最期まで希望を見たい

 

人間はきっと最期の最後まで希望を見たがる生きものだ。

ここ数年、ドラマや小説などの創作を含め、

いろいろな書き物をしてきて、そんなことを思っている。

 

100パーセント満足な人生だったと、こころ満たされて最期を迎える。

それが最高の幸福だなんて大うそだ。

 

結局、自分の思い描いたゴールにたどり着けず、

あるいはゴールを見つけられず、

目的を達成できないまま、人間的にも未完成なまま終わって良い。

 

僕が考え得る最高の幸福は、

最期において、心を託せる誰か――

それは子どもかかもしれないし、友だちかもしれないし、

その日出会ったばかりの見知らぬ旅人かもしれない。

 

その誰かが、ついに自分がたどり着けなかった、

その場所に向かって歩いていく――

その後ろ姿を見られることだ。

希望を見つめながら死んでいけることだ。

 

義父がどんな思いで亡くなったかわからないが、

希望を見つめて空へ向かって欲しかった。

49日の納骨を迎え、美しい夏空のもと、そう祈った。

どんなところかわからないが、

これから義父の行けなかったところへ行こうと思う。

 


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これからは手ぶらで旅をしたいんだけど

 

 カミさんの鍼灸院に来る子どもらが「トトロの森みたい」と言ってた庭をすっかりきれいにした。

 壺や鉢やプランタにいろいろ花を咲かせていたのだが、それらも全部撤去し、生い茂っていた蔦の葉も刈り込んだ。

 小さな森が消え失せた。

 

 12年ぶりの引っ越しはなかなか厳しい。

 片付け作業が,やってもやっても終わらない。

 

 収納がたっぷりある家だったので、

何でもかんでも放り込めてたせいもある。

 それぞれの収納をあけるたびに、

とんでもない量の物が溢れ出してくるのだ。

(それも写真を載せようと思ったが、どう見てもゴミ屋敷に見えてしまうのでやめといた)

 

 過去、10代の頃から40年余りの間、

後生大事に持っていた本やら思い出の品やら、

「これは絶対捨てられない」と思っていたものも

今回はあっさり捨てている。

 

 捨てながら、逆にどうしてあんなにこだわっていたのだろう?

と不思議になることもある。

 本だのレコード(CD)だの映画や演劇のパンフレットだのといったものに、自分のアイデンティティを投影していたのかもしれない。

 

 もうそういう類の荷物はいらない。

 自分の中に残るものは残るし、消えるものは消える。

 これからの自分に必要と思われる――ぜひもう一度読み返したい本だとか――だけ手元に置いて、その他のよぶんなものは手放して、

なるべく手ぶらに近い状態で旅をしたいと思う。

 

 という方針で、ここ1ヵ月で膨大な量のごみを捨て、ずいぶん断捨離した気になっていた。

 が、それはあくまで主観であって、

現実的には思ったより荷物は少なくならない。

 

 思い出深い品を目にしてしまうと、

やっぱりリュックに詰めたくなっちゃうんだよなぁ。

 


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井の頭線文化圏残留報告とSUUMOのワナと不動産屋の愉快な若者たち

 

1ヵ月前、「さらば永福町」と書いたが、

結局、永福町からさほど遠くない、

浜田山に引っ越すことに。

井の頭線文化圏に残留することになった。

 

西武線文化圏の方、

転居情報がひるがえり、ぬかよろこびさせてごめんなさい。

(誰もしてない?)

 

駅にはちょっと遠いけど、公園まで歩いて3分。

いつでも散歩やジョギングができる環境に。

けっこう理想的なロケーションだ。

 

ところで、今回は物件を探す(なんといっても12年ぶり!)のに

SUUMOを使ってみた。

 

同じようなエリアに同じような間取りの部屋が

いっぱいあるなぁ。

このあたりの内装業者が皆、同じだからかなぁ、

不動産屋はみんな違うけどなぁ・・・

 

と思って見ていたら、何のことはない、

同じ物件の外観を、A社は正面から撮ったり、

B社は裏側から撮ったり、C社は斜めから撮ったり、

D社は上の部分だけ切り取って見せたり・・・

といったように

アングルや画角を変えて、

それぞれ違う物件に見せようとしている。

 

わかってみれば、な~んだという感じだが、

探している時は、みんな印象が異なるので、

いっぱいあるように見えて、なかなか気づかない。

 

複数の不動産屋で同じ物件を共有して

ネット上で「どうぞこちらへ」と営業しているので、

お客がどの写真が気に入ったかで、

どの不動産屋に行くか、

そして契約が取れるかが決まるというわけ。

 

不動産屋もなんとか検索数を上げようと、

SUUMO対策、ネット対策に必死である。

客にとっては紛らわいいこと、この上ない。

 

でも、今回は3件の不動産屋を回り、

それぞれ気のいい若い兄ちゃんたちと

いろいろ話ができたので面白かった。

 

というのが先月末のことで、

本日無事契約も終わり、引っ越し準備中。

完了は6月末予定。

 


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サンゲノヨル:仏教式罪の告白

 

「あのやろう、うまいことやりやがって」と妬んだり、

「失敗しろ。不幸になれ」と呪ったり、

道行く女の子に劣情を起こしたり、

気に食わないことに逆ギレしたり、

暴飲暴食に走ったり、

やるべきこともやらずゴロゴロ怠けていたり・・・

 

人間は日々、罪を犯している。

そこで神さまの前で自分の罪を白状するのが「懺悔」だ。

 

これはキリスト教の話だと思っていたら、仏教にもある。

同じようにお釈迦様の前で罪を認め、

仏教では「さんげ」と読む。

 

月に一度「サンゲノヨル」を開いているお寺があると聞いて、

一昨日、取材で出かけて行った。

神楽坂にある圓福寺だ。

 

まだ30代の若い住職様にインタビュー。

幕末に伝わり、この寺に祀られている夜光鬼子母神の話、

その鬼子母神絡みで妊活講座が行われている話、

住職がIT企業に勤めていた時の話など聞いて、

メインの「サンゲ」。

 

これは実際に体験してみた。

 

500円払ってお守り(懺悔守り)を購入し、

その中に自分の犯した、

あるいは犯していそうな罪を書く。

 

自分は悪いことしてなくても、遠い先祖が

騙し・欺き・裏切り・虐待・泥棒や人殺しなどの

大罪を犯している可能性もある。

 

因果応報。

過去の罪が、現在につながって、

あなたの人生で表現されている。

こうした考え方は、仏教ならではという感じがする。

 

書き入れたお守りは持ち帰るのではなく、

この寺の祖師像に奉納する。

奉納したら、あとはひたすら

心の中で罪を詫び、お経を唱える。

 

先祖が罪を犯したのかどうかはわからないので、

とりあえず自分の罪だけ思い起こした。

一応、善良な市民のつもりではいるが、

生きていると、どうしてもいろいろあるからねぇ。

ズルもしてるし、迷惑もかけてるし、

人を傷つけたりもしています。

 

ありがたいのは「懺悔」すると「三化」が起こるということ。

①健康運・②仕事運(金運)に恵まれるようになり、

③ 良縁にも恵まれる。 

これはもう、信じるしかないねぇ。

 

それに夜(僕が行ったのは5時過ぎでまだ明るかったけど)、

お堂の中にいると、厳かな気分になり、精神的にも良い刺激になる。新鮮な空気が身体の中に入ってくる感じだ

月に一度くらい、こうした体験をするのはいいと思う。

 

500円で懺悔守りを購入するのは最初だけで、

そのあと、2回目以降は自由。

リピーターも大勢いて、僕がいた時間だけでも10人くらいやってきた。

男よりも女のほうが多いという。

女のほうが男よりも罪深いのだろうか?

 

毎月、第一水曜日、夕方5時から8時までやっている。

こうした懺悔の概念を大事にして、

積極的に打ち出しているお寺はかなり少ない。

(少なくとも、僕は初めてだった)

 

あなたも秘密めいた体験として、

一度やってみると面白いと思う。

 

神楽坂・圓福寺。

サンゲノヨルは、お参りした後、

神楽坂に立ち並ぶ飲み屋でハシゴ・・・となったら、

またまたそこで罪を犯し、

翌月、ふたたび通うことになって永遠の循環に陥るかもね。

 


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国家資格を宝の持ち腐れにしない自宅開業

 

12年間やってきたカミさんの「野の花鍼灸院」」が昨日を最後に閉院した。

自宅の1階のワンフロアのリビングを半分に区切って、そこを治療室にしていた。

 

職住一体。

待合室も設けられないので予約時間で区切るしかなく、

必然的に時間内は完全なプライベート診療になった。

女性と子ども専門だったので、かえってアットホーム感が好評だった。

 

僕はもちろん、営業中に一度も治療室に入ることも、

患者さんの前に出ることはなかったが、

ホームページやパンフレットを作ったり、掃除を手伝ったり、

2階で連日やってくる子どもの声を聞いたりしていたので、

けっこう思い入れも深い。

家庭の事情とはいえ、閉じるのは何とも寂しく胸が痛む。

かなり感傷。

 

僕の感傷的な話を書いてもしゃあないので本題に入ると、

国家資格である鍼灸師は大勢いるが、

開業できる人はごくわずかだと言う。

カミさんは40を過ぎてから3年間学校に通って資格を取ったが、

同級生で自分の院を持っている人はほとんどいないらしい。

 

鍼灸師のみならず、整体師もそうだが、

毎年、びっくりするほど大勢の人が資格を取る。

にも関わらず、その8割、9割の人はそれを生かせない。

 

自分で開業するには莫大な資金が必要だとか、

ロケーションの良い一等地じゃないと患者さんが来ないとか、

しっかり収益を上げなきゃダメだとか。

何かそういった思い違い、思い込みがあるのではないだろうか?

 

せっかく腕1本でやっていける技術・許諾を得たのに、

ハコの良しあし・設備のあるなしにこだわって

自分で開業しないのはもったいない。

 

うちがやってきたスタイルはべつに新しいものではない。

僕が子どもの頃、

ばあちゃんに連れて行ってもらった鍼灸院も、

長屋みたいなボロい家で布団一つ敷いて営業していた。

 

本来、鍼灸院や整体院といった民間医療はそういうものだ。

「医療ビジネス」にしようと思うから、

いろいろ大きなことを考えて動けなくなってしまう。

 

小さくでいい、

パートとして大して変わらない稼ぎでもいいから、

資格のある人はまず自分で始めて、

直接、お客さん(患者さん)と相対しないと、

いつまでたってもスキルアップしないし、

キャリアが積み上がらない。

続けられるかどうか考えるのは、始めてみた後の話である。

 

いくら国家資格でも何年もほったらかしでは宝の持ち腐れ。

ペーパードライバーになってしまう。

何年も経ってから「じゃあ運転します」と言い出したって、

誰もペーパードライバーが運転する車になんか乗りたくない。

 

うちの場合は、幸い駅チカの戸建ての貸家を見つけられたが、

アパートでもマンションでも、

保健所の基準をクリアできるところならどこでもできる。

 

自営業だから自分のライフスタイルに合わせて――

たとえば子育てをしながらでもできる。

そして、それはすべて貴重な実績・将来の財産になる。

 

最近はホームページだって無料で、

あるいは年間1万円少々で開設・運営できる、

設備を整え、宣伝してスタートする費用は

20~30万円程度しかかからないと思う。

 

カミさんもそんなこんなで12年やってきたので、

自分の院を閉じても、

他の診療施設の仕事や、講師や指導者の仕事がある。

がんばれば得られるものは小さくない。

 

こうしたノウハウは鍼灸の後継者を育てるためにも

伝えていきたいと話し合っている。

生活が落ち着いたら、その準備も始めようと思う。

 


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田町駅のペディストリアンデッキの鳩

 

「鳩がクソを垂れて飛び立つ」

 

これは平成の終わりとともに逝った名優、

ショーケンこと萩原健一の代表作

「傷だらけの天使」の第1話の冒頭にあるト書きだ。

あの名作はこの1行から始まった。

 

この脚本を書いた故・市川森一氏は

「傷だらけの天使とは何だったのか?」と回想した際、

自分で書いたこのト書きに,

その答えを発見した、と語っていた。

 

「鳩=平和のシンボル。

 傷だらけの天使とは、1970年代の平和と繁栄の“クソ”だったのだ」

 

今日、仕事(三田の方で取材があった)で

久しぶりに田町駅で降りたら、

三田方面に向かうペディストリアンデッキの手すりの上に、

あまり美しくない鳩がズラリと居並んでいた。

 

女の人などは、汚いものを見るようにイヤ~な顔をして通り過ぎていく。

 

鳩が平和のシンボルだと言われても、

今や「?」の人が多いのではないか。

僕たちは平和にも繁栄にも慣れ切ってしまっている。

 

でも、巨大なビルが立ち並び、

あまり人が始終行き交う大都会の真ん中で、

僕たちのようにあまり美しくもなく、強くもなく、特別でもなく、

もちろん偉大でもない、平々凡々とした鳩たちが、

わやわや集まって仲良く生きている光景を見たら、

やっぱり平和とはいいものだよなと思った。

PEACE。

 


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東寺展――空海と仏像曼荼羅を観る

 

先週、上野の国立博物館に「東寺展――空海と仏像曼荼羅」を観に行った。

 

東寺のあの空間で見るからいいのになぁ・・・

と思っていたが、普段は見えない背中も見られて

なかなか興味深かった。

 

唯一、写真撮影が許されていたのが、象に乗った帝釈天。

いちばんイケメンで、

女性に人気が高いので選ばれたのだろうか。

 

ひとり孤高のステージに立ち、

眩しくフラッシュを浴び続ける。

(本当はフラッシュ禁止だけどね)

 

他の天、菩薩、如来の皆さんは、

なんといっても悟りを開いた仏様なので、

「おまえだけモテやがって」と嫉妬したりしない。

 

今度の日曜まで、東京でのお勤めを果たし、

ご無事で京都までお帰り下さい。

 


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認知症の義母と川沿いの緑の小道を散歩する

 

昨日は義母と、実家のある清瀬市の清瀬柳瀬川の川沿いを散歩した。

この道は桜並木が美しいことで有名だが、川は高度成長時代から昭和40年代にかけては生活排水などでひどいドブ川になっていたらしい。

 

それが地域の人々や行政の努力で半世紀かけて、鮎も泳ぐ美しい川によみがえたという。

うちの息子がチビの頃、この妻の実家に来ると、いつもこの川で水遊びをしていた。

昨日も暑かったので、当時の息子くらいの男の子がバシャバシャと大喜びで水遊びをしていた。

 

義母は嬉しがって「わぁ、気持ちよさそうだねぇ」んどと声を上げる。

 

これから一緒に暮らすので、今後の生活に向けて、いっしょに時間を過ごす練習をしたほうがいいだろう、ということで、ちょっとトレーニングの日を設けてみたのだ。

 

3時間ほどの間、休職して義母としばらく一緒に暮らしている義妹が抜けて2人きりになった。

義母は亡くなった義父、つまり自分の旦那以外の男性と二人きりになったことは、84年の人生の中でおそらくほとんどないらしい。

 

ずっと家の中にいるとに、すぐに煮詰まってくるので

「散歩しましょうか」というと嬉しがって、

お出かけ服とまでは言わないけど、

ちょっとした外出着に着替えてきた。

 

認知症なのだが、からだは丈夫で、5階建ての団地の階段(古い住宅なのでエレベーターが付いてない)も平気で上り下りする。

歩く足取りも、84歳とは思えないほどしっかりしている。

 

河原に下りたり上がったりして、50~60mほど歩いたところで、

「あそこで働いていたのよ」と言って、道路の向こう側にある建物を指した。

 

今は何かの倉庫として使われているが、昔はこの地域のスーパーで、もう40年くらい前に5~6年間、その店でパートで働いていたのだそうだ。

カミさんの話によると、そこのパートの仕事が、とても楽しかったらしい。

ただ、関白亭主の義父は、妻がそこで楽しそうに働いているのをあまり快く思っていなかったようだ。

 

認知症になった今、亡くなった夫のことは、夫ではなく、自分の父や兄だと言う。

娘のことはカミさんも義妹も、「ヘルパーのおねえさん」といった理解らしい。

僕のことは当然、娘の夫でもなく、義理の息子でもなく、

どっかから時々現れる「明るい男」ということになっている。

 

半世紀以上、寝食をともに共にしてきた家族のことは忘れても、

40年以上前、ほんの一時期、働いていたパート仕事のことは憶えている。

義母の人生のハイライトだったのかな?と思う。

 

家族は大切だが、同時に主婦・母親にとって、

家族は一種の重い「義務」でもある。

 

もしかしたら義母は、その重たい義務から、

すっかり自由になったんだろう、と思う。

自由になった義母の心が、できるだけ羽ばたけるような暮らし方をする必要があるのかもしれない。

美しい川と緑の小道を歩きがら、そんなことを考えた。

 


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女性と子供の為の野の花鍼灸院 閉院

 

親の介護のために、カミさんが12年やってきた

「野の花鍼灸院」の看板を下ろすことになった。

 

身内の自分が言うのも何だけど、

自宅を改造したプライベート空間で

女性と子どもを専門で診療し、、

一緒に子育てに関する相談もできるというのは、

割と希少で貴重な診療所だったのではないかと思う。

 

子ども向けの鍼灸ができる鍼灸師は、

関西方面ではそこそこいるが、

関東ではまだまだ少ない。

 

閉院のニュースを聞いて訪れた人の中には

泣き出す人までいるらしく、

やっぱりこの空間がなくんるのは惜しいなと思う。

 

ただ、閉院はするが、仕事をゼロにしてしまうわけではない。

3年ほど前から週1で通っている横浜の診療所の仕事は続けると言う。

 

それに専門学校の臨時講師や、海外の鍼灸師に対する講師の仕事もある。

海外――特に欧米では鍼灸治療の効果は

WHOでも認められているほど、広く知られており、

治療院を営んでいる人も多い。

 

現在のホームページはサーバーを解約して消えることになるが、

ドメインだけは契約更新した。

しばらくして落ち着いたら、同じドメインでカミさん個人の

ホームページを作る予定だ。

 

引っ越し先の近辺の幼稚園や保育園に交渉して

子どもを診療する機会を作る計画も立てている。

 

また、せっかく国家資格を取っても、

ペーパードライバー状態の鍼灸師も多いので、

小児鍼の基本と自宅開業ノウハウを教え、

後進育成につなげるコンテンツの制作や、

セミナー開講などの企画も始める。

 

介護と並行して新しい活動の基盤づくりができればいいと思う。

 


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さらば永福町

 

連休中に義父が急逝。

遺された義母の面倒をどうするか? 

という問題を背負うことになった。

 

義母は身体は割と健康ではあるものの、

認知症になっていて、ひとことで言うと

ファンタジーの世界で生きている。

僕たちと日常の時間を共有できない。

 

とてもひとり暮らしはさせられないということで、

現在は神戸在住の義妹が会社を休み、そのまま残って一緒にいる。

けれども、彼女にだって仕事と生活があるので、

いつまでもというわけにはいかない。

 

それで、うちのカミさんは今やっている治療院を閉鎖して、

清瀬の実家に戻ると決めた。

 

じつは僕は、12年やってきて実績もできたこの治療院の、

ホームページ刷新と、

スマホ用ラディングページ作成のために、

密かに構成とテキストを作っていた。

 

正直、「そんな・・・」と思ったが、

こういう局面では、女は思いきりよく、迷いがない。

 

現在の自宅は治療院併設のために借りたところなので、

もうここにいる意味がないし、カミさんひとりで

介護をやらせるわけにはいかないので、

僕も一緒に清瀬に行くことにした。

 

結婚して子供も育てた永福町とも6月にはお別れになる。

 


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義父の葬儀

 

昨日は所沢斎場で義父の葬儀を行った。

葬儀と言っても、火葬の前に少しの間だけお別れをする、

いわゆる「直葬」である。

 

義父の妻である義母、その娘であるカミさんと僕と息子(孫)、

そして妹夫婦の6人が参列。

身内だけでゆっくりお別れができた。

 

退職して25年経つので、仕事関係の人たちとはもう縁が切れているし、

ずっと親しく付き合っていたらしき友人もいないし、

親戚も無理に呼べば呼べたかもしれないが、

やめておこうという話になった。

 

ずっと親しく付き合っていたらしき友人もいない。

もしかしたら、いたかも知れないが、

どう連絡を取っていいかわからなかった。

 

懇意にしているお寺もないし、義父から宗教的なニュアンスの

話も聞いたことがない。

 

簡素で安価な葬儀にすることには何のためらいもなかった。

 

遺体を引き取りに行った警察署で出入している葬儀社のリストには

5社くらい載っていて、カミさんが直接電話で連絡。比較検討した。

 

こういうところ、うちのカミさんはカンが鋭く、賢い。

他の所はベーシックな値段は安いが、

オプションで2倍・3倍以上に膨れ上がりそうだ――

という匂いを感じ取って、結局、地元の小さな葬儀社を選んだ。

 

結論的には大正解で、

とてもとても誠実で丁寧で良心的な葬儀屋さんで、たいへん助かった。

感謝に絶えない。

 

たぶんポータルサイトでレビューが書けるので、

良い評判を広げたいと思う。

 

お金の話をするのはどうかと思うが、気になる人が多いと思うので

参考になるよう、あえて書いておくと、すべて込みで32万円弱でした。

内訳も明瞭で本当に良かった。

 

結局、お葬式は、大規模に立派にやるにしても、

つつましく、ささやかにやるにしても、

遺族の満足感・納得感の問題だと思う。

 


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義父は最期まで弱音を吐かずじまいだった

 

義父は胃がんを手術で、前立腺がんを放射線治療で完治させ、

克服してきた強い人だった。

 

そして関白亭主で、奥さん――義母をアゴで使っていた。

家のことは一切やらず、お茶も自分では淹れない。

けれども5~6年ほど前から義母が認知症になってから、

その生活ぶりが変わっていった。

 

義母は2年ほど前からお茶を淹れる以外、

家のことが出来なくなってきた。

もう自分でやるしかない。

 

「家族に迷惑をかけたくない」と言うのは、

最近の高齢者全般の口癖だが、

義父の場合はその最たるものだった。

 

迷惑というか、絶対に人に弱みを見せない

というのが信条だった。

たとえ相手が家族でもだ。

 

カミさんも義妹も電話で義父の話を聞くばかりだったので、

2人とも結構元気なものと思っていたらしい。

 

そしてとにかく器用なので、やる気になれば何でもできた。

 

掃除も洗濯も裁縫もやっていた。

 

ただ、さすがに料理だけは、にわか仕込みではダメで、

レンジでチン食が主食だったようだ。

 

それに加え、義母を病院につれて行ったり、

薬の管理をしたり、迷子にならないようにしたり。

まめまめしく世話をしていたらしい。

認知症介護士の資格も取ろうとしていたようだ。

 

弱音を吐かないことは立派だが、

本当にそれでよかったのかという思いが残る。

 

強い男の生き方ももう限界に近づいていたのかもしれない。

それでも娘たちのところへはSOSは出さなかった。

その矢先の突然の死だった。

 

部屋の中にある様々なメモや生活の痕跡を見ながら、

怖くて厳しく君臨していた昭和の関白亭主が、

最期にはまるで恩返しか、贖罪をするかのように、

少女のようになってしまった女房を

甲斐甲斐しく面倒を見ている姿が脳裏に浮かんだ。

 

ヘンな言い方だが、終わってみれば、二人の夫婦関係が

最終的にはチャラになったような印象がある。

 

なんだか人生うまくできているものだなと思う。

それなりの長さを生きれば、

ずっとラッキー、ハッピーもなく、

アンラッキー、アンハッピーもなく、

最期には何でもチャラになるのではないかという気がする。

 


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義父の棺に競馬研究ノート

 

カミさんと僕と息子、義妹夫婦の5人で

亡くなった義父の遺品整理をした。

義父は若い頃、自衛官で、

退官後は自動車教習所の教官を務めていた人だ。

 

めちゃくちゃ怖い教官だったらしく、

娘たちに対してもかなり怖い父親だったらしい。

 

特に長女のカミさんは昭和男の

「女に教育は要らない」式の躾をされ、

かなり圧力をかけられ、自由を制限されていたようだ。

 

しかしそれが逆にバネになったのか、

成人する頃には、如才なく親をやりこめる才覚を表し、

その後、海外で働きながら旅をするなどして、

自由で独立した生活を獲得した。

人間とは面白いものだと思う。

 

義父は自営官時代に身に着けた習慣があって、

身の回りの管理術に長けていた。

何でもこまめにメモを残し、

几帳面に整理する癖を持っている。

 

近年、遺産相続や遺品整理に困っている遺族に対する

サービス業が繁盛しているが、それもうなずける。

離れて暮らしていた遺族が、生前の生活状況を把握し、

遺品・遺産の整理をするのは大変な作業だ。

 

おそらくこの義父ほど几帳面にメモを残し、

管理を実践している高齢者はそう多くはないだろう。

それでも、どこかにメモがあるだろうと思っていた

キャッシュカードの暗証番号だけは

ついにわからずじまいだった。

役所への届けとともに、口座は凍結されることになる。

それでも葬儀代など、当面必要なお金の分は

ちゃんと現金でしまってあった。

 

僕と反対で、多趣味で何でも器用にこなすことができた。

三味線やギターを弾き、日曜大工もお手のもの。

教官だったので、もちろん自動車の運転はプロドライバー。

ボウリングもプロに近いアベレージだったと言う。

高齢になってから始めたパソコンも器用に操っていた。

 

「だけど器用貧乏なのよ」とカミさんは言っていた。

 

何でもすぐにマスターできるので、

執着心がなく、すぐに飽きてしまうのだという。

名取りにまでなった三味線もすっかり辞めてしまっていた。

自分にとってこれだ!というもの、

とことん追求したいと思えるものは、なかったのかもしれない。

 

晩年は競馬が趣味で、これも雑誌や新聞などを参考に

めちゃくちゃ研究していたようだ。

 

自前のノートに膨大な分析データが残されていた。

おかげでけっこう勝率は高く、

確実に小遣いを稼ぎ続けていたようだ。

 

けれども大穴を当てたという話は聞かないので、

そう派手に儲けることはできなかったらしい。

いろいろデータ分析するのを楽しんでいたのだ。

 

死の2日前の天皇賞(平成最後の天皇賞だ)も

少額だが獲っていた。

 

手垢のしみこんだ競馬関連のノートなどは火葬の時、

棺に入れてあげようと思う。

 


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平成最後のショック

 

平成最後の日の朝、85歳の義父が亡くなった。

しばらく会っていなかったが、元気だと聞いていた。

自宅で寝ている間の急死。

死因が特定できないため、遺体は救急病院から警察に移された。

(カミさんの)自宅にも検死調査が入った。

明日、警察まで引き取りに行く。

火葬場の都合で2~3日は葬儀屋さんに

安置してもらうことになりそうだ。

期待せずとも、人生、変る時は変わる。

 


生きててもだいじょうぶ、死んでもだいじょうぶ

 

年寄りのつぶやきとして「変わってしまった・・・」というのがある。

世の中変わってしまった。

人の心が変わってしまった。

みんな変わってしまった。

 

今年90になったうちの母親も、僕が実家に帰ると口癖のようにそう言う。

 

だいたいこの「変わってしまった・・・」というつぶやきの中には、

「もう私の居場所はない」という心の声が含まれている。

 

僕は母親に「だいじょうぶだよ」と声をかける。

そう言ってから「何が“だいじょうぶ”なのだろう?」と考える。

 

そして、ちょっと恥ずかしいが、

「お母さんがこの家にいるだけでありがたいんだよ」と言う。

 

「そうかい」と、母は一応、わかったように言うが、

心底納得しているとは言い難い。

 

そこでこちゃごちゃ説明しても仕方ないので、そのままにしているが、

ほんとうに何が“だいじょうぶ”なのだろう?

 

たぶん、そのまま生きていてもだいじょうぶだし、

死んでもだいじょうぶだ、ということなのだ。

 

もういあんまりやりたいこともないようだし、

欲しいものもないと言う。

母に「がんばって生きろ」とはもう言えない。

幸い健康で、食欲は旺盛なので、食事制限など受けることなく、

自分の好きなものを食って暮らしてほしいと願うだけだ。

 

「人間、どんな時もがんばって生きなきゃいけない」は正論だと思う。

けど、なんだか暑苦しし、息苦しい。

無責任に言われると、時にムカつくことさえある。

おまえに何がわかるんだ、と言いたくなる。

 

書いてきたのは年寄りの話だが、年寄りに限らず、

最近は世の中の変化についていくので

いっぱいいっぱいの人が大勢いるのではないか。

 

優秀さを求められ、効率を求められ、

AI・ロボットが普及したら、お払い箱になると脅されて、

余裕を失っているのに

「人間、どんな時もがんばって生きなきゃいけない」

なんて正義の味方から正義の言葉を聞かされても、

「うるせー!」とブチ切れるのがオチだ。

 

こういうときはやっぱり神様・仏様だな。

ポール・マッカートニーのような天才さえ、

ビートルズの終焉を悟った時は、

これが終わったらオレはどうなるんだろう?

レノン=マッカートニーを解消してやっていけるのか?

この先、音楽で生きていけるのだろうか?

と心配していたのだと思う。

 

「LET IT BE」はそこから生まれた。

神様・仏様に

「なすがままになさい。あなたはそのままでいい。

生きていても、死んでもだいじょうぶだ」

 

そう言われるだけで人間は元気を取り戻せる。

 


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夜中に情報ウンコの排出

 

夜、眠っている時、自分の中で何が起こっているのだろう?

 

今朝、カミさんに「叫んでいた」と言われた。

どこかに置いてけぼりにされて、声を上げているような・・・そんな感じだったと言う。

いわゆる寝言である。

 

自分ではもちろん、さっぱり記憶にない。

こわい夢を見たという印象も残ってない。

むしろ昨夜は気持ちよくぐっすり眠った部類だ。

朝起きた時に疲れが残ってない。

 

どうも月に一度くらいとか、割とよく叫んでいるらしい。

ちょっとどこか異常なのかも知れない。

 

と言っても別に心配してない。

 

僕はほぼ毎朝、Writing Meditation――

「書く瞑想」というのをやっていて、

脳の中にあるものをノートに書き出している。

 

超情報化社会の僕らの脳の中は雑念や、自分にとって余分な情報で

あふれている。

 

このWriting Meditationはその脳内の老廃物―ー

いわば「情報のウンコ」を排出する働きもあるのだが、

やっぱりまだまだあちこちにウンコがこびりついているようだ。

 

そこで月イチくらいで、睡眠中にクリーンアップが

行われているのではないかと想像する。

 

自分では気にしてないつもりでも、潜在意識の中には

悲しみやら怒りやら、いろんな感情が潜んでて、

ときどきプカーッと浮かび上がってくるんだろうね。

 

カミさんにはびっくりさせて申しわけないと思うが、カンベンです。

 


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さらば平成――みんなが昭和に帰りたがった30年

 

平成もいよいよ残り1週間ということで、家族で「平成の最高傑作映画」は何か、議論した。

ギロンと言うと大げさだけど、ま、めしの時に話してたわけです。

「平成の」と冠詞が付いているので、邦画限定。

 

僕としては岩井俊二監督や是枝裕和監督の作品を選びたいところだが、クオリティの高さにも関わらず、このお二人の映画はあまり一般受けしているとは言い難い。

 

そこで選んだのは「ALWAYS 三丁目の夕日」である。

選んだと言っても僕とカミさんと息子の3人の意見が一致しただけです。

あとはアニメ部門として、ジブリの「もののけ姫」と「千と千尋の神隠し」。

 

興行収入の面から見ても「ALWAYS 三丁目の夕日」は、トップクラスだと思う。

そして、そこから平成とはどういう時代だったのか、時代精神が見えてくる。

 

「昭和に帰りたい」

 

これこそが平成の本質だったのではないか。

あくまで僕の印象だが、平成前期、日本人の心は荒れに荒れた。

 

バブル経済から始まり、あっという間にそれが崩壊。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と胴上げされて宙に舞ったと持ったら、ドカンと落されて愕然としているところに、

阪神淡路大震災。

続いて、自分たちの妄想を現実にしてしまおうとする、

オウム真理教の地下鉄サリン事件が起きた。

 

さらに続いて神戸の連続児童殺人事件など、子どもの妄想狂の不可解な犯罪、

精神がイカれてしまったような連中の、

あたかもホラー映画のような殺人事件が頻発し、

それまでとはまったく違った社会が始まってしまった。

 

そして、経済の落ち込みがそれに拍車をかけた。

 

大勢の人がその地殻変動に恐れ戦き、

ああ、昭和はあんなに幸せだったのに・・・と過去を美化した。

 

昭和だって不可解な事件は山ほどあったはずだが、

情報化が進んでなかったせいで

表に出てこなかっただけだと思う。

あるいは隠ぺいされていたか。

 

いま振りければ、社会全体が格段に貧乏(ビンボーだけど幸せだよねなんて言ってる余裕のある人は、本当の貧乏人ではない)だったし、差別もセクハラもパワハラも横行していたし、人権だってないがしろにされていた。

 

昔が良かったはずはない。

 

けれども、いやなこと・ダメだったことに目を瞑り、

いいこと・楽しかったことだけをかき集めて貼り合わせ、

心の中に「懐かしい、ハッピーだった昭和」を築いた。

 

そうしなければ、みんなの精神のバランスが崩れてしまっていたかもしれない。

 

「みんなが昭和に帰りたがった時代」というのがあまりに後ろ向きというなら、

「みんが昭和とは何だったんだろう?と検証した時代」と言い換えてもいいかもしれない。

 

文化的にも新しいものは生まれず、昭和生まれの文化の焼き直しが目立った。

 

平成生まれの、うちの息子のような若い連中も

昭和文化の方が圧倒的に面白いと言う。

 

最近はネットのアーカイブの発達・充実で、

いつの時代のものも見放題・研究し放題。

彼は僕より昭和カルチャーについて詳しいくらいだ。

 

だけど、そんな30年に及ぶ流れも令和になったら終わる。

たかが元号が変わるだけだけど、この国において言霊は強力だ。

 

もう十分に検証も終わって、来年のオリンピック・パラリンピックを境に、昭和は彼方に遠去かっていくだろう。

 

さらば平成、さらば愛しき昭和よ。

いったいこれからどうなってしまうのか?

たぶん令和がどうなるか、最初の3年で時代のトーンが決まると思う。

 

楽しみもあるけど、僕はやっぱり恐れおののいています。

あなたはどうですか?

 

とりあえず、ゴールデンウィークは

「ALWAYS 三丁目の夕日」を見て心を休めようかな。

 

 

 

 

 


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ロンドンのストリートミュージック

 

ストリートミュージックが商品になった街・ロンドン。

 

1週間前にロンドンのセントパンクラス駅の駅ピアノの話を書いたが、

街頭の音楽は、今やすっかりこの街の観光資源の一つである。

 

歴史的な古い建造物の立ち並ぶ街の中で、ギターをはじめ、

アコーディオン、バイオリン、管楽器、キーボードなど、

思い思いの楽器を手に、名も知らぬ貸家演奏者が

得意のパフォーマンスを披露する。

その光景は確かに楽しく、絵になる。

さしずめ、どこかの物語世界の中に入ったような気にさせてくれる。

 

演奏する曲もロックからジャズ、クラシックまでさまざま。

けっしてみんながみんな、上手いわけではないが、

やる側も聴く側も、あまりそんなことは気にしていない。

 

残念ながら、日本の都市で同じことを、いくら上手いミュージシャンがやっても、

こんな魅力的なテイストにはならないだろう。

 

30数年前、ロンドンで暮らし始めたばかりの頃、

地下鉄の構内や町中で彼ら演奏しているのを聴いて、

「おお、俺はロンドンにいるんだ」と、胸を熱くしていたが、

当時、彼らは街の邪魔者で、何割かはホームレスだった。

 

1980年代半ばの英国は経済的落ち込みから復興する途上で、

鉄の女マギー・サッチャーがそれまでの福祉政策を全面的に見直して

大ナタを振るっている最中だった。

 

その頃まだニートという言葉は生まれていなかったが、

多くの若者は職もなく、路上に放り出され、途方に暮れ、

歌でも歌わずにはいらなかった。

 

警官や地下鉄の職員は、大目に見ていたものの、

やはり目立つことをすると追いはらっていた。

 

けれども追いはらっても追いはらっても、

虫のようにわいてきて、今度は隣の駅で、

一本向こうの通りで歌ったり、演奏したりしている。

 

それが30年たって、社会は彼ら(の「子どもたち)を

認めるだけでなく、

観光客用の売り物にしてしまった。

 

歴史を売り物にするこの国では、

わずか30年前の歴史もまた、

立派なメニューとして陳列され、

求めるお客様をおもてなしする。

 

生活事情は30数年前と大して違わないと思う。

物価の高いロンドンで、歌って暮らすのは楽じゃない。

EU離脱問題だって気が気じゃないだろう。

 

それでも歌うのをやめない。

誰かがいなくなっても、またべつの誰かが、

どっからかやってきて、

楽しそうに歌ったり踊ったりしている。

 

人生にはやっぱり音楽が必要だ。

ロンドンにはそう思わせてくれるろくでなしが大勢いる。

 


結婚記念日の花束と、ネコのいる花屋と、花を食べるネズミの話

 

結婚記念日は昨日(4月15日)だったけど、

夜、仕事があったので、今日お祝いすることに。

と言っても、近所のピザ屋でメシ食うだけですが。

 

メシだけではなんだな~と思って、

少し仕事を早めに切り上げて近所の花屋へ。

 

その昔、陸奥A子のマンガに出ていた花屋の娘が

そのまま大人になったような女主人がやっている。

 

30年ちょっと前に会っていたら、

恋をしたかも知れない。

 

1970年代のフォークソングと、

1980年代のニューミュージックの隙間の歌が

似合いそうな、小さな花屋だ。

 

サーモンピンクのバラが目に止まって、

それを7本入れて、グリーンと白を合わせた花束を、

その女主人に作ってもらった。

 

出来るのを待っていると、なにか横で生き物の気配がするので

振り返ると、白黒ブチのでかいネコがいた。

去勢したオスだそうで、かなりデブっている。

 

「先代はもっとデブっていたんですよ」と女主人。

 

花屋にネコがいるのは、なかなかファンタスティックな光景だが、

飼い始めたのは、ネズミよけという、なんとも現実的な動機から。

 

しかし、飲食店なら分かるけど、なんで花屋にネズミ?

 

「ネズミに売り物の花を食べられちゃたんです」と女主人。

 

聞くと、近所で解体された家があり、そこから出てきたらしいネズミが、

カーネーションの花が好きで、侵入して食い荒らし、

母の日のカーネーションは、あわれ、がくだけの残骸に。

 

僕は頭の中でネズミが花びらを1枚1枚むしって

ほおばっている様子を思い浮かべてみた。

 

「トムとジェリー」でジェリーが花の中にいたシーンが

あったような気がするが、そんな可愛くて牧歌的な世界が広がる。

 

だが、花屋さんにとっては大損害。

それに現実のネズミはジェリーみたいに可愛くない。

そこでネコのトムさんが花番として任務に就いてるというわけだ。

 

僕が会った2代目トムさん――というより、

ドラえもんに近いブチネコは、ずいぶんのんびりした風情だが、

一応、任務は果たしているようだ。

おかげでネズミは来なくなったらしい。

 

小さな花屋の平和な光景にも、いろんなドラマがある。

夜になって出張診療から帰ってきたカミさんに

その話をしたら、花束よりも喜んでた。

花束にも喜んでほしいんだけど、

24年も経つと、やっぱ花よりダンゴですかね、

 


結婚記念日と「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」

 

4月のある晴れた朝に結婚式を挙げた。

もう24年も前の今日のことだ。

カミさんとは一緒にいて楽しいし、

未だに可愛いと思うが、

では彼女が自分にとって

100パーセントの女の子か?

そう問われると、ちがうと思う。

 

たぶん75パーセントくらい。

4分の1くらいは不足や違和感があったほうがいい。

 

何でもそうだけど、完璧すぎると、

もうその時点でコンプリートされてしまって面白くない。

 

不足があるから、今よりハッピーにしていこうと思える。

未来に夢が持てるのだ。

 

100パーセント同志で夫婦になってしまうと、

きっと長く持たないのではないだろうか。

 

100パーセントの女の子には、

ずいぶん前にどこかで会っているのではないかと思う。

 

あるいは気づいてないだけで、つい最近、

どこかで会った可能性だってある。

 

いや、もしかしたら、まだこの世にいなくて、

これから生まれてくるのかもしれない。

 

ときどき。脳の端っこでそんなことを感じている。

 

そう考えると、人生、より楽しくなってくる。

 

20代のはじめに、初めて村上春樹の

「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」を読んだが、

それから40年近く経っても、スルメみたいに楽しめる。

4月になるとページを開いて、毎年、

100パーセントの女の子に出会うことについて思いを巡らす。

たぶん死ぬまで、そんなことをやっている。

 


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いろいろな人が弾くから、心に響くロンドンのピアノ 

 

ピアノを演奏するのが好きな人、自信のある人は、

ロンドンに行って一曲弾いてみるといいと思う。

きっと貴重な体験・思い出ができる。

人生が変わることだってあり得るかもしれない。

 

ロンドンの都心にあるセントパンクラス駅構内に一台のピアノが置いてある。

通りすがりの人が、誰でも自由に弾けるようになっている。

 

今日、お昼を食べながら、そのテレビ番組

「駅ピアノ」(NHK-BS1)を見ていた。

いろんな国籍の人が足を止めて弾く。

 

旅行で来た人もいれば、在住の人もいる。

ロンドンは多国籍都市なので、イギリス人、ロンドン在住者でも人種はさまざま。

 

性別はもちろん、年齢もバラバラ、職業もいろいろ。

そして演奏する曲も、クラシック、ジャズ、ロック、ソウル、

ポップスなど、バラエティに富んでいる。

 

ポーランドから来た旅行者で、クイーンの大ファンだという男性は、「ボヘミアン・ラプソディ」を弾いた。

 

ミュージシャンを目指し、弾き語りを披露する若い男性。

 

地方から遊びに来た仲良しの女子高生のカップル。

 

同じく地方から来たが仕事が見つからず、

現在はホ―ムレスだと言う男性のピアノは

ちょっと物憂げだが、美しかった。

ここでピアノを弾くことが、

彼の心の支えになっているようだ。

 

ルーマニア人の奥さんとラブラブな

ナイジェリア人の男性が、ゴスペル風の讃美歌を轢く。

そういえばアフリカの国は半分くらいの人が

キリスト教らしい。

 

8歳のかわいい男の子が、即興でブギウギ(めちゃくちゃ上手い!)を弾いていると、

プロのミュージシャンの男性がジョイントして、

アドリブ合戦が繰り広げられる。

 

1ヵ月前、脳梗塞で倒れた男性は、無事、一曲弾き終えて

安堵した表情をしていた。

 

ドイツ人の音楽教師は替え歌で、EU離脱で混迷する

イギリスに向けて

「イギリスよ、離れるな。帰ってきてくれ」と歌った。

 

ブルーのおしゃれなネクタイを締めた90歳の男性は、

「音楽は生きがいだった。ピアノと出会い、

弾けることができて、私の人生は幸運だった」と

しみじみ語った。

 

どうもこのピアノは、2012年のオリンピックの時に、」

エルトン・ジョンが寄付したものらしい。

去年、ロンドンを旅したときは、

セントパンクラスにも行ったのに、

不覚にも見過ごしてしまった。

ちと残念、

 

テレビ番組なので、うまい人しか登場しないが、

たぶん誰でも触れると思う。

たくさんのオーディエンスが行き交っているので、

自信のある人はトライして楽しませてほしい。

 

この番組はロンドンに限らず、

各国の駅や空港に置いてあるピアノと、

それを演奏する人たちを映し出すドキュメンタリー。

 

登場する人たちのプロフィールを紹介するテロップが出て、

演奏後にそれぞれの人のコメントが入る。

 

途中で、その国や都市のインフォメーションが何度か入る。

 

たったそれだけだが、音楽が楽しめるとともに、

ピアノを愛する、それぞれの人の人生の背景を

垣間見ることができて、本当に面白い。

 

番組の最後には、黒人のミュージシャンが、

障がいのある女の子とのセッションを見せる。

さらに、周囲のオーディエンスに呼びかけて、

サッカーのイングランド応援歌を演奏して盛り上げた。

 

やっぱりそうだ。

音楽には人をつなぐ力がある。

そしてやっぱり、

世界はいろいろな人がいるから、生きてて面白い、

いろいろな人がいるから、世界は成り立っている。

いろいろな人が弾くから、心に響くロンドンのピアノ。

 

今度行ったときは、わが十八番「かえるの合唱」を弾こう。

 


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さいみょうくん・さいみょうちゃん

 

お寺のオリジナルキャラクターというのに初めてお目にかかった。

「さいみょうくん」と「さいみょうちゃん」。

一昨日、「寺力本願」の取材で伺った川越・最明寺のキャラである。

 

開かれたお寺づくり――とくに女性・子どもに親しんでもらえる

お寺を目指して、平成元年生まれ・インド修行帰りの

若き副住職のプロデュースのもと、

仏像キャラ専門のデザイナーが考案した。

 

ご本人は否定したが、男の子のさいみょうくんは、

当の副住職をモデルにしたのではないかと思われる。

(理知的で優しい顔立ちのイケメンである)

 

女の子のさいみょうちゃんは「小悪魔風」のキャラ付がされていて、

そこはかとなくドキンちゃんを連想させる。

それにしても、仏像キャラなのに、小悪魔って、どーゆーこっちゃ!

 

―ーといったツッコミが入るのも織り込み済みなのだろう。

プロデューサー/デザイナーの遊び心が窺えて楽しい。

 

可愛いだけじゃなく、高貴な品格も感じさせてくれて、

僕はたちまちファンになってしまった。

 

 

最明寺は先週、世界自閉症啓発デー/発達障害啓発週間に合わせて、

1週間、お寺をブルーにライトアップし、

本堂では障がいを持つ子どもたちの絵画展をはじめ、

地元のアーティストやアイドルが出演するイベントを開催。

市や商工会の人たちも巻き込んで大いに盛り上がった。

 

また、10月には毎年、乳がん検診啓発の「ピンクリボン運動」に参加。

この時はピンクでライトアップし、」同様に各種イベントを繰り広げるという。

これをやっているのは今までのところ、

最明寺と京都の清水寺だけだ。

 

2人のキャラクターのカラーリングは、

それぞれのライトアップを表したものなのだ。

 

最明寺の社会活動とそれに連動したイベントもあって、

小江戸でにぎわう川越は、ますます活気づいているもよう。

あなたも川越方面に出向くことがあれば、

ぜひ西川越まで足を伸ばして、

さいみょうくん・さいみょうちゃんに

会いに行ってください。

僕もまた行きたいと思ってます。

 


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小江戸・川越をぶらり

 

真冬の寒さだった昨日は埼玉の川越へDayTrip。

お寺の取材でアポを取っていて、延期するわけにもいかず、

震えながらの小旅行になった。

 

お寺のあたりは、隣の西川越という無人駅の近くの長閑な地域。

桜も菜の花もまだ綺麗に咲いている、

とてもいいところだったのに、ちょっと残念。

しかし、お天気のことなので、文句を言っても始まりません。

 

取材を終えて川越に戻り、街中をぶらり。

というか、それもまた取材の一部なので、1時間余り歩き回った。

「小江戸」という愛称の古い街並みが人気。

京都・金沢・鎌倉などのプチ版という感じだろうか。

スターバックスも純和風のしつらえで出店しています。

 

その小江戸界隈(川越駅からはちょっと距離がある)は、

平日で、みぞれが降る悪天候・寒さにも関わらず、

けっこうな人出でにぎわっていた。晴れて陽気が良かったら、

どんだけ~の世界。

ご多分に漏れず、シニア層と外国人(おもにアジア系)の姿が目立った。

 

川越に来たのは、たぶん20年ぶりくらい。

池袋から40分もあれば来れるところだけど、

やっぱり仕事でもないと、なかなか足を運ばない。

そう考えると、仕事という名目でいろいろな街に行けるのは、

幸運な境遇なのかも知れない。

 


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世界自閉症啓発デー&発達障害啓発週間と人権意識の未来

 

桜が満開になり、新年度が始まった4月2日(火)は

世界自閉症啓発デー、

そして4月2日~8日(月)までは発達障害啓発週間だった。

 

「LIGHT IT UP BLUE 」――青は希望の色として、

2007年から毎年、世界各地のランドマークを

ブルーにライトアップ。

東京タワー、東京スカイツリー、大阪の通天閣なども

真っ青な光で照らされ、各地でイベントが行われた。

 

ということを週末、ほとんど終わりかけていた頃に知った。

でも、知っただけでもいいかな。

 

平成の30年間で最も進化したのは、人権意識だと思う。

少なくとも、ほとんどの人が

「すべての人に人権がある」

ということを知り、認めるようになった。

 

昭和の時代は、パワハラ、セクハラなど、

さまざまなハラスメントや暴力が、

そういう習慣だ、常識だと、平然とまかり通っていた。

よほどのことでもない限り、

問題視されて取り沙汰されることさえなく、

泣き寝入りするしかなかった。

 

死ななければならない人も大勢いたと思う、たぶん。

 

それと比べると大きな進化だと思う。

もちろん、知ってはいても、

それがアクションに繋がっているかと言うと、

まだ全然そうなってないと思うけど。

 

すでにコンビニなどで実験が始まっているが、

これから産業界ではAI・ロボットがどんどん導入され、

多くの人間はAIの指示のもとに動くようになる。

あるいは、それまでやってきた仕事を失う。

この流れはもう止めようもない。

 

「きみの仕事はAIが、ロボットがやってくれるよ」

 

いかに経済・産業に貢献する能力があるかを競ってきた、

ほとんどの人に、アイデンティティの危機が訪れる。

 

その時に、こうした人権を尊重しよう、

それぞれの個性を尊重しようという、

何十年にもわたって続けられてきた社会活動の成果がやっと表れ、

するすると社会に染み透っていくのではないかと思う。

 

他人の人権を軽視する人は、

自分の人権も失いかねない。

そんな時代になるのではないかと思う。

 


イチローの国民栄誉賞辞退に心の中で拍手喝采

 

「人生の幕を下ろした時に頂けるよう励みます」

そう言ってイチローは国民栄誉賞の授与を辞退した。

カッコいい!と思うと同時に、もし受けちゃったら、ちょっとカッコ悪いよな、とも思った。

 

たぶん国民の半分は僕と同じように感じるんじゃないか。

 

べつに権威に対する反骨心とか、

自民党の宣伝材料に使うなとか、

そんな思想めいたことを言っているのではない。

 

単に、もらっちゃったら、イチローらしくない。

「長い間のヒーロー業、ご苦労様。国民みんなでお祝いします」と、

定年退職のおじさんに花束が贈られるような雰囲気になってしまう。

そんなことがあると、一気にリタイアしたじいさんになってしまいそうだ。

 

もうそんな時代じゃない。

定年退職して過去の栄光だけでやっていける時代じゃない

 

イチローには、孤高の姿勢を保ってほしい。

国民栄誉賞なんて、時代遅れな荷物を担がなくていい。

何するにしても、軽やかに新しい人生に踏み出してほしい。

たぶん本人もそう思っていると思います。

 

さて、ここからは日本昔話。

 

数多の伝説を作り出してきたイチローだが、

そのストーリーの根本にあるのは、彼がプロ野球に入るとき、

けっしてそんなに注目される選手ではなかった、ということがある。

 

1991年のドラフトでのオリックスの指名は第4位。

彼は愛知県の出身で、子供の頃から

地元・中日ドラゴンズのファンだった。

 

なので、中日が早い順番に指名すると思っていたのに、

オリックスが先を越してしまったのだ。

これは意外なことだった。

 

その後の大活躍を目の当たりにした名古屋のファンから

「なんでイチローを取らなかった!」と球団に講義が殺到。

「次の順番で指名するつもりだったんだよ~」と、当時の高木守道監督が言い訳がましいことを言ったため、火に油を注いだことをよく憶えている。

 

メジャーリーガーとして活躍するようになった後、一時期、名古屋のファンの間では、

「イチローは大リーグを辞めたら、日本のプロ野球界に戻ってきて、中日でプレーする」

という噂が広がったが、それも幻と消えた。

 

僕もその名古屋のファンのひとりだったが、

落合監督が辞めた頃からなぜか野球自体に興味をなくして、

この10年余りの間、全然、見なくなってしまった。

いま、プロ野球ではどんな選手が活躍しているのか、ほとんど知らない。

 

だけど、もし、イチローが日本で、中日の監督なりコーチをやるというなら、また観るようになるかも知れない。

ま、ありえないと思うけど。

 


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高級住宅街のど真ん中の斎場

 

 日曜日のことだが、月刊仏事の仕事で、代々幡斎場へ行った。

 場所は京王線・幡ヶ谷と、小田急線(+東京メトロ千代田線)の中間点にある渋谷区西原というところ。

 

 結構な豪邸が並ぶ高級住宅街のど真ん中に、火葬場併設の葬儀場が、どーん!と立つ。そのギャップがすごい。

 

 どうしてこんな一等地に火葬を行う斎場が・・と思ってしまうが、これは話が逆。

 

 ここでは江戸時代からいくつかの寺院が合同して火屋(火葬場)を運営していた。

 明治になって 東京市区改正条例(都市計画法の前身)が施行され、1889(明治22)年5月20日より都市計画施設として稼働。

 

 1921(大正10)年から東京博善株式会社(現・廣済堂グループ)が所有することになり、以後、1世紀にわたって運営を担い続けている。

 名称は、所在地がかつて「豊多摩郡代々幡町」という名の町だったことに由来する。

 

 戦後、これを囲むように住宅が次々と建てられ、やがて都内でも指折りの高級住宅街として発展していった。

 

 約四半世紀前まで外観は大型の寺院風で、瓦葺きの屋根に煙突が立っているが特徴的だったが、1996年(平成8年)11月に全面改築され、明るく近代的な快適性と、人生最終の大礼に相応しい荘厳さを兼ね備えるとともに、環境問題にも配慮した無煙無臭火葬システムも導入。3階建ての総合斎場に生まれ変わった。

 

 この日は3月最後の日曜で友引。

 ということで、初めての地域感謝イベントが開かれ、花見や落語が行われていた。

 館内には明るい笑い声が響き、とても火葬場だとは思えない。

 渋谷区も後援につき、町会も開催に協力したようだ。

 

 高齢化社会が進み、こうした施設も、人間の自然な営みとして、敬遠せずに街が受け入れる――令和は、そうした時代になりそうだ。

 


令和元年が来る

 

 菅官房長官、たぶん、この日のためにスーツ新調、

 昨日はちゃんと散髪もしてきた。

 そして新元号「令和」発表。

 小渕さんの時と違って、

 今回は余裕があって良かったね。

 

 新元号、結構、意外性があった。

 頭文字が「R」というのは新鮮感がある。

 昭和の「和」が入っていることで、年配者も安心だ。

 そして中国の古典からじゃなくて、

 日本の「万葉集」から持ってきた、

 というところがミソなんだと思う。

 

 それにしても日本人って面白い。

 街のあちこちで大勢集まって、大画面でその瞬間を見てた。

 元号発表でこれだけ盛り上がれるなんて、

 他の国ではありえない。

 日本語には言霊が宿ってることを改めて実感。

 ホント、今日は日本人冥利に尽きました。

 4月31日と5月1日も楽しみだ。

 

 もう僕の頭は「令和時代」に入ってます。

 


さらばショーケン:カッコ悪いカッコよさを体現した1970年代のヒーロー

 

ショーケンが死んだ。

代表作はやっぱり、「傷だらけの天使」か

「太陽にほえろ!」のマカロニ刑事。

どちらも僕らのヒーローだった。

 

マカロニは主人公だったのにも関わらず。

タチションしている最中に、チンピラに刺されて死んだ。

ショーケン本人が考えたエンディングだ。

 

子どもの頃に見て「人生は不条理なり」と教えられた。

ショーケンにはそんな気はさらさらなくて、

ただ、こうやってぶざまに死んだら

カッコいいぜ、と思ったんだろうけど。

 

「傷だらけの天使」のオサムは、探偵をやってたけど、

みじめで卑怯で不器用でカネがなくて、でも純粋な、

でもやっぱり虫ケラみたいな男だった。

 

だけど、とびきっきりイカしてた。

とくに男はみんな、あの生き方に憧れた。

とんでもなくぶざまでカッコ悪いのに、なぜかそれがカッコいい。

 

1970代のティーンエイジャーの男で、

「傷天」にまったく影響を受けなかったやつは

いないのではないかと思えるぐらいだ。

 

あれほど、カッコ悪いカッコよさを

体現できる男は、もう二度と出てこない。

 

うちの本棚に「傷だらけの天使」の脚本集がある。

メインライターだった、名脚本家の故・市川森一氏のペンによる

8本の脚本が収められている。

この本が出た1983(昭和58)年の時点で、

傷天は、すでに伝説的なドラマとなっていた。

 

あとがきで市川氏は語っている。

 

「傷だらけの天使」は、テレビ界のどんな賞ももらわなかった。

視聴率も、最後まで20%に届かなかった。

それにも関わらず、自作の中で、これ程、いつまでも、

人々の口の端にのぼる作品を、私はほかに持たない。

 

当時、業界では非常に評判の悪い作品だったので、

市川氏自身も「傷だらけの天使」って、なんだったのだろう?

と自問することが、よくあったという。

 

そして氏は、自ら書いた第1回のファーストシーンの

1行目のト書きに、その答を見つけたと言う。

 

――鳩が糞(クソ)を垂れて飛び立つ。

 

鳩=平和のシンボル。すなわち、平和の糞。

70年代の繁栄が垂れ流した糞。

「傷だらけの天使」とは、ほかでもない、

実に、鳩の糞だったのだ。

 

それもまた遠い昔話となった。

時も時。平成の終わり。

われらがヒーロー・ショーケンには、平成という時代は似合わなかった。

合掌。

 


日本人は、ほんとは幸福になんかなりたくないのでは、と思う時がある

 

 先日、今年もまた、国連の持続可能開発ソリューションネットワークが発行する、幸福度調査レポートが発表された。

 いわゆる「世界幸福度ランキング」です。

 

 やっぱりというか、

 案の定というか、

 相変らずというか、

 日本は下位に低迷。

 今年は58位。

 昨年が54位だったから、4つ順位を下げたことになる。

 年々じりじりと下がり続けている。

 

 今年は韓国より下になってる。ガーン!

 でも中国よりはだいぶ上だ、ホッ。

 

 なんて言ってランキングに一喜一憂している日本人の皆さん、

 そうやって他人と比較する癖が抜けなければ、

 永遠に幸福にはたどり着けません。

 

 それにこの国連のランキング、

 欧米の価値観を基準にして作られているから、

 そんなに気にして一喜一憂してもしゃーない。

 

 いつも日本の幸福度を下げている「他者への寛容さ」の項目は、

 寄付をしたか・しないかがポイントの高低の基準だというので、

 そうした習慣が定着していない日本が低くなるのは、

 当たり前なんです。

 

 今年のベスト3は、フィンランド、デンマーク、ノルウェーと、

 例年同様、北欧勢が強い。

 

 でも、かといって日本人が北欧で暮らせば、幸福を感じられるかというと、まずそんなことはないだろう。

 

 確かに社会保障は充実しているけど、その分、税金はたまげるほど高い。

 平均的な生活水準だって、日本と比べてけっして高いわけではないと思う。

 貧富の差だってもちろんあるし、いろんな社会問題もあるし、犯罪だって起こる。

 

 そして何よりも、あの地域は1年のおよそ4分の3が「冬」だ。

 

 寒いのにプラス、今ごろもまだお日さまが拝めず、1日中ほとんど真っ暗である。

 その分、夏は白夜で、1日中お日様が出ているが、それもわずかな期間だ。

 こんなところで現代の日本人が暮らしたら、とたんにうつ病になりそうだ。

 

 それに比べれば、四季折々の、美しく、バリエーション豊富な自然を楽しめる日本は断然、恵まれている。

 食べるものだって、その幅の広さもクオリティも、おそらくは世界一。

 アニメもマンガもゲームも、たぶん世界一。

 

 社会保障だって、世界の他国と比べて、そうダメなわけでもない。

 お金だってあって生活水準は高いし、健康寿命も長い。

 北欧の人なんか、日本は天国だと思っているのではないか。

 日本ほど幸福な国はないと思っている人は、世界にはいっぱいいるはずだ。

 

 けれども北欧人は、人生に幸福を感じている人が多く、

 日本人は少ない。

 

 なんで?

 

 よく言われることだが、結局、生きるための軸が自分にあるのか、

 他人にあるのかの違いなんだと思う。

 

 被害者意識の強い人が多すぎる。

 あの人と比べて、私はこんなに不幸、運が悪い、恵まれてない。

 くそー、あんちくしょう、恵まれやがって。

 早く落ちぶれればいいのに・・・。

 とかなんとか。

 

 そして、子どもの声がうるさいから、近所に保育園なんか作るなとか、

 わが街のブランド価値が下がるから、児童相談所なんか作るなとか、

 他人の立場に立って考えられない想像力の欠如と余裕のなさ。

 こういうのは「他者に不寛容」と言われてもしかたないだろうね。

 

 さらに、それをなんでかと深掘りすると、

 子どもの声を許容できないほどの疲労とストレスの蓄積や、

 土地が高く、ブランド価値が高い地域に住んでいることを

 支えにしなきゃならないような心の在り方が、

 構造的不幸をつくっているんだと思う。

 

 日本人が幸福感を高められる日は、やって来るのだろうか?

 

 


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新元号発表とGod Save the Kingと戦争のあった時代

 

 新元号が発表されるまであと2週間を切った。

 やっぱり気になる。

 

 菅官房長官が そのプレゼンター(たぶん)となり、

 のちのちの時代まで語り継がれることになる。

 

 数十年後、みんな、安倍首相のことは忘れても、

 菅官房長官の顔は忘れない。

 

 元号のことを考えていたら、

 イギリスに住んでいた頃、戦中派のご夫婦から

 英国国歌の「God Save the Quuen」は、

 前は「God Save the King」だったんだよ、

 と教えてもらったことを思い出した。

 

 考えてみれば当たり前のことで、

 1952年2月まで 英国国王はジョージ6世だった。、

 

 現在のエリザベス2世に替わっても

 国歌は同じ曲だ。

 ただ、タイトルと、ほんの少し歌詞が変わっている。

 

 王様が変わるというのは、立憲君主制国家にとって

 やはり国民の精神に少なからぬ影響を及ぼす。

 

 ジョージ国王時代とエリザベス女王時代とでは、

 厳然とした違いがあると思う。

 

 政治に関わらなくても、

 王様の持つ雰囲気・キャラクターというのは

 ある程度、国の在り方――

 特に文化方面に働きかけるものがあるのではないだろうか。

 

 もし、1952年に即位したのが女王でなく、

 男性の国王だったら、

 イギリスは現在とはけっこう色合いの違う国に

 なっていたような気がする。

 

 もしかしたら、ビートルズが

 あれほど人気が出ることもなかったし、

 それならばイギリス発のロックやポップカルチャーも

 これほど世界を席巻することはなかったのでは、と思う。

 

 ただ、イギリスや他の国家では西暦を採用しているので、

 日本のように元号というものがあり、

 それが変わることはない。

 

 そういう意味では日本はかなり特殊な国だ。

 言霊の持つ力を信じる民族にとって、

 社会的影響力は想像以上に強力だ。

 

 そして、新しい天皇陛下になる皇太子様

 ――僕は同年代のよしみで、

 つい「浩宮さん」と言ってしまうのだが

 ――と雅子様の雰囲気・キャラクターが及ぼす力は、

 やっぱり小さくないと思う。

 

 新元号になって1~2年もすれば、

 平成とはかなり色合いの違う時代になり、

 昭和は一気に遠くなる。

 

 そうなればも昭和は伝説的な「戦争のあった時代」になる。

 高度経済成長も、バブルも、

 ジャパン・アズ・ナンバー1も、

 もう戦争(敗戦・復興)なしには語れない。

 

 いや、昭和っていうのは前半と後半に分かれててね、

 戦争があったのは前半の話で・・・

 なんて言っても、

 新元号生まれの子どもたちには、たぶん通用しない。

 

 戦争なんてまったく知らず、チャラチャラ育った僕たちも、

 下の世代からそういう目で見られるようになるということ。

 

 新元号の時代において、僕たちは語り部の役割を求められる。

 

 今からでも遅くない。

 多少は戦争のことについて

 勉強しておいたほうがいいだろう。

 


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電車内スマホゲームはなぜカッコ悪いか

 

 最近、電車の中で新聞を読む人を見かけなくなった。

 会社勤めをしてないので、あまり電車に乗らないし、

 乗る時も多くは昼間のすいてる時間帯のせいかもしれない。

 

 本を読む人、マンガを読む人もあまりいない。

 大半はスマホをやっている。

 そしてまた、そのうち大半はゲームに興じているようだ。

 子どもなら、ま、しゃーないかなと思うが、

 社会人であり、中高年の領域になったいい大人が

 一生懸命になってやっている。

 

 スマホなんだから、画面を覗きこまなければ

 わからないだろうと思うだろうが、

 顔を見てるとわかっちゃうんだよね、これが。、

 

 僕が若い頃、電車の中でマンガを読むのは

 下品なことだ、それもいい大人が読むとは――

 みたいなことをよく言われた。

 

 確かにスーツにネクタイの紳士が

 少年ジャンプなどを読んでいるのはカッコ悪く見えた。

 青年コミック誌でも、なんかやっぱり違和感がある。

 少なくともあまり頭がよく見えなかった。

 

 スマホゲームにもまったく同じことが言える。

 男でも女でも、いい大人がやっているとバカに見える。

 

 なぜだろう? と考えてみた。

 べつにゲームやマンガが悪いわけではない。

 

 立派な表現手段だし、芸術性が高いものだってある。

 日本のコンテンツ産業のクオリテの高さは

 外国でもよく知られている。

 まさにクールジャパンの重要部分であり、

 日本の経済力の一端を担ってもいる。

 

 でもやっぱりそれは私的な娯楽である。

 自分の家の中、あるいはマンガカフェ、ゲームカフェなど、

 専用空間でやる分には全然構わない。

 

 要するにその私的な娯楽を公共空間で―ー

 それも電車内という閉じられた空間でやるから

 ネガティブに捉えられる。

 

 つまり、電車の中でゲームに興じている人は、

 公私の区別、自分の家の中と外の区別もつかない

 「稚拙な人間」となるわけです。

 電車の中でメイクしているおねーちゃんと一緒です。

 

 ちなみに若い者はどう思っているかなと、

 マンガ好き・ゲーム好きの息子に聞いてみたら、

 やはり、おっさん・おばさんの電車内スマホゲームは

 カッコ悪いし、情けなく見えるとのこと。

 

 自由な世の中だ、余計なお世話だ、

 誰にも迷惑かけてないじゃん、

 何が悪いんじゃいと言うレディース&ジェントルメ、

 20歳そこそこの若造――息子や娘たちから

 そんなふうに見られてますよ、

 ということは知っておいた方がいいと思います。

 自分の品性を保つために。

 


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記憶を伝える「おもかげ復元師の震災絵日記」

 

 彼女が遺体安置所を訪れると「おくりびとが来た」

 と人々がどよめいた。

 

 この本と出会ったのは、震災から3年くらい経ったころだ。

 女性納棺師である笹原留似子さんが被災地を回って

 300人以上の遺体を復元した。

 

 もちろんボランティア。寝るのは車の中。

 1日の終わりに、その日、復元した人たちの顔を思い浮かべて

 スケッチとメモを残していた。

 

 それがどういう経緯でか、翌年の夏、

 ポプラ社から絵本として出版された。、

 僕がこの本と出会ったのは、それからまた1年くらい経ったころだ。

 

 彼女の簡素な絵と言葉が、現場の状況と

 人々の感情を描き出していて、胸に迫ってくる。

  

 どうしてこんな仕事ができたのか?

 この時、彼女の手には神様が降りていたとしか思えない。

 

 3・11の記憶を後世に伝えるとともに、

 納棺師という仕事の尊さ、

 ひとりひとりの心に寄り添う仕事の重さを

 普遍的に伝える本。

 


あたりまえに豊かで幸福だけど

 

 生きててたくさん不満はある。

 いやになちゃうこともある。

 世の中には運のいい人がいっぱいいいるのに、

 なんで自分だけ運が悪いんだと嘆くこともある。

 

 でも、こうやってパソコンやスマホがあれば

 インターネットでつながって、

 あなたにメッセージを届けられるし、

 話をすることもできる。

 

 SNSを覗いてみれば、

 今日もおいしそうなごはんやお菓子やお酒の写真も

 楽しそうな動画があちこちに載っている。

 

 僕も昼はラーメン、夜はヒレカツを作って食べました。

 

 これはやっぱり豊かな生活だし、

 ささやかだけど幸福なことに違いない。

 

 でもその豊かさ・幸福も

 地球がちょっと身震いするだけで

 一瞬で消えてなくなることがある。

 

 あの日、亡くなった人たちの多くも、

 普通に生活できて当たり前と思っていたし、

 それがずっと続くと思っていた。、

 

 でもそうではなかった。

 日本中がみんな、そうではなかったことに気が付いた。

 

 そうやって気が付いたこともそろそろ忘れかけてたけど、

 やっぱり思い出したほうがいと思う。

 

 3・11はこんな暮らしが楽しめることに

 ありがとうと唱える日。

 そして、その気持ちを未来へ伝える日。

 


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子どもの卒業・親の卒業

 

 先日、大学生の息子の卒業式に出たいのに出させてくれないというお母さんに、息子さんがいやだと言うのは当然ですよ、僕だって嫌でした、という類のことを言ってちょっと冷た過ぎたのではないかと後悔している。

 

 嫌がるのは息子さんの独立心の証だと言いたかったのだが、そう言えば自分も息子の中学の卒業式に出られなかった。

 

 仕事だったのでやむを得なかったわけだが、子どもの一生一度のイベントを犠牲にしてまでやらなければいけなかったのかなぁ・・・と、しばらくの間、後悔してた。

 

 僕の親の世代はこんなことは考えなかっただろう。

 父親は学校なんかに一度も来たことなんてない。

 父親がわざわざ子どもの入学式やら卒業式に出るなんて、男を下げることだ――

 と、昭和の男たちはそういうだろう。

 

 そんな父を見ているので、母親が入学式やら卒業式やらについてくるのを容認するのは、やっぱり男を下げることだった。

 

 けれども今は母親も父親も大学まで、いや、会社の入社式までついてきたがるし、子どももそれを容認する。中にはぜひ来てほしいと願っている子もいる。

 

 親は子どもの成人した姿を見て何らかの精神的報酬を受けようとしている。

 彼もしくは彼女は自分が手塩にかけた立派な作品であることを確認したがる。

 その確認を済ませた上で、気持ちをすっきりさせて、人生の次の章に移る。

 つまり子どもの卒業式は、親の卒業でもあるわけだ。

 そういう意味では、ずいぶん親にやさしい子どもが増えた。

 

 でもこれで、子どもにとっての卒業は、本当に卒様になるのかはやっぱり疑問だけど。

 

 お互いに助け合い、いたわり合って、親子団子になってやっていかないと、この先、生きいくのはきびしいぞという予感がしているのかも知れない。

 


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ビジネスのための本気の企業理念

 

 先日、取材に行ったファームで、僕はそこの社名に興味を持ち、

 「これは一体どういう意味ですか?」と訊いた。

 すると40代の社長は、名刺を見せて、おもむろに説明を始めた。

 ロゴマークと理念(カンパニースピリッツ)が名刺上の小さなスペースにきれいに収まっている。

 

 そこは企業理念と会社のネーミング、商品の制作・販売が見事にリンクした稀有な会社だった。

 

 「環境問題に貢献する会社として、その理念に基づいて有機栽培をやっている。

 しかし有機野菜は値段が高い。多くの人に有機の良さを知ってもらい、理解してもらうためにはコストダウンして安く提供することが必要だ」

 

 その考え方を実践し、商品である作物を作り、それに共感する顧客が付く。

 理念はその会社の「顔」であり、一種のキャラクターであり、強みになる。

 だから通常ではなかなか市場で扱いづらい商品も「顔の見える売り方」で売ることができるわけだ。

 

 そういったことを社長は短く簡単な言葉で明快に話して聞かせてくれた。

 

 正直な所、農作業というのは単調で退屈な仕事である。

 しかし、その理念に共感してやってきたスタッフらは、どうしてその作業をするのかがわかっているし、疑問があれば説明してもらえるので楽しく働けると言う。

 

 インタビューして僕はかなり感心した。

 

「企業理念は大切です」と、いろんなビジネス本の類に書いてある。

 経営術の講座、起業セミナーなどでもそうだろう。

 けれども大方の人は、理念というものを金儲けをするための大義名分と考えている。

 

 金を稼ぐことは悪いことではないし、必要不可欠なことだ。

 それなのに日本人はどうしてもお金を稼ぐことに心のどこかで罪悪感を感じている。

 

 だから企業の理念・哲学なるものを打ち立て、わが社は人々の幸せのために・・・といった小論文を展開させて、会社案内のパンフレットやホームページに載せる。

 

 で、制作物(コピーライティング)の打ち合わせに行って、その理念やら哲学やらの話をしようとすると、担当者から

 「ま、表向きそう言ってるだけなんで」とか、

 「きれいごとでは商売できませんよ」と返されることが、昔も今も往々にあるのだ。

 

 最近は理念を持ってないと駄目なんだという認識が浸透してきたせいか、

 「福嶋さん、こういう言葉をサイトのトップに持って行きたいんだ」と、夢やら希望やらのやたらキラキラしたワードを並べ立てる。

 

 企業理念ってそんなものでいいのか? といつも思ってしまう。

 やるなら、かのファームの社長のように本気でやらねば。

 

 ちなみに僕は「あなたが自分や自分の仕事についての物語を見つけるためのお手伝いをし、文章として書き記すこと」

 を理念として活動している。

 

 個人事業者もビジネスをやっていることは変わりないので、お金をいただく以上は、なんでやっているのか相手に馳せる、それなりの理念は作っておいたほうがいいと思う。

 


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「実践!50歳からのライフシフト術」で人生の午後に備える

 

 安倍首相が口にしたのが大きかったのか「人生100年時代」はあっという間にポピュラーになった。

 テレビなどではやたらきれいな70歳が笑い、やたら元気な80歳が走り、やたら楽しげな90歳もあふれるようになって、人生100年啓蒙キャンペーンのような様相を呈している。

 

 だけどみんな、ついこの間まで100年の人生なんて考えていなかった。

 何となく大学出て就職して40年ほど働いて、退職した後は10年くらいぼーっと過ごして人生終わるんだろうなと漠然と思っていた。

 そして社会全体がそうした人生のモデルケースを想定して作られ動いていた。

 

 その常識が、ほんのこの数年で見事に覆された。

 これからは会社がどうの、社会がこうのという前に、自分で主体的に生きて人生を構築しなくてはならない。

 かつての「人生50年」は」まだ正午。

 50歳になってやっと午後が始まると言うのだ。

 

 これまでにもそういう話はいろいろなところでいっぱい聞かされてきたが、

 「いやいや、主体的に生きろったって、私らサラリーマンで会社から給料もらって生活してるんで、運よくそういうチャンスがあったらやってみますよ」

 と言って逃げられた。

 

 けれどもこれからはそうはいかない。

 チャンスはそのへんにころがってなんかいない。

 自分で決断して作るものだ。

 会社を退職した後は、主体的に生きるというのは必須条件である。

 どうしたものか――と思案している人にとって、これは一種の福音書からも知れない。

 

 この本に出てくる22人のうちのひとり、海外貿易で起業した三浦陽一さんは、息子が小学生の頃、一緒にボランティアをやっていた仲でよく知っている。

 知っているけど、こんなすごい人だとは知らなんだ!

 

 僕が和泉親児の会で出会ったころはちょうど起業した頃だったらしい。

 どうすごいのか知りたい人はぜひ読んでみてください。

 

 と、ここで締めようと思ったんだけど、じつは半月くらい前に読み終わっていて、どう感想を書いたらいいのかとという思いあぐねていた。

 

 なんでかというと、たぶん、僕はこの本の人たちのようにサラリーマン生活を経験してないので、会社勤めの人生前半から主体的に生きる人生後半にシフトする、という感覚が、いま一つ実感として分からないのだ。

 

 それに帯の「一切、きれいごと抜き」のコピーは余りに大げさで中身と合ってない。

 僕から見ると、やっぱきれいごとだろ、と思える。

 ライターの立場からすれば、取材した人を悪く書くわけにはいかないので、一見短所もじつは長所だったんですよと、塩梅を考えて文章を綴るのは当然だ。

 

 戦後、日本が一丸となって構築してきたサラリーマン社会はこれから解体の一途を辿る。

 僕自身は最初からフリーランスだが、企業相手に仕事をしている以上、まるっきり他人事ではない。

 

 ここに登場する人たちほど劇的ではないが、確かに50を過ぎて親が死んだり、友人が死んだり、体力の衰えを感じたりがあって、シフトしてきている。

 

 一つ言えるのは、50歳を過ぎると人生を俯瞰して見られるようになるということ。若い時にはこれができなかった。

 

 三浦さん以下、この本の人たちも人生を俯瞰して見られるようになったからこそ、それぞれの起業ができたのではないかと思う。

 シニアはもちろんだが、リンダ・グラットンの「ライフシフト」と併せて若い衆にも読んでほしいと思う。

 


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アンドロイド観音とどう向き合うか?

 

 先週、京都の高台寺でアンドロイド観音「マインダー」がプレス公開された。

 これは素晴らしい、面白い試みだ。

 僕は映像を見て感動さえ覚えた。

 このあと2カ月、一般公開されるとこことなので、期間中にぜひ実物に会いに行きたい。

 

 けれども案の定、多くの人はネガティブに反応しているようだ。

 もはやテクノロジー抜きには成り立ちえない社会になって、AI・ロボットがビジネスの世界に、生活の中に入り込み始めているのに、なぜだろう?

 宗教は人間だけの聖域にしておきたいということか?

 

 YouTubeにアップされたコメントを見ていると、由緒ある寺(豊臣秀吉の正室の北政所=ねねが創設)なのに、こんなもの大金をかけて作って、観光客に媚びてるのか。恥を知れ――といった批判をはじめ、怒り・呆れ・戦き・怖れといった感情が溢れている。

 

 人間の下で労働するしもべならともかく、観音様の姿で法話を語って聞かせるのが許せないというのだろう。

 「人間の尊厳」「仏への冒涜」などともっともらしい言葉を出して批判しているが、実質的には階級社会における、上層の人間の、下層の人間に対する差別意識と大差ない。

  

 開発チームの中心人物である大阪大の石黒浩教授は世界の認めるロボット研究者で、これまでに落語家の故・桂米朝やマツコデラックスのアンドロイドを作ったり、演出家の平田オリザと組んでロボット演劇/アンドロイド演劇を上演したりしている。

 

 石黒教授がアンドロイド開発に取り組むのは「人間とは何か?」を探究するためだ。

 ロボット研究者であるとともに、人間の研究者であり、優れた思想家でもある石黒教授と彼のチームは、こうした社会の反響も織り込み済みで、このアンドロイド観音をリリースしたのではないかと思う。

 

 ロボット・アンドロイドは仏像と同じく、人間の心を映し出す鏡。

 彼女を見て怒ったり、恐怖を抱くといった人々のリアクションもすべて「ロボット」という大きな概念の一部なのだ、と言いたいのかも知れない。

 

 イヌも歩けば、歩きスマホに当ると言われるくらい、テクノロジーに依存するようになったこの時代、僕たちはいつまでも20世紀のSF小説やマンガや映画に登場するロボットのイメージにとらわれているわけにはいかない。

 もっと素直に受け入れ、共生する前提で付き合ったほうがいいと思う。

 


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取材はイベントにしたい

 

 仕事柄、取材によく出向くので、ホームページやブログなどを見て事前に情報を仕入れる。

 企業や店舗はもちろん、個人もホームページを公開する時代になった。

 それ以外に既存のブログを活用したり、SNSを主軸に発信する法人も多くなり、情報は百花繚乱だ。

 ちょっと前までは必死にそれらの情報を読み込み頭に叩き込んで、質問事項もめいっぱい書き上げて事前に取材先に送った上で出向いていた。

 が、そういうやり方をしていると、ホームページに載っていることをなぞって確認するだけになってしまって、どうもつまらない。

 なので最近は事前調査をあまり綿密にやり過ぎず、ささっと目を通し、印象に残った文や単語をちょっとメモる程度にしている。

 

 事前調査をやる意味は、取材現場を盛り上げるためだ。

 言い換えれば、相手を楽しませ、気持ちよく喋ってもらうためである。

 

 される側にとって、する側にとっても、1時間なり2時間なりを費やすのだから、取材というのはどちらにとっても楽しい時間――イベントの一種ででなければならないと思う。

 

 今日は取材と称して面白いやつが訪ねてきて、いろいろうちのやっていることをインタビューして「きたので、あれこれ応えて話ができて面白かった。

 あいつに話したことで、自分がどんな仕事をやっているのか、どんなことを考えているのか、そして自分とはどういう人間なのかが、改めて明確になった。楽しい体験だった。

 

 取材相手にそう思ってもらえてこそ本当の取材だ。

 相手のホームページに載っている情報や、日々のブログやSNSでの発信はそのネタでしかない。

 そのネタと自分の問題意識をもとに、面と向かった時、一定の緊張感を持ってどう話を展開させるかが醍醐味だ。

 

 もちろん相手によってはきっちりした、意外性のない取材を―ーつまり自分たちで用意している決まりきった受け答えで済ませられる取材を要望していることもある。

 それはそれでしかたない。

 

 でもメールを使ってネット上で何でもやっちゃえる時代にあって、せっかくナマで向き合えるのなら、アドリブをきかしてその場限りのグルーブを作りたい。

 

 面白い取材ができると、そのあと原稿を書いてる段階までテンションを高く保てる。

 最終的に内容は平凡なものになったとしても、取材をやったその時の感触と熱は、その後、相手にも自分にも残る。

 


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ビッグデータ分析と夢を共有する時代

 

 奇妙で魅惑的で、ちょっと人には言えない濃厚な夢を見て目が覚めたら、2月最後の日は雨降りだった。

 なんだか脳の中に蓄積されたビッグデータがシャッフルされたかのような夢。

 

 「ビッグデータ」という言葉を使ってみたが、最近、やたらとこの言葉を聞くようになった。

 「AI(人工知能)にインプットする用の大量のデータ」という意味で使われることが多いようだが、そんな単純なものではなく、もっと広範囲の意味合いを持っているらしい。

 

 僕の印象では、ウィキペディアなどに載っている事柄などはどんなジャンルののものでも、みんなひっくるめてビッグデータなのではないかと感じる。

 特に戦後、20世紀後半以降のデータは膨大だ。

 

 僕が子供の頃から若い頃のサブカルチャーなどもみんなビッグデータ化しているのではないだろうか。

 音楽、映画、演劇、漫画、文学、ファッション・・・あらゆる分野で次々と新しいものが生まれた1960年代から90年代。

 

 しかしその勢いは21世紀になってからピタッと止まり、いま出てくるのはほとんどがこの半世紀間に創られたものの焼き直しだ。

 

 僕たちは両親と同じ価値観で同じ夢を見られなかったが、僕たちの子どもは僕たちと同じ夢を見る。 たぶん孫も。

 

 もしかしたらこれから何世代にもわたって、大勢の人間が共有した20世紀後半のカルチャーは伝えられてゆくのかもしれない。

 

 時代はインターネットというテクノロジーを得て、この半世紀間のビッグデータを分析するのに躍起になっているように思える。

 停滞なのか、次なるルネッサンスまでの空胎の時期なのか、いずれにしても新しいテクノロジーを抜きでは時代は進歩しない。

 

 人々がビッグデータの分析に飽きてきた頃が、本格的なAI・ロボット社会の到来になるのかもしれない。

 ちょっと不安であり、ちょっと待ち遠しい。

 

 今夜もまた、脳の中のビッグデータがシャッフルされるような夢が見られるといい。

 


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猫の額(ひたい)とネコアート

 

 なんだか仕事で煮詰まっていたので、昼食後、自転車を飛ばした。

 和田堀公園を抜けて高円寺まで行く。

 午後になってちょうど春の日差しが出てきて暖かい。

 公園には梅の花はもちろん、桃の花まで咲いていた。

 

 目指したのは高円寺駅北口から伸びるセントラルロード。

 その商店街沿いにある「猫の額(ひたい)」は、その名の通り、ネコの額ほどの狭い店内にネコグッズをわんさと詰め込んだネコアート専門の雑貨店だ。

 

 ここでネコアートの作家グループの展示販売会をやっているので観に行った。

 漫画家・イラストレーターの麻乃真純さんがそのグループの一人。

 

 先週行こうと思ってたが、バタバタ仕事が入って行きそびれてた。

 展示会は明日(27日)までということもあって、額はほとんど売り切れ。

 「ネコヤナギ」のカードを買って帰ってきた。

 これは面白可愛い。

 

 むかしはイヌのスペシャリストだったが、最近はネコにぞっこんんだとのこと。

 今回はリスも描いてたが、次はハムスターとかフェレットも描いてほしい。

 

 ほかの作家の人たちの作品も面白かった。

 特に版画家のやまもとしゅくこさんという人の、生意気っぽいネコや、ちょっとブラックな天使のようなネコが好きだった。

 

 ネコは本当にいろんなイメージを醸し出してくれる動物だ。

 ネコ好きな人は高円寺方面に行くことがあったら「猫の額」に寄ってみると、楽しい気分になれるかもよ。

 


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絵描きのセンス

 

 息子がチビの頃の絵や、うちの「野の花鍼灸院」に来る子どもの絵(先生にプレゼントと言って持ってくる)を見ると、子どもの描く絵って、どうしてあんなに面白くて魅力的なんだろうと思う。まさに誰もが天才だ。

 

 でもほとんどの子どもは、学校へ行く頃にはその天才の輝きを失ってゆく。

 ピカソのすごさは、その子どものセンスを生涯失わずに保ち続けたことだった。

 

 僕も子どもの頃はお絵かきが大好きで、建て直す前の実家は壁も柱もそこらじゅう我が作品の落書だらけだった。

 とにかく絵を描いていれば楽しかった。

 

 よくまぁ両親はほったらかしにしといたものだ。

 あんなに家をめちゃくちゃにして、なんで誰からも怒られなかったのか不思議でしかたがない。

 それどころか「おまえは絵が上手だねぇ」と家族から褒められていた覚えがある。

 子どもはほめて育てよということか。

 

 それでもやはり大多数の子と同じだった。

 学校の図画とか美術の成績は良かったけど、ただそれだけだ。

 

 小学生の時は将来マンガ家になろうとか考えていたが、どこかでその思いはプツンと途切れて、大人になる頃にはほとんど絵なんて描かなくなっていた。

 

 時々、絵を描きたいなという思いが湧きあがる。

 今日がそうだった。

 さりとて何を描いていいのかわからない。

 今の自分にいったいどんな絵が描けるんだろう?

 どんな絵を描きたいんだろう?

 


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ガーナのお葬式は、泣き女、棺桶ダンス、ポップアート棺桶

 

 ガーナと言えば某菓子メーカーのチョコレート。おいしい。

 チョコレートの原料はカカオ豆。

 西アフリカのガーナ共和国は世界有数のカカオ産出国。

 意外だったが、ほかにGOLDや石油の産出量も有数だ。

 

 そしてサッカーファンはご存じ、アフリカのチームとしてはトップクラスの実力を持っている。だ。

 しかし、もう一つ、世界に冠たるすごいものがある。

 それはお葬式であり、棺桶だ。、

 

 ここのところ、アフリカ諸国の生活文化に興味を持って、仕事の合間にちょこちょこネットで調べている。

 

 「月刊仏事」でエンディング関係の記事を書いているので、どうしても葬式とか供養のことが気になるのっだが、どうもガーナのお葬式の派手さはアフリカだけでなく、世界でも断トツらしい。

 

 ガーナはかつてイギリスの植民地だったこともあり、約7割がクリスチャン。

 大都市に暮らす富裕層はもクリスチャンが大半のようで、彼らは一般人の平均年収の4倍から10倍にあたる費用を葬式に使うらしい。

 故人が亡くなってから遺体を冷凍保しておき、約3ヶ月後、満を持して週末3日間かけて盛大に、飲んで食って、歌って踊って、お祭り騒ぎをするというのだ。

 

 この国には葬式を盛り上げるために「泣き屋」、そして棺桶の「担ぎ屋」がいて、このプロフェッショナル達が、まさしくプロの技を見せる。

 

「泣き屋」は一般的には女の団体で、「泣き師協会」というものもあるらしい。

 静かな啜り泣きから、地面に転がっての号泣、謎の「シマリス泣き」というものまで豊富なmメニューを取り揃え、時間やシーン、人出などに合わせて会場を盛り上げるために変幻自在の泣きパフォーマンスを披露するという。

 

 「泣き屋」が女の仕事なら、「担ぎ屋」は男の仕事。

 スーツを着込んだダンディーな奴らがお神輿よろしく棺桶を担ぐ。

 と言ってもただ担いで練り歩くだけではない。

 陽気でリズミカルなハイライフミュージックに合わせて、棺桶を担ぎながら踊る、いや、踊りながら担ぐのか。

 とにかくこれがえらくカッコいい。

 

 周囲には演奏するバンドマンやダンサーたちもわんさかいて、いつ果てるともないビッグパーティーが続く。

 

 ガーナでは人は死後、異なる世界でふたたび新たな人生が始まると信じられており、「死」は「新たな始まり」と捉えられるのだそうだ。

 したがって葬式とは、故人の死は悲しむものでなく、新たに生き始める故人をみんなで祝福するための儀式なのだ。

 

 

 さらにもう一つすごいのが、その棺桶。

 ガーナの棺桶は世界一ユニークと言っても過言ではない。

 

 ガーナ人は、故人の人生にちなんだ棺桶をオーダーメイドする。

 たとえば、パイナップルの形をした棺桶は、パイナップル農家。

 魚の形をした棺桶は、漁師の棺、

 

 仕事だけでなく、自分の人生に幸をもたらしてくれたもの、叶わなかった夢や希望などを様々な形にして棺桶を作るというのだが、これがポップで可愛くてファンキーだ。

 

 

 いわゆるアート作品として海外からの評価も高く、プロのアート館桶屋が 何人もいるようで、希望があれば海外からの注文も受けるという。

 

 備えあれば憂いなし。ガーナのアート棺桶。終活している人はオーダーメイドを選択肢に入れておいてもいいのでは?

 


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ルワンダを復興させた女性たち

 

 日本の女性の政治参加が国際的に見てあまりにも低い。

 とはよく言われている。

 2015年のデータでは、なんと世界144位だそうだ。

 

 もう一つおまけに、世界経済フォーラムが発表する男女平等ランキング(ジェンダーギャップ指数)というのがあって、この2016年版では日本は111位。

 なんでだ?

 

 オリンピックだ、万博だ、クールジャパンだ、外国人はみんなニッポンだーいすき!

 と胸を張り、日本って本当に素晴らしい国だって、やたらとそういうテレビ番組が増えているし、政府も世界に対して躍起になってアピールしている。

 

 が、先日の「児童虐待多発国」という汚名といい、女・子どもに関しては、どうもあまり誇れるデータが出てこない。

 なんでだ?

 

 もちろん、女性の政治参加が増えれば、それが女性の幸福につながるかといえば、そういうわけでもない。

 

 それにどうもこの国には、芸術やスポーツや文化などの面で女が活躍するのは好ましいけど、政治とか経済の分野ではあんまりしゃしゃり出ないでほしい・・・という偏見がまだまだ強いのではないか。

 

 で、女性も政治参加――国会における女性議員の割合が最も高いのは」おそらくスウェーデンとかノルウェーとか、北欧のどこかだろうと思っていたら、なんと、アフリカのルワンダと聞いてびっくりした。

 

 しかもその比率は63.8%。女性議員3人に男性議員2人という割合。

 男女平等ランキングでも第5位になっている。

 

 ルワンダと言えば、25年前の1994年に内戦が勃発し、部族同士の抗争から大虐殺に発展。100日間で80万人~100万人、人口のおよそ7分の1が殺されるという人類史上有数の大惨事に、世界中が真っ青になった。

 虐殺を免れた女性も多くが強姦され、万単位の望まない子供が生まれたと言う。

 

 ニュースやルポなどで見た、その時の印象があまりにも強烈で、正直、僕はルワンダって世界で最も悲惨で貧しく、暴力の蔓延る危険な国の一つだと思っていた。

 

 しかし、その印象は一変した。

 あれから四半世紀後たった今、記事と写真を見る限り、首都は美しく整備され、経済発展も著しい。治安の良さもアフリカでトップクラスらしい。

 

 内戦と虐殺からの復興はめざましいものがある。

 終戦から20年余りで世界有数の経済大国へ駆け上がった日本と似た勢いがあるのだろうか。

 

 どうやらかの虐殺で男性の人口が大幅に減り、半ば崩壊した国の立て直しを女性の手に委ねざるを得なかったという事情があるようだ。

 思い切った法制度の改正もあり、この国では議員の少なくとも30%は女性にするよう憲法で定められているという。

 

 そして何よりも、そのベースには過去の悲劇を克服し、生きている幸福を感じられる国にしたいという人々の願いが一枚岩になっているのだろう。

 そこには望まずに母になった女、望まれずに生まれた子どもの思いも入っている。

 

 政治参加率が低かろうと、男女平等ランキングが低かろうと、いいじゃないの、幸せならば――という声が聞こえて来そうだけど、本当にいいのかな?

 


たっぷり眠るとたらふく夢を見る

 

 夢を見るのは楽しい。

 と思っていると、わりと楽しい夢が見られる。

 

 疲れがたまっていたのか、久しぶりに10時間以上眠ってしまった。

 いつもは朝の4時とか5時に起きるのだが、今朝は8時起き。

 カミさん一緒に朝食を食べて、洗濯物を干して、ひと仕事したところで、こりゃだめだ~と思ってもう1回ふとんに入ったら、次に起きた時はお昼をとっくに過ぎていた。

 

 夢に期待していたら、二度寝した時には案の定、たっぷり夢を見た。

 充実してたな~という印象だけは残っているのだが、いつもと同じく内容はさっぱり忘れてしまう。

 

 インターネットを見ると夢占いとか夢診断のサイトがわんさかある。

 ちょいちょい拾い読みをすると、もっともらしいことがいろいろ書いてある。

 

 「空を飛ぶ夢」はこう解釈するとか、「階段から落ちる夢」はこんなことを意味してるとか・・・ニーズも多いだろうし、熱心にハマってる人も多いだろうが、どうもこういうものにピンと来ない。

 

 夢が潜在意識の表れであることに疑念はないが、人それぞれ持っているバックボーンも生活環境も人生の趣向もが違うのだから、同じ夢でもそれぞれ意味するところは違ってくると思う。まったく逆の意味になることだってあるだろう。

 

 夢占いは古い歴史を持っているが、かつては多分、占い師が人生相談に応ずる際の一つの材料として、その人にどんな夢を見たのか聞いたていたのだろう。

 そしてその人にとって、その夢が何を表しているのかを相談を聞く中で解き明かしていったのだ。

 

 なので、サイトや雑誌に載っている夢診断・夢占いは、神社のおみくじの吉凶とか、星占いの「きょうの運勢」程度のもんなんだろうと思う。

 

 その日の気分を盛り上げたいとか、自分の気持ちを調整するために活用したい人は、大いに活用すればいいと思うけど、僕は自分の夢に他人にずかずか踏み込まれて、あれこれ理屈を付けて分析されるのはご免だなぁ。

 

 人生の夢と同様、眠っている時の夢だって自分の聖域だ。

 ヘンな解釈などせず、ナンセンスな世界、「不思議の国」のままでいいと思う。

 みんな、不思議でミステリアスな部分を持ってたほうが面白いんじゃないかな。

 


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マルチなわらじと自分マネージメント術 

 

 食っていくためには「わらじ」が何足も必要だ。

 

 先週取材した六本木のお寺の住職の父は、仏教関係の新聞の記者と僧侶を兼業していたと言う。

 朝のお勤めが終わったらスーツに着替えて会社に行き、帰宅すると僧服に着替えて夕方のお勤めをする。

 子どもの頃からそんな父の姿を見ていた住職は、僧侶の兼業に何の違和感も持っていなかったと言う。

 

 どうもこれは特殊な例でなく、住職さんの中には学校の先生や公務員など、他の仕事と兼任している人が大勢いるらしい。

 観光名所になっているようなお寺でない限り、そうでないと生活していくのが難しい所が増えている。

 

 言われてみればそうかもしれない。

 そもそも宗教に従事する仕事を「ビジネス」と呼ぶのは間違っている。

 一般人は僧侶を「聖職」と見なし、清貧であることを求めるだろう。

 

 けれども、お坊さんも生活しなくてはならないし、家族を養わなくてはならないし、お寺を維持していく必要がある。

 

 経済成長時代はどうだったのか知らないが、いずれにしても、お坊さんだけやっていれば生活に困らなかった時代は、もう「古き良き時代」になりつつある。

 

 しかし、これは何もお坊さんに限った話ではない。

 

 人生フルタイムで一つの仕事に集中するということが難しくなってきている。

 いまや多くの人にとってダブルワーク、トリプルワークは当たり前。

 そうでもしないと日本で「まともな生活」は保障されないのではないか。

 

 いろんな物価が高く、何をするにもお金がかかる日本で、一つの仕事(一つの収入口)だけで食える状況というのは、もはや超お金に恵まれた、セレブな特権階級と言えるのかも知れない。

 

 会社は社員のアルバイトも奨励する。

 あるいはお父さんは仕事一つでも、夫婦共働きでお母さんも稼いでいたり、さらには子供も家の経済を助けるのに参加するなど、一世帯にいくつもの収入口を設けるのが普通になってきている。

 

 こういう状況になると「自分マネージメント術」が重要になってくる。

 どうひっくり返っても、1日は24時間だし、1年は365日しかない。

 その限られた時間をどう配分して経済を安定させ、家族を安心させ、自分の夢をかなえ、アイデンティティを保てるか。

 どうすれば一人何役もこなすことができ、しかもそれぞれのパフォーマンスの質を上げられるのか。

 なおかつ、それでもストレスを溜めず、ゆったりとした気持ちで生きられるか。

 

 これは現代を生きるすべての人にとって、考える必要のあるテーマだと思う。

 


女の天才に奉仕する仕事

 

 バレンタインのチョコをもらったから、ではないけど、女性全般に敬意を抱いている。

 と言うと「ウソこけ!」という声がどこかから飛んでくると思うが、ホントです。信じてください。

 

 なんでかというと、やっぱり女には子どもを産むという天才があるからだ。

 当りまえすぎて自覚してない人も多いかと思うけど、これは女だけに与えられた天賦の才能。

 地球上で人類が今あるのも、女が身体を張って、命がけで子どもを産み続けてきた結果である。

 男は女の、この天才的所業に追いつこうと、いろんな仕事をする。

 

 人間の歴史はそうして創られてきた。

 だから、やっぱり男は女に敬意を払ってしかるべきだと思う。

 

 政治も経済も学問もスポーツも文化も芸術も、およそ人間の社会的活動のすべては、女が子どもを産み、その子どもを育てるという基幹事業に付随する活動に過ぎない。

 

 あくまで推測だが、女には人生のどこか(たぶん30代のどこか)で、宇宙のどこかから男に聞こえない声が聞こえる。

 

 「産む?産まない?」

 

 これを重く受け止めるか、軽く聞き流すか、個人差があるだろうけど、とにかく女は肉体的なタイムリミットがあるので、その問いかけに「Yes」か「No」かの答を出さなくてはならない。

 

 「Yes」と答えた人は、たぶんそこから婚活に奔走するのだろう。

 現代は昔と違って猶予期間が長い。40代になっても十分産めるというのだから、夫・父親にふさわしい男を5年10年かけて探し出してほしい。

 

 レズビアンの女性で「Yes」の人は、人工授精技術を活用する道もある。

 そうして子どもを育てている女同士のカップルもいる。

 

 「NO」ならべつに産まなくてもいい。

 ただ、その際は自分の持つ大きな可能性の一つを自ら放棄することになるわけだから、それ相応の葛藤と痛み、自責の念などを覚えるのだと思う。

 

 男の人生にはそこまで身を削るような瞬間は訪れない。

 女の人には悪いけど、のほほんと生きようと思えば、死ぬまでのほほんとしていられる。

 地球上における人類継続の本質には関われないのだ。

 

 僕もご多分に漏れず、男らしくのほほんと生きてきたが、女の天才に敬意を払い、少しは女性の皆さんの役に立つこと、奉仕できることを死ぬまでにいくつかはやっていこうと思ってる。 何をするかはこれから考えますが。

 


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信じたくないけど、日本は子ども虐待の多発国?

 

 息子が1歳の頃だったと思うが、転んで頭を打ってケガをした。

 あわてて小児科へ連れて行ったが、その時、なんでケガをしたのか、かなりねちっこく聞かれた。

 ははん、虐待が疑われているのだな、とすぐピンときた。

 その医者とケンカすることはなかったが、たったそれだけで、かなり頭に血が上ってカッとなった。

 

 虐待を疑われた親がひどく感情的になったり、詰問する児童福祉司などに強烈な恨み・憎しみを抱いたりするのは、そんな自分のことを思い起こすと分かる気がする。

 

 虐待を疑われるということは、その親にとっては「あなたは親の権利・資格があるのか?」と疑問視され、問い詰められているのと同じだ。

 

 一旦、親となった人間は、その親という立場を失うかもしれないと感じると、強い危惧感・恐怖心を抱くのだろう。

 

 もし「あなたには親の権利・資格はない」と、他人からドーンと言われたらどうか?

 

 「おまえは人間失格」と烙印を押されるのに等しい、屈辱的かつ絶望的なことだ。

 

 そして、なんとかアイデンティティを守ろうと、その屈辱の感情を、学校や児童相談所などの関係者、ひいては社会に対する激しい怒りと憎しみに転化するだろう。

 

 千葉県野田市の女の子の虐待死事件は、世界にも知れ渡り、国連の子どもの権利委員会で問題視されているようだ。

 

 先週、同委員会は、今回の事件をはじめ、日本で子どもへの虐待などの暴力が高い頻度で報告されているとして、政府に対策強化を求めたという。

 

 かつで幕末から明治時代にかけて、日本に駐留した欧米の学者らが、民衆が子どもをとても可愛がり、大事にする姿を見て驚嘆を覚えたと当時の記録にある。

 

 逆に言えば、当時の欧米の民衆は、子どもに対して相当ひどい扱いをしていた(産業革命時の工場での強制労働など)ということだが、それから150年たって状況は逆転してしまったのか、信じたくないけど「日本は子どもの虐待が多発する国」になっているらしい。

 

 これは日本社会全体で向き合うべき問題ではないかという指摘がされたわけで、いわゆる外圧までかかってしまった。

 

 さすがにこういうことが続くと、子どもの虐待に対する法規制の強化・厳罰化が行われるのは、そう遠い先ではないかも知れない。

 

 厳罰化には反対しないが、これは人間のエモーショナルな部分に深く関わる問題であり、へたをすると親の側の人格崩壊にも繋がりかねない。

 

 なので本気でやるのなら、不幸な親子を増やさないためにも、同時に、あるいは事前に、社会全体への十分な啓蒙活動・認知活動が必要なのではないか。

 

 なぜ子どもの虐待問題に、社会全体で向き合わなくてはならないのか。

 なぜ虐待をする親が重い罰が科せられるのか。

 そもそもなぜ子どもをそんなに大切にするのか。

 

 こうした問いに対する答えはたぶん、僕たちの社会の未来のビジョンを思い描くことにもなると思う。

 


落書きペンは地球色

 

 空の色、海の色、地球の色。

 自分で手書きする青い文字、青い文章が好きだ。

 

 黒で書くべきフォーマルな書類には黒を使うが、特に人に見せる必要のない自分のノート、取材ノート、メモ書き、落書きなどはいつも青のボールペンで書くようにしている。

 

 人間の脳はもう一つの地球。

 空ほど広く、海ほど深い。

 だから青い文字、青い文章は脳を活性化させる。

 

 ――というのは、もちろん、こじつけであり、おまじないであり、単なる気分の問題だ。

 しかし、そういう気分が大切なのだ。

 気分一つで文章はいかようにも広がり、変幻する。

 概して黒で書くと、ちょっとかしこまったような、強張ったような感じになる。途中で止まることもよくある。

 青で書くと、よりしなやかに、たおやかに文章が展開する。

 

 毎日、脳の中から吐き出しているので、ペンもノートも毎日大量消費する。

 だから高価なものはいらない。

 どっちもせいぜい100円のもので十分だ。

 

 ヘタに高価なものを使うと、ムダ使いしないよう、ちゃんとした文章にしようという意識が働いて、書くことが広がらず、固くなってしまうのだ。

 ケチな性分だからしかたない。

 

 面白いの、気に入ったの、人に読んでもらおうかなと思うのが出てきたら、ちょこちょこ編集してデジタルに移し替える。

 畑で採れた農作物や、海で釣り上げた魚を、1次加工するのに似ている。

 毎日、大量の1次加工品ができてくる。

 仕事や作品用に使ったり、ブログやSNSにしてみたりする。

 

 今日も自分の地球を探検して、わずかでも採掘できたなと思うと楽しい。

 


フレンチ・ランチinキチジョージ

 

 きょうは昨夜、無事お泊りから帰ってきたカミさんといっしょに吉祥寺に行った。

 買い物のあと、「久しぶりにミーはおフランス料理が食べたいざんす」

 という、おそ松くんのイヤミ氏みたいなセリフがおなかの底から湧き出てきて、ランチはフレンチに。

 

 フランス料理はやたら世間で褒められることが多く、舶来高級料理の代名詞になっているが、どうもその実体がつかめない。

 

 ピザやパスタに代表されるイタリア料理には「This is イタリア料理」といった明確なイメージがある。

 好き嫌いはともかく「The イギリス料理」はローストビーフや フィッシュ&チップス。「The ドイツ料理」はソーセージ盛り合わせ。

 

 だが、フランス料理にはこれらに該当するものがない。

 「This is The ○○」=これがフランス料理だ! というものがないのだ。

 少なくとも僕の中には。

 

 一応、フランスには20代の頃、3回ほど旅行したことがある。

 トータルで半月程度は過ごしているが、最も印象に残っている食事は、ノルマンジー周辺の田舎町のレストランで食べた魚のスープ〈煮込みかな〉だ。

 

 料理名も覚えてないが、なんだか味噌汁みたいな味がしてうまかったな~と、記憶に焼き付いている。

 しかしパリをはじめ、他では何を食べていたのか、フランスパンのサンドイッチとか、クロワッサンの朝食以外はとんと思い出せない。

 

 きょう入った吉祥寺の店は、タルトフランベというアルザス地方の料理をメインに出していて、これはいわばフレンチピッツァだ。

 

 カミさんが頼んだ「ロレーヌ」というのはサーモンやエビなどの具材が乗っている。

 僕はせっかくフレンチに来たのだからということで「パリ」というのを頼んだ。

 これはカモ肉・トリュフ・フォアグラという3大フレンチ食材が乗っかっているリッチ版。

 

 見た目、よく行くイタリアンピッツァの半分程度の大きさで、これじゃ足りないんじゃないかなと思ったけど、お味の方もかなりリッチで、こってり濃厚。

 二人でシェアして食べてじゅうぶんお腹がふくれた。

 ただし、この濃厚さはワインと一緒に食したほうがいい。

 

 ちなみに僕はグラスの赤ワインを飲んだけど、なかなか美味しくて食前に飲みきってしまった。

 これ以上飲んだら絶対酔っぱらって午後の用事が果たせなくなると思って2杯目は断念。

 

 この「ブラッスリー・エディブル」は、こじんまりした、パリの裏通りにあるいそうな感じの店で、お値段もリーズナブル。

 ワインと一緒に料理を楽しみたい人にはうってつけなのではないかな。

 

 ただこれが「Theフランス料理」かというと、そうではない気がする。

 フランス料理ってやっぱり正体不明。僕の中では。

 


今夜はホームアローンでわくわく?

 

 うれしくてうれしくて、シッポがあったら振りたいくらい。

 

 前、アメリカのノンフィクションでこんな文章があって、気に入っていたことを思い出した。

 これは夫が出張か何かで数日間留守にするのを妻が喜んで発したセリフ。

 前後の文脈は忘れてしまったので、この後、これ幸いとばかりに盛大な女子会を開いて大盛り上がりしたのか、それとも密かに男を家に連れ込んだのかは定かでない。

 

 なんでこんな文章を思い出したかというと、今夜はカミさんがお泊り〈小児はりの研究会の合宿〉でいない。一人だ。

 

 そこはかとない解放感。

 

 べつに普段、一緒に暮らしていてストレスとかプレッシャーを感じているわけではないのだが、ちょっとだけ家の中の空気をいつもより多く吸える気になる。

 そして、さて何をしようかとわくわくする。

 

 イヌみたいに喜んでシッポは振らないけど、期待でリスのしっぽみたいに膨らむかも知れない。

 しかし、何に期待しているのか?

 

 子どもの頃は親が留守でホームアローンぬいなれば、友達を呼んで大騒ぎしてたし、友達と部屋をシェアしていた頃は、そいつが留守だとここぞとばかりに当時のガールフレンドを呼んでいちゃついていた。

 

 ホントに面白かったし、楽しかった。

 

 ところが一人暮らしをするようになって、いつでも自由に、当たり前にそういうことができる環境を得ると、そうした「今日はホームアローン」の喜びはなくなってしまった。

 やっぱりメリハリの問題なのだ。

 

 でまぁ、結婚してまた一人暮らしじゃなくなったのだが・・・たまに一人になっても、やるのはせいぜいテレビ見たり、ネット観たり、本読んだりしてゴロゴロ。

 これじゃ普段やってる生活と変わりない。

 

 そう思ってたら、夜中にピンポンとインターホンが鳴るので出てみたら「ずっとあなたのこと、お慕いしてました」とか言って女性が訪ねてきた。

 

 もしそんなことがあるのなら若い女がいいいと、まず考えるのだけど、近所のガールズバーにいるようなキャンキャンした小娘に来られてもうるせえなと思い直して、やっぱり壇蜜みたいな女が赤ワインとチーズを持って現れて「ご一緒に」なんて言われるのがいいなと思ったり。

 

 そんな想像を巡らせたりはするけど、実際にそんなことが起こったらめんどくさくて「ありがとう。でも結構です」って帰しちゃいそうだ。

 想像するのは楽しいけど、それだけで十分。

 というわけで、テレビとネットと本にもどる。

 

 こういうのって、何だかつまらない人生だと思ってた若い時代もあったけど、最近はどうも自分は劇的な刺激を求めて、ダイナミックに生きる人間ではないなと悟ってしまった。

 

 ま、それなりに充実した暮らしがあるし、平和が何より。

 普段と同じことをして今晩は一人で床に着こうと思います。

 


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アート&カルチャーのご縁寺in六本木〈西麻布〉

 

   午前中、日差しがポカポカしてて、おお、きょうは小春日和だね~いやいや違った。小春日和は晩秋だ。今日は早春サイクリングだ!と思い立って、六本木まで自転車を漕いでいった。

 

 月刊仏事「寺力本願」の第2回の取材は西麻布3丁目の妙善寺。

 六本木ヒルズのすぐそばというか、通りを挟んでホテル・グランドハイアットの真ん前というアーバンなロケーション。

 

 江戸時代、囲碁寺として知られ、このあたりの町人がぶらっと寄って楽しく囲碁を打っていたとか。

 

 そうした歴史を下敷きにして、近年はまだ30代の住職様が、若いアーティストや芸人などに開放して、演劇、ダンス、音楽などの公演を開いている。

 

 聞けばこの住職様、若い頃、お笑い芸人をやってた経験があるそうで、そこから演芸系いオーラが発せられるせいか、インディペンダントなアーティスト系・カルチャー系の人たちが引き寄せられてくるようだ。まさに「ご縁」である。

 ここではいろいろな文化系の催しや教室、秋には自主映画の映画祭も開催されている。

 お寺という空間は、日常とは一味違ったリラックス感があって、自然と非日常的な世界へ脳もトリップできるのかもしれない。

 

 こうした活動を通して、人々が自然に仏教的なものをライフスタイルの中に採り入れていったら、もっと生きやすくなるのでは・・・というお話を、柔和で福々しい笑顔でっ語ってくれた。

 

 お昼を回ったころ、取材を終えて外に出てみたら、激さむ。

 早春のサイクリングだったはずなのに、お昼を回ったころにはどんよりと空は曇り、ぐんぐん気温が下がっている。行きはよいよい、帰りはこわい。

 真冬に逆戻りして明日は大雪という情報も。

 


カレンダー大変動に昭和人降参

 

 きょう、貸家の契約更新で不動産屋へ行ったら、デカデカと「2019年 平成23年」と上下に併記した紙がオフィス内の3ヵ所に貼ってあった。

 大家さんも、店子さんも、西暦と元号がごっちゃになってしまう年配の方が多いのだそうだ。

 

 ちなみにうちの母は西暦も平成もよくわからず、昭和○年と言わないと駄目だ。

 今年は昭和94年だよ。だからお母さんは90歳」と、帰省するたびに説明している。

 もはやこのあたりの人たちは、新しい元号や、西暦換算なんてもう諦めて100年を越しても昭和で押し通した方がよさそうだ。

 

 今年に限っては「退位の日」と「即位の日」の制定され、4月から5月にかけて天皇陛下の交代劇をはさんだ10連休のスーパーゴールデンウィークになるが、来年もまたすごい。

 

 10月第2月曜日だった「体育の日」――これまた昭和人には「10月10日」としっかり刻印されているが――は7月24日、すなわち東京オリンピックの開会式の日に移動するのだそうだ。しかも名称は「スポーツの日」に変わるとのこと。

 

 7月になるのはどうやら来年限定らしいが、いずれにしても「体育の日」は今年が最後。最近は学校の運動会も春に回されちゃうケースが多いし、10月のイメージが変わってしまいそうだ。

 

 ついでに「海の日」やら「山の日」もオリンピックに合わせて大きく移動し、真夏に「金メダルウィーク」ができるらしい(これは僕が勝手にそう言ってる)。

 

 それにしても昭和人たちが大混乱に陥りそうな今年と来年のカレンダー。

 いろいろ事情があって祝日だらけになるのはしかたがないけど1、あんまり連休が増えるとその前後が大変なんだよね。

 休みに合わせて仕事の締め切り前倒しとか、休み明けに見たいからここまでやっといてとか、1年の半分が年末進行になりそうだ。

 


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別の惑星との交信

 

 街を歩いていると、やたらとぶつぶつ独り言を言ったり、へらへら笑いながら歩いている人が増えてるような気がする。

 

 おやおや、こりゃ精神をやられちゃっているのかなと思ってよく見ると、何のことはない。電話で話しているのだ。

 ワイヤレスイヤホンが普及したせいで、何だか街の中に奇妙な光景が現出している。

 

 だけどそれを差し引いても、ひとり言を言う人は増えたのではないだろうか。

 =精神やられてる、というのは言い過ぎかもしれないけど、電車で隣に座っている人が、そうやって自分の世界に入っちゃってると、やっぱりちょっと引いてしまう。

 

 でも、街中や電車の中ではないが、自分も時々ひとり言を口にしていることに気付く。

 家の中とか、人通りの少ない近所の道端とかでそっとね。

 しかも最近、その頻度がかなり増しているのではないか、こりゃやべぇと感じる。

 

 でも思考していることや認識したことなどをはっきり確認するためには、言葉を内に留めておくのではなく、外に出す――アウトプットするのは良いことなのだ。

 

 安全や防災などの指差確認歓呼などはその好例だ。

 本の音読効果もその類だろう。

 書いた文章がおかしくないか、誤字脱字がないかを確認する際も、黙読でなく、音読するほうが10倍精度が高い。

 

 また、ふっと心に過ったことをメモに書きとめるとか、意識に上ったことをノートしていく「瞑想ノート」なども、アウトプットという意味ではとても有効だ。

 

 だから街中やで電車の中でぱっと良いアイデアが閃いたりして何とか記憶しておきたいなら、ひたすら口で唱えて脳に焼き付けるしかない。

 

 だいたいそういう時はメモを取れるような状況じゃない。

 ペンと紙や、スマホなどを取り出そうとしているうちに、閃きは流れ星のように消えてなくなってしまう。

 

 あんまり大声出して周囲に迷惑かけちゃいけないけど、なにこれ? ヘンな人。ちょっと頭がおかしいじゃないの、気持ちわる~い、と思われるくらいなら、まぁ構わないのではないだろうか。

 

 周りの人もそれくらいなら、この人はたぶん別の惑星から来た人で、故郷の星とワイヤレスイヤホンで交信しているんだと思って、まぁ大目に見てあげてくださいな。

 


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ネコのふりかけ

  

 もう前世の記憶に近いが、そのむかし「劇団ねこ」というのをやってた。

 なんでそんな名前を付けたのかというと、管理社会を自由にすりぬけ、何者にも縛られず、ネコのように柔軟に生きながら、可愛がってくれる人がいれば調子よくニャオンとすり寄り、ごはんとねどこをせしめたい。

 そんなメッセージを、演劇を通して発信しようとしたからだ。

 

 というのは今しがた考え付いた、まったくのこじつけだけど、潜在的にはそんな気持ちがあったのだと思う。

 

 劇団ねこは30年以上も前に消滅してしまい、座長と演出をやってた男も10年前に死んでしまった。

 

 けれども最近のネコのモテモテぶりに触れると、現在を生きる人たちの心の奥底には、冒頭に書いたような、ネコのように生きたいという思いが、ずっとくすぶり続けているのでないかと推測する。

 

 そして、それは30年前よりますます強くなっているのではないかと感じる。

 

 こんなことを言っては申し訳ないけど、受験生とか、就活している若者らとか、その親とかの顔を見ると、何に縛られているのかさえ分からなくなってしまって、もう闇雲にネコ的なものを求めたくなっているように思える。

 

 だから、絵本も写真集もテレビ番組も、ネコを使えばみんなが観てくれるし、ファッションもグッズもネコのふりかけをかければ魔法のように美味しくなる。

 

 こんなにも身近にいながら野性を感じさせてくれ、しかも基本的に安全。人間に甘えてくれるけど、かといって媚びてるわけではない。

 もはやネコは人間にとっての夢の存在であり、希望の星と言っても過言ではない。

 

 この先、テクノロジーが進むとともに、人間のネコ依存症はますます深まっていくのではないだろうか。

 すると何が起こるか?

 そうだ、AIを搭載したネコを作ろう――という発想が生まれる。

 

 というわけで、ネコ型ロボット・ドラえもんの誕生だ。

 そうなると逆転現象が起こって、僕たちはのび太くんのようにネコのドラえもんに甘えるようになるだろう。

 そして、ドラえもんにいろんな夢をもらうようになる。

 ネコのふりかけは未来まで果しなく効能を発揮する。

 

 そうか「劇団ねこ」の演劇は、ドラえもんに繋がっていたのかと、前世の記憶が新たな発見を伴ってよみがえった今宵。

 いずれ、ネコとロボットをテーマにしたお話を書いてみたい。

 


永福町ガールズバー開店5周年

 

 住宅街・永福町でひときわ異彩を放つガールズバーが、この2月で開店5周年、なのだそうだ。

 もう5年も経ったとは、時のたつのは早い。

 

 うちのすぐ近所なので、夜に帰宅する時は、たいてい看板(というかA3くらいのプラスチックシート)を持った女の子が1人か2人でやる気なさそうに、ぼけっと立っているのに会う。

 

 おまえら宣伝するんだったら、もっと愛想ふりまかんかい、そんなんじゃ男が声かけてくれんやろと言いたくなるが、新宿や渋谷と違うし、永福町の街角であんまりフェロモンむんむん出されても困るので、まあいいか。

 

 潜入レポートを書く仕事もいただかないので、一度も店内に足を踏み入れたことがないけど、若い女の子たちと酒飲んでおしゃべりしたり、一緒にサッカー観て盛り上がったり、ダーツをやって遊んだりしているようだ。

 

 チャージは2000円、ドリンクは700円~ということなので、客単価は5000円くらい?

 

 オープンして1年半近く経った頃だと思うが、早朝、なんだかパチパチという音、続いて破裂音がするので目を覚まして外へ出たら、この店から真っ黒な煙とオレンジの火の手が上がっていた。

 あんな近くで火事を見たの初めてだったので、ホントにたまげた。大騒ぎになったが、結局はボヤで済んだ。

 

 後から聞いたところによると、ここの女の子にフラれた客の男が、腹いせに表にあったゴミに火をつけたのだそうだ。

 

 たまに夜中とか早朝に言い争う声が来超えてくることもあるが、幸い、それ以降は特に大きなトラブルは起こってない(と思う)。

 すっかり町になじんで、着々とヒストリーを築いている。

 

 確かめたわけじゃないが、勤めてる女の子はほとんど大学生らしい。

 確かに立っている子たちを見ると、そんな雰囲気だ。

 こんなんじゃ盛り場の街では通用しない。

 でもその素人っぽさが永福町では合ってるのだろうか?

 

 受験シーズンだが、最近は学費のために過大な学生ローンを背負って、卒業後10年以上も毎月何万円も返済し続ける若者が少なくないという。

 そこまでして大学に行かなきゃならんのかな。

 

 ガールズバーのバイト程度ならいいけど、金が欲しくて水商売にはまって、さらに深みにはまっていっちゃう女子学生も後を絶たないみたいだ。

 

 それもまた人生なのかもしれないけど、火をつけちゃうやつとか、ストーカーだとか、DV男にはくれぐれも気をつけてほしい。

 


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ちぢむ男〈ファーストプロット〉

 

 ある日、男は自分が縮んでいることに気が付いた。

 服がなんだかだぶついているように感じる。

 これは何だろう? まさか老化現象では・・・。

 いや、オレはまだそんな齢ではない。

 妻はまだ若い。子どもだってまだ小学生だ。

 

 男はこっそり医者に相談してみたが、有効な解決方法は見つからない。

 それに縮んでいると言っても少しずつだから大きなダメージがあるわけではないし、とりあえず健康上の問題があるわけでもないから、いいじゃないですか気にしなくても――などと言われてしまった。

 

 インターネット上では昔の友人らとやり取りしているが、思い切って自分が縮んでいることをカミングアウトしてみた。

 みんな「そりゃ大変だ」とは言ってくれるが、やっぱり「命に別状ないならいいじゃん」とか言われてしまう。

 それから怪しげなクスリや健康器具のセールス、謎のセミナーへのお誘い、カウンセリングの勧誘メールがひっきりなしに舞い込むようになった。

 

 見捨てられたようで男は途方に暮れた。

 このまま1年たち、2年たったら・・・と、男の想像はふくらむ。

 そうこぷしているうちに縮む速度が日に日に早まっていくような。

 

 男は身長測定器を買い、毎日、データを取るようになる。

 そして日記帳に克明な記録も取っていく。

 縮んでいることに気づき出してから、1日1日がかけがえのないものになっていく。

 

 そして男は息子の視線が気になりだした。

 筋肉自慢のマッチョなその男は、息子を厳しく鍛えていたが、彼はなんでこんなに軟弱野郎なのだろうと思っていた。

 その息子が自分より大きくなっていく――いや、自分が息子より小さくなっていく。

 じわじわと男は不安と恐怖に追い詰められていく。

 

 これはもしかしたら息子〈子ども〉の視点で、小さくなっていくお父さんを描いた方が面白くなるかも知れない。

 


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銀河の死なない子供たちへ:人生は無限ではないという幸福

 

 息子の推薦図書。またマンガ。

 「ヨルとネル」の作者・施川ユウキの作品。

 

 「1万年前、わたしはこの星空を見ている。

 1万年後も、わたしはきっと同じ星空を見ている」

 というモノローグから始まる、タイトルそのまんま、とうの昔に人類が絶滅した地球で生きる、なぜか不老不死になった子どもの物語だ。

 

 手塚治虫の名作「火の鳥」をリスペクトしたマンガであることは一読して明らか。

 作者みずからネタばらしのコマもある。

 

 何といってもすごいのはストーリーと絵柄のギャップ。

 「火の鳥」に匹敵する神話的・宗教的な超シリアスなストーリーであるにも関わらず、かわいいギャグ漫画タッチの絵柄で、悠久の世界をありふれた日常のように描いているところが、不思議な寓意を醸し出す。

 

 物語の最も肝になるのは、ロケットで不時着した宇宙飛行士の女が赤ん坊(ミラ)を産み、主人公のきょうだい(πとマツキ)がその子を育て、家族のように暮らす下り。

 

 これは壮大な家族愛の物語でもある。

 

 ミラは普通の人間の子どもとして成長し、πとマツキを追い越して大人になり、不死になれる可能性を拒んで、やがて死んでいく。

 

 そのあたりを読むと、不老不死とは何と残酷で救いがないのだろう、それに対して限りある短い人生は、はかなくはあるが何と幸福なのだろう、という感慨を抱く。

 

 いたずらに長編にすることなく、2巻ですっきり完結するところも良い。

「ヨルとネル」と同じく、思い出してはページを繰りたくなる人生の常備薬のようなマンガだ。

 


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子どもを愛さない男を父親とは呼ばない

 

 アメリカの児童虐待に対する厳しさにはびっくりする。

 宮崎駿(スタジオジブリ)の「となりのトトロ」は、さつきとメイがお父さんと一緒におフロに入るシーンをカットすることで、やっと公開が認められたらしい。

 何もそこまで・・・と思うが、これはかつてのこの国のマッチョな父親たちがのちの世代に及ぼした悪影響を分析・検討してこうした厳しい対応になっている。

 「子どもを守る」というテーマについて、日本人の問題意識はまだ甘いのだろう。

 

 千葉県野田市で10歳の女の子が父親に殺された事件を見ると、残念ながら、日本もアメリカ並みの法的な縛りを入れないと、子供を守れないんじゃないかと思ってしまう。

 

 もともと父権が強かったのに加え、「天皇は父・国民はその子供」という近代国家建設時代の名残なのか、日本はまだまだ父親という存在が尊重される国だ。

 

 尊重されるのはいいけど、ろくでもない父親はいっぱいいる。

 昔からいっぱいいたと思うけど、十把一絡げで尊重されてたおかげで、昔のアホ父は暴力を振るおうが、飲んだくれようが、あまり非難されずに「しょうがないわねぇ」と見過ごされ、女に甘やかされてきた。

 

 しかし最近はそうではない。

 「昔は豪傑が大勢いて良い時代だった」なんて感傷に耽っていてはいけない。

 

 あんなひどい父親に「暴力を受けてる」と子どもが直接訴えていたのに、見殺しにするどころか、わざわざその訴えを当の父親に見せた、という教育委員会の失態。

 

 「再発防止に努めます」なんて、いかにもお行儀よく反省してますみたいなマヌケなコメントを出していたが、死んだ女の子は二度と帰らない。

 

 教育委員会も、学校の先生も、教育でメシを食っているのなら、勉強なんか二の次でいい。

 エゴ丸出しのしょーもない親どもをお客様扱いして、どこそこの高校・大学に何人受かったとかなんて、くだらないことやってるヒマがあったら。相手が誰だろうと、自分がその子の父・母になったつもりで、本気になって子どもを守ってほしい。

 

 もはやあんなろくでもない男が、血のつながった父親だというだけで大きな顔をできる時代はとっくに終わっている。

 

 昔、「子育てをしない男を父親とは呼ばない」というキャッチコピーがあったが、子どもを愛さない男を父親だの、保護者だのと認識すべきではないと思う。

 


ライターという職業の面白さ

 

 取材・インタビューという名目で、いろんな人の話を聴けること・いろんな世界に入り込めることはライターの特権だ。

 

 もちろん仕事でやっているので、取材目的から外れたことは聴けないし、つっこみたくてもつっこめないところもある。

 ケースバイケースだが、基本的にはプライベートなことをほじくるのは控える。

 

 ところが不思議なもので、人間、ある流れに乗って話していると、音楽で言うグルーブ(リズムのうねり)みたいなものが起こって、つい人間性がぽろっとこぼれ出て、私的なことを自分から話してしまうことが往々にしてある。

 

 きょうの取材は農業経営のコンサルタントだった。

 農業業界でも設備を整え、人を雇い入れて法人化・大規模化するところが少なくないが、思うように収益が伸びず、赤字経営になってしまう事が多いらしい。

 

 そこで、そのコンサルティング会社は製造業の実績を応用して農業経営の改善プランを立て、生産性を上げることに取り組んでいるのだ。

 

 その現状や展開案、テクニカルなことなどを立て板に水のように話されたのだが、最後に「どうして農業のコンサルをやろうと思ったのか?」と聞くと、顔つきや話しぶりがガラリと変わった。

 

 その人は実家が農家で、お父様がたいへん農業を愛し、自分の作物に誇りを持っていた。ところが息子である彼には「この仕事は継がせない」と言ったという。

 その理由は簡単で「儲からないから」。

 

 彼は生涯を賭けて愛した仕事を、お金にならない・未来がないという理由で「継がせられない」と言い渡す父親の矛盾に複雑な思いを持ち続けた。

 なので、なんとか農業を、楽しく、やりがいがあって、社会に貢献し、なおかつお金になるという、多くの人にとって魅力ある仕事にしたいと語った。

 

 父親についての話をしている時の彼は、それまでとは別人のような柔らかい、魅力的な男の顔だった。

 個人的なバックストーリーを知れると、クールでテクニカルな業務改善の話もがぜん血の通った、ヒューマンタッチな物語として響くのが面白い。

 とても満足感のある取材になった。

 これから書いて話をまとめるのが大変だけど。

 


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「悠々自適の幸福な未来」が待ってるはずだった

 

 定年退職とも退職金とも縁がないその日暮らしを続けているので、どうもピンと来なかったが、あるご婦人の話を聴いて、定年後のご夫婦の暮らしをリアルに感じた。

 

 旦那さんが退職して約10年。彼は昔ながらの日本の男、わりと大きな会社のもと企業戦士である。

 

 まるでドラマのキャラクター設定のマニュアル通りで、家事など一切しない。

 特に熱を入れてる趣味もなく(疲れちゃってそうそう身を入れて取り組めないらしい)、あまりどこかに出かけるということもなく、三度が三度、家で食事をする上に、レトルトや冷凍食品を使った手抜きは許さない。

 毎晩、晩酌をするのでつまみも必要。かわきものはNG。

 お茶も自分で淹れない。

 そしてもちろん、奥さんが自分を置いて外出するのには嫌な顔をする。

 

 日々の生活習慣から生じるストレスというのは怖ろしい。

 おかげで奥さんは溜まったストレスによって、体調を崩してしまった。

 

 旦那さんは自分が原因であるとはつゆほども考えない。

 べつにギャンブル狂いでもなく、愛人をつくったわけでもなく、まじめに勤め上げて、退職金も年金もいただいて、夫婦で悠々自適の生活を送っているはずだった――、いや、現に送っている。

 なのに妻の口から出てくるのは恨み節でしかない。

 

 「いったい何の不満があるのか」と、男が論理を滔々と説いても、女には通用しないんだろうな、やっぱり。

 

 でも定年退職した時点で、少なくとも2~3年のうちに、奥さんからも何か旦那さんが生き方を変えられるように働きかけをしなくてはならなかったんじゃないの?  と思えてならない。

 

 日本中にこういうご夫婦が増えているのだろうか。

 それで「人生100年」なんて言われた日には、ゼツボー感で気が遠くなってしまいそうだ。

 

 「悠々自適」という口当たりのいい言葉は、大いなる幻想を含んでいる。

 僕のようなその日暮らしも困るだろうけど、明日のために今日を犠牲にするような生き方が本当にいいのかどうか、よく考えなきゃいけない時代になっている。

 


手塚治虫「どろろ」アニメリメイク版:人間のおぞましさ・美しさ・面白さに迫る

 

 息子が「どろろ」のアニメリメイク版(今月から放送)が面白いというので、最初の2回を見てみた。

 確かに面白く、かなりクオリティが高い。

 

 この漫画は僕が小学生の頃、少年サンデーで連載していた。

 同じころ、テレビアニメも製作されたており(当時まだモノクロ)、アニメとして放送されるのは50年ぶり。

 原作者はかの手塚治虫先生だ。

 

 手塚先生は科学もののイメージが強く、さすがにそろそろ時代遅れ感を抱く人も少なくないと思う。

 が、手塚作品の真価は、人間存在のおぞましさ・美しさ・面白さといったものを、漫画というエンタメ性の高い手段で表現したこと。できることを証明したことだ。

 いわば文学のレベルまで引き上げ、漫画の地平を大きく切り開いた。

 これは後続の後輩らをはじめ、彼の子供世代、孫世代の漫画家たちがこぞって実現し、進化させてきたことだ。

 

 そういう意味ではSFとか、怪奇ものとか、伝記ものとかといった表面的なレッテルはあまり意味がない。

 が、僕は「どろろ」や「バンパイヤ」のようなグロテスクな怪奇物にその真骨頂が出ているのではないかと考える。

 

 主人公の百鬼丸は、父親の野望のために、肉体のパーツを鬼神らに奪われ、それを取り戻そうとする若者で、その存在はほとんどサイボーグ。

 相棒のどろろは戦国の荒れはてた世の中を生き抜くために犯罪も平気で犯す子供で、本当は女の子なのに男の子のふりをしている。

 

 誤解を恐れずに言えば、現代の世界で、障がい者とLGBTの人が、いっしょに人生の旅をしているかのようにも見える。

 

 どろろは敢えて女の子っぽいところを隠さず、とても可愛く描かれている。

 一方の百鬼丸も原作と異なり、サイボーグっぽい-―まるで人形のような顔をしているのが斬新で印象深い。

 彼は物語開始当初、義眼で目が見えないため、表面的な部分を突き抜けて、相手の存在を「内面の魂の炎のゆらぎ」として見ることができる、という解説も良くできている。

 

 リメイクとはいえ、若い連中の心を捉えるこうした設定・表現力はひどく刺激的だ。

 

 どこまで原作に忠実で、どこまでアレンジが許されているかは分からないが、ラスト付近では少し成長した百鬼丸とどろろが、それぞれの内面の声に動かされ、恋仲になってくれればいいなと思う。

 


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酒・タバコ、やめて100まで生きたバカ 2019

 

 きょうは健康診断を受けた。

 問診票の中にタバコを吸うか・吸わないか、以前吸っていたか否かに答える欄があり、今年は「吸っていた。何年前まで?19年」と書いた。

 ちょうど40の時にやめたのでわかりやすい。

 年々「タバコを吸っていた年数」と「タバコをやめてからの年数」の差が縮まっていくのが嬉しいような、切ないような。

 

 タバコをやめて何がいいかというと、「私タバコ吸ってます」というストレスを受けずに済むのがいい。

 この「吸ってます」の言葉の裏には「こんな健康に悪いことを毎日毎日やってて、ろくな人間じゃないですよね。これじゃガンとかいろん病気にかかっても一切文句言えませんよね。すべて自己責任ですから。のうのうと生きててすみません」といった自虐的な意味がオートマティックに付随してくる。

 

 こうしたストレスをものともせず、スパスパできる人は、ある意味、尊敬に値する。

 僕はもうこうしたストレスというか、プレシャーを受けるだけで耐えられない。

 

 ストレス解消のはずの喫煙が逆にストレスになる時代になってしまったのである。

 

 ところで僕の友人に「ストレスたまるとどうしても余計な飲み食いをしちまうだろ。

それよかタバコを吸ってた方がよっぽど体にいいんだ」と豪語して憚らない強者がいる。確かにその理論にはうなずかざるを得ないところはある。

 タバコは娯楽が少なく、食事も割と乏しかった貧しい時代における、労働者の細やかなお楽しみだったのだ。

 

 しかしその強者である友人も、吸っているのは電子タバコである。

 彼は過去何度も禁煙宣言をして、その都度、ご和算にするということを繰り返してきたが、今では電子タバコにたどり着いた。

 しかし、電子タバコが彼の安息のアイテムとして落ち着くかどうかは定かでない。

 そろそろまた「タバコやめる」とか言い出しそうだ。

 

 ちょっとおまけだが、きょうの健康診断で身長を測ったら、なんと、1センチ以上縮んでいた。

 これって老化現象?

 まだまだのびしろがあるぞと思っているのに・・・ショック!

 「ちぢむ男」というタイトルが思い浮かんだ。

 カフカみたいな小説が書けるかもしれない。

 


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世界初・英国孤独問題担当相 いわくつきの誕生から1年

 

 孤独というパーソナルな問題に国政レベルで、つまり国家の税金を使って取り組む――その実現は当初、世界を驚かせたが、背景には政治的な環境が整っていたようだ。

 

 2016年6月16日、ウエストヨークシャー州リーズ近郊でEU離脱の是非を問う国民投票集会の準備中、残留を呼び掛けていた労働党のジョー・コックス議員が右翼の男性に銃撃され命を落とした。このコックス議員が進めていたのが、孤独を撲滅するための政策作りだった。

 

 彼女は自分の選挙区には低所得者層、退職者層が多く暮らしており、孤独が大きな問題になっていることを知って、政治力でこの問題を解決するべきと考えていたという。

 そうした考えが形成されたのは、彼女の生育歴に関係するところがあったのかも知れないが、詳しいことはわからない。

 

 彼女の死後、遺志を継ぐ形で「ジョー・コックス孤独問題委員会」が保守党・労働党共同で組織化された。同委員会は13の非営利組織と協力しながら孤独についての調査を実施。

 

 2017年末、その調査結果が発表され「1日15本のたばこを吸うのと同じくらい健康に有害」「英国経済に320億ポンド(約4・5兆円)の損失を与える」などのデータを示した上で、孤独の慢性化はうつ病や心疾患、認知症などのリスクを高め、人間関係構築にも悪影響を及ぼすと指摘。そして政府のリーダーシップ、継続的なデータの必要性などを訴えた。

 

 引き続き翌年――2018年1月になってメイ首相は孤独問題担当大臣を新設すると発表。スポーツ・市民社会担当国務次官を務めていたトレーシー・クラウチ氏がその初代大臣に就任した。

 

 2018年10月に発表された政府戦略では、コミュニティーで人が集うスペース(パブやカフェ、アートスペースなど)を増やすための基金の拠出や、郵便会社ロイヤルメールと協力した配達員による見守りサービス、職場での社員の孤独に対する企業の取り組み、かかりつけ医が孤独を感じる患者に対して、必要な地域のサービスにつなげる取り組み、そして進展状況を記した年次報告書の発行などを盛り込んだ。 

 

 孤独の問題は高齢化や貧困、健康問題とも深く結びついており、英国のみならず世界中の国々(特に経済発展を終えた先進国)が抱えるテーマだ。

 もちろん高齢者が年々激増している日本でも目を離せない。

 誰にもみとられることなく自宅で亡くなる孤独死のニュースが伝えられるようになって久しいが、最近は日本郵便や新聞販売店などが見守りサービスを行う地域が増えている。

 また、葬儀社や終活関連のコンサルタント業者が地域の団体と協力し、高齢者向けに同種のサービスを提供するケースも一般的になってきた。

 

 一つ一つのアクションは地域社会や民間団体が日常的に実施するものだが、それを国政の一環として展開させていくところが現代的と言えるのかもしれない。

 皮肉な見方をすれば、そこまでやらないと人々が関心を向けようとしないのだろう。

 

 この英国政府の取り組みは、あまりに些細な事のように見える。

 バカバカしいと思ったり、余計なお世話をするな、同じ税金使うなら他にもっとやることあるだろ、と怒り出す人も少なくないだろう。

 

 それにもともと欧米人って、独立した自我を持つよう育てられ、孤独なんて当たり前と思っている民族じゃなかったか?

 

 でも僕は、これは今後の人間社会全般の大きな変化の呼び水になっていくのではないかと思う。

 人の孤独に心を配るという、ささやかで、日常的な蓄積が少しずつ人々の心を変え、やがて劇的に社会を変える――そんな可能性を秘めているというと大げさすぎるだろうか。

 


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EU離脱と大英帝国の幻想とお国のアイデンティティ

 

 EU離脱をめぐる英国の混迷。

 客観的に見れば、どうしたって離脱のメリットがデメリットを上回るとは思えない。

 あの国のやろうとしていることは、会社に所属しているのが嫌になったから、何ら具体的なプランもビジョンもなくて、たんに志だけで独立しようとしている起業家みたいだ。

 

 それに加えて耳を疑うようなセリフ。

 EU離脱に賛成する、ある年配の男性がTVのインタビューに答えていた。

 「英国は大丈夫だ。偉大な国だから」

 

 おい、まさかまだ大英帝国の夢を見ているのかよ?

 そこまでいかなくとも1980年代のサッチャリズムによる復興が頭にあるのか?

 いずれにしても過去の話だが、賛成派の中にはこういう人も多いのではないかと推察する。

 

 対岸の火事として見れば、お笑いだけど、ふと本当に笑えるかと思った。

 アイデンティティとは厄介だ。

 確かに経済面など、いろいろ実利的なことを考えたら、移民の問題はあるにせよ、離脱なんてしない方がいいに決まっている。

 

 でも歴史を背負い、いろんな文化を創ってきた自分たちのストーリーを大事にしたいと考えるとそうはいかない。

 

 この先、衰えたとしても実利より誇りとか、自分らしさを大事にしたい――英国人の半分はそんな考え方を持っているのかもしれない(そういえばあの頃のマギー・サッチャー女史もこんなことを言っていた)。

 

 まあ、それもバカバカしいのだが、日本だって、たとえば中国や韓国などとアジア連合を作って、通貨を統一して経済を上手くやりましょう、なんて持ちかけられたら、たとえ実利はあっても、おいそれと首を縦に振ることはできないだろう。

 

 「日本の伝統はどうなる?」

 「日本は独自性を保てるのか」など、ひどい不安感に陥ることは必至。

 僕もべつに右翼思想があるわけじゃないけど、えー!となるだろう。

 

 どれくらい先になるか――けっこうスパンは短くて、僕は50年くらい未来かなと思っているが――、企業のM&Aみたいに、世界はいくつかの経済ブロックに分かれる。

 その際。グローバル化とナショナリズムの関係に誰もが悩まされると思う。

 

 いち早く資本主義で世界制覇を成し遂げて大英帝国を築いたイギリスは、その先陣を切っていち早く悩んでくれているのかもしれない。

 


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わが心の誕生日会

 

 1月21日は毎年、心が複雑にゆらぐ日になっている。

 誕生日おめでとう!

 と言われると、それはまぁうれしいのだが、どうも照れくさい。

 ついでに言ってしまうと、いちいちリアクションするのがちょっとめんどくさい。

 

 この間、山羊座の誕生日の人のことについて書いたけど、この齢になるとクリスマスやお正月に紛れて「あ、誕生日だったのね」と、ついでに気づかれる程度でちょうどいいのではないかと思うのだ。

 

 「でも、子どもの頃はそういうわけにいかんかったのよ!」と主張する気持ちはわかります。

 子どもにとって誕生日はクリスマスや正月以上に重要だ。

 

 子どもの保育園とか幼稚園では月に1回、お誕生会を開くと思うが、僕が小学校の5年生の頃もこれをやっていた。

 その時の担任の先生がそういう催しをやるのが好きだったのだろう。

 毎回、クラスの40人がそれぞれプロジェクトを組んで、芝居をやったり紙芝居をやったり、コントや落語、歌など、いろんな企画を披露していた。

 いま振り返れば、5年生のクラスがよくぞ毎月毎月そんなことをやっていたなと思う。

 さすがに6年生になる頃、「毎月、こんな勉強でもないことに準備や練習で時間を使うのはいかがなものか?」と、ちょっと教育熱心なお母さまからのクレームが入って、この誕生日会はなくなり、1学期1回のお楽しみ会みたいなものになった。

 

 でも僕はこの誕生日会のおかげで、あのクラスの連中の顔と名前をほとんど憶えている。

 誰がいつの誕生月だったかも何となく思い出せる。

 

 この先、もし年寄りの施設に入ることになったら、毎月こういう誕生日会みたいなことをやるのだろうか?

 そこではじーさん・ばーさんたちが、歌やら芝居やら一芸やらの企画で、お互いのお誕生日を祝うのだろうか?

 その頃になると、素直にまた誕生日を喜べるようになってるかもね。

 


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どうして僕はロボットじゃないんだろう?

 

 何の脈絡もなしに、あるセリフだけが、葉っぱが一枚、ひらひらと風に乗って頭の中の郵便受けに届けられるときがある。

 「どうして僕はロボットじゃないんだろう?」

 というものその一つ。

 

 その一つのセリフから、それを発した人物、そこに関連しているストーリー、その背後にある世界観を探っていく――ということを時々やる。

 

 こういうセリフを言う以上、人物はもちろん人間だ。

 まだ若い。子どもかもしれない。

 自分は人間なのに、人間であることに一種の罪悪感を抱いている。

 まるでロボットなり機械であったほうがよかったのに、と言わんばかりだ。

 

 その時代の人間は、ロボットほど生産能力・情報解析能力が高くないことを嘆いているのかも知れない。

 いまや産業界の労働力のメインはAIであり、ロボットだ。

 

 あるいは地球環境の観点から言っても、環境を破壊したりしない、地球の味方であるロボットの方が好ましい。

 人間はその点でもロボットにかなわない。

 

 セリフを少し変えてみる。

 「どうして君はロボットでなく、人間なんだろう?(自分でよく考えなさい)」

 

 脳の奥深くか、地球の奥底か、宇宙の果てか、から聞こえてくる問いかけは、実はすぐ身の回りにあるコンピューターから少しずつ発せられているように感じる。

 

 コンピューターに意思があるなどと言うと、ばかばかしいと嗤われるだろうが、やはりコンピューターは人間の純粋な道具だった、いわば知能がなかった機械類とは違っているのではないか。

 

 この四半世紀余りの間に社会にゆっくりと澱のように何かが溜まってきている。

 それはじわじわと僕たち人間の存在にプレッシャーをかけ続けている。

 そして、スマホの普及もあってそれはこの数年で加速している。

 その正体は、コンピューター類の発する無言のメッセージなのではないかという気がする。

 

 これから先、AI・ロボットが日常生活の中で完全に主力となれば、その目に見えないメッセージ=プレッシャーは著しく人々の精神を圧迫することになるのかも知れない。

 

 というのは、あくまで僕の妄想ですが、

 本気で「どうして僕は(わたしは)ロボットじゃないんだろう?」

 と思っている人が、」もうチラホラいるのではないだろうか。

 


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僕たちは罪を背負わされている

 

 先日書いたラジオドラマの脚本「ばんめしできたよ」のリライト版は、は、人間の罪悪感がテーマになった。

 

 時々、現代人の人生は、は罪悪感から逃れるためにあるのではないかと思える。

 情報社会型・資本主義的罪悪感。

 

 子どもをいい学校に行かせられないあなたは罪悪を犯しています。

 

 子どもにちゃんとして結婚式を挙げさせてやれないあなたは罪悪を犯しています。

 

 家族に満足な医療を受けさせられないあなたは罪悪を犯しています。

 

 大事な家族が亡くなったのにまともなお葬式を挙げられないあなたは罪悪を犯しています。

 

 お金で幸福は買えないかも知れないけど、少なくとも得体のしれない罪悪感からは逃れられる。

 そう考えて、みんな一生懸命にお金を稼ごうとする。

 

 でも、その「あなたは罪悪を犯している」という情報の多くは、もとをたどっていくと、学校なり、学習塾なり、ホテルや結婚式場なり、病院なり、葬儀屋さんなりがビジネスをするための宣伝メッセージだったりする。

 

 それに気が付く人は少ない。

 だから、あなたも僕も何とか義務を果たそうとする。

 本来は義務でも何でもないことなのに。

 

 そもそも「人間は生まれながらに罪を背負っている」という「原罪」の教えが、キリスト教を広めるための広告(だから神を信じて魂を清めよ)だ。

 

 何が本当に人間として抱かざる得ない罪悪感なのか。

 それはひとりひとりちがう部分もあれば、共通する部分もある。

 

 情報化社会のいたるところから送られてくる大量のメッセージを、いくらかやり過ごすことも罪を意識しないですむ方法の一つかも知れない。

 


山羊座のボヤキとイベント増殖に対する懸念

 

 きょうはカミさんの誕生日だった。

 が、忙しいのでお祝いは明日まわし。

 鏡開きのもちのお汁粉できょうのところはおしまいにした。

 

 たまたまなんだろうけど、彼女をはじめ、どういうわけか僕の周りには、この12月後半から1月前半の生まれ人がやたら多い。

  

 数えたことないけど、僕のFaceBookは確実に全体の2割以上、下手すると3割近くがこの時期の生まれ人ではないかという印象だ。

 

 星占いでいえば山羊座の人々である。

 

 彼ら・彼女らはちょっとだけ不幸な星のもとに生まれている。

 クリスマス、お正月、ついでに成人の日というイベント続きのシーズンと誕生日が重なっているからだ。

 

 「世界中の人たちが、日本中の人たちが、私の生誕をお祝いしてくれるかのようです」とおっしゃる立派なオトナの人もおられる。

 が、大半は「誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントが兼用だメェ~」とか、

「年末の大掃除で忙しいので無視されるんだメェ~」とか、

「お年玉あげたからプレゼントなんていらないでしょと言われるんだメェ~」とか、

「他の季節に生まれたきょうだいと比べて冷遇されてるメェ~」とか、

 童心に立ち返ってトラウマを掘り起し、お子様度満開のボヤキを発している。

 

 山羊座のお気の毒な気持ちはわかる。

 しかし、山羊座の家族の気持ちもわかる。

 

 ぶっちゃけ、めんどくせェ~。

 クリスマスやって、年末から正月もやって、やっと日常が帰ってきたと思ったら、やれやれ、またかよメェ~ カネもかかるよメェ~。

 という気分になって、どうもテンション上がらないのだ。

 

 最近はハロウィーンが恒例イベント化し、国民の祝日もやたら増えてきて、今年のゴールデンウィークは10連休。来年はオリンピックまである。

 1年中、大小やたらイベントだらけになると、個人の誕生日なんてその中で埋もれてしまうのではないか。

 

 ケの日―ーどうということのない日常があるからこそ、ハレの日――非日常の祝祭日が輝くんだメェ~。

 とボヤいてみてもしかたないか。

 

 山羊座の人たち、気を悪くしたら許してね。

 愛をこめて、お誕生日おめでとう。

 


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人間は幸せに慣れると、幸せであることを忘れてしまう

 

You Tubeで音楽を聴いている。

僕が聴くのは大半が60年代・70年代・80年代のロックやポップスだが、そこに付いているコメントを読むのが結構好きだ。

時々若い連中も書いているが、やはり僕と同じくらいの世代や、もっと上の世代が多いようだ。

本や映画のレビューと違って音楽は気軽にレビュー出来るので、いっぱい書き込まれている。

そこでちょくちょく目にするのが「この時代は良い時代だった」的コメント。

気持ちはわかる。

あなたも若かったしね。

確かにあの頃は良い時代だった。

 

でも、その良い時代の音楽を、当時はまったくの幻だった音源や映像、もしレコードやテープがあれば、何万円、何十万円出しても聴きたい・見たいと思っていたコンテンツを、これだけタタで見放題な今は、もっと良い時代ではないか?

 

今を生きる僕たちは幸せだ。恵まれている。満たされている。

でもそうした満足感や感謝の気持ちを持てるのは一瞬のこと。

一瞬ののちには、これはあたりまえのことになってしまって、僕たちは自分が実はとても幸せであることをすっかり忘れてる。

 

それを繰り返していると永遠に幸せにはなれない。

「青い鳥」じゃないけど、いまどきの幸福は、どっか家の中に転がっている。

ゴミゴミ散らかってるところを片づけて掘り出せば、たいてい出てくると思う。

 


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1/fのゆらぎの初夢

 

 初夢見ましたか?

 僕は今朝見ました。

 近年まれにみる極上ドリーム。

 

 海に近い山の中のキャンプ場というか休憩所みたいなところで、木のテーブルに坐っている。

 若いのか齢とっているのかわからないけど、懐かしい友達が大勢いて笑って喋っている。

 特別何かやってるわけじゃないけど、ハッピーな空気に包まれている。

 

 いっしょに話してた女の子が「ちょっと」と言って席を立った。

 僕は彼女がもどってくるのを待っていた。

 そよそよと気持ちのいい風が吹いてくる。

 1/fのゆらぎがある音楽のようだ。

 別段オチはなく、そこでスカッと目が覚めた。

 寝覚めもさわやかだ。

 

 昨日、100歳がどうのこうのとか書いたせいだろうか。

 起きてから振り返ると、あそこは天国だったのではないかと思える。

 

 とても気分がよく、元気になった。

 できればパッケージングして保存しておきたいほどだ。

 今年の運勢までよくなったような気になる。

 お正月も終わって忙しくなるかも知れないけど、ちゃんと眠って良い夢見よう。

 


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100年ライフの条件と自分ストーリー

 

 リンダ・グラットン/アンドリュー・スコットの「LIFE SHIFT」を読んだのは一昨年の正月のこと。それから2年、あっという間に「人生100年」巷に広がった。

 社会通念というのは怖ろしい。

 こうなるともう現在の平均寿命がいくつかなんて関係ない。

 みんなの認識は「人生は100年」である。

 それが喜ばしいことなのか、困ったことなのかはさておいて。

 

 僕の場合、20歳の頃の自分が現在の、50代の自分なんてまったく想像できなかったのと同様、100歳になった自分なんて思いもよらない。

 いったいどうなっているんだろう?

 

 当然体力は相当衰えているだろう。

 精神の状態はどうか?

 たぶんよけいな欲などが消え去って、割と清楚――いわば子どもに近づいているんじゃないかと考える。

 逆に言えば、そうありたいし、そうじゃないと100年ライフは辛い。

 

 僕は100まで生きる人間には条件が2つあると思う。

 

 一つは幸福であること。

 客観的にどうこうではなく、自分が幸福だと思っているか――自分の人生に納得し満足しているかということである。

 周囲の人からそれなりに愛情を受けているか、といったことも含まれるだろう。

 そうでない人はおそらくストレスにやられてしまう。

 

 もう一つは生き続けるためのミッションを持っているかということ。

 たとえば、自分の戦争体験を後世に伝えるとか・・・

 ビジネスであるかどうかはともかく、「これが自分の仕事」というものを持ち続けることが重要なのではないか。

 

 このどちらか、あるいは両方の条件を満たしている人が100まで生き延びる。

 

 僕の母親は正月の2日に90歳になったが、10年前に亡くなった父が、最期に「おまえのおかげで良い人生だった。ありがとう」と言い残したらしく、それを心の支えにして今も健康に生きている。

 実家に帰るたびに何回も同じ話を聞かされるが、これはもう両親のためにちゃんと聞かねばならない。

 

 100まで生きるかどうかはともかく、還暦を過ぎたあたりからは準備は必要になってくると思う。

 

 脳は齢を追うごとにどんどん脱皮を繰り返して「100歳の自分」へ向かっていく。

 

 最近は終活ばやりで自分史を書くことなどもポピュラーになってきたようだが、べつに終活じゃなくても、自分史などを作って、自分は本来何者なのか、自らの持っているストーリーを探っていくことが必要なのではないかと思う。

 


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2019年元旦の干支ものがたり

 

あけましておめでとうございます。

お正月恒例。近所の大宮八幡宮参道にある材木屋さんの干支ギャラリー。

富士をバックに駆け抜けるイノシシが魅せる。

 

イノシシ君はめっぽう速くて、他の連中に負けないはずなのに、方向を間違えてしまって神様のところにゴールしたのが12番めになってしまった。

でも、ぎりぎりセーフだったからよかったブー。

 

跳梁跋扈する情報に惑わされてあらぬ方向に疾走せぬよう、自分の内なる声に耳を澄ませながら軽やかに走りましょう。

 


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自分という人間のスト―リーに気付いた一年

 

  家の中を掃除しながら、ああまた1年が終わるなぁ、また一つ齢を取るなぁと思いつつ、齢を取るとはどういうことなのか考えていた。

 

 結論から言うと、齢を取るとは、自分という人間のスト―リーが見えてくるということだ。

 

 結局、自分は自分であって他の人間とは違っている。

 

 自分がやれることも、本当にやりたいこともあらかじめ決まってたことに、今年一年でやっと気が付いた。

 

 流行を追っても、他人が持っているものを欲しがったり、ましてや真似をしていてはだめだ。

 

 そう悟ったのか、諦めたのか。

 この夏、事故で頭を打ち付けたことが効いたのかもしれない。

 

 20代・30代の頃は自分のストーリーなんて何にもわかってなかったので、とにかくなんでも体験だ!と思って、あっちこっち出歩きまくって、見て回って、手当たり次第にいろんなことをやっていた。

 

 それが50代も後半になって還暦が近づいてくると、脳の中に映し出される風景はすっかり変わってしまった。

 

 体力はも落っこちてくるし、自分の残り時間が気になってきて、大してやりたくもないこと、人との付き合いでしかたなくやることなどにエネルギーも費やしている余裕はない。

 

 正直、好奇心や冒険心も薄れているのだろう。

 もはやかつてのように気の向くままに、あちこち首を突っ込むことはできない。

 逆に言えば、若い時代にそれができてとても幸運だった。

 

 ただ、本当に自分が興味を引かれる世界、自分のストーリーにマッチした世界にはとことんつっこんでいきたいと思う。

 

 あとは日々コツコツと自分の畑を耕して、少しでも多くの作物を作って収穫できればいいと思う。

 これは美味しいと食べてくれる人がいれば、なおいい。

 

 


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いい人のサービス残業問題

 

  「働き方改革」のおかげでサービス残業が増えたと言う人が増えているらしい。

 タイムカードをがっちゃんこした後にパートさん、バイトさんが「もうちょっとだけお願い」されてしまうという。

 

 今日だけ。ちょっとだけ。最後まで片付けて帰らないとあなたも気持ち悪いでしょ。

 そうだな、忙しいからしかたないかな。

 

 そんな感じで、デートがあろうが、家族が待っていようが、子供の誕生日だろうが、自分の将来のための勉強の時間が潰れようが、まじめな人、責任感の強い人、いい人は引き受けてしまう。

 

 そこまでいい人してどうする?

 

 本当に1回だけ、ちょっとだけで済むならいいけど、こういうことってえてして常習化しがちだ。

 

 あの人は頼めばやってくれる。

 いったん会社側にそうインプットされて、習慣になってしまうと、頼む方も罪悪感がなくなって、やってくれて当然になってしまう。

 

 なんだかドラッグ中毒に似ている。

 

 記録に残らないということは法規外。

 なので会社としては大助かり。

 正規社員じゃないことも都合がいい。

 何かあったとしてもいくらでも言い逃れできそうだ。

 「いや、うちはちゃんと就業規定守ってます。

 彼(彼女)はいつも定時で上がってますよ」

 

 最近はパートだってバイトだって責任ある仕事を任されることがままある。それはいい。

 でも、それなら相応の対応をしてもらわなければいけない。

 

 サービス残業で過労死――では、洒落にならない。

 その仕事に命を賭けてる、人生を捧げてるから、お金なんて関係ないんだ!

 みんな、ありがとうと言ってくれるし、助かる~と喜んでくれるし。

 ――と言って、あなたが満足・納得してるなら、よけいなお節介はしませんが。

 


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クリスマスにちょっとだけ世界と自分を変える

 

 むかしむかし、愛と音楽があれば世界を変えられる、と多くの人が信じていた時代があった。

 若い連中はみんな、多かれ少なかれ頭がヒートアップして、かなりイカれていたので、そうした偽善者めいていてインチキ臭い話も平気で口走っていた。

 

 今はもうそれが空想か幻想か妄想だということが分かってしまっている。

 それでも年に1日くらいはそういうことを口走ってもいいのではないかと思う。

 

 バカバカしいし、何の得にもならない。それにいっぱいいっぱいで暮らしているので、そんなことに関わっている余裕なんてない。

 

 そうこうしているうちに、自分の半径50メートルが平和で穏やかであればOK、とりあえずオイラが死ぬまではとこのまんまで――と多くの人が考えるようになった。

 

 トランプ大統領の悪口を言う人は大勢いるが、あのビジネスファーストのボスはアメリカのみならず現代の先進国の、目先のことしか見ようとしない一般大衆の正直な心の写し絵ではないのか。

 

 人と人、文化と文化を遮断する壁はアメリカとメキシコの国境だけじゃなく、世界中のいたるところに建てられている。

 人種問題も階級格差も大きくなるばかり。

 

 なんだか宗教だかスピリチュアルめいた話になるけど、ひとりひとりの祈りだとか、

 

言霊だとかは結構、大切なんじゃないかと考えたりする。

 

 あなたや僕が祈ったり唱えたりすることで、ほんのちょっぴりでも世界は良い方向に変わるかも知れなない。

 みんなが12月24日と25日にそうした思念を集中させれば、その波動でかすかにでも地球の軸を動かせるかもしれない。

 

 そして、そうした言葉を口にしたり字にしたりすることによって、自分も本当にちょっとだけだけど、昨日よりはましな人間に変われるかも知れない。

 

 べつにその年一回はクリスマスじゃなくてもいいんだけど、ツリーやキャンドルやケーキやプレゼントのおかげで「LOVE」とか「PEACE」とか割と口にしやすい日なのであれば、やってみてはどうだろう。

 

 というわけで、Merry Christmas。

 素敵なクリスマスをお迎えください。

 


「安楽死を遂げるまで」:自殺幇助という安楽死

 

 今年読んだ中で最も衝撃を受けた一冊。

 「安楽死を遂げるまで」宮下洋一(小学館/2017年12月発行)。

 

 著者の宮下氏は欧州南部を拠点として活動する国際ジャーナリスト。

 スイス、オランダ、ベルギー、スペイン、アメリカ、そして日本を巡り、各国の安楽死事情をルポルタージュしたこの本は、第40回講談社ノンフィクション大賞を受賞している。

 

●外国人も頼りにするスイスの安楽死事情

 

 世界で初めて安楽死が認められた国はスイスである。この国における安楽死は「自殺幇助」という形で行われる。

 正確には法的に認められているのではなく、刑法に照らし合わせて「罪に問われない」のが実情だ。

 それでも最初の幇助団体が生まれたのが1982年だから、すでに30年以上の歴史がある。

 そして特筆すべきはその団体に会員登録すれば外国人でも措置を受けられることだ。実は近年、日本人の登録者も少なくないという。

 

●「自殺幇助」という手段

 

 以前、安楽死には『積極的安楽死』と『消極的安楽死』の2つがあると書いたが、これに『セデーション』が加わる。これは終末期患者に対して薬を投与して昏睡状態に落とし、その後、水分や栄養を与えず死に向かわせること。いわば延命措置をやめる『消極的安楽死』の一つとも捉えられる。これらの措置はすべて医師が手を下す点で共通している。

 

 これらと大きく異なる安楽死の手段が「自殺幇助」だ。医師ではなく、患者=自殺(安楽死)志望者がみずからの手でみずからの命を終わらせる。これが行われているのは現在のところスイス一国だ。

 (※ただし、アメリカ・オレゴン州で認められている『尊厳死』は、呼称は違うものの実態は自殺幇助と同じとされている)

 

●満たすべき4つの条件

 

 スイスで自殺幇助を受けるには、それを管理運営する団体(いずれも中心メンバーは医療関係者)に会員登録する必要がある。

 しかし会員になれば誰でもすぐに死ねるわけではない。国内に3つある団体はそれぞれ少しずつ規約が違うが、審査の基準――幇助を許可される条件は同じで厳正に守られている。(これらの条件は積極的安楽死の場合も共通している)。

 

1.耐えられない痛みがある。

2.回復の見込みがない

3.明確な意思表示ができる。

4.治療の代替手段がない。

 

 この4つの条件が認められて初めて自殺幇助が行われるのだ。

 

●どのように幇助するのか?

 

 幇助のやり方はおもに2通りあり、一つは用意された致死薬をコップで飲み干す方法。

 もう一つは点滴で血液内に注入する方法。後者の場合はストッパーをかけておき、患者が自分でそれを開封する。

 いずれもその団体に所属する医師の立会いのもとに実行される。

 

 ちなみにオランダなどにおける積極的安楽死では医師が致死薬を注射する方法が一般的だが、スイスではこれを行うと犯罪になる。

 

●外国人の需要と日本人の登録

 

 スイス連邦統計局のデータ (複数の幇助団体から集めた推定値) によれば幇助数は2015年で1014人。2000年にはまだ100人にも満たなかったので、その増加率の高さがわかる。しかもこの数値は国内在住のスイス人のみが対象だ。

 

 ヨーロッパ大陸の中央に位置し、WHO世界保健機関や国連欧州本部など、さまざまな国際機関の本部が置かれたスイスは昔から外国人の行き来が非常に多い国だ。

 

 そうした背景もあり、3団体のうち2団体は外国人に対しても門戸を開いている。少なくとも表立って安楽死(自殺幇助)の措置を受けられるのは、世界で唯一スイスだけなのだ。

 

 ある団体では会員の4分の3を外国人が占め、世界各国から自殺幇助の申請に訪れると言う。その審査はスイス人以上に厳しく、自国の医療機関での診断書をはじめ、精密で膨大な書類の提出が求められる。

 また現地の医師とスムーズにコミュニケーションできるだけの語学力も必要とされる。

 

 登録者の中には日本人の会員も相当数いるようだが、そのうち何人が実際に自殺幇助を申請し、何人が認められて死んだのかは公表されていない。

 

●グローバル化・高齢化の中で

 

 欧米では1970年代から安楽死について活発に議論が交わされ、一部の国では法整備が進められた。

 スイスでは自殺幇助という形でそれが発展してきたわけだが、近年、幇助団体の外国人受け入れに関する情報が世界に行きわたり、スイスへの自殺ツアーが組まれているというニュースまで報じられるようになってきた。

 こうした現象を見て、安楽死に反対する組織・人々がスイスの各団体に厳しい視線を向け始めている。

 

 安楽死の容認・合法化は今や世界的な潮流だが、その是非をめぐっては半世紀を経て再び大きな論争を巻き起こしそうだ。

 今や日本もその枠外ではない。

 欧米各国の動向は、日本人の死に対する考え方に少なからぬ影響を及ぼすに違いない。

 


12月のCanon

 

 クリスマスまでもうあと1週間、今年もあと半月しかない。

 クリスマスも年末年始もまだ全然準備してない。

 掃除もやってない。

 ので、まったくそういうモードに入れずにいた。

 

 なので例年ごとくGeorge Winstonの「DECEMBER」を聴く。

 頭の中に果てしない雪原が広がる。

 雪うさぎがピョンピョンと跳ねてゆく。

 

 「聖夜」「ジングルベル」「もろびとこぞりて」のような、子供の頃からおなじみのクラシックに加え、この40年余り、日本でも海外でもいろんなクリスマスソングが続々と出てヒットした。

 

 僕もさんざん聴いてきたが、なんだかもうお腹いっぱいになってしまって、ここ数年はおなじみのクラシックとこのアルバムしか聴かなくなった。

 

「Summer」や「Autumn」もいいけど、Winstonはやっぱりこの「DECEMBER」だ。

 

 集中してイメージを楽しみながら聴くこともあるし、仕事中のBGMとしても適しているし、もちろん季節の気分も堪能できる。一石三鳥。

 

 中でも「Canon」はほとんどループ状態で聴くことが多い。

 Winstonの演奏に初めて出会って、かれこれ35年たつが、いまだこのピアノ一台で紡ぎ出すCanonをしのぐCanonは聴いていない。

 

 なんとか来週には実生活も年末年始モードに入れたいのだけど。

 


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「酒、タバコ、やめて100まで生きたバカ」の最後の晩餐は、雪のように真っ白なごはん

 

   人生は思いのほか短い。

 折り返し地点を過ぎると、そのスピードは倍速になる。

 やはり40歳あたりがミッドポイントで、自分のことを振り返ると「健やかに中年」と、年賀状に大きく書いて宣言したことを憶えている。

 そして、その宣言とともに25年間吸っていたタバコをやめた。

 

 「酒、タバコ、やめて100まで生きたバカ」を目指して人生の復路を走りながら頭に浮かぶのは、ゴールする前に何を食べるのか――最後の食事は何がいいのかということである。

 

 これまでおかずのことばかり考えていたが、先日、いや、これはおかずではないな、ということに気が付いた。

 

 お米のごはんだ。

 雪のように真っ白な、炊きたてのホカホカの極上のごはんだ。

 それだけ。

 味噌汁くらいはついていてもいい。

 またはバリエーションとして、そのごはんで握ったおにぎりがあってもいい。

 

 それだけだ。

 そう思いつくと、これぞ日本人の正しい「最後の晩餐」だと疑えなくなってきた。

 

 まぁ、食い物に正しいも間違ってるもないんだけど。

 

 人間は真っ白で生まれて、真っ白で帰っていく。

 これは美しい。

 

 でも本当にそうなるかどうかは、タイムマシンで、未来の、死ぬ間際の自分に会って聞いてみないとわからない。

 

 ちなみに酒はまだやめてないし、100まで生きるかどうかも当然わからない。

 


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NOELちゃん

 

 むかし勤めていたロンドンのレストランスタッフの同僚にNoelというフランス人の女性がいた。

 Noelとはフランス語でクリスマスのこと。

 つまり「クリスマスちゃん」である。

 

 普段はElisabethと名乗っていたので、僕らもそう呼んでいたのだが、何かのきっかけで本名がわかった。

 べつにからかうつもりもなく、本名を呼ぶんでみたら「やめてー」と、嫌がった。

 日本でいうキラキラネームに該当するのだろうか。

 

 彼女は僕より少しだけ年上だったので、たぶん当時26~7歳だったと思う。

 子供の頃やティーンエージャーの頃ならともかく、大人になって「クリスマスちゃん」なんて呼ばれるのは恥ずかしかったのかもしれない。

 

 彼女には同じレストランの調理助手のバイトをやっていたニキ君という日本人男性と恋仲で、僕が来て一年しないうちに、二人でフランスで暮らすと言ってやめて行った。その後のことはわからない。

 

 そんなに美人というわけではなかったけど、彼女のことをよく覚えているのはその声だ。

 フランス語なまりの英語ってこんなに素敵なのかと思った。

 日常会話がすごくロマンチックなものに聞こえるのだ。

 

 フランス人の話す英語はみんなこんな感じなのかなと思ったけど、その後にもフランス人の女性が入ったが、そっちの彼女のは全然ちがっていた。

 Noelの話す英語は特別にすばらしかったのかも知れない。

 フランス万歳。

 


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トキワ荘復元に関するあれこれ

 

 トキワ荘通りにある南長崎花咲公園。

 そこに2020年3月に「マンガの聖地としまミュージアム(仮称)」として復元されるトキワ荘。

 その費用の一部をクラウドファンディング、つまり寄付で賄うと言う。

 当初は、総費用9億4千万円のうち1億円を、という算段だったそうだが、その人気は目を見張るものがあり、今年10月にはすでにその目標額の7割以上をクリア。

 「これはイケる」と思ったのか、豊島区は目標額を2億8千万円に上方修正したと言う。これだと総費用の4分の1を寄付で賄えることになる。

 

 まずここまではここまではいいことづくめ。

 着工は年明けからか。

 これからオープンまでは話題が絶えないだろう。、

 その日が来るまで、夢が実現するまでは、みんなドキドキワクワクするからね。

 

 問題はできた後だ。

 超情報化時代の今日、新たに生まれたコンテンツの情報はあっという間に消費される。それでなくても、トキワ荘のストーリーは、これまでもさんざん表舞台に上がり、かなり多くの人がもう知っている。

 建設の前から難くせをつけるようで申し訳ないが、賞味期限がそんなに長いとは思えない。

 

 完成~オープン予定の期日を見れば、東京五輪の開催時期に合わせていることは明らか。外国人のマンガ・アニメファンを取り込もうという思惑があるようで、実際、そういう広報も行っている、

 

 日本人のマンガ好きはトキワ荘に思い入れが深いかも知れないが、外国人はどうか?

失礼ながら、手塚治虫先生以外はそんなに海外にその名が轟いているとは思えない。

 この先生たちが遺したものがいかに偉大な功績かを理解してもらうには、相当な工夫が必要だ。

 

 また、その前に日本の若い世代がトキワ荘=マンガの聖地であることをどれだけ認識しているか? はなはだ疑問なのである。

 

 

 あと気になるのはこの公園のこと。

 代々木公園、井の頭公園、和田堀公園のような広い公園ではない。街中でよく見かける児童公園だ。

 今あるようなちょっとしたモニュメントなら問題ないだろうが、アパート一棟分だ。おそらくこの公園の大部分は潰れてしまうだろう。

 

 見たところ、この近辺では唯一の公園で、子供たちの遊び場、お年寄りの憩いの場になっている。

 みんながマンガファンでトキワ荘の価値を認めているわけじゃないので、なんでそんんなボロアパートのために大事な公園を潰すのか、納得できない人も多いだろう。

 

 どうやら豊島区が代替公園を作ると言うことで話は決着したらしいが、そこまでリスクを負って9億ものお金をかけるのだから、本当に意義あることをやらないと地域の人たちの不満はずっと残る。

 

 箱を作ってミュージアムとしてあれこれ展示しても、オープン時は賑やかだろうが、オリンピック・パラリンピックが終わる頃にはもう人は離れているだろう。

 

 最初からそれを覚悟して、飽きられたころに始まる企画――月並みなところではマンガ塾とか――をいくつも用意しておき、どう活用するのか、この地域の資産・トキワ荘のマンガ家たちの偉業が未来に繋がっていくのかを世の中に向かって考え、表現していかないとダメだろう。

 でなければ集まってくるのは、昭和レトロを愛する懐かし好きの年寄りばかり、ということになりかねない。

 楽しみにしているだけにちょっと心配。

 10年後・20年後を想像して、レジェンドの殿堂を築いてほしいなぁ。

 


マンガの聖地・トキワ荘通りを散策する

 

 以前も紹介したことがあるが、金剛院には「マンガ地蔵」が鎮座しており、マンガご朱印も発行している。もちろん、プロデューサー的センス抜群のご住職の発案だ。

 クリエイターのたまごたちがお参りするマンガ地蔵。その向いている方向は、かのトキワ荘のあった場所だ。

 

 手塚治虫をはじめ、赤塚不二夫、藤子不二雄の二人などがデビュー前から住み、石ノ森章太郎なども頻繁に訪れていたというトキワ荘は「マンガの聖地」と呼ばれ、その時代から半世紀を過ぎた今日、この地に人を呼び寄せる地域の財産になっている。、

 

 金剛院のある西武池袋線・椎名町から次の駅の東長崎、その間にある都営大江戸線の落合長崎駅の三角形の界隈には、各所にモニュメントが置かれ、マンガ地蔵も含め、「トキワ荘散策コース」が作られているのだ。

 

 その中心のトキワ荘通りからちょっと裏道に入ったところに跡地がある。トキワ荘は1982年に解体され、その跡地には現在、保険会社のビルが建っている。

 

 

 お休み処という場所もあって、小さなマンガギャラリーになっている。

 僕が入った先週の土曜は、この2階にトキワ荘仲間の紅一点、「ファイヤー!」「星のたてごと」の水野英子先生が来ていてサイン会をやっていた。

 

 それにしてもこのトキワ荘通り、夕方になろうかという時間に行ったせいか、なんだか「三丁目の夕日」を想起するレトロムードが満点。

 裏通りに入ると、ちょっと・・・というかかなりさびれた空き家などもあって、これもまぁレトロと言えばレトロだけど・・・という感じ。

 

 そしてこの通り沿いには南長崎花咲公園というのがあり、そこに2020年3月に「マンガの聖地としまミュージアム(仮称)」として、トキワ荘が復元される。

 まさしく日本のマンガ文化のジュラシックパーク誕生!

 ・・・と拍手したいところだが、ちょっとした懸念も。

 長くなりそうなので、その話はまた明日。

 


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悟りを開いてお寺で婚活

 金剛院では婚活専門会社とコラボでして、2ヵ月に3回くらいの割合で婚活パーティーをやっているという。

 最近は婚活もただ飲み食いするだけの会では人が集まらない。

 ○○×婚活で、共通の趣味・指向性を持つ人同士なら話も合いやすいと言うのだ。

 

 というわけで御住職の発想で登場したお寺で婚活。略してテラコン。

 「悟り婚」という名称も使っていた。

 サトリコンとは、なんだかすごい婚活に思える。

 

 婚活パーティーにはナンパ目的の変な奴も構混じって来るらしいが、さすがに仏様のおひざ元であるお寺には仏罰を恐れてか、そういう奴は来ないそうだ。

 

 この日参加したのは220代後半から40代前半の男性15人、女性14人。

 受付スタッフに聞いてみると、テラコンには時間をちゃんと守り、対応も7きちんとしている、いわば紳士・淑女が多いようだ。

 個人情報保護のため、参加者の職業は不明だが、明らかにお坊さんという人も二人いた。

 

 会場は約50畳の広さの客殿。

 廊下からは小さいながら日本庭園や石庭も見え、ちょっとした京都気分。

 ここに集まって最初に写仏をやった。

 

 テラコンにも説法婚活、瞑想婚活、念誦づくり婚活などいろいろ細かいカテゴリーがあるそうだが、この日は「写仏婚活」。

 全員で最初30分弱の時間、仏様の絵を描いて(といっても下絵をなぞるだけ)気持ちを落ち着けるのだ。

 

 と、緊張気味だった室内の空気が不思議とリラックスしたものに変わってきた。さすが寺力(じりき)はすごい。

 その後、閑静な雰囲気の客殿内には賑やかな話し声が溢れ、トークタイム、カップリングと続いた。

 

 御住職に聞いた話で面白かったのが、この写仏について、

 「バリバリ仕事をやっている今時のビジネスマンは、こういうものをやらせてもすごく速い。理解度も抜群で、まるで仕事のようにスピーディーにこなし、成果を上げる。

そういうものとはは違った世界、異なる価値観が持てなくなっている。そういう人にこそちゃんとじっくりやってもらい、見えない大切なものに気付いてもらいたい。」

 

 仕事の領域で評価されても、それはそのまま人生の幸福にはつながらないと言うことか。うーん、さすがサトリコンは奥が深い。

 


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イノシシの冒険

 

  あの国境を越えれば、おいしい作物食い放題のパラダイスが待っている。

 

 情報化社会は人間の専売特許ではない。

 森の仲間たちの間でも、ここ何世代かにわたって「成功法則」の情報が伝えられシェアされている。

 サル、キツネ、タヌキ、クマ、イタチ、ハクビシン・・・もちろんイノシシにも。

 

 生き延びて成功したいのなら人間の生活圏とのボーダーを突破せよ。

 勇気を出せ、 だいじょうぶだ。人間は思ったほど怖くない。

 だが、ワナには気を付けろ。餌があっても近づくな。

 

 来年の干支として脚光を浴びる今日この頃だが、農業の取材をしていると、いまやイノシシは田畑を荒らすにっくき害獣ワーストワンに挙げられる。

 

 代々伝えられてきた無数の情報を租借し、知恵を付けた新世代のイノシシたちは、まるで移民のように人間の生活圏に潜入し、自分たちの居所を作ろうとしている。

 彼らの何頭かは冒険心に駆られ、命を賭けてフロンティアを切り開こうとしているようだ。

 


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未来が来ても嬉しくないのさ、君と一緒でなけりゃ

 

 久しぶりに佐野元春を聴いてみたら、すごくよかった。
 「アンジェリーナ」や「SOMEDAY」や「約束の橋」などの懐メロもいいけど、最近のはもっといい。ルックスもグレイヘアが似合って若い頃よりかっこよくなった。
 何よりも歌詞が聴かせる。「人間なんてみんな馬鹿さ」「未来が来ても嬉しくないのさ、君と一緒でなけりゃ」・・・大人の想像力を刺激する歌だ。「SOMEDAY」からここまでたどり着いたのか、という感じがする。

 アルバムも聴いてみようかなと思う。

 


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相変わらず幻想・妄想だらけだけど脳は完治

 

 3か月ぶりに頭のCT検査。

 救急車で運ばれて緊急入院したのは猛暑の真っ盛りでしたが、いまや病院の周囲も晩秋~初冬の風情です。

 

 自転車事故に端を発した硬膜下出血ですが、完治してますと言われてホっと安堵しました。

 何といっても人生初の手術・入院だったので、個人的にはやっぱり今年のトップニュースです。

 

 今日もまた中で働いている人たちや、出入りする患者さんたちを観察してて感じましたが、病院はやっぱりシャバとは違う異世界。

 なんだか宇宙旅行の途中で違う惑星に立ち寄ったような気分になります。

 そしてわりかし居心地がいい。

 

 学校の校風、会社の社風と同様、それぞれの病院で院風というのもあるのでしょう。

 この三宿病院の院風は割と自分に合っていたのかもな、と思います。

 院風の合わない病院にいると、病気の治りが遅くなりそうです。

 僕の場合、幸運にもこの三宿病院の院風はけっこう自分に合っていたようです。

 

 といっても、また来たいわけじゃないけどね。

 できれば今年のが人生唯一の手術・入院であってほしいと思います。

 

 というわけで一件落着。

 


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「人間を大事にしています」ってどういうこと?

   

 12月になって新しい年への期待が高まる。

 しかも来年は天皇が交替し、新しい元号になる。

 昭和から平成に変わった時は、確かに変わった。

 世の中の空気の流れが変わったのだ。

 なのでそれを知っている中年以上の人たちは、何とか空気を読もうと思って躍起になっている。

 東京オリンピック・パラリンピックも、大阪万博もその流れの中で開催される。

 昭和に行われた時とは大きな隔たりがあることを誰もが感じ取るだろう。

 

 新しい天皇の新しい元号の時代が20年になるのか30年になるのか、それ以上の長さになるのかはわからないが、一つ言えることは「人間とは何か?」を考える時代になるということである。

 

 「サピエンス全史」や「ホモデウス」があれだけ読まれるのは、すでにそういう時代のサインだ。

 

 一部の学者や研究者などに限らない。

 女も男も、子どもも大人も年寄りも、貧乏人も金持ちも、善人も悪人も、偉い人もそうでない人も、みんながみんな、人類史的スケールで問いかける。

 

 「人間ってなんだろう?」

 

 すごく漠然としている。

 けれども力を持つ者はその漠然とした問いかけに答えることが求められるのだ。

 

 かつて人類が積み重ねてきた過去のデータが膨れ上がり、それを使ってAIやロボットが社会で大手を振るうようになった時、個人個人のアイデンティティの以前にある、人類のアイデンティティが脅かされる。

 

 そうなる過程で国も企業も口をそろえて言うようになるだろう。

 「我が国は人間を大事にしています」

 「わが社は人間を大事にしています」

 

 もちろん今までも「とりあえずそう言っときゃOK」という感じで、みんな言っていた。でも。これからはそれでOKではならない。

 

 それって、どういうこと?

 大事にしてるって、どう大事にしてるの?

 コストカットのために従業員のクビを切ったりしないの?

 派遣やバイトや外国人は差別されないの?

 

 つっこみどころは満載だ。

 国も企業もそれに応え、こんなに人間を大事にしているんです、ということを世の中の皆さんに納得して貰わないことには経営が立ち行かなくなる。

 

 かもしれない。

 

 これが空想か、幻想か、妄想かは、すでに来年の今頃にはその片鱗ぐらいはわかっているだろう。

 


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子どもと大人の狭間で人間は自分の一生を俯瞰するのも知れない

 

 今回書いたドラマは、葬式めぐりをしたり孤独死しそうな老人を観に行く中学生の女の子を主人公にした。

 「死に興味を抱く子ども」と聞くと、びびっちゃう大人は多いかも知れない。

 でもこれは性に興味を抱くのと同じくらい自然なことだと思う。

 

 子どもは永遠の時間を生きている。

 

 死は自分の時間の終わりであり、主観的な世界の終わりである。

 子どもはそんな終わりのあることなんて考えない。

 ただ、得体のしれない恐怖心は持っている。

 地底か、海底か、宇宙か、暗黒の中に吸い込まれていくような、そうした死につながる恐怖の瞬間があることは直観的に知っている。

 

 物語を読むなり聞くなり、ごっこ遊びをするなりして、徐々に「死とは何か」は子ど

 

もの心に取り込まれていくのだと思うが、死の概念が完全に人間の心に定着するのは、やはり生殖できる体に変わる時期なのだろう。

 

 子どもが大人になるというのは、性を含めた愛を知ること、そして死を知ることだと思う。

 その時――思春期のほんの一時期、人間は自分が生まれてから老いて死ぬまでを一挙に俯瞰できてしまうのかも知れない。

 ただ、そんなことは、ほとんどの人はすぐに忘れてしまうのだけど。

 

 主人公の女の子は「いつかみんな故郷の星に帰るのにどうして地球にいるんだろう? ここでわたしたちは何をして、どうなろうとしているんだろう?」というセリフを言った。

 

 どうせ死ぬのになんで生きているのか?

 自分自身も抱えていた疑問が遠い昔からよみがえってきた。

 書いていると、いろいろなことが起こる。

 


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みきなつみの「ボクらの叫び」がカッコいくてかわいい

 

こんなカッコいい歌を、こんな可愛い子が歌ってるなんて昨日まで知らなかった。

後半の歌詞の「空想、幻想、妄想」の3タテには涙がキレまくる。

いつまでもたってもこういう曲が好きだ。たぶん死ぬまで。

 


星のおじいさま 完成

 

 今年もコンペにラジオドラマ脚本の新作を送った。

 「星のおじいさま」。

 毎度のことながら本当に最後まで出来るのか、ハラハラしたが、かわいい二人の娘が跳ねてくれたおかげで楽しくできた。

 リライトも十分できた。

 ジュンちゃん、マナちゃん、ありがとう。

 評価はどうだか分からないけど、例によってとりあえず自己満足。

 というわけで、以下あらすじ。

 

 13歳。子供から大人になろうとしている中1女子ジュンの心を占めるのは「地球に生まれてきて幸運だったか?」という自身への問いかけ。そこで彼女は小学校時代からの親友マナとともに葬式を巡り「故郷の星へ帰っていく人たち」を見て回っている。

 

 そんなジュンは偶然、終活サポート業の中塚(43)と出会い、彼を介して、ひとり暮らしでハーモニカ吹きの老人・和泉(73)を知る。孤独死予備軍の和泉に興味を引かれたジュンは「星のおじいさま」というあだ名をつけ音信不通の父や死んだ祖父のイメージを重ね合わせる。そして家に出入りするようになり、次第に親しさを深めていく。

 

 その一方で彼女はマナとのセクシャルな交遊をこれ以上続けるのをやめようとしていた。それに抵抗し嫉妬したマナは、ジュンと和泉が不純な関係を結んでいるというスキャンダラスな噂を流し、会えないようにする。

 

 しかしそれを契機に二人は互いを必要としていることを強く感じ、好奇の目に晒される怖れのない競馬場で再会。レースに託して人生を賭けた勝負を敢行する。ジュンの唱えるまじないによって和泉は勝利し大穴を当てるが、その直後、心臓発作を起こして倒れる。

 

 和泉が運び込まれた病院に現われたのは、30年前に別れた息子の小峰仁(43)。彼はジュンと中塚が信じていた、和泉の家族や仕事についてのストーリーがすべてウソだったと明かす。それでもジュンは和泉を救うために、再びまじないの言葉を唱える。

 

 その効力か、奇跡的な回復を果たした和泉は退院し、ハーモニカ吹きとして生きると決める。ジュンはそんな和泉に対し、大人になったらまた会いに来ると言って別れる。

 

 子供だからこそ持ち得た力。それを使い果たしたことに気づいたジュンは、ギターを練習し始め、マナと今しばらく甘え合いながら新しい人生の旅へ出る支度を始める。

 


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競馬場への回帰

 

 わけあって府中の東京競馬場へ単独デイトリップ。

 息子がチビの頃、よく遊ばせに来たが、それ以来だから15年ぶりくらいだろうか。

 

 紅葉も美しいこの季節、めっちゃきれいになっていてびっくりした。

 しかも今日は東京の今年最後の開催日で、G1のジャパンカップが開かれるとあって、ムードも華やかだ。

 

 赤ペン片手に競馬新聞を握りしめた、昔ながらの怪しげなおっさんも、もちろんたくさんいるのだが、家族連れ、若い男女のグループ、夫婦、ゲイっぽいカップル、お父さんと娘、単独のおっさん、おばさん、じいちゃん、ばあちゃんも。今の社会の縮図のようだ。

 

 

 今回、特に驚いたのは「ビギナーズセミナー」なるものが1日中開かれていて馬券の買い方や競馬新聞の読み方などを無料でレクチャーしてくれる。

 

 僕も参加してみた。

 講師は埼玉県越谷にお住いのJRAレディ(それとも外注だろうか?)。

 30分弱なのでイラスト満載のテキストを渡され、実際にマークシートに記入するまで基礎的なことを教えてくれるが、あとは自分で勉強してくださいと言う感じ。ま、30分弱の時間ではしかたないけど。

 でも確かに初めてでも、ここで話を聞けばとりあえず馬券は買える。

 

 

 ジャパンカップって昔は半分くらいは外国馬が出走していたと記憶していたが、最近は日本馬ばっかりで、外国馬はたったの二頭。

 今年は三歳牝馬のアーモンドアイが圧倒的な一番人気だったので、彼女には手を出さないことにした。

 

 が、定評通りアイちゃんは強かった。並みいるオスどもをぶっちぎり、最後は華麗な差し足で優勝。

 僕の買ったキセキとシュヴァルグランは残念ながら2着と4着。いいセンいってたんだけどなぁ~。

 というわけで久しぶりに3レースやってみましたが全敗でした。

 

 でも競馬場は面白い。

 入場料200円払って、あとは100円単位でやっていれば一日遊べるから、へたな遊園地よりお金もかからない。(と言いながら、だんだんエスカレートしちゃうんだけどね)

 

 うーん、競馬熱再燃。いろいろ勉強していこうと思った。

 


グローバル化時代の英雄、故郷に錦を飾る(はずだったけど)

 

 「私が倒産寸前だったあの会社を立て直したからこそ、日本で電気自動車や自動運転の技術が発展したのです」

 

 2016年8月5日、オリンピックの聖火を掲げて、リオデジャネイロのコパカバーナ海岸沿いを走るカルロス・ゴーン氏の脳裏には、人生第3幕のシナリオが渦巻いていた。

 そのオープニングを飾るのは、ブラジル大統領選の立候補演説。

 

 2022年までルノー・日産・三菱自動車のトップを務め、日産と三菱をルノー化して筆頭株主のフランス政府に恩を売って後ろ盾につければ、勝算は十分だ。

 

 レバノンで青春時代を送り、フランスでキャリアを積み、日本でついにトップの座、さらにKINGの座に着いた。

 誰もが彼をグローバル化社会の、経済産業分野の英雄と呼ぶ。

 その英雄が地球を一周して生まれ故郷の南米大陸に帰ってきた。

 そしてここが人生の終着点、集大成の地だ。

 

 「私が当選した暁には、必ずやこの国を世界の先進国と肩を並べる経済大国に育て上げます。この国の民衆にはそれができる。

 やっちゃえブラジル。Yes、We Can!」

 

 しかし残念ながらここまで書き上げたシナリオの草稿はもう使えないだろう。

 せっかくブラジルにもベイルートにも家を買ったのに。

 ベルサイユ宮殿で結婚式を挙げて箔も付けたのに。

 

 この問題はゴーン氏個人のストーリーにとどまらず、ルノー対日産、さらにはフランス政府対日本政府という、まさしくグローバルなストーリーに発展しそうだ。

 


外国人労働者とロボットと徒弟制度

 「

 もうすぐクリスマスだね」「あといくつねたらお正月だね」と言う人はいっぱいいるけど、「いよいよ勤労感謝の日ですね」という人はあまりいない。

 

 だからあえて言ってみよう。

 いよいよ勤労感謝の日ですね。

 勤労感謝の日と言えば、外国人労働者受け入れ問題ですね。

 

 日本の外国人労働者に対する扱いは、基本的にこの20~30年変わってない気がする。

 最近特に思うのは、グローバル化がどうこうより、これはロボットまでの「つなぎ」なのかな、ということだ。

 

 日本の産業界(他の国も同様かとは思うが)、つまり労働力を必要としている職場は、本当はロボットを求めている。

 ロボットなら優秀で効率よく働けるし、低コストで済むし、人権がどうの保険がこうのなんて面倒くさいことも言わない。

 ロボットならスムーズに仕事がはかどって、使う側はストレスが低減できる。

 

 ぶっちゃけ、外国人労働者はそれまでのつなぎみたいな意識なのではないか。

 欲しいのは「労働力」であって、人間ではないのだから。

 

 ついでに言うと「実習生」という言葉からは日本に根付いている「徒弟制度」のニュアンスがある。

 徒弟は仕事を教えてもらう立場にある「半人前」の人間なので、給料も半分でガマンすべき、掃除も雑用もすべて修行にコミコミだよ、というわけだ。

 

 日本人の多く――少なくとも、僕も含めて現在の40代以上のほとんどは、この長らく続いてきた考え方に洗脳されているので「おまえは半人前だから「給料も少ないよ」と言われたら容易に納得してしまうだろう。

 

 徒弟制度の在り方は日本の伝統文化の一つと言って過言ではない。

 基本的には職人や芸事の世界での習慣だったが、サラリーマン社会にも広く普及してきたと感じる。

 

 そういった習慣・文化は雇う側だけが守ってきたわけではない。

 同じ雇われる側も「なんで先輩でスキルアップしているオレと、新入りの何もできないあいつが同じ(あるいは大差ない)給料なんだ」とツッコミを入れる。

 そういうこともあって雇う側は素直に徒弟制度を受け入れてしまう。

 仕事がろくにできないやつにまともな給料は払えない。

 人権だの保険だのプライベートがどうのこうの言う奴なんかいらない。

 でも人出不足だから忙しい間だけ働いていけ―― それが雇う側のスタンスなのだ。 

 しかし、日本人でも若い連中はこれを「搾取」と呼んで拒否し始めている。

 徒弟制度は、いつか自分も一人前になって独立できるという夢と希望と、師匠である店とか人とか会社がそれを援助してくれるという温かい心の絆、信頼関係があってやっと成り立っていた。

 だから働く人たちは厳しい仕打ち、理不尽な扱いにも耐えられた。

 少なくともそれが「搾取」だとは露ほども思わなかった。

 ま、いわば宗教みたいなもので、信じる者は救われたのである。

 

 成長の時代をとうに過ぎて、そうした夢も希望も信頼関係も失われ、経済効率オンリー、ロボット求むのメンタリティになった現代にはもう通用しないのではないだろうか。日本の文化を理解できない外国人にはなおさらだ。

 

 ギリシャ時代、かの国では労働とは奴隷がすることで、人間の仕事と見なされていなかった。

 人間とは労働のために動かすことなく、政治や社会や芸術について考える人たちのことだった。

 日本を含め先進国の人間のメンタリティはだんだんそこに近づいているのではないかという気がする。

 


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「ぼく」という一人称の女が気にニャってる  

 

 10代から20代の前半くらい、自分のことを「ぼく」という女がチラホラいた。

 べつに性同一障害とか、そういうことではない。

 「変身願望」とか「ほんとは男の子になりたかった」とか、心理学的にいろいろありそうだが、少なくとも表面的には皆、その一人称以外はいたってフツーで、見た目も可愛く、頭脳も明晰そうだったと記憶している。

 

 「リボンの騎士」や「ベルサイユのばら」など、宝塚歌劇系の影響が強かったからだろうか?

 

 そういえばあの時代(1970~80年代初めごろ)、一人称に「ぼく」を用いて男の立ち場に立って歌う女性歌手が多かったと思う。

 

 代表的なのはイルカの「なごり雪」か。

 あれはもともとかぐや姫の伊勢正三の曲だけど、後にイルカの旦那になるプロデューサーが彼女に歌わせてくれと直談判したらしい。

 それがイルカのキャラクターとマッチして大ヒットし、後世に残る名曲となった。

 今年亡くなった森田童子の歌もほとんどが「ぼく」の一人称だった。

 

 あの頃の流行だったかもしれないけど、少なくとも歌の政界では今でもAKBなどのアイドルが「ボク」「キミ」っていう呼称を使っている。

 

 そこで気になってネットで調べてみたら、「ボクっ娘」とか「ボク少女」とかのカテゴリーがあるという。

 

 これはマンガ・アニメ・ゲーム等のサブカルチャーの世界で、女の子キャラクターがそれぞれの個性を立たせるためにそういう、通常は男が使う一人称を用いることがままあるようだ。

 

 あくまでイメージだけど、確かに萌えキャラで「ぼく」と言っている娘はたくさんいそうな気がする。

 

 歌にしてもサブカルにしてもバーチャルな世界でそういうキャラが重宝され、活躍するのはわかるけど、現実的にはどうなのか?

 

 やっぱり気になって現役若者の息子に「おまえの中高あたりの同級生の女の子で自分のことをボクっていう子いた?」と聞いたら、全然いなかったという返事。

 

 バーチャルで増殖している分、リアルでは絶滅危惧種になっているのか?

 どうでもいいことなんだけど、気になり始めるととことん気になって、仕事にニャラならなくなってしまったので一筆。

 


1111のおんな

 

 来年の課題として「1111のおんな」という話を書こうと思った。

 今日誕生日の友だちがいて、彼女にメッセージを送る時にふいに思いついたのだ。

 ただの思いつきでタイトルは決めたが、中身は何も考えてない。

 11月11日生まれの女の話か、1111年の話なのか、二進法のコンピュータの話なのか、明日なき世界の話なのか、全然わからない。

 これから育てる。こういうのはけっこう好きである。

 

 ちなみにうちの下の妹は11月1日生まれで1101のおんな、カミさんは1月11日生まれで0111のおんなだ。

 何だか女スパイ団のコードナンバーみたいだ。

 

 21世紀になってから9・11だの、3・11だのがあって、何となく11は悪運の数字っぽいイメージになってしまったが、人間の歴史は西暦から数えても2000年。2000年×1年365日、365通り×∞のいいこと・悪いことがある。

 

 来年の今頃は「1111のおんな」がきっと完成しているだろう。

 ひとつ仕事ができた。

 希望もなく絶望もなく、毎日ちょっとずつやっていこう。

 


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オバマとトランプと次世代

 

 アメリカの中間選挙。詳しいデータは読んでないが、テーラー・スゥイフトやハリウッド俳優の呼びかけも効いたのか、結構投票率は高かったのではないかと思う。

 結果は予想通り、上院・共和党、下院・民主党が、それぞれ多数派となった。

 

 民主党は女性や若者、マイノリティの議員が誕生して新鮮さを増したみたいだ。

 しかし、2年後の大統領選に出られるような人材がいないらしく、今回の応援ではオバマ元大統領の姿が目立った。

 

 彼が大統領になる前の選挙戦や就任当時の盛り上がりは今なお印象的だ。

 Change!

 Yes、We can.

 あのフレーズにしびれた人も多かった。

 だが逆に言うと、あれだけ期待され、ノーベル平和賞まで受けながら、8年間やったけど、たいしたことできなかった感が強い。

 オバマはただの傀儡だったのか? そうみんなが疑ってしまった。

 

 世界の覇者である(とあえて言ってみる)アメリカの偉大さを世界平和・軍縮・紛争解決といった面で発揮できなかったので、民衆の心がトランプの唱えるナショナリズムに傾いてしまった、と僕は思っているけど、ちょっと単純化しすぎか。

 

 2年後は民主党が盛り返すだろう。

 人材難かも知れないけど、トランプだって政治家としては素人なのにトップに立った。

 今の時代、若かろうが経験が浅かろうが、あんまり関係ない。

 フランスのマクロンみたいな例もあるし、世界の政治に舞台にはこれからどんどん若い人が上がって欲しいし、そうなってくると思う。

 

 さて、わが日本はどうなんだろうか?

 


20世紀の愛と平和のロックなんて忘れてしまってた

  

 1960年代から80年代のロックやフォークやポップスをいつも聴いているので、YouTubeさんがよく僕のMy Mixというのを提供してくれる。その中には普段聴かないコンテンツも混じっている。

 「あんた、こういうのも好きしょ」と、オーダーしてないものでもおススメを蔵出ししてくれるというわけだ。

 

 昨日は久しく聴いていなかったNenaの「99 Luftballons (ロックバルーンは99)」が出てきた。

 世界を席巻したドイツ発のドイツ語ソング。

 YouTubeが出してくれたのはいつのライブかわからないけど、Nenaが貫禄ついているので割と最近のものではないかと思う。

 

 めっちゃ明るいノリだけど、これはけっこう強烈な風刺を含んだ反戦歌だ。

 ご機嫌なリズムとポップなメロディはもちろんイカしてるが、99個の赤い風船を兵器と間違えて攻撃し戦争に発展してしまうという寓意に富んだ歌詞が素晴らしい。

 

 当時の核廃絶のムーブメントと相まったのか、1983年の世界的大ヒットとなった。、

 そしてそれから5年後にベルリンの壁が崩壊した。

 

 そういえば最近、ある本でデヴィッド・ボウイが1987年にベルリンの壁の前で野外ライブをやったという話を読んだ。

 スピーカーを東ベルリン側に向け、壁で分断された双方のオーディエンスに音楽を送り届けたという。

 まさしくボウイHeroesだった。合掌。

 

 1960年代、当時の若者の多くは音楽で世界が変えられると信じ、ミュージシャンたちはそれに応え、愛と平和について語り歌った。

 その精神は20世紀の間中ずっと生き続けて、東西冷戦の終結や核廃絶運動、難民の救済などにも何らかの影響を与えたと思う。

 だが、いつの間にか、たぶん21世紀の始まりとともに消えてなくなっていた。

 

 世の中そう甘くない。単純ではない。

 あれは幸せな時代の、能天気な連中の、つかの間のたわごとだったのか?

 音楽ビジネスのための偽善だったのか?

 みんな夢でしたと、あとはYou Tubeで音楽を楽しんでりゃそれでいいのか?

 

 ロックが骨抜きにされ、反戦も反核も何もなかったのように、次々とまた世界中で壁が作られ、核が作られる時代になってしまっていることに、今さらながら愕然とする。

 

 「おまえごときに何ができる?」と問われたらグウの音も出ない。

 それでもまだ生きているので、自分の宿題として抱えて、たとえちょっとずつの時間でも向き合いたいと思う。

 


世界の半分は本の中

 

  11月1日は本の日だそうな。

 「世界の半分は本の中にある」とか「世界の半分は本でできている」とか言ったのは誰だったか忘れてしまったけど、とても好きな言葉だ。

 インターネットもいいけど、やっぱり紙の本がいい。

 そして本屋や図書館がいい。

 ネット通販では欲しい本、ターゲットにしていた本しか手に入らないけど、本屋や図書館に行くと予定調和をぶち壊し、手に取ることなんかまったく考えてもいなかった本に出会えたりする。

 まるで思いがけない恋に落ち、ページをめくると、今いるところから別の世界へ連れて行かれる。

 なぜかデジタルデバイスの画面からはこういうイメージが起きにくいんだなぁ。

 はたして生きているうちにあと何冊の本と出会えるのだろう。

 


ちょっとイカれたサブカルチャーの聖域シモキタ

 

 とくに用事があったわけではないけど、お天気が良かったので午後から自転車でぶらっと下北沢へ。

 到着すると駅の方から何やら聴きなれたフレーズが生音で響いてくる。

 お、これはCreamの「Sunshine Of Your Love」ではないか!

 

 出所は駅前広場(しもきたスクエア)。

 英国フェスでLiveと食い物の出店が10軒ほど。

 ライブは複数のバンドが60'S~80'Sのブリティシュロックのカバーをやっ

ている。

 Creamのカバーバンドは上手い! ギターは本家エリック・クラプトン並みだ。

 この広場は再開発予定地で、いずれ駅ビルが建つらしい。

 

 下北沢には東京に来た40年前からずっと通っていて、昔は芝居やライブを見たり、飲んだり食ったり古着を買ったりよくしていたが、ここ10年くらいはカミさんと年に1~2度買い物に来る程度。

 

 一人で来たのは久しぶりだったので2時間ばかりブラブラ歩いて一回りした。

 程よい高揚感と安心感、不思議な居心地の良さは40年前から変わっておらず、狭い道をうじゃうじゃ歩いている人たちを見るだけで面白い。

 

 昔の自分と同じ若い衆の人口密度も高いし、僕と同じ旧・若い衆も負けず劣らず多い。そこに外国人も混じってブレンド具合が絶妙だ。

 

 学生時代よく行った店が立ち退きで閉店になっていたりして寂しい部分もあったが、その代り表通りにも裏通りにも、ポップだったりパンクだったりシブかったりする新しい店もたくさんできてにぎやかだ。

  

 裏通りの「こはぜ珈琲」という小さなカフェに入った。

 コーヒー何と200円。もちろんセルフだが小さな店内にはジャズが流れて

いて、入り切らないお客は表のイスでコーヒーを飲んでいる。

 寒い人用にブランケットも用意されていて、とてもあったかい空気だ。

 トイレも狭いが飾りつけがお洒落で楽しく、シモキタっぽい。

 トイレが楽しい店は良い店だ。

 

 ブラつくだけで面白いシモキタ。

 やっぱりいい。用事がなくてもまた来よう。

 

 再開発されるとキレイでオシャレになる代わりに、漂白剤と脱臭剤をふりかけられ、クセもアクも匂いも消えてつまんない街になるパターンが多いけど、シモキタにはずーっと、ちょっとイカれたサブカルチャーの聖域であってほしい。

 


感動的でもなくイベント的でもない小さなこと

 

人生を変える体験というのは確かにある。

子供の頃や若い頃は、出会うこと・体験することの一つ一つが深く身体に食い込むほど感動的だったり、大きなイベントになる。

 

けれどもずっとそういうわけにはいかない。

あまり毎日がエキサイティングでは消耗し疲れてしまう。

そこでいつの間にやら心身ともども省エネモードになる。

 

子供の頃や若い頃と同様の体験をしても、身体も心は一種のシールドに覆われ、皮膚を突き破って入り込んでくることはない。

慣れっこになっているのだ。

良いことも悪いことも、こんなのどうってことない、大したことないと思える。

 

寂しいことだろうか?

そう思うときもある。

けど、これでいいのだとも思う。

大人になるとはそういうことなのかもしれない。

 

では大人になったら人生を変えるのは無理かというとそんなことはない。

その一つの方法は習慣を変えること。

日常の生活を変えること。

どんなに感動的な出来事があっても、すごいイベントに参加しても日常が変わらなければ何も変わらない。

 

日常を未来のために変えられるか、自分のための習慣を作れるかが、大人になってからの課題。

 

野球のイチローは言った。

小さなことを重ねることが、とんでもないところに行くただ一つの道。

 


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ぎっくり腰は「丹田でお米づくり」のイメージで予防

 

 10月も後半になり、朝晩かなり冷えるようになってきました。

 そのせいか、最近「ぎっくり腰になってしもーた」という声を実世界でもネット世界でもよく聞きます。

 

 かくいう僕も昨年二度ぎっくりに見舞われました。

 齢のせいだと言う人もいるが、あんまり齢は関係ないと思います。

 若くして腰痛持ちになる人もたくさん知っています。

 

 まぁ、命に係わる病ではないので、ちょっと笑いのネタになることもあるのだけど、その痛みと、もうホモサピエンスとして二足歩行できなくなるんじゃないかという精神的ショックは結構こたえます。

 

 現実的にも3日から1週間くらいはほとんどまともに活動できなくなんるので、仕事上のダメージも小さくありません。

 

 ぎっくり腰の重要な要因になるのが身体の冷えだそうだです。

 特に下半身が冷えると腰に来ます。

 だから予防策としては第一に体を冷やさない、しっかりあっためること。

 本格的に寒くなったら無理せず、カッコつけずににカイロなど使って腰回りをあっためたほうがいい。

 何ならその上から腰骨を紐やベルトでギュッと締めておくといい。

 

 さらに予防策としておススメは常に「丹田」を意識することです。

 丹田とはへそ下三寸(約10センチのあたり)の部分だが、特に丹田という名

の内臓があるわけではない。

 

 なんというか、その名の通り、おへそと性器とのちょうど真ん中あたりに自分の田んぼが広がっているイメージ。

 

 東洋医学の概念だけど、へたにネットで調べると、何やらスピリチュアルなボキャブラリーで書かれているものが多い。

 なので「あ、わたしダメ」という人もいるかもしれないが、お腹の中で小さい自分の分身が、せっせと田んぼでお米づくりをしているところを想像すればいいのです。

 

 これを意識していると自然と「丹田に力を入れる」ことになり、全身のバランスが安定し、腰によけいな負担が掛からないようになります。

 要は重心を常に下の方に置いて、浮き上がらないようにすること。

 重い物を持ち上げたり、何かを取ろうと身体を伸ばしたりする場合は、これを心がけて上半身と下半身を分裂させないようにしましょう。

 

 ぎっくり腰は、人間、まだまだ直立二足歩行の歴史が浅いので調子に乗りなさるなよ、という造物主からのメッセージなのかも知れません。

 


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