エンディングを意識して人生の台本を書く。

 

●エンディング文化の時代到来

 

 エンディング産業展の取材を終えて考えたこと。

 それは、エンディング――死を楽しむ時代がやってきたということです。

 

 「死を楽しむ」というと語弊があるかもしれませんが、要はひとりひとりが自分の人生の終え方について期待感や希望を抱く、ということです。

 

 いつかはこの世からおさらばしなくてはいけない。

 これはあらかじめそう決まっています。

 だったら悲しんだり寂しがったりするだけでなく、そうした感傷も含めて、思い切って楽しんだほうが「お得」なのではないでしょうか。

 

 少なくとも僕たち、現代の日本人ひとりひとりは、そうしたことをできる豊かな文化に包まれて生きていると思うのです。

 

●人生は20歳まで

 

 じつは人生は20歳で決定しています。

 20歳までの経験とそこから吸収したもの、そして喜怒哀楽の感情で人間の心身の基盤は出来上がります。

 どうすれば自分は気持ちよく生きられるのか、この世の人生において何に価値を置いて生きるのか、自分が果たすべきミッションは何なのか・・・これらはもうみんな、最初の20年で僕たちの内側にしっかりインプットされます。

 

 ただし、そのことに気づくかどうか、それらをいつ発見できるか、はその人しだいです。最期まで見つけられずに終わってしまう人も少なくない。いや、もしかしたら大半の人はそうなのではないでしょうか。

 

 だから20歳を過ぎた大人は、自分の人生の主人公は自分であると、しっかり意識したほうがいい。

 そして日々、自分の人生の台本を書いていくといい。

 細かく書き込む必要はないけれど、どういう流れでどうなり、どんな大団円を迎えるのか、エンディングまで想定してプロット(筋書)を作っておくといいと思います。

 

 もちろん、僕たちを取り巻く環境は、時代とともに刻一刻と変化していくので、日々リライトすることが必要です。

 でも、ベーシックな台本があるとないとでは違います。まったく手ぶらで毎日アドリブだらけでは続きません。

 

 でもじつは、わざわざ僕がこんなことを言わなくても、あなたも自分の人生の台本はひそかに書き進めているはずなんですよ。

 耳を澄まして自分に聞いてみてください。

 そして、目を凝らしてよく探してみてください。

 

●リライトしよう、今からでも始めよう

 

 親やら先生やら世間一般やらの書いた台本で生きている――

 もし、あなたがそう感じるのなら、そんなものは破り捨てるか、端から端までリライトして自分のものにしてしまう必要があるでしょう。

 

 また、もう齢で今からでは手遅れだ・・という人も大丈夫です。

 これまでの記憶・実績を材料に再構成することができます。

 起きてしまった事実は変えられなくても、現在の自分、そして未来の自分に合わせて、その事実の意味を変えることができます。

 マイナスと捉えていた事象もプラスに転換することができます。、

 これもどんどんリライトしましょう。その気になれば一晩でできます。

 

 完成度の高い台本、公開する台本(必要だと思えば見せてもいいけど)を作ることが目的ではありません。

自分が主人公であることを意識し、生きるということについてイメージを広げ、深めるためにこうした考え方をするのは有効ではないかと思うのです。

 

●エンディング産業を面白がろう

 

 エンディング産業は「人の死をネタにしたお金儲け」と、胡散臭い目で見られることがまだまだ多いようですが、歴史・文化・哲学など、いろいろなことを考えさせてくれる媒体です。

 

 そして経済と結びつくことで、世の中に大きな影響を与えていきます。

 そこで提供されるあふれんばかりの商品やサービス――それこそラーメン一杯からデザート付きフルコースまで――は、すべて今を生きる人たちの心が投影されたものばかり。どれを選ぶかは自分次第だし、オーダーメイドも可能だし、どれも選ばないという選択肢だってもちろんあります。

 興味と好奇心を持って覗いてみると、きっと面白いと思います。

  

 

2016・8・28 SUN


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ウーパールーパーな女子・男子

 

 「おまえら、いいトシこいて小学生かよ~」

 というのが「女子・男子」という呼び方に対する感想でした。

 20代だったらいざしらず、いったいいつから中高年まで女子・男子と呼びならわすようになったのか?

 たぶん少なくとも21世紀以降のこと。今ほど頻繁に使われ、定着するようになったのは、この10年くらいか?   どうも前から気になっていたので、これがいったいどういう意味を持つのか考えてみました。

 

●間柄によってビミョーに呼び方を変換

 近頃、女・男を呼び表すのって意外と難しいのです。

 「女性・男性(ジョセイ・ダンセイ)」は書くのはいいけど、音声で表す場合、どうもフォーマルすぎる。改まった席や仕事の場でなら問題ないが、ちょっとくだけた場や親しい間柄で「ジョセイ・ダンセイ」と言われると違和感があります。

 それならやっぱり「女・男(オンナ・オトコ)」―― 僕はこの呼び方を好むのですが、困ったことに最近、女性の中に敬遠する人が少なくない。

 

 文脈の中でどう使うかにもよりますが、「セックスを感じて恥ずかしい」「あまり口では言いたくない」という意見があるのです。「情婦・情夫」といった漢字と結びつくのでしょうか。性を伴う愛のにおいがするのでしょう。

 

 かなり親しい間柄でなら問題ないけど、やや親しさが希薄な友だち・仲間、あるいは仕事の同僚などに対しては、もしかしたら不愉快に感じるかな?と思ってしまうので、僕も「女の人(オンナノヒト)」といった言い方をします。(自分が男なので、男は「オトコ」でOK)。

 つまり相手によってけっこう使い分けなくてはならない。いやはや、なんとも日本語は繊細で複雑でビミョーです。

 それに仕事でも趣味でもプライベートでも、年齢層で分断されることなく、いろいろな年代の人間が、フラットな関係で入り混じって行動するようになったことも、こうした呼称のビミョーさに影響しているのではないかと思います。

 

●安心・安全なジョシ・ダンシ

 そこで登場した「女子・男子(ジョシ・ダンシ)」は、かなり便利。

 もともと子供・若者、あるいはスポーツ選手に対しての呼称だったので、「ジョシ」「ダンシ」と言われると、なんだか若返ったような気分になるし、カタさがなく、親しさイマイチの間柄でもOKだし、一般的な呼称としても安心して使えます。

 

●英語文化と日本語文化

 女子・男子は英語だとGIRL・BOY。

 英米ではむしろこっちのほうがセックス臭が漂いますね。

 その方面のお仕事をしている人はこの呼称で呼ばれることが多いと思います。

 なので普通、英米人の中高年は「GIRL」「BOY」なんて呼ばれたら腹を立てるんじゃないでしょうか。

 ところが日本語―ー日本人の場合はその逆。

 比較して考えると、英米が子供・若者(子供っぽさ・若さ)を下に見るのに対して、日本人には子供を神聖視したり、若さを尊ぶ精神構造があります。女子・男子×GIRL・BOYには、そうした文化の違いも見て取れします。

 

●女子・男子の裏にある「成長」というキーワード

 もうちょっと深掘りしてみたらどうなるか・・・ということで発見したのが 5年ほど前、自分のブログで書いていた文章。これは当時、映画・TV・演劇で「三銃士」がちょっとしたブームになっており、それについて書いたものです。

 

 いわゆる“成熟社会”となった先進諸国では“成長”は重要なキーワードだ。未熟だろうが、ダメダメなところがあろうが、成長を感じさせる、言い換えれば、未来への可能性を感じさせる人や集団や企業は、すこぶる魅力的に映る。 

 

 つまり、今、それだけ“成長”というものに希少価値があるのではないだろうか。

 成熟し、伸びきってしまった大人にはそうした魅力が見出せない。しかも環境の変化のせいもあり、信頼感も失墜しているのでなおさらだ。 

 

 ちなみにこれは実年齢のことを言っているのではない。10代・20代はもちろん、50代・60代でも“成長”しなくてはならない(少なくともそういう意志を見せなくてはならない)世の中になっているのだ。

 そして、若いダルタニアンと年長の三銃士のように、互いに影響を与え合いながら伸びていくことが求められている……三銃士の物語は、そうした現実を映し出す鏡のような機能を持っているのでは、と感じる。 

 

 どうもこうした意識がそのまま、僕たちの深層心理に貼りつき、いつまでも成長しきらない子供・若者の部分を形成しているのではないかと思います。

 それが「女子・男子」という呼称に結びついている。

 国境が溶け、世代差が溶け、リアルとバーチャルの境界が溶け、それでいながら経済や社会階級の格差が広がる今、人間として完成してしまうこと、成長しきってしまうことは、今後のことを考えるとマイナス要素にしかならない。

 齢は取っても可能性は残しておきたい・・・という気持ちの表れなのかも知れません。

 

●僕たちはいつまでウーパールーパーか?

 というわけで、ウーパールーパー。

 南米のサンショウウオの一種であるこの生き物、一般的には死ぬまで成熟せず、幼体のまま一生を終えるのだそうです。

 最近「1980」を謳ったCMでテレビに再登場しましたが、 確かに1980年頃、ウーパールーパーみたいな顔をした若い連中(=当時の僕たちのことです)が街の中をうようよ泳ぎ回っていました。

 

 あれから30年以上経った今も、依然として僕らはウーパールーパーそのもの。

 オトナ女子・オトナ男子として、ろくすっぽ成長することなく、結局、単に子供オバさん。子供オジさんのまんまで終ってしまう可能性は大きいのではないかと思います。

 

 でも「今どきの若いモンは・・・」という昔の人たちが本当に尊敬に値する大人ばかりだったのか?といえば、そんなことはない。情報がたやすく手に入らなかった時代の社会では、ごまかし、カッコづけも簡単で、威張っていられましたからね。

 

 今、成長するとはどういうことなのか? ごまかしやカッコだけでなく、大人になるってどういうことなのか・・・人生の続くかぎり、考えていこう。

  

 

2016・8・15 MON


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ぼくはセイウチロウ

 

氷の世界の恐怖のセイウチ

 子供の頃、動物図鑑で初めてセイウチの写真(イラストだったかも知れない)を見た時は、そのモンスターのような姿・形に心の底から驚愕しました。

その時の僕のセイウチのイメージは、世界の果ての暗くて冷たい氷の世界で巨大な牙をむき出しにして世にも恐ろしい咆哮を轟かせる孤独な怪物。

こわかったなぁ。

 人生の中でもしこんな怪物に出会うことがなあったら、僕は一瞬のうちにカチンコチンに凍り付いて、冷凍食食品になってこいつに食べられてしまうだろうと思い、どうぞそんなことになりませんように、と、何度もお祈りを唱えました。

 

夢の世界でセイウチロウと邂逅

 という衝撃が消えたのはいつのことだろう?

いろいろ本を読んだりテレビを見たりするうちに、セイウチは割とおとなしくて温かい生き物。孤独ではなく、群れをつくってのんびり暮らしていることなどを知りました。

それどころか、近年は日本水族館にも住んでいて愛嬌を振りまいてくれています。

 

 そのセイウチ君に僕もお世話になっています。

 夏、お昼寝するときは涼しい水族館のイメージを抱いて横になり、水中を魚がうようよ泳いでいる中をうつらうつらしつつ彷徨っているのですが、15分ないし30分ほどすると、コツコツと頭を何かがつつく。

「おい、起きろよ、セイイチロウ」

と目を覚ますと目の前には強大なセイウチが。やつはその牙の先で僕の頭をつついいたのです。

 こいつはセイウチロウといってクールな夢のアラーム係として30分経ったから起こしにくるのです。それ以上寝ちゃうと夕方まで頭が働かなってしまうので。起きない時は歌を歌って起こします。

 もちろん、歌はビートルズの「I am the Walrus」。

 

●ビートルズフェスでセイウチ登場

 そういえば昨夜、録画しておいてずっと見ていなかったNHK-BSの「BEATLESフェス」なる3時間番組を見ました。

  ビートルズ来日50周年ということで、当時の逸話――ビートルズにはっぴを着せた日航のスチュワーデスさんの話やら、独占取材に成功した星加ルミコさんやら湯川レイコさんの話――昔、音楽雑誌でよく記事を読んでいましたが、音楽ジャーナリズムのリーダーだった彼女らはまだ20代の女の子だったんですね――やら、を中心に、年寄りから若者まで入り混じったスタジオトークや、ビートルズ番組お約束のリバプール―ロンドン紀行(森高千里がキャバーンクラブに行ってドラムを叩いてた)などがてんこ盛りのバラエティ。

 しかし、目玉は何といっても、新旧いろいろな日本のミュージシャンたちがやるビートルズナンバーのトリビュートライブでした。

 

 財津和夫「Yesterday」や平原綾香「Hey Jude」などは、ま、定番の、という感じ。仲井戸麗市(チャボ)の「The Long and Winding Road」はほとんど自分で歌詞を書き換えた替え歌で、清志郎へのレクイエムにしか聞こえない。歌い方もそっくりだ。やっぱ寂しいんだろうね。

 

 その中で一番面白かったのがラブ・サイケデリコの「I am the Walrus」。

 ぐにゃぐにゃしたサウンドとともに、「おまえはあいつ、あいつはおいら、おいらタマゴ男、おいらセイウチ」なんていう、ジョンのナンセンスでファンタジックでグロテスクな詩の世界がぐりぐり脳天にねじ込まれてきて、めっちゃカッコいい!  こんな新鮮なアレンジでこの曲を聞けるとは思ってもいなかった。まったく感動モノでした。

 

 オリジナルを聞いて育ったおっさん・おばさんたちは、どうしてもリスペクトが先に立ってしまってアレンジも表面的で徹底しない。けど、「むかし、ビートルズっていうバンドがいたらしいね」と言っているような若い連中は、遠慮なくぶっ壊して、さらにおいしく料理していけると思います。

 ジョンやジョージがあの世から「おいおい」と言って止めに来るくらい、ガンガンすごいアレンジをしてほしい。

 

セイウチロウよ永遠に

 おまえはあいつ、おまえはおれ、だからあいつはおれ、おまえはセイウチロウ、ぼくはセイイチロウ、おまえはセイイチロウ? ぼくはセイウチロウ?

 まだまだ暑い。北極の氷の上でごろごろ寝そべる夢を見て毎日過ごすことにいたします。またセイウチロウと会うのを楽しみにして。

  

 

 

2016・8・11 THU


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四国化け猫➡猫神さま伝説

 

 この夏は四国をお遍路しています。

 ただし、オン・マイ・マインドで。

 葬儀・供養の業界誌の仕事で、ネット~メール~電話で取材しては原稿書きの日々。

四国の葬儀の風習や、お遍路についていろいろ勉強しました。

 

 で感じたのが、やたら四国にはネコが多いな、ということ。

 そういえば香川県のある島でネコがいっぱいいるのをテレビで見たことがあります。それで有名になって、観光客が出向いて、かわいい、かわいいとエサをあげまくるのでさらにネコ天国となっているようですが・・・。

 

 一方、僕が出会うのは、お葬式・お墓関連ので話からなので、この世とあの世の境界線上でニャーニャー鳴いているネコばかり。

 

●四国の葬儀における猫の存在

 

 徳島や愛媛で、家で人が亡くなると枕元にホウキや刃物などを置く、という風習があります。(正確には「あった」という過去形。日本の昔ながらの葬儀・供養の風習のほとんどは全国どこでも、この20~30年の間に9割以上消滅している)

何のためにこんなことをするかというと、ネコがご遺体の上をまたがないようにするため。ニャアとまたぐと死人が生き返って歩き出すとか、逆にネコがバケネコ化するというのです。

 ということは、この辺りではネコを飼っていた家が多のか?

 いや、飼っていたというよりも、ネコだのタヌキだの、動物たちが「こにゃにゃにゃちは~」と、自由にあちこちの家を出入りしていたのではないか、と思います。

 昔の日本の田舎の家は戸締りもいい加減で、常にオープン状態だったし、ネズミ退治にも役立つからね。だけど、キミはやばいからお葬式の時は来ちゃだめよ、という感じでしょうか。

 

日本三大化け猫伝説「お松大権現」の猫

 

 そんなわけでネコ伝説がはびこる四国。

 徳島県阿南市には「日本三大化け猫伝説」の一つに数えられている「お松大権現」という神社があります。

 ここに由来するお話は、借金苦にまつわるもので現代人にとってもリアル。

 むかし、困っている村人たちを救うために金貸しから多額の借金をした庄屋さんが金貸しに裏切られ、借金を残して死んでしまう。

 その妻・お松は「借金はちゃんと返したのに」と異議申し立てをしたのですが、その土地の奉行(きっと金貸しとつるんでいたと思われます。これも現代に繋がる政治とカネの問題です)が「わしゃ、返してもらとらんぞ」と、それを認めず、お松と、彼女が可愛がっていたネコを死刑にしてしまうのです。

 なんでネコまで処刑されるのかわからないけど、「わしの命に背く者は一族郎党皆殺しじゃ」という論理だったのでしょうか? 

 ネコも一族郎党に加えられてしまったのですね。

 

 で、この手の怪談兼勧善懲悪・庶民の味方ストーリーのセオリーとして、もちろん、この後、このネコはウソつきの金貸しと、権力乱用の奉行のところに化けて出て、悪者どもを地獄に叩き落とすというオチ。

 めでたし、めでたしということで、この正義のバケネコはこの神社にまつられることになったのです。

 

●今や霊験あらかた、招き猫だらけの観光スポット

 

 こうした因縁話があるせいか、なんと、この神社、今では受験と勝負ごとにご利益があるとして大人気に。バケネコになったネコはリベンジを果たした結果、「猫神様」に昇華。勝負ごとにご利益と言うので、全国からギャンブラーが詣でているようです。

 そして猫神様は招き猫の姿になって降臨したので、境内は招き猫だらけになっているようです。いやー、すごい。でも、借金は勝負事――ギャンブルに頼らず、地道にコツコツ返したほうがいいと思うなぁ。

 

 というわけで、妖怪も神様になってしまう四国。

 そういえば「千と千尋の神隠し」で、妖怪だか神様だかわからない者たちが湯あみに来る湯婆の湯場も愛媛の道後温泉がモデルになっていました。

 四国の旅・オン・マイマインド、まだまだ続きそうです。

 

 

2016・8・6 sat


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エリザベス2世の時代がもたらしたもの

 

仕事で2022年9月のエリザベス女王の国葬と

その前後・影響についての文章を書いていたので、

ネット上のいろんな資料を当たったり、

AIと女王について対話をしたりしていた。

 

1日かけてテキスト、写真、動画などを見るうちに

なんだか胸がいっぱいになった。

たかだか2年前だが、ずいぶん遠い昔のことに感じる。

 

1952年に即位して在位70年。

エリザベス2世はイギリスの国家元首だったが、

それだけでなく、

僕たちが生まれて生きてきた

20世紀後半から21世紀序盤の時代を統合した

アイコンみたいな存在だった。

イギリス・アメリカが主体となって構築した

現代の世界の象徴でもあった。

 

遺体の公開安置。

ウェストミンスター寺院での葬儀。

ロンドン市内を巡った後、

ガラス張りのジャガー霊柩車に乗せられた棺が

ウィンザー城に向かい、

聖ジョージ礼拝堂に埋葬されるまでの国葬は、

彼女自身が綿密に練りあげた

半世紀以上にわたる「終活」の結果でもあった。

 

日本でも生中継されたが、

あのようなドラマを秘めた、

美しく荘厳な式典を、

もう一度、別の形でリアルに体験することは

おそらく無理だろう。

 

国葬はイギリス王室の威光を示すものだったが、

当の王室はこれから縮小の一途、

そしてカジュアル化の一途を辿っていく。

人類の王族の存在・物語は、

やがてすべて虚構の中に移項していくだろう。

 

そして世界もあの時を境にして

ずいぶんと変わったように思える。

 

僕たち古き者はこれから

前の時代の記憶と

新しい時代の考え方の間で

少しずつ引き裂かれながら

生きていくことになるかもしれない。

20世紀カルチャーを堪能した者として、

それもまた楽し、と思わなくては。

 


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おりべまこと新刊「宇宙を旅するお年頃」

 

よりよい人生のためのサプリメント。

「生きる」をテーマにしたエッセイ集第5弾。

 

還暦を過ぎるとだんだん若返る。

ただし、それは精神面や感受性のお話で、

肉体的な年齢とは乖離していく。

 

これからの人生は、

こうした精神と肉体のギャップを

どうごまかして埋め合わせていくかが課題になる。

 

心がけるべきは脳内の清掃。

心にも体にもいちばんよくないのは、

ゴミ情報を貯め込んでしまうことだ。

頭の中に詰まったゴミ情報は、

そのままストレスに変質する。

それで健康を損なってしまう人が

かなり多いのではないかと推察する。

 

この情報化社会、ちょっと外を歩いたり、

ちょっとデバイスに向き合ったりすれば、

湯水のようなにいろんな情報が入りこんでくる。

そのうち9割以上は自分にいらない情報なので、

あっという間に脳の中はゴミだらけ。

朝はクリーンでピカピカでも、

夜になると汚染されて窒息しかけている。

 

そもそも僕は脳のキャパシティが小さいので、

できるだけ日々、

情報デトックスしていかなくてはならない。

いろんなことを書いてはSNSやブログで発信し、

それだけでは飽き足らずに本まで出すのは、

そうした自分のためという意味合いがあるからだ。

 

でもいろいろ書いていると、

思ってもみなかった面白い発見に巡り会える。

あなたもいい歳になってきたなと思ったら、

機会を作って何らかのアプローチで

自分の脳内を覗いてみてほしい。

そこには広大な宇宙が広がっている。

日々、その宇宙の旅を楽しみに出かけることが、

これからの人生の醍醐味になるだろう。

 

もくじ

 

高校教師とぼくたちの失敗

ネコのお遍路さんと笑劇の人生

人は神秘なき世界では生きられない

 

 

宇宙を旅するお年頃

 

「わたしを離さないで」:社会貢献と自己の幸福の追求

恋愛から遠ざかり、恋愛小説に歩み寄る

なぜ桜とクローンは切なくて美しいのか?

 

「美しい人」は今でも幸せに暮らしているのだろうか?

自己満足のために山に登る

海はとても遠くにある

 

中秋の名月の月光浴

人生百年時代の生き方は北斎に学べ

去りゆく母との再会

自由になるための結婚

気楽な神様に気軽にありがとう ほか

全34編 載録


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高齢者は電話の声に潜む体温・息づかいに騙される

 

夕方のNHK首都圏ニュースで

「ストップ!詐欺被害というコーナーがあり、

たいてい晩飯を食べながら見ている。

 

おもに高齢者の家に

息子、孫、警察官、役所、銀行など、

いろんな役に扮した詐欺師が電話が掛けてきて、

「助けてくれ」とか

「あなたは不正に巻き込まれている」とか言われて、

ATMに行かされ、振り込まされてしまう。

 

あるいは自宅にやって来た

友だちやら会社の同僚やら銀行員やらに

現金(タンス預金?)をわたしてしまう。

 

けっこう何年も前から同じパターン繰り返されており、

「なんでそんな耳にタコができたような

セリフにだまされるんだよ!」

とやきもきしてしまうが、

そこでふと、そうではないだろと気が付いた。

 

実際に被害者が聞いているのは、

電話を通しているとはいえ、

人間の「生の声」である。

文章を整理して精製して再現したセリフと、

詐欺犯の生の声とは違う。

生のセリフには人の体温があり、

息づかいがあるのだ。

 

どうしてそんなことを考えたかというと、

取材した音声もおなじだから。

生成AIなどで起こしてしまうと

楽で早くて簡単だが、

そこに並んだ文字列は、

取材相手が喋った内容に相違ないが、

音になったところ以外はすべて抜け落ちている。

 

つまり間とか、息づかいとか、トーンとか、

イントネーションとか、強弱とか、

ここでつっかえたとか、あそこで早口になったとか、

感情が入っている部分の多くは

文字として表せないのだ。

 

だからAIを使ったとしても、

その文字起こしを目で追いながら、

もう一度、相手の声を耳で聴くという

アナログ作業をすることになる。

でないと取材対象者を頭の中で

生き生きと再生できない。

 

たぶん、この類の詐欺師と

電話に出る高齢者との関係も同じだ。

プロの役者がやっているわけではないので、

そんなに演技がうまいとは思えないが、

セリフの文とともに、

声に言語外の感情がこもっていれば、

スルスルッと耳に入り込んでしまうのではないか。

 

現代のような機械化・デジタル化された

コミュニケーションに慣れていない高齢者、

特に一人暮らしの人は

普段、孤独を感じていなくても、

つい、その声に操られてしまうのではないかと思う。

そこには人の体温・息づかいが潜んでおり、

そうした形のないものが心にすき間に侵入することで、

詐欺話に引き込まれてしまうのである。

 

人は理の通った話しか信じないと思ったら大間違い。

人は人らしいコミュニケーション、

感情豊かなアナログコミュニケーションを

潜在的に求めている。

だから詐欺事件も後を絶たない。

こういった認識を踏まえて対策しないと、

詐欺電話の被害を防ぐのは

なかなか難しいのではないかと思う。

 


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おりべまこと電子書籍新刊 「宇宙を旅するお年頃」

 

6月20日(木)発売予定!

エッセイ集:生きる第5巻。

コロナの時、東京五輪の時、

何があったのか思い出してみよう。

人生の常備薬、いろいろ取り揃えています。

 

・もくじ

高校教師とぼくたちの失敗

ネコのお遍路さんと笑劇の人生

人は神秘なき世界では生きられない

すべては道楽

「2020年の挑戦」への挑戦が終わる

宇宙を旅するお年頃 

ほか全33編載録

 


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父の日の秘密の花園

 

前にも書いたことがあるが、

行きつけの花屋の女主人は、

昔の少女マンガに出てくる、

お花屋さんになりたかった女の子が

そのまま夢を叶えて花屋になったような人である。

 

齢はたぶん僕と大して変わらないと思うので、

客観的に見ればりっぱなおばさんだが、

”お花大好きなの。でも、商売でやっているから

ビジネスライクなところもあるわよ。”

といった絶妙なブレンド感が漂い、

なかなかかわいい上に味がある。

40年前に逢っていたら恋に落ちていたかもしれない。

 

ふらっと店に入ると、いつもの黒いエプロンをつけ、

長い髪をひっつめにして、いつものように淡々と、

けれどもお花大好き感を醸し出しながら作業している。

 

狭い店内は季節柄、青い紫陽花が幅を利かせており、

他の花はそれに押しのけられるように

小さくなっている。

 

何となくとっちらかった印象だが、

花が呼吸し、人間には聞こえない言葉で

いろいろお喋りしてるような雰囲気がある。

 

今日は父の日なので

「父の日に花を贈る人はいないんですか?」

と聞いてみたら、

「いないですね、ほとんど」と、つれない返事。

「最近は子育てするお父さんも増えたので、

むかしより認知度上がっているはずなんですけどねー。

やっぱ父の日はお花よりお酒ですよね」

 

そこで前々から気になっていたことを聞いてみた。

「『お父さんだってお花が欲しい』とか、

そんな宣伝出したら売れないですかね?」

と水を向けると、

「うーん、どうでしょう?

あんまり忙しくなっても困っちゃうんで、

うちはやらないですね。

母の日もぜんぜん宣伝しないんですよ。

商売っ気がなくてすみません」

と、なぜか謝られてしまった。

 

へたに宣伝してカーネーションなどが

山ほど売れ残っても困る。

けっこうしっかり者で、コスト意識が高そうだ。

そして、確かに商売っ気はあまりない。

じつは僕もそこが気に入っている。

この花屋は僕が知る限り、

近辺の花屋のなかでいちばん値段が安い。

 

他の花屋は、ぜいたく感・贈り物感を

演出するところが多いが、ここは庶民派というか、

「さりげない日常という庭に咲く花」を

大事にしている感がある。

 

家に花を飾るのはぜいたくではない。

花は心の栄養剤になるのだ。

極端な話、おかずを一品減らしてでも、

部屋のどこかに生きた花を飾ったほうが

生活のクオリティが上がるのではないだろうか。

 

そんなことを考えていたら彼女は、

「わたし自身は、母の日も、父の日も、

お花はもちろん、

なーんもあげたことなんてないんですよ」

と言って笑ってのけた。

 

おとなになった少女マンガの花屋の娘は

なかなかミステリアスで奥が深い。

秘密の花園のなかで悠々と生きている感じがする。

 


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エンディングを意識して人生の台本を書く。

 

●エンディング文化の時代到来

 

 エンディング産業展の取材を終えて考えたこと。

 それは、エンディング――死を楽しむ時代がやってきたということです。

 

 「死を楽しむ」というと語弊があるかもしれませんが、要はひとりひとりが自分の人生の終え方について期待感や希望を抱く、ということです。

 

 いつかはこの世からおさらばしなくてはいけない。

 これはあらかじめそう決まっています。

 だったら悲しんだり寂しがったりするだけでなく、そうした感傷も含めて、思い切って楽しんだほうが「お得」なのではないでしょうか。

 

 少なくとも僕たち、現代の日本人ひとりひとりは、そうしたことをできる豊かな文化に包まれて生きていると思うのです。

 

●人生は20歳まで

 

 じつは人生は20歳で決定しています。

 20歳までの経験とそこから吸収したもの、そして喜怒哀楽の感情で人間の心身の基盤は出来上がります。

 どうすれば自分は気持ちよく生きられるのか、この世の人生において何に価値を置いて生きるのか、自分が果たすべきミッションは何なのか・・・これらはもうみんな、最初の20年で僕たちの内側にしっかりインプットされます。

 

 ただし、そのことに気づくかどうか、それらをいつ発見できるか、はその人しだいです。最期まで見つけられずに終わってしまう人も少なくない。いや、もしかしたら大半の人はそうなのではないでしょうか。

 

 だから20歳を過ぎた大人は、自分の人生の主人公は自分であると、しっかり意識したほうがいい。

 そして日々、自分の人生の台本を書いていくといい。

 細かく書き込む必要はないけれど、どういう流れでどうなり、どんな大団円を迎えるのか、エンディングまで想定してプロット(筋書)を作っておくといいと思います。

 

 もちろん、僕たちを取り巻く環境は、時代とともに刻一刻と変化していくので、日々リライトすることが必要です。

 でも、ベーシックな台本があるとないとでは違います。まったく手ぶらで毎日アドリブだらけでは続きません。

 

 でもじつは、わざわざ僕がこんなことを言わなくても、あなたも自分の人生の台本はひそかに書き進めているはずなんですよ。

 耳を澄まして自分に聞いてみてください。

 そして、目を凝らしてよく探してみてください。

 

●リライトしよう、今からでも始めよう

 

 親やら先生やら世間一般やらの書いた台本で生きている――

 もし、あなたがそう感じるのなら、そんなものは破り捨てるか、端から端までリライトして自分のものにしてしまう必要があるでしょう。

 

 また、もう齢で今からでは手遅れだ・・という人も大丈夫です。

 これまでの記憶・実績を材料に再構成することができます。

 起きてしまった事実は変えられなくても、現在の自分、そして未来の自分に合わせて、その事実の意味を変えることができます。

 マイナスと捉えていた事象もプラスに転換することができます。、

 これもどんどんリライトしましょう。その気になれば一晩でできます。

 

 完成度の高い台本、公開する台本(必要だと思えば見せてもいいけど)を作ることが目的ではありません。

自分が主人公であることを意識し、生きるということについてイメージを広げ、深めるためにこうした考え方をするのは有効ではないかと思うのです。

 

●エンディング産業を面白がろう

 

 エンディング産業は「人の死をネタにしたお金儲け」と、胡散臭い目で見られることがまだまだ多いようですが、歴史・文化・哲学など、いろいろなことを考えさせてくれる媒体です。

 

 そして経済と結びつくことで、世の中に大きな影響を与えていきます。

 そこで提供されるあふれんばかりの商品やサービス――それこそラーメン一杯からデザート付きフルコースまで――は、すべて今を生きる人たちの心が投影されたものばかり。どれを選ぶかは自分次第だし、オーダーメイドも可能だし、どれも選ばないという選択肢だってもちろんあります。

 興味と好奇心を持って覗いてみると、きっと面白いと思います。

  

 

2016・8・28 SUN


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ウーパールーパーな女子・男子

 

 「おまえら、いいトシこいて小学生かよ~」

 というのが「女子・男子」という呼び方に対する感想でした。

 20代だったらいざしらず、いったいいつから中高年まで女子・男子と呼びならわすようになったのか?

 たぶん少なくとも21世紀以降のこと。今ほど頻繁に使われ、定着するようになったのは、この10年くらいか?   どうも前から気になっていたので、これがいったいどういう意味を持つのか考えてみました。

 

●間柄によってビミョーに呼び方を変換

 近頃、女・男を呼び表すのって意外と難しいのです。

 「女性・男性(ジョセイ・ダンセイ)」は書くのはいいけど、音声で表す場合、どうもフォーマルすぎる。改まった席や仕事の場でなら問題ないが、ちょっとくだけた場や親しい間柄で「ジョセイ・ダンセイ」と言われると違和感があります。

 それならやっぱり「女・男(オンナ・オトコ)」―― 僕はこの呼び方を好むのですが、困ったことに最近、女性の中に敬遠する人が少なくない。

 

 文脈の中でどう使うかにもよりますが、「セックスを感じて恥ずかしい」「あまり口では言いたくない」という意見があるのです。「情婦・情夫」といった漢字と結びつくのでしょうか。性を伴う愛のにおいがするのでしょう。

 

 かなり親しい間柄でなら問題ないけど、やや親しさが希薄な友だち・仲間、あるいは仕事の同僚などに対しては、もしかしたら不愉快に感じるかな?と思ってしまうので、僕も「女の人(オンナノヒト)」といった言い方をします。(自分が男なので、男は「オトコ」でOK)。

 つまり相手によってけっこう使い分けなくてはならない。いやはや、なんとも日本語は繊細で複雑でビミョーです。

 それに仕事でも趣味でもプライベートでも、年齢層で分断されることなく、いろいろな年代の人間が、フラットな関係で入り混じって行動するようになったことも、こうした呼称のビミョーさに影響しているのではないかと思います。

 

●安心・安全なジョシ・ダンシ

 そこで登場した「女子・男子(ジョシ・ダンシ)」は、かなり便利。

 もともと子供・若者、あるいはスポーツ選手に対しての呼称だったので、「ジョシ」「ダンシ」と言われると、なんだか若返ったような気分になるし、カタさがなく、親しさイマイチの間柄でもOKだし、一般的な呼称としても安心して使えます。

 

●英語文化と日本語文化

 女子・男子は英語だとGIRL・BOY。

 英米ではむしろこっちのほうがセックス臭が漂いますね。

 その方面のお仕事をしている人はこの呼称で呼ばれることが多いと思います。

 なので普通、英米人の中高年は「GIRL」「BOY」なんて呼ばれたら腹を立てるんじゃないでしょうか。

 ところが日本語―ー日本人の場合はその逆。

 比較して考えると、英米が子供・若者(子供っぽさ・若さ)を下に見るのに対して、日本人には子供を神聖視したり、若さを尊ぶ精神構造があります。女子・男子×GIRL・BOYには、そうした文化の違いも見て取れします。

 

●女子・男子の裏にある「成長」というキーワード

 もうちょっと深掘りしてみたらどうなるか・・・ということで発見したのが 5年ほど前、自分のブログで書いていた文章。これは当時、映画・TV・演劇で「三銃士」がちょっとしたブームになっており、それについて書いたものです。

 

 いわゆる“成熟社会”となった先進諸国では“成長”は重要なキーワードだ。未熟だろうが、ダメダメなところがあろうが、成長を感じさせる、言い換えれば、未来への可能性を感じさせる人や集団や企業は、すこぶる魅力的に映る。 

 

 つまり、今、それだけ“成長”というものに希少価値があるのではないだろうか。

 成熟し、伸びきってしまった大人にはそうした魅力が見出せない。しかも環境の変化のせいもあり、信頼感も失墜しているのでなおさらだ。 

 

 ちなみにこれは実年齢のことを言っているのではない。10代・20代はもちろん、50代・60代でも“成長”しなくてはならない(少なくともそういう意志を見せなくてはならない)世の中になっているのだ。

 そして、若いダルタニアンと年長の三銃士のように、互いに影響を与え合いながら伸びていくことが求められている……三銃士の物語は、そうした現実を映し出す鏡のような機能を持っているのでは、と感じる。 

 

 どうもこうした意識がそのまま、僕たちの深層心理に貼りつき、いつまでも成長しきらない子供・若者の部分を形成しているのではないかと思います。

 それが「女子・男子」という呼称に結びついている。

 国境が溶け、世代差が溶け、リアルとバーチャルの境界が溶け、それでいながら経済や社会階級の格差が広がる今、人間として完成してしまうこと、成長しきってしまうことは、今後のことを考えるとマイナス要素にしかならない。

 齢は取っても可能性は残しておきたい・・・という気持ちの表れなのかも知れません。

 

●僕たちはいつまでウーパールーパーか?

 というわけで、ウーパールーパー。

 南米のサンショウウオの一種であるこの生き物、一般的には死ぬまで成熟せず、幼体のまま一生を終えるのだそうです。

 最近「1980」を謳ったCMでテレビに再登場しましたが、 確かに1980年頃、ウーパールーパーみたいな顔をした若い連中(=当時の僕たちのことです)が街の中をうようよ泳ぎ回っていました。

 

 あれから30年以上経った今も、依然として僕らはウーパールーパーそのもの。

 オトナ女子・オトナ男子として、ろくすっぽ成長することなく、結局、単に子供オバさん。子供オジさんのまんまで終ってしまう可能性は大きいのではないかと思います。

 

 でも「今どきの若いモンは・・・」という昔の人たちが本当に尊敬に値する大人ばかりだったのか?といえば、そんなことはない。情報がたやすく手に入らなかった時代の社会では、ごまかし、カッコづけも簡単で、威張っていられましたからね。

 

 今、成長するとはどういうことなのか? ごまかしやカッコだけでなく、大人になるってどういうことなのか・・・人生の続くかぎり、考えていこう。

  

 

2016・8・15 MON


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ぼくはセイウチロウ

 

氷の世界の恐怖のセイウチ

 子供の頃、動物図鑑で初めてセイウチの写真(イラストだったかも知れない)を見た時は、そのモンスターのような姿・形に心の底から驚愕しました。

その時の僕のセイウチのイメージは、世界の果ての暗くて冷たい氷の世界で巨大な牙をむき出しにして世にも恐ろしい咆哮を轟かせる孤独な怪物。

こわかったなぁ。

 人生の中でもしこんな怪物に出会うことがなあったら、僕は一瞬のうちにカチンコチンに凍り付いて、冷凍食食品になってこいつに食べられてしまうだろうと思い、どうぞそんなことになりませんように、と、何度もお祈りを唱えました。

 

夢の世界でセイウチロウと邂逅

 という衝撃が消えたのはいつのことだろう?

いろいろ本を読んだりテレビを見たりするうちに、セイウチは割とおとなしくて温かい生き物。孤独ではなく、群れをつくってのんびり暮らしていることなどを知りました。

それどころか、近年は日本水族館にも住んでいて愛嬌を振りまいてくれています。

 

 そのセイウチ君に僕もお世話になっています。

 夏、お昼寝するときは涼しい水族館のイメージを抱いて横になり、水中を魚がうようよ泳いでいる中をうつらうつらしつつ彷徨っているのですが、15分ないし30分ほどすると、コツコツと頭を何かがつつく。

「おい、起きろよ、セイイチロウ」

と目を覚ますと目の前には強大なセイウチが。やつはその牙の先で僕の頭をつついいたのです。

 こいつはセイウチロウといってクールな夢のアラーム係として30分経ったから起こしにくるのです。それ以上寝ちゃうと夕方まで頭が働かなってしまうので。起きない時は歌を歌って起こします。

 もちろん、歌はビートルズの「I am the Walrus」。

 

●ビートルズフェスでセイウチ登場

 そういえば昨夜、録画しておいてずっと見ていなかったNHK-BSの「BEATLESフェス」なる3時間番組を見ました。

  ビートルズ来日50周年ということで、当時の逸話――ビートルズにはっぴを着せた日航のスチュワーデスさんの話やら、独占取材に成功した星加ルミコさんやら湯川レイコさんの話――昔、音楽雑誌でよく記事を読んでいましたが、音楽ジャーナリズムのリーダーだった彼女らはまだ20代の女の子だったんですね――やら、を中心に、年寄りから若者まで入り混じったスタジオトークや、ビートルズ番組お約束のリバプール―ロンドン紀行(森高千里がキャバーンクラブに行ってドラムを叩いてた)などがてんこ盛りのバラエティ。

 しかし、目玉は何といっても、新旧いろいろな日本のミュージシャンたちがやるビートルズナンバーのトリビュートライブでした。

 

 財津和夫「Yesterday」や平原綾香「Hey Jude」などは、ま、定番の、という感じ。仲井戸麗市(チャボ)の「The Long and Winding Road」はほとんど自分で歌詞を書き換えた替え歌で、清志郎へのレクイエムにしか聞こえない。歌い方もそっくりだ。やっぱ寂しいんだろうね。

 

 その中で一番面白かったのがラブ・サイケデリコの「I am the Walrus」。

 ぐにゃぐにゃしたサウンドとともに、「おまえはあいつ、あいつはおいら、おいらタマゴ男、おいらセイウチ」なんていう、ジョンのナンセンスでファンタジックでグロテスクな詩の世界がぐりぐり脳天にねじ込まれてきて、めっちゃカッコいい!  こんな新鮮なアレンジでこの曲を聞けるとは思ってもいなかった。まったく感動モノでした。

 

 オリジナルを聞いて育ったおっさん・おばさんたちは、どうしてもリスペクトが先に立ってしまってアレンジも表面的で徹底しない。けど、「むかし、ビートルズっていうバンドがいたらしいね」と言っているような若い連中は、遠慮なくぶっ壊して、さらにおいしく料理していけると思います。

 ジョンやジョージがあの世から「おいおい」と言って止めに来るくらい、ガンガンすごいアレンジをしてほしい。

 

セイウチロウよ永遠に

 おまえはあいつ、おまえはおれ、だからあいつはおれ、おまえはセイウチロウ、ぼくはセイイチロウ、おまえはセイイチロウ? ぼくはセイウチロウ?

 まだまだ暑い。北極の氷の上でごろごろ寝そべる夢を見て毎日過ごすことにいたします。またセイウチロウと会うのを楽しみにして。

  

 

 

2016・8・11 THU


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四国化け猫➡猫神さま伝説

 

 この夏は四国をお遍路しています。

 ただし、オン・マイ・マインドで。

 葬儀・供養の業界誌の仕事で、ネット~メール~電話で取材しては原稿書きの日々。

四国の葬儀の風習や、お遍路についていろいろ勉強しました。

 

 で感じたのが、やたら四国にはネコが多いな、ということ。

 そういえば香川県のある島でネコがいっぱいいるのをテレビで見たことがあります。それで有名になって、観光客が出向いて、かわいい、かわいいとエサをあげまくるのでさらにネコ天国となっているようですが・・・。

 

 一方、僕が出会うのは、お葬式・お墓関連ので話からなので、この世とあの世の境界線上でニャーニャー鳴いているネコばかり。

 

●四国の葬儀における猫の存在

 

 徳島や愛媛で、家で人が亡くなると枕元にホウキや刃物などを置く、という風習があります。(正確には「あった」という過去形。日本の昔ながらの葬儀・供養の風習のほとんどは全国どこでも、この20~30年の間に9割以上消滅している)

何のためにこんなことをするかというと、ネコがご遺体の上をまたがないようにするため。ニャアとまたぐと死人が生き返って歩き出すとか、逆にネコがバケネコ化するというのです。

 ということは、この辺りではネコを飼っていた家が多のか?

 いや、飼っていたというよりも、ネコだのタヌキだの、動物たちが「こにゃにゃにゃちは~」と、自由にあちこちの家を出入りしていたのではないか、と思います。

 昔の日本の田舎の家は戸締りもいい加減で、常にオープン状態だったし、ネズミ退治にも役立つからね。だけど、キミはやばいからお葬式の時は来ちゃだめよ、という感じでしょうか。

 

日本三大化け猫伝説「お松大権現」の猫

 

 そんなわけでネコ伝説がはびこる四国。

 徳島県阿南市には「日本三大化け猫伝説」の一つに数えられている「お松大権現」という神社があります。

 ここに由来するお話は、借金苦にまつわるもので現代人にとってもリアル。

 むかし、困っている村人たちを救うために金貸しから多額の借金をした庄屋さんが金貸しに裏切られ、借金を残して死んでしまう。

 その妻・お松は「借金はちゃんと返したのに」と異議申し立てをしたのですが、その土地の奉行(きっと金貸しとつるんでいたと思われます。これも現代に繋がる政治とカネの問題です)が「わしゃ、返してもらとらんぞ」と、それを認めず、お松と、彼女が可愛がっていたネコを死刑にしてしまうのです。

 なんでネコまで処刑されるのかわからないけど、「わしの命に背く者は一族郎党皆殺しじゃ」という論理だったのでしょうか? 

 ネコも一族郎党に加えられてしまったのですね。

 

 で、この手の怪談兼勧善懲悪・庶民の味方ストーリーのセオリーとして、もちろん、この後、このネコはウソつきの金貸しと、権力乱用の奉行のところに化けて出て、悪者どもを地獄に叩き落とすというオチ。

 めでたし、めでたしということで、この正義のバケネコはこの神社にまつられることになったのです。

 

●今や霊験あらかた、招き猫だらけの観光スポット

 

 こうした因縁話があるせいか、なんと、この神社、今では受験と勝負ごとにご利益があるとして大人気に。バケネコになったネコはリベンジを果たした結果、「猫神様」に昇華。勝負ごとにご利益と言うので、全国からギャンブラーが詣でているようです。

 そして猫神様は招き猫の姿になって降臨したので、境内は招き猫だらけになっているようです。いやー、すごい。でも、借金は勝負事――ギャンブルに頼らず、地道にコツコツ返したほうがいいと思うなぁ。

 

 というわけで、妖怪も神様になってしまう四国。

 そういえば「千と千尋の神隠し」で、妖怪だか神様だかわからない者たちが湯あみに来る湯婆の湯場も愛媛の道後温泉がモデルになっていました。

 四国の旅・オン・マイマインド、まだまだ続きそうです。

 

 

2016・8・6 sat


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エリザベス2世の時代がもたらしたもの

 

仕事で2022年9月のエリザベス女王の国葬と

その前後・影響についての文章を書いていたので、

ネット上のいろんな資料を当たったり、

AIと女王について対話をしたりしていた。

 

1日かけてテキスト、写真、動画などを見るうちに

なんだか胸がいっぱいになった。

たかだか2年前だが、ずいぶん遠い昔のことに感じる。

 

1952年に即位して在位70年。

エリザベス2世はイギリスの国家元首だったが、

それだけでなく、

僕たちが生まれて生きてきた

20世紀後半から21世紀序盤の時代を統合した

アイコンみたいな存在だった。

イギリス・アメリカが主体となって構築した

現代の世界の象徴でもあった。

 

遺体の公開安置。

ウェストミンスター寺院での葬儀。

ロンドン市内を巡った後、

ガラス張りのジャガー霊柩車に乗せられた棺が

ウィンザー城に向かい、

聖ジョージ礼拝堂に埋葬されるまでの国葬は、

彼女自身が綿密に練りあげた

半世紀以上にわたる「終活」の結果でもあった。

 

日本でも生中継されたが、

あのようなドラマを秘めた、

美しく荘厳な式典を、

もう一度、別の形でリアルに体験することは

おそらく無理だろう。

 

国葬はイギリス王室の威光を示すものだったが、

当の王室はこれから縮小の一途、

そしてカジュアル化の一途を辿っていく。

人類の王族の存在・物語は、

やがてすべて虚構の中に移項していくだろう。

 

そして世界もあの時を境にして

ずいぶんと変わったように思える。

 

僕たち古き者はこれから

前の時代の記憶と

新しい時代の考え方の間で

少しずつ引き裂かれながら

生きていくことになるかもしれない。

20世紀カルチャーを堪能した者として、

それもまた楽し、と思わなくては。

 


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おりべまこと新刊「宇宙を旅するお年頃」

 

よりよい人生のためのサプリメント。

「生きる」をテーマにしたエッセイ集第5弾。

 

還暦を過ぎるとだんだん若返る。

ただし、それは精神面や感受性のお話で、

肉体的な年齢とは乖離していく。

 

これからの人生は、

こうした精神と肉体のギャップを

どうごまかして埋め合わせていくかが課題になる。

 

心がけるべきは脳内の清掃。

心にも体にもいちばんよくないのは、

ゴミ情報を貯め込んでしまうことだ。

頭の中に詰まったゴミ情報は、

そのままストレスに変質する。

それで健康を損なってしまう人が

かなり多いのではないかと推察する。

 

この情報化社会、ちょっと外を歩いたり、

ちょっとデバイスに向き合ったりすれば、

湯水のようなにいろんな情報が入りこんでくる。

そのうち9割以上は自分にいらない情報なので、

あっという間に脳の中はゴミだらけ。

朝はクリーンでピカピカでも、

夜になると汚染されて窒息しかけている。

 

そもそも僕は脳のキャパシティが小さいので、

できるだけ日々、

情報デトックスしていかなくてはならない。

いろんなことを書いてはSNSやブログで発信し、

それだけでは飽き足らずに本まで出すのは、

そうした自分のためという意味合いがあるからだ。

 

でもいろいろ書いていると、

思ってもみなかった面白い発見に巡り会える。

あなたもいい歳になってきたなと思ったら、

機会を作って何らかのアプローチで

自分の脳内を覗いてみてほしい。

そこには広大な宇宙が広がっている。

日々、その宇宙の旅を楽しみに出かけることが、

これからの人生の醍醐味になるだろう。

 

もくじ

 

高校教師とぼくたちの失敗

ネコのお遍路さんと笑劇の人生

人は神秘なき世界では生きられない

 

 

宇宙を旅するお年頃

 

「わたしを離さないで」:社会貢献と自己の幸福の追求

恋愛から遠ざかり、恋愛小説に歩み寄る

なぜ桜とクローンは切なくて美しいのか?

 

「美しい人」は今でも幸せに暮らしているのだろうか?

自己満足のために山に登る

海はとても遠くにある

 

中秋の名月の月光浴

人生百年時代の生き方は北斎に学べ

去りゆく母との再会

自由になるための結婚

気楽な神様に気軽にありがとう ほか

全34編 載録


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高齢者は電話の声に潜む体温・息づかいに騙される

 

夕方のNHK首都圏ニュースで

「ストップ!詐欺被害というコーナーがあり、

たいてい晩飯を食べながら見ている。

 

おもに高齢者の家に

息子、孫、警察官、役所、銀行など、

いろんな役に扮した詐欺師が電話が掛けてきて、

「助けてくれ」とか

「あなたは不正に巻き込まれている」とか言われて、

ATMに行かされ、振り込まされてしまう。

 

あるいは自宅にやって来た

友だちやら会社の同僚やら銀行員やらに

現金(タンス預金?)をわたしてしまう。

 

けっこう何年も前から同じパターン繰り返されており、

「なんでそんな耳にタコができたような

セリフにだまされるんだよ!」

とやきもきしてしまうが、

そこでふと、そうではないだろと気が付いた。

 

実際に被害者が聞いているのは、

電話を通しているとはいえ、

人間の「生の声」である。

文章を整理して精製して再現したセリフと、

詐欺犯の生の声とは違う。

生のセリフには人の体温があり、

息づかいがあるのだ。

 

どうしてそんなことを考えたかというと、

取材した音声もおなじだから。

生成AIなどで起こしてしまうと

楽で早くて簡単だが、

そこに並んだ文字列は、

取材相手が喋った内容に相違ないが、

音になったところ以外はすべて抜け落ちている。

 

つまり間とか、息づかいとか、トーンとか、

イントネーションとか、強弱とか、

ここでつっかえたとか、あそこで早口になったとか、

感情が入っている部分の多くは

文字として表せないのだ。

 

だからAIを使ったとしても、

その文字起こしを目で追いながら、

もう一度、相手の声を耳で聴くという

アナログ作業をすることになる。

でないと取材対象者を頭の中で

生き生きと再生できない。

 

たぶん、この類の詐欺師と

電話に出る高齢者との関係も同じだ。

プロの役者がやっているわけではないので、

そんなに演技がうまいとは思えないが、

セリフの文とともに、

声に言語外の感情がこもっていれば、

スルスルッと耳に入り込んでしまうのではないか。

 

現代のような機械化・デジタル化された

コミュニケーションに慣れていない高齢者、

特に一人暮らしの人は

普段、孤独を感じていなくても、

つい、その声に操られてしまうのではないかと思う。

そこには人の体温・息づかいが潜んでおり、

そうした形のないものが心にすき間に侵入することで、

詐欺話に引き込まれてしまうのである。

 

人は理の通った話しか信じないと思ったら大間違い。

人は人らしいコミュニケーション、

感情豊かなアナログコミュニケーションを

潜在的に求めている。

だから詐欺事件も後を絶たない。

こういった認識を踏まえて対策しないと、

詐欺電話の被害を防ぐのは

なかなか難しいのではないかと思う。

 


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おりべまこと電子書籍新刊 「宇宙を旅するお年頃」

 

6月20日(木)発売予定!

エッセイ集:生きる第5巻。

コロナの時、東京五輪の時、

何があったのか思い出してみよう。

人生の常備薬、いろいろ取り揃えています。

 

・もくじ

高校教師とぼくたちの失敗

ネコのお遍路さんと笑劇の人生

人は神秘なき世界では生きられない

すべては道楽

「2020年の挑戦」への挑戦が終わる

宇宙を旅するお年頃 

ほか全33編載録

 


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父の日の秘密の花園

 

前にも書いたことがあるが、

行きつけの花屋の女主人は、

昔の少女マンガに出てくる、

お花屋さんになりたかった女の子が

そのまま夢を叶えて花屋になったような人である。

 

齢はたぶん僕と大して変わらないと思うので、

客観的に見ればりっぱなおばさんだが、

”お花大好きなの。でも、商売でやっているから

ビジネスライクなところもあるわよ。”

といった絶妙なブレンド感が漂い、

なかなかかわいい上に味がある。

40年前に逢っていたら恋に落ちていたかもしれない。

 

ふらっと店に入ると、いつもの黒いエプロンをつけ、

長い髪をひっつめにして、いつものように淡々と、

けれどもお花大好き感を醸し出しながら作業している。

 

狭い店内は季節柄、青い紫陽花が幅を利かせており、

他の花はそれに押しのけられるように

小さくなっている。

 

何となくとっちらかった印象だが、

花が呼吸し、人間には聞こえない言葉で

いろいろお喋りしてるような雰囲気がある。

 

今日は父の日なので

「父の日に花を贈る人はいないんですか?」

と聞いてみたら、

「いないですね、ほとんど」と、つれない返事。

「最近は子育てするお父さんも増えたので、

むかしより認知度上がっているはずなんですけどねー。

やっぱ父の日はお花よりお酒ですよね」

 

そこで前々から気になっていたことを聞いてみた。

「『お父さんだってお花が欲しい』とか、

そんな宣伝出したら売れないですかね?」

と水を向けると、

「うーん、どうでしょう?

あんまり忙しくなっても困っちゃうんで、

うちはやらないですね。

母の日もぜんぜん宣伝しないんですよ。

商売っ気がなくてすみません」

と、なぜか謝られてしまった。

 

へたに宣伝してカーネーションなどが

山ほど売れ残っても困る。

けっこうしっかり者で、コスト意識が高そうだ。

そして、確かに商売っ気はあまりない。

じつは僕もそこが気に入っている。

この花屋は僕が知る限り、

近辺の花屋のなかでいちばん値段が安い。

 

他の花屋は、ぜいたく感・贈り物感を

演出するところが多いが、ここは庶民派というか、

「さりげない日常という庭に咲く花」を

大事にしている感がある。

 

家に花を飾るのはぜいたくではない。

花は心の栄養剤になるのだ。

極端な話、おかずを一品減らしてでも、

部屋のどこかに生きた花を飾ったほうが

生活のクオリティが上がるのではないだろうか。

 

そんなことを考えていたら彼女は、

「わたし自身は、母の日も、父の日も、

お花はもちろん、

なーんもあげたことなんてないんですよ」

と言って笑ってのけた。

 

おとなになった少女マンガの花屋の娘は

なかなかミステリアスで奥が深い。

秘密の花園のなかで悠々と生きている感じがする。

 


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宇野 亞喜良の世界とアングラ演劇

 

「90のじいさんになっても少女を描いているって

変態だよね」

先日テレビで、美術家の横尾忠則と

イラストレーターの宇野 亞喜良が

話していたのをチラ見した。

 

前述のセリフは横尾氏が宇野氏に言ったもの。

16日の日曜まで東京オペラシティのアートギャラリーで

宇野 亞喜良展をやっているので、

それに関連した番組だったようだ。

 

「変態」なんて言われて、

さすがにムッとした表情を見せていたが友達同士だし、「(常識的なことにとらわれない)天才」の、

横尾流の表現なので、

特にケンカになることもなく対談は続き、

最後はいっしょにメシを食うところで終わっていた。

 

宇野 亞喜良の絵の世界の主役は女性だが、

別に少女専門というわけでなく、

大人の女も描いている。

寺山修司の本や演劇の美術もよくやっていたので、

寺山流に言えば「青女(せいじょ)」が多い。

 

青女とは、「少年」に対して「少女」があるように、

「青年」に対して「青女」という言葉があっていい。

そう言って寺山修司が1970年代に出した

「青女論」というエッセイに出てきた言葉だ。

 

宇野 亞喜良の描く女の絵の特徴は、

笑わない顔と奇妙にアンバランスな体型。

 

笑わない顔は「大人や男に媚びない表情」と

よく言われる。

重心が下りていない、アンバランスな体型は、

女になりきっていない少女・青女特有のもの。

 

どこの画家か漫画家か忘れたが、

「少女の体型がアンバランスに見えるのは、

この世界に存在することにまだ慣れていないからだ」

といった類のことを言っていて、

ちょっと感心したことがある。

 

クリエイターが好んで描いて見せる、

10代後半の女の子特有の透明感とか、

ちょっとミステリアスな雰囲気は、

そういうところと繋がって

醸し出されるのかもしれない。

 

僕も熱心なファンというわけではないが、

寺山修司が好きだったこともあり、

宇野 亞喜良の絵は昔からよく目にしてきた。

イラスト・美術の世界ですでに60年以上、

第一線で活躍してきた人だが、

その魅力はまったく色あせない。

 

横尾忠則もそうだが、このレジェンド美術家たちは、

本当に最後の最後まで

現役の「変態じいさん」を貫きそうだ。

 

そんな宇野 亞喜良氏の最新作か。

先日、唐組の紅テントの芝居を見た時、

彼のイラストが載ったチラシをもらった。

 

今週末から花園神社で始まる新宿梁山泊の

「おちょこの傘持つメリー・ポピンズ」。

唐組の紅テントに対して、こちらは紫テント。

寺山修司でなく、唐十郎の状況劇場時代の芝居で、

豪華キャストが出演する。

たぶん連日満員大入りだろう。

 

宇野 亞喜良の、アンバランスで媚びない女たちの世界

(そしてたぶん横尾忠則の世界も)を培ったのは、

やはり1960~70年代のアングラ演劇カルチャーという

肥沃な土壌だったのだろうと思う。

 


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ネコのタマはタマなし?

 

たまたまタマなしネコの話を調べることになり、

タマなしのオスの生きる道について考えてみた。

今回ここでいう「タマなし」とは

動物の去勢のことで、ジェンダー問題とは関係ない。

 

今どき都会で飼われるイヌやネコは、

ほぼほぼ愛玩用で、自然の状態から切り離し、

人間社会に組み入れるわけだから、

その辺に出て行ってヤリまくって

子供がうじゃうじゃできると困る。

そういうわけで避妊・去勢もやむなし、と考えられている。

 

ちょっと古いが、2017年の調査によると、

避妊・去勢手術をしたイヌは全体の約5割、

ネコは8割だという。

これは多分、飼い方の違いだろう。

イヌは外出の際、必ず飼い主といっしょだが、

ネコは勝手に出歩くことが多い。

それで雄雌がくっついてやっちゃうからだ。

 

「去勢」という言葉には心がざわつく。

男子なら誰でもそうだろう。

実際、雄イヌ・雄ネコの男性飼い主は

「そんな可哀そうなことできるか」と

反対する人が多いらしい。

 

それに対してメスの避妊にはあまり反対しない。

可愛い娘がその辺の男とやっちゃってできちゃったら

大変だという、父性愛(?)の由縁だろうか?

 

人間同様、イヌもネコもお年頃になると、

脳内にホルモンがドバドバ出て、

やりたくてたまらなくなる。

 

オスの立場に立つと、

強烈なフェロモンを発散しているメスに遇ったのに

ガマンを強いられると、頭狂いそうになるかもしれない。

これは人間も同じで、男の人生の半分は、

そうした己の性欲との戦いとも言えるのだ。

 

実際、イヌ・ネコも未去勢だとストレスが溜まって

暴力的になったり、

夜鳴きやマーキングなどの問題行動が増えるらしい。

だから男の子のイヌやネコと

なかよく平和に暮らしたければ、

できるだけ性欲に悩まされないよう、

去勢しておっとりした子にしたほうがいい――

という意見が優勢に見える。

 

でも、タマなしネコだと

ネズミを捕らなくなっちゃうのでは?

と思ったら、そんなことはなく、

狩猟本能そのものには大きな影響を与えないようだ。

今どき、ネコをネズミ駆除用に飼う家は少ないと思うが、

せっかくいるのなら役立ってくれれば、

それに越したことはない。

これ見よがしに血まみれの獲物を持て来られると

嫌かもしれないけど。

 

動物病院のネコの去勢手術の動画を見たら、

麻酔をかけて結構簡単に済ませていた。

ただ手術後、そのネコが股の間を舐めていて

「あれ、タマないぞ」と気付くシーンには、

やっぱちょっと胸が切なくなったな。

 

ちなみに家畜のブタやウシのオスも

少し成長すると、オス独特の体臭がついて

肉の味を落としてしまうため、去勢する。

しかし、こちらの場合、

日本ではまだ麻酔をかけずにやっているので、

アニマルフェアウェルの観点から問題視されている。

 

肉の味をよくするために男の子のブタ・ウシが

タマを切られて痛い思いをしているのを想像すると、

けっこう複雑な気持ちになる。

業者の人たちは、一生懸命おいしい肉を作ろうと

努力してやっているのだが……。

 


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前のめりになって生きて死ね

 

本日の名言

「事実がたとえわかっていなくとも、

とにかく前進することだ。

前進し、行動している間に、事実はわかってくるものだ」

 

この名言の主ヘンリー・フォードは、

20世紀アメリカの自動車王。

要するにわからないと考えこむのではなく、

まず行動しろということ。

たぶん自己啓発リーダーの人たちも好んで使うフレーズだ。

 

そうだ、その通りだと思いつつ、

僕がこの名言を目にして連想したのは、

子供の頃に見た野球マンガ「巨人の星」の1シーンである。

 

それは主人公・星飛雄馬(ピッチャーです)の父・一徹が、

かの坂本龍馬の死について語るシーン。

一徹は投手生命に関わる

飛雄馬の欠点(球質が軽い)に気付き、

問い詰める息子に対して坂本龍馬の逸話を持ち出し、

「たとえドブの中で死んでも、なお前向きで死ぬ、

それが男だ」と語る。

 

その一徹のセリフに合わせて画面では

路上で暗殺者に襲われ血まみれになった龍馬が、

ドブの中で倒れながらも、這いつくばって前進しようとし、

ついに息絶えるという壮絶なシーンが描かれた。

 

当時はスポーツ根性マンガ全盛時代だったので、

一徹のセリフと、前のめりになって倒れる龍馬の表情は、

強烈に子ども心に染みた。

 

というわけで小学生当時、「巨人の星」を見ていた僕は、

長らくの間、これが坂本龍馬の最期だと思っていたのだ。

ところが事実はご存知のとおり、

料理屋の2階でしゃも鍋をつついていたところを

襲われたので、ドブの中で倒れようがない。

 

いや、もしかしたら瀕死の状態で店から這い出し、

路上にあったドブに落ちたのか?

とも考えたが、やっぱりこの話は

原作者・梶原一騎の創作だったようである。

 

厳密にいうと、梶原一騎はどうやら

司馬遼太郎の名作「竜馬がゆく」を読んで、

その一文にある

『男なら、たとえ溝の中でも前のめりで死ね』

をアレンジして使ったようだ。

 

もともと司馬遼太郎は歴史学者とか研究家ではなく、

あくまで歴史作家なので、エンタメになるよう、

史実にかなり自分のアレンジを加えている。

昭和以降の龍馬像をつくり上げ、

国民的ヒーローに押し上げたのも司馬遼太郎の功績。

梶原一騎はその功績をスポ根ドラマに

うまく取り入れたということだろう。

 

ちなみにこの「龍馬 前のめりで死ぬ」説は、

僕と前後する世代の人たちに

かなり大きな影響を与えたらしく、

小説家の有川ひろ(1972年生まれ・高知県出身・女性)が

「倒れるときは前のめり」という

題名のエッセイ集を出している。

 

寄り道が長くなったのでもとに戻す。

仕事にしても、生活にしても、

一歩一歩コツコツが大事なのはわかる。

ただ、視野を広げて人生全般を見た場合、

僕は若い頃、いずれ齢を取れば、

いろいろわからないことが

だんだんわかってくるのだろうと思っていた。

ところが現実は真逆で、

どんどんわからないことだらけになっていく。

 

死ぬまでに世の中の事実・真実がわかるのか?

と問われたら、ほとんど絶望的。

しかし絶望してても始まらないので、

何はともあれ、生きて一日一日大切に、

死ぬまで一歩一歩あゆむのみ。

一歩進むと二歩下がっちゃうんだけどね。

 

 

 

★エッセイ集:生きる 第5集

「死ぬな!きみの地球を守るために(仮題)」

Amazon Kindleより近日発売予定。


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唐組公演「泥人魚」観劇記

 

先月亡くなった劇作家・唐十郎さんの供養もかねて、

新宿・花園神社に唐組の公演「泥人魚」を、

観に行ってきた。カミさん・息子が同伴。

この時代になると、テント芝居は貴重なアナログ体験だ。

 

●すべて人力のアングラテント演劇

切符の販売とか、精算方法(現金のみ)とか、

入場整理(劇団員が大声を上げて整列させる)とか、

デジタルでもっと効率的にやる方法があるのでは・・・

と思うが、たぶんないのだろう。

それにこういうやり方を続けてほしい、

という客の願いもある。

 

テントという、日常と異なる異空間に侵入するためには、

それなりの段取りが必要で、

すんなり簡単に事が運んでしまっては面白くない。

言い換えれば、忙しくて時間が取れない、

もっとタイパを良くしろという人には味わえない、

アナログ・人力ならではのぜいたく感が味わえる。

 

ござに座って見る昔ながらのアングラ式桟敷席に
(おそらく)500人くらいが詰め込まれたテント内は
現代の高齢化社会の縮図のような風景で、
半数近くが僕の同年代(60代)以上。
残りの半数がそれ以下で、男女比は半々か、
男性がちょっと多めかなという印象だ。

息子(20代後半)やそれ以下の若者もけっこういて、

 

中には高校生らしき子の姿もチラホラ

(学校帰りなのか、制服を着ていた)。

「入場料:子供2000円」とあったが、

さすがに子どもはいなかった。

でも、子供がこうした観劇体験をしてもいいと思う。

 

●状況劇場の幻影

僕は李麗仙・根津甚八・小林薫などが活躍していた

70年代後半~80年代初めの状況劇場に洗礼を受けている。

そのため、唐さんの芝居作品にはどうしてもあの頃の、

卑俗なものを聖なるものに転換させる、

リリカルでスケールの大きい幻想ロマンを求めてしまい、

唐組以降の作品にはイマイチ魅力を感じてこなかった。

けれどもこの「泥人魚」という作品には、

状況劇場時代の作品とは全く異なる魅力があった。

 

●諫早湾「ギロチン堤防」から生まれた物語

モチーフになっているのは、

「ギロチン堤防」という呼称が衝撃的だった

1997年の長崎県諫早湾干拓事業問題。

湾と干拓地を遮断する293枚の鉄の板(潮受け堤防)が

すごいスピードで次々と海に落とされていく

ギロチンシーンはかなりのインパクトがあり、

人々の関心も高かった。

(テレビのニュースなどで放送された)。

 

これはもともと戦後間もない頃に農地を増やすため、

国が計画した干拓事業、いわば国家プロジェクトだ。

これによって、かつて「豊饒の海」と言われた

諫早湾の環境は一変して、漁獲量は激減。

漁業者と農業者との対立をはじめ、

損得を巡って地域住民の深刻な分裂が起こり、

20年あまりにおよぶ長い裁判になった。

 

●ドキュメンタリーを重視した劇作

唐さんはその裁判が始まった2002年9月に

諫早湾まで取材に行き、自分の目で現地の海を見て、

この戯曲を書いた。

その経緯は、新潮社から出版されている戯曲のあとがきに、

また今回の観劇プログラム掲載の、

演出・久保井研氏のコラムに書かれている。

ちなみにこの久保井氏のコラムは、

唐組における劇作活動の様子が垣間見えて興味深い。

 

唐さんは、状況劇場の時代は自分が生まれ育った、

終戦直後の東京の下町の風俗や人々の暮らしと、

思春期から学生時代の文学・芸術体験をベースに、

60年代・70年代の世情を取り入れて

独自の劇世界を構築していた。

しかし、1988年に始まった唐組時代の作品では、

その時代ごとにクローズアップされる

現実の社会問題に材を取り、

いわばドキュメンタリー的な要素に重きを置いて

みずからの劇世界を継続・進化させていったようだ。

 

とはいっても、舞台に上る成果物は、

やはり常人には真似できない

妄想ワールドであり、イメージコラージュである。

「ギロチン堤防」という現実の材料から、

人魚姫、天草四郎、ハリーポッター

(2002年当時大ブームだった)など、

次々と出てくる連想がキャラになり、セリフになり、

アクションになり、劇世界をかたち作る。

あとは観客がどこまで想像力を駆使して

それについていけるかだ。

 

●もののけ姫と泥人魚

これはもちろん、紅テントで上演することを前提に

書かれた作品だが、普通の劇場でやっても、

あるいは映画や映像+詩みたいな作品にしても

面白いのではないかと思った。

もちろん、その場合はアレンジが必要だと思うが、

人々がネットの世界など、より現実と乖離した人工環境に

(精神的に)移り住み始めたこの時代、

海・地と人の日々の暮らしとが

緊密に繋がっていた時代の記憶を綴るこの物語は、

ある種の普遍性を孕んでいるのだ。

 

ちなみにいっしょに見た息子の感想は

「要するに『もののけ姫』だよね」。

うん、その通りとは言わないけど、そう遠くはない。

若い世代の感想としては面白いと思う。

みんな気にしているテーマなのだ。

 

終幕、ブリキの鱗を作り続ける男の口から

最後にこぼれ落ちるセリフ、

そしてお決まり通り、テントの背景が開いて

劇世界と現実の風景と溶け合うラストシーンは、

やはり状況時代と変わることなく、

卑俗なるものを聖なるものに変え得る、

唐作品独自の力と美しさに溢れている。

 


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「痴呆症」は老害ワード?

 

義母を連れてスーパーに買物へ。

途中、トイレに行きたいと言いだしたので、

階段の踊り場にある女子トイレの前まで連れていき、

少し離れたところでで待っていた。

 

なかなか出てこないので心配になっていた矢先、

ドアが開いて、60前後のおばさんが

訝し気な表情で出てきて外にいた僕の顔を見た。

どうやら義母の世話人だと察知したらしく、

「痴呆?」と尋ねた。

 

義母は中でちょっとおかしな行動をしていたらしく、

この人もしや・・・と思ったらしい。

しかし、粗相したとか、特に問題はなく、

そのすぐ後に出てきたのでほっとした。

その女性も特に絡むこともなく、そそくさと立ち去った。

それだけの出来事だったが、

彼女が言った「痴呆」という一言は

ちょっとショッキングに響いた。

 

べつに腹を立てたわけではないが、

2024年のいま聞くと、「痴呆?」は

かなりネガティブなインパクトを持っている。

自分の家族を介護している人に向かって言ったら

ひどく傷ついたり、ブチ切れたりする人もいるだろう。

 

「痴呆症」はいつから「認知症」になったのか?

調べてみたら、

厚生労働省が『痴呆症』に替えて『認知症』を

一般的な用語・行政用語として用いるとしたのは、

2004年12月24日となっている。

「痴呆」という言葉には

侮蔑的な意味が含まれているというのが変更の理由だ。

 

呼び名が変わってもう20年経つわけだが、

ずっと普通に使われていたので、

僕もたぶん10年くらい前まで割と平気で

「痴呆症」と言っていたような気がする。

 

たかが呼び名、されど呼び名。

その人の社会性を問われることなので、

けっこうバカにできない。

こういう言葉遣いに鈍感な人は、

今の社会に適応できていないと

見做される恐れがあるからだ。

 

その女性が義母をバカにして言ったわけではないだろうが、

うっかり出てしまったということは、

彼女の頭の中はまだ昭和の残像で満たされていて、

アップデートできていないということを意味している。

ウィンドウズ95とか98とか、

あのへんのOSで動いているということなのかもしれない。

まぁそれで自分の生活に不便はないのだろうが。

 

「痴呆症」だけではない。

ほかにも病気の呼び名とか、外国人の問題とか、

LGBTQの問題とか、

かつての差別や偏見に対する社会通念が

どんどん変わっているので、

うかつに古い言葉を使ったりすると、

そのデリカシーのなさが白眼視され、

若い世代から「老害予備軍」と

見られてしまうのではないだろうか。

 

「昔はよかった」「昭和は輝いていた」なんて

のたまってはいられない。

やっぱりダメだったところはダメでしたと認めないと。

 

わざと面白がって使うならまだしも、

何気なく無意識に使っている「昭和ワード」

もしくは「平成ワード」が

周囲の人たちを著しく不快にさせていないか、

2024年の世界ではアウトになっていないか、

いま一度、チェックしてみる必要があるかもしれない。

 


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もくじ

116 カラーフィルムを忘れたのね/ニナ・ハーゲン 

117 スタンド・バイ・ミー/プレイング・フォー・チェンジ

118 人は少しずつ変わる/中山ラビ 

119 氷の世界/井上陽水 

120 ユー・メイ・ドリーム/シーナ&ロケッツ 

121 ア・ソング・フォー・ユー/レオン・ラッセル 

122 ファーストカー/トレイシー・チャップマン 

123 ヨイトマケの唄/美輪明宏 

124 オ―、シャンゼリゼ/ダニエル・ビダル 

125 夜空ノムコウ/スガ シカオ 

126 オード・トゥ・マイファミリー/クランベリーズ 

127 いとしのレイラ/デレク&ザ・ドミノス 

128 赤いハイヒール/太田裕美 

129 サタデーナイト/ベイシティ・ローラーズ 

130 ビコーズ・ザ・ナイト/パティ・スミス・グループ 

131 涙のサンダーロード/ブルース・スプリングスティーン 

132 燃ゆる灰/ルネッサンス 

133 さよなら人類/たま 

134 ウィリー・オ・ウィンズベリー/ペンタングル 

135 アウト・オブ・ザ・ブルー/ロキシーミュージック 

136 アジアの純真/PUFFY 

137 ハリケーン/ボブ・ディラン 

138 夜明けのスキャット/由紀さおり 

139 ロックンロール黄金時代/モット・ザ・フープル 

140 クラウドバスティング/ケイト・ブッシュ 

141 二十世紀少年/T・レックス 

142 女ぎつね オン・ザ・ラン/バービーボーイズ 

143 ショウ・ミー・ザ・ウェイ/ピーター・フランプトン 

144 ランバダ/カオマ 

145 宇宙のファンタジー/アース・ウィンド&ファイアー 

146 貿易風にさらされて/マザー・グース 

147 愛のコリーダ/クインシー・ジョーンズ 

148 ウェルカム上海/吉田日出子 

全33編載録

 

137 ハリケーン/ボブ・ディラン 

現代アメリカ社会の欺瞞・腐敗・不条理をえぐる

吟遊詩人ボブ・ディランが

1976年に発表したアルバム「欲望」のトップナンバー。

 

ギターに合わせてフィドル(バイオリン)がうねり、

ベースとドラムがロックなリズムを刻む中、

無実の罪を着せられた60年代の黒人ボクサー 

ルービン“ハリケーン”カーターの物語を歌い綴る。

紛れもない、ディランの最高傑作だ。

 

惨劇を告げるオープニングから見事に構成された長編詩は、8分以上にわたって聴く者の胸に

ひたすら熱情溢れた言葉の直球を投げ続け、

“ハリケーン”の世界に引きずり込む。

 

殺人罪で投獄されたカーターは

獄中で自伝「第16ラウンド」を書いて出版し、

冤罪を世に訴えた。

その本を読んだディランは自らルービンに取材して、

この曲を書き上げたという。

 

その冤罪がいかにひどいものであったかは

曲を聴いての通りで、

人種差別がまだ正々堂々とまかり通っていた時代とはいえ、こんなでっち上げが認められたことに驚くばかり。

 

けれども半世紀以上たった今も

実情は大して変わっていないのかもしれない。

そしてまた、昔々のアメリカの人種差別、

黒人差別の話だから

僕たちには関係ないとは言っていられないのかもしれない。

冤罪はどこの国でも起こり得る。もちろん日本でも。

(つづく)

 


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週末の懐メロ第5巻「クラウドバスティング/ケイト・ブッシュ」

 

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122 ファーストカー/トレイシー・チャップマン 

123 ヨイトマケの唄/美輪明宏 

124 オ―、シャンゼリゼ/ダニエル・ビダル 

125 夜空ノムコウ/スガ シカオ 

126 オード・トゥ・マイファミリー/クランベリーズ 

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138 夜明けのスキャット/由紀さおり 

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140 クラウドバスティング/ケイト・ブッシュ 

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140「クラウドバスティング/ケイト・ブッシュ」より

 

 

今年(※2023年)、ロック殿堂入りを果たした

ケイト・ブッシュ。

彼女のようなタイプの音楽は、

あまりこうした権威にウケがよくないし、

ファンも殿堂入りがどうこうなんて気にしていない。

しかし昨年(2022年)、

1985年に発表した「神秘の丘」が、

ドラマ「ストレンジャーシングス」の挿入歌に使われ、

世界中で前代未聞のリバイバル大ヒット。

ロック殿堂側もこれ以上、

彼女を無視していられなくなったというのが

正直なところなのだろう。

 

「クラウドバスティング」は「神秘の丘」と同じく5枚目のアルバム「愛のかたち(Hounds of Love)」の挿入歌。

楽曲としてはもちろんのこと、

80年代のミュージックビデオとして、

さらにその後、40年弱のポップミュージック史を見ても

最高レベルの作品である。

 

(中略)

 

この楽曲が描くのは、

精神分析学者で思想家のヴィルヘルム・ライヒと

その息子ピーターが、

オカルティックな生命エネルギーを駆使して

「クラウドバスター」というマシンを動かす物語。

ミュージックビデオはレトロっぽい

SF短編映画のようなつくりになっている。

 

ヴィルヘルムを演じるのは、

ハリウッドの名優ドナルド・サザーランド。

そして息子ピーターはケイト・ブッシュ自身。

この頃、彼女は他の楽曲では成熟した女性の魅力を放ち、

かなり色っぽかったのだが、

ここでは髪を切って一転、男の子に。

父の意志を成し遂げようとする少年に扮し、

美しい丘を駆け上がっていくシーンには

完全にしびれてしまった。

「嵐が丘」「神秘の丘」――

彼女の音楽の世界で、丘は魔法の舞台である。

 

(中略)

 

ここで登場する「クラウドバスター」という

サイケでスチームパンクっぽい怪物マシンは、

オルゴンエネルギーによって雲を創り出し、

大地に雨を降らせるという代物。

連れ去られた父に代わって、

息子がその目的を実現するというストーリーになっている。

 

雲を作り出すのに

クラウドバスター(雲を蹴散らす)という名は

矛盾しているのだが、

これはオルゴンエネルギー(生命エネルギー)が心の暗雲を払って生命体に潤いをもたらすといった

思想の暗喩になっているのかもしれない。

 

いずれにしてもこんな虚実ないまぜのSFじみた話から

途方もなくパワフルで美しい楽曲を編み出した

ケイト・ブッシュの才能はすごいの一言。

 

そしてこのビデオのラストシーン――

丘の頂上で怪物マシンを稼働させた少年のシルエットは、

ケイト・ブッシュの音楽を表す

アイコンとしても長らく愛されてきた。(つづく)

 


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週末の懐メロ第5巻「ヨイトマケの唄/美輪明宏」

 

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122 ファーストカー/トレイシー・チャップマン 

123 ヨイトマケの唄/美輪明宏 

124 オ―、シャンゼリゼ/ダニエル・ビダル 

125 夜空ノムコウ/スガ シカオ 

126 オード・トゥ・マイファミリー/クランベリーズ 

127 いとしのレイラ/デレク&ザ・ドミノス 

128 赤いハイヒール/太田裕美 

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137 ハリケーン/ボブ・ディラン 

138 夜明けのスキャット/由紀さおり 

139 ロックンロール黄金時代/モット・ザ・フープル 

140 クラウドバスティング/ケイト・ブッシュ 

141 二十世紀少年/T・レックス 

142 女ぎつね オン・ザ・ラン/バービーボーイズ 

143 ショウ・ミー・ザ・ウェイ/ピーター・フランプトン 

144 ランバダ/カオマ 

145 宇宙のファンタジー/アース・ウィンド&ファイアー 

146 貿易風にさらされて/マザー・グース 

147 愛のコリーダ/クインシー・ジョーンズ 

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全33編載録

 

 

123「ヨイトマケの唄/美輪明宏」より

 

日本の至宝、昭和の至宝 美輪明宏が

自ら作詞・作曲し、あらゆる世代の日本人に贈る聖歌。

それが「ヨイトマケの唄」である。

 

最初にレコードが出たのは1965年。

マンガなどで「母ちゃんのためならエンヤコーラ」

というセリフが良く出ていたのを覚えている。

 

そして桑田佳祐をはじめ、たくさんの歌手がこの歌を愛し、カヴァーしているのも聴いていた。

けれども美輪明宏自らが歌うのをまともに聴いたのは、若い世代と同じく、2012年の紅白歌合戦が初めてだった。

 

紅白なんていつも酒を飲んでへべれけになって

見ているのだが、真っ黒な衣装に身を包んだ美輪が登場し、この歌を歌い出した時、思わず背筋がピンと伸びた。

6分間、テレビから目と耳を離すことができなかった。

 

故郷の長崎で原爆に遭遇して以来、

波乱万丈の人生を送り、

数々の修羅場をかいくぐりながら

70になっても80になっても

元祖・ビジュアル系歌手の誇りを失うことなく

輝き続ける美輪明宏の、

人間への愛情のすべてが

この一曲に集約されているような気がする。

(つづく)

 


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週末の懐メロ第5巻「赤いハイヒール」

 

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122 ファーストカー/トレイシー・チャップマン 

123 ヨイトマケの唄/美輪明宏 

124 オ―、シャンゼリゼ/ダニエル・ビダル 

125 夜空ノムコウ/スガ シカオ 

126 オード・トゥ・マイファミリー/クランベリーズ 

127 いとしのレイラ/デレク&ザ・ドミノス 

128 赤いハイヒール/太田裕美 

129 サタデーナイト/ベイシティ・ローラーズ 

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143 ショウ・ミー・ザ・ウェイ/ピーター・フランプトン 

144 ランバダ/カオマ 

145 宇宙のファンタジー/アース・ウィンド&ファイアー 

146 貿易風にさらされて/マザー・グース 

147 愛のコリーダ/クインシー・ジョーンズ 

148 ウェルカム上海/吉田日出子 

全33編載録

 

 

♯128「赤いハイヒール/太田裕美」より

 

松本隆+筒美京平の70年代の斬新な歌謡マジック。

太田裕美の代表曲と言えば「木綿のハンカチーフ」だが、

明るい爽やかさの裏に悲しみが潜むあちらの歌に比べ、

この「赤いハイヒール」はアンニュイでミステリアスな曲調。

ちょっと禍々しいブラックメルヘンの味付けもある。

僕はこっちの方が好きで、このレコードも持っていた。

1976年。高校2年の時である。

 

「木綿」と同様、男女のダイアローグで進むが、

冒頭、「ねえ、友だちなら聞いてくださる?」と、

リスナーに語り掛けて歌の世界に誘い込むという、

のっけから松本隆のマジックが炸裂する。

今ならそう珍しくないかもしれないが、

当時、こんな曲はなかった。

 

イメージカラーは白、都会に出た男の子×田舎にいる女の子。

イメージカラーは赤、都会に出た女の子×田舎にいる男の子。

という設定の対比に留まらない。

 

「木綿」では人物やドラマの描写が

割とあいまいで抽象的だったのに対して、

こちらは東京駅に着いた・おさげでそばかすのある女の子・

ハイヒール買った・お国訛りを笑われた(らしい)・

タイプライター打つ仕事をやってるなど、

主人公の状況がかなり具体的に描かれている。

 

このあたり、ただのアンサーソング・二番煎じとは

絶対に言わせない。

「木綿」よりもいい曲にする・面白くするという、

松本+筒美の情熱とプライドを感じる。

そして何よりもその根底に太田裕美への愛情を感じる。(つづく)

 


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♯139「ロックンロール黄金時代/モット・ザ・フープル」

より抜粋

 

モット・ザ・フープルは、

ヴォーカルのイアン・ハンターを中心とした

70年代前半に活躍したイギリスのグラムロックバンド。

いわゆるグラムロックとしては、

デヴィッド・ボウイ、Tレックスの

次くらいに名前が上がるだろう。

 

デヴィッド・ボウイはこのバンドがお気に入りで

自らプロデュースを申し入れ、

ボウイ作の「すべての若き野郎ども」が

1972年に大ヒットし、

スターバンドに駆け上がった。

 

1974年リリースのアルバム

「ロックンロール黄金時代」は、

アルバムタイトルのこの曲をはじめ、

「マリオネットの叫び」「あばずれアリス」

「野郎どもの襲撃」「あの娘はイカしたキャディラック」「土曜日の誘惑」など、

邦題マジック満開の名曲が並び、充実度抜群。

クセのある香辛料を効かせた

ロックンロールがたまらない、

文句なしの名盤である。

 

ジャケットデザインも一度見たら忘れられない

強烈なインパクト。

ロック史上、屈指のカッコよさだ。

 

モット・ザ・フープルは、

ビートルズ亡き後の70年代前半、

レッド・ツェッペリンやローリング・ストーンズ、

プログレ四天王などに比べると、

やや格落ちするB級バンド感がいいじゃん、

ということで、日本でもけっこう人気があった。

たしか1975年の「ミュージックライフ」の人気投票では、

バンド部門で15位前後だったと記憶している。・・・

(to be continued…)

 


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第5巻として♯116~♯148を収録。

 

もくじ

116 カラーフィルムを忘れたのね/ニナ・ハーゲン

117 スタンド・バイ・ミー/プレイング・フォー・チェンジ

118 人は少しずつ変わる/中山ラビ 

119 氷の世界/井上陽水 

120 ユー・メイ・ドリーム/シーナ&ロケッツ 

121 ア・ソング・フォー・ユー/レオン・ラッセル 

122 ファーストカー/トレイシー・チャップマン 

123 ヨイトマケの唄/美輪明宏 

124 オ―、シャンゼリゼ/ダニエル・ビダル 

125 夜空ノムコウ/スガ シカオ 

126 オード・トゥ・マイファミリー/クランベリーズ 

127 いとしのレイラ/デレク&ザ・ドミノス

128 赤いハイヒール/太田裕美 

129 サタデーナイト/ベイシティ・ローラーズ 

130 ビコーズ・ザ・ナイト/パティ・スミス・グループ 

131 涙のサンダーロード/ブルース・スプリングスティーン 

132 燃ゆる灰/ルネッサンス 

133 さよなら人類/たま 

134 ウィリー・オ・ウィンズベリー/ペンタングル 

135 アウト・オブ・ザ・ブルー/ロキシーミュージック 

136 アジアの純真/PUFFY 

137 ハリケーン/ボブ・ディラン 

138 夜明けのスキャット/由紀さおり 

139 ロックンロール黄金時代/モット・ザ・フープル 

140 クラウドバスティング/ケイト・ブッシュ 

141 二十世紀少年/T・レックス 

142 女ぎつね オン・ザ・ラン/バービーボーイズ 

143 ショウ・ミー・ザ・ウェイ/ピーター・フランプトン

144 ランバダ/カオマ 

145 宇宙のファンタジー/アース・ウィンド&ファイアー 

146 貿易風にさらされて/マザー・グース 

147 愛のコリーダ/クインシー・ジョーンズ 

148 ウェルカム上海/吉田日出子 

全33編載録

 


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友の49日と「友だち法要」

 

今日は4月に亡くなった友人の49日なので、

朝の、両親と義父の供養の際にいっしょに

生前の様子を思い浮かべた。

 

かつて一緒に劇団をやっていた仲間なので、

ビデオなどなくても、舞台での姿やセリフの声を、

ありありと思い出せる。

もう40年も前のことだが、

自分の人生のハイライトのように思える。

 

遠いのと、仕事や家庭の事情で

日程調整ができず、葬式には出なかった。

だからせめて…という気持ちもある。

 

ちなみに先週、取材したお寺では

「友だち法要」という試みをやっていて、

とてもユニークだなと思った。

 

最近は家族でけで行う葬式が主流になって、

家族・親族以外の人が呼ばれることはめっきり減った。

 

けれどもその故人にとって、

仕事仲間とか、趣味の仲間とか、

いつもお茶する友だちとか、

親しくしている友人が何人かはいる。

いっしょに暮らしているのでなければ、

むしろ家族や親族よりも、

そうした友人や仲間のほうが親しく接していたはずだ。

 

しかし、血のつながりがない友人・仲間は

故人を弔う権利がない。

たとえば離れて暮らしていた息子が喪主になる場合、

亡き母のそうしたお茶友だちとか、

むかしの友だち・仕事仲間などは、

その存在さえ思いもよらない――

ということが大半だろう。

それはしかたがないことだと思う。

 

葬式に呼ばれない、そうした友人・仲間は、

事後に訃報をもらったり、

人づてに「どうやら亡くなったらしい」

とは認知できても、

それが現実のことかどうか実感が持てない。

 

みんなでお別れ会・偲ぶ会をやるのもいいが、

やっぱり坊さんにお経を上げてもらわないと、

ちゃんとお弔いをした、

という気持ちになれない人もいるだろう。

 

その寺ではそうした人たちのニーズを汲んで

「友だち法要」を始めたという。

これがいいのは「面倒がない」ということ。

 

開催するのに家族にいちいち許可を得なくてもいい。

いつ亡くなったかも正確にわからないくてもいい。

ただその人の名前がわかり、

そこに集まる人たちはみんな、

彼・彼女の生前の姿を共有できればいいのだ。

 

人間は多面性がある。

家では家族に疎んじられるようなダメ親父が、

職場では素晴らしい上司、

趣味の仲間のあいだでは気さくで楽しい人徳者、

ということがままある。

人間性・キャラクターというのは

その人が身を置く環境・コミュニティによって

簡単に変わって見えるのだ。

 

だから、それぞれの関係性に応じた弔い方があって、

そこに集まった人たちが、

彼・彼女との思い出を大切にし、

今後も楽しく生きていくためのエネルギーに

変えられればいいのだと思う。

 

エンディング関連の仕事を始めて早や8年、

いろいろ新しい企画、サービス、

その背景にある事情や考え方などを

取材して記事にしてきたが、

やればやるほど、葬儀・供養というのは

自分に合ったやり方・できるやり方でやればいいんだな、

と思うようになってきた。

 

新しい考え方をもって自由に生きてきた人でも、

葬儀・供養の領域になると、なぜか保守的になる。

みんな、しきたりとか、過去の慣習にとらわれ、

そこから外れてしまうのことを恐れる。

そんな印象がある。

 

家の宗教でなく、個人の宗教。

家のやり方でなく、個人のやり方。

もうとっくにそういう時代になっていると思うのだが。

 


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劇団ホシ灯りの朗読劇「マクベス」

 

めっちゃ美女なのに、めっちゃ邪悪。

どうせいつか死ぬのなら、

そういう女に溺れて死にたい。

――というのは男子なら一生に一度は見る夢。

(そんなことない?おれだけ?)

 

そんな妄想を広げていたら

頭のどこかから

「きれいはきたない、きたないはきれい」

というセリフが響いてきた。

 

ご存知、シェイクスピア劇「マクベス」の

オープニングに登場する魔女のセリフ。

久しぶりに「マクベス」を読みたくなったが、

手元にないので、YouTubeを覗いてみたら、

朗読劇がアップされていた。

 

「劇団ホシ灯り」という所はまったく知らなかったが、

聴いてみるとなかなか気持ちよく聴ける。

手だけ動かしていれば進められる

単純な仕事ならBGMとしても利用できる。

 

改めてシェイクスピアの劇は素晴らしいと思うとともに、

余計なビジュアルがない分、

ストレートにセリフが伝わってくるのもいい。

もちろん、マクベスのストーリーを知っているからだが、

脚色も朗読劇用にかなり圧縮して

上手く作っていると思う。

 

シェイクスピア劇の面白さを

従来とは違う角度から味わえる気がする。

 

気になって「劇団ホシ灯り」を調べてみたら、

どうもこの脚色・監督の女性がひとりで

やっているらしい。

劇団ひとり?

役者はそのプロジェクトごとに集めてくるのだろうか?

いずれにしてもなかなか面白いので、

他のも聴いてみようと思う。

 


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週末の懐メロ第5巻「夜明けのスキャット 愛の世界」

 

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ブログ連載の「週末の懐メロ」を書籍化。

♯116~♯148まで全33編を収録。

 

 

♯138「夜明けのスキャット/由紀さおり」より抜粋

 

「夜明けのスキャット」は、1969年に由紀さおりが歌って大ヒットした昭和歌謡の代表曲。

タイトルは夜明けだが、

歌の中で時計は夜明け前で止まり、星は永遠に消えず、

ふたりは愛の世界に生きる。

捉えようによっては相当エロい歌だ。

 

子どもの頃はそんなエロさなど分からなかったが、

聴いていて「なんだ、この歌は?」と

異常なインパクトを受けたことを、

ありありと憶えている。

 

ルルルとか、ラララとか、パパパばっかりで

全然歌詞が出てこない!

いま聴けば2番はちゃんと歌詞があって、

それなりにバランスが取れているのだが、

子どもの頃はスキャットのみの部分が

とんでもなく長く感じられて、

他の歌にはまったくない、

唯一無二の不思議感がずっと残っていた。 

to be continued・・・

 


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週末の懐メロ第5巻「2つのレイラ体験」

 

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第5巻は♯116~♯148まで全33編を収録。

 

 

♯127「いとしのレイラ/デレク&ザ・ドミノス」より抜粋

 

エリック・クラプトンの代表曲になっている

「いとしのレイラ」。

じつは1970年に発表された

デレク&ザ・ドミノスのアルバムに収録されたものが

オリジナルバージョン。

 

ヤードバーズ、クリーム、ブラインド・フェイスなど、

60年代の歴史的バンドで活躍し、

この頃、すでに稀代の名ギタリストの地位を

確立していたクラプトンは、

この新しいバンドのリードギタリストだった。

 

僕は中学生の時、ラジオで初めてこの曲を聴いた。

その前に音楽雑誌で評判は聞いていた。

当時、これほどもてはやされていた曲も珍しい。

クラプトンと言えばレイラ。

とにかくレイラがすごい、レイラ大好き、レイラ最高!

 

彼はすでにソロ活動に入っていたが、

ライブをやってもみんながこれを聴きたがるものだから

新しい曲がやりにくい、

といったエピソードがあふれていた。

 

で、そんなにすごい曲なのかと思って聴いたが、

正直なところ、「そんなかなぁ」と思ってしまった。

その頃はハードロックやプログレに狂っていたので、

この曲があんまりすごいとか、

カッコいいとか、面白いとか思わなかったんだよね。

 

その印象が一変したのが、高校生の時。

同じくラジオで流れてきたレイラに鳥肌が立ち、

しびれまくった。

いったい何が違っていたのか?

 

最初に聴いたのは前半3分のみ、

おなじみクラプトンのギターが炸裂する

シングルバージョン。

そして2回目はその続きがある

フルバージョンだったのだ。

to be continued


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週末の懐メロ第5巻 ニナ・ハーゲンの歌

 

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20世紀ポップミュージックの回想・妄想・新発見!

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2020年10月から毎週連載した「週末の懐メロ」を書籍化。

 

僕と同じ昭和世代・20世紀世代にはもちろん、

21世紀を生きる若い世代のお宝発掘のための

ガイドブックとしても読める音楽エッセイ集。

良い音楽、好きな音楽をあなたの心の友に。

第5巻として♯116~♯148 全33編を収録。

 

★♯116「カラーフィルムを忘れたのね/ニナ・ハーゲン」 より抜粋

 

ニナ・ハーゲンは1980年頃、パンククイーンとして世界的な人気を博した。

僕もファーストアルバムを持っていたが、パンクというよりニューウェーブという印象が強かった。

 

彼女は旧・東ドイツ出身で、世界的ロックスターになる前、十代の頃から東ドイツで音楽活動をやっていた。

しかし1976年、音楽家で作家でもあった養父が政府から市民権を剥奪されたことをきっかけに東ドイツでの活動の場を奪われ、イギリスに亡命。

翌年に西ドイツに移って新たなキャリアを始め、あっという間にスターダムにのし上がった。

 

この曲は彼女が東ドイツで活動していた時代の大ヒット曲で、1974年のリリース。

同年、東ドイツの音楽チャートでトップになった。

いっしょに旅行した彼氏がカラーフィルムを忘れたために、記念写真がみんな白黒になってしまったことに怒る女の子の歌だ(当然、この時代はフィルムカメラ)。

 

第2次世界大戦の敗戦国となったドイツは

東西に分断され、

西は資本主義国であるアメリカや

イギリス・フランスなどの勢力下に、

東は社会主義国のソ連(現ロシア)の勢力下に

置かれていた。

 

コミカルな味わいのこの曲は、当時の若者の、

単調で色のない社会主義国の生活・文化に対する

鋭い批判、痛烈な風刺として受け止められていた。

 

当時の東ドイツの若者の多くがこの曲に刺激されて

ロックを聴き始め、

ロックカルチャーの影響を受け、

やがて1987年のデビッド・ボウイの伝説の

ベルリンライブ、そして、

 

1989年のベルリンの壁崩壊に繋がっていく。

 


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おりべまこと電子書籍 新刊 「週末の懐メロ 第5巻」本日発売!

 

20世紀ポップミュージックの回想・妄想・新発見!

ブログ「DAIHON屋のネタ帳」で

2020年10月から毎週連載した「週末の懐メロ」を書籍化。

 

楽曲やアーティストを解説、

あるいはロック史・音楽史を研究、

といった大それたものではありません。

主観9割・偏見まみれの音楽エッセイ集です。

 

僕と同じ昭和世代・20世紀世代にはもちろん、

21世紀を生きる若い世代のお宝発掘のための

ガイドブックとしても楽しんでほしい。

良い音楽、好きな音楽をあなたの心の友に。

第5巻として♯116~♯148を収録。

 

もくじ

116 カラーフィルムを忘れたのね/ニナ・ハーゲン

117 スタンド・バイ・ミー/プレイング・フォー・チェンジ

118 人は少しずつ変わる/中山ラビ 

119 氷の世界/井上陽水 

120 ユー・メイ・ドリーム/シーナ&ロケッツ 

121 ア・ソング・フォー・ユー/レオン・ラッセル 

122 ファーストカー/トレイシー・チャップマン 

123 ヨイトマケの唄/美輪明宏 

124 オ―、シャンゼリゼ/ダニエル・ビダル 

125 夜空ノムコウ/スガ シカオ 

126 オード・トゥ・マイファミリー/クランベリーズ 

127 いとしのレイラ/デレク&ザ・ドミノス

128 赤いハイヒール/太田裕美 

129 サタデーナイト/ベイシティ・ローラーズ 

130 ビコーズ・ザ・ナイト/パティ・スミス・グループ 

131 涙のサンダーロード/ブルース・スプリングスティーン 

132 燃ゆる灰/ルネッサンス 

133 さよなら人類/たま 

134 ウィリー・オ・ウィンズベリー/ペンタングル 

135 アウト・オブ・ザ・ブルー/ロキシーミュージック 

136 アジアの純真/PUFFY 

137 ハリケーン/ボブ・ディラン 

138 夜明けのスキャット/由紀さおり 

139 ロックンロール黄金時代/モット・ザ・フープル 

140 クラウドバスティング/ケイト・ブッシュ 

141 二十世紀少年/T・レックス 

142 女ぎつね オン・ザ・ラン/バービーボーイズ 

143 ショウ・ミー・ザ・ウェイ/ピーター・フランプトン

144 ランバダ/カオマ 

145 宇宙のファンタジー/アース・ウィンド&ファイアー 

146 貿易風にさらされて/マザー・グース 

147 愛のコリーダ/クインシー・ジョーンズ 

148 ウェルカム上海/吉田日出子 

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経済が支配するユートピアとディストピアを見つめる 「父が娘に語る経済の話。」

 

ユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」以降、

こうした人類の発展の歴史を大俯瞰する試みが

次々と世に出され、

一つのムーブメントのようになっている。

やはり人間の世界は大きな転換期を迎えている。

 

5年前に出されたこの著作もその一つで、

経済が支配する世界で暮らしている僕たちは、

ぜひ読むべき本だと思った。

 

著者のヤルフ・バルファキスはギリシャの元財務大臣で、

アテネ大学の経済学教授。

けれども自分で言っている通り、

この本のなかでは専門用語をほとんど使わず、

「資本主義」を「市場社会」と、

「資本」を「機械」や「生産手段」と言い換えている。

 

本を読んでいる時間がないほど忙しいという人は、

最後の10数ページのエピローグ

「進む方向を見つける思考実験」だけでも、

立ち読みしてみるといい。

 

著者はこの1世紀余りの間に世に出された

SF小説・SF映画に親しんでおり、

そのイメージを用いて理論を展開する。

 

そして、この資本主義社会が将来、

理想的なユートピアに、

反転して絶望のディストピアに

なるかもしれないと示し、

どんな社会を希望し選択するのか、

自分の娘ら、子どもたちの世代に問いかける。

 

ここで書かれていることは

コロナ禍後、AIの台頭に脅威を感じるようになった

この1,2年でますますリアルに感じる人が

増えているのではないだろうか。

 

経済に支配され、振り回され、

カネのせいで頭がおかしくなってしまうのは

嫌だと叫んでも、

普通の人たちは到底ここから出ることはできない。

だから少しでも世界の見方を変えていくべきなのだ。

 

目の前の混乱から離れて世界を見つめ直す――

ささやかでもまず、

そうした行動が必要な時代になって来た。

 

明日5月21日(火)発売!

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20世紀ポップミュージックの回想・妄想・新発見!

 

音楽エッセイ集。全33編載録。


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「週末の懐メロ第5巻」5月21日発売

 

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「週末の懐メロ第5巻」5月21日(火)発売予定!

 

 ・人は少しずつ変わる/中山ラビ

・夜空ノムコウ/スガ シカオ

・ウィリー・オ・ウィンズベリー/ペンタングル

・ハリケーン/ボブ・ディラン

・夜明けのスキャット/由紀さおり

・20世紀少年/T・レックス

ほか全32編載録

 

 最晩年、おそらく最後に近いステージだと思うが、

2019年12月に松本のライブハウスでの

演奏が上がっている。

70歳の中山ラビが、ギター一本でこの歌を歌っていた。

別に気負うことなく、20代の頃と同じように、

さして変わらぬ声で、ごく自然に。

とても美しいと思った。

 

人は少しずつ変わる。

だんだん変わってどこへたどり着くのか。

誰にも自分のことがわからない。

でもきっと、だから生きているのが面白いのだろう。

(「人は少しずつ変わる/中山ラビ」より)

 

 

第1~4巻までAmazonKindleにて好評発売中。各300円。


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息子の誕生日に考えたこと

 

昨日は息子の誕生日だったので、

今日は恵比寿にあるベトナム料理店に行って

ささやかなお祝いをした。

 

ベトナム料理にしたのは、

本人がアジアンエスニックをリクエストしたから。

恵比寿駅から5分足らずの「ニャーベトナム」は、

本格的なベトナム料理を出す店で、

けっこう人気が高く、

土曜のランチはとても賑わっていた。

3人で7~8品アラカルトで頼んで、

酒や誕生日プレートのデザートも取って、

1万3千円強だったので、

値段も手頃な部類に入ると思う。

 

息子は28歳になるが、

本屋から製本の会社に転職して9カ月、

自由に楽しくやっているようだ。

仕事とは関係なく、知的好奇心が旺盛で、

やたらと本を読んでいて、

特にSFや歴史に関する知識が豊富のので、

いつも内心、感心して聴いている。

 

別れた後、なぜかちょっと感傷的な気分に襲われた。

あと何回こいつと会えるのか?

そして、僕らは彼らのために何を遺せるのか?

そんな思いにとらわれた。

 

息子に限らず、彼らのような若い世代にとって、

僕たちは日本の経済が好調な時代、

リアルタイムで昭和カルチャー・

20世紀カルチャーの恩恵を受けた世代と映る。

昔から彼はそれが羨ましいと言ってきた。

羨ましがられる僕らって何だろう?

何か役に立つことをしたわけでないのだが。

 

いま、未来に良いイメージを抱くのは難しい。

大人たちは良かれと思って、

歩きやすいよう道を平坦にしているが、

若者にとって舗装された道を

てくてく歩くだけの人生なんてつまらないだろう。

 

その一方で、地球は持続可能なのか、

僕たちが享受している豊かな社会は持続可能なのか、

まだまだ先がある若い連中は、

よほど脳天気でない限り、心配になっている。

 

あと何年生きるのか、

あと何回息子の顔を見られるのかわからないが、

子どもに何を遺せるのか、

どう次の時代につないでいくのか、

課題を持ってやっていこうと思う。

 


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週末の懐メロ第5巻出る!

 

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・カラーフィルムを忘れたのね/ニナ・ハーゲン

・ヨイトマケの唄/美輪明宏

・赤いハイヒール/太田裕美

・いとしのレイラ/デレク&ザ・ドミノス

・クラウドバスティング/ケイト・ブッシュ

・サタデーナイト/ベイシティ・ローラーズ

ほか全32編載録

 

人間、外見は変わっても中身は大して変わらない。

心のなかでこっそり青春。

ひっそりティーンエイジャー。

懐メロは、変わる時代の波にのまれ、

情報の海で溺れそうなあなたの救命胴着です。

 

第1~4巻までAmazonKindleにて好評発売中。各300円。

 


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犬と息子(娘)との上下関係について

 

先日、川沿いの公園で体長1メートル強、

体重は20キロ弱ありそうな秋田犬を散歩させている

高校生か大学生と思しき男の子に遇った。

 

ところがその犬、疲れたのか、

その場所が気に入ったのか、

あるいはご機嫌を損ねたのか、

途中で道の真ん中に座り込んで動かなくなった。

 

「おい、どうした?行くぞ、行こうよ」と、

彼が何度もなだめすかそうとも、

ハーネスのリードを引っ張ろうとも、

泰然自若としていて、

とうとうその場で寝そべり始めた。

 

「某は動きたくないでござる」という感じ。

 

歩き方や全体の雰囲気からして、

シニアっぽい犬だったので、

ゆうに10歳は超えていると推察する。

 

ということは彼が子犬だったころ、

今連れて歩いている若僧はまだ小学校の低学年。

親からはもちろん子ども扱いだ。

 

犬は上下関係に厳しい。

家のなかで息子は最低の地位。

彼がまだチビの間に犬はおとなになり、

自分はこいつより地位が上だと思っている。

息子が大きくなって、だんだん両親と対等になっても、

犬の意識は「おれは上、あいつは下」のままだろう。

 

だから坐りこんで

「なんで某が下っぱの貴君の言うことを

聞かねばならぬのか」となる。

 

困った彼はしたかたなくその犬を抱きかかえて

歩き出した。

とはいえ、20キロ近くあろう大型犬なので

そのまま家に帰るのは大変だっただろう。

 

それにしても、もし何らかの事情で、

それまでの主人である父や母が家からいなくなり、

息子(あるいは娘)と犬だけの暮らしになったら、

二者の関係はどうなるのだろうか?

犬の意識は「これからはおれは下、あいつが上」

に変わったりするのだろうか?

あるいは若殿(姫君)と

年長の家来みたいになったりするのだろうか?

 

飼い主さんで、もし知っている人がいたら

教えてください。

 


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高価情報商材制作の裏話

 

今日はかさこさんの

「良いセミナー、悪いセミナーの見分け方講座」

に参加した。

自身もセミナーを主催する、ネット発信のプロだけあって

いろんな事例を知っている。

 

話自体はブログやSNSでいつも書いていることだったが、

改めて聴くと本当に面白かった。

てか、受講料100万円とか、すごいセミナーがあるものだ。

大学の年間の学費じゃん!

 

僕のところにもよく7ケタ稼げる、8ケタ稼げるとかいう

お誘いのメッセージが来る。

なぜか女が多い。

顔を見て、こいつは女に弱そうだから

女からのお誘いだよんということにしとけってことか?

20代・30代の時だったら引っかかってたかもね。

 

今日の講座で思い出したが、

僕も「情報商材」のビジネスに加担したことがある。

情報商材というのは、

今で言えば電子書籍みたいなもので、

原稿をPDFファイルにパックしたもの。

まだこれだけSNSが普及する前だから

もう15年近く前だと思う。

 

その情報商材ビジネスで儲けているという会社が

プロデューサーを募って作らせるのである。

僕はそのプロデューサーのMくんという青年に頼まれ、

犬のしつけコーチの先生に取材して原稿を

本一冊分書いた。

そこそこのボリュームで、

たぶん4~5万字程度あったのではないかと思う。

内容としてはいたってまともで良い商品だったが、

それを確か2万円だか、3万円だかで

ネット販売するというのだ。

 

取材した先生はテレビ出演や本の出版の経験もある、

そこそこ有名な人だったが、

それにしても本ならせいぜい2千円程度の代物を

2万、3万で買う人がいるのだろうか?

なんかインチキっぽい。

 

実際に製作に関わった

僕と先生とイラストレーターは大いに疑問を抱いたが、

その会社はいくつもその情報商材を売って

実績を上げているし、

Mくんもちゃんとギャラは支払うというので協力した。

 

ところが、原因は忘れてしまったが、

そのMくんと先生との間でトラブルが起こり、

会社の上役たちがゾロゾロ出てきて説得していたが、

結局、計画は頓挫してしまった。

 

優秀なスタッフを揃え、

成功まちがいなし・大儲けを信じていたMくんは

結局、僕らのギャラを払っただけで大赤字だった。

あまりに気の毒なので僕のギャラは

当初よりかなり安くして請求した。

それでも何回かの分割払いだった。

 

SNSや電子書籍全盛の時代になったが、

まだこのPDF式情報商材はネット上で

けっこう流通しているようで、

あちこちでトラブルを起こしているのを見かける。

ジャンルとしてはどうやら

投資やギャンブルに関するものが多いようだ。

 

そう言えば、ライターのエージェンシーのサイトでも

時々、「情報商材ライター募集」という求人を見かける。

情報商材も、怪しいセミナーも、投資サロンも、

それぞれはっきり実態がわかってるわけではないが、

同じ穴のムジナと思われる。

 

それにしても3万円出して情報商材を買う人、

数十万円・100万円出してセミナーを受ける人って、

どういう人なんだろう?

 

カネの使いどころに困っている金持ちさんなのだろうか?

ビジネスが成り立ち、成功者がたくさん出るほど、

そういう人が大勢いるのだろうか?

 

そういや、特殊詐欺でも

信じられないほどの金額を振り込む人がいる。

とてもまともな金銭感覚ではない。

 

みんな、金のことを考えすぎて

頭も価値観もおかしくなっているのではないか?

たんに僕がビンボー人だからそう思うだけなのか?

日本はますます不思議な国になってきた。

 


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母の日に酒を、父の日に花を

 

ずいぶん昔から

父の日にはお酒を贈るのが定番化している。

けど、お酒が欲しいお母さんだって、

お花が欲しいお父さんだっているはずだ。

 

「花なんかいらねーから酒持ってこい!」

というかーちゃんは問題かもしれないけど、

1年に1回くらいは許してあげていいかも。

 

「僕はお花が好きだから、

バラの香りに包まれながら眠りたい」

というとーちゃんはすてき?

 

子どもたちよ、21世紀の子どもたちよ、

定番化したライフスタイルを打ち砕け。

 


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糸姫/状況劇場

 

YouTubeで状況劇場の音源が上がっていたので、

思わず聴いてしまった。

 

1975年秋の公演「糸姫」の千秋楽の舞台。

じつはこの「糸姫」は僕らが演劇学校で上演した

唐作品の一つ(1979年7月)である。

 

紡績工場の女工と、

労働の価値を考える

しがないサンドイッチマンの男を中心に、

怪しい整形外科病院、

アドルフ・ヒトラーを狂信する院長、

紡績会社の跡取りのバカ息子、

そして、整形手術に失敗した女たちが

リボンの騎士となって登場。

地獄の天使ヘルスエンジェルスの

バイクまでが舞台を走りまわる

恐るべき妄想コラージュ。

 

とは言え、ちゃんと筋の通った物語になっていて、

2時間観客をくぎ付けにするのが、

唐十郎作品のすごいところ。

 

脚本(戯曲)はもちろん読んでいるが、

こんなライブ音源を聴くのは初めて。

かなりぶった切られていて、

たぶん半分強の尺になっているが、

見せどころ(聴かせどころ)はちゃんと抑えている。

それに相当良い席で録音したらしく、

50年近く前の録音と思えないほど音質が良い。

 

主役の絵馬(エマ)は李麗仙。

相手役の価(アタイ)は根津甚八。

二人ともめっちゃカッコよくて

改めてしびれて聞き惚れてしまった。

あまりに生き生きしているので、

どちらもこの世を去って久しいなんて信じられない。

唐さんが作る独特のリズムのセリフの群れは

美しい音楽のようだ。

 

また、最後に挨拶する唐さんの声が若々しく、

いたって“まともな人”のように聞こえるのが

なんだか面白い。

そして当時の観客の熱狂的な雰囲気も

きちんと記録されている。

 

ポスターは“ゲージツ家”篠原勝之。

唐十郎ワールドはインスピレーションを

いたく刺激するらしく、

横尾忠則以降、多くの美術家がポスター、チラシの

デザインを担当し、

その魅力的な絵も状況劇場の人気の一要素だった。

どうやら最近、これらのポスターは美術品扱いで、

ネット上でかなり高値で取引されているらしい。

 

また、クマさんこと篠原勝之氏は、

この戯曲を原作として同名の漫画本を出している。

「糸姫」とまた出会えて、とても嬉しい。

 


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なぜ医者も歯医者も早死にするのか?

 

歯のメンテナンスのために月イチで歯医者に通っている。

そこの歯科医は学生時代、ラガーマンだったそうで

体格もよく筋肉質。

もう65,6になるがハゲも白髪もあまりなく、

とても若々しく見える。

穏やかで優しいキャラなので、

選手としては大したことなかったのかもしれない。

 

彼がコロナの少し前くらいから

やたらと饒舌になり、治療の際にあれこれ雑談してくる。

世界情勢、政治情勢、いろいろ自分の意見をお持ちで、

僕にいろいろ振ってくるが、

こちらは治療で口を開けているので、

なかなか応答できない。

 

医療業界のヤバイ話、闇の話も平気でするようになった。

院の借金の返済が済んだからか、

それとも還暦を過ぎたせいか、

タガが外れたように、

そんなこと患者の僕に言っちゃっていいの?

といった批判・論評を平気でする。

 

そういう舞台裏の話とは異なるが、先日のは

「医者・歯医者は平均寿命より早く死ぬんですよ」

と言って、

禁煙外来の医者が1日60本煙草を吸っているとか、

80近くなっても大酒のみの医者が、

患者には禁酒を勧めている――

といったことを面白そうに喋りまくった。

 

話半分で聴いて家に帰り、

「ほんとかいな?

あの人の周囲にたまたまそういう人が多いだけだろ」

と思って調べてみたら、あるわあるわ、

ネット上に「医者 短命」の記事がわんさか載っている。

医者自身も書いているし、

岐阜県でわりときちんとしたデータも取っている。

 

これはあの歯医者の与太話ではなく事実だった。

なぜ医者は短命なのか?

ちょっと考えてみる。

 

何と言っても命を預かる仕事なので、

ストレスが大きいだろう。

責任感のあるまじめな医師ほど

負担を重く感じるのではないかと思う。

 

最近は少し改善されているのかもしれないが、

過重労働もあるし、大きな病院では人間関係も厳しい。

やっぱり命を削るような大変なお仕事なのである。

 

加えて、日本の医療界に独特の医局制度が原因の

ストレスも大きいようだ。

そこでいろいろ聞いた医療界の闇話も思い出した。

もしかしたら、けっして口に出せない

「罪悪感」を抱えている医者は

けっこう多いのかもしれない。

そういうものは回りまわって

自分の命を縮めてしまうようだ。

 

それにしても医者はともかく、

歯医者も短命とは?

ちょっと解せない。

診療科目によって寿命が違うとかあるのだろうか?

またヒマを見て、ぼちぼち調べてみようと思う。

 

患者のためにも、自分のためにも

「医は仁術なり」。

 


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高齢者を高齢者扱いするべからず

 

いま、運動系デイサービス施設の現場管理者である

Tさん(男性)の本を書いている。

Tさんは息子とさして違わない齢だが、

飲食業、スポーツ科学業(?)の職歴が深く、

そこで身につけた人間観察と

コミュニケーションスキルを活かして、

高齢者の運動指導に当たっている。

 

約10年前、学生時代に彼は

いわゆる養老院に研修で言ったそうだが、

そこにいた職員、というか施設の在り方が

大嫌いだったそうである。

 

「○○さーん、大丈夫ですか~?」

という甘ったるい声を出しておきながら、

裏で散々その人の悪口を言ったりする

偽善者ぶりに堪えられなかったという。

 

利用者も利用者で、人生放棄、

セルフネグレストの状態に近い人がほとんどだったらしい。

そんな彼が今、高齢者の相手をしている。

 

その施設の事情や成り立ちが違うので、

単純に比べてどうこうとは言えない。

ただ、彼が現在の利用者を

「高齢者」というカテゴリーに押し込めず、

ひとりの人間として対応していることは確かだ。

 

自分の祖父母のような人たちに対して

まるで家族か友だちのように

平気でタメ口をきくのも

絶対に失礼にならない、嫌われないという

自信があるからだ。

つまり、利用者の人間としての尊厳を

大事にしていることが伝わるからである。

 

特にこれからの高齢者は

そうしたことにとても敏感になるだろう。

自分を高齢者扱いする施設には行かないだろう。

彼ら・彼女らのプライドを傷つけないよう

対応するのはなかなか大変そうだ。

スタッフには医療や看護・介護の知識以上に

そうしたスキルやノウハウ、

人生観までが問われることになる。

 


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いま、だれが地球と人類を救うのか?

 

小惑星が地球に落ちてくる。

激突すれば人類滅亡は必至。

それを回避するには小惑星の真ん中に

核爆弾をぶちこみ、破壊するしかない。

そのミッションを担ったのは、

石油採掘会社の、ろくでなしだが愛すべき男たち。

地球を、人類を、愛する人たちを救うために

男たちは悲壮な覚悟を持って宇宙空間に旅立った・・・

 

1998年公開のアメリカ映画「アルマゲドン」は

20世紀カルチャーてんこ盛りの、

ハリウッド映画のお手本のような作品だ。

エアロスミスが歌うドラマチックな主題歌

「ミス・ユー・シンク」も泣かせる。

このPVを見れば5分で

2時間の映画を見た気分になれる。

 

この手の20世紀映画で人類の危機を救うのは

みんなアメリカ人だ。

アメリカで作っているのだから当たり前だが、

やはり日本人や他国の人たちでは、

なかなかこうした地球大・宇宙大のスケールで

愛と正義と救済の物語は描けないのではないかと思う。

 

なぜかといえば20世紀、

現実の世界でアメリカが

「世界の警察」の役割を担っていたからだ。

それはアメリカがイギリスと共に

19世紀・20世紀の世界を形づくった責任から――

と言えなくもないのではないかと思う。

 

その役割がおかしくなり、やがて放棄するに至ったのは、

2001年の9・11同時多発テロがきっかけだった。

あのあたりからだんだんアメリカの関心は内へ向かい、

自分たちさえよければ他はどうでもいいや、

というふうに変わってきたのではないか。

日本人をはじめ、どの国の人たちもみんなそうだが。

 

「世界の警察」という意識には独善的な面が多々あり、

困った問題もたくさん引き起こしたが、

それでもやはり広く見れば、

アメリカのが言う“正義”によって

世界はバランスを保ってこられた。

今起こっているロシアとウクライナとの戦争、

イスラエルとハマスとの戦争は、

やはりアメリカが警察の役目を放棄したことが

大きな要因の一つになっているような気がしてならない。

 

21世紀になって、地球を救う者・人類を救う者は

いなくなってしまった。

「アルマゲドン」が旧態然としたハリウッドの

おめでたい予定調和映画と批判するのは簡単だが、

もう一度、未来のために

誰がどうやって地球を・人類を救えるのか考えてみたい。

 

 


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鏡の国のお義母さん

 

「あら、いやだ、だから言ったじゃないの」

「いいわよ、あんた、それ、いいじゃない」

「あんたったら、あーおかしい。アハハハ・・」

 

義母が楽しそうに洗面台の鏡に向かってしゃべっている。

鏡のなかにいるのは誰なのか?

もう一人の自分なのか、友達なのか、きょうだいなのか。

ちょっとだけ離れたキッチンで聴き耳を立てるが

さっぱりわからない。

 

ちょっと前までは自分の部屋のなかで、

死んだ家族の幽霊か、

遊びに来たざしきわらしか、

まぼろしの子供などと話していたのだが、

最近は僕やカミさんがすぐ横にいても

謎の人物と平気で対話している。

もちろん僕らには見えない。

が、認知症の彼女にはくっきりとその存在が見えている。

 

僕らは慣れっこになっているので何とも思わないが、

はたから見ると相当不気味な光景だ。

シュールレアリスムの映画か、

アングラ演劇の1シーンのように

見えるのではないかと思う。

 

知らない人は多分、義母を精神分裂とか、

多重人格とかのカテゴリーに入れるかもしれない。

けれどもそれで別に錯乱することはないし、

外に連れ出すといたって正常な人に見える。

 

今朝、デイサービスに出かけた後に

部屋を掃除したら、

布団の枕もとにポケットアルバムが置いてあった。

めくるとカミさんと妹との3ショット

(かなり若い頃。カミさんかわいい)、

カミさんと僕と息子(彼女の孫)の

3ショットなどが入っている。

眠る前に見ていたのだろうか?

でも写真の僕らと現実の僕らとは一致しないようだ。

 

奇妙ではあるが、それなりに楽しい生活。

他の家族にも会いたいのだろうが、

もうみんないないし、今の暮らしが最大限の幸福

――鏡の国のもうひとりの義母からそう諭してほしい。

 


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唐十郎式創作術「分からないことに立ち向かう」

 

長年書き続けた理由を尋ねると

「分からないことに立ち向かうためです」と言い切った。

一昨日、亡くなった唐十郎さんが

記者に向かって言ったセリフ。

 

カッコいい。

わかっているから書く、のではなく、

わからないことを自分に問い、文字にする。

わからないから書き続ける、創作し続ける。

すると脳の奥深くにある泉から物語が湧き出てくる。

 

また、別の記事では、

「僕は書きながら考えていくんです。

テーマ、モチーフを決めないで、

1点だけ入り口を見つけて、あとはペンが走るまま」。

天才だからそうやってできたのだ、

と言えばそれまでだが、

作品のレベルは違えど、

僕にもそういうふうに書けることがある。

 

誰でも自分の中に表現するための水脈を持っている。

要は掘り進める勇気と技術があるかだ。

どこをどう掘れば水脈に当たるか。

唐さんは熟知していたのだろう。

 

その脳の奥にある泉は広く、深く、

自分を掘りまくって膨大な作品を残した。

芥川賞をはじめ、数々の文学賞を獲りまくったが、

小説もエッセイも映画もテレビも

唐さんにとってはオマケみたいなもの。

メインの仕事、主戦場は、

あくまで自分が主宰する紅テントの芝居—ー

状況劇場・唐組で上演する戯曲であり、

演出であり、出演で、

最後までいっさいブレることはなかった。

 

大学教授などもやったが、それも人生の付録みたなもの。

自分では教授役を演じている、

といった意識だったのではないだろうか。

華やかな場所や国際的な名声にも興味がなかったようで、

とにかく死ぬまで芝居をやり続けられられれば満足、

幸せだったのだと思う。

 

唐さんの訃報を聴いた後、

どうも落ち着かず、仕事も進まない。

きょうは少し昼寝をしたら、

状況劇場の芝居を観に行ったときの夢を見てしまった。

 

年内に唐作品のオマージュのようなものを書きたい。

 


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唐十郎さんに「君の作文は面白い」と言われたこと

 

今朝、「唐十郎さん死去」のニュースを

最初に目にしたのは、

読売新聞オンラインでだった。

その記事内の写真を見て仰天した。

 

1968年、新宿・花園神社内に建てられた

紅テントの天井面にサイケポップなイラストと

「WELCOME」という横文字のデザインが施されている。

こんなにお洒落でお茶目な

紅テントを目にするのは初めてだ。

 

入ってみた人は知っていると思うが、

血と肉の色で四方を囲まれたテント内は、

母親の胎内を想起させる劇空間で、

毒々しい猥雑なエネルギーに満ちていた。

 

それとサイケポップなこのテントは、

ずいぶんかけ離れたイメージに感じる。

一時期、美術家の横尾忠則氏が

公演ポスターなどのデザインをやっていたので、

これも横尾氏のイラストだろうか?

 

その前で若き唐さん(当時28歳くらい)を中心にして

あの状況劇場のメンバーが写っているのが不思議に見える。

唐さんがアングラ演劇のヒーローとして大活躍した

1960年代とこの2024年がいっきに合流したような

錯覚にとらわれた。

そして、41年前に他界したもう一人のアングラヒーロー

寺山修司さんと同じく5月4日が命日になったことも、

何かスピリチュアルなものを感じずにはいられない。

 

そんなわけで唐さんの訃報を知ったとたん、

すっかり忘れていたことをいろいろ思い出した。

1979年3月、当時在籍していた演劇学校の卒業公演で

唐さんの「蛇姫様」(1976年、状況劇場で上演)

をやった。

韓国から日本に密航する船の中で凌辱された女の娘が、

スリを生業としながら

自分のアイデンティティを求めて旅する物語である。

 

そのちょっと前に僕は劇団状況劇場の入団試験を受けた。

第一選考の作文にパスし、

最終選考のために稽古場まで行ったのだ。

場所は杉並区の成田東。

今住んでいるところのすぐ近所で、

そう言えば阿佐ヶ谷から歩いて

川沿いの公園を通って行った記憶がうっすら残っている。

 

試験は面接と簡単なダンスのようなものをやった。

審査員として稽古場の演出席に陣取った

唐さんと李麗仙さん(当時の奥さんで主演女優・故人)が

じっと見ていて、相当緊張した。

 

李さんは冷たく厳しかったが、

おっかないと思っていた唐さんはずいぶん僕に優しかった。

卒業公演とその時の演出家(演技指導の先生)について

2,3聴いたあと、最後に

「君の作文はなかなか面白いよ」と言ってくれた。

門を叩きに来た、

20歳にもならない学生に気遣いなどしないだろうから、

少しは唐さんの胸に響くものだったのかもしれない。

 

たしか「志望動機」についての作文だったので、

「わたしの人生は演劇に救われた」

というテーマで書いたのではないかと思う。

当然、原稿など残っていないし、

詳しい内容は思い出せないが、

小中学校でやった寸劇の台本を書いた話とか、

高校の演劇部の話を書いたのではないだろうか。

もう同じものは書けないが、

その時の気持ちは45年経っても変わらない。

 

そして、状況劇場の芝居を見た時の感動も

いつまでも色あせない。

特にラストで舞台の後ろのテントが開き、

劇世界と現実の世界が混然一体となるシーンは、

自分の人生の一部になるような稀有な演劇体験だった。

 

唐十郎も、李麗仙も、根津甚八も、小林薫も、

皆、同じ舞台の上で、同じ世界の中で暴れていた。

あの時代、状況劇場の芝居を生で見ることができ、

本当に幸運だった思う。

そう考えると、状況劇場の舞台や

唐さんの作品にも救われている。

 

ただ、そう思えるようなったのは後年のことで、

当時はそこまで状況劇場・唐十郎の存在を

大きくとらえることはできなかった。

 

試験から帰って1週間後くらいに

合格通知をもらったのだが、

友人とオリジナル劇団を作ることになって、

結局、一度も状況劇場には行うことなく、

唐さんと直接言葉を交わすことも二度となかった。

 

ちなみに合格したのは別に優秀だったわけでなく、

公演時にテントを設営する人手や雑用係が必要なので、

とくに男は大半を合格させていたらしい。

 

それでも今思えば、ちょっとの間は状況劇場に入って、

人足でもいいからいろいろ経験しておけば良かったかなと、

ちょっぴり後悔もある。

が、あの頃は若くて血気盛んで、

そういうふうには頭が回らなかった。

 

「君の作文はなかなか面白いよ」――

そう言われて、あの時は「ありがとうございます」と

軽くお礼を言っただけで終わってしまったが、

いまだにへたくそな文章を書いて生業にしているのは、

あの時、作文をほめられたことが

大きいのかなと思う時がある。

知らず知らずのうちに

心の支えになっていたのかもしれない。

 

もちろん、永遠に足元にも及ばないのだが、

唐さんの芝居を体験し、自ら唐作品を演じ、

お褒めの言葉まで戴いた以上、

少しでも人の心に響くものを作れるよう、

最後まで頑張りたいと思う。

 

唐十郎さんのご冥福をお祈りします。

 


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山田詠美 入門編 「タイニー・ストーリーズ」

 

山田詠美はよくも悪しくも

デビュー作「ベッドタイム・アイズ」や

直木賞受賞作「ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー」が鮮烈過ぎた。

そのせいで黒人との恋愛・セックスを描く

女性作家という、偏見に満ちた、

スキャンダラスなイメージがついてしまったようだ。

 

白人にぶら下がる女はいいが、

黒人に寄っていく女はふしだら――

彼女が若い世代の作家として活躍した

1980年代から90年代はまだまだ

そうした“名誉白人”的な偏見・差別が

日本人の心の奥でとぐろを巻いていた時代だ。

 

僕はその後に出された「風葬の教室」

「晩年の子ども」など、

子どもを主人公にした物語が好きで、

山田詠美に対してはその側面の評価もけっこう髙いはず。

けれども、世間的にはやはり

「ベッドタイム・アイズ」のイメージが

べったり貼りついたまま、

ここまで来てしまったのではないかと思う。

 

それでも山田詠美は偏見的なレッテルなど

自らはがせる優れた作家で、

とてもバラエティ豊かな物語を描ける人だ。

コミカルなものからメルヘン、家庭劇、恋愛劇、

ちょっとセクシーなもの、SFチックなものまで、

21の短編からなるこの本は

そんな彼女の魅力を詰めこんだ、

詠美ワールドの入門編としておすすめ。

 

その中の一編「GIと遊んだ話(2)」を読んだら、

デルフォニックスの

「ラ・ラ・ミーンズ・アイ・ラブ・ユー」が

聴きたくなった。

いろんなミュージシャンがカバーしているが、

これがオリジナル。

クールで短い物語の中から

音楽が流れ出してくる筆致の素晴らしさ。

ぜひ味わってみて下さい。

 


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インタビュー素材の音声起こし作業

 

AIの普及で録音したインタビューの音声も

以前より格段に速く、

高精度で文字起こしできるツールが増えた。

喜んで使っていたのだが、

今回、またインタビューをもとに本を書くことになって、

自分の耳を使って書きおこす、

いわゆるアナログスタイルに戻っている。

AIにやらせたほうがいいのに、

なぜ?と思われるだろう。

 

理由は主に四つある。

 

一つは、雑談っぽいところから入って、

けっこう無駄話(無駄だけどインタビュイーの人間性を知るのには重要)をしているので、

そこのところはあまり起こす必要性がないこと。

 

一つは精度が上がったとはいえ、

けっして完璧ではないので、

単語も間違っているのがあるし、

わけのわからない文章になっているところが

いくつもある。

そうすると確認・修正するために

結局、もう一度聴かなくてはならない。

 

三つめはすべて静かな環境で

対面で聴けていればいいのだが、

仕事の現場で録音したファイルもあり、

かなりノイズが入っている。

これにはAIは役に立たないので、自分でやるしかない。

 

四つ目。これが最重要なのだが、

文字面を見ているだけだと

細かいニュアンスが伝わってこない。

同じ言葉でもトーン、イントネーションで

意味が変わってくるし、

喋っている文章のどの部分に、

どのような感情をこめているのか?

今回の仕事の場合、これらがけっこう重要だったりする。

生のヴォイスには文字面では表現できない

様々な情報が込められているのだ。

 

そうすると結局、最初から一ファイルずつ聞き直し、

自分の手で書いていく必要がある。

逆にAIなどに頼らず、潔くアナログでやったほうが

却って正確で速かったりもする。

 

デジタルはダメだと言うつもりはないし、

AIの起こし原稿で十分書ける仕事もある。

まだうまく使えてないのだと言われればそれまでだが、

重労働である音声起こしは、

なかなか楽な仕事にならない。

 

 


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お墓とお寺に守られた谷中の昭和レトロ

 

連休の谷間。雨も上がって五月晴れ。

義母も日中はデイサービスへ。

というわけで、仕事は連休にやることにして

夫婦で一日、谷中をほっつき歩く。

東京に住み始めて足掛け45年になるが、

谷中に来るのは初めてだ。

 

近年、昭和レトロの街として人気の谷中。

最寄駅のJR日暮里・西口を出て、

路地を一つ入ると広がる異世界。

谷中霊園を中心とする寺町界隈は、

古民家カフェ、古民家ショップなどが

至るところにあって面白い。

平日なので人出もほどほど。

その2~3割は外国人である。

寺町や古民家群のせいだろう。

どこか京都や鎌倉を思わせる風情がある。

 

霊園のすぐ横、「花重」という花屋と一体化した

カフェでランチを食べたあと、ぶらぶらしながら、

近年、昭和レトロの街として人気の谷中銀座商店街へ。

確かにそぞろ歩きしてるだけで面白い店がいっぱいある。

 

僕の感覚ではちょっと前まで、

他の地域にもこうした商店街はあちこちに

たくさんあったと思う。

だが、それらは昭和の終わりから平成初めごろまでは

「時代の取り残された街」と見られていた。

 

しかし、自然ななりゆきでそうなったのか、

住民や商店会の人たちの頑張りがあったからなのか、

ここまで生き延びられた結果として、

「昭和レトロ」という貴重な価値が生まれた。

 

作り物ではない、本物の「昭和レトロ」感が

谷中にあるのは、

やはりここで生活している人たちの

日々の活動や思いが土地に染みていること、

そして、お墓とお寺があるおかげではないかと思う。

凹んでいるときでも、

ご先祖様に感謝し守られつつ、

それなりにがんばり、楽しくやっていると、

いつかいいことあるんだ――ということなのかも。

 

どうやら谷中、および、根津、千駄木のエリアは

ネコが大勢たむろしていることでも有名らしく、

お店にはネコグッズやネコキャラがあふれていた。

でも、今日は一匹もネコに出会えなかったのが残念。

次回、この界隈を訪れるときはネコを探す旅にしよう。

 


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人生の価値観を問う「天路の旅人」

 

ノンフィクションライター沢木耕太郎が描く、

旧日本軍の密偵(スパイ)西川一三(かずみ)の物語。

 

西川は太平洋戦争末期、日本ではラマ教と言われていた

チベット仏教の蒙古人巡礼僧になりすまして、

当時の日本の勢力圏だった内蒙古から

中国大陸の奥深くまで潜入。

終戦後もそのまま1950(昭和25)年まで

チベットからインドまで旅を続け、足かけ8年の間、

蒙古人「ロブサン・サンボ―」として生きた。

 

西川は帰国後、朝鮮戦争勃発の際、

蒙古からチベットに至る未知の地域の情報を持った

貴重な人物としてGHQ(進駐軍)に呼び出され、

執拗な質問攻めにあって調書を取られた。

 

しかし、そのおかげで8年間の旅の記憶を思い出し、

「秘境西域8年の潜行」という、

原稿用紙3200枚(128万字)の大著を書き上げる。

 

それが出版されたのは書き上げてから

15年以上も経ってからのことだったが、

昭和の一時期、ちょっとした話題になったようだ。

 

ノンフィクションライターとして活躍していた

沢木耕太郎は、本を読んでこの人物に興味を持ち、

1997年、当時の西川の住居があった岩手県で会う。

それから月に一度ずつ、居酒屋で会って

1年あまりにわたって取材を続けた。

 

しかし、情動に突き動かされて取材したものの、

何をどう書いていいのかわからず、

10年以上の月日が経つうちに高齢だった西川はガン、

そして認知症を発症し、この世を去ってしまう。

 

沢木がこの本に手を付け始めたのは彼の死後。

コロナ禍の間、頭の中でひたすら

西川の旅路を辿るように書き続けたという。

 

結局、取材の始まりから書き上げ、

2022年10月の単行本出版にたどり着くまで

費やしたのは25年。

そしてこの中で描かれる西川の巡礼僧に扮した

“潜行”の旅の物語は、そこから遡ること、

80年以上前の話なのである。

 

こうした長大な時間を思い描いただけで圧倒されるが、

内容は割と淡々とつづられていく。

もちろん密偵としての旅の記録は

ドラマチックで面白いし、文章から広がる

蒙古、チベット、インドの大地、街、

空の風景には魅了される。

 

ただ、僕はむしろそれより日本に帰国した後の

西川の生きざまに心惹かれるものがある。

 

過酷な旅の中で育まれた西川の価値観は、

戦前と180度変わってしまった戦後の日本社会のなかで

いつも蒙古やチベットの大地の幻想を追っていた。

しかし、のちに結婚する女性に

「現実を見なさい」とたしなめられて変わっていく。

そこに静かな感動が満ちる。

 

若い頃から世界のあちこちを旅して

ノンフィクションを書いていた沢木は、

そうした彼の人生に呼応して

長い年月をかけてこの本に取り組み続けたのだろう。

 

あとがきで沢木は書く。

「私が描きたいのは西川一三の旅そのものではなく、

その旅をした西川一三という稀有な旅人なのだ」

その言葉は、旅人として生きた西川の価値観を

沢木自身も共有していることを確認するかのようだ。

 

時間的・空間的スケール、

異文化の地の冒険物語としての面白さ、

戦中・戦後のドキュメント、

そして人生における自分の価値観を考える素材。

570頁の長大なノンフィクションだが、

いろいろな読み方ができる傑作である。

 


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サザエさんとちびまる子ちゃんの延命と漂白された昭和

 

このブログでサザエさんと

ちびまる子ちゃんのことを書くと、

一定のアクセス数がある。

やはり人気があるというか、

多くの人にとって気になる存在なのだろう。

 

僕自身は、昭和が終わったら終わるかも、

平成が終わったら終わるかも、

声優さんが亡くなったら終わるかも・・・

と、ずっと言い続けてきた。

 

世間的にもこの二つの昭和アニメの終焉が近いのでないかと

たびたび取り沙汰され、いよいよ・・・となったら

本当に時代が変わるよね、という暗黙の了解があった。

 

しかし、ちびまる子ちゃんの主演声優の交替が

うまくいったことで、

どちらも当分の間、存続・安泰という感じになった。

こんなことを言うと縁起でもないが、

サザエさんもいざとなれば水面下で

スタンバイはできていると思う。

 

どれだけの寿命があるのかわからないが、

大勢の人が求める限り、

サザエさんとちびまる子ちゃんは

世代を超えたみんなの昭和ファンタジーとして、

そして、斜陽のテレビ局を支える大黒柱として、

まだまだ息長くがんばり続けるだろう。

 

しかし、それと裏腹に昭和のリアリティは

年々薄れており、

とくにコロナ明けは「昭和レトロ」の名のもとに、

漂白され、殺菌消毒された昭和しか認知されないのでは、

という懸念を戴いている。

昭和100年の来年、昭和はどうなっているのだろう?

 

昭和エッセイ無料キャンペーンは本日、終了しました。

ご購入いただいた方、ありがとうございます。

よろしければレビューをお寄せください。

引き続き、各¥300で発売中。

Kindle Unlimited:サブスク1カ月¥980で読み放題でも

お読みいただけます。ぜひご利用ください。

 


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昭和体験は昭和エッセイで

 

本日4月29日は「昭和の日」でした!

各地でいろいろ昭和レトロ体験が行われた…

といったNEWSを見ましたが、

なんか昭和っぽいことしましたか?

‥・って言われてもなぁと思ったら読んでみてください。

 

明日4月30日(火)15:59まで無料キャンペーン実施中!

●昭和99年の思い出ピクニック

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「昭和の日」はいつまで存続するのか?

 

4月29日は「昭和の日」。

昭和ブームだと言われているわりには

気にしている人はあんまりおらず、

一般的には「ゴールディウィークの祝日の一つ」

程度の認識なのではないだろうか。

 

明治の日・大正の日も存在しておらず、

平成の日・令和の日も制定される可能性は薄い。

昭和の日だけが存在する理由は単純明快で、

まだ日本社会には昭和に生れ育った人が大半を占め、

会社でも公的団体でも決定権を持っていたり、

情報発信の面でもまだまだ圧倒的な多数派だからだ。

けれども当然のことながら、

少しずつそうした状況は変わっていく。

 

昨年からジャニーズ問題・宝塚問題・

自民党の裏金問題・各県知事のハラスメント問題など、

ひどい話が続出しているが、

これらはみんな「バレなきゃOK」とか、

「みんなやってるからいいじゃん」とか、

「女はみんなキャバ嬢みたいなもんだから、

偉い俺の言うこと聞くのが当たり前」とかみたいな

昭和の価値観のネガティブな側面に基づいたものだ。

 

一度インストールして長年馴染んだ価値観は、

アップデートもアンインストールも難しい。

数年前に「昭和の日がなくなる」

という噂が立ったことがあるが、

あんまりひどいことが続くと、

もう昭和の日はやめましょうと話になりかねない。

戦争の記憶を伝える記念日があれば、

こんな連休の1日程度の扱いしあされない祝日は

なくなっても誰も困らない。

 

でも、もちろん昭和の面白いところ、

エネルギッシュだったところ、

そして戦争のような悲惨な歴史や

高度経済成長のような尊敬すべき、

かつまた一種の残酷な歴史は

きちんと知っておいた方がいいと思う。

未来から見れば過去は

いつでも未熟で野蛮な話に満ちているのだから。

 

 

4月30日(火)15:59まで無料キャンペーン実施中。

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昭和アイドル 麻丘めぐみと「芽ばえ」

 

「昭和99年の思い出ピクニック」に載録した

「シェー!と麻丘めぐみと昭和歌舞伎」を読み返し、

50年ぶりに麻丘めぐみの歌が聴きたくなって

YouTubeで探してみたら、どんどん出てきた。

 

ジャケット写真を見ているだけでぽーっとなる。

その頃、部屋に貼ってあった

雑誌「明星」の付録のポスターも思い出した。

デビュー当時16歳。

僕は中学生になったばかりだったが、

こんなきれいでかわいいおねえさんが

この世にいることに心震えた覚えがある。

 

生まれて初めて買ったLPレコードも

麻丘めぐみの「さわやか」だった。

これもYouTubeでフルで聴ける。

いやいや、恵まれた世のか中になったものだ。

 

大ブレイクしたのはシングル5枚目の

「わたしの彼は左きき」だが、

いま聴くとデビュー曲「芽ばえ」が

いちばん興味深い。

 

昔は大好きな彼氏への恋心を歌った

わりと単純な歌詞だと思っていたが、

いま聴くと行簡に

ちょっとミステリアスなドラマを読み取れる。

 

特に2番の

♪誰か人に心を盗み取られ 神の裁きを受けたでしょう

 

というところは、

アイドル歌謡から逸脱した文学性を感じてしまう。

彼女は子どもの頃からカソリック教徒だという話を

読んだが、

それと何か関係しているのだろうか?

 

あまり歌が上手でない印象があったが、

これもいま聴くと、高音でちょっと裏返って

微妙に揺らぐところが

何とも言えない味になっていて、とても良い。

 

そしてサビの「離れないわ~」の3連呼が残響して

頭のなかを離れない。

ああ、昭和の歌、昭和の香り。

永遠の麻丘めぐみ。

 

 

ゴールデンウィークは読書でゆったり。

昭和の世界を探検してみよう。

 

おりべまこと昭和本無料キャンペーン

4月30日(火)15:59まで開催中!

 

 


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目じるしはシェー!

 

おりべまこと昭和エッセイ本6日間無料キャンペーンは、 

「昭和の日」にちなんで今月いっぱい、

4月30日(月)15時59分まで。 

「99年」は最新刊、「96年」もサブスクで大人気。

 

★昭和99年の思い出ピクニック 

●シェー!と麻丘めぐみと昭和歌舞伎

●カネゴンは鳥を見た

●人生百年時代の浦島伝説

●成人ちびまる子ちゃんと還暦サザエさんの「昭和の日」

●労働者と風俗と大洋ホエールズの川崎伝説

 ほか31編

★昭和96年の思い出ピクニック 

●西城秀樹さんのお葬式:青春の同窓会

●ちびまる子ちゃんとサザエさんはいつまで続くのか?

●昭和オカルト大百科

●新聞少年絶滅?物語

●死者との対話:父の昭和物語 

ほか31編

 


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昭和エッセイ無料キャンペーン 本日より開催!

 

本日より昭和エッセイ本2冊同時に

6日間無料キャンペーン開始! 

年に一度の面白懐かし「昭和の日」にちなんで、

ぜひご購読ください。 

「昭和99年」は今月発売の新刊です。

「昭和96年」もサブスクで大人気。未読の方はぜひ。

 

4月25日(木)16時~30日(月)15時59分まで  

●昭和99年の思い出ピクニック 

●昭和96年の思い出ピクニック

 

2024年➡令和6年は昭和99年です。

マンガ・怪獣大好きで、戦争・貧乏大嫌い。

みんな集まれ、昭和っ子!

 

マンガ、テレビ、怪獣、アイドル、プロレス、家族、

仕事、戦争、暮らし・・・

昭和時代の数々の思い出を紐解き、

さまざまな角度から考察。いっしょに笑ったり、

しんみりしたり、懐かしがったり、

テンション上げたりしながら、

これからの日本の社会の在り方、

私たちの生き方を考察していきましょう。

 

昭和99年目次

●今、そこにゴジラが立っている

●神のモスラ、悪魔のギャオスが巣食った東京タワーと地方出身者の東京幻想

●昭和人のマネして逃げたらアカン

●池袋でふくろう時代を振り返る

●「鬼滅の刃」で辿る近代日本の家族主義と個人主義

●昭和プロレタリアートの「出会いそして旅立ち」

●シェー!と麻丘めぐみと昭和歌舞伎

●カネゴンは鳥を見た

●人生百年時代の浦島伝説

●成人ちびまる子ちゃんと還暦サザエさんの「昭和の日」

●昭和のバナナ預金

●昭和28年を精神分析する妖怪小説

●「生きていくなら仕事しなきゃあな」という本

●東京メトロ永田町駅のトイレの美しさとカミさまのいる幸福

●トノサマラーメンとお寺の讃岐うどんのおいしい記憶

●「あとしまつ」の時代を生きる

●死ぬまで戦争体験はしたくないけれど

●労働者と風俗と大洋ホエールズの川崎伝説

●暑くても働く人がいるから世の中は回る

●平和祈願・核廃絶祈願のエネルギーと新たな戦争の脅威

●戦後77年の認知症予防策

●生涯現役・ウルトラの女神

●追悼・アントニオ猪木さん:あなたほど無様さがサマになる男はいなかった

●シン・ウルトラマンとイデ隊員とウルトラマンの本質

●廃墟から再出発 アニメむすめの温泉ビレッジ鬼怒川温泉

●美輪明宏とヨイトマケと太宰治

●いつまでもあると思うな昭和の常識

●昭和98年8月と17歳の父

●豊臣秀吉とジャニーズ 英雄の凋落と昭和システムの崩壊

●距離のある家族のこと

●イマイチ昭和世界の「ゴジラ-1.0」 全31編載録

 

昭和96年目次

●西暦か元号か? 今年は昭和九三年?

●西城秀樹さんのお葬式:青春の同窓会

●西城秀樹さんのお葬式で感じたこと:

女の涙は子どもと夢の人のために

●ちびまる子ちゃんとサザエさんはいつまで続くのか?

●昭和の遺産はどこへ行き、どう使われるのか?

●昭和オカルト大百科

●新聞少年絶滅?物語

●新聞少年絶滅物語2:まかない付き・住み込みOK職場の光と闇

●生涯現役 還暦新聞少年

●死者との対話:父の昭和物語

●大空襲をすり抜けた父は「生きてるだけでOK」

●父の話:ラッパ要員を兼ねて軍需工場に就職

●名古屋大空襲:金のしゃちほこも燃えてまったがや

●父のメガネを借りて終戦を見る

●戦後百年はもうすぐ

●マンガの聖地・トキワ荘通りを散策する

●靴みがき少年と有楽町で逢いましょう

●かわいい叔母さん

●姉ヶ崎の遠い海

●先祖ストーリー①:バクチにハマって貧乏暮らし:

娘たちに疎んじられた母方のじいちゃん

●先祖ストーリー②:母方のばあちゃん:7人の娘たちとの結束

●先祖ストーリー③:

父方のばあちゃん:狭い家の中の女同士のバトル

●先祖ストーリー④:

父方のじいちゃん:明治・大正のフーテンの寅平

●葬儀・供養に関する「昭和システム」の呪縛

●社会全体の児童虐待と「晴れた空」

●東京ブラックホールⅡ 「老いた東京」は美しいか?

●さらばショーケン:

カッコ悪いカッコよさを体現した1970年代のヒーロー

●さらば平成――みんなが昭和に帰りたがった30年

●終戦記念日はいつから始まったのか?

●西城秀樹さん ラストステージの記憶

●永遠の昭和 明日のための1960年代・70年代  全31編載録

 


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雨の中、子どもたちはカエルを放つ

 

小雨の降る中、義母をつれて川沿いを散歩していたら、

小3くらいの子どもたちが4、5人、

自転車やキックスケーターで爆走していく。

雨ふりなんてへのカッパって感じ。

 

最後に走って来た、

ピカピカ光るキックスケーターの女の子に

「雨なのに平気なの?」と声をかけたら、

振り返って

「あのね、これからカエルを放しにいくんだ」と、

目をキラキラさせながら言う。

 

彼女らの行先には池がある。

捕まえたのか、それとも

飼ってたオタマジャクシが成長したのか、

わからないが、どうやらその池に

カエルを解き放ってあげるらしい。

 

いろいろ訊きたいことはあったが、

彼女はひとことだけ言い残すと、

ワクワクした気持ちが抑えらえないらしく、

またキックスケーターをかっ飛ばして

風のように去って行った。

 

なんだか春の雨が心地よく感じられる。

いいぞいいぞ、

カエルもきみたちも解き放たれて

自由に飛び跳ねてケロ。

 

 

あなたもお忘れの4月29日「昭和の日」にちなんで、明日から昭和エッセイ本2冊同時6日間無料キャンペーンやります!  この機会にぜひ。

4月25日(木)16時~30日(月)15時59分迄。

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若者が死について考えるのは健全である

 

先週まで渋谷ヒカリエでやってた「Deathフェア」は、

「よりよく生きるために死について考えよう」

という趣旨のイベントだった。

 

渋谷という場所がら、中高年だけでなく、

若い人も大勢集まってきた。

主催の人にインタビューしたところ、

(まだデータを集計していないが)

20代から90代までまんべんなく来場した、

という話だった。

たぶん中には10代も混じっていただろう。

 

若者が死について考えるのはおかしい、危険だ、

という人も少なくないが、

むしろ思春期のほうが成人してからより

死について思いを巡らすことが多いのではないかと思う。

それを単純に自殺願望などと結びつけ、

命の大切さを説きたいと思うおとながいて、

まわりであーだこーだ言うから

かえって生きることが息苦しくなってしまうのだ。

 

僕もよく死について考えた。

マンガも小説も映画も演劇も死に溢れていた。

逆に言えば、それは「生きるとは何か」

という問いかけに満ちていたということでもある。

 

いまの若者は・・・という言い方は好きでないが、

僕たちの時代以上に、

いい学校に行って、いい会社に就職して・・といった

王道的な考えかたに、みんが洗脳されている印象がある。

だから志望校に入れなかったら人生敗北、

志望した会社に入れなかったらもう負け組、

残った余生を負け犬としてどうやり過ごすか、

みたいな話になってしまう。

そうした展開の方が死に興味を持つより、

よっぽど危険思想ではないか。

 

人生計画を立てる、

キャリアデザインを構築するという考え方も

言葉にするときれいで正しいが、

若いうちからあまり綿密に

そういったデザインとかスケジュールにこだわると、

これまたしんどくなる。

人生、そんな思った通りになるわけがないし、

そのスケジュールの途中で、

AIやロボットが進化して仕事が消滅、

キャリアがおじゃんになることだってあり得る。

 

「Deathフェア」に来ていた若者は、

そうしたしんどさ・息苦しさ・

絶望感・不安感みたいなものを抱えて、

いっぱいいっぱいになってしまって、

「じゃあ、終わりから人生を考えてみようか」

と思って来てみた、という人が多いのではないか。

いわば発想の転換、

パラダイムシフトを試みているのだと思う。

それってものすごくポジティブな生きる意欲ではないか。

 

あなたが何歳だろうが死はすぐそこにある。

同時に「生きる」もそこにある。

社会の一構成員でありながら、

経済活動の、取り換え可能なちっぽけな歯車でありながら、

絶えず「自分は自分を生きているのか?」

と問い続けることは、とても大事なことだと思う。

たとえ答えが出せず、辿り着くところがわからなくても。

 

予告!おりべまこと昭和エッセイ集
2冊同時に6日間無料キャンペーン開催します。
お楽しみに!
4月25日(木)16時~30日(火)15:59
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4月29日って何の日?

 

来週4月29日は昭和の日。
「ゴールデンウィークの日」じゃないですよ!
新しい時代を生きていくためにも
昭和の価値観を知ってほしい。
というわけで、
おりべまこと昭和エッセイ集
2冊同時に6日間無料キャンペーン開催します。
お楽しみに!
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酒タバコ やめて100まで生きる日本人

 

NHKのショート番組で酒を飲む日本人は今、

二人に一人というデータが紹介されていた。

マジか?

 

思えば酒とたばこをヤルのはおとなになった証であり、

飲酒文化・喫煙文化に精通し、

上客や偉い人といっしょに

吞むとき・吸うときのマナーやルールを覚えることは

社会人として生き抜くための必須条件だった。

しかし、いまやそれらの文化は

昭和の伝説になりつつあるのだろうか?

 

そういう僕もタバコをやめてそろそろ四半世紀になるし、

酒も1年に10回も飲まないので、

「ほとんど飲まない」の部類に入るかもしれない。

最近はノンアルの酒もあるけど、

そういうのを飲んで付き合うという機会もほとんどなく、

いまだに呑んだことがない。

 

昭和の男たちは「酒タバコ やめて100まで生きたバカ」

と吹聴して、

刹那の人生を楽しもうという意気が旺盛だったが、

そういう人たちがどんどんこの世から去ってゆき、

酒とタバコのある、ある種の豊かな世界は

僕たちのそばから消えつつある。

 

昔は知られていなかった

(あるいは知らんぷりができた)

アルコールやニコチン・タールの

人類におよぼす害毒が明らかにされてきて、

おそらくこれまでの歴史のように、

飲酒文化・喫煙文化が栄えることはもうないだろう。

 

代わりに健康な世界がやってくるはずだけど、

100まで生きることにどれだけの意味があるのか、

考えている人はまだ少ないと思う。

 

健康づくりやお金を増やすことに一生懸命の人は多い。

でも「酒タバコ やめて100まで生きて何するか?」にも

みんなで一生懸命にならないと、

幸福も生きがいも育っていかないのではないだろうか。

 


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あなたはどんなおとなに憧れましたか?

 

「焼き芋屋のおっさんがカッコいいと思っていた」

「八百屋の親父にあこがれていた」

今日インタビューしたデイサービスの

マネージャーの若者は、

子どもの頃を振り返ってそう語った。

 

焼き芋屋とか八百屋とかの職業が

どうこうというのではなく、

地に足を付けて生身の人間とわたりあって商売する

その生きざまが子どもの目にまぶしく映ったのだろう。

そのまぶしさがその後の彼の道を決め、

人間同士が向き合う現場の仕事に向かわせた。

いまどき珍しい心根を持った青年と言えるかもしれない。

 

手っ取り早く楽してもうけるのがカッコいいとか、

いい生き方だとか、成功者だとか言われ、

みんなそうした考え方に洗脳されてしまっている。

 

けれども経済的に豊かになることと、

豊かな精神をもって生きることとは別の問題。

そして悲しいかな、

大多数の人はそのどちらも手に出来ずに行き詰ってしまう。

 

みんな自分の理想的な将来像を持っている。

こんな生き方をしている“はず”の自分が脳内にいる。

もし行き詰ったら、子どもの頃、何になりたかったか、

どんなおとながカッコいいと思っていたのか

じっくりと思い出してみよう。

 

あなたはどんなおとなに憧れましたか?

どう生きたいと思っていましたか?

いくつになっても問いかけていていいと思う。

若者にそう教えられた日。

 


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なぜ女は「死」に関心が深いのか?

 

渋谷のヒカリエで「Death Fes」が

明日18日まで開かれている。

「死のフェスティバル」という名からは

想像できないほどのポップさ・楽しさ。

こんなイベントを文化発信地・渋谷のど真ん中でやるのは

本当に画期的なことだ。

 

来場者も特に年代によって大きな偏りがあるわけでなく、

20代から90代までまんべんなく訪れ、

土日は大いに盛り上がったようだ。

 

「月刊終活」の記事にするので、

今日は主催者である一社「デスフェス」の

代表二人にインタビューした。

二人とも起業家の女性。

「月刊終活」の仕事をしていて思うのは、

エンディングに関わる仕事を始めるのは、

なぜか女性が多いということ。

 

もちろん、歴史のある葬儀社・お寺・石材店などの業界は

もろに男の世界だが、近年スタートアップしたところ、

イノベーティブな製品・サービスのプロデュース、

ユニークな活動をしている会社・団体は

圧倒的に女性が多く、活躍している印象が強い。

 

日本だけでなく、

アメリカ発の「堆肥葬(遺体を堆肥化して土に戻す)」や

スウェーデン発の「フリーズドライ葬

(こちらは遺体をフリースドライ化)」を開発し、

普及に努めているのも女性CEOである。

 

2022年5月、二子玉川で行われた「END展」でも

女性のキュレーターが主導し、

来場者の3分の2は女性だった。

 

もちろん、死は男女平等に訪れるものだが、

死に関心を持ち、深く追求するのは女性が多い。

「なぜだろう?」と主催者のお二人にも質問して、

思うところを答えて戴いた。

 

理由は複数ある。

一つは長らく続いた男性中心の家制度が終わりを迎え、

個人単位の社会に変わりつつあること。

そういえば30年ほど前に僕たちの母親世代が、

夫(の家)と同じ墓に入りたくないという議論が

マスメディアを通じて話題になった。

 

従来の社会制度に異を唱えるのは女性であり、

彼女らのほうが発想も自由で柔軟性・革新性がある。

母親世代でできなかったことを

娘世代が果たそうと今、がんばっているということか。

 

もう一つ、これは僕の見解だが、

命を産む性であることが関わっているように思う。

男はどう逆立ちしても子どもは産めないが、女は産める。

 

産めるがゆえに肉体の変化も大きく、

初潮・出産・閉経など、

いわば人生のなかで何度も「死」に近い経験をし、

その都度、少女から女へ、女から母へ、

母からまた新たな女へ生まれ変わる。

 

また、社会人として仕事をすれば、

妊娠・出産で仕事を辞める・辞めないの選択、

それ以前に子どもを産む・産まないの選択など、

ドラマチックな決断を迫られる。

 

だから死を最後のライフイベントと捉え、

最後まで人生を楽しみたい、

一生懸命生きたご褒美として

楽しく美しく弔ってほしいという気持ちが湧く。

そこからいろいろな想像力が働くのだろう。

言葉を変えると、

男より女のほうが生きることに貪欲なのかもしれない。

 

場内の展示の一つに、

ウエディングドレスをリメイクして

金婚式や銀婚式、還暦や古希のお祝いや、

最期の衣装として納棺時にも着用できる

「イルミネートドレス」なるものがあった。

 

これまで純白のドレスを着るには一生に一回、

結婚式の時だけのはずだったが、

これからはそうでなくなりそうだ。

試着した人たちは皆、幸福そうに笑っている。

 

死を変えることによって人生も変わる。

こんな喜びがあるのなら、病気も老いも死も怖くない?

そう考える女性が増えるかもしれない。

 


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「パーフェクト・デイ」そして「またあした」

 

結婚記念日。

気温が上がり、暑いくらいだったが、

29年前と同じように快晴。

彼女がマーガレット・ハウエルの

カフェに行きたいというので、

吉祥寺までいっしょにランチをしに行く。

 

目的のカフェは中道通りの商店街の奥にある。

土日などは賑わいのある通りだが、

週初めの月曜は休みの店も多く、比較的静か。

入口から結構奥まっていて、

当然、駅からも距離があるせいか、

他の街から遊びに来る人よりも地元の人が多いようだ。

 

最近知ったばかりだが、

マーガレット・ハウエルというのは英国の服デザイナーで、

モダンクラッシックを追究している人なのだそうだ。

高級ブランドらしいが、

いわゆる高級感や華々しさなどはなく、

一見フツーでシンプル。

しかし、よく見るとさりげなくカッコよくておしゃれ。

おとなのブランドというのだろうか。

 

そうしたテイストを反映して

カフェもごくシンプルなつくり。

ランチメニューはキッシュと

ローストビーフサンドの2種類。

デザートにキャロットケーキと

アーモンドオレンジケーキを食べた。

食事自体も見た目の派手さはないが、

中身がぎっしり詰まって美味しかった。

 

店のすぐ隣に公園がある。

何の変哲もない公園だが、

子どもが遊びまわる分にはじゅうぶん広い。

 

そして一本、シンボルツリーのように

高さ8メートルぐらいの木が立っている。

広げた枝の形がなんとも美しく、

その下ではこの近所の人らしい母子が

ピクニックシートを広げてお弁当を食べている。

 

少し離れたところではまた別の母子がいて、

女の子たちは地面に生えている小さな白い花を摘んで

お母さんにプレゼントしている。

 

窓越しにそんな光景を見ていたら、

ふと「パーフェクト・デイ」という言葉が頭に浮かんだ。

ヴィム・ベンダーズ監督、役所広司主演の

トイレ清掃員の日常を描いたあの映画に

なぜ「パーフェクト・デイズ(完璧な日々)」

というタイトルをつけただろう?

 

世界も人生も完璧どころか矛盾と不条理に満ちていて、

あまり環境に順応していない自分が

60年以上も存在し続けていられるのはなぜだろう?

 

つい1週間前に昔ながらの友人が死んだが、

そんなこともすっかり忘れてのほほんと生きている

自分とは何だろう?

 

戦争をしている国では、今この瞬間にも街が爆撃されて

大勢の人が死んでいるのにそんなことも知らん顔で

「完璧な日だ」なんて言っている

自分とは何者なのだろう?

 

じつは何の保証もないのに

明日もまだ生きているに違いないと信じ、

来年も結婚記念日にはお祝いをしようと思っている

自分とは・・。

 

答は出ないが、それでも気安く

「またあした」と言って眠れることは

おめでたいことなのだと思う。

 


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渋谷ヒカリエでDeathフェス

 

今日4月13日から18日(木)まで

渋谷ヒカリエ8階で「デスフェス」をやっている。

「死というテーマ」が

タブー視され過ぎている現状をなんとかしなければ、

と考えた女性二人組が主催。

 

葬儀供養業界のビジネスイベントではなく、

渋谷のど真ん中、年代関係なく、

すべての人に開かれたイベントである。

開催コンセプトをかいつまんで言うと、

 

「死というテーマ」には本来、愛や感謝、つながりなど、

生をポジティブに照らす側面があります。誰にでも「死」が訪れることを意識することで、「では、今をどう生きるか?」を考え、行動にうつすことができます。

「死」をタブー視せずに、

人生と地続きのものとして捉え直し、

年齢や個別の事情によらず、

多くの人が「死というテーマ」をきっかけに、

今をどう生きるかを考える。

Deathフェスは、そんな「生と死のウェルビーイング」

のためのイベントです。

 

というわけで、「お墓×死」「起業×死」

「家族×死」「循環×死」、

坊さんによる地獄VR、入棺体験、

その他、ユニークなイベントや展示が多数行われている。

 

土曜の渋谷ということもあって

今日の会場は賑やかで華やか。

若者が集う花の渋谷で、

なぜ死をテーマにしたフェスが開かれるのか?

・・・という違和感を含めて超面白い。

ついでにいうと、なんと渋谷区も後援しているのだ。

 

入場無料なので、もし興味を抱いたら

ぜひ行って見てください。

直接足を運べなければウェブで参加もできますよ。

ちなみに明日4月14日は「よい死の日」なのだそうな。

 


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あなたもわたしも呪い人? 「呪いを解く者」

 

フランシス・ハーディングという

イギリスのファンタジー作家の作品。

テーマはズバリ「呪い」。

 

舞台は架空の国で、イメージとしては中世ヨーロッパ。

主人公は呪いの「ほどき屋」の少年と、

呪いをかけられた少女。

この世界には呪いをかける「呪い人」がいて、

それを束ね、利用しようとする悪のボスが登場する。

 

呪いをかけられた人は動物などに変身したり、

この世界に生息する奇妙なクリーチャーが

いろいろ出てきたりして、

全体の印象は、そこはかとなく

「ハリーポッター」を想起させる。

 

僕が面白いなと思ったのは、

そうしたファンタジックなストーリー展開や

冒険劇、敵とのバトルよりも、

「呪い」というテーマそのもの。

 

中世風ファンタジーの衣をまとったこの物語で

扱われる「呪い」は古典的な感じではなく、

ひどく現代的で、僕たちが身に覚えのあるものだ。

 

家族間や仲間同士の支配・被支配、

夫婦間のDV、子どもへの虐待、親への憎しみ、

そして幸福な(と映る)人に対する妬み・嫉み。

 

もちろん古今東西、呪いというものは、

人間の性のようなものだが、

読みながらこれはほとんど

今の日本の状況ではないかと思えた。

 

もし、この物語の「呪い人」のような

力を持ってしまったら、

それを行使する人はきっと後を絶たないだろう。

そして、この呪いの力はある種、最強のサイコ兵器で、

悪意を持って利用しようとする輩が

大勢出てくるに違いない。

 

呪われる側はもちろん、呪わずにいられない人、

そしてこんな力を持ってしまった人たちの

悲しさが胸に残る。

 

文中に「呪いの卵」という表現があるが、

情報化・格差・競争・・・そんな社会で日々を送るうちに、

僕らは知らぬ間に自分の中に

「呪いの卵」を孕んでしまっている。

現代は誰もが表向き善良な市民である同時に、

怖ろしい「呪い人」の予備軍でもあるのだ。

 

陰惨で悲劇的な部分も多いが、

ファンタジー物語としてはけっこう華があるので、

映画化すると面白いのではないかと思う。

 

 

  再読・嵐が丘

おりべまこと 

 

エミリー・ブロンテ「嵐が丘」や

スティーブン・キング「スタンド・バイ・ミー」など、かつて読んだ名作を再読してみたら新たな発見が!

還暦ならではの物語エッセイ集。

AmazonKindleより発売中。¥300


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友の旅立ちに春の花を

 

昨日、64歳で友達が死んだ。

演劇学校の同期生で、

いっしょに劇団をつくって芝居をやった仲間だった。

 

ステージ4のガンだということを知ったのは

半年前、同窓会を開く連絡をした時だった。

その後、12月に6人で連れ立って福井まで会いに行った。

割と元気そうで、おもてなしまでしてくれて、

わざわざ来てくれたお礼にと、お土産までくれた。

 

ステージ4と聞くと絶望感が生じるが、

カミさんの患者には

「ステージ4でもう7年生きてます」という

ガンとの共存に成功している人もいるらしい。

だからというわけではないが、

今年になってから僕のFBの投稿に

何度かリアクションもしていたし、

その友だちも、

まだまだ意外と大丈夫なんじゃないかと

漠然と思っていた。

でも結局そう願っていただけなのだろう。

 

「楽しい時間を過ごさせていただき

ありがとうございました」

彼女の死を知らせてくれた友達は、

そんな家族の伝言を伝えてくれた。

 

どんな時間を過ごしたのだろうと考えた。

もう40年以上も前のことだが、

いっしょに何かを創った仲間というのは

特別な時間を共有したのだという思いがある。

なんであんなにエネルギーがあったんだろう?

芝居なんてくだらないことに一生懸命になれたんだろう?

と不思議な思いがする。

 

劇団を立ち上げたメンバーは3人だったが、

もう一人はすでに15年前、50歳で逝ってしまった。

その時に比べて、今回どこか自然に

仲間の死を受け入れられるのは

やはり年齢のせいだろうと思う。

人生100年時代とは言えど、

還暦を超えた60代は生と死の境にある年代。

今ここを丁寧に過ごさないと

その後生き延びたとしても、

ただ生活しているだけの人生になりそうな気がする。

 

悩み相談みたいなサイトや動画で、

いろんな意図をこめて

「人生に意味などないよ」と言うセリフをよく聞く。

けれども3人の生き残りになってしまって、

なんで俺だけまだ生きているんだろう?

と考えざるを得ない。

 

この世から去る日を選ぶことなどできないが、

花の季節に逝くのは、

残る者の気持ちをほんの少し和らげる。

友の冥福を祈る。

 


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ある4月の晴れた朝に100パーセントのお花見をすることについて

 

昨日は絶好のお花見日和だったが、実はそうでもない。

カミさんは「絶対混んでいるから嫌だ」と拒否するので、

義母だけ連れて出かけたが、やっぱりという感じ。

 

善福寺川沿いは余りお店もないので、

例年は他の名所みたいに混み合うことはないのだが、

それでもコロナ明け、しかも最近の天気の悪さで

昨日に人出が集中したせいで大混雑。

おかげで義母はストレスで機嫌が悪くなり、

桜にも大して関心が向かない。

彼女の心を打ったのは、

帰り際に寄った小公園に咲いていた

黄色いヤマブキの花だった。

 

そんなわけで今日の朝はリベンジ。

義母をデイサービスに送り出し、

カミさんと3時間近く川沿いを歩く。

 

天気予報が外れて日も差し、

人も少なく、うるさい酔っ払いもいなくていい気分。

 

いわゆる花見による経済効果とは無縁だが、

経済の活性化と、桜の花を見る幸福感との間に

相関性は見いだせない。

 

近辺のあちこちの保育園の子どもたちも大勢来ていた。

この辺の保育園は広大な園庭を持っているようなものだ。

それも季節によってダイナミックに表情が変化する

ワイルドガーデン。

子どもたちも豊かな時間のなかで成長できると思う。

 

今日は近所の小学校の入学式もあったので、

桜並木の下で記念撮影している親子が大勢いた。

あくまで東京での話だが、

令和になってから桜の中で入学式ができたのは、

今年が初めて?

 

平成の息子の入学式も、

昭和の自分の入学式も桜の中だった。

欧米に倣って秋に入学・新学期という声もあり、

そっちのほうが合理的かなとは思うけど、

 

やっぱりそんなの日本人のメンタリティが許さない?

 


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死ぬ前にもう一度ワールドツアーで歌いたい・演奏したい

 

1960~70年代に活躍したミュージシャンで

そう漏らす人は少なくないようだ。

 

ワールドかどうか知らないが、

今夜(2024・4・6)は

有明の東京ガーデンシアターで

ジェームス・テイラーが一夜限りの来日公演をやっている。

 

そのことを教えてくれたのは、

ついこの間まで大学院生で、

来週から東京都の小学校の非常勤講師として

勤め始めるK君だ。

 

水道代を払い忘れて

水を止められたことがあるというK君は、

「たまたま耳にした『マイ・ブルーヘブン』が

心に刺さったんすよ」

と、ジェームス・テイラーは2020年にリリースした

「アメリカン・スタンダード」というアルバムを聴いて

ファンに。

今日はなんと!

S席2万円のチケットを買って今晩のライブ見に行った。

水道代払えないのに、チケット代は払うんかい!

でも、若いってそういうこと。

水より音楽のほうが大事なんだ。

 

ジェームス・テイラーといえば、

僕が中高生の頃、活躍したシンガーソングライターで、

確か、カーリー・サイモンのもと旦那。

キャロル・キングとのデュエットも印象深い。

 

「アメリカン・スタンダード」は

タイトル通り、

アメリカンポップの定番となった楽曲を集めたもので、

テイラーが独自の歌唱とアレンジで

渋みをきかせて料理している。

 

この投稿もBGMとして聴きながら書いている。

確かに心地よくリラックスできる。

そんなテイラーが20代前半の若者の心をつかむとは

面白い時代になったものだ。

 

1960~70年代に活躍したミュージシャンは、

すでに70代後半。

同世代ですでにこの世から去った人も少なくないので、

冒頭の「死ぬ前に・・・」というセリフが

漏れ出てもおかしくない。

 

意地悪くつっこめば、

「そんなに過去の栄光が恋しいのか」とも言えるが、

音楽を愛し、その世界で成功して生きて来たのなら、

やっぱり最後にまた夢を見て、

悔いなく人生を締めくくりたいと思うのが人情だ。

 

20世紀のポップミュージックも

ネット動画の発達、さらにAIの発達で

皆がお金を使わずシェアできるようになり、

もうかつてのようなビッグビジネスは望めない。

 

これから先の音楽産業がどうなるかはわからないが、

良い曲はやっぱり世代を超えて聴き継がれ、

様々な形で歌い継がれるのは間違いない。

 

おりべまことの音楽エッセイ集 Kindleより発売中

20世紀ロック・ポップ・歌謡曲は未来への資産


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AI「IKIRU」とプレスリリースの執筆代行

 

今週月曜、株式会社ビアンフェ.の

プレスリリースが出ました。

 

AI葬儀ナレーションシステム「IKIRU」。

オリジナルは3年前に出たけど、

今回は生成AI(ChatGPT)の機能を取り入れた

新バージョン。

ヒアリングシートに入力してスタートすると、

まさしくあのChatGPTと同様のリズムで

文章がタカタカタカっと生成され、

ナレーション原稿と会葬礼状を書き上げます。

 

まさしく誕生から逝去まで、

人がAIと生きる時代になった――

そう感じさせる画期的なシステムです。

 

じつはこのリリースの

執筆・発行・管理は私が担当しています。

プレスリリースはいつもリサーチする側にいましたが、

今回はビアンフェ.さんから

依頼を受けて執筆代行しました。

 

PRTIMESはTV・ネット・雑誌・新聞など、

多様なメディアにニュースソースを提供するとともに、

一般の人にも会社や個人、

商品やサービスを広く確実にアピールできます。

販促手段としてはかなり使えるツールです。

 

もし出したい、書きたいけど自分じゃ書けない、

面倒くさいので頼みたいといったご要望があれば

相談に乗りますのでご連絡ください。

 

また、リリースをお読みいただき興味があれば、

毎週やっているビアンフェ.のウェブセミナーで

AI「IKIRU」を試用してみてくださいね。

 


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桜よりだんご?のお子様アート

 

いよいよというか、やっとというか、桜満開ニュース。

わが家の庭である善福寺川沿いの遊歩道・公園でも

ソメイヨシノはだいたい朝は5分咲き、

夕方見たら8分咲きくらいになていた。

でも、桜よりもまたもやお子様アートに心奪われる。

髪の毛だんご?サザエさん?

笑えて可愛くて楽しい。

 

 

昭和99年の思い出ピクニック

マンガ・怪獣大好きで、戦争・貧乏大嫌い。みんな集まれ、昭和っ子!

「昭和96年の思い出ピクニック」に続く昭和エッセイ第2集。

 

全31編載録。

昭和の文化を未来への「資産」に。

 


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昭和の文化を未来への資産に

 

4月。新年度が始まって昭和気分も平成気分もぶっ飛んだ。

変わる、変わると言われつつ、

失われた20年だか30年だか、

ぐずぐずしていた日本も

やっと新しい時代へ動き始めたようだ。

いつまでもあると思うな昭和の常識。

それでも昭和が愛しいお年寄り、

昭和時代に憧れる子ども・若者に向けて、

昭和ルネッサンスの記憶を発信し続けます。

 

マンガ・怪獣大好きで、戦争・貧乏大嫌い。

みんな集まれ、昭和っ子!

「昭和96年の思い出ピクニック」

に続く、おりべまことの昭和エッセイ第2集 発売!

「昭和99年の思い出ピクニック」

96、99あわせて読んでね。

AmazonKindkeより発売中。

 


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本日発売! 昭和99年の思い出ピクニック

 

2024年➡令和6年は昭和99年です。

マンガ・怪獣大好きで、戦争・貧乏大嫌い。

みんな集まれ、昭和っ子!

 

「昭和96年の思い出ピクニック」に続く

昭和エッセイ第2集。

マンガ、テレビ、怪獣、アイドル、プロレス家族、仕事、戦争、暮らし・・・

昭和時代の数々の思い出を紐解き、

さまざまな角度から考察。いっしょに笑ったり、

しんみりしたり、懐かしがったり、

テンション上げたりしながら、

これからの日本の社会の在り方、

私たちの生き方を考察していきましょう。

 

もくじ

●今、そこにゴジラが立っている

●神のモスラ、悪魔のギャオスが巣食った東京タワーと地方出身者の東京幻想

●昭和人のマネして逃げたらアカン

●池袋でふくろう時代を振り返る

●「鬼滅の刃」で辿る近代日本の家族主義と個人主義

●昭和プロレタリアートの「出会いそして旅立ち」

●シェー!と麻丘めぐみと昭和歌舞伎

●カネゴンは鳥を見た

●人生百年時代の浦島伝説

●成人ちびまる子ちゃんと還暦サザエさんの「昭和の日」

●昭和のバナナ預金

●昭和28年を精神分析する妖怪小説

●「生きていくなら仕事しなきゃあな」という本

●東京メトロ永田町駅のトイレの美しさとカミさまのいる幸福

●トノサマラーメンとお寺の讃岐うどんのおいしい記憶

●「あとしまつ」の時代を生きる

●死ぬまで戦争体験はしたくないけれど

●労働者と風俗と大洋ホエールズの川崎伝説

●暑くても働く人がいるから世の中は回る

●平和祈願・核廃絶祈願のエネルギーと新たな戦争の脅威

●戦後77年の認知症予防策

●生涯現役・ウルトラの女神

●追悼・アントニオ猪木さん:あなたほど無様さがサマになる男はいなかった

●シン・ウルトラマンとイデ隊員とウルトラマンの本質

●廃墟から再出発 アニメむすめの温泉ビレッジ鬼怒川温泉

●美輪明宏とヨイトマケと太宰治

●いつまでもあると思うな昭和の常識

●昭和98年8月と17歳の父

●豊臣秀吉とジャニーズ 英雄の凋落と昭和システムの崩壊

●距離のある家族のこと

●イマイチ昭和世界の「ゴジラ-1.0」

 

全31編載録。昭和の文化を未来への「資産」に。

 


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4月だ、新年度・新学期だ、おりべの新刊だ

 

春休み無料キャンペーン、すべて終了しました。

ご購入いただいた方、ありがとうございます。

よろしければ感想をお寄せください。

 

さて、いよいよ新年度、新学期。

明日4月1日(月)は電子書籍最新刊

「昭和99年の思い出ピクニック」を発売します。

「昭和96年の思い出ピクニック」に続く

昭和エッセイ第2集。

こちらもどうぞよろしくお願いします。

Amazon Kindleより¥500

 

もくじ

●今、そこにゴジラが立っている

●シェー!と麻丘めぐみと昭和歌舞伎

●カネゴンは鳥を見た

●人生百年時代の浦島伝説

●成人ちびまる子ちゃんと還暦サザエさんの「昭和の日」

●美輪明宏とヨイトマケと太宰治

●いつまでもあると思うな昭和の常識

 

ほか全31編載録。昭和の文化を未来への「資産」に。

 


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春休みは勝手にアート

 

東京では今年は桜が咲く中で

入社式・入学式を迎えられそうだ。

春は桜だけじゃなく、いろんな花が咲く。

春休みの子どもたちが勝手に作るアートも楽しめる。

 

●おりべまこと電子書籍 おとなも楽しい少年少女小説 

春休み無料キャンペーン いよいよ最終日へ。

3月31日(日)15:59まで!

この機会にぜひ読んでみてね。

 

★オナラよ永遠に

好きな女の子に恥をかかせたくない!

そう思ってオナラの罪をかぶり、

ヘーコキ野郎の汚名を着せられた救太郎が

未来から参上したヘーコキサイボーグとともに

人類を救うために活躍する愛と笑いのSF冒険劇

 

★ピノキオボーイのダンス

見た目は12歳だが、

淋しさとむなしさを抱えた人間たちの虐待を受けて限界に。

故障し廃棄されたレンタルロボットの少年を

拾ったのは年老いたダンサーだった。

二人の師弟愛を中心に、AI・ロボットが発達した

近未来の人間とマシンに宿った魂の行方を描くSFドラマ。

 


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週末の懐メロ180:オールウェイズ・リターニング/ブライアン・イーノ

 

アンビエントミュージック(環境音楽)の創始者

 ブライアン・イーノが1983年にリリースした

名盤『アポロ』の一曲。

 

『アポロ』の収録曲はもともと

劇場用ドキュメンタリー映画『宇宙へのフロンティア』の

サウンドトラックとして制作された。

まさしく宇宙を感じさせる楽曲の数々は、

発表当時より21世紀になってからのほうが

よく聴かれているようで、

アルバム収録曲のストリーミング再生回数は

3億回を超えるという。

 

そのなかでも「オールウェイズ・リターニング」は

最も美しく、優しく、イマジネイティブな楽曲で、

昔やった演劇のBGMとして使ったし、

つい最近も拙作「今はまだ地球がふるさと」の

テーマ曲として割と頻繁に聴いていた。

 

もともとは4分ほどの曲だが、

これは1時間のループバージョン。

以前紹介した「ビッグシップ」もそうだが、

イーノの曲はずっと聴いていても飽きない、疲れない。

作業用のBGMとしてもいいし、

ただ単に1時間ボーっと聴き続けてもいいじゃないか。

 

というわけで2020年10月、

手抜きコンテンツとして始めた「週末の懐メロ」だが、

思いがけず約3年半、180回も毎週続けてしまった。

 

単に懐かしむだけでなく、新しい発見もいっぱいあって

本当に楽しかった。

また、音楽をネタに新しい企画をやるかもしれないけど、

とりあえず、これでさようなら。

 

ブログに過去の投稿も載っているし、

エッセイ集として電子書籍でも読めるので、

好きな曲・好きなミュージシャンがいたら

何を書いているのか覗いてみて下さい。

いつも、あるいは時々、もしくは1回だけでも

読んでいただき、どうもありがとうございました。

 

おりべまこと電子書籍 おとなも楽しい少年少女小説 

続・春休み無料キャンペーン7Days

パート2:3月31日(日)15:59まで!

 

★オナラよ永遠に

好きな女の子のオナラの罪をかばった救太郎が

未来から参上したヘーコキサイボーグとともに

人類を救うために活躍するSF冒険劇

 

★ピノキオボーイのダンス

廃棄されたレンタルロボットの少年と

年老いたダンサーとの師弟愛を中心に

近未来の人間とロボットの魂の行方を描くSFドラマ。

 


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AI・ロボットは人類の子ども

 

今月は2021年に携わったAI関連の仕事を手伝っている。

3年前はまだ異物感のあったAIだが、

ChatGPTの登場以来、急速に社会に馴染んできた感じ。

だからもう後戻りはできないと思う。

AI、そしてこの後に進化して

普及してくるであろうロボットは、

これまでの人類のさまざまな

ストーリーの情報を吸い込んだ、

いわば「人類の子ども」である。

 

優れた能力、そしてまた怖ろしい能力を持つ

子どもたちに対して

僕たちはいつまでもありがたがったり、

ビビッたりしてばかりはいられない。

 

これまでの対立的な態度を変えて

ともに生きることを考えていかなくてはいけないだろう。

AI・ロボットといっしょに

この先、僕たちは何をするのか、したいのか?

たぶん、まだ誰もわかっていない。

 

おりべまこと電子書籍 

おとなも楽しい少年少女小説 

続・春休み無料キャンペーン7Days パート2:

3月28日(木)16:00~31日(日)15:59

 

★ピノキオボーイのダンス

廃棄されたレンタルロボットの少年と

年老いたダンサーとの師弟愛を中心に

近未来の人間とロボットの魂の行方を描くSFドラマ

 

★オナラよ永遠に

好きな女の子のオナラの罪をかばった救太郎が

未来から参上したヘーコキサイボーグとともに

人類を救うために活躍する愛と笑いのSF冒険劇

 


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いたちのいのち、ちちちぢむ、いまのうち

 

おりべまこと電子書籍

おとなも楽しい少年少女小説

ただいま続・春休み無料キャンペーン実施中!

「いたちのいのち」と「ちち、ちぢむ」

3月28日(木)15:59まで。今のうちだよ。

 

★いたちのいのち

https://amazon.co.jp/dp/B08P8WSRVB

夏目漱石「吾輩は猫である」をはじめ、

わが国にはネコ目線・イヌ目線で書かれた

文学作品は数あるが、フェレット目線の小説は

これが日本初!(たぶん)

 

★ちち、ちぢむ

https://amazon.com/dp/B09WNC76JP

南米産パラドクスフロッグ

(アベコベガエル)の生態と、

わが街の神社に出没する

「ちっちゃいおじさん」の都市伝説と、

SDG'Sの思想とを掛け合わせて考えたストーリー。

 

3月28日(木)16:00からは

第2弾として「オナラよ永遠に」と

「ピノキオボーイのダンス」を0円で。

 

 

★オナラよ永遠に

https://www.amazon.co.jp/dp/B085BZF8VZ

好きな女の子のオナラの罪をかばった救太郎が

未来から参上したヘーコキサイボーグとともに

人類を救うために活躍するSF冒険劇

 

★ピノキオボーイのダンス

https://www.amazon.co.jp/dp/B08F1ZFLQ6

棄てられたレンタルロボットの少年と

年老いたダンサーとの師弟愛を中心に

近未来の人間とロボットの魂の行方を描くSFドラマ

 


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春休みは人生の踊り場

 

いろいろあるけど春休み。

子ども時代・学生時代を振り返ると、

長期休暇のうち、春休みがいちばん思い出深い。

夏休みは冗長で中だるみがあるし

(今は40日くらいすぐに過ぎちゃうけど)、

冬休みは年末年始で家で過ごす機会が多い。

それに対して春休みは進級・進学を控えているせいか、

それまで同じクラス・同じ学校だった仲間と

離れてしまうみたいなこともあって、

楽しくのびのびできるんだけど、

そこはかとない切なさがそよぐ春風に混じっていた。

春休みは、いわば人生の階段をのぼる途中の

小さな踊り場なのだろう。

 

なぜ階段の途中に「踊り場」があるかというと、

方向転換や、小休止、転落の危険を緩和するためだ。

そうなのだ。

子どもでも大人でもこういう場所は必要だ。

そしてせっかく踊り場に来たのなら、

階段を上ったり下りたりすることはちょっと忘れて、

踊っちゃおう。

からだもこころもちょっと踊ってリフレッシュ。

 

 おりべまこと電子書籍 続・春休み無料キャンペーン7Days

おとなも楽しい少年少女小説 長編4作を0円で。

 

パート1:3月25日(月)16:00~28日(木)15:59

 

★いたちのいのち

カナコは10歳。小学4年生。

一人娘の子育てに悩まされながら、

生活を支えるのに忙しい母親のマヨと

二人暮らしをしている。

しかしもう一人というか一匹、

いっしょに暮らす同居者がいる。

その名は「イタチ」。ペットのフェレットだ。

学校でも家でも口をきかないカナコにとって、

イタチは唯一、心を開いて話ができる親友であり家族だ。

子どもからちょっとおとなに変わっていくカナコと、

そのそばで天使の目を持ったまま生きる

フェレットのイタチ。

それぞれの視点から代わる代わる、

日常生活とその中で起こる事件の数々、

そして、ふたりの別れまでのストーリーを描く。

表紙イラストは「ほっと・ペットクリニック」

「あしたはハッピードッグ」など、

動物もの作品を多数発表している漫画家・麻乃真純が制作。

 

★ちち、ちぢむ

ケントの11歳の誕生日、

プレゼントを持ってきてくれるはずだったお父さんは、

身長9センチの「ちっちゃいおじさん」になって現れた。

どうしてお父さんは小さくちぢんでしまったのか?

いや、じつはお父さんだけではない。

今、社会の役に立たなくなった男たちが、

ある日突然、カエルサイズにちぢんでしまう

怪現象が多発している。

将来、生物学者をめざすケントは、

「ちぢむ男=ちっちゃいおじさん」は、

やりたい放題のホモサピエンスを

これ以上のさばらせないという

地球の意志によって生まれているのではないかと推理する。

アベコベ親子の奮闘を描く奇々怪々でユーモラスな物語。

 

この機会にぜひ手に取ってみてね。

 


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おりべまこと電子書籍 続・春休み無料キャンペーン7Days

 

子どもを主人公にした おとなも楽しい少年少女小説 

長編4作を本日3月25日(月)16:00から7日間にわたって

0円でご購入できます。

 

パート1:3月25日(月)16:00~28日(木)15:59

 

★いたちのいのち

カナコは10歳。小学4年生。

一人娘の子育てに悩まされながら、

生活を支えるのに忙しい母親マヨと二人暮らしをしている。しかしもう一人というか一匹、一緒に暮らす同居者がいる。その名は「イタチ」。ペットのフェレットだ。

学校でも家でも口をきかないカナコにとって、

イタチは唯一、心を開いて話ができる親友であり家族だ。

子どもからちょっとおとなに変わっていくカナコと、

天使の目を持ったまま生きるフェレットのイタチ。

それぞれの視点から代わる代わる、

日常生活とその中で起こる事件の数々、

そして、ふたりの別れまでのストーリーを描く。

表紙イラストは「ほっと・ペットクリニック」

「あしたはハッピードッグ」など、

動物もの作品を多数発表している漫画家・麻乃真純が制作。

 

★ちち、ちぢむ

ケントの11歳の誕生日、

プレゼントを持ってきてくれるはずだったお父さんは、

身長9センチの「ちっちゃいおじさん」になって現れた。

どうしてお父さんは小さくちぢんでしまったのか?

いや、じつはお父さんだけではない。

今、社会の役に立たなくなった男たちが、ある日突然、

カエルサイズにちぢんでしまう怪現象が多発している。

将来、生物学者をめざすケントは、

「ちぢむ男=ちっちゃいおじさん」は、

やりたい放題のホモサピエンスを

これ以上のさばらせないという地球の意志によって

生まれているのではないかと推理する。

アベコベ親子の奮闘を描く奇々怪々でユーモラスな物語。

 

パート2:3月28日(木)16:00~31日(日)15:59

 

★オナラよ永遠に

 

好きな女の子のオナラの罪をかぶった救太郎が

未来から参上したヘーコキサイボーグとともに

人類を救うために活躍する愛と笑いのSF冒険劇

 

★ピノキオボーイのダンス

棄てられたレンタルロボットの少年と

年老いたダンサーとの師弟愛を中心に

近未来の人間とロボットの魂の行方を描くSFドラマ。

 

もうすぐサクラの季節。春休みは遊び+読書でGO!

 


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おりべまこと春休み無料キャンペーン続行!4作品を7日間連続で

 

「今はまだ地球がふるさと」

無料キャンペーン終了しました。

ご購入ありがとうございます。

よろしければレビュー欄へ感想をお寄せください。

 

さて、好評につき、おりべまこと作品

春休み無料キャンペーン続行します。

子どもを主人公にした長編4作を

明日から7日間にわたってご購入できます。

 

パート1:3月25日(月)16:00~28日(木)15:59

★いたちのいのち

https://amazon.co.jp/dp/B08P8WSRVB

小4の少女カナコとペットの「イタチ」との

魂の交流を描く友情ファンタジー。

 

★ちち、ちぢむ

https://amazon.com/dp/B09WNC76JP

「ちっちゃいおじさん」になってしまったお父さんと

息子ケントとの親子愛を描く小人冒険劇

 

パート2:3月28日(木)16:00~31日(日)15:59

★オナラよ永遠に

https://www.amazon.co.jp/dp/B085BZF8VZ

好きな女の子のオナラの罪をかばった救太郎が

未来から参上したオナラ男とともに活躍するSF冒険劇

 

★ピノキオボーイのダンス

https://www.amazon.co.jp/dp/B08F1ZFLQ6

ロボットの少年と老ダンサーとの

師弟愛を中心に展開するSFストーリー。

 

もうすぐサクラの季節。

春休みは遊び+読書でGO!

 


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ジジババとUFOについて語り合おう

 

齢を取ってよかったなと思うのは、

子どもから年寄りまで全世代にわたって

特に抵抗なく登場人物を書けるようになったことだ。

 

この話に出てくる年寄りコンビは、

書いていくうちにどんどん生き生きしてきて、

われながら面白くて愛すべきジジババになった。

 

二人はお茶を飲んでせんべいをかじりながら、

なぜ現代人はUFOを見たがり、心惹かれ、

時には乗り込みたくなるのかについて

真剣に討論したりする。

 

そしてそれぞれ驚くべき顛末を迎える。

これなら齢を取るのも怖くない。

 

今はまだ地球がふるさと 

おりべまこと 

電子書籍 Amazon Kindle 長編小説

https://amazon.co.jp/dp/B0CW1FWZ59

14歳の女の子の

夢と想像と現実が入り混じった日常生活を描く

青春×終活×謎の空飛ぶ円盤ファンタジー。

春休み無料キャンペーン

いよいよ明日3月24日(日)15:59まで。

この機会をぜひお見逃しなく。

 


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週末の懐メロ179:放浪者(エグザイルス)/キング・クリムゾン

 

1973年リリース。名盤「太陽と戦慄」の挿入歌。

原曲は詩情あふれる佳曲だが、

それをパワフルな演奏に置き換えた、

想像を絶するアレンジのライブバージョンが

1975年発表のライブアルバム「USA」に収められた。

 

44年前の今ごろ、僕は演劇学校の卒業公演で

唐十郎の「蛇姫様」という芝居をやったが、

そのBGMとしてこの曲を使った。

 

「蛇姫様」は、第2次世界大戦直後、

朝鮮半島から日本へ渡ってきた

密航者のドキュメントをベースにしている。

 

追われるように故郷をあとにした女が

密航船の暗闇中で犯され、娘を産み落とす。

戦後の日本(九州・小倉)で育ったその娘が、

幻想や悪夢と闘いながら

自分のアイデンティティを探す旅をする物語だった。

 

じつは数年前、

高齢の在日韓国人2世の男性に話を聴く機会があり、

南北が動乱のさなかにあった1948年に

母・兄とともに密航船に乗って命がけで日本に来た、

というエピソードを聴いた。

 

当時まだ幼かった彼の記憶は曖昧だが、

密航船は船底に水が溜まっているようなボロい漁船で、

暗く狭い船内に20人ほどの密航者が詰め込まれ、

しける海を3日かけて航海したという。

 

夜中に日本にたどり着いて

(博多だったか下関だったか覚えていないという)、

密航者のほとんどは捕まって強制送還されたが、

彼らは靴をなくして探しているうち、

集団から外れたおかげで捕縛を免れ、

やがて大阪に行って暮らし始めたという。

 

この曲も「放浪者」という邦題がついていたが、

歌詞は異国で暮らす亡命者がふるさとの情景を追憶する

という内容なので、「亡命者」と訳す方が的確だろう。

当時はそんなこと何も考えていなかったが、

この曲は「蛇姫様」の物語に

ぴったりマッチしていたのだ。

 

1973~74年のキング・クリムゾンは、

ヨーロッパ・アメリカツアーを敢行し、

連日連夜、ステージに立っていた。

このライブ音源も1974年6月28日、

アメリカのアズベリー・パーク公演での収録を

編集したもの。

 

この時代のクリムゾンの大量のライブ音源は、

過去、CDとして様々な形でリリースされ、

YouTubeにも数多のバージョンが上がっている。

毎日、その日のノリでアレンジを変えていたので、

同じ曲なのに別の曲に聴こえることもあり、

めちゃくちゃバリエーション豊富なのだ。

 

ただ、「エグザイルズ」に限って言えば、

やはりこの「USA」における演奏が

最もアグレッシブでドラマチックで、いちばん好きだ。

 

特に今は亡きジョン・ウェットンのベースは圧倒的。

ヴォーカルも素晴らしく、

ウェットンの名声を高めた一曲と言っていいだろう。

 

もちろん「太陽と戦慄」収録の原曲も

美しくてミステリアスで好きだ。

 

キング・クリムゾンと言えば、

即興演奏や暴力的な音楽の凄みばかりが取りざたされるが、

中学生の頃の僕が虜になったのは、

彼らが醸し出すメロディの美しさに他ならない。

クリムゾンの音楽は僕の心のなかに輝きを産み出し続ける

永遠の錬金術なのである。

 

 

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泣かない ハグしない 走らない

 

この話の主人公のリコは、やたら何度も泣き、

母親や友だちを抱きしめ、むやみに走ったりする。

ちょっと多過ぎるなぁと思って、

推敲しながら何度か、どこか削ろうとしたがだめだった。

彼女の自然な感情を潰すわけにはいかない。

 

きっとこの3つが僕が齢を取るうちに失ったものだ。

ま、女の子じゃないので、

もともと泣いたりハグしたりはできないが。

 

「走る」については、

ほぼ毎日、ちょこちょこ川沿いを走ってはいるが、

あくまで健康保持という

理性的な目的をもってやっていること。

 

内から湧きあがる何かに突き上げられてとか、

感情がさく裂するのに任せてとか、

ただ単に楽しくて走り出すなんてことは

とっくの昔に忘れてしまった。

 

べつに哀しくも寂しくもないが、

そういう幼さ・若さはちょっと羨ましく思うことはある。

 

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人はいつだって14歳にもどれる

 

人はいつだって14歳にもどれる。

64歳の僕のなかにも、

何歳だかわからないあなたのなかにも、

14歳の自分が暮らしている。

 

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春休み満喫の小中高大生さん、

おとなのあなたもぜひ読んでね。

がっちり長編9万1千字。

 

 自分は“宇宙人とのあいのこ”だというリコは、小学校時代からの親友サーヤとともにあちこちの葬式を巡り「故郷の星へ帰っていく人たち」を見て回っては聖女のごとく祈りを捧げている。

 そんなとき、偶然、終活サポートの仕事をしている中年男・中塚と出会い、彼を介して、ひとり暮らしでハーモニカ吹きの老人・小田部と知り合った。孤独死予備軍の小田部に興味を引かれたリコは彼に「星のおじいさま」というあだ名をつけ、食事や掃除の世話をするために家に出入りするようになり、次第に親しさを深めていく。

 そんなリコに恋したシンゴが彼女の気を引くために「きみのためにUFOを呼ぼう」と言ってアプローチすると、リコが生きる世界にさまざまな不思議な現象が起こり始める。

子ども時代を卒業し、人生の旅に出る支度を始めた少女の、夢と想像と現実が入り混じった日常生活を描く青春×終活×謎の空飛ぶ円盤ファンタジー。

 

もくじ

1 地球人の母になる

2 星のおじいさま

3 UFOに出逢ったお母さん

4 ラブリーな親友

5 恋文と宇宙の夢

6 令和終活コーポレーション

7 記念碑ツアー

8 レトロ喫茶と未来の記憶

9 取り調べ

10 里山の合宿でUFOと出逢う

11 UFO同窓会のレポート

12 奇妙な家族だんらん

13 競馬場でのドラマ

14 絶交

15 星のおじいさまの息子

16 いつか見た虹のこと

17 UFOからのメッセージ

18 天国への扉

19 魔法のアイドル誕生

20 ありがとう友だち

21 いつか家族に

 


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大島レトロ商店街の「なかたん」と「ちびまる子ちゃん」

 

「新プロジェクトを発動するから来て!」

と呼ばれて、江東区の大島へ。

昨年から月1ペースで通っているデイサービス&整体院だ。

亀戸と大島の間ぐらいのロケーションなので、

都営新宿線 大島駅からは10分くらい歩く。

 

通るのは中の橋商店街という

昭和レトロな雰囲気が漂う1km近い下町商店街。

この周辺には大きなスーパーがなく、

個人商店が立ち並ぶ聖域みたいになっている。

 

今年になって初めて行ったが、

新たに「なかたん」という

お買い物の女の子キャラクターが登場。

けっこうかわいくて好きだ。

 

地元の人御用達で、

観光客が集まるようなところではないが、

下町情緒があてほのぼのするので、

近くに来るようなことがあったら覗いてみて下さい。

 

「なかたん」を見ていたら、

なぜか「ちびまる子ちゃん」を思い出した。

中の橋商店街は、まる子のマンガに出てくる

清水の商店街にちょっと似ているのだ。

きっとこのあたりで生まれ育った子どもの目には、

とてつもなく長大な商店街に、

そしてふるさとのような風景に見えるだろう。

 

先週、まる子役のTARAKOさんが亡くなってしまったが、

みんな大好き昭和40年代の夢をなくすわけにはいかず、

アニメはまだまだ存続する模様だ。

けれども後を継ぐまる子役の声優さんは

大変な覚悟が必要。

誰がなってもネットで悪口を書くのはやめようね。

 

 

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認知症患者の純粋な「かわいい」の価値

 

認知症になったらもう社会の役に立たない。

そう思っている人は少なくないだろう。

中には仕事をしている人もいるようだが、

よほど長年の付き合いがある懇意の間柄か、

もしくは条件付きでなければ頼めない。

 

うちの義母は働くのが好きで、

気が乗っていると積極的に家事をやりたがるが、

正直、ありがた迷惑なことが多い。

社会の役に立つか?と問われれば、

常識の範疇では「NO」と言わざるを得ない。

しかし、彼女には彼女にしかない存在価値がある。

 

いつも散歩に行く公園・遊歩道は、

今日のような晴れて暖かい日曜日は

家族連れが大勢来ている。

 

彼女は小さい子供を見ると、のべつまくなしに

「かわいい」とか「いい子ちゃん」とか言ってほめ、

興が乗るとベタベタ触ろうとする。

 

コロナの時はヒヤヒヤしていたが、

自分の子を手放しでほめられて

親は悪い気がするはずがない。

ほとんどが受け入れてくれて

「ありがとうございます」と返す。

 

少し時間をかけてやり取りすると、

明らかにおかしな人だとわかるが、

ちょっとだけなら天真爛漫な気のいい

近所の普通のばあさんという印象になるようだ。

 

子どもも元気に笑顔で挨拶を返す子よりも

照れてモゾモゾしちゃう子のほうが多い。

もしかしたら内心怖がっている子もいるかもしれないが、

特に問題になったことは今までない。

 

だから言ってみれば、義母は出会う親子らを

ささやかながら幸福にしているのである。

 

一度、アトピーの赤ちゃんを抱いた

お母さんに会ったときがあり、

その時はちょっと驚いた。

 

義母は顔が赤くなってしまっているその赤ちゃんを見るや、

「わあ、かわいい」と、ぐいっとのぞき込み、

二言三言、あやすようなことを言って、

お母さんに「本当にかわいい子ですね」と言ったのである。

 

よほどうれしかったらしく、

お母さんは思わず泣いてお礼を言っていた。

おそらく義母のように純粋に「かわいい」と

言ってくれる人は周囲にいないのだろう。

 

普通なら口ではそう言っても、

内心では「かわいそう」とか

「お気の毒に」と思っている人がほとんど。

母親はそういう負の感情は鋭く読みとれるものだ。

 

しかし義母は何の屈託もなく、

心の底から「かわいい」と言っている。

それが伝わったので泣いたのだろう。

ささいなこと、一瞬のことだが、

あのお母さんは幸福な思いを抱き、

子育てをする勇気と元気を得られただろう。

 

考えてみたらすごいことだ。

普通の人ではなかなか真似できない。

少なくとも僕にはできない。

 

通常の社会人として何もできず生産性ゼロだとしても、

やっかいでめんどくさくて世話が焼けても、

義母は目に見えない部分で社会に役立っている。

たとえそれが仕事と呼べないものにせよ、

多くの人に幸福感を与えられることは、

大きな社会的価値と言ってもいいのではないだろうか。

 

今が何月なのか、春夏秋冬どの季節なのか、

さっぱり認知していない義母だが、

動物と同じく体感で季節が変ったことはわかるらしい。

どんどん外に出たがるので、

散歩のおともに費やす時間がまた増えそうだ。

 

 

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今はまだ地球がふるさと」 春休み無料キャンペーン予告

 

春休み、夏休み、冬休み。

子どもは長い休みに成長する。

宿題のない春休みは勉強なんか忘れて、

いっぱい遊んだり本を読んだりしよう。

 

というわけで、

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小学生、中学生、高校生のあなたに。

その頃の記憶と感性を持っているおとなのあなたにも。

新しい成長の旅に出かける支度を始めた少女の、

夢と想像と現実が入り混じった日常生活を描く

青春×終活×謎の空飛ぶ円盤ファンタジー。

どうぞお楽しみに!

 


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週末の懐メロ178:ラミア/ジェネシス

 

蛇身の魔女ラミアの伝説は、

ギリシャ神話にルーツを持つらしい。

上半身が美女、下半身が蛇の吸血鬼というのは、

エロチック感MAXで、

想像しただけでクラクラしてしまう。

 

その蛇魔女の誘惑について歌った「ラミア」は、

「サパーズ・レディ」「怪奇のオルゴール」などと並んで

ジェネシスのレパートリーの中でも人気抜群の曲だ。

 

それだけでなく、プログレッシブロック全般、

ポップミュージック、ロックミュージックの歴史の中でも

飛び抜けてユニークでイマジネイティブ。

こんな音楽を創れたのは、

70年代前半のピーターガブリエル在籍時の

ジェネシスだけである。

 

僕にとってこの曲は10代・20代の頃の思い出とともに、

とても懐かしく響くのだが、

若い世代も男女問わず

ラミアの虜になってしまう人が続出するようで、

YouTubeでもやたらとカバーが多い。

 

1974年リリースの2枚組アルバム

「幻惑のブロードウェイ」の挿入歌だが、

このアルバムは、ニューヨークに暮らす移民の少年が

ブロードウェイの路上に

子羊が横たわっている情景に出くわし、

それを追いかけて地下の迷宮に迷い込むという

「不思議の国のアリス」みたいなストーリーを

構成したもの。

全23曲・約90分にわたって

ジェネシス流のロックオペラが展開する。

 

それまでの3枚の傑作アルバム「怪奇骨董音楽箱」

「フォックストロット」「月影の騎士」で、

音楽による怪奇メルヘン、

ダークファンタジーを綴ってきたジェネシスの、

いわば集大成とも言える作品だ。

 

ストーリーはよくある夢オチだが、

一つ一つの楽曲の完成度、演奏表現の素晴らしさは圧倒的。

特に変幻自在なピーター・ガブリエルのヴォーカルは、

この時代のジェネシスミュージックの核をなしていた。

「ラミア」では水の中で絡みつく蛇身の魔女のイメージ、

耽美的な悪夢のイメージを繊細に歌っている。

 

ガブリエルはこのアルバムのツアー後、ジェネシスを脱退。

彼を失ったバンドは解散するのかと思いきや、

ドラムを叩いていたフィル・コリンズががんばって再生。

そしてダークファンタジーから

ポップ路線に変更したのが成功し、

アメリカで大ブレイクした。

 

一方、ガブリエルもソロになって

ワールドミュージックを取り入れた

独自の音楽世界を構築し、大きな成功を納めた。

昨年、73歳にして出したニューアルバム「I/O」は、

なんと全英売上1位を獲得している。

 

彼らの後年の音楽シーンでの出世を考えると、

50年前、若きガブリエルのヴォーカルを中心に織り上げた

ダークでプログレッシブなジェネスの音楽は、

まさしく彼らにとっての「創世記」だった。

そして、それは輝かしい成功とはまた別の、

不滅の価値がリスペクトされ、聴き歌い継がれている。

 

女性ヴォーカルの「ラミア」もまたいい!

 


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人生は思ったよりもずっと短い

 

先日、ある年上の知人と会ってがく然とした。

前に会って半年も経っていないのに

ずいぶん老け込んでしまったと感じた。

もう70を超えて高齢者の域に入っているので

けっして不思議ではないが、それにしても・・・。

 

病気になったとか、怪我をしたわけでもない。

話を聴く限り、何かショッキングな出来事や

センセーショナルな出来事があったわけでもなさそうだ。

でも目が死んでいて覇気がない。

何か自分の人生を放棄してしまったような感じを受ける。

 

彼は若い頃、けっこう自信家で常識を疑い、

人間と社会に対する鋭い批評眼を持っていたので

内心、一目置いていた。

そしていずれ中年になる頃には

何かデカいことをやるだろうと思っていた。

ところがさにあらず、

人生は思うようにいかなかったようだ。

プライドが高く、自己主張が強いことも裏目に出た。

独身であり続け、

ここに至るまで自分の家族を持たなかったことも

不運だった気がする。

 

彼のことを批判的には考えたくない。

昔はむしろ、ちょっとアアウトローっぽい

個性的な生き方がカッコいいと思っていたくらいだ。

 

けれどもいつの間にかダメになったのは、

世の中を批評的に見過ぎて、

自分がやりたいことをまじめに考え、

それに向けて何も行動していなかったことだ。

 

いつかはそういうチャンスが

巡って来るだろうと思っていて、

若くて元気な時代、体力がある時代を

その時々の欲望や生活のための仕事で

消耗してしまい、何も育んでこなかった。

悲しいことだが、今となってはその時間は取り戻せない。

 

こういうことは誰にも起こる。

会社員でもフリーランスでも関係ない。

うかうかしていると時間はすぐに過ぎ去る。

人生100年時代になったが、

それでも自分が何者であるか知り、

自分の中に埋蔵しているものを掘り出すには、

人生はあまりに短い。

 

今日いっぱいやりたいことがあったのに、

いろんな雑用が入ってきたり、

突然、頼まれごとをしたり、

家族の面倒を見なきゃならなかったりで、

それらをこなしているうちに夜中になって、

なにもできずじまいだった――というのと同じだ。

 

若い人は心して聴いてほしい。

40歳を過ぎたら、

その後の10年、20年はあっという間に過ぎ去る。

そうならないようにするには

30代までのいろいろな経験を活かし、

後年のエネルギーに変えていくといった工夫がいる。

 

「老後の蓄え」というのはカネだけの話ではない。

いや、むしろカネを蓄えるのに人生を消耗して、

カラッポになってしまう人の方が

もっとヤバいのではないかと思う。

 

若くて元気なうち、体力があるうちに

いろんな冒険をし、心を解放する。

そして自分が本当は何をやりたいのか、

自分の人生にとって大切なものは何なのか考えながら、

それに向かって少しずつでも行動していく。

そうすると違った世界が開けてくると思う。

 


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アカデミーゴジラへの称賛と違和感

 

平成後半、何度もオワコンだと言われ、

アメリカに売り飛ばされていたゴジラがまさかの再生。

そして驚愕のアカデミー賞受賞。

その「ゴジラ-1.0」と、

作品賞をはじめ、各賞を総ナメにした

「オッペンハイマー」が同じ年に受賞したことには

何か因縁を感じるが、

あまりそんなことを考えている人はいないのかな?

 

以前も書いたが、昭和20年代を舞台にした

「ゴジラ-1.0」が

原爆投下や敗戦の傷跡をあまり感じさせなかったことに

けっこう違和感を覚えた。

もしやアメリカ市場に忖度してる?とも考えた。

今回の受賞で、ゴジラが水爆実験から生まれた怪物だという

オリジナル設定は忘却されてしまうのではないか?

そんな懸念もある。

 

もう一つ、今回称賛され、

たぶん受賞の一要因になったのは、

アメリカ・ハリウッドでは考えられない

低予算・少人数による制作体制。

どちらもケタ違いに安くて少ない。

 

これはもう日本映画のお家芸みたいなもので、

映画が量産されていた1950年代・60年代、

黒澤明や小津安二郎が活躍していた時代は、

コスパ、タイパに徹底的にこだわり、

1週間で1本とか、1か月で3本とかをあげるのは

ザラだったという。

巨大な予算と膨大な人数で映画作りを行い、

働く人たちの権利意識が強く、組合も強力で、

頻繁にデモやストライキなどをやる

ハリウッドでは到底考えられない作り方・働き方なのだ。

これもまた、資本・経営者に対する

日本の労働者の立場の弱さを表している。

と言ったら言い過ぎ?

もちろん、条件が悪い中で工夫して知恵を絞ることに

イノベーションが生まれるので、

いいことでもあるんだけど。

 

ただ、この働き方改革の時代に、

スタッフの健康やプライベートは大丈夫かとか、

それなりの額のギャラが

ちゃんと払われているだろうかとか、

会社の言いなりになっていないかとか、

ついついよけいなことを考えてしまう。

 

映画をはじめ、クリエイティブの現場は

労働基準法なんてあってなきもの、

みんな好きで、愛を込めて仕事やっているんだから、

夜中までかかろうが、休みがゼロだろうが文句なんかない。

といった世界だったはず。

気持ちがノッて、クリエイティブ魂が全開になって、

現場のテンションがグワーって盛り上がってきたところで、

「はい、6時になったんで今日はここでおしまい」

なんて言われたらドッチラケ。

昔の監督だったら「ふざけんな!」と怒鳴りまくるだろう。

と、僕は認識しているが、最近はそうした環境も

変わってきているのだろうか?

 

なんだかせっかくの受賞に

ケチをつけるようなことを書いたけど、

やっぱりこれは画期的な出来事。

ハリウッドの映画製作にも何か影響を与えるのだろうか?

ちょっと楽しみではある。

 


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ありがとうロボットリヤマ

 

最近はどうだか知らないが、

僕が子どもの頃、よく読んだマンガでは

作者自身がしばしば作品のなかに出てきた。

おそらく手塚治虫先生がその草分けだろう。

「バンパイヤ」では完全に登場人物のひとりとなって、

物語のなかで大活躍していた。

その他、石ノ森章太郎、永井豪などの

セルフキャラも印象的で、

土田よしこなどは、ほとんど自分を主人公にした

「よしこ先生」なんてマンガを描いていた。

 

鳥山明先生の自画像「ロボットリヤマ」も大好きだった。

僕は「ドラゴンボール」のことはあまり知らなくて、

好きだったのは「ドクタースランプ」の方だった。

ちなみに「ロボットリヤマ」とは

当時、僕とごく一部の友人がそう呼んでいただけで、

公式なキャラ名などではない。

 

デビュー当時、「ドクタースランプ」の絵は衝撃的で、

お洒落なのにめっちゃギャグ漫画しているところ、

そしてアラレちゃんをはじめとするキャラが

可愛くて弾けているところは、

それまでのマンガにない、新鮮な世界だった。

 

鳥山先生は名古屋出身、僕も名古屋なので、

ニコちゃん大王をはじめ、

ブロークンな名古屋弁をしゃべるキャラが

いろいろ出てくるのも面白くて親しみを覚えた。

 

ペンギン村には作者自身もやってきて、

しばしば登場していた。

最初の頃は人間の姿で出ていたが、

すぐに自己改造して「ロボットリヤマ」になり、

ペンギン村に移住した。

鉄を食べちゃうガッちゃんによく食われて、

半壊状態になっちゃうのには、いつも笑わせてもらった。

 

人気が爆発し、仕事が忙しくなり、

自分がマンガ生成マシーンのように思えて

ロボット化したのだろうか。

でも、みんなに喜んでもらうマンガを描き続ける

ロボットの自分をとても楽しみ、愛していたのだと思う。

どうかごゆっくりお休みください。

 


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どんな子どもも「世界は美しいよ」と実感させてくれる

 

認知症の義母を連れて日曜日の公園に行くと、

雑多な子どもたちがウジャウジャ走り回ったり、

飛んだり跳ねたり、わめいたりしている。

 

ここは自然豊かで、川が流れ、広場があり、

木もいっぱい生えていて生き物もたくさんいる。

季節ごとに表情が変わって面白いので楽しくなる。

 

そんななかで遊ぶ子どもたちは幸福だし、

それを見ては喜んだり、ハラハラしている義母も

幸福なはずだ。

当たり前のようにある風景なので、

そう感じる人は少ないのかもしれないが。

 

この少子化社会にあって、

普通に大勢の子どもといっしょにいられるなんて、

とても恵まれた環境のなかにいるんだなと思う。

 

子どもを育てるのは本当に面倒くさい。

面倒を見る保護者にとって手間暇かかるし、消耗するし、

邪魔に思えることもあるし、むかつくことは数えきれない。

 

けれども子どもは社会に絶対必要な存在である。

必要というのは将来の労働力になるとか、

おとなになった時に僕たちの生活を支えてくれるとか、

そんな理由から言っているのではない。

優秀かどうか、勉強やスポーツができるかどうか

なんてことも、はっきり言ってどうでもいい。

本当にどうでもいいことなのだ。

 

どんな子どもも地域にエネルギーをもたらしてくれる。

僕たちおとなを元気にしてくれる。

「世界は美しい」と実感させてくれる。

それで十分だ。

人間にはみんな、目に見えない才能がある。

子どもはそのことを思い知らせてくれる。

それをきちんと認識できないのが、

今の社会の未熟さであり、問題点だと思う。

 

僕はもう子どもにはなれないし、子どもの真似もできない。

ならばこの先、違うベクトルでいいから、

地域なり、どこかのコミュニティに

エネルギーをもたらす年寄り、

社会に必要とされる年寄りになりたいと考える。

なれるだろうか? 

特にとりえも専門技術も持ち合わせていないけれど。

いい具合に齢を取るのは、なかなか難しそうだ。

 


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週末の懐メロ177:危機/イエス

 

1972年にリリースされたイエスのアルバム

「危機」を初めて聴いたのは1975年。

高校に入って間もない春のことだった。

 

「危機 Close to the Edge」

「同志 And you And I」

「シベリアン・カートゥル Siberian Khatru」

収録曲はわずか3曲。

いずれも18分、11分、10分という

今では考えられない超大曲だが、

その充実度と緊張感、そしてスケールの大きさにのけぞり、

鳥肌が立ちまくった。

 

中学生の時にプログレにハマって、

ELP、ピンク・フロイド、キング・クリムゾンと聴いてきて、

真打はイエス。

あの時はついに頂点にたどり着いたと思った。

 

率直に言って、これはELPの「頭脳改革」も、

フロイドの「狂気」も、クリムゾンの「宮殿」も超えていた。

最高のプログレ、いや、最高のロック、世界最高の音楽!

生涯でこれ以上の楽曲には出会えない、とさえ思ったことは

鳥肌のブツブツとともにずっと体内に残っている。

 

若さゆえの興奮と感動だったが、

じつはその思いは50年近く経った今でも

そんなに変わっていない。

 

その後、15歳の頃とは比べ物にならないほど

たくさんの、いろんな音楽を聴いてきて、

好きな曲もいっぱいできて、ランク付けなどできないが、

いまだに「危機」が最高峰にあることは確か。

いつ聴いても心動かされ、

精神的なエネルギーをもらっている。

 

川の流れや鳥の声など、自然音のミックスに続いて

不協和音が嵐のようにうねるイントロ、

そしてメインテーマに流れ込んでいく下りは、

カオスから宇宙が生成され、

地球が生まれてくるドラマを表しているようだ。

 

東洋哲学が反映された歌詞は抽象度が高く、

和訳を読んでみても、意味がよくわからない。

ただ、70年代のイエスは、

人間の友愛、世界の調和をテーマとして音楽を作っており、

その基本姿勢は美しいメロディラインからも感じとれる。

僕の耳には世界の生成と、人間はいかに生きるか、

人生という旅路のイメージを思い描く曲として響いてくる。

 

スタジオ盤は非常に繊細なつくりだが、

この1975年のライブではそれと対照的な、

あえて荒れた感じのアグレッシブな演奏になっており、

ライブならではの臨場感が楽しい。

 

メンバーのラインナップは、

スタジオ盤制作時からビル・ブラッフォードが抜け、

ドラムはアラン・ホワイト。

キーボードはリック・ウェイクマンから

パトリック・モラーツに交代した時期。

モラーツはごくわずかな期間しかイエスに在籍しておらず、

その後の度重なる再結成時にも参加していないので、

このパフォーマンス映像は貴重だ。

 

この頃、メンバーはまだ20代半ばの若者たち

ということにも驚く。

超絶テクでギターを弾きまくるステーヴ・ハウ、

ヴォーカル ジョン・アンダーソンの美声、

そして、それをサポートするクリス・スクワイアの

バックヴォーカルと、

こ曲のエネルギッシュな“うねり”を創り出す

躍動的なベースプレイ。

今は亡きスクワイアのカッコいい雄姿に、

彼こそがイエスのリーダーだったことが

如実にわかるライブとしても価値がある。

 

1960年代から70年代、

音楽の神がこの星に降りていた。

この時代にイエスの創造した楽曲は、

やはり地球上に起こった一つの奇跡だったことを

改めて実感する。

 

そして、中高生という、まだ子どもの時代に

胸に響いたもの、強く感じとったものこそ、

自分の人生にとって本当に価値あるもの・

大切なものなのだ、ということも。

 


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教育産業・受験産業は縮小してください

 

そろそろ受験シーズンも終わりと思っていたら、

電車内にぶわーっと有名学習塾の広告。

ライバルに負けじと複数の塾が一斉に広告を出している。

もちろん、いち早く次年度の塾生を獲得するためだ。

テレビCMもしかり。

戦略とか、マーケティングとかあるんだろうけど、

当事者でない者としては本当にげんなりする。

 

おまえに見せてるんじゃねーよ。

嫌なら文句言わすに無視しろ。

 

広告主はそういうだろう。

テレビは消せばいいが、

電車内では目をつむったり、逃げ出すわけにはいかない。

広告によってそういう環境を作り出すことが問題だ。

子供も親も「教育」とか「受験」に

脳が毒されてしまうからだ。

 

少子化の時代、僕は教育産業も成長を諦め、

縮小していくべきだと思っている。

大学もどんどん減らしていったほうがいい。

受験戦争に巻き込まれることにって、

さらに大学に進学することによって、

いったいどれくらいの子供や親が幸福になるのか?

 

もちろん、そんな数字は出ない。

学習塾は塾生の○パーセントが合格した、

志望校に入れた、一流校に入れた、

という結果が出ればそれでいい。

それが学習塾にとってのゴールだ。

 

けれども子供や親にとってはそれはゴールでも何でもない。

人によってはさらなる無間地獄への入口になる。

そんなことをもう半世紀以上も繰り返している。

 

僕が子どもの頃、楳図かずおのマンガの中に

「秀才」という作品があった。

(「おろち」というオムニバスシリーズの一編)

折しも受験戦争、受験地獄とい言葉が

生まれた時代のもので、

大学受験に向き合う親と子がいかに狂っているか、

いかに不幸なものか、その真髄を描き出した作品だ。

 

この頃はまだ大学への進学率も低く、

ある意味、ここまで狂ってしまうのは

ある特殊な層の、特別な家庭というイメージがあった。

けれども日本全体が豊かになり、情報化が進んだせいで、

この「秀才」の世界がどこの家庭にも浸透して

すっかり日本社会のデフォルトになってしまった。

 

そして大学に入ったら入ったで、

その後はベルトコンベア式に

就活、就職というイベントに巻き込まれる。

そんな子供たちにおとなは

「がんばれ受験生」「がんばれ就活生」などと

無責任なエールを送る。

ほとんど季節の風物詩というか、

子どもをネタにしたお祭りみたいな気分になっている。

これでは死にたくなる子供が増えてもおかしくない。

 

僕にはやっぱりこういう状況は

狂っているとしか思えないのだ。

受験勉強に情熱を傾け、

ある意味、生きがいに出来る子供はいいが、

そんな子は少数派のはずである。

それが当たり前のようになって

しまっているところがおかしい。

親も子も目を覚まして

こんなおかしなシステムに安易に巻き込まれず、

自分の心の声に耳を澄まして、

冷静に人生について考える勇気をもって生きてほしい。

 


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赤いパンツの底力 ~巣鴨とげぬき地蔵デイトリップ~

 

今日はとげぬき地蔵でおなじみの巣鴨へ。

べつに仕事で出かけたわけではないが、

月刊終活なんて仕事をやっているので、

巣鴨の実態くらい見ておこうかと思い、

カミさんといっしょにぶらっと出かけたのだ。

 

通称・とげぬき地蔵尊は、この商店街の真ん中あたりにある

曹洞宗のお寺「高岩寺」のこと。

このとげぬき地蔵尊商店街では

毎月4のつく日にたくさん露店が出てジジババで大賑わい。

僕らが若い頃、「おばあちゃんの原宿」として

マスコミが取り上げてよく話題になった。

 

その頃以来のキャッチフレーズはもちろん健在だが、

ただ違うのは、自分自身がここを歩いていても

全く違和感を感じないこと。

むかし感じた一種のカルチャーショックのようなものなど

微塵もなく、街全体に昭和の香りが充満していて、

そこらへんでたこ焼きは食えるわ、大判焼きは食えるわ、

玉こんやくは食えるわ、塩大福は食えるわで、

居心地いいったらありゃしない。

 

お店の看板も「ズボン屋」とか「バッグハウス」とか

「もんぺ・はんてんの店」とか、レトロ感ハンパなし。

なかでも巣鴨の代名詞とも言える赤いパンツが、

強烈な存在感をアピール。

 

でも、「年寄に赤」にはちゃんと科学的根拠があって、

赤い色を身に着けると血流がよくなり、

気分も上がって元気になれるのだ。

 

年齢・性別に関係なく、冷え性の人は

健康維持・向上のために、

ショボくれてる人・メンタルやられちゃってる人は

元気回復・テンションアップのために、

赤パンは超おすすめ。

 

しかも最近は、こじゃれた年寄り用なのか、

それとも上記の理由で若い人たちも買い求めに来るのか、

レースのついたお洒落でセクシーな赤パンも売られていて、

ドッキリ!

見ると某有名下着メーカーの製品である。

 

それ以外にもいろんなレッドなお召し物が

ずらりと並び圧巻。

見ているだけで元気が出てくる。

気楽で面白いので、

老いも若きもぜひ巣鴨をぶらついてみよう。