オーバー還暦もまた、

そうした10代・20代の心情に還っていくといいと思う。

 

展示の最後に

「死ぬまでにやりたいことは?」

「印象的な死のエピソードは?」

という問いがあって、ボードに自分の回答を書いた紙を

貼り付けられるコーナーがあるのだが、

あふれんばかりの回答でボードが真っ白になっていた。

 

それぞれ10個ずつくらい読んでみたが、

ジョークっぽいのからシリアスなのまで

いろいろあって面白かった。

とても全部読み切れなかったので、

ぜひ主催者さんにサイトに上げてほしい。

 

 

電子書籍

「てるてる男とふれふれ女」

梅雨入り記念無料キャンペーン

6月12日(日)16:59まで実施中

晴れ男と雨女が恋をした。

恋と結婚と幸福と人生の行く末を描く、

 

おかしくてセンチメンタルな短編小説。

 


0 コメント

てるてる男とふれふれ女 2022梅雨入り無料キャンペーン

 

 

♪6月6日に雨ざあざあ降ってきて

カエルかな?カエルじゃないよ、アヒルだよ~、ガァ。

 

というわけで、昨日から関東甲信地方は梅雨入り。

というわけで、

 

梅雨入り記念無料キャンペーン5日間実施!

6月7日(火)17:00~12日(日)16:59

おはなし

 

いつも天気のことを気にして生きてきた二人だが、

その時だけは違った。

若くて健康だったので直観が働いたのだ。

もしかしたら傷つくことになるかもしれないなんて

露とも考えず、まっすぐに思いをぶつけ合った。

大きな街の中心にニョキニョキと立つ高いビル。

その谷間にある丸い広場の片隅。

夕闇が辺りを包んでいた。

「好きだ」と男は言った。

「あたしも」と女は言った。

とても純粋な恋だった。

問題はただ一つ。

男は晴れ男で、女は雨女であること。

星のめぐりが最高な運命のデートの日は晴れるのか、

どしゃ降りになるのか。

はたまた間を取ってくもりになるのか。

女は耐えきれない思いを抱いて、男に長い手紙を書いた。

 

恋と結婚と幸福と人生の行く末を描く、おかしくてセンチメンタルな短編小説。

 


0 コメント

ゴールデンカムイ:明治時代は文化のゴールドラッシュ

 

今さらと言われそうだが、ここのところ、

「ゴールデンカムイ」にはまって

毎晩、Amazonでアニメを一気見している。

ちょっと前に連載が完結したところだが、

マンガはまだ読んでない。

 

「鬼滅の刃」は大正、こちらは明治。

さすがジャンプの目の付けどころは鋭い。

幕末、明治、大正、昭和。

現代にいたるまでの日本の150年ほどの時間は、

現代ではありえないリアルなドラマにあふれている。

ここに埋まっている資産を掘り起こすのは、

いわば文化のゴールドラッシュ。

 

日露戦争終結後の明治終盤、

1900年代後半の北海道を舞台にした

「ゴールデンカムイ」。

その面白さの要素はたくさんあって、

とんでもなくバラエティ豊かで充実した内容。

そして現代風の味付けもおいしい。

 

もうすでにいろいろな人が、

いろいろなところでこの作品を語っているが、

僕にとって最もインパクティブなのは、

明治という時代とそこで生きる

兵士・軍人が実にリアルに、

そして面白く描かれているところである。

 

さすが青年誌に連載されたマンガだけに

ここに出てくる兵士たちは、

べつにサイコナントカの超能力を使ったり、

必殺のカントカビームなどを発射するわけではない。

それぞれ現実的な範囲内で、

超人的な戦闘能力を発揮する。

 

こんなこと人間ができるのかと思う部分もしばしばで、

「マンガだから」と言ってしまえばそれまでだが、

僕はそれだけではないと思う。

これは現代とは異なる次元、

つまり過酷な自然、

まだ科学や医学や各種のテクノロジーが発展途上の環境、

さらに、戦場という命のやり取りをする極限状況、

といった中で生き、活動しているので、

脳のリミッターがはずれ、

それぞれが持っている潜在能力が発動するのだろう。

みんな天才戦闘家になるわけだ。

 

明治の男たちの強さ・凄まじさ、

それと裏腹な優しさ・愉快さについては、

昭和時代からいろいろな伝説があり、

中にはかなり誇張されているものもあると思うが、

基本的に僕はそうした伝説を信じている。

信じた方が面白い。

 

同時にこのマンガを読んで感じるのは、

おそらく命のやり取りをしなくては生きている

実感が得られない人間、

つまり戦争という状況がなくては生きられない人間

(たぶん、ほとんど男)が

必ず社会に存在するのだろうなということ。

 

特に幕末から明治、大正、昭和初期は、

そうした男たちにとっては生きやすい時代、

居場所のある時代だったのだと思う。

 

やっかいだが平和な現代でも

そういう男たちは一定数はいる。

遺伝子のなせるわざなのか、

いつの時代でも数パーセントはいるのだ。

今回のロシア・ウクライナ戦争でも、

日本から数十人が兵士に志願したという。

彼らは戦争という極限環境を求めていて、

自衛隊の演習などでは満足できないのだろう。

 

このマンガの作者の野田サトル氏の曽祖父は、

日露戦争の兵士だったと言うが、

そうした日本人の血のなかの遺伝子とか、

霊魂といったものも、100年以上の時を超えて、

現代人に何か刺激を与え、

行動を起こさせようとしているのかもしれない。

そんなことを考えると、

単純に戦争=悪とはいえなくなる。

自分だってこういうマンガを読んで楽しんでいるわけだし。

 

本当に面白い「ゴールデンカムイ」。

実写映画化も決まったようで、

興味はあるが、心配でもある。

 

最近はこういうダイナミックな物語は、

マンガやアニメのほうが感情移入できるし、

想像力を広げて楽しめる。

 

よほど自分が好きな俳優が出ているならいいが、

そうでないと実写にはがっかりさせられるケースが多い。

実写映画・ドラマよりもマンガ・アニメ。

それもまた時代のせいだろうか。

 


0 コメント

END展と「RE-END 死から問うテクノロジーと社会」

 

 

スマホ頭の骸骨に「かごめかごめ」をされている、

花束を持った子ども。

その子を鳥や動物たちが見つめている。

 

漫画家・五十嵐大介が描いた

奇怪でありながらユーモラスなイラストの表紙は、

現在の僕たちの姿であるように思える。

 

「死から問うテクノロジーと社会」という

ものものしいサブタイトルがついているが、

中身はとてもポップでバラエティ豊かな内容で、

けっして難解な研究書の類ではない。

 

今月8日まで二子玉川で開かれているEND展は、

昨年11月に六本木のアートスペースで行われた、

このサブタイトルと同名の展覧会をベースに、

少しアレンジを加えたものだ。

 

キュレーターの塚田有那さんの話によると、

私たちが今見ている世界・社会とはどういうものなのか、

誰にもいつか必ず訪れる「死」から

問いかけていくことはできないか?

という発想から展示のアイデアが生まれたという。

END展とこの本の内容は密接にリンクしており、

フクロウみたいな不思議な鳥のポスターも、

この本の冒頭に入っている五十嵐大介・作の

「遠野物語より」を転用している。

 

「遠野物語」は民俗学者・柳田国男の作品で、

民俗学、さらに広く言えば文化人類学を

日本に根付かせた名著だが、

これを現代風の漫画にアレンジして

トップにに持ってきたことが

この本の性格(=END展の性格)を表している。

 

塚田さんは責任編集者でもあり、

まえがきの最後にこう書いている。

 

本書では、民俗学や人類学、

情報社会学や人工知能研究まで、

さまざまな識者の方々に寄稿や対談、

インタビューにご協力いただき、死をテーマに

それぞれの視点から論じていただいた。

テクノロジーがいやでも絡み合う現代において、

いま一度、生と死という永遠の連鎖に思考を委ねるとき、

これからの社会を見据える

新たな視座が見つかれば幸いである。

 

冒頭だけでなく、章の合間合間に

短編マンガが入っていることも特徴で、

これもEND展で活かされている。

その一つ、「うめ」というユニットによる

「ようこそ!わたしの葬儀へ!」は、

8頁ほどの話だが、某世界的IT企業のCEO

(GAFAのカリスマ経営者みたいなイメージ)の

葬儀を描いたものだが、

現代的・近未来的な死と葬儀の

エッセンスを詰め込んだ傑作で、

 

「死後、個人データを合成してバーチャル上に

復活できるとしたらしたいですか?」とか、

 

「もし死者とVR上で会えるとしたら会いたいですか?」

とか、

 

「過去の偉人の知性や人格をAIで復活させて

国を統治できるとしたら賛成ですか?」とか、

 

けっこうラディカルな質問に対する

回答データも盛り込まれている。

(この本の制作集団 HITE-Mediaの

独自に行ったアンケート調査にもとづくもの)

 

このまま何となく齢を取って、

漫然とくたばるのは嫌だと思っている人、

また、未来はどうなるのだろう、

子どもたちはどんな社会を生きるのだろうと

考えている人は、

「END展」を観たり、

「RE-END」を読むことは

自分の思考や行動を変える

大きなきっかけになるかもしれない。

 

電子書籍「世界のEnding Watch」

人間はいつの時代も死がもたらす恐怖や悲しみ・寂しさを様々なやり方で克服しようとしてきた。

世界中にある葬儀供養の文化・風習はその集積だ。しかし近年、先進国ではそれが急激に変化している。世界の死の昔と今を俯瞰しながら楽しむエッセイ集。


0 コメント

週末の懐メロ85:ラジオスターの悲劇/バグルス

 

1979年の世界的大ヒット曲。

「Video Killed Radio Star」

(ビデオがラジオスターを殺っちまった)

というリフレインが耳に残り、

邦題も一度聞いたら忘れられない秀逸さ。

 

ビデオという新しいメディアが世の中に現れ、

ラジオスターの仕事がなくなってしまったという、

ちょっとシニカルな内容だが、とてもポップで楽しい曲だ。

 

トレバー・ホーンとジェフ・ダウンズのバグルスは、

それまでのプログレと、

新興のニューウェーブの間を行くような

とてもユニークなバンドだった。

 

今ではYouTubeなどで、かつて幻のライブとか、

伝説のコンサートとか言われた映像も

見放題・聴き放題になっているが、

従来、音楽は基本的には音だけ。

ヒットソングはいつもラジオから生まれていたのだ。

 

そうした環境が激変したのがこの頃から。

ホームビデオが一般に普及し始めたのはもう少し後だが、

アーティスト(とレコード会社)は

ミュージックビデオを頻繁に作るようになり、

それがテレビでバンバン流れるようになった。

音楽の「聴く」と「観る」の比重はほぼ半々になった。

 

「ラジオスターの悲劇」も皮肉にも、というか、

なかば戦略的にビデオ化された。

いかにもミュージックビデオ初期の映像でござるという

チープさが目立つが、それが今となっては

却って味になっていて、とても楽しめる。

レトロでコミカルなSF仕立てになっていて、

曲の内容と雰囲気をうまくビジュアル化していると思う。

 

バグルスの活動期間は短かったが、

この曲が入っている1980年発売のアルバム

「The Age of Plastic」

(邦題はこの曲と同じ「ラジオスターの悲劇」)は

プログレポップな曲がいっぱい入っていて、

現代よりもなんだか未来っぽくて面白い。

 

日本ではYMOに代表されるように、

1980年代の始まりは、

明るてちょっとオモチャっぽい未来と

ダークな世紀末がいっしょにやって来たような時代だった。

「21世紀」という言葉にも

まだワクワクするような熱い思いが感じられた。

 

でもラジオがビデオに殺されてしまうようなことは

なかった。

ラジオスターも生き残り、また僕たちに語りかけ、

素敵な音楽を届けてくれる。

 


0 コメント

井上ひさしと笑いについて

 

図書館でふと井上ひさしさんと目が合ったので、

久しぶりに読んでみた。

 

最も大作家らしくない大作家・井上ひさし。

中高生の頃に最もよく読んだ作家である。

小説も戯曲も面白かった。

「青葉繁れる」「モッキンポット師の後始末」などで笑い、

「四十一番の少年」で泣いた。

 

高校演劇で「11匹のねこ」をやったが、

ラストは本当に衝撃的で、

1970代後半の演劇をやっていた高校生らに

甚大なトラウマを残した。

 

僕がやったのは、出世した仲間たちにうとまれ、

最期まで変わらずノラネコであり続ける

のんだくれのネコの役だった。

 

あの人生観はその後、45年ほど生きてみて

現実のものとして味わっている。

 

この「ふかいことをおもしろく」は、

NHKがやった「100年インタビュー」を

本にしたものだが、薄いし字も大きいのですぐに読める。

けれども中身は濃厚だ。

 

ひどく心に刺さったのが、15番目の章の「笑いとは何か」。

三谷幸喜が台頭する前、

井上ひさしは喜劇作家の第一人者だった。

 

以下、一部抜粋。

 

苦しみや悲しみ、恐怖や不安というのは、

人間がそもそも生まれ持っているものです。

人間は、生まれてから死へ向かって進んでいきます。

それが生きるということです。

途中に別れがあり、ささやかな喜びもありますが、

結局は病気で死ぬか、

長生きしても結局は老衰で死んでいくことが決まっています。

この「生きていく」そのものの中に、

苦しみや悲しみなどがぜんぶ詰まっているのですが、

「笑い」は入っていないのです。

なぜなら、笑いとは、人間が作るしかないものだからです。

それは、一人ではできません。

そして、人と関わってお互いに共有しないと

意味がないものでもあります。

 

久しぶりに笑いについて考えさせられた。

 

世の中も全体に笑いは低調なように感じる。

正直、いま、テレビやインターネットで

笑いを売り物にしているものは

本当に笑えて、面白くて、感心できるものはごく少ない。

なんだかとても底が浅いのだ。

浅瀬でチャプチャプ

お笑いごっこをやっているような印象がある。

 

むしろいっしょにいるカミさんや義母のほうが

笑わせてくれる。

 

僕もできるだけ自分が書くものは、

どこかでちょっとは笑えるように、

と思って工夫しているつもりだが、

どうもここのところ、あんまりうまくいってない。

また井上さんの小説や芝居を読もうと思う。

 


0 コメント

新刊本日発売「てるてる男とふれふれ女」

 

いつも天気のことを気にして生きてきた二人だが、

その時だけは違った。

若くて健康だったので直観が働いたのだ。

もしかしたら傷つくことになるかもしれないなんて

露とも考えず、まっすぐに思いをぶつけ合った。

大きな街の中心にニョキニョキと立つ高いビル。

その谷間にある丸い広場の片隅。

夕闇が辺りを包んでいた。

「好きだ」と男は言った。

「あたしも」と女は言った。

とても純粋な恋だった。

問題はただ一つ。

男は晴れ男で、女は雨女であること。

星のめぐりが最高な運命のデートの日は晴れるのか、

どしゃ降りになるのか。

はたまた間を取ってくもりになるのか。

女は耐えきれない思いを抱いて、男に長い手紙を書いた。

恋と結婚と幸福と人生の行く末を描く、

おかしくてセンチメンタルな短編小説。

 


0 コメント

安西水丸「青の時代」のシュールな詩情

 

僕にとって安西水丸といえば、

1980年代の村上春樹のエッセイ集

「村上朝日堂」などのイラストでなじみがある。

 

いわゆるヘタウマっぽい、とてもシンプルで

ちょっとトボけた味のある絵で好きだった。

2014年に亡くなったのを聞いた時は、

もうあの絵が見られないことにけっこうがっかりした。

 

じつは安西水丸氏はイラストだけでなく、

小説やエッセイストを書いたり、

デザイナーであり、絵本作家でもあった才人である。

 

これは彼が30代の時に

1970年代の伝説の漫画雑誌『ガロ』で発表したマンガ。

というか、絵物語とかアートに近い。

 

舞台はおもに彼が少年時代を過ごした

千葉県房総半島の海辺の町。

 

時代はもちろん昭和なのだが、

どこか時間を超越した異郷のような風景が、

独特のシンプルな線の絵で描かれており、

どこか寺山修司の世界と共通するシュールさがある。

 

奇妙な顔をした、

おそらく作者自身をモチーフにした少年と、

それを取り巻くエロチックで、

陰と哀しみをたたえた女たち。

怖ろしいほどの引力を持った詩情あふれる世界。

 

改めて安西水丸の才能に圧倒され、

何度も読み返してしまう。

 

最後に収録されている「二十面相の墓」は

作家・嵐山光三郎の小説を漫画化したもの。

 

発行はCrevisという会社で、

1980年に青林堂から出された同タイトルの復刻版である。

 

娘である安西カオリ氏が序文を、

嵐山光三郎氏が解説。

同作に関する水丸氏の1994年の

インタビューも収録されている。

 


0 コメント

おとなも楽しい少年少女小説新刊 「てるてる男とふれふれ女」

 

晴れ男と雨女がちょっと不安定な恋をした。

だいじょうぶ、人生に完璧はあり得ない。

結婚するかどうかを決める運命のデートの日は

曇でオッケーという男。

そして女は男に長い手紙を書いた。

お天気を左右する二人の運命の軌跡を描く短編小説。

6月1日発売予定。

 


0 コメント

週末の懐メロ84:さよならレイニーステーション/上田知華+KARYOBIN

 

1980年リリース。

昭和の時代、列車は人生の旅路を表すモチーフであり、

駅はそれぞれのドラマが交錯する舞台だった。

だから駅を題材に別れや旅立ちを描いた歌が

たくさんあった。

この曲もその一つで、いわば「なごり雪」の雨バージョン。

 

けれども素晴らしく新鮮だった。

 

フォークでも歌謡曲でもない、

クラシックを基調としたポップス。

いや、ポップスの姿をしたクラシック。

 

こんなユニークな音楽を創っていたのは、

昔も今も、そして世界中を見渡しても、

上田知華+KARYOBIN(カリョービン)だけだ。

 

グループの中心・上田知華は、東京音楽大学在学中に、

みずからのピアノとヴォーカルに

弦楽四重奏(ヴァイオリン×2、チェロ、ビオラ)を

組み合わせた

ピアノクインテットを結成し、1978年デビュー。

 

KARYOBIN(カリョービン)は「迦陵頻伽」。

仏典における上半身が人で下半身が鳥、

美しい声で歌うとされる想像上の生物。

西洋のセイレーンや人魚に似ている。

 

4年間に通算6枚のアルバムをリリースし、

クラシックの技術・表現力を基盤にした、

数多の優れた楽曲(すべて上田のオリジナル)

を生み出した。

 

特に当時の人気イラストレーター・山口はるみが

ジャケットデザインを担当した

3~5枚目のアルバムの充実度は抜群で、

「パープルモンスーン」や「秋色化粧」は

コマーシャルソングとして使われ、ヒットした。

 

「さよならレイニーステーション」は、

3枚目のアルバムのラストナンバーで、

ライブのラスト、アンコールとしても

よく演奏されたようだ。

 

数秒で涙腺が緩むようなイントロのストリングス。

美しく品格があり、

それでいて親しみやすいメロディライン。

のびやかで繊細な歌唱、

胸の奥深くに余韻を残す五重奏の劇的なエンディング。

このグループの魅力を凝縮した代表曲である。

 

KARYOBINでの活動と作曲力が高く評価された上田知華は、

この頃から松田聖子らアイドル歌手に

数多くの楽曲を提供していた。

 

この曲も当時のアイドル・倉田まり子が歌っていたが、

表現力と音楽の品格の面で

オリジナルははるかに上回っている。

 

上田はグループ解散後、

ソロアーティスト・作曲家として活動。

テレビドラマの主題歌になった今井美樹の

「PIECE OF MY WISH」がミリオンセラーになった。

 

ひとり暮らしを始めた頃、

プログレやテクノやニューウェーブを聴く一方で、

清涼な湧き水のような潤いを与えてくれた

KARYOBINのレコードは、

不安定な心を癒し、

人生の一時期を支えてくれた。

 

あれから40年あまりの月日が流れた。

 

知らなかったが、コロナ前の2018年、

KARYOBIN40周年の復刻盤CDBOXが発売され、

記念のコンサートも開かれたという。

 

しかしその後、上田知華さんは病に倒れた。

ちょうど1ヵ月前の4月27日、訃報が公にされ、

半年前、昨年(2021年)の9月に

亡くなっていたことが伝えられた。

 

音楽人生をやり遂げたのだろうか。

才能をすべて出しきっての終わりだったのだろうか。

そう信じたい。

 

たくさんの美しい曲をありがとう。

心からご冥福をお祈りします。

 

さよならレイニーステーション

きみを忘れはしない。

 


0 コメント

ポップにアートに生と死を考える「END展」

 

話題にするには気が重い。

出来れば避けて通りたい。

先送りしてしまいたい。

けれども誰ひとり逃れることのできない「死」。

 

そのドーンと暗いテーマと、

芸術的・学術的かつポップなノリで

向き合ってみようという「END展」。

 

今日は会場である二子玉川ライズのスタジオまで

メディア向けの内覧会に行ってきた。

 

率直な感想は、めっちゃ面白い!

 

エンタメでありながらアート。

気軽でありながら、深淵。

老若男女問わず、すべての世代が親しめる

偉大な日本のマンガ文化を活かし、

見る者の思考とイメージを刺激する、斬新な企画だ。

 

会場は「魂のゆくえ」「終わりの選び方」

「死者とわたし」「老いること生きること」

といったパートにわかれ、

それぞれ天才バカボン、怪獣の子供、コジコジ、

ゴールデンカムイ、トーマの心臓、リバーズエッジ、

AKIRA、寄生獣など、

名作マンガの名場面・名ゼリフなどが各テーマを表現する。

 

その他、

「あなたはもう一度、自分に生まれ変わりたいですか?」

「あなたはご遺体を食べられますか?」など、

刺激的な問いかけに思わず引き込まれてしまう。

 

ただ見て回るだけでなく、積極的に自分で入り込み、

人生を考える、参加・体験型の展示会である。

 

事前予約制なのでどういった人たちが

来場予定なのか聞いてみたら、

シニア層だけでなく、まだ死から遠いはずの

10代・20代も多いという。

 

日本人の死・老後に対する概念、

人生全体のイメージが大きく変わろうとしている。

 

予約は必要だが無料。

自分の人生を見つめ直したいという人にも、

単位に野次馬精神旺盛な人にも超おすすめ。

 

6月8日(水)まで開催中。

 


0 コメント

インタビューの音声起こしはいつもしっちゃかめっちゃか

 

仕事でインタビューの音声起こしをよくする。

 

短い記事だと、取材時の印象・記憶をメインにして、

録音は適当にざっと聞き飛ばして書いてしまえるのだが、

ある程度のボリュームがあるとそういうわけにもいかず、

まず基本的に話している内容を

そのままタイプして文字に、文章にしていく。

 

特に本を作る時は必須作業になる。

時間が掛かり、骨が折れる、かなりしんどい作業である。

 

最近は自動音声起こしのアプリ・ソフトが出回っていて、

ざっとした内容を自動で文字にしてくれるのだが、

それですごく楽になるかというと、

正直、そうでもない。

かえって自分で手作業でやったほうが

捗る場合が往々にある。

 

もちろん、一つにはそのアプリ・ソフトの性能がある。

有料のものは精度が高く、無料は低い。

でも有料だって完璧ではないので、

結局、五十歩百歩だったりする。

 

たぶん、みんながアナウンサーみたいな喋り方で

ゆっくりめに話してくれれば、

かなり精度の高い起こし文になるんだろうが、

そんなふうに話せ、と相手に要求できるわけがない。

 

何と言っても話しているのは人間なので、

声の大きさも高さも違うし、

喋り方のクセも千差万別。

言い間違いも起こる。

やたらと倒置法を多用する人もいる。

感情が乗ってくれば早口にもなるし、

活舌の良しあしだってある。

 

結果、自動音声起こし機が打ち出す文章は

かなりしっちゃかめっちゃかになる。

 

読んでも、ここは何て言ってるんだろう?

本当にこんなこと言ってたっけ?

ということだらけで、

結局、自分で聴き直して書き直さないとわからない。

 

また、僕のやるインタビューの音声起こしは、

かなり相手の内面に入っていくことを必要とされるので、

ちゃんと録音を聴き直しながら手入力することで

言外の意図・感情が読み取れ、

どんな狙いで彼・彼女がこういうことを話しているのか、

発見できることもあって面白い。

 

ただ、淡々とした会議の議事録とか報告会みたいなものなら

自動音声起こしは機は効力を発揮すると思う。

あとは分量の問題。

この分野の機械化は結構難しい。

 


0 コメント

メタバースで永遠に生きる

 

コロナ禍の今では考えられないほど、

華やかで感動的だった西城秀樹さんの葬儀から4年が経つ。

 

僕は特別な思いなどなく、

たまたま仕事で青山葬儀所へ出向いたのだが、

全国から集まった1万人を超える

ファンの思念みたいなものが

広い葬儀場に渦巻いていて、本当に圧倒された。

 

葬儀も最初から最後まで素晴らしいものだった。

ご家族の協力と関係者の努力の賜物だろう。

 

最近、好きだったミュージシャンの訃報を知り、

数日、気分がすぐれなかった。

もちろん友人・知人でもなく、

ただ昔、よくレコードを聴いていただけなのだが、

けっこうな喪失感に襲われた。

 

あの時、わざわざ地方から電車に乗って、

自分のダンナまで付き合わせて

集まって来た人たちの気持ちがよくわかる。

 

ちょっと前に「ヴィーズ・プリズマ」という

メタバースのお墓の開発を行っている会社を取材したが、

数年前からインターネット上では

亡くなったスター、アイドル、ミュージシャンなどを偲ぶ

コミュニュティをよく見かけるようになった。

 

西城さんについてのコミュニュティも複数あるようで、

生前の映像を見たり、音源を聴いたりして

ファンになったいう人も珍しくない。

 

メタバースに何らかの墓碑があって

想いを共有する人たちが

いつでもそこにアクセスできるのであれば、

亡きスターは永遠に生きることになるのだろう。

もうそういう時代になっている。

 


0 コメント

「世界カメの日」に考える  なぜ浦島太郎はリスクを負ってカメを助けたのか?

 

「浦島太郎」のお話の始まりは、

太郎が浜辺でカメが子どもたちに

いじめられているのを助けるところから始まる。

 

勝手に解釈すると、イジメてたわけではなくて

捕まえて殺して食おうとしていたのだと思う。

昔はウミガメを捕まえて食うことなんて

海辺の村では日常茶飯事で、

この子どもたちも親たちから

「今夜のめしはカメ鍋にするから捕まえてこい」と

指図されたのだろう。

ひと家庭では食べきれないので、

村でパーティでもやる予定だったのかも知れない。

 

このカメは産卵するため浜辺に上がってきたところを

狙われたのだ。

これでは逃げようがない。

海辺の村人にとっては年に数少ない、

栄養満点のごちそうにありつく

絶好のチャンスだったのに違いない。

 

それを邪魔した浦島太郎は、子どもらのみならず、

ほとんど村全体を敵に回したと言っていいだろう。

そもそも彼はこの村の人間ではないのではないかと思える。

 

カメを助けるから動物愛護の精神に富んだ

いい人に思えるが、それは現代人の感覚で、

こんなことをしたら、子どもたちが親に言いつけて、

あとから村じゅうの人間から

袋叩きに逢うことは目に見えている。

 

結果的に彼はカメに竜宮城に連れて行ってもらい、

乙姫様と結婚して夢のような暮らしを送るので、

これだけの危険を冒したかいがあったということになる。

まさしくハイリスク・ハイリターン。

投資は大成功だ。

 

助けられるカメは、

現在では竜宮の使者ということになっているが、

一説では乙姫様が化けていたというものもある。

 

産卵しに上がってきたわけだからメス。

辻褄があっている。

ちなみにオスのウミガメが陸上に上がってくることは

ほとんどないようだ。

 

よく考えると、浦島太郎と乙姫様は

かなりミステリアスなキャラクターである。

夫婦だったのか?

愛人関係だったのか?

どうしてあっさり別れたのか?

玉手箱を持たせたのは乙姫の復讐だったのか?

太郎はじいさんになってどこへ行ったのか?

海が舞台ということもあり、

この物語には想像力を刺激される。

 

もしかしたら浦島太郎は

ちょっと過剰な動物愛護の精神を持った

現代のアメリカ人がタイムスリップしてきた

お話なのかもしれない。

 

今日、5月23日は「世界カメの日」。

カメに対する知識と敬意を高め、

カメの生存と繁栄のための

人類の行動を促すことを目的として、

2000年に米国カメ保護会によって制定された

記念日とのこと。

 

人新世(アントロポセン)という新たな地質学的時代、

カレンダーにはいつの間にか、

いろいろな動物の記念日が増えている。

「ナマケモノの日」とか

「ヤマアラシの日」なんてのもある。

 

急激に地球環境を変化さえてきた人類が、

単に保護するだけでなく、動物の声を聞き、

そこから新たな生き方を学ぼうとしているようにも思える。

 


0 コメント

キラキラネームが踊る未来

 

昨夜、テレビのニュースを見ていたら

子どものキラキラネームについての話題をやっていた。

 

当て字にもほどがある。

個性的というより奇妙奇天烈。

マンガじゃないんだから。

宝塚じゃないんだから。

暴走族じゃないんだから。

なんて読めばいいのか、全然わからない。

今どきの若い親はアホやないか。

あんな名前を付けられた子供がかわいそう。etc・・・

 

非難ごうごうとまでは言わないけど、

上の世代からはネガティブに

とらえられがちなキラキラネーム。

 

でも親たちの話を聞くと、

そう悪くもない、アホでもない、

それなりに子どものことをあれこれ慮って

一見奇天烈な名前を考え出しているようだ。

 

いちばん感心したのは

「将来、セイが変わっても自分に違和感を持たないように」

という意見。

僕は最初、「姓」と勘違いしていて、

「ふーん、親が離婚して今の姓が変わっても

良い響きになるように、ということか」と思った。

じつは自分の息子にも、カミさんの姓になったとしても、

読んでも書いても問題ないように、ということは考えた。

 

しかし、僕は間違っていた。

そんなことは軽い問題だ。

そのお母さんの意図はもっとシリアスな、

その子の人生すべてに関わること。

 

彼女が言ったのは「姓」ではなく「性」。

つまりジェンダーの問題。

男の子として生まれてきたが女性になるかも。

女の子として生まれてきたが男性になるかも。

もし、その子が自分の意思でそう生きると決めたら——

ということまで想定して名前を付けたという。

 

目からウロコがペロッと落ちた。

子どもの名前を考えることは、

この先の時代、その子たちがいおとなになる社会の環境に

思いを巡らせること。

いまどきの若い親は、

劇的に変貌するかもしれない未来を見つめて、

これまでの常識や慣習にとらわれることなく、

思考のネットワークを広げているのだ。

 

当のキラキラネームの子どもたちも、

「お父さんやお母さんが一生懸命に

考えてつけてくれた名前だから好き」

と屈託ない。

 

なんていい子たち、なんてよい親子なんだ!

今までキラキラネームを

ちょっと馬鹿にしていたことを猛烈に反省した。

そして、上の世代は過去のことに拘泥していてはいけない

と改めて思い知らされた。

未来はどうなっていくのか、ちょっとまた楽しみになった。

 


0 コメント

週末の懐メロ83:チャイルド・イン・タイム/ディープ・パープル

 

1970年リリース。

アルバム「ディープ・パープル・イン・ロック」の挿入歌。

今年発売50周年を迎えた名盤

「ライブ・イン・ジャパン」(1972年)においても

ハイライトナンバーだった。

 

ディープ・パープルは僕にとって、

ほぼ初めてのロック体験だった。

もちろん、その前にもビートルズの曲などは

聴いていたのだが、

当時のロック小僧たちの感覚では

ビートルズはロックではなく、ポップスの範疇であり、

女・子供が聴くものとされていた。

 

酒やタバコをやらないのは男じゃない。

それと同じでロックを聴かなきゃ男じゃない。

1970年代前半、まだ昭和40年代の

日本の地方都市の中学生の間では、

そんなめちゃくちゃな理屈がまかり取っていた。

 

そんなわけで僕は先輩の家で

神聖なる教示を受けるかのように

ディープ・パープルのレコードを何枚も聴かされた。

 

正直、最初は「なんじゃこのうるさい音楽は!」と思った。

しかし、まさしく酒やタバコと同じで

何度か聴くうちに大好きになった。

見事な洗脳である。

 

1枚目のアルバム「ハッシュ」から

ギターのリッチー・ブラックモアが抜けて

トミー・ボーリンに替わった

11枚目の「カム・テイスト・ザ・バンド」まで全部聴いた。

 

それほど好きだったディープ・パープル、

そして日本のロックファンの間でも

圧倒的な人気を誇ったディープ・パープルだが、

20歳を超える頃にはもうあまり聴かなくなり、

その後も最近までほとんど聴いてなかった。

 

同じ60~70年代のハードロック(ヘヴィメタ)でも、

レッド・ツェッペリンが若い世代にも聴き継がれて、

ますます名声を高めているのとは対照的に、

ここ10年ほどの間に、

ディープ・パープルの影は

ずいぶん薄くなったように感じる。

 

ロック史に残る大名盤、ライブアルバムの金字塔

とまで言われてきた「ライブ・イン・ジャパン」さえ、

その地位を落としつつあるのではないだろうか。

 

「ハイウェイスター」「スモーク・オン・ザ・ウォーター」

「ブラックナイト」などは、相変わらず名曲として

若いロッカーたちに演奏されているのだろうが、

今聴いて面白いかと言えば、そうでもない。

 

ただ、「チャイルド・イン・タイム」は別格だ。

第2期-ディープ・パープル黄金時代とされる

5人による演奏。

 

この時期のパープルナンバーの多くは、

ジョン・ロードのキーボードと

リッチー・ブラックモアのギターのせめぎ合いが

メインの聴きどころだが、

この曲では、イアン・ギランのヴォーカルのすごさが

際立っている。

 

ディープ・パープルの歌は

あまり中身のない歌詞が多く、

それが飽きられたり、

後年の評価がイマイチな要因になっているが、

この曲だけはやたら文学的だ。

 

♪愛しい子よ いつかお前にも見えてくるはずだ

何がよくて何が悪いのかの境界線が

見ろ 盲人の男が世界に向けて発砲する

銃弾が飛び交い 犠牲者が続出する

 

まるで現在のロシア・ウクライナ戦争を重ね合わせても

何ら違和感のない内容だ。

 

ここで歌われる「スイート・チャイルド」は、

兵士として戦場に立つ少年・若者を表している。

時代的に背景にベトナム戦争や

東西冷戦構造があったからだろう。

 

この時代のロックは、表立った反戦歌でなくても、

こうした戦争に抗う精神、世界の危機を憂える気持ち、

怒りや悲しみがモチーフになっているものが少なくない。

 

イアン・ギランもバンドを抜け、ソロになってからも

ずっとこの歌を大事に歌ってきた。

おそらく彼にとってはシンガーとして

最も誇りに出来る曲の一つだったのだろう。

 

終わったと思っていた冷戦・核戦争の危機は、

ただちょっとお休みしていただけで

ふたたびその姿を露わにした。

時代は巡るということか。

ディープ・パープルの黄金時代は懐かしいけど、

もうあの時代に戻りたいとは思わない。

 


0 コメント

なぜ宝くじに当たるとほとんどの人が破産するのか?

 

先週に引き続き、司法書士の方の本を書くので取材。

その中の項目の一つに

「なぜ宝くじに当たるとほとんどの人が破産するのか?

わたしが絶対破産しない方法を教えます」

というのがあった。

 

彼は宝くじを取り扱うみずほ銀行の仕事もしている。

どういう必要性があるのか、よくわからないが、

みずほ銀行は高額当選者のその後を調べているらしい。

 

「宝くじに当たる」というのは、

もちろん1万円、10万円レベルでなく、億単位の話である。

 

そりゃ前提がレアケース過ぎますよと笑ったが、

話はなかなか面白かったし、感心した。

 

内容はもちろん出版してからしか話せないが、

宝くじで大金が当たった人が取る行動の特徴が

二つあるらしい。

 

人にそのことを話す。

仕事を辞める。

 

黙ってりゃいいのに人に話しちゃうのは、

SNSで「いいね!」が欲しいといった

承認欲求にもとづくものだという。

 

そんなことでしか承認欲求を満たせないのか?

と思うが、どうやら人間心理はそうなっているらしい。

 

万一、僕は当たっても続けると思うが、

ほとんどの人が仕事を辞めてしまうという。

要するに、仕事をカネを稼ぐ手段としか考えていない、

ということだろう。

カネさえあれば働かない。

遊んで暮らしたいというわけだ。

 

なんだかずいぶんと心が貧しい気がする。

承認欲求ってそんなことで得るもの?

あなたのやってる仕事ってその程度のもの?と思う。

何だかこれではお金の従僕である。

でもそれが平均的日本人の本質なんだろう。

 

阿武町の間違い振り込み事件の彼は、

とうとう逮捕されてしまった。

ぼくに言わせれば彼は被害者に近い。

 

とんでもないボンクラミスを犯した町の職員らは

まともな謝罪もなければ、何の責任も取らないようだ。

 

お金で簡単に人生が狂わされること、

 

公務員・議員・官僚・政治家などの

おいしいポジションにつけば、

無責任にのうのうと暮らせること、

 

そして、やっぱりマスコミは

貧乏人の嫉妬心を煽り立てる報道をしちゃうこと。

まぁ、世間の方々が求めているのだからしゃーないよ、

ということだろうか。

そして、そこから透かして見えるのは、

日本人の心の貧しさとムラ社会の現実。

 

そうしたものをこの騒ぎでは、

またもやまざまざ見せつけられた。

 

思わぬ大金が転がり込む幸運(=不運)に出逢ったら、

ぜひかの司法書士の本を手に取ってください。

完成・発行は8月くらいかな?

 


0 コメント

もし僕が24歳の時、4630万円振り込まれたら?

 

「バカだな。すぐに4630万返しときゃ

こんな大騒動にならなかったのに」

最初そう思ってしまった今の自分。

もちろん、山口県阿武町の間違い振り込み事件のこと。

 

でも、待てよ。

24歳の時、こんなことがあったら、

おれは今みたいに考えたかな?

と思ってしまった。

 

昨日まで限りなくゼロに近かった自分の銀行口座に

ある日突然、4630万円入っている。

びっくりして足が宙に浮く。

 

24の時はバイトしながら演劇やってたので

46万円3千円稼ぐのに3ヵ月以上かかっていた。

それが一晩で4630万円!

 

絶対何かの間違いだろうということはわかる。

だけど、人間のこの方面のメンタルって

そんなに強くてクールだろうか?

ましてや、人生経験の少ない24歳の青年である。

 

足はふわふわ宙に浮き、

頭はキーンとしびれている。

4630万円はそれくらいインパクトがあり、

若者を一種のトランス状態にしてしまう。

 

そんなところへ役所の人間がやってきて

「間違えたから返しなさい」と言われて

素直に「はい、わかりました」と言えるだろうか?

 

いったん口座に記載された4630万という数字が消え、

もとの限りなくゼロに近い数字に戻ることを

そうやすやすと受け入れられるだろうか?

 

おまえどうだよ?と自分に向かって訊いてみたが、

はなはだ怪しい。

 

振り込まれた若者が役所の人間に対して

抵抗感を示したというが、

なんだかちょっとわかる気がする。

 

僕も24だったら、彼と似た言動をとるかもしれない。

いったん自分のものになったカネを返金するには、

尋常でないほど、

怒りと悲しみと痛みと寂しさが伴うと思う。

なにか世のなかの不条理なるものに

打ちのめされたような気持ちになるはずだ。

 

彼は今、めちゃくちゃバッシングされて、

子どもの時の卒業文集までさらされ、

「カネの亡者」にされてしまっている。

さらに実名も公開されてしまった。

 

もちろんすぐにカネを返さなかったのは悪いのだが、

なんだか気の毒な気がしてきた。

そもそもこれは間違って振り込んだ町の役所の責任。

あまりにもおそまつすぎる。

 

どういう事情があったのか、

どういう人が担当者だったのか知らないが、

公金を扱う役所が、4630万円もの大金を振り込むのに

上司や町長クラスがろくにチェックもしてなかったのか?

こんなのも「ヒューマンエラー」で済まされるのか?

 

こんな怠慢で、緊張感のない仕事をやっているのなら、

公務員の数を半分に削ってAIにしてしまったほうが

いいんじゃないかと思ってしまった。

 

それにしてもこんなつまらないことで

人生をズタズタにされてしまうのは

余りにもひどい。

 

さっさとカネ返して、とっとと忘れて

そんな田舎町なんか捨てて、東京で出直せ。

でなければ逆に自叙伝でも書いて(俺が代筆する)、

自分を売り込め、と彼には言いたい。

 


0 コメント

END展~死から問うあなたの人生の物語~

 

大資本である東急もエンディング領域で

事業を行うようになった。

その事業を担う東急ラヴィエールが

グループ内で進めている活動のいくつかを記事にしたが、

4月から新しく外に向けても発信を始めると言っていた。

 

5月27日(金)から6月8日(水)、

二子玉川で開くEND展は、

おそらくその第1弾。

渋谷など、東急線の駅内で

ポスターを見かけた人もいるかもしれない。

 

東急ラヴィエールからは内覧会の招待状をいただいたので、

また取材するが、マンガという表現を活かした

なかなか面白そうな企画です。

 

入場には予約が必要だが無料なので、

ご興味のある方は二子玉散歩ついでに覗いてみては?

 

以下、リリース要約。

 

人生100年時代。

世界に類を見ない超高齢社会を迎えている日本では、

多様な生き方を選ぶ人が増える中で、

「老後の生活」のイメージは徐々に刷新され、

洗練の兆しを見せている。

 

この展覧会は超高齢社会において、

東急ラヴィエールと、アート&サイエンスを軸に

分野横断的なプロジェクトを遂行する

Whole Universが連携し、

普段あまり考えることのない

死について思いを巡らせる機会を創出することを

目的にしている。

 

展覧会場では、死や人生に関するさまざまな問いを軸に、

テーマと関連する「名作マンガの1シーン」を

セットで紹介するほか、

自分の大切な人へ「最後に伝えたい言葉」を

参加者から事前に募集し、

展示する作品《Type Trance/Last Words(10分遺言)》、

テクノロジーが進展する時代の新たな死のありようを描いた

短編マンガ作品などを展示する。

 


0 コメント

僕たちはすでにセンチメンタルなサイボーグである

 

現代を生きる人間、

少なくとも都市環境の中、現代文明の中で生きる人間は、

脳だけは生身のままだが、体のその他の部分も、

住環境も「技術=テクノロジー」に頼っている。

当然、あなたも僕も例外ではない。

 

これは世界的なロボット工学者の石黒浩教授の思想である。

 

石黒教授によれば

「人間とは、動物と技術を合わせたものである」。

 

住んでいる家やビルはもちろん技術の賜物であり、

都市部において、人間の手がまったく入っていない

純粋な自然を見つけることは、ほぼ不可能だ。

 

体だって工場で作られた服を着て、

メガネをかけて、常にスマホをいじっている。

内部に人工臓器を入れている人も珍しくない。

人間の活動はすでにその大半が

技術によって支えられている。

(「ロボットと人間」/岩波新書より)

 

「人間とは何か」を追求するために

さまざまなロボット・アンドロイドを開発し、

実証実験・演劇・パフォーマンスを通して

世に問い続ける石黒教授の考え方には、

非常に多くの共感と納得感を覚える。

 

彼のロボット研究(=人間研究)の世界には

未来の人間・社会の在り方が

かなり濃厚なイメージで潜在している。

 

人間は未来において、より進化するために、

価値観の多様性を広げ、

その身体機能や脳の機能を拡張する。

 

それを実現するために必要とされる、さらなる技術。

社会生活においても、

個人の生活においても、

AI・ロボットの協力はますます求められ、

僕たちはそれと共存していくことを余儀なくされる。

 

「純粋な人間でありたい」という

センチメンタルな感情のかけらが疼くかもしれない。

そんなものはとっくの昔に失っていることは

わかっているのだけど。

 

AI・ロボットは思いもかけなかった時空に

人間を連れて行ってくれるだろう。

その頃、まだしつこく生きていたら、

そして感傷的になるのを堪えることができたら、

僕もいっしょに連れて行ってくれるだろうか?

 

おりべまことのロボット小説・エッセイ集


0 コメント

ときにはダンゴより花

 

 

5月は花の季節。バラが特に美しい。

もうすぐ息子の誕生日ということもあり、

部屋に花を飾った。

 

毎日当たり前のことを繰り返して生活していると、

何かが少しずつ損なわれていっているような、

擦り切れていっているような、

漠然とした不安を抱くことがある。

それが日常であること・平和であることの恐ろしさ。

 

今日も無事に暮らせました。ありがとうと、

いちいち神さまか何かに感謝するような

殊勝な気持ちは持ちあわせていないが、

花があるとそれができる。

 

花があると心が膨らみ、想像力が刺激される。

そして損なわれたものが自然と修復されていくような、

とても救われた気持ちになる。

 

そんなの錯覚であり、妄想なんだろうと思う。

それでもいいのだ、心の栄養になれば。

特別な日でなくても

時には一日食べなくても花を飾るといい。

新しい季節を始めるために。

 


0 コメント

週末の懐メロ82:ベティ・デイビスの瞳/キム・カーンズ

 

1981年。

今から41年前のちょうど今頃から2ヵ月余りの間、

全米チャートのトップを走り続けた大ヒット曲。

1981年のグラミー賞最優秀楽曲賞も受賞した。

 

キム・カーンズ独特の強烈なハスキーヴォイスと、

高く鳴り響くシンセサイザー、そして打ち込みのビート。

絶妙なブレンドが生み出すマジックが酩酊感を醸し出す。

 

そしてビジュアルも印象的だった。

 

スラリとした長身に白いブラウス、黒いスーツの上下、

ロングブーツといういでたちで、

艶やかなブロンドの長髪をなびかせた

当時36歳のキム・カーンズは、

ベルばらのオスカルのようで、めっちゃカッコよかった。

 

それから40年後。

昨年、2021年のパフォーマンス。

キム・カーンズ、齢76。

さすがに容貌は衰え、身長も縮んだかのように見える。

ところが。

 

ヒット当時はもちろん、

いろいろな時代のライブと聴き比べてみたところ、

76歳で歌うこの「ベティ・デイビスの瞳」が最高なのだ。

 

なんでだろうと思って何度も聴いてみると、

往年の歌唱の力強さが少々薄れ、

時々わずかに声がかすれたり、

音程が不安定になるところがある。

それが却って気持ち良い「ゆらぎ」となって、

よりセクシーに響いてくるのだ。

 

すべて完璧ならいいというものじゃない。

音楽って、人間って面白い。

 

じいさん、おっさん、あんちゃん。

あらゆる年代の男たちをバックに従えて

不滅のハスキーヴォイスを聴かせるカーンズの

カッコいいばあさんっぷりには、

感動とリスペクトを覚えずにはいられない。

 

もう一つこの曲について発見があった。

なんとこの大ヒット曲はカヴァー曲だった。

 

オリジナルは1975年に、

ジャッキー・デシャノンという

ソングライターが歌ったもの。

 

聴いてみたら、ちょっとノスタルジックなジャズ調の曲。

何も知らないで聴いたら、よほど注意しないと

同じ曲だとは思えない。

それほどカーンズバージョンのアレンジは

斬新でエッジが立っていた。

 

女は男を弄び、惑わせ、悦ばせる

女は早熟で熟知している

頬を染めるプロに欠かせないもの

それはグレタ・ガルボのため息

そして、ベティ・デイビスの瞳

 

ベティ・デイビスは1930年代に活躍した

ハリウッド映画の名女優。

だからデシャノンの原曲はレトロジャズっぽい。

 

往年の女優をモチーフにした歌なのに、

なんでこんな斬新な曲が生まれたのか、

不思議に思っていたが、その謎が解けた。

 

自分の個性・センス・才能を信じて疑わなかった

カーンズの大勝利。

 

興味のある方はぜひデシャノンの原曲と

聴き比べてみてください。

 


0 コメント

川崎ビジネス

 

司法書士の方の本の代筆をすることになり、

取材で川崎へ行く。

 

川崎と言えば、川崎球場。

大洋ホエールズの本拠地である。

「巨人の星」の左門豊作もいた。

と言っても、なんやそれ?と首をかしげる人も多いだろう。

 

昔あったプロ野球チームだ。

缶詰めでおなじみのマルハ(現・マルハニチロ)が

親会社で、ユニフォームの肩のところには

マルの中に「は」の字の入ったロゴが燦然と輝いていた。

 

川崎球場には、スタンドで麻雀やってる観客がいるとか、

流しそうめんをやっている人がいたという

レジェンドがある。

球場で流しそうめんやりながら野球見物というのは、

何やら昭和の高度成長時代を象徴するような絵柄である。

 

川崎にはそういう猥雑というか、

大衆的な活気が似合う街だった。

工業地帯、労働者、酔っぱらい、ギャンブル、風俗、

生活破綻者・・・

 

そういえば川崎という街の名前を初めて知ったのは、

中学生くらいの頃、当時の人気アイドルが、

デビュー前、川崎の風俗店で働いていたという

スクープがすっぱ抜かれ、

大スキャンダルになったことからだ。

どういう顛末になったかは忘れてしまったが。

 

そんなわけで、川崎には

いまだにそういう昭和のイメージがまとわりついている。

東京と横浜の狭間の街、というのも損なポジションだ。

 

そして、かの大洋ホエールズも昭和が終わらないうちに

本拠地を横浜に移し、

横浜ベイスターズ➡横浜DeNAベイスターズ

になってしまった。

 

ついでにサッカーのヴェルディ川崎も、

いつの間にか東京ヴェルディになっていた。

 

アクセスの良さにも関わらず、

東京・横浜においしいとこどりされている川崎だが、

わがクライアントの司法書士氏は

「だから私はここで事務所を開いて成功できたんです」

という。

 

東京や横浜はおいしい場所なので競争が激しすぎる。

よほど優秀でなければ成功するのは難しい。

はざまにある川崎は、いわばビジネスの穴場。

何と言っても東京や横浜に比べて家賃が安い!

 

というわけで氏は20年以上にわたってこの地に根を張り、

ビジネスを展開してきた。

おかげで僕にも仕事が回って来た。

今までほとんど縁のなかった街だが、

これから大事に思おう。

 

昭和ダーティのイメージをまとった川崎だが

今はきれいに洗練され、治安もよく、

大都市にあっては全国屈指の犯罪率の低さを誇るという。

ヴェルディは東京に行っちゃったけど、

フロンターレ川崎がいる。

 

でも、それじゃなんだかつまんないけどなぁと、

昭和人としては思ったりもするが。

 


0 コメント

「昭和96年の思い出ピクニック」のレビュー

 

毎日のように身近な芸能人や文化人の訃報を聞く。

今日はダチョウ倶楽部の上島竜兵さん。

ひとりひとりこの世を去っていくたびに、

昭和という時代がどんどん遠ざかっていくようだ。

 

政治家や企業家などの偉い人たちより、

芸能人や文化人の死にそうした感情を抱くのは、

やはり彼ら・彼女らが僕たちの暮らしの一部であり、

人生の夢や楽しさを与えてくれたからだ。

 

ブログでときどき昭和についてのエッセイを書いているが、

それを電子書籍としてまとめた第1集

「昭和96年の思い出ピクニック」(昨年発売)

http://www.amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

の紹介文にはこんなことを書いた。

 

アイドル、マンガ、オカルト、オリンピック、

新聞配達、家族、そして戦争――

昭和には愛すべきもの、憎むべきもののすべてがあった。

2021年=令和3年=昭和96年になった今でも、

僕たちは昭和の物語から離れられない。

 

海を埋めたて、山を切り開き、

明日へ向かって進んだ果てに

見つけたものは何だったのか?

みんなが愛して憎んで生きた時代を

1960(昭和35)年生まれの著者が探検する

面白まじめエッセイ集。

 

この本にはこんなありがたいレビューをいただいている。

 

この本に出会えたのは電子書籍という世界だから。

これが仮に紙媒体で出版されていたら、

私は、おそらくそのコーナーにすら

近づくことはなかったと思う。

別に嫌だからとかではなく、

純粋に出会えるきっかけがないから。

内容はこの時代を生きた人の生の声。

熱さ寒さだけでなく匂いまで伝わってきそうな生きた声。

素敵だ。

電子書籍=副業か恋愛のような

偏った冊数の分布がある中で、

こんな電子書籍でしか表現できない本があるというのも、

kindleの魅力なんだなーと再認識した1冊である。

 

身に余る光栄。

これからも僕の書ける限りの昭和のお話を

後世に伝えていきたいと思っています。

 


0 コメント

死後手続きのDXと遺骨ジュエリー

 

葬儀供養メディアの仕事をしているので、

毎月、いくつもそっち方面の取材をしている。

今日は葬儀社のDXに取り組む会社と

遺骨ジュエリーを作っている会社。

 

葬儀社のDXに取り組む会社は、

行政と協定を結んで手続のデジタル化推進に関わっている。

具体的には配偶者や親が亡くなったときの

煩雑な手続きをインターネット経由で簡素化するのだ。

 

これはつい先日、全国紙のコラムに取り上げられ、

大きな反響を呼んでいるようだ。

 

言い方は悪いけど腐っても鯛。

大新聞やテレビの力はまだまだ絶大なので、

この行政手続きのデジタル化には、社会的関心も集まり、

医療機関なども巻き込んでこれから加速度的に進むと思う。

 

遺骨ジュエリーは、お墓や仏壇と別の形の供養として、

ここ10年くらいで徐々に浸透してきた。

 

最近はお墓を作らない人も多く、

散骨が増えている。

ただ、海洋葬にしても樹木葬にしても、

その時はそれでよくても、

あとからお参りする「もの」がないので、

心を寄せる場所が何もないという現実にぶつかってしまう。

その時にほんの少しご遺骨を残しておいて、

小さな箱に入れておいたり、

こうしたジュエリーにして

身に着けて偲ぶという方法がある。

 

遺骨の一部を樹脂で固めて

ジュエリーの一部に組み込むタイプ、

また、遺骨そのものを加工して

ダイヤモンドにするタイプがある。

 

特に子どもをなくした親御さんとか、

若くして配偶者を失くした人にとって

「いつもいっしょにいたい」という思いを叶えるもの、

今後を生きていくための心の支えとして役立つと思う。

 

 

葬儀供養に興味のある方へ:

おりべまこと

エッセイ集:エンディング

電子書籍 Amazon Kindleより発売中


0 コメント

20世紀の絶対悪ナチスを利用する21世紀の悪魔の影

 

ロシア戦勝記念日。

プーチンが拠り所にするのは、ナチスに対する聖戦。

ウクライナに巣食うネオナチのせん滅。

 

「ナチス」という言葉には

恐るべき悪のエネルギー、

死と虐殺のイメージがまとわりついている。

実際に1930~40年代のナチスドイツによって、

ヨーロッパ各地で人類史上最悪の

ジェノサイド、人権蹂躙が行われたのは事実なので、

そんなのイメージだけだ、とは言わない。

 

けれども「ナチス」「ファシスト」と言って指を指せば、

その人・組織・団体は悪い奴らだから潰していい、

と単純に人に暗示をかけてしまうのは問題だと思う。

 

思えば僕たちはこの77年間

「ナチス絶対悪の世界」で生きてきた。

かつての同盟国だった日本ですら(日本だから?)、

僕が子ども・若僧だった戦後20年~40年くらいの頃、

つまり昭和40~昭和60年

(1960年代後半~80年代前半)あたり、

現実と離れた世界でなら抵抗感がないためか、

子ども向けのSFマンガやアニメには

「世界征服」「地球支配」「人類滅亡」

などのワードとともに、ヒトラーやナチスを模した

悪のキャラクターや組織が多数登場した。

 

ビッグX、宇宙少年ソラン、ジャイアントロボ、

新造人間キャシャーン、仮面ライダー、

マジンガーZ、宇宙戦艦ヤマト・・・

 

そういえば、仮面の忍者赤影は時代劇なのに、

トンデモ科学力を駆使する卍(まんじ)党という

悪の忍者軍団が出てきた(だから面白かったのだけど)。

あれもナチスのイメージが反映されていた。

 

ついでに「キン肉マン」とか「リングにかけろ!」とか、

少年ジャンプのバトル系マンガでも。

 

いまは史実に基づく映画・ドキュメンタリーを除いて、

フィクションの分野では絶対にメディアに出せないが、

ハーケンクロイツやナチス的敬礼も

頻繁に目にした気がする。

 

裏返して言えば、悪役としてとてもカッコよく、

知的で格も高いので、子供・若者の気を引いたのだ。

 

誰もあまり言わないけど、

ナチスの軍服のデザインはめっちゃ優れていると思う。

だから当時のドイツの若者が大勢ナチスに入りたがった。

 

それほど強力なナチスの悪のパワーだが、

かの組織自体は77年前に滅んでいる。

ネオナチという、その残党も確かにいて、

ヤバイ連中なのだろうが、

そんなに大きな力を持ち得ているとは思えない。

 

「ナチス」「ファシスト」はわかりやすい記号だ。

その絶対悪の記号を隠れみのにして、

この77年でナチスを凌駕する得体の知れない悪魔が

この世界の裏側で育っているのではないかと恐れている。

 

ヒトラーやナチスを悪魔、大罪人として裁いて

正義は勝った、世界は平和になった・・・

と話が収まっていた時代はとうの昔に過ぎ去っている。

 

国籍問わず、「ナチス」「ファシスト」といった

20世紀の悪に対する言葉・イメージを巧みに操り、

20世紀人のトラウマを刺激しようとする連中にこそ、

僕たちは注意しなければいけないのではないだろうか。

 

世界や歴史に関してのお話にも、

おりべまことのエッセイで軽く出逢ってみてください


0 コメント

母の日・父の日に感謝のプレゼントなんかいらない

 

週末は息子が遊びに来た。

正月以来である。

もうすぐ誕生日なので、一足早くお祝いをした。

 

「おまえ、日曜は母の日だけど、

かあちゃんに花ぐらい持ってこないの?」

と冗談めかして言ったら、テヘヘと笑っている。

 

今年で26になるが、

親にとって子どもはいつまでたっても子どもである。

いつものごとく本とか映画とか音楽とかネットとか、

しょーもない話ばかりしてたのだが、

なんとなく2日いっしょにいたら

カミさんともどもリフレッシュして元気になった。

 

不思議なもので、義母もなんだかご機嫌麗しくなって、

お散歩も楽しげだった。

若い奴はなかなか目に見えない力を持っているものだ。

 

母の日・父の日になるといつでも、

世の中の空気にそこはかとない気持ち悪さを感じる。

親が子どもを育てるのは当たり前である。

子どもが「育ててくれてありがとう」などと言って、

わざわざ感謝のプレゼントを贈る必要なんかあるのか、

と思う。

 

子どもに親への感謝を強制しているんじゃないの?

そんなことする権利が親にあるの?

むしろ成人して独立して、心配させるでもなく

元気にやっている子どもがいたら、

親はその子に感謝すべきじゃないか。

 

近年は、親の子に対する虐待、

子の年老いた親に対する復讐みたいな虐待、

そして、愛しすぎて子離れできない親とか、

おとなになった親子の問題が原因で、

メンタルに深刻な影響を与えるケースが増えている。

 

いっそのこと、母の日・父の日なんかやめてしまって、

自分の親子関係を考え、見直す日にしたらどうか。

その上で子どもが心から母・父に感謝したい、

何かプレゼントしたいと自発的に思えるなら贈ればいい。

 

世のなかの風潮に流されて、

なんとなく習慣化・形骸化している母の日・父の日に

「やらされている感」がある若い人は、

自分の今後の人生のためにも、

ぜひ一度考えてみてください。

 

子どもや家族のことを書いたエッセイ集。

息子がチビの時のことや、父親の戦争体験などの話も収録。

●子ども時間の深呼吸

https://www.amazon.com/dp/B0881V8QW2

●昭和96年の思い出ピクニック

 http://www.amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

 


0 コメント

週末の懐メロ81:ヒート・オブ・ザ・モーメント/エイジア

 

1982年リリース。

キング・クリムゾン、ロキシー・ミュージック、

ユーライア・ヒープ、U.K.、そしてエイジア。

1970年代から80年代にかけて、

イギリスのプログレッシブ・ロックバンドを渡り歩いた

ベーシスト/ヴォーカリスト/ソングライターの

ジョン・ウェットンがこの世を去ってもう5年が経つ。

 

イエスのスティーブ・ハウ(ギター)、

ELPのカール・パーマー(ドラムス)、

バグルスのジェフ・ダウンズ(キーボード)らと組んだ

最強のバンド、エイジアは

ウェットンのそうそうたるキャリアの頂点だった。

 

「放浪者」「堕落天使」「夜を支配する人」などで

落ち着いたヴォーカルを聴かせながら、

ぶっといベースをブンブン唸らせるウェットン。

彼が大活躍した1973年から74年の

第3期クリムゾンは今でも大好きである。

 

しかも、脊髄をひん曲げるほどの

強烈にダークでアヴァンギャルドな音楽をやりながら、

映画俳優のような生粋の二枚目。

 

半世紀を経て第3期クリムゾンが

ますます神格化されているのは、

メンバーの才能、楽曲の素晴らしさはもちろんだが、

若きジョン・ウェットンと

デビッド・クロス(バイオリン/キーボード)が

アイドルバンド並みのイケメンだったことも

一因ではないかと思う。

 

70年代後半のU.K.ではエディ・ジョブソンや

ビル・ブラッフォードなどと組んで

「クリムゾン再来を目指した」などと言われていたが、

2枚目のアルバムでは、

もうエイジアと共通するポップ指向が見て取れた。

 

おそらく彼はクリムゾンを超えるほどの

サウンドを作るのは不可能だと感じ、

プログレを卒業しようとしていたのだと思う。

 

エイジアは結成時、スーパーバンドの呼び声が高く、

70年代のプログレ四天王を超越する音楽が

期待されていたが、

そのあまりにポップな楽曲群に

プログレファンは大きく裏切られた。

 

1980年代、プログレの黄金時代はとっくに終焉し、

ウェットン等は新たな境地を目指していた。

 

彼らの新たなチャレンジは見事、功を奏し、

この「ヒート・オブ・ザ・モーメント」がトップを飾る

デビューアルバム『詠時感〜時へのロマン』は、

全米ビルボード・チャートで第1位を9週間獲得。

年間アルバム・チャートでもNo.1に輝いた

大ヒット作であり、

1980年代を代表するロックナンバーになった。

 

しかし、売れたせいでエイジアへの風当たりは

より強くなった。

その後、節操なくメンバーチェンジを繰り返したため、

ヒット狙いの寄せ集め産業バンドとも揶揄された。

 

なんと創始者であり、リーダーであるはずのウェットンも

一時期離脱してしまっていたくらいだ。

 

それでもエイジアのサウンドのカッコよさは

誰もが認めるところだろう。

僕もこの曲を聴くと、がんがんテンションが上がり、

エネルギーが湧いてくる。

 

映像はウェットンが復帰した代わりに

スティーブ・ハウが抜けた

1985年あたりのものだと思われる。

 

ハウがいなけりゃエイジアじゃないという声もあるが、

僕にとってはウェットンさえいればエイジアだ。

 

それに僕の知る限り、

メンバーがみんな楽しく生き生きしている

このライブ映像は、この曲のベストパフォーマンス。

疾走するギターとキーボードをぶっとく支える

ウェットンのベースランニングが何よりも素晴らしい。

 

改めて、ぼくの人生を変えた

プログレッシブロック最高のスター、

ジョン・ウェットンの冥福を祈りたい。

 


0 コメント

自分の未来、世界の未来、子どもの未来を大切にして生きよう

 

時間は未来から現在、そして過去へ流れる。

 

そんなわけないだろうと思うが、

自分の最終形をイメージし、そう考えて生きる方が

これからは良いのではないかと思う。

 

人間の不幸の最大の原因は

「比べてしまうこと」である。

 

他者と比べておれは・・・とやると、

自分のことを客観的に見られるというメリットはあるものの、

自分を見失ってしまうデメリットはその何倍も大きい。

 

それよりもさらに悪いのは、

過去の自分とくらべてしまうことだ。

 

とくに若い頃、いろいろ活躍して

周りにチヤホヤされた中高年は、これをやりがちである。

 

昔の輝いていた自分のイメージが忘れられなくて、

「むかしはよかった」

「もうトシだ」と呟いていると、

その自分の吐く言葉で、

どんどん脳細胞が破壊されていく。

そして、いつの間にか脳が大きなダメージを受けている。

そうなると人生に希望は残らない。

 

その点はうちの義母には見習うべき点がある。

なにせ過去の記憶をすっかり失ってしまっているので、

「昔の自分は・・・」なんて比べようがない。

 

いつでもどこでも“今”が新鮮であり、

“今”が最高で生きている。

認知症も悪いことばかりではない。

 

時間は未来から現在、そして過去へ流れる。

 

そう考えるのはごまかしでもなんでもなく、

たとえ病気になっても、

たとえ頭や体が動かなくなったと感じても、

人生を良き方向に向かわせるための貴重な思考法である。

 

あなたの最終形は何だろうか?

最後の夢、究極の人生の目的は何だろうか?

それを考えるのは、何歳からでも遅くはない。

それを設定できれば、

“今”は過去の結果、過去のなれの果てではなく、

未来へ向かうための一行程、

成長の一段階に変わる。

 

そして、その夢、その目的に不要な情報は

切り捨てていい。

人生は短いのだ。

僕たちは世の中の総ての情報を知ることはできない。

重要でないものには目を瞑っていい。

自分の未来を大切にして生きよう。

そして、世界の未来、子どもの未来を大切にして生きよう。

 

★おりべまこと電子書籍

「銀河連邦と交信中なう」

GW6日間無料キャンペーン実施中

最終!5月6日(金)16:59まで

 

●「人間を大事にしています」ってどういうこと?

 ●慢性硬膜下血腫で頭の手術の顛末記

●百年ライフの条件と自分ストーリー

●酒タバコやめて100まで生きたバカ3

ほか全38編のエッセイ集


0 コメント

どうなる?イギリスで「となりのトトロ」舞台化

 

これはびっくり!

イギリスのロイヤルシェイクスピアカンパニー(RSC)が、

「となりのトトロ」を舞台化する。

 

トトロの世界って日本人独自の感性によるもの、

と思っていた。

英国人のセンスでどうやって表現できるのか?

と最初はかなり訝ったけど、

よくよく考えてみれば、

ファンタジーにかけてはしっかりした伝統を持つ国。

けっこう面白いものになるかも。

しかも映画じゃなくて、舞台というところが期待大。

 

以下、プレスリリース要約。

 

宮﨑駿監督のアニメーション映画「となりのトトロ」が、

イギリスのロイヤル・シェイクスピア・カンパニー

(RSC)によって初めて舞台化。

2022年10月からロンドンのバービカン劇場で上演される。

映画で音楽を手掛けた作曲家の久石譲が舞台化を提案し、

宮﨑駿監督がこれを快諾したことで始まったプロジェクト。

久石譲がエグゼクティブ・プロデューサーを務める。

 

久石譲は舞台化にあたり

「この作品に本当の意味で普遍性があるなら

――僕はあると思っていますが――

まったく違うカルチャーで育った人たちが

違う言語でやっても、

きっと世界中の人に伝わるはずです」とコメント。

 

また、題字も手掛けたスタジオジブリの

鈴木敏夫プロデューサーは

「果たしてどうやってトトロと出会えるのか。

とても楽しみにしています」

と期待を寄せているという。

 

演出のフェリム・マクダーモットは

「美しい音楽とともに舞台にします。

パペット、役者とともに、命を吹き込みます」

と意気込みを語っている。

 

世界的な作曲家・久石譲のもと、

世界最高峰の演劇カンパニーRSCが

「となりのトトロ」をどう表現するのか、

世界中が期待している。

 

どうやら全体的にオペラみたいな感じの舞台で、

ダンスやパントマイムやパペットの動き、

ポエムリーディングのようなセリフなどを交えて

表現していくのではないかと思う。

 

オリジナルの映画とは違う、

イギリスファンタジーっぽい味の作品になるのだろうか?

いずれにしても、これ見るだけの目的で

またロンドンに行く価値あるかも。

 

★おりべまこと電子書籍

「銀河連邦と交信中なう」

GW6日間無料キャンペーン実施中

5月6日(金)16:59まで

●銀河連邦と交信中なう。

●今夜はホームアローンでわくわく?

●落書きペンは地球色

●女の天才に奉仕する仕事

●たっぷり眠るとたらふく夢を見る

●酒・タバコ、やめて100まで生きたバ

カ  ほか全38編のエッセイ集


0 コメント

下北沢のロボットとコミュニケーション

 

今日はカミさんと下北沢の街をぶらつきに行く。

お天気もいいしすごく賑わっていた。

まともに歩くのは約2年ぶりだ。

 

下北沢は過去の「若者の街」の記憶を残しつつ、

未来へ向かって生まれ変わりつつある。

駅前には映画「ブレードランナー」のアジ

アン飲食街をイメージした

「ミカン(未完)」というストリートが出来ていたり、

以前の小田急線の線路後に、他の街では見られない

おしゃれな施設が出来ていたり。

 

京王井の頭線の駅(券売機の横)にはロボット駅員のレイちゃんもいる。

「戻ってきました」と書いてあるので、

どこか他の駅に出向していて帰って来たらしい。

果敢に会話を試みたが、リアクションはイマイチ。

「もっと勉強してね」と言ったら

「ありがとうございます」だって。

ロボットがいたらどんどんコミュニケーションしよう。

ロボットと共存する社会はもう目の前に来ている。

 

★おりべまこと電子書籍

「銀河連邦と交信中なう」

GW6日間無料キャンペーン実施中

5月6日(金)16:59まで

 ●山羊座のボヤキとイベント増殖に対する懸念

●僕たちは罪を背負わされている

●わが心の誕生日会

●酒・タバコ、やめて100まで生きたバカ・パート3「

ほか全38編のエッセイ集


0 コメント

本気で生まれ変わりたい人のための「白葬」

 

「人は何度でも生まれ変われる」 

「生まれ変わったつもりでがんばる」

「一度死んで生まれ変われ」

 

映画、ドラマ、文学など、フィクションの分野でも、

ビジネスなどリアルな分野でも、よく耳にするセリフだ。

 

美しい。

カッコいい。

ドラマティックだ。

 

でも、言葉だけなら誰でも、いくらでも言える。

実際に一度死んで生まれ変われる人なんていない。

そんなことできるはずがない。

 

これまではそうだった。

 

ところがそれが実現できるようになった。

横浜の地下鉄・三ッ沢下町駅のすぐそばにある

「逃げBar WhiteOut」がその実現の場だ。

 

何から何まで真白な空間。

小さなスペースだが、何だか無限に広がるような

不思議な感触のある空間だ。

 

ここのオーナーであり、体験作家の雨宮優氏は

今年2月からこの「逃げBar WhiteOut」で

「白葬(はくそう)」をプロデュースしている。

 

真白な空間で自分自身の葬儀を挙げることができる。

本気で「生まれ変わりたい」という人のための

舞台装置を整えたのだ。

 

演劇をやっていた僕の目から見ると、

とても演劇的な空間だ。

そうなのだ。

演劇の中であれば、人は何度も死ねるし、

何度でも生まれ変われる。

 

現代ではべつに演劇などやっていなくても、

一般の人が現実の常識から離れて、

仮想現実、バーチャル空間に

容易にアクセスできるよう、脳を進化させている。

特に若い世代は、その進化が著しい。

 

むかしの自分は死んだ。

ここで白葬を開いて新しい自分に生まれ変わる。

葬式は一生に一度きりでなくてもよい。

何度やってもよい時代になったのだ。

 

発案者の雨宮氏は白葬のリリースのなかで語っている。

 

“人生は1度きり。そうなのだと思う。

けれど、例えば1度きりの人生を

1つの小説だとしたときに、

それは複数の章によって構成されている。 

そして章が変われば場面や時代、

キャラの設定だって変わっていることもある。

1つの人 生に対して1人の自分でいる縛りはないはずだ。”

 

ひとことで言えば生前葬だが、

従来のものとは全く違うことは一目瞭然。

 

こんなものを世に出した

雨宮氏の発想・オリジナリティには静かな感動を覚える。

 

彼自身は大変もの静かな青年だが、

「白葬」のほかにも、「Ozone合同会社」として

斬新でエキサイティングな活動をいろいろ行っている。

 

月刊仏事の取材で訪れ、これから記事を書くが、

葬儀やエンディングの概念を変えてしまうような

彼の活動には、個人的に大いに注目している。

 

 

★おりべまこと電子書籍

「銀河連邦と交信中なう」

GW6日間無料キャンペーン実施中

5月6日(金)16:59まで

 

●「人間を大事にしています」ってどういうこと?

 ●慢性硬膜下血腫で頭の手術の顛末記

●百年ライフの条件と自分ストーリー

ほか全38編のエッセイ集


0 コメント

おりべまこと電子書籍「銀河連邦と交信中なう」 GW6日間無料キャンペーン

 

5月1日(日)17:00~6日(金)16:59

読み応えたっぷり。

人生の携帯食にぴったり。

宇宙へ旅する時のおやつにもばっちり。

黄金連休のおともに。、ぜひスマホにインストール!

 

http://www.amazon.com/dp/B09Z6YH6GH

 

高度情報社会では「自分はフツーだ」と思っている

ヘンな人が激増中。

 

現代ピープルは、星の海のごとく情報渦巻く世界に

左半分だけ突っ込んで、

右半分は自分の好きな世界にはまりこんで、

まるでどこか別の惑星と交信しているかのように

ふるまっている。

 

みんな地球人だけど、

みんなどこかの星のストレンジャーでもある。

 

だけどこれでいいのだ。

みんな楽しくヘンになればよい。

 

自転車事故を起こして

頭の手術をした体験からよみがえっても、

けっきょく自分はもとのまま。

バカは死ななきゃ治らないとリアライズして、

ふたたび元気に生き始めた、

おりべまことの面白還暦エッセイ。

 

「酒タバコやめて100まで生きたバカ」

「いつもちょっとクレイジーでいるためのスキル」に続く、

「生きる」をテーマにしたエッセイ集の第3弾です。

ブログ「台本屋のネタ帳」から38篇を厳選・リライト。

 

もくじ

●「人間を大事にしています」ってどういうこと?

●悟りを開いてお寺で婚活

●クリスマスにちょっとだけ世界と自分を変える

●いい人のサービス残業問題

●慢性硬膜下血腫で頭の手術の顛末記

●自分という人間のスト―リーに気付いた一年

●百年ライフの条件と自分ストーリー

●1/fのゆらぎの初夢

●山羊座のボヤキとイベント増殖に対する懸念

●僕たちは罪を背負わされている

●わが心の誕生日会

●酒・タバコ、やめて100まで生きたバカ・パート3

●「どろろ」アニメリメイク版:人間のおぞましさ・美しさ・面白さに迫る

●「悠々自適の幸福な未来」が待ってるはずだった

●ライターという職業の面白さ

●銀河の死なない子供たちへ:人生は無限ではないという幸福

●銀河連邦と交信中なう。

●今夜はホームアローンでわくわく?

●落書きペンは地球色

●女の天才に奉仕する仕事

●たっぷり眠るとたらふく夢を見る

●絵描きのセンス

●ビッグデータ分析と夢を共有する時代

●取材はイベントにしたい

●「実践!五〇歳からのライフシフト術」で人生の午後に備える

●ビジネスのための本気の企業理念

●子どもの卒業・親の卒業

●あたりまえに豊かで幸福だけど

●電車内スマホゲームはなぜカッコ悪いか

●みずから幸福になることを放棄している日本人

●イチローの国民栄誉賞辞退に心の中で拍手喝采

●世界自閉症啓発デー&発達障害啓発週間と人権意識の未来

●結婚記念日と「四月のある晴れた朝に百パーセントの女の子に出会うことについて」

●夜中に情報ウンコの排出

●これからは手ぶらで旅をしたいんだけど

●最期まで希望を見たい

●引っ越しと地球の意志

●ガクアジサイの咲(えみ)

 


0 コメント

新刊発売!銀河連邦と交信中なう

 

おりべまこと電子書籍

AmazonKindleより本日発売。

GW6日間無料キャンペーン実施します。

5月1日(日)17:00~6日(金)16:59

あなたのスマホでぜひお読みください。

http://www.amazon.com/dp/B09Z6YH6GH

 

高度情報社会では「自分はフツーだ」と思っている

ヘンな人が激増中。

現代ピープルは、星の海のごとく情報渦巻く世界に

左半分だけ突っ込んで、

右半分は自分の好きな世界にはまりこんで、

まるでどこか別の惑星と交信しているかのように

ふるまっている。

 

みんな地球人だけど、

みんなどこかの星のストレンジャーでもある。

だけどこれでいいのだ。

みんな楽しくヘンになればよい。

 

自転車事故を起こして頭の手術をした体験から

よみがえっても、けっきょく自分はもとのまま。

バカは死ななきゃ治らないとリアライズして、

ふたたび元気に生き始めた、

おりべまことの面白還暦エッセイ。

 

「酒タバコやめて100まで生きたバカ」

「いつもちょっとクレイジーでいるためのスキル」に続く、「生きる」をテーマにしたエッセイ集の第3弾です。

ブログ「台本屋のネタ帳」から38篇を厳選・リライト。

読み応えたっぷり。

人生の携帯食にぴったり。

宇宙へ旅する時のおやつにもばっちり。

 

もくじ

●「人間を大事にしています」ってどういうこと?

●悟りを開いてお寺で婚活

●クリスマスにちょっとだけ世界と自分を変える

●いい人のサービス残業問題

●慢性硬膜下血腫で頭の手術の顛末記

●自分という人間のスト―リーに気付いた一年

●百年ライフの条件と自分ストーリー

●1/fのゆらぎの初夢

●山羊座のボヤキとイベント増殖に対する懸念

●僕たちは罪を背負わされている

●わが心の誕生日会

●酒・タバコ、やめて100まで生きたバカ・パート3

●「どろろ」アニメリメイク版:人間のおぞましさ・美しさ・面白さに迫る

●「悠々自適の幸福な未来」が待ってるはずだった

●ライターという職業の面白さ

●銀河の死なない子供たちへ:人生は無限ではないという幸福

●銀河連邦と交信中なう。

●今夜はホームアローンでわくわく?

●落書きペンは地球色

●女の天才に奉仕する仕事

●たっぷり眠るとたらふく夢を見る

●絵描きのセンス

●ビッグデータ分析と夢を共有する時代

●取材はイベントにしたい

●「実践!五〇歳からのライフシフト術」で人生の午後に備える

●ビジネスのための本気の企業理念

●子どもの卒業・親の卒業

●あたりまえに豊かで幸福だけど

●電車内スマホゲームはなぜカッコ悪いか

●みずから幸福になることを放棄している日本人

●イチローの国民栄誉賞辞退に心の中で拍手喝采

●世界自閉症啓発デー&発達障害啓発週間と人権意識の未来

●結婚記念日と「四月のある晴れた朝に百パーセントの女の子に出会うことについて」

●夜中に情報ウンコの排出

●これからは手ぶらで旅をしたいんだけど

●最期まで希望を見たい

●引っ越しと地球の意志

●ガクアジサイの咲(えみ)

 


0 コメント

週末の懐メロ80:私は風/カルメン・マキ&OZ

 

1975年リリース。

昭和の天才詩人・寺山修司のシュールな歌謡曲を

歌ってデビューしたカルメン・マキが、

ジャニス・ジョプリンのレコードに出逢って

ロック歌手に転向。

春日博文らのバンド・OZ(オズ)の演奏を

バックに絶唱する日本のハードロックの金字塔。

 

 

1969(昭和44)年、17歳のカルメン・マキの

「時には母のない子のように」は

子ども心にトラウマを残すような歌だった。

 

僕はまだ10歳にもなっていなかったが、

テレビから流れてくる、

長い髪をしたエキゾチックな若い女

(子どもだったのでずいぶん大人に見えた)の雰囲気、

<