病院ラジオは必見のテレビ

 

NHK総合の「病院ラジオ」をやっていたので見た。

今日は長野の子ども病院。

サンドウィッチマンが難病と闘う子どもたちの話を聞く。

 

こんな病気の子どもたちがいるのか、と驚く。

こんな障害を持った彼らの毎日の生活が想像できない。

いったいどんな人生を歩むことになるのか想像できない。

けれども彼らは自分の運命を憐れむわけでもなく、

ちゃんと前向きに生きている。

恋もしたいし、親孝行もしたいという。

がんばって生きようとしている。

本当に心動かされる番組だ。

 

そして、彼らからそんな話を素直に聞き出せる

サンドウィッチマンはすごいなと思う。

普通なら重すぎて苦しすぎて、うーんと唸ったり、

妙に気を遣ってしまったり、

可愛そうに、と思ったりしてしまうはずだが、

彼らは普通の人たちと相対する時と変わらずに応じ、

ジョークも飛ばせれば、笑いも取れる。

 

もちろん、彼らが売れっ子芸人だから

相手もテンションが上がる、というところもあるだろう。

でも見ていると、患者の子たちは、この二人なら

ちゃんと普通に話せる、ということを知っている。

ということが伝わってくる。

 

子どもだけではない。

前回は高齢者の病院でやっていたが、

そのときも彼らの対応は素晴らしかった。

病気で社会と隔絶してしまった人たちに

そうした安心感を与え、なおかつ、

面白テレビ番組として成立させてしまえるとは、

すごい才能だ。

サンドウィッチマンの人気が高いのは納得してしまう。

 

この番組は年に数回しかやらないのだが、

いつも楽しみにしている。

入院患者の人たちに、勇気と元気を与えていただく、

本当に良い番組だ。

またもやNHKの宣伝で、何やら回し者みたいだが、

良いものは良い。

これも向こう1週間、NHKプラスで見られます。

 

 

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わたしの寿命はあと7年

 

誕生日が来て63になった。

あと7年したら70だが、

僕の寿命はそこらあたりまでかなと思っている。

 

いや、べつにどこか悪いところがあるわけではない。

いたって元気で健康だ。

でも、あと20年生きても30年生きても7年なのだ。

 

もうほとんど前世の記憶みたいだが、

18歳から25歳までの7年間、

演劇の学校に行って、

仲間と劇団を作って芝居をやっていた。

いま思い返すと若気の至りというか、

バカ気の至りみたいなことをやってて、

恥ずかしいぐらいだ。

 

でもバカはバカなりに面白くていつも弾けていた。

出逢うものすべてが新鮮で、

ポジティブにでも、ネガティブにでも、

いちいち鮮烈な感情が自分の内側から迸った。

どう生きてやろうかという気概に溢れていた。

 

あの頃に戻りたくはない。

はっきり言ってあんなふうに毎日を送っていたら

疲れてしかたがない。

齢を取るとは、こういうふうに思ってしまうことだ。

 

ただ、あの頃の時間の感じ方を取り戻せらたら、とは思う。

同じ24時間なのに、実にいろいろなことができた。

バイトをし、稽古をし、本を読み、本を書いた。

ほんとんど寝ない日もあれば、

疲れて一日中爆睡しているような日もあった。

実に贅沢に時間を使い捨てていた。

一つの季節が今の1年ぐらいに感じられた。

そもそも自分が齢を取るなんて思っていなかったのだ。

フォーエバーヤングだと本気で思っていたのだ。

 

しかし、明らかに体力は衰え、

目も悪いし、歯も悪いし、頭も悪い。

顔はちょっといいかも知れない。

 

若ぶって40年前と同じように…は無理だけど、

バカ気の至りを発揮して、

感性豊かに生きてきたいと願う。

最悪、本当にあと7年でもOKなように。

 


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週末の懐メロ118:人は少しずつ変わる/中山ラビ

 

中学生の時、ラジオで初めてこの歌を聴いた。

中山ラビというシンガーソングライターがいるのを

知ったのもその時——1974年だ。

 

心変わりした男に対する女の恨み節。

それがその時の感想だった。

中学生の耳には単なる失恋ソングにしか聴こえず、

大して印象にも残らなかった。

 

けれども、あれから50年近く経ったいま、

まったく違った歌に聴こえる。

62歳最後の夜、「人は少しずつ変わる」は、

底なしの深さを感じさせて響いてくる。

 

本当だ。

若い頃には思ってもみなかったことだが、

人が劇的に変わることなど滅多にない。

人は少しずつ変わる。

これは確かだ。

そんな当たり前のことをこの齢になるまで

はっきりわからずにいた。

 

外身も、中身も、僕も少しずつ変わって来た。

そしていつの時代も、一夜の夢冷めやらず

うかつな10年ひと昔を、懲りずに繰り返してきた。

 

何年も何十年も会っていない友だちや仲間が大勢いる。

変わってしまった姿を見たり、見られたり、

もう昔のように同じ夢を見て語り合えないだろうと思うと、

怖気づいて、このまま死ぬまで会わないで、

美しい昔の面影や、明るい声を

抱いたままでいた方がいいのではないかと、

正直、思うことがある。

齢を取るとはこういうことなのだ、と腑に落ちる。

 

中山ラビは、詩人の中山容が訳した

ボブ・ディランの曲を歌ってライブデビュー。

「女ボブ・ディラン」と呼ばれたこともあったようだ。

芸名も中山容にちなんでつけたという。

 

1972年にレコードデビュー。

レコードを買って聴いた記憶はないが、

「ひらひら」「もうすぐ」「女です」といった

タイトルやジャケットはよく憶えている。

 

その後、よくあるパターンで、

当初の素朴なフォーク風の曲は、

新味を取り入れたニューミュージックっぽい曲調に

少しずつ(?)変わっていったようだ。

 

80年代後半、音楽活動を停止し、10年後にカムバック。

以後、コロナ前の2019年までライブハウスなどで

活動を続け、一昨年7月に亡くなった。

 

最晩年、おそらく最後に近いステージだと思うが、

2019年12月に松本のライブハウスでの

演奏が上がっている。

70歳の中山ラビが、ギター1本でこの歌を歌っていた。

別に気負うことなく、20代の頃と同じように、

さして変わらぬ声で、ごく自然に。

とても美しいと思った。

 

人は少しずつ変わる。

だんだん変わってどこへたどり着くのか。

誰にも自分のことがわからない。

でもきっと、だから生きているのが面白いのだろう。

 


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なぜ付け合わせのポテトサラダがおいしい店は信用できるのか?

 

♪サ、サ、サ、サラダ 

サラダの国から来たむすめ

 

という歌が、かつてあったが、

サラダの国のプリンセスと言えば、

何と言ってもポテトサラダである。

 

並みいるサラダの中で総選挙をやれば、

ぶっちぎりでトップ当選。

日本においては、まさにサラダ界のスーパーアイドル。

いまや多種多様な味・食感を揃えた

ダイバーシティなポテサラ専門店まで出現し、

繁盛する時代である。

 

まさかその事実を知らずして、

スーパーやコンビニの弁当と同じ、

業務用の在りもののポテサラを

袋から出してまんま盛り付けている飲食店はあるまい。

もしあったとすれば、その店は日々、

顧客からの信用を落としている、と認識した方がいい。

 

表題にある「ポテトサラダがおいしい店は信用できる」は、

かの「孤独のグルメ」の主人公・

井之頭五郎氏のセリフだが、

裏返せば、

「ポテトサラダに魂を入れられない店は信用できない」

ということになる。

 

ポテトサラダはいかようにでもオリジナリティが

発揮できるサラダである。

 

材料となるジャガイモも、

男爵、きたあかり、とうや、メークイン、

アンデスレッド、インカのめざめなど多種多様。

 

僕も好きなのでよく家で作る。

自分が好きなものを作る時は、

なんとかうまいものにしてやろうと手が動く。

ゆでるのではなく、圧力釜で蒸し、

うまみを凝縮して柔らかくしたやつを

つぶして湯気が出ているところに

バシャッとお酢をぶっかけ、ガバッと粉チーズをふる。

それに定番としてタマネギ、ゆで卵、

あとはキャベツ、キュウリ、ニンジン、

ブロッコリーの茎などを投入し、

マヨネーズをにゅるにゅるっと絞って混ぜ合わせる。

 

といったレシピを基本に、その日の気分と

ぶち込める材料、調味料によっていろいろアレンジする。

ポテサラはその人の個性・嗜好・工夫、

そして、その瞬間のフィーリングが如実に反映される。

 

「これがうちのポテサラじゃ!」

と、愛と自信と誇りを持って客に出せるか?

それとも、どうせ付け合わせなんだからと

適当に済ませるか?

 

自分で作ると分かるが、ポテサラを作るのは、

けっこう手間暇がかかる。

コロナでダメージを受けた飲食店としては、

経営立て直しの必要性から

付け合わせなんぞに手間暇かけず、

市販の出来合いでパッと済ませて、

その分、生産性を上げたいと考えるのが常道だ。

 

しかし、手を抜いていいものと駄目なものがある。

いくらメインのハンバーグがうまくても

ポテサラが駄目ならハンバーグも減点されてしまう。

 

しかし、しょせんは付け合わせである。

そんなことを口に出して言う人はほとんどいるまい。

皆、井之頭五郎のように

「ここのポテトサラダは間に合わせの業務用か。

これは残念だ」

と心の中で不満げに呟くばかりである。

彼がもう一度、あなたの店に戻ってくる確率は

限りなく低い。

 

僕たちは目の前にある問題を合理的・効率的に解決し、

生産性・経済性を上げようと躍起になる。

手っ取り早く稼いで、

あわよくばさっさとリタイアしちまおうと考える。

 

しかし、そんなことがうまくできるのは、

ごくわずかな幸運で、選ばれた人間だけだ。

あなたはおそらく違う。

僕も違う。

僕たちは残念ながら選ばれし人間などではない、

あまりにも平凡な、どこにでもいる、

いつでも取り換え可能な、十把一絡げの人材だ。

 

そんなしょーもない凡庸な輩が、

出来合いのポテサラを提供して

うまくしのいでいると思っているかも知れないが、

「あの店には二度と行かないよ」と

井之頭五郎らに心の中で言われ、

いつの間にか信用を失くしているのだ。

 

汝、付け合わせのポテトサラダに手を抜くな。

どうしようもなく平凡で、ありきたりでも、

愛と魂と情熱と己のグルーヴを込めて作った

ポテトサラダには自然と個性がにじみ出る。

あなただけのサラダプリンセス。

僕だけのポテポテアイドル。

 

食いに来た客の10人に一人は

「この店は信用できる」と言ってくれるかもしれない。

そして、100人に一人ぐらいは

「好きだ。愛してる」と言ってくれるかもしれない。

みんな、あなたや僕の店の工夫と頑張りを

ちょっとぐらいは期待してくれている。

 


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新宿にパステルが帰って来た

 

カミさんのお誕生日だったので、

パステルのプリンケーキを買いに新宿へ行く。

1か月前、新宿西口地下の小田急エースタウンに

パステルの新しい店舗ができたのだ!

 

その昔は渋谷・恵比寿・新宿に数店舗、

数年前は吉祥寺のアトレにも入っていたが、

撤退に次ぐ撤退で、

一番近いのは池袋東武の1階になってしまったのだが、

新宿にできてうれしい。

行ってみるとチョコレートケーキのTOPSも入っている!

 

しかし、ここに入ってる店はどこもそうだが。

かつての店舗と比べると極めて小さく、

ぎりぎりの省スペースで、

スタッフもぎりぎりに削ってやっているように見える。

(基本、おねーさん一人で販売しているように

見受けられた)

 

何となく栄枯盛衰。

パステルもTOPSもかつては

デパ地下の花形というイメージがあったのだが、

あれは愛するが故の幻想だったのか?

なんだかデパ地下・駅ビルの晴れ舞台から陥落して、

ひっそりやっていますという感じがしなくもない。

 

でも、いいのだ。おいしければ。

味は決して落ちてない。

古い奴だと思われても、

僕らはプリンケーキを食べ続けるだろう。

(と言っても年に1回か2回だけど)

 

パステルのプリンケーキと

TOPSのチョコレートケーキは日本の宝です。

 


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年寄り大河ファンを切り捨て御免の「どうする家康」

 

年末年始にかけて、NHKの画面は松本潤だらけ。

「どうする家康」の大量の番宣を投下し続けた。

それで第1回を見たが、松本潤の家康のヘタレぶりと

家臣らのキャラ(特に松重豊とイッセー尾形)が

面白かった。

 

それにしてもオープニングタイトルは、

まるで朝ドラみたいな軽やかな映像と音楽。

これだけでこのドラマは、

これまでの大河のような重厚な時代劇ではなく、

弱小企業の若いヘタレ後継ぎ

(あるいは窮地に追い込まれたスタートアップ)が奮闘して

業界を牛耳るヒーローに成りあがる物語であることが

わかる。

だから松潤(39)と似た世代(あるいはそれより若いの)が

自己投影しやすいように作られている。

 

大河ドラマとしては相当な違和感。

従来の大河ファンには到底受け入れられないだろう。

けれどもたぶん、それでいいのだと制作陣は思っている。

言い換えると、これまでの大河ファンは切り捨ててもいい、

とさえ割り切っているのではないかと想像する。

 

テレビがこれだけ若い世代に見られなくなっている現状

(にしても数百万、数千万人規模が見ているけど)

を考えると、

彼ら・彼女らに大河ドラマを見てもらうためには

これくらい思いきったことが必要なのだ、きっと。

 

大河の視聴者というのはどうもかなり保守的なようで、

「大河ドラマとはこうでなくては」みたいな

思い入れが強い。

あれだけ革新的で大好評であることが伝えられた

「鎌倉殿の13人」も視聴率は12%台で振るわなかった。

2019年の「いだてん」などは1ケタ。

三谷幸喜も宮藤官九郎も人気が高く、

腕も確かな素晴らしい脚本家だが、

大河ドラマの作者としてはあまり評価されないようだ。

 

何度もいろいろな変革を試みてきた大河ドラマだが、

数字を見る限りはうまくいっていない。

ということで、マスメディアでは、

かつて最高視聴率39.7%を記録した

「独眼竜正宗(1987年)」以下、

歴代の高視聴率作品(30%以上はすべて60年代~80年代)

と比べて、

最近の大河の視聴率の低さばかりをあげつらうが、

そんな懐メロ作品と今を比べてどうするのか?

 

幸い、NHKは民放ほど視聴率を気にせずに済むので、

大河の制作陣は余計なことを気にせず、

どんどん自分たちの信じるところを追究して、

良いドラマを作ってほしい。

 

これだけテレビで手間暇かけて丁寧なドラマ作り、

そして役者をやる気にさせる仕事ができるのは

大河ドラマを置いて他にないのではないかと思う。

 

経済が好調だった30年前の時代の幻想から

一歩も抜けだせない頭の固まった年寄りたちの

幻想の弊害はこんなところにも現れている。

 

こうした年寄りは皆切り捨てて、

若い者に照準を絞ったやり方は正解である。

しかも家康は歴史上の人物として、

数少ないハッピーエンドが可能な人物でもある。

若者――といってもベビーフェースの松潤ももう40、

ほとんど中年だ――にやる気・勇気を少しでも与え、

楽しめるドラマになればいいと思う。

 


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「鎌倉殿」完結:どうして僕たちは歪んでしまうのか?

 

年末に「鎌倉殿の13人」の総集編をやっていたのだが、

前半のほうを見逃してしまったので、

NHKプラスで見ている。

 

後半、あまりにダークな展開で、

北条義時の若い時代って、どうだったっけ?

と忘れてしまっていたので見てみたら、

そのあまりの明るさ・純朴さ・清々しさに再会して

びっくり。

そしてラストとの対比で、思わず涙してしまった。

 

こんな気のいい青年が、あんな陰惨な男になり、

あれほど無残な最期を迎えるとは。

諸行無常と言えばそれまでだけど、ひどすぎる。

 

裏返して言うと、小栗旬の演技力の素晴らしさ!

あの希望にあふれた若者の明るい笑顔と

陰惨な政治家になった男の暗い澱んだ表情との落差。

力は掴んだが、ひとりの人間としての

夢だの愛だの幸福だのは、

はるかかなたに遠ざかってしまった人生。

 

大河ドラマ初(だと思う)の

恐るべきダークヒーローは、

小栗旬でなければできなかっただろうし、

視聴者も小栗旬だから見続け、

義時を愛せたのだろう。

 

若くて明るい少年・青年。

同じく陽気で気の良い家族や仲間たち。

みんな夢と理想を描き、

目標を定めて人生の旅に出るが、

齢を重ね、おのおのの道を歩むうちに

その関係はゆがみ、

ぽっかりあいた暗い淵に落ちていく。

そして気付いた時には、

もうあと戻り出来なくなっている。

 

そんなドラマはこれまで何度か見て来た。

てか、ドラマほどではないかもしれないが

現実にも起こっている。

それが大人になることなのだ、

といえばそうなのかもしれない。

 

こんな陰惨でバッドエンドなストーリーに

ハマった人たちは深い共感を覚えたのだろう。

大人として生き続けることは、

多かれ少なかれ、汚れ、傷つき、

苦さと哀しみを舐めなくてはならないということを。

 

認めたくないが、認めざるを得ない。

でもやっぱりすべては認めたくない。

僕たちはいくつになっても、

その諦めと抗いの間を右往左往しながら生きている。

このドラマが胸に刺さるのはそうした理由からで、

 

義時や政子を自分に引き寄せられるからだと思う。

 

それにしても、この枠でこんなダークヒーロー、

そしてあんな最終回を描くことが許されたのは、

三谷幸喜にこれまでの実績と

スタッフ・キャストの信頼があったからに違いない。

 

舞台出身の人だけあって、三谷脚本で面白いのは、

随所で舞台劇のようなシーンが見られることだ。

義時(小栗旬)と政子(小池栄子)のラストシーンは、

その真骨頂だった。

 

思わず僕は夢想した。

スポットライトだけが当たる何もない舞台の上で、

政子がゆっくりと毒消しの薬を床にこぼし、

義時が這いながらそれを舐めようとする。

政子は彼を現世の闇から救い出すかのように、

 

それを振り払う。

あの壮絶なシーンと、そこに至るまでのこのドラマを

生の舞台で、生の舞台で見られたら、と妄想を抱いた。

 

さて、僕は今、どれくらい歪んでしまったのだろう?

 


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社会を回す人たちの働く意欲・生きる元気

 

年末年始はデイサービスがお休みなので、

義母が毎日家にいる。

それでカミさんがカリカリしてくるので、

僕が義母を外に連れ出すことになる。

午前も午後も普段より長めの散歩をする。

正直、けっこう疲れる。

本や映画をゆっくり見ようと思っていたが、

考えが甘かったようだ。

 

お正月スペシャル散歩ということで、

帰りけに茶店に寄る。

飲食店、特にチェーン店は

コロナで落ちた売り上げを取り戻す狙いもあるのか、

けっこう元旦から開いている。

 

昨日は浜田山付近・井の頭通り沿いにある

「むさしの森珈琲」でコーヒーといっしょに

この店の名物だという

「ふわとろパンケーキ」を食べた。

 

名前の通り、ふわっとしてて

トロっと口の中で溶けるパンケーキで、

見た目はけっこうボリューミーだが、

風船みたいなので軽く食べられてしまう。

おやつにちょうどいい感じだ。

 

なかなかおいしかったので、支払いの時に

「あのパンケーキはおいしいねぇ」と言ったら、

レジを打っていたマージャーらしき人の指が一時停止して

「そう言っていただけて、本当にありがたいです」と、

えらく恐縮して言われたので、

こっちが恐縮してしまった。

でも、自分の一言で喜んでくれたようなので

悪い気はしない。

 

見た感じ、40過ぎたあたりの人だったので、

奥さんや子供といっしょにお正月を

ゆっくり過ごしたかっただろうに、

出勤せざるを得なくなったのだろうか?

そうした重荷を少しでも軽くできたのだろうか。

 

思えば、0年代の「勝ち組・負け組」あたりから、

もともとおかしかった日本社会は

ますます歪んできた。

 

マネーゲームの勝者を目指す競争社会。

儲けたもん勝ちという風潮になって、

こうして地道に働いて、現場を回している人たちを

使用人みたいに見る傾向がはびこってしまった。

それは人の心を蝕み、現場仕事の価値を認めず、

従事する人たちの自尊心を奪ってきたのではないかと思う。

 

近年、あちこちでおぞましい事件が

頻発するような社会になってしまった背景には、

こうした自尊心を奪われた人たちの、

表出されない怒りや悲しみのようなものが

マグマみたいに地下で流れているような気がしてならない。

 

社会をよくするというと、あまりに大げさだけど、

お客として良い品物や良いサービスを提供されて、

少しでも心を動かされるようなことがあれば、

「おいしかった」「助かった」「ありがとう」と

声に出してお礼を言った方が、

彼ら・彼女らの心の報酬になるのではないかと思う。

 

また、配達員とか工事員とか警備員とか、

機会があれば「お疲れさま」とか、

ねぎらいの声をかけてもいいのではないか。

 

仕事だから当たりまえだろ。

カネもらってるんだらちゃんとやるべきだろ。

 

もちろんそうだけど、やっているのは人間である。

お礼やねぎらいの言葉を報酬として求めるのは

けっして甘えでも、間違った心の在り方ではない。

人間の気持ちとして

「カネを稼ぐために働いている」だけでは

とても長くもたない。

そこに何か喜びなり、充実感がなくては働けない。

 

ほんの一言で、彼ら・彼女らの働く意欲が上がったり、

今日は良い日だと思えたり、心が軽くなったり、

元気や幸福感につながることだってあるだろう。

 

そして、それは経済にだってプラスに働くだろう。

「新しい資本主義」って、

システムがどうのこうのではなく、

働く側と生活する側・双方の関係を

良くするところか始まるのではないだろうか。

 


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2023年 兎と走る!

 

今年は喪中で初詣にも行かない。

なので祈願もしないし、おみくじも引かない。

だから今年の運勢はああだこうだとか、

縁起がいいとか悪いとか、

年の初めにあれしなきゃとか、

これしなきゃとか一切考えることもない。

弱冠寂しくはあるのだが、

これはこれで浮き立つことなく、

すっきりしていていいものだ。

 

最近お気に入りのオーロラの歌

「ランニング・ウィズ・ウルブズ」をもじって

ランニング・ウィズ・ラビッツー-兎と走る!

 

今年の目標は昨日書いたとおり、

書きかけ・企画どまりの小説を

何とか1作でも多く書き上げることと、

新しいコンテンツをスタートアップすることだが、

これらは10年後もフリーランスで

バリバリ頑張って仕事ができる自分の

(何度目かの)下地作りである。

そのためなら、年頭の目標に縛られなくても

思いついたことはどんどんやっていく。

 

いくら人生100年時代だとは言っても、

自分の残り時間が少ないことはわかっている。

ウルトラマンで言えばカラータイマーが

ピコピコ点滅し始めている。

自分にとって何がエネルギーになるのか、

何がテンションを上げてくれるの、

どんなことなら冒険のしがいがあるかも

だいたいわかってきた。

これからはそういうところに

リソースを集中させて生きていく必要があるだろう。

 

ろくに才能もないのに、幸運に恵まれて、

行き当たりばったりで、

フリーランスを貫いてここまで生きてこられた。

今さら安定や保証を求めるわけにもいかないし、

そんなものに頼っても落ちるときは落ちる。

 

不安をエネルギーに生きるしかない。

 

なので今年も良い意味で流れに身を任せ、

あんまりがんばらないように、

ゆるくがんばっていきたいと思っている。

皆さん、今年もよろしくお願いします。

 


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2022年から2023年へ行きます

 

2022年は電子出版で9冊の本を出した。

小説3冊(長編1刷・短編2冊)、エッセイ集6冊。

紙の本(ビジネス本)のほうは

けっこう時間が掛かってなんとか原稿は年内に上げたが、

出版は1月か2月になりそうだ。

レギュラーワークと義母の介護をしながら、

また、母の死などもあって

思うようにいかなかったところもあるが、

そもそも思うようにいくことのほうがレアケース。

生きてりゃいろんなことがあるわけだから、

そのなかでベストを尽くすしかない。

 

2023年の電子出版は書きかけの小説が3本。

「河童の水を飲んだ話」:

若返る女と彼女と関係を持った3人の男の物語。

 

「星の王女さま、地球の仲間と旅に出る」:

女の子の夏休みの冒険を描く童話。

 

「6,600万年前の夢を見て死ね」:

故郷の湖の恐竜伝説で地元起こしをしようと動き出した

若者たちのプロジェクトの話。

 

それと数年企画を練っているフードミステリー1本

「ばんめしできたよ」

 

いずれもすぐ書けそうだが、なかなか書けなくて

あっという間に1年が過ぎてしまった。

2023年は何とかこれらを完成させ、

かつまた、良い出会いもあったので、

新しいコンテンツ企画にも取り組もうと思う。

 

というわけで2020年の反省と、

ちょっと欲張りな2023年の目標。

心身の充実に努めて新しいスタートを切りたい。

喪中なので新年のごあいさつは控えておきます。

 


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大にぎわいの浅草と憧れの亀十のどら焼き

 

取材で浅草に行ったら、外国人だらけでびっくり。

インバウンド完全復活!なのか?

レースみたいな奇妙なフリフリのついた着物を着た

アジア系の娘がゾロゾロいるし、

彼女らを乗せて人力車の兄ちゃんも走っている。

年末から正月にかけて浅草はお祭り気分だ。

歩いているだけで楽しくなるし、元気になる。

やっぱりいいいね。

みなさん、思う存分、日本を楽しんでください!

 

と、満たされた気持ちになって、

よし、今日は亀十のどら焼きを買って帰るろう!

と思ったが、長蛇の列ができていて、

とても待てないので諦めた。

亀十のどら焼きはおいしいが、なかなか買えない。

 


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週末の懐メロ番外編:イマジン/プレイング・フォー・チェンジ

 

ジョン・レノンは「ハッピークリスマス」のなかで

「戦争は終わった もし君が望むなら」と歌った。

でも、そう望まない人が世界にはたくさんいる。

彼の子供や孫の時代になっても

それはほとんど変わる気配はない。

 

日本も防衛費を増やそうとしている。

ロシア、中国、北朝鮮などの恐るべき動きを見れば

護身のためにやむなしと思う。

 

さらには日本も核を持つべきではないか、

という意見も耳にする。

今年は、世界は核の恐怖の均衡で成り立っている

という現実を、今さらのように思い知らされた。

そうだ、その通りかもしれないと思う。

 

けれども想像してみる。

もしも被爆国の日本が核を保有したと明言したら・・。

世界はそこで終わるかもしれない。

いろいろやっている持続可能な社会への取り組みも

すべてが水の泡になるだろう。

 

日本は核兵器の被害者であるが、

人類の歴史のストーリーの中で、

核を持たずに、

核の脅し合いを諫める役割を背負っている

(背負わされてた?)のではないかと思う。

 

まるでシェイクスピアの悲劇の主人公のようだが、

世界のために、人類のために、

その役割をこれからもと背負い続ける覚悟が

必要なのではないか。

 

そして今また「イマジン」を聴く。

当然ながら、いくら想像してみたって

現実はこの歌の通りにはならない。

けれどもこの曲を愛し続けるしかない。

なんだか時間が半世紀前に逆流している。

この曲が本当の懐メロになるのはまだ遠い先の話だ。

 

今年最後の無料キャンペーン実施

12月22日(木)17:00~26日(月)16:59

おりべまこと電子書籍:音楽エッセイをダブルで。

ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力

ロックが劇的に進化し、ポップミュージックが世界を覆った60~70年代、僕たちのイマジネーションは音楽からどんな影響を受け変態したのか。心の財産となったあの時代の夢と歌を考察する。

忌野清志郎、ビートルズ、藤圭子と宇多田ヒカル、阿久悠など。

ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力2

ロックカルチャーが開花して僕たちの世界はどのように作られ、社会はどう変わっていったのか? いっしょに聴いて、歌って、踊って、妄想しながら考えましょう。

西城秀樹、キング・クリムゾン、ローリング・ストーンズ、ザ・ピーナッツなど。


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親より先に死んではいけません

 

昨日は父の命日だった。

もう14年になる。

今年は母が逝ったので14年ぶりにいっしょになれた。

良かったと思う。

おとぎ話っぽいが、死後のことは誰にも分らないので、

天国でまた仲良くやっていることを想像する。

 

僕にとって、父、母と呼べる人は、

認知症の義母一人になった。

彼女の方は実の娘であるカミさんのことも

娘と認知してないので、当然、僕が義理の息子だとも

思っていない。

 

「おかあさん」という呼び方にも反応しないので、

半分以上は名前で呼んでいる。

その方が本人も居心地いいようだ。

しかし、客観的には母親に違いない。

最後の親なので、彼女より先には死ねない。

と、最近よく思う。

 

僕は昭和の人間なので、上の世代から

「親より先に死んではいけない。それは最大の親不孝」

と割ときつく教えられてきた。

 

10代の頃から同世代で事故や病気や自殺で死ぬ

人間を見て来た。

逆に子供に死なれた友人・知人も見て来た。

やはりどっちも見るに堪えないものがある。

 

若い頃は、いつ死ぬかなんてわからないから

しょーがないだろと思っていたが、

齢を取ると、やはり親より長く生きるのが

最低限の親孝行というふうに思える。

 

いくらいい子でも、親孝行を重ねてきた子でも、

親より先に死んだら元も子もない。

 

「親より先に死んではいけません」という戒めは、

今の時代、割と薄れてきたように感じるのだが、

どうなのだろうか?

 

もちろん、寿命がどこまでかは

神のみぞ知る運命なのでどうにもならないが、

「親より先に死んではいけない」は、

いつもおまじないの言葉として唱えていた方がいい。

人生は自由に生きればいいが、

どこかでそれくらいの重しは必要だと思う。

 


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クリスマス前のノベルティデイ

 

電車に乗るのに永福町まで行ったら、

駅前で高井戸警察が年末の

振り込め詐欺防止キャンペーンをやっていた。

しそふりかけ、本のしおり、ティッシュの

3点入りノベルティの大判ふるまい?

 

「ふりかけかけてもふりこむな」という

相変わらずのダジャレ標語のキャンペーン。

でも、しそふりかけは好きなので今回はディスりません。

 

電車に乗って東京ビッグサイトへ。

経産省主催の「中小企業 新ものづくり・新サービス展」を

見学。

ついでに「東京ビジネスチャンスEXPO」も覗いて、

アンケートに答えたら、うさぎの手ぬぐいと

渋沢栄一のコーヒーをもらった。

こちらは東京商工会議所の主催。

いよいよ1万円札に登場する渋沢栄一氏は

東京商工会議所の創設者なのだ。

お歳暮か、クリスマスプレゼントか。

ノベルティいっぱいでちょっと満たされた気分?

 

どちらも仕事の知り合いが出展していて、

色々話が出来て楽しかった。

 


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紫のバラで母を偲ぶ

 

6月に母が亡くなったので、
毎年年賀状をいただいている人たちに
喪中はがきを出したら、カミさんの友人の一人から
お花代が送られてきた。

お花代というからには、やはりお花を飾らにゃいかんだろうと
行きつけの花屋に行ったら紫のバラが目に付いた。
なかなかユニークな色だ。

高齢の女性はなぜか紫カラーに傾く。
母親もご多分に漏れず、
晩年はこれと同じような色のセーターを着ていて、
最期まで持っていた巾着袋も紫色だった。
というわけでイメージがぴったり重なったので
買ってきた。

部屋に置いてみると、とても落ちつく。
と同時に母のことを思い出す。
まだ半年しか経っていないが、
なんだか遠い昔のことのように思える。
向こうもあっちで子どものことなど忘れて、
父と仲良くやっているのだろう。

供養ビジネスの取材などもしているが、
実際のところは供養って、
そんなにお金をかけて大げさにやらなくても
年に何回か、こうしてお花でも飾って偲ぶことが出来れば、
それで十分なのではないかという気がする。

 


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鬼怒川温泉・日光江戸村の旅

 

久しぶりの完オフで鬼怒川温泉・日光江戸村に

カミさんと一泊二日の旅。

鬼怒川温鬼のアニメ少女キャラ、鬼めぐりキャラ、

江戸村の江戸キャラ、どれもエンジョイラブル。

旅エッセイをお楽しみに。

 


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オランダで大人気! 息子のおさがりで仕事の調子があがる

 

コロナのはるか昔から在宅ワークをやっているが、

最近、妙に仕事着にこだわるようになった。

こだわると言っても、カッコいいか・悪いかじゃなくて、

着心地がいいか・どうか。

さらに言えば、働きやすいかどうか、である。

 

別にどこかに出かけるとか、

誰かお客さんが来るとか関係なく、

家で一人で仕事をしている時でも、

一日の間に何回も服を着替える。

着る物によって調子が変わるのだ。

 

サラーマンのスーツとか、肉体労働の作業着じゃあるまいし、

家でパソコン叩いているだけなら何を着てても一緒だろうと

思うだろうが、そうではない。

何を着ているかによって脳の疲れ方が違う。

着替えたとたんに、

バババババと執筆が進むこともあるのだ。

 

何がいいかは季節や天気、

その時その時の気分によって違うが、

まず駄目なのはフリースである。

温かいのだが、フリースの服を着て仕事をしていると、

なんだか途中から脳が拘束されているような

錯覚にとらわれる。

素材が石油由来からだろうか。

なにか科学的な根拠がありそうな気がするが、

とにかく調子が悪くなる。

 

アベレージが高く、仕事着として割とよく着ているのが、

息子が高校生の時に着ていたジャージ。

3年前の引っ越しの時にタンスの肥やしになっていたのを

もらい受けた。

いわば、息子のおさがりである。

 

買った時、値段がいくらだったか忘れてしまったが、

安くはなかったはずだ。

制服でも体操着でも、「スクールナントカ」は、

いったんその学校に入り込めれば、

あとは何年も何十年も独占市場である。

どれもだいたい高い。

 

しかしその分、モノは良い。

ガキどものハードな動きに耐久性がなくてはならないので、

それも当然。

したがって頑丈であり、その割に柔らかい。

ほどよくくたびれているところも

また着やすさになっている。

仕事着にぴったりなのである。

 

この間、こういう日本の中古スクールジャージが

オランダの若者に大人気だという話を聞いた。

 

ポイントは胸の名前の刺繍である。

アルファベットじゃなくて漢字。

これがオランダの若者にしてみたら、

カッコいいとウケる。

しかも名前なので、ダブりが極端に少なく、

みんな違っている。

どうやら輸入専門の業者までいるらしい。

面白いものだ。

 

この息子のおさがり、家では重宝しているが、

外には絶対着て出ない。

今の家は彼の母校である豊多摩高校のすぐそば。

同じジャージを着た高校生がうじゃうじゃ歩いている。

さすがに彼らと同じのを着ているというのは

恥ずかしいので。

 


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さらば教育係、こんにちは高学歴AI

 

TwitterやMeta(Facebook)の大量解雇は、

どうやらAIのディープランニングが一区切りついて、

それに携わって来た、いわゆる教育係の社員たちが

お払い箱になったということではないかと思われる。

Amazonでも人員削減の声が聞こえる。

 

コロナ禍のこの3年ほどの間に、

AIはとんでもなく成長し高度化した。

歴史も科学も芸術も、人間のことをたっぷり学んで

立派な学歴もつけた。

これまでの活動は、ほんの序の口、

学生ボランティアみたいなものだった。

 

もう世界もビジネスも次の新しいフェーズに入ってる。

アメリカのIT企業は、今後、本格的に

AIを活用した事業活動をやっていくと思う。

 

おそらく当面、僕たちの生活に直接的な影響はないだろう。

僕たちは昨日と変わらない世界を歩き、

変わらない会話をし、変わらない暮らしを営む。

けれどもそれは少しずつ、確実に、

AIの意思に導かれていく。

 

そして、僕ら自身もAIが提供する可能性を楽しみ、

AIが見せる夢に大きな期待を抱くのではないかと思う。

 

イーロン・マスク氏やマーク・ザッカーバーグ氏が

どんな夢や野望を持っているのか知る由もないが、

たかがSNSのはずだったものが、

いまや政治や経済、世界全体を変えていく

力を持つようになるのかもしれない。

 

AIが創る世界は、良きにつけ、悪しきにつけ、

過去生きて来た人間、そして、今を生きる人間の

愛、欲望、願い、理想、悟り、悪徳・・・

あらゆる脳の活動を反映したものになるだろう。

 

それをどう制御するのか?

どう未来につなげるのか?

全然わからないが、僕が死ぬ今世紀の半ばには

何か、今と全く違う世界・暮らし方が

実現しているのではないかと想像する。

いったいどうなるのか、

ぜひとも生き延びて見てやろうじゃないか。

 


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日光の代わりに新宿御苑

 

秋晴れの日、ほぼ3年ぶりに新宿の街に降り立つ。

新宿御苑に来るのは何年ぶりか分からない。

5年ほど前、まだインバウンド華やかりし時代、

ちょうど5月の連休の頃だと思うが、

入口に来たら人があふれ返っていて、

入るのを諦めた覚えがある。それ以来だ。

 

今日は平日ということもあって、

ちょうどいい具合で、のびのび散策できた。

 

インバウンドで潤ったのか、

いつの間にか、苑内には新しいカフェやレストラン、

休憩所などがいっぱいできていて、

草木の手入れも行き届いている感じ。

 

入場料は一般500円。

記憶にあるのは200円だか300円だかの時代。

ただ、年間パスポートは2,000円と

4回くればもとがとれる。

このあたりに住んでいる人、

頻繁に新宿に来る人なら、

持っていると損はないだろう。

 

さすがに新宿は旅行者らしき外国人が多く、

インバウンド復活の兆しが感じられたが、

じつは!

 

僕たちは昨日・今日と日光に

一泊旅行に行く予定だった。

ところが、義母を2拍3日で預けるはずだった

ショートステイの施設でコロナが出て、

預けられず、予定はおじゃんになってしまったのだ。

 

なんとなくだが、ひしひしと確実に

コロナの次の波が近づいている気がする。

インバウンド復活とともにコロナ復活?

とりあえずまたマスクと手洗いかな~。

 


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「ありかた」の「ひとめぐり」

 

本日は月刊終活(旧・月刊仏事)の取材で

埼玉県川口市へ。

この木の匣はお墓であり、終活であり、

遺品であり、生前整理であり、

遺言であり、自分史である。

商品名は「ひとめぐり」という。

 

9月のエンディング産業展でのブース展示を見て、

ミステリアスな衝撃を受けた。

中には直観的にその本質を悟り、

泣き出した女性もいたという。

今日はそのミステリーを解くための取材である。

 

墓地の建設やリノベーションを手掛ける

川本商店・みんてら事業部が、

建築と福祉事業の鹿鳴堂、

そして京王電鉄の支援を受けて

「ありかた」という名のプロジェクトを発動。

お寺を介して自分の想いを

遺したい人と受け取る人とを繋ぐ、

新しい継承の形の提案だ。

 

なんだかよくわからいけど、

新しいものはわからなくて当然。

僕たちがよく知っている、

世の常識だと思ってること・

思わされていることの多くは、

じつは大して深い歴史・永続性があるわけではなく、

せいぜい150年。長くて幕末・明治から。

大半は戦後から。

 

例えばお墓を建てるのは

一部の特権階級のやることで、

庶民もこぞって立てだしたのは明治以降の話。

 

葬儀屋が葬式を取り仕切るようになったのも

戦後からだから、せいぜい70年余り。

 

時代の変化とともに死の概念も変わる。

あと10年すれば、

この「ひとめぐり」が供養の在り方として

普通のものになっているかもしれない。

人間はこれからどこへ行くのだろう?

僕たちの死生観はこれからどうなるのだろう?

 

メタバースとか、テクノロジーの分野とは

違った意味で、

自分が生きる未来の世界がわからなくなる。

 


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愛しきブタと「ねほりんぱほりん」のFIRE

 

NHK・Eテレの「ねほりんぱほりん」のファンなので、

先週末から新シリーズが始まってうれしい。

見たことある人はご存じだが、

これはモグラの人形に扮した山里亮太とYouが

インタビュアーになって、

ブタの人形に扮したゲストに根掘り葉掘り

事情を聴いていく、という番組である。

 

ゲストは皆、一般人で、

いろいろ話題になる社会現象の当事者。

普段は聞けないその裏事情を容赦なく暴いていく。

てか、本人もぶっちゃけたいから出てくるわけだが。

 

顔出しはNG。

音声ももちろん変えてある。

そこで人形に扮するわけだが、そのへんの手間暇かけた

丁寧な作り方が、

雑なのが多い今どきのテレビ番組の中でひときわ光る。

 

ところでゲストの人形はなぜブタなのか?

番組側の説明によると「タブー」をひっくり返した

言葉遊びの発想から生まれたものらしい。

 

しかし見ていると、

これはやっぱりイヌでもネコでもサルでもダメ。

絶対ブタが大正解と思えてくる。

 

欲の深くて、業が深くて、ずるくて、煩悩まみれ。

なのに、愛らしく、切なく、泣けて笑えて

ヒューマンタッチ。

その人間らしさを表現できる動物は

ブタ以外にあり得ない気がする。

 

先日、ムスリム(イスラム教徒)にとって、

なぜブタはタブーなのか、という理由として

「豚は余りに人間に似すぎていて人肉食に通じるから」

という珍説を唱えてみた。

 

皮膚や臓器の移植事例など、科学的にもそうだが、

イメージとしても、ブタはサルよりも人間に近い。

実際、ブタはその豚生(?)の中で

かなり人間に近い喜怒哀楽の感情を体験するようだ。

 

新シーズン初回の「ねほりんぱほりん」は

Lean FIRE(リーン・ファイア)の20代・30代がゲスト。

 FIREは早期退職してリッチに遊んで暮らす人たちという

イメージだったが、

リーン・ファイアは、

働かず資産のみで暮らすのは同じだが、

最低限の暮らしで資産を作り、

これまたその最低限で暮らす。

「ミニマリスト」と言えば聞こえはいいが、

一言で言えば、胸が切なくなるほどの貧乏暮らし。

 

そこまでしてやめたかったというのは、

よほどひどいブラック企業に勤めてしまい、

会社勤めそのものに絶望感を

抱いてしまったのだなと思った。

そこもまた家畜(社畜)であるブタの哀愁を感じさせる。

 

社畜を脱するためにFIREしたお二人。

でも、人生は長い。

会社も辛かったようだが、

そのFIRE、けっこう辛いのではないか。

 

よけいなお世話かも知れないが、

まだ若いんだし、起業するなり、

バイトでもボランティアでもするなりして、

どこかで働く喜び、仕事する楽しさを見出してほしい。

そう思ったぞブヒ。

 


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自分のために何かを遺す

 

季節が変わり、空気が変わって急に涼しくなると、

脳内の景色も変わる。

 

久しぶりに死んだ友だちのことを思い出した。

昨日、彼の墓参りに行ったことを書いたが、

13年前、肺がんで50歳で死んだのだ。

発見のとき、すでにステージ4で余命半年と宣告された。

 

そのあと頑張って10カ月生きたのだが、

その間、毎日ブログを書きまくっていた。

これはあくまで僕の想像だが、

彼にとって最も恐怖だったのは、

人生を閉じるに当たって

「何も遺せないこと」だったのだと思う。

 

ほんのひとこと数十字のものから

千字を超えるものまで、1年足らずのうちに

おそらく千本以上は書いただろう。

そのブログは結果的にひとつの闘病記として

優れたものになっていた。

 

真面目なもの・深刻なものはむしろ少なめで、

ふざけた冗談めかした文章が多かったのだが、

後年それを読んで、背景に痛いほどの

後悔・焦りの気持ちを感じとれた。

 

彼は20代の頃、僕らの劇団の演出家だった。

表現することが好きだった男である。

その後は食うために舞台の裏方仕事をやり、

家族を作り、表現者としての自分は眠らせていた。

 

けれども、それはいつか目覚めるものなのだ。

「いつかまた」という思いは胸のなかにあったのだろう。

しかし自覚するのが遅すぎた。

突然、終わりが来ることを知って、

何の準備もしていなかったことを

ひどく悔やんだのだと思う。

 

結局、その発露はブログしかなかった。

それはそれでがんばったが、もっと時間があれば、

本当に表現したいことは他にあったのかもしれない。

 

「生きた証」なんて大げさなものでなくていい。

他人や社会に承認されるものである必要もない。

いわば自己満足で十分なのだが、

人はこの世を去ると分かった時、

何か人に伝えるメッセージを遺さずにはいられない。

 

いつ終わりが来るのかわからない。

表現しておきたいことがあると自覚したら、

あなたが何歳でもすぐに行動した方がいい。

ほかの誰かのためでなく、自分のために

何かを遺すべきだと思う。

 


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東京タワーのハロウィーン犬

 

 

先週土曜、東京タワーの足元のお寺に

友だちの墓参りに行く。もう13年経つ。

ほぼ毎年1回、線香とコップ酒を持って足を運ぶ。

境内からふと見るとハロウィーン犬。

ハロウィーンは死者のお祭り。

今年はまた大騒ぎするのだろうか?

 


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追悼・アントニオ猪木さん:あなたほど無様さがサマになる男はいなかった

 

「ふつう見せないでしょう。こんな無様な姿は。

でもそういう商売をしてきたから。ありのままですよ」

 

昨日亡くなった猪木さんの病床の最期の映像を見て、

なんてカッコいいんだと涙しかなかった。

 

特に熱烈な猪木のシンパではないし、

プロレスファン、格闘技ファンでもない。

しかし、ご多分に漏れず、

子どもの頃・若い頃は夢中になってプロレスを観た。

そして、アントニオ猪木のカッコよさは

体の芯に染みついていた。

 

僕の中でのアントニオ猪木はそんなに強くはなかった。

最期に語ったように、むしろ無様にやられたり、

負けたりするシーンのほうが印象に残っている。

 

それはジャイアント馬場との対比で明らかだ。

馬場がやられるところ、

負けたところはほとんど記憶にない。

しかし、猪木はいつも敵の外人レスラーにやられて、

額から血を流していた。

馬場とタッグを組むと、危機一髪のところでタッチし、

馬場が大暴れして一人で敵のチームをコテンパンにした。

馬場は圧倒的に強く、威勢はいいけど猪木は弱かった。

 

アニメ「タイガーマスク」でも、

なんだか馬場が悠々とした親分で、

猪木は子分の鉄砲玉みたいな感じで描かれていた。

 

ところがある年のワールドリーグ戦。

最終戦で猪木は血まみれになりながら、

相手のクリス・マルコフを卍固めでギブアップさせた。

世界最強の必殺技・卍固め(オクトパスホールド)

初披露の日、猪木はワールドリーグ戦に優勝。

馬場が血で真っ赤に染まった白いハチマキの猪木を讃えた。

めちゃくちゃ感動し、

しばらくテレビの前で棒立ちになっていた。

 

新日時代になってからのアントニオ猪木も、

大巨人アンドレ・ザ・ジャイアントの

バックドロップで粉砕されたり、

超人ハルク・ホーガンのアックスボンバーを食らって

卒倒したりした。

長州力らの維新軍にコテンパンにやられ、

惨敗したこともある。

 

鮮烈に記憶に残る無残な負け方、無様なやられ方。

だけどめちゃくちゃカッコいい。

そして、どんなに無様な姿をさらしても、

敢然と立ちあがり、リベンジを果たした。

それがアントニオ猪木の「闘魂」だった。

 

だから猪木さんの言葉は響いた。

無様でもいいんだ。

負けてもいいんだ。

人生が続く限り、何度でも立ち上がれ。

リベンジしろ。

 

もちろん、彼のように誰でもリベンジできるわけではない。

無様さをサマにできるわけではない。

いや、むしろ、ほとんどの人ができない。

でも「それでもいいんだ」と

猪木さんなら笑って言う気がする。

「元気ですかー!」と言って、

ビンタを食らわせてくれそうな気がする。

もっと生きろ、夢を捨てるな、とも。

もう記憶のなかでしか、それはかなわない。

 

ありがとう猪木さん。

ご冥福をお祈りします。

 


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キンモクセイとセミ

 

外に出るとあちこちでふわっと鼻をくすぐる。

今年は一段と香りが良い。

川面をわたる風に乗ってやってくる金木犀の

優しい匂い。

あっという間に9月もおしまい。

もう秋なんだなぁと思いきや、

夕方はまだツクツクホウシとヒグラシが

がんばって鳴いている。

まだ恋がしたいのか。

セミ生の最後によいおなごに出逢って

エッチできることを祈っています。

 


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なぜ30年前のトレンディードラマには、 お彼岸が出てこなかったのか?

 

まだ暑い日はあるが、お彼岸を過ぎて

本格的な秋になった。

 

ふと思い出したのが昔、30代の初めの頃、

「もうお彼岸だね」といったら

「トレンディードラマでお彼岸なんて出てこないよ~」

と笑われた。

要するに「年寄りくせー」と馬鹿にされたのだが、

僕はトレンディードラマで

カップルがお彼岸に墓参りに行くなんて

シーンがあったら面白いのに、と思っていた。

 

その頃はバブル崩壊直後だったが、

世のなかは、まだまだお祭り続けるぞ!

みたいな雰囲気があふれていた。

ジュリアナ東京も、クリスマスのホテルも、

当時の僕らのような若い連中で大賑わいだった。

 

その頃の倍の齢になり、

さすがにもうああいう騒ぎに参加したいとは思わない。

若ぶってもしょうがない。

 

正直、最近はスポーツも音楽も、

盛り上がる系イベントにはさして興味がなくなった。

人生の秋になったからだ。

 

そんなものより、もっと自分のために

大切に時間を使いたいと思うようになった。

 

とはいえ、毎日、

仕事と義母の介護とカミさんとの付き合い、

そして自分の本を書くことでいっぱいいっぱいで、

合間にちょっと本を読んだり、

映画を観たり程度の日々が続いている。

 

もともと人間のキャパが小さく、

エネルギッシュでもないので、

この状態で精いっぱいなのだ。

でもまぁ、とりあえず、ここで死んでも悔いはない。

まだ死ぬ気はないけど。

 

ありがたいことにここのところ、いろいろ仕事が入って、

当分の間、おそらく年末まで忙しそうだ。

仕事は面白くて大好きなので、

いっぱいごはんをいただいている気分である。

もっと稼げればいいんだけどね。

 


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エリザベス2世国葬:20世紀の真の終幕

 

昨夜はエリザベス女王の国葬を、BBCの生中継で見た。

こんなに絢爛豪華で美しい式典を見ることは

もう生涯ないだろうと思った。

 

内容の重厚さあってこその華やかさ。

あれだけ世界の要人が一堂に集まることも

もうこの先ないのではないか、と思える。

 

そいて、こんなすごいことをする国、できる国は、

もう地球上にイギリスしかない。

 

BBCの気合の入れ方もハンパなかった。

イントロダクションの編集もめっちゃカッコいいし、

ウェストミンスター寺院の天井にカメラつけて

神さま目線の大俯瞰映像を撮るなんて本当にびっくりした。

 

おそらくBBCは昨日の中継映像を、

後世に残す、人類共有の遺産とすることを意識して

撮ったのではないだろうか。

 

21世紀になってから22年目にして、

とうとう20世紀の真の終幕を見た感じがする。

 

国葬のパレードは軍隊に支えられていた。

王制と軍制は一体のものであり、

あの祭典は、大英帝国の祭典である。

僕たちが暮らすこの世界は、

いまだ大英帝国の影響下にあったのだ。

 

その礎を築いたのは、16世紀のエリザベス1世。

海軍と海賊を使って世界の覇権を握り、

イギリスに富と繁栄をもたらした。

 

19世紀。ヴィクトリア女王の治世と産業革命。

日本も初めてグローバル化し、文明開化を迎え、

資本主義・覇権主義の時代が始まった。

 

世界を制覇し、栄光に包まれた大英帝国の歴史は、

富を求め、権力と暴力で人を抑えつける

搾取・略奪・虐殺・支配・蹂躙の歴史でもある。

 

エリザベス2世はそうした前世代の恩恵と、

犯した罪悪の双方を熟知して

この70年間、必死で世界のバランスを保つのに

努めてきたのだと思う。

 

そして自分の葬儀さえも過去と未来との懸け橋にした。

英王室内の知恵の蓄積もあったのだろうが、

 

すごい女王、すごい物語の作り手だ。

 

 

彼女がいなくなった今、

大航海時代から20世紀、そして今日まで

続いてきた一連の流れはゆるやかに止まっていくだろう。

 

英連邦国家の独立や、王制廃止の動きも

雪崩を打って襲ってくるだろう。

ユニオンジャックの国旗を見るのも、

もうそんなに長くないかもしれない。

 

世界のかたちは変わり、資本主義社会の在り方も

変質していくだろう。

 

もしかしたらそれらは僕がまだ生きている間、

向こう10年、20年のうちに実現してしまうかもしれない。

 

僕たちの子孫は、昨日の国葬を

20世紀文化のアーカイブとして鑑賞するのだろう。

そして、王様・女王様のいる世界を

バーチャルとして楽しむようになるのかもしれない。

 

リアルにこんなことをやって、無駄ガネを使いまくって、

なんてクレイジーな時代だったんだ!

ということになるんだろう、きっと。

 

僕らはそれを寂しいと思ってこう言う。

 

「いや、民主主義・合理主義には賛成だけど、

人間というものはどこかでこういう物語を

求めているんじゃないか?

それが心を豊かにするんじゃないか?」

 

だが結局、新しい時代のことは、

新しい世代が決めることになる。

 

いずれにしてもロンドンとウィンザーで

エリザベス女王を見送った僕たちは、

一つの歴史と始まりを見届けた。

とても幸運なことだし、貴重な体験をしたと思う。

 


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ガラパゴスマスク

 

先日、義母といっしょに近所の八百屋に買い物に出た時、

マスクを忘れたことに気が付いた。

もう春先ぐらいから外ではマスクをしていない。

ただ、店とか建物に入る時はつけなきゃいけないので、

持ち歩くのだが、家に置いてきてしまったのだ、

 

ちょうどストックが切れかけていたので、

ドラッグストアに寄って60枚入りの不織布マスクを買った。

その時、こうしてコロナ用にマスクを買うのは

これが最後になるだろうと思った。

 

テレビなどの映像を見る限り、

どこへ行くにもこれだけ国民が

一律にマスクをしている国は日本だけ。

まさにガラパゴス感があふれている。

 

データを見ても第7波は終わりに近づいているが、

そもそも欧米などはもはやデータ管理さえしていない。

つまりもう「普通の病気」と見做している。

 

WHOも「パンデミックはそろそろ終わり」

と言い出してるし、

マスクをする生活にも終わりが近づいている、

そう予感している人は少なくないだろう。

 

エリザベス女王の国葬でロンドンにおられる天皇陛下も

日本のメディアを意識して外ではマスクをしたり、

晩さん会の場では周囲と合わせて外したりと、

なかなかお気遣いが大変だ。

 

だけどある意味、

3年におよぶコロナの影響はこれから現れる。

気になるのは子どもや若者。

彼らにとって3年は、おとなにとっての30年に匹敵する。

そんな長い間、マスク生活を強いられ、

人の顔・表情がまともに見えない、

自分の顔・表情をちゃんと見せない感覚になった子の

メンタリティはどうなのか?

マスクを外して生活できるのか?

 

北欧のどこかの国の保育園では、

コロナ禍においても、

保育士はけっしてマスクをしなかったという。

理由は、子どもに大人の表情を見せないのは、

精神の発達上、よくないという考え方があるからだそうだ。

国がわざわざそんなお達しをするとは考えにくいので、

その園なり、保育士業界の判断なのだろう。

 

日本(アジア)と欧米では、

相手の表情を読みとるのに、

目もとを見るか、口もとを見るかの違いがあるので、

一概にはこうした方針の是非は問えない。

 

ただ、上からのお達しや世間に対する気遣いを重視するか、

自分たちの信念、大げさに言えば哲学を重視するかの

違いがあるなと思った。

 

いずれにしても社会の中で、

コロナによって変わったもの・変わるものと

変わらずに残るもの・元に戻るものがある。

 

自分の中でも何が変わらずに続いているのか、

どんな習慣・考え方を変えたのか?

どこかで落ち着いて検討してみようと思う。

 


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良い夢を見る方法

 

今朝はとても美しい夢を見てめざめた。

「がんばっているアタシへのご褒美」みたいな夢だ。

 

最近、何かいいことあったっけ?

特に思いつないので、近々いいことがあるのかな?

と、たかが夢でこんなに良い気分になるなんて、

ほとんど記憶がない。

もしかしたら人生を変える夢になるかもしれない。

 

そこで「良い夢を見る方法」なんてものが

あるのだろうかと思って

学者・研究者のサイトを検索してみた。

が、とくにそういうものはないようだ。

 

強いていれば悩み事を抱え込まないとか、

良い睡眠をとるとか、その程度。

でも、「良い睡眠をとる方法」と

[良い夢を見る方法」とは別だと思う。

 

記憶がどうこう、潜在意識がどうこうなど、

いろいろ説明はできるようだが、

結局、科学的に解明できないから、

メソッドなんて誰も編み出せないから、

夢は面白い。

 

そこで今朝の夢を参考に、

自分で「良い夢を見る方法」を考えてみた。

 

自分にウソをつかずに生きること。

ある程度、人を慮って丁寧に接すること。

好きなものは好き、面白いものは面白いと言うこと。

そして自分を見失わないよう、

できるだけ心の中を整理整頓しておくこと。

 

なんだかみんな

ごくありきたりのことだばっかだけど、

夢が人生を映し出すとすれば、

こういうことになるんだろうと思う。

 

いずれにしても良い夢、美しい夢を見られることは

幸福なこと。

あなたもたくさん良い夢を見られますように。

 


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ふたたびエリザベス女王逝去について

 

ここ数日、テレビやネットで

エリザベス女王逝去に関するニュースが

目に触れると、つい見てしまう。

 

20代の一時期、2年半ほどイギリスで

暮らしていたというだけで、

特に王室にシンパシーを感じていたわけでもないが、

何か喪失感のようなものがある。

 

一つの時代の終焉。

世界が大きく変わる予感。

なんだかひどく胸が疼くのだ。

 

エリザベス女王の最期は、ある意味、

高齢者にとっての理想形でもあった。

ガンや認知症に侵されることもなく、

ほぼ健康なまま、最後まで現役を全うした。

ひどく苦しむこともなく、安らかに亡くなったのは、

母を見送る子どもたち(国民)にとって

幸いなことだ。

 

死は悲しい出来事だが、

それ以上に、女王の死には

人生を生き切った不思議な充実感が感じられる。

 

どのように死を迎えるかは自分で選べないが、

彼女のように国を背負って

70年も歩き続けてきた人間には、

その報酬として、最後にはるか高い山頂から

広大な世界を見わたすことができたのかもしれない。

 

国葬は19日に行われるという。

エンディングの仕事をやっていることもあって、

こちらにもたいへん興味がある。

 

天皇陛下と皇后陛下も参列されるようだ。

お二人の英国留学は、

かけがえのない青春の1ページだったはず。

ほぼ同世代ということもあり、

かの地、かの時代、王室、女王対する

両陛下のお気持ちがひしひしと伝わってくる。

どうぞ心おきなくお別れをしてほしいと思う。

 


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God save the Queenの終焉

 

エリザベス2世逝去。

在位70年はすごい。

最後の最後まで女王であり続けた。

 

僕の母を超える高齢。

日本で言えば、昭和と平成をほぼ丸ごと生きた。

いずれ近いうちに・・・と思っていたが、

いざ現実になとやはり寂しい。

でも、穏やかな最期とのことで、良かったと思う。

 

政治家でも芸能人でもないが、

その存在感はあまりに大きく、

世の中に与える影響も大きかった。

 

ミニスカートも、ビートルズも、パンクも、

ブリティシュロックも、

ウェストエンドのミュージカルも、

戦後の英国生まれの文化は

すべて女王の擁護のもとに生まれ育った。

 

ロンドンで暮らしていた頃は、

毎日お顔を拝んでいた。

ポンド札の表で微笑む肖像は

(1980年代の実年齢より)

若くてチャーミングだった。

 

70年もの間、目に見えない巨大な何か、

ヴェールのようなものを英国のみならず、

ヨーロッパのみならず、

世界全体に投げかけていたような気がする。

 

その存在が地上から消えて、

これから世界に何が起きるだろう?

気になる。

僕たちの知る世界は

大きく変わってしまうのだろうか?

 

この2週間のうちに、誰も何の疑問を抱くことなく、

“本物”の国葬が行われるものと思う。

 

心から女王陛下のご冥福をお祈りします。

 

おりべまことエッセイ集:子ども②

赤ちゃんはなぜかわいいのだ?

 

子どもをテーマにした35編のエッセイを収録。

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ぜひご注文くださいね。

 


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なぜアフリカの国では、 すぐさまキャッシュレス決済が浸透するのか?

 

アフリカのある国――もちろん日本より

はるかに経済規模の小さい新興国――では

キャッシュレス決済が、

ほぼ100パーセント浸透しているという。

なぜかというと絶対的な必然性があるからだ。

 

その国では夫が週に5日、

都市に出稼ぎに行き、週末に村に帰って家族と過ごす、というのが一般的なライフスタイル。

最近まで昭和時代の日本同様、

1週間の労働賃金を現金でもらって

持ち帰っていたのだが、

そこにはいろいろ問題があった。

 

まず第一に、そのお金が偽物の可能性が低くない。

一所懸命働いて稼いだカネが贋金だったら

たまったもんじゃない。

 

もっとひどいことがある。

出稼ぎ者たちは村に帰る途中、

強盗に狙われる可能性が非常に高い。

「あいつはカネを持っている」というのが、

すぐばれるからだ。

カネを取られるだけならまだしも、

殺されてしまうことも少なくないという。

 

そこにキャッシュレス決済システムが導入された。

こうなると支払い側も贋金は使えないし、

受け取った瞬間に、村にいる家族にオンラインで

キャッシュレスで送ってしまえば道中手ぶらになり、

強盗に襲われる危険もない。

そんなわけで一瞬にして

国中にキャッシュレス決済が広がったという。

 

しかし、日本のように

信頼し合える相手と良好な取引ができ、

路上で強盗に出くわす危険性がほとんどない

治安の良い国ではそうした必然性がないため、

浸透するのには時間がかかるというのだ。

 

これは先日のエンディング産業展のセミナーで

DXを進めている会社から聴いた話。

 

最近は日本でも日常の買い物をはじめ、

生活のあらゆるシーンで

キャッシュレスが増えてきたが、

それでもまだまだ現金信仰が厚い。

これは世界的な視野から見ると、

一つの大きな幸福であり、

素晴らしい幸運の証なんだろうなと思う。

 

そして何となく、東太平洋の

ガラパゴス諸島で悠久の大海原を見ながら

のんびり暮らすイグアナになったような気分になる。

 

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お楽しみに。

 


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生涯現役・ウルトラの女神

過去にブログやSNSで書いたエッセイを

編集・リライトして電子書籍にしている。

 

今度の新刊「赤ちゃんはなぜかわいいのだ?」は、

子どもがテーマ。

その編集をしていたら

子ども時代に見た「ウルトラQ」がらみのネタが

3本もあった。

 

そう言えば、この間も5年くらい前に書いた

「2020年の挑戦への挑戦」を引用されてくれと

リクエストが来たのでOKした。

(この記事はエッセイ集:生きる

「酒タバコやめて100まで生きたバカ」に収録)。

 

ウルトラQは、のちのウルトラマン、ウルトラセブンなど、

ウルトラシリーズの元祖である。

製作・放送はなんと1966年。

その後のヒーローものにはさして執着心はないが、

Qはべつもの。

6歳の時、僕はいったい何を見たのだろう?

といまだに考える。

 

Qの記憶は素晴らしく鮮明で、

深読みさせられるマテリアルが

たくさん埋蔵されているので、

いまだに頭の中で、それぞれのエピソードが、

進化・深化を続けている。

 

そのQの中で活躍していた紅一点が

桜井浩子さん演じる「ユリちゃん」である。

桜井さんは、この後のウルトラマンに出てくる

科学特捜隊のフジ・アキコ隊員のほうが有名かもしれない。

 

「ユリちゃん」こと江戸川百合子は、

新聞社の女性カメラマンで、

ほかのふたりの男性とトリオの主人公で、

怪獣や怪事件に立ち向かっていた。

 

この時代、特撮やアニメ番組に出てくる

若い大人の女性は、なぜかカメラマンが多かった。

「スーパージェッター」のカオルさんとか。

 

まだ職場が男だらけだった時代、

カメラ片手に颯爽と駆け回るおねえさんは

子ども心にカッコよくて、胸がときめいた。

 

しかもユリちゃんはただ写真を撮るだけでなく、

知的でユーモアがあって勇敢で優しかった。

時にとんでもない悲劇にも見舞われた。

 

そのユリちゃん、そしてフジ・アキコ隊員を演じていた

桜井浩子さんの記事を先日読んだが

とても面白くて、こころ動かされた。

 

怪獣もののイメージがついてしまって、

その後の女優業は苦労したのではないかと思うが、

今になって、その半世紀以上前のキャリアが

燦然と輝いている。

 

彼女は現在、ウルトラ関係のコーディネーター業を

やっていて、今回の「シン・ウルトラン」でも、

裏方でいろいろ活躍していたようだ。

 

僕が6歳の時におねえさんだったのだから、

それなりのお齢だが、

この明るさ・元気さは素晴らしい。

 

こうなるともう生涯現役確定。

ユリちゃんファンも、フジ隊員ファンも

死ぬまでついていく。

いつまでもウルトラの女神でいてほしい。

 


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アナログマジックの残暑お見舞いとデジタル発信の効用

 

古い友だちから残暑お見舞いの葉書が届いた。

もう10年近く会っておらず、

オンラインでもやりとりしていない。

年賀状だけは、ずっと交わしていたのだが、

この齢になると親が亡くなり、

喪中で出さない年も多くなる。

 

そうすると翌年、出すのを忘れてしまったり、

忘れてしまう程度のつながりなら、

半ば形骸化した関係なので

なくてもいいかと、喪中葉書をきっかけに

「年賀状じまい」をする人も増えてきた。

 

この友だちも昨年、父が亡くなり、

今年、母が亡くなったという。

僕一人に宛てたわけでもないと思うのだが、

「『元気でいるよ』とお知らせしたくて、お手紙しました」

という一文にはちょっと心を動かされるものがあった。

これはアナログのマジックと言えるのかもしれない。

 

2年続けて喪中で出さないと・・・

という危惧があったからだろうか?

それとは別に何かあったのだろうか?

本当に元気でいてくれているのなら何の問題もないのだが。

 

僕らの世代はまだオンラインのやりとりを

煩わしく感じる人が多い。

Facebookなども一時の流行りで始めたものの、

もうやっていない、ずっと休眠中という人が

周りに大勢いる。

 

僕は時々サボるけど、いちおう、ほぼ毎日、

ブログもFace boookも Twitterも更新しているよ。

電子書籍も出してます。

よかったら覗いてね~と書いて返事を出した。

 

相手がどう思うか、感じるかは二の次でいい。

自分の「いま」を、

いつでも表現して見せられるということ、

「俺は生きている」と発信し続けられることは、

心の安定と新たなエネルギーにつながる。

 

還暦を過ぎると、こういうことって、

けっこう重要になっていくのではないかと思う。

 


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潮騒の音楽を楽しむための海

 

今日は久しぶりに江ノ電に乗って湘南の海へ。

おそらく江ノ電に乗るのは5~6年ぶり。

駅も電車もすっかりきれいになっている。

 

遊びじゃなくて仕事――お寺の取材で行ったのだが、

七里ガ浜の住宅地を歩くと潮騒がロマンチックに響く。

でも、砂浜に降りてみると、あまりきれいではない。

 

東京に来た頃から、季節を問わず、友だちと騒ぎに来たり、

女の子とデートしに来たり、

子どもを連れて遊びに来た湘南。

でも、もうここで遊びたいとか泳ぎたいとは思わないなぁ。

 

むかしはご多聞に漏れず、

湘南のイメージに憧れていた。

けれども還暦を過ぎると、その魔法も解ける。

サーフィンやマリンスポーツを楽しむわけでもなし、

もともと僕はそんなに海が好きな人間ではないのだ。

 

潮騒の音楽を楽しむもの。

遠くから眺めるもの。

イメージを楽しむもの。

これから自分にとっての海は

そういうものでいいと思う。

今日はそのことを再確認した感じ。

 

おまけ情報:

このあたりのスポーツ振興会の会長をやっている、

取材先のお寺の住職は、

ちょっとだけサーフィンをやってたそうだ。

 

ところが、このあたりは中級者以上限定で、

初心者はダメという暗黙のルールがあるそうだ。

だから彼は目の前に海があるのに

ここではサーフィンができず、

わざわざ江の島のほうまで行ってたとか。

 

では、残り少ない夏をしっかりお楽しみください。

 


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逝く夏を惜しまない

 

川沿いの散歩道は木陰が多く、

猛暑日でも午前中や夕方近くは耐えられるレベルの暑さ。

体感的には、日向のアスファルトの路上に比べて

4~5度くらい違うのではないかと思える。

 

時おり吹き抜ける風は、

葉間や川面で冷やされ、思いのほか涼しく、

この先の少し高台になっている藤棚の下は

オアシスのように涼しく、

夕方はお散歩中のワンちゃんたちの憩いの場になっている。

 

セミの合唱がものすごいが、

ここ数日、ミンミンゼミやアブラゼミの声に混じって

ツクツクホウシの声が混じるようになってきた。

 

ツクツクホウシの声は日に日に響きをまし、

ふと地面に目をやると、

アブラゼミの死骸がコロコロ転がっている。

 

まだ秋の足音とまではいわないが、

夏は確実に後半戦に入っている。

 

子どもから手が離れた頃から、

逝く夏を惜しむということがなくなった。

コロナと猛暑。

むしろ早く終わってほしいと思うのだが、

それも何だか季節感をぞんざいにしているみたいで

ちょっと寂しくて、

夏の終わりを愛おしく思えた時代よ、

帰って来いと唱えている。

 

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母の人生本について

 

 

父の人生の話は書いて本(原稿だけ)にしたが、

母からはついぞ話が聞けなかった。

父が亡くなってから10年あまり、

帰省するたびに何度かトライしてみたのだが、

自分のことはほとんど語ろうとはしなった。

 

中学生か高校生の頃だったと思うが、

小津安二郎の映画の世界みたいな

写真を家で見たことである。

 

白黒なのではっきりとはわからないが、

どうやら菜の花畑みたいなところで

若い女が立っている。

 

それが母の若い頃――おそらく20歳そこそこ

――であることに気付くのにしばし時間がかかった。

けっして美人ではないが、そこそこきれいだなと思って、

しばらく目が釘付けになった。

なぜか、そこにはそよそよと風が吹いていると感じた。

 

もうずいぶん昔のことなのに、

わりと鮮烈に脳に映像とその風の感触が刻まれている。

あの写真、まだ実家にあるのだろうか?

 

16歳で終戦を迎えた母が父と結婚したのは

30歳の時である。

当時としてはかなり晩婚だったはずだ。

 

双子の姉がいたのだが、

そちらは20歳前に嫁に行っていた。

下の妹も先に嫁に行っていたので、

内心穏やかでなかったかも知れないが、

結婚については

「そろそろしようかなと思って、したんだよ。

相手がお父さんで良かった」

と軽くかわされた。

 

家事手伝いだったわけでもないようなので、

終戦から14年間、何か仕事をしていたんだと思うが、

さっぱり不明である。

 

インタビューしていろんな人の本を書く機会があるが、

男性は割とあけっぴろげに何でもはしてくれるのに対して、

女性はプライベートなことに関してはガードが堅い。

以前は自分の聞き方が拙いのだろうと思っていたが、

そうではなさそうだ。

だから、これ以上つっこむのは無理だなと思ったら、

できるだけ寸止めすることにしている。

 

「お互い裸の付き合いで」

というのは男同士の話であって、

やはり相手が異性だと裸を見せるわけにはいかない。

 

たとえ家族でも事情は同じで、

娘なら語ってくれたかもしれないが、

息子では駄目だった。

残念だが母の若い時代は謎のままで終ってしまった。

でも女は男にとってミステリアスな部分を

残しておいたほうがいい、とも思う。

 

そんなわけで亡くなった母の話はわかるところを書いて、

以前書いた父の話と合わせて

両親の人生本を作ろうと思っている。

 

 

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第4世:この生きづらい世界を生きる!エッセイ集

明日8月17日(水)16:00~20日(土)15:59

 

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戦後77年の認知症予防策

 

両親が昭和ひとケタ生まれなので、

終戦記念日になると、

父と母がどのように終戦を迎えたのだろうかと

頭の中でトレースする。

 

二人とも16歳で名古屋で終戦を迎えた。

名古屋も空襲を受け、

父が働いていた軍需工場も爆撃された。

危ない目に遇い、亡くなった仲間もいたようだが、

父自身は幸運にもケガ一つしなかった。

それもあって母はよく父のことを

「運の良い人」と言っていた。

 

これから本格的に社会に出る前、

16歳で終戦になったことは、

軍国主義、戦前の価値観でがんじがらめにされずに済んだ、

自由に戦後を生きることができた、という点で、

ある意味、幸運だったのではないかと思う。

 

僕が子どもの頃は、二人とも自分たちの戦争体験や

食糧難体験をよく話して聞かせていた。

それは実際は悲惨なことではあったのだろうが、

豊かな暮らしを手に入れた安心からか、

なにか懐かしい、

牧歌的な昔ばなしのように僕には聞こえた。

 

けれども、まだそれはすぐ近くにあるものだった。

僕たちは軍歌を知っていたし、戦記マンガも読んでいた。

街には傷痍軍人もいて物乞いをしていた。

考えてみれば、そうした両親の話を聞いていたのは、

戦後20年から30年ちょっとの頃である。

 

人間、齢を取れば認知症にもなる。

戦後77年。国だって国民だって認知症になりがちだ。

かつて平和ボケと言われた日本は、

戦後ボケにもなってきたように見える。

戦争反対、平和祈願の理念も、

中身の伴わない空虚なお題目になっているように

感じるときがある。

 

今年、母が亡くなって、

僕の中でも戦後のリアリティが1枚ぺろっとは剥がれ落ち、

軽度認知症になった感じがする。

認知症の進行を食い止め、

戦後文化の記憶を保つには、

人間の本質、生きる本質を見ようと努め、

想像力を駆使するよう努める必要があると思う。

 

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第3世:お盆に効く!子どもと動物と昭和のエッセイ集

本日8月13日(土)16:00~16日(火)15:59

 

★子ども時間の深呼吸 https://amazon.com/dp/B0881V8QW2

いつものロレックスを外して子どもの時計を巻いてみる。

心の中の子ども時間が自分を自分らしくする。

 

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人間のことは動物に訊け。

動物から人間の正体が見えてくる。

 

★昭和96年の思い出ピクニック http://amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

戦争も平和も、芸術も金儲けも。甘い夢も非情な現実も。

僕らの愛するもののすべてがあった昭和へGO!

 

ご購読後はぜひレビュー投稿をお願いします。

 


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朗読劇・泉ピン子の「すぐ死ぬんだから」

 

以前、月刊仏事に告知記事を載せた、

泉ピン子の「すぐ死ぬんだから」というお芝居に

ご招待いただいたので観に行った。

劇場は東池袋の「あうるすぽっと」。

 

最後はいつだったか思い出せないほど、

観劇はかなり久しぶりだが、めっちゃ面白かった。

 

夫とともに町の商店を切り盛りしながら、

夫婦仲よく平凡に生きてきた

78歳の高齢女性を主人公としたストーリー。

 

テレビドラマの脚本家としておなじみ、

内館牧子が書いた小説を舞台用に構成した朗読劇で、

出演は泉ピン子と村田雄浩。

 

泉が、主人公のハナ役をメインに、

村田がその夫と息子をメインにしながら、

全登場人物、そして小説の地の文に当たる部分を

ト書きやナレーション風にして、すべて演じる。

 

その切り替えとバランスが抜群で、

縦横無尽に感情をさらけ出して暴れる泉ピン子を

村田雄浩が見事にフォローする。

だからとても安心して感情移入でき、笑って泣けるのだ。

 

泉ピン子が本に惚れて舞台化を企画したそうだが、

現代の高齢女性の心をドラマ化した

内館牧子の原作が素晴らしい。

 

タイトルの「すぐ死ぬんだから」は

劇中、随所にキーワードのように出てくる。

場面によって諦観の表現や、

笑いを誘うためのセリフとして

使われているところもあるが、

全体を通してみると、

人生の終章近くを生きる女性を叱咤し励ます

エールのような意味合いを帯びている。

 

そしてそれが最後には高齢女性に限らず、

すべての世代の男女に向けた

人生の応援歌として響いてくる。

 

観客も高齢者が大半かと思っていたら、

けっこう若い人も多く、バラエティに富んでいた。

 

休憩20分を入れて2時間余り。

終了後、作品の余韻を残したまま、

ピン子さんと村田さんがカーテンコールで

10分ほどのトークをしたが、それもまた楽しくて、

みんなとても良い気分で劇場を後にした。

まさしく名優にして名エンターテイナー。

 

東京での公演の後、年内は全国ツアーに出る。

機会があれば、ぜひ観ると面白いですよ。

  

第2世:長編小説特集「読むホリデー」

8月9日(火)16:00~12日(金)15:59

 

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平和祈願・核廃絶祈願のエネルギーと新たな戦争の脅威

 

ヒロシマ・ナガサキ。 

今年もいくつか原爆関連のニュースを見た。

たいへん失礼な言い方になるかもしれないが、

ここ数年、特にコロナ禍が始まった一昨年以降、

かなりトーンダウンしてきたような印象がある。

 

昭和の頃の原爆記念日はとても熱いものがあった。

テレビで平和式のニュースの一端を見て、

みんなで平和を祈り、核廃絶を唱えていれば、

それがやがて世界中に広がるだろう。

いつか僕らがおとなになり、

50歳・60歳を超える頃は

核兵器が一掃され、

世界平和が実現するのではないか。

たしかにそう思えた。

 

けれども現実はそんなに甘くなかった。

考えてみれば、当たり前のことだけど。

 

平成になり、令和になり、

昭和の頃に感じた

平和祈願・核廃絶祈願のエネルギーは、

徐々に減衰した。

 

みんな、ただ祈願しても無力だ、

ということがわかってしまった。

言葉に出しては言わないけど、心の中で諦める。

おとなになったのだ。

これもまた、考えてみれば、

当たり前のことだけど。

 

体験を持つ人も高齢化している。

気力・体力も衰える。

亡くなる人も増えている。

そして改めて思うのが、

(これもまた怒られるかもしれないけど)

被爆者であることを

自分のアイデンティティの一部にして

生きていかなくてはならないのは、

ひどく辛いことなのではないかと思う。

 

被爆者の人たちは、いやがおうでも

「世界平和」や「核廃絶」というスローガンを

背負って歩かなければならない。

それもやっぱり辛いことだと思う。

何と言っても体験してしまったいるのだから、

被害者なのだから、

僕たちのように飽きたら投げ出す、

というわけにはいかないのだ。

 

加えて今年はロシアのウクライナ侵攻を

見てしまった。

平和祈願・核廃絶祈願がぶっとぶほどの

インパクトだ。

それに乗じて中国も不穏な動きを見せている。

やっぱりロシアや中国が

「話せばわかる」国だとは信じがたい。

 

いくら日本が世界平和・核廃絶を叫んでも、

あいつらが「行動」してしまったら、

もうそんなことは言っていられなくなる。

 

それでも日本は反戦・反核を

唱え続けるべきだと思う。

でもその一方で万一の時のために

備えておく必要もある。

 

日本も核を保有して抑止力にするべき――

そう考える人が出て来るのもしかたがないだろう。

日本が核兵器を保有することは

99パーセントないとは思うが、

ロシアなり中国なりから侵略の脅威に

晒されたら・・・と考えると、

今までのように落ち着いてはいられない。

 

政治家の皆さんは

アホなことをやっているように見えるが、

それでも国防はちゃんと考えていて、

トップシークレットの奥の手は

持っているのではないだろうか。

国民も何もせず黙っていても

今の平和、今の幸福が、

未来永劫続くんだとは思わず、

もしまた戦争になりそうになったら、

巻き込まれそうになったら・・・ということは

想定しておくべきではないかと思う。

 

第2世:長編小説特集「読むホリデー」

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読むジュエリー展:絵本になった遺骨ジュエリーの世界

 

今日は月刊仏事の取材で、

二子玉川 蔦屋家電に「読むジュエリー展」の

発表会・内覧会に行く。

 

近年、手元供養品として、ミニサイズの骨壺や

遺骨や遺灰の一部をリングやペンダントなどに仕込む

「遺骨ジュエリー」の需要が高まっている。

 

そうした遺骨ジュエリーの世界を

「メモリアルアートの大野屋」が絵本で表現した。

 

広報室のスタッフが

このジュエリーを購入した人たちのコメントを集め、

それをもとに企画を立案。

 

絵はプロのイラストレーター、

文は著名な作家(本名はシークレットだそうで、

ここでは専用のペンネームを使用)が作成。

発表会ではナレーターが、

この「かけら」という物語を朗読した。

 

蔦屋家電の2階の1コーナーを使った

小さなアート展だが、とても素晴らしい。

入場無料で、8月17日(水)までやっているので、

二子玉界隈に出向くことがあったら

ぜひ覗いてみるといいと思います。

 

何よりも遺骨ジュエリー・手元供養の世界、

その奥にある物語を、

寓話性に富んだ絵本というアナログな手段を使って

表現するセンスにたいへん感心した。

 

このアート展を通して、

遺骨ジュエリーのことが

より多くの人に広まってほしいと素直に思う。

特に若くして伴侶を失くしたり、

子どもを失くしたりした人のために。

 

特設サイト 

https://story.souljewelry.jp/

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明日8月5日(金)16:00よりスタート!

 

●第1世:短編小説特集

8月5日(金)16:00~8日(月)15:59

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暑くても世の中は回る

 

「適切に冷房を使い、命を守りましょう」

というアナウンスが今日も聞こえてきた。

本当に暑いので、

そのアナウンスが間違っているとは言わない。

けれども、6月に亡くなった母には

「そんなに暑い、暑いと言ってはいかん」と、

子どもの頃、よく怒られた。

 

理由は父が真夏のクソ暑いときでも外で働いていたからだ。

仕事だから休むわけにはいかない。

「お父さんがこの暑い中、家族のために働いているのに、

おまえはなんだ」というわけである。

 

そう言われるとグウの音も出なくて、

黙ってひたすら扇風機の風に当たっていた。

そして、扇風機に向かって

「ワレワレハウチュウジンダ」と言って遊んでた。

 

父は瓦のふせ替えの仕事をしていたので屋根に上る。

屋根の上は遮るもののない光の世界——

360度の直射日光ワールド。

 

太陽がまともにジリジリ照り付け、

とてつもない暑さであることを

学生時代に手伝って実感した。

 

特に反抗的だったわけでもないが、

以来、(口に出しては言わなかったが)

父を尊敬するようになった。

自分をたしなめた母のことも。

「尊敬」とか「感謝」はオーバーだけど、

両親のそういうところはとてもいいなと

今でも思っている。

 

昭和の、まだ一般家庭にエアコンなど普及していない、

日本がうすら貧乏だった時代の、

今ならうっとうしい根性論・精神論である。

 

じつは僕も人からそういう根性論・精神論を

説かれるのは大嫌いなのだが、

その一方で両親からの教え

(という大げさなものではないけど)が身に沁みている。

 

だから炎天下、外で働いている人たちを見ると、

いつも頭が下がる思いがする。

涼しい部屋でパソコンやっている自分に

かすかな罪悪感さえ覚えたりする。

 

そして、当たり前のことだけど、

猛暑だろうが酷暑だろうが、

こうして汗水たらして働いている人たちがいるからこそ

日本の社会は、経済は回っている。

誰が何と言おうと、それだけは忘れてはいけない。

 

熱中症で倒れたりしませんように、

今日も無事仕事を終えて、

冷たいビールでプハーッとできますように。

と心の中で手を合わせる。

 

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●第1世:短編小説特集

8月5日(金)16:00~8日(月)15:59

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・茶トラのネコマタと金の林檎 http://www.amazon.com/dp/B084HJW6PG

・ざしきわらしに勇気の歌を http://www.amazon.com/dp/B08K9BRPY6

 

●第2世:長編小説特集

8月9日(火)16:00~12日(金)15:59

・オナラよ永遠に http://www.amazon.co.jp/dp/B085BZF8VZ

・いたちのいのち http://www.amazon.co.jp/dp/B08P8WSRVB

・ちち、ちぢむ http://www.amazon.com/dp/B09WNC76JP

 

第3世:エッセイ集:昭和/子ども/動物

8月13日(土)16:00~16日(火)15:59

昭和96年の思い出ピクニック http://www.amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

・子ども時間の深呼吸 https://www.amazon.com/dp/B0881V8QW2

・神ってるナマケモノ http://www.amazon.co.jp/dp/B08BJRT873

 

●第4世:エッセイ集:生きる

8月17日(水)16:00~20日(土)15:59

酒タバコやめて100まで生きたバカ http://www.amazon.com/dp/B09MDX2J45

いつもちょっとクレイジーでいるためのスキル https://amazon.co.jp/dp/B09QQ823C9

銀河連邦と交信中なう http://www.amazon.co.jp/dp/B09Z6YH6GH

 


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コロナはいつ「ただの風邪」になるのか?

 

「今年の夏は行けるでぇ~!

3年ぶりに大爆発~」

と、1か月前は誰もが思っていた。

 

むしろ猛暑による熱中症のほうが

よっぽどコロナより脅威に思われていたが、

あっさり形勢大逆転。

 

「コロナなんか終わってるのに、クソ暑い中、

いまだマスクしてるアホ真面目民族」

などと揶揄されていた日本国民が一転、

きょうは「日本の感染者増加率、世界一!」と

センセーショナルに報道されてしまって、

あのアホ真面目振りは何だったの?と、

むなしさを感じている人も少なくないようだ。

 

欧米なんかはもはやコロナは風邪扱いで、

感染者のカウントすらしてないのだから、

そんな比較に何の意味もないのだが、

人と比べ合って一喜一憂する国民性は

いかんともしがたいようだ。

 

日本でも欧米同様、「ウィズ・コロナ」を目指し、

社会活動・経済活動を優先して、

コロナをインフルエンザなどと同じ5類扱いにしろ、

という声が前々から出ている。

 

しかし当然、法律上で分類を書き替えれば

OKというわけでなく、

いろいろそのための準備・手続き・体制づくりが

必要なのだが、落ち着いている間も、

岸田内閣は放置・無視・無策状態で、

何もやってなかった。

 

ロシアのウクライナ侵攻、物価の高騰と円安、

さらに参院選に安倍元首相の銃撃事件と、

いろいろあったから忙しかったんですよ~。

――というのは何の言い訳にもならない。

 

医療崩壊が起こり、社会インフラに支障が出る

今の状況で「じゃあ明日から5類にします」なんて

言えるわけもないので、

なんとか対策を打ってもらいたいが、

この夏、いったいどうするのか?

 

社会・経済のために行動制限しないのはいいが、

報道されている通り、医療体制がやばいのなら、

どこかに出かけるのに躊躇する人が増えるのも

しかたがない。

 

交通事故や水難事故などに遭ってケガしたり、

熱中症にやられたりしても、ヘタすると医療に

お世話になれない可能性は高い。

 

イベントの中止も相次いでいる。

杉並名物の阿佐ヶ谷七夕祭りも、

高円寺阿波踊りも結局3年連続中止。

(阿波踊りは昨年同様、8月27 日・28 日に

「座・高円寺」で屋内舞台公演を実施)

ちなみに写真は2019年のものです。

 

伝統的なイベントも3年連続でやらないと、

復活させようにも運営体制をもとに戻すのが大変だ。

そのまま消え失せてしまう行事も出てくるだろう。

 

個人的にはリアルな旅行とかイベント参加など、

どこか出かけるのは波が去った後に、

と無責任に考えているが、

主催者側はそうもいかないだろう。

 

お盆が過ぎる頃には落ち着いてほしいが、

「コロナはただの風邪だよ、心配しなくても平気だよ」

と言い切れるのは、いつの日になるのか?

 


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しのぶば:オンライン「偲ぶ会」「お別れ会」のプロデュース

 

先週取材した「しのぶば」の記事原稿を書いている。

オンラインの「偲ぶ会・お別れ会」を

プロデュースする事業で、

博報堂の社内ベンチャー企業として1年前にスタートした。

 

葬式を行うのは、原則、血のつながりのある

遺族しか許されないが、

「偲ぶ会」「お別れ会」は友人や仲間でもできる。

 

最近はコロナの影響もあり、

家族葬が主流となっているため、

いつの間にか彼(彼女)は死んでいた、

と後から家族に知らされることも少なくない。

 

遺族は見送り、弔う責任がある。

葬式で外部の者に気を遣うのは大変な負担だ。

しかたがなかったのだ。

おれはちょっと一時期だけ、

あいつと仲良くしていただけなのだから。

 

と、なんとなく納得する。

 

でも、おれとあいつの関係ってなんだったのか?

おれはあいつの人生の中でどんな意味を持っていたのか?

あいつはおれの中でどんな存在だったのか?

 

釈然としない思いを抱いたまま時は過ぎていき、

結局、大事だと思っていたことはうやむやになってしまう。

それが自分の人生にとって

小さくない損失であることにも気が付かない。

 

「しのぶば」は、そんな時にオンラインを利用して、

みんなを集めてお別れ会をやってみたら・・・

というニーズを狙って誕生したサービスだ。

 

じつはそれだけでなく、この事業には

社会的にもっと深い意味合いがあり、

日本人の供養の在り方を変えるほどの

ポテンシャルがあるのではと非常に興味を抱いている。

 

ただ、未だ記事にしてないし、長くなるので

今日はそこは伏せておく。

 

今年になってからぐんと実績が伸び、

アクセス数も上がっているという。

もし、上記のような思いを抱いている人がいて、

関心があればちょっと覗いてみるといいだろう。

 

料金もホテルなどで開く従来のお別れ会などと違って、

とてもリーズナブルなので、

気軽に企画し、相談もできると思う。

関連コンテンツの作成など、クリエイティブな部分は、

「さすが博報堂」と言えるクオリティである。

 


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コロナ第七波で49日延期

 

先月亡くなった母の49日法要の予定が月末にあったが、

実家にいる義弟が本日、コロナ陽性と判定。

妹も姪も濃厚接触者になってしまった。

 

妹が「どうしよう?」と相談してきたので、

即座に延期を決定。

いちおう宗教的には、

49日は49日前にやらなくてはならないという

きまりになっているようだが、

「べつに構わん。家族が不安な状況で無理やりやっても

おふくろは成仏しない。

どうせうちは信心深くないからOKだ」

と言い切り、3週間延ばした。

 

そもそも月末にやるのは早すぎるのだが、

それも「お盆は忙しいので」という

坊さんの都合で決めたこと。

現代社会では宗教のきまりごとよりも

世俗のスケジュールが優先される。

だからこっちから主張したっていいのだ。

 

正直、感染が広がっているのに

名古屋まで移動するのは大丈夫か?

でも遊びじゃないし、動かせないからしゃーないか・・

と思っていたところ。

 

もう緊急事態宣言やら行動制限は出なさそうだが、

この第七波がうねっている間は、

自分で自分の生活をコントロールして

コロナに対処したほうがよさそうだ。

感染拡大中は、

不要不急の用事・遊び・集まりなどはやめとく。

波が収まったタイミングで行けばいい。

長い人生、そんなに急いでどこへ行く?

でも今月いっぱいくらいでピークアウトすることを願う。

 


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「ゴールデンボーイ」:誰もが怪物になり得る恐怖の神話

 

「刑務所のリタ・ヘイワース」と一緒に納められた

スティーヴン・キングの傑作中編。

タイトルや表紙から一見、

「スタンド・バイ・ミー」のような

青春物語なのかと思って読み始めると、

とんでもない目に遇う。

(「スタンド・バイ・ミー」も原作「死体」は、

映画と違ってかなる陰鬱な物語だが)

 

霊だの超能力だの超常現象だのは一切出てこない。

舞台はありふれたアメリカの田舎都市。

主人公は健康でスポーツ万能、成績優秀、

家庭にも恵まれ、経済的にも恵まれ、

孤独や貧困や差別などとは無縁な、

白い歯の笑顔が似合う理想的なアメリカ少年。

 

およそ人間の心の闇だの、

社会の裏とか影だのといったところとは

遠いところにいるはずだった少年は、

雑誌のエンタメ読み物風に掲載されていた

ナチスドイツの犯罪の話に興味を持った。

 

それに対する無邪気な好奇心が、

近所に隠れ住んでいた、

老齢のナチスの戦犯を見つけるという偶然から、

腹わたをえぐり出すような物語に発展する。

 

1983年にアメリカでキングの中編集「恐怖の四季」を

ペーパーバック化する際、

この作品の衝撃的な内容に出版社がおそれをなし、

「これだけ外せませんか?」と

お伺いを立てたといういわくもついている。

 

「あとがき」にはその時のことを語った

キングのインタビューの一部が載っている。

 

「僕は自分の精神分析に興味はない。

何よりも興味があるのは、

自分が何を怖がっているかに気付く時だ。

そこから一つのテーマを発見することができるし、

さらにはその効果を拡大して、

読者を僕以上に怖がらせることができる」

 

1980年代当時、発禁ギリギリとも言えるこの物語、

そして90年代以降、頻発する猟奇殺人・無差別殺人を

予言したかのような「ゴールデンボーイ」は、

超売れっ子作家であるキングの作品だからこそ

世に出すことができたのかもしれない。

 

1990年代から一般人の間でも精神分析、

プロファイリングという概念が広まり、

「トラウマ」「アダルトチルドレン」

といった言葉も一般化した。

 

以来、日本でも海外でも、

理由のわからない殺人事件が起きると、

僕たちはその犯人の心に闇をもたらしたもの———

孤独、貧困、虐待、差別、マインドコントロール、

格差社会のひずみといった問題を探し出し、

なんとか理解しようとする。

 

しかし、40年前に書かれたこの小説を読むと、

それ以前の何か—ー80年代のアメリカ社会に象徴される

現代のゴールデンな物質文明、

さらに情報化された社会そのものが、

人間を――特に可塑性のある子どもを、

容易にモンスター化する土壌に

なっているのではないかと思えてくる。

ナチスの老人との出会いはそのトリガーに過ぎない。

 

キングは二人の3年にわたる交流の過程を、

平凡な日常の描写を積み重ねながら描いていく。

そして、それが恐るべき状況を生み出し、

戦慄の結末へとつながっていく。

 

ラスト3頁の地獄の顛末の表現はあまりに素晴らしく、

読後感はとてつもなく苦い。

しかし、不思議なことに

それは何度でも何度でも嚙み締めたくなる、

噛み締めずにはいられない苦味なのだ。

 

それはこの物語がたんなる恐怖小説でなく、

僕たちの生きるこの社会に、

人間の魂に宿る善と悪の源泉に、

そして人生の始まりから行く末にまで

想像力を馳せらることができる、

現代の負の神話、負のバイブルだからではないかと思う。

 


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「刑務所のリタ・ヘイワーズ」:凡人の希望と絶望をめぐる物語

 

「刑務所のリタ・ヘイワース」という小説がある。

ハリウッド映画の中でも屈指の名作と名高い

「ショーシャンクの空に」の原作である。

作者はかのホラー小説の帝王スティーブン・キング。

中編集「恐怖の四季」の一編。

日本で出ている文庫本では「ゴールデンボーイ」と

一緒に収録されている。

 

映画のほうはヒューマンドラマの側面を強調した

感動的な物語として仕立てられているが、

小説は若干ニュアンスが異なり、

あそこまでの痛快感はない。

もっと内省的で、もっと多くの含蓄を含んでいる。

 

ホラー小説ではないが、「恐怖」の要素は入っている。

人の心を蝕む監獄という恐怖。

じわじわとその慣習に慣らされ、

夢や希望や人間らしさを剥ぎ取られていく恐怖。

 

そもそも主人公は、映画でティム・ロビンズが演じた

銀行家アンディーではなく、むしろ、

語り手である調達屋のレッドのほう。

映画では黒人のモーガン・フリーマンが演じたが、

こちらでは赤毛のアイルランド系移民

ということになっている。

 

なぜレッドが主人公かと言えば、

僕を含め、ほとんどの読者はアンディーよりも

レッドの境遇に近く、共感を抱くだろうからだ。

 

アンディーは自分は無罪であるという信念(正義)の上に、

強固な牢獄からの脱獄という、凡人には考えられない

めっちゃハードルの高い目標を立てる。

 

優秀な銀行家(経済のスペシャリスト)の上に、

遠大な計画力、主逸なアイデア力、果敢な実行力、

そして人生を賭けた、数十年にわたる地道な努力ができる

飛び抜けたヒーローだ。

 

それに対し、レッドはそれをただ観察し、評価し、称賛し、

彼が欲しいというリタ・ヘイワースのポスターを

こっそり調達してあげるだけの凡人である。

 

しかし、リタ・ヘイワースのポスターがきっかけで

二人は友だちになり、やがて深い友情に発展する。

アンディーにとって目標達成のためには、

自分の豊富な才能・人並み以上の能力・

不断の努力にプラス、

最後のカギとして「友情」が必要だった。

 

表面的には、次々と困難を克服していく

アンディーの活躍が物語の主軸となっている。

映画はもちろんこっちがメイン。

原作はそれとシンクロして

傍観者であるレッドの不安、絶望、希望の心の波を

綿密に描いている。

 

ショーシャンク刑務所は、殺人などの重罪を犯した

終身刑クラスの犯罪者を収容するところ。

つまり、ここに入ったら人生の大半を

刑罰としての奴隷労働を強いられる囚人として

過ごさなくてはならない。

 

だから自分も人間のはしくれだと信じ、

少しでも平安と快適さを得るためには、

監獄のルールに心身を慣らさなくてはならない。

そうして若い頃から身も心も監獄に縛り付けられると、

50~60代になって釈放されても、

自由の喜びでなく、

ジャングルに裸で放り出されるような

恐怖にやられてしまう。

そのため、ほとんどが再犯をして帰ってくる。

自分で自分を一生囚人化してしまうのだ。

 

レッドもその危機に立たされる。

そして、それを救うのが、

やはりアンディーとの友情だった。

映画はその最後をこの上なく美しく描いていて、

史上屈指のラストシーンとされている。

 

ただ原作はその一歩手前で終わっており、

英雄アンディーの話はもしかしたら、

凡人レッドが、シャバに出ても生き抜いていけるよう

勇気と希望を持ち続けるための

妄想だったのではないかとさえ思える。

 

こんなふうに書いてくると、

アンディーとレッドの関係は、

みんなが憧れ称賛する「成功者」と、

その名もなきフォロワーたちのように思えてきた。

 

もし、今生きているこの社会を牢獄と見立てたら、

そこから自由になるためにはどうすればいいのか?

 

アンディーのような一種の天才でなく、

レッドのようなケチな凡人にもそれが可能なのか?

 

希望を持ち続けるためにはどうすればいいのか?

自分の人生を牢獄の中で終らせないためには

どうすればいいのか?

 

いろいろなことを考えながら読める素晴らしい小説だ。

 

ちなみにリタ・ヘイワースは、

1940年代に一世を風靡した映画女優。

マリリン・モンローの前のセックスシンボルとして、

絶大な人気を誇った。

 

また、近年、アメリカでは増え過ぎた刑務所と囚人の問題の

ソリューション(問題解決)のために、

某巨大企業が刑務所の経営に乗り出した。

そして囚人を奴隷労働させて、

本業とは別に莫大な利益を上げているという情報も。

これもまた資源・人材の有効活用?

ウソかマコトか、真偽のほどはわからないけど。

 

 


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週末の懐メロ89:夏星の国/ジ・エニド

 

1976年リリース。

40年あまり昔にやっていた劇団の旗揚げ公演で

ラストシーンにこの曲を使ったので、とても思い出深い。

 

僕がこの曲と同名のアルバムに出逢った1980年当時、

手に入るレコードは、イギリスからの輸入盤だけだった。

なぜ知ったのかは、たしかプログレ偏重の音楽雑誌で、

このバンドとこのアルバムのレビューを見たからだ。

 

羊水の中の綾波レイみたいな女が膝を抱えた

ジャケットデザインにも魅かれた。

全体を通して「死と再生」みたいなものが

テーマになっているのだと思う。

 

これは買わねばと、新宿のディスクユニオンの

輸入盤コーナーに探しに行ったら

見つけることができた。

 

聴いてみると、全曲ヴォーカルなし、

インストゥルメンタルのみで、

ちょっとイエスやジェネシスに通じる

ファンタジー性やシンフォニック性がある。

 

ただ、ポップ色・ロック色は薄い。

宗教音楽っぽいところもあって、

あまりとっつきやすくはないのだが、

最後を飾るこの曲だけは別。

 

自分の作品で使った思い出があるので偏愛しているが、

この一曲に限っては、

構成も美しさも躍動感・飛翔感も、

世界のプログレッシブ・ロックの最高峰レベル

と言って過言ではない。

 

輸入盤で聴いたので、曲名についてはずっと原題通り、

「イン・ザ・リージョン・オブ・サマースターズ」と

憶えていたので、

「夏星の国」という邦題は今回初めて知った。

 

「リージョン(Region)」とは「領域」という意味で、

「国」というのはかなりの意訳だが、

雰囲気掴んでいるし、

大島弓子のマンガのタイトルみたいで

親しみやすくて良いと思う。

 

現在のアマゾンの内容解説では、

「いわずとしれた英国シンフォニック・ロックの

名盤のひとつ、エニドのデビュー作。

ダイナミズムや幻想性に於いて

このオリジナルに勝るヴァージョンはなし!」と極上の評価。

 

とはいえ、「いわずとしれた」は誇張で、

ジ・エニドは日本では限りなく知名度が低く、

相当なプログレマニアでなければ知らないと思う。

 

実際、世界的なセールスが成功したとは聞かないし、

イギリス国内でコアなファンを相手に

活動してきたのだろう。

それでも現在まで音楽活動を続けられ、

人々の記憶にバンドの存在が刻まれているのは、

この不朽の名曲があるからだ。

 

40年経とうが50年経とうが、

まったく色あせることのない

ファンタジックでエネルギー溢れる演奏は、

星の降る真夏の夜のグッドトリップを約束してくれる。

 


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己書の「パラダイス昭和」と昭和の夏

 

名古屋の栄にあるテレビ塔周辺の地下は、

「セントラルパーク」という地下街になっている。

そのプロムナードを使って

「パラダイス昭和」というギャラリーが

7月3日まで開催されている。

主催は「日本己書道場」というところ。

 

「己書(おのれしょ)」というのは筆文字と絵を使って

自由に表現する書ということらしい。

その師範クラスの人たちが「昭和」をテーマにした

いろいろな作品を展示していている。

 

時間があまりなかったので、

通り掛けにチラッと見ただけだけだが、

これがなかなか面白かった。

無料で楽しめるので、もし機会があったらおすすめです。

 

「己書(おのれしょ)」のことは知らなかったが、

全国に道場があって幸座(講座)も開いている。

 

https://www.onoresho.jp/

 

それにしても、今や昭和は時代自体が

エンタメコンテンツになっている。

僕が子どもの頃は、エアコンがある家なんて

ほとんどなかったが、

扇風機や団扇があればそこそこ涼しく感じ、

それなりに夏を楽しく過ごせた。

 

やはり今よりも気温が低かったのか?

それともどこもボロい家なので

風通しが良かったからなのか?

 

いずれにしても気候も暮らし方も

すっかり変わっちゃったんだね。

現代はクーラーの効いた部屋で

「昔はよかった」「あの頃に戻りたい」と

昭和を懐かしむのが、至福の時間???

 

 

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¥300 


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母の人生について

 

昨日、書き忘れていたことがあります。

葬式の前にアンケートと司会の方からヒアリングを受けて、

母の人柄などいろいろ聴かれました。

その中で「好きだった食べ物」というのがあって

いくつか答えたら、

その中から鰻、プリン、キャラメルを

紙皿に入れて持ってきて最後に棺に入れてくれました。

こういう配慮は遺族としてとてもありがたく、

好印象に繋がったと思います。

 

僕は冠婚葬祭の、

歯の浮いたようなナレーションがどうも好きではないので、

(仕事で頼まれれば書くのですが)

今回は家族だけだし、ナレはいらないと思っていました。

 

しかし、身内ではない、まったく知らない他人に、

故人(家族)はこういう人だった、

という話を聞いてもらうのは結構いいものです。

どういえばいいのか、

ちょっと頭の整理ができるような気がします。

 

というわけで、きょうだい3人で30分ちょっとでしたが、

母はこうだった、ああだったという話をしたのは

とても楽しかった。

 

司会の人はそのへん上手で、

最後のお別れの前(棺に花などを入れる前)の

ちょっとの間に、さらっと2,3分話してくれました。

 

小学生の高学年だったか、中学生くらいの頃、

小津安二郎の映画の1シーンみたいな、

古い白黒写真を家の中で見つけました。

菜の花畑みたいなところに立っている、

20歳そこそこくらいの若い娘。

それが母の若い頃の写真だとはすぐに気づきませんでした。

かなりスマートで、今いる実物より

やたら美人に見えたことをよく憶えています。

 

自分が生まれる前の母の写真は、

その1枚と嫁入りの時の写真しか見たことないのですが、

その時は子どもだったので、

自分の母親にもこんな若い時代があったことが

不思議に思えました。

 

僕が知っている母のきょうだいは7人で、

そのうち6人は女、いちばん下だけ弟です。

双子の姉がいて、四番めのはずですが、

自分は六女だと言っていたので、

僕が会ったことのない(たぶん大人になる前に死んだ)

姉が二人いたのかもしれません。

 

昭和34(1959)年、

30歳で父と結婚(当時としては晩婚)しましたが、

父の両親・きょうだいとも一緒に住むことになりました。

 

以前の僕の実家は、父の弟や妹、

自営業だったので仕事関係の人など、

やたらいろんな人が出入りしていていました。

 

子どもの僕としては面白かったのですが、

その面倒を見なくてはならない母は、

相当ストレスを抱えていたようです。

 

祖母や父の弟・妹らとは相性が悪い一方で、

稼ぎが良い父にみんな頼り、

お金を無心してくるのでいつも怒って

イライラしていました。

それで僕たち子どもに八つ当たりすることも

しばしばありました。

かーちゃん、おっかねー。

おそらくすごいストレスだったのでしょう。

 

それでも凹まなかったのは、

夫である父の人柄のおかげでしょう。

べつに惚れた腫れたで夫婦になったわけではありませんが、

よく働いて稼ぎも良く、

優しくてユーモラスな父を愛していたのだと思います。

主婦として家事をやりながら、

今でいう経理部門を担当し、

二人三脚でがんばっていました。

 

「福嶋の家でまともなのは、お父さんだけ」

というのが口癖でした。

 

昭和46(1971)年のちょうど今頃、

家を新築したのを機に、義弟・義妹らはみんな離れ、

祖母もすぐに他界して僕たちだけになり、

いわゆる大家族から核家族になりました。

 

よく「昔は大家族で良かった、核家族になって

日本人はおかしくなった」

みたいなことを言う人、マスコミなどがありますが、

母の目線からするととんでもない話でしょう。

 

現在の日本の核家族社会は、

半世紀前の社会の中枢だった人たちが求めた

幸福の形なのだと思います。

代替わりして最近はその形もまた

変わり始めているのでしょう。

 

父はちょうど今の僕の齢の頃に仕事を辞め、

(体力頼みの仕事だったので限界を感じたらしい)

それから10年余りは夫婦で悠々自適に暮らし、

母は旅行・お花・踊りなどを存分に楽しんでいました。

 

その後、父が糖尿病を患ってからは5年余り、

看病・介護の生活になりました。

そして2008年末に父が他界してからは、

「自分がやる仕事は終わった」と考えるようになったのか、

余り活動的ではなくなりました。

 

からだはまだ丈夫でしたが出歩かなくなり、

日がな一日、家で過ごすようになりました。

父と一緒に建てた夫婦のお城みたいな家で、

父との思い出に包まれて暮らすのが

一番安心で幸福だったのでしょう。

 

一緒に暮らしていた妹は、そんな母を施設に移すのは

さぞや罪悪感に苛まれたと思いますが、

現実的問題・介護の際の物理的問題を考え合わせると、

しかたありませんでした。

 

僕が帰省するたびにいつも

「そろそろお父さん、迎えに来るかな」と言っていたので、

亡くなった時は、よかった、やっと来てくれたね、

という気持ちでした。

 

棺には父と旅行に行ったときの写真と、

最期まで愛用していた

兎の柄の巾着袋(小物入れ)を入れました。

かれこれ10年以上前に、

うちのカミさんが母の日にプレゼントしたものです。

 

皆さんの参考になれば、

また、自分のメモの意味もあって、

三日間、あれこれ母の死に際して思ったことを書きました。

 

考えてみると、母が亡くなったことで、

子供時代から自分のことを知っている年長者は

一人もいなくなりました。

やはりこれから時々、

寂しさに襲われたりするのだろうなという気がします。

 


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母の葬式について

 

6月24日にお通夜、25日にお葬式をしました。

僕は長男なので喪主をしました。

 

14年前の父の時に続いて2回目ですが、

父の時は、僕が名古屋に到着した時は

母や妹がすでに段取りを決めていたので、

そこに乗ってやっていただけでした。

それと比べて今回はいろいろ意見を出しました。

 

ちょうど仕事がひと段落し、

入っていた予定がキャンセルされていたので、

巡り合わせがいいというか、

そんなところまで息子に配慮して

出立してくれたのかなぁと思います。

 

さらにタイミングについて言うと、

コロナが落ち着いてからだったので、

みんな気兼ねなく集まれたことも幸いでした。

たとえば去年の今ごろだったら、

とてもこうはいかなかったと思います。

 

名古屋には「ティア(TEAR)」という

割と新参者の葬儀社があり、その本社と葬儀場が、

実家から歩いて10~15分程度の場所にあります。

 

ここは業界で先駆けて明朗会計を打ち出し、

業績を伸ばしてきた会社で、

名古屋をはじめ、愛知県内では40以上の会館を運営。

近年は東京など、他の地域にも進出しています。

 

父の時は病院で亡くなったので、

そこに常駐している(?)葬儀社に頼んでしまいましたが、

今回はここでやろうと、予め妹と話して決めていました。

(特に事前相談などはしていませんでしたが)

 

家族葬で参列は10人。

うちが3人、上の妹の家3人、下の妹の家4人。

母のきょうだいはすでにほとんど亡くなっており、

末の弟さんが一人だけ残っていますが、

ご高齢のこともあって呼びませんでした。

 

また、特に親しくしていた友人や

近所の人もいなかったので呼びませんでした。

 

母はすでに社会的な存在力はないし、

僕も妹夫婦も自営業ということもあり、

いわゆる世間体や面倒な利害関係などは

全然考える必要はありませんでした。

 

うちのカミさんは義母の世話があるので、

名古屋まで来るのは無理だろうと当初、思っていました。

義母は認知症なので、

たとえ1日でも一人でほっとくわけにはいきません。

 

日程を伝えてすぐにケアマネさんに頼んで、

どこか泊まれるところはないか探してもらいましたが、

認知症患者を受け入れてくれるところは

急には見つかりません。

 

そこで普段通っているデイサービスに無理やり頼み込んで、

朝1時間早く、

夕方1時間遅く預かってもらうことにしました。

それでぎりぎり葬式の時間に間に合うことができました。

終了後はそのままタクシーと新幹線で

とんぼ返りになりましたが、

それでも本人は最後のお別れが出来てよかった、

と言っています。

 

近年、特にコロナ禍になってから東京などでは、

火葬場でお別れするケースも増えています。

3年前の義父の時もそうでした。

 

ただ義父は「お寺はいらない。葬式も特にしなくていい」

と明瞭に書き残していたので、

送る遺族もそれに従うことに心は痛みませんでした。

 

 

母は何も希望を遺してなかったので、

やはり遺族しては心情的に、

普通に葬式をやるべきだろうと思いました。

 

最近はお葬式不要論も唱えられており、

僕も自分自身の時はいらないと思っていますが、

やはり親の世代は別です。

 

いずれにしても何らかの形で

お別れの場は作った方がいいと思います。

 

もちろん、かなり非日常的な値段のお金がかかるし、

経済的にどうしても無理という人もいるでしょう。

また、悪感情しか持ってないが、

自分の肉親なので義務で葬らなくてはならない人、

身元引受人としてしなくてならない

という人もいるでしょう。

 

そうした人はのぞいて、

故人に少しでも愛情を抱いている人、

お世話になったと思える人は

お葬式、またはそれに準じるお別れは

きちんとした方がいいと思います。

 

やはり亡くなってすぐ、そうした場を設けないと

自分が後から寂しくなるし、

心に何らかの罪悪感が残ると思うのです。

 

葬式については予算オーバーでしたが、

大変満足出来ました。

費用のことについてはまた後日書きますが、

低価格を打ち出している葬儀社の

「○○円~」という表示には注意が必要です。

 

この提示された金額はベーシックプランの額なので、

そこに何が含まれているのかが問題です。

あれもオプション、これもオプションとなると、

安いと思っていた価格が2倍、3倍、4倍と

際限なく膨れ上がります。

 

うちの場合は全員身内だし、引き出物なども省いて

できるだけ簡素にしましたが、

それでも当初の予算の1・5倍くらいにはなりました。

 

両親のささやかな遺産があったので、

施設の入居費も含め、すべてそれで賄えたので

そこまでケチる必要はありません。

 

費用のことはひとます置いといて、

ひとことで言ってしまうと、

お葬式は、現場を仕切る担当者(葬祭ディレクター)が

どういう人かで決まります。

 

母のお葬式を担当してくれた方は

たいへんいい人でした。

説明も丁寧で、ビジネスっぽさを感じさせません。

過剰に感情を入れることもありませんでした。

(母が幸福な亡くなり方をしたので、

僕らが冷静だったこともあるかもしれません)

 

いずれにしてもいい人かどうか、

いい人と感じられるかどうかがすべてです。

 

技術や知識はあるに越したことはありませんが、

それよりも人柄の比重が大きいでしょう。

正直、相性もあるので、運・不運もあります。

なんとなく合わない人に当たったら、

うまく合わせるようにするしかありません。

 

そんなわけで身内だけで仏式の通夜と葬式をやり、

火葬場へ行って収骨をして戻ってきてから

初七日法要をやって、精進落としの料理を食べて

散会しました。

 

担当してくれた人には

「あなたがやってくれてよかった。ありがとう」と

素直にお礼を言いました。

 

プロなんだから当たり前だと思われるかもしれませんが、
あんまりプロっぽいと却って嫌な感じがするのが、
葬儀屋さんの難しいところ。
だから人として率直に感謝を伝えました。

葬式は本当に遺族の心の問題なので、

何が正解で、何が不正解かはありません。

お金をかければいいわけでも、

何が何でも安く済ませばいいというわけでもありません。

 

また、最近は時代が変わって

いろいろ新しいやり方も提案されていますが、

葬式はその地域ごとに、長年続いてきた

風習・文化に基づくものなので、

この10年やそこらの東京のトレンドで

変わったこと・新しいスタイルでやるのは、

結構難しいのではないかと感じます。

 

本当は普段からいろんなところに相談しに回って

「葬儀屋の文脈」みたいなものに親しんでおいたほうが

いいんだろうと思いますが、

なかなかそうはいかないのが現実ですね。

 

いずれにしても母の旅立ちは

無事、安心して見送れてよかったと思っています。

 


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93歳・母の老衰死について

 

6月23日に母が亡くなりました。

たくさんのお悔やみの言葉をいただき、

ありがとうございます。

 

今後、皆さんも高齢の親御さんなど、

親族の最期に立ち会う機会があるかと思います。

エンディングライターの仕事もやっているので、

3回ほどにわたって母の死の過程や、

自分が喪主を務めた葬式のことなどについて書きます。

もちろん、まったく同じケースなど

あるはずはありませんが、

何かの参考になれば幸いです。

 

母の死因は老衰。

93歳と5ヵ月でした。

 

名古屋の実家で妹の家族と一緒に暮らしていました。

6年ほど前からだいぶ老いてきたなと思っていましたが、

90歳を迎えた頃から衰えが顕著になり、

自宅で面倒を見るのが困難になってきました。

 

結局、2020年の2月に肺の機能が

一時的に落ちて入院したのをきっかけに、

同年3月末から特養老人ホームに入居して、

そこで2年3ヵ月暮らしていました。

 

僕はコロナでなかなか面会に行けず、

電話で話すばかりでしたが、

いつも「元気だよ、大丈夫だよ」と言っていました。

 

施設へは昨年10月にやっと行けたのですが、

一目会って見て

「ああ、この人はもうそんなに長くこの世にいない」

とわかりました。

ちょっと大げさに表現すると、

この世の煩悩が抜けた、半分観音様にみたいに見えました。

 

その後、何回か面会に行きましたが、

6月9日に息子(彼女の孫)といっしょに、

カミさんの手紙とプレゼントの花を持って行ったのが

最後になりました。

 

死の前日の午後、実家の妹から

「血圧が下がっている」と連絡がありました。

夕方、直接施設に電話したところ、

どうなるかわからないという話だったので、

とりあえず仕事を済ませ、

翌日朝から向かったのですが、

途中で妹から「亡くなった」とメールが来ました。

 

後から聞いたところ、前日から眠ったままの状態になり、

朝、職員が見た時は呼吸が極端に弱くなっており、

9時過ぎぐらいには止まってしまったようです。

その後、医師が来て10時過ぎくらいに

死亡を確認したとのことでした。

 

冬場に肺の機能が落ちること以外、

特に目立った内蔵疾患などはなく、

自然に衰弱していったことなのだろうと思います。

 

認知症というよりボケが入っていて、

今年になってから時おり意識が飛ぶことがあったようで、

一度、施設の職員から

「病院に行ってCTなどで検査してもらいますか?」

と聞かれたことがありましたが、

苦痛・ストレスを与えるだけだと思い、

妹も僕も断固断りました。

延命措置も最初から断っていました。

 

ちなみに高齢社会を反映して

「死因:老衰」は最近増えているようで、

90歳を超えた人で特定の病気がわからない人には

老衰という診断を下すようです。

 

ネットである医師の記事を見ると、

老衰の定義というのはかなりあいまいで、

言ってみれば「非科学的な死因」らしいです。

 

それもあって高度成長期以降、

いわゆる「病院死」が多かった時代は、

ずっと老衰という死因は減り続けていたようです。

それがこの10年ほどでまた増えて来たようです。

 

ただ、遺族の中には「老衰」という診断を下すと

怒り出す人もいるようです。

なぜかは僕にはわかりませんが、

ちゃんとした科学的な死因(病名)がつかないと困る人

(お金がらみ?)もいるのでしょうか。

 

今年になってからすごく食が細くなってきて、

最期の数日はぜんぜん食べなかったようです。

母は僕の知らない若い頃は別にして、

ずっと太めのおばさんだったのですが、

亡くなった時はほぼ半分以下にスリムに、

小さくなっていて、顔も細長くなっており、

まるで別人のようでした。

 

と書くと、とても痛々しい印象を受けるかと思いますが、

人間、自然に死ぬときは

こういうものではないかと思います。

人生おしまいにするのだから、

もうエネルギーを補給する必要もない。

だから食べずに、小さく小さく縮んでいく。

比喩でなく、本当に肉体的にも子どもに還っていくのです。

 

ボケていましたが、電話の時も面会の時も

「おまえの声はすぐわかる」と言って、

僕の声や顔はクリアに認知していたようです。

そして、息子に対しては最後の最期まで

「元気だよ。大丈夫だよ」としか言いませんでした。

亡くなった今も僕はそのセリフを鵜呑みにしています。

 

本人ではないのでもちろん本当にところはわかりませんが、

特に苦しい思いをすることなく、

自然に安らかに旅立ちました。

 

おかしな言い方に聴こえると思いますが、

そんな亡くなり方をしてくれて嬉しい。

正直、自分の中では悲しさよりも

嬉しい、良かったという思いが勝っていました。

ありがとう。

あちらで先だって亡くなった父(夫)と逢うこと、

そして幸福であることを祈っています。

 


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母、亡くなる

 

今朝、母が亡くなったので名古屋に来ている。

93歳。老衰。まさに眠るように終わった。

2週間前、息子と面会に行ったのが最後だった。

さようなら👋

 


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夏至ケロ、運よ開ケロ

 

きょうは夏至。

いちばん日の長い日。

それに加えて、いろいろ縁起の良いことが重なってて、

スピリチュアル的にはめちゃくちゃな幸運日で、

この日に何もやらないのはおバカさん。

――くらいの素晴らしい開運日なんだって。

 

ということを日が暮れた、ついさっき知った。

あっちゃー!

今日はカミさんも義母もいないので、

ひとり悠々夏バテの先取りをして、

1日中、本を読みながら転がってた。

 

今年もぼちぼち半分終わり。

頭からっぽにしてキャパシティ作って

後半戦の運を呼び込みましたってことで。

 

名古屋名物・青柳ういろうの

「かえるまんじゅう」の空き箱で

開運ガエル作りました。

 

あなたの運が開ケロ。

世界に平和と笑顔がよみガエル。ますように。

 

 

おとなも楽しい少年少女小説

 

てるてる男とふれふれ女

 

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「南の島でのんびり」なんてFIREしなくてもすぐできる

 

1~2年ほど前からビジネスパーソンが

「FIRE」という言葉をよく口にするようになった。

「うぉぉぉぉ」と炎のように燃えて

仕事をすることなのかと思ったら、

ぜんぜん違っていて、

FIREとは「Financially Independence, Retire Early」の略。

若いうちに経済的に自立し、仕事を辞めることだという。

 

ネットや雑誌では、投資でもうけて

30代くらいでリタイアし、

「南の島でのんびり暮らしてます」

といった人が紹介されているそうな。

 

それなら僕はもう20代でそんな経験は済ませた。

1987年、ヨーロッパをバックパックで旅行していて、

エーゲ海に浮かぶギリシャのロードス島という島で

10日くらいのんびり過ごしていた。

 

気を入れていた仕事が

クライアントの事情でキャンセルになり、

いきなり蒸し暑くなったせいもあって

疲れがどっと出たので、

ここ2日ほど、

ネットもほとんど見ずにゴロゴロしていたら、

ふと、そのことを思い出したのだ。

 

いかにもエーゲ海風の白い家(民宿)に泊って、

そこにオランダ人の女の子やカナダ人の男も

出入りしていた。

 

持ち主のギリシャ人のご夫婦といっしょに食事をして

日本のことやイギリスのこと

(その頃はロンドンで暮らしていた)を聞いてきた。

 

「日本人は何を食べるんだ?」

「魚介類をよく食べるので、

この島と似てるかも知れません」

「イギリスのめしとギリシャのめしはどっちがうまい?」

「うーん。イギリスのほうがうまいものもあるし、

ギリシャのほうがうまいものもありますね」

とかなんとか。

 

そんなわけで美しい海を見ながら、

さらにネコと戯れながら

(ギリシャの島にはどこもやたらネコが多い)、

旅の疲れを癒したのだが、

あの10日ほどが自分の人生の中でどんな意義があったのか、

今もってわからない。

まあ単なる「休み」だったのだろう。

 

でも、今思うとちょと長すぎた。

なんで10日もいたのだろう?

海は確かに美しかったが、それも3日も見てれば飽きる。

特にこれといった思い出もなく、

ただただ、何もすることがなくて

退屈だったという印象が強い。

 

最近言っている「FIREして南の島でのんびり」というのは、

もちろん僕のビンボー旅行の体験などとは

ニュアンスが違っていて、

億り人(資産1億円)の特権みたいなものだ。

 

でも、僕が言いたいのは

「南の島でのんびり」したいだけなら、

今の日本人なら、その気になればいつでもできるってこと。

 

知らないから憧れる人も多いのだろうけど、

そんなのちょっと本気で働いてお金を貯めれば、

あるいは、投資をする元手があるのなら

それを使ってすぐできる。

 

先に体験しておいて「ああ、こういうものなのか」と

わかったうえで、それでも

「永遠ののんびり」を手に入れたいというなら

がんばってFIREをめざしたら?と思う。

 

それにまたいつ何時、コロナが復活したり、

他の伝染病が起こらないとも限らない。

本気で南の島に憧れているのなら

FIREしてどーのこーのなんて言ってないで、

行けるときに行って、若いときに体験しておいた方が

おトクなのではないかと思う。

 

「おいしいものは楽しみに取っておいて、

後からゆっくりいただこう」なんて思っていると、

いただく機会を失っちゃうかもしれないよ。

人生は短いですよ。

 

 

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週末の懐メロ86:リトル・グリーン/ジョニ・ミッチェル

 

1971年リリース。

米国ローリングストーン誌が2020年に選出した

「史上最高のアルバム500枚」で

堂々第3位に選出された名盤『Blue』の収録曲。

 

アメリカでは並みいるスターアーティストを差し置き、

ジョニ・ミッチェルの評価は断トツに高いようだ。

女性アーティストの中では、

アレサ・フランクリンと並んでトップと言っていいだろう。

 

確かに優れたシンガーソングライターだが、

最盛期ともいえる70年代、

彼女はここまで人気があっただろうか?

 

少なくとも僕の印象は割と地味で玄人好み、

日本人の女性フォーク歌手にちょっと影響を与えた人、

ぐらいだった。

 

どうして近年、すでに現役とは言えないミッチェルが

これほどまでに評価されるようになったのか?

その秘密を解くカギが、

この「リトル・グリーン」という曲の中に潜んでいる。

 

歌詞は大まかにこんな感じ。

 

かに座に生まれた女の子

この子に似合う名前を選んだ

グリーンと呼ぶわ 冬の寒さに負けないように

グリーンと呼ぶわ 彼女を産んだ子どもたちもね

リトル・グリーン、ジプシーの踊り子になって

 

子どもを持った子どもの偽り

家に嘘をつくのはもう嫌なの

あなたは書類にファミリーネームでサインする

悲しいの、ごめんなさい、でも恥ずかしいとは思わないで

リトル・グリーン、ハッピー・エンドになって

 

「リトル・グリーン」は実体験に基づく歌である。

ここでいう「グリーン」は、

ミッチェルが実の娘に付けた名前であり、

その親になった女と男を「青二才」と揶揄する呼び名でもある。

 

歌詞の中の「彼女を産んだ子どもたち」とは

母親である自分自身、そして恋人だった実の父親のこと。

 

この歌を歌う6年前の1965年、

まだカナダの無名の貧乏アーティストだったミッチェルは、

トロントの慈善病院で女の子を産んだ。

 

避妊の知識も乏しかった時代の、

望まない妊娠・出産。

当時、カナダでは中絶は法で禁じられていた一方、

未婚の女性が母親になることは罪を背負うことだった。

 

父親である前の恋人も、

新しく現れ結婚を申し込んだ男も、

赤ん坊に対してはひどく臆病で責任を逃れようとした。

 

まだ子どもだった若い彼らにとって、

赤ん坊を抱え込むことは、

アーティストになる希望の道が閉ざされることと

イコールに思えたのだろう。

 

結局、ミッチェルは生後6か月の娘を養子に出し、

アメリカにわたる。

「リトル・グリーン」を書くのは、その1年後の1966年のこと。

そして、その頃からシンガーソングライターとしての

天才を開花させる。

 

1968年のデビューアルバム発表後、

彼女は目を見張る勢いで、

世界のポピュラーミュージックの

メインステージに駆け上がる。

 

そして長い年月が流れたあと、運命は劇的な変転を迎える。

1997年、53歳になっていたミッチェルは、

当時32歳、すでに1児の母になっていた娘と再会する。

1971年、アルバム「BLUE」に

「リトル・グリーン」を収めて26年後、

養子に出して32年後のことだ。

 

親子は心から再会を喜び合った。

しかしその後、マスメディアの報道の嵐によって、

歌の通りに「ハッピーエンド」とはいかない事態と

なっていったようだ。

 

人の感情は大海に浮かぶ小舟のように、

ちょっとした波に簡単に揺らぎ、時には転覆してしまう。

 

いずれにしても、このストーリーを知る前と知った後では

「BLUE」の、そして「リトル・グリーン」の印象は

大きく変わってくる。

 

近年、ジョニ・ミッチェルの評価が高まっているのは、

楽曲そのものだけでなく、

こうした彼女の人生にまつわる劇的なドキュメンタリーが

大きく作用しているような気がしてならない。

 

「女性と子どもを大切にする」という

社会意識を深めるためにも、

ジョニ・ミッチェルをもっと評価しようという声が

強まっているのだ。

 

音楽ビジネスの世界に発言力のある女性が増えたことも

その一因だろう。

自由で開放的で先進的に見える映画や音楽の世界も、

つい最近まで男性権力者による支配が横行し、

パワハラ、セクハラの温床であったことが暴露された。

 

すでに60年近くに及ぶミッチェルの音楽キャリアと

優れた楽曲群は、

女性と子どもの未来に光を投げかけるものとして、

これからも評価はますます高まるものと考えられる。

 

 

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晴れ男と雨女が恋をした。

恋と結婚と幸福と人生の行く末を描く、

おかしくてセンチメンタルな短編小説。

 


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人生は長くて短い

 

 

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「てるてる男とふれふれ女」では、

天気と人の運命について書いてみた。

人生は長くて短い。

還暦を超えて、やっとそうした言葉を実感できるようになった。

そして昨日、ちょっとそれにリンクするような出来事があった。

 

本を出したい、ということで代筆の依頼を受け、

2回ほど取材も行っていたが、

昨日、その人のご家族の重病が発覚。

今後の取材の予定がいったんキャンセルされた。

おそらくこのまま継続するのは難しく、

この案件自体がキャンセルになるか、

長期凍結ということになるだろう。

 

人生にはいろいろなタイミングというものがある。

運・不運の波は定期的にやってくるが、

それはなかなか予知できない。

(占いに頼る人が多いのも頷ける)

 

災害や疫病、金融恐慌だってある。

それを完璧に免れるのは不可能だ。

 

人生設計とか、あれこれ長期計画を立てるのもいいが、

今やりたいこと、できることを先延ばしにしていると、

天気が荒れて実現困難になるかも知れない。

一度時機を逃すと、

そのチャンスは永遠にめぐってこないかもしれない。

 

漠然とした不安に煽られて、お金をため込んで、

結局、節約生活だけが生きがいになって

人生終わってしまう人もいるという。

 

やりたいことがある人、

ずっと心にため込んでいる人は、

我慢と解放のタイミングをちゃんと考えた方がいいと思う。

 

 


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井上ひさしと笑いについて

 

図書館でふと井上ひさしさんと目が合ったので、

久しぶりに読んでみた。

 

最も大作家らしくない大作家・井上ひさし。

中高生の頃に最もよく読んだ作家である。

小説も戯曲も面白かった。

「青葉繁れる」「モッキンポット師の後始末」などで笑い、

「四十一番の少年」で泣いた。

 

高校演劇で「11匹のねこ」をやったが、

ラストは本当に衝撃的で、

1970代後半の演劇をやっていた高校生らに

甚大なトラウマを残した。

 

僕がやったのは、出世した仲間たちにうとまれ、

最期まで変わらずノラネコであり続ける

のんだくれのネコの役だった。

 

あの人生観はその後、45年ほど生きてみて

現実のものとして味わっている。

 

この「ふかいことをおもしろく」は、

NHKがやった「100年インタビュー」を

本にしたものだが、薄いし字も大きいのですぐに読める。

けれども中身は濃厚だ。

 

ひどく心に刺さったのが、15番目の章の「笑いとは何か」。

三谷幸喜が台頭する前、

井上ひさしは喜劇作家の第一人者だった。

 

以下、一部抜粋。

 

苦しみや悲しみ、恐怖や不安というのは、

人間がそもそも生まれ持っているものです。

人間は、生まれてから死へ向かって進んでいきます。

それが生きるということです。

途中に別れがあり、ささやかな喜びもありますが、

結局は病気で死ぬか、

長生きしても結局は老衰で死んでいくことが決まっています。

この「生きていく」そのものの中に、

苦しみや悲しみなどがぜんぶ詰まっているのですが、

「笑い」は入っていないのです。

なぜなら、笑いとは、人間が作るしかないものだからです。

それは、一人ではできません。

そして、人と関わってお互いに共有しないと

意味がないものでもあります。

 

久しぶりに笑いについて考えさせられた。

 

世の中も全体に笑いは低調なように感じる。

正直、いま、テレビやインターネットで

笑いを売り物にしているものは

本当に笑えて、面白くて、感心できるものはごく少ない。

なんだかとても底が浅いのだ。

浅瀬でチャプチャプ

お笑いごっこをやっているような印象がある。

 

むしろいっしょにいるカミさんや義母のほうが

笑わせてくれる。

 

僕もできるだけ自分が書くものは、

どこかでちょっとは笑えるように、

と思って工夫しているつもりだが、

どうもここのところ、あんまりうまくいってない。

また井上さんの小説や芝居を読もうと思う。

 


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週末の懐メロ84:さよならレイニーステーション/上田知華+KARYOBIN

 

1980年リリース。

昭和の時代、列車は人生の旅路を表すモチーフであり、

駅はそれぞれのドラマが交錯する舞台だった。

だから駅を題材に別れや旅立ちを描いた歌が

たくさんあった。

この曲もその一つで、いわば「なごり雪」の雨バージョン。

 

けれども素晴らしく新鮮だった。

 

フォークでも歌謡曲でもない、

クラシックを基調としたポップス。

いや、ポップスの姿をしたクラシック。

 

こんなユニークな音楽を創っていたのは、

昔も今も、そして世界中を見渡しても、

上田知華+KARYOBIN(カリョービン)だけだ。

 

グループの中心・上田知華は、東京音楽大学在学中に、

みずからのピアノとヴォーカルに

弦楽四重奏(ヴァイオリン×2、チェロ、ビオラ)を

組み合わせた

ピアノクインテットを結成し、1978年デビュー。

 

KARYOBIN(カリョービン)は「迦陵頻伽」。

仏典における上半身が人で下半身が鳥、

美しい声で歌うとされる想像上の生物。

西洋のセイレーンや人魚に似ている。

 

4年間に通算6枚のアルバムをリリースし、

クラシックの技術・表現力を基盤にした、

数多の優れた楽曲(すべて上田のオリジナル)

を生み出した。

 

特に当時の人気イラストレーター・山口はるみが

ジャケットデザインを担当した

3~5枚目のアルバムの充実度は抜群で、

「パープルモンスーン」や「秋色化粧」は

コマーシャルソングとして使われ、ヒットした。

 

「さよならレイニーステーション」は、

3枚目のアルバムのラストナンバーで、

ライブのラスト、アンコールとしても

よく演奏されたようだ。

 

数秒で涙腺が緩むようなイントロのストリングス。

美しく品格があり、

それでいて親しみやすいメロディライン。

のびやかで繊細な歌唱、

胸の奥深くに余韻を残す五重奏の劇的なエンディング。

このグループの魅力を凝縮した代表曲である。

 

KARYOBINでの活動と作曲力が高く評価された上田知華は、

この頃から松田聖子らアイドル歌手に

数多くの楽曲を提供していた。

 

この曲も当時のアイドル・倉田まり子が歌っていたが、

表現力と音楽の品格の面で

オリジナルははるかに上回っている。

 

上田はグループ解散後、

ソロアーティスト・作曲家として活動。

テレビドラマの主題歌になった今井美樹の

「PIECE OF MY WISH」がミリオンセラーになった。

 

ひとり暮らしを始めた頃、

プログレやテクノやニューウェーブを聴く一方で、

清涼な湧き水のような潤いを与えてくれた

KARYOBINのレコードは、

不安定な心を癒し、

人生の一時期を支えてくれた。

 

あれから40年あまりの月日が流れた。

 

知らなかったが、コロナ前の2018年、

KARYOBIN40周年の復刻盤CDBOXが発売され、

記念のコンサートも開かれたという。

 

しかしその後、上田知華さんは病に倒れた。

ちょうど1ヵ月前の4月27日、訃報が公にされ、

半年前、昨年(2021年)の9月に

亡くなっていたことが伝えられた。

 

音楽人生をやり遂げたのだろうか。

才能をすべて出しきっての終わりだったのだろうか。

そう信じたい。

 

たくさんの美しい曲をありがとう。

心からご冥福をお祈りします。

 

さよならレイニーステーション

きみを忘れはしない。

 


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ポップにアートに生と死を考える「END展」

 

話題にするには気が重い。

出来れば避けて通りたい。

先送りしてしまいたい。

けれども誰ひとり逃れることのできない「死」。

 

そのドーンと暗いテーマと、

芸術的・学術的かつポップなノリで

向き合ってみようという「END展」。

 

今日は会場である二子玉川ライズのスタジオまで

メディア向けの内覧会に行ってきた。

 

率直な感想は、めっちゃ面白い!

 

エンタメでありながらアート。

気軽でありながら、深淵。

老若男女問わず、すべての世代が親しめる

偉大な日本のマンガ文化を活かし、

見る者の思考とイメージを刺激する、斬新な企画だ。

 

会場は「魂のゆくえ」「終わりの選び方」

「死者とわたし」「老いること生きること」

といったパートにわかれ、

それぞれ天才バカボン、怪獣の子供、コジコジ、

ゴールデンカムイ、トーマの心臓、リバーズエッジ、

AKIRA、寄生獣など、

名作マンガの名場面・名ゼリフなどが各テーマを表現する。

 

その他、

「あなたはもう一度、自分に生まれ変わりたいですか?」

「あなたはご遺体を食べられますか?」など、

刺激的な問いかけに思わず引き込まれてしまう。

 

ただ見て回るだけでなく、積極的に自分で入り込み、

人生を考える、参加・体験型の展示会である。

 

事前予約制なのでどういった人たちが

来場予定なのか聞いてみたら、

シニア層だけでなく、まだ死から遠いはずの

10代・20代も多いという。

 

日本人の死・老後に対する概念、

人生全体のイメージが大きく変わろうとしている。

 

予約は必要だが無料。

自分の人生を見つめ直したいという人にも、

単位に野次馬精神旺盛な人にも超おすすめ。

 

6月8日(水)まで開催中。

 


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「世界カメの日」に考える  なぜ浦島太郎はリスクを負ってカメを助けたのか?

 

「浦島太郎」のお話の始まりは、

太郎が浜辺でカメが子どもたちに

いじめられているのを助けるところから始まる。

 

勝手に解釈すると、イジメてたわけではなくて

捕まえて殺して食おうとしていたのだと思う。

昔はウミガメを捕まえて食うことなんて

海辺の村では日常茶飯事で、

この子どもたちも親たちから

「今夜のめしはカメ鍋にするから捕まえてこい」と

指図されたのだろう。

ひと家庭では食べきれないので、

村でパーティでもやる予定だったのかも知れない。

 

このカメは産卵するため浜辺に上がってきたところを

狙われたのだ。

これでは逃げようがない。

海辺の村人にとっては年に数少ない、

栄養満点のごちそうにありつく

絶好のチャンスだったのに違いない。

 

それを邪魔した浦島太郎は、子どもらのみならず、

ほとんど村全体を敵に回したと言っていいだろう。

そもそも彼はこの村の人間ではないのではないかと思える。

 

カメを助けるから動物愛護の精神に富んだ

いい人に思えるが、それは現代人の感覚で、

こんなことをしたら、子どもたちが親に言いつけて、

あとから村じゅうの人間から

袋叩きに逢うことは目に見えている。

 

結果的に彼はカメに竜宮城に連れて行ってもらい、

乙姫様と結婚して夢のような暮らしを送るので、

これだけの危険を冒したかいがあったということになる。

まさしくハイリスク・ハイリターン。

投資は大成功だ。

 

助けられるカメは、

現在では竜宮の使者ということになっているが、

一説では乙姫様が化けていたというものもある。

 

産卵しに上がってきたわけだからメス。

辻褄があっている。

ちなみにオスのウミガメが陸上に上がってくることは

ほとんどないようだ。

 

よく考えると、浦島太郎と乙姫様は

かなりミステリアスなキャラクターである。

夫婦だったのか?

愛人関係だったのか?

どうしてあっさり別れたのか?

玉手箱を持たせたのは乙姫の復讐だったのか?

太郎はじいさんになってどこへ行ったのか?

海が舞台ということもあり、

この物語には想像力を刺激される。

 

もしかしたら浦島太郎は

ちょっと過剰な動物愛護の精神を持った

現代のアメリカ人がタイムスリップしてきた

お話なのかもしれない。

 

今日、5月23日は「世界カメの日」。

カメに対する知識と敬意を高め、

カメの生存と繁栄のための

人類の行動を促すことを目的として、

2000年に米国カメ保護会によって制定された

記念日とのこと。

 

人新世(アントロポセン)という新たな地質学的時代、

カレンダーにはいつの間にか、

いろいろな動物の記念日が増えている。

「ナマケモノの日」とか

「ヤマアラシの日」なんてのもある。

 

急激に地球環境を変化さえてきた人類が、

単に保護するだけでなく、動物の声を聞き、

そこから新たな生き方を学ぼうとしているようにも思える。

 


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なぜ宝くじに当たるとほとんどの人が破産するのか?

 

先週に引き続き、司法書士の方の本を書くので取材。

その中の項目の一つに

「なぜ宝くじに当たるとほとんどの人が破産するのか?

わたしが絶対破産しない方法を教えます」

というのがあった。

 

彼は宝くじを取り扱うみずほ銀行の仕事もしている。

どういう必要性があるのか、よくわからないが、

みずほ銀行は高額当選者のその後を調べているらしい。

 

「宝くじに当たる」というのは、

もちろん1万円、10万円レベルでなく、億単位の話である。

 

そりゃ前提がレアケース過ぎますよと笑ったが、

話はなかなか面白かったし、感心した。

 

内容はもちろん出版してからしか話せないが、

宝くじで大金が当たった人が取る行動の特徴が

二つあるらしい。

 

人にそのことを話す。

仕事を辞める。

 

黙ってりゃいいのに人に話しちゃうのは、

SNSで「いいね!」が欲しいといった

承認欲求にもとづくものだという。

 

そんなことでしか承認欲求を満たせないのか?

と思うが、どうやら人間心理はそうなっているらしい。

 

万一、僕は当たっても続けると思うが、

ほとんどの人が仕事を辞めてしまうという。

要するに、仕事をカネを稼ぐ手段としか考えていない、

ということだろう。

カネさえあれば働かない。

遊んで暮らしたいというわけだ。

 

なんだかずいぶんと心が貧しい気がする。

承認欲求ってそんなことで得るもの?

あなたのやってる仕事ってその程度のもの?と思う。

何だかこれではお金の従僕である。

でもそれが平均的日本人の本質なんだろう。

 

阿武町の間違い振り込み事件の彼は、

とうとう逮捕されてしまった。

ぼくに言わせれば彼は被害者に近い。

 

とんでもないボンクラミスを犯した町の職員らは

まともな謝罪もなければ、何の責任も取らないようだ。

 

お金で簡単に人生が狂わされること、

 

公務員・議員・官僚・政治家などの

おいしいポジションにつけば、

無責任にのうのうと暮らせること、

 

そして、やっぱりマスコミは

貧乏人の嫉妬心を煽り立てる報道をしちゃうこと。

まぁ、世間の方々が求めているのだからしゃーないよ、

ということだろうか。

そして、そこから透かして見えるのは、

日本人の心の貧しさとムラ社会の現実。

 

そうしたものをこの騒ぎでは、

またもやまざまざ見せつけられた。

 

思わぬ大金が転がり込む幸運(=不運)に出逢ったら、

ぜひかの司法書士の本を手に取ってください。

完成・発行は8月くらいかな?

 


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もし僕が24歳の時、4630万円振り込まれたら?

 

「バカだな。すぐに4630万返しときゃ

こんな大騒動にならなかったのに」

最初そう思ってしまった今の自分。

もちろん、山口県阿武町の間違い振り込み事件のこと。

 

でも、待てよ。

24歳の時、こんなことがあったら、

おれは今みたいに考えたかな?

と思ってしまった。

 

昨日まで限りなくゼロに近かった自分の銀行口座に

ある日突然、4630万円入っている。

びっくりして足が宙に浮く。

 

24の時はバイトしながら演劇やってたので

46万円3千円稼ぐのに3ヵ月以上かかっていた。

それが一晩で4630万円!

 

絶対何かの間違いだろうということはわかる。

だけど、人間のこの方面のメンタルって

そんなに強くてクールだろうか?

ましてや、人生経験の少ない24歳の青年である。

 

足はふわふわ宙に浮き、

頭はキーンとしびれている。

4630万円はそれくらいインパクトがあり、

若者を一種のトランス状態にしてしまう。

 

そんなところへ役所の人間がやってきて

「間違えたから返しなさい」と言われて

素直に「はい、わかりました」と言えるだろうか?

 

いったん口座に記載された4630万という数字が消え、

もとの限りなくゼロに近い数字に戻ることを

そうやすやすと受け入れられるだろうか?

 

おまえどうだよ?と自分に向かって訊いてみたが、

はなはだ怪しい。

 

振り込まれた若者が役所の人間に対して

抵抗感を示したというが、

なんだかちょっとわかる気がする。

 

僕も24だったら、彼と似た言動をとるかもしれない。

いったん自分のものになったカネを返金するには、

尋常でないほど、

怒りと悲しみと痛みと寂しさが伴うと思う。

なにか世のなかの不条理なるものに

打ちのめされたような気持ちになるはずだ。

 

彼は今、めちゃくちゃバッシングされて、

子どもの時の卒業文集までさらされ、

「カネの亡者」にされてしまっている。

さらに実名も公開されてしまった。

 

もちろんすぐにカネを返さなかったのは悪いのだが、

なんだか気の毒な気がしてきた。

そもそもこれは間違って振り込んだ町の役所の責任。

あまりにもおそまつすぎる。

 

どういう事情があったのか、

どういう人が担当者だったのか知らないが、

公金を扱う役所が、4630万円もの大金を振り込むのに

上司や町長クラスがろくにチェックもしてなかったのか?

こんなのも「ヒューマンエラー」で済まされるのか?

 

こんな怠慢で、緊張感のない仕事をやっているのなら、

公務員の数を半分に削ってAIにしてしまったほうが

いいんじゃないかと思ってしまった。

 

それにしてもこんなつまらないことで

人生をズタズタにされてしまうのは

余りにもひどい。

 

さっさとカネ返して、とっとと忘れて

そんな田舎町なんか捨てて、東京で出直せ。

でなければ逆に自叙伝でも書いて(俺が代筆する)、

自分を売り込め、と彼には言いたい。

 


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僕たちはすでにセンチメンタルなサイボーグである

 

現代を生きる人間、

少なくとも都市環境の中、現代文明の中で生きる人間は、

脳だけは生身のままだが、体のその他の部分も、

住環境も「技術=テクノロジー」に頼っている。

当然、あなたも僕も例外ではない。

 

これは世界的なロボット工学者の石黒浩教授の思想である。

 

石黒教授によれば

「人間とは、動物と技術を合わせたものである」。

 

住んでいる家やビルはもちろん技術の賜物であり、

都市部において、人間の手がまったく入っていない

純粋な自然を見つけることは、ほぼ不可能だ。

 

体だって工場で作られた服を着て、

メガネをかけて、常にスマホをいじっている。

内部に人工臓器を入れている人も珍しくない。

人間の活動はすでにその大半が

技術によって支えられている。

(「ロボットと人間」/岩波新書より)

 

「人間とは何か」を追求するために

さまざまなロボット・アンドロイドを開発し、

実証実験・演劇・パフォーマンスを通して

世に問い続ける石黒教授の考え方には、

非常に多くの共感と納得感を覚える。

 

彼のロボット研究(=人間研究)の世界には

未来の人間・社会の在り方が

かなり濃厚なイメージで潜在している。

 

人間は未来において、より進化するために、

価値観の多様性を広げ、

その身体機能や脳の機能を拡張する。

 

それを実現するために必要とされる、さらなる技術。

社会生活においても、

個人の生活においても、

AI・ロボットの協力はますます求められ、

僕たちはそれと共存していくことを余儀なくされる。

 

「純粋な人間でありたい」という

センチメンタルな感情のかけらが疼くかもしれない。

そんなものはとっくの昔に失っていることは

わかっているのだけど。

 

AI・ロボットは思いもかけなかった時空に

人間を連れて行ってくれるだろう。

その頃、まだしつこく生きていたら、

そして感傷的になるのを堪えることができたら、

僕もいっしょに連れて行ってくれるだろうか?

 

おりべまことのロボット小説・エッセイ集


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ときにはダンゴより花

 

 

5月は花の季節。バラが特に美しい。

もうすぐ息子の誕生日ということもあり、

部屋に花を飾った。

 

毎日当たり前のことを繰り返して生活していると、

何かが少しずつ損なわれていっているような、

擦り切れていっているような、

漠然とした不安を抱くことがある。

それが日常であること・平和であることの恐ろしさ。

 

今日も無事に暮らせました。ありがとうと、

いちいち神さまか何かに感謝するような

殊勝な気持ちは持ちあわせていないが、

花があるとそれができる。

 

花があると心が膨らみ、想像力が刺激される。

そして損なわれたものが自然と修復されていくような、

とても救われた気持ちになる。

 

そんなの錯覚であり、妄想なんだろうと思う。

それでもいいのだ、心の栄養になれば。

特別な日でなくても

時には一日食べなくても花を飾るといい。

新しい季節を始めるために。

 


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「昭和96年の思い出ピクニック」のレビュー

 

毎日のように身近な芸能人や文化人の訃報を聞く。

今日はダチョウ倶楽部の上島竜兵さん。

ひとりひとりこの世を去っていくたびに、

昭和という時代がどんどん遠ざかっていくようだ。

 

政治家や企業家などの偉い人たちより、

芸能人や文化人の死にそうした感情を抱くのは、

やはり彼ら・彼女らが僕たちの暮らしの一部であり、

人生の夢や楽しさを与えてくれたからだ。

 

ブログでときどき昭和についてのエッセイを書いているが、

それを電子書籍としてまとめた第1集

「昭和96年の思い出ピクニック」(昨年発売)

http://www.amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

の紹介文にはこんなことを書いた。

 

アイドル、マンガ、オカルト、オリンピック、

新聞配達、家族、そして戦争――

昭和には愛すべきもの、憎むべきもののすべてがあった。

2021年=令和3年=昭和96年になった今でも、

僕たちは昭和の物語から離れられない。

 

海を埋めたて、山を切り開き、

明日へ向かって進んだ果てに

見つけたものは何だったのか?

みんなが愛して憎んで生きた時代を

1960(昭和35)年生まれの著者が探検する

面白まじめエッセイ集。

 

この本にはこんなありがたいレビューをいただいている。

 

この本に出会えたのは電子書籍という世界だから。

これが仮に紙媒体で出版されていたら、

私は、おそらくそのコーナーにすら

近づくことはなかったと思う。

別に嫌だからとかではなく、

純粋に出会えるきっかけがないから。

内容はこの時代を生きた人の生の声。

熱さ寒さだけでなく匂いまで伝わってきそうな生きた声。

素敵だ。

電子書籍=副業か恋愛のような

偏った冊数の分布がある中で、

こんな電子書籍でしか表現できない本があるというのも、

kindleの魅力なんだなーと再認識した1冊である。

 

身に余る光栄。

これからも僕の書ける限りの昭和のお話を

後世に伝えていきたいと思っています。

 


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母の日・父の日に感謝のプレゼントなんかいらない

 

週末は息子が遊びに来た。

正月以来である。

もうすぐ誕生日なので、一足早くお祝いをした。

 

「おまえ、日曜は母の日だけど、

かあちゃんに花ぐらい持ってこないの?」

と冗談めかして言ったら、テヘヘと笑っている。

 

今年で26になるが、

親にとって子どもはいつまでたっても子どもである。

いつものごとく本とか映画とか音楽とかネットとか、

しょーもない話ばかりしてたのだが、

なんとなく2日いっしょにいたら

カミさんともどもリフレッシュして元気になった。

 

不思議なもので、義母もなんだかご機嫌麗しくなって、

お散歩も楽しげだった。

若い奴はなかなか目に見えない力を持っているものだ。

 

母の日・父の日になるといつでも、

世の中の空気にそこはかとない気持ち悪さを感じる。

親が子どもを育てるのは当たり前である。

子どもが「育ててくれてありがとう」などと言って、

わざわざ感謝のプレゼントを贈る必要なんかあるのか、

と思う。

 

子どもに親への感謝を強制しているんじゃないの?

そんなことする権利が親にあるの?

むしろ成人して独立して、心配させるでもなく

元気にやっている子どもがいたら、

親はその子に感謝すべきじゃないか。

 

近年は、親の子に対する虐待、

子の年老いた親に対する復讐みたいな虐待、

そして、愛しすぎて子離れできない親とか、

おとなになった親子の問題が原因で、

メンタルに深刻な影響を与えるケースが増えている。

 

いっそのこと、母の日・父の日なんかやめてしまって、

自分の親子関係を考え、見直す日にしたらどうか。

その上で子どもが心から母・父に感謝したい、

何かプレゼントしたいと自発的に思えるなら贈ればいい。

 

世のなかの風潮に流されて、

なんとなく習慣化・形骸化している母の日・父の日に

「やらされている感」がある若い人は、

自分の今後の人生のためにも、

ぜひ一度考えてみてください。

 

子どもや家族のことを書いたエッセイ集。

息子がチビの時のことや、父親の戦争体験などの話も収録。

●子ども時間の深呼吸

https://www.amazon.com/dp/B0881V8QW2

●昭和96年の思い出ピクニック

 http://www.amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

 


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自分の未来、世界の未来、子どもの未来を大切にして生きよう

 

時間は未来から現在、そして過去へ流れる。

 

そんなわけないだろうと思うが、

自分の最終形をイメージし、そう考えて生きる方が

これからは良いのではないかと思う。

 

人間の不幸の最大の原因は

「比べてしまうこと」である。

 

他者と比べておれは・・・とやると、

自分のことを客観的に見られるというメリットはあるものの、

自分を見失ってしまうデメリットはその何倍も大きい。

 

それよりもさらに悪いのは、

過去の自分とくらべてしまうことだ。

 

とくに若い頃、いろいろ活躍して

周りにチヤホヤされた中高年は、これをやりがちである。

 

昔の輝いていた自分のイメージが忘れられなくて、

「むかしはよかった」

「もうトシだ」と呟いていると、

その自分の吐く言葉で、

どんどん脳細胞が破壊されていく。

そして、いつの間にか脳が大きなダメージを受けている。

そうなると人生に希望は残らない。

 

その点はうちの義母には見習うべき点がある。

なにせ過去の記憶をすっかり失ってしまっているので、

「昔の自分は・・・」なんて比べようがない。

 

いつでもどこでも“今”が新鮮であり、

“今”が最高で生きている。

認知症も悪いことばかりではない。

 

時間は未来から現在、そして過去へ流れる。

 

そう考えるのはごまかしでもなんでもなく、

たとえ病気になっても、

たとえ頭や体が動かなくなったと感じても、

人生を良き方向に向かわせるための貴重な思考法である。

 

あなたの最終形は何だろうか?

最後の夢、究極の人生の目的は何だろうか?

それを考えるのは、何歳からでも遅くはない。

それを設定できれば、

“今”は過去の結果、過去のなれの果てではなく、

未来へ向かうための一行程、

成長の一段階に変わる。

 

そして、その夢、その目的に不要な情報は

切り捨てていい。

人生は短いのだ。

僕たちは世の中の総ての情報を知ることはできない。

重要でないものには目を瞑っていい。

自分の未来を大切にして生きよう。

そして、世界の未来、子どもの未来を大切にして生きよう。

 

★おりべまこと電子書籍

「銀河連邦と交信中なう」

GW6日間無料キャンペーン実施中

最終!5月6日(金)16:59まで

 

●「人間を大事にしています」ってどういうこと?

 ●慢性硬膜下血腫で頭の手術の顛末記

●百年ライフの条件と自分ストーリー

●酒タバコやめて100まで生きたバカ3

ほか全38編のエッセイ集


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本気で生まれ変わりたい人のための「白葬」

 

「人は何度でも生まれ変われる」 

「生まれ変わったつもりでがんばる」

「一度死んで生まれ変われ」

 

映画、ドラマ、文学など、フィクションの分野でも、

ビジネスなどリアルな分野でも、よく耳にするセリフだ。

 

美しい。

カッコいい。

ドラマティックだ。

 

でも、言葉だけなら誰でも、いくらでも言える。

実際に一度死んで生まれ変われる人なんていない。

そんなことできるはずがない。

 

これまではそうだった。

 

ところがそれが実現できるようになった。

横浜の地下鉄・三ッ沢下町駅のすぐそばにある

「逃げBar WhiteOut」がその実現の場だ。

 

何から何まで真白な空間。

小さなスペースだが、何だか無限に広がるような

不思議な感触のある空間だ。

 

ここのオーナーであり、体験作家の雨宮優氏は

今年2月からこの「逃げBar WhiteOut」で

「白葬(はくそう)」をプロデュースしている。

 

真白な空間で自分自身の葬儀を挙げることができる。

本気で「生まれ変わりたい」という人のための

舞台装置を整えたのだ。

 

演劇をやっていた僕の目から見ると、

とても演劇的な空間だ。

そうなのだ。

演劇の中であれば、人は何度も死ねるし、

何度でも生まれ変われる。

 

現代ではべつに演劇などやっていなくても、

一般の人が現実の常識から離れて、

仮想現実、バーチャル空間に

容易にアクセスできるよう、脳を進化させている。

特に若い世代は、その進化が著しい。

 

むかしの自分は死んだ。

ここで白葬を開いて新しい自分に生まれ変わる。

葬式は一生に一度きりでなくてもよい。

何度やってもよい時代になったのだ。

 

発案者の雨宮氏は白葬のリリースのなかで語っている。

 

“人生は1度きり。そうなのだと思う。

けれど、例えば1度きりの人生を

1つの小説だとしたときに、

それは複数の章によって構成されている。 

そして章が変われば場面や時代、

キャラの設定だって変わっていることもある。

1つの人 生に対して1人の自分でいる縛りはないはずだ。”

 

ひとことで言えば生前葬だが、

従来のものとは全く違うことは一目瞭然。

 

こんなものを世に出した

雨宮氏の発想・オリジナリティには静かな感動を覚える。

 

彼自身は大変もの静かな青年だが、

「白葬」のほかにも、「Ozone合同会社」として

斬新でエキサイティングな活動をいろいろ行っている。

 

月刊仏事の取材で訪れ、これから記事を書くが、

葬儀やエンディングの概念を変えてしまうような

彼の活動には、個人的に大いに注目している。

 

 

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おりべまこと電子書籍「銀河連邦と交信中なう」 GW6日間無料キャンペーン

 

5月1日(日)17:00~6日(金)16:59

読み応えたっぷり。

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高度情報社会では「自分はフツーだ」と思っている

ヘンな人が激増中。

 

現代ピープルは、星の海のごとく情報渦巻く世界に

左半分だけ突っ込んで、

右半分は自分の好きな世界にはまりこんで、

まるでどこか別の惑星と交信しているかのように

ふるまっている。

 

みんな地球人だけど、

みんなどこかの星のストレンジャーでもある。

 

だけどこれでいいのだ。

みんな楽しくヘンになればよい。

 

自転車事故を起こして

頭の手術をした体験からよみがえっても、

けっきょく自分はもとのまま。

バカは死ななきゃ治らないとリアライズして、

ふたたび元気に生き始めた、

おりべまことの面白還暦エッセイ。

 

「酒タバコやめて100まで生きたバカ」

「いつもちょっとクレイジーでいるためのスキル」に続く、

「生きる」をテーマにしたエッセイ集の第3弾です。

ブログ「台本屋のネタ帳」から38篇を厳選・リライト。

 

もくじ

●「人間を大事にしています」ってどういうこと?

●悟りを開いてお寺で婚活

●クリスマスにちょっとだけ世界と自分を変える

●いい人のサービス残業問題

●慢性硬膜下血腫で頭の手術の顛末記

●自分という人間のスト―リーに気付いた一年

●百年ライフの条件と自分ストーリー

●1/fのゆらぎの初夢

●山羊座のボヤキとイベント増殖に対する懸念

●僕たちは罪を背負わされている

●わが心の誕生日会

●酒・タバコ、やめて100まで生きたバカ・パート3

●「どろろ」アニメリメイク版:人間のおぞましさ・美しさ・面白さに迫る

●「悠々自適の幸福な未来」が待ってるはずだった

●ライターという職業の面白さ

●銀河の死なない子供たちへ:人生は無限ではないという幸福

●銀河連邦と交信中なう。

●今夜はホームアローンでわくわく?

●落書きペンは地球色

●女の天才に奉仕する仕事

●たっぷり眠るとたらふく夢を見る

●絵描きのセンス

●ビッグデータ分析と夢を共有する時代

●取材はイベントにしたい

●「実践!五〇歳からのライフシフト術」で人生の午後に備える

●ビジネスのための本気の企業理念

●子どもの卒業・親の卒業

●あたりまえに豊かで幸福だけど

●電車内スマホゲームはなぜカッコ悪いか

●みずから幸福になることを放棄している日本人

●イチローの国民栄誉賞辞退に心の中で拍手喝采

●世界自閉症啓発デー&発達障害啓発週間と人権意識の未来

●結婚記念日と「四月のある晴れた朝に百パーセントの女の子に出会うことについて」

●夜中に情報ウンコの排出

●これからは手ぶらで旅をしたいんだけど

●最期まで希望を見たい

●引っ越しと地球の意志

●ガクアジサイの咲(えみ)

 


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新刊発売!銀河連邦と交信中なう

 

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高度情報社会では「自分はフツーだ」と思っている

ヘンな人が激増中。

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ふるまっている。

 

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だけどこれでいいのだ。

みんな楽しくヘンになればよい。

 

自転車事故を起こして頭の手術をした体験から

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「酒タバコやめて100まで生きたバカ」

「いつもちょっとクレイジーでいるためのスキル」に続く、「生きる」をテーマにしたエッセイ集の第3弾です。

ブログ「台本屋のネタ帳」から38篇を厳選・リライト。

読み応えたっぷり。

人生の携帯食にぴったり。

宇宙へ旅する時のおやつにもばっちり。

 

もくじ

●「人間を大事にしています」ってどういうこと?

●悟りを開いてお寺で婚活

●クリスマスにちょっとだけ世界と自分を変える

●いい人のサービス残業問題

●慢性硬膜下血腫で頭の手術の顛末記

●自分という人間のスト―リーに気付いた一年

●百年ライフの条件と自分ストーリー

●1/fのゆらぎの初夢

●山羊座のボヤキとイベント増殖に対する懸念

●僕たちは罪を背負わされている

●わが心の誕生日会

●酒・タバコ、やめて100まで生きたバカ・パート3

●「どろろ」アニメリメイク版:人間のおぞましさ・美しさ・面白さに迫る

●「悠々自適の幸福な未来」が待ってるはずだった

●ライターという職業の面白さ

●銀河の死なない子供たちへ:人生は無限ではないという幸福

●銀河連邦と交信中なう。

●今夜はホームアローンでわくわく?

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●女の天才に奉仕する仕事

●たっぷり眠るとたらふく夢を見る

●絵描きのセンス

●ビッグデータ分析と夢を共有する時代

●取材はイベントにしたい

●「実践!五〇歳からのライフシフト術」で人生の午後に備える

●ビジネスのための本気の企業理念

●子どもの卒業・親の卒業

●あたりまえに豊かで幸福だけど

●電車内スマホゲームはなぜカッコ悪いか

●みずから幸福になることを放棄している日本人

●イチローの国民栄誉賞辞退に心の中で拍手喝采

●世界自閉症啓発デー&発達障害啓発週間と人権意識の未来

●結婚記念日と「四月のある晴れた朝に百パーセントの女の子に出会うことについて」

●夜中に情報ウンコの排出

●これからは手ぶらで旅をしたいんだけど

●最期まで希望を見たい

●引っ越しと地球の意志

●ガクアジサイの咲(えみ)

 


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新刊予告「銀河連邦と交信中なう」

 

 

おりべまこと電子書籍新刊予告

「銀河連邦と交信中なう」。

「酒タバコやめて100まで生きたバカ」

「いつもちょっとクレイジーでいるためのスキル」に続く、

エッセイ集:生きる第3弾。

AmazonKindle電子書籍4月30日(土)発売予定。

みんな楽しくヘンな人になろう!

 

★「人間を大事にしています」ってどういうこと?

★いい人のサービス残業問題

★慢性硬膜下血腫で頭の手術の顛末記

★酒・タバコ、やめて100まで生きたバカ・パート3

★銀河連邦と交信中なう。

★電車内スマホゲームはなぜカッコ悪いか

★みずから幸福になることを放棄している日本人

★夜中に情報ウンコの排出

★引っ越しと地球の意志 ほか

 

ブログ「DAIHON屋のネタ帳」より人気のエッセイ

全38編を厳選・リライト収録。

 


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4月のある雨の朝に100パーセントの川岸から 小舟を漕ぎ出すことについて

 

今年はまだ「4月のある晴れた朝に

100パーセントの女の子に出会うことについて」を

まだ読んでいなかったので、昨日読んだ。

 

悲しい話ではあるのだけど、

これは平和でお天気の良い世界のお話だ。

 

ロシア・ウクライナ戦争があったこと、

そして雨が多かったこと

(4月に台風接近なんて生れて初めて聞いた)で、

どうもあまり読む気分にならなかった。

 

いつもこの短い物語からさまざまな寓意を感じとるのだが、

今年はなぜか「4月の雨の朝」のことを

書いてみたいと思った。

 

七日七晩降り続ける雨。

野山の景色が白く煙り、川の水が溢れる中、

彼と彼女は筏のような小さな舟を浮かべて

草花が萌え始めた川岸から漕ぎ出していく。

 

二人はおそらく100パーセントの世界から

旅立とうとしているのかもしれない。

勇気ある旅立ちなのか、愚かな逃亡なのか。

そして、いずれ二人はバラバラになるのかもしれない。

先のことは何もわからない。

 

そんなイメージの断片だけが思い浮かんだ。

ひらひらと舞い降りてきた桜の花びらのような

僕にとっての贈り物かも知れない。

 

村上春樹がまだ若い頃に書いた

この短編は「贈り物」の物語である。

 

人は皆、生まれながらに自分だけの特別な贈り物を

もらっているのだが、

ほとんどの人は気が付かないか、

それは本物の贈り物ではないのでは・・・と疑いを抱く。

 

そうして別の何か、

自分にとってはさほど大切でもないものばかり

探しているうちに年月が流れ、

もともと手にしていた贈り物を失ってしまうのだ。

 

人生はそれを取り戻すためのストーリー。

自分にとっての「成功」は

他人が吹聴する成功とは違う。

これはそんなことを教えてくれる寓話なのだと思う。

 


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これからどうやって旅に出るか?

 

おそらく誰もが若い時代、

「視野を広げる」ということを意識したり、

年長の大人から言われたりすると思う。

 

たしかに振り返ってみると、自分の場合も

10代から20代にかけて様々な文化に出会い、

実際に海外をほっつき歩いたりもして、

劇的に視野は広がった。

 

しかし、ある程度のところまで行くとその広がりは止まる。

つぶさに見れば、以前ほど劇的にではないにせよ、

いろんな経験――たとえば結婚とか子育てとか――

をするとともに広がり続けてはいるのだが、

それまでに構築したものが大きすぎて自覚が薄い。

 

残念ながら、脳も体も

かつてのようなエキサイティングな変化に

ついていけなくなってるのだ。

 

こういう時は旅に出るといいということは

わかっているのだが、

家族もいるし、昔のように一人で自由な旅は出来ない。

 

それに予定調和の旅、

休息のための旅にはもうあまり興味がない。

ゆったり温泉・グルメ満喫旅行も、

天国みたいな南の島のバカンスも、

三日もやれば飽きてしまう。

そんな退屈なものはいらない。

 

欲しいのはもう一度、

自分の根っこを揺るがすような旅体験である。

たぶん可能なのは、忙しい日常の中でもできる、

脳内に臨場感を作る、

自分自身のためのバーチャルトリップを編み出すことである。

死ぬまで視野が広がり続ける旅ができるよう、

いろいろトライを続けて行きたい思う。

 


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女の諍いにピースサイン

 

気が弱いので、オンナ同士の諍いは大の苦手である。

それを避けるためなら(死ねと言われるには嫌だけど)、

たいてい何でもする。

 

カミさんと義母と3人で暮らすようになって

間もなく3年。

この二人は時々ぶつかる。

 

他の生物の世界では、

自分の遺伝子と酷似する他の個体、

つまり子どもが大人になって巣立ったら、

親子が同じ場所で暮らすことは少ないが、

人間は別。

 

特に日本人は「家族・親子は仲が良くて当然」

みたいな幻想にいまだに囚われているので、

いろいろやっかいだ。

 

義母は昭和10(1935)年生まれだが、

このあたりの戦前・戦中に生まれ育った人たちは

当時の男尊女卑思想が体に染みついている。

これは認知症になろうが変わらない。

 

したがって義母は男=僕には優しいし気を遣うが、

女=娘であるカミさんには上から目線で

けっこう厳しい言動をとる。

カミさんもムカッとしてやり返すから

ときどき険悪なムードになる。

 

それを察すると、僕は仕事の途中だろうが何だろうが、

さっとニコニコ仮面をかぶって

「ありゃありゃ、どうしたの~」と

とりなしに入る。

 

時として非常に疲れる。

そして、これはいつか昔に経験したことだと悟る。

 

そうだ、遺伝子は違うが、

母と祖母(父の母)も同じだった。

 

もちろん子どもの頃の話である。

 

母はヒステリックにばあさんへの愚痴をこぼすし、

ばあさんはばあさんで、悪口とまでは言わないけど、

母への不満をこぼす。

そして「お母さんには内緒だよ」と耳打ちして

そっと僕におやつとか小遣いとかを渡す。

愛情でもあるが、味方になれよという賄賂でもある。

 

断れるはずがないのでもらっちゃって

内心ニンマリしちゃうんだけど、

母の顔を見ると罪悪感に苛まれる。

妻に不倫がバレないよう隠している夫のような心境だ。

 

妹はあまりそういうことがなかったらしいので、

これはやっぱり自分が男だからなんだろうなーと思う。

 

その母は今、施設に入っていて、

今日電話したら、にこやかに

「元気だよ」「心配いらないよ」

「ごはんもちゃんと食べてるよ」としか言わない。

 

スタッフの人からあんまり調子よくないと聞いて

知ってるけど、

「いやいや、そうじゃないでしょ」とは言えないので、

笑って聴いている。

いろいろな感情が湧き出る。

 

身内に限らず、できれば、すべからく女性には

いつも、いつまでも幸福であってほしいと願う。

願っているだけで何もできない男だが。

 


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マンガと我が青春の街・長崎へ行く

 

先週、藤子不二雄A先生が亡くなり、

かのトキワ荘の住人でこの世にいらっしゃるのは

水野英子先生ひとりになってしまった。

 

トキワ荘ミュージアム界隈の3駅――

西武池袋線・椎名町、東長崎、

都営大江戸線・落合南長崎の駅構内・周辺は

マンガだらけ。

 

仕事で長崎界隈に行ったのだが、

今回も残念ながら、

トキワ荘ミュージアムには行けなかった。

 

もはや昔の面影はほとんどないが、

かつて江古田駅周辺に住んでいた僕にとって、

このあたりは思い出深い街。

けど振り返ってみれば20代の足かけ10年余り。

そのうち3年近くはロンドンにいたので、

実施にいたのは7年くらいに過ぎなかった。

にもかかわらず、

人生の半分くらいをこの界隈で過ごしたような感覚がある。

 

青春時代の時間は濃密。

若者よ、やりたいことがあるなら、

先延ばしにしてしまったら後悔する。

うまく行くか行かないかわからなくても

今しかないと疾走しても悪くない。

 


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「コミュニティふらっと」に阿波踊り見参

 

4月からすぐ近所に

「コミュニティふらっと成田」という施設がオープン。

今日はそのオープニングイベントだった。

 

いわゆる地域集会所なので、

ヨガや体操の体験教室や親子リトミック、

障がいのある音楽家のコンサートなどが開かれる中、

目玉は杉並名物・高円寺阿波踊りの公演。

菊水連の面々が、小さなホテルのロビー程度のスペースで

見事な踊りを見せた。

義母も大喜びでノリノリだった。

 

散歩コースの途中にあるので、

オープン前から中を覗いて顔を売っていたので、

スタッフの人は気やすく声をかけてくれる。

向こうはよく知っているが、

義母のほうは誰だかわからない。

しかし、そこをうまく合わせて

「お友だち会話」を成立させてしまうのが、

彼女のすごいところ。

 

後からこっそり

「すみません。認知症なんで、

じつは全然おぼえてないんです」

「ああ、うちの母もそんな感じです」というお返事。

正直、なんだかちょっとホッとする。

 

いずれにしても近所にこんなきれいな施設が出来たので、

ふらっと寄って休憩所として利用できそうだ。

 


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リンゼイ・ケンプのダンスの記憶

 

道化師の画像を見ていて、

リンゼイ・ケンプのことを思い出した。

 

ケンプは英国のダンサーであり、パントマイマーである。

俳優として映画に出演したことも何度かあったが、

基本的は舞台が命の人で、

自分のカンパニーを持ち、ダンス、パントマイム、

演劇を融合させたような舞台を作っていた。

 

音楽好きな人にはデビッド・ボウイやケイト・ブッシュの

ダンス、パントマイムの先生として

その名を聞いたことがあるだろう。

 

「ジギースターダスト」時代のボウイ、

デビューした頃のブッシュのライブパフォーマンスには

ケンプの影響が強く表れている。

 

僕も1985~87年、ロンドンに在住していた期間、

何度かケンプの公演を見に行った。

「フラワーズ」という舞台が特に印象に残っている。

 

彼のステージは、高貴なクラシックアートと

サーカスやバーレスクのような、

下卑た猥雑な「見世物」のエッセンス、

さらに1970~80年代のポップカルチャーなどが

絶妙にブレンドされた、

神と人間の間を行き来するような、魅惑的な世界だった。

 

日本のカルチャーにも造詣が深く、

能や歌舞伎の要素も取り入れていた。

今世紀になってからも何度か来日公演を行い、

若い頃と変わらない元気さを見せていた。

いったいいつまで踊り続けるのだろうと思っていた。

 

そんな彼が2018年に亡くなっていたことを知ったのは

昨年のことだ。

ネット上でケイト・ブッシュの追悼コメントを読んだ。

80歳。直前まで次回のステージの準備をしていたようだ。

踊りながら倒れたのかもしれない。

「死ぬときも前のめりで死ね」という

セリフを思いだしたが、

生涯ダンサーとしては理想的な最期だったのかもしれない。

 

拙作「ピノキオボーイのダンス」(Kindle電子書籍)

に登場する老ダンサーは、ケンプをイメージして書いた。

https://www.amazon.co.jp/dp/B08F1ZFLQ6

 

彼は廃棄物となったロボット少年を救い、

彼に踊ることを教える。

老ダンサーの魂は、ロボットダンサーの体を借りて

未来を生きる。

 

彼のパフォーマンスの映像・音声データが豊富にあれば、

何十年か先、そんなことが実現するかもしれない。

僕たちはそういう時代を生き始めている。

 


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世界のサピエンスはこの戦争を許さない (ハラリ氏のプーチン敗北宣言)

 

「サピエンス全史」「ホモ・デウス」の

ユヴァル・ノア・ハラリ氏が、

英国のガーディアン紙上で、

また、YouTubeにおいても、

ロシア・プーチン大統領の敗北を宣言している。

 

 

ハラリ氏は世界的な歴史学者、哲学者、

そしてベストセラー作家だが、

彼のこの宣言で世界の情勢が変わるわけではない。

それでも深く共感できる人は多いのではないだろうか。

 

もちろんロシアはウクライナとの戦争で負けたわけではない。

それどころか依然優勢なのだが、

ハラリ氏が言いたいのは、

大国・独裁者の横暴を、世界中のかなりの数のサピエンスたちが

許せない精神状態になっている、

そして未来に対して非常な危機感を抱いている、

という趣旨だ。

 

ロシアの勝利=大国の小国への侵略成功は、

世界を1945年(第2次世界大戦終結時)より以前に

逆行させてしまうことになる。

 

1945年以前、多くの国にとって、国を豊かにするために

戦争は一種の必要アイテムだった。

国家予算の半分以上を軍事費に使うのが

当たり前だった時代。

それがロシアの勝利・成功によって帰ってくる。

 

つまり、この77年間の経済・産業の発展、

いろいろな文化の成熟の歴史が

完全否定されてしまうことになる。

 

そんな時代の再来を、あなたも僕も、

多くのサピエンスたちは望んでいない。

心の底から嫌がっている。

 

ゼレンスキー大統領は、

そのあたりの心理をうまく読み取って、

巧みに情報戦を展開し、ウクライナを有利な方向に導いた。

僕も情報戦・認知戦ではウクライナが

ロシアを圧倒していると思う。

 

そうした世界(といっても西側諸国だが)の

「戦争・侵略は許せない」――ハラリ氏の言葉に変えれば、

「ジャングルに戻りたくない」という心情が、

ロシアの国民を動かせるかが問題になると思う。

 

あと、YouTubeの話の中では、

ドイツに対する提言が興味深い。

ナチスが犯した戦争犯罪の贖罪として、

ドイツがより積極的に動くことを、

イスラエル人(ユダヤ人)の立場から訴えている。

 

かつてのドイツの同盟国であり、

アジアで侵略行為を行った日本はどう動くべきだろうか?

 

今のこの世界が素晴らしく幸福であるとは思わないし、

この戦争の陰には、アメリカをはじめとする

西側諸国の陰謀が渦巻いているのだろうとは考えられるが、

それでも今の世界は、

1945年以前より、はるかに良くなっていると思う。

 


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100年生きるホモサピエンスの世界はこれから

 

「サピエンス全史(ユヴァル・ノア・ハラリ:著/柴田 裕之:訳)」

「ライフシフト(リンダ・グラットン + アンドリュー・スコット:著 / 池村千秋:訳)」

 

2016年に出されたこの2冊の本で

僕たちの生き方は大きく変わった。

前者は人間がどこから来て、

どうして今こうなっているのかを解き明かし、

後者は人間がこれからどう生きるのかを示唆した。

 

大げさな話ではない。

この2016年以前と2017年以後では世界は、

社会は、人生はすっかり変わってしまった。

 

僕たちは猿から進化した唯一の人類ではなく、

共同幻想の能力によって協力することで

他の人類を駆逐して繫栄した

サピエンスという一種族である。

 

そのサピエンスはこの先の世代は

100年の寿命があると言われた。

僕たちは人生100年時代の幕開けに遭遇してしまった。

60歳は定年でもなく、人生の終盤でもなく、

新たなスタートになった。

 

今までそう言ってた人も少しはいたが、

それがすべての人に当てはまるようになった。

社会もそれを望んでいる。

 

概念を変えること。

今まで続いてきた固定観念を変えるというのは

すごいことだ。

 

これから先の人間・人生にまつわるすべての物事は、

「サピエンス全史」と「ライフシフト」を基準に

回るだろう。

多くの研究者・思想家は

ハラリとグラットン/スコットのフォロワーになり、

こうしている間にもじわじわと世界を変えていく。

 

ダイジェストで何となく読んだつもりになっている人は、

未だ遅くないので、

できればちゃんと読んだ方がいいですよ。

 


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おたく、家族を虐待していませんか?

 

「おたく、家族を虐待していませんか?」

 

といって誰か訪ねて来るんじゃないかとドキドキしていた。

というのは1週間前、例によって義母が

朝っぱらからカエル病を発症し、

「家に帰りますから!」と言って駄々をこねたのである。

 

ちょうど僕が留守で、カミさんが一人で対応。

玄関のところでドタバタやっているところへ

郵便屋さんが書留を持って来たらしい。

 

そしたら義母が

「あたし家に帰ります、帰りたいんですよ」と、

その郵便屋さんに向かって必死で訴えた。

 

彼は仕事が済むと、苦笑いを浮かべてそそくさと帰り、

カミさんはなんとかなだめて義母を部屋の中に止めた。

(そのあたりで僕が帰って来た)

 

その話を聞いて、こりゃ意識の高い人だったら、

年寄りの虐待を疑って通報するかもな、と思った。

まぁもう1週間以上経って何事もないので、

あの郵便屋さんはシカトしたのだろう。

 

社会的にはどうなんだろう?

放っておくほうがいいのか、

それとも念のために

「あの家、虐待ヤバイかも、ですよ」と

こっそり通報しておいた方がいいのか?

 

認知症の人の何割かは、義母と同様、

僕たちの日常、僕たちの社会とは

ちょっとズレた(人によってはかなり外れた)時間を生き、

それぞれの世界とストーリーを持っている。

 

これから認知症の人が急増するという説もあるけど、

そうなった時、どう対処すればいいのかは難問だ。

 

おとなも楽しい少年少女小説

ざしきわらしに勇気の歌を http://www.amazon.com/dp/B08K9BRPY6

認知症になった寅平じいさんの人生最後のミッション。それは最強の妖怪「むりかべ」に立ち向かうざしきわらしのきょうだいを得意の歌で応援することだった。笑ってちょっと不思議な気持ちになる、妖怪幻想譚。 


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日本のコロナはどこへ行く?

 

真っ白な煙突(ごみ焼却施設)でおなじみ、

高井戸区民地域センターにてコロナワクチン3回目接種。

ちなみにここはごみ焼却施設の排熱を使って

温水プールを営業している。

オールシーズン泳ぎたい人はぜひどうぞ。

 

で、話はワクチン。

いまいち気乗りがしなかったが、

アレルギーでワクチン打てない人と

高齢者と同居しているし、

どっか行くとき接種証明が必要になるかもしれない。

そう考えて打ってきた。

 

それにしても昨年の夏のような緊張感はまったくなく、

会場も平和なムード。

日本のコロナはこれからいったいどうなってしまうのか?

 

第6波がどうなったのかわからないうちに、

いつも間にか第7波に突入しているとかいないとか。

 

欧米は「もうウィズコロナでやっていくしかない」と

腹をくくったみたいだが、

日本はほかのことと同様、何か明言するわけでなく、

「じゃウィズで。空気読んで。そこんとこヨロシク」

 

てな感じでうやむやにしてダラダラ続いていきそうだ。

それにしてもロックダウンもなく、

世界的に見れば感染者も少なく、死者もわずかで、

なんとかここまで切り抜けてきた日本。

うやむやダラダラでも

結構すごい国と言えるのだろうか?

 

今日は暑かったけど、

がんばってきたご褒美で、

そろそろマスクもやめますか?

 


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入学祝いはやっぱり桜

今日は近所の小学校の入学式だった。

僕の子どもはとっくに成人してしまったので、

もはや懐かしさしかないけど、

こんな春の美しい日に

子どもたちと若いお父さん・お母さんの姿を見られることに

とてもとても幸福な思いを抱く。

 

東京は日曜・月曜がひどい雨で、

もう桜もこれまでかと思っていたけど、

入学式のために、ちゃんとがんばって残り、

散り際の最も美しい姿を見せつけた。

そよ風に舞う桜吹雪。

川面を流れる花筏。

こんな風景を見せられたら、

日本人ならずとも、

誰もが桜を愛さずにはいられない。

 

子どもは成長するうちに、

今日のことなんかたぶん忘れてしまうと思うけど、

入学式に出たお父さん・お母さんには、

お祝いの桜の花が舞っていたこの日のことを

すっと憶えておいてほしいと思う。

この先、辛いことがあっても、

きっとどこかで支えになってくれるんじゃないかな。

 


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謹賀新年度 執筆の御用賜ります

 

今日は20代・30代の社員が活躍する

若々しい会社をリモート取材。

来週からは50代の士業の人の7万5千字の書籍の執筆に入る。

還暦過ぎると、頭の中に10歳の脳から

各年代の脳がずらりと勢ぞろい。

対象に合わせて自在に駆使できます。

 

3月から4月へ。

明けましておめでとう。

新年度が始まります。

これを機に本の出版、ホームページのリニューアル、

企画書、台本の立ち上げなど、

執筆の御用がありましたら、

どうぞお気軽にお問い合わせください。

 

そして本格的な春の訪れとともに、

海の向こうの恐ろしい戦争が

早く終結しますように。

 


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死生観について考える仕事をする

 

いつも思っている。

しっかり死生観を持って生きることが大事なのだ、と。

ただ働いてカネを稼ぐだけで

擦り切れて死んでいくなんていやだ。

自分の命を使い捨てにするのはまっぴらごめんだ。

いつも心の中でそう唱えていないと、

毎日の生活と情報の波に揉まれて本当に擦り切れていく。

 

名古屋の母に会ったのが、

思ったより精神的ダメージになっていて、

戻ってきてから数日テンションがダウンし、

ネガティブ思考が頭の中を支配した。

 

そんな中で今日はエンディング関係の取材の

ダブルヘッダー。

午前は恵比寿でお寺のサポート事業をやっている法人。

午後は巣鴨でメタバース(バーチャル空間)の

お墓(供養コンテンツ)を開発しているベンチャー。

 

どちらも永久保存したいほど充実した、

未来志向の面白い話で、

予定の倍以上の時間を使うほど感動的だった。

ネガティブ思考もすっかり回復した。

 

これからメディアの記事にするので、

詳しいことは書けないが、

人々の死生観が変わることで、

これからの葬儀供養の在り方は大きく変わる可能性がある。

 

そして僕たちは、文学的・芸術的な意味でなら

個人が永遠の生を獲得するのも

不可能でないのだなぁとさえ思った。

 

こうして死生観について考える仕事に携われることに

感謝と喜びを感じた一日。

 


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コロナのおかげで桜が美しい

 

善福寺川公園の桜は大半が満開になった。

今年もコロナの影響で、

都内の公園は飲食禁止のお触れが出ているが、

みんな守っているとは言い難い。

 

ただ、ずいぶん控えめに楽しんでいると感じる。

これなら桜の美しさも損なわれない。

以前はカラオケの騒音やバーベキューの煙などがひどかった。

 

都心の公園では、新入社員の最初の仕事は、

花見の陣取りだった。

今でもまだやっているのだろうか?

それとも「懐かしの昭和の風景」になったのだろうか?

 

カラオケも、バーベキューも、陣取りも

なくなってみると、なんと清々しいことか。

申しわけないが、

コロナも悪いことばかりではないなと思う。

 

コロナが終息しても、

騒々しくてゴミで汚くなって、

桜の美しさが台無しになってしまう

あの花見の悪しき習慣はこのまま消滅してほしいと願う。

 

それにしてもロシア・ウクライナ戦争が始まって以来、

すっかり影が薄くなったコロナ。

まだ東京では7千人以上の感染者が出ているそうだが、

もうこれでフェードアウトしていくのだろうか?

 

専門家の先生たちが繰り返し

「油断は禁物です」と言っていたが、

いったいどうなってしまったのか?

気温が上がったら、そろそろマスクももういらないかな、

3回目のワクチン接種もやらなくていいかなと、

感染対策へのモチベーションが下がり出した今日この頃。

 


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週末の懐メロ75:ピアノマン/ビリー・ジョエル

 

73年リリースとは意外。

ビリー・ジョエルのデビュー曲であり代表曲は、

僕のイメージの中では1978年の歌だった。

 

44年前の今ごろ、東京に出てきた時、

専門学校に通っていた最初の2年間、

友だちと部屋をシェアして暮らしていた。

 

そいつがビリー・ジョエルが大好きで、

暇さえあれば「ストレンジャー」「オネスティ」などを

聴いていた。

特に好きだったのがこの「ピアノマン」。

風呂上がりに、夜寝る前に、

レコードに合わせて、年がら年中口ずさんでいた。

 

「この歌だけがおれの心を慰めてくれる」とかなんとか。

そんなセリフを言っていた覚えもある。

あの頃、あのアパートに集まってくる男も女も

みんな夢を喰って生きていた。

夢で腹を満たしていれば、飢えも乾きもなかった。

人生は長く曲がりくねった道で、

時間はあり余るほどあった。

真剣でありながら、能天気でもあった。

 

都会的なピアノの響きと、

素朴なブルースハープとの絡み合い。

親しみやすく口ずさみやすい、

明るく、けれどもあまりに切ないメロディ。

 

実際に酒場でピアノを演奏していた

ビリー・ジョエルの自伝ともいえる歌は、

飲まずにはいられない夢見る男たちのドラマを描く。

 

きっとこの歌と変わらないドラマが、

50年近く経った今でも、

世界中の街のたくさんの酒場で

繰り広げられているのだろう。

 

でも、もしかしたら、

この酒場に集っていた登場人物の何人かは

好きな酒を断ち、くだを巻くのもきっぱりやめて、

齢を取っても昔の夢を、あるいは新しい夢を

追い求めているのかもしれない。

 

「おまえはなんでこんなところで歌っているんだ?」と

言われていたピアノマンが酒場から足を洗い、

ビリー・ジョエルというスター歌手になった。

もしかしたら自分だって。

 

若いころ思っていたより人生はずっと短いことを知った。

このまま死んでいくのはごめんだ。

そりゃそうだ。

酔っぱらたままで終わりたくない。

夢のカーニバルをどこまで続けるか、

決めるのは自分次第。

 


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名古屋の母と母校の話

 

施設に入っている実母の見舞いで名古屋に行く。

電話でもそうだが、ぼくには「元気だ」

「だいじょうぶ」としか言わない。

 

けれどもスタッフの人に聞くと、

最近、朝起きられなかったり、

時おり、意識が飛ぶこともあるようだ。

 

一番の懸念は食欲がないことである。

多くても半分、少ないときは1,2割くらいしか

食べないらしい。

あと何か月だろう?と考えてしまった。

とりあえず年内か、と覚悟した。

穏やかに終わりを迎えることを祈るばかりだ。

 

帰りに少し時間があったので、歩いて母校の高校に寄った。

実は3年ほど前に歴史を閉じたと聞いた。

市内の他の工業高校と併合されたのだ。

 

愛知工業高校は、

昭和の前期から高度経済成長の昭和40年ごろまでは、

愛利県きっての名門校だった。

 

僕が在籍した昭和50年代には

相当、質が落ちていたと思うが、

それでもまだブランド力は健在で、

大人から「いい学校に行っている」と言われた。

イメージと実態は相当かけ離れていたが。

 

今回のニュースを聞いて

老境に入ったOB(たぶん70代半ば以上)は

ショックで泣いているかも知れない。

 

敷地の広さも名古屋の高校としてはトップクラスだった。

広大な敷地の半分は新しい普通高校に、

半分はショッピングモールになる模様。

 

多くの高校が大学の予備校と化す今、

工業高校の役目は終わった、

というか、とっくに終わっていたのだと思う。

日本の産業構造が変わった証に見える。

延命処置はもういらない。

 


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宇宙元旦はみんなで祈ろう世界平和

 

今日3月21日は、なんと「宇宙元旦」なんだって!

春分の日だから?

さらに「一粒万倍の日」であり、

ダブルでスペシャルデーなわけだね。

へー、こりゃ知らんかった。

 

けどね、みんなにとって

そんなW素晴らしい日だったら、

自分の運勢がどうとか、自分を見つめてどうとか言う前に、

ロシアとウクライナの戦争が終わって

一日でも早く平和な日が来るよう、

みんなで祈ろうよ。

 

宇宙元旦&一粒万倍の日なら

スピリチュアルパワーも強化されるわけでしょ。

 

日付が変わる前に(変わってもいいけど)

みんなでスピリチュアル念力を送って、

プーチン氏やロシアの戦争賛成派の人たちの

考えを変えさせよう。

 

せっかくの「宇宙元旦」「一粒万倍の日」なら

もっと有効活用しませんか?

 

食べるエッセイ集お彼岸Wキャンペーン終了しました。

ご購読の皆さん、どうもありがとうございます。

よろしければレビューお送りください。

今後ともおりべまことの電子書籍、よろしくお願いします。

 

ちなみに明日の朝食は、

ギリシャヨーグルトのせバゲット、

ポテッコリーサラダの

チェリートマトブラッサムバージョン、

イチゴのココナッツミルクがけを作ります。

 

平和な朝においしく食事ができることに感謝。

 

 


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「ラブ&ピース」の歌は無力ではない

 

かつて「音楽で世界は変えられる。ラブ&ピース」という

ノー天気なメッセージを、

世界の多くの若者がノー天気に信じていた時代があった。

本当にお気楽な時代だったんだと思う。

でも今、もう一度、あれを信じてみたい思いに駆られる。

 

本当に気が重くなる。

うちのカミさんなどは最近、

ロシアとウクライナの戦争のニュースが

テレビで流れると「見たくない」と言って

チャンネルを換えてしまう。

 

彼女は昔、某商社の貿易事務のロシア部門で

働いていたので、

ロシアやウクライナの地名や都市名に

若干ながら親しみがある。

直接的なつながりがなくても

やっぱり嫌な気持ちになるのだろう。

 

それでもやっぱりまったく目を瞑るわけにはいかない。

破壊された街や難民、

何人が犠牲になったといった報道を見るのは

本当にたまらない。

 

でも、きっと僕たちがこんなにひどい気分になるのは、

第2次世界大戦以降、音楽をはじめ、

さまざまな文化を通して、

いろんな人たちが戦争の悲惨さを訴えてきたからだと思う。

 

戦争はアカンと叫んできたからだと思う。

 

戦争が人間を、いかにおぞましくて

醜い生き物に変えてしまうかを知らせてきたからだと思う。

 

だから僕たちは戦火に包まれた

ウクライナのニュースを見て戦慄を覚える。

 

経済がめちゃくちゃになったロシアの混乱を見て

やるせなさを覚える。

 

憎しみが新たな憎しみを生んでいくのを想像して

悲しくなる。

 

ほとんどのビジネス、旅行、娯楽は

平和だからこそ成り立つものであることを痛感する。

 

そうした知性と感性を持った人間は、

きっと第2次世界大戦時よりは

世界にずっと増えているはずだ。

 

「ラブ&ピース」と歌っても世界は変わらない。

けれども全く無力かというと、そうでもない。

あきらめずに繰り返すことで確実に人の心は変わっていく。

そう信じたいな。

でないと、この世界で生きてる価値がないよ、とも思う。

 


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銀狼・佐野元春「銀の月」

 

ロックミュージシャンの佐野元春が、

毎年文化庁が主催する芸術選奨の文部科学大臣賞を受賞。

その贈呈式が昨日3月15日、

都内のホテルで開かれたことが報じられた。

 

芸術選奨というのは、

芸術の各分野で優れた業績を上げた人や

新生面を開いた人に贈られるもの。

佐野元春は

“コロナ禍にあっても新曲リリースを重ね、

大会場を含むライブにも挑み続けた

熱心な音楽活動などが認められ”、受賞とのこと。

 

今さら「認められ」というのが、何だか気にくわない。

彼自身はどう思っているのか?

ま、もらえるものはもらっとくか、という感じだろうか。

僕たちは40年前から「認めている」。

 

昨年7月、「週末の懐メロ」で

「紅い月」を紹介した時にも書いたが、

佐野元春は懐メロでなく、完璧な現役だ。

だから理由にある“新曲リリースを重ね”は正しい。

 

多くのファンはいまだに「サムデイ」「アンジェリーナ」

「約束の橋」などを聴きたがるようだが、

66歳になった今が、曲もパフォーマンスもベストだ。

 

若い時分より白髪になった今のほうが断然カッコいい

稀有なロックミュージシャン。

 

ザ・コヨーテバンドとやり始めた

21世紀の佐野元春の音楽は、

確実に進化し、深化した。

 

哲学的ともいえる深みと

辛口の社会批評を交えながらもポジティブで、

時にユーモラスで、希望を与えてくれる歌詞。

それといちばんはじめのまっすぐな

ロックスピリットにあふれたサウンドとの絶妙な絡み合い。

 

ズンズン来るロックも、エモーショナルなバラードも、

ジャージーな感覚の曲も、ヒップホップ調の曲も、

圧倒的なクオリティとバラエティだ。

 

自分が生み出した過去の名曲に頼ることなく、

リスナーの心を鼓舞する、

聴きごたえのある新曲、アルバムを

次々とリリースし、ひたすら今を呼吸し続けている。

 

昨年シングルリリースされた新曲「銀の月」は、

あの「紅い月」のアンサーソングなのだろうか?

曲もビデオもめっちゃカッコよく、ポップで面白い。

 

けっして若ぶっているわけではなく、

ありのままにやっているだけなのに、

シルバーになってこんなに革ジャンが

似合うとはどういうことだ?

 

佐野元春の音楽には

円熟という言葉も、完成という言葉もいらない。

どこかで倒れるまで成長し続け、

銀の狼のように走りつづける。

 


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親子で卒業ソング

 

卒業シーズンなので、あちこちで

「卒業しました」という話を聞く。

と言っても、その人自身ではなく、息子や娘の話。

そうなのだ、卒業が感動的なのは、

多くの場合、子どもの卒業式に立ち会うから。

 

僕自身もそうだったが、

親になって卒業というセレモニーに初めてしみじみする。

息子が中学生の時、

仕事で卒業式に出られなかったことは一生の不覚だった。

 

50で死んだ僕の友だちは、

3人の子どもがいたが、

誰の入学式にも卒業式にも出なかった。

もちろん仕事で出られなったので、しかたないのだが、

自分の死を悟った時、

彼はひどくそのことを後悔していたように思う。

笑ってごまかしていたが胸が痛くなった。

 

子どもの皆さんは

お父さんやお母さんが卒業式や入学式についてくると、

鬱陶しいと感じるかもしれないが、

そのへんの人情をわかってあげて、

しっかり泣かせてあげてください。

そうしないと、いつまでも子離れできない親に

なってしまいますから。

 

自分自身も学校の卒業式なんて全然覚えていない。

そもそも高校の卒業式は出なかった。

東京に受験に来ていたからである。

 

受験とはいえ、プレッシャーなどほとんどなく、

東京に出ていけるのが嬉しくてしかたがなかった。

大都市なのに田舎街の当時の名古屋が嫌いだった。

 

それにもう終わった高校生活のことも、

卒業式も本当にどうでもよかった。

これから始まる新しい生活、新しい人生、

未来のことしか頭になかったのだ。

子どもというのは、そういうものだ。

 

という話も、いまや懐かしの思い出話である。

この間、「週末の懐メロ」で

森山良子の卒業ソング

「今日の日はさようなら」を紹介したが、

息子の森山直太朗も卒業ソングを歌っている。

 

親子で卒業ソングとは、

森山親子は日本の顔。

「さくら」はつい最近の歌だと思ってたけど、

リリースは2003年。

もう19年も経っている。

りっぱな懐メロだ。

 

さまざまな卒業ソングは、

桜の花が咲く季節を愛でる

日本人ならではの心情、

日本ならではの文化だと思う。

 

卒業・入学を欧米式だか世界標準に合わせるのは、

合理的なのだろうが、感動・感傷は半分以下。

日本の文化の喪失になるだろう。

 


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週末の懐メロ72:今日の日はさようなら/森山良子

 

卒業の季節。

森山良子がギター1本で歌うこの名曲は

1967年リリース。

最初出た時はシングル盤のB面だった。

—ーと、今回調べてみて初めて知った。

あなたはどこかの卒業式でこの歌を歌っただろうか?

 

僕がこの曲を初めて聴いたのは、

中学生の頃聴いていたラジオの深夜放送で、である。

 

「私がこの番組を担当するには今日が最後です」という

DJのお別れの挨拶のバックに掛かっていたのが

とてもきれいで印象的だった。

 

卒業式の歌のメロディは、総じて切なく美しい。

 

僕の世代は卒業式と言えば「あおげばとうとし」と

「ほたるの光」だったが、

歌詞はともかく「あおげばとうとし」のメロディも

とてもきれいで好きだった。

(最近、アンジェラ・アキがピアノを弾いて

歌っているのを聴いた)

 

1970年代の後半あたりから卒業の歌は、

お世話になった師(先生)に対して歌うものではなく、

別れゆく友だちを思って歌うものになったようだ。

 

「今日の日はさようなら」が作られた頃は

「あおげばとうとし」や「ほたるの光」の

おまけみたいな役回りだったのだが、

だんだん主役に取って代わるようになってきたのだと思う。

30代の友人に聞いたら、歌ったよという人が何人かいた。

 

息子は7年前に高校を卒業して、

いま20代半ばだが、

このあたりの世代はもう歌っていないようだ。

彼らにとってこの曲は

「エヴァンゲリオン」の印象が強烈なようである。

 

子どもたちとともに歌う林原めぐみバージョンが

「エヴァンゲリオン新劇場版・破」の

あのシーンで使われたために、

トラウマになってしまったという人も少なくない。

 

たしかにすごい演出だった。

完結した今、思い返すと、

この曲と「翼をください」の2曲の昭和フォークが

新劇場版全体のトーンを作っていた。

 

作曲者は森山良子のために書いたわけではないが、

最初に歌ってヒットさせ、広めたのが森山だったので、

彼女の持ち歌ということにしても問題ないだろう。

 

それにしてもシングルレコードのB面という、

いわばオマケあつかいだった曲が、

今や懐メロ、卒業ソング、昭和フォークといった枠を超えて

「にっぽんの歌」の殿堂入り。

この季節、改めて聴いてみると本当に良い歌だ。

僕にとって卒業式は、

もう人生の卒業式しか残されていないが、

さようならにはこの歌がいいかもしれない。

 

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リア王プーチンの恐るべき終活

 

シェイクスピアのリア王を初めて観た時、

道化という存在が不思議で仕方がなかった。

道化はいつもリアのそばにいて、

家来も家族も逆らえない権力者に対して、

馬鹿にしたようなことを言って笑いものにする。

なんでこんなアホにだけ、そんなことが許されるのか?

 

どうもその昔、王の中にははそうした道化=

社会における序列・上下関係がわからないアホに

自分の言動を批判させ、笑わせることによって、

客観性を見失わないように工夫していたらしい。

 

すなわち、道化をそばに置くのは、

権力者であるがゆえに独善的になり、

権力者として人々の信望を失わないよう、

自分を正常な状態に維持するための知恵だったのである。

 

人間は長い間、権力の座に座り、

周囲から敬われ、従わせるのに慣れっこになってしまうと、

たいてい頭がおかしくなってくる。

 

だんだん自分が神に近い存在に思えてきて、

とんでもない妄想の世界にはまっていく。

 

妄想が自分の頭の中だけならいいが、

力があるゆえにそれを実現するのが可能になる。

そしてそれを実践しようと思った時、世界は動乱する。

 

今のプーチン大統領がいい例だ。

おそらく彼の頭の中にある妄想は、

自分が生まれ育った、かつての偉大なる

ソヴィエト連邦の姿と威信を取り戻すこと。

ソ連を崩壊に導いたアメリカと西ヨーロッパ諸国、

そして、裏切り者の旧ソ連圏の

東欧諸国への意趣返しをして、

世界地図を再び書き換えることである。

 

聞くところによると彼は高齢者の域に入り、

健康状態にも異常がみられるという。

トップの座についてすでに20年以上。

元気で活動できる時間は、

もうそんなに長くないという自覚があるのだろう。

サッカーに例えれば、後半40分経過という所だろうか。

 

彼は自分が設定したゴールに向かって突っ走り始めた。

おそらく側近で止められる人はいない。

相手チームの西側諸国もドリブル突破を

阻止するのは困難だ。

これは彼の人生を賭けた「終活」なのである。

 

何やら1939年のナチスドイツによる

ポーランド侵攻を想起させるウクライナ侵攻。

 

人命尊重・人権重視、そして経済を守ることが

至上の課題となった

西側諸国は、ひと昔前と違って、

外国で起こる紛争には容易に派兵しない。

兵士の命には膨大なコストが掛かるからだ。

 

兵士の命に価値をつけるのはよいことだが、

ロシア・中国・北朝鮮など、

そうした「人命=コスト」の意識が乏しい

独裁国家にとっては戦争を起こしやすい環境に

なってしまった。

 

狂ったリア王・プーチンを止めるにはどうしたらいいのか?

 

ウクライナのゼレンスキー大統領は、

首都キエフにおいて徹底抗戦の構えを見せている。

ロシア国民の多くもこの暴挙を

支持しているわけではなさそうだ。

西側は厳しいSWIFTを含む厳しい経済制裁を決定。

効果はどれだけあるのか?

和平の希望はあるのか?

 

とりあえずウクライナの難民の救済が急務だと思うが、

いったいこれがどう展開していくのか。

中国・北朝鮮に与える影響も気になるし、

日本にとってけっして対岸の火事ではない。

 

アメリカのバイデン大統領は

「アメリカが介入すると第3次世界大戦になる」とまで

言い出した。

耳を疑う言葉。

まさかリアルな第3次世界大戦の危機に

直面するとは思わなかった。

戦争は絶対嫌だ。

 


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「鬼滅の刃」は現代の日本人の生き方を問う物語

 

映画もドラマも新作はめっきり見なくなってしまったが、

「鬼滅の刃」だけは楽しみである。

先日、「遊郭編」のOA(AmazonPrimeで1日遅れで

見られるので、僕はそっちで見ていた)が終わって、

今度は「刀鍛冶の里編」の制作が発表された。

いつ公開されるかは未定だ。

 

「エヴァンゲリオン」が良い例だが、

ここまでファンがつくと、

どれだけ時間がかかってもお客は待っていてくれる。

 

原作が完結していて、ストーリーはわかっているので、

さすがにエヴァほど待たせないとは思うが、

完結編まであと3年くらいは掛かるだろう。

最後はまたテレビでなく、映画でやりそうな気がする。

 

いずれにしても。ちゃんと時間をかけて

じっくり作ってほしいと思う。

 

この作品はバトルアクションが中心で、

「遊郭編」は後半ほとんどバトルの連続だったが、

そこにやたらとそれぞれの登場人物の回想が

入り込んでくる。

その回想が、またやたらと密度が高い。

じつはここが人気の秘密である。

 

なぜ彼らは戦うのか?

なぜ彼らは鬼になったのか?

柱や鬼はどこから来て、どこへ行こうとしているのか?

 

という情報がほどよく客に伝わり、

客はそのドラマを自分の内側で膨らませられるのだ。

てか、じつはこのバトルドラマは、

混迷の時代にいる僕たちの生き方そのものなのである。

 

 

物語の舞台は今から100から110年ほど前の大正時代に

設定されているが、

僕から見ると、主人公の炭治郎ら少年隊士は、

平成生まれの現代の若者たちである。

 

そして彼らの上司である柱(鬼殺隊の幹部)たちは、

昭和生まれの中高年である。

 

彼らがいっしょに、古い因習と人の悪しき情念とが

絡まって「鬼」となった存在を倒し、

闇の世界を終わらせ、新しい世界を拓こうとする。

これはそういう物語だ。

 

そしておぞましい鬼たちも、その正体は、

何か大切なものを守りたいがために

必死で生きなくてはならす、

闇に取り込まれてしまった、か弱い子どもである。

 

鬼を退治するために首を切り落とすという、

残酷な所業は、魂を浄化させるための仕事であり、

鬼殺隊は、悪しき情念で鬼となった

子どもの魂を救うために闘うのである。

 

原作者の意図はわからないし、

そもそも原作のマンガは

アニメを見てから読もうと思っているので未読だが、

僕はそんな、いささかこじつけ過ぎた見方で、

この物語を楽しんでいる。

 


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アイの時代 アイのものがたり

 

最近、顔出ししていなかったので久しぶりに登場。

昨年、老眼が進んでしまって、

パソコンの画面などがどんどん見えなくなってきた。

そのため眼精疲労がひどい上、

書き間違いも増えて困ったことに。

 

眼鏡屋に行くのを面倒がっていたが、

これはいかんと新しいのにチェンジした。

 

遠近両用はレンズが大きくなってしまい、

デザイン的に気に入らないのと、

いちいち顔を上げ下げして見なくてはならないのが

面倒だなと思ったので、

普段使い(中・長距離仕様)➡写真左

仕事・読書用(短距離仕様)➡写真右

を分けて、二刀流メガネに切り替えた。

 

仕事・読書用にはブルーレンズを入れた。

やっぱり目の疲れ方がぜんぜん違うなと実感。

けっして眼鏡屋の宣伝ではないけど、ほんとです。

JINS!吉祥寺店の店員さんは大変丁寧でやさしい。

 

それにしてもメガネを変えて視界良好になると、

今までそうとう酷使していたなと、

自分の目にお詫びをしたい気持ちになった。

 

パソコン・スマホの時代、

老眼の人はもちろんだけど、

若い人もブルーレンズは必須です。

自分の目をきちんといたわっていきましょう。

 

目eyeに愛を。

自分Iに愛を。

 


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油断大敵ワクチン3回目:義母、副反応熱でダウン

 

認知症以外、元気で健康だった義母が、

ここのところ体調不良。

 

1週間前の日曜日に3回目のワクチン接種をしたのだが、

当初は問題なかったものの、3日目から微熱が出始め、

ここ4日間ほどはずっと37度台。

ほとんど寝て過ごしている。

 

1回目・2回目はまったく副反応がなかったので、

今回もだいじょうぶか、と思っていた矢先だった。

 

熱に加えて朝晩、ときどきせき込むので、

もしやコロナかと思って一応、抗体検査をしてみたが

結果は陰性。ほっとした。

 

アナフィラキシーが出たカミさんの見立てでは、

弱いけど、潜在的な喘息系のアレルギー反応が出たのかも、

ということ。

 

おかげでいつもの「カエル病」が沈静化し、

「出かける」と駄々をこねなくなったため、

僕の仕事は捗るが。

 

昨日、医者に行って聞いたところでは、

3回目は割と強い副反応が出たり、

高齢者は2週間ほど熱が続く人もいるらしい。

義母のように2回目までは平気でも3回目は出た

という人も少なくないらしい。

 

打ったのはファイザー製。

モデルナを敬遠し、

ファイザーを希望する人が多いが、

モデルナのほうが量が少なくて済むようなので、

3回目はむしろモデルナのほうがいいのかも。

 

もちろん、人それぞれ反応が異なるので、

一概には言えないが、

これから接種する人は、接種日の後、

休みを取るまでしなくても、

あんまりハードワークをしたり、

仕事のスケジュールをがちがちにしないほうが

無難かもしれない。

 

というわけで、そういう僕のところにも

区役所から「赤紙」が来た。

3月なかばに行こうかなと思っている。

 


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「あとしまつ」の時代を生きる

 

「大怪獣のあとしまつ」という映画が先週から公開されている。

最初に概要を見たとき、

すげえ題材に目を付けたな、と思った。

 

ヒーローが大怪獣を倒すが、

死体は消えてなくなるわけではない。

人間があとしまつをつけなくてはならない。

その顛末・奮闘劇を面白おかしく描く。

 

これはおいしい。

今まで誰もこんな話は作っていない。

それをこの令和4年にやる、というところにビビッときた。

 

「大怪獣」とは一種のメタファー(暗喩)である。

自分でもいろいろ書いているが、今やネット上には

昭和の振り返り情報――

政治や企業の栄枯盛衰から怪事件、怪人物、怪商品、

映画、音楽、マンガ、テレビ、アニメ、特撮、

芸能人あyスポーツ選手のスキャンダルなど

ーーがあふれかえっている。

 

大怪獣とは、後世に様々な影響を残した

戦後昭和という強烈な変動期のことであり、

終わって30年以上たった今、

僕たちは懐かしい、あの頃に帰りたいと

ブツブツつぶやきながら、

そのあとしまつに勤しんでいる、というわけだ。

なんだか残された家族が遺品整理をしているようである。

 

また、大怪獣とは災厄・災禍のメタファーでもある。

初代ゴジラが核兵器の化身だったように、

庵野監督のシン・ゴジラが東日本大震災の

イメージをまっとていたように、

人間が太刀打ちできない圧倒的なパワーの象徴として現れる。

 

なんとかそれを乗り切って生き延びても

そのあとしまつがまた大変だ。

東日本大震災ももう11年が経とうとしているのに、

原発の問題を始め、多くの傷跡が治療もされずに

置きざりにされたままだ。

 

そして今ならコロナ禍である。

オミクロンがピークアウトすれば、

コロナ禍は終わるかもしれないが、

喜んでばかりはいられない。

 

今度はコロナ禍で混乱し、取っ散らかってしまった社会の

後始末をどうつけるか、が大問題になるだろう。

これがけっこう心配だ。

いろんなところに想像もできないような歪が起き、

物理的な面・精神的な面、双方で

僕たちは何年も後始末に明け暮れるのではないか、

という気がする。

 

てなことをいろいろ考えて、「大怪獣のあとしまつ」、

そんなメタファーがふんだんに盛り込まれた、

それでいながら笑えるという、

すごい映画なのではないかと期待していたが、

ネットでチラ見してしまった評判は、あまり芳しくない。

 

あれこれ妄想を膨らませて夢を描いているだけのほうが

いい気がしてきた。

 


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今夜のごはんは豚のしょうが焼き

 

今日は義母が3回目のワクチン接種をした。

少なくとも今日の時点では副反応はまったくなく、

相変わらず「お母さんが病気だから家にカエル」と

ケロケロ言ってくるので、

頻繁に仕事の手を止めて散歩に同伴する。

 

「週末の懐メロ」で紹介した矢野顕子の

「ごはんができたよ」は、

とても素敵なおとなの童謡だった。

 

認知症の義母の上にも夜は来る。

夜が来ると、僕の家にも帰ってきてくれる。

今晩のご飯は豚のしょうが焼きと、

大根・厚揚げの煮物だった。

 

つらいことばかりあるなら 帰って帰っておいで

泣きたいことばかりなら 帰って帰っておいで

 

子ども時間を深呼吸しながら聴いてみよう。

 

https://www.youtube.com/watch?v=OzBjF6wPdTk


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