エンディングを意識して人生の台本を書く。

 

●エンディング文化の時代到来

 

 エンディング産業展の取材を終えて考えたこと。

 それは、エンディング――死を楽しむ時代がやってきたということです。

 

 「死を楽しむ」というと語弊があるかもしれませんが、要はひとりひとりが自分の人生の終え方について期待感や希望を抱く、ということです。

 

 いつかはこの世からおさらばしなくてはいけない。

 これはあらかじめそう決まっています。

 だったら悲しんだり寂しがったりするだけでなく、そうした感傷も含めて、思い切って楽しんだほうが「お得」なのではないでしょうか。

 

 少なくとも僕たち、現代の日本人ひとりひとりは、そうしたことをできる豊かな文化に包まれて生きていると思うのです。

 

●人生は20歳まで

 

 じつは人生は20歳で決定しています。

 20歳までの経験とそこから吸収したもの、そして喜怒哀楽の感情で人間の心身の基盤は出来上がります。

 どうすれば自分は気持ちよく生きられるのか、この世の人生において何に価値を置いて生きるのか、自分が果たすべきミッションは何なのか・・・これらはもうみんな、最初の20年で僕たちの内側にしっかりインプットされます。

 

 ただし、そのことに気づくかどうか、それらをいつ発見できるか、はその人しだいです。最期まで見つけられずに終わってしまう人も少なくない。いや、もしかしたら大半の人はそうなのではないでしょうか。

 

 だから20歳を過ぎた大人は、自分の人生の主人公は自分であると、しっかり意識したほうがいい。

 そして日々、自分の人生の台本を書いていくといい。

 細かく書き込む必要はないけれど、どういう流れでどうなり、どんな大団円を迎えるのか、エンディングまで想定してプロット(筋書)を作っておくといいと思います。

 

 もちろん、僕たちを取り巻く環境は、時代とともに刻一刻と変化していくので、日々リライトすることが必要です。

 でも、ベーシックな台本があるとないとでは違います。まったく手ぶらで毎日アドリブだらけでは続きません。

 

 でもじつは、わざわざ僕がこんなことを言わなくても、あなたも自分の人生の台本はひそかに書き進めているはずなんですよ。

 耳を澄まして自分に聞いてみてください。

 そして、目を凝らしてよく探してみてください。

 

●リライトしよう、今からでも始めよう

 

 親やら先生やら世間一般やらの書いた台本で生きている――

 もし、あなたがそう感じるのなら、そんなものは破り捨てるか、端から端までリライトして自分のものにしてしまう必要があるでしょう。

 

 また、もう齢で今からでは手遅れだ・・という人も大丈夫です。

 これまでの記憶・実績を材料に再構成することができます。

 起きてしまった事実は変えられなくても、現在の自分、そして未来の自分に合わせて、その事実の意味を変えることができます。

 マイナスと捉えていた事象もプラスに転換することができます。、

 これもどんどんリライトしましょう。その気になれば一晩でできます。

 

 完成度の高い台本、公開する台本(必要だと思えば見せてもいいけど)を作ることが目的ではありません。

自分が主人公であることを意識し、生きるということについてイメージを広げ、深めるためにこうした考え方をするのは有効ではないかと思うのです。

 

●エンディング産業を面白がろう

 

 エンディング産業は「人の死をネタにしたお金儲け」と、胡散臭い目で見られることがまだまだ多いようですが、歴史・文化・哲学など、いろいろなことを考えさせてくれる媒体です。

 

 そして経済と結びつくことで、世の中に大きな影響を与えていきます。

 そこで提供されるあふれんばかりの商品やサービス――それこそラーメン一杯からデザート付きフルコースまで――は、すべて今を生きる人たちの心が投影されたものばかり。どれを選ぶかは自分次第だし、オーダーメイドも可能だし、どれも選ばないという選択肢だってもちろんあります。

 興味と好奇心を持って覗いてみると、きっと面白いと思います。

  

 

2016・8・28 SUN


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ウーパールーパーな女子・男子

 

 「おまえら、いいトシこいて小学生かよ~」

 というのが「女子・男子」という呼び方に対する感想でした。

 20代だったらいざしらず、いったいいつから中高年まで女子・男子と呼びならわすようになったのか?

 たぶん少なくとも21世紀以降のこと。今ほど頻繁に使われ、定着するようになったのは、この10年くらいか?   どうも前から気になっていたので、これがいったいどういう意味を持つのか考えてみました。

 

●間柄によってビミョーに呼び方を変換

 近頃、女・男を呼び表すのって意外と難しいのです。

 「女性・男性(ジョセイ・ダンセイ)」は書くのはいいけど、音声で表す場合、どうもフォーマルすぎる。改まった席や仕事の場でなら問題ないが、ちょっとくだけた場や親しい間柄で「ジョセイ・ダンセイ」と言われると違和感があります。

 それならやっぱり「女・男(オンナ・オトコ)」―― 僕はこの呼び方を好むのですが、困ったことに最近、女性の中に敬遠する人が少なくない。

 

 文脈の中でどう使うかにもよりますが、「セックスを感じて恥ずかしい」「あまり口では言いたくない」という意見があるのです。「情婦・情夫」といった漢字と結びつくのでしょうか。性を伴う愛のにおいがするのでしょう。

 

 かなり親しい間柄でなら問題ないけど、やや親しさが希薄な友だち・仲間、あるいは仕事の同僚などに対しては、もしかしたら不愉快に感じるかな?と思ってしまうので、僕も「女の人(オンナノヒト)」といった言い方をします。(自分が男なので、男は「オトコ」でOK)。

 つまり相手によってけっこう使い分けなくてはならない。いやはや、なんとも日本語は繊細で複雑でビミョーです。

 それに仕事でも趣味でもプライベートでも、年齢層で分断されることなく、いろいろな年代の人間が、フラットな関係で入り混じって行動するようになったことも、こうした呼称のビミョーさに影響しているのではないかと思います。

 

●安心・安全なジョシ・ダンシ

 そこで登場した「女子・男子(ジョシ・ダンシ)」は、かなり便利。

 もともと子供・若者、あるいはスポーツ選手に対しての呼称だったので、「ジョシ」「ダンシ」と言われると、なんだか若返ったような気分になるし、カタさがなく、親しさイマイチの間柄でもOKだし、一般的な呼称としても安心して使えます。

 

●英語文化と日本語文化

 女子・男子は英語だとGIRL・BOY。

 英米ではむしろこっちのほうがセックス臭が漂いますね。

 その方面のお仕事をしている人はこの呼称で呼ばれることが多いと思います。

 なので普通、英米人の中高年は「GIRL」「BOY」なんて呼ばれたら腹を立てるんじゃないでしょうか。

 ところが日本語―ー日本人の場合はその逆。

 比較して考えると、英米が子供・若者(子供っぽさ・若さ)を下に見るのに対して、日本人には子供を神聖視したり、若さを尊ぶ精神構造があります。女子・男子×GIRL・BOYには、そうした文化の違いも見て取れします。

 

●女子・男子の裏にある「成長」というキーワード

 もうちょっと深掘りしてみたらどうなるか・・・ということで発見したのが 5年ほど前、自分のブログで書いていた文章。これは当時、映画・TV・演劇で「三銃士」がちょっとしたブームになっており、それについて書いたものです。

 

 いわゆる“成熟社会”となった先進諸国では“成長”は重要なキーワードだ。未熟だろうが、ダメダメなところがあろうが、成長を感じさせる、言い換えれば、未来への可能性を感じさせる人や集団や企業は、すこぶる魅力的に映る。 

 

 つまり、今、それだけ“成長”というものに希少価値があるのではないだろうか。

 成熟し、伸びきってしまった大人にはそうした魅力が見出せない。しかも環境の変化のせいもあり、信頼感も失墜しているのでなおさらだ。 

 

 ちなみにこれは実年齢のことを言っているのではない。10代・20代はもちろん、50代・60代でも“成長”しなくてはならない(少なくともそういう意志を見せなくてはならない)世の中になっているのだ。

 そして、若いダルタニアンと年長の三銃士のように、互いに影響を与え合いながら伸びていくことが求められている……三銃士の物語は、そうした現実を映し出す鏡のような機能を持っているのでは、と感じる。 

 

 どうもこうした意識がそのまま、僕たちの深層心理に貼りつき、いつまでも成長しきらない子供・若者の部分を形成しているのではないかと思います。

 それが「女子・男子」という呼称に結びついている。

 国境が溶け、世代差が溶け、リアルとバーチャルの境界が溶け、それでいながら経済や社会階級の格差が広がる今、人間として完成してしまうこと、成長しきってしまうことは、今後のことを考えるとマイナス要素にしかならない。

 齢は取っても可能性は残しておきたい・・・という気持ちの表れなのかも知れません。

 

●僕たちはいつまでウーパールーパーか?

 というわけで、ウーパールーパー。

 南米のサンショウウオの一種であるこの生き物、一般的には死ぬまで成熟せず、幼体のまま一生を終えるのだそうです。

 最近「1980」を謳ったCMでテレビに再登場しましたが、 確かに1980年頃、ウーパールーパーみたいな顔をした若い連中(=当時の僕たちのことです)が街の中をうようよ泳ぎ回っていました。

 

 あれから30年以上経った今も、依然として僕らはウーパールーパーそのもの。

 オトナ女子・オトナ男子として、ろくすっぽ成長することなく、結局、単に子供オバさん。子供オジさんのまんまで終ってしまう可能性は大きいのではないかと思います。

 

 でも「今どきの若いモンは・・・」という昔の人たちが本当に尊敬に値する大人ばかりだったのか?といえば、そんなことはない。情報がたやすく手に入らなかった時代の社会では、ごまかし、カッコづけも簡単で、威張っていられましたからね。

 

 今、成長するとはどういうことなのか? ごまかしやカッコだけでなく、大人になるってどういうことなのか・・・人生の続くかぎり、考えていこう。

  

 

2016・8・15 MON


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ぼくはセイウチロウ

 

氷の世界の恐怖のセイウチ

 子供の頃、動物図鑑で初めてセイウチの写真(イラストだったかも知れない)を見た時は、そのモンスターのような姿・形に心の底から驚愕しました。

その時の僕のセイウチのイメージは、世界の果ての暗くて冷たい氷の世界で巨大な牙をむき出しにして世にも恐ろしい咆哮を轟かせる孤独な怪物。

こわかったなぁ。

 人生の中でもしこんな怪物に出会うことがなあったら、僕は一瞬のうちにカチンコチンに凍り付いて、冷凍食食品になってこいつに食べられてしまうだろうと思い、どうぞそんなことになりませんように、と、何度もお祈りを唱えました。

 

夢の世界でセイウチロウと邂逅

 という衝撃が消えたのはいつのことだろう?

いろいろ本を読んだりテレビを見たりするうちに、セイウチは割とおとなしくて温かい生き物。孤独ではなく、群れをつくってのんびり暮らしていることなどを知りました。

それどころか、近年は日本水族館にも住んでいて愛嬌を振りまいてくれています。

 

 そのセイウチ君に僕もお世話になっています。

 夏、お昼寝するときは涼しい水族館のイメージを抱いて横になり、水中を魚がうようよ泳いでいる中をうつらうつらしつつ彷徨っているのですが、15分ないし30分ほどすると、コツコツと頭を何かがつつく。

「おい、起きろよ、セイイチロウ」

と目を覚ますと目の前には強大なセイウチが。やつはその牙の先で僕の頭をつついいたのです。

 こいつはセイウチロウといってクールな夢のアラーム係として30分経ったから起こしにくるのです。それ以上寝ちゃうと夕方まで頭が働かなってしまうので。起きない時は歌を歌って起こします。

 もちろん、歌はビートルズの「I am the Walrus」。

 

●ビートルズフェスでセイウチ登場

 そういえば昨夜、録画しておいてずっと見ていなかったNHK-BSの「BEATLESフェス」なる3時間番組を見ました。

  ビートルズ来日50周年ということで、当時の逸話――ビートルズにはっぴを着せた日航のスチュワーデスさんの話やら、独占取材に成功した星加ルミコさんやら湯川レイコさんの話――昔、音楽雑誌でよく記事を読んでいましたが、音楽ジャーナリズムのリーダーだった彼女らはまだ20代の女の子だったんですね――やら、を中心に、年寄りから若者まで入り混じったスタジオトークや、ビートルズ番組お約束のリバプール―ロンドン紀行(森高千里がキャバーンクラブに行ってドラムを叩いてた)などがてんこ盛りのバラエティ。

 しかし、目玉は何といっても、新旧いろいろな日本のミュージシャンたちがやるビートルズナンバーのトリビュートライブでした。

 

 財津和夫「Yesterday」や平原綾香「Hey Jude」などは、ま、定番の、という感じ。仲井戸麗市(チャボ)の「The Long and Winding Road」はほとんど自分で歌詞を書き換えた替え歌で、清志郎へのレクイエムにしか聞こえない。歌い方もそっくりだ。やっぱ寂しいんだろうね。

 

 その中で一番面白かったのがラブ・サイケデリコの「I am the Walrus」。

 ぐにゃぐにゃしたサウンドとともに、「おまえはあいつ、あいつはおいら、おいらタマゴ男、おいらセイウチ」なんていう、ジョンのナンセンスでファンタジックでグロテスクな詩の世界がぐりぐり脳天にねじ込まれてきて、めっちゃカッコいい!  こんな新鮮なアレンジでこの曲を聞けるとは思ってもいなかった。まったく感動モノでした。

 

 オリジナルを聞いて育ったおっさん・おばさんたちは、どうしてもリスペクトが先に立ってしまってアレンジも表面的で徹底しない。けど、「むかし、ビートルズっていうバンドがいたらしいね」と言っているような若い連中は、遠慮なくぶっ壊して、さらにおいしく料理していけると思います。

 ジョンやジョージがあの世から「おいおい」と言って止めに来るくらい、ガンガンすごいアレンジをしてほしい。

 

セイウチロウよ永遠に

 おまえはあいつ、おまえはおれ、だからあいつはおれ、おまえはセイウチロウ、ぼくはセイイチロウ、おまえはセイイチロウ? ぼくはセイウチロウ?

 まだまだ暑い。北極の氷の上でごろごろ寝そべる夢を見て毎日過ごすことにいたします。またセイウチロウと会うのを楽しみにして。

  

 

 

2016・8・11 THU


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四国化け猫➡猫神さま伝説

 

 この夏は四国をお遍路しています。

 ただし、オン・マイ・マインドで。

 葬儀・供養の業界誌の仕事で、ネット~メール~電話で取材しては原稿書きの日々。

四国の葬儀の風習や、お遍路についていろいろ勉強しました。

 

 で感じたのが、やたら四国にはネコが多いな、ということ。

 そういえば香川県のある島でネコがいっぱいいるのをテレビで見たことがあります。それで有名になって、観光客が出向いて、かわいい、かわいいとエサをあげまくるのでさらにネコ天国となっているようですが・・・。

 

 一方、僕が出会うのは、お葬式・お墓関連ので話からなので、この世とあの世の境界線上でニャーニャー鳴いているネコばかり。

 

●四国の葬儀における猫の存在

 

 徳島や愛媛で、家で人が亡くなると枕元にホウキや刃物などを置く、という風習があります。(正確には「あった」という過去形。日本の昔ながらの葬儀・供養の風習のほとんどは全国どこでも、この20~30年の間に9割以上消滅している)

何のためにこんなことをするかというと、ネコがご遺体の上をまたがないようにするため。ニャアとまたぐと死人が生き返って歩き出すとか、逆にネコがバケネコ化するというのです。

 ということは、この辺りではネコを飼っていた家が多のか?

 いや、飼っていたというよりも、ネコだのタヌキだの、動物たちが「こにゃにゃにゃちは~」と、自由にあちこちの家を出入りしていたのではないか、と思います。

 昔の日本の田舎の家は戸締りもいい加減で、常にオープン状態だったし、ネズミ退治にも役立つからね。だけど、キミはやばいからお葬式の時は来ちゃだめよ、という感じでしょうか。

 

日本三大化け猫伝説「お松大権現」の猫

 

 そんなわけでネコ伝説がはびこる四国。

 徳島県阿南市には「日本三大化け猫伝説」の一つに数えられている「お松大権現」という神社があります。

 ここに由来するお話は、借金苦にまつわるもので現代人にとってもリアル。

 むかし、困っている村人たちを救うために金貸しから多額の借金をした庄屋さんが金貸しに裏切られ、借金を残して死んでしまう。

 その妻・お松は「借金はちゃんと返したのに」と異議申し立てをしたのですが、その土地の奉行(きっと金貸しとつるんでいたと思われます。これも現代に繋がる政治とカネの問題です)が「わしゃ、返してもらとらんぞ」と、それを認めず、お松と、彼女が可愛がっていたネコを死刑にしてしまうのです。

 なんでネコまで処刑されるのかわからないけど、「わしの命に背く者は一族郎党皆殺しじゃ」という論理だったのでしょうか? 

 ネコも一族郎党に加えられてしまったのですね。

 

 で、この手の怪談兼勧善懲悪・庶民の味方ストーリーのセオリーとして、もちろん、この後、このネコはウソつきの金貸しと、権力乱用の奉行のところに化けて出て、悪者どもを地獄に叩き落とすというオチ。

 めでたし、めでたしということで、この正義のバケネコはこの神社にまつられることになったのです。

 

●今や霊験あらかた、招き猫だらけの観光スポット

 

 こうした因縁話があるせいか、なんと、この神社、今では受験と勝負ごとにご利益があるとして大人気に。バケネコになったネコはリベンジを果たした結果、「猫神様」に昇華。勝負ごとにご利益と言うので、全国からギャンブラーが詣でているようです。

 そして猫神様は招き猫の姿になって降臨したので、境内は招き猫だらけになっているようです。いやー、すごい。でも、借金は勝負事――ギャンブルに頼らず、地道にコツコツ返したほうがいいと思うなぁ。

 

 というわけで、妖怪も神様になってしまう四国。

 そういえば「千と千尋の神隠し」で、妖怪だか神様だかわからない者たちが湯あみに来る湯婆の湯場も愛媛の道後温泉がモデルになっていました。

 四国の旅・オン・マイマインド、まだまだ続きそうです。

 

 

2016・8・6 sat


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なぜ30年前のトレンディードラマには、 お彼岸が出てこなかったのか?

 

まだ暑い日はあるが、お彼岸を過ぎて

本格的な秋になった。

 

ふと思い出したのが昔、30代の初めの頃、

「もうお彼岸だね」といったら

「トレンディードラマでお彼岸なんて出てこないよ~」

と笑われた。

要するに「年寄りくせー」と馬鹿にされたのだが、

僕はトレンディードラマで

カップルがお彼岸に墓参りに行くなんて

シーンがあったら面白いのに、と思っていた。

 

その頃はバブル崩壊直後だったが、

世のなかは、まだまだお祭り続けるぞ!

みたいな雰囲気があふれていた。

ジュリアナ東京も、クリスマスのホテルも、

当時の僕らのような若い連中で大賑わいだった。

 

その頃の倍の齢になり、

さすがにもうああいう騒ぎに参加したいとは思わない。

若ぶってもしょうがない。

 

正直、最近はスポーツも音楽も、

盛り上がる系イベントにはさして興味がなくなった。

人生の秋になったからだ。

 

そんなものより、もっと自分のために

大切に時間を使いたいと思うようになった。

 

とはいえ、毎日、

仕事と義母の介護とカミさんとの付き合い、

そして自分の本を書くことでいっぱいいっぱいで、

合間にちょっと本を読んだり、

映画を観たり程度の日々が続いている。

 

もともと人間のキャパが小さく、

エネルギッシュでもないので、

この状態で精いっぱいなのだ。

でもまぁ、とりあえず、ここで死んでも悔いはない。

まだ死ぬ気はないけど。

 

ありがたいことにここのところ、いろいろ仕事が入って、

当分の間、おそらく年末まで忙しそうだ。

仕事は面白くて大好きなので、

いっぱいごはんをいただいている気分である。

もっと稼げればいいんだけどね。

 


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新作短編小説「マイ・ギターズメモリアル」予告

 

新作短編小説「マイ・ギターズメモリアル」

人気ポップスターだった父は、

意識不明の状態で病院のベッドに横たわっていた。

訪れた息子が憎しみと別れの言葉を告げると、

父の意思はギターの弦を鳴らし、

彼を引き止め、語り掛けてきた。

 

10月1日(土)AmazonKindleよりリリース予定。

どうぞお楽しみに。

 


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週末の懐メロ101:ザ・ビッグシップ/ブライアン・イーノ

 

1975年リリース。

アンビエントミュージック(環境音楽)の原点であり、

巨大な船で僕たちの心をはるかな海へ曳航してくれる

ブライアン・イーノの最高傑作。

 

イーノはグラムロックとプログレッシブロックの

あいの子みたいなバンド「ロキシーミュージック」の

キーボードプレイヤーとして70年代の初めにデビュー。

 

その頃は奇抜なファッションと

アバンギャルドなパフォーマンスで話題を集めたが、

ソロになってからは独特の音楽世界を築き始めた。

 

この曲が収録された3枚目のソロアルバム

「アナザー・グリーン・ワールド」は、

1980年代になってブレイクし、

新たな音楽ジャンルとして成立する

アンビエントミュージック(環境音楽)の先駆的作品。

 

その後、イーノはいわゆるロック、ポップミュージックとは

一線を画した音楽活動を続けるが、

当時のミュージシャン、アーティストらに

与えた影響は絶大で、

ロバート・フリップ、デビッド・ボウイ、

トーキングヘッズ、U2など、

数え上げればきりがない。

 

そしてアンビエントミュージック(環境音楽)の

開発者の一人として、

映画や美術などの世界にもその影響力は広がった。

 

いまや懐かしのマイクロソフト・ウィンドウズ95の、

あの起動音を作曲したのもイーノだった。

コンピュータ時代の幕開けを彩った

わずか3秒の鮮烈な序曲。

 

人間の無数の感情の一つ一つを構築して作ったような

「ザ・ビッグシップ」には、

信者ともいえる熱烈なファンが大勢いるようで、

YouTubeには「THE BIG LOOP」と題して、

10時間という長大な編集バージョンも上がっている。

 

瞑想曲として、作業用BGMとして、

仕事や生活のあらゆる場面で愛聴できる、

そして日常の風景を非日常的なものに変えてしまう

このマジックナンバーは、

ひとりひとりの心の無意識の領域で

まるで血流のうねりのように響き続ける。

 


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最期のバグパイプ

 

ツイッターに「女王に捧げた最期のバグパイプ」

がアップされていた。

テレビ中継では見なかったが、

ウィンザー城のセントジョージ礼拝堂で

女王の棺が地下に降ろされ埋葬される時に

奏でられたものらしい。

 

まるで美しい映画や演劇のラストシーンのようだ。

とても感動的なのと同時に、エリザベス女王の

「スコットランドよ、行かないで」という

願いも込められているかのようだ。

 

ちょっと前から「6600万年前の夢を見て死ね」

という小説を書いていて、

これにマイケル・オーネストという人物が登場する。

マイケルはスコットランド人のバックパッカーで、

日本人女性と結婚し、東京で25年暮らしていたが、

還暦になり、スコットランド独立運動と

ネス湖の観光事業に取り組むため、

故郷スコットランドに帰ろうとしている。

彼はバグパイプ奏者でもあり、

楽器を教わりに来た主人公の男を相手に居酒屋で

スコットランドの自慢をして

「ネス湖を見て死ね」と、くだを巻く。

 

そんな設定なのだが、僕はスコットランドには、

1986年の春にネス湖観光、

1987年の夏にエジンバラ演劇祭を見に行ったきりだ。

特に強烈な印象はないが、

ロンドンなどより物価が安く、

のんびりした田舎というイメージが残っている。

インヴァネスの宿に泊まった時に給仕してくれた

当時高校生くらいの女の子が

真っ赤なほっぺをしていて可愛かった。

 

イングランドとスコットランドはここ数百年、

何とか折り合いをつけて仲良くしてきたが、

いつまでも過去を懐かしんではいられない。

何よりも民族としての

アイデンティティが大事なのだ。

 

亡き女王の願いむなしく、

近いうちにスコットランドは独立するだろう。

それが歴史の必然のような気がする。

そう思ってこのバグパイプを聴くと、

よけいに切なく美しく響く。

そしてエリザべㇲ2世の生きた時代は、

次世代へ語り継がれる物語としてパッケージされる。

 


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エリザベス2世国葬:20世紀の真の終幕

 

昨夜はエリザベス女王の国葬を、BBCの生中継で見た。

こんなに絢爛豪華で美しい式典を見ることは

もう生涯ないだろうと思った。

 

内容の重厚さあってこその華やかさ。

あれだけ世界の要人が一堂に集まることも

もうこの先ないのではないか、と思える。

 

そいて、こんなすごいことをする国、できる国は、

もう地球上にイギリスしかない。

 

BBCの気合の入れ方もハンパなかった。

イントロダクションの編集もめっちゃカッコいいし、

ウェストミンスター寺院の天井にカメラつけて

神さま目線の大俯瞰映像を撮るなんて本当にびっくりした。

 

おそらくBBCは昨日の中継映像を、

後世に残す、人類共有の遺産とすることを意識して

撮ったのではないだろうか。

 

21世紀になってから22年目にして、

とうとう20世紀の真の終幕を見た感じがする。

 

国葬のパレードは軍隊に支えられていた。

王制と軍制は一体のものであり、

あの祭典は、大英帝国の祭典である。

僕たちが暮らすこの世界は、

いまだ大英帝国の影響下にあったのだ。

 

その礎を築いたのは、16世紀のエリザベス1世。

海軍と海賊を使って世界の覇権を握り、

イギリスに富と繁栄をもたらした。

 

19世紀。ヴィクトリア女王の治世と産業革命。

日本も初めてグローバル化し、文明開化を迎え、

資本主義・覇権主義の時代が始まった。

 

世界を制覇し、栄光に包まれた大英帝国の歴史は、

富を求め、権力と暴力で人を抑えつける

搾取・略奪・虐殺・支配・蹂躙の歴史でもある。

 

エリザベス2世はそうした前世代の恩恵と、

犯した罪悪の双方を熟知して

この70年間、必死で世界のバランスを保つのに

努めてきたのだと思う。

 

そして自分の葬儀さえも過去と未来との懸け橋にした。

英王室内の知恵の蓄積もあったのだろうが、

 

すごい女王、すごい物語の作り手だ。

 

 

彼女がいなくなった今、

大航海時代から20世紀、そして今日まで

続いてきた一連の流れはゆるやかに止まっていくだろう。

 

英連邦国家の独立や、王制廃止の動きも

雪崩を打って襲ってくるだろう。

ユニオンジャックの国旗を見るのも、

もうそんなに長くないかもしれない。

 

世界のかたちは変わり、資本主義社会の在り方も

変質していくだろう。

 

もしかしたらそれらは僕がまだ生きている間、

向こう10年、20年のうちに実現してしまうかもしれない。

 

僕たちの子孫は、昨日の国葬を

20世紀文化のアーカイブとして鑑賞するのだろう。

そして、王様・女王様のいる世界を

バーチャルとして楽しむようになるのかもしれない。

 

リアルにこんなことをやって、無駄ガネを使いまくって、

なんてクレイジーな時代だったんだ!

ということになるんだろう、きっと。

 

僕らはそれを寂しいと思ってこう言う。

 

「いや、民主主義・合理主義には賛成だけど、

人間というものはどこかでこういう物語を

求めているんじゃないか?

それが心を豊かにするんじゃないか?」

 

だが結局、新しい時代のことは、

新しい世代が決めることになる。

 

いずれにしてもロンドンとウィンザーで

エリザベス女王を見送った僕たちは、

一つの歴史と始まりを見届けた。

とても幸運なことだし、貴重な体験をしたと思う。

 


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エンディングを意識して人生の台本を書く。

 

●エンディング文化の時代到来

 

 エンディング産業展の取材を終えて考えたこと。

 それは、エンディング――死を楽しむ時代がやってきたということです。

 

 「死を楽しむ」というと語弊があるかもしれませんが、要はひとりひとりが自分の人生の終え方について期待感や希望を抱く、ということです。

 

 いつかはこの世からおさらばしなくてはいけない。

 これはあらかじめそう決まっています。

 だったら悲しんだり寂しがったりするだけでなく、そうした感傷も含めて、思い切って楽しんだほうが「お得」なのではないでしょうか。

 

 少なくとも僕たち、現代の日本人ひとりひとりは、そうしたことをできる豊かな文化に包まれて生きていると思うのです。

 

●人生は20歳まで

 

 じつは人生は20歳で決定しています。

 20歳までの経験とそこから吸収したもの、そして喜怒哀楽の感情で人間の心身の基盤は出来上がります。

 どうすれば自分は気持ちよく生きられるのか、この世の人生において何に価値を置いて生きるのか、自分が果たすべきミッションは何なのか・・・これらはもうみんな、最初の20年で僕たちの内側にしっかりインプットされます。

 

 ただし、そのことに気づくかどうか、それらをいつ発見できるか、はその人しだいです。最期まで見つけられずに終わってしまう人も少なくない。いや、もしかしたら大半の人はそうなのではないでしょうか。

 

 だから20歳を過ぎた大人は、自分の人生の主人公は自分であると、しっかり意識したほうがいい。

 そして日々、自分の人生の台本を書いていくといい。

 細かく書き込む必要はないけれど、どういう流れでどうなり、どんな大団円を迎えるのか、エンディングまで想定してプロット(筋書)を作っておくといいと思います。

 

 もちろん、僕たちを取り巻く環境は、時代とともに刻一刻と変化していくので、日々リライトすることが必要です。

 でも、ベーシックな台本があるとないとでは違います。まったく手ぶらで毎日アドリブだらけでは続きません。

 

 でもじつは、わざわざ僕がこんなことを言わなくても、あなたも自分の人生の台本はひそかに書き進めているはずなんですよ。

 耳を澄まして自分に聞いてみてください。

 そして、目を凝らしてよく探してみてください。

 

●リライトしよう、今からでも始めよう

 

 親やら先生やら世間一般やらの書いた台本で生きている――

 もし、あなたがそう感じるのなら、そんなものは破り捨てるか、端から端までリライトして自分のものにしてしまう必要があるでしょう。

 

 また、もう齢で今からでは手遅れだ・・という人も大丈夫です。

 これまでの記憶・実績を材料に再構成することができます。

 起きてしまった事実は変えられなくても、現在の自分、そして未来の自分に合わせて、その事実の意味を変えることができます。

 マイナスと捉えていた事象もプラスに転換することができます。、

 これもどんどんリライトしましょう。その気になれば一晩でできます。

 

 完成度の高い台本、公開する台本(必要だと思えば見せてもいいけど)を作ることが目的ではありません。

自分が主人公であることを意識し、生きるということについてイメージを広げ、深めるためにこうした考え方をするのは有効ではないかと思うのです。

 

●エンディング産業を面白がろう

 

 エンディング産業は「人の死をネタにしたお金儲け」と、胡散臭い目で見られることがまだまだ多いようですが、歴史・文化・哲学など、いろいろなことを考えさせてくれる媒体です。

 

 そして経済と結びつくことで、世の中に大きな影響を与えていきます。

 そこで提供されるあふれんばかりの商品やサービス――それこそラーメン一杯からデザート付きフルコースまで――は、すべて今を生きる人たちの心が投影されたものばかり。どれを選ぶかは自分次第だし、オーダーメイドも可能だし、どれも選ばないという選択肢だってもちろんあります。

 興味と好奇心を持って覗いてみると、きっと面白いと思います。

  

 

2016・8・28 SUN


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ウーパールーパーな女子・男子

 

 「おまえら、いいトシこいて小学生かよ~」

 というのが「女子・男子」という呼び方に対する感想でした。

 20代だったらいざしらず、いったいいつから中高年まで女子・男子と呼びならわすようになったのか?

 たぶん少なくとも21世紀以降のこと。今ほど頻繁に使われ、定着するようになったのは、この10年くらいか?   どうも前から気になっていたので、これがいったいどういう意味を持つのか考えてみました。

 

●間柄によってビミョーに呼び方を変換

 近頃、女・男を呼び表すのって意外と難しいのです。

 「女性・男性(ジョセイ・ダンセイ)」は書くのはいいけど、音声で表す場合、どうもフォーマルすぎる。改まった席や仕事の場でなら問題ないが、ちょっとくだけた場や親しい間柄で「ジョセイ・ダンセイ」と言われると違和感があります。

 それならやっぱり「女・男(オンナ・オトコ)」―― 僕はこの呼び方を好むのですが、困ったことに最近、女性の中に敬遠する人が少なくない。

 

 文脈の中でどう使うかにもよりますが、「セックスを感じて恥ずかしい」「あまり口では言いたくない」という意見があるのです。「情婦・情夫」といった漢字と結びつくのでしょうか。性を伴う愛のにおいがするのでしょう。

 

 かなり親しい間柄でなら問題ないけど、やや親しさが希薄な友だち・仲間、あるいは仕事の同僚などに対しては、もしかしたら不愉快に感じるかな?と思ってしまうので、僕も「女の人(オンナノヒト)」といった言い方をします。(自分が男なので、男は「オトコ」でOK)。

 つまり相手によってけっこう使い分けなくてはならない。いやはや、なんとも日本語は繊細で複雑でビミョーです。

 それに仕事でも趣味でもプライベートでも、年齢層で分断されることなく、いろいろな年代の人間が、フラットな関係で入り混じって行動するようになったことも、こうした呼称のビミョーさに影響しているのではないかと思います。

 

●安心・安全なジョシ・ダンシ

 そこで登場した「女子・男子(ジョシ・ダンシ)」は、かなり便利。

 もともと子供・若者、あるいはスポーツ選手に対しての呼称だったので、「ジョシ」「ダンシ」と言われると、なんだか若返ったような気分になるし、カタさがなく、親しさイマイチの間柄でもOKだし、一般的な呼称としても安心して使えます。

 

●英語文化と日本語文化

 女子・男子は英語だとGIRL・BOY。

 英米ではむしろこっちのほうがセックス臭が漂いますね。

 その方面のお仕事をしている人はこの呼称で呼ばれることが多いと思います。

 なので普通、英米人の中高年は「GIRL」「BOY」なんて呼ばれたら腹を立てるんじゃないでしょうか。

 ところが日本語―ー日本人の場合はその逆。

 比較して考えると、英米が子供・若者(子供っぽさ・若さ)を下に見るのに対して、日本人には子供を神聖視したり、若さを尊ぶ精神構造があります。女子・男子×GIRL・BOYには、そうした文化の違いも見て取れします。

 

●女子・男子の裏にある「成長」というキーワード

 もうちょっと深掘りしてみたらどうなるか・・・ということで発見したのが 5年ほど前、自分のブログで書いていた文章。これは当時、映画・TV・演劇で「三銃士」がちょっとしたブームになっており、それについて書いたものです。

 

 いわゆる“成熟社会”となった先進諸国では“成長”は重要なキーワードだ。未熟だろうが、ダメダメなところがあろうが、成長を感じさせる、言い換えれば、未来への可能性を感じさせる人や集団や企業は、すこぶる魅力的に映る。 

 

 つまり、今、それだけ“成長”というものに希少価値があるのではないだろうか。

 成熟し、伸びきってしまった大人にはそうした魅力が見出せない。しかも環境の変化のせいもあり、信頼感も失墜しているのでなおさらだ。 

 

 ちなみにこれは実年齢のことを言っているのではない。10代・20代はもちろん、50代・60代でも“成長”しなくてはならない(少なくともそういう意志を見せなくてはならない)世の中になっているのだ。

 そして、若いダルタニアンと年長の三銃士のように、互いに影響を与え合いながら伸びていくことが求められている……三銃士の物語は、そうした現実を映し出す鏡のような機能を持っているのでは、と感じる。 

 

 どうもこうした意識がそのまま、僕たちの深層心理に貼りつき、いつまでも成長しきらない子供・若者の部分を形成しているのではないかと思います。

 それが「女子・男子」という呼称に結びついている。

 国境が溶け、世代差が溶け、リアルとバーチャルの境界が溶け、それでいながら経済や社会階級の格差が広がる今、人間として完成してしまうこと、成長しきってしまうことは、今後のことを考えるとマイナス要素にしかならない。

 齢は取っても可能性は残しておきたい・・・という気持ちの表れなのかも知れません。

 

●僕たちはいつまでウーパールーパーか?

 というわけで、ウーパールーパー。

 南米のサンショウウオの一種であるこの生き物、一般的には死ぬまで成熟せず、幼体のまま一生を終えるのだそうです。

 最近「1980」を謳ったCMでテレビに再登場しましたが、 確かに1980年頃、ウーパールーパーみたいな顔をした若い連中(=当時の僕たちのことです)が街の中をうようよ泳ぎ回っていました。

 

 あれから30年以上経った今も、依然として僕らはウーパールーパーそのもの。

 オトナ女子・オトナ男子として、ろくすっぽ成長することなく、結局、単に子供オバさん。子供オジさんのまんまで終ってしまう可能性は大きいのではないかと思います。

 

 でも「今どきの若いモンは・・・」という昔の人たちが本当に尊敬に値する大人ばかりだったのか?といえば、そんなことはない。情報がたやすく手に入らなかった時代の社会では、ごまかし、カッコづけも簡単で、威張っていられましたからね。

 

 今、成長するとはどういうことなのか? ごまかしやカッコだけでなく、大人になるってどういうことなのか・・・人生の続くかぎり、考えていこう。

  

 

2016・8・15 MON


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ぼくはセイウチロウ

 

氷の世界の恐怖のセイウチ

 子供の頃、動物図鑑で初めてセイウチの写真(イラストだったかも知れない)を見た時は、そのモンスターのような姿・形に心の底から驚愕しました。

その時の僕のセイウチのイメージは、世界の果ての暗くて冷たい氷の世界で巨大な牙をむき出しにして世にも恐ろしい咆哮を轟かせる孤独な怪物。

こわかったなぁ。

 人生の中でもしこんな怪物に出会うことがなあったら、僕は一瞬のうちにカチンコチンに凍り付いて、冷凍食食品になってこいつに食べられてしまうだろうと思い、どうぞそんなことになりませんように、と、何度もお祈りを唱えました。

 

夢の世界でセイウチロウと邂逅

 という衝撃が消えたのはいつのことだろう?

いろいろ本を読んだりテレビを見たりするうちに、セイウチは割とおとなしくて温かい生き物。孤独ではなく、群れをつくってのんびり暮らしていることなどを知りました。

それどころか、近年は日本水族館にも住んでいて愛嬌を振りまいてくれています。

 

 そのセイウチ君に僕もお世話になっています。

 夏、お昼寝するときは涼しい水族館のイメージを抱いて横になり、水中を魚がうようよ泳いでいる中をうつらうつらしつつ彷徨っているのですが、15分ないし30分ほどすると、コツコツと頭を何かがつつく。

「おい、起きろよ、セイイチロウ」

と目を覚ますと目の前には強大なセイウチが。やつはその牙の先で僕の頭をつついいたのです。

 こいつはセイウチロウといってクールな夢のアラーム係として30分経ったから起こしにくるのです。それ以上寝ちゃうと夕方まで頭が働かなってしまうので。起きない時は歌を歌って起こします。

 もちろん、歌はビートルズの「I am the Walrus」。

 

●ビートルズフェスでセイウチ登場

 そういえば昨夜、録画しておいてずっと見ていなかったNHK-BSの「BEATLESフェス」なる3時間番組を見ました。

  ビートルズ来日50周年ということで、当時の逸話――ビートルズにはっぴを着せた日航のスチュワーデスさんの話やら、独占取材に成功した星加ルミコさんやら湯川レイコさんの話――昔、音楽雑誌でよく記事を読んでいましたが、音楽ジャーナリズムのリーダーだった彼女らはまだ20代の女の子だったんですね――やら、を中心に、年寄りから若者まで入り混じったスタジオトークや、ビートルズ番組お約束のリバプール―ロンドン紀行(森高千里がキャバーンクラブに行ってドラムを叩いてた)などがてんこ盛りのバラエティ。

 しかし、目玉は何といっても、新旧いろいろな日本のミュージシャンたちがやるビートルズナンバーのトリビュートライブでした。

 

 財津和夫「Yesterday」や平原綾香「Hey Jude」などは、ま、定番の、という感じ。仲井戸麗市(チャボ)の「The Long and Winding Road」はほとんど自分で歌詞を書き換えた替え歌で、清志郎へのレクイエムにしか聞こえない。歌い方もそっくりだ。やっぱ寂しいんだろうね。

 

 その中で一番面白かったのがラブ・サイケデリコの「I am the Walrus」。

 ぐにゃぐにゃしたサウンドとともに、「おまえはあいつ、あいつはおいら、おいらタマゴ男、おいらセイウチ」なんていう、ジョンのナンセンスでファンタジックでグロテスクな詩の世界がぐりぐり脳天にねじ込まれてきて、めっちゃカッコいい!  こんな新鮮なアレンジでこの曲を聞けるとは思ってもいなかった。まったく感動モノでした。

 

 オリジナルを聞いて育ったおっさん・おばさんたちは、どうしてもリスペクトが先に立ってしまってアレンジも表面的で徹底しない。けど、「むかし、ビートルズっていうバンドがいたらしいね」と言っているような若い連中は、遠慮なくぶっ壊して、さらにおいしく料理していけると思います。

 ジョンやジョージがあの世から「おいおい」と言って止めに来るくらい、ガンガンすごいアレンジをしてほしい。

 

セイウチロウよ永遠に

 おまえはあいつ、おまえはおれ、だからあいつはおれ、おまえはセイウチロウ、ぼくはセイイチロウ、おまえはセイイチロウ? ぼくはセイウチロウ?

 まだまだ暑い。北極の氷の上でごろごろ寝そべる夢を見て毎日過ごすことにいたします。またセイウチロウと会うのを楽しみにして。

  

 

 

2016・8・11 THU


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四国化け猫➡猫神さま伝説

 

 この夏は四国をお遍路しています。

 ただし、オン・マイ・マインドで。

 葬儀・供養の業界誌の仕事で、ネット~メール~電話で取材しては原稿書きの日々。

四国の葬儀の風習や、お遍路についていろいろ勉強しました。

 

 で感じたのが、やたら四国にはネコが多いな、ということ。

 そういえば香川県のある島でネコがいっぱいいるのをテレビで見たことがあります。それで有名になって、観光客が出向いて、かわいい、かわいいとエサをあげまくるのでさらにネコ天国となっているようですが・・・。

 

 一方、僕が出会うのは、お葬式・お墓関連ので話からなので、この世とあの世の境界線上でニャーニャー鳴いているネコばかり。

 

●四国の葬儀における猫の存在

 

 徳島や愛媛で、家で人が亡くなると枕元にホウキや刃物などを置く、という風習があります。(正確には「あった」という過去形。日本の昔ながらの葬儀・供養の風習のほとんどは全国どこでも、この20~30年の間に9割以上消滅している)

何のためにこんなことをするかというと、ネコがご遺体の上をまたがないようにするため。ニャアとまたぐと死人が生き返って歩き出すとか、逆にネコがバケネコ化するというのです。

 ということは、この辺りではネコを飼っていた家が多のか?

 いや、飼っていたというよりも、ネコだのタヌキだの、動物たちが「こにゃにゃにゃちは~」と、自由にあちこちの家を出入りしていたのではないか、と思います。

 昔の日本の田舎の家は戸締りもいい加減で、常にオープン状態だったし、ネズミ退治にも役立つからね。だけど、キミはやばいからお葬式の時は来ちゃだめよ、という感じでしょうか。

 

日本三大化け猫伝説「お松大権現」の猫

 

 そんなわけでネコ伝説がはびこる四国。

 徳島県阿南市には「日本三大化け猫伝説」の一つに数えられている「お松大権現」という神社があります。

 ここに由来するお話は、借金苦にまつわるもので現代人にとってもリアル。

 むかし、困っている村人たちを救うために金貸しから多額の借金をした庄屋さんが金貸しに裏切られ、借金を残して死んでしまう。

 その妻・お松は「借金はちゃんと返したのに」と異議申し立てをしたのですが、その土地の奉行(きっと金貸しとつるんでいたと思われます。これも現代に繋がる政治とカネの問題です)が「わしゃ、返してもらとらんぞ」と、それを認めず、お松と、彼女が可愛がっていたネコを死刑にしてしまうのです。

 なんでネコまで処刑されるのかわからないけど、「わしの命に背く者は一族郎党皆殺しじゃ」という論理だったのでしょうか? 

 ネコも一族郎党に加えられてしまったのですね。

 

 で、この手の怪談兼勧善懲悪・庶民の味方ストーリーのセオリーとして、もちろん、この後、このネコはウソつきの金貸しと、権力乱用の奉行のところに化けて出て、悪者どもを地獄に叩き落とすというオチ。

 めでたし、めでたしということで、この正義のバケネコはこの神社にまつられることになったのです。

 

●今や霊験あらかた、招き猫だらけの観光スポット

 

 こうした因縁話があるせいか、なんと、この神社、今では受験と勝負ごとにご利益があるとして大人気に。バケネコになったネコはリベンジを果たした結果、「猫神様」に昇華。勝負ごとにご利益と言うので、全国からギャンブラーが詣でているようです。

 そして猫神様は招き猫の姿になって降臨したので、境内は招き猫だらけになっているようです。いやー、すごい。でも、借金は勝負事――ギャンブルに頼らず、地道にコツコツ返したほうがいいと思うなぁ。

 

 というわけで、妖怪も神様になってしまう四国。

 そういえば「千と千尋の神隠し」で、妖怪だか神様だかわからない者たちが湯あみに来る湯婆の湯場も愛媛の道後温泉がモデルになっていました。

 四国の旅・オン・マイマインド、まだまだ続きそうです。

 

 

2016・8・6 sat


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なぜ30年前のトレンディードラマには、 お彼岸が出てこなかったのか?

 

まだ暑い日はあるが、お彼岸を過ぎて

本格的な秋になった。

 

ふと思い出したのが昔、30代の初めの頃、

「もうお彼岸だね」といったら

「トレンディードラマでお彼岸なんて出てこないよ~」

と笑われた。

要するに「年寄りくせー」と馬鹿にされたのだが、

僕はトレンディードラマで

カップルがお彼岸に墓参りに行くなんて

シーンがあったら面白いのに、と思っていた。

 

その頃はバブル崩壊直後だったが、

世のなかは、まだまだお祭り続けるぞ!

みたいな雰囲気があふれていた。

ジュリアナ東京も、クリスマスのホテルも、

当時の僕らのような若い連中で大賑わいだった。

 

その頃の倍の齢になり、

さすがにもうああいう騒ぎに参加したいとは思わない。

若ぶってもしょうがない。

 

正直、最近はスポーツも音楽も、

盛り上がる系イベントにはさして興味がなくなった。

人生の秋になったからだ。

 

そんなものより、もっと自分のために

大切に時間を使いたいと思うようになった。

 

とはいえ、毎日、

仕事と義母の介護とカミさんとの付き合い、

そして自分の本を書くことでいっぱいいっぱいで、

合間にちょっと本を読んだり、

映画を観たり程度の日々が続いている。

 

もともと人間のキャパが小さく、

エネルギッシュでもないので、

この状態で精いっぱいなのだ。

でもまぁ、とりあえず、ここで死んでも悔いはない。

まだ死ぬ気はないけど。

 

ありがたいことにここのところ、いろいろ仕事が入って、

当分の間、おそらく年末まで忙しそうだ。

仕事は面白くて大好きなので、

いっぱいごはんをいただいている気分である。

もっと稼げればいいんだけどね。

 


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新作短編小説「マイ・ギターズメモリアル」予告

 

新作短編小説「マイ・ギターズメモリアル」

人気ポップスターだった父は、

意識不明の状態で病院のベッドに横たわっていた。

訪れた息子が憎しみと別れの言葉を告げると、

父の意思はギターの弦を鳴らし、

彼を引き止め、語り掛けてきた。

 

10月1日(土)AmazonKindleよりリリース予定。

どうぞお楽しみに。

 


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週末の懐メロ101:ザ・ビッグシップ/ブライアン・イーノ

 

1975年リリース。

アンビエントミュージック(環境音楽)の原点であり、

巨大な船で僕たちの心をはるかな海へ曳航してくれる

ブライアン・イーノの最高傑作。

 

イーノはグラムロックとプログレッシブロックの

あいの子みたいなバンド「ロキシーミュージック」の

キーボードプレイヤーとして70年代の初めにデビュー。

 

その頃は奇抜なファッションと

アバンギャルドなパフォーマンスで話題を集めたが、

ソロになってからは独特の音楽世界を築き始めた。

 

この曲が収録された3枚目のソロアルバム

「アナザー・グリーン・ワールド」は、

1980年代になってブレイクし、

新たな音楽ジャンルとして成立する

アンビエントミュージック(環境音楽)の先駆的作品。

 

その後、イーノはいわゆるロック、ポップミュージックとは

一線を画した音楽活動を続けるが、

当時のミュージシャン、アーティストらに

与えた影響は絶大で、

ロバート・フリップ、デビッド・ボウイ、

トーキングヘッズ、U2など、

数え上げればきりがない。

 

そしてアンビエントミュージック(環境音楽)の

開発者の一人として、

映画や美術などの世界にもその影響力は広がった。

 

いまや懐かしのマイクロソフト・ウィンドウズ95の、

あの起動音を作曲したのもイーノだった。

コンピュータ時代の幕開けを彩った

わずか3秒の鮮烈な序曲。

 

人間の無数の感情の一つ一つを構築して作ったような

「ザ・ビッグシップ」には、

信者ともいえる熱烈なファンが大勢いるようで、

YouTubeには「THE BIG LOOP」と題して、

10時間という長大な編集バージョンも上がっている。

 

瞑想曲として、作業用BGMとして、

仕事や生活のあらゆる場面で愛聴できる、

そして日常の風景を非日常的なものに変えてしまう

このマジックナンバーは、

ひとりひとりの心の無意識の領域で

まるで血流のうねりのように響き続ける。

 


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最期のバグパイプ

 

ツイッターに「女王に捧げた最期のバグパイプ」

がアップされていた。

テレビ中継では見なかったが、

ウィンザー城のセントジョージ礼拝堂で

女王の棺が地下に降ろされ埋葬される時に

奏でられたものらしい。

 

まるで美しい映画や演劇のラストシーンのようだ。

とても感動的なのと同時に、エリザベス女王の

「スコットランドよ、行かないで」という

願いも込められているかのようだ。

 

ちょっと前から「6600万年前の夢を見て死ね」

という小説を書いていて、

これにマイケル・オーネストという人物が登場する。

マイケルはスコットランド人のバックパッカーで、

日本人女性と結婚し、東京で25年暮らしていたが、

還暦になり、スコットランド独立運動と

ネス湖の観光事業に取り組むため、

故郷スコットランドに帰ろうとしている。

彼はバグパイプ奏者でもあり、

楽器を教わりに来た主人公の男を相手に居酒屋で

スコットランドの自慢をして

「ネス湖を見て死ね」と、くだを巻く。

 

そんな設定なのだが、僕はスコットランドには、

1986年の春にネス湖観光、

1987年の夏にエジンバラ演劇祭を見に行ったきりだ。

特に強烈な印象はないが、

ロンドンなどより物価が安く、

のんびりした田舎というイメージが残っている。

インヴァネスの宿に泊まった時に給仕してくれた

当時高校生くらいの女の子が

真っ赤なほっぺをしていて可愛かった。

 

イングランドとスコットランドはここ数百年、

何とか折り合いをつけて仲良くしてきたが、

いつまでも過去を懐かしんではいられない。

何よりも民族としての

アイデンティティが大事なのだ。

 

亡き女王の願いむなしく、

近いうちにスコットランドは独立するだろう。

それが歴史の必然のような気がする。

そう思ってこのバグパイプを聴くと、

よけいに切なく美しく響く。

そしてエリザべㇲ2世の生きた時代は、

次世代へ語り継がれる物語としてパッケージされる。

 


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エリザベス2世国葬:20世紀の真の終幕

 

昨夜はエリザベス女王の国葬を、BBCの生中継で見た。

こんなに絢爛豪華で美しい式典を見ることは

もう生涯ないだろうと思った。

 

内容の重厚さあってこその華やかさ。

あれだけ世界の要人が一堂に集まることも

もうこの先ないのではないか、と思える。

 

そいて、こんなすごいことをする国、できる国は、

もう地球上にイギリスしかない。

 

BBCの気合の入れ方もハンパなかった。

イントロダクションの編集もめっちゃカッコいいし、

ウェストミンスター寺院の天井にカメラつけて

神さま目線の大俯瞰映像を撮るなんて本当にびっくりした。

 

おそらくBBCは昨日の中継映像を、

後世に残す、人類共有の遺産とすることを意識して

撮ったのではないだろうか。

 

21世紀になってから22年目にして、

とうとう20世紀の真の終幕を見た感じがする。

 

国葬のパレードは軍隊に支えられていた。

王制と軍制は一体のものであり、

あの祭典は、大英帝国の祭典である。

僕たちが暮らすこの世界は、

いまだ大英帝国の影響下にあったのだ。

 

その礎を築いたのは、16世紀のエリザベス1世。

海軍と海賊を使って世界の覇権を握り、

イギリスに富と繁栄をもたらした。

 

19世紀。ヴィクトリア女王の治世と産業革命。

日本も初めてグローバル化し、文明開化を迎え、

資本主義・覇権主義の時代が始まった。

 

世界を制覇し、栄光に包まれた大英帝国の歴史は、

富を求め、権力と暴力で人を抑えつける

搾取・略奪・虐殺・支配・蹂躙の歴史でもある。

 

エリザベス2世はそうした前世代の恩恵と、

犯した罪悪の双方を熟知して

この70年間、必死で世界のバランスを保つのに

努めてきたのだと思う。

 

そして自分の葬儀さえも過去と未来との懸け橋にした。

英王室内の知恵の蓄積もあったのだろうが、

 

すごい女王、すごい物語の作り手だ。

 

 

彼女がいなくなった今、

大航海時代から20世紀、そして今日まで

続いてきた一連の流れはゆるやかに止まっていくだろう。

 

英連邦国家の独立や、王制廃止の動きも

雪崩を打って襲ってくるだろう。

ユニオンジャックの国旗を見るのも、

もうそんなに長くないかもしれない。

 

世界のかたちは変わり、資本主義社会の在り方も

変質していくだろう。

 

もしかしたらそれらは僕がまだ生きている間、

向こう10年、20年のうちに実現してしまうかもしれない。

 

僕たちの子孫は、昨日の国葬を

20世紀文化のアーカイブとして鑑賞するのだろう。

そして、王様・女王様のいる世界を

バーチャルとして楽しむようになるのかもしれない。

 

リアルにこんなことをやって、無駄ガネを使いまくって、

なんてクレイジーな時代だったんだ!

ということになるんだろう、きっと。

 

僕らはそれを寂しいと思ってこう言う。

 

「いや、民主主義・合理主義には賛成だけど、

人間というものはどこかでこういう物語を

求めているんじゃないか?

それが心を豊かにするんじゃないか?」

 

だが結局、新しい時代のことは、

新しい世代が決めることになる。

 

いずれにしてもロンドンとウィンザーで

エリザベス女王を見送った僕たちは、

一つの歴史と始まりを見届けた。

とても幸運なことだし、貴重な体験をしたと思う。

 


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ガラパゴスマスク

 

先日、義母といっしょに近所の八百屋に買い物に出た時、

マスクを忘れたことに気が付いた。

もう春先ぐらいから外ではマスクをしていない。

ただ、店とか建物に入る時はつけなきゃいけないので、

持ち歩くのだが、家に置いてきてしまったのだ、

 

ちょうどストックが切れかけていたので、

ドラッグストアに寄って60枚入りの不織布マスクを買った。

その時、こうしてコロナ用にマスクを買うのは

これが最後になるだろうと思った。

 

テレビなどの映像を見る限り、

どこへ行くにもこれだけ国民が

一律にマスクをしている国は日本だけ。

まさにガラパゴス感があふれている。

 

データを見ても第7波は終わりに近づいているが、

そもそも欧米などはもはやデータ管理さえしていない。

つまりもう「普通の病気」と見做している。

 

WHOも「パンデミックはそろそろ終わり」

と言い出してるし、

マスクをする生活にも終わりが近づいている、

そう予感している人は少なくないだろう。

 

エリザベス女王の国葬でロンドンにおられる天皇陛下も

日本のメディアを意識して外ではマスクをしたり、

晩さん会の場では周囲と合わせて外したりと、

なかなかお気遣いが大変だ。

 

だけどある意味、

3年におよぶコロナの影響はこれから現れる。

気になるのは子どもや若者。

彼らにとって3年は、おとなにとっての30年に匹敵する。

そんな長い間、マスク生活を強いられ、

人の顔・表情がまともに見えない、

自分の顔・表情をちゃんと見せない感覚になった子の

メンタリティはどうなのか?

マスクを外して生活できるのか?

 

北欧のどこかの国の保育園では、

コロナ禍においても、

保育士はけっしてマスクをしなかったという。

理由は、子どもに大人の表情を見せないのは、

精神の発達上、よくないという考え方があるからだそうだ。

国がわざわざそんなお達しをするとは考えにくいので、

その園なり、保育士業界の判断なのだろう。

 

日本(アジア)と欧米では、

相手の表情を読みとるのに、

目もとを見るか、口もとを見るかの違いがあるので、

一概にはこうした方針の是非は問えない。

 

ただ、上からのお達しや世間に対する気遣いを重視するか、

自分たちの信念、大げさに言えば哲学を重視するかの

違いがあるなと思った。

 

いずれにしても社会の中で、

コロナによって変わったもの・変わるものと

変わらずに残るもの・元に戻るものがある。

 

自分の中でも何が変わらずに続いているのか、

どんな習慣・考え方を変えたのか?

どこかで落ち着いて検討してみようと思う。

 


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週末の懐メロ100:ザ・ローズ/ベット・ミドラー

 

1979年リリース。

誰もが知る名曲中の名曲だが、

僕にとっては、冒頭の騒然としたざわめきと

ピアノのイントロが交わる数秒間こそが

本物のザ・ローズの泣かせどころである。

 

ベット・ミドラー主演の映画「ローズ」が

日本で公開されたのは

翌1980年11月のことだった。

ひどく寒い日、新宿の映画館に

一人で観に行った覚えがある。

 

物語の舞台は遡ること10年前。

1969年のアメリカ。

ベトナム戦争、ヒッピームーブメント、

ドラッグ、セックス、ロックンロールの時代。

 

ローズのモデルはジャニス・ジョプリン。

いまだに史上最高の女性ロック歌手として崇められるが、

死後10年のこの頃、そのカリスマ性はハンパなかった。

 

映画は当初、彼女の生涯をドラマ化するという企画だったが、

主演をオファーされたベット・ミドラーはこれを拒否。

「わたしは私の役をやりたい」

こうして愛と激情に生きる架空のロックシンガー

「ローズ」が生まれた。

 

しかし、ミドラーの熱演・熱唱にも関わらず、

ドラマの展開、ローズのキャクターにはどうしても

ジャニス・ジョプリンの幻影が覆いかぶさる。

 

劇中で歌われるブルースナンバー

「男が女を愛する時」も、「ステイ・ウィズ・ミー」も

本当に素晴らしいのだが、

かのレジェンドが生きて歌っていたら、

もっと胸を揺さぶるだろうと夢想してしまう。

当時、それほどまでに

ジャニス・ジョプリンの存在感は絶大だった。

 

けれども物語の最後にそれが覆る。

故郷でのライブステージ。

酒と麻薬でボロボロになっていたローズは、

満員の観衆の前で倒れ、命尽きる。

そうして画面が闇に包まれていくとともに

エンドロールをバックにこの曲が流れる。

 

その時、ローズ(ミドラー)は死と引き換えに、

ジョプリンの幻影を拭い去り、永遠の存在となった。

以後40年以上、世界中で歌い継がれ、

聞き継がれてきたこの曲は、

これから後も長い年月にわたって生き続ける。

 

ローズのあまりに激しい、狂気にも思える生き方は、

現代では理解しづらく、共感も呼ばないだろう。

それでも彼女の歌は愛の種となって未来に残る。

 

僕は長年、この美しい旋律を酒の肴にしてきたが、

そろそろこの歌詞をもっと

じっくり味わななくてはいけない齢になったようだ。

もう毎日元気いっぱいというわけにはいかない。

人生に疲れた時にこの歌は本当に心のひだに染みてくる。

 

ローズのように酒も麻薬もやらなくても、

この世の中は十分、

僕たちの頭を狂わせるものに溢れている。

 

どうかあなたの心が痛みや憎しみで

バラバラになりませんように。

どうかこの世界とは何か、この自分とは何か、

つかめるところまで歩いて行けますように。

 


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良い夢を見る方法

 

今朝はとても美しい夢を見てめざめた。

「がんばっているアタシへのご褒美」みたいな夢だ。

 

最近、何かいいことあったっけ?

特に思いつないので、近々いいことがあるのかな?

と、たかが夢でこんなに良い気分になるなんて、

ほとんど記憶がない。

もしかしたら人生を変える夢になるかもしれない。

 

そこで「良い夢を見る方法」なんてものが

あるのだろうかと思って

学者・研究者のサイトを検索してみた。

が、とくにそういうものはないようだ。

 

強いていれば悩み事を抱え込まないとか、

良い睡眠をとるとか、その程度。

でも、「良い睡眠をとる方法」と

[良い夢を見る方法」とは別だと思う。

 

記憶がどうこう、潜在意識がどうこうなど、

いろいろ説明はできるようだが、

結局、科学的に解明できないから、

メソッドなんて誰も編み出せないから、

夢は面白い。

 

そこで今朝の夢を参考に、

自分で「良い夢を見る方法」を考えてみた。

 

自分にウソをつかずに生きること。

ある程度、人を慮って丁寧に接すること。

好きなものは好き、面白いものは面白いと言うこと。

そして自分を見失わないよう、

できるだけ心の中を整理整頓しておくこと。

 

なんだかみんな

ごくありきたりのことだばっかだけど、

夢が人生を映し出すとすれば、

こういうことになるんだろうと思う。

 

いずれにしても良い夢、美しい夢を見られることは

幸福なこと。

あなたもたくさん良い夢を見られますように。

 


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どうだ、銅だ、ブドウだ

 

秋はブドウの季節。

ちょっとご報告遅くなったけど、

岡山県から今年もブドウが届いた。

グリーンのはシャインマスカット。

黒いのはオーロラブラック。

 

オーロラブラックは岡山特産で、

粒は巨峰をはるかにしのぐ大きさ。

甘くて食べ応え抜群だ。

 

ちなみに昨年(2021年)日本のぶどうの収穫量は

16万5,100トン。

1位:山梨県(4万6千トン)シェア25% やっぱり。

2位:長野県(2万8千トン)シェア17% こちらも強い。

そして、おめでとうございます。

3位が岡山県。1万5千100トン。シェア9%。

4位の山形県・1万4千500トンを僅差でかわし、

どうどう銅メダル獲得。

 

ちなみに5位は福岡県で6,910トン。4%。

このベスト5で全国生産量の64%を占めている。

 

東高西低のブドウ生産県。

岡山は堂々、西日本ナンバーワンを誇るブドウの国だ。

ブドウだけでなく。モモやイチゴもおいしい。

農家の皆さん、これからもおいしい果物を

たくさん作ってください。

 

そして岡野さん、いつもありがとう。

お礼が遅れてごめんなさい。

カミさんが歯痛でしばらく食べられなかったので、

まだ食べてます。

日持ちがいいのもうれしいね。

 

上記データは農林水産省のサイトより。

https://www.maff.go.jp/j/tokei/kekka_gaiyou/sakumotu/sakkyou_kajyu/nasi_budou/r3/index.html

 


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ふたたびエリザベス女王逝去について

 

ここ数日、テレビやネットで

エリザベス女王逝去に関するニュースが

目に触れると、つい見てしまう。

 

20代の一時期、2年半ほどイギリスで

暮らしていたというだけで、

特に王室にシンパシーを感じていたわけでもないが、

何か喪失感のようなものがある。

 

一つの時代の終焉。

世界が大きく変わる予感。

なんだかひどく胸が疼くのだ。

 

エリザベス女王の最期は、ある意味、

高齢者にとっての理想形でもあった。

ガンや認知症に侵されることもなく、

ほぼ健康なまま、最後まで現役を全うした。

ひどく苦しむこともなく、安らかに亡くなったのは、

母を見送る子どもたち(国民)にとって

幸いなことだ。

 

死は悲しい出来事だが、

それ以上に、女王の死には

人生を生き切った不思議な充実感が感じられる。

 

どのように死を迎えるかは自分で選べないが、

彼女のように国を背負って

70年も歩き続けてきた人間には、

その報酬として、最後にはるか高い山頂から

広大な世界を見わたすことができたのかもしれない。

 

国葬は19日に行われるという。

エンディングの仕事をやっていることもあって、

こちらにもたいへん興味がある。

 

天皇陛下と皇后陛下も参列されるようだ。

お二人の英国留学は、

かけがえのない青春の1ページだったはず。

ほぼ同世代ということもあり、

かの地、かの時代、王室、女王対する

両陛下のお気持ちがひしひしと伝わってくる。

どうぞ心おきなくお別れをしてほしいと思う。

 


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週末の懐メロ99:ヴィクトリア/キンクス

 

1969年リリース。

エリザベス女王の訃報を聞いた時、

真っ先に思い浮かんだのは、

ビートルズの「ハー・マジョスティ」と

セックス・ピストリズの「ゴッド・セーブ・ザ・クイーン」。

そして、このキンクスの「ヴィクトリア」だった。

 

一時期、英国ではビートルズ、

ローリングストーンズと

肩を並べる大人気バンドだったキンクスだが、

日本での人気はイマイチで、

僕も20歳を過ぎるまで聴いていなかった。

 

しかし、1980年代になってヴァン・ヘイレンが

彼らの代表曲「ユー・リアリー・ガット・ミー」を

カバーして世界的大ヒットになったのをきっかけに、

キンクスの人気も再燃。

 

このライブが収められている

「ワン・フォー・ザ・ロード」は

ヒット曲満載で演奏内容も弾けまくっていて、

大好きだった。

中でもこの曲は、

僕にとっての最高のキンクスナンバーだ。

 

「ヴィクトリア」とはもちろん、

エリザベス女王のひいひいばあちゃん。

経済・産業が支配する現代の世界の始まりを作った

大英帝国の元首・ヴィクトリア女王のことである。

 

♪幸福な僕は愛する国に生まれてきた

 貧しくたって自由なのさ

 大人になったら戦争に行って

 お国にために戦うよ

 女王の栄光よ 永遠に

 ヴィクトリア ヴィクトリア

 

めっちゃ明るく元気なロックンロールに乗せて

歌う歌詞は猛毒のてんこ盛り。

強烈な社会批判、

半世紀前の高齢者の老害に対する糾弾を含めて、

偉大なるヴィクトリア女王を皮肉り倒して見せた。

 

ビートルズやセックス・ピストルズもそうだったが、

権威に対する反抗的な姿勢は痛快だった。

 

ただ、いま聴くと、

懐の深い母親や祖母に見守られて、

跳ね回っている腕白小僧たちにも見えるのだけど。

 

いずれにしても、自由にロックできる世界が

これからもずっと続くことを願ってやまない。

 

 

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God save the Queenの終焉

 

エリザベス2世逝去。

在位70年はすごい。

最後の最後まで女王であり続けた。

 

僕の母を超える高齢。

日本で言えば、昭和と平成をほぼ丸ごと生きた。

いずれ近いうちに・・・と思っていたが、

いざ現実になとやはり寂しい。

でも、穏やかな最期とのことで、良かったと思う。

 

政治家でも芸能人でもないが、

その存在感はあまりに大きく、

世の中に与える影響も大きかった。

 

ミニスカートも、ビートルズも、パンクも、

ブリティシュロックも、

ウェストエンドのミュージカルも、

戦後の英国生まれの文化は

すべて女王の擁護のもとに生まれ育った。

 

ロンドンで暮らしていた頃は、

毎日お顔を拝んでいた。

ポンド札の表で微笑む肖像は

(1980年代の実年齢より)

若くてチャーミングだった。

 

70年もの間、目に見えない巨大な何か、

ヴェールのようなものを英国のみならず、

ヨーロッパのみならず、

世界全体に投げかけていたような気がする。

 

その存在が地上から消えて、

これから世界に何が起きるだろう?

気になる。

僕たちの知る世界は

大きく変わってしまうのだろうか?

 

この2週間のうちに、誰も何の疑問を抱くことなく、

“本物”の国葬が行われるものと思う。

 

心から女王陛下のご冥福をお祈りします。

 

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始まったのだ。ぜひご注文くださいね。

 

無力な状態で生きなくていけないため、親に「守ってあげなきゃ」と思わせる。

だから赤ちゃんはかわいいのだ――というのが今では定説。

でも、そうした戦略だけではないのではないか?

あのかわいさには、

もっともっと人間の心の根源にひびく秘密がありそうだ。

そう考えて男の目線から赤ちゃんについて考察した表題作。

 

「若水」「浦島太郎」など、

シュールで意味深な日本むかし話に関する考察、

 

6歳の時、僕はいったい何を見たのだろう?――と、

いまだに頭の中でそれぞれの

エピソード・世界観が進化・深化を続けている

「ウルトラQ」をモチーフにしたお話など、

子どもをテーマにした35編のエッセイを収録。

 

もくじ

 

ホラー日本むかしばなし「若水」

人生で大事なことの始まりは子どものお祭り

オバQヒーリング

どんな花を咲かせる種が眠っているのか誰も知らない

子どもの卒業・親の卒業

中学生におすすめの映画

天国への階段の上まで冒険

川床の七夕の夢

子どもの自立について

子どもを愛さない男を父とは呼ばない

山中の孤独な夜の過ごし方

山羊座のボヤキとイベント増殖に対する懸念

息子は強制退去で独立

未来の子どもに伝えたい ネッシー、UFO、心霊写真、二十世紀の化石ジジイ

日本の子ども・高齢者の幸福度と「迷惑施設」と呼ぶ大人のエゴ

さるひめさま

神さまのカケラを拾い集めて生きる

私立探偵・健太のこと

絵描きのセンス

自由な気持ちで、丁寧に生きる

藤原カムイのウルトラQ

誕生の恐怖・思春期の恐怖・最期の恐怖

ルカ Lukaと子どもの虐待

夏祭りの女の子と大きな梨

コロナの後遺症に鍼治療の可能性

カネゴンは鳥を見た

赤ちゃんはなぜかわいいのだ?

アナ雪を鑑賞して想い巡らせる男と女の未来

なぜキャンデーズが三体のコケシのように見えたのか?

たましいのふたりごと:女は自信まんまん?

ざしきわらしを追いかけて

人生百年時代の浦島伝説

母の日・父の日に感謝のプレゼントなんかいらない

キラキラネームが踊る未来

雪だるま  やよいの旅のお花見

 

自身のブログ「DAIHON屋のネタ帳」から

厳選・リライトした35編を収録。

 


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ニューヨークのリモートワーク事情

 

DX(リモートワーク関係)のビジネス書の執筆で、

ニューヨークに取材。

おそらく日本の社会人なら知らない人はいない

大企業のアメリカ拠点の経営者。

 

相手の背景は窓越しに摩天楼ニョキニョキの風景。

あれ、でも外は青空?

ニューヨークは夜の時間じゃなかたっけ?

と思って聞いたら、やっぱバーチャル背景だった。

 

「夜分にすみません」と言ったら、

「自宅にいるから大丈夫です」というお返事。

そうなのだ。

もうがんばって夜遅くまで

オフィスに残ってなくてもいい、

というニューノーマルが、コロナ以降、

かの地ではすっかり定着してしまったようである。

 

取材はアメリカのリモートワーク事情について

いろいろ聞いた。

これから執筆を始めるところなので

内容はもちろんここでは言えないが、

前述のようにすっかりワーカーの意識が変わり、

経営者もこれまで通りのやり方では

仕事を回せないという。

 

特に印象に残ったのが、

「コストを掛ける部分が変わった」という話。

要はこれまで掛かっていた

オフィスの賃料や出張費を、

リモートで希薄になりがちな

社内のコミュニケーション維持の費用に

当てているということだ。

 

ちなみに、ちょっと前に

テスラのイーロン・マスク氏が

「家でダラダラしながら

リモートワークなんて許さん。

ちゃんとオフィスに出てこい!」と怒ったと聞いた。

 

ああいうリモートNG企業もあるんですか?

と聞いたら、ウォール街の金融企業などは

ちゃんとスーツとネクタイで出社しなきゃダメ

というところが多いそうだ。

 

しかし、よくよく聞いてみると、

それを求められるのは年収数千万円、

ヘタすりゃ億レベルのトップエリートさんたちで、

一般のオフィスワーカーは、

ほとんどがリモートの恩恵に授かっているらしい。

特に若い世代には

仕事は家やカフェでやるもの、

みたいな意識が急速に浸透しているとう。

 

取材した経営者の方は、

それにはちょっと危機感を持っていて、

家庭を持っている人たちには出社を強要しないが、

若者たちにはある程度、

リアルで接することを求めているようだ。

 

ガラパゴス日本は、コロナから2年半たち、

ほぼほぼフルリモート派と、もと通り通勤派と

すっかり二極化してしまった印象。

満員電車に乗らないと、

仕事やってる気がしないという人がまだ多いようだ。

 

ついでに言うと、正規社員か非正規雇用か

といったことにこだわっているのは、

今や国際基準から遠く離れた労働思想。

ガラパゴスどころか、地球の最果てみたいな話だ。

子どもに「将来の夢は正社員です」

と言わせるような社会に将来の夢はあるのかな?

 

 

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明日から始まるのだ。読んでね。

 

 


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なぜアフリカの国では、 すぐさまキャッシュレス決済が浸透するのか?

 

アフリカのある国――もちろん日本より

はるかに経済規模の小さい新興国――では

キャッシュレス決済が、

ほぼ100パーセント浸透しているという。

なぜかというと絶対的な必然性があるからだ。

 

その国では夫が週に5日、

都市に出稼ぎに行き、週末に村に帰って家族と過ごす、というのが一般的なライフスタイル。

最近まで昭和時代の日本同様、

1週間の労働賃金を現金でもらって

持ち帰っていたのだが、

そこにはいろいろ問題があった。

 

まず第一に、そのお金が偽物の可能性が低くない。

一所懸命働いて稼いだカネが贋金だったら

たまったもんじゃない。

 

もっとひどいことがある。

出稼ぎ者たちは村に帰る途中、

強盗に狙われる可能性が非常に高い。

「あいつはカネを持っている」というのが、

すぐばれるからだ。

カネを取られるだけならまだしも、

殺されてしまうことも少なくないという。

 

そこにキャッシュレス決済システムが導入された。

こうなると支払い側も贋金は使えないし、

受け取った瞬間に、村にいる家族にオンラインで

キャッシュレスで送ってしまえば道中手ぶらになり、

強盗に襲われる危険もない。

そんなわけで一瞬にして

国中にキャッシュレス決済が広がったという。

 

しかし、日本のように

信頼し合える相手と良好な取引ができ、

路上で強盗に出くわす危険性がほとんどない

治安の良い国ではそうした必然性がないため、

浸透するのには時間がかかるというのだ。

 

これは先日のエンディング産業展のセミナーで

DXを進めている会社から聴いた話。

 

最近は日本でも日常の買い物をはじめ、

生活のあらゆるシーンで

キャッシュレスが増えてきたが、

それでもまだまだ現金信仰が厚い。

これは世界的な視野から見ると、

一つの大きな幸福であり、

素晴らしい幸運の証なんだろうなと思う。

 

そして何となく、東太平洋の

ガラパゴス諸島で悠久の大海原を見ながら

のんびり暮らすイグアナになったような気分になる。

 

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お楽しみに。

 


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子育てしている人も、そうでない人も。

まだ子どもの人も、遠い昔にそうだった人も。

 

 どうぞお楽しみに。読んでね。

 

もくじ

 

ホラー日本むかしばなし「若水」

人生で大事なことの始まりは子どものお祭り

オバQヒーリング

どんな花を咲かせる種が眠っているのか誰も知らない 

子どもの卒業・親の卒業

中学生におすすめの映画

天国への階段の上まで冒険

川床の七夕の夢

子どもの自立について

子どもを愛さない男を父とは呼ばない

山中の孤独な夜の過ごし方

山羊座のボヤキとイベント増殖に対する懸念

息子は強制退去で独立

未来の子どもに伝えたい 

ネッシー、UFO、心霊写真、二十世紀の化石ジジイ

日本の子ども・高齢者の幸福度と

「迷惑施設」と呼ぶ大人のエゴ

さるひめさま

神さまのカケラを拾い集めて生きる

私立探偵・健太のこと

絵描きのセンス

自由な気持ちで、丁寧に生きる

藤原カムイのウルトラQ

誕生の恐怖・思春期の恐怖・最期の恐怖

ルカ Lukaと子どもの虐待

夏祭りの女の子と大きな梨

コロナの後遺症に鍼治療の可能性

カネゴンは鳥を見た

赤ちゃんはなぜかわいいのだ?

アナ雪を鑑賞して想い巡らせる男と女の未来

なぜキャンデーズが三体のコケシのように見えたのか?

たましいのふたりごと:女は自信まんまん?

ざしきわらしを追いかけて

人生百年時代の浦島伝説

母の日・父の日に感謝のプレゼントなんかいらない

キラキラネームが踊る未来

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自分史・遺言ムービーのブルーオーシャンスターズ

 

今年のエンディング産業展は、時代の潮流に合わせて、

終活・相続というテーマがフィーチャーされていた。

終活という言葉の持つイメージ・意味合いが

どんどん膨らんでいる今、

葬儀・供養もその一環として捉えられるのかもしれない。

 

そんな中で目に留まったのが「nokosu」というブランドで、

自分史・遺言ムービーを製作する

ブルーオーシャンスターズという会社。

社名は華々しいが、代表の高塩博幸氏は、

とても親しみやすく、朴訥な印象の人である。

 

話を聴くと、彼はもと新幹線の運転士。

子どもの憧れの職業だが、

彼自身は映像の仕事をやりたかったのだという。

それで定年になる前に彼は会社を飛び出した。

 

きっかけは、先輩や義父の退職記念に

自分史映像を作ってあげて、とても喜ばれたこと。

 

そうだ!40年前と違って、

撮影機材も編集ソフトも、今なら用意するのは難しくない。

テレビ局や映像プロダクションに

就職しなくても自分でできる、

あの若い頃の夢が実現できる。

というわけで知り合いのディレクターについて

撮影・編集のノウハウを学び、

シナリオセンターに通って脚本の勉強もした。

人間、目標を持って突き進むと強い。

 

一昨年、会社を起業した高塩氏は、

北千住の東京芸術センターを拠点にして活動を始めた。

ただ、映像を作りますというだけじゃなく、

YouTuberも多い今、

自分のスマホで自分史動画を作って遺す

ノウハウを教えたり、

さまざまな映像コンテンツが必要とされる時代に合わせて、

柔軟な事業展開をしている。

 

面白い。

カッコいい。

彼自身が自分史というものを体現しているかのようだ。

 

今回はご家族も応援して出展することになった。

結構引き合いが多かったように見受けられるが、

良いクライアントにたくさん出逢えたのだろうか。

 

ブルーオーシャンスターズという社名には

「創意工夫を凝らして

競争のない世界で新しいものを創造する」

そして、

「高い位置で光り輝くお客さまへ、

新しいサービスを創造してお届けする」

という意味を込めているという。

ぜひ個人的に応援したいと思える会社である。

 

https://blueoceanstars.co.jp/

 


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週末の懐メロ98:アイ・キャント・ハヴ・ユー/ イヴォンヌ・エリマン

 

先週に引き続き、世界的に大ヒットした

映画「サタデーナイトフィーバー」の挿入歌。

1978年リリース、全米シングルチャートで1位を記録した。

 

僕にとっては「恋のナイトフィーバー」や

「スティン・アライブ」よりも、

この曲が最もあの時代の空気をまとっているように思える。

 

歌手のイヴォンヌ・エリマンは、

ハワイ生まれの日系アメリカ人。

1971年にロックミュージカル

『ジーザス・クライスト・スーパースター』

さらに1973年の同作の映画でも

マグダラのマリア役を演じて人気を得た女優でもある。

 

若い頃はもっと日本人っぽい顔をしていたが、

この映像(2000年代だと思う)では

貫禄がついてポリネシアンらしくなった。

 

そして、彼女と同じく貫禄のついた

ディスコ世代のダディ、マダムが

「30年後(40年後?)のナイトフィーバー」という感じで

楽しそうに踊る姿は素敵であり、

同時にちょっと笑えたりもする。

 

大好きなこの曲、惜しいと思うのは

もっと気の利いた邦題が付けられなかったのかということ。

「アイ・キャント・ハヴ・ユー」では

味もないし、平凡でインパクトに欠ける。

 

「サタデーナイトフィーバー」には

「愛はきらめきの中に」なんて

素晴らしい邦題もあったのに。

(原題:How Deep is your Love)

 

こちらの原題は「あなたがいないと」という意味なので、

いくらでも考えられそうなものだが、

なんで日本のレコード会社は、

頭の「If」を取るだけという中途半端な手抜きをしたのか、

いまだに謎である。

 

 

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無力な状態で生きなくていけないため、親に「守ってあげなきゃ」と思わせる。

だから赤ちゃんはかわいいのだ――というのが今では定説。

でも、そうした戦略だけではないのではないか?あのかわいさには、もっともっと人間の心の根源にひびく秘密がありそうだ。そう考えて男の目線から赤ちゃんについて考察した表題作。ほか、子どもをテーマにした面白エッセイ35編を収録。

 

 


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本日発売! 赤ちゃんはなぜかわいいのだ?

 

おりべまことの新刊 Amazon Kindleより発売! ¥300

 

無力な状態で生きなくていけないため、

親に「守ってあげなきゃ」と思わせる。

だから赤ちゃんはかわいいのだ――というのが今では定説。

でも、そうした戦略だけではないのではないか?

あのかわいさには、

もっともっと人間の心の根源にひびく秘密がありそうだ。

そう考えて男の目線から赤ちゃんについて考察した表題作。

 

「若水」「浦島太郎」など、

シュールで意味深な日本むかし話に関する考察、

 

6歳の時、僕はいったい何を見たのだろう?――と、

いまだに頭の中でそれぞれのエピソード・世界観が

進化・深化を続けている

「ウルトラQ」をモチーフにしたお話など、

子どもをテーマにした35編のエッセイを収録。

 

もくじ

 

ホラー日本むかしばなし「若水」

人生で大事なことの始まりは子どものお祭り

オバQヒーリング

どんな花を咲かせる種が眠っているのか誰も知らない

子どもの卒業・親の卒業

中学生におすすめの映画

天国への階段の上まで冒険

川床の七夕の夢

子どもの自立について

子どもを愛さない男を父とは呼ばない

山中の孤独な夜の過ごし方

山羊座のボヤキとイベント増殖に対する懸念

息子は強制退去で独立

未来の子どもに伝えたい ネッシー、UFO、心霊写真、二十世紀の化石ジジイ

日本の子ども・高齢者の幸福度と「迷惑施設」と呼ぶ大人のエゴ

さるひめさま

神さまのカケラを拾い集めて生きる

私立探偵・健太のこと

絵描きのセンス

自由な気持ちで、丁寧に生きる

藤原カムイのウルトラQ

誕生の恐怖・思春期の恐怖・最期の恐怖

ルカ Lukaと子どもの虐待

夏祭りの女の子と大きな梨

コロナの後遺症に鍼治療の可能性

カネゴンは鳥を見た

赤ちゃんはなぜかわいいのだ?

アナ雪を鑑賞して想い巡らせる男と女の未来

なぜキャンデーズが三体のコケシのように見えたのか?

たましいのふたりごと:女は自信まんまん?

ざしきわらしを追いかけて

人生百年時代の浦島伝説

母の日・父の日に感謝のプレゼントなんかいらない

キラキラネームが踊る未来

雪だるま  やよいの旅のお花見

 

「DAIHON屋のネタ帳」から厳選・リライト 全35編

どうぞ読んでみて!

 


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エンディング産業展2022

 

本日から3日間、9月2日(金)まで

東京ビッグサイト南館で開催されている

エンディング産業展2022の取材。

今年から「資産運用・家計対策フェア」が併催。

 

政府が投資に躍起になっていることからも

おわかりのように、

これから国民の――特に高齢者の

眠れる資産・埋蔵されているお金をどう掘り起こし、

どう活用するかが日本の大テーマの一つ。

 

産業界の主役、とまでは言わないが、

エンディング業に携わる人たちの仕事が

俄然、存在感を増し、

クローズアップされるようになることは確か。

 

終活とか、葬式とか、遺産とか、相続とか、

そんなもの自分には関係ないと思って生きてきた人たちも

ちょっとでもこのへんの動きに

注目しておいたほうがいいと思います。

 


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生涯現役・ウルトラの女神

過去にブログやSNSで書いたエッセイを

編集・リライトして電子書籍にしている。

 

今度の新刊「赤ちゃんはなぜかわいいのだ?」は、

子どもがテーマ。

その編集をしていたら

子ども時代に見た「ウルトラQ」がらみのネタが

3本もあった。

 

そう言えば、この間も5年くらい前に書いた

「2020年の挑戦への挑戦」を引用されてくれと

リクエストが来たのでOKした。

(この記事はエッセイ集:生きる

「酒タバコやめて100まで生きたバカ」に収録)。

 

ウルトラQは、のちのウルトラマン、ウルトラセブンなど、

ウルトラシリーズの元祖である。

製作・放送はなんと1966年。

その後のヒーローものにはさして執着心はないが、

Qはべつもの。

6歳の時、僕はいったい何を見たのだろう?

といまだに考える。

 

Qの記憶は素晴らしく鮮明で、

深読みさせられるマテリアルが

たくさん埋蔵されているので、

いまだに頭の中で、それぞれのエピソードが、

進化・深化を続けている。

 

そのQの中で活躍していた紅一点が

桜井浩子さん演じる「ユリちゃん」である。

桜井さんは、この後のウルトラマンに出てくる

科学特捜隊のフジ・アキコ隊員のほうが有名かもしれない。

 

「ユリちゃん」こと江戸川百合子は、

新聞社の女性カメラマンで、

ほかのふたりの男性とトリオの主人公で、

怪獣や怪事件に立ち向かっていた。

 

この時代、特撮やアニメ番組に出てくる

若い大人の女性は、なぜかカメラマンが多かった。

「スーパージェッター」のカオルさんとか。

 

まだ職場が男だらけだった時代、

カメラ片手に颯爽と駆け回るおねえさんは

子ども心にカッコよくて、胸がときめいた。

 

しかもユリちゃんはただ写真を撮るだけでなく、

知的でユーモアがあって勇敢で優しかった。

時にとんでもない悲劇にも見舞われた。

 

そのユリちゃん、そしてフジ・アキコ隊員を演じていた

桜井浩子さんの記事を先日読んだが

とても面白くて、こころ動かされた。

 

怪獣もののイメージがついてしまって、

その後の女優業は苦労したのではないかと思うが、

今になって、その半世紀以上前のキャリアが

燦然と輝いている。

 

彼女は現在、ウルトラ関係のコーディネーター業を

やっていて、今回の「シン・ウルトラン」でも、

裏方でいろいろ活躍していたようだ。

 

僕が6歳の時におねえさんだったのだから、

それなりのお齢だが、

この明るさ・元気さは素晴らしい。

 

こうなるともう生涯現役確定。

ユリちゃんファンも、フジ隊員ファンも

死ぬまでついていく。

いつまでもウルトラの女神でいてほしい。

 


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新刊「赤ちゃんはなぜかわいいのだ?」9月1日発売予定!

 

おりべまこと電子書籍新刊 

エッセイ集:子ども②

「赤ちゃんはなぜかわいいのだ?」

9月1日(木)発売予定!

もくじ

●ホラー日本むかしばなし「若水」

●人生で大事なことの始まりは子どものお祭り

●オバQヒーリング

●子どもの卒業・親の卒業

●中学生におすすめの映画 

●子どもを愛さない男を父とは呼ばない

●カネゴンは鳥を見た

赤ちゃんはなぜかわいいのだ?

ほか全35編収録

 

無力な状態で生きなくていけないため、

親に「守ってあげなきゃ」と思わせる。

だから赤ちゃんはかわいいのだ――

というのが今では定説。

でも、そうした戦略だけではないのではないか?

あのかわいさには、

もっともっと人間の心の根源にひびく

秘密がありそうだ。

そう考えて男の目線から

赤ちゃんについて考察した表題作をはじめ、

子どもをテーマにした35編のエッセイを収録。

どうぞお楽しみに!

 


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アナログマジックの残暑お見舞いとデジタル発信の効用

 

古い友だちから残暑お見舞いの葉書が届いた。

もう10年近く会っておらず、

オンラインでもやりとりしていない。

年賀状だけは、ずっと交わしていたのだが、

この齢になると親が亡くなり、

喪中で出さない年も多くなる。

 

そうすると翌年、出すのを忘れてしまったり、

忘れてしまう程度のつながりなら、

半ば形骸化した関係なので

なくてもいいかと、喪中葉書をきっかけに

「年賀状じまい」をする人も増えてきた。

 

この友だちも昨年、父が亡くなり、

今年、母が亡くなったという。

僕一人に宛てたわけでもないと思うのだが、

「『元気でいるよ』とお知らせしたくて、お手紙しました」

という一文にはちょっと心を動かされるものがあった。

これはアナログのマジックと言えるのかもしれない。

 

2年続けて喪中で出さないと・・・

という危惧があったからだろうか?

それとは別に何かあったのだろうか?

本当に元気でいてくれているのなら何の問題もないのだが。

 

僕らの世代はまだオンラインのやりとりを

煩わしく感じる人が多い。

Facebookなども一時の流行りで始めたものの、

もうやっていない、ずっと休眠中という人が

周りに大勢いる。

 

僕は時々サボるけど、いちおう、ほぼ毎日、

ブログもFace boookも Twitterも更新しているよ。

電子書籍も出してます。

よかったら覗いてね~と書いて返事を出した。

 

相手がどう思うか、感じるかは二の次でいい。

自分の「いま」を、

いつでも表現して見せられるということ、

「俺は生きている」と発信し続けられることは、

心の安定と新たなエネルギーにつながる。

 

還暦を過ぎると、こういうことって、

けっこう重要になっていくのではないかと思う。

 


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週末の懐メロ97:恋のナイトフィーバー/ビー・ジーズ

 

夏の終わりはディスコでフィーバー!

って、どんだけ昔の話なんだ?と思ったら、

1977年12月のリリースだった。

 

ジョン・トラボルタ主演映画

「サタデーナイト・フィーバー」の主題歌。

日本ではアメリカに遅れること半年、

1978年7月の公開。

 

そうだった、そうだった。

東京に出てきた年の夏休み、

学校の友だちやバイト仲間と、

新宿、池袋、赤坂、六本木など渡り歩き、

アホみたいにフィーバーしてた。

いっしょに踊ってた一人一人の顔が目に浮かぶ。

 

この頃から10年くらいは

ディスコの黄金時代だった。

口にするのは恥ずかしいけど「青春のディスコ」だね。

 

この映画、トラボルタは普段はペンキ屋のあんちゃんで、

週末だけディスコ輝いている、という設定。

そして出逢った女性と恋に落ち、

ダンス大会に出場するというストーリーだったが、

メッセージとしては

「ディスコみたいなところばっか行ってたら、

ロクな大人にならないぞ」みたいなことだったと思う。

それに相反するように、

以後、世界中でディスコ文化が出来上がり、

僕らの世代は一生引きづっている。

 

かつてのディスコブームは、はるか夢の彼方だが、

ビー・ジーズのこの曲は、

いま、普通に聴いていてもすごく良い曲だ。

踊らなくてもいいから、ずっとずっと聴いていよう。

 


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潮騒の音楽を楽しむための海

 

今日は久しぶりに江ノ電に乗って湘南の海へ。

おそらく江ノ電に乗るのは5~6年ぶり。

駅も電車もすっかりきれいになっている。

 

遊びじゃなくて仕事――お寺の取材で行ったのだが、

七里ガ浜の住宅地を歩くと潮騒がロマンチックに響く。

でも、砂浜に降りてみると、あまりきれいではない。

 

東京に来た頃から、季節を問わず、友だちと騒ぎに来たり、

女の子とデートしに来たり、

子どもを連れて遊びに来た湘南。

でも、もうここで遊びたいとか泳ぎたいとは思わないなぁ。

 

むかしはご多聞に漏れず、

湘南のイメージに憧れていた。

けれども還暦を過ぎると、その魔法も解ける。

サーフィンやマリンスポーツを楽しむわけでもなし、

もともと僕はそんなに海が好きな人間ではないのだ。

 

潮騒の音楽を楽しむもの。

遠くから眺めるもの。

イメージを楽しむもの。

これから自分にとっての海は

そういうものでいいと思う。

今日はそのことを再確認した感じ。

 

おまけ情報:

このあたりのスポーツ振興会の会長をやっている、

取材先のお寺の住職は、

ちょっとだけサーフィンをやってたそうだ。

 

ところが、このあたりは中級者以上限定で、

初心者はダメという暗黙のルールがあるそうだ。

だから彼は目の前に海があるのに

ここではサーフィンができず、

わざわざ江の島のほうまで行ってたとか。

 

では、残り少ない夏をしっかりお楽しみください。

 


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グローバルビジネスの勉強

 

英国では「英国現代奴隷法」という法律が

2015年に作られた。

人権意識が高い欧州では、

人種やジェンダーの差別問題に気を付けることはもちろん、

サプライチェーンにおける従業員の権利保護が重要。

サプライチェーンがアジアなどに工場を持つ場合でも、

奴隷的労働は許されず、

この「英国現代奴隷法」には十分な注意が必要だ。

 

新興国では「3万円で人が殺せる(殺し屋を雇える)」

と言われている。

異性関係やお金のトラブルには十分な注意が必要だ。

 

いきなり、日本企業が先進国、新興国に進出する際、

どんなリスクがあるのかについて、

それぞれ書かれている。

 

これは国際弁護士の人が、

海外進出を考える企業に向けて書いている本の一端。

 

難しい法律を「ざっくり」わかりやすく説明し、

「当たり障りのある」表現をあえて心がけたそうである。

いやいや、たしかにわかりやすく刺激的で面白い。

 

「現代奴隷法」なんて初めて知ったし、

聞いたことはあったが3万円で殺しもOKとは・・・。

なんだかいきなり映画の世界に放り込まれたようだ。

 

ビジネス本の仕事として、

企業のグローバルビジネスに関する

本の制作がスタートした。

人口減少によってマーケットが縮小する日本。

リモートワークの普及を踏まえて、

海外市場に進出しようとする企業の

サポートサービスについて書いていくものだ。

 

というわけで、久しぶりに世界に目を向けて勉強している。

上記の本はその一環として読んでいる。

サイト情報も割とソフトタッチのものが多い中、

これはなかなかエグい。

 

「汚職・腐敗防止法」の項目では、

海外では汚職が水や空気のようにはびこっています

(日本の汚職なんて甘っちょろい?)とか、

 

「労務・人事」では、アジアの新興国のような

高温多湿の環境では、人は働きません。

日本人が通常と考える勤怠管理をするだけで

一苦労ですとか。

 

噂で聞くことはあっても、

こうやって世界中の現場でトラブルに向き合った人に

本ではっきり書かれると、やたら説得力があり、

その国の生活・ビジネスの風景が広がってくる。

 

グローバルというイメージは美しく、

そこでビジネするぜというとカッコいいけど、

現実はいろいろ大変。

というわけで、観光ではない、

バックヤードの世界旅行へ出発だ。

 


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新刊予告:赤ちゃんはなぜかわいいのだ?

 

16日間無料キャンペーンは無事終了しました。

ご購読の皆さん、どうもありがとうございます。

レビューお待ちしています。

 

新刊は8月末発売予定

エッセイ集:子ども②「赤ちゃんはなぜかわいいのだ?」

●子どもを愛さない男を父とは呼ばない

●日本の子ども・高齢者の幸福度と「迷惑施設」と呼んでしまう大人のエゴ

●神さまのカケラを拾い集めて生きる

●さるひめさま ほか 全33編 収録予定

 

お楽しみに。

 


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子どもへの想像力がない「老害の国」は滅びる

 

ノルウェーではコロナの真っ最中も

保育士、保育施設の人たちは誰もマスクを付けずに、

子どもたちに接していたという。

 

小さな子どもから見るとマスクを付けた

おとなの顔は、表情の乏しい、

まさしくマスク(仮面)のような顔に見えるらしい。

そうした外見で接することが、

子どもの精神形成に及ぼす悪影響を慮っての措置だ。

 

それでクラスターが起きたところもあったようだが、

コロナへの感染よりも、

そうした子どもの未来に及ぼす影響を

抑えることを優先したのだ。

 

チラッと聞きかじっただけなので、

科学的根拠があるのかどうかはわからない。

そして、こうした対応が正解だったのかどうかも。

 

ただ、コロナ禍という異常な状況の中で、

子どもの成長という、まだ目に見えない未来に対する

想像力を大事にしていることはわかる。

 

それが国の指導なのか、自治体の意思なのか、

はたまた保育士たちが独自にやったことなのかわからない。

いずれにしても、そこには一つの哲学が働いている。

 

ノルウェーは素晴らしいからまねをしろ

と言うつもりはない。

だけど日本はこの期に及んでも、

場当たり的で煮え切らない対応しかできない。

 

今回の第七波で行動制限を出さなかったことも、

これといった説明のアナウンスはない。

一応、社会・経済を回すためという

もっともらしい大義名分はあるが、

なんか欧米はもうウィズコロナだし、

立場上、中国みたいにロックダウンなんかできないし、

まぁ、なんとかなるだろ、コロナだからしゃーない

といった消極的な考え方で政策が行われている。

 

昨日、僕のところに4回目ワクチンの用紙が来たが、

本当に4回目がオミクロンに効果があるのか?

アメリカの製薬会社から大量に買っちゃったから、

政府の面子として消費しなくちゃいけないから、

「打て打て」と広告しているんじゃないか?

とか、もうナゾ、ナゾ、ナゾ。

疑問・疑念だらけである。

 

コロナ禍だからしようがないんだという言いわけは、

もう3年目には通用しない。

 

こういった状況の中で

何がこの国の未来にとって大切なのか、

指導者らが考えているように思えない。

対応がのらくらしているのは、

哲学が、ビジョンがないからだ。

それに基づいた行動ができないからだ。

 

そのくせ、宗教団体とは癒着している。

「この団体の、こうした教義・哲学が

スバらしいから私たちは共感し、支援しているのです!」

と、堂々と言い切る政治家はひとりもおらず、

こそこそごまかすばかり。

 

話をコロナにもどすと、

「命が大事、命が大事」ときれいごとを唱える一方で、

行き当たりばったりのことしかやらず、

カネさえばらまきゃ何とかなると思っている。

 

そして、それにのっかって給付金をだまし取る

アホな国民が続出するていたらく。

上も上なら、下も下。

カネに目のくらんだ狂人たちの大行進。

大事なみんなのお金ををガバガバ無駄遣いしやがって。

 

ノルウェーを見習え!とは言わないが、

もっと子どもを大事にし、

未来を大事にするんだと考えを基本に据えて、

政治も、産業も経済活動もやっていくべきではないか。

さもなければ、

「私が死ぬまでの時代が良ければいい」という人だらけの

「老害の国」と、世界から嗤われることになる。

 


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週末の懐メロ96:レット・イット・ビー/上々颱風

 

オリジナルはもちろん、1969年のビートルズ。

それを上々颱風(シャンシャンタイフーン)が

独自のアレンジで1991年にリリースした。

 

過去50年あまり、この偉大な楽曲に魅了されて

数多のミュージシャンがカバーしてきたが、

あまりに孤高過ぎて、

誰もその美しさの半分すら表現できない。

当の作曲者のポール・マッカートニー自身の歌・演奏すら

あんまりいいと思わない。

 

マッカートニーひとりでは駄目なのだ。

あの時代、ほとんど解散状態だったビートルズ。

それでもあの4人が揃っていたからこそ編み出せた

最後のマジック。

それが「レット・イット・ビー」なのだ。

 

しかし唯一、まったくベクトルは違うけど、

原曲と同等レベルの感動を味わえるカバーがある。

それがこの上々颱風の

自称「ちゃんちきミュージック」の演奏だ。

 

「三線バンジョー」を中心に、

パーカッション、ベース、キーボードのほか、

いろんな和楽器や民族楽器、

そして女性二人のツインボーカル。

 

琉球音階などアジア民謡、レゲエなどのエッセンスを

取り入れたお祭りビートの「レット・イット・ビー」は、

原曲をリスペクトしながら、見事なアレンジに成功。

もし凹んでいたら人にぜひ聴いてほしい、

涙が出るほど元気になる音楽だ。

 

1年前に紹介した金沢明子の「イエローサブマリン音頭」

(大滝詠一:編曲、松本隆:訳詞)もそうだが、

思いがけないことにビートルズナンバーって、

日本のお祭りとめっちゃ相性がいいのだ。

もしかしたら探せば、他にもあるかも。

カバーするならぜひ挑戦してみてください。

 

 

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逝く夏を惜しまない

 

川沿いの散歩道は木陰が多く、

猛暑日でも午前中や夕方近くは耐えられるレベルの暑さ。

体感的には、日向のアスファルトの路上に比べて

4~5度くらい違うのではないかと思える。

 

時おり吹き抜ける風は、

葉間や川面で冷やされ、思いのほか涼しく、

この先の少し高台になっている藤棚の下は

オアシスのように涼しく、

夕方はお散歩中のワンちゃんたちの憩いの場になっている。

 

セミの合唱がものすごいが、

ここ数日、ミンミンゼミやアブラゼミの声に混じって

ツクツクホウシの声が混じるようになってきた。

 

ツクツクホウシの声は日に日に響きをまし、

ふと地面に目をやると、

アブラゼミの死骸がコロコロ転がっている。

 

まだ秋の足音とまではいわないが、

夏は確実に後半戦に入っている。

 

子どもから手が離れた頃から、

逝く夏を惜しむということがなくなった。

コロナと猛暑。

むしろ早く終わってほしいと思うのだが、

それも何だか季節感をぞんざいにしているみたいで

ちょっと寂しくて、

夏の終わりを愛おしく思えた時代よ、

帰って来いと唱えている。

 

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母の人生本について

 

 

父の人生の話は書いて本(原稿だけ)にしたが、

母からはついぞ話が聞けなかった。

父が亡くなってから10年あまり、

帰省するたびに何度かトライしてみたのだが、

自分のことはほとんど語ろうとはしなった。

 

中学生か高校生の頃だったと思うが、

小津安二郎の映画の世界みたいな

写真を家で見たことである。

 

白黒なのではっきりとはわからないが、

どうやら菜の花畑みたいなところで

若い女が立っている。

 

それが母の若い頃――おそらく20歳そこそこ

――であることに気付くのにしばし時間がかかった。

けっして美人ではないが、そこそこきれいだなと思って、

しばらく目が釘付けになった。

なぜか、そこにはそよそよと風が吹いていると感じた。

 

もうずいぶん昔のことなのに、

わりと鮮烈に脳に映像とその風の感触が刻まれている。

あの写真、まだ実家にあるのだろうか?

 

16歳で終戦を迎えた母が父と結婚したのは

30歳の時である。

当時としてはかなり晩婚だったはずだ。

 

双子の姉がいたのだが、

そちらは20歳前に嫁に行っていた。

下の妹も先に嫁に行っていたので、

内心穏やかでなかったかも知れないが、

結婚については

「そろそろしようかなと思って、したんだよ。

相手がお父さんで良かった」

と軽くかわされた。

 

家事手伝いだったわけでもないようなので、

終戦から14年間、何か仕事をしていたんだと思うが、

さっぱり不明である。

 

インタビューしていろんな人の本を書く機会があるが、

男性は割とあけっぴろげに何でもはしてくれるのに対して、

女性はプライベートなことに関してはガードが堅い。

以前は自分の聞き方が拙いのだろうと思っていたが、

そうではなさそうだ。

だから、これ以上つっこむのは無理だなと思ったら、

できるだけ寸止めすることにしている。

 

「お互い裸の付き合いで」

というのは男同士の話であって、

やはり相手が異性だと裸を見せるわけにはいかない。

 

たとえ家族でも事情は同じで、

娘なら語ってくれたかもしれないが、

息子では駄目だった。

残念だが母の若い時代は謎のままで終ってしまった。

でも女は男にとってミステリアスな部分を

残しておいたほうがいい、とも思う。

 

そんなわけで亡くなった母の話はわかるところを書いて、

以前書いた父の話と合わせて

両親の人生本を作ろうと思っている。

 

 

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第4世:この生きづらい世界を生きる!エッセイ集

明日8月17日(水)16:00~20日(土)15:59

 

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戦後77年の認知症予防策

 

両親が昭和ひとケタ生まれなので、

終戦記念日になると、

父と母がどのように終戦を迎えたのだろうかと

頭の中でトレースする。

 

二人とも16歳で名古屋で終戦を迎えた。

名古屋も空襲を受け、

父が働いていた軍需工場も爆撃された。

危ない目に遇い、亡くなった仲間もいたようだが、

父自身は幸運にもケガ一つしなかった。

それもあって母はよく父のことを

「運の良い人」と言っていた。

 

これから本格的に社会に出る前、

16歳で終戦になったことは、

軍国主義、戦前の価値観でがんじがらめにされずに済んだ、

自由に戦後を生きることができた、という点で、

ある意味、幸運だったのではないかと思う。

 

僕が子どもの頃は、二人とも自分たちの戦争体験や

食糧難体験をよく話して聞かせていた。

それは実際は悲惨なことではあったのだろうが、

豊かな暮らしを手に入れた安心からか、

なにか懐かしい、

牧歌的な昔ばなしのように僕には聞こえた。

 

けれども、まだそれはすぐ近くにあるものだった。

僕たちは軍歌を知っていたし、戦記マンガも読んでいた。

街には傷痍軍人もいて物乞いをしていた。

考えてみれば、そうした両親の話を聞いていたのは、

戦後20年から30年ちょっとの頃である。

 

人間、齢を取れば認知症にもなる。

戦後77年。国だって国民だって認知症になりがちだ。

かつて平和ボケと言われた日本は、

戦後ボケにもなってきたように見える。

戦争反対、平和祈願の理念も、

中身の伴わない空虚なお題目になっているように

感じるときがある。

 

今年、母が亡くなって、

僕の中でも戦後のリアリティが1枚ぺろっとは剥がれ落ち、

軽度認知症になった感じがする。

認知症の進行を食い止め、

戦後文化の記憶を保つには、

人間の本質、生きる本質を見ようと努め、

想像力を駆使するよう努める必要があると思う。

 

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第3世:お盆に効く!子どもと動物と昭和のエッセイ集

本日8月13日(土)16:00~16日(火)15:59

 

★子ども時間の深呼吸 https://amazon.com/dp/B0881V8QW2

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心の中の子ども時間が自分を自分らしくする。

 

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人間のことは動物に訊け。

動物から人間の正体が見えてくる。

 

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ご購読後はぜひレビュー投稿をお願いします。

 


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昭和97年、戦後77年の夏休み

 

おりべまことエッセイ集

無料キャンペーン 8月16日(火)15:59まで実施中

 

★昭和96年の思い出ピクニック

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戦争も平和も、マンガもアイドルも、芸術も金儲けも。

昭和には今も心を傾けられるもののすべてがあった。

もくじ

・西城秀樹さんのお葬式:青春の同窓会

・ちびまる子ちゃんとサザエさんはいつまで続くのか?

・昭和オカルト大百科

・新聞少年絶滅?物語

 

・死者との対話:父の昭和物語 ほか

 

 

同じく無料キャンペーン中!

 

★子ども時間の深呼吸 

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心の中の子ども時間が自分を自分らしくする。

 

もくじ

 ・大人のなかの子ども、子どもの中のおとな

・ちびちびリンゴとでかでかスイカ  

・天才クラゲ切り:海を駆けるクラゲ 

・子ども時間の深呼吸 

・親子の絆をはぐくむ立ちション教育

 

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人間のことは動物に訊け。動物から人間の正体が見える。

 

もくじ

・なぜ日本ではカエルはかわいいキャラなのか?

・ウーパールーパーな女子・男子

・ヌード犬・ファッション犬

・いやしの肉球

・金魚の集中力は人間以上 ほか

 

ぜひ読後のレビューをお願いします。

 


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お盆に効く!子どもと動物と昭和のエッセイ集

 

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第3世:お盆に効く!子どもと動物と昭和のエッセイ集

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週末の懐メロ95:オー・マイ・マイ/リンゴ・スター

 

1973年リリース。

この曲が収録されたアルバム「リンゴ」は、

ビートルズ解散後、

リンゴ・スターの初めてのオリジナル曲集。

他のメンバー3人も曲を提供したり、

録音に加わっていることから、

発表当時、

ビートルズ再結成説がまことしやかに飛びかった。

 

僕は高校時代に友だちから、

このレコードを100円だか200円で買った記憶がある。

その頃は緊張感の強い曲が好きだったので、

どうもこういうリラックスムードが気にいらなかった。

ビートルズ時代の曲もそうで、

「黄色い潜水艦」とか「タコさんのお庭」とか、

リンゴの歌う曲はマヌケな歌・お笑いか?

と思わせるような歌ばかりで、

ビートルズのカッコよさを損ねていると思っていた。

 

ドラムも後から出てきたハードロック、

プログレッシブロックなどの

ドラマーと比べて地味で、全然カッコよくない。

 

1960年代から70年代のロックドラマーは

ジャズドラマーに習って、思いっきり腕前を見せつける、

派手で長尺のドラムソロを披露するのが一流の証だった。

 

しかし、一度もそんなことはやったことがなく、

それもまたリンゴ・スターは二流、三流で、

たまたま他の3人がすごかったから一緒に売れただけだと、

さんざんディスられていた。

 

けど、いくらすごいドラマーでも、

ドラムソロが5分も10分も続いた日にゃ、

よほどのマニアでなければ飽き飽きしてしまう。

ライブでならまだいいが、レコードでは退屈でしかたなく、

たいていその部分は飛ばして聴いていた。

 

そうしたリスナーの心理を知っていたのか、

リンゴ・スターは、

「誰もレコードでドラムソロなんて聴きたくないから」

と言って、目立とうとはしなかった。

 

そんなビートルズ時代の彼の姿勢は、

今ではほとんどの評論家に支持されており、

「ビートルズのハートビート」

「ドラムで曲に表情を付けられる天才ドラマー」として

リスペクトされている。

 

リードヴォーカルを取ることも、

作曲をすることも少なかったが、

アルバム1枚に1曲、彼の歌声が聴こえてくると

なんだかホッとする面があった。

 

キャラクターもユニークで、他の3人に比べて、

なにか次元の違う場所にいるような奇妙な味がある。

たとえドラムがリンゴ・スターでなくても、

レノン=マッカートニーの天才ぶりを考えれば、

やはりビートルズは偉大なバンドになっていたとは思う。

 

ただ、ロックミュージックの変革者たる彼らが、

ここまで世界中で多くの人々に愛され、

「ビートルズ」という、後の世代まで親しまれる、

ひとつのカルチャーになり得たかというと、

疑問符が浮ぶ。

単なるドラマーの域を超えたリンゴ・スターの存在感。

本当に不思議な存在感。

 

ビートルズの4人を四季に例えてみると、

ジョージ・ハリスンは秋、

ジョン・レノンは冬、

ポール・マッカートニーは春、

そして、やはり「イエローサブマリン」や

「オクトパス・ガーデン」のイメージからか、

リンゴ・スターは夏。

 

ハッピーでノー天気な「オー・マイ・マイ」は

彼のソロ曲の中でも、僕としてはベストナンバー。

この齢になって知るリンゴ・スターの素晴らしき世界。

 

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朗読劇・泉ピン子の「すぐ死ぬんだから」

 

以前、月刊仏事に告知記事を載せた、

泉ピン子の「すぐ死ぬんだから」というお芝居に

ご招待いただいたので観に行った。

劇場は東池袋の「あうるすぽっと」。

 

最後はいつだったか思い出せないほど、

観劇はかなり久しぶりだが、めっちゃ面白かった。

 

夫とともに町の商店を切り盛りしながら、

夫婦仲よく平凡に生きてきた

78歳の高齢女性を主人公としたストーリー。

 

テレビドラマの脚本家としておなじみ、

内館牧子が書いた小説を舞台用に構成した朗読劇で、

出演は泉ピン子と村田雄浩。

 

泉が、主人公のハナ役をメインに、

村田がその夫と息子をメインにしながら、

全登場人物、そして小説の地の文に当たる部分を

ト書きやナレーション風にして、すべて演じる。

 

その切り替えとバランスが抜群で、

縦横無尽に感情をさらけ出して暴れる泉ピン子を

村田雄浩が見事にフォローする。

だからとても安心して感情移入でき、笑って泣けるのだ。

 

泉ピン子が本に惚れて舞台化を企画したそうだが、

現代の高齢女性の心をドラマ化した

内館牧子の原作が素晴らしい。

 

タイトルの「すぐ死ぬんだから」は

劇中、随所にキーワードのように出てくる。

場面によって諦観の表現や、

笑いを誘うためのセリフとして

使われているところもあるが、

全体を通してみると、

人生の終章近くを生きる女性を叱咤し励ます

エールのような意味合いを帯びている。

 

そしてそれが最後には高齢女性に限らず、

すべての世代の男女に向けた

人生の応援歌として響いてくる。

 

観客も高齢者が大半かと思っていたら、

けっこう若い人も多く、バラエティに富んでいた。

 

休憩20分を入れて2時間余り。

終了後、作品の余韻を残したまま、

ピン子さんと村田さんがカーテンコールで

10分ほどのトークをしたが、それもまた楽しくて、

みんなとても良い気分で劇場を後にした。

まさしく名優にして名エンターテイナー。

 

東京での公演の後、年内は全国ツアーに出る。

機会があれば、ぜひ観ると面白いですよ。

  

第2世:長編小説特集「読むホリデー」

8月9日(火)16:00~12日(金)15:59

 

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平和祈願・核廃絶祈願のエネルギーと新たな戦争の脅威

 

ヒロシマ・ナガサキ。 

今年もいくつか原爆関連のニュースを見た。

たいへん失礼な言い方になるかもしれないが、

ここ数年、特にコロナ禍が始まった一昨年以降、

かなりトーンダウンしてきたような印象がある。

 

昭和の頃の原爆記念日はとても熱いものがあった。

テレビで平和式のニュースの一端を見て、

みんなで平和を祈り、核廃絶を唱えていれば、

それがやがて世界中に広がるだろう。

いつか僕らがおとなになり、

50歳・60歳を超える頃は

核兵器が一掃され、

世界平和が実現するのではないか。

たしかにそう思えた。

 

けれども現実はそんなに甘くなかった。

考えてみれば、当たり前のことだけど。

 

平成になり、令和になり、

昭和の頃に感じた

平和祈願・核廃絶祈願のエネルギーは、

徐々に減衰した。

 

みんな、ただ祈願しても無力だ、

ということがわかってしまった。

言葉に出しては言わないけど、心の中で諦める。

おとなになったのだ。

これもまた、考えてみれば、

当たり前のことだけど。

 

体験を持つ人も高齢化している。

気力・体力も衰える。

亡くなる人も増えている。

そして改めて思うのが、

(これもまた怒られるかもしれないけど)

被爆者であることを

自分のアイデンティティの一部にして

生きていかなくてはならないのは、

ひどく辛いことなのではないかと思う。

 

被爆者の人たちは、いやがおうでも

「世界平和」や「核廃絶」というスローガンを

背負って歩かなければならない。

それもやっぱり辛いことだと思う。

何と言っても体験してしまったいるのだから、

被害者なのだから、

僕たちのように飽きたら投げ出す、

というわけにはいかないのだ。

 

加えて今年はロシアのウクライナ侵攻を

見てしまった。

平和祈願・核廃絶祈願がぶっとぶほどの

インパクトだ。

それに乗じて中国も不穏な動きを見せている。

やっぱりロシアや中国が

「話せばわかる」国だとは信じがたい。

 

いくら日本が世界平和・核廃絶を叫んでも、

あいつらが「行動」してしまったら、

もうそんなことは言っていられなくなる。

 

それでも日本は反戦・反核を

唱え続けるべきだと思う。

でもその一方で万一の時のために

備えておく必要もある。

 

日本も核を保有して抑止力にするべき――

そう考える人が出て来るのもしかたがないだろう。

日本が核兵器を保有することは

99パーセントないとは思うが、

ロシアなり中国なりから侵略の脅威に

晒されたら・・・と考えると、

今までのように落ち着いてはいられない。

 

政治家の皆さんは

アホなことをやっているように見えるが、

それでも国防はちゃんと考えていて、

トップシークレットの奥の手は

持っているのではないだろうか。

国民も何もせず黙っていても

今の平和、今の幸福が、

未来永劫続くんだとは思わず、

もしまた戦争になりそうになったら、

巻き込まれそうになったら・・・ということは

想定しておくべきではないかと思う。

 

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安倍元総理には死後も働いてもらう  国民に奉仕してもらう

 

「安倍元総理、日本にはまだあなたの力が必要です。

あちらへ行かれても、今しばらく日本国民のために

お力をお貸しください!」

 

安倍元総理の巨大な遺影に向かって

岸田総理が力の限り叫ぶ。

秋に予定されている国葬の1シーンを

ちょっと先取りしてみた。

 

セリフは僕が勝手に書いている。

どうせやるなら、注目する国内外の人々の心に響く

国葬にしてほしい。

ちゃんとした脚本家や演出家は用意されるのだろうか?

 

今朝見たネットニュースで

安倍元総理の国葬 「反対」45%で「賛成」42%を上回る

とあった。

JNN(ジャパンニューズネットワーク)の

世論調査に基づく数字だ。

 

これは何とかしないといかんということで

お盆あけあたりから自民党が

国葬キャンペーンを始めるかもしれない。

これは冗談ではなく、ちゃんとやった方がいいと思う。

 

「私たちが国葬をやりますと言ったら、

国民はみんな大人しく黙ってついてくるよ」

という岸田総理以下、

自民党の政治家たちのおごった心の声は聞こえないか?

 

なんといってもハンパない国費を使うのだから、

国葬をやるのはこんな理由・メリットがあることを

説明すべきだし、国民側も求めるべきだ。

 

僕は国葬をやるのは悪くないと思っている。

 

会社のトップが亡くなった場合、

社員・関係者・取引先などを集めて

社葬を行うのはビジネス上、多くのメリットがある。

 

その場で新代表のお披露目ができる。

今どきはネットやメディアなどを使って

いくらでもお知らせはできるが、

やはり直接、生の顔・生の声に触れられるのは違う。

 

取引先もとりあえずは安心して関係を継続できるし、

対面で新トップ・幹部が情報交換し、

今後の計画を話し合うきっかけづくりもできる。

そんな将来的な無形の利益を考えると、

社葬にはコストを掛けるだけの価値はあるのだ。

 

国葬もそれと同じである。

国葬という大義名分があれば、

外交のまたとないチャンスになる。

 

外国の要人を大勢呼んで直接言葉を交わせるし、

その場で国際問題について話し合うことはないにしても、

各国との関係を調整し、今後の日本国のビジョンを示すには

絶好の機会になるのではないかと思う。

 

安倍元総理が「民主主義を体現」した人だとは思わないし、

いろいろ問題をうやむやにしたままだったことも

気持ち悪いが、

彼が人当たりがよく、社交性に富んでおり、

国内外のいろいろなところに顔が利くという、

政治家として最も必要な資質を持っていたことは確か。

そうしたところは評価して、

死後もまだ働いてもらえるのではないかと思っている。

 

だから岸田総理と自民党は

安倍元総理の能力と功績、

日本と国際社会においてこんな貢献をしたのだ~

ということをきちんと説明し、

国葬をやるメリットについて、

これは日本の未来へ向けた投資なんですと、

国民に堂々とプレゼンすればいいのだ。

 

安倍元総理にはまだ利用価値がある。

安倍元総理には死んだ後も働いてもらう。

あちらの国に行っても、

われら日本国の利益のために、国民にご奉仕いだだく。

ぶっちゃけそう言っていいのではないか。

 

べつに失礼ではない。

むしろ政治家であれば名誉なことではないか。

 

惨劇による死だったので、衝撃度が強く、

感情論が先に立つのもわかる。

しかし、家族でもなく友人でもない大多数の国民は、

感情や、人間的にどーのこーのなんて、

妙ちきりんなモラルでものを言っても仕方がない。

 

国葬をやる・やらないは、

感情論でなく、国としての勘定論で考えた方が良い。

もちろん、本当に良い投資になるのかどうかは

後になってみないとわからないけど。

 

 

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週末の懐メロ94:おしゃべり魔女/トムトム・クラブ

 

1981年リリース。

ヒップホップやレゲエのソースを

だぼだぼにぶっかけたアフロビート。

ポップスとのこんなにこってり濃厚な

ミックスアップを聴いたのは

初めてだったので、ガチぶっ飛んだ。

 

いま聴いても、もちろんサイコーにユニーク、

サイコーにとんがったダンス・ポップで、

楽しさ106106パーセント。

 

彼女らのオリジナル曲だが、

元ネタはモロッコの子どもたちが遊ぶときの

わらべ歌だったという話もある。

そう言われると、なんとなく納得。

 

トムトムクラブは当初、

80年代ニューウェーブの最先鋒だった

トーキング・ヘッズのメンバー、

ティナ・ウェイマス(ベース)と

クリス・フランツ(ドラム)の夫婦による

プロジェクトバンドだった。

 

バンド名は、トーキング・ヘッズが

レコーディングで使っていたバハマのスタジオに隣接する

ミキシング施設から来ているという。

 

このデビュー・シングル

「おしゃべり魔女(Wordy Rappinghood)」と

セカンド・シングル

「悪魔のラヴ・ソング(Genius of Love)」は

どちらもビルボードのホットダンスプレイチャートの1位を記録。

 

真夏のクソ暑い一日の終わり、

頭からっぽにして、

おしゃべり魔女のリズムに身をまかせよう。

 

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読むジュエリー展:絵本になった遺骨ジュエリーの世界

 

今日は月刊仏事の取材で、

二子玉川 蔦屋家電に「読むジュエリー展」の

発表会・内覧会に行く。

 

近年、手元供養品として、ミニサイズの骨壺や

遺骨や遺灰の一部をリングやペンダントなどに仕込む

「遺骨ジュエリー」の需要が高まっている。

 

そうした遺骨ジュエリーの世界を

「メモリアルアートの大野屋」が絵本で表現した。

 

広報室のスタッフが

このジュエリーを購入した人たちのコメントを集め、

それをもとに企画を立案。

 

絵はプロのイラストレーター、

文は著名な作家(本名はシークレットだそうで、

ここでは専用のペンネームを使用)が作成。

発表会ではナレーターが、

この「かけら」という物語を朗読した。

 

蔦屋家電の2階の1コーナーを使った

小さなアート展だが、とても素晴らしい。

入場無料で、8月17日(水)までやっているので、

二子玉界隈に出向くことがあったら

ぜひ覗いてみるといいと思います。

 

何よりも遺骨ジュエリー・手元供養の世界、

その奥にある物語を、

寓話性に富んだ絵本というアナログな手段を使って

表現するセンスにたいへん感心した。

 

このアート展を通して、

遺骨ジュエリーのことが

より多くの人に広まってほしいと素直に思う。

特に若くして伴侶を失くしたり、

子どもを失くしたりした人のために。

 

特設サイト 

https://story.souljewelry.jp/

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カメとの遭遇

 

いつもの散歩で今日はカメに遭遇。

川沿いのから家に戻る道は、ちょっとした坂になっている。

上り出すと、向こうから変な歩き方をするイヌが

坂を下りて来るのが見える。

どこか体が悪いんだろうかと思ったが、

よく見たらカメだった。

 

甲羅の長さが40センチくらいあるやつなので、

遠目では体の丸っこい小型犬に見えたのである。

こんなところをノシノシ歩いているカメは、

もちろんノラガメではない。

どうやらその後についてきた親子(母と娘)が

飼い主らしい。

 

聞いてみたら、親戚のペットのヒョウモンリクガメを

1週間預かってるのだという。

僕に話しかけられ、足を止められた臨時飼い主を尻目に、

カメは自分のペースでノシノシ、

ひたすらまっすぐ川に向かって歩いていく。

 

カメをトロいとかノロマだとか、バカにしてはいけない。

4本の逞しい足を交互に繰り出して、

ぐんぐん前に進んでいく歩みは実に力強く、

年寄りで足腰の弱ったイヌなどよりもよほど速い。

顔つきも精悍そのもの。

これならのんびり昼寝していたウサギも負かせる。

 

あっという間に10メートル以上進んでしまったので、

娘(小4くらい)がささっと捕まえにいった。

少女とカメのコンビは、

なんとなくミヒャエル・エンデのファンタジー小説

「モモ」に出てくるモモとカシオペアを思い出させる。

ひたすら進んでいくカメは、川まで辿り着いたら

娘を連れてタイムトラベルするかもしれない。

 

臨時飼い主のお母さんの話によると、

なかなか骨があるというか、肝の坐ったカメで、

イヌなどと逢っても泰然としているという。

逆にイヌの方がビビッて尻尾を巻いてしまうらしい。

 

その行く先に何が待っているのか面白そうなので、

ぜひ一緒にフォローしたかったのだが、

義母がいっしょだったし、

パラパラ雨が降り始めていたので帰らなくてならず断念。

また、あのカメに遇えるだろうか?

 

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暑くても世の中は回る

 

「適切に冷房を使い、命を守りましょう」

というアナウンスが今日も聞こえてきた。

本当に暑いので、

そのアナウンスが間違っているとは言わない。

けれども、6月に亡くなった母には

「そんなに暑い、暑いと言ってはいかん」と、

子どもの頃、よく怒られた。

 

理由は父が真夏のクソ暑いときでも外で働いていたからだ。

仕事だから休むわけにはいかない。

「お父さんがこの暑い中、家族のために働いているのに、

おまえはなんだ」というわけである。

 

そう言われるとグウの音も出なくて、

黙ってひたすら扇風機の風に当たっていた。

そして、扇風機に向かって

「ワレワレハウチュウジンダ」と言って遊んでた。

 

父は瓦のふせ替えの仕事をしていたので屋根に上る。

屋根の上は遮るもののない光の世界——

360度の直射日光ワールド。

 

太陽がまともにジリジリ照り付け、

とてつもない暑さであることを

学生時代に手伝って実感した。

 

特に反抗的だったわけでもないが、

以来、(口に出しては言わなかったが)

父を尊敬するようになった。

自分をたしなめた母のことも。

「尊敬」とか「感謝」はオーバーだけど、

両親のそういうところはとてもいいなと

今でも思っている。

 

昭和の、まだ一般家庭にエアコンなど普及していない、

日本がうすら貧乏だった時代の、

今ならうっとうしい根性論・精神論である。

 

じつは僕も人からそういう根性論・精神論を

説かれるのは大嫌いなのだが、

その一方で両親からの教え

(という大げさなものではないけど)が身に沁みている。

 

だから炎天下、外で働いている人たちを見ると、

いつも頭が下がる思いがする。

涼しい部屋でパソコンやっている自分に

かすかな罪悪感さえ覚えたりする。

 

そして、当たり前のことだけど、

猛暑だろうが酷暑だろうが、

こうして汗水たらして働いている人たちがいるからこそ

日本の社会は、経済は回っている。

誰が何と言おうと、それだけは忘れてはいけない。

 

熱中症で倒れたりしませんように、

今日も無事仕事を終えて、

冷たいビールでプハーッとできますように。

と心の中で手を合わせる。

 

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どうぞお楽しみに!

 


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さらばノラネコきょうだい

 

「あの子たち、保護猫ということになって

先週、埼玉の川越の里親さんのところに行っちゃったのよ」

暑さがやっとやわらいだ夕方、

義母を連れて、いつもの川沿いの道を散歩していたら、

ネコ使いのおばさんがそう言って声をかけてきた。

 

あの子たちというのは、このあたりのネコ林や

ベンチのあるネコ庭にゴロゴロしていた

クロネコと白黒ブチのことである。

ぼくたちはクロとか、ブチとか呼んでいたが、

ネコ使いのおばさんは「松ちゃん」「竹ちゃん」と

名まえをつけていた。

二匹はきょうだいである。

 

とてもフレンドリーで、

この近くに引っ越してみてから

僕もずいぶん写真を撮らせてもらった。

野良猫として川のほとりに

骨をうずめるのかと思っていたら、

詳しい経緯はわからないが、意外な展開が待っていた。

 

そう言えば最近見かけていなかったが、

暑いのでどっかに引っ込んでいて

夜、行動しているのかと思っていた。

 

二匹ともノラとは思えないくらい、人懐っこく、

散歩の人たちに可愛がられていたので、

そうしたキャラが幸いしたのか、

すっかりおとなになっていても

引き取ってくれる里親が現れ、

めだたしめでたしというところか。

 

よくごはんをやっていた

ネコ使いのおばさんは仲介役だったのか、

川越からいろいろ情報が入ってくるようで、

わざわざスマホを開いて僕と義母に、

二匹の現在の暮らしぶりの写真や動画などを見せてくれた。

ちょっと寂しがっているのかもしれない。

 

それにしてもクロ(松ちゃん)のほうは

よくネコ林のあたりで小鳥を狙ったり、

川岸に降りて行ってカルガモの親子を狙ったりしていたが

そんなワイルドなご趣味も卒業ということなのだろうか。

新しい暮らしになって、野生の血は疼かないのだろうかと

少々気にはなるが、住めば都という言葉もある。

かなり環境に対する順応性が高いようなので、

川越で幸福にくらしてほしいと思う。

 

 

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ロック/ポップミュージックからいただいた一生モノの妄想力

 

一昨年秋からブログで毎週連載している

「週末の懐メロ」がそろそろ100回になる。

最初は手抜きコンテンツーーYouTubeのリンクを貼って

適当なことを200字程度書いとけばOKや――として始め、

年内いっぱいぐらい続けるかと思っていたが、

どんどん感情移入が進み、

個人的思い出を交えて好き勝手に書いている。

 

ネットでは音楽関係の業界とおぼしき人や、

僕より100倍詳しいロックおやじがいっぱいいて、

そうした人たちの知識に比べれば微々たるものだが、

自分の音楽体験は唯一無二のもの。

物書きになったのも、中学生から高校生にかけて、

音楽雑誌やレコードのライナーノーツをむさぼり読んだ

読書経験に由来する。

 

僕が音楽にどっぷりハマっていたのは、

70年代後半から80年代前半の10年程度だが、

良い時代にロック/ポップミュージックに夢中になれ、

そして今またその頃の曲をYouTubeで

好きな時に好きなだけ聴けたり、

当時は存在すら知らなかったライブやプロモ映像、

テレビパフォーマンスなどを見られて幸せに思う。

おかげで一生モノの妄想力をいただいた。

 

というわけで、「週末の懐メロ」はもう少し、

ネタがなくなるまで続けるつもりだが、

そろそろ2,3巻に分けてまとめてKindleで出版する予定。

ただ、KindleはYouTubeのリンクは載せられないので、

かなりリライトする必要がありそうだ。

それもまた楽し。

 

 

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週末の懐メロ93:スイム/パパズ・カルチャー

 

ラジオからイルカの声が聴こえてくると、

「お、今日も始まった」という感じで、

トロピカルなサウンドが流れてきた。

 

1993年の夏のことなので、

ちょうどカミさんと一緒に暮らし始めた頃だっただろうか。

J-WAVEの朝の番組で、

ほぼ毎日のようにこの曲が流れていた。

ジョン・カビラがいつも

「暑い日はゆったり過ごしましょう」とか

「泳ぎに行きたいですね」とか言っていたのを思い出す。

歌詞の中にもあるように、

本当に今すぐジャボンと海に飛び込んで

泳ぎたくなる歌だ。

 

パパズ・カルチャーは、

ベーシストでコンポーザーのハーレー・ホワイトと、

ギタリスト兼ボーカリストのブレイク・ディビスの

2人による音楽デュオ。

アルバム1枚で解散してしまったようだが、

シングルカットされたこの曲はあの夏、

世界中で大ヒットした。

 

まったり、うねうね、それでいてファンキーな

独特のノリが酷暑にぴったり。

オーシャンビューをイメージしながら

楽しく、リラックスして夏を乗り切ってください。

 

 

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コロナはいつ「ただの風邪」になるのか?

 

「今年の夏は行けるでぇ~!

3年ぶりに大爆発~」

と、1か月前は誰もが思っていた。

 

むしろ猛暑による熱中症のほうが

よっぽどコロナより脅威に思われていたが、

あっさり形勢大逆転。

 

「コロナなんか終わってるのに、クソ暑い中、

いまだマスクしてるアホ真面目民族」

などと揶揄されていた日本国民が一転、

きょうは「日本の感染者増加率、世界一!」と

センセーショナルに報道されてしまって、

あのアホ真面目振りは何だったの?と、

むなしさを感じている人も少なくないようだ。

 

欧米なんかはもはやコロナは風邪扱いで、

感染者のカウントすらしてないのだから、

そんな比較に何の意味もないのだが、

人と比べ合って一喜一憂する国民性は

いかんともしがたいようだ。

 

日本でも欧米同様、「ウィズ・コロナ」を目指し、

社会活動・経済活動を優先して、

コロナをインフルエンザなどと同じ5類扱いにしろ、

という声が前々から出ている。

 

しかし当然、法律上で分類を書き替えれば

OKというわけでなく、

いろいろそのための準備・手続き・体制づくりが

必要なのだが、落ち着いている間も、

岸田内閣は放置・無視・無策状態で、

何もやってなかった。

 

ロシアのウクライナ侵攻、物価の高騰と円安、

さらに参院選に安倍元首相の銃撃事件と、

いろいろあったから忙しかったんですよ~。

――というのは何の言い訳にもならない。

 

医療崩壊が起こり、社会インフラに支障が出る

今の状況で「じゃあ明日から5類にします」なんて

言えるわけもないので、

なんとか対策を打ってもらいたいが、

この夏、いったいどうするのか?

 

社会・経済のために行動制限しないのはいいが、

報道されている通り、医療体制がやばいのなら、

どこかに出かけるのに躊躇する人が増えるのも

しかたがない。

 

交通事故や水難事故などに遭ってケガしたり、

熱中症にやられたりしても、ヘタすると医療に

お世話になれない可能性は高い。

 

イベントの中止も相次いでいる。

杉並名物の阿佐ヶ谷七夕祭りも、

高円寺阿波踊りも結局3年連続中止。

(阿波踊りは昨年同様、8月27 日・28 日に

「座・高円寺」で屋内舞台公演を実施)

ちなみに写真は2019年のものです。

 

伝統的なイベントも3年連続でやらないと、

復活させようにも運営体制をもとに戻すのが大変だ。

そのまま消え失せてしまう行事も出てくるだろう。

 

個人的にはリアルな旅行とかイベント参加など、

どこか出かけるのは波が去った後に、

と無責任に考えているが、

主催者側はそうもいかないだろう。

 

お盆が過ぎる頃には落ち着いてほしいが、

「コロナはただの風邪だよ、心配しなくても平気だよ」

と言い切れるのは、いつの日になるのか?

 


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しのぶば:オンライン「偲ぶ会」「お別れ会」のプロデュース

 

先週取材した「しのぶば」の記事原稿を書いている。

オンラインの「偲ぶ会・お別れ会」を

プロデュースする事業で、

博報堂の社内ベンチャー企業として1年前にスタートした。

 

葬式を行うのは、原則、血のつながりのある

遺族しか許されないが、

「偲ぶ会」「お別れ会」は友人や仲間でもできる。

 

最近はコロナの影響もあり、

家族葬が主流となっているため、

いつの間にか彼(彼女)は死んでいた、

と後から家族に知らされることも少なくない。

 

遺族は見送り、弔う責任がある。

葬式で外部の者に気を遣うのは大変な負担だ。

しかたがなかったのだ。

おれはちょっと一時期だけ、

あいつと仲良くしていただけなのだから。

 

と、なんとなく納得する。

 

でも、おれとあいつの関係ってなんだったのか?

おれはあいつの人生の中でどんな意味を持っていたのか?

あいつはおれの中でどんな存在だったのか?

 

釈然としない思いを抱いたまま時は過ぎていき、

結局、大事だと思っていたことはうやむやになってしまう。

それが自分の人生にとって

小さくない損失であることにも気が付かない。

 

「しのぶば」は、そんな時にオンラインを利用して、

みんなを集めてお別れ会をやってみたら・・・

というニーズを狙って誕生したサービスだ。

 

じつはそれだけでなく、この事業には

社会的にもっと深い意味合いがあり、

日本人の供養の在り方を変えるほどの

ポテンシャルがあるのではと非常に興味を抱いている。

 

ただ、未だ記事にしてないし、長くなるので

今日はそこは伏せておく。

 

今年になってからぐんと実績が伸び、

アクセス数も上がっているという。

もし、上記のような思いを抱いている人がいて、

関心があればちょっと覗いてみるといいだろう。

 

料金もホテルなどで開く従来のお別れ会などと違って、

とてもリーズナブルなので、

気軽に企画し、相談もできると思う。

関連コンテンツの作成など、クリエイティブな部分は、

「さすが博報堂」と言えるクオリティである。

 


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コロナ第七波で49日延期

 

先月亡くなった母の49日法要の予定が月末にあったが、

実家にいる義弟が本日、コロナ陽性と判定。

妹も姪も濃厚接触者になってしまった。

 

妹が「どうしよう?」と相談してきたので、

即座に延期を決定。

いちおう宗教的には、

49日は49日前にやらなくてはならないという

きまりになっているようだが、

「べつに構わん。家族が不安な状況で無理やりやっても

おふくろは成仏しない。

どうせうちは信心深くないからOKだ」

と言い切り、3週間延ばした。

 

そもそも月末にやるのは早すぎるのだが、

それも「お盆は忙しいので」という

坊さんの都合で決めたこと。

現代社会では宗教のきまりごとよりも

世俗のスケジュールが優先される。

だからこっちから主張したっていいのだ。

 

正直、感染が広がっているのに

名古屋まで移動するのは大丈夫か?

でも遊びじゃないし、動かせないからしゃーないか・・

と思っていたところ。

 

もう緊急事態宣言やら行動制限は出なさそうだが、

この第七波がうねっている間は、

自分で自分の生活をコントロールして

コロナに対処したほうがよさそうだ。

感染拡大中は、

不要不急の用事・遊び・集まりなどはやめとく。

波が収まったタイミングで行けばいい。

長い人生、そんなに急いでどこへ行く?

でも今月いっぱいくらいでピークアウトすることを願う。

 


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週末の懐メロ92:ジェニーはご機嫌ななめ/ジューシィ・フルーツ

 

♪きみとイチャイチャしてるところを見られちゃったわ

それをペチャクチャ言いふらされて わたしピンチ

 

という、ある意味、衝撃的な歌詞をロリ声で歌う

テクノポップというか、歌謡ロックが

1980年にヒットした。

当時、売れっ子だった近田春夫のバックバンドから独立した

ジューシィ・フルーツ。

「ジェニーはご機嫌ななめ」はそのデビュー曲・代表曲で、

近年、パフュームをはじめ、

いろんなミュージシャンにカバーされている。

 

プロデューサーは当の近田春夫で、

テクノポップ×アイドル歌謡の路線を狙って売り出したのが

見事に当たった。

 

当時の大人から「幼児化現象」などと揶揄された

ヴォーカル・イリアのロリ系ファルセット

(わざと地声より高い声で歌う唱法)と

明るく軽くチープなサウンドが、すごく新鮮で面白かった。

 

いま改めて聴いてみると、

チープさ・オモチャっぽさを際立たせるために、

すごくしっかりした演奏力を持っていたのがわかる。

特に間奏は、実力あるロックバンドを証明するカッコよさ。

 

イリアのギターソロもしびれるが、

それを支えるベースとドラムのノリがすごくいい。

 

この時代は、文学性・思想性をまとい過ぎて

重厚長大化してしまった60~70年代のロックに反発し、

初期のシンプルなロックンロールや

甘いポップスに回帰しようというムーブメントがあった。

「たかがロックンロール、たかがポップミュージック、

楽しけりゃいいじゃん」というノリ。

 

ジューシィ・フルーツがウケたのは

そんな背景もあると思うが、

やっぱ、良い曲は時を超えるという、

当たり前の結論にたどり着く。

 

オマケについている2曲目の「はじめての出来事」は、

70年代アイドル、花の中3トリオの一角、

桜田淳子のヒット曲のカバー。

わずか1分ちょっとの演奏だが、「ジェニー」同様、

ドライブ感、キレ感満点のロックアレンジがイカしている。

 

 

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「ゴールデンボーイ」:誰もが怪物になり得る恐怖の神話

 

「刑務所のリタ・ヘイワース」と一緒に納められた

スティーヴン・キングの傑作中編。

タイトルや表紙から一見、

「スタンド・バイ・ミー」のような

青春物語なのかと思って読み始めると、

とんでもない目に遇う。

(「スタンド・バイ・ミー」も原作「死体」は、

映画と違ってかなる陰鬱な物語だが)

 

霊だの超能力だの超常現象だのは一切出てこない。

舞台はありふれたアメリカの田舎都市。

主人公は健康でスポーツ万能、成績優秀、

家庭にも恵まれ、経済的にも恵まれ、

孤独や貧困や差別などとは無縁な、

白い歯の笑顔が似合う理想的なアメリカ少年。

 

およそ人間の心の闇だの、

社会の裏とか影だのといったところとは

遠いところにいるはずだった少年は、

雑誌のエンタメ読み物風に掲載されていた

ナチスドイツの犯罪の話に興味を持った。

 

それに対する無邪気な好奇心が、

近所に隠れ住んでいた、

老齢のナチスの戦犯を見つけるという偶然から、

腹わたをえぐり出すような物語に発展する。

 

1983年にアメリカでキングの中編集「恐怖の四季」を

ペーパーバック化する際、

この作品の衝撃的な内容に出版社がおそれをなし、

「これだけ外せませんか?」と

お伺いを立てたといういわくもついている。

 

「あとがき」にはその時のことを語った

キングのインタビューの一部が載っている。

 

「僕は自分の精神分析に興味はない。

何よりも興味があるのは、

自分が何を怖がっているかに気付く時だ。

そこから一つのテーマを発見することができるし、

さらにはその効果を拡大して、

読者を僕以上に怖がらせることができる」

 

1980年代当時、発禁ギリギリとも言えるこの物語、

そして90年代以降、頻発する猟奇殺人・無差別殺人を

予言したかのような「ゴールデンボーイ」は、

超売れっ子作家であるキングの作品だからこそ

世に出すことができたのかもしれない。

 

1990年代から一般人の間でも精神分析、

プロファイリングという概念が広まり、

「トラウマ」「アダルトチルドレン」

といった言葉も一般化した。

 

以来、日本でも海外でも、

理由のわからない殺人事件が起きると、

僕たちはその犯人の心に闇をもたらしたもの———

孤独、貧困、虐待、差別、マインドコントロール、

格差社会のひずみといった問題を探し出し、

なんとか理解しようとする。

 

しかし、40年前に書かれたこの小説を読むと、

それ以前の何か—ー80年代のアメリカ社会に象徴される

現代のゴールデンな物質文明、

さらに情報化された社会そのものが、

人間を――特に可塑性のある子どもを、

容易にモンスター化する土壌に

なっているのではないかと思えてくる。

ナチスの老人との出会いはそのトリガーに過ぎない。

 

キングは二人の3年にわたる交流の過程を、

平凡な日常の描写を積み重ねながら描いていく。

そして、それが恐るべき状況を生み出し、

戦慄の結末へとつながっていく。

 

ラスト3頁の地獄の顛末の表現はあまりに素晴らしく、

読後感はとてつもなく苦い。

しかし、不思議なことに

それは何度でも何度でも嚙み締めたくなる、

噛み締めずにはいられない苦味なのだ。

 

それはこの物語がたんなる恐怖小説でなく、

僕たちの生きるこの社会に、

人間の魂に宿る善と悪の源泉に、

そして人生の始まりから行く末にまで

想像力を馳せらることができる、

現代の負の神話、負のバイブルだからではないかと思う。

 


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「刑務所のリタ・ヘイワーズ」:凡人の希望と絶望をめぐる物語

 

「刑務所のリタ・ヘイワース」という小説がある。

ハリウッド映画の中でも屈指の名作と名高い

「ショーシャンクの空に」の原作である。

作者はかのホラー小説の帝王スティーブン・キング。

中編集「恐怖の四季」の一編。

日本で出ている文庫本では「ゴールデンボーイ」と

一緒に収録されている。

 

映画のほうはヒューマンドラマの側面を強調した

感動的な物語として仕立てられているが、

小説は若干ニュアンスが異なり、

あそこまでの痛快感はない。

もっと内省的で、もっと多くの含蓄を含んでいる。

 

ホラー小説ではないが、「恐怖」の要素は入っている。

人の心を蝕む監獄という恐怖。

じわじわとその慣習に慣らされ、

夢や希望や人間らしさを剥ぎ取られていく恐怖。

 

そもそも主人公は、映画でティム・ロビンズが演じた

銀行家アンディーではなく、むしろ、

語り手である調達屋のレッドのほう。

映画では黒人のモーガン・フリーマンが演じたが、

こちらでは赤毛のアイルランド系移民

ということになっている。

 

なぜレッドが主人公かと言えば、

僕を含め、ほとんどの読者はアンディーよりも

レッドの境遇に近く、共感を抱くだろうからだ。

 

アンディーは自分は無罪であるという信念(正義)の上に、

強固な牢獄からの脱獄という、凡人には考えられない

めっちゃハードルの高い目標を立てる。

 

優秀な銀行家(経済のスペシャリスト)の上に、

遠大な計画力、主逸なアイデア力、果敢な実行力、

そして人生を賭けた、数十年にわたる地道な努力ができる

飛び抜けたヒーローだ。

 

それに対し、レッドはそれをただ観察し、評価し、称賛し、

彼が欲しいというリタ・ヘイワースのポスターを

こっそり調達してあげるだけの凡人である。

 

しかし、リタ・ヘイワースのポスターがきっかけで

二人は友だちになり、やがて深い友情に発展する。

アンディーにとって目標達成のためには、

自分の豊富な才能・人並み以上の能力・

不断の努力にプラス、

最後のカギとして「友情」が必要だった。

 

表面的には、次々と困難を克服していく

アンディーの活躍が物語の主軸となっている。

映画はもちろんこっちがメイン。

原作はそれとシンクロして

傍観者であるレッドの不安、絶望、希望の心の波を

綿密に描いている。

 

ショーシャンク刑務所は、殺人などの重罪を犯した

終身刑クラスの犯罪者を収容するところ。

つまり、ここに入ったら人生の大半を

刑罰としての奴隷労働を強いられる囚人として

過ごさなくてはならない。

 

だから自分も人間のはしくれだと信じ、

少しでも平安と快適さを得るためには、

監獄のルールに心身を慣らさなくてはならない。

そうして若い頃から身も心も監獄に縛り付けられると、

50~60代になって釈放されても、

自由の喜びでなく、

ジャングルに裸で放り出されるような

恐怖にやられてしまう。

そのため、ほとんどが再犯をして帰ってくる。

自分で自分を一生囚人化してしまうのだ。

 

レッドもその危機に立たされる。

そして、それを救うのが、

やはりアンディーとの友情だった。

映画はその最後をこの上なく美しく描いていて、

史上屈指のラストシーンとされている。

 

ただ原作はその一歩手前で終わっており、

英雄アンディーの話はもしかしたら、

凡人レッドが、シャバに出ても生き抜いていけるよう

勇気と希望を持ち続けるための

妄想だったのではないかとさえ思える。

 

こんなふうに書いてくると、

アンディーとレッドの関係は、

みんなが憧れ称賛する「成功者」と、

その名もなきフォロワーたちのように思えてきた。

 

もし、今生きているこの社会を牢獄と見立てたら、

そこから自由になるためにはどうすればいいのか?

 

アンディーのような一種の天才でなく、

レッドのようなケチな凡人にもそれが可能なのか?

 

希望を持ち続けるためにはどうすればいいのか?

自分の人生を牢獄の中で終らせないためには

どうすればいいのか?

 

いろいろなことを考えながら読める素晴らしい小説だ。

 

ちなみにリタ・ヘイワースは、

1940年代に一世を風靡した映画女優。

マリリン・モンローの前のセックスシンボルとして、

絶大な人気を誇った。

 

また、近年、アメリカでは増え過ぎた刑務所と囚人の問題の

ソリューション(問題解決)のために、

某巨大企業が刑務所の経営に乗り出した。

そして囚人を奴隷労働させて、

本業とは別に莫大な利益を上げているという情報も。

これもまた資源・人材の有効活用?

ウソかマコトか、真偽のほどはわからないけど。

 

 


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腹が減った義母のパン侵略

 

朝食のとき、

買っておいたロールパンの袋をあけようとすると、

すでに封が解かれ、

5個入りだったものが2個に減っている。

盗み食いの犯人はもちろん知っている。

認知症だろうが何だろうが、もちろん腹は減るのだから。

 

誤解されると困るので言っておくと、

ちゃんと三食モリモリ食べている。

それだけじゃなく3時のおやつもしっかり食べる。

それでも夜中に空腹を感じて起き出すことが

しばしばある。

 

そこでわが家では、

昼夜問わずおやつをほしがる義母のために

4段ある木製フードラックの一番上引き出しには、

好物のキャラメルやアメなど、

なるべく一口で食べられ、カスをボロボロこぼして

部屋を汚さないようなお菓子を仕込んである。

 

ちなみにキャラメルは昔ながらの

黄色いパッケージの森永ミルクキャラメル。

他のもあげるときはあるが、

子どもの頃からの刷り込みは強烈で、

あの黄色いキャラメルが最高においしいと信じている。

たぶん、実際にそう感じるのだろう。

メーカーもそれを知っていて、作り続けているし、

スーパーなどもちゃんと定位置に置いている。

 

子どもじゃないし、この齢の人に

体にいい・悪いといった理由でガミガミ言って

お菓子を禁じるのは、

ストレスを与えるだけだろうと思って容認してきた。

夜中にネズミみたいにごそごそ探る音にも

聴こえないフリをしてきた。

 

そんなわけでしばらくうまくやっていたのだが、

この引き出しに入っているものは取っても大丈夫、

怒られなくて安全と認知すると、

だんだんお菓子以外にも手を伸ばすようになってきた。

 

さすがに野菜や乾物などには手を出さないが、

パンやバナナ、ビスケットなどは好物なので

夜中にこっそり食べているようである。

 

それでもちょっと前までは気が咎めるのか、

封を切っていないものには手を出さなかった。

ところが、ここ最近は大胆に侵略するように

なってきたのだ。

 

丸っこいロールパンは味も見た目も愛おしく、

ついがまんできなくなるようである。

今朝のはスーパーで一袋98円の代物。

高級パンを買った時は冷蔵庫にしまっておこう。

 

まだ冷蔵庫のなかを漁るようなことはしていないが、

いずれこちらにも侵略行為が及ぶかもしれない。

 

やはり食べることこそ行動原理。

人間の(というか生き物の)すべてのアクションの源。

母は食べられなくなって亡くなったが、

こちらの義母はまだまだ元気である。

 

 

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週末の懐メロ91:七月の朝/ユーライア・ヒープ

 

1971年リリース。

西城秀樹もライブで歌った

70年代ブリティッシュロックの大名曲。

 

黄金期のヒープは、レッド・ツェッペリン、

ディープ・パープル、

ブラック・サバスなどのヘヴィメタの大御所、

さらにはキング・クリムゾンやイエスをはじめとする

プログレ四天王と肩を並べる超人気バンドだった。

 

特に日本での人気がすさまじかったのは、

ツェッペリンの「天国への階段」を彷彿とさせる

この曲の印象が強烈だからだろう。

 

哀愁漂う叙情的バラードからハードなロック、

カオスなバトルへと展開する、

ドラマチックでカタルシス満点の構成美。

 

「七月の朝」は70年代ロックの偉大な遺産であるとともに、

半世紀たった今も現役で活動している

このバンドのアイデンティティでもある。

 

この70年代のライブの記録映像で

雄姿を見せているメンバーたち――

圧倒的な存在感のベースを弾きまくるゲーリー・セインは

この黄金期のライブの最中の感電事故がもとで75年に死亡。

美しく歌い上げたヴォーカルのデビッド・バイロンも

85年に死亡。

この曲の作詞・作曲者である

キーボードのケン・ヘンスレー、

さらにドラムのリー・カースレイクもすでにこの世を去り、

生存しているのはギタリストの

ミック・ボックスただひとり。

 

それでも人々はユーライア・ヒープが

ライブをやると聞けば、

「七月の朝」を聴くために集まってくる。

僕も毎年7月になれば、

やっぱり「七月の朝」を聴きたくなる。

もしできれば若い人たちにも

じっくり耳を傾けて聴いてほしい。

20世紀のロック/ポップミュージックは、

人類が共有し得る文化財産である。

 

 

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ブドウとモモのダブルインパクト

 

義妹からシャインマスカット、

岡山の岡野さんからモモが同日到着!

義父のところにお供え。

母の遺骨は名古屋にあるので、

いっしょに心の中でお供えします。

どうもありがとうございます。

桃はたくさんただいたので、

また半分くらい、ご近所におすそ分け。

 

 

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晴れ男の不運と銃撃の謎

 

安倍元首相は晴れ男であったという。

昨日も葬儀から斎場に着くまでの間は雨がやみ、

沿道の人々も濡れずに見送ることができた。

血統も良いし、人当たりも良い。

政治家としての才覚以上に

とても運に恵まれた人だったのだと思う。

 

皮肉を言わせてもらえれば、

不正疑惑をうまくする抜けられたのも幸運の証だし、

その晴れ男体質に群がってくる輩、

利用させてもらおうという輩も

少なくなかったに違いない。

 

でもその分、最期に大悪運を引き寄せてしまったのか?

宗教団体とのつながり。

統一教会は40年以上昔から、

「合同結婚式」「霊感商法」「ツボ売り」などで

悪名馳せてきた団体なのに。

 

安倍元首相と統一教会とのつながりは

知ってたはずなのにマスコミが「忖度」したのか、

最初、名前を出さなかった。

ところが、当の統一教会自身がみずから記者会見を行った。

 

これは今後の追及を免れる、またはやわらげるための施策。

会見内容も、問題を起こした法人のお手本になるような、

冷静で堂に入ったもの

(でも肝心なお金のことなどは言わない)で、

なぜ山上容疑者が安倍元首相を銃撃したのか、

なんとなく流れはわかった。

 

また、安倍元首相がぱっと頼まれて

メッセージビデオに出たわけではなくて、

そもそも祖父の岸信介元首相が

統一教会の日本での活動を

バックアップした経緯があり、

彼の一族が教会と深いつながりがあることもわかった。

 

山上容疑者は自分で調査して、

岸信介——安倍晋三という世代を超えた政治家が、

自分の家族を破産させた主教団体の黒幕であると

思い込んでしまったのか?

それで妄想に取りつかれ、

あんな手製の銃を作って殺害計画を立てたというのか?

 

うーん、わからん。

そう考えるのにはどうも無理がある。

実行は彼の単独犯だが、

そこまでいく間に何かいろいろ段階があるはず。

たとえばだが、彼がそう思い込むように

そそのかした人物・組織がいるのではないか?

安倍元首相の晴れ男体質に群がっていた誰かとか・・・。

 

と、やっぱり陰謀論から離れられないのだが、

もうちょっと時間が経てば、

見えてくるものがあるのかなと、

とりあえずこの課題は寝かせることにする。

 

また、安倍政治の功罪も

少し時間が経ってから検証する必要があるかも。

 

それとも

「安倍さんは日本を明るく照らした晴れ男だった。

どうもありがとう」ですべて終わって、

何もかもうやむやになって、みんな忘れていくのだろうか?

 

 

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それでも自民独裁を防ぎたいから一言

 

 

参院選は案の定、自民党の大勝。

なんだかつかみどころのない岸田政権も

これで当分、安泰だ。

安倍元首相の殉死も影響したかと思うが、

要するにこの国では自民党(+公明党)にしか

政権を任せられないのだ。

 

もともとそういう下地があったが、

それを決定的にしたのは、

やはり10年余り前の民主党政権だろう。

 

あんなのに危なっかしくて政治を任せられない

と国民の大半が思ってしまった。

思い切って政権交代してみたが結局、野党はダメだ。

としっかり印象付けてしまった。

 

ふたたび自民に戻ってできた安倍政権が

あれよりかなりマシと映ったのはしかたがない。

どうせ世のなか、きれいごとだけじゃ成り立たないんだから、

裏でおかしなことやっているのにも目をつむろう、

ときどき臭いが出るのは鼻をつまもう、

悪いうわさや疑問・疑念の声には耳をふさごう、

あれよりはよっぽどマシだから———

という心理になるのはしゃーない。

 

そんなわけで亡くなって仏様になった今、

安倍さんは良い政治家だった、偉大だったと

英雄扱いされるのもしゃーないのかなと思ってしまう。

 

野党は今回もバラバラのまま、

何年たっても何の戦略も立てられない。

これじゃ100年経っても政権なんか取れない。

 

この際、以前の民主党政権の体たらくを

身に沁みて知ってる40代以上の人たち、

安倍元首相を神さま扱いする年寄りたちは切り捨て、

これからを担う10~30代に焦点を絞って

「若者優遇・高齢者無視」の政策を

訴えていった方がいいのではないか。

 

野党は本気の政権奪取を目指して結束した上で、

それくらいの思い切ったことをアピールしないと、

きれいごとを並べているだけでは、

ますます存在価値がなくなっていく。

 

「死ぬまでジタバタしようぜ」 http://www.amazon.com/dp/B0B5FMN8QW 無料キャンペーンは本日終了しました。ご購入いただいた皆さん、ありがとうございました。引き続き、¥300で販売していきます。Kindle読み放題も活用して読んでみてください。次回は8月、既刊のキャンペーンを行う予定。お楽しみに。


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「死ぬまでジタバタしようぜ」七夕スペシャル無料キャンペーンあと1日

 

7月11日(月)15:59まで。

あと1日。

どうぞお見逃しなく。

 

エンディングライターとしての活動から綴った、老いと死をめぐる面白エッセイ集。

 

すべての人がいつかは関わらなくてはならない「死」の話。

それについて自分は本当はどう考えているのか、他の人はどう感じているのか――そんな対話をしてみたい人のネタに使っていただき、どうせいつかは向き合わなくてはならない死に心を慣らすのにお役に立てていただければ幸いです。

 

また、子どもや若者で、

じつはとっても死に興味があるという人。

あなたは別に異常でも何でもなく、

「死があるからこそ生が輝く」という人生の本質を知る人です。そんな人にとっても心の糧にしていただきたい本です。

自身のブログ「台本屋のネタ帳」2016~2019年から

39編を厳選・リライトして収録。

 

もくじ

・死ぬまでジタバタしようぜ:「老い」を楽しんだ蜷川幸雄さん

・エンディング時代の遺産相続を考える

・エンディングを意識して人生の台本を書く

・「老害人」の話と人生最後で最大の仕事

・高齢者ドライバーは、免許返すとおトクやでぇ~

・母の世界深化縮小

・犬から、ネコから、人間から、ロボットからの卒業

・近江路の庶民の仏像

・人形が幸せになれる国ニッポン

・茨城・葬式の撒き銭のルーツを探る

・映画やテレビドラマの世界では高齢の犯罪者が増えている?

・マタギの里の大往生

・ロボットみたいなプロより、ヘタで未熟な若僧のほうが好印象

・一生消費者で終わらないために

・ロボットが社会に出てくるからこそ、

人間の在り方について考えられる

・国境なき医師団に遺贈の問い合わせ急増

・北千住の葬儀相談サロンと帰りそびれたウルトラマン

・孤独な老人は本当に可哀そうな存在か?

・リメンバーミー:「わたしを忘れないで」のメッセージ

・西城秀樹さん葬儀:青春の同窓会

・孤独死の現場・ゴミ屋敷の実態をミニチュアで見せる

・高齢者を書くということについて

・百年ライフの条件と自分ストーリー

・「悠々自適の幸福な未来」が待ってるはずだった

・記憶を伝える「おもかげ復元師の震災絵日記」

・異業種からの葬儀供養業参入ストーリー

・高級住宅街のど真ん中の斎場

・義父の棺に競馬研究ノート

・長生きすれば運・不運、幸・不幸もチャラになる?

・義父の葬儀

・葬儀・供養に関する「昭和システム」の呪縛

・サンゲノヨル:仏教式罪の告白

・葬式・戒名・墓――どこまで省けるのか?

・現代の聖職者による、現代人必読の書

「時が止まった部屋」レビュー

・死ぬまでの自由研究の時間

・ガンで死ななきゃカネが入らん

・死後のサイバー空間の存在証明と

(お金にならない)財産の行方

・喪中はがきと終活年賀状

・「私のちいさなお葬式」: 終活と成功と幸福を考える映画   全39編収録

 


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安倍元首相の死と選挙は関係ない

 

安倍元首相の銃撃事件、そして死去で大騒ぎになっている。

昨日のテレビのニュースはそればかりだった。

きょうも大半はそうだ。

 

この国は亡くなった人に限りなく優しい。

逆に言うと、亡くなった人に対する批判は

許されない雰囲気になる。

 

報道をくまなくチェックしているわけではないが、

この事件のニュースを見ていると、

いろいろな疑念・疑惑が湧いてくる。

 

100メートル先から

凄腕のスナイパーが狙撃したわけではない。

たった5メートル後ろからの銃撃。

SPや警察は何をしてたのか?

ただ単に緊張感がなかっただけなのか?

 

犯人には政治的背景はないようだし、

ろくに情報がないのに、はなっから

政治家たちが「民主主義への挑戦」なんて

口をそろえて言ったのはなぜなのか?

 

安倍元首相のことを

「民主主義をゆがめた」などと批判していた

メディアも同じ。

いろいろ「忖度」しなくてはいけない事情があるのか?

 

でも今はやめておこう。

今、言っておきたいのは

この事件は明日の参議院選挙とは

何の関係もないということ。

冷静になる。

同情票は投じない。

 

そんなところで亡くなった人に優しくすることはない。

安倍元総理の死を

選挙に利用している候補者がいるのかどうか

わからないが、

与党でも野党でもそうした候補者には絶対投票しない。

 

 

「死ぬまでジタバタしようぜ」七夕スペシャル無料キャンペーン実施中

7月11日(月)15:59まで。

 

エンディングライターとしての活動から綴った、老いと死をめぐる面白エッセイ集。


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週末の懐メロ90:神秘の丘/ケイト・ブッシュ

 

1985年リリースのこの曲が、

先月、世界中で大ブレイクした。

全英第1位、米ビルボードHot100では4位を記録、

その他、スイス、スウェーデン、オーストラリア、

ニュージーランド等でもトップになり、

37年の時を超えたリバイバル・ワールドヒットになった。

 

Netflixのドラマ『ストレンジャー・シングス~未知の世界』の

シーズン4で使用されたのがその原因だが、

この大ヒットは、優れた曲は時代を超えることの証、

そしてまた、それを生み出した、

ケイト・ブッシュという異次元の天才の証でもある。

 

「神秘の丘(Runninng Up That Hill)」が収録された

彼女の5枚目のアルバム

「愛のかたち(Hounds of Love)」が発売された

1985年8月は、

ちょうど僕がロンドンで暮らし始めた時期だった。

 

狩猟の女神をイメージしたのだろう、

2匹の猟犬を抱いてパープルの湖面に横たわる

ケイトの妖艶なジャケット写真が

ロンドンの街中に貼り出されていたことを、

つい昨日のことのように思い出す。

 

「愛のかたち(Hounds of  Love)」は

傑作ぞろいの彼女のアルバムの中でも

ひときわ充実した内容で、

一曲一曲のクオリティの高さ、

緩急自在の曲のバリエーション、

精神世界から宇宙空間まで行かうようなスケールの大きさ、

コンセプトアート的な全体の統一感。

どれをとっても超絶的な素晴らしさで、

ロック/ポップミュージック史の金字塔である。

 

ケイト・ブッシュが

世界最高の女性ミュージシャンであること、

そして、彼女の音楽が人類が共有できる至宝であることは

疑う余地はないが、それにしても

人気ドラマで使われたからとは言え、

こんなアート系な曲が、2022年の今、

これほどまでの大ヒットになるとは驚きである。

何かが変わりつつあるサインなのか?

 

YouTubeではこの1ヵ月ほどの間に、

「神秘の丘」のリミックスバージョンが、

毎日、山のようにUPされている。

と同時に他の曲やアルバム、

インタビュー、レコード解説まで、

次から次へとあふれ出してくる。

 

僕としてはきっかけが何であれ、

これまでケイト・ブッシュを知らなかった大勢の人たちに

彼女の音楽を楽しんでもえらえば

何も言うことはない。

 

こちらはストレジャーシングスのリミックス(の一つ)↓

 

 

「死ぬまでジタバタしようぜ」七夕スペシャル無料キャンペーン実施中

7月11日(月)15:59まで。

 

エンディングライターとしての活動から綴った、老いと死をめぐる面白エッセイ集。


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「死ぬまでジタバタしようぜ」七夕スペシャル無料キャンペーン実施中

 

7月11日(月)15:59まで

6日間連続。

 

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それについて自分は本当はどう考えているのか、他の人はどう感じているのか――そんな対話をしてみたい人のネタに使っていただき、どうせいつかは向き合わなくてはならない死に心を慣らすのにお役に立てていただければ幸いです。

 

また、子どもや若者で、

じつはとっても死に興味があるという人。

あなたは別に異常でも何でもなく、

「死があるからこそ生が輝く」という人生の本質を知る人です。そんな人にとっても心の糧にしていただきたい本です。

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39編を厳選・リライトして収録。

 

もくじ

・死ぬまでジタバタしようぜ:「老い」を楽しんだ蜷川幸雄さん

・エンディング時代の遺産相続を考える

・エンディングを意識して人生の台本を書く

・「老害人」の話と人生最後で最大の仕事

・高齢者ドライバーは、免許返すとおトクやでぇ~

・母の世界深化縮小

・犬から、ネコから、人間から、ロボットからの卒業

・近江路の庶民の仏像

・人形が幸せになれる国ニッポン

・茨城・葬式の撒き銭のルーツを探る

・映画やテレビドラマの世界では高齢の犯罪者が増えている?

・マタギの里の大往生

・ロボットみたいなプロより、ヘタで未熟な若僧のほうが好印象

・一生消費者で終わらないために

・ロボットが社会に出てくるからこそ、

人間の在り方について考えられる

・国境なき医師団に遺贈の問い合わせ急増

・北千住の葬儀相談サロンと帰りそびれたウルトラマン

・孤独な老人は本当に可哀そうな存在か?

・リメンバーミー:「わたしを忘れないで」のメッセージ

・西城秀樹さん葬儀:青春の同窓会

・孤独死の現場・ゴミ屋敷の実態をミニチュアで見せる

・高齢者を書くということについて

・百年ライフの条件と自分ストーリー

・「悠々自適の幸福な未来」が待ってるはずだった

・記憶を伝える「おもかげ復元師の震災絵日記」

・異業種からの葬儀供養業参入ストーリー

・高級住宅街のど真ん中の斎場

・義父の棺に競馬研究ノート

・長生きすれば運・不運、幸・不幸もチャラになる?

・義父の葬儀

・葬儀・供養に関する「昭和システム」の呪縛

・サンゲノヨル:仏教式罪の告白

・葬式・戒名・墓――どこまで省けるのか?

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「時が止まった部屋」レビュー

・死ぬまでの自由研究の時間

・ガンで死ななきゃカネが入らん

・死後のサイバー空間の存在証明と

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「死ぬまでジタバタしようぜ」無料キャンペーン スタート

 

本日7月6日(水)16:00から

「七夕スペシャル・星に願いを無料キャンぺーン」

11日(月)15:59まで6日間連続。

 

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老いと死をめぐる面白エッセイ集。

 

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また、子どもや若者で、

じつはとっても死に興味があるという人。

あなたは別に異常でも何でもなく、

「死があるからこそ生が輝く」という人生の本質を知る人です。そんな人にとっても心の糧にしていただきたい本です。

自身のブログ「台本屋のネタ帳」2016~2019年から

39編を厳選・リライトして収録。

 

もくじ

・死ぬまでジタバタしようぜ:「老い」を楽しんだ蜷川幸雄さん

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・一生消費者で終わらないために

・ロボットが社会に出てくるからこそ、

人間の在り方について考えられる

・国境なき医師団に遺贈の問い合わせ急増

・北千住の葬儀相談サロンと帰りそびれたウルトラマン

・孤独な老人は本当に可哀そうな存在か?

・リメンバーミー:「わたしを忘れないで」のメッセージ

・西城秀樹さん葬儀:青春の同窓会

・孤独死の現場・ゴミ屋敷の実態をミニチュアで見せる

・高齢者を書くということについて

・百年ライフの条件と自分ストーリー

・「悠々自適の幸福な未来」が待ってるはずだった

・記憶を伝える「おもかげ復元師の震災絵日記」

・異業種からの葬儀供養業参入ストーリー

・高級住宅街のど真ん中の斎場

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・長生きすれば運・不運、幸・不幸もチャラになる?

・義父の葬儀

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・葬式・戒名・墓――どこまで省けるのか?

・現代の聖職者による、現代人必読の書

「時が止まった部屋」レビュー

・死ぬまでの自由研究の時間

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(お金にならない)財産の行方

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みんなのハンバーグ

 

昨日は「おふくろの味はハンバーグ」と書いたが、

これについては日本全国に同士が大勢いると思う。

少なくとも昭和40年代以降の子どもの多くにとって、

ハンバーグは最高峰のごちそうだったはずである。

そして、その子どもたちが大人になった今、

ハンバーグはカレー、ラーメンと並ぶ国民食となり、

世界に冠たる「日本食」となった。

 

みんな大好きハンバーグ。

庶民の味方ハンバーグ。

労働者階級のぜいたくおかずハンバーグ。

 

いやいや、なに寝ぼけてるの?

ハンバーガーといえばアメリカに決まってるでしょ。

という声が上がるかもしれない。

たしかにハンバーガーはアメリカの国民食だが、

ハンバーガーとハンバーグは、

まったく違うカテゴリーの食べ物だ。

 

レッツ・イマジン。

マックやキングのバーガーのパテを

パンの間から取りだしただけで、

ごはんのおかずになるだろうか?

 

日本食のハンバーグは白いご飯と味噌汁に合う。

そのように最初から作られ、そのように発展してきた。

ソースも中濃、ウスター、ケチャップ、

デミグラスといった洋食系から

大根おろし、醤油、ポン酢、

照り焼きソースといった和風系、

さらに様々なオリジナルソースの開発も盛んで

自由度が高い。

 

今や家庭やファミレスのみならず、

街には多様な専門店が百花繚乱。

おふくろのハンバーグ、おやじのハンバーグ、

おれのハンバーグ、ギャルズバーグ、キッズバーグ、

シティバーグ、カントリーバーグ、

むかしバーグ、未来バーグなど、

カレー、ラーメンと同様、

驚くべき柔軟性と文化性をもって進化してきた。

 

しかし、やはり定義はある。

ごはんのおかずにならないハンバーグ、

いわゆる「ハンバーグ定食」にならないハンバーグは、

ハンバーグとは言わない。

 

いやいや、うちのは定食用よりうんと高級ですから、

そんな労働者なんかじゃなくて

富裕層・上層階級の方々にご提供したい――

というものもあるだろう。

否定はしないが、それは「ハンバーグステーク」という、

また違うカテゴリーであり、

僕たちが求める、温かくておいしくて愛の肉汁あふれる

「みんなのハンバーグ」とは別物なのだ。

 

日本でハンバーグが一般家庭に広がったのは、

やはり昭和の高度経済成長時代。

1962年(昭和37年)に現在も人気のロングセラー商品、

マルシンフーズの「マルシンハンバーグ」が発売開始。

テレビCMも頻繁に流れ、

ハンバーグの認知度が格段にアップ!

 

そういえば僕の母も、手作りの前に、

このお手軽マルシンハンバーグを

幼稚園の弁当のおかずに入れてくれました。

のりたまなどのふりかけをかけたごはん。

その横にちょこんとマルシンハンバーグという、

今の基準で見たら、超手抜き弁当。

でも、めっちゃうまかった。

 

1969年(昭和44年)のテレビアニメ

「ハクション大魔王」では、

主人公のハクション大魔王の好物はハンバーグ。

しかしこれ、台本ではコロッケとなっていたため、

大魔王の声優だった大平透氏が、

「今時コロッケはないだろう。

今の子どもはハンバーグだ。」

とその場でハンバーグに変更したそうな。

 

この秘話は一般社団法人「日本ハンバーグ協会」の

ホームページからの引用。

https://j-hamburg.org/

ハンバーグ愛にあふれる同協会では、

歴史をはじめ、豊富なハンバーグ情報が満載。

あんまりまじめでなく、適度にふざけてコミカルなところも

ハンバーグらしくて良い。

勉強・研究してみたい人はぜひ覗いてみてください。

いっしょにハンバーグの世界を広げていきましょう。

 

 

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7月6日【水】16:00~11日【月】15:59

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おふくろの味はハンバーグ

 

この間の母の葬式で司会者の人に

「お母様はどんなごはんを作ってくれましたか?」

と聞かれた。

 

司会ナレーションとしては、

「母が息子のために作った手料理」は

最も普遍的、かつ、感動に持っていきやすいネタだ。

だけど、故人が父親だったら、

事前アンケートで「(父の)趣味は料理」と書かない限り、

いきなりこんな聞き方はしない。

 

母=料理・家事 父=仕事

長年、日本社会に染みついたこういう図式は

まだまこれから先も数十年は有効だ。

お父さんが料理して、お母さんが稼いでくる家庭だって

たくさんあると思うが、

そういうご家庭のお葬式のときは、

「うちはちょっと違うパターンですよ」と

事前に葬儀屋さんにお断わりしておいた方が

いいかもしれない。

 

それはともかく、

うちは通常パターンに則った家庭だったので、

「母の料理で好きだったのはハンバーグです」

と素直に答えた。

 

「おふくろの味と言えば肉じゃが」というのは

遠い過去の話。

ほとんど昭和のおとぎ話である。

そもそも僕の母親は肉じゃがなんて好きじゃなかったので、

ろくに作ったことがなかった。

だから、僕にとっておふくろの味はハンバーグである。

 

そう言うと司会者の人は、

なにか「マザーズスペシャル」があったのかと、

しつこく聞いてきたが、特別仕様はなく、

ネタは普通の合いびき肉と炒めたタマネギ。

ソースも普通のウスターか中濃とケチャップを

まぜまぜしただけのもの。

 

そもそも母親は別段料理が得意なわけでもなく、

好きだったわけでもない。

ただ昔は、今と違ってあまり外食するところもなかったし、

スーパーでいろいろな惣菜が買えるわけでもないし、

レンチンもないので、しかたなく作っていただけである。

 

僕が小学校の低学年のころまでは大家族だったので、

毎日めしを作るのはかなり苦役だったらしく、

僕が台所を覗きに行くとイラついて、

「じゃまだからあっちへ行ってろ!」とよく怒られた。

 

と、さんざん悪口を書いてしまったが、

それでも母の作るハンバーグはめっちゃうまかった。

人生経験の浅い、舌の肥えてない子どもだったので、

のちのちまでその味が深層心理に

響いているだけだと思うが、

うまかったという思いは永遠に残る。

 

いつごろから作っていてくれていたかは思い出せない。

日本の家庭にハンバーグが普及し始めたのは

高度成長期の昭和30年代後半(1960~)らしいが、

たぶん家を新築して以降だと思うので、

小学校高学年(1970~)の時ではないだろうか。

 

それまで肉料理は苦手だったが、

このハンバーグには目がなく、

中高生の頃はおにぎりサイズのやつを

いっぺんに5,6個平気で食っていた。

母は「ようさん食うねぇ、あんたは」とあきれていたが、

嬉しそうに笑っていた。

 

とは言っても、おふくろの味に固執することなく、

東京に来て一人暮らしを始めてからは、

付き合う女の子といっしょに必ずハンバーグを作った。

逆に言えば、今のカミさんもそうだが、

いっしょにハンバーグを作った女性とは長続きした。

 

ついでにいうと「肉じゃが大好き」なんていう女は

一人もいなかった。

だから僕の人生において、肉じゃがは酒のつまみに食べる

居酒屋の食い物だった。

 

母の作るハンバーグを最後に食べたのはいつだったのか、

ぜんぜん思い出せない。

20代の後半、ロンドンから帰ってきた後、

3か月くらい一時的に実家にいたことがあったので、

多分その頃だと思うが、記憶には残っていない。

だから「もう一度、あのおふくろの味が食いたかった」

と感傷に浸ることもない。

 

母親は子どもに、どれだけ心に残るものを食わせたか、

を世間から問われるシーンが多いと思うが、

これからはあんまり気にしないほうがいい。

めしを作って食うことは人生の基本である。

子どもはある程度成長したら、

自分のめしは自分で作るべきだ。

そうでないといつまでも自立できない。

僕も実際はどうなるかわからないが、

できれば最後まで自分のめしは自分で作って

自分で食いたいと思っている。

 

 

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全国のおりひめさま、ひこぼしさま、

天の川をわたって、ぜひご購読くださいませ。

 

もくじ

・死ぬまでジタバタしようぜ:「老い」を楽しんだ蜷川幸雄さん

・エンディング時代の遺産相続を考える

・エンディングを意識して人生の台本を書く

・「老害人」の話と人生最後で最大の仕事

・高齢者ドライバーは、免許返すとおトクやでぇ~

・母の世界深化縮小

・犬から、ネコから、人間から、ロボットからの卒業

・近江路の庶民の仏像

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・映画やテレビドラマの世界では高齢の犯罪者が増えている?

・マタギの里の大往生

・ロボットみたいなプロより、ヘタで未熟な若僧のほうが好印象

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・国境なき医師団に遺贈の問い合わせ急増

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・リメンバーミー:「わたしを忘れないで」のメッセージ

・西城秀樹さん葬儀:青春の同窓会

 

・孤独死の現場・ゴミ屋敷の実態をミニチュアで見せる

・高齢者を書くということについて

・百年ライフの条件と自分ストーリー

・「悠々自適の幸福な未来」が待ってるはずだった

・記憶を伝える「おもかげ復元師の震災絵日記」

・異業種からの葬儀供養業参入ストーリー

・高級住宅街のど真ん中の斎場

・義父の棺に競馬研究ノート

・長生きすれば運・不運、幸・不幸もチャラになる?

・義父の葬儀

 

・葬儀・供養に関する「昭和システム」の呪縛

・サンゲノヨル:仏教式罪の告白

・葬式・戒名・墓――どこまで省けるのか?

・現代の聖職者による、現代人必読の書「時が止まった部屋」レビュー

・死ぬまでの自由研究の時間

・ガンで死ななきゃカネが入らん

・死後のサイバー空間の存在証明と(お金にならない)財産の行方

・喪中はがきと終活年賀状

 

・「私のちいさなお葬式」: 終活と成功と幸福を考える映画   

 

全39編収録

 


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週末の懐メロ89:夏星の国/ジ・エニド

 

1976年リリース。

40年あまり昔にやっていた劇団の旗揚げ公演で

ラストシーンにこの曲を使ったので、とても思い出深い。

 

僕がこの曲と同名のアルバムに出逢った1980年当時、

手に入るレコードは、イギリスからの輸入盤だけだった。

なぜ知ったのかは、たしかプログレ偏重の音楽雑誌で、

このバンドとこのアルバムのレビューを見たからだ。

 

羊水の中の綾波レイみたいな女が膝を抱えた

ジャケットデザインにも魅かれた。

全体を通して「死と再生」みたいなものが

テーマになっているのだと思う。

 

これは買わねばと、新宿のディスクユニオンの

輸入盤コーナーに探しに行ったら

見つけることができた。

 

聴いてみると、全曲ヴォーカルなし、

インストゥルメンタルのみで、

ちょっとイエスやジェネシスに通じる

ファンタジー性やシンフォニック性がある。

 

ただ、ポップ色・ロック色は薄い。

宗教音楽っぽいところもあって、

あまりとっつきやすくはないのだが、

最後を飾るこの曲だけは別。

 

自分の作品で使った思い出があるので偏愛しているが、

この一曲に限っては、

構成も美しさも躍動感・飛翔感も、

世界のプログレッシブ・ロックの最高峰レベル

と言って過言ではない。

 

輸入盤で聴いたので、曲名についてはずっと原題通り、

「イン・ザ・リージョン・オブ・サマースターズ」と

憶えていたので、

「夏星の国」という邦題は今回初めて知った。

 

「リージョン(Region)」とは「領域」という意味で、

「国」というのはかなりの意訳だが、

雰囲気掴んでいるし、

大島弓子のマンガのタイトルみたいで

親しみやすくて良いと思う。

 

現在のアマゾンの内容解説では、

「いわずとしれた英国シンフォニック・ロックの

名盤のひとつ、エニドのデビュー作。

ダイナミズムや幻想性に於いて

このオリジナルに勝るヴァージョンはなし!」と極上の評価。

 

とはいえ、「いわずとしれた」は誇張で、

ジ・エニドは日本では限りなく知名度が低く、

相当なプログレマニアでなければ知らないと思う。

 

実際、世界的なセールスが成功したとは聞かないし、

イギリス国内でコアなファンを相手に

活動してきたのだろう。

それでも現在まで音楽活動を続けられ、

人々の記憶にバンドの存在が刻まれているのは、

この不朽の名曲があるからだ。

 

40年経とうが50年経とうが、

まったく色あせることのない

ファンタジックでエネルギー溢れる演奏は、

星の降る真夏の夜のグッドトリップを約束してくれる。

 


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新刊発売「死ぬまでジタバタしようぜ」

 

エンディングライターとして2016年から雑誌・ウェブサイト(葬儀・供養業界の専門誌)で記事を書いています。

その取材の過程で拾った諸々のエピソード、

記事上では公開しなかった情報・感想などを

中心に綴ってきた、

人生のエンディングにまつわるエッセイを

1冊にまとめました。

(2020年以降のものは続刊で刊行予定)

 

エンディングは

「何を大切にし、自分にとって幸福とは何で、

そのためにどう生きていくか」といった、

普遍的で本質的な問いが集約される分野です。

 

しかし、些事に追われる忙しない常識的な日常では、

なかなか話題にもできません。

出来れば遠ざけたいもの、

ずっと知らないフリをしていたい「死」。

しかし、すべての人がいつかは関わらなくてはならない「死」の話。

 

それについて自分は本当はどう考えているのか、

他の人はどう感じているのか――

そんな対話をしてみたい人のネタに使っていただき、

どうせいつかは向き合わなくてはならない死に

心を慣らすのにお役に立てていただければ幸いです。

 

また、子どもや若者で、

じつはとっても死に興味があるという人。

あなたは別に異常でも何でもなく、

「死があるからこそ生が輝く」という

人生の本質を知る人です。

そんな人にとっても心の糧にしていただきたい本です。

 

自身のブログ「台本屋のネタ帳」2016~2019年から39編を厳選・リライトして収録しています。

 

もくじ

・死ぬまでジタバタしようぜ:

「老い」を楽しんだ蜷川幸雄さん

 

・エンディング時代の遺産相続を考える

・マタギの里の大往生

・西城秀樹さん葬儀:青春の同窓会

・孤独死の現場・ゴミ屋敷の実態をミニチュアで見せる

・高齢者を書くということについて

・百年ライフの条件と自分ストーリー

・死後のサイバー空間の存在証明と(お金にならない)財産の行方

・喪中はがきと終活年賀状  ほか ¥300

 


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己書の「パラダイス昭和」と昭和の夏

 

名古屋の栄にあるテレビ塔周辺の地下は、

「セントラルパーク」という地下街になっている。

そのプロムナードを使って

「パラダイス昭和」というギャラリーが

7月3日まで開催されている。

主催は「日本己書道場」というところ。

 

「己書(おのれしょ)」というのは筆文字と絵を使って

自由に表現する書ということらしい。

その師範クラスの人たちが「昭和」をテーマにした

いろいろな作品を展示していている。

 

時間があまりなかったので、

通り掛けにチラッと見ただけだけだが、

これがなかなか面白かった。

無料で楽しめるので、もし機会があったらおすすめです。

 

「己書(おのれしょ)」のことは知らなかったが、

全国に道場があって幸座(講座)も開いている。

 

https://www.onoresho.jp/

 

それにしても、今や昭和は時代自体が

エンタメコンテンツになっている。

僕が子どもの頃は、エアコンがある家なんて

ほとんどなかったが、

扇風機や団扇があればそこそこ涼しく感じ、

それなりに夏を楽しく過ごせた。

 

やはり今よりも気温が低かったのか?

それともどこもボロい家なので

風通しが良かったからなのか?

 

いずれにしても気候も暮らし方も

すっかり変わっちゃったんだね。

現代はクーラーの効いた部屋で

「昔はよかった」「あの頃に戻りたい」と

昭和を懐かしむのが、至福の時間???

 

 

昭和96年の思い出ピクニック

http://www.amazon.co.jp/dp/B08WR79ZCR

 

おりべまことの昭和エッセイ集

Amazon Kinleより好評発売中

¥300 


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母の人生について

 

昨日、書き忘れていたことがあります。

葬式の前にアンケートと司会の方からヒアリングを受けて、

母の人柄などいろいろ聴かれました。

その中で「好きだった食べ物」というのがあって

いくつか答えたら、

その中から鰻、プリン、キャラメルを

紙皿に入れて持ってきて最後に棺に入れてくれました。

こういう配慮は遺族としてとてもありがたく、

好印象に繋がったと思います。

 

僕は冠婚葬祭の、

歯の浮いたようなナレーションがどうも好きではないので、

(仕事で頼まれれば書くのですが)

今回は家族だけだし、ナレはいらないと思っていました。

 

しかし、身内ではない、まったく知らない他人に、

故人(家族)はこういう人だった、

という話を聞いてもらうのは結構いいものです。

どういえばいいのか、

ちょっと頭の整理ができるような気がします。

 

というわけで、きょうだい3人で30分ちょっとでしたが、

母はこうだった、ああだったという話をしたのは

とても楽しかった。

 

司会の人はそのへん上手で、

最後のお別れの前(棺に花などを入れる前)の

ちょっとの間に、さらっと2,3分話してくれました。

 

小学生の高学年だったか、中学生くらいの頃、

小津安二郎の映画の1シーンみたいな、

古い白黒写真を家の中で見つけました。

菜の花畑みたいなところに立っている、

20歳そこそこくらいの若い娘。

それが母の若い頃の写真だとはすぐに気づきませんでした。

かなりスマートで、今いる実物より

やたら美人に見えたことをよく憶えています。

 

自分が生まれる前の母の写真は、

その1枚と嫁入りの時の写真しか見たことないのですが、

その時は子どもだったので、

自分の母親にもこんな若い時代があったことが

不思議に思えました。

 

僕が知っている母のきょうだいは7人で、

そのうち6人は女、いちばん下だけ弟です。

双子の姉がいて、四番めのはずですが、

自分は六女だと言っていたので、

僕が会ったことのない(たぶん大人になる前に死んだ)

姉が二人いたのかもしれません。

 

昭和34(1959)年、

30歳で父と結婚(当時としては晩婚)しましたが、

父の両親・きょうだいとも一緒に住むことになりました。

 

以前の僕の実家は、父の弟や妹、

自営業だったので仕事関係の人など、

やたらいろんな人が出入りしていていました。

 

子どもの僕としては面白かったのですが、

その面倒を見なくてはならない母は、

相当ストレスを抱えていたようです。

 

祖母や父の弟・妹らとは相性が悪い一方で、

稼ぎが良い父にみんな頼り、

お金を無心してくるのでいつも怒って

イライラしていました。

それで僕たち子どもに八つ当たりすることも

しばしばありました。

かーちゃん、おっかねー。

おそらくすごいストレスだったのでしょう。

 

それでも凹まなかったのは、

夫である父の人柄のおかげでしょう。

べつに惚れた腫れたで夫婦になったわけではありませんが、

よく働いて稼ぎも良く、

優しくてユーモラスな父を愛していたのだと思います。

主婦として家事をやりながら、

今でいう経理部門を担当し、

二人三脚でがんばっていました。

 

「福嶋の家でまともなのは、お父さんだけ」

というのが口癖でした。

 

昭和46(1971)年のちょうど今頃、

家を新築したのを機に、義弟・義妹らはみんな離れ、

祖母もすぐに他界して僕たちだけになり、

いわゆる大家族から核家族になりました。

 

よく「昔は大家族で良かった、核家族になって

日本人はおかしくなった」

みたいなことを言う人、マスコミなどがありますが、

母の目線からするととんでもない話でしょう。

 

現在の日本の核家族社会は、

半世紀前の社会の中枢だった人たちが求めた

幸福の形なのだと思います。

代替わりして最近はその形もまた

変わり始めているのでしょう。

 

父はちょうど今の僕の齢の頃に仕事を辞め、

(体力頼みの仕事だったので限界を感じたらしい)

それから10年余りは夫婦で悠々自適に暮らし、

母は旅行・お花・踊りなどを存分に楽しんでいました。

 

その後、父が糖尿病を患ってからは5年余り、

看病・介護の生活になりました。

そして2008年末に父が他界してからは、

「自分がやる仕事は終わった」と考えるようになったのか、

余り活動的ではなくなりました。

 

からだはまだ丈夫でしたが出歩かなくなり、

日がな一日、家で過ごすようになりました。

父と一緒に建てた夫婦のお城みたいな家で、

父との思い出に包まれて暮らすのが

一番安心で幸福だったのでしょう。

 

一緒に暮らしていた妹は、そんな母を施設に移すのは

さぞや罪悪感に苛まれたと思いますが、

現実的問題・介護の際の物理的問題を考え合わせると、

しかたありませんでした。

 

僕が帰省するたびにいつも

「そろそろお父さん、迎えに来るかな」と言っていたので、

亡くなった時は、よかった、やっと来てくれたね、

という気持ちでした。

 

棺には父と旅行に行ったときの写真と、

最期まで愛用していた

兎の柄の巾着袋(小物入れ)を入れました。

かれこれ10年以上前に、

うちのカミさんが母の日にプレゼントしたものです。

 

皆さんの参考になれば、

また、自分のメモの意味もあって、

三日間、あれこれ母の死に際して思ったことを書きました。

 

考えてみると、母が亡くなったことで、

子供時代から自分のことを知っている年長者は

一人もいなくなりました。

やはりこれから時々、

寂しさに襲われたりするのだろうなという気がします。

 


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母の葬式について

 

6月24日にお通夜、25日にお葬式をしました。

僕は長男なので喪主をしました。

 

14年前の父の時に続いて2回目ですが、

父の時は、僕が名古屋に到着した時は

母や妹がすでに段取りを決めていたので、

そこに乗ってやっていただけでした。

それと比べて今回はいろいろ意見を出しました。

 

ちょうど仕事がひと段落し、

入っていた予定がキャンセルされていたので、

巡り合わせがいいというか、

そんなところまで息子に配慮して

出立してくれたのかなぁと思います。

 

さらにタイミングについて言うと、

コロナが落ち着いてからだったので、

みんな気兼ねなく集まれたことも幸いでした。

たとえば去年の今ごろだったら、

とてもこうはいかなかったと思います。

 

名古屋には「ティア(TEAR)」という

割と新参者の葬儀社があり、その本社と葬儀場が、

実家から歩いて10~15分程度の場所にあります。

 

ここは業界で先駆けて明朗会計を打ち出し、

業績を伸ばしてきた会社で、

名古屋をはじめ、愛知県内では40以上の会館を運営。

近年は東京など、他の地域にも進出しています。

 

父の時は病院で亡くなったので、

そこに常駐している(?)葬儀社に頼んでしまいましたが、

今回はここでやろうと、予め妹と話して決めていました。

(特に事前相談などはしていませんでしたが)

 

家族葬で参列は10人。

うちが3人、上の妹の家3人、下の妹の家4人。

母のきょうだいはすでにほとんど亡くなっており、

末の弟さんが一人だけ残っていますが、

ご高齢のこともあって呼びませんでした。

 

また、特に親しくしていた友人や

近所の人もいなかったので呼びませんでした。

 

母はすでに社会的な存在力はないし、

僕も妹夫婦も自営業ということもあり、

いわゆる世間体や面倒な利害関係などは

全然考える必要はありませんでした。

 

うちのカミさんは義母の世話があるので、

名古屋まで来るのは無理だろうと当初、思っていました。

義母は認知症なので、

たとえ1日でも一人でほっとくわけにはいきません。

 

日程を伝えてすぐにケアマネさんに頼んで、

どこか泊まれるところはないか探してもらいましたが、

認知症患者を受け入れてくれるところは

急には見つかりません。

 

そこで普段通っているデイサービスに無理やり頼み込んで、

朝1時間早く、

夕方1時間遅く預かってもらうことにしました。

それでぎりぎり葬式の時間に間に合うことができました。

終了後はそのままタクシーと新幹線で

とんぼ返りになりましたが、

それでも本人は最後のお別れが出来てよかった、

と言っています。

 

近年、特にコロナ禍になってから東京などでは、

火葬場でお別れするケースも増えています。

3年前の義父の時もそうでした。

 

ただ義父は「お寺はいらない。葬式も特にしなくていい」

と明瞭に書き残していたので、

送る遺族もそれに従うことに心は痛みませんでした。

 

 

母は何も希望を遺してなかったので、

やはり遺族しては心情的に、

普通に葬式をやるべきだろうと思いました。

 

最近はお葬式不要論も唱えられており、

僕も自分自身の時はいらないと思っていますが、

やはり親の世代は別です。

 

いずれにしても何らかの形で

お別れの場は作った方がいいと思います。

 

もちろん、かなり非日常的な値段のお金がかかるし、

経済的にどうしても無理という人もいるでしょう。

また、悪感情しか持ってないが、

自分の肉親なので義務で葬らなくてはならない人、

身元引受人としてしなくてならない

という人もいるでしょう。

 

そうした人はのぞいて、

故人に少しでも愛情を抱いている人、

お世話になったと思える人は

お葬式、またはそれに準じるお別れは

きちんとした方がいいと思います。

 

やはり亡くなってすぐ、そうした場を設けないと

自分が後から寂しくなるし、

心に何らかの罪悪感が残ると思うのです。

 

葬式については予算オーバーでしたが、

大変満足出来ました。

費用のことについてはまた後日書きますが、

低価格を打ち出している葬儀社の

「○○円~」という表示には注意が必要です。

 

この提示された金額はベーシックプランの額なので、

そこに何が含まれているのかが問題です。

あれもオプション、これもオプションとなると、

安いと思っていた価格が2倍、3倍、4倍と

際限なく膨れ上がります。

 

うちの場合は全員身内だし、引き出物なども省いて

できるだけ簡素にしましたが、

それでも当初の予算の1・5倍くらいにはなりました。

 

両親のささやかな遺産があったので、

施設の入居費も含め、すべてそれで賄えたので

そこまでケチる必要はありません。

 

費用のことはひとます置いといて、

ひとことで言ってしまうと、

お葬式は、現場を仕切る担当者(葬祭ディレクター)が

どういう人かで決まります。

 

母のお葬式を担当してくれた方は

たいへんいい人でした。

説明も丁寧で、ビジネスっぽさを感じさせません。

過剰に感情を入れることもありませんでした。

(母が幸福な亡くなり方をしたので、

僕らが冷静だったこともあるかもしれません)

 

いずれにしてもいい人かどうか、

いい人と感じられるかどうかがすべてです。

 

技術や知識はあるに越したことはありませんが、

それよりも人柄の比重が大きいでしょう。

正直、相性もあるので、運・不運もあります。

なんとなく合わない人に当たったら、

うまく合わせるようにするしかありません。

 

そんなわけで身内だけで仏式の通夜と葬式をやり、

火葬場へ行って収骨をして戻ってきてから

初七日法要をやって、精進落としの料理を食べて

散会しました。

 

担当してくれた人には

「あなたがやってくれてよかった。ありがとう」と

素直にお礼を言いました。

 

プロなんだから当たり前だと思われるかもしれませんが、
あんまりプロっぽいと却って嫌な感じがするのが、
葬儀屋さんの難しいところ。
だから人として率直に感謝を伝えました。

葬式は本当に遺族の心の問題なので、

何が正解で、何が不正解かはありません。

お金をかければいいわけでも、

何が何でも安く済ませばいいというわけでもありません。

 

また、最近は時代が変わって

いろいろ新しいやり方も提案されていますが、

葬式はその地域ごとに、長年続いてきた

風習・文化に基づくものなので、

この10年やそこらの東京のトレンドで

変わったこと・新しいスタイルでやるのは、

結構難しいのではないかと感じます。

 

本当は普段からいろんなところに相談しに回って

「葬儀屋の文脈」みたいなものに親しんでおいたほうが

いいんだろうと思いますが、

なかなかそうはいかないのが現実ですね。

 

いずれにしても母の旅立ちは

無事、安心して見送れてよかったと思っています。

 


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93歳・母の老衰死について

 

6月23日に母が亡くなりました。

たくさんのお悔やみの言葉をいただき、

ありがとうございます。

 

今後、皆さんも高齢の親御さんなど、

親族の最期に立ち会う機会があるかと思います。

エンディングライターの仕事もやっているので、

3回ほどにわたって母の死の過程や、

自分が喪主を務めた葬式のことなどについて書きます。

もちろん、まったく同じケースなど

あるはずはありませんが、

何かの参考になれば幸いです。

 

母の死因は老衰。

93歳と5ヵ月でした。

 

名古屋の実家で妹の家族と一緒に暮らしていました。

6年ほど前からだいぶ老いてきたなと思っていましたが、

90歳を迎えた頃から衰えが顕著になり、

自宅で面倒を見るのが困難になってきました。

 

結局、2020年の2月に肺の機能が

一時的に落ちて入院したのをきっかけに、

同年3月末から特養老人ホームに入居して、

そこで2年3ヵ月暮らしていました。

 

僕はコロナでなかなか面会に行けず、

電話で話すばかりでしたが、

いつも「元気だよ、大丈夫だよ」と言っていました。

 

施設へは昨年10月にやっと行けたのですが、

一目会って見て

「ああ、この人はもうそんなに長くこの世にいない」

とわかりました。

ちょっと大げさに表現すると、

この世の煩悩が抜けた、半分観音様にみたいに見えました。

 

その後、何回か面会に行きましたが、

6月9日に息子(彼女の孫)といっしょに、

カミさんの手紙とプレゼントの花を持って行ったのが

最後になりました。

 

死の前日の午後、実家の妹から

「血圧が下がっている」と連絡がありました。

夕方、直接施設に電話したところ、

どうなるかわからないという話だったので、

とりあえず仕事を済ませ、

翌日朝から向かったのですが、

途中で妹から「亡くなった」とメールが来ました。

 

後から聞いたところ、前日から眠ったままの状態になり、

朝、職員が見た時は呼吸が極端に弱くなっており、

9時過ぎぐらいには止まってしまったようです。

その後、医師が来て10時過ぎくらいに

死亡を確認したとのことでした。

 

冬場に肺の機能が落ちること以外、

特に目立った内蔵疾患などはなく、

自然に衰弱していったことなのだろうと思います。

 

認知症というよりボケが入っていて、

今年になってから時おり意識が飛ぶことがあったようで、

一度、施設の職員から

「病院に行ってCTなどで検査してもらいますか?」

と聞かれたことがありましたが、

苦痛・ストレスを与えるだけだと思い、

妹も僕も断固断りました。

延命措置も最初から断っていました。

 

ちなみに高齢社会を反映して

「死因:老衰」は最近増えているようで、

90歳を超えた人で特定の病気がわからない人には

老衰という診断を下すようです。

 

ネットである医師の記事を見ると、

老衰の定義というのはかなりあいまいで、

言ってみれば「非科学的な死因」らしいです。

 

それもあって高度成長期以降、

いわゆる「病院死」が多かった時代は、

ずっと老衰という死因は減り続けていたようです。

それがこの10年ほどでまた増えて来たようです。

 

ただ、遺族の中には「老衰」という診断を下すと

怒り出す人もいるようです。

なぜかは僕にはわかりませんが、

ちゃんとした科学的な死因(病名)がつかないと困る人

(お金がらみ?)もいるのでしょうか。

 

今年になってからすごく食が細くなってきて、

最期の数日はぜんぜん食べなかったようです。

母は僕の知らない若い頃は別にして、

ずっと太めのおばさんだったのですが、

亡くなった時はほぼ半分以下にスリムに、

小さくなっていて、顔も細長くなっており、

まるで別人のようでした。

 

と書くと、とても痛々しい印象を受けるかと思いますが、

人間、自然に死ぬときは

こういうものではないかと思います。

人生おしまいにするのだから、

もうエネルギーを補給する必要もない。

だから食べずに、小さく小さく縮んでいく。

比喩でなく、本当に肉体的にも子どもに還っていくのです。

 

ボケていましたが、電話の時も面会の時も

「おまえの声はすぐわかる」と言って、

僕の声や顔はクリアに認知していたようです。

そして、息子に対しては最後の最期まで

「元気だよ。大丈夫だよ」としか言いませんでした。

亡くなった今も僕はそのセリフを鵜呑みにしています。

 

本人ではないのでもちろん本当にところはわかりませんが、

特に苦しい思いをすることなく、

自然に安らかに旅立ちました。

 

おかしな言い方に聴こえると思いますが、

そんな亡くなり方をしてくれて嬉しい。

正直、自分の中では悲しさよりも

嬉しい、良かったという思いが勝っていました。

ありがとう。

あちらで先だって亡くなった父(夫)と逢うこと、

そして幸福であることを祈っています。

 


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週末の懐メロ88:恋はみずいろ/ヴィッキー・レアンドロス

 

1967年リリース。

誰もがおなじみ、

ポール・モーリア楽団のインストゥルメンタルで有名。

僕はてっきりポール・モーリアの曲だと思っていたのだが、

じつはカバー曲。

 

オリジナルはアンドレ・ポップという、

映画音楽を手掛けていたフランスの作曲家が作った歌。

発表されるや、あっという間に大人気となり、

1960年代から70年代にかけて、

めっちゃ大勢の歌手が競うようにこの曲を歌っている。

日本では森山良子、由紀さおり、あべ静江など。

(僕はつい最近まで、

この曲にちゃんと歌詞があることすら知らなかった)

 

そして最初に歌ったのは、

このヴィッキー・レアンドロスで、

この人のことも初めて知った。

ギリシャ出身でフランス語、英語、ドイツ語などの

マルチリンガル。

 

まだティーンエイジャーだった1967年、

ウィーンで開催された

「ユーロビジョン・ソング・コンテスト」で、

ルクセンブルク代表として出場しフランス語で歌った。

 

もともとアップテンポの曲で、

このコンテストではメダルを逃す4位だったが、

その後、僕たちがよく知る

メロディアスな曲にアレンジされた

英語バージョンが登場し、

のちのロングセラーヒットに繋がった。

 

このビデオはドイツ語バージョンで、

美しいエーゲ海と故郷ギリシャの島をバックに

ヴィッキー・レアンドロスが

海風に髪をなびかせて歌っている姿が夏にぴったり。

 


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母、亡くなる

 

今朝、母が亡くなったので名古屋に来ている。

93歳。老衰。まさに眠るように終わった。

2週間前、息子と面会に行ったのが最後だった。

さようなら👋

 


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新刊予告:エッセイ集:エンディング2「死ぬまでジタバタ しようぜ」

 

エンディングライターとして雑誌・ウェブサイト

(葬儀・供養業界の専門誌)で2016年から記事を書いている。その取材の過程で拾った諸々のエピソード、

記事の中には出さなかった情報・感想などを

中心に綴ってきた、

人生のエンディングにまつわるエッセイを1冊にまとめた。(2020年以降のものは続刊に収録予定)

 

出来れば遠ざけたいもの、

ずっと知らないフリをしていたい「死」は、

すべての人がいつかは関わらなくてはならない事象。

どうせいつかは向き合わなくてはならないものなら、

少しずつでいいから心を慣らしておいた方がいいのでは――

ということでお役に立てるなら何よりです。

 

また、子どもや若者で、

じつはとっても死に興味があるという人。

あなたは別に異常でも何でもなく、

「死があるからこそ生が輝く」という

人生の本質を知る人です。

そんな人にとってもお役に立てる本・

心の糧にしていただきたい本です。

 

もくじ

・死ぬまでジタバタしようぜ:「老い」を楽しんだ蜷川幸雄さん

・エンディング時代の遺産相続を考える

・エンディングを意識して人生の台本を書く

・「老害人」の話と人生最後で最大の仕事

・高齢者ドライバーは、免許返すとおトクやでぇ~

・人形が幸せになれる国ニッポン

・茨城・葬式の撒き銭のルーツを探る

・映画やテレビドラマの世界では高齢犯罪者が増えている?

・マタギの里の大往生

ほか全39編

 


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夏至ケロ、運よ開ケロ

 

きょうは夏至。

いちばん日の長い日。

それに加えて、いろいろ縁起の良いことが重なってて、

スピリチュアル的にはめちゃくちゃな幸運日で、

この日に何もやらないのはおバカさん。

――くらいの素晴らしい開運日なんだって。

 

ということを日が暮れた、ついさっき知った。

あっちゃー!

今日はカミさんも義母もいないので、

ひとり悠々夏バテの先取りをして、

1日中、本を読みながら転がってた。

 

今年もぼちぼち半分終わり。

頭からっぽにしてキャパシティ作って

後半戦の運を呼び込みましたってことで。

 

名古屋名物・青柳ういろうの

「かえるまんじゅう」の空き箱で

開運ガエル作りました。

 

あなたの運が開ケロ。

世界に平和と笑顔がよみガエル。ますように。

 

 

おとなも楽しい少年少女小説

 

てるてる男とふれふれ女

 

http://www.amazon.com/dp/B0B2W7M47L

 


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「南の島でのんびり」なんてFIREしなくてもすぐできる

 

1~2年ほど前からビジネスパーソンが

「FIRE」という言葉をよく口にするようになった。

「うぉぉぉぉ」と炎のように燃えて

仕事をすることなのかと思ったら、

ぜんぜん違っていて、

FIREとは「Financially Independence, Retire Early」の略。

若いうちに経済的に自立し、仕事を辞めることだという。

 

ネットや雑誌では、投資でもうけて

30代くらいでリタイアし、

「南の島でのんびり暮らしてます」

といった人が紹介されているそうな。

 

それなら僕はもう20代でそんな経験は済ませた。

1987年、ヨーロッパをバックパックで旅行していて、

エーゲ海に浮かぶギリシャのロードス島という島で

10日くらいのんびり過ごしていた。

 

気を入れていた仕事が

クライアントの事情でキャンセルになり、

いきなり蒸し暑くなったせいもあって

疲れがどっと出たので、

ここ2日ほど、

ネットもほとんど見ずにゴロゴロしていたら、

ふと、そのことを思い出したのだ。

 

いかにもエーゲ海風の白い家(民宿)に泊って、

そこにオランダ人の女の子やカナダ人の男も

出入りしていた。

 

持ち主のギリシャ人のご夫婦といっしょに食事をして

日本のことやイギリスのこと

(その頃はロンドンで暮らしていた)を聞いてきた。

 

「日本人は何を食べるんだ?」

「魚介類をよく食べるので、

この島と似てるかも知れません」

「イギリスのめしとギリシャのめしはどっちがうまい?」

「うーん。イギリスのほうがうまいものもあるし、

ギリシャのほうがうまいものもありますね」

とかなんとか。

 

そんなわけで美しい海を見ながら、

さらにネコと戯れながら

(ギリシャの島にはどこもやたらネコが多い)、

旅の疲れを癒したのだが、

あの10日ほどが自分の人生の中でどんな意義があったのか、

今もってわからない。

まあ単なる「休み」だったのだろう。

 

でも、今思うとちょと長すぎた。

なんで10日もいたのだろう?

海は確かに美しかったが、それも3日も見てれば飽きる。

特にこれといった思い出もなく、

ただただ、何もすることがなくて

退屈だったという印象が強い。

 

最近言っている「FIREして南の島でのんびり」というのは、

もちろん僕のビンボー旅行の体験などとは

ニュアンスが違っていて、

億り人(資産1億円)の特権みたいなものだ。

 

でも、僕が言いたいのは

「南の島でのんびり」したいだけなら、

今の日本人なら、その気になればいつでもできるってこと。

 

知らないから憧れる人も多いのだろうけど、

そんなのちょっと本気で働いてお金を貯めれば、

あるいは、投資をする元手があるのなら

それを使ってすぐできる。

 

先に体験しておいて「ああ、こういうものなのか」と

わかったうえで、それでも

「永遠ののんびり」を手に入れたいというなら

がんばってFIREをめざしたら?と思う。

 

それにまたいつ何時、コロナが復活したり、

他の伝染病が起こらないとも限らない。

本気で南の島に憧れているのなら

FIREしてどーのこーのなんて言ってないで、

行けるときに行って、若いときに体験しておいた方が

おトクなのではないかと思う。

 

「おいしいものは楽しみに取っておいて、

後からゆっくりいただこう」なんて思っていると、

いただく機会を失っちゃうかもしれないよ。

人生は短いですよ。

 

 

おりべまことエッセイ集:世界

1日3分の地球人

http://www.amazon.co.jp/dp/B09DF7VHPZ

 


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週末の懐メロ87:東風/YMO(イエローマジック・オーケストラ)

 

1979年リリース。

「テクノポリス」「ライディーン」と並ぶYMOの代表曲。

ファーストアルバムに収められており、

ライブでも中盤のハイライトやエンディングを飾っていた。

 

1979年と80年、2回のワールドツアーの演奏の数々は、

今でもオールドファン、そして新しいファンをうならせる

彼らのベストパフォーマンスだ。

 

YMOの正式メンバーは、

リーダーでベーシストの細野晴臣。

 

当時まだ、ほとんど無名のスタジオミューシャン、

ここから「世界のサカモト」に昇華した

キーボードの坂本龍一、

 

サディスティックミカバンドのドラマーで、

英国でのライブ、レコーディングも経験していた

高橋幸宏の3人。

高橋はリードヴォーカルも担当するほか、

衣裳デザインなど、

アートディレクター的な役割も担っていた。

 

この3人にサポートメンバーとして、

ギターに渡辺香津美、のちに大村憲司。

シーナ&ロケットの鮎川誠も入ったことがある。

 

キーボードとヴォーカルに矢野顕子。

このツアーの中盤には必ず彼女の歌う

「在広東少年」を演奏し、大人気だった。

 

さらにシンセサイザープログラマーの

松武秀樹。

 

まさに当時の最強の布陣で取り組んだ

このツアーの音源はたくさんあるが、

同じ曲でも一度として同じ演奏はなく、

バラエティ豊かな即興性を楽しめる。

「東風」はこのバージョンが、

最も疾走感・アグレッシブさを感じる。

 

YMOは1970年代に後の日本のポップス、

ニューミュージックの原型を創り上げた

「はっぴえんど」「ティン・パン・アレー」という

2大バンドの中心メンバーとして活躍した細野晴臣が創設。

 

細野は「エキゾチカ」と称されるジャンルの音楽

――西洋人が解釈する東洋の音楽――に影響を受けて、

これをシンセサイザーなどの電子楽器を駆使し

てやってみたらどうか?

という野心的な試みを抱いて

YMOのコンセプトを練り上げた。

 

ただし、たんなる実験で終わることなく、

インターナショナルな商業的成功を目指し、

坂本・高橋と共に独自のサウンドを追求した。

 

細野としては1970年代を通して、

日本のポップミュージックが

英米に劣らないレベルまでスキルアップしたことを確信し、

世界に打って出ようという強い意思があったのだろう。

 

彼の目論見は功を奏し、

YMOは日本のバンドとして

最も大きな世界的成功を収めた。

 

国内では社会現象を巻き起こし、

僕もこの頃、長髪をやめてテクノカットにしたり、

シャツのボタンを喉もとまできっちり締めたりしていた。

 

彼らの登場は新たに「テクノポップ」という、

それまでにない音楽ジャンルを産んだ。

近代ポピュラー音楽史のエポックメイキングになり、

当時はもちろんだが、

YMOはむしろ近年のほうが評価が上がっている感がする。

 

いま聴いても抜群に新鮮でキレのある演奏

(特に細野ベースと高橋ドラムの凄さ!)から、

あの時代の空気と共に、

若々しかったメンバーらの熱いエネルギーが伝わってくる。

 

 

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ポップミュージックを

こよなく愛した

僕らの時代の妄想力

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烏山寺町のネコ寺

 

世田谷区の千歳烏山に近い烏山寺町でお寺の取材。

この地域には大正末期の関東大震災のとき、

浅草や築地あたりで被災した26ヵ寺が

こぞって引っ越