子供の自立について

 

 今日は息子の誕生日だった。
 当初の予定ではとっくの昔に自立・自活しているはずだったが、現実はそうなってない。
 親がアホなせいかも知れない。
 アホでもしゃーないなと思ってマッシモ・タヴィオでささやかなお祝いをやった。

 子供の自立を望んでいながら、かたやこっちが子離れしていない。
 じつは最近の映画や本やコンテンツもろもろにに関する情報の7~8割は息子に頼っている。
 彼が推薦するものはだいたい外れがなくて信頼できる。

 その代わりにこっちはレトロ情報(60年代~90年代カルチャー)を提供する。
 物々交換みたいだ。
 でも最近はやたら勉強していて、そのあたりのことも親よりよく知っていたりする。

 そう考えていくと、むしろ自分の方が子供に頼って生きている部分がある。
 それどころかずっと子供の可愛さ・面白さに支えられて生きてきた。
 そういう意味ではもう十分に親孝行は果たされている。
 
 さらに考えてくと自分は自立していると言えるのか、とも思う。
 何とかここまでもっているのは、若い頃から友達におだて上げられたり、仲間に励まされたり、女の子たちに甘えさせてもらったりしたおかげである。
 もちろんカミさんにも甘えっぱなしである。

 昔は自分の食い扶持は自分で稼ぐ――そうなれば自立したと言った。
 今はどうか?
 金さえ稼いでりゃ自立していると言えるのか?
 ネットの株取引きで稼いでりゃ、他の人間と接触しなくても、他に何やってても、誰も文句が言えないのか?。
 人の助けを必要としなければ、それが自立なのか?

 基本はそうなんだろうけど、そう単純なのだろうか?
 他人の支えや助けを拒み無視して生きようとするのは立派なことなのか?

 少しでも早く自立して欲しいと願う気持ちに変わりはないが、そうなるまでのプロセスでいろんな経験を積んで成長してくれればいいなと思う。


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僕に楽しい思いをさせてくれた子供たち

 

 先日の専門学校の同窓会でクラスに在籍していた同級生を暗唱してみたら全員言えた。

 (確認してないけど全員だと思う、たぶん。)

 

 試しに他はどうかと思ってこそっとやってみた。

 

 高校のクラスは3年間いっしょだったので、これも中途退学した連中を含め、全員出てきた(たぶん)。

 

 中学がビミョーで、1・2・3年それぞれのクラスのやつがごった煮になって出てくる。

 でも好きな女の子が2年生のクラスに二人いたので、やっぱり2年生がいちばん思い出深い。

 ちなみにその時はYさんが一番好きだったのだが、いま思い返すとKさんの方が可愛くて好きだ。

 うーん、なんでKさんの方に行かなかったんだろう・・・。

 

 小学校5・6年のクラスは大好きなクラスだったので、35人以上出てきた。

 男子は全員思い出せるが、あと5人くらいいたはずの女子がどうしても思い出せない。

 ごめんなさい。

 ちなみにこのクラスは、運動会やら遠足やらのイベント的なことはほとんど思い出せないのだが、日常的なシーンをやたらよく覚えている。

 

 大人になってから出会った人は結構忘れてしまうが、子供時代に出会った連中、付き合った連中の顔や声は鮮明によみがえる。

 本当にどうでもいい、くだらないことをいっぱい憶えている。

 子供はまだ自分を装うことに長けていないので、持ち前の個性を隠したくても隠せない。

 だからひとりひとり、面白いのだ。

 

 でも成長する中であっちこっちぶつけて痛い目に遭って、どの個性は人にウケ、どれはウケないか学び、調整しつつ自分を作る。

 多くの場合、スマートになっていくんだけど、同時につまんなくもなっていく。

 

 それにしてもそんな何の得にもならないことをやっていて、よほどヒマなんだねと思われるだろうけど、割と忙しい。

 忙しい時にかぎってこういうことをしたくなるのだ。

 本当に何の得にもならないけど、わりと楽しい。

 

 それに記憶にある子供たちのほとんどは、おそらく人生の中でもう二度と会わない人たちである。

 ここらでちょっと、ひとりひとりに僕に楽しい思いをさせてくれてありがとう、と言っておいてもいいのではないかと思った。

 


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幼なじみのトウキョウサンショウウオ

 

 子供のころ持っていた(今でも実家にあると思う、きっと)百科事典の動物の巻のグラビアTOPに「トウキョウサンショウウオ」が載っていました。

 

 ゾウとかライオンとかオオカミとか、巻頭グラビアを飾るべきスター動物はいっぱいいるはずなのに、そいつらをさしおいて両生類の、しかもローカルなサンショウウオがトップとはどういうことだ?と子供心に不思議でしたが、最近、その理由に思い至りました。

 

 オリンピックだ!

 

 その百科事典(手元にないので確認できないが、たぶん学研)が発行されたのは、ちょうど前回の東京オリンピック(1964年)の時期と合致すると思うのです。

 だから東京特産の生き物としてトウキョウサンショウウオが選ばれた!

 

 とまぁ、そんなどうでもいいことを思い出したのは、先月、仕事で秋川や武蔵五日市に行った時に「森っこサンちゃん」と出会ったからです。

 

 森っこサンちゃんは秋川市のキャラクターで、もちろんトウキョウサンショウウオ。

 駅の観光コーナーや商店街のサインで愛嬌を振りまいてます。

 今度の東京オリンピックでも活躍するか?

 

 大型連休は1日ヒマを作って、サンちゃんのいる秋川渓谷にでも行こうかなと思っていたのですが、あまり強く念じていたわけでもなかったので、仕事にかこつけて結局行かずじまい。

 でもまたヒマを見つけて渓谷歩きに出掛けたいと思ってます。

 トウキョウサンショウウオに会えるかなぁ。

 

 それにしてもカエルもそうだけど、両生類のキャラクターは、ケロヨンとか、けろけろけろっぴぃとか、村上春樹の「かえるくん」とか、かわいい・オモロいって人気があるのに、実物はイヤだダメだという人が多いのはなんでー?

 

 もう田植えの季節だなぁってネットを調べてたら「カエルうるさい」とか「カエル駆除」とか「カエル殺せ」みたいな話がうじゃうじゃ出てきた。

 

 カエルもイモリもサンショウウオも、両生類は水のきれいな里山日本を象徴するような存在で、生態系の保全にも欠かせないのに、これはちょっとさびしいです。

 

 やっぱり都市化とともに失ったものは、物理的にも精神的にも大きいと思わざるを得ません。

 サンちゃんのいる森は守りたいなぁ。

 


唐組「吸血姫」観劇で思ったこと・考えたこと

 

 解散後のビートルズは、あるいはとっくの昔に衰退したパンクロックは、今もなお物語を紡ぎ続け、英国の文化の一つとして血肉化している。

 それと同様、テント芝居はビートルズであり、パンクであり、現代の日本においての一つの異文化として脈動している。

 

 日本一の大都市・繁華街と言える新宿の真ん中。

 黄昏時の光と闇が入り混じる、ぽっかりと空いた異空間に朱色の鳥居と、みずみずしい緑が浮かび上がる。

 そしてその向こう側。まるで僕たちの心の故郷のように、昔ながらの紅いテントが建っている。

 開場を待ってその周辺でうろついている観客は、もちろん懐かしさに駆られた年寄りが多いが、若い観客も少なくない。

 じいちゃん・ばあちゃんに話を聞かされた子供や孫たちなのかなぁと想像する。

 

 天井も側面も血肉色に包まれた紅テント内は胎内であり、繰り広げられる芝居は子宮の中の旅である。

 飛び交うセリフと役者の動きは、日常のリアル感とはまったく趣の違う、本質的なリアル感にあふれており、一緒に見に行った21歳の息子が目を白黒させていた。

 

 わけがわからないけど面白い。

 それでいいのだと思う。

 

 人間が生きることは、わけがわからない神秘にあふれている。

 それがなくて、ただ仕事をして生活しているだけなら、ロボットと変わらない。

 飯を食ったり休んだりする分、非効率でロボット以下だ。

 

 唐十郎の芝居にはそうしたことを再認識させてくれる価値がある。

 

 そして何よりも圧倒的なセリフの面白さ・美しさ。

 その一つ一つは詩であり、感情の表出であり、社会批評であり、精神分析であり、哲学であり、そうしたものすべてをひっくるめて物語全体を形作るピース(断片)になっている。

 

 物語はタイトルが示すように「吸血鬼」という存在を最初に思い浮かべると読み解きやすい(というか正解があるわけでなく、自分のものとして解釈できる)。

 

 吸血鬼はすでに遠い昔に死んでいるとも、永遠の命を持っている存在とも捉えられる。

 そんな幻想にとりつかれた主人公が、初演時の1971年を起点に、東京が焦土と化した戦後、大正末期の関東大震災、それに続く、アジア大陸における満州国建国と、幾つもの積み重なった時間と空間の中を旅する。

 

 インターネットが進んだ現在、僕らはこれと似たようなことができるようになっている。

 僕らは今という時間だけを生きるわけではない。

 リアル世界では若さを失っても、ネットにアクセスすれば脳内はたちまち時間を遡れる。

 情報は誰でもいつでもどこでも手に入れられ、知識としてだけならいくらでも異文化を吸収し、深入りすればバーチャル体験も可能だ。

 

 たとえば何の知識もなしにこの芝居を見ても、「愛染かつら」とはどういう話なのか、高石かつえ、川島浪速、川島芳子(東洋のマタ・ハリ)ってどんな人物なのか、関東大震災や満州建国で何が起こったのかなど、帰り道にスマホで調べれば家に帰る頃、そうした歴史的事象はわかっているのである。

 

 そう考えると、すでは僕らは半ば吸血鬼のような生き方をしているのかも知れない。

 

 それにしても唐さんが倒れてから、もう6年も経つとは知らなかった。

 病状のことはわからない。

 でももしかしたら自分が創った文化の後継者たちを育てるために、あえて病気になってみたのかも知れない。

 

 いや、もしかしたら病気というのは唐流の芝居で、じつは世界旅行にでも出掛けているのかもしれない。

 そして後継者らの成長を確信したらまさかの復活を遂げ、みずから「帰ってきた唐十郎」を舞台で演じるのかもしれない。

 

 その時、唐芝居は幕末~明治期に書かれた歌舞伎の名作同様、後世までずっと引き継がれる伝統芸能になるのではないかと思う。

 


生殖機能終了後の人生とは?

 

上野の国立科学博物館でやっている「人体」展。

僕のボディもかなり古びてきましたが、まだまだ使わせてもらう予定でいます。

 

それで展示を見て、すごく当たり前のことに気が付きました。

 

大きく言うと、人間の身体は生まれてから死ぬまで3つの期間に分けられる。

 

①子供(生殖機能が起動する前)

②生殖機能活動期

③生殖機能終了後

 

めちゃくちゃ単純です。

確かにすべての生物は子孫を残すのを最大の仕事としているので、身体は生殖機能のあるなしで変化し、時代区分できます。

 

他の動物(植物)は子孫を残す仕事を終えたら、ほどなくしてこの世とさようならになるのだけど、人間の最も大きな特徴は、生殖機能をなくしてからの生存期間がすごく長いということ。

 

もちろん個人差があるけど、最近の寿命で言えば、人生の半分以上の時間が「生殖機能終了後」です。

これは特に女の人が実感しているでしょう。

男の場合は、その気があれば、生涯現役も可能なわけですが。

 

「生殖機能をなくす」と言葉にすると、かなり悲しい響きがあるのだけど、考えようによってはオンナであること・オトコであることから自由になったとも言えます。

 

僕も10代・20代の頃はホルモンの分泌に支配されて、よく頭がイカレていました。

性欲をほどよくコントロールするのはなかなか大変で、今思うと冷や汗かいたことも何度かあります。

いやいや、さすがにそういうものにはあまり悩まされなくなりました。

(ちょっとはあるけど)

 

かと言って、女も男もみんなが坊さんみたいになっちゃたり、悟りを開いたりしちゃったらつまらない。

 

生殖機能なくても恋愛もSEXも楽しめるわけだし、今の時代、この人生第3期をどう生きるかは本当に考えどころです。

 

できれば子孫を残すことの何千分の一でもいいから、のちの人類のためになることができればいいなぁと思います。

 


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演劇仲間との同窓会

 

昨日は舞台芸術学院30期生の同窓会。

 こうした会の取り仕切りは不向きで、他では絶対やらないのだけど、どういうわけか、ここだけは昔から幹事役をやっています。

 

 入学40周年、出会って40年ということでやりました。

 集まったのは17人。連絡取れる人の約半分。

 

 福井や静岡などからわざわざ出向いてきてくれた人もいます。

 以前は利便性を考えて、新宿でやっていたのですが、今回は学校に通っていた池袋西口で開催。

 やっぱり土地の記憶というのは重要で、故郷の空気を吸ってリフレッシュしました。

 

 学生と社会人の狭間の2年間を、演劇なんぞに現をぬかしてともに過ごしたわけですが、時間がたってみると、その仲間と記憶が一つの大事な財産になっている気がします。

 

 何よりもこういう場と時間を共有できることが、それぞれの心の支えになっているならいいなぁ。

 

 6年ぶりに開きましたが、正直、この5~6年ほど全然やる気がしなかった。

 連絡するのも面倒だし、やってどうするの?という気持ちもあり、あまり大事なことと思えなかった。

 

 ところが仲間の一人のみっちゃんが毎年、年賀状で「今年はやらないの?」と粘り強く送りつけてくるので、徐々にボディーブローが効いてきてプレッシャーになっていたので思い切って昨年末から再開に踏み切りました。

 

 でもそうしてよかった。

 諦めずに背中を押し続けてくれたみっちゃんに感謝だなぁ。

 

 思い出話もさることながら、未来へ向けて年寄り劇団を作ったら・・・という話も出ました。

 酒の席の話なので冗談半分ですが、子供や孫みたいな連中をお客として呼んで、ヘンな年寄りたちがヘンな芝居をして見せるというのも悪くない。

 それで何かが伝えられればいいし、みんなのこれからの人生の励みにもなればいいなぁと思いました。

 


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マイピュアレディと妄想力に基づく男の深い愛

 

 うちのカミさんは髪を切るとき、カメが店長をやっている赤坂の24時間営業(これはぜんぶホントです)の「PINCH」という美容院に行っています。

 

 店内ではカメの店長が悠々とウロウロしながら野菜を食べているそうです。

 

 で、昨日そこに行ってバスっとショートカットにしてきました。

 身内なので褒め難いけど、なかなかイイのです。

 

 それで思わず「マイピュアレディの小林麻美みたいだ」と言ったら、「はぁ?」と返されてしまった。

 聞くと、小林麻美は長い髪のイメージしかないとか。

 デビュー当時のハミガキのCMに出演していた頃とか、「初恋のメロディ」を歌っていた頃のことだろうか。

 

 3つしか齢が違わないので、一応、同時代人なのだが、時々、話がズレるのです。

 それとも、僕が小林麻美が好きだったというのが気に喰わなかったのか・・・。

 いずれにしても、ほめ言葉のつもりだったが、あまりお気に召さなかったようです。

 表現手段を間違えましたた。

 

 そういえば半年くらい前だったか、雑誌の表紙で久しぶりに小林麻美さんを見ました。

 さすがにもう貫禄がついているんだけど、男の妄想力は偉大なので、脳の中でちゃんとそこに過去の残像をピタッと合わせられる。

 

 つまり現実を受け入れつつ、過去の記憶の中の面影をしっかり楽しめちゃうのです。

 だから昔ぞっこんだったアイドルを今も十分に愛でることができる。

 好きな女に対する男の愛はとっても深いのです。

 

 それに対して女の場合はどうなのか?

 女がおじさんになってしまった昔のアイドルに肩入れするのは、そのアイドルを愛しているというよりも、それを媒介として、脳内であの頃の若い自分にもどれるからではないかと思います。

 だからどっちかというと自己愛に近いものという気がします。

 

 やっぱりメインは子供の方にとっておくんでしょうね。

 そうしてください。

 子供より大事なものはこの世にありません。

 


リメンバーミー:「わたしを忘れないで」のメッセージ

 

 昨年見た映画「はじまりへの旅」は、コメディでありながら妙に感動的な作品だった。

 

 文明生活に反してワイルドライフを送る父と子供たちが、都会暮らしで、精神疾患が原因で死んだ(らしい)妻(母親)の遺体を奪還。

 遺言通りに家族自らの手で火葬し、遺灰をトイレに流す、というのがストーリーだ。

 

 この家族はオートメーション化し、形骸化した現代社会の慣習に対する反抗精神を持って生きてきた。

 かつてのいヒッピー世代、フラワーチルドレンのメタファーのように思える。

 

 したがって遺灰をトイレに流すという行為(=流してほしいという遺言)は、その反抗精神の表現であると同時に、逆説的に「わたしを忘れないで」という妻(母親)のメッセージでもあり、家族の記憶の中に永遠にとどまりたい、という思いが込められている。

 

 こうした映画が生まれた背景は、やはり少子高齢化社会だ。

 

 半世紀前、ロック文化が盛り上がり、「Dont Trust Over Thirty」と皆が叫んでいた時代、アメリカの人口は、およそ半分が25歳以下だった。

 

 その圧倒的多数のベビーブーマー世代が高齢化し、自分のエンディングを意識せざるを得なくなった今、ハリウッド映画もそうした社会状況を反映するものが増えている。

 

 世界最高峰のアニメを送り出すディズニー/ピクサーもまたしかり。

 その最新作「リメンバー・ミー」は、メキシコの「死者の日」という民俗をモチーフに作られた。

 

 「死者の日」は毎月11月はじめに行われ、家族や友人達が故人・先祖への思いを馳せて語り合うために、みんなで集まるという。

 

 日本のお盆に共通する伝統文化であり、欧米のハロウィーンの原型とも言われている。

 

 死者の精霊が帰ってくるその日は、家々に先祖を祭る祭壇が飾られ、街は華やかで賑やかなお祭りムードに包まれる。

 

 「リメンバー・ミー」は、その雰囲気を映画表現に置き換え、世にも美しいカラフルでゴージャスな死者の国で、ガイコツの人々が“いきいきと”“楽しく”生活している。

 暗いムード、おどろおどろしいムード、また神聖な雰囲気などみじんもない。

 

 つまりこの死者の世界は、生者の世界と同時に存在するパラレルワールドになっていて、年一度の「死者の日」にだけ2つの間に橋が架かり、死者たちは生者の世界に里帰りする。

 

 こうした設定はメキシコの死生観が下敷きにされているという。

 

 メキシコは16世紀にスペインに征服され、以後、約300年間植民地化。19世紀にそこから独立して新たな国を作ったという経緯から、現在はカトリック教徒が多いが、植民地化される前のアステカ帝国の文化を引き継いでいる。

 

 このアステカ文化の影響で、死を象徴するものが独自の発展を遂げており、「死は、新たな生へと巡る過程のひとつ」という考え方が社会生活の基盤になっている。

生の世界と死の世界を分け隔てる壁がとても薄く、行き来することもそう難しくないと考えられているのだ。

 

 映画ではそこにもう一つ、「二度目の死」という設定を作っている。

 生者の世界で、誰一人としてその人の記憶を持つ者がいなくなってしまったら、その人は死者の世界からも消滅してしまうのである。

 

 テーマである「家族・先祖・伝統」に則った世界観の設定で、とても普遍的なものだが、同時にタイトル通り、そして「はじまりの旅」と同様に「わたしを忘れないで」という、ベビーブーマー世代の強い自己主張を感じる。

 

 ・・・といった面倒なことなど、あれこれ考えなくても、極上のエンターテインメントとして単純に楽しめちゃうところが、ディズニー/ピクサー映画のすごさであり、ハリウッド映画の底力である。

 

 観客対象はもちろん家族向けだけど、お父さん・お母さんとだけじゃなく、おじいちゃん・おばあちゃんも一緒に連れて見に来てね、というメッセージもこめられているんだろうなぁ。

 


忍法影分身と影縫いに関する実験と考察

 

 最近、自分の影をほとんど見ていませんでした。

 いつの間にか、影がふてくされていなくなっていても、きっと僕は全然気が付かなかったでしょう。

 

 あなたの影はちゃんとありますか?

 

 というわけで影の話をしますが、まずはうちの食卓から。

 

 うちでは食事中、しょーもない話題で盛り上がることがあります。

 本日の話題は忍者。

 今や世界に名だたるジャパニーズブランド文化の一つ「NINJA」です。

 

 忍者と言えばマンガですが、僕が子供の頃読んだ忍者マンガといえば、「カムイ」「サスケ」の白土三平先生、「影丸」「赤影」の横山光輝先生が二大巨頭ででした。

 

 いろんな忍法が出てきたけど、中でも心に食い込んでいるのが影に関する忍法です。

 ちょっとミステリアスでカッコいい。忍者そのものという感じがします。

 

 「影分身」は確かサスケの得意技です。

 これはちゃんとその原理についての解説がついていて、超高速で動くと相手の動体視力がそれに追いつけず、残像がいくつも残ってサスケが何人もいるかのように見える。

 そして「どれが本体なんだ」と焦っている相手に、「ここだ」と思いもかけぬ所――たとえば背後とか木の上とか――から攻撃し倒すというもの。

 

 これは僕も忍者ごっこで実験してみました。

 

 目にも止まらぬ速さで縦横無尽に(と本人は思っている)動き回り、

「どう?分身して見える?」と聞いてみたのです。

 

 見えるわけないよね。

 

 でも一生懸命やったらもしかして・・・とやってみたけど、やっぱりダメでした。

 

 もう一つ、横山先生の得意技(?)だったのが忍法影縫い。

これは影丸でも赤影でも敵方の忍者が使っていて、けっこうダークなイメージが強い術です。

 

 地面や壁などに映る相手の影。それに手裏剣を幾つも刺して縫い付ける。

 ここで「おまえの影はわしが縫った。もう動けまいが」なんてセリフを言うと、本当に体が動かせなくなってしまうのです。

 

 そんなアホな。

 

 と思うのは今だからであって、かつてはマンガを読むときは入れ込んでいたので、この術には驚愕しました。

 

 そして動けなくなっている本体にとどめを刺して命を奪う。

 

 いやぁこれはおそろしい。

 もしやこれは数ある忍術の中でも最強の術ではないか、と思ったくらいです。

 

 超フィジカルな影分身に対して、こっちは超メンタル。

 一種の暗示、催眠術の類で、今風にいえば精神攻撃と言うところでしょうか。

 

 この影縫いから逃れるには、影を作る光源(外なら太陽や月、室内ならろうそくなど)を消して、自分の影を消すしかない――いわば自分の存在を一時的に消し去るわけです。

 

 

 おそらく昔の人たちは、影が本当に自分の分身とか魂だと信じていて、それを敵に抑えられるということは、負け=死を意味していたということでしょう。

 

 そういえば僕も影踏みだとか、車にひかれるなどして自分の影がダメージを受けたらアウトとか、そんな遊びもしていました。

 

 今でももちろん「影」は多彩で深いイメージを抱えた概念として用いられますが、昔ほど肉体に直結した、リアリティのある存在ではなくなってきているような気します。

 

 これはやはり生活空間が人工物で構築されるようになってきて、自然の光と闇がの領域がどんどんん減ってきているからではないでしょうか。

 

 影はどんどんリアルな空間を離れ、仮想の世界に追いやられています。

 なので、たまには自分の影と話して、希望を聞いてあげるといいかもね。


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ちょっとこわい、歪んでいく顔の話

 

 FaceBookでいろんな顔が並んでいるのを見ていると、先日、アカデミー賞でメイクアップ賞を受けた辻一弘さんがインタビューで話していたことを思い出します。

 

 印象に残っているのは、人間の顔は苦悩を重ねるたびに左右の対称性が崩れていくということ。

 子供の頃・若い頃は美しいシンメトリーを成していても、齢とともにそれがあらぬ方向に歪んでいく。

 

 純粋に皮膚、目、鼻、歯などの肉体の衰えもあると思いますが、それ以上に、生きていて笑ったり泣いたり怒ったりを繰り返していると、顔面の筋肉のつき方がいろいろ変わっていくのでしょう。

 

 また、顔では笑っていながら、心の中では相手に対する嫉妬や憎悪がメラメラ・・・なんてことをやっているのも、筋肉や神経が複雑によじれそうです。

 

 そういえば漫画などで、悪いやつとか、心に闇を持っている人物(別に異常者でなくても、よほどの聖人君子でない限り大抵の人が持っている)などの顔をアップにすると左右がひどく違う顔て描かれていたりします。

 

 これまであまり意識したことなかったけど、鏡でまじまじと自分の顔を見ると確かにそうだ。左右にかなり違いがある。おーこわ。

 

 若い頃、美男美女の誉れ高かった人は、その自画像の残影が強烈に焼き付いているので、齢とともにその顔が歪んでいくことに人一倍敏感なのでしょう。

 「顔が崩壊していく」という恐怖感を抱き、ほとんどパニックに近い精神状態になる人もいるようです。

 だから美容整形や薬物投与を繰り返し、ますます問題が複雑怪奇になっていく。

 

 僕らは、生まれついての美形なら、ずいぶんと人生のアドバンテージが高いだろうと思いがちですが、どうやらそうでもないようです。

 

 こうやって書くと齢を取ると醜くなる一方で、ロクなことがないようですが、辻さんはそうした歪みを超え、何らかの形で苦悩を克服した時、人間の顔は人生で最も美しく輝くと言います。

 

 そして彼が手掛ける特殊メイクの仕事は「その人の伝記を書くのと同じ仕事」だとも。

 

 ゲイリー・オールドマンを、ウィンストン・チャーチルに作り変えられる程、人間の顔と向き合い研究してきたアーティストだからこそ、そんな表現ができるのだと思います。

 

 筋肉の張り・弛み・しわの一つ一つに、その人の生き方・心の在り方・秘めたるものが現れているのでしょう。

 これはすごいことであり、また、とても恐ろしいことでもあります。

 

 だからFaceBookにも顔を載せない人が多いのかな?

 かく言う僕も、最近あまり気に入った写真がないので、6年前のを貼り付けてありますが。

 あなたはどうですか?

 


お母さんは夕暮れの交差点で踊った

 

昨日のこと。

日が沈み、空が薄く群青色になり始めていた。

僕は永福町の駅を通り抜け、井の頭通りを西から東へ自転車で走っていた。

通りの向こう側に行きたいので、信号のある交差点で停まる。

 

すると思わぬ光景に出会った。

 

向こう側に女性がふたりいる。

ひとりは小学5年生~6年生くらいの女の子。

もう一人はそのお母さんと思しき女性。

信号待ちの間、ふたりは何やら仲良くふざけ合っている。

 

お母さんはちょっとお道化て体をスイングさせながら、リズミカルに脚をサイドに蹴り出して見せる。

それを見て娘はキャッキャと嬉しそうに身をくねらせている。

 

どうやら彼女はクラシックバレエの素養があるようだ。

表現のために鍛え上げた筋肉はさりげにすごく、通りを挟んだこちら側からでも、体の輪郭がくっきりと浮かび上がって見える。

 

僕はぼんやり見とれながら、あの二人は本当に母娘か? 

あるいは叔母と姪か?

さすがに姉妹ではないだろう。

齢の離れた友達と言うのもあり得るかな・・・など、いろいろ考えていたが、そのうち信号が変わり、ぼくは北から南へ、二人連れはこれまた楽しそうに小躍りしながら南から北へ渡った。

 

すれ違って僕は、お母さんらしき女性はダンサーなのかも知れないと考えた。

でも暮らし向きは良くない。

もしかしたら彼女の夫はろくでもない男で、愛想をつかして離婚して娘と二人暮らしになってしまったのかも知れない。

 

お金がなくて娘を育てるためにスーパーマーケットンのレジ打ちやら、トイレ掃除やら、介護ヘルパーやら、宅配便の配達やら、いろんな仕事を掛け持ちしなくてはならないのかも知れない。

 

けれどそれでも彼女は踊るのをやめないだろう。

自分のために、娘のためにも。

 

ほんの一時かも知れないけど、彼女らは生きていることをとても楽しんでいて、僕に素敵な印象を与えてくれた。

 


西暦か元号か? 今年は昭和93年?

 

 

 原稿を書いていると、過去の出来事について、それが起こったの年を西暦で書くか、元号で書くか、迷うことがあります。

 大正時代から前は併記しないと自分自身がわからないし、読者もよくわからない人が多いでしょう。

 大正3年、明治24年、慶応元年をそれぞれ西暦に直せ、と言われてその場でぱっとわかる人はあまりいないと思います。

 

 やっかいなのが昭和で、これは過去でありながら、年寄りにとってはいまだ続いている現在なのでややこしい。

 うちの母親は昭和4年生まれですが、時々、自分の齢がわからなくなります。

 

 そんなとき、僕は「今年は昭和93年。だからお母さんは89だよ」と言ってます。

 母の頭の中では西暦はもちろんですが、平成という元号は、どこか他の国の歴史の数字のようです。

 

 僕の場合は、同じ年であっても昭和〇年と西暦〇年は随分イメージが違っています。

 だから特にルールを課されない場合は、ほとんど自分の感覚で書き分けます。(字数が許されるときは極力併記しますが)

 

 たとえばビートルズの来日公演はやっぱり1966年で、昭和41年ではない。

 同じくアポロ11号の月着陸は1969年で、昭和43年ではない。

 逆に平成天皇(当時皇太子)のご成婚は昭和34年で、1959年ではない。

 前・東京オリンピックは、1964年と昭和39年、両方ありかなぁ。

 

 昭和は40年代までは風味が農厚で、その時代の空気を数字で明瞭に表現してくれるのですが、50年代・60年代になると急に印象が薄くなる。

 

 昭和50年と言われても全然ピンと来ないのだけど、1975年と言われれば長髪でベルボトムの裾がボロボロになったジーパンはいた若者が、ギター鳴らしているシーンが即座に思い浮かびます。

 昭和55年も60年も、1980年とか85年とか言われないとイメージわかないなぁ。

 

 平成は1989年から始まってて、出だしがバブルで盛り上がっていた時代だったので、明るく楽しく軽やかなイメージが強い。

 

 だけど、そのあとすぐに経済が急降下しちゃって、そのせいか日本人もおかしくなっちゃって、1990年代には心理学やらプロファイリングみたいなものが流行ってくらーくなってしまい、それがずーっとダラダラ続いて、失われた10年やら20年やらが30年になって、結局、平成はまるごとロストジェネレーションになってしまうのではないかという危機感が漂います。

 

 その平成も残り1年あまり。

 2019年から始まる新しい元号はどんなもので、どんな空気を作るのだろう?

 


植物のいのちは人間・動物より高次元にある

 

 食育などでは肉も魚も野菜も、いのちをいただくのよと、子供に教えている。

 それは正論だけど、僕は動物のいのちと植物のいのちはちょっと違うものなのではないかと考える。

 

 僕は子供の頃、肉が食べられなかった。

 ハムやソーセージなどの加工肉はいいが、そのままの豚や牛や鶏の肉は全然ダメで口にできない。

 煮物や炒め物などに入っているといつも避けていた。

 

 当時の大人はまだ肉食文化のアメリカに負けたという敗戦コンプレックスが強烈に残っていて、こっちも肉を食ってリベンジしたいという思いが潜在的にあった。

 そこに肉を食べない豆腐小僧みたいな男児がいると、あからさまに腹を立てた。

 別居うなんかできなくたって、ガツガツ肉を食う元気な男児がよしとされたのだ。

 というわけで毎日、給食の時間は絶望的な気分になっていた。

 

 一方、家では母親が、僕が肉を食えないことに対して「連想するんでしょ」と言っていた。つまり肉片から牛や豚や鶏のまんまの姿を思い描いてしまい、それで食えないというのだ。

 

 その時はそんなことはないよと思っていたけど、今考えると母は正しかったのかも知れない。

 哺乳類でも鳥類でも、肉を食べるということは、同族とか仲間とは言わないまでも、かなり自分に近い存在を殺して食べるということ。

 人間のいのちと動物のいのちは、ほぼ同じレベルに属するのだ。

 なので食べるには抵抗感がある。

 もしかしたら抵抗感を感じるということが、人間と動物の違いであるとも言える。

 

 でも植物はちがう。

 人間や動物より下等なのではない。逆だ。

 植物のいのちはより上等、高次元にあるのではないか。

 

 天上と地上の間、神さま(的な存在)と動物の間にあると言えるかもしれない。

 あるいは地球という大地と、そこで活動するすべての動物との媒介者と言ってもいいかの知れない。

 

 植物は惜しげもなく「恵み」として自分の身を与え、生命活動の成果物を与える。

 だから人間も感謝しこそすれ、その恵みを受け取ることに抵抗は感じない。

 草食動物はもとより、それを食べる肉食動物も、そして人間も、食物連鎖の基盤であり、神さまにより近いいのちを持つ植物に生かされているのかも知れない。

 


とん平流「こうすればうまくいく」

 

  どんな人でもお葬式になると「いい人でした」「立派な人でした」で、きれいにまとめられてしまうのだけど、さすが先日の左とん平さんのお別れ会は違っていた。

 

 発起人代表の里見浩太朗さんは、お別れの言葉(弔辞)として、祭壇にデン!と据えられた190インチの大画面に映し出された遺影に向かって思い出を語りかけた。

 

 とん平さんと里見さんはゴルフ友達で、一緒にゴルフに出かけるとき、里見さんはとん平さんの家に朝、迎えに行くことがちょくちょくあったという。

 ところがある朝迎えに行くと、昨日麻雀をしに出掛けたきり帰って来てないという。

 その足で麻雀屋へ行くと、とん平さんはまだ麻雀を打っていて「よぉ浩ちゃん、ちょっと待ってて」なんて言う。

 

 「とんちゃん、ゴルフに行くのになんで朝の8時に麻雀屋にいるんだよ」

 と語り掛けると、会場が思わず笑いでほころんだ。

 

 喜劇役者だと、こんなエピソードも輝かしい勲章だ。

 参列者にとっても、在りし日のとん平さんの人柄が、ひとしお心に沁みる。

 

 これだけで終わらず、里見さんはこのエピソードに、しみじみと感慨を込めてこう付け加えた。

 

 「でもそんなときに限って、とんちゃん、すごくスコアがいいんだよねぇ」

 

 とん平さんのゴルフ好き・麻雀好きは有名だったようだ。

 どっちも全力でやっていたのだろう。

 好きなことをダブルでやっていると、ツボが刺激され、相乗効果が起こるらしい。

 徹マンで寝不足だの何だのなんて関係ない。

 集中力がアップし、運も手伝って自己ベストに近いパフォーマンスが生まれる。

 

 仕事でもそうだ。

 好きなことに没頭して気分が乗れば、常識的なマニュアルに則ったやり方よりも何倍も高いパフォーマンスができる。

 

 人間はひとりひとり違うツボをもっている。

 ロボットじゃないのだから、世にはびこる「こうすればうまくいく」式のマニュアルから出てくる能力はごくささやかなものだ。

 

 個々の人間は神秘に溢れた面白い存在である。

 それを無視して一般的な公式、他人の作ったマニュアルに囚われていると、本当の自分の力は発揮できない。

 

 とん平さんと里見さんの最後の対話はそんなことを考えさせられた。

 


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2018年の4月も「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」を読んだ。

 

 

 4月になると僕は本棚から村上春樹の「カンガルー日和」という本を取り出して、その中の2つ目に収録されている短編賞小説「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」を読む。

 ほんの15分もあれば読み切れる短い話だ。

 そして次の15分、これはいったいどういう話なのだろう?と、ぼんやりと問いかけてみる。

 答はいつの少しずつ違っているけど、今年はこんなふうに考えた。

 

 僕たちは自分にとって何が大切なのか、本当はとっくの昔に知っている。

 それはごく若い頃、もうほとんど子供と言ってもいいくらいの時にわかっている。

 ところがいつしか、「ちがうだろ」と心のどこかでもう一人の自分がささやくのだ。

 その声は年を追うごとに大きくなってくる。

 やがて「ちがうだろ」だけじゃなく、「おまえ、それじゃダメだ」と言うようになる。

 もう一人の自分というのは、顔のない大人の言うことを聞く自分だ。

 

 顔のない大人は、子供や若い連中を教え導かなきゃいけないという責任感と慈愛に満ち溢れている。信奉するのは知識と経験だ。

 それがなくては生きちゃいけない。もっと勉強しろ。もっと知識を仕入れろ。あれも覚えろ。これも覚えろと、ズカズカ僕たちの胸の中に上がり込んで親切な指導をする。

 

 そうすると僕たちは信じられなくなるのだ。

 自分がとっくの昔に本当に大切なものを見つけてしまったことを。

 そんな大切なものを、知識も経験もない、そんなほとんど子供みたいなやつに見つけられるはずがない。

 自分は何か大きなカン違いをしているんだ。

 そんなカン違いしたままでいると、人生取り返しのつかないことにななってしまうんじゃないかと。

 

 やがてもう一人の自分は、教え導いてくれたのと同じ顔のない大人になって、苦労して勉強しようよとか、我慢して仕事しようよとか、損せず得して賢く生きようよとか、まっとうでやさしう言葉を使って僕たちを励ます。

 

 そうするともう、大切なものを見つけた記憶なんてすっからかんになってしまい、あの人は得しているのに自分は損している。不公平だ。損するのはいやだ。得しなきゃ、得しなきゃ・・・って、そういうことで死ぬまで頭がいっぱいになってしまうのだ。

  

 この小さな物語は「悲しい話だと思いませんか」というセリフで終わるのだけど、僕たちはもうすでにそれが悲しいとさえ感じなくなっている。

 

 ということも、やっとこの2018年になって考えられるようになったのだけれども。

 


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昭和の喜劇は終わっちゃった

 

 鎌倉新書の取材で、2月に亡くなった左とん平さんのお別れ会に行きました。

 なんでも10年近く前のテレビ番組で

 「オレの葬式はド派手にしたい。弔問客はエキストラを呼んで5千人、霊柩車はキャデラックで・・・」なんて遺書を読み上げたそうで。

 

 長らく「さがみ典礼」という大手葬儀社のCMに出演していたので、その厚意もあり、豪華な祭壇、生前の活躍ぶりを表すパネルやタペストリー、そして遺影は190インチの巨大モニターなど、すべてにおいて豪華絢爛。

 まさしく映画・テレビ・舞台をまたにかけて活躍した大スターでした。

 

 参列者も芸能界・スポーツ界のそうそうたる顔ぶれが。

 僕が子供の頃、テレビで笑わせてもらっていた人たちが大勢いました。

 囲み取材に応じた堺正章さんの「昭和の喜劇は終わっちゃった」という一言が妙に心に残りました。

 そういえば「平成の喜劇」って言われても何だかピンとこない。

 喜劇はやっぱり昭和だなぁ。

 


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19年ぶりのパスポート申請

 

 パスポートを申請することになりました。

 前回申請したのは、なんと1999年!

 ノストラダムスの予言の年。

 今は遠き20世紀のことでした。

 2009年に失効しているので、9年ぶりにパスポートを持つことになります。

 結局このパスポートは2回しか使いませんでした。

 

 明日は取材の帰りに書類を出しに行くだけなんだけど、これだけ久々だとちょっとしたイベント感があります。

 

 何かの本で、人生いつなん時チャンスが巡ってくるかわからない。

 突然3日後に海外に出ることになった時、お金やモノは誰かに借りられても、パスポートがないとどうにもならない。みすみすチャンスを棒に振ることになる。こんな惨めで悔しいことはない

 ――といった教訓が、事例とともに紹介されていたのを読んだことがあります。

 

 幸か不幸か、僕の場合、この9年間はそれに該当することがなかったけど、これからは切らさずに所持していこうと思います。

 


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1サクラ、2タカ、3バナナで新年度の初夢

 

陽気も良くてお花見日和。

近所の和田堀公園に、カミさんと赤飯ランチのお花見に出かけました。

大宮八幡宮付近はもうかなり散っていて、桜吹雪も今日が最後という感じ。

 

お花見の後、先日、周辺でオオタカ発見のニュースを読んだのを思い出し、確認してみようと、善福寺川沿いを五日市街道に向かって歩いていくと、熟年カメラマンたちの姿が。

 

「オオタカですか?」とずけずけと訊いて、ホンマにいるんかいなと見上げると、発見!

杉の木の高い枝に白いお腹をしたオオタカの雄姿。

 

いつ頃からこの辺に来ているのかは定かではありませんが、カメラマンさんたちの話によると、どうやら子育てもしているようです。

 

タカが暮らせるということは、ごはんにする獲物がいるということ。

なんといってもかつて地球を支配した恐竜族の末裔のモーキンです。

 

この公園は都心近くにありながら野鳥の集会所みたくなっており、それらを狩るのだろうと思われますが、一説によると主食としているのは、群を抜いて数の多いハトらしい。

善福寺川のカモなどのヒナも狙われそうです。

 

夜は活動しないだろうから地上のネズミを獲ることはなさそうですが、子ネコやフェレット、小型犬などはだいじょうぶなのだろうか?

タイマン張ったら叶わないだろうけど、数で圧倒しているカラスとの縄張り争いも気になるところ。

 

でもこんな身近なところにタカがいるなんて、ちょっと感動的です。

 

夕方、家に帰って小腹がすいたのでバナナを1本食べたら、ここのところの睡眠不足がたたって2時間近くZZZ。

夢をいっぱい見て、それぞれ内容は憶えていないけど、どれも面白かったイメージが残って良い気分に。

本日から新年度。縁起のいい初夢として楽しみました。

 


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中年期以降の同窓会幹事の心のゆらぎ

 

 4月の同窓会まで1ヶ月を切り、ほぼ連絡が行きわたったようなので、手伝ってくれてる二人にメールを送って情報をとりまとめる。

 直前まで出欠変更は可能だけど、とりあえず人数を店に知らせておく必要があるので。

 

 この仕事、20代の頃は単なる飲み会の連絡係・会計係に過ぎなかったのだが、齢を経ると様相が変わる。

 

 飛び級で早々に人生を卒業してしまったのも二人ほどいる。

 

 それぞれの生活環境などわからないし、家族のこと・仕事のこと・お金のこと・健康のこと、ぞれいろいろ問題抱えているだろうし、長く生きているといろんなことが起こる。

 

 40年前と寸分たがわぬキャラ丸出しのメールが来て笑っちゃうこともあれば、できれば聞きたくなかったこと(相手も話したくなかったこと)を聞くことにもなる。

 

 名簿を見ながら、だれだれ出席、だれだれ欠席と、漢字4~5文字の本名を書いていると、これ誰だっけ?と認識できなくなるケースもチラホラ出てくる。

 特に女子は名字が変わっていることが多いので、なおのこと。

 

 そこでそれぞれ当時の愛称・通称・あだ名などで書き換えてみると、たちまち顔が思い浮かび、声が聞こえてきて、キャラクターが立ち上がる。

 身振り。口振り・服装・背景・いろんなシチュエーションまで再現できたりする。

 

 そうやって名前を書き出すと、今回は欠席でも次回また声を掛けようという気になる。

 

 でも連絡先がわからない・つながらないのもいる。

 また、もう連絡なんかいらないと思っているのもいるだろう。

 しかたないことだけど、幹事なんかやっていると、ここまできちゃうと、そういう人たちとはもう完全に切れちゃうだろうなと思う。

 切っちゃう権限が自分にあるのかなとも考える。

 

 もしかしたら以前は同窓会なんてどうでもいいと思っていたけど、今になってみると行ってみたいな、連絡があればなぁ、声掛からないかなぁ・・・と待っていることだってあるかも知れない。

 

 「あいつがお願いって声掛けてきたから、しかたないので来てやったよ」

 ――今ならそういうやつがいてもOKと笑えるだろうなぁ。

 

 こんなよけいなこと考えずに、クールに事務的にさっさと進めればいいのに、なんかいろいろ引っ掛かっちゃうんだよなぁ。

 


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楽しさ・学び・癒し満載の八王子・磯沼牧場

 

 東京にこんな素晴らしい牧場があったのか!

 噂には聞いていたけど、なかなかタイミングが合わずに来そびれていた磯沼牧場(磯沼ミルクファーム)に25日・日曜日、初めて来場。

 

 多摩八王子江戸東京野菜研究会とのコラボイベントで、牧場特製のチーズとベーコン、ソーセージ、野菜てんこ盛りのピッツァ作りです。

 

 牧場主・磯沼さん手づくりの溶岩石窯で焼いたピッツァはおいしくてボリューム満点。

 

 ランチの後は乳しぼり体験、牧場ツアー(放牧場もある)、磯沼さん×福島さん(多摩八王子江戸東京野菜研究会代表)の都市農業トークと続き、あえて取材の必要なしというところまで堪能しました。

 

 場所は京王線・山田駅から徒歩10分弱。

 新宿から1時間足らずで来れるし、横浜からも近い。

 わざわざ北海道などへ行かなくても、たっぷり牧場体験ができます。

 それも観光牧場でなく、リアルな生活と結びついている生産牧場で。

 

 環境問題、動物福祉問題への取り組みなど、牧場経営のコンセプトを通じて、さりげにいろいろ勉強でき、新しいライフスタイル、これからの哲学を考えるきっかけにもなると思います。

 

 乳しぼりをはじめ、毎週のように何らかのイベントが開かれ、牛さんをはじめ動物たちに触れあえます。

 いつでもオープンなので、ぶらっと覗きに来るだけでもいい。

 

 子供たちには超おすすめ。お年寄りにも楽しい。

 ちょっと凹んでいる人、メンタルを病んでいる人も心のケアができるのではないかな。

 直売所もあって、おいしいアイスクリームやプリンやヨーグルトも食べられますよ。

 興味のある人はホームページやフェイスブックもあるので検索してみてください。

 


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ぼくらはにおいでできている

 

 下の妹が飼っているチワワのハナちゃんとは、たぶん2年ぶりくらいのご対面。

 前に会ったのはチビ犬の頃だったけど、ちょっとの間、くんくん嗅ぎ回って「あ、知ってる知ってる」と思ったのか、尻尾をフリフリしてくれた。

 抱き上げても安心安心。僕のにおいを憶えていてくれてありがとう。

 

 人間の子どももいろいろ情報を詰め込まれる前は嗅覚がするどい。

 一度嗅いだにおいは絶対忘れない。

 自分自身のことを考えてみると、視覚や聴覚では憶えていなくても、においというか空気感で憶えていることがいっぱいある。

 親はもちろんだけど、周りにいる大人たちはそれぞれ独特のにおいを持っていたような気がする。

 

 におうと言うと何だか臭くて嫌われそうな気がするが、完全ににおいを消し去ると、その人は透明人間になって、見えていても誰にも気づかない存在になる。

 忍者やスパイになるならいいかも知れない。

 

 大人になると鼻が利かなくなって、というか、においを感じる脳の部分が鈍くなって、刺激の強いものしかキャッチできなくなるようだ。

 なので少しは意識してにおいを嗅ぐ練習をしたほうがいいのかもしれない。

 

 基本はやっぱり食事。

 テレビやスマホを見ながらめしを食わないこと。

 

 そして手料理を楽しむこと。

 最近はそんなものより出来合いの料理の方がよっぽどうまいと言う人も多いけど、手料理にはその家・その人独自のにおい・風味がついている。

 それを知っているのと知らないのとでは随分ちがうんじゃないかな。

 

 自分が自分である基礎とか土台みたいなものは、そういう些細な目に見えないもので出来ているのではないかと思う。

 そうだよね、ハナちゃん。

 


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かわいい叔母さん

 

 父も母も昭和ヒトケタ生まれ。貧乏人の子沢山でそれぞれ8人兄弟だ。

 ぼくが生まれる前に死んでしまった人を除き、そのきょうだい、および、その伴侶の全部はしっかり顔や言動を憶えている。

 僕が子供の頃は行き来が盛んだったので、みんなインプットしている。

 

 しかし、9年前に父が亡くなったのをきっかけに、毎年バタバタと後を追うように亡くなり、大半がいなくなった。

 今年もまたひとり、先日、ヨリコ叔母さんが亡くなったと聞いた。

 

 母方は女系家族で8人のうち、7番目までが女で末っ子だけが男。

 ヨリコ叔母さんは7番目。つまり7姉妹のいちばん下の妹だ。

 

 幼稚園の時だったと思うが、結婚式に出た記憶がある。

 きれいなお嫁さんで、チビだったぼくを可愛がってくれた。

 そのチビの目から見ても、なんだかとてもかわいい人だった。

 

 6人も姉がいて、4番目の母(母は双子の妹)とさえ12歳違う。

 いちばん上のお姉さんとは16歳以上違うはずだ。

 なのでほとんどは姉というよりチーママみたいなものだ。

 母もよく子守をしたというし、日替わりでみんなが面倒を見てくれていたようだ。

 

 母の家はお父さん(僕の母方の祖父)が早く亡くなったので、女が協力して貧乏暮らしからぬけ出そうとがんばってきた。

 でもヨリコ叔母さんは小さかったので、そうした苦労が身に沁みず、物心ついたのは、お母さんやお姉さんたちのがんばりのおかげで暮らし向きも上がってきた頃だった。

 そうした中で一家のアイドルとして可愛がられて育った。

 

 そうした成育歴はくっきり刻まれ、そのせいで彼女は、ほかの姉妹らの下町の母ちゃん風の雰囲気とは違う、お嬢さん風の雰囲気を持っていた。

 だから、おとなになってもどことなくかわいいし、ちょっと天然も入っていた。

 

 最後に会ったのは父の葬儀の時。

 さすがに外見はそろそろばあちゃんっぽくなっていたが、中身はほとんど変わっておらず、ぼくをつかまえて

 「せいちゃん、大きくなったねー」と言った。

 

 50間近の男に向かって大きくなったねーはないもんだけど、そう笑顔で屈託なく声を掛けられるとすごく和んでしまった。

 その時の会話が最後の印象として残ることになった。

 

 叔母とはいえ、中学生以降はめったに会うこともなかったので、彼女がどんな人生を送っていたのはわからない。

 

 もちろん少しは苦労もあったと思うけど、べつだんお金持ちではないにせよ旦那さんは真面目で優しくユーモアもある人だったし、特に悪い話も聞かなかった。

 嬉しそうに小さい孫娘の面倒を見ていたのも印象的だった。

 

 たぶん美化しているし、これは僕の勝手な想像であり願いだけど、おそらくそれなりに幸せに過ごしてきたのだろう。

 

 不幸な目に遭ったり、理不尽な苦労を強いられたり、他人にあくどく利用されたり、自分の欲に振り回されたり・・・

 人生の中のそんな巡りあわせで、人間は簡単に歪んでしまう。

 

 でも、できるだけそうしたものに心を損なわれないで、ヨリコ叔母さんのようにかわいい人にはいくつになっても、ずっと素直にかわいくいてほしいなぁと願ってやまない。

 


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里山を事業化するナチュラルボーン・サトヤマー

 

 今回の名古屋(愛知)ツアーでは、里山の概念を農業と組み合わせ、インターネットを利用して事業化するプロジェクトを掲げる人を取材しました。

 

 彼は2002年生まれ。16歳の高校生。

 田園地帯で植物や昆虫に親しみ、かたやインターネットに親しみながら育った彼は、資本主義発展拡大病の時代に育ったぼくたちの世代とはまったく違うセンスを生まれながらに持っているようです。

 

 「里山」という概念が今、世の中に浸透しつつあります。

 里山はごく簡単に言うと、自然環境と人間の生活圏の交流地帯。そのベストバランスを保つ、あるいは破壊したものを再生するという考え方を表現する言葉でもあります。

 

 人間が生活できなくてはならないので、当然そこには経済活動も含まれるし、伝統工芸・伝統芸能といった文化芸術や民俗学系の学問も含まれるのではないかと思います。

 「人間が手を入れた自然」と言い換えることもできるでしょう。

 

 また、それらを包括する懐かしいとか、愛おしいとかいった心象風景もその概念の中に入ってくるでしょう。

 人間のあり方・生き方を問い直す哲学も含まれているのかも知れません。

 

 日本独自のものかと思っていたら、他国にも通用し、国際的にも理解が進んでいる概念で、よく言われる「持続可能」な社会にSATOYAMAは不可欠とされているようです。

 

 そういう意味では、過去200年、世界を席巻し、地球を支配してきた工業化・資本主義化の流れに対するカウンターとも言えます。

 

 高校生の彼には野外でのインタビューを考えていましたが、あいにくの雨のためはやむを得ず、岡崎市内の「コメダ珈琲店」で敢行。コーヒーと、コメダ名物「シロノワール」を食べながらの取材になりました。

 

 彼は子供のころから自由研究などを通じて里山について学び、中学生のころから戦略的にプロジェクト化を画策。近所の農家の人たちなどはもとより、自分で電話やメールで東大・京大などの教授・学者に頼み込み、取材に出かけたといいます。

 

 現在はいわばサークル的なノリで同級生やネット上の仲間が集まり、大人の支援者もいますが、まだ実務のできるスタッフがいない状況。

 コンセプトは決まっているので、まずネットを通じての「ブランド化」に力を注いでいきたいとのことでした。

 

 僕としてはこうしたことを本気で考え、事業化に取り組んでいる若僧がいるというだけで十分心を動かされました。

 

 彼のことは来月、「マイナビ農業」でUPしますが、興味のある方は「里山農業プロジェクト」で検索してみてください。

 


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ひるねして夢の記憶を情報発信

 

 齢を取ってくると昼寝が楽しみの一つになります。

 以前は時間がもったいないなぁと思っていましたが、たとえ僅かな時間でも体を横にして休むと、もう調子が段違い平行棒。

 その後の仕事の効率、クオリティを考えたら寝るに限る、休むに限る。

 

 しかし、会社のオフィスではなかなかこうはいかないでしょう。

 こういう時は自宅でやっているフリーランスで本当によかった~と思います。

 

 ただちょっと困るのが夢を見ちゃったとき。

 いや、夢を見るのはこれまた楽しいのですが、その夢の記憶が現実のものとごっちゃになることがあるのです。

 

 この間、通っていた学校を探そうと現地に行ってみると、迷宮に迷い込んだように、いくら歩き回っても見つからない。

 それで思い出したのが「移転した」という情報を耳にしたこと。

 それで、ああ、移転したんだっけと思い込んでしまったのです。

 

 ところが、あとでネットで調べてみると、改装はしているものの、ちゃんと同じ住所に存在しているではないか!

 確かに聞いていた移転情報。あれはいったい・・・

 と考えてみると、それはいつかの夢の記憶だったのです。

 

 あちゃ~、いよいよボケが始まったぁ。

 夢と現実がひとつながりになった次元へ、とうとう足を踏み入れてしまったのかも知れません。

 でもまぁいいや、気持ちよく昼寝できれば。

 

 というわけで、今後、僕の発信する情報が現実の出来事なのか、夢の中の記憶なのかは、読んでいるあなたの判断におまかせします。

 

 ではお休みなさい。ZZZ。

 


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現実世界が「AKIRA」の近未来世界を追い越すとき

 

 渋谷パルコの建て替え工事現場の囲いに大友克洋のマンガ「AKIRA」が描かれている。

 この大きさだとすごい迫力。そして、内側の解体されたビルの風景が、「AKIRA」の世界観と符合して、リアルで巨大なアートになっている。

 人通りの多い公園通りだけにアピール度は抜群だ。

 

 最近あまり渋谷に行かないので知らなかったけど、このアートワークが搭乗したのはすでに昨年(2017年)5月半ばのこと。ネットでいろいろ話題になっていたらしい。

 

 というのも「AKIRA」の舞台は2019年の「ネオ東京」。翌2020年にはそのものずばり「東京オリンピック」が開催される予定・・・という設定。

 その中で抑圧された若者たちをい中心に超能力バトルが繰り広げられ、ネオ東京が崩壊していくというストーリー展開なのだ。

 

 というわけで「AKIRA」をパネルにしたパルコはオリンピック開催に異議を申し立てているのではないかという憶測が飛び交ったが、当のパルコ側は、さすがにそれは否定したという。

 

 僕が思うに、おそらく渋谷の街の再生劇のメタファーとして、かのマンガを用いたのだろう。それも「西武・パルコの渋谷」の。

 

 「AKIRA」が連載され、映画化され、一種の社会現象にまでなったのは1980年代のバブル上り坂の頃で、パルコの黄金時代、西武・セゾングループカルチャーの最盛期とぴったり重なる。

 

 一時は東急グループと渋谷の覇権を二分していた西武・セゾンにとって、昨今の東急の圧倒的な大改造計画に一矢でも報いたいという思いで、「AKIRA」を持ち出してきたのではないかと思われる。

 

 あの頃は経済の繁栄と裏腹に「近未来」「世紀末」という言葉が跳梁跋扈した。

 「AKIRA」はその象徴と言える作品だった。

 

 この繁栄・この豊かさはインチキなのではないか、まがいものではないのか。

 そんな違和感が当時の若者たちの心の中にトゲのように突き刺さっていた。

 そんな違和感によって支えられ、膨れ上がった「AKIRA」のような作品世界が、好景気で沸き返る、どこかうそくさい日常世界とのバランスを取っていたのかも知れない。

 

 その状況は終わったわけでなく、実はもう30年以上も続いている。

 だからなのか、現代の渋谷に「AKIRA」が出現することに時代遅れ感どころか、ベストマッチ感さえ感じてしまう。

 

 「世紀末」が過ぎても、東京の街は崩壊していない。

 終わりのない日常がダラダラと続き、僕たちはズルズルと前の時代の太い尻尾を引きずりながら、時には波に呑まれて漂流しながら前に進もうとしている。

 もうすぐ現実世界が「AKIRA」の近未来世界を追い越していく。

 


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ミケランジェロ的冒険:誰もが自分の中に人生でしたいこと・すべきことを持っている

 

 ミケランジェロは石の中にダビデの像を見出し、解放したと言われています。

 そのダビデ象という「ヴィジョン」は最初から彼の中に存在していた。

 そして石と向き合うことでそれを見ることが出来た。

 芸術家として自分が何をするべきか分かった。あとは手を動かすだけ。

 

 これは芸術家に限らず、誰にでも起こりうることなのだと思います。

 

 誰もが自分が人生の中でしたいこと・すべきことはちゃんと持っていて、本能的に認知している。それは人生のいたるところで、日常生活のあちこちで顔をのぞかせる。

 

 けれども僕らはそれを取るに足らないこと、おかしなエゴが作り出す妄想だとして処理してしまう。

 この忙しいのに、そんなことに関わっているヒマはない、と。

 だから何となく分かっているのにそれははっきり見えない。

 そして見えたとしてもそれを実行しようとはしない。

 

 なぜならほとんどの場合、それは社会的必要性が認められない、人々が求めていることに応えられない、早い話、そんなことをしたって「食えない」。

 そういう事情があるからでしょう。

 なので、ますますその内在するものを見ようとしない。

 見るのを怖れ、目をそらしてしまうし、もちろんやろうとしない。

 その結果、不満だらけの人生が世の中に蔓延することになります。

 

 これはきっと人生の途上で、立ち止まって考えてみるべき課題なのだと思います。

 ミケランジェロのダビデのように、芸術家じゃなくてもあなたにはあなたが創るべきもの、やるべきことがある。

 そう静かに思いを巡らせると、「あれがそうだ」と人生のどこかで見たサインを再発見できるかも知れない。

 深い海の底から、ぽっかりと浮かび上がってくるかも知れない。

 

  あなたの中に何があるのか、することは何か、まず見つけ出す冒険。

  そして、それをやり始める冒険。

 


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孤独な老人は本当に可哀そうな存在か?

 

 一人暮らしの高齢者というと、最近はすぐに「孤独死」が連想され、何やらくら~いイメージがつきまとう。

 そうでなければ、家族がなく、身寄りがなく、孤独で可哀そうとか、同情される。

 いずれにしてもネガティブなイメージであることに変わりない。

 

 でも本当にそうなのだろうか?

 彼らはけっこう孤独を楽しんでいるのではないか。

 本当にいっしょにいたいと思う家族ならいいけど、ただ同じ屋根の下にいるだけ、同じ空気を吸っているだけの家族なんて鬱陶しいと思ったりしていないのだろうか?

 

 血が繋がっていたって形だけの家族はいっぱいいる。

 財産などをあてにしてすり寄ってくる家族や親族なんかに、あれこれ気を遣ってもらったって不愉快なだけ。

 

 メディアの「家族は素晴らしい」「家族がいないと気の毒だ」といった大合唱もなんだか胡散臭いね。

 

 それよりも最期まで一人でやっていく、という気概のある生き方をを見せるほうがいい。

 あるいは、血縁にこだわらない、常識にとらわれない、損得勘定抜きの、心の深いところで繋がり合える人たちとの暮らし。

 齢を取ったからこそ、そうした自由や愛情に満ちたものを優先できるという面もある。

 

 幸いにも、そうした人たちをサポートするセーフティネットはあちこちにでき始めているようだ。

 

 「家族の絆」という美名のもとに隠した損得勘定や惰性的な繋がりよりも、自分の意思に基づいて生き、死ぬ「個の尊厳」を優先する時代がすぐそこまで来ている。

 


のりしろ時間

 

 元来、コアラとかナマケモノ体質で、自分のペースで動けないと調子悪くなっちゃうので、効率悪いことこの上なし。

 ヘタにビジネス書など読んで勉強して、時間を有効活用しようなんて意識すると、なんだかイライラしてきて、自分が今何をやっているんだか分からなくなってきます。

 

 とは言え、仕事をする以上、そんなこともいっていられない。

 相手のペースに合わせなきゃいけない場合もある。

 そんな時、最近、心がけているのが「時間ののりしろ」を作ることです。

 

 自分のペースでOKの時間帯と、相手に合わせる必要のある時間帯。

 この2種類のカテゴリーの時間帯が、ポンとカットで繋がると脳の切り替えがうまくできない場合があり、気持ちの負担も大きいので疲れます。

 やっぱリカットつなぎでなく、オーバーラップさせたほうがショックが和らげられる。

 

 なので、相手に合わせる時間帯に入るときは脳が自然に準備できるよう、「のりしろ時間」を作るようにしています。

 

 具体的に言うと、打ち合わせ、取材などの時は約束の時間より30分早く行って、その現場周辺の空気を吸っておくようにするのです。

 そうするとリラックスして、少しはその環境に入り込みやすくなります。

 つまり100%アウェイの空気でなく、10~20%くらいはホームの空気をまぜるようにする。

 するとある程度リラックスして、よりよいパフォーマンスが期待できます。

 

 昨日は思いのほか早く着いたので、待ち時間に近所の神社で、ぼやーっと木などを眺めて、ああ鳥の巣がある、何の鳥だろう。まだ作っている最中かなぁ・・・と思ったり、ネコの家族が来て日向で遊び出したりするのを見ていました。

 

 仕事の役に立つだけじゃなく、ちょっとおまけみたいなものを拾ってトクした気分になります。 もしかしたらそんなどうでもいいことが、あなたの人生を救ったりするかもしれません。

 スケジュールぱんぱんにして毎日アクセクしちゃうと、ほんと疲れますから。

 


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ラストドライブ日本版 出発

 

 わたしを思い出の場所に連れてって――

 そんな末期患者の願いをかなえるのが「ラストドライブ」。

 この数年、ヨーロッパで静かに広がってきた、いわゆる終活支援です。

 

 昨年夏、ドイツでの事例を取材したドキュメンタリー番組がNHK-BSで放送されました。たまたまそれを見て感想をブログに書いたら、その時だけアクセス数が5倍くらいに跳ね上がってびっくりしました。けっこう関心の高い人が多いようです。

 

 じつは今年から日本でもこれと同様の終活支援サービスが始まりつつあります。

 さいたま市の「タウ」という会社がCSR(社会貢献事業)として始めた「願いの車」がそれ。余命少なく、一人では外出困難な患者を希望の場所に無料送迎するというものです。

 

 タウは事故車の買い取り・販売を手掛ける会社で、社長がかの番組に心を揺すられ、「自分たちも車を扱う仕事をしているので」と、立ち上げました。

 当面は近隣の病院やホスピスに声をかけて説明し、希望者を募るというやり方で進めていくそうです。

 

  あらかじめ民間救急会社と提携しており、車両は酸素ボンベ、吸引機、自動体外式

 除細動機(AED)などを装備した民間救急車を使用。外出には看護師やボランティ

アが同行。ただし外出は日帰りのみ。

 主治医の了承と、家族の同意を得た上で送迎です。

 

 

 僕は「月刊仏事」の記事を書くために電話で広報の方と話したのですが、この事業に誇りを持ち、かといって気負うこともなく、たいへん美しい応対だったことにも心惹かれました。

 

 今後、提携先を県内の病院などに広げ、将来的には、活動に理解を示す企業からの

協賛も。2019年には公益社団法人にして全国的活動を目指すそうです。

 

 これも高齢化社会・多死化社会における一つの文化になり得るでしょう。

 これからの展開が楽しみです。

 


芸術がわかる人と思われたい

 

 昔のことなので、そのおじさんがなぜ訪ねてきたか忘れてしまったが、たぶんガスの定期点検かなんかだったのだろう。

 とにかくおじさんは、うちの玄関に飾ってあったとうもろこしの水墨画を見て言った。

 

 「あ、この絵、わたし知ってますよ。描いた人」

 「ほんと?ご存知なんですか?」

 「けっこう有名な人ですよね?」

 「お目が高い。かの福嶋青観の絵ですよ」

 「あ、そうそう。福嶋青観ね。おいくらぐらいしたんですか」

 「銀座の画廊でね、100万でした」

 「ああ、やっぱりね。それくらいしますよね。いや、いいもの見せてもらいました。

 それじゃ」

 (ト、おじさん、気分良くルンルン気分で帰っていく)

 

 以上の会話は実は架空のものです。

 実際の会話はどうだったかと再現すると・・・

 

 「あ、この絵、わたし知ってますよ。描いた人」

 「え、なんで?」

 「けっこう有名な人ですよね? 高いんでしょ、おいくらぐらい?」

 「いや・・・それはうちの家内の絵です」

 「え?」

 「以前、水墨画教室に通ってまして、そこで描いたものですが・・・」

 「あ・・・そうですか・・・どうも失礼しました」

 (ト、おじさん、恥ずかしそうに慌てて立ち去る)

 

 どうぜその場限りでしか会わない人だから、適当に話を合わせて気分よくさせてあげればよかったのに、気が回らんかった。

 つい正直なことを言って恥をかかせてしまった~と、いまだに後悔しています。

 

 衣食住が足り、生活が安定すると、多かれ少なかれ、人は誰でも芸術に心を寄せるようになる。

 自分は芸術に理解がある、よくわかっていると思いたい。

 そしてそれ以上に、人からそう見られたいと欲する。

 

 でも、世間で認められている絵ばかりが芸術じゃない。

 水墨画教室の生徒の絵だって、あなたが「これは素晴らしい。おいしそう」と心から感じたのなら、それはあなたにとって銀座の画廊の100万円の絵よりも価値の高い芸術なのです。

 


AirBnB:旅行者もホストも面白い、新しい旅スタイル

 

 

 うちの近所で「This is not AirBnB」という貼り紙を玄関に出している家を発見しました。

 ということは、この永福町界隈に、そことよく似た門構えの家がAirBnBをやっているので、しばしば間違われて旅行者が訪ねてくるということ?

 

 AirBnBというのは要するに「民泊」のことです。

 自分の家やアパートに旅行者を泊めるところで、数年前、話題になった時は、そんなに利用者がいるのだろうか?と訝りました。

 

 が、スマホの普及と比例して、あっという間に世界各地で増殖したようです。

 もちろんホテル・旅館、あるいは民宿などと比べて安いのが魅力ですが、増殖したのはそういった経済面の理由だけではありません。

 

 ホテル・旅館に泊まるのとは違った旅、その現地に踏み込み、生活感のある旅を楽しめるという醍醐味があるのです。

 

 昨年秋に京都へ行ったとき、僕もはじめて利用したのだけど、そこは新選組のもと屯所して有名な壬生寺の近く。

 

 華やかな中心部の観光地とは趣が異なり、生活感あふれる下町で、昭和レトロな店もたくさん並ぶ商店街の路地裏にありました。

 

 ホテルや旅館が建つような立地じゃないので、迷子にでもならない限り、普通の観光客が入り込むところではありません。

しかし、宿があれば楽しめるし、親近感がわきます。

 本当に普通のアパートの一室を貸し出していました。

 

 オーナー(ホスト)は40代のDさん。男性。

 ホスト側も最初はお金目的にやり出すのですが、国内外からいろんな人がやってくるので、そういう人たちと交流するうちに面白くなってはまってしまい、本格的な経営者になってしまう。、

 人気のある観光都市だとプロのホストになって何軒も抱えて経営している人も珍しくありません。ベテランの「スーパーホスト」なる人も登場しています。

 

 そのDさんも1年ほど前にそれまで勤めていた会社を辞めてAirBnB業に乗り出し、京都・大阪に物件を持っていて、日夜往復しています

 掃除もしなきゃいけないので大変だと思いますが、本人はすごく楽しそう。

 オリンピック開催を狙って、この1年くらいのうちに東京でもやりたんだ、と話していました。

 

 泊った旅行者はその宿泊体験についてレビューを書く。

 そのレビューを参考に、次の旅行者がそこを利用するかどうか選択する。

 双方向でつくっていく新しい、個性的な旅のスタイル。

 インターネットの効用をフルに生かしています。

 

 もちろん、ホテル・旅館業界は大反対で、この流れに圧力をかけてきますが、Dさんはそれさえも楽しんでいる風情でした。

 

 AirBnBを利用した旅、きっと面白いので一度、体験してみてください。

 


哲学するネコと瞑想書き

 

   ちょっと春めいた日差しがやってきたので、中野の哲学堂公園までサイクリング。

 そこで哲学するネコと出会う。

 ベンチの背もたれにちょこんと乗っかって、ウトウト居眠りしているのかと思ったら、目は細めているものの、ちゃんと起きている。 

 

 こういうフリーのネコと出会うと、僕はいつも果敢に対話を試みるのだが、ニャーとかミャーとか語り掛けても、まったくリアクションしてくれない。

 

 けれども拒否されたわけではない。

 20㎝くらいのところまで近づいて写真を撮っても、背中を撫でても、逃げ出すどころか微動だにしない。

 その背もたれの上にさりげなく、かつ堂々と“存在”しているのだ。

 まるで瞑想中の老師のようだ。さすが哲学堂。こんな大したネコがいるなんて。

 

 僕も何度かトライしたことがあるが、瞑想というのはうまくできない。

 部屋を暗くし、ヒーリング系の音楽を流し、お香などを炊いてみても、その行為に集中できない。

 なんだかこんなことをやっている自分は、自分じゃなく思えてきてしまうのだ。

 

 そこで見つけたのが「瞑想書き」。

 なるべく考えようとせず、頭に思い浮かぶ言葉・イメージを手書きでノートに書き留める。ただそれだけ。

 

 ちゃんとした文章になってなくていい。単語の羅列でも構わない。

 愚痴や泣き言や頭にきたことを書き散らしてもいい。

 「おまえバカじゃないの」とか「あなた賢いわ」とか、自分を分裂させてAとBの会話にしてもいい。

 

 ただひたすら意識の流れを「見える化」する。

 紙とペン(鉛筆)を見ていればいいので、集中力も保てる。

 瞑想効果があるので、瞑想書き。

 

 最初はうまくできないかも知れないけど、続けてやっていると、そのうち自然にスラスラ言葉が出てくるようになってきて、これがけっこう面白い。

 手を動かすことによって脳が開き、意識の奥から情報が湧き上がる。

 心の声を聴くような感覚をつかめるのだ。

 

 自分のものにできてきたなと思ったら、テーマや目的に沿って、仕事のアイディア出しの下書きに使ったり、ブログやSNSのメッセージの下書きに利用してもいい。

 もちろん、創作活動のウォーミングアップとしてもOK。

 

 たまにやるのではなく、できれば毎日やる。

 朝起きたばかりの、脳も空気もきれいな時間帯、あるいは夜眠る前の、おしりに何もやることが残っていない時間帯がベストです。

 興味があったら試してみてください。

 ネコの手は借りられないので、自分の手で書いてニャ。

 


自伝を書いて脚色する

 

 

 文章を書くことに興味があって、自己表現でも、ビジネスに生かせるものでもいいから腰を入れてやりたい。

 もしあなたがそう考える人なら、まず自伝を書いてみるといいでしょう。

 

 最近は終活ばやりで、エンディングを意識した人が大勢、自伝に挑戦していますが、ここでいう自伝の執筆は、自分だけの言葉・文体・文章を養うためのものです。

 

 だからむしろ若い人にやってほしいと思っています。

 

 なぜかと言うと、これから先、「要点をうまくまとめた文章」「美しく整った文章」など、企業や役所などの仕事で求められる「正解」の文章は、AI・ロボットに委ねられるからです。

 

 自社・自分の組織に関するデータ、こんな目的で作う、こんな感じ(パターン)の文章、みたいな条件を入れてAI・ロボットに頼めば、オートマティックにお望みのものが出来上がってくる――そういう世界になっていくと思います。

 

 だから文章を書きたい、表現したいという若い人は、「おれの文」「わたしの文」を出来るだけ早くから磨いて使えるようになったほうがいいと思うのです。

 

 そのために有効なのが自伝の執筆です。

 自分のことならネタに困らないので、トレーニングには最適です。

 

 僕・わたしの短い人生なんて書いたって面白くないよという人、ほんとうにそうでしょうか?

 自分のことも面白く書けないのなら、人に読ませて少しでも心を動かす文章――そういした価値ある文章なんて書けるはずがありません。

 

 だから一度や二度はトライしてみましょう。

 目を凝らして自分の中を見つめれば、きっと面白い要素が見つかります。

 

 一口に自伝と言っても、ただ履歴書みたいなもの、「〇〇へ行って〇〇を食べた」みたいな単なる記録みたいなことを書いていてはダメです。

 

 あくまで人に見せることを意識して、面白く、わかりやすく読めるように書く。

 (ただし、書いても実際に人に見せる必要はありません)

 

 そして事実をそのまま書くのではなく、ポイントになる部分だけでもいいから脚色する。

 ドラマチックにしてもいいし、コミカルにしてもいいし、詩的にしてもいい。

 記憶の中の事実に、自分なりの構成・アレンジを入れてが面白いと思う脚色をする。

 自己満足でいいのです。

 

 さらにできれば、フィクションがまじってもいいので、その自伝を小説にしたり、エッセイにしたり、舞台の戯曲、映画の脚本にしてみる。

 そうすると自分の文章の世界が広がります。

 

 そのままの自分を書くのは恥ずかしいと言うのなら、自分とは別人の、架空の人物に置き換えてもいい。

 そうすると周囲の人たちのキャラクターも変わってきて、より生き生きと動き出します。

 

 過去のエピソードなんて面白くない。将来おれは宇宙へ行くから、その時の話を想像して書いてみようと思う。

 そんなアイデアが出てきたら、しめたもの。

 

 要は自分をネタにして、書く楽しさを体感してほしいのです。

 自分の脳を掘り返す楽しさ、記憶を引っ張り出し、自由に使う楽しさを。

 

 本当に自分の人生はつまらなさ過ぎて書くことない。

 トライしてみてあなたがそう絶望したら、文章を書くのには向いてないので、さっさとやめて、別のことに時間とエネルギーを使って人生を楽しみましょう。

 

 それでも何らかの事情で、どうしても何か書かなきゃいけないんだ、という人は、僕が代筆して差し上げますので、お便りください。

 


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自分をリライトする

今までやってきたことを書き直す。

 リライトは今後の自分のテーマである。

 

 と思って、久しぶりにアジアンカンフージェネレーションの「リライト」を聴いた。

 とんでもない重量感と疾走感。

 こんなカッコいいロックに出会ったのはどんだけぶりだ~と、ぶっとんだのが、はや15年ほど前。

 

 アニメ「鋼の錬金術師」のラストクールのオープニング曲だったので、ハガレンのクオリティが10倍UPした。

 

 いま聴いてもレジェンドでなく、なつメロでもなく、現在進行形のリアル感満点で、ザラザラの音の塊がより深く胸をえぐってくる。

 

 リライトは形を成した文脈をもう一度掘り進めて、新しい価値と意味を見つけ出す作業。書いて休んで書いて休んで、また書き直す。

 

 個人的なことだけど、今の時代はみんな同じようなことをして、自分の生きてきた中から何かを掘り出そうとしているのではないだろうか。

 

 あなたは何回自分を書き直しますか?

 


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記憶のダストを書き集めると星が生まれる

 

 続けて思い出話を書いたので、ズシ、と心に重みを感じている。

 とらやの羊羹か、名古屋名物ういろうを手渡された時のような重さ。

 寂しさと、悲しみと、楽しさと、懐かしさが熟して詰まった重さだ。

 

 宇宙に浮遊していた記憶のダストを書き集めて塊にすると、自分の中の宇宙にポコッと小さな星が生まれたよう。

 

 フェレットを飼っていたAさんも、

 亡くなった白滝さんも、

 そんなに長く付き合ったわけでなく、とても親しかったわけでもないけど、

 「同じ時間を生きた」と実感した人。

 だから思い出して書いてみると、一つの「過去」が出来上がり、一つの「物語」になる。

 

 書くという行為はとても面白い。

 

 あなたも心のどこかに引っ掛かっているダストがあれば、書き集めてみるといい。

 その人の目、話し方、歩き方。

 その時の聞こえてきた声、音楽。

 その場所に流れていた風。

 それを塊にすれば、あなたの宇宙に星が生まれる。

 誰にも見せなくていい。

 その星はただあなたのために静かに輝く。

 


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子供の大学受験は「良い親検定」

 

私立大学の受験も終盤を迎えたようです。

今日もうちの近くのM大の正門前には、夕方、試験を終えて出てくるわが子を待つ親たちがたむろしていました。

 

子供のことを心配している。

なのだろうけど、じつは自分の心配。

子供の受験を自分の検定試験のように考えているはようで。

「親として私は合格なのだろうか?」と、気が気でない。

不安な気持ちはわかります。

 

でも、その合否を子供が受ける大学に決めてもらうのか?

子供がM大に合格すれば、自分も親として合格なのか?

それで「上がり」で、子育て卒業というわけか?

 

でも現代子育てすごろくには続編がある。

4年後には今度は就職(就社)がやってくる。

これまた一大イベントで、再び親としての検定試験が行われる。

今度は子供が入社試験を受ける〇〇社に

「私は親として合格でしょうか?」と問いかける。

 

「いやぁ、もちろんです。こんな立派な息子さん(娘さん)を育てたあなた、合格!」

とポン!とハンコを押してもらえば満足なのか?

 

ゾロゾロ門から出てくる受験生たち。

その中からわが子の姿を必死に探し出し、駆け寄る親たち。

 

中には子供に「来てほしくない」とはねつけられたけど、やっぱり来てしまって、

遠目からわが子の姿を追う人もいるようだ。

 

なんだか年々その数が増えている気がします。

よけいなお世話だろうけど、ちょっと考えさせられる風景なのです。

 


ピーターラビットの農的世界への回帰現象

 

●ピーターラビットの農的世界への回帰現象

 

イギリスの田舎、農村地帯、田園地帯は日本人にやたらと人気があります。

確かにとても美しいのだけど、外国の、西洋の田舎ならフランスでもドイツでもイタリアでもスペインでもいいではないか。

なぜイギリスなのか?と考えると・・・今年のうちのカレンダーを見てハッとした。

 

ピーターラビットだ!

 

ピーターラビットこそ、イギリスの、洋風田舎の代表的イメージを形作っているのではないか。

さらには近代社会において農業・農村をポジティブなイメージに価値転換したのもピーターラビットなのではないか、と。

 

子供向けの絵本でありながら、大人にも、というか、むしろ大人に、特に女性に大人気のピーターラビット。

人気の秘密はあまりメルヘン過ぎない上品な絵と、よく読むと割ときわどいストーリーにあります。

 

なにせピーターラビットのお父さんは農夫マクレガーさんの畑を荒らして捕まり、パイだかシチューだかにされて食べられてしまったのですから。

ピーターも危うく同じ目にあいそうになります。

 

かと言って、作者はマクレガーさんを残酷な悪者扱いにすることなく、子供向けによけいな甘味料を加えることなく、それがごく自然な人間と動物の関係として、さらりと描いています。

 

子供だましでない、そのストーリーテリングの見事さと、リアリズムからちょっとだけズラした絵柄とのマッチングが、唯一無二の世界観を醸し出している。

 

そして、その世界観が、この物語の舞台である湖水地方、さらにその向こうにあるイギリスの田舎を一種の理想郷のイメージに繋がっているのではないかと思います。

 

僕はこの物語の舞台であり、作者のビアトリクス・ポターが暮らしたイギリスの湖水地方には何度も行きました。

 

最後に行ったのは20年ほど前ですが、その時すでに地元の英国人は日本人観光客の多さに驚き、「ポターはそんなに日本で人気があるのか?」と聞かれたことがあります。

その頃からピーター=ポターの人気は不動のようですね。

 

19世紀の産業革命の時代、ロンドンなどの都会に住んでいた富裕層が、工業化と人口の増加で環境が悪化した都会を離れ、別荘を構えたり移住したことで湖水地方は発展した・・・という趣旨の話を最近、聞きました。

 

それまでの田舎・農村は貧しさや汚さ、そしてその土地に人生が縛り付けられる、といった暗いイメージと結びついており、けっして好ましい場所ではなかった。

 

しかし、急速な工業化・非人間的で気ぜわしい労働・環境に嫌気のさした人々が、都市・工場とは対極にある農村・田園・農業に、自然とともに生きる人間らしさ、長閑さ、幸福感とぴった高い価値を見い出したのです。

 

ポターの描いたピーターラビットの世界はその象徴と言えるのかもしれません。

 

そして産業革命から200年余りを経た今日、一種の回帰現象が起こり、再び農業に人気が集まりつつあります。

 

これからのライフスタイルは、工業化の時代を超えて、土に触れ、植物や動物の世話をする超リアルな農的ライフと、ネット・AI・ロボットのバーチャルな脳的ライフとに二極化し、僕たちはその間を行ったり来たりするのかなぁと、ピーターラビットのカレンダーを見ながら考えています。

 


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人間の歴史はチョコレート前とチョコレート後とに分かれる(かも)

 

  バレンタインデーなので、カミさんから「プレミアム・チョコプリン」を頂きました。自分も食べたいのでこれにしたようです。

 何がプレミアムなのか食べてみると、プリンという呼び名は相応しくない。

 食感はレアチーズケーキに近い。味は濃厚、そしてビター。でもしっかりチョコレート感がある。これはおいしい。ありがとう。

 

 僕は、人間の歴史はチョコレートが開発される前と後とに分けて考えられるんじゃないか、と考えています。

 

 古代から疲れを癒し、魂を覚醒させる効果があると信じられてきたチョコレート(古代は飲み物で、チョコというよりココアでしたが)。

 それが近世の西洋社会で量産され、普及するようになって、人々の知覚は明らかに鋭敏になった。

 いわゆるドラッグのような効果があったのではないかと言われています。

 

 体に害はないんだけど、「やばい食べ物」と言われた時期もあったようです。

 庶民にあんまり頭良くなってもらいたくない人たち、知恵を付けてほしくない人たちは、すぐにこういうことを言い出しますね。

 

 明治時代、日本で作られ出回るようになった頃も「牛の血を混ぜて作っている」とか、いろいろデマが飛び交い、売るのに苦戦したようです。

 

 日本の庶民が本当にチョコレートの味を知るようになったのは、やっぱり戦後から。

 「ギブ・ミー・チョコレート!」と叫んで進駐軍のジープを追いかける、あの子供たちからでしょう。

 

 映画やドラマでしかあのシーンを見たことがないけど、何度見ても衝撃的。

 あんな体験をリアルにしてしまった子供の胸には、良いにつけ悪いにつけ、アメリカの存在の大きさが胸に刻み込まれたことでしょう。

 

 そういえば、あのあたりの世代はアメリカかぶれが多いような気がします。

 無理もありません。

 あの時代、将来の日本人の頭を洗脳するのにチョコレートはうってつけでした。

 まさしくドラッグとして機能していたとしても、おかしくありません。

 

 父や叔父・叔母はそうした経験をしていないと思うけど(齢が下の方の叔父・叔母はちょうど「ギブ・ミー」の世代だけど)、僕が子供の頃、パチンコで勝って景品のチョコレートをもらってくると、誇らしげに僕や妹にたちに手渡しました。

 

 多くは「森永ハイクラウン」など、子供にとってワンランク上のちょっと大人っぽい、高級っぽいやつです。

 

 子供にチョコレートを与えられる、まっとうな生活力にある大人。

 そういう大人であることに、深い満足感を覚えていたのだと思います。

 もちろん僕たちは大喜びで、家族は幸せでした。

 チョコレートをかじると、その時代のみんなの笑顔を思い出します。

 

 僕が子供の頃からずっとチョコレートを好きで、食べるといろんな思いにとらわれるのは、そんな理由からです。

 

 すっかり習慣化したバレンタインデーは、朝からあちこちでいろんなチョコ――もちろ義理チョコの類だけど――をもらって食べました。

 でも家庭によけいな波風を立てたくないので、毎年カミさんには黙っているようにしています。

 


慣習的自己と本質的自己

 

人間の中には「慣習的自己」と「本質的自己」という二つの自己が宿っている。

と看破したのは精神科医の神谷美恵子さんという人。

 

人間は社会生活が長くなるにつれ、つまり、おとなになるにつれ、慣習的自己が肥え太り、本質的自己がやせ細っていく。

 

現実の社会生活に対応するのが慣習的自己。

何につけても、これをするのは得か損かと考える。

そして他者が自分をどう認識するのかに気を張り詰める。

 

本質的自己は子供の頃は元気いっぱい。

けれども齢とともにだんだん隅に追いやられ、息を潜めて暮らすようになる。

けっして死んではいないけれど、ネグレストされた子供のように引きこもる。

 

「自分を見失う」とは慣習的自己に支配され、本質的自己を見失うこと。

いっそのこと、慣習的自己オンリーで生きればいい、と思うが、どこか心のすき間に

 

「本当は自分は何がしたいのか、何ができるのか?」

 

そう本質的自己が囁くのが聴こえてしまう。

 

またネグレストするか?

それとも耳を傾けるか?

それとも、とりあえずネットに何か書き込んでみるか?

「これが本当の自分です」というようなものを。

 


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中高年はめざせ!中川屋嘉兵衛

 

 「還暦から勝負です」と宣言した人がいるが、先パイ、その通りです。

 あなたも老後の心配で、使わないカネを貯め込んでいる場合じゃありません。

 「人生50年」と言われた時代でも、50歳から大活躍した人がいます。

 

 マイナビ農業の仕事で、日本における肉食の歴史を調べていると、幕末から明治にかけて活躍した「中川屋嘉兵衛(中川嘉兵衛)」という名に出会いました。

 この人は慶応3(1867)年、荏原郡白金村に東京初の屠畜場を開いた人です。

 

 三河(現在の愛知県岡崎市)出身で、京都で漢学を修めた後、江戸に出てきてイギリス公使の料理人見習いをしながら英語を勉強し、欧米人相手のビジネスを画策。

 

 そして慶応元(1865)年、開港間もない横浜に出て、アメリカ人医師のもとで牛乳販売業を、イギリス軍の食料用達商人としてパンやビスケットの製造販売、さらに牛肉の販売を手掛けるようになりました。

 

 しかし車も冷蔵庫もまだない時代。横浜から江戸まで肉を運ぶのは至難の業ということで、都内に屠畜場を作り、芝高輪の英国大使館に納品したのです。 

 

 それとほとんど並行する形で、肉を鮮度がいいまま保存管理するには氷が必要となって製氷業を、ついでにアイスクリーム屋も開業。お肉の方では牛鍋屋も開店。

 次から次へといろんな事業をやって、人からは「節操ない男」と映ったかもしれませんが、彼の中では「洋食事業」ということでつながっており、それぞれ牛乳部門、パン部門、肉部門、製氷部門・・・といったように部門別に分かれていたにすぎないのかもしれません。

 いわば日本における「洋食文化の父」と呼べる人でしょう。

 

 僕は最初、資料を読んでいて、彼のことを勝手に岩崎弥太郎みたいな青年実業家だと思っていたのですが、江戸に出てきたのは40歳、横浜に出た時はすでに50歳!

 

 これは江戸時代の社会常識で考えれば、人生晩年近く。

 すでにご隠居さんとなってもおかしくない齢でしょう。

 

 そこから欧米人に仕えて取り入って、車も鉄道も、電話もインターネットもない環境でこれだけの事業を成し遂げ、80歳まで仕事をやりぬいたというのだから、中川屋嘉兵衛あっぱれ。

 

 「もうトシですからムリですぅ~」とか、

 「もう今からでは遅すぎますぅ~」とか言ってる場合じゃないですよね。

 何かやってもやらなくても同じように齢は取る。

 何歳だって“今”より早いスタートはないわけですから。

 


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聞きかじり原宿むかし話:リーゼント床屋伝説

 

 昨日のことになってしまったが、3月のイベントの件で“原宿のお米屋さん”小池さんとの打ち合わせがあって原宿まで行きました。

 天気が良かったのでチャリンコで。

 

 小池精米店はいわゆる裏原宿――江戸時代、水車小屋もある田園地帯だった隠田商店街にあります。

 この辺りには隠田地域会館というのがあって、原宿にチャリで来るときは、いつもそこの駐輪場(サイカパークになっていて誰でも利用できる)に停めるのですが、この地域会館がなんと、D昨年末で閉鎖になっていた!

 

 地域の人たちが出入りするのを結構見ていたので、ちょっと寂しい気がしましたが、さすがにこの建物、筑何十年かわからないけど、老朽化が激しくて限界気味。やむを得ず建て直すことにしたようです。

 

 築何十年わからないけど、たぶん小池さんと同年代くらい。

 彼の少年時代は原宿カルチャーの絶頂期で、ホコ天で竹の子族が踊っていた時代とシンクロしていますが、台風の目の下にいると暴風雨に巻き込まれないのと同様、原宿に住む彼らはそうしたカルチャーやファッションにほとんど影響受けることなく、フツーの子供をしていたそうで。

 

 ホコ天も竹の子もツッパリも、ワンス・アポン・ア・タイムになってしまったけど、流行らない床屋さんはいっちょオヤジ相手にリーゼント専門店になってみてはどうだろうか。

 

 キャロルカットとか、永ちゃんレジェンドヘア、やりますとかね。

 さらにカッコいい無精ひげなんかも調整して、チョイ悪おやじ御用達になれば商売繁盛。

 

 オヤジも大人ぶって老朽化していないで、バリバリにキメてまた原宿を闊歩すれば、元気になって病気なんかもふっとばせるぜ。

 


食べ物を作る仕事をしている人の話は一聴・一読に値する。

 

マイナビ農業で取材した「東京しゃも」の記事がUPされたので、先日、浅野養鶏場の浅野さんに報告したら丁寧なメールの返信が返ってきました。

 

 「自分のする話は難しいといつも言われるが、見事にまとめてくれました」と喜んでいただいたので、こちらも嬉しくまりました。

 

 開発技術者や、江戸時代からしゃも料理を扱ってきた人形町の名店とともに東京しゃも開発プロジェクトに携わったエピソードはめっぽう面白い。

 しかし、それ以上に、戦後の混乱期・食糧難の時代から身を起こして養鶏業を半世紀以上にわたって営んできた浅野さんの、食べ物に関する信念・哲学が魅力的なのです。

 

 また、昨日はある料理人の書いた本を読んで、けっこう心に染み入るものがありました。

 料理の話というよりも、自分の半生記みたいになっているエッセイで、さらっと口ごたえがいい割に、何というか、隠し味が効いていて面白いし、深味があるのです。

 料理の味やお店のコンセプト・ムードと、その人の人間性かどうかなんて関係ないように思えるけど、じつは深いところでつながっているんだろうなと思いました。

 

 総じて一流の料理人・生産者は、自分ならではの哲学を持っていると思います。

 哲学という言い方が難しければ、「生きる」ことについて感じること・考えることを何らかの形で表現を試みる――とでもいえばいいでしょうか。

 

 それが生産物・料理・お店全体の在り方に反映される。

 優れた技術に、その人ならではの魂が宿ることによって、人の心を打つ「食」が生まれます。

 

 浅野さんの「食べ物を扱うのは神聖な仕事なんだ」という言葉が耳に残ります。

 機械的に、早く、安く、美味しく、安全な食べ物がたくさん出回るようになった世の中だからこそ、時々はそうした生産者や料理人や作る人たちの人間性だとか、哲学だとかに目を向けて行こうと思います。

 


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新潟のビジネスホテルで魚沼コシヒカリを食べて幸福について考える

 

 土日の新潟遠征で泊ったのは、駅から歩いて5分の、新潟なのに「京浜ホテル」という、どこにでもあるようなフツーのビジネスホテルでした。

 フツーと言っても、21世紀型のモダンなフツーではなく、建設された昭和の後半には、新潟へきてバリバリ働くビジネスマンが明日への英気を養う、最新の「東京に負けないくらいナウい」ホテルだったのかもね~といった匂いが漂う、本当によくある、シングルベッド、ユニットバス、テレビ付きのホテル。

 

 のはずだったのですが、日曜日の朝食でその印象がガラッと変わりました。

 

 う、うまい!

 魚沼産コシヒカリの和朝食だ。

 

 炊き立てではないが、降り積もった雪のよう白くピカピカ光っている。

 久しぶりに「銀シャリ」という言葉を思い出しました。

 

 生卵をかけて一杯、納豆かけて一杯、あちこちおかずと一緒に一杯。

 まだいけそうだったけど、これから仕事があるのにあまり腹いっぱいになってはいかんぞ、と抑えました。

 

 恐るべし、魚沼コシヒカリの魔力。

 

 すっかりご機嫌になって、食堂のおっちゃん・おばちゃん(たぶん夫婦だと思う)に、フロントのお兄さん・お姉さんに「おいしかった。ありがとう」と愛想を振りまいてしまいました。

 

 「ああ、そうだったのか」と、写真のポスターを見たのはその後。

 

 ごはんがおいしいとホテルの印象も変わります。

 何の変哲もない古ぼけたビジネスホテルが、新潟のオンリーワンホテルに見えてきた。

 

 当初の印象とのギャップ効果もあって、古ぼけ感も、おしゃレトロとまでは言わないけど、何やら味わい深く感じ、永く思い出に残るだろうなという気持ちになるのです。

 

 そこでハタと考えた。

 

 しかし、僕が普段から魚沼コシヒカリを食べなれている人間だったら、ここまでの強い印象を抱くだろうか。

 

 ヘン、魚沼コシヒカリなんて、わしゃ毎日くっとるでよう、別段、感動なんかせーへんがや。

 

 とクールに流し、おっちゃん・おばちゃんや、兄ちゃん・姉ちゃんに愛想を振りまくこともなかったでしょう。

 京浜ホテルが味わい深いホテルだと感じることもなく、永く思い出に残ることもなかったに違いない。

 

 そう考えると、人生と言うのはちょっとした条件の違い、ささいな感じ方の違いでまったく違ったものになってしまう。

 いつでも(俗にいう)美味いものを食っている人が幸福だとは限らない。

 もちろん、そうした人にとって、京浜ホテルに人生の醍醐味を感じるかどうかなんて、とんでもない低次元の問題で、はるかな高次元の幸福を追求しているのでしょうが。人類全体のとか、地球全体のとか、ね。

 

 いずれにしても、今や海外のセレブも認める最高級ジャパニーズライスブランド、魚沼コシヒカリは美味しかった。そして京浜ホテルとのギャップもよかった。

 

 どうもごちそうさま。

 


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雪トトロ、しぶとく生きる

 

 新潟から帰ってきたら、近所で先週の大雪の日に誕生した雪トトロがお出迎えしてくれました。

 それもかなり化粧直しして。

 

 先週末はかなりメルティになって風前の灯かと思われたのですが、制作者のおねえさん(幼稚園の先生)にメンテナンスしてもらったようです。

 

 長寿の秘密はこの場所がいい具合に日陰になっていること。

 日陰者には日陰者の生き方があるんだぜ、とでも言いたげです。

 

 うちの野の花鍼灸院に来る子供たちも、このトトロに会えるのを楽しみにしています。

 しぶとく生き残れ、トトロ。

 節分の日くらいまで。

 


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雪と少女

 

雪どけの風景に出会うと、五輪真弓の「少女」という歌を思い出す。

 

 ♪あたたかい陽の当たる真冬の縁側で

 少女はひとりでぼんやりと座ってた

 積もった白い雪がだんだんとけていくのを

 悲しそうに見ていたの

 夢が大きな音を立てて崩れてしまったの

 

 透明感のある旋律と余白に満ちた詞。

 思い出すたびにとても清新な気持ちにさせられる。

 

 子供は雪どけの景色や子犬の遊ぶ姿を見るだけで、生きるってどういうことなのか感じとっている。

 夢がとけて消えても、また次の夢の芽を雪の下から見つけ出してくる。

 生きるってその繰り返しなんだということも。

 

 塾や習い事などいくら詰め込まれて忙しくても、

ちゃんとぼんやりして感じる時間を持っている。

 「なにぼんやりしているの!”」と大人に怒られたってへっちゃらで、

 自分の中にいる未来の自分と話している。

 


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誕生日のコーヒーカップと悪魔と天使

今日は誕生日なので朝、早起きして発掘調査をしました。

 頭の中にあることをノートに書き出してみる。

 ちゃんとした文章にはならないけど、結構オートマティックに腕が動いて、泉のようにいろんな文章が湧いてきます。

 ひと段落したところで、新しいカップでコーヒーを一杯。

 

 先日の合同お誕生会でカミさんからコーヒーカップをプレゼントしてもらいました。

 シンプルなオフホワイトのカップだけど、「ALL I need is・・・」と書いてあって、この言葉が下に敷く木のコースターの周囲にある言葉「You」「idea」「Coffee」「Love」「Break」「Tea」とそれぞれ呼応している。

 しかもこのコースターはそのまま上にかぶせると蓋になる。

 なかなか隠し味が効いていて洒落っ気がある。

 持った感じも、そこはかとなく丸みがあって、最初からとても手に馴染む。

 仲良くなれそうな、良い相談相手になってくれそうなカップだな、という気がします。

 

 先代のカップはなんと十年近く使っていました。

 それも100円ショップで適当に見繕って買ったもの。

 しかし、使っているうちに下半身の丸み、手に持った感じが気に入ってしまって、持ち手が取れても、縁が欠けてもずっと使い続けていました。

 僕は1日平均3~4杯はコーヒーか紅茶を飲むので、単純計算すると、こいつで1万杯以上も飲んでいたことになります。

 まさかこんなに仲が良くなり、関係が持続するとは思ってもみませんでした。

 

 そのモノがどれだけ自分になじむのかは使ってみないとわからない。

 人と人の関係も、最初で決まることもあれば、続けてみなくちゃわからないこともいっぱいあります。

 

 自分との関係も同じく。

 付き合いも随分長くなったけど、まだ使っていない自分、会っていない自分がいつのではないかと思います。

 そう思って書いていると、地底から悪魔がモコモコ湧き出してきたり、空から天使がバシャバシャ降ってきたりします。

 

 ALL I need is Devil.

 ALL I need is Angel.

 

 


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孤独担当相の誕生

 人は一人で生まれてこれないし、一人で死ぬこともできない。

 「私は一人で生きてきたから孤独でいいのだ」というのは、その人の驕りだと思います。

 

 孤独担当相。Lonely Minister。

 これはジョークか、ファンタジーか、未来小説か、。

 まず抱いたのはそんな感想。

 政治の世界にミスマッチなこのネーミングのセンスは好きです。

 なんかイギリスらしいなという感じがするし。

 

 先日、政府がこの孤独担当相を新設。

 英国社会に影を落とす孤独の問題に取り組むと言います。

 当初、僕が見た報道では「高齢者の孤独死問題に」という形で採り上げられていました。

 割合的にはそれが大きいのかもしれないけど、それだけに限らず、この孤独の問題は全世代にわたっている社会問題のようです。

 うつ病、引きこもり等、精神疾患にまつわる要素もはらんでいるのでしょう。

 

 もちろん、大きなお世話だ、とも思います。

 そんな個人的なことに政府が介入するのか、とも。

 

 そもそもみんながイメージするほど、孤独というのは暗いものでも悲惨なものでもない。

 

 高齢者の孤独死も、本人にしてみたら可哀そうでも不幸でもないのかも知れません。

 可哀そうだ、不幸だというのは周囲の勝手な思い込みで、その人はやっと煩わしい人間関係から解放され、人生の最後に、自由に、のびのびと孤独を楽しむ時間が出来て嬉しいのかも知れません。

 

 孤独の何が悪いんじゃ。ほっといてくれ。よけいなお節介するな。

 

 日本でも英国でも、若かろうが年寄りだろうが、半分以上はそういう人ではないでしょうか。

 

 でも僕は政府がこうして孤独の問題に向き合うと宣言するのは悪いことではないと思います。

 世の中を動かす政治が、現代の社会の中でそれだけ個人個人の在り方を尊重し、手を掛ける価値のあるものとして捉えている――と思うからです。

 

 近代になって自立精神、独立独歩の生き方が理想とされ、そうアナウンスされ続けてきたけど、もしかしたら、それがもう限界に来ていて、何かケアしないと社会がこのままではもたないのかもしれません。

 

 

 「孤独の何が悪い」「よけいなお世話だ」という人は、また、人間生まれるときも死ぬときも一人なんだと言います。

 

 僕は違うと思う。

 人間、周囲の誰かの手を借りなければ生まれてこられないし、たとえ生まれたとしてもすぐ死んでしまう。

 

 死ぬ時だってそう。

 孤独死するのは本人はそれでよくても、自分で自分の遺体を処理できない限り、結局は誰かの手を煩わせ、迷惑をかけることになる。

 

 僕もべたべたした繋がりや面倒くさい人間関係、形にとらわれた付き合いは苦手で、孤独が好きな部類に入ると思うけど、社会が孤独について意識する姿勢を作る、そのきっかけとして孤独担当相なる大臣が登場するのは、アイデアとしていいなと思うのです。

 フィクションみたいで面白いしね。

 どこまで実効性・持続性があるのか、わからないけど、今後ちょっと注目してみたいです。

 


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「美味しいケーキは年一度」の誓いと、追憶のバタークリームデコレーションケーキ

 

 カミさんと誕生日が10日しか違っていないのです(11日と21日)。

 双方の都合が合わなので、じゃあ真ん中の日の夜は空いているので、そこでやるかということで、昨日の晩は二人合わせてお誕生会。

 と言ってもお寿司を食べて、ワインを飲んで、定番のパステルのプリンケーキを食べただけですが。

 

 パステルの回し者ではないけど、やっぱりここのプリンケーキはおいしい。これと対抗できるのは(べクトルは違うが)、赤坂TOPSのチョコレートケーキだけです。

 

 ケーキはいろいろ食べましたが、この2つの頂点に行き着いてしまったと感じ、ここ数年、たまに贈り物としていただく以外は、他のケーキ屋のケーキにあまり食指が動きません。

 

 以前はクリスマスやら誕生日やらの「ハレの日」に燦然と輝いていたケーキ類ですが、最近はスーパーやコンビニでも手軽に安く、いろんなスイーツが手に入ります。

 それもレベルが激アップして、どれを食べてもかなり美味しいんだよね。

 なので、ケーキに対するスペシャル感がなくなってしまいました。

 

 こうなると逆説的に、僕らが子供の頃に食べた、バタークリームを使ったデコレーションケーキが懐かしくなる。

 デコレーションされてて、「うわぁ、美味しそう!」とハイテンションになるんだけど、あのバタークリームって脂をそのまま食べているみたいで、まずいのなんの。

 三口も食べるとうんざりする。

 でも、お父ちゃんがわざわざ子供のために、と買ってきてくれたので、そう嫌な顔もできず、食っていました。

 涙ぐましい子供の気遣い。

 

 それにしても、当時、舌のまったく肥えていなかった僕でも、あれほどまずいと思ったのだから、 今の子供・若者たちは、あのバタークリームは絶対食べられないだろうなと想像します。

 

 そういえば中学生の時、友達と集まってクリスマスパーティーをやって、あのバタークリームのケーキと、こっちも今思えば激マズの「赤玉ハニーワイン」を飲んで酔っぱらって、翌日まで気持ち悪く、胃がムカムカしていたことまで思い出しました。

 人生初にして最悪の二日酔い。

 

 さて。

 日常的においしいものがいっぱいあるということは幸福である一方で、どうも生活にメリハリがなくなってしまう。

 なので、パステルのプリンケーキと、TOPSのチョコレートケーキは、それぞれ年に1~2度の楽しみと決めています。

 

 久しぶりに一度、昭和のバタークリームのデコケーキ、食べてみたいなぁと思うこともありますが、やっぱりまずいだろうなぁ。

 


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笑って泣ける人生親子漫才

 

 夫婦漫才、兄弟漫才というのは昔からあるけど、最近は親子漫才も人気のようで、シングルファーザーのお父ちゃんと小学生の娘のコンビがネットでちょっとした話題になっています。

 

 「お父ちゃんがお笑い芸人になる夢捨てきれへんから、お母ちゃんが愛想つかして出て行ってしもうたわ」と、娘が可愛くかまして観客大爆笑。

 だけどちょっとホロっと来て、胸に響いて、ヘタな哲学談義などよりよっぽど考えさせられるのです。

 

 プライベートな話をネタにして、自分を笑い飛ばす。人生を笑い飛ばす。

 僕やあなたをはじめ、ちゃちなプライドにとらわれている人たちにとって、これはなかなかできることではありません。

 

 ベテランの漫才師さんたちを見ていると、自分の病気や体がきかなくなったことさえネタにして笑わせてしまう。

 これぞプロフェッショナル。まったく尊敬ものです。

 

 彼ら・彼女らは死ぬことさえも笑い飛ばして、相方のお葬式でも大爆笑の渦にしてしまうかも知れない。

 そして参列者をみんな体の芯から号泣させてしまうかも知れない。

 

  話を親子漫才に戻すと、これから親と子も相互扶助の時代で、ネタも豊富に作れそうだし、どんどん増えるような予感がします。

 今のところ、娘のツッコミ×親父のボケが主流のようですが、娘×母、息子×親父、息子×母、みんなあっていいんじゃないかなぁ。

 

 さらに男同士、女同士の夫婦とか、LGBTの漫才があっても面白い。

 

 そのうちジジババも交えて3世代のトリオ漫才も飛び出すかも。

 

 「老人ホーム入るために漫才やって稼がなあかんのや。

 おまえら協力しい」

 「何言うてんの、じいちゃん。このギャラは今度生まれてくる、あんたのひ孫のミルク代にするんやで」とかね。

 

 とにかく何があっても笑って生きていきたい。

 


自分の中の文脈を探る冒険

 

 僕の中にも、あなたの中にも、個々の人生の文脈がある。

 生きていかないとそれは発見できない。

 そう考えると、どんな人の人生もその文脈の中から金鉱を掘り当てる冒険だ。

 

 昭和30年代(1950年代半ば)以降に生まれた世代は「モラトリアム」と言われ、成人してもいつまでも自分探しをやっている煮え切らない連中と、上の世代から揶揄されてきた。

 

 上の世代がモラトリアムなどせずに済んだのは、そんな必要がなかったからである。

 頑固とした常識、世の習い。

 食うためだけに精一杯。

 そうした時代・環境なら、常識・慣習・伝統に従っているだけで、たとえささやかなものでも幸福が手にできた。

 

 時代や環境のせいにするな、確固とした信念を持て。

 という言説はカッコいいが、人の生き方・考え方が、時代や生活環境に左右されるのは当たり前のことだ。

 

 言い方を変えると、現代はより良い人生を志せば、自然とモラトリアムにならざるを得ない。

 誰もが一生モラトリアムのまま終わってしまうリスクを抱えて生きている。

 

 自分はいったい何者なのか?

 自分はこの世界で何をするために生まれてきたのか?

 それをいろいろな仕事、遊び、活動、人間関係、情報の受信発信を通して考え続けるのが、現代社会に生を受けた人間のミッションなのではないかと思う。

 

 文脈から金鉱を掘り当て、ゴールドの恩恵に浸れる人はごく少数だ。

 たいていの人は道半ばで「このあたりでいいか」と腰を落ち着け、モラトリアムを卒業したかのように見せかける。

 あるいは、ストックな人は厳しい道を歩き続けて倒れたり、精神を病んだりもする。

 

 反対に卒業したはずだたけど、ふとしたことで文脈探しのことを思い出し、これは卒業ではなく休憩だったのだと思い直し、「よっこらしょ」と重い腰を上げて再びモラトリアムの旅へ出発する人もいる。

 

 いずれにしても、そうして見事、金鉱を掘り当てた人が英雄となって、他の人たちや子供たちに勇気と希望をもたらすのだ。

 

 しかし、そうした英雄も英雄であり続けることに疑問を抱き、また新たな文脈を求めて旅立つかもしれない。

 死ぬまで英雄であり続けることも、どこが自分の最後の到達点か知っている人は、ひとりもいない。

 

 


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負けっぱなしでも強く、しぶとく、勝っているやつよりハッピーに生きているぜ

 競争社会では勝者の話はいやというほど聞けるが、敗者の話はなかなか聞けない。

 もっと負けたやつに話してほしい。

 

 ライバルをドーピング疑惑に陥れたカヌー選手にあえて同情してみる。

 いったん引退した後、東京五輪出場をめざしての復帰。

 年齢的にはギリギリ。

 大丈夫、外国の選手で35歳でチャンピオンになった人もいる。

 あきらめるな、カズさんを見ろ。50を過ぎてもまだ現役だ。

 そんな周囲の励ましもあったという。(カズさんの話は僕の付け足しです)

 

 結果論としてはその励ましが仇になった。

 

 子ども時代から全国大会で優勝を繰り返し、国内では常にトップ選手。

 周囲の人たち、地元の人たちにとってはヒーローだ。

 

 でもオリンピックには届かなかった。

 これが最後のチャンスだ、がんばらねば、ここで負けて五輪に出られなければ、これまで人生を賭けてやってきたことのすべてを失う。

 

 そうした覚悟でやったことも結果的に仇になった。

 

 すべて以上のものを失った。

 

 告白するのは恐怖したと思う。

 卑怯者。卑劣漢。アスリートのクズ。

 あらゆる非難・罵詈雑言が頭の中に渦巻いただろう。

 

 でも、黙っているのはもっと苦しかった。

 人間はやっぱり良心の呵責には勝てないのだ。

 そう考えると、ちょっと安心させてくれた面、人間を信じさせてくれた面もある。

 

 被害者となった選手も、彼のおかげで多くの人に知られ、ファン・応援団が増えるかもしれない。イケメンだし。

 そう考えると、ちょっとは救われるかも。

 

 地元開催のオリンピック。

 どの選手も命を懸けてがんばっている。

 見えないところでは、こうした負のドラマもいっぱい生まれそうだ。

 

 こんなことをいうと失礼かもしれないが、早くに脱落した選手はまだいい。

 あきらめがつく。切り替えられる。別の道が見つけられる。

 出場できるかどうか瀬戸際の選手がいちばんきつい。

 

 負けても一生けん命頑張ったんだからいじゃないか。

 みんなきっと労ってくれるよ。なあみんな、負けた人も讃えよう。

 

 これはまったく正しい。

 でも人間の感情は、こうした正論だけでおさまるものなのか。

 

 世の中、勝った人より負けた人の方が圧倒的に多い。

 今日勝った人も明日は負けるかもしれない。

 

 もっと負けた人の声が聞きたい。

 負けっぱなしでも強く、しぶとく、勝っているやつよりハッピーに生きているぜ。

 本でも番組でもいいから、そういう声がもっと聞きたいと思う。

 


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うおぉぉぉ おれは燃えているぜ!(追悼・星野仙一さん)

 「うおぉぉぉ おれは燃えているぜ!」

 

 河合じゅんじが小学館のコロコロコミックに連載していた「かっとばせ!キヨハラくん」。

 野球ギャグマンガですが、その初回に「中日ドラポンズ」の「ホジノ監督」が、カチカチ山のたぬきみたいに火のついた薪を背負って、このセリフを言いながら登場するシーンに大爆笑しました。

 

 河合じゅんじは同じ名古屋出身の友達なので、プレゼントしてもらった本にいつもマンガのキャラとサインを書いてもらっていました。

 それでいの一番に書いてもらったのが、カチカチ山のホジノ監督。

 

 数々の栄光に包まれた星野投手&監督だけど、僕の記憶にあるのは、

 

 ルーキー当時、巨人にめった打ちを食らってボロボロになって投げていたんだけど、どういうわけかベンチがちーとも替えなかったこと。

 (ラジオ中継でアナと解説が「どうして交替しないんでしょう?」としきりと言っていた)

 

 完全に打ち取って凡フライに仕留めたのに、そのフライを宇野勝選手が頭に当ててヒットにしてしまい、キレまくったこと。(球史に残るボーンヘッド「ヘディング事件」)

 

 阪神の監督時代の日本シリーズ、甲子園で3連勝して嬉し泣きしちゃったのに、その後全部負けて、結局、日本一になれなかったこと。

 

 本人にとってはろくでもないところが印象的なんだよね。

 けどもちろん、ドラゴンズが優勝した時は僕も泣きました。

 楽天でついに日本一監督になった時も嬉しかったなぁ。

 

 しばし名古屋にいましたが、名古屋のテレビは星野さん追悼のニュースだらけでした。

 やっぱり星野がいた時代のドラゴンズは面白かったでよ~(強かったというより、面白かったという印象が強い)。

 名古屋人にとって、やっぱり星野さんは阪神・日本代表・楽天はオマケみたいなもので、中日ドラゴンズの♪星野仙一、強気の勝負~(「燃えよドラゴンズ」より)なんだがや。

 

 もう一つ、星野さんは女性にもめっぽう人気があった。

 それは愛妻家だったからだと思います。

 妹が、奥さんを亡くした時の、憔悴した星野さんのニュース映像をよく憶えていました。

 野球なんてまったく興味を持ったことがない妹ですが、女はそういうところをよく見ていて、星野人気の隠し味になっていたようです。

 

 野球――特に日本のプロ野球にはすっかり興味を失って、最近は、高校野球と大リーグの日本人選手の活躍をちょろっと見るくらい。

 星野さんが亡くなって、ますますプロ野球が遠くなりそうです。

 

 もう一度、「かっとばせ!キヨハラくん」を読んでホジノ監督の激闘ぶりを笑って偲ぼうと思っています。

 


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いつも心にカメを

 

お正月はのんびりゆったり。

最近はナマケモノの株も上がっていますが、何と言っても日本ではそれを象徴する動物はカメでしょう。

 

平和でのんびりイメージのカメですが、近年はワニガメ、カミツキガメ、ミシシッピアカミミガメなど、南米産の獰猛・凶悪なカメが公園の池にはびこり、ちょっとイメージが変わってしまったかも。

 

昨日の和田堀公園のかいぼりで絶滅寸前とか言われているイシガメがいたのにはちょっとホッとしました。

高齢化社会でそうビシバシGOGOばかりでは立ちいかないのだから、日本の「のんびりゆったりOK」を守りたいです。

 

ところでカメは萬年ということで、単なるのんびり屋というだけでなく、おめでたい動物なのですが、なぜか干支には入っていません。

 

同じく千年でおめでたい鶴も干支に入っていませんが、こちらは酉年(鳥)のカテゴリーに入れられなくもない。

しかし、カメの方は、同じ爬虫類だからと言って巳年(蛇)のカテゴリーに入れるのは無理があります。

萬年生きる寿ぎのカメは別格ということなのか、それとものろすぎて、エントリーもできなかった。除外と言うことなのか。

 

でも別格と言うのなら、龍だってそうです。

そもそも神獣の龍がどうして他の11匹と同じレベルにされているのか?

それに明治時代になって北海道で飼われ始めた新参者のヒツジがどうして名を連ねているのか?

謎は深まるばかり。

この1年かけて勉強します。

 

というわけで、僕も皆さんも干支のことを気にするのはお正月と年末くらいのものなので、きょうは干支の話をしてみました。

 

まだ三が日ですが、コンビニのみならず、お店はあちこち開いているようです。

お正月らしくないと文句言う人もいるけど、やっぱりあいていると嬉しいです。

働いている皆さん、お疲れ様です。

カメ年じゃないけど、心にいつもカメを。

ゆったり余裕でいきましょう。

 


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かいぼりの池から「今年の抱負」を捕獲

 

その時、正しいこと、良いことだと信じられていることが、実は大間違いということが、ままあります。

 

今日は書初めなので朝から創作活動に勤しみ、お昼にちょっと外の空気を吸おうと散歩に。

近所の和田堀公園まで行ったら、なんと池の水が干上がっている!

水を抜いてかいぼりの最中です。知らなかった。

 

暮らしていた生き物たちが今、どこにいるのか分からないけど、カワセミも来ることで有名なこの公園、水中ではいろいろな連中がいたようで。

 

在来種では僕も息子がチビの頃、一緒に取った手長エビをはじめ、ナマズとかウナギまでいたらしい。

イシガメも外来種に押されながら頑張って生きていました。

 

さすがにワニガメやカミツキガメのような危険生物はいなかったけど、ミシシッピアカミミガメ(ミドリガメ)は一大コミュニティを築いていたようです。

よく群れになって甲羅干しをしているのを見かけました。

 

外来種の氾濫はもちろん、飼いきれなくなって放してしまう人間の責任です。

 

そういえば僕も小学生の頃、ミドリガメを飼っていたけど、最後どうしたのか憶えていない。

たぶん、近所の公園の池に放して生態系を壊すことに繋がったのだと思います。反省。

 

でもその頃は、ミドリガメなどは大きくなったら狭い水槽では可哀そうだから、近所の池や川に放してあげましょう、自然に返してあげましょうとアナウンスされていました。

 

昭和40年代は、それが正しい行い。

生き物に対する思いやりのある行い。

子どもも大人もそう信じていました。

 

そんな昭和の古い常識を大掃除して、捨てるものと、遺し伝えていくものとをちゃんと仕分ける――そうした時代になっているのだと思います。

もちろん、いまの知識・常識が未来永劫不変のものとは限らないけど。

 

良いことも悪いことも、正義も常識も価値観も、時代によってどんどん更新される。

「知らなかった」では済まないこともたくさんあります。

本質を見抜ける目を養わななくてはね。

自分にとっての、お正月の抱負です。

 


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秋田犬×なまはげ×ナマケモノ

 

 一昨日は酉年の話をしたので、当然、本日は来年の干支・戌年の話だワン。

 この間、京王線に乗ったら全車両が秋田犬に占拠されていました。

 数年前から秋田県のキャンペーンで大人気。

 戌年を迎えて、ますます活躍しそうです。

 

 その秋田犬の話によると、秋田では大みそかの夜になまはげが来るとか。

 「泣いてる子はいねーが」という、あのなまはげです。

 あんなのがいきなり家の中にドヤドヤ入ってきたら、そりゃ小さい子は泣いてしまうに決まっています。

 

 子供を泣かすのが、なまはげのミッションかと思っていたのですが、なんと、大人にも!

 「なまけものはいねーが」と脅すというのです。

 

 これは知らなかった。

 泣いてる子だけじゃなく、怠け者も糾弾されるとは!

 

 もし今晩、やれやれお疲れさんと一杯やって、ゴロゴロこたつで寝転がって紅白なんかを見ている時に、いきなり「なまけものはいねーが」となまはげが入ってきたらどうする?

 

 「いや、おれは今年一年、一生懸命がんばった。

 だから今夜は疲れを癒すためにこうして飲んでる。自分へのご褒美なんだ。怠けてなどいるものか!」

 

 と、きっとあなたは抗弁するでしょう。

 

 けれども相手はなまはげです。

 そんな言い訳など聞いてくれるわけがありません。

 

 「本当に怠けてなかったか、胸に手を当ててよーぐ考えろ」

 そう迫られたら自信がぐらぐら揺らぐに違いありません。

 

 おれは自分では頑張っていると思ってたけど、それはただの思い込みじゃないのか?

 実はすごく大切なところで怠けていたのではないだろうか?

 自分がやるべきことを忘れているのではないだろうか?

 

 そうなのです。

 仕事の納期や、雑用の期限、支払い期日はしっかり守っているからと言って、人生で自分がやるべきことのタイムリミットまで守れるとは限らない。

 そもそも人生の締め切りがいつなのかは分からない。

 

 でも逆に言えば、毎日あくせく働いてるばかりじゃだめ。

 たまには怠けていないと、そんな心の声を聴くこともできません。

 なまはげとなまけものはナマナマコンビで良い友だちなのかも。

 

 そういえば今年の元旦、僕のブログは「神ってるナマケモノ」の話で始まりました。

 ナマケモノで始まり、ナマケモノで終わる2017年。

 2018年も「翔るナマケモノ、走るナマケモノ、神ってるナマケモノ」を合言葉に怠けつつ、与太話を書いていこうと思います。

 

 いつも読んで頂いている皆さん、どうもありがとう。

 良いお年を。

 


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「鳥のように自由に」と80歳になって語れるか?

 

 酉年ももうすぐ終わり。

 先月東京しゃもの取材でお会いした、生産組合の組長・浅野養鶏場の浅野さんは齢80ながら、パラグライダーで空を飛ぶ鳥人でした。

 その浅野さんの言葉が耳に残っています。

 

 「鳥のように自由に生きたかったんだ。

 それを母親に言ったら『じゃあ勤め人にはおなりなさるな』と言われたんだよね。

 だから自分で養鶏をやろうと思った」

 

 いまや大学も就活工場と化す時代だけど、

 戦後の混乱期・食糧難の時代を経験した人が、こんなセリフをさらりと言うとやっぱりカッコいい。

 

 それで尊敬する専門家に話を聞きにいったところ、

 

 空を飛ぶ鳥は体重を軽く保つ必要がある。

 そのため、最小の筋肉で最大の飛翔エネルギーを生み出せるよう、身体の構造が進化した。

 だから常に新鮮な酸素を必要とする。

 飛べなくなった鶏もその生命の原理は同じ。

 なので鶏を飼うなら常に風が良く通る土地でやるべき。

 

 そんな話から現在の秋川の地に養鶏場を開いたといいます。

 その後、日本の市場にブロイラーが入り、席巻されたけど、浅野さんはアメリカが仕掛けたブロイラー戦略に乗らず、国産の採卵鶏にこだわり、やがて東京しゃもの開発に協力。

 今も生産組合の組長を務めています。

 

 昼間は1万羽の鶏たちの世話をし、夜は絵を描き、声楽をやる芸術家的生活。

 厳しいけれども楽しい、楽しいけれども厳しい。

 それがフリーランスの人生。

 

 鳥のように自由に。

 僕たちには空を飛ぶための翼があることを忘れてはいけない。

 


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少年アキラ:ガキどもはくじ引きに命を懸ける

 

 この季節になると、どうしたって来年の運勢が気になるのが人情です。

 運の良し悪しは人生を大きく左右します。

 子どもだってそれは同じ。

 てか、そういうことには実は大人よりもうんと敏感に神経をとがらしている。

 

 自分にはどんな能力があって、どう生きていけるのか。

 特に小学生はめちゃくちゃそういうことを気にしていて、悲しいかな、10歳を過ぎるころには自分の力の限界をある程度知ってしまう。

 ケンカでもスポーツでも勉強でも、自分がどれくらいのレベルにいるのか、ある程度見えてきてしまいます。

 

 子供の夢は無限だなんて、無責任に大人は言うけど、そんな話を真に受ける子どもは、せいぜい小1くらいまででしょう。

 サンタって本当は・・・と言いだすのと同じくらいでしょうか。

 もちろん「自分はこの程度か」と悟った後から本当の勝負が始まるわけだけど。

 

 なので、じゃあ運はどうだ?となる。

 僕の愛読書の一つ「少年アキラ」(ゆうきえみ:作)はそれがテーマです。

 

 時代設定ははっきり示されてないけど、どうやら昭和40年代後半(1970年代前半)あたりの、どこかの街。

 なんとなく「ちびまる子ちゃん」と共通する世界観です。

 

 ガキどもが学校帰りにたむろする駄菓子屋に、秋のある日、ドドン!と「金くじ」なる黄金の福引みたいなくじ引きマシンが出現。

 子供らは夢中になり、一等の超合金ロボットを手に入れるために命を懸けてくじ引きに挑むという物語です。

 

 主人公のタカシはちょっと気の弱い、あんまり運も良くなさそうな男の子。

 それにタイトルにもなっているアキラという、ちょっとワルっぽい転校生が絡み、友情のような、そうでもないような関係になっていく。

 なんとか一山当てて逆転を狙う、うだつの上がらないチンピラコンビみたいにも見えます。

 

 出てくるのはなぜか男子ばっかり。

 こういう非合理なことにエキサイトするのは男の専売特許ということでしょうか。

 作者のゆうきさんが女性なので、バカバカしいことに血道を上げる男の気質に憧れるのかも。

 

 「命を懸ける」というのは、けっして大袈裟な表現ではありません。

 大人にとっては「そんな下らないことやってる暇があったら勉強しろ」とい

うようなことも、子どもにとっては自分に未来があるかどうか確かめる大きなイニシエーションのようなものだったりします。

 

 それぞれの家庭の事情なども描かれ、物語に陰影をつけているけど、主軸はタカシやアキラをはじめとするしょーもないガキどもと、その前にぬりかべのように立ちはだかる憎たらしい駄菓子屋の親父との対決。

 

 しかし、クライマックスでその対決が劇的に転換し、何とも言えない切なさとなって胸にしみこみます。

 ああ、こうやって僕たちは子供時代をサバイバルして来た。

 こうやって挫折の痛みに耐えるために心に鎧を着こむことを覚えてきたんだなぁとしみじみ。

 

 児童文学だけど、大人が読むと全然違う楽しみ方ができると思います。

 福島敦子さんの絵も絶妙な味があって、アキラの表情など歪んでて邪悪で、それでいて三下のヘナチョコっぽくて、好きだなぁ。

 

 でも自分は運がいいのか悪いかなんて、実は最後の最後まで分からない。

 けどそれも、何とかカッコだけは大人になって、ここまで生き延びてこられたから言えることなのかも知れません。

 

 いずれにしても皆さんも僕も、新年が良い年になりますように。

 


36年目の旗揚げ記念日

 

昨日は昔やっていた劇団の飲み会でした。

6年ぶりくらいだったと思います。

声をかけた中から約半分の8人が集結。

全員、外観はかなり劣化しましたが、頭の中はあっという間に30年以上バック。

楽しかったけど、あの頃はこんなふうになっているなんて、まったく想像できなかったなぁ。

もうこの世にいないやつもいるし。

 

たまたまだったのですが、ちょうど36年前の今日(12月4日)が旗揚げ公演の初日でした。

新宿ゴールデン街のすぐそばにあったスペースデンというキャパ100人の小さな小屋で自作を上演しました。

 

当時はパソコンはおろか、ワープロもまだ普及していない時代で、台本はわら半紙にガリ版刷りでした。

後年、メンバーの一人が残っていた台本をパソコンでデータ入力してくれたものが、今、手元にあります。

 

サン・テグジュペリの「星の王子様」をもモチーフにしていて「子供でも観られますか?」という問い合わせがあったのを覚えています。

 

話は「星の王子様」とは似ても似つかぬものだったけど、読み返してみると、今では考えられないほどのエネルギーに満ちている。

この後もいろいろ書いて、構成やら表現技術やら、客観的にうまく見せることは多少上達したと思うけど、どれもこれ以上のものになっていない気がします。

 

いったいなんでこんなものを書いたのか、書けたのか、芝居ができたのか、自分でも不思議でしかたない。

でもきっと、これは仲間がいたから書けたんだな、そのバリエーションで今までもの書いて生きてきたんだな、と思います。

 

もう36年も経っちゃったけど、この際、年月は関係ない。

昨日会った7人をはじめ、死んでしまったやつも含めて、本当にあの頃の仲間には感謝したい。

そして、単なる青春の思い出でなく、なんでこんな話を書けたのか、自分の中にあるものをもっと解明していきたい。

 

 


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●子どもや動物にモテる妻と、そうでない夫、そして人生のミステリーとハッピネスについて

 

うちのカミさんは子供や動物にモテる。

べつに子供や動物が大好きというわけではない。

むしろ子どもに対してはいたってクールだし、ペットを飼ったこともないし、ネズミ類などの動物は大嫌い。

 

だけどなぜだか子どもはよくなつくし、言うことをちゃんと聞く。

 

僕は道でネコに会うたびに対話を試みるが、ほとんど相手にしてくれるネコはいない。

なのに、彼女にはイヌもネコもクンクン、ニャーニャー寄ってくる。

 

なんで?

こういうのは生まれ持っての才能なのか?

(彼女はその才能を活かして、小児鍼という、子供を診る鍼をやっている)

 

子供や動物を愛してやまないという人ならわかるが、どうも納得できない。

なんだか不条理だ。

長らく僕にとって人生のミステリーとして濃い影を落としている。

 

なにかコツとか、ノウハウとか、心がけとかあるのかと聞くと、

「そんなもの、あるわけなでしょ」と一蹴される。

思えばこの20数年、そうしたやりとりを繰り返して暮らしてきた。

 

長く生きて、いろいろ経験を積めば、その謎が解けていくのではないか。

なるほど、そういうことだったのかと、いつかすべての霧が晴れる日が訪れるのではないかと漠然と思っていたが、どうもそういうものではないらしい。

 

わからないやつには一生わからない。

バカは死ななきゃ治らない。

これはそういう類の事象だ。

 

ネコにすり寄られようが、無視されようが、人生の大きな損失になるわけじゃないのだが、やっぱりちょっと悔しい。

 

でも彼女が子供やイヌ・ネコにモテた話を聞いたり、目の当たりにするのは悪くない気分である。

 

人間も世の中も理路整然とはしていない。

ロジックにとづいて動いている物事はむしろ少なく、大事なことは不条理だから面白かったりもする。

すべてのミステリーが解決して、空には一片の曇りもなく、影もなく霧も出ない人生はかなりつまらなそうだ。

 

いずれにしても、そういう才能に恵まれなかったぼくも、しゃーないから少しは努力しようという気になる。

 

そしてたまにネコとのコミュニケーションに成功したりすると、得も言われぬ幸福感・充実感に包まれるのである。

 


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京都探訪記2017⑥:新選組ゆかりの壬生寺は、ゆりかごから墓場までの下町京都のおへそ

●新撰組と壬生寺

 

 壬生寺と言えば、京都に出てきたばかりの頃の新撰組の駐屯地として知られるお寺です。

 嵐山線・四条大宮の近くにあり、この界隈は京都の下町風情が味わえる地域で、今にいたるまで、地域のコミュニティのおへそとして親しまれています。

 

 境内には資料館があり、その庭には凛々しき近藤勇局長の銅像。

 

 そしてもちろん、全国の新選組ファン巡礼の足跡も。

 最近はゲーム化もされているそうで、やたらアニメチックは美青年隊士が目立ちます。

 

●新選組血風録

 

僕が近藤勇と初めて出会ったのは、司馬遼太郎の「新選組血風録」の中でした。

「虎鉄」という名刀を手にし、それを手に勤王の志士をバッタバッタと斬るのだが、じつはこの虎鉄が真っ赤な偽物。

 

しかし、近藤さんはこの偽物の凡刀を、自分の信念(というか思い込み)で本物の名刀に変えてしまうという、すごいけど、ちょっと笑えるお話でした。

(その後、本物の虎鉄を手に入れるのだけど、「こんな刀はなまくらだ」と言って使わない・・・というオチがついていた)

 

司馬遼太郎氏はなぜか近藤勇を、思い込みは強いけど、ちょっとおつむのキレが悪い、昔のガキ大将みたいなキャラとして描いて、頭がキレまくる策士の土方歳三と対比していました。

 

土方主役の名作「燃えよ剣」はまさしくその司馬流新撰組の真骨頂。

おかげで長らく近藤さんのイメージはダウンしたままだったけど、2004年の大がドラマ「新選組!」で三谷幸喜の脚本と、香取慎吾の演技がそれを払拭したかなという感じ。

 

●昭和歌謡「あゝ新選組」

 

その他、かつて三橋美智也が歌った「あゝ新選組」という歌の歌碑があります。

単に歌詞が書いてあるだけでなく、スイッチを押すと、いかにも昭和歌謡という歌がフルコーラスで再生。

5分近い長尺ですが、ついつい聞き惚れてしまいます。

 

●インドの仏像、壬生狂言

 

資料館の中には、その和装の近藤さんと洋装の土方さんの、あの有名なポートレートが堂々鎮座。

お寺の記録には、新撰組が境内で教練などを行って、迷惑だなどと書かれていたそうですが、それが150年以上の歳月を経て、お寺の繁栄に貢献しているのだから面白いものです。

 

しかし実はこの壬生寺、新撰組だけのお寺ではありません。

古くから伝わるエキゾチックなインドの仏像や、江戸時代初期から根ざした庶民のエンターテインメント「壬生狂言」と、3本立てコンテンツで見どころ満載です。

 

壬生狂言は年に数度行われており、ホームページから日程を調べて予約すれば、観光客も楽しめるとのこと。

 

●保育園・養老院を経営

 

壬生寺の敷地には保育園があり、養老院が二つ建っています。

奥には墓地があり、まさしく「ゆりかごから墓場まで」人生丸抱えという感じ。

資料館の受付をしていたおばさんも子供の頃からお世話になっている、と言ってました。

 

地域に深く根付き、文化を育てるコミュニティ拠点として親しまれる壬生寺。

国宝や世界遺産の寺院もいいけど、こうして庶民と一緒に歴史を重ねる下町のお寺もLovelyです。

 


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江戸東京野菜たっぷり取材

 

約2ヵ月ぶりに八王子へ出向。

「マイナビ農業の取材」で、江戸東京野菜を生産・広報している小城プロデュース・福島秀史さんのところへ。

2時間余りにわたってたっぷりお話を伺いました。

 

2020年・東京オリンピックに向けて、地場野菜である江戸東京野菜の存在がぐーんとクローズアップ。

 

実際にその野菜を生産しながら、広報・普及活動を手掛け、江戸東京野菜の情報・ストーリーを発信している同社の活動は注目に値します。

 

けれども、これはけっしてオリンピック景気的な一過性のブームに終わらせない、と熱く語る福島さん。

江戸・明治・大正・昭和と続いてきた時代の食のストーリーが、この伝統野菜には詰まっています。

 

今日はその一つ、「伝統大蔵ダイコン」のB級品(ちょっと傷物)を購入。

 

畑では、希少な品種「高倉ダイコン」も収穫シーズンを迎えています。

 

来月は、失われた日本の原風景の一つ、高倉ダイコンの干し風景を見られる食べつくしツアーにも参加・取材予定です。

 


勤労感謝の日は農業感謝の日に

 

●昭和の勤労感謝はシンプルだった

 

僕が子供の頃、勤労感謝の日とは、働いていない人が、働いている人に感謝する日でした。

「今でもおんなじでしょ?」という声が聞こえてきそうですが、ちょっとニュアンスが違っていて、もっと具体的にその時代のイメージを話すと、

 

働いていない人とは子供や家庭の主婦であり、働いている人とはお父さん。

 

さらにそのお父さんの中でもサラリーマンなどの営利追求型イメ―ジの人たちよりも、消防士とか救急隊員とかおまわりさんとか、社会全体のための奉仕型職業の人たちのほうが感謝の対象の番付で言うと一枚上。

 

さらにちょっと年輩の大工さんとか植木屋さんのような職人も一枚上でした。

 

歌手やら俳優やら芸人やら作家やらは「勤労者」のカテゴリーには入っていませんでした。

 

子供雑誌などには、子供たちが感謝の心を表すために街に出掛けて、おまわりさんや大工さんにちょっとしたプレゼントをしていました。

 

そして家に帰ると、そういえば(サラリーマンの)お父さんも一応勤労者だね、といったオマケ扱いで、特別にお酒を飲ませてもらうという、そんなシーンが描かれていました。

 

●現代の勤労の観念と定義

 

そうした牧歌的な、わかりやすい構図の世界は、今は昔。

 

現代では「家庭の主婦は、働いていない人」なんて言ったら、毎日ごはん作って、掃除して洗濯しているのは労働じゃないのか!」と怒鳴られそうです。

 

いや、家族のためにごはんを炊いて洗濯するのは労働じゃなくて愛情だ、と返すことは出来そうですが・・・。

 

ほとんど身体を動かさずに一日中パソコンやスマホをいじくっている人たちも「働いている人」とは認識されにくいでしょう。

 

金融業でお金を動かしている人たちも、ビジネスをしているとは言えるけど、勤労しているとはあんまり思われないでしょう。

 

歌手やら俳優やら芸人やらも「僕たちは皆さんを楽しませるために働いているんです」と言えば勤労者だし、子供だって、おとなを幸せにするために働いているとも言えるし、そういう理屈だとペットの犬猫だって、ただゴロゴロしているだけでもちゃんと人を癒すために働いている、とも言えます。

 

そう考えると、現代では「働いていない人が、働いている人に感謝する勤労感謝の日」というのは成り立たなくなりそうです。

 

そのうち、社会のためにあれこれ身体を動かして働いてくれるのはAIやロボットだから、1年に1度の勤労感謝の日は、人間がメカに感謝する日にしよう――となりそうです。

 

●行為そのものへの感謝?

 

いや、そうじゃない。

そもそも勤労感謝の日は、働いていない人が、働いている人に感謝する日ではない。「様々な労働・勤労という行為そのもの」に感謝する日なんだ、という意見もあるでしょう。

 

こうなると、では労働・勤労の定義とは何か? といった哲学的命題に関わり、ドツボにはまりそうですね。

 

●11月23日の歴史

 

実は、11月23日は、もともとは飛鳥時代からあったといわれる「新嘗祭(にいなめさい)」というお祭りの日でした。

 

新嘗祭とは、その年に収穫された新米や新酒を天地の神様に捧げ、天皇と国民が一体となって、天地自然の神々に感謝し、収穫を喜び合う国民的な祭典。

 

ところが1945年の敗戦後、GHQによる政策で、国家神道の色が強い新嘗祭を排除し、違う名前の祝日にする、ということで制定されたのが現在の勤労感謝の日でした。

 

なお、新嘗祭は、今でも大切な宮中行事のとして執り行われています。

 

●いっそ農業感謝祭に

 

最近、マイナビ農業の仕事をしているのに加えて、そんな歴史的経緯を知ると、勤労感謝の日は、やたら風呂敷を広げて「働く人に感謝しよう」というよりも、農産物、それを収穫する農業従事者の人たちに感謝する日と、限定したらどうでしょう。

 

僕たちの大切な食糧を作っているわけだからね。

食べ物に、地球環境に感謝する意味合いも含められる。

時代が変わり、ライフスタイルが変化しているのだから、祝日も変えていったらどうなのかな?

 

 


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ケロケロっとくだらないことをかんガエル

 

莫妄想(まくもうそう)

妄想すること莫れ。

くだらないことを考えるな。

京都・天龍寺にて。

 

けれども、随想・夢想・空想。

そして奇想、飛躍する発想。

面白いアイデア・偉大な発明・ビッグな事業も

もともとみんな妄想から始まるのではないかと思います。

 

妄想もまた想像力。

何がくだらないのか、実はくだらなくないのか、

先に行ってみないとわからない。

未来のために一生懸命くだらないことを考えよう。

 


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京都探訪記2017⑤:宗教的空間とインターネットに関する考察

●嵐山・天龍寺訪問

 

 京都ではいろいろなお寺を訪ねました。

 清水寺や金閣寺は外から建物を見るだけでしたが、祇園の建仁寺、駅近の東寺、嵐山の天龍寺などは堂内の空間や庭園もたっぷり楽しみました。

 

 天龍寺では達磨大師の肖像をはじめ、堂内の各部屋、襖絵、さらに庭園など、それぞれの空間そのものが美術のよう。

 広々としていて清々しく、まさに心洗われ、癒される気持ちのいい空間です。

 

 敷地内にある料亭で精進料理を食べましたが、これもまた一種の美術品で、味も雰囲気も大満足。。

 

 仏教寺院としての毅然とした空気は、観光客でごった返していても、なんとかそれなりに保たれています。

 

●宗教における空間づくり

 

 宗教において空間づくりは最重要課題です。

 

 世俗の日常空間の中では届かない言葉・音楽・思念といったものが、寺院とか聖堂の中だとズバッと届きます。

 脳がその空間の気の流れを感じとって、脳波をチューニングして合わせるかのようです。

 

 宗教者はそのことをよく知っており、建築や内部の装飾・調度品、美術におおいにこだわりました。

 

 目、耳、鼻、肌、そして舌も。

 五感を通して、この空間に入った人たちの脳は「信者の脳」になるわけです。

 

●カルト宗教の空間

 

 カルト宗教などはこれと同じ理屈で、目を付けた人間を日常生活の空間から切り離し、自分たちのアジト的空間――一種の密室に引っ張り込むことによって、洗脳します。

 

 日常空間にいれば簡単に見破れるインチキも、そうしたカルト信者だらけのアジト的密室空間に入ってしまうと、脳が誤作動を起こして、たやすく暗示にかかってしまいます。

 

 なにせ多勢に無勢。

 正しいことを言っているのはあっとで、自分は間違っていると思い込まされてしまう。

 よってインチキがホントに見え、あたかも奇跡が起こっているように錯覚してしまうのです。

 

●無宗教の増加とインターネットの普及

 

 世界的に無宗教の人が増えているようです。

 

 現代日本は、クリスマスやバレンタインなどのキリスト教行事をイベントとして楽しみ、葬祭・供養は仏教のスタイルを採り入れています。

 が、内実は無宗教。

 

 こうした日本のやり方を世界各国、真似し出したようで、「都合のいいところだけ持ってきて、パッチワークすりゃいいじゃん」という考え方が庶民の間で蔓延。きちんとした儀式や作法は、身分が上のほうの人たちにまかせときゃOKというわけです。

 

 因果関係は明確にできませんが、どうもその背景にはインターネットの普及が関係しているように思えます。

 

 ネット上にいろんな情報があふれ、誰でもPCやスマホでデータ化された知識を手に入れられるようになると、非科学的な物事はちっとやそっとでは信じられなくなるのでしょう。

 

 なんといっても歴史の中で宗教が人々を支配できたのは、情報を集約し、必要に応じてそれらを求める人に分け与えることができたから。

 だから宗教はありがたいもので、宗教者は偉い人たちだったわけです。

 

 そうした長く保たれてきた虚構は、洋の東西を問わず、科学万能となった100年とちょっと前あたりから次第に崩壊。

 それがこの10年あまりのインターネットの普及によって、急速に進んだ感じがします。

 

 こうした風潮を嘆く声も聞こえますが、僕は良いことだと思います。

 20年あまり前、地下鉄で猛毒のサリンガスをばら撒いたオウム真理教は、教祖が起こすミラクルを見せて信者を集めていたようですが、今のようにネットが発達していれば、くだらないスピリチュアルに引き付けられず、信者も増えなかったでしょう。

 

 ただ、そのスピリチュアルに引き付けられたいと欲している人、洗脳されたいと願っている人が、いつの時代でも一定数いるので、話はそう単純ではありません。

 

 こういう人たちの脳は、いつでも洗脳スタンバイOKになっているので、ほとんど防ぎようがありません。

 

 こうした人たちを狙って、そのうちインターネットが宗教の代わりをするようになり、AI教祖やらロボット教祖が出てくるのではないかと考えると、冷汗が出ます。

 

●これからの宗教の生きる道

 

 カルトは別ですが、インターネットの影響もあって、この先、広く人々を引き付けるカリスマ的な宗教者はもう現れないでしょう。

 

 その時やっぱりものを言うのは、こうした心洗われ癒される、ひろびろ美術空間と設えた宝物。

 そして、その空間を活かした「写経」などの個人的プチイベント。

 そうしたものをいかに世界中にアピールするか――。

 お寺もいろいろ戦略を立てなきゃならない時代だなぁと感じました。

 


ぐゎぐゎタオルと世界共通言語

 「うわっ、ここでもチュパチュパやってる!」

 

 最近、スーパーでも電車の中でも、やたら指をしゃぶっている子供が目につきます。

 それもだいたいは親指。訊いてみたことはありませんが、おそらくいちばんしゃぶりがいがあるからでしょう。

 もちろん、何らかの理由があって子供の間で指しゃぶりが流行っているわけではありません。 なんというか普遍的な習癖です。

 

 うちの息子も一時期、これが大好きで、眠くなるとしゃぶり始めます。

 「うわっ、始まった」

 と思ったら、ものの1分もしないうちに寝息を立てはじめるのです。

 

 指しゃぶりの前は「ぐゎぐゎタオル」でした。

 お気に入りのクマの絵柄のバスタオルがあって、洗濯を重ねてかなりくたびれてきて物ですが、そのくたびれ具合が手でつかんで、しゃぶるのにちょうどよかったのでしょう。

 まだ喋れない1歳前後の頃、いつも「ぐゎぐゎ」とそのタオルを求めて端っこの方をしゃぶっていました。

 

 それでいつも不思議に思ったのが、そのタオルを指す「ぐゎぐゎ」という言葉。

 「ぐゎぐゎ」って何だろう?

 「くまクマ」って言ってるのかな?

 夫婦で考えてみましたが、謎は解明されませんでした。

 

 それが最近、妻が外国人から英語圏でも同じようなシチュエーションで[Gua Gua」という言葉を発すると聞いたのです。

 

 どうもこの「ぐゎぐゎ」いうのは食べ物につながる言葉で、世界中の子供が使うらしく、世界共通言語のようです。

 

 幼い頃は国や民族の区別なく、みんな共通の言葉を持っていたのでしょう。

 とくに食べるというのは生存の基本条件なので、それに関する伝達表現はいち早くマスターするのだと思います。

 

 というのはあくまで仮説ですが、けっこう信ぴょう性の高い話。

 幼い頃の息子の友達だった、日本とオランダのハーフの女の子は、話す相手と状況によって、日本語・英語・オランダ語を縦横無尽に使い分けていました。

 プリミティブな脳は、本当にすごいなと思った。

 

  いろんな国の人・いろんな人種の人と言葉が共有でき、対話できる。

 ――そんなオープンでプリミティブな脳の機能が、いつでも取りもどせるといいのになぁ。

 


国境なき医師団に遺贈の問い合わせ急増

 

 先月末から今月初めにかけて有楽町・交通会館で開かれた「学べる終活テラス」。

 月刊仏事の取材で出向きましたが、実行委員会の代表に話を聞くと、最近、国境なき医師団の日本支部へ「資産を遺贈したいのだが・・・」というメールだか電話だかが頻繁に来るとのこと。

 それで実行委員会にどうしたものかと相談が来て、その結果、今回のイベントをすることになったのでそうです。

 

 お金も予約も要らず、誰でもフラッと立ち寄れる、というのがコンセプト。そして注力テーマは遺贈。

 高齢者人口の高い有楽町という場所が良かったのが、結構集客できたようで、今日来たメールでは、4日間でのべ約400人が参加したそうです。

 

 どうも貧乏人はお金さえあれば人生OKと考える傾向がありますが、あればあったでいろいろ心配事や面倒なことも多そうです。

 そしてまた、それまで私利私欲に走っていた人も、いざ人生を締め括る段になると、自分がやってこなかったことに関して、あれこれ悩むことになるのでは・・・。

 

 いずれにしてもお金の余っている人、血を分けた家族同士の血で血を洗う「争続」を見たくない人は、すすんでこうした社会活動に遺贈してほしいと思います。

 自分の財産がみんなのために、未来のために生きれば、こんなに幸せなことはないよね。

 


京都探訪記2017:外国人観光客の群れ、そしてKimono女の大増殖

 

 今回の京都旅行は22年ぶり。

 22年前に行ったときは、カミさんのお腹の中には息子がいました。

 時が経つの速いこと、速いこと。

 

 悠久の古都・京都もこの20年余りの間に大きな変貌を遂げていました。

 その最たる現象が、外国人観光客とキモノ女の大増殖。

 

●グローバリゼーションとITを体感できおすえ

 

 東京でもそうですが、近年やたら外国人が増えたなと思ったら、JapanRailPassという、外国人しか買えない全国のJR共通の切符があり、これを使うと東京・大阪間を新幹線で往復する程度の費用で、1週間日本中のJRが乗り放題。

 僕もかつてユーレイルパスという欧州一帯乗り放題の切符でヨーロッパ中を旅して回ったことがありますが、それと同じようなものです。これはお得!

 

 というわけでオールドジャパンの情緒・風情と、世界遺産の神社仏閣目白押しの京都は東京と並ぶ超人気観光地。

 

 そぞろ歩けば、中国語、韓国語、英語、ロシア語、フランス語、スペイン語、etc.・・・世界中いろんな言葉が四方八方から耳に入ってくるわ、自撮り棒にスマホやタブレットを括りつけてバシバシ写真を撮りまくるわで、21世紀のグローバリゼーションとIT化社会を改めて実感出来ます。

 

●お金かせぎながらお勉強できおすえ

 

 という状況なので、観光地で商売をしている京都のあきんどさんたちは、少なくとも商売に関する英語はペラペラ。

 

 錦市場の丹波の黒豆茶を売っている齢80になろうかというおばあちゃんも「ディスイズ・ブラックビーンズティー。20ピーシーズ・ティーバッグス・イン・1パケッジ。ドリンク・オーケー。プロイーズ・トライ」とか、じつになんとも、いわゆるナガシマさん英語で堂々と丹波の黒豆茶を試飲販売しています。

 

 ビジネス英語なんて、わざわざ月謝払って英会話スクールなんか行かなくても、ロンドンやNYCまで出かけなくても、京都の飲食店や土産物屋でバイトすれば、必要に駆られていくらでも喋れるようになりますよ。いっしょにお金も稼げて一石二鳥です。

 

 語学に限らず、これからはお金払って勉強するんじゃなくて、お金かせぎながら勉強する時代。そのほうが効率的だし、やらなきゃいかんからしっかり覚える。高い教育費払うのなんてバカらしいよね~。

 

●着物で歩きはったらどうでっしゃろな

 

 さてそんな中、うちのカミさんは今回、着物を着て京都を歩くというヴィジョンを持ってやってきました。

 観光ガイドブックなどを見ればわかると思うけど、ここのところ京都では「レンタルきもの屋」が大繁盛。

 

 昔から舞妓さんや花魁のコスプレをして写真を撮る、といったサービスはありましたが、そこから展開して今は、とても安いお値段でレンタル着物を着て街が散策できるのです。

 

 今回利用したお店の場合、インターネット予約割引もあって、1日¥1980で着物はもちろん、帯、足袋(使い捨て)、履物(女物はMとLの2種類サイズ。かなり履きつぶされているものもある)、さらに着付けサービス、お荷物預りサービスも付いていました。

 

 特に祇園・清水寺近辺は大激戦区らしく、いたるところにこのテの店が立ち並び、通りにはまるで真夏の花火大会の会場みたいハデハデの着物に身をまとった娘たちがウジャウジャしています。

 

 ちなみにこのレンタルきもの、基本的に安いポリエステルの生地でできています。

 ポリエステルなので発色が良く、見た目、ほとんどすべて浴衣に見える。

 そして、着終わった後はそのままガガガっと簡単に洗濯できるのが大きな特徴。

 お値段のことを考えれば、そうケチはつけられません。

 

 ただ、素材の性質上、モノはどうしても赤やらピンクや水色やらライトパープルやらの、若い子向きの明るくハデハデなものばかり。

 

 うちのカミさんは、幸いにもなんとか奥ゆかしい(?)柄を選び取ることができましたが、街を散策中の方の中には、結構なご年配の外国人レディが娘の浴衣みたいなのをまとって歩いています。

 ま、彼女らにとっては民族衣装を着ているような意識なので、とくに問題ないでしょうが。

 

 そんな光景を目の当たりにすると、京都では過当競争のこのビジネスも、ターゲットを、頭の中は10代・20代のエイジレス年配者にすれば儲かるのではないかな、と思いました。

 

●表も裏も京都のお味、楽しんでおくれやす

 

 日が暮れるころには、お店の中は脱ぎ散らかした着物でいっぱい。

 ゴミ箱は使い捨ての足袋でいっぱい。

 スタッフはほとんどがお客と同じお姉さんがただけど、1日終わった後の片づけは大変だろうね。

 情緒あふれる祇園の通り、清水の坂道。

 レンタルきものビジネスの舞台裏。

 ひと粒で二度も三度もおいしい秋の京都の旅。

 

 そうそう、日本語出来ない人、日本の文化がわからない外国の人も、舞妓さんにはおさわりしたらあかんどすえ。

 

 


京都探訪記2017:46年目の金閣寺ゴールデンミーティング

  原因不明の高熱、体中に発疹、唇が乾燥して荒れまくり、かさぶたができ、食事が喉を通らない。

 1971年5月、いまだに正体のわからない病気に侵され、10日間ほど伏せりました。

 これが今のところ、わが人生最長の病欠経験。

 それが小学校の京都・奈良行き修学旅行と重なりました。

 

 あとから封筒に入ったお金(積み立てた旅費)を返してもらいましたが、しばらくの間、修学旅行の思い出話や写真に興じるクラスの仲間からはじき出されて、やるせない気分になったのを思い出します。

 やはり思い出・体験はお金に代え難しということを、6年生でしみじみ学びました。

 

 その時、見逃した金閣寺に、11月2日~4日まで2泊3日の京都旅行でご対面。

 京都は成人してから何度か来ているし、金閣寺も割と頻繁に映像や写真で見ているし、三島由紀夫の「金閣寺」もちゃんと読んだので、まったく思いがけないことですが、なんと生で見るのはこれが初めて。

 

 人生初金閣寺。

 46年かけてのリベンジ。

 というほどのものじゃないけど、ちょっとキンキラした気分です。

 

 京都ドラゴンズ。

 新選組VS勤王志士。

 きもの女大増殖。

 日本古来の神社仏閣ビジネス。

 外国人旅行客の大郡団。

 社会問題化する市内交通。

 ホテル・旅館業界VS民泊ベンチャーの対決。

 

 などなど、面白コンテンツいっぱいの旅行だったので、

 今月は随時、五月雨式に「京都探訪記2017」をお届けしていきます。

 どうぞお楽しみに。

 


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かわいく楽しく、ずしっとさわやか、瑞高祭

 ピキー、キキキキ、ピー!

 と、バタバタする生後3週間の子豚ちゃん。

 

 べつにいじめているわけじゃないけど、元気良すぎて、だっこされて子供たちが触ると大騒ぎしちゃうのです。

 ちなみに体重は3~4キロくらい。

 小型犬くらいの大きさで、かわいいったらありゃしない。

 

 今日は西多摩郡の瑞穂町にある都立瑞穂農芸高校の学園祭(瑞高祭)。

 例によって「マイナビ農業」の取材に行ってきました。

 

 この学校は都内で唯一、畜産科学科のある高校で、広大な敷地の校内には畑などの農地とともに、豚や牛をはじめとする動物がいっぱいいます。

 

 ちょっと学園祭の様子を覗いてレポートさせていただくだけで・・・と軽い気持ちで出かけたのですが、思いがけず、良い意味でヘヴィな取材になって大充実。

 

 酪農、養豚、それぞれのリーダーの生徒(3年生)、校長先生、社会科の先生にインタビューしたり、牛舎ツアーに参加したりしました。

 

 生徒の皆さんの話はとてもしっかりしていて、ツアーのガイダンスも素晴らしい。

 この学校では動物や植物の世話なども学業の一環となっていて、話を聞くと毎日めちゃくちゃ忙しそうだけど、とても軽やかに楽しくやっているのが印象的です。

 

 この瑞穂祭、人出もものすごく、毎年2日で4千人も訪れるとか。

 畜産科学科のこうした動物ふれあいコーナーの他、手づくりのミルクやキャラメル、トン汁などの販売、園芸科の野菜やじゃがバタの販売、食品加工科の手作りみそやジャム、肉まん・あんまんなどの販売と、美味しいものも盛りだくさん。

 この地域の人たちにとっては秋の大きな楽しみの一つになっているようです。

 

 しかし、ただ楽しく――だけじゃなく、テーマは「生命に学ぶ」。

人間の食糧となる豚や牛を育て、親しんでいる高校の学園祭だけに、言葉だけでなく、お腹にずしっとくるものがあります。

 

 晴れた秋空同様、すごく爽やかな一日でした。

 良い記事にしますぞ!

 


靴みがき少年と有楽町で逢いましょう

 

 取材で有楽町の東京交通会館に出向いたら、何やら行列ができてます。

 覗いてみるとそこは靴みがきスポット。

 僕も似たようなのを被っているけど、キャスケット型帽子のレトロモダンないでたちの「もと靴みがき少年(?)」のおっさんたちが5~6人並んでキュッキュキュとお客の靴を磨いています。

 30分後、取材を終えてもう一度通ると列は倍の長さに。

 

  「おっちゃん、靴みがかせてよ」

 と、靴みがき少年が、たまたま声をかけたのが大会社の社長。

 

 その靴を磨く少年の一所懸命さに胸を打たれた社長、

 

 「小僧、わしの会社で働かんか」

 

 こうして靴を磨いたことをきっかけに少年は丁稚奉公から努力を重ねて、ついにトップに上り詰めた・・・

かつてはそんな物語がまことしやかに語られいました。

 

 どんな小さな仕事でも、まじめに丁寧に、一生懸命やっていれば、夢のようなチャンスと出会える・・・靴が汚れているから、という実用的な目的よりも、そうした古き良き時代(?)の郷愁というかロマンを感じてお客が集まってくるのでしょう。

 

 ましてや、魅惑の低音・フランク永井の歌う「有楽町で逢いましょう」の舞台ならなおさら。

 

 そんな夢とロマンの靴みがき物語に水を差すわけではありませんが、これはどうやらここに店を出している靴屋さんのレトロビジネスの仕掛けのようで1回1100円。

 

 そういえば生まれてこの方、靴磨きなんてやってもらったことがない。

 皆さんがどの程度の腕前かは分かりませんが、床屋で髭を剃ってもらうような感覚でやってもらうのもいいかもしれません。

 と思って列に並ぼうとしたところで気が付きました。

 

 「あ、おれ今日、スニーカーだ」

 残念ながら靴磨き体験はまた次の機会に。

 


eパン刑事、その愛と死とスマホ

 

 スマホを一生懸命いじくっている人を見ると、つい「何か良いニュースは入っていますか?」と訊きたくなる。

 さすがに街中で見ず知らずの人にいかなりそう問いかける度胸はないが、知り合いだと、しばしば実行している。

 

 「うれしい知らせは来ましたか?」

 「すてきな情報をゲットできましたか?」

 「心あたたまる良いニュースはありますか?」

 「幸せになる話は見つかりましたか?」

 「吉報はありましたか?」

 

 そんなふうに訊くと、みんな一様に戸惑ったような表情を見せて

 「いや何も・・・」

 「とくにこれといって・・・」

 「ぜんぜん」

 「ありません」

 「べつに・・」

 

 といった曖昧で、なんだか冴えない返事が返ってくる。

 一度も「はい」とか「うん」とか「来たけど秘密だよ。ウシシ・・」

 といった楽しいリアクションに出会ったことがない。

 

 良いニュースがないのなら、寸暇を惜しんでそんなに一生懸命見なくてもいいのに、と思うが、また次の瞬間には目を画面に戻して、再びいじくり出す人が大半である。

 これはかなり不可思議な現象だ。

 

 そう思っていろいろ考えてみると、これはもしかして喫煙に近い性癖なのではないかと思い至った。

 煙草の場合はつい口寂しくて、スマホの場合はつい手持無沙汰で、その行為で心のすき間を埋めようとする。そうするとストレスも軽減されるような気がする。

 要するに軽い中毒症状である。

 

 煙草を吸っている人に「おいしいですか?」と訊くと、やっぱりたいていは

 「いや、べつに、とくにこれといってうまくもないけど・・・」

 みたいなリアクションが返ってきて、

 「いや、そろそろやめようと思っているんだけどね」

 なんて心にもないことを言いだす。

 

 昔はちょっと違ってた。

 自分はタバコを愛している、という人は多かった。

 「おいしいですか?」と訊くと、

 「あたりめーだ。これが俺の生きがいだ!」ぐらいの啖呵を切るような人は、結構いたと思う。

 

 かく言う僕も啖呵は切らないまでも「うん、うまいよ!」ぐらい明快に応えたはずだ。

 

 僕がタバコを吸うようになったのは、周囲のいろいろな影響があるけど、大きな要因の一つとして松田優作のことがある。

 

 中学生の頃にテレビドラマ「太陽にほえろ!」で、松田優作演じる「Gパン刑事」が活躍していた。

 Gパン刑事は職務中に殉死するのだが、その最期が壮絶だった。

 彼は悪んの組織から一人の男を助け出すのだが、その男は恐怖のあまり錯乱状態になっていて、自分を助けてくれたGパン刑事を誤って撃ってしまうのである。それも何発も。

 

 Gパンン刑事は一瞬何が起こったのか、わけが分らないのだが、激痛のする自分の腹に手をやると、その手がべったりと血に染まっている。

 その自分の手を見た彼は

 「なんじゃ、こりゃあ!」と夜の闇の中で叫び、そのまま倒れ込んでしまう。

 そして仰向けになって、もう自分は死ぬのだということを悟る。

 

 どうして彼がここで、こんな形で死ななくてはならないのか?

 自分が救った人間になぜ裏切られ、なぜ撃たれるのか?

 1970年代前半の映画やドラマは、そうした人生の不条理を表現した作品、「人生に意味や目的なんてねーんだよ」とニヒルにうそぶくような作品が多く、当時の少年や若者はそこのところに心をわしづかみにされた。

 

 でも考えてみれば、人生も死も不条理に満ちているのは当たり前で、時代に関係なく、いつでもそうなのだ。

 

 それで話を戻すと、死を悟ったGパン刑事は震える手で懐中から煙草の箱を取り出す。

そして最後の力を振り絞って、タバコを1本取り出し、口にくわえ、火を点ける。

 やっとの思いで一服し、それで力尽きるのだ。

 

 死に瀕してまで吸いたいという、Gパン刑事のタバコへの偏愛が、僕がスモーカーになった大きな一因であることは間違いない。

 

 それから40年以上が経過し、この殉職シーンは、松田優作のキャリアの中でも名場面として数えられていると思うが、たぶん現代ではこういったシーンは観客に受けないし、優作のようなタバコが似合う俳優もいない。

 そもそもドラマとして成り立たないのではないかと思う。

 

 そこで僕の頭に浮かんだのは、eパン刑事の殉職である。

 暴漢に撃たれたeパン刑事は、自分の死を悟り、震える手を懐中に突っ込む。

 それで彼が取り出したのは愛用のスマホだ。

 彼は最後の力を振り絞ってスマホを見ようとする。

 そこで僕が声をかける。

 

 「何か良いニュースは入ってますか?」

 

 「いや、べつになにも・・・」

 

 その言葉を残して、eパン刑事は息絶える。

 

 現代の死の不条理。

 これはこれで感銘のある、味わい深いラストシーンではないかという気がする。

 (そんなことない?)

 


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ナルちゃん万歳! さらば平成(ちょっと早いけど・・・)

 

 昨日、日本橋高島屋前の通りで、「ナルちゃん万歳!」という看板を正面に掲げた大型トラックに遭遇しました。

 「ナルちゃんって誰のこと?」と一瞬思ったけど、皇太子殿下・徳仁(なるひと)親王様のことだとすぐわかりました。

 そのトラックは右翼団体の車だったので(でも街宣車でなく、静かに黙って走行していた)。

 

 それにしても右翼の皆さんが「ナルちゃん」って・・・。

 時代は変わった。

 親愛の情をこめて、ということでしょうか。

 

 皇太子さまは僕の同級生。

 別段ファンでも何でもないけど、やっぱりどんな天皇になるのか興味はあります。

 それももう再来年の話です。

 

 平成が31年3月で終わることが確定して、気になるのは次の元号。

 イニシャルは明治のM、大正のT、昭和のS、平成のH以外。

 手帳やカレンダーに合わせてということか、発表は半年前というから、来年の今頃にはもう決まっています。

 

 どんな元号になるのか、もしばっちり当てたら賞金出しますとか、そんなイベントはやらないのかな?

 

 もう一つ、新元号を発表するのは誰か?も気になるところです。

 

 あの小渕恵三さん(故人)が首相をやっていたことなんて大半の人が忘れているだろうけど、「平成」を発表した人だということはNever忘れません。

 

 ちなみに当時の小渕さんの役職は、竹下登内閣の内閣官房長官。

 

 もしかして娘の小渕優子さんがやるのか?

 それとも未来の総理・小泉進新次郎氏か?

 自民党はそのあたり演出するは結構うまいのではないかという気がします。

 

 そんなの政治に直接関係ないじゃんと思えることが意外と重要。

 魂は細部に宿る。 国民に良い印象を焼き付ける。

 政治も演劇なのです。

 

 小池百合子さんはそれがよくわかっていたと思うけど、民主党が政権を取った時代にゴタゴタ内輪もめしてダメになり、国民のトラウマになっていることを読めていなかったように思えます。

 

 あんなドタバタ劇を見せられれば、誰だってあの時の民主党とおんなじ。それなら自民の方がまだましじゃないの――と思わざるを得ません。

 

 そんなわけで選挙も終わり、ドラフトも終わり、10月も終わりになると、いよいよ平成の締めに入ります(正確には再来年の3月ね)。

 

 


人生の果てに辿りつきたい場所

 

 「自分の夢を話してほしい。いや、夢というより目標かな・・・人生の果てまで行って辿り着きたい自分の場所。」

 

 ラジオドラマを書いていて、こんなセリフを主人公の女が吐いた。

 最初は「自分の夢を話してほしい」だけだった。

 

 意味としてはそうなんだけど、どうも「夢」という言葉がぬるくて気持ち悪い。

 彼女は28歳の料理人で、人生の最期を迎えた男に最後の食事を作ろうとしている。

 それで彼に何が食べたいのか訊いているうちに話が展開し、自分の将来の話をする。

 

 彼女の出したい店は、自分の夢を語ってくれれば、一飯の恩義を施すという店だ。

 それでその夢の話。

 

 子どもなら良い。

 子どもには夢が似合う。

 でも、大人には似合わない。

 

 最近は大人も夢を語っていい――という風潮になっているが、自分も含めて、いいおっさん、おばさんに

「わたしの夢は・・・」

 なんて言われると、子供や若い連中に対するみたいに「そうか、がんばって!」とは素直に言えない。

 

 言い換えるなら、やっぱり「目標」なのではないか。

 けど、この言葉も何だかカッコよすぎるし、きっぱりし過ぎているし、四角四面なニュアンスがある。

 で、出てきたのが「辿り着きたい場所」。

 

 「辿り着く」という言葉には積極的なニュアンスと消極的なニュアンスが両方ある。

 夢を持って進むのだけど、半ばで崩れて、立ち直り、何とか目標を立てて進んでいくのだが、いろんな波風に遭遇して、寄り道したり、ちょっと休んだりしているうちに、いつの間にか潮に流され、漂流してしまった。

 それでも彼方に見え隠れする目標に向かって泳ぐなり、歩くなりしていく。

 

 世の中の大人って言うのは、だいたいそうなのでななのだろうか?

 完全に周囲に流されちゃったり、完全に目標を見失って漂流民になってしまっては困るけど、なんとか自分の場所に辿り着きたい・・・。

 

 人生の最期を迎えた男も、それだったら何か語れるのではないか。

 そう考えた。

 

 そう考えているうちに、ふと中島みゆきの「店の名はライフ」という曲を思い出した。

 

 ♪店の名はライフ おかみさんと娘 

  どんなに酔っても 辿り着ける

 

 中島みゆきがデビューして間もない頃、確か2枚目くらいのアルバムに入っていた。

 ドラマチックな人気曲と違って、ほぼ同じメロディー、同じリズムが淡々と繰り返され、彼女がかったるそうにズラズラと上記のような歌詞を歌っていく。

 

 劇的な世界とコントラストをなす日常的な世界――けれども、とてもタフな心とやさしさと希望を秘めた世界が広がっていた。

 

 なんとか自分が望んだところの少しでも近くに辿り着きたい。

 僕はそう思うし、人生の最期を迎えた男もそう思うだろう。

 28歳の料理人の女にはまだ夢という言葉が似合う。

 

 けれども彼女はこの話の最後に、思ってもみなかったところに「辿り着く」ことになっている。

 一応、そうなる設定:目標を立てて書いている。

 

 


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民主化・ロボ化・個別化が進む宿泊ビジネス

 こんど初めて民泊を利用してみることにしました。

 世界最大級という民泊サイト「AirB&B」にアクセス。

 

 夏、カミさんとお出かけの約束をしていたのですが、腰を痛めて叶わなかったので、11月初旬の連休に3日ばかり京都旅行。

ということで、目的地と予定日を入力すると、たちどころに候補の宿がずらっと出てきました。

 

 ホテルや旅館のように「Welcom、ドドーン!」という感じではなく、外観や周囲の環境の一部、部屋の一部の画像がごく控えめに、雰囲気が伝わる程度にはんなり。

 

 京都なので、中には由緒ある大きな古民家をリノベしたところもあって、いいなと思うと、やっぱりそれなりのお値段。

それでもグループで行って、みんなでシェアすればホテルや旅館よりも断然お得だし、ジャパニーズテイストに浸りたい外人さんなどにとっては、こういうところに泊まること自体が目的の旅になりそうです。

 

 で、第一候補の築80年の長屋をリノベしたところが面白そうだったので申し込んだけど、こちらはNG。

 第2候補は川沿いの家。せせらぎを聞きながら京都の情緒に浸れるかと思ったら、部屋の内装がサイケすぎて、こちらもNG。

 そして第3候補。今どきのフツー感が漂うところでしたが、雰囲気は好ましく、中心地で交通の便もよさそうなので、ここに決定。

 パスポートの写真とサイト専用アプリで撮った写真を紹介して申し込み完了したら、秒速でOKの返事が到着。

 その後送られてきたDropBox内には詳細な住所・地図、家の外観、そして鍵を開けるための認証番号が。もちろん、この番号は利用客が来るたびに交換します。

 

 というのが「AirB&B」で民泊を探す際の段取りです。

 よくできたシステムでたたしかにこんなのが蔓延り人気になったら、ホテル・旅館業界は大打撃を受け、ブチ切れます。

 

 しかし、インターネットを活用した、こうした民主主義・市場主義のビジネスの流れはもう止めようがない。

 

 加えて、都心の一部のビジネスホテルのように、チェックイン・アウトはすべてコンピューターで。なんでも自動化・セルフ化して、ロボットホテルまであと一歩というところも増えてきまました。

 

 こうなると、セレブ御用達のみたいな超一流はべつにして、一般的なホテル・旅館はオンリーワンの魅力・個性をアピールし、他にはないユニークなサービスを提供しなくては集客できなくなっていくでしょう。

 

 一般的でなく、個性的でないと、また、お客のニーズ・リクエストにマッチしていないと立ちいかない時代。

 「ゲーシャロイドと楽しむ、昭和の社員旅行」とかね。

 

 業界はたいへんそうだけど、お客にしてみれば、いろいろユニークな宿が増え、面白い旅ができるのは大歓迎です。

 


安楽死できる国は幸せか?

●安楽死を合法化したオランダ

 

 以前、安楽死を題材にしたドラマを書いたことがある。

 「近未来SF」と評された(その頃はまだ「近未来」という言葉が結構流行っていた。今世紀になって以降、死語になった)が、20年あまりたった今、その近未来は、完全に現実に結びついた感がある。

 

 「月刊仏事」の新企画で「世界のエンディング事情」のリサーチを進めていたら、もうすでに安楽死が合法化されている国があった。

 2002年、すでに15年前、世界で最初に安楽死法を施行したのはオランダである。

 

 オランダは不思議な国だ。ドラッグも売春も安楽死も、悪徳ではないかと思えることをどんどん合法化していく。

 

 自由な意思を尊重している。

 

 と言えるが、見方を変えると、人間はどうしようもなく愚かで弱くて悪徳から逃れらえない存在である、という一種の諦観のような考え方が根底にあるのではないか。

 

 だから、たまには現実なんか忘れてラリりたいし、いろんな女とやりたいし、痛いのや苦しいのをガマンするのはイヤだから、助からないと分かったらさっさと死にたいし・・・といった素直な思いをみんな受け入れましょう、ということで、国が運営されているのかも知れない。

 

 一度、受け入れ、許されたものは再び戻ることなない。

 アムステルダムの飾り窓が観光の呼び物の一つとして定着してしまったように、安楽死もかの国の生活の中に溶け込んでいていく。

 

 そしてオランダに続いてベルギー、ルクセンブルグが安楽死を合法化している。

 ヨーロッパの中でも、どちらかというとマイナーな存在のベネルクス3国がこうした先進的(?)な社会を作っているのはとても興味深い。

 

●家族主体の日本ではやっぱNG?

 

 日本はどうか。これに倣って安楽死合法化は難しいと思う。

 日本の場合、根底に死は個人のものでなく、その周囲のもの――家族あるいは医療者に委ねられるものという暗黙の了解があるからだ。

 

 自分の命は自分の自由にしていい、という考えは許されない。

 

 そもそも安楽死するかどうかを決めるのはその人本人でなく、“させるかどうか”を決めるのは家族だ。

 

 生死を決する際は、家族の気持ちが個人のそれよりも強く働き、尊重されるようになっている。

 そうした歴史が続いてきて、ひとつの文化になっているから変わりようがない。

 

●安楽死の近未来

 

 しかし、それも僕の思い込みに過ぎないのかも知れない。

 

 最近の、人の内面を動かす時計の廻り方はとても激しく、最近は「個人」がずいぶん強調されるようになっている。

 もしかして10年後くらいには安楽死の合法化が、少なくとも検討されるところまではいくかもしれない。

 

 ちなみにオランダでは、安楽死数は2006年に約1900人だったが、2012年には約4200人までに増えているというデータがある。

 これは同国の年間死亡者数の3%に上る数でだという。

 ここから5年経った現在ではどうなのだろう?

 増えこそすれ、減っているとはとても思えない。

 聞くところによると最近では“安楽死専門クリニック”まであるようだ。

 1990年代に書いた僕のドラマの世界は、とっくに追い越されている。

 


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三度目の殺人:本当に大切なものを僕たちは見ようとしていない

●この物語はファンタジーであり、寓話である

 

 是枝監督はファンタジー作家、と言うと奇妙な感じがするかもしれない。

 いわゆるスピリチュアルともちょっと違う。

 でも僕たちが生きているこの世界には、普段、目の当たりにしている日常的な「見える化した世界」と、その向こう側にある「見えない世界」がある。

 

 サン・テグジュペリが星の王子様に言わせた「本当に大切なものは目に見えない」の「見えない」。

 

 もともとドキュメンタリー畑出身の人だが、現実の人間と社会の機構をつぶさに見つめるうち、そこを通り抜けて見えない世界に入り込めるようになったのだろう。

 

 この作品は同監督初のサスペンス映画というふれこみで、表面的には確かにその通り。

 だけど、なぜか僕は鑑賞後、8年前の「空気人形」という、ダッチワイフが現実の女の子になってしまうというストーリーの、寓話風な是枝作品と重なった。

 もちろんタッチは全然ちがうのだけど。

 

●弁護士・重盛と犯人・三隅

 

 福山雅治演じる重盛は、べったり「見える化世界」を代表するビジネスライクな弁護士。

 実際に弁護士と付き合ったことはないけど、きっと現実はこういう人が多いんだろうなと思う。

 加えていえば、世間で「デキる人」――いわゆるエリートだ。

 

 これまでいろいろな映画やドラマで弁護士は正義の味方的に描かれることが多かったが、本作の中では彼は、敵役の検察官と、仲を取り持つ裁判官と一緒に法廷という舞台で芝居を演じる役者だ。

 

 そしてそのお芝居の舞台裏で「今回はこのあたりで手を打っておきましょう、シャンシャン」という感じで被告人の生き死にが決められる。

 これもまた、きっと現実はこういうパターンが多いんだろうなと思う。

 

 それに対する役所広司演じる殺人犯の三隅。

 供述一つ一つで重盛を翻弄する。

 一見穏やかで、社会の底辺部近くで朴訥に生きる庶民。

 ではあるが、30年前にも一度、殺人事件を犯している前科者。

 彼は「見えない世界」を体現する人物だ。

 

●僕たちは重盛

 

 重盛のようなデキる人ではないけれど、僕たち見える化世界の住人は、彼の目線でこの三隅と対峙し、ドラマを体験する。

 

 するといかに自分がインチキな世界で生きているか、わかる。

 そして重盛同様、「本当に大切なもの」なんてどうでもいいと思っていることも分かる。

 

 僕たちは毎日忙しい。

 お金を稼ぐために仕事をしなきゃいけないし、家事だってしなきゃいけないし、ごはんもちゃんと食べたいじ、寝る時間だって必要だ。

 とにかくやらなきゃいけないことがいっぱいある。

 

 そんな中で、毎日を少しでも心穏やかに生きていくために――言い換えれば、何とかやり過ごすためには、真実がどうだとか、本当に大切なものだどうだとか、そんなことにいちいちかまっているのは面倒くさいのだ。

 

●神の目線と半神の少女

 

 もっと率直に言ってしまう。

 犯人・三隅は、神、あるいはそれに類する観念のメタファー(暗喩)だ。

 僕にはそう見えたし、きっと多くの観客がそう感じるだろう。

 (劇中、そう感じざるを得ないシーンがいくつもある)

 

 神、あるいはそれに類する存在だから真実を知っている。

 同時に、重盛や僕たちが、そんな真実なんてどうでもいい、と思って生きていることも知っている。

 すべてを見通す三隅の心を唯一動かすのは、広瀬すず演じる少女だ。

 彼女は神と人間の間に立つ半神のような存在に見える。

 

 彼女は足に障害を負っている。

 生まれつきの障害らしいが、なぜか彼女自身は、子供の頃、屋根から飛び降りてケガをしたから・・・と弁明する。

 何らかの社会的抑圧を受けて、そう弁明せざるを得ない・・・とも見て取れる。

 

 なぜ是枝監督は、足が悪い少女という設定にしたのだろう?

 彼女が「嘘つき」なのかどうかを考えさせるギミックなのか?

 それもあるが、彼女に半神としての役割を負わせるための、何かもっと深い意味を込めているようにも思える。

 

●いい話ですねぇ

 

 終盤、是枝作品には珍しく、カタルシスが来るのか、と予感する一瞬があった。

 でもやっぱり来なかった。

 いつも通り、カタルシスもハッピーエンドもない。

 観終わったあとに胸に留まるのは、いったい何だったんだろう?というわだかまり。

 この監督はけっして観客に明快な答を差し出そうとしない。

 

 でも重盛との最後の接見で三隅が呟く「いい話ですねぇ」というセリフがたまらなく良かった。

 あの一言を聞くだけでも、何度も繰り返しこの映画を観る価値がある。

 僕も重盛と同じく、「いい話」を信じたい凡人なのだ。

 たとえその「いい話」が真実ではなかったとしても。

 

 福山雅治も、役所広司も、広瀬すずも、素晴らしい俳優だ。

 


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大宮八幡宮・十五夜の神遊びとやさしい闇

 ぶらっと歩いて15分。

 近所のお宮で中秋の名月のイベント。

 17年前から始まり、恒例になりました。

 竹の灯篭は1200基。

 神殿前で松明もたかれて幻想的な雰囲気に包まれます。

 

 ついでにアンパンマンとドキンちゃんもライトアップ。

 つーか、ただ伝統に照らされてるだけだけど。

 

 神楽殿では「月の音舞台」と題して雅楽、そして尺八とバイオリンの演奏。

 バックにシンセを使ってきれいにまとめるのはちょっといただけなかったなぁ。

 素朴で完成度が低くてもいいから生音だけでやってほしい。

 

 でも帰りの参道で、虫の合唱が大きく響く中、離れたところからで尺八とバイオリンの音色が聴こえてくるのは味わい深かった。

 

 都心でもこうした広い杜があると、やさしい闇を楽しめます。

 夜空を流れる雲と、帰り道でやっと顔を出した月。

 久しぶりにゆったりとした夜の時間を過ごした感じ。

 


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とんかつ屋はいかにして声優に転身したか

 

 9月も終わり。

 そういえば今年はお祭りの記事を書きませんでしたが、ちゃんとお神輿を担いできました。

 そこで親児の会の仲間に会ったのですが、そのうちの一人はご子息が声優を志していると聞きました。

 

 アニメ、ゲーム、映画の吹き替えのみならず、今の時代、特に日本ではいろいろなところで声優のニーズがあります。

 

 そして顔出しする俳優に比べると割合長持ちする、劣化が遅い、ということで、結構な職業とも言えます。

 が、志す人もそれに比例して増えていると思われるので、競争が大変です。

 

  以前は声優と言えば、お芝居をやって俳優を志していた人が、ひょんなことからこういう仕事もある、こっちのほうが安定して仕事がある、お金になる・・・といったことで、あえて言っちゃうと「俳優くずれ」がなることが多かった。

 

 小劇場をやっていた時代、僕が書いた芝居にチョイ役で出演していた俳優が、たまたまその舞台を見に来ていたプロデューサーの目にとまり、当時始まった某新アニメ番組の主役に抜擢。その作品が大ヒットを飛ばし、その某俳優さんも声優界の大スターに・・・というシンデレラストーリーもあります。

 あれは本当にびっくりしたなぁ。

 

 その頃から声優の仕事が増え、社会的認知度も上がり、中にはそこらの俳優をしのぐ人気を獲得する人も出てくると、いきなり声優を志す人も激増しました。

 

 それにしても、どうやって声優になるのか?

 どんな人が声優になれるのか?

 学校はいっぱいあってイロハは学べるけど、行けばなれるというものでもない。

 前述の某大物声優さんも、その芝居を見る限り、けっして特出して「うまい!」という人ではありませんでした。

 

 そこで思い出したのが、昨年やった仕事でチャンネル銀河の「歴人めし」のナレーションをやってくれた声優さん。

 この番組では歴史上の人物の食い物にまつわるエピソードを小噺風にまとめ、講談調の語りにしたのですが、とても達者にこなしてくれました。

 ヴォイスサンプルを聴くと、いわゆるアナウンサー系の真面目なナレーションから、ちょっとぶっとんだ演技まで幅広くこなせ、なかなか器用な人です。

 その彼が声優になったきっかけのエピソードが面白かった。

 

 収録の際、お昼のお弁当がトンカツだったのですが、彼はなんと実家がとんかつ屋さんで、自身も学校を卒業後、その家業を手伝っていたそうです。

 それがある日、お店で新聞を開くと、ルパン三世の声をやっていた山田康夫さんの訃報が。

 その瞬間、彼が何を思ったか。

 「よし、これで俺のポジションができた」

 

 彼自身はルパン三世の声をやる感じではないのですが、とにかくそう天啓を受けたかの如く感じたそうです。

 

 ちょっと出来過ぎた話なので、人を面白がらせるための作り話?

 とも思いますが、彼がその後、とんかつ屋から声優に転身し、活躍しているのは事実。

 意志の強さとというのとはちょっと違うけど、要はそれだけ自分の才能と運を信じられるか、ということです。

 

 いろいろ聞くと、他の職業から転身したという人は少なくない。

 「とんかつ屋から声優になりました」とか、「美容師から声優に」とか言った方が記憶に残るし、「今回の作品はブタが出てくるし、じゃあ元とんかつ屋を使ってみるか」という話にもなるんじゃないですかね。

 そんなアホな・・・と思われるかも知れないけど、裏事情はそんなところです。

 ぜんぜん「どうすれば声優になれるか?」の答になってなくて申し訳ないけど。

 


●手づくり消臭剤と匂いなき世界の探究

 

カミさんの手作りクラフトシリーズ第2弾。

 と言っても今回のは自分で作ったわけじゃなくて、友だちからもらったらしい。

 ガラス瓶に余った保冷剤の中身を詰めて、ビーズをパラパラっと入れて布切れなんかで口を閉じれば、消臭剤の一丁上がり。 インテリアとしても活用できます。

 

 と、作り方を聞きながらメシを食っていたら、なぜか話が嗅覚のテーマに。

 臭いにおいがなくなるのはいいけど、果たしてにおいのない世界とはどういう世界か?

 目が見えない、耳が聞こえないというのは、なんとなくイメージできるし、実際、その気になれば、真っ暗闇体験、無音状態体験もできるようだが、嗅覚がまったく働かない、においが嗅げないというのは、イメージできない。

 そうした疑似体験も聞いたことがありません。

 

 鼻をつまんでいたって、完全にシャットアウトするのは無理だし、人間もある程度、皮膚呼吸しているので、肌からにおいが伝わってきたりもする。

 

 ちゃんとした研究書を読んだわけではないが、どうやらにおいがないと、世界はひどくのっぺりとた、味気ない平面的なものに感じられるらしい。

 リアルな世界でも臨場感がなくなって、画面の世界に入ってしまった感じになるということだろうか。

 

 視覚や聴覚の場合は失うと、それをカバーするために他の感覚が発達するが、嗅覚を失くした場合は、他の感覚でカバーすることは可能なのだろうか?

 

 鏡や写真で自分の顔を見るように、あるいは録音した自分の声を聞くように、客観的に自分のにおいを知る方法はあるのだろうか?

 

 そういえば、自分のオナラは臭くない。

 いや、臭いのだけど、くんくん嗅いで楽しめるし、なんだか安心してしまいます。

 

 人間もじつは脳を社会モードから個人モードにシフトさてれば、イヌなど、他の動物以上に鋭く、繊細な嗅覚を発揮することが可能なのかも知れません。

 


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働くシングルマザーと、生活保護のシングルマザーの価値観について

 

 シングルマザーしている友だちと話していて、「生活保護リッチ」の話になった。

 どうも彼女の知人で同じくシングルマザーしている人の中にそういう人がいるらしい。

 

 その生活保護の彼女には、結婚していない彼氏がいて、その彼氏には稼ぎがあるので、ダブルインカムになるという。

 

 そういうわけで、お金があるので、結構優雅に旅行したり、いい服買ってお洒落したり遊んだりもできちゃう、それってむちゃくちゃ不公平じゃん――と、要約するとそういう話。

 

 片や、シングルマザーの中には貧困にあえいでいる人が大勢いて、にも関わらず、いろいろ制度の問題で生活保護を利用できない、という話も聞いています。

 

 いったいどうなっているのか?

 

 この問題は深入りすると、ズブズブ底なし沼に沈んでいきそうなので、とりあえずここでは、朝から晩までダブルワーク、トリプルワークで働いて食っている人と、ズルして(ズルでなくてもうまいこと手管を下して)生活保護を受けて、結構優雅な生活を送っている人との対立をどうするか?――ということに話を絞ります。

 

 日本経済が長期低落状態に陥って以来、たびたび耳にする話だけど、簡単に僕の見解を記すと、僕のお友だちみたいに、ちゃんと働いて稼ぐということに意義なり、価値なりを認めている人は、生活保護リッチ(あえてそう呼んでみる)の人の暮らしと自分の暮らしを比べて嫉妬したりするのはやめたほうがいいと思います。

 

 そういう人は「じゃあ私も」と真似してみたところで、罪悪感とか、恥ずかしさとか、世の中に対する申し訳なさが勝ってしまい、絶対幸せな生活は送れない。

 

 おそらく子供にもそうした親の罪悪感やら、恥ずかしさやら、申し訳ない気持ちが伝染して、歪んで育ってしまうと思います。

 

 生活保護リッチの人は、たぶん人から後ろ指刺されても負けないで通せる度胸と、自分なりの生き方を持った人なのです。もちろん罪悪感も遠慮もないでしょう。

 そういう意味ではかなり強靭な精神の持ち主と言えます。

 

 子どもを育てるには安定した経済環境が必要です。

 口でいくら「お金じゃ幸せは買えないよ」なんて言っても、今日明日の食事も心配だったり、精神的にも追い詰められるような状態では、まともな子育てなんかできません。

 

 生活保護リッチのシングルマザーは、シングルマザーになった時点で、そうしたもろもろを考え合わせ、子どものために、自分のために、ええい!と開き直ったのでしょう。

 

 また、生活保護でリッチな暮らしなんかして、いつか報いが来るよ・・・とも思いません。

 でも、どこかで顧みなくちゃならない時は来るでしょう。

 子どもだっていつか自立する。

 自分もずっと生活保護で暮らせばいいや・・・と考える子はあまりいないと思います。

 その時に親として胸を張って送り出せるか、お互いに別々の大人としてちゃんと歩き出せるかどうか、だと思います。

 そしてもしかしたら、僕たちも巡りめぐって、成長したその子供に救われることがあるかも知れません。

 

 願わくば、そうした人には、子供のために、自分のために、お金にはならないけれど、大切な仕事――たとえばPTAでも地域ボランティア活動でもやってほしい。

 一種懸命やっていれば、きっと周囲は応援してくれるから。

 

 生活保護、いいと思います。

 なんとか不備な制度を改善して、貧困にあえぐシングルマザーが罪悪感を抱くことなく、気軽に利用できるようにしてほしい。

 先にも書いたように、今日明日の食事も心配だったり、精神的にも追い詰められるような状態では、まともな子育てなんかできないんです。

 

 お金がなければ、働けなければ、もう死ぬしかない――

 そこまで追い詰められなくてもいい国なんです、日本は。

 いろいろ問題はいっぱいあるとは言え、恵まれた国であることは間違いありません。

 そういう国で、貧困のせいで子供やお母さんに死んでほしくない。

 

 というわけで生活保護賛成。

 だから多少、ズルした生活保護リッチみたいな人が出てくるのはやむを得ないとも言えます。

 われながら、ちょっとお人よし過ぎるかなぁ・・・とは思うけど。

 

 でも僕は、お金のこと心配しつつ、子どもの将来だいじょうぶかな?と考えつつ、朝から晩まで頑張って働いて、子供に愛情を注いでいる彼女のことをとても好ましく思っています。

 

 彼女の価値観はとてもまっとうだと思うし、愚痴をこぼしても、なぜか人を明るい気持ちにさせるキャラクターは、きっと子供にも良い影響を及ぼすでしょう。

 

 なんとか応援したいなぁ。

 カネのないやつがそんなこと言ってもしゃーないんだけど。

 


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友だちの墓参りへ行って知ったこと

 

 劇団をやってた時代の相棒だった友だちの墓は、東京タワーの足もとにある。

 今日はもう一人のアホ友といっしょに2年ぶりに墓参りに行った。

 

 墓参りを済ませて側面の名前を見ると、いちばん左側、つまり新しい碑銘のところに「平成27年」という文字が彫ってある。

 あれ? やつはもう死んで8年になるはずだが・・・と訝ってよく名前を見ると、彼の親父さんだった。

 

 2年前に親父さんが亡くなっていた。

 命日もたった2日しか変わらないので、見違えてしまった。

 

 19、20歳の頃、保谷に住んでたやつの家に泊りがけで遊びに行くと、時々、その親父さんがいて、何度かいっしょに飲んだ。

 出版社勤めのインテリで酒もたばこも大好きだった。

 見た目の印象はだいぶ違っていたが、今思えば結構よく似た親子だったように思う。

 

 飲むたびに「おまえは大物になる」と励ましてくれた。

 飲んだ勢いで言っているに過ぎなのだけど、単純な若いやつに大人の励ましは嬉しいものだ。

 

 最後に会ったのは、やつの葬式の時だった。

 息子の葬式に出るなんて夢にも思っていなかっただろう。

 話をしようと思ったが、話せなかった。

 ちょっと目と目で挨拶しただけだった。

 

 それに親父さんはフィジカルに話せなかった。

 数年前に喉頭がんで声帯を失ってしまっていたからだ。

 

 

 でも墓の前で手を合わせると、顔よりも声を思い出した。

 息子は低い声だったが、親父さんは高い、よく通る声をしていた。

 酒を飲んで大声で笑い、その甲高い声で激励してくれた。

 

 もう87歳だったので大往生の部類に入るのだと思う。

 が、息子を失って6年間、どんな思いで晩年を過ごしていたのかなぁと思う。

 あの世で親子そろってまた飲んでいるのだろうか。合掌。

 


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ハーバリウム:ハーブの水族館

 昨日、かみさんが教室に行って作ってきた作品を玄関の飾りに。

 ドライハーブを保存用オイルに漬けたもの。

 ハーブのアクアリウムということで「ハーバリウム」。

 半永久的に保存できるそうです。

 

 外界で生きていた時とは違った命を与えられた植物。

 ただきれいなだけじゃなくて、ミステリアスな雰囲気があってソソられてしまう。なんだかセクシーだ。

 錬金術のような、クローンの培養のような、ちょっと怪しい科学を想起したりもします。

 


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オノ・ヨーコさん「NHKファミリー・ヒストリー」とYesの3文字の秘密

 

●ジョンとヨーコの出会い

 

  昨日、未来食堂の「Yes」=相手を、自分を肯定し、受け入れる理念について書いたら、ジョン・レノンとオノ・ヨーコも「Yes」という言葉で出会ったことを思い出した。

 

 60年代半ば、ロンドンで開かれていたヨーコの個展にジョンがふらりと立ち寄る。

 自分ではしごを昇って行くと、天井に小さな文字が何か書いてある。

 そこに備え付けられていた虫眼鏡で見ると、その文字は「Yes」。

 

 このエピソードはよく知られているけど、どうしてそれでジョンがヨーコに強烈に引き付けられたのか、その3文字が、この時のジョン・レノンにどれだけ強烈に響いたのか、あまり語られることがないようだ。

 

●前妻の著書「わたしが愛したジョン・レノン」から推察するジョンの危機

 

 それについて考えるヒントは、皮肉にもジョンの前妻のシンシアさんが10年ほど前に出版した手記「John(邦題;わたしが愛したジョン・レノン)」に書かれている。

 

 60年代半ばはビートルズの絶頂期。

 アイドル時代を超えて、斬新な作品を次々と生み出し、ポップミュージックの概念を塗り替えていった時期だ。

 

 けれどもジョンは行き詰っていた。

 ビートルズは紛れもなくジョンのバンドであり、彼の才能が全開した初期のけん引力は凄まじかった。

 

 しかし、だからこそ彼はひしひしと感じ出していた。

 ポール。マッカートニーの脅威。

 

 ビートルズを作った時から彼はポールの才能をすごいと認め、自分と組めば素晴らしいことが起こると信じていた。

 そして、それは見事に実現した。

 

 けれども同時に怖れてもいた。

 いつかポールにビートルズの主役の座・ボスの座を奪われるのではないか、と。

 

 他の誰もそんなことは気づかなかったかも知れないが、唯一、ジョン自身だけはわかっていた。

 その時がすぐそこまで来ているということを。

 

 シンシアさんの本によれば、67年頃から次第にジョンは曲作りにおいてドラッグの助けを借りることが増えていたという。

 事実、この年の夏に出した「サージェント・ペパーズ」あたりから、徐々にビートルズの楽曲は、ジョンの作品よりもポールの作品の方が質・量ともに勝っていく。

 早熟の天才で、ずっと先を走っていたジョンを、追ってきたポールがとうとう捕らえたのである。

 

 (最初の取り決めで、ジョンとポールが作った楽曲は、表向きはすべてレノン=マッカトニー作品、すなわち共作ということになっているが、ごく初期の頃はともかく、中期以降はそれぞれ別々に作っていた)

 

●オノ・ヨーコの哲学・芸術の結晶

 

 あれだけ成功していたのに信じられないことだが、ジョンは非常に繊細な人なので、当時、自分の音楽家としての未来に非常な不安を抱えていたのではないか。

 

 ドラッグは当時、ロックミュージシャンの常識みたいなところがあって、みんなやっていたかも知れないけど、ジョンの場合、そのままだと溺れてしまうほど、急激にのめり込みつつあった。

 自分もいっしょにドラッグを勧められ、シンシアさんはかなり心配していたようだ。

 

 ちなみに彼女は、ジョンとの青春とビートルズ黄金時代のこと、その後の離婚の悲劇、彼の死後も続いたヨーコとの確執を綴ったこの本が。まるで遺書だったかのように、出版の数年後にガンで亡くなっている。

 

 話を戻して、

 そんなやばい状況で出会った、ヨーコの提示する「Yes」の3文字は、いえわるスピリチュアル系でよく出てくる「宇宙の引き寄せ」みたいなものだったのかも知れない。

 この「Yes」をどう解釈したのか分からないが、ジョンにとって、生まれ変るほどの響きがあったのに違いない。

 オノ・ヨーコの哲学と芸術は「ビートルズのジョン・レノン」を木っ端みじんにしてしまったのだ。

 

●オノ・ヨーコさんの「ファミリー・ヒストリー」

 

 ・・・というふうに考えたのは、録画してあったNHKのオノ・ヨーコさんの「ファミリー・ヒストリー」を見たからです。

 

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/1396/1804134/

 

オノ・ヨーコさん84歳。1969年にビートルズのジョン・レノンと結婚、数々の共作を残している。前衛芸術家、平和活動家としても活躍してきた。ヨーコさんは、息子ショーン・レノンさんに自らのルーツを伝えたいと、出演を決めた。祖父は日本興業銀行総裁、父は東京銀行の常務取締役を務めた。また、母は安田財閥・安田善次郎の孫にあたる。激動の時代を生き抜いた家族の歳月に迫る。収録はニューヨーク、73分特別編。

 

 ヨーコさんは息子のショーンさんが自分の家族のことを知ってもらえれば・・・ということでこの番組を承諾したと言います。

 

 

●家族の歴史から生まれた、半世紀進んでいた前衛芸術

 

 番組では幕末からのヨーコさんの家族の歴史が綴られており、とても興味深く観ました。

 それは日本が近代的文明国家になっていく歩みとシンクロしていました。

 いわば彼女の家系は、日本が世界と渡り合う歴史の最先端にいたのです。

 

 そしてまた、そんな歴史のもとに生まれ育ったから、ヨーコさんのあの前衛芸術が生まれたのだろうなぁとも感じました。

 

 彼女が表現する芸術、その奥にある哲学は進み過ぎていて、半世紀前は、日本の大衆も英米の大衆もついてこれなかった。

 

 現代なら多くの人が普通に受け入れられるだろうと思うけど、1960年代にはまだ、風変わりでエキセントリックな有色人種の女が、奇妙奇天烈な、これ見よがしのパフォーマンスとしか受け取られなかったのだ、と思います。

 

 「Yes」と言い続ける彼女に対して、大半の人が「NO」と言った。

 

 そんな時、自己喪失の苦境に喘いでいたジョン・レノンだけが、彼女の訴えるささやかな「Yes」をまともに受け止めることができた。

 

 ジョンがいなくても彼女の思想は変わらなかったかも知れないが、やはり彼と結びついたことで広く彼女の考え方が世界に知られるようになったのは確かです。

 ただし、それは誤解に満ち、彼女はその後の人生全般にわたって大きな代償を払うことになりますが・・・。

 

●なんで今、イマジンが・・・

 

 この番組は本当にいろいろなことを考えさせらました。

 

 どうしてヨーコさんがあれほど嫌われ、憎まれてきたのか。

 

 ジョンのソロになった後の代表曲「イマジン」が、ヨーコさんとの共作だったということを、どうして今ごろ(2017年6月)になって、アメリカの音楽出版社協会が公認したのか。

 

 かなりクリアに分かった気になりました。

 

 このあたりの話をやり出すと、どんどん長くなってしまうので、今日はこのへんで。

 この続きはまた明日。(書けるかな?)

 


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「釣った魚にエサをやらない男」は、じつはその魚に依存して生きている

 

 むかし、ある女友達に「あんたは釣った魚にエサをやらない男」と言われたことがあります。彼女とは恋愛関係になったことはなかったのだが・・・。

 

 この間、男脳・女脳に関する本を読んでいたら、なぜかそのセリフがぷわっと浮かんできました。

 

 大半の男は、連れ合いとして長年一緒に暮らしている女を、だんだん自分の身体の一部として認知するようになるという。

 

 独立した、別の人間として認めているのだけど、同時に頭の中で、自分の手足としたり、目や耳にしたり、ある時は脳の一部としても認知してしまう。

 

 「もう一人の自分」とまではいかないけど、それにやや近い存在――一種のアバターもどきという感覚でしょうか。

 

 そういわれると、確かにそう感じているかなぁ・・・と自分でも思います。

 

 男脳は空間認識能力が高く、その能力を拡張することによって、外部のメカや道具と一体化する感覚――たとえば、車やバイク、あるいはノミやナイフなどが自分の身体の神経とつながっているかのような感覚を持てるとのこと。

 

 さまざまなメカの操縦者や、繊細な技術が必要とされる職人に男が多い所以です。

 ガンダムなどの人間搭乗型ロボットもそれと同じ原理なのでしょう。

 

 この感覚を応用すると、連れ合いも自分の一部にしちゃえるのです。

 

 しかし、そういう男は、もし相手に先立たれると、自分の身体の一部を失ったような感覚にとらわれ、すぐに弱って早晩死んでしまうといいます。

 

 確かにそういう事例はいっぱいあるし、逆の例は極端に少ない。

 女は夫に先立たれても、弱るどころか、逆に元気になるもんね。

 

 「釣った魚にエサをやらない男」も、じつは精神的にはその魚のほうに依存して生きている。

 それにしてもなんであんなこと、言われたのかなぁ・・・。

 


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いつもちょっとクレイジーでいるためのスキル

  腰は8割方回復。痛みというより違和感になった。

 でもまだ長時間座っていると、立ち上がる時つらい。

 月曜日の完全復活をめざして、週末は少し走ったりしてリハビリに励もうと思う。

 

 それにしてもすっかりリズムが変わった。

 たかが1週間ながら安静を余儀なくされて、ほとんど家から出なかったけれど、それゆえか、本を読んでいても、テレビを見ていても、何か書いていていても、なんだか違う国、違う時代、違う世界へトリップしている気分になった。

 

 読書も仕事も創作も、時間を気にせずに没頭すると、時空を超えた旅に出掛けられる。

 頭だけは日常と違うリズム――変拍子で生きているようで、なんだか楽しい。

 またすぐにもとのリズムに戻ってしまうのだろうけど、

 こういう機会は時々もうけたほうがいいのだなと思う。

 

 齢を兼ねると、ついつい精神が平穏を求めて日常の中へ埋没しそうになる。

 なので日々、ここじゃない、どこかちがう時空に旅する機会を設けたい。

 いつも「ちょっとだけクレイジー」でいることが、自分が自分でいるための秘訣だ。

 

 でも、それを継続するためにはトレーニングして、日々スキルアップする必要がある。

 そのトレーニングの仕方は人それぞれだが、僕の場合はただノートに書く、ということをやっている。

 

 ブログやSNSとは別に専用のノートを作って、1日30分~1時間弱、手書きでぐちゃぐちゃ頭の中にドロドロしていることを書きつける。

 

 ブログやSNSは自分のメモでもあるけれど、公開している以上、人さまが読むものでもあるから、それなりに、できれば面白く読めるよう文章に気を遣う。

 が、こちらは誰にも見せないので、思い切りぐちゃぐちゃやる。

 

 大半はしょーもない与太話(ブログやSNSもそうだけど)や、愚痴やら不平

不満やらバカヤロー、ファック野郎!やら、夢見るユメオくんみたいなこと。

 

 しかし、たまに「おお、これは!」というひらめき・アイデア・見識・発見が訪れる。そうするとめちゃ嬉しい。

 机の前に座りながら、目の前の波を蹴って進む広大な海が開いたような、空に向かって羽ばたいたような、そんな気持ちになれる。

 人から見たら本当にぢじょぷぶか、こいつ?でしょうが。

 でもまぁ、それが毎日の気力の元素になっているのです。

 

 あなたも仕事にマンネリ感を覚えたり、SNSのやりとりに嫌になったり、とにかくつまんなくなっちゃったら、何らかの方法で「ちょいクレ」、やるといいと思います。

 

 でもあっち側へ行って帰ってこれなくならないように。

 日々の生活に支障をきたさない範囲でね。

 


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アマデウス・ボルトの敗北と最後っ屁

 

 普通にしているともう痛くないけど、ちょっと重いものを持ったりすると腰に響く。

 それに素早い動きやちょっと左右にひねると、やっぱり痛みが出る。

 長時間椅子に座っていると疲労の塊が腰に貼りついた感じになって、立ち上がる時はやっぱり少し痛い。

 

 という調子で、ぎっくり腰の回復度は7割弱といった感じ。

 完調になるのは来週初めかな。

 とはいえ、来週は取材や打ち合わせも入ってくるので、仕事にはもう着手。

 

 というわけでお盆休みを棒に振ったけど、異常気象が味方になって、涼しくて助かりました。

 

 それにしてもスポーツとはほぼ無縁の僕でさえ、こんな軽度のぎっくりで、あれこれ神経質になってしまうのだから、この間のロンドン陸上のボルト選手を見て、アスリートの体調管理は大変だろうなと改めて感じました。

 

 日本人はスポーツというと、根性ドラマ、努力のストーリーが大好きだけど、トップアスリートになれる能力は、9割以上は天性の才能によるもの。

 その比率は芸術家などよりもよほど高いらしい。

 

 一流選手の間では「あいつには絶対叶わない」ということが、脳の直感でわかってしまうのだそうです。

 

 だから世界のトップクラスともなれば、努力のしどころは、能力・技術を伸ばすことより、メンタルも含め、いかにベストコンディションを維持できるか、本番の舞台へ向けてドンピシャのタイミングで自分を最高の状態に持っていけるか。

 休ませるのか、鍛え直すのか、刺激を加えるのか・・・その「調整する努力」に集約されます。

 

 アスリートの肉体は超精密機械。

 どんな競技でも、あちこち痛めることはあるし、ほんのちょっとしたことで狂いが生じるので、本人もコーチも本当に大変だと思う。

 

 それこそ調整の最後のところは知識やノウハウというよりも、スピリチュアルな領域の話になるのではないだろうか。

 

 ボルトも神に愛でられた「アマデウス」として、勝負の舞台では常に走りの神様が降臨していたのだろうけど、最後の最後は舞い降りなかった。

 

 でも僕はそれで良かったと思う。

 勝ち続けてきた天才が、有終の美を飾り、華々しく舞台から退場するなんて、なんだかウソっぽい。

 敗者になって、自分の時代は終わったことを確認して去っていくのが、真っ当な在り方だと思います。

 

 それでも頭を垂れず、最後っ屁のように、ツイッターでノー天気なコメントを残して退場したボルトは、オナラの残り香までスーパースターだった。

 

 今度は噂に聞える、彼の若き従妹が、颯爽とトラックを駆け抜けるのを待ってるぞ。

 

 その前に日本勢にがんばってほしいけどね。

 


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朝10時台のスーパーで年寄りの気持ちになる

 

 ぎっくり腰が多少回復してきたので、今朝は家から歩いて10分くらいのスーパーまで、リハビリを兼ねて買い物に行きました。

 雨のせいもあるけど、さっさと歩けないので時間的には1・5倍かかりました。

 

 午前10時過ぎのスーパーは6~7割くらいはお年寄りという感じ。

 たいていはカートを押してゆっくり店内を回っている。

 普段だと普段面倒臭くて、よほど大量買いする時でなければ、カートなんて使わないのだが、今日はキャベツなど、ちょっと重量のある野菜や果物をいくつかカゴに放り込むと、もう持っているのがきつくなって(腰が痛くなってきて)カートのお世話になりました。

 

 そうやって買物しながら気が付いたのは、腰が悪いと踏ん張れんばくて身体が不安定だし、素早く身をよじったり、かわしたりできない、ということ。

 なので、いきなり目の前を横切られるとか、後ろや横から身体を寄せられたりすると結構怖いのです。

 自分も普段は逆の立場でそういうことをやって、そんなつもりはなくてもお年寄りや体の不自由な人たちを怖がらせているんだろうなぁと思いました。

 

 また、お年寄りや体の不自由な人たちが、この時間帯に多い理由も分かります。

 お昼とか夕方の混んでいる時間帯に来店して、のろのろ歩いていると、上記のような危険な目に合うリスクが高まる。

 

 それ以前に、忙しくて急いで買物しなきゃいけない若いもん+健康な人たちに嫌な顔をされる、あるいは表情に出さなくても、そうした人たちの脳から出るイライラ波をキャッチして申し訳なく思ってしまう。

 

 したがって、この時間帯が気兼ねなく、ゆっくり安心して買い物できるのです。

 

 やっぱりそういうことは自分も同じ立場になってみないと、なかなか気づけないもの。

 最近はネットを使った宅配サービスなんかもあるけど、余分にお金もかかるだろうし、ちょっとぐらい具合が悪くても、店まで来て自分の目で実物を見て買いたいもんね。

 それにたとえ日用品の買い出しとはいえ、買物するのは気晴らしであり、ささやかな娯楽でもあるし。

 そうした精神的な効用もある。

 

 お年寄りがのびのびできる時間と居場所はちゃんと確保して、大事にすべきだと思いつつ、帰宅後はぎっくりの療養です。

 まだ2~3日はリハビリが必要だ。

 


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ぎっくり腰の夏休み

 

 ぎっくり腰になりました。

 連休初日の夕方、ちょっとそこまで出かけようと思って、玄関の上がり框に座って新しいスニーカーのひもを通していて、体を起こした途端にグキッ!

 

 少し休めばどうにかなるかと思って、1時間後、もういいかと思って立ち上がった時にもう一度稲妻が走ってノックダウン。

 

 以降、カミさんに鍼を打ってもらい、腰骨のあたりをぎゅっとひもで縛って療養。

 

 初日は寝てても痛いし、立ってトイレまで行くので精一杯。

 2日目はよたよた、家の中をつかまり立ちして歩く1歳児のような状態。

 3日目になってやっと痛みが薄れてきて少し家事もできるようになり、今日あたりからやっと近所まで出歩けるようになった。

 

 デスクワークも2日目までは1時間が限度だけど、昨日あたりから徐々に時間を伸ばしていけるようになった。

 

 鍼はやってもらったものの、あとはできるだけ安静にして自然治癒するのを待つしかないようで、完治するにはあと2~3日かかりそうです。

 

 というわけで、せっかくの休みでしたがどこにも行けず、家で寝てばかり。

 来週は忙しくなるので、今週いっぱい休むことにしました。

 

 せっかくの夏休みをフイにしたわけですが、

 でも休みの時でラッキー。

 普段読み切れずに溜まっていた本を次から次へと読めてラッキー。

 おまけに夏の真っ盛りだというのに、この数日、東京は避暑地のような涼しさでまたまたラッキー。

 

 ぎっくり腰は、重い物を持ったとか、何か大きな負荷が掛かってその衝撃でなるのではなく、蓄積した疲労と下半身の冷えなどの条件が重なってなるのだそうです。

 

 なのでこれといった予防法はないのですが、疲労感があるときに何か違和感を感じたら、ちょっと注意したほうがいい。

 僕もその前の週あたりから前兆のようなものがあり、ちょっと腰に痛みというか、重さを感じていました。

 あと、夏とは言え、気がつかないうちに冷房などで下半身を冷やしてしまっていることがあるので、それにも注意したほうがいいようです。

 

 ではまだお休みのある人、よい夏休みを。

 


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ナマケモノリズムで未来型脳を養生

 

 しばらくお休みなのでのびのび。

 しかも涼しいので超ハッピー。

 とくに出かける予定も立ててないので、時間を意識する必要もない。

 

 こういう機会があると、このタイムレスってこと、かなり大事だな~と感じます。

 

 普段、結構、時間に追われちゃているので、たとえ遊びにせよ、時間を気にしなくちゃいけない状況だと、あんまし休みの意味がない。

 

 僕たちは「タイム・イズ・マネー」など、いかに少ない時間でたくさんの仕事をするか、生産の効率性という価値観にどうしてもとらわれています。

 

 今でも、いかに効率的に仕事をするかとか、時間節約術といった情報に対するニーズが高いけど、そういう1のって、きっとこの10年の間に飛躍的に普及するであろうAI技術によって、ほとんど価値のないものになると思います。

 

 だって効率性という部分では、24時間365日、休みがなくても疲れ知らずで働けるAIに人間がかなうはずがない。

 

 むかしむかし――と言っても、ほんの100年も経たない昔は、穴掘りとか、重たいものを運ぶとか、吊り上げるとか、といった重労働は人間がみんなやっていました。

 今の基準で言えば、ウェイトリフティングとかハンマー投げの選手に相当するような強靭な肉体を持つ男たちがうじゃうじゃいて、彼らがそうした労働を担っていました。

 けど、それが今や、みんな機械に取って代わられた。

 

 それと同じことが、そんなに深い思考を必要としない、情報整理の仕事――つまり、今世の中にある大半のデスクワークの分野で起こるわけです。

 

 僕たちが知的労働・頭脳労働だと思っている仕事は、みんなAIにお任せでき、単純労働と同じになってしまう。

 

 そう遠くない未来――あなたも僕もまだまだ元気で働いている時代には、人間がやる仕事はそうした「単純労働」とは違う質のものになります。

 抽象的な言い方しかできんあいけど、それはきっと、もっと人の心に寄り添う仕事だ。

 

 近代的な価値観に囚われている僕たちは、どうしても休むことは罪悪で、睡眠不足でろくに頭が回らなくても懸命にがんばることが美徳なんだと思いがち。

 だけど、そうした、これまで社会に「大事だよ」とされてきたものは、これまた社会とか企業とかの都合で鼻チンされ、くしゃくしゃっと丸めてポイしてされてしまう。

 

 だから僕たちは自分の脳を変えるべきです。

 ちゃんと休んで、ちゃんと眠って、脳の新しい可能性を引き出すよう努めるべきです。

 この夏休みで日常と違う生活を送ることで、なんだか自分の身体のリズムが変わった気分になります。

 

 というわけで、気分次第で、止まっている創作に手を付けたり、新しい企画や9月のイベントの台本を書き始めるかもしれないけど、とりあえずナマケモノリズムでGo Ahead。

 


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カエル男のスキンケロ情報

 ここでよくカエルのことを書いているせいか、もしかしたら、僕はカエル男化しているのではないだろうか?

 と最近、疑念にかられることがある。

 

 9月に八王子でイベントの仕事があるので、今日は午後からいろいろ下見と打ち合わせをやってきた。

 1時に京王堀之内駅に着くと、青空が広がり、気温37度超。

 思わず駅のコンビニでウィルキンソンの炭酸水を買ってシュワシュワのやつをゴクゴク飲み干した。

 

 が、台風が来た時のひどい蒸し暑さと違って、割とカラッとしていると感じる。

 みんな数字を聞いて大騒ぎするけど、僕としては32~3度を超えちゃうと、それより上はそう大して変わらない感じがする。

 これが40度ちかくなればまた違うのだろうけど。

 

 で、堀之内駅からプロデューサー氏といっしょに車で5分ほどのガーデンデザイナーのお店を下見し、14時半ごろ、再び車に乗って20分ほど走って八王子駅方面へ。

 

 八王子駅からほど近い冨士森公園というのが、9月のイベントの会場なのだが、そこで降りると20分前とは空気がガラッと変わっていた。

 日差しがなくなったのでさっきより気温は下がっている感じがするのだが、湿気をたっぷり含んだ空気がじとっと肌にまつわりつくのである。

 

 カエルなら跳び上がって喜んでケロケロっと鳴き出すところだが、僕にとってはただ気持ち悪いばかりで、「もうすぐ降ってくる」と訴えた。

 で、公園を歩き回って10分もたたないうちに落ちてきて、3時のおやつの時間には思いっきりザアザアぶりに。

 

 他愛のない話だけど、自分の肌が天気の急変に鋭敏に反応したことは、ちょっと面白かった。

 

 皮膚は第2の脳と言われています。

 子どもの直観力が鋭いのも、皮膚が繊細で鋭敏だから。

 言語化されない、可視化できない無数の情報をキャッチすることができる。

 

 子どもと同等に――とまではいかないだろうけど、自分の皮膚感覚を信頼することは、ネットなどで溢れる情報の洪水に流されないためにも割と大事なことだと思います。

 カエル男・カエル女になるのも悪くない。

 

 余談ですが、荷物の2ヶ口、3ヶ口というのを「にケロ、さんケロ、よんケロ、ごケロ」と呼ぶ人たちといっしょに働いています。

 みんなケロケロ言って、カエルの合唱をしているような職場で僕は大好きです。

 


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がんばって休む? お盆休み

 

 フリーランスの特権を活かして、お盆の頃の夏休みをずっと避けて生きてきました。

 このくそ暑い時期に混雑しているところに行くのはイヤだ。

 子どもがチビの時もこれを貫き通し、6月の夏休み、7月の夏休み、9月の夏休みもやってきました。

 しかし、この数年はそれがどうもうまくいかず、ほとんど勤め人の方々と同じスケジュールで動いてしまっている。

 

 今年は絶対ずらしてちょっと長い夏休みをーーと画策。

 レギュラーの仕事もお盆休み前まで引っ張らず、早く仕上げちゃおうという作戦も立てていたものの、他にもいろいろ入ってきて、ギリギリまでかかってしまっている。

 

 というわけで結局、今年の夏休みは週末の祭日から1週間となり、世間と丸かぶり。

 どっか行こうか、とも検討したが、混んでいると疲れるしね・・・ということで、結局、家で養生することになりそうです。

 

 人混みにはホント耐久性がなくなりました。

 昨日、ちらっと阿佐ヶ谷の七夕祭りに行っただけでも当たってしまった。

 でも、お勤めの人たちはこの時期しかないんですね。

 貴重なお休みを、家族で楽しく過ごすためにがんばらなくては……休むのにもがんばるというのはヘンなんだけどね。

 そして、休みが終わるとドドッと大波のごとく仕事が打ち寄せる。

 休みの間にその準備もしとかないと。

 

 皆さん、良い夏休みを。

 明日のためにたっぷり頭をナマケモノにしましょう。

 


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町会・商店会の世界ではアラ還でも「青年部」

 

 印刷の仕事をやっているIさんの住む初台・幡ヶ谷のあたりはお祭りが盛んな町です。

 新宿からすぐの町だが、BigCityのお膝元にも関わらず、下町情緒があるのです。

 それは地元の商店街に元気があるから。初台には都内では高円寺に次ぐ歴史を誇る阿波踊りがあるし、Iさんの町会だか商店会でもでっかいお神輿が出動。町会だか商店会の役員でもあるIさんも、もちろん参戦しているそうです。

 

 このIさんが所属するのは「青年部」。彼は僕より少し上で、間もなく60に手が届くところ。いわゆる「アラ還」――around還暦です。

 これは特別なケースではなく、日本全国どれくらいこうした町会・商店会があるかは知りませんが、そのほとんどが同じような状況。町会・商店会では40代・50代・60代まで行っても「青年」なのです。

 

 要はそれだけ構成メンバーがハンパなく高齢化しているということで、会社を定年退職する齢(普通、メンバーは自営業の人がほとんどなので定年退職というのはないのですが)になっても「青年」という時代になってしまった。

 

 仕事をリタイアしたら社会に、地域に貢献しよう、ということはだいぶ前から言われてきましたが、そこにはどこかで悠々自適の生活になるのだから、その余裕の範囲でやろうね。それがあなたの生きがい、あなたの新しい存在感になるのだから――といった、わりと悠長なニュアンスが含まれていたような気がします。

 

 けど、そんな余裕のある人は今や少数派ではないでしょうか?

 Iさんも夜、アルバイトをしながら、その役員の仕事をしているので、なかなか大変そうです。

 

 地域貢献、社会貢献、リタイア後の生きがい、新しい存在感――それらはもちろん大事なのだけど、これからの時代の高齢者(60代はまだ高齢者と呼ばない?)は、まだまだ生活に必要なお金、食い扶持を稼ぐ必要もある。それもかなりシリアスに。

 そうした状況と、どう折り合いをつければいいか、僕も含め、生活者全般の大きなテーマになりそうな気がします。

 

 かつては還暦を過ぎれば人生のまとめを考える年代でしたが、今やまだ道半ば。

 へたをすれば、ゴールよりもスタートに近いポイントだったりして。

 そういう意味での青年は、「わくわく」もするし、「やれやれ」とも感じます。

 

 若造でいられるのは良いことか、悪いことか。

 まだまだ心も体も鍛えなくてはなりませぬ。

 そういえば、今年はまたお神輿担げるなぁ・・・。

 


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船上のワーキング

 

  昨日、テレビでカリブ海クルーズのドキュメンタリーをやっていたのでチラ見しました。

 ドキュメンタリーと言っても旅番組っぽい気楽なもの。

 

 でかい客船なんだけど、大金持ちの豪華旅行という感じではなく、もっとカジュアルなもの。最初から見てなかったからよく分からないけど、庶民がちょっとがんばって奮発して1週間、家族で出かける、といったツアーのようでした。

 なんとなくお客さん(日本人はいなかった)を見ていると、ディズニーリゾートに来ているようなノリ。

 

 面白かったのは舞台裏で、いろんな乗船スタッフの仕事ぶりを紹介していました。

 

 厨房、クリーニング、ごみ処理、船上のエンターテインメント、船上公園の植物の世話など・・・動くホテルみたいなものなので、いろんな国籍の人たち・いろんな年代の人たちがいろんな部署で働いている。

 

 何か月も船内で生活しなくてはならないのでストレスもたまるのだろうけど、なんか船で働いている人って夢を持っているように見える。

 

 もちろんカメラが回っていたこともあるのだろうけど、彼ら・彼女らの表情はとてもキラキラしていた。

 同じ仕事をしていても、なんか陸上と違う。

 

 それを見て、そういえば昔、ロンドンから帰ってきてしばらく経ってから、一度「仕事で船に乗らないか?」と声をかけられたことを思い出しました。

 

 それは客船ではなく、確かどこかの島(日本近海)の工事の仕事をする船で、厨房のヘルプの仕事だったと思います。(ちょっと記憶あいまい)期間は確か半年程度だったと思います。

 

 その時はタイミング的にできませんでしたが、もしやっていれば話のネタになって面白かったなぁと思います。

 お客としてクルーズツアーもしてみたいけど、船に乗って働く経験って、チャンスがあれば一度はしてみたいなぁと、いまだに思っています。

 

 ‥と書くと、もうイメージの中で乗っているのです。

 おお、潮風の香り。波の音。白い航跡。

 ただ、ちょっと年齢的にもう遅いかな。

 


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子供が陥る8月の「魔がさす・魔にさされる」マジックなリズム

 

 テレビ番組の取材現場に何度か行ったことがあるが、制作側とすれば、そこに子供がいると、本能的に子供を出したくなる。

 大人に比べてやっぱり子供は絵になる。

 テレビというメディアにとって、この「絵になる」ということは何よりも大切です。

 

 子どもの元気な顔が花咲く明るい絵は、視聴者(最近は特に高齢化している)の心に癒しと安心感をもたらします。

 テレビのようなメディアにとって、これはおそらく事実の報道と同程度、いや、それ以上の大事な役割です。

 

 最近の子供はたちはカメラにもマイクにも慣れているし、自分に何が求められているのかをちゃんと察知していて、遠慮なく笑顔をサービスしてくれたり、欲しいコメントをぶっ放してくれたりして、制作側としてはとても助かっていると思います。

 

 それがいいことなのか、ちょっと複雑な気持ちになるけど、子どもたちを批判するわけにはいかない。

 それが情報化が進んだ現代社会の現実というものでしょう。

 

 というわけで8月。

 夏休み真っ盛りと風物詩を伝えるために、ニュースなどでも、たくさん子どもたちの笑顔が見られます。

 

 でもそれと同時に子どもの事故や事件が頻発するのもこの時期からではないでしょうか。

 

 7月は「よっしゃあ!夏休みだ!」という高揚感、および緊張感があって、みんな張り切っています。

 いろいろ計画を立てて、遊びも宿題もそれを基本にやろうとか、子どもなりにいろいろ考えを巡らせます。

 

 しかし、8月のカレンダーがめくれると、この先まだまだ休みが続く。

 「わーい」と喜ぶか、「やれやれ」とうんざりするかはそれぞれだけど、いずれにしても、まだ時間はたっぷりあるなと、ひと息つきます。

 

 これがクセモノで、ひと息で終わるはずがなく、ふた息、三息、ずるずるずる、ダラダラダラ・・・というわけで、当初の軽快にかっ飛ばしていたロックンロールのリズムは、いつの間にかやらレイドバックしてレゲエのノリに。

 

 リラックスするのはいいのだけど、緊張の糸が切れ、マジックなリズムで頭の中が浮き上がったりして「魔がさす・魔にさされる」ような状態が生まれます。

 

 それが思いもしない事故につながったり、事件を呼びこんだり、普段のその子なら考えられないような犯罪に巻き込まれたり、やっちゃったりするのです。

 

 親・保護者も、この子どもの夏休みリズムに慣れちゃうと、どうしても注意力散漫になります。

 

 小学生以上になれば四六時中、見守っているわけにはいかないけど、一緒にごはんを食べる時などに、何かおかしなところがないか意識してあげたほうがいいのではないかな。

 最近はネット犯罪に巻き込まれちゃうことも頻繫に起こっているようなので。

 

 まだ1カ月、暑くて嫌になっちゃうこともあるだろうけど、がんばりましょう。

 


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おとなの事情を優先して、自分の中の子供を虐待していませんか?

 

 いいおとなであれば、誰でも使ったことがあるであろう便利な言葉が「おとなの事情」。

 それ、どういう意味? と尋ねるあなたは世の中のことを知らない子供です。 そこんとこ暗黙の了解でヨロシク

 ーーというのが、社会で立派に通用する、まっとうなおとなというもんです。

 

 長らく生きていると、この「おとなの事情」と、ねんごろになります。

 そしてあらゆる場面において、「おとなの事情」を優先するようになるのです。

 

 すると、あなたの中の子供は声をあげます。

 けれどもいくら叫んでも、あなたは振り向いてくれない。

 「うるせえ」と言って抑えつける。

 面倒みないし、遊んであげないし、ごはんをあげるのも忘れてしまう。

 

 虐待です。ネグレストです。

 子供はひねくれ、ひきこもり、窒息し、弱って病気になります。

 気になって呼んでも出てこなくなる。

 最悪の場合、いつの間にか息絶えている。

 気が付いてみると、おとなのあなたは普通に生活していても、子供のあなたは死んでいる。

 

 それでさしつかえなければいいけど、そうするとだんだんあなたの人生は本来の軌道を外れ、とんでもない方向にねじ曲がっていったり、ゆがんでいったり、上へ向かっていると思っていたのが、逆に下向きになっていた、ということが起こったりする。

 

 おそらく生きている途上で、あなたは、あなたの中の子供の力を借りなくてはならない時がくると思います。

 

 新しい、柔軟な発想が求められるとき。

 創造性を発揮する必要があるとき。

 想像力を広げようとするとき。

 孤独感や不安感を克服しなくてはならないとき。

 未来を思うとき。

 そして、幸福とは何か、を考えるとき。

 

 子供は普段、何の役にもたたず、ただ遊んでいるだけのやつかも知れないけど、あなたの元気の源には、その子の存在がある。

 

 あなたの中の子供、元気ですか?

 もしヤバそうなら、せめて10回に1回くらいは「おとなの事情」を無視して、子供の声を聞いてみませんか?

 


長く生きるのは、それだけで価値がある――と誰もが思えるように

 

 いつもやっている「月刊仏事」の仕事。今回は秋田・山形の特集。

 東北地方はどの県も宮城を除き、人口減少率・高齢化率が全国ワーストクラスという厳しい現実と闘っています。

 

 今回、両県の民俗資料を調べていたら、土葬をしていた時代の野辺送り(葬列)について詳しく書かれていました。

 

 秋田県小阿仁村(「マタギの里」として有名らしい)の資料では、大正時代、昭和30年代、昭和50年代と、3つの時代の事例が載っていました。

 

 ビジュアルがなく、文字だけなので、なかなか想像しづらいのですが、それでも比較してみると時代ごとの移り変りが分って、なかなか面白い。

 

 その中で「柳」というのがあり、これは何だろう?と思って読んでみると、こんな解説。

 

 柳とは亡くなった人が80歳以上の時、作るもので、小瓶に入れた酒や菓子を柳の木にぶら下げ、墓に行くまでに近所の人たちに取ってもらうのである。この酒を飲んだり、菓子を食べたりすると長生きできると言われている。

 

 小瓶に入れた酒や菓子を柳の木にぶら下げ――というのを想像してみると、東北という土地のイメージも手伝って、なんだか「遠野物語」のような、ジャパニーズファンタジーの世界が広がります。

 

 前回、福島・茨城の時も、長生きし、大往生した祝いとして、葬儀における銭撒き・餅撒きの風習があった(現在もわずかだが、ある)ことを発見しましたが、山形・秋田でも同じ趣旨の風習が伝えられていたのは興味深い。

 

 ビジュアルをイメージすると、まさしく「人生の卒業祝い」という感じがします。

 

 最近のお葬式ははなるべく目立たないよう、残されたごく親しい人たちだけでひっそり行なうことが主流になりつつあります。

 

 それはそれでいいのだけど、一方で、こうした卒業祝い的なセレモニーーー故人はこんな人生を送ったんですよ、という表現は、あったほうがいいのではないか、と思います。

 そんなにお金をかける必要はありませんが、できる範囲で。

 

 特に高齢で亡くなった場合。

 現代は80歳以上生きるのはごく当たり前になってきて、希少な価値は薄くなりました。

 定年退職して仕事から離れて久しい人、社会的な活動をしていなかった人だと、なおさらその価値は認めにくいでしょう。

 

 それでも長くこの世で生きて、大勢の人に影響を与えたことは尊重され、周囲の人たちによって何らかの形で表現されるべきなのでは、と感じます。

 生きるということは、たとえその人がどこにいても、どんな状況であっても、それだけの時間、出会った人たちの生に影響を与えているということなのだから。

 

 誰でも生きて存在している限り、誰かとつながり響き合っている。

 また、誰もがそのような意識を持って、自分が生きている意味と価値を感じられるような社会であってほしい、そうしたいな、と思います。

 


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ちょっと地球になって海に潜ってみる

 

 30分間、自分を地球としてイメージしてみる。

 人間の身体は地球になり得る。

 日常の細々とした雑事、うざったい情報は空気中のダストと化し、風に吹かれて飛んでいく。

 

 すると目の前に青い広大な海が現れる。

 迷わず飛び込んでみる。

 海面からほど近くには、慣れ親しんだ、明るいブルーの世界が広がっている。

 

 ブルーの景色が変わってくる。

 光と闇が入り混じり、だんだん闇の色が濃くなってくる。

 奇怪な岩礁がそびえ、世にも美しい生き物と、不可思議で不気味な生き物が入れ替わり、その周囲で交わっている。

 

 クジラが発信した低周波が水の中を運ばれていく。

 はるか遠くの海にいる仲間へ送るヴォイスメール。

 

 いつの時代のものか、難破した船が強大な岩礁の上に横たわる。

 そこには途方もない宝が積み込まれているかもしれない。

 

 もっと深く潜ってみようという欲求にかられる。

 しかし、そこから下はほとんど光が届かず、漆黒の闇に包まれた世界だ。

 欲求と同時に恐怖にかられる。

 おそるおそる少しずつ降りていく。

 

 あまりにストレンジな奇形の生き物。

 けれども、それは遠い先祖の姿かもしれない。

 海中で生まれた地球の子供たちは、数億年の間、脱皮を繰り返し、背骨を作り、肺を作り、地上に上り、やがて二本足で立ち上がり、歩き回るようになった。

 命はひとつならりであり、僕らはこの星で生きていくため、限りない脱皮をした果ての、何億回と生まれ変わってきた子供たちなのだ。

 

 そして脱皮は人間で終わったわけではない。

 

 水の上に浮き上がって浜辺に出る。

 人間の作った時計のある世界に戻る。

 30分を少し過ぎている。

 次はもう少し恐怖を感じず、もう少し深くまで行けるかもしれない。

 

 地球になってみると、海が、陸が、自分の心の景色であると感じられる。

 そして海の中は、あるいは地中は、心の深層につながっている。

 


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夏の冷たいお飲み物の話

 

 「ペリエ」なる飲み物に初めて出会ったのは、やはり80年代にロンドンのレストランで働いていた時でした。

 

 早い話が単なる炭酸水なんだけど、独特の瓶に入っていて、なんだかすごくおしゃれ。

 アルコールを飲めない人が食事の席でこれを飲んでいると、一緒にいる人がワインやビールを飲んでいても、全然違和感がない。

 その頃の日本ではまだペリエを飲んでいる人なんていなかったので、さすがヨーロッパだな~と妙に感心したものです。

 

 当時、日本人の感覚だと炭酸水って、ウィスキーや焼酎を割るためのもので、それだけゴクゴク飲むかなんて考えられなかった。

 けど、僕は近年の夏はもっぱら、ふつーの、何も入っていない炭酸水を愛好。

 「脱水症状にはソーダっすい」というわけで、気分によってそのまま氷を入れて飲んだり、レモンを絞って入れたり、果汁で割ったり。

 喉に刺激があって、これが最高です。

 

 逆にこの頃、市販の清涼飲料水ーーコーラ、サイダーなど、暑い時にガバガバっと飲みたくなるソフトドリンク一般――が飲めなくなってきた。

 

 毎夏、購買意欲をそそるような目新しい製品が次々出るので、喉が渇いた時、ガツンと飲んでやろうと思って自販機などで買うですが、トライしてたいてい後悔する。

 どれを飲んでも、後味がなんだか気持ち悪いのです。

 百数十円無駄遣いしたという思いも手伝って、気分が爽快にならない。

 

 ビールも飲めなくなった。

 ここのところ、どうもあの匂いが鼻について、さらに飲んだ後の息が自分で気持ち悪くて、2~3年前からすっかりビール離れ。

 付き合いの席で1~2杯飲む以外は、全然飲まなくなりました。

 

 最近、大人気のノンアルコールビールも一度口にしてみましたが、全然ダメ。

 でもやっぱり飲み会の席では、ああいうものを飲んで同化しないと違和感を醸し出しちゃうのでしょうか?

 もちろん、車を運転しなきゃならない人、これからまだ仕事があるので・・・と言う人には最適だと思いますが。

 

 ちなみにネットで「禁酒しました」と言いつつ、「だからノンアルコールビールを飲んでいます」という人がいるけど、それって・・・。

 自分の意志で酒をやめておきながら、ビールの味と香りを求めるなんて、なんだか潔くないなぁと思ってしまいます。

 ビールメーカーやその関連企業、あるいはそれ関係のお仕事をやっているとか、やむを得ない事情・しがらみみたいなものがあるんでしょうか?

 

 酒やタバコって個人の嗜好・趣味の問題。

 つまり、自分の生き方・メンタル・自分の中の文化の問題。

 

 周りの人に迷惑かけないよう禁酒・禁煙するんだ、という理屈なのかも知れないけど、どうせやめるなら疑似的なものでごまかしたりせずに、ちゃんと自分の嗜好を変えたほうがいい。

 よけいなお世話だとは思うけどね。

 


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映画やテレビドラマの世界では高齢の犯罪者が増えている?

 

 何かデータがあるわけでなく、あくまで個人的な印象に過ぎないのだけど、最近の映画やテレビドラマでは高齢の犯罪者が多く登場しています。

 

 もちろん昔でも、ヤクザの親分とか、ギャングのボスとか、政財界の黒幕は高齢だったのですが、最近は下っ端の実行犯や、普通の市民の犯罪者も高齢者というパターンが増えている気がするのです。

 

●老人=善人のイメージの崩壊

 

 物語を作る立場で考えていくと、かつては基本的に老人=心穏やかで優しき善人、頑固だったり、ちょっとヘンテコだったりしても愛すべき心の広い善良な人、「悟っている」とは言わないまでも、世の中を達観した、それなりの領域に達した人間というイメージが強かった。

 

 作り手の思い込みもあるけれど、それ以上に、高齢者に対する社会通念と言うか、世の中の常識というものが厳然と存在していました。

 

 つまり、老人と言えば、容貌の衰えに反比例して精神は美しく磨かれた善人か、たとえ悪人でも、人の上に立つ者、大勢の部下の尊敬なり畏怖なりを勝ち取っている者でなければ、見る側の観客が納得してくれなかったのです。

 

 それはまた、人間が年齢を重ねるとともに、現世における欲望の渦とか、負の感情の濁流から徐々に遠ざかり、真の大人になっていく、人間的に完成していく・・・という、人々が共有する信念でもありました。

 

 つまり、精神の円熟した立派な大人が、同情するに価する、やむを得ない事情がない限り、殺人などをはじめとする社会を混乱させる重罪に手を染めることはないーーそう考えるのが基本でした。

 

 けれども最近は事情が変わり、影の裏ボスみたいなのに、いいように操られる高齢犯罪者が急増しています。

 彼ら・彼女らの中には、不治の病で余命いくばくもない運命で、人生の夢が絶たれてしまった人、未来をみずから絶ってしまった人も。

 それなら最後に何かでかいことをやって名を残したい・・・といった、とんでもなく自己チューな動機で犯罪に手を染める人、他人を巻き添えにして自殺してしまうような人が目立つのです。あくまでドラマの世界のことでだけど。

 

●洗脳も簡単

 

 例えば、IS(イスラミック・ステーツ)などのテロ組織は、言葉巧みに若者を洗脳して、自爆テロの犯人に仕立てあげます。

 

「この腐った社会を正すんだ」とか、

「これでキミの命が輝く」とか、

「価値ある人生にできる」とか、

「本当に人の役に立つにはこういうことをしなくちゃいけない」とか・・・

 

 まるでどこぞの自啓発セミナーで頻発しているようなセリフですが、個人のパーソナリティに合わせて、こうしたセリフを吹き込むことで、現代なら、いい齢をした高齢者でも簡単に洗脳できちゃえるのではないかと思います。

 

●現実の反映

 

 再び作り手の立場に立てば、推理ドラマ・犯罪ドラマを作る際、従来の年功序列のパターンより、若者や子供、あるいは人類の子供たる人工知能に指示されて、高齢者が犯罪を犯すーーといった物語のほうが目新しくて面白い。

 そして今ではそれが、観客も納得するリアリティを持ち得る。

 

 言うまでもなく、こうした映画やテレビドラマで起きる現象は、肥大した自己といつまでも続く欲求不満を抱え、永遠に大人になれない高齢者が急増している現実世界の反映です。

 

 肥大した自己といつまでも続く欲求不満を抱え、永遠に大人になれない高齢者は、怖ろしい犯罪の予備軍ともなり得る。

 あまり認めなくないことですが、そう遠くない未来に仲間入りする僕も、そうした現実を変えていく努力をコツコツやっていかないとなぁ、自分を大切にしないとなぁ、と思っています。

 


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おんな・おとこか、女性・男性か、あなたはどっちが好きですか?

 

●容疑者は女性でなく「おんな」

 

  今日、お昼のテレビのニュースを見ていたら、アナウンサーがある事件の容疑者のことを「この女性は・・・」と言いかけて、慌てて「この女(おんな)は・・・」と言い換えました。

 

 こういう場合、放送業界では、容疑者を女性・男性と呼んではいけない、おんな・おとこと言いなさい――という明文化されたマニュアルがあるのだろうか? 

 良い人は女性・男性、悪い人はおんな・おとこ。

 ごく単純に言えば、そういう分け方。

 

 片や、芝居や映画の台本の名前のない役は、女1・男Aであって、女性1・男性Aではない。

 小説だって歌の歌詞だって、物語で活躍するのは「おんな・おとこ」。

 これが「男性・女性」だったら、なんだかどっちらけ。

 

●政治・社会的な分野に基づく言葉と、生活・文化の分野に基づく言葉

 

 前にも書いたことがあるけど、僕の女友だちが「おんな・おとこ」と言うと、「情婦・情夫」という漢字が思い浮かぶ、つまりセックスを連想させるのでで嫌だ、と言ったことがありました。

 彼女自身は気取ったマダムや、深窓のご令嬢などではなく、ギャハハハと笑いながらセックスのことなんかもあけっぴろげに話す人なので、ちょっと意外な感じの発言でした。

 

 要するに「女性・男性」はフォーマル、「おんな・おとこ」はインフォーマルということだけど、見方を変えると、前者は政治・社会的な分野に基づいた言葉で、後者は生活・文化の分野に基づいた言葉と言えるかもしれません。

 

 そのためか、後者の言い方にはやはりちょっと見下げているニュアンスがあります。

 男性は「おとこ」と言われて迷惑がる人はそういないと思いますが、女性は「おんな」と言われると(もちろん言い方によりますが)、やはりちょっと嫌な気持ちになる人がいるでしょうね。

 

 それはこの言葉の奥に、女性は男性より下等と考えられ、男性の所有物的に扱われてきた長い歴史があるからです。

 男尊女卑を肯定するわけではありませんが、これは先進国だってつい昨日まであった厳然たる事実。

 

●「おんな」のドラマ

 

 しかし見方を変えると、弱者だったからこそ、女性の生き方の方が多彩でドラマチックなのではないかと言えます。

 

 人間の文明社会が誕生して以来、支配層なんてほんのわずか。

 これまで世界に存在した男の95%以上は奴隷的な肉体労働に従事していました。

 奴隷労働をするには、余計な思考をしたり、感情に捕らわれたりするのはご法度。そんなものを紛れ込ませると仕事の能率が落ちます。

 

 それに対して女の場合、もちろん奴隷も多かったのですが、それでも、子どもを産む性という特質から、母になる、養育者になる、支配者の愛玩物(妻や愛人)になる、身の回りの面倒を見る、あるいは芸能で身を立てる、神の巫女になるとか・・・

 

 男に比べれば生き残り方に多様性があったと思います。

 少しでも幸福になるために思考力を働かせたり、感情の起伏を体験する度合いが、男より多かった。

 

 そんな人類共通の記憶の積み重ねがあって、一般的に女の生の方がより人間らしく、劇的なものになった――「おんな」という言葉の奥にはそんな根っからの文化性・ドラマ性が含まれています。

 

 「おとこ」という言葉にも、もちろん文化性・ドラマ性があるのだけど、女のそれに比べたらどうも不自然と言うか、後から無理やり付けた感が漂っています。

 

●男の潜在的欲求

 

 歌舞伎でも、昔のシェイクスピア劇でも、男優が女役を演じるけど、そうした文化が育ったのも、上記の理由から、女になりたい・演じたいという男の潜在的欲求があったからではないかな?

 

 話を元に戻すと、僕自身は女性・男性なんて、なんだかお役所的なので、おんな・おとこっていった方が好きなのです。

 

 でも、今日みたいな使われ方が社会通念として定着しつつあるとすると、そうそう好き嫌いも言ってられない、しかるべき場所では、ちゃんと女性・男性と言わないと「不愉快だ!」とか「非常識だ!」とか言って怒られるのかなぁ・・・と思ってしまいました。

 


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