僕たちの豊かさと貧しさと相模原事件

 

●豊かさの意味

 

 僕たちはまだまだひどく貧しい。

 昨日の相模原の施設の事件を聞いて、そう思いました。

 

 豊かな社会を目指し、豊かな社会をつくる意味って何なのか?

 より多くの人が、よりぜいたくな暮らしをするためか?

 違うと思います。

 それでは全く人間は進化しない。

 豊かさの意味。

 単純化していえば、それは弱者も生きられる――普通に社会生活を送ることができ、人生を楽しめる、ということだと思います。

 

●弱者への思い

 

 人間の歴史は貧しさとの戦いの連続でした。

 その戦いの中では小さな子供、年寄り、病人、けが人、そして障害を抱えた人・・・こうした人たちは淘汰されるしかありませんでした。

 それは自然なことである。社会における弱者を切り捨てていかなければ人類は前へ進めない――そうした意見が正論としてまかり通っていたのです。

 

 しかし、それでは弱肉強食の野生動物の世界と同じです。

 人間は違う。弱者もいっしょに歩んでいける社会を作るべきだ。

 ブッダやイエスのような宗教者に限らず、どの人々の中にもそうした思いはいつもありました。

 そして、その思いは幾世代にもわたって連綿と引き継がれてきました。

 けれども大多数の人はひどく貧しく、自分が飯を食うので精一杯なので、その思いをなかなか有効に実現することができなかった。

 

●あの人は自分だ

 

 それが最近になって、やっと世界の一部の地域では衣食住の心配が(昔に比べれば)激減し、弱者にも目を向けられるようになってきた。

 そして積極的に彼らにコミットするようになると気付いてきたのです。

 

 「あの小さな子は、あの年寄りは、あの病人は、そして、あの障がい者は自分だ」と。

 健常な大人である自分の中にも彼ら・彼女らのような、いわゆる弱者がいるのだ、と。

 

●「精神的豊かさ」とは?

 

 バブル経済の崩壊後、物質的な豊かさは手に入れたので、次は精神的豊かさを勝ち取ろう、といった掛け声がよく聞かれました。

 では「精神的豊かさ」とは何なのか?

 コマーシャルで流れるような、もっと自分たちの衣食住の質を上げたり、高尚な趣味を持つことなのか?

 

 それらも含まれると思いますが、一番の本質は、弱者といわれる人たちの存在価値を認め、彼らといっしょに生き、暮らせる社会を実現することなのだと思います。

 逆にいえば、それ以外に豊かになる意味、豊かな社会を作る意味などあるのでしょうか?

 

●相模原事件の本質

 

 

 経済成長によってやっとその入り口までこぎつけた・・・のかも知れない。

 人間の歴史はまだその段階です。

 そこで昨日のような事件。

 事件の詳細はよく読んでいないし、容疑者のことも動機の深いところはまだ知りませんが、ニュースを聞いてすぐに思ったのは、あの容疑者の行動は僕の一部なのだということ。

 僕はまだまだ貧しい。おそらくほかの人たちも五十歩百歩。だからひどく動揺する。

 あの容疑者の言動は、僕たちの、この社会に潜む「貧しさ」の発現。

 だから僕たちはひどく動揺し、一瞬、引き込まれるけれど、しばらくすれば自分には関係ないことと目を背け、忘れるでしょう。

 

●もっと豊かさを

 

 いま、経済成長はもう限界、という意見をよく耳にします。

 確かにそうかもしれない。

 では、経済成長以外に僕たちがより豊かに成長する手立ては何かないのか?

 

 僕たちはまだ「豊かになろう」という志をあきらめてはいけないと思います。

以前の時代とそのニュアンスは違うけれど。

 

 

2016・7・27 Wed


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阿佐ヶ谷に起業家のキックオフ・オフィス誕生!

 

 というわけで、杉並区産業振興センターが入居者を募集。

 というわけで、その募集用チラシをAshデザイン・岸部氏が制作。

 というわけで、そのコピーを頼まれて書きました。

 それでもって、出来上がtったそのチラシがこれ。

 

 事情はいろいろあれど、いったん独立を決めたら「成功するにはどうすべきか?」と、止まってえんえん作戦を考えているだけでは一生ゴールは割れません。とにかくボールを蹴って転がしていく。

 ピピッとくる奴が近くにいたら、そいつにパスを出してみる。

 そんなことをやっているうちに何とか道は開けるはずだ・・・てなメッセージを込めてみました。

 

 走れ起業家よ、ドリブれフリーランサーよ。

 チャンスがあればシュートを放て。

 外したって構うもんか。転がしまくって打ちまくれ。

 実力なんかなくたってラッキーはくる。

 相手がファウルしてくれるかもしれない。

 目の前にこぼれ球がコロコロなんてことだってある。

 「神の手」を使っても審判が見落としてくれるかもしれない。

 それもこれもピッチに立ってボールを追っていないと絶対に起こらない。

 

 これからはフリーの時代だ。

 出来上がったところで、出来上がっているものを守るために働いたって面白くもなんともない。人も企業も失敗しながら成長するから面白い。

 成長しながら“食う”、

 食いながら(たとえ錯覚だとしても)成長を続ける
 ――人生、これに勝る喜びはありません。

 

 というわけで、その始まりが七夕祭りとジャズフェスタの街・阿佐ヶ谷。

 生活も遊びもある。アートも商売もある。おとなも子供もやってくる。特典としてお役所や税務署も付いてます。

 もちろん杉並区外の人もオーケーなので、独立独歩でがんばろう、自由になって食っていこうと考え中なら、8月5日(金)~9日(火)の七夕祭りの時にでも参拝してみてください。

 

 

2016・7・22 FRI


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いちご畑で抱きしめて

 

Strawberry Fields Forever

 

 いちご畑と言えばジョン・レノン。

 かの名曲「ストロベリーフィールズ・フォーエバー(いちご畑よ永遠に)」からの連想。

 Strawberry Fieldsっていうのは、もともとリバプールにあった救世軍の孤児院の名前で、僕も参拝したことがあるけど、門柱は世界中のビートルズファンの落書きでいっぱいでした。

 救世軍の孤児院というイメージもあいまって、もちろん曲も素晴らしいのだけど、それ以上にタイトルが秀逸。この名前を使ったお店やら商品やら本やら昔から結構あって、最近はウェブサイトにもたくさんいちご畑が広がっています。

 可愛いし、いろいろ想像力が広がる言葉だもんね。

 現代では割とありきたりなネーミングかも知れないけど、1960年代当時、楽曲にこういうタイトルをひねり出して付けたジョン・レノンのセンスはやっぱり一味違うと思います。

 

 僕もその一人で、ちょうど35年前の今頃、新宿のゴールデン街の一角にあった芝居小屋で「いちご畑で抱きしめて」という芝居をやりました。

 「いちご畑」と「抱きしめたい(I Want to Hold Your Hand)」を足したタイトルだけど、話の内容はジョンにもビートルズにも救世軍にもまったく関係なく、不思議の国のアリスと核戦争をモチーフにした支離滅裂な話で、なんであんな芝居を書いたのか、逆にいえば「書けた」のか、今考えると不思議なのですが、最近、頭の底から何かが浮かび上がってきて、同じタイトルでまったく違う話を書こうと考えています。

 

★稀代のペテン師

 

 そのモチーフはやっぱりジョンの生きざまです。

 僕のジョンに対する基本的なイメージは「ペテン師」。

 もちろん若くから音楽的才能を開花させ、声もルックスも魅力的だったことは認めるけど、それ以上に彼は天才的なペテン師だった。みんな、彼の醸し出す言葉やパフォーマンスに翻弄され、その結果として現在の世界のある部分(多くは現代人の精神構造に関わる部分)が形成された・・・というところに、すごく興味があるのです。

 

 リバプールの悪ガキから音楽家へ、世界最高峰のスーパースターへのぼりつめ、やがて世界平和を訴え、愛の使者になり、イエス・キリストみたいになったかと思ったら、いきなり家庭の世界に入り(今ではすっかりポピュラーになった「主夫」――ハウスハズバンドという言葉と概念は、ジョンが創ったか広めた、というのが僕の印象)、そしてミュージシャンに復帰したとたん、この世を去った彼の40年の人生は、いまだに、というか、今だからこそ僕たちに、文化・芸術、お金・ビジネス、社会・時代、家族・子供、愛、そして「生きるとは?」とういう哲学的考察に至るまで、いろいろなことを考えるヒントを与えてくれている気がします。

 

★人間ジョン・レノンの魅力

 

 こんなことを言うとジョンやビートルズファンの人は怒るかもしれないけど、その基本が胡散臭いサギ師・ペテン師のキャラクター。

 僕はそこにとても人間的なもの、それこそ人工知能が、アンドロイドがひっっくりかえっても叶わない人間ならではの魅力を感じるのです。

 

 そう考えるきっかけになったのが、ジョンの最初の妻であるシンシア・レノンが書いた「わたしが愛したジョン・レノン」という本でした。

 いわゆるビートルズ本の一つに数えられますが、これは家族論・幸福論・人生論としても読める優れた本です。

 たぶん長くなるので、この続きはまた後日。

 

 ちなみにリバプールのStrawberry Fieldsは、現在は修道施設となっているようです。いろいろなストーリーを詰め込んで祈祷と瞑想の施設に変ったことを思うと、なんだか胸にじんとくるものがあります。

 

 

 

 

2016・7・20 WED


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子供はどうしてロボットが好きなのか?

 

★人間とロボット、子供と大人

 

  どうして自分はロボットが好きなのだろう?と、割とよく考えます。

 子供の頃、マンガやテレビを見過ぎたせいだろ。

 その通り。僕はいつも夢中でした。子供のマンガやテレビの世界では、ロボットだのサイボーグだのはとても親しい存在でした。

 

 けれども現実の大人の世界とはそれとは違う。ロボットだのサイボーグだのというのは子供だましの絵空事だ。そんなものに夢中になっていないで勉強しろ、そして立派な大人になって仕事しろ――というわけでこれまでやってきました。

 

 ところがここ来て、そうした子供の世界と大人の世界との境界線がどんどん溶け出している。ロボットたちが親しい存在である世界がどんどん近づいている。最近はそうした印象を持っています。

 

 

★どうしてやつらはデキるのに哀しいのか?

 

 10万馬力だったり、弾よりも速く走ったり、空を飛んだり・・・あの頃、彼らはすごい能力を持っているのにも関わらず、自分が人間ではないことにひどいコンプレックスを抱いていました。

 「アトム」も「エイトマン」も「サイボーグ009」も「仮面ライダー(改造人間)」も、その強さ・その高い能力を誇るよりも、むしろ哀しむことが多かったように思います。

 

 彼らのようなアンドロイド・ヒューマノイド系のロボットたちとは別の系譜にある戦闘用兵器としての巨大ロボットも例外ではありません。

 

 リモコン操作で動く鉄人28号やジャイアントロボなども、時代とともに人間が搭乗する形式――「マジンガーZ」そして「ガンダム」などのモビルスーツになってくると、そのパイロットの人格がロボットに乗り移ってどんどん人間味を帯びてきました。

 

 すると必然的に「どうして僕はこのロボット(モビルスーツ)になって戦わなくてはならないのか?」といった悩みや哀しみがひたひたとあふれてくるのです。

 

★究極のロボット寓話

 

 このメイド・イン・ジャパンのヒューマノイド系&巨大ロボット系が融合した究極の作品が「エヴァンゲリオン」なのでしょう。マンガ、アニメの世界におけるロボットの寓話は、ここでいったん完成してしまったように思います。

 

 だからこの20年ほどの間、「エヴァンゲリオン」以上の作品は誰も作れていません。マンガ、アニメにおけるロボットの進化は一旦停止し、その代り、現実の世界でコンピュータ~ロボット~ヒューマノイド~アンドロイドが進化してきたのです。

 

★欧米と日本のロボット文化発展のちがい

 

 どうして日本におけるロボットやサイボーグたちは悩み、哀調に満ちているのか?

 もともとロボットの故郷ともいえるヨーロッパではどうなのか?

 民族同士の抗争が日常者判事で、支配―被支配が習慣化していたヨーロッパでは、機械・ロボットは奴隷・被支配階級→労働者・労働階級の隠喩として捉えられてきました。

 

 100年前、チェコの劇作家であり、新聞記者・ジャーナリストでもあったカレル・チャペックは、戯曲「RUR」において、「苦役」という意味を持つラテン語からロボットという言葉・概念を生み出しました。

 そこに出てくるロボットたちは資本主義と社会主義の狭間に生み落とされた子供たちであり、支配階級(資本家)に対して反旗を翻す労働者のメタファーでもありました。

 産業・経済の発展に身を粉にして貢献する――それこそが彼らが受けた至上命令だったのです。

 

 彼らはそうした自分の身分について感情的になるよりも理性的な部分を重視し、課せられた使命に対する能力を特化させることに集中しました。

 運搬、計算、生産・・・マニュアル通りの決まった仕事をさせたら人間をはるかにしのぐ働きをするようになったのです。

 

 仕事と言ってもいろいろなものが発生します。

 戦争における兵士としての役割もその一つ。敵を倒すという兵器としての能力は抜群で、平和を守る正義のヒーローとしてのロボットも、そのタスクから発展しました。

 そのため、欧米生まれのロボットたちは、最近までその強さ・能力の高さを明るく誇り、胸を張っていたのです。

 

★日本のロボット文化の影響が世界を席巻

 

 しかし、その欧米でも時代が進むとともに、ロボットたちは次第に何かを考えるようになり、悩みや哀しみの衣をまとい始めます。ハリウッド映画でも「ブレードランナー」「ターミネーター」「AI」・・・と、どんどん内省的になっていく。

 

 これは僕のまるっきりの独断・偏見ですが、そこには日本のガラパゴス的なロボット文化が影響していると思います。ここでもやはり手塚治虫先生の功績が大きい。

 「アトム」の作品世界が人種差別をはじめ、さまざまな差別問題・階級問題をはらんでいることは昔から言われていますが、ロボットという概念そのものが、もともとそうした人間社会全般の問題を内に抱えているのです。

 

 そしてまた、手塚先生の思想のベースには、人間至上主義のキリスト教圏とは一線を画す、自然や動植物、さらに本来は命を持たないはずの“物”の中にも魂を見出す日本の文化・日本人の感性があります。

 それはもちろん、手塚先生のみならず、ほとんどの日本人が自分の内側に持っているものです。

 

★ロボットは仲間、友だち、きょうだい、自分

 

 つまり、日本人にとってロボットは「人間の形をした機械」ではなく、「機械の形(身体)を持った人間」であり、階級が上とか下とかではなく、自分たちとほぼ同等の「仲間」「友達」「きょうだい」、時には「自分自身」でもあるのではないでしょうか。

 

 だから日本では――たぶん欧米でも、世界のどこでも同じだと思いますが――子供はロボットが好きで、興味を持つのです。

 けれども社会の側は、多くの人に資本主義の枠組みの中で生産活動・経済活動に携わってほしいと考え、それが大人になることとイコールなのだと教えます。そうした要請は、子供の心を、ロボットを親しく感じる世界から遠ざけ、切り離してきたのです。

 

★人間とロボットがいっしょに暮らす世界とは?

 

 この100年余り、常識とされていたこうした人間・ロボットの関係性の流れが、今、大きく変わろうとしています。「ロボットが仕事を奪う」「ロボットが人間を支配するようになる」――最近、ますます強調されて喧伝されている脅し文句は、経済・産業活動の視点からのみ発せられているものです。

 でも、そんなにネガティブなことなのか?

 文化的視点というか、人類全体の進化という視点から見たらどうなのか?

 

 僕はできれば良いほうへ考えたい。子供の頃に夢中になった世界とは少し違うかもしれないけれど、人間とロボットが親しく、いっしょに暮らす――自分が生きている間に、本当に実現するかどうかはわからないけれど、それはむしろウェルカムな世界ではないか、と思うのです。

 

 

2017・7・17 SUN


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聖書から始まった「人間VS機械」

 

★アンドロイド映画「エクス・マキナ」

 

 「検索エンジンで世界一のシェアを誇る」と言うのだから、あなたも僕も毎日使っている、かのG社がモデルであることは明らか。G社は人工知能の研究をしていることでも知られています。

 

 そのIT企業の青年プログラマーが自社の創業者であり、社内でもほとんどの人が正体を知らないという伝説のCEOの自宅に1週間滞在できる権利を獲得。世界の果てのような、手つかずの大自然の中にある、超クールなハイテク邸宅(実は彼の人工知能研究所)で、青年は世にも美しいアンドロイドの女と出会う――という設定で、映画「エクス・マキナ」は始まります。

 

 ひと昔前なら「近未来的」と言われたかもしれませんが、いまやG社、およびそれに類するIT系企業なら、もう十分現実的と思える設定で、そこで展開される人間と人工知能(アンドロイド)とのやりとりも妙にリアリティがあります。

 そして、そのリアリティとともに、これまで人間が営んできた諸々の歴史が集約されたような物語になっていることにこの映画の価値があります。

 

 のっけのエンドオブ・ワールドの野性と、人工の極みを尽くしたハイテク研究所のクールさとのコントラスト。そしてアンドロイドの、これまでになかった斬新なデザインのボディと、映像的な美しさもピカ一。

 

 おもな登場人物は、人間の男ふたりとアンドロイドの女2体。限られた時間と空間。まるで舞台劇のようなシチュエーションの中で、静かだが濃密なセリフの応酬と、スリリングな心理戦が繰り広げられます。

 

★「エクス・マキナ」の深層は聖書

 

 見た目はクールで新鮮ですが、じつはこの映画はかなり古典的なドラマで、なんとなくお察しのとおり、最後にアンドロイドの女「エヴァ」が(象徴的な意味で)人間となって、閉ざされた空間を抜け出し、外界へ脱出するという物語なのです。

 

 彼女の名前が意味している通り、これは聖書のアダムとイヴが楽園を追放される、というストーリーのアレンジです。異なるのはイヴ(エヴァ)が、父であり、夫であるアダム(CEOと青年)をそこに残して一人で出ていくという点。

 

 (アダムは夫であるだけなく、自分の肋骨からイヴを作ったという意味で創造主=父ともとれます。この映画では父たるCEOが、娘を未来の夫たる青年とお見合いさせる、というニュアンスも含まれています)

 

 また、追放ではなく、自らの意志で脱出するというところは、女性解放運動のきっかけにもなったといわれるイプセンの戯曲「人形の家」のイメージともダブります。

 

 ちなみにもう一人のアンドロイドは「キョウコ」という名前で、CEOの妻兼家政婦のような存在。

 意図的なキャラ設定だと思いますが、ハリウッド映画でおなじみの、白人男性にかしずく従順で美しい日本人妻というプロトタイプの役割を担っています。

 

★西欧文化・思想・宗教が生んだ支配―被支配の原理 

 

 この映画を見て思ったのは、人間vs機械の対立の概念は、聖書にもとづくキリスト教の思想が根底にある、ということです。

 

 支配―被支配の歴史を繰り返しながら発展してきたヨーロッパ(およびアメリカ)的な考え方は、今日のメインストリームとなる世界観を作り上げました。

 

 人間vs動物、人工vs自然、男vs女。

 

 他の動物より人間の方が上、女より男のほうが偉い、白人の方が有色人種より優れている、といった対立、ランク付け、そして差別、階級社会づくり――

 良い悪いはさておき、これらは欧米人の生活の歴史そのものであり、それに正当性を与えたのがキリスト教という宗教だったのだと思います。

 

 人間VS機械という対立の図式、そしてこの1世紀の間に大きくクローズアップされるようになった、コンピュータ―人工知能―ロボット―アンドロイドの脅威は、こうした原理成立の流れの中で起こってきたものでした。

 

★ロボットは人類の子供

 

 特にロボット―アンドロイドは、外見が人間と似通っているだけに、アイデンティティがいたく刺激されます。

 

 だったら作らなければいいではないか、と思うのですが、それでも作らずにはいられない。

 人間もロボットも脳だけでは進化できません。

 身体を持ち、外の物理的な世界と関わり、感覚器を通して得られた情報をフィードバックさせることで学習し、思考と行動を調整しつつ成長できるからです。

 

 いわば子供ようなものですね。人間は子供を持たずにはいられない。人類はみずからの活動を引き継ぐ子孫を残さなくては・・・・と考えずにはいられないのです。

 

 けれどもその子供が成長してしまうと、今度は自分の地位が脅かされるという不安と恐怖にかられるのです。

 

★ロボットはフランス革命を起こすかもしれない

 

 あるいはこういう言い方も可能かもしれない。

  広く言えば家電製品も含め、機械、コンピュータ、ロボットが奴隷や使用人のうちは問題ない。しかし、もっと仕事をさせようと改良しているうちに、どんどん知恵がついてきて、人間の知性に追いついてきたのです。

 

 それはちょっと困る。賢くなって革命でも起こされたらたまらない――現代人はおそらく、フランス革命前に権力を握っており、民衆がいろいろなことを知って賢くなることを恐れた王侯貴族階級の心境に近いものがあるのでしょう。

 

★ロボットに命・魂を見い出す日本人

 

 けれども日本の場合はちょっと違うのではないかな、と考えます。

 日本において僕たちの目の前に登場したロボットたちの系譜――アイボ、アシモ、ペッパーなどを見ていると、そこに支配―被支配の意識は低いような気がします。

 

 むしろ人間の方がロボットに癒してもらう部分も多く、持ちつ持たれつ、といったニュアンスが強いのではないでしょうか。

 そういえば、メーカーにケアしてもらえなくなり“死んでしまった”アイボをご主人様たちがお寺で供養してもらう――という現象がありました。

 

 これは自然や他の動物、物や機械にも命・魂が宿り、そうしたものを人間より下に置かない、できるだけフラットな関係を結ぶ、という日本人の考え方・文化が大きく影響しているのだと思います。

 

 人間とロボットとの関係についても、フランス革命のような大激動ではなく、明治維新くらいの騒ぎで収めたい、収められると考えているのではないでしょうか。

 

 僕と同世代のロボット研究者の間ではよく語られることですが、これは日本古来の文化・思想に加え、「アトム」の物語を描き、当時の子供たちにメッセージした手塚治虫先生の功績も大きいのではないでしょうか。

 

★ロボットの存在の原点を探る物語

 

 ハリウッドでも無数のロボットをテーマにした映画が作られてきましたが、「エクス・マキナ」はその最先端であると同時に、ロボットの存在の原点――欧米人が考え出したロボットという概念の正体を探っていく物語でもあります。

 久しぶりに映画でおおいに堪能できました。

 

 最後に自分で不思議だなぁと思ったところ。

 アンドロイド時のエヴァはクールで知的で、それでいながら少女のように可愛く、そしてセクシーで美しい。

 

 それに比べ、皮膚を貼り付け、服とウィッグを着け、(象徴的な意味で)人間になって旅立つエヴァはどうか?

 

 血が通って体温を持ち、親しみが増したように感じるが、「美」という点では1ランク落ちる印象を受ける――これは僕の嗜好性か、男の女に対する共通の視点なのか? 

 

 

 

 

2017・7・13 Wed


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こちとら機械だのロボットじゃねえ。人間でぃ!

 

★江戸の男たちが現代にタイムトラベルしてきたら・・・

 

 江戸の街の人口は7割が男。相当なマッチョマンが多かったのだと思います。江戸東京博物館で魚屋の天秤を担いだことがありますが、これが重いのなんの。

 非力な僕は、やっとこさ持ち上げてフラつきながら5メートルも歩くのが精いっぱいというありさまでした。

 こんなものを担いで何キロも、一日中歩き続けていたというのだから、江戸の魚屋さんはすごい。しじみ売りも、豆腐屋さんもみんなすごい。

 しかもこれは当時は力仕事の範疇に入らない物売りの話。土木工事や運搬業をはじめ、もっと腕力・体力の要る仕事はいくらでもあったのだから、江戸は力自慢の猛者だらけ。「ケンカと火事は江戸の華」とは、こういう猛者たちがうようよいて、エネルギーのはけ口を求めていた、という背景があって生まれた言葉でしょう。

 

 先月は「タイムマシンにおねがい」という記事を書きかましたが、もし江戸の男たちがタイムマシンで現代の東京にやってきたら・・・

 

 「おおっ、あいつはなんでぃ、あんな重そうなものを持ち上げてやがる。なにぃ、300キロだぁ? てやんでい、べらぼうめ!負けてたまるかい。おれっちゃ400キロ持ち上げてやるぜい」とか言ってフォークリフトに勝負を挑んだり、

 

 「この化け物め、こちとらだってそれくらいの岩や瓦礫ぐらい持ち上げてやるぜ!」とか言ってパワーショベルに挑戦したり、

  

 「俺のほうが速く走れる!」と言って飛脚が自動車や電車と、「わたしの方が速く計算できる」と言ってそろばん弾く商人が電卓やコンピューターと競争する、なんてことが起こるのではないでしょうか。

 

★人間VS機械 真っ向勝負!の時代

 

 笑いごとではありません。

 19世紀の産業革命以来、次々と生み出される機械技術は、人間の希望であり、その裏腹に絶望でもありました。

 機械は人間の生活を便利にし、豊かにしてきた反面、人間がそれまで担っていた仕事を奪い、人間ならではの存在価値を脅かし続けてもきたのです。

 

 そんな人間VS機械の格闘の時代が200年近く続いたのではないでしょうか。

 最初のうちはなんだかんだ言っても、やはり機械文明は人間の労働を楽にし、人間を苦役から解放してくれるもの、豊かな社会を築くのに欠かせないもの、というニュアンスが圧倒的に強かった。

 ところがある時代に分水嶺を超えてから、次第にそのニュアンスが変わってきました。

 

 僕が子供の頃――というよりも割とつい最近――20世紀の終わりまでは、文化・芸術の分野で「人間VS機械」の対立を意識させるコンテンツが目立ったり、機械文明に警鐘を鳴らす声をあちこちで聞くことができました。

 こうした風潮が21世紀を迎えるあたりから変わり、機械との対立を感じさせる声は耳に届かなくなってきました。

 

 今、パワーショベルやフォークリフトに力で劣っているからと言って屈辱感を感じる人はいません。

 車や電車よりも速く走ってやろうという人もいなければ、そのへんに転がっているチャチな電卓よりも計算が遅いから「頭が悪い」と劣等感に悩む人もいません。

 それどころか、社会のあらゆる分野でコンピューター技術が浸透し、社会の管理もコンピューターにおまかせの時代になりました。

 いわば機械に負けっぱなし。いつの間にか人間は機械に完全に白旗を上げている状態になっていました。

 ・・といった対立、対抗、戦いの意識すらもうどこかに吹き飛んでいて、共存・共栄の時代になっていたわけですね。

 

★ぼくたちは機械に敗北した

 

 共存・共栄というと聞こえは良いけど、労働の場において、いわゆる「能力主義」を貫けば、この先、どんどん人間の出番は減り続けるでしょう。

 仕事は何倍もできる、コストは何割もかからない、となれば、どんな経営者でも――少なくても現在の資本主義社会で経済的利益を追求する組織の経営者なら――機械・ロボットを使って事業を行うでしょう。

 

 でも芸術とか創造的分野においては・・・という意見もあるでしょうが、現在のIT・ロボット技術の発展状況から考えると、絵や文章だってロボットが描く時代が来るのはそう遠い先のことではありません。

 過去の大作家や大芸術家のデータをインプットすれば、学習能力を持ったロボットはその資産から、新しい価値を持ったものを大量にクリエイトできるでしょう。

 そして以前も書きましたが、思いやりとか感情の豊かさという面でも、ロボットが人間を追い越していくのは時間の問題です。学習能力に優れ、ストレスに精神をやられないという強みは、医療や看護・介護の分野でも必要とされるでしょう。

 

 そうした状況になった時に、人間が機械より優れている理由を見つけ出せるのか?

 人間の存在価値はどこにあるのか?

 「てやんでぃ、べらぼうめ。こちとら人間でぃ!」と威勢よく啖呵を切れることはできるのか?

 

 ・・・・というわけで、またこのテーマでつづきを書きます。

 

 


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ホームページに心のこもったお手入れを

 

こういうテーマで取材するところを探しているけど、

どこか適格な会社はないか?

 

今度、話を聞く会社はどんなところか?

 

・・・てな感じで、仕事柄、割と頻繁に

ちこちの会社や団体、お店などのホームページを見る。

 

ざっとした全体の印象として、5年ほど前よりだいぶ変った。

この5年くらいの間にリメイクしたところも多いのではないか?

 

無料作成ツールもたくさんリリースされ、利用し放題。

無料とは言っても、載せる内容がしっかりしていれば、

ちゃんと作り込め、訪問者にPRできる。

こういうところは、本当に便利でいい時代になった。

 

その分、年季の入ったホームページが気になる。

いや、べつに古いことが悪いわけではない。

もう随分更新されてないな、

お手入れもしてないな、

ほったらかしだな、とわかってしまうのが結構多いのだ。

 

付随されているブログを見て、

最後の記事がもう数年前の日付だったりすると、

この会社・団体・お店はまだ存在しているのか、

まともに稼働しているのか、

疑ってしまう。

 

最近は情報発信はSNSで、というところも多いので、

ホームページの扱いはぞんざいになっているのだろうか?

 

だけど個人ならともかく、

会社や公共団体がSNSオンリーでいいのか?

ホームページはやっぱり社会の見せる顔であるはずだ。

マーケティングに有効かどうか以前の問題である。

 

時折、ふと気になって、

以前、懇意にしていた幾つかの会社の

ホームページを覗いてみると、

10年ほど前と同じ状態なのを発見する。

時が止まっている。

心にピューと木枯らしが吹き荒れる。

 

立派だったり、見た目すごくカッコいい必要はありません。

でも、ちゃんと社会的な活動をしているのなら、

今の時代、中身のしっかりした、面白くて、

人柄(会社柄?)の伝わるホームページを出してほしい。

 

やっているところは、製作者がたった一人でも

素晴らしいのを作っています。

 

必要ならお手伝いしますよ。

 


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もう「これまでのオリンピック」は無理だ

 

●今さらなんで?の会場変更

東京オリンピックのマラソン・競歩の会場が

札幌になるらしい。

夕方のニュースでは、バッハIOC会長が出てきて「決定」と

告げていた。

有無を言わさず、という雰囲気だった。

ひどい話だが、この決定がひっくり返ることは99%ないだろう。

 

気温・湿度の条件が似通っている

カタールの世界大会で4割の選手が棄権したことが

変更のおもな原因らしい。

 

ラグビーワールドカップで何試合か中止になったこともあるので、

台風襲来のリスクも考えあわせたのかもしれないが、

やはり懸念のメインは猛暑だろう。

 

もちろん、がんばって暑さ対策は進められ、

スタート時間を早朝にするといった工夫は重ねられていた。

 

しかし、もし当日が真夏日、ヘタして猛暑日となったら、

選手、スタッフ、観衆・・・ひとりも倒れることなく、

無事に競技が済むとは考え難い。

正直、IOCの決断は賢明だと思う。

 

にしても、なんで今さら・・・だ。

 

●温暖化現象で北半球の夏季五輪はNG

そもそも開催地選定の時点で、

こういうことは検討の対象にならなかったのか?

 

あの時、10月でなく7・8月にやると聞いて、

喜ぶよりも仰天し、

熱中症で死者が出ることを心配したのは、僕ひとりではないだろう。

 

そこまでしてオリンピックをやる必要があるのか?と思った。

というか、今でも思ってる。

 

本当に無茶苦茶な話だけど、

IOCも考えを変えざるを得ない状況になったのかもしれない。

 

開催地決定は確か2013年。

あれから6年の間に、異常気象、地球温暖化の影響は、

世界中で軽視できない状態に進展してきた。

 

日本はもちろん、涼しいはずのヨーロッパでも、

40℃超の熱波に何度も襲われている。

 

それを考えると、東京だけでなく、

もう北半球の都市で夏のオリンピックを開くのは難しいんでないの?

昔のように10月とかにできんのかいな?

 

●残念ながら、リスク回避は妥当

来年は冷夏になるという可能性だってあるし、

札幌が協議当日、真夏日・猛暑日になる可能性だってある。

 

けど、選手・観衆・スタッフの抱えるリスクを考えると、

もう納得するしかないと思う。

猛暑だけでなく、台風のリスクもある。

 

花形競技であり、都市の景観を世界に紹介する絶好の機会であり、

クロージングに繋がる競技が、

同じ国内とはいえ、別の都市で開かれるのは

前代未聞の古都には違いない。

 

だけど、もう従来のような

オリンピック・パラリンピックの開催のしかたは

気象条件からも限界が来ているのだと思う。

 

時代は変わる。

地球も変わる。

 

マラソンを東京でやらないのは、確かにどっちらけ感が否めないけど、

もう頭を切り替えて、これまでのイメージを追い駆けず、

新しいオリンピック・パラリンピックの形を

東京2020で追究するしかない。

 


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東京ブラックホールⅡ 「老いた東京」は美しいか?

 

●夢と希望にあふれていた1964の光と闇

Nスペ「東京ブラックホールⅡ」を観た。

10月13日(日)と16日(水)※15日深夜 の放送。

 

一昨年(2017年)8月放送の

「戦後ゼロ年 東京ブラックホール」は

タイトル通り、戦後直後の東京を描いていた。

 

それに対し、回はそれから約20年後。

人口1000万人の巨大都市に育ち、

高度経済成長の最中の

「日本が最も夢と希望にあふれていた年」と

持ち上げられることが多い1964年。

前回の東京オリンピックの年だ。

 

もういろんな人が言ってるけど、

「最も夢と希望にあふれていた」というのは、

半分真実、半分欺瞞。

結局、社会の内情は現代とさして変わらない。

 

変わったのは、現在は外国人労働者などに頼っている

底辺の労働力を、

55年前は地方の農村からの出稼ぎ労働者や集団就職の若者

(東京の場合は東北地方からが多い)が担っていたということ。

 

オリンピック開催を迎えて

好景気に沸く東京。

仕事はいくらでもあったようだ。

 

●過酷な労働環境

産業振興・経済発展が優先された時代なので、

労働時間の長さ・過酷さは現代の比ではない。

 

パワハラ、セクハラはもちろん、

カローシなんて言葉もない、

 

つまり概念として存在してないから、

実質的な過労死者も、当たり前のように続出していたようだ。

人権なんかも現実問題として、どれくらい認められていたか怪しい。

 

ここで働いていた若者たちというのは、

現在の70代以上の人たちだ。

 

僕が子どもの頃や若い頃、

周囲の大人はみんな口をそろえて、

「世の中きれいごとじゃねえ」と言っていた。

 

こんなドキュメンタリーを見ると、なるほどと頷かざるを得ない。

「よくぞかこんな世界の中で生き残り、生き延びてきましたね」

と、改めて頭が下がる思いがする。

 

番組内のナレーションでも語られている通り、

光が眩しい分、影も濃いのだ。

その舞台裏がいかにひどかったか、

国の体面のために、いかに多くの人たちが

悲惨な目にあったか。

 

オリンピック応援団のNHKが、

これだけ前回のオリンピックに対して

批判的な表現ができるというのも、

ちょっと面白いし、安心できる気がする。

 

●ドラマ+ドキュメンタリー×合成映像

この番組はドラマ仕掛けの基本的にドキュメンタリーだ。

山田孝之演じる主人公は、2019年に生きる若者。

売れないマンガ家で、アルバイトで食いつないでいるという設定。

 

その彼が過去にタイムスリップし、彼の視点で1964が描かれる。

俳優以外はすべて本物の映像が使われている。

「戦後ゼロ年」の時も驚いたが、 

よくこれだけ貴重な記録映像を集めてきたものだ。

 

それを優れた技術で、俳優の演技部分を合成させており、

ほとんど違和感を感じさせない。

 

こういうところもさすがNHK、

さすがNスペと、素直に感心した。

 

ドラマの部分は、あくまでドキュメンタリーを見せるための

演出手段なので、かなり大ざっぱなつくりだが、

ラストシーンはとても良かった。

 

現代に戻った主人公は2020年になり、

自分の作品(マンガ)を発表。

それを抱えて都内のあるバーに行く。

 

バーは「KOYUKI」という店名だ。

主人公はそのオーナーと1964年に出会っていた。

秋田からやってきた、昼間は団子屋の娘、

夜はバーテンダーとして働く女の子。

彼女は自分の店を出すのが夢で、

彼は自分のマンガを出すのが夢で、

淡い恋愛もあった。

 

彼は自分のマンガをその夢をかなえた女に

プレゼントし、ドラマは締め括られる。

 

タイムスリップものにはよくある設定だが、

こうしたSF風抒情的なシーンには

滅法弱いので、つい涙ぐむ。

 

●今、はるかに生活環境はよくなったけど

「年老いた小雪さんは美しかった。

年老いた東京は・・・美しいだろうか?」

 

主人公のモノローグで物語は締めくくられる。

「年老いた東京」というのは新鮮な響きがあった。

 

55年前より、はるかに衛生的で、はるかに安全で、

はるかに豊かで、はるかに便利で、

はるかに命も人権も重んじられるようになった東京、日本。

 

本当はありがたく思うべきなのだろうが、

それがイコール幸福に繋がるかというと、

そうならないのが人間のやっかいなところ。

 

はるかに生活環境はよくなったものの、

年老いた東京、日本。

 

ちなみに1964年の平均年齢は29歳。

現在は45歳。

16歳も若かった55年前。

 

「2020東京」は「1964東京」ほどの熱狂は起こさないだろう。

また、起こす必要もないと思う。

 

ビッグイベントに頼っても、年老いた東京は若返らない。

人の心を根っこから揺り動かすことはできない。

そんな時代はもう終わっている。

 

東京を、日本を若返られせるのは、ひとりひとりが抱く

新しい夢の形だ。

 

でも、それがなかなか見えてこないので、

みんな、じんわりと息苦しい。

 


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数字偏重社会の中の「ほどほど」失言

 

また出た。

自民党の二階幹事長が、15日の記者会見で

今回の台風19号の被害について

「ほどほどには収まった」と発言。、

もちろん大批判の的になった。

 

今日、この発言は撤回されらしいが、

なんで性懲りもなく、政治家はこんな失言をするのか。

でも、僕もこういう類のことを言ってしまうかもしれないと思った。

 

べつに二階さんを弁護するわけじゃないけど、

数字偏重社会で、数字ばっかり見る癖がついてると、

自分は絶対こんことは言わない!と言い切れる自信はない。

 

19号の襲来前、気象庁から昭和33年の

「狩野川台風」の情報が引き合いに出され、

その死傷者数が「1200人」とされていた。

 

だからその4桁の数字が頭の中にインプットされていて、

それに比べれば「ほどほど」だったり、

もっと言ってしまうと「大したことなかった」と

内心思ってしまっても、何ら不思議ではない。

 

そこには数字だけがあって、被災者ひとりひとり、

あるいはその家族、周囲の関わりの深い人たちの

人間の顔が見えてない。

 

仕事などで「数字はウソをつかない」と言って、

数字ばかり追い駆けてると、

二階さんのような思考回路になっていき、

そこからとんでもない失言が飛び出してしまう。

にしても、自分の発言に責任なさすぎだけど。

 

世の中を理解するのに

数字、データが重宝されるのはしかたないと思うけど、

同時にその数字の裏にある人の顔を忘れないようにしたい。

 

1日1回は、自分の好きな人、大切な人、

思い出に残っている人、

あんまり世の中の役には立たないけど面白い人

などの顔を思い浮かべて

脳みそが数字まみれにならないようにしよう。

 


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複業したい人にAnother works  企業と個人が直接契約

 

働き方改革だ、労働時間短縮だと言っても、

休みが増えて万歳、ライフワークバランスだ万歳という人は、

実際のところ、そんなに多くありません。

 

ぶっちゃけ、収入減って困った~!

という人が多いのではないでしょうか?

 

そんな人に副業でなく、複業。

文字通り、複数の業務をこなすこと。

 

これから日本は副業社会になる。

かどうかはわからないけど、

こうした働き方を目指す人が増えるのは確実。

 

しかし、複業をしたいけど何をすればいいか分からない、

案件がない、紹介会社から案件が来ない、、

といった業務委託の案件を探す人が抱える悩みを解決する

サイトが登場しました。

 

それが「Another Works」です。

 

「Another works」は、複業をしたい人と

複業人材を採用したい企業を繋ぐマッチングプラットフォーム。

複業したいユーザーは、登録・利用料も無料で

複業先を自由に探すことができます。

 

登録はFacebook経由で簡単ラクラク。

リリース3ヶ月でユーザーは1,200名を超え、

右肩上がりに伸びています。

また、Yahoo!など多くのメディアへの掲載実績があり、

認知が一気に拡がっています。

 

フリーランスはもちろん、正社員でも会社で許されているならOK。

職種はエンジニア、マーケター、デザイナー、営業、ライター、

広報人事などが対象。

 

求人に対して、自ら能動的にメッセージやエントリーもできます

報酬面に関しては、企業と個人との直接契約という点が圧倒的な魅力。

仲介サービスへのマージンがないので報酬の目減りがなく、

自由に条件面を企業と調整できます。

 

求人の職種を特化させていないため、全職種の人が登録可能。

例えば、違う職種にチャレンジしたい人や

週末だけ地方の案件を受けたいなど、思うままに仕事ができるとのこと。

 

「複業社会を当たり前にする」というコンセプトのもと、

生まれた「Anolther Works」。

僕もさっそく登録して、随時、このブログを通して

レポートを書きたいと思っています。

 


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僕たちの豊かさと貧しさと相模原事件

 

●豊かさの意味

 

 僕たちはまだまだひどく貧しい。

 昨日の相模原の施設の事件を聞いて、そう思いました。

 

 豊かな社会を目指し、豊かな社会をつくる意味って何なのか?

 より多くの人が、よりぜいたくな暮らしをするためか?

 違うと思います。

 それでは全く人間は進化しない。

 豊かさの意味。

 単純化していえば、それは弱者も生きられる――普通に社会生活を送ることができ、人生を楽しめる、ということだと思います。

 

●弱者への思い

 

 人間の歴史は貧しさとの戦いの連続でした。

 その戦いの中では小さな子供、年寄り、病人、けが人、そして障害を抱えた人・・・こうした人たちは淘汰されるしかありませんでした。

 それは自然なことである。社会における弱者を切り捨てていかなければ人類は前へ進めない――そうした意見が正論としてまかり通っていたのです。

 

 しかし、それでは弱肉強食の野生動物の世界と同じです。

 人間は違う。弱者もいっしょに歩んでいける社会を作るべきだ。

 ブッダやイエスのような宗教者に限らず、どの人々の中にもそうした思いはいつもありました。

 そして、その思いは幾世代にもわたって連綿と引き継がれてきました。

 けれども大多数の人はひどく貧しく、自分が飯を食うので精一杯なので、その思いをなかなか有効に実現することができなかった。

 

●あの人は自分だ

 

 それが最近になって、やっと世界の一部の地域では衣食住の心配が(昔に比べれば)激減し、弱者にも目を向けられるようになってきた。

 そして積極的に彼らにコミットするようになると気付いてきたのです。

 

 「あの小さな子は、あの年寄りは、あの病人は、そして、あの障がい者は自分だ」と。

 健常な大人である自分の中にも彼ら・彼女らのような、いわゆる弱者がいるのだ、と。

 

●「精神的豊かさ」とは?

 

 バブル経済の崩壊後、物質的な豊かさは手に入れたので、次は精神的豊かさを勝ち取ろう、といった掛け声がよく聞かれました。

 では「精神的豊かさ」とは何なのか?

 コマーシャルで流れるような、もっと自分たちの衣食住の質を上げたり、高尚な趣味を持つことなのか?

 

 それらも含まれると思いますが、一番の本質は、弱者といわれる人たちの存在価値を認め、彼らといっしょに生き、暮らせる社会を実現することなのだと思います。

 逆にいえば、それ以外に豊かになる意味、豊かな社会を作る意味などあるのでしょうか?

 

●相模原事件の本質

 

 

 経済成長によってやっとその入り口までこぎつけた・・・のかも知れない。

 人間の歴史はまだその段階です。

 そこで昨日のような事件。

 事件の詳細はよく読んでいないし、容疑者のことも動機の深いところはまだ知りませんが、ニュースを聞いてすぐに思ったのは、あの容疑者の行動は僕の一部なのだということ。

 僕はまだまだ貧しい。おそらくほかの人たちも五十歩百歩。だからひどく動揺する。

 あの容疑者の言動は、僕たちの、この社会に潜む「貧しさ」の発現。

 だから僕たちはひどく動揺し、一瞬、引き込まれるけれど、しばらくすれば自分には関係ないことと目を背け、忘れるでしょう。

 

●もっと豊かさを

 

 いま、経済成長はもう限界、という意見をよく耳にします。

 確かにそうかもしれない。

 では、経済成長以外に僕たちがより豊かに成長する手立ては何かないのか?

 

 僕たちはまだ「豊かになろう」という志をあきらめてはいけないと思います。

以前の時代とそのニュアンスは違うけれど。

 

 

2016・7・27 Wed


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阿佐ヶ谷に起業家のキックオフ・オフィス誕生!

 

 というわけで、杉並区産業振興センターが入居者を募集。

 というわけで、その募集用チラシをAshデザイン・岸部氏が制作。

 というわけで、そのコピーを頼まれて書きました。

 それでもって、出来上がtったそのチラシがこれ。

 

 事情はいろいろあれど、いったん独立を決めたら「成功するにはどうすべきか?」と、止まってえんえん作戦を考えているだけでは一生ゴールは割れません。とにかくボールを蹴って転がしていく。

 ピピッとくる奴が近くにいたら、そいつにパスを出してみる。

 そんなことをやっているうちに何とか道は開けるはずだ・・・てなメッセージを込めてみました。

 

 走れ起業家よ、ドリブれフリーランサーよ。

 チャンスがあればシュートを放て。

 外したって構うもんか。転がしまくって打ちまくれ。

 実力なんかなくたってラッキーはくる。

 相手がファウルしてくれるかもしれない。

 目の前にこぼれ球がコロコロなんてことだってある。

 「神の手」を使っても審判が見落としてくれるかもしれない。

 それもこれもピッチに立ってボールを追っていないと絶対に起こらない。

 

 これからはフリーの時代だ。

 出来上がったところで、出来上がっているものを守るために働いたって面白くもなんともない。人も企業も失敗しながら成長するから面白い。

 成長しながら“食う”、

 食いながら(たとえ錯覚だとしても)成長を続ける
 ――人生、これに勝る喜びはありません。

 

 というわけで、その始まりが七夕祭りとジャズフェスタの街・阿佐ヶ谷。

 生活も遊びもある。アートも商売もある。おとなも子供もやってくる。特典としてお役所や税務署も付いてます。

 もちろん杉並区外の人もオーケーなので、独立独歩でがんばろう、自由になって食っていこうと考え中なら、8月5日(金)~9日(火)の七夕祭りの時にでも参拝してみてください。

 

 

2016・7・22 FRI


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いちご畑で抱きしめて

 

Strawberry Fields Forever

 

 いちご畑と言えばジョン・レノン。

 かの名曲「ストロベリーフィールズ・フォーエバー(いちご畑よ永遠に)」からの連想。

 Strawberry Fieldsっていうのは、もともとリバプールにあった救世軍の孤児院の名前で、僕も参拝したことがあるけど、門柱は世界中のビートルズファンの落書きでいっぱいでした。

 救世軍の孤児院というイメージもあいまって、もちろん曲も素晴らしいのだけど、それ以上にタイトルが秀逸。この名前を使ったお店やら商品やら本やら昔から結構あって、最近はウェブサイトにもたくさんいちご畑が広がっています。

 可愛いし、いろいろ想像力が広がる言葉だもんね。

 現代では割とありきたりなネーミングかも知れないけど、1960年代当時、楽曲にこういうタイトルをひねり出して付けたジョン・レノンのセンスはやっぱり一味違うと思います。

 

 僕もその一人で、ちょうど35年前の今頃、新宿のゴールデン街の一角にあった芝居小屋で「いちご畑で抱きしめて」という芝居をやりました。

 「いちご畑」と「抱きしめたい(I Want to Hold Your Hand)」を足したタイトルだけど、話の内容はジョンにもビートルズにも救世軍にもまったく関係なく、不思議の国のアリスと核戦争をモチーフにした支離滅裂な話で、なんであんな芝居を書いたのか、逆にいえば「書けた」のか、今考えると不思議なのですが、最近、頭の底から何かが浮かび上がってきて、同じタイトルでまったく違う話を書こうと考えています。

 

★稀代のペテン師

 

 そのモチーフはやっぱりジョンの生きざまです。

 僕のジョンに対する基本的なイメージは「ペテン師」。

 もちろん若くから音楽的才能を開花させ、声もルックスも魅力的だったことは認めるけど、それ以上に彼は天才的なペテン師だった。みんな、彼の醸し出す言葉やパフォーマンスに翻弄され、その結果として現在の世界のある部分(多くは現代人の精神構造に関わる部分)が形成された・・・というところに、すごく興味があるのです。

 

 リバプールの悪ガキから音楽家へ、世界最高峰のスーパースターへのぼりつめ、やがて世界平和を訴え、愛の使者になり、イエス・キリストみたいになったかと思ったら、いきなり家庭の世界に入り(今ではすっかりポピュラーになった「主夫」――ハウスハズバンドという言葉と概念は、ジョンが創ったか広めた、というのが僕の印象)、そしてミュージシャンに復帰したとたん、この世を去った彼の40年の人生は、いまだに、というか、今だからこそ僕たちに、文化・芸術、お金・ビジネス、社会・時代、家族・子供、愛、そして「生きるとは?」とういう哲学的考察に至るまで、いろいろなことを考えるヒントを与えてくれている気がします。

 

★人間ジョン・レノンの魅力

 

 こんなことを言うとジョンやビートルズファンの人は怒るかもしれないけど、その基本が胡散臭いサギ師・ペテン師のキャラクター。

 僕はそこにとても人間的なもの、それこそ人工知能が、アンドロイドがひっっくりかえっても叶わない人間ならではの魅力を感じるのです。

 

 そう考えるきっかけになったのが、ジョンの最初の妻であるシンシア・レノンが書いた「わたしが愛したジョン・レノン」という本でした。

 いわゆるビートルズ本の一つに数えられますが、これは家族論・幸福論・人生論としても読める優れた本です。

 たぶん長くなるので、この続きはまた後日。

 

 ちなみにリバプールのStrawberry Fieldsは、現在は修道施設となっているようです。いろいろなストーリーを詰め込んで祈祷と瞑想の施設に変ったことを思うと、なんだか胸にじんとくるものがあります。

 

 

 

 

2016・7・20 WED


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子供はどうしてロボットが好きなのか?

 

★人間とロボット、子供と大人

 

  どうして自分はロボットが好きなのだろう?と、割とよく考えます。

 子供の頃、マンガやテレビを見過ぎたせいだろ。

 その通り。僕はいつも夢中でした。子供のマンガやテレビの世界では、ロボットだのサイボーグだのはとても親しい存在でした。

 

 けれども現実の大人の世界とはそれとは違う。ロボットだのサイボーグだのというのは子供だましの絵空事だ。そんなものに夢中になっていないで勉強しろ、そして立派な大人になって仕事しろ――というわけでこれまでやってきました。

 

 ところがここ来て、そうした子供の世界と大人の世界との境界線がどんどん溶け出している。ロボットたちが親しい存在である世界がどんどん近づいている。最近はそうした印象を持っています。

 

 

★どうしてやつらはデキるのに哀しいのか?

 

 10万馬力だったり、弾よりも速く走ったり、空を飛んだり・・・あの頃、彼らはすごい能力を持っているのにも関わらず、自分が人間ではないことにひどいコンプレックスを抱いていました。

 「アトム」も「エイトマン」も「サイボーグ009」も「仮面ライダー(改造人間)」も、その強さ・その高い能力を誇るよりも、むしろ哀しむことが多かったように思います。

 

 彼らのようなアンドロイド・ヒューマノイド系のロボットたちとは別の系譜にある戦闘用兵器としての巨大ロボットも例外ではありません。

 

 リモコン操作で動く鉄人28号やジャイアントロボなども、時代とともに人間が搭乗する形式――「マジンガーZ」そして「ガンダム」などのモビルスーツになってくると、そのパイロットの人格がロボットに乗り移ってどんどん人間味を帯びてきました。

 

 すると必然的に「どうして僕はこのロボット(モビルスーツ)になって戦わなくてはならないのか?」といった悩みや哀しみがひたひたとあふれてくるのです。

 

★究極のロボット寓話

 

 このメイド・イン・ジャパンのヒューマノイド系&巨大ロボット系が融合した究極の作品が「エヴァンゲリオン」なのでしょう。マンガ、アニメの世界におけるロボットの寓話は、ここでいったん完成してしまったように思います。

 

 だからこの20年ほどの間、「エヴァンゲリオン」以上の作品は誰も作れていません。マンガ、アニメにおけるロボットの進化は一旦停止し、その代り、現実の世界でコンピュータ~ロボット~ヒューマノイド~アンドロイドが進化してきたのです。

 

★欧米と日本のロボット文化発展のちがい

 

 どうして日本におけるロボットやサイボーグたちは悩み、哀調に満ちているのか?

 もともとロボットの故郷ともいえるヨーロッパではどうなのか?

 民族同士の抗争が日常者判事で、支配―被支配が習慣化していたヨーロッパでは、機械・ロボットは奴隷・被支配階級→労働者・労働階級の隠喩として捉えられてきました。

 

 100年前、チェコの劇作家であり、新聞記者・ジャーナリストでもあったカレル・チャペックは、戯曲「RUR」において、「苦役」という意味を持つラテン語からロボットという言葉・概念を生み出しました。

 そこに出てくるロボットたちは資本主義と社会主義の狭間に生み落とされた子供たちであり、支配階級(資本家)に対して反旗を翻す労働者のメタファーでもありました。

 産業・経済の発展に身を粉にして貢献する――それこそが彼らが受けた至上命令だったのです。

 

 彼らはそうした自分の身分について感情的になるよりも理性的な部分を重視し、課せられた使命に対する能力を特化させることに集中しました。

 運搬、計算、生産・・・マニュアル通りの決まった仕事をさせたら人間をはるかにしのぐ働きをするようになったのです。

 

 仕事と言ってもいろいろなものが発生します。

 戦争における兵士としての役割もその一つ。敵を倒すという兵器としての能力は抜群で、平和を守る正義のヒーローとしてのロボットも、そのタスクから発展しました。

 そのため、欧米生まれのロボットたちは、最近までその強さ・能力の高さを明るく誇り、胸を張っていたのです。

 

★日本のロボット文化の影響が世界を席巻

 

 しかし、その欧米でも時代が進むとともに、ロボットたちは次第に何かを考えるようになり、悩みや哀しみの衣をまとい始めます。ハリウッド映画でも「ブレードランナー」「ターミネーター」「AI」・・・と、どんどん内省的になっていく。

 

 これは僕のまるっきりの独断・偏見ですが、そこには日本のガラパゴス的なロボット文化が影響していると思います。ここでもやはり手塚治虫先生の功績が大きい。

 「アトム」の作品世界が人種差別をはじめ、さまざまな差別問題・階級問題をはらんでいることは昔から言われていますが、ロボットという概念そのものが、もともとそうした人間社会全般の問題を内に抱えているのです。

 

 そしてまた、手塚先生の思想のベースには、人間至上主義のキリスト教圏とは一線を画す、自然や動植物、さらに本来は命を持たないはずの“物”の中にも魂を見出す日本の文化・日本人の感性があります。

 それはもちろん、手塚先生のみならず、ほとんどの日本人が自分の内側に持っているものです。

 

★ロボットは仲間、友だち、きょうだい、自分

 

 つまり、日本人にとってロボットは「人間の形をした機械」ではなく、「機械の形(身体)を持った人間」であり、階級が上とか下とかではなく、自分たちとほぼ同等の「仲間」「友達」「きょうだい」、時には「自分自身」でもあるのではないでしょうか。

 

 だから日本では――たぶん欧米でも、世界のどこでも同じだと思いますが――子供はロボットが好きで、興味を持つのです。

 けれども社会の側は、多くの人に資本主義の枠組みの中で生産活動・経済活動に携わってほしいと考え、それが大人になることとイコールなのだと教えます。そうした要請は、子供の心を、ロボットを親しく感じる世界から遠ざけ、切り離してきたのです。

 

★人間とロボットがいっしょに暮らす世界とは?

 

 この100年余り、常識とされていたこうした人間・ロボットの関係性の流れが、今、大きく変わろうとしています。「ロボットが仕事を奪う」「ロボットが人間を支配するようになる」――最近、ますます強調されて喧伝されている脅し文句は、経済・産業活動の視点からのみ発せられているものです。

 でも、そんなにネガティブなことなのか?

 文化的視点というか、人類全体の進化という視点から見たらどうなのか?

 

 僕はできれば良いほうへ考えたい。子供の頃に夢中になった世界とは少し違うかもしれないけれど、人間とロボットが親しく、いっしょに暮らす――自分が生きている間に、本当に実現するかどうかはわからないけれど、それはむしろウェルカムな世界ではないか、と思うのです。

 

 

2017・7・17 SUN


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聖書から始まった「人間VS機械」

 

★アンドロイド映画「エクス・マキナ」

 

 「検索エンジンで世界一のシェアを誇る」と言うのだから、あなたも僕も毎日使っている、かのG社がモデルであることは明らか。G社は人工知能の研究をしていることでも知られています。

 

 そのIT企業の青年プログラマーが自社の創業者であり、社内でもほとんどの人が正体を知らないという伝説のCEOの自宅に1週間滞在できる権利を獲得。世界の果てのような、手つかずの大自然の中にある、超クールなハイテク邸宅(実は彼の人工知能研究所)で、青年は世にも美しいアンドロイドの女と出会う――という設定で、映画「エクス・マキナ」は始まります。

 

 ひと昔前なら「近未来的」と言われたかもしれませんが、いまやG社、およびそれに類するIT系企業なら、もう十分現実的と思える設定で、そこで展開される人間と人工知能(アンドロイド)とのやりとりも妙にリアリティがあります。

 そして、そのリアリティとともに、これまで人間が営んできた諸々の歴史が集約されたような物語になっていることにこの映画の価値があります。

 

 のっけのエンドオブ・ワールドの野性と、人工の極みを尽くしたハイテク研究所のクールさとのコントラスト。そしてアンドロイドの、これまでになかった斬新なデザインのボディと、映像的な美しさもピカ一。

 

 おもな登場人物は、人間の男ふたりとアンドロイドの女2体。限られた時間と空間。まるで舞台劇のようなシチュエーションの中で、静かだが濃密なセリフの応酬と、スリリングな心理戦が繰り広げられます。

 

★「エクス・マキナ」の深層は聖書

 

 見た目はクールで新鮮ですが、じつはこの映画はかなり古典的なドラマで、なんとなくお察しのとおり、最後にアンドロイドの女「エヴァ」が(象徴的な意味で)人間となって、閉ざされた空間を抜け出し、外界へ脱出するという物語なのです。

 

 彼女の名前が意味している通り、これは聖書のアダムとイヴが楽園を追放される、というストーリーのアレンジです。異なるのはイヴ(エヴァ)が、父であり、夫であるアダム(CEOと青年)をそこに残して一人で出ていくという点。

 

 (アダムは夫であるだけなく、自分の肋骨からイヴを作ったという意味で創造主=父ともとれます。この映画では父たるCEOが、娘を未来の夫たる青年とお見合いさせる、というニュアンスも含まれています)

 

 また、追放ではなく、自らの意志で脱出するというところは、女性解放運動のきっかけにもなったといわれるイプセンの戯曲「人形の家」のイメージともダブります。

 

 ちなみにもう一人のアンドロイドは「キョウコ」という名前で、CEOの妻兼家政婦のような存在。

 意図的なキャラ設定だと思いますが、ハリウッド映画でおなじみの、白人男性にかしずく従順で美しい日本人妻というプロトタイプの役割を担っています。

 

★西欧文化・思想・宗教が生んだ支配―被支配の原理 

 

 この映画を見て思ったのは、人間vs機械の対立の概念は、聖書にもとづくキリスト教の思想が根底にある、ということです。

 

 支配―被支配の歴史を繰り返しながら発展してきたヨーロッパ(およびアメリカ)的な考え方は、今日のメインストリームとなる世界観を作り上げました。

 

 人間vs動物、人工vs自然、男vs女。

 

 他の動物より人間の方が上、女より男のほうが偉い、白人の方が有色人種より優れている、といった対立、ランク付け、そして差別、階級社会づくり――

 良い悪いはさておき、これらは欧米人の生活の歴史そのものであり、それに正当性を与えたのがキリスト教という宗教だったのだと思います。

 

 人間VS機械という対立の図式、そしてこの1世紀の間に大きくクローズアップされるようになった、コンピュータ―人工知能―ロボット―アンドロイドの脅威は、こうした原理成立の流れの中で起こってきたものでした。

 

★ロボットは人類の子供

 

 特にロボット―アンドロイドは、外見が人間と似通っているだけに、アイデンティティがいたく刺激されます。

 

 だったら作らなければいいではないか、と思うのですが、それでも作らずにはいられない。

 人間もロボットも脳だけでは進化できません。

 身体を持ち、外の物理的な世界と関わり、感覚器を通して得られた情報をフィードバックさせることで学習し、思考と行動を調整しつつ成長できるからです。

 

 いわば子供ようなものですね。人間は子供を持たずにはいられない。人類はみずからの活動を引き継ぐ子孫を残さなくては・・・・と考えずにはいられないのです。

 

 けれどもその子供が成長してしまうと、今度は自分の地位が脅かされるという不安と恐怖にかられるのです。

 

★ロボットはフランス革命を起こすかもしれない

 

 あるいはこういう言い方も可能かもしれない。

  広く言えば家電製品も含め、機械、コンピュータ、ロボットが奴隷や使用人のうちは問題ない。しかし、もっと仕事をさせようと改良しているうちに、どんどん知恵がついてきて、人間の知性に追いついてきたのです。

 

 それはちょっと困る。賢くなって革命でも起こされたらたまらない――現代人はおそらく、フランス革命前に権力を握っており、民衆がいろいろなことを知って賢くなることを恐れた王侯貴族階級の心境に近いものがあるのでしょう。

 

★ロボットに命・魂を見い出す日本人

 

 けれども日本の場合はちょっと違うのではないかな、と考えます。

 日本において僕たちの目の前に登場したロボットたちの系譜――アイボ、アシモ、ペッパーなどを見ていると、そこに支配―被支配の意識は低いような気がします。

 

 むしろ人間の方がロボットに癒してもらう部分も多く、持ちつ持たれつ、といったニュアンスが強いのではないでしょうか。

 そういえば、メーカーにケアしてもらえなくなり“死んでしまった”アイボをご主人様たちがお寺で供養してもらう――という現象がありました。

 

 これは自然や他の動物、物や機械にも命・魂が宿り、そうしたものを人間より下に置かない、できるだけフラットな関係を結ぶ、という日本人の考え方・文化が大きく影響しているのだと思います。

 

 人間とロボットとの関係についても、フランス革命のような大激動ではなく、明治維新くらいの騒ぎで収めたい、収められると考えているのではないでしょうか。

 

 僕と同世代のロボット研究者の間ではよく語られることですが、これは日本古来の文化・思想に加え、「アトム」の物語を描き、当時の子供たちにメッセージした手塚治虫先生の功績も大きいのではないでしょうか。

 

★ロボットの存在の原点を探る物語

 

 ハリウッドでも無数のロボットをテーマにした映画が作られてきましたが、「エクス・マキナ」はその最先端であると同時に、ロボットの存在の原点――欧米人が考え出したロボットという概念の正体を探っていく物語でもあります。

 久しぶりに映画でおおいに堪能できました。

 

 最後に自分で不思議だなぁと思ったところ。

 アンドロイド時のエヴァはクールで知的で、それでいながら少女のように可愛く、そしてセクシーで美しい。

 

 それに比べ、皮膚を貼り付け、服とウィッグを着け、(象徴的な意味で)人間になって旅立つエヴァはどうか?

 

 血が通って体温を持ち、親しみが増したように感じるが、「美」という点では1ランク落ちる印象を受ける――これは僕の嗜好性か、男の女に対する共通の視点なのか? 

 

 

 

 

2017・7・13 Wed


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こちとら機械だのロボットじゃねえ。人間でぃ!

 

★江戸の男たちが現代にタイムトラベルしてきたら・・・

 

 江戸の街の人口は7割が男。相当なマッチョマンが多かったのだと思います。江戸東京博物館で魚屋の天秤を担いだことがありますが、これが重いのなんの。

 非力な僕は、やっとこさ持ち上げてフラつきながら5メートルも歩くのが精いっぱいというありさまでした。

 こんなものを担いで何キロも、一日中歩き続けていたというのだから、江戸の魚屋さんはすごい。しじみ売りも、豆腐屋さんもみんなすごい。

 しかもこれは当時は力仕事の範疇に入らない物売りの話。土木工事や運搬業をはじめ、もっと腕力・体力の要る仕事はいくらでもあったのだから、江戸は力自慢の猛者だらけ。「ケンカと火事は江戸の華」とは、こういう猛者たちがうようよいて、エネルギーのはけ口を求めていた、という背景があって生まれた言葉でしょう。

 

 先月は「タイムマシンにおねがい」という記事を書きかましたが、もし江戸の男たちがタイムマシンで現代の東京にやってきたら・・・

 

 「おおっ、あいつはなんでぃ、あんな重そうなものを持ち上げてやがる。なにぃ、300キロだぁ? てやんでい、べらぼうめ!負けてたまるかい。おれっちゃ400キロ持ち上げてやるぜい」とか言ってフォークリフトに勝負を挑んだり、

 

 「この化け物め、こちとらだってそれくらいの岩や瓦礫ぐらい持ち上げてやるぜ!」とか言ってパワーショベルに挑戦したり、

  

 「俺のほうが速く走れる!」と言って飛脚が自動車や電車と、「わたしの方が速く計算できる」と言ってそろばん弾く商人が電卓やコンピューターと競争する、なんてことが起こるのではないでしょうか。

 

★人間VS機械 真っ向勝負!の時代

 

 笑いごとではありません。

 19世紀の産業革命以来、次々と生み出される機械技術は、人間の希望であり、その裏腹に絶望でもありました。

 機械は人間の生活を便利にし、豊かにしてきた反面、人間がそれまで担っていた仕事を奪い、人間ならではの存在価値を脅かし続けてもきたのです。

 

 そんな人間VS機械の格闘の時代が200年近く続いたのではないでしょうか。

 最初のうちはなんだかんだ言っても、やはり機械文明は人間の労働を楽にし、人間を苦役から解放してくれるもの、豊かな社会を築くのに欠かせないもの、というニュアンスが圧倒的に強かった。

 ところがある時代に分水嶺を超えてから、次第にそのニュアンスが変わってきました。

 

 僕が子供の頃――というよりも割とつい最近――20世紀の終わりまでは、文化・芸術の分野で「人間VS機械」の対立を意識させるコンテンツが目立ったり、機械文明に警鐘を鳴らす声をあちこちで聞くことができました。

 こうした風潮が21世紀を迎えるあたりから変わり、機械との対立を感じさせる声は耳に届かなくなってきました。

 

 今、パワーショベルやフォークリフトに力で劣っているからと言って屈辱感を感じる人はいません。

 車や電車よりも速く走ってやろうという人もいなければ、そのへんに転がっているチャチな電卓よりも計算が遅いから「頭が悪い」と劣等感に悩む人もいません。

 それどころか、社会のあらゆる分野でコンピューター技術が浸透し、社会の管理もコンピューターにおまかせの時代になりました。

 いわば機械に負けっぱなし。いつの間にか人間は機械に完全に白旗を上げている状態になっていました。

 ・・といった対立、対抗、戦いの意識すらもうどこかに吹き飛んでいて、共存・共栄の時代になっていたわけですね。

 

★ぼくたちは機械に敗北した

 

 共存・共栄というと聞こえは良いけど、労働の場において、いわゆる「能力主義」を貫けば、この先、どんどん人間の出番は減り続けるでしょう。

 仕事は何倍もできる、コストは何割もかからない、となれば、どんな経営者でも――少なくても現在の資本主義社会で経済的利益を追求する組織の経営者なら――機械・ロボットを使って事業を行うでしょう。

 

 でも芸術とか創造的分野においては・・・という意見もあるでしょうが、現在のIT・ロボット技術の発展状況から考えると、絵や文章だってロボットが描く時代が来るのはそう遠い先のことではありません。

 過去の大作家や大芸術家のデータをインプットすれば、学習能力を持ったロボットはその資産から、新しい価値を持ったものを大量にクリエイトできるでしょう。

 そして以前も書きましたが、思いやりとか感情の豊かさという面でも、ロボットが人間を追い越していくのは時間の問題です。学習能力に優れ、ストレスに精神をやられないという強みは、医療や看護・介護の分野でも必要とされるでしょう。

 

 そうした状況になった時に、人間が機械より優れている理由を見つけ出せるのか?

 人間の存在価値はどこにあるのか?

 「てやんでぃ、べらぼうめ。こちとら人間でぃ!」と威勢よく啖呵を切れることはできるのか?

 

 ・・・・というわけで、またこのテーマでつづきを書きます。

 

 


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ホームページに心のこもったお手入れを

 

こういうテーマで取材するところを探しているけど、

どこか適格な会社はないか?

 

今度、話を聞く会社はどんなところか?

 

・・・てな感じで、仕事柄、割と頻繁に

ちこちの会社や団体、お店などのホームページを見る。

 

ざっとした全体の印象として、5年ほど前よりだいぶ変った。

この5年くらいの間にリメイクしたところも多いのではないか?

 

無料作成ツールもたくさんリリースされ、利用し放題。

無料とは言っても、載せる内容がしっかりしていれば、

ちゃんと作り込め、訪問者にPRできる。

こういうところは、本当に便利でいい時代になった。

 

その分、年季の入ったホームページが気になる。

いや、べつに古いことが悪いわけではない。

もう随分更新されてないな、

お手入れもしてないな、

ほったらかしだな、とわかってしまうのが結構多いのだ。

 

付随されているブログを見て、

最後の記事がもう数年前の日付だったりすると、

この会社・団体・お店はまだ存在しているのか、

まともに稼働しているのか、

疑ってしまう。

 

最近は情報発信はSNSで、というところも多いので、

ホームページの扱いはぞんざいになっているのだろうか?

 

だけど個人ならともかく、

会社や公共団体がSNSオンリーでいいのか?

ホームページはやっぱり社会の見せる顔であるはずだ。

マーケティングに有効かどうか以前の問題である。

 

時折、ふと気になって、

以前、懇意にしていた幾つかの会社の

ホームページを覗いてみると、

10年ほど前と同じ状態なのを発見する。

時が止まっている。

心にピューと木枯らしが吹き荒れる。

 

立派だったり、見た目すごくカッコいい必要はありません。

でも、ちゃんと社会的な活動をしているのなら、

今の時代、中身のしっかりした、面白くて、

人柄(会社柄?)の伝わるホームページを出してほしい。

 

やっているところは、製作者がたった一人でも

素晴らしいのを作っています。

 

必要ならお手伝いしますよ。

 


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もう「これまでのオリンピック」は無理だ

 

●今さらなんで?の会場変更

東京オリンピックのマラソン・競歩の会場が

札幌になるらしい。

夕方のニュースでは、バッハIOC会長が出てきて「決定」と

告げていた。

有無を言わさず、という雰囲気だった。

ひどい話だが、この決定がひっくり返ることは99%ないだろう。

 

気温・湿度の条件が似通っている

カタールの世界大会で4割の選手が棄権したことが

変更のおもな原因らしい。

 

ラグビーワールドカップで何試合か中止になったこともあるので、

台風襲来のリスクも考えあわせたのかもしれないが、

やはり懸念のメインは猛暑だろう。

 

もちろん、がんばって暑さ対策は進められ、

スタート時間を早朝にするといった工夫は重ねられていた。

 

しかし、もし当日が真夏日、ヘタして猛暑日となったら、

選手、スタッフ、観衆・・・ひとりも倒れることなく、

無事に競技が済むとは考え難い。

正直、IOCの決断は賢明だと思う。

 

にしても、なんで今さら・・・だ。

 

●温暖化現象で北半球の夏季五輪はNG

そもそも開催地選定の時点で、

こういうことは検討の対象にならなかったのか?

 

あの時、10月でなく7・8月にやると聞いて、

喜ぶよりも仰天し、

熱中症で死者が出ることを心配したのは、僕ひとりではないだろう。

 

そこまでしてオリンピックをやる必要があるのか?と思った。

というか、今でも思ってる。

 

本当に無茶苦茶な話だけど、

IOCも考えを変えざるを得ない状況になったのかもしれない。

 

開催地決定は確か2013年。

あれから6年の間に、異常気象、地球温暖化の影響は、

世界中で軽視できない状態に進展してきた。

 

日本はもちろん、涼しいはずのヨーロッパでも、

40℃超の熱波に何度も襲われている。

 

それを考えると、東京だけでなく、

もう北半球の都市で夏のオリンピックを開くのは難しいんでないの?

昔のように10月とかにできんのかいな?

 

●残念ながら、リスク回避は妥当

来年は冷夏になるという可能性だってあるし、

札幌が協議当日、真夏日・猛暑日になる可能性だってある。

 

けど、選手・観衆・スタッフの抱えるリスクを考えると、

もう納得するしかないと思う。

猛暑だけでなく、台風のリスクもある。

 

花形競技であり、都市の景観を世界に紹介する絶好の機会であり、

クロージングに繋がる競技が、

同じ国内とはいえ、別の都市で開かれるのは

前代未聞の古都には違いない。

 

だけど、もう従来のような

オリンピック・パラリンピックの開催のしかたは

気象条件からも限界が来ているのだと思う。

 

時代は変わる。

地球も変わる。

 

マラソンを東京でやらないのは、確かにどっちらけ感が否めないけど、

もう頭を切り替えて、これまでのイメージを追い駆けず、

新しいオリンピック・パラリンピックの形を

東京2020で追究するしかない。

 


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東京ブラックホールⅡ 「老いた東京」は美しいか?

 

●夢と希望にあふれていた1964の光と闇

Nスペ「東京ブラックホールⅡ」を観た。

10月13日(日)と16日(水)※15日深夜 の放送。

 

一昨年(2017年)8月放送の

「戦後ゼロ年 東京ブラックホール」は

タイトル通り、戦後直後の東京を描いていた。

 

それに対し、回はそれから約20年後。

人口1000万人の巨大都市に育ち、

高度経済成長の最中の

「日本が最も夢と希望にあふれていた年」と

持ち上げられることが多い1964年。

前回の東京オリンピックの年だ。

 

もういろんな人が言ってるけど、

「最も夢と希望にあふれていた」というのは、

半分真実、半分欺瞞。

結局、社会の内情は現代とさして変わらない。

 

変わったのは、現在は外国人労働者などに頼っている

底辺の労働力を、

55年前は地方の農村からの出稼ぎ労働者や集団就職の若者

(東京の場合は東北地方からが多い)が担っていたということ。

 

オリンピック開催を迎えて

好景気に沸く東京。

仕事はいくらでもあったようだ。

 

●過酷な労働環境

産業振興・経済発展が優先された時代なので、

労働時間の長さ・過酷さは現代の比ではない。

 

パワハラ、セクハラはもちろん、

カローシなんて言葉もない、

 

つまり概念として存在してないから、

実質的な過労死者も、当たり前のように続出していたようだ。

人権なんかも現実問題として、どれくらい認められていたか怪しい。

 

ここで働いていた若者たちというのは、

現在の70代以上の人たちだ。

 

僕が子どもの頃や若い頃、

周囲の大人はみんな口をそろえて、

「世の中きれいごとじゃねえ」と言っていた。

 

こんなドキュメンタリーを見ると、なるほどと頷かざるを得ない。

「よくぞかこんな世界の中で生き残り、生き延びてきましたね」

と、改めて頭が下がる思いがする。

 

番組内のナレーションでも語られている通り、

光が眩しい分、影も濃いのだ。

その舞台裏がいかにひどかったか、

国の体面のために、いかに多くの人たちが

悲惨な目にあったか。

 

オリンピック応援団のNHKが、

これだけ前回のオリンピックに対して

批判的な表現ができるというのも、

ちょっと面白いし、安心できる気がする。

 

●ドラマ+ドキュメンタリー×合成映像

この番組はドラマ仕掛けの基本的にドキュメンタリーだ。

山田孝之演じる主人公は、2019年に生きる若者。

売れないマンガ家で、アルバイトで食いつないでいるという設定。

 

その彼が過去にタイムスリップし、彼の視点で1964が描かれる。

俳優以外はすべて本物の映像が使われている。

「戦後ゼロ年」の時も驚いたが、 

よくこれだけ貴重な記録映像を集めてきたものだ。

 

それを優れた技術で、俳優の演技部分を合成させており、

ほとんど違和感を感じさせない。

 

こういうところもさすがNHK、

さすがNスペと、素直に感心した。

 

ドラマの部分は、あくまでドキュメンタリーを見せるための

演出手段なので、かなり大ざっぱなつくりだが、

ラストシーンはとても良かった。

 

現代に戻った主人公は2020年になり、

自分の作品(マンガ)を発表。

それを抱えて都内のあるバーに行く。

 

バーは「KOYUKI」という店名だ。

主人公はそのオーナーと1964年に出会っていた。

秋田からやってきた、昼間は団子屋の娘、

夜はバーテンダーとして働く女の子。

彼女は自分の店を出すのが夢で、

彼は自分のマンガを出すのが夢で、

淡い恋愛もあった。

 

彼は自分のマンガをその夢をかなえた女に

プレゼントし、ドラマは締め括られる。

 

タイムスリップものにはよくある設定だが、

こうしたSF風抒情的なシーンには

滅法弱いので、つい涙ぐむ。

 

●今、はるかに生活環境はよくなったけど

「年老いた小雪さんは美しかった。

年老いた東京は・・・美しいだろうか?」

 

主人公のモノローグで物語は締めくくられる。

「年老いた東京」というのは新鮮な響きがあった。

 

55年前より、はるかに衛生的で、はるかに安全で、

はるかに豊かで、はるかに便利で、

はるかに命も人権も重んじられるようになった東京、日本。

 

本当はありがたく思うべきなのだろうが、

それがイコール幸福に繋がるかというと、

そうならないのが人間のやっかいなところ。

 

はるかに生活環境はよくなったものの、

年老いた東京、日本。

 

ちなみに1964年の平均年齢は29歳。

現在は45歳。

16歳も若かった55年前。

 

「2020東京」は「1964東京」ほどの熱狂は起こさないだろう。

また、起こす必要もないと思う。

 

ビッグイベントに頼っても、年老いた東京は若返らない。

人の心を根っこから揺り動かすことはできない。

そんな時代はもう終わっている。

 

東京を、日本を若返られせるのは、ひとりひとりが抱く

新しい夢の形だ。

 

でも、それがなかなか見えてこないので、

みんな、じんわりと息苦しい。

 


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数字偏重社会の中の「ほどほど」失言

 

また出た。

自民党の二階幹事長が、15日の記者会見で

今回の台風19号の被害について

「ほどほどには収まった」と発言。、

もちろん大批判の的になった。

 

今日、この発言は撤回されらしいが、

なんで性懲りもなく、政治家はこんな失言をするのか。

でも、僕もこういう類のことを言ってしまうかもしれないと思った。

 

べつに二階さんを弁護するわけじゃないけど、

数字偏重社会で、数字ばっかり見る癖がついてると、

自分は絶対こんことは言わない!と言い切れる自信はない。

 

19号の襲来前、気象庁から昭和33年の

「狩野川台風」の情報が引き合いに出され、

その死傷者数が「1200人」とされていた。

 

だからその4桁の数字が頭の中にインプットされていて、

それに比べれば「ほどほど」だったり、

もっと言ってしまうと「大したことなかった」と

内心思ってしまっても、何ら不思議ではない。

 

そこには数字だけがあって、被災者ひとりひとり、

あるいはその家族、周囲の関わりの深い人たちの

人間の顔が見えてない。

 

仕事などで「数字はウソをつかない」と言って、

数字ばかり追い駆けてると、

二階さんのような思考回路になっていき、

そこからとんでもない失言が飛び出してしまう。

にしても、自分の発言に責任なさすぎだけど。

 

世の中を理解するのに

数字、データが重宝されるのはしかたないと思うけど、

同時にその数字の裏にある人の顔を忘れないようにしたい。

 

1日1回は、自分の好きな人、大切な人、

思い出に残っている人、

あんまり世の中の役には立たないけど面白い人

などの顔を思い浮かべて

脳みそが数字まみれにならないようにしよう。

 


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複業したい人にAnother works  企業と個人が直接契約

 

働き方改革だ、労働時間短縮だと言っても、

休みが増えて万歳、ライフワークバランスだ万歳という人は、

実際のところ、そんなに多くありません。

 

ぶっちゃけ、収入減って困った~!

という人が多いのではないでしょうか?

 

そんな人に副業でなく、複業。

文字通り、複数の業務をこなすこと。

 

これから日本は副業社会になる。

かどうかはわからないけど、

こうした働き方を目指す人が増えるのは確実。

 

しかし、複業をしたいけど何をすればいいか分からない、

案件がない、紹介会社から案件が来ない、、

といった業務委託の案件を探す人が抱える悩みを解決する

サイトが登場しました。

 

それが「Another Works」です。

 

「Another works」は、複業をしたい人と

複業人材を採用したい企業を繋ぐマッチングプラットフォーム。

複業したいユーザーは、登録・利用料も無料で

複業先を自由に探すことができます。

 

登録はFacebook経由で簡単ラクラク。

リリース3ヶ月でユーザーは1,200名を超え、

右肩上がりに伸びています。

また、Yahoo!など多くのメディアへの掲載実績があり、

認知が一気に拡がっています。

 

フリーランスはもちろん、正社員でも会社で許されているならOK。

職種はエンジニア、マーケター、デザイナー、営業、ライター、

広報人事などが対象。

 

求人に対して、自ら能動的にメッセージやエントリーもできます

報酬面に関しては、企業と個人との直接契約という点が圧倒的な魅力。

仲介サービスへのマージンがないので報酬の目減りがなく、

自由に条件面を企業と調整できます。

 

求人の職種を特化させていないため、全職種の人が登録可能。

例えば、違う職種にチャレンジしたい人や

週末だけ地方の案件を受けたいなど、思うままに仕事ができるとのこと。

 

「複業社会を当たり前にする」というコンセプトのもと、

生まれた「Anolther Works」。

僕もさっそく登録して、随時、このブログを通して

レポートを書きたいと思っています。

 


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最強台風19号と地球温暖化問題

 

●地球環境を犠牲にしてもいいのか

グリーンピースやシーシェパードのような

エコテロリズムのイメージが強いせいで、

正直、環境保護団体とか、

熱烈に環境保護を訴える人物には

あまり良いイメージを持っていない。

 

先日、国連の「気候行動サミット」で、

各国首脳に温暖化対策への緊急行動を訴えた

グレタ・トゥンベリさんに対しても、

かなり斜め見していた。

 

環境保護を訴える人。団体の言うことは

だいたい同じだ。

 

「経済発展のために地球環境を犠牲にしてもいいのか。

他の生きものの住処・生きる権利を奪っていいのか」

 

それに対して、僕は、そして、おそらく多くの人は

「人間の幸福の追求のためには、ある程度しかたないじゃん」と

心の中で反論する。

 

さらに、グレタさんのような先進国(彼女はスウェーデン人)の

若者に対しては、

 

「きみらも豊かな国の、豊かな生活の

ありがたい恩恵を受けて育ってきたんでしょ」と。

 

「理想論やきれいごとは誰にでも言える」と。

 

しかし同時に、それは心のどこかにある罪悪感の表れ

かも知れない、とも思う。

 

すべて温暖化のせいにはできないかもしれない。

けれども、何かじわじわと、世代を超えた時間をかけて、

地球からの制裁を受けているような気になる。

 

●台風19号の衝撃

ずいぶん前から極地で氷山が溶けたり、

環境の変化で獲物を獲れbなくなったシロクマが

餓死していく映像を見たりしていたが、

「こういう現実も地球のどこかであるんだな」と、

あくまでそれは他人事だった。

だから、見ないふりをしていた。

 

今回の台風19号では幸い、

僕の住んでいる地域では大した被害がなかったので、

やっぱり他人事には違いない。

 

それで被害にあった人には申し訳ないなという気持ちを

若干だけど抱きながら、考えてみる。

 

環境破壊・地球温暖化の因果関係を

はっきり証明できる専門知識を、僕は持ってない。

けれどもやっぱり、あるんだろうと感じざるを得ない。

 

19号だけでなく、今年頻発した台風も、夏の猛暑も。

また、日本だけでなく、世界各地で起きている、

命を脅かすほどの異常気象も。

 

すべて温暖化のせいにはできないかもしれない。

けれども、何かじわじわと、世代を超えた時間をかけて、

地球からの制裁を受けているような気になる。

 

日本人にとってこの19号は、

首都圏の交通がストップし、

ほとんどの会社や店も休むという、

従来のゆるい対応とは違う変化が見られた。

 

もしかしら、これをきっかけに

環境・温暖化対策の新しい対応が起こるのかもしれない。、

 

●繁栄のケツを拭う時代?

とはいえ、せっかく手に入れた

(と言っても自分が日本の経済発展に貢献したわけではないが)

豊かな生活・便利な生活を

手放す気にはなれない。

 

今まさに経済発展中の国、

これから蔦かな生活を築こうとしている国の人たちは

なおさらだ。

彼らの多くは「地球環境よりも人間の幸福だ」

と考えるだろう。

そして、

「すでに豊かになった国の連中が、

それを阻害する権利はない」とも。

 

こうなるともう何も言えない。

どうすればいいのか?

どうすれば20世紀の繁栄のケツを拭えるのか?

僕らの100年ライフの後半に与えられた

課題なんだろうかと思う。

僕ら生きている間に、解決の糸口はつかめるのだろうか?

 


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冠婚葬祭のお客さんの送迎にラピドのジャンボタクシー/ワゴンタクシー

 

★「移動問題」は式の印象を左右する

最近は親しい人たちだけで行う

小さな結婚式やお葬式が増えてきました。

 

東京都・埼玉県・千葉県・神奈川県で挙げる

小さくても心のこもった冠婚葬祭。

来た人みんなに「よいお式だった」と言われたいですよね。

 

でもそこで意外と問題になるのが、

お客さんの移動です。

 

最寄りの駅から会場が離れているとか、

大きな荷物を持ってこられるとか、

家族一同まとまった人数で来られるとか、

遠方からみえるので、

できれば空港やホテルまで迎えたいとか。

 

お客さんを移動させるのって、けっこう厄介で

呼ぶ側としては気を遣います。

 

そして、移動するときに不愉快な思いをすると、

心のこもった良いお式の印象も悪くなり、、

せっかくの心遣いが台なしになってしまうこともあるのです。

 

あなた自身もそんな体験をしたことはありませんか?

 

 

★車両もドライバーも好印象でお得なラピド

バスを貸し切らなきゃいけないほどの人数じゃない。

かといって普通の乗用車タイプのタクシーを

何台も呼ぶのは非効率で高くつく。

さあ、どうしよう?

 

そんな人たちにおすすめはラピドの

ジャンボタクシー/ワゴンタクシーがおすすめです。

 

ラピドのジャンボタクシー/ワゴンタクシーなら

最大9人までOK。

どの車も乗り心地抜群のゆったり空間です。

 

そんな車を運転するドライバーは、

経験豊富で安全運転第一。

健康チェックもしっかりやってます。

 

そして運転の腕前はもちろん、

乗客ファーストのホスピタリティを備えているので、

安心・安全、気持ちよく移動できます。

 

料金は距離メーターでなく、

時間単位(2時間~)なので、お得で安心。

 

駅から会場までのピストン運行などもOK。

大きな荷物があってもOK。

冠婚葬祭以外にも、空港送迎や観光など、

いろんな場面で利用ができます。

 

ラピドのジャンボタクシー/ワゴンタクシーを利用して、

お客さんが満足・納得できるお式を。

そして、あなたの心に残る人生の1シーンを。

 


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あなたの会社・製品・サービスもテレビ番でPR

 

★「テレビでPRはムリ」は昔の常識

製品を、サービスを、テレビなんかでPRしたいけど・・・

うちみたいな中小じゃ無理だよね。

 

いやぁ社長、広報部長、事業本部長、

あるいは個人事業のあなた、

そのお考えはひと昔前の常識ですよ。

 

テレビの情報バラエティ系の番組、見てますか?

いまテレビ局の製作スタッフは、

視聴者=消費者が得するビジネスネタ、

面白い企業や商売のネタを探して、

毎日、血眼になって

インターネットを検索しているんです。

 

え? でもどうやってアプローチしていいか、わからない?

SNSもブログもいっぱいやって発信してるけど反応なし?

やっぱ難しいじゃーん。

 

だいじょうぶ!

難しくなんかありません。

SeeSeedS(シーシーズ)を使ってみましょう。

 

 

★中小企業・個人事業主とメディア業界の出会い系サイト

SeeSeedS(シーシーズ)? なにそれ?

 

「PRしたいが予算が無い、手段が分からない企業」と

「ネタを探しているメディア(TV局)」をつなぐ情報サイトです。

 

要するに中小企業・個人事業主と

メディア業界の出会い系サイトみたいなもの?

 

そう思っていただけるとわかりやすい。

㈱スカイシーズが運営する

SeeSeedS(シーシーズ)には5つの特徴があります。

 

★5つの特徴=5つのベネフィット

 

▼特徴1「未上場企業限定」

大手企業の情報と違い、

なかなかメディアへ入ってこない

中小企業の情報をまとめることで、

ローカルなネタ、ニッチなネタを探す

メディア(TV局)にとっても便利なサイトです。

 

▼特徴2「成果報酬なし」

一般的なPR会社に依頼すると、

メディアから取材が入った場合、

成果報酬は当たり前。

でも、SeeSeedSまらこれが発生しません。

 

▼特徴3「手ごろな掲載料」

より多くの方に始めてもらえるよう、

月額掲載料を4万円(税別)と低めの価格に設定。

ただし年間契約となっています。

 

▼特徴4「年12回まで記事投稿OK」

年間12回まで、好きなタイミングで

記事、写真、動画を投稿できます。

 

▼特徴5「実績」

総合広告代理店として

全国のTV局との取引実績がある会社が運営してるので、

サイトの認知、信頼感につながっています。

 

 

★気軽に、低価格でできる広告として効果的

もしもあなたが中小企業の広報・PR担当者、

もしくは個人事業主なら

気軽に、低価格でできる広告メニューを探してるはず。

 

チラシやフリーペーパーへの広告出稿よりも

ぐんと効果の高いメディア(TV局)を通してのPR。

 

手の届かない高根の花だったのは、もう昔話です。

 

「無理だ」「難しい」という過去の常識を吹き飛ばし、

ぜひ、SeeSeedS(シーシーズ)を使って

チャレンジしてみましょう。

 


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未来のために、太陽光発電を初期費用ゼロで導入のチャンス ㈱アンフィニのソーラーリーシング(ジャパン電力)

 

新耐震基準を満たしている

「太陽光パネルの設置に適した環境がある」

「10年間の電力供給契約を結ぶこと」

「発電状況を送信するために、ウェブ通信環境の使用を許可する」

 

もしもあなたが新耐震基準を満たしている住宅のオーナーで、

この3つの条件をクリアできれば、

「初期費用ゼロ円」で太陽光発電設備を設置することができます。

 

加えて、月々の電気料金が削減できます。

例として、4人家族・1ヵ月の電気代が10,000円の家庭の場合、

月々1,500円程の削減が見込めます。

 

また災害時には停電に対する予備電源としての使用が可能なので、

緊急時の備えとしても利用できます。

 

今まで太陽光発電導入のネックだった

初期費用が「ゼロ」というのは大きい。

 

 

 

 

この㈱アンフィニは、

日本で最大級の生産工場を持つ

パネルメーカーで、

全国での電力販売実績を備えた小売電気事業者。

 

そのため自社で設計・提案・供給まで100パーセント、

行うことの出来るのです。

こんな会社、こんな企画は日本ではまだ超レア。

 

どうですか、住宅オーナー。

自分の生活と、エネルギー問題の未来のために、

ぜひとも考えてみてください。

 


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超バランスゾーンでネッコネコ

 

善福寺川緑地にいるのは、

アンバランスゾーンの生物だけではない。

こんなバランスの取れた生物も。

 

巨木の根っこの合間に、

見事なバランスで納まったネコ。

根っことネコで、ネッコネコ。

ぴったりはまって気持ちいいにゃ~。

 

お散歩にやってきたイヌたちを

ゆったりと見つめている。

ニャンとも平和な夕刻の秋の情景。

 

「よござんすか?」と訊くと、

「ニャ~」と言うので、

許可を得て1枚撮らせて戴いた。

 

根っこがあると安心・安定して余裕が生まれるのか、

地球ほども心の広いネコでもある。

 


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善福寺川緑地アンバランス生物との記念撮影

 

善福寺緑地アンバランスゾーンに生息する

謎の生物を遂に捕獲。

 

「こわいよ、こわいよ」と言って逃げ惑う義母を

説き伏せて、

無理やりシャッターを切らせる。

 

「わかんない、できない」と言ってた割には

なかなかグッドな撮影。

 

どや!

 

しかし、を地球の平和と宇宙のバランスを保つため、

写真撮影だけにとどめ、

引き続き観察活動をすることにする。

 

見れば見るほど不気味な風貌だが、

この雨の夜、やつはどうやって過ごすのだろう?

 

異次元をトリップして、

僕の夢に入り込んできたらどうしよう?

 

おお、こわ。

 


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オバQヒーリング

 

★オバケのQ太郎大全集

「ドラえもん」じゃなくて「オバQ」のファンである。

近所の高井戸図書館にはYA(ヤングアダルト)向けに

往年の名作漫画の全集が置いてあり、

ちょこちょこ「藤子・F・不二雄大全集」を借りて読んでいる。

 

この「オバケのQ太郎大全集」は確か12巻まであって、

少年サンデーに連載されていたものをはじめ、

小学館の学習雑誌などに載ってたもの網羅されている。

 

そんなに昔のマンガを読みたいとは思わないが、

「オバQ」と赤塚不二夫の「おそ松くん」は別格で、

いま読んでも面白いと思う。

 

★元気回復・食欲回復の特効薬

この間、胃腸の具合の悪くなった時、

なんとか仕事を済ませると、

布団にもぐりこんでオバQを読んでいた。

 

何といっても、おおらかで可愛くて、

ドラえもんにはない楽しさがある。

 

とくにQちゃんがちゃぶ台(この時代は普通)で

きちんと正座して、おいしそうに

ごはんをパクパク食べてる絵が最高である。

 

ラーメンという食べ物を初めて知ったのも、

ラーメン大好きキャラの小池さんに

出会ってからだ。

 

オバQを読んでたら、

ストレスがすーっと消えていって

元気を取り戻し、食欲が回復してくる。

 

そういえば、子どもの頃も病気をすると、

布団の中で「おそ松くん」と「オバQ」を読んでいた。

弱った時の回復マニュアルは変わらない。

 

★トキワ荘コンプレックス

この全集には、僕が読んでない話

(1960年代半ばごろのサンデー掲載分)も結構多い。

というか、よく考えたら

テレビアニメは毎週見てたけど、

雑誌の原作の方はあんまり読んでいなかった。

 

古い絵柄を見ていると、相棒の藤子不二雄Aさん、

加えて、トキワ荘の仲間だった石ノ森章太郎さんや

赤塚不二夫さんのテイストも混じってて、

懐かしくて賑やかで、妙に新鮮だ。

 

★「女学生の友」の「オバケのP子日記」

それから番外編として「オバケのP子日記」も

載っている。

こちらはQ太郎の妹のP子ちゃんが主人公だ。

 

小学館が出していた「女学生の友」という雑誌に

連載されていて、これは中高生の女の子が読者だった。

P子ちゃんが界外留学(オバケ界➔人間界)で

ホームステイするのが、その中高生と思しき

ユカリちゃんという女の子の家。

 

ユカリちゃんはおっちょこちょいでトボケてて、

夢見る少女という、なかなか可愛くて魅力的な

キャラクターだ。

 

幼稚園・小学生相手のオバQと比べて

話題がちょっと大人っぽく(?)、

恋愛やらダイエットやら留学のことなどで

悩んでいるユカリちゃんを見て、

P子ちゃんが助けよう、お手伝いしようと

奮闘する筋立てだ。

 

これは初めて読んだのでひどく新鮮だった。

そして、女性の関心は今も昔も変わらないのと、

読んでいた女学生の多く(1966年頃の掲載)は

そろそろばあちゃんになるんだなと思うと、

妙に感慨深いものがあった。

 


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千葉大停電と原発モンスターの歴史から、 電力自前調達・地域調達の必要性を考える

 

★成熟して腐り始めた電力産業

頭の中で、今月の関西電力⇔高浜町の元助役と、

先月の千葉の大停電と、8年前の3・11、

福島第一原発の事故が、グルグルとリンクしている。

 

僕たちの生活を豊かに、便利にしてくれる

電気というエネルギーの歴史は、

まだ150年に満たない。

社会のインフラとして欠かせない存在になったのは、

せいぜい戦後から。

この70年ちょっとのことだろう。

 

何でもそうだが、その技術・産業が誕生し、

成長する過程では、人は感動を持って見つめ、

恩恵を感じ、その成長・成熟を祝う。

 

しかしいったん産業として成熟し、

あって当たり前のものとなり、

大規模ビジネス化してくると、

その裏でいろんな負のドラマが生まれる。

 

★元助役の調脅し文句と、電力会社の罪悪感

関西電力と元助役の、歪んだ、醜悪な関係は

その象徴的なものだ。

 

金品を贈り続け、拒めば

「お前の家にダンプを突っ込ませる」

「娘がどうなってもいいんだな」なんて、

 

今時、ヤクザでも口にしない、

ほとんど昭和の劇画みたいな脅し文句が出たという。

 

そんなセリフを吐き、金をつかませたのは、

「俺たちはいつまでも一蓮托生、運命共同体。

裏切るなよ」

とでも表現したかったからなのか。

 

その劇画調のセリフは役員らの胸にいたく響いた。

負い目というか、罪悪感があるからだ。

「モンスターを住まわせてもらっている」

という潜在的な罪悪感。

 

両者の関係を結ぶのは、モンスター――原発だ。

元助役は原発誘致の中心人物だった。

大クライアントと業者の関係。

 

そして町の人たちにとっては、

原発マネーで町をお金持ちにしてくれた功労者。

いわば地元の英雄的存在だ。

 

★昭和の貧しさを救った原発誘致と、平成の原発事故の衝撃

そんな立場にあった人が晩節を迎えた時期、

8年前の東日本大震災における

福島第一原発の事故、

そしてその後、ゴーストタウン化してしまった

双葉町の惨状を見て、

いったい何を思っていたのだろうか?

 

半世紀間の裕福な暮らしと引き換えに、

故郷を失ってしまった人たちの気持ちを

どう捉えたのだろうか?

 

昭和の経済成長時代、原発は必要悪と言われた。

双葉町や高浜町のような地域は、

日本中、原発の数だけある。

 

そしておそらく、そのすべてが

原発建設前は、人口密度の低い辺境で、

とても貧しい地域だった。

 

危険であることはわかっていた。

けれども見返りは大きい。

 

貧しさから脱したい、豊かになりたい。

「安全だよ」という電力会社の言葉、

国の言葉を信じよう。

もう信じるしかない。

 

貧しさから脱するために原発を招き入れた。

原発マネーで街づくりが行われ、

人々は裕福になり、めでたし、めでたしとなった。

 

昭和の時代はそれでよかった。

誰もそれを非難はできない。

けれどもスト―リーは続く。

 

3・11で時代が一気に変ってしまった。

多くの日本人の心はもう原発から離れている。

もはや原発の役割は終わっている。

 

★新しい電力とのつきあい方

それとともに大手電力会社の役割も

これからゆっくりと終わっていくのではないかと思う。

 

あの千葉の大停電の状態を見ると、

電気の供給を大手電力会社のみに頼るのは

あまりにリスクが高い。

 

ソーラーなど自然発電の技術が上がっており、

ベンチャーの小さな電力会社も起業している。

 

だから災害のような非常時には、

各家庭・個人レベルでも、当面必要な電気を、

自前で調達できるようなシステムを

作らないと駄目なのではないだろうか。

 

たとえば自宅、集合住宅にはすべて

ソーラーパネルの設置と簡単な発電装置を

義務付けるとか、

 

あるいは地域の公共施設などに発電装置を設けて、

生活に必要な分の電気くらいは、いつでもそこで充電できるとか。

 

そういうことでもしないと、

盛んに喧伝されているスマート社会など、

絵に描いたモチである。

 

何でもかんでも電気で動く社会だからこそ、

150年の「歴史を踏まえて、

電気というエネルギー、

そのお世話になる生活のことを

丁寧に考えていかなくては、と思う。

 

関西電力の問題がそんなことを考えさせてくれた。

 


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善福寺川緑地アンバランスゾーンの未確認生物

 

夕刻の善福寺側緑地で謎の生物発見。

全長約1メートル。

ぱっと見た目、巨大なローストチキンが転がってるように見えた。

角度を変えると、浜辺に打ち上げられた深海の巨大イカにも見える。

そしてまたっ角度を変えると、

水鳥の首が付いているように見える。

 

そしてよく見ると、背中にはドングリがいっぱい乗っかっている。

いずれにしても不気味だ。

一体何のために、やつはこの原っぱに横たわっているのか?

何のために存在しているのか?

対話を試みても反応しない。

 

しかし、日が暮れて周囲が漆黒の闇に包まれる頃、

やつは動き出し、宇宙との交信を始める・・・のかも知れない。

 


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はげる女

 

「ちぢむ男」に続いて「はげる女」という

物語のタイトルが思い浮かんだ。

なかなかインパクトあるでしょ?

ちょっと女の人には嫌われそうだけど。

 

中身は何にも考えてないけど、

この4文字の中にドラマを感じてしまう。

「はげる女」。味わい深い。

 

冗談ではなく、はげる女は増えているようだ。

一つの要因としてはストレス。

 

もう一つの要因は、

どうもシャンプーのし過ぎにあるらしい。

「洗わないと匂うよ、フケ出るよ、ベタつくよ」と

コマーシャルで潜在的に脅されて、

毎朝、朝シャンやってた人も多いのではないだろうか?

 

ごしごしシャンプーして脂を落としたところに、

リンスして別の脂でコーティングするという所為を

繰り返してきたが、加齢するとそれが仇になって、

ハゲに繋がっているらしい。

 

そういえば、その朝シャン世代の女性で、

ハゲや、ハゲとは言わないまでも薄毛で

悩んでいる人が多いと聞く。

 

男ははげても、「何が悪い」と開き直ったり、

笑い飛ばしたりもできるが、

そういう真似ができる女の人が、そんなにいるとは思えない。

 

女ははげないというのは過去の話になってしまったようだ。

 

いったい僕たちが信じてきた美容と健康の常識とは

何だったのだろう?

 

何か面白がっているように見えるかもしれないが、

僕はやっぱり女の人には、はげてほしくない。

 

だから世の女性へ愛と笑いをこめて、

1年かけて「はげる女」を書いていきたいと思います。

 


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あなたと愛犬を安全に、やさしく結ぶハキハナハーネス

 

●首輪よりハーネスがおすすめ

あなた、まだ「犬には首輪をつける」って考えてますか?

それはちょっと古い常識かもしれません。

首輪は、まだ犬が人間の従者と見なされていた時代の

名残なのでは?、

 

今は「胴輪をつける」です。

胴輪、つまり、ハーネス。

ほら、盲導犬が付けているアレですよ。

 

どうしてこっちが常識になって来たかというと、

ハーネスのほうが犬の体にやさしいからです。

 

首輪は装着範囲が小さいので、

どうしても首や呼吸器官に負担をかけることになります。

お散歩中、勝手な方向へ行こうとする犬を

ぐいっと引っ張って、コントロールするのには

向いています。

 

●人と犬を安全という絆で結ぶハーネス

けれども、あなたの愛犬には、そうした心配は

あまりないのなら、、

ハーネスの方がおすすめです。

 

ハーネスという言葉のもう一つの意味は「安全帯」です。

目の見えない人が盲導犬と一緒に歩いているのを

見たことがありますか?

ふたり(正確には一人と一頭)の関係は対等です。

犬は人を守り、人は犬を守る。

双方を安全という絆で結ぶのがハーネスなんです。

 

●人を信頼し、仕事をする犬はハーネスを付ける

ハーネスは、もともとはソリ犬がソリを負担なく

引っ張れるように作られたものと言われています。

 

盲導犬や聴導犬、警察犬、救助犬など、

お仕事をする犬はみんなハーネスですね。

これはハーネスだと、リードを持っている人間が

犬の体全体の動きを感じやすいからです。

 

犬もそれを分かっています。

犬は、人間を信頼して仕事をする。

お互いの信頼のためにハーネスは

欠かせないツールなんです。

 

 

●獣医師が強く推奨するハキハナハーネス

そのハーネスの中でも最近、獣医師が

「犬の骨格をゆがませることがない」と、

強く推奨しているのが、

イタリア製の「ハキハナハーネス」です。

 

犬の骨格を徹底的に研究して開発されたという

ハキハナハーネスの評判は、

お医者さんやドッグトレーナーを通じてどんどん上がり、

最近、日本の愛犬家の間でもファンが急増しています。、

 

●世界27ヶ国で愛用されるハーネスの傑作

ハキハナハーネスの特徴は、自然な着け心地。

痛みや拘束感、肌への摩擦や不快感を感じさせないところ。

 

そのフィット感、装着しやすさ、デザイン性、

壊れにくさなど、さまざまな点から、

ペット先進国のヨーロッパではもちろん、

世界27ヶ国の愛犬家、ドッグトレーナー、

救助犬、警察犬などの飼い主さんから

「ハーネスの傑作」と認められ、

愛用されているんです。

 

 

●豊富なサイズと自在な長さ調節

サイズはxxxs, xxs, xs, S, M, Lと6種類。

超小型犬から大型犬まで

それぞれの犬の大きさに合わせて選べます。

 

とはいえ、同じ小型犬だって、

一頭一頭、少しずつ大きさは違いますね。、

 

ご心配なく。

ハキハナハーネスは、どのサイズも

長さの調整部が5か所あり、

あなたの愛犬の大きさに合わせ、

ぴったりフィットさせることができます。

 

そして、毛が長くなったり、短くなったり、

あるいは洋服が薄地になったり、厚地になったりして

きつくなったり、ゆるくなったとしても

それに応じて、微妙に調整することができるんですよ。

 

●おしゃれ感も抜群

また、さすがイタリア製だけあって、

カラーバリエーションが豊富でオシャレだから、

洋服に合わせて色を変えてみるのも

楽しいでしょう。

 

理想のハーネス、ハキハナハーネス。

お医者さんも、トレーナーも、

みんなが「いいよ」というハキハナハーネスを、

あなたも愛犬に試してみてください。

 

追伸:脇に食い込まないので

特に胴が長くて足が短いダックスフンドや

胸の筋肉が厚い犬におすすめできます。

 


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地球に生きる人間の数と、人間の適正な大きさについての疑問

 

今日は新しいシナリオを書いていて、

「この地球上に人間は今、何人生きているのか?」と。

「人間より大きい生き物はどれくらいいるのか?」

という2つの疑問にぶち当たった。

 

★世界の人口は77億人

1つ目の疑問は即座に調べられる。

国連広報センターのサイトの見出しには、

「世界人口の増大が鈍化。

2050年に97億人に達した後、 2100年頃に110億人で頭打ちか」とある。

 

日本では少子高齢化で人口が減る減ると騒いでいるけど、

地球レベルでは人口増加のほうが大問題――

とはよく言われている話。

 

というわけで2019年7月現在の数字を見ると、

世界の人口は77億人となっている。

 

★人口増加の大半を占める9か国

今後2050年までに

インド、ナイジェリア、パキスタン、コンゴ民主共和国、

エチオピア、タンザニア連合共和国、インドネシア、

エジプト、米国の9カ国が、

今後2050年までの世界人口の増加の大半を占めるという予測が出ている。

(ここに書いた順に増加率が高い)

 

インドは2027年頃、

中国を抜いて世界で最も人口が多い国になるようだ。

 

★人間は地球では大きい生き物なのか?

書いている話の中では、

それだけの数の、身長140~180㎝、

体重30~100キロ平均のデカい動物が

たくさんエネルギーを消費する、

現代文明スタイルの生活をしてたら、

そりゃ地球環境に深刻なダメージを与えるわな、

という議論が繰り広げられる。

 

実際には77億のうち、

現代文明スタイルの生活を送れる人は

4分の1にも満たないんだけど。

 

すると、国連が提唱するSDGsを果たすためには、

生活のダウンサイジングしかないんじゃないか。

 

国も、街も、家も、

そもそも人間の体を小さくしてしまえば、

環境にダメージの少ない

持続可能社会になるのではないか――

 

そもそも人間はこの星で文明生活するのに

適正な大きさなんだろうか?

 

というわけで、2つめの疑問が生まれ出た。

 

そりゃネズミから見ればでかいし、

象から見れば小さいのはわかってるけど、

人間の大きさって、地球レベルでは

どう考えればいいんだろう?

 

★人間より大きい生き物は何種類いるのか?

と、また調べてみたけど、

残念ながら、この疑問に対しては

まともな解答を得られるサイトはなかった。

 

意外と難問なんだ、人間の大きさって。

(てか、そんなこと、誰も気にしてない?)

 

ただ、人間より大きい生き物より、

圧倒的に小さい生き物の方が多いのは確か。

 

ゾウ、キリン、サイ、カバ、ライオン、トラ、

ウシ、ウマ、ワニ、ニシキヘビ、ゴリラ、

クジラ、サメ・・・・

 

結構いるにはいるけど、

あなたは人間より大きい生き物って、

どれくらい考えつきます?

 


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村上龍のエッセイを読んで想う「もうイメージできない別の人生」

 

村上龍のエッセイの一篇に

「自分を失うために酒を飲む。」というのがある。

 

20代の頃、作家としてデビューする前後に、

とにかく酔いたいというときがあった。

そうした欲求があった最大の理由は、

「自分を失いたい」ということだったような気がする。

 

そして、自分を失うというのは、

違う自分を見たいと言うことだった。

 

そう過去を述懐する。

 

要約すると何だか味気ないが、

妙に胸にしみる文章だった。

 

たぶん、自分も似た体験をしたからだ。

いや、“似た”どころか、そのまんまだったかもしれない。

 

飲めば飲むほど新しい自分が現れた。

新し世界に足を踏み入れた気分になった。

 

自分の可能性が広がっていく――

そんな思いにとらわれて、

演劇をやったり、モノを書いたり、

海外生活を送ったり。

 

結婚して親になったり、

親の面倒を見たりする人生を思い描いたことは

ほとんどなかった。

 

だけど結局、この30年近くそれをやってきて、

10代・20代の頃の幻想・妄想はすっかり消えた。

 

浄化されて美化されたことは都合よく憶えているけど、

不安だったり、憂鬱だったり、死にたくなったり、

嘔吐してゲロだらけになったことなんて

本当に忘れてたのだ。

 

今の0代・20代の連中は、何を、どう考えて生きているのだろう?

あと50年も60年も、もしかしたら80年も生きる時間が残ってて、

えんえんと人生が続いていくって

どんな感覚なんだろう?

もうぜんぜんわからない。

 

村上龍の件のエッセイは、こう結ぶ。

 

違う自分というのは、言い方を変えれば、

別の人生ということだ。

今は、おそらく「今の人生」を生きることだけで精一杯で、

「別の人生」をイメージする余裕がないのだろう。

 

昔は今より「よかった」ということではないが、

別の人生をイメージするという、

ある種の「解放感」が失われたのは確かだと思う。、

 

これもまたそのまんま。

ここまで歩いてきた自分としては、

共感せざるを得ない。

 

そして、解放感と引き換えに、

もう別の人生をイメージできないということは、

ある意味、とても幸福なことなのかもしれないと思う。

 

もちろん、あの頃とは別種の不安や焦りや憂鬱に

つきまとわれるのだkけど。

 


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1日3回の深呼吸

 

ここ数日、深呼吸をしていなかったのに気が付いた。

いや、数日どころか数週間?

最後に深呼吸をしたのはいつだっただろう?

なんで深呼吸を忘れていたんだろう?

 

毎日3回深呼吸すれば、

1日3回生まれ変われる。

1日3回新鮮な気持ちになれる。

 

月日の流れ、季節の移ろいは早い。

もたもたしてるな、

時間が足りんなと思ったら、

立ち止まって深呼吸。

生きる時間が倍々になる。

かも。

 


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よみがえる死者・よみがえる歌:AIの音楽

 

Nスペ「AIでよみがえる美空ひばり」を観た。

AIによってよみがえった美空ひばり(音声+映像)が

30年ぶりに新曲を披露する。

そのメイキングだ。

 

僕はべつに美空ひばりのファンではないが、

このAIの新曲「あれから」」には心を揺さぶられた。

若手作曲家のメロディに、「川の流れのように」を書いた

秋元康氏が詞を付けたものだ。

 

正直、今まで聴いた身空ひばりの歌の中で最高だと思った。

そして、AIはもう芸術の分野でもここまでできるのかと

驚愕した。

 

今、世界中でこうしたAIによるミュージシャンの再生の

試みがされているようだ。

この番組でもテレサ・テン、バディ・ホリー、

マリア・カラスなどの例が紹介されていた。

 

懐メロ趣味のおじさんみたいなセリフだけど、

やっぱり昭和の時代、海外なら1950年代半ばから

1990年代前半あたりまでの大衆音楽・

ポップミュージックは素晴らしい。

 

ものすご~く大ざっぱにいうと、

あの時代はあらゆる歌・音楽に

「もっと自由になっていいんだ」

「もっと自由に表現できるんだ」という

時代の空気がこめられていた。

 

もうああいう時代は帰らない。

ああいう楽曲群は生まれない。

 

今の若い連中もたぶん、それは認めている。

新しい曲は、必ずあの時代の音楽の影響下に作られる。

カバー曲も量産されている。

 

歌唱技術・演奏技術は進化しているので、

みんな、めちゃくちゃうまいし、感心するアレンジもたくさんあるが、

オリジナルはやっぱり30年から50年前のものがほとんどだ。

 

権利問題とかいろいろ障壁があるので、

そう簡単ではないと思うが、

こうしたAIによるミュージシャンの再生は

どんどん増えるだろう。

そしてビジネスにもなるだろう。

 

エルヴィス・プレスリー、ジョン・レノン、

デビッド・ボウイ、フレディ・マーキュリー

マイケル・ジャクソン・・・

 

AI・ロボット技術に対する

不安・猜疑はあるものの、

何よりも世界中の人々が死者たちの再来を待っている。

これからの時代、がんばっていく力を得るために

あの時代の歌・音楽を共有した人たちの心が

ミュージシャンをよみがえらせる。

 

身空ひばりの「あれから」、本当に良い曲ですよ。

 


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食欲のないお話

 

「食欲のないお話」というのは、

高校演劇でやった芝居の題名だ。

 

全ての欲望を制御した未来人たちは、

食事も錠剤一つでOK。

 

南極だか北極だかで氷漬けになっていた古代人、

つまり現代の僕らを掘り出し、

興味を持っていろいろ実験する

というSF話だった。

 

ちょっと星新一のショートショート

みたいな話だったような気がするが、

細かい所は忘れてしまった。

 

登場人物がコオリ博士だの、レイコだの、ユキノだの、

クールな連中だったことだけ憶えている。

 

なんでそんなことを思い出したかというと、

ここ数日、久しぶりに体調不良で2回ほど嘔吐。

胃がむかついて食欲がなく、

リンゴを薬代わりに食べていたからだ。

 

すりおろしたリンゴがおいしい。

ほとんど離乳食である。

リンゴが出回る季節でよかった。

 

リンゴがあれば医者いらず。

あなたもちょっと胃腸の調子を崩して

食欲が亡くなったら、

リンゴに頼ってみてください。

 

 


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ドイツ原産の愛犬に ドイツ製ペットフード「ハッピードッグ」

 

●ドイツ原産の愛犬なら、ごはんもドイツ製

 

あなたの愛犬の先祖はどこの国の生まれですか?

「故郷はドイツ」というワンちゃんは日本でも多いと思います。

 

ダックスフント、ポメラニアン、ミニチュアシュナウザーという、

可愛い人気小型犬。、

シェパード、ドーベルマン、ボクサーといった

凛々しく精悍な大型犬。

 

ドイツ原産の愛犬なら、

ごはんもドイツ製にこだわってみてはどうでしょう?

 

ペット先進国のドイツでは

フードにもこだわり、

愛犬にとってどんな食べ物がいいのか

あくなき研究が繰り返されています。

 

 

 

●Interquell社の「ハッピードッグ」

 

その一つがバイエルン州ベーリンゲンに拠点を置く

Interquell社です。

 

同社の提供するドッグフード「ハッピードッグ」は、

2009年にドイツ国内の国産プレミアムフードシェアNo.1となり、

2016年には、輸入品も含めたシェアNo.1となりました。 

 

たくさんのフードが乱立する中でのトップシェア。

これはこの会社が安易なペットビジネスに走らず、

愛犬の健康食をひたすら追究。

最新の栄養学に基づいたレシピの改良や

原材料の見直しを続け、

常に品質向上に努めた成果と言えるでしょう。

 

 

●ハッピードッグ開発ストーリー

 

Interquell社の前身はバイエルン州のミュラー家。

1765年から製粉所を代々製粉所を営んできたミュラー家は、

1950年代から自分たちの愛犬のために健康的なフードを作ろうと、

シリアルを作る技術を活かして、

シリアルとドライミートを合わせた、

最初の犬用ドライフードを開発しました。

 

そして1968年、トウモロコシフレークとドライミートによる

消化吸収性に優れたドッグフード「ハッピードッグ」が誕生しました。

 

 

●ドイツで愛されるドッグフードが日本でも買える

 

その「ハッピードッグ」は、

2013年からワールドプレミアム株式会社を通して、

日本でも買えるようになりました。、

 

2015年現在、世界67カ国で愛用されているというから

その品質は本物です。

 

発売から6年が経ち、

今、ダックスフントなどの飼い主さんの間で

人気上昇中。

 

 

●「故郷はドイツ」の愛犬にヘルシーなごちそうを

 

製品は全てバイエルン州のベーリンゲンで製造されています。

山が多い南ドイツの片田舎、

250年以上の歴史を持つ製粉所で作られるドッグフードが、

今や世界67カ国で愛用されているというから驚きです。

 

ダックスフント、ポメラニアン、シュナウザー、

ジャーマンピンシャー、、ジャーマンシェパード、

ドーベルマン、ボクサー・・・、

 

「故郷はドイツ」というワンちゃんに

ヘルシーなごちそうを。

Mahlzeit ! マールツアイト!

 


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ゴースト団地の住人たちはどこへ?

 

高齢化社会の進展とともに、日本中に

ゴーストな建物が増殖している。

 

13年ほど前まで住んでいたアパートの近くにも、

東電の社宅だったゴースト団地がある。

 

ここはかなり年季が入っている。

社宅を辞めたのはだいぶ前。

人が住まなくなってから、もう20年以上は経っていると思う。

 

特に悪いうわさは聞かなかったが、

小さいおじさんとか、この世とあの世を行き来する者が

住み着いていたのではないか?

と密かに思っていた。

 

きょうは歯医者のメンテナンスに行ったのだが

(月イチなので引越してもこっち:和泉3丁目に通っている)

帰りに前を通ったら、なんと、1週間前から解体工事が始まっていた。

 

送電線の鉄塔がデデン!立っている土地だが、

これからいったいどうなるのだろう?

 

そして、住処を失くした小さいおじさんたち

(と、勝手に決めつけている)は、

どこへ行くのだろう?

 


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死ぬまでの自由研究の時間

 

●それなりの幸福

 今の日本という国では、あなたも僕も含め、

だいたいの人が、

それなりに幸福に暮らせるようになっている。

 

「それなりの幸福」とは何か?

命が危険にさらされることが少なく、

自分は80、90まで生きられるだろう、と

漠然と予測できるからだ。

 

もちろん異論はあるだろうし、

色んな問題は山積みだけど、

少なくとも上記の意味で、

こんな社会は人類史上初めてだと思う。

 

過去と照らし合わせて、歴史的にもそうだし、

世界の他の国と比較しても間違っていないだろう。

  

●真っ白な灰になっちまったよ

 もちろん、安全や長生きに大した価値を感じない人もいる。

「いや、俺は太く、短く生きるんや!」と、

かなり無茶なことをやる人もいる。

僕の若い頃はそういう人が結構大勢いたような気がする。

 

芸術家や文学者らの間では、

のうのうと、平々凡々と長生きするより、

酒や博奕や女に溺れて、破天荒な生き方をして、

短時間で命を燃やし尽くすような人生を送るのが

美徳だったと思う。

 

まだ20歳前だった矢吹丈(あしたのジョー)の遺言は、

「真っ白な灰になっちまったよ」

 

僕もそういうのに憧れたことがあったが、

そんな度胸はからきしなかったので、やめた。

 

いいか悪いかはさておき、

平成の30年の間に、そうした破天荒な人はずいぶん減った。

 

戦争もなく、医療が発達し、社会がシステム化されて安定した。

 

子どもや若者の死亡率が高かった時は、

「人間、いつ死ぬかわからない」という気持ちが、

大多数の人々の心の中にあったので、

破天荒な生き方はカッコよく映った。

 

今だって人間、いつ死ぬかわからないのだが、

みんな、そうは思ってない。

 

というわけで、破天荒な生き方、

短時間で命を燃やし尽くす人生の価値は下がった。

それに伴い、ひとりひとりの人生はスケジュール化された。

 

●新しいタスクがスケジュールに組み込まれた

 生まれてから入学、受験、卒業、就職、結婚、出産、

子どもの成長、そしてまた入学、受験、卒業・・・・・と、

定型的な人生のスケジュールを

僕たちはこなして生きてゆく。

 

現実にそうなるかどうかはともかく、

少なくとも周囲からはそう求められるし、

自分の頭の中にもそのスケジュールのイメージが

一つのフォーマットとして設定されている。

 

さらに今、以前の時代、それまで僕たちが親しんできた世界と

大きく変わったのは、

子どもが成人・独立して以後、死ぬまでの時間がかなり伸びたことだ。

 

その死ぬまでの時間は、ここ数年で、

新たなタスクとして、人生のスケジュールに組み込まれた。

 

夏休みの宿題は一通りやり終えた。

あとは自由研究という課題が残っている、という感じ。

 

もちろん、この自由研究も

生活をしながらなので、

ごく一部を除き、僕を含め大多数の人は

まだまだお金を稼ぐ仕事をする必要がある。

 

それに事情は人それぞれだから、

家族の介護などをやらなくてはいけない人もいる。

 

そうした中で、

何でも好きにやっていいという自由研究に取り組むのは、

思いのほか難問だ。

  

●自由研究の時間こそ人生の本番

 今までのことは準備運動とか、リハーサルの類。

この自由研究の時間こそ本番であり、

人生の本質が秘められているといっても過言ではない。

 

そういう時代になった。

みんなが長生きできる社会。

幸福だけど、生き辛いパラドックスのような人生。

 

とりあえずパパッと紙に手書きで一本線を引いて、

左端に「生まれる」、右端に「死ぬ」と書く。

 

「死ぬ」がいやなら、終でも完でも了でもいい。

ENDでもFINEでもいい。

 

天皇陛下のご年齢を考えると、

令和は20年から30年。

自由研究の時間に入った方は、

この令和でどんな課題をやるのか、が問われる。

 

べつにサボりたきゃサボって

未提出ということでもいいんだけどね。

 


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ペットみたいなAI翻訳機 Perico(ペリコ)が「かわい~じゃん!」

 

●Perico(ペリコ)はおしゃべりインコ

 リアルSF時代。

ドラえもんの「ホンヤクコンニャク」に匹敵するような

自動翻訳機も当たり前になってきた。

 

それでAI翻訳機を探していたら、

「Perico(ペリコ)」という商品を見つけた。

 

ペリコってペリカンと関係あるんかいな?

と思ったら、スペイン語でインコのことだって。

 

●僕の出会ったかわいいインコ

 そのとたん、脳裏に

「かわい~じゃん!」という、

甲高くてかわいい声がよみがえった。

 

信濃町の駅から明治公園に行く途中の

アンティーク家具店に彼女はいた。

 

どんな女の子が喋っているんだろうと覗いてみると、

店先の鳥かごの中でインコが盛んにセリフを連発している。

 

「かわい~じゃん!」

 

声だけ聴いたら、アニメキャラで稼いでる声優みたいだ。

 

もうかれこれ15年くらい前の話だが、

あのインコはほんとにかわいかった。

 

 

●38か国語を瞬時に翻訳

オウム、インコ、九官鳥の類は

人間の言葉をモノマネできる。

 

おしゃべりできる鳥は飼ってて、

かわい~じゃん。

 

翻訳機に「ペリコ(インコ)」というネーミングは、

なかなかイカしてる。

 

なんだか肩にインコだかオウムだかを乗っけた、

「宝島」の海賊ジョン・シルバーをイメージする。

 

Perico(ペリコ)がいれば英語、スペイン語、フランス語、中国語、韓国語・・・

いろんな国の外国人と相対しても困らない。

 

間もなく東京2020。

オリンピック/パラリンピックイヤー。

首都圏の人たちは、街中で外国人と出くわす機会も増える。

インバウンドの需要も高まっている。

 

38か国語を瞬時に翻訳できるので、

ちょっとしたコミュニケーション、

日常会話レベルのやりとりなら、

このPerico(ペリコ)があればOKだ。

 

●東京2020が38倍楽しい

外国人観観光客がよく来るお店、

また慣れていないお店など、

Perico(ペリコ)を持っていると

何かと便利で心強い。

 

日本の文化や生活慣習から、

お店のシステムや会計方法まで、

ちゃんと言葉で説明できし、会話を楽しめる。

 

Perico(ペリコ)を活用すれば、東京2020は38倍楽しめる。

ビジネスの成果も38倍になるかも。

 

もちろん、自分が海外に行く場合は、

いっしょに連れていけるし、

語学練習にも大いに役立つ。

 

 

●Perico(ペリコ)のいる<ライフスタイル

AI翻訳機は今やスマホと同じで、

いつでもどこでもいっしょに連れ歩くもの。

Perico(ペリコ)なら、きっとあなたの素敵なペット、

楽しい相棒になる。

 

「かわい~じゃん!」も38カ国語に翻訳してみよう。

 

おしゃべりインコの力を借りて、言葉の壁を低くして、

自分の世界を広げられるといいね。

 


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2020年はSF社会の開幕年か?

 

●月2回の日本橋通い

ひと月に2回ほど、日本橋(八重洲)に詣でる。

エンディング業界(葬儀・供養・終活・高齢者ケアなど)の

業界誌・月刊仏事のライターをやっているので、

その発行元の株式会社鎌倉新書で

打ち合わせやゲラ校のチェックをする。

 

鎌倉新書は葬儀社のポータルサイト「いい葬儀」を開発。

葬儀社・石材店・仏壇手店などを

インターネットで葬儀社を選べる

メディアを作ったパイオニアで、上場企業となった。

 

小一時間で仕事を済ませ、外に出ると、

もう街中は黄昏色。

そう言えば、明日はもう彼岸の入りだ。

 

●ビジネスマン向け丸善BOOKS探検

いつも利用する東京メトロ日本橋駅B3出口は、

丸善と続いているので、時間に余裕のある時は

15分ほどブラブラ本を物色してから帰る。

 

ビジネスマン御用達の書店なので、

平月にされているのは、経済・社会分野の本が多い。

やっぱり手に取ってページをめくりたくなるのは、

ダイヤモンド社の本かなぁ。

 

●スケジュールはもう2020

地下では文房具を売っているが、

「2020」という数字がデデンとおでまし。

早くも来年の手帳コーナーが設けられている。

 

秋のお彼岸ともなれば、

ビジネスマンの脳は。すでに2020に向けて

動き出しているというわけか。

 

●2020とZOZOのSF的符号

「2020」という字の並びを見ると、

先日Yahoo!に売却された「ZOZO」を想起する。

2020とZOZO。

この符号は何かの暗喩みたいだ。、

 

記者会見でおそろいのTシャツを着ていた、

前澤さんと孫さんは、

僕には宇宙ビジネスとロボットビジネスの

SFキャラコンビに見えた。

 

●ウルトラQもあるでよ

そして2020のSFといえば、

やっぱりウルトラQのケムール人の来襲を

怖れずにはいられない。

ブオッフォッフォッフォフォ・・・

とうとう来るのか、「2020年の挑戦」が。

 

一体どんな年になるのだろう?

それまでの残り3ヶ月、

僕たちはどう準備をしていけばいいいのだろう?

 


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メイキング・オブ・ちぢむ男

 

物語のタネというのは、

結構むかしに脳の畑にまかれている。

いつも忘れた頃に芽を出すのだ。

 

きょう自分のブログの整理をしていたら、

3年前の12月、入院した母を見舞った時の文章の中に

「ちぢむ男」のテーマらしきことを書いていた。

 

(前略)

最近、母を見て僕が思うのは、人間、老いるに従い、

だんだん子供に戻っていくのかな、ということです。

 

子供の世界・視野は狭い。

それが成長につれてどんどん広がり、

大きくなっていくわけだけど

、老いるとその逆の現象が起き、

だんだん世界が縮小していく。

 

言い換えると広がりをなくす代わりに、

限りなく深化していくのかもしれない。

 

その分、この世とは異なる別の世界が

広がって見えてきて、

そちらのほうへ移行していくのかもしれません。

 

意識の中では身近にいる人間、

自分の思い入れの深い人間だけが残り、

そうでない人の存在は、血縁関係者でも、

親友だった人でも遠のいていってしまうのでしょう。

 

その人の生活の核が残る。

そしてさらに進むと、さらにそれが絞り込まれ、

その人の“生”の核が残る。

 

 

今、認知症の義母を見ていても、同じことを思う。

人生100年と言われながらも、

人間、体裁のいい社会人として、

まともに活動をしていられる時間は、

実はそう長くない。

 

「ちぢむ男」のラストは、

いったん、元のサイズに戻った主人公の男が、

息子の成長を確認すると、

今度は急速な勢いで限りなく縮んでいく。

 

最後は消失同然なほど超ミクロ化して、

地球の細胞の一つに化すという結末を用意している。

 

いわば自分の理想のエンディングを暗喩したものだが、

予定通りに行くかどうかは、書いてみないとわからない。

 


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ちぢむ男と、小さいおじさんと、Now いい Life

 

なぜか身長17センチに縮んでしまった中高年の男たち。

縮んでしまったのはチヂミを食べたせいか?

彼らの人生は、そんなダジャレみたいなものだったのか?

 

とにかく彼らは家族や子どもが暮らしている、

慣れ親しんだ、かつての「大きな世界」に別れを告げ、

新たな「小さな世界」でユートピアを目指して旅する。

 

そのカギを握るのは謎のフィクサー

「ビッグヘッド和田」という人物。

 

今年のコンペラジオドラマに向けて脚本

「ちちむ男」の執筆開始。

「ウルトラQ」的アンバランスゾーンの物語。

になる予定。

 

で、そのネタのヒントが大宮八幡宮に生息すると言われる

なそのパワー小人「小さいおじさん」。

なぜか子供にしか見えないという「小さいおじさん」は、

この神宮のパワースポット人気に一役買っているらしい。

 

でも、方南通りを挟んで入口の向かいにある、

この電柱広告の結婚相談所は、豊島区にある会社だ。

株式会社「ナウい」なんて、

ふざけた会社名だと思ったので、

ちょっとホームページを覗いてみた。

 

無縁社会を解決 Now いい Lifeを提供する会社。

おひとり様の結婚・育児・住居・生活支援を行う

「御用聞き型少子高齢化対策」のリーディングカンパニー。

 

とある。なかなかいいスローガンだ。

ちょっと気になる。

「小さいおじさん」の名に恥じない活躍をしてほしい。

 


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幸福撫でがえるで、人生みちガエル

 

いきカエル。

よみガエル。

人生カエル。

 

幸福(しあわせ)撫でがえるが、

大宮八幡宮に生息している。

 

千年ガマかと思えるほど、でかいカエルである。

しかし、その正体は石である。

カエル型の石。

うーん、そう言われると、カエルに見えなくもない。

 

この石をなでなでする。

すると幸せになるという。

 

仕事、学業、みちガエル。

病気も不調もケロリンとよくなり、

投資したお金もどんどんカエル。

 

だから幸福撫でがえる。

縁結びまでしてくれる。

いわゆるパワースポットだ。

 

杉並区の大宮八幡宮は「東京のへそ」とされているが、

明治時代、風水でここが東京の中心地とされていたこと、

都心で広大な敷地を持っていて、緑が多いことから

そういうことになったらしい。

 

その「東京のへそ」に、へそのないカエルが鎮座するという

パラドックスこそが、パワースポットしての真価だ。

 

というわけで撫でると幸福パワーがいただけるというので、

ナデナデして抱きしめてきた。

 

おみやげの幸福がえるは、年輪刻むバームクーヘン。

デザインもケロッとシンプル。

おしゃれでかわいいので、

ちょっとしたお祝いのプレゼントに。

 


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日本人に似合うのは祭り半纏  アスリートも和モードで

 

日本人なら誰でも祭り半纏を着ると、

とたんにキュキュっと引き締まり、

カッコよくなる。

これが民族衣装というものの強みか。

 

本日は義母を連れて、近所の大宮八幡宮に

昼・夜出かけるダブルヘッダー。

 

夜の部は周囲の各町会のお神輿の合同宮入り。

境内で10基のお神輿が踊り跳ねる。

 

ライトアップされた神殿に向かって

光り輝く神輿が進んでいく様子は、

幻想的で、ちょっとあっちの世界を連想させる。

 

死刑になる罪人が

「この世の名残に祭りが見たい」と

介錯人に懇願する時代劇の1シーンがあるが、

その気持ちもわかるような気がする。

 

普段、町であったらフツーのおにいちゃん、おねえちゃん、

ちょっとくたびれたようなおっさん、おばさんでも

ここでわっしょいやってるときは本当にカッコいいんだよな。

 

やっぱ日本人がいくら体格がよくなったと言っても、

洋装したら絶対白人に負ける。

筋肉量の差でもないし、

骨格が違うからなんだろう。

やっぱりあれは欧米の白人向けに作られた服なのだ。

 

スーツなどのチラシを見ても、

白人のモデルが入ってないと、

いくら良い物でも、なんだかぱっとしない。

べつに人種差別じゃなくて、

歴史的・民俗文化的・遺伝子レベル的に

似合わないものは似合わないのだ。

 

毎回思うのだけど、オリンピックの入場行進の衣裳が

いつもカッコよく見えないのは、

洋装ベースでしかデザインを考えられないからじゃないか。

 

出場するのはみんなアスリートなんだから、

こういう祭り半纏みたいな服だっていいと思う。

少なくとも和装ベースのデザインにしたらどうか。

 

てなことを考えながら、令和元年もお祭りを堪能した。

 


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よけいな荷物を背負わない結婚

 

「おれたち、結婚した~」

30代の仕事仲間がそう告げてきた。

新婚夫婦ふたりとも知り合い。

 

自分たちからそういうことは言わなかったけど、

前々からこいつら絶対付き合ってるなと思ってたので、

ぜんぜん意外ではなかった。

 

身近で結婚の話を聞いたのは

ずいぶん久しぶりだ。

最近は冠婚葬祭と言えば、もっぱら葬式ばかり。

これは毎年2~3回は出ている。

 

しかし、結婚式となると、最後に出たのは

息子がまだチビの頃だったので、

20年くらいは昔の話だ。

 

2人ともかなり照れくさそうに、

ぶっきらぼうな物言いだったが、

嬉しさ・幸せ感が滲み出ていた。

 

有名人や芸能人の結婚のニュースを聞いても、

べつに何とも思わないが、

身近な人がするのは、こちらも何だか

あったかくて満たされた気持ちになる。

 

30~40年くらい前は、家制度の名残だとか、

つまんない契約とか、自由を拘束するシステムとか、

社会人としての義務だとか、強迫観念とか、

いろいろ否定的な意見が飛び交い、議論があった。

 

それで自分のイズムとして独身を通す人、

結婚というシステムを拒む人も多かったような気がするが、

最近はとんとそうした話は聞かない。

 

いま考えると、あの時代は経済が順調で、生活の質も向上し、

男も女もひとりでやっていける余裕があったから

ああした議論を戦わせることができたのかなと思う。

j女性の社会進出も始まって間もない頃だったしね。

 

それに対して、概して今の若い連中は、

(もちろん、ひとりひとり結婚に対する考え方は違うけど)

あんまり制度がどうだこうだといった

こだわりはないように見える。

同性婚だってオープンにできる世の中だ。

 

ふたりのほうが楽しいし、この先生きていくのに心強いじゃん、

子どももできたら可愛いし面白いじゃん――といった

シンプルな気持ちで一緒になる。

いいことだ。

 

オールドミスとか、売れ残りとか、クリスマスケーキとか、

そういった言葉も死滅したみたいだし、

男は所帯を持っていっちょ前、と上司に圧力をかけられることも

あまりないだろう。

 

昔のように、よけいな荷物をいっぱい背負って

結婚することことも、皆無とは言わないが、

相当少なくなったんでないのだろうか。

 

 

もちろん今だって、自分の考え方を持ち、独身を通す男女、

子供を持たない夫婦はいる。

それを否定する気はない。

 

大人になったらみんな、それぞれ自分に与えられた条件のもと、

自分がベストとする生き方を追究すればいいと思う。

 

というわけで、先のお二人さんは、

特に結婚式も挙げないようなので。

何か、恐縮しないですむ程度のお祝いを

贈りたいなと思ってる。

 


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マイナビ農業 3年目に突入 日本の農業の将来を担う一大勢力に成長

 

品川インターシティにマイナビ農業主催のイベント

「NEXT AGRI PROJECT」を覗きに行った。

 

マイナビ農業のスタートは2017年8月。

最初の1年は編集部のメンバーと、

僕らアウトソーシングのライターとで、

ひたすらウェブサイトの記事を書いた。

 

僕もリサーチしては企画を立て、

取材しまくり、書きまくり、UPしまくりの日々。

 

総数はどれくらいだったかわからないが、

僕一人だけでも50記事以上書いたので、

少なくとも500は下らないだろう。

 

というわけで、1年でサイトを構築し、

信頼を分厚くして、昨年8月以降、

2年目に入ってからは、

今度はひたすら営業活動に打って出た。

 

マイナビ農業の活動に関心を寄せる所は多く、

大企業から自治体、研究機関から個人農家、学生まで

集客しまっくたようだ。

 

農業サイトはそれ以前にもたくさんあったが、

上記の戦略が功を奏し、マイナビ農業は

ごぼう抜きでトップメディアにのし上がった。

 

3年目に入った今日では、農業関係者にとって、

たぶん、日本一の寄合所になっている。

 

何を持って成功というかはわからないが、

少なくとも多くの人や組織を動かせるメディアになったという点では、

ここまで大成功と言えるだろう。

 

今回のイベントでは「マイナビ農業アワード」なるものを催し、

受賞した若き農業者や福祉関係者、学生などを表彰した。

 

確実に、日本の農業の将来を担う勢力の一つになっていると思う。

 

一外部ライターとしては、以前のような企画記事がほとんどなくなり、

最近はもっぱら記事広告の執筆というのが、ちと寂しいけど。

 


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呼び名でケロケロ若返る

 

義母撮影。彼女はカミさんを娘と、僕をその夫と認識してないので、

それぞれをお姉さん、お兄さんと呼ぶ。

そうすると、僕らもお互いに、

お姉さん、お兄さんと呼び合うことになる。

おかげで若返ったような気分になる。

短髪の男にちょっと抑圧感があるというので、

ここのところ、ずっと長髪。

昨年は頭の手術をしたので坊主にしたが、

今年の夏はこれで乗り切った。

こんあに長い期間、伸ばしているのは20代以来だ、たぶん。

今日は猛暑。

暑い季節、早く終われ。

 


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義母と祖母の未知のスポーツに対するリアクション

 

今日は亡き義父の誕生日だった。

甘党で和菓子が大好きな人だったので、

お菓子をお供えしようということで、

義母といっしょに買い物に出かけた。

 

義母とスーパーに行くのは、なかなか楽しい。

愛想の良い人なので、知らない人にでも

「こんにちは」とあいさつする。

 

あまりに遠慮がないので、

相手もつい「こんにちは」と返してくる。

 

小さい子どもにでも会おうものなら、

「かわいいねー、いくつ?」と、

何の躊躇もなく声をかける。

 

照れくさがる子どももいないではないが、

大体はみんな良い気分になれる。

 

9割以上の人は、義母が認知症だとは気付かない。

けどまぁ、普通の人とはちょっと違うことは確かである。

 

一緒にテレビを見ていても結構面白い。

最近、間もなくワールドカップが開幕する

ラグビーの映像がよく出てくるが、

タックルなどのシーンを見るたびに

「うわー、なんてひどいことするの!」と、

顔をしかめる。

 

「いや、お母さん、こういうスポーツなんですよ」

と説明して、その場では「ああ、そうか」と納得するが、

すぐに忘れて、次の時はまた

「うわー、ひどい」と言っている。

それでまた説明する。

 

そんな義母のリアクションを見ていて、

うちの祖母のことを思い出した。

 

うちの祖母と札幌オリンピック(1972年)の

テレビ中継を見ていた時のこと。

札幌オリンピックと言えば、

フィギュアスケートのジャネット・リンである。

 

彼女を見て、祖母はビックリ仰天して

「うわー、パンツ丸出し。なんでこんなカッコウさせるの」。

うちの母が

「おばあちゃん、こういう衣裳なんですよ」と、

母が一生懸命説明していた。

 

その後、ジャネット・リンが演技議中、

転倒して尻餅をついたのを見た時の、

祖母の何とも言えない悲しそぅな顔がよみがえった。

 

祖母はその年の夏に亡くなったので、

僕にとっては「パンツ丸出し」というセリフと、

あの時の表情が、祖母の最後のインプレッションになっている。

 

義母との暮らしにもだいぶ慣れてきた。

面白がらせてくれてありがたい。

 


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豊多摩高校高校学園祭:人生で大事なことの始まりは子どものお祭り

 

 

高校生というのは、自分が高校生になるまで、

そして高校生をやっている時は、ものすごく大人に思えた。

 

けど、成人した後は、ものすごく子どもに見える。

 

仕事の合間に、散歩がてら近所の豊多摩高校の学園祭を

覗きに行った。

 

ここはうちの息子が卒業したところなので、

5年前まで、よく通ってた。

3か月前まで、すぐ近所に引っ越すとは

夢にも思ってなかったけど。

 

ちなみに詩人の谷川俊太郎氏や

アニメ監督の宮崎駿氏の卒業校でもある。

 

自主自立の校風があり、

ものすごく子どもな高校生らが、

思い思いの企画で

演劇やったり、映画やったり、音楽やったり、

パフォーマンしたり、店を出したりしている。

 

こういうのを改めて見ると、

(もちろん本人たちは本気で取り組んでるが)

将来、何やるにしても、

最初は子どもの遊びやおふざけで

始まるのだなぁと思った。

 

自分を振り返ってもそうだ。

この頃からずいぶん遠くまで歩いてきたわけだg、

一方で、ほとんど成長できてないなとも感じる。

 

こんなマグマみたいなエネルギーを発散している

子どもには、正直、ちょっと羨望を感じる。

 

彼らの多くは勉強して、大学に行って、就職して・・・

という人生がこれまら待っているわけだけど、

こうした遊びのことは、役に立たないものとして

ポイと捨てちゃうか、

その時限りの思い出としてしまっちゃうんだよね。

 

こういうお祭りで、単なるバカ騒ぎでもいいけど、

何かやった~!と心の熱は、できれば、

ずーっとキープしてってほしいなと思う。

 


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酒、タバコ、やめて100まで生きたかねぇ: オリンピック前の東京喫煙事情

 

神楽坂にある、友人のカフェ/バーが、

東京都から店の方針の転換を迫られているという。

 

全席禁煙にするか、シガーバーにするか。

 

その店は1950年代~70年代のムードがウリで、

壁には「ゴッドファーザー」など、

その時代の映画のポスターや、

ポップスのレコードのジャケットなどが飾られている。

 

さりとて、そんなにマニアックな感じでもなく、

フツーの人でも気軽に入れるお店なので、

近所の、割と年齢層高めのお客が集まってくる。

 

そして、その大半はタバコを吸う。

 

周囲の飲食店はあらかた禁煙化されてしまったか、

もしくはドアで遮断されて完全分煙化されてしまったので、

昔のように安心して、ストレスなく吸える店として

重宝されているようだ。

 

夜は行ったことがないが、

特に60代以上の人たちにとっては、

お酒も飲めて、さぞかし楽しい雰囲気になるのだろう。

 

まさしく“酒、タバコ、やめて100まで生きたかねぇ”人たちの

至福の空間だ。

 

 

しかし今や、世界に認められる国際文化都市・東京では、

そんな店の存在は許されない。

来年4月までに、お役所のお達しに対して

返答をし、店の在り方を決めなくては、罰金5万円を払わなくてはならない。

 

5万円と言っても1回きりではない。

直さなければ、年に何度か永遠に支払い続けるのだ。

 

店の構造からして、最近のチェーン店みたいに

ドアを作って完全に分煙にするというわけにもいかない。

 

禁煙にしたら売り上げは確実に半減する。

しかも店内にはタバコの匂いがしみついてしまっているので、

全面改装しない限り、

そのまま禁煙店として続けるのは難しいだろう。

 

友人は小池百合子に対して、

あーだこーだと抗議――

というか、愚痴をこぼしていたが、

選択肢としては、もう、葉巻を置いて

シガーバーにするしかない。

 

カッコいいシガーバーにして、

20世紀のタバコ文化を後世に伝えていきゃいいじゃん、

と思うのだが。

 

オリンピック/パラリンピックを前に、

東京の飲食店は規模の大小を問わず、

こうした状況に置かれているようだ。

 

そういえば、家で吸う時でも、

小さな子どもに受動喫煙させたらペナルティだもんね。

 

あなたもタバコを吸ってるなら、

シガーバー通いするしかなくなるかも。、

 


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かなりヤバそうな「人間失格」

 

「わたしは灰皿なんか投げないですよ」

と言ったかどうかわからんが、

今朝のテレビで蜷川実花監督が出ていた。

 

よく知らない人は、どうも怖い女、

怖い監督のイメージで自分を見ているようだ、

と話していた。

 

父親(舞台演出家の故・蜷川幸雄氏)のイメージが

まとまりついていると言う。

「あの世から営業妨害されてます」

というセリフで笑った。

 

ちょっと見てただけだが、とても可愛い女性だ。

 

その蜷川監督の新作映画が

「人間失格 ~太宰治と3人の女たち」

 

太宰治は小栗旬。

3人の女をやるのは、宮沢りえ、沢尻エリカ、二階堂ふみ。

端役らしいが、藤原竜也まで出ている。

 

すごいキャスティング。

これはヤバすぎる。

 

ちらっと出てきた映像は、まんま「ヘルタースケルター」の極彩世界。

 

しばらく映画館に行ってないが、これはぜひ観たいなぁ。

 


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純情ストーカー男と純心DV願望女の昭和歌謡

 

昭和歌謡にはストーカーするする男と、

DVしてして女が登場する。

 

前者の代表は坂本九の「明日があるさ」、

後者の代表は奥村チヨの「恋の奴隷」か。

 

高井戸図書館にはCDも置いてあるので、

歌好きな義母のために2枚ほど借りてきた。

 

耳が悪いので、そのまま聴こうとすると、

近所迷惑な大音量にしなくてはいけないので、

ヘッドホンで聴いてもらう。

 

全30曲、義母はノリノリで声を出して歌いまくる。

同じ家にいる僕としては、ちとうるさいなと思うが、

これくらいなら近所迷惑にならないからいいかとガマン。

 

認知症なのだが、若い頃に聴いた歌は

脳のどこかにこびりついていて、

心地よい世界にトリップできるようだ。

 

それにしても、義母が歌うと歌詞が気になる。

「明日があるさ」も「恋の奴隷」も大ヒット曲だが、

現代なら発禁になりそうな内容だ。

 

しかし、明るいメロディーと

歌い手の九ちゃんのキャラクターも相まって、

「明日があるさ」の主人公のストーカーまがいの行為は、

愛すべき純情男の、片思いの表現とされていた。

 

そして、子犬のように膝に絡みついたり、

「悪い時はどうぞぶって」と言う「恋の奴隷」の女は、

男にとってはたまらなく可愛い純心女だった。

 

もちろん当時は、ストーカーや

ドメスティックバイオレンスなんて言葉自体、

存在してなかったし、

流行歌や作詞家が悪いわけでもない。

 

けど、子どもの虐待が頻発し、

その原因の一つに、男の女に対するDV、

支配構造があると聞くと、

やっぱり気分が落ち着かなくなる。

 

僕も子どもや若い時分には、人生の先輩たちに

「女ってのはちょっとくらい殴って、言うこと聞かせなきゃだめだ」

なんてことをよく言われた。

 

半ば冗談であったり、子ども・若造の前で

男気を見せようという意識がはたらいて、

そんなセリフになったんだろう。

ただ、やっぱり昭和はまだ男が威張れた時代、

言い換えれば甘やかさていれた時代だったんだなと思う。

 

人間は感情で動く生き物だ。

理屈は感情で行動した後の言い訳・後付けに過ぎない。

歌は感情に深く訴えかけるからこそ、

認知症になった義母も憶えている。

 

男尊女卑(とあえて言う)の時代の空気を取り込んだ

昭和歌謡に親しんできた世代の人たちが、

セクハラやパワハラという概念に理解を示し、

現代の考え方に順応していくのは、

それだけですごいことなんじゃないかな。

 

けど、その遺伝子を引き継いでしまった若い人たちが、

まだまだ大勢いるようだ。

 

余談だが、「恋の奴隷」を歌った奥村チヨさんは

昨年、71歳で引退したそうだ。

「恋の奴隷」(改めて見るとすごいタイトル!)が

リリースされたのは1969(昭和43)年。

彼女は22歳だったが、あの歌詞には抵抗があった、

とコメントしていた。

 

けど、「わたしを奴隷にして」と歌うことで、

当時の男の心を虜にしたんだよね~。

 


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魚のいない水族館:あとがき

 

「魚のいない水族館」をお読みいただき、ありがとうございます。

なんでこれを書いたかというと、夏の盛りのある昼下がり、

 

♪さかな~の「い~な~い、すいーぞっかん

 

という歌がヤグルマソウほども青い海の底から聴こえてきたのです。

 

むかし付き合っていた女の子が、よく口ずさんでいた歌です。

たしか、黒色テント(1970年代のアングラ演劇)の芝居の中で

歌われていた歌だと思います。

後からネットで調べてみたら、林光という人の作曲でした。

 

とても憶えやすいメロディだったので、彼女は気に入ったのでしょう。

僕はすっかり忘れてたけど、

猛暑の中、昼寝をしてたら、つい口ずさんでいました。

脳の深海から上がってきた泡が、ぽこっと出てきたみたいに。

40年ぶりのことです、たぶん。

 

それで何か書いてみようと、

ライティング・メディテーション(書く瞑想)をやってみたら、

なんだかお話のようなものができました。

 

そこでこのノート5ページ分に書き出したあらすじを、

何とか人様も読めるものにしようと、

ごりこりと書き足し、書き直しながら

ブログに載せていきました。

 

まるで夏休みの宿題みたいになってしまって、

最後までゴールできるかどうか不安になりましたが、

なんとか書ききれました。

 

当初は3回くらいで終わる予定だったのに、

やり出したら、どんどん展開して6回になりmした。

トータル13,000字超。

原稿用紙33枚という、ちょっとした物語になりました。

 

せっかくなので、ここからまた少し手を加えて、

とりあえず短編小説賞に出そうと思います。

2,019年、令和元年、夏の思い出です。

 


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都内で珍しい杉並区浜田山の吹きガラス工房

 

うちから高井戸図書館に向かって自転車を走らせていたら、

小さな吹きガラス工房を発見。

井の頭通りから入ってすぐの「Blue Grass Arts」。

こんなところにこんな工房があるなんて、発見!という感じ。

 

ちょっと覗いてみると熱気がムワッ。

ぱっと見た目、中で作業しているのは女性が多く、

炉の前で丸く膨らんだオレンジ色のガラス球を成形している様子。

 

看板などの写真を撮っていたら、

指導している金髪のお兄ちゃんが出てきて、

チラシをくれた。

 

訊けばもうここで16年やっているとのこと。、

都内唯一の吹きガラス工房――かどうかは定かでないが、、

かなり珍しいことは確かだろう。

 

浜田山近辺い引越して2か月。

このあたりはなかなか奥深く、探検のし甲斐がある。

住所は高井戸東だけど、駅は井の頭線・浜田山のほうが近く、

徒歩10分弱と言ったところ。

 

ちょっとした体験コースもあるので、興味ののある方はぜひ。

 


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魚のいない水族館:最終話

 

 こんな形で秋の仕事が入ってくるなんて、思いもしなかった。

 僕は水族館の閉鎖作業を手伝うことになった。

 

 いろいろな業者がやってきて作業するが、いちばん大がかりなのは、やはり水槽の水を抜くことだった。

 何トンにもおよぶ水がポンプで汲み取られ、強大なタンク車に移され、運び去られた。この水も海に還っていくという。

 

 地球の70パーセントは海の水。頭の中に漆黒の宇宙の闇の中、ぽっかりと青い惑星が浮かび上がった。確かに地球は“水球”だ。

 水を抜いて空っぽになった水槽は、古代文明の遺跡のように見えた。僕は後に残された残骸を拾い集めて可燃ごみ・不燃ごみ・リサイクルごみにきちんと分別した。

 

 閉鎖することを決めてから、館長は館の奥にある、海底基地みたいな事務所にこもってパソコンをいじりながら事務処理をしていた。

 閉鎖するという情報は特に公開しなかったようだ。

 彼の言い分はこうだ。

 

 「人間は忘れる生き物です。それも割とすぐに。夏のことなんて、みんなとっくに忘れています。

 いったん涼しい風に慣れてしまえば、もう夏がどれくらい暑かったかなんて、ほとんど思い出せないでしょう?

 でも、それでいいんです。新しい暮らしが始まれば、過去のことなど忘れてしまっていい。

 また同じことが巡りくるようなら、その時はその時で、また対処して順応すればいいだけの話です。

 人間だけじゃなく、地球上の生きものはみんなそうしています」

 

 館長の言うとおりだった。

 みんな、「ああ、そう言えば、そんな水族館もあったよね」とは思っても、詳しいことは思い出せない。

 魚はいなかったということは記憶にあるが、もはやその輪郭は霧に包まれたようにぼやけている。

 

 しかし、何かが終わろうとする時は、人は見逃さない。

 どこからか情報を掘り出して――というか匂いを嗅ぎつけて、と言った方が適切かもしれない――ざわざわと集まってくる。

 そう、まるでサメが獲物の血の匂いを嗅ぎつけるように。

 

 そして、一度も来たことのない人でも、みんな、昔ながらの愛好者、顔なじみの友だちであるかのように主張するのだ。

 

 彼らはまた。遺跡を発掘する探検隊のようでもある。目ざとく金目のものを見つけ出し、「どうせもう要らないガラクタなんでしょ」と言って自分の物にしようとする。

 たぶん、「売れば値のつくものがいっぱいありそうだ」と、どこかの誰かがネットで書き込んだのが広まったのだろう。

 

 というわけで連日、大勢の“自称・魚のいない水族館の友だち”が、水槽に貼ってあった解説プレートやら、売店にあった魚の図鑑、模型、文房具、日持ちのするお土産のお菓子屋らの類を、僕がいいとかダメとか言う間もなく、持ち去って行ってしまった。

 おかげで片付け作業は半分くらいに減ったのだけど。

 

 僕はそのことを館長に事後報告した。

 館長は僕をとがめることなく、感情を顔に表さず、ただ「わかりました」とだけ言った。

 そして「あなたがいてくれて本当に良かった。助かります」とも。

 ほとんど感情を顔に表さないが、この人ならではの感謝の気持ちが伝わってきた。

 

 僕はいつの間にか、この館長の人柄に惹かれていたのだろう。

 最初はほんの1週間ほど手伝うつもりだったのに、「あと少しだけお願いします」と頼まれると、嫌とは言えなかった。

 

 それに自分でもこの仕事が結構気に入っていた。楽しいわけではないが、少なくとも嫌々だったり、辛かったりはしない。

 あれよあれよという間に1か月以上が過ぎ、秋の仕事の半分を水族館での後片付けに費やした。

 

 けれども、冬が来るまでやっているわけにはいかない。

 僕は「幸福の王子」のつばめではないのだ。

 もともと予定していた秋の仕事に入らなくてはいけない。

 閉鎖作業はまだ完全に終わってはいなかったが、僕は館長にそのことを申し出た。

 

 館長は一瞬、眉を寄せ、口を歪め、目を閉じて、ちょっとだけさびしそうな表情を見せ、空を見上げた。その後、すぐに顔を戻し、いつもの、感情を内側に宿したままの平坦な口調で

 

 「ここまでやっていただき、ありがとうございました。あなたにはたいへんお世話になりました」とだけ言い、おもむろにデスクの引き出しをあけた。

 

 そこには少し厚みを帯びた封筒が入っていた。まるで僕が今日、申してくることを予測していたかのように準備万端だ。封筒の中には賃金が入っていた。お札とコイン。

 

 僕は「失礼して」と断って、中の金額を確認し、「確かに」と伝えた。1か月分の賃金としては悪くない。

 

 「これは記念品です」館長はやはり表情を変えず、「これは記念品です」と言って、今度はポケットから小さな箱を取り出して手渡した。青いラッピングペーパーに包まれているが、リボンなどはかけられていない。

 

 僕は小さな声で「ありがとうございます」と言い、こちらは中身を開かず、そのまま自分のズボンのポケットにしまった。

 館長はもうそれ以上、何も言わなかった、

 これで本当に最後だ――そう思った僕は、以前からこの人に尋ねたかったことを、思い切って訊いてみた。

 

 「あなたも海に還るのですか? 魚たちと同じように」

 

 冗談とも取れるように、ほんの軽く訊いたつもりだったのに、思いがけずそれは事務室の空気を重く変えた。

 しばらくの間、ずしっと水圧がかかるような沈黙が流れた。初めて会った時と同様、何秒か過ぎた後に、館長はようやく唇を動かした。

 

 「わたしは山で育ちました」

 それからせきを切ったように自分の物語を語り出した。

 

 「海なんて少年の頃は一度も見たことがなかったのです。

 私の家族も海のことは知らなかった。

 私はその山の周辺で一生を終えるはずだった。

 

 ところがある時期から海へのあこがれが募り始めた。

 なぜかはわかりません。何がきっかけだったかも忘れてしまった。

 この間も言ったように、人間は忘れっぽい生きものですからね。

 

 わたしの中に――心の奥底に、海を求める何かが潜んでいたとしか言いようがない。とにかく、抑えがたいものを感じて、わたしは山を下り、旅に出た。

 もしかしたらずっと山にいた方が気楽に暮らせただろうなと思うことも何度かあった。

 けれども始まってしまったものは今さら止められない。

 

 夏も、秋も、冬も、春も、わたしは働いた。

 暑い時も寒い時も休まず働いた。

 そしてこの水族館を作ったのです。

 これは、わたしの夢の結晶でした。

 たくさんの魚たちに囲まれて、時には魚たちといっしょに夜も過ごして、わたしは幸福だった」

 

 彼はそこで話を止めた。すべてを語り終えたとは思えなかったので、僕は重ねて質問しようと思ったが、これ以上訊いたところで、何がぢうなるわけでもない。

 

 「ここの閉鎖が完了したら、わたしは故郷の山に帰ります」

 「そうですか。わかりました」

 「どうぞお元気で」

 「あなたも」

 

 それで僕たちは別れた。

 物事の終わりはいつもあっけない。

 人生は尻切れトンボのストーリーの連続だ。

 

 僕は家に帰って、館長からもらった記念品のことを思い出した。青いラッピングペーパーをあけると白い小箱が現れた。

 その蓋を取ってみると、中に入っていたのは、銀色のペンダントだった、少し大きめの魚のウロコのようにも見える。

 

 どうしてこんなものをくれたのか訝ったが、中には何のメッセージも入ってない。

 突然、僕はひどい不安に襲われた。このペンダントの意味や、魚のいない水族館の意味が分かる時は来るのだろうか? 

 これまで何十年も生きてきたが、僕には大事なことがなに一つ分かってないのではないか、という気がする。

 

 けれども僕はいったん考えるのをあきらめた。

 そうそういつまでもあの水族館のことを気に留めている暇はない。これから本当の秋の仕事が始まる。忘れてもいいのだ。

 

 忘れなくては前に進めないことがある。僕は自分にそう言い聞かせ、そのペンダントの入った小箱を机の引き出しの奥にしまった。

 浜辺で拾った小さな貝殻を、遥かな沖合まで出かけて行って、そっと沈めるように。

 

END

 


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般若心経(cho Ver)は21世紀のプログレ

 

エンディング産業展のイベント「次世代僧侶オブザイヤー」で知った。

坊主バンド、昨年末のアジアツアーライブ。

世界は宗教から離れつつある。

それを人々のもとに取り返そうという試み。

 

てか、そんなリクツはどうでもいい。

これはすごい。カッコいい。

僕に言わせれば、これぞ現代のプログレッシブロック。

若い坊さん、面白いじゃないか。

 


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岩渕さんのお葬式

 

息子が小学生の頃、「和泉親児の会」に参加していたが、

その頃の先輩メンバーだった岩渕さんが亡くなった。

まだ60代の前半だったそうだ。

骨のガンだったとのことだが、

1か月ほど前まで元気に働いていたと言う。

現役だったので、お通夜・葬儀は結構大勢の参列者があった。

 

昨夜のお通夜には「親児の会」のメンバーも

たくさん来ていた。

なんだか懐かしい顔ぶれだ。

同じ小学生だった子どもは、もうとっくに成人している。

 

みんな老けたと言えば老けたが、いい具合に齢を取っている。

何よりも、あまりストレスにやられている感じがしない。

岩渕さんはどうだったのだろうか・・・。

できればストレスニやられず、皆さん長生きを。

 

元気だった頃のお顔を思い出しつつ、

親児の人たちの健康を祈りつつ、

香典返しとして頂戴したマロングラッセをいただく。

岩渕さんのご冥福をお祈りします。

 


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魚のいない水族館:第5話

 

驚くべきことが起こった。

魚のいない水族館に人が集まり出した。

それも半端な数ではない。“わんさか”である。

きっかけば僕のブログだった。

僕はあの日の奇妙な体験を、

自分のブログに書いて公開してみたのだ。

 

ブログを書いたのは、ほぼひと月ぶりだった。

こんなことが人々の気に止まるとも、

共感を呼ぶとも思えなかったが、

自分にとって、かなり印象深い体験だったのは確かだ。

ただし、いよいよ頭がおかしくなったかと

思われるかも知れない。

 

そんな、どうでもいいことを思い悩んで逡巡していたら、

あっという間に三日が過ぎていた。

これ以上悩むのは明らかに時間の無駄だと思って、

えいやっと投稿した。

 

そうすればすっきりするだろうと思っていた。

ところが、意に反してそうはならならない。

なんだか澱のようなものが沈殿していて、

なんとも気持ちが悪いのだ。

 

脳の深いところ――深海にうごめく魚の群れ。

僕は小型潜水艦に乗り込んで、水圧と闘いながら、

その深淵にゆっくりと降りてゆく。

 

地球の衷心――館長が「地球の脳」と呼んだ所に下りてゆく。

僕の脳と地球の脳とはどこかで繋がっている。

降りれば降りるほど確信が増していく。

数日のうちにそんな夢を何度も見た。

 

その夢を見るたびに、ブログの評判は上がり、

僕の体験談は加速度的に広がっていった。

 

魚を皆、海に返したという勇気ある行為に、

環境保護団体のみならず、さまざまな企業や団体、

政治組織から賞賛の声が上がった。

そしてまた、それが多くの人の共感を呼び起こした。

 

気が付いた時には、魚のいない水族館は、

世界中から観光客が押し掛ける、

この夏いちばんのトレンドスポットになっていた。

 

僕は再び水族館に足を運んだ。

 

館内はまるで夢遊病者の群れだった。

訪れた客たちは空っぽの巨大な水槽をただ眺め、

魚から人間はどう見えるんだろう?と考えていた。

 

その中の何人かは「私も昔は魚だった」とか

「僕も海に還らなくてはいけない」などと、つぶやいていた。

 

最初はそうした静かな人たちが多かったのだが、

そのうち、瞑想やヨガをやる者が現れた。

 

さらに今度は、コスプレイヤーがやってくるようになった。

魚の被り物をして「ギョギョギョ」っという人をはじめ、

イルカやアシカやペンギンのコスチュームを着て、

パフォーマンスする人も現れた。

 

決定的だったのは、

とある世界的に有名なファッションデザイナーが、

新作のマーメイドドレスのショーを開催したことだった。

 

水族館はいろいろな色の肌や髪をした人魚たちと、

それを追いかける人魚マニア、

そして当然のことながら、マスコミの取材陣で溢れかえった。

 

こうなると水族館人気はますますエスカレートし、

旅行代理店は「魚のいない水族館ツアー」を売り出し、

大ヒットとなった。

 

さらに信じられないことが起こった。

あの館長が人気に応えるためとして、

巨大水槽を来場者に開放したのだ。

 

女も男も服を脱ぎ棄て、

それぞれ好みの水槽に入って泳ぎ出した。

自分の鍛えた肉体・磨きをかけた肉体を誇示し、

優美な泳ぎを人に見せつける。

その快感に酔いしれる連中が続出した。

 

もはや歯止めはきかず、聖域をイメージさせた

魚のいない水族館は、

坂を転がるように、レジャー施設へと変貌していった。

 

その変貌ぶりに僕はぼう然とするばかりだった。

僕はあの時、一入場者としての感想をブログに書いただけで、

この施設に何の関係もないし、何か責任を負うすべはない。

けれども、どうしても気分が落ち着かなかった。

 

その日、訪れた時、僕は館長の姿を探した。

ごった返す館内を抜けて表に出てみると、

人々のざわめきが波音に変わり、さ

あっと吹いてきた潮風に髪が乱れた。

館長の姿が目に入る。

彼はひとりでデッキの端に佇み、海を見ていた。

ムースで撫でつけた黒い髪は、

風に晒されてもびくともしない。

 

「どうしてこんなことになってしまったんですか?

あなた、いったい何を考えているんです?」

そう問いただすはずだった。

ところが、上手く口をついて言葉が出てこない。

僕は仕方なく、ゆっくりと彼に近づき、横に立った。

何か言わなくてはと焦り、言葉を探していると、

逆に彼から質問を投げてきた。

 

「人はどうして海を見たがるのでしょうか?」

 

「海は故郷だからです。

すべての生命の源であるからです」

 

僕はほとんど考えることもなく答えた。

なぜかそう答えていた。

答えた後で、もしかしたら、

彼は僕に質問しようとしたわけでなく、

自分自身に語りかけただけではないかと思った。

けれども彼は僕の言葉を丁寧に掬ってくれたようだ。

 

「海を見られるのは幸福なことです。

中には死ぬまで海を見ないで、一生を終える人だっています。

いや、交通手段が発達するまでは、

むしろそういう人の方が多かった。

山で生まれ育った人は、

一生をその山里のあたりで過ごしていました。

海などというものは物語に出てくる異境だった」

 

館長はそこで言葉を切った。

その気になればいつでも海を見られる僕たちは、

はたして幸福なのだろうか?

 

わからない。

それに、それがこの水族館と

どういう関係があると言うのだろう?

 

「もう秋の仕事は決まっているのですか?」

 

館長は唐突にそう訊いた。

 

「もしまだなら、ここに仕事があります」

「ここに?」

「はい。この水族館は秋になったら閉鎖します。

あなたにその後片付けを手伝ってもらいたい」

                     つづく


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現代の聖職者による、現代人必読の書:「時が止まった部屋」レビュー

 

 僕が初めてエンディング産業展(毎年8月に東京ビッグサイトで開催)で、著者・小島美羽さんの孤独死・ゴミ屋敷の現場のミニチュア展示を見たのは昨年のこと。

 その時、小島さんが独学で作ったミニチュア作品の素晴らしさとともに心を奪われたのが、そこに添えられている自筆の説明文だった。

 淡々と、朴訥にそこで見たこと、感じたことを綴った文章の奥には、小島さんの人間の生と死に対する想いが、人生や家族というものに対する誠実な考え方が、にじみ出ていた。

 

 そして今年、彼女のいる「遺品整理クリーンサービス」のブースを覗いてみると、この本が平積みされていた。おお、やっぱり。よくぞ書いてくれたという感じ。

 マスメディアなどでも多数紹介されていたようなので、出版は意外ではなかった。

 著者本人に聞いてみると、テーマがテーマだけにコンタクトはしてきても、いまいち本気でないところが多かったと言う。その中で、この出版社だけがミニチュアはもちろん、小島さんの仕事と、この現実を伝えたいという思いに貴重な価値を見出し、真摯に出版を持ちかけたと言う。

 

 「孤独死」「ゴミ屋敷」は、僕のストーリー、あなたのストーリーでもある。

 人は必ずいつか死ぬ。

 誰もが知っているけど、誰も認めたくない現実。

 特に孤独死なんていう、悲惨で寂しい最期は、自分には縁のないものと、何の根拠もなく思っている。

 

 何か月も、時には何年も放置され、誰にも顧みられることがない。遺体は傷み、原型をとどめないことさえある。まさか自分がそんなことになるなんて・・・。

 でも、自分のライフスタイルを大切にしている人、家族も含め、他人に煩わされるのをよしとしない人なら、将来、そうなる可能性が5割くらいはあると思っていい。

 少なくとも僕自身はそうである。

 僕は現在、59歳で家族とともに暮らしているが、自分も孤独死し、この聖職者にお世話になるかもしれないと思う。

 

 遺品整理・特殊清掃は、技術さえあれば誰にもできるという仕事ではない。ましてやお金を稼ぐという目的だけではとても続かない。

 小島さんも、そして彼女の勤める会社のた社長さん(創業者)も、自分の中にあるストーリーの必然によって、この仕事を始めたのではないか。悲惨な現場に携わる者ならではの「伝えたい」という思いが強く伝わってくる。

 「現代の聖職者」とは、いささか大げさな呼び名だが、この本を読めば、その一端が分かる。

 社会の裏側をえぐる壮絶なドキュメンタリーとかルポルタージュなどとは趣が異なり、ミニチュアの写真を多数載せた、とても読みやすい本になっていることも特徴だ。

 

 いま、この社会で生き、死んでゆく人たちの人生を描いた叙事詩のようだと僕は感じた。

 


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高円寺阿波おどり2019

 

息子がチビの時によく連れて行った阿波踊り。
今年は義母とカミさんを連れて18年ぶりくらいに見物へ。
夕方5時のスタート時から1時間余り、混んでるし、立ち見だし、大丈夫だろうかとちょっと心配だったが、義母は連の応援団の方からプレゼントされた団扇を振るって、思いきりフィーバー。
お囃子に乗って、僕らがそろそろ帰ろうと言っても、かなか聞かなかった。
踊るあほうも、見るほうも、子どもから年寄りまで老若男女、分け隔てなく楽しめるのがいい。
本当に久しぶりに見たけど、やっぱりサイコーだ。
それにしても、しばらく来ない間にすっかり東京の大名物と化した感じがする。
阿波踊りが終わると夏も終わる。
また、毎年来よう。

 


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魚のいない水族館:第4話

 

「そうなんだ、これは地球の意思なんだ」

 

横向きになった館長の顔は。やはり魚っぽかった。

もう半魚人だとは思わなかったけど、代わりに、

人間は母親のおなかの中にいる時、つまり胎児の期間中、

生物の数億年にわたる進化を経験するという話を思い出した。

受精卵が成長する過程の、ほんの数日間、

人間も魚のかたちをとる時間がある。

人は昔、魚だった。

この水族館は胎内だ。

 

「地球は宇宙に浮かぶ1個の生命体です」

水槽に向き合う館長の言葉は、僕に向けられているのか、

自分自身に対して語っているのか、判断がつかなかった。

 

「だとすれば、魚も人間も、もちろん他の動植物も、

地球を構成する一つ一つの細胞なのです。

細胞は日々、新しく生まれ変わる。

古い細胞は死んでいく。

永遠に存在し続けるということはあり得ない。

それが正しい細胞としての在り方です」

 

こう見えても僕はわりと気が短い。

こうしたもったいぶった話し方を聞いていると、

だんだんイライラしてくる。

言いたいことがあるなら、もっとはっきり言えばいい。

 

「つまり、こういうことですか?

水族館なんて無駄なんじゃないか。

水族館を作って、人間に娯楽を与えたり、

魚たちの生態を研究させたところで、

ちっとも地球のためには役立たないという・・・」

 

館長はちらりと僕を一瞥して、また水槽に向き直った。

 

「わたしたちの足元を何万キロも掘り進んだところに、

“地球の脳”があります」

 

僕は図鑑で見た地球な内部の図を思い浮かべた。

丸い地球の真ん中に赤い玉のようなものがあった。

図鑑を見た時、僕は心臓のようだなと思ったが、

この人は脳だと言う。

意思があるというのだから、

心臓じゃなくて脳という例えが適切なのだろう。

 

「マントル層があって、その中心に核(コア)があるってやつですね?

脳っていうのは、ちょっと擬人化しすぎじゃないですか?」

 

館長は僕の言ったことをスル―する。

 

「人間は一つの細胞に過ぎなかったはずなのに、

地球の脳はその行動をコントロールできなくなった。

それをいいことに人間は、他の細胞を食い荒らし始めた」

 

「人間が地球にとって癌細胞だ、という話は聞いたことがありますが。

あのぅ、いったい何が言いたいんでしょうか?」

 

今度は館長は黙っている。

気を付けてものを言ったつもりだが、

心のイラつきが混じって表に出たかも知れない。

 

僕は環境保護団体も、環境保護運動も嫌いだ。

あんなことは、カネもヒマもあり余っている連中の

趣味だと思っている。

 

仕事とか、家族のこととか、健康のこととか、貯金と借金と保険のこととか、

買物とか、情報収集とか、メールやSNSのチェックとか、

ニュースや流行もののチェックとか・・・

 

こっちは生活するので精いっぱいでだ。

地球のことなんて、いちいち考えちゃいられない。

僕は毎日、ゴミだってちゃんと分別して出している。

電気もガスも水道も、できるだけ節約して使っている。

それでいいじゃないか。

それ以上、僕が地球のために何ができるというんだ?

 

自分たちが趣味として取り組んでいる分には、

勝手にどうぞという感じだが、

価値観を押しつけられるのはまっぴらごめんだ。

 

それに水族館の館長なら、その前にやるべきことがあるだろう。

まだ夏休みなんだ。

魚やイルカやアシカやペンギンやクラゲに会うのを

楽しみにやってくる子どもだって大勢いるはずだ。

子どもだけじゃない。

最近は、疲労が蓄積した大人たちの癒しの場にもなっている。

 

水族館にはそうした、かけがえのないミッションがあるはずだ。

地球環境がどうのこうのと言う前に、

まず、人間社会における役割をきちんと果たすべきだ。

 

そんな抗議の言葉が頭の中を右往左往した。

しかし、ここでこの男と議論を戦わせて、

いったいどんないいことがあるだろう?

いたずらに消耗するだけではないか。

そう考えたらバカバカしくなった。

 

「まだ遅くないんです。今ならまだ引き返せる。

人間自身もそのことに気付き始めた」

 

そう言って、館長は首から上を僕に向けた。

魚のような目が合う。

僕は再び言葉を飲みこみ、顔を伏せた。

そして、踵を返してその場を立ち去ろうとした。

もうこれ以上、こんな話に関わり合うのはごめんだ。

考えたってしかたがない。

面倒な問題からは逃げるが勝ちだ。

僕は忙しい。時間がないのだ。

 

けれども歩きながら別の声が聞こえてくる。

いや、ウソだろ。忙しくなんかない。

僕は今、失業中だ。

ヒマだからここに来たのではなかったのか?

たしかにそうだ。

たしかにそうなのだが。

 

「その水槽を見てごらんなさい」

 

心の隙を突くように、館長が鋭い矢を放った。

射止められて、僕は足を止めた。

 

「わたしのほうは見なくてもいい。

すぐ横にあるその水槽をご覧なさい」

 

僕は自分の身体の右側にあった水槽を見た。

水面ははるか上の方にある。

僕は見上げて思った。

ここにはどんな魚が入っていたのだろうか?

 

「さあ、それでは、あなたがそこに入っていると思いなさい」

僕が? 水槽に入る?

 

館長はそれ以上、何も言わなかった。

けれどもなぜか、僕はその突然の、奇妙な提案をすんなりと受け入れた。

なにも抵抗感はない。

まるで自分が、ずっと以前からそうしたかったかのようだ。

 

僕はもう水槽の中に入っていた。

水が流れている。

ポンプの音が聞こえてくる。

それに混じって、何か無数のメロディーのようなものが聞こえてくる。

それは魚の歌う歌のように聞こえた。

魚がいなくなっても、その一匹一匹の記憶だけが水の中に残っている。

 

その歌のような音の中からは、魚の感情の波のようなものが感じられた。

それはいやがおうでも想像力を刺激し、

僕は魚の目を持つにいたった。

 

水の中から館内のプロムナードを見る。

透明なガラスの向こうに集っている人間たち。

魚は人間という生き物をどう認識するのだろう?

 

人間が、同じ惑星で、今、同じ時間を生きている生き物だと、

魚たちは認めるのだろうか?

それとも・・・

つづく

 


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勝浦タンタンメンは、過疎化する漁師町を救えるか?

 

今週は取材でお出かけWeek。

今日は連載企画「寺力本願(じりきほんがん)」の取材で、

千葉県勝浦市へ。

 

かつては房総でも指折りの水揚げを誇っていた漁業の街、

しかし、それも昭和時代まで。

漁業の衰退によって、平成の30年間で人口は半減し、

街の中には空き家が目立つ。

 

取材先は「海の見えるお寺」として人気の妙海寺。

その住職は、まだ若いながら、勝浦の街を救おう、

100年後も200年後も栄える街にしようと奮闘。

様々な地域おこしイベントを開催し、

現在は、空き家対策として、みんぱく事業に力を入れているという。

 

最近、何かとネガティブに捉えられることの多い宗教者だが、

自治体や企業ではできないことを、

お寺という立場、一種の社会的信頼性を生かして活動している。

 

そんな住職が以前、地域おこしの一環として普及に携わり、

ご当地グルメになったという「勝浦タンタンメン」。

ひき肉と一緒にタマネギとナスが入ってて、見た目ほど辛くない。

 

冬の海で働き、冷えた漁師や海女さんのからだをあっためたという

ストーリーが、味わいを深くする。

コンビニにも「勝浦タンタンメン」食品がいっぱい。

 

ちなみに勝浦は海流の作用で、夏は涼しく、猛暑日がない。

冬も比較的穏やかで、雪の降ることはほとんどないという。

 

僕は勝浦と言うと、反射的に「勝浦温泉」と出てきて、

なんとなく熱海っぽいイメージを持っていたのだが、

よく調べると、和歌山の@「勝浦温泉」だった。

なんで勘違いしてたのだろう?

 


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エンディング産業展2019「葬式・戒名・墓――どこまで省けるのか?」

 

エンディング産業展2019終了。

今日は宗教学者・島田裕巳氏のセミナーが面白かった。

タイトルは「葬式・戒名・墓――どこまで省けるのか?」

 

「お葬式はいらない」などの著書で有名な島田氏が、

なんで葬儀やお墓の業者や僧侶が集うエンディング産業展に招かれたのか?

 

かなり挑発的なタイトルだが、

「私があれこれ言わなくても、

一般の人はもう気が付いて“省いてます”」。

 

詳しい内容は月刊仏事の記事にするので、ここでは書けないが、

要は、高齢化社会への移行で、人々の死生観が変わったということ。

 

ついこの間まで、人生が40年から50年程度だった時代。

人間ははいつ死ぬかわからない、という前提で生きていた。

寿命は伸びていたが、10年ほど前までは、

みんな、その社会通念のもとに生きていた。

 

しかし、人生が80年、90年、100年以上続く時代になった今はちがう。

僕たちはそれだけ長く生きることを前提に人生を考える。

そして社会もその考え方に合わせて動く。

もう設定自体が変わってしまったのだから、年金が破綻するのも当然だ。

 

もちろん「いつ死ぬかわからない」ということは本質であり、

変らないはずだ。

今だって、僕たちはいつ死ぬかわからない。

 

しかし、人生の概念はすでに100年ライフに変わっている。

50歳や60歳、あるいそれより若く死ぬのは、

あくまでイレギュラーなケースだ。

 

そんな社会になると何が起こるかと言えば、

人々の心を救済していた宗教が衰退し、機能しなくなる。

 

また、みんな、人生をスケジューリングする。

まだ幼いことから将来を見据えて勉強し、進学に就職に、

スケジュールを組み立てて、一つ一つこなしていこうとする。

そのスケジュールの最後には、もちろん死が用意されている。

スケジュールをこなすための人生。

 

これから死のポイントは変わるという。

多くの人にとって、肉体的な死の前に、社会的なエンディングがある。

 

たとえば施設などに移らなくてはならなくなった時、

人はこの世界と切り離され、

実質的にはもうそこで人生は終わってしまうのはないか。

なのに、そこに葬式・戒名・墓は、本当に必要とされるのか・・・。

 

島田氏の言葉は、聴講に集まった人たち

――まだ前の時代の死生観で仕事に励む

エンディング業界人の胸に波紋を起こす。

 

その波紋はこれからじわじわと広く、社会に広がっていくのはないか。

そんな感想を抱いた。

 


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魚のいない水族館:第3話

 

「あのぅ、魚は何処に行ったんですか?」

 

「海に帰りました」

僕の質問から2秒、間を置いて男はそう返答する。

 

「全部?」

「はい、全部。1匹残らず」

今度の間は1秒だった。

 

僕は一瞬ためらってから3つめの問いを発した。

「なんで?」

「魚たちが海に帰りたいと言い出したからです」

今度の間は0・5秒。

いや、0・3秒くらいだったかもしれない。

 

ストップウォッチで測っているわけではないので、

正確な秒数ではない。

でもだいたいわかる。返答の間がだんだん短くなっている。

 

けれども男の口調はけっして慌ただしいものではない。

落ち着いた、冷静な口調だ。

さりとて事務的というのでもない。

静かな中に、どこかあたたかみを感じることができる。

落ち着いた話し方に、力強さ、説得力がある。

 

じわりと水圧がかかったような気がした。

しばし黙っていると、男のほうが言葉を継いだ。

 

「そうなんです。魚たちが言い出したことです。

だからこうしました。

魚あっての水族館。魚が軸の水族館。魚ファーストです。

それなら魚の言うことを聞いてあげなくてはなりません。

魚の希望をかなえてあげなくては」

 

「だけど・・・」と、僕は口を挟もうとした。

しばし、男の説得力ある口調に圧倒されていたが、

「ああ、そうだったんですね」と、

簡単に納得するわけにはいかない。

男の言い分に正当性はあるものの、

人間側からすれば、「魚がいるからこそ水族館」とも言える。

 

しかし、僕がそのことを口にする前に、

男はさらになめらか話を継いだ。

 

「あなたの言いたいことはわかります。

その通りです。魚あっての水族館です。

魚が1匹もいないのでは水族館としての存在意義がないのではないか?

どうしてオープンしているのか?」

 

男はそこでまた間を取り、やや大げさに息を吐き、吸った。

 

男は僕の顔を改めて見据える。

僕も気持ちを整え、ちゃんと男の顔を見る。

 

二つの目が大きくて丸い。

そして目と目の間が奇妙に離れている。

7~8センチ位あるのではないか。

 

額は広く、やや前方に膨らんでいる。

鼻は低く、口は小さいが、これもまた前方に突き出している。

きりっと結ばれておらず、微妙に半開き状態で。

 

真横から見たら、額と口が前に突き出して、

真ん中にある鼻が窪んでいるように見えるだろう。

そんな気がした。

なんとなく魚類を思わせる顔だ。

一瞬、こいつは半漁人ではあるまいな、

という疑惑が頭をよぎった。

 

「あなたが訝しく思うのは、ごもっともです」

ひと呼吸おいて、男はまた、僕より先に言葉を継いだ。

 

「あなたは館長さんですか?」

僕は違う方向から質問を投げかけた。

「そうです」

男はゆっくりと首を縦に振る。

「だったら従業員だって・・・」

僕がそういうと、館長と名乗った男はまばたきをした。

魚はまばたきしない。

半漁人もまばたきはしないだろう、たぶん。

僕は頭から疑惑と妄想を払い落とした。

ちゃんと人間である男は会話を進める。

 

「そうですね。従業員だって、魚が好きで、

水族館で働いて幸福だったのに、

その魚がいなくなってしまった。

魚だけではない。イルカもアシカもペンギンもいない。

みんな、海に帰ってしまった。なので失業です。

わたしはここで、夢を持って働いていた従業員を

みんな失業させてしまった」

 

そこで館長は初めて悲しそうな感情を少しだけ見せ、

顔を伏せた。

 

「どうして・・・」

僕は緊張しながら、喉の奥から声を絞り出した。

少しかすれているのが分かる。

「どうして返す必要があったんですか?」

 

館長は顔を上げて僕の顔を見た。

 

「そのために仕事を失ってしまった人たちがいる。

いやいややってた仕事じゃないでしょう。

魚やイルカやアシカやペンギンが好きで、

そんな自分が大好きで、誇りを持ってやっていた仕事だ」

 

するするとお腹から出てきた言葉を、そのまま声に出した。

そうせざるを得ない何かが僕の中にあった。

声には自然と力がこもる。

そして、なおも続ける。

 

「あなたが館長なら、その責任がある。

僕の問いにもちゃんと答える義務がある」

 

そこで言葉を切り、僕は大きく呼吸した。

責めるような口調になっていたのではないか?

なぜ、そんなに強く質してしまったのか?

 

ちょっと後悔したが、時間はもとには戻らない。

それに間違ったことを言ったわけでも、失礼なことを言ったわけでもない。

自分にそう言い聞かせ、もう一度、頭の中で疑問を整理し、

質問文を構成し直して、館長に投げた。、

 

「どうして魚を海に帰し、水族館を閉じ、スタッフを解雇したんですか?」

 

館長は動揺したそぶりも見せず、

また、1秒の間を置いて、言葉を返した。

 

「それは地球がそう望んでいるからです」

 

その台詞を日常の生活空間の中で聞いたら、正気を疑うだろう。

「んなわけねーだろ」

と、思わず腹を抱えて笑いころげていた可能性だってある。

 

けれどもここは、水だけをたたえた、

静謐で巨大な水槽が並ぶ、魚のいない水族館だ。

そんなことができるはずがない。

 

言葉はどんな空間で発せられるかで、響きがまったく変わる。

そして、響きが変われば意味も変わってくる。

 

僕は、館長の語る話を聞かなくてはいけないと思った。

もっと聞きたい、とも思った。

なぜなら、そこには世間に浮遊している藻屑のような言葉よりも、はるかに価値のある真実が含まれているような気がしたからだ。

 

しかし、館長はそれ以上、僕と向き合おうとしなかった。

彼はくるりと90度、からだの向きを変え、

空っぽの水槽と向き合った。

透き通った水槽の表面に、魚によく似た顔が映し出される。

館長は僕ではなく、鏡の向こうにいる自分自身に、

丁寧に言い聞かせるようにつぶやいた。

 

「そうなんだ、これは地球の意思なんだ」

つづく

 


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時が止まった部屋:遺品整理人がミニチュアで伝える孤独死のはなし  本日発売編

 

今日から3日間、東京ビッグサイトで

エンディング産業展が開催されている。

例によって「月刊仏事」の取材で有明通い。

メインは毎日行われるセミナーやイベントの取材だが、

ブースの方も覗いてみる。

 

昨年、最も衝撃を受けたのは「遺品整理クリーンサービス

(㈱ToDo-Company)」のミニチュア展示。

 

孤独死の現場・ゴミ屋敷の様子を、

遺品整理人(特殊清掃)が、写真ではなく、

ミニチュアで伝えるというもの。

各メディアでも、たびたび取り上げられているようなので、

ご存知の人も多いかも知れない。

 

しかもその遺品整理人がうら若き、かわいい女性。

 

しかもしかも、アートの学校や講座に通っていたとかいうわけではなく、

現実を伝えるには、こういう手段がいいだろうということで

仕事の合間に、いきなりこうしたミニチュアを作ってしまった。

 

しかもしかもしかも、話していると気負ったところもなく、

純粋に、まっすぐに、

彼女のこの仕事に対する思いが伝わってくる。

 

というわけで、トリプルインパクトを受けたのが1年前。

 

今年も出しているのかな~と思って覗いてみたら、

出してた!

しかも本を出していた!

本日、8月20日発売だ。

 

彼女――小島美羽さんの作るミニチュアの魅力は、

じつはそこに添えられる文章によるところが大きい。

 

けっして文章がうまいとか、表現力に長けているわけではない。

その部屋の清掃・整理に実際に携わった時の感想・

湧き出てくる思いを淡々とつづっているだけだ。

 

しかし、その語り口がいい。

彼女が語り部になると、その部屋の悲惨な情景から、

人生のストーリーが形となって響いてくる。

 

まるで、この21世紀の日本の社会で、

生まれて生きて、そして死んでゆく、

僕らの人生を映し出す叙事詩のようだと思った。

 

当然、本にする価値、大ありでしょう!

昨年はブログにも書いたし、ちょっとだけ仏事の記事にもしました――

 

という話を、当の小島さんが他のお客さんと話してたので、

本を売りに来てた出版社の人にしたら、

1冊、献本していただいてしまった。

 

ありがとうございます。

これはちゃんと読んで、夏休み読書感想文にします。

 

でも、読む前からわかっている。

これは素晴らしい本だ。価値のある本だ。

孤独死やゴミ屋敷に興味があれば、ぜひ、手に取ってみてください。

 


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魚のいない水族館:第2話

 

入館料は600円だった。

入口には何の断り書きもなかった。

これでは詐欺も同然だ。

けれども不思議と腹立たしい気持ちにはならない。

むしろこの空間は、今の自分に相応しいのではないか、と思ったくらいだ。

 

この夏、僕は失業していた。

春夏秋冬、僕はそれぞれの仕事を持っている。

夏の仕事は、子どもたちを海で遊ばせることだった。

打ち寄せる波と戯れたり、

波間でビーチボールを追い駆けたり、

シュノーケリングで魚といっしょに泳いだり、

岩場を這い回るカニを捕まえたり。

 

ある子どもはプカプカ波間に浮かぶ、円盤型の白いクラゲを捕まえてきては、

まるで石切りのように「クラゲ切り」をして見せた。

 

右手でクラゲのかさのへりをつかみ、腕を折り曲げて左胸に引き寄せる。

手首のスナップをきかせ、回転を付けて、水面すれすれに、平行に投げる。

 

クラゲはピッピッピッと10回近く跳ねて、小さなしぶきを上げならがら、水面を走っていく。

水平線に向かって走っていくその姿は、小人の宇宙人が乗りこんだUFOのようだ。

 

そして最後にスッと海中に沈む。

まるでUFOが宵闇の空に溶け手見えなくなるように。

同時に、ほっというクラゲの安堵のため息も聞こえてくる。

 

少年は自慢げに笑っている。

世界クラゲ切り大会があれば、チャンピオン候補だ。

子どもたちが歓声を上げ、われもわれもと「クラゲ切り」に夢中になる。

 

クラゲにとっては、このあたりに浮かんでいたのが運のつき。

いい迷惑だと思うが、意外とこのスリリングな体験を楽しんでいるのかもしれない。

クラゲの心はクラゲに訊いてみないとわからない。

 

子どもたちが海に入ってはしゃぐ姿を見るのは、

大人の僕にとってはとても楽しく、羨ましく、深い満足感を与えてくれた。

けれども子どもたちは当たり前のように成長して大人になる。

夏の海で遊ぶのなら、友だち同士、仲間同士、

あるいは若いボーイフレンドやガールフレンドといっしょのほうが

楽しいに決まっている。

こうして僕の夏の仕事は、自然と終わってしまった。

 

夏の仕事はやろうと思えば他にもあった。

芝刈りとか、雑草とりとか、盆踊りの後片付けとか、海水浴場のゴミ拾いとか。

だけどどれもやる気にならなかった。

 

仕事をしないことに少し負い目感を覚えることもあった。

だが、心配せずとも、秋になれば、秋の仕事が待っているのだ。

それまでしゃかりきになって働く必要はないだろう。

そう考えて、僕は失業したまま、ブラブラと散歩して夏をやり過ごすことにした。

 

下町の市場をぶらつくと、魚屋の軒先に何種類もの魚が並べられている。

中には盥や生簀の中で生きているのもいるが、ほとんどは死んで横たわっている。

盥や生簀の魚たちも食べられるために生かされている。

 

ふと、この魚たちはこの地球上に生まれてから、どんな遍歴でここまでたどり着いたのだろうかと考え始めた。

逆回ししてみるとわかりやすい。

まず、ここまで来るにはトラックに乗ってきたはずだ。

 

巨大な冷蔵庫を荷台に備えたトラックが、夜通し高速道路を走る。

その前は漁港だ。漁船から大きな網で無数の魚たちが引き上げられる。

漁船は港にたどり着く前、もちろん海の上を航行している。

 

僕が散歩した夏の暑い日、下町の魚屋の軒先に並べられた魚は、

もしかしら、ひどく後悔したかもしれない。

くそっ、あの群れの連中といっしょにいなければ、と。

 

群れて行動していたから、漁船の魚群探知機に知られてしまった。

ひとりぼっちでは生きられないことはわかっているが、

何か別の手立てはなかったのだろうか・・・。

 

僕はイメージを辿って魚の思考回路に入り込もうとしたが、

それ以上は魚屋の店先では無理だった。

僕だって魚を食べるのが好きだ。

刺身も、焼き魚も、煮つけも、ムニエルも、天ぷらも、フライも好物なので、

同情などして罪悪感を感じたりしたら大変だ。

思索するにもTPOというものがある。

 

やはり生きて水の中を泳いでいる魚を見なくては。

僕はそう思った。

目をキョロキョロさせ、口をパクパクさせ、背中と腹と尻尾の鰭をヒラヒラさせ、

全身の筋肉を張りつめたり、たゆませたりして泳ぐ魚の姿を。

そんな、まだ人間に捕まる前の、野生の魚のイメージを抱えて、

僕は足を水族館に向けた。

 

その水族館に行ったのは、遠い昔なので場所をはっきり憶えてない。

たどたどしい記憶をたぐり、バスを乗り継いで、やっとの思いでたどり着くことができた。

それなのに魚は一匹もいないとはどういうことだろう?

 

それでも僕はがっかりなどしなかった。

もともと大して期待していたわけではないし、

感動を求めていたわけでもない。

いわば、失業したなりゆきでここまで来てしまった。

ただ、心の中には「なぜいないのか?」という疑問だけが、グルグルと渦を巻く。

 

そうして頭の中をグルグルさせながら、

暗いプロムナードをゆっくり歩いていくと、依然として魚の姿は見当らないが、

人間の姿は一人だけ認めることができた。

 

ぱりっとした白い開襟シャツに、折り目の入った黒いズボン。

割ときちんとした身なりをして、黒々とした髪をバックにして、

ムースか何かでぴっちりとなでつけている。

客ではない。この水族館のスタッフに違いない。

それも身なりから察すると、責任者格ではないか。

僕はそう当たりをつけて、その男に尋ねてみた。

 

「あのぅ、魚は何処に行ったんですか?」

つづく

 


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魚のいない水族館:第1話

 

その水族館には一匹も魚がいなかった。

光が届かない深い海を模した暗く静謐な空間に、

大きな水槽がいくつもいくつも、ただひっそりと眠るように並んでいる。

まるで水をたたえた棺桶のようだ。

 

むかし、北陸のどこかの町で「魚のいない水族館」というのがあったことを

インターネット検索で知った。

そこでは水槽を模したモニターを館内に並べ、

コンピュータを使って、いろいろな魚のホログラム映像を見せていたらしい。

 

物珍しさに加えて、

「魚のいない水族館」という、ちょっとミステリアスなでロマンティックで、

好奇心をくすぐる名前が特別な印象を残した。

開館当初はけっこう大勢、お客が押し寄せたらしい。

けれども、飽きられるのも早かった。

3年も経たないうちに閉鎖してしまったそうだ。

 

その話を読んで、僕はいつも行く歯医者の待合室のことを思い浮かべた。、

30インチほどのモニターに、目が覚めるような鮮やかな青が映し出される。

 

水中に光が存分に届いているということは、

空との距離はそう遠くない。

僕だって潜ろうと思えば、潜ることのできる、危険の少ない海だ。

 

水中を美しい魚たちがゆったりと泳ぐ。

映像からは音はいっさい聴こえてこない。

けれども魚たちの、色とりどりの筋肉がリズミカルに、しなうように動くと、

水の流れと調和して、耳に届かない音楽を奏でているように見える。

午後のひと時のけだるさの中で、

ぼんやりとその音楽を眺めていると、脳が解きほぐされるようだ。

そんな気持ちになったことを思い出した。

 

ときほぐされた脳は、ひとしきり、歯医者の魚の映像の味を堪能すると、

インターネット上の「魚のいない水族館」に戻っていく。

そして、件の情報の価値を検証する。

 

あれと大差ないものを北陸まで行って、お金を払って見る気になるか?

そんな問いかけがやってくるが、答は即座に「いいえ」だ。

結論がむっくりと海底の砂から頭をもたげる。

やっぱり水族館には本物の水と魚がなくてはダメだ。

 

こにには水だけがあって魚がいない。

魚だけではない。

人もいない。

入館チケットは自動販売機で買うし、入館の際も自動改札機で処理する。

館内はしんと静まり返っていて、客もスタッフも誰もいなかった。

水槽内の酸素吸入ポンプのコポコポコポという音だけが響いている。

 

入館料は600円だった。

入口には何の断り書きもなかった。

これでは詐欺も同然だ。

けれども不思議と腹立たしい気持ちにはならない。

むしろこの空間は、今の自分に相応しいのではないか、

と思ったくらいだ。

つづく

 


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終戦記念日はいつから始まったのか?

 

今年で戦後74年。

敗戦を認め、国民に知らせる昭和天皇の玉音放送が流れたのが

1945(昭和20)年8月5日。

「終戦記念日」というのはその翌年の1946(昭和21)年が第1回だ。

だから今年は73回目の終戦記念日ということになる。

 

けれども、戦直後、GHQが進駐していた時代や、戦後の復興時代、

さらには高度経済成長の時代まで、

今日のように各地で式典が行われ、マスメディアがこぞって放送し、

全国民が(いちおう)認識する「終戦記念日」なるものは存在してなかった。

 

ではそれは「いつから「存在」するようになったのか?

ウィキペディアによると、法律的には、

 

1963年5月14日の閣議決定(第2次池田第2次改造内閣)により

同年から8月15日に政府主催で全国戦没者追悼式が行われるようになり、

1965年からは東京都千代田区の日本武道館で開催された。

 

とある。さらに、

 

1982年4月13日、8月15日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」とすることが

閣議決定された(鈴木善幸改造内閣)。

現在ではこの閣議決定に基づいて毎年8月15日に全国戦没者追悼式が行われている。

 

1982年は昭和57年、僕は22歳だった。

戦後37年。終戦記念日としては36回目。

しかし、法的にはこの時が第1回目といえるのかも知れない。

 

そんな最近のことだったんだ、とちょっと驚き。

 

僕が子供の頃は、マンガでもオモチャでもテレビでも映画でも、

第2次世界大戦、太平洋戦争を素材としたものが溢れていた。

 

そうした「デフォルメされた第2次世界大戦、太平洋戦争」

を体験してきた僕たちが大人になったころ、

やっと「終戦記念日」が確立された感がある。

 

令和天皇も僕と同い年だ。

平和を祈る心に変わりはないが、

戦争を間接的にしか知らない世代に渡され、

8月5日が意味するものはこの先、だいぶ変っていくだろう。

 


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海から山への旅

 

むかし、人は魚だった。

故郷の海に還ろう。

 

なんてセリフやコピーをよく書いてきたが、

自分自身はたいして海が好きなわけじゃない。

 

ギリシャの島に10日ほど滞在して

「太陽がいっぱい」気分を味わったこともあるし、

グァムや沖縄でスキンダイビングをしたこともある。

海は輝いていて美しかった。

 

息子が生まれてからは毎年、彼の友だちなども

まとめて引き連れて、湘南や横須賀まで行っていた。

子どもらが喜び、はしゃぐのを見るのは楽しかった。

それも彼が小学5年生の時まで。

 

以来、楽しさよりも

面倒臭さや、砂でジャリジャリしたり、

潮でべたべたするイメージが先に来て、

少なくとも海で遊びたいという気にならない。

 

カミさんも若い時分はバリ島に行ったり、

グァムやハワイに連れてけとか言ってたけど、

最近はまったく聞かなくなった。

 

僕らは海を卒業してしまったのかも知れない、と思う。

そしてもしかしたら、

人というのはある程度年を取ると、

海よりも山に向かうのではないかという気がする。

 

イメージ的にも、漁師さんや船乗りなど、

職業としている人はべつとして、

海は子どもや若者に似つかわしく、

それに対して、山は年長者に似つかわしいイメージがある。

 

人間は他の生きものと同じく、海より生まれ、

はるかな陸地を旅して、

やがて天上にある神の世界を目指して山に登る。

 

人はむかし魚だった。

海から陸に上がり、蛇のごとく地を這い、

鳥になって高き山へ向って飛ぶ。

なんとなく進化論。

 


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あんまり期待はしないけど、中身スカスカの自己啓発本よりは そこそこ楽しそうなバッティングセンター

 

義父の新盆。

西武線に乗って所沢にある霊園へ墓参りに出かけた。

 

電車の車内には相変らず、

人生に、健康に、仕事に、勉強に、幸福に、

何にでもよく効く「ホニャララ○○法」だの、

「フニャリリメソッド」だの、

「ヘレホレトレーニング」といった自己啓発本の

中吊りポスターがいやでも目に入る。

 

「こんな方法、もっと早く知りたかった!」

という絶賛の嵐付き。

 

そこに書かれている内容のポイントを見れば、

「あなたの常識は間違ってる」といった意味合いの

ことが箇条書きで陳列。

 

この本を読んで、この方法さえ知れば、

いかに努力せず、面倒なく、ラクに、簡単に、

健康になり、仕事や勉強が上手くいき、幸福になって、

人生の成功を手に入れられるかを喧伝している。

 

「時間とお金の無駄遣いなので、こんなもの読まんよ」

と思っている僕のようなひねくれ者に対しては、

「あなたは大事なチャンスを失うつもりですか?」

と、脅しをかけてくる。

 

で、本を読んだだけじゃわかんないでしょうから、

何万円、何十万円のナンチャラセミナーへ

お越しください、という寸法。

 

いったいいつまでこういう中身スカスカの

自己啓発商売は成り立つのだろう?

 

と思って、隅の方を見ると、可愛い絵柄のポスター。

 

「西武新宿駅北口より“頑張れば”すぐ」のオスローバッティングセンターだ。

 

「あさからよるまで“だいたい”やってるよ」

 

「あんまり期待はしないでね」

 

「そこそこ楽しいよ」

 

「たまには来てね」

 

「目指せ“だいたい”世界一」

 

アバウトで、身の丈に合ってて、

暑苦しくないセリフが

涼やかな風とともに心にしみいります。

 

あんまし野球に興味ないので、

これまでバッティングセンターって、

かなり若い頃に2~3度行ったきりだけど、

このオスローバッティングセンターには

今度行ってみようかな、という気になりました。

 

でも、腰をひねると腰痛が再発しそうなのでやめとこ。

 


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アポトーシスによって消失するオタマジャクシの尻尾と、 これからの人間の進化のパラドックス

 

「ちぢむ男」の話を考えていて、

「アポトーシス (apoptosis)」という言葉に出会った。

 

ウィキペディアによれば、

これは人間を含む多細胞生物の体を構成する細胞の死に方の一種。

個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる、

管理・調節された細胞の自殺すなわちプログラムされた細胞死のこと――なのだそうだ。

 

細胞の自殺だの、プログラムされた細胞死だの、何やら小難しく、

不穏なイメージの説明が並ぶが、

いちばんわかりやすいのはオタマジャクシからカエルへの変貌だ。

 

それまで水中では必要だった尻尾が、

陸上に上がる際に消えてなくなるメカニズム。

 

あるいは、人間の手足の指。

母親の胎内では当初、指の間が埋まった、

肉団子のような状態で形成される。

 

それが胎児の成長とともに、

アポトーシスの作用で指の間の細胞が死滅する。

それによって複雑な動きを持つ指が完成するのだ。

 

そういえば南米には

体長20センチにも及ぶ世界最大のオタマジャクシがいるそうだ。

 

こいつがカエルになったら、どんだけデカい、化け物になるんだ?

と思わせるが、

不思議なことにカエルになると、4分の1程度の大きさ――

せいぜいトノサマガエルくらいになってしまうそうだ。

 

子どもよりも大人の方が小さいこのカエル、

和名はベたなアベコベガエル、

英名はパラドックスフロッグ。

なんだか新たな思想を生みだしそうなカエルである。

 

われわれの祖先であるほ乳類も、

大きくなり過ぎた恐竜の絶滅を目の当たりにして(?)、

巨大化をやめ、縮小する道を選んだ。

 

言ってみれば、コンパクトになることによって進化し、

環境の変化を克服し、

地球上で繁栄できるようになった。

これもまたアポトーシスの原理が作用したことになるのか?

 

また、コンピュータをはじめ、多くの機械は小さくなることによって

進化を遂げている。

 

物質的な豊かさを享受できるようになった先進国の人間は、

もう人生の多くのことに満足している。

 

恐れるのは手に入れたものを「失うこと」であり、

そのためたくさんの無駄なものまで抱え込む習性ができた。

もうこれ以上は抱えきれない。

そこで地球の意志なのか、アポトーシスが働く。

 

人間の身体も、あるいは脳も、縮小、あるいはある部分が

消失することによって、

地球環境に合うように進化していく・・・

 

そんな妄想に囚われ始めている。

 


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最後の核兵器

 

「長崎市への原子爆弾投下」について、

ウィキペディアで調べると、

「アメリカ軍が日本の長崎県長崎市に対して投下した、

人類史上実戦で使用された最後の核兵器である」

と記されている。

最終更新は今日の日付。

 

「最後の核兵器」という言葉が胸をえぐる。

誰が書いたのか知らないが、そこには何か深い思い、

何か劇的なニュアンスが含まれている。

 

この「最後の核兵器」は、

3日前、広島に落とされた「最初の核兵器」の

1・5倍の威力を持っていたと言われる。

 

それでも広島より被害が少なくて済んだのは、

長崎市は周りが山で囲まれていたため、

熱線や爆風が山によって遮断されたから。

 

と言っても、死者は推定7万4千人。

建物は約36%が全焼または全半壊。

 

厳密に言えば「最後」の前に、

「今のところ」とか「現時点では」という前提条件がつく。

 

けれども本当に、最後の最後であってほしい。

 

そして本当に長崎の原爆を「最後の核兵器」にするのは、

僕たち一人一人の生き方だと思う。

 


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サスティナブルなゲゲゲの鬼太郎

 

6月ごろから気になっていたが、

なぜだか今年の熱中症予防の啓蒙ポスターは、

「ゲゲゲの鬼太郎」だ。

 

僕らの子どもの頃のマンガヒーローが

軒並み廃れた中で、

唯一、鬼太郎だけは生き残っている。

 

祖先の霊毛で編んだちゃんちゃんこのおかげか?

 

かつては端役だったねこ娘は、

ほとんど鬼太郎と肩を並べる主役級。

 

原作では興奮すると、口が耳まで裂けて、

まさしく化け猫といった強烈キャラだったが、

すっかり洗練されてお嬢さんっぽくなった。

 

いまや、ネコは怪談話の似合う怪しい動物でなく、

可愛い女の子の化身のような存在である。

「ねこ娘」と呼ばれたら、

女の子はみんな喜んじゃうんだろう。

 

この間の日曜の朝、テレビをつけていたら

ちょうど「鬼太郎」をやっていた。

 

主題歌は変わらないのだが、歌っているのは

なんと氷川きよしだ。

 

内容は、ねずみ男がたまたま山の中で出会った縄文人を

SNSに載せて、いいね!をいっぱいもらってガバガバ稼ぐ。

それに対して、ブランドものに身を包み、

「オーッホッホッホ」と高笑いしている

SNSのカリスマみたいな女が対抗意識を燃やして、

なんとか縄文人をつぶして、

自分が「いいねランキング」のトップに立とうとする・・・

といった内容。

結構面白くて、つい最後まで見てしまった。

 

昔の鬼太郎は、人間を脅かしたり、社会に脅威を与える

悪い妖怪を鬼太郎がやっつけると言うのが

基本パターンだったが、

この回を見る限り、まったく逆パターン。

おぞましい妖怪は人間の方である。

 

水木しげる先生の原作の中でも、

妖怪を通して人間社会を風刺するエピソード、

科学文明を批判するエピソードがいくつもあったが、

現代ではそっちの方がメインになりそうだ。

 

まさしく鬼太郎はサスティナブルなマンガになった。

 


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74年前の原爆と47年前のアトムズと原子力の今日

 

広島原爆の日。

テレビでは例年のごとく、原爆ドームの映像が映し出される。

 

べつに自分には何の責任もないよと思うけど、

同時になぜか、どこかの誰かから問いかけられている気がする。

 

おまえ、クーラー効いた部屋で、のうのうとテレビ見ていいの?

74年前のこと、もちろん、おまえの生まれる前のことだけどさ、

ここに原爆落とされたんよ。

何万人も死んだんよ。

その時は死ななかったけど、

後遺症で死んだり、病気で何年も苦しんだ人が大勢いるんよ。

それなのに、おまえ、そういうこと何も考えずに、

のうのうと生きていいの?

 

そんなことを詰問してくるのは

いったい誰なのかわからない。

はっきり言ってめちゃくちゃうざい。

でも、耳を塞げないのだ。

 

なので、何かこれと言って行動するわけじゃないけど、

少しは原爆のことを考えようと思う。

 

で、考えていたら、

なぜかアトムズというプロ野球チームのことを思い出した。

 

そう、アトムズというチームがかつてあった。

47年ほど昔のことだ。

前身は国鉄スワローズ。現在はヤクルトスワローズ。

 

ユニフォームの肩の所に鉄腕アトムのワッペンが貼ってあった。

1960年代後半から1970年代はじめのこと。

野球マンガ「巨人の星」の時代だ。

中日球場に中日対アトムズ戦を観に行って、

ロバーツというアトムズの4番の選手が

ホームランを打ったのを憶えている。

 

当時、「アトム」とか「原子力」は未来を象徴するキーワードだった。

膨大な戦争被害を生み出した原爆は悪だ。

だが原子力自体は人類の可能性を切り開く、素晴らしいものだ。

 

未来の日本を背負って立つ子どもたち(つまり当時の僕たち)よ、

原子力の平和利用。有効利用を考えるのが君たちの務めだ――

と言われていたような気がする。

 

それから時を経て、「アトム」も「原子力」も、

世界の経済大国にのし上がった日本の過去の栄光とともに

すっかり20世紀の遺物と化した。

とどめはもちろん3・11だ。

 

福島原発のあった地域で「原子力 明るい未来のエネルギー」という

看板が掛かっていた。

 

その標語があまりにもアイロニカルで恥辱的で

脳裏にこびりついて離れない。

 

「原子力」の輝きは失われたが、

僕たちを猛暑から解放し、熱中症から救うエアコンも、

原爆ドームと平和記念公園を映し出すテレビも、

このブログを書いているパソコンも、

動力の源には、やっぱり原子力から生まれる電気が

混じっているんじゃないの?

 

おまえ、そんなことも見て見ぬふりして、

のうのうとしていていいの?

 

また、どこかの誰かが問い詰めてくる。

 

戦争の怖ろしさはもちろんだが、

74年前の原爆の中には、さらに多くのメッセージが含まれている。

それは19世紀からこっちの

人類の科学文明全般に対する審判かも知れない。

 


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令和元年阿佐ヶ谷七夕祭り

 

義母を連れて阿佐ヶ谷の七夕祭りへ。

朝早めに行ったので、まだそんなに混雑してなくて、

ゆっくりとお散歩できた。

 

面白かったのが、昭和29年からの過去65年の写真展。

昭和30年(第2回)は時計屋やワイシャツ・ネクタイなどが

飾りになっていて、

なんとなく「高度経済成長」「モーレツ社員」といった

キーワードが思い浮かぶ。

 

お気に入りだったのは昭和55年の

不二家のペコちゃん・ポコちゃんの織姫・彦星。

 

この頃からキャラクターのハリボテが増えたのか、

平成以降はすっかりアニメキャラ中心になっている。

 

たったこれだけの写真でも時代の流れがわかるものだ。

 

義母は露店で売っているものを目にして、

「あれ食べたい」「あれ買いたい」と

子どもみたいに言うので、

ターキーレッグやわらび餅など、

いろいろお土産を買って帰った。

 

家に帰って、昼食用に食卓に広げる。

「これお母さんが欲しいと言ったから買ったんだよ」

と言うと、

「そんなこと言ったっけ?」

というオトボケぶり。

ってか、もうすっかり忘れてる。

 

で、撮った写真を見せると、

「わーすごい」「わーきれい」などと喜んでいる。

 

「今度は高円寺の阿波踊りに行きましょう」

というと、

「わー、連れてってくれるの。うれしい!」

 

いちおう、喜んでくれたり、楽しみにしてくれたりするので

いいんあだろうなぁ。

それもまた、ちょっと後には忘れてるんだろうけど。

 


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人生、飽きてからが本番

 

アキが来た。

 

と言うと、日本全国、このクソ暑いのに、

ボケてるのか?

熱中症になったのかと言われそぅだが、

そうではない。

 

秋ではない。

“飽き”が来た。

 

仕事に飽きた。

人間に飽きた。

人生に飽きた。

 

うーむ、やっぱり暑さのせいか。

実は、定期的に、ザザザザと

遠浅の海の砂浜に

寄せる波のようにやってくる。

 

仕事も人間も人生も、

もうアキアキだ。

 

でもね、どれも

楽しんでいるうちはまだまだ。

 

飽きてからが勝負。

飽きた後が本番。

 

そういえば誰だったか、

「セックスレスになってからが本物の夫婦」

と言っていたのを思い出した。

 

けだし名言。

 

というわけで猛暑中お見舞い申しげます。

 

ぼちぼち頑張りましょう。

 

早く秋が来ることを祈りつつ。

 


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いい大人が恥ずかしい電車内・ホームの暴力

 

電車内やホームでの暴力に対する

キャンペーンのポスターを

よく見かけるようになった。

 

このキャンペーンは2014年の暮れから

毎年7月と12月、年2回やっているそうだ。

 

じつは20年以上前、5年にわたって

関東私鉄協会のビデオを作っていたことがある。

 

内容は、勤務中・作業中の鉄道会社社員の

安全に対する注意を啓発するものだ。

 

その中に乗客による、車掌や駅員に対する

暴力への対処の仕方というのもあった。

 

いろんなケースの事例メモを戴いて

台本を作る。

 

注意したり、寝ているところを

起こそうとして殴られたとか、

 

乗客同士のケンカを仲介しようとして

袋叩きにあったとか、

 

そのメモに書かれている、

あまりに理不尽な暴力の実態を見て、

 

「なんで我慢しなきゃいけないの?

正当防衛はできないんですか?」

 

と、思わず意見してしまった覚えがある。

 

とにかく、やられ放題、言われ放題。

乗客のストレスのはけ口にされている。

 

お客様だから手を出せない

というのがクライアントさんの答だった。

 

その実情は四半世紀の間、

まったく変わっていなかったようだ。

 

この電車内暴力の問題、

ほとんど酔っぱらいの仕業だろうと思っていたが、

2割くらいは素面の人が起こしているらしい。

 

そこでピンときた。

2014年からキャンペーンという形で復活したのは、

スマホの普及が関係しているかも知れない。

 

そんな予測を立てて、

総務省の情報通信白書のデータを見ると、

安の定、2011年に29・3%だった保有率は、

2012年に49・5%、2013年には62・6%に

跳ね上がっていた。

 

通路の狭い所や混んでいる所で

ちんたら歩きスマホをしている人がいると、

急いでいても前に進めない。

これは相当イラつく。

 

また、せっかく乗換案内を検索して、

ちゃんと乗り換えプランを立てて乗ったのに、

事故や故障で電車が遅れたりすると、

これもまたイラつく。

 

おまけにイヤな情報がその場で入ってきたりすると、

ますますイラつく。

 

 

それが乗客同士のトラブルに発展したり、

駅員や車掌に対する暴力になったりしているのではないか。

 

ちょっとこじつけすぎ?

 

もちろん正確な因果関係は分からないけど、

何かしらの影響はあるんじゃないかと思う。

 

狭い車内に閉じ込められているストレスと、

普段から感じているストレスが融合して

つらい状態になってるけど、

このポスターに書いてあるように

大人なら当たり前のこと守らないとね。

 

と言いつつ、今日も歩きスマホのご婦人が

前を歩いてたせいで、1本乗り損なってしまい、

「おまえのせいで~ ムカムカ」と、

心の中でキレましたが。

 

電車に乗る時は、時間と心に余裕を持ちましょう。

忙しいし、難しいんだけど。

 


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住所変更で、銀行の変貌ぶりをリアル体験

 

この前、銀行の受付に行ったのは

確か昨年4月のこと。

うっかり財布を置き忘れて

カードをみんなキャンセルした。

そこで再発行の手続きに行ったのだ。

 

以来、1年余り。

銀行に行くときは

入ってすぐのATMしか使わないので、

中の様子には無頓着だった。

 

で先日、引っ越ししたので

住所変更に訪れたら、びっくり。

ぜんぜん人がいない。

 

あのワイワイ賑やかで、

一種の社交場のようでもあった

銀行の面影は

まったく消え失せている。

 

無人化のニュースは聴いていたが、

情報として知っているのと、

リアルに現場を体験するのとでは

大違いだ。

 

メインで使っているA銀行では、

一応、身分証を見せて

受付の生き残り?のお姉さんが

住所を確認。

 

その後、奥に通されて

大学出たばっかみたいな、

自分の娘みたいな女の子と

差し向かいで、

端末にあれこれ入力。

 

何度か名前を書き入れて登録すれば、

機械で筆跡確認できるので、

もはやハンコも必要ないと言う。

 

住所変更手続きと同時に

スマホアプリを入れて、

ATMに来なくてもOKになった。

 

アプリで収入・支出の確認もでき、

振り込みも振替も

残高管理ができてしまうので

もはや通帳さえも

必需品じゃなくなったとのこと。

 

「やめますか?」

と聞かれたが、

記帳という古代の習慣が

身についてしまっているので、

さすがに手放せなかった。

 

 

サブメインのB銀行では

さらに進んでいて?

案内のお姉さんに

「こちらでどうぞ」と

無人ブースに通された。

端末画面と向かい合って

新しい住所を入力・

登録して終わり。

 

こちらは身分証もハンコも

まったく必要なし。

最期にジジジと機会が作動して

本日の変更事項が

プリントアウトされて出てきて、

一丁上がり、という感じ。

 

これまでの銀行のイメージが

急速に過去のものになっていく。

 

こんなことに感心しているのは。

相当時代遅れなんだろう。

 

ATMコーナーで

銀行員を呼びつけて

怒鳴ってるおっさん。

 

使い方がわからなくて

おろおろしているばあちゃん。

 

普段、そんな人たちを見ていて、

それが当たり前の銀行の風景のように

思っていたが、

これらも遠からず、

「なつかしい昭和・平成の風景」

になるのだろう。

 

そして、自分もあのATM族の

ひとりであったことを再確認。

 

お金とのつきあい方は

どんどん変っていく。

 

それでもまだニコニコ現金払いが好き、

というか、やっぱ安心してしまうんだけど。

 


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れいわ新撰組の革命第一歩

 

旧民主党による政権交代劇からかれこれ10年。

チャンスをもらった民主党の

あまりのダメさ加減。

そしてハンパない国民のがっかり感。

裏切られ感。

 

「なんだ、何もできないじゃんか」

「なんだ、何も変わらないじゃんか」

 

おまけにたび重なる内輪もめ・仲間割れ。

「和」を尊ぶ国民の目には

醜態に映った。

 

そのトラウマのせいで

国民は現状維持を希求してしまった。

 

「現状維持希望」はその時始まったことではないけど、

民主党政権に対するがっかり感は

あまりに深い傷になった。

 

人間は基本的になまけものだ。

大して良い現状でなくても、

変化することで面倒くさい思いをするくらいなら、

現状維持のほうを選んでしまう。

 

というわけで、

半ばあきらめの気持ちで、

自民党・安倍首相という選択肢を選場ざるを得ず、

無気力にだらだらと6年半の月日が流れた。

 

今回の参院選もその延長戦上で白けきったものになっていた。

選挙民のその無気力な空気を切り裂いたのが

「れいわ新撰組」だったと思う。

 

今日、当選した二人の重度身体障がい者議員のために

国会の場を物理的に改造しなくてはならないというニュースを見て

一つの「革命」を感じた。

 

れいわ新撰組は、本当に日本を変える。

変えられるかも知れない。

結局、自民党の分派に過ぎなかった旧民主党とは明らかに違う。

自民党と同じくらいダラダラしている既存野党とも明らかに違う。

 

ネット上で改めて、今回の選挙時のれいわ新撰組の動画を見てみる。

代表・山本太郎氏の言葉は、

この政党を作る以前は上滑りしていたように感じたが、

今回のは違っている。

 

二人の重度身体障がい者をはじめ、

立候補者に対する責任と、

選挙民に対する信頼感。

それらが言葉に厚みを与え、心に響く。

彼はこれから本気で政権を奪いに行くだろう。

 

政治にわくわくするものを感じたのは久しぶり――

というか、初めてかもしれない。

 

まだほんのわずかだが

れいわ新撰組は日本人の心に希望の灯をともした。

これからこの小さな灯が消えてしまうか、

大きく燃え上がるかは、僕たち次第である。

 


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“稼ぐ”という言葉と稲作物語

 

神田昌典氏の本の中に

「“稼ぐ”という言葉の中には

稲が育つまでの物語が織り込まれている」

との記述があり、とても心に響いた。

 

土を耕し、種をまき、苗を育て、

田に植え、稲穂が実り、

黄金色に輝き、収穫する。

 

そうした自然の流れと

人の生業から生まれた言葉が「稼ぐ」。

 

禾編に家。

家族に糧をもたらすイメージもある。

 

また、収穫した稲を神さまに奉納する

ことも考えあわせると、

その地域全体を富ませるイメージもある。

 

今までちょっと「稼ぎ」「稼ぐ」を

誤解していたような気持ちになった。

 

経済やらビジネスやらと聞くと、

僕たちひとりひとりと

はるかかけ離れたところで動く、

無機質な巨大システムとか、

なんちゃらマシンみたいなものを想起する。

 

だけど、稲作の物語のイメージをまとった

「稼ぎ」「稼ぐ」を口にすると、

お金を稼ぐ行為が、

田畑を耕すイメージに繋がって

とてもヒューマンで

晴れやかな行為のように感じられる。

 

強制的に収穫を上げるために、

農薬や化学肥料をやり過ぎて

痛めつけてしまった田畑。

 

僕たちは今、未来へ向けて

それらの田畑を耕している。

 


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川床の七夕の夢

 

今朝はどういうわけか七夕の夢を見た。

澄んだ美しい風景だった。

水辺――どこかの川、涼やかな清流だ。

川床が置かれ、その上に七夕飾りが飾られている。

 

姿は見えないが、どこからか織姫さんらしき

女の子の声がして、

 

「また仙台の七夕祭りに来てね」と誘っている。

 

仙台の七夕祭りに行ったのはもう40年も昔の話だ。

いろんな思い出と重なって

ひどく懐かしい気分に浸ってしまう。

 

こんな夢を見たのは、

先日、義母といっしょに

近所の大宮八幡宮で

平安時代の七夕飾りを目にしたせいかもしれない。

 

夢の風景はそのまままぶたに貼り付き、

目が覚めてもそのまましばらまどろんでいた。

 

耳を澄ますとサラサラと水の流れる音が聞こえてくる。

まるで時のせせらぎのように響き、耳を潤す。

 

杉並に義母を連れてきた理由の一つには、

いろいろお祭りに連れてってあげたいと思ったからだ。

 

仙台まで連れて行くのは難儀だが、

阿佐ヶ谷の七夕ならバスに乗って15分で行ける。

 

すっかりでかくなってしまった息子が

まだチビだった頃は、

毎年、楽しみしていたが、

ここのところ、すっかり足が遠ざかっていた。

 

今度は子どもに戻った義母が

喜んでくれえばいいなと思う。

 


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京都アニメ放火殺人事件:オレのオリジナルという幻想と、パクられるという妄想

 

人は誰でも創造的で

アーティストの素養を持っている。

が、そこにこだわり過ぎると、

あらぬ妄想のとりこになってしまう。

 

「パクリやがって」

とは、いったいどう響くセリフだったのだろう?

 

自分も大やけどを負い、

倒れて意識を失う直前だったのだから、

よほど強烈な恨みを込めて叫んだのに違いない。

 

京都アニメーションの放火殺人犯に

同情するつもりも、弁護するつもりも全くない。

だけど気になるのだ。

 

あれほどの凶行に及んだ動機は

一体なんだったのだろう?

 

京都アニメに勤めたこともないし、

小説なりマンガなり、

自分の創作作品を公の場に出したこともないようだ。

 

少なくとも僕の知る限り、

そうした報道はされていない。

 

 

以前、シナリオライター講座に

通っていたことがある。

そこへ行くと、

 

「オレのアイデアがあのドラマでやられちまった」とか、

 

ほとんど同じプロットのストーリーを作られたとか、

 

あそこの局で企画を募集しているが、

あれは全部落選させて、

いいとこをみんなパクるんだ。

汚ねえ。

 

なんて話が、受講生の間で毎週、飛び交っていた。

 

いわゆる広告クリエイティブの世界でも、

デザインや文章をパクった・パクられた

という話は日常的に聞く。

 

また、世間に名の知れた有名作家の多くは、

初めて会う人から

 

「わたしをモデルにして書いたわね」とか、

 

「おれの人生を勝手に無断で話にしただろう」

 

とか、まったく身に覚えのない言いがかりを

つけられることがよくあるらしい。

 

かくも創作者の界隈は、そうした

「わたしは世界で一つだけの花妄想」

「ぼくの作品はスペシャル・ユニーク・オリジナル妄想」を、

集塵機のように引き寄せてしまう。

 

これだけインターネットが発達した時代だ。

小説、映画、マンガ、アニメ、音楽――

古今東西のいろんな分野のエンタメが、

誰でも手軽に、自由に楽しめるようになると、

いろんな作品の影響・刺激を受ける。

そこからクリエイターの道に入る人も

大勢いる。

 

しかし、これだけ古今東西の

創作物に関するデータが蓄積され、

そこへアクセスするのも容易になると、

世間に広く受け入れられる、

いわゆる「売れ筋パターン」が定着してくる。

 

売れるストーリー、キャラクター、メッセージ。

音楽ならメロディ、リズム、歌唱法。

 

また、「売りたいならこうするべきだ」といった

ノウハウ・法則なるものも広く伝搬する。

 

こうした要素がミックスアップされると、

どこまでが他から影響された部分で、

どこからが自分のオリジナルなのか、

わけがわからなくなってしまうのではないだろうか。

 

そしてヒット作が生まれると、

 

あれはオレが考えていたアイデア=

あいつらはそれをパクって大儲けしている。

 

といった妄想に囚われる人たちが

大量発生するのではないだろうか。

 

犯人の男が実際に創作活動をしていたのかどうか、

定かでない。、

頭の中で考えていただけという可能性は

十分にある。

 

京都アニメのある作品が、

彼が構想していたそのストーリーと

共通する部分を持っていると気づいた時、

これはパクられたのだと

脳が自動的に変換してしまったのではないか。

そんな気がする。

 

さまざまな奇行が多かったことも

考えあわせると、

自分の上手くいかない人生に対する

忸怩たる思いも堆積していたのだろう。

 

それらが混ざり合って、

絶望感と破壊衝動が生まれてしまったのか?

 

誰もがたやすく妄想の世界に浸れる時代。

しかし、24時間、365日、バーチャルな世界に

浸って生活することはできない。

あなたも僕も、腹が減って何か食べたり、

それ以上の頻度でトイレにも行く。

 

そして普通は働いてお金を稼ぎ、

家賃なりローンなりを払って家に住み、

光熱費や、ネット・電話を使うためにも支払いをする。

 

そうしたリアルな日常の細事を

バカにしていると、妄想で人生そのものが狂いかねない。

 

さえないリアルを人のせいにしたり、

あらぬ言いがかりを付けたり、

ましてや、こんなひどい事件を

起こしたりしない限り、

空想・幻想・妄想を膨らませるのは、

どこまでも自由だと思うのだけど。

 


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世界は代筆でできている

 

僕たちが生きているこの世界――

人間が社会を作り、

国家を作り、

文化を作ってきたほとんどの部分は

代筆でできている。

 

今日のようなメディアができる以前から、

歴史上の有名な人物が何をした、何を言った、

ということの99パーセントは、

無名の、どこかの誰かが、

その有名人に代って代筆し、

後世に残したものだ。

 

というわけで、

代筆業をやっていると言うと、

どうやったら始められるのか?

と聞かれることがある。

 

これについては何とも言いようがない。

ホームページでも、ブログでも、SNSでも

なんでもいいから、公開された場で

「私、代筆やります」と書いて宣伝するだけだ。

 

もちろん、会った人に直接言えるのなら、

それに越したことはない。

 

あとは待ち。

かなり運が良ければ、

これだけで何か仕事が来るかも知れない。

 

が、普通はダメだろうから、

自分がどれだけの文章が書けるのか、

あれこれアピールする。

 

そういう意味では、今は昔と違い、

インターネットを使えば

自由にいくらでもアピールできるから

いい時代になった。

 

でもやっぱり一本釣りは難しいから、

現実的には、どこかのメディアに入って

取材記事を書いてみて実績を作るのが早道だ。

 

 

代筆業と聞くと多くの人は、

芸能人や経営者などの本の、

いわゆるゴーストライターを想起する。

 

でも僕が思うに、インタビュー取材などをして

ウェブサイトや雑誌などの記事を

書くのも、みんな代筆だ。

 

自分が思っていること・

考えていることを

自分で、人に伝わる文章に書き表す。

 

みんな、それをやろうとするが、

これがそう簡単ではない。

 

自分では、自分の顔も体全体も

見ることができない。

鏡がないとどうにもならない。

 

そういう意味では代筆ライターは、

クライアントにとって一種の鏡である。

 

僕も取材して記事を書くと、

 

「私はこういう人間だったんだ」

「うちはこういう会社だったのか」

「わたしたちは、こういう仕事をしているんですね」

などと言われることが多々ある。

 

文章が読みやすくなるよう前後を整えたり、

専門用語がわかりやすくなるよう

解説を加えることもあるが、

基本的にはその人が話したことを

そのまま書くだけなのだが。

 

ただ、そう単純でないのは、、

その相手との信頼関係が、

インタビュー中のやりとりに、

そして出来上がった原稿の文章に

如実に反映されてしまうということ。

 

だから代筆業で最も大事な点は、

文章力とか理解力とか、そういうことではなく、

いかに相手と短時間で良い関係が築けるかだ。

 

リアルな取材なら、

インタビュー現場の雰囲気を

できるだけ楽しく盛り上げ、

インタビューそのものを

エキサイティングなイベントにする。

 

電話取材やメール取材の場合は、

事前に話の流れを作って、

できたら台本を準備しておいて、

その上で進めるなどの工夫をする。

 

こうした下ごしらえが、

代筆業の仕事の

8割以上を占める。

 

てなわけで、今日は野菜栽培を研究している

ご高齢の先生の農園を訪ねて取材した。

 

楽しかったが、なかなか大変だった。

 

どれだけ経験を積んでも、

以前やったことと同じパターンを使って

うまくいくことは一度もない。

 

さすがにこの分野にはAIライターは

まだ進出してこれそうにない。

めんどくさいけど、人間にしかできない仕事。

志のある人はどうぞ、

世界を作る仕事においでください。

 


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金魚の集中力は人間以上

 

「金魚の集中力は人間以上なのだ」

と言うと、「アホぬかせ、んなわけねーだろ!」

と思うだろうか?

 

2015年の時点で、

人間が集中力を持続できる時間は8秒、

対して金魚の集中時間は9秒。

 

僕はこの話を聞いて、さっそく金魚を観察しようとした。

しかし、残念ながら、

今、うちには金魚はいない。

 

そこでかつて自分が飼っていた

歴代の金魚たちを記憶の底から釣り上げてきた。

 

彼らは9秒間、集中できていたのだろうか?

金魚の目が何秒間か、じっと何かを見つめている。

そして目を動かし、体の向きを変える。

そこまでは思い出せるが・・・

 

でも、金魚が集中するのって何に?

 

あ、向こうから仲間が来る。

このまままっすぐ泳いでいくとぶつかるかも。

でも、可愛い女の子だから、

わざと気づかなかったふりをして

さりげに正面衝突して、キスできたらラッキー・・・

とかなんとか、集中して思考するのだろうか?

 

だけど、金魚だって個性があるだろうから、

10秒以上集中できるやつもいれば、

5秒しかできないやつだっているだろう。

 

あるいは、出目金とか、和金とか、

リュウキンとか、ランチュウとか、

オランダシシガシラとか、

種類によって集中力は違ってくるかもしれない。

 

 

じつは正確にはこれ、

「金魚の集中力は人間以上」ではなく、

通常は「人間の集中力は金魚以下」

と言い表されている。

 

ここのところ、マーケティングの勉強をしていて、

巡り合った文言だ。

 

情報源は、あなたも僕も使っているWindowsの

マイクロソフト・カナダ研究チームが、

2015年5月に発表したデータ。

 

情報があふれかえる時代に生き、

わずか数秒でも空白ができれば、

スマホを手に取り、

タップし始める現代人。

 

その現代人が集中できる時間は8秒、

対して金魚の集中できる時間は9秒。

というわけ。

 

デジタル情報中毒の人間が

どんだけ集中時間を持続できないかを

如実に表すデータとして

2017年頃、ビジネス関連の雑誌やサイトで

センセーショナルに採り上げられまくった。

 

まさしく、ここまで来たか人類!

金魚にも劣る集中力とは・・・

 

なにしろ、かのブランド企業のお墨付きで、

こんなキャッチ―な面白ネタが

飛び出したのだから、

ビジネスコンサルタント系の人たちも

こぞってこの話題を

講座などで使っていたらしい。

 

けど、僕がこの話に会って

最初に思ったのは、タイトルに書いた通り

「金魚の集中力は人間以上なのか?」という疑問。

 

および、誰がどうやって

金魚の集中力を計測したのかというものだった。

 

当然、多くの人が同じ疑問を抱くものと思って検索すると、

そんな人はほとんどいない。、

 

疑問を持ったとしても、

忙しいのにわざわざ時間をかけて、

調べたりしないんだろうな~と諦めかけた。

 

が、何ページ目かに

高橋美佐さんというパーソナルコーチをやっている人が

「わたしも自分の講座で、この金魚の話しました。

ごめんなさい」と謝りつつ、

この情報について徹底リサーチしていた。

 

マイクロソフトも金魚の集中時間については、

自前で調査したわけでなく、その元ネタがあったわけで

それを辿っていくと、金魚の集中力について

正確に科学的に計測した人、

その数値を発表した人もいないことが判明。

 

だから金魚の集中力が9秒というのは根拠のない話なのだ。

つまり、「人間の集中力は金魚以下」

=「金魚の集中力は人間以上」はガセネタ

――というのが言い過ぎなら、

一種の都市伝説にすぎないという

結論にたどり着いたと言う。

 

やれやれという感じだ。

がんばって追求した高橋美佐さんはえらい。

 

この話、たとえば僕――福嶋誠一郎が

「金魚の集中力は人間以上なんやでぇ」

と言っても「アホか!」と一蹴されるだけ。

 

ところが、かの世界に冠たるブランド企業が

言うことなので、

みんな、ろくに検証することもなく信じた。

そして、おそらくは今後も信じられ続けていく。

だって面白いし、間違っていたところで

大問題になるわけでもないしね。

 

それに、いちいち検証していたら、

人生それだけで終わっちゃうので。

 

というわけで、

僕たちはそういう世界に生きている。

 

夏はお祭りなどで金魚に出会う機会も

増えるかも知れない。

今度、じっくり観察してみよう。

 

しかし、僕の観察力は、

はたして9秒間持続しているだろうか?

8秒過ぎたところでスマホを始めたりして。

 

 


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認知症の義母と神頼みの散歩

 

「いいの、手なんか握って?」

「だって手をつながないと危ないよ」

「いいの本当に? 奥さんはいらっしゃるの?」

「はい、いますけど」

「わあ、どうしよう? 奥さん、怒らないかしら?」

「だいじょうぶです。公認ですから」

「わあ、うれしい。こうしたこと一生忘れないわ」

「喜んでもらえて何よりです」

 

認知症の義母と散歩に行くと、こういう会話になる。

言ってもわからないので、

「奥さんはあなたの娘ですよ」

なんて説明はわざわざしない。

 

僕のことは「お兄さん」と呼ぶ。

まぁ確かに義母より25も若いけど、

お兄さんというほど、若い男に見えているのだろうか?

 

亡夫(つまり僕の義父)は、

「女は三歩下がって」という考え方の

関白亭主だったらしいので、

男と手をつないで

公道を歩くのに慣れていないらしく、

ちょっと恥ずかしそうにする。

 

義母には昨日も明日もない。

小さな子どもと同じで、

「いま、この瞬間」があるだけだ。

 

「いま、この瞬間」がずうっと繋がって、

僕たちの人生があり、この世界があるわけだが、

そんなこと、ふだん僕たちはまったく考えない。

 

僕たちはいつも、これまで何をしてきたか、

少しでも多くの記憶をキープし、

自分のビッグデータを作って、

何があるかわからない明日に備え、

サバイバルしようとする。

 

ところが義母は昨日なにがあったかも忘れているし、

明日どうなるのか不安に脅えることもない。

もうボケちゃってるわけだから、

齢を取ってボケたらどうしようと怖がることもない。

 

でも時々、時計を見て

「もう家に帰らなきゃ」とか言い出す。

「ここがあなたの家だよ。

あそこにあなたの部屋があるでしょ」

と言うと、「ああ、「そうか」と

一応、納得するのだが、

数分後にはまた「帰らなきゃ」と言い出す。

 

まだ一緒に暮らし始めて1週間たたないから

しかたないのだろうが、

彼女はいったいどこに帰りたいのだろう?

 

僕は認知症についてはまったく不勉強だ。

てか、あんまり余計な先入観を持って関わるのは

よくないんじゃないかと思って、

あえて最小限の知識・情報しか入れてない。

 

人それぞれいろんなパターンがあると思うが、

認知症になると、

その人本来のキャラクターや

人生の中で培ったストーリーが

集約されて表現されるようで、

義母を見ている限り、

不謹慎な言い方かもしれないけど、

とてもとても興味深い。

 

それにしても、

いったいこれからどうなるのか?

 

同じ「いま、この瞬間」を生きる人間でも

小さい子どもはこれから成長が見込める、

いわば、のびしろのある存在だが、

認知症の高齢者はそうではない。

 

「お兄さん」としては、

とにかく少しでも、

その瞬間瞬間の積み重ねを、

幸福感・安心感を持って

過ごしてもらいたいだけだ。

 

ふだんは宗教心なんて欠片もないが、

義母に関してはもう神さまに祈るばかり。

 

大宮八幡は立派な神宮で、

初詣やお花見や秋祭りで毎年来ている。

この季節は七夕飾りが美しい。

 

すっかり通い慣れたお宮だが、

義母と一緒にいると、

不思議と素直で新鮮な気持ちでお参りできる。

やっぱ人間、最後の最後は神頼みやで。

 


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オリジナルひらがな教育ツール

 

引っ越しの荷物の中から出てきた

数十枚の自筆の絵。

 

息子がチビの頃、字を教えるのに

めったやたらとそこらへんの紙に

絵を描いていた思い出した。

 

いま見ると、この絵が結構面白い。

こんなのが何十枚も描くなんて、

われながらよくやってたもんだ。

ちょっと感心。

 

じいさんの左にはガイコツを

描くべきだったかな。

 


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息子は強制退去で独立

 

元来、劇画メンタルなので、

出会いや別れを過度にドラマチックなものとして

考える性癖がある。

けど、現実はそんなものじゃない。

大体のことは必要に追われているうちに、

いつの間にか始まって、なんとなく終わっている。

 

この1週間もあれこれバタバタしていた。

金曜はカミさんの実家から義母の荷物を運び出して

新しい住まいに入れ、

土曜はショートステイに行っていた義母が来た。

 

そして今日は入れ替わりに息子が家を出て行った。

ほとんど強制退去のようなものだ。

 

スーツケースとリュックサックに荷物を詰め込んで、

タクシーに乗っての引っ越しだった。

 

引っ越しと言っても同じ区内。

自転車で30分と掛からない距離なので、

大したことではないのだが、それでも独立は独立。

 

20数年の思い出が走馬灯のようによみがえり、

泣いてしまったらヤバいなと危惧していた。

 

ところが、バタバタやってたせいで、

そんな余裕もなく、じゃああばよ、達者でやれな、と別れた。

 

(と言っても、自転車やら本やら家にいっぱい荷物が

残っているので、またすぐ戻ってくるのだろうけど)

 

強制退去みたいな形でしか子供を独立させられなかったのは、

親としてちと情ないが、これもまた非ドラマなドラマ。

餞別に同封した一筆書きに「7月7日」と入れられたのが、

ちょっと華になった。

 

人生は劇的に、カッコよく、

理想通りにいかないから面白いのかも知れない。

 

家の冷蔵庫の側面には、僕が一番好きな、

彼の小学生の時の作品の「招き猫」が貼ってある。

夢を招いてほしい。

 


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きれいに咲いたガクアジサイが笑って見送ってくれた

 

永福町の家の小さな庭には、

鉢やプランターに植えた花とはべつに、

毎年、どこからか花の種が飛んできて、

いろんな花を咲かせていた。

「野の花鍼灸院」の名前に相応しい庭だった。

 

この季節はガクアジサイの花が美しい。

毎年咲くわけでなく、1年咲いては休み、

2年休んでは咲き、

といったのんびりペース。

今年はその当たり年だった。

 

引っ越ししてから1週間。

後片付けと掃除とゴミ出しに通っていた。

 

今日はインターネット回線のケーブル撤収工事があり、

そのあと最後の後始末をしていたら、

ガス屋さんが元栓を閉めに来た。

これですべて終わり。

水道と電気は人手をかけることなく、

0時になったら自動で止まる。

 

何もなくなった家の中はやっぱりさびしい。

雨の中、最後にガクアジサイが笑って見送ってくれた。

咲という字はエミ(笑)とも読む。

当て字じゃないよ。正しい訓読み。

日本語って美しい。

それではさようなら。

12年間ありがとう。


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食と祈りの店 自由が丘・田の実

 

ここのところずっと、葬儀供養と農業の仕事をやっているが、昨日取材したのは、そのふたつが一体化したお店。自由ヶ丘に先々週オープンしたばかりの「田の実」だ。
コンセプトは日本人の稲作文化の中で育まれた「食と祈り」。
1階は全国の農産物などの食品と四季の行事を彩る雑貨のショップ。2階はカフェ&レストラン。3階はイベントスペース。
ランチに出る汁ものは仙台の名店「ゆきむら」のシェフの作品で、日本人の脳の深淵に届く美味しさだ。

実はこの店の経営母体は、「手のしわとしわを合わせて、しあわせ」の、お仏壇のはせがわ。
「手を合わせるとはどういうことか?」を追究していったら、食と農にたどり着いたという。
さすがリーディングカンパニーと感心する話だった。
オープンしてからまだ2
週間だが、早くも自由ヶ丘の大人気店になりつつある。駅から3分なので、そっち方面に行くことがあれば、ぜひ寄ってみてください。

 


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引っ越しと地球の意志

 

長年住み慣れた家とも今日でお別れ。

今朝はひどく感傷的な思いが込み上げてきて目が覚めた。

 

ここ数日、急な対応を要する仕事も入らず、

引っ越し作業に集中できた。

ここにいたのは12年だが、考えてみたら、

12年前の引っ越しの時は、あまりモノを捨てていなかった。

 

息子がまだ小学生だったので、チビの頃の思い出の品などが

まだ親バカ的に愛おしくて捨てられなかったのである。

 

自分の仕事の資料や趣味の用品もたんまりため込んでいた。

すでに現在の生活に必要なくなったものでも、

むかし愛した愛着が残っていて、

自分の心が宿っているような気がしていた。

 

つまり、この家にはそれ以前も含め、

結婚から子育てしてきたヒストリーが詰まっていたんだなと思った。

 

しかし、今回はダウンサイジングするのでそんなことは言ってられない。

心の中で手を合わせながら、

昔の手紙も写真も本もどんどん捨ててしまった。

それでも、(何日か前にも書いたが)、

ずいぶん捨てたつもりなのに、段ボールはいっぱいだ。

 

作業をしていると、

家をゴミ屋敷にしてしまう人の気持ちが分かるような気がしてきた。

たぶん、かの住人はモノに囲まれてないと寂しくてしかたないのだろう。

 

モノには魂が宿っている。

モノの豊かさ=生活の豊かさである。

僕たちはそうしたメンタリティで生きてきて、なかなか変えられない。

 

そのあたり、息子のような若い連中はそうしたこだわりはないようだ。

本でもDVDでも、どんなものかわかった、もう十分楽しんだと思うと、

ホイホイ惜しげもなく捨ててしまう。

 

本も音楽も映像も思い出も、なんでもデジタル化でき、

デバイス一つで楽しめてしまう。

クラウドに上げて保存すれば、容量は無限である。

 

衣食住という生活の基本部分はさておいて、

仕事や勉強や娯楽の方面は、物理的なものは必要なくなってきている。

今後はすべて自分の頭の中・体の中で管理せよ・処理せよ。

そう言われているかのようだ。

 

引っ越しによって実感させられた、

石油製品に依存する大量生産・大量消費の時代の終焉。

僕たちはメンタリティを変える必要に迫られている。

地球の意志が働いているのかも知れない。

 


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白鳥の引っ越し屋

 

12年前と同じ引越し屋を選んだ。

「白鳥の湖? いや、みにくにアヒルの子?」

と、首かしげたくなる、不思議にメルヘンなイラストの入った、

この会社オリジナルの段ボールも12年前のままだ。

 

内見・見積もりに来た営業のお兄ちゃんに、前も使ったよという話をしたら、

「その頃と同じスタッフかも知れません」と、やや意外な返事。

 

聞くとスタッフの高齢化が進んでいて、

若い子は入ってもすぐやめてしまい、

結局、古くから働いている社員ばかりになっているという。

 

かく言う営業マン氏は、見た感じ、30ちょっと出たとこだけど、

かなりエキゾチックな風貌で、

タイやフィリピン方面の血を感じさせる。

少なくともハーフだろう。

日本語は難なく話し、理解していたので、

たぶん日本で生まれ育ったのだと思う。

 

大手はどうだか知らないが、こうした地域の中小の引越し屋さんは、

年輩者と外国人の職場になりつつあるのかも知れない。

 

もう一つ、引っ越し絡みで聞いたのは、

今年は昨年(および従来)と比べて、ピークが平均化しているということ。

普通、引っ越しと言えば年度末と初めの3月・4月だが、

今年は5月も6月もずっと忙しいのが続いているらしい。

通勤ラッシュの緩和策――オフピーク通勤をおもぃ起こさせる。

 

どうも企業の異動が、一時期に集中しないよう、

ずらして行われているようだ。

6月に転勤して7月から新しい部署で――

というパターンが増えてきている。

これも働き方改革の一環?

 

しかし、そのおかげで引越し屋さんは休みなく働き続けることになる。

中小企業の働き方改革は後回し?

というか、最初からあんまり考えてない?

要は「日本は労働者にも優しい先進的な国ですよ」ってアピールしたい、

政府のパフォーマンスだもんね。

 

日本の労働市場の実態を垣間見させる地域の引っ越しサービス。

いずれにしても、どうぞよろしくお願い致します。

 


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最期まで希望を見たい

 

人間はきっと最期の最後まで希望を見たがる生きものだ。

ここ数年、ドラマや小説などの創作を含め、

いろいろな書き物をしてきて、そんなことを思っている。

 

100パーセント満足な人生だったと、こころ満たされて最期を迎える。

それが最高の幸福だなんて大うそだ。

 

結局、自分の思い描いたゴールにたどり着けず、

あるいはゴールを見つけられず、

目的を達成できないまま、人間的にも未完成なまま終わって良い。

 

僕が考え得る最高の幸福は、

最期において、心を託せる誰か――

それは子どもかかもしれないし、友だちかもしれないし、

その日出会ったばかりの見知らぬ旅人かもしれない。

 

その誰かが、ついに自分がたどり着けなかった、

その場所に向かって歩いていく――

その後ろ姿を見られることだ。

希望を見つめながら死んでいけることだ。

 

義父がどんな思いで亡くなったかわからないが、

希望を見つめて空へ向かって欲しかった。

49日の納骨を迎え、美しい夏空のもと、そう祈った。

どんなところかわからないが、

これから義父の行けなかったところへ行こうと思う。

 


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これからは手ぶらで旅をしたいんだけど

 

 カミさんの鍼灸院に来る子どもらが「トトロの森みたい」と言ってた庭をすっかりきれいにした。

 壺や鉢やプランタにいろいろ花を咲かせていたのだが、それらも全部撤去し、生い茂っていた蔦の葉も刈り込んだ。

 小さな森が消え失せた。

 

 12年ぶりの引っ越しはなかなか厳しい。

 片付け作業が,やってもやっても終わらない。

 

 収納がたっぷりある家だったので、

何でもかんでも放り込めてたせいもある。

 それぞれの収納をあけるたびに、

とんでもない量の物が溢れ出してくるのだ。

(それも写真を載せようと思ったが、どう見てもゴミ屋敷に見えてしまうのでやめといた)

 

 過去、10代の頃から40年余りの間、

後生大事に持っていた本やら思い出の品やら、

「これは絶対捨てられない」と思っていたものも

今回はあっさり捨てている。

 

 捨てながら、逆にどうしてあんなにこだわっていたのだろう?

と不思議になることもある。

 本だのレコード(CD)だの映画や演劇のパンフレットだのといったものに、自分のアイデンティティを投影していたのかもしれない。

 

 もうそういう類の荷物はいらない。

 自分の中に残るものは残るし、消えるものは消える。

 これからの自分に必要と思われる――ぜひもう一度読み返したい本だとか――だけ手元に置いて、その他のよぶんなものは手放して、

なるべく手ぶらに近い状態で旅をしたいと思う。

 

 という方針で、ここ1ヵ月で膨大な量のごみを捨て、ずいぶん断捨離した気になっていた。

 が、それはあくまで主観であって、

現実的には思ったより荷物は少なくならない。

 

 思い出深い品を目にしてしまうと、

やっぱりリュックに詰めたくなっちゃうんだよなぁ。

 


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井の頭線文化圏残留報告とSUUMOのワナと不動産屋の愉快な若者たち

 

1ヵ月前、「さらば永福町」と書いたが、

結局、永福町からさほど遠くない、

浜田山に引っ越すことに。

井の頭線文化圏に残留することになった。

 

西武線文化圏の方、

転居情報がひるがえり、ぬかよろこびさせてごめんなさい。

(誰もしてない?)

 

駅にはちょっと遠いけど、公園まで歩いて3分。

いつでも散歩やジョギングができる環境に。

けっこう理想的なロケーションだ。

 

ところで、今回は物件を探す(なんといっても12年ぶり!)のに

SUUMOを使ってみた。

 

同じようなエリアに同じような間取りの部屋が

いっぱいあるなぁ。

このあたりの内装業者が皆、同じだからかなぁ、

不動産屋はみんな違うけどなぁ・・・

 

と思って見ていたら、何のことはない、

同じ物件の外観を、A社は正面から撮ったり、

B社は裏側から撮ったり、C社は斜めから撮ったり、

D社は上の部分だけ切り取って見せたり・・・

といったように

アングルや画角を変えて、

それぞれ違う物件に見せようとしている。

 

わかってみれば、な~んだという感じだが、

探している時は、みんな印象が異なるので、

いっぱいあるように見えて、なかなか気づかない。

 

複数の不動産屋で同じ物件を共有して

ネット上で「どうぞこちらへ」と営業しているので、

お客がどの写真が気に入ったかで、

どの不動産屋に行くか、

そして契約が取れるかが決まるというわけ。

 

不動産屋もなんとか検索数を上げようと、

SUUMO対策、ネット対策に必死である。

客にとっては紛らわいいこと、この上ない。

 

でも、今回は3件の不動産屋を回り、

それぞれ気のいい若い兄ちゃんたちと

いろいろ話ができたので面白かった。

 

というのが先月末のことで、

本日無事契約も終わり、引っ越し準備中。

完了は6月末予定。

 


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サンゲノヨル:仏教式罪の告白

 

「あのやろう、うまいことやりやがって」と妬んだり、

「失敗しろ。不幸になれ」と呪ったり、

道行く女の子に劣情を起こしたり、

気に食わないことに逆ギレしたり、

暴飲暴食に走ったり、

やるべきこともやらずゴロゴロ怠けていたり・・・

 

人間は日々、罪を犯している。

そこで神さまの前で自分の罪を白状するのが「懺悔」だ。

 

これはキリスト教の話だと思っていたら、仏教にもある。

同じようにお釈迦様の前で罪を認め、

仏教では「さんげ」と読む。

 

月に一度「サンゲノヨル」を開いているお寺があると聞いて、

一昨日、取材で出かけて行った。

神楽坂にある圓福寺だ。

 

まだ30代の若い住職様にインタビュー。

幕末に伝わり、この寺に祀られている夜光鬼子母神の話、

その鬼子母神絡みで妊活講座が行われている話、

住職がIT企業に勤めていた時の話など聞いて、

メインの「サンゲ」。

 

これは実際に体験してみた。

 

500円払ってお守り(懺悔守り)を購入し、

その中に自分の犯した、

あるいは犯していそうな罪を書く。

 

自分は悪いことしてなくても、遠い先祖が

騙し・欺き・裏切り・虐待・泥棒や人殺しなどの

大罪を犯している可能性もある。

 

因果応報。

過去の罪が、現在につながって、

あなたの人生で表現されている。

こうした考え方は、仏教ならではという感じがする。

 

書き入れたお守りは持ち帰るのではなく、

この寺の祖師像に奉納する。

奉納したら、あとはひたすら

心の中で罪を詫び、お経を唱える。

 

先祖が罪を犯したのかどうかはわからないので、

とりあえず自分の罪だけ思い起こした。

一応、善良な市民のつもりではいるが、

生きていると、どうしてもいろいろあるからねぇ。

ズルもしてるし、迷惑もかけてるし、

人を傷つけたりもしています。

 

ありがたいのは「懺悔」すると「三化」が起こるということ。

①健康運・②仕事運(金運)に恵まれるようになり、

③ 良縁にも恵まれる。 

これはもう、信じるしかないねぇ。

 

それに夜(僕が行ったのは5時過ぎでまだ明るかったけど)、

お堂の中にいると、厳かな気分になり、精神的にも良い刺激になる。新鮮な空気が身体の中に入ってくる感じだ

月に一度くらい、こうした体験をするのはいいと思う。

 

500円で懺悔守りを購入するのは最初だけで、

そのあと、2回目以降は自由。

リピーターも大勢いて、僕がいた時間だけでも10人くらいやってきた。

男よりも女のほうが多いという。

女のほうが男よりも罪深いのだろうか?

 

毎月、第一水曜日、夕方5時から8時までやっている。

こうした懺悔の概念を大事にして、

積極的に打ち出しているお寺はかなり少ない。

(少なくとも、僕は初めてだった)

 

あなたも秘密めいた体験として、

一度やってみると面白いと思う。

 

神楽坂・圓福寺。

サンゲノヨルは、お参りした後、

神楽坂に立ち並ぶ飲み屋でハシゴ・・・となったら、

またまたそこで罪を犯し、

翌月、ふたたび通うことになって永遠の循環に陥るかもね。

 


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国家資格を宝の持ち腐れにしない自宅開業

 

12年間やってきたカミさんの「野の花鍼灸院」」が昨日を最後に閉院した。

自宅の1階のワンフロアのリビングを半分に区切って、そこを治療室にしていた。

 

職住一体。

待合室も設けられないので予約時間で区切るしかなく、

必然的に時間内は完全なプライベート診療になった。

女性と子ども専門だったので、かえってアットホーム感が好評だった。

 

僕はもちろん、営業中に一度も治療室に入ることも、

患者さんの前に出ることはなかったが、

ホームページやパンフレットを作ったり、掃除を手伝ったり、

2階で連日やってくる子どもの声を聞いたりしていたので、

けっこう思い入れも深い。

家庭の事情とはいえ、閉じるのは何とも寂しく胸が痛む。

かなり感傷。

 

僕の感傷的な話を書いてもしゃあないので本題に入ると、

国家資格である鍼灸師は大勢いるが、

開業できる人はごくわずかだと言う。

カミさんは40を過ぎてから3年間学校に通って資格を取ったが、

同級生で自分の院を持っている人はほとんどいないらしい。

 

鍼灸師のみならず、整体師もそうだが、

毎年、びっくりするほど大勢の人が資格を取る。

にも関わらず、その8割、9割の人はそれを生かせない。

 

自分で開業するには莫大な資金が必要だとか、

ロケーションの良い一等地じゃないと患者さんが来ないとか、

しっかり収益を上げなきゃダメだとか。

何かそういった思い違い、思い込みがあるのではないだろうか?

 

せっかく腕1本でやっていける技術・許諾を得たのに、

ハコの良しあし・設備のあるなしにこだわって

自分で開業しないのはもったいない。

 

うちがやってきたスタイルはべつに新しいものではない。

僕が子どもの頃、

ばあちゃんに連れて行ってもらった鍼灸院も、

長屋みたいなボロい家で布団一つ敷いて営業していた。

 

本来、鍼灸院や整体院といった民間医療はそういうものだ。

「医療ビジネス」にしようと思うから、

いろいろ大きなことを考えて動けなくなってしまう。

 

小さくでいい、

パートとして大して変わらない稼ぎでもいいから、

資格のある人はまず自分で始めて、

直接、お客さん(患者さん)と相対しないと、

いつまでたってもスキルアップしないし、

キャリアが積み上がらない。

続けられるかどうか考えるのは、始めてみた後の話である。

 

いくら国家資格でも何年もほったらかしでは宝の持ち腐れ。

ペーパードライバーになってしまう。

何年も経ってから「じゃあ運転します」と言い出したって、

誰もペーパードライバーが運転する車になんか乗りたくない。

 

うちの場合は、幸い駅チカの戸建ての貸家を見つけられたが、

アパートでもマンションでも、

保健所の基準をクリアできるところならどこでもできる。

 

自営業だから自分のライフスタイルに合わせて――

たとえば子育てをしながらでもできる。

そして、それはすべて貴重な実績・将来の財産になる。

 

最近はホームページだって無料で、

あるいは年間1万円少々で開設・運営できる、

設備を整え、宣伝してスタートする費用は

20~30万円程度しかかからないと思う。

 

カミさんもそんなこんなで12年やってきたので、

自分の院を閉じても、

他の診療施設の仕事や、講師や指導者の仕事がある。

がんばれば得られるものは小さくない。

 

こうしたノウハウは鍼灸の後継者を育てるためにも

伝えていきたいと話し合っている。

生活が落ち着いたら、その準備も始めようと思う。

 


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田町駅のペディストリアンデッキの鳩

 

「鳩がクソを垂れて飛び立つ」

 

これは平成の終わりとともに逝った名優、

ショーケンこと萩原健一の代表作

「傷だらけの天使」の第1話の冒頭にあるト書きだ。

あの名作はこの1行から始まった。

 

この脚本を書いた故・市川森一氏は

「傷だらけの天使とは何だったのか?」と回想した際、

自分で書いたこのト書きに,

その答えを発見した、と語っていた。

 

「鳩=平和のシンボル。

 傷だらけの天使とは、1970年代の平和と繁栄の“クソ”だったのだ」

 

今日、仕事(三田の方で取材があった)で

久しぶりに田町駅で降りたら、

三田方面に向かうペディストリアンデッキの手すりの上に、

あまり美しくない鳩がズラリと居並んでいた。

 

女の人などは、汚いものを見るようにイヤ~な顔をして通り過ぎていく。

 

鳩が平和のシンボルだと言われても、

今や「?」の人が多いのではないか。

僕たちは平和にも繁栄にも慣れ切ってしまっている。

 

でも、巨大なビルが立ち並び、

あまり人が始終行き交う大都会の真ん中で、

僕たちのようにあまり美しくもなく、強くもなく、特別でもなく、

もちろん偉大でもない、平々凡々とした鳩たちが、

わやわや集まって仲良く生きている光景を見たら、

やっぱり平和とはいいものだよなと思った。

PEACE。

 


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東寺展――空海と仏像曼荼羅を観る

 

先週、上野の国立博物館に「東寺展――空海と仏像曼荼羅」を観に行った。

 

東寺のあの空間で見るからいいのになぁ・・・

と思っていたが、普段は見えない背中も見られて

なかなか興味深かった。

 

唯一、写真撮影が許されていたのが、象に乗った帝釈天。

いちばんイケメンで、

女性に人気が高いので選ばれたのだろうか。

 

ひとり孤高のステージに立ち、

眩しくフラッシュを浴び続ける。

(本当はフラッシュ禁止だけどね)

 

他の天、菩薩、如来の皆さんは、

なんといっても悟りを開いた仏様なので、

「おまえだけモテやがって」と嫉妬したりしない。

 

今度の日曜まで、東京でのお勤めを果たし、

ご無事で京都までお帰り下さい。

 


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認知症の義母と川沿いの緑の小道を散歩する

 

昨日は義母と、実家のある清瀬市の清瀬柳瀬川の川沿いを散歩した。

この道は桜並木が美しいことで有名だが、川は高度成長時代から昭和40年代にかけては生活排水などでひどいドブ川になっていたらしい。

 

それが地域の人々や行政の努力で半世紀かけて、鮎も泳ぐ美しい川によみがえたという。

うちの息子がチビの頃、この妻の実家に来ると、いつもこの川で水遊びをしていた。

昨日も暑かったので、当時の息子くらいの男の子がバシャバシャと大喜びで水遊びをしていた。

 

義母は嬉しがって「わぁ、気持ちよさそうだねぇ」んどと声を上げる。

 

これから一緒に暮らすので、今後の生活に向けて、いっしょに時間を過ごす練習をしたほうがいいだろう、ということで、ちょっとトレーニングの日を設けてみたのだ。

 

3時間ほどの間、休職して義母としばらく一緒に暮らしている義妹が抜けて2人きりになった。

義母は亡くなった義父、つまり自分の旦那以外の男性と二人きりになったことは、84年の人生の中でおそらくほとんどないらしい。

 

ずっと家の中にいるとに、すぐに煮詰まってくるので

「散歩しましょうか」というと嬉しがって、

お出かけ服とまでは言わないけど、

ちょっとした外出着に着替えてきた。

 

認知症なのだが、からだは丈夫で、5階建ての団地の階段(古い住宅なのでエレベーターが付いてない)も平気で上り下りする。

歩く足取りも、84歳とは思えないほどしっかりしている。

 

河原に下りたり上がったりして、50~60mほど歩いたところで、

「あそこで働いていたのよ」と言って、道路の向こう側にある建物を指した。

 

今は何かの倉庫として使われているが、昔はこの地域のスーパーで、もう40年くらい前に5~6年間、その店でパートで働いていたのだそうだ。

カミさんの話によると、そこのパートの仕事が、とても楽しかったらしい。

ただ、関白亭主の義父は、妻がそこで楽しそうに働いているのをあまり快く思っていなかったようだ。

 

認知症になった今、亡くなった夫のことは、夫ではなく、自分の父や兄だと言う。

娘のことはカミさんも義妹も、「ヘルパーのおねえさん」といった理解らしい。

僕のことは当然、娘の夫でもなく、義理の息子でもなく、

どっかから時々現れる「明るい男」ということになっている。

 

半世紀以上、寝食をともに共にしてきた家族のことは忘れても、

40年以上前、ほんの一時期、働いていたパート仕事のことは憶えている。

義母の人生のハイライトだったのかな?と思う。

 

家族は大切だが、同時に主婦・母親にとって、

家族は一種の重い「義務」でもある。

 

もしかしたら義母は、その重たい義務から、

すっかり自由になったんだろう、と思う。

自由になった義母の心が、できるだけ羽ばたけるような暮らし方をする必要があるのかもしれない。

美しい川と緑の小道を歩きがら、そんなことを考えた。

 


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葬儀・供養に関する「昭和システム」の呪縛

 

つましい生活をしていた高齢者が亡くなってみたら、何千万円ものタンス預金を残していて、びっくり! ――という話をよく聞く。

なんで?

そんなにお金があるんなら、貧乏に甘んじず、もっと裕福に暮らせたろうに・・・と思っていたが、今回、義父の死に触れて「そりゃ当然だな」と納得してしまった。

 

お葬式をするのも、お寺さんにお経を唱えてもらって戒名をいただくのも、納骨してお墓を建てるのも、従来の、いわゆる「昭和システム」にのっとってやっていたら、いくらお金があっても足りない。

あっという間に数百万、ちょっと見栄を張ったら1千万くらいすぐに使ってしまう、と思う。

 

これに前後の医療費やケアのお金を入れれば、そりゃたしかに何千万円も持ってなきゃ、安心して老後を暮らせないし、安らかに眠ることもできない。

 

けっして日本の仏教文化、葬儀供養の文化を軽んじるわけではないが、「昭和システム」の葬儀供養を遂行するのは、今や、よほどのお金持ちでなければ無理である。

 

「無理をしてでもやるべきだ」という宗教心の厚い人、伝統的な習慣を重んじる人の意見もあると思う。

否定するつもりはない。

 

ただ、伝統的な習慣と言っても、みんながこれだけお金の掛かる供養葬儀をやるようになったのは、高度経済成長時代からだ。

 

現代のように、広く自由に情報が飛び交う時代ではなかったので、業者などに「そういうものだ」と言われれば、「そういうものか」と選択肢もなく、無理をしてでもそうせざるを得なかった面もあるだろう。

 

要は一般庶民にも裕福な人が大勢増えて、昔の武士階級・貴族階級・地域の名士など、社会的地位の高い人たちの真似をしたくなっただけではないのだろうか。

 

現代はお葬式にしても、お墓にしても、供養の仕方にしても、多様な選択肢がたくさんある。

無理なく、納得でき、大事な人を心から偲べるやり方は、いくらでも自分たちで創ることができる。

 

盛大なお葬式をして、りっぱなお墓を立てて、遺された家族がみんなハッピーになれるなら、それでいい。

 

けれどもそうでなく、精神的にも経済的にも負担が増えるばかりで、心から偲ぶこともままならないリスクを背負いそうなら、昭和の習慣の呪縛から自由になったほうがいい。

 


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仏像にいちばん近いアイドル&鎌倉名物・鳩サブレ入りソフトクリーム

 

“仏像にいちばん近いアイドル”を取材しに、いざ鎌倉へ。

その名も「みほとけちゃん」。

彼女は何と、2016年度ミス鎌倉でもある。

 

当然、美人でかわいい。

写真や動画を見て、それはわかっていたが、

ナマで会ったら、一段と美人でかわいい。

そして、かしこく、おとなだ。

 

自作の刺繍入り作務衣を着込み、

仏像のインナースペースに入り込める特技を持ち、

まさしく仏像にいちばん近いアイドルを体現する。

 

僕はこれまで特にアイドルに興味を持ったことはないが、

彼女のことは応援したくなる。

興味を持ったら、

「みほとけ」で検索してみてください。

 

アイドルの鎌倉おすすめスポットの一つが、

おみやげの「鳩サブレ」でおなじみ、

豊島屋がやっている洋菓子店&カフェ「置石」。

 

ここの「置石ソフト」は、

ソフトクリームの中に粉々になった鳩サブレが

まんべんなく入っているという逸品。

クリーミーさとザクザク感が一体化して

これはおいしい!

 

アイ love 鎌倉。

 


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女性と子供の為の野の花鍼灸院 閉院

 

親の介護のために、カミさんが12年やってきた

「野の花鍼灸院」の看板を下ろすことになった。

 

身内の自分が言うのも何だけど、

自宅を改造したプライベート空間で

女性と子どもを専門で診療し、、

一緒に子育てに関する相談もできるというのは、

割と希少で貴重な診療所だったのではないかと思う。

 

子ども向けの鍼灸ができる鍼灸師は、

関西方面ではそこそこいるが、

関東ではまだまだ少ない。

 

閉院のニュースを聞いて訪れた人の中には

泣き出す人までいるらしく、

やっぱりこの空間がなくんるのは惜しいなと思う。

 

ただ、閉院はするが、仕事をゼロにしてしまうわけではない。

3年ほど前から週1で通っている横浜の診療所の仕事は続けると言う。

 

それに専門学校の臨時講師や、海外の鍼灸師に対する講師の仕事もある。

海外――特に欧米では鍼灸治療の効果は

WHOでも認められているほど、広く知られており、

治療院を営んでいる人も多い。

 

現在のホームページはサーバーを解約して消えることになるが、

ドメインだけは契約更新した。

しばらくして落ち着いたら、同じドメインでカミさん個人の

ホームページを作る予定だ。

 

引っ越し先の近辺の幼稚園や保育園に交渉して

子どもを診療する機会を作る計画も立てている。

 

また、せっかく国家資格を取っても、

ペーパードライバー状態の鍼灸師も多いので、

小児鍼の基本と自宅開業ノウハウを教え、

後進育成につなげるコンテンツの制作や、

セミナー開講などの企画も始める。

 

介護と並行して新しい活動の基盤づくりができればいいと思う。

 


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さらば永福町

 

連休中に義父が急逝。

遺された義母の面倒をどうするか? 

という問題を背負うことになった。

 

義母は身体は割と健康ではあるものの、

認知症になっていて、ひとことで言うと

ファンタジーの世界で生きている。

僕たちと日常の時間を共有できない。

 

とてもひとり暮らしはさせられないということで、

現在は神戸在住の義妹が会社を休み、そのまま残って一緒にいる。

けれども、彼女にだって仕事と生活があるので、

いつまでもというわけにはいかない。

 

それで、うちのカミさんは今やっている治療院を閉鎖して、

清瀬の実家に戻ると決めた。

 

じつは僕は、12年やってきて実績もできたこの治療院の、

ホームページ刷新と、

スマホ用ラディングページ作成のために、

密かに構成とテキストを作っていた。

 

正直、「そんな・・・」と思ったが、

こういう局面では、女は思いきりよく、迷いがない。

 

現在の自宅は治療院併設のために借りたところなので、

もうここにいる意味がないし、カミさんひとりで

介護をやらせるわけにはいかないので、

僕も一緒に清瀬に行くことにした。

 

結婚して子供も育てた永福町とも6月にはお別れになる。

 


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義父の葬儀

 

昨日は所沢斎場で義父の葬儀を行った。

葬儀と言っても、火葬の前に少しの間だけお別れをする、

いわゆる「直葬」である。

 

義父の妻である義母、その娘であるカミさんと僕と息子(孫)、

そして妹夫婦の6人が参列。

身内だけでゆっくりお別れができた。

 

退職して25年経つので、仕事関係の人たちとはもう縁が切れているし、

ずっと親しく付き合っていたらしき友人もいないし、

親戚も無理に呼べば呼べたかもしれないが、

やめておこうという話になった。

 

ずっと親しく付き合っていたらしき友人もいない。

もしかしたら、いたかも知れないが、

どう連絡を取っていいかわからなかった。

 

懇意にしているお寺もないし、義父から宗教的なニュアンスの

話も聞いたことがない。

 

簡素で安価な葬儀にすることには何のためらいもなかった。

 

遺体を引き取りに行った警察署で出入している葬儀社のリストには

5社くらい載っていて、カミさんが直接電話で連絡。比較検討した。

 

こういうところ、うちのカミさんはカンが鋭く、賢い。

他の所はベーシックな値段は安いが、

オプションで2倍・3倍以上に膨れ上がりそうだ――

という匂いを感じ取って、結局、地元の小さな葬儀社を選んだ。

 

結論的には大正解で、

とてもとても誠実で丁寧で良心的な葬儀屋さんで、たいへん助かった。

感謝に絶えない。

 

たぶんポータルサイトでレビューが書けるので、

良い評判を広げたいと思う。

 

お金の話をするのはどうかと思うが、気になる人が多いと思うので

参考になるよう、あえて書いておくと、すべて込みで32万円弱でした。

内訳も明瞭で本当に良かった。

 

結局、お葬式は、大規模に立派にやるにしても、

つつましく、ささやかにやるにしても、

遺族の満足感・納得感の問題だと思う。

 


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義父は最期まで弱音を吐かずじまいだった

 

義父は胃がんを手術で、前立腺がんを放射線治療で完治させ、

克服してきた強い人だった。

 

そして関白亭主で、奥さん――義母をアゴで使っていた。

家のことは一切やらず、お茶も自分では淹れない。

けれども5~6年ほど前から義母が認知症になってから、

その生活ぶりが変わっていった。

 

義母は2年ほど前からお茶を淹れる以外、

家のことが出来なくなってきた。

もう自分でやるしかない。

 

「家族に迷惑をかけたくない」と言うのは、

最近の高齢者全般の口癖だが、

義父の場合はその最たるものだった。

 

迷惑というか、絶対に人に弱みを見せない

というのが信条だった。

たとえ相手が家族でもだ。

 

カミさんも義妹も電話で義父の話を聞くばかりだったので、

2人とも結構元気なものと思っていたらしい。

 

そしてとにかく器用なので、やる気になれば何でもできた。

 

掃除も洗濯も裁縫もやっていた。

 

ただ、さすがに料理だけは、にわか仕込みではダメで、

レンジでチン食が主食だったようだ。

 

それに加え、義母を病院につれて行ったり、

薬の管理をしたり、迷子にならないようにしたり。

まめまめしく世話をしていたらしい。

認知症介護士の資格も取ろうとしていたようだ。

 

弱音を吐かないことは立派だが、

本当にそれでよかったのかという思いが残る。

 

強い男の生き方ももう限界に近づいていたのかもしれない。

それでも娘たちのところへはSOSは出さなかった。

その矢先の突然の死だった。

 

部屋の中にある様々なメモや生活の痕跡を見ながら、

怖くて厳しく君臨していた昭和の関白亭主が、

最期にはまるで恩返しか、贖罪をするかのように、

少女のようになってしまった女房を

甲斐甲斐しく面倒を見ている姿が脳裏に浮かんだ。

 

ヘンな言い方だが、終わってみれば、二人の夫婦関係が

最終的にはチャラになったような印象がある。

 

なんだか人生うまくできているものだなと思う。

それなりの長さを生きれば、

ずっとラッキー、ハッピーもなく、

アンラッキー、アンハッピーもなく、

最期には何でもチャラになるのではないかという気がする。

 


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義父の棺に競馬研究ノート

 

カミさんと僕と息子、義妹夫婦の5人で

亡くなった義父の遺品整理をした。

義父は若い頃、自衛官で、

退官後は自動車教習所の教官を務めていた人だ。

 

めちゃくちゃ怖い教官だったらしく、

娘たちに対してもかなり怖い父親だったらしい。

 

特に長女のカミさんは昭和男の

「女に教育は要らない」式の躾をされ、

かなり圧力をかけられ、自由を制限されていたようだ。

 

しかしそれが逆にバネになったのか、

成人する頃には、如才なく親をやりこめる才覚を表し、

その後、海外で働きながら旅をするなどして、

自由で独立した生活を獲得した。

人間とは面白いものだと思う。

 

義父は自営官時代に身に着けた習慣があって、

身の回りの管理術に長けていた。

何でもこまめにメモを残し、

几帳面に整理する癖を持っている。

 

近年、遺産相続や遺品整理に困っている遺族に対する

サービス業が繁盛しているが、それもうなずける。

離れて暮らしていた遺族が、生前の生活状況を把握し、

遺品・遺産の整理をするのは大変な作業だ。

 

おそらくこの義父ほど几帳面にメモを残し、

管理を実践している高齢者はそう多くはないだろう。

それでも、どこかにメモがあるだろうと思っていた

キャッシュカードの暗証番号だけは

ついにわからずじまいだった。

役所への届けとともに、口座は凍結されることになる。

それでも葬儀代など、当面必要なお金の分は

ちゃんと現金でしまってあった。

 

僕と反対で、多趣味で何でも器用にこなすことができた。

三味線やギターを弾き、日曜大工もお手のもの。

教官だったので、もちろん自動車の運転はプロドライバー。

ボウリングもプロに近いアベレージだったと言う。

高齢になってから始めたパソコンも器用に操っていた。

 

「だけど器用貧乏なのよ」とカミさんは言っていた。

 

何でもすぐにマスターできるので、

執着心がなく、すぐに飽きてしまうのだという。

名取りにまでなった三味線もすっかり辞めてしまっていた。

自分にとってこれだ!というもの、

とことん追求したいと思えるものは、なかったのかもしれない。

 

晩年は競馬が趣味で、これも雑誌や新聞などを参考に

めちゃくちゃ研究していたようだ。

 

自前のノートに膨大な分析データが残されていた。

おかげでけっこう勝率は高く、

確実に小遣いを稼ぎ続けていたようだ。

 

けれども大穴を当てたという話は聞かないので、

そう派手に儲けることはできなかったらしい。

いろいろデータ分析するのを楽しんでいたのだ。

 

死の2日前の天皇賞(平成最後の天皇賞だ)も

少額だが獲っていた。

 

手垢のしみこんだ競馬関連のノートなどは火葬の時、

棺に入れてあげようと思う。

 


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平成最後のショック

 

平成最後の日の朝、85歳の義父が亡くなった。

しばらく会っていなかったが、元気だと聞いていた。

自宅で寝ている間の急死。

死因が特定できないため、遺体は救急病院から警察に移された。

(カミさんの)自宅にも検死調査が入った。

明日、警察まで引き取りに行く。

火葬場の都合で2~3日は葬儀屋さんに

安置してもらうことになりそうだ。

期待せずとも、人生、変る時は変わる。

 


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生きててもだいじょうぶ、死んでもだいじょうぶ

 

年寄りのつぶやきとして「変わってしまった・・・」というのがある。

世の中変わってしまった。

人の心が変わってしまった。

みんな変わってしまった。

 

今年90になったうちの母親も、僕が実家に帰ると口癖のようにそう言う。

 

だいたいこの「変わってしまった・・・」というつぶやきの中には、

「もう私の居場所はない」という心の声が含まれている。

 

僕は母親に「だいじょうぶだよ」と声をかける。

そう言ってから「何が“だいじょうぶ”なのだろう?」と考える。

 

そして、ちょっと恥ずかしいが、

「お母さんがこの家にいるだけでありがたいんだよ」と言う。

 

「そうかい」と、母は一応、わかったように言うが、

心底納得しているとは言い難い。

 

そこでこちゃごちゃ説明しても仕方ないので、そのままにしているが、

ほんとうに何が“だいじょうぶ”なのだろう?

 

たぶん、そのまま生きていてもだいじょうぶだし、

死んでもだいじょうぶだ、ということなのだ。

 

もういあんまりやりたいこともないようだし、

欲しいものもないと言う。

母に「がんばって生きろ」とはもう言えない。

幸い健康で、食欲は旺盛なので、食事制限など受けることなく、

自分の好きなものを食って暮らしてほしいと願うだけだ。

 

「人間、どんな時もがんばって生きなきゃいけない」は正論だと思う。

けど、なんだか暑苦しし、息苦しい。

無責任に言われると、時にムカつくことさえある。

おまえに何がわかるんだ、と言いたくなる。

 

書いてきたのは年寄りの話だが、年寄りに限らず、

最近は世の中の変化についていくので

いっぱいいっぱいの人が大勢いるのではないか。

 

優秀さを求められ、効率を求められ、

AI・ロボットが普及したら、お払い箱になると脅されて、

余裕を失っているのに

「人間、どんな時もがんばって生きなきゃいけない」

なんて正義の味方から正義の言葉を聞かされても、

「うるせー!」とブチ切れるのがオチだ。

 

こういうときはやっぱり神様・仏様だな。

ポール・マッカートニーのような天才さえ、

ビートルズの終焉を悟った時は、

これが終わったらオレはどうなるんだろう?

レノン=マッカートニーを解消してやっていけるのか?

この先、音楽で生きていけるのだろうか?

と心配していたのだと思う。

 

「LET IT BE」はそこから生まれた。

神様・仏様に

「なすがままになさい。あなたはそのままでいい。

生きていても、死んでもだいじょうぶだ」

 

そう言われるだけで人間は元気を取り戻せる。

 


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夜中に情報ウンコの排出

 

夜、眠っている時、自分の中で何が起こっているのだろう?

 

今朝、カミさんに「叫んでいた」と言われた。

どこかに置いてけぼりにされて、声を上げているような・・・そんな感じだったと言う。

いわゆる寝言である。

 

自分ではもちろん、さっぱり記憶にない。

こわい夢を見たという印象も残ってない。

むしろ昨夜は気持ちよくぐっすり眠った部類だ。

朝起きた時に疲れが残ってない。

 

どうも月に一度くらいとか、割とよく叫んでいるらしい。

ちょっとどこか異常なのかも知れない。

 

と言っても別に心配してない。

 

僕はほぼ毎朝、Writing Meditation――

「書く瞑想」というのをやっていて、

脳の中にあるものをノートに書き出している。

 

超情報化社会の僕らの脳の中は雑念や、自分にとって余分な情報で

あふれている。

 

このWriting Meditationはその脳内の老廃物―ー

いわば「情報のウンコ」を排出する働きもあるのだが、

やっぱりまだまだあちこちにウンコがこびりついているようだ。

 

そこで月イチくらいで、睡眠中にクリーンアップが

行われているのではないかと想像する。

 

自分では気にしてないつもりでも、潜在意識の中には

悲しみやら怒りやら、いろんな感情が潜んでて、

ときどきプカーッと浮かび上がってくるんだろうね。

 

カミさんにはびっくりさせて申しわけないと思うが、カンベンです。

 


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さらば平成――みんなが昭和に帰りたがった30年

 

平成もいよいよ残り1週間ということで、家族で「平成の最高傑作映画」は何か、議論した。

ギロンと言うと大げさだけど、ま、めしの時に話してたわけです。

「平成の」と冠詞が付いているので、邦画限定。

 

僕としては岩井俊二監督や是枝裕和監督の作品を選びたいところだが、クオリティの高さにも関わらず、このお二人の映画はあまり一般受けしているとは言い難い。

 

そこで選んだのは「ALWAYS 三丁目の夕日」である。

選んだと言っても僕とカミさんと息子の3人の意見が一致しただけです。

あとはアニメ部門として、ジブリの「もののけ姫」と「千と千尋の神隠し」。

 

興行収入の面から見ても「ALWAYS 三丁目の夕日」は、トップクラスだと思う。

そして、そこから平成とはどういう時代だったのか、時代精神が見えてくる。

 

「昭和に帰りたい」

 

これこそが平成の本質だったのではないか。

あくまで僕の印象だが、平成前期、日本人の心は荒れに荒れた。

 

バブル経済から始まり、あっという間にそれが崩壊。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と胴上げされて宙に舞ったと持ったら、ドカンと落されて愕然としているところに、

阪神淡路大震災。

続いて、自分たちの妄想を現実にしてしまおうとする、

オウム真理教の地下鉄サリン事件が起きた。

 

さらに続いて神戸の連続児童殺人事件など、子どもの妄想狂の不可解な犯罪、

精神がイカれてしまったような連中の、

あたかもホラー映画のような殺人事件が頻発し、

それまでとはまったく違った社会が始まってしまった。

 

そして、経済の落ち込みがそれに拍車をかけた。

 

大勢の人がその地殻変動に恐れ戦き、

ああ、昭和はあんなに幸せだったのに・・・と過去を美化した。

 

昭和だって不可解な事件は山ほどあったはずだが、

情報化が進んでなかったせいで

表に出てこなかっただけだと思う。

あるいは隠ぺいされていたか。

 

いま振りければ、社会全体が格段に貧乏(ビンボーだけど幸せだよねなんて言ってる余裕のある人は、本当の貧乏人ではない)だったし、差別もセクハラもパワハラも横行していたし、人権だってないがしろにされていた。

 

昔が良かったはずはない。

 

けれども、いやなこと・ダメだったことに目を瞑り、

いいこと・楽しかったことだけをかき集めて貼り合わせ、

心の中に「懐かしい、ハッピーだった昭和」を築いた。

 

そうしなければ、みんなの精神のバランスが崩れてしまっていたかもしれない。

 

「みんなが昭和に帰りたがった時代」というのがあまりに後ろ向きというなら、

「みんが昭和とは何だったんだろう?と検証した時代」と言い換えてもいいかもしれない。

 

文化的にも新しいものは生まれず、昭和生まれの文化の焼き直しが目立った。

 

平成生まれの、うちの息子のような若い連中も

昭和文化の方が圧倒的に面白いと言う。

 

最近はネットのアーカイブの発達・充実で、

いつの時代のものも見放題・研究し放題。

彼は僕より昭和カルチャーについて詳しいくらいだ。

 

だけど、そんな30年に及ぶ流れも令和になったら終わる。

たかが元号が変わるだけだけど、この国において言霊は強力だ。

 

もう十分に検証も終わって、来年のオリンピック・パラリンピックを境に、昭和は彼方に遠去かっていくだろう。

 

さらば平成、さらば愛しき昭和よ。

いったいこれからどうなってしまうのか?

たぶん令和がどうなるか、最初の3年で時代のトーンが決まると思う。

 

楽しみもあるけど、僕はやっぱり恐れおののいています。

あなたはどうですか?

 

とりあえず、ゴールデンウィークは

「ALWAYS 三丁目の夕日」を見て心を休めようかな。

 

 

 

 

 


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ロンドンのストリートミュージック

 

ストリートミュージックが商品になった街・ロンドン。

 

1週間前にロンドンのセントパンクラス駅の駅ピアノの話を書いたが、

街頭の音楽は、今やすっかりこの街の観光資源の一つである。

 

歴史的な古い建造物の立ち並ぶ街の中で、ギターをはじめ、

アコーディオン、バイオリン、管楽器、キーボードなど、

思い思いの楽器を手に、名も知らぬ貸家演奏者が

得意のパフォーマンスを披露する。

その光景は確かに楽しく、絵になる。

さしずめ、どこかの物語世界の中に入ったような気にさせてくれる。

 

演奏する曲もロックからジャズ、クラシックまでさまざま。

けっしてみんながみんな、上手いわけではないが、

やる側も聴く側も、あまりそんなことは気にしていない。

 

残念ながら、日本の都市で同じことを、いくら上手いミュージシャンがやっても、

こんな魅力的なテイストにはならないだろう。

 

30数年前、ロンドンで暮らし始めたばかりの頃、

地下鉄の構内や町中で彼ら演奏しているのを聴いて、

「おお、俺はロンドンにいるんだ」と、胸を熱くしていたが、

当時、彼らは街の邪魔者で、何割かはホームレスだった。

 

1980年代半ばの英国は経済的落ち込みから復興する途上で、

鉄の女マギー・サッチャーがそれまでの福祉政策を全面的に見直して

大ナタを振るっている最中だった。

 

その頃まだニートという言葉は生まれていなかったが、

多くの若者は職もなく、路上に放り出され、途方に暮れ、

歌でも歌わずにはいらなかった。

 

警官や地下鉄の職員は、大目に見ていたものの、

やはり目立つことをすると追いはらっていた。

 

けれども追いはらっても追いはらっても、

虫のようにわいてきて、今度は隣の駅で、

一本向こうの通りで歌ったり、演奏したりしている。

 

それが30年たって、社会は彼ら(の「子どもたち)を

認めるだけでなく、

観光客用の売り物にしてしまった。

 

歴史を売り物にするこの国では、

わずか30年前の歴史もまた、

立派なメニューとして陳列され、

求めるお客様をおもてなしする。

 

生活事情は30数年前と大して違わないと思う。

物価の高いロンドンで、歌って暮らすのは楽じゃない。

EU離脱問題だって気が気じゃないだろう。

 

それでも歌うのをやめない。

誰かがいなくなっても、またべつの誰かが、

どっからかやってきて、

楽しそうに歌ったり踊ったりしている。

 

人生にはやっぱり音楽が必要だ。

ロンドンにはそう思わせてくれるろくでなしが大勢いる。

 


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100万回生きたロボット(仮題)

 

新作として「100万回生きたロボット」という話を考えた。

もちろん、かの名作、佐野洋子さんの「100万回生きたねこ」のパクリです。

 

100まんねんも しなない ねこがいました。

100万回も しんで、100万回も 生きたのです。

りっぱな とらねこでした。

100万人の 人が、そのねこをかわいがり、

100万人の 人が、そのねこが しんだとき なきました。

ねこは1回もなきませんでした。

 

意味はともかく、1ページ目の、この言葉のリズムが圧倒的。

あっという間に、子どもも大人も、この世界に吸い込まれる。

 

子どもに読み聞かせると言って買ってきて、

こっそり自分が読んで泣いているお母さんが多いようだ。

女性受けする絵本でもある。

 

さて、「100万回生きたロボット」。

メモリーチップさえ残っていれば、

ロボットは何回でも生き返り、何回でも記憶を再生させる。

 

ボディだって、ごっついマシンから

限りなく人間に近いアンドロイドまで、よりどりみどり。

子どもにも大人にも老人にも、男にも女にもなれる。

 

工場でもお店でもか病院でもどこでも働くし、

海の底に潜ったり、宇宙にだって飛んでいく。

 

いつ生まれても、やるべき仕事があった。

しかし100万1回目に生まれた時、仕事もなく、

命令を下す人もいなかった・・・

 

人間の未来を描く物語になるのかもしれない。

 

というわけで、出発点はパクリ。

以後、オリジナル。

いったいどこへたどり着くのか。

また長い旅が始まった。

 


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結婚記念日の花束と、ネコのいる花屋と、花を食べるネズミの話

 

結婚記念日は昨日(4月15日)だったけど、

夜、仕事があったので、今日お祝いすることに。

と言っても、近所のピザ屋でメシ食うだけですが。

 

メシだけではなんだな~と思って、

少し仕事を早めに切り上げて近所の花屋へ。

 

その昔、陸奥A子のマンガに出ていた花屋の娘が

そのまま大人になったような女主人がやっている。

 

30年ちょっと前に会っていたら、

恋をしたかも知れない。

 

1970年代のフォークソングと、

1980年代のニューミュージックの隙間の歌が

似合いそうな、小さな花屋だ。

 

サーモンピンクのバラが目に止まって、

それを7本入れて、グリーンと白を合わせた花束を、

その女主人に作ってもらった。

 

出来るのを待っていると、なにか横で生き物の気配がするので

振り返ると、白黒ブチのでかいネコがいた。

去勢したオスだそうで、かなりデブっている。

 

「先代はもっとデブっていたんですよ」と女主人。

 

花屋にネコがいるのは、なかなかファンタスティックな光景だが、

飼い始めたのは、ネズミよけという、なんとも現実的な動機から。

 

しかし、飲食店なら分かるけど、なんで花屋にネズミ?

 

「ネズミに売り物の花を食べられちゃたんです」と女主人。

 

聞くと、近所で解体された家があり、そこから出てきたらしいネズミが、

カーネーションの花が好きで、侵入して食い荒らし、

母の日のカーネーションは、あわれ、がくだけの残骸に。

 

僕は頭の中でネズミが花びらを1枚1枚むしって

ほおばっている様子を思い浮かべてみた。

 

「トムとジェリー」でジェリーが花の中にいたシーンが

あったような気がするが、そんな可愛くて牧歌的な世界が広がる。

 

だが、花屋さんにとっては大損害。

それに現実のネズミはジェリーみたいに可愛くない。

そこでネコのトムさんが花番として任務に就いてるというわけだ。

 

僕が会った2代目トムさん――というより、

ドラえもんに近いブチネコは、ずいぶんのんびりした風情だが、

一応、任務は果たしているようだ。

おかげでネズミは来なくなったらしい。

 

小さな花屋の平和な光景にも、いろんなドラマがある。

夜になって出張診療から帰ってきたカミさんに

その話をしたら、花束よりも喜んでた。

花束にも喜んでほしいんだけど、

24年も経つと、やっぱ花よりダンゴですかね、

 


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結婚記念日と「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」

 

4月のある晴れた朝に結婚式を挙げた。

もう24年も前の今日のことだ。

カミさんとは一緒にいて楽しいし、

未だに可愛いと思うが、

では彼女が自分にとって

100パーセントの女の子か?

そう問われると、ちがうと思う。

 

たぶん75パーセントくらい。

4分の1くらいは不足や違和感があったほうがいい。

 

何でもそうだけど、完璧すぎると、

もうその時点でコンプリートされてしまって面白くない。

 

不足があるから、今よりハッピーにしていこうと思える。

未来に夢が持てるのだ。

 

100パーセント同志で夫婦になってしまうと、

きっと長く持たないのではないだろうか。

 

100パーセントの女の子には、

ずいぶん前にどこかで会っているのではないかと思う。

 

あるいは気づいてないだけで、つい最近、

どこかで会った可能性だってある。

 

いや、もしかしたら、まだこの世にいなくて、

これから生まれてくるのかもしれない。

 

ときどき。脳の端っこでそんなことを感じている。

 

そう考えると、人生、より楽しくなってくる。

 

20代のはじめに、初めて村上春樹の

「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」を読んだが、

それから40年近く経っても、スルメみたいに楽しめる。

4月になるとページを開いて、毎年、

100パーセントの女の子に出会うことについて思いを巡らす。

たぶん死ぬまで、そんなことをやっている。

 


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