エンディングを意識して人生の台本を書く。

 

●エンディング文化の時代到来

 

 エンディング産業展の取材を終えて考えたこと。

 それは、エンディング――死を楽しむ時代がやってきたということです。

 

 「死を楽しむ」というと語弊があるかもしれませんが、要はひとりひとりが自分の人生の終え方について期待感や希望を抱く、ということです。

 

 いつかはこの世からおさらばしなくてはいけない。

 これはあらかじめそう決まっています。

 だったら悲しんだり寂しがったりするだけでなく、そうした感傷も含めて、思い切って楽しんだほうが「お得」なのではないでしょうか。

 

 少なくとも僕たち、現代の日本人ひとりひとりは、そうしたことをできる豊かな文化に包まれて生きていると思うのです。

 

●人生は20歳まで

 

 じつは人生は20歳で決定しています。

 20歳までの経験とそこから吸収したもの、そして喜怒哀楽の感情で人間の心身の基盤は出来上がります。

 どうすれば自分は気持ちよく生きられるのか、この世の人生において何に価値を置いて生きるのか、自分が果たすべきミッションは何なのか・・・これらはもうみんな、最初の20年で僕たちの内側にしっかりインプットされます。

 

 ただし、そのことに気づくかどうか、それらをいつ発見できるか、はその人しだいです。最期まで見つけられずに終わってしまう人も少なくない。いや、もしかしたら大半の人はそうなのではないでしょうか。

 

 だから20歳を過ぎた大人は、自分の人生の主人公は自分であると、しっかり意識したほうがいい。

 そして日々、自分の人生の台本を書いていくといい。

 細かく書き込む必要はないけれど、どういう流れでどうなり、どんな大団円を迎えるのか、エンディングまで想定してプロット(筋書)を作っておくといいと思います。

 

 もちろん、僕たちを取り巻く環境は、時代とともに刻一刻と変化していくので、日々リライトすることが必要です。

 でも、ベーシックな台本があるとないとでは違います。まったく手ぶらで毎日アドリブだらけでは続きません。

 

 でもじつは、わざわざ僕がこんなことを言わなくても、あなたも自分の人生の台本はひそかに書き進めているはずなんですよ。

 耳を澄まして自分に聞いてみてください。

 そして、目を凝らしてよく探してみてください。

 

●リライトしよう、今からでも始めよう

 

 親やら先生やら世間一般やらの書いた台本で生きている――

 もし、あなたがそう感じるのなら、そんなものは破り捨てるか、端から端までリライトして自分のものにしてしまう必要があるでしょう。

 

 また、もう齢で今からでは手遅れだ・・という人も大丈夫です。

 これまでの記憶・実績を材料に再構成することができます。

 起きてしまった事実は変えられなくても、現在の自分、そして未来の自分に合わせて、その事実の意味を変えることができます。

 マイナスと捉えていた事象もプラスに転換することができます。、

 これもどんどんリライトしましょう。その気になれば一晩でできます。

 

 完成度の高い台本、公開する台本(必要だと思えば見せてもいいけど)を作ることが目的ではありません。

自分が主人公であることを意識し、生きるということについてイメージを広げ、深めるためにこうした考え方をするのは有効ではないかと思うのです。

 

●エンディング産業を面白がろう

 

 エンディング産業は「人の死をネタにしたお金儲け」と、胡散臭い目で見られることがまだまだ多いようですが、歴史・文化・哲学など、いろいろなことを考えさせてくれる媒体です。

 

 そして経済と結びつくことで、世の中に大きな影響を与えていきます。

 そこで提供されるあふれんばかりの商品やサービス――それこそラーメン一杯からデザート付きフルコースまで――は、すべて今を生きる人たちの心が投影されたものばかり。どれを選ぶかは自分次第だし、オーダーメイドも可能だし、どれも選ばないという選択肢だってもちろんあります。

 興味と好奇心を持って覗いてみると、きっと面白いと思います。

 

 

 

 

2016・8・28 SUN


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ウーパールーパーな女子・男子

 

 「おまえら、いいトシこいて小学生かよ~」

 というのが「女子・男子」という呼び方に対する感想でした。

 20代だったらいざしらず、いったいいつから中高年まで女子・男子と呼びならわすようになったのか?

 たぶん少なくとも21世紀以降のこと。今ほど頻繁に使われ、定着するようになったのは、この10年くらいか?   どうも前から気になっていたので、これがいったいどういう意味を持つのか考えてみました。

 

●間柄によってビミョーに呼び方を変換

 近頃、女・男を呼び表すのって意外と難しいのです。

 「女性・男性(ジョセイ・ダンセイ)」は書くのはいいけど、音声で表す場合、どうもフォーマルすぎる。改まった席や仕事の場でなら問題ないが、ちょっとくだけた場や親しい間柄で「ジョセイ・ダンセイ」と言われると違和感があります。

 それならやっぱり「女・男(オンナ・オトコ)」―― 僕はこの呼び方を好むのですが、困ったことに最近、女性の中に敬遠する人が少なくない。

 

 文脈の中でどう使うかにもよりますが、「セックスを感じて恥ずかしい」「あまり口では言いたくない」という意見があるのです。「情婦・情夫」といった漢字と結びつくのでしょうか。性を伴う愛のにおいがするのでしょう。

 

 かなり親しい間柄でなら問題ないけど、やや親しさが希薄な友だち・仲間、あるいは仕事の同僚などに対しては、もしかしたら不愉快に感じるかな?と思ってしまうので、僕も「女の人(オンナノヒト)」といった言い方をします。(自分が男なので、男は「オトコ」でOK)。

 つまり相手によってけっこう使い分けなくてはならない。いやはや、なんとも日本語は繊細で複雑でビミョーです。

 それに仕事でも趣味でもプライベートでも、年齢層で分断されることなく、いろいろな年代の人間が、フラットな関係で入り混じって行動するようになったことも、こうした呼称のビミョーさに影響しているのではないかと思います。

 

●安心・安全なジョシ・ダンシ

 そこで登場した「女子・男子(ジョシ・ダンシ)」は、かなり便利。

 もともと子供・若者、あるいはスポーツ選手に対しての呼称だったので、「ジョシ」「ダンシ」と言われると、なんだか若返ったような気分になるし、カタさがなく、親しさイマイチの間柄でもOKだし、一般的な呼称としても安心して使えます。

 

●英語文化と日本語文化

 女子・男子は英語だとGIRL・BOY。

 英米ではむしろこっちのほうがセックス臭が漂いますね。

 その方面のお仕事をしている人はこの呼称で呼ばれることが多いと思います。

 なので普通、英米人の中高年は「GIRL」「BOY」なんて呼ばれたら腹を立てるんじゃないでしょうか。

 ところが日本語―ー日本人の場合はその逆。

 比較して考えると、英米が子供・若者(子供っぽさ・若さ)を下に見るのに対して、日本人には子供を神聖視したり、若さを尊ぶ精神構造があります。女子・男子×GIRL・BOYには、そうした文化の違いも見て取れします。

 

●女子・男子の裏にある「成長」というキーワード

 もうちょっと深掘りしてみたらどうなるか・・・ということで発見したのが 5年ほど前、自分のブログで書いていた文章。これは当時、映画・TV・演劇で「三銃士」がちょっとしたブームになっており、それについて書いたものです。

 

 いわゆる“成熟社会”となった先進諸国では“成長”は重要なキーワードだ。未熟だろうが、ダメダメなところがあろうが、成長を感じさせる、言い換えれば、未来への可能性を感じさせる人や集団や企業は、すこぶる魅力的に映る。 

 

 つまり、今、それだけ“成長”というものに希少価値があるのではないだろうか。

 成熟し、伸びきってしまった大人にはそうした魅力が見出せない。しかも環境の変化のせいもあり、信頼感も失墜しているのでなおさらだ。 

 

 ちなみにこれは実年齢のことを言っているのではない。10代・20代はもちろん、50代・60代でも“成長”しなくてはならない(少なくともそういう意志を見せなくてはならない)世の中になっているのだ。

 そして、若いダルタニアンと年長の三銃士のように、互いに影響を与え合いながら伸びていくことが求められている……三銃士の物語は、そうした現実を映し出す鏡のような機能を持っているのでは、と感じる。 

 

 どうもこうした意識がそのまま、僕たちの深層心理に貼りつき、いつまでも成長しきらない子供・若者の部分を形成しているのではないかと思います。

 それが「女子・男子」という呼称に結びついている。

 国境が溶け、世代差が溶け、リアルとバーチャルの境界が溶け、それでいながら経済や社会階級の格差が広がる今、人間として完成してしまうこと、成長しきってしまうことは、今後のことを考えるとマイナス要素にしかならない。

 齢は取っても可能性は残しておきたい・・・という気持ちの表れなのかも知れません。

 

●僕たちはいつまでウーパールーパーか?

 というわけで、ウーパールーパー。

 南米のサンショウウオの一種であるこの生き物、一般的には死ぬまで成熟せず、幼体のまま一生を終えるのだそうです。

 最近「1980」を謳ったCMでテレビに再登場しましたが、 確かに1980年頃、ウーパールーパーみたいな顔をした若い連中(=当時の僕たちのことです)が街の中をうようよ泳ぎ回っていました。

 

 あれから30年以上経った今も、依然として僕らはウーパールーパーそのもの。

 オトナ女子・オトナ男子として、ろくすっぽ成長することなく、結局、単に子供オバさん。子供オジさんのまんまで終ってしまう可能性は大きいのではないかと思います。

 

 でも「今どきの若いモンは・・・」という昔の人たちが本当に尊敬に値する大人ばかりだったのか?といえば、そんなことはない。情報がたやすく手に入らなかった時代の社会では、ごまかし、カッコづけも簡単で、威張っていられましたからね。

 

 今、成長するとはどういうことなのか? ごまかしやカッコだけでなく、大人になるってどういうことなのか・・・人生の続くかぎり、考えていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016・8・15 MON


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ぼくはセイウチロウ

 

氷の世界の恐怖のセイウチ

 子供の頃、動物図鑑で初めてセイウチの写真(イラストだったかも知れない)を見た時は、そのモンスターのような姿・形に心の底から驚愕しました。

その時の僕のセイウチのイメージは、世界の果ての暗くて冷たい氷の世界で巨大な牙をむき出しにして世にも恐ろしい咆哮を轟かせる孤独な怪物。

こわかったなぁ。

 人生の中でもしこんな怪物に出会うことがなあったら、僕は一瞬のうちにカチンコチンに凍り付いて、冷凍食食品になってこいつに食べられてしまうだろうと思い、どうぞそんなことになりませんように、と、何度もお祈りを唱えました。

 

夢の世界でセイウチロウと邂逅

 という衝撃が消えたのはいつのことだろう?

いろいろ本を読んだりテレビを見たりするうちに、セイウチは割とおとなしくて温かい生き物。孤独ではなく、群れをつくってのんびり暮らしていることなどを知りました。

それどころか、近年は日本水族館にも住んでいて愛嬌を振りまいてくれています。

 

 そのセイウチ君に僕もお世話になっています。

 夏、お昼寝するときは涼しい水族館のイメージを抱いて横になり、水中を魚がうようよ泳いでいる中をうつらうつらしつつ彷徨っているのですが、15分ないし30分ほどすると、コツコツと頭を何かがつつく。

「おい、起きろよ、セイイチロウ」

と目を覚ますと目の前には強大なセイウチが。やつはその牙の先で僕の頭をつついいたのです。

 こいつはセイウチロウといってクールな夢のアラーム係として30分経ったから起こしにくるのです。それ以上寝ちゃうと夕方まで頭が働かなってしまうので。起きない時は歌を歌って起こします。

 もちろん、歌はビートルズの「I am the Walrus」。

 

●ビートルズフェスでセイウチ登場

 そういえば昨夜、録画しておいてずっと見ていなかったNHK-BSの「BEATLESフェス」なる3時間番組を見ました。

  ビートルズ来日50周年ということで、当時の逸話――ビートルズにはっぴを着せた日航のスチュワーデスさんの話やら、独占取材に成功した星加ルミコさんやら湯川レイコさんの話――昔、音楽雑誌でよく記事を読んでいましたが、音楽ジャーナリズムのリーダーだった彼女らはまだ20代の女の子だったんですね――やら、を中心に、年寄りから若者まで入り混じったスタジオトークや、ビートルズ番組お約束のリバプール―ロンドン紀行(森高千里がキャバーンクラブに行ってドラムを叩いてた)などがてんこ盛りのバラエティ。

 しかし、目玉は何といっても、新旧いろいろな日本のミュージシャンたちがやるビートルズナンバーのトリビュートライブでした。

 

 財津和夫「Yesterday」や平原綾香「Hey Jude」などは、ま、定番の、という感じ。仲井戸麗市(チャボ)の「The Long and Winding Road」はほとんど自分で歌詞を書き換えた替え歌で、清志郎へのレクイエムにしか聞こえない。歌い方もそっくりだ。やっぱ寂しいんだろうね。

 

 その中で一番面白かったのがラブ・サイケデリコの「I am the Walrus」。

 ぐにゃぐにゃしたサウンドとともに、「おまえはあいつ、あいつはおいら、おいらタマゴ男、おいらセイウチ」なんていう、ジョンのナンセンスでファンタジックでグロテスクな詩の世界がぐりぐり脳天にねじ込まれてきて、めっちゃカッコいい!  こんな新鮮なアレンジでこの曲を聞けるとは思ってもいなかった。まったく感動モノでした。

 

 オリジナルを聞いて育ったおっさん・おばさんたちは、どうしてもリスペクトが先に立ってしまってアレンジも表面的で徹底しない。けど、「むかし、ビートルズっていうバンドがいたらしいね」と言っているような若い連中は、遠慮なくぶっ壊して、さらにおいしく料理していけると思います。

 ジョンやジョージがあの世から「おいおい」と言って止めに来るくらい、ガンガンすごいアレンジをしてほしい。

 

セイウチロウよ永遠に

 おまえはあいつ、おまえはおれ、だからあいつはおれ、おまえはセイウチロウ、ぼくはセイイチロウ、おまえはセイイチロウ? ぼくはセイウチロウ?

 まだまだ暑い。北極の氷の上でごろごろ寝そべる夢を見て毎日過ごすことにいたします。またセイウチロウと会うのを楽しみにして。

 

 

 

 

2016・8・11 THU


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四国化け猫➡猫神さま伝説

 

 この夏は四国をお遍路しています。

 ただし、オン・マイ・マインドで。

 葬儀・供養の業界誌の仕事で、ネット~メール~電話で取材しては原稿書きの日々。

四国の葬儀の風習や、お遍路についていろいろ勉強しました。

 

 で感じたのが、やたら四国にはネコが多いな、ということ。

 そういえば香川県のある島でネコがいっぱいいるのをテレビで見たことがあります。それで有名になって、観光客が出向いて、かわいい、かわいいとエサをあげまくるのでさらにネコ天国となっているようですが・・・。

 

 一方、僕が出会うのは、お葬式・お墓関連ので話からなので、この世とあの世の境界線上でニャーニャー鳴いているネコばかり。

 

●四国の葬儀における猫の存在

 

 徳島や愛媛で、家で人が亡くなると枕元にホウキや刃物などを置く、という風習があります。(正確には「あった」という過去形。日本の昔ながらの葬儀・供養の風習のほとんどは全国どこでも、この20~30年の間に9割以上消滅している)

何のためにこんなことをするかというと、ネコがご遺体の上をまたがないようにするため。ニャアとまたぐと死人が生き返って歩き出すとか、逆にネコがバケネコ化するというのです。

 ということは、この辺りではネコを飼っていた家が多のか?

 いや、飼っていたというよりも、ネコだのタヌキだの、動物たちが「こにゃにゃにゃちは~」と、自由にあちこちの家を出入りしていたのではないか、と思います。

 昔の日本の田舎の家は戸締りもいい加減で、常にオープン状態だったし、ネズミ退治にも役立つからね。だけど、キミはやばいからお葬式の時は来ちゃだめよ、という感じでしょうか。

 

日本三大化け猫伝説「お松大権現」の猫

 

 そんなわけでネコ伝説がはびこる四国。

 徳島県阿南市には「日本三大化け猫伝説」の一つに数えられている「お松大権現」という神社があります。

 ここに由来するお話は、借金苦にまつわるもので現代人にとってもリアル。

 むかし、困っている村人たちを救うために金貸しから多額の借金をした庄屋さんが金貸しに裏切られ、借金を残して死んでしまう。

 その妻・お松は「借金はちゃんと返したのに」と異議申し立てをしたのですが、その土地の奉行(きっと金貸しとつるんでいたと思われます。これも現代に繋がる政治とカネの問題です)が「わしゃ、返してもらとらんぞ」と、それを認めず、お松と、彼女が可愛がっていたネコを死刑にしてしまうのです。

 なんでネコまで処刑されるのかわからないけど、「わしの命に背く者は一族郎党皆殺しじゃ」という論理だったのでしょうか? 

 ネコも一族郎党に加えられてしまったのですね。

 

 で、この手の怪談兼勧善懲悪・庶民の味方ストーリーのセオリーとして、もちろん、この後、このネコはウソつきの金貸しと、権力乱用の奉行のところに化けて出て、悪者どもを地獄に叩き落とすというオチ。

 めでたし、めでたしということで、この正義のバケネコはこの神社にまつられることになったのです。

 

●今や霊験あらかた、招き猫だらけの観光スポット

 

 こうした因縁話があるせいか、なんと、この神社、今では受験と勝負ごとにご利益があるとして大人気に。バケネコになったネコはリベンジを果たした結果、「猫神様」に昇華。勝負ごとにご利益と言うので、全国からギャンブラーが詣でているようです。

 そして猫神様は招き猫の姿になって降臨したので、境内は招き猫だらけになっているようです。いやー、すごい。でも、借金は勝負事――ギャンブルに頼らず、地道にコツコツ返したほうがいいと思うなぁ。

 

 というわけで、妖怪も神様になってしまう四国。

 そういえば「千と千尋の神隠し」で、妖怪だか神様だかわからない者たちが湯あみに来る湯婆の湯場も愛媛の道後温泉がモデルになっていました。

 四国の旅・オン・マイマインド、まだまだ続きそうです。

 

 

2016・8・6 sat


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認知症の義母と川沿いの緑の小道を散歩する

 

昨日は義母と、実家のある清瀬市の清瀬柳瀬川の川沿いを散歩した。

この道は桜並木が美しいことで有名だが、川は高度成長時代から昭和40年代にかけては生活排水などでひどいドブ川になっていたらしい。

 

それが地域の人々や行政の努力で半世紀かけて、鮎も泳ぐ美しい川によみがえたという。

うちの息子がチビの頃、この妻の実家に来ると、いつもこの川で水遊びをしていた。

昨日も暑かったので、当時の息子くらいの男の子がバシャバシャと大喜びで水遊びをしていた。

 

義母は嬉しがって「わぁ、気持ちよさそうだねぇ」んどと声を上げる。

 

これから一緒に暮らすので、今後の生活に向けて、いっしょに時間を過ごす練習をしたほうがいいだろう、ということで、ちょっとトレーニングの日を設けてみたのだ。

 

3時間ほどの間、休職して義母としばらく一緒に暮らしている義妹が抜けて2人きりになった。

義母は亡くなった義父、つまり自分の旦那以外の男性と二人きりになったことは、84年の人生の中でおそらくほとんどないらしい。

 

ずっと家の中にいるとに、すぐに煮詰まってくるので

「散歩しましょうか」というと嬉しがって、

お出かけ服とまでは言わないけど、

ちょっとした外出着に着替えてきた。

 

認知症なのだが、からだは丈夫で、5階建ての団地の階段(古い住宅なのでエレベーターが付いてない)も平気で上り下りする。

歩く足取りも、84歳とは思えないほどしっかりしている。

 

河原に下りたり上がったりして、50~60mほど歩いたところで、

「あそこで働いていたのよ」と言って、道路の向こう側にある建物を指した。

 

今は何かの倉庫として使われているが、昔はこの地域のスーパーで、もう40年くらい前に5~6年間、その店でパートで働いていたのだそうだ。

カミさんの話によると、そこのパートの仕事が、とても楽しかったらしい。

ただ、関白亭主の義父は、妻がそこで楽しそうに働いているのをあまり快く思っていなかったようだ。

 

認知症になった今、亡くなった夫のことは、夫ではなく、自分の父や兄だと言う。

娘のことはカミさんも義妹も、「ヘルパーのおねえさん」といった理解らしい。

僕のことは当然、娘の夫でもなく、義理の息子でもなく、

どっかから時々現れる「明るい男」ということになっている。

 

半世紀以上、寝食をともに共にしてきた家族のことは忘れても、

40年以上前、ほんの一時期、働いていたパート仕事のことは憶えている。

義母の人生のハイライトだったのかな?と思う。

 

家族は大切だが、同時に主婦・母親にとって、

家族は一種の重い「義務」でもある。

 

もしかしたら義母は、その重たい義務から、

すっかり自由になったんだろう、と思う。

自由になった義母の心が、できるだけ羽ばたけるような暮らし方をする必要があるのかもしれない。

美しい川と緑の小道を歩きがら、そんなことを考えた。

 


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葬儀・供養に関する「昭和システム」の呪縛

 

つましい生活をしていた高齢者が亡くなってみたら、何千万円ものタンス預金を残していて、びっくり! ――という話をよく聞く。

なんで?

そんなにお金があるんなら、貧乏に甘んじず、もっと裕福に暮らせたろうに・・・と思っていたが、今回、義父の死に触れて「そりゃ当然だな」と納得してしまった。

 

お葬式をするのも、お寺さんにお経を唱えてもらって戒名をいただくのも、納骨してお墓を建てるのも、従来の、いわゆる「昭和システム」にのっとってやっていたら、いくらお金があっても足りない。

あっという間に数百万、ちょっと見栄を張ったら1千万くらいすぐに使ってしまう、と思う。

 

これに前後の医療費やケアのお金を入れれば、そりゃたしかに何千万円も持ってなきゃ、安心して老後を暮らせないし、安らかに眠ることもできない。

 

けっして日本の仏教文化、葬儀供養の文化を軽んじるわけではないが、「昭和システム」の葬儀供養を遂行するのは、今や、よほどのお金持ちでなければ無理である。

 

「無理をしてでもやるべきだ」という宗教心の厚い人、伝統的な習慣を重んじる人の意見もあると思う。

否定するつもりはない。

 

ただ、伝統的な習慣と言っても、みんながこれだけお金の掛かる供養葬儀をやるようになったのは、高度経済成長時代からだ。

 

現代のように、広く自由に情報が飛び交う時代ではなかったので、業者などに「そういうものだ」と言われれば、「そういうものか」と選択肢もなく、無理をしてでもそうせざるを得なかった面もあるだろう。

 

要は一般庶民にも裕福な人が大勢増えて、昔の武士階級・貴族階級・地域の名士など、社会的地位の高い人たちの真似をしたくなっただけではないのだろうか。

 

現代はお葬式にしても、お墓にしても、供養の仕方にしても、多様な選択肢がたくさんある。

無理なく、納得でき、大事な人を心から偲べるやり方は、いくらでも自分たちで創ることができる。

 

盛大なお葬式をして、りっぱなお墓を立てて、遺された家族がみんなハッピーになれるなら、それでいい。

 

けれどもそうでなく、精神的にも経済的にも負担が増えるばかりで、心から偲ぶこともままならないリスクを背負いそうなら、昭和の習慣の呪縛から自由になったほうがいい。

 


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仏像にいちばん近いアイドル&鎌倉名物・鳩サブレ入りソフトクリーム

 

“仏像にいちばん近いアイドル”を取材しに、いざ鎌倉へ。

その名も「みほとけちゃん」。

彼女は何と、2016年度ミス鎌倉でもある。

 

当然、美人でかわいい。

写真や動画を見て、それはわかっていたが、

ナマで会ったら、一段と美人でかわいい。

そして、かしこく、おとなだ。

 

自作の刺繍入り作務衣を着込み、

仏像のインナースペースに入り込める特技を持ち、

まさしく仏像にいちばん近いアイドルを体現する。

 

僕はこれまで特にアイドルに興味を持ったことはないが、

彼女のことは応援したくなる。

興味を持ったら、

「みほとけ」で検索してみてください。

 

アイドルの鎌倉おすすめスポットの一つが、

おみやげの「鳩サブレ」でおなじみ、

豊島屋がやっている洋菓子店&カフェ「置石」。

 

ここの「置石ソフト」は、

ソフトクリームの中に粉々になった鳩サブレが

まんべんなく入っているという逸品。

クリーミーさとザクザク感が一体化して

これはおいしい!

 

アイ love 鎌倉。

 


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女性と子供の為の野の花鍼灸院 閉院

 

親の介護のために、カミさんが12年やってきた

「野の花鍼灸院」の看板を下ろすことになった。

 

身内の自分が言うのも何だけど、

自宅を改造したプライベート空間で

女性と子どもを専門で診療し、、

一緒に子育てに関する相談もできるというのは、

割と希少で貴重な診療所だったのではないかと思う。

 

子ども向けの鍼灸ができる鍼灸師は、

関西方面ではそこそこいるが、

関東ではまだまだ少ない。

 

閉院のニュースを聞いて訪れた人の中には

泣き出す人までいるらしく、

やっぱりこの空間がなくんるのは惜しいなと思う。

 

ただ、閉院はするが、仕事をゼロにしてしまうわけではない。

3年ほど前から週1で通っている横浜の診療所の仕事は続けると言う。

 

それに専門学校の臨時講師や、海外の鍼灸師に対する講師の仕事もある。

海外――特に欧米では鍼灸治療の効果は

WHOでも認められているほど、広く知られており、

治療院を営んでいる人も多い。

 

現在のホームページはサーバーを解約して消えることになるが、

ドメインだけは契約更新した。

しばらくして落ち着いたら、同じドメインでカミさん個人の

ホームページを作る予定だ。

 

引っ越し先の近辺の幼稚園や保育園に交渉して

子どもを診療する機会を作る計画も立てている。

 

また、せっかく国家資格を取っても、

ペーパードライバー状態の鍼灸師も多いので、

小児鍼の基本と自宅開業ノウハウを教え、

後進育成につなげるコンテンツの制作や、

セミナー開講などの企画も始める。

 

介護と並行して新しい活動の基盤づくりができればいいと思う。

 


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さらば永福町

 

連休中に義父が急逝。

遺された義母の面倒をどうするか? 

という問題を背負うことになった。

 

義母は身体は割と健康ではあるものの、

認知症になっていて、ひとことで言うと

ファンタジーの世界で生きている。

僕たちと日常の時間を共有できない。

 

とてもひとり暮らしはさせられないということで、

現在は神戸在住の義妹が会社を休み、そのまま残って一緒にいる。

けれども、彼女にだって仕事と生活があるので、

いつまでもというわけにはいかない。

 

それで、うちのカミさんは今やっている治療院を閉鎖して、

清瀬の実家に戻ると決めた。

 

じつは僕は、12年やってきて実績もできたこの治療院の、

ホームページ刷新と、

スマホ用ラディングページ作成のために、

密かに構成とテキストを作っていた。

 

正直、「そんな・・・」と思ったが、

こういう局面では、女は思いきりよく、迷いがない。

 

現在の自宅は治療院併設のために借りたところなので、

もうここにいる意味がないし、カミさんひとりで

介護をやらせるわけにはいかないので、

僕も一緒に清瀬に行くことにした。

 

結婚して子供も育てた永福町とも6月にはお別れになる。

 


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エンディングを意識して人生の台本を書く。

 

●エンディング文化の時代到来

 

 エンディング産業展の取材を終えて考えたこと。

 それは、エンディング――死を楽しむ時代がやってきたということです。

 

 「死を楽しむ」というと語弊があるかもしれませんが、要はひとりひとりが自分の人生の終え方について期待感や希望を抱く、ということです。

 

 いつかはこの世からおさらばしなくてはいけない。

 これはあらかじめそう決まっています。

 だったら悲しんだり寂しがったりするだけでなく、そうした感傷も含めて、思い切って楽しんだほうが「お得」なのではないでしょうか。

 

 少なくとも僕たち、現代の日本人ひとりひとりは、そうしたことをできる豊かな文化に包まれて生きていると思うのです。

 

●人生は20歳まで

 

 じつは人生は20歳で決定しています。

 20歳までの経験とそこから吸収したもの、そして喜怒哀楽の感情で人間の心身の基盤は出来上がります。

 どうすれば自分は気持ちよく生きられるのか、この世の人生において何に価値を置いて生きるのか、自分が果たすべきミッションは何なのか・・・これらはもうみんな、最初の20年で僕たちの内側にしっかりインプットされます。

 

 ただし、そのことに気づくかどうか、それらをいつ発見できるか、はその人しだいです。最期まで見つけられずに終わってしまう人も少なくない。いや、もしかしたら大半の人はそうなのではないでしょうか。

 

 だから20歳を過ぎた大人は、自分の人生の主人公は自分であると、しっかり意識したほうがいい。

 そして日々、自分の人生の台本を書いていくといい。

 細かく書き込む必要はないけれど、どういう流れでどうなり、どんな大団円を迎えるのか、エンディングまで想定してプロット(筋書)を作っておくといいと思います。

 

 もちろん、僕たちを取り巻く環境は、時代とともに刻一刻と変化していくので、日々リライトすることが必要です。

 でも、ベーシックな台本があるとないとでは違います。まったく手ぶらで毎日アドリブだらけでは続きません。

 

 でもじつは、わざわざ僕がこんなことを言わなくても、あなたも自分の人生の台本はひそかに書き進めているはずなんですよ。

 耳を澄まして自分に聞いてみてください。

 そして、目を凝らしてよく探してみてください。

 

●リライトしよう、今からでも始めよう

 

 親やら先生やら世間一般やらの書いた台本で生きている――

 もし、あなたがそう感じるのなら、そんなものは破り捨てるか、端から端までリライトして自分のものにしてしまう必要があるでしょう。

 

 また、もう齢で今からでは手遅れだ・・という人も大丈夫です。

 これまでの記憶・実績を材料に再構成することができます。

 起きてしまった事実は変えられなくても、現在の自分、そして未来の自分に合わせて、その事実の意味を変えることができます。

 マイナスと捉えていた事象もプラスに転換することができます。、

 これもどんどんリライトしましょう。その気になれば一晩でできます。

 

 完成度の高い台本、公開する台本(必要だと思えば見せてもいいけど)を作ることが目的ではありません。

自分が主人公であることを意識し、生きるということについてイメージを広げ、深めるためにこうした考え方をするのは有効ではないかと思うのです。

 

●エンディング産業を面白がろう

 

 エンディング産業は「人の死をネタにしたお金儲け」と、胡散臭い目で見られることがまだまだ多いようですが、歴史・文化・哲学など、いろいろなことを考えさせてくれる媒体です。

 

 そして経済と結びつくことで、世の中に大きな影響を与えていきます。

 そこで提供されるあふれんばかりの商品やサービス――それこそラーメン一杯からデザート付きフルコースまで――は、すべて今を生きる人たちの心が投影されたものばかり。どれを選ぶかは自分次第だし、オーダーメイドも可能だし、どれも選ばないという選択肢だってもちろんあります。

 興味と好奇心を持って覗いてみると、きっと面白いと思います。

 

 

 

 

2016・8・28 SUN


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ウーパールーパーな女子・男子

 

 「おまえら、いいトシこいて小学生かよ~」

 というのが「女子・男子」という呼び方に対する感想でした。

 20代だったらいざしらず、いったいいつから中高年まで女子・男子と呼びならわすようになったのか?

 たぶん少なくとも21世紀以降のこと。今ほど頻繁に使われ、定着するようになったのは、この10年くらいか?   どうも前から気になっていたので、これがいったいどういう意味を持つのか考えてみました。

 

●間柄によってビミョーに呼び方を変換

 近頃、女・男を呼び表すのって意外と難しいのです。

 「女性・男性(ジョセイ・ダンセイ)」は書くのはいいけど、音声で表す場合、どうもフォーマルすぎる。改まった席や仕事の場でなら問題ないが、ちょっとくだけた場や親しい間柄で「ジョセイ・ダンセイ」と言われると違和感があります。

 それならやっぱり「女・男(オンナ・オトコ)」―― 僕はこの呼び方を好むのですが、困ったことに最近、女性の中に敬遠する人が少なくない。

 

 文脈の中でどう使うかにもよりますが、「セックスを感じて恥ずかしい」「あまり口では言いたくない」という意見があるのです。「情婦・情夫」といった漢字と結びつくのでしょうか。性を伴う愛のにおいがするのでしょう。

 

 かなり親しい間柄でなら問題ないけど、やや親しさが希薄な友だち・仲間、あるいは仕事の同僚などに対しては、もしかしたら不愉快に感じるかな?と思ってしまうので、僕も「女の人(オンナノヒト)」といった言い方をします。(自分が男なので、男は「オトコ」でOK)。

 つまり相手によってけっこう使い分けなくてはならない。いやはや、なんとも日本語は繊細で複雑でビミョーです。

 それに仕事でも趣味でもプライベートでも、年齢層で分断されることなく、いろいろな年代の人間が、フラットな関係で入り混じって行動するようになったことも、こうした呼称のビミョーさに影響しているのではないかと思います。

 

●安心・安全なジョシ・ダンシ

 そこで登場した「女子・男子(ジョシ・ダンシ)」は、かなり便利。

 もともと子供・若者、あるいはスポーツ選手に対しての呼称だったので、「ジョシ」「ダンシ」と言われると、なんだか若返ったような気分になるし、カタさがなく、親しさイマイチの間柄でもOKだし、一般的な呼称としても安心して使えます。

 

●英語文化と日本語文化

 女子・男子は英語だとGIRL・BOY。

 英米ではむしろこっちのほうがセックス臭が漂いますね。

 その方面のお仕事をしている人はこの呼称で呼ばれることが多いと思います。

 なので普通、英米人の中高年は「GIRL」「BOY」なんて呼ばれたら腹を立てるんじゃないでしょうか。

 ところが日本語―ー日本人の場合はその逆。

 比較して考えると、英米が子供・若者(子供っぽさ・若さ)を下に見るのに対して、日本人には子供を神聖視したり、若さを尊ぶ精神構造があります。女子・男子×GIRL・BOYには、そうした文化の違いも見て取れします。

 

●女子・男子の裏にある「成長」というキーワード

 もうちょっと深掘りしてみたらどうなるか・・・ということで発見したのが 5年ほど前、自分のブログで書いていた文章。これは当時、映画・TV・演劇で「三銃士」がちょっとしたブームになっており、それについて書いたものです。

 

 いわゆる“成熟社会”となった先進諸国では“成長”は重要なキーワードだ。未熟だろうが、ダメダメなところがあろうが、成長を感じさせる、言い換えれば、未来への可能性を感じさせる人や集団や企業は、すこぶる魅力的に映る。 

 

 つまり、今、それだけ“成長”というものに希少価値があるのではないだろうか。

 成熟し、伸びきってしまった大人にはそうした魅力が見出せない。しかも環境の変化のせいもあり、信頼感も失墜しているのでなおさらだ。 

 

 ちなみにこれは実年齢のことを言っているのではない。10代・20代はもちろん、50代・60代でも“成長”しなくてはならない(少なくともそういう意志を見せなくてはならない)世の中になっているのだ。

 そして、若いダルタニアンと年長の三銃士のように、互いに影響を与え合いながら伸びていくことが求められている……三銃士の物語は、そうした現実を映し出す鏡のような機能を持っているのでは、と感じる。 

 

 どうもこうした意識がそのまま、僕たちの深層心理に貼りつき、いつまでも成長しきらない子供・若者の部分を形成しているのではないかと思います。

 それが「女子・男子」という呼称に結びついている。

 国境が溶け、世代差が溶け、リアルとバーチャルの境界が溶け、それでいながら経済や社会階級の格差が広がる今、人間として完成してしまうこと、成長しきってしまうことは、今後のことを考えるとマイナス要素にしかならない。

 齢は取っても可能性は残しておきたい・・・という気持ちの表れなのかも知れません。

 

●僕たちはいつまでウーパールーパーか?

 というわけで、ウーパールーパー。

 南米のサンショウウオの一種であるこの生き物、一般的には死ぬまで成熟せず、幼体のまま一生を終えるのだそうです。

 最近「1980」を謳ったCMでテレビに再登場しましたが、 確かに1980年頃、ウーパールーパーみたいな顔をした若い連中(=当時の僕たちのことです)が街の中をうようよ泳ぎ回っていました。

 

 あれから30年以上経った今も、依然として僕らはウーパールーパーそのもの。

 オトナ女子・オトナ男子として、ろくすっぽ成長することなく、結局、単に子供オバさん。子供オジさんのまんまで終ってしまう可能性は大きいのではないかと思います。

 

 でも「今どきの若いモンは・・・」という昔の人たちが本当に尊敬に値する大人ばかりだったのか?といえば、そんなことはない。情報がたやすく手に入らなかった時代の社会では、ごまかし、カッコづけも簡単で、威張っていられましたからね。

 

 今、成長するとはどういうことなのか? ごまかしやカッコだけでなく、大人になるってどういうことなのか・・・人生の続くかぎり、考えていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2016・8・15 MON


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ぼくはセイウチロウ

 

氷の世界の恐怖のセイウチ

 子供の頃、動物図鑑で初めてセイウチの写真(イラストだったかも知れない)を見た時は、そのモンスターのような姿・形に心の底から驚愕しました。

その時の僕のセイウチのイメージは、世界の果ての暗くて冷たい氷の世界で巨大な牙をむき出しにして世にも恐ろしい咆哮を轟かせる孤独な怪物。

こわかったなぁ。

 人生の中でもしこんな怪物に出会うことがなあったら、僕は一瞬のうちにカチンコチンに凍り付いて、冷凍食食品になってこいつに食べられてしまうだろうと思い、どうぞそんなことになりませんように、と、何度もお祈りを唱えました。

 

夢の世界でセイウチロウと邂逅

 という衝撃が消えたのはいつのことだろう?

いろいろ本を読んだりテレビを見たりするうちに、セイウチは割とおとなしくて温かい生き物。孤独ではなく、群れをつくってのんびり暮らしていることなどを知りました。

それどころか、近年は日本水族館にも住んでいて愛嬌を振りまいてくれています。

 

 そのセイウチ君に僕もお世話になっています。

 夏、お昼寝するときは涼しい水族館のイメージを抱いて横になり、水中を魚がうようよ泳いでいる中をうつらうつらしつつ彷徨っているのですが、15分ないし30分ほどすると、コツコツと頭を何かがつつく。

「おい、起きろよ、セイイチロウ」

と目を覚ますと目の前には強大なセイウチが。やつはその牙の先で僕の頭をつついいたのです。

 こいつはセイウチロウといってクールな夢のアラーム係として30分経ったから起こしにくるのです。それ以上寝ちゃうと夕方まで頭が働かなってしまうので。起きない時は歌を歌って起こします。

 もちろん、歌はビートルズの「I am the Walrus」。

 

●ビートルズフェスでセイウチ登場

 そういえば昨夜、録画しておいてずっと見ていなかったNHK-BSの「BEATLESフェス」なる3時間番組を見ました。

  ビートルズ来日50周年ということで、当時の逸話――ビートルズにはっぴを着せた日航のスチュワーデスさんの話やら、独占取材に成功した星加ルミコさんやら湯川レイコさんの話――昔、音楽雑誌でよく記事を読んでいましたが、音楽ジャーナリズムのリーダーだった彼女らはまだ20代の女の子だったんですね――やら、を中心に、年寄りから若者まで入り混じったスタジオトークや、ビートルズ番組お約束のリバプール―ロンドン紀行(森高千里がキャバーンクラブに行ってドラムを叩いてた)などがてんこ盛りのバラエティ。

 しかし、目玉は何といっても、新旧いろいろな日本のミュージシャンたちがやるビートルズナンバーのトリビュートライブでした。

 

 財津和夫「Yesterday」や平原綾香「Hey Jude」などは、ま、定番の、という感じ。仲井戸麗市(チャボ)の「The Long and Winding Road」はほとんど自分で歌詞を書き換えた替え歌で、清志郎へのレクイエムにしか聞こえない。歌い方もそっくりだ。やっぱ寂しいんだろうね。

 

 その中で一番面白かったのがラブ・サイケデリコの「I am the Walrus」。

 ぐにゃぐにゃしたサウンドとともに、「おまえはあいつ、あいつはおいら、おいらタマゴ男、おいらセイウチ」なんていう、ジョンのナンセンスでファンタジックでグロテスクな詩の世界がぐりぐり脳天にねじ込まれてきて、めっちゃカッコいい!  こんな新鮮なアレンジでこの曲を聞けるとは思ってもいなかった。まったく感動モノでした。

 

 オリジナルを聞いて育ったおっさん・おばさんたちは、どうしてもリスペクトが先に立ってしまってアレンジも表面的で徹底しない。けど、「むかし、ビートルズっていうバンドがいたらしいね」と言っているような若い連中は、遠慮なくぶっ壊して、さらにおいしく料理していけると思います。

 ジョンやジョージがあの世から「おいおい」と言って止めに来るくらい、ガンガンすごいアレンジをしてほしい。

 

セイウチロウよ永遠に

 おまえはあいつ、おまえはおれ、だからあいつはおれ、おまえはセイウチロウ、ぼくはセイイチロウ、おまえはセイイチロウ? ぼくはセイウチロウ?

 まだまだ暑い。北極の氷の上でごろごろ寝そべる夢を見て毎日過ごすことにいたします。またセイウチロウと会うのを楽しみにして。

 

 

 

 

2016・8・11 THU


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四国化け猫➡猫神さま伝説

 

 この夏は四国をお遍路しています。

 ただし、オン・マイ・マインドで。

 葬儀・供養の業界誌の仕事で、ネット~メール~電話で取材しては原稿書きの日々。

四国の葬儀の風習や、お遍路についていろいろ勉強しました。

 

 で感じたのが、やたら四国にはネコが多いな、ということ。

 そういえば香川県のある島でネコがいっぱいいるのをテレビで見たことがあります。それで有名になって、観光客が出向いて、かわいい、かわいいとエサをあげまくるのでさらにネコ天国となっているようですが・・・。

 

 一方、僕が出会うのは、お葬式・お墓関連ので話からなので、この世とあの世の境界線上でニャーニャー鳴いているネコばかり。

 

●四国の葬儀における猫の存在

 

 徳島や愛媛で、家で人が亡くなると枕元にホウキや刃物などを置く、という風習があります。(正確には「あった」という過去形。日本の昔ながらの葬儀・供養の風習のほとんどは全国どこでも、この20~30年の間に9割以上消滅している)

何のためにこんなことをするかというと、ネコがご遺体の上をまたがないようにするため。ニャアとまたぐと死人が生き返って歩き出すとか、逆にネコがバケネコ化するというのです。

 ということは、この辺りではネコを飼っていた家が多のか?

 いや、飼っていたというよりも、ネコだのタヌキだの、動物たちが「こにゃにゃにゃちは~」と、自由にあちこちの家を出入りしていたのではないか、と思います。

 昔の日本の田舎の家は戸締りもいい加減で、常にオープン状態だったし、ネズミ退治にも役立つからね。だけど、キミはやばいからお葬式の時は来ちゃだめよ、という感じでしょうか。

 

日本三大化け猫伝説「お松大権現」の猫

 

 そんなわけでネコ伝説がはびこる四国。

 徳島県阿南市には「日本三大化け猫伝説」の一つに数えられている「お松大権現」という神社があります。

 ここに由来するお話は、借金苦にまつわるもので現代人にとってもリアル。

 むかし、困っている村人たちを救うために金貸しから多額の借金をした庄屋さんが金貸しに裏切られ、借金を残して死んでしまう。

 その妻・お松は「借金はちゃんと返したのに」と異議申し立てをしたのですが、その土地の奉行(きっと金貸しとつるんでいたと思われます。これも現代に繋がる政治とカネの問題です)が「わしゃ、返してもらとらんぞ」と、それを認めず、お松と、彼女が可愛がっていたネコを死刑にしてしまうのです。

 なんでネコまで処刑されるのかわからないけど、「わしの命に背く者は一族郎党皆殺しじゃ」という論理だったのでしょうか? 

 ネコも一族郎党に加えられてしまったのですね。

 

 で、この手の怪談兼勧善懲悪・庶民の味方ストーリーのセオリーとして、もちろん、この後、このネコはウソつきの金貸しと、権力乱用の奉行のところに化けて出て、悪者どもを地獄に叩き落とすというオチ。

 めでたし、めでたしということで、この正義のバケネコはこの神社にまつられることになったのです。

 

●今や霊験あらかた、招き猫だらけの観光スポット

 

 こうした因縁話があるせいか、なんと、この神社、今では受験と勝負ごとにご利益があるとして大人気に。バケネコになったネコはリベンジを果たした結果、「猫神様」に昇華。勝負ごとにご利益と言うので、全国からギャンブラーが詣でているようです。

 そして猫神様は招き猫の姿になって降臨したので、境内は招き猫だらけになっているようです。いやー、すごい。でも、借金は勝負事――ギャンブルに頼らず、地道にコツコツ返したほうがいいと思うなぁ。

 

 というわけで、妖怪も神様になってしまう四国。

 そういえば「千と千尋の神隠し」で、妖怪だか神様だかわからない者たちが湯あみに来る湯婆の湯場も愛媛の道後温泉がモデルになっていました。

 四国の旅・オン・マイマインド、まだまだ続きそうです。

 

 

2016・8・6 sat


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認知症の義母と川沿いの緑の小道を散歩する

 

昨日は義母と、実家のある清瀬市の清瀬柳瀬川の川沿いを散歩した。

この道は桜並木が美しいことで有名だが、川は高度成長時代から昭和40年代にかけては生活排水などでひどいドブ川になっていたらしい。

 

それが地域の人々や行政の努力で半世紀かけて、鮎も泳ぐ美しい川によみがえたという。

うちの息子がチビの頃、この妻の実家に来ると、いつもこの川で水遊びをしていた。

昨日も暑かったので、当時の息子くらいの男の子がバシャバシャと大喜びで水遊びをしていた。

 

義母は嬉しがって「わぁ、気持ちよさそうだねぇ」んどと声を上げる。

 

これから一緒に暮らすので、今後の生活に向けて、いっしょに時間を過ごす練習をしたほうがいいだろう、ということで、ちょっとトレーニングの日を設けてみたのだ。

 

3時間ほどの間、休職して義母としばらく一緒に暮らしている義妹が抜けて2人きりになった。

義母は亡くなった義父、つまり自分の旦那以外の男性と二人きりになったことは、84年の人生の中でおそらくほとんどないらしい。

 

ずっと家の中にいるとに、すぐに煮詰まってくるので

「散歩しましょうか」というと嬉しがって、

お出かけ服とまでは言わないけど、

ちょっとした外出着に着替えてきた。

 

認知症なのだが、からだは丈夫で、5階建ての団地の階段(古い住宅なのでエレベーターが付いてない)も平気で上り下りする。

歩く足取りも、84歳とは思えないほどしっかりしている。

 

河原に下りたり上がったりして、50~60mほど歩いたところで、

「あそこで働いていたのよ」と言って、道路の向こう側にある建物を指した。

 

今は何かの倉庫として使われているが、昔はこの地域のスーパーで、もう40年くらい前に5~6年間、その店でパートで働いていたのだそうだ。

カミさんの話によると、そこのパートの仕事が、とても楽しかったらしい。

ただ、関白亭主の義父は、妻がそこで楽しそうに働いているのをあまり快く思っていなかったようだ。

 

認知症になった今、亡くなった夫のことは、夫ではなく、自分の父や兄だと言う。

娘のことはカミさんも義妹も、「ヘルパーのおねえさん」といった理解らしい。

僕のことは当然、娘の夫でもなく、義理の息子でもなく、

どっかから時々現れる「明るい男」ということになっている。

 

半世紀以上、寝食をともに共にしてきた家族のことは忘れても、

40年以上前、ほんの一時期、働いていたパート仕事のことは憶えている。

義母の人生のハイライトだったのかな?と思う。

 

家族は大切だが、同時に主婦・母親にとって、

家族は一種の重い「義務」でもある。

 

もしかしたら義母は、その重たい義務から、

すっかり自由になったんだろう、と思う。

自由になった義母の心が、できるだけ羽ばたけるような暮らし方をする必要があるのかもしれない。

美しい川と緑の小道を歩きがら、そんなことを考えた。

 


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葬儀・供養に関する「昭和システム」の呪縛

 

つましい生活をしていた高齢者が亡くなってみたら、何千万円ものタンス預金を残していて、びっくり! ――という話をよく聞く。

なんで?

そんなにお金があるんなら、貧乏に甘んじず、もっと裕福に暮らせたろうに・・・と思っていたが、今回、義父の死に触れて「そりゃ当然だな」と納得してしまった。

 

お葬式をするのも、お寺さんにお経を唱えてもらって戒名をいただくのも、納骨してお墓を建てるのも、従来の、いわゆる「昭和システム」にのっとってやっていたら、いくらお金があっても足りない。

あっという間に数百万、ちょっと見栄を張ったら1千万くらいすぐに使ってしまう、と思う。

 

これに前後の医療費やケアのお金を入れれば、そりゃたしかに何千万円も持ってなきゃ、安心して老後を暮らせないし、安らかに眠ることもできない。

 

けっして日本の仏教文化、葬儀供養の文化を軽んじるわけではないが、「昭和システム」の葬儀供養を遂行するのは、今や、よほどのお金持ちでなければ無理である。

 

「無理をしてでもやるべきだ」という宗教心の厚い人、伝統的な習慣を重んじる人の意見もあると思う。

否定するつもりはない。

 

ただ、伝統的な習慣と言っても、みんながこれだけお金の掛かる供養葬儀をやるようになったのは、高度経済成長時代からだ。

 

現代のように、広く自由に情報が飛び交う時代ではなかったので、業者などに「そういうものだ」と言われれば、「そういうものか」と選択肢もなく、無理をしてでもそうせざるを得なかった面もあるだろう。

 

要は一般庶民にも裕福な人が大勢増えて、昔の武士階級・貴族階級・地域の名士など、社会的地位の高い人たちの真似をしたくなっただけではないのだろうか。

 

現代はお葬式にしても、お墓にしても、供養の仕方にしても、多様な選択肢がたくさんある。

無理なく、納得でき、大事な人を心から偲べるやり方は、いくらでも自分たちで創ることができる。

 

盛大なお葬式をして、りっぱなお墓を立てて、遺された家族がみんなハッピーになれるなら、それでいい。

 

けれどもそうでなく、精神的にも経済的にも負担が増えるばかりで、心から偲ぶこともままならないリスクを背負いそうなら、昭和の習慣の呪縛から自由になったほうがいい。

 


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仏像にいちばん近いアイドル&鎌倉名物・鳩サブレ入りソフトクリーム

 

“仏像にいちばん近いアイドル”を取材しに、いざ鎌倉へ。

その名も「みほとけちゃん」。

彼女は何と、2016年度ミス鎌倉でもある。

 

当然、美人でかわいい。

写真や動画を見て、それはわかっていたが、

ナマで会ったら、一段と美人でかわいい。

そして、かしこく、おとなだ。

 

自作の刺繍入り作務衣を着込み、

仏像のインナースペースに入り込める特技を持ち、

まさしく仏像にいちばん近いアイドルを体現する。

 

僕はこれまで特にアイドルに興味を持ったことはないが、

彼女のことは応援したくなる。

興味を持ったら、

「みほとけ」で検索してみてください。

 

アイドルの鎌倉おすすめスポットの一つが、

おみやげの「鳩サブレ」でおなじみ、

豊島屋がやっている洋菓子店&カフェ「置石」。

 

ここの「置石ソフト」は、

ソフトクリームの中に粉々になった鳩サブレが

まんべんなく入っているという逸品。

クリーミーさとザクザク感が一体化して

これはおいしい!

 

アイ love 鎌倉。

 


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女性と子供の為の野の花鍼灸院 閉院

 

親の介護のために、カミさんが12年やってきた

「野の花鍼灸院」の看板を下ろすことになった。

 

身内の自分が言うのも何だけど、

自宅を改造したプライベート空間で

女性と子どもを専門で診療し、、

一緒に子育てに関する相談もできるというのは、

割と希少で貴重な診療所だったのではないかと思う。

 

子ども向けの鍼灸ができる鍼灸師は、

関西方面ではそこそこいるが、

関東ではまだまだ少ない。

 

閉院のニュースを聞いて訪れた人の中には

泣き出す人までいるらしく、

やっぱりこの空間がなくんるのは惜しいなと思う。

 

ただ、閉院はするが、仕事をゼロにしてしまうわけではない。

3年ほど前から週1で通っている横浜の診療所の仕事は続けると言う。

 

それに専門学校の臨時講師や、海外の鍼灸師に対する講師の仕事もある。

海外――特に欧米では鍼灸治療の効果は

WHOでも認められているほど、広く知られており、

治療院を営んでいる人も多い。

 

現在のホームページはサーバーを解約して消えることになるが、

ドメインだけは契約更新した。

しばらくして落ち着いたら、同じドメインでカミさん個人の

ホームページを作る予定だ。

 

引っ越し先の近辺の幼稚園や保育園に交渉して

子どもを診療する機会を作る計画も立てている。

 

また、せっかく国家資格を取っても、

ペーパードライバー状態の鍼灸師も多いので、

小児鍼の基本と自宅開業ノウハウを教え、

後進育成につなげるコンテンツの制作や、

セミナー開講などの企画も始める。

 

介護と並行して新しい活動の基盤づくりができればいいと思う。

 


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さらば永福町

 

連休中に義父が急逝。

遺された義母の面倒をどうするか? 

という問題を背負うことになった。

 

義母は身体は割と健康ではあるものの、

認知症になっていて、ひとことで言うと

ファンタジーの世界で生きている。

僕たちと日常の時間を共有できない。

 

とてもひとり暮らしはさせられないということで、

現在は神戸在住の義妹が会社を休み、そのまま残って一緒にいる。

けれども、彼女にだって仕事と生活があるので、

いつまでもというわけにはいかない。

 

それで、うちのカミさんは今やっている治療院を閉鎖して、

清瀬の実家に戻ると決めた。

 

じつは僕は、12年やってきて実績もできたこの治療院の、

ホームページ刷新と、

スマホ用ラディングページ作成のために、

密かに構成とテキストを作っていた。

 

正直、「そんな・・・」と思ったが、

こういう局面では、女は思いきりよく、迷いがない。

 

現在の自宅は治療院併設のために借りたところなので、

もうここにいる意味がないし、カミさんひとりで

介護をやらせるわけにはいかないので、

僕も一緒に清瀬に行くことにした。

 

結婚して子供も育てた永福町とも6月にはお別れになる。

 


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義父の葬儀

 

昨日は所沢斎場で義父の葬儀を行った。

葬儀と言っても、火葬の前に少しの間だけお別れをする、

いわゆる「直葬」である。

 

義父の妻である義母、その娘であるカミさんと僕と息子(孫)、

そして妹夫婦の6人が参列。

身内だけでゆっくりお別れができた。

 

退職して25年経つので、仕事関係の人たちとはもう縁が切れているし、

ずっと親しく付き合っていたらしき友人もいないし、

親戚も無理に呼べば呼べたかもしれないが、

やめておこうという話になった。

 

ずっと親しく付き合っていたらしき友人もいない。

もしかしたら、いたかも知れないが、

どう連絡を取っていいかわからなかった。

 

懇意にしているお寺もないし、義父から宗教的なニュアンスの

話も聞いたことがない。

 

簡素で安価な葬儀にすることには何のためらいもなかった。

 

遺体を引き取りに行った警察署で出入している葬儀社のリストには

5社くらい載っていて、カミさんが直接電話で連絡。比較検討した。

 

こういうところ、うちのカミさんはカンが鋭く、賢い。

他の所はベーシックな値段は安いが、

オプションで2倍・3倍以上に膨れ上がりそうだ――

という匂いを感じ取って、結局、地元の小さな葬儀社を選んだ。

 

結論的には大正解で、

とてもとても誠実で丁寧で良心的な葬儀屋さんで、たいへん助かった。

感謝に絶えない。

 

たぶんポータルサイトでレビューが書けるので、

良い評判を広げたいと思う。

 

お金の話をするのはどうかと思うが、気になる人が多いと思うので

参考になるよう、あえて書いておくと、すべて込みで32万円弱でした。

内訳も明瞭で本当に良かった。

 

結局、お葬式は、大規模に立派にやるにしても、

つつましく、ささやかにやるにしても、

遺族の満足感・納得感の問題だと思う。

 


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義父は最期まで弱音を吐かずじまいだった

 

義父は胃がんを手術で、前立腺がんを放射線治療で完治させ、

克服してきた強い人だった。

 

そして関白亭主で、奥さん――義母をアゴで使っていた。

家のことは一切やらず、お茶も自分では淹れない。

けれども5~6年ほど前から義母が認知症になってから、

その生活ぶりが変わっていった。

 

義母は2年ほど前からお茶を淹れる以外、

家のことが出来なくなってきた。

もう自分でやるしかない。

 

「家族に迷惑をかけたくない」と言うのは、

最近の高齢者全般の口癖だが、

義父の場合はその最たるものだった。

 

迷惑というか、絶対に人に弱みを見せない

というのが信条だった。

たとえ相手が家族でもだ。

 

カミさんも義妹も電話で義父の話を聞くばかりだったので、

2人とも結構元気なものと思っていたらしい。

 

そしてとにかく器用なので、やる気になれば何でもできた。

 

掃除も洗濯も裁縫もやっていた。

 

ただ、さすがに料理だけは、にわか仕込みではダメで、

レンジでチン食が主食だったようだ。

 

それに加え、義母を病院につれて行ったり、

薬の管理をしたり、迷子にならないようにしたり。

まめまめしく世話をしていたらしい。

認知症介護士の資格も取ろうとしていたようだ。

 

弱音を吐かないことは立派だが、

本当にそれでよかったのかという思いが残る。

 

強い男の生き方ももう限界に近づいていたのかもしれない。

それでも娘たちのところへはSOSは出さなかった。

その矢先の突然の死だった。

 

部屋の中にある様々なメモや生活の痕跡を見ながら、

怖くて厳しく君臨していた昭和の関白亭主が、

最期にはまるで恩返しか、贖罪をするかのように、

少女のようになってしまった女房を

甲斐甲斐しく面倒を見ている姿が脳裏に浮かんだ。

 

ヘンな言い方だが、終わってみれば、二人の夫婦関係が

最終的にはチャラになったような印象がある。

 

なんだか人生うまくできているものだなと思う。

それなりの長さを生きれば、

ずっとラッキー、ハッピーもなく、

アンラッキー、アンハッピーもなく、

最期には何でもチャラになるのではないかという気がする。

 


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義父の棺に競馬研究ノート

 

カミさんと僕と息子、義妹夫婦の5人で

亡くなった義父の遺品整理をした。

義父は若い頃、自衛官で、

退官後は自動車教習所の教官を務めていた人だ。

 

めちゃくちゃ怖い教官だったらしく、

娘たちに対してもかなり怖い父親だったらしい。

 

特に長女のカミさんは昭和男の

「女に教育は要らない」式の躾をされ、

かなり圧力をかけられ、自由を制限されていたようだ。

 

しかしそれが逆にバネになったのか、

成人する頃には、如才なく親をやりこめる才覚を表し、

その後、海外で働きながら旅をするなどして、

自由で独立した生活を獲得した。

人間とは面白いものだと思う。

 

義父は自営官時代に身に着けた習慣があって、

身の回りの管理術に長けていた。

何でもこまめにメモを残し、

几帳面に整理する癖を持っている。

 

近年、遺産相続や遺品整理に困っている遺族に対する

サービス業が繁盛しているが、それもうなずける。

離れて暮らしていた遺族が、生前の生活状況を把握し、

遺品・遺産の整理をするのは大変な作業だ。

 

おそらくこの義父ほど几帳面にメモを残し、

管理を実践している高齢者はそう多くはないだろう。

それでも、どこかにメモがあるだろうと思っていた

キャッシュカードの暗証番号だけは

ついにわからずじまいだった。

役所への届けとともに、口座は凍結されることになる。

それでも葬儀代など、当面必要なお金の分は

ちゃんと現金でしまってあった。

 

僕と反対で、多趣味で何でも器用にこなすことができた。

三味線やギターを弾き、日曜大工もお手のもの。

教官だったので、もちろん自動車の運転はプロドライバー。

ボウリングもプロに近いアベレージだったと言う。

高齢になってから始めたパソコンも器用に操っていた。

 

「だけど器用貧乏なのよ」とカミさんは言っていた。

 

何でもすぐにマスターできるので、

執着心がなく、すぐに飽きてしまうのだという。

名取りにまでなった三味線もすっかり辞めてしまっていた。

自分にとってこれだ!というもの、

とことん追求したいと思えるものは、なかったのかもしれない。

 

晩年は競馬が趣味で、これも雑誌や新聞などを参考に

めちゃくちゃ研究していたようだ。

 

自前のノートに膨大な分析データが残されていた。

おかげでけっこう勝率は高く、

確実に小遣いを稼ぎ続けていたようだ。

 

けれども大穴を当てたという話は聞かないので、

そう派手に儲けることはできなかったらしい。

いろいろデータ分析するのを楽しんでいたのだ。

 

死の2日前の天皇賞(平成最後の天皇賞だ)も

少額だが獲っていた。

 

手垢のしみこんだ競馬関連のノートなどは火葬の時、

棺に入れてあげようと思う。

 


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平成最後のショック

 

平成最後の日の朝、85歳の義父が亡くなった。

しばらく会っていなかったが、元気だと聞いていた。

自宅で寝ている間の急死。

死因が特定できないため、遺体は救急病院から警察に移された。

(カミさんの)自宅にも検死調査が入った。

明日、警察まで引き取りに行く。

火葬場の都合で2~3日は葬儀屋さんに

安置してもらうことになりそうだ。

期待せずとも、人生、変る時は変わる。

 


生きててもだいじょうぶ、死んでもだいじょうぶ

 

年寄りのつぶやきとして「変わってしまった・・・」というのがある。

世の中変わってしまった。

人の心が変わってしまった。

みんな変わってしまった。

 

今年90になったうちの母親も、僕が実家に帰ると口癖のようにそう言う。

 

だいたいこの「変わってしまった・・・」というつぶやきの中には、

「もう私の居場所はない」という心の声が含まれている。

 

僕は母親に「だいじょうぶだよ」と声をかける。

そう言ってから「何が“だいじょうぶ”なのだろう?」と考える。

 

そして、ちょっと恥ずかしいが、

「お母さんがこの家にいるだけでありがたいんだよ」と言う。

 

「そうかい」と、母は一応、わかったように言うが、

心底納得しているとは言い難い。

 

そこでこちゃごちゃ説明しても仕方ないので、そのままにしているが、

ほんとうに何が“だいじょうぶ”なのだろう?

 

たぶん、そのまま生きていてもだいじょうぶだし、

死んでもだいじょうぶだ、ということなのだ。

 

もういあんまりやりたいこともないようだし、

欲しいものもないと言う。

母に「がんばって生きろ」とはもう言えない。

幸い健康で、食欲は旺盛なので、食事制限など受けることなく、

自分の好きなものを食って暮らしてほしいと願うだけだ。

 

「人間、どんな時もがんばって生きなきゃいけない」は正論だと思う。

けど、なんだか暑苦しし、息苦しい。

無責任に言われると、時にムカつくことさえある。

おまえに何がわかるんだ、と言いたくなる。

 

書いてきたのは年寄りの話だが、年寄りに限らず、

最近は世の中の変化についていくので

いっぱいいっぱいの人が大勢いるのではないか。

 

優秀さを求められ、効率を求められ、

AI・ロボットが普及したら、お払い箱になると脅されて、

余裕を失っているのに

「人間、どんな時もがんばって生きなきゃいけない」

なんて正義の味方から正義の言葉を聞かされても、

「うるせー!」とブチ切れるのがオチだ。

 

こういうときはやっぱり神様・仏様だな。

ポール・マッカートニーのような天才さえ、

ビートルズの終焉を悟った時は、

これが終わったらオレはどうなるんだろう?

レノン=マッカートニーを解消してやっていけるのか?

この先、音楽で生きていけるのだろうか?

と心配していたのだと思う。

 

「LET IT BE」はそこから生まれた。

神様・仏様に

「なすがままになさい。あなたはそのままでいい。

生きていても、死んでもだいじょうぶだ」

 

そう言われるだけで人間は元気を取り戻せる。

 


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夜中に情報ウンコの排出

 

夜、眠っている時、自分の中で何が起こっているのだろう?

 

今朝、カミさんに「叫んでいた」と言われた。

どこかに置いてけぼりにされて、声を上げているような・・・そんな感じだったと言う。

いわゆる寝言である。

 

自分ではもちろん、さっぱり記憶にない。

こわい夢を見たという印象も残ってない。

むしろ昨夜は気持ちよくぐっすり眠った部類だ。

朝起きた時に疲れが残ってない。

 

どうも月に一度くらいとか、割とよく叫んでいるらしい。

ちょっとどこか異常なのかも知れない。

 

と言っても別に心配してない。

 

僕はほぼ毎朝、Writing Meditation――

「書く瞑想」というのをやっていて、

脳の中にあるものをノートに書き出している。

 

超情報化社会の僕らの脳の中は雑念や、自分にとって余分な情報で

あふれている。

 

このWriting Meditationはその脳内の老廃物―ー

いわば「情報のウンコ」を排出する働きもあるのだが、

やっぱりまだまだあちこちにウンコがこびりついているようだ。

 

そこで月イチくらいで、睡眠中にクリーンアップが

行われているのではないかと想像する。

 

自分では気にしてないつもりでも、潜在意識の中には

悲しみやら怒りやら、いろんな感情が潜んでて、

ときどきプカーッと浮かび上がってくるんだろうね。

 

カミさんにはびっくりさせて申しわけないと思うが、カンベンです。

 


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さらば平成――みんなが昭和に帰りたがった30年

 

平成もいよいよ残り1週間ということで、家族で「平成の最高傑作映画」は何か、議論した。

ギロンと言うと大げさだけど、ま、めしの時に話してたわけです。

「平成の」と冠詞が付いているので、邦画限定。

 

僕としては岩井俊二監督や是枝裕和監督の作品を選びたいところだが、クオリティの高さにも関わらず、このお二人の映画はあまり一般受けしているとは言い難い。

 

そこで選んだのは「ALWAYS 三丁目の夕日」である。

選んだと言っても僕とカミさんと息子の3人の意見が一致しただけです。

あとはアニメ部門として、ジブリの「もののけ姫」と「千と千尋の神隠し」。

 

興行収入の面から見ても「ALWAYS 三丁目の夕日」は、トップクラスだと思う。

そして、そこから平成とはどういう時代だったのか、時代精神が見えてくる。

 

「昭和に帰りたい」

 

これこそが平成の本質だったのではないか。

あくまで僕の印象だが、平成前期、日本人の心は荒れに荒れた。

 

バブル経済から始まり、あっという間にそれが崩壊。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と胴上げされて宙に舞ったと持ったら、ドカンと落されて愕然としているところに、

阪神淡路大震災。

続いて、自分たちの妄想を現実にしてしまおうとする、

オウム真理教の地下鉄サリン事件が起きた。

 

さらに続いて神戸の連続児童殺人事件など、子どもの妄想狂の不可解な犯罪、

精神がイカれてしまったような連中の、

あたかもホラー映画のような殺人事件が頻発し、

それまでとはまったく違った社会が始まってしまった。

 

そして、経済の落ち込みがそれに拍車をかけた。

 

大勢の人がその地殻変動に恐れ戦き、

ああ、昭和はあんなに幸せだったのに・・・と過去を美化した。

 

昭和だって不可解な事件は山ほどあったはずだが、

情報化が進んでなかったせいで

表に出てこなかっただけだと思う。

あるいは隠ぺいされていたか。

 

いま振りければ、社会全体が格段に貧乏(ビンボーだけど幸せだよねなんて言ってる余裕のある人は、本当の貧乏人ではない)だったし、差別もセクハラもパワハラも横行していたし、人権だってないがしろにされていた。

 

昔が良かったはずはない。

 

けれども、いやなこと・ダメだったことに目を瞑り、

いいこと・楽しかったことだけをかき集めて貼り合わせ、

心の中に「懐かしい、ハッピーだった昭和」を築いた。

 

そうしなければ、みんなの精神のバランスが崩れてしまっていたかもしれない。

 

「みんなが昭和に帰りたがった時代」というのがあまりに後ろ向きというなら、

「みんが昭和とは何だったんだろう?と検証した時代」と言い換えてもいいかもしれない。

 

文化的にも新しいものは生まれず、昭和生まれの文化の焼き直しが目立った。

 

平成生まれの、うちの息子のような若い連中も

昭和文化の方が圧倒的に面白いと言う。

 

最近はネットのアーカイブの発達・充実で、

いつの時代のものも見放題・研究し放題。

彼は僕より昭和カルチャーについて詳しいくらいだ。

 

だけど、そんな30年に及ぶ流れも令和になったら終わる。

たかが元号が変わるだけだけど、この国において言霊は強力だ。

 

もう十分に検証も終わって、来年のオリンピック・パラリンピックを境に、昭和は彼方に遠去かっていくだろう。

 

さらば平成、さらば愛しき昭和よ。

いったいこれからどうなってしまうのか?

たぶん令和がどうなるか、最初の3年で時代のトーンが決まると思う。

 

楽しみもあるけど、僕はやっぱり恐れおののいています。

あなたはどうですか?

 

とりあえず、ゴールデンウィークは

「ALWAYS 三丁目の夕日」を見て心を休めようかな。

 

 

 

 

 


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ロンドンのストリートミュージック

 

ストリートミュージックが商品になった街・ロンドン。

 

1週間前にロンドンのセントパンクラス駅の駅ピアノの話を書いたが、

街頭の音楽は、今やすっかりこの街の観光資源の一つである。

 

歴史的な古い建造物の立ち並ぶ街の中で、ギターをはじめ、

アコーディオン、バイオリン、管楽器、キーボードなど、

思い思いの楽器を手に、名も知らぬ貸家演奏者が

得意のパフォーマンスを披露する。

その光景は確かに楽しく、絵になる。

さしずめ、どこかの物語世界の中に入ったような気にさせてくれる。

 

演奏する曲もロックからジャズ、クラシックまでさまざま。

けっしてみんながみんな、上手いわけではないが、

やる側も聴く側も、あまりそんなことは気にしていない。

 

残念ながら、日本の都市で同じことを、いくら上手いミュージシャンがやっても、

こんな魅力的なテイストにはならないだろう。

 

30数年前、ロンドンで暮らし始めたばかりの頃、

地下鉄の構内や町中で彼ら演奏しているのを聴いて、

「おお、俺はロンドンにいるんだ」と、胸を熱くしていたが、

当時、彼らは街の邪魔者で、何割かはホームレスだった。

 

1980年代半ばの英国は経済的落ち込みから復興する途上で、

鉄の女マギー・サッチャーがそれまでの福祉政策を全面的に見直して

大ナタを振るっている最中だった。

 

その頃まだニートという言葉は生まれていなかったが、

多くの若者は職もなく、路上に放り出され、途方に暮れ、

歌でも歌わずにはいらなかった。

 

警官や地下鉄の職員は、大目に見ていたものの、

やはり目立つことをすると追いはらっていた。

 

けれども追いはらっても追いはらっても、

虫のようにわいてきて、今度は隣の駅で、

一本向こうの通りで歌ったり、演奏したりしている。

 

それが30年たって、社会は彼ら(の「子どもたち)を

認めるだけでなく、

観光客用の売り物にしてしまった。

 

歴史を売り物にするこの国では、

わずか30年前の歴史もまた、

立派なメニューとして陳列され、

求めるお客様をおもてなしする。

 

生活事情は30数年前と大して違わないと思う。

物価の高いロンドンで、歌って暮らすのは楽じゃない。

EU離脱問題だって気が気じゃないだろう。

 

それでも歌うのをやめない。

誰かがいなくなっても、またべつの誰かが、

どっからかやってきて、

楽しそうに歌ったり踊ったりしている。

 

人生にはやっぱり音楽が必要だ。

ロンドンにはそう思わせてくれるろくでなしが大勢いる。

 


100万回生きたロボット(仮題)

 

新作として「100万回生きたロボット」という話を考えた。

もちろん、かの名作、佐野洋子さんの「100万回生きたねこ」のパクリです。

 

100まんねんも しなない ねこがいました。

100万回も しんで、100万回も 生きたのです。

りっぱな とらねこでした。

100万人の 人が、そのねこをかわいがり、

100万人の 人が、そのねこが しんだとき なきました。

ねこは1回もなきませんでした。

 

意味はともかく、1ページ目の、この言葉のリズムが圧倒的。

あっという間に、子どもも大人も、この世界に吸い込まれる。

 

子どもに読み聞かせると言って買ってきて、

こっそり自分が読んで泣いているお母さんが多いようだ。

女性受けする絵本でもある。

 

さて、「100万回生きたロボット」。

メモリーチップさえ残っていれば、

ロボットは何回でも生き返り、何回でも記憶を再生させる。

 

ボディだって、ごっついマシンから

限りなく人間に近いアンドロイドまで、よりどりみどり。

子どもにも大人にも老人にも、男にも女にもなれる。

 

工場でもお店でもか病院でもどこでも働くし、

海の底に潜ったり、宇宙にだって飛んでいく。

 

いつ生まれても、やるべき仕事があった。

しかし100万1回目に生まれた時、仕事もなく、

命令を下す人もいなかった・・・

 

人間の未来を描く物語になるのかもしれない。

 

というわけで、出発点はパクリ。

以後、オリジナル。

いったいどこへたどり着くのか。

また長い旅が始まった。

 


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結婚記念日の花束と、ネコのいる花屋と、花を食べるネズミの話

 

結婚記念日は昨日(4月15日)だったけど、

夜、仕事があったので、今日お祝いすることに。

と言っても、近所のピザ屋でメシ食うだけですが。

 

メシだけではなんだな~と思って、

少し仕事を早めに切り上げて近所の花屋へ。

 

その昔、陸奥A子のマンガに出ていた花屋の娘が

そのまま大人になったような女主人がやっている。

 

30年ちょっと前に会っていたら、

恋をしたかも知れない。

 

1970年代のフォークソングと、

1980年代のニューミュージックの隙間の歌が

似合いそうな、小さな花屋だ。

 

サーモンピンクのバラが目に止まって、

それを7本入れて、グリーンと白を合わせた花束を、

その女主人に作ってもらった。

 

出来るのを待っていると、なにか横で生き物の気配がするので

振り返ると、白黒ブチのでかいネコがいた。

去勢したオスだそうで、かなりデブっている。

 

「先代はもっとデブっていたんですよ」と女主人。

 

花屋にネコがいるのは、なかなかファンタスティックな光景だが、

飼い始めたのは、ネズミよけという、なんとも現実的な動機から。

 

しかし、飲食店なら分かるけど、なんで花屋にネズミ?

 

「ネズミに売り物の花を食べられちゃたんです」と女主人。

 

聞くと、近所で解体された家があり、そこから出てきたらしいネズミが、

カーネーションの花が好きで、侵入して食い荒らし、

母の日のカーネーションは、あわれ、がくだけの残骸に。

 

僕は頭の中でネズミが花びらを1枚1枚むしって

ほおばっている様子を思い浮かべてみた。

 

「トムとジェリー」でジェリーが花の中にいたシーンが

あったような気がするが、そんな可愛くて牧歌的な世界が広がる。

 

だが、花屋さんにとっては大損害。

それに現実のネズミはジェリーみたいに可愛くない。

そこでネコのトムさんが花番として任務に就いてるというわけだ。

 

僕が会った2代目トムさん――というより、

ドラえもんに近いブチネコは、ずいぶんのんびりした風情だが、

一応、任務は果たしているようだ。

おかげでネズミは来なくなったらしい。

 

小さな花屋の平和な光景にも、いろんなドラマがある。

夜になって出張診療から帰ってきたカミさんに

その話をしたら、花束よりも喜んでた。

花束にも喜んでほしいんだけど、

24年も経つと、やっぱ花よりダンゴですかね、

 


結婚記念日と「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」

 

4月のある晴れた朝に結婚式を挙げた。

もう24年も前の今日のことだ。

カミさんとは一緒にいて楽しいし、

未だに可愛いと思うが、

では彼女が自分にとって

100パーセントの女の子か?

そう問われると、ちがうと思う。

 

たぶん75パーセントくらい。

4分の1くらいは不足や違和感があったほうがいい。

 

何でもそうだけど、完璧すぎると、

もうその時点でコンプリートされてしまって面白くない。

 

不足があるから、今よりハッピーにしていこうと思える。

未来に夢が持てるのだ。

 

100パーセント同志で夫婦になってしまうと、

きっと長く持たないのではないだろうか。

 

100パーセントの女の子には、

ずいぶん前にどこかで会っているのではないかと思う。

 

あるいは気づいてないだけで、つい最近、

どこかで会った可能性だってある。

 

いや、もしかしたら、まだこの世にいなくて、

これから生まれてくるのかもしれない。

 

ときどき。脳の端っこでそんなことを感じている。

 

そう考えると、人生、より楽しくなってくる。

 

20代のはじめに、初めて村上春樹の

「4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」を読んだが、

それから40年近く経っても、スルメみたいに楽しめる。

4月になるとページを開いて、毎年、

100パーセントの女の子に出会うことについて思いを巡らす。

たぶん死ぬまで、そんなことをやっている。

 


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いろいろな人が弾くから、心に響くロンドンのピアノ 

 

ピアノを演奏するのが好きな人、自信のある人は、

ロンドンに行って一曲弾いてみるといいと思う。

きっと貴重な体験・思い出ができる。

人生が変わることだってあり得るかもしれない。

 

ロンドンの都心にあるセントパンクラス駅構内に一台のピアノが置いてある。

通りすがりの人が、誰でも自由に弾けるようになっている。

 

今日、お昼を食べながら、そのテレビ番組

「駅ピアノ」(NHK-BS1)を見ていた。

いろんな国籍の人が足を止めて弾く。

 

旅行で来た人もいれば、在住の人もいる。

ロンドンは多国籍都市なので、イギリス人、ロンドン在住者でも人種はさまざま。

 

性別はもちろん、年齢もバラバラ、職業もいろいろ。

そして演奏する曲も、クラシック、ジャズ、ロック、ソウル、

ポップスなど、バラエティに富んでいる。

 

ポーランドから来た旅行者で、クイーンの大ファンだという男性は、「ボヘミアン・ラプソディ」を弾いた。

 

ミュージシャンを目指し、弾き語りを披露する若い男性。

 

地方から遊びに来た仲良しの女子高生のカップル。

 

同じく地方から来たが仕事が見つからず、

現在はホ―ムレスだと言う男性のピアノは

ちょっと物憂げだが、美しかった。

ここでピアノを弾くことが、

彼の心の支えになっているようだ。

 

ルーマニア人の奥さんとラブラブな

ナイジェリア人の男性が、ゴスペル風の讃美歌を轢く。

そういえばアフリカの国は半分くらいの人が

キリスト教らしい。

 

8歳のかわいい男の子が、即興でブギウギ(めちゃくちゃ上手い!)を弾いていると、

プロのミュージシャンの男性がジョイントして、

アドリブ合戦が繰り広げられる。

 

1ヵ月前、脳梗塞で倒れた男性は、無事、一曲弾き終えて

安堵した表情をしていた。

 

ドイツ人の音楽教師は替え歌で、EU離脱で混迷する

イギリスに向けて

「イギリスよ、離れるな。帰ってきてくれ」と歌った。

 

ブルーのおしゃれなネクタイを締めた90歳の男性は、

「音楽は生きがいだった。ピアノと出会い、

弾けることができて、私の人生は幸運だった」と

しみじみ語った。

 

どうもこのピアノは、2012年のオリンピックの時に、」

エルトン・ジョンが寄付したものらしい。

去年、ロンドンを旅したときは、

セントパンクラスにも行ったのに、

不覚にも見過ごしてしまった。

ちと残念、

 

テレビ番組なので、うまい人しか登場しないが、

たぶん誰でも触れると思う。

たくさんのオーディエンスが行き交っているので、

自信のある人はトライして楽しませてほしい。

 

この番組はロンドンに限らず、

各国の駅や空港に置いてあるピアノと、

それを演奏する人たちを映し出すドキュメンタリー。

 

登場する人たちのプロフィールを紹介するテロップが出て、

演奏後にそれぞれの人のコメントが入る。

 

途中で、その国や都市のインフォメーションが何度か入る。

 

たったそれだけだが、音楽が楽しめるとともに、

ピアノを愛する、それぞれの人の人生の背景を

垣間見ることができて、本当に面白い。

 

番組の最後には、黒人のミュージシャンが、

障がいのある女の子とのセッションを見せる。

さらに、周囲のオーディエンスに呼びかけて、

サッカーのイングランド応援歌を演奏して盛り上げた。

 

やっぱりそうだ。

音楽には人をつなぐ力がある。

そしてやっぱり、

世界はいろいろな人がいるから、生きてて面白い、

いろいろな人がいるから、世界は成り立っている。

いろいろな人が弾くから、心に響くロンドンのピアノ。

 

今度行ったときは、わが十八番「かえるの合唱」を弾こう。

 


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さいみょうくん・さいみょうちゃん

 

お寺のオリジナルキャラクターというのに初めてお目にかかった。

「さいみょうくん」と「さいみょうちゃん」。

一昨日、「寺力本願」の取材で伺った川越・最明寺のキャラである。

 

開かれたお寺づくり――とくに女性・子どもに親しんでもらえる

お寺を目指して、平成元年生まれ・インド修行帰りの

若き副住職のプロデュースのもと、

仏像キャラ専門のデザイナーが考案した。

 

ご本人は否定したが、男の子のさいみょうくんは、

当の副住職をモデルにしたのではないかと思われる。

(理知的で優しい顔立ちのイケメンである)

 

女の子のさいみょうちゃんは「小悪魔風」のキャラ付がされていて、

そこはかとなくドキンちゃんを連想させる。

それにしても、仏像キャラなのに、小悪魔って、どーゆーこっちゃ!

 

―ーといったツッコミが入るのも織り込み済みなのだろう。

プロデューサー/デザイナーの遊び心が窺えて楽しい。

 

可愛いだけじゃなく、高貴な品格も感じさせてくれて、

僕はたちまちファンになってしまった。

 

 

最明寺は先週、世界自閉症啓発デー/発達障害啓発週間に合わせて、

1週間、お寺をブルーにライトアップし、

本堂では障がいを持つ子どもたちの絵画展をはじめ、

地元のアーティストやアイドルが出演するイベントを開催。

市や商工会の人たちも巻き込んで大いに盛り上がった。

 

また、10月には毎年、乳がん検診啓発の「ピンクリボン運動」に参加。

この時はピンクでライトアップし、」同様に各種イベントを繰り広げるという。

これをやっているのは今までのところ、

最明寺と京都の清水寺だけだ。

 

2人のキャラクターのカラーリングは、

それぞれのライトアップを表したものなのだ。

 

最明寺の社会活動とそれに連動したイベントもあって、

小江戸でにぎわう川越は、ますます活気づいているもよう。

あなたも川越方面に出向くことがあれば、

ぜひ西川越まで足を伸ばして、

さいみょうくん・さいみょうちゃんに

会いに行ってください。

僕もまた行きたいと思ってます。

 


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小江戸・川越をぶらり

 

真冬の寒さだった昨日は埼玉の川越へDayTrip。

お寺の取材でアポを取っていて、延期するわけにもいかず、

震えながらの小旅行になった。

 

お寺のあたりは、隣の西川越という無人駅の近くの長閑な地域。

桜も菜の花もまだ綺麗に咲いている、

とてもいいところだったのに、ちょっと残念。

しかし、お天気のことなので、文句を言っても始まりません。

 

取材を終えて川越に戻り、街中をぶらり。

というか、それもまた取材の一部なので、1時間余り歩き回った。

「小江戸」という愛称の古い街並みが人気。

京都・金沢・鎌倉などのプチ版という感じだろうか。

スターバックスも純和風のしつらえで出店しています。

 

その小江戸界隈(川越駅からはちょっと距離がある)は、

平日で、みぞれが降る悪天候・寒さにも関わらず、

けっこうな人出でにぎわっていた。晴れて陽気が良かったら、

どんだけ~の世界。

ご多分に漏れず、シニア層と外国人(おもにアジア系)の姿が目立った。

 

川越に来たのは、たぶん20年ぶりくらい。

池袋から40分もあれば来れるところだけど、

やっぱり仕事でもないと、なかなか足を運ばない。

そう考えると、仕事という名目でいろいろな街に行けるのは、

幸運な境遇なのかも知れない。

 


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世界自閉症啓発デー&発達障害啓発週間と人権意識の未来

 

桜が満開になり、新年度が始まった4月2日(火)は

世界自閉症啓発デー、

そして4月2日~8日(月)までは発達障害啓発週間だった。

 

「LIGHT IT UP BLUE 」――青は希望の色として、

2007年から毎年、世界各地のランドマークを

ブルーにライトアップ。

東京タワー、東京スカイツリー、大阪の通天閣なども

真っ青な光で照らされ、各地でイベントが行われた。

 

ということを週末、ほとんど終わりかけていた頃に知った。

でも、知っただけでもいいかな。

 

平成の30年間で最も進化したのは、人権意識だと思う。

少なくとも、ほとんどの人が

「すべての人に人権がある」

ということを知り、認めるようになった。

 

昭和の時代は、パワハラ、セクハラなど、

さまざまなハラスメントや暴力が、

そういう習慣だ、常識だと、平然とまかり通っていた。

よほどのことでもない限り、

問題視されて取り沙汰されることさえなく、

泣き寝入りするしかなかった。

 

死ななければならない人も大勢いたと思う、たぶん。

 

それと比べると大きな進化だと思う。

もちろん、知ってはいても、

それがアクションに繋がっているかと言うと、

まだ全然そうなってないと思うけど。

 

すでにコンビニなどで実験が始まっているが、

これから産業界ではAI・ロボットがどんどん導入され、

多くの人間はAIの指示のもとに動くようになる。

あるいは、それまでやってきた仕事を失う。

この流れはもう止めようもない。

 

「きみの仕事はAIが、ロボットがやってくれるよ」

 

いかに経済・産業に貢献する能力があるかを競ってきた、

ほとんどの人に、アイデンティティの危機が訪れる。

 

その時に、こうした人権を尊重しよう、

それぞれの個性を尊重しようという、

何十年にもわたって続けられてきた社会活動の成果がやっと表れ、

するすると社会に染み透っていくのではないかと思う。

 

他人の人権を軽視する人は、

自分の人権も失いかねない。

そんな時代になるのではないかと思う。

 


イチローの国民栄誉賞辞退に心の中で拍手喝采

 

「人生の幕を下ろした時に頂けるよう励みます」

そう言ってイチローは国民栄誉賞の授与を辞退した。

カッコいい!と思うと同時に、もし受けちゃったら、ちょっとカッコ悪いよな、とも思った。

 

たぶん国民の半分は僕と同じように感じるんじゃないか。

 

べつに権威に対する反骨心とか、

自民党の宣伝材料に使うなとか、

そんな思想めいたことを言っているのではない。

 

単に、もらっちゃったら、イチローらしくない。

「長い間のヒーロー業、ご苦労様。国民みんなでお祝いします」と、

定年退職のおじさんに花束が贈られるような雰囲気になってしまう。

そんなことがあると、一気にリタイアしたじいさんになってしまいそうだ。

 

もうそんな時代じゃない。

定年退職して過去の栄光だけでやっていける時代じゃない

 

イチローには、孤高の姿勢を保ってほしい。

国民栄誉賞なんて、時代遅れな荷物を担がなくていい。

何するにしても、軽やかに新しい人生に踏み出してほしい。

たぶん本人もそう思っていると思います。

 

さて、ここからは日本昔話。

 

数多の伝説を作り出してきたイチローだが、

そのストーリーの根本にあるのは、彼がプロ野球に入るとき、

けっしてそんなに注目される選手ではなかった、ということがある。

 

1991年のドラフトでのオリックスの指名は第4位。

彼は愛知県の出身で、子供の頃から

地元・中日ドラゴンズのファンだった。

 

なので、中日が早い順番に指名すると思っていたのに、

オリックスが先を越してしまったのだ。

これは意外なことだった。

 

その後の大活躍を目の当たりにした名古屋のファンから

「なんでイチローを取らなかった!」と球団に講義が殺到。

「次の順番で指名するつもりだったんだよ~」と、当時の高木守道監督が言い訳がましいことを言ったため、火に油を注いだことをよく憶えている。

 

メジャーリーガーとして活躍するようになった後、一時期、名古屋のファンの間では、

「イチローは大リーグを辞めたら、日本のプロ野球界に戻ってきて、中日でプレーする」

という噂が広がったが、それも幻と消えた。

 

僕もその名古屋のファンのひとりだったが、

落合監督が辞めた頃からなぜか野球自体に興味をなくして、

この10年余りの間、全然、見なくなってしまった。

いま、プロ野球ではどんな選手が活躍しているのか、ほとんど知らない。

 

だけど、もし、イチローが日本で、中日の監督なりコーチをやるというなら、また観るようになるかも知れない。

ま、ありえないと思うけど。

 


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高級住宅街のど真ん中の斎場

 

 日曜日のことだが、月刊仏事の仕事で、代々幡斎場へ行った。

 場所は京王線・幡ヶ谷と、小田急線(+東京メトロ千代田線)の中間点にある渋谷区西原というところ。

 

 結構な豪邸が並ぶ高級住宅街のど真ん中に、火葬場併設の葬儀場が、どーん!と立つ。そのギャップがすごい。

 

 どうしてこんな一等地に火葬を行う斎場が・・と思ってしまうが、これは話が逆。

 

 ここでは江戸時代からいくつかの寺院が合同して火屋(火葬場)を運営していた。

 明治になって 東京市区改正条例(都市計画法の前身)が施行され、1889(明治22)年5月20日より都市計画施設として稼働。

 

 1921(大正10)年から東京博善株式会社(現・廣済堂グループ)が所有することになり、以後、1世紀にわたって運営を担い続けている。

 名称は、所在地がかつて「豊多摩郡代々幡町」という名の町だったことに由来する。

 

 戦後、これを囲むように住宅が次々と建てられ、やがて都内でも指折りの高級住宅街として発展していった。

 

 約四半世紀前まで外観は大型の寺院風で、瓦葺きの屋根に煙突が立っているが特徴的だったが、1996年(平成8年)11月に全面改築され、明るく近代的な快適性と、人生最終の大礼に相応しい荘厳さを兼ね備えるとともに、環境問題にも配慮した無煙無臭火葬システムも導入。3階建ての総合斎場に生まれ変わった。

 

 この日は3月最後の日曜で友引。

 ということで、初めての地域感謝イベントが開かれ、花見や落語が行われていた。

 館内には明るい笑い声が響き、とても火葬場だとは思えない。

 渋谷区も後援につき、町会も開催に協力したようだ。

 

 高齢化社会が進み、こうした施設も、人間の自然な営みとして、敬遠せずに街が受け入れる――令和は、そうした時代になりそうだ。

 


令和元年が来る

 

 菅官房長官、たぶん、この日のためにスーツ新調、

 昨日はちゃんと散髪もしてきた。

 そして新元号「令和」発表。

 小渕さんの時と違って、

 今回は余裕があって良かったね。

 

 新元号、結構、意外性があった。

 頭文字が「R」というのは新鮮感がある。

 昭和の「和」が入っていることで、年配者も安心だ。

 そして中国の古典からじゃなくて、

 日本の「万葉集」から持ってきた、

 というところがミソなんだと思う。

 

 それにしても日本人って面白い。

 街のあちこちで大勢集まって、大画面でその瞬間を見てた。

 元号発表でこれだけ盛り上がれるなんて、

 他の国ではありえない。

 日本語には言霊が宿ってることを改めて実感。

 ホント、今日は日本人冥利に尽きました。

 4月31日と5月1日も楽しみだ。

 

 もう僕の頭は「令和時代」に入ってます。

 


いたちのいのち少年少女版・完成

 

ホームページに載せている「いたちのいのち」という小説を書きなおした。

「いたち」というのはペットのフェレットのこと。

書き直す時点で削除しようと思ったけど、

割と毎日のようにアクセスがあるようなので、そのままにしておいた。

たぶん、タイトルが面白いのでアクセスするんだと思うけど、

ちゃんと読まれているかどうかはわからない。

 

どういう経緯だったか、詳しい事は忘れてしまったが、

6年ほど前、フェレットを飼っている、ひとりぐらしの女性に話を聞いた。

確か横浜のファミレスで4時間ぐらい聞いたと思う。

 

その録音をもとに、彼女とフェレットの暮らしを

ちょっとフィクションを交えてストーリーにした。

 

読んでもらって感想を聞こうと思ったのだが、

リアクションはなく、そのまま僕の前から姿を消した。

たぶん、彼女としては、

自分がどんなにそのフェレットを好きか、

思いきり話をして相手に聞いてもらえれば、

それだけで満足だったのだろう。

 

手元に残った原稿は、400字詰めで100枚以上あったので、

このままにしとくのはもったいないなと思い、

彼女の名前やフェレットの名前を変えて、

構成も組み直して小説らしきものにした。

 

これを原作にして、少年少女小説にしてみようと

思い立ったのが去年のはじめ。

 

ひとり暮らしだった彼女は、その後、

あるオトコと出会って恋におち、子どもを設けたが、

じつはそいつが割とろくでもないオトコで

逃げ出してしまったので、

彼女はシングルマザーとなり、

生まれた娘と二人で暮らすことになった。

その娘が3歳の時、

ペットショップでまたフェレットと出会い、

フェレットを飼い始める。

その7年後の話。

 

なので主人公は10歳になった娘とフェレット。

こいつは本当は人間に生まれたかった天使。

話は、娘の視点と、天使のフェレットの視点の

ダブルカメラで進む。

タイトルは気に入っているので、

まんま「いたちのいのち」です。

 

結局、いろいろあって書き直すのにまる1年かかった。

400字詰めで290枚になった。

最後まで書上げられて、ほっとしている。

児童文学賞の賞レースに出してみた。

落選したら公開します。

 


さらばショーケン:カッコ悪いカッコよさを体現した1970年代のヒーロー

 

ショーケンが死んだ。

代表作はやっぱり、「傷だらけの天使」か

「太陽にほえろ!」のマカロニ刑事。

どちらも僕らのヒーローだった。

 

マカロニは主人公だったのにも関わらず。

タチションしている最中に、チンピラに刺されて死んだ。

ショーケン本人が考えたエンディングだ。

 

子どもの頃に見て「人生は不条理なり」と教えられた。

ショーケンにはそんな気はさらさらなくて、

ただ、こうやってぶざまに死んだら

カッコいいぜ、と思ったんだろうけど。

 

「傷だらけの天使」のオサムは、探偵をやってたけど、

みじめで卑怯で不器用でカネがなくて、でも純粋な、

でもやっぱり虫ケラみたいな男だった。

 

だけど、とびきっきりイカしてた。

とくに男はみんな、あの生き方に憧れた。

とんでもなくぶざまでカッコ悪いのに、なぜかそれがカッコいい。

 

1970代のティーンエイジャーの男で、

「傷天」にまったく影響を受けなかったやつは

いないのではないかと思えるぐらいだ。

 

あれほど、カッコ悪いカッコよさを

体現できる男は、もう二度と出てこない。

 

うちの本棚に「傷だらけの天使」の脚本集がある。

メインライターだった、名脚本家の故・市川森一氏のペンによる

8本の脚本が収められている。

この本が出た1983(昭和58)年の時点で、

傷天は、すでに伝説的なドラマとなっていた。

 

あとがきで市川氏は語っている。

 

「傷だらけの天使」は、テレビ界のどんな賞ももらわなかった。

視聴率も、最後まで20%に届かなかった。

それにも関わらず、自作の中で、これ程、いつまでも、

人々の口の端にのぼる作品を、私はほかに持たない。

 

当時、業界では非常に評判の悪い作品だったので、

市川氏自身も「傷だらけの天使」って、なんだったのだろう?

と自問することが、よくあったという。

 

そして氏は、自ら書いた第1回のファーストシーンの

1行目のト書きに、その答を見つけたと言う。

 

――鳩が糞(クソ)を垂れて飛び立つ。

 

鳩=平和のシンボル。すなわち、平和の糞。

70年代の繁栄が垂れ流した糞。

「傷だらけの天使」とは、ほかでもない、

実に、鳩の糞だったのだ。

 

それもまた遠い昔話となった。

時も時。平成の終わり。

われらがヒーロー・ショーケンには、平成という時代は似合わなかった。

合掌。

 


和服でサムライプレゼン

 

 IT関連企業などを中心に、

 ビジネスの現場では、じわじわと脱スーツが進んでいる。

 ように感じるけど、実際にはどうなのだろうか?

 

 今日はアップルの動画配信サービス参入のニュースで、

 CEOのプレゼンシーンを見た。

 ジョブズ氏以来の伝統になっているのか、

 カジュアルな服装でのプレゼンがカッコいい。

 

 昔はよく、若い者はカジュアルファッションでもいいけど、

 年輩者はやっぱスーツじゃないとサマにならんよねーと

 言われたものだが、もうそんな常識も吹っ飛んでる。

 

 ただ、きょうのプレゼンシーンを見て思ったのは、

 これって日本人ならどうかな~ってこと。

 

 スーツにしても、カジュアル服にしても、

 洋服というのは、西洋人の顔や体型を基準に作られている。

 

 いくら最近、日本人の上背が伸び、筋肉が発達し、

 体型が変わったと言っても、やっぱり西洋人とは違う。

 

 肌の色はもちろん、その質や骨格が違う。

 年齢が高くなるにつて、そうした特徴は顕著になってくる。

 

 プレゼンは演劇みたいなものだから、

 観客を満足・納得させるためには、

 内容や語り口と同じくらい、見てくれが重要。

 服装が占める要素はけっこう大きいのではないか。

 

 同じ服を着たら、西洋人にかなわない。

 スティーブ・ジョブズの真似をしてもダメ。  

 

 日本人ビジネスパーソンをカッコよく見せ、

 プレゼン内容の説得力を高めるのは、

 和服――着物ではないかと思う。

 

 和服の価値・イメージは近年、上がっていると思うが、

 さすがにビジネスシーンでは、

 特別な接待やセレモニーの場を除いて、

 お目にかかる機会はほとんどない。

 

 女性の場合は、フジヤマ・ゲイシャ時代からの

 華やかなキモノ・イメージがついちゃっているので、

 ちょっと難しいと思うけど、

 男性用は大いに開発の余地がある。

 

 カッコいいデザインのビジネス和服、勝負着物で、

 サムライプレゼン。

 特に国際的なステージでは効果的では、と思うけど、

 どうでしょう?

 


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日本人は、ほんとは幸福になんかなりたくないのでは、と思う時がある

 

 先日、今年もまた、国連の持続可能開発ソリューションネットワークが発行する、幸福度調査レポートが発表された。

 いわゆる「世界幸福度ランキング」です。

 

 やっぱりというか、

 案の定というか、

 相変らずというか、

 日本は下位に低迷。

 今年は58位。

 昨年が54位だったから、4つ順位を下げたことになる。

 年々じりじりと下がり続けている。

 

 今年は韓国より下になってる。ガーン!

 でも中国よりはだいぶ上だ、ホッ。

 

 なんて言ってランキングに一喜一憂している日本人の皆さん、

 そうやって他人と比較する癖が抜けなければ、

 永遠に幸福にはたどり着けません。

 

 それにこの国連のランキング、

 欧米の価値観を基準にして作られているから、

 そんなに気にして一喜一憂してもしゃーない。

 

 いつも日本の幸福度を下げている「他者への寛容さ」の項目は、

 寄付をしたか・しないかがポイントの高低の基準だというので、

 そうした習慣が定着していない日本が低くなるのは、

 当たり前なんです。

 

 今年のベスト3は、フィンランド、デンマーク、ノルウェーと、

 例年同様、北欧勢が強い。

 

 でも、かといって日本人が北欧で暮らせば、幸福を感じられるかというと、まずそんなことはないだろう。

 

 確かに社会保障は充実しているけど、その分、税金はたまげるほど高い。

 平均的な生活水準だって、日本と比べてけっして高いわけではないと思う。

 貧富の差だってもちろんあるし、いろんな社会問題もあるし、犯罪だって起こる。

 

 そして何よりも、あの地域は1年のおよそ4分の3が「冬」だ。

 

 寒いのにプラス、今ごろもまだお日さまが拝めず、1日中ほとんど真っ暗である。

 その分、夏は白夜で、1日中お日様が出ているが、それもわずかな期間だ。

 こんなところで現代の日本人が暮らしたら、とたんにうつ病になりそうだ。

 

 それに比べれば、四季折々の、美しく、バリエーション豊富な自然を楽しめる日本は断然、恵まれている。

 食べるものだって、その幅の広さもクオリティも、おそらくは世界一。

 アニメもマンガもゲームも、たぶん世界一。

 

 社会保障だって、世界の他国と比べて、そうダメなわけでもない。

 お金だってあって生活水準は高いし、健康寿命も長い。

 北欧の人なんか、日本は天国だと思っているのではないか。

 日本ほど幸福な国はないと思っている人は、世界にはいっぱいいるはずだ。

 

 けれども北欧人は、人生に幸福を感じている人が多く、

 日本人は少ない。

 

 なんで?

 

 よく言われることだが、結局、生きるための軸が自分にあるのか、

 他人にあるのかの違いなんだと思う。

 

 被害者意識の強い人が多すぎる。

 あの人と比べて、私はこんなに不幸、運が悪い、恵まれてない。

 くそー、あんちくしょう、恵まれやがって。

 早く落ちぶれればいいのに・・・。

 とかなんとか。

 

 そして、子どもの声がうるさいから、近所に保育園なんか作るなとか、

 わが街のブランド価値が下がるから、児童相談所なんか作るなとか、

 他人の立場に立って考えられない想像力の欠如と余裕のなさ。

 こういうのは「他者に不寛容」と言われてもしかたないだろうね。

 

 さらに、それをなんでかと深掘りすると、

 子どもの声を許容できないほどの疲労とストレスの蓄積や、

 土地が高く、ブランド価値が高い地域に住んでいることを

 支えにしなきゃならないような心の在り方が、

 構造的不幸をつくっているんだと思う。

 

 日本人が幸福感を高められる日は、やって来るのだろうか?

 

 


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企業ブランディングとストーリーテリング

 

 企業ブランディングの仕事の際に、

 商品の想定ユーザーを主人公とした8つのストーリー、 

 そしてその企業にまつわる1つのストーリーを作ってみた。

 

 あくまで提案の方向性とキーワードを見つけるための準備作業なので、

 それをそのまま提案するわけではないが、

 われながら良い方法だし、なかなか楽しいなと思った。

 

 冷静なマーケティング分析も必要なんだろうけど、

 まずは自分がその会社や店と一体になってみないと、

 良い提案など考えられない。

 

 それに昔、広告代理店がやってたF1やらM2やらの分析って、

 今でも有効なのか?

 

 

 何より自分がなんでこの仕事をやっているのか納得できるし、

 その商品なり、サービスなりを愛せるし、テンションも上がる。

 

 ブランディングとは、その企業なり、商品なりのストーリーを

 見出して、一つのまとまった形にして、社会に向けて発表することだ。

 

 もちろん、会社・創業者(代表者)・商品にそれなりの歴史があれば、

 その棚卸をすることでストーリーは作れる。

 けれども、それだけではだめで、未来のストーリーを

 繋げて描けないといけない。

 

 自分たちはいったい何のためにその事業をやっているのか。

 その事業を通して、何を実現したいのか。

 その商品・サービスによって、人の心にどんな動きが起こるのか?

 それはその人の生き方を少しでも変えられるのか?

 

 あるいは、

 これまで単にお金儲けのためにやってたその仕事に、

 どんな意味づけをして、どんな夢を付加して、

 社会性を持たせられるのか?

 

 会社でも非営利団体でも、法人というからには、人格がある。

 すなわち、その会社・団体独自のキャラクターが求められる。

 

 市場で生きていくため、

 特に無名の中小企業やベンチャー企業は、

 キャラクターとストーリーづくりをしっかりやっていく必要がある。

 それが顧客との出会いのドラマを生み出す。

 

 こう考えると、ブランディングもドラマや物語を書くのと同じだ。

 


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新元号発表とGod Save the Kingと戦争のあった時代

 

 新元号が発表されるまであと2週間を切った。

 やっぱり気になる。

 

 菅官房長官が そのプレゼンター(たぶん)となり、

 のちのちの時代まで語り継がれることになる。

 

 数十年後、みんな、安倍首相のことは忘れても、

 菅官房長官の顔は忘れない。

 

 元号のことを考えていたら、

 イギリスに住んでいた頃、戦中派のご夫婦から

 英国国歌の「God Save the Quuen」は、

 前は「God Save the King」だったんだよ、

 と教えてもらったことを思い出した。

 

 考えてみれば当たり前のことで、

 1952年2月まで 英国国王はジョージ6世だった。、

 

 現在のエリザベス2世に替わっても

 国歌は同じ曲だ。

 ただ、タイトルと、ほんの少し歌詞が変わっている。

 

 王様が変わるというのは、立憲君主制国家にとって

 やはり国民の精神に少なからぬ影響を及ぼす。

 

 ジョージ国王時代とエリザベス女王時代とでは、

 厳然とした違いがあると思う。

 

 政治に関わらなくても、

 王様の持つ雰囲気・キャラクターというのは

 ある程度、国の在り方――

 特に文化方面に働きかけるものがあるのではないだろうか。

 

 もし、1952年に即位したのが女王でなく、

 男性の国王だったら、

 イギリスは現在とはけっこう色合いの違う国に

 なっていたような気がする。

 

 もしかしたら、ビートルズが

 あれほど人気が出ることもなかったし、

 それならばイギリス発のロックやポップカルチャーも

 これほど世界を席巻することはなかったのでは、と思う。

 

 ただ、イギリスや他の国家では西暦を採用しているので、

 日本のように元号というものがあり、

 それが変わることはない。

 

 そういう意味では日本はかなり特殊な国だ。

 言霊の持つ力を信じる民族にとって、

 社会的影響力は想像以上に強力だ。

 

 そして、新しい天皇陛下になる皇太子様

 ――僕は同年代のよしみで、

 つい「浩宮さん」と言ってしまうのだが

 ――と雅子様の雰囲気・キャラクターが及ぼす力は、

 やっぱり小さくないと思う。

 

 新元号になって1~2年もすれば、

 平成とはかなり色合いの違う時代になり、

 昭和は一気に遠くなる。

 

 そうなればも昭和は伝説的な「戦争のあった時代」になる。

 高度経済成長も、バブルも、

 ジャパン・アズ・ナンバー1も、

 もう戦争(敗戦・復興)なしには語れない。

 

 いや、昭和っていうのは前半と後半に分かれててね、

 戦争があったのは前半の話で・・・

 なんて言っても、

 新元号生まれの子どもたちには、たぶん通用しない。

 

 戦争なんてまったく知らず、チャラチャラ育った僕たちも、

 下の世代からそういう目で見られるようになるということ。

 

 新元号の時代において、僕たちは語り部の役割を求められる。

 

 今からでも遅くない。

 多少は戦争のことについて

 勉強しておいたほうがいいだろう。

 


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SNSメディアはNZの事件を黙って見過ごすのか?

 インターネット社会の進展で、多くの人が、組織が、

 ネット上で自分の存在をアピールする必要に迫られるようになった。

 会社や大きな組織だけでなく、

 個人も、小さな団体も、何かしようと思ったら

 とにかく目立たなくてはいけない。

 

 ニュージーランドのテロ組織は、殺害現場を生中継した。

 犯行声明文も公開している。

 

 10年ほど前には、フィクションで起こっていた

 こうした 超・劇場型犯罪は、いまや現実の世界で普通に起こり得る。

 

 FBやTwiterはこの事件にまつわる動画の配信を

 停止したらしいが、もうかなり拡散されたんじゃないだろうか。

 

 テロはテロを引き起こす。

 目立ちたい奴、自分をアピールしたい奴は

 世界にうじゃうじゃ溢れている。

 

 ネットメディアは、もはや社会のインフラで、

 影響力は絶大だ。

 それを運営する企業には、大きな責任があると思う。

 ご利用いただければ、それでいいのか?

 

 このような暴力を抑制するために、

 今後のネット社会の方向性を示すために、

 世界に向けて、大きな声で

 自分たちの理念にもとづく

 何らかのメッセージを発信してほしい。

 


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電車内スマホゲームはなぜカッコ悪いか

 

 最近、電車の中で新聞を読む人を見かけなくなった。

 会社勤めをしてないので、あまり電車に乗らないし、

 乗る時も多くは昼間のすいてる時間帯のせいかもしれない。

 

 本を読む人、マンガを読む人もあまりいない。

 大半はスマホをやっている。

 そしてまた、そのうち大半はゲームに興じているようだ。

 子どもなら、ま、しゃーないかなと思うが、

 社会人であり、中高年の領域になったいい大人が

 一生懸命になってやっている。

 

 スマホなんだから、画面を覗きこまなければ

 わからないだろうと思うだろうが、

 顔を見てるとわかっちゃうんだよね、これが。、

 

 僕が若い頃、電車の中でマンガを読むのは

 下品なことだ、それもいい大人が読むとは――

 みたいなことをよく言われた。

 

 確かにスーツにネクタイの紳士が

 少年ジャンプなどを読んでいるのはカッコ悪く見えた。

 青年コミック誌でも、なんかやっぱり違和感がある。

 少なくともあまり頭がよく見えなかった。

 

 スマホゲームにもまったく同じことが言える。

 男でも女でも、いい大人がやっているとバカに見える。

 

 なぜだろう? と考えてみた。

 べつにゲームやマンガが悪いわけではない。

 

 立派な表現手段だし、芸術性が高いものだってある。

 日本のコンテンツ産業のクオリテの高さは

 外国でもよく知られている。

 まさにクールジャパンの重要部分であり、

 日本の経済力の一端を担ってもいる。

 

 でもやっぱりそれは私的な娯楽である。

 自分の家の中、あるいはマンガカフェ、ゲームカフェなど、

 専用空間でやる分には全然構わない。

 

 要するにその私的な娯楽を公共空間で―ー

 それも電車内という閉じられた空間でやるから

 ネガティブに捉えられる。

 

 つまり、電車の中でゲームに興じている人は、

 公私の区別、自分の家の中と外の区別もつかない

 「稚拙な人間」となるわけです。

 電車の中でメイクしているおねーちゃんと一緒です。

 

 ちなみに若い者はどう思っているかなと、

 マンガ好き・ゲーム好きの息子に聞いてみたら、

 やはり、おっさん・おばさんの電車内スマホゲームは

 カッコ悪いし、情けなく見えるとのこと。

 

 自由な世の中だ、余計なお世話だ、

 誰にも迷惑かけてないじゃん、

 何が悪いんじゃいと言うレディース&ジェントルメ、

 20歳そこそこの若造――息子や娘たちから

 そんなふうに見られてますよ、

 ということは知っておいた方がいいと思います。

 自分の品性を保つために。

 


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異業種からの葬儀供養業参入ストーリー

  

 小さな会社でも社内で新規事業を立ち上げ、

 一つのブランドとして展開させるケースが増えてきた。

 

 レギュラーで仕事をしている鎌倉新書の月刊仏事では、

 毎月、葬儀・供養業界(この頃は終活とかシニア問題なども加わる)の

 ニュース記事を書いており、いろいろネタをリサーチするのだが、

 そういうケースによく出会う。

 

 10年余り前、「おくりびと」という映画が公開されるまで、

 やはりまだ葬儀屋さんに対する世間の差別意識は強かったと思う。

 

 それがたった10年で、高齢化社会・多死社会の進展とともに、

 みんなが参入したがる成長産業になった。

 

 ちなみに鎌倉新書も僕が最初に訪れた時は、

 小伝馬町の小さなビルの1フロアにある小さな会社だったのだが、

 あかれよあれよという間に成長して、

 八重洲の一等地のビルにオフィスを構える

 東証一部上場企業になった。

 

 お金儲けがしたくて、もともと畑違いの会社が安易に入ってくる――

 という批判的な見方もできる。

 でも、これはちょっと一面的過ぎる。

 

 たとえば以前「ラストドライブ日本版」の記事で紹介した

 タウという埼玉の会社は、

 事故車の買い取りをして海外へ輸出する事業をしている。

 

 ここが「願いのくるま」という法人を立ち上げ、

 ターミナルケアを 受けている人を希望の場所に車で連れて行く、

 という事業をボランティアでやっている。

 

 高齢者が増えたことによって、

 こうしたケアや葬儀・供養に関する社会的ニーズが激増中なのだ。

 

 また、それだけでなく、社会通念が変わり、

 死を仕事にする人たちを忌み嫌う風潮がかなり弱くなった。

 

 こうした理由から異業種からの参入者が増えているのだと思う。

 

 とは言え、いきなりそれだけで新しく会社を起こすのは

 あまりにリスキーなので、社内の事業単位で

 独立したブランドを作るのだろう。

 

 異業種から参入するからには、

 いろんなストーリーがありそうだが、

 残念ながら、ホームページを見ているだけだと、

 なんでこの会社が葬儀事業を???

 と、分からないことが多い。

 

 仏事の新連載企画として、異業種からの参入ストーリー

 というのをやってみようかと思っている。

 


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記憶を伝える「おもかげ復元師の震災絵日記」

 

 彼女が遺体安置所を訪れると「おくりびとが来た」

 と人々がどよめいた。

 

 この本と出会ったのは、震災から3年くらい経ったころだ。

 女性納棺師である笹原留似子さんが被災地を回って

 300人以上の遺体を復元した。

 

 もちろんボランティア。寝るのは車の中。

 1日の終わりに、その日、復元した人たちの顔を思い浮かべて

 スケッチとメモを残していた。

 

 それがどういう経緯でか、翌年の夏、

 ポプラ社から絵本として出版された。、

 僕がこの本と出会ったのは、それからまた1年くらい経ったころだ。

 

 彼女の簡素な絵と言葉が、現場の状況と

 人々の感情を描き出していて、胸に迫ってくる。

  

 どうしてこんな仕事ができたのか?

 この時、彼女の手には神様が降りていたとしか思えない。

 

 3・11の記憶を後世に伝えるとともに、

 納棺師という仕事の尊さ、

 ひとりひとりの心に寄り添う仕事の重さを

 普遍的に伝える本。

 


あたりまえに豊かで幸福だけど

 

 生きててたくさん不満はある。

 いやになちゃうこともある。

 世の中には運のいい人がいっぱいいいるのに、

 なんで自分だけ運が悪いんだと嘆くこともある。

 

 でも、こうやってパソコンやスマホがあれば

 インターネットでつながって、

 あなたにメッセージを届けられるし、

 話をすることもできる。

 

 SNSを覗いてみれば、

 今日もおいしそうなごはんやお菓子やお酒の写真も

 楽しそうな動画があちこちに載っている。

 

 僕も昼はラーメン、夜はヒレカツを作って食べました。

 

 これはやっぱり豊かな生活だし、

 ささやかだけど幸福なことに違いない。

 

 でもその豊かさ・幸福も

 地球がちょっと身震いするだけで

 一瞬で消えてなくなることがある。

 

 あの日、亡くなった人たちの多くも、

 普通に生活できて当たり前と思っていたし、

 それがずっと続くと思っていた。、

 

 でもそうではなかった。

 日本中がみんな、そうではなかったことに気が付いた。

 

 そうやって気が付いたこともそろそろ忘れかけてたけど、

 やっぱり思い出したほうがいと思う。

 

 3・11はこんな暮らしが楽しめることに

 ありがとうと唱える日。

 そして、その気持ちを未来へ伝える日。

 


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子どもの卒業・親の卒業

 

 先日、大学生の息子の卒業式に出たいのに出させてくれないというお母さんに、息子さんがいやだと言うのは当然ですよ、僕だって嫌でした、という類のことを言ってちょっと冷た過ぎたのではないかと後悔している。

 

 嫌がるのは息子さんの独立心の証だと言いたかったのだが、そう言えば自分も息子の中学の卒業式に出られなかった。

 

 仕事だったのでやむを得なかったわけだが、子どもの一生一度のイベントを犠牲にしてまでやらなければいけなかったのかなぁ・・・と、しばらくの間、後悔してた。

 

 僕の親の世代はこんなことは考えなかっただろう。

 父親は学校なんかに一度も来たことなんてない。

 父親がわざわざ子どもの入学式やら卒業式に出るなんて、男を下げることだ――

 と、昭和の男たちはそういうだろう。

 

 そんな父を見ているので、母親が入学式やら卒業式やらについてくるのを容認するのは、やっぱり男を下げることだった。

 

 けれども今は母親も父親も大学まで、いや、会社の入社式までついてきたがるし、子どももそれを容認する。中にはぜひ来てほしいと願っている子もいる。

 

 親は子どもの成人した姿を見て何らかの精神的報酬を受けようとしている。

 彼もしくは彼女は自分が手塩にかけた立派な作品であることを確認したがる。

 その確認を済ませた上で、気持ちをすっきりさせて、人生の次の章に移る。

 つまり子どもの卒業式は、親の卒業でもあるわけだ。

 そういう意味では、ずいぶん親にやさしい子どもが増えた。

 

 でもこれで、子どもにとっての卒業は、本当に卒様になるのかはやっぱり疑問だけど。

 

 お互いに助け合い、いたわり合って、親子団子になってやっていかないと、この先、生きいくのはきびしいぞという予感がしているのかも知れない。

 


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カラオケBOXミーティング

 

 かなり歌が下手なので、カラオケからは、ず~~っと遠ざかっている。

 でもカラオケBOXには行く。

 仕事の打ち合わせのためだ。

 個室で周囲と遮断されるので集中して話ができるし、資料も広げやすい。

 

 きょうはアートディレクター氏と1時間半たっぷり。

 来週もやる予定だ。

 

 都心であれば、レンタルオフィスや談話室喫茶などもたくさんあるが、ざんねんながら、わが永福町には皆無。

 カラオケBOXはいわば臨時オフィスだ。

 

 経営上の必要に駆られて、こうした「昼の顔」を持つようになったのだろうが、いつごろからカラオケBOXが集会場として利用されるようになったかは定かでない。

 

 それにしてもランチ会が開かれていたり、学生らが溜まり場にしたり、PTAのお母さんたちの喧々諤々の会議が開かれていたり、もちろん昼間の2時から歌いまくってるグループもいたり、スキルアップを目指して一人で練習しているおじさんもいたりで、なかなか魅力あふれるカオス状態になっている。

 

 KARAOKEは世界に冠たる正真正銘の日本文化で、海外でも大人気だが、ここまで進化を遂げ、別の目的で利用されているのは、やはりまだ日本だけだろう。

 まさに原点にして頂点。

 日本のカラオケはこれからどこへ行くのか?

 


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デジタル時代ならではのアナログ手書き写本トレーニング

 

 手は脳と連結している。

 運動することによって信号がビビットに伝わる。

 やればやるほどその能力は上がる。

 それがデジタルデバイスの入力作業では得られない手書きの効能。

 ま、科学的根拠があるわけじゃないけど。

 

 毎日インターネットを使っていろんな文章を読み書きしているが、デバイス上で読む文章はなんだか字面だけなぞっているようで、文章の奥にあるSomethingが見えてこない。

 つまり単なる情報なんだな。

 

 アナログ世代の習性なのかも知れないが、重要なものはプリントアウトしてしまう。

 紙の上に納まった文章は読みやすく、(自分にとって)一段と質の高い情報になる。

 

 さらにその情報を自分の知識にするには、自分で書く。

 仕事で使うためにデータ入力もするが、これはぜひとも深い所まで突っ込んで血肉にしたいと思うともう手書きするしかない。

 いわば「写経」のようなものだ。

 

 本でもウェブサイトでもそこに載っている気に入った文章をまるまる写す。

 コピペではないよ。

 するとその世界に没入し、その筆者がなぜその文を書いたのかの意図、その行間にある精神みたいなものが伝わってくる。

 

 それが合ってるか間違っているかはどうでもぃい。

 自分がそう思えるということが大事なのだ。

 

 でも手書きは疲れる。

 めちゃくちゃ時間もかかる。

 そして何より、1回や2回やっただけじゃ効能がわからない。

 何度もトレーニングして、やっとその価値が分かってくる。

 肉体のトレーニング同様、サボらずにやっていると確実に身に付く。

 手と脳の繋がりを磨く、これも一種の筋トレなのだ。

 

 小説でも論文でも宣伝文句でも何でも、こころ動かされる文章に出会ったら、その都度やってみるといい。

 

 もっと効率的なやり方があるんじゃないかと思う時もあるけど、やっぱりないのだ。

 これからやってくる、はるかに効率の良いAIライターに対抗するには、人間ならではの非効率なやり方を実践するしかないと思う。

 


フリッパトロニクス 幻の起動音

 

 キング・クリムゾンのロバート・フリップが開発したフリッパトロニクスの音がWindowsの起動音に採用された――というニュースを、ラジオで、確かJ-WAVEのジョン・カビラがナビゲーターをやっていた朝の番組で聞いたことをふと思い出した。

 

 確か2000年をちょっと過ぎた頃だと思う。

 反響も大きく、僕も楽しみにしていた。

 

 しかし、それはガセネタだったのか、その後もフリッパトロニクスはWindowsで使われることはなかった。

 

 ブライアン・イーノやロバート・フリップが1980年代に始めた環境音楽 ambient musicは今でも仕事のBGMや、頭を休めたい時によく聴く。

 

 あの時代よりも、むしろ21世紀の今の時代に合っているのではないかと思う。

 かつては空間に溶け込むような感触だった環境音楽の音は、今だとそれに加えて、時間にも溶け込んでいるように聴こえる。

 

 ちょっと瞑想音楽めいたフリッパトロニクスの世界。

 20年近くの時を超えて、Windowsの起動音。

 今からでも遅くないのではないか。

 


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ビジネスのための本気の企業理念

 

 先日、取材に行ったファームで、僕はそこの社名に興味を持ち、

 「これは一体どういう意味ですか?」と訊いた。

 すると40代の社長は、名刺を見せて、おもむろに説明を始めた。

 ロゴマークと理念(カンパニースピリッツ)が名刺上の小さなスペースにきれいに収まっている。

 

 そこは企業理念と会社のネーミング、商品の制作・販売が見事にリンクした稀有な会社だった。

 

 「環境問題に貢献する会社として、その理念に基づいて有機栽培をやっている。

 しかし有機野菜は値段が高い。多くの人に有機の良さを知ってもらい、理解してもらうためにはコストダウンして安く提供することが必要だ」

 

 その考え方を実践し、商品である作物を作り、それに共感する顧客が付く。

 理念はその会社の「顔」であり、一種のキャラクターであり、強みになる。

 だから通常ではなかなか市場で扱いづらい商品も「顔の見える売り方」で売ることができるわけだ。

 

 そういったことを社長は短く簡単な言葉で明快に話して聞かせてくれた。

 

 正直な所、農作業というのは単調で退屈な仕事である。

 しかし、その理念に共感してやってきたスタッフらは、どうしてその作業をするのかがわかっているし、疑問があれば説明してもらえるので楽しく働けると言う。

 

 インタビューして僕はかなり感心した。

 

「企業理念は大切です」と、いろんなビジネス本の類に書いてある。

 経営術の講座、起業セミナーなどでもそうだろう。

 けれども大方の人は、理念というものを金儲けをするための大義名分と考えている。

 

 金を稼ぐことは悪いことではないし、必要不可欠なことだ。

 それなのに日本人はどうしてもお金を稼ぐことに心のどこかで罪悪感を感じている。

 

 だから企業の理念・哲学なるものを打ち立て、わが社は人々の幸せのために・・・といった小論文を展開させて、会社案内のパンフレットやホームページに載せる。

 

 で、制作物(コピーライティング)の打ち合わせに行って、その理念やら哲学やらの話をしようとすると、担当者から

 「ま、表向きそう言ってるだけなんで」とか、

 「きれいごとでは商売できませんよ」と返されることが、昔も今も往々にあるのだ。

 

 最近は理念を持ってないと駄目なんだという認識が浸透してきたせいか、

 「福嶋さん、こういう言葉をサイトのトップに持って行きたいんだ」と、夢やら希望やらのやたらキラキラしたワードを並べ立てる。

 

 企業理念ってそんなものでいいのか? といつも思ってしまう。

 やるなら、かのファームの社長のように本気でやらねば。

 

 ちなみに僕は「あなたが自分や自分の仕事についての物語を見つけるためのお手伝いをし、文章として書き記すこと」

 を理念として活動している。

 

 個人事業者もビジネスをやっていることは変わりないので、お金をいただく以上は、なんでやっているのか相手に馳せる、それなりの理念は作っておいたほうがいいと思う。

 


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「実践!50歳からのライフシフト術」で人生の午後に備える

 

 安倍首相が口にしたのが大きかったのか「人生100年時代」はあっという間にポピュラーになった。

 テレビなどではやたらきれいな70歳が笑い、やたら元気な80歳が走り、やたら楽しげな90歳もあふれるようになって、人生100年啓蒙キャンペーンのような様相を呈している。

 

 だけどみんな、ついこの間まで100年の人生なんて考えていなかった。

 何となく大学出て就職して40年ほど働いて、退職した後は10年くらいぼーっと過ごして人生終わるんだろうなと漠然と思っていた。

 そして社会全体がそうした人生のモデルケースを想定して作られ動いていた。

 

 その常識が、ほんのこの数年で見事に覆された。

 これからは会社がどうの、社会がこうのという前に、自分で主体的に生きて人生を構築しなくてはならない。

 かつての「人生50年」は」まだ正午。

 50歳になってやっと午後が始まると言うのだ。

 

 これまでにもそういう話はいろいろなところでいっぱい聞かされてきたが、

 「いやいや、主体的に生きろったって、私らサラリーマンで会社から給料もらって生活してるんで、運よくそういうチャンスがあったらやってみますよ」

 と言って逃げられた。

 

 けれどもこれからはそうはいかない。

 チャンスはそのへんにころがってなんかいない。

 自分で決断して作るものだ。

 会社を退職した後は、主体的に生きるというのは必須条件である。

 どうしたものか――と思案している人にとって、これは一種の福音書からも知れない。

 

 この本に出てくる22人のうちのひとり、海外貿易で起業した三浦陽一さんは、息子が小学生の頃、一緒にボランティアをやっていた仲でよく知っている。

 知っているけど、こんなすごい人だとは知らなんだ!

 

 僕が和泉親児の会で出会ったころはちょうど起業した頃だったらしい。

 どうすごいのか知りたい人はぜひ読んでみてください。

 

 と、ここで締めようと思ったんだけど、じつは半月くらい前に読み終わっていて、どう感想を書いたらいいのかとという思いあぐねていた。

 

 なんでかというと、たぶん、僕はこの本の人たちのようにサラリーマン生活を経験してないので、会社勤めの人生前半から主体的に生きる人生後半にシフトする、という感覚が、いま一つ実感として分からないのだ。

 

 それに帯の「一切、きれいごと抜き」のコピーは余りに大げさで中身と合ってない。

 僕から見ると、やっぱきれいごとだろ、と思える。

 ライターの立場からすれば、取材した人を悪く書くわけにはいかないので、一見短所もじつは長所だったんですよと、塩梅を考えて文章を綴るのは当然だ。

 

 戦後、日本が一丸となって構築してきたサラリーマン社会はこれから解体の一途を辿る。

 僕自身は最初からフリーランスだが、企業相手に仕事をしている以上、まるっきり他人事ではない。

 

 ここに登場する人たちほど劇的ではないが、確かに50を過ぎて親が死んだり、友人が死んだり、体力の衰えを感じたりがあって、シフトしてきている。

 

 一つ言えるのは、50歳を過ぎると人生を俯瞰して見られるようになるということ。若い時にはこれができなかった。

 

 三浦さん以下、この本の人たちも人生を俯瞰して見られるようになったからこそ、それぞれの起業ができたのではないかと思う。

 シニアはもちろんだが、リンダ・グラットンの「ライフシフト」と併せて若い衆にも読んでほしいと思う。

 


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アンドロイド観音とどう向き合うか?

 

 先週、京都の高台寺でアンドロイド観音「マインダー」がプレス公開された。

 これは素晴らしい、面白い試みだ。

 僕は映像を見て感動さえ覚えた。

 このあと2カ月、一般公開されるとこことなので、期間中にぜひ実物に会いに行きたい。

 

 けれども案の定、多くの人はネガティブに反応しているようだ。

 もはやテクノロジー抜きには成り立ちえない社会になって、AI・ロボットがビジネスの世界に、生活の中に入り込み始めているのに、なぜだろう?

 宗教は人間だけの聖域にしておきたいということか?

 

 YouTubeにアップされたコメントを見ていると、由緒ある寺(豊臣秀吉の正室の北政所=ねねが創設)なのに、こんなもの大金をかけて作って、観光客に媚びてるのか。恥を知れ――といった批判をはじめ、怒り・呆れ・戦き・怖れといった感情が溢れている。

 

 人間の下で労働するしもべならともかく、観音様の姿で法話を語って聞かせるのが許せないというのだろう。

 「人間の尊厳」「仏への冒涜」などともっともらしい言葉を出して批判しているが、実質的には階級社会における、上層の人間の、下層の人間に対する差別意識と大差ない。

  

 開発チームの中心人物である大阪大の石黒浩教授は世界の認めるロボット研究者で、これまでに落語家の故・桂米朝やマツコデラックスのアンドロイドを作ったり、演出家の平田オリザと組んでロボット演劇/アンドロイド演劇を上演したりしている。

 

 石黒教授がアンドロイド開発に取り組むのは「人間とは何か?」を探究するためだ。

 ロボット研究者であるとともに、人間の研究者であり、優れた思想家でもある石黒教授と彼のチームは、こうした社会の反響も織り込み済みで、このアンドロイド観音をリリースしたのではないかと思う。

 

 ロボット・アンドロイドは仏像と同じく、人間の心を映し出す鏡。

 彼女を見て怒ったり、恐怖を抱くといった人々のリアクションもすべて「ロボット」という大きな概念の一部なのだ、と言いたいのかも知れない。

 

 イヌも歩けば、歩きスマホに当ると言われるくらい、テクノロジーに依存するようになったこの時代、僕たちはいつまでも20世紀のSF小説やマンガや映画に登場するロボットのイメージにとらわれているわけにはいかない。

 もっと素直に受け入れ、共生する前提で付き合ったほうがいいと思う。

 


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取材はイベントにしたい

 

 仕事柄、取材によく出向くので、ホームページやブログなどを見て事前に情報を仕入れる。

 企業や店舗はもちろん、個人もホームページを公開する時代になった。

 それ以外に既存のブログを活用したり、SNSを主軸に発信する法人も多くなり、情報は百花繚乱だ。

 ちょっと前までは必死にそれらの情報を読み込み頭に叩き込んで、質問事項もめいっぱい書き上げて事前に取材先に送った上で出向いていた。

 が、そういうやり方をしていると、ホームページに載っていることをなぞって確認するだけになってしまって、どうもつまらない。

 なので最近は事前調査をあまり綿密にやり過ぎず、ささっと目を通し、印象に残った文や単語をちょっとメモる程度にしている。

 

 事前調査をやる意味は、取材現場を盛り上げるためだ。

 言い換えれば、相手を楽しませ、気持ちよく喋ってもらうためである。

 

 される側にとって、する側にとっても、1時間なり2時間なりを費やすのだから、取材というのはどちらにとっても楽しい時間――イベントの一種ででなければならないと思う。

 

 今日は取材と称して面白いやつが訪ねてきて、いろいろうちのやっていることをインタビューして「きたので、あれこれ応えて話ができて面白かった。

 あいつに話したことで、自分がどんな仕事をやっているのか、どんなことを考えているのか、そして自分とはどういう人間なのかが、改めて明確になった。楽しい体験だった。

 

 取材相手にそう思ってもらえてこそ本当の取材だ。

 相手のホームページに載っている情報や、日々のブログやSNSでの発信はそのネタでしかない。

 そのネタと自分の問題意識をもとに、面と向かった時、一定の緊張感を持ってどう話を展開させるかが醍醐味だ。

 

 もちろん相手によってはきっちりした、意外性のない取材を―ーつまり自分たちで用意している決まりきった受け答えで済ませられる取材を要望していることもある。

 それはそれでしかたない。

 

 でもメールを使ってネット上で何でもやっちゃえる時代にあって、せっかくナマで向き合えるのなら、アドリブをきかしてその場限りのグルーブを作りたい。

 

 面白い取材ができると、そのあと原稿を書いてる段階までテンションを高く保てる。

 最終的に内容は平凡なものになったとしても、取材をやったその時の感触と熱は、その後、相手にも自分にも残る。

 


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アザラシの入江でヤギの乳を搾ってチーズを作る娘について

 

 その女の子は短大を卒業した後、なぜか農業に目覚めてアメリカ・メイン州の農場で働いていたそうだ。

 

 メイン州と言われても、ああ東海岸のほうか~という程度のイメージしか浮かばなかったが、その農場の名前は Seal Cove―ーつまり、アザラシの入江という。

 

 アザラシが集まってウオッウオッと鳴いているところで、メェメェ鳴いてるヤギのお乳を来る日も来る日も搾っている彼女の姿を思い浮かべたら、あまりに健気で愛おしくて抱きしめたくなってしまった。

 

 「フクシマさん、ぜんぜん違いますよ」

 「え、なにが?」

 「まずアザシはウオッウオッなんて鳴きません。それはアシカです」

 「ああ、そうか。きみの2・5倍も長く生きてるのに、アザラシとアシカの区別もついてなかった。

 ボーッと生きてんじゃねえよ!ってチコちゃんみたいに叱らないでほしい。ところでアザラシってどう鳴くんだっけ?」

 「知りませんよ」

 「だってきみの働いてた農場はアザラシの入江のそばにあったんだろ?」

 「それは大昔の話で、今はもう海から離れたところに移転してるんです。でも Seal Coveって名前だけは残してあるんです。ちなみにSeal Coveはこのあたりのリゾート地になっているんですよ」

 

 そっか~

 というわけで帰ってきてからインターネットで調べてみたら、あった。

 メイン州のSeal Cove。

 なんだか水平線のに落ちる夕陽が素敵そうな海岸だ。

 

 そして、Seal Cove Farmもあった。

 なるほど。彼女はここでヤギのミルクを取ってチーズを作っていたのだ。

 Goat Cheeseはこの農場の名物である。

 ミルクはちょっとくさいし、チーズはかなりクセがあるのだそうだ。

 でもたぶん、それで病みつきになるんだろうなと推測する。

 

 日本ではヤギのチーズって、世界のチーズを取り揃えているようなチーズ専門店に行かないと売っていないようだ。

 少なくとも成城石井では見たことない。

 しかし、欧米では結構ポピュラーで愛好者も多いと言う。

 アメリカ人は大好きらしい。

 

 ちょっと食べてみたいなと思う。

 チーズと来ればやっぱりワインだ。

 メイン州に行って、Seal Coveの夕焼けに染まる海と空を見ながら、ヤギのチーズをつまんでワインのグラスを傾ける。うーん、たまらん。

 

 ヤギの乳を搾っていた女の子は日本に帰ってきて今、神奈川に住んでいる。ブランド都市・横浜にいるのに、住まいは神奈川ですという人は珍しい。神奈川が好きなので、職場に近くても東京には住みたくないとまで言う。神奈川の海にもアザラシはやって来るのだろうか?

 

 Seal Cove Farmはだだぴろい割に人が少なく、結構ハードワークだったらしい。だからもうヤギの乳は搾りたくないと彼女は語った。

 メェ~。

 


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ビッグデータ分析と夢を共有する時代

 

 奇妙で魅惑的で、ちょっと人には言えない濃厚な夢を見て目が覚めたら、2月最後の日は雨降りだった。

 なんだか脳の中に蓄積されたビッグデータがシャッフルされたかのような夢。

 

 「ビッグデータ」という言葉を使ってみたが、最近、やたらとこの言葉を聞くようになった。

 「AI(人工知能)にインプットする用の大量のデータ」という意味で使われることが多いようだが、そんな単純なものではなく、もっと広範囲の意味合いを持っているらしい。

 

 僕の印象では、ウィキペディアなどに載っている事柄などはどんなジャンルののものでも、みんなひっくるめてビッグデータなのではないかと感じる。

 特に戦後、20世紀後半以降のデータは膨大だ。

 

 僕が子供の頃から若い頃のサブカルチャーなどもみんなビッグデータ化しているのではないだろうか。

 音楽、映画、演劇、漫画、文学、ファッション・・・あらゆる分野で次々と新しいものが生まれた1960年代から90年代。

 

 しかしその勢いは21世紀になってからピタッと止まり、いま出てくるのはほとんどがこの半世紀間に創られたものの焼き直しだ。

 

 僕たちは両親と同じ価値観で同じ夢を見られなかったが、僕たちの子どもは僕たちと同じ夢を見る。 たぶん孫も。

 

 もしかしたらこれから何世代にもわたって、大勢の人間が共有した20世紀後半のカルチャーは伝えられてゆくのかもしれない。

 

 時代はインターネットというテクノロジーを得て、この半世紀間のビッグデータを分析するのに躍起になっているように思える。

 停滞なのか、次なるルネッサンスまでの空胎の時期なのか、いずれにしても新しいテクノロジーを抜きでは時代は進歩しない。

 

 人々がビッグデータの分析に飽きてきた頃が、本格的なAI・ロボット社会の到来になるのかもしれない。

 ちょっと不安であり、ちょっと待ち遠しい。

 

 今夜もまた、脳の中のビッグデータがシャッフルされるような夢が見られるといい。

 


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群馬・横川のひもかわうどん

 

 マイナビ農業の取材で朝からカメラマンの車で長野県佐久市の農家へ。

 ここ数日、暖かかったので油断して薄着で行った。

 なんといっても長野。スキー場も近いし、当たり前に寒い。

 

 お昼過ぎに仕事が終わったので、帰り道、ランチにかの横川名物「峠の釜めし」を食おうということになった。

 

 サービスエリアに行ってみてメニューを見ると「あったかけんちんひもかわうどん」というのがある。

 キモかわ? 紐革? なにこれ?

 

 釜めしは食べたことあるし、冷えていたこともあって頼んでみた。

 ちなみにこの横川SAの食堂は券売機で食券を買うと、厨房へ自動的にオーダーが入ることになっている。

 食券の右上には注文番号が入っており、食事を出すカウンターのところではおばちゃんがマイクでその食券番号を読み上げると、自分で券を持って行って、注文したメニューを受け取るという仕組みになっている。

 

 で、僕の注文の「あったかけんちんひもかわうどん」。

 これは言ってみれば「拡大きしめん」である。

 

 わが故郷・名古屋の名物きしめんは平べったいうどんだが、この横川名物ひもかわうどんは、それをはるかに凌駕する平ぺったさで、めんの幅は普通のきしめんの3~4倍、ゆうに5センチはあえりそうだ、

 

 平べった過ぎてちょっと食べにくいが、つるっ、もちっとした食感は喉をくすぐるような感じで気持ちいい。

 そして鶏と野菜の入ったけんちん汁(ちょっと甘いので七味を少し多めにかけた)がうまいことからんで、これはうまい。

 

 それにしても「ひもかわ」ってどういう意味だろうと思って、帰ってネットで調べて、いたら、どうもこれは愛知県三河地方――徳川家康の出身地――信長や秀吉の出身地である名古屋を中心とするWest Aichiの尾張地方とは、明らかに違う文化圏であるEast Aichi(同じ愛知県の名古屋圏よりもむしろ静岡県との共通点が多い)にある「芋川」といいう土地に由来しているらしい。

 

 尾張と三河を隔てて流れる境川の三河側、現在の刈谷市北部がその「芋川」にあたるということで、江戸時代、その辺りの茶店で売られていた平打ちのうどんがそう呼ばれていたようで、井原西鶴の『好色一代男』や十返舎一九の『東海道中膝栗毛』にも登場するとのこと。

 

 それが尾張(名古屋)へ行ってきしめんになり、どういう経緯かは知らねど、関東の「山間に入って「ひもかわうどん」になったらしい。

 

 ちーとも知らなかったけど、この平ぺったいうどんをめぐるストーリーは、突っ込みがいのある、面白そうな話だ。

 が、今日のところはここまで。

 

 ちょっとお値段が高くなってしまうが、峠の釜めしとセットで食べると上州を満悦できそうだ。

 

 ちなみのこのサービスエリアでは、本物の電車車両にテーブルを取り付けた席もあり、駅弁気分で釜めしを食べられる。

 


猫の額(ひたい)とネコアート

 

 なんだか仕事で煮詰まっていたので、昼食後、自転車を飛ばした。

 和田堀公園を抜けて高円寺まで行く。

 午後になってちょうど春の日差しが出てきて暖かい。

 公園には梅の花はもちろん、桃の花まで咲いていた。

 

 目指したのは高円寺駅北口から伸びるセントラルロード。

 その商店街沿いにある「猫の額(ひたい)」は、その名の通り、ネコの額ほどの狭い店内にネコグッズをわんさと詰め込んだネコアート専門の雑貨店だ。

 

 ここでネコアートの作家グループの展示販売会をやっているので観に行った。

 漫画家・イラストレーターの麻乃真純さんがそのグループの一人。

 

 先週行こうと思ってたが、バタバタ仕事が入って行きそびれてた。

 展示会は明日(27日)までということもあって、額はほとんど売り切れ。

 「ネコヤナギ」のカードを買って帰ってきた。

 これは面白可愛い。

 

 むかしはイヌのスペシャリストだったが、最近はネコにぞっこんんだとのこと。

 今回はリスも描いてたが、次はハムスターとかフェレットも描いてほしい。

 

 ほかの作家の人たちの作品も面白かった。

 特に版画家のやまもとしゅくこさんという人の、生意気っぽいネコや、ちょっとブラックな天使のようなネコが好きだった。

 

 ネコは本当にいろんなイメージを醸し出してくれる動物だ。

 ネコ好きな人は高円寺方面に行くことがあったら「猫の額」に寄ってみると、楽しい気分になれるかもよ。

 


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絵描きのセンス

 

 息子がチビの頃の絵や、うちの「野の花鍼灸院」に来る子どもの絵(先生にプレゼントと言って持ってくる)を見ると、子どもの描く絵って、どうしてあんなに面白くて魅力的なんだろうと思う。まさに誰もが天才だ。

 

 でもほとんどの子どもは、学校へ行く頃にはその天才の輝きを失ってゆく。

 ピカソのすごさは、その子どものセンスを生涯失わずに保ち続けたことだった。

 

 僕も子どもの頃はお絵かきが大好きで、建て直す前の実家は壁も柱もそこらじゅう我が作品の落書だらけだった。

 とにかく絵を描いていれば楽しかった。

 

 よくまぁ両親はほったらかしにしといたものだ。

 あんなに家をめちゃくちゃにして、なんで誰からも怒られなかったのか不思議でしかたがない。

 それどころか「おまえは絵が上手だねぇ」と家族から褒められていた覚えがある。

 子どもはほめて育てよということか。

 

 それでもやはり大多数の子と同じだった。

 学校の図画とか美術の成績は良かったけど、ただそれだけだ。

 

 小学生の時は将来マンガ家になろうとか考えていたが、どこかでその思いはプツンと途切れて、大人になる頃にはほとんど絵なんて描かなくなっていた。

 

 時々、絵を描きたいなという思いが湧きあがる。

 今日がそうだった。

 さりとて何を描いていいのかわからない。

 今の自分にいったいどんな絵が描けるんだろう?

 どんな絵を描きたいんだろう?

 


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2月の悲劇とそれを癒す鳥の声について 

 

 それにしてもなぜ2月は28日しかないのか?

 31日ある月は年に7つもあるのに、なんだかすごく不公平な気がする。

 各月の日数の割り振りを決めるときに何か謀略があったのではないかと訝らざるを得ない。

 

 「今月はあと1週間ある」と「今月はあと4日しかない」の違いが与える影響はかなり大きい。

 心理作戦で「今月はあと4日もあるぞ~」と思い込もうとしたが、一度、脳に登録してしまった印象はそう簡単にキャンセルできない。

 

 しかもインタビューの音声起こしをしなくてはならない。

 耳にイヤホンを突っ込み、何時間も音声を聴いて文字に書きだすのは重労働だ。

 

 1時間に1回は休んで音楽を聴くが、2月はウグイスだなぁと思ったら、以前、小鳥の声を判別するために「日本野鳥の会」の泣き声再生リストを聴いたことがあるのを思い出した。

 ストレスが溜まってきた方は聴いてみてください。

 落ち着くし、心が軽くなります。

 そのまま鳥のように羽ばたき、空へ飛んでゆきたい。

 


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早春に目覚めたカエルと村上春樹の「かえるくん」について

 

 昼間の日差しはずいぶん暖かくなり、日も長くなった。

 季節は早春と言ってもいいだろう。

 この頃になると地球がアラームを鳴らすらしく、地下で眠っていた虫やカエルなどがのそのそと起き出してくる。

 

 そういえば「啓蟄」という言葉もある。

 

 今年はまだ見ていないが、うちの猫の額みたいな庭でもこの季節になると、ガマガエルがのっそりしているのに遭遇して、ちょっとびっくりしたりする。

 

 カエルと言えば、僕のブログの中でやたらアクセスの多い(ランキングを見ると断トツトップ)のが、2016年6月30日に上げた「なぜ日本ではカエルはかわいいキャラなのか?」という記事だ。

 

 なんでだろう? 

 そんなにカエルのファンが多いのか?

 多いのかもしれないが、そんなの、イヌ・ネコ・ウサギなどに比べれば微々たるものだろう。

 

 考えてみて推察できるのは、村上春樹の短編小説「かえるくん、東京を救う」について少し触れているからではないかと思い至った。

 

 これは村上氏の作品の中でも非常に人気が高い。

 

 短編なのでそんなに時間をかずに読めるし、寓意に富んだ、まるで現代のグリム、アンデルセンのような物語だ。

 

 言い換えると、村上春樹という作家のエッセンスが、最もわかりやすい形で凝縮された作品だろう。

 

 講談社が出してる小中学生向けの「はじめての文学」というシリーズにも村上氏の自薦で収められている。

 

 物語の背景には1995年の阪神淡路大震災とオウム真理教による地下鉄サリン事件という、日本を襲った二つの大事件がある。

 

 これらの悪夢的な事件はもう昔話だが、昔話ゆえに僕たちの脳裏に静かに負の感情を伴って沁み渡っている気がする。

 

 それをこんなメルヘンのような作品にして後世に残した村上春樹はすごいなと思う。

 

 天災と人災。いずれ東日本大震災と福島原発の事件も似たような形で、多大な影響力を持つ「昔話」として日本人の脳裏に沈殿するのではないか。

 

 彼はインタビューで自分は長編小説の作家だと語っているが、同時に短編は大事な実験場だとも話し、短編の中でさまざまなアイデアを形にしてみたり、新しいトライアルをしているという。

 

 「かえるくん」のエッセンスは後に書かれた代表的な長編作品の中でもずっと息づいているような気がする。

 

 この作品を好きな人は結構、僕と同様の印象を持っているのではないだろうか。

 近々また、地下から這い出してきたかえる君に会いたいと思っている。

 


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巨大ターミナル駅の迷宮とコンビニコロッケパンとの相関関係

 

 一昨日は品川、今日は横浜。

 今週の取材先はいずれも行き慣れてない大ターミナル駅のそばだった。

 取材先のホームページのアクセスを見ると駅から徒歩3分とか7分とか書いてある。

 

 訪問者はこれを電車を降りてからとか、改札からとか捉えてしまいがちだ。

 これはリスキーだ。

 小さな駅でならそんなに問題ないが、品川や横浜のような巨大駅、しかも慣れてなくて駅の構造をよくわかっていない人は大きな計算違いをしてしまう。

 

 とにかくホームから改札までの距離が長く、改札から出口までもまた長い。

 品川では途中でトイレに寄ったことも災いして、電車を降りてから駅を出るまでに15分もかかった。

 横浜でもやたら歩かされ、出口を間違えたりしてゆうに10分以上かかったと思う。

 路線サイトの駅➔駅の時間しか頭になく、この駅構内で費やす時間を考慮してかなり[余裕をもって行かないと、目的地現地集合の場合は遅刻のリスクが高まる。

 

 最近は、特に初めて行くところだと、道に迷うことも想定して、30分以上余裕をもって向かうため遅刻はしないが、昼に掛かる時間だと、たいてい食べてる時間が無くなって昼食はコンピニのパンになる、

 

 コンビニパンはもっぱらセブンイレブンのコロッケパンを常食にしている。

 コロッケパンは好物なので、あちこちのものを試したが、セブンイレブンのコロッケパンがいちばんおいしい。

 品川でも、横浜でも、やっぱりセブンコロッケになった。

 おいしくて満足したが、次回はせめて駅の立ち食いそばが食べたい。

 


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ガーナのお葬式は、泣き女、棺桶ダンス、ポップアート棺桶

 

 ガーナと言えば某菓子メーカーのチョコレート。おいしい。

 チョコレートの原料はカカオ豆。

 西アフリカのガーナ共和国は世界有数のカカオ産出国。

 意外だったが、ほかにGOLDや石油の産出量も有数だ。

 

 そしてサッカーファンはご存じ、アフリカのチームとしてはトップクラスの実力を持っている。だ。

 しかし、もう一つ、世界に冠たるすごいものがある。

 それはお葬式であり、棺桶だ。、

 

 ここのところ、アフリカ諸国の生活文化に興味を持って、仕事の合間にちょこちょこネットで調べている。

 

 「月刊仏事」でエンディング関係の記事を書いているので、どうしても葬式とか供養のことが気になるのっだが、どうもガーナのお葬式の派手さはアフリカだけでなく、世界でも断トツらしい。

 

 ガーナはかつてイギリスの植民地だったこともあり、約7割がクリスチャン。

 大都市に暮らす富裕層はもクリスチャンが大半のようで、彼らは一般人の平均年収の4倍から10倍にあたる費用を葬式に使うらしい。

 故人が亡くなってから遺体を冷凍保しておき、約3ヶ月後、満を持して週末3日間かけて盛大に、飲んで食って、歌って踊って、お祭り騒ぎをするというのだ。

 

 この国には葬式を盛り上げるために「泣き屋」、そして棺桶の「担ぎ屋」がいて、このプロフェッショナル達が、まさしくプロの技を見せる。

 

「泣き屋」は一般的には女の団体で、「泣き師協会」というものもあるらしい。

 静かな啜り泣きから、地面に転がっての号泣、謎の「シマリス泣き」というものまで豊富なmメニューを取り揃え、時間やシーン、人出などに合わせて会場を盛り上げるために変幻自在の泣きパフォーマンスを披露するという。

 

 「泣き屋」が女の仕事なら、「担ぎ屋」は男の仕事。

 スーツを着込んだダンディーな奴らがお神輿よろしく棺桶を担ぐ。

 と言ってもただ担いで練り歩くだけではない。

 陽気でリズミカルなハイライフミュージックに合わせて、棺桶を担ぎながら踊る、いや、踊りながら担ぐのか。

 とにかくこれがえらくカッコいい。

 

 周囲には演奏するバンドマンやダンサーたちもわんさかいて、いつ果てるともないビッグパーティーが続く。

 

 ガーナでは人は死後、異なる世界でふたたび新たな人生が始まると信じられており、「死」は「新たな始まり」と捉えられるのだそうだ。

 したがって葬式とは、故人の死は悲しむものでなく、新たに生き始める故人をみんなで祝福するための儀式なのだ。

 

 

 さらにもう一つすごいのが、その棺桶。

 ガーナの棺桶は世界一ユニークと言っても過言ではない。

 

 ガーナ人は、故人の人生にちなんだ棺桶をオーダーメイドする。

 たとえば、パイナップルの形をした棺桶は、パイナップル農家。

 魚の形をした棺桶は、漁師の棺、

 

 仕事だけでなく、自分の人生に幸をもたらしてくれたもの、叶わなかった夢や希望などを様々な形にして棺桶を作るというのだが、これがポップで可愛くてファンキーだ。

 

 

 いわゆるアート作品として海外からの評価も高く、プロのアート館桶屋が 何人もいるようで、希望があれば海外からの注文も受けるという。

 

 備えあれば憂いなし。ガーナのアート棺桶。終活している人はオーダーメイドを選択肢に入れておいてもいいのでは?

 


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トマトが変わる

 

 きょうはマイナビ農業の仕事で、トマトの新しい栽培法を開発している会社の話を聴いた。

 

 トマトは日本では明治時代から本格的に栽培されるようになったが、トンカツなど、いわゆる洋食の付け合せとして広がったたため、生で食べるものとされた。

 だから生食として使う丸い大玉のトマトをいかにたくさん、おいしくするかということをテーマに栽培法が追究され、マニュアル化されたという。

 その会社の新しい栽培法というのは、調理用のイタリアントマトを育てるためのもので、従来のトマト栽培の常識とは一線を画している。

 

 日本人のトマトの摂取量は、ひとり当たり年間およそ8㎏。1日当たりプチトマト2個程度。

 生食だけでは消費はもうこのあたりで頭打ちだろう。

 

 しかし、調理用トマトの需要をもっと伸ばせる――というのが、かの会社の目論見だ。

 なにしろ世界最高クラスの摂取国であるトルコやエジプトでは、日本の10倍以上のトマトを食べている。それもほとんどは調理用トマト。

 これから先、イタリアンだけでなく、世界中の美味しいトマト料理が日本で広がっていくかも知れない。

 

 それにトマトは野菜の中でも1,2を争うキュートなビジュアルを持っている。

 俗にいうインスタ映えする食材だ。

 色も赤だけでなく、近年は、黄色、オレンジ、ピンク、バイオレットなど、実にカラフルに、また形や大きさもバリエーション豊富になってきた。

 

 僕もトマトは好物だが、冬は生で食べる気がしないので、もっぱら缶詰のトマトを買ってきて料理に使う。

 

 熱したオリーブオイルにニンニクのスライスをたっぷり入れて風味を出したところへタマネギを丸1個分くらいドサッっと入れる。

 その他、セロリ、ピーマン、ニンジン、キノコ類など、冷蔵庫に余っている野菜を適当に入れて炒め、そこに缶詰トマトをまんま投入する。 

 

 煮立ったところへ、粉をつけて揚げ焼きにしたイワシ、またはチキン、または肉団子などのメイン具材を入れる。

 強火でがーっと煮立てて、そのまま煮詰め、できるだけ水分を飛ばすと、トマトのコクと甘みが倍増。調味料は塩をちょっとだけでOK。

 あれば適当なハーブ、スパイス、粉チーズなどを入れるとさらに味が重層的になる。

 

 超カンタン、超テキトーに作れて栄養バランスも最高。もちろんめっちゃボーノでおなかいっぱい。MY LOVE。

 


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ニューヨーク発アボカド愛

 

 1986年秋、1週間休暇を取ってロンドンからニューヨークに飛んだ。

 ブロードウェイの裏手あたりのボロい安ホテルに泊まった。

 泊り客よりもここに住んでる人のほうが多いんじゃないのという感じの所で、窓の向こうは隣の建物の壁。ごちゃこちゃした配管がへばりついている。

 でもそこはやっぱりニューヨーク。

 映画みたいでカッコいいじゃんと満悦してた青春の1ページ。

 

 滞在中はピッツァとハンバーガーを主食としていたが、この時、生まれて初めて口にしたのがベーグルパンと、カリフォルニアロールだった。

 

 確かグリニッジヴィレッジあたりのスシIバーだったと思う。

 SUSHIはこの頃、すでにアメリカではかなりポピュラーになってきてて、カジュアルなレストランも増えていた。

 カリフォルニアロールについての情報は入ってきていたが、実際に口にしたことはなかった。

 注文して一口食べて感動した。これはうまい!

 魚のネタよりうまいと思った。

 アボカドという食べ物に遭遇したのもこれが初めてだった。たぶん。

 

 以来、アボカドは好物になった。

 

 ここのところ、スーパーで安く売ってることが多く、1個100円なら必ず手を出す。 皮の色はできるだけ真っ黒なのを選ぶ。ただし、熟れすぎに注意。

 手のひらで軽く持つと、熟れ具合が伝わってくる。

おいしいアボカドは

 「食べごろなのよーん、早く連れてってぇ」

と甘くささやいてくる。

 

 家に帰り、台所でぱこっと半分に割る。

 いい子は皮と果肉の間にスッとナイフを差し込むと、きれいに果肉が取れる。

 種にも果肉が残らないよう、しっかりこそぎ落とす。

 ほどよく熟れたアボカドの、柔らかく、ちょっとねっとり感がある美しい緑の果肉はエロチックでさえある。

 

 サラダで使うときは、そのままきれいにスライスするが、僕がいちばん好きな食べ方はここから「ごめんね」と言いながら、美しい緑の果肉をぐちゃぐちゃにつぶしてしまう。

 要はポテトサラダの要領だ。

 サンドイッチの具にするときはそれにこれまたみじん切りのタマネギを混ぜ、塩・胡椒をふってパンにはさむ。

 

 しかし、何といってもアボカドにはあったかいごはんだ。

 ぐちゃぐちゃにしたやつにかつお節をぱらぱら、醤油をちゃーっとかけ、ワサビを添える。あればもみ海苔をふってもいい。

 これをあったかいごはんの上にのっける。

 肉でも魚でも野菜でも味わえない、クリーミーな食感。

 くどいわけでも、あっさりしているわけでもない、濃厚でも薄味でもない独特の味。ごはんとのブレンド感がたまらない。

 うまい! かんたん。アボカ丼。(べつにどんぶりでなくてもいい)

 

 週に一度は食べている。うちの家族もアボカドファンである。MY LOVE。

 


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ルワンダを復興させた女性たち

 

 日本の女性の政治参加が国際的に見てあまりにも低い。

 とはよく言われている。

 2015年のデータでは、なんと世界144位だそうだ。

 

 もう一つおまけに、世界経済フォーラムが発表する男女平等ランキング(ジェンダーギャップ指数)というのがあって、この2016年版では日本は111位。

 なんでだ?

 

 オリンピックだ、万博だ、クールジャパンだ、外国人はみんなニッポンだーいすき!

 と胸を張り、日本って本当に素晴らしい国だって、やたらとそういうテレビ番組が増えているし、政府も世界に対して躍起になってアピールしている。

 

 が、先日の「児童虐待多発国」という汚名といい、女・子どもに関しては、どうもあまり誇れるデータが出てこない。

 なんでだ?

 

 もちろん、女性の政治参加が増えれば、それが女性の幸福につながるかといえば、そういうわけでもない。

 

 それにどうもこの国には、芸術やスポーツや文化などの面で女が活躍するのは好ましいけど、政治とか経済の分野ではあんまりしゃしゃり出ないでほしい・・・という偏見がまだまだ強いのではないか。

 

 で、女性も政治参加――国会における女性議員の割合が最も高いのは」おそらくスウェーデンとかノルウェーとか、北欧のどこかだろうと思っていたら、なんと、アフリカのルワンダと聞いてびっくりした。

 

 しかもその比率は63.8%。女性議員3人に男性議員2人という割合。

 男女平等ランキングでも第5位になっている。

 

 ルワンダと言えば、25年前の1994年に内戦が勃発し、部族同士の抗争から大虐殺に発展。100日間で80万人~100万人、人口のおよそ7分の1が殺されるという人類史上有数の大惨事に、世界中が真っ青になった。

 虐殺を免れた女性も多くが強姦され、万単位の望まない子供が生まれたと言う。

 

 ニュースやルポなどで見た、その時の印象があまりにも強烈で、正直、僕はルワンダって世界で最も悲惨で貧しく、暴力の蔓延る危険な国の一つだと思っていた。

 

 しかし、その印象は一変した。

 あれから四半世紀後たった今、記事と写真を見る限り、首都は美しく整備され、経済発展も著しい。治安の良さもアフリカでトップクラスらしい。

 

 内戦と虐殺からの復興はめざましいものがある。

 終戦から20年余りで世界有数の経済大国へ駆け上がった日本と似た勢いがあるのだろうか。

 

 どうやらかの虐殺で男性の人口が大幅に減り、半ば崩壊した国の立て直しを女性の手に委ねざるを得なかったという事情があるようだ。

 思い切った法制度の改正もあり、この国では議員の少なくとも30%は女性にするよう憲法で定められているという。

 

 そして何よりも、そのベースには過去の悲劇を克服し、生きている幸福を感じられる国にしたいという人々の願いが一枚岩になっているのだろう。

 そこには望まずに母になった女、望まれずに生まれた子どもの思いも入っている。

 

 政治参加率が低かろうと、男女平等ランキングが低かろうと、いいじゃないの、幸せならば――という声が聞こえて来そうだけど、本当にいいのかな?

 


たっぷり眠るとたらふく夢を見る

 

 夢を見るのは楽しい。

 と思っていると、わりと楽しい夢が見られる。

 

 疲れがたまっていたのか、久しぶりに10時間以上眠ってしまった。

 いつもは朝の4時とか5時に起きるのだが、今朝は8時起き。

 カミさん一緒に朝食を食べて、洗濯物を干して、ひと仕事したところで、こりゃだめだ~と思ってもう1回ふとんに入ったら、次に起きた時はお昼をとっくに過ぎていた。

 

 夢に期待していたら、二度寝した時には案の定、たっぷり夢を見た。

 充実してたな~という印象だけは残っているのだが、いつもと同じく内容はさっぱり忘れてしまう。

 

 インターネットを見ると夢占いとか夢診断のサイトがわんさかある。

 ちょいちょい拾い読みをすると、もっともらしいことがいろいろ書いてある。

 

 「空を飛ぶ夢」はこう解釈するとか、「階段から落ちる夢」はこんなことを意味してるとか・・・ニーズも多いだろうし、熱心にハマってる人も多いだろうが、どうもこういうものにピンと来ない。

 

 夢が潜在意識の表れであることに疑念はないが、人それぞれ持っているバックボーンも生活環境も人生の趣向もが違うのだから、同じ夢でもそれぞれ意味するところは違ってくると思う。まったく逆の意味になることだってあるだろう。

 

 夢占いは古い歴史を持っているが、かつては多分、占い師が人生相談に応ずる際の一つの材料として、その人にどんな夢を見たのか聞いたていたのだろう。

 そしてその人にとって、その夢が何を表しているのかを相談を聞く中で解き明かしていったのだ。

 

 なので、サイトや雑誌に載っている夢診断・夢占いは、神社のおみくじの吉凶とか、星占いの「きょうの運勢」程度のもんなんだろうと思う。

 

 その日の気分を盛り上げたいとか、自分の気持ちを調整するために活用したい人は、大いに活用すればいいと思うけど、僕は自分の夢に他人にずかずか踏み込まれて、あれこれ理屈を付けて分析されるのはご免だなぁ。

 

 人生の夢と同様、眠っている時の夢だって自分の聖域だ。

 ヘンな解釈などせず、ナンセンスな世界、「不思議の国」のままでいいと思う。

 みんな、不思議でミステリアスな部分を持ってたほうが面白いんじゃないかな。

 


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マルチなわらじと自分マネージメント術 

 

 食っていくためには「わらじ」が何足も必要だ。

 

 先週取材した六本木のお寺の住職の父は、仏教関係の新聞の記者と僧侶を兼業していたと言う。

 朝のお勤めが終わったらスーツに着替えて会社に行き、帰宅すると僧服に着替えて夕方のお勤めをする。

 子どもの頃からそんな父の姿を見ていた住職は、僧侶の兼業に何の違和感も持っていなかったと言う。

 

 どうもこれは特殊な例でなく、住職さんの中には学校の先生や公務員など、他の仕事と兼任している人が大勢いるらしい。

 観光名所になっているようなお寺でない限り、そうでないと生活していくのが難しい所が増えている。

 

 言われてみればそうかもしれない。

 そもそも宗教に従事する仕事を「ビジネス」と呼ぶのは間違っている。

 一般人は僧侶を「聖職」と見なし、清貧であることを求めるだろう。

 

 けれども、お坊さんも生活しなくてはならないし、家族を養わなくてはならないし、お寺を維持していく必要がある。

 

 経済成長時代はどうだったのか知らないが、いずれにしても、お坊さんだけやっていれば生活に困らなかった時代は、もう「古き良き時代」になりつつある。

 

 しかし、これは何もお坊さんに限った話ではない。

 

 人生フルタイムで一つの仕事に集中するということが難しくなってきている。

 いまや多くの人にとってダブルワーク、トリプルワークは当たり前。

 そうでもしないと日本で「まともな生活」は保障されないのではないか。

 

 いろんな物価が高く、何をするにもお金がかかる日本で、一つの仕事(一つの収入口)だけで食える状況というのは、もはや超お金に恵まれた、セレブな特権階級と言えるのかも知れない。

 

 会社は社員のアルバイトも奨励する。

 あるいはお父さんは仕事一つでも、夫婦共働きでお母さんも稼いでいたり、さらには子供も家の経済を助けるのに参加するなど、一世帯にいくつもの収入口を設けるのが普通になってきている。

 

 こういう状況になると「自分マネージメント術」が重要になってくる。

 どうひっくり返っても、1日は24時間だし、1年は365日しかない。

 その限られた時間をどう配分して経済を安定させ、家族を安心させ、自分の夢をかなえ、アイデンティティを保てるか。

 どうすれば一人何役もこなすことができ、しかもそれぞれのパフォーマンスの質を上げられるのか。

 なおかつ、それでもストレスを溜めず、ゆったりとした気持ちで生きられるか。

 

 これは現代を生きるすべての人にとって、考える必要のあるテーマだと思う。

 


女の天才に奉仕する仕事

 

 バレンタインのチョコをもらったから、ではないけど、女性全般に敬意を抱いている。

 と言うと「ウソこけ!」という声がどこかから飛んでくると思うが、ホントです。信じてください。

 

 なんでかというと、やっぱり女には子どもを産むという天才があるからだ。

 当りまえすぎて自覚してない人も多いかと思うけど、これは女だけに与えられた天賦の才能。

 地球上で人類が今あるのも、女が身体を張って、命がけで子どもを産み続けてきた結果である。

 男は女の、この天才的所業に追いつこうと、いろんな仕事をする。

 

 人間の歴史はそうして創られてきた。

 だから、やっぱり男は女に敬意を払ってしかるべきだと思う。

 

 政治も経済も学問もスポーツも文化も芸術も、およそ人間の社会的活動のすべては、女が子どもを産み、その子どもを育てるという基幹事業に付随する活動に過ぎない。

 

 あくまで推測だが、女には人生のどこか(たぶん30代のどこか)で、宇宙のどこかから男に聞こえない声が聞こえる。

 

 「産む?産まない?」

 

 これを重く受け止めるか、軽く聞き流すか、個人差があるだろうけど、とにかく女は肉体的なタイムリミットがあるので、その問いかけに「Yes」か「No」かの答を出さなくてはならない。

 

 「Yes」と答えた人は、たぶんそこから婚活に奔走するのだろう。

 現代は昔と違って猶予期間が長い。40代になっても十分産めるというのだから、夫・父親にふさわしい男を5年10年かけて探し出してほしい。

 

 レズビアンの女性で「Yes」の人は、人工授精技術を活用する道もある。

 そうして子どもを育てている女同士のカップルもいる。

 

 「NO」ならべつに産まなくてもいい。

 ただ、その際は自分の持つ大きな可能性の一つを自ら放棄することになるわけだから、それ相応の葛藤と痛み、自責の念などを覚えるのだと思う。

 

 男の人生にはそこまで身を削るような瞬間は訪れない。

 女の人には悪いけど、のほほんと生きようと思えば、死ぬまでのほほんとしていられる。

 地球上における人類継続の本質には関われないのだ。

 

 僕もご多分に漏れず、男らしくのほほんと生きてきたが、女の天才に敬意を払い、少しは女性の皆さんの役に立つこと、奉仕できることを死ぬまでにいくつかはやっていこうと思ってる。 何をするかはこれから考えますが。

 


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スイーツ男子大増殖とバレンタインデー半世紀の因果関係

 「子どもじゃあるめーし、チョコレートなんてあまったりーもんが食えるかよ!」

 と啖呵を切る男が、昔は大勢いた気がする。

 が、今やこういうのは絶滅危惧種、レッドデータの部類に入るのではないだろうか。

 時代はスイーツ男子大増殖の様相を呈している。

 

 そうなった原因は何か?

 酒飲みが減り、煙草飲みが減ったから?

 疲労がたまり、みんな日常的に糖分を求めているせいかもしれない。

 バレンタインデーもそれに一役買っているのだろうか?

 

 年に1度とはいえ、習慣は侮れない。

 日本でバレンタインデーが知られるようになって半世紀。

 女性の愛の証として贈られるチョコレートは、男の潜在意識にサブリミナル効果のように浸透してきた。

 

 というわけで、愛の証かどうかはともかく、今年もあちこちの女性からチョコレートをもらった。

 僕は生まれついてのチョコ好きなのでうれしい。

 

 それで浮き足立っていたわけではないが、せっかく書いた原稿の下書きデータをうっかり保存し忘れて消してしまったり、メールを送る相手を間違えたり、凡ミス続きの一日。

 こんな日はチョコを食べてゆっくり寝よう。

 


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信じたくないけど、日本は子ども虐待の多発国?

 

 息子が1歳の頃だったと思うが、転んで頭を打ってケガをした。

 あわてて小児科へ連れて行ったが、その時、なんでケガをしたのか、かなりねちっこく聞かれた。

 ははん、虐待が疑われているのだな、とすぐピンときた。

 その医者とケンカすることはなかったが、たったそれだけで、かなり頭に血が上ってカッとなった。

 

 虐待を疑われた親がひどく感情的になったり、詰問する児童福祉司などに強烈な恨み・憎しみを抱いたりするのは、そんな自分のことを思い起こすと分かる気がする。

 

 虐待を疑われるということは、その親にとっては「あなたは親の権利・資格があるのか?」と疑問視され、問い詰められているのと同じだ。

 

 一旦、親となった人間は、その親という立場を失うかもしれないと感じると、強い危惧感・恐怖心を抱くのだろう。

 

 もし「あなたには親の権利・資格はない」と、他人からドーンと言われたらどうか?

 

 「おまえは人間失格」と烙印を押されるのに等しい、屈辱的かつ絶望的なことだ。

 

 そして、なんとかアイデンティティを守ろうと、その屈辱の感情を、学校や児童相談所などの関係者、ひいては社会に対する激しい怒りと憎しみに転化するだろう。

 

 千葉県野田市の女の子の虐待死事件は、世界にも知れ渡り、国連の子どもの権利委員会で問題視されているようだ。

 

 先週、同委員会は、今回の事件をはじめ、日本で子どもへの虐待などの暴力が高い頻度で報告されているとして、政府に対策強化を求めたという。

 

 かつで幕末から明治時代にかけて、日本に駐留した欧米の学者らが、民衆が子どもをとても可愛がり、大事にする姿を見て驚嘆を覚えたと当時の記録にある。

 

 逆に言えば、当時の欧米の民衆は、子どもに対して相当ひどい扱いをしていた(産業革命時の工場での強制労働など)ということだが、それから150年たって状況は逆転してしまったのか、信じたくないけど「日本は子どもの虐待が多発する国」になっているらしい。

 

 これは日本社会全体で向き合うべき問題ではないかという指摘がされたわけで、いわゆる外圧までかかってしまった。

 

 さすがにこういうことが続くと、子どもの虐待に対する法規制の強化・厳罰化が行われるのは、そう遠い先ではないかも知れない。

 

 厳罰化には反対しないが、これは人間のエモーショナルな部分に深く関わる問題であり、へたをすると親の側の人格崩壊にも繋がりかねない。

 

 なので本気でやるのなら、不幸な親子を増やさないためにも、同時に、あるいは事前に、社会全体への十分な啓蒙活動・認知活動が必要なのではないか。

 

 なぜ子どもの虐待問題に、社会全体で向き合わなくてはならないのか。

 なぜ虐待をする親が重い罰が科せられるのか。

 そもそもなぜ子どもをそんなに大切にするのか。

 

 こうした問いに対する答えはたぶん、僕たちの社会の未来のビジョンを思い描くことにもなると思う。

 


落書きペンは地球色

 

 空の色、海の色、地球の色。

 自分で手書きする青い文字、青い文章が好きだ。

 

 黒で書くべきフォーマルな書類には黒を使うが、特に人に見せる必要のない自分のノート、取材ノート、メモ書き、落書きなどはいつも青のボールペンで書くようにしている。

 

 人間の脳はもう一つの地球。

 空ほど広く、海ほど深い。

 だから青い文字、青い文章は脳を活性化させる。

 

 ――というのは、もちろん、こじつけであり、おまじないであり、単なる気分の問題だ。

 しかし、そういう気分が大切なのだ。

 気分一つで文章はいかようにも広がり、変幻する。

 概して黒で書くと、ちょっとかしこまったような、強張ったような感じになる。途中で止まることもよくある。

 青で書くと、よりしなやかに、たおやかに文章が展開する。

 

 毎日、脳の中から吐き出しているので、ペンもノートも毎日大量消費する。

 だから高価なものはいらない。

 どっちもせいぜい100円のもので十分だ。

 

 ヘタに高価なものを使うと、ムダ使いしないよう、ちゃんとした文章にしようという意識が働いて、書くことが広がらず、固くなってしまうのだ。

 ケチな性分だからしかたない。

 

 面白いの、気に入ったの、人に読んでもらおうかなと思うのが出てきたら、ちょこちょこ編集してデジタルに移し替える。

 畑で採れた農作物や、海で釣り上げた魚を、1次加工するのに似ている。

 毎日、大量の1次加工品ができてくる。

 仕事や作品用に使ったり、ブログやSNSにしてみたりする。

 

 今日も自分の地球を探検して、わずかでも採掘できたなと思うと楽しい。

 


フレンチ・ランチinキチジョージ

 

 きょうは昨夜、無事お泊りから帰ってきたカミさんといっしょに吉祥寺に行った。

 買い物のあと、「久しぶりにミーはおフランス料理が食べたいざんす」

 という、おそ松くんのイヤミ氏みたいなセリフがおなかの底から湧き出てきて、ランチはフレンチに。

 

 フランス料理はやたら世間で褒められることが多く、舶来高級料理の代名詞になっているが、どうもその実体がつかめない。

 

 ピザやパスタに代表されるイタリア料理には「This is イタリア料理」といった明確なイメージがある。

 好き嫌いはともかく「The イギリス料理」はローストビーフや フィッシュ&チップス。「The ドイツ料理」はソーセージ盛り合わせ。

 

 だが、フランス料理にはこれらに該当するものがない。

 「This is The ○○」=これがフランス料理だ! というものがないのだ。

 少なくとも僕の中には。

 

 一応、フランスには20代の頃、3回ほど旅行したことがある。

 トータルで半月程度は過ごしているが、最も印象に残っている食事は、ノルマンジー周辺の田舎町のレストランで食べた魚のスープ〈煮込みかな〉だ。

 

 料理名も覚えてないが、なんだか味噌汁みたいな味がしてうまかったな~と、記憶に焼き付いている。

 しかしパリをはじめ、他では何を食べていたのか、フランスパンのサンドイッチとか、クロワッサンの朝食以外はとんと思い出せない。

 

 きょう入った吉祥寺の店は、タルトフランベというアルザス地方の料理をメインに出していて、これはいわばフレンチピッツァだ。

 

 カミさんが頼んだ「ロレーヌ」というのはサーモンやエビなどの具材が乗っている。

 僕はせっかくフレンチに来たのだからということで「パリ」というのを頼んだ。

 これはカモ肉・トリュフ・フォアグラという3大フレンチ食材が乗っかっているリッチ版。

 

 見た目、よく行くイタリアンピッツァの半分程度の大きさで、これじゃ足りないんじゃないかなと思ったけど、お味の方もかなりリッチで、こってり濃厚。

 二人でシェアして食べてじゅうぶんお腹がふくれた。

 ただし、この濃厚さはワインと一緒に食したほうがいい。

 

 ちなみに僕はグラスの赤ワインを飲んだけど、なかなか美味しくて食前に飲みきってしまった。

 これ以上飲んだら絶対酔っぱらって午後の用事が果たせなくなると思って2杯目は断念。

 

 この「ブラッスリー・エディブル」は、こじんまりした、パリの裏通りにあるいそうな感じの店で、お値段もリーズナブル。

 ワインと一緒に料理を楽しみたい人にはうってつけなのではないかな。

 

 ただこれが「Theフランス料理」かというと、そうではない気がする。

 フランス料理ってやっぱり正体不明。僕の中では。

 


おばさん天使

 

 日本では天使というと小さな子どもの姿をしていることが多い。

 欧米では若い男女の姿が多い気がする。

 神さまがじいさんなので、その弟子みたいなイメージなのか?

 

 だけどもちろんのこと、天使に年齢的制限はない。

 最近は地上の世相を反映して? おばさん天使が増えている。

 

 天国には地球に生き物を派遣する「いきもの派遣センター」がある。

 そこは、ふつう人間が「神さま」と呼ぶゾーブツシュが経営していて、希望者は自分がほしい〈いのち〉を登録しておく。

 

 そこで空きが出るのを待っていて、オーケーの連絡をもらったら正式なハケンの手続きをしに行く。

 それをすませば一定期間、地球で生きものとしての命が与えられ、地上に旅立つというシステムになっている。

 

 その受付業務を担っているのは、おばさん天使だ。

 これから地上で生まれる生き物候補が「○生相談」しやすいというので、近年、おばさん天使の株が上がってきた。

 

 彼女らはセンターの受付のテーブルのところで背中の翼を微妙にパタパタさせながら、いつもお菓子を食べて、マンガを読んでいる。

 

 訪問者が声をかけようとした瞬間、おばさんは気がついてニコっと笑う。

 「べつにヒマしているわけじゃないのよ。いまちょうどいそがしい時間が終わったところ。あなたはラッキー」

 とか何とか言いながら、そそくさとお菓子とマンガをテーブルの下にしまう。

 口の周りにはお菓子の食べかすがくっついていて、しゃべるたびにぽろぽろこぼれ落ちる。

 

 声は思いのほか、かわいいキャンディヴォイス。

 子どもの声からばあちゃんの声まで幅広い声域を持ち、歌が得意だ。

 

 体型はふくよかで、地上にいるとドスドスと音を立てて歩きそうだが、天使なのでもちろんそんなことはなく、ふわふわっとした足取りで軽やかに浮遊しながら歩く。

 

 そして相談を持ちかけると、親身になって聞いてくれ、場合によっては神さまも怒鳴りつけるほど感情的になることもある。

 意外と知恵者だが、お菓子とマンガが手放せないところが玉にキズ。

 

 いま書いてる話のチョイ役として出てくるのだが、なかなか楽しいキャラなので、いずれまた別の話で主役級に持っていきたいと思ってる。

 


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今夜はホームアローンでわくわく?

 

 うれしくてうれしくて、シッポがあったら振りたいくらい。

 

 前、アメリカのノンフィクションでこんな文章があって、気に入っていたことを思い出した。

 これは夫が出張か何かで数日間留守にするのを妻が喜んで発したセリフ。

 前後の文脈は忘れてしまったので、この後、これ幸いとばかりに盛大な女子会を開いて大盛り上がりしたのか、それとも密かに男を家に連れ込んだのかは定かでない。

 

 なんでこんな文章を思い出したかというと、今夜はカミさんがお泊り〈小児はりの研究会の合宿〉でいない。一人だ。

 

 そこはかとない解放感。

 

 べつに普段、一緒に暮らしていてストレスとかプレッシャーを感じているわけではないのだが、ちょっとだけ家の中の空気をいつもより多く吸える気になる。

 そして、さて何をしようかとわくわくする。

 

 イヌみたいに喜んでシッポは振らないけど、期待でリスのしっぽみたいに膨らむかも知れない。

 しかし、何に期待しているのか?

 

 子どもの頃は親が留守でホームアローンぬいなれば、友達を呼んで大騒ぎしてたし、友達と部屋をシェアしていた頃は、そいつが留守だとここぞとばかりに当時のガールフレンドを呼んでいちゃついていた。

 

 ホントに面白かったし、楽しかった。

 

 ところが一人暮らしをするようになって、いつでも自由に、当たり前にそういうことができる環境を得ると、そうした「今日はホームアローン」の喜びはなくなってしまった。

 やっぱりメリハリの問題なのだ。

 

 でまぁ、結婚してまた一人暮らしじゃなくなったのだが・・・たまに一人になっても、やるのはせいぜいテレビ見たり、ネット観たり、本読んだりしてゴロゴロ。

 これじゃ普段やってる生活と変わりない。

 

 そう思ってたら、夜中にピンポンとインターホンが鳴るので出てみたら「ずっとあなたのこと、お慕いしてました」とか言って女性が訪ねてきた。

 

 もしそんなことがあるのなら若い女がいいいと、まず考えるのだけど、近所のガールズバーにいるようなキャンキャンした小娘に来られてもうるせえなと思い直して、やっぱり壇蜜みたいな女が赤ワインとチーズを持って現れて「ご一緒に」なんて言われるのがいいなと思ったり。

 

 そんな想像を巡らせたりはするけど、実際にそんなことが起こったらめんどくさくて「ありがとう。でも結構です」って帰しちゃいそうだ。

 想像するのは楽しいけど、それだけで十分。

 というわけで、テレビとネットと本にもどる。

 

 こういうのって、何だかつまらない人生だと思ってた若い時代もあったけど、最近はどうも自分は劇的な刺激を求めて、ダイナミックに生きる人間ではないなと悟ってしまった。

 

 ま、それなりに充実した暮らしがあるし、平和が何より。

 普段と同じことをして今晩は一人で床に着こうと思います。

 


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アート&カルチャーのご縁寺in六本木〈西麻布〉

 

   午前中、日差しがポカポカしてて、おお、きょうは小春日和だね~いやいや違った。小春日和は晩秋だ。今日は早春サイクリングだ!と思い立って、六本木まで自転車を漕いでいった。

 

 月刊仏事「寺力本願」の第2回の取材は西麻布3丁目の妙善寺。

 六本木ヒルズのすぐそばというか、通りを挟んでホテル・グランドハイアットの真ん前というアーバンなロケーション。

 

 江戸時代、囲碁寺として知られ、このあたりの町人がぶらっと寄って楽しく囲碁を打っていたとか。

 

 そうした歴史を下敷きにして、近年はまだ30代の住職様が、若いアーティストや芸人などに開放して、演劇、ダンス、音楽などの公演を開いている。

 

 聞けばこの住職様、若い頃、お笑い芸人をやってた経験があるそうで、そこから演芸系いオーラが発せられるせいか、インディペンダントなアーティスト系・カルチャー系の人たちが引き寄せられてくるようだ。まさに「ご縁」である。

 ここではいろいろな文化系の催しや教室、秋には自主映画の映画祭も開催されている。

 お寺という空間は、日常とは一味違ったリラックス感があって、自然と非日常的な世界へ脳もトリップできるのかもしれない。

 

 こうした活動を通して、人々が自然に仏教的なものをライフスタイルの中に採り入れていったら、もっと生きやすくなるのでは・・・というお話を、柔和で福々しい笑顔でっ語ってくれた。

 

 お昼を回ったころ、取材を終えて外に出てみたら、激さむ。

 早春のサイクリングだったはずなのに、お昼を回ったころにはどんよりと空は曇り、ぐんぐん気温が下がっている。行きはよいよい、帰りはこわい。

 真冬に逆戻りして明日は大雪という情報も。

 


カレンダー大変動に昭和人降参

 

 きょう、貸家の契約更新で不動産屋へ行ったら、デカデカと「2019年 平成23年」と上下に併記した紙がオフィス内の3ヵ所に貼ってあった。

 大家さんも、店子さんも、西暦と元号がごっちゃになってしまう年配の方が多いのだそうだ。

 

 ちなみにうちの母は西暦も平成もよくわからず、昭和○年と言わないと駄目だ。

 今年は昭和94年だよ。だからお母さんは90歳」と、帰省するたびに説明している。

 もはやこのあたりの人たちは、新しい元号や、西暦換算なんてもう諦めて100年を越しても昭和で押し通した方がよさそうだ。

 

 今年に限っては「退位の日」と「即位の日」の制定され、4月から5月にかけて天皇陛下の交代劇をはさんだ10連休のスーパーゴールデンウィークになるが、来年もまたすごい。

 

 10月第2月曜日だった「体育の日」――これまた昭和人には「10月10日」としっかり刻印されているが――は7月24日、すなわち東京オリンピックの開会式の日に移動するのだそうだ。しかも名称は「スポーツの日」に変わるとのこと。

 

 7月になるのはどうやら来年限定らしいが、いずれにしても「体育の日」は今年が最後。最近は学校の運動会も春に回されちゃうケースが多いし、10月のイメージが変わってしまいそうだ。

 

 ついでに「海の日」やら「山の日」もオリンピックに合わせて大きく移動し、真夏に「金メダルウィーク」ができるらしい(これは僕が勝手にそう言ってる)。

 

 それにしても昭和人たちが大混乱に陥りそうな今年と来年のカレンダー。

 いろいろ事情があって祝日だらけになるのはしかたがないけど1、あんまり連休が増えるとその前後が大変なんだよね。

 休みに合わせて仕事の締め切り前倒しとか、休み明けに見たいからここまでやっといてとか、1年の半分が年末進行になりそうだ。

 


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別の惑星との交信

 

 街を歩いていると、やたらとぶつぶつ独り言を言ったり、へらへら笑いながら歩いている人が増えてるような気がする。

 

 おやおや、こりゃ精神をやられちゃっているのかなと思ってよく見ると、何のことはない。電話で話しているのだ。

 ワイヤレスイヤホンが普及したせいで、何だか街の中に奇妙な光景が現出している。

 

 だけどそれを差し引いても、ひとり言を言う人は増えたのではないだろうか。

 =精神やられてる、というのは言い過ぎかもしれないけど、電車で隣に座っている人が、そうやって自分の世界に入っちゃってると、やっぱりちょっと引いてしまう。

 

 でも、街中や電車の中ではないが、自分も時々ひとり言を口にしていることに気付く。

 家の中とか、人通りの少ない近所の道端とかでそっとね。

 しかも最近、その頻度がかなり増しているのではないか、こりゃやべぇと感じる。

 

 でも思考していることや認識したことなどをはっきり確認するためには、言葉を内に留めておくのではなく、外に出す――アウトプットするのは良いことなのだ。

 

 安全や防災などの指差確認歓呼などはその好例だ。

 本の音読効果もその類だろう。

 書いた文章がおかしくないか、誤字脱字がないかを確認する際も、黙読でなく、音読するほうが10倍精度が高い。

 

 また、ふっと心に過ったことをメモに書きとめるとか、意識に上ったことをノートしていく「瞑想ノート」なども、アウトプットという意味ではとても有効だ。

 

 だから街中やで電車の中でぱっと良いアイデアが閃いたりして何とか記憶しておきたいなら、ひたすら口で唱えて脳に焼き付けるしかない。

 

 だいたいそういう時はメモを取れるような状況じゃない。

 ペンと紙や、スマホなどを取り出そうとしているうちに、閃きは流れ星のように消えてなくなってしまう。

 

 あんまり大声出して周囲に迷惑かけちゃいけないけど、なにこれ? ヘンな人。ちょっと頭がおかしいじゃないの、気持ちわる~い、と思われるくらいなら、まぁ構わないのではないだろうか。

 

 周りの人もそれくらいなら、この人はたぶん別の惑星から来た人で、故郷の星とワイヤレスイヤホンで交信しているんだと思って、まぁ大目に見てあげてくださいな。

 


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ネコのふりかけ

  

 もう前世の記憶に近いが、そのむかし「劇団ねこ」というのをやってた。

 なんでそんな名前を付けたのかというと、管理社会を自由にすりぬけ、何者にも縛られず、ネコのように柔軟に生きながら、可愛がってくれる人がいれば調子よくニャオンとすり寄り、ごはんとねどこをせしめたい。

 そんなメッセージを、演劇を通して発信しようとしたからだ。

 

 というのは今しがた考え付いた、まったくのこじつけだけど、潜在的にはそんな気持ちがあったのだと思う。

 

 劇団ねこは30年以上も前に消滅してしまい、座長と演出をやってた男も10年前に死んでしまった。

 

 けれども最近のネコのモテモテぶりに触れると、現在を生きる人たちの心の奥底には、冒頭に書いたような、ネコのように生きたいという思いが、ずっとくすぶり続けているのでないかと推測する。

 

 そして、それは30年前よりますます強くなっているのではないかと感じる。

 

 こんなことを言っては申し訳ないけど、受験生とか、就活している若者らとか、その親とかの顔を見ると、何に縛られているのかさえ分からなくなってしまって、もう闇雲にネコ的なものを求めたくなっているように思える。

 

 だから、絵本も写真集もテレビ番組も、ネコを使えばみんなが観てくれるし、ファッションもグッズもネコのふりかけをかければ魔法のように美味しくなる。

 

 こんなにも身近にいながら野性を感じさせてくれ、しかも基本的に安全。人間に甘えてくれるけど、かといって媚びてるわけではない。

 もはやネコは人間にとっての夢の存在であり、希望の星と言っても過言ではない。

 

 この先、テクノロジーが進むとともに、人間のネコ依存症はますます深まっていくのではないだろうか。

 すると何が起こるか?

 そうだ、AIを搭載したネコを作ろう――という発想が生まれる。

 

 というわけで、ネコ型ロボット・ドラえもんの誕生だ。

 そうなると逆転現象が起こって、僕たちはのび太くんのようにネコのドラえもんに甘えるようになるだろう。

 そして、ドラえもんにいろんな夢をもらうようになる。

 ネコのふりかけは未来まで果しなく効能を発揮する。

 

 そうか「劇団ねこ」の演劇は、ドラえもんに繋がっていたのかと、前世の記憶が新たな発見を伴ってよみがえった今宵。

 いずれ、ネコとロボットをテーマにしたお話を書いてみたい。

 


永福町ガールズバー開店5周年

 

 住宅街・永福町でひときわ異彩を放つガールズバーが、この2月で開店5周年、なのだそうだ。

 もう5年も経ったとは、時のたつのは早い。

 

 うちのすぐ近所なので、夜に帰宅する時は、たいてい看板(というかA3くらいのプラスチックシート)を持った女の子が1人か2人でやる気なさそうに、ぼけっと立っているのに会う。

 

 おまえら宣伝するんだったら、もっと愛想ふりまかんかい、そんなんじゃ男が声かけてくれんやろと言いたくなるが、新宿や渋谷と違うし、永福町の街角であんまりフェロモンむんむん出されても困るので、まあいいか。

 

 潜入レポートを書く仕事もいただかないので、一度も店内に足を踏み入れたことがないけど、若い女の子たちと酒飲んでおしゃべりしたり、一緒にサッカー観て盛り上がったり、ダーツをやって遊んだりしているようだ。

 

 チャージは2000円、ドリンクは700円~ということなので、客単価は5000円くらい?

 

 オープンして1年半近く経った頃だと思うが、早朝、なんだかパチパチという音、続いて破裂音がするので目を覚まして外へ出たら、この店から真っ黒な煙とオレンジの火の手が上がっていた。

 あんな近くで火事を見たの初めてだったので、ホントにたまげた。大騒ぎになったが、結局はボヤで済んだ。

 

 後から聞いたところによると、ここの女の子にフラれた客の男が、腹いせに表にあったゴミに火をつけたのだそうだ。

 

 たまに夜中とか早朝に言い争う声が来超えてくることもあるが、幸い、それ以降は特に大きなトラブルは起こってない(と思う)。

 すっかり町になじんで、着々とヒストリーを築いている。

 

 確かめたわけじゃないが、勤めてる女の子はほとんど大学生らしい。

 確かに立っている子たちを見ると、そんな雰囲気だ。

 こんなんじゃ盛り場の街では通用しない。

 でもその素人っぽさが永福町では合ってるのだろうか?

 

 受験シーズンだが、最近は学費のために過大な学生ローンを背負って、卒業後10年以上も毎月何万円も返済し続ける若者が少なくないという。

 そこまでして大学に行かなきゃならんのかな。

 

 ガールズバーのバイト程度ならいいけど、金が欲しくて水商売にはまって、さらに深みにはまっていっちゃう女子学生も後を絶たないみたいだ。

 

 それもまた人生なのかもしれないけど、火をつけちゃうやつとか、ストーカーだとか、DV男にはくれぐれも気をつけてほしい。

 


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ちぢむ男〈ファーストプロット〉

 

 ある日、男は自分が縮んでいることに気が付いた。

 服がなんだかだぶついているように感じる。

 これは何だろう? まさか老化現象では・・・。

 いや、オレはまだそんな齢ではない。

 妻はまだ若い。子どもだってまだ小学生だ。

 

 男はこっそり医者に相談してみたが、有効な解決方法は見つからない。

 それに縮んでいると言っても少しずつだから大きなダメージがあるわけではないし、とりあえず健康上の問題があるわけでもないから、いいじゃないですか気にしなくても――などと言われてしまった。

 

 インターネット上では昔の友人らとやり取りしているが、思い切って自分が縮んでいることをカミングアウトしてみた。

 みんな「そりゃ大変だ」とは言ってくれるが、やっぱり「命に別状ないならいいじゃん」とか言われてしまう。

 それから怪しげなクスリや健康器具のセールス、謎のセミナーへのお誘い、カウンセリングの勧誘メールがひっきりなしに舞い込むようになった。

 

 見捨てられたようで男は途方に暮れた。

 このまま1年たち、2年たったら・・・と、男の想像はふくらむ。

 そうこぷしているうちに縮む速度が日に日に早まっていくような。

 

 男は身長測定器を買い、毎日、データを取るようになる。

 そして日記帳に克明な記録も取っていく。

 縮んでいることに気づき出してから、1日1日がかけがえのないものになっていく。

 

 そして男は息子の視線が気になりだした。

 筋肉自慢のマッチョなその男は、息子を厳しく鍛えていたが、彼はなんでこんなに軟弱野郎なのだろうと思っていた。

 その息子が自分より大きくなっていく――いや、自分が息子より小さくなっていく。

 じわじわと男は不安と恐怖に追い詰められていく。

 

 これはもしかしたら息子〈子ども〉の視点で、小さくなっていくお父さんを描いた方が面白くなるかも知れない。

 


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銀河の死なない子供たちへ:人生は無限ではないという幸福

 

 息子の推薦図書。またマンガ。

 「ヨルとネル」の作者・施川ユウキの作品。

 

 「1万年前、わたしはこの星空を見ている。

 1万年後も、わたしはきっと同じ星空を見ている」

 というモノローグから始まる、タイトルそのまんま、とうの昔に人類が絶滅した地球で生きる、なぜか不老不死になった子どもの物語だ。

 

 手塚治虫の名作「火の鳥」をリスペクトしたマンガであることは一読して明らか。

 作者みずからネタばらしのコマもある。

 

 何といってもすごいのはストーリーと絵柄のギャップ。

 「火の鳥」に匹敵する神話的・宗教的な超シリアスなストーリーであるにも関わらず、かわいいギャグ漫画タッチの絵柄で、悠久の世界をありふれた日常のように描いているところが、不思議な寓意を醸し出す。

 

 物語の最も肝になるのは、ロケットで不時着した宇宙飛行士の女が赤ん坊(ミラ)を産み、主人公のきょうだい(πとマツキ)がその子を育て、家族のように暮らす下り。

 

 これは壮大な家族愛の物語でもある。

 

 ミラは普通の人間の子どもとして成長し、πとマツキを追い越して大人になり、不死になれる可能性を拒んで、やがて死んでいく。

 

 そのあたりを読むと、不老不死とは何と残酷で救いがないのだろう、それに対して限りある短い人生は、はかなくはあるが何と幸福なのだろう、という感慨を抱く。

 

 いたずらに長編にすることなく、2巻ですっきり完結するところも良い。

「ヨルとネル」と同じく、思い出してはページを繰りたくなる人生の常備薬のようなマンガだ。

 


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子どもを愛さない男を父親とは呼ばない

 

 アメリカの児童虐待に対する厳しさにはびっくりする。

 宮崎駿(スタジオジブリ)の「となりのトトロ」は、さつきとメイがお父さんと一緒におフロに入るシーンをカットすることで、やっと公開が認められたらしい。

 何もそこまで・・・と思うが、これはかつてのこの国のマッチョな父親たちがのちの世代に及ぼした悪影響を分析・検討してこうした厳しい対応になっている。

 「子どもを守る」というテーマについて、日本人の問題意識はまだ甘いのだろう。

 

 千葉県野田市で10歳の女の子が父親に殺された事件を見ると、残念ながら、日本もアメリカ並みの法的な縛りを入れないと、子供を守れないんじゃないかと思ってしまう。

 

 もともと父権が強かったのに加え、「天皇は父・国民はその子供」という近代国家建設時代の名残なのか、日本はまだまだ父親という存在が尊重される国だ。

 

 尊重されるのはいいけど、ろくでもない父親はいっぱいいる。

 昔からいっぱいいたと思うけど、十把一絡げで尊重されてたおかげで、昔のアホ父は暴力を振るおうが、飲んだくれようが、あまり非難されずに「しょうがないわねぇ」と見過ごされ、女に甘やかされてきた。

 

 しかし最近はそうではない。

 「昔は豪傑が大勢いて良い時代だった」なんて感傷に耽っていてはいけない。

 

 あんなひどい父親に「暴力を受けてる」と子どもが直接訴えていたのに、見殺しにするどころか、わざわざその訴えを当の父親に見せた、という教育委員会の失態。

 

 「再発防止に努めます」なんて、いかにもお行儀よく反省してますみたいなマヌケなコメントを出していたが、死んだ女の子は二度と帰らない。

 

 教育委員会も、学校の先生も、教育でメシを食っているのなら、勉強なんか二の次でいい。

 エゴ丸出しのしょーもない親どもをお客様扱いして、どこそこの高校・大学に何人受かったとかなんて、くだらないことやってるヒマがあったら。相手が誰だろうと、自分がその子の父・母になったつもりで、本気になって子どもを守ってほしい。

 

 もはやあんなろくでもない男が、血のつながった父親だというだけで大きな顔をできる時代はとっくに終わっている。

 

 昔、「子育てをしない男を父親とは呼ばない」というキャッチコピーがあったが、子どもを愛さない男を父親だの、保護者だのと認識すべきではないと思う。

 


ライターという職業の面白さ

 

 取材・インタビューという名目で、いろんな人の話を聴けること・いろんな世界に入り込めることはライターの特権だ。

 

 もちろん仕事でやっているので、取材目的から外れたことは聴けないし、つっこみたくてもつっこめないところもある。

 ケースバイケースだが、基本的にはプライベートなことをほじくるのは控える。

 

 ところが不思議なもので、人間、ある流れに乗って話していると、音楽で言うグルーブ(リズムのうねり)みたいなものが起こって、つい人間性がぽろっとこぼれ出て、私的なことを自分から話してしまうことが往々にしてある。

 

 きょうの取材は農業経営のコンサルタントだった。

 農業業界でも設備を整え、人を雇い入れて法人化・大規模化するところが少なくないが、思うように収益が伸びず、赤字経営になってしまう事が多いらしい。

 

 そこで、そのコンサルティング会社は製造業の実績を応用して農業経営の改善プランを立て、生産性を上げることに取り組んでいるのだ。

 

 その現状や展開案、テクニカルなことなどを立て板に水のように話されたのだが、最後に「どうして農業のコンサルをやろうと思ったのか?」と聞くと、顔つきや話しぶりがガラリと変わった。

 

 その人は実家が農家で、お父様がたいへん農業を愛し、自分の作物に誇りを持っていた。ところが息子である彼には「この仕事は継がせない」と言ったという。

 その理由は簡単で「儲からないから」。

 

 彼は生涯を賭けて愛した仕事を、お金にならない・未来がないという理由で「継がせられない」と言い渡す父親の矛盾に複雑な思いを持ち続けた。

 なので、なんとか農業を、楽しく、やりがいがあって、社会に貢献し、なおかつお金になるという、多くの人にとって魅力ある仕事にしたいと語った。

 

 父親についての話をしている時の彼は、それまでとは別人のような柔らかい、魅力的な男の顔だった。

 個人的なバックストーリーを知れると、クールでテクニカルな業務改善の話もがぜん血の通った、ヒューマンタッチな物語として響くのが面白い。

 とても満足感のある取材になった。

 これから書いて話をまとめるのが大変だけど。

 


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ヘビ女・ワニ男のパワーアイテム

 

 パイソンとかクロコダイルとか、恐るべき爬虫類をバッグだのベルトだの財布だののファッションアイテムにしてしまう人間、まさに万物の霊長。

 

 哺乳類の革と違って保温性がないから実用的な衣類には向かず、もっぱら付属品用なんだけど、近年、高齢者の増加とともに、こうしたワニ革、ヘビ革製品の需要が高まっているという。びへ~。

 

 若いうちからヘビやワニを持っているのは、裏社会の人とか、遊び人とか、芸能関係の人というイメージが強い。

 

 いわゆる普通の人でワニ・ヘビ大好きという人は少ないと思うが、なぜか齢を取ると多くの日との間でワニやヘビへの欲求が高まるようだ。

 

 基本的に高級品なので、お金持ちに見せたいという見栄もある。

 

 しかし、どうもそれだけでなく、ワニ・ヘビ革には目に見えない霊力があるらしい。 特にヘビ皮財布などは縁起物という側面もある。

 やっぱりこういうものを身に着けると、気力も体力も運勢もUPしたみたいで、強くなった気分になるのだろうか。

 

 その霊力やらの正体を掘り下げてみると、脳の構造と関係しているのではないかと思える。

 脳幹という最も深層の部分は「爬虫類脳」とも言われ、生命維持のための本能を司っている。

 単純に言うと、その周りを包むように哺乳類脳、人間脳があって、人間の脳は三層構造によって成り立っている。、

 

 三層構造の脳はそれぞれ調和して働いているのだが、齢を取って体力の衰えた人間は生命維持力担当の爬虫類脳が強くアピールするようになり、ヘビ革・ワニ革との親和性が高まるのだろう。

 

 しかし野生の力、神秘の力に溢れているようなヘビやワニも、いまや他の家畜と同様、人間に養殖される生き物である。

 アフリカ、アジア、中国などでは養殖ビジネスが盛んで、食用も含め、どんどんヘビやワニが「生産」されているそうだ。

 

 いやはや、太古から地球に住み着き、食物連鎖の頂点に立っていた先輩がたも、新参者の人間様には到底かなワニ―。

 


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日本人のアイドル依存・スポーツ選手依存はひどすぎないか

 

  「アイドルグループの2年後の活動休止宣言が、なんでトップニュースなの?」という声がネット上で響いた。

 

 なんか他に伝えるべき重要なニュースがあるんでないか?

 何かの隠ぺい工作なのか?

 情報コントロールしているのでは?

 といった声も飛び交った。

 

 確かにこの数日、テレビをひねれば大坂なおみ選手優勝の話と、嵐の活動休止の話ばかりやっていた。

 他にニュースはないのか、という感じ。

 

 陰謀説はともかく、人々の関心が芸能やスポーツにしか向かないのだと思う。

 人間はごはんとねどこさえあれば生きられるというものではない。こころの栄養が必要だ。

 アイドルやスポーツ選手の活躍は、てっとり早くその栄養を補給できる栄養ドリンクみたいなものなのだろう。

 

 これはべつに今に始まったことじゃないけど、近年、人々の依存度が上がっていると感じる。

 日本の社会全体がアイドル依存、スポーツ依存。

 中毒症状が出ている人も珍しくない。

 

 だから齢になったアイドルはなかなか現役から退けない。

 

 嵐だって40になってまでもうアイドルなんてやってられねぇー、と考えるのは自然な流れだ。はっきり言ってアイドル業はもうとっくの昔に定年である。

 

 それぞれ役者としていい味持っているのだから、5人ともバラで自分の好きな仕事をやっていけばいいと思う。

 

 大坂なおみ選手が優勝し、ランキング1位になったのはめでたいし、ケチをつけるわけじゃないけど、代理成功体験を求めている人が多いのではないか。

 

 メディアは人々のWANTSをつかんで話題を提供するわけだけど、テレビのニュースやワイドショーでのはしゃぎ方はなんだか異常だ。

 

 自分の才能を発見し、夢と目標を持って努力を重ね、世界一になったのは大坂選手であって、番組のゲストやコメンテーターでもなければ、あなたや僕でもない。

 当たり前だけど。

 

 アイドルやスポーツ選手に夢や期待を託すのがダメとは言わないけど、その半分でもいいから自分自身に夢や期待を持とう。

 世界一でなくても、日本一にならなくても、人に褒められなくたって、それは尊いことではないのか。

 


「悠々自適の幸福な未来」が待ってるはずだった

 

 定年退職とも退職金とも縁がないその日暮らしを続けているので、どうもピンと来なかったが、あるご婦人の話を聴いて、定年後のご夫婦の暮らしをリアルに感じた。

 

 旦那さんが退職して約10年。彼は昔ながらの日本の男、わりと大きな会社のもと企業戦士である。

 

 まるでドラマのキャラクター設定のマニュアル通りで、家事など一切しない。

 特に熱を入れてる趣味もなく(疲れちゃってそうそう身を入れて取り組めないらしい)、あまりどこかに出かけるということもなく、三度が三度、家で食事をする上に、レトルトや冷凍食品を使った手抜きは許さない。

 毎晩、晩酌をするのでつまみも必要。かわきものはNG。

 お茶も自分で淹れない。

 そしてもちろん、奥さんが自分を置いて外出するのには嫌な顔をする。

 

 日々の生活習慣から生じるストレスというのは怖ろしい。

 おかげで奥さんは溜まったストレスによって、体調を崩してしまった。

 

 旦那さんは自分が原因であるとはつゆほども考えない。

 べつにギャンブル狂いでもなく、愛人をつくったわけでもなく、まじめに勤め上げて、退職金も年金もいただいて、夫婦で悠々自適の生活を送っているはずだった――、いや、現に送っている。

 なのに妻の口から出てくるのは恨み節でしかない。

 

 「いったい何の不満があるのか」と、男が論理を滔々と説いても、女には通用しないんだろうな、やっぱり。

 

 でも定年退職した時点で、少なくとも2~3年のうちに、奥さんからも何か旦那さんが生き方を変えられるように働きかけをしなくてはならなかったんじゃないの?  と思えてならない。

 

 日本中にこういうご夫婦が増えているのだろうか。

 それで「人生100年」なんて言われた日には、ゼツボー感で気が遠くなってしまいそうだ。

 

 「悠々自適」という口当たりのいい言葉は、大いなる幻想を含んでいる。

 僕のようなその日暮らしも困るだろうけど、明日のために今日を犠牲にするような生き方が本当にいいのかどうか、よく考えなきゃいけない時代になっている。

 


手塚治虫「どろろ」アニメリメイク版:人間のおぞましさ・美しさ・面白さに迫る

 

 息子が「どろろ」のアニメリメイク版(今月から放送)が面白いというので、最初の2回を見てみた。

 確かに面白く、かなりクオリティが高い。

 

 この漫画は僕が小学生の頃、少年サンデーで連載していた。

 同じころ、テレビアニメも製作されたており(当時まだモノクロ)、アニメとして放送されるのは50年ぶり。

 原作者はかの手塚治虫先生だ。

 

 手塚先生は科学もののイメージが強く、さすがにそろそろ時代遅れ感を抱く人も少なくないと思う。

 が、手塚作品の真価は、人間存在のおぞましさ・美しさ・面白さといったものを、漫画というエンタメ性の高い手段で表現したこと。できることを証明したことだ。

 いわば文学のレベルまで引き上げ、漫画の地平を大きく切り開いた。

 これは後続の後輩らをはじめ、彼の子供世代、孫世代の漫画家たちがこぞって実現し、進化させてきたことだ。

 

 そういう意味ではSFとか、怪奇ものとか、伝記ものとかといった表面的なレッテルはあまり意味がない。

 が、僕は「どろろ」や「バンパイヤ」のようなグロテスクな怪奇物にその真骨頂が出ているのではないかと考える。

 

 主人公の百鬼丸は、父親の野望のために、肉体のパーツを鬼神らに奪われ、それを取り戻そうとする若者で、その存在はほとんどサイボーグ。

 相棒のどろろは戦国の荒れはてた世の中を生き抜くために犯罪も平気で犯す子供で、本当は女の子なのに男の子のふりをしている。

 

 誤解を恐れずに言えば、現代の世界で、障がい者とLGBTの人が、いっしょに人生の旅をしているかのようにも見える。

 

 どろろは敢えて女の子っぽいところを隠さず、とても可愛く描かれている。

 一方の百鬼丸も原作と異なり、サイボーグっぽい-―まるで人形のような顔をしているのが斬新で印象深い。

 彼は物語開始当初、義眼で目が見えないため、表面的な部分を突き抜けて、相手の存在を「内面の魂の炎のゆらぎ」として見ることができる、という解説も良くできている。

 

 リメイクとはいえ、若い連中の心を捉えるこうした設定・表現力はひどく刺激的だ。

 

 どこまで原作に忠実で、どこまでアレンジが許されているかは分からないが、ラスト付近では少し成長した百鬼丸とどろろが、それぞれの内面の声に動かされ、恋仲になってくれればいいなと思う。

 


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酒・タバコ、やめて100まで生きたバカ 2019

 

 きょうは健康診断を受けた。

 問診票の中にタバコを吸うか・吸わないか、以前吸っていたか否かに答える欄があり、今年は「吸っていた。何年前まで?19年」と書いた。

 ちょうど40の時にやめたのでわかりやすい。

 年々「タバコを吸っていた年数」と「タバコをやめてからの年数」の差が縮まっていくのが嬉しいような、切ないような。

 

 タバコをやめて何がいいかというと、「私タバコ吸ってます」というストレスを受けずに済むのがいい。

 この「吸ってます」の言葉の裏には「こんな健康に悪いことを毎日毎日やってて、ろくな人間じゃないですよね。これじゃガンとかいろん病気にかかっても一切文句言えませんよね。すべて自己責任ですから。のうのうと生きててすみません」といった自虐的な意味がオートマティックに付随してくる。

 

 こうしたストレスをものともせず、スパスパできる人は、ある意味、尊敬に値する。

 僕はもうこうしたストレスというか、プレシャーを受けるだけで耐えられない。

 

 ストレス解消のはずの喫煙が逆にストレスになる時代になってしまったのである。

 

 ところで僕の友人に「ストレスたまるとどうしても余計な飲み食いをしちまうだろ。

それよかタバコを吸ってた方がよっぽど体にいいんだ」と豪語して憚らない強者がいる。確かにその理論にはうなずかざるを得ないところはある。

 タバコは娯楽が少なく、食事も割と乏しかった貧しい時代における、労働者の細やかなお楽しみだったのだ。

 

 しかしその強者である友人も、吸っているのは電子タバコである。

 彼は過去何度も禁煙宣言をして、その都度、ご和算にするということを繰り返してきたが、今では電子タバコにたどり着いた。

 しかし、電子タバコが彼の安息のアイテムとして落ち着くかどうかは定かでない。

 そろそろまた「タバコやめる」とか言い出しそうだ。

 

 ちょっとおまけだが、きょうの健康診断で身長を測ったら、なんと、1センチ以上縮んでいた。

 これって老化現象?

 まだまだのびしろがあるぞと思っているのに・・・ショック!

 「ちぢむ男」というタイトルが思い浮かんだ。

 カフカみたいな小説が書けるかもしれない。

 


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世界初・英国孤独問題担当相 いわくつきの誕生から1年

 

 孤独というパーソナルな問題に国政レベルで、つまり国家の税金を使って取り組む――その実現は当初、世界を驚かせたが、背景には政治的な環境が整っていたようだ。

 

 2016年6月16日、ウエストヨークシャー州リーズ近郊でEU離脱の是非を問う国民投票集会の準備中、残留を呼び掛けていた労働党のジョー・コックス議員が右翼の男性に銃撃され命を落とした。このコックス議員が進めていたのが、孤独を撲滅するための政策作りだった。

 

 彼女は自分の選挙区には低所得者層、退職者層が多く暮らしており、孤独が大きな問題になっていることを知って、政治力でこの問題を解決するべきと考えていたという。

 そうした考えが形成されたのは、彼女の生育歴に関係するところがあったのかも知れないが、詳しいことはわからない。

 

 彼女の死後、遺志を継ぐ形で「ジョー・コックス孤独問題委員会」が保守党・労働党共同で組織化された。同委員会は13の非営利組織と協力しながら孤独についての調査を実施。

 

 2017年末、その調査結果が発表され「1日15本のたばこを吸うのと同じくらい健康に有害」「英国経済に320億ポンド(約4・5兆円)の損失を与える」などのデータを示した上で、孤独の慢性化はうつ病や心疾患、認知症などのリスクを高め、人間関係構築にも悪影響を及ぼすと指摘。そして政府のリーダーシップ、継続的なデータの必要性などを訴えた。

 

 引き続き翌年――2018年1月になってメイ首相は孤独問題担当大臣を新設すると発表。スポーツ・市民社会担当国務次官を務めていたトレーシー・クラウチ氏がその初代大臣に就任した。

 

 2018年10月に発表された政府戦略では、コミュニティーで人が集うスペース(パブやカフェ、アートスペースなど)を増やすための基金の拠出や、郵便会社ロイヤルメールと協力した配達員による見守りサービス、職場での社員の孤独に対する企業の取り組み、かかりつけ医が孤独を感じる患者に対して、必要な地域のサービスにつなげる取り組み、そして進展状況を記した年次報告書の発行などを盛り込んだ。 

 

 孤独の問題は高齢化や貧困、健康問題とも深く結びついており、英国のみならず世界中の国々(特に経済発展を終えた先進国)が抱えるテーマだ。

 もちろん高齢者が年々激増している日本でも目を離せない。

 誰にもみとられることなく自宅で亡くなる孤独死のニュースが伝えられるようになって久しいが、最近は日本郵便や新聞販売店などが見守りサービスを行う地域が増えている。

 また、葬儀社や終活関連のコンサルタント業者が地域の団体と協力し、高齢者向けに同種のサービスを提供するケースも一般的になってきた。

 

 一つ一つのアクションは地域社会や民間団体が日常的に実施するものだが、それを国政の一環として展開させていくところが現代的と言えるのかもしれない。

 皮肉な見方をすれば、そこまでやらないと人々が関心を向けようとしないのだろう。

 

 この英国政府の取り組みは、あまりに些細な事のように見える。

 バカバカしいと思ったり、余計なお世話をするな、同じ税金使うなら他にもっとやることあるだろ、と怒り出す人も少なくないだろう。

 

 それにもともと欧米人って、独立した自我を持つよう育てられ、孤独なんて当たり前と思っている民族じゃなかったか?

 

 でも僕は、これは今後の人間社会全般の大きな変化の呼び水になっていくのではないかと思う。

 人の孤独に心を配るという、ささやかで、日常的な蓄積が少しずつ人々の心を変え、やがて劇的に社会を変える――そんな可能性を秘めているというと大げさすぎるだろうか。

 


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EU離脱と大英帝国の幻想とお国のアイデンティティ

 

 EU離脱をめぐる英国の混迷。

 客観的に見れば、どうしたって離脱のメリットがデメリットを上回るとは思えない。

 あの国のやろうとしていることは、会社に所属しているのが嫌になったから、何ら具体的なプランもビジョンもなくて、たんに志だけで独立しようとしている起業家みたいだ。

 

 それに加えて耳を疑うようなセリフ。

 EU離脱に賛成する、ある年配の男性がTVのインタビューに答えていた。

 「英国は大丈夫だ。偉大な国だから」

 

 おい、まさかまだ大英帝国の夢を見ているのかよ?

 そこまでいかなくとも1980年代のサッチャリズムによる復興が頭にあるのか?

 いずれにしても過去の話だが、賛成派の中にはこういう人も多いのではないかと推察する。

 

 対岸の火事として見れば、お笑いだけど、ふと本当に笑えるかと思った。

 アイデンティティとは厄介だ。

 確かに経済面など、いろいろ実利的なことを考えたら、移民の問題はあるにせよ、離脱なんてしない方がいいに決まっている。

 

 でも歴史を背負い、いろんな文化を創ってきた自分たちのストーリーを大事にしたいと考えるとそうはいかない。

 

 この先、衰えたとしても実利より誇りとか、自分らしさを大事にしたい――英国人の半分はそんな考え方を持っているのかもしれない(そういえばあの頃のマギー・サッチャー女史もこんなことを言っていた)。

 

 まあ、それもバカバカしいのだが、日本だって、たとえば中国や韓国などとアジア連合を作って、通貨を統一して経済を上手くやりましょう、なんて持ちかけられたら、たとえ実利はあっても、おいそれと首を縦に振ることはできないだろう。

 

 「日本の伝統はどうなる?」

 「日本は独自性を保てるのか」など、ひどい不安感に陥ることは必至。

 僕もべつに右翼思想があるわけじゃないけど、えー!となるだろう。

 

 どれくらい先になるか――けっこうスパンは短くて、僕は50年くらい未来かなと思っているが――、企業のM&Aみたいに、世界はいくつかの経済ブロックに分かれる。

 その際。グローバル化とナショナリズムの関係に誰もが悩まされると思う。

 

 いち早く資本主義で世界制覇を成し遂げて大英帝国を築いたイギリスは、その先陣を切っていち早く悩んでくれているのかもしれない。

 


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急落マクロン株と安定上昇アントワネット株

 

 「あーら、燃料が買えないなら、電気自動車に乗ればいいじゃない」

 と、昨年末の黄色いベスト運動、さらにそこから発展した各地の暴動のおり、新聞などでマリー・アントワネット(あーら、パンが買えないなら、お菓子を食べればいいじゃない)になぞらえられたフランスのマクロン大統領。

 「エリートのおぼっちゃま君にわしらの何がわかるねん」とワーキングクラスの人からはすっかりケチョンケチョンにされてしまった。

 

 面白かったのはネット上で、こうした「マクロン=マリー・アントワネット=庶民の敵、または庶民の暮らしなど眼中にない」という公式はちがう、アントワネットはあいつほどひどくない、そもそもあんなセリフは言ってないなど、やたらアントワネットに同情や共感を寄せるコメントが多かったことだ。

 

 マクロン株がたった数ヶ月で急降下したのに対し、アントワネット株はこの20~30年で確実に安定成長している。

 

 実際、アントワネットの代名詞とも言われてきた件のセリフは、近年の歴史研究から、当時のジャーナリストが捏造したものという説が有力になっている。

 アントワネットは実は子どもと民衆を愛するいい人だった、という主張もされているらしい。

 

 ベルサイユ宮殿におけるあの派手な暮らしも、外国から嫁いできて異国で王妃として暮らさなくてはならなかった孤独な心の裏返し――なんて同情的に語られたりもする。

 

 美人なので実は庶民からも人気があったので、何とか貶めてやろうと、革命推進派やジャーナリストらがこぞってアントワネットを標的にした、とも考えられる。

 

 歴史認識は日々更新されていて近年では、フランス革命は、民衆が支配階層をひっくり返し、自由と平等をつかんだ人類史上燦然と輝く偉大な革命――というイメージは薄れ、民衆が革命の美名のもとに、大暴動・大殺戮を欲しいがままにした恥ずべき事件というイメージと相殺しつつある。

 

 僕の誕生日だった昨日(1月21日)は、アントワネットの夫である、当時の国王ルイ16世が断頭台に送られた日だった。

 なにせ「王であるということだけで死罪に値する」なんて無茶苦茶な理屈で詩形にされちゃったので、このあたりからもう何でもありの恐怖政治が始まってしまった。

 ナポレオンが台頭して混乱を納めるまでの間、革命がらみで殺された人たちは、ナチスのジェノサイドの犠牲者をしのぐという。

 

 昨年末のパリの暴動の映像を見ていたら、200数十年前もこんなんだったのかなと思った。

 

 ところでスーパーエリート・マクロン大統領は、年が変わって民衆を宥め直し、ぺっしゃんこになってしまった人気を挽回することができるのだろうか?

 もしやルノー・日産の統合をそのネタにするつもり?

 


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わが心の誕生日会

 

 1月21日は毎年、心が複雑にゆらぐ日になっている。

 誕生日おめでとう!

 と言われると、それはまぁうれしいのだが、どうも照れくさい。

 ついでに言ってしまうと、いちいちリアクションするのがちょっとめんどくさい。

 

 この間、山羊座の誕生日の人のことについて書いたけど、この齢になるとクリスマスやお正月に紛れて「あ、誕生日だったのね」と、ついでに気づかれる程度でちょうどいいのではないかと思うのだ。

 

 「でも、子どもの頃はそういうわけにいかんかったのよ!」と主張する気持ちはわかります。

 子どもにとって誕生日はクリスマスや正月以上に重要だ。

 

 子どもの保育園とか幼稚園では月に1回、お誕生会を開くと思うが、僕が小学校の5年生の頃もこれをやっていた。

 その時の担任の先生がそういう催しをやるのが好きだったのだろう。

 毎回、クラスの40人がそれぞれプロジェクトを組んで、芝居をやったり紙芝居をやったり、コントや落語、歌など、いろんな企画を披露していた。

 いま振り返れば、5年生のクラスがよくぞ毎月毎月そんなことをやっていたなと思う。

 さすがに6年生になる頃、「毎月、こんな勉強でもないことに準備や練習で時間を使うのはいかがなものか?」と、ちょっと教育熱心なお母さまからのクレームが入って、この誕生日会はなくなり、1学期1回のお楽しみ会みたいなものになった。

 

 でも僕はこの誕生日会のおかげで、あのクラスの連中の顔と名前をほとんど憶えている。

 誰がいつの誕生月だったかも何となく思い出せる。

 

 この先、もし年寄りの施設に入ることになったら、毎月こういう誕生日会みたいなことをやるのだろうか?

 そこではじーさん・ばーさんたちが、歌やら芝居やら一芸やらの企画で、お互いのお誕生日を祝うのだろうか?

 その頃になると、素直にまた誕生日を喜べるようになってるかもね。

 


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どうして僕はロボットじゃないんだろう?

 

 何の脈絡もなしに、あるセリフだけが、葉っぱが一枚、ひらひらと風に乗って頭の中の郵便受けに届けられるときがある。

 「どうして僕はロボットじゃないんだろう?」

 というものその一つ。

 

 その一つのセリフから、それを発した人物、そこに関連しているストーリー、その背後にある世界観を探っていく――ということを時々やる。

 

 こういうセリフを言う以上、人物はもちろん人間だ。

 まだ若い。子どもかもしれない。

 自分は人間なのに、人間であることに一種の罪悪感を抱いている。

 まるでロボットなり機械であったほうがよかったのに、と言わんばかりだ。

 

 その時代の人間は、ロボットほど生産能力・情報解析能力が高くないことを嘆いているのかも知れない。

 いまや産業界の労働力のメインはAIであり、ロボットだ。

 

 あるいは地球環境の観点から言っても、環境を破壊したりしない、地球の味方であるロボットの方が好ましい。

 人間はその点でもロボットにかなわない。

 

 セリフを少し変えてみる。

 「どうして君はロボットでなく、人間なんだろう?(自分でよく考えなさい)」

 

 脳の奥深くか、地球の奥底か、宇宙の果てか、から聞こえてくる問いかけは、実はすぐ身の回りにあるコンピューターから少しずつ発せられているように感じる。

 

 コンピューターに意思があるなどと言うと、ばかばかしいと嗤われるだろうが、やはりコンピューターは人間の純粋な道具だった、いわば知能がなかった機械類とは違っているのではないか。

 

 この四半世紀余りの間に社会にゆっくりと澱のように何かが溜まってきている。

 それはじわじわと僕たち人間の存在にプレッシャーをかけ続けている。

 そして、スマホの普及もあってそれはこの数年で加速している。

 その正体は、コンピューター類の発する無言のメッセージなのではないかという気がする。

 

 これから先、AI・ロボットが日常生活の中で完全に主力となれば、その目に見えないメッセージ=プレッシャーは著しく人々の精神を圧迫することになるのかも知れない。

 

 というのは、あくまで僕の妄想ですが、

 本気で「どうして僕は(わたしは)ロボットじゃないんだろう?」

 と思っている人が、」もうチラホラいるのではないだろうか。

 


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僕たちは罪を背負わされている

 

 先日書いたラジオドラマの脚本「ばんめしできたよ」のリライト版は、は、人間の罪悪感がテーマになった。

 

 時々、現代人の人生は、は罪悪感から逃れるためにあるのではないかと思える。

 情報社会型・資本主義的罪悪感。

 

 子どもをいい学校に行かせられないあなたは罪悪を犯しています。

 

 子どもにちゃんとして結婚式を挙げさせてやれないあなたは罪悪を犯しています。

 

 家族に満足な医療を受けさせられないあなたは罪悪を犯しています。

 

 大事な家族が亡くなったのにまともなお葬式を挙げられないあなたは罪悪を犯しています。

 

 お金で幸福は買えないかも知れないけど、少なくとも得体のしれない罪悪感からは逃れられる。

 そう考えて、みんな一生懸命にお金を稼ごうとする。

 

 でも、その「あなたは罪悪を犯している」という情報の多くは、もとをたどっていくと、学校なり、学習塾なり、ホテルや結婚式場なり、病院なり、葬儀屋さんなりがビジネスをするための宣伝メッセージだったりする。

 

 それに気が付く人は少ない。

 だから、あなたも僕も何とか義務を果たそうとする。

 本来は義務でも何でもないことなのに。

 

 そもそも「人間は生まれながらに罪を背負っている」という「原罪」の教えが、キリスト教を広めるための広告(だから神を信じて魂を清めよ)だ。

 

 何が本当に人間として抱かざる得ない罪悪感なのか。

 それはひとりひとりちがう部分もあれば、共通する部分もある。

 

 情報化社会のいたるところから送られてくる大量のメッセージを、いくらかやり過ごすことも罪を意識しないですむ方法の一つかも知れない。

 


ドラム少女の快演:もはや音楽やるのに子どもも大人も関係なし

 

 8歳のドラム女子(現在は9歳になってるらしい)・よよかちゃんの超絶パフォーマンス。
 曲目はなんと、Led Zeppelinの「Good Times Bad Times」だ。

 とてもこの小さな体が叩き出しているとは信じられない、ぶっといグルーヴ。
 ジョン・ボーナムが生きてたらぶっとびそうな演奏――いや、もしやボーナムの魂が乗り移っているのか?

 でも彼女はべつにZep専門じゃなくて、ロックやファンクのいろんなナンバーを叩きこなしてUPしている。
 そのどれもが完コピ。
 ちびっこががんばってるとか、上手にやってるといったレベルをはるかに超える、プロフェッショナルのパフォーマンスだ。
それに加えて、彼女の笑顔のかわいいこと。

 もはや音楽やるのに子どもも大人も関係なし!の時代に突入している?

 


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「アタシ、ママの子?」自費出版からグッドセラーへ

 

 麻乃真純さんの「アタシ、ママの子?」が売れている。

 二刷・三刷とあっという間に売り切れ、新聞広告が何度も掲載されている。

 内容からしてペットロスの人たちの心に大きく響いたのだろう。

 

 この本はもともと3年前に彼女が、愛犬の死を悼んで自費出版したものである。

 僕は献本していただきました。

 

 当初の詳しい経緯はわからないが、彼女ほどのキャリア(僕は一緒に仕事をしたよしみもあって、日本一の「動物マンガ家」と呼んでいた)をもってしても、自費出版でやらざるを得ないのか~と、出版業界の厳しさに驚いたことを記憶している。

 

 しかし、その本の価値は出版社でなく市場が決める――ということだろうか。

 これまたどんな経緯があったか定かでないが、2年半余りの間に少しずつ評判が広がり、読者が続々と現れた。新しいファンも増えたようだ、

 実際、飼い主の人たちの心を温める、ホントに良い作品なのだ。

 彼女の亡き愛犬も親孝行ができて、さぞや天国で喜んでいるだろう。

 

 そういえば、愛犬なずなちゃんを主人公とした「ポメポメ物語」というポメラニアン仲間のマンガもあったが、あそこに出演していた仲間もやはり同じように、今は天国住まいなのだろうか?

 

 イヌの視点になると、10年前のことが50~60年前のことのように思えますね。

 


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名古屋のネコバスは保護ネコカフェ

  連休中、帰省で名古屋に帰っていたが、用事で出かけたときにたまたま「ネコバス」と遭遇した。

 「ひだまり号」と名付けられた二階建てバスの中にいるのは、名古屋市愛護センターに保護された子ネコたち。

 子ネコと遊んて、気に入った子がいたら里親になってくださいという「保護ネコカフェ」になっている。

 

 時間がなくて残念ながら中には入らなかったが、昼間はソフトドリンク、夜はアルコールも提供しているらしい。

 

 何匹くらいいるのかわからないが、二階建てバスの中をミャーミャーうろつき回っているのを想像するとニャニャカ面白い。

 

 「なんかうミャーもん、くれんきゃ」

 「名古屋めしじゃニャーと食いたくニャーでよう」とかね。

 

 昨年の8月にオープンしたらしいが、里親は順調に見つかっているのだろうか。

 成長して外回りするようになり、このバスを自分の家と認識するネコもいるかも知れない。

 それはそれでネコ的には楽しいような、世話する人間的には困ったような。

 


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山羊座のボヤキとイベント増殖に対する懸念

 

 きょうはカミさんの誕生日だった。

 が、忙しいのでお祝いは明日まわし。

 鏡開きのもちのお汁粉できょうのところはおしまいにした。

 

 たまたまなんだろうけど、彼女をはじめ、どういうわけか僕の周りには、この12月後半から1月前半の生まれ人がやたら多い。

  

 数えたことないけど、僕のFaceBookは確実に全体の2割以上、下手すると3割近くがこの時期の生まれ人ではないかという印象だ。

 

 星占いでいえば山羊座の人々である。

 

 彼ら・彼女らはちょっとだけ不幸な星のもとに生まれている。

 クリスマス、お正月、ついでに成人の日というイベント続きのシーズンと誕生日が重なっているからだ。

 

 「世界中の人たちが、日本中の人たちが、私の生誕をお祝いしてくれるかのようです」とおっしゃる立派なオトナの人もおられる。

 が、大半は「誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントが兼用だメェ~」とか、

「年末の大掃除で忙しいので無視されるんだメェ~」とか、

「お年玉あげたからプレゼントなんていらないでしょと言われるんだメェ~」とか、

「他の季節に生まれたきょうだいと比べて冷遇されてるメェ~」とか、

 童心に立ち返ってトラウマを掘り起し、お子様度満開のボヤキを発している。

 

 山羊座のお気の毒な気持ちはわかる。

 しかし、山羊座の家族の気持ちもわかる。

 

 ぶっちゃけ、めんどくせェ~。

 クリスマスやって、年末から正月もやって、やっと日常が帰ってきたと思ったら、やれやれ、またかよメェ~ カネもかかるよメェ~。

 という気分になって、どうもテンション上がらないのだ。

 

 最近はハロウィーンが恒例イベント化し、国民の祝日もやたら増えてきて、今年のゴールデンウィークは10連休。来年はオリンピックまである。

 1年中、大小やたらイベントだらけになると、個人の誕生日なんてその中で埋もれてしまうのではないか。

 

 ケの日―ーどうということのない日常があるからこそ、ハレの日――非日常の祝祭日が輝くんだメェ~。

 とボヤいてみてもしかたないか。

 

 山羊座の人たち、気を悪くしたら許してね。

 愛をこめて、お誕生日おめでとう。

 


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人間は幸せに慣れると、幸せであることを忘れてしまう

 

You Tubeで音楽を聴いている。

僕が聴くのは大半が60年代・70年代・80年代のロックやポップスだが、そこに付いているコメントを読むのが結構好きだ。

時々若い連中も書いているが、やはり僕と同じくらいの世代や、もっと上の世代が多いようだ。

本や映画のレビューと違って音楽は気軽にレビュー出来るので、いっぱい書き込まれている。

そこでちょくちょく目にするのが「この時代は良い時代だった」的コメント。

気持ちはわかる。

あなたも若かったしね。

確かにあの頃は良い時代だった。

 

でも、その良い時代の音楽を、当時はまったくの幻だった音源や映像、もしレコードやテープがあれば、何万円、何十万円出しても聴きたい・見たいと思っていたコンテンツを、これだけタタで見放題な今は、もっと良い時代ではないか?

 

今を生きる僕たちは幸せだ。恵まれている。満たされている。

でもそうした満足感や感謝の気持ちを持てるのは一瞬のこと。

一瞬ののちには、これはあたりまえのことになってしまって、僕たちは自分が実はとても幸せであることをすっかり忘れてる。

 

それを繰り返していると永遠に幸せにはなれない。

「青い鳥」じゃないけど、いまどきの幸福は、どっか家の中に転がっている。

ゴミゴミ散らかってるところを片づけて掘り出せば、たいてい出てくると思う。

 


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茨城県の納豆―カレーーアニメ―あんこう―ライブの不思議な螺旋現象

 

 納豆カレー、メロンカレー、栗カレー、しじみカレー。

 あなたが食べたいカレーはどれですか?

 

 これらのカレーはいずれも「マイナビ農業」の茨城県タイアップ記事の取材で出向いた、笠間市のドライブインにあったお土産。

 

 カレーになっている納豆、メロン、栗、しじみは茨城の名産品。

 いずれも全国有数の産出量を誇ってます。

 

 カミさんに話したら、他の3つはおいしそうだが「メロンカレーはNG」とのこと。

 彼女はメロンファンなので、おいしいメロンちゃんをカレーにぶちこむのが許せないらしい。

 

 僕が疑問だったのは納豆カレーのパッケージ。

 どうしてアニメのメイドちゃんなのか?

 裏を見ると「ご主人様に健康に良いものを召し上がってもらいたくて作りました云々」と、メイドちゃんのナレーションで書いてあります。

 

 一緒に行ったカメラマンが茨城には「アニメの聖地があるからだよ」という情報を得て調べてみたところ、あった~!

 

 人気アニメ「ガールズ&パンツァー」。

 

 2012年秋の放映開始以来、舞台になった茨城県の小さな港町・大洗はいまなおガルパンの舞台として多くのファンが訪れています・・・とのこと。

 

 全然知らなかった。

 

 昨年11月の大洗の「あんこう祭り」の時は、メインキャスト(声優?)にやってきて、テーマソングのライブもやったらしい。

 うーん、これが納豆カレーのメイドちゃんに繋がっているのか、と妙に感心しました。

 

 全国魅力度ランキング最下位の茨城ですが、納豆―カレーーアニメ―あんこう―ライブといった不思議な螺旋現象はなかなか魅力的です。

 


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1/fのゆらぎの初夢

 

 初夢見ましたか?

 僕は今朝見ました。

 近年まれにみる極上ドリーム。

 

 海に近い山の中のキャンプ場というか休憩所みたいなところで、木のテーブルに坐っている。

 若いのか齢とっているのかわからないけど、懐かしい友達が大勢いて笑って喋っている。

 特別何かやってるわけじゃないけど、ハッピーな空気に包まれている。

 

 いっしょに話してた女の子が「ちょっと」と言って席を立った。

 僕は彼女がもどってくるのを待っていた。

 そよそよと気持ちのいい風が吹いてくる。

 1/fのゆらぎがある音楽のようだ。

 別段オチはなく、そこでスカッと目が覚めた。

 寝覚めもさわやかだ。

 

 昨日、100歳がどうのこうのとか書いたせいだろうか。

 起きてから振り返ると、あそこは天国だったのではないかと思える。

 

 とても気分がよく、元気になった。

 できればパッケージングして保存しておきたいほどだ。

 今年の運勢までよくなったような気になる。

 お正月も終わって忙しくなるかも知れないけど、ちゃんと眠って良い夢見よう。

 


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100年ライフの条件と自分ストーリー

 

 リンダ・グラットン/アンドリュー・スコットの「LIFE SHIFT」を読んだのは一昨年の正月のこと。それから2年、あっという間に「人生100年」巷に広がった。

 社会通念というのは怖ろしい。

 こうなるともう現在の平均寿命がいくつかなんて関係ない。

 みんなの認識は「人生は100年」である。

 それが喜ばしいことなのか、困ったことなのかはさておいて。

 

 僕の場合、20歳の頃の自分が現在の、50代の自分なんてまったく想像できなかったのと同様、100歳になった自分なんて思いもよらない。

 いったいどうなっているんだろう?

 

 当然体力は相当衰えているだろう。

 精神の状態はどうか?

 たぶんよけいな欲などが消え去って、割と清楚――いわば子どもに近づいているんじゃないかと考える。

 逆に言えば、そうありたいし、そうじゃないと100年ライフは辛い。

 

 僕は100まで生きる人間には条件が2つあると思う。

 

 一つは幸福であること。

 客観的にどうこうではなく、自分が幸福だと思っているか――自分の人生に納得し満足しているかということである。

 周囲の人からそれなりに愛情を受けているか、といったことも含まれるだろう。

 そうでない人はおそらくストレスにやられてしまう。

 

 もう一つは生き続けるためのミッションを持っているかということ。

 たとえば、自分の戦争体験を後世に伝えるとか・・・

 ビジネスであるかどうかはともかく、「これが自分の仕事」というものを持ち続けることが重要なのではないか。

 

 このどちらか、あるいは両方の条件を満たしている人が100まで生き延びる。

 

 僕の母親は正月の2日に90歳になったが、10年前に亡くなった父が、最期に「おまえのおかげで良い人生だった。ありがとう」と言い残したらしく、それを心の支えにして今も健康に生きている。

 実家に帰るたびに何回も同じ話を聞かされるが、これはもう両親のためにちゃんと聞かねばならない。

 

 100まで生きるかどうかはともかく、還暦を過ぎたあたりからは準備は必要になってくると思う。

 

 脳は齢を追うごとにどんどん脱皮を繰り返して「100歳の自分」へ向かっていく。

 

 最近は終活ばやりで自分史を書くことなどもポピュラーになってきたようだが、べつに終活じゃなくても、自分史などを作って、自分は本来何者なのか、自らの持っているストーリーを探っていくことが必要なのではないかと思う。

 


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アナ雪を鑑賞して想い巡らせる男と女の未来

 

 子どもの時に出会う物語は、実体験と同じくらい、いやもしかしたらそれ以上に重要で、脳の奥深くに沁み込んで、その後の人生全般に影響を与えるのではないかと思う。

 

 なんでそんなことを言い出したかというと、正月の3日に「アナ雪」をテレビでやってたので、また見てしまったからだ。

 このお話を見た女の子は大人になった時、これまでの女性――母欧亜や祖母の世代とはだいぶ違った世界観・男性観を持つに至るような気がする。

 

 「アナ雪」は文学性も兼ね備えたエンターテインメントだ。

 観客のメインである少女(および大人女子全般も)の心をしっかり掴む、よくできたストーリー展開になっている。

 

 そして制作陣がどの程度意識しているかは分からないが、世界各地に国家というものが出来て以来、女性がどう扱われてきたかの歴史が凝縮されて入っている。

 

 考えてみれば女性が全般的にこれほど社会で活躍できるようになったのは、ほんのこの数十年―ー僕が大人になった後のことである。

 

 というわけで気が付くと、こっちも頭の中が女の子になっていて、ハンス王子の悪行が明かされるシーンでは「こいつは絶対ゆるせーん!」と叫んだりしている。

 

 日本の貴族や武家もそうだが、欧州の王侯貴族の間では権力を手にするために、彼が仕組んだような陰謀はほとんど日常茶飯事だったのだろう。

 で、たいていの場合、女はその道具にされてきた。

 

 もう一人の男のクリフは30年前のバブリーな時代だったら「いい人なんだけどねー」で終わっていそうなタイプ。ところが現代では見事にアナのハートも、たぶん観客の大半の女の子のハートも射止めている。

 時代はいい人に順風を送っているようだ。

 

 そんなこんなでまた楽しめたのだけど、この作品を観た後は、いつも漠然とした不安に駆られてしまう。

 

 これからの男の存在意義って何? 

 

 だって女だけで暮らしが成り立っちゃうじゃん、幸せになれちゃうじゃん、という感じがしてしまう。

 

 エルサやアナも子どもが欲しくなったら、男なんて別にいらんからと言って、精子バンクから精子を調達してきそうだ。

 

 というのは冗談だけど、少なくともマッチョなヒーローみたいな男はいらんポイ。

 労働もAIやロボットにお任せになったら、スポーツ・芸能・芸術などの分野で花を咲かせるか、そんな才能がなければクリフのようなサポート役になるか、しかなくなってしまうのでは・・・?

 

 そんなことを考えてると、頭の中はすっかり普段の男に戻ってて、ハンスも末子王子なんていう辛い立場なので表舞台に立つには、ああした陰謀を企てるのもしかたないよな、あいつも人生大変だよな、牢屋にぶちこまれてしまってこれからどうなるんだろう、何とか情状酌量してやってくれんかね?・・・なんて結構同情的になってしまうのだ。

 


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45周年ユーミン、40周年サザン&YMOの衝撃

 

 正月は家で執筆以外はテレビを見ていた。

 久しぶりにいっぱいテレビを見た。

 「もう見る気ねーよ」と言ってた紅白も見てしまった。

 

 サザンの桑田とユーミンの暴れっぷりにはホントびっくりした。

 還暦も軽々クリアして、もう怖いものなしという感じである。

 平成最後のどーのこーのと言ってたけど「勝手にシンドバッド」は昭和の曲だ。ま、お祭り騒ぎができれば、昭和だろうが平成だろうがどうでもいいか。

 

 昨年、ユーミンはデビュー45周年、サザンは結成40周年ということで紅白に出たが、同じく結成40周年だからか、YMOの特集番組も2日にNHK-BSでやっていた。

 

 「名盤ドキュメント」は、1979年発表の名作「SOLID STATE SURVIVOR」の解析。

 制作当時から厳重に保管されてきたマルチトラックテープの音源を再生し、当時の関係者や参加ミュージシャン、YMOチルドレン世代のアーティストたちの証言により、この大ヒットアルバムの謎と魅力に迫るという内容。

 

 「細野晴臣イエローマジックショー2」は、メンバー3人がジジイに扮装して(実際3人とももうジジイだけど)コントと演奏をやるという内容。昔から自分たちを茶化してお笑いに持っていくのが大好きな人たちだったけど、世界的ミュージシャンに上り詰めてベテランの域になってもやり続けるこの姿勢はリッパ。

 

 YMOは仕事のBGMでよく聴くが、ここのところ、1979年と1980年のワールドツアーのLIVE音源にはまってしまって、このあたりの音はエキサイティングでカッコ良すぎてとてもBGMとして聴いていられない。

 

 特にこの1980年10月のオランダ・ロッテルダムのライブは、自らテクノポップの概念をひっくり返すようなロックしまくりの演奏で観客のノリもすごい。

 

 サザンもユーミンもYMOも、やっぱりいいもんはいい。

 彼らの活躍後に生まれたチルドレンたちも素直にはまっちゃうようだ。

 


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「ばんめしできたよ2019」執筆の三が日

 

 お正月3が日にほとんど家にこもりきりで執筆に取り組んだ。

 昨年、NHK名古屋の創作ラジオドラマ脚本募集で拙作「ばんめしできたよ」がファイナルステージまで上がって「着想はいいんだけどね~」といった講評をいただいた。

 一押ししてくれた審査員もいたというので、それじゃ書き直しに挑戦してみるかと思ったのだ。

 

 あらすじはほぼそのまんまで、登場人物と出てくる施設の設定を大幅に変えた。

 3日で書けたわけじゃなくて、昨年末から1か月以上かけてやっとこさできたという感じ。

 

 ライティング・イズ・リライティング。

 昨日の脳と今日の脳と明日の脳は違うので、書き直しはきりがないし、楽じゃない。

 

 それでも何とかできてよかった。

 物語としてより面白く、より深くなったと、とりあえず自画自賛。

 もちろんリベンジを期して、また別のところのコンペに出します。

 

 おかげで充実したお正月になりました。

 今年もコツコツがんばります。

 


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2019年元旦の干支ものがたり

 

あけましておめでとうございます。

お正月恒例。近所の大宮八幡宮参道にある材木屋さんの干支ギャラリー。

富士をバックに駆け抜けるイノシシが魅せる。

 

イノシシ君はめっぽう速くて、他の連中に負けないはずなのに、方向を間違えてしまって神様のところにゴールしたのが12番めになってしまった。

でも、ぎりぎりセーフだったからよかったブー。

 

跳梁跋扈する情報に惑わされてあらぬ方向に疾走せぬよう、自分の内なる声に耳を澄ませながら軽やかに走りましょう。

 


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自分という人間のスト―リーに気付いた一年

 

  家の中を掃除しながら、ああまた1年が終わるなぁ、また一つ齢を取るなぁと思いつつ、齢を取るとはどういうことなのか考えていた。

 

 結論から言うと、齢を取るとは、自分という人間のスト―リーが見えてくるということだ。

 

 結局、自分は自分であって他の人間とは違っている。

 

 自分がやれることも、本当にやりたいこともあらかじめ決まってたことに、今年一年でやっと気が付いた。

 

 流行を追っても、他人が持っているものを欲しがったり、ましてや真似をしていてはだめだ。

 

 そう悟ったのか、諦めたのか。

 この夏、事故で頭を打ち付けたことが効いたのかもしれない。

 

 20代・30代の頃は自分のストーリーなんて何にもわかってなかったので、とにかくなんでも体験だ!と思って、あっちこっち出歩きまくって、見て回って、手当たり次第にいろんなことをやっていた。

 

 それが50代も後半になって還暦が近づいてくると、脳の中に映し出される風景はすっかり変わってしまった。

 

 体力はも落っこちてくるし、自分の残り時間が気になってきて、大してやりたくもないこと、人との付き合いでしかたなくやることなどにエネルギーも費やしている余裕はない。

 

 正直、好奇心や冒険心も薄れているのだろう。

 もはやかつてのように気の向くままに、あちこち首を突っ込むことはできない。

 逆に言えば、若い時代にそれができてとても幸運だった。

 

 ただ、本当に自分が興味を引かれる世界、自分のストーリーにマッチした世界にはとことんつっこんでいきたいと思う。

 

 あとは日々コツコツと自分の畑を耕して、少しでも多くの作物を作って収穫できればいいと思う。

 これは美味しいと食べてくれる人がいれば、なおいい。

 

 


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いい人のサービス残業問題

 

  「働き方改革」のおかげでサービス残業が増えたと言う人が増えているらしい。

 タイムカードをがっちゃんこした後にパートさん、バイトさんが「もうちょっとだけお願い」されてしまうという。

 

 今日だけ。ちょっとだけ。最後まで片付けて帰らないとあなたも気持ち悪いでしょ。

 そうだな、忙しいからしかたないかな。

 

 そんな感じで、デートがあろうが、家族が待っていようが、子供の誕生日だろうが、自分の将来のための勉強の時間が潰れようが、まじめな人、責任感の強い人、いい人は引き受けてしまう。

 

 そこまでいい人してどうする?

 

 本当に1回だけ、ちょっとだけで済むならいいけど、こういうことってえてして常習化しがちだ。

 

 あの人は頼めばやってくれる。

 いったん会社側にそうインプットされて、習慣になってしまうと、頼む方も罪悪感がなくなって、やってくれて当然になってしまう。

 

 なんだかドラッグ中毒に似ている。

 

 記録に残らないということは法規外。

 なので会社としては大助かり。

 正規社員じゃないことも都合がいい。

 何かあったとしてもいくらでも言い逃れできそうだ。

 「いや、うちはちゃんと就業規定守ってます。

 彼(彼女)はいつも定時で上がってますよ」

 

 最近はパートだってバイトだって責任ある仕事を任されることがままある。それはいい。

 でも、それなら相応の対応をしてもらわなければいけない。

 

 サービス残業で過労死――では、洒落にならない。

 その仕事に命を賭けてる、人生を捧げてるから、お金なんて関係ないんだ!

 みんな、ありがとうと言ってくれるし、助かる~と喜んでくれるし。

 ――と言って、あなたが満足・納得してるなら、よけいなお節介はしませんが。

 


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世界を作った歴史人は?(世界史編)

 クリスマスの夜、家族で晩餐していたところ、イエス・キリストは最も有名で人気のある歴史上の人物か? という息子の発言が引き金になって、人気の歴史人を言い合いっこが始まった。

 日本を混ぜるとややこしくなるので、世界史の方に絞ってやった。

 出てきた人をざっと挙げると、

 

 イエス、マリア、ブッダ、モハメット、ソクラテス、プラトン、シーザー、クレオパトラ、ツタンカーメン、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、シェイクスピア、ゲーテ、モーツァルト、ベートーベン、マリー・アントワネット、ナポレオン、ワシントン、リンカーン、ナイチンゲール、アンデルセン、グリム兄弟、イソップ、アンネ・フランク、ヒトラー、マハトマ・ガンジー、マザーテレサ、ピカソ、ジョン・レノン、ニュートン、アインシュタイン・・・

 

 あまり考えずに口をついて出てきたのがこれくらい。

 あくまで僕とカミさんと息子の感覚なので少々偏ったところも7あるだろうが、世間の人もベスト20とか30と言えば、このあたりの人を挙げるのではないだろうか。

 

 ヒトラーは人気というと語弊があると思うが、あれだけ本や映画になっているし、興味深い人物という点、知名度という点では確実に上位10人に入るだろう。

 

 死後20年のマザーテレサと40年のジョン・レノンは、歴史上の人物というには若すぎる(?)かもしれない。

 

けれどもその業績やら、人々に与えた影響やらを考えると、もう歴史上の人物にしてもいいのではないか、ということになった。

 

 こうしてラインアップを見ると、やはりそれぞれキャラが立っているか、劇的なストーリーを背負っているか、いい意味でも悪い意味でも人間臭いかがポイントとなっているようだ。

 単に立派な人と言うだけでは上がってこない。

 

 単なる遊びでやっていたけど、こうした人たちが現代のこの世界を作ってきた代表者だと考えると、ちょっと感慨深いものがあった。

 面白いので、お正月ヒマだったらお家の人、あるいは友達同士でやってみてください。自分の世界観がわかるかも。

 


クリスマスにちょっとだけ世界と自分を変える

 

 むかしむかし、愛と音楽があれば世界を変えられる、と多くの人が信じていた時代があった。

 若い連中はみんな、多かれ少なかれ頭がヒートアップして、かなりイカれていたので、そうした偽善者めいていてインチキ臭い話も平気で口走っていた。

 

 今はもうそれが空想か幻想か妄想だということが分かってしまっている。

 それでも年に1日くらいはそういうことを口走ってもいいのではないかと思う。

 

 バカバカしいし、何の得にもならない。それにいっぱいいっぱいで暮らしているので、そんなことに関わっている余裕なんてない。

 

 そうこうしているうちに、自分の半径50メートルが平和で穏やかであればOK、とりあえずオイラが死ぬまではとこのまんまで――と多くの人が考えるようになった。

 

 トランプ大統領の悪口を言う人は大勢いるが、あのビジネスファーストのボスはアメリカのみならず現代の先進国の、目先のことしか見ようとしない一般大衆の正直な心の写し絵ではないのか。

 

 人と人、文化と文化を遮断する壁はアメリカとメキシコの国境だけじゃなく、世界中のいたるところに建てられている。

 人種問題も階級格差も大きくなるばかり。

 

 なんだか宗教だかスピリチュアルめいた話になるけど、ひとりひとりの祈りだとか、

 

言霊だとかは結構、大切なんじゃないかと考えたりする。

 

 あなたや僕が祈ったり唱えたりすることで、ほんのちょっぴりでも世界は良い方向に変わるかも知れなない。

 みんなが12月24日と25日にそうした思念を集中させれば、その波動でかすかにでも地球の軸を動かせるかもしれない。

 

 そして、そうした言葉を口にしたり字にしたりすることによって、自分も本当にちょっとだけだけど、昨日よりはましな人間に変われるかも知れない。

 

 べつにその年一回はクリスマスじゃなくてもいいんだけど、ツリーやキャンドルやケーキやプレゼントのおかげで「LOVE」とか「PEACE」とか割と口にしやすい日なのであれば、やってみてはどうだろう。

 

 というわけで、Merry Christmas。

 素敵なクリスマスをお迎えください。

 


「安楽死を遂げるまで」:自殺幇助という安楽死

 

 今年読んだ中で最も衝撃を受けた一冊。

 「安楽死を遂げるまで」宮下洋一(小学館/2017年12月発行)。

 

 著者の宮下氏は欧州南部を拠点として活動する国際ジャーナリスト。

 スイス、オランダ、ベルギー、スペイン、アメリカ、そして日本を巡り、各国の安楽死事情をルポルタージュしたこの本は、第40回講談社ノンフィクション大賞を受賞している。

 

●外国人も頼りにするスイスの安楽死事情

 

 世界で初めて安楽死が認められた国はスイスである。この国における安楽死は「自殺幇助」という形で行われる。

 正確には法的に認められているのではなく、刑法に照らし合わせて「罪に問われない」のが実情だ。

 それでも最初の幇助団体が生まれたのが1982年だから、すでに30年以上の歴史がある。

 そして特筆すべきはその団体に会員登録すれば外国人でも措置を受けられることだ。実は近年、日本人の登録者も少なくないという。

 

●「自殺幇助」という手段

 

 以前、安楽死には『積極的安楽死』と『消極的安楽死』の2つがあると書いたが、これに『セデーション』が加わる。これは終末期患者に対して薬を投与して昏睡状態に落とし、その後、水分や栄養を与えず死に向かわせること。いわば延命措置をやめる『消極的安楽死』の一つとも捉えられる。これらの措置はすべて医師が手を下す点で共通している。

 

 これらと大きく異なる安楽死の手段が「自殺幇助」だ。医師ではなく、患者=自殺(安楽死)志望者がみずからの手でみずからの命を終わらせる。これが行われているのは現在のところスイス一国だ。

 (※ただし、アメリカ・オレゴン州で認められている『尊厳死』は、呼称は違うものの実態は自殺幇助と同じとされている)

 

●満たすべき4つの条件

 

 スイスで自殺幇助を受けるには、それを管理運営する団体(いずれも中心メンバーは医療関係者)に会員登録する必要がある。

 しかし会員になれば誰でもすぐに死ねるわけではない。国内に3つある団体はそれぞれ少しずつ規約が違うが、審査の基準――幇助を許可される条件は同じで厳正に守られている。(これらの条件は積極的安楽死の場合も共通している)。

 

1.耐えられない痛みがある。

2.回復の見込みがない

3.明確な意思表示ができる。

4.治療の代替手段がない。

 

 この4つの条件が認められて初めて自殺幇助が行われるのだ。

 

●どのように幇助するのか?

 

 幇助のやり方はおもに2通りあり、一つは用意された致死薬をコップで飲み干す方法。

 もう一つは点滴で血液内に注入する方法。後者の場合はストッパーをかけておき、患者が自分でそれを開封する。

 いずれもその団体に所属する医師の立会いのもとに実行される。

 

 ちなみにオランダなどにおける積極的安楽死では医師が致死薬を注射する方法が一般的だが、スイスではこれを行うと犯罪になる。

 

●外国人の需要と日本人の登録

 

 スイス連邦統計局のデータ (複数の幇助団体から集めた推定値) によれば幇助数は2015年で1014人。2000年にはまだ100人にも満たなかったので、その増加率の高さがわかる。しかもこの数値は国内在住のスイス人のみが対象だ。

 

 ヨーロッパ大陸の中央に位置し、WHO世界保健機関や国連欧州本部など、さまざまな国際機関の本部が置かれたスイスは昔から外国人の行き来が非常に多い国だ。

 

 そうした背景もあり、3団体のうち2団体は外国人に対しても門戸を開いている。少なくとも表立って安楽死(自殺幇助)の措置を受けられるのは、世界で唯一スイスだけなのだ。

 

 ある団体では会員の4分の3を外国人が占め、世界各国から自殺幇助の申請に訪れると言う。その審査はスイス人以上に厳しく、自国の医療機関での診断書をはじめ、精密で膨大な書類の提出が求められる。

 また現地の医師とスムーズにコミュニケーションできるだけの語学力も必要とされる。

 

 登録者の中には日本人の会員も相当数いるようだが、そのうち何人が実際に自殺幇助を申請し、何人が認められて死んだのかは公表されていない。

 

●グローバル化・高齢化の中で

 

 欧米では1970年代から安楽死について活発に議論が交わされ、一部の国では法整備が進められた。

 スイスでは自殺幇助という形でそれが発展してきたわけだが、近年、幇助団体の外国人受け入れに関する情報が世界に行きわたり、スイスへの自殺ツアーが組まれているというニュースまで報じられるようになってきた。

 こうした現象を見て、安楽死に反対する組織・人々がスイスの各団体に厳しい視線を向け始めている。

 

 安楽死の容認・合法化は今や世界的な潮流だが、その是非をめぐっては半世紀を経て再び大きな論争を巻き起こしそうだ。

 今や日本もその枠外ではない。

 欧米各国の動向は、日本人の死に対する考え方に少なからぬ影響を及ぼすに違いない。