エンディングを意識して人生の台本を書く。

 

●エンディング文化の時代到来

 

 エンディング産業展の取材を終えて考えたこと。

 それは、エンディング――死を楽しむ時代がやってきたということです。

 

 「死を楽しむ」というと語弊があるかもしれませんが、要はひとりひとりが自分の人生の終え方について期待感や希望を抱く、ということです。

 

 いつかはこの世からおさらばしなくてはいけない。

 これはあらかじめそう決まっています。

 だったら悲しんだり寂しがったりするだけでなく、そうした感傷も含めて、思い切って楽しんだほうが「お得」なのではないでしょうか。

 

 少なくとも僕たち、現代の日本人ひとりひとりは、そうしたことをできる豊かな文化に包まれて生きていると思うのです。

 

●人生は20歳まで

 

 じつは人生は20歳で決定しています。

 20歳までの経験とそこから吸収したもの、そして喜怒哀楽の感情で人間の心身の基盤は出来上がります。

 どうすれば自分は気持ちよく生きられるのか、この世の人生において何に価値を置いて生きるのか、自分が果たすべきミッションは何なのか・・・これらはもうみんな、最初の20年で僕たちの内側にしっかりインプットされます。

 

 ただし、そのことに気づくかどうか、それらをいつ発見できるか、はその人しだいです。最期まで見つけられずに終わってしまう人も少なくない。いや、もしかしたら大半の人はそうなのではないでしょうか。

 

 だから20歳を過ぎた大人は、自分の人生の主人公は自分であると、しっかり意識したほうがいい。

 そして日々、自分の人生の台本を書いていくといい。

 細かく書き込む必要はないけれど、どういう流れでどうなり、どんな大団円を迎えるのか、エンディングまで想定してプロット(筋書)を作っておくといいと思います。

 

 もちろん、僕たちを取り巻く環境は、時代とともに刻一刻と変化していくので、日々リライトすることが必要です。

 でも、ベーシックな台本があるとないとでは違います。まったく手ぶらで毎日アドリブだらけでは続きません。

 

 でもじつは、わざわざ僕がこんなことを言わなくても、あなたも自分の人生の台本はひそかに書き進めているはずなんですよ。

 耳を澄まして自分に聞いてみてください。

 そして、目を凝らしてよく探してみてください。

 

●リライトしよう、今からでも始めよう

 

 親やら先生やら世間一般やらの書いた台本で生きている――

 もし、あなたがそう感じるのなら、そんなものは破り捨てるか、端から端までリライトして自分のものにしてしまう必要があるでしょう。

 

 また、もう齢で今からでは手遅れだ・・という人も大丈夫です。

 これまでの記憶・実績を材料に再構成することができます。

 起きてしまった事実は変えられなくても、現在の自分、そして未来の自分に合わせて、その事実の意味を変えることができます。

 マイナスと捉えていた事象もプラスに転換することができます。、

 これもどんどんリライトしましょう。その気になれば一晩でできます。

 

 完成度の高い台本、公開する台本(必要だと思えば見せてもいいけど)を作ることが目的ではありません。

自分が主人公であることを意識し、生きるということについてイメージを広げ、深めるためにこうした考え方をするのは有効ではないかと思うのです。

 

●エンディング産業を面白がろう

 

 エンディング産業は「人の死をネタにしたお金儲け」と、胡散臭い目で見られることがまだまだ多いようですが、歴史・文化・哲学など、いろいろなことを考えさせてくれる媒体です。

 

 そして経済と結びつくことで、世の中に大きな影響を与えていきます。

 そこで提供されるあふれんばかりの商品やサービス――それこそラーメン一杯からデザート付きフルコースまで――は、すべて今を生きる人たちの心が投影されたものばかり。どれを選ぶかは自分次第だし、オーダーメイドも可能だし、どれも選ばないという選択肢だってもちろんあります。

 興味と好奇心を持って覗いてみると、きっと面白いと思います。

  

 

2016・8・28 SUN


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ウーパールーパーな女子・男子

 

 「おまえら、いいトシこいて小学生かよ~」

 というのが「女子・男子」という呼び方に対する感想でした。

 20代だったらいざしらず、いったいいつから中高年まで女子・男子と呼びならわすようになったのか?

 たぶん少なくとも21世紀以降のこと。今ほど頻繁に使われ、定着するようになったのは、この10年くらいか?   どうも前から気になっていたので、これがいったいどういう意味を持つのか考えてみました。

 

●間柄によってビミョーに呼び方を変換

 近頃、女・男を呼び表すのって意外と難しいのです。

 「女性・男性(ジョセイ・ダンセイ)」は書くのはいいけど、音声で表す場合、どうもフォーマルすぎる。改まった席や仕事の場でなら問題ないが、ちょっとくだけた場や親しい間柄で「ジョセイ・ダンセイ」と言われると違和感があります。

 それならやっぱり「女・男(オンナ・オトコ)」―― 僕はこの呼び方を好むのですが、困ったことに最近、女性の中に敬遠する人が少なくない。

 

 文脈の中でどう使うかにもよりますが、「セックスを感じて恥ずかしい」「あまり口では言いたくない」という意見があるのです。「情婦・情夫」といった漢字と結びつくのでしょうか。性を伴う愛のにおいがするのでしょう。

 

 かなり親しい間柄でなら問題ないけど、やや親しさが希薄な友だち・仲間、あるいは仕事の同僚などに対しては、もしかしたら不愉快に感じるかな?と思ってしまうので、僕も「女の人(オンナノヒト)」といった言い方をします。(自分が男なので、男は「オトコ」でOK)。

 つまり相手によってけっこう使い分けなくてはならない。いやはや、なんとも日本語は繊細で複雑でビミョーです。

 それに仕事でも趣味でもプライベートでも、年齢層で分断されることなく、いろいろな年代の人間が、フラットな関係で入り混じって行動するようになったことも、こうした呼称のビミョーさに影響しているのではないかと思います。

 

●安心・安全なジョシ・ダンシ

 そこで登場した「女子・男子(ジョシ・ダンシ)」は、かなり便利。

 もともと子供・若者、あるいはスポーツ選手に対しての呼称だったので、「ジョシ」「ダンシ」と言われると、なんだか若返ったような気分になるし、カタさがなく、親しさイマイチの間柄でもOKだし、一般的な呼称としても安心して使えます。

 

●英語文化と日本語文化

 女子・男子は英語だとGIRL・BOY。

 英米ではむしろこっちのほうがセックス臭が漂いますね。

 その方面のお仕事をしている人はこの呼称で呼ばれることが多いと思います。

 なので普通、英米人の中高年は「GIRL」「BOY」なんて呼ばれたら腹を立てるんじゃないでしょうか。

 ところが日本語―ー日本人の場合はその逆。

 比較して考えると、英米が子供・若者(子供っぽさ・若さ)を下に見るのに対して、日本人には子供を神聖視したり、若さを尊ぶ精神構造があります。女子・男子×GIRL・BOYには、そうした文化の違いも見て取れします。

 

●女子・男子の裏にある「成長」というキーワード

 もうちょっと深掘りしてみたらどうなるか・・・ということで発見したのが 5年ほど前、自分のブログで書いていた文章。これは当時、映画・TV・演劇で「三銃士」がちょっとしたブームになっており、それについて書いたものです。

 

 いわゆる“成熟社会”となった先進諸国では“成長”は重要なキーワードだ。未熟だろうが、ダメダメなところがあろうが、成長を感じさせる、言い換えれば、未来への可能性を感じさせる人や集団や企業は、すこぶる魅力的に映る。 

 

 つまり、今、それだけ“成長”というものに希少価値があるのではないだろうか。

 成熟し、伸びきってしまった大人にはそうした魅力が見出せない。しかも環境の変化のせいもあり、信頼感も失墜しているのでなおさらだ。 

 

 ちなみにこれは実年齢のことを言っているのではない。10代・20代はもちろん、50代・60代でも“成長”しなくてはならない(少なくともそういう意志を見せなくてはならない)世の中になっているのだ。

 そして、若いダルタニアンと年長の三銃士のように、互いに影響を与え合いながら伸びていくことが求められている……三銃士の物語は、そうした現実を映し出す鏡のような機能を持っているのでは、と感じる。 

 

 どうもこうした意識がそのまま、僕たちの深層心理に貼りつき、いつまでも成長しきらない子供・若者の部分を形成しているのではないかと思います。

 それが「女子・男子」という呼称に結びついている。

 国境が溶け、世代差が溶け、リアルとバーチャルの境界が溶け、それでいながら経済や社会階級の格差が広がる今、人間として完成してしまうこと、成長しきってしまうことは、今後のことを考えるとマイナス要素にしかならない。

 齢は取っても可能性は残しておきたい・・・という気持ちの表れなのかも知れません。

 

●僕たちはいつまでウーパールーパーか?

 というわけで、ウーパールーパー。

 南米のサンショウウオの一種であるこの生き物、一般的には死ぬまで成熟せず、幼体のまま一生を終えるのだそうです。

 最近「1980」を謳ったCMでテレビに再登場しましたが、 確かに1980年頃、ウーパールーパーみたいな顔をした若い連中(=当時の僕たちのことです)が街の中をうようよ泳ぎ回っていました。

 

 あれから30年以上経った今も、依然として僕らはウーパールーパーそのもの。

 オトナ女子・オトナ男子として、ろくすっぽ成長することなく、結局、単に子供オバさん。子供オジさんのまんまで終ってしまう可能性は大きいのではないかと思います。

 

 でも「今どきの若いモンは・・・」という昔の人たちが本当に尊敬に値する大人ばかりだったのか?といえば、そんなことはない。情報がたやすく手に入らなかった時代の社会では、ごまかし、カッコづけも簡単で、威張っていられましたからね。

 

 今、成長するとはどういうことなのか? ごまかしやカッコだけでなく、大人になるってどういうことなのか・・・人生の続くかぎり、考えていこう。

  

 

2016・8・15 MON


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ぼくはセイウチロウ

 

氷の世界の恐怖のセイウチ

 子供の頃、動物図鑑で初めてセイウチの写真(イラストだったかも知れない)を見た時は、そのモンスターのような姿・形に心の底から驚愕しました。

その時の僕のセイウチのイメージは、世界の果ての暗くて冷たい氷の世界で巨大な牙をむき出しにして世にも恐ろしい咆哮を轟かせる孤独な怪物。

こわかったなぁ。

 人生の中でもしこんな怪物に出会うことがなあったら、僕は一瞬のうちにカチンコチンに凍り付いて、冷凍食食品になってこいつに食べられてしまうだろうと思い、どうぞそんなことになりませんように、と、何度もお祈りを唱えました。

 

夢の世界でセイウチロウと邂逅

 という衝撃が消えたのはいつのことだろう?

いろいろ本を読んだりテレビを見たりするうちに、セイウチは割とおとなしくて温かい生き物。孤独ではなく、群れをつくってのんびり暮らしていることなどを知りました。

それどころか、近年は日本水族館にも住んでいて愛嬌を振りまいてくれています。

 

 そのセイウチ君に僕もお世話になっています。

 夏、お昼寝するときは涼しい水族館のイメージを抱いて横になり、水中を魚がうようよ泳いでいる中をうつらうつらしつつ彷徨っているのですが、15分ないし30分ほどすると、コツコツと頭を何かがつつく。

「おい、起きろよ、セイイチロウ」

と目を覚ますと目の前には強大なセイウチが。やつはその牙の先で僕の頭をつついいたのです。

 こいつはセイウチロウといってクールな夢のアラーム係として30分経ったから起こしにくるのです。それ以上寝ちゃうと夕方まで頭が働かなってしまうので。起きない時は歌を歌って起こします。

 もちろん、歌はビートルズの「I am the Walrus」。

 

●ビートルズフェスでセイウチ登場

 そういえば昨夜、録画しておいてずっと見ていなかったNHK-BSの「BEATLESフェス」なる3時間番組を見ました。

  ビートルズ来日50周年ということで、当時の逸話――ビートルズにはっぴを着せた日航のスチュワーデスさんの話やら、独占取材に成功した星加ルミコさんやら湯川レイコさんの話――昔、音楽雑誌でよく記事を読んでいましたが、音楽ジャーナリズムのリーダーだった彼女らはまだ20代の女の子だったんですね――やら、を中心に、年寄りから若者まで入り混じったスタジオトークや、ビートルズ番組お約束のリバプール―ロンドン紀行(森高千里がキャバーンクラブに行ってドラムを叩いてた)などがてんこ盛りのバラエティ。

 しかし、目玉は何といっても、新旧いろいろな日本のミュージシャンたちがやるビートルズナンバーのトリビュートライブでした。

 

 財津和夫「Yesterday」や平原綾香「Hey Jude」などは、ま、定番の、という感じ。仲井戸麗市(チャボ)の「The Long and Winding Road」はほとんど自分で歌詞を書き換えた替え歌で、清志郎へのレクイエムにしか聞こえない。歌い方もそっくりだ。やっぱ寂しいんだろうね。

 

 その中で一番面白かったのがラブ・サイケデリコの「I am the Walrus」。

 ぐにゃぐにゃしたサウンドとともに、「おまえはあいつ、あいつはおいら、おいらタマゴ男、おいらセイウチ」なんていう、ジョンのナンセンスでファンタジックでグロテスクな詩の世界がぐりぐり脳天にねじ込まれてきて、めっちゃカッコいい!  こんな新鮮なアレンジでこの曲を聞けるとは思ってもいなかった。まったく感動モノでした。

 

 オリジナルを聞いて育ったおっさん・おばさんたちは、どうしてもリスペクトが先に立ってしまってアレンジも表面的で徹底しない。けど、「むかし、ビートルズっていうバンドがいたらしいね」と言っているような若い連中は、遠慮なくぶっ壊して、さらにおいしく料理していけると思います。

 ジョンやジョージがあの世から「おいおい」と言って止めに来るくらい、ガンガンすごいアレンジをしてほしい。

 

セイウチロウよ永遠に

 おまえはあいつ、おまえはおれ、だからあいつはおれ、おまえはセイウチロウ、ぼくはセイイチロウ、おまえはセイイチロウ? ぼくはセイウチロウ?

 まだまだ暑い。北極の氷の上でごろごろ寝そべる夢を見て毎日過ごすことにいたします。またセイウチロウと会うのを楽しみにして。

  

 

 

2016・8・11 THU


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四国化け猫➡猫神さま伝説

 

 この夏は四国をお遍路しています。

 ただし、オン・マイ・マインドで。

 葬儀・供養の業界誌の仕事で、ネット~メール~電話で取材しては原稿書きの日々。

四国の葬儀の風習や、お遍路についていろいろ勉強しました。

 

 で感じたのが、やたら四国にはネコが多いな、ということ。

 そういえば香川県のある島でネコがいっぱいいるのをテレビで見たことがあります。それで有名になって、観光客が出向いて、かわいい、かわいいとエサをあげまくるのでさらにネコ天国となっているようですが・・・。

 

 一方、僕が出会うのは、お葬式・お墓関連ので話からなので、この世とあの世の境界線上でニャーニャー鳴いているネコばかり。

 

●四国の葬儀における猫の存在

 

 徳島や愛媛で、家で人が亡くなると枕元にホウキや刃物などを置く、という風習があります。(正確には「あった」という過去形。日本の昔ながらの葬儀・供養の風習のほとんどは全国どこでも、この20~30年の間に9割以上消滅している)

何のためにこんなことをするかというと、ネコがご遺体の上をまたがないようにするため。ニャアとまたぐと死人が生き返って歩き出すとか、逆にネコがバケネコ化するというのです。

 ということは、この辺りではネコを飼っていた家が多のか?

 いや、飼っていたというよりも、ネコだのタヌキだの、動物たちが「こにゃにゃにゃちは~」と、自由にあちこちの家を出入りしていたのではないか、と思います。

 昔の日本の田舎の家は戸締りもいい加減で、常にオープン状態だったし、ネズミ退治にも役立つからね。だけど、キミはやばいからお葬式の時は来ちゃだめよ、という感じでしょうか。

 

日本三大化け猫伝説「お松大権現」の猫

 

 そんなわけでネコ伝説がはびこる四国。

 徳島県阿南市には「日本三大化け猫伝説」の一つに数えられている「お松大権現」という神社があります。

 ここに由来するお話は、借金苦にまつわるもので現代人にとってもリアル。

 むかし、困っている村人たちを救うために金貸しから多額の借金をした庄屋さんが金貸しに裏切られ、借金を残して死んでしまう。

 その妻・お松は「借金はちゃんと返したのに」と異議申し立てをしたのですが、その土地の奉行(きっと金貸しとつるんでいたと思われます。これも現代に繋がる政治とカネの問題です)が「わしゃ、返してもらとらんぞ」と、それを認めず、お松と、彼女が可愛がっていたネコを死刑にしてしまうのです。

 なんでネコまで処刑されるのかわからないけど、「わしの命に背く者は一族郎党皆殺しじゃ」という論理だったのでしょうか? 

 ネコも一族郎党に加えられてしまったのですね。

 

 で、この手の怪談兼勧善懲悪・庶民の味方ストーリーのセオリーとして、もちろん、この後、このネコはウソつきの金貸しと、権力乱用の奉行のところに化けて出て、悪者どもを地獄に叩き落とすというオチ。

 めでたし、めでたしということで、この正義のバケネコはこの神社にまつられることになったのです。

 

●今や霊験あらかた、招き猫だらけの観光スポット

 

 こうした因縁話があるせいか、なんと、この神社、今では受験と勝負ごとにご利益があるとして大人気に。バケネコになったネコはリベンジを果たした結果、「猫神様」に昇華。勝負ごとにご利益と言うので、全国からギャンブラーが詣でているようです。

 そして猫神様は招き猫の姿になって降臨したので、境内は招き猫だらけになっているようです。いやー、すごい。でも、借金は勝負事――ギャンブルに頼らず、地道にコツコツ返したほうがいいと思うなぁ。

 

 というわけで、妖怪も神様になってしまう四国。

 そういえば「千と千尋の神隠し」で、妖怪だか神様だかわからない者たちが湯あみに来る湯婆の湯場も愛媛の道後温泉がモデルになっていました。

 四国の旅・オン・マイマインド、まだまだ続きそうです。

 

 

2016・8・6 sat


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ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想瑠億・4週連続無料キャンペーンTAKE3

9月25日(土)16:00~9月26日(日)15:59

週末限定実施中!

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♪ヘイ・ジュード:ジョンとポールの別れの歌

 

同曲がジョンの一人目の息子・ジュリアンに贈るために書かれたことは発表された当初から有名だ。

けれども、その背景にあったドラマについてはあまり知られていない。というか周囲がジョンとポールの関係に気を遣って口を閉ざしていたのではないだろうか。

 

50年近くたってそれを語ったのが、ジョン・レノンの前妻であるシンシア・レノンさんだ。

 

彼女が著者である「わたしの愛したジョン」に

詳しく書かれているが、

「ヘイ・ジュード」は単に、

父親を失ったジュリアンを励ますというだけでなく、

家族のこと、友だちのこと、青春のこと、人生のこと・・・いろいろ複雑な思いを盛り込んだ歌なのだ。

 

僕は「ヘイ・ジュード」はポールにとって、真の意味でのビートルズのラストナンバーだったのではないかと思う。

 

彼にとっての真の意味での「ビートルズ」とは、

ジョンとの友情や青春時代の熱、

サクセスへのストーリーを含む総称であり、

そうしたものへの決別の思いを込めて作ったのが

「ヘイ・ジュード」なのだ。

ラストのえんえんとしたリフレインが、

そうしたポールの気持ちを表しているようでならない。

 

彼にとってその後の四人での活動は、

ビートルズという名の音楽実験、

ビートルズという名のビジネス、

あるいはビートルズの名を借りた自己表現の場だった。

 

あの永遠不滅のメロディラインには、

普遍的な人間の感情の多くが盛り込まれている。

(2013年7月19日)

 

 

●勝手にビートルズ・ベストテン

●中学生時代の「エリナ・リグビー」の衝撃と和訳演奏

●純情ストーカー男と純心DV願望女の昭和歌謡

●人間は幸せに慣れると、幸せであることを忘れてしまう

●義弟のアナログレコードと帰ってきたカレン・カーペンター

●いちご畑で抱きしめて

●ダイヤモンドをつけたルーシーとの別れとジュリアンの心の修復作業

ほか 全33編


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週末の懐メロ49:永遠の調べ/キャメル

 

今週は美しい月に心奪われた。

そこで“ロック界のアンデルセン”こと、

イギリスのプログレバンド・キャメルの

1976年リリースの名盤

「ムーンマッドネス:月夜の幻想曲(ファンタジア)」から

メインナンバー「永遠(とわ)の調べ」をご紹介。

 

フルートの音色が形づくる、やさしく神秘的な前半部と、

リズミカルな高揚感に溢れたクライマックスとの

コントラストが美しい、This is Camelと呼ぶのに

ふさわしい名曲だ。

 

二人のムーンチャイルドが肩を寄せ合って月を見つめる。

絵本のようなアルバムジャケットも好きだった。

この絵がキャメルの音楽全般のイメージを

端的に描き出している。

 

叙情と幻想、寓話・神話のイメージは、

プログレッシブロックの大きな特徴の一つだが、

キャメルの音楽は、

それらをとても親しみやすい形で表現しており、

誰にも聴きやすく、

それでいて刺激的なサウンドになっている。

 

フルートの演奏が入るのもプログレならではだが、

キャメルもこの曲をはじめ、随所でフルートを使い、

彼らの世界観を印象付けていた。

 

絶頂期はこのアルバムを出した70年代後半だが、

この頃の映像はあまり残っていない。

 

80年代以降、長きにわたってバンドを存続させてきた

唯一のオリジナルメンバー、

ギタリストのアンディ・ラティマーが

こんなふうにフルートを奏でる姿を見たのは、

この2018年のライブが初めてだ。

 

長髪とサングラスがトレードマークだったラティマーも

すっかりじいさんになってしまったが、

演奏力と音楽の感性は衰えていない。

 

そして何より自分たちの創り上げた楽曲に

変わらぬ愛情を注いで、

とても大切にしていることが伝わってくる。

 

70年代の遺産で食っている

ーーといった悪口も聞こえてくるが、

それから50年近くたってもこれだけ元気で

ライブができるのは、

演奏者にとっても聴衆にとっても幸福なことだ。

 

キャメルの弱点はヴォーカルだった。

 

イエスのジョン・アンダーソン、

ジェネシスのピーター・ガブリエル、

ELPのグレッグ・レイク

キング・クリムゾンのジョン・ウェットンといった

プログレ特有の、華のある、

個性的でエキセントリックな

リードヴォーカリストが不在だった。

 

そのため、ラティマ―はじめ、各楽器の奏者が

掛け持ち・交替で、ヴォーカルをやっていた。

そこが他のバンドに比べて、

いま一つ評価の低い要因かも知れない。

 

けれどもそれはキャメルらしさでもある。

 

もともとインストゥルメンタル中心のバンドで、

「白雁(スノーグース)」という

児童文学のストーリーを組曲化したアルバムなどは、

一切ヴォーカルなし・全編インストのみだったが、

それでも十分聴きごたえがあった。

 

この「ムーンマッドネス」のアルバムでも

「転移」「月の海(ルナ・シー)」といった

フュージョンっぽいインストの名曲が入っている。

 

テクニシャンぞろいのキャメルのインストナンバーは

耳に心地よく響き、仕事中のBGMにも適しているのだ。

 

それを考えると、プログレバンドの中でも

最近いちばん長時間聴いているのはキャメルかも知れない。

 

“ロック界のアンデルセン”とは

僕が勝手につけたキャッチフレーズだが、

キャメルの楽曲は、アンデルセン童話のごとく、

新しい世代のリスナーを獲得しながら、

長く愛され続けるのではないかと思う。

 

音楽エッセイ集

ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力

4週連続無料キャンペーン

第3回:9月25日(土)16:00~26日(日)15:59

 

収録33編

●八王子・冨士森公園のスローバラード駐車場で、ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力について考える

●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●藤圭子と宇多田ヒカルの歌う力の遺伝子について

●ヘイ・ジュード:ジョンとポールの別れの歌

●阿久悠の作詞入門

●余命9ヵ月のピアニスト

●ローリング・ストーンズと新選組の相似点について

●キング・クリムゾンの伝説と21世紀版「風に語りて」

●プログレッシヴ・ロックスターの死①:ジョン・ウエットンの訃報、そしてロンドンの寿司

●プログレッシヴ・ロックスターの死②:キース・エマーソンの尊厳死(1周忌に捧ぐ) 

●勝手にビートルズ・ベストテン

●中学生時代の「エリナ・リグビー」の衝撃と和訳演奏

●純情ストーカー男と純心DV願望女の昭和歌謡

●人間は幸せに慣れると、幸せであることを忘れてしまう

●義弟のアナログレコードと帰ってきたカレン・カーペンター

●いちご畑で抱きしめて

●ダイヤモンドをつけたルーシーとの別れとジュリアンの心の修復作業

●抹消された20世紀パンクと想像力の中で生きる19世紀型スチームパンク

●悲しいことなんてぶっとばすロックンロールバンドのモンキービジネス

●オノ・ヨーコさん「NHKファミリー・ヒストリー」とYESの3文字の秘密

●オノ・ヨーコさん「NHKファミリー・ヒストリー」と「イマジン」の秘密

●いろいろな人が弾くから、心に響くロンドンのピアノ

●ストリートミュージックが商品になった街ロンドン

●アナログレコードとの再会

●見捨てられた恋人のようだったアナログレコードが、 なぜ絶滅の淵から回帰したのか?

●さすらいのレコード・コレクター:男のバカバカしくて痛快な生きザマ

●クリスマスにちょっとだけ世界と自分を変える

●森田童子の思い出:僕らの時代の子守唄

●自分をリライトする

●よみがえる死者・よみがえる歌:AIの音楽

●20世紀の愛と平和のロックなんて忘れてしまっていた

●だいじょうぶです、なすがままになさい

 


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にゃんころな

 

ニャンとも平和な時間が流れる

川沿いのねこにわ。

 

このあたりにお住いのニャンコたちは

この1年くらいでずいぶん太ったような気がする。

コロニャぶとり?

 


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凶悪・孤狼・凪待ち:白石和彌監督の映画が面白い

 

白石和彌監督の映画を立て続けに3本観た。

「凶悪」「孤狼の血」「凪待ち」

どれもめちゃ面白い。

面白いが、人間やってるのが怖くなるような映画だ。

 

いちばん凄いのは「凶悪」で、

実際にあった連続殺人事件を題材に作られた。

本当にこんなひどい奴らがいたのかと思わせる、

本当にひどい内容・ひどい事件である。

 

「孤狼の血」も凄まじい暴力描写があるヤクザ映画だが、

役所広司・松坂桃季といったスターが主演しているのと、

昭和ヤクザの世界を舞台にしている分、

現代の日常からやや離れたものとして見えるので、

少し安心して観ていられる。

 

「凶悪」の怖さはやっぱりリアルなドキュメンタリーっぽいところか。

狂気のような人殺しをした連中が

時間と場所によって、ごく自然にスイッチを切り替えて

普通の人間に戻ってしまう。

 

まったく平和な日常生活そのままに

飯を食ったり、子どもに対しては

やさしい父親になってしまう。

 

頭からケツまで冷血非道な人間かと思いきや、

妙にあったかかったり、

可愛いところ・愛すべきところがあったりもする。

 

仕事術や勉強術を伝授するような本の中で

よく「なんでも習慣化すれば身に着く」

といったことを説いているが、

あれとまったく同じで、

人間、慣れれば人殺しも死体遺棄も普通に出来てしまう。

それで心が揺らぐこともない。

 

そんなのは特殊な人間だろ、と思うかもしれないが、

僕らだってきっとそうなれる。

それもわりと簡単に。

 

人殺しとかするやつは、

頭からケツまで冷血非道な人間かと思いきや、

妙にあったかかったり、

可愛いところ・愛すべきところがあったりもするのだ。

 

だから誰の心の中にも、こいつらと同じ「凶悪」がある、

じつはいい人も悪い人も、ほとんど違いなどなくて、

光の部分と闇の部分が交互に現れるだけ。

 

たまたま人生のどこかのタイミングで、

闇の部分がぱーっと広がると、

アッと言う間に人間丸ごとそれに支配されてしまう。

 

「凶悪」でおそるべき殺人首謀者だった

リリー・フランキーが、

「凪待ち」では、おそるべき“いい人”になるが、

彼がそれを証明しているかのようだ。

 

しかし、リリー・フランキー、

改めてすごい俳優だなと思う。

見た目軽くて、全然すごそうでないところがすごい。

 

さらに言うと、これらの作品の登場人物の特徴は、

およそ論理とはかけ離れた、不可解な行動をとる。

 

不条理とかシュールといった文学的な表現も

なんだか似合わない、もっと地を這うような感覚のもの。

ひどく奇妙でありながら、やたらとリアリティがあるのだ。

「人間はどうしてこういう行動を取るのか」

も白石映画の面白さの一つになっている。

 

撮影現場でのひらめきや俳優のアドリブなどが

たくさん含まれていると思うが、

それ以前の脚本の段階で、

こうした人物造型とストーリーを構築できるのが

素晴らしいと思う。

 

それにしても、映画の中でのたうち回る

犯罪者・ヤクザ・労働者・ギャンブル中毒者・

カネの亡者・借金地獄の人たちを見ていると、

明日、自分もこういう世界に

巻き込まれているんじゃないかと感じて

心底身震いがしてくる。

 


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月光浴しながら僕は考えた

 

今宵、中秋の名月が満月ということで浮足立っていた。

そこで日の暮れたあと、

川沿いの散歩道に出かけたら、

同じように浮き足だってお月見に来た人たちが

けっこう大勢ゆらゆら歩いてた。

 

一回りするうちに月はどんどん高くのぼって、

帰ってきたら自分の部屋からばっちり見える。

 

窓から差し込む銀の月の光。

これは気持ちいい。

そのまま30分ほど月光浴をしていた。

 

今夜の月の光はいつもより強くて、

たっぷり月光エネルギーを吸い取れる。

オオカミ男になれそうな気分だ。

 

そうしているうちにビジネスアイデアが浮かぶ。

日焼けサロンというのはあるが、

月光浴サロンというのはない。

 

この月の光を集めて月光浴サロンを開いたら

儲かるのではないか。

 

かのクレオパトラは月光浴で美を保ったという。

実際、科学的にもデトックス効果があるようだ。

 

本当に美容効果を得ようと思ったら

日焼けと同様、裸になって肌に直に当てるのがいいようである。

これは家ではなかなかできないと思うの江、

ニーズが十分にある。

月光ならUVダメージの心配もない。

 

さらに言えば、パワーストーンとか、

スピリチュアルグッズのお清めなどにも

月の光は効果的らしい。

 

これはけっこうぼったくれそうだ。

どなたか商才ある方、いかがでしょう?

もうかりまっせ。

 

せっかくの美しい神秘的な月夜に

しょーもない話でごめんなさい。

 


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エンディングを意識して人生の台本を書く。

 

●エンディング文化の時代到来

 

 エンディング産業展の取材を終えて考えたこと。

 それは、エンディング――死を楽しむ時代がやってきたということです。

 

 「死を楽しむ」というと語弊があるかもしれませんが、要はひとりひとりが自分の人生の終え方について期待感や希望を抱く、ということです。

 

 いつかはこの世からおさらばしなくてはいけない。

 これはあらかじめそう決まっています。

 だったら悲しんだり寂しがったりするだけでなく、そうした感傷も含めて、思い切って楽しんだほうが「お得」なのではないでしょうか。

 

 少なくとも僕たち、現代の日本人ひとりひとりは、そうしたことをできる豊かな文化に包まれて生きていると思うのです。

 

●人生は20歳まで

 

 じつは人生は20歳で決定しています。

 20歳までの経験とそこから吸収したもの、そして喜怒哀楽の感情で人間の心身の基盤は出来上がります。

 どうすれば自分は気持ちよく生きられるのか、この世の人生において何に価値を置いて生きるのか、自分が果たすべきミッションは何なのか・・・これらはもうみんな、最初の20年で僕たちの内側にしっかりインプットされます。

 

 ただし、そのことに気づくかどうか、それらをいつ発見できるか、はその人しだいです。最期まで見つけられずに終わってしまう人も少なくない。いや、もしかしたら大半の人はそうなのではないでしょうか。

 

 だから20歳を過ぎた大人は、自分の人生の主人公は自分であると、しっかり意識したほうがいい。

 そして日々、自分の人生の台本を書いていくといい。

 細かく書き込む必要はないけれど、どういう流れでどうなり、どんな大団円を迎えるのか、エンディングまで想定してプロット(筋書)を作っておくといいと思います。

 

 もちろん、僕たちを取り巻く環境は、時代とともに刻一刻と変化していくので、日々リライトすることが必要です。

 でも、ベーシックな台本があるとないとでは違います。まったく手ぶらで毎日アドリブだらけでは続きません。

 

 でもじつは、わざわざ僕がこんなことを言わなくても、あなたも自分の人生の台本はひそかに書き進めているはずなんですよ。

 耳を澄まして自分に聞いてみてください。

 そして、目を凝らしてよく探してみてください。

 

●リライトしよう、今からでも始めよう

 

 親やら先生やら世間一般やらの書いた台本で生きている――

 もし、あなたがそう感じるのなら、そんなものは破り捨てるか、端から端までリライトして自分のものにしてしまう必要があるでしょう。

 

 また、もう齢で今からでは手遅れだ・・という人も大丈夫です。

 これまでの記憶・実績を材料に再構成することができます。

 起きてしまった事実は変えられなくても、現在の自分、そして未来の自分に合わせて、その事実の意味を変えることができます。

 マイナスと捉えていた事象もプラスに転換することができます。、

 これもどんどんリライトしましょう。その気になれば一晩でできます。

 

 完成度の高い台本、公開する台本(必要だと思えば見せてもいいけど)を作ることが目的ではありません。

自分が主人公であることを意識し、生きるということについてイメージを広げ、深めるためにこうした考え方をするのは有効ではないかと思うのです。

 

●エンディング産業を面白がろう

 

 エンディング産業は「人の死をネタにしたお金儲け」と、胡散臭い目で見られることがまだまだ多いようですが、歴史・文化・哲学など、いろいろなことを考えさせてくれる媒体です。

 

 そして経済と結びつくことで、世の中に大きな影響を与えていきます。

 そこで提供されるあふれんばかりの商品やサービス――それこそラーメン一杯からデザート付きフルコースまで――は、すべて今を生きる人たちの心が投影されたものばかり。どれを選ぶかは自分次第だし、オーダーメイドも可能だし、どれも選ばないという選択肢だってもちろんあります。

 興味と好奇心を持って覗いてみると、きっと面白いと思います。

  

 

2016・8・28 SUN


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ウーパールーパーな女子・男子

 

 「おまえら、いいトシこいて小学生かよ~」

 というのが「女子・男子」という呼び方に対する感想でした。

 20代だったらいざしらず、いったいいつから中高年まで女子・男子と呼びならわすようになったのか?

 たぶん少なくとも21世紀以降のこと。今ほど頻繁に使われ、定着するようになったのは、この10年くらいか?   どうも前から気になっていたので、これがいったいどういう意味を持つのか考えてみました。

 

●間柄によってビミョーに呼び方を変換

 近頃、女・男を呼び表すのって意外と難しいのです。

 「女性・男性(ジョセイ・ダンセイ)」は書くのはいいけど、音声で表す場合、どうもフォーマルすぎる。改まった席や仕事の場でなら問題ないが、ちょっとくだけた場や親しい間柄で「ジョセイ・ダンセイ」と言われると違和感があります。

 それならやっぱり「女・男(オンナ・オトコ)」―― 僕はこの呼び方を好むのですが、困ったことに最近、女性の中に敬遠する人が少なくない。

 

 文脈の中でどう使うかにもよりますが、「セックスを感じて恥ずかしい」「あまり口では言いたくない」という意見があるのです。「情婦・情夫」といった漢字と結びつくのでしょうか。性を伴う愛のにおいがするのでしょう。

 

 かなり親しい間柄でなら問題ないけど、やや親しさが希薄な友だち・仲間、あるいは仕事の同僚などに対しては、もしかしたら不愉快に感じるかな?と思ってしまうので、僕も「女の人(オンナノヒト)」といった言い方をします。(自分が男なので、男は「オトコ」でOK)。

 つまり相手によってけっこう使い分けなくてはならない。いやはや、なんとも日本語は繊細で複雑でビミョーです。

 それに仕事でも趣味でもプライベートでも、年齢層で分断されることなく、いろいろな年代の人間が、フラットな関係で入り混じって行動するようになったことも、こうした呼称のビミョーさに影響しているのではないかと思います。

 

●安心・安全なジョシ・ダンシ

 そこで登場した「女子・男子(ジョシ・ダンシ)」は、かなり便利。

 もともと子供・若者、あるいはスポーツ選手に対しての呼称だったので、「ジョシ」「ダンシ」と言われると、なんだか若返ったような気分になるし、カタさがなく、親しさイマイチの間柄でもOKだし、一般的な呼称としても安心して使えます。

 

●英語文化と日本語文化

 女子・男子は英語だとGIRL・BOY。

 英米ではむしろこっちのほうがセックス臭が漂いますね。

 その方面のお仕事をしている人はこの呼称で呼ばれることが多いと思います。

 なので普通、英米人の中高年は「GIRL」「BOY」なんて呼ばれたら腹を立てるんじゃないでしょうか。

 ところが日本語―ー日本人の場合はその逆。

 比較して考えると、英米が子供・若者(子供っぽさ・若さ)を下に見るのに対して、日本人には子供を神聖視したり、若さを尊ぶ精神構造があります。女子・男子×GIRL・BOYには、そうした文化の違いも見て取れします。

 

●女子・男子の裏にある「成長」というキーワード

 もうちょっと深掘りしてみたらどうなるか・・・ということで発見したのが 5年ほど前、自分のブログで書いていた文章。これは当時、映画・TV・演劇で「三銃士」がちょっとしたブームになっており、それについて書いたものです。

 

 いわゆる“成熟社会”となった先進諸国では“成長”は重要なキーワードだ。未熟だろうが、ダメダメなところがあろうが、成長を感じさせる、言い換えれば、未来への可能性を感じさせる人や集団や企業は、すこぶる魅力的に映る。 

 

 つまり、今、それだけ“成長”というものに希少価値があるのではないだろうか。

 成熟し、伸びきってしまった大人にはそうした魅力が見出せない。しかも環境の変化のせいもあり、信頼感も失墜しているのでなおさらだ。 

 

 ちなみにこれは実年齢のことを言っているのではない。10代・20代はもちろん、50代・60代でも“成長”しなくてはならない(少なくともそういう意志を見せなくてはならない)世の中になっているのだ。

 そして、若いダルタニアンと年長の三銃士のように、互いに影響を与え合いながら伸びていくことが求められている……三銃士の物語は、そうした現実を映し出す鏡のような機能を持っているのでは、と感じる。 

 

 どうもこうした意識がそのまま、僕たちの深層心理に貼りつき、いつまでも成長しきらない子供・若者の部分を形成しているのではないかと思います。

 それが「女子・男子」という呼称に結びついている。

 国境が溶け、世代差が溶け、リアルとバーチャルの境界が溶け、それでいながら経済や社会階級の格差が広がる今、人間として完成してしまうこと、成長しきってしまうことは、今後のことを考えるとマイナス要素にしかならない。

 齢は取っても可能性は残しておきたい・・・という気持ちの表れなのかも知れません。

 

●僕たちはいつまでウーパールーパーか?

 というわけで、ウーパールーパー。

 南米のサンショウウオの一種であるこの生き物、一般的には死ぬまで成熟せず、幼体のまま一生を終えるのだそうです。

 最近「1980」を謳ったCMでテレビに再登場しましたが、 確かに1980年頃、ウーパールーパーみたいな顔をした若い連中(=当時の僕たちのことです)が街の中をうようよ泳ぎ回っていました。

 

 あれから30年以上経った今も、依然として僕らはウーパールーパーそのもの。

 オトナ女子・オトナ男子として、ろくすっぽ成長することなく、結局、単に子供オバさん。子供オジさんのまんまで終ってしまう可能性は大きいのではないかと思います。

 

 でも「今どきの若いモンは・・・」という昔の人たちが本当に尊敬に値する大人ばかりだったのか?といえば、そんなことはない。情報がたやすく手に入らなかった時代の社会では、ごまかし、カッコづけも簡単で、威張っていられましたからね。

 

 今、成長するとはどういうことなのか? ごまかしやカッコだけでなく、大人になるってどういうことなのか・・・人生の続くかぎり、考えていこう。

  

 

2016・8・15 MON


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ぼくはセイウチロウ

 

氷の世界の恐怖のセイウチ

 子供の頃、動物図鑑で初めてセイウチの写真(イラストだったかも知れない)を見た時は、そのモンスターのような姿・形に心の底から驚愕しました。

その時の僕のセイウチのイメージは、世界の果ての暗くて冷たい氷の世界で巨大な牙をむき出しにして世にも恐ろしい咆哮を轟かせる孤独な怪物。

こわかったなぁ。

 人生の中でもしこんな怪物に出会うことがなあったら、僕は一瞬のうちにカチンコチンに凍り付いて、冷凍食食品になってこいつに食べられてしまうだろうと思い、どうぞそんなことになりませんように、と、何度もお祈りを唱えました。

 

夢の世界でセイウチロウと邂逅

 という衝撃が消えたのはいつのことだろう?

いろいろ本を読んだりテレビを見たりするうちに、セイウチは割とおとなしくて温かい生き物。孤独ではなく、群れをつくってのんびり暮らしていることなどを知りました。

それどころか、近年は日本水族館にも住んでいて愛嬌を振りまいてくれています。

 

 そのセイウチ君に僕もお世話になっています。

 夏、お昼寝するときは涼しい水族館のイメージを抱いて横になり、水中を魚がうようよ泳いでいる中をうつらうつらしつつ彷徨っているのですが、15分ないし30分ほどすると、コツコツと頭を何かがつつく。

「おい、起きろよ、セイイチロウ」

と目を覚ますと目の前には強大なセイウチが。やつはその牙の先で僕の頭をつついいたのです。

 こいつはセイウチロウといってクールな夢のアラーム係として30分経ったから起こしにくるのです。それ以上寝ちゃうと夕方まで頭が働かなってしまうので。起きない時は歌を歌って起こします。

 もちろん、歌はビートルズの「I am the Walrus」。

 

●ビートルズフェスでセイウチ登場

 そういえば昨夜、録画しておいてずっと見ていなかったNHK-BSの「BEATLESフェス」なる3時間番組を見ました。

  ビートルズ来日50周年ということで、当時の逸話――ビートルズにはっぴを着せた日航のスチュワーデスさんの話やら、独占取材に成功した星加ルミコさんやら湯川レイコさんの話――昔、音楽雑誌でよく記事を読んでいましたが、音楽ジャーナリズムのリーダーだった彼女らはまだ20代の女の子だったんですね――やら、を中心に、年寄りから若者まで入り混じったスタジオトークや、ビートルズ番組お約束のリバプール―ロンドン紀行(森高千里がキャバーンクラブに行ってドラムを叩いてた)などがてんこ盛りのバラエティ。

 しかし、目玉は何といっても、新旧いろいろな日本のミュージシャンたちがやるビートルズナンバーのトリビュートライブでした。

 

 財津和夫「Yesterday」や平原綾香「Hey Jude」などは、ま、定番の、という感じ。仲井戸麗市(チャボ)の「The Long and Winding Road」はほとんど自分で歌詞を書き換えた替え歌で、清志郎へのレクイエムにしか聞こえない。歌い方もそっくりだ。やっぱ寂しいんだろうね。

 

 その中で一番面白かったのがラブ・サイケデリコの「I am the Walrus」。

 ぐにゃぐにゃしたサウンドとともに、「おまえはあいつ、あいつはおいら、おいらタマゴ男、おいらセイウチ」なんていう、ジョンのナンセンスでファンタジックでグロテスクな詩の世界がぐりぐり脳天にねじ込まれてきて、めっちゃカッコいい!  こんな新鮮なアレンジでこの曲を聞けるとは思ってもいなかった。まったく感動モノでした。

 

 オリジナルを聞いて育ったおっさん・おばさんたちは、どうしてもリスペクトが先に立ってしまってアレンジも表面的で徹底しない。けど、「むかし、ビートルズっていうバンドがいたらしいね」と言っているような若い連中は、遠慮なくぶっ壊して、さらにおいしく料理していけると思います。

 ジョンやジョージがあの世から「おいおい」と言って止めに来るくらい、ガンガンすごいアレンジをしてほしい。

 

セイウチロウよ永遠に

 おまえはあいつ、おまえはおれ、だからあいつはおれ、おまえはセイウチロウ、ぼくはセイイチロウ、おまえはセイイチロウ? ぼくはセイウチロウ?

 まだまだ暑い。北極の氷の上でごろごろ寝そべる夢を見て毎日過ごすことにいたします。またセイウチロウと会うのを楽しみにして。

  

 

 

2016・8・11 THU


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四国化け猫➡猫神さま伝説

 

 この夏は四国をお遍路しています。

 ただし、オン・マイ・マインドで。

 葬儀・供養の業界誌の仕事で、ネット~メール~電話で取材しては原稿書きの日々。

四国の葬儀の風習や、お遍路についていろいろ勉強しました。

 

 で感じたのが、やたら四国にはネコが多いな、ということ。

 そういえば香川県のある島でネコがいっぱいいるのをテレビで見たことがあります。それで有名になって、観光客が出向いて、かわいい、かわいいとエサをあげまくるのでさらにネコ天国となっているようですが・・・。

 

 一方、僕が出会うのは、お葬式・お墓関連ので話からなので、この世とあの世の境界線上でニャーニャー鳴いているネコばかり。

 

●四国の葬儀における猫の存在

 

 徳島や愛媛で、家で人が亡くなると枕元にホウキや刃物などを置く、という風習があります。(正確には「あった」という過去形。日本の昔ながらの葬儀・供養の風習のほとんどは全国どこでも、この20~30年の間に9割以上消滅している)

何のためにこんなことをするかというと、ネコがご遺体の上をまたがないようにするため。ニャアとまたぐと死人が生き返って歩き出すとか、逆にネコがバケネコ化するというのです。

 ということは、この辺りではネコを飼っていた家が多のか?

 いや、飼っていたというよりも、ネコだのタヌキだの、動物たちが「こにゃにゃにゃちは~」と、自由にあちこちの家を出入りしていたのではないか、と思います。

 昔の日本の田舎の家は戸締りもいい加減で、常にオープン状態だったし、ネズミ退治にも役立つからね。だけど、キミはやばいからお葬式の時は来ちゃだめよ、という感じでしょうか。

 

日本三大化け猫伝説「お松大権現」の猫

 

 そんなわけでネコ伝説がはびこる四国。

 徳島県阿南市には「日本三大化け猫伝説」の一つに数えられている「お松大権現」という神社があります。

 ここに由来するお話は、借金苦にまつわるもので現代人にとってもリアル。

 むかし、困っている村人たちを救うために金貸しから多額の借金をした庄屋さんが金貸しに裏切られ、借金を残して死んでしまう。

 その妻・お松は「借金はちゃんと返したのに」と異議申し立てをしたのですが、その土地の奉行(きっと金貸しとつるんでいたと思われます。これも現代に繋がる政治とカネの問題です)が「わしゃ、返してもらとらんぞ」と、それを認めず、お松と、彼女が可愛がっていたネコを死刑にしてしまうのです。

 なんでネコまで処刑されるのかわからないけど、「わしの命に背く者は一族郎党皆殺しじゃ」という論理だったのでしょうか? 

 ネコも一族郎党に加えられてしまったのですね。

 

 で、この手の怪談兼勧善懲悪・庶民の味方ストーリーのセオリーとして、もちろん、この後、このネコはウソつきの金貸しと、権力乱用の奉行のところに化けて出て、悪者どもを地獄に叩き落とすというオチ。

 めでたし、めでたしということで、この正義のバケネコはこの神社にまつられることになったのです。

 

●今や霊験あらかた、招き猫だらけの観光スポット

 

 こうした因縁話があるせいか、なんと、この神社、今では受験と勝負ごとにご利益があるとして大人気に。バケネコになったネコはリベンジを果たした結果、「猫神様」に昇華。勝負ごとにご利益と言うので、全国からギャンブラーが詣でているようです。

 そして猫神様は招き猫の姿になって降臨したので、境内は招き猫だらけになっているようです。いやー、すごい。でも、借金は勝負事――ギャンブルに頼らず、地道にコツコツ返したほうがいいと思うなぁ。

 

 というわけで、妖怪も神様になってしまう四国。

 そういえば「千と千尋の神隠し」で、妖怪だか神様だかわからない者たちが湯あみに来る湯婆の湯場も愛媛の道後温泉がモデルになっていました。

 四国の旅・オン・マイマインド、まだまだ続きそうです。

 

 

2016・8・6 sat


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ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想瑠億・4週連続無料キャンペーンTAKE3

9月25日(土)16:00~9月26日(日)15:59

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♪ヘイ・ジュード:ジョンとポールの別れの歌

 

同曲がジョンの一人目の息子・ジュリアンに贈るために書かれたことは発表された当初から有名だ。

けれども、その背景にあったドラマについてはあまり知られていない。というか周囲がジョンとポールの関係に気を遣って口を閉ざしていたのではないだろうか。

 

50年近くたってそれを語ったのが、ジョン・レノンの前妻であるシンシア・レノンさんだ。

 

彼女が著者である「わたしの愛したジョン」に

詳しく書かれているが、

「ヘイ・ジュード」は単に、

父親を失ったジュリアンを励ますというだけでなく、

家族のこと、友だちのこと、青春のこと、人生のこと・・・いろいろ複雑な思いを盛り込んだ歌なのだ。

 

僕は「ヘイ・ジュード」はポールにとって、真の意味でのビートルズのラストナンバーだったのではないかと思う。

 

彼にとっての真の意味での「ビートルズ」とは、

ジョンとの友情や青春時代の熱、

サクセスへのストーリーを含む総称であり、

そうしたものへの決別の思いを込めて作ったのが

「ヘイ・ジュード」なのだ。

ラストのえんえんとしたリフレインが、

そうしたポールの気持ちを表しているようでならない。

 

彼にとってその後の四人での活動は、

ビートルズという名の音楽実験、

ビートルズという名のビジネス、

あるいはビートルズの名を借りた自己表現の場だった。

 

あの永遠不滅のメロディラインには、

普遍的な人間の感情の多くが盛り込まれている。

(2013年7月19日)

 

 

●勝手にビートルズ・ベストテン

●中学生時代の「エリナ・リグビー」の衝撃と和訳演奏

●純情ストーカー男と純心DV願望女の昭和歌謡

●人間は幸せに慣れると、幸せであることを忘れてしまう

●義弟のアナログレコードと帰ってきたカレン・カーペンター

●いちご畑で抱きしめて

●ダイヤモンドをつけたルーシーとの別れとジュリアンの心の修復作業

ほか 全33編


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週末の懐メロ49:永遠の調べ/キャメル

 

今週は美しい月に心奪われた。

そこで“ロック界のアンデルセン”こと、

イギリスのプログレバンド・キャメルの

1976年リリースの名盤

「ムーンマッドネス:月夜の幻想曲(ファンタジア)」から

メインナンバー「永遠(とわ)の調べ」をご紹介。

 

フルートの音色が形づくる、やさしく神秘的な前半部と、

リズミカルな高揚感に溢れたクライマックスとの

コントラストが美しい、This is Camelと呼ぶのに

ふさわしい名曲だ。

 

二人のムーンチャイルドが肩を寄せ合って月を見つめる。

絵本のようなアルバムジャケットも好きだった。

この絵がキャメルの音楽全般のイメージを

端的に描き出している。

 

叙情と幻想、寓話・神話のイメージは、

プログレッシブロックの大きな特徴の一つだが、

キャメルの音楽は、

それらをとても親しみやすい形で表現しており、

誰にも聴きやすく、

それでいて刺激的なサウンドになっている。

 

フルートの演奏が入るのもプログレならではだが、

キャメルもこの曲をはじめ、随所でフルートを使い、

彼らの世界観を印象付けていた。

 

絶頂期はこのアルバムを出した70年代後半だが、

この頃の映像はあまり残っていない。

 

80年代以降、長きにわたってバンドを存続させてきた

唯一のオリジナルメンバー、

ギタリストのアンディ・ラティマーが

こんなふうにフルートを奏でる姿を見たのは、

この2018年のライブが初めてだ。

 

長髪とサングラスがトレードマークだったラティマーも

すっかりじいさんになってしまったが、

演奏力と音楽の感性は衰えていない。

 

そして何より自分たちの創り上げた楽曲に

変わらぬ愛情を注いで、

とても大切にしていることが伝わってくる。

 

70年代の遺産で食っている

ーーといった悪口も聞こえてくるが、

それから50年近くたってもこれだけ元気で

ライブができるのは、

演奏者にとっても聴衆にとっても幸福なことだ。

 

キャメルの弱点はヴォーカルだった。

 

イエスのジョン・アンダーソン、

ジェネシスのピーター・ガブリエル、

ELPのグレッグ・レイク

キング・クリムゾンのジョン・ウェットンといった

プログレ特有の、華のある、

個性的でエキセントリックな

リードヴォーカリストが不在だった。

 

そのため、ラティマ―はじめ、各楽器の奏者が

掛け持ち・交替で、ヴォーカルをやっていた。

そこが他のバンドに比べて、

いま一つ評価の低い要因かも知れない。

 

けれどもそれはキャメルらしさでもある。

 

もともとインストゥルメンタル中心のバンドで、

「白雁(スノーグース)」という

児童文学のストーリーを組曲化したアルバムなどは、

一切ヴォーカルなし・全編インストのみだったが、

それでも十分聴きごたえがあった。

 

この「ムーンマッドネス」のアルバムでも

「転移」「月の海(ルナ・シー)」といった

フュージョンっぽいインストの名曲が入っている。

 

テクニシャンぞろいのキャメルのインストナンバーは

耳に心地よく響き、仕事中のBGMにも適しているのだ。

 

それを考えると、プログレバンドの中でも

最近いちばん長時間聴いているのはキャメルかも知れない。

 

“ロック界のアンデルセン”とは

僕が勝手につけたキャッチフレーズだが、

キャメルの楽曲は、アンデルセン童話のごとく、

新しい世代のリスナーを獲得しながら、

長く愛され続けるのではないかと思う。

 

音楽エッセイ集

ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力

4週連続無料キャンペーン

第3回:9月25日(土)16:00~26日(日)15:59

 

収録33編

●八王子・冨士森公園のスローバラード駐車場で、ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力について考える

●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●藤圭子と宇多田ヒカルの歌う力の遺伝子について

●ヘイ・ジュード:ジョンとポールの別れの歌

●阿久悠の作詞入門

●余命9ヵ月のピアニスト

●ローリング・ストーンズと新選組の相似点について

●キング・クリムゾンの伝説と21世紀版「風に語りて」

●プログレッシヴ・ロックスターの死①:ジョン・ウエットンの訃報、そしてロンドンの寿司

●プログレッシヴ・ロックスターの死②:キース・エマーソンの尊厳死(1周忌に捧ぐ) 

●勝手にビートルズ・ベストテン

●中学生時代の「エリナ・リグビー」の衝撃と和訳演奏

●純情ストーカー男と純心DV願望女の昭和歌謡

●人間は幸せに慣れると、幸せであることを忘れてしまう

●義弟のアナログレコードと帰ってきたカレン・カーペンター

●いちご畑で抱きしめて

●ダイヤモンドをつけたルーシーとの別れとジュリアンの心の修復作業

●抹消された20世紀パンクと想像力の中で生きる19世紀型スチームパンク

●悲しいことなんてぶっとばすロックンロールバンドのモンキービジネス

●オノ・ヨーコさん「NHKファミリー・ヒストリー」とYESの3文字の秘密

●オノ・ヨーコさん「NHKファミリー・ヒストリー」と「イマジン」の秘密

●いろいろな人が弾くから、心に響くロンドンのピアノ

●ストリートミュージックが商品になった街ロンドン

●アナログレコードとの再会

●見捨てられた恋人のようだったアナログレコードが、 なぜ絶滅の淵から回帰したのか?

●さすらいのレコード・コレクター:男のバカバカしくて痛快な生きザマ

●クリスマスにちょっとだけ世界と自分を変える

●森田童子の思い出:僕らの時代の子守唄

●自分をリライトする

●よみがえる死者・よみがえる歌:AIの音楽

●20世紀の愛と平和のロックなんて忘れてしまっていた

●だいじょうぶです、なすがままになさい

 


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にゃんころな

 

ニャンとも平和な時間が流れる

川沿いのねこにわ。

 

このあたりにお住いのニャンコたちは

この1年くらいでずいぶん太ったような気がする。

コロニャぶとり?

 


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凶悪・孤狼・凪待ち:白石和彌監督の映画が面白い

 

白石和彌監督の映画を立て続けに3本観た。

「凶悪」「孤狼の血」「凪待ち」

どれもめちゃ面白い。

面白いが、人間やってるのが怖くなるような映画だ。

 

いちばん凄いのは「凶悪」で、

実際にあった連続殺人事件を題材に作られた。

本当にこんなひどい奴らがいたのかと思わせる、

本当にひどい内容・ひどい事件である。

 

「孤狼の血」も凄まじい暴力描写があるヤクザ映画だが、

役所広司・松坂桃季といったスターが主演しているのと、

昭和ヤクザの世界を舞台にしている分、

現代の日常からやや離れたものとして見えるので、

少し安心して観ていられる。

 

「凶悪」の怖さはやっぱりリアルなドキュメンタリーっぽいところか。

狂気のような人殺しをした連中が

時間と場所によって、ごく自然にスイッチを切り替えて

普通の人間に戻ってしまう。

 

まったく平和な日常生活そのままに

飯を食ったり、子どもに対しては

やさしい父親になってしまう。

 

頭からケツまで冷血非道な人間かと思いきや、

妙にあったかかったり、

可愛いところ・愛すべきところがあったりもする。

 

仕事術や勉強術を伝授するような本の中で

よく「なんでも習慣化すれば身に着く」

といったことを説いているが、

あれとまったく同じで、

人間、慣れれば人殺しも死体遺棄も普通に出来てしまう。

それで心が揺らぐこともない。

 

そんなのは特殊な人間だろ、と思うかもしれないが、

僕らだってきっとそうなれる。

それもわりと簡単に。

 

人殺しとかするやつは、

頭からケツまで冷血非道な人間かと思いきや、

妙にあったかかったり、

可愛いところ・愛すべきところがあったりもするのだ。

 

だから誰の心の中にも、こいつらと同じ「凶悪」がある、

じつはいい人も悪い人も、ほとんど違いなどなくて、

光の部分と闇の部分が交互に現れるだけ。

 

たまたま人生のどこかのタイミングで、

闇の部分がぱーっと広がると、

アッと言う間に人間丸ごとそれに支配されてしまう。

 

「凶悪」でおそるべき殺人首謀者だった

リリー・フランキーが、

「凪待ち」では、おそるべき“いい人”になるが、

彼がそれを証明しているかのようだ。

 

しかし、リリー・フランキー、

改めてすごい俳優だなと思う。

見た目軽くて、全然すごそうでないところがすごい。

 

さらに言うと、これらの作品の登場人物の特徴は、

およそ論理とはかけ離れた、不可解な行動をとる。

 

不条理とかシュールといった文学的な表現も

なんだか似合わない、もっと地を這うような感覚のもの。

ひどく奇妙でありながら、やたらとリアリティがあるのだ。

「人間はどうしてこういう行動を取るのか」

も白石映画の面白さの一つになっている。

 

撮影現場でのひらめきや俳優のアドリブなどが

たくさん含まれていると思うが、

それ以前の脚本の段階で、

こうした人物造型とストーリーを構築できるのが

素晴らしいと思う。

 

それにしても、映画の中でのたうち回る

犯罪者・ヤクザ・労働者・ギャンブル中毒者・

カネの亡者・借金地獄の人たちを見ていると、

明日、自分もこういう世界に

巻き込まれているんじゃないかと感じて

心底身震いがしてくる。

 


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月光浴しながら僕は考えた

 

今宵、中秋の名月が満月ということで浮足立っていた。

そこで日の暮れたあと、

川沿いの散歩道に出かけたら、

同じように浮き足だってお月見に来た人たちが

けっこう大勢ゆらゆら歩いてた。

 

一回りするうちに月はどんどん高くのぼって、

帰ってきたら自分の部屋からばっちり見える。

 

窓から差し込む銀の月の光。

これは気持ちいい。

そのまま30分ほど月光浴をしていた。

 

今夜の月の光はいつもより強くて、

たっぷり月光エネルギーを吸い取れる。

オオカミ男になれそうな気分だ。

 

そうしているうちにビジネスアイデアが浮かぶ。

日焼けサロンというのはあるが、

月光浴サロンというのはない。

 

この月の光を集めて月光浴サロンを開いたら

儲かるのではないか。

 

かのクレオパトラは月光浴で美を保ったという。

実際、科学的にもデトックス効果があるようだ。

 

本当に美容効果を得ようと思ったら

日焼けと同様、裸になって肌に直に当てるのがいいようである。

これは家ではなかなかできないと思うの江、

ニーズが十分にある。

月光ならUVダメージの心配もない。

 

さらに言えば、パワーストーンとか、

スピリチュアルグッズのお清めなどにも

月の光は効果的らしい。

 

これはけっこうぼったくれそうだ。

どなたか商才ある方、いかがでしょう?

もうかりまっせ。

 

せっかくの美しい神秘的な月夜に

しょーもない話でごめんなさい。

 


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まだ若い敬老の日と人生100年時代の宿題

 

「敬老の日」はかなり“若い”祝日である。

調べてみたら、国民の祝日として制定されたのは、

1966年(昭和41年)。

 

小学生になった頃から祝日だったので、

少なくとも戦後間もなくからずっとだと思っていたが、

生まれてまだ55年しかたっていない。

 

その頃はまだ若者が多い社会だったので、

たんなる年寄りだとしても、

生きているだけで

「人生の大先輩」としての価値があった。

 

それから半世紀以上が過ぎ、

残念ながら今ではもうそうではない。

 

もちろん、それぞれの家族や地域において、

それなりの存在価値はある。

 

しかし、超高齢社会において、

たんなる年寄りには、

少なくとも55年前のような「希少価値」はない。

 

ただ生きているだけでは大事にされない。

敬ってもらうこと・愛されることは難しい。

 

それぞれ何か自分の価値を作り、

人に、社会に示すことが求められる。

これからはそんな時代になるのだと思う。

 

いまや連休を構成する1部としか

認識されない「敬老の日」は

5年後、60年という還暦を迎えて

なくなってしまうかもしれない。

 

幸か不幸か、

人生100年時代という概念が何となく定着した昨今、

還暦を超えたら、100まで生きるために

目標を立てて、自分の宿題をやるといいかもしれない。

 

僕の場合は、とりあえず、

 

7歳にも17歳にもなれる70歳になる。

8歳にも18歳にもなれる80歳になる。

9歳にも19歳にもなれる90歳になる。

 

そして、10歳にもなれる100歳になったら、

ゼロ歳にもどる、かな。

 


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中学生時代の「エリナ・リグビー」の衝撃と和訳演奏

 

「オールディーズ」はデビュー曲から

アルバム「リボルバー」までのシングル曲を集めた、

いわゆるベストアルバムで、

「シーラブズユー」も「抱きしめたい」も

「涙の乗車券」も入っていたが、

その頃はあんまりピンと来ず、

最高に響いたのが「エリナ・リグビー」だった。

 

それまで抱いていた「なんだか歌謡曲っぽいロック」という

ビートルズのイメージが、

あの美しくて切ない弦楽四重奏で木端微塵に吹っ飛んだ。

 

生まれて初めての異次元的音楽体験だった。

そして、あのイナガキくんの、ではなく、

レノン・マッカートニーの詩のインパクト。

初めて「ビートルズってすごいバンドだ」と

認識した瞬間だった。

 

・・・というのがマイビートルズ・ベストテンの

第7位「エリナ・リグビー」のマイストーリー。

 

最近、動画サイトで和訳のカバーを聴いて驚いた。

ギター二本とアコーディオンの素朴な編成で

あの美しいメロディを奏でる。

これは素晴らしい! 

イナガキくんも聴いているだろうか?

 

初めて聞いた頃、僕のイメージの中では、

エリナはまだ十代の少女.

マッケンジー神父は「イマジン」を歌っていた頃の

ジョン・レノンに似た青年だった。

 

しかし年月を経た今は、二人とも齢を取った姿で現れる。

なんとなく老女の孤独死や、

無力な現代の宗教者を連想させる。

もう半世紀以上も前からビートルズは

現代人の孤独と不安を歌っていた。

 

信じられるもの、心を寄せられるものが

つぎつぎと消え失せていく時代において、

彼らの音楽はますます多くの人の心をつかみ、

深化し、アレンジされて口ずさまれるだろう。

(2019年12月7日)

 

●勝手にビートルズ・ベストテン

●中学生時代の「エリナ・リグビー」の衝撃と和訳演奏

●純情ストーカー男と純心DV願望女の昭和歌謡

●人間は幸せに慣れると、幸せであることを忘れてしまう

●義弟のアナログレコードと帰ってきたカレン・カーペンター

●いちご畑で抱きしめて

●ダイヤモンドをつけたルーシーとの別れとジュリアンの心の修復作業

ほか 全33編

 


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♪自分をリライトする

 

今までやってきたことを書き直す。

リライトは今後の自分のテーマである。

と思って、久しぶりにアジアンカンフージェネレーションの「リライト」を聴いた。

とんでもない重量感と疾走感。

こんなカッコいいロックに出会ったのはどんだけぶりだ~と、ぶっとんだのが、はや十五年ほど前のことだ。

アニメ「鋼の錬金術師」のラストクールのオープニング曲だったので、ハガレンのクオリティが十倍UPした。いま聴いてもレジェンドでなく、なつメロでもなく、現在進行形のリアル感満点で、ザラザラした音の塊がより深く胸をえぐってくる。

リライトは形を成した文脈をもう一度掘り進めて、新しい価値と意味を見つけ出す作業。

書いて休んで書いて休んで、また書き直す。

個人的なことだけど、今の時代はみんな同じようなことをして、自分の生きてきた中から、何かを掘り出そうとしているのではないだろうか。

あなたは何回自分を書き直すだろうか?

(2018年2月21日)

 

全33編

●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●森田童子の思い出:僕らの時代の子守唄

●自分をリライトする

●よみがえる死者・よみがえる歌:AIの音楽

●20世紀の愛と平和のロックなんて忘れてしまっていた

●だいじょうぶです、なすがままになさい

                ほか


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週末の懐メロ48:今夜はブギ・ウギ・ウギ/ テイスト・オブ・ハニー

 

1978年リリースの全米ナンバー1ディスコソング。

そして女ベースと女ギターの最高峰。

 

いわゆるディスコミュージックって踊ってなんぼ。

音楽としてはそんなに熱心に聴いてなかった.

ところが、この曲は別格。

レコード買って聴きまくっていた。

 

女だてらに、なんて言っちゃ怒られるが、

演奏に秀でた女性ミュージシャンが

まだ少なかったこの時代、

このジャニス・マリー・ジョンソンのベースと、

ヘイゼル・ペインのギターの腕前は圧巻だった。

 

もちろん40年以上たった今聴いても

エッジ立ちまくりで超ヤバい。

 

ジャニスのベースは熱いため息。

エロチックにからむヘイゼルのギター。

そして二人の歌声は

甘く切ない蜜の味のよう。

 

なんて、昭和おやじが書くようなコピーが

レコードジャケットに刷り込まれていたが、

(実際、レコード会社の昭和おやじが

書いていたんだろうけど)

確かにエロっぽさとうねりまくりのグルーヴ感は

ハンパなくカッコいい。

 

バックのドラムとキーボードもキレまくってて、

ジャズ、ソウル、ファンクのエッセンスが

見事にミックスアップ。

数多のディスコソングと一線を画す

不死身のダンスナンバーだ。

 

そして、わが胸にはまだ10代だった

70年代終わりのゆらめく夜が鮮烈によみがえる。

 

音楽エッセイ集

ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力

4週連続無料キャンペーン

第2回:9月18日(土)16:00~20日(月)15:59

収録33編

●八王子・冨士森公園のスローバラード駐車場で、ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力について考える

●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●藤圭子と宇多田ヒカルの歌う力の遺伝子について

●ヘイ・ジュード:ジョンとポールの別れの歌

●阿久悠の作詞入門

●余命9ヵ月のピアニスト

●ローリング・ストーンズと新選組の相似点について

●キング・クリムゾンの伝説と21世紀版「風に語りて」

●プログレッシヴ・ロックスターの死①:ジョン・ウエットンの訃報、そしてロンドンの寿司

●プログレッシヴ・ロックスターの死②:キース・エマーソンの尊厳死(1周忌に捧ぐ) 

●勝手にビートルズ・ベストテン

●中学生時代の「エリナ・リグビー」の衝撃と和訳演奏

●純情ストーカー男と純心DV願望女の昭和歌謡

●人間は幸せに慣れると、幸せであることを忘れてしまう

●義弟のアナログレコードと帰ってきたカレン・カーペンター

●いちご畑で抱きしめて

●ダイヤモンドをつけたルーシーとの別れとジュリアンの心の修復作業

●抹消された20世紀パンクと想像力の中で生きる19世紀型スチームパンク

●悲しいことなんてぶっとばすロックンロールバンドのモンキービジネス

●オノ・ヨーコさん「NHKファミリー・ヒストリー」とYESの3文字の秘密

●オノ・ヨーコさん「NHKファミリー・ヒストリー」と「イマジン」の秘密

●いろいろな人が弾くから、心に響くロンドンのピアノ

●ストリートミュージックが商品になった街ロンドン

●アナログレコードとの再会

●見捨てられた恋人のようだったアナログレコードが、 なぜ絶滅の淵から回帰したのか?

●さすらいのレコード・コレクター:男のバカバカしくて痛快な生きザマ

●クリスマスにちょっとだけ世界と自分を変える

●森田童子の思い出:僕らの時代の子守唄

●自分をリライトする

●よみがえる死者・よみがえる歌:AIの音楽

●20世紀の愛と平和のロックなんて忘れてしまっていた

●だいじょうぶです、なすがままになさい

 


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認知症の症状は命の芸術表現

 

今月は成年後見・家族信託の本を書いている。

士業の会社の著作だ。

 

とっかりのテーマは「2025年問題」。

団塊の世代が75歳になり、後期高齢者に突入する。

 

そして、怖い情報として、

65歳以上の高齢者の5人に1人が

認知症という社会が訪れる。

という話を綴っていく。

 

そこから財産をどう管理・運用するのか・・・

というお金がらみの話に変わるわけで、

そこは専門家の皆さんにお任せだが、

一般向けにはどうしても

自分たちの文章だと固くなりがちなので・・・

ということで導入の1章分だけ僕が依頼された。

 

毎日、義母の様子を見たり、

あちこちから話を聞いたり、

本やネット情報を読んだりしていると、

認知症の症状は、人によって千差万別であると同時に、

一つの傾向があるようだ。

 

記憶を失うというのは誰にも共通の、

ベーシックな症状だが。

男女別にそれぞれ特徴的な症状がある。

 

男性には、怒りっぽくなって、周囲に暴言・暴行を働く。

女性はうつっぽくなって、「お金を取られた」とか

「夫が他の女と浮気している」といった被害妄想に陥る。

 

これはやはり年代的なものではないかと思える。

 

一般的に、昭和の女の人生は男次第。

専業主婦となり、夫と子供の面倒を見ながら、

心が抑圧されていた人が多かったのだと思う。

娘たちの世代がっ自由なのを見て、

面白くなかった人も多いだろう。

それがうつや被害妄想となって現れる。

 

じゃあ男はみんないい目を見ていたかというと、

そうではない。

「男の沽券」というものに拘り、

過度なプライドと戦わなくてはいけなかった。

それが認知症になり、人の世話を受けなければ、

まともに生活できない、大人の男として見られない。

そんな自分自身に対する怒りと苛立ち。

それが暴言・暴力となって現れる。

 

もちろん、ものすごく大雑把な分毛方だが、

今の70代以上の人たちは

そういう時代を生きて来たので、

どうしてもこうした傾向が現れるのではないか。

時代精神というものが反映されているのだ。

 

認知症は社会生活を送るために学習し、

獲得してきた能力と記憶をなくしていく病気である。

 

とはいえ、完全に子どもに還ってしまうわけではない。

最後に残るのは、この世で自分を偽ったり、

不自由さを感じながらも生きてこざるを得なかった

その人のコアのようなもの。

 

数十年生きて社会によって歪められて

それでも最後に残ったその人の本質である。

 

だから認知症の症状は、

その人の生き方の最終的な表現と言えるのだろう。

ある意味、一種の命の芸術なのか?

そう考えると、皆が覚悟しなくてはならない

この病気に対する見方が変わるかも知れない。

 


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紀伊国屋でついにビジネス書部門売上第1位! 『なぜDXはバックオフィスから始めるとうまくいくのか』

 

八重洲ブックセンター本店→ ビジネス書2位!

紀伊國屋書店新宿本店→ ビジネス書1位!

 

中小企業DX推進研究会の書籍『なぜDXはバックオフィスから始めるとうまくいくのか』が大好評!

 

発売以来、八重洲ブックセンター、

紀伊国屋書店本店で3週連続ランキング上位入りするなど、話題の1冊となっています。

 

僕も執筆に参加した本。

DXに興味のある人は、ぜひ一度、読んでみて。

 

★内容

第1章 なぜ中小企業のDXは失敗するのか?

1.DXはこうして失敗する

2.DXへの期待と誤解

3.取り組まないこと・目的を見失うことがDXの失敗

4.中小企業のDXには進め方がある

 

第2章 なぜDXはバックオフィスから始めるとうまくいくのか

1.バックオフィスとな何か

2.バックオフィスから始めるDXはハードルが低い

3.バックオフィスのデジタル化で生産性向上

4.バックオフィスにはコストをかける経営的価値

 

第3章 なぜ会計事務所がバックオフィスのデジタル化に強いのか

1.必要なのはITリテラシーよりビジネスリテラシー

2.会計事務所が伝えたい「データの生かし方

3.会計事務所と共に進める最大の強み

 

第4章 バックオフィスのデジタル化を進めよう

1.経理退職!危機乗り越え、未来志向に進化できた理由

2.直感的操作でバックオフィスを一元管理。経営判断にも効果大

3.会社のクラウド化から、紙の電子化・営業支援へ

4.勤怠・給与の作業時間が4分の1になった仕組み

5.残業時間10分の1、勤怠管理のデジタル化から社員の意識も変わる

6.残業時間20%削減、電話をテキスト情報にしてくれる電話番サービス

7.作業の確認時間が90%削減。介護の煩雑な管理業務がスッキリ

 

第5章 バックオフィスから会社は変わる

1.企業文化が変わる

2.「未来会計」で「これから」を見よう

3.バックオフィスのDXが目指すもの

 

その他。コラムも多数収録

 

DXの失敗にはワケがある!? 中小企業の正しい進め方を会計事務所が紹介。バックオフィスからのDXを推進する書籍

 

中小企業DX推進研究会プレゼンツ

「なぜDXはバックオフィスから始めるとうまくいくのか」

定価1,650円

全国の書店、Amazonで発売中!

 


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ワクチンショック後日譚: 現場で役に立たないアタフタ医療者

 

カミさんがコロナワクチン接種に行って、

アナフィラキシーショックを起こし、

緊急搬送されて10日あまり経つ。

 

その後は何ともなくて、

翌々日くらいからは普通に生活してるが、

まだ毎晩、寝る前に抗アレルギー剤を飲まないと

ちょっと苦しくなることがあるようだ。

 

今朝、ワクチン2回接種の人が50パーセントを超えた

という報道を見て、たぶん今後、

日本も経済を動かすために

欧米同様、ワクチンパスポート導入

ということになるんだろうと思う。

 

そしたら躊躇している人も

接種に踏み切るかもしてない。

 

カミさんも迷ったあげく、

感染リスクを重視して接種したのだが、

やっぱ駄目だった。

 

それはしかたないんだけど、

問題は会場の医療体制である。

 

杉並区は「万全の体制を整えていますから、

安心して接種にお越しください」とアナウンスしている。

 

ところが、実際は彼女が15分の待機時間の間に

異常を起こしたのにも関わらず、

現場の医師も看護師もアタフタしてパニクって

まったく役に立たなかったらしい。

 

僕のところに電話がかかってきたときも

「大丈夫そうで。ご本人は帰れるとおっしゃてますが・・・」という感じ。

 

それでも心配なので慌てて外に出て

タクシーを捕まえたら(最初の電話から10~15分後)。

また電話が来て、こんどは「救急車呼びました」という。

 

会場に着いたら救急車の中にいたので、

いっしょに乗り込んで救急病院まで行った。

 

その時は会場の医師や看護師のことなど

意識になかったが、後から話を聞くと

だんだん腹が立ってきた(おそいけど)。

 

最初は「しばらく様子を見ましょう」

という話だったらしいが、

5分と経たないうちにヤバイ状態になったらしい。

 

やばいそうか、そうでないかなんて

医療者ならすぐわかりそうなものだが、

みんなボンクラだったようだ。

 

救急車まで呼ばなくちゃならないのなら、

いったい何のために医療者が現場に立ち会っているのか?

人数合わせで、ただそこにいればいいだけなら、

僕がバイトでやったって同じだ。

 

何か注射するなり、投薬するなりできなかったのか?

緊急事態に対するトレーニングが

ちゃんと出来ている人が配備されているのか?

 

全員でなくてもいいけど、

1人や2人はそういう指導ができる人がいなきゃダメだろ。

 

たまたまその時間、

その会場にいた医療者が全員無能だった、

とも考えられるが、そりゃ運が悪かったねで

片付けられてはたまったもんじゃない。

 

それにあの日、あの会場に居合わせて

ドタバタ劇を目撃した人は、どう思っただろう?

けっこうトラウマになって、

やっぱワクチン怖い、

2回目打てなくなったという人もいるのではないか?

 

これは杉並区に限ったことなのか?

他の地域・会場でも同じなのか?

 

国がワクチン接種を進めたいのはわかるし、

僕も健康に問題ない人はやったほうがいいとい思うけど、

この1件で、やっぱり全面的に信頼はできないなと

わかった。

 

うちのカミさんは別にみんながやっているから

自分も打とうと思ったわけではない。

 

ただ、自宅待機死など、

ひどいことも現実に起こっているわけなので、

感染リスク・重症化リスクを抑えたいと、

ワクチン効果ありそうだし・・・と考えるのは当然である。

その判断が裏目に出た。

 

彼女同様、健康リスクを抱えながら迷っている人は

一定数いると思う。

 

そこから接種に踏み切る人は、

行政の「安心・安全アナウンス」を鵜吞みにせずに

緊急対応のマニュアルはちゃんとあるのかとか。

もし、アナフィラキシーなど起こした場合に

どういう対応をするのか、

事前にしつこく質した方がいいと思う。

 

逆に考えれば、彼女は現場で即座に異常が出たから

よかったとも言える。

その場の15分ではOKでも、帰宅後、異常が出る人もいて、

実際に接種後、亡くなった人

(ワクチンとの因果関係は確実でないが)もいるようだ。

 

パーセンテージは低くても、

当事者・家族にとっては100パーセント。

ワクチンも感染も甘く見ないようにしてほしい。

 


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「ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力」4週連続無料キャンペーン TAKE1

 

♪八王子・冨士森公園のスローバラード駐車場で、ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力について考える

 

八王子市の中央部にある富士森公園の駐車場は、

ある一部の人たちにとって特別な場所である。

ある一部の人たちというのは、RCサクセション、

あるいは忌野清志郎の音楽が好きな人たちだ。

ちなみにそこには僕自身も含まれている。

 

この駐車場は彼らの名曲「スローバラード」の舞台なのである。

清志郎は、市営グランドの駐車場に停めた車の中で

女の子と手をつないで眠ったと、その曲の中で歌っている。

 

そうなのだ、ここはもともと運動公園で

陸上競技のグランドになっていた。

おそらく清志郎がこの歌を作った若かりし頃は、

現在のようにきちんと整備・舗装されていない、

土の駐車場だったのだと思う。

 

そんなイメージを抱きながら、

僕は仕事の合間にこの入口に立ち、

頭の中にスローバラードの切ないメロディを響かせてみた。

 

すると一瞬のち、この場所は

もう何の変哲もないただの駐車場ではあり得ず、

光り輝くロックの聖地に変貌を遂げる。

 

おそらく僕だけでなく、

一九六〇~七〇年代のロック・ポップミュージックに

浸っていた輩は、こうした想像力が旺盛だ。

 

当時はインターネットはおろか、

まだミュージックビデオさえもなかった。

僕たちが得られる音楽周辺の情報は、

一部の音楽雑誌に載る記事と、

ごく限られた写真、ラジオ、ごくたまにテレビ、

そしてレコードジャケットのアートワークと

ライナーノーツだけだった。

 

現代と比べればごくわずかなそれらの情報をタネに、

僕たちは想像力を駆使して、

その音楽の中からほとばしる感情を受け止め、

立ち現れる世界に没頭し、

ひとりひとりが自分の感性によりぴったりくるよう

頭の中でアレンジを施し、

「自分の歌・自分の音楽」に育てあげていた・・・。

(2017年10月4日)

 

 

 

9月11日(土)16:00~12日(日)15:59 実施中!

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●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●藤圭子と宇多田ヒカルの歌う力の遺伝子について

●ヘイ・ジュード:ジョンとポールの別れの歌

●阿久悠の作詞入門

●余命9ヵ月のピアニスト

●ローリング・ストーンズと新選組の相似点について

●キング・クリムゾンの伝説と21世紀版「風に語りて」

 

 ほか全33編

 

 


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週末の懐メロ47:ああ青春/中村雅俊+ゴーイング・アンダーグラウンド

 

作詞・松本隆、作曲・吉田拓郎というレアな取り合わせ。

1975年に歌ったのは「トランザム」というグループだった。

 

それにしても。またもや松本隆のマジカルワードワールド。

聴けばわかるが、この曲は数え歌になっている。

1970年代の若者の心情を

1から10までの数を使って見事に歌に仕立て上げた。

この歌詞のユニークさと完成度はどうだ。

 

じつはこの「ああ青春」は

最初、インストゥルメンタルで

ドラマのオープニング曲に使われていた。

 

僕が高校生の時にやっていた

そのドラマ「俺たちの勲章」は、

革ジャン・グラサンの松田優作と

スリーピース・バギーパンツの中村雅俊の

対照的なコンビが主人公の刑事ドラマだった。

 

「バカヤロー、コノヤロー」と、

容疑者の胸ぐらをつかんでぶん殴る

松田ハードボイルド刑事を、

中村ソフト刑事が「まぁまぁ」となだめる。

そんな感じで犯罪捜査と青春を

掛け合わせたような話だった。

 

原曲はフォークっぽくて、

トランザムとは別に中村雅俊もその後、

自分のアルバムの中で歌い、持ち歌の一つにしていた。

 

ゴーイング・アンダーグラウンドは

1990年代から活動しているバンドで、

中村にオリジナル曲を提供したこともある。

 

青春ロックを売りにしていたので、

この曲をロックアレンジにして

中村と共演することになったらしい。

 

こうしてロック調で聴くと新鮮で、

懐かしい原曲とはまた違った味わいがある。

ほんとうに良い曲だ。

 

一時期、「青春」なんて口走るのは恥ずかしかったが、

この齢になると、もうべつに恥ずかしくも怖くもない。

この曲も今でもそらで口ずさめてしまう。

10代の頃からまったく成長していない

ってことなのかもしれない。

 

音楽エッセイ集

ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力

4週連続無料キャンペーン

第1回:9月11日(土)16:00~12日(日)15:59

 

収録33編

●八王子・冨士森公園のスローバラード駐車場で、ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力について考える

●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●藤圭子と宇多田ヒカルの歌う力の遺伝子について

●ヘイ・ジュード:ジョンとポールの別れの歌

●阿久悠の作詞入門

●余命9ヵ月のピアニスト

●ローリング・ストーンズと新選組の相似点について

●キング・クリムゾンの伝説と21世紀版「風に語りて」

●プログレッシヴ・ロックスターの死①:ジョン・ウエットンの訃報、そしてロンドンの寿司

●プログレッシヴ・ロックスターの死②:キース・エマーソンの尊厳死(1周忌に捧ぐ) 

●勝手にビートルズ・ベストテン

●中学生時代の「エリナ・リグビー」の衝撃と和訳演奏

●純情ストーカー男と純心DV願望女の昭和歌謡

●人間は幸せに慣れると、幸せであることを忘れてしまう

●義弟のアナログレコードと帰ってきたカレン・カーペンター

●いちご畑で抱きしめて

●ダイヤモンドをつけたルーシーとの別れとジュリアンの心の修復作業

●抹消された20世紀パンクと想像力の中で生きる19世紀型スチームパンク

●悲しいことなんてぶっとばすロックンロールバンドのモンキービジネス

●オノ・ヨーコさん「NHKファミリー・ヒストリー」とYESの3文字の秘密

●オノ・ヨーコさん「NHKファミリー・ヒストリー」と「イマジン」の秘密

●いろいろな人が弾くから、心に響くロンドンのピアノ

●ストリートミュージックが商品になった街ロンドン

●アナログレコードとの再会

●見捨てられた恋人のようだったアナログレコードが、 なぜ絶滅の淵から回帰したのか?

●さすらいのレコード・コレクター:男のバカバカしくて痛快な生きザマ

●クリスマスにちょっとだけ世界と自分を変える

●森田童子の思い出:僕らの時代の子守唄

●自分をリライトする

●よみがえる死者・よみがえる歌:AIの音楽

●20世紀の愛と平和のロックなんて忘れてしまっていた

●だいじょうぶです、なすがままになさい

 


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めでたき9・9 重陽の節句 まさか一生上り坂?

 

今日は9月9日。重陽の節句。

得体の知れないスピリチュアル占いとかやって

○月○日は運気が最高だの、

最低だのって騒いでるあなた、

じつは今日こそが日本人として公明正大に

最もめでたく、ラッキーでハッピーな日と言えるのだよ。

 

日本には5つの節句がある。

これは江戸時代に定められた式日(今でいう祝日)のこと。

 

1月7日 人日の節句(七草粥)

3月3日 上巳の節句(桃の節句/雛祭り)

5月5日 端午の節句

7月7日 七夕の節句

9月9日 重陽の節句

 

1,3,5.7.9と奇数ばっかり。

それもそのはず。

古来、日本では奇数は縁起の良い「陽数」、

偶数は縁起の悪い「陰数」と考えらえてきた。

 

その奇数が連なる日をお祝いしたのが五節句の始まりで、

めでたい反面、悪いことにも転じやすいと考え、

お祝いとともに厄祓いをしていたそうな。

 

中でも一番ビッグな陽数「9」が重なる9月9日は、

陽が重なると書いて「重陽の節句」と定め、

不老長寿や繁栄を願う行事をしてきた。

 

それにしても他のお節句は、

七草がゆだの、ひな祭りだの、こいのぼりだの、

ずいぶん賑やかなのに比べて、

この9月9日のジミ~なこと。

 

そもそも「重陽の節句」なんて知らなくて、

めでたいどころか、

「9と9のダブル。苦しい苦しいで最悪~」

なんて思っている日本人が大半なのではないだろうか。

 

べつに派手なお祝いなどしなくていいので、

部屋に花でも飾るなりして、

心静かに感謝とお祈りをすれば、

いいことあるかもよ。

 

それにしてもおめでたいお節句なら、

めでたい、めでたい、ワハハハ・・・と

何も考えずに笑っていればいいのに、

「悪いことにも転じやすいと考え、

お祝いとともに厄祓い」

という日本人は、どんだけ心配性の民族なんだ~。

 

てっぺんまで上ったけど、

ついつい「この先、おれは下るだけ」

と不安になってしまうんですな、ご苦労様です。

 

そうすると、いつまでたってもうだつの上がらない

ぼくのような人間も

「おれは一生、死ぬまで上り坂」と自慢できてしまって、

案外ハッピーなのも知れない。

 

要は気の持ちようだって、

身もふたもない結論にたどり着いちゃうな~。

 


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まぼろしの家へカエル病

 

「どうもお世話になりました。

わたしは家に帰ります」。

 

夕方、デイサービスから帰ってきて、

さて一服、あともう少しだから

仕事の残りをやるかと思ったてたら、

いきなり義母の「カエル病」が発症した。

 

やれやれゲロゲロと思うが、あまり抵抗せず、

「そうですか。ではお気をつけて。

そこまでお見送りしますケロ」と言って、

いっしょに表に出る。

 

しかし、外に出てもどう帰っていいかわらない。

彼女の帰る家は「まぼろしの家」なので当然だ。

 

ぼくに道を訊くので、じゃあそこまで行きましょうと。

クルマの通らない、いつもの散歩コースである

川沿いの遊歩道まで連れて行く。

 

すると「ここからならだいたいわかります。

もう遅いのでお帰りなさい」と言われてしまった。

 

「はい、それでは」と言って別れたフリをしたら、

いつもの散歩コースをスタスタと歩き出す。

体力は後期高齢者と思えないほど満点だ。

 

僕は探偵のように離れてずっと尾行する。

 

やがて住宅街に入って行き、

迷子になって焦っているのが背中からわかる。

 

クルマも来るので、そのへんで

たまたま会ったフリをして声をかけると、

やっと改心してネコやイヌやカルガモらに

声をかけながら家に帰る。

 

でも義母にとって、こっちは「仮の住まい」でしかない。

子どもの頃の家族(と言っても、とっくにみんな亡くなっている)

がいる「まぼろしの家」こそ、

いつか帰っていく本当の家なのだ。

 

9月になって急に涼しくなり、

日が暮れるのも速くなったせいか、

「カエル病」の発症頻度が高くなった。

認知症には困ったケロ。

 


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「なぜDXはバックオフィスから始めるとうまくいくのか」 紀伊国屋ビジネス書ランキング 第2位に浮上!

 

レプリカントみたいなおねーちゃんが、

エイトマンみたいに弾丸よりも速く

突っ走るコマーシャルを見て、

「こんなの、うちじゃムリだ~」

なんてビビっているる場合じゃないですよ、社長!

 

先週の紀伊国屋書店週間ランキングで第2位。

カッコよさからも未来感からも程遠い

「なぜDXはバックオフィスから始めるとうまくいくのか」が、なぜ売れているのか?

 

それはあくまで現実的、実践的な本だから。

そしてITオンチの気持ちがわかる

ITポンチの僕が執筆したからです。

 

僕やあなたのように

本当のDXはもっと地味で、ダサくて、

どんくさいものです。

そういうものこそ役に立つ。

 

そろそろみんな、

そのことに気が付いてきたようですよ、社長。

 

中小企業DX推進研究会の

「なぜDXはバックオフィスから始めるとうまくいくのか」はこんな内容で、あなたをジミーな

デジタルトランスフォーメーションの世界へお連れします。

 

★内容

第1章 なぜ中小企業のDXは失敗するのか?

1.DXはこうして失敗する

2.DXへの期待と誤解

3.取り組まないこと・目的を見失うことがDXの失敗

4.中小企業のDXには進め方がある

 

第2章 なぜDXはバックオフィスから始めるとうまくいくのか

1.バックオフィスとな何か

2.バックオフィスから始めるDXはハードルが低い

3.バックオフィスのデジタル化で生産性向上

4.バックオフィスにはコストをかける経営的価値

 

第3章 なぜ会計事務所がバックオフィスのデジタル化に強いのか

1.必要なのはITリテラシーよりビジネスリテラシー

2.会計事務所が伝えたい「データの生かし方

3.会計事務所と共に進める最大の強み

 

第4章 バックオフィスのデジタル化を進めよう

1.経理退職!危機乗り越え、未来志向に進化できた理由

2.直感的操作でバックオフィスを一元管理。経営判断にも効果大

3.会社のクラウド化から、紙の電子化・営業支援へ

4.勤怠・給与の作業時間が4分の1になった仕組み

5.残業時間10分の1、勤怠管理のデジタル化から社員の意識も変わる

6.残業時間20%削減、電話をテキスト情報にしてくれる電話番サービス

7.作業の確認時間が90%削減。介護の煩雑な管理業務がスッキリ

 

第5章 バックオフィスから会社は変わる

1.企業文化が変わる

2.「未来会計」で「これから」を見よう

3.バックオフィスのDXが目指すもの

 

その他。コラムも多数収録

 

DXの失敗にはワケがある!? 中小企業の正しい進め方を会計事務所が紹介。バックオフィスからのDXを推進する書籍

 

中小企業DX推進研究会プレゼンツ

「なぜDXはバックオフィスから始めるとうまくいくのか」

定価1,650円

全国の書店、Amazonで発売中!

 


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週末の懐メロ46:イエローサブマリン音頭/金沢明子

 

原曲はもちろんビートルズの「イエローサブマリン」。

レノン=マッカートニーの作詞・作曲で、

リンゴ・スターがトボけた歌を聴かせていた。

 

ノイジーな効果音とブラスバンドの音が楽しく賑やかで、

ビートルズナンバーの中でも異彩を放つ、

面白メルヘンソング。

 

当時(1966年)のロック・ポップスの常識から外れた、

実験的で、いわば、プログレッシブロックの源流うぃ

創った楽曲の一つでもある。

 

そのイエローサブマリンを音頭にして歌ったのが、

民謡の女王・金沢明子。

そして、その背後にいたのは、

日本のシティポップの王・大滝詠一だ。

 

大滝詠一プロデュースで1982年にリリースされたこの曲に、

作者であるポール・マッカートニーも

ぶっ飛んで笑いころげたという伝説も伝えられている。

 

訳詞は大滝の盟友、そして日本の作詞王でもある松本隆。

原曲のストーリーを大切に、

日本語でここまで愉快なファンタジックワールドを

構築してしまうのだから、舌を巻く。

 

それを歌い上げる金沢明子のコブシ回しも最高だ。

 

そして編曲の萩原哲生(てっしょう)は、

「スーダラ節」をはじめ、

クレージーキャッツの数々のコミックソングを産み落とした

昭和のレジェンド。

これは彼が晩年に手掛け、ほぼ最後の名作となった。

 

つまりこの「イエローサブマリン音頭」は、

ビートルズ×はっぴいえんど(大滝・松本)×

クレージーキャッツ×日本民謡の

超絶コラボレーションなのだ。

 

今年もコロナで、日本のいたるところで

夏祭り・秋祭りが中止になってしまった。

 

ちょっとでいいから黄色い潜水艦に乗り込んで、

笑ってお祭り気分を楽しもう。

 

おりべまこと電子書籍:音楽エッセイ集

ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力

来週より毎週末連続無料キャンペーン実施!

懐メロファンも若メロ小僧もメロメロ娘もみんな集まれ!

●八王子・冨士森公園のスローバラード駐車場で、ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力について考える

●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●藤圭子と宇多田ヒカルの歌う力の遺伝子について

●ヘイ・ジュード:ジョンとポールの別れの歌

●阿久悠の作詞入門

●余命9ヵ月のピアニスト

●ローリング・ストーンズと新選組の相似点について

●キング・クリムゾンの伝説と21世紀版「風に語りて」

●プログレッシヴ・ロックスターの死①:ジョン・ウエットンの訃報、そしてロンドンの寿司

●プログレッシヴ・ロックスターの死②:キース・エマーソンの尊厳死(1周忌に捧ぐ) 

●勝手にビートルズ・ベストテン

●中学生時代の「エリナ・リグビー」の衝撃と和訳演奏

●純情ストーカー男と純心DV願望女の昭和歌謡

●人間は幸せに慣れると、幸せであることを忘れてしまう

●義弟のアナログレコードと帰ってきたカレン・カーペンター

●いちご畑で抱きしめて

●ダイヤモンドをつけたルーシーとの別れとジュリアンの心の修復作業

●抹消された20世紀パンクと想像力の中で生きる19世紀型スチームパンク

●悲しいことなんてぶっとばすロックンロールバンドのモンキービジネス

●オノ・ヨーコさん「NHKファミリー・ヒストリー」とYESの3文字の秘密

●オノ・ヨーコさん「NHKファミリー・ヒストリー」と「イマジン」の秘密

●いろいろな人が弾くから、心に響くロンドンのピアノ

●ストリートミュージックが商品になった街ロンドン

●アナログレコードとの再会

●見捨てられた恋人のようだったアナログレコードが、 なぜ絶滅の淵から回帰したのか?

●さすらいのレコード・コレクター:男のバカバカしくて痛快な生きザマ

●クリスマスにちょっとだけ世界と自分を変える

●森田童子の思い出:僕らの時代の子守唄

●自分をリライトする

●よみがえる死者・よみがえる歌:AIの音楽

●20世紀の愛と平和のロックなんて忘れてしまっていた

●だいじょうぶです、なすがままになさい

全33編 収録


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続・ワクチンショック

 

昨日はカミさんがワクチンのショックで

救急搬送されて焦ったが、

点滴打って薬を飲んで寝て、

結局、大ごとにはならなかった。

今日は微熱と腕の痛みだけだそうである。

どうもお騒がせしました。

 

ワクチンに対しても、感染してどうなるかも、

本当にひとりひとり反応が違うようだ。

 

僕も自分が平気だから、

ひとりだったらナメてかかっていただろうけど、

こういう敏感な人がそばにいると

慎重にならざるを得ない。

 

彼女は子どもの頃、体が弱く、

何度も死にかけたようなので、

健康や薬のことに関しては

かなり自分自身と対話できるようだ。

(子どもの頃、医者から出された薬を

「これはやばい」と感じて捨てたこともあるらしい)

それでもコロナワクチンに関しては見誤った。

 

それほど「ワクチン打て打て」という声は大きいし、

ネットなどでも「僕も打った、私も打った」と聞くと、

打たないと不安になるようだ。

 

でも確率は相当低いとはいえ、

亡くなる人もいる。

自分がそれに当たらないという保障はない。

 

情報はいっぱいあるけど、

最終的に決めるのは自分だし、

取るべき行動は、打つか・打たないの二つに一つ。

 

この先まだ長そうなコロナの世界では、

こんな局面がまだ何度か来るのかも知れない。

 


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秋風とともにワクチンショック

 

きょうはカミさんが午前中、

初めてワクチン接種に行ったのだけど、

昼過ぎ、そこから電話が来て、

すぐに迎えに来いと言われた。

 

通りに出てタクシーを捕まえて乗り込んだら、

また電話が鳴って、救急車を呼んだという。

 

会場に着いて荷物を渡され、

いっしょに救急車に乗った。

呼吸困難の症状が出ていた。

 

病院では気が気でなかったが、

点滴を打ってなんとか回復し、

家に戻って来た。

 

彼女はもともと喘息身持ちなので、

ワクチンを受けようかどうか悩んでいて

やっと決断したが、

やっぱりだめだった。

もうワクチンは打てない。

 

べつにワクチン反対派でなくて、

打ちたくても打てない人も結構いる。

 

巷ではコロナ=第3次世界大戦説もあると聞く。

両大戦とも4、5年続いた。

コロナの終息にもそれくらいかかるんではないかという話。

ちょっと「戦時下」を感じた。

 

それにしても5年は長い。

あと3年半もある。

もうちょっとおまけしてくれ。

 



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『なぜDXはバックオフィスから始めるとうまくいくのか』 書店ランキング入り

 

★八重洲ブックセンター ビジネス書2位

★紀伊國屋書店本店 ビジネス書3位

 

僕も執筆参加したDX本、好評発売中です。

DXへのハードルを低くする決定版で、

あなたの頭もできたるトランスフォーメーション!

 

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 ★内容

第1章 なぜ中小企業のDXは失敗するのか?

1.DXはこうして失敗する

2.DXへの期待と誤解

3.取り組まないこと・目的を見失うことがDXの失敗

4.中小企業のDXには進め方がある

 

第2章 なぜDXはバックオフィスから始めるとうまくいくのか

1.バックオフィスとな何か

2.バックオフィスから始めるDXはハードルが低い

3.バックオフィスのデジタル化で生産性向上

4.バックオフィスにはコストをかける経営的価値

 

第3章 なぜ会計事務所がバックオフィスのデジタル化に強いのか

1.必要なのはITリテラシーよりビジネスリテラシー

2.会計事務所が伝えたい「データの生かし方

3.会計事務所と共に進める最大の強み

 

第4章 バックオフィスのデジタル化を進めよう

1.経理退職!危機乗り越え、未来志向に進化できた理由

2.直感的操作でバックオフィスを一元管理。経営判断にも効果大

3.会社のクラウド化から、紙の電子化・営業支援へ

4.勤怠・給与の作業時間が4分の1になった仕組み

5.残業時間10分の1、勤怠管理のデジタル化から社員の意識も変わる

6.残業時間20%削減、電話をテキスト情報にしてくれる電話番サービス

7.作業の確認時間が90%削減。介護の煩雑な管理業務がスッキリ

 

第5章 バックオフィスから会社は変わる

1.企業文化が変わる

2.「未来会計」で「これから」を見よう

3.バックオフィスのDXが目指すもの

 

その他、コラムも多数収録

 


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どうだ、どうだ、ぶどうだ

 

岡山からブドウが送られてきた。

グリーンのが「天山(てんざん)」、

いゐるブドウ色というか、ピックっぽいのが

「クイーンニーナ」。

 

むかし天山という相撲取りがいたような気がするが、

あけてびっくり。デカッ!

まさしく横綱級の粒の大きさ。

 

「クイーンニーナ」も巨峰をしのぐでかさ。

沢田研二が「追憶」という歌で「ニーナ!」と

恋人の名を呼んでいた。

 

どっちも東京のスーパーでは

お目に掛かったことがない。

どうも栽培が難しく、作るの農家が少ないので、

あまり市場に出回らないのだそうだ。

 

お味はどうかと言うと、どっちもプリっと

コシがあって歯ごたえ抜群。

 

天山はわりとさっぱりめでボーイッシュな味。

クイーンニーナは尼さと香りのバランスが抜群で、

ガーリーなお味。

といったら伝わる?

 

夕食のデザートにしたら、

おいしくて食べ応えがあって、

それぞれ3粒食べたらお腹がいっぱいになった。

 

ありがとう岡山!

それにしてもブドウが出てくるともう秋だね。

 

おりべまことエッセイ集:食べる

ロンドンのハムカツ

・お米と田んぼとお母ちゃんのニッポン!

 

・インヴァネスのベーコンエッグ

 

・ハムカツの呪い

・脳が構築する「風味」:人間の食と世界観

・幻想やストーリーでおいしくなる日本食 

・肉じゃがは幻想のおふくろの味 

・恐竜の唐揚げ 

・スーパーマーケットをめぐる冒険 ほか 

 

Amazonに好評発売中 ¥282

 


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どうして人は地球滅亡・人類滅亡の物語を創り続けるのか?

 

コロナで人類が滅亡すると思っている人は

ほとんどいないが、この先のことはわからない。

変異を繰り返して、

おそるべき大量殺戮ウイルスにならないとも限らない。

 

でも、そうしたら世界中の人々は

現在のように分断された状況ではなく、

心を一つにして「人類の敵」に立ち向かっていくだろう。

 

そんなことを考え出したのは、

そう言えばここ最近、

地球滅亡・人類滅亡系の映画を観ていないなぁと

ふと思ったからである。

 

最後に観たのは「アルマゲドン」だったか。

ということは、

21世紀になってからほとんど観ていないのか?

 

小説やマンガはどうか?

「寄生獣」などは人類滅亡系のカテゴリーに

 

入らなくはない。

 

「エヴァンゲリオン」は?

20世紀の旧作(旧劇場版)はそのニュアンスが強かった。

しかし、新劇場版になると、心の問題にすり替わった。

 

「地球滅亡・人類滅亡は、あなた自身の心の問題です」

というわけだ。

 

キリスト教瀬世界では「ノアの箱舟」など、

地球滅亡・人類滅亡は

大昔から語り継がれてきた一大テーマである。

そこから救世主・英雄の物語が展開した。

 

20世紀後半以降、それが現代科学の発展、

核兵器の開発などと結びついて、

SF分野で地球滅亡・人類滅亡の物語が

量産されるようになった。

 

また、僕らの世代の日本人は

「ノストラダムスの大予言」に当たってしまったので、

「地球滅亡・人類滅亡」に脳のコア部分が侵食されている。

 

僕はこの20年余り、さすがに食傷して、

あんまりその手の物語を楽しめなくなっていたが、

相変わらず滅亡映画は創られ続け、

どれもそこそこヒットしているようである。

 

観客がいなければ映画なんて作らないので、

やはり安定した需要があると考えられる。

 

そして、なんでそんなに需要があるのか?と考えると、

答は割と簡単で、先進国社会はおしなべて、

この先、人口が減っていくからである。

 

先進諸国の人口はピークアウトしている。

ピークアウトしているからこそ先進国であり、

豊かな経済・豊かな生活を実現していると言ってもいい。

 

ということは極論すると、

いずれは日本なら日本人がいなくなり、

人類が地球からいなくなるということだ。

 

もちろんそれは遠い遠い未来の話で、

僕たちや、僕たちの子どもや孫の時代に

起こることではない。

けれどもどれほど先かはわからないけど、

確実にそれはやってくる。

 

現代の人間と同じ新人類が地球に出てきたのが、

およそ20万年前だというから、

それくらいのスパンで人類は消滅するとも考えられる。

あるいは、もう人類とは呼べない、

ちがう生き物になっているのかもしれない。

 

ぼくたちの脳はもうそのことをどこかで感知している。

じつは得体の知れない不安のもとはそれである。

 

僕も含めてみんな、漠然とした将来への不安を抱え、

なんとか拭い去ろうと躍起になっているが、

はっきりいって無理である。

 

いずれ人類は滅亡する。

ぼくたちはその途上にいる。

 

人が地球滅亡・人類滅亡の物語を創り続けるのは、

一時的にでもその不安を払しょくし、

心の安定を取り戻すため。

いわば、一種の宗教的行為なのである。

 

そこには女神が、英雄が、救世主がいる。

そしてあなたの隣に愛する人が、大切な人がいる。

地球滅亡・人類滅亡の物語はそう教え、人々を導く。

安心できるためには、

やっぱり「愛」と「信じること」が必要なのだ。

 

と、ここでアルマゲドン愛のテーマ、

エアロスミスの「I Don't Want To Miss A Thing」が

ドラマチックに流れる。

ああ、また映画が観たくなった。

 

というわけで、もしコロナがおそるべき変異を遂げたら、

マスクしろ・しなくていい、

ワクチン打つべし・いや、あれは毒だ、支配層の陰謀だと

しょーもない喧嘩をすることなく、

人類は愛の心で一丸となてるのではないか?

 

もちろん、そんなことは望んでないけど、

たとえコロナが今のレベルでも、

かかったら重症化して死んでしまう可能性は誰にでもある。

 

べつに地球が滅亡しなくても、人瑠が滅亡しなくても、

あなたが死んだら、

あなたの地球も世界もそれで終わってしまう。

だから気を付けてね。

そして、死なないでね。

あなたの地球、あなたの世界を守るために。

 

電子書籍新刊「1日3分の地球人」

8月31日(火)15:59まで

新発売記念5日間無料キャンペーン

忙しくて目の前のことしか見えない。考えられない。

でも1日3分でいいから、空に浮かんで地球を見つめてみる。

脳だけ旅人にして世界を歩いてみる。

せっかくこの星に生まれたのなら、

自分が芥子粒のように思える広い空間と長い時間こ手足を伸ばして寝そべりたい。

そんな思いを抱いて綴った地球・世界についてのエッセイ集。

ブログ「DAIHON屋ネタ帳」より30編を厳選・リライト。

●もくじ

他者に不寛容だから幸福度低い?ニッポン

1月21日のルイ16世とマリー・アントワネット

アムステルダムのナシゴレンとコロッケとアンネ・フランク

孤独担当相の誕生

ヒトラーの人間力

 「GACHI」という言葉を外国人に説明すると

 未来のことは子どもに学ぶ

 人新世(アントロポセン)を生きる ほか

 


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週末の懐メロ45:Summer/久石 譲

 

テレビのコマーシャルやBGMでよく耳にするこの曲は、

1999年に公開された北野武監督の映画「菊次郎の夏」のテーマ曲。

 

「遠く離れて暮らすお母さんに会いに行きたい」

「よし、おじさんが連れてってやる」

 

ちょっとどんくさい感じの少年マサオを、

たけし演じる寅さんみたいなヤクザ男・菊次郎が

小さな旅に連れ出す。

 

ただそれだけの話なのだが、

ふさけてて笑えて、

かわいくて切なくて、

少年の心と中年男の心が重なり合う。

僕の心の地図の中で最高峰に位置する映画である。

 

歌詞のないインストゥルメンタル曲だが、

メロディラインの中に映画で描かれる

夏、旅、海、花火、お祭り、無垢で不器用な少年、

アホでこころやさしい大人、笑い、涙。

そして昭和から平成初期にかけての近過去の日本。

そのすべてのエッセンスが盛り込まれている。

まさしく懐メロの中の懐メロだ。

 

YouTubeにはこの映画と音楽に関する

北野監督のインタビューが投稿されている。

 

Q「『菊次郎の夏』では、作曲家の久石譲との協力が

いつにもなく強調されており、

そこから尊敬と称賛の意を受け取ることができます。

あなたがた二人がどのように作品を作っていくのか、

より詳しく教えていただけますか?」

 

監督「いつもは編集したものを見せて、

さあ、これにつけろとぜんぶ任せてたんだけど、

今回だけは、こういったメロディラインでって、

音楽の内容にまでかなり言ったので、

こんなような音楽が出来てくるだろうなって

思って撮っていったので当たったんだろうね」

 

この曲はたけし監督の想いを

見事に反映した曲でもあるのだと思う。

 

けれども、近所のどこの馬の骨とも知らぬおっさんが

熱中症も気にすることなく、

ヤバイ場所、うさんくさい場所も含めて

子どもをあちこち連れ回すことはもうできないし、

心を重ね合わせることもできない。

 

菊次郎や僕たちが体験した「昭和の夏」

「日本ならではの夏」は、

時代が変わり、社会が変わり、環境が変わった今、

洗練され、加工され、

アク抜き処理をされたパッケージ商品のようになっていく。

 

この先もナチュラルな形で残していくのは、

もう難しいのかもしれない。

 

その代わりと言っていいのかどうかわからないが、

ジブリ映画などの音楽も手掛ける久石譲は、

いまや現代の日本人の心の原風景を作っているかのようだ。

 

「日本ならではの夏」を伝えていくためにも

懐メロ映画や懐メロ音楽を愛し続けたい。

 

電子書籍新刊「1日3分の地球人」

8月26日(木)16:00~31日(火)15:59

新発売記念5日間無料キャンペーン

忙しくて目の前のことしか見えない。考えられない。

でも1日3分でいいから、空に浮かんで地球を見つめてみる。

脳だけ旅人にして世界を歩いてみる。

せっかくこの星に生まれたのなら、

自分が芥子粒のように思える広い空間と長い時間こ手足を伸ばして寝そべりたい。

そんな思いを抱いて綴った地球・世界についてのエッセイ集。

ブログ「DAIHON屋ネタ帳」より30編を厳選・リライト。

●もくじ

他者に不寛容だから幸福度低い?ニッポン

1月21日のルイ16世とマリー・アントワネット

アムステルダムのナシゴレンとコロッケとアンネ・フランク

孤独担当相の誕生

ヒトラーの人間力

 「GACHI」という言葉を外国人に説明すると

 未来のことは子どもに学ぶ

 人新世(アントロポセン)を生きる ほか

 


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「1日3分の地球人」発売記念無料キャンペーン

 

特にこれといったきっかけがあるわけでもなく、時々ふと地球のことを考える。

 

脳が森の中に分け入ったり、深海に潜ったりしてみる。

そこで生きている生き物たちのことを僕らは分かっているようで何も知らない。

 

みんな、草か木の実か肉かプランクトンか、とにかく何か食って排泄して、生殖して眠る……ということは知っているけど、彼らだってきっとメシとトイレとセックス以外の何かを考えながら生きている。

 

人間の「思考」とはちょっと違うものかも知れないけど。動物だけでなく植物も。その想念みたいなものが集まって「地球環境」というのは形づくられているのではないか。そんな妄想にかられる。

 

同じように人間が作ってきた世界のことを考える。

脳がさまざまな時代を旅して、あちこちの国に行ってみて、あの時代、この国の人たちが、あの国の人たちが

どうやって世界を認識していたのか訊いてみる。

そして今、自分がどこにどうやって立っているのか

確かめてみる。

 

情報化社会の恩恵を受けた現代人は、正しく「地球人」であり「世界人」である。

そんな地球人・世界人が皆、1日ほんの3分間、

森や砂漠や海中にダイブして、こういう星で暮らしているんだ、と感じるだけで、地球は少しだけ変わる。

あるいはタイムトラベルして、こうして今、自分はここにいるんだと思うだけで、世界は少しだけ変わる。

 

8月26日(木)16:00~31日(火)15:59

新発売記念5日間無料キャンペーン

 

●もくじ

・一日三分の地球人

・他者に不寛容だから幸福度低い?ニッポン

・1月21日のルイ16世とマリー・アントワネット

・アムステルダムのナシゴレンとコロッケとアンネ・フラン

 ク

・孤独担当相の誕生

・ヒトラーの人間力

・世界を作った歴史人は?(世界史編)

・ロンドン旅行記より:観光都市は空港からエンターテイン

 メント

・京都探訪記より:外国人観光客の群れ、そしてキモノ女の

 大増殖

・急落マクロン株と安定上昇アントワネット株

・EU離脱と大英帝国の幻想とお国のアイデンティティ

・「GACHI」という言葉を外国人に説明すると

・世界初・英国孤独問題担当相 いわくつきの誕生から1年

・ルワンダを復興させた女性たち

・新元号発表とゴッド・セーヴ・ザ・キングと

 戦争のあった時代

・ほんとは幸福になんかなりたくない日本人

・和服でサムライプレゼン

・ロンドン旅行記より:新名所は鉄道駅

・世界自閉症啓発デー&発達障害啓発週間と人権意識の未来

・地球に生きる人間の数と、人間の適正な大きさについての

 疑問

・最強台風と地球温暖化問題

・ハリウッドストーリーがロックスターに打ち克った日

・未来のことは子どもに学ぶ

・「メリークリスマス!」は 時代遅れの宗教ハラスメントな

 のか?

・嵐が丘への旅の記憶

・人新世(アントロポセン)を生きる

・ファットマンを地球最後の核兵器にするために

・日本の子ども・高齢者の幸福度と大人のエゴ

・ロンドン旅行記より:「国家の英雄」が乗った海賊船

・僕たちは世界という方舟に乗船している

。ちょっと地球になって海に潜ってみる

 


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おりべまこと電子書籍「1日3分の地球人」本日発売!

 

忙しくて目の前のことしか見えない。考えられない。

でも1日3分でいいから、

空に浮かんで地球を見つめてみる。

脳だけ旅人にして世界を歩いてみる。

せっかくこの星に生まれたのなら、

自分が芥子粒のように思える

広い空間と長い時間こ手足を伸ばして寝そべりたい。

そんな思いを抱いて綴った

地球・世界についてのエッセイ集。

ブログ「DAIHON屋ネタ帳」より30編を厳選・リライト。

 

明日8月26日(木)16:00~31日(火)15:59

新発売記念5日間無料キャンペーン

 

●もくじ

・一日三分の地球人

・他者に不寛容だから幸福度低い?ニッポン

・1月21日のルイ16世とマリー・アントワネット

・アムステルダムのナシゴレンとコロッケとアンネ・フラン

 ク

・孤独担当相の誕生

・ヒトラーの人間力

・世界を作った歴史人は?(世界史編)

・ロンドン旅行記より:観光都市は空港からエンターテイン

 メント

・京都探訪記より:外国人観光客の群れ、そしてキモノ女の

 大増殖

・急落マクロン株と安定上昇アントワネット株

・EU離脱と大英帝国の幻想とお国のアイデンティティ

・「GACHI」という言葉を外国人に説明すると

・世界初・英国孤独問題担当相 いわくつきの誕生から1年

・ルワンダを復興させた女性たち

・新元号発表とゴッド・セーヴ・ザ・キングと

 戦争のあった時代

・ほんとは幸福になんかなりたくない日本人

・和服でサムライプレゼン

・ロンドン旅行記より:新名所は鉄道駅

・世界自閉症啓発デー&発達障害啓発週間と人権意識の未来

・地球に生きる人間の数と、人間の適正な大きさについての

 疑問

・最強台風と地球温暖化問題

・ハリウッドストーリーがロックスターに打ち克った日

・未来のことは子どもに学ぶ

・「メリークリスマス!」は 時代遅れの宗教ハラスメントな

 のか?

・嵐が丘への旅の記憶

・人新世(アントロポセン)を生きる

・ファットマンを地球最後の核兵器にするために

・日本の子ども・高齢者の幸福度と大人のエゴ

・ロンドン旅行記より:「国家の英雄」が乗った海賊船

・僕たちは世界という方舟に乗船している

。ちょっと地球になって海に潜ってみる

 


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社長、なんとなくDXを考えてるならおススメです

 

コロナ禍はまだ5年、10年続くかも?

もう元の世界には戻らない。

なんとなく考えているDX、そろそろ始めないと。

 

DXの失敗にはワケがある!? 中小企業の正しい進め方を会計事務所が紹介。バックオフィスからのDXを推進する書籍

中小企業DX推進研究会プレゼンツ

「なぜDXはバックオフィスから始めるとうまくいくのか」

定価1,650円

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★内容

第1章 なぜ中小企業のDXは失敗するのか?

1.DXはこうして失敗する

2.DXへの期待と誤解

3.取り組まないこと・目的を見失うことがDXの失敗

4.中小企業のDXには進め方がある

 

第2章 なぜDXはバックオフィスから始めるとうまくいくのか

1.バックオフィスとな何か

2.バックオフィスから始めるDXはハードルが低い

3.バックオフィスのデジタル化で生産性向上

4.バックオフィスにはコストをかける経営的価値

 

第3章 なぜ会計事務所がバックオフィスのデジタル化に強いのか

1.必要なのはITリテラシーよりビジネスリテラシー

2.会計事務所が伝えたい「データの生かし方

3.会計事務所と共に進める最大の強み

 

第4章 バックオフィスのデジタル化を進めよう

1.経理退職!危機乗り越え、未来志向に進化できた理由

2.直感的操作でバックオフィスを一元管理。経営判断にも効果大

3.会社のクラウド化から、紙の電子化・営業支援へ

4.勤怠・給与の作業時間が4分の1になった仕組み

5.残業時間10分の1、勤怠管理のデジタル化から社員の意識も変わる

6.残業時間20%削減、電話をテキスト情報にしてくれる電話番サービス

7.作業の確認時間が90%削減。介護の煩雑な管理業務がスッキリ

 

第5章 バックオフィスから会社は変わる

1.企業文化が変わる

2.「未来会計」で「これから」を見よう

3.バックオフィスのDXが目指すもの

 

その他。コラムも多数収録

 


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そこの社長、 「なぜDXはバックオフィスから始めるとうまくいくのか」を読んでください

 

経理・人事・労務・総務部などの社員、

そして何よりも経営責任者、必読!

 

DXがなかなか進まない会社への処方箋

「なぜDXはバックオフィスから始めるとうまくいくのか」が本日8月23日(月)、全国の書店に並びました。

 

著者は中小企業DX推進研究会。

僕も執筆のお手伝いをさせていただきました。

 

コロナ禍がいつ明けるのか、

いまだ予想はつかないが、

そのトンネルを抜けた先に

デジタル社会が広がっていることだけは確か。

 

最低限の準備をしておくためにも

経理・人事・労務・総務など、

バックオフィスのデジタル化を進めておこう。

 

台所がしっかりしていない会社は、ちゃんとした料理、

つまり製品やサービスをきちんとお客様に提供できない。

 

機能性・生産性の高い台所づくりのためには

お金の計算、勤怠管理、人事管理などの面倒な部分は、

もう人間がやらなくてもいい仕事になる。

 

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正しく、素早く、楽しくDXをやっていこう!

 

8月23日(月)から全国の書店、

およびAmazonで発売開始!

定価:1,650円(税込)

 


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おりべまこと電子書籍新刊「1日3分の地球人」8月25日(水)発売予定!

 

忙しくて目の前のことしか見えない。考えられない。

でも1日3分でいいから、

空に浮かんで地球を見つめてみる。

脳だけ旅人にして世界を歩いてみる。

 

せっかくこの星に生まれたのなら、

自分が芥子粒のように思える広い空間と

長い時間こ手足を伸ばして寝そべりたい。

そんな思いを抱いて綴った

地球・世界についてのエッセイ集。

ブログ「DAIHON屋ネタ帳」より30編を厳選・リライト。

 

●もくじ

1日3分の地球人

他者に不寛容だから幸福度低い?ニッポン

1月21日のルイ16世とマリー・アントワネット

アムステルダムのナシゴレンとコロッケとアンネ・フランク

孤独担当相の誕生

ヒトラーの人間力

世界を作った歴史人は?(世界史編)

 

「GACHI」という言葉を外国人に説明すると

ルワンダを復興させた女性たち

 

和服でサムライプレゼン

 

ハリウッドストーリーがロックスターに打ち克った日

未来のことは子どもに学ぶ

 

人新世(アントロポセン)を生きる

ファットマンを地球最後の核兵器にするために

日本の子ども・高齢者の幸福度と大人のエゴ

ロンドン旅行記より:「国家の英雄」が乗った海賊船 ほか

 


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週末の懐メロ44:少年ヴィーナス/ビョーク

 

アイスランドで初の世界的ミュージシャンとして

羽ばたいたビョークが

1993年にリリースした必殺の1曲。

 

未来チックでありながら

懐かしい子守歌のような音色とリズムは

浮遊感たっぷりで

どこかべつの宇宙へつれていかれそうだ。

 

かつてのケイト・ブッシュを彷彿とさせる

サウンドとパフォーマンスだが、

ビョークは顔立ちが東洋系のせいか、

妖精というよりかわいい妖怪といった感じ。

影ふみをして遊ぶざしきわらしのように見えてしまう。

 

「彼は美を信じる少年ヴィーナス」という歌詞は

けっこうエロいニュアンスがあるけど、

少女のように見える彼女、

じつはこの頃、すでに母親だった。

 

なのでこの歌は、もしかしたら

息子への愛情を歌ったものなのかもしれない。

なんとなく子守歌っぽく聞こえるのはそのせいかも。

 

ジャン・レノ主演・リュック・ベッソン監督の

映画「レオン」の挿入歌として憶えている人も多い。

「やさしい殺し屋のララバイ」というところか。

 

彼女自身もこの後、映画女優として活躍。

 

2000年には「ダンサー・イン・ザ・ダーク」という

かなりヤバい映画に主演し、

第53回カンヌ国際映画祭でパルム・ドール、

そして主演女優賞を獲得した。

 

北の果ての国から生まれた特異な才能。

月光のなかでゆらゆら揺らぎながら歌うビョークは、

むし暑い夏の夜をひんやりクールにしてくれる。

 

Amazon Kindle 電子書籍

エッセイ集:音楽

ポップミュージックを

こよなく愛した僕らの時代の妄想力

ロックが劇的に進化し、ポップミュージックが世界を覆った時代。僕たちのイマジネーションは 音楽からどれだけの影響を受け、どんな変態を遂げたのか。心の財産となったあの時代の夢と歌を考察する音楽エッセイ集33篇。

もくじ

●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●藤圭子と宇多田ヒカルの歌う力の遺伝子について

●ローリング・ストーンズと新選組の相似点について

●キング・クリムゾンの伝説と21世紀版「風に語りて」 ほか

 


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コロナ・デルタモードでビキニのおねえちゃんはもはやノスタルジー

 

昨日、テレビで3、4年前の日本のビーチ

(たぶん湘南あたり)の映像が出てきた。

ビキニの女の子が笑顔でインタビューに答えている。

 

そのVを見ていたコメンテーターの芸人が思わず漏らした。

「なんだか懐かしい風景や」

 

その感覚は正しいと思った。

3年前の夏、僕は頭の手術をやって入院し、

海もプールも自粛していたが、

その頃のことが本当に昔のことに思えてしまう。

 

個人的な生活の変化もあるが、

もちろんそこにはコロナが大きく介在している。

 

コロナ前とコロナ後の世界は完全に分断されそうな気配だ。

 

仕事でも調べものでネット記事をあちこち検索するが、

2019年以前の記事はちょっと注意して読む。

 

古い記事に価値がないわけではないが、

そのビジネス自体が陳腐化していたり、

プロジェクトが終了したりしているケースが

けっこう見受けられるからだ。

 

企業サイトでもニュースやブログが

2020年以降、更新されていないのを発見すると、

この会社は本当にちゃんと稼働しているのか、

ちょっと心配になる。

 

もし更新をサボっているだけだったら、

不信感を抱かれないために

ちゃんとアップデートした方がいい。

 

それにしても、今振り返れば昨年はまだよかった。

日本は被害が大したことなかったので、

自分も含めて、コロナをなめていた。

 

政府もよけいな金や労力をかけなくても

国民に我慢させときゃ、いずれ嵐は過ぎ去ると

思っていたのだろう。

 

 

それでオリンピックもできちゃって、

もしかしたら奇跡が起きて感染が減退するかと

わずかに期待したが、残念ながら、

オリンピックの神様は日本に金メダルをくれなかった。

 

ワクチン打ってオリパラやって、

この夏でコロナ一件落着となっていた

シナリオは見事に崩れてしまっている。

 

メディアに煽られている部分はあるかも知れないが、

今回のコロナ・デルタモードはまじヤバイ気がする。

 

もしかしたら今までのは前座に過ぎず、

日本のコロナ禍はこれからが本番なのかもしれない。

 

ワクチン打ってても安心できない。

とりあえず年末までは自粛を続けるしかなさそうだ。

これが単なる思い過ごしでありますように。

 

ついでに言うと、

最近「ポストコロナのビジネス云々」という広告が

よく目に入る。

 

その人たちの中でコロナ禍を予測できた人も、

ここまで(さらに来年以降まで)トンネルが続くと

予測できた人は一人もいない。

話は2、3割聞いておけばいいと思う。

 


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「なぜDXはバックオフィスから始めるとうまくいくのか」発売!

 

昨年に続き、今年も中小企業DX推進研究会の

DX本の制作に参加。

 

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「テレワークは1回きりでやめた」

「ソフトを買ったけれど使いこなせなかった」

「一部の社員だけのメリットで、

 他の社員に不満があった」

 

そんなDX(デジタルトランスフォーメーション)に

挫折した会社・事業者に超オススメ。

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週末の懐メロ43:ラヴ・ラヴ・ラヴ/ザ・タイガース

 

映画情報に触れて、ふと沢田研二のことを思い出し、

聴いていたら何曲目かに出てきた「ラヴ・ラヴ・ラヴ」。

 

リリースは1969年末。

他のグループのメンバーも夜中にスタジオに集まってきて、

レコーディングに参加した、という逸話もあるくらい、

かなり気合を入れて作られたらしい。

が、その割にはあまりヒットしなかった。

 

熱狂的だったブームは瞬く間に過ぎ去り、

ザ・タイガースをはじめとする

日本のGS(グループサウンズ)の時代は

もう終わろうとしていた。

 

僕もまだ子どもだったので、

リアルタイムでこの曲を聴いたことは、

ほとんどなかった。

 

テレビで観た憶えもないし、

いつ、どこで、どう耳にしたのかわからない。

けれども、このメロディはずっと脳のどこかに

こびりついていた。

 

そして、おそらく50年ぶりに聴いて衝撃を受けた。

 

明らかにビートルズの

「愛こそはずべて(All you need is LOVE)」に

インスパイアされた曲だ。

 

だけどこれ、ビートルズよりうんといいやんか。

めっちゃ素晴らしい曲やんか。

 

 

沢田研二は先日公開された

山田洋次監督の「キネマの神様」で、

昨年コロナで亡くなった志村けんの代役を務めている。

 

エロチックでデカダンで

ファンタジック。

日本人離れしたな魅惑のパフォーマンスで

1970年代の日本のポップス界をリードした沢田研二。

 

あの頃の若い女と男を魅了しまくった

スーパースター“ジュリー”が、

「寅さん」に代表される山田人情映画で、

人生を破綻させた老人役を演じるなんて

誰も夢にも思わなかっただろう。

 

けれども年齢を重ね、

いろいろな経験を重ねた彼にとっては

そんなに特別なことではなかったのかもしれない。

 

 

僕らが抱くかつてのジュリーの幻想から離れて数十年、

沢田研二はずっとコンサートを開き、

歌い続け、音楽とともに生きてきた。

 

この曲も自分のソロコンサートで、

そしてタイガースの復活コンサートで、

ずっと大事に歌い継いできた。

 

映像は復活タイガースの2013年のコンサート。

GSの中でもトップだった人気バンドは、

ただのアイドルではなかった。

ヴォーカルも演奏力も一流だった。

 

5人ともすっかりじいさんになってしまったが、

サポートを受けずとも素晴らしい演奏を繰りひろげていく。

 

ドラマ・映画の名わき役として知られる

岸部一徳(旧名・修造、愛称サリー)の唸るベース。

 

ハートビートを打ち続け、

クライマックスに炸裂する瞳みのる(愛称ピー)のドラム。

このカッコよさはどうだ。

 

そして沢田研二のヴォーカルも

若い頃からけっして衰えていない。

むしろ齢を取って深みを増しているように感じる。

 

本当に時はあまりにも早く過ぎてゆく。

喜びも悲しみもすべてつかの間だ。

 

「ラヴ・ラヴ・ラヴ」の歌詞は、

いま歌ってこそ、いま聴いてこそ、

深く心に染みる。

 

ラヴ・ラヴ・ラヴ 愛こそすべて

 

映画観に行くよ。

まだまだ終わらない。

がんばれジュリー!

 

 

 

 

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夢みたび。TOKY02040開催決定! (という夢を見た)

 

不運にまみれてたのに、

こんな厳しい条件のもと、みんなよくがんばった。

 

今週はテレビもネットも、

日本のメダリストおめでとう! 

勇気をどうもありがとう!

 

ボランティアの皆さんのおもてなし 

すばらしい 海外も絶賛!

 

という声があふれている。

 

それを僕たちはエアコンのきいた

涼しい部屋の中で見聞きして胸を熱くしてる。

これでめでたしめでたしでいいのか?

 

なんで開会式で「イマジン」を歌うのか?

なんで閉会式で「愛の賛歌」を歌うのか?

なんで広島・長崎への黙禱がないのか?

 

不可解なこといっぱいの東京オリンピックで

やっぱり最大のミステリーは

「なんで真夏の東京でオリンピックなのか?」

と、最初から言っていたことに戻ってしまう。

 

あまり大きくは報道されなかったようだが、

テニスでもアーチェリーでも競歩でもマラソンでも

熱中症になる選手が続出。

(競歩とマラソンは会場を札幌に移しても変わらなかった)

ボランティアも50人以上が熱中症で倒れたそうである。

 

これでもし観客を入れていたら・・・

と思うと空恐ろしくなる。

死人だって出ていた可能性が高い。

皮肉だけどむしろコロナに感謝すべきだった

のかもしれない。

 

招致の段階で日本側は「東京は温暖な気候」だから

「選手にとっても最適な環境」という文言を入れていた。

 

それは1964年と同じく、10月に開催されたときの話だ。

当時と違って開催日程が真夏なのはわかっていたこと。

IOCだって東京の真夏が競技するのに適した環境かどうか

わかっていたこと。

 

ミステリーでも何でもない。

 

最初から選手ファースト無視、

理念も無視した大会だったのは明らか。

ということは忘れないほうがいいと思う。

 

でも、こんなに素晴らしい日本人主催のオリンピックが

コロナのせいで無観客になり、

海外の人も来られなくて本当に残念。

と思っている人は少なくないだろう。

 

そこでちょっとおめでたい情報を得た。

パリ、ロス、ブリスベン、2036はイスタンブールが有力。

 

ならばその後の2040、また東京でどうですか?

せっかく作ったこの素晴らしい施設、

上手にメンテすれば

19年後なら十分再利用できるんじゃないですか?

 

ぼくたちだってまたおもてなしを受けたいし、

今度こそたっぷりおいしい日本食食べて、観光もしたいよ。

競合なしで決めちゃってもいいからさ。

 

と、IOCのお偉方が去り際に持ち掛けたとか。

 

ええー! 夢みたび。TOKY02040

ぜひぜひとも! とJOCも都も政府も色めきたったとか。

 

ーーというのはもちろん真夏の夜の夢です。

真夏の東京オリンピック、ノーモア。

 

 

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日本だから発信できる、大事なメッセージが抜け落ちていた東京オリンピック

 

開催中は選手の活躍にエキサイトした。

感動ストーリーもたくさん生まれた。

日本のメダルラッシュも喜ばしいことだ。

 

でもやっぱり終わってみて、

オリンピックの開催意義を考えざるを得なかった。

 

最後まで理念が抜け落ちたままだった

東京オリンピック。

その印象は変わらない。

 

それを象徴するかのように

閉会式は締まりのないものだった。

 

選手が解放的になり、リラックスするのはいい。

競技をやり遂げた喜びを表すのはいい。

 

けれども平和の祭典・多様性の象徴であるはずの

オリンピックが日本で行なわれているのに、

それも日程に8月6日を含んでいるのに、

閉会式翌日(=きょう)は8月9日なのに、

どうして広島・長崎への黙禱が行われないのか?

 

橋本会長・バッハ会長のスピーチの時に

それはできたはずである。

 

それがあれば閉会式も全然違った印象になったのだろうに。

東京で、日本で開催した意義も、価値も、

後世に与える印象も違っていただろうに。

 

これもまた政治・思想に

オリンピックを利用するのはまかりならん、

ということに当てはまるのだろうか?

 

黙禱はお祭りにふさわしくないからか?

そうとは思えない。

 

1994年のリレハンメル(ノルウェー)冬季大会の開会式では

サラエボに向けて黙祷が行われた。

 

サラエボオリンピック(冬季大会)は、

その10年前の1984年に行われた。

旧ユーゴスラビア(現ボスニアヘルツェゴビナ)の首都である。

 

しかしオリンピック開催後、東西冷戦構造の瓦解に伴って、

ユーゴスラビアという国家自体が崩壊。

いくつもの国に分断され、

サラエボは内戦と民族間の対立と大量虐殺の舞台となってしまった。

 

僕はもちろんテレビで観ていただけだが、

あの黙禱にシーンは

27年経った今でも鮮明に覚えている。

それくらいオリンピックという場はメッセージの発信力が強い。

 

もちろん、サラエボはかつての開催地であるなど、

事情や背景は異なっているが、

それにしてもやっぱり、なぜやらないのか? 

という疑念はぬぐえない。

 

当然、裏では議論もあったようだが、

結局、IOCは首を縦に振らなかった。

 

パンデミックという厳しい条件の下で、

半ば無理やり開催したのだから、

単なる祭典ではない、スポーツだけではない、

オリンピックの独特意義を謳ってよかった。

謳うべきだった。

 

それが、人類がコロナウイルスを克服した証云々にも

繋がるんじゃないの?

菅首相も、小池都知事も

もっとがんばれなかったのか?

・・・といっても、もう遅いけど。

 

パフォーマンスの一部に出演した大竹しのぶさんも

そのことを残念がっていた。

..

宮澤賢治の詩を子どもたちに語って聞かせるという、

ちょっと意味不明のお芝居。

 

正直「なんでこんなシーン入れるの?」と思ったが、

あれは黙祷をしない・できないことの代償だったのか?

しかし、あれではメッセージにはならない。

せっかく東京で、日本で開かれたのに。

せっかく大きなチャンスだったのに。

 

選手の活躍や喜びに水を差すつもりはないけど、

今回のオリンピックは、

かなり残念な気持ちでいっぱいだ、

 


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週末の懐メロ42:秘密の花園/松田聖子

 

ミステリアスなランデブーからたおやかに広がっていく

夜の海の情景。

イメージ豊かな旋律が魅惑的な松田聖子1983年のヒット曲。

 

特にファンというわけではないのだが、

なぜか唯一この曲だけは完全にツボにはまってしまった、

 

愛らしい少女と

セクシーなおとなの女性の混じり合った神秘感と、

月や星の光に照らし出された海のファンタジー感が

重なり合う聖子ワールドの頂点、とでも言えばいいのか。

今でも聴くとゾクゾクする。

 

作詞は松本隆、作曲は呉田軽穂。

 

松田聖子のシングルの楽曲は

1981年の「白いパラソル」から

84年の「ハートのイアリング」まで3年間、

松本隆が作詞を一手に引き受けていた。

 

その絡みなのか、松本隆と縁の深いアーティストたちが、

次々と楽曲を提供するようになり、

不滅の聖子ワールドが構築されていく。

 

中でも多いのが財津和夫(チェリーブラッサム、夏の扉、白いパラソル、野ばらのエチュード)と

呉田軽穂(赤いスイートピー、瞳はダイアモンド、渚のバルコニー、小麦色のマーメイド)。

 

呉田軽穂ってだれ?と当時は謎だったが、

後年。松任谷由実(ユーミン)のペンネームと知って納得。

 

彼女は自分の名前を出さず、

純粋に作曲家として他の歌手(特に若手の女性)に

曲を提供する場合に限って、

このペンネームを使っていたようだ。

 

原田知世の「時をかける少女」、

薬師丸ひろ子の「Woman(Wの悲劇)」など

呉田軽穂の作曲。

女優のグレタ・ガルボをもじった名前らしい。

 

実はこの「秘密の花園」は最初、財津和夫作曲の歌だった。

財津バージョンというのは

デモ(試作品)のレベルかと思ってたけど、

つい最近、YouTubeに上がっていたのを聴いたら、

しっかり編曲もされて完成している。

 

正式tリリースされた呉田バージョンに比べて

アップテンポで、ポップで元気で明るい歌になっている。

 

財津和夫はもちろん当時のビッグネーム。

そしてまた当時の聖子人気からすれば、

これでもたぶん№1ヒットになっただろう。

 

しかしプロデューサー氏はじめ、

この時代の聖子プロジェクトのスタッフは妥協しないで

さらなる高みを目指していた。

 

正直、どこかこれまでの歌に似ている。

弾んだ感じはいいかが、歌詞まで軽い感じがする。

もっと新しい聖子ワールドを開きたい・・・・

たぶん、そんな思いに駆られたのだろう。

作りなおしを決断した。

 

作詞の松本隆も乗り出して、

ツアー中の松任谷由実を捕まえた。

時間がないと断る彼女を、そこを何とかと口説き落とした。

 

ツアーの合間に松任谷から呉田へスイッチして

かなり短時間で書き上げたらしい。

 

しかし、そこは彼女の才能とキャリアをもってすれば

驚くには当たらない。

30分で傑作が生まれることもあれば、

30年かけても駄作しかできないことがある。

創作の神は愛する者のもとに一周運のうちに舞い降りる。

 

とにかくそんないわくつきで「秘密の花園」は生まれた。

スタッフの判断は大正解だった。

財津さんにはたいへん申し訳ないが、

この曲に限ってはユーミンの完勝。

 

彼女の紡ぎ出すたおやかで繊細なメロディは

歌詞の奥に秘められた物語を存分に引き出した。

ここまでドラマチックに、ファンタジックに昇華し、

まさしく「秘密の花園」までたどり着けたのは

ユーミンマジック、そして、

編曲の松任谷正隆(ユーミンの旦那)のセンスの

賜物である。

 

僕は長らく「秘密の花園」は夏の歌だと思っていたが、シングルが出たのは1983年1月。真冬である。

 

そう思っていたのは「ユートピア」という

夏と海をテーマにしたアルバムに入っていたからだ。

 

「秘密の花園」「天国のキッス」という

2枚のヒットシングルを収めた「ユートピア」は、

呉田と財津をはじめ、

当時のニューミュージックのトップレベルの

ミュージシャンたちが集結して楽曲を提供した。

 

アルバム曲ならではの名作「マイアミ午前5時」や

「セイシェルの夕陽」などもここから生まれた。

 

アイドルポップスをはるかに超えた、

1980年代のJ-POP(という言葉はまだなかったが)の

金字塔ともいえる名盤だと思う。

 

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エッセイ集:音楽

ポップミュージックを

こよなく愛した僕らの時代の妄想力

ロックが劇的に進化し、ポップミュージックが世界を覆った時代。僕たちのイマジネーションは 音楽からどれだけの影響を受け、どんな変態を遂げたのか。心の財産となったあの時代の夢と歌を考察する音楽エッセイ集33篇。

もくじ

●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●藤圭子と宇多田ヒカルの歌う力の遺伝子について

●ローリング・ストーンズと新選組の相似点について

●キング・クリムゾンの伝説と21世紀版「風に語りて」 ほか

 


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オリンピックはコロナ無限トンネルの一瞬のオアシスなのか?

 

昨日はワクチン2回目接種の日だった。

ちょうど出かける時間が、

五輪の女子スケボーパーク決勝と当たってしまっていた。

 

最後のスカイ選手と岡本選手の滑りまで

見ずには出て行けなくなった。

 

岡本転倒。残念!

メダルは獲れなかったけど、

技術は上の3人より上だというのは

素人が見ても分かる。

 

平均点ではなく、最高点で競うので

とにかくみんなガンガンチャレンジする。

3回目はいちかばちかの賭けで転倒続出。

 

でも一発逆転を狙って

思い切りチャレンジできるというのは素晴らしい。

 

それにスケボーは遊びの延長みたいな感じでやっているから

国籍問わず、遊び仲間同士でほめあったり、

慰め合ったりしているのが

見ていてとても気持ちよかった。

 

元来、スポーツはこういうものだった。

それが発展すると

国力争いの代理戦争みたいになってしまう。

そして自分を含めて、それを楽しむ人々が大勢いる

…と思うと、ちょっと複雑で矛盾した気分。

 

日本はスケボーめっちゃ強いじゃんか、

金メダルめちゃいっぱい取れるじゃんか、

ときがついたお偉いさんたちが

オリンピックのために強化選手養成

――みたいなことにならなきゃいいけど、と思う。

 

でも今回作ったスケボー会場は

選手の活躍のおかげで

終わった後、取り壊される予定だったのが

残されることになったとか。

それはめでたい。

 

というわけで遅刻しそうになって。

灼熱の太陽の中、慌ててチャリを飛ばし接種会場へ。

 

ぎりぎりセーフで、

特にドラマもトラブルもなく、

平凡にワクチン2回目接種完了。

こっちはドラマなんてないほうがいい。

 

それにしてもコロナワクチンより、

オリンピックを優先していた自分がいた。

理念を無視した、利権優先のオリンピックに

ブーイングを飛ばしていたが、

実際に開かれると、やっぱオリンピック面白いな~、

自分の国や文化をアピールしたり、

人権をアピールしたりするために、

世界のためには、やっぱりこういうイベントが

必要なんじゃないかな~

と思ってしまう。

 

多くの日本人は多かれ少なかれ、

僕と同じ気持ちなのではないだろうか?

 

でも、いまはまだ夢の中ということなのだろうか。

終わった後、感染拡大・医療崩壊の現実を突きつけられ、

再びコロナ無限トンネルが始まるかもしれないと思うと、

けっこう怖い。

 


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この夏の猛暑と矛盾に耐えられるか?

 

別に今回に限ったことではないが、

テレビのオリンピック報道にはほとほとうんざり。

自国開催ということもあってか、

いつもより感動押しつけ度が強い気がする。

 

「感動ストーリーばっかりやりやがって」とか、

「メダル取りそうな日本人選手の競技ばっかじゃなくて、

他のもちゃんとやれ」とか、

「メダルなんていくつとろうがどうでもいいよ」とか、

いろいろひとりでうそぶいていたのだが。

 

昨日、柔道のチームを率いていた井上康生監督が、

「パパはがんばったのにメダルもらえないから」

と、子どもたちが手作りのメダルを贈ってくれた

という記事を読んだ瞬間、涙腺崩壊。

 

監督、こんな価値ある金メダルは人生一度きりだよ。

やっぱオリンピックっていいもんやの~。

 

と、完全に自己矛盾に陥った。

 

井上監督の指導力は高く評価され、

精神論・根性論でやっていた日本の柔道を大きく変えたようだ。

勝つためには大量のデータをもとにした科学分析が不可欠。

柔道に限らず、スポーツ界はDX先進業界だ。

 

それにしても日本は、

片やオリンピックで沸き返り、

片やコロナの感染拡大で苦り切るという、

矛盾のドツボにはまってしまった。

 

新たに延長・拡大された緊急事態宣言もどこ吹く風。

多くの人の頭の中では、もうコロナなんて終わっている。

 

テレビなんて見ない人たちは、

自分の好きな情報、都合の良い情報しか入れないから、

自分の身に降りかからない限り、

コロナの感染拡大なんて、あってもなくても

どっちでもいい事実なのだ。

 

冬ならまだしもステイホームで我慢できるかも知れないが、

開放的になる夏は無理。

指導者はそうした人の心理を完全に見誤っていた。

 

そこにオリンピック開催という矛盾が加わり。

コロナの感染拡大に関して、

日本中がーーとまでは言わないまでも、

少なくとも東京都民、首都家の人間は

完全に諦めモードに入っている。

このまま集団免疫が得られればいい、という考えか?

 

安部前総理も、IOCの役員も、菅総理も、

「人類がコロナに打ち克った証としての五輪開催」

と叫んでいたが、

本当にオリンピックが奇跡を起こし、

閉会したら感染が激減・・・ということになれば、

これ以上の感動ストーリーはない。

 

オリンピックの神様、なんとかしてください。

よくがんばった日本にご褒美の金メダルをください。

 

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茶トラのネコマタと金の林檎

 

私立私立探偵の健太が受けた仕事は難題だった.依頼人のネコマタマダムとともに黄金の林檎の発掘作業に明け暮れる日々。その中で見つけたものは? 人生で大切なものは何か、探しているあなたに贈るコミカルな探偵物語。

 


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週末の懐メロ41:カナリア諸島にて/大滝詠一

 

あなたはカナリア諸島に行ったことがあるか?

僕はない。

でもこの40年間、毎年のようにこの季節、

脳みそだけは永遠の夏に遊びに行く。

 

大滝詠一の不朽の名盤「ロングバケーション」が

リリースされたのは1981年。

「カナリア諸島にて」は、その3曲目、

シングル盤では「君は天然色」のB面だったが、

僕にとってはこの曲こそが「ロンバケ」を象徴する曲だ。

 

日本人が戦後の貧しさから抜け出し、

豊かさを実感し始めた80年代前半、

この曲に代表される大滝の音楽は

現代日本人の心に、現実とは別の心象風景をつくった。

 

南の島のパラダイス。

天国に一番近い島のリゾート。

 

それは豊かになった日本人が次に目指したい、

辿り着きたい場所だった。

 

少し前の時代はハワイが「夢の島」だった。

しかし、グァムもハワイも一般庶民が行けるようになってきて、

なんだか俗っぽくなってきた。

 

もっと新しい夢に相応しい南の島はないか?

でもまだ戦後36年(今年は76年)。

忌まわしい太平洋癒戦争の記憶がまだ残っている。

そんな残滓があるような島を選ぶわけにはいかない。

 

そこでアフリカ北西部にある

スペイン領カナリア諸島が選ばれたのかもしれない。

 

海が美しいのはもちろん、

日本からはるかに遠く、手あかがついていない聖地。

「カナリア」という言葉の響きも明るかった。

 

しかし、大瀧詠一も、作詞の松本隆も、

この頃、まだカナリア諸島には行ったことはなく、

詞も曲も完全に彼らの幻想・妄想から出来上がった。

 

いや、幻想・妄想だったからこそ

名曲になり得たし、僕たちの心に

「永遠の夏」を植え付けられたと言っていいだろう。

 

後年、松本隆は実際にカナリア諸島に行き、

その現実の風景をを目の当たりにして冷や汗をかいたーー

という話を聞いた。

 

大瀧詠一は生前、旅したことがあったのだろうか?

 

いずれにしても、1981年はもちろん、

それから40年経った今も、

カナリア諸島に行ったことのある日本人は、

せいぜい1~2パーセント程度だろう。

 

これからもそんなに大勢の日本人が

かの地に出かけていくとは思えない。

 

それでいいのだ。

 

そして僕らは薄切りのオレンジを浮かべた

アイスティーを飲みながら,

永遠にたどり着けない

カナリア諸島の夢の風景に自らを癒しつつ、

酷暑の夏、コロナの夏をやり過ごしていく。

 

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エッセイ集:音楽

ポップミュージックを

こよなく愛した僕らの時代の妄想力

ロックが劇的に進化し、ポップミュージックが世界を覆った時代。僕たちのイマジネーションは 音楽からどれだけの影響を受け、どんな変態を遂げたのか。心の財産となったあの時代の夢と歌を考察する音楽エッセイ集33篇。

もくじ

●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●藤圭子と宇多田ヒカルの歌う力の遺伝子について

●ローリング・ストーンズと新選組の相似点について

●キング・クリムゾンの伝説と21世紀版「風に語りて」 ほか

 

 


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岡山の桃とAIと桃太郎

 

ここのところ、AI開発の本の執筆に取り組んでいる。

その開発者である岡山の女性社長と

ちょくちょくオンラインでやり取りしているのだが、

今日は彼女から桃のプレゼントが届いた。

 

桃太郎の物語が伝わる土地だけあって

桃が特産品。

「鬼滅の刃」では鬼が恐れるのは藤の花だったが、

岡山に残る桃太郎伝説によると、

鬼は桃を恐れると言われているそうだ。

 

今回いただいた「清水白桃」は

その中でも最高級とされる。

 

箱のふたをあけると甘い桃の匂い。

そして5つ並んだ、ちょっと小ぶりの桃は

美しい乳白色の5つ子の赤ちゃんみたいで

食べちゃいたいくらい可愛い。

 

もちろん食べるんだけど、

すぐに手を付けるのはもったいないので

一晩はそのままお供えしておこうと思う。

 

ホームページを見てみたら、

「この清水白桃が味わえるのは、

毎年7月下旬から約10日間限り」とある。

ずいぶん貴重なものを頂いた。

 

ちなみに僕らが知っている昔ばなしの桃太郎は

明治時代以降に各地の伝説を題材に作られたもので、

富国強兵思想が色濃く反映されたもの。

 

岡山に伝わっているのは、その題材の一つになったもので、

吉備津彦命(きびつひこのみこと)という英雄が

温羅(うら)呼ばれた鬼を退治した伝説である。

 

そういえばちょっと前にNHKの「昔ばなし法定」で

鬼を殺した桃太郎の裁判劇をやっていたのを見た。

めっちゃ面白く、考えさせられた。

 

愛があれば桃太郎と鬼は手を取り合えたのか?

富国強兵の時代が過ぎても、

現代日本人がずっと考えるべき課題かもしれない。

 

ちなみに本のタイトルは

「AI(愛)があればAIができる」である。

 

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おとなも楽しい少年少女小説

ピノキオボーイのダンス

12歳の少年の姿のまま、何十年も孤独な人たち・不幸せな人たちのために尽くしてきたレンタルロボットにも終わりの時がやって来た。けれども年老いたダンサーが彼を拾い上げ、自分の踊りを教え込む。人間とロボットの友情と裏切り・死と再生の物語。

 


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週末の懐メロ40:真夏の出来事/平山みき(代官山ミラクルキャバレー)

 

学生の頃、平山三紀の歌声に初めて大人の女性を感じた、

「セクシー」という言葉はその当時

まだ知らなかったと思うが、

そのお洒落で色っぽい声にしびれていた。

「希望の旅」と「真夏の出来事」は

あの時代の歌謡ポップスの中で最も印象深い2曲だ。

 

という思い出が、つい1週間ほど前によみがえった。

ちょうど50年前、1971年の夏の大ヒット

「真夏の出来事」を久しぶりに聴いてみようと検索したら、

オリジナルとともに出てきたのが

この代官山ミラクルキャバレーによる

スウィングジャズバージョン。

 

グループを率いているのは、

なんとご本家の平山みき(芸名をひらがなに改名していた)

なので、超びっくり。

 

お齢は僕より10歳は上のはずだが、

依然として色っぽくて可愛くて、

歌声も歌い方も50年前のまま。

 

美脚・胸元ガン見せの女の子たち、

迫力満点のドラッグクイーンのおねえさんたちとともに

お洒落に楽しく華やかに、かの名曲を歌う。

 

仲間とお遊び感覚でやってみました

といったノリのパフォーマンだが、

思わず感動してしまった。

まさしく「真夏の出来事」として胸に刻みたい。

 

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エッセイ集:音楽

ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力

ロックが劇的に進化し、ポップミュージックが世界を覆った時代。僕たちのイマジネーションは 音楽からどれだけの影響を受け、どんな変態を遂げたのか。心の財産となったあの時代の夢と歌を考察する音楽エッセイ集33篇。

もくじ

●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●藤圭子と宇多田ヒカルの歌う力の遺伝子について

●ローリング・ストーンズと新選組の相似点について

●キング・クリムゾンの伝説と21世紀版「風に語りて」 ほか

 


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世界を感じたオリンピック開会式と聖火への疑問

 

オリンピックの開会式を最初から最後まで、
リアルタイムで見たのは、ずいぶん久しぶりだ。
 
改めて、何よりすごいなと思ったのは、
各国選手団の入場行進だ。
 
特に中南米とかアフリカあたりには、
知らなかった国、
いつの間にか独立していた国、
いつの間にか国名が変わっていた国が
いっぱいある。
 
ちょっと前にNHKの「人体」を見て、
ケニヤの選手がマラソンをはじめ、
長距離走に強いのは
糖質が豊富な食物をいっぱい食べるからだ、
という話をしていた。
 
タンパク質ではなく、糖質が瞬発性と持久性に優れた
筋力を生み出すというのである。
 
けれどもそれはケニヤの民族の人たちが
そういう遺伝子を持っているからだ。
 
日本人や欧米人がその論理を真似ると、
ただ太るだけで、筋力アップにはまるで役立たない。
その民族、その人の個性に合ったことを
やらなくては駄目なのだ。
 
人間って本当に面白いなと思った。
 
なので、今日まで知らなかったこの国の人たちは、
いったい何を食べて、
どんな練習をして出場したのだろうとか、
 
毎日どんな暮らしをしているんだろうとか、
コスチュームはどうやって作ったのだろうとか、
そんなことばかり気になっていた。
 
難民のチームもいるし、
シリアなど、今も内戦をやっている国もいるし、
ルワンダやボスニア・ヘルツェゴビナなど、
いったいどうやってあの悲惨な虐殺や暴政から
復興して選手を送り出せるようになったのか。
といったことも気になった。
 
そして、脱走して強制送還されてしまった
ウガンダの選手は
本国に帰って大丈夫なのか、
今ごろ何をしているんだろうかとか、
ひどく心配になってしまった。
 
今回の開催にはいろいろ問題があると思うけど、
やはり普段意識に上らない世界のことを
あれこれ考えられる機会が出来るのは、
オリンピックの大きな価値だなと思う。
 
いずれにしても開催されたのだから、
日本人選手の応援もいいけど、
知らない国の選手のこともできる限り、知っていきたいと思う。
 
開会式は次々と人が辞めて大変だったが、
最初の野村萬斎が総指揮をする予定だった時の
コンセプトはどれくらい残っていたのだろう?
もっと渋く「和の世界」に徹しても良かったと思う。
 
けど、まぁがんばった。
人も次々と辞めるドタバタ劇の中で、
とりあえずなんとか完走できた。
スタッフはほっとしているだろう。
 
けど。ひとつだけ、
最後の聖火について言わせてもらうとーー
 
未来とロボットを想起させる点火台はカッコよかった。
でも、なんで最終ランナーがプロ選手の大坂なおみなのか?
「多様性と調和」から彼女を選んで
持ってきたのはわかるが、
なんか表面的過ぎる。ウケ狙いに見えた。
 
ここにいたるまでの「多様性と調和」に反する
さまざまな失態を、彼女を起用することによって
一気に帳消しにしようとした。
そう取られてもしかたない。
 
大坂さんにケチをつけるわけでないが、
オリンピックの聖火をともすのは
現役のトップアスリートや
人気のプロプレーヤーではないと思う。
 
震災からの復興五輪、そいて未来への希望を謡うのなら、
あの東北の子どもたちが点火してよかったのではないか。
 
あるいはコロナとの闘いを象徴するなら
あの医療従事者のおじさん・おばさんとか。
 
あるいはコロナのせいで戦わずして出場がかなわなかった
名もなき選手たちが、
せめて点火の栄養を受けてもよかったのではないか。
そう思った。

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小山田問題:才能と人間性

 

世の中は芸術的才能よりも

人間性を重視している。

人として正しく生きている上での

才能でなければ認められない。

そういう世界になった。

 

数年前、ハリウッドの女優が

映画プロデューサーのパワハラ・セクハラを

掘り起こして糾弾したあたりから、

世界が急速に人権や個人の尊厳といったものを

クローズアップするようになった。

 

この流れはもう止まらない。

そして、元に戻ることはない。

 

昔は真逆だった。

 

才能がすべてだ。人間性なんか関係ねーだろ。

 

誰だったか忘れたが、むかし芝居をやっていた頃、

僕もそう言われたことがある。

 

かれこれ40年近く前の話だが、

当時、それは真実の言葉だった。

 

作家も俳優もダンサーも画家も映画監督も、

そして音楽家も、

およそ芸術・娯楽の分野で仕事をしようとする者にとって

それは鉄の掟のようなものだった。

 

いや、でも人間性も大事なんじゃないでしょうか。

そんなことを言おうものなら嗤われ、馬鹿にされた。

 

「いい人」に何ができる?

世間の常識にとらわれた人間に

面白い表現、人を感動させる表現などできるわけがない。

そう言われたらグウの音も出なかった。

 

僕の実感は昭和時代のものだが、

これは割と最近まで、おそらく10年ちょっと前くらいまで

生きていた鉄則ではないかと思う。

 

小山田氏があんなひどい虐待・暴行を

さも自慢げに、笑い飛ばすように話したのも

1990年代半ばは、そうした芸術分野の

才能至上主義みたいな常識が

まだしっかり生きていたからだろう。

 

才能があり、人気もあり、

セールスを上げているミュージシャン。

ほとんど無敵である。

何を言っても、何をやっても許される。

あの記事の内容を読む限り、

そうした自信(今となっては驕り)

が見て取れる。

 

僕は今回読んで吐き気がしたけど、

当時はああした話を歓迎して受け止める風潮も

世の中にあったのだろうと想像する。

 

だから出版したし、

あの雑誌自体もそこそこ売れたらしい。

 

そういう観点からすると、

記事を企画し、リリースに関わった

ライター、インタビュアー、編集者、そして出版社にも

相当大きな責任がある。

(出版社は謝罪文を出した)

 

小山田氏に関して、全然彼の音楽を知らなかったので、

フリッパースギターとか、

コーネリアスとか、ちょっとずつ聴いてみた。

 

胸に響くというほどではないにせよ、

そこそこカッコいいし、才能を感じる。

 

さすが開幕式の音楽担当に選ばれるだけあって、

作曲能力も演奏表現も優れている。

実績も立派なものだ。

 

だけど、時代は変わった。

芸術を生み出すにはにはもちろん才能が必要だが、

それは人間性とセットでなければ、

社会に受け入れてもらえない。

 

それでこの先、本当に面白いものは生まれるのだろうか?

新しい芸術は生まれるのだろうか?

と、古い常識にとらわれた僕は

ちょっと疑問には思っている。


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呪われた五輪でなく、理念をないがしろにしてきたツケを払う五輪

 

 

これが最後の不祥事になればいいが・・・と、

関係者は今夜も祈りをささげる思いだろう。

僕もそうなるよう祈っているけど、

まだあっちこっちからいろいろ出てくる可能性が高い。

 

開会式の音楽担当を辞任した小山田圭吾氏の問題。

小山田氏個人の問題はとりあえず置いといて、

今日は組織委員会の人選についての話。

 

「呪われたオリンピック」などと言われるが、

本当にそうなのか?

 

呪いなんかじゃなくて、みんな起こるべくして

起こっているのではないか?

 

単にツケを払わされているだけではないのか。

 

そもそもなんで東京でオリンピックをやろうとしたのか?

その始まりがまちがっていたのではないか。

精神がなってなかったのではないか。

 

五輪憲章をきちんと読んでいる人は何人いたのか?

利権・ビジネスファーストで、

「復興五輪」なんて大看板もお飾りなのではなかったのか?

 

大元締めのIOCがブレまくってから、

そうなるのもやむを得ないか、という気がするが。

 

小山田炎上問題に関しては、

ITメディア経済の「スピン経済の歩き方」の記事が

素晴らしかった。

組織員会の致命的な欠陥について書いている。

 

これは今後の企業経営・ビジネスにとっても、

とても参考になる記事だと思う。

 

五輪スポンサーの中でトヨタ自動車は

いっさい五輪に関連付けたコマーシャルを放送することを辞めた。

けれどもトヨタは会場において移動用の車両を提供し、

スポンサーとしての務めを果たす。

 

別にトヨタの回し者ではないが、

今後は企業理念と矛盾しないアクションを取ろうと努める

こうした企業だけが

好感と共感を得ることができるのではないだろうか。

 


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まさかの東京五輪2021で、僕たちは歴史の生き証人になる

 

あっつ~!

超絶暑い真夏がやってきて、猛暑日続出するであろう今週、

いよいよ、1年遅れの東京2020が開幕!

(するんだよね、きっと)

 

開催地に決まった当初は僕も、

「なんでこんなくそ暑い時期にやるんじゃ。

熱中症で死人続出したらどうすんねん!」

と叫んでいたが、

もうそんな心配もどっかに吹っ飛んでしまった。

 

無観客になったことで皮肉にも熱中症の心配、

および、観客を誘導するボランティアスタッフの負担は減った。

 

それにしてもこんなめちゃくちゃな状態になるなんて、

2年前まで予想できた人は誰もいなかった。

 

いや、1年前、延期になった時だって誰も考えられなかった。

まさか。

 

そうだ、人生には3つの坂がある。

上り坂、下り坂、そして、まさか。

 

国力下り坂の日本が、

ドカンと上り坂への大転換をめざしたはずの東京2020が、

まさか、こんな開幕を迎えるとは。

 

まるで三谷幸喜のシチュエーションコメディを

連日見せられているような国家規模のドタバタ劇。

 

でも、僕たちは認めなくてはならない。

人生にも世の中にも「まさか」はあるのだと。

 

くそー、コロナさえなければ!

そう恨み節を唱える人は山ほどいるだろう。

でも、歴史に「ればたら」はない。

 

果たしてこのオリンピックはどこへ行くのだろうか?

スポーツ大好き日本人は

メジャーリーグの大谷選手の活躍に湧き返ったように、

日本がいくつか金メダルを取れば、

政府や東京都の失態も、IOCの暴挙も、

理想を謡った五輪憲章が

完全にメルトダウンしてしまったことも、

みんな忘れて大盛り上がりになるのだろうか?

 

まさか、まさか。

いや、そのまさかのハッピーエンドも起こるかも(笑)

 

しかし、考えようによっては

こんなオリンピックは空前絶後。

しかもそれが他国でなく、自国で行われる。

 

不謹慎を承知で言えば、

もはや競技だけでなく、

政治も社会のこともトータルに含めて、

こんな面白い大会はこれまでも、これからもない。

 

今回の東京五輪は、いつものお決まりの

選手の感動ストーリーだけでなく、

ドタバタ劇も、先の見えないサスペンスドラマも、

社会問題ドキュメンタリーも何でもありで、

見どころ満載の超エンターテインメントなのだ。

 

こうなったら徹底的に楽しむしかない。

泣きも、怒りも、笑いも、感動も、恐怖もある

まさかの東京2020。

 

この後のオリパラが、

そして世界がいったいどうなるのか

さっぱりわからないが、

「まさかの東京2020」が

一つのエポックメーキングになることは間違いない。

 

これから僕たちひとりひとりが歴史の生き証人になる。

 


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週末の懐メロ39:ダンシング・ウィズ・ミスターD/ザ・ローリング・ストーンズ

 

ヘビが肌にからみつくようなヌメヌメ感。

粘り気たっぷりのグルーブが気持ち悪くて気持ちイイ。

 

「ダンシング・ウィズ・ミスターD」は、

1973年リリースのアルバム「山羊の頭のスープ」の

オープニングナンバー。

ダークで猥雑で退廃的な

ストーンズ流変態ダンスナンバーとでもいえばいいのか、

彼らの楽曲の中でもすごくユニークな曲だ。

 

このビデオでも化粧したミック・ジャガーが

体をくねらせ尻振りダンスを披露していて、

セクシーというより、いやらしくて気味が悪くて面白い。

 

女ものの帽子をかぶってギターを弾く

この時代のリードギタリスト、ミック・テイラーも

無表情にドラムを叩くチャーリー・ワッツの顔もいい。

 

★山羊の頭のスープ1973

 

この年、僕は中学2年生だったが、

「悲しみのアンジー」というラブバラードが大ヒットし、

それが聴きたくてアルバムを買った。

ローリング・ストーンズとまともに出逢ったのは、

このアルバムが初めてだった。

 

薄い布かビニールみたいなものを被ったメンバーの顔が映った

まっ黄色のジャケットもシュールでヘンテコで大好きだった。

だからとても愛着がある。

 

この1973年は彼らの来日公演が、

ミック・ジャガーの麻薬所持が理由で中止になった年でもある。

 

結局、初来日公演はそれから17年後の1990年になった。

僕は1万円のチケットを手に入れて

友だちと大騒ぎして東京ドームまで観に行った。

 

ド派手な超一級のエンターテインメントだったが、

今思うと、やはりこの頃のダークさ・猥雑さと

だいぶ雰囲気が違っていた。

 

★1979年代:ロック王の格闘史

 

ストーンズが名実ともにロックの王者となったのは、

70年代を見事に生き抜いたからだと思う。

 

60年代の終わり、

目の上のたんこぶ的な存在だったビートルズが解散。

初代リーダーのブライアン・ジョーンズが死に、

ミック・ジャガーとキース・リチャーズの双頭体制になった。

(まるで芹沢鴨を追い出して、

近藤・土方主導になった新撰組みたいだ)

 

そして「スティッキー・フィンガース」

「メインストリートのならず者」という

ロック史・ストーンズ史に残る

大傑作アルバムを立て続けに出して天下を取った、

と思われた。

 

しかし、ポップミュージックの可能性が思い切り広がった

70年代の音楽シーンの荒波に

王者の地位はいつも揺るがされていた。

 

イギリス・アメリカでは人気ナンバーワン。

そして音楽通・ロック通の評判は高かったものの、

日本ではどうだったか?

 

人気の面、音楽性の広さ・演奏表現の醍醐味といった面では

レッド・ツェッペリンやディープ・パープルなどの

ハードロック勢、

イエスやELPなどのプログレ勢、

もしくはクイーンやエアロスミスなどの新興勢力の

後塵を拝していた。

 

そういった状況を意識してかどうか、

2大傑作の成功に安住することなく、

「山羊の頭のスープ」では、

この変態ダンスナンバー「ダンシング・ウィズ・ミスターD」や

ストーンズとしては珍しい、

もろバラードの「悲しみのアンジー」、

民俗音楽を取り入れ、

ちょっとプログレにアプローチしたようにも聴こえる

「すべては音楽」など、

いろいろなことに挑戦している。

 

もちろん、「スター・スター」みたいな

This is Stones みたいな曲もやりながら。

 

それまでのワイルド感やラフ感を抑えて、

かなり緻密で来寧な音作りを行っている。

 

評価が低いのは、そのへんが裏目に出て、

なんだか全体の印象が散漫で、

あんまりストーンズらしくないぜ~と映ったからだろう。

 

一貫して、ブルースから発展させた

自分たちのロックンロールを失わなかったストーンズだが、

その一方で、いろいろな音楽のっセンスを取り込むことに

挑戦し続け、

コンスタントにアルバムを作り、

ライブをやり続けたからこそ

激動の70年代ロックシーンを生き抜くことができた。

 

そして80年代になる頃、

他の人気バンドが解散したり衰退したりする中、

ストーンズだけは頭一つ抜けた、

別格のロックバンドになっていた。

 

そんなふうな格闘のヒストリーを考慮すると

「山羊の頭のスープ」はもっと評価されていい。

 

★山羊の頭のスープ2020

 

と思っていたら、じつは昨年、

「山羊の頭のスープ2020」という

アルバムが出ていたのを知った。

 

聴いてみたら、リマスターされたオリジナルの10曲に加え、

デモバージョン、別バージョン、アウトテイク、

未発表曲、この時代のライブパフォーマンスなど

盛りだくさん入っていてすごくいい。

 

僕たちの世代にとってローリング・ストーンズは、

永遠のロックの王者だが、

今の若い世代は、ベロ出しマークは知っていても、

ストーンズというバンドの存在は知らない人が多いらしい。

 

そんな世代にとって、バラエティに富んだ

ストーンズのロック宇宙が楽しめる

「山羊の頭のスープ2020」は超オススメである。

 

★ミスターDとコインロッカーベイビーズ

 

最後に、この「ダンシング・ウィズ・ミスターD」の

ミスターDとは何者なのか?

ちょっと気になるところ。

これはどうやらドラキュラのDらしい。

闇夜に吸血鬼と一緒にヌメヌメ踊ろうぜ、というわけだ。

 

ちなみに村上龍が1980年に発表した傑作小説

「コインロッカーベイビーズ」の中に

“D”という変態音楽プロデューサーが登場する。

このDという人物は、

この曲からイメージして書いたのでないか、

と勝手に僕は思っている。

 

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エッセイ集:音楽

ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力

ロックが劇的に進化し、ポップミュージックが世界を覆った時代。僕たちのイマジネーションは 音楽からどれだけの影響を受け、どんな変態を遂げたのか。心の財産となったあの時代の夢と歌を考察する音楽エッセイ集33篇。

もくじ

●アーティストたちの前に扉が開いていた

●21世紀のビートルズ伝説

●藤圭子と宇多田ヒカルの歌う力の遺伝子について

●ローリング・ストーンズと新選組の相似点について

●キング・クリムゾンの伝説と21世紀版「風に語りて」 ほか

 


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幻想漬け、妖怪漬けの夏

 

夏の訪れ。

夏の木陰。

夏の夕暮れ。

夏の夜。

田舎の夏。

故郷の夏。

 

音楽ではない。自然の音。

虫、鳥、かえる、せせらぎ、風鈴など。

YouTubeには短くて1時間、

長いのだと10時間以上の自然音のBGMにあふれている。

癒しのサウンドスケープ。

こんなにいろんな自然音にあふれた国は、

世界中探してもどこにもないかもしれない。

 

夏の音は僕たちの心に

見たことなんてないのに、

きっとどこかで体験したような気にさせる

夏の風景--幻想の風景をつくりあげる。

 

かつて幕末から明治にかけて日本にやってきた

欧米の知識人たちは、日本を「妖精の国」と呼んだ。

目をつぶればたちどころにその妖精の国に飛んでいける。

 

妖精というより妖怪か。

 

民俗学者・柳田国男と漫画家・水木しげるの功績によって、

妖怪は日本の文化の一つになった。

 

夏は幻想に浸りながら妖怪を楽しみたい。

 

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おとなも楽しい少年少女

 

ざしきわらしに勇気の歌を

ロボット介護士に支えられて余生を送っている寅平じいさんが、林の中を散歩していると、ざしきわらしに出逢う。

 

ざしきわらしは最強の妖怪“むりかべ”の脅威から人間を守るために闘うので、応援してほしいと寅平に頼む。

 

 


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気が付けばすぐそこにデジタルとSDGsの未来

 

まもなく世界は一気に違うステージに突入する。

本気の21世紀が始まると言ってもいいくらいだ。

 

昨日も書いたけど、

オリパラが終わってワクチンが一通り行きわたれば、

もうコロナもおしまいモードになると思われる。

 

その先はいくら変異株が現れようが、

政府も世の中ももう見て見ぬふり。

 

マスメディアでも今やっているような

コロナの感染報道はなくなって

天気予報レベルに落ち着くだろう。

 

それで復興というか、

新しい世界の構築--21世紀型というか。

SDGS型社会の実現へ向かうだろう。

もうすでに舞台裏ではその準備が着々と進んでいる。

 

3か月余りかかったが、

中小企業向けのDX本が完成(月末発刊予定)。

これからは本気でDXに取り組まないと、

多くの中小企業は潰れてしまうかもしれない。

 

この本は中小企業の経理を担当する

会計事務所のグループの名義で出す本だが、

最近、便利で安価な会計システムが

どんどん開発・販売されているせいで、

当の会計事務所が、

もうこれまでみたいに会社の経理を

請け負うだけでは食えなくなっている。

 

便利で安価なデジタル会計システムが

どんどん開発・販売されいるせいだ。

 

デジタルの強みはデータが蓄積できることで、

これからは過去データが活用できないと

ビジネスがうまく展開できなくなる。

 

もちろん、AI・ロボットの進化がその後押しをしていく。

そうして経済・産業の世界がどんどん機械化されていく一方で、

人権や個々の生き方を尊重する考え方がどんどん広がっていく。

 

パワハラ・セクハラの告発しかり。

LGBTの権利拡大しかり。

 

最近の漫才やコントは、

昔のように相手の容姿をいじったりすると

かえってウケないのだそうだ。

少なくとも若者からはそっぽを向かれる。

面白いと思う前に嫌な気分になるというのである。

人格破綻者の代表選手だった役者や芸人も

今や人格者であることが求められる。

 

これから30年くらいは死ぬ人が大勢いるので、

宗教やスピリチュアル的なものも見直されそうだ。

WHOでは「健康」の条件に、

フィジカル(肉体的)、メンタル(精神的)、

ソーシャル(社会的・人間関係)の3つを挙げてるが、

これにスピリチュアル(霊的?といえばいいのだろうか)を

加えることを検討している。

 

この世とあの世が妻がっているという宗教的な考え方が、

日常生活のレベルで認識されるようになるのかもしれない。

ただ世のため人のために働いて年取って死んでゆく、

ただそれだけではない

人間的価値の追求―-という時代になるのだろうか?

 

コロナだ、オリンピックだと騒いでいる間に

しっかり未来は近寄ってきている。

これからそんな未来ネタを衆くらいで

書いていこうと思ってます。

 

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エッセイ集:AI・ロボット
どうして僕は

ロボットじゃないんだろう?

AI・ロボット・インターネット・DXにまつわる考察を読み物にした面白まじめエッセイ。

 

●もくじ:

・介護士・看護師は人間か、ロボットか?

・インターネットがつくるフォークロア

・こちとら機械だのロボットだのじゃねえ。人間でぃ!

・聖書から始まった「人間VS機械」

・子どもはどうしてロボットが好きなのか?

・どうして僕はロボットじゃないんだろう? ほか全33編

 


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あなたが「もう終わり」と言えばコロナは終わる

 

みんなが知りたい。

コロナ禍はいつ終わるのか。

 

1年前は多くの人が、

今ごろは終わっているだろうと漠然と思っていた。

現在のようなこんな状況を想像していた人は、

ほとんどいなかっただろう。

そしてワクチンさえできれば、

もう解決だと思ってもいただろう。

 

ところが、どうもそうではない。

そうならない。

僕はもしやこれはえんえんと、

まだ2年も3年も続くんじゃないの、と思う。

 

ただし、それはみんなの中に

「コロナ怖い」という意識があるから。

 

ニュースを見ると、

あれだけ悲惨な状況が伝えられていた

ニューヨークやロンドンの

アメリカ人やイギリス人は

「コロナなんてもう終わりだよ」と言って騒いでいる。

 

彼らはワクチンも打ったし、もうコロナなんて怖くない。

だから医療者が何と言おうと、

彼らにってはもうコロナは終わりなのだ。

 

そういう人が大半を占めるようになれば、

実際にはウイルスが跳梁跋扈していても

その社会でコロナ禍はジ・エンドなのである。

 

そんなアホな。

そう思うだろうか?

 

けど日本だってきっと何とか無事にオリパラが終わって

ワクチンが全国・全世代に一通り行きわたれば、

政府も「もう終わりにしましょう」と、

すべてをなし崩しにして

「これからは経済復興です」と言い出すだろう。

 

今回の首都圏の緊急事態宣言に対する

人々のリアクションを見たら、

もうそうせざるを得ないに違いない。

 

インフルエンザが地球上からなくならないのと同様に、

新型コロナもなくならない。

物理的にそれは存在し続け、

僕たちの命を脅かし続ける。

 

でも人日tの多くが

「しかたない。私たちはいつか死ぬのだから」

と思うようになり、

マスメディアもわざわざ取り上げなくなれば、

流行は終焉するのである。

 

要は僕たちがコロナの存在

を無視できるかどうか。

コロナを終わらせるのは、僕たちの心なのである。

 

厄介なのはコロナが終わってほしくないと思っている人が

わりと大勢いることだ。

 

そんなアホな。

そう思うだろうか?

 

オリパラはどうなる?

コロナはどうなる?

僕が思うに、その緊張感を生きる張り合いにしている人が

日本には結構いる。

 

コロナよりも時代が変わってしまうのが怖い。

そういう心理の人たちが

今年秋から来年あたり

どうなってしまうのか。

それもまた気がかりである。

 

命は保障されても、

生きがいは誰も保証してくれない。

 

というわけで今日は1回めのワクチン接種をやってきた。

来月初め、2回めをやったら、

一応、僕の中でコロナの時代は終わる予定である。

ただ、社会には付き合わなくてならないから

空気読みながらおとなしくはしていますが。

 


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週末の懐メロ38:ワイルドワン/スージー・クアトロ

 

「キャン・ザ・キャン」「48クラッシュ」

「悪魔とドライブ」に続く真打。

スージー。クアトロ、1974年の大ヒット曲。

 

レザーのジャンプスーツに身を包み、

ベースを弾いてシャウトする

ロックンロールねえちゃんは、ぶちカッコよかった。

 

彼女が弾くベースはやたらでかく見えたが、

べつにベースがでかいわけじゃなくて、

彼女が小柄だったのだ。

 

あんまりグラマーでお色気出しまくりじゃなくて、

ちょっと小さくて可愛いところも、

アイドルチックで日本人にウケた。

 

それまで女性のミュージシャンが弾く楽器といえば、

ギターやピアノ(キーボード)で、

少なくともメジャーになった人で

ベースというのはいなかった。

その点でもクアトロは斬新だった。

 

彼女が人気になって以降、

急にベ-スが女をカッコよく見せるアイテムになり、

実際に弾かなくてもベースを抱えた

女性アイドルがレコードのジャケットや

雑誌のグラビアを飾っていた記憶がある。

 

音楽雑誌で「なぜあなたはベースを弾くんですか?」

というインタビューに対する

彼女の答が忘れられない。

 

「ギターは頭にガンガン響くのよ。

ドラムはお尻にボンボンくるわ。

ベースはね、股間にビンビン来るのよ」

 

ひえー、そうなの!と、

中学生だった僕はそれを読んで、ぶっとんでしまった。

ロックの女王、面目躍如。

この名ゼリフとともにスージー・クアトロは

永遠のアイドルになった。

 

アイドルと言えば、

かつての歌謡アイドル・榊原郁恵の「夏のお嬢さん」

(♪アイスクリーム、ユースクリームと歌う曲)は、

この「ワイルドワン」のパクリだと言われている。

 

試しに聴いてみたら、パクリとまではいわないけど、

おいしいところはいただいてます、という感じ。

興味のある人は聴き比べてみてください。

 

 

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エッセイ集:音楽

 

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僕らの時代の妄想力


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動物ハードボイルド人間群像アニメ「オッドタクシー」

 

仕事の合間に見ていた「オッドタクシー」というアニメに

ドハマリしてしまった。

 

大型連休の時、息子が遊びに来ていて

「面白い」と言っていたのを思い出し、

Amazon Primeでやってないかな~と覗いてみたら、

見放題だった。

テレ東で今年4月から6月まで深夜枠で法すしていたらしい。

 

1回20分強で全13回。

仕事の息抜きにちょうどいいかと見始めたのだが、

これがめっぽう面白い。

 

主人公はセイウチのタクシードライバー。

これにゴリラの医者、アルパカのナース、

トイプードル、三毛猫、黒猫のアイドルトリオ、

イノシシとウマの漫才コンビ、

ヒヒのハングレ、ヤマアラシのラッパーなど、

総勢20匹以上の動物キャラクターが絡む。

 

と書くと、なんだかほのぼの動物アニメとか、

メルヘンワールドみたいでしょ?

 

絵柄は割とコミカルだし、

OPやEDの歌もとぼけてたり、

可愛かったりするのだが、内容はそれと正反対。

 

クールでミステリアスでハードボイルド。

そして、けっこう切ない物語なのだ。

 

そのギャップが面白く、

脚本も演出もかなりエッジがきいていて、

心理描写も深い。

折々に入る関節を外すようなギャグもキレている。

何よりも現代の都会を描いた人間群像劇になっている。

 

動物なのに人間群像劇?

一体どうしてそんな世界になっているのか、

その秘密は最終回でわかる。

 

かなり衝撃、そしてかなり深いラスト。

興味を持った人はぜひ見てみてください。

 

Amazonの回しものみたいだけど、

Amazon Primeなら、いま見放題。

他の配信サイトでもそのうちやるかも。

 

 

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おとなも楽しい少年少女小説

 

いたちのいのち


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週末の懐メロ 37:紅い月/佐野元春&ザ・コヨーテバンド

 

若い頃より還暦を超えた今のほうが

楽曲も。歌う姿も、断然カッコいい。

 

ビートと歌詞が深く溶け合った表現。

積み重ねた歳月、刻まれた経験知

それでいて不思議と新鮮な息吹を感じさせる音楽。

おとなとして成長するとはこういうことか。

 

「アンジェリーナ」も「ハートビート」も

「サムデイ」も「ビジターズ」も「ヤングブラッズ」も

好きでよく聴いていたけど、

最近はもうあのへんの曲を聴きたいと思うことはない。

 

2015年リリースのアルバム

「BOLLOD MO0N」のタイトル曲の充実した歌と演奏は、

佐野元春が懐メロ歌手ではなく、

いまだ現役バリバリの日本のロックの担い手である証だ。

 

この曲のみならず、2005年から始まった

コヨーテバンドとのセッションで

彼の世界はさらに進化した。

 

80年代から90年代の活躍は、

ここにたどり着くまでの

助走だったのではないかとさえ思える。

 

盟友・忌野清志郎も、大瀧詠一も

この世を去った今、

時代の天気を気にすることなく、

けれども確実に空気を呼吸しながら、

佐野元春はひたすら誠実にロックし続けている。

 

かつて「ガラスのジェネレーション」で

「つまらない大人にはなりたくない」と叫んでいたが、

40年を経て、彼はそれを実現した。

 

自分はどうか?

つまらない大人をしていないか?

佐野元春の歌を聴くと。

いつもそう問いかけずにはいられない。

それだけでも聴く価値がある。

 

 

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目覚めればオオサンショウウオ

 

ステイホームで山椒魚化?

ずっと岩屋の中で暮らしていて

体が大きくなっちゃって

外に出られなくなった山椒魚の話は、

井伏鱒二の「山椒魚」である。

 

この間、たまたまオオサンショウウオについて

調べる機会があったので、気になって読んでみた。

確か中学の国語の教科書に載って居たと思うので、

約50年ぶり?

 

最近ずんずん目が悪くなって

本を読むのも結構疲れるのだが、

これはずいぶん短い話なので楽に読めた。

 

面白いかというと微妙で、

なぜこの人はこんな話を書いたんだろう?

と疑問がわく。

 

ウィキを見ると、結構いろんなことが書いてある。

やっぱ教科書に載っているだけあって

知名度が高く、日本文学の中では

夏目漱石の「坊ちゃん」や「吾輩は猫である」、

あるいは芥川龍之介の「蜘蛛の糸」や「杜子春」、

宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」や「やまなし」

くらいの人気があるのかもしれない。

 

ストーリー自体は別に面白くないが、

この山椒魚のキャラや、

描き出される岩屋のイメージは興味深い。

 

ちなみにオオサンショウウオは大きいのだと

体長1・5メートルになる、現在、地球上で最大の両棲類。

英名は「ジャイアントサラマンダー」。

 

半分に裂いても生きている、というすごい生命力で、

「ハンザキ」「ハンザケ」という異名を持つ。

 

すごい悪食で何でも食べるとも、

1年くらい何も食べなくても生きている、とも言われる。

 

戦後、昭和26年に得bつ天然記念物になったが、

その前は生息している地域ではよく食べられていたらしい。

 

あの食通のおじさん・北大路魯山人も、

まるでフグのような味と絶賛していた。

 

京都のある料亭では、

中国から輸入したオオサンショウウオを料理して

こっそり出しているという噂も。

 

いまや仕事も食事も遊びも

何でも岩屋(家)の中で済ませてしまえるご時世。

今夜はカフカの「変身」みたいに

朝起きたら山椒魚になっていた、

という夢でも見そうな気がする。

 

 

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おりべまことエッセイ集:動物

 

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ワイルドボーイ・オオタカきょうだい大成長

 

2021年も早や半分が過ぎようとしている。

人間はいまだコロナ禍に苦しめられているが、

野鳥天国・善福寺川では、

鳥たちの子育てがうまくいっている。

 

今年はオオタカも3羽のヒナが無事成長。

この3きょうだいがもう中高生レベルに達し、

超音波怪獣クラスの鳴き声を上げながら、

川沿いのヒマラヤ杉近辺を飛び回っている。

 

と思ったら、今日はすごいシーンに出くわした。

杉の下にある低い梅の木の枝に止まって

ごはんを食っているのだ。

ごはんになられたのは、どうやらムクドリさんらしい。

 

これまでオオタカがいることは知っていたが、

ほとんど姿を見たことはなかった。

杉の木のてっぺんあたりの木陰から

小さくかすかに見えたのが2~3度きり。

 

肉眼では無理だなと思っていたが、

きょうは10メートルもない距離でばっちり、

それも食事シーンが見られるとは。

 

ちなみにこの林の周辺は、

オオタカにストレスを与えないように、

という配慮でロープが張られ、

それ以上近くには寄れないようになっている。

カメラマンの人たちもそのへんはわきまえ、

きちんとそれを守っている。

おらがアイドルを見守るファンのようだ。

 

撮影したが、さすがにスマホのズームではこれが限界なので、

望遠レンズで撮影している人のモニターを

覗かせてもらった。

子どもとは言え、迫力満点。

目は鋭く美しく、猛禽の凛々しさを備えている。

 

ただ、まだガキンチョなので食べ方が下手。

くちばしできれいに羽根をむしるのはいいが、

いざつつき出すと

ときどき肉を地面に落っことす。

 

落っことしたのは地面に降りて

また熱心に、丁寧にくちばしと足を使って食べる。

他のきょうだいに盗られまいとしているそうだ。

 

このごはんは自分で取ったものでなく、

親から与えられたものを食べているらしい。

まだ狩りはできない

すねかじりの王子さまだ。

 

狩りはできないけど、

攻撃力は日に日に増しているらしい。

 

1ヵ月ちょっと前、杉の木のてっぺん近くにある巣に

数羽のカラスが波状攻撃をかけているところを見た。

 

どうやら生まれた頃の彼らを狙っていたらしく、

大丈夫だろうか? と心配していた。

しかし、カルガモ8きょうだいと同じく、

ここも夫婦で子育てをしていて、

しっかり守り抜いたようだ。

 

あれから1ヵ月あまり、

この中高生レベルの王子様たち

(王女様もいるかもしれない)は

今や大胆にも十数羽の群れに向かって

猛スピードで突っ込み、

カラスたちを蹴散らしているという目撃談まである。

 

たんに遊んでいるのか、

チビの時に襲われたことのお礼参りか、

「おれはタカだ」というアイデンティティの確認か、

いずれにしても体格的にそう違わないカラス軍団に

果敢にケンカを仕掛けるとは、

驚くべきワイルドボーイぶり、成長ぶりだ。

 

オオタカがここで暮らし始めて、

もう5年くらい経つと思うが、

さすがに人に慣れてきて、

人間は危害を加えないということを知ったようだ。

 

ごはんにされてしまうムクドリさんなどには気の毒だが、

動物園でもこんなシーンにはめったにお目に掛かれない。

ワイルドボーイ・オオタカのアイドル度は

ぐんぐんUPしている。

 

 

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いたちのいのち

猛禽はちょっと怖いイタチ(フェレット)もお話。


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週末の懐メロ㊱:雨音はショパンの調べ/小林麻美withC-POINT

 

 

雨の季節になると思い出さずにはいられない、

小林麻美、1984年の大ヒット曲。

邦題と日本語訳詞を手掛け、

プロデューサー的な役割を果たしたのは松任谷由実。

 

ディスコブームの1980年代、

陽気でイケイケなアメリカとはひと味違う

ユーロ系ディスコが台頭し流行したが、

中でもメロディアスでメランコリックな旋律を

ダンスのリズムに乗せた

イタリア産の「イタロディスコ」はユニークで人気を博した。

 

そのイタロディスコの立役者のひとりが

パウロ・マッツォリーニ。

この原曲「I Like Chopin」を歌ったガゼボだった。

 

ガゼボは自作でありながら

この日本語バージョンに魅了され、

「これは彼女(小林)の歌だ」と言ったという。

 

アレンジも打ち込み音とオーガニックなイメージの

バランスが素晴らしく、

原曲のようなディスコっぽさをあまり感じさせない

とても繊細で丁寧な音作りをしている。

 

「別れたあの人はショパンが好きだった」という、

内容的にはありがちな失恋ソングなのだが、

ユーミンマジックと小林麻美の魔性の歌唱によって

神秘度・エロス度MAXの名曲に昇華した。

 

クールでメランコリックでダンサブル。

8分間のクラブミックスバージョンで展開する

小林麻美の脳内フル女神イリュージョン。

このイリュージョンであなたも僕も

10年長く生きられる。

 

 

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エッセイ集:音楽

 

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杉並・善福寺川どうぶつキッズサマー

 

5月の半ばに生まれた子ガモは、

お父さん(かな?)も子育てに協力してくれたことで

8きょうだいが無事に中高生レベルまで育ち、

うるさいほど元気に泳ぎまくっている。

 

やっぱり2羽で守っていると、

かなり敵から襲われるリスクを回避できるようだ。

大きくなったので、親父はどっかに行っちゃったみたいだが。

まぁここまで育てばもう親父いなくて大丈夫だろう。

 

と思ってたら、水上でバタバタ大騒ぎ。

何やっているんだろう? と思って観察すると、

なんと飛び立つ練習をしているのだ。

 

飛行機と同じで水上を羽ばたきながら滑走し、

飛び上がろうとするが、まだうまくいかない。

思わず、がんばれ! と応援したくなる。

 

この間、目撃した愛の営みが結晶したのか、

いつの間にか新しい赤ちゃんも5匹登場。

こっちはシングルマザーのようだから

敵から守り切れるのか、ちょっと心配だ。

頭上にはカラスがカーカー飛び回っているし。

 

その川の向こう岸のスギ林では、

すごい甲高い鳴き声が響き渡る。

これはオオタカの子どもだ。

姿は見えないが、すごいすごい。

 

オオタカは善福寺川沿いのアイドルなんで、

きょうはカメラマンが押しかけ、

かなりエキサイト気味。

 

だけど、赤ちゃんガモは

このオオタカの子たちのごはんになるのだろうか?

 

けれども気をを付けるべきはやっぱりカラスだ。

カラスもいつの間にか子育て完了したのか、

やたらと増えている。

 

さらに子ガモの天敵・ヘビーなアオダイショウも

低木の上にニョロリ。

おとなのアオダイショウはその名の通り、

青緑色だが、こいつはほぼグレー。

体もまだ小さくてシマヘビ並なので、

アオダイ少年だと思われる。

 

きょうはアオサギ君までご訪問。

魚を取る瞬間は撮れなかった。

ワイルドに夏本番。

 

 

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あなたは遺骨を使った絵画を家に飾るだろうか?

 

先日の「セレモニージャパン2021」で

最も心に残ったブースは、

日本では、そしておそらく世界でもほとんど例のない

遺骨を使った絵画「供養絵画さくら」だった。

 

30年ちょっとの短い人生を終えた女性。

生後1か月で逝った子猫。

海辺を散歩するのが好きだった犬。

そして最期に桜を観たいと呟いた女の子。

 

彼女らの命の記憶をこの世にとどめるために、

「供養絵画さくら」のアーティスト小林吉春氏は

画材に遺骨を用いたのである。

 

仕事で主にアニメーション作品の

立体造形物制作に携わってきた小畑氏は、

自分が作ったものがイベント終了後には

ゴミとして破棄されてしまうことに

心のわだかまりを抑えられなかった。

 

それで給料をもらって生活しているのだから、

よしとしなければいけないのだが、

 

消耗品を作っている。

消費されるものを作っている。

 

という思いからアーティストは逃れられないのだ。

 

彼は「消費されないモノづくり」を模索するようになった。

そして2

遺骨、そして幼くして亡くなった姉の遺骨を目にした。

何かが彼の胸に舞い降りた。

 

遺骨を使った供養絵画はそこから始まった。

 

インスタグラムに上げたところ反響があり、

この5年間で約30点を制作した。

遺族や飼い主からヒアリングをし、

イメージする色や風景、

ストーリーを1枚の絵にしていく。

 

 

料金は応相談だが、基本的に大きさに比例し、

小さなものは額縁込みで5万円から。

 

人の遺骨を画材にするのは前例がなく、

禁止する法律はないが、万一のトラブルを避けるため、

依頼を受ける際に合意書を書いてもらているという。

 

ちなみに日本は遺骨の処理に関して、

おそらく世界一厳しい国ではないかと思う。

 

他の国では遺骨はメモリアルではあるが、

ただの物質としみなすのに対し、

日本では古くから霊魂が宿ると考えられ、

意味や価値を持っているからだろう。

 

絵画にするのは美しい・素晴らしいと思う人がいる一方で、

怖いと思ったり、眉を顰める日tもいるだろう。

 

新しいものはいつの時代も賛否両論である。

 

いずれにしても遺族の心に寄り添った

新しい供養の在り方として、

また、ひとりのアーティストの

ユニークなプロジェクトとして気にかかる。

 

 


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分身ロボットカフェがオープン

 

本日、日本橋に分身ロボットカフェがオープン。

その名も「DAWN(ドーン)」

AI・ロボット時代の夜明け。

 

カフェでサービスする分身ロボット「OriHime」と「OriHime-D」(オリヒメ)を

遠隔から操作する「パイロット」は、

難病や重度障害などで外出が困難な人たち総勢50名。

 

日本らしい、人の心を映し出した

クールジャパンなロボット文化が

本格的に始まる予感。

 

 

 

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ロボットをテーマにした小説・エッセイもどうぞ。

 


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週末の懐メロ㉟:ナッシング・トゥ・ルーズ/U.K.

 

U.K.は1978年に結成された

“最後の”プログレッシブロックバンドである。

プログレッシブロックの歴史の始まりが、

1960年代後半のビートルズの

「リヴォルバー」や「サージェントペパーズ」だとすれば、

終焉はU.K.の3枚目にして最後のアルバム

「ナイト・アフター・ナイト

(U.Kライブ・イン・ジャパン)」だった。

 

僕は1979年のこの日本公演を見た。

東京で2公演が行われ、

5月30日の中野サンプラザのステージに行った。

 

同年発表されたこの曲ももちろん演奏され、

クリスタルに輝くエレクトレックバイオリンを弾きまくる

エディー・ジョブスンの姿が今でも目に浮かぶ。

 

「ナイト・アフター・ナイト

(U.Kライブ・イン・ジャパン)」は演奏修了後、

オーディエンスの「U.K.コール」が鳴り響き、

それがエコーアウトするという

すごくカッコいい終わり方をする。

 

しかし、収録は僕が見た後の6月4日の

日本青年館での公演を録音したものだったので、

レコードを聴いた時、

U.K.コールに参加できなかったことを

地団駄踏んで悔しがった。

 

そのライブアルバムが出たのは

確か同年の終わりごろだったが、

翌年になってU.K解散のニュースが伝えられた。

つまり、プログレッシブロックの歴史は

1970年代とともに終わったのである。

 

――と言うと、異論を唱える人がいるのは知っている。

U.K.を率いていたジョン・ウェットンは解散後、

イエスのスティーヴ・ハウや

ELPのカール・パーマーらと

エイジアを結成し、世界的な大ヒットを飛ばした。

 

メンバーチェンジをして生まれ変わった

イエスやジェネシスも

全米ヒットチャートを賑わせる

超人気グループに駆け上がった。

 

それはそれでいい。

売れたのが悪いわけではない。

けれども、それらはもうプログレッシブロックとは

異なる音楽だった。

 

その後、40年余りにわたってこれらのバンドは

解散しては再結成を繰り返してきたけど、

オーディエンスがリクエストと喝采を送るのは、

全米で売れた80年代のヒットナンバーではなく、

それ以前の70年代に彼らが生み出した、

今思えば奇跡のような、野心と抒情と哲学と、

大いなる世界の幻想に溢れたプログレの名曲群なのである。

 

1978年はパンクロックが音楽界に旋風を巻き起こし、

プログレ人気が凋落の一途を辿っていた時期だった。

 

そこへ舞い込んだビッグニュース。

ジョン・ウェットン(ベース/ヴォーカル)と

ビル・ブラッフォード(ドラム)が新バンドを結成!

しかもバンド名は、

United Kingdamというイギリスの正式国名。

 

これに数多のプログレファンの胸は高鳴った。

何と言っても二人は1975年に一度解散した

キング・クリムゾンのベーシストとドラマーだ。

 

そこにロキシーミュージックの元メンバーで、

クリムゾンのセッションに参加したこともある

キーボード&バイオリンのエディー・ジョブスン、

そして元ソフトマシーンのギタリスト、

アラン・ホールズワースが加わる。

 

U.K.の登場はキング・クリムゾンの再来、再結成と

受け取られた。

しかし、U.K.に対する当時の世間的評価は

あまり芳しくなかった。

 

クリムゾンファンの期待が大きすぎたせいか、

デビューアルバム「憂国の四士」は、

「クリムゾンにしてはスケール小さい」

「いまいちエッジが立ってない」などと言われた。

 

メンバーチェンジしてトリオ編成になって出した

セカンドアルバム「デンジャーマネー」は

「プログレなのにポップ過ぎる」という評価だった。

 

いま改めて聴いてみると、

1枚目は、確かにクリムゾンの影が残っているものの、

アヴァンギャルド的な部分よりも、

メロディアスな部分を強調していて聴きやすい。

 

2枚目は半分プログレ、

半分ポップなハードロックという感じで、

のちのエイジアに繋がる要素が垣間見える。

 

けれどもそれはもちろん、

クリムゾンでもエイジアでもなく、

U.K.というバンドでしか生み出せなかった楽曲群だ。

 

U.K.は活動期間も短く、

遺したアルバムもスタジオ盤2枚、ライブ盤1枚の

3枚のみで、レパートリーも20曲に満たない。

けれどもその充実度はすばらしく、

僕はどの曲も大好きだったし、

初めてプログレを聴く人にも親しみやすいと思う。

 

プログレの頂点に立つのは、一般的には4大バンド

(キング・クリムゾン/ピンク・フロイド/

イエス/エマーソン・レイク&パーマー)、

あるいはこれにジェネシスを加えた

5大バンドと言われているが、

僕はキャメルとU.K.を加えて

7大バンドということにしている。

そして唯一、

リアルタイムでライブを体験できたU.Kに対しては

愛着ひとしおなのだ。

 

あの40年以上前の日本公演で印象に残ったことがもう一つ。

プログレを聴くのは男ばかりと思っていたのだが、

オーディエンスには意外と女の子も多かった。

 

それはたぶん、

表に立つジョン・ウェットンとエディー・ジョブスンが

二人ともかなり美形だったことが大きいと思う。

ちょっとクイーンファンっぽいノリだったのだろう。

 

たしかにウェットンがベースをブンブン鳴らす横で、

ジョブスンが、今でいうならまるで羽生結弦のように

華奢な身をくねらせながらバイオリンをきらめかせ、

ギュンギュン言わせるビジュアルは、

本当に美しく、かっこよかった。

 

女子たちは、周りにいる

「聖域を荒らすミーハー許すまじ」みたいな、

プログレファンの男たちの気位の高さを察してか、

ジョンとかエディーとか呼ぶのではなく、

「ウェットン!」「ジョブスン!」と声をかけていた。

そのおとな対応が、いま思い返すとちょっと面白い。

 

2011年以降、ウェットンとジョブスンはU.Kを再結成し、

日本公演も行った。

映像を見たが、齢を取って二人の美貌は衰えたものの、

演奏は素晴らしく充実しており、

“最後の”プログレッシブロックバンドは

なおも光り輝いていた。

 

けれどもウェットンは2017年にこの世を去り、

ジョブスンも音楽の世界から身を引いたという。

 

さようならU.K.

歴史は永遠に閉じられた。

それでも僕はやっぱり死ぬまで

プログレを聴き続けるだろう。

 

 

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海はとても遠くにある

 

歌の中で、映画の中で、物語の中で、

海を目指す主人公は多い。

海は広い。限りない。

海は彼や彼女の内側にある可能性、

と同時に帰るべき場所のメタファーだ。

 

僕も演劇をやっていた頃、

海を目指す男の物語を書いたことがある。

けれども彼がたどり着いたのは仮想現実の海だった。

あの男は結局、仮想現実の海で溺れてしまい、

箱の中から外に出ていくことができなかった。

 

なんでそんな話を書いたのかよく思い出せないが、

海賊やら、人魚姫やら、詩人のランボーやら、

ギリシャ神話やら、

当時、自分が好きなものをぶち込みまくったので、

支離滅裂な話になってしまった。

 

それでも役者は楽しんで演じてくれたし、

数百人のお客さんも楽しんでくれた。(と思う)

 

だけど自分で納得がいかず、

そのうち何かの形でリベンジしようと思っていて、

あっという間に年月が経った。

 

人生は短い。

 

昨年出した「ピノキオボーイのダンス」という小説で、

少しそのリベンジの片鱗を入れた。

じつはこれも完成形にするまでに10年くらいかかった。

 

でもやっぱりまた海を目指す男(女でもいい)の話を

書きたいなぁと思い始めた。

僕がかつて描いたあの男は、

今度はどうやって仮想現実の海が広がる

箱舟から抜け出すのか?

 

そもそもどこかにリアルな海があるということを

信じられるのだろうか?

 

人生はますます短くなる。

実は海にたどり着くことより、

海を目指して歩くことに意味があるのだ。

 

歩き続けるためには海があると信じること。

自分を信じ続けること。

自分自身であり続けること。

 

テーマは美しい。

海は美しい。

だけど、とても遠い。

せめて街の雑音が消えて、

潮騒が耳に届くあたりまで行ければいいなぁと思う。

短い人生の中で。

 

 

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みんなでワイワイおかたづけの時間

 

そういれば最近、顔出しをしてないなと思って、

先週「セレモニーJAPAN」の会場で撮った写真をのっけてみる。

いっしょに映っているのはブットンくんという

大阪の御堂筋にある「難波別院」、

通称「南御堂」のキャラクターである。

 

このお寺の境内にははドカン!と

17階建ての高層ホテルが建っており、

「日本初のホテル一体型山門」を売りとしている。

 

つまりホテルとお寺が一体化しており、

快適なベッドルームに宿泊した客は、

そのまま本堂へ行って坐禅や写経を体験、

といったこともできるらしい。

 

ホテルは「大阪エクセルホテル東急」である。

つまり東急資本の新たな開発だ。

東急グループはこの4月に「東急ラヴィエール」という

新会社を立ち上げ、不動産の整理や相続、終活、

そしてゆくゆくは葬式やお墓のことまで手を伸ばそうと、

エンディングにまつわる事業をスタートさせた。

 

先週紹介した広告代理店の博報堂もそうだが、

この業界にはいろいろな資本が入ってきて、

ビジネスをしようとしている。

 

それは日本社会が戦後、どんどん広げまくってきた

風呂敷をたたむ時代になっていることを象徴している。

思い切り散らかした部屋をどう後片づけするか、

と言ってもいい。

 

後ろ向きな意見に聞こえるかもしれないが、

問題はどうすれば風呂敷をきれいにたたむのか、

どうすれ、ときめきながらお片付けできるか、だ。

 

その後始末・お片付けというテーマに

市場があり、ビジネスのタネがある。

 

大資本もITもお菓子屋さんもアーティストも個人事業者も、

みんなここに集まってくる。

思ったほど儲かるかどうかはわからないが。

大勢の人や会社が集まれば、

当然、いろいろ面白くなる。

 

これからこの業界で何が起こるか?

僕は仕事があるので探っていくが、

あなたもちょっと気にしておいて損はない。

 

そしてできれば、お片付けに

ちょっとでも胸のときめきを感じたいね。

 

 

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昭和96年の思い出ピクニック


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子ガモとアニマルガモ

 

先週は取材で日中、出ずっぱりだったので、

ほぼ1週間ぶりに泡沿いを散歩する。

 

チビガモ8羽、いつものホームエリアで確認。

少し見ぬ間にまたもや大きくなった。

はじめて目撃してから1ヵ月経つ。

そろそろチビとは呼べなくなりそうだ。

 

ところで1週間前の夕方の散歩中、

ガーガーギャーギャー

すごいわめき声が聞こえるので

どうしたんだろう?と慌てて駆け寄ってみると

カルガモカップルが子作りに励んでいた。

 

またもう少しして今の子どもたちが

おとなになる頃。新しいチビガモが生まれるかもしれない。

 

それにしても、いくらカルガモとはいえ、

プライベートライフを盗撮するのは

失礼かなと思って

写真も動画も撮らなかったが、

かなりワイルドな世界。

(野生の鳥だから当たり前だけど)

 

オスはメスにのっかってバシバシたたくわ、

くちばしをくわえて引っ張るわで、

平和そうな顔つきに似ず、

なかなかエキサイティングな愛の営みを繰り広げていた。

 

もちろんカモだって個体差があるので、

そいつが特別暴力的だったとか、

メスもそういうのが大好きだったという可能性もあるが。

 

生まれた子どもはかわいいけど、

子孫繁栄のための行為は、

やっぱりけっこう

スケベでアニマルだよなと再認識。

 

 

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エッセイ集:動物

 

神ってるナマケモノ


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週末の懐メロ㉞:雨のクロール/森田童子

 

森田童子には春や夏を歌った曲が多い。

明るい光の向こう側にある影、孤独、別れ、哀しみ、死。

彼女はそうしたものを歌にしてきた。

1975年のデビューアルバムに収められた

「雨のクロール」はそれを象徴する佳曲である。

 

この音源はライブ

「東京カテドラル聖マリア大聖堂録音盤」から。

 

死去したことが公表されたのは3年前、

2018年のちょうど今頃だ。

それより35年以上も前に

もう森田童子であることをやめ、

一人の主婦として

都内のどこかで静かに暮らしていたらしい。

 

森田童子として遺した特異な歌の数々からは

どうもその暮らしぶりは想像しにくい。

でも、作品とその人の生き方・キャラクターに

整合性を求めるのは間違っていると思う。

 

1980年を過ぎて時代が変わり、

「学生運動をやっていた人たちのアイドル」

に対する関心は薄れ、

もう自分の役割は終わったと感じたのだろう。

 

どんな思いで歌うのをやめたのかわからないが、

もうしがみつくことはなかった。

 

キャリアの後半、

周囲がなんとか“延命”させようと

自分の曲に

当時の流行りだったニューウェーブやテクノポップ風の

アレンジをして売ろうとしたことにも、

すっかり嫌気がさしてしまったのだろう。

 

でもそれ以上に、普通の人になって

普通の幸せを手に入れたかった。

子ども時代に何か普通ではない、

過酷な体験があったのかも知れない。

 

本人はインタビューで

「病気のせいで孤独な生活を送っていた」

とだけ語っている。

 

そんなわけで1990年代になって

「ぼくたちの失敗」がドラマの主題歌となって

大ヒットしたのは、

本人がいちばんびっくりしたにちがいない。

 

けれども、それさえも遠い昔ばなしになってしまった。

 

森田童子はあまりにも学生運動とその時代と

セットで語られ過ぎてきた。

 

時代のベールを剥がして聴くと、彼女の歌の本質が見える。

春や夏の光の向こう側にある、人間の心の影や孤独。

 

時々、若い歌手がカヴァーを歌っているのを聴くが、

若者ほどその本質を理解している。

 

消費されることのない永続性と、

神聖と言ってもいい領域が、森田童子の歌の中にある。

 

 

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ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力


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世界へ羽ばたく鳥取・米子のどら焼き屋

 

エンディング業界の展示会

「セレモニーJAPAN2021」で

ひときわ異彩を放つどら焼きブース。

 

どら焼きの生産量日本一、

鳥取県米子市の丸京製菓が、

お葬式のおみやげや香典返しにどら焼き最適!

ということでブースを出展した。

 

4月4日を「どら焼きの日」に制定し、

地元では「どら焼き公園」まで作ったというこの会社、

日本全国のスーパーやデパートに供給。

そればかりか、

世界20か国にどら焼きを輸出しているという

知られざるどら焼き屋。

 

もともとは和菓子屋として饅頭、団子、大福など

いろんな和菓子を作っていたらしいが、

何を思ったのか、50年ほど前から

どら焼きに特化。

以降、どら焼きを信じ、

どら焼き一筋に邁進してきたという。

 

「社長がドラえもんを好きだったんですか?」

と聞いてみたが、よくわからないという。

 

「ドラえもんがどら焼きに及ぼした経済的効果について」

という一文を書いたことがある僕としては、

丸京食品がどら焼き専門店になった秘密が

知りたくてたまらない。

一度、米子を訪れなくてならない。

 

というわけで、どら焼きの地位向上の

おもての立役者がドラえもんだとすれば、

裏の?立役者は丸京製菓だと言わざるを得ない。

 

黄色いポロシャツを着た営業担当者の方から

いただいた名刺には

 

「常務執行役員CMO(最高マーケティング責任者)

営業部 兼 国際事業部 兼

マーケティングチーム責任者」

 

という、とてもどら焼き屋さんとは思えない

カッコいい肩書が。サイコーです。

 

ちなみに贈答の用途は、お葬式に限らず、

お祝い事でも何でもOK。

注文すればオリジナル焼き印も押してくれる。

「1個からでもオーケーです」とのこと。

 

取材したらおみやげももらったので、うちで食べた。

ふつうにおいしい。

 

感動的!というほどでなく、

ふつうに、ほどほどにおいしところが、

贈る側もいただく側も、重くなくていいのだ。

 

気軽においしくてユーモラスなどら焼きは

鳥取の誇り、日本の誇りです!

 

 

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エッセイ集:食べる

 

ロンドンのハムカツ


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セレモニーJAPAN2021取材: 大手企業の葬儀業界参入

 

昨日9日から青海(東京テレポート駅:

フジテレビのあるところ)の

ビッグサイト分館で、

「セレモニージャパン

(エンディング産業展)2021」という

葬儀供養業界の展示会が開かれている。

 

鎌倉新書・月刊仏事の仕事で、

ライターとして3日間通勤取材。

 

世は高齢化・多死時代。

数年前から、そのうち、この業界にも広告代理店が

進出してくるのではないかという噂が飛び交っていたが、

今年、ついにそれが現実となった。

 

この6月に博報堂が、

オンライン追悼サービス「しのぶば」の開始を発表。

一気に業界の多くの人たちが浮足立った感がある。

 

通りがよいので簡単に「博報堂」と言ってしまうが、

「しのぶば」は、正確には博報堂DYグループの

AD plus VENTURE(アドベンチャー)株式会社の

事業の一つである。

 

DYというのは、大広、読売広告社のイニシャルで、

これらの広告会社も傘下に入っており、

いまや博報堂はメガ高億代理店となっている。

 

AD plus VENTURE(アドベンチャー)は

そのグループ56社から広く新規ビジネスアイディアを

募集、審査、育成し、事業化する仕事を

2010年から行っている。

 

昨日はセミナーの一つで、「しのぶば」の代表と、

業界の革命児と呼ばれる二人の葬儀社社長の

パネルディスカッションが行われ、

10年後を見据えたとても濃い内容で面白かった。

 

「しのぶば」の代表は子育て中の30代の女性である。

 

「博報堂は生活者目線で事業を展開してきた。

今まではその明るい部分にばかり焦点を当ててきたが、

これからはそうではない(陰とされてきた)部分にも

焦点を当てたい」

 

と話したのが、ひどく印象的だった。

いずれにしてもこの業界を、

ひいてはライフスタイル全般を変える

きっかけの一つになるのは確かだと思う。

 

 

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AI・ロボット エッセイ

 

どうして僕は

ロボットじゃないんだろう?

 


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自己満足のために山に登る

 

その昔、僕がまだ若かった頃は「30過ぎは信じるな」とか、

29歳で雪山の中に埋もれて死ぬ

(そうすれば美しく死ねる)

とか言ってた人が結構あちこちにいた。

現実にも、ドラマの中でも。

 

そんな御伽噺をしていた人が高齢まで生き延び、

健康を気にして、さらに生き延びたいと願っている。

「あんなこと言ってたのは若い時分のたわごとですよ」

ちょっと照れた顔で、

あるいはちょっと怒った素振りで

そう言い訳するだろう。

そして、あんな言い分は自己満足にすぎないよ、

と、ちょっと歪んだ笑いを見せるだろう。

 

そして、夢から醒めたほとんどの人は、

30過ぎから新たな人生を歩み始める。

 

もう遠くは見ない。

足元だけを見て歩く。

けれどもだんだん、

どこまでも続くまっ平らな平地を

歩き続けることには耐えられなくなる。

 

30過ぎまで生きた人は、

自分が登りたい山を見つける。

がんばれば登れそうな山を懸命に探しだす。

 

私はここまで登って、こういう景色を見た。

人生の中でその自己満足を得るために。

 

中には思いがけず高いところまで登れてしまって

怖くなってしまう人もいる。

怖いからもう降りようと思っても

降りる勇気がない。

 

登る時よりも降りるときのほうが勇気がいる場合もある。

気が狂うほど怖くなることだてある。

 

高齢まで生き延びて、果たして何があるのか?

人は人間としてどこかに到達するのだろうか?

 

答を言ってしまうと、どこにも到達しない。

どこにもたどり着けない。

ただ、山に登り続け、どこかで行き倒れになる。

私は最期まで登り続けたという自己満足だけを残して。

 

その自己満足こそが生き延びてきた人の特権だと思う。

 

 

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魚のいない水族館

 


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認知症のおかあさんといっしょ

 

 

今日も認知症の義母は川沿いを散歩しながら、

通りすがりの人たちに愛想を振りまく。

子どもやイヌを見て可愛い、可愛いいと連呼する。

ネコはどっちかというと苦手なようである。

 

しかし、じつはイヌもちょっと苦手。

イヌは人間の言葉がわかるから、

きっと可愛がってくれるんだろうと思って

しっぽをフリフリ寄ってくる。

 

顔は笑っているが、

ちょっと大きいイヌだと内心ビビっているのがわかる。

しかたないので、僕が代わりに撫でたりしてあげる。

義母のそんなキャラも面白いと思う。

 

認知症の介護と言っても、

今のところはそれくらいで済んでいるが、

もちろん先のことはわからない。

 

2025年には5人に1人が認知症患者になるという。

わずか4年後のことだ、

本当にそうなるのか?

もちろん先のことはわからない。

 

でも、これからの社会が

認知症という現象と共存する社会になるのは、

ほぼ間違いないだろう。

 

認知症と認定されると、

どんなお金持ちでも

自分の財産を好きなようには使えなくなる。

 

記憶の中から、お金も社会的地位も、

家族も友だちもみんな消え去っていく。

 

それまで所有していた財力や権力に関わらず、

一気に社会の弱者に転落する。

 

その時に何かを愛することができるか、

そして、人から愛されることができるか、

それがその人の人生の価値になる。

 

あまり考えたくないが、

もし自分が認知症になったら・・・ということは

心のどこかにメモしておいたほうはいい気がする。

 


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週末の懐メロ㉝:ジョニー・B・グッド/チャック・ベリー

 

ビートルズも、ローリング・ストーンズも、

彼らに追随した世界中の数多の歌手も演奏者も、

チャック・ベリーがいなかったら生まれなかった。

ロックンロールのグランドファーザー、

1958年のバイブル。

 

このバイブルが発表された年は

僕はまだこの世に影も形もなかった。

 

初めて聴いたのは1974年。

近所のレコード屋が主催する

中高生らのコンサートが

区役所のちんまりしたホールで開かれた。

 

そこで中学の同級生のカドタくんが

「お子さまバンド」という3人組のバンドを結成して出演。

そこで演奏したのが「ジョニー・B・グッド」だったのだ。

(他にも2、3曲やったと思うが忘れてしまった)

 

当時、僕はハードロックやプログレッシブロックの

分厚くて起伏が激しく、

綿密に構成された楽曲が好きだったので、

初期のビートルズやストーンズがやっていたような

シンプルなロックンロールには

スカスカ感を感じて、正直、物足りなかった。

 

ところが、お子さまバンドがやった

「ジョニー・B・グッド」は

めちゃくちゃイカしてた。

 

中学生のバンドがそんなにうまかったわけではない。

しかし、とにかく楽しいノリと旋律が、

一発で体に刻み込まれた。

 

チャック・ベリーはその頃から

すでに伝説のロックンローラーとして、

ジョン・レノンやキス・リチャーズの口から

語り継がれていた。

 

その独特のパフォーマンスも、

「ロックなんてお笑いみたいなもん」とか、

「インチキだらけの世の中なんて笑い飛ばしたる」

みたいな気概を体現しているようで大好きだ。

 

2017年、グランパ・ベリーが

90歳でこの世を去った今も、

永遠のロックの北極星として、

ジョニーはグッドであり続ける。

 

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なぜ日本にカエル食が定着しなかったのか?

 

 

かわいいから食べられなかった?

そんなに殊勝な民族なのだろうか、日本人は。

 

というわけで昨日の続き。

 

どうして中華やフランスには

カエル料理があるのに、

世界に冠たる日本料理にはそれがないのか?

なぜ日本ではカエル食が定着しなかったのか?

 

そう考えて検索してたら、

素晴らしいものを見つけてしまった。

 

その秘密は横浜にあった、

横浜の、あまり実用的とは言えない

さまざまな面白情報を載っけている

「はまれぽ.com」というウェブマガジン。

「横浜には食用ガエルの養殖場があったって本当?」

という記事だ。

 

この記事によると、

 

日本の食用ガエルの歴史は、

1918(大正7)年4月に東京帝国大学(現:東京大学)

名誉教授・渡瀬庄三郎(わたせ・しょうざぶろう)

博士によって、

アメリカのルイジアナ州ニューオリンズより雄10匹、

雌4匹を輸入したことが始まりだ。とされている。

 

食用ガエルは当初、帝国大学伝染病研究所内(東京都文京区)の小規模な養蛙池で養殖され、食用蛙養殖が国内でも可能なことが立証された。(以上引用)

 

となっている。

当時、カエルは栄養素も高く貴重なタンパク源として、

食糧問題解決の一策として注目された事業だったらしい。

 

このアメリカからやって来た食用ガエルの正式名は

「ブル・フロッグ」。

まんまウシガエルだ。

そして昭和になってから、そのエサとすべく

今や親しみ深いアメリカザリガニも輸入された。

 

今や指定外来種として、

石もて追われるような存在になってしまった

ウシガエルとアメリカザリガニだが、

100年前は鳴り物入りで、

日本の新たな食の救世主として招かれたんだね。

 

で、どうやら今の新横浜駅の近くにある

スケートセンターのあたりに

1938(昭和13)年ごろまで

大規模な養蛙場があったらしい。

 

はっきりとはわからないが、

日本にあった養蛙場は1940年代、

つまり終戦の前後ですべてなくなり、

そこで日本におけるカエル食の歴史は

途絶えてしまったようだ。

 

横浜で養殖されたカエルたちは

中華料理店などに出荷されていたらしいが、

その頃は中華街でカエルを食べさせる店が

あっただろうか?

 

このはまれぽの記事は、

女性ライターが、実に丹念に現地取材と文献調査を行い、

写真も豊富に載せていて、

日本の食用ガエルの歴史がわかる仕組みに

なっているので、

興味のある人はぜひ読んでみてください。

(カエルが苦手は人はやめたほうがいいです)

 

https://hamarepo.com/story.php?page_no=1&story_id=4457

 

カエルのから揚げを食べた経験上、

カエルの肉は結構おいしい。

味や食感としては、

鶏のささみと魚の中間みたいな感じだ。

 

いいお値段がするけど、ネットで買うこともできる。

話のネタに一度食べてみてケロ。

 

しかし、はまれぽの記事にも

「なぜカエル食が日本に根付かなかったのか?」

の考察はなかった。

やっぱり見た目の問題なのか?

 

と、今日もYouTubeのカエルの合唱をBGMにして

夜な夜なかんガエル。

 


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6月にカエルを愛でる日本人と 「みんなが作ってる カエルのから揚げレシピ」の衝撃

 

6月と言えばジューンブライド。

というのはヨーロッパの話で、

日本は6月と言えばカエルである。

 

お米の国・日本では田んぼの妖精みたいなカエルは

人気者だ。

ケロケロ鳴いて

恵の雨を降らせてくれると信じられていた。

人気者どころか豊作の神様みたいなものである。

 

食糧が豊富になった現代はそんなありがたみも薄れ、

雨もカエルが呼んでくるような情緒あるものでなく、

災害の恐怖を伴う集中豪雨。

 

しかし、時代は変わってもカエルはかわいがられる。

幼稚園とか学校とか、子どもびいるところは

かわいいイラストとか折り紙のカエルだらけ。

 

昨日、スーパーに行ったら季節感を出すために

ここにも蓮の葉の傘を差したカエルがいっぱいいた。

 

そこでつい売り場のお姉さんに

「こちらのお店ではカエルの肉は売ってないですか?」

と聞こうとしたが、抑えた。

嫌がらせに来たのかと思われても嫌なので。

 

なんでそんなことを聞こうと思ったのかと言うと、

だいぶ昔のことだが、

名古屋にある浜木綿(はまゆう)という

中華料理のチェーン店のメニューに

カエルのから揚げがあって、

それがけっこうおいしかったことを

思い出したからだ。

 

帰省するたびに家族で食べに行っていた。

まだ父が生きていた頃だから

もう12年以上前のことである。

 

今はもうメニューにないが、

中華料理では普通にカエルを食べる。

タイとかベトナムなどの東南アジアでもあるし、

ヨーロッパではフランス料理の

重要な素材になっている。

 

今の日本ではどうなのだろうと

ネット検索してみたら、

「みんなが作ってる カエルのから揚げレシピ」

というタイトルを見つけた。

なんとクックパッドに載っている。

 

レシピの生い立ちには

「田んぼ道でふと見かけて、

捕まえられたので作りました」とあり、

ちゃんと写真付きで作り方が書いてある。

脚だけかと思ったら、

なんと丸ごと姿揚げなので、

ちょっとびっくりした。

 

ただ、当然というか、

他に作って食べてみましたという

「たべレポ」は見当たらなかった。

 

そこでまた考えた。

 

どうして中華やフランスには

カエル料理があるのに、

日本料理にはないのだろう?

どうしてゲテモノ扱いなのだろう? と。

 

実は明治期から昭和の戦時期にかけて

日本でもカエルを食べようという施策が

国家プロジェクト波のスケールで進んでいた。

東京都文京区の実験田をはじめ、

鎌倉や横浜に大規模な養蛙(ようあ)場も

儲けられていたのである。

 

というわけでこの話の続きはまた明日。

 


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猿姫様

 

なんでこんなおサルみたいな娘たちが

年頃になると色気づいて綺麗になって

母親にまでなれるのか、はなはだ不思議である。

 

ジャングルジムやブランコや砂場など

公園の広場でおサルたいんのがキャッキャと

遊び回っている。

 

大の男がひとりでじっと見ているとしたら・・・

そんなつもりはなくても変質者と疑われる。

 

その点、義母といっしょだと

「お年寄りの面倒を見ている人」と

認識してしてもらえる(実際そうだし)ので安心だ。

ありがたい。

 

おサルたちはかわいくて、

彼ら・彼女らを見ていると

エネルギーが注入されるような気持ちになれる。

 

男の子は、そのまま大きくなれば

おとなの男になるのに何の違和感もない。

自分がそうだし、息子もそうだった。

 

しかし女の子はやっぱり不思議である。

たとえは悪いが、

女の子の成長は昆虫とか両棲類の変態に似ている。

 

戸川純が「玉姫様」で歌っていたが、

まさしく神秘、神秘、神秘の現象である。

 

そういう神秘がクリエイターを刺激するのだろう。

物語の世界では「ナウシカ」以降、

やたらと女の子の主人公が増えた。

 

ジブリ映画の主人公は大半が女の子である。

 

長らく物語の基本形は「少年の成長」だったが、

それを少女に変えた方が新しいものを

作りやすいという事情があった。

 

それに加えて女は体の変化という

内面的なドラマがある。

男が外的な条件・周囲の事情によって動くのに

比べて、体の奥底から上ってくる何かに

突き動かされる部分も多いのだろう。

 

いずれにしても僕にはそんなこと一生分からない。

でも分からないから想像力を刺激される。

 

作家にしても漫画家にしても映画監督にしても、

男が少女の物語を創りたがるのは、

そういうダイナミックな変化の可能性に魅力を

感じるからなんだろうと思う。

 


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1年前はみんなコロナが終われば すべてが元に戻ると思っていた

 

今日もリモート打ち合わせ2本。

打ち合わせ・取材はすっかり

在宅リモートが中心になった。

たぶん8割から9割。

 

現場の写真が必要とかいった

付加価値がない限り、

30分や1時間の打ち合わせ・取材には

わざわざ出向かない。

はっきり言って億劫だ。

以前ほぼ毎日、電車通勤していたのが

前世の記憶のように思える。

そういうマインドに変わってしまった。

 

1年前はみんなコロナが終われば

すべてが元に戻ると思っていたが、

そうはならないだろう。

変わるときはがガツンと変わる。

「今」は間もなく「過去」になる