僕たちの豊かさと貧しさと相模原事件

 

●豊かさの意味

 

 僕たちはまだまだひどく貧しい。

 昨日の相模原の施設の事件を聞いて、そう思いました。

 

 豊かな社会を目指し、豊かな社会をつくる意味って何なのか?

 より多くの人が、よりぜいたくな暮らしをするためか?

 違うと思います。

 それでは全く人間は進化しない。

 豊かさの意味。

 単純化していえば、それは弱者も生きられる――普通に社会生活を送ることができ、人生を楽しめる、ということだと思います。

 

●弱者への思い

 

 人間の歴史は貧しさとの戦いの連続でした。

 その戦いの中では小さな子供、年寄り、病人、けが人、そして障害を抱えた人・・・こうした人たちは淘汰されるしかありませんでした。

 それは自然なことである。社会における弱者を切り捨てていかなければ人類は前へ進めない――そうした意見が正論としてまかり通っていたのです。

 

 しかし、それでは弱肉強食の野生動物の世界と同じです。

 人間は違う。弱者もいっしょに歩んでいける社会を作るべきだ。

 ブッダやイエスのような宗教者に限らず、どの人々の中にもそうした思いはいつもありました。

 そして、その思いは幾世代にもわたって連綿と引き継がれてきました。

 けれども大多数の人はひどく貧しく、自分が飯を食うので精一杯なので、その思いをなかなか有効に実現することができなかった。

 

●あの人は自分だ

 

 それが最近になって、やっと世界の一部の地域では衣食住の心配が(昔に比べれば)激減し、弱者にも目を向けられるようになってきた。

 そして積極的に彼らにコミットするようになると気付いてきたのです。

 

 「あの小さな子は、あの年寄りは、あの病人は、そして、あの障がい者は自分だ」と。

 健常な大人である自分の中にも彼ら・彼女らのような、いわゆる弱者がいるのだ、と。

 

●「精神的豊かさ」とは?

 

 バブル経済の崩壊後、物質的な豊かさは手に入れたので、次は精神的豊かさを勝ち取ろう、といった掛け声がよく聞かれました。

 では「精神的豊かさ」とは何なのか?

 コマーシャルで流れるような、もっと自分たちの衣食住の質を上げたり、高尚な趣味を持つことなのか?

 

 それらも含まれると思いますが、一番の本質は、弱者といわれる人たちの存在価値を認め、彼らといっしょに生き、暮らせる社会を実現することなのだと思います。

 逆にいえば、それ以外に豊かになる意味、豊かな社会を作る意味などあるのでしょうか?

 

●相模原事件の本質

 

 

 経済成長によってやっとその入り口までこぎつけた・・・のかも知れない。

 人間の歴史はまだその段階です。

 そこで昨日のような事件。

 事件の詳細はよく読んでいないし、容疑者のことも動機の深いところはまだ知りませんが、ニュースを聞いてすぐに思ったのは、あの容疑者の行動は僕の一部なのだということ。

 僕はまだまだ貧しい。おそらくほかの人たちも五十歩百歩。だからひどく動揺する。

 あの容疑者の言動は、僕たちの、この社会に潜む「貧しさ」の発現。

 だから僕たちはひどく動揺し、一瞬、引き込まれるけれど、しばらくすれば自分には関係ないことと目を背け、忘れるでしょう。

 

●もっと豊かさを

 

 いま、経済成長はもう限界、という意見をよく耳にします。

 確かにそうかもしれない。

 では、経済成長以外に僕たちがより豊かに成長する手立ては何かないのか?

 

 僕たちはまだ「豊かになろう」という志をあきらめてはいけないと思います。

以前の時代とそのニュアンスは違うけれど。

 

 

2016・7・27 Wed


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阿佐ヶ谷に起業家のキックオフ・オフィス誕生!

 

 というわけで、杉並区産業振興センターが入居者を募集。

 というわけで、その募集用チラシをAshデザイン・岸部氏が制作。

 というわけで、そのコピーを頼まれて書きました。

 それでもって、出来上がtったそのチラシがこれ。

 

 事情はいろいろあれど、いったん独立を決めたら「成功するにはどうすべきか?」と、止まってえんえん作戦を考えているだけでは一生ゴールは割れません。とにかくボールを蹴って転がしていく。

 ピピッとくる奴が近くにいたら、そいつにパスを出してみる。

 そんなことをやっているうちに何とか道は開けるはずだ・・・てなメッセージを込めてみました。

 

 走れ起業家よ、ドリブれフリーランサーよ。

 チャンスがあればシュートを放て。

 外したって構うもんか。転がしまくって打ちまくれ。

 実力なんかなくたってラッキーはくる。

 相手がファウルしてくれるかもしれない。

 目の前にこぼれ球がコロコロなんてことだってある。

 「神の手」を使っても審判が見落としてくれるかもしれない。

 それもこれもピッチに立ってボールを追っていないと絶対に起こらない。

 

 これからはフリーの時代だ。

 出来上がったところで、出来上がっているものを守るために働いたって面白くもなんともない。人も企業も失敗しながら成長するから面白い。

 成長しながら“食う”、

 食いながら(たとえ錯覚だとしても)成長を続ける
 ――人生、これに勝る喜びはありません。

 

 というわけで、その始まりが七夕祭りとジャズフェスタの街・阿佐ヶ谷。

 生活も遊びもある。アートも商売もある。おとなも子供もやってくる。特典としてお役所や税務署も付いてます。

 もちろん杉並区外の人もオーケーなので、独立独歩でがんばろう、自由になって食っていこうと考え中なら、8月5日(金)~9日(火)の七夕祭りの時にでも参拝してみてください。

 

 

2016・7・22 FRI


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いちご畑で抱きしめて

 

Strawberry Fields Forever

 

 いちご畑と言えばジョン・レノン。

 かの名曲「ストロベリーフィールズ・フォーエバー(いちご畑よ永遠に)」からの連想。

 Strawberry Fieldsっていうのは、もともとリバプールにあった救世軍の孤児院の名前で、僕も参拝したことがあるけど、門柱は世界中のビートルズファンの落書きでいっぱいでした。

 救世軍の孤児院というイメージもあいまって、もちろん曲も素晴らしいのだけど、それ以上にタイトルが秀逸。この名前を使ったお店やら商品やら本やら昔から結構あって、最近はウェブサイトにもたくさんいちご畑が広がっています。

 可愛いし、いろいろ想像力が広がる言葉だもんね。

 現代では割とありきたりなネーミングかも知れないけど、1960年代当時、楽曲にこういうタイトルをひねり出して付けたジョン・レノンのセンスはやっぱり一味違うと思います。

 

 僕もその一人で、ちょうど35年前の今頃、新宿のゴールデン街の一角にあった芝居小屋で「いちご畑で抱きしめて」という芝居をやりました。

 「いちご畑」と「抱きしめたい(I Want to Hold Your Hand)」を足したタイトルだけど、話の内容はジョンにもビートルズにも救世軍にもまったく関係なく、不思議の国のアリスと核戦争をモチーフにした支離滅裂な話で、なんであんな芝居を書いたのか、逆にいえば「書けた」のか、今考えると不思議なのですが、最近、頭の底から何かが浮かび上がってきて、同じタイトルでまったく違う話を書こうと考えています。

 

★稀代のペテン師

 

 そのモチーフはやっぱりジョンの生きざまです。

 僕のジョンに対する基本的なイメージは「ペテン師」。

 もちろん若くから音楽的才能を開花させ、声もルックスも魅力的だったことは認めるけど、それ以上に彼は天才的なペテン師だった。みんな、彼の醸し出す言葉やパフォーマンスに翻弄され、その結果として現在の世界のある部分(多くは現代人の精神構造に関わる部分)が形成された・・・というところに、すごく興味があるのです。

 

 リバプールの悪ガキから音楽家へ、世界最高峰のスーパースターへのぼりつめ、やがて世界平和を訴え、愛の使者になり、イエス・キリストみたいになったかと思ったら、いきなり家庭の世界に入り(今ではすっかりポピュラーになった「主夫」――ハウスハズバンドという言葉と概念は、ジョンが創ったか広めた、というのが僕の印象)、そしてミュージシャンに復帰したとたん、この世を去った彼の40年の人生は、いまだに、というか、今だからこそ僕たちに、文化・芸術、お金・ビジネス、社会・時代、家族・子供、愛、そして「生きるとは?」とういう哲学的考察に至るまで、いろいろなことを考えるヒントを与えてくれている気がします。

 

★人間ジョン・レノンの魅力

 

 こんなことを言うとジョンやビートルズファンの人は怒るかもしれないけど、その基本が胡散臭いサギ師・ペテン師のキャラクター。

 僕はそこにとても人間的なもの、それこそ人工知能が、アンドロイドがひっっくりかえっても叶わない人間ならではの魅力を感じるのです。

 

 そう考えるきっかけになったのが、ジョンの最初の妻であるシンシア・レノンが書いた「わたしが愛したジョン・レノン」という本でした。

 いわゆるビートルズ本の一つに数えられますが、これは家族論・幸福論・人生論としても読める優れた本です。

 たぶん長くなるので、この続きはまた後日。

 

 ちなみにリバプールのStrawberry Fieldsは、現在は修道施設となっているようです。いろいろなストーリーを詰め込んで祈祷と瞑想の施設に変ったことを思うと、なんだか胸にじんとくるものがあります。

 

 

 

 

2016・7・20 WED


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子供はどうしてロボットが好きなのか?

 

★人間とロボット、子供と大人

 

  どうして自分はロボットが好きなのだろう?と、割とよく考えます。

 子供の頃、マンガやテレビを見過ぎたせいだろ。

 その通り。僕はいつも夢中でした。子供のマンガやテレビの世界では、ロボットだのサイボーグだのはとても親しい存在でした。

 

 けれども現実の大人の世界とはそれとは違う。ロボットだのサイボーグだのというのは子供だましの絵空事だ。そんなものに夢中になっていないで勉強しろ、そして立派な大人になって仕事しろ――というわけでこれまでやってきました。

 

 ところがここ来て、そうした子供の世界と大人の世界との境界線がどんどん溶け出している。ロボットたちが親しい存在である世界がどんどん近づいている。最近はそうした印象を持っています。

 

 

★どうしてやつらはデキるのに哀しいのか?

 

 10万馬力だったり、弾よりも速く走ったり、空を飛んだり・・・あの頃、彼らはすごい能力を持っているのにも関わらず、自分が人間ではないことにひどいコンプレックスを抱いていました。

 「アトム」も「エイトマン」も「サイボーグ009」も「仮面ライダー(改造人間)」も、その強さ・その高い能力を誇るよりも、むしろ哀しむことが多かったように思います。

 

 彼らのようなアンドロイド・ヒューマノイド系のロボットたちとは別の系譜にある戦闘用兵器としての巨大ロボットも例外ではありません。

 

 リモコン操作で動く鉄人28号やジャイアントロボなども、時代とともに人間が搭乗する形式――「マジンガーZ」そして「ガンダム」などのモビルスーツになってくると、そのパイロットの人格がロボットに乗り移ってどんどん人間味を帯びてきました。

 

 すると必然的に「どうして僕はこのロボット(モビルスーツ)になって戦わなくてはならないのか?」といった悩みや哀しみがひたひたとあふれてくるのです。

 

★究極のロボット寓話

 

 このメイド・イン・ジャパンのヒューマノイド系&巨大ロボット系が融合した究極の作品が「エヴァンゲリオン」なのでしょう。マンガ、アニメの世界におけるロボットの寓話は、ここでいったん完成してしまったように思います。

 

 だからこの20年ほどの間、「エヴァンゲリオン」以上の作品は誰も作れていません。マンガ、アニメにおけるロボットの進化は一旦停止し、その代り、現実の世界でコンピュータ~ロボット~ヒューマノイド~アンドロイドが進化してきたのです。

 

★欧米と日本のロボット文化発展のちがい

 

 どうして日本におけるロボットやサイボーグたちは悩み、哀調に満ちているのか?

 もともとロボットの故郷ともいえるヨーロッパではどうなのか?

 民族同士の抗争が日常者判事で、支配―被支配が習慣化していたヨーロッパでは、機械・ロボットは奴隷・被支配階級→労働者・労働階級の隠喩として捉えられてきました。

 

 100年前、チェコの劇作家であり、新聞記者・ジャーナリストでもあったカレル・チャペックは、戯曲「RUR」において、「苦役」という意味を持つラテン語からロボットという言葉・概念を生み出しました。

 そこに出てくるロボットたちは資本主義と社会主義の狭間に生み落とされた子供たちであり、支配階級(資本家)に対して反旗を翻す労働者のメタファーでもありました。

 産業・経済の発展に身を粉にして貢献する――それこそが彼らが受けた至上命令だったのです。

 

 彼らはそうした自分の身分について感情的になるよりも理性的な部分を重視し、課せられた使命に対する能力を特化させることに集中しました。

 運搬、計算、生産・・・マニュアル通りの決まった仕事をさせたら人間をはるかにしのぐ働きをするようになったのです。

 

 仕事と言ってもいろいろなものが発生します。

 戦争における兵士としての役割もその一つ。敵を倒すという兵器としての能力は抜群で、平和を守る正義のヒーローとしてのロボットも、そのタスクから発展しました。

 そのため、欧米生まれのロボットたちは、最近までその強さ・能力の高さを明るく誇り、胸を張っていたのです。

 

★日本のロボット文化の影響が世界を席巻

 

 しかし、その欧米でも時代が進むとともに、ロボットたちは次第に何かを考えるようになり、悩みや哀しみの衣をまとい始めます。ハリウッド映画でも「ブレードランナー」「ターミネーター」「AI」・・・と、どんどん内省的になっていく。

 

 これは僕のまるっきりの独断・偏見ですが、そこには日本のガラパゴス的なロボット文化が影響していると思います。ここでもやはり手塚治虫先生の功績が大きい。

 「アトム」の作品世界が人種差別をはじめ、さまざまな差別問題・階級問題をはらんでいることは昔から言われていますが、ロボットという概念そのものが、もともとそうした人間社会全般の問題を内に抱えているのです。

 

 そしてまた、手塚先生の思想のベースには、人間至上主義のキリスト教圏とは一線を画す、自然や動植物、さらに本来は命を持たないはずの“物”の中にも魂を見出す日本の文化・日本人の感性があります。

 それはもちろん、手塚先生のみならず、ほとんどの日本人が自分の内側に持っているものです。

 

★ロボットは仲間、友だち、きょうだい、自分

 

 つまり、日本人にとってロボットは「人間の形をした機械」ではなく、「機械の形(身体)を持った人間」であり、階級が上とか下とかではなく、自分たちとほぼ同等の「仲間」「友達」「きょうだい」、時には「自分自身」でもあるのではないでしょうか。

 

 だから日本では――たぶん欧米でも、世界のどこでも同じだと思いますが――子供はロボットが好きで、興味を持つのです。

 けれども社会の側は、多くの人に資本主義の枠組みの中で生産活動・経済活動に携わってほしいと考え、それが大人になることとイコールなのだと教えます。そうした要請は、子供の心を、ロボットを親しく感じる世界から遠ざけ、切り離してきたのです。

 

★人間とロボットがいっしょに暮らす世界とは?

 

 この100年余り、常識とされていたこうした人間・ロボットの関係性の流れが、今、大きく変わろうとしています。「ロボットが仕事を奪う」「ロボットが人間を支配するようになる」――最近、ますます強調されて喧伝されている脅し文句は、経済・産業活動の視点からのみ発せられているものです。

 でも、そんなにネガティブなことなのか?

 文化的視点というか、人類全体の進化という視点から見たらどうなのか?

 

 僕はできれば良いほうへ考えたい。子供の頃に夢中になった世界とは少し違うかもしれないけれど、人間とロボットが親しく、いっしょに暮らす――自分が生きている間に、本当に実現するかどうかはわからないけれど、それはむしろウェルカムな世界ではないか、と思うのです。

 

 

2017・7・17 SUN


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聖書から始まった「人間VS機械」

 

★アンドロイド映画「エクス・マキナ」

 

 「検索エンジンで世界一のシェアを誇る」と言うのだから、あなたも僕も毎日使っている、かのG社がモデルであることは明らか。G社は人工知能の研究をしていることでも知られています。

 

 そのIT企業の青年プログラマーが自社の創業者であり、社内でもほとんどの人が正体を知らないという伝説のCEOの自宅に1週間滞在できる権利を獲得。世界の果てのような、手つかずの大自然の中にある、超クールなハイテク邸宅(実は彼の人工知能研究所)で、青年は世にも美しいアンドロイドの女と出会う――という設定で、映画「エクス・マキナ」は始まります。

 

 ひと昔前なら「近未来的」と言われたかもしれませんが、いまやG社、およびそれに類するIT系企業なら、もう十分現実的と思える設定で、そこで展開される人間と人工知能(アンドロイド)とのやりとりも妙にリアリティがあります。

 そして、そのリアリティとともに、これまで人間が営んできた諸々の歴史が集約されたような物語になっていることにこの映画の価値があります。

 

 のっけのエンドオブ・ワールドの野性と、人工の極みを尽くしたハイテク研究所のクールさとのコントラスト。そしてアンドロイドの、これまでになかった斬新なデザインのボディと、映像的な美しさもピカ一。

 

 おもな登場人物は、人間の男ふたりとアンドロイドの女2体。限られた時間と空間。まるで舞台劇のようなシチュエーションの中で、静かだが濃密なセリフの応酬と、スリリングな心理戦が繰り広げられます。

 

★「エクス・マキナ」の深層は聖書

 

 見た目はクールで新鮮ですが、じつはこの映画はかなり古典的なドラマで、なんとなくお察しのとおり、最後にアンドロイドの女「エヴァ」が(象徴的な意味で)人間となって、閉ざされた空間を抜け出し、外界へ脱出するという物語なのです。

 

 彼女の名前が意味している通り、これは聖書のアダムとイヴが楽園を追放される、というストーリーのアレンジです。異なるのはイヴ(エヴァ)が、父であり、夫であるアダム(CEOと青年)をそこに残して一人で出ていくという点。

 

 (アダムは夫であるだけなく、自分の肋骨からイヴを作ったという意味で創造主=父ともとれます。この映画では父たるCEOが、娘を未来の夫たる青年とお見合いさせる、というニュアンスも含まれています)

 

 また、追放ではなく、自らの意志で脱出するというところは、女性解放運動のきっかけにもなったといわれるイプセンの戯曲「人形の家」のイメージともダブります。

 

 ちなみにもう一人のアンドロイドは「キョウコ」という名前で、CEOの妻兼家政婦のような存在。

 意図的なキャラ設定だと思いますが、ハリウッド映画でおなじみの、白人男性にかしずく従順で美しい日本人妻というプロトタイプの役割を担っています。

 

★西欧文化・思想・宗教が生んだ支配―被支配の原理 

 

 この映画を見て思ったのは、人間vs機械の対立の概念は、聖書にもとづくキリスト教の思想が根底にある、ということです。

 

 支配―被支配の歴史を繰り返しながら発展してきたヨーロッパ(およびアメリカ)的な考え方は、今日のメインストリームとなる世界観を作り上げました。

 

 人間vs動物、人工vs自然、男vs女。

 

 他の動物より人間の方が上、女より男のほうが偉い、白人の方が有色人種より優れている、といった対立、ランク付け、そして差別、階級社会づくり――

 良い悪いはさておき、これらは欧米人の生活の歴史そのものであり、それに正当性を与えたのがキリスト教という宗教だったのだと思います。

 

 人間VS機械という対立の図式、そしてこの1世紀の間に大きくクローズアップされるようになった、コンピュータ―人工知能―ロボット―アンドロイドの脅威は、こうした原理成立の流れの中で起こってきたものでした。

 

★ロボットは人類の子供

 

 特にロボット―アンドロイドは、外見が人間と似通っているだけに、アイデンティティがいたく刺激されます。

 

 だったら作らなければいいではないか、と思うのですが、それでも作らずにはいられない。

 人間もロボットも脳だけでは進化できません。

 身体を持ち、外の物理的な世界と関わり、感覚器を通して得られた情報をフィードバックさせることで学習し、思考と行動を調整しつつ成長できるからです。

 

 いわば子供ようなものですね。人間は子供を持たずにはいられない。人類はみずからの活動を引き継ぐ子孫を残さなくては・・・・と考えずにはいられないのです。

 

 けれどもその子供が成長してしまうと、今度は自分の地位が脅かされるという不安と恐怖にかられるのです。

 

★ロボットはフランス革命を起こすかもしれない

 

 あるいはこういう言い方も可能かもしれない。

  広く言えば家電製品も含め、機械、コンピュータ、ロボットが奴隷や使用人のうちは問題ない。しかし、もっと仕事をさせようと改良しているうちに、どんどん知恵がついてきて、人間の知性に追いついてきたのです。

 

 それはちょっと困る。賢くなって革命でも起こされたらたまらない――現代人はおそらく、フランス革命前に権力を握っており、民衆がいろいろなことを知って賢くなることを恐れた王侯貴族階級の心境に近いものがあるのでしょう。

 

★ロボットに命・魂を見い出す日本人

 

 けれども日本の場合はちょっと違うのではないかな、と考えます。

 日本において僕たちの目の前に登場したロボットたちの系譜――アイボ、アシモ、ペッパーなどを見ていると、そこに支配―被支配の意識は低いような気がします。

 

 むしろ人間の方がロボットに癒してもらう部分も多く、持ちつ持たれつ、といったニュアンスが強いのではないでしょうか。

 そういえば、メーカーにケアしてもらえなくなり“死んでしまった”アイボをご主人様たちがお寺で供養してもらう――という現象がありました。

 

 これは自然や他の動物、物や機械にも命・魂が宿り、そうしたものを人間より下に置かない、できるだけフラットな関係を結ぶ、という日本人の考え方・文化が大きく影響しているのだと思います。

 

 人間とロボットとの関係についても、フランス革命のような大激動ではなく、明治維新くらいの騒ぎで収めたい、収められると考えているのではないでしょうか。

 

 僕と同世代のロボット研究者の間ではよく語られることですが、これは日本古来の文化・思想に加え、「アトム」の物語を描き、当時の子供たちにメッセージした手塚治虫先生の功績も大きいのではないでしょうか。

 

★ロボットの存在の原点を探る物語

 

 ハリウッドでも無数のロボットをテーマにした映画が作られてきましたが、「エクス・マキナ」はその最先端であると同時に、ロボットの存在の原点――欧米人が考え出したロボットという概念の正体を探っていく物語でもあります。

 久しぶりに映画でおおいに堪能できました。

 

 最後に自分で不思議だなぁと思ったところ。

 アンドロイド時のエヴァはクールで知的で、それでいながら少女のように可愛く、そしてセクシーで美しい。

 

 それに比べ、皮膚を貼り付け、服とウィッグを着け、(象徴的な意味で)人間になって旅立つエヴァはどうか?

 

 血が通って体温を持ち、親しみが増したように感じるが、「美」という点では1ランク落ちる印象を受ける――これは僕の嗜好性か、男の女に対する共通の視点なのか? 

 

 

 

 

2017・7・13 Wed


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こちとら機械だのロボットじゃねえ。人間でぃ!

 

★江戸の男たちが現代にタイムトラベルしてきたら・・・

 

 江戸の街の人口は7割が男。相当なマッチョマンが多かったのだと思います。江戸東京博物館で魚屋の天秤を担いだことがありますが、これが重いのなんの。

 非力な僕は、やっとこさ持ち上げてフラつきながら5メートルも歩くのが精いっぱいというありさまでした。

 こんなものを担いで何キロも、一日中歩き続けていたというのだから、江戸の魚屋さんはすごい。しじみ売りも、豆腐屋さんもみんなすごい。

 しかもこれは当時は力仕事の範疇に入らない物売りの話。土木工事や運搬業をはじめ、もっと腕力・体力の要る仕事はいくらでもあったのだから、江戸は力自慢の猛者だらけ。「ケンカと火事は江戸の華」とは、こういう猛者たちがうようよいて、エネルギーのはけ口を求めていた、という背景があって生まれた言葉でしょう。

 

 先月は「タイムマシンにおねがい」という記事を書きかましたが、もし江戸の男たちがタイムマシンで現代の東京にやってきたら・・・

 

 「おおっ、あいつはなんでぃ、あんな重そうなものを持ち上げてやがる。なにぃ、300キロだぁ? てやんでい、べらぼうめ!負けてたまるかい。おれっちゃ400キロ持ち上げてやるぜい」とか言ってフォークリフトに勝負を挑んだり、

 

 「この化け物め、こちとらだってそれくらいの岩や瓦礫ぐらい持ち上げてやるぜ!」とか言ってパワーショベルに挑戦したり、

  

 「俺のほうが速く走れる!」と言って飛脚が自動車や電車と、「わたしの方が速く計算できる」と言ってそろばん弾く商人が電卓やコンピューターと競争する、なんてことが起こるのではないでしょうか。

 

★人間VS機械 真っ向勝負!の時代

 

 笑いごとではありません。

 19世紀の産業革命以来、次々と生み出される機械技術は、人間の希望であり、その裏腹に絶望でもありました。

 機械は人間の生活を便利にし、豊かにしてきた反面、人間がそれまで担っていた仕事を奪い、人間ならではの存在価値を脅かし続けてもきたのです。

 

 そんな人間VS機械の格闘の時代が200年近く続いたのではないでしょうか。

 最初のうちはなんだかんだ言っても、やはり機械文明は人間の労働を楽にし、人間を苦役から解放してくれるもの、豊かな社会を築くのに欠かせないもの、というニュアンスが圧倒的に強かった。

 ところがある時代に分水嶺を超えてから、次第にそのニュアンスが変わってきました。

 

 僕が子供の頃――というよりも割とつい最近――20世紀の終わりまでは、文化・芸術の分野で「人間VS機械」の対立を意識させるコンテンツが目立ったり、機械文明に警鐘を鳴らす声をあちこちで聞くことができました。

 こうした風潮が21世紀を迎えるあたりから変わり、機械との対立を感じさせる声は耳に届かなくなってきました。

 

 今、パワーショベルやフォークリフトに力で劣っているからと言って屈辱感を感じる人はいません。

 車や電車よりも速く走ってやろうという人もいなければ、そのへんに転がっているチャチな電卓よりも計算が遅いから「頭が悪い」と劣等感に悩む人もいません。

 それどころか、社会のあらゆる分野でコンピューター技術が浸透し、社会の管理もコンピューターにおまかせの時代になりました。

 いわば機械に負けっぱなし。いつの間にか人間は機械に完全に白旗を上げている状態になっていました。

 ・・といった対立、対抗、戦いの意識すらもうどこかに吹き飛んでいて、共存・共栄の時代になっていたわけですね。

 

★ぼくたちは機械に敗北した

 

 共存・共栄というと聞こえは良いけど、労働の場において、いわゆる「能力主義」を貫けば、この先、どんどん人間の出番は減り続けるでしょう。

 仕事は何倍もできる、コストは何割もかからない、となれば、どんな経営者でも――少なくても現在の資本主義社会で経済的利益を追求する組織の経営者なら――機械・ロボットを使って事業を行うでしょう。

 

 でも芸術とか創造的分野においては・・・という意見もあるでしょうが、現在のIT・ロボット技術の発展状況から考えると、絵や文章だってロボットが描く時代が来るのはそう遠い先のことではありません。

 過去の大作家や大芸術家のデータをインプットすれば、学習能力を持ったロボットはその資産から、新しい価値を持ったものを大量にクリエイトできるでしょう。

 そして以前も書きましたが、思いやりとか感情の豊かさという面でも、ロボットが人間を追い越していくのは時間の問題です。学習能力に優れ、ストレスに精神をやられないという強みは、医療や看護・介護の分野でも必要とされるでしょう。

 

 そうした状況になった時に、人間が機械より優れている理由を見つけ出せるのか?

 人間の存在価値はどこにあるのか?

 「てやんでぃ、べらぼうめ。こちとら人間でぃ!」と威勢よく啖呵を切れることはできるのか?

 

 ・・・・というわけで、またこのテーマでつづきを書きます。

 

 


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アナ雪短編 充実度1時間分

 

 大ぴらに言うのは初めてだけど、けっこうアナ雪が好きなんです。

 ストーリーもビジュアルも音楽も素晴らしい。

 最近、ミュージカル映画なんて全然見ない(そもそも作られているのだろうか?)けど、アナ雪だけは別格。何度聴いてもいい。

 この映画は本当にディズニー/ピクサーの力を思い知らされた。

 

 で、今日は「リメンバー・ミー」を見たんだけど、その前座がアナ雪。

 なんと贅沢な!

 20分そこそこのクリスマスをテーマにした短編だけど、ひとかけらの手抜きもなく充実度満点。

 「自分たちには伝統がないね」と、ちょっと悲しむアナとエルサのために、雪だるまのオラフが伝統を集めて回るが・・・という、いかにもアメリカらしい発想のストーリーで、これがまたとても面白く、かつ美しくまとまっている。

 もちろんアナとエルサの歌も最高で、1時間分くらい見た気になりました。

 

 けどあくまで前座なので、あまり胃にもたれず、ちゃんとメインを食べられるように軽くしてあるのがミソ。

 ちょっと完璧過ぎるバランスです。いずれにしてもこの2本立ては超お得です。

 

 メインの「リメンバー・ミー」については、いろいろ考えさせられたので、また後日。

 

 今日はほとんど映画会社の回し者になってしまいました。

 まぁ良いものは良い。好きなものは好きなので、ということで。

 


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インターネット翻訳 日進月歩 rapid progression

 

  Googleの翻訳機能の精度がずいぶん上がってきたような気がします。

 今日はほぼ半日、ずっと仏事やマイナビ農業のネタ探しで検索をしていたのですが、海外の話についてはこれまでほとんど日本語のサイトに頼っていました。

 英語サイトならちょっと読んでみようとするのですが、やっぱりよくわからない。

 「翻訳しますよ」と出てくるので、やってみると、ますますわからん!

 

 ということが多かったのですが、今日、改めてみるとそう悪くありません。

 たとえばこんな感じ。

 

農業革命へようこそ!

 

成長中のアンダーグラウンドで、私たちは持続的に口腔内で新鮮なマイクログリーンを生育し、サラダはClaphamの賑やかな通りの33メートル下に葉っぱになります。 最新の水耕栽培システムとLED技術を使用して、私たちの作物は、忘れられたこれらのトンネルが提供する完全な無農薬環境で年間を通して栽培されています。 管理された環境のおかげで、それぞれの小さな葉は最後まで驚くほど味わいます。 私たちの緑は、気候や季節の変化に影響を受けません。私たちは一番の場所のおかげで、作物を輸入する必要性を減らし、小売店や消費者の食糧マイルを大幅に削減します。

 

 おかしなところはいくつかあるけど、意味はわかりますよね。

 確実に進化している。

 

 ちなみにこれは、第二次世界大戦時に防空壕として使用されていたロンドンの地下トンネルを、LED照明を使った水耕栽培農場に変えようとしている「Zero Carbon Food」という企業サイト。

 

http://www.zerocarbonfood.co.uk/

 

 おかしなところは原文と比較して自分で修正すればちゃんとした日本文として使えるし、語学の勉強にもなります。

 他の言語はどうかまだわからないけど、まず英語サイトには付き合っていきたいなと思います。

 興味ある分野なら、海外サイトもどんどん見ていこう!

 


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ちょっとこわい、歪んでいく顔の話

 

 FaceBookでいろんな顔が並んでいるのを見ていると、先日、アカデミー賞でメイクアップ賞を受けた辻一弘さんがインタビューで話していたことを思い出します。

 

 印象に残っているのは、人間の顔は苦悩を重ねるたびに左右の対称性が崩れていくということ。

 子供の頃・若い頃は美しいシンメトリーを成していても、齢とともにそれがあらぬ方向に歪んでいく。

 

 純粋に皮膚、目、鼻、歯などの肉体の衰えもあると思いますが、それ以上に、生きていて笑ったり泣いたり怒ったりを繰り返していると、顔面の筋肉のつき方がいろいろ変わっていくのでしょう。

 

 また、顔では笑っていながら、心の中では相手に対する嫉妬や憎悪がメラメラ・・・なんてことをやっているのも、筋肉や神経が複雑によじれそうです。

 

 そういえば漫画などで、悪いやつとか、心に闇を持っている人物(別に異常者でなくても、よほどの聖人君子でない限り大抵の人が持っている)などの顔をアップにすると左右がひどく違う顔て描かれていたりします。

 

 これまであまり意識したことなかったけど、鏡でまじまじと自分の顔を見ると確かにそうだ。左右にかなり違いがある。おーこわ。

 

 若い頃、美男美女の誉れ高かった人は、その自画像の残影が強烈に焼き付いているので、齢とともにその顔が歪んでいくことに人一倍敏感なのでしょう。

 「顔が崩壊していく」という恐怖感を抱き、ほとんどパニックに近い精神状態になる人もいるようです。

 だから美容整形や薬物投与を繰り返し、ますます問題が複雑怪奇になっていく。

 

 僕らは、生まれついての美形なら、ずいぶんと人生のアドバンテージが高いだろうと思いがちですが、どうやらそうでもないようです。

 

 こうやって書くと齢を取ると醜くなる一方で、ロクなことがないようですが、辻さんはそうした歪みを超え、何らかの形で苦悩を克服した時、人間の顔は人生で最も美しく輝くと言います。

 

 そして彼が手掛ける特殊メイクの仕事は「その人の伝記を書くのと同じ仕事」だとも。

 

 ゲイリー・オールドマンを、ウィンストン・チャーチルに作り変えられる程、人間の顔と向き合い研究してきたアーティストだからこそ、そんな表現ができるのだと思います。

 

 筋肉の張り・弛み・しわの一つ一つに、その人の生き方・心の在り方・秘めたるものが現れているのでしょう。

 これはすごいことであり、また、とても恐ろしいことでもあります。

 

 だからFaceBookにも顔を載せない人が多いのかな?

 かく言う僕も、最近あまり気に入った写真がないので、6年前のを貼り付けてありますが。

 あなたはどうですか?

 


お母さんは夕暮れの交差点で踊った

 

昨日のこと。

日が沈み、空が薄く群青色になり始めていた。

僕は永福町の駅を通り抜け、井の頭通りを西から東へ自転車で走っていた。

通りの向こう側に行きたいので、信号のある交差点で停まる。

 

すると思わぬ光景に出会った。

 

向こう側に女性がふたりいる。

ひとりは小学5年生~6年生くらいの女の子。

もう一人はそのお母さんと思しき女性。

信号待ちの間、ふたりは何やら仲良くふざけ合っている。

 

お母さんはちょっとお道化て体をスイングさせながら、リズミカルに脚をサイドに蹴り出して見せる。

それを見て娘はキャッキャと嬉しそうに身をくねらせている。

 

どうやら彼女はクラシックバレエの素養があるようだ。

表現のために鍛え上げた筋肉はさりげにすごく、通りを挟んだこちら側からでも、体の輪郭がくっきりと浮かび上がって見える。

 

僕はぼんやり見とれながら、あの二人は本当に母娘か? 

あるいは叔母と姪か?

さすがに姉妹ではないだろう。

齢の離れた友達と言うのもあり得るかな・・・など、いろいろ考えていたが、そのうち信号が変わり、ぼくは北から南へ、二人連れはこれまた楽しそうに小躍りしながら南から北へ渡った。

 

すれ違って僕は、お母さんらしき女性はダンサーなのかも知れないと考えた。

でも暮らし向きは良くない。

もしかしたら彼女の夫はろくでもない男で、愛想をつかして離婚して娘と二人暮らしになってしまったのかも知れない。

 

お金がなくて娘を育てるためにスーパーマーケットンのレジ打ちやら、トイレ掃除やら、介護ヘルパーやら、宅配便の配達やら、いろんな仕事を掛け持ちしなくてはならないのかも知れない。

 

けれどそれでも彼女は踊るのをやめないだろう。

自分のために、娘のためにも。

 

ほんの一時かも知れないけど、彼女らは生きていることをとても楽しんでいて、僕に素敵な印象を与えてくれた。

 


西暦か元号か? 今年は昭和93年?

 

 

 原稿を書いていると、過去の出来事について、それが起こったの年を西暦で書くか、元号で書くか、迷うことがあります。

 大正時代から前は併記しないと自分自身がわからないし、読者もよくわからない人が多いでしょう。

 大正3年、明治24年、慶応元年をそれぞれ西暦に直せ、と言われてその場でぱっとわかる人はあまりいないと思います。

 

 やっかいなのが昭和で、これは過去でありながら、年寄りにとってはいまだ続いている現在なのでややこしい。

 うちの母親は昭和4年生まれですが、時々、自分の齢がわからなくなります。

 

 そんなとき、僕は「今年は昭和93年。だからお母さんは89だよ」と言ってます。

 母の頭の中では西暦はもちろんですが、平成という元号は、どこか他の国の歴史の数字のようです。

 

 僕の場合は、同じ年であっても昭和〇年と西暦〇年は随分イメージが違っています。

 だから特にルールを課されない場合は、ほとんど自分の感覚で書き分けます。(字数が許されるときは極力併記しますが)

 

 たとえばビートルズの来日公演はやっぱり1966年で、昭和41年ではない。

 同じくアポロ11号の月着陸は1969年で、昭和43年ではない。

 逆に平成天皇(当時皇太子)のご成婚は昭和34年で、1959年ではない。

 前・東京オリンピックは、1964年と昭和39年、両方ありかなぁ。

 

 昭和は40年代までは風味が農厚で、その時代の空気を数字で明瞭に表現してくれるのですが、50年代・60年代になると急に印象が薄くなる。

 

 昭和50年と言われても全然ピンと来ないのだけど、1975年と言われれば長髪でベルボトムの裾がボロボロになったジーパンはいた若者が、ギター鳴らしているシーンが即座に思い浮かびます。

 昭和55年も60年も、1980年とか85年とか言われないとイメージわかないなぁ。

 

 平成は1989年から始まってて、出だしがバブルで盛り上がっていた時代だったので、明るく楽しく軽やかなイメージが強い。

 

 だけど、そのあとすぐに経済が急降下しちゃって、そのせいか日本人もおかしくなっちゃって、1990年代には心理学やらプロファイリングみたいなものが流行ってくらーくなってしまい、それがずーっとダラダラ続いて、失われた10年やら20年やらが30年になって、結局、平成はまるごとロストジェネレーションになってしまうのではないかという危機感が漂います。

 

 その平成も残り1年あまり。

 2019年から始まる新しい元号はどんなもので、どんな空気を作るのだろう?

 


僕たちの豊かさと貧しさと相模原事件

 

●豊かさの意味

 

 僕たちはまだまだひどく貧しい。

 昨日の相模原の施設の事件を聞いて、そう思いました。

 

 豊かな社会を目指し、豊かな社会をつくる意味って何なのか?

 より多くの人が、よりぜいたくな暮らしをするためか?

 違うと思います。

 それでは全く人間は進化しない。

 豊かさの意味。

 単純化していえば、それは弱者も生きられる――普通に社会生活を送ることができ、人生を楽しめる、ということだと思います。

 

●弱者への思い

 

 人間の歴史は貧しさとの戦いの連続でした。

 その戦いの中では小さな子供、年寄り、病人、けが人、そして障害を抱えた人・・・こうした人たちは淘汰されるしかありませんでした。

 それは自然なことである。社会における弱者を切り捨てていかなければ人類は前へ進めない――そうした意見が正論としてまかり通っていたのです。

 

 しかし、それでは弱肉強食の野生動物の世界と同じです。

 人間は違う。弱者もいっしょに歩んでいける社会を作るべきだ。

 ブッダやイエスのような宗教者に限らず、どの人々の中にもそうした思いはいつもありました。

 そして、その思いは幾世代にもわたって連綿と引き継がれてきました。

 けれども大多数の人はひどく貧しく、自分が飯を食うので精一杯なので、その思いをなかなか有効に実現することができなかった。

 

●あの人は自分だ

 

 それが最近になって、やっと世界の一部の地域では衣食住の心配が(昔に比べれば)激減し、弱者にも目を向けられるようになってきた。

 そして積極的に彼らにコミットするようになると気付いてきたのです。

 

 「あの小さな子は、あの年寄りは、あの病人は、そして、あの障がい者は自分だ」と。

 健常な大人である自分の中にも彼ら・彼女らのような、いわゆる弱者がいるのだ、と。

 

●「精神的豊かさ」とは?

 

 バブル経済の崩壊後、物質的な豊かさは手に入れたので、次は精神的豊かさを勝ち取ろう、といった掛け声がよく聞かれました。

 では「精神的豊かさ」とは何なのか?

 コマーシャルで流れるような、もっと自分たちの衣食住の質を上げたり、高尚な趣味を持つことなのか?

 

 それらも含まれると思いますが、一番の本質は、弱者といわれる人たちの存在価値を認め、彼らといっしょに生き、暮らせる社会を実現することなのだと思います。

 逆にいえば、それ以外に豊かになる意味、豊かな社会を作る意味などあるのでしょうか?

 

●相模原事件の本質

 

 

 経済成長によってやっとその入り口までこぎつけた・・・のかも知れない。

 人間の歴史はまだその段階です。

 そこで昨日のような事件。

 事件の詳細はよく読んでいないし、容疑者のことも動機の深いところはまだ知りませんが、ニュースを聞いてすぐに思ったのは、あの容疑者の行動は僕の一部なのだということ。

 僕はまだまだ貧しい。おそらくほかの人たちも五十歩百歩。だからひどく動揺する。

 あの容疑者の言動は、僕たちの、この社会に潜む「貧しさ」の発現。

 だから僕たちはひどく動揺し、一瞬、引き込まれるけれど、しばらくすれば自分には関係ないことと目を背け、忘れるでしょう。

 

●もっと豊かさを

 

 いま、経済成長はもう限界、という意見をよく耳にします。

 確かにそうかもしれない。

 では、経済成長以外に僕たちがより豊かに成長する手立ては何かないのか?

 

 僕たちはまだ「豊かになろう」という志をあきらめてはいけないと思います。

以前の時代とそのニュアンスは違うけれど。

 

 

2016・7・27 Wed


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阿佐ヶ谷に起業家のキックオフ・オフィス誕生!

 

 というわけで、杉並区産業振興センターが入居者を募集。

 というわけで、その募集用チラシをAshデザイン・岸部氏が制作。

 というわけで、そのコピーを頼まれて書きました。

 それでもって、出来上がtったそのチラシがこれ。

 

 事情はいろいろあれど、いったん独立を決めたら「成功するにはどうすべきか?」と、止まってえんえん作戦を考えているだけでは一生ゴールは割れません。とにかくボールを蹴って転がしていく。

 ピピッとくる奴が近くにいたら、そいつにパスを出してみる。

 そんなことをやっているうちに何とか道は開けるはずだ・・・てなメッセージを込めてみました。

 

 走れ起業家よ、ドリブれフリーランサーよ。

 チャンスがあればシュートを放て。

 外したって構うもんか。転がしまくって打ちまくれ。

 実力なんかなくたってラッキーはくる。

 相手がファウルしてくれるかもしれない。

 目の前にこぼれ球がコロコロなんてことだってある。

 「神の手」を使っても審判が見落としてくれるかもしれない。

 それもこれもピッチに立ってボールを追っていないと絶対に起こらない。

 

 これからはフリーの時代だ。

 出来上がったところで、出来上がっているものを守るために働いたって面白くもなんともない。人も企業も失敗しながら成長するから面白い。

 成長しながら“食う”、

 食いながら(たとえ錯覚だとしても)成長を続ける
 ――人生、これに勝る喜びはありません。

 

 というわけで、その始まりが七夕祭りとジャズフェスタの街・阿佐ヶ谷。

 生活も遊びもある。アートも商売もある。おとなも子供もやってくる。特典としてお役所や税務署も付いてます。

 もちろん杉並区外の人もオーケーなので、独立独歩でがんばろう、自由になって食っていこうと考え中なら、8月5日(金)~9日(火)の七夕祭りの時にでも参拝してみてください。

 

 

2016・7・22 FRI


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いちご畑で抱きしめて

 

Strawberry Fields Forever

 

 いちご畑と言えばジョン・レノン。

 かの名曲「ストロベリーフィールズ・フォーエバー(いちご畑よ永遠に)」からの連想。

 Strawberry Fieldsっていうのは、もともとリバプールにあった救世軍の孤児院の名前で、僕も参拝したことがあるけど、門柱は世界中のビートルズファンの落書きでいっぱいでした。

 救世軍の孤児院というイメージもあいまって、もちろん曲も素晴らしいのだけど、それ以上にタイトルが秀逸。この名前を使ったお店やら商品やら本やら昔から結構あって、最近はウェブサイトにもたくさんいちご畑が広がっています。

 可愛いし、いろいろ想像力が広がる言葉だもんね。

 現代では割とありきたりなネーミングかも知れないけど、1960年代当時、楽曲にこういうタイトルをひねり出して付けたジョン・レノンのセンスはやっぱり一味違うと思います。

 

 僕もその一人で、ちょうど35年前の今頃、新宿のゴールデン街の一角にあった芝居小屋で「いちご畑で抱きしめて」という芝居をやりました。

 「いちご畑」と「抱きしめたい(I Want to Hold Your Hand)」を足したタイトルだけど、話の内容はジョンにもビートルズにも救世軍にもまったく関係なく、不思議の国のアリスと核戦争をモチーフにした支離滅裂な話で、なんであんな芝居を書いたのか、逆にいえば「書けた」のか、今考えると不思議なのですが、最近、頭の底から何かが浮かび上がってきて、同じタイトルでまったく違う話を書こうと考えています。

 

★稀代のペテン師

 

 そのモチーフはやっぱりジョンの生きざまです。

 僕のジョンに対する基本的なイメージは「ペテン師」。

 もちろん若くから音楽的才能を開花させ、声もルックスも魅力的だったことは認めるけど、それ以上に彼は天才的なペテン師だった。みんな、彼の醸し出す言葉やパフォーマンスに翻弄され、その結果として現在の世界のある部分(多くは現代人の精神構造に関わる部分)が形成された・・・というところに、すごく興味があるのです。

 

 リバプールの悪ガキから音楽家へ、世界最高峰のスーパースターへのぼりつめ、やがて世界平和を訴え、愛の使者になり、イエス・キリストみたいになったかと思ったら、いきなり家庭の世界に入り(今ではすっかりポピュラーになった「主夫」――ハウスハズバンドという言葉と概念は、ジョンが創ったか広めた、というのが僕の印象)、そしてミュージシャンに復帰したとたん、この世を去った彼の40年の人生は、いまだに、というか、今だからこそ僕たちに、文化・芸術、お金・ビジネス、社会・時代、家族・子供、愛、そして「生きるとは?」とういう哲学的考察に至るまで、いろいろなことを考えるヒントを与えてくれている気がします。

 

★人間ジョン・レノンの魅力

 

 こんなことを言うとジョンやビートルズファンの人は怒るかもしれないけど、その基本が胡散臭いサギ師・ペテン師のキャラクター。

 僕はそこにとても人間的なもの、それこそ人工知能が、アンドロイドがひっっくりかえっても叶わない人間ならではの魅力を感じるのです。

 

 そう考えるきっかけになったのが、ジョンの最初の妻であるシンシア・レノンが書いた「わたしが愛したジョン・レノン」という本でした。

 いわゆるビートルズ本の一つに数えられますが、これは家族論・幸福論・人生論としても読める優れた本です。

 たぶん長くなるので、この続きはまた後日。

 

 ちなみにリバプールのStrawberry Fieldsは、現在は修道施設となっているようです。いろいろなストーリーを詰め込んで祈祷と瞑想の施設に変ったことを思うと、なんだか胸にじんとくるものがあります。

 

 

 

 

2016・7・20 WED


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子供はどうしてロボットが好きなのか?

 

★人間とロボット、子供と大人

 

  どうして自分はロボットが好きなのだろう?と、割とよく考えます。

 子供の頃、マンガやテレビを見過ぎたせいだろ。

 その通り。僕はいつも夢中でした。子供のマンガやテレビの世界では、ロボットだのサイボーグだのはとても親しい存在でした。

 

 けれども現実の大人の世界とはそれとは違う。ロボットだのサイボーグだのというのは子供だましの絵空事だ。そんなものに夢中になっていないで勉強しろ、そして立派な大人になって仕事しろ――というわけでこれまでやってきました。

 

 ところがここ来て、そうした子供の世界と大人の世界との境界線がどんどん溶け出している。ロボットたちが親しい存在である世界がどんどん近づいている。最近はそうした印象を持っています。

 

 

★どうしてやつらはデキるのに哀しいのか?

 

 10万馬力だったり、弾よりも速く走ったり、空を飛んだり・・・あの頃、彼らはすごい能力を持っているのにも関わらず、自分が人間ではないことにひどいコンプレックスを抱いていました。

 「アトム」も「エイトマン」も「サイボーグ009」も「仮面ライダー(改造人間)」も、その強さ・その高い能力を誇るよりも、むしろ哀しむことが多かったように思います。

 

 彼らのようなアンドロイド・ヒューマノイド系のロボットたちとは別の系譜にある戦闘用兵器としての巨大ロボットも例外ではありません。

 

 リモコン操作で動く鉄人28号やジャイアントロボなども、時代とともに人間が搭乗する形式――「マジンガーZ」そして「ガンダム」などのモビルスーツになってくると、そのパイロットの人格がロボットに乗り移ってどんどん人間味を帯びてきました。

 

 すると必然的に「どうして僕はこのロボット(モビルスーツ)になって戦わなくてはならないのか?」といった悩みや哀しみがひたひたとあふれてくるのです。

 

★究極のロボット寓話

 

 このメイド・イン・ジャパンのヒューマノイド系&巨大ロボット系が融合した究極の作品が「エヴァンゲリオン」なのでしょう。マンガ、アニメの世界におけるロボットの寓話は、ここでいったん完成してしまったように思います。

 

 だからこの20年ほどの間、「エヴァンゲリオン」以上の作品は誰も作れていません。マンガ、アニメにおけるロボットの進化は一旦停止し、その代り、現実の世界でコンピュータ~ロボット~ヒューマノイド~アンドロイドが進化してきたのです。

 

★欧米と日本のロボット文化発展のちがい

 

 どうして日本におけるロボットやサイボーグたちは悩み、哀調に満ちているのか?

 もともとロボットの故郷ともいえるヨーロッパではどうなのか?

 民族同士の抗争が日常者判事で、支配―被支配が習慣化していたヨーロッパでは、機械・ロボットは奴隷・被支配階級→労働者・労働階級の隠喩として捉えられてきました。

 

 100年前、チェコの劇作家であり、新聞記者・ジャーナリストでもあったカレル・チャペックは、戯曲「RUR」において、「苦役」という意味を持つラテン語からロボットという言葉・概念を生み出しました。

 そこに出てくるロボットたちは資本主義と社会主義の狭間に生み落とされた子供たちであり、支配階級(資本家)に対して反旗を翻す労働者のメタファーでもありました。

 産業・経済の発展に身を粉にして貢献する――それこそが彼らが受けた至上命令だったのです。

 

 彼らはそうした自分の身分について感情的になるよりも理性的な部分を重視し、課せられた使命に対する能力を特化させることに集中しました。

 運搬、計算、生産・・・マニュアル通りの決まった仕事をさせたら人間をはるかにしのぐ働きをするようになったのです。

 

 仕事と言ってもいろいろなものが発生します。

 戦争における兵士としての役割もその一つ。敵を倒すという兵器としての能力は抜群で、平和を守る正義のヒーローとしてのロボットも、そのタスクから発展しました。

 そのため、欧米生まれのロボットたちは、最近までその強さ・能力の高さを明るく誇り、胸を張っていたのです。

 

★日本のロボット文化の影響が世界を席巻

 

 しかし、その欧米でも時代が進むとともに、ロボットたちは次第に何かを考えるようになり、悩みや哀しみの衣をまとい始めます。ハリウッド映画でも「ブレードランナー」「ターミネーター」「AI」・・・と、どんどん内省的になっていく。

 

 これは僕のまるっきりの独断・偏見ですが、そこには日本のガラパゴス的なロボット文化が影響していると思います。ここでもやはり手塚治虫先生の功績が大きい。

 「アトム」の作品世界が人種差別をはじめ、さまざまな差別問題・階級問題をはらんでいることは昔から言われていますが、ロボットという概念そのものが、もともとそうした人間社会全般の問題を内に抱えているのです。

 

 そしてまた、手塚先生の思想のベースには、人間至上主義のキリスト教圏とは一線を画す、自然や動植物、さらに本来は命を持たないはずの“物”の中にも魂を見出す日本の文化・日本人の感性があります。

 それはもちろん、手塚先生のみならず、ほとんどの日本人が自分の内側に持っているものです。

 

★ロボットは仲間、友だち、きょうだい、自分

 

 つまり、日本人にとってロボットは「人間の形をした機械」ではなく、「機械の形(身体)を持った人間」であり、階級が上とか下とかではなく、自分たちとほぼ同等の「仲間」「友達」「きょうだい」、時には「自分自身」でもあるのではないでしょうか。

 

 だから日本では――たぶん欧米でも、世界のどこでも同じだと思いますが――子供はロボットが好きで、興味を持つのです。

 けれども社会の側は、多くの人に資本主義の枠組みの中で生産活動・経済活動に携わってほしいと考え、それが大人になることとイコールなのだと教えます。そうした要請は、子供の心を、ロボットを親しく感じる世界から遠ざけ、切り離してきたのです。

 

★人間とロボットがいっしょに暮らす世界とは?

 

 この100年余り、常識とされていたこうした人間・ロボットの関係性の流れが、今、大きく変わろうとしています。「ロボットが仕事を奪う」「ロボットが人間を支配するようになる」――最近、ますます強調されて喧伝されている脅し文句は、経済・産業活動の視点からのみ発せられているものです。

 でも、そんなにネガティブなことなのか?

 文化的視点というか、人類全体の進化という視点から見たらどうなのか?

 

 僕はできれば良いほうへ考えたい。子供の頃に夢中になった世界とは少し違うかもしれないけれど、人間とロボットが親しく、いっしょに暮らす――自分が生きている間に、本当に実現するかどうかはわからないけれど、それはむしろウェルカムな世界ではないか、と思うのです。

 

 

2017・7・17 SUN


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聖書から始まった「人間VS機械」

 

★アンドロイド映画「エクス・マキナ」

 

 「検索エンジンで世界一のシェアを誇る」と言うのだから、あなたも僕も毎日使っている、かのG社がモデルであることは明らか。G社は人工知能の研究をしていることでも知られています。

 

 そのIT企業の青年プログラマーが自社の創業者であり、社内でもほとんどの人が正体を知らないという伝説のCEOの自宅に1週間滞在できる権利を獲得。世界の果てのような、手つかずの大自然の中にある、超クールなハイテク邸宅(実は彼の人工知能研究所)で、青年は世にも美しいアンドロイドの女と出会う――という設定で、映画「エクス・マキナ」は始まります。

 

 ひと昔前なら「近未来的」と言われたかもしれませんが、いまやG社、およびそれに類するIT系企業なら、もう十分現実的と思える設定で、そこで展開される人間と人工知能(アンドロイド)とのやりとりも妙にリアリティがあります。

 そして、そのリアリティとともに、これまで人間が営んできた諸々の歴史が集約されたような物語になっていることにこの映画の価値があります。

 

 のっけのエンドオブ・ワールドの野性と、人工の極みを尽くしたハイテク研究所のクールさとのコントラスト。そしてアンドロイドの、これまでになかった斬新なデザインのボディと、映像的な美しさもピカ一。

 

 おもな登場人物は、人間の男ふたりとアンドロイドの女2体。限られた時間と空間。まるで舞台劇のようなシチュエーションの中で、静かだが濃密なセリフの応酬と、スリリングな心理戦が繰り広げられます。

 

★「エクス・マキナ」の深層は聖書

 

 見た目はクールで新鮮ですが、じつはこの映画はかなり古典的なドラマで、なんとなくお察しのとおり、最後にアンドロイドの女「エヴァ」が(象徴的な意味で)人間となって、閉ざされた空間を抜け出し、外界へ脱出するという物語なのです。

 

 彼女の名前が意味している通り、これは聖書のアダムとイヴが楽園を追放される、というストーリーのアレンジです。異なるのはイヴ(エヴァ)が、父であり、夫であるアダム(CEOと青年)をそこに残して一人で出ていくという点。

 

 (アダムは夫であるだけなく、自分の肋骨からイヴを作ったという意味で創造主=父ともとれます。この映画では父たるCEOが、娘を未来の夫たる青年とお見合いさせる、というニュアンスも含まれています)

 

 また、追放ではなく、自らの意志で脱出するというところは、女性解放運動のきっかけにもなったといわれるイプセンの戯曲「人形の家」のイメージともダブります。

 

 ちなみにもう一人のアンドロイドは「キョウコ」という名前で、CEOの妻兼家政婦のような存在。

 意図的なキャラ設定だと思いますが、ハリウッド映画でおなじみの、白人男性にかしずく従順で美しい日本人妻というプロトタイプの役割を担っています。

 

★西欧文化・思想・宗教が生んだ支配―被支配の原理 

 

 この映画を見て思ったのは、人間vs機械の対立の概念は、聖書にもとづくキリスト教の思想が根底にある、ということです。

 

 支配―被支配の歴史を繰り返しながら発展してきたヨーロッパ(およびアメリカ)的な考え方は、今日のメインストリームとなる世界観を作り上げました。

 

 人間vs動物、人工vs自然、男vs女。

 

 他の動物より人間の方が上、女より男のほうが偉い、白人の方が有色人種より優れている、といった対立、ランク付け、そして差別、階級社会づくり――

 良い悪いはさておき、これらは欧米人の生活の歴史そのものであり、それに正当性を与えたのがキリスト教という宗教だったのだと思います。

 

 人間VS機械という対立の図式、そしてこの1世紀の間に大きくクローズアップされるようになった、コンピュータ―人工知能―ロボット―アンドロイドの脅威は、こうした原理成立の流れの中で起こってきたものでした。

 

★ロボットは人類の子供

 

 特にロボット―アンドロイドは、外見が人間と似通っているだけに、アイデンティティがいたく刺激されます。

 

 だったら作らなければいいではないか、と思うのですが、それでも作らずにはいられない。

 人間もロボットも脳だけでは進化できません。

 身体を持ち、外の物理的な世界と関わり、感覚器を通して得られた情報をフィードバックさせることで学習し、思考と行動を調整しつつ成長できるからです。

 

 いわば子供ようなものですね。人間は子供を持たずにはいられない。人類はみずからの活動を引き継ぐ子孫を残さなくては・・・・と考えずにはいられないのです。

 

 けれどもその子供が成長してしまうと、今度は自分の地位が脅かされるという不安と恐怖にかられるのです。

 

★ロボットはフランス革命を起こすかもしれない

 

 あるいはこういう言い方も可能かもしれない。

  広く言えば家電製品も含め、機械、コンピュータ、ロボットが奴隷や使用人のうちは問題ない。しかし、もっと仕事をさせようと改良しているうちに、どんどん知恵がついてきて、人間の知性に追いついてきたのです。

 

 それはちょっと困る。賢くなって革命でも起こされたらたまらない――現代人はおそらく、フランス革命前に権力を握っており、民衆がいろいろなことを知って賢くなることを恐れた王侯貴族階級の心境に近いものがあるのでしょう。

 

★ロボットに命・魂を見い出す日本人

 

 けれども日本の場合はちょっと違うのではないかな、と考えます。

 日本において僕たちの目の前に登場したロボットたちの系譜――アイボ、アシモ、ペッパーなどを見ていると、そこに支配―被支配の意識は低いような気がします。

 

 むしろ人間の方がロボットに癒してもらう部分も多く、持ちつ持たれつ、といったニュアンスが強いのではないでしょうか。

 そういえば、メーカーにケアしてもらえなくなり“死んでしまった”アイボをご主人様たちがお寺で供養してもらう――という現象がありました。

 

 これは自然や他の動物、物や機械にも命・魂が宿り、そうしたものを人間より下に置かない、できるだけフラットな関係を結ぶ、という日本人の考え方・文化が大きく影響しているのだと思います。

 

 人間とロボットとの関係についても、フランス革命のような大激動ではなく、明治維新くらいの騒ぎで収めたい、収められると考えているのではないでしょうか。

 

 僕と同世代のロボット研究者の間ではよく語られることですが、これは日本古来の文化・思想に加え、「アトム」の物語を描き、当時の子供たちにメッセージした手塚治虫先生の功績も大きいのではないでしょうか。

 

★ロボットの存在の原点を探る物語

 

 ハリウッドでも無数のロボットをテーマにした映画が作られてきましたが、「エクス・マキナ」はその最先端であると同時に、ロボットの存在の原点――欧米人が考え出したロボットという概念の正体を探っていく物語でもあります。

 久しぶりに映画でおおいに堪能できました。

 

 最後に自分で不思議だなぁと思ったところ。

 アンドロイド時のエヴァはクールで知的で、それでいながら少女のように可愛く、そしてセクシーで美しい。

 

 それに比べ、皮膚を貼り付け、服とウィッグを着け、(象徴的な意味で)人間になって旅立つエヴァはどうか?

 

 血が通って体温を持ち、親しみが増したように感じるが、「美」という点では1ランク落ちる印象を受ける――これは僕の嗜好性か、男の女に対する共通の視点なのか? 

 

 

 

 

2017・7・13 Wed


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こちとら機械だのロボットじゃねえ。人間でぃ!

 

★江戸の男たちが現代にタイムトラベルしてきたら・・・

 

 江戸の街の人口は7割が男。相当なマッチョマンが多かったのだと思います。江戸東京博物館で魚屋の天秤を担いだことがありますが、これが重いのなんの。

 非力な僕は、やっとこさ持ち上げてフラつきながら5メートルも歩くのが精いっぱいというありさまでした。

 こんなものを担いで何キロも、一日中歩き続けていたというのだから、江戸の魚屋さんはすごい。しじみ売りも、豆腐屋さんもみんなすごい。

 しかもこれは当時は力仕事の範疇に入らない物売りの話。土木工事や運搬業をはじめ、もっと腕力・体力の要る仕事はいくらでもあったのだから、江戸は力自慢の猛者だらけ。「ケンカと火事は江戸の華」とは、こういう猛者たちがうようよいて、エネルギーのはけ口を求めていた、という背景があって生まれた言葉でしょう。

 

 先月は「タイムマシンにおねがい」という記事を書きかましたが、もし江戸の男たちがタイムマシンで現代の東京にやってきたら・・・

 

 「おおっ、あいつはなんでぃ、あんな重そうなものを持ち上げてやがる。なにぃ、300キロだぁ? てやんでい、べらぼうめ!負けてたまるかい。おれっちゃ400キロ持ち上げてやるぜい」とか言ってフォークリフトに勝負を挑んだり、

 

 「この化け物め、こちとらだってそれくらいの岩や瓦礫ぐらい持ち上げてやるぜ!」とか言ってパワーショベルに挑戦したり、

  

 「俺のほうが速く走れる!」と言って飛脚が自動車や電車と、「わたしの方が速く計算できる」と言ってそろばん弾く商人が電卓やコンピューターと競争する、なんてことが起こるのではないでしょうか。

 

★人間VS機械 真っ向勝負!の時代

 

 笑いごとではありません。

 19世紀の産業革命以来、次々と生み出される機械技術は、人間の希望であり、その裏腹に絶望でもありました。

 機械は人間の生活を便利にし、豊かにしてきた反面、人間がそれまで担っていた仕事を奪い、人間ならではの存在価値を脅かし続けてもきたのです。

 

 そんな人間VS機械の格闘の時代が200年近く続いたのではないでしょうか。

 最初のうちはなんだかんだ言っても、やはり機械文明は人間の労働を楽にし、人間を苦役から解放してくれるもの、豊かな社会を築くのに欠かせないもの、というニュアンスが圧倒的に強かった。

 ところがある時代に分水嶺を超えてから、次第にそのニュアンスが変わってきました。

 

 僕が子供の頃――というよりも割とつい最近――20世紀の終わりまでは、文化・芸術の分野で「人間VS機械」の対立を意識させるコンテンツが目立ったり、機械文明に警鐘を鳴らす声をあちこちで聞くことができました。

 こうした風潮が21世紀を迎えるあたりから変わり、機械との対立を感じさせる声は耳に届かなくなってきました。

 

 今、パワーショベルやフォークリフトに力で劣っているからと言って屈辱感を感じる人はいません。

 車や電車よりも速く走ってやろうという人もいなければ、そのへんに転がっているチャチな電卓よりも計算が遅いから「頭が悪い」と劣等感に悩む人もいません。

 それどころか、社会のあらゆる分野でコンピューター技術が浸透し、社会の管理もコンピューターにおまかせの時代になりました。

 いわば機械に負けっぱなし。いつの間にか人間は機械に完全に白旗を上げている状態になっていました。

 ・・といった対立、対抗、戦いの意識すらもうどこかに吹き飛んでいて、共存・共栄の時代になっていたわけですね。

 

★ぼくたちは機械に敗北した

 

 共存・共栄というと聞こえは良いけど、労働の場において、いわゆる「能力主義」を貫けば、この先、どんどん人間の出番は減り続けるでしょう。

 仕事は何倍もできる、コストは何割もかからない、となれば、どんな経営者でも――少なくても現在の資本主義社会で経済的利益を追求する組織の経営者なら――機械・ロボットを使って事業を行うでしょう。

 

 でも芸術とか創造的分野においては・・・という意見もあるでしょうが、現在のIT・ロボット技術の発展状況から考えると、絵や文章だってロボットが描く時代が来るのはそう遠い先のことではありません。

 過去の大作家や大芸術家のデータをインプットすれば、学習能力を持ったロボットはその資産から、新しい価値を持ったものを大量にクリエイトできるでしょう。

 そして以前も書きましたが、思いやりとか感情の豊かさという面でも、ロボットが人間を追い越していくのは時間の問題です。学習能力に優れ、ストレスに精神をやられないという強みは、医療や看護・介護の分野でも必要とされるでしょう。

 

 そうした状況になった時に、人間が機械より優れている理由を見つけ出せるのか?

 人間の存在価値はどこにあるのか?

 「てやんでぃ、べらぼうめ。こちとら人間でぃ!」と威勢よく啖呵を切れることはできるのか?

 

 ・・・・というわけで、またこのテーマでつづきを書きます。

 

 


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アナ雪短編 充実度1時間分

 

 大ぴらに言うのは初めてだけど、けっこうアナ雪が好きなんです。

 ストーリーもビジュアルも音楽も素晴らしい。

 最近、ミュージカル映画なんて全然見ない(そもそも作られているのだろうか?)けど、アナ雪だけは別格。何度聴いてもいい。

 この映画は本当にディズニー/ピクサーの力を思い知らされた。

 

 で、今日は「リメンバー・ミー」を見たんだけど、その前座がアナ雪。

 なんと贅沢な!

 20分そこそこのクリスマスをテーマにした短編だけど、ひとかけらの手抜きもなく充実度満点。

 「自分たちには伝統がないね」と、ちょっと悲しむアナとエルサのために、雪だるまのオラフが伝統を集めて回るが・・・という、いかにもアメリカらしい発想のストーリーで、これがまたとても面白く、かつ美しくまとまっている。

 もちろんアナとエルサの歌も最高で、1時間分くらい見た気になりました。

 

 けどあくまで前座なので、あまり胃にもたれず、ちゃんとメインを食べられるように軽くしてあるのがミソ。

 ちょっと完璧過ぎるバランスです。いずれにしてもこの2本立ては超お得です。

 

 メインの「リメンバー・ミー」については、いろいろ考えさせられたので、また後日。

 

 今日はほとんど映画会社の回し者になってしまいました。

 まぁ良いものは良い。好きなものは好きなので、ということで。

 


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インターネット翻訳 日進月歩 rapid progression

 

  Googleの翻訳機能の精度がずいぶん上がってきたような気がします。

 今日はほぼ半日、ずっと仏事やマイナビ農業のネタ探しで検索をしていたのですが、海外の話についてはこれまでほとんど日本語のサイトに頼っていました。

 英語サイトならちょっと読んでみようとするのですが、やっぱりよくわからない。

 「翻訳しますよ」と出てくるので、やってみると、ますますわからん!

 

 ということが多かったのですが、今日、改めてみるとそう悪くありません。

 たとえばこんな感じ。

 

農業革命へようこそ!

 

成長中のアンダーグラウンドで、私たちは持続的に口腔内で新鮮なマイクログリーンを生育し、サラダはClaphamの賑やかな通りの33メートル下に葉っぱになります。 最新の水耕栽培システムとLED技術を使用して、私たちの作物は、忘れられたこれらのトンネルが提供する完全な無農薬環境で年間を通して栽培されています。 管理された環境のおかげで、それぞれの小さな葉は最後まで驚くほど味わいます。 私たちの緑は、気候や季節の変化に影響を受けません。私たちは一番の場所のおかげで、作物を輸入する必要性を減らし、小売店や消費者の食糧マイルを大幅に削減します。

 

 おかしなところはいくつかあるけど、意味はわかりますよね。

 確実に進化している。

 

 ちなみにこれは、第二次世界大戦時に防空壕として使用されていたロンドンの地下トンネルを、LED照明を使った水耕栽培農場に変えようとしている「Zero Carbon Food」という企業サイト。

 

http://www.zerocarbonfood.co.uk/

 

 おかしなところは原文と比較して自分で修正すればちゃんとした日本文として使えるし、語学の勉強にもなります。

 他の言語はどうかまだわからないけど、まず英語サイトには付き合っていきたいなと思います。

 興味ある分野なら、海外サイトもどんどん見ていこう!

 


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ちょっとこわい、歪んでいく顔の話

 

 FaceBookでいろんな顔が並んでいるのを見ていると、先日、アカデミー賞でメイクアップ賞を受けた辻一弘さんがインタビューで話していたことを思い出します。

 

 印象に残っているのは、人間の顔は苦悩を重ねるたびに左右の対称性が崩れていくということ。

 子供の頃・若い頃は美しいシンメトリーを成していても、齢とともにそれがあらぬ方向に歪んでいく。

 

 純粋に皮膚、目、鼻、歯などの肉体の衰えもあると思いますが、それ以上に、生きていて笑ったり泣いたり怒ったりを繰り返していると、顔面の筋肉のつき方がいろいろ変わっていくのでしょう。

 

 また、顔では笑っていながら、心の中では相手に対する嫉妬や憎悪がメラメラ・・・なんてことをやっているのも、筋肉や神経が複雑によじれそうです。

 

 そういえば漫画などで、悪いやつとか、心に闇を持っている人物(別に異常者でなくても、よほどの聖人君子でない限り大抵の人が持っている)などの顔をアップにすると左右がひどく違う顔て描かれていたりします。

 

 これまであまり意識したことなかったけど、鏡でまじまじと自分の顔を見ると確かにそうだ。左右にかなり違いがある。おーこわ。

 

 若い頃、美男美女の誉れ高かった人は、その自画像の残影が強烈に焼き付いているので、齢とともにその顔が歪んでいくことに人一倍敏感なのでしょう。

 「顔が崩壊していく」という恐怖感を抱き、ほとんどパニックに近い精神状態になる人もいるようです。

 だから美容整形や薬物投与を繰り返し、ますます問題が複雑怪奇になっていく。

 

 僕らは、生まれついての美形なら、ずいぶんと人生のアドバンテージが高いだろうと思いがちですが、どうやらそうでもないようです。

 

 こうやって書くと齢を取ると醜くなる一方で、ロクなことがないようですが、辻さんはそうした歪みを超え、何らかの形で苦悩を克服した時、人間の顔は人生で最も美しく輝くと言います。

 

 そして彼が手掛ける特殊メイクの仕事は「その人の伝記を書くのと同じ仕事」だとも。

 

 ゲイリー・オールドマンを、ウィンストン・チャーチルに作り変えられる程、人間の顔と向き合い研究してきたアーティストだからこそ、そんな表現ができるのだと思います。

 

 筋肉の張り・弛み・しわの一つ一つに、その人の生き方・心の在り方・秘めたるものが現れているのでしょう。

 これはすごいことであり、また、とても恐ろしいことでもあります。

 

 だからFaceBookにも顔を載せない人が多いのかな?

 かく言う僕も、最近あまり気に入った写真がないので、6年前のを貼り付けてありますが。

 あなたはどうですか?

 


お母さんは夕暮れの交差点で踊った

 

昨日のこと。

日が沈み、空が薄く群青色になり始めていた。

僕は永福町の駅を通り抜け、井の頭通りを西から東へ自転車で走っていた。

通りの向こう側に行きたいので、信号のある交差点で停まる。

 

すると思わぬ光景に出会った。

 

向こう側に女性がふたりいる。

ひとりは小学5年生~6年生くらいの女の子。

もう一人はそのお母さんと思しき女性。

信号待ちの間、ふたりは何やら仲良くふざけ合っている。

 

お母さんはちょっとお道化て体をスイングさせながら、リズミカルに脚をサイドに蹴り出して見せる。

それを見て娘はキャッキャと嬉しそうに身をくねらせている。

 

どうやら彼女はクラシックバレエの素養があるようだ。

表現のために鍛え上げた筋肉はさりげにすごく、通りを挟んだこちら側からでも、体の輪郭がくっきりと浮かび上がって見える。

 

僕はぼんやり見とれながら、あの二人は本当に母娘か? 

あるいは叔母と姪か?

さすがに姉妹ではないだろう。

齢の離れた友達と言うのもあり得るかな・・・など、いろいろ考えていたが、そのうち信号が変わり、ぼくは北から南へ、二人連れはこれまた楽しそうに小躍りしながら南から北へ渡った。

 

すれ違って僕は、お母さんらしき女性はダンサーなのかも知れないと考えた。

でも暮らし向きは良くない。

もしかしたら彼女の夫はろくでもない男で、愛想をつかして離婚して娘と二人暮らしになってしまったのかも知れない。

 

お金がなくて娘を育てるためにスーパーマーケットンのレジ打ちやら、トイレ掃除やら、介護ヘルパーやら、宅配便の配達やら、いろんな仕事を掛け持ちしなくてはならないのかも知れない。

 

けれどそれでも彼女は踊るのをやめないだろう。

自分のために、娘のためにも。

 

ほんの一時かも知れないけど、彼女らは生きていることをとても楽しんでいて、僕に素敵な印象を与えてくれた。

 


西暦か元号か? 今年は昭和93年?

 

 

 原稿を書いていると、過去の出来事について、それが起こったの年を西暦で書くか、元号で書くか、迷うことがあります。

 大正時代から前は併記しないと自分自身がわからないし、読者もよくわからない人が多いでしょう。

 大正3年、明治24年、慶応元年をそれぞれ西暦に直せ、と言われてその場でぱっとわかる人はあまりいないと思います。

 

 やっかいなのが昭和で、これは過去でありながら、年寄りにとってはいまだ続いている現在なのでややこしい。

 うちの母親は昭和4年生まれですが、時々、自分の齢がわからなくなります。

 

 そんなとき、僕は「今年は昭和93年。だからお母さんは89だよ」と言ってます。

 母の頭の中では西暦はもちろんですが、平成という元号は、どこか他の国の歴史の数字のようです。

 

 僕の場合は、同じ年であっても昭和〇年と西暦〇年は随分イメージが違っています。

 だから特にルールを課されない場合は、ほとんど自分の感覚で書き分けます。(字数が許されるときは極力併記しますが)

 

 たとえばビートルズの来日公演はやっぱり1966年で、昭和41年ではない。

 同じくアポロ11号の月着陸は1969年で、昭和43年ではない。

 逆に平成天皇(当時皇太子)のご成婚は昭和34年で、1959年ではない。

 前・東京オリンピックは、1964年と昭和39年、両方ありかなぁ。

 

 昭和は40年代までは風味が農厚で、その時代の空気を数字で明瞭に表現してくれるのですが、50年代・60年代になると急に印象が薄くなる。

 

 昭和50年と言われても全然ピンと来ないのだけど、1975年と言われれば長髪でベルボトムの裾がボロボロになったジーパンはいた若者が、ギター鳴らしているシーンが即座に思い浮かびます。

 昭和55年も60年も、1980年とか85年とか言われないとイメージわかないなぁ。

 

 平成は1989年から始まってて、出だしがバブルで盛り上がっていた時代だったので、明るく楽しく軽やかなイメージが強い。

 

 だけど、そのあとすぐに経済が急降下しちゃって、そのせいか日本人もおかしくなっちゃって、1990年代には心理学やらプロファイリングみたいなものが流行ってくらーくなってしまい、それがずーっとダラダラ続いて、失われた10年やら20年やらが30年になって、結局、平成はまるごとロストジェネレーションになってしまうのではないかという危機感が漂います。

 

 その平成も残り1年あまり。

 2019年から始まる新しい元号はどんなもので、どんな空気を作るのだろう?

 


植物のいのちは人間・動物より高次元にある

 

 食育などでは肉も魚も野菜も、いのちをいただくのよと、子供に教えている。

 それは正論だけど、僕は動物のいのちと植物のいのちはちょっと違うものなのではないかと考える。

 

 僕は子供の頃、肉が食べられなかった。

 ハムやソーセージなどの加工肉はいいが、そのままの豚や牛や鶏の肉は全然ダメで口にできない。

 煮物や炒め物などに入っているといつも避けていた。

 

 当時の大人はまだ肉食文化のアメリカに負けたという敗戦コンプレックスが強烈に残っていて、こっちも肉を食ってリベンジしたいという思いが潜在的にあった。

 そこに肉を食べない豆腐小僧みたいな男児がいると、あからさまに腹を立てた。

 別居うなんかできなくたって、ガツガツ肉を食う元気な男児がよしとされたのだ。

 というわけで毎日、給食の時間は絶望的な気分になっていた。

 

 一方、家では母親が、僕が肉を食えないことに対して「連想するんでしょ」と言っていた。つまり肉片から牛や豚や鶏のまんまの姿を思い描いてしまい、それで食えないというのだ。

 

 その時はそんなことはないよと思っていたけど、今考えると母は正しかったのかも知れない。

 哺乳類でも鳥類でも、肉を食べるということは、同族とか仲間とは言わないまでも、かなり自分に近い存在を殺して食べるということ。

 人間のいのちと動物のいのちは、ほぼ同じレベルに属するのだ。

 なので食べるには抵抗感がある。

 もしかしたら抵抗感を感じるということが、人間と動物の違いであるとも言える。

 

 でも植物はちがう。

 人間や動物より下等なのではない。逆だ。

 植物のいのちはより上等、高次元にあるのではないか。

 

 天上と地上の間、神さま(的な存在)と動物の間にあると言えるかもしれない。

 あるいは地球という大地と、そこで活動するすべての動物との媒介者と言ってもいいかの知れない。

 

 植物は惜しげもなく「恵み」として自分の身を与え、生命活動の成果物を与える。

 だから人間も感謝しこそすれ、その恵みを受け取ることに抵抗は感じない。

 草食動物はもとより、それを食べる肉食動物も、そして人間も、食物連鎖の基盤であり、神さまにより近いいのちを持つ植物に生かされているのかも知れない。

 


とん平流「こうすればうまくいく」

 

  どんな人でもお葬式になると「いい人でした」「立派な人でした」で、きれいにまとめられてしまうのだけど、さすが先日の左とん平さんのお別れ会は違っていた。

 

 発起人代表の里見浩太朗さんは、お別れの言葉(弔辞)として、祭壇にデン!と据えられた190インチの大画面に映し出された遺影に向かって思い出を語りかけた。

 

 とん平さんと里見さんはゴルフ友達で、一緒にゴルフに出かけるとき、里見さんはとん平さんの家に朝、迎えに行くことがちょくちょくあったという。

 ところがある朝迎えに行くと、昨日麻雀をしに出掛けたきり帰って来てないという。

 その足で麻雀屋へ行くと、とん平さんはまだ麻雀を打っていて「よぉ浩ちゃん、ちょっと待ってて」なんて言う。

 

 「とんちゃん、ゴルフに行くのになんで朝の8時に麻雀屋にいるんだよ」

 と語り掛けると、会場が思わず笑いでほころんだ。

 

 喜劇役者だと、こんなエピソードも輝かしい勲章だ。

 参列者にとっても、在りし日のとん平さんの人柄が、ひとしお心に沁みる。

 

 これだけで終わらず、里見さんはこのエピソードに、しみじみと感慨を込めてこう付け加えた。

 

 「でもそんなときに限って、とんちゃん、すごくスコアがいいんだよねぇ」

 

 とん平さんのゴルフ好き・麻雀好きは有名だったようだ。

 どっちも全力でやっていたのだろう。

 好きなことをダブルでやっていると、ツボが刺激され、相乗効果が起こるらしい。

 徹マンで寝不足だの何だのなんて関係ない。

 集中力がアップし、運も手伝って自己ベストに近いパフォーマンスが生まれる。

 

 仕事でもそうだ。

 好きなことに没頭して気分が乗れば、常識的なマニュアルに則ったやり方よりも何倍も高いパフォーマンスができる。

 

 人間はひとりひとり違うツボをもっている。

 ロボットじゃないのだから、世にはびこる「こうすればうまくいく」式のマニュアルから出てくる能力はごくささやかなものだ。

 

 個々の人間は神秘に溢れた面白い存在である。

 それを無視して一般的な公式、他人の作ったマニュアルに囚われていると、本当の自分の力は発揮できない。

 

 とん平さんと里見さんの最後の対話はそんなことを考えさせられた。

 


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見タカ、聞いタカ、朝タカ情報

 

オオタカ続報。

カミさんが月に一度来るマダムの患者さんに、先日のオオタカの話をしたら、なんと!彼女はほぼ毎日会っているそうです。

 

どういうことかというと、そのマダムはほぼ毎日、かの公園へジョギングだかウォーキングに出かけており、タカの存在もだいぶ前から知ってたとか。

ちなみに今朝はつがいで仲良くあの木の上にいたらしい。

 

それどころか、「この間なんて交尾してるとこも見ちゃったわん💛」

まさかそんなおおっぴらに夜の営み、いや、朝の営みをしていたとは仰天。

 

空中を活動領域とする鳥類は、空気にとても敏感です。

だから人間がまだ炭酸ガスをまき散らす前の、空気のきれいな時間に朝活するのでしょう。

 

タカの飛行能力も獲物の捕獲力も上がるだろうし、ラブラブエネルギーもUPする。

グッモーニン・ダーリンいっちょやろか♥

いいわよウッフーン💕という気分になるのでしょうか。

 

オオタカみたいな本格的なモーキンまでやってきて、ますます野鳥の楽園化するわれらが公園。

卵が無事孵り、赤ちゃんが生まれて育つといいですね。

 

ただ、これからは葉が茂ってくるので、オオタカの姿を見られるのはあとわずからしい。

せっかく平和にラブラブしているので、お邪魔にならないよう、ましてやストレスなどかけないよう、こっそり見に行ってください。

 


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2018年の4月も「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」を読んだ。

 

 

 4月になると僕は本棚から村上春樹の「カンガルー日和」という本を取り出して、その中の2つ目に収録されている短編賞小説「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」を読む。

 ほんの15分もあれば読み切れる短い話だ。

 そして次の15分、これはいったいどういう話なのだろう?と、ぼんやりと問いかけてみる。

 答はいつの少しずつ違っているけど、今年はこんなふうに考えた。

 

 僕たちは自分にとって何が大切なのか、本当はとっくの昔に知っている。

 それはごく若い頃、もうほとんど子供と言ってもいいくらいの時にわかっている。

 ところがいつしか、「ちがうだろ」と心のどこかでもう一人の自分がささやくのだ。

 その声は年を追うごとに大きくなってくる。

 やがて「ちがうだろ」だけじゃなく、「おまえ、それじゃダメだ」と言うようになる。

 もう一人の自分というのは、顔のない大人の言うことを聞く自分だ。

 

 顔のない大人は、子供や若い連中を教え導かなきゃいけないという責任感と慈愛に満ち溢れている。信奉するのは知識と経験だ。

 それがなくては生きちゃいけない。もっと勉強しろ。もっと知識を仕入れろ。あれも覚えろ。これも覚えろと、ズカズカ僕たちの胸の中に上がり込んで親切な指導をする。

 

 そうすると僕たちは信じられなくなるのだ。

 自分がとっくの昔に本当に大切なものを見つけてしまったことを。

 そんな大切なものを、知識も経験もない、そんなほとんど子供みたいなやつに見つけられるはずがない。

 自分は何か大きなカン違いをしているんだ。

 そんなカン違いしたままでいると、人生取り返しのつかないことにななってしまうんじゃないかと。

 

 やがてもう一人の自分は、教え導いてくれたのと同じ顔のない大人になって、苦労して勉強しようよとか、我慢して仕事しようよとか、損せず得して賢く生きようよとか、まっとうでやさしう言葉を使って僕たちを励ます。

 

 そうするともう、大切なものを見つけた記憶なんてすっからかんになってしまい、あの人は得しているのに自分は損している。不公平だ。損するのはいやだ。得しなきゃ、得しなきゃ・・・って、そういうことで死ぬまで頭がいっぱいになってしまうのだ。

  

 この小さな物語は「悲しい話だと思いませんか」というセリフで終わるのだけど、僕たちはもうすでにそれが悲しいとさえ感じなくなっている。

 

 ということも、やっとこの2018年になって考えられるようになったのだけれども。

 


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昭和の喜劇は終わっちゃった

 

 鎌倉新書の取材で、2月に亡くなった左とん平さんのお別れ会に行きました。

 なんでも10年近く前のテレビ番組で

 「オレの葬式はド派手にしたい。弔問客はエキストラを呼んで5千人、霊柩車はキャデラックで・・・」なんて遺書を読み上げたそうで。

 

 長らく「さがみ典礼」という大手葬儀社のCMに出演していたので、その厚意もあり、豪華な祭壇、生前の活躍ぶりを表すパネルやタペストリー、そして遺影は190インチの巨大モニターなど、すべてにおいて豪華絢爛。

 まさしく映画・テレビ・舞台をまたにかけて活躍した大スターでした。

 

 参列者も芸能界・スポーツ界のそうそうたる顔ぶれが。

 僕が子供の頃、テレビで笑わせてもらっていた人たちが大勢いました。

 囲み取材に応じた堺正章さんの「昭和の喜劇は終わっちゃった」という一言が妙に心に残りました。

 そういえば「平成の喜劇」って言われても何だかピンとこない。

 喜劇はやっぱり昭和だなぁ。

 


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19年ぶりのパスポート申請

 

 パスポートを申請することになりました。

 前回申請したのは、なんと1999年!

 ノストラダムスの予言の年。

 今は遠き20世紀のことでした。

 2009年に失効しているので、9年ぶりにパスポートを持つことになります。

 結局このパスポートは2回しか使いませんでした。

 

 明日は取材の帰りに書類を出しに行くだけなんだけど、これだけ久々だとちょっとしたイベント感があります。

 

 何かの本で、人生いつなん時チャンスが巡ってくるかわからない。

 突然3日後に海外に出ることになった時、お金やモノは誰かに借りられても、パスポートがないとどうにもならない。みすみすチャンスを棒に振ることになる。こんな惨めで悔しいことはない

 ――といった教訓が、事例とともに紹介されていたのを読んだことがあります。

 

 幸か不幸か、僕の場合、この9年間はそれに該当することがなかったけど、これからは切らさずに所持していこうと思います。

 


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1サクラ、2タカ、3バナナで新年度の初夢

 

陽気も良くてお花見日和。

近所の和田堀公園に、カミさんと赤飯ランチのお花見に出かけました。

大宮八幡宮付近はもうかなり散っていて、桜吹雪も今日が最後という感じ。

 

お花見の後、先日、周辺でオオタカ発見のニュースを読んだのを思い出し、確認してみようと、善福寺川沿いを五日市街道に向かって歩いていくと、熟年カメラマンたちの姿が。

 

「オオタカですか?」とずけずけと訊いて、ホンマにいるんかいなと見上げると、発見!

杉の木の高い枝に白いお腹をしたオオタカの雄姿。

 

いつ頃からこの辺に来ているのかは定かではありませんが、カメラマンさんたちの話によると、どうやら子育てもしているようです。

 

タカが暮らせるということは、ごはんにする獲物がいるということ。

なんといってもかつて地球を支配した恐竜族の末裔のモーキンです。

 

この公園は都心近くにありながら野鳥の集会所みたくなっており、それらを狩るのだろうと思われますが、一説によると主食としているのは、群を抜いて数の多いハトらしい。

善福寺川のカモなどのヒナも狙われそうです。

 

夜は活動しないだろうから地上のネズミを獲ることはなさそうですが、子ネコやフェレット、小型犬などはだいじょうぶなのだろうか?

タイマン張ったら叶わないだろうけど、数で圧倒しているカラスとの縄張り争いも気になるところ。

 

でもこんな身近なところにタカがいるなんて、ちょっと感動的です。

 

夕方、家に帰って小腹がすいたのでバナナを1本食べたら、ここのところの睡眠不足がたたって2時間近くZZZ。

夢をいっぱい見て、それぞれ内容は憶えていないけど、どれも面白かったイメージが残って良い気分に。

本日から新年度。縁起のいい初夢として楽しみました。

 


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中年期以降の同窓会幹事の心のゆらぎ

 

 4月の同窓会まで1ヶ月を切り、ほぼ連絡が行きわたったようなので、手伝ってくれてる二人にメールを送って情報をとりまとめる。

 直前まで出欠変更は可能だけど、とりあえず人数を店に知らせておく必要があるので。

 

 この仕事、20代の頃は単なる飲み会の連絡係・会計係に過ぎなかったのだが、齢を経ると様相が変わる。

 

 飛び級で早々に人生を卒業してしまったのも二人ほどいる。

 

 それぞれの生活環境などわからないし、家族のこと・仕事のこと・お金のこと・健康のこと、ぞれいろいろ問題抱えているだろうし、長く生きているといろんなことが起こる。

 

 40年前と寸分たがわぬキャラ丸出しのメールが来て笑っちゃうこともあれば、できれば聞きたくなかったこと(相手も話したくなかったこと)を聞くことにもなる。

 

 名簿を見ながら、だれだれ出席、だれだれ欠席と、漢字4~5文字の本名を書いていると、これ誰だっけ?と認識できなくなるケースもチラホラ出てくる。

 特に女子は名字が変わっていることが多いので、なおのこと。

 

 そこでそれぞれ当時の愛称・通称・あだ名などで書き換えてみると、たちまち顔が思い浮かび、声が聞こえてきて、キャラクターが立ち上がる。

 身振り。口振り・服装・背景・いろんなシチュエーションまで再現できたりする。

 

 そうやって名前を書き出すと、今回は欠席でも次回また声を掛けようという気になる。

 

 でも連絡先がわからない・つながらないのもいる。

 また、もう連絡なんかいらないと思っているのもいるだろう。

 しかたないことだけど、幹事なんかやっていると、ここまできちゃうと、そういう人たちとはもう完全に切れちゃうだろうなと思う。

 切っちゃう権限が自分にあるのかなとも考える。

 

 もしかしたら以前は同窓会なんてどうでもいいと思っていたけど、今になってみると行ってみたいな、連絡があればなぁ、声掛からないかなぁ・・・と待っていることだってあるかも知れない。

 

 「あいつがお願いって声掛けてきたから、しかたないので来てやったよ」

 ――今ならそういうやつがいてもOKと笑えるだろうなぁ。

 

 こんなよけいなこと考えずに、クールに事務的にさっさと進めればいいのに、なんかいろいろ引っ掛かっちゃうんだよなぁ。

 


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テープ起こしの日々

 

 取材が続いたので、今週はテープ起こしと原稿書きの日々。

 きょうは先日の里山農業プロジェクトの野田君の音声を起こしました。

 録音を聞いてみて、やっと彼のヴィジョンが理解できる。

 思った以上に深く、広がりがある。

 これを一旦メモ帳に書き記して、その後、あっちこっち編集したのにプラス、合間合間に自分の文章を書き入れていく、というのが取材をした記事のオーソドックス(僕にとっては、ということだけど)な書き方です。

 

 テープ起こし(機器はICレコーダーですが)は面倒な作業で時間もかかるし、重労働ですが、手ごわい内容は、これをやらないとどうにも頭にすんなり入ってきません。

 テープ起こしをアウトソーシングすればラクに早くできるのだろうけど、そんな経済的余裕などないし、それにそう横着しちゃうと、なんだか寂しい気持ちになる。

 頭の回転が鈍いので、何度も反芻しないとよくわからないんだよね。

 この後もまだいろいろ溜っているので、どんどんやらねば。

 間もなく3月も終わり。

 こうしているとあっという間にゴールデンウィークになってしまいそうです。

 


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鎌倉新書と新連載企画の話

 

 月に一度、鎌倉新書の打ち合わせで日本橋・八重洲方面に出向きます。

 鎌倉新書というのは葬儀供養業界のWebや雑誌を作っている会社。

 以前は仏教書を出版していたのですが、現会長が社長になった20年ほど前から、機械化とかITテクノロジーとか、非人間的なイメージを嫌うこの業界において、いち早くインターネットでの情報発信にシフトしました。

 

 「いい葬儀」という、消費者と葬儀社とを仲介するポータルサイトを開設したところ、業界内では当初、白い目で見られ、あの会社は代替わりしてダメになったと言われたらしいのですが、そこは時代の趨勢であれよあれよという間に市場に浸透。

 

 特に僕が本格的に関わり出した2年半ほど前から株はうなぎのぼりで、一昨年末にこの八重洲の一等地に引っ越したと思ったら、それから1年も経たないうちに東証一部上場を果たしました。

 

 とは言え、利益分はいろいろ始めた新事業のほうに回っているようで、外部ライターである僕のギャラが上がるわけではありません。

 

 正直、割に合わんなーと思うことが多いのですが、興味のある分野だし、ある意味、高齢化・多死化代社会に関する最先端情報(テクノロジーなどではなく、社会心理的流れとしての情報)にも触れられるので、引き続き、業界誌の月刊仏事で記事を書き、時々Webの方もやっています。

 

 その月刊仏事から新しい連載企画をやりたいけど何かない?と言われたので、以前、このブログで書き散らしたネタを思い出し、「世界の葬儀供養・終活・高齢者福祉」なんてどうですか?と提案したら、じゃあぜひ、とあっさり通って取り組むことに。

 

 国内の出張費も出ないのに「海外出張費出ますか?」なんて聞くこともできず、ネット頼りの仕事になるのは必至。

 でもイラストを描いてくれる人もいるらしいので、伝統文化と最新事情をごった煮にして分析を交えた読物風の話にしようと思っています。

 ごく個人的なことでもいいので、情報あったらお知らせくださいな。

 


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野生の本能の逆流に葛藤する都会暮らしのネコ

 

 散歩がてらサクラを見に近所の大宮八幡宮に行くとネコ発見。

 例によってナンパを試みたが、例によってシカトされた。

 

 彼女には事情があった。

 上の方でガサゴソ音がするので見ると、キジバトがいる。

 落ち葉の中をつついて虫をほじくり出して食べているらしい。

 ネコは野生の本能が刺激され、ねらっているのか?

 でも、その割にはハトに対して集中力が欠けている。

 自分の中でウズウズモゾモゾ本能がうずくのを気持ち悪がっているように見える。

 

 サクラ色の首輪をつけているので、どこかの飼いネコだろう。

 家に帰ればいつもの安全安心、おいしく食べやすく栄養バランスもとれてるキャットフードが待っている。

 なのになんで鳥なんか狩らなきゃならんのか、

 だいいち、あたしが口の周りを血だらけにして鳥やらネズミやら持って来たら、飼い主さんが卒倒しちゃう。

 でも狩ったら脳からアドレナリンがドバっと出て気持ちよくなりそうだ。

 ああ、でも、そんなのダメダメ・・・と、ひどく葛藤しているように見える。

 

 飼いネコでも本能のままに生きているやつもいれば、鶏のササミや魚の切り身をあげても見向きもしないやつもいる。

 イヌもそうだけど、多くの飼い主はペットに一生自分のかわいい子供であってほしいと願う。

 人間じゃないんだから、大人になんかなってほしくない。

 恋もしてほしくないから去勢や避妊手術を施す。

 生物学的なことはよくわからないけど、そうするとホルモンもあまり分泌しなくなるだろうから、ペット動物は「子供化」して野生の本能は眠ったままになるのだろう。

 

 一生人のそばにいて、一生キャットフードを食べて、一生本能なんぞに煩わされることなく、平和に暮らせるのがサイコーだと思っているネコもいるはずだ。

 人間と一緒に都市生活をしていくにはそのほうが幸せなんだろう。

 

 けれどもイヌと違って、ネコは本能に目覚めても人間に危害を及ぼす可能性は限りなく低い。なので「最も身近な野生」を感じさせてほしいという、人間の勝手な期待を背負わされた存在でもある。

 

 おそらくネズミや鳥を狩ってくる飼いネコは、飼い主のそうした潜在的な希望を感じとって、本能のうずきに素直に従うのだ。

 ただ、そうじゃない彼女のようなネコもいて、せっかくのんびり暮らせているのに、野生時代の先祖の血の逆流に悩まされることもあるんじゃないかと思う。

 

 こんど道端で会ったネコに、そこんとこつっこんでインタビューしてみようと思うけど、答えてくれるかニャ~。

 


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東京唯一のブランド和牛・秋川牛と、むかしみらいTOKYO

 

 連荘で農業取材。

 26日(月)は秋川渓谷と美しい山並みが望めるあきる野市に出向き、秋川牛とご対面。出荷前・生後30ヵ月の黒毛和牛の体重は800キロ。でかっ。

 

 東京で唯一の肉牛生産牧場・竹内牧場では約200頭の秋川牛を飼育しています。

 このあたりは、日本各地の有名なブランド牛の産地に負けず劣らず、水も空気もきれいで豊かな環境なので、牛をはじめ、豚・鶏などを育てるには持ってこいとのこと。

 

 秋川牛は希少価値のある高価なお肉ですが、都内のホテル・レストラン・料理店なので口にするチャンスがあるかも。

 

 一方、武蔵五日市駅にほど近い松村精肉店は、地元で生産されるこの秋川牛の認知度を上げたいと、手軽に味わえる加工品としてレトルトカレーなど製作しています。

 オリンピックもあることだし、東京の名産品をアピールしていこうとブランド力UPに奮闘中です。

 

 昨日ご紹介した磯沼牧場+多摩八王子江戸東京野菜研究会でも聞きましたが、これら多摩・八王子地域の環境はこの20年ほどで劇的に改善され、川には清流が戻り、アユなども戻ってきているとか。

 

 今や都心で働く人たちのベッドタウンというイメージから脱却し、豊かな自然が楽しめ、農業も盛んな地域としてのイメージが高まっています。

 

 いつまでも「東京は緑が少ないから云々」なんて、手垢のつきまくったステレオタイプのセリフをほざいていると時代に取り残されますよ。

 

 テクノロジーとパラレルで進行する昔ながらの環境とライフスタイルへの回帰。

 「むかしみらい東京」がもう始まっているのかも知れません。

 


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楽しさ・学び・癒し満載の八王子・磯沼牧場

 

 東京にこんな素晴らしい牧場があったのか!

 噂には聞いていたけど、なかなかタイミングが合わずに来そびれていた磯沼牧場(磯沼ミルクファーム)に25日・日曜日、初めて来場。

 

 多摩八王子江戸東京野菜研究会とのコラボイベントで、牧場特製のチーズとベーコン、ソーセージ、野菜てんこ盛りのピッツァ作りです。

 

 牧場主・磯沼さん手づくりの溶岩石窯で焼いたピッツァはおいしくてボリューム満点。

 

 ランチの後は乳しぼり体験、牧場ツアー(放牧場もある)、磯沼さん×福島さん(多摩八王子江戸東京野菜研究会代表)の都市農業トークと続き、あえて取材の必要なしというところまで堪能しました。

 

 場所は京王線・山田駅から徒歩10分弱。

 新宿から1時間足らずで来れるし、横浜からも近い。

 わざわざ北海道などへ行かなくても、たっぷり牧場体験ができます。

 それも観光牧場でなく、リアルな生活と結びついている生産牧場で。

 

 環境問題、動物福祉問題への取り組みなど、牧場経営のコンセプトを通じて、さりげにいろいろ勉強でき、新しいライフスタイル、これからの哲学を考えるきっかけにもなると思います。

 

 乳しぼりをはじめ、毎週のように何らかのイベントが開かれ、牛さんをはじめ動物たちに触れあえます。

 いつでもオープンなので、ぶらっと覗きに来るだけでもいい。

 

 子供たちには超おすすめ。お年寄りにも楽しい。

 ちょっと凹んでいる人、メンタルを病んでいる人も心のケアができるのではないかな。

 直売所もあって、おいしいアイスクリームやプリンやヨーグルトも食べられますよ。

 興味のある人はホームページやフェイスブックもあるので検索してみてください。

 


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ぼくらはにおいでできている

 

 下の妹が飼っているチワワのハナちゃんとは、たぶん2年ぶりくらいのご対面。

 前に会ったのはチビ犬の頃だったけど、ちょっとの間、くんくん嗅ぎ回って「あ、知ってる知ってる」と思ったのか、尻尾をフリフリしてくれた。

 抱き上げても安心安心。僕のにおいを憶えていてくれてありがとう。

 

 人間の子どももいろいろ情報を詰め込まれる前は嗅覚がするどい。

 一度嗅いだにおいは絶対忘れない。

 自分自身のことを考えてみると、視覚や聴覚では憶えていなくても、においというか空気感で憶えていることがいっぱいある。

 親はもちろんだけど、周りにいる大人たちはそれぞれ独特のにおいを持っていたような気がする。

 

 におうと言うと何だか臭くて嫌われそうな気がするが、完全ににおいを消し去ると、その人は透明人間になって、見えていても誰にも気づかない存在になる。

 忍者やスパイになるならいいかも知れない。

 

 大人になると鼻が利かなくなって、というか、においを感じる脳の部分が鈍くなって、刺激の強いものしかキャッチできなくなるようだ。

 なので少しは意識してにおいを嗅ぐ練習をしたほうがいいのかもしれない。

 

 基本はやっぱり食事。

 テレビやスマホを見ながらめしを食わないこと。

 

 そして手料理を楽しむこと。

 最近はそんなものより出来合いの料理の方がよっぽどうまいと言う人も多いけど、手料理にはその家・その人独自のにおい・風味がついている。

 それを知っているのと知らないのとでは随分ちがうんじゃないかな。

 

 自分が自分である基礎とか土台みたいなものは、そういう些細な目に見えないもので出来ているのではないかと思う。

 そうだよね、ハナちゃん。

 


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かわいい叔母さん

 

 父も母も昭和ヒトケタ生まれ。貧乏人の子沢山でそれぞれ8人兄弟だ。

 ぼくが生まれる前に死んでしまった人を除き、そのきょうだい、および、その伴侶の全部はしっかり顔や言動を憶えている。

 僕が子供の頃は行き来が盛んだったので、みんなインプットしている。

 

 しかし、9年前に父が亡くなったのをきっかけに、毎年バタバタと後を追うように亡くなり、大半がいなくなった。

 今年もまたひとり、先日、ヨリコ叔母さんが亡くなったと聞いた。

 

 母方は女系家族で8人のうち、7番目までが女で末っ子だけが男。

 ヨリコ叔母さんは7番目。つまり7姉妹のいちばん下の妹だ。

 

 幼稚園の時だったと思うが、結婚式に出た記憶がある。

 きれいなお嫁さんで、チビだったぼくを可愛がってくれた。

 そのチビの目から見ても、なんだかとてもかわいい人だった。

 

 6人も姉がいて、4番目の母(母は双子の妹)とさえ12歳違う。

 いちばん上のお姉さんとは16歳以上違うはずだ。

 なのでほとんどは姉というよりチーママみたいなものだ。

 母もよく子守をしたというし、日替わりでみんなが面倒を見てくれていたようだ。

 

 母の家はお父さん(僕の母方の祖父)が早く亡くなったので、女が協力して貧乏暮らしからぬけ出そうとがんばってきた。

 でもヨリコ叔母さんは小さかったので、そうした苦労が身に沁みず、物心ついたのは、お母さんやお姉さんたちのがんばりのおかげで暮らし向きも上がってきた頃だった。

 そうした中で一家のアイドルとして可愛がられて育った。

 

 そうした成育歴はくっきり刻まれ、そのせいで彼女は、ほかの姉妹らの下町の母ちゃん風の雰囲気とは違う、お嬢さん風の雰囲気を持っていた。

 だから、おとなになってもどことなくかわいいし、ちょっと天然も入っていた。

 

 最後に会ったのは父の葬儀の時。

 さすがに外見はそろそろばあちゃんっぽくなっていたが、中身はほとんど変わっておらず、ぼくをつかまえて

 「せいちゃん、大きくなったねー」と言った。

 

 50間近の男に向かって大きくなったねーはないもんだけど、そう笑顔で屈託なく声を掛けられるとすごく和んでしまった。

 その時の会話が最後の印象として残ることになった。

 

 叔母とはいえ、中学生以降はめったに会うこともなかったので、彼女がどんな人生を送っていたのはわからない。

 

 もちろん少しは苦労もあったと思うけど、べつだんお金持ちではないにせよ旦那さんは真面目で優しくユーモアもある人だったし、特に悪い話も聞かなかった。

 嬉しそうに小さい孫娘の面倒を見ていたのも印象的だった。

 

 たぶん美化しているし、これは僕の勝手な想像であり願いだけど、おそらくそれなりに幸せに過ごしてきたのだろう。

 

 不幸な目に遭ったり、理不尽な苦労を強いられたり、他人にあくどく利用されたり、自分の欲に振り回されたり・・・

 人生の中のそんな巡りあわせで、人間は簡単に歪んでしまう。

 

 でも、できるだけそうしたものに心を損なわれないで、ヨリコ叔母さんのようにかわいい人にはいくつになっても、ずっと素直にかわいくいてほしいなぁと願ってやまない。

 


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里山を事業化するナチュラルボーン・サトヤマー

 

 今回の名古屋(愛知)ツアーでは、里山の概念を農業と組み合わせ、インターネットを利用して事業化するプロジェクトを掲げる人を取材しました。

 

 彼は2002年生まれ。16歳の高校生。

 田園地帯で植物や昆虫に親しみ、かたやインターネットに親しみながら育った彼は、資本主義発展拡大病の時代に育ったぼくたちの世代とはまったく違うセンスを生まれながらに持っているようです。

 

 「里山」という概念が今、世の中に浸透しつつあります。

 里山はごく簡単に言うと、自然環境と人間の生活圏の交流地帯。そのベストバランスを保つ、あるいは破壊したものを再生するという考え方を表現する言葉でもあります。

 

 人間が生活できなくてはならないので、当然そこには経済活動も含まれるし、伝統工芸・伝統芸能といった文化芸術や民俗学系の学問も含まれるのではないかと思います。

 「人間が手を入れた自然」と言い換えることもできるでしょう。

 

 また、それらを包括する懐かしいとか、愛おしいとかいった心象風景もその概念の中に入ってくるでしょう。

 人間のあり方・生き方を問い直す哲学も含まれているのかも知れません。

 

 日本独自のものかと思っていたら、他国にも通用し、国際的にも理解が進んでいる概念で、よく言われる「持続可能」な社会にSATOYAMAは不可欠とされているようです。

 

 そういう意味では、過去200年、世界を席巻し、地球を支配してきた工業化・資本主義化の流れに対するカウンターとも言えます。

 

 高校生の彼には野外でのインタビューを考えていましたが、あいにくの雨のためはやむを得ず、岡崎市内の「コメダ珈琲店」で敢行。コーヒーと、コメダ名物「シロノワール」を食べながらの取材になりました。

 

 彼は子供のころから自由研究などを通じて里山について学び、中学生のころから戦略的にプロジェクト化を画策。近所の農家の人たちなどはもとより、自分で電話やメールで東大・京大などの教授・学者に頼み込み、取材に出かけたといいます。

 

 現在はいわばサークル的なノリで同級生やネット上の仲間が集まり、大人の支援者もいますが、まだ実務のできるスタッフがいない状況。

 コンセプトは決まっているので、まずネットを通じての「ブランド化」に力を注いでいきたいとのことでした。

 

 僕としてはこうしたことを本気で考え、事業化に取り組んでいる若僧がいるというだけで十分心を動かされました。

 

 彼のことは来月、「マイナビ農業」でUPしますが、興味のある方は「里山農業プロジェクト」で検索してみてください。

 


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名古屋コーチンをめぐる冒険:ふしぎ・まったり小牧編

 「こんなやわらきゃー、水っぽい鶏はいかんわ。むかしのかしわはまっと歯ごたえがあってうまかったでよー」

 

 こんな軟らかい、水っぽい鶏はダメだ。昔のかしわ(鶏肉)はもっと歯ごたえがあっておいしかった、という声を受けて、一時期、市場から消滅した名古屋コーチンが、日本を代表する地鶏として見事復活を果たした物語を探るべく、今回は「マイナビ農業」で名古屋取材を敢行しました。

 

 市内にある「名古屋コーチン協会」で話を聞いた後、名古屋コーチン発祥の地である小牧市へ。

 明治の初め、この地に養鶏場を開いた元士族の海部兄弟が、地元の鶏と、中国(当時、清)から輸入したコーチンという鶏を掛け合わせてできたのが名古屋コーチンです。

 

 「だもんだで、まっとそのことを宣伝せんといかんわ。日本が誇れる名物だでよう」

 

 ということで昨年(2017年)、名鉄・小牧駅前にはコケー!と、おしどり夫婦(?)の名古屋コーチンのモニュメントが立ったと聞き、駅について改札を出たところ、出口が左右に分かれている。
 どっちだろう? と迷ったとき、すぐ目の前で駅員さんが掲示板を直す作業をしているので、尋ねてみました。

 

 「あのー、名古屋コーチンの像はどっちの出口にあるんでしょうか?」

 

 駅員さん、けだるそうに振り向き、ぼくの顔を一瞥。さらに一呼吸おいて

 「左の階段を下りてって、右に曲がってずっとまっすぐ行ったところに市の出張所がありますで、そこで聞いてちょーだゃー。それはうちの管轄でないもんで」

 

 ?????

 駅前って聞いたけど、そんな分かりづらいところにあるのかなぁ・・・と思いつつ、左の階段を降りると、なんと、その目の前にコーチン像があるではないか。

 

 ?????

 まさかあの駅員さんはこれを知らなかったのだろうか?
 それとも上司に、責任問題が発生するから、鉄道のこと以外は聞かれても答えるなと言われていたのだろうか?
 それとも奥さんと何かあったとか家庭の悩みでも抱えているからなのか?
 あるいはたんに鶏が嫌いで、コーチンお話なんかのしたくなかったのか? 

 

 たくさんの疑問に駆られながらも、前に進まなくてはなりません。
 海部養鶏場(跡地)にはどういけばいいのか。
 ちょうど目の前に観光案内所があったので入ってみました。

 

 平日ということもあってお客は皆無。
 ぱっと見た目、アラサーぐらいの女の子がひとりで机に向かって、わりとのんびりした感じで書類の整理みたいなことをやっています。
 そいえば時刻はちょうどランチタイムでした。

 「あのー、海部養鶏場跡地に行きたいんです」
 「え、何です?」
 「海部養鶏場です。カイフ兄弟。名古屋コーチンの」
 「あ、ああ、ああ、名古屋コーチンのね」
 「たしか池ノ内というところなんですが・・。歩きじゃちょっと無理ですよね」
 「ええと。そうだと思います。ちょっとお待ちくださいねー」

 

 と、アラサーの女性はあちこち地図やらパンフやらをひっくり返し始めました。
 市の観光スポットの一つに加えられたらしいと聞いていたので、即座に答えが返ってくるものと想定していた僕は思わぬ展開にちょっとびっくり。


 その女の子は一人じゃだめだと思ったのか、奥に入っておじさんを引っ張り出してきて、ふたりでああだこうだと大騒ぎで調べ始めたのです。

 お昼の平和でゆったりとした時間を邪魔してしまったようで申し訳ないなと恐縮しつつ、実はなんか面白いなと思いつつ待っていたら、もう一人、お昼を早めに済ませて戻ってきたおにいちゃんが加わって3人で合同会議。

 

 それで出てきた結論が「タクシーで行ったら?」というもの。
 べつにタクシーを使うお金がないわけじゃないけど、アポがあるわけじゃなし、急いでいるわけじゃないし、第一ここまで大騒ぎしたのに、それなら最初からタクシーに乗ってるよ、バスとかないんですか? 地元の人といっしょにバスに乗ると楽しいいんですよと言うと、バスルートと時刻表を調べて、やっと案内が完了しました。

 

 この間、約20分。効率主義、生産性アップが叫ばれる世の中で、このまったり感はどうだ。急いでいたら頭にきてたかもしれないけど、旅というのはこうやって余裕を持って楽しむものだ、と改めて教えてもらった気がしました。


 考えさせられる不思議な駅員さんといい、まったりした観光案内所といい、皮肉でなく、おかげで楽しい旅になりました。小牧の皆さん、ありがとう。


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リバーズ・エッジ:トラウマになった漫画を映画で観る

 

●リバーズ・エッジ:トラウマになった漫画を映画で観る

 

 岡崎京子の漫画「リバーズ・エッジ」は僕のトラウマになっている。

 この漫画に出会った1990年代前半、僕はとっくに30を超えていた。

 心のコアの部分を防御するシールドもしっかり出来上がっていたのにも関わらず、ティーンエイジャーを描いたこの漫画は、シールドに穴をあけて肌に食い込んできた。

 

 先日書いた大友克洋の「AKIRA」が世紀末時代の象徴なら、「リバーズ・エッジ」は、その the Day Afte rの象徴だ。

 

 リバーズ・エッジ(川の淵)は流れの淀みであり、尋常ではない閉塞感・荒涼感・空虚感に包まれた繁栄の廃墟だった。

 

 子供たちの残酷で不気味で鬱々としたストーリーと、ポップでシンプルな絵柄との組み合わせが劇的な効果を生み出し、ページをめくるごとにますます深くめり込んでくる。

 

 自分自身は仕事も順調で結婚もした頃。

 こんな胸が悪くなるようなものにそうそう関わり合っていられないと2~3度読んで古本屋に売ってしまった。

 けれども衝撃から受けた傷は深く心臓まで届いていた。

 

 映画化されたことは全然知らなかったのだが、先週、渋谷の公園通りを歩いていて、偶然、映画館の前の、二階堂ふみと吉沢亮の2ショットのポスターに出会ってしまった。ふみちゃんに「観ろ」と言われているようだった。

 原作に惚れた彼女自ら行定勲監督に頼んで映画化が実現したらしい。

 

 映画は原作をリスペクトし、ほぼ忠実に再現している。

 その姿勢も良いが、何よりもこの漫画が発表された四半世紀前は、まだこの世に生まれてもいなっかった俳優たちが、すごくみずみずしくて良かった。

 

 暴力でしか自己表現できない観音崎くん、

 セックスの相手としてしか自分の価値が認められないルミちゃん、

 食って食ってゲロ吐きまくりモデルとして活躍するこずえちゃん、

 嫉妬に狂って放火・焼身自殺を図るカンナちゃん、

 河原の死体を僕の宝物だと言う山田くん、

 そしてそれらを全部受け止める主人公のハルナちゃん。

 

 みんなその歪み具合をすごくリアルに演じ、存在感を放っている。

 最近の若い俳優さんは、漫画のキャラクターを演じることに長けているようだ。

 

 原作にない要素としては、この6人の登場人物のインタビューが随所に差しはさまれる。

 この演出もそれぞれのプロフィールと物語のテーマをより鮮明にしていてよかった。

 

 でも映画を観たからといって、何かカタルシスがあるわけでも、もちろん何か答が受け取れるわけではない。

 

 四半世紀経っても、僕たちはまだ河原の藪の中を歩いている。

 そして二階堂ふみが言うように、このリバーズ・エッジの感覚は彼女らの世代――僕たちの子どもの世代もシェアできるものになっている。

 

 そのうち僕は疲れ果ててこのリバーズ・エッジで倒れ、そのまま死体となって転がって、あとからやってきた子供たちに

 「おれは死んでいるけど、おまえたちは確かに生きている」と勇気づけたりするのかもしれない。

 そんなことを夢想させるトラウマ。やっぱり死ぬまで残りそうだ。

 


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ひるねして夢の記憶を情報発信

 

 齢を取ってくると昼寝が楽しみの一つになります。

 以前は時間がもったいないなぁと思っていましたが、たとえ僅かな時間でも体を横にして休むと、もう調子が段違い平行棒。

 その後の仕事の効率、クオリティを考えたら寝るに限る、休むに限る。

 

 しかし、会社のオフィスではなかなかこうはいかないでしょう。

 こういう時は自宅でやっているフリーランスで本当によかった~と思います。

 

 ただちょっと困るのが夢を見ちゃったとき。

 いや、夢を見るのはこれまた楽しいのですが、その夢の記憶が現実のものとごっちゃになることがあるのです。

 

 この間、通っていた学校を探そうと現地に行ってみると、迷宮に迷い込んだように、いくら歩き回っても見つからない。

 それで思い出したのが「移転した」という情報を耳にしたこと。

 それで、ああ、移転したんだっけと思い込んでしまったのです。

 

 ところが、あとでネットで調べてみると、改装はしているものの、ちゃんと同じ住所に存在しているではないか!

 確かに聞いていた移転情報。あれはいったい・・・

 と考えてみると、それはいつかの夢の記憶だったのです。

 

 あちゃ~、いよいよボケが始まったぁ。

 夢と現実がひとつながりになった次元へ、とうとう足を踏み入れてしまったのかも知れません。

 でもまぁいいや、気持ちよく昼寝できれば。

 

 というわけで、今後、僕の発信する情報が現実の出来事なのか、夢の中の記憶なのかは、読んでいるあなたの判断におまかせします。

 

 ではお休みなさい。ZZZ。

 


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永遠の現物支給

 

 きょうは確定申告の最終日でしたが、先週会ったお友だちの会計士さんは締切間近でストレス満載の様子でした。

 その彼がぼそっとつぶやいたセリフが

 「現物支給でも、永遠に続けばいいんだけど」

 

 え、まさか現物支給の報酬で会計を?

 そういえば、半年前に会った時は、つぶれそうな食品会社の経理を請負っているとか言ってたけど・・・。

 

 追及するのはやめときましたが、「永遠の現物支給」という言葉が頭に残ったので、それについて考えてみました。

 

 何でもお金の世の中で、ちょっとした贈り物も、冠婚葬祭の引き出物も、現金・カード・商品券などが喜ばれます。

 そうした風潮の中で現物支給――それも1回2回こっきりじゃなくて、毎月ずーっと支給が続くとしたら、何がもらえたら嬉しいだろうと考えると・・・

 

 やっぱり食べ物ですね。

 会計士さん、食品会社でよかった。

 なに、よくない?

 

 缶詰、レトルト、乾物、冷凍食品・・・

 そんなもの1か月分もらうと嵩張るし、置き場所に苦労する。

 それに毎日食べたくない。

 かといって生鮮食品は日持ちしないし・・・

 

 と考えていくと、ベストはお米だ!

 お米なら毎日食べられるい、真夏でも1カ月くらいなら保存も問題なし。

 うちはひと月10キロ食べるけど、それくらいなら置き場所にも困らない。

 

 ついこの間、イベントの仕事「五つ星お米マイスターのおいしいお米講座」でお米の食べ比べをやったけど、毎月ちがう品種のお米を支給してもらえれば、いろんなのが試食出来て、ますます楽しい。

 

 ――と話すと、そこは会計士さん、チャチャっと数字に置き換えて、

 「1カ月10キロ、平均5000円として1年で6万円。10年で60万円。17年しないと100万円超えませんよ。安すぎる~。お金でもらわなきゃだめだ~」

 

 なるほど。お金にすると確かに安い。

 でもね、お金がなくても、死ぬまでごはんだけは間違いなく食べられるという安心感は何物にも代えがたいのではないでしょうか。

 

 1カ月のギャラ・給料が5000円と考えると、わびしくみじめになるけど、今月も10キロのお米がいただけると考えると、なんだか豊かな気持ちになってくる。

 ましてやそれが永遠に続くとなると、穏やかな晴天が心の中に広がってくる。

 

 うんこれなら悪くないぞ、永遠の現物支給。

 農家さんとか、お米屋さんとか、JAさんとかの仕事なら、そんな契約を結んでもOKかも。

 会計士さんは嫌だというけど、あなたならどうですか?

 


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現実世界が「AKIRA」の近未来世界を追い越すとき

 

 渋谷パルコの建て替え工事現場の囲いに大友克洋のマンガ「AKIRA」が描かれている。

 この大きさだとすごい迫力。そして、内側の解体されたビルの風景が、「AKIRA」の世界観と符合して、リアルで巨大なアートになっている。

 人通りの多い公園通りだけにアピール度は抜群だ。

 

 最近あまり渋谷に行かないので知らなかったけど、このアートワークが搭乗したのはすでに昨年(2017年)5月半ばのこと。ネットでいろいろ話題になっていたらしい。

 

 というのも「AKIRA」の舞台は2019年の「ネオ東京」。翌2020年にはそのものずばり「東京オリンピック」が開催される予定・・・という設定。

 その中で抑圧された若者たちをい中心に超能力バトルが繰り広げられ、ネオ東京が崩壊していくというストーリー展開なのだ。

 

 というわけで「AKIRA」をパネルにしたパルコはオリンピック開催に異議を申し立てているのではないかという憶測が飛び交ったが、当のパルコ側は、さすがにそれは否定したという。

 

 僕が思うに、おそらく渋谷の街の再生劇のメタファーとして、かのマンガを用いたのだろう。それも「西武・パルコの渋谷」の。

 

 「AKIRA」が連載され、映画化され、一種の社会現象にまでなったのは1980年代のバブル上り坂の頃で、パルコの黄金時代、西武・セゾングループカルチャーの最盛期とぴったり重なる。

 

 一時は東急グループと渋谷の覇権を二分していた西武・セゾンにとって、昨今の東急の圧倒的な大改造計画に一矢でも報いたいという思いで、「AKIRA」を持ち出してきたのではないかと思われる。

 

 あの頃は経済の繁栄と裏腹に「近未来」「世紀末」という言葉が跳梁跋扈した。

 「AKIRA」はその象徴と言える作品だった。

 

 この繁栄・この豊かさはインチキなのではないか、まがいものではないのか。

 そんな違和感が当時の若者たちの心の中にトゲのように突き刺さっていた。

 そんな違和感によって支えられ、膨れ上がった「AKIRA」のような作品世界が、好景気で沸き返る、どこかうそくさい日常世界とのバランスを取っていたのかも知れない。

 

 その状況は終わったわけでなく、実はもう30年以上も続いている。

 だからなのか、現代の渋谷に「AKIRA」が出現することに時代遅れ感どころか、ベストマッチ感さえ感じてしまう。

 

 「世紀末」が過ぎても、東京の街は崩壊していない。

 終わりのない日常がダラダラと続き、僕たちはズルズルと前の時代の太い尻尾を引きずりながら、時には波に呑まれて漂流しながら前に進もうとしている。

 もうすぐ現実世界が「AKIRA」の近未来世界を追い越していく。

 


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秋田からきりたんぽ鍋セット到着

 

 今日は何の予告もなく、クール宅急便で「きりたんぽ鍋セット」が送られてきてびっくり。

 仕事をいただいている秋田の方からサプライズの贈り物です。

 これまでメールでしかやりとりしていなかったんだけど、そういえばこの間、住所を聞かれたので、紙にした資料を送ってくるのかなと思ってたら・・・どうもごちそうさまです。

 

 ちょうど今夜は家族が揃っていたので、早速いただきました。

 肉も野菜も一式入っていて比内地鶏のスープ付き。あったまりました。

 

 秋田県は、かなり昔に大潟村(かつての大干拓地・八郎潟にある村)の干拓資料館の仕事をやりましたが、それ以来の仕事。

 来週は名古屋コーチンの取材で名古屋に行きますが、いずれ比内地鶏も取材したいです。

 


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五つ星お米マイスター・小池理雄のおいしいお米講座:絶品ごはんの食べくらべ

 

 10日(土)・11日(日)の二日間、渋谷のNHKの敷地で「にっぽんの食・ふるさとの食」のイベント開催。JA全中ブースで「五つ星お米マイスター・小池理雄のおいしいお米講座:絶品ごはんの食べくらべ」をやり、台本と演出を担当しました。

 

 原宿の米屋・小池さんの作った「お米の通知表」を参考に、岩手・宮城・福島・福岡、各地産の4種類のブランド米を食べ比べ、その品種を当てる、クイズ形式のワークショップです。

 

 五つ星お米マイスターとしてメディアから引っ張りだこ、講師としても大活躍の小池さんですが、この二日間の受講生(1ステージにつき35人ほど)は、ぜひ「参加したくて来ているというよりも、ここに一休みに来たり、冷やかしに来たり、ただ単にごはんが食べられるからという理由で入ってきたた一般大衆。ぶっちゃけ、まじめにお米のことが知りたいと思っている人は1割、2割しかいません。講師にとっては最も手ごわい相手です。

 

 二日間で4ステージにありましたが、1日目の参加者の反応を見て、その夜、台本を書き直し、2日目は大きく違う構成でやってみました。

 

 ちなみに30分の台本のセリフ部分はほとんどMC(司会)用で、それに応じながら小池さんが自由にトークを展開していくというつくりです。

 

 イベントはまさしく生ものなので、その時の参加者の発するSomethingによって1回目も2回目も3回目も4回目も、まったく違ったステージになります。

 これが正解、これが完成という形はなく、きっちりできたのに反響が薄い場合もあれば、グダグダになっても大ウケという場合もあります。

 もちろんグダグダでいいというわけにはいきませんが、面白いものです。

 

 それにしても、その場に応じて自由自在にセリフを変えられる小池さんのお米ボキャブラリー宇宙は素晴らしい。

 ますますこなれて星雲のように年々膨らんでいます。

 


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天国への階段の上まで冒険

 

おなじみ階段シリーズ。

 うちは1階が「野の花鍼灸院」という鍼灸院になっています。

 カミさんが小児鍼のエキスパートなので、女性と子供を診ています。

 

 で、毎日、いろんな子供が来るのだけど、玄関を入ってすぐある階段にどうしても目が行ってしまう。とって

 特に好奇心旺盛で冒険好きの幼児には、たまらない魅力なのでしょう。

 

 もちろん進入禁止で、連れてきたお母さんは「怖いおじさんがいるのよ」なんて脅すのだけど、ある年齢を過ぎると、そんな脅し文句などヘのカッパになる。

 好奇心が抑えられず、のこのこ上ってくる子もいるのです。

 

 今日来た4歳児のショウちゃんもその一人で、お母さんとカミさんの制止を振り切り、階段を登り切ってパソコンやってた僕の背中に話しかけてきたので、ニヤッと笑って振り返ったら、むこもニコッ。 下からは「ショウちゃん!降りてきなさい」と呼ぶ声が。

 なので、ぺちっとハイタッチをしたら満足したように引き上げていきました。

 本日の冒険、おわり。

 

 あとから聞いたら、怖いおじさんなんていないよ~。やさしいおじさんだよ~って言っていたようだ。

 

 うーん、これに味をしめてまた上がって来るかも。

 今度はオバケのお面でもつけてふり返ってやろうか。

 でも、あんまり怖がらせ過ぎてもなぁ~。

 好奇心・冒険心は子供の宝物ですから。

 侵入されてもいいように、ちょっとは二階をちゃんと片付けて掃除しておかないとね。

 


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ミケランジェロ的冒険:誰もが自分の中に人生でしたいこと・すべきことを持っている

 

 ミケランジェロは石の中にダビデの像を見出し、解放したと言われています。

 そのダビデ象という「ヴィジョン」は最初から彼の中に存在していた。

 そして石と向き合うことでそれを見ることが出来た。

 芸術家として自分が何をするべきか分かった。あとは手を動かすだけ。

 

 これは芸術家に限らず、誰にでも起こりうることなのだと思います。

 

 誰もが自分が人生の中でしたいこと・すべきことはちゃんと持っていて、本能的に認知している。それは人生のいたるところで、日常生活のあちこちで顔をのぞかせる。

 

 けれども僕らはそれを取るに足らないこと、おかしなエゴが作り出す妄想だとして処理してしまう。

 この忙しいのに、そんなことに関わっているヒマはない、と。

 だから何となく分かっているのにそれははっきり見えない。

 そして見えたとしてもそれを実行しようとはしない。

 

 なぜならほとんどの場合、それは社会的必要性が認められない、人々が求めていることに応えられない、早い話、そんなことをしたって「食えない」。

 そういう事情があるからでしょう。

 なので、ますますその内在するものを見ようとしない。

 見るのを怖れ、目をそらしてしまうし、もちろんやろうとしない。

 その結果、不満だらけの人生が世の中に蔓延することになります。

 

 これはきっと人生の途上で、立ち止まって考えてみるべき課題なのだと思います。

 ミケランジェロのダビデのように、芸術家じゃなくてもあなたにはあなたが創るべきもの、やるべきことがある。

 そう静かに思いを巡らせると、「あれがそうだ」と人生のどこかで見たサインを再発見できるかも知れない。

 深い海の底から、ぽっかりと浮かび上がってくるかも知れない。

 

  あなたの中に何があるのか、することは何か、まず見つけ出す冒険。

  そして、それをやり始める冒険。

 


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星のおじい様と孤独なエイリアン

 

 その少女は一人暮らしの老人と友達になった。

 老人は近隣から奇異な目で見られている。

 彼は特殊な能力を持っており、それで人助けをしたりもするのだが、普通の人たちにはそれが気味悪く映る。

 だから少女にも、あの老人の家へ行くな、近寄るなと言う。

 両親にとってもそれは家族の一大事と受け取られていた。

 

 少女はなぜその老人にひかれるのか?

 老人の語る宇宙の話、昔の話、妄想のような話が好きなのだ。

 彼女は老人がじつは宇宙人で、永年地球で過ごし、近いうちに故郷の星へ帰ろうとしているのではないかと思っている。

 

 老人には少女子以外にもう一人だけ訪ねてくる人がいる。

 それは彼の身元保証人だ。

 老人はちゃんとお金を払ってその会社と契約し、自分の死後の後始末をつけてくれるよう段取りしている。

 彼は宇宙人なんかではない、まっとうな人生を歩んで齢を取り、社会人として最期まで人に迷惑をかけずに人生を終えようと考えている、普通のおじいさんなのだ。

 

 そうした現実を知っても、少女は彼がやっぱり本当は宇宙人なのではないかと疑念をぬぐえない。

 彼女はしだいに何とか老人の秘密を探りたいと考えるようになる。

 

 しかし、そんな彼女の行動を心配した両親は、それ以上、老人に近づくことを許さず、彼女を学習塾のトレーニング合宿に送り込んでしまう。

 

 数日を経て帰ってきた少女は両親の目を盗み、再び老人に会いに行くが、彼は呼び鈴を押しても出てこない。と同時に何か気になる匂いがする。

 彼女は身元保証人を電話で呼び、家の中に入る。

 そこには布団の中で孤独死した老人の遺体が横たわっていた。

 

 少女には老人が物理的に死んだことは分かったが、地球から消滅したとは映らない。

 彼女は遺体を運ぶ人たちが到着するまでの間、その老人――「星のおじい様」の時間軸に入り込み、孤独なエイリアンとして、奇妙な冒険に出掛ける。

 


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孤独な老人は本当に可哀そうな存在か?

 

 一人暮らしの高齢者というと、最近はすぐに「孤独死」が連想され、何やらくら~いイメージがつきまとう。

 そうでなければ、家族がなく、身寄りがなく、孤独で可哀そうとか、同情される。

 いずれにしてもネガティブなイメージであることに変わりない。

 

 でも本当にそうなのだろうか?

 彼らはけっこう孤独を楽しんでいるのではないか。

 本当にいっしょにいたいと思う家族ならいいけど、ただ同じ屋根の下にいるだけ、同じ空気を吸っているだけの家族なんて鬱陶しいと思ったりしていないのだろうか?

 

 血が繋がっていたって形だけの家族はいっぱいいる。

 財産などをあてにしてすり寄ってくる家族や親族なんかに、あれこれ気を遣ってもらったって不愉快なだけ。

 

 メディアの「家族は素晴らしい」「家族がいないと気の毒だ」といった大合唱もなんだか胡散臭いね。

 

 それよりも最期まで一人でやっていく、という気概のある生き方をを見せるほうがいい。

 あるいは、血縁にこだわらない、常識にとらわれない、損得勘定抜きの、心の深いところで繋がり合える人たちとの暮らし。

 齢を取ったからこそ、そうした自由や愛情に満ちたものを優先できるという面もある。

 

 幸いにも、そうした人たちをサポートするセーフティネットはあちこちにでき始めているようだ。

 

 「家族の絆」という美名のもとに隠した損得勘定や惰性的な繋がりよりも、自分の意思に基づいて生き、死ぬ「個の尊厳」を優先する時代がすぐそこまで来ている。

 


禁テレレポート:テレビに魂ぬかれてませんか?

 

 まだ禁テレを続けています。

 とは言っても、ぜんぜん見ないわけでなく、時間があれば見たい番組だけちょこっと見る、あとはプチっと切ってダラダラ見はしない、という生活。

 

 なんだ、当たり前じゃん。

 そうです、ごく当たり前のあるべき姿。

 けど、わが家はそれができていなかった。

 

 で、こういうふうにしていると、本当に見たい番組か、頭を休めるために30分だけ、という以外は、「テレビをつけるのが面倒」になる。

 

 なんでそうなるのか考えると、「プチっと切る」ことにすごく抵抗感を覚えるからです。

 これから仕事だとか、もう寝るからとか、「正当な理由」があれば切れるのだけど、そのまま居間にいてごはんを食べるとか、お茶を飲むとかいったリラックス時間に移行する場合は、そこでプチっとやってしまうと、その瞬間、茫漠たる気分になってしまう。わいわい賑やかな時間はもう終わりなんや~と、とっても寂しい気持ちになってしまうのです。

 

 でも考えてみれば、わいわい賑やかなのはテレビの中であり、うちではない。

 それは単なるお騒がせノイズであり、寄せては返す情報の海のさざ波でしかありません。

 

 僕たちは静けさや沈黙に耐えられない。

 何も情報が届かないところにいるという状態は怖くてたまらない。

 やっぱりテレビがあると安心。

 テレビは現代の家にあっては家族が集まってあたる「囲炉裏」や「暖炉」のようなものなのかも知れません。

 でも、生活が個別化してくると、その役目も果たさなくなるのかも。

 

 禁テレのおかげで特に頭がさえるようになったとか、心が洗われたとかいうことはないけど、脳の中の掃除をする手間は減ったかなぁと感じます。

 

 テレビを何時間もダラダラ見していると、脳の中にどうでもいいゴミ情報が鬱積してしまう。塵も積もれば山となる。

 ゴミ・ホコリが詰まって思ったように作動しなくなるのではないかと思います。

 

 そして何より、ふだんいかにテレビに魂を抜かれているかもわかります。

 なので、やはり月イチくらいは禁テレしたほうがいいと思います。

 

 でも、インターネットに魂抜き取られちゃったらいっしょだけどね。

 

 


のりしろ時間

 

 元来、コアラとかナマケモノ体質で、自分のペースで動けないと調子悪くなっちゃうので、効率悪いことこの上なし。

 ヘタにビジネス書など読んで勉強して、時間を有効活用しようなんて意識すると、なんだかイライラしてきて、自分が今何をやっているんだか分からなくなってきます。

 

 とは言え、仕事をする以上、そんなこともいっていられない。

 相手のペースに合わせなきゃいけない場合もある。

 そんな時、最近、心がけているのが「時間ののりしろ」を作ることです。

 

 自分のペースでOKの時間帯と、相手に合わせる必要のある時間帯。

 この2種類のカテゴリーの時間帯が、ポンとカットで繋がると脳の切り替えがうまくできない場合があり、気持ちの負担も大きいので疲れます。

 やっぱリカットつなぎでなく、オーバーラップさせたほうがショックが和らげられる。

 

 なので、相手に合わせる時間帯に入るときは脳が自然に準備できるよう、「のりしろ時間」を作るようにしています。

 

 具体的に言うと、打ち合わせ、取材などの時は約束の時間より30分早く行って、その現場周辺の空気を吸っておくようにするのです。

 そうするとリラックスして、少しはその環境に入り込みやすくなります。

 つまり100%アウェイの空気でなく、10~20%くらいはホームの空気をまぜるようにする。

 するとある程度リラックスして、よりよいパフォーマンスが期待できます。

 

 昨日は思いのほか早く着いたので、待ち時間に近所の神社で、ぼやーっと木などを眺めて、ああ鳥の巣がある、何の鳥だろう。まだ作っている最中かなぁ・・・と思ったり、ネコの家族が来て日向で遊び出したりするのを見ていました。

 

 仕事の役に立つだけじゃなく、ちょっとおまけみたいなものを拾ってトクした気分になります。 もしかしたらそんなどうでもいいことが、あなたの人生を救ったりするかもしれません。

 スケジュールぱんぱんにして毎日アクセクしちゃうと、ほんと疲れますから。

 


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児童館でおチビらがビッグな牛さんの乳しぼりに初挑戦

 

 八王子市の児童館で、子供たちが乳しぼり体験。

 マイナビ農業の取材で、八王子界隈の酪農家の仲間たちがボランティアで提供しているイベントを見学してきました。

 

 でっかい開閉式トラックに牛を乗せて、そこに上って子供たちが搾乳するというやり方。総勢5人の酪農家さんたちがお世話をします。

 まったくこういうシステムを想像していなかったのでびっくりしました。

 このお乳パンパンの牛さんはマーガレットちゃん7歳。

 

 マーガレットちゃんの乳しぼりに挑戦するのは、幼稚園前の幼児クラス(+そのきょうだい)なので2歳児中心。たぶんその子たちの目から見たら、牛さんはゾウさん、いやもしかしたら怪獣並みの大きさだ。

 そりゃこわいに決まってる。

 

 勇気を出してぎゅっとつかめればいいのだけど、おそるおそるおっぱいに触るので、「なにやってんのよ、モ~」って、穏健温和なマーガレットちゃんもバフォンと荒っぽく鼻息をして体を揺する。

 すると、もうだめです。大半の子がこわがって泣き出す始末です。

 

 お父さん・お母さん、「うちの子は情けない」なんて言わないで。

 だいじょうぶ。 一度は失敗・撤退したほうがいい。

 また大きくなった時、トライしたら今度はできるから。

 

 最初からすんなりうまくできちゃうより、やったぜ感、リベンジできた感があって、自分は成長しているんだと実感できる。

 そのほうが却って自信になるんです。

 

 子供時代はまだ長い。

 人生はもっとずーっと長い。

 幼稚園・保育園で、小学校で、またトライして、こんどはマーガレットちゃんのおっぱい、いっぱい搾ってね~。


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ラストドライブ日本版 出発

 

 わたしを思い出の場所に連れてって――

 そんな末期患者の願いをかなえるのが「ラストドライブ」。

 この数年、ヨーロッパで静かに広がってきた、いわゆる終活支援です。

 

 昨年夏、ドイツでの事例を取材したドキュメンタリー番組がNHK-BSで放送されました。たまたまそれを見て感想をブログに書いたら、その時だけアクセス数が5倍くらいに跳ね上がってびっくりしました。けっこう関心の高い人が多いようです。

 

 じつは今年から日本でもこれと同様の終活支援サービスが始まりつつあります。

 さいたま市の「タウ」という会社がCSR(社会貢献事業)として始めた「願いの車」がそれ。余命少なく、一人では外出困難な患者を希望の場所に無料送迎するというものです。

 

 タウは事故車の買い取り・販売を手掛ける会社で、社長がかの番組に心を揺すられ、「自分たちも車を扱う仕事をしているので」と、立ち上げました。

 当面は近隣の病院やホスピスに声をかけて説明し、希望者を募るというやり方で進めていくそうです。

 

  あらかじめ民間救急会社と提携しており、車両は酸素ボンベ、吸引機、自動体外式

 除細動機(AED)などを装備した民間救急車を使用。外出には看護師やボランティ

アが同行。ただし外出は日帰りのみ。

 主治医の了承と、家族の同意を得た上で送迎です。

 

 

 僕は「月刊仏事」の記事を書くために電話で広報の方と話したのですが、この事業に誇りを持ち、かといって気負うこともなく、たいへん美しい応対だったことにも心惹かれました。

 

 今後、提携先を県内の病院などに広げ、将来的には、活動に理解を示す企業からの

協賛も。2019年には公益社団法人にして全国的活動を目指すそうです。

 

 これも高齢化社会・多死化社会における一つの文化になり得るでしょう。

 これからの展開が楽しみです。

 


「スターウォーズ エピソード8 最後のジェダイ」は舞台劇にしてOK

 

 今さらながら「スターウォーズ エピソード8 最後のジェダイ」。

 2月のうちに書いてこうと思って、つい書きそびれていました。

 

 あちこちでもうすっかりレビューも出尽くしていると思います。

 まったく読んでいないので、世間的な評判はさっぱり分かりませんが、僕的にはかなり面白かった。

 (特にこのシリーズの熱心なファンでないけど)全部見た中では、これが一番入り込めたな~と思いました。

 

 率直な印象を言うと、かつてのスペースオペラ的な部分が薄まり、シェークスピア劇みたいに見えました。

 

 世界政治とか抗争を含めた宇宙スケールの活劇だったはずが、なんだか家族ドラマみたいなスケールになってきた(これは批判ではありません)。

 

 あくまで個人的な印象です。

 

 実際には戦闘シーンは相変わらず多いし、チャンバラもあるし、絵作りも凝っているし、迫力もある。

 そうしないと、スターウォーズブランドにならないからね。

 

 ただ以前はそっちの方がストーリーを完全に凌駕していたのだけど、今回はドラマのほうが引き付けられる、ということ。

 戦闘状況なんかを全部セリフで説明させてしまって、舞台劇にしたらいいんじゃないかと思ったくらい。

 

 これまでのスターウォーズであまり魅力ある登場人物ってお目にかからなかった(ダースベイダーが悪役としてどうしてあんなに人気があるのか、さっぱりわからない)けど、若い二人の主人公――レイとカイロ・レンがはいい。

 

 スターウォーズ過去40年の歴史というか、遺産というか、おっさんファンたちの降り積もった愛着やら怨念やらを背負わされても、最終的にそんなもの蹴っ飛ばして、カウンターのロングシュートでゴールを決めちゃいそうな「フォース」を感じます。

 古いキャラクターはすべてこの二人の引き立て役ね。

 

 いっそのことエピソード9は完全にオールドファンを裏切りまくって、戦闘シーンなしにしてしまったらどうだろう?

 登場するのはレイとレンとBB-9(ロボット)だけとか。

 ま、そんなのあり得ないはわかっているけど。

 

 勝手にエピソード9の予測をすると、前回の3部作(エピソード1~3)は、史実(?)を変えるわけにはいかないので、主人公のアナキンがダークサイドに落ちてベイダーになってしまうという悲劇的ラストで後味が悪かった。

 けど、今回の9は必ずやハッピーエンド、希望ある結末に持っていくでしょう。

 なんといっても制作の大元はディズニーだし。

 

 王道としてはレンの魂が救われ、レイと結ばれる・・・というのが落としどころだと思うけど、それだと単純すぎるかなぁ。

 


芸術がわかる人と思われたい

 

 昔のことなので、そのおじさんがなぜ訪ねてきたか忘れてしまったが、たぶんガスの定期点検かなんかだったのだろう。

 とにかくおじさんは、うちの玄関に飾ってあったとうもろこしの水墨画を見て言った。

 

 「あ、この絵、わたし知ってますよ。描いた人」

 「ほんと?ご存知なんですか?」

 「けっこう有名な人ですよね?」

 「お目が高い。かの福嶋青観の絵ですよ」

 「あ、そうそう。福嶋青観ね。おいくらぐらいしたんですか」

 「銀座の画廊でね、100万でした」

 「ああ、やっぱりね。それくらいしますよね。いや、いいもの見せてもらいました。

 それじゃ」

 (ト、おじさん、気分良くルンルン気分で帰っていく)

 

 以上の会話は実は架空のものです。

 実際の会話はどうだったかと再現すると・・・

 

 「あ、この絵、わたし知ってますよ。描いた人」

 「え、なんで?」

 「けっこう有名な人ですよね? 高いんでしょ、おいくらぐらい?」

 「いや・・・それはうちの家内の絵です」

 「え?」

 「以前、水墨画教室に通ってまして、そこで描いたものですが・・・」

 「あ・・・そうですか・・・どうも失礼しました」

 (ト、おじさん、恥ずかしそうに慌てて立ち去る)

 

 どうぜその場限りでしか会わない人だから、適当に話を合わせて気分よくさせてあげればよかったのに、気が回らんかった。

 つい正直なことを言って恥をかかせてしまった~と、いまだに後悔しています。

 

 衣食住が足り、生活が安定すると、多かれ少なかれ、人は誰でも芸術に心を寄せるようになる。

 自分は芸術に理解がある、よくわかっていると思いたい。

 そしてそれ以上に、人からそう見られたいと欲する。

 

 でも、世間で認められている絵ばかりが芸術じゃない。

 水墨画教室の生徒の絵だって、あなたが「これは素晴らしい。おいしそう」と心から感じたのなら、それはあなたにとって銀座の画廊の100万円の絵よりも価値の高い芸術なのです。

 


ライターの仕事の半分以上は取材です

 

 若い人で勘違いしている人が多いみたいだけど、ライターの仕事で文章を書くことは仕事の半分程度です。

 あとの半分は何かというと取材です。

 

 媒体の求めるものに合わせて企画を考え、調査し、取材先を決めて取材する。

 たまにネットリサーチだけであちこちの記事を複合して作ったり、電話取材で済ませたり、もありますが、基本的には現地へ行って取材対象本人と会ってインタビューする。必要なら写真も撮る。

 

 逆に言うと、このプロセスがちゃんとできないと(こうした経験がないと)、ネットリサーチだけ、電話取材だけでOKという仕事もまともにできません。

 

 いくら美しい文章が書けても、面白いブログが書けても、一発・二発ならともかく、継続することは難しいと思います。

 

 で、この取材に至るプロセスが結構めんどくさくて時間がかかる。

 相手も忙しかったりして、なかなか返事が来ないとイライラするし、締め切りまで日にちがないと焦る。

 でもあまり催促して相手の気分を害するのもまずいので、ぎりぎりまで我慢する。

 

 また、原稿を作った後も編集のチェック、取材先のチェックがあって、なかなか返事が返ってこなかったりする。

 

 書き直しを求められたら納得いかなくても、基本的にはやらなきゃいけない。

 媒体によりますが、自分の意見を主張してもいいけど、よほどのことがなければ、そのままOKということにはなりません。

 

 幸いにも最近は大ドンデン返しみたいなことがなく、大した書き直しはせずに済んでいます。

 しかし、じつはそうならないように取材交渉の段階で、依頼書をちゃんと作るとか、事前質問などを作って送っておくとか、いろいろインサイドワークをしておくのです。

 

 料理もいかに優れた調理技術を持っていても、材料が悪いとおいしい料理にはならない。

 取材は「材料を取る」だから、味を損ねないよう、おいしく取る工夫が必要になってきます。

 

 取材するライターは自分の特質を活かして――たとえば若い人がおっさん・おばさんを取材する際は

 「こいつ可愛いやっちゃな。よし、いろいろ教えたろか」と思わせるよう工夫してみるといいでしょう。

 

 こう考えると、いわゆる「もの書き」とはまったく離れたところでエネルギーを使っているなぁと思います。

 ま、自分の創作やブログ以外は、世のため人のために書いているので。

 


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リバプール出身のアーティストが作る「オレの胡椒」がうまいける!

 

 赤唐辛子、黒コショウ、塩にオレンジ・レモンの酸味をブレンドしたスパイス。

 オレンジとレモンで「オ」「レ」の胡椒。

 作っているのは、かのビートルズの聖地リバプールからやってきた英国人、マイケル・フォーリン氏。

 

 うまい!イケる!で、「うまいけるオレの胡椒」!

 

  このダジャレまみれのネーミングでやられた~、笑える~という感じですが・・

 ポテトサラダにつけて、ハムステーキにつけて、鶏団子スープの隠し味に入れてみたら、本当にうまいける~!

 

 早い話、柚子胡椒のアレンジ版なんだけど、より応用範囲が広いかも。

 食卓が新鮮で楽しくなって家族一同、大満足です。

 

 昨日の東京マラソンで、カミさんが鍼灸のボランティアをやりに行っていたのですが、そのブースで外国人選手の通訳をやっていたのが、このうまいけるさん(奥さんが鍼灸師らしい)。

 

 せっかく出向いてきたのに通訳だけじゃ足りないということで、ついでに鍼灸師相手にこの「オレの胡椒」の行商+販促活動を展開したらしい。

 

 このスパイス職人は、画家であり、グラフィックデザイナーであり、自分の畑で赤唐辛子作っているファーマーであり、おまけに通訳でもあるというマルチタレントぶり。

 

 節操なくいろんなことやっているように見えるけど、彼の中ではこれらの活動が一本の太いラインで繋がっているのでしょう。

 

 何はともあれ、商品が素晴らしいからOKだ、うまいける。

 化学調味料・保存料不使用。

 皮まで使う原料のオレンジ・レモンは、地元の神奈川でプロファーマーが無農薬栽培したものです。

 

 お値段は800円とちょっと高めだけど、エンターテイメンタブルなキャラクター、ストーリーもインクルーズされていて十分納得

 本当にいろんな料理に使えて、うまいけるな「オレの胡椒」です。

 


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AirBnB:旅行者もホストも面白い、新しい旅スタイル

 

 

 うちの近所で「This is not AirBnB」という貼り紙を玄関に出している家を発見しました。

 ということは、この永福町界隈に、そことよく似た門構えの家がAirBnBをやっているので、しばしば間違われて旅行者が訪ねてくるということ?

 

 AirBnBというのは要するに「民泊」のことです。

 自分の家やアパートに旅行者を泊めるところで、数年前、話題になった時は、そんなに利用者がいるのだろうか?と訝りました。

 

 が、スマホの普及と比例して、あっという間に世界各地で増殖したようです。

 もちろんホテル・旅館、あるいは民宿などと比べて安いのが魅力ですが、増殖したのはそういった経済面の理由だけではありません。

 

 ホテル・旅館に泊まるのとは違った旅、その現地に踏み込み、生活感のある旅を楽しめるという醍醐味があるのです。

 

 昨年秋に京都へ行ったとき、僕もはじめて利用したのだけど、そこは新選組のもと屯所して有名な壬生寺の近く。

 

 華やかな中心部の観光地とは趣が異なり、生活感あふれる下町で、昭和レトロな店もたくさん並ぶ商店街の路地裏にありました。

 

 ホテルや旅館が建つような立地じゃないので、迷子にでもならない限り、普通の観光客が入り込むところではありません。

しかし、宿があれば楽しめるし、親近感がわきます。

 本当に普通のアパートの一室を貸し出していました。

 

 オーナー(ホスト)は40代のDさん。男性。

 ホスト側も最初はお金目的にやり出すのですが、国内外からいろんな人がやってくるので、そういう人たちと交流するうちに面白くなってはまってしまい、本格的な経営者になってしまう。、

 人気のある観光都市だとプロのホストになって何軒も抱えて経営している人も珍しくありません。ベテランの「スーパーホスト」なる人も登場しています。

 

 そのDさんも1年ほど前にそれまで勤めていた会社を辞めてAirBnB業に乗り出し、京都・大阪に物件を持っていて、日夜往復しています

 掃除もしなきゃいけないので大変だと思いますが、本人はすごく楽しそう。

 オリンピック開催を狙って、この1年くらいのうちに東京でもやりたんだ、と話していました。

 

 泊った旅行者はその宿泊体験についてレビューを書く。

 そのレビューを参考に、次の旅行者がそこを利用するかどうか選択する。

 双方向でつくっていく新しい、個性的な旅のスタイル。

 インターネットの効用をフルに生かしています。

 

 もちろん、ホテル・旅館業界は大反対で、この流れに圧力をかけてきますが、Dさんはそれさえも楽しんでいる風情でした。

 

 AirBnBを利用した旅、きっと面白いので一度、体験してみてください。

 


哲学するネコと瞑想書き

 

   ちょっと春めいた日差しがやってきたので、中野の哲学堂公園までサイクリング。

 そこで哲学するネコと出会う。

 ベンチの背もたれにちょこんと乗っかって、ウトウト居眠りしているのかと思ったら、目は細めているものの、ちゃんと起きている。 

 

 こういうフリーのネコと出会うと、僕はいつも果敢に対話を試みるのだが、ニャーとかミャーとか語り掛けても、まったくリアクションしてくれない。

 

 けれども拒否されたわけではない。

 20㎝くらいのところまで近づいて写真を撮っても、背中を撫でても、逃げ出すどころか微動だにしない。

 その背もたれの上にさりげなく、かつ堂々と“存在”しているのだ。

 まるで瞑想中の老師のようだ。さすが哲学堂。こんな大したネコがいるなんて。

 

 僕も何度かトライしたことがあるが、瞑想というのはうまくできない。

 部屋を暗くし、ヒーリング系の音楽を流し、お香などを炊いてみても、その行為に集中できない。

 なんだかこんなことをやっている自分は、自分じゃなく思えてきてしまうのだ。

 

 そこで見つけたのが「瞑想書き」。

 なるべく考えようとせず、頭に思い浮かぶ言葉・イメージを手書きでノートに書き留める。ただそれだけ。

 

 ちゃんとした文章になってなくていい。単語の羅列でも構わない。

 愚痴や泣き言や頭にきたことを書き散らしてもいい。

 「おまえバカじゃないの」とか「あなた賢いわ」とか、自分を分裂させてAとBの会話にしてもいい。

 

 ただひたすら意識の流れを「見える化」する。

 紙とペン(鉛筆)を見ていればいいので、集中力も保てる。

 瞑想効果があるので、瞑想書き。

 

 最初はうまくできないかも知れないけど、続けてやっていると、そのうち自然にスラスラ言葉が出てくるようになってきて、これがけっこう面白い。

 手を動かすことによって脳が開き、意識の奥から情報が湧き上がる。

 心の声を聴くような感覚をつかめるのだ。

 

 自分のものにできてきたなと思ったら、テーマや目的に沿って、仕事のアイディア出しの下書きに使ったり、ブログやSNSのメッセージの下書きに利用してもいい。

 もちろん、創作活動のウォーミングアップとしてもOK。

 

 たまにやるのではなく、できれば毎日やる。

 朝起きたばかりの、脳も空気もきれいな時間帯、あるいは夜眠る前の、おしりに何もやることが残っていない時間帯がベストです。

 興味があったら試してみてください。

 ネコの手は借りられないので、自分の手で書いてニャ。

 


自伝を書いて脚色する

 

 

 文章を書くことに興味があって、自己表現でも、ビジネスに生かせるものでもいいから腰を入れてやりたい。

 もしあなたがそう考える人なら、まず自伝を書いてみるといいでしょう。

 

 最近は終活ばやりで、エンディングを意識した人が大勢、自伝に挑戦していますが、ここでいう自伝の執筆は、自分だけの言葉・文体・文章を養うためのものです。

 

 だからむしろ若い人にやってほしいと思っています。

 

 なぜかと言うと、これから先、「要点をうまくまとめた文章」「美しく整った文章」など、企業や役所などの仕事で求められる「正解」の文章は、AI・ロボットに委ねられるからです。

 

 自社・自分の組織に関するデータ、こんな目的で作う、こんな感じ(パターン)の文章、みたいな条件を入れてAI・ロボットに頼めば、オートマティックにお望みのものが出来上がってくる――そういう世界になっていくと思います。

 

 だから文章を書きたい、表現したいという若い人は、「おれの文」「わたしの文」を出来るだけ早くから磨いて使えるようになったほうがいいと思うのです。

 

 そのために有効なのが自伝の執筆です。

 自分のことならネタに困らないので、トレーニングには最適です。

 

 僕・わたしの短い人生なんて書いたって面白くないよという人、ほんとうにそうでしょうか?

 自分のことも面白く書けないのなら、人に読ませて少しでも心を動かす文章――そういした価値ある文章なんて書けるはずがありません。

 

 だから一度や二度はトライしてみましょう。

 目を凝らして自分の中を見つめれば、きっと面白い要素が見つかります。

 

 一口に自伝と言っても、ただ履歴書みたいなもの、「〇〇へ行って〇〇を食べた」みたいな単なる記録みたいなことを書いていてはダメです。

 

 あくまで人に見せることを意識して、面白く、わかりやすく読めるように書く。

 (ただし、書いても実際に人に見せる必要はありません)

 

 そして事実をそのまま書くのではなく、ポイントになる部分だけでもいいから脚色する。

 ドラマチックにしてもいいし、コミカルにしてもいいし、詩的にしてもいい。

 記憶の中の事実に、自分なりの構成・アレンジを入れてが面白いと思う脚色をする。

 自己満足でいいのです。

 

 さらにできれば、フィクションがまじってもいいので、その自伝を小説にしたり、エッセイにしたり、舞台の戯曲、映画の脚本にしてみる。

 そうすると自分の文章の世界が広がります。

 

 そのままの自分を書くのは恥ずかしいと言うのなら、自分とは別人の、架空の人物に置き換えてもいい。

 そうすると周囲の人たちのキャラクターも変わってきて、より生き生きと動き出します。

 

 過去のエピソードなんて面白くない。将来おれは宇宙へ行くから、その時の話を想像して書いてみようと思う。

 そんなアイデアが出てきたら、しめたもの。

 

 要は自分をネタにして、書く楽しさを体感してほしいのです。

 自分の脳を掘り返す楽しさ、記憶を引っ張り出し、自由に使う楽しさを。

 

 本当に自分の人生はつまらなさ過ぎて書くことない。

 トライしてみてあなたがそう絶望したら、文章を書くのには向いてないので、さっさとやめて、別のことに時間とエネルギーを使って人生を楽しみましょう。

 

 それでも何らかの事情で、どうしても何か書かなきゃいけないんだ、という人は、僕が代筆して差し上げますので、お便りください。

 


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世界を開くためのリライト

「Writing is Rewriting」と言ったのは、ブロードウェイの劇作家ニール・サイモンであり、ハリウッド映画のシナリオ教本を書いたシド・フィールド。

 最近になってやっとこの言葉が実感できるようになった。

 

 今日は「いたち」のリライトが進んだ。

 朝、「いけそうだ」と予感したので没頭すると、面白いようにスラスラ進んだ。

 途中、他の仕事の修正作業やメール対応を挟んだが、夕方までに5ページ分(約6000字)行けた。

 

 冒頭部分が物語のトーンを決める。

 自分自身の、作品に対するコミュニケ―ションのしかたも決める。

 

 「人間と動物の心の交流」といったフレーズから容易に連想される甘いトーンを崩したいとずっとグズっていたのだが、今日はみごとにブレイクスルー。

 もともとのプロットに沿って書き始めたが、思ってもみなかったシーンとなり、登場人物のキャラも鮮明になり、キレよく展開して上々だった。

 自分のコアにアクセスできているという感触が残った。

 

 原型を崩せば崩すほど面白くなる。それがリライトの醍醐味であり、その醍醐味が書き続けるエネルギーになる。

 今までのプロットで残す部分は一応決めてあるが、それもこのまま進んでいくとどうなるか分からない。

 

 既存の不十分な部分を補って完璧にするためのリライトではなく、まったく新しい物語を作り直し、その世界を開いていくためのリライト。

 

 創作は普段のライターの仕事とは別もので、成果(金銭的報酬・社会的評価・仕事の引き合いなど)が得られるのかどうかは、まったく未知数。

 でもその分、結果オンリーだけでなく、プロセスを楽しめる。

 書くことは、日常と非日常の双方に足を突っ込みながら生きることだ。

 


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自分をリライトする

今までやってきたことを書き直す。

 リライトは今後の自分のテーマである。

 

 と思って、久しぶりにアジアンカンフージェネレーションの「リライト」を聴いた。

 とんでもない重量感と疾走感。

 こんなカッコいいロックに出会ったのはどんだけぶりだ~と、ぶっとんだのが、はや15年ほど前。

 

 アニメ「鋼の錬金術師」のラストクールのオープニング曲だったので、ハガレンのクオリティが10倍UPした。

 

 いま聴いてもレジェンドでなく、なつメロでもなく、現在進行形のリアル感満点で、ザラザラの音の塊がより深く胸をえぐってくる。

 

 リライトは形を成した文脈をもう一度掘り進めて、新しい価値と意味を見つけ出す作業。書いて休んで書いて休んで、また書き直す。

 

 個人的なことだけど、今の時代はみんな同じようなことをして、自分の生きてきた中から何かを掘り出そうとしているのではないだろうか。

 

 あなたは何回自分を書き直しますか?

 


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宴会予約物語

 

●池袋西口探検

 

 4月の同窓会の幹事をやることになって、先日、今やすっかりアウェイになってしまった池袋西口を現地視察してきました。

 その昔(かなり大昔)、西池袋に学校があったので、毎日通っていたところです。

 

 ここ数年(というか数十年)、同窓会は皆が集まりやすいから、ということで、ほとんど新宿でやっていたのですが、今回はせっかくなので思い出深い池袋で、ということになったのです。

 

 6~7年前、立派になった東武デパートで、着ぐるみショーのスタッフをやりましたが、まともに街中を歩いたのはそれ以来かなぁ。

 そもそも最近は用事がないので、まったく足を踏み入れていませんでした。

 

 かつては「雑多」を絵にかいたような街でしたが、ずいぶんと洗練されました。

 

 でも西口公園=ピカピカの東京芸術劇場の前には、ちょっと胡散臭そうな、あまり身なりの良くないおっさんたちがたむろしており、伝統的な「ブクロ臭」をぷんぷん漂わせています。

 うん、いいぞ、いいぞ。

 

 というわけで、やたら道路が広くなったんぁとか、ゴミゴミ家が密集していたところがすっきりしちゃったなぁとか、ありゃ学校ない。そういや何年か前に移転したって聞いたなぁとか、あちこち探索・発見して、何軒か候補のお店に目星をつけて、チラシを持って帰って比較検討すること2日。

 

 そんな手間暇かけず、ネットで調べりゃいいじゃんと思うでしょうが、こういうプロセスを踏まないと納得できない性分なので。

 それに現地へ行って自分がどう感じたか分かっていないと、どうも気が落ち着かない。ほんとにめんどくさいアナログ体質です。

 

●第1志望:イタリアンレストラン貸し切り

 

 参加するのは女性が多い(予定)なので、第1志望、貸し切り歓迎(とチラシに書いてあった)のイタリアンレストランへ。

 小ぶりな地下のお店で、なんとなく良い雰囲気だし、僕もワインが好きなので、たまにはこういうところも、と思って電話をします。

 

 ちなみに時刻は4時ちょっと前。

 ランチが終わり、休憩してそろそろ夕方の準備に入ろうかという時刻。

 中年くらいの店長らしき人が出た。

 ちなみにネットで調べると「ぐるなび」などには情報載せているけど、独自のホームページは持っていない。

 

 「ハーイ、チャオ!」とお茶目に出るとは思わなかったけど、小規模な店なので、フレンドリーな温かみを期待したのですが、第一声は割と固い感じ。

 「これはちょっと・・・」とその瞬間ひるんだが、構わずそのまま切り込む。

 

 「貸し切り、本当に何人でも歓迎なんですか?」

 「ああ、えーと・・・土曜日ですよね? 土曜はちょっと・・・」

 「(なんだ、ここに書いてあることと違うじゃねえかよ)え、じゃあ何人ならいいんですか?」

 「そうですね、それは一人当たりのお値段によって代わってきますが・・・」

 「ひとり5000円。最低10人くらいは来ると思うけど、それじゃダメ? ま、もっと増えると思うけど」

 「それはちょっと・・・5000円なら20人くらいからじゃないと」

 

 「20人集まるかも知れないけど、ちょっとまだわからないので検討します」

 

 残念ですが、最初の3秒で感じたNG予感は当たってしまいました。

 

●第2志望:個室居酒屋

 

 第2志望。居酒屋でも個室があることころがいいな。

 最近流行っているらしいチェーン店。

 ここもネットで一応確認して電話すると男性が出るが、第一声の印象は芳しくない。

 休憩時間を邪魔された感がちょっと声に混じっている。

 ごめんね。でも営業している時間に掛けちゃ迷惑でしょ。

 と思いつつ、切り出す。

 

 「人数まだわからないんですが」

 

 「10~20人? うーん、するとお部屋違ってきちゃうんですよね。一応とっときますけど」

 

 「チラシに載っているこの〇コースがいいなと思っているんですが、これ2時間飲みホを3時間にはできんですか? 追加料金払いますよ」

 

 「はぁ、でも土曜ですよね?土曜は2時間オンリーでお願いしているんですよ」

 

 「わかりました。じゃあ検討します」

 

 こちらも残念ですが、最初の3秒でNGかな感が伝わりました。

 ていうか、どうしてもここにしたい!という気にならなかった。

 

●第3志望:フツーの老舗チェーン居酒屋(思い出付き)

 

 第3志望。フツーの昔からあるチェーン店の居酒屋。

 ただし、じつはここで何度も飲んだことがある。

 もちろん当時からたぶん何度も改装していて、とてもきれいな店になっています。

 

 電話すると、今度はお姉さん。

 

 「はい、ありがとうございます。あ、ご宴会ですね? はい、かしこまりました。2時間半のコースを。10~20名くらい。あ、大丈夫ですよ。3日前にわかれば。お料理、AとBはCとDに差し替えられますが・・・AとBですね。同窓会ですか、じゃあ学校の名前でお取りしますか・・・はい、ありがとうございます。お待ちしています」

 

 流れるような美しく、きびきびした応対。

 そもそも最初の第一声が、先の2店はボールから入ったが、こちらはズバッとストライク。こうこられるとありがたい。

 結局、ここで決まり。

 フツーのフツーだけど、安いし、思い出もあるし、OK。

 

 いや、マニュアル対応なのはわかります。

 老舗なのでデータも豊富だからね、こういうお客はこう応じればOKっていうのが出来上がっていると思います。

 でもたとえマニュアルでも、その場でちゃんとこなせるパフォーマンスは素晴らしい。

 僕のような単細胞な客はそれだけで気分が良くなってしまうのです。

 

 出たスタッフの声を聴くと何となくその店全体像が伝わってくる(と僕は信じています)。

 

 電話対応が良いからと言って、必ずしもその店のサービスが良いとは限らないけど、電話対応が悪かったところが、それを覆すほどサービスが良かったということはないんだよね。

 

●まとめ

 

 といういわけで、たかが宴会の店決めをするのに何をそんなに時間かけているんだと思われるでしょうけど、これも遊びみたいなもので、これくらいプロセスつけて自分の中でストーリー作らないと、生きてて面白くないんだよね。

 

 最初はほんの5~6行の日記で済ますつもりだったんだけど・・・

 与太話を長々とすみません。

 でもここまで読んでくれたということは、面白かったということかな?

 別にためになる教訓みたいなものはないけど、あなたも宴会幹事をすることがあったら参考にしてください(なればね)。

 


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記憶のダストを書き集めると星が生まれる

 

 続けて思い出話を書いたので、ズシ、と心に重みを感じている。

 とらやの羊羹か、名古屋名物ういろうを手渡された時のような重さ。

 寂しさと、悲しみと、楽しさと、懐かしさが熟して詰まった重さだ。

 

 宇宙に浮遊していた記憶のダストを書き集めて塊にすると、自分の中の宇宙にポコッと小さな星が生まれたよう。

 

 フェレットを飼っていたAさんも、

 亡くなった白滝さんも、

 そんなに長く付き合ったわけでなく、とても親しかったわけでもないけど、

 「同じ時間を生きた」と実感した人。

 だから思い出して書いてみると、一つの「過去」が出来上がり、一つの「物語」になる。

 

 書くという行為はとても面白い。

 

 あなたも心のどこかに引っ掛かっているダストがあれば、書き集めてみるといい。

 その人の目、話し方、歩き方。

 その時の聞こえてきた声、音楽。

 その場所に流れていた風。

 それを塊にすれば、あなたの宇宙に星が生まれる。

 誰にも見せなくていい。

 その星はただあなたのために静かに輝く。

 


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白滝さんと校庭芝生の本

 

 8年前の今頃、息子が通っていた小学校の校長室に毎週土曜日、10人以上のメンバーが集まり、原稿を手にえんえん編集会議をやっていた。

 校庭の芝生の本を出版するためだ。

 僕はライターの一人だったので、当然、毎回出席。

 一行一行、ああでもない、こうでもないと、時に大激論になる。

 

 基本的に午前中から昼過ぎまで3時間くらいが定時だが、ランチが運び込まれ、日が暮れる時間まで「残業」したこともしばしば。

 いつも芝生の面倒を見ていた、そのメンバーらの本への思い入れはハンパない。

 取りまとめ役の若き編集者Mくんは、おっさん・おばさんたちの執念にヒーコラ音を上げていた。

 

 3月になって本は無事完成し「悠雲舎」という小さな出版社から出版。

 わずかながら書店にも並んだ。

 その悠雲舎の社長が白滝一紀さんだった。

 白滝さんはもともと銀行マンだったが教育方面にも熱心で、出版社も経営し、学校支援本部の本部長も引き受け、当時の校長も頼りにしていた。

 この本の企画にも無償で、全面的に協力してくれた。(発行人は白滝さんの名前がクレジットされている)

 

 その白滝さんが5日前の2月13日、82歳で亡くなったのを聞き、今日はご葬儀に出席した。

 

 永福町駅近辺を歩いている姿が目に浮かぶ。

 ちょっとガニ股の、特徴的な歩き方は遠目でもすぐにわかる。

 僕と会うと、いつも「ヨッ!」と手を挙げて笑って話しかけてきた。

 

 「気のいい近所のおっちゃん」を絵に描いたような人だったが、秋田から上京し、早稲田を出て、有名銀行・有名保険会社の要職を次々と務めた、そうそうたる履歴の持ち主である。

 

 葬儀は神式で行われ(神式に出席するのは確か2回目。焼香でなく、玉串を祭壇に供える)、宮司が祝詞でその履歴を唱えるのだが、あの独特の雅やかな節回しにかの大学・銀行・企業の名前が乗っかると、白滝さんのキャラと相まって、面白かわいく感じ、不謹慎ながら、つい下を向いて笑ってしまった。

 

 校庭芝生の小学校はその後、隣の中学、他の小学校と統合され、杉並和泉学園に。そこでも白滝さんは引き続き、最期まで学校支援本部長を務められた。

 

 当時、音を上げていたM君=エディター三坂氏は、今、僕の仕事のパートナーになっている。

 彼も語るように、あれは本当に貴重な経験だった。

 そして何より、とびきり楽しい思い出――まさか子供の学校であんなことが起こるなんて思ってもみなかった。

 

 いろいろなご縁を作ってくれた白滝さんに感謝。

 どうぞゆっくりお休みください。

 


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「いたちのいのち」の書き直し

 

  5年ほど前に「いたちのいのち」という話を書いたことがあります。

 これはフェレットとその飼い主の話。

 フェレットと言うのはイタチ科の動物で、イヌより手間がかからず、ネコより愛嬌があって、ネズミよりも撫でがい、可愛がりがある――要するにとても飼いやすく、よくなついて面白いというやつです。

 

 体型が面白くて、ダックスフントみたいにビロロロンと胴体が長く、なんだかニョロニョロしている。そのまま首に巻いて襟巻にできそうな感じ。

 先祖はダックスと同じように穴に潜って野ネズミを捕まえていたらしい。

 英国のエリザベス1世やビクトリア女王にも飼われていて、ハリーポッターにも「ヨーロッパケナガイタチ」として登場。ドラコ・マルフォイが魔法でこのイタチに変えられてしまう、というシーンがあります。

 

 人間と代謝機能の何らかの数値が同じだとかで、実験動物として使われてきたという履歴(今でも使われている)を持っています。

 

 一時期、ペットとしてブームになったようですが、 今はどうだかわかりません。少なくとも最近は連れて歩いているのを見たことがない。

 

 なんでそんな話を書いたのかというと、純粋に個人用。

 フェレットを飼っている女性がいて、彼女の「イタチくん」との生活を話すからそれをまとめて話を作ってほしいというオーダーでした。

 

 彼女との関係やプロフィールを説明するのは面倒ですが、簡単に言うと、当時ちょっとバイトしていたところの職場の同僚。色恋とはまったく関係ないけど割と仲が良かったので、そのフェレットの話をよく聞かされました。

 あるとき、しばらく(1週間くらい)来なくなり復帰したので聞いてみると、いちばんお気に入りのフェレットが死んだとのこと。

 

 それで話を聞いているうちに、僕がライターだということも知っていたので、流れでそんなことになってしまったのです。

 

 仕事ではないのでギャラも発生せず、一銭ももらいませんが(コーヒーは一杯おごってもらった)、こういうのもけっこう面白いなと思って1カ月くらいかけて書き上げたのが「いたちのいのち」です。

 

 フェレットの歴史や習性の話、彼女とフェレットたちとの出会い(多頭飼いしていた)と生活、彼女の動物に対する思いをおもに書いたつもりだった。

 けど、できてみるとそのストーリーの裏に見え隠れする彼女の孤独感とか、家族との不和、人間関係のうまくいかなさ加減がにじみ出てしまっていて、ちょっといたたまれない気持ちになりました。

 

 それで原稿を見てもらおうとメールで送ったのですが、それからすぐに音信不通になり、職場にも無断で顔を出さなくなりました。

 

 結局その後、何度かメールをしても返事はなく、二度と顔を合わせることはなくなりました。

 僕もそこまで深追いはしなかった。

 

 この話を読んだせいかな、それとも最後の一匹(一番のお気に入りが死んで、その時点で一匹だけ残っていると話していた。)も死んでしまっておっち込んでいるのかな、といろいろ考えましたが、どうにもならない。

 

 その後、一度、少し書き直して置いてあったのですが、もう時効だと思うので、まるっきり書き直してみようと1カ月ほど前から、あれこれやっています。

 

 動物は純粋。というか、人間が「こいつは、この子は純粋」と信じられる。

 信じても差し支えない。損得勘定とも無縁の世界。

 だから心を素直に胸を開いて、自分の心を映し出せるのだろうなと思います。

 


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子供の大学受験は「良い親検定」

 

私立大学の受験も終盤を迎えたようです。

今日もうちの近くのM大の正門前には、夕方、試験を終えて出てくるわが子を待つ親たちがたむろしていました。

 

子供のことを心配している。

なのだろうけど、じつは自分の心配。

子供の受験を自分の検定試験のように考えているはようで。

「親として私は合格なのだろうか?」と、気が気でない。

不安な気持ちはわかります。

 

でも、その合否を子供が受ける大学に決めてもらうのか?

子供がM大に合格すれば、自分も親として合格なのか?

それで「上がり」で、子育て卒業というわけか?

 

でも現代子育てすごろくには続編がある。

4年後には今度は就職(就社)がやってくる。

これまた一大イベントで、再び親としての検定試験が行われる。

今度は子供が入社試験を受ける〇〇社に

「私は親として合格でしょうか?」と問いかける。

 

「いやぁ、もちろんです。こんな立派な息子さん(娘さん)を育てたあなた、合格!」

とポン!とハンコを押してもらえば満足なのか?

 

ゾロゾロ門から出てくる受験生たち。

その中からわが子の姿を必死に探し出し、駆け寄る親たち。

 

中には子供に「来てほしくない」とはねつけられたけど、やっぱり来てしまって、

遠目からわが子の姿を追う人もいるようだ。

 

なんだか年々その数が増えている気がします。

よけいなお世話だろうけど、ちょっと考えさせられる風景なのです。

 


ピーターラビットの農的世界への回帰現象

 

●ピーターラビットの農的世界への回帰現象

 

イギリスの田舎、農村地帯、田園地帯は日本人にやたらと人気があります。

確かにとても美しいのだけど、外国の、西洋の田舎ならフランスでもドイツでもイタリアでもスペインでもいいではないか。

なぜイギリスなのか?と考えると・・・今年のうちのカレンダーを見てハッとした。

 

ピーターラビットだ!

 

ピーターラビットこそ、イギリスの、洋風田舎の代表的イメージを形作っているのではないか。

さらには近代社会において農業・農村をポジティブなイメージに価値転換したのもピーターラビットなのではないか、と。

 

子供向けの絵本でありながら、大人にも、というか、むしろ大人に、特に女性に大人気のピーターラビット。

人気の秘密はあまりメルヘン過ぎない上品な絵と、よく読むと割ときわどいストーリーにあります。

 

なにせピーターラビットのお父さんは農夫マクレガーさんの畑を荒らして捕まり、パイだかシチューだかにされて食べられてしまったのですから。

ピーターも危うく同じ目にあいそうになります。

 

かと言って、作者はマクレガーさんを残酷な悪者扱いにすることなく、子供向けによけいな甘味料を加えることなく、それがごく自然な人間と動物の関係として、さらりと描いています。

 

子供だましでない、そのストーリーテリングの見事さと、リアリズムからちょっとだけズラした絵柄とのマッチングが、唯一無二の世界観を醸し出している。

 

そして、その世界観が、この物語の舞台である湖水地方、さらにその向こうにあるイギリスの田舎を一種の理想郷のイメージに繋がっているのではないかと思います。

 

僕はこの物語の舞台であり、作者のビアトリクス・ポターが暮らしたイギリスの湖水地方には何度も行きました。

 

最後に行ったのは20年ほど前ですが、その時すでに地元の英国人は日本人観光客の多さに驚き、「ポターはそんなに日本で人気があるのか?」と聞かれたことがあります。

その頃からピーター=ポターの人気は不動のようですね。

 

19世紀の産業革命の時代、ロンドンなどの都会に住んでいた富裕層が、工業化と人口の増加で環境が悪化した都会を離れ、別荘を構えたり移住したことで湖水地方は発展した・・・という趣旨の話を最近、聞きました。

 

それまでの田舎・農村は貧しさや汚さ、そしてその土地に人生が縛り付けられる、といった暗いイメージと結びついており、けっして好ましい場所ではなかった。

 

しかし、急速な工業化・非人間的で気ぜわしい労働・環境に嫌気のさした人々が、都市・工場とは対極にある農村・田園・農業に、自然とともに生きる人間らしさ、長閑さ、幸福感とぴった高い価値を見い出したのです。

 

ポターの描いたピーターラビットの世界はその象徴と言えるのかもしれません。

 

そして産業革命から200年余りを経た今日、一種の回帰現象が起こり、再び農業に人気が集まりつつあります。

 

これからのライフスタイルは、工業化の時代を超えて、土に触れ、植物や動物の世話をする超リアルな農的ライフと、ネット・AI・ロボットのバーチャルな脳的ライフとに二極化し、僕たちはその間を行ったり来たりするのかなぁと、ピーターラビットのカレンダーを見ながら考えています。

 


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人間の歴史はチョコレート前とチョコレート後とに分かれる(かも)

 

  バレンタインデーなので、カミさんから「プレミアム・チョコプリン」を頂きました。自分も食べたいのでこれにしたようです。

 何がプレミアムなのか食べてみると、プリンという呼び名は相応しくない。

 食感はレアチーズケーキに近い。味は濃厚、そしてビター。でもしっかりチョコレート感がある。これはおいしい。ありがとう。

 

 僕は、人間の歴史はチョコレートが開発される前と後とに分けて考えられるんじゃないか、と考えています。

 

 古代から疲れを癒し、魂を覚醒させる効果があると信じられてきたチョコレート(古代は飲み物で、チョコというよりココアでしたが)。

 それが近世の西洋社会で量産され、普及するようになって、人々の知覚は明らかに鋭敏になった。

 いわゆるドラッグのような効果があったのではないかと言われています。

 

 体に害はないんだけど、「やばい食べ物」と言われた時期もあったようです。

 庶民にあんまり頭良くなってもらいたくない人たち、知恵を付けてほしくない人たちは、すぐにこういうことを言い出しますね。

 

 明治時代、日本で作られ出回るようになった頃も「牛の血を混ぜて作っている」とか、いろいろデマが飛び交い、売るのに苦戦したようです。

 

 日本の庶民が本当にチョコレートの味を知るようになったのは、やっぱり戦後から。

 「ギブ・ミー・チョコレート!」と叫んで進駐軍のジープを追いかける、あの子供たちからでしょう。

 

 映画やドラマでしかあのシーンを見たことがないけど、何度見ても衝撃的。

 あんな体験をリアルにしてしまった子供の胸には、良いにつけ悪いにつけ、アメリカの存在の大きさが胸に刻み込まれたことでしょう。

 

 そういえば、あのあたりの世代はアメリカかぶれが多いような気がします。

 無理もありません。

 あの時代、将来の日本人の頭を洗脳するのにチョコレートはうってつけでした。

 まさしくドラッグとして機能していたとしても、おかしくありません。

 

 父や叔父・叔母はそうした経験をしていないと思うけど(齢が下の方の叔父・叔母はちょうど「ギブ・ミー」の世代だけど)、僕が子供の頃、パチンコで勝って景品のチョコレートをもらってくると、誇らしげに僕や妹にたちに手渡しました。

 

 多くは「森永ハイクラウン」など、子供にとってワンランク上のちょっと大人っぽい、高級っぽいやつです。

 

 子供にチョコレートを与えられる、まっとうな生活力にある大人。

 そういう大人であることに、深い満足感を覚えていたのだと思います。

 もちろん僕たちは大喜びで、家族は幸せでした。

 チョコレートをかじると、その時代のみんなの笑顔を思い出します。

 

 僕が子供の頃からずっとチョコレートを好きで、食べるといろんな思いにとらわれるのは、そんな理由からです。

 

 すっかり習慣化したバレンタインデーは、朝からあちこちでいろんなチョコ――もちろ義理チョコの類だけど――をもらって食べました。

 でも家庭によけいな波風を立てたくないので、毎年カミさんには黙っているようにしています。

 


慣習的自己と本質的自己

 

人間の中には「慣習的自己」と「本質的自己」という二つの自己が宿っている。

と看破したのは精神科医の神谷美恵子さんという人。

 

人間は社会生活が長くなるにつれ、つまり、おとなになるにつれ、慣習的自己が肥え太り、本質的自己がやせ細っていく。

 

現実の社会生活に対応するのが慣習的自己。

何につけても、これをするのは得か損かと考える。

そして他者が自分をどう認識するのかに気を張り詰める。

 

本質的自己は子供の頃は元気いっぱい。

けれども齢とともにだんだん隅に追いやられ、息を潜めて暮らすようになる。

けっして死んではいないけれど、ネグレストされた子供のように引きこもる。

 

「自分を見失う」とは慣習的自己に支配され、本質的自己を見失うこと。

いっそのこと、慣習的自己オンリーで生きればいい、と思うが、どこか心のすき間に

 

「本当は自分は何がしたいのか、何ができるのか?」

 

そう本質的自己が囁くのが聴こえてしまう。

 

またネグレストするか?

それとも耳を傾けるか?

それとも、とりあえずネットに何か書き込んでみるか?

「これが本当の自分です」というようなものを。

 


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中高年はめざせ!中川屋嘉兵衛

 

 「還暦から勝負です」と宣言した人がいるが、先パイ、その通りです。

 あなたも老後の心配で、使わないカネを貯め込んでいる場合じゃありません。

 「人生50年」と言われた時代でも、50歳から大活躍した人がいます。

 

 マイナビ農業の仕事で、日本における肉食の歴史を調べていると、幕末から明治にかけて活躍した「中川屋嘉兵衛(中川嘉兵衛)」という名に出会いました。

 この人は慶応3(1867)年、荏原郡白金村に東京初の屠畜場を開いた人です。

 

 三河(現在の愛知県岡崎市)出身で、京都で漢学を修めた後、江戸に出てきてイギリス公使の料理人見習いをしながら英語を勉強し、欧米人相手のビジネスを画策。

 

 そして慶応元(1865)年、開港間もない横浜に出て、アメリカ人医師のもとで牛乳販売業を、イギリス軍の食料用達商人としてパンやビスケットの製造販売、さらに牛肉の販売を手掛けるようになりました。

 

 しかし車も冷蔵庫もまだない時代。横浜から江戸まで肉を運ぶのは至難の業ということで、都内に屠畜場を作り、芝高輪の英国大使館に納品したのです。 

 

 それとほとんど並行する形で、肉を鮮度がいいまま保存管理するには氷が必要となって製氷業を、ついでにアイスクリーム屋も開業。お肉の方では牛鍋屋も開店。

 次から次へといろんな事業をやって、人からは「節操ない男」と映ったかもしれませんが、彼の中では「洋食事業」ということでつながっており、それぞれ牛乳部門、パン部門、肉部門、製氷部門・・・といったように部門別に分かれていたにすぎないのかもしれません。

 いわば日本における「洋食文化の父」と呼べる人でしょう。

 

 僕は最初、資料を読んでいて、彼のことを勝手に岩崎弥太郎みたいな青年実業家だと思っていたのですが、江戸に出てきたのは40歳、横浜に出た時はすでに50歳!

 

 これは江戸時代の社会常識で考えれば、人生晩年近く。

 すでにご隠居さんとなってもおかしくない齢でしょう。

 

 そこから欧米人に仕えて取り入って、車も鉄道も、電話もインターネットもない環境でこれだけの事業を成し遂げ、80歳まで仕事をやりぬいたというのだから、中川屋嘉兵衛あっぱれ。

 

 「もうトシですからムリですぅ~」とか、

 「もう今からでは遅すぎますぅ~」とか言ってる場合じゃないですよね。

 何かやってもやらなくても同じように齢は取る。

 何歳だって“今”より早いスタートはないわけですから。

 


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香水(パフューム):人間存在の深淵につながる「におい」の世界

「香水(パフューム)」という小説がすごい。

自分でもオナラ小説を書いているので、においの話には心ひかれます。

 

★鼻焼きの話

まだ寒いのにもう花粉が飛んでいるらしく、それで「鼻を焼きに行くんんだ。ふふふふ~ん💛」というFBの記事を読んで仰天しました。

鼻を焼く???

そうすると鼻水がジュルジュル出なくて具合がいいらしい。

 

「鼻を焼く」と聞いて、まさか鼻の頭に火をつけることはあるまい、鼻の穴に何か突っ込んでシュボッ、ジリジリジリ・・・とやるんだろうな、ということは察しました。

 

そこですぐさま思い浮かんだのはチリチリにカールした鼻毛。

新しいトレンドかと思ったけど、レーザーで焼くから、そうはならないんだって。

 

★嗅覚障害は大丈夫か?

そして次に湧き起った疑念は当然、嗅覚に問題は起きないのか、ということ。

あるサイトを調べてみると、においを感じる組織に焼きを入れるわけではないので大丈夫らしい。

でもやっぱり、ちょっと心配してしまいます。

手元が狂ってオペ失敗というこっとなないのか?

永遠ににおいが失われて、嗅覚障害者になってしまうことはないのか?

 

最も原始的な感覚である嗅覚は、現代人が未開拓のフロンティア。

鼻に障害がある、匂いがわかならないと言っても、目や耳の障害のようには深刻に受け止められない人が多いのではないか、という気がします。

 

しかし、それは大まちがい。

比べるものではないけど、目や耳よりも問題はシリアスかも知れません。

においの世界は潜在意識の世界とつながっているからです。

 

★天才香水調合師

それを見事に一つの物語として表現したのが「香水(パフューム)」という小説。

舞台は大革命が起こる少し前(らしい)の18世紀フランス・パリ。

主人公はグルネイユという天才香水調合師。

 

彼は無垢な魂の持ち主であると同時に、匂いによってこの世界の在り方を認識する超絶的な嗅覚の持ち主。

 

人生の目標は究極の香水を創り上げること。

それは彼にとって完璧な世界――天国のような世界を建設することに値する。

その研究の果てに見つけた手段は・・・副題の「ある人殺しの話」がすべてを物語る。

 

ケレン味たっぷりのストーリーなのだがリアル感がすごく、最初読んだ時など、これは実在の人物の、本当にあった話なのではないかと疑ったぐらいです。

 

★18世紀パリの裏通り

彼を産み落としてすぐさま死刑にされる生みの母。

カネのためにクールに孤児の彼を育てる養母。

彼をこき使う皮なめし職人の親方、

そして、むかし一発当てて、今は落ち目の、それでもプライドだけは人一倍高い老香水調合師。

など、脇役もみんなキャラが立っているととともに、当時の社会構造が垣間見えて、300年前のリアルに溢れています。

 

フランスで香水が発達したのは、パリがひどい悪臭の充満した街で、それを回避する手段が必要だったから――という話は以前から耳にしていました。

 

けれど、この小説の冒頭10ページ――グルネイユの生い立ちとともに描写される、貧民・労働者階級が蠢くパリの下町は、想像を絶する、魔女のスープのような地獄絵図。

それを描き出す筆致は、300年前にタイムスリップして見てきたのかと思えるほどです。

 

★人間存在の深淵に触れる

いったいこの作者はいかなる人物なのか?

何があって、どんな発想でこんな物語が生まれたのか?

ドイツ人だが、ナポレオン時代からヒトラー時代まで対立し続けた、隣のフランスに何か恨みつらみでもあるのか?

ちょっと名前が売れれば、たちまちインターネットで丸裸にされてしまう時代なのに、なぜか神秘のベールに包まれている。それもまたよし。

 

10年ほど前に映画化されたのをきっかけに、この原作を読んだのですが、勝手に想像を膨らませられる分、文章の方が10倍エロくて、グロくて、感動的で、人間存在の深淵を覗き見る思いがします。

 

パリの人々の凄惨な人生と風景(でも、たかだか300年前の話)に吐き気をもよおさず、拒絶反応を起こさず、最初の10ページを突破できる人なら、絶対面白い小説です。

 


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北千住の葬儀相談サロンと帰りそびれたウルトラマン

 

 近年は「葬儀相談所」とか「終活相談所」が増えています。

 本日オープンの「葬儀相談サロン ティア北千住」もその一つ。

 ティアというのは名古屋発祥の葬儀社(本社はうちの実家のすぐ近く)で、昔ながらの葬儀屋とは一線を画す、イマ風の垢ぬけた葬儀屋さんです。

 

 オープン記念でこの3連休、一般向け見学会を実施――というので覗いてみると、まだ午前中にも関わらず、結構お年寄りが遊びに来ている。

 中は小ぶりのカフェくらいの広さで、確かに相談サロンとしては狭すぎず、広すぎず、ちょうどいいスペース感。仏壇だの線香だの、いろいろ物販もやっています。

 

 ひと昔前は「縁起が悪い」と敬遠されたこうした葬儀関連の施設も、高齢化社会が進むにつれて抵抗がなくなり、街にもなじんできた感じがします。

 

 そんな感想を抱きつつ、取材を終えた帰り道で会ったのは、オヤジ化したウルトラマン。首から金モールをかけて、昼間っからそば屋でビールを飲んでいます。

 

 もうヒーローとして戦えなくなって、現役を引退して久しいけれど、過去の栄光が忘れられなくて、飲んだくれているうちに光の国に帰りそびれてしまったという感じ。なんだかこれからティアへ自分の葬式の相談にでも行きそうな風情です。

 

 でも、この帰りそびれたオヤジウルトラマンも不思議とこの街になじんでいるのです。

 めっちゃ久しぶりに来たけど、北千住、なかなか味わい深い、探検し甲斐がある街ではないかと思いました。

 


アグリパークのブルーベリージャム

 

 葛飾区産のブルーベリー100%ジャム。

 新宿南口にあるJA東京アグリパークで取材。

 今日は東京産農産物のイベントをやっていて、その中でて目にとまったのでスタッフの方に聞いてみると、葛飾にあるJA東京スマイルと、都立農産高校のコラボ商品だとか。中身も美味しそうだし、ラベルも可愛い。

 

 お値段はちょっとお高め(660円)なのだが、おじさんなので、高校生の女の子が一生懸命作っているところを想像すると、つい応援したくなって買ってしまった。

 もしかしたら男の子かも知れないけど、まぁ、それでもいいや。

 

 ここは甲州街道沿いにあって、毎日1000人の人が覗いていくそうです。

 毎週、いろんなイベントをやっていて、楽しくポップに農業をアピール。

 新鮮な野菜も売ってます。

  新宿で時間があったらブラっと寄ってみてください。

 


たまには禁テレ

 

じつはこの2週間ほど、テレビを全く見ていません。

 でもべつに困らない。

 デメリットよりメリットが大きい。

 食事の時に家族同士で会話が弾む。

 それになんだか時間が豊富になったような気がする。

 普段はいかにテレビに時間を奪われているか、がわかります。

 いや、テレビが奪っているわけじゃない。

 こちらの方がテレビに魂を売っているんです。

 

 そんなにすごいテレビ好きというわけじゃない。

 見たい番組だけ見て、あとはパッと消してしまえばいいのだけど、なんだかそれで消してしまうと寂しくなるのでダラダラつけっぱなしにする。

 そして、ダラダラと見ている。時間がなくなる。

 という負のスパイラルが起きてしまうのです。

 

 僕たちは情報洪水の時代に生きている。

 一日生きると、自分では気が付かないうちに、脳の中にゴミのような情報が鬱積する。チリも積もれば山となるで、だんだんそれが脳に、身体にダメージを及ぼしていく・・・ような気になるのです。

 

 だからこそ、あえて情報をシャットアウトしてみる。

 脳のデトックスです。

 でもたいして困らない。

 ほんとはインターネットも活字も見ないのが本式だけど、そうすると仕事にならないので、そこまではできません。

 なのでとりあえずテレビだけ。

 

 でも明日からはオリンピックを見たいので、とりあえず今日までにしようかな。

 


メモ帳活用ライティング

 僕のデスクトップに並ぶアイコンで最も多いのはメモ帳です。

 パソコンのメモ帳を使うと、楽しく、ラクに文章が書けるからです。

 

 仕事術というほどのものではないけど、2~3年くらい前から原稿を書くときにパソコンに入っている「メモ帳」を多用するようになりました。

 なんら特別な機能がない、ただ字を書くだけの、おそらくパソコンの中でも最もシンプルなアプリです。

 

 以前はワードやエクセル、あるいはパワポなどに直接入力していたのですが、毎日いろいろ書いているうちに、いったんメモ帳に書いたものをワードなどにコピペするのが習慣になりました。

 この原稿もそうで、メモ帳に書いたのをブログとFBにコピペしています。

 いわば下書きして清書するというパターンですね。

 ただし、(特に仕事の場合は)ワード原稿にしてからもあちこち書き直したりするのですが。

 

 なんでこんな書き方をするようになったかというと、資料にある文章をコピペして、それをあちこち加工するからです。

 ネット上の資料だと、ワードなどにコピーしてしまうと、文字の大きさやフォントなどもそのままになってしまう。

 実際にそれを使うにしても使わないにしても面倒くさいことになります。

 メモ帳ならみんな同じ文字になるので便利だし、加工もしやすい。

 

 そしてゼロから文章を起こす場合も、メモ帳のほうが断然書きやすい。

 ワードにしても、ブログやFBにしても、直にその画面に向かうと、脳が緊張するのか、思ったことがうまく文章化できない。

 

 ところがメモ帳なら自然にスルスルっと出てくる。

 余計な力が抜けるというか、書くときに気持ちの余裕ができるというか、文章もぱっとひらめきやすいし、遊べてしまう。

 

 わざわざ原稿を2段階に分けるなんて効率悪いのかも知れないけど、ホンチャンの用紙(ワードやブログ)にコピペするときに文章を整えることもできます。

 その時にうまく書けていなかったところが、「こうすればいいのか」と、ぱっと気が付いたりもします。

 メモ帳の時はいったい何を言いたいのか、ぐちゃぐちゃな文章でも、このステップを経ると、不思議にしっかりまとまることはしょっちゅうです。

 

 なぜかは分からないけど、メモ帳を味方につけるとなんだか快適な気分で書けるのです。

 

 「よい文章を書かなくては」と気合を入れると、よくフンづまり状態になってしまう人は、一度、この「字を書く以外機能なし」のメモ帳を活用してみてください。

 脳がリラックスして力を発揮できるかも。

 


聞きかじり原宿むかし話:リーゼント床屋伝説

 

 昨日のことになってしまったが、3月のイベントの件で“原宿のお米屋さん”小池さんとの打ち合わせがあって原宿まで行きました。

 天気が良かったのでチャリンコで。

 

 小池精米店はいわゆる裏原宿――江戸時代、水車小屋もある田園地帯だった隠田商店街にあります。

 この辺りには隠田地域会館というのがあって、原宿にチャリで来るときは、いつもそこの駐輪場(サイカパークになっていて誰でも利用できる)に停めるのですが、この地域会館がなんと、D昨年末で閉鎖になっていた!

 

 地域の人たちが出入りするのを結構見ていたので、ちょっと寂しい気がしましたが、さすがにこの建物、筑何十年かわからないけど、老朽化が激しくて限界気味。やむを得ず建て直すことにしたようです。

 

 築何十年わからないけど、たぶん小池さんと同年代くらい。

 彼の少年時代は原宿カルチャーの絶頂期で、ホコ天で竹の子族が踊っていた時代とシンクロしていますが、台風の目の下にいると暴風雨に巻き込まれないのと同様、原宿に住む彼らはそうしたカルチャーやファッションにほとんど影響受けることなく、フツーの子供をしていたそうで。

 

 ホコ天も竹の子もツッパリも、ワンス・アポン・ア・タイムになってしまったけど、流行らない床屋さんはいっちょオヤジ相手にリーゼント専門店になってみてはどうだろうか。

 

 キャロルカットとか、永ちゃんレジェンドヘア、やりますとかね。

 さらにカッコいい無精ひげなんかも調整して、チョイ悪おやじ御用達になれば商売繁盛。

 

 オヤジも大人ぶって老朽化していないで、バリバリにキメてまた原宿を闊歩すれば、元気になって病気なんかもふっとばせるぜ。

 


食べ物を作る仕事をしている人の話は一聴・一読に値する。

 

マイナビ農業で取材した「東京しゃも」の記事がUPされたので、先日、浅野養鶏場の浅野さんに報告したら丁寧なメールの返信が返ってきました。

 

 「自分のする話は難しいといつも言われるが、見事にまとめてくれました」と喜んでいただいたので、こちらも嬉しくまりました。

 

 開発技術者や、江戸時代からしゃも料理を扱ってきた人形町の名店とともに東京しゃも開発プロジェクトに携わったエピソードはめっぽう面白い。

 しかし、それ以上に、戦後の混乱期・食糧難の時代から身を起こして養鶏業を半世紀以上にわたって営んできた浅野さんの、食べ物に関する信念・哲学が魅力的なのです。

 

 また、昨日はある料理人の書いた本を読んで、けっこう心に染み入るものがありました。

 料理の話というよりも、自分の半生記みたいになっているエッセイで、さらっと口ごたえがいい割に、何というか、隠し味が効いていて面白いし、深味があるのです。

 料理の味やお店のコンセプト・ムードと、その人の人間性かどうかなんて関係ないように思えるけど、じつは深いところでつながっているんだろうなと思いました。

 

 総じて一流の料理人・生産者は、自分ならではの哲学を持っていると思います。

 哲学という言い方が難しければ、「生きる」ことについて感じること・考えることを何らかの形で表現を試みる――とでもいえばいいでしょうか。

 

 それが生産物・料理・お店全体の在り方に反映される。

 優れた技術に、その人ならではの魂が宿ることによって、人の心を打つ「食」が生まれます。

 

 浅野さんの「食べ物を扱うのは神聖な仕事なんだ」という言葉が耳に残ります。

 機械的に、早く、安く、美味しく、安全な食べ物がたくさん出回るようになった世の中だからこそ、時々はそうした生産者や料理人や作る人たちの人間性だとか、哲学だとかに目を向けて行こうと思います。

 


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雪トトロ、春を呼びに行く

 

 先月の大雪の日に地上に降り立って以来、思いがけないほど長い間、うちにやってくる子供たちを楽しませてくれた雪トトロは、いつの間にか旅立っていました。

 

 前日の雪でまたもや復活かと思いきや、あまり降ってくれなかったので、そろそろ見切りをつけて「じゃーねー」と夜の闇に紛れて行ってしまったようです。

 

 おりしも節分の日。

 たぶん春を呼びに行ったのだと思います。

 

 明日は立春。

 なので、すぐ連れてきてくれることを期待してしまいますが、なにせトトロは3000年も生きているので、毎日忙しい忙しい、急げ急げと言っている僕たちとは時間の感覚が違います。

 

 ちょっと30分昼寝のつもりが3日間寝ちゃったなんてことも起こります。

 それにあちこち道草して遊んでいるでしょう。

 

 なのでまだしばらくかかると思いますが、気長に待ちましょう。

 頼んだぞトトロ。

 春を連れてもいどってきておくれ。

 


新潟ラーメンと新潟名物タレカツと新潟米の話

 

  新潟のお土産に「にいがた4大ラーメン」というのを買ってきました(自家消費用)。

 「新潟濃厚味噌らーめん」「燕三条背脂らーめん」「新潟あっさりしょうゆらーめん」。

 僕はどれも初耳だけど、新潟の人はよく食べているのだろうか?

 あなた新潟の人? どう? 

 

 そして、いの一番に食べてみたのが「長岡しょうがラーメン」。

 しょうがラーメンというのは珍しい。

 スープにはしょうががたっぷりの醤油味。それが太麺とよく絡み合う。

 香り高くておいしい。でもまぁ、そこそこってところで、そんなにインパクトがあるわけではない。

 

 やっぱ新潟はラーメンよりもお米、ごはんなのではないでしょうか。

 

 そういえば写真を撮り損ねてしまったのだけど、新潟には「タレカツ」というのがあって、これが名物らしく、あちこちで看板を見かけました。

 残念ながらそのお店には時間がなくては入れなかったけど、到着した日の昼食に、このおみやげを売っているショップで「チキンタレカツ丼」というのを買って食べました。

 

 濃厚甘辛ダレがカツの衣がフニャフニャにならない程度にしみこんでいてイケます。

 ただ、東京その他の地域の大半の人は「甘すぎる」と言うでしょう。

 きっと僕も東京で食べたらそう文句をつけると思いますが、新潟で食べるとおいしい。

 その秘密はお米だと思います。

 新潟のおいしいお米と甘辛ダレの相性が良いのです。

 まさに新潟ならではの味ではないかと思いました。

 

 それでふと思い浮かんだのが、ブレンド米のマイスター、原宿のでお米屋をやっている小池さんの顔。

 彼なら新潟人と新潟にやってくる旅人たちのために「タレカツが10倍美味しく食べられるコシヒカリブレンド」なんてニッチなブレンド米を開発してくれるのではないだろうか?

 

 その土地ならではのうまいものと、その土地ならではの米。

 日本人は世界一ぜいたくしています。

 


藤原カムイのウルトラQ

 

 息子から誕生日のプレゼントに貰ったのが、コミック版の「ウルトラQ」。 原作はおなじみ(かどうかは世代によるか・・・)の1960年代の特撮テレビ番組。

 1月の締めはオタクな話です。

 

 ウルトラQは初めて遭遇したのがチビッ子の時だったので、その衝撃はすさまじく、精神に完璧にインストールされました。

 

 ドロドロドロと溶けていた文字がギュルギュルっと回ってタイトル文字になって決まるギミック、そしてあのヒュルルというノコギリを震えさせて音を出していたというテーマ曲が流れるだけで怖くてドキドキしていました。

 

 ウルトラマンをはじめとする、のちのヒーローものにはストーリーの流れに一定のパターンがありますが、この作品にはそれがなく、ただ「アンバランスゾーン」というコンセプトに沿って、SF、ファンタジー、怪奇、ミステリーといった類のエピソードが1話完結方式で毎週放送されていました。

 

 マンガとして再現されているのは僕にとって、そしておそらく多くのファンにとっても傑作の誉れ高い6作品。

 

 迫りくる巨大怪獣の恐怖を描いた「ぺギラが来た」

 SFとサスペンスと寓話を融合させた「地底特急西へ」

 詩情と哲学的とさえ言える余韻の残る「バルンガ」

 宇宙人による地球侵略モノの元祖「ガラダマ」

 ミステリアスSFの原点かつ頂点。映像をネガ反転させる異常な演出と、驚愕のラストシーンがトラウマになった「2020年の挑戦」。

 幽体離脱シーンに震え上がってオシッコちびったオカルトもの「悪魔っ子」

 

 惜しむらくは、密室スリラーの「クモ男爵」とシュールコメディの「カネゴンの繭」は入れられなかったのか? 描けなかったのか?

 この2本が加われば完ぺきだったのに、と思わざるを得ません。

 

 ちなみに僕はこうした子供時代に見た映像は、初恋の思い出などと同じく、自分の記憶に刻み込まれているものがベストだと思っているので、デジタライズされてDVDが発売されたよ~ん、白黒じゃなくてカラーにされているんだよ~んと言われても、何か特別な事情・必要性がない限り、一切見ないことにしています。

 

 でもこちらはマンガ。藤原カムイの瀟洒な絵が、記憶の中の1960年代の映像と妙にミスマッチ――アンバランスゾーンになっていて、素直に読めます。

 番組を見たのはまだ5歳の頃ですが、このマンガを読むとその時の感覚がそのまま蘇ってくるのです。

 頭の中身は5歳児からほとんど進化していないのかも知れません。

 

 なにせわずか30分の番組(コマーシャルなどを抜いたら25分程度)。

 深い人間ドラマなど描いているヒマなんぞなく、ひたすら怖くて、世界観とプロットの面白さ、演出のアイデアを見せまくる作品だったはずですが、今こうしてマンガでストーリーをつぶさに追っていくと、その時代の雰囲気や、それぞれのキャラクターの秘めている物語が読み解けてきて、とても興味深いのです。

 

 そして、まだ幼稚園生だった時分に見ていた作品を、自分の息子から贈られるなんて、なんだか変な感じです。まさにこの作品のコンセプト「アンバランスゾーン」。

 

 今思えば「ウルトラQ」が放送されたのは前回の東京オリンピック終了直後のことでした。

 その時代、日本人のライフスタイルは大きく変わろうとしていたのだけど、その時代と時代のすき間に微妙なアンバランスゾーンが生まれていたのかも知れません。

 

 とすると、今回のオリンピックの後にも・・・。

 しかも「2020年の挑戦」だし。

 あなたの精神はあなたの肉体を離れ・・ヒュルルルル。

 


新潟のビジネスホテルで魚沼コシヒカリを食べて幸福について考える

 

 土日の新潟遠征で泊ったのは、駅から歩いて5分の、新潟なのに「京浜ホテル」という、どこにでもあるようなフツーのビジネスホテルでした。

 フツーと言っても、21世紀型のモダンなフツーではなく、建設された昭和の後半には、新潟へきてバリバリ働くビジネスマンが明日への英気を養う、最新の「東京に負けないくらいナウい」ホテルだったのかもね~といった匂いが漂う、本当によくある、シングルベッド、ユニットバス、テレビ付きのホテル。

 

 のはずだったのですが、日曜日の朝食でその印象がガラッと変わりました。

 

 う、うまい!

 魚沼産コシヒカリの和朝食だ。

 

 炊き立てではないが、降り積もった雪のよう白くピカピカ光っている。

 久しぶりに「銀シャリ」という言葉を思い出しました。

 

 生卵をかけて一杯、納豆かけて一杯、あちこちおかずと一緒に一杯。

 まだいけそうだったけど、これから仕事があるのにあまり腹いっぱいになってはいかんぞ、と抑えました。

 

 恐るべし、魚沼コシヒカリの魔力。

 

 すっかりご機嫌になって、食堂のおっちゃん・おばちゃん(たぶん夫婦だと思う)に、フロントのお兄さん・お姉さんに「おいしかった。ありがとう」と愛想を振りまいてしまいました。

 

 「ああ、そうだったのか」と、写真のポスターを見たのはその後。

 

 ごはんがおいしいとホテルの印象も変わります。

 何の変哲もない古ぼけたビジネスホテルが、新潟のオンリーワンホテルに見えてきた。

 

 当初の印象とのギャップ効果もあって、古ぼけ感も、おしゃレトロとまでは言わないけど、何やら味わい深く感じ、永く思い出に残るだろうなという気持ちになるのです。

 

 そこでハタと考えた。

 

 しかし、僕が普段から魚沼コシヒカリを食べなれている人間だったら、ここまでの強い印象を抱くだろうか。

 

 ヘン、魚沼コシヒカリなんて、わしゃ毎日くっとるでよう、別段、感動なんかせーへんがや。

 

 とクールに流し、おっちゃん・おばちゃんや、兄ちゃん・姉ちゃんに愛想を振りまくこともなかったでしょう。

 京浜ホテルが味わい深いホテルだと感じることもなく、永く思い出に残ることもなかったに違いない。

 

 そう考えると、人生と言うのはちょっとした条件の違い、ささいな感じ方の違いでまったく違ったものになってしまう。

 いつでも(俗にいう)美味いものを食っている人が幸福だとは限らない。

 もちろん、そうした人にとって、京浜ホテルに人生の醍醐味を感じるかどうかなんて、とんでもない低次元の問題で、はるかな高次元の幸福を追求しているのでしょうが。人類全体のとか、地球全体のとか、ね。

 

 いずれにしても、今や海外のセレブも認める最高級ジャパニーズライスブランド、魚沼コシヒカリは美味しかった。そして京浜ホテルとのギャップもよかった。

 

 どうもごちそうさま。

 


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雪トトロ、しぶとく生きる

 

 新潟から帰ってきたら、近所で先週の大雪の日に誕生した雪トトロがお出迎えしてくれました。

 それもかなり化粧直しして。

 

 先週末はかなりメルティになって風前の灯かと思われたのですが、制作者のおねえさん(幼稚園の先生)にメンテナンスしてもらったようです。

 

 長寿の秘密はこの場所がいい具合に日陰になっていること。

 日陰者には日陰者の生き方があるんだぜ、とでも言いたげです。

 

 うちの野の花鍼灸院に来る子供たちも、このトトロに会えるのを楽しみにしています。

 しぶとく生き残れ、トトロ。

 節分の日くらいまで。

 


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雪とアザレア:趣味の園芸フェア・イン新潟

 

 Eテレ「趣味の園芸」公開収録&トークイベントの仕事で新潟に行くんですよ、と書いたら、「寒いのに大変だね」との反響をいただきましたが、行ってみると体感温度としては東京とそう変わりない。

 寒波が来ているんだから、こんなもんだろ、という感じ。

 

 新潟と言うと、ついテレビのニュースで採り上げられるような豪雪地帯をイメージしちゃうけど、別に県全体が雪に埋まっているわけではない。

 当たり前の話、新潟県は細長くて海岸線は300キロくらいあるし、海側と山側ではかなり気候も変わります。

 仕事も現場は新潟市内で、今年に限らず例年、寒さはせいぜい東京の郊外(八王子あたり)と同じ程度ということです。

 

 番組のテーマは「アザレア」だったので、ステージは真冬でも華やかなアザレアでいっぱい。

 アザレアはもともと日本のツツジを江戸時代に来日したヨーロッパ人が持ち帰って、鉢花用のハイカラな花に改良したものを明治になって逆輸入。

 どういうわけか新潟がその一大生産地となり、花づくり職人らが冬でも楽しめる花に、これまた改良したのだとか。

 したがって現在、日本の花市場に流通しているアザレアは9割以上が新潟産なのだそうです。

 

 番組ナビゲーターの三上真史くんとナレーター(公開収録では全体MC)の笠原留美さんがともに新潟県人ということもあって、お客さんも満杯で大喜びでした。

 

 この公開収録番組は2月25日(日)朝8:30から放送です。

 


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米どころ・酒どころ・花どころ・雪どころの新潟へ

 

 この週末に新潟に行くことになりました。

 今年も「趣味の園芸フェア」(番組の公開収録+トークイベント)の仕事があり、その第一弾が真冬の新潟です。

 うわ~、また雪だ。

 

 新潟と言えば、もちろんコシヒカリ。そして日本酒(ほとんど飲まないので銘柄は知りませんが、やっぱお米がいいので美味しいのがいっぱいありそう)ですが、なんと花の出荷量もトップクラス。これは知りませんでした。

 

 特にアザレアとボケは市場の9割以上を新潟産が占めているそうで、品種改良もほとんど新潟で行われているとか。昭和初期以来の伝統農芸なのだそうです。

 今回の番組・トークもそのお話。

 

 ナビゲーターの園芸王子・三上真史君と、ナレーター(このフェアではMC)の笠原留美さんも新潟産だそうで。故郷に錦を飾るべく張り切っています。

 

 ちなみにこのチラシのデザインはAshデザインの岸部さん。

 さりげになんでもカッコよくデザインしてくれちゃいます。

 


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雪と少女

 

雪どけの風景に出会うと、五輪真弓の「少女」という歌を思い出す。

 

 ♪あたたかい陽の当たる真冬の縁側で

 少女はひとりでぼんやりと座ってた

 積もった白い雪がだんだんとけていくのを

 悲しそうに見ていたの

 夢が大きな音を立てて崩れてしまったの

 

 透明感のある旋律と余白に満ちた詞。

 思い出すたびにとても清新な気持ちにさせられる。

 

 子供は雪どけの景色や子犬の遊ぶ姿を見るだけで、生きるってどういうことなのか感じとっている。

 夢がとけて消えても、また次の夢の芽を雪の下から見つけ出してくる。

 生きるってその繰り返しなんだということも。

 

 塾や習い事などいくら詰め込まれて忙しくても、

ちゃんとぼんやりして感じる時間を持っている。

 「なにぼんやりしているの!”」と大人に怒られたってへっちゃらで、

 自分の中にいる未来の自分と話している。

 


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マイナビ農業の「お肉」の記事が同サイトの人気上位に

 

 昨年11月に「マイナビ農業」に上げた東京食肉市場の記事が人気で、同サイト内のアクセスランキング第11位になっていると聞きました。

 上位10位はほとんど連載マンガなので、通常の記事としては第2位だそうで、たいへん光栄なことです。

 

 編集長からは「サブカル的な匂いに読者が反応したのかも」との分析コメントがあったのですが、サブカルって・・・そんなの意識したことないんだけどなぁ。

 

 読者の側に立って考えると、おそらく野菜や穀物などの植物系と違って、牛や豚など動物系は他のメディアであまり目にする機会がないし、半ば怖いもの見たさ、野次馬的な興味もあるのでしょう。

 

 「興味本位はよくない」みたいな言い方がされるけど、何事もまず興味を持ってもらわないと始まりません。

 

 僕らが毎日口にしているお肉――ハンバーグもハムもソーセージもです――が、どのようにしてできるのか、食べるのなら知っておいたほうがいい。

 

 という思いで、ごく普通にまじめに書いています。

 

 東京にいる人は品川に行くことがあれば、ぜひ一度、食肉市場の「お肉の情報館」に足を運んでみてください。1時間あれば十分に見られますよ。


雪降る日は若き血潮がたぎる

 

 「雪降る日は若き血潮がたぎる」

 というのは別に自分のことではありません。

 子供・若者の話です、やっぱ。

 

 雪やコンコンで庭駆け回ったり、

 惜しいなぁ~、あと一日早かったらホワイトバースデーだったのに。

 とか言ってたのは昔のことで、今やこたつで丸くなっていたい年頃になりました。

 

 が、本日は仕事の打ち合わせなどあり、出掛けなくてはなりません。

 それもドカ雪になり始めた午後。

 

 で駅に行ってみれば、

 「うわー、なんでこんなにいっぱいあるのにつかめないんだ~!」

 と、小学1~2年生の男の子がエキサイティングに手を振り回しながら、雪をつかもうとしている。

 おお、元気な少年だ、と微笑ましく見守っていたら、

 

 「このクソ寒いのにいったい何やってんだ、このガキは。

 ほらほら、ジャンパーの前のチャックが開いてるじゃん。

 おいおい、手袋くらいしろよ、まったく。

 風邪ひかれて熱でも出されちゃ日にゃ困るんだよ、こっちは。

 そう言や、同じクラスのカナちゃんがインフルエンザで休んでるって言ってたじゃん。

 あー、いやだ。もー疲れた。ガキの面倒」

 

 という顔をして若いお母さんが見ていました。

 

 まぁまぁお母さん、あなたの息子はこの雪をつかむとともに、かなたにあるでっかい夢をつかもうとしているんですよ。

 そんなにブスッとしていないで、いっしょに夢を見てやってくださいな。

 と思わず言いかけたが、やめときました。、

 

 で夕方、大学に行くと、大学生の女の子が二人で、こちらも元気にスマホでメイキングを撮りながら、でっかい雪だるまを作っています。

 

 思わず「おお、かわいい」と言ったら、

 「きゃーっ、うれしい!ありがとうございま~す💛」
 と返されてしまった。

 

 たったそれだけのことでそんなに喜んでくれるなんて、おじさん、うれしい。きみたちのほうがもっとかわいいよ。

 

 と思わず言いかけたが、やめときました。

 

 「若き血潮がたぎる」とまではいきませんが、お酒を飲んだようにポッとあったかくなった。

 ああ、いい雪だ。

 

 Have a Happy White Evening.

 


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誕生日のコーヒーカップと悪魔と天使

今日は誕生日なので朝、早起きして発掘調査をしました。

 頭の中にあることをノートに書き出してみる。

 ちゃんとした文章にはならないけど、結構オートマティックに腕が動いて、泉のようにいろんな文章が湧いてきます。

 ひと段落したところで、新しいカップでコーヒーを一杯。

 

 先日の合同お誕生会でカミさんからコーヒーカップをプレゼントしてもらいました。

 シンプルなオフホワイトのカップだけど、「ALL I need is・・・」と書いてあって、この言葉が下に敷く木のコースターの周囲にある言葉「You」「idea」「Coffee」「Love」「Break」「Tea」とそれぞれ呼応している。

 しかもこのコースターはそのまま上にかぶせると蓋になる。

 なかなか隠し味が効いていて洒落っ気がある。

 持った感じも、そこはかとなく丸みがあって、最初からとても手に馴染む。

 仲良くなれそうな、良い相談相手になってくれそうなカップだな、という気がします。

 

 先代のカップはなんと十年近く使っていました。

 それも100円ショップで適当に見繕って買ったもの。

 しかし、使っているうちに下半身の丸み、手に持った感じが気に入ってしまって、持ち手が取れても、縁が欠けてもずっと使い続けていました。

 僕は1日平均3~4杯はコーヒーか紅茶を飲むので、単純計算すると、こいつで1万杯以上も飲んでいたことになります。

 まさかこんなに仲が良くなり、関係が持続するとは思ってもみませんでした。

 

 そのモノがどれだけ自分になじむのかは使ってみないとわからない。

 人と人の関係も、最初で決まることもあれば、続けてみなくちゃわからないこともいっぱいあります。

 

 自分との関係も同じく。

 付き合いも随分長くなったけど、まだ使っていない自分、会っていない自分がいつのではないかと思います。

 そう思って書いていると、地底から悪魔がモコモコ湧き出してきたり、空から天使がバシャバシャ降ってきたりします。

 

 ALL I need is Devil.

 ALL I need is Angel.

 

 


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孤独担当相の誕生

 人は一人で生まれてこれないし、一人で死ぬこともできない。

 「私は一人で生きてきたから孤独でいいのだ」というのは、その人の驕りだと思います。

 

 孤独担当相。Lonely Minister。

 これはジョークか、ファンタジーか、未来小説か、。

 まず抱いたのはそんな感想。

 政治の世界にミスマッチなこのネーミングのセンスは好きです。

 なんかイギリスらしいなという感じがするし。

 

 先日、政府がこの孤独担当相を新設。

 英国社会に影を落とす孤独の問題に取り組むと言います。

 当初、僕が見た報道では「高齢者の孤独死問題に」という形で採り上げられていました。

 割合的にはそれが大きいのかもしれないけど、それだけに限らず、この孤独の問題は全世代にわたっている社会問題のようです。

 うつ病、引きこもり等、精神疾患にまつわる要素もはらんでいるのでしょう。

 

 もちろん、大きなお世話だ、とも思います。

 そんな個人的なことに政府が介入するのか、とも。

 

 そもそもみんながイメージするほど、孤独というのは暗いものでも悲惨なものでもない。

 

 高齢者の孤独死も、本人にしてみたら可哀そうでも不幸でもないのかも知れません。

 可哀そうだ、不幸だというのは周囲の勝手な思い込みで、その人はやっと煩わしい人間関係から解放され、人生の最後に、自由に、のびのびと孤独を楽しむ時間が出来て嬉しいのかも知れません。

 

 孤独の何が悪いんじゃ。ほっといてくれ。よけいなお節介するな。

 

 日本でも英国でも、若かろうが年寄りだろうが、半分以上はそういう人ではないでしょうか。

 

 でも僕は政府がこうして孤独の問題に向き合うと宣言するのは悪いことではないと思います。

 世の中を動かす政治が、現代の社会の中でそれだけ個人個人の在り方を尊重し、手を掛ける価値のあるものとして捉えている――と思うからです。

 

 近代になって自立精神、独立独歩の生き方が理想とされ、そうアナウンスされ続けてきたけど、もしかしたら、それがもう限界に来ていて、何かケアしないと社会がこのままではもたないのかもしれません。

 

 

 「孤独の何が悪い」「よけいなお世話だ」という人は、また、人間生まれるときも死ぬときも一人なんだと言います。

 

 僕は違うと思う。

 人間、周囲の誰かの手を借りなければ生まれてこられないし、たとえ生まれたとしてもすぐ死んでしまう。

 

 死ぬ時だってそう。

 孤独死するのは本人はそれでよくても、自分で自分の遺体を処理できない限り、結局は誰かの手を煩わせ、迷惑をかけることになる。

 

 僕もべたべたした繋がりや面倒くさい人間関係、形にとらわれた付き合いは苦手で、孤独が好きな部類に入ると思うけど、社会が孤独について意識する姿勢を作る、そのきっかけとして孤独担当相なる大臣が登場するのは、アイデアとしていいなと思うのです。

 フィクションみたいで面白いしね。

 どこまで実効性・持続性があるのか、わからないけど、今後ちょっと注目してみたいです。

 


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「美味しいケーキは年一度」の誓いと、追憶のバタークリームデコレーションケーキ

 

 カミさんと誕生日が10日しか違っていないのです(11日と21日)。

 双方の都合が合わなので、じゃあ真ん中の日の夜は空いているので、そこでやるかということで、昨日の晩は二人合わせてお誕生会。

 と言ってもお寿司を食べて、ワインを飲んで、定番のパステルのプリンケーキを食べただけですが。

 

 パステルの回し者ではないけど、やっぱりここのプリンケーキはおいしい。これと対抗できるのは(べクトルは違うが)、赤坂TOPSのチョコレートケーキだけです。

 

 ケーキはいろいろ食べましたが、この2つの頂点に行き着いてしまったと感じ、ここ数年、たまに贈り物としていただく以外は、他のケーキ屋のケーキにあまり食指が動きません。

 

 以前はクリスマスやら誕生日やらの「ハレの日」に燦然と輝いていたケーキ類ですが、最近はスーパーやコンビニでも手軽に安く、いろんなスイーツが手に入ります。

 それもレベルが激アップして、どれを食べてもかなり美味しいんだよね。

 なので、ケーキに対するスペシャル感がなくなってしまいました。

 

 こうなると逆説的に、僕らが子供の頃に食べた、バタークリームを使ったデコレーションケーキが懐かしくなる。

 デコレーションされてて、「うわぁ、美味しそう!」とハイテンションになるんだけど、あのバタークリームって脂をそのまま食べているみたいで、まずいのなんの。

 三口も食べるとうんざりする。

 でも、お父ちゃんがわざわざ子供のために、と買ってきてくれたので、そう嫌な顔もできず、食っていました。

 涙ぐましい子供の気遣い。

 

 それにしても、当時、舌のまったく肥えていなかった僕でも、あれほどまずいと思ったのだから、 今の子供・若者たちは、あのバタークリームは絶対食べられないだろうなと想像します。

 

 そういえば中学生の時、友達と集まってクリスマスパーティーをやって、あのバタークリームのケーキと、こっちも今思えば激マズの「赤玉ハニーワイン」を飲んで酔っぱらって、翌日まで気持ち悪く、胃がムカムカしていたことまで思い出しました。

 人生初にして最悪の二日酔い。

 

 さて。

 日常的においしいものがいっぱいあるということは幸福である一方で、どうも生活にメリハリがなくなってしまう。

 なので、パステルのプリンケーキと、TOPSのチョコレートケーキは、それぞれ年に1~2度の楽しみと決めています。

 

 久しぶりに一度、昭和のバタークリームのデコケーキ、食べてみたいなぁと思うこともありますが、やっぱりまずいだろうなぁ。

 


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笑って泣ける人生親子漫才

 

 夫婦漫才、兄弟漫才というのは昔からあるけど、最近は親子漫才も人気のようで、シングルファーザーのお父ちゃんと小学生の娘のコンビがネットでちょっとした話題になっています。

 

 「お父ちゃんがお笑い芸人になる夢捨てきれへんから、お母ちゃんが愛想つかして出て行ってしもうたわ」と、娘が可愛くかまして観客大爆笑。

 だけどちょっとホロっと来て、胸に響いて、ヘタな哲学談義などよりよっぽど考えさせられるのです。

 

 プライベートな話をネタにして、自分を笑い飛ばす。人生を笑い飛ばす。

 僕やあなたをはじめ、ちゃちなプライドにとらわれている人たちにとって、これはなかなかできることではありません。

 

 ベテランの漫才師さんたちを見ていると、自分の病気や体がきかなくなったことさえネタにして笑わせてしまう。

 これぞプロフェッショナル。まったく尊敬ものです。

 

 彼ら・彼女らは死ぬことさえも笑い飛ばして、相方のお葬式でも大爆笑の渦にしてしまうかも知れない。

 そして参列者をみんな体の芯から号泣させてしまうかも知れない。

 

  話を親子漫才に戻すと、これから親と子も相互扶助の時代で、ネタも豊富に作れそうだし、どんどん増えるような予感がします。

 今のところ、娘のツッコミ×親父のボケが主流のようですが、娘×母、息子×親父、息子×母、みんなあっていいんじゃないかなぁ。

 

 さらに男同士、女同士の夫婦とか、LGBTの漫才があっても面白い。

 

 そのうちジジババも交えて3世代のトリオ漫才も飛び出すかも。

 

 「老人ホーム入るために漫才やって稼がなあかんのや。

 おまえら協力しい」

 「何言うてんの、じいちゃん。このギャラは今度生まれてくる、あんたのひ孫のミルク代にするんやで」とかね。

 

 とにかく何があっても笑って生きていきたい。

 


自分の中の文脈を探る冒険

 

 僕の中にも、あなたの中にも、個々の人生の文脈がある。

 生きていかないとそれは発見できない。

 そう考えると、どんな人の人生もその文脈の中から金鉱を掘り当てる冒険だ。

 

 昭和30年代(1950年代半ば)以降に生まれた世代は「モラトリアム」と言われ、成人してもいつまでも自分探しをやっている煮え切らない連中と、上の世代から揶揄されてきた。

 

 上の世代がモラトリアムなどせずに済んだのは、そんな必要がなかったからである。

 頑固とした常識、世の習い。

 食うためだけに精一杯。

 そうした時代・環境なら、常識・慣習・伝統に従っているだけで、たとえささやかなものでも幸福が手にできた。

 

 時代や環境のせいにするな、確固とした信念を持て。

 という言説はカッコいいが、人の生き方・考え方が、時代や生活環境に左右されるのは当たり前のことだ。

 

 言い方を変えると、現代はより良い人生を志せば、自然とモラトリアムにならざるを得ない。

 誰もが一生モラトリアムのまま終わってしまうリスクを抱えて生きている。

 

 自分はいったい何者なのか?

 自分はこの世界で何をするために生まれてきたのか?

 それをいろいろな仕事、遊び、活動、人間関係、情報の受信発信を通して考え続けるのが、現代社会に生を受けた人間のミッションなのではないかと思う。

 

 文脈から金鉱を掘り当て、ゴールドの恩恵に浸れる人はごく少数だ。

 たいていの人は道半ばで「このあたりでいいか」と腰を落ち着け、モラトリアムを卒業したかのように見せかける。

 あるいは、ストックな人は厳しい道を歩き続けて倒れたり、精神を病んだりもする。

 

 反対に卒業したはずだたけど、ふとしたことで文脈探しのことを思い出し、これは卒業ではなく休憩だったのだと思い直し、「よっこらしょ」と重い腰を上げて再びモラトリアムの旅へ出発する人もいる。

 

 いずれにしても、そうして見事、金鉱を掘り当てた人が英雄となって、他の人たちや子供たちに勇気と希望をもたらすのだ。

 

 しかし、そうした英雄も英雄であり続けることに疑問を抱き、また新たな文脈を求めて旅立つかもしれない。

 死ぬまで英雄であり続けることも、どこが自分の最後の到達点か知っている人は、ひとりもいない。

 

 


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江戸の歌舞伎戯作者は平成の大相撲のお家騒動をどうネタにするのか?

 

●世界のガラエンタメ

 

 日本が変われば相撲も変わる。

 相撲が変われば日本も変わる。

 

 相撲はスポーツ(格闘技)なのか?

 伝統芸能なのか?

 神事なのか?

 

 こうした質問を聞くと、インドの故事を思い出します。

 3人の盲目の人がゾウとはどんなものか、と聞かれた時に、

 ひとりは耳を触って「ゾウはぴらぴらの団扇みたいだ」と言い、

 ひとりは足を触って「ゾウはぶっとい木のようだ」と言い、

 ひとりは尻尾を触って「ゾウはヒョロヒョロして紐のようだ」と言った。

 

 ひとつひとつは間違ってないけど、どれもゾウ全体とはかけ離れた比喩。

 

 で、上記の質問に戻ると、もちろんどれも合っているんだけど、これらを全部インクルーズしつつ、全体的にはどれとも異質な存在としてゲシュタルトしているのが、日本の大相撲です。

 

 これぞまさしく日本の文化そのもの。

 だから相撲は面白い。

 だから相撲は世界にまたとないガラパゴスエンターテインメント。

 

 昨年11月から12月にかけてテレビのワイドショーは日馬富士の暴行事件、そこから展開した貴乃花親方と協会との確執の話題、さらに白鵬の取り口や態度はいかがなものか?

 といった話題でもちきりでした。

 

 おかげで普段、相撲なんて全く見ないような人も、すっかり相撲ファンに。

 野球やサッカーがいくら人気スポーツとは言え、こうはなりません。

 その人の日本人度は、大相撲を理解し、楽しめるかどうかで計れる、と言ってもいいくらいです。

 

●歌舞伎ネタ大盤振る舞い

 

 相撲が江戸の華なら、歌舞伎もまた華。

 

 江戸時代の歌舞伎は庶民にとって、現代のワイドショーもみたいな役割を果たしていました。

 「忠臣蔵」も「曽根崎心中」も「四谷怪談」もすべて実際にあった事件や人物をモチーフにしたもの。

 

 いや、モチーフなんて生易しいもんじゃない。

 大胆な脚色――というのもまだ足らず、ほとんど捏造。

 大衆という“お客様のために”戯作者が面白おかしく、感動的なお話になるよう捏造――ではなくて創作したものが現代に至り「名作」として伝えられています。

 

 江戸の戯作者が、この一連の相撲をめぐる騒ぎを目にしたら、芝居ネタの大盤振る舞い・バブル景気で大喜びしたでしょう。

 いったい何幕・何段のホンが書けるのやら。

 

 もっと戯作者を喜ばせたいのか、追加で立行司(NHKの「プロフェッショナル」でも採り上げられた人)のセクハラ事件まで加わって花を添え、あっという間に今日から初場所へ突入するくだりになりました。

 

 

●セクハラ事件と貴乃花親方の影

 

 さて、ここまでふざけたことを書いたけど、このセクハラ事件が明るみに出たのは、結構大きいのではないかなと思います。

 

 加害者は行司職のトップ、被害者はこの世界に入って間もないペーペー。

 女性でなく男性だし、それにお酒の席でのこと。

 ちょっと前なら関係者の間で、騒ぐ方がおかしい、と一笑に付された話でしょう。

 

 事件が明るみに出たのは、被害者の若い男性が「自分はセクハラを受けた」と訴えたからに違いありません。

 あるいは誰かの助言があったのか。

 

 いずれにしてもその結果、立行司・式守伊之助は厳罰処分で、日馬富士と同じく引退に追い込まれることに。

 

 角界の若者がそうした行動に出る、古い慣習に立ち向かう。 

 という流れは、もしかしたら改革派&ガチンコモットーの貴乃花親方の影響力が大きいのかな、と思うのです。

 

 表には余り出ないけど、理事を解任されたことによって、若い世代の間では貴乃花親方を支持する動きがより強まったのかもしれません。

 

 今年の初場所初日だけど、まだまだとめどもなく転がっていきそうな大相撲・舞台裏場所。

 戯作者も“お客様”も今後の成り行きを固唾をのんで見守っています。

 平昌オリンピックに負けるなよ~。

 


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負けっぱなしでも強く、しぶとく、勝っているやつよりハッピーに生きているぜ

 競争社会では勝者の話はいやというほど聞けるが、敗者の話はなかなか聞けない。

 もっと負けたやつに話してほしい。

 

 ライバルをドーピング疑惑に陥れたカヌー選手にあえて同情してみる。

 いったん引退した後、東京五輪出場をめざしての復帰。

 年齢的にはギリギリ。

 大丈夫、外国の選手で35歳でチャンピオンになった人もいる。

 あきらめるな、カズさんを見ろ。50を過ぎてもまだ現役だ。

 そんな周囲の励ましもあったという。(カズさんの話は僕の付け足しです)

 

 結果論としてはその励ましが仇になった。

 

 子ども時代から全国大会で優勝を繰り返し、国内では常にトップ選手。

 周囲の人たち、地元の人たちにとってはヒーローだ。

 

 でもオリンピックには届かなかった。

 これが最後のチャンスだ、がんばらねば、ここで負けて五輪に出られなければ、これまで人生を賭けてやってきたことのすべてを失う。

 

 そうした覚悟でやったことも結果的に仇になった。

 

 すべて以上のものを失った。

 

 告白するのは恐怖したと思う。

 卑怯者。卑劣漢。アスリートのクズ。

 あらゆる非難・罵詈雑言が頭の中に渦巻いただろう。

 

 でも、黙っているのはもっと苦しかった。

 人間はやっぱり良心の呵責には勝てないのだ。

 そう考えると、ちょっと安心させてくれた面、人間を信じさせてくれた面もある。

 

 被害者となった選手も、彼のおかげで多くの人に知られ、ファン・応援団が増えるかもしれない。イケメンだし。

 そう考えると、ちょっとは救われるかも。

 

 地元開催のオリンピック。

 どの選手も命を懸けてがんばっている。

 見えないところでは、こうした負のドラマもいっぱい生まれそうだ。

 

 こんなことをいうと失礼かもしれないが、早くに脱落した選手はまだいい。

 あきらめがつく。切り替えられる。別の道が見つけられる。

 出場できるかどうか瀬戸際の選手がいちばんきつい。

 

 負けても一生けん命頑張ったんだからいじゃないか。

 みんなきっと労ってくれるよ。なあみんな、負けた人も讃えよう。

 

 これはまったく正しい。

 でも人間の感情は、こうした正論だけでおさまるものなのか。

 

 世の中、勝った人より負けた人の方が圧倒的に多い。

 今日勝った人も明日は負けるかもしれない。

 

 もっと負けた人の声が聞きたい。

 負けっぱなしでも強く、しぶとく、勝っているやつよりハッピーに生きているぜ。

 本でも番組でもいいから、そういう声がもっと聞きたいと思う。

 


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うおぉぉぉ おれは燃えているぜ!(追悼・星野仙一さん)

 「うおぉぉぉ おれは燃えているぜ!」

 

 河合じゅんじが小学館のコロコロコミックに連載していた「かっとばせ!キヨハラくん」。

 野球ギャグマンガですが、その初回に「中日ドラポンズ」の「ホジノ監督」が、カチカチ山のたぬきみたいに火のついた薪を背負って、このセリフを言いながら登場するシーンに大爆笑しました。

 

 河合じゅんじは同じ名古屋出身の友達なので、プレゼントしてもらった本にいつもマンガのキャラとサインを書いてもらっていました。

 それでいの一番に書いてもらったのが、カチカチ山のホジノ監督。

 

 数々の栄光に包まれた星野投手&監督だけど、僕の記憶にあるのは、

 

 ルーキー当時、巨人にめった打ちを食らってボロボロになって投げていたんだけど、どういうわけかベンチがちーとも替えなかったこと。

 (ラジオ中継でアナと解説が「どうして交替しないんでしょう?」としきりと言っていた)

 

 完全に打ち取って凡フライに仕留めたのに、そのフライを宇野勝選手が頭に当ててヒットにしてしまい、キレまくったこと。(球史に残るボーンヘッド「ヘディング事件」)

 

 阪神の監督時代の日本シリーズ、甲子園で3連勝して嬉し泣きしちゃったのに、その後全部負けて、結局、日本一になれなかったこと。

 

 本人にとってはろくでもないところが印象的なんだよね。

 けどもちろん、ドラゴンズが優勝した時は僕も泣きました。

 楽天でついに日本一監督になった時も嬉しかったなぁ。

 

 しばし名古屋にいましたが、名古屋のテレビは星野さん追悼のニュースだらけでした。

 やっぱり星野がいた時代のドラゴンズは面白かったでよ~(強かったというより、面白かったという印象が強い)。

 名古屋人にとって、やっぱり星野さんは阪神・日本代表・楽天はオマケみたいなもので、中日ドラゴンズの♪星野仙一、強気の勝負~(「燃えよドラゴンズ」より)なんだがや。

 

 もう一つ、星野さんは女性にもめっぽう人気があった。

 それは愛妻家だったからだと思います。

 妹が、奥さんを亡くした時の、憔悴した星野さんのニュース映像をよく憶えていました。

 野球なんてまったく興味を持ったことがない妹ですが、女はそういうところをよく見ていて、星野人気の隠し味になっていたようです。

 

 野球――特に日本のプロ野球にはすっかり興味を失って、最近は、高校野球と大リーグの日本人選手の活躍をちょろっと見るくらい。

 星野さんが亡くなって、ますますプロ野球が遠くなりそうです。

 

 もう一度、「かっとばせ!キヨハラくん」を読んでホジノ監督の激闘ぶりを笑って偲ぼうと思っています。

 


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秋田犬と終活スト―リー

 

年末に秋田犬となまはげとナマケモノの話を書いたら、秋田県から仕事が来ました。

ホントの話。

秋田の終活に関するお仕事です。

 

「月刊仏事」の仕事をやっていると、最近、終活が一大トピックになってきたのが分かります。

特に 昨年は関連ニュースも多く、専門団体の活動なども活発化した気がします。

終活と言っても、相続などの現実的な財産関係から家族の問題、心の問題まで、いろいろバラエティがあります。

そして、お金の問題も心の問題も結局ひとつながりなことも分かります。

 

終活と言うと、やっぱりちょっと暗いイメージがあって引く人も多いのだけど、「個人史」とか「自分ストーリー」の作成みたいな見方をすれば、ちょっと違うかも。

 

人生100年とか、二毛作・三毛作とか言われる時代、誰でも半ばを過ぎたかなと思ったら、終活かどうかはともかく、自分の人生・生き方を振り返ってみる必要があるのかも知れません。

 

秋田の仕事は楽しみです。

秋田を旅する機会があればいいなぁ。

 


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いつも心にカメを

 

お正月はのんびりゆったり。

最近はナマケモノの株も上がっていますが、何と言っても日本ではそれを象徴する動物はカメでしょう。

 

平和でのんびりイメージのカメですが、近年はワニガメ、カミツキガメ、ミシシッピアカミミガメなど、南米産の獰猛・凶悪なカメが公園の池にはびこり、ちょっとイメージが変わってしまったかも。

 

昨日の和田堀公園のかいぼりで絶滅寸前とか言われているイシガメがいたのにはちょっとホッとしました。

高齢化社会でそうビシバシGOGOばかりでは立ちいかないのだから、日本の「のんびりゆったりOK」を守りたいです。

 

ところでカメは萬年ということで、単なるのんびり屋というだけでなく、おめでたい動物なのですが、なぜか干支には入っていません。

 

同じく千年でおめでたい鶴も干支に入っていませんが、こちらは酉年(鳥)のカテゴリーに入れられなくもない。

しかし、カメの方は、同じ爬虫類だからと言って巳年(蛇)のカテゴリーに入れるのは無理があります。

萬年生きる寿ぎのカメは別格ということなのか、それとものろすぎて、エントリーもできなかった。除外と言うことなのか。

 

でも別格と言うのなら、龍だってそうです。

そもそも神獣の龍がどうして他の11匹と同じレベルにされているのか?

それに明治時代になって北海道で飼われ始めた新参者のヒツジがどうして名を連ねているのか?

謎は深まるばかり。

この1年かけて勉強します。

 

というわけで、僕も皆さんも干支のことを気にするのはお正月と年末くらいのものなので、きょうは干支の話をしてみました。

 

まだ三が日ですが、コンビニのみならず、お店はあちこち開いているようです。

お正月らしくないと文句言う人もいるけど、やっぱりあいていると嬉しいです。

働いている皆さん、お疲れ様です。

カメ年じゃないけど、心にいつもカメを。

ゆったり余裕でいきましょう。

 


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かいぼりの池から「今年の抱負」を捕獲

 

その時、正しいこと、良いことだと信じられていることが、実は大間違いということが、ままあります。

 

今日は書初めなので朝から創作活動に勤しみ、お昼にちょっと外の空気を吸おうと散歩に。

近所の和田堀公園まで行ったら、なんと池の水が干上がっている!

水を抜いてかいぼりの最中です。知らなかった。

 

暮らしていた生き物たちが今、どこにいるのか分からないけど、カワセミも来ることで有名なこの公園、水中ではいろいろな連中がいたようで。

 

在来種では僕も息子がチビの頃、一緒に取った手長エビをはじめ、ナマズとかウナギまでいたらしい。

イシガメも外来種に押されながら頑張って生きていました。

 

さすがにワニガメやカミツキガメのような危険生物はいなかったけど、ミシシッピアカミミガメ(ミドリガメ)は一大コミュニティを築いていたようです。

よく群れになって甲羅干しをしているのを見かけました。

 

外来種の氾濫はもちろん、飼いきれなくなって放してしまう人間の責任です。

 

そういえば僕も小学生の頃、ミドリガメを飼っていたけど、最後どうしたのか憶えていない。

たぶん、近所の公園の池に放して生態系を壊すことに繋がったのだと思います。反省。

 

でもその頃は、ミドリガメなどは大きくなったら狭い水槽では可哀そうだから、近所の池や川に放してあげましょう、自然に返してあげましょうとアナウンスされていました。

 

昭和40年代は、それが正しい行い。

生き物に対する思いやりのある行い。

子どもも大人もそう信じていました。

 

そんな昭和の古い常識を大掃除して、捨てるものと、遺し伝えていくものとをちゃんと仕分ける――そうした時代になっているのだと思います。

もちろん、いまの知識・常識が未来永劫不変のものとは限らないけど。

 

良いことも悪いことも、正義も常識も価値観も、時代によってどんどん更新される。

「知らなかった」では済まないこともたくさんあります。

本質を見抜ける目を養わななくてはね。

自分にとっての、お正月の抱負です。

 


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2018年わんダースタート

 

あけましておめでとうございます。

例年通り、大宮八幡宮へ初詣後、参道の材木屋さんの前で撮影。

 

イヌ年なので――というわけでもないのだろうけど、初詣にワンちゃんを連れてきている人がやたら目につきました。

 

どこぞの柴犬と目が合ったので、「今年はよろしく頼んます。パンンパン、ペコリ」とつぶやいたら、「まかせてワン!」と、つぶらな瞳をきらめかせて快諾してくれました。

こいつぁ春から縁起がいいぜ。

 

宗教なのにこんなゆるくていいのか、とワンダリングされる日本の宗教だけど、ペットを大事にする人たちの中には、キリスト教などから仏教や神道に改宗する人が多いとか。

 

初詣にもいっしょに来れるし、亡くなったら丁寧に葬られ、供養してもらえ、天国へ行ける。

キリスト教やイスラム教ではこうはいきません。

そもそも神聖な場所にけものが足を踏み入れることなんて許されないし、死んでも天国には行けません。

動物はあくまで人間の家畜であり、従僕であり、利用するものだからです。

 

もちろん外国でもイヌ・ネコは家族の一員として可愛がられたりするんだけど、日本みたいにちゃんとお葬式をあげるとか、お墓を作って何年にもわたって供養するといった習慣はあまりないようです。

 

そういう文化が、動物好きの人たちには許せないんでしょう。

「わたしの信じてきた神様はそんなに無慈悲なのか!」と、裏切られた気持ちになるようです。

 

どっちがいいとか悪いとか、幸せだとか不幸だとか、の話ではないんだけど、日本人の動物に対するメンタリティって面白いなぁと思います。

 

今年は特にペットお守りとか、よく売れるんだろうな。

ところで普段、お宮の界隈にはネコが何匹かウロウロしているのだけど、ニャンと今日は一匹も会えず。

おイヌ様に遠慮したのかニャー?

まぁ、たまたまだと思いますが。

では皆さんもよいお正月を。

 


秋田犬×なまはげ×ナマケモノ

 

 一昨日は酉年の話をしたので、当然、本日は来年の干支・戌年の話だワン。

 この間、京王線に乗ったら全車両が秋田犬に占拠されていました。

 数年前から秋田県のキャンペーンで大人気。

 戌年を迎えて、ますます活躍しそうです。

 

 その秋田犬の話によると、秋田では大みそかの夜になまはげが来るとか。

 「泣いてる子はいねーが」という、あのなまはげです。

 あんなのがいきなり家の中にドヤドヤ入ってきたら、そりゃ小さい子は泣いてしまうに決まっています。

 

 子供を泣かすのが、なまはげのミッションかと思っていたのですが、なんと、大人にも!

 「なまけものはいねーが」と脅すというのです。

 

 これは知らなかった。

 泣いてる子だけじゃなく、怠け者も糾弾されるとは!

 

 もし今晩、やれやれお疲れさんと一杯やって、ゴロゴロこたつで寝転がって紅白なんかを見ている時に、いきなり「なまけものはいねーが」となまはげが入ってきたらどうする?

 

 「いや、おれは今年一年、一生懸命がんばった。

 だから今夜は疲れを癒すためにこうして飲んでる。自分へのご褒美なんだ。怠けてなどいるものか!」

 

 と、きっとあなたは抗弁するでしょう。

 

 けれども相手はなまはげです。

 そんな言い訳など聞いてくれるわけがありません。

 

 「本当に怠けてなかったか、胸に手を当ててよーぐ考えろ」

 そう迫られたら自信がぐらぐら揺らぐに違いありません。

 

 おれは自分では頑張っていると思ってたけど、それはただの思い込みじゃないのか?

 実はすごく大切なところで怠けていたのではないだろうか?

 自分がやるべきことを忘れているのではないだろうか?

 

 そうなのです。

 仕事の納期や、雑用の期限、支払い期日はしっかり守っているからと言って、人生で自分がやるべきことのタイムリミットまで守れるとは限らない。

 そもそも人生の締め切りがいつなのかは分からない。

 

 でも逆に言えば、毎日あくせく働いてるばかりじゃだめ。

 たまには怠けていないと、そんな心の声を聴くこともできません。

 なまはげとなまけものはナマナマコンビで良い友だちなのかも。

 

 そういえば今年の元旦、僕のブログは「神ってるナマケモノ」の話で始まりました。

 ナマケモノで始まり、ナマケモノで終わる2017年。

 2018年も「翔るナマケモノ、走るナマケモノ、神ってるナマケモノ」を合言葉に怠けつつ、与太話を書いていこうと思います。

 

 いつも読んで頂いている皆さん、どうもありがとう。

 良いお年を。

 


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「鳥のように自由に」と80歳になって語れるか?

 

 酉年ももうすぐ終わり。

 先月東京しゃもの取材でお会いした、生産組合の組長・浅野養鶏場の浅野さんは齢80ながら、パラグライダーで空を飛ぶ鳥人でした。

 その浅野さんの言葉が耳に残っています。

 

 「鳥のように自由に生きたかったんだ。

 それを母親に言ったら『じゃあ勤め人にはおなりなさるな』と言われたんだよね。

 だから自分で養鶏をやろうと思った」

 

 いまや大学も就活工場と化す時代だけど、

 戦後の混乱期・食糧難の時代を経験した人が、こんなセリフをさらりと言うとやっぱりカッコいい。

 

 それで尊敬する専門家に話を聞きにいったところ、

 

 空を飛ぶ鳥は体重を軽く保つ必要がある。

 そのため、最小の筋肉で最大の飛翔エネルギーを生み出せるよう、身体の構造が進化した。

 だから常に新鮮な酸素を必要とする。

 飛べなくなった鶏もその生命の原理は同じ。

 なので鶏を飼うなら常に風が良く通る土地でやるべき。

 

 そんな話から現在の秋川の地に養鶏場を開いたといいます。

 その後、日本の市場にブロイラーが入り、席巻されたけど、浅野さんはアメリカが仕掛けたブロイラー戦略に乗らず、国産の採卵鶏にこだわり、やがて東京しゃもの開発に協力。

 今も生産組合の組長を務めています。

 

 昼間は1万羽の鶏たちの世話をし、夜は絵を描き、声楽をやる芸術家的生活。

 厳しいけれども楽しい、楽しいけれども厳しい。

 それがフリーランスの人生。

 

 鳥のように自由に。

 僕たちには空を飛ぶための翼があることを忘れてはいけない。

 


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「騎士団長殺し」の免色渉と子供

 

 今年読んだ一冊。 村上春樹の「騎士団長殺し」。

 村上作品の中で最も子供の存在がクローズアップされた作品と感じた。

 

 「海辺のカフカ」は15歳の少年が登場するが、こちらは子供というより自ら主体となって物語の中で動く主人公――主体であり、いわば冒険する若者だった。

 

 片や「騎士団長殺し」では客体としての子供が強調されている。

 なので正確に言うと、「子供に対する大人の気持ち」がテーマと言えるのかも知れない。

 

 それを象徴するのは免色渉(めんしき・わたる)という登場人物である。

 

 髪が真っ白な50代の男で、小田原界隈の豪邸に住み、銀色のジャガーに乗っている。

 頭脳明晰で、常に筋トレをしているので年齢の割に身体能力も高い。教養もあって礼儀正しく、料理や家事もうまく、何でもこなせてしまうジェントルマン。

 

 それも 単なるお金持ちでなく、おそらくはIT関係ビジネスの成功者で、「こうすればうまくいく」とか「免色流成功法則」とかいったビジネス書・自己啓発書の一つや二つは出していそうだ。

 

 まさしく若者も中高年も、現代の人たちが皆、ああなりたいと目標にするような人物、こういう人とお近づきになりたいと願う人物――要するにカッコいいトレンディな男なのである。

 

 ところがこの世間的には申し分ない男が、内部にとんでもないカオスを抱えている。

 

 人生のある日、彼は自分のオフィスで急に姿を現した恋人と交わる。

 その時を最後に彼女とは二度と会えず、別れてしまったのだが、のちに妊娠・出産していたことを知る。

 しかし、彼がそのことを知った時、彼女はすでにこの世におらず、13歳の美しい娘が残されていた。

 

 生まれた時期から逆算すると、その娘は自分の子供に違いないと考えるのだが、確かめる手段がない。

 いきなり現れて自分が父親かも知れないから、とDNA鑑定しろと言うこともできない。

 

 やや下賤な言い方をすると、彼は発情したメスに種付けをさせられた。

 しかし、生まれた子が本当に自分の種からできた子で、自分の遺伝子を宿しているのか、つまり自分は未来に繋がっていけるのかどうか、底なしの不安に陥ってしまったのだ。

 

 人がうらやむほどの富とステータスを持ちながら、その自分の娘と思しき13歳の少女に対する執着心は、ほとんどストーカーのそれである。

 

 普通なら人生で人が求めるもののすべてを得ているのに、それらすべてよりはるかに重いものを手に入れることが出来ず、心に大きな穴があいてしまっている。

 それを埋めるべく、あの手この手を使い、主人公もその手段の一つにされる。

 

 こうした免色のアンバランスは感情と行動が、絵描きである主人公の人生が絡み合って、奇妙な日常とその下――潜在意識の世界との両面でドラマが展開していく。

 

 そこにはいろいろなテーマが読み取れるが、中心に「子供」があることは間違いない。

 出てくる子供は、この13歳の少女と、主人公の、まだ言葉も喋れない幼い娘の二人。

 どちらも女の子で、出番が特に多いわけではないが、とても印象付けられる。

 

 子供が劇中に出てくると、不思議と良い意味での「余白」を感じる。

 その今生きている人間が知り得ない余白が未来を想起させ、イメージを広げるのだ。

 

 この間も書いたけど、やっぱり人間は、子供がいない世界、子供がいない状況に耐えられないのだろう。

 問題は血のつながりにこだわって血縁でないと許せないのか、そうでなくもっと鷹揚に子供を未来として考えられるのか。

 

 村上さんもあと何本長編を書けるだろう・・・と漏らした、と聞いている。

 体も相変わらず鍛えておられるようだし、まだまだ何本も書いてほしいけど、年齢的に子供の存在、今の世界との関係性が気になっているのかも。

 


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寅平じいさんクリスマス夜話:三太九郎となってスイーツを振る舞った織田信長

 

 うちのじいさんは明治の寅年生まれで、名前を寅平という。

 出身地は東京らしいが、丁稚奉公とかいろいろやっているうちに、だんだん西へくだり、静岡にいたばあさんと駆け落ちして、豊橋辺りに移り住み、最後は名古屋までやってきた。

 

 その寅平じいさんがクリスマスになると、必ず僕を相手にぶつくさ言った。

 

 「なんで日本人が西洋の正月なんか祝わんといかんのじゃ。腹立たしい」

 

 でもそういう寅平じいさんは、カレーライスとかトンカツとかケーキとかの洋食が大好きで、じつは結構西洋通であることを僕は知っている。

 

 「でもじいちゃん、クリスマスは子供がプレゼントをもらえるから僕は好きだな」

 

 「ああ、三太九郎か」

 

 「三太と九郎じゃない。そんな漫才コンビみたいな名前じゃないよ。プレゼントを持ってくるのはサンタクロースっていうんだよ」

 

 「わしが子供の頃は三太九郎って名前じゃった。北国の翁って言われとってな」

 

 「オキナってなに?」

 

 「じじいという意味じゃ」

 

 「じゃ、じいちゃんもオキナ?」

 

 「ま、そういうことじゃ。どうもおまえはこの西洋の正月が好きなようじゃから、きょうは一つ、わしが三太九郎になって話をしてやろう」

 

 というわけで、この話は僕が5歳の頃、寅平翁が語ってくれたクリスマスプレゼントである。

 

●お茶目信長スイーツ伝説

 

 日本におけるサンタクロース――三太九郎というのは明治時代になって登場したのかと思いきや、その歴史は意外と深く、安土桃山時代まで遡ります。

 オリジナルはなんと織田信長だというのです。

 

 天下統一にまい進していた頃の信長は「荒ぶる神」として怖れられていましたが、その反面、まるで少年そのままのようなお茶目なところもあったという信長。

 甘い物、要するに現代でいうスイーツが大好きでした。

 

 そのお茶目信長スイーツ伝説の白眉が、安土城で徳川家康をもてなした「安土献立」と、それにまつわるエピソード。

 安土城で徳川家康をもてなした「安土献立」によると、美濃柿――今も岐阜県美濃地方の名物である甘い干し柿がデザートとして食膳を飾っておりました。

 

 好物を食べてご機嫌になった信長はパティシエとなって、家康にみずから甘くて香ばしい「麦こがし」(麦を原料としたお菓子)のお菓子をふるまったそうです。

 それが、かの本能寺の変のわずか2週間前。

 天下統一の野望はまさしくスイートドリームとして消えた・・・というところでしょうか。

 

 

●宣教師らのスイーツ布教、コンペイトウ外交

 

 さて、そこからまた遡ること数年前。

 12月の夜に宣教師から耳にしたのが、西洋にはクリスマスなるキリスト生誕のお祭りがあるということ。

 

 ちなみに宣教師らがお土産として差し出す南蛮菓子、特にコンペイトウが信長の大好物だったという記録が残っています。

 これもまさしくスイーツ布教、コンペイトウ外交。

 

 しゃぶしゃぶ、カリカリと甘いコンペイトウをほおばり、かじりながら信長が話に耳を傾けていると、南欧の地ポルトガルから遠く北ヨーロッパに布教に出向いた仲間の話を覚えていた宣教師の一人が、こんなことを伝えました。

 

 「北国の森の中には、仙人のような翁が暮らしており、クリスマスには貧しい女・子供たちに施しを授けて回るというのです」

 

 どうやらこの話は、自分たちの布教活動をPRするための出まかせだったようですが、信長、その翁にいたく興味を持ち、

 

 「してその翁とやらはどんな名だ?」

 

 「はい、サンタクロースと申します」

 

 「三太九郎? そういえばわしが子ども頃の世話役に三太という男がおって、よく柿を食わせてくれた。それに九郎というのは、かの源義経の通り名じゃ。こいつは縁起が良い。

 ではそのクリスマスの夜に、わしが三太九郎に扮して、菓子を配るというのはどうじゃ」

 

 

●信長三太九郎と赤鼻のおサル

 

 そんな、殿が・・・なんて止める家臣が、ワンマン経営の織田家にいるはずがありません。

 木下藤吉郎などはいの一番に賛同の声を上げて、

 

 「御屋形様、それは素晴らしいお考えであります。

 なんならこのサルめが、三太九郎のお供に扮しましょう」と言って跳び上がり、その場にあった朱書きの顔料を鼻の頭に塗りたくりました。

 

 それを見た信長、立ちあがって喜び、

 「よいぞよいぞ。おまえは赤鼻のサルじゃ。ワハハハ・・・」

 

 というわけで、宣教師らに南蛮渡来の赤い衣装を持ってこさせ、白い髭を付け、赤鼻のサルをお供にし、三太九郎となって、城中の家来や女・子どもに南蛮菓子を景気よくふるまったとか。

 

 もとより手柄を立てた家来のご褒美に、また、死んだ家来の子供を慰めようと好物の干し柿をプレゼントしていたという信長ですから、この日の三太九郎はコンペイトウのように目がキラキラしていました。

 

●家康、三太九郎を葬る

 

 この日、赤鼻のおサルとなった藤吉郎は、信長の死後、豊臣秀吉として天下を手中にしましたが、派手なこと・賑やかなことが大好きなので、自分もこの三太九郎に扮する行事を毎年続けていました。

 

 が、この習慣を辞めさせたのが「織田がこね、豊臣がついた餅を、徳川ただ食らう」と揶揄された天下人・徳川家康。

 

 質実剛健、浮かれた騒ぎが嫌いな家康は、この信長・秀吉が続けてきた三太九郎の行事を、まさしく「なんで日本人が西洋の正月なんか祝わんといかんのじゃ。腹立たしい」と、即刻禁止しました。

 これにはもちろんクリスチャンの反乱を抑える目的もありました。

 

 こうして江戸に幕府が開かれて260年、クリスマスもサンタクロースも、まるでそんなののは一切この国に存在しなかったように扱われることになったのです。

 

 

 じつはこの話にはまだ続きがあるのですが、それはまた来年。

 という寅平じいさんの話を思い出した今年のクリスマス。

 皆さん、楽しく過ごされたでしょうか?

 じつはこのこの話にはまだ続きがあるのですが、それはまた来年。

 

 皆さん、楽しいクリスマスを――

 と言っても、日本はイブが終わると、すぐに大みそか・正月モードに移行しちゃうんだよね。

 

 いずれにしても今日いっぱいはまだメリークリスマス。

 


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少年アキラ:ガキどもはくじ引きに命を懸ける

 

 この季節になると、どうしたって来年の運勢が気になるのが人情です。

 運の良し悪しは人生を大きく左右します。

 子どもだってそれは同じ。

 てか、そういうことには実は大人よりもうんと敏感に神経をとがらしている。

 

 自分にはどんな能力があって、どう生きていけるのか。

 特に小学生はめちゃくちゃそういうことを気にしていて、悲しいかな、10歳を過ぎるころには自分の力の限界をある程度知ってしまう。

 ケンカでもスポーツでも勉強でも、自分がどれくらいのレベルにいるのか、ある程度見えてきてしまいます。

 

 子供の夢は無限だなんて、無責任に大人は言うけど、そんな話を真に受ける子どもは、せいぜい小1くらいまででしょう。

 サンタって本当は・・・と言いだすのと同じくらいでしょうか。

 もちろん「自分はこの程度か」と悟った後から本当の勝負が始まるわけだけど。

 

 なので、じゃあ運はどうだ?となる。

 僕の愛読書の一つ「少年アキラ」(ゆうきえみ:作)はそれがテーマです。

 

 時代設定ははっきり示されてないけど、どうやら昭和40年代後半(1970年代前半)あたりの、どこかの街。

 なんとなく「ちびまる子ちゃん」と共通する世界観です。

 

 ガキどもが学校帰りにたむろする駄菓子屋に、秋のある日、ドドン!と「金くじ」なる黄金の福引みたいなくじ引きマシンが出現。

 子供らは夢中になり、一等の超合金ロボットを手に入れるために命を懸けてくじ引きに挑むという物語です。

 

 主人公のタカシはちょっと気の弱い、あんまり運も良くなさそうな男の子。

 それにタイトルにもなっているアキラという、ちょっとワルっぽい転校生が絡み、友情のような、そうでもないような関係になっていく。

 なんとか一山当てて逆転を狙う、うだつの上がらないチンピラコンビみたいにも見えます。

 

 出てくるのはなぜか男子ばっかり。

 こういう非合理なことにエキサイトするのは男の専売特許ということでしょうか。

 作者のゆうきさんが女性なので、バカバカしいことに血道を上げる男の気質に憧れるのかも。

 

 「命を懸ける」というのは、けっして大袈裟な表現ではありません。

 大人にとっては「そんな下らないことやってる暇があったら勉強しろ」とい

うようなことも、子どもにとっては自分に未来があるかどうか確かめる大きなイニシエーションのようなものだったりします。

 

 それぞれの家庭の事情なども描かれ、物語に陰影をつけているけど、主軸はタカシやアキラをはじめとするしょーもないガキどもと、その前にぬりかべのように立ちはだかる憎たらしい駄菓子屋の親父との対決。

 

 しかし、クライマックスでその対決が劇的に転換し、何とも言えない切なさとなって胸にしみこみます。

 ああ、こうやって僕たちは子供時代をサバイバルして来た。

 こうやって挫折の痛みに耐えるために心に鎧を着こむことを覚えてきたんだなぁとしみじみ。

 

 児童文学だけど、大人が読むと全然違う楽しみ方ができると思います。

 福島敦子さんの絵も絶妙な味があって、アキラの表情など歪んでて邪悪で、それでいて三下のヘナチョコっぽくて、好きだなぁ。

 

 でも自分は運がいいのか悪いかなんて、実は最後の最後まで分からない。

 けどそれも、何とかカッコだけは大人になって、ここまで生き延びてこられたから言えることなのかも知れません。

 

 いずれにしても皆さんも僕も、新年が良い年になりますように。

 


江戸東京野菜・高倉ダイコン食べつくしツアー

 

 

 現在、日本で生産農家2軒という希少な伝統野菜・高倉ダイコン。

 多摩八王子江戸東京野菜研究会主催の見学&食事ツアーに参加。

 高倉ダイコンは48種類ある江戸東京野菜の一つで、八王子の特産品でもあります。

 

 干し大根に適したダイコンで、大正時代から昭和40年頃まで八王子高倉町界隈では毎年この季節になると、軒並みこうして大根を干す風景が見られ、八王子八十八景の一つに数えられました。人によっては「失われた日本の原風景の一つ」とも。

 

 夜は下ろしてお布団に寝かせてあげると、水分が早く抜けて良い干し大根になるのだとか。

 そしてこの干し大根がたくあんに。

 

 昔はこの八王子周辺や信州の工場で働く人たちのお弁当のおかずとして、たくあんとして需要が多かったのだとか。

 

 その後、高度経済成長時代を経て、安定供給・大量生産に向く交配種(青首大根など)が市場を席巻するようになると、手間ひまがかかるこうした昔ながらのダイコンは作る人が減り、昨年まではここの立川さんが一人でがんばって作っていました。

 

 「もうやめようかと家族と話したこともあるけど、『おいしいよ。また来年も頼むね』」と言われると、やっぱりやめるのやめようと思い直してね」と立川さん。

 

 歩いて10分程度のところにその畑。

 農作物は土が命。昔からここの土――関東ローム層の適度に粘度のある土だからこそ、高倉ダイコンがよく育つのです。

 

 お昼には、京王八王子駅ちかくの料理店「けいの家」(日曜休業だけど、このツアーのために特別貸し切り営業)で、干し高倉ダイコン焼き、高倉ダイコンピクルスのチキン南蛮、十勝広尾鮭と高倉ダイコンの十八鍋など、高倉ダイコンづくしのメニューを賞味。

 

 総勢約30人のツーリストは、伝統野菜、江戸東京野菜ファン、研究家、八王子の地域活動家の人たち。

 お昼からお酒も入って野菜の話で盛り上がり、ベジタブルでな日曜を過ごしました。

 

 詳しいことはまた「マイナビ農業」から発信します。

 


原宿のお米屋さん

 

 マイナビ農業の記事UP。原宿にもちゃんとお米屋さんがある。その名は小池精米店。
 原宿・渋谷・青山・麻布界隈のちょっとおしゃれな飲食店でごはん料理を食べたら、そこはこちらで仕入れたお米を使っている可能性大です。
 日本全国、さらには海外の米農家が頼りにする店主の五つ星お米マイスターは、日本食文化、お米文化を普及させるために日夜、大活躍しています。


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安崎暁さん感謝の会 取材

 

先週、日経新聞に建設機械メーカー、コマツの元社長・安崎暁さんが広告を出しました。

 がんに侵され、余命が短いことを医者に宣告されたとのと。

 延命治療はしないと決めて、それならと元気なうちにご縁のあった人たちにお会いしたいので、「感謝の会」を開くという内容。。

 企業のトップを極めた人の、まだあまり前例のない、ご本人主催のいわゆる「生前葬」です。

 

 というわけで「月刊仏事」も記事にしたいというので、今日は赤坂アークヒルズ「ANAインターコンチネンタルホテル」へ取材に。

 大宴会場に約700人のお客さんが訪れました。

 

 メジャーな新聞に広告を出したので(ご本人は広告はやりすぎだったかも・・・と後からおっしゃっていましたが)、このクラスの人になると社会的反響もすごく、ネット上で「カッコいい」とか「豪傑」とか言うこと言葉が行き交いました。

 それだけ終活に興味を持つ人が増えているということでしょうか。

 

 でもご本人はそんな気負った風情もなく、にこやかに宴を楽しまれていたようです。

 中締めで、東京最古の連による「阿波踊り」も登場(ご出身が徳島なので)。会場を巻き込んで大盛り上がり。

 でも途中、お囃子が「ふるさと」のメロディーラインに変わり、長老がソロで踊るシーンがあってちょっと泣けた。

 

 開会中は取材・インタビュー禁止だったので、終宴後、別の部屋で記者会見。

 

 最後に僕が「一個人に戻って何かやり残したことはありますか? この後、残された時間でやりたいことは?」と質問するとゴルフの話になり、「ホールインワンはヘタくそな人ができえるんです。僕は今までホールインワンを4回やった。5回目やったらホテルオークラのが大宴会場を貸し切ってぢパーティーをやる予定だったんだけど・・・・」と笑顔で語ってくれました。

 

 人の顔は本当に好きな事の話をするとき、何とも言えない輝きを放つ。

 幻になった5回目のホールインワンを胸に、充実した最後の日々を送っていただきたいと思います。


子供の声と「人類の子供たち」

 うちの前は車が通れないほどの狭い小道になっています。

 で、日中、2階で仕事をしていると、窓の下からタタタタと、とても軽いリズムの小走りの足音が聞こえてきます。

 「あ、きたな」と思うと、カチャリと音がして門が開き、ピンポーンとチャイムが鳴ります。

 うちのカミさんが受け答えすると、明るい、はしゃいだ子供の声が聞こえます。

 

 うちは1階が鍼灸院になっていて、カミさんが小児鍼をやっているので、営業日はほぼ毎日のように何人か子供がやってきます。

 

 足音のリズムと最初にドアを開けた時に発する声は、みんなに通っていながら、一人一人個性があって楽しい。

 

 僕は診療しているところには、いっさい顔を出さないので、どんな子が来ているのかは、彼女の話を通してしかわからないけど、音と声だけで想像するのも楽しいものです。

 

 僕は結構恵まれた環境にいるんだろうなと思います。

 

 子供を育てたことのある人でも、大きくなってもう子育てと関係なくなると興味を失ってしまい、子供の声がうるさく感じられるようです。

 だから近所に保育園や幼稚園を建てる話が出ると、必ずと言っていいほど反対運動が起こる。

 

 いろいろその人たちなりの事情があるのだろうけど、それでは寂しいのではないかなと思います。

 

 だいぶ前に読んだ小説で、英国のミステリー&SF作家のP・D・ジェイムズ(女性)が書いた「人類の子供たち」という作品がありました。

 

 世界中で子供が生まれなくなった世界を描いたもので、これはすごく面白った。

 子供いない世界――どこへ行っても子供の声を、足音を聞けない世界は、どんなに豊かで便利で娯楽に溢れていても、おそらく氷に閉じ込められた中で暮らしているような絶望感や孤独感に苛まれるのではないかと思います。

 

 自分との血のつながりがあるとかないとか、関係ない。

 「わたしたちの子供がいる」と思えることが大切なのだと思います。

 

 でもきっと、そういうことはこの小説の世界みたいに失ってみないと本当にはわからないんだろうな。

 


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36年目の旗揚げ記念日

 

昨日は昔やっていた劇団の飲み会でした。

6年ぶりくらいだったと思います。

声をかけた中から約半分の8人が集結。

全員、外観はかなり劣化しましたが、頭の中はあっという間に30年以上バック。

楽しかったけど、あの頃はこんなふうになっているなんて、まったく想像できなかったなぁ。

もうこの世にいないやつもいるし。

 

たまたまだったのですが、ちょうど36年前の今日(12月4日)が旗揚げ公演の初日でした。

新宿ゴールデン街のすぐそばにあったスペースデンというキャパ100人の小さな小屋で自作を上演しました。

 

当時はパソコンはおろか、ワープロもまだ普及していない時代で、台本はわら半紙にガリ版刷りでした。

後年、メンバーの一人が残っていた台本をパソコンでデータ入力してくれたものが、今、手元にあります。

 

サン・テグジュペリの「星の王子様」をもモチーフにしていて「子供でも観られますか?」という問い合わせがあったのを覚えています。

 

話は「星の王子様」とは似ても似つかぬものだったけど、読み返してみると、今では考えられないほどのエネルギーに満ちている。

この後もいろいろ書いて、構成やら表現技術やら、客観的にうまく見せることは多少上達したと思うけど、どれもこれ以上のものになっていない気がします。

 

いったいなんでこんなものを書いたのか、書けたのか、芝居ができたのか、自分でも不思議でしかたない。

でもきっと、これは仲間がいたから書けたんだな、そのバリエーションで今までもの書いて生きてきたんだな、と思います。

 

もう36年も経っちゃったけど、この際、年月は関係ない。

昨日会った7人をはじめ、死んでしまったやつも含めて、本当にあの頃の仲間には感謝したい。

そして、単なる青春の思い出でなく、なんでこんな話を書けたのか、自分の中にあるものをもっと解明していきたい。

 

 


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東京しゃもを狙ってタヌキとともに忍び込んだノラネコ御用

 なんだかトホホな顔のネコ。

 よく見るとニャンと鎖でつなかれております。

 

 今日はマイナビ農業取材で、あきる野市の「浅野養鶏場」へ。

 ここは超ブランド鶏「東京しゃも」の養鶏場。

 

 採卵用の鶏も含め、1万羽が飼われていますが、その鶏を狙って裏山からタヌキが出没すると言います。

 そして、このノラネコもタヌキとともに鶏を狙って侵入したのです。

 

 しかし主の浅野さんと愛犬・番犬のチェリーに見つかり、タヌキは山に逃げたが、ネコは逮捕。

 かわいそうだが、つながれてしまいました。

 

 浅野さんは鶏の声や表情を読み、パラグライダーで空も飛んでしまうという鳥(超)人で、大の動物好き。

 

 鶏に手を出さなければ解放して、可愛がってくれると思うのだけど、野性の本能を抑えられるのかニャー。

 


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●子どもや動物にモテる妻と、そうでない夫、そして人生のミステリーとハッピネスについて

 

うちのカミさんは子供や動物にモテる。

べつに子供や動物が大好きというわけではない。

むしろ子どもに対してはいたってクールだし、ペットを飼ったこともないし、ネズミ類などの動物は大嫌い。

 

だけどなぜだか子どもはよくなつくし、言うことをちゃんと聞く。

 

僕は道でネコに会うたびに対話を試みるが、ほとんど相手にしてくれるネコはいない。

なのに、彼女にはイヌもネコもクンクン、ニャーニャー寄ってくる。

 

なんで?

こういうのは生まれ持っての才能なのか?

(彼女はその才能を活かして、小児鍼という、子供を診る鍼をやっている)

 

子供や動物を愛してやまないという人ならわかるが、どうも納得できない。

なんだか不条理だ。

長らく僕にとって人生のミステリーとして濃い影を落としている。

 

なにかコツとか、ノウハウとか、心がけとかあるのかと聞くと、

「そんなもの、あるわけなでしょ」と一蹴される。

思えばこの20数年、そうしたやりとりを繰り返して暮らしてきた。

 

長く生きて、いろいろ経験を積めば、その謎が解けていくのではないか。

なるほど、そういうことだったのかと、いつかすべての霧が晴れる日が訪れるのではないかと漠然と思っていたが、どうもそういうものではないらしい。

 

わからないやつには一生わからない。

バカは死ななきゃ治らない。

これはそういう類の事象だ。

 

ネコにすり寄られようが、無視されようが、人生の大きな損失になるわけじゃないのだが、やっぱりちょっと悔しい。

 

でも彼女が子供やイヌ・ネコにモテた話を聞いたり、目の当たりにするのは悪くない気分である。

 

人間も世の中も理路整然とはしていない。

ロジックにとづいて動いている物事はむしろ少なく、大事なことは不条理だから面白かったりもする。

すべてのミステリーが解決して、空には一片の曇りもなく、影もなく霧も出ない人生はかなりつまらなそうだ。

 

いずれにしても、そういう才能に恵まれなかったぼくも、しゃーないから少しは努力しようという気になる。

 

そしてたまにネコとのコミュニケーションに成功したりすると、得も言われぬ幸福感・充実感に包まれるのである。

 


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京都探訪記2017⑥:新選組ゆかりの壬生寺は、ゆりかごから墓場までの下町京都のおへそ

●新撰組と壬生寺

 

 壬生寺と言えば、京都に出てきたばかりの頃の新撰組の駐屯地として知られるお寺です。

 嵐山線・四条大宮の近くにあり、この界隈は京都の下町風情が味わえる地域で、今にいたるまで、地域のコミュニティのおへそとして親しまれています。

 

 境内には資料館があり、その庭には凛々しき近藤勇局長の銅像。

 

 そしてもちろん、全国の新選組ファン巡礼の足跡も。

 最近はゲーム化もされているそうで、やたらアニメチックは美青年隊士が目立ちます。

 

●新選組血風録

 

僕が近藤勇と初めて出会ったのは、司馬遼太郎の「新選組血風録」の中でした。

「虎鉄」という名刀を手にし、それを手に勤王の志士をバッタバッタと斬るのだが、じつはこの虎鉄が真っ赤な偽物。

 

しかし、近藤さんはこの偽物の凡刀を、自分の信念(というか思い込み)で本物の名刀に変えてしまうという、すごいけど、ちょっと笑えるお話でした。

(その後、本物の虎鉄を手に入れるのだけど、「こんな刀はなまくらだ」と言って使わない・・・というオチがついていた)

 

司馬遼太郎氏はなぜか近藤勇を、思い込みは強いけど、ちょっとおつむのキレが悪い、昔のガキ大将みたいなキャラとして描いて、頭がキレまくる策士の土方歳三と対比していました。

 

土方主役の名作「燃えよ剣」はまさしくその司馬流新撰組の真骨頂。

おかげで長らく近藤さんのイメージはダウンしたままだったけど、2004年の大がドラマ「新選組!」で三谷幸喜の脚本と、香取慎吾の演技がそれを払拭したかなという感じ。

 

●昭和歌謡「あゝ新選組」

 

その他、かつて三橋美智也が歌った「あゝ新選組」という歌の歌碑があります。

単に歌詞が書いてあるだけでなく、スイッチを押すと、いかにも昭和歌謡という歌がフルコーラスで再生。

5分近い長尺ですが、ついつい聞き惚れてしまいます。

 

●インドの仏像、壬生狂言

 

資料館の中には、その和装の近藤さんと洋装の土方さんの、あの有名なポートレートが堂々鎮座。

お寺の記録には、新撰組が境内で教練などを行って、迷惑だなどと書かれていたそうですが、それが150年以上の歳月を経て、お寺の繁栄に貢献しているのだから面白いものです。

 

しかし実はこの壬生寺、新撰組だけのお寺ではありません。

古くから伝わるエキゾチックなインドの仏像や、江戸時代初期から根ざした庶民のエンターテインメント「壬生狂言」と、3本立てコンテンツで見どころ満載です。

 

壬生狂言は年に数度行われており、ホームページから日程を調べて予約すれば、観光客も楽しめるとのこと。

 

●保育園・養老院を経営

 

壬生寺の敷地には保育園があり、養老院が二つ建っています。

奥には墓地があり、まさしく「ゆりかごから墓場まで」人生丸抱えという感じ。

資料館の受付をしていたおばさんも子供の頃からお世話になっている、と言ってました。

 

地域に深く根付き、文化を育てるコミュニティ拠点として親しまれる壬生寺。

国宝や世界遺産の寺院もいいけど、こうして庶民と一緒に歴史を重ねる下町のお寺もLovelyです。

 


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江戸東京野菜たっぷり取材

 

約2ヵ月ぶりに八王子へ出向。

「マイナビ農業の取材」で、江戸東京野菜を生産・広報している小城プロデュース・福島秀史さんのところへ。

2時間余りにわたってたっぷりお話を伺いました。

 

2020年・東京オリンピックに向けて、地場野菜である江戸東京野菜の存在がぐーんとクローズアップ。

 

実際にその野菜を生産しながら、広報・普及活動を手掛け、江戸東京野菜の情報・ストーリーを発信している同社の活動は注目に値します。

 

けれども、これはけっしてオリンピック景気的な一過性のブームに終わらせない、と熱く語る福島さん。

江戸・明治・大正・昭和と続いてきた時代の食のストーリーが、この伝統野菜には詰まっています。

 

今日はその一つ、「伝統大蔵ダイコン」のB級品(ちょっと傷物)を購入。

 

畑では、希少な品種「高倉ダイコン」も収穫シーズンを迎えています。

 

来月は、失われた日本の原風景の一つ、高倉ダイコンの干し風景を見られる食べつくしツアーにも参加・取材予定です。

 


勤労感謝の日は農業感謝の日に

 

●昭和の勤労感謝はシンプルだった

 

僕が子供の頃、勤労感謝の日とは、働いていない人が、働いている人に感謝する日でした。

「今でもおんなじでしょ?」という声が聞こえてきそうですが、ちょっとニュアンスが違っていて、もっと具体的にその時代のイメージを話すと、

 

働いていない人とは子供や家庭の主婦であり、働いている人とはお父さん。

 

さらにそのお父さんの中でもサラリーマンなどの営利追求型イメ―ジの人たちよりも、消防士とか救急隊員とかおまわりさんとか、社会全体のための奉仕型職業の人たちのほうが感謝の対象の番付で言うと一枚上。

 

さらにちょっと年輩の大工さんとか植木屋さんのような職人も一枚上でした。

 

歌手やら俳優やら芸人やら作家やらは「勤労者」のカテゴリーには入っていませんでした。

 

子供雑誌などには、子供たちが感謝の心を表すために街に出掛けて、おまわりさんや大工さんにちょっとしたプレゼントをしていました。

 

そして家に帰ると、そういえば(サラリーマンの)お父さんも一応勤労者だね、といったオマケ扱いで、特別にお酒を飲ませてもらうという、そんなシーンが描かれていました。

 

●現代の勤労の観念と定義

 

そうした牧歌的な、わかりやすい構図の世界は、今は昔。

 

現代では「家庭の主婦は、働いていない人」なんて言ったら、毎日ごはん作って、掃除して洗濯しているのは労働じゃないのか!」と怒鳴られそうです。

 

いや、家族のためにごはんを炊いて洗濯するのは労働じゃなくて愛情だ、と返すことは出来そうですが・・・。

 

ほとんど身体を動かさずに一日中パソコンやスマホをいじくっている人たちも「働いている人」とは認識されにくいでしょう。

 

金融業でお金を動かしている人たちも、ビジネスをしているとは言えるけど、勤労しているとはあんまり思われないでしょう。

 

歌手やら俳優やら芸人やらも「僕たちは皆さんを楽しませるために働いているんです」と言えば勤労者だし、子供だって、おとなを幸せにするために働いているとも言えるし、そういう理屈だとペットの犬猫だって、ただゴロゴロしているだけでもちゃんと人を癒すために働いている、とも言えます。

 

そう考えると、現代では「働いていない人が、働いている人に感謝する勤労感謝の日」というのは成り立たなくなりそうです。

 

そのうち、社会のためにあれこれ身体を動かして働いてくれるのはAIやロボットだから、1年に1度の勤労感謝の日は、人間がメカに感謝する日にしよう――となりそうです。

 

●行為そのものへの感謝?

 

いや、そうじゃない。

そもそも勤労感謝の日は、働いていない人が、働いている人に感謝する日ではない。「様々な労働・勤労という行為そのもの」に感謝する日なんだ、という意見もあるでしょう。

 

こうなると、では労働・勤労の定義とは何か? といった哲学的命題に関わり、ドツボにはまりそうですね。

 

●11月23日の歴史

 

実は、11月23日は、もともとは飛鳥時代からあったといわれる「新嘗祭(にいなめさい)」というお祭りの日でした。

 

新嘗祭とは、その年に収穫された新米や新酒を天地の神様に捧げ、天皇と国民が一体となって、天地自然の神々に感謝し、収穫を喜び合う国民的な祭典。

 

ところが1945年の敗戦後、GHQによる政策で、国家神道の色が強い新嘗祭を排除し、違う名前の祝日にする、ということで制定されたのが現在の勤労感謝の日でした。

 

なお、新嘗祭は、今でも大切な宮中行事のとして執り行われています。

 

●いっそ農業感謝祭に

 

最近、マイナビ農業の仕事をしているのに加えて、そんな歴史的経緯を知ると、勤労感謝の日は、やたら風呂敷を広げて「働く人に感謝しよう」というよりも、農産物、それを収穫する農業従事者の人たちに感謝する日と、限定したらどうでしょう。

 

僕たちの大切な食糧を作っているわけだからね。

食べ物に、地球環境に感謝する意味合いも含められる。

時代が変わり、ライフスタイルが変化しているのだから、祝日も変えていったらどうなのかな?

 

 


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ケロケロっとくだらないことをかんガエル

 

莫妄想(まくもうそう)

妄想すること莫れ。

くだらないことを考えるな。

京都・天龍寺にて。

 

けれども、随想・夢想・空想。

そして奇想、飛躍する発想。

面白いアイデア・偉大な発明・ビッグな事業も

もともとみんな妄想から始まるのではないかと思います。

 

妄想もまた想像力。

何がくだらないのか、実はくだらなくないのか、

先に行ってみないとわからない。

未来のために一生懸命くだらないことを考えよう。

 


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カレー屋のペッパー君とAI党・ロボット大統領

 

 この間、麻布のインドカレー屋にいたペッパー君。

 しきりに「秋はセンチメンタルな季節で・・・」などとほざいていました。

 スキルアップしていないペッパー君は、しょせん単なるマスコット人形。

 それをいかに賢くするかは、オーナーの人間次第ですが、あんまり賢くないダメダメペッパーくんの方が愛されるのかも。

 

 その一方でAI・ロボット社会は確実に進行しています。

 経済・産業で十分役立てられ、社会的認知が進んだら政治でも。

 

 利権やらしがらみやら、人間の欲深さにまみれた政治の歴史を一掃。

 世界各国でAI党が設立され、正義を遂行するロボット大統領とその支持者から成る政権が次々と確立され、「民主的賢人政治」に移行していた。

 

 もし不祥事があったら、芸人やらアイドルやらが愛想を振りまいて「ごめんちゃい」と謝るか、涙を流すかして、しのぎます。

 

 ハリウッド映画などではそんな世界になったら、ヒーローが主導権を人間の手に取り戻そうと活躍するドラマが描かれると思いますが・・・現実にはどうか?

 

 今後は真面目にそんなことまで考えて、AI・ロボットと付き合う必要が出てくるでしょうね。

 


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