電子書籍 年内発行6冊準備中

 

「週末の懐メロ 第3巻」

発売記念無料キャンペーン終了しました。

 

ご購入ありがとうございました。

気に入っていただけたらレビューよろしくお願いします。

なお、引き続き¥300で発売中なので、未読の方はぜひ。

https://www.amazon.com/dp/B0CJBXV8JX

 

次回は短編小説「叔母Q」10月上旬発行予定。

その後、物語エッセイ集「再読・嵐が丘」

「再読・村上春樹」「再読・夏目漱石」

長編小説「今はまだ地球がふるさと」

「週末の懐メロ第4巻」年内発行準備中です。

応援・ご愛読、よろしくお願いいたします。

 


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懐メロを楽しく読み解く参考書

 

おりべまこと電子書籍新刊

「週末の懐メロ 第3巻」

20世紀ポップミュージックの回想・妄想・新発見!

主観9割・偏見まみれの音楽エッセイ。

 

9月24日(日)15:59まで

発売記念無料キャンペーン実施中。

 

峰不二子のモデルはマリアンヌ・フェイスフルだったとか、

「ベティ・デイビスの瞳」はもともとは

レトロジャズだったとか、

「チャイルド・イン・タイム」は実は反戦歌だったとか、

新発見がいっぱい。

 

卒業式ソングとして「今日の日はさようなら」を

紹介したけど、「わたしの学校では卒業式に〈誰かが風の中で〉を歌いました」なんてメールまでいただきました。

天涯孤独の木枯し紋次郎が卒業ソングとは、

なかなかワイルドな学校ですね。

 

来月はルー・リードの

「ワイルドサイドを歩け」を取り上げる予定です。

 

20世紀のポップミュージックが

人類のレガシーになった今日、

21世紀を生きていくために

ぜひとも懐メロを楽しく読み解いてみては?

この本はその参考書としてお役立ていただければ幸いです。

良い音楽、好きな音楽をあなたの人生のおともに。

 


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週末の懐メロ 第3巻 新発売記念無料キャンペーン

 

おりべまこと電子書籍新刊

「週末の懐メロ 第3巻」

20世紀ポップミュージックの回想・妄想・新発見!

主観9割の音楽エッセイ。

昭和世代・20世紀世代のお楽しみにはもちろん、

21世紀を生きる若い世代の

お宝案内書としてもご利用ください。

いつも心に音楽を。

 9月21日(木)16:00~24日(日)15:59まで

発売記念4日間無料キャンペーン実施中!

 

 

収録曲

57 暗黒(スターレス)/キング・クリムゾン 【1974】

58 イッツ・ア・ミステリー/トーヤ 【1981】

59パッフェルベルのカノン/ジョージ・ウィンストン【1982】

60 オン・マイ・オウン/島田歌穂 【1987】

61 長い夜/シカゴ 【1970】

62 ケイト・ブッシュ・クリスマススペシャル 【1979】

63 ジェネシス・ライブ 【1973】

64 ビー・マイ・ベイビー/ザ・ロネッツ 【1963】

65 ジェイデッド/エアロスミス 【2001】

66 リヴィング・イット・アップ/リッキー・リー・ジョーンズ 【1981】

67 冬の散歩道/サイモンとガーファンクル 【1966】

68 ごはんができたよ/矢野顕子 【1980】

69 だれかが風の中で/上條恒彦&小室等 【1972】

70 ブロークン・イングリッシュ/マリアンヌ・フェイスフル 【1979】

71 アイビスの飛行/マクドナルド&ジャイルズ 【1971】

72 今日の日はさようなら/森山良子 【1967】

73 サマータイム・ブルース/RCサクセション 【1988】

74 タイム・アフター・タイム/シンディ・ローパー【1984】

75 ピアノマン/ビリー・ジョエル 【1973】

76 そよ風の誘惑/オリビア・ニュートン・ジョン 【1975】

77 ネバーエンディングストーリー/リマール 【1984】

78 アニバーサリー/松任谷由実 【1989】

79 あなたがここにいてほしい/ピンク・フロイド 【1975】

80 私は風/カルメン・マキ&OZ 【1975】

81 ヒート・オブ・ザ・モーメント/エイジア 【1982】

82 ベティ・デイビスの瞳/キム・カーンズ 【1981】

83 チャイルド・イン・タイム/ディープ・パープル【1970】

84 さよならレイニーステーション/上田知華+KARYOBIN 

【1980】

全28曲


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坊ちゃんとマドンナと清さん

 

夏目漱石の「坊ちゃん」を初めて読んだのは

小4か小5のときだった。

以来、何度か読んで、

最後はいつだったのか思い出せないが、

多分、高校生の時以来だろう。

 

ご存じ、江戸っ子口調の名調子。

これほど痛快で印象的な一人称の語り口は、

この作品とサリンジャーの

「ライ麦畑でつかまえて」ぐらいだ。

 

図書館のヤングアダルト文庫の棚で

ふと目にすると、あのべらんめえ文体が脳裏によみがえり、

手に取って読みたくなったのだ。

 

★なぜマドンナが表紙を飾るのか?

 

表紙にはマンガっぽいイラストで

主人公の坊ちゃんとマドンナが描かれている。

近年、なぜか「坊ちゃん」というと

表紙にマドンナが登場するパターンが多い。

 

内容を知らない人、

あるいは昔読んだがよく憶えていないという人は、

赴任先の松山で、名家のお嬢さんであるマドンナと

坊ちゃんが出会い、憧れ、恋をする、

というストーリーを思い描くかと思う。

 

ところがこれはまったくの誤解で、

主人公はマドンナに何の感情も持たない。

むしろ「うらなりから赤シャツに寝返った女」として

あまり良い感情を抱かないと言ってもいいぐらいだ。

 

出版社は「明治の青春小説」と銘打っているし、

明治ファッションの女性は飾りになるので、

ほとんど活躍の場がないマドンナを

表紙に載せたがるのだろう。

誤解するのは読者の勝手というわけだ。

 

昭和以降、特に戦後の青春小説・青春マンガには

この「マドンナ」という、男の女性幻想をかたちにした

偶像が頻繁に登場するようになった。

 

果ては歌謡曲のタイトルになったり、

アメリカの歌手が自分でそう名乗ったりしたので、

一般的にすっかり定着したが、

明治の頃は西洋画に精通した人以外、

マドンナなんて初めて聴く言葉で、

意味など知らないという人が大半だったと思われる。

 

だから日本人にマドンナの

「聖母・聖女=清く、美しく、愛し尊敬すべき女性」という

イメージを植え付けたのは、

漱石作品の中でも最も人気が高い

この小説だと言っても過言ではないだろう。

 

★マドンナは清さん

 

しかし、この定義からすれば、

坊ちゃんから見るマドンナは、

子供の頃から可愛がってくれ、

惜しみない愛情で支えてくれた清さんの方である。

 

そう言えば、僕が小学生の時に初めて読んだ本の表紙には、

坊ちゃんが見上げる空の向こうには、

ちょっとだけ微笑む和服姿の清さんが描かれていた。

 

しかし、清さんは若くてきれいなお嬢様ではなく、

坊ちゃんの家の下女、住み込みのお手伝いさんで、

しかもけっこう年寄りである。

 

この小説の登場人物は、主人公をはじめ、

一人も年齢が特定されていないが、

物語の舞台が発表時の

明治39年(1906年)あたりだとすると、

ほとんどは明治生まれ・明治育ちの人たちである。

 

ただ一人、清さんは明治維新を体験した人だ。

武士の名家の出身らしいが、

「瓦解(明治維新)の時に零落して、

ついに奉公までするようになった」というから、

おそらく50代後半~60代前半である。

いまと違ってもう立派なお婆さんだ。

しかも人生の辛酸をなめた元・お嬢さまの。

 

子ども頃から可愛がってもらっているのだから、

母や祖母のように慕うのはわかるが、

坊ちゃんの清さんへの感情は、

そうした家族に対するものとはまたちょっと違う。

 

さりとて恋愛でもない。

もっと齢が近ければ、そうなり得たかもしれないが、

あまり生々しさを伴わない、尊敬の念を交えた、

女性という偶像に対する愛情が混じっている。

 

子供の頃は母以上に彼を可愛がった清さんは

坊ちゃんの将来に夢を託し、

おとなになったら面倒を見てもらおうと思っている。

 

そういう意味では彼女の愛もけっして純粋なものではなく、

ギブアンドテイクの関係と言えなくもない。

ただし、成長した坊ちゃんは、

自分に期待を託す彼女の言うことは、かなりおかしく、

贔屓の引き倒しで、現実離れしていることに気付く。

 

「こんな婆さんに逢ってはかなわない。

自分の好きな者は必ずえらい人物になって、

嫌いな人はきっと落ちぶれるものと信じていた」

 

「婆さんは何も知らないから、年さえとれば

兄の家がもらえると信じている」

 

「(学校を)卒業すれば金が自然とポケットの中に

湧いてくると思っている」

 

などと冷静に分析し、

“もとは身分のある者でも、

教育のない婆さんだから仕方がない”清さんの

無知ぶり・夢みる少女ぶりにあきれ果てている。

 

それでも坊ちゃんは清さんを嗤ったりは絶対しない。

彼にとって、知識量・情報量は、

人間的な価値とは決して比例しないのだ。

 

子供の頃、読んだときは気が付かなったが、

この二人のやりとりは本当に面白く、笑えて哀しく、

清さんはめっちゃ可愛い。

 

松山で教職に就き、不快な目に会うたびに坊ちゃんは、

そんな清さんの人間的な気品・尊さに思いを巡らせるが、

痛快なストーリーの裏側で、

こうした女性への愛とリスペクトの念があるからこそ、

この小説を単なる面白ばなしでなく、

奥行きと味わいの深いものにしている。

 

★時代に取り残される坊ちゃん

 

「坊ちゃん」の読み方の一つとして、

「時代に適応できる者とできない者の物語」

という視点がある。

前者は、話の中で悪人とされる赤シャツや野だいこであり、

後者はとっちめる側の正義の坊ちゃんや山嵐だ。

 

マドンナも、坊ちゃんからは

うらなりから赤シャツに寝返った、

およそマドンナらしくない女と見做されるが、

彼女は若かりし頃の清さんと同じ立場にある。

 

この時代の女性の社会低地位は低く、

生き方は今と比較にならないほど制限されていた。

 

没落寸前の名家の娘として、

いくら身分があるとはいえ、

世渡り下手・自己主張ベタ・まじめなだけで面白くない

許嫁のうらなりよりも、

既に教頭職を得て、将来有望、しかも話術に長けていて

楽しませてくれそうな赤シャツのほうになびくのも

しかたがないところだろう。

 

下手をすれば清さんと同じく、

零落の道に転がり落ちることになるので必死なのだ。

マドンナとあだ名をつけられて、

男性の夢を壊さないよう、ホホホとおとなしく

笑っているわけにはいかない。

 

マドンナファンには申し訳ないが、

もしかしたら、彼女の方が赤シャツに目を付け、

誘ったのではにかとさえ思える。

 

楽しくて痛快な「坊ちゃん」だが、

この明治後期、時代は変わり、

価値観も急速に変わっていた。

よく読むと、それを表現するかのように、

この物語は別れの連続だ。

 

母が死に、父が死に、生れ育った家は人手にわたり、

兄とも別れ、いわば天涯孤独の身の上になる。

 

松山ではうらなり(坊ちゃんは彼を人間的に

上等と評価している)を見送り、

赤シャツ・野だいこを叩きのめして訣別するが、

相棒で親友になった山嵐とは新橋で別れる。

 

ちなみに幕府軍として

明治政府と最後まで戦った会津出身の山嵐は、

江戸時代のサムライ精神の象徴とも取れる。

 

そして帰って来た彼を涙ながらに出迎えてくれた

マドンナ清さんも、

それからいくらも経たないうちに肺炎で死んでしまう、

坊ちゃんは本当にひとりぼっちになってしまうのだ。

 

★坊ちゃんは何歳なのか?

 

今回、読み返してみて、最大の疑問として残ったのは、

この物語を語っている時の坊ちゃんは、

いったい幾つなのだろうということ。

 

東京に帰って来た彼は街鉄(電車)の技手になり、

清さんと一緒に暮らし始めたもののが、

最後に清さんは「今年の2月に死んでしまった」とある。

 

ニュアンス的に、仕事に慣れ、生活も落ち着いてきた矢先に

亡くなってしまったと読めるから、

新しい仕事に就いてから1,2年後くらいだろうか。

 

そしてそれから半年ほど経ってから、

自分の人生を振り返った時、

松山での経験と、清さんという存在の大きさを

語ってみたくなったということだろう。

 

だとしても、坊ちゃんはまだ20代の溌剌とした若者だ。

その後、彼がどうしたのか、

兄や山嵐と再会する機会はあったのか、

結婚して家庭を持ったのか、興味津々である。

でもきっと、どれだけ年をとっても

この物語のような名調子は消えなかっただろう。

 

坊ちゃんという人物は、時代に適応できない者の代表格で、

自分の価値観に固執するあまり、教職を失ったが、

それでも新しい職を得て、一人でも生きる道を見出した。

 

★死ぬまで続く名調子

 

この頃と同じく、

最近も時代に合わせる

必要性・適応する柔軟性が強調されるが、

人間だれしも、

生まれながらの「自分のリズム」を持っている。

それをないがしろにして、周囲に合わせようとすると、

やっぱりろくなことにならないのではないか。

 

たとえ得になる生き方だとしても、

損をしない人生だとしても、

それが自分のリズム・語り口・文体と相いれないものなら

気持ち悪くて、長続きなどしない。

 

世間に通用してもしなくても、

坊ちゃんのように自分のべらんめえを並べ立てて

生き抜いた方がうんと気持ちいいのではないだろうか。

 

気分が凹んだときの活力剤として、

「坊ちゃん」は、はるか1世紀を超えた過去から

今でも僕たちにいろんなことを教えてくれていると思う。

 


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親子で読もう!夏休み無料キャンペーン第6弾 「ざしきわらしに勇気の歌を」

 

好評につき延長 

親子で読もう!夏休み無料キャンペーン第6弾

「ざしきわらしに勇気の歌を」

 

8月20日(日)17時~8月22日(火)16時59分まで

 

認知症になった寅平じいさんの人生最後のミッション。

それは最強の妖怪「むりかべ」に立ち向かう

ざしきわらしのきょうだいを

得意の歌で応援することだった。

笑ってちょっと不思議な気持ちになる、妖怪幻想譚。 

 


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おりべまこと11日間連続 親子で読もう!夏休み無料キャンペーン第5弾 「ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力」

 

おりべまこと11日間連続 

親子で読もう!夏休み無料キャンペーン第5弾

 

「ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力」

 

8月18日(金)17時~8月20日(日)16時59分

 

ロックが劇的に進化し、ポップミュージックが

世界を覆った時代.

ホームビデオもインターネットもなくたって、

僕らはひたすら妄想力を駆使して音楽と向き合っていた。

 

僕らのイマジネーションは音楽からどれだけの影響を受け、

どんな変態を遂げたのか。

心の財産となったあの時代の夢と歌を考察する

音楽エッセイ集。

 

もくじ

●八王子・冨士森公園のスローバラード駐車場で、

ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力について考える

 

●純情ストーカー男と純心DV願望女の昭和歌謡

 

●悲しいことなんてぶっとばすロックンロールバンドのモンキービジネス

 

●21世紀のビートルズ伝説

 

●義弟のアナログレコードと帰ってきたカレン・カーペンター

●森田童子の思い出:僕らの時代の子守唄

ほか全33編

 


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おりべまこと11日間連続 親子で読もう!夏休み無料キャンペーン 第4弾「ちち、ちぢむ」

 

親子で読もう!

夏休み無料キャンペーン 第4弾

ちち、ちぢむ 

8月16日(水)16時~8月18日(金)15時59分

 

 

ろくでなしだけど大好きなお父さんが

「ちっちゃいおじさん」に!

 

将来、生物学者をめざす秀才ケントは、

これはオタマジャクシの時よりも小さくなってしまう

アベコベガエルと同じく、

アポトーシス(細胞の死)による

変異が起こっていると解析。

 

社会の役に立たないハンパな男たちが

こぞって縮んでしまう怪現象は、

人類による環境破壊を阻止しようとする

地球の意志なのだろうか?

 

人新世(アンドロポセン)の時代を生きる

アベコベ親子の奇々怪々でユーモラスな冒険と再起の物語。

 


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終戦記念日と「文化復興1945年」

 

終戦記念日。

日本人として78年前のあの惨劇に向き合う日。

――というのは正論だが、

「戦争を知らない子どもたち」が

8割以上を占めてしまった今の日本では、

なかなかできないことだろう。

 

そんな時にこの本をおススメ。

戦争に負けたからと言って日本が滅ぶわけでも、

日本人が皆殺しにされるわけでもない。

みんなの人生は続くし、国も世界も続く。

 

8月15日だって玉音放送を聞いて、

日本国民が全員、泣き崩れ、

茫然自失していたわけでもない。

負けたと分かった瞬間から復興は始まったのだ。

 

戦後の復興について知るのに、

政治や社会情勢から入るのは厳しいが、

映画・演劇・音楽・出版・スポーツなどの

娯楽の分野からなら入りやすいのではないか。

 

この本はタイトル通り、

1945(昭和20)年8月15日以降の4ヵ月半の間、

映画・演劇・音楽・出版・スポーツなど、

各分野の文化の担い手たちがどう再起し、

娯楽産業を復興していったかの記録だ。

 

著者の中川右介は、文学・音楽・映画などの

評伝・評論を書いている人で、

膨大な資料を調べ上げ、

あくまで客観的な事実を重視したスタンスと、

むやみに感動を煽ったりしない、

淡々としたジャーナリスティックな筆致で綴っている。

それが却って胸にしみてくるのだ。

 

これらの娯楽産業は、コロナ禍や災害時に言われる

「不要・不急な」分野なのだが、

日本中が不安と飢えと貧困にあえぐ中、

わずか4ヵ月半で、いわゆる主要産業よりも先に

復興へ歩み出していたことに驚く。

 

なぜ文化の担い手たちにはそんな力が合ったのか?

そのエネルギーはどこからやってきたのか?

映画・演劇・音楽・出版・スポーツなどが

人の生活にどんな役割を果たしているのか?

そんなことを考えるのも楽しい。

 

最近、またもや世間は昭和ブームとかで、

懐メロや昔ばなし、昔の映像がしょっちゅう

テレビやネットで流れているが、

その源流となる1945年について知ると

もっと面白くなるかもしれない。

 

夏休み無料キャンペーン第3弾

昭和96年の思い出ピクニック

8月16日(水)15時59分まで

 

みんなが愛して憎んで生きた昭和時代を1960(昭和35)年生まれの著者が探検する面白まじめエッセイ集。

終戦記念日には昭和のことに思いを馳せよう。


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親子で読もう! おりべまこと夏休み無料キャンペーン 第3弾「昭和96年の思い出ピクニック」

 

おりべまこと夏休み無料キャンペーン第3弾

昭和96年の思い出ピクニック

8月14日(月)16時~8月16日(水)15時59分まで

 

みんなが愛して憎んで生きた昭和時代を

1960(昭和35)年生まれの著者が探検する

面白まじめエッセイ集。

終戦記念日には昭和のことに思いを馳せよう。

 

もくじ

・西城秀樹さんのお葬式:青春の同窓会

・ちびまる子ちゃんとサザエさんはいつまで続くのか?

・昭和オカルト大百科

・新聞少年絶滅?物語

・死者との対話:父の昭和物語

・社会全体の児童虐待と「晴れた空」

ほか30編


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親子で読もう!おりべまこと11日間連続 夏休み無料キャンペーン 第2弾「いたちのいのち」

 

夏休み無料キャンペーン第2弾

いたちのいのち

8月12日(土)16時~14日(月)15時59分まで

 

カナコは10歳。小学4年生。お母さんと二人暮らし。

しかしもう一人、というか一匹、

いっしょに暮らす同居者がいる。

その名は「イタチ」。ペットのフェレットだ。

学校でも家でも口をきかないカナコにとって、

イタチは唯一、心を開いて話ができる親友であり家族だ。

 

天使だったイタチは、

人間として地球に生まれることを望んでいが、

天国の〈地球いきもの派遣センター〉の

手続き上のミスによって人間になるのを諦め、

その代わりにフェレットとして

ワンサイクルの命をまっとうすることになった。

 

子どもからちょっとおとなに変わっていくカナコと、

そのそばで天使の目を持ったまま生きる

フェレットのイタチ。

それぞれの日常生活と事件の数々、

そして別れまでを描く動物ファンタジー。

 


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おりべまこと11日間連続 夏休み無料キャンペーン 第1弾「オナラよ永遠に」

 

親子で読もう! 夏休み無料キャンペーン

オナラよ永遠に

8月10日(木)16時~8月12日(土)15時59分

 

ぼくは小学5年生の救太郎。

かわいいあの子を守るために、

学校の教室で彼女が漏らしたオナラの罪をかぶって

「ヘコキ虫」と、いじめられるハメに。

でも、それだけじゃなかった。

未来からタイムスリップして来たサイボーグ・プ―太郎に

「君は救世主だ」と決めつけられ、

人類を脅かす恐るべき敵との戦いに巻き込まれてしまう。

一発の小さなオナラから巻き起こる

愛と笑いと冒険のSFファンタジー。

 


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おりべまことKindle夏休み無料キャンペーン2023

 

親子で読もう!明日10日(木)から

おりべまことKindle夏休み無料キャンペーン2023

子どもが読める、大人も楽しい電子書籍

 

8月10日(木)16:00~12日(土)15:59

「オナラよ永遠に」

小学5年生の小松救太郎は、ぬきうちテストの最中にオナラをもらし、クラス中からいじめられる。しかし、その真犯人は彼の好きな女の子だった。一発のオナラから巻き起こる愛と笑いのSFファンタジー。

 

 

12日(土)16:00~14日(月)15:59

「いたちのいのち」

小4の女の子カナコと天使の目を持ったペットのフェレット

「イタチ」との日常とファンタジーを行き来する物語。

 

14日(月)15:59~16日(水)15:59

「昭和96年の思い出ピクニック」

みんなが愛して憎んで生きた時代を1960(昭和35)年生まれの著者が探検する面白まじめエッセイ集。

 

16日(水)16:00~18日(金)15:59

「ちち、ちぢむ」

お父さんが「ちっちゃいおじさん」に!

役立たずの男たちが縮んでしまう怪現象は地球の意志なのか? アベコベ親子の奇々怪々でユーモラスな物語。

 

 

18日(金)16:00~20日(日)15:59

「ハンザキを喰った話」

オオサンショウウオの不思議な生命力に人生を左右されることになった明治・大正の発明家と、昭和・平成のライターの怪奇な運命の物語。

 


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おりべまこと新刊発売「書く人に効くサプリメント」

仕事としてライターをやりたいのなら、

まず書くことを楽しむこと。

書くことを楽しむことなく、

良い文章・りっぱな文章・人に褒められる文章を

書こうとしても、絶対に続きません。

 

そしてライターの仕事のうち、書くことは半分だけ。

あとの半分はクライアントや取材相手と

良い人間関係を築くことです。

これができないと仕事はあなたのところには来ません。

まずこの二つを踏まえて、

ライターの仕事に興味のある人は読んでみてください。

薬にはなりませんが、

サプリメントくらいの効用はあるかも。

 

実用的なマニュアルっぽいものもいくつかありますが、

基本的には自分の感想・考察などを綴った

エッセイなので、

「ふーん、こういうやり方・考え方もあるのか」

と思って気楽に読んでみてください。

 

もくじ

・まえがき みんなライター あなたも物書き

・メディアにおけるメールを利用した取材について

・追記:リモート取材

・メモ帳活用ライティング

・自伝を書いて脚色する

・ライターの仕事の半分以上は取材

・代筆業の進め方 具体例

・AIライター・ロボットライター

・人に見せない、自分だけの秘密の文章を書く

・「継続は力なり」を今頃やっと実感

・ライターという職業の面白さ

・マルチなわらじと自分マネージメント術

・取材はイベントにしたい

・ビジネスのための本気の企業理念

・デジタル時代ならではのアナログ手書き写本トレーニング

・企業ブランディングとストーリーテリング

・世界は代筆でできている

・ホームページに心のこもったお手入れを

・インタビュー術「あなたの健康の秘訣は?」

・文章力よりも相手のいいところを発見する力

・「みみずくは黄昏に飛び立つ」は書き手・聞き手のバイブル

・本を出したい人は心の地図を開いてブログを書こう

・春の小川流さらさら仕事術

・自動書き起こしソフトから生まれた地球のメッセージ?

・日本人はデジタルに心を求める

・あとがき 村上・キング方式をマネる

 

Kindleより本日発売。¥300


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おりべまこと新刊予告「書く人に効くサプリメント」

 

これは「物書きをめざす人」と

「物書きを続ける人」に向けた本である。

 

ブログで時々、仕事についての話を書いているが

割と覗いてくれる人が多い。

数年前の記事でもちょくちょくアクセスがある。

それで興味を持つ人のために一度、まとめてみた。

 

この本で物書きと言うのは、

職業としてのライター(執筆業)はもちろんだが、

職業としていなくても、

何らかの文章を書く人・書きたい人全般を指している。

書くという行為は、本能とまではいわないまでも、

かなり人間の本質的な部分から起こす行動だと

思うからだ。

 

特に情報化が進んだ世の中で生きる現代人にとって、

この表現活動は生活の一部であり、人生のなかでけっこう大きな部分を占めていると思う。

 

毎日SNSで何かしら自分の意見を

発信している人だって、

自分の文章に責任を持てる人であれば

ライターと呼んでもいいし、

名乗ってもいいかもしれない。

逆に言えば、ライターと名乗ることで

発信のしかたも変わってくるのではないだろうか。

 

そんなわけで僕のブログの仕事の話に

興味を持ってくれる人は、みんな物書きであり、

ライターと言ってもいいと思っている。

 

現代社会では人は皆、自分の意思次第で

「人生の中でいつか物書きになることをめざす人」

にもなれるし、

「一生物書きをやり続ける人・物書きであり続ける人」

にもなれるのだ。

 

僕はもう還暦を過ぎているが、

ライターと名乗って仕事を始めてから、

かれこれ30年以上経つ。

もともと演劇やテレビ・ラジオドラマの

脚本を書いていて、最近は小説なども手掛けているが、

ここでは基本的にビジネス関係

(書籍出版・雑誌・ウェブ記事)の

執筆活動の話をまとめてみた。

 

特に取材・インタビューについての話が多いので、

そうした方面の仕事がしたい人・している人には

ちょっと面白く、役に立つかもしれない。

 

実用的なマニュアルっぽいものもいくつかあるが、

基本的には自分の感想・考察などを綴った

エッセイなので、

「ふーん、こういうやり方・考え方もあるのか」

と思って気楽に読んでほしい。

8月6日(日)発売予定。

 


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昭和98年8月と17歳の父

 

子供の頃、戦後復興世代の両親に

よく話を聞かされたせいか、

僕にとって8月は戦争・戦後のイメージに包まれている。

 

終戦はこの世に生まれる15年も前

(でもたった15年前!)のことで、

まったく未経験だが、

わりと鮮明に過去のビジョン(とでもいうべきもの)が

脳裏に刻まれている。

 

復興期が自分の青春期ともろに重なっていた父親は、

事業で成功して家を建てた後は、

あちこち旅行に行ったり、

美術品や骨董品を集めていたが、

仕事を辞めるとそれにも飽きて、

晩年はしきりに昭和20年代から30年代前半のことを

回想していたフシがある。

 

そういえば8月は父の誕生日もある。

焼け野原の中で軍需工場での仕事も失い、

17歳の誕生日を迎えた少年は

何を考えていたのだろう?

今ならそこをピンポイントで聴いてみたいところだが、

もう遅すぎる。

 

めっちゃ大変だったが、めっちゃ面白かった時代。

戦争・戦後を語る際、

悲劇・惨劇・怒りばかりが強調されて伝えられるのは

しかたないことだ。

「面白かった」なんて言おうものなら、

つるし上げを食らいそうだが、

大半の日本人は、実はそう思っていたのではないだろうか。

 

それくらいの元気がなければ、

ここまで経済成長はできなかっただろうし、

これほど百花繚乱の昭和文化は生まれなかっただろう。

平成・令和と時代が進むにつれて

そうした印象を強くする人は

むしろ増えているのではないだろうか。

たんなる懐メロでなく、ノスタルジーでもなく、

昭和は未来まで、ルネッサンスのような

面白い時代として記憶されるに違いない。

そんな思いもあって

気まぐれで昭和シリーズのエッセイを書いている。

第2弾は「昭和99年」、

3弾は「昭和100年」の出版を予定しているが、

考えてみたらもうすぐそこだ。

 


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新刊予告「書く人に効くサプリメント」

 

本日は電子書籍の新刊予告。

エッセイ集:仕事「書く人に効くサプリメント」

 

ブログで気まぐれで書いている

ライター業に関するエッセイ・書き方マニュアルなどが

割とよく読まれているようなので、

電子書籍にまとめて発売することにしました。

 

ライターの仕事をやっている方、めざしている方、

本を書いている方、書きたい方のための

「薬」とまでは言いませんが、

サプリメントくらいにはなるかも。

参考にしてお役立ていただければ幸いです。

今週中に発売予定。どうぞお楽しみに。

 


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手鎖心中/江戸の夕立

 

井上ひさしの「手鎖心中」は

歌舞伎にもなった直木賞受賞作。

 

この作品も面白いのだが、

併載されている「江戸の夕立」が

表題作に輪をかけてめっちゃ面白い。

長めの中編というか、短めの長編というか、

そこそこボリュームもあるので、

読みごたえもたっぷり。

 

主人公は大商店の放蕩息子の若旦那と

そのご祝儀目当てでベタベタお世辞を連発しながら

くっついて歩く太鼓持ち。

 

平和な江戸の街で、ぬくぬくした環境で生まれて育って、

軽薄短小な人生を謳歌する二人組の軽妙なやりとりで、

ハリウッド映画ばりの波乱万丈の物語が綴られていく。

 

はでに買い物したり、花魁遊びが出来たのも序盤まで。

その後は江戸を離れ、東北地方を放浪するはめに。

 

しかもそれは暴力、漂流、バクチ、友情、裏切り、

奴隷労働、疫病、借金、旅芸、女狂い、家庭崩壊など、

現代の、僕らの人生でも起こり得る、

あらゆる災厄のてんこ盛り。

笑いとユーモアの味付けで救われているが、

まさに地獄めぐりの旅である。

 

そんなひどい目に遭いながらも

人間的に成長するわけでなく、

放蕩していた頃のろくでなしのまま、

9年をかけてやっと江戸の街に帰ってきた二人。

ところがその故郷はなんと・・・という展開で、

けっしてハッピーエンドとはいえない、

かなり苦み走ったラストを迎える。

 

ただ、このラストが僕は好きである。

すべてを失った代わりに、

彼らは生きるための何かを得た、

その思わせてくれる、心に響く結末だ。

 

井上ひさしはお芝居もたくさん書いていて、

ユーモア・人情を描く作家だと思われている。

しかしその実、彼が人生・人間社会を見る目は

かなりシニカルで、だからこそユーモア・人情が映え、

胸に深く沁み込んでくる。

 

地獄の奴隷労働の仲間が死の間際、

「女の裸が見てえ」という願いをかなえるために

キリシタンの娘が一肌脱ぐシーンなどは

涙が止まらんかった。

 

いくら齢を取ったって人間、

大して成長するわけではない。

バカはバカのまま、ろくでなしはろくでなしのまま。

だから笑えて泣ける。だからいいのだ。

 

最近やたらと多い感動の美談、

人間ってすばらしい!と讃えるストーリーに

食傷気味の方におすすめです。

 


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カッパの正体を解明(?)した本

 

頭にお皿、背中に甲羅、口はくちばし状、手足に水かき、

からだは人間の子ども(幼児~小学校低学年)

くらいの大きさで、

皮膚がヌメヌメしていて体色は緑系。

いたずら好きで、キュウリが大好物。

過去100年くらいで、

日本人の間にそんなカッパのイメージが定着した。

 

地域によってまちまちだった呼び名も、

かの芥川龍之介が、死の間際、

そのものズバリ「河童」という小説を書いてから

統一された感じがする。

 

そのカッパは実在するのか否か?

その他、柳田国男の「遠野物語」をとっかかりに

東北の民話の世界を探検し、

登場する怪異・妖怪の類の秘密を解き明かそう

というのがこの本「荒俣宏妖怪探偵団 ニッポン見聞録」

の趣旨である。

 

おなじみ、この手の妖怪学・博物学の大家・

荒俣宏先生を中心に、

小説家・理学博士がチームを組んで、

東北各地の大学教授・学者、博物館などの研究員、

郷土研究家、お寺の住職などを訪ねて回る。

 

面白いのは、たとえばカッパに話を絞れば、

みんな、カッパの実在を肯定していること。

ただ、そのカッパとされる妖怪は、

“現代人の視点で見ると”、

どれも別の様々な生き物であるという点だ。

 

あるところではそれはウミガメだったり、

あるところではイモリ、あるところではカワウソ、

あるところではネコだったりする。

それら爬虫類・両棲類・鳥類・哺乳類にまでまたがる

多種多様な生き物が、

「カッパ」という妖怪・生き物に

ひとくくりにカテゴライズされていたのだ。

 

どういうことかというと、

人間は自分(あるいは自分を取り巻く社会)が持っている

知識・情報の埒外にあるものと遭遇したとき、

「わけのわからないもの」としておくことができず、

それを分類するために

特定のファイルみたいなものを必要とする。

 

その一つに「カッパ(地域によって呼び名は異なる)」と

題されたファイルがあり、

「これは何だ?わからん」と思ったものをみんな、

とりあえずそのカッパファイルの中に突っ込んでいたのだ。

 

だからそれぞれの動物の特徴・生態・イメージが、

そのファイルのなかで混ざり合い、繋がり合い、

時には化学変化を起こして、

カッパという妖怪の形になって

多くの人々の頭のなかに生息するようになり、

民間伝承として伝えられるようになった。

 

そしてまたその伝承・民話をもとにして

時代ごとに絵師などがカッパの姿を絵として描き上げた、

ということらしい。

 

僕たち現代社会で生きる人間は、

科学的に解明された知識・情報を

すでに頭のなかに仕入れてあるので、

これは犬とか、カエルとか、ウサギであると知っている。

 

だから、なんでカメやイモリやカワウソやネコを

カッパだなんて思ったんだろう、と不思議がるが、

それは逆で、カッパというファイルの中から

Aタイプが実はカメで、Bタイプがカワウソで、

Cタイプがネコだった・・と、

後で(だいたい明治以降~昭和初期の間に)

分類・整理されたのである。

 

言い換えれば、江戸時代以前の日本人にとって、

奇妙な野生動物は皆、UMA(未確認動物)であり、

ほんの150年ほど前まで日本の海も山も里もUMAで

溢れかえっていたのである。

 

この本ではカッパ以外にも

いろいろな妖怪・民俗学的伝承が紹介されているが、

そうした昔と今の人間の心の地図の違いについて

気付かせてくれることに重要な価値があると思う。

 

荒俣宏妖怪探偵団 ニッポン見聞録 東北編

著者:荒俣宏/荻野慎諧・峰守ひろかず

発行:学研プラス 2017年

 


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空を見る洗たく女

 

「洗たく女の空とぶサンダル」では

主人公のアカネに教わったことがある。

それはいつでも、どんな時でも空を見ること。

 

僕たちは空を飛べないけど、見続けることはできる。

この星で暮らす限り、みんな、この空の下で生きている。

空には未来があり、ビジョンがある。

そしてまた空は僕たちの心の中を映し出している。

うまく行かないときは空を見るといい。

雲がどう動いていくのか見るといい。

 

朝と昼間と夕方は違った顔をしているし、

星が広がる夜空はまた別の世界だ。

 

潜在意識がどうとか、瞑想術がこうとか、

そんものを学ばなくても、ただ空を見上げるだけで、

これまで見えていなかったものが見えてくる。

 

できたら毎日。

今日もひどく暑そうだが、

ちょっとの間なら外に出てもいいだろう。

あれば木陰に入って晴れた空を眺める。

空は世界であり、自分自身でもある。

 

 

洗たく女の空とぶサンダル

 

無料キャンペーンは昨日終了しました。

ご購入いただいた方、ありがとうございました。もしよければレビューをよろしくお願いします。

引き続きAmazonKindleで販売しています。他の本も読み放題サブスクもあります。今後も洗たく女を応援してください。

 


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ロンドンライフと労働・カネ・芸術の話

 

「洗たく女の空とぶサンダル」に出てくる

路上で靴を並べるアーティストは、

むかしロンドンで暮らしていた頃に遭遇した

ストリートアーティストをモデルにしている。

 

僕がロンドンの日本食レストランで働いていたのは、

1985年から87年にかけて。

 

当時、英国病・老大国化を克服し、

「ふたたび強大なイギリスを」と訴えた

マギー・サッチャーの新自由主義政策によって、

イギリスの公的福祉はバッサバッサと切り捨てられていた。

要するに国は自分で稼がない人・稼げない人の

面倒などこれ以上見ないということである。

 

その影響で街には失業者・ホームレースがあふれ、

ロンドンの中心部を歩いていると、

「10ペンスめぐんで下せえ」と、よく小銭をせびられた。

 

ストリートや地下鉄の構内にはそうした物乞い以外に、

「アート」を提供する芸術家もたくさんいた。

 

音楽家たちはその筆頭で、みんな、ギター、サックス、

バイオリンなどを持ち出し、街頭音楽を聴かせたり、

寸劇やダンス、パントマイムなどを見せていた。

 

また、路上で詩集のような本を売ったり、

奇妙なオブジェを並べて

人々の関心を引こうとする者もいた。

 

不思議なことに、その作品やパフォーマンスの

出来・不出来に関わらず、

彼ら・彼女らの顔はどこか自信にあふれていた、

という風に見えた。

 

たまに目を見張るような面白いもの・

芸術的な価値があるなと思えるものもあったが、

9割以上は投げ銭稼ぎのガラクタの類だ。

 

それでもロンドンには世界中から

観光客が集まってくるので、

ガラクタみたいな音楽やアートでも面白がられ、

投げ銭でいくらかは稼ぐことができたのかもしれない。

 

まともな頭で考えれば、そんなことをするより、

非正規だろうが何だろうが、

ちゃんと職に就いて安定的に稼げるのは明らか。

 

“選り好みさえしなければ”、

少なくとも食っていくのに何とかなる程度

稼げる仕事はあったと思う。

 

事実、僕の勤めていたレストラン経営の会社でも、

ロンドン出店の条件の一つとして雇用対策を打ち出し、

ほぼ年中、スタッフを募集していた。

 

それでも少なくとも僕がいた間、

イギリス人で応募してくる者は皆無で、

実際にスタッフになったのは、全員が外国人労働者だった。

 

みんな「イギリス人は怠け者だからダメだ」と言っていた。

当時のイギリス人の間では、

やっぱり東洋人に対する差別意識があったと思うので、

成りあがりの日本人の会社の支配下に置かれるのは、

プライドが許さなかったということもあるろう。

 

今、振り返ってみると、あの頃のイギリス人を

バカだ、怠け者だと非難する気にはなれない。

 

それは人間というのは、

一度、豊かな生活———まわりに文化的な環境があり、

なんとか食っていけるといった状況を体験してしまうと、

必死になってカネを稼ぐだけの生活には

もう二度と戻れないのではないか、と思うからだ。

 

言い換えると、肉体だけでなく、精神もメシを食いたがり、

その結果、自己表現の欲求が抑えられなくなる。

文化や芸術などなくても生活していけそうなものだが、

文明国で生まれ育った人間には、

それはどだい無理な話なのだ。

 

労働・カネ・芸術。

これからを生きる人間にとって、

この三つに折り合いをつけるのは

大きな課題であり、ある種の楽しみなのかもしれない。

 

日本の社会が40年近く前のイギリスと

似たような状況になった今、

しみじみとそうしたことを感じる。

 

 

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男をいやす はたらく女

 

先日、若い女の子がゴミ回収の仕事を

やっているところに出くわし、びっくりした。

女子がそうした仕事に就くことに何の異論もないが、

彼女はびしっとメイクしていて、

帽子からはみ出た髪はきれいにサラサラしていて、

ほとんどアイドルみたい。

朝、この仕事でバイトして、作業着から普段着に着替えて

芸能事務所なりロケ現場に行くのだろうか・・・

と勝手に想像した。

本当のところはもちろん知らないが、

その労働する姿とルックスとのギャップに

いたく心癒された。

ご本人はそんなつもりはカケラもないと思うが。

 

3K的な肉体労働の現場でも、

昔と違って女性がバリバリ働いている。

経済が成長していく時代は、

女はどんな職業・職場でも、

女は日々働く男たちを慰労する役割が中心で、

実際の労働の価値はその副産物でしかなかった。

 

時は流れ、経済が落ち込み、

男だけじゃダメだということで社会進出が当たり前になり、

今では経済・産業の世界において

女性が主役を務めることも少なくない。

 

しかし誤解を恐れず言えば、

それでも職場で女は男を癒し、

多かれ少なかれ夢を施している。

これは人間社会が女と男で成り立っている以上、

仕方ないことだと思うし、

それで職場のテンションが上がればいいことだと思う。

 

ただ、その現実と夢のバランスが崩れると、

世の中ではいろいろ事件が起きる。

 

「洗たく女と空とぶサンダル」は当初、

足の大きい女性を主人公にして話にしようと

思っていたのが、

いつの間にか、この資本主義社会において

そうした労働に勤しむ女についての幻想が入り込み、

奇妙なファンタジー物に化けた。

 

はたらく女性と

はたらく女性を愛する男性に読んでもらいたい一冊です。

 

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洗たく女の七夕無料キャンペーン本日スタート!

 

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おとなも楽しい少年少女小説 最新刊

洗たく女の 空とぶサンダル

 

まるで足だけガリバー旅行記。

人並外れて足が大きいアカネは、その大足のせいでかわいい靴が履けないし、

人生何をやってもうまくいかないと思いこんでいた。

 

けれども、そんなコンプレックスのタネだった

大足のおかげで彼女は救われる。

DV夫の顔面にガリバーキックをかましてKO。

離婚して自由になると、足で洗たくをする、

富裕層御用達の洗たく屋に就職し、

ずんずん人生を切り開く。

 

洗たく女として日々働くようになったアカネは、

ある日、街中で足の向くまま歩いていくと

名誉に迷い込み、靴アートの芸術家に遭遇。

その芸術家が、自分の作品に興味を抱いてくれたお礼に、と贈ってくれた一足のサンダルは、魔法の空飛ぶサンダルで、そこから人々の命の“洗たく”をする

アカネの新しい仕事が始まる。

はたらく女の夢と希望、そして歪んだ現実との格闘・逃走を描く労働ファンタジー。3万2千字。中編小説。

 


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洗たく女の七夕キャンペーン情報

 

 

予告!七夕キャンペーンやります。

 

おりべまことKindle電子書籍 おとなも楽しい少年少女小説

洗たく女の空とぶサンダル

 

明日7月5日(水)16時から10日(月)15時59分まで

6日間無料キャンペーン

 

はらたく女の夢と希望、

そして歪んだ現実との格闘・逃走を描く労働ファンタジー。

3万2千字中編小説。この機会にぜひ読んでみてくださいね。

 


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新発売「洗たく女の空とぶサンダル」

 

本日7月1日(土)新発売になりました!

おとなも楽しい少年少女小説

「洗たく女の空とぶサンダル」

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まるで足だけガリバー旅行記。

人並外れて足が大きいアカネは、

その大足のせいでかわいい靴が履けないし、

人生何をやってもうまくいかないと思いこんでいた。

 

けれども、そんなコンプレックスのタネだった

大足のおかげで彼女は救われる。

DV夫の顔面にガリバーキックをかましてKO。

離婚して自由になると、

足で洗たくをする、富裕層御用達の洗たく屋に就職し、

ずんずん人生を切り開く。

 

洗たく女として日々働くようになったアカネは、

ある日、街中で足の向くまま歩いていくと

靴アートの芸術家に遭遇。

その芸術家が、自分の作品に興味を抱いてくれたお礼に、

と贈ってくれた一足のサンダルは、

魔法の空飛ぶサンダルで、

そこから人々の命の“洗たく”をする

アカネの新しい仕事が始まる。

 

はらたく女の夢と希望、

そして歪んだ現実との格闘・逃走を描く労働ファンタジー。

3万2千字。中編小説。¥500

ぜひ手に取って読んでみてください。

 


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魔法のサンダルを履いた はたらく女のものがたり

 

おりべまことKindle新刊

おとなも楽しい少年少女小説

「洗たく女の空とぶサンダル」

~魔法のサンダルを履いた はたらく女のものがたり~

 

1日延びて明後日7月1日(土)発売予定になりました。

当初、1万5千~2万字程度の短編にするつもりだったけど、

やっているうちに3万字超えの中編に育ってしまった。

小説はまとまった時間が必要で大変だけど、

書いているうちに生き物のように踊り出して楽しい。

主人公のアカネちゃん、どうもありがとう。

 


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新刊予告:洗たく女の空とぶサンダル

 

おとなも楽しい少年少女小説・新作

「洗たく女の空とぶサンダル」

バカ夫と離婚した大足のアカネは、

富裕層の洗たくものをガシガシ足で洗う

洗たく女の仕事に就き、新たな人生をスタートさせた。

そんなある日、路上の迷路で

靴アートの芸術家と出逢い、

魔法の赤いサンダルをプレゼントされる。

はたらく女の夢と希望と現実の物語。

6月30日(金)Kindleより発売予定。

 


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「街とその不確かな壁」:そこは現代人の魂の拠り所

 

読み終わってまず思ったのが、

40年前の

「世界の終わりとハードボールドワンダーランド」は、

本当に本当に、すごい作品だったな、

また読み直さねば、ということ。

いちばん好きな作品なので、完全に主観、

贔屓の引き倒しだけど。

 

著者本人があとがきで割とそっけなく

あの作品を書いた時のことを回想しているが、

本当に2本立てなんて手法をよくぞ思いついたものだ。

 

「ハードボールドワンダーランド」は、

レイモンド・チャンドラーもどきの

スリリングでミステリアスな探偵もので、

あの時代に脳科学を探究した、

めっちゃSFでプログレなエンタメ小説だった。

それが「世界の終わり(=今回の作品のセカンドバージョン)」と共鳴し合うことで、プログレ感二乗。

インスピレーションの大渦巻きが起こった。

 

結局、村上春樹の小説って

「風の歌」「ピンボール」を序章として、

「羊をめぐる冒険」

「世界の終わりとハードボールドワンダーランド」

「ノルウェイの森」という、

彼の表現スタイルを確立した初期3作で

オールドファンの心は支配されている。

10代・20代であの3作に出逢ってしまった人たちは、

もうそこから離れられないのだ。

 

本人も言っているように、クオリティ・完成度は

後年の作品の方が高いし、

文章の濃密度は相当増していると思う。

けど、それが作品の魅力と比例するかというと、

どうもそうではない。

 

何というか、村上さんはさっぱり成長しない

僕のような読者を置き去りにし、

どんどんキャリアを積み上げ、進化したんだろうなと思う。

僕は40年前からカタツムリ程度にしか進んでいないのだ。

 

そんなわけでこの作品の第1部における

少年と少女のシーンには、

懐かしさとみずみずしさがないまぜになって

思わず涙が出た。

少女はどこか「ノルウェイの森」の直子を想起させた。

 

けれども「ノルウェイ」のような恋愛ものや、

「羊」や「ハードボイルド」のようなエンタメ感を

この作品に求めるのは間違っている。

 

そして第1部を読み終えた時に、

前々から思っていた疑問が氷解した。

なぜこんなに村上春樹の小説が売れるのか?

自分も含めてなぜみんな、恋愛でもエンタメでもない、

こんなわけのわからない話を毎度読みたがるのか?

それも日本だけでなく、全世界的傾向だ。

 

その疑問が第1部を読み終えた時に、

するっとわかった。

村上春樹が書く物語の中には、魂の拠り所があるのだ。

 

自然から離反し、伝統的な民俗からも離反した、

この200年あまりで形成された、欧米由来の現代文明。

そのなかで人生を送る人間は、

現実的な社会生活を送る心身と、

より深いところで息づく魂とが明らかに分離している。

魂は行き場を失っていつもどこかをウロウロしているのだ。

 

しかし、村上春樹の物語の中には、

その行き場、魂が落ち着く環境が整っている。

著者自身はそんなこと意識していないと思うが、

僕たちの世代の大勢の読者が、そのことを発見したのだ。

なので、村上小説を読むことは

どこか宗教の信仰に近いものがあるのかもしれない。

 

それから40年あまり。

日々、とほうもない量のコンテンツが

出されるようになったが、

現代人の魂の拠り所になり得るものは依然として少ない。

需要と供給のバランスは大きく崩れたままだ。

数年に一度刊行される村上春樹の長編は、

その需要に応えられる、

数少ないブランドものコンテンツなのだ。

 

という視点で読み進めていくと、

第2部は、まさしく魂の拠り所を失った

現代人の放浪の物語になっている。

魂の拠り所を求めて中年になった人と老年になった人、

そしてその下の若い世代の人のことが描かれ、

第3部では中年は再び魂の故郷へ帰っていく。

 

ただしそこは「故郷」という言葉からイメージされるような

やさしい場所でも、暖かい場所でもない。

「不確かな壁がある街」は、

安全で便利な環境のなかで生活する

現代人の心の中にある街なのだ。

 

村上春樹はこの20年余りのインタビューやエッセイで、

「世界の終わりとハードボールドワンダーランド」を

書き直したいと、つねづね言っていた。

「街とその不確かな壁」のファーストバージョンは、

それ以前に雑誌に発表したものなので、

今回の執筆は彼にとって、

まさに「3度目の正直」と言えるのだろう。

 

正直、面白かったとか、感動したとかという感想はない。

ただ、近年の作品にはない、独特の色合いを持った

「純・村上春樹作品」といった印象を受けた。

 

「海辺のカフカ」も「1Q84」も「騎士団長殺し」も

最初読んだときは違和感だらけだったが、

時間が経ち、何度か読み返すうちに面白くなった。

 

この作品を通して、村上春樹は、なぜ自分は物語を

紡いできたのかを探究・確認したかったのだと思う。

次に行くために踏まなくてはならないステップ、

超えなくてはならない

「40年間の壁」だったのだろうと思う。

それを果たした今、これから先は

集大成に匹敵する作品に取り組むのだろうか。

 

というわけでこの本がいいのかどうかの結論は先送り。

正直、面白かったとか、感動したとかという感想はない。

不満を言えば、読んでいて笑える、

ユーモラスな部分がないのが、ちとさびしい。

 

それから周囲から女の描き方について言われたせいか、

珍しく濡れ場がない。

それとは逆に、近年の作品にはない、独特の色合いを持った

「純・村上春樹作品」といった印象がある。

 

「海辺のカフカ」も「1Q84」も「騎士団長殺し」も

最初読んだときは違和感だらけだったが、

時間が経ち、何度か読み返すうちに面白くなった。

「街とその不確かな壁」も読み手の変化に応じて

これから先、全然違う作品になり得るだろう。

 

そして、いつものことだが、村上小説は

「まだおまえの人生には秘められた可能性があるよ」

と感じさせてくれる不思議な力がある。

それこそが単なるエンタメを超えた文学の力だと思う。

 


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20世紀ポップを聴いて21世紀を生き抜こう

おりべまこと電子書籍新刊「週末の懐メロ 第2巻」

20世紀ポップミュージックの回想・妄想・新発見の

エッセイ集。

発売記念無料キャンペーンは

本日16:59で終了しました。

ご購入いただいた方、ありがとうございました。

よろしければAmazonKindleまで

レビューをお送りください。

 

「週末の懐メロ」はブログで

毎週金曜(ときどき土曜・日曜)にUPしています。

今週はボブ・ディランの長編詩

「ハリケーン」をご紹介の予定。

 

 

また、電子書籍は¥300で引き続き発売中です。

既刊の第1巻もよろしく。

第3巻、第4巻も随時発売予定です。

あなたの人生にインスピレーションをもたらす

音楽ガイドブックとして、

21世紀中盤を潰れずに生き抜くためにご活用ください。

 


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あなたの人生にインスピレーションをもたらす歌を

 

おりべまこと電子書籍新刊「週末の懐メロ 第2巻」

5月29日(月)16:59まで発売記念

無料キャンペーン実施中。

20世紀ポップミュージックの

回想・妄想・新発見のエッセイ集。

 

アクセス数ナンバーワンの

「サパーズレディ/ジェネシス」、

超ビッグアーティスト2人が作った

異なる2種類のバージョンが存在する

「秘密の花園/松田聖子」、

女ベーシストの魅力を世に知らしめたスージーQと

テイスト・オブ・ハニー等、読みどころいっぱい。

 

基本的に自分の人生のテンションを上げる

ドラッグみたいな感覚で書いていますが、

何割かは同世代の人たちと記憶を共有したい、

そして、若い世代の人たちにこんな曲があって、

こんな歌手・バンドが活躍してたって知ってほしい。

このエッセイであなたの人生に

素晴らしいインスピレーションをもたらす歌を

見つけてください。

 

無料キャンペーンのタイムリミットは明日16時59分まで。

目次を見て気になる楽曲・アーティストがいたら、

このチャンスにペラッと読んでみてくださいね。

第2巻は♯29~♯56まで28篇を収録しています。

 

もくじ

29 サパーズレディ/ジェネシス【1972】

30 ララ・ミーンズ・アイ・ラブ・ユー/スウィング・アウト・シスター【1994】

31 シュガー・ベイビー・ラブ/ザ・ルベッツ【1974】

32 パンク蛹化の女/戸川純とヤプーズ【1984】

33 ジョニー・B・グッド/チャック・ベリー【1958】

34 雨のクロール/森田童子 【1975】

35 ナッシング・トゥ・ルーズ/U.K. 【1979】

36 雨音はショパンの調べ/小林麻美【1984】

37 紅い月/佐野元春&ザ・コヨーテバンド【2015】

38 ワイルドワン/スージー・クアトロ【1974】

39 ダンシング・ウィズ・ミスターD/ザ・ローリング・ストーンズ【1973】

40 真夏の出来事/平山みき(代官山ミラクルキャバレー)【1971】

41 カナリア諸島にて/大滝詠一【1981】

42 秘密の花園/松田聖子【1983】

43 ラヴ・ラヴ・ラヴ/ザ・タイガース【1969】

44 少年ヴィーナス/ビョーク【1993】

45 Summer/久石 譲【1999】

46 イエローサブマリン音頭/金沢明子【1982】

47 ああ青春/中村雅俊+ゴーイング・アンダーグラウンド 【1975】

48 今夜はブギ・ウギ・ウギ/テイスト・オブ・ハニー 【1978】

49 永遠の調べ/キャメル【1976】

50 エニウェア・イズ/エンヤ 【1995】

51 サンシャイン・ラブ/クリーム【1967】

52 ノーモア“アイ・ラブ・ユーズ”/アニー・レノックス 【1995】

53 スリラー/マイケル・ジャクソン【1982】

54 ロックバルーンは99/ネーナ 【1983】

55 アローン・アゲイン/ギルバート・オサリヴァン【1971】

56 ホワット・ア・フィーリング/アイリーン・キャラ 【1983】

 


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ぼくの歌はきみの歌 きみの歌はみんなの歌

 

おりべまこと電子書籍新刊「週末の懐メロ 第2巻」

5月29日(月)16:59まで

発売記念無料キャンペーン実施中!

 

主観9割。偏見まみれ。20世紀ポップミュージックの回想・妄想・新発見のエッセイ集。

 

このエッセイは基本的に自分の

人生のテンションを上げるための

ドラッグみたいなもの。

でも、何割かは同世代の人たちと

記憶を共有したいという思い、そして、

若い世代の人たちに知ってほしいという

思いを抱いて書いています。

 

きっとあなたを元気にする歌、

あなたの人生にインスピレーションを与える歌が

一つや二つはあるはず。

目次を見て気になる楽曲・アーティストがいたら、

この機会にペラッと読んでみてくださいね。

第2巻は♯29~♯56まで28篇を収録しています。

 

もくじ

29 サパーズレディ/ジェネシス【1972】

30 ララ・ミーンズ・アイ・ラブ・ユー/スウィング・アウト・シスター【1994】

31 シュガー・ベイビー・ラブ/ザ・ルベッツ【1974】

32 パンク蛹化の女/戸川純とヤプーズ【1984】

33 ジョニー・B・グッド/チャック・ベリー【1958】

34 雨のクロール/森田童子 【1975】

35 ナッシング・トゥ・ルーズ/U.K. 【1979】

36 雨音はショパンの調べ/小林麻美【1984】

37 紅い月/佐野元春&ザ・コヨーテバンド【2015】

38 ワイルドワン/スージー・クアトロ【1974】

39 ダンシング・ウィズ・ミスターD/ザ・ローリング・ストーンズ【1973】

40 真夏の出来事/平山みき(代官山ミラクルキャバレー)【1971】

41 カナリア諸島にて/大滝詠一【1981】

42 秘密の花園/松田聖子【1983】

43 ラヴ・ラヴ・ラヴ/ザ・タイガース【1969】

44 少年ヴィーナス/ビョーク【1993】

45 Summer/久石 譲【1999】

46 イエローサブマリン音頭/金沢明子【1982】

47 ああ青春/中村雅俊+ゴーイング・アンダーグラウンド 【1975】

48 今夜はブギ・ウギ・ウギ/テイスト・オブ・ハニー 【1978】

49 永遠の調べ/キャメル【1976】

50 エニウェア・イズ/エンヤ 【1995】

51 サンシャイン・ラブ/クリーム【1967】

52 ノーモア“アイ・ラブ・ユーズ”/アニー・レノックス 【1995】

53 スリラー/マイケル・ジャクソン【1982】

54 ロックバルーンは99/ネーナ 【1983】

55 アローン・アゲイン/ギルバート・オサリヴァン【1971】

56 ホワット・ア・フィーリング/アイリーン・キャラ 【1983】

 


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週末の懐メロ136:アジアの純真/PUFFY

 

1996年5月に出たPUFFYのデビュー曲にして大ヒット曲。

作詞は井上陽水、作曲は彼女らの

プロデューサーでもある奥田民生。

 

当初、CMソングとしても使われていたけど、

ついこの間もリバイバルCMソングに

なっていたことも記憶に新しい。

 

歌詞はまったく意味不明だが、

これは井上陽水の言葉遊びの世界。

漠然としたアジアのイメージをもとに

自由に、パワフルに音楽が広がっていく感じが楽しい。

 

「アジアの純真」と言いながら、

歌に出てくる単語のなかでアジアの地名や

アジア産のものは半分程度。

ベルリンはドイツ、ダブリンはアイルランドの都市。

リベリアはアフリカの国。

バラライカはロシアの民俗楽器と、

ワールドワイドにイメージが飛び交う。

 

高校の地理の授業で、

この歌詞のなかからアジアの地名でないもの、

アジアと関係ないものを挙げよ、

なんてやっていたこともあるらしい。

 

PUFFYの活躍もワールドワイドで、

デビュー後まもなくアジアキャンペーンをやって人気拡大。

2004年には彼女らをモデルにしたアニメ

『ハイ!ハイ! パフィー・アミユミ』がアメリカでブレイク。

その後、活動は全世界に広がった。

 

いま振り返ってみると、

この曲のハチャメチャでカオスな世界観は、

ネット情報が地球を覆い、

それぞれの文化が絶えずクロスオーバーする、

現在の世界の状況を表現しているようにも思える。

 

いつ聴いても明るくて楽しくて元気。

初めて観たけど、

このオリジナルMVも遊び心いっぱいで面白くて大好き。

まるで27年前に見た予知夢のようだ。

 

おりべまこと電子書籍新刊

「週末の懐メロ 第2巻」

20世紀ポップミュージックの回想・妄想・新発見!

本日5月26日(金)17:00~29日(月)16:59まで 発売記念

無料キャンペーン!

 

主観9割・偏見まみれの音楽エッセイ。

ブログ連載 ♯29~♯56まで、全28篇を収録。お気に入りの曲やアーティストがいれば覗いてね。

 


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電子書籍 週末の懐メロ第2巻 本日発売・明日から無料キャンペーン

 

おりべまこと電子書籍新刊

「週末の懐メロ 第2巻」本日発売。

20世紀ポップミュージックの回想・妄想・新発見!

 

明日5月26日(金)17:00~29日(月)16:59まで

発売記念 4日間無料キャンペーン!

 

主観9割・偏見まみれの音楽エッセイ。

ブログ連載 ♯29~♯56まで、全28篇を収録。

お気に入りの曲やアーティストがいれば覗いてね。

 

もくじ

29 サパーズレディ/ジェネシス 【1972】

30 ララ・ミーンズ・アイ・ラブ・ユー/スウィング・アウト・シスター 【1994】

31 シュガー・ベイビー・ラブ/ザ・ルベッツ 【1974】

32 パンク蛹化の女/戸川純とヤプーズ 【1984】

33 ジョニー・B・グッド/チャック・ベリー 【1958】

34 雨のクロール/森田童子 【1975】

35 ナッシング・トゥ・ルーズ/U.K. 【1979】

36 雨音はショパンの調べ/小林麻美 【1984】

37 紅い月/佐野元春&ザ・コヨーテバンド 【2015】

38 ワイルドワン/スージー・クアトロ 【1974】

39 ダンシング・ウィズ・ミスターD/ザ・ローリング・ストーンズ 【1973】

40 真夏の出来事/平山みき(代官山ミラクルキャバレー)【1971】

41 カナリア諸島にて/大滝詠一 【1981】

42 秘密の花園/松田聖子 【1983】

43 ラヴ・ラヴ・ラヴ/ザ・タイガース 【1969】

44 少年ヴィーナス/ビョーク 【1993】

45 Summer/久石 譲 【1999】

46 イエローサブマリン音頭/金沢明子 【1982】

47 ああ青春/中村雅俊+ゴーイング・アンダーグラウンド 【1975】

48 今夜はブギ・ウギ・ウギ/テイスト・オブ・ハニー 【1978】

49 永遠の調べ/キャメル 【1976】

50 エニウェア・イズ/エンヤ 【1995】

51 サンシャイン・ラブ/クリーム 【1967】

52 ノーモア“アイ・ラブ・ユーズ”/アニー・レノックス 【1995】

53 スリラー/マイケル・ジャクソン 【1982】

54 ロックバルーンは99/ネーナ 【1983】

55 アローン・アゲイン/ギルバート・オサリヴァン 【1971】

56 ホワット・ア・フィーリング/アイリーン・キャラ 【1983】

 


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おりべまこと新刊 「週末の懐メロ 第2巻」発売予告

 

電子書籍amazon kindleおりべまこと新刊

週末の懐メロ 第2巻 5月25日(木)発売予定。

ブログ連載。毎週、懐メロについて綴る

9割主観・偏見まみれの音楽エッセイ集。

あなたのお気に入りがあれば、ぜひ覗いてみてください。

♯29~♯56まで 全28篇収録。

 

もくじ

29 サパーズレディ/ジェネシス 【1972】

30 ララ・ミーンズ・アイ・ラブ・ユー/スウィング・アウト・シスター 【1994】

31 シュガー・ベイビー・ラブ/ザ・ルベッツ

【1974】

32 パンク蛹化の女/戸川純とヤプーズ 【1984】

33 ジョニー・B・グッド/チャック・ベリー

 【1958】

34 雨のクロール/森田童子 【1975】

35 ナッシング・トゥ・ルーズ/U.K. 【1979】

36 雨音はショパンの調べ/小林麻美 【1984】

37 紅い月/佐野元春&ザ・コヨーテバンド

 【2015】

38 ワイルドワン/スージー・クアトロ 【1974】

39 ダンシング・ウィズ・ミスターD/ザ・ローリング・ストーンズ 【1973】

40 真夏の出来事/平山みき(代官山ミラクルキャバレー)【1971】

41 カナリア諸島にて/大滝詠一 【1981】

42 秘密の花園/松田聖子 【1983】

43 ラヴ・ラヴ・ラヴ/ザ・タイガース 【1969】

44 少年ヴィーナス/ビョーク 【1993】

45 Summer/久石 譲 【1999】

46 イエローサブマリン音頭/金沢明子 【1982】

47 ああ青春/中村雅俊+ゴーイング・アンダーグラウンド 【1975】

48 今夜はブギ・ウギ・ウギ/テイスト・オブ・ハニー 【1978】

49 永遠の調べ/キャメル 【1976】

50 エニウェア・イズ/エンヤ 【1995】

51 サンシャイン・ラブ/クリーム 【1967】

52 ノーモア“アイ・ラブ・ユーズ”/アニー・レノックス 【1995】

53 スリラー/マイケル・ジャクソン 【1982】

54 ロックバルーンは99/ネーナ 【1983】

55 アローン・アゲイン/ギルバート・オサリヴァン 【1971】

 

56 ホワット・ア・フィーリング/アイリーン・キャラ 【1983

 


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村上春樹はみんなに「読書は創造活動」と気づかせた作家

 

昨日、久しぶりに新宿方面に出たので

紀伊国屋書店に寄ったら、

1階にはものすごい村上春樹の新作のレイアウト。

まさしく書店の、文学界の、出版業界の救世主。

ハルキさまさまである。

 

まだ読んでないので1冊買ってきた。

最近、本は10冊中、8冊は電子で読むか、

図書館で借りて読むかだが、

ハルキ本はやっぱり紙本を買いたくなる。

分厚いし、重いし、お値段もけっこう高いけど、

数年に一度のことだし、

重みを感じていいのではないかと思っている。

 

「街とその不確かな壁」。

今、ネット検索で「街」と入れただけで、

すぐにこのタイトルが出てくる。

おそるべき人気。

 

なぜ、村上春樹のわけのわからない話を、

僕を含め、こんなに大勢の人が読みたがるのか?

 

現代人の不安心理とか、喪失感の現れとか、

いろんなことが言われているけど、

単純にみんな、彼の書く物語を読むことで、

一緒に自分の創作活動を行えるからなのだと思う。

 

ノウハウ本はべつにして、特に小説など、文学系の読書は

すべからく創作活動だ。

 

みんな、本を読むことで頭のなかで

自分の物語を創り上げていく。

そこに書いてある小説なり、詩なり、エッセイなり、

あるいは自己啓発本や人生相談さえも創作活動になり得る。

 

そこが本と映画やテレビなどの

ビジュアルコンテンツとの大きな違いで、

映像という視覚情報がついてくると、

どうしても作り手側から「与えられる」部分が大きい

(すべてとは言わないけど)。

 

本の場合は人物も情景も、言葉の連なりを手掛かりに、

読者が想像力で創造していかないと、

頭のなかに立体的に現れてこないし、

生きて動き出さない。

 

村上春樹は数多の文章の中にかなりの部分、

そうした読者の想像力・創造力が入り込む

手掛かりと余白を絶妙な塩梅で用意している。

 

人間は誰もが、自分の心の奥に自分の物語を持っている。

しかし、多くの人はまったくそれに気付くことすらなく、

この世で生きて死んでいく。

 

そんなのは嫌だ。

私は自分の中にある物語を知りたい、と言う人が、

何か書いたり、歌ったり、表現活動・創作活動を始める。

文学などの読書もその一環と考えるとわかりやすい。

 

誰にとっても最も入りやすい、

始めやすい創作活動なのだと思う。

そして、村上春樹は日本だけでなく、世界中の多くの人に

そのことを気づかせた作家なのだと思う。

たぶん、ご本人はそんなこと、思ってもみないだろうけど。

 

みんな、わけのわからない自分を生きている。

僕もたぶん、最期までわけのわからない自分を生きる。

だから、村上春樹が提供する物語が

わかる・わからないなんて二の次の問題だ。

大事なのはどこに行きつくかではなく、

どんな旅を体験するかなのだ。

 

読む本がたまっているので、

気が向いた時にぼちぼちじっくり読もうと思う。

 


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ありがとう

 

GWを通して行ってきた春のルネッサンスキャンペーンは

本日16:59を持って終了しました。

ご購入いただき、ありがとうございました。

よろしければレビューをお寄せください。

またこの1か月のうちに

小説・エッセイの新タイトルを上げて、

無料キャンペーンも行います。

今後も引き続き、よろしくお願い致します。

 


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おりべまこと電子書籍 春のルネッサンスキャンペーン あと1日

おりべまこと電子書籍

春のルネッサンスキャンペーン第3弾 

いよいよ明日5月7日(日)16:59まで!

おとなも楽しい少年少女小説長編3タイトル 

4日間無料セール

 

★オナラよ永遠に

http://www.amazon.co.jp/dp/B085BZF8VZ

小5の救太郎は学校でうっかり漏らしてしまった一発のオナラをきっかけに、未来からやって来たキテレツな男と遭遇し、人類存亡の危機を救うミッションを担うことになる。屁をテーマに展開する、愛と笑いとメッセージを満載したSF恋愛活劇。

 

★いたちのいのち

http://www.amazon.co.jp/dp/B08P8WSRVB

人間として生まれるはずだったのに、天国のお役所の手違いでフェレットになって地球に落ちて来たイタチは、お母さんと二人で暮らす、ちょっとさびしがり屋の女子小学生のペットになる。二つのいのちの暮らしを面白おかしく描いたお話。

 

★ピノキオボーイのダンス

https://www.amazon.co.jp/dp/B08F1ZFLQ6

AI・ロボットが発達した、21世紀から遠くない未来社会。人間は恋愛も子どもへの愛情もロボットに依存した暮らしを送っていた。そんななか、虐待を受けて廃棄処分になった少年ロボットは、年老いたダンサーと出会い、踊る喜びを知ったことから再起動する。新しいアダムとイブの誕生を描くSF物語。

 

この機会にスマホ・タブレット・PCにインストール。

あなたのより良き人生のおともに。

 


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子どもの日×春のルネッサンスキャンペーン

おりべまこと電子書籍

春のルネッサンスキャンペーン第3弾 

本日5月4日(木)17:00~7日(日)16:59

おとなも楽しい少年少女小説長編3タイトル 

4日間無料セール

 

★オナラよ永遠に

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春のルネッサンスキャンペーン第3弾:長編小説3タイトル

 

おりべまこと電子書籍

春のルネッサンスキャンペーン第3弾 

明日5月4日(木)17:00~7日(日)16:59

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小5の救太郎は学校でうっかり漏らしてしまった一発のオナラをきっかけに、未来からやって来たキテレツな男と遭遇し、人類存亡の危機を救うミッションを担うことになる。屁をテーマに展開する、愛と笑いとメッセージを満載したSF恋愛活劇。

 

★いたちのいのち

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人間として生まれるはずだったのに、天国のお役所の手違いでフェレットになって地球に落ちて来たイタチは、お母さんと二人で暮らす、ちょっとさびしがり屋の女子小学生のペットになる。二つのいのちの暮らしを面白おかしく描いたお話。

 

★ピノキオボーイのダンス

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AI・ロボットが発達した、21世紀から遠くない未来社会。人間は恋愛も子どもへの愛情もロボット頼りの暮らしを送っていた。そんななか、虐待を受けて廃棄処分になった少年ロボットは、年老いたダンサーと出会い、踊る喜びを知ったことから再起動する。新しいアダムとイブの誕生を描くSF物語。

 

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あなたのより良き人生のおともに。

 


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吉祥寺にやってきたクレヨンハウス 

 

感染者はまたぐんぐん増えてるみたいだが、

もう誰も気にしない。

コロナの話なんかしてくれるな、という声が聞こえてくる。

情報が出なきゃないことと同じだと言わんばかりの

「コロナ明け大型連休」、

皆さん、いかがお過ごしでしょうか?

 

僕はほとんど仕事をしているが、

きょうは吉祥寺でお買い物。

腹減ったので昼めし食おうということで、

お店を探していたら行き当たったのが

クレヨンハウス。

 

作家の落合恵子氏が開いた

子どもの本の専門店として有名だが、

オーガニックレストラン、

自然食品の店としても知られている。

 

息子がチビの頃、青山の「本店」にはよく行って

本を買っていたので、とても懐かしい。

吉祥寺にも「支店」があるなんて全然知らなかった。

 

と思ったら、なんと、

昨年暮れに青山からこちらに移転していた!

支店ではなく本店だったのだ。

 

1階がレストラン・食品売り場。

ランチバイキングは、玉ねぎマリネ、きんぴら、

鶏のふんわり揚げ、大豆ミートのロールキャベツ、

玄米ご飯など。デザートには、かぼちゃのタルト。

おいしかった。

 

B1と2階が書店になっている。

2階は絵本・子どもの本売り場で、さすがの品揃え。

子どもの本はロングセラーが多く、

息子がチビだった20年ほど前と

そんなに雰囲気は変わらない。

相変わらずのクレヨンハウスワールドで、

なんとなく安堵する。

 

B1は社会派の本・アート系の本を揃えている。

こちらは心なしか衰退感があった。

近年は本文化の衰退著しく、

紀伊国屋などの本文化を守る老舗や大書店は除き、

街中の本屋はサクッと読める売れ線のノウハウ本・

ビジネス本だらけになってしまった。

クレヨンハウスも食のほうはともかく、

本の販売のほうは全体的に縮小された感じがする。

 

それでも文化の発信地である吉祥寺に来てくれたのは

喜ばしいことだ。

子供がいてもいなくても、

ぜひ吉祥寺に来たら寄ってみてください。

たまにはブラブラ絵本を見るのも

心の静養と活性化に役立ちます。

 

ちなみにこのクレヨンハウスのある

大正通り界隈はヴィーガン・ベジタリアン

御用達みたいな店が増えて、

菜食・健康食エリアとしても面白い。

 


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本日より春のルネッサンスキャンペーン第2弾!

 

「ドウシテ人間は、オ酒ヲ飲ンダリ、

煙草ヲ吸ッタリスルノデスカ?」と、

友だちのロボットに聞かれたので、

「銀河連邦と交信するためだよ」と答えた。

そしたら「ワタシモシタイノデ飲ンダリ吸ッタリシテイイデスカ?」と言うので、

「地球の未来を担う君たちが人間みたいになったら

どうするんだ?」とたしなめた。

というわけで、

 

本日より春のルネッサンスキャンペーン第2弾!

4月27日(木)17:00~30日(日)16:59まで

4日間無料セール

エッセイ集:生きるシリーズ3タイトル

 

★酒タバコやめて100まで生きたバカ

・わたしの中の人間のクズ

・客観性という名の神様と自分の物語

・人生最後の全力疾走?

・「赤い服の少女」に学ぶ人生タマタマ

・人を食った話 ほか全35篇収録

 

 

★いつもちょっとクレイジーでいるためのスキル

・とんかつ屋はいかにして声優に転身したか

・eパン刑事、その愛と死とスマホ

・生殖機能終了後の人生とは?

・中年期以降の同窓会幹事の心のゆらぎ

・お母さんは夕暮れの交差点で踊った ほか全38篇収録

 

 

★銀河連邦と交信中なう

・「人間を大事にしています」ってどういうこと?

・慢性硬膜下血腫で頭の手術の顛末記

・電車内スマホゲームはなぜカッコ悪いか

・みずから幸福になることを放棄している日本人

・落書きペンは地球色 ほか全38篇収録

 

今年になってから時代が変わっている感が倍増。

AI・ロボットが世界を席巻し、人類の暮らしから

酒・タバコが消えるのも間近?と感じてしま今日この頃。

これもまた新たなルネッサンスの始まりなのか?

 

このチャンスにあなたの

スマホ・PC・タブレットにインストール。

成功人生に行き詰った時の便秘薬に、

ぜひともご常備ください。

 


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春のルネッサンスキャンペーン第2弾予告

 

おりべまこと電子書籍

春のルネッサンスキャンペーン第1弾

「ネズミを取り出すミケランジェロ」

ご購入ありがとうございました。

 

好評につき、今週は第2弾を実施。

エッセイ集:生きるの既刊3作を無料セールします。

 

期間 4月27日(木)17:00~30日(日)16:59 4日間

 

●酒タバコやめて100まで生きたバカ

●いつもちょっとだけクレイジーでいるためのスキル

●銀河連邦と交信中なう

 

このチャンスにあなたの

スマホ・PC・タブレットにインストール。

世俗の成功人生の追求に便秘症状を起こした時の

常備薬にぜひどうぞ。

 


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人生は地中に埋もれた化石のようなもの

 

作家のスティーブン・キングは、

雑誌「ニューヨーカー」のインタビューで、

ストーリーというものは地中に埋もれた化石のように

探しあてるべきものだ、と答えたという。

 

これも大理石のなかにダビデを見出した

ミケランジェロの話や、

あるいは木の中にネズミを見出した混血の少年

(村上春樹「1Q84」のなかで語られる人物)の話と同じ。

 

キングの答は面白い。

さすがアメリカの超売れっ子作家。

もちろんその化石を美しい形のまま

掘り出すのには、さまざまな技術とセンスがいる。

その多くは天賦のもののようだ。

それを人は「才能」とか「ギフト」とか呼ぶ。

 

ストーリーを「人生のストーリー」と言い換えてみよう。

それはあらかじめ、僕たちのなかに埋もれている、

僕たちがすべきことは、

その人生のストーリーを見出し、成長の場を与え、

時期を見てうまく掘り出すことである。

それができれば人生は成功だ。

 

ただし、埋もれていたのが、

社会から絶賛される巨大な恐竜の化石なのか、

見向きもされない小さな貝殻の化石なのかの違いはある。

けれども、どんなものであれ、

あなたも僕も懸命に掘り出すしかないではないか。

 

 

春のルネッサンスキャンペーン!

エッセイ集:生きる4

ネズミを取り出すミケランジェロ

ー人間1年生が人生の成功とは何か考えるー

4日間限定無料セール

4月24日(月)16:59まで

このチャンスにあなたのスマホ・PC・タブレットにインストール。人生のおともに。


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春のルネッサンスキャンペーン 本日スタート!

 

もはや夏みたいに暑いけど・・・

おりべまこと電子書籍

春のルネッサンスキャンペーン 本日スタート!

エッセイ集:生きる4

「ネズミを取り出すミケランジェロ」

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限定4日間無料セール 

4月21日(金)17:00~24日(月)16:59

 

令和時代の始まりと世界のコロナ禍による混乱をくぐりぬけ、

人生のサクセスとハピネスとは何かを考える面白エッセイ集。

このチャンスにあなたのスマホ・PC・タブレットに

インストール。人生のおともに。

もくじ

オレのオリジナルという幻想とパクられるという妄想

・海から山への人生進化論

・ネズミを取り出すミケランジェロ

・姉ヶ崎の遠い海

・何事も思い立ったが吉日

・人生何度目かの宮沢賢治との再会

・50年前の高校生たちのイキイキ「未知との遭遇」

・人間ひとりでは生まれて死ねない

ほか ボリュームたっぷり全39編収録。

 

 


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春のルネッサンスキャンペーン

おりべまこと電子書籍

ネズミを取り出す

ミケランジェロ

4日間無料キャンペーン 

4月21日(金)17:00~

24日(月)16:59

令和時代の始まりと世界のコロナ禍による混乱をくぐりぬけ、人生のサクセスとハピネスとは何かを考える面白エッセイ集。この機会にぜひあなたのスマホ・PC・タブレットにインストールして人生のおともに連れてって。

 

●ご紹介

ミケランジェロは大理石の塊の中にいたダビデを解放した。

つまり、自分の頭の中でダビデ像をイメージして石を刻んだのではなく、

石の中に潜んでいるダビデの姿を見出し、

ただ、それをそのまま取り出したのだ、と伝えられている。

最近、この言葉こそ創作の真実を表現し、

人生でやるべき最も重要なことではないかと考えるようになった。

彫刻とか芸術作品に限らない。

人はそれぞれ人生をかけてやるべきことを

自分のなかに持っている。

それを見つけられるかどうか。

そして見つけたものをわが手で形にして外に取り出せるかどうか。

それがすべてなのではないかと思う。

僕たちは望むなら何らかの努力をし、

何らかの方法、何らかのタイミングで、

自分にとって価値あるものを見つけ出し、

美しい形で取り出さなくてはならない。

もし、それができれば人生は成功したと言えるはずだ。

たとえその成功が、

世間で「これぞ成功ですよ」とされるものとは、

まったく違っていたとしても。

 

令和時代の始まりと世界のコロナ禍による混乱をくぐりぬけ、

人生のサクセスとハピネスとは何かを考える面白エッセイ集。

 

●もくじ

・オレのオリジナルという幻想とパクられるという妄想

・“稼ぐ”という言葉と稲作物語

・住所変更で銀行の変貌ぶりをリアル体験

・いい大人が恥ずかしい電車内・ホームの暴力

・74年前の原爆と47年前のアトムズと原子力の今日

・中身スカスカの自己啓発本より

そこそこ楽しいバッティングセンター

・海から山への人生進化論

・酒タバコやめて100まで生きたかねぇ

・よけいな荷物を背負わない結婚

・1日3回の深呼吸

・もうイメージできない別の人生

・なぜ人はJOKERに魅了されるのか?

・酒タバコやめて100まで生きたバカ:

シガーバー&愛煙家通信編

・「忘れられた巨人」は僕たちの未来を描いた物語

・ミラクルクリスマス

・「メリークリスマス!」は時代遅れの宗教ハラスメント?

・わたしも「コンビニ人間」

・何のために豊かになろうとしているのか?

・キャッシュレスの時代になっても「現金な世の中」

・あれこれ学んでも本当にやりたいわずかなことしかできない

・新型コロナウィルスはペルリの黒船か?

・バカは死んでも治らない

・「みみずくは黄昏に飛び立つ」は書き手・聞き手のバイブル

・働かなくても食うべしココロ

・緊急事態宣言前夜に神の子あらわる

・のびのび生きなおそう

・ありふれた一日でもあなたには記念日

・気がつけば世界の終わりにいた

・生きていく燃料としての記憶

・オンラインLOVEの恋人たち

・人間1年生

・夢の未来建築は昔ながらの町屋?

・ネズミを取り出すミケランジェロ

・姉ヶ崎の遠い海

・何事も思い立ったが吉日

・人生何度目かの宮沢賢治との再会

・こなきじじいとねこなきじじい

・50年前の高校生たちのイキイキ「未知との遭遇」

・人間ひとりでは生まれて死ねない

全39編収録


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エッセイ集:生きる4「ネズミを取り出すミケランジェロ」本日発売

 

本日発売!おりべまこと電子書籍新刊

エッセイ集:生きる4

「ネズミを取り出すミケランジェロ」

 

ミケランジェロは大理石の塊の中にいた

ダビデを解放した。

つまり、自分の頭の中でダビデ像をイメージして、

それに合わせて石を刻んだのではなく、

石の中に潜んでいるダビデの姿を見出し、

ただ、それをそのまま取り出したのだ、

と伝えられている。

 

最近、この言葉こそ創作の真実を表現し、

人生でやるべき最も重要なことではないかと

考えるようになった。

彫刻とか芸術作品に限らない。

人はそれぞれ人生をかけてやるべきことを

自分のなかに持っている。

それが見つけられるかどうか。

そして見つけたものをわが手で形にして

外に取り出せるかどうか。

それがすべてなのではないかと思う。

 

僕たちは望むなら何らかの努力をし、

何らかの方法、何らかのタイミングで、

自分にとって価値あるものを見つけ出し、

それを美しい形で取り出さなくてはならない。

もし、それができれば人生は成功と言えるはずだ。

たとえそれが世間的成功からは遠いものだとしても。

 

令和時代の始まりと

世界のコロナ禍による混乱をくぐりぬけ、

人生のサクセスとハピネスとは何かを考える

面白エッセイ集。

 

もくじ

・オレのオリジナルという幻想とパクられるという妄想

・“稼ぐ”という言葉と稲作物語

・住所変更で銀行の変貌ぶりをリアル体験

・いい大人が恥ずかしい電車内・ホームの暴力

・74年前の原爆と47年前のアトムズと原子力の今日

・中身スカスカの自己啓発本より

 そこそこ楽しいバッティングセンター

・海から山への人生進化論

・酒タバコやめて100まで生きたかねぇ

・よけいな荷物を背負わない結婚

・1日3回の深呼吸

・もうイメージできない別の人生

・なぜ人はJOKERに魅了されるのか?

・酒タバコやめて100まで生きたバカ:

 シガーバー&愛煙家通信編

・「忘れられた巨人」は僕たちの未来を描いた物語

・ミラクルクリスマス

・「メリークリスマス!」は時代遅れの宗教ハラスメント?

・わたしも「コンビニ人間」

・何のために豊かになろうとしているのか?

・キャッシュレスの時代になっても「現金な世の中」

・あれこれ学んでも本当にやりたいわずかなことしかできない

・新型コロナウィルスはペルリの黒船か?

・バカは死んでも治らない

・「みみずくは黄昏に飛び立つ」は書き手・聞き手のバイブル

・働かなくても食うべしココロ

・緊急事態宣言前夜に神の子あらわる

・のびのび生きなおそう

・ありふれた一日でもあなたには記念日

・気がつけば世界の終わりにいた

・生きていく燃料としての記憶

・オンラインLOVEの恋人たち

・人間1年生

・夢の未来建築は昔ながらの町屋?

・ネズミを取り出すミケランジェロ

・姉ヶ崎の遠い海

・何事も思い立ったが吉日

・人生何度目かの宮沢賢治との再会

・こなきじじいとねこなきじじい

・50年前の高校生たちのイキイキ「未知との遭遇」

・人間ひとりでは生まれて死ねない

全39編収録

amazon kindleより発売中 ¥500

 


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おりべまこと電子書籍新刊「ミケランジェロ」

 

おりべまこと電子書籍新刊予告:

エッセイ集:生きる4「ネズミを取り出すミケランジェロ」

人間1年生が人生の成功とは何か考える面白エッセイ。

4月15日(土)発売予定です。お楽しみに。

 

もくじ

・バカは死んでも治らない

・働かなくても食うべしココロ

・ありふれた一日でもあなたには記念日

・気がつけば世界の終わりにいた

・オンラインLOVEの恋人たち

・人間1年生

・ネズミを取り出すミケランジェロ

・こなきじじいとねこなきじじい

・50年前の高校生たちのイキイキ「未知との遭遇」

・人間ひとりでは生まれて死ねない

他 全36編収録

 


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おすすめ本「なんで家族を続けるの?」

 

内田也哉子と中野信子の対談本。

カミさんが図書館で借りてきたのを

借りて読んだら、めっちゃ面白かった。

 

内田也哉子はご存じ、樹木希林と内田裕也の娘。

中野信子は頭脳キレまくりの脳科学者。

日本人の女として、かなりイレギュラーな

家庭・家族の間で育った二人のトークは軽妙で、

家族論を中心に、人生論・幸福論へ広がっていく。

 

要約すれば、日本の伝統的家族像は、

たかがこの150年余りで作られたもの。

それぞれ違ってていいんだ、

というダイバーシティな話をしているのだが、

二人の家族経験・キャラと相まって、

笑えて面白く、とても感動的だった。

 

この本では婚姻関係と生殖・子育て・家族の構築は別物

という大きなテーマが語られている。

中野信子が

「アホウドリの3分の1のカップルはレズビアン」

という話をするのだが、そういえば数年前に、

テレビのドキュメンタリーで、レズビアンのカップルが、

「精子バンクで精子を買って子供を産んで育てたい」と

話しているのを聞いて衝撃を受け、

「そうか・・・」と妙に感心した、というか、

男としてなかなか複雑な思いに駆られたのを思い出した。

 

また、読みながら、ふと樹木希林が晩年に出演した、

是枝裕和監督の映画「万引き家族」が頭に浮かんできた。

 

いま、フランスで生まれる子どもは

過半数が婚外子だという。

そんな国の映画祭(カンヌ国際映画祭)で「万引き家族」が

大きな共感を呼び、グランプリ(2018年)を受賞したのは

何だかと絵も納得できる。

僕も大好きな映画でもう3回見ているが、

また見たくなった。

 

少子化問題が大変だと言っている日本もこの際、

婚姻関係にこだわらず、

フランス式のライフスタイルを受け入れればいいのに、

と思うのだが、

歴史・文化・自然環境などの条件の中で培ってきた

感性・考え方は、

そう簡単に外国に合わせるわけにはいかないようだ。

そのあたりも中野信子は言及している。

 

それにしても、

いつまでも昭和スタイルにこだわっていては、

経済も産業も、家族も人々の幸福感も、

どんどん損なわれていくのは明白である。

そんな、この先のこともいろいろ考えられる本なので、

ぜひ一度、読んでみてください。

 


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アネモネと小説

 

お彼岸の花という感じではないが、

行きつけの花屋でアネモネが目に留まり買った。

茎の歪み具合など、何となくサイケなイメージがあって、

クリムトかエゴンシーレの絵画に

あったような気がしていたが、

アネモネを好んで描いたのは、印象派のルノワールだった。

 

僕にとってアネモネというと思い起こすのが、

村上龍の小説「コインロッカーベイビーズ」だ。

この物語のヒロインの名がアネモネだった。

 

20歳の頃にのめり込むように読んだ。

その割に内容を覚えてないのだが、

文体と物語全体のロックなノリが斬新で、

当時、村上春樹と「新しい小説」の双璧を築いていた。

 

当然、影響力の大きな作品だったので、

ネット上にいくつも書評や紹介文も載っているが、

どれを読んでも何か違和感を感じる。

僕が読んだ「コインロッカーベイビーズ」は

こんな話だったっけか?

アネモネはこんな少女だったっけか? という感じ。

 

これだけ大量にいろいろなコンテンツが

あふれる世のなかではやむを得ないのだろうけど、

2,3分でわかった気になってしまう

こういうお手軽な解説は、

あんまり読んでは駄目だなと思ってしまう。

 

これはやはり再読するしかないだろう。

どんどん再読候補本が増える。

目が悪くなった60代としてはなかなか厳しい。

若者たちには、目のいいうちに

いっぱい本を読んでおくことをお薦めする。

 


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村上春樹のエッセイ「猫を棄てる」と父親史について

 

3年前に出された村上春樹のエッセイを読んでいかなった。

図書館で文庫本があった(文庫化されたのは昨年)ので、

借りて読んでみたらとてもよかった。

最近ちょっとご無沙汰していたが、

やはりこの人の文章は心の深いところに響いてくるのだ。

 

副題に「父親について語るとき」とあるが、

その通り、大正生まれで戦争の体験を持つ

父について書いたものである。

割とゆとりある行間で100頁ちょっとの短い本なので、

2,3時間あれば読み切れてしまうが、

内容はとても充実していて深い。

また、よく調べたなと感心する。

 

村上春樹は1979年にデビュー。

現代的・都会的な雰囲気のストーリーと

アメリカ文学仕込みの乾いた文体で人気作家になったが、

初期の作品「風の歌「ピンボール」「羊」などでは

そこかしこに戦争の影がにじんでいる。

1980年代の前半あたりまでは

豊かになったとはいえ、まだ終戦・戦後の残滓が

日本社会に残っていたのだ。

 

そして、1990年の「ねじまき鳥クロニクル」では

まともに戦争のシーンが出てくる。

この物語の第1巻には捕虜になった兵士の皮をはぐという

恐るべき残酷描写がある。

いったいなんでこんな描写が出来たのか、

つくづく感心する。

僕はそこがあまりにこわくて未だに再読できない。

 

村上春樹のような団塊の世代の人には多いと思うが、

成人後は父親とはほとんど断絶状態だったらしい。

大正・昭和ひとケタ生まれの親と、

戦後生まれの子供の親子関係は、

今の親子関係とはずいぶん違ったものだと思う。

 

そもそも親は、特に父親は、

自分のことを語ろうとしなかった。

なぜかはちょっと長くなるので、

また近いうちに別の文で書こうと思う。

 

いずれにしても戦争はこの世代の、

特に男たちの心に深い闇をもたらしている。

そんな思いを抱いてこのエッセイを読んだが、

村上作品に頻繁に登場する「闇」は、

どこかでこのお父さんの心にできた闇と

繋がっているのではないかという気がしてくる。

 

亡くなって10年以上経った頃に

父のことを書こうと思い立ったという。

有名作家だからこうして本にして

多くの人に読まれるわけだが、そうでなくても、

男はいつか自分の父について語りたくなったり、

書きたくなったりするのではないだろうか。

 

親密でも疎遠でも、愛していても憎んでいても、

尊敬していても馬鹿にしていても、

自分のなかに父親像を再構築し、再確認することは

生きる中で意外と大切なことではないかと思う。

男は自分史の前にまず、

自分の父親史を書くべきなのかもしれない。

もちろん娘がそうしてもいいのだけど、

同じ男同士だから感じられる何かがそこにあると思う。

 


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美輪明宏とヨイトマケと太宰治

 

一昨日、「週末の懐メロ」で

美輪明宏の「ヨイトマケの唄」を紹介した。

白状すると、その際にいろいろ調べて

やっと「ヨイトマケ」って何のことだか知った。

じつは僕は一昨日までヨイトマケとは、

何かの種まきのことだと思っていて、

農作業の一種だと思っていたのである。

 

この齢になるまで知らなかったなんて、

お恥ずかしい限りだが、

どんなに遅くても知ってよかった。

まさしく懐メロさまさま・美輪様さまさまである。

 

じつはこのヨイトマケという言葉は、

美輪明宏の歌以外にも有名な文学作品に使われている。

それが太宰治の「斜陽」である。

 

筋肉労働、というのかしら。このような力仕事は、私にとっていまがはじめてではない。私は戦争の時に徴用されて、ヨイトマケまでさせられた。いま畑にはいて出ている地下足袋も、その時、軍のほうから配給になったものである。地下足袋というものを、その時、それこそ生れてはじめてはいてみたのであるが、びっくりするほど、はき心地がよく、それをはいてお庭を歩いてみたら、鳥やけものが、はだしで地べたを歩いている気軽さが、自分にもよくわかったような気がして、とても、胸がうずくほど、うれしかった。戦争中の、たのしい記憶は、たったそれ一つきり。思えば、戦争なんて、つまらないものだった。

 

上流階級のお嬢様だった主人公が、

戦後、没落して肉体労働をしているとき、

ふとヨイトマケのことを思い出し、

ヨイトマケのおかげで体も丈夫になったし、

生活に困ったらヨイトマケをして生きていこう、

と呟くのである。

 

20歳ごろ、三島由紀夫と太宰治を乱読しており、

「斜陽」も読んだ記憶があるが、

そんなことすっかり忘れていた。

 

この出だしの部分の文章は、

たまたまネット上でお目にかかったのだが、

美輪さんの歌を聴いた後、今こうして読んでみると、

この主人公に温かさ・健気さ・可愛さみたいなものを感じる。

 

ヨイトマケとは「よいっと巻け」という

掛け声から来た呼び名。

まだ建設機械が普及していなかった時代、

建築現場で地固めを行う時に、

縄で滑車に吊るした重い槌を、

数人がかりで引っ張り上げて落とす作業、

あるいはその作業を行う日雇い労働者のことを指している。

作業の時の掛け声が「よいっと巻け」で

「ヨイトマケ」というわけ。

昭和の半ばごろまで使われていたようだが、

僕も実際にこんな作業しているところは見たことがない。

 

厳しい肉体労働だったと思うが、皆でやれば大丈夫、

みたいな労働者同士の連帯感的な気持ちもあっただろう。

この主人公の場合は、生きる自信の根っこというか、

精神的な「地固め」にもなっていたようだ。

 

もしかしたら、年がら年中、

アラウンドうつ病だった太宰治自身も

こうしたヨイトマケなどの肉体労働に

憧れを抱いていた部分もあったのではないか、と思う。

 

昔はよかったとは言わないし、

貧しくても幸せだったとも言わない。

辛くて危険な肉体労働を礼賛するつもりはまったくない。

 

ただ、最近のように、精神がおかしくなるほど、

みんなが情報過多で混乱したり、

ネット世界、バーチャル世界に

はまり込んだりするのを見ていると、

いつも何かしら身体を動かして働いていたほうが

いいのではないかと思う時があるのだ。

 

もちろん、スポーツやトレーニングもいいが、

自分の身体を動かすことで

人の役に立つ、社会の役に立つ、

そして金を稼いで生きるのだという

リアルな実感を得ることが、

いくつになっても、どんな時代になっても、

必要なのではないだろうか?

 

豊かな社会になって以降、

肉体労働とか労働者という言葉は、

ネガティブなオーラをまとうことが多くなった。

しかし今後、AIの発達で

確実にホワイトカラーの仕事は減っていき、

肉体労働が人間に残る。

ロボットが活躍できるのはまだもう少し先だろう。

 

「ヨイトマケの唄」や「斜陽」の世界と同様、

肉体労働・労働者というものは、

人間らしさと同義で語られるようになるかもしれない。

 

 

音楽エッセイ

「週末の懐メロ 第1巻」 

2月27日(月)16:59まで

無料キャンペーン実施中

 


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週末の懐メロ154:夢のカリフォルニア/ママス&パパス

 

1965年にリリースされた「夢のカリフォルニア」は、

「東海岸(おそらくニューヨークを想定)は

どんより曇っていて寒いよ。

晴れててあったかいカリフォルニアに行きたいなぁ」

というかなり単純な歌だ。

 

けれども当時、カリフォルニア州にあるサンフランシスコ、

ロサンゼルスはヒッピー文化発祥の地。

愛と自由と平和について語り合おう、

ついでにセックスとドラッグもやっちまおう、

という精神的革命の波が押し寄せていた。

アメリカの若者のほとんどが

社会からドロップアウトするんじゃないかという

勢いさえ感じた。

 

そんな中で「夢のカリフォルニア」は

一種のメタファーと受け取られ、

どんより曇って寒い街は旧世界の象徴、

太陽輝くカリフォルニア

(サンフランシスコ、ロサンゼルス)こそ

われらが求める新世界――と解釈されたらしい。

 

と言ってもこの頃,

僕はまだ小学校に入ったばかりのガキで、

ヒッピーをリアルタイムで体験したわけではない。

後年、音楽雑誌などで当時のロック・フォークの先輩方が

「サマー・オブ・ラブ」やら「フラワーチルドレン」やらを

熱く語っているのをカッコイイなぁと思っただけだ。

 

そしてテレビの音楽番組で見た

1967年の「モンタレーポップフェスティバル」。

この曲を歌うママス&パパスを見て以来、

僕の中ではずっと「夢のカリフォルニア」は、

60年代のヒッピー文化の象徴として、

一種独特の響きを放っていた。

 

ママス&パパスはグループとしては

3年ほどしか活動していない。

他にもいくつかヒット曲はあるものの、

ほとんどこれ1曲で

1998年にロック殿堂入りを果たしたと言っていいだろう。

それほどあの時代とのマッチングは強烈だったのだ。

 

けれども、そろそろその幻想とも

別れを告げた方がいかもしれない。

そう思ったのは、ジャズシンガー、

ダイアナ・クラールが2015年にリリースした

カヴァーを聴いた時だった。

 

オリジナルのママス&パパスから60年。

言い表せない感慨が胸に広がった。

渋くてカッコよくて、

そしてあまりに懐かしさと哀愁に満ちた

「夢のカリフォルニア」。

秋の夜、聴きながら一杯飲まずにはいられない。

 

●夢のカリフォルニア/ダイアナ・クラール

 


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映画「ロスト・キング」ーーリチャードⅢ世遺骨発掘の物語

 

何かを達成するのはクレイジーなエネルギーである。

フリッパ(離婚したシングルマザーの中年女性)は、

たまたま子どもの付きそいで

シェイクスピア作の「リチャードⅢ世」の舞台を見る。

それが彼女の人生を変えた。

 

リチャードⅢ世の霊が彼女にとりついた。

あの世からやってきたリチャードとの対話から

彼の遺骨が墓にも納められず埋もれ、

名誉を棄損されていることを知る。

そして8割方インスピレーションによって、

その遺骨の眠る場所を探り当てる。

 

こう書くと、荒唐無稽なオカルト映画、

あるいはインディー・ジョーンズのような

考古学者の冒険譚なのかと思うかもしれないが、

これは事実をもとに作られた映画である。

 

英国レスターにおいて

リチャードⅢ世の遺骨発掘が行われたのは、

わずか5年前。2,018年のこと。

 

国営放送BBCは、そのドキュメンタリーを作ったが、

それを劇映画化したもの。

脚色・演出はされているが、

ストーリー自体は事実そのもである。

 

主人公のフリッパは、

もともと考古学に縁もゆかりもないもない。

「リチャードⅢ世」は、知る人ぞ知る、

シェイクスピア劇の中でも屈指の人気を誇る作品だ。

 

リチャードがこの世を去って1世紀後、

シェイクスピアがその伝説をもとに造形したのが

せむしで醜く、心も歪み荒んだ極悪の王。

その残虐非道さ故、

英国歴代の正当な王とは認められていなかった。

 

しかし、リチャードの人柄と行為は、

彼のあとに政権を握った王朝が、

自らの正義を民衆に示すために捏造したものだった。

ちょうど明治政府が徳川幕府の政治を貶めたように。

江戸幕府の開幕時、

徳川家が豊臣家の影を消し去ったように。

 

フリッパはリチャード(の幻影)との対話と、

あくなき調査によってそのことを確信し、

遺棄された彼の遺骨のありかも突き止め、

孝行学者と大学を動かして発掘調査を行う。

 

あくまでドキュメンタリー風の作品なので、

ドキドキハラハラみたいなエンタメ感は乏しいが、

面白く、妙に感動的な映画だ。

 

フリッパの行動の動機は、

世紀の発見をして歴史を覆してやろうといった

崇高な目的や野心のためでもなく、

もちろん一発当ててやろうという金儲けや

損得勘定のためでもない。

 

本当に霊に取りつかれてしまったか、

リチャードに恋をしてしまったか、

要ははた目から見たらめっちゃクレイジーな熱意なのだ。

それでも元夫や子供たちは彼女を応援し支える。

 

あくまでドキュメンタリー風の作品なので、

ドキドキハラハラみたいなエンタメ感は乏しいが、

そうした家族愛もあり、面白く、妙に感動的な映画だ。

 

そしてもう一つ。

彼女が自分の発想で、単独で始めたことを、

世紀の大発見という成果が得られると、

ちゃっかりその手柄を横取りし、

自分たちの栄誉にしてしまおうとする

大学や学者の在り方も、

リチャードを貶めた次期王朝権力と重なって面白い。

 

歴史は常にその時々の勝者・成功者・権力者が

つくってきたものである。

僕たちが英雄と信じている人が、

とんでもない悪人や詐欺師だったり、

悪漢や愚者だと思っていた人が、

実は英雄だったりすることもある。

インターネットが発達した世の中では

そうした驚くべきどんでん返しも起こり得る。

世界はまだまだ神秘にあふれ、

変化していく可能性を孕んでいる。

 

歴史が深く、多彩な物語が眠る英国だから作り得た

と思われるこの映画は、

そんなことまで考えさせてくれる。

 


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電子書籍 年内発行6冊準備中

 

「週末の懐メロ 第3巻」

発売記念無料キャンペーン終了しました。

 

ご購入ありがとうございました。

気に入っていただけたらレビューよろしくお願いします。

なお、引き続き¥300で発売中なので、未読の方はぜひ。

https://www.amazon.com/dp/B0CJBXV8JX

 

次回は短編小説「叔母Q」10月上旬発行予定。

その後、物語エッセイ集「再読・嵐が丘」

「再読・村上春樹」「再読・夏目漱石」

長編小説「今はまだ地球がふるさと」

「週末の懐メロ第4巻」年内発行準備中です。

応援・ご愛読、よろしくお願いいたします。

 


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懐メロを楽しく読み解く参考書

 

おりべまこと電子書籍新刊

「週末の懐メロ 第3巻」

20世紀ポップミュージックの回想・妄想・新発見!

主観9割・偏見まみれの音楽エッセイ。

 

9月24日(日)15:59まで

発売記念無料キャンペーン実施中。

 

峰不二子のモデルはマリアンヌ・フェイスフルだったとか、

「ベティ・デイビスの瞳」はもともとは

レトロジャズだったとか、

「チャイルド・イン・タイム」は実は反戦歌だったとか、

新発見がいっぱい。

 

卒業式ソングとして「今日の日はさようなら」を

紹介したけど、「わたしの学校では卒業式に〈誰かが風の中で〉を歌いました」なんてメールまでいただきました。

天涯孤独の木枯し紋次郎が卒業ソングとは、

なかなかワイルドな学校ですね。

 

来月はルー・リードの

「ワイルドサイドを歩け」を取り上げる予定です。

 

20世紀のポップミュージックが

人類のレガシーになった今日、

21世紀を生きていくために

ぜひとも懐メロを楽しく読み解いてみては?

この本はその参考書としてお役立ていただければ幸いです。

良い音楽、好きな音楽をあなたの人生のおともに。

 


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週末の懐メロ153:ザ・ラストリゾート/イーグルス

 

1976年にリリースされたイーグルスのアルバム

「ホテルカリフォルニア」は、

数あるロッククラシックの中でも

指折りのレコード、名盤中の名盤として名高い。

特にアメリカにおける存在感は抜群だ。

 

かのアルバム、そして、イーグルスというバンドが

そこまで持ち上げられるのは、

アルバムの最後を締めくくるのがこの曲だから、

ではないかと想像する。

 

表題曲の「ホテルカリフォルニア」は

60年代ロックカルチャーの商業化・低俗化を

揶揄した歌だが、皮肉なことに彼ら自身が、

アメリカで最も商業的に成功したバンドの一つとなり、

矛盾を抱えたまま半世紀間、活動してきた。

トータルセールスは2億枚を超えると言われている。

 

「ザ・ラストリゾート」も

そんな大いなる矛盾を拡大したかのような、

アメリカという国そのもの、

現代の文明社会そのものを批判した歌だ。

 

♪They call it paradise, I don't know why

 彼らはそこをパラダイスと呼ぶ 私には理由が分からない

 

歌詞のストーリーは開拓時代を歌ったもの。

大西洋を渡ってやってきた白人の入植者たちが

広大なフロンティアを「パラダイス」と呼び、

先住民を迫害し、野生動物を殺戮し、

山を森を切り開き、自然環境を破壊し、

自分たちの街を、国家を作り上げていった。

 

♪We satisfy our endless needs and justify our bloody deeds

 私たちは果てしない欲望を満足させて

 血まみれの悪行を正義とした

 In the name of destiny and in the name of God

 運命という名のもとに 神の名のもとに

 

さらにここが「The Last Resort(最後の楽園)」だとして、

海の向こうからどんどん移住者を呼び寄せ、

この世の楽園である近代国家を作り上げた。

実際、開国時代の冒険者・開拓者たちにとって、

その活動は神の導きによる愛と正義の表現だと

信じていたのだろう。

 

そして20世紀を迎えて間もなく、

アメリカは世界で最も富める国・力を持つ国となり、

金さえあればどんな夢でもかなう「楽園」となった。

 

けれども年月を経て、楽園を築いた人々の子どもたちは

考えざるを得なくなった。

「わたしたちはどこから来て、どこへ行くのか?」

そして過去を振り返り、違和感を覚えざるを得なくなった。

「わたしたちは正しかったのか?」と。

 

高校生だった70年代、僕は美しく抒情的な旋律を

楽しむだけだったが、

この「ザ・ラストリゾート」は、

表題曲「ホテルカリフォルニア」と対になって、

当時の心あるアメリカの若者たちの胸に

ギリギリと食い込んだのだろうと思う。

 

それから50年近くを経て、人々の意識は、

先住民の歴史やマイノリティの存在、人権の尊重、

破壊してしまった自然環境などにも

向けられるようになった。

 

もちろん、それがイーグルスの歌のおかげだとは言わない。

でも、当たり前のようにある豊かさが

過去のさまざまな犠牲によって育まれたものだと

気付かせるきっかけにはなったのではないか。

音楽は人の心を変える。

人の心が変われば世界が変わる。

たとえ少しずつでも――

まだそんなファンタジーを信じたいと思っている。

 

 

おりべまこと電子書籍新刊

「週末の懐メロ 第3巻」

20世紀ポップミュージックの回想・妄想・新発見!主観9割の音楽エッセイ。昭和世代・20世紀世代のお楽しみにはもちろん、21世紀を生きる若い世代のお宝案内書としてもご利用ください。いつも心に音楽を。

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週末の懐メロ 第3巻 新発売記念無料キャンペーン

 

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収録曲

57 暗黒(スターレス)/キング・クリムゾン 【1974】

58 イッツ・ア・ミステリー/トーヤ 【1981】

59パッフェルベルのカノン/ジョージ・ウィンストン【1982】

60 オン・マイ・オウン/島田歌穂 【1987】

61 長い夜/シカゴ 【1970】

62 ケイト・ブッシュ・クリスマススペシャル 【1979】

63 ジェネシス・ライブ 【1973】

64 ビー・マイ・ベイビー/ザ・ロネッツ 【1963】

65 ジェイデッド/エアロスミス 【2001】

66 リヴィング・イット・アップ/リッキー・リー・ジョーンズ 【1981】

67 冬の散歩道/サイモンとガーファンクル 【1966】

68 ごはんができたよ/矢野顕子 【1980】

69 だれかが風の中で/上條恒彦&小室等 【1972】

70 ブロークン・イングリッシュ/マリアンヌ・フェイスフル 【1979】

71 アイビスの飛行/マクドナルド&ジャイルズ 【1971】

72 今日の日はさようなら/森山良子 【1967】

73 サマータイム・ブルース/RCサクセション 【1988】

74 タイム・アフター・タイム/シンディ・ローパー【1984】

75 ピアノマン/ビリー・ジョエル 【1973】

76 そよ風の誘惑/オリビア・ニュートン・ジョン 【1975】

77 ネバーエンディングストーリー/リマール 【1984】

78 アニバーサリー/松任谷由実 【1989】

79 あなたがここにいてほしい/ピンク・フロイド 【1975】

80 私は風/カルメン・マキ&OZ 【1975】

81 ヒート・オブ・ザ・モーメント/エイジア 【1982】

82 ベティ・デイビスの瞳/キム・カーンズ 【1981】

83 チャイルド・イン・タイム/ディープ・パープル【1970】

84 さよならレイニーステーション/上田知華+KARYOBIN 

【1980】

全28曲


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池袋のお寺と東京最古の小劇場

 

南池袋の仙行寺というお寺を取材する。

大樹を模したモダン建築の本堂ビル。

中には高さ6メートルの「池袋大仏」が鎮座。

 

隣は懐かしや、20代の頃、何度か通ったシアターグリーン。

渡辺えり子の劇団300、

三宅裕司のSET(スーパーエキセントリックシター)

などを輩出した小劇場だが、

ここは仙行寺が開設したもの。

お寺の劇場だったということを今回初めて知った。

 

先代住職がこの地に来たのは

終戦からまだ10年かそこらの時代。

池袋は闇市の街で、めっちゃ危険で汚く貧しく、

ヤクザ・愚連隊が夜な夜な跳梁跋扈する地域だった。

(僕が演劇学校に通っていた70年代末でも

その名残は色濃く感じられた)

 

当時、本堂もない貧乏寺だった仙行寺の先代住職は、

まず地域の環境をなんとかしないと

布教どころではないと考え、

隣の敷地に建てたアパートの集会室を

芝居の稽古場に、さらに設備を入れて

小劇場「池袋アートシアター」をオープン。

それがのちに「シアターグリーン」となり、

演劇をやる若者が集う場になった。

荒廃した池袋に文化のタネをまいたのである。

 

その後、池袋には西口の東京芸術劇場をはじめ、

様々な拠点ができ、

舞台芸術の花開く街に成長した。

 

20年近く前に改装して、複数の劇場を持つ

シアターコンプレックスになったシアターグリーンは、

日本で最も歴史ある小劇場として

リスペクトされている。

 

現・住職は改装後、支配人に就任。

演劇プロデューサーでもあり、

時代劇を描く脚本家でもある。

本人の話によれば、プロデューサーも脚本家も

お寺の活動の一環として自然にやっているという。

「じゃ、こんど若い坊さんだちを集めて、

ボーズ劇団をつくったらどうですか?」

と提案したら笑ってた。

 

仙行寺がやってきた地域活動・文化活動は

行政も高く評価しており、

仙行寺と劇場の並ぶ通りは

「シアターグリーン通り」と名付けられた。

 

僕が通っていた頃と比べても、

ごちゃごちゃしていたこのあたりの地域は

とてもきれいに整備され、

夜はエロくてヤバイ公園だった南池袋公園も

きれいな芝生の公園に生まれ変わっている。

 

 

いつもご愛読ありがとうございます。

おりべまこと電子書籍新刊

「週末の懐メロ 第3巻」

昨日発売になりました!

発売を記念して明日から無料キャンペーンやります。

 

9月21日(木)16:00~

9月24日(日)16:59まで 

4日間限定

ぜひお求めください。


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電子書籍新刊「週末の懐メロ 第3巻」本日発売!

 

電子書籍新刊「週末の懐メロ 第3巻」本日発売!

20世紀ポップミュージックの回想・妄想・新発見!

主観9割・偏見まみれの音楽エッセイ。

昭和世代・20世紀世代にはもちろん、

21世紀を生きる若い世代のお宝発掘の

ガイドブックとしてもお楽しみください。

良い音楽、好きな音楽をあなたの心の友に。

 

9月21日(木)16:00~24日(日)16:59まで

発売記念4日間無料キャンペーンやります。

 

どうぞよろしく!

第3巻として♯57~♯84を収録。

 

もくじ

57 暗黒(スターレス)/キング・クリムゾン 【1974】

58 イッツ・ア・ミステリー/トーヤ 【1981】

59 パッフェルベルのカノン/ジョージ・ウィンストン 【1982】

60 オン・マイ・オウン/島田歌穂 【1987】

61 長い夜/シカゴ 【1970】

62 ケイト・ブッシュ・クリスマススペシャル 【1979】

63 ジェネシス・ライブ 【1973】

64 ビー・マイ・ベイビー/ザ・ロネッツ 【1963】

65 ジェイデッド/エアロスミス 【2001】

66 リヴィング・イット・アップ/リッキー・リー・ジョーンズ 【1981】

67 冬の散歩道/サイモンとガーファンクル 【1966】

68 ごはんができたよ/矢野顕子 【1980】

69 だれかが風の中で/上條恒彦&小室等 【1972】

70 ブロークン・イングリッシュ/マリアンヌ・フェイスフル 【1979】

71 アイビスの飛行/マクドナルド&ジャイルズ 【1971】

72 今日の日はさようなら/森山良子 【1967】

73 サマータイム・ブルース/RCサクセション 【1988】

74 タイム・アフター・タイム/シンディ・ローパー 【1984】

75 ピアノマン/ビリー・ジョエル 【1973】

76 そよ風の誘惑/オリビア・ニュートン・ジョン 【1975】

77 ネバーエンディングストーリー/リマール 【1984】

78 アニバーサリー/松任谷由実 【1989】

79 あなたがここにいてほしい/ピンク・フロイド 【1975】

80 私は風/カルメン・マキ&OZ 【1975】

81 ヒート・オブ・ザ・モーメント/エイジア 【1982】

82 ベティ・デイビスの瞳/キム・カーンズ 【1981】

83 チャイルド・イン・タイム/ディープ・パープル 【1970】

84 さよならレイニーステーション/上田知華+KARYOBIN 【1980】

 


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お祭リベンジ

 

義母がデイサービスに行っていないので、

昨日のリベンジでお祭りを見に行く。

一応、カミさんには声をかけてみたが、

「暑いからいかない」というお返事。

ま、わかってたので、仕事の合間に

ひとりでチャリチャリっと小一時間。

 

昨夜でハイライトであるお神輿の合同宮入りが終わり、

本日はエピローグモード。

あくまで印象だが、参道の露店は

コロナ前からだいぶ面子が変わった。

半分以上は変わって初出店みたいなところも多い。

 

値段も物価上昇の折、何割かアップ。

500円以下で飲み食いしたり、遊んだりできる店は

ほとんどない。

 

今年の正月は喪中だったので、久しぶりにお参りして、

幸福ガエルにもごあいさつしてきた。

 

帰りに川沿いをチャリチャリ走っていて、

何年もやっていた護岸工事がやっとこさ

終りかけているなぁと写真を撮っていたら、

後ろから「せんせー」と呼びかける声。

自転車とキックボードの高中小学生の女子集団が、

「大宮八幡へはどう行けばいいんですか?」

と聞いてくるので道を教えてあげた。

先生ってなんや?

でも、みんな可愛かったからうれしい。

心もドンヒャラお祭リベンジ。

 

 

電子書籍新刊予告

「週末の懐メロ第3巻」

9月20日(水)

kindeより発売予定!

 

おなじみの音楽エッセイ「週末の懐メロ」第3巻。

♯57:暗黒(スターレス)/キング・クリムゾンから♯84:さよならレイニーステーション/上田知華+KARYOBINまで

全28編を収録。

 


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秋よ来い

 

川沿いの散歩道に紅白の彼岸花が咲いた。

しかし、まだ真夏継続。

4年ぶりに大宮八幡宮のお祭りがまともに行われるので、

義母を連れていってあげようと思ったが、

(てか自分が行きたかったのだが)

猛暑の中、長時間(30分近くかかる)

歩かせるわけにいかない。

それにちょっと体力が落ちてきて

以前ほど、長い距離を歩けない。

というわけで今年はお祭り断念。

 

散歩道は木が多いので、夕方は結構涼しい風が吹くが、

蚊に食われまくる。

早く秋になってほしいが、

義母は一足早く食欲の秋モードに入って、

最近、深夜・早朝の盗み食いが激増。

ほぼ毎日、菓子パンを差し入れしている。

 

 

おりべまこと電子書籍新刊

「週末の懐メロ 第3巻」9月20日(水)発売予定。

20世紀ポップミュージックの回想・妄想・新発見!

主観9割・偏見まみれの音楽エッセイ。

昭和世代・20世紀世代はもちろん、若い世代のお宝発掘のためのガイドブックとしてもお楽しみください。

1巻・2巻も好評発売中。

 


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週末の懐メロ152:涙のバースディ・パーティ/レスリー・ゴア

 

1963年のヒット曲で、

60年代アメリカンポップスの人気ナンバー。

 

僕は四半世紀前に、ザ・ピーナッツを模した

双子の女の子歌手のショーの台本を頼まれて

書いたことがある。

彼女たちはオールディーズポップス

(50年代後半から60年代前半)

を歌うデュエットだったが、

最も得意としていたレパートリーが、

この「涙のバースディ・パーティ」だった。

 

その双子デュオの印象が残っているので、

「可愛い歌」「可愛い歌手」というイメージが強かったが、

この曲をヒットさせたレスリー・ゴアは、

ちょっときつそうなヤンキーねえちゃんという感じ。

 

中学の英語の教科書に出てくる

アメリカンファミリーのお母さんみたいな髪型を

していて、ちょっとおばさんっぽいのだが、

この頃はまだ10代だったという。

 

これはカバーだが彼女のデビュー曲で、

同時に、かの大プロデューサー、

クインシー・ジョーンズの若き日の

初プロデュース曲でもあった。

 

歌詞のストーリーは、

誕生日パーティーで恋人のジョニーがいなくなり、

一度消えて再び姿を現したジュディという女の子が

「彼の指輪をはめている」。

なんてこと!

それで「これは私のパーティー、泣きたくなったら泣くわ」

とリフレイン。

 

この時代の日本のレコード会社は、

女性歌手が歌っていれば、

内容に関わらず、なんでもかんでも

「悲しき○○」「涙の○○」「天使の○○」

という邦題をつけたがる傾向があった。

でもまぁ、この歌は確かに

「涙のバースディ・パーティ」だよねと納得。

 

女の子の失恋ソングだが、

クインシー・ジョーンズは、それを頭からノリノリの

明るいポップナンバーにアレンジ。

後世の人々が愛してやまない名曲に仕上げた。

 

ちなみに欧米でも、

誕生日をパーティーで祝う習慣が出来たのは、

20世紀に入ってからだという。

日本ではおそらく戦後から始まった習慣で、

まだ100年にもならない。

 

そう言えば僕も友だちが集まって

ワイワイやることはあったが、

家族に誕生日パーティーなんて

やってもらったことはなかった。

クリスマスとおんなじで、

「お誕生日おめでとう!」なんて言われると、

いまだにお尻がもぞもぞしてしまう。

 


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9月15日はロージンの日?

明日9月15日は「老人の日」。

え、敬老の日じゃないの?

いえ、それは祝日法改正によって2003年(平成15年)から9月第3月曜日に変更された。

今年は来週月曜18日が「敬老の日」になる。単に3連休としか認識していない人も多いけど。

敬老の日は長寿を祝い、お年寄りを敬う日だけど、祝日から転落した「老人の日」は記念日として残されたのはいいけど、どんな役割を果たすのか?

 

超高齢社会の進展、100年ライフの浸透で、

老人の概念はこの20年の間にずいぶん変わった。

そもそも「老人」という言葉をあまり聞かなくなった。

今、高齢の人に「あなたは老人ですね」

なんて言ったらぶん殴られるかもしれない。

 

でも逆にじいさん・ばあさんが自分から

「おれはロージンだぜ」

「あたしゃロージンだよ」

なんて啖呵を切ったらカッコいいかもしれない。

 

この本のタイトルは、

かつて「さいたまゴールドシアター」という

高齢者劇団を率いた演出家・蜷川幸雄さんのセリフ。

 

ライフシフトの時代、

客観的年齢と主観的年齢は一致しない。

ロージンが舞台に立ち、スポットライトを浴びるのは

もう特別なことではなくなりつつある。

 


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一汁三菜と岡山ブドウのデザート

 

毎月13日は、6つの和食メーカーが制定した

「一汁三菜の日」。

「13」を分解して、いち、じゅう、さん。というわけ。

 

いろいろな料理を組み合わせて、

さまざまな栄養素がバランスよくとれる「一汁三菜」

(主食・汁物・主菜・副菜・副々菜)は

和食の基本形であるとともに、食事の理想形。

 

和食文化は2013年(平成25年)12月に

「和食:日本人の伝統的な食文化」として

ユネスコ無形文化遺産に登録され、

世界的にも注目されている。

 

とまか、そこまでしゃちほこはらないでも、

日本の食べ物は十分美味しく、

世界に自慢できるものばかり。

毎日コンビニ弁当を食ってても、

僕らは世界から「美食民族」と見做されているのだ。

 

そして本日のデザートには、

くだもの王国・岡山のお取引先から

いただいたブドウ。シャインマスカットとピオーネ。

おいしい秋到来で夏バテ撃退!

 

 

もう一つ、デザートにおいしく楽しく、

ちょいとスパイスを効かせた

「食べるエッセイ集」はいかが?

ただいま2冊刊行中。

 


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人はいくつになっても子ども時代の記憶を呼吸している

 

京アニ放火殺人事件の初公判とジャニーズ事務所の

記者会見が話題になった今週。

会見を聞く限り、ジャニーズ事務所は

「児童虐待」「人権蹂躙」の深刻さが

イマイチわかっていない。

 

これは事務所だけではない。

先日、テレビがやっていた一般人への街頭アンケ―トでは

「べつに社名を変える必要はないんじゃね?」

という意見が圧倒的に多かった。

 

こういうところはやっぱり

日本は時代の進化・国際基準から取り残された

「ガラパゴス」と言われても仕方ない。

ジャニーズの歌やダンス、演技に関する技術は

日本のエンタメの世界では確かに

ハイレベル・ハイクオリティだと思うが、

ここまで問題が大きくなり、

改革案もあの程度の甘さで、

単なる精神論で乗り切ろうとしているのを見ると、

この先、海外進出は絶望的で、

ガラパゴスの中で生き延びるしかなさそうだ。

 

ファンもマスコミも、大勢保護者がついているので

当分の間はなんとかなるのかもしれないが、

なんだかこの半世紀余りの日本の芸能の歴史も

モヤモヤした暗闇に包まれて見えてくる。

 

京アニ事件の青葉被告も

虐待から生まれたモンスターだという。

彼は過酷な体験を克服するために

「自分はクリエイターである」という妄想に入り込み、

その妄想が行動原理になって

あんな大事件を起こしたのではないかと思われる。

 

「トラウマだの、アダルトチルドレンなどと

いった考え方にこだわるな。忘れろ」という人もいるが、

人はいくつになっても、

子ども時代の記憶を呼吸して生きている。

認知症にならない限り、死ぬまで。

いや、認知症になっても、それは心の芯に食い込んで

怒りや悲しみの言動となって現れる。

日本人はそうした認識がまだ全然足りない。

 

じつは欧米の方が、児童虐待に関しては先進国だ。

現在の資本主義社会の発達は、産業革命時代に

好きに子供を働かせ、虐待し、搾取したのが

要因になっているという一面がある。

そこでどうにか生き延びて大人になった

1~2割ぐらいの子どもたちが、

また同じことを繰り返して資本主義社会は巨大化してきた。

要するに労働者の子供は奴隷と同じだったのである。

 

欧米はどうやらそれを反省し、

今になってやっと児童虐待・人権を重視するようになった。

幕末から明治にかけて日本を訪れた欧米の知識人は、

日本人がとても子どもを可愛がるのを見て驚き、

「日本は妖精の国」という報告書を

本国に送った人もいるくらいだ。

 

だからと言って、

日本は「もともと悪いのはおまえらじゃん」

なんて、もちろん食って掛かるわけにはいかない。

資本主義の恩恵を賜って豊かになった以上、

そうした欧米の負の歴史も他人ごとでなく、

ちゃんと自分事として取り込んで変化して、

この先に進む必要があるのではないかと思う。

 


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週末の懐メロ151:アメリカンバンド/グランド・ファンク・レイルロード

 

最寄り駅のホームから見える飲食店ビルの3階に

音楽バーがある。

その看板には「60年代・70年代のイカした音楽をアナタに」

とメッセージ。

これがなぜかいつも「イカれた音楽をアナタに」

と読めてしまうのだ。

つまり僕はイカした音楽よりも

イカれた音楽の方が好きなのだろう。

 

というわけで今日は抜群にイカれている

ロックの暴走列車、グランド・ファンク・レイルロード、

1973年の全米ナンバー1ヒット「WE are an American Band」。

 

GFRと言えば、かつてすごい伝説に包まれた

ハードロックの雄だった。

 

たとえばデビューの頃、

当時人気絶頂のレッド・ツェッペリンの前座を務めた際、

そのパワフルな演奏で観客を圧倒してアンコールの連続。

完全にツェッペリンを食ってしまった。とか、

 

1971年の初来日公演では後楽園球場

(現・東京ドーム、もちろんこの頃は屋根なし)で

雷鳴が響き、豪雨が降りしきる嵐の中で演奏し続けたとか。

 

僕の中学のロックの先輩たちにとって、

そんな伝説をつくり上げた英雄で、

ひたすらパワーで押しまくるGFRは、

今どきの表現ならまさしく「神バンド」で、

ハードロックと言えば、

クリームよりも、レッド・ツェッペリンよりも、

ブラック・サバスよりも、ディープ・パープルよりも、

まずグランド・ファンク・レイルロードだった。

 

そんなにすごかったバンドだが、

50年経ってみると、音楽的評価・格付け・知名度は、

完璧なロックレジェンドとして君臨する

レッド・ツェッペリンは別格としても、

上記のバンドよりだいぶ落ちると言わざるを得ない。

 

なんて言ってデイスったりすると、

「てめー、何言ってやがんだ」と

あの先輩方に怒られるかもしれないのでやめておこう。

 

僕自身もGFRはマイフェバリットとは言い難いが、

それまでの「ハートブレイカー」や「孤独の叫び」などの

シリアス路線から思い切り方向性を変えた

この「アメリカンバンド」は大・大・大好きだ。

 

誰もが楽しめる、底抜けに陽気でポップな

ハードロックの傑作。

聴けば聴くほどイカれた歌と演奏は最高だ。

 

 

天才少女ドラマーのよよかちゃんも

ノリノリでこの曲をやっている。

初めて観たのは、まだ5歳かそこらだったが、

どんどん成長してドラムもよりパワフルに。

楽しく、可愛く、世界へ羽ばたけ。

 


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アメリカンドリーマーだった叔母の話

 

仕事が一段落し、しばし猛暑から解放されたので、

義母を連れて阿佐ヶ谷をぶらぶらしに行く。

 

アンティーク雑貨店のショーウィンドウに

全身アメリカンファッションのマネキンを見て、

義母と同い年(昭和10年=1935年生まれ)の

叔母のことを思い出した。

 

小学校の低学年の頃まで数年間、一緒に住んでいて、

甥である僕をずいぶん可愛がってくれた。

アメリカ大好きな人で、

結構ハイカラな考え方・ライフスタイルを持っている

叔母だった。

 

彼女がティーンエージャーだった時代、

日本はGHQ=ほぼアメリカの占領下だった。

ただし彼女が若い頃は、まともな日本人の女は、

もちろんこんな格好はできなかった。

 

GHQが去り、高度経済成長が始まって、

彼女は新しく生まれた自由な戦後世代を

羨望の目を持って見ていたイメージがある。

ガキだった僕を相手に

「わたしももう10年遅く生まれていれば・・・」と

呟いていたことをいまだに憶えている。

 

小学校の高学年になる頃には、

もう離れて住むようになっていたし、

両親もあまり彼女のことを話さなかったので、

その後の叔母の人生はよく知らない。

 

僕は漠然と、

いずれ彼女はアメリカに移住するのだろうと思っていたが、

まだ一般庶民がそう簡単に海外に行ける時代ではなかった。

その代り、というわけではないが、

中年になってちょっとお金持ちのおっさんの後妻になった。

 

その叔母は兄である父より先、15年ほど前に亡くなった。

亡くなった時は独身だった。

結婚はあまりうまくいかなかったのか?

 

その辺の事情は結局わかかずじまいだ。

わかっているのは彼女にとって、

憧れていたアメリカは最期まで遠い地だった、

ということだけだ。

 

自分も大人になってわかったが、

まだチビの甥や姪というのは、自分の息子・娘と違って、

割と無責任に甘やかし、可愛がれる、

オモチャやペットのような存在だ。

 

たぶん僕の中にはあの叔母に甘やかされたことが、

のちの女性観にも影響しているのではないかな、

と思うことがある。

思いがけず面影がよみがえったこの叔母の供養のために、

何か彼女をモデルにした話を書こうと思っている。

 


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週末の懐メロ150:わたし、あなたに何をしたの?/リサ・スタンスフィールド

 

1989年リリース。90年代のダンスミュージックの女王・

リサ・スタンスフィールドの

デビューアルバム『アフェクション』の挿入歌。

「This Is The Right Time」や「All Around the World」が

大ヒットしたが、僕はこの歌が一等好きだった。

 

この頃は日本もバブル景気で大盛り上がりしていた時代で、

ディスコ(この頃はもうクラブって言い方をしてたっけ?)でも、こうしたゴージャス、かつ、

お洒落なダンスミュージックが本流だった。

 

今振り返って聴いてみると、

僕らがよく踊っていた70年代・80年代より

同じR&B系の曲でも格段に洗練され、

ダンサブルになっていた。

それが好きかどうかは、また別問題だけど。

 

ただ、リサ・スタンスフィールドはとにかくカッコよくて、

CDも買ってよく聴いていた。

こうしてライブを見ると、バックの演奏も最高だ。

 

ディスコ(クラブ)に通ったのは、この頃までだった。

芝浦の「GOLD」が最後だったように記憶している。

バブルとともに去りぬ、というところか。

 


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「エンディング産業展2023」の取材

 

29日から3日間、東京ビッグサイトで

「エンディング産業展2023」の取材をした。

 

インパクティブだったのは、有限会社統美のブース。

納棺師が使う保存用品・メイク用品などを開発・販売。

「人は死んだら(遺体は)どうなるか」を

ユニークなイラストで表現し、来場者に伝えている。

 

本来、葬儀・供養業者向けのビジネスイベントだが、

半分は、介護・看護・終活・空き家・遺品・相続など、

ソーシャル系問題のソリューション提案。

超高齢化社会、多死社会が進み、

人は嫌でも向き合わなくてはならない時代になった。

 

日本のエンディング産業は、世界でも注目されており、

今回の展示会には中国・台湾・韓国などから

視察隊が大勢来ていた。

 

ちなみに中国では近年、2008年の映画

「おくりびと」がリバイバルヒットしており、

「納棺の儀」などにも興味が集まっている。

 

日本だけでなく、多くの豊かな国が

老いと死の問題に直面しつつある。

 


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坊ちゃんとマドンナと清さん

 

夏目漱石の「坊ちゃん」を初めて読んだのは

小4か小5のときだった。

以来、何度か読んで、

最後はいつだったのか思い出せないが、

多分、高校生の時以来だろう。

 

ご存じ、江戸っ子口調の名調子。

これほど痛快で印象的な一人称の語り口は、

この作品とサリンジャーの

「ライ麦畑でつかまえて」ぐらいだ。

 

図書館のヤングアダルト文庫の棚で

ふと目にすると、あのべらんめえ文体が脳裏によみがえり、

手に取って読みたくなったのだ。

 

★なぜマドンナが表紙を飾るのか?

 

表紙にはマンガっぽいイラストで

主人公の坊ちゃんとマドンナが描かれている。

近年、なぜか「坊ちゃん」というと

表紙にマドンナが登場するパターンが多い。

 

内容を知らない人、

あるいは昔読んだがよく憶えていないという人は、

赴任先の松山で、名家のお嬢さんであるマドンナと

坊ちゃんが出会い、憧れ、恋をする、

というストーリーを思い描くかと思う。

 

ところがこれはまったくの誤解で、

主人公はマドンナに何の感情も持たない。

むしろ「うらなりから赤シャツに寝返った女」として

あまり良い感情を抱かないと言ってもいいぐらいだ。

 

出版社は「明治の青春小説」と銘打っているし、

明治ファッションの女性は飾りになるので、

ほとんど活躍の場がないマドンナを

表紙に載せたがるのだろう。

誤解するのは読者の勝手というわけだ。

 

昭和以降、特に戦後の青春小説・青春マンガには

この「マドンナ」という、男の女性幻想をかたちにした

偶像が頻繁に登場するようになった。

 

果ては歌謡曲のタイトルになったり、

アメリカの歌手が自分でそう名乗ったりしたので、

一般的にすっかり定着したが、

明治の頃は西洋画に精通した人以外、

マドンナなんて初めて聴く言葉で、

意味など知らないという人が大半だったと思われる。

 

だから日本人にマドンナの

「聖母・聖女=清く、美しく、愛し尊敬すべき女性」という

イメージを植え付けたのは、

漱石作品の中でも最も人気が高い

この小説だと言っても過言ではないだろう。

 

★マドンナは清さん

 

しかし、この定義からすれば、

坊ちゃんから見るマドンナは、

子供の頃から可愛がってくれ、

惜しみない愛情で支えてくれた清さんの方である。

 

そう言えば、僕が小学生の時に初めて読んだ本の表紙には、

坊ちゃんが見上げる空の向こうには、

ちょっとだけ微笑む和服姿の清さんが描かれていた。

 

しかし、清さんは若くてきれいなお嬢様ではなく、

坊ちゃんの家の下女、住み込みのお手伝いさんで、

しかもけっこう年寄りである。

 

この小説の登場人物は、主人公をはじめ、

一人も年齢が特定されていないが、

物語の舞台が発表時の

明治39年(1906年)あたりだとすると、

ほとんどは明治生まれ・明治育ちの人たちである。

 

ただ一人、清さんは明治維新を体験した人だ。

武士の名家の出身らしいが、

「瓦解(明治維新)の時に零落して、

ついに奉公までするようになった」というから、

おそらく50代後半~60代前半である。

いまと違ってもう立派なお婆さんだ。

しかも人生の辛酸をなめた元・お嬢さまの。

 

子ども頃から可愛がってもらっているのだから、

母や祖母のように慕うのはわかるが、

坊ちゃんの清さんへの感情は、

そうした家族に対するものとはまたちょっと違う。

 

さりとて恋愛でもない。

もっと齢が近ければ、そうなり得たかもしれないが、

あまり生々しさを伴わない、尊敬の念を交えた、

女性という偶像に対する愛情が混じっている。

 

子供の頃は母以上に彼を可愛がった清さんは

坊ちゃんの将来に夢を託し、

おとなになったら面倒を見てもらおうと思っている。

 

そういう意味では彼女の愛もけっして純粋なものではなく、

ギブアンドテイクの関係と言えなくもない。

ただし、成長した坊ちゃんは、

自分に期待を託す彼女の言うことは、かなりおかしく、

贔屓の引き倒しで、現実離れしていることに気付く。

 

「こんな婆さんに逢ってはかなわない。

自分の好きな者は必ずえらい人物になって、

嫌いな人はきっと落ちぶれるものと信じていた」

 

「婆さんは何も知らないから、年さえとれば

兄の家がもらえると信じている」

 

「(学校を)卒業すれば金が自然とポケットの中に

湧いてくると思っている」

 

などと冷静に分析し、

“もとは身分のある者でも、

教育のない婆さんだから仕方がない”清さんの

無知ぶり・夢みる少女ぶりにあきれ果てている。

 

それでも坊ちゃんは清さんを嗤ったりは絶対しない。

彼にとって、知識量・情報量は、

人間的な価値とは決して比例しないのだ。

 

子供の頃、読んだときは気が付かなったが、

この二人のやりとりは本当に面白く、笑えて哀しく、

清さんはめっちゃ可愛い。

 

松山で教職に就き、不快な目に会うたびに坊ちゃんは、

そんな清さんの人間的な気品・尊さに思いを巡らせるが、

痛快なストーリーの裏側で、

こうした女性への愛とリスペクトの念があるからこそ、

この小説を単なる面白ばなしでなく、

奥行きと味わいの深いものにしている。

 

★時代に取り残される坊ちゃん

 

「坊ちゃん」の読み方の一つとして、

「時代に適応できる者とできない者の物語」

という視点がある。

前者は、話の中で悪人とされる赤シャツや野だいこであり、

後者はとっちめる側の正義の坊ちゃんや山嵐だ。

 

マドンナも、坊ちゃんからは

うらなりから赤シャツに寝返った、

およそマドンナらしくない女と見做されるが、

彼女は若かりし頃の清さんと同じ立場にある。

 

この時代の女性の社会低地位は低く、

生き方は今と比較にならないほど制限されていた。

 

没落寸前の名家の娘として、

いくら身分があるとはいえ、

世渡り下手・自己主張ベタ・まじめなだけで面白くない

許嫁のうらなりよりも、

既に教頭職を得て、将来有望、しかも話術に長けていて

楽しませてくれそうな赤シャツのほうになびくのも

しかたがないところだろう。

 

下手をすれば清さんと同じく、

零落の道に転がり落ちることになるので必死なのだ。

マドンナとあだ名をつけられて、

男性の夢を壊さないよう、ホホホとおとなしく

笑っているわけにはいかない。

 

マドンナファンには申し訳ないが、

もしかしたら、彼女の方が赤シャツに目を付け、

誘ったのではにかとさえ思える。

 

楽しくて痛快な「坊ちゃん」だが、

この明治後期、時代は変わり、

価値観も急速に変わっていた。

よく読むと、それを表現するかのように、

この物語は別れの連続だ。

 

母が死に、父が死に、生れ育った家は人手にわたり、

兄とも別れ、いわば天涯孤独の身の上になる。

 

松山ではうらなり(坊ちゃんは彼を人間的に

上等と評価している)を見送り、

赤シャツ・野だいこを叩きのめして訣別するが、

相棒で親友になった山嵐とは新橋で別れる。

 

ちなみに幕府軍として

明治政府と最後まで戦った会津出身の山嵐は、

江戸時代のサムライ精神の象徴とも取れる。

 

そして帰って来た彼を涙ながらに出迎えてくれた

マドンナ清さんも、

それからいくらも経たないうちに肺炎で死んでしまう、

坊ちゃんは本当にひとりぼっちになってしまうのだ。

 

★坊ちゃんは何歳なのか?

 

今回、読み返してみて、最大の疑問として残ったのは、

この物語を語っている時の坊ちゃんは、

いったい幾つなのだろうということ。

 

東京に帰って来た彼は街鉄(電車)の技手になり、

清さんと一緒に暮らし始めたもののが、

最後に清さんは「今年の2月に死んでしまった」とある。

 

ニュアンス的に、仕事に慣れ、生活も落ち着いてきた矢先に

亡くなってしまったと読めるから、

新しい仕事に就いてから1,2年後くらいだろうか。

 

そしてそれから半年ほど経ってから、

自分の人生を振り返った時、

松山での経験と、清さんという存在の大きさを

語ってみたくなったということだろう。

 

だとしても、坊ちゃんはまだ20代の溌剌とした若者だ。

その後、彼がどうしたのか、

兄や山嵐と再会する機会はあったのか、

結婚して家庭を持ったのか、興味津々である。

でもきっと、どれだけ年をとっても

この物語のような名調子は消えなかっただろう。

 

坊ちゃんという人物は、時代に適応できない者の代表格で、

自分の価値観に固執するあまり、教職を失ったが、

それでも新しい職を得て、一人でも生きる道を見出した。

 

★死ぬまで続く名調子

 

この頃と同じく、

最近も時代に合わせる

必要性・適応する柔軟性が強調されるが、

人間だれしも、

生まれながらの「自分のリズム」を持っている。

それをないがしろにして、周囲に合わせようとすると、

やっぱりろくなことにならないのではないか。

 

たとえ得になる生き方だとしても、

損をしない人生だとしても、

それが自分のリズム・語り口・文体と相いれないものなら

気持ち悪くて、長続きなどしない。

 

世間に通用してもしなくても、

坊ちゃんのように自分のべらんめえを並べ立てて

生き抜いた方がうんと気持ちいいのではないだろうか。

 

気分が凹んだときの活力剤として、

「坊ちゃん」は、はるか1世紀を超えた過去から

今でも僕たちにいろんなことを教えてくれていると思う。

 


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残暑2023

 

いつの間にか、日が短くなり、

朝晩はマツムシが鳴いているのに気付く。

今年も淡々と夏を過ごして

特に思い出に残るようなことはしていないが、

なぜか夏の終わりになると、

いろいろな感情が心のうちに押し寄せてくる。

 


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週末の懐メロ149:僕のリズムを聴いとくれ(オエ・コモ・ヴァ)/サンタナ

 

1970年リリース、サンタナの名盤「天の守護神」の挿入歌。

オリジナルはニューヨーク出身の音楽家で「マンボの王様」

と言われたティト・ブエンテの楽曲。

 

ジャンルとしてはキューバ発祥の音楽

チャチャチャの曲だったが、

サンタナが斬新なアレンジを施してカバー。

ラテンロックという新たなジャンルの代表曲として、

世界中で聴かれるようになった。

 

サンタナは、ギタリスト 

カルロス・サンタナをリーダーとするバンド名だが、

このグループの楽曲には思い出がある。

 

初めて東京に出てきた1978年の夏から秋にかけて、

生まれて初めて水商売のバイトをした。

池袋西口の繁華街・ロマンス通りの「ロサ会館」

というビルの地下にあった「サムシング」という店だ。

 

当時はバーでもスナックでも、

店にウィスキーのボトルをキープ(マイボトル)することで

自分の行きつけの店を作り、というか、

店側のシステムに乗っけられて酒を飲むのがトレンドだった。

 

なので酒飲みのおっさんたちはみんな、

自分がどれだけマイボトルを持っているか

自慢し合っていた。

 

ここもそうしたボトルキープの店で、

僕は黒服を着てウェイターをやっていたが、

あまり水商売らしくない店長と、

いかにも水商売やってます風の副店長と、

キツネ型とタヌキ型の女の子コンビと、

5人で回す日が多かった。

 

マイボトルに関する裏話は面白いが、

またの機会に。

 

名称はパブ「サムシング」。

パブと言っても英国のパブとは大違いで、

ちょっとした食事もできる、

やや大きめのバーのことを

当時の日本ではそう呼んでいたのだ。

 

特徴としては、ディスコというほどではないが、

10人程度なら踊れる、ミラーボール付きの

小さなダンスホールがあった。

 

何と言っても70年代、昭和後期の池袋なので、

ちょっと怪しい客が多く、

この店には演歌の世界に出てくるような

わけありカップルが大勢来ていて、

よくチークダンスを踊っていた。

女を酔っぱらわせて、そのまんま近所のラブホに

連れ込む男もほぼ毎日いたと記憶している。

 

もう一つの特徴は、専属のバンドがいて、

30分おきに生演奏を披露していたこと。

このバンドのレパートリーの半分くらいがサンタナだった。

 

この曲を初め、

「君に捧げるサンバ」「ブラックマジックウーマン」

「哀愁のヨーロッパ」(チークタイムの定番!)などを

いつも演奏しており、未だに耳に残っている。

なのでサンタナを聴くと、あの店の客やスタッフのこと、

そこで起こったいろいろな出来事を思い出すのだ。

 

働いていたのは3カ月か4ヵ月程度だったが、

いろいろ社会勉強・人生勉強をさせてもらって、

今では感謝の気持ちを持って思い出す。

 

というわけで、

実際のサンタナとは全然ちがう話になってしまったが、

この映像はオンラインで世界各地の音楽家を結ぎ、

みんなで名曲を協奏するというプロジェクト

「プレイング・フォー・チェンジ」によるバージョン。

 

サンタナのロックテイストにプラス、

オリジナルであるチャチャチャのニュアンスも

色濃く出ていて、めっちゃカッコいい。

「僕のリズムを聴いとくれ」という邦題がぴったりだ。

もちろん、南国の空に響き渡る

カルロス・サンタナのギターソロは圧巻。

 

あのサムシングのバンドリーダーは、

今もまだサンタナを聴いてギターを弾いているのだろうか?

 


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ありがとうの夏

 

17日間連続となった夏休み無料キャンペーンは

本日16時を持って無事終了。

ご購入いただいた方々、ありがとうございました。

よろしければレビューをお寄せください。

 

今後も月1ペースでKindleで小説・エッセイを

UPしていく予定です。

今後ともよろしくお願いいたします。

夏はまだまだto be continue。

 


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日本人にモテる“グロかわいい”ハンザキ

 

岡山県真庭市・湯原温泉郷の「はんざき祭り」は、

本日が本祭。

「ハンザキを喰った話」なんて本を書いていたのに、

こんなお祭りが60回も行なわれてるなんて、

ついこの間までちーとも知らなかった。

 

ちなみに本来は8月7日が前夜祭、8日が本祭。

今年は台風接近のリスクを避けて日程を変更した。

 

今年は無理だったが、いつか行きたい。

ハンザキ愛にあふれた湯原温泉郷の人たちのお話を

ぜひ聞いてみたいと思う。

 

じつは「ハンザキを喰った話」は、

岡山でなく他県のハンザキ生息地の人のお話を

モチーフに書いた。

 

どう見てもグロいとしか思えない地球最大の両棲類だが、

日本各地において、その“グロかわいさ”は

時代を超えた人気を獲得し、

歌に、キャラクターに、お土産物に、お祭りに

大活躍している。

 

まさに日本の誇り、日本の宝。

そしてどこかSDG'sのシンボルのようにさえ見え、

世界中から愛される勢いさえ感じられる。

これからの時代、ますます

ハンザキ、ハンザケ、オオサンショウウオに注目だ。

 

はんざき祭り開催につき、さらに延長 

親子で読もう!

夏休み無料キャンペーン最終弾

ハンザキを喰った話

8月24日(木)15:59まで

オオサンショウウオに変態した100歳の発明家をめぐる怪異幻想譚。


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岡山県真庭市・湯原温泉はんざき祭り開催につき無料キャンペーン延長 

 

岡山県真庭市・湯原温泉はんざき祭り開催につき、

さらに延長 

親子で読もう!夏休み無料キャンペーン最終弾

ハンザキを喰った話

 

8月22日(火)16時8月24日(木)15:59まで

 

ハンザキに変態した発明家をめぐる怪異幻想譚。

はんざき祭りは本日前夜祭。明日本祭。

光り輝く黄金のハンザキが温泉街を練り歩く!

 


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認知症と回想療法士

 

認知症、あるいは認知症介護が

現実のものになると人生観が変わる。

 

先日、「回想療法士」を取材した。

回想療法とは古い写真などを見て、

認知症患者、また認知症でなくても元気のない高齢者と

いっしょに思い出を共有するというメソッド。

 

通信講座で取れる民間の認定資格だが、

ルールを覚えればそう難しいものでもなく、

たとえばカラオケで懐メロを歌うだけでも

回想療法になるらしい。

 

ただし療法といっても、これで認知症が治るわけではない。

予防になったり、

軽度の段階なら進行を遅らせることは可能らしく、

その辺もまだ研究の最中ということだ。

 

僕が取材した人たちは回想療法を活かした

商品を作っているのだが、

病院や介護施設の一部でも活用されているらしい。

 

ちょっと前まで認知症は、痴呆症、老人ボケなどと言われ、

これになったら半死人、ほとんど廃人みたいな扱いだった。

そうした認識がこの10年ほどの間に激変した。

 

理由は簡単で、当事者、

つまり自分ごとと考える人が増えたからだ。

他人ごとのうちはボケとか軽口を叩いたり、

廃人扱いしても心が痛むことなどなかったが、

身内や大切な人が発症して介護者になったり、

自分自身もなるかもと考えると、そうはいかない。

 

いまや認知症はポピュラーになり、

嫌な言い方かも知れないが、

多くの人のビジネスのネタになるようになった。

認知症をネタにした本を書いている僕も

その一人といえる。

 

次の段階としては、これからまだまだ増えるであろう

認知症患者を、どう役に立つようにするかが、

大きな社会課題になっていくだろう。

 

親子で読もう!

夏休み無料キャンペーン第6弾

ざしきわらしに勇気の歌を

8月22日(火)16時59分まで

認知症になった寅平じいさんの人生最後のミッション。それは最強の妖怪「むりかべ」に立ち向かうざしきわらしのきょうだいを得意の歌で応援することだった。笑ってちょっと不思議な気持ちになる、妖怪幻想譚。 

 


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親子で読もう!夏休み無料キャンペーン第6弾 「ざしきわらしに勇気の歌を」

 

好評につき延長 

親子で読もう!夏休み無料キャンペーン第6弾

「ざしきわらしに勇気の歌を」

 

8月20日(日)17時~8月22日(火)16時59分まで

 

認知症になった寅平じいさんの人生最後のミッション。

それは最強の妖怪「むりかべ」に立ち向かう

ざしきわらしのきょうだいを

得意の歌で応援することだった。

笑ってちょっと不思議な気持ちになる、妖怪幻想譚。 

 


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週末の懐メロ148:ウェルカム上海/吉田日出子

 

1979年、オンシアター自由劇場が上演した音楽劇

「上海バンスキング」のテーマ曲。

昭和10年代(1930年代後半から40年代前半)の

上海租界を舞台に、

享楽的に生きるジャズマンをめぐる物語で、

劇中演奏されるのはジャズのオールドナンバーだが、

オープニングとクロージングを飾るこの曲はオリジナル。

 

主人公のまどか役で歌手の吉田日出子は

小劇場界では名の知れた魅力的な女優だったが、

この芝居まで歌手としての経験はほとんどなかった。

 

また、ジャズマンたちも串田和美(シロー)や

笹野高史(バクマツ)をはじめ、楽器は素人同然。

 

にもかかわらず、演奏はノリにノってて素晴らしかった。

それはもちろん、この物語がとてつもなく面白く、

感動的だったからである。

 

僕は「上海バンスキング」の初演を見た。

当時、オンシアター自由劇場の拠点劇場は、

外苑東通りと六本木通り(首都高3号)とが交わる

六本木交差点からすぐ近くの雑居ビルの地下にあった。

 

キャパ100人の小さな劇場(というよりも芝居小屋)には

観客が溢れかえり、

広さ8畳程度の狭い舞台には、

主演級の他、楽器を携えた楽団員役を含め

20人を超えるキャストが出入りして熱演した。

あんな狭いところでいったいどうやっていたのか、

思い出すと不思議で仕方がない。

 

舞台となるのは、まどかとシロー夫妻の家の広間だが、

舞台セットなどは椅子とテーブルがあるだけ。

そこが突如ジャズクラブに変貌したりするシーン構成、

いろいろな登場人物が錯綜するストーリー展開、

そして時代が日中戦争、さらに太平洋戦争へ続いていく

ドラマの流れは、リアリズムをベースに、

時にファンタジーが入り混じり、

さらに歴史の残酷さを描き出す叙事詩にもなるという、

舞台劇の醍醐味に満ちていた。

 

ジャズと笑い・ユーモアに彩られながらも、

「上海バンスキング」はけっしてハッピーな物語ではない。

後半は戦争の暗雲が登場人物たちの人生を狂わせていき、

終盤、自由を、仲間を、そして音楽を失ったシローは、

アヘンに溺れ、やがて廃人になってしまう。

変わり果てた夫を抱きしめて、まどかは最後に

「この街には人を不幸にする夢が多過ぎた」と呟く。

 

ひどく苦い結末を迎える悲劇なのだが、

追憶の中、二人の心によみがえる「ウェルカム上海」は、

思わず踊りだしたくなるほど陽気で軽やか。

その楽しいスウィングは、

同時に哀しく美しい抒情に包まれる。

 

劇作家・斎藤憐はこの作品で

演劇界の芥川賞とされる岸田國士戯曲賞を受賞。

オンシアター自由劇場は

1979年の紀伊国屋演劇賞団体賞を受賞。

 

再演するごとに人気は高まり、

キャパ100人の劇場は連日満員で客が入りきらなくなり、

やがて大きな劇場で何度も再演されることになる。

 

それまで演劇など見たことのなかった人たちでさえも

虜にし、1984年には、深作欣二監督、

松坂慶子・風間杜夫の主演で映画化。

20世紀の終わりまで上演され続ける

日本の演劇史に残る名作になった。

 

オールドファンとしては、

吉田日出子をはじめとするオリジナルキャストの

歌・演奏・演技はあまりにも印象的で忘れ難いが、

新しい若いキャストで今の時代に再演しても

ヒットするだろうと思う。

 

不幸のリスクを背負っても夢を求めるのか、

夢など見ずに幸福(というより不幸ではない状態)を

求めるのか、

いつの時代も、いくつになっても、

人生の悩みと迷いは変わらないのだ。

もう一度、舞台で「ウェルカム上海」を聴いてみたい。

 

夏休み無料キャンペーン第5弾

「ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力」

8月20日(日)16時59分まで

 ポップミュージックが世界を覆った時代、ホームビデオもインターネットもなくたって、僕らはひたすら妄想力を駆使して音楽と向き合っていた。

 心の財産となったあの時代の夢と歌を考察する音楽エッセイ集。


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おりべまこと11日間連続 親子で読もう!夏休み無料キャンペーン第5弾 「ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力」

 

おりべまこと11日間連続 

親子で読もう!夏休み無料キャンペーン第5弾

 

「ポップミュージックをこよなく愛した

僕らの時代の妄想力」

 

8月18日(金)17時~8月20日(日)16時59分

 

ロックが劇的に進化し、ポップミュージックが

世界を覆った時代.

ホームビデオもインターネットもなくたって、

僕らはひたすら妄想力を駆使して音楽と向き合っていた。

 

僕らのイマジネーションは音楽からどれだけの影響を受け、

どんな変態を遂げたのか。

心の財産となったあの時代の夢と歌を考察する

音楽エッセイ集。

 

もくじ

●八王子・冨士森公園のスローバラード駐車場で、

ポップミュージックをこよなく愛した僕らの時代の妄想力について考える

 

●純情ストーカー男と純心DV願望女の昭和歌謡

 

●悲しいことなんてぶっとばすロックンロールバンドのモンキービジネス

 

●21世紀のビートルズ伝説

 

●義弟のアナログレコードと帰ってきたカレン・カーペンター

●森田童子の思い出:僕らの時代の子守唄

ほか全33編

 


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映画「ザリガニの鳴くところ」  陸と海との境界の物語

 

事件の真相は、初恋の中に沈んでいる――。

 

宣伝コピーがカッコいい「ザリガニの鳴くところ」は、

全世界で累計1500万部を売り上げた

ディーリア・オーエンズの同名小説の映画化。 

 

1969年、ノースカロライナ州の湿地帯で、

将来有望な金持ちの青年が変死体で見つかる。

殺人事件の容疑者として逮捕されたのは、

「湿地の少女」と呼ばれる孤児の女の子。

 

彼女を裁く陪審員裁判で事件の真相が明かされていく。

しかし、本当の真実が明かされるのは

それから半世紀のちの現代(映画のエピローグ)。

人生の結論はすぐには現れず、

目に見えないところに深く沈み、

思いがけない時に浮かび上がってくる。

 

原作小説は一昨年、読んでいた。

作者のオーエンズは動物学者で、

その知見をふんだんに活かし、

湿地の生態系について詳しく描写しており、

それと人間ドラマとがブレンドされて、

詩的でスケールの大きな物語になっている。

 

湿地という土地自体がミステリアスで、

様々な暗喩に満ちており、

人間の心のなかの世界を表現しているかのようだ。

 

ただ、ミステリー映画という頭で見ると、

正直、論理的に甘い部分が気になるかもしれない。

冒頭の宣伝コピーも

実際の内容とはちょっとズレてる感じが否めない。

 

映画化に際してストーリーは単純化され、

殺人事件の真相解明に焦点が絞られているが、

アメリカ社会に深く根を張った

児童虐待・家庭崩壊の問題も

もっと突っ込んで描いてよかった気がする。

 

アマプラで見た(今でも見られる)が、

陸と海との境界となっている雄大な湿地帯の風景と、

そこで暮らす人々のライフスタイルは、

映画館のスクリーンサイズで見たかった、という印象。

 

その映像をバックにしたプロローグとエピローグの

ナレーションもしびれるほど詩的でイマジネーティブ。

「ザリガニの鳴くところ」というタイトルの意味も分かる。

 

そして、ラブシーンがいい。

ドラマの文脈、映像の美しさ。

若い俳優さんがあまり美男美女過ぎないのもいい。

こんなきれいなラブシーンは久しぶりに見た気がして、

年甲斐もなく、ムズムズソワソワしてしまった。

 

夏休み無料キャンペーン 第4弾

ちち、ちぢむ 

8月18日(金)15時59分まで

 

 ろくでなしだけど大好きなお父さんが

「ちっちゃいおじさん」に!

 人新世(アンドロポセン)の時代を生きるアベコベ親子の奇々怪々でユーモラスな冒険と再起の物語


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おりべまこと11日間連続 親子で読もう!夏休み無料キャンペーン 第4弾「ちち、ちぢむ」

 

親子で読もう!

夏休み無料キャンペーン 第4弾

ちち、ちぢむ 

8月16日(水)16時~8月18日(金)15時59分

 

 

ろくでなしだけど大好きなお父さんが

「ちっちゃいおじさん」に!

 

将来、生物学者をめざす秀才ケントは、

これはオタマジャクシの時よりも小さくなってしまう

アベコベガエルと同じく、

アポトーシス(細胞の死)による

変異が起こっていると解析。

 

社会の役に立たないハンパな男たちが

こぞって縮んでしまう怪現象は、

人類による環境破壊を阻止しようとする

地球の意志なのだろうか?

 

人新世(アンドロポセン)の時代を生きる

アベコベ親子の奇々怪々でユーモラスな冒険と再起の物語。

 


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終戦記念日と「文化復興1945年」

 

終戦記念日。

日本人として78年前のあの惨劇に向き合う日。

――というのは正論だが、

「戦争を知らない子どもたち」が

8割以上を占めてしまった今の日本では、

なかなかできないことだろう。

 

そんな時にこの本をおススメ。

戦争に負けたからと言って日本が滅ぶわけでも、

日本人が皆殺しにされるわけでもない。

みんなの人生は続くし、国も世界も続く。

 

8月15日だって玉音放送を聞いて、

日本国民が全員、泣き崩れ、

茫然自失していたわけでもない。

負けたと分かった瞬間から復興は始まったのだ。

 

戦後の復興について知るのに、

政治や社会情勢から入るのは厳しいが、

映画・演劇・音楽・出版・スポーツなどの

娯楽の分野からなら入りやすいのではないか。

 

この本はタイトル通り、

1945(昭和20)年8月15日以降の4ヵ月半の間、

映画・演劇・音楽・出版・スポーツなど、

各分野の文化の担い手たちがどう再起し、

娯楽産業を復興していったかの記録だ。

 

著者の中川右介は、文学・音楽・映画などの

評伝・評論を書いている人で、

膨大な資料を調べ上げ、

あくまで客観的な事実を重視したスタンスと、

むやみに感動を煽ったりしない、

淡々としたジャーナリスティックな筆致で綴っている。

それが却って胸にしみてくるのだ。

 

これらの娯楽産業は、コロナ禍や災害時に言われる

「不要・不急な」分野なのだが、

日本中が不安と飢えと貧困にあえぐ中、

わずか4ヵ月半で、いわゆる主要産業よりも先に

復興へ歩み出していたことに驚く。

 

なぜ文化の担い手たちにはそんな力が合ったのか?

そのエネルギーはどこからやってきたのか?

映画・演劇・音楽・出版・スポーツなどが

人の生活にどんな役割を果たしているのか?

そんなことを考えるのも楽しい。

 

最近、またもや世間は昭和ブームとかで、

懐メロや昔ばなし、昔の映像がしょっちゅう

テレビやネットで流れているが、

その源流となる1945年について知ると

もっと面白くなるかもしれない。

 

夏休み無料キャンペーン第3弾

昭和96年の思い出ピクニック

8月16日(水)15時59分まで

 

みんなが愛して憎んで生きた昭和時代を1960(昭和35)年生まれの著者が探検する面白まじめエッセイ集。

終戦記念日には昭和のことに思いを馳せよう。


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親子で読もう! おりべまこと夏休み無料キャンペーン 第3弾「昭和96年の思い出ピクニック」

 

おりべまこと夏休み無料キャンペーン第3弾

昭和96年の思い出ピクニック

8月14日(月)16時~8月16日(水)15時59分まで

 

みんなが愛して憎んで生きた昭和時代を

1960(昭和35)年生まれの著者が探検する

面白まじめエッセイ集。

終戦記念日には昭和のことに思いを馳せよう。

 

もくじ

・西城秀樹さんのお葬式:青春の同窓会

・ちびまる子ちゃんとサザエさんはいつまで続くのか?

・昭和オカルト大百科

・新聞少年絶滅?物語

・死者との対話:父の昭和物語

・社会全体の児童虐待と「晴れた空」

ほか30編


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夏は短く、人生も短い

真夏。川沿いの道、木々の間を歩くと、

セミの命の限りの鳴きっぷりに心打たれる。

 

今日は台風の影響で朝から断続的に

土砂降りになっているが、

その短いやみ間、晴れ間を有効活用して

セミは懸命に鳴く。

5分、10分の時間も無駄にするものかという姿勢は

チョコザップみたいだ。

 

そのセミも先週あたりから選手交代が目立つようになった。

道端には命尽きたアブラゼミがコロコロ転がるようになり、

代わりにツクツクボウシの鳴き声が混じって来た。

朝早くと夕方遅くはヒグラシの独特の鳴き声も響く。

ヒグラシのゆったり伸るような声を聞くと、

なぜか怪談を連想する。

 

まだまだ暑いけど、

ツクツクボウシとヒグラシの声が増えると、

夏も後半に入ったなという感じがする。

 

長いと思っていた夏休みも半分終わり、

後半戦に入るとあっという間に過ぎ去る。

人生も同じく、後半戦に入ったと思ったら、

光陰矢の如し。

セミのように短い命を鳴き通そう。

 

親子で読もう!おりべまこと11日間連続 

夏休み無料キャンペーン第2弾

いたちのいのち

8月14日(月)15時59分まで

 

小学生の女の子カナコと、彼女が世話をしているフェレットとの楽しいお話。

夏休みの読書感想文にもどうぞ。


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親子で読もう!おりべまこと11日間連続 夏休み無料キャンペーン 第2弾「いたちのいのち」

 

夏休み無料キャンペーン第2弾

いたちのいのち

8月12日(土)16時~14日(月)15時59分まで

 

カナコは10歳。小学4年生。お母さんと二人暮らし。

しかしもう一人、というか一匹、

いっしょに暮らす同居者がいる。

その名は「イタチ」。ペットのフェレットだ。

学校でも家でも口をきかないカナコにとって、

イタチは唯一、心を開いて話ができる親友であり家族だ。

 

天使だったイタチは、

人間として地球に生まれることを望んでいが、

天国の〈地球いきもの派遣センター〉の

手続き上のミスによって人間になるのを諦め、

その代わりにフェレットとして

ワンサイクルの命をまっとうすることになった。

 

子どもからちょっとおとなに変わっていくカナコと、

そのそばで天使の目を持ったまま生きる

フェレットのイタチ。

それぞれの日常生活と事件の数々、

そして別れまでを描く動物ファンタジー。

 


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週末の懐メロ147:愛のコリーダ/クインシー・ジョーンズ

 

今日もディスコ!ダンスダンスダンス!

マイケル・ジャクソンのプロデューサーとしても

おなじみのクインシー・ジョーンズ、

1981年リリースの大フィーバー曲。

 

ちなみに歌っているのはデューン(チャールズ・メイ)と

パティ・オースティンという人で、

クインシー・ジョーンズはドピンクのシャツを着て

ウロウロしている黒人のおっさんです。

 

この曲、つい昨日までジョーンズのオリジナルだと思っていたが、

実はチャズ・ジャンケルという歌手が

前年に出した曲のカバーだった。

しかも、もと歌もそんなに変わらないディスコビート。

 

それでもこの頃、すでに巨匠だった

クインシー・ジョーンズが取り上げ、

世界中のディスコで響きわたり、

若者たちが踊りまくったことで、

すっかりこのバージョンが定着してしまった。

 

戦前生まれ(1933)のクインシー・ジョーンズは、

ジャズミュージシャン、アレンジャーとして、

60年代前半から音楽業界で大活躍。

マイルス・デイヴィスやフランク・シナトラらの

プロデュースを手がけたり、

映画やテレビドラマのサントラも多数つくっている。

 

そして80年代以降はソウル系ポップ・ロックの

大ボスとしてマイケル・ジャクソンはじめ、

世界のスターミュージシャンらに多大な影響を及ぼした。

 

「愛のコリーダ」というタイトルは、

邦題ではなく、オリジナルのまんま。

1976年に大島渚監督が発表した映画から

いただいたものだ。

 

大島渚の最も有名な代表作は

1983年の「戦場のメリークリスマス」だが、

戦メリ以前の大島監督の代名詞と言えば、

初の海外進出作で、カンヌ国際映画祭で賞を取った

「愛のコリーダ」だった。

 

同作は戦前の日本社会を騒然とさせたエロ猟奇殺人事件

「阿部定」を題材とした問題作だが、

歌の方はべつに映画の内容とは関係ない。

(猟奇殺人の歌で踊ってたら、やっぱヤバい)

 

強いて言えば「究極の愛」について歌っているから

同じ題名にしたのか。

「愛」は日本語、

「コリーダ」はスペイン語で「闘牛」の意味だから、

アメリカ人にとってはエキゾチックなムードが

出せるのだろう。

愛し合い、いっしょに踊る男女を

闘牛と闘牛士に見立てたのかもしれない。

 

かつてのディスコミュージックの帝王は、

90歳になる今も健在で、

元気に音楽活動を続けているようだ。

グレート。

 

 

親子で読もう!夏休み無料キャンペーン

オナラよ永遠に

8月12日(土)15時59分まで

 

 

一発の小さなオナラから巻き起こる

愛と笑いと冒険のSFファンタジー。


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おりべまこと11日間連続 夏休み無料キャンペーン 第1弾「オナラよ永遠に」

 

親子で読もう! 夏休み無料キャンペーン

オナラよ永遠に

8月10日(木)16時~8月12日(土)15時59分

 

ぼくは小学5年生の救太郎。

かわいいあの子を守るために、

学校の教室で彼女が漏らしたオナラの罪をかぶって

「ヘコキ虫」と、いじめられるハメに。

でも、それだけじゃなかった。

未来からタイムスリップして来たサイボーグ・プ―太郎に

「君は救世主だ」と決めつけられ、

人類を脅かす恐るべき敵との戦いに巻き込まれてしまう。

一発の小さなオナラから巻き起こる

愛と笑いと冒険のSFファンタジー。

 


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おりべまことKindle夏休み無料キャンペーン2023

 

親子で読もう!明日10日(木)から

おりべまことKindle夏休み無料キャンペーン2023

子どもが読める、大人も楽しい電子書籍

 

8月10日(木)16:00~12日(土)15:59

「オナラよ永遠に」

小学5年生の小松救太郎は、ぬきうちテストの最中にオナラをもらし、クラス中からいじめられる。しかし、その真犯人は彼の好きな女の子だった。一発のオナラから巻き起こる愛と笑いのSFファンタジー。

 

 

12日(土)16:00~14日(月)15:59

「いたちのいのち」

小4の女の子カナコと天使の目を持ったペットのフェレット

「イタチ」との日常とファンタジーを行き来する物語。

 

14日(月)15:59~16日(水)15:59

「昭和96年の思い出ピクニック」

みんなが愛して憎んで生きた時代を1960(昭和35)年生まれの著者が探検する面白まじめエッセイ集。

 

16日(水)16:00~18日(金)15:59

「ちち、ちぢむ」

お父さんが「ちっちゃいおじさん」に!

役立たずの男たちが縮んでしまう怪現象は地球の意志なのか? アベコベ親子の奇々怪々でユーモラスな物語。

 

 

18日(金)16:00~20日(日)15:59

「ハンザキを喰った話」

オオサンショウウオの不思議な生命力に人生を左右されることになった明治・大正の発明家と、昭和・平成のライターの怪奇な運命の物語。

 


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長崎の原爆は誰がさく裂させたのか?

 

今日のNHKのニュースで、

長崎原爆資料館の展示物の表記を

原爆が「投下された」から「さく裂した」に

変えると聞いた。

僕は違和感を感じ、なんで?と思った。

「投下」は主体がはっきりしている。

原爆を搭載した米軍機が飛行するイメージが浮かぶ。

 

米軍が投下した。米軍が原爆を投下した。

Atomic Bomb was Droped.(by U.S. Army)

U.S. Army droped Atomic Bomb.

 

ところが「さく裂」だと主体があいまいだ。

飛行機の姿も見えない。

 

原爆がさく裂した。

Atomic Bomb was Exploded.

 

そこに(by U.S. Army)が入る余地はない。

原爆が自然にさく裂したのか?

原爆がみずから意思を持ってさく裂したのか?

あるいは、どこか別の惑星から地球外生命体がやってきて

さく裂させたのか?

 

そんなはずはない。

そんなのわかっているだろ。

おまえの言っていることはおかしい。

くだらんツッコミを入れるな。

と言われるかもしれない。

 

ニュースの内容は以下の通り。

 

長崎市の原爆に関連して「11時2分」という

時刻について、

長崎原爆資料館では一部の展示物で

原爆が「投下された」時刻と表記されています。

これについて被爆者の一部からはより正確に

「さく裂した」という表記にあらためるべきだ

との意見が出ていることなどから、

長崎市は今後、展示物の表記を見直す方針です。

 

被爆者の人の指摘なら仕方ないかとも思うが、

主語は大切にした方がいい。

主語があいまいになると、責任もあいまいになる。

 

そもそも「投下された」という受動態も変だ。

当たりが柔らかくなるからか、

責任をボカした方が都合がいいからか、

日本人はやたらと受動態の文章を好み、

人ではないモノ、概念などを主語にしてしまう

ケースが多い。

 

同資料館が子どもが原爆について学ぶ場であり、

後世に伝えていく施設であるなら、

“誰が”原爆を投下したのか、

“誰が”この暴力・殺戮を行使したのか、

言わずもがなにせず、
一読ではっきり
事実と責任が

かるように表現すべきではないかと思う。

 

 

「米軍が投下した原爆が、

11時2分に長崎市上空でさく裂した」

 


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おりべまこと新刊発売「書く人に効くサプリメント」

仕事としてライターをやりたいのなら、

まず書くことを楽しむこと。

書くことを楽しむことなく、

良い文章・りっぱな文章・人に褒められる文章を

書こうとしても、絶対に続きません。

 

そしてライターの仕事のうち、書くことは半分だけ。

あとの半分はクライアントや取材相手と

良い人間関係を築くことです。

これができないと仕事はあなたのところには来ません。

まずこの二つを踏まえて、

ライターの仕事に興味のある人は読んでみてください。

薬にはなりませんが、

サプリメントくらいの効用はあるかも。

 

実用的なマニュアルっぽいものもいくつかありますが、

基本的には自分の感想・考察などを綴った

エッセイなので、

「ふーん、こういうやり方・考え方もあるのか」

と思って気楽に読んでみてください。

 

もくじ

・まえがき みんなライター あなたも物書き

・メディアにおけるメールを利用した取材について

・追記:リモート取材

・メモ帳活用ライティング

・自伝を書いて脚色する

・ライターの仕事の半分以上は取材

・代筆業の進め方 具体例

・AIライター・ロボットライター

・人に見せない、自分だけの秘密の文章を書く

・「継続は力なり」を今頃やっと実感

・ライターという職業の面白さ

・マルチなわらじと自分マネージメント術

・取材はイベントにしたい

・ビジネスのための本気の企業理念

・デジタル時代ならではのアナログ手書き写本トレーニング

・企業ブランディングとストーリーテリング

・世界は代筆でできている

・ホームページに心のこもったお手入れを

・インタビュー術「あなたの健康の秘訣は?」

・文章力よりも相手のいいところを発見する力

・「みみずくは黄昏に飛び立つ」は書き手・聞き手のバイブル

・本を出したい人は心の地図を開いてブログを書こう

・春の小川流さらさら仕事術

・自動書き起こしソフトから生まれた地球のメッセージ?

・日本人はデジタルに心を求める

・あとがき 村上・キング方式をマネる

 

Kindleより本日発売。¥300


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真夏の5類コロナ防衛策

 

先週開催の有名花火大会に行った知人が

コロナで高熱を出して寝込んでしまった。

もうほとんどの人が気にしておらず、

感染者数もわからないし、報道もされない。

しかし、コロナは確実に広がっていると思う。

 

この3年間、

真夏は真冬をしのぐほど感染者数が跳ねあがり、

重症者数・死者数も年間のピークだった。

今年だって例外ではない。おそらく。

 

5類移行で行動制限がなくなったということは、

「今後はすべて自己責任でお願いします」ということ。

家族などに感染させるリスクも、医療施設の治療費も、

何でも自己負担しなくてはならない。

 

それに昨年まではコロナになったと言えば、

「たいへんだね」「しかたないよね」と

社会的な同情・共感(?)も得られたが、

今年からは周囲の反応も冷たいだろう。

「なんであたしだけが」「おれだけが」と、

メンタルがへこみやすくもなる。

 

お祭りムード・夏休みモードに水を差す気はないし、

遊びに行くなという気もない。。

混んでるのはいやだと言う人は多いが、

その一方で、わいわい賑やかじゃなきゃ面白くない、

気分が盛り上があらないというのもまた事実。

 

ただ、相変わらずリスクはあるんだということは

頭のどこかに留めておいて、

自己防衛策はちゃんとしたほうがいい。

 

真夏に感染者が増えるのは、

おそらく冷房で換気が不十分になりがちだからだろう。

コロナウィルスはインフルエンザと違って

高温も気にしないので、年間通して活発に動けるようだ。

 

この猛暑で熱中症のリスクも気になるが、

やはり換気はちゃんとこまめにした方がいいいだろう。

換気の良くない場所には長時間いないこと。

人ごみに揉まれた後で、換気の悪い店で一杯、

というのが一番やばいパターンかも。

 

暑いけどリスクが気になる人は

マスクも付けた方がいいだろうし、

手洗いをこまめにするのは必須。

 

今週はお盆で帰省ラッシュになる。

人混むのを楽しむのは、お祭りに共通して、

日本人独特の感性みたいなものだが、

コロナにかかって後々苦しむことのないよう

しっかり防衛策を。

 


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週末の懐メロ146:貿易風にさらされて/マザー・グース

 

シティポップのミックスを聴いていたら偶然の再会。

かなり遠い昔、

高校時代にラジオで1度聴いたきりの曲で、

曲名も歌手の名前も全然知らなかったが、

さわやかで親しみやすく、ちょっとだけメロウな旋律と

「シュワっとはじけて」という夏っぽいフレーズが、

頭の奥の引き出しに録音されていた。

 

1977年リリース。

マザー・グースは金沢出身の女性3人組バンド。

この曲は彼女らのオリジナル曲で、一度、

前年発売のデビューアルバムに収められていたが、

それを山下達郎が編曲・プロデュースを手掛け、

シングル盤として新たに発売した。

当時まだマイナーな存在だった

(伝説の「シュガーベイブ」というバンドをやっていた)

山下達郎にとって初めてのプロデュース作だったらしい。

 

すごいのは山下をはじめとするバックの演奏陣で、

ティンパンアレイの林立夫、細野晴臣、鈴木茂、

そしてまだ無名のスタジオミュージシャンだった

坂本龍一など、日本のポップミュージックシーンを築いた

若き日のビッグネームたちがこぞって参加している。

 

「貿易風」とは聞き慣れない言葉だが、

横浜などの貿易港のイメージなのだろう。

改めて聴くと、女性がオトコ目線で歌う歌詞は

ユニークで楽しく、ちょっと不器用感があって、

そこがまたひどくみずみずしくて印象的だ。

 

世界で人気のジャパニーズ・シティポップは、

80年代の曲がメインだが、

そこまできらびやかでなく、

イマイチ洗練されきっていない、

70年代後半感が漂うサウンドは、とても気持ちいい。

 

ちなみにこの頃はシティポップも、

J-POPという言葉もなく、

やっと「ニューミュージック」という言葉が

広がり出したころだ。

 

いずれにしても、いつまでもみずみずしさを失わない、

不思議な魅力のある歌。

ジャパニーズ・シティポップの隠れた名曲として

より大勢の人が聴いて楽しんでくれるといいと思う。

 


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おりべまこと新刊予告「書く人に効くサプリメント」

 

これは「物書きをめざす人」と

「物書きを続ける人」に向けた本である。

 

ブログで時々、仕事についての話を書いているが

割と覗いてくれる人が多い。

数年前の記事でもちょくちょくアクセスがある。

それで興味を持つ人のために一度、まとめてみた。

 

この本で物書きと言うのは、

職業としてのライター(執筆業)はもちろんだが、

職業としていなくても、

何らかの文章を書く人・書きたい人全般を指している。

書くという行為は、本能とまではいわないまでも、

かなり人間の本質的な部分から起こす行動だと

思うからだ。

 

特に情報化が進んだ世の中で生きる現代人にとって、

この表現活動は生活の一部であり、人生のなかでけっこう大きな部分を占めていると思う。

 

毎日SNSで何かしら自分の意見を

発信している人だって、

自分の文章に責任を持てる人であれば

ライターと呼んでもいいし、

名乗ってもいいかもしれない。

逆に言えば、ライターと名乗ることで

発信のしかたも変わってくるのではないだろうか。

 

そんなわけで僕のブログの仕事の話に

興味を持ってくれる人は、みんな物書きであり、

ライターと言ってもいいと思っている。

 

現代社会では人は皆、自分の意思次第で

「人生の中でいつか物書きになることをめざす人」

にもなれるし、

「一生物書きをやり続ける人・物書きであり続ける人」

にもなれるのだ。

 

僕はもう還暦を過ぎているが、

ライターと名乗って仕事を始めてから、

かれこれ30年以上経つ。

もともと演劇やテレビ・ラジオドラマの

脚本を書いていて、最近は小説なども手掛けているが、

ここでは基本的にビジネス関係

(書籍出版・雑誌・ウェブ記事)の

執筆活動の話をまとめてみた。

 

特に取材・インタビューについての話が多いので、

そうした方面の仕事がしたい人・している人には

ちょっと面白く、役に立つかもしれない。

 

実用的なマニュアルっぽいものもいくつかあるが、

基本的には自分の感想・考察などを綴った

エッセイなので、

「ふーん、こういうやり方・考え方もあるのか」

と思って気楽に読んでほしい。

8月6日(日)発売予定。

 


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昭和98年8月と17歳の父

 

子供の頃、戦後復興世代の両親に

よく話を聞かされたせいか、

僕にとって8月は戦争・戦後のイメージに包まれている。

 

終戦はこの世に生まれる15年も前

(でもたった15年前!)のことで、

まったく未経験だが、

わりと鮮明に過去のビジョン(とでもいうべきもの)が

脳裏に刻まれている。

 

復興期が自分の青春期ともろに重なっていた父親は、

事業で成功して家を建てた後は、

あちこち旅行に行ったり、

美術品や骨董品を集めていたが、

仕事を辞めるとそれにも飽きて、

晩年はしきりに昭和20年代から30年代前半のことを

回想していたフシがある。

 

そういえば8月は父の誕生日もある。

焼け野原の中で軍需工場での仕事も失い、

17歳の誕生日を迎えた少年は

何を考えていたのだろう?

今ならそこをピンポイントで聴いてみたいところだが、

もう遅すぎる。

 

めっちゃ大変だったが、めっちゃ面白かった時代。

戦争・戦後を語る際、

悲劇・惨劇・怒りばかりが強調されて伝えられるのは

しかたないことだ。

「面白かった」なんて言おうものなら、

つるし上げを食らいそうだが、

大半の日本人は、実はそう思っていたのではないだろうか。

 

それくらいの元気がなければ、

ここまで経済成長はできなかっただろうし、

これほど百花繚乱の昭和文化は生まれなかっただろう。

平成・令和と時代が進むにつれて

そうした印象を強くする人は

むしろ増えているのではないだろうか。

たんなる懐メロでなく、ノスタルジーでもなく、

昭和は未来まで、ルネッサンスのような

面白い時代として記憶されるに違いない。

そんな思いもあって

気まぐれで昭和シリーズのエッセイを書いている。

第2弾は「昭和99年」、

3弾は「昭和100年」の出版を予定しているが、

考えてみたらもうすぐそこだ。

 


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要介護認定更新の日

 

1ヶ月ほど前、義母の要介護度認定更新の調査があり、

きょうその査定結果を聞いた。

要介護度は上がらず下がらず、

いっしょに暮らす前と変わらず3のまま。

これでまた次の4年間を送ることになった。

 

認知症の認定を受けたのは10年ほど前からだが、

その10年ほど前、

つまり20年ほど前から症状はすでに始まっていたらしい。

そう言われていま思い返すと、

まだチビだった息子を連れて訪ねた時、

ところどころおかしな言動が見受けられた。

 

その頃は今ほど認知症が“認知”されておらず。

まだ「ボケ」とか「痴呆症」と呼ばれていた

 

時代だったので、

いっしょに暮らしている家族としては、

そんなことを認めたくなかったのだと思う。

 

これまでのデータでは、

認知症は発症から10年ほどで死に至る病とされているが、

そこだけ考えるとずいぶん長期間、

おとなの人間としての機能が維持できている。

 

引きこもりの人が朝の散歩を始めて、

花の匂いを感じたり、鳥の声を聞いたり、

風を肌に受けたりすることで、

しだいに気分がやわらぎ改善した、

という話を聞いたが、認知症の場合もそれと同じで、

日常的に川沿いを歩くことなどで

脳に良い影響を与えているのかもしれない。

 

ただ、いずれにしても介護は大変で、

カミさんと二人でやっているから何とか持っているが、

一人ならとっくの昔につぶれている。

 

ヤングケアラー、ビジネスケアラーも

これから大勢発生するだろう。

この先、10年・20年、

日本社会(そしてほとんどの先進国)にとって、

介護はますます大きなテーマになっていきそうだ。

 

未来を担う人たちを育てる子育てもそうだが、

これまで社会のために功労してきた人たちを

介護することも、その家族にとっては一大事業なのである。

 


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新刊予告「書く人に効くサプリメント」

 

本日は電子書籍の新刊予告。

エッセイ集:仕事「書く人に効くサプリメント」

 

ブログで気まぐれで書いている

ライター業に関するエッセイ・書き方マニュアルなどが

割とよく読まれているようなので、

電子書籍にまとめて発売することにしました。

 

ライターの仕事をやっている方、めざしている方、

本を書いている方、書きたい方のための

「薬」とまでは言いませんが、

サプリメントくらいにはなるかも。

参考にしてお役立ていただければ幸いです。

今週中に発売予定。どうぞお楽しみに。

 


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週末の懐メロ145:宇宙のファンタジー/アース・ウィンド&ファイアー

 

僕たち70年代の若者は、みんなこの曲で踊り狂って、

精神が宇宙まですっ飛んで行っていた。

日本における70年代ディスコミュージックの代表曲、

アース・ウィンド&ファイアーの「宇宙のファンタジー」。

1977年リリースのアルバム『太陽神』からの

シングルカット。

 

アース・ウィンド&ファイアーは、

ファンクを主軸にしたポップミュージックの

金字塔を打ち立てたスーパーバンドで、

当時、世界中を席巻した。

 

なぜかアメリカではあまり売れなかったらしいが、

日本ではEWFと言えば、

やはり「セプテンバー」とこの曲だ。

ディスコでかかると、ミラーボールがギュンギュン回り、

照明が点滅して、フロアは宇宙空間に早変わりして、

僕らはみんなスペーストラベラーだった。

いやー、アホみたいに汗をかきかき踊った踊った。

 

作詞・作曲はバンドリーダーで、

ドラム&ヴォーカルのモーリス・ホワイト。

当時はなんにも考えすに踊っていたが、

歌詞は超ポジティブ&超スピリチュアルだ。

 

♪ 誰の心の中にも宇宙がある

世界に消されることのないファンタジーがある

 

僕らの船 ファンタジー号に乗り込もう 

君の夢はすべて叶うんだ 今すぐに

 

あらゆる思考は夢であり

流れの中を駆け抜けて行き

僕たちの王国に命をもたらすだろう

 

滑走しろ 大きく足を踏み出して

その風と共に 空へ飛び立ち

唇に微笑みを浮かべ 言うんだ

僕は自由なのだと

今 自分の道を歩んでいると ♪

 

引き寄せてる、引き寄せてる

これを引き寄せの術と言わずして何と呼ぼう。

このライブの後半ではバンドのメンバーは

全員テンション上がりまくって、

宇宙までピョンピョン飛んでいる。

笑っちゃうけど楽しいぞ、最高だぞ。

 

へんな自己啓発セミナーに通ったり、

わけのわからない引き寄せ法則の勉強なんぞにハマって

おカネをはたいているぐらいなら、

毎日繰り返し、この「宇宙のファンタジー」を

聴いて、歌って、踊っていたほうが

よっぽど自己発見できるよ。

気分は上がって元気が出るし、

それでもって、またみんなでディスコに行きたいね。

 


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手鎖心中/江戸の夕立

 

井上ひさしの「手鎖心中」は

歌舞伎にもなった直木賞受賞作。

 

この作品も面白いのだが、

併載されている「江戸の夕立」が

表題作に輪をかけてめっちゃ面白い。

長めの中編というか、短めの長編というか、

そこそこボリュームもあるので、

読みごたえもたっぷり。

 

主人公は大商店の放蕩息子の若旦那と

そのご祝儀目当てでベタベタお世辞を連発しながら

くっついて歩く太鼓持ち。

 

平和な江戸の街で、ぬくぬくした環境で生まれて育って、

軽薄短小な人生を謳歌する二人組の軽妙なやりとりで、

ハリウッド映画ばりの波乱万丈の物語が綴られていく。

 

はでに買い物したり、花魁遊びが出来たのも序盤まで。

その後は江戸を離れ、東北地方を放浪するはめに。

 

しかもそれは暴力、漂流、バクチ、友情、裏切り、

奴隷労働、疫病、借金、旅芸、女狂い、家庭崩壊など、

現代の、僕らの人生でも起こり得る、

あらゆる災厄のてんこ盛り。

笑いとユーモアの味付けで救われているが、

まさに地獄めぐりの旅である。

 

そんなひどい目に遭いながらも

人間的に成長するわけでなく、

放蕩していた頃のろくでなしのまま、

9年をかけてやっと江戸の街に帰ってきた二人。

ところがその故郷はなんと・・・という展開で、

けっしてハッピーエンドとはいえない、

かなり苦み走ったラストを迎える。

 

ただ、このラストが僕は好きである。

すべてを失った代わりに、

彼らは生きるための何かを得た、

その思わせてくれる、心に響く結末だ。

 

井上ひさしはお芝居もたくさん書いていて、

ユーモア・人情を描く作家だと思われている。

しかしその実、彼が人生・人間社会を見る目は

かなりシニカルで、だからこそユーモア・人情が映え、

胸に深く沁み込んでくる。

 

地獄の奴隷労働の仲間が死の間際、

「女の裸が見てえ」という願いをかなえるために

キリシタンの娘が一肌脱ぐシーンなどは

涙が止まらんかった。

 

いくら齢を取ったって人間、

大して成長するわけではない。

バカはバカのまま、ろくでなしはろくでなしのまま。

だから笑えて泣ける。だからいいのだ。

 

最近やたらと多い感動の美談、

人間ってすばらしい!と讃えるストーリーに

食傷気味の方におすすめです。

 


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幸福を追求して人間を改造する「シン・仮面ライダー」

 

アマプラで「シン・仮面ライダー」を見た。

すごいなと思ったのは、敵であるショッカーの設定。

悪の組織であるはずのショッカーは、

なんとこの作品では「人間の幸福を追求する組織」である。

 

フルネームだと「Sustainable Happiness Organization with Computational Knowledge Embedded Remodeling」。

「計画的知識を埋め込んで改造した持続可能な幸福の組織」

とでも訳せばいいのか。

 

それぞれの頭文字をつなげて「SHOCKER」。

もちろん、これは庵野監督の創作である。

怪人(改造人間)のモチーフが昆虫であるところを

考え合わせると、地球環境との調和も追求しているようだ。

 

当然、この幸福の追求は、

一般社会で生活する人間にとっては

歪んだおぞましいものだが、

主人公の仮面ライダー・本郷猛も、

ラスボスであるショッカーの首領も、

不条理な無差別殺人事件によって父や母を奪われた遺族である。

 

彼らの立場になって考えていくと、

つまり見方を変えると、ショッカーが目指すものこそ

正義と捉えてみてもおかしくない。

 

もちろん、本当のご遺族の方が

こうした考えを持つようになるということではないが、

原典の「仮面ライダー」が持つテーマ性を深堀りして、

現代に新たな世界観を築き上げた

庵野秀明監督の想像力・創造力はやはり尊敬に値する。

 

ゴジラやウルトラマンと違って、

仮面ライダーは等身大のヒーローであり、

この話は、僕たちの人生とごく身近な、

家族・友人・その周りの社会をめぐる物語とも言える。

1号・本郷猛と2号・一文字隼人との

人間関係・信頼関係の成り立ちも良い。

 

登場人物の中ではヒロインのルリ子がとてもよかった。

演じているのは、今やっている朝ドラのヒロイン役

(牧野博士の妻)の浜辺美波。

狂言回しのような役柄で、

彼女のセリフと行動によって

この話の世界観・構造が語られていくのだが、

彼女と彼女に対する本郷の愛あっての

「シン・仮面ライダー」という感じがする。

 

僕はテレビの「仮面ライダー」が始まった頃、

すでに小学校の高学年だったので、

やや冷めた目で見ていて、

初期シリーズ(1号・本郷猛のシリーズ)を

半分ほど見ただけだ。

ウルトラシリーズと違ってほとんど思い入れがないので、

今回も期待せず、事前情報もほとんど仕入れていなかった。

結局、劇場に行かず、アマプラで見てしまったのだが、

すばらしかった。

「幸福のために人間を改造する」というテーマのもとで

これだけの物語を作り得るのはすごいことだ。

 

「仮面ライダー」なんて知らない・興味ないという人も

ぜひ観て見るといいのでは、と思う。

 


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週末の懐メロ144:ランバダ/カオマ

 

1989年の世界的大ヒット曲。

最初、ヨーロッパで大流行し、秋に日本でリリース。

翌年1990年の夏まで、

当時のディスコやカフェバーではもちろん、

街中のいたるところで流れていた記憶がある。

 

「ランバダ」とは男女ペアで踊るダンスの名前でもあるが、

これがご覧の通り、めっちゃセクシー。

体を密着させて腰をくねくね動かし、

ひざをパートナーの股の間に入れて

お互いの股間(局部)を太股で刺激するように

擦り合わせながら腰をすり寄せる。

セクシーで情熱的で、疑似セックス、

エロダンスと言ってもいいくらい。

 

バブル華やかし時代の日本は、

僕たちのような(むかしの)若い連中が

みんな色気づいていたが、

さすがにこのダンスを踊れる人・踊ろうとする人は

日本人の中にはほとんどいなかったらしい。

 

この曲を演奏している「カオマ」というバンドのことは

よく知らなかったが、

セネガル出身の「トゥレ・クンダ」という

グループのメンバーに

フランス人やブラジル人らを加えた多国籍音楽集団である。

 

踊りはダメだが、世界的大ヒット曲なので、

カバーに挑戦する日本人歌手は大勢いた。

かの大御所・加藤登紀子が歌っていたのにはびっくり。

うーん、でもやっぱラテン系の血を注入しないと、

シャイな日本人には向いてない?

 


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桃太郎のモモと鬼流サマーライフ

 

岡山県でAI開発をやっているビアンフェ.の岡野さんから

今年もモモが送られてきた。

ちょっとまだ固いようなので、

両親と義父にお供えして追熟。

連日の猛暑でバナナもアボカドも

ちょっと青っぽいのを買ってきてもすぐに熟すので、

明日あたりには柔らかくなっていただけるだろう。

 

岡山は桃太郎の故郷なので、モモは名産。

桃太郎と言えば鬼。

「鬼滅の刃」の鬼は、ヨーロッパの吸血鬼と同じく、

太陽の光を浴びると、存在が崩壊してしまうが、

この夏はまさしく鬼を見習って、

太陽が照りつける日中は外出しないほうがいいようだ。

 

コロナ禍があけて、街も海も山も大賑わいのようだが、

仕事の時以外、とても出かける気にならない。

基本的に毎日家の中で仕事して、

夕方、日光の勢いが弱くなり、

ちょっと気温が下がったのを見計らって

義母を連れて川沿いを散歩する———

ほとんどコロナ時と変わらない生活を続けている。

 

それにしても連日の猛暑は気温35℃を軽くクリアし、

37℃、38℃にもあまり驚かなくなり、

そのうち40℃くらいが標準になりそうな気配も漂っている。

 

テレビでは「クーラーを夜通しつけっぱなしにして

寝てください」なんて、

ひと昔前には非常識だったことが常識になってしまい、

日本の夏は(世界の夏も)

これからどうなってしまうんだろうと、

ちょっと不安を抱かざるを得ない。

 

それに加えて物価高騰のダブルパンチ。

食べ物もずいぶん値上がりしているが、

へたに節約して栄養不良になったら

免疫力が落っこちて、コロナなどにやられかねない。

べつにごちそうは要らないが、

毎日ちゃんとしたものを食べて

バテないようにしたい。

 

というわけで、おいしいモモで

夏を乗り切る体力を養います。

ありがとう。

 

 


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本所七不思議のお化け喫煙場

 

夏と言えば妖怪・怪談。

江戸時代はいたるところで多様な怪談が生まれ、

妖怪が発明され、

それが落語や歌舞伎になって庶民の娯楽になった。

まさに火事とけんかと妖怪・怪談は江戸の華。

特に現在の墨田区界隈の下町は、

お化け文化のメッカになった。

 

最近、仕事で錦糸町に行ったが、

駅前にある喫煙所は、

「おいてけ堀」などでおなじみの

本所七不思議のマンガが描かれたパネルに囲われている。

いまや江戸の怪談は観光資源。

タバコ吸う人、この喫煙所で一服すれば、

あなたもお化けに会えるかも。

錦糸町に行くことがあれば、ぜひ訪ねてみてください。

 


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週末の懐メロ143:ショウ・ミー・ザ・ウェイ/ピーター・フランプトン

 

★70年代のモンスターアルバム

 

1976年リリース。

世界中で1千万枚以上のセールスを記録した

70年代ロックアルバムの金字塔が

ピーター・フランプトンの

「フランプトン・カムズ・アライブ」。

 

本国イギリスよりもアメリカで売れ、

ビルボードで合計10週にわたって1位を独走。

発売から3ヶ月でプラチナ・ディスクに認定される

モンスターヒットとなった。

もちろん日本でもめちゃ売れ。

2枚組ライブアルバム(当時5千円近くした)で

このセールスはすごい!

 

「ショー・ミー・ザ・ウェイ」はその中に収録され、

最初にシングルカットされた曲で、これもやはり大ヒット。

長きにわたって、押しも押されぬ

ロックの名盤と“されていた。”

 

★いまや過去の名盤?

 

あえて過去完了形にしたのは、最近になって、

この「フランプトン・カムズ・アライブ」の

名盤としての地位が危うくなっているというのだ。

 

21世紀も20年以上を過ぎ、

英米のいろんな音楽メディアの間で

ロック・フォーク・ポップの楽曲・アルバムの価値を

現代的視点を強めて見直してみようじゃないか、

という動きが活発化しているらしい。

 

詳しいことはまた別の機会に譲るが、

簡単に言うと、見直しのテーマは、

今ある音楽文化の真の貢献者は誰か?

21世紀以降もより多くの音楽家・リスナーに

影響を及ぼしている作品は何か?

といった「歴史的価値」により焦点が当てられていること。

 

そのテーマに沿って、20世紀に作られ、流通していた

「名盤ランキング」も再検討が図られている。

ビートルズ、ローリングストーンズ、ボブ・ディラン、

デビッド・ボウイ、レッド・ツェッペリンなど、

今も変わらぬ不動の地位を築いている

アーティストがいる一方で、

昔は人気があった・売れた・高評価だったけど、今は???

というアーティスト・作品も少なくない。

「フランプトン・カムズ・アライブ」は、

その「昔はすごかったけどねグループ」の

代表格に挙げられている。

 

★再聴フランプトン・カムズ・アライブ

 

考えてみれば、ピーター・フランプトン自身、

レジェンド化されるスーパースターとは言い難く、

後世のアーティスト・リスナーに

それほど認められていない感じがする。

 

つまり、時代の流れ・その時の勢いで売れた

アーティストというイメージが

強まってしまったのかもしれない。

また、イケメンなので女の子に人気があっただけかもね、

という男姓評論家のそれとない嫉妬心も

いくらか混じっているような気がする。

 

なんだかひどくディスって申しわけないが、

僕自身もかつて大好きだったというわけではない。

今、どう感じるか、ほぼ45年ぶりくらいに

「フランプトン・カムズ・アライブ」を聴き直してみた。

 

この曲をはじめ、普通に良い曲・万人受けする

ポップでスイートな楽曲がバランスよく揃っていて、

割と気持ちよく聴ける。

しかし、聴いている途中でどうしてこのアルバムに

かつて良い印象を持たなかったのか、思い出した。

 

それはオリジナル曲の合間にマイフェーバリット、

ローリング・ストーンズの

「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」を

やっているからだ。

カバーするのに文句を言うつもりはないが、

アレンジもパフォーマンスも気に食わない。

「このジャンピンはちがうっ!」

と強く憤った思いがよみがえった。

こうした感情は何十年たっても変わらない。

まぁ、当時ほどとんがっていなにので

さすがに今は「許せん」とまでは言わないけど、

やっぱあんまり感心せんな、このカバーは。

 

★きみを求めて=ベイビー・アイ・ラブ・ユア・ウェイ

 

というわけで結局、またディスることになってしまったが、

それでも平均的に見て良いアルバムですよ、

「フランプトン・カムズ・アライブ」は。

 

特にあまりゴリゴリのロックが苦手で、

基本的には甘いポップロックでありながら、

ところどころスパイス効かせて

ギンギンやっちゃう、というのが

好きな人にはおすすめです。

 

おわびというわけでもないけど、もう1曲、

「ショー・ミー・ザ・ウェイ」とともに

リコメンドするのが、

これもシングルカットされてヒットした

「きみを求めて」というアイドル系ラブソング。

女の子の人気が高かったのがわかる気がする。

 

●きみを求めて/ピーター・フランプトン

 

 

 

あれ、どっかで聴いたことあるぞという人も多いはず。

そうそう、こちらは1994年に

レゲエバンドのビッグ・マウンテンが

レゲエバージョンに仕立て上げ、

原題「ベイビー・アイ・ラブ・ユア・ウェイ」として

世界的な大ヒットとなった。

暑い夏を吹っ飛ばす会心のレゲエナンバーを聴きながら、

オリジナルを歌ったピーター・フランプトンの名を

ぜひ胸に刻んでほしい。

●ベイビー・アイ・ラブ・ユア・ウェイ/ビッグマウンテン

 


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カッパの正体を解明(?)した本

 

頭にお皿、背中に甲羅、口はくちばし状、手足に水かき、

からだは人間の子ども(幼児~小学校低学年)

くらいの大きさで、

皮膚がヌメヌメしていて体色は緑系。

いたずら好きで、キュウリが大好物。

過去100年くらいで、

日本人の間にそんなカッパのイメージが定着した。

 

地域によってまちまちだった呼び名も、

かの芥川龍之介が、死の間際、

そのものズバリ「河童」という小説を書いてから

統一された感じがする。

 

そのカッパは実在するのか否か?

その他、柳田国男の「遠野物語」をとっかかりに

東北の民話の世界を探検し、

登場する怪異・妖怪の類の秘密を解き明かそう

というのがこの本「荒俣宏妖怪探偵団 ニッポン見聞録」

の趣旨である。

 

おなじみ、この手の妖怪学・博物学の大家・

荒俣宏先生を中心に、

小説家・理学博士がチームを組んで、

東北各地の大学教授・学者、博物館などの研究員、

郷土研究家、お寺の住職などを訪ねて回る。

 

面白いのは、たとえばカッパに話を絞れば、

みんな、カッパの実在を肯定していること。

ただ、そのカッパとされる妖怪は、

“現代人の視点で見ると”、

どれも別の様々な生き物であるという点だ。

 

あるところではそれはウミガメだったり、

あるところではイモリ、あるところではカワウソ、

あるところではネコだったりする。

それら爬虫類・両棲類・鳥類・哺乳類にまでまたがる

多種多様な生き物が、

「カッパ」という妖怪・生き物に

ひとくくりにカテゴライズされていたのだ。

 

どういうことかというと、

人間は自分(あるいは自分を取り巻く社会)が持っている

知識・情報の埒外にあるものと遭遇したとき、

「わけのわからないもの」としておくことができず、

それを分類するために

特定のファイルみたいなものを必要とする。

 

その一つに「カッパ(地域によって呼び名は異なる)」と

題されたファイルがあり、

「これは何だ?わからん」と思ったものをみんな、

とりあえずそのカッパファイルの中に突っ込んでいたのだ。

 

だからそれぞれの動物の特徴・生態・イメージが、

そのファイルのなかで混ざり合い、繋がり合い、

時には化学変化を起こして、

カッパという妖怪の形になって

多くの人々の頭のなかに生息するようになり、

民間伝承として伝えられるようになった。

 

そしてまたその伝承・民話をもとにして

時代ごとに絵師などがカッパの姿を絵として描き上げた、

ということらしい。

 

僕たち現代社会で生きる人間は、

科学的に解明された知識・情報を

すでに頭のなかに仕入れてあるので、

これは犬とか、カエルとか、ウサギであると知っている。

 

だから、なんでカメやイモリやカワウソやネコを

カッパだなんて思ったんだろう、と不思議がるが、

それは逆で、カッパというファイルの中から

Aタイプが実はカメで、Bタイプがカワウソで、

Cタイプがネコだった・・と、

後で(だいたい明治以降~昭和初期の間に)

分類・整理されたのである。

 

言い換えれば、江戸時代以前の日本人にとって、

奇妙な野生動物は皆、UMA(未確認動物)であり、

ほんの150年ほど前まで日本の海も山も里もUMAで

溢れかえっていたのである。

 

この本ではカッパ以外にも

いろいろな妖怪・民俗学的伝承が紹介されているが、

そうした昔と今の人間の心の地図の違いについて

気付かせてくれることに重要な価値があると思う。

 

荒俣宏妖怪探偵団 ニッポン見聞録 東北編

著者:荒俣宏/荻野慎諧・峰守ひろかず

発行:学研プラス 2017年

 


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赤ちゃんは大人になって働いています

 

幻視なのかどうかよくわらないが、

認知症の義母のところには、

もう一緒に暮らしていない家族がよく現れる。

 

昨日は食事の時に「あれ、赤ちゃんはどこ行ったの?」

と言い出したので、カミさんが

「もう大人になって会社に行って働いています」

と答えたら、

「ああ、そうか」と納得した様子を見せた。

なんともシュールなやりとりで笑ってしまった。

 

彼女が最近、家の中で見た赤ちゃんと言えば、

僕らの息子のことである。

食卓上に20数年の時間が風のように過ぎ去った感じだ。

 

義母が見る家族は、何十年も会っていない人たち。

カミさんによるとそのきょうだいの人たちは

ほとんど亡くなっている。

さらに謎の男の子・女の子も現れる。

いつも通っているデイサービスの

スタッフのことかなと思うが、

そうでないこともあるようだ。

 

経験上、子どもが成長する時は

なだらかな曲線を描くのでではなく、

ある日突然、ガン!とステップアップする。

 

それと同じで、人生の下り坂も

ガン!とステップダウンするようで、

最近、認知度の劣化が目立つ。

話す言葉が意味不明なことが多く、

コミュニケーションしづらくなってきた。

自分の誕生日も、このクソ暑い今がどういう季節かも

よくわからなくなってきている。

 

また、先週・先々週あたりは

ちょっとしたことでキレまくったり、

デイサービスでは風呂に入るのを頑なに固辞したり、

かなり手を焼いて、こっちもキレそうになった。

あとどれくらい一緒に暮らせるのだろう?

 


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空を見る洗たく女

 

「洗たく女の空とぶサンダル」では

主人公のアカネに教わったことがある。

それはいつでも、どんな時でも空を見ること。

 

僕たちは空を飛べないけど、見続けることはできる。

この星で暮らす限り、みんな、この空の下で生きている。

空には未来があり、ビジョンがある。

そしてまた空は僕たちの心の中を映し出している。

うまく行かないときは空を見るといい。

雲がどう動いていくのか見るといい。

 

朝と昼間と夕方は違った顔をしているし、

星が広がる夜空はまた別の世界だ。

 

潜在意識がどうとか、瞑想術がこうとか、

そんものを学ばなくても、ただ空を見上げるだけで、

これまで見えていなかったものが見えてくる。

 

できたら毎日。

今日もひどく暑そうだが、

ちょっとの間なら外に出てもいいだろう。

あれば木陰に入って晴れた空を眺める。

空は世界であり、自分自身でもある。

 

 

洗たく女の空とぶサンダル

 

無料キャンペーンは昨日終了しました。

ご購入いただいた方、ありがとうございました。もしよければレビューをよろしくお願いします。

引き続きAmazonKindleで販売しています。他の本も読み放題サブスクもあります。今後も洗たく女を応援してください。

 


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ロンドンライフと労働・カネ・芸術の話

 

「洗たく女の空とぶサンダル」に出てくる

路上で靴を並べるアーティストは、

むかしロンドンで暮らしていた頃に遭遇した

ストリートアーティストをモデルにしている。

 

僕がロンドンの日本食レストランで働いていたのは、

1985年から87年にかけて。

 

当時、英国病・老大国化を克服し、

「ふたたび強大なイギリスを」と訴えた

マギー・サッチャーの新自由主義政策によって、

イギリスの公的福祉はバッサバッサと切り捨てられていた。

要するに国は自分で稼がない人・稼げない人の

面倒などこれ以上見ないということである。

 

その影響で街には失業者・ホームレースがあふれ、

ロンドンの中心部を歩いていると、

「10ペンスめぐんで下せえ」と、よく小銭をせびられた。

 

ストリートや地下鉄の構内にはそうした物乞い以外に、

「アート」を提供する芸術家もたくさんいた。

 

音楽家たちはその筆頭で、みんな、ギター、サックス、

バイオリンなどを持ち出し、街頭音楽を聴かせたり、

寸劇やダンス、パントマイムなどを見せていた。

 

また、路上で詩集のような本を売ったり、

奇妙なオブジェを並べて

人々の関心を引こうとする者もいた。

 

不思議なことに、その作品やパフォーマンスの

出来・不出来に関わらず、

彼ら・彼女らの顔はどこか自信にあふれていた、

という風に見えた。

 

たまに目を見張るような面白いもの・

芸術的な価値があるなと思えるものもあったが、

9割以上は投げ銭稼ぎのガラクタの類だ。

 

それでもロンドンには世界中から

観光客が集まってくるので、

ガラクタみたいな音楽やアートでも面白がられ、

投げ銭でいくらかは稼ぐことができたのかもしれない。

 

まともな頭で考えれば、そんなことをするより、

非正規だろうが何だろうが、

ちゃんと職に就いて安定的に稼げるのは明らか。

 

“選り好みさえしなければ”、

少なくとも食っていくのに何とかなる程度

稼げる仕事はあったと思う。

 

事実、僕の勤めていたレストラン経営の会社でも、

ロンドン出店の条件の一つとして雇用対策を打ち出し、

ほぼ年中、スタッフを募集していた。

 

それでも少なくとも僕がいた間、

イギリス人で応募してくる者は皆無で、

実際にスタッフになったのは、全員が外国人労働者だった。

 

みんな「イギリス人は怠け者だからダメだ」と言っていた。

当時のイギリス人の間では、

やっぱり東洋人に対する差別意識があったと思うので、

成りあがりの日本人の会社の支配下に置かれるのは、

プライドが許さなかったということもあるろう。

 

今、振り返ってみると、あの頃のイギリス人を

バカだ、怠け者だと非難する気にはなれない。

 

それは人間というのは、

一度、豊かな生活———まわりに文化的な環境があり、

なんとか食っていけるといった状況を体験してしまうと、

必死になってカネを稼ぐだけの生活には

もう二度と戻れないのではないか、と思うからだ。

 

言い換えると、肉体だけでなく、精神もメシを食いたがり、

その結果、自己表現の欲求が抑えられなくなる。

文化や芸術などなくても生活していけそうなものだが、

文明国で生まれ育った人間には、

それはどだい無理な話なのだ。

 

労働・カネ・芸術。

これからを生きる人間にとって、

この三つに折り合いをつけるのは

大きな課題であり、ある種の楽しみなのかもしれない。

 

日本の社会が40年近く前のイギリスと

似たような状況になった今、

しみじみとそうしたことを感じる。

 

 

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富裕層向けアナログ洗たくサービス「ぬくもりランドリー」

 

「洗たく女の空とぶサンダル」に出てくる

洗たく屋の社長は、

「人の手足を使って昔ながらのお洗濯をします」と訴え、

超富裕層に向けて「ぬくもりランドリー」

というサービスを始めて大ヒット。

見事に成功を果たした洗たくビジンス界の寵児である。

・・・という設定である。

 

今年はチャットGPTの登場で、

まだもうちょっと先ではないかと言われていた

AIの実用化が広範囲に広まり、

ビジネスのデジタル化が急激に加速した。

そして多くの人が仕事を奪われるのではないかと

戦々恐々としている。

 

けれでもご心配なく。

肉体労働は当分間の間、なくならない。

どうしても働きたい・働かなきゃという人は、

涼しいオフィスで坐っておらずに、

体を動かし、汗を流して働けばいいのだ。

 

それにこれからますます消費生活がデジタル化すると、

「昔はよかった、生活の中に人のぬくもりがあった」

と言い出す人が必ず出てくる。どんどん出てくる。

 

なのでお金のある人は、

ちゃんとしてるけど味気ない、

機械化されたサービスではなく、

アナログで、人のぬくもりを感じられるサービス、

昔ながらの人力労働を求めるようになるだろう。

ちょっとぐらい失敗してくれた方が、

人間らしくてありがたい、とさえ思うかもしれない。

 

だから、たとえ高いお金を払っても、

いや、お金なんかいくらでも払えるからこそ、

その人力労働を買おうとする。

時代設定は現代ということにしてあるが、

そういう意味では、これは近未来SFなのかもしれない。

 

 

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週末の懐メロ142:女ぎつね オン・ザ・ラン/バービーボーイズ

 

久しぶりにバービーボーイズを聴いて、

こんなにもパワフルだったっけか?と驚いた。

 

リリースは1987年。

バービーには他にも面白い曲がいっぱいあるが、

この曲のセクシーでスリリングなカッコよさは断トツ。

何と言ってもヴォーカル杏子が女ぎつねそのもので、

キツネサインを掲げてしなを作ったり、

スカートを翻してクルクル踊り回る姿には

完全にイカれちゃうな。

 

実際に売れていた若い頃の映像も見たが、

なんだかちょっとガキっぽくて、

演奏のクオリティもステージパフォーマンスも

齢を取ったこの頃(2009年らしい)のほうが

抜群にキレていて色気もたっぷりだ。

 

バラードっぽい曲でのデュエットはよくあるが、

ロックでこうした男女で掛け合いをする

ツインヴォーカルスタイルはかなり独特で、

他にあまり思い当たらない。

 

このバンドが活躍したは80年代後半から90年代初めは、

いわゆるバブルの頃で、

時代の勢いに乗ってた感じもするが、

いま聴いたほうがその真価がよりビビットに伝わってくる。

 

 

 

 

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男をいやす はたらく女

 

先日、若い女の子がゴミ回収の仕事を

やっているところに出くわし、びっくりした。

女子がそうした仕事に就くことに何の異論もないが、

彼女はびしっとメイクしていて、

帽子からはみ出た髪はきれいにサラサラしていて、

ほとんどアイドルみたい。

朝、この仕事でバイトして、作業着から普段着に着替えて

芸能事務所なりロケ現場に行くのだろうか・・・

と勝手に想像した。

本当のところはもちろん知らないが、

その労働する姿とルックスとのギャップに

いたく心癒された。

ご本人はそんなつもりはカケラもないと思うが。

 

3K的な肉体労働の現場でも、

昔と違って女性がバリバリ働いている。

経済が成長していく時代は、

女はどんな職業・職場でも、

女は日々働く男たちを慰労する役割が中心で、

実際の労働の価値はその副産物でしかなかった。

 

時は流れ、経済が落ち込み、

男だけじゃダメだということで社会進出が当たり前になり、

今では経済・産業の世界において

女性が主役を務めることも少なくない。

 

しかし誤解を恐れず言えば、

それでも職場で女は男を癒し、

多かれ少なかれ夢を施している。

これは人間社会が女と男で成り立っている以上、

仕方ないことだと思うし、

それで職場のテンションが上がればいいことだと思う。

 

ただ、その現実と夢のバランスが崩れると、

世の中ではいろいろ事件が起きる。

 

「洗たく女と空とぶサンダル」は当初、

足の大きい女性を主人公にして話にしようと

思っていたのが、

いつの間にか、この資本主義社会において

そうした労働に勤しむ女についての幻想が入り込み、

奇妙なファンタジー物に化けた。

 

はたらく女性と

はたらく女性を愛する男性に読んでもらいたい一冊です。

 

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