AirBnB:旅行者もホストも面白い、新しい旅スタイル

 

 

 うちの近所で「This is not AirBnB」という貼り紙を玄関に出している家を発見しました。

 ということは、この永福町界隈に、そことよく似た門構えの家がAirBnBをやっているので、しばしば間違われて旅行者が訪ねてくるということ?

 

 AirBnBというのは要するに「民泊」のことです。

 自分の家やアパートに旅行者を泊めるところで、数年前、話題になった時は、そんなに利用者がいるのだろうか?と訝りました。

 

 が、スマホの普及と比例して、あっという間に世界各地で増殖したようです。

 もちろんホテル・旅館、あるいは民宿などと比べて安いのが魅力ですが、増殖したのはそういった経済面の理由だけではありません。

 

 ホテル・旅館に泊まるのとは違った旅、その現地に踏み込み、生活感のある旅を楽しめるという醍醐味があるのです。

 

 昨年秋に京都へ行ったとき、僕もはじめて利用したのだけど、そこは新選組のもと屯所して有名な壬生寺の近く。

 

 華やかな中心部の観光地とは趣が異なり、生活感あふれる下町で、昭和レトロな店もたくさん並ぶ商店街の路地裏にありました。

 

 ホテルや旅館が建つような立地じゃないので、迷子にでもならない限り、普通の観光客が入り込むところではありません。

しかし、宿があれば楽しめるし、親近感がわきます。

 本当に普通のアパートの一室を貸し出していました。

 

 オーナー(ホスト)は40代のDさん。男性。

 ホスト側も最初はお金目的にやり出すのですが、国内外からいろんな人がやってくるので、そういう人たちと交流するうちに面白くなってはまってしまい、本格的な経営者になってしまう。、

 人気のある観光都市だとプロのホストになって何軒も抱えて経営している人も珍しくありません。ベテランの「スーパーホスト」なる人も登場しています。

 

 そのDさんも1年ほど前にそれまで勤めていた会社を辞めてAirBnB業に乗り出し、京都・大阪に物件を持っていて、日夜往復しています

 掃除もしなきゃいけないので大変だと思いますが、本人はすごく楽しそう。

 オリンピック開催を狙って、この1年くらいのうちに東京でもやりたんだ、と話していました。

 

 泊った旅行者はその宿泊体験についてレビューを書く。

 そのレビューを参考に、次の旅行者がそこを利用するかどうか選択する。

 双方向でつくっていく新しい、個性的な旅のスタイル。

 インターネットの効用をフルに生かしています。

 

 もちろん、ホテル・旅館業界は大反対で、この流れに圧力をかけてきますが、Dさんはそれさえも楽しんでいる風情でした。

 

 AirBnBを利用した旅、きっと面白いので一度、体験してみてください。

 


哲学するネコと瞑想書き

 

   ちょっと春めいた日差しがやってきたので、中野の哲学堂公園までサイクリング。

 そこで哲学するネコと出会う。

 ベンチの背もたれにちょこんと乗っかって、ウトウト居眠りしているのかと思ったら、目は細めているものの、ちゃんと起きている。 

 

 こういうフリーのネコと出会うと、僕はいつも果敢に対話を試みるのだが、ニャーとかミャーとか語り掛けても、まったくリアクションしてくれない。

 

 けれども拒否されたわけではない。

 20㎝くらいのところまで近づいて写真を撮っても、背中を撫でても、逃げ出すどころか微動だにしない。

 その背もたれの上にさりげなく、かつ堂々と“存在”しているのだ。

 まるで瞑想中の老師のようだ。さすが哲学堂。こんな大したネコがいるなんて。

 

 僕も何度かトライしたことがあるが、瞑想というのはうまくできない。

 部屋を暗くし、ヒーリング系の音楽を流し、お香などを炊いてみても、その行為に集中できない。

 なんだかこんなことをやっている自分は、自分じゃなく思えてきてしまうのだ。

 

 そこで見つけたのが「瞑想書き」。

 なるべく考えようとせず、頭に思い浮かぶ言葉・イメージを手書きでノートに書き留める。ただそれだけ。

 

 ちゃんとした文章になってなくていい。単語の羅列でも構わない。

 愚痴や泣き言や頭にきたことを書き散らしてもいい。

 「おまえバカじゃないの」とか「あなた賢いわ」とか、自分を分裂させてAとBの会話にしてもいい。

 

 ただひたすら意識の流れを「見える化」する。

 紙とペン(鉛筆)を見ていればいいので、集中力も保てる。

 瞑想効果があるので、瞑想書き。

 

 最初はうまくできないかも知れないけど、続けてやっていると、そのうち自然にスラスラ言葉が出てくるようになってきて、これがけっこう面白い。

 手を動かすことによって脳が開き、意識の奥から情報が湧き上がる。

 心の声を聴くような感覚をつかめるのだ。

 

 自分のものにできてきたなと思ったら、テーマや目的に沿って、仕事のアイディア出しの下書きに使ったり、ブログやSNSのメッセージの下書きに利用してもいい。

 もちろん、創作活動のウォーミングアップとしてもOK。

 

 たまにやるのではなく、できれば毎日やる。

 朝起きたばかりの、脳も空気もきれいな時間帯、あるいは夜眠る前の、おしりに何もやることが残っていない時間帯がベストです。

 興味があったら試してみてください。

 ネコの手は借りられないので、自分の手で書いてニャ。

 


自伝を書いて脚色する

 

 

 文章を書くことに興味があって、自己表現でも、ビジネスに生かせるものでもいいから腰を入れてやりたい。

 もしあなたがそう考える人なら、まず自伝を書いてみるといいでしょう。

 

 最近は終活ばやりで、エンディングを意識した人が大勢、自伝に挑戦していますが、ここでいう自伝の執筆は、自分だけの言葉・文体・文章を養うためのものです。

 

 だからむしろ若い人にやってほしいと思っています。

 

 なぜかと言うと、これから先、「要点をうまくまとめた文章」「美しく整った文章」など、企業や役所などの仕事で求められる「正解」の文章は、AI・ロボットに委ねられるからです。

 

 自社・自分の組織に関するデータ、こんな目的で作う、こんな感じ(パターン)の文章、みたいな条件を入れてAI・ロボットに頼めば、オートマティックにお望みのものが出来上がってくる――そういう世界になっていくと思います。

 

 だから文章を書きたい、表現したいという若い人は、「おれの文」「わたしの文」を出来るだけ早くから磨いて使えるようになったほうがいいと思うのです。

 

 そのために有効なのが自伝の執筆です。

 自分のことならネタに困らないので、トレーニングには最適です。

 

 僕・わたしの短い人生なんて書いたって面白くないよという人、ほんとうにそうでしょうか?

 自分のことも面白く書けないのなら、人に読ませて少しでも心を動かす文章――そういした価値ある文章なんて書けるはずがありません。

 

 だから一度や二度はトライしてみましょう。

 目を凝らして自分の中を見つめれば、きっと面白い要素が見つかります。

 

 一口に自伝と言っても、ただ履歴書みたいなもの、「〇〇へ行って〇〇を食べた」みたいな単なる記録みたいなことを書いていてはダメです。

 

 あくまで人に見せることを意識して、面白く、わかりやすく読めるように書く。

 (ただし、書いても実際に人に見せる必要はありません)

 

 そして事実をそのまま書くのではなく、ポイントになる部分だけでもいいから脚色する。

 ドラマチックにしてもいいし、コミカルにしてもいいし、詩的にしてもいい。

 記憶の中の事実に、自分なりの構成・アレンジを入れてが面白いと思う脚色をする。

 自己満足でいいのです。

 

 さらにできれば、フィクションがまじってもいいので、その自伝を小説にしたり、エッセイにしたり、舞台の戯曲、映画の脚本にしてみる。

 そうすると自分の文章の世界が広がります。

 

 そのままの自分を書くのは恥ずかしいと言うのなら、自分とは別人の、架空の人物に置き換えてもいい。

 そうすると周囲の人たちのキャラクターも変わってきて、より生き生きと動き出します。

 

 過去のエピソードなんて面白くない。将来おれは宇宙へ行くから、その時の話を想像して書いてみようと思う。

 そんなアイデアが出てきたら、しめたもの。

 

 要は自分をネタにして、書く楽しさを体感してほしいのです。

 自分の脳を掘り返す楽しさ、記憶を引っ張り出し、自由に使う楽しさを。

 

 本当に自分の人生はつまらなさ過ぎて書くことない。

 トライしてみてあなたがそう絶望したら、文章を書くのには向いてないので、さっさとやめて、別のことに時間とエネルギーを使って人生を楽しみましょう。

 

 それでも何らかの事情で、どうしても何か書かなきゃいけないんだ、という人は、僕が代筆して差し上げますので、お便りください。

 


0 コメント

世界を開くためのリライト

「Writing is Rewriting」と言ったのは、ブロードウェイの劇作家ニール・サイモンであり、ハリウッド映画のシナリオ教本を書いたシド・フィールド。

 最近になってやっとこの言葉が実感できるようになった。

 

 今日は「いたち」のリライトが進んだ。

 朝、「いけそうだ」と予感したので没頭すると、面白いようにスラスラ進んだ。

 途中、他の仕事の修正作業やメール対応を挟んだが、夕方までに5ページ分(約6000字)行けた。

 

 冒頭部分が物語のトーンを決める。

 自分自身の、作品に対するコミュニケ―ションのしかたも決める。

 

 「人間と動物の心の交流」といったフレーズから容易に連想される甘いトーンを崩したいとずっとグズっていたのだが、今日はみごとにブレイクスルー。

 もともとのプロットに沿って書き始めたが、思ってもみなかったシーンとなり、登場人物のキャラも鮮明になり、キレよく展開して上々だった。

 自分のコアにアクセスできているという感触が残った。

 

 原型を崩せば崩すほど面白くなる。それがリライトの醍醐味であり、その醍醐味が書き続けるエネルギーになる。

 今までのプロットで残す部分は一応決めてあるが、それもこのまま進んでいくとどうなるか分からない。

 

 既存の不十分な部分を補って完璧にするためのリライトではなく、まったく新しい物語を作り直し、その世界を開いていくためのリライト。

 

 創作は普段のライターの仕事とは別もので、成果(金銭的報酬・社会的評価・仕事の引き合いなど)が得られるのかどうかは、まったく未知数。

 でもその分、結果オンリーだけでなく、プロセスを楽しめる。

 書くことは、日常と非日常の双方に足を突っ込みながら生きることだ。

 


0 コメント

自分をリライトする

今までやってきたことを書き直す。

 リライトは今後の自分のテーマである。

 

 と思って、久しぶりにアジアンカンフージェネレーションの「リライト」を聴いた。

 とんでもない重量感と疾走感。

 こんなカッコいいロックに出会ったのはどんだけぶりだ~と、ぶっとんだのが、はや15年ほど前。

 

 アニメ「鋼の錬金術師」のラストクールのオープニング曲だったので、ハガレンのクオリティが10倍UPした。

 

 いま聴いてもレジェンドでなく、なつメロでもなく、現在進行形のリアル感満点で、ザラザラの音の塊がより深く胸をえぐってくる。

 

 リライトは形を成した文脈をもう一度掘り進めて、新しい価値と意味を見つけ出す作業。書いて休んで書いて休んで、また書き直す。

 

 個人的なことだけど、今の時代はみんな同じようなことをして、自分の生きてきた中から何かを掘り出そうとしているのではないだろうか。

 

 あなたは何回自分を書き直しますか?

 


0 コメント

宴会予約物語

 

●池袋西口探検

 

 4月の同窓会の幹事をやることになって、先日、今やすっかりアウェイになってしまった池袋西口を現地視察してきました。

 その昔(かなり大昔)、西池袋に学校があったので、毎日通っていたところです。

 

 ここ数年(というか数十年)、同窓会は皆が集まりやすいから、ということで、ほとんど新宿でやっていたのですが、今回はせっかくなので思い出深い池袋で、ということになったのです。

 

 6~7年前、立派になった東武デパートで、着ぐるみショーのスタッフをやりましたが、まともに街中を歩いたのはそれ以来かなぁ。

 そもそも最近は用事がないので、まったく足を踏み入れていませんでした。

 

 かつては「雑多」を絵にかいたような街でしたが、ずいぶんと洗練されました。

 

 でも西口公園=ピカピカの東京芸術劇場の前には、ちょっと胡散臭そうな、あまり身なりの良くないおっさんたちがたむろしており、伝統的な「ブクロ臭」をぷんぷん漂わせています。

 うん、いいぞ、いいぞ。

 

 というわけで、やたら道路が広くなったんぁとか、ゴミゴミ家が密集していたところがすっきりしちゃったなぁとか、ありゃ学校ない。そういや何年か前に移転したって聞いたなぁとか、あちこち探索・発見して、何軒か候補のお店に目星をつけて、チラシを持って帰って比較検討すること2日。

 

 そんな手間暇かけず、ネットで調べりゃいいじゃんと思うでしょうが、こういうプロセスを踏まないと納得できない性分なので。

 それに現地へ行って自分がどう感じたか分かっていないと、どうも気が落ち着かない。ほんとにめんどくさいアナログ体質です。

 

●第1志望:イタリアンレストラン貸し切り

 

 参加するのは女性が多い(予定)なので、第1志望、貸し切り歓迎(とチラシに書いてあった)のイタリアンレストランへ。

 小ぶりな地下のお店で、なんとなく良い雰囲気だし、僕もワインが好きなので、たまにはこういうところも、と思って電話をします。

 

 ちなみに時刻は4時ちょっと前。

 ランチが終わり、休憩してそろそろ夕方の準備に入ろうかという時刻。

 中年くらいの店長らしき人が出た。

 ちなみにネットで調べると「ぐるなび」などには情報載せているけど、独自のホームページは持っていない。

 

 「ハーイ、チャオ!」とお茶目に出るとは思わなかったけど、小規模な店なので、フレンドリーな温かみを期待したのですが、第一声は割と固い感じ。

 「これはちょっと・・・」とその瞬間ひるんだが、構わずそのまま切り込む。

 

 「貸し切り、本当に何人でも歓迎なんですか?」

 「ああ、えーと・・・土曜日ですよね? 土曜はちょっと・・・」

 「(なんだ、ここに書いてあることと違うじゃねえかよ)え、じゃあ何人ならいいんですか?」

 「そうですね、それは一人当たりのお値段によって代わってきますが・・・」

 「ひとり5000円。最低10人くらいは来ると思うけど、それじゃダメ? ま、もっと増えると思うけど」

 「それはちょっと・・・5000円なら20人くらいからじゃないと」

 

 「20人集まるかも知れないけど、ちょっとまだわからないので検討します」

 

 残念ですが、最初の3秒で感じたNG予感は当たってしまいました。

 

●第2志望:個室居酒屋

 

 第2志望。居酒屋でも個室があることころがいいな。

 最近流行っているらしいチェーン店。

 ここもネットで一応確認して電話すると男性が出るが、第一声の印象は芳しくない。

 休憩時間を邪魔された感がちょっと声に混じっている。

 ごめんね。でも営業している時間に掛けちゃ迷惑でしょ。

 と思いつつ、切り出す。

 

 「人数まだわからないんですが」

 

 「10~20人? うーん、するとお部屋違ってきちゃうんですよね。一応とっときますけど」

 

 「チラシに載っているこの〇コースがいいなと思っているんですが、これ2時間飲みホを3時間にはできんですか? 追加料金払いますよ」

 

 「はぁ、でも土曜ですよね?土曜は2時間オンリーでお願いしているんですよ」

 

 「わかりました。じゃあ検討します」

 

 こちらも残念ですが、最初の3秒でNGかな感が伝わりました。

 ていうか、どうしてもここにしたい!という気にならなかった。

 

●第3志望:フツーの老舗チェーン居酒屋(思い出付き)

 

 第3志望。フツーの昔からあるチェーン店の居酒屋。

 ただし、じつはここで何度も飲んだことがある。

 もちろん当時からたぶん何度も改装していて、とてもきれいな店になっています。

 

 電話すると、今度はお姉さん。

 

 「はい、ありがとうございます。あ、ご宴会ですね? はい、かしこまりました。2時間半のコースを。10~20名くらい。あ、大丈夫ですよ。3日前にわかれば。お料理、AとBはCとDに差し替えられますが・・・AとBですね。同窓会ですか、じゃあ学校の名前でお取りしますか・・・はい、ありがとうございます。お待ちしています」

 

 流れるような美しく、きびきびした応対。

 そもそも最初の第一声が、先の2店はボールから入ったが、こちらはズバッとストライク。こうこられるとありがたい。

 結局、ここで決まり。

 フツーのフツーだけど、安いし、思い出もあるし、OK。

 

 いや、マニュアル対応なのはわかります。

 老舗なのでデータも豊富だからね、こういうお客はこう応じればOKっていうのが出来上がっていると思います。

 でもたとえマニュアルでも、その場でちゃんとこなせるパフォーマンスは素晴らしい。

 僕のような単細胞な客はそれだけで気分が良くなってしまうのです。

 

 出たスタッフの声を聴くと何となくその店全体像が伝わってくる(と僕は信じています)。

 

 電話対応が良いからと言って、必ずしもその店のサービスが良いとは限らないけど、電話対応が悪かったところが、それを覆すほどサービスが良かったということはないんだよね。

 

●まとめ

 

 といういわけで、たかが宴会の店決めをするのに何をそんなに時間かけているんだと思われるでしょうけど、これも遊びみたいなもので、これくらいプロセスつけて自分の中でストーリー作らないと、生きてて面白くないんだよね。

 

 最初はほんの5~6行の日記で済ますつもりだったんだけど・・・

 与太話を長々とすみません。

 でもここまで読んでくれたということは、面白かったということかな?

 別にためになる教訓みたいなものはないけど、あなたも宴会幹事をすることがあったら参考にしてください(なればね)。

 


0 コメント

記憶のダストを書き集めると星が生まれる

 

 続けて思い出話を書いたので、ズシ、と心に重みを感じている。

 とらやの羊羹か、名古屋名物ういろうを手渡された時のような重さ。

 寂しさと、悲しみと、楽しさと、懐かしさが熟して詰まった重さだ。

 

 宇宙に浮遊していた記憶のダストを書き集めて塊にすると、自分の中の宇宙にポコッと小さな星が生まれたよう。

 

 フェレットを飼っていたAさんも、

 亡くなった白滝さんも、

 そんなに長く付き合ったわけでなく、とても親しかったわけでもないけど、

 「同じ時間を生きた」と実感した人。

 だから思い出して書いてみると、一つの「過去」が出来上がり、一つの「物語」になる。

 

 書くという行為はとても面白い。

 

 あなたも心のどこかに引っ掛かっているダストがあれば、書き集めてみるといい。

 その人の目、話し方、歩き方。

 その時の聞こえてきた声、音楽。

 その場所に流れていた風。

 それを塊にすれば、あなたの宇宙に星が生まれる。

 誰にも見せなくていい。

 その星はただあなたのために静かに輝く。

 


0 コメント

白滝さんと校庭芝生の本

 

 8年前の今頃、息子が通っていた小学校の校長室に毎週土曜日、10人以上のメンバーが集まり、原稿を手にえんえん編集会議をやっていた。

 校庭の芝生の本を出版するためだ。

 僕はライターの一人だったので、当然、毎回出席。

 一行一行、ああでもない、こうでもないと、時に大激論になる。

 

 基本的に午前中から昼過ぎまで3時間くらいが定時だが、ランチが運び込まれ、日が暮れる時間まで「残業」したこともしばしば。

 いつも芝生の面倒を見ていた、そのメンバーらの本への思い入れはハンパない。

 取りまとめ役の若き編集者Mくんは、おっさん・おばさんたちの執念にヒーコラ音を上げていた。

 

 3月になって本は無事完成し「悠雲舎」という小さな出版社から出版。

 わずかながら書店にも並んだ。

 その悠雲舎の社長が白滝一紀さんだった。

 白滝さんはもともと銀行マンだったが教育方面にも熱心で、出版社も経営し、学校支援本部の本部長も引き受け、当時の校長も頼りにしていた。

 この本の企画にも無償で、全面的に協力してくれた。(発行人は白滝さんの名前がクレジットされている)

 

 その白滝さんが5日前の2月13日、82歳で亡くなったのを聞き、今日はご葬儀に出席した。

 

 永福町駅近辺を歩いている姿が目に浮かぶ。

 ちょっとガニ股の、特徴的な歩き方は遠目でもすぐにわかる。

 僕と会うと、いつも「ヨッ!」と手を挙げて笑って話しかけてきた。

 

 「気のいい近所のおっちゃん」を絵に描いたような人だったが、秋田から上京し、早稲田を出て、有名銀行・有名保険会社の要職を次々と務めた、そうそうたる履歴の持ち主である。

 

 葬儀は神式で行われ(神式に出席するのは確か2回目。焼香でなく、玉串を祭壇に供える)、宮司が祝詞でその履歴を唱えるのだが、あの独特の雅やかな節回しにかの大学・銀行・企業の名前が乗っかると、白滝さんのキャラと相まって、面白かわいく感じ、不謹慎ながら、つい下を向いて笑ってしまった。

 

 校庭芝生の小学校はその後、隣の中学、他の小学校と統合され、杉並和泉学園に。そこでも白滝さんは引き続き、最期まで学校支援本部長を務められた。

 

 当時、音を上げていたM君=エディター三坂氏は、今、僕の仕事のパートナーになっている。

 彼も語るように、あれは本当に貴重な経験だった。

 そして何より、とびきり楽しい思い出――まさか子供の学校であんなことが起こるなんて思ってもみなかった。

 

 いろいろなご縁を作ってくれた白滝さんに感謝。

 どうぞゆっくりお休みください。

 


0 コメント

「いたちのいのち」の書き直し

 

  5年ほど前に「いたちのいのち」という話を書いたことがあります。

 これはフェレットとその飼い主の話。

 フェレットと言うのはイタチ科の動物で、イヌより手間がかからず、ネコより愛嬌があって、ネズミよりも撫でがい、可愛がりがある――要するにとても飼いやすく、よくなついて面白いというやつです。

 

 体型が面白くて、ダックスフントみたいにビロロロンと胴体が長く、なんだかニョロニョロしている。そのまま首に巻いて襟巻にできそうな感じ。

 先祖はダックスと同じように穴に潜って野ネズミを捕まえていたらしい。

 英国のエリザベス1世やビクトリア女王にも飼われていて、ハリーポッターにも「ヨーロッパケナガイタチ」として登場。ドラコ・マルフォイが魔法でこのイタチに変えられてしまう、というシーンがあります。

 

 人間と代謝機能の何らかの数値が同じだとかで、実験動物として使われてきたという履歴(今でも使われている)を持っています。

 

 一時期、ペットとしてブームになったようですが、 今はどうだかわかりません。少なくとも最近は連れて歩いているのを見たことがない。

 

 なんでそんな話を書いたのかというと、純粋に個人用。

 フェレットを飼っている女性がいて、彼女の「イタチくん」との生活を話すからそれをまとめて話を作ってほしいというオーダーでした。

 

 彼女との関係やプロフィールを説明するのは面倒ですが、簡単に言うと、当時ちょっとバイトしていたところの職場の同僚。色恋とはまったく関係ないけど割と仲が良かったので、そのフェレットの話をよく聞かされました。

 あるとき、しばらく(1週間くらい)来なくなり復帰したので聞いてみると、いちばんお気に入りのフェレットが死んだとのこと。

 

 それで話を聞いているうちに、僕がライターだということも知っていたので、流れでそんなことになってしまったのです。

 

 仕事ではないのでギャラも発生せず、一銭ももらいませんが(コーヒーは一杯おごってもらった)、こういうのもけっこう面白いなと思って1カ月くらいかけて書き上げたのが「いたちのいのち」です。

 

 フェレットの歴史や習性の話、彼女とフェレットたちとの出会い(多頭飼いしていた)と生活、彼女の動物に対する思いをおもに書いたつもりだった。

 けど、できてみるとそのストーリーの裏に見え隠れする彼女の孤独感とか、家族との不和、人間関係のうまくいかなさ加減がにじみ出てしまっていて、ちょっといたたまれない気持ちになりました。

 

 それで原稿を見てもらおうとメールで送ったのですが、それからすぐに音信不通になり、職場にも無断で顔を出さなくなりました。

 

 結局その後、何度かメールをしても返事はなく、二度と顔を合わせることはなくなりました。

 僕もそこまで深追いはしなかった。

 

 この話を読んだせいかな、それとも最後の一匹(一番のお気に入りが死んで、その時点で一匹だけ残っていると話していた。)も死んでしまっておっち込んでいるのかな、といろいろ考えましたが、どうにもならない。

 

 その後、一度、少し書き直して置いてあったのですが、もう時効だと思うので、まるっきり書き直してみようと1カ月ほど前から、あれこれやっています。

 

 動物は純粋。というか、人間が「こいつは、この子は純粋」と信じられる。

 信じても差し支えない。損得勘定とも無縁の世界。

 だから心を素直に胸を開いて、自分の心を映し出せるのだろうなと思います。

 


0 コメント

子供の大学受験は「良い親検定」

 

私立大学の受験も終盤を迎えたようです。

今日もうちの近くのM大の正門前には、夕方、試験を終えて出てくるわが子を待つ親たちがたむろしていました。

 

子供のことを心配している。

なのだろうけど、じつは自分の心配。

子供の受験を自分の検定試験のように考えているはようで。

「親として私は合格なのだろうか?」と、気が気でない。

不安な気持ちはわかります。

 

でも、その合否を子供が受ける大学に決めてもらうのか?

子供がM大に合格すれば、自分も親として合格なのか?

それで「上がり」で、子育て卒業というわけか?

 

でも現代子育てすごろくには続編がある。

4年後には今度は就職(就社)がやってくる。

これまた一大イベントで、再び親としての検定試験が行われる。

今度は子供が入社試験を受ける〇〇社に

「私は親として合格でしょうか?」と問いかける。

 

「いやぁ、もちろんです。こんな立派な息子さん(娘さん)を育てたあなた、合格!」

とポン!とハンコを押してもらえば満足なのか?

 

ゾロゾロ門から出てくる受験生たち。

その中からわが子の姿を必死に探し出し、駆け寄る親たち。

 

中には子供に「来てほしくない」とはねつけられたけど、やっぱり来てしまって、

遠目からわが子の姿を追う人もいるようだ。

 

なんだか年々その数が増えている気がします。

よけいなお世話だろうけど、ちょっと考えさせられる風景なのです。

 


ピーターラビットの農的世界への回帰現象

 

●ピーターラビットの農的世界への回帰現象

 

イギリスの田舎、農村地帯、田園地帯は日本人にやたらと人気があります。

確かにとても美しいのだけど、外国の、西洋の田舎ならフランスでもドイツでもイタリアでもスペインでもいいではないか。

なぜイギリスなのか?と考えると・・・今年のうちのカレンダーを見てハッとした。

 

ピーターラビットだ!

 

ピーターラビットこそ、イギリスの、洋風田舎の代表的イメージを形作っているのではないか。

さらには近代社会において農業・農村をポジティブなイメージに価値転換したのもピーターラビットなのではないか、と。

 

子供向けの絵本でありながら、大人にも、というか、むしろ大人に、特に女性に大人気のピーターラビット。

人気の秘密はあまりメルヘン過ぎない上品な絵と、よく読むと割ときわどいストーリーにあります。

 

なにせピーターラビットのお父さんは農夫マクレガーさんの畑を荒らして捕まり、パイだかシチューだかにされて食べられてしまったのですから。

ピーターも危うく同じ目にあいそうになります。

 

かと言って、作者はマクレガーさんを残酷な悪者扱いにすることなく、子供向けによけいな甘味料を加えることなく、それがごく自然な人間と動物の関係として、さらりと描いています。

 

子供だましでない、そのストーリーテリングの見事さと、リアリズムからちょっとだけズラした絵柄とのマッチングが、唯一無二の世界観を醸し出している。

 

そして、その世界観が、この物語の舞台である湖水地方、さらにその向こうにあるイギリスの田舎を一種の理想郷のイメージに繋がっているのではないかと思います。

 

僕はこの物語の舞台であり、作者のビアトリクス・ポターが暮らしたイギリスの湖水地方には何度も行きました。

 

最後に行ったのは20年ほど前ですが、その時すでに地元の英国人は日本人観光客の多さに驚き、「ポターはそんなに日本で人気があるのか?」と聞かれたことがあります。

その頃からピーター=ポターの人気は不動のようですね。

 

19世紀の産業革命の時代、ロンドンなどの都会に住んでいた富裕層が、工業化と人口の増加で環境が悪化した都会を離れ、別荘を構えたり移住したことで湖水地方は発展した・・・という趣旨の話を最近、聞きました。

 

それまでの田舎・農村は貧しさや汚さ、そしてその土地に人生が縛り付けられる、といった暗いイメージと結びついており、けっして好ましい場所ではなかった。

 

しかし、急速な工業化・非人間的で気ぜわしい労働・環境に嫌気のさした人々が、都市・工場とは対極にある農村・田園・農業に、自然とともに生きる人間らしさ、長閑さ、幸福感とぴった高い価値を見い出したのです。

 

ポターの描いたピーターラビットの世界はその象徴と言えるのかもしれません。

 

そして産業革命から200年余りを経た今日、一種の回帰現象が起こり、再び農業に人気が集まりつつあります。

 

これからのライフスタイルは、工業化の時代を超えて、土に触れ、植物や動物の世話をする超リアルな農的ライフと、ネット・AI・ロボットのバーチャルな脳的ライフとに二極化し、僕たちはその間を行ったり来たりするのかなぁと、ピーターラビットのカレンダーを見ながら考えています。

 


0 コメント

人間の歴史はチョコレート前とチョコレート後とに分かれる(かも)

 

  バレンタインデーなので、カミさんから「プレミアム・チョコプリン」を頂きました。自分も食べたいのでこれにしたようです。

 何がプレミアムなのか食べてみると、プリンという呼び名は相応しくない。

 食感はレアチーズケーキに近い。味は濃厚、そしてビター。でもしっかりチョコレート感がある。これはおいしい。ありがとう。

 

 僕は、人間の歴史はチョコレートが開発される前と後とに分けて考えられるんじゃないか、と考えています。

 

 古代から疲れを癒し、魂を覚醒させる効果があると信じられてきたチョコレート(古代は飲み物で、チョコというよりココアでしたが)。

 それが近世の西洋社会で量産され、普及するようになって、人々の知覚は明らかに鋭敏になった。

 いわゆるドラッグのような効果があったのではないかと言われています。

 

 体に害はないんだけど、「やばい食べ物」と言われた時期もあったようです。

 庶民にあんまり頭良くなってもらいたくない人たち、知恵を付けてほしくない人たちは、すぐにこういうことを言い出しますね。

 

 明治時代、日本で作られ出回るようになった頃も「牛の血を混ぜて作っている」とか、いろいろデマが飛び交い、売るのに苦戦したようです。

 

 日本の庶民が本当にチョコレートの味を知るようになったのは、やっぱり戦後から。

 「ギブ・ミー・チョコレート!」と叫んで進駐軍のジープを追いかける、あの子供たちからでしょう。

 

 映画やドラマでしかあのシーンを見たことがないけど、何度見ても衝撃的。

 あんな体験をリアルにしてしまった子供の胸には、良いにつけ悪いにつけ、アメリカの存在の大きさが胸に刻み込まれたことでしょう。

 

 そういえば、あのあたりの世代はアメリカかぶれが多いような気がします。

 無理もありません。

 あの時代、将来の日本人の頭を洗脳するのにチョコレートはうってつけでした。

 まさしくドラッグとして機能していたとしても、おかしくありません。

 

 父や叔父・叔母はそうした経験をしていないと思うけど(齢が下の方の叔父・叔母はちょうど「ギブ・ミー」の世代だけど)、僕が子供の頃、パチンコで勝って景品のチョコレートをもらってくると、誇らしげに僕や妹にたちに手渡しました。

 

 多くは「森永ハイクラウン」など、子供にとってワンランク上のちょっと大人っぽい、高級っぽいやつです。

 

 子供にチョコレートを与えられる、まっとうな生活力にある大人。

 そういう大人であることに、深い満足感を覚えていたのだと思います。

 もちろん僕たちは大喜びで、家族は幸せでした。

 チョコレートをかじると、その時代のみんなの笑顔を思い出します。

 

 僕が子供の頃からずっとチョコレートを好きで、食べるといろんな思いにとらわれるのは、そんな理由からです。

 

 すっかり習慣化したバレンタインデーは、朝からあちこちでいろんなチョコ――もちろ義理チョコの類だけど――をもらって食べました。

 でも家庭によけいな波風を立てたくないので、毎年カミさんには黙っているようにしています。

 


慣習的自己と本質的自己

 

人間の中には「慣習的自己」と「本質的自己」という二つの自己が宿っている。

と看破したのは精神科医の神谷美恵子さんという人。

 

人間は社会生活が長くなるにつれ、つまり、おとなになるにつれ、慣習的自己が肥え太り、本質的自己がやせ細っていく。

 

現実の社会生活に対応するのが慣習的自己。

何につけても、これをするのは得か損かと考える。

そして他者が自分をどう認識するのかに気を張り詰める。

 

本質的自己は子供の頃は元気いっぱい。

けれども齢とともにだんだん隅に追いやられ、息を潜めて暮らすようになる。

けっして死んではいないけれど、ネグレストされた子供のように引きこもる。

 

「自分を見失う」とは慣習的自己に支配され、本質的自己を見失うこと。

いっそのこと、慣習的自己オンリーで生きればいい、と思うが、どこか心のすき間に

 

「本当は自分は何がしたいのか、何ができるのか?」

 

そう本質的自己が囁くのが聴こえてしまう。

 

またネグレストするか?

それとも耳を傾けるか?

それとも、とりあえずネットに何か書き込んでみるか?

「これが本当の自分です」というようなものを。

 


0 コメント

中高年はめざせ!中川屋嘉兵衛

 

 「還暦から勝負です」と宣言した人がいるが、先パイ、その通りです。

 あなたも老後の心配で、使わないカネを貯め込んでいる場合じゃありません。

 「人生50年」と言われた時代でも、50歳から大活躍した人がいます。

 

 マイナビ農業の仕事で、日本における肉食の歴史を調べていると、幕末から明治にかけて活躍した「中川屋嘉兵衛(中川嘉兵衛)」という名に出会いました。

 この人は慶応3(1867)年、荏原郡白金村に東京初の屠畜場を開いた人です。

 

 三河(現在の愛知県岡崎市)出身で、京都で漢学を修めた後、江戸に出てきてイギリス公使の料理人見習いをしながら英語を勉強し、欧米人相手のビジネスを画策。

 

 そして慶応元(1865)年、開港間もない横浜に出て、アメリカ人医師のもとで牛乳販売業を、イギリス軍の食料用達商人としてパンやビスケットの製造販売、さらに牛肉の販売を手掛けるようになりました。

 

 しかし車も冷蔵庫もまだない時代。横浜から江戸まで肉を運ぶのは至難の業ということで、都内に屠畜場を作り、芝高輪の英国大使館に納品したのです。 

 

 それとほとんど並行する形で、肉を鮮度がいいまま保存管理するには氷が必要となって製氷業を、ついでにアイスクリーム屋も開業。お肉の方では牛鍋屋も開店。

 次から次へといろんな事業をやって、人からは「節操ない男」と映ったかもしれませんが、彼の中では「洋食事業」ということでつながっており、それぞれ牛乳部門、パン部門、肉部門、製氷部門・・・といったように部門別に分かれていたにすぎないのかもしれません。

 いわば日本における「洋食文化の父」と呼べる人でしょう。

 

 僕は最初、資料を読んでいて、彼のことを勝手に岩崎弥太郎みたいな青年実業家だと思っていたのですが、江戸に出てきたのは40歳、横浜に出た時はすでに50歳!

 

 これは江戸時代の社会常識で考えれば、人生晩年近く。

 すでにご隠居さんとなってもおかしくない齢でしょう。

 

 そこから欧米人に仕えて取り入って、車も鉄道も、電話もインターネットもない環境でこれだけの事業を成し遂げ、80歳まで仕事をやりぬいたというのだから、中川屋嘉兵衛あっぱれ。

 

 「もうトシですからムリですぅ~」とか、

 「もう今からでは遅すぎますぅ~」とか言ってる場合じゃないですよね。

 何かやってもやらなくても同じように齢は取る。

 何歳だって“今”より早いスタートはないわけですから。

 


0 コメント

香水(パフューム):人間存在の深淵につながる「におい」の世界

「香水(パフューム)」という小説がすごい。

自分でもオナラ小説を書いているので、においの話には心ひかれます。

 

★鼻焼きの話

まだ寒いのにもう花粉が飛んでいるらしく、それで「鼻を焼きに行くんんだ。ふふふふ~ん💛」というFBの記事を読んで仰天しました。

鼻を焼く???

そうすると鼻水がジュルジュル出なくて具合がいいらしい。

 

「鼻を焼く」と聞いて、まさか鼻の頭に火をつけることはあるまい、鼻の穴に何か突っ込んでシュボッ、ジリジリジリ・・・とやるんだろうな、ということは察しました。

 

そこですぐさま思い浮かんだのはチリチリにカールした鼻毛。

新しいトレンドかと思ったけど、レーザーで焼くから、そうはならないんだって。

 

★嗅覚障害は大丈夫か?

そして次に湧き起った疑念は当然、嗅覚に問題は起きないのか、ということ。

あるサイトを調べてみると、においを感じる組織に焼きを入れるわけではないので大丈夫らしい。

でもやっぱり、ちょっと心配してしまいます。

手元が狂ってオペ失敗というこっとなないのか?

永遠ににおいが失われて、嗅覚障害者になってしまうことはないのか?

 

最も原始的な感覚である嗅覚は、現代人が未開拓のフロンティア。

鼻に障害がある、匂いがわかならないと言っても、目や耳の障害のようには深刻に受け止められない人が多いのではないか、という気がします。

 

しかし、それは大まちがい。

比べるものではないけど、目や耳よりも問題はシリアスかも知れません。

においの世界は潜在意識の世界とつながっているからです。

 

★天才香水調合師

それを見事に一つの物語として表現したのが「香水(パフューム)」という小説。

舞台は大革命が起こる少し前(らしい)の18世紀フランス・パリ。

主人公はグルネイユという天才香水調合師。

 

彼は無垢な魂の持ち主であると同時に、匂いによってこの世界の在り方を認識する超絶的な嗅覚の持ち主。

 

人生の目標は究極の香水を創り上げること。

それは彼にとって完璧な世界――天国のような世界を建設することに値する。

その研究の果てに見つけた手段は・・・副題の「ある人殺しの話」がすべてを物語る。

 

ケレン味たっぷりのストーリーなのだがリアル感がすごく、最初読んだ時など、これは実在の人物の、本当にあった話なのではないかと疑ったぐらいです。

 

★18世紀パリの裏通り

彼を産み落としてすぐさま死刑にされる生みの母。

カネのためにクールに孤児の彼を育てる養母。

彼をこき使う皮なめし職人の親方、

そして、むかし一発当てて、今は落ち目の、それでもプライドだけは人一倍高い老香水調合師。

など、脇役もみんなキャラが立っているととともに、当時の社会構造が垣間見えて、300年前のリアルに溢れています。

 

フランスで香水が発達したのは、パリがひどい悪臭の充満した街で、それを回避する手段が必要だったから――という話は以前から耳にしていました。

 

けれど、この小説の冒頭10ページ――グルネイユの生い立ちとともに描写される、貧民・労働者階級が蠢くパリの下町は、想像を絶する、魔女のスープのような地獄絵図。

それを描き出す筆致は、300年前にタイムスリップして見てきたのかと思えるほどです。

 

★人間存在の深淵に触れる

いったいこの作者はいかなる人物なのか?

何があって、どんな発想でこんな物語が生まれたのか?

ドイツ人だが、ナポレオン時代からヒトラー時代まで対立し続けた、隣のフランスに何か恨みつらみでもあるのか?

ちょっと名前が売れれば、たちまちインターネットで丸裸にされてしまう時代なのに、なぜか神秘のベールに包まれている。それもまたよし。

 

10年ほど前に映画化されたのをきっかけに、この原作を読んだのですが、勝手に想像を膨らませられる分、文章の方が10倍エロくて、グロくて、感動的で、人間存在の深淵を覗き見る思いがします。

 

パリの人々の凄惨な人生と風景(でも、たかだか300年前の話)に吐き気をもよおさず、拒絶反応を起こさず、最初の10ページを突破できる人なら、絶対面白い小説です。

 


0 コメント

北千住の葬儀相談サロンと帰りそびれたウルトラマン

 

 近年は「葬儀相談所」とか「終活相談所」が増えています。

 本日オープンの「葬儀相談サロン ティア北千住」もその一つ。

 ティアというのは名古屋発祥の葬儀社(本社はうちの実家のすぐ近く)で、昔ながらの葬儀屋とは一線を画す、イマ風の垢ぬけた葬儀屋さんです。

 

 オープン記念でこの3連休、一般向け見学会を実施――というので覗いてみると、まだ午前中にも関わらず、結構お年寄りが遊びに来ている。

 中は小ぶりのカフェくらいの広さで、確かに相談サロンとしては狭すぎず、広すぎず、ちょうどいいスペース感。仏壇だの線香だの、いろいろ物販もやっています。

 

 ひと昔前は「縁起が悪い」と敬遠されたこうした葬儀関連の施設も、高齢化社会が進むにつれて抵抗がなくなり、街にもなじんできた感じがします。

 

 そんな感想を抱きつつ、取材を終えた帰り道で会ったのは、オヤジ化したウルトラマン。首から金モールをかけて、昼間っからそば屋でビールを飲んでいます。

 

 もうヒーローとして戦えなくなって、現役を引退して久しいけれど、過去の栄光が忘れられなくて、飲んだくれているうちに光の国に帰りそびれてしまったという感じ。なんだかこれからティアへ自分の葬式の相談にでも行きそうな風情です。

 

 でも、この帰りそびれたオヤジウルトラマンも不思議とこの街になじんでいるのです。

 めっちゃ久しぶりに来たけど、北千住、なかなか味わい深い、探検し甲斐がある街ではないかと思いました。

 


アグリパークのブルーベリージャム

 

 葛飾区産のブルーベリー100%ジャム。

 新宿南口にあるJA東京アグリパークで取材。

 今日は東京産農産物のイベントをやっていて、その中でて目にとまったのでスタッフの方に聞いてみると、葛飾にあるJA東京スマイルと、都立農産高校のコラボ商品だとか。中身も美味しそうだし、ラベルも可愛い。

 

 お値段はちょっとお高め(660円)なのだが、おじさんなので、高校生の女の子が一生懸命作っているところを想像すると、つい応援したくなって買ってしまった。

 もしかしたら男の子かも知れないけど、まぁ、それでもいいや。

 

 ここは甲州街道沿いにあって、毎日1000人の人が覗いていくそうです。

 毎週、いろんなイベントをやっていて、楽しくポップに農業をアピール。

 新鮮な野菜も売ってます。

  新宿で時間があったらブラっと寄ってみてください。

 


たまには禁テレ

 

じつはこの2週間ほど、テレビを全く見ていません。

 でもべつに困らない。

 デメリットよりメリットが大きい。

 食事の時に家族同士で会話が弾む。

 それになんだか時間が豊富になったような気がする。

 普段はいかにテレビに時間を奪われているか、がわかります。

 いや、テレビが奪っているわけじゃない。

 こちらの方がテレビに魂を売っているんです。

 

 そんなにすごいテレビ好きというわけじゃない。

 見たい番組だけ見て、あとはパッと消してしまえばいいのだけど、なんだかそれで消してしまうと寂しくなるのでダラダラつけっぱなしにする。

 そして、ダラダラと見ている。時間がなくなる。

 という負のスパイラルが起きてしまうのです。

 

 僕たちは情報洪水の時代に生きている。

 一日生きると、自分では気が付かないうちに、脳の中にゴミのような情報が鬱積する。チリも積もれば山となるで、だんだんそれが脳に、身体にダメージを及ぼしていく・・・ような気になるのです。

 

 だからこそ、あえて情報をシャットアウトしてみる。

 脳のデトックスです。

 でもたいして困らない。

 ほんとはインターネットも活字も見ないのが本式だけど、そうすると仕事にならないので、そこまではできません。

 なのでとりあえずテレビだけ。

 

 でも明日からはオリンピックを見たいので、とりあえず今日までにしようかな。

 


メモ帳活用ライティング

 僕のデスクトップに並ぶアイコンで最も多いのはメモ帳です。

 パソコンのメモ帳を使うと、楽しく、ラクに文章が書けるからです。

 

 仕事術というほどのものではないけど、2~3年くらい前から原稿を書くときにパソコンに入っている「メモ帳」を多用するようになりました。

 なんら特別な機能がない、ただ字を書くだけの、おそらくパソコンの中でも最もシンプルなアプリです。

 

 以前はワードやエクセル、あるいはパワポなどに直接入力していたのですが、毎日いろいろ書いているうちに、いったんメモ帳に書いたものをワードなどにコピペするのが習慣になりました。

 この原稿もそうで、メモ帳に書いたのをブログとFBにコピペしています。

 いわば下書きして清書するというパターンですね。

 ただし、(特に仕事の場合は)ワード原稿にしてからもあちこち書き直したりするのですが。

 

 なんでこんな書き方をするようになったかというと、資料にある文章をコピペして、それをあちこち加工するからです。

 ネット上の資料だと、ワードなどにコピーしてしまうと、文字の大きさやフォントなどもそのままになってしまう。

 実際にそれを使うにしても使わないにしても面倒くさいことになります。

 メモ帳ならみんな同じ文字になるので便利だし、加工もしやすい。

 

 そしてゼロから文章を起こす場合も、メモ帳のほうが断然書きやすい。

 ワードにしても、ブログやFBにしても、直にその画面に向かうと、脳が緊張するのか、思ったことがうまく文章化できない。

 

 ところがメモ帳なら自然にスルスルっと出てくる。

 余計な力が抜けるというか、書くときに気持ちの余裕ができるというか、文章もぱっとひらめきやすいし、遊べてしまう。

 

 わざわざ原稿を2段階に分けるなんて効率悪いのかも知れないけど、ホンチャンの用紙(ワードやブログ)にコピペするときに文章を整えることもできます。

 その時にうまく書けていなかったところが、「こうすればいいのか」と、ぱっと気が付いたりもします。

 メモ帳の時はいったい何を言いたいのか、ぐちゃぐちゃな文章でも、このステップを経ると、不思議にしっかりまとまることはしょっちゅうです。

 

 なぜかは分からないけど、メモ帳を味方につけるとなんだか快適な気分で書けるのです。

 

 「よい文章を書かなくては」と気合を入れると、よくフンづまり状態になってしまう人は、一度、この「字を書く以外機能なし」のメモ帳を活用してみてください。

 脳がリラックスして力を発揮できるかも。

 


聞きかじり原宿むかし話:リーゼント床屋伝説

 

 昨日のことになってしまったが、3月のイベントの件で“原宿のお米屋さん”小池さんとの打ち合わせがあって原宿まで行きました。

 天気が良かったのでチャリンコで。

 

 小池精米店はいわゆる裏原宿――江戸時代、水車小屋もある田園地帯だった隠田商店街にあります。

 この辺りには隠田地域会館というのがあって、原宿にチャリで来るときは、いつもそこの駐輪場(サイカパークになっていて誰でも利用できる)に停めるのですが、この地域会館がなんと、D昨年末で閉鎖になっていた!

 

 地域の人たちが出入りするのを結構見ていたので、ちょっと寂しい気がしましたが、さすがにこの建物、筑何十年かわからないけど、老朽化が激しくて限界気味。やむを得ず建て直すことにしたようです。

 

 築何十年わからないけど、たぶん小池さんと同年代くらい。

 彼の少年時代は原宿カルチャーの絶頂期で、ホコ天で竹の子族が踊っていた時代とシンクロしていますが、台風の目の下にいると暴風雨に巻き込まれないのと同様、原宿に住む彼らはそうしたカルチャーやファッションにほとんど影響受けることなく、フツーの子供をしていたそうで。

 

 ホコ天も竹の子もツッパリも、ワンス・アポン・ア・タイムになってしまったけど、流行らない床屋さんはいっちょオヤジ相手にリーゼント専門店になってみてはどうだろうか。

 

 キャロルカットとか、永ちゃんレジェンドヘア、やりますとかね。

 さらにカッコいい無精ひげなんかも調整して、チョイ悪おやじ御用達になれば商売繁盛。

 

 オヤジも大人ぶって老朽化していないで、バリバリにキメてまた原宿を闊歩すれば、元気になって病気なんかもふっとばせるぜ。

 


食べ物を作る仕事をしている人の話は一聴・一読に値する。

 

マイナビ農業で取材した「東京しゃも」の記事がUPされたので、先日、浅野養鶏場の浅野さんに報告したら丁寧なメールの返信が返ってきました。

 

 「自分のする話は難しいといつも言われるが、見事にまとめてくれました」と喜んでいただいたので、こちらも嬉しくまりました。

 

 開発技術者や、江戸時代からしゃも料理を扱ってきた人形町の名店とともに東京しゃも開発プロジェクトに携わったエピソードはめっぽう面白い。

 しかし、それ以上に、戦後の混乱期・食糧難の時代から身を起こして養鶏業を半世紀以上にわたって営んできた浅野さんの、食べ物に関する信念・哲学が魅力的なのです。

 

 また、昨日はある料理人の書いた本を読んで、けっこう心に染み入るものがありました。

 料理の話というよりも、自分の半生記みたいになっているエッセイで、さらっと口ごたえがいい割に、何というか、隠し味が効いていて面白いし、深味があるのです。

 料理の味やお店のコンセプト・ムードと、その人の人間性かどうかなんて関係ないように思えるけど、じつは深いところでつながっているんだろうなと思いました。

 

 総じて一流の料理人・生産者は、自分ならではの哲学を持っていると思います。

 哲学という言い方が難しければ、「生きる」ことについて感じること・考えることを何らかの形で表現を試みる――とでもいえばいいでしょうか。

 

 それが生産物・料理・お店全体の在り方に反映される。

 優れた技術に、その人ならではの魂が宿ることによって、人の心を打つ「食」が生まれます。

 

 浅野さんの「食べ物を扱うのは神聖な仕事なんだ」という言葉が耳に残ります。

 機械的に、早く、安く、美味しく、安全な食べ物がたくさん出回るようになった世の中だからこそ、時々はそうした生産者や料理人や作る人たちの人間性だとか、哲学だとかに目を向けて行こうと思います。

 


0 コメント

雪トトロ、春を呼びに行く

 

 先月の大雪の日に地上に降り立って以来、思いがけないほど長い間、うちにやってくる子供たちを楽しませてくれた雪トトロは、いつの間にか旅立っていました。

 

 前日の雪でまたもや復活かと思いきや、あまり降ってくれなかったので、そろそろ見切りをつけて「じゃーねー」と夜の闇に紛れて行ってしまったようです。

 

 おりしも節分の日。

 たぶん春を呼びに行ったのだと思います。

 

 明日は立春。

 なので、すぐ連れてきてくれることを期待してしまいますが、なにせトトロは3000年も生きているので、毎日忙しい忙しい、急げ急げと言っている僕たちとは時間の感覚が違います。

 

 ちょっと30分昼寝のつもりが3日間寝ちゃったなんてことも起こります。

 それにあちこち道草して遊んでいるでしょう。

 

 なのでまだしばらくかかると思いますが、気長に待ちましょう。

 頼んだぞトトロ。

 春を連れてもいどってきておくれ。

 


新潟ラーメンと新潟名物タレカツと新潟米の話

 

  新潟のお土産に「にいがた4大ラーメン」というのを買ってきました(自家消費用)。

 「新潟濃厚味噌らーめん」「燕三条背脂らーめん」「新潟あっさりしょうゆらーめん」。

 僕はどれも初耳だけど、新潟の人はよく食べているのだろうか?

 あなた新潟の人? どう? 

 

 そして、いの一番に食べてみたのが「長岡しょうがラーメン」。

 しょうがラーメンというのは珍しい。

 スープにはしょうががたっぷりの醤油味。それが太麺とよく絡み合う。

 香り高くておいしい。でもまぁ、そこそこってところで、そんなにインパクトがあるわけではない。

 

 やっぱ新潟はラーメンよりもお米、ごはんなのではないでしょうか。

 

 そういえば写真を撮り損ねてしまったのだけど、新潟には「タレカツ」というのがあって、これが名物らしく、あちこちで看板を見かけました。

 残念ながらそのお店には時間がなくては入れなかったけど、到着した日の昼食に、このおみやげを売っているショップで「チキンタレカツ丼」というのを買って食べました。

 

 濃厚甘辛ダレがカツの衣がフニャフニャにならない程度にしみこんでいてイケます。

 ただ、東京その他の地域の大半の人は「甘すぎる」と言うでしょう。

 きっと僕も東京で食べたらそう文句をつけると思いますが、新潟で食べるとおいしい。

 その秘密はお米だと思います。

 新潟のおいしいお米と甘辛ダレの相性が良いのです。

 まさに新潟ならではの味ではないかと思いました。

 

 それでふと思い浮かんだのが、ブレンド米のマイスター、原宿のでお米屋をやっている小池さんの顔。

 彼なら新潟人と新潟にやってくる旅人たちのために「タレカツが10倍美味しく食べられるコシヒカリブレンド」なんてニッチなブレンド米を開発してくれるのではないだろうか?

 

 その土地ならではのうまいものと、その土地ならではの米。

 日本人は世界一ぜいたくしています。

 


藤原カムイのウルトラQ

 

 息子から誕生日のプレゼントに貰ったのが、コミック版の「ウルトラQ」。 原作はおなじみ(かどうかは世代によるか・・・)の1960年代の特撮テレビ番組。

 1月の締めはオタクな話です。

 

 ウルトラQは初めて遭遇したのがチビッ子の時だったので、その衝撃はすさまじく、精神に完璧にインストールされました。

 

 ドロドロドロと溶けていた文字がギュルギュルっと回ってタイトル文字になって決まるギミック、そしてあのヒュルルというノコギリを震えさせて音を出していたというテーマ曲が流れるだけで怖くてドキドキしていました。

 

 ウルトラマンをはじめとする、のちのヒーローものにはストーリーの流れに一定のパターンがありますが、この作品にはそれがなく、ただ「アンバランスゾーン」というコンセプトに沿って、SF、ファンタジー、怪奇、ミステリーといった類のエピソードが1話完結方式で毎週放送されていました。

 

 マンガとして再現されているのは僕にとって、そしておそらく多くのファンにとっても傑作の誉れ高い6作品。

 

 迫りくる巨大怪獣の恐怖を描いた「ぺギラが来た」

 SFとサスペンスと寓話を融合させた「地底特急西へ」

 詩情と哲学的とさえ言える余韻の残る「バルンガ」

 宇宙人による地球侵略モノの元祖「ガラダマ」

 ミステリアスSFの原点かつ頂点。映像をネガ反転させる異常な演出と、驚愕のラストシーンがトラウマになった「2020年の挑戦」。

 幽体離脱シーンに震え上がってオシッコちびったオカルトもの「悪魔っ子」

 

 惜しむらくは、密室スリラーの「クモ男爵」とシュールコメディの「カネゴンの繭」は入れられなかったのか? 描けなかったのか?

 この2本が加われば完ぺきだったのに、と思わざるを得ません。

 

 ちなみに僕はこうした子供時代に見た映像は、初恋の思い出などと同じく、自分の記憶に刻み込まれているものがベストだと思っているので、デジタライズされてDVDが発売されたよ~ん、白黒じゃなくてカラーにされているんだよ~んと言われても、何か特別な事情・必要性がない限り、一切見ないことにしています。

 

 でもこちらはマンガ。藤原カムイの瀟洒な絵が、記憶の中の1960年代の映像と妙にミスマッチ――アンバランスゾーンになっていて、素直に読めます。

 番組を見たのはまだ5歳の頃ですが、このマンガを読むとその時の感覚がそのまま蘇ってくるのです。

 頭の中身は5歳児からほとんど進化していないのかも知れません。

 

 なにせわずか30分の番組(コマーシャルなどを抜いたら25分程度)。

 深い人間ドラマなど描いているヒマなんぞなく、ひたすら怖くて、世界観とプロットの面白さ、演出のアイデアを見せまくる作品だったはずですが、今こうしてマンガでストーリーをつぶさに追っていくと、その時代の雰囲気や、それぞれのキャラクターの秘めている物語が読み解けてきて、とても興味深いのです。

 

 そして、まだ幼稚園生だった時分に見ていた作品を、自分の息子から贈られるなんて、なんだか変な感じです。まさにこの作品のコンセプト「アンバランスゾーン」。

 

 今思えば「ウルトラQ」が放送されたのは前回の東京オリンピック終了直後のことでした。

 その時代、日本人のライフスタイルは大きく変わろうとしていたのだけど、その時代と時代のすき間に微妙なアンバランスゾーンが生まれていたのかも知れません。

 

 とすると、今回のオリンピックの後にも・・・。

 しかも「2020年の挑戦」だし。

 あなたの精神はあなたの肉体を離れ・・ヒュルルルル。

 


新潟のビジネスホテルで魚沼コシヒカリを食べて幸福について考える

 

 土日の新潟遠征で泊ったのは、駅から歩いて5分の、新潟なのに「京浜ホテル」という、どこにでもあるようなフツーのビジネスホテルでした。

 フツーと言っても、21世紀型のモダンなフツーではなく、建設された昭和の後半には、新潟へきてバリバリ働くビジネスマンが明日への英気を養う、最新の「東京に負けないくらいナウい」ホテルだったのかもね~といった匂いが漂う、本当によくある、シングルベッド、ユニットバス、テレビ付きのホテル。

 

 のはずだったのですが、日曜日の朝食でその印象がガラッと変わりました。

 

 う、うまい!

 魚沼産コシヒカリの和朝食だ。

 

 炊き立てではないが、降り積もった雪のよう白くピカピカ光っている。

 久しぶりに「銀シャリ」という言葉を思い出しました。

 

 生卵をかけて一杯、納豆かけて一杯、あちこちおかずと一緒に一杯。

 まだいけそうだったけど、これから仕事があるのにあまり腹いっぱいになってはいかんぞ、と抑えました。

 

 恐るべし、魚沼コシヒカリの魔力。

 

 すっかりご機嫌になって、食堂のおっちゃん・おばちゃん(たぶん夫婦だと思う)に、フロントのお兄さん・お姉さんに「おいしかった。ありがとう」と愛想を振りまいてしまいました。

 

 「ああ、そうだったのか」と、写真のポスターを見たのはその後。

 

 ごはんがおいしいとホテルの印象も変わります。

 何の変哲もない古ぼけたビジネスホテルが、新潟のオンリーワンホテルに見えてきた。

 

 当初の印象とのギャップ効果もあって、古ぼけ感も、おしゃレトロとまでは言わないけど、何やら味わい深く感じ、永く思い出に残るだろうなという気持ちになるのです。

 

 そこでハタと考えた。

 

 しかし、僕が普段から魚沼コシヒカリを食べなれている人間だったら、ここまでの強い印象を抱くだろうか。

 

 ヘン、魚沼コシヒカリなんて、わしゃ毎日くっとるでよう、別段、感動なんかせーへんがや。

 

 とクールに流し、おっちゃん・おばちゃんや、兄ちゃん・姉ちゃんに愛想を振りまくこともなかったでしょう。

 京浜ホテルが味わい深いホテルだと感じることもなく、永く思い出に残ることもなかったに違いない。

 

 そう考えると、人生と言うのはちょっとした条件の違い、ささいな感じ方の違いでまったく違ったものになってしまう。

 いつでも(俗にいう)美味いものを食っている人が幸福だとは限らない。

 もちろん、そうした人にとって、京浜ホテルに人生の醍醐味を感じるかどうかなんて、とんでもない低次元の問題で、はるかな高次元の幸福を追求しているのでしょうが。人類全体のとか、地球全体のとか、ね。

 

 いずれにしても、今や海外のセレブも認める最高級ジャパニーズライスブランド、魚沼コシヒカリは美味しかった。そして京浜ホテルとのギャップもよかった。

 

 どうもごちそうさま。

 


0 コメント

雪トトロ、しぶとく生きる

 

 新潟から帰ってきたら、近所で先週の大雪の日に誕生した雪トトロがお出迎えしてくれました。

 それもかなり化粧直しして。

 

 先週末はかなりメルティになって風前の灯かと思われたのですが、制作者のおねえさん(幼稚園の先生)にメンテナンスしてもらったようです。

 

 長寿の秘密はこの場所がいい具合に日陰になっていること。

 日陰者には日陰者の生き方があるんだぜ、とでも言いたげです。

 

 うちの野の花鍼灸院に来る子供たちも、このトトロに会えるのを楽しみにしています。

 しぶとく生き残れ、トトロ。

 節分の日くらいまで。

 


0 コメント

雪とアザレア:趣味の園芸フェア・イン新潟

 

 Eテレ「趣味の園芸」公開収録&トークイベントの仕事で新潟に行くんですよ、と書いたら、「寒いのに大変だね」との反響をいただきましたが、行ってみると体感温度としては東京とそう変わりない。

 寒波が来ているんだから、こんなもんだろ、という感じ。

 

 新潟と言うと、ついテレビのニュースで採り上げられるような豪雪地帯をイメージしちゃうけど、別に県全体が雪に埋まっているわけではない。

 当たり前の話、新潟県は細長くて海岸線は300キロくらいあるし、海側と山側ではかなり気候も変わります。

 仕事も現場は新潟市内で、今年に限らず例年、寒さはせいぜい東京の郊外(八王子あたり)と同じ程度ということです。

 

 番組のテーマは「アザレア」だったので、ステージは真冬でも華やかなアザレアでいっぱい。

 アザレアはもともと日本のツツジを江戸時代に来日したヨーロッパ人が持ち帰って、鉢花用のハイカラな花に改良したものを明治になって逆輸入。

 どういうわけか新潟がその一大生産地となり、花づくり職人らが冬でも楽しめる花に、これまた改良したのだとか。

 したがって現在、日本の花市場に流通しているアザレアは9割以上が新潟産なのだそうです。

 

 番組ナビゲーターの三上真史くんとナレーター(公開収録では全体MC)の笠原留美さんがともに新潟県人ということもあって、お客さんも満杯で大喜びでした。

 

 この公開収録番組は2月25日(日)朝8:30から放送です。

 


0 コメント

米どころ・酒どころ・花どころ・雪どころの新潟へ

 

 この週末に新潟に行くことになりました。

 今年も「趣味の園芸フェア」(番組の公開収録+トークイベント)の仕事があり、その第一弾が真冬の新潟です。

 うわ~、また雪だ。

 

 新潟と言えば、もちろんコシヒカリ。そして日本酒(ほとんど飲まないので銘柄は知りませんが、やっぱお米がいいので美味しいのがいっぱいありそう)ですが、なんと花の出荷量もトップクラス。これは知りませんでした。

 

 特にアザレアとボケは市場の9割以上を新潟産が占めているそうで、品種改良もほとんど新潟で行われているとか。昭和初期以来の伝統農芸なのだそうです。

 今回の番組・トークもそのお話。

 

 ナビゲーターの園芸王子・三上真史君と、ナレーター(このフェアではMC)の笠原留美さんも新潟産だそうで。故郷に錦を飾るべく張り切っています。

 

 ちなみにこのチラシのデザインはAshデザインの岸部さん。

 さりげになんでもカッコよくデザインしてくれちゃいます。

 


0 コメント

雪と少女

 

雪どけの風景に出会うと、五輪真弓の「少女」という歌を思い出す。

 

 ♪あたたかい陽の当たる真冬の縁側で

 少女はひとりでぼんやりと座ってた

 積もった白い雪がだんだんとけていくのを

 悲しそうに見ていたの

 夢が大きな音を立てて崩れてしまったの

 

 透明感のある旋律と余白に満ちた詞。

 思い出すたびにとても清新な気持ちにさせられる。

 

 子供は雪どけの景色や子犬の遊ぶ姿を見るだけで、生きるってどういうことなのか感じとっている。

 夢がとけて消えても、また次の夢の芽を雪の下から見つけ出してくる。

 生きるってその繰り返しなんだということも。

 

 塾や習い事などいくら詰め込まれて忙しくても、

ちゃんとぼんやりして感じる時間を持っている。

 「なにぼんやりしているの!”」と大人に怒られたってへっちゃらで、

 自分の中にいる未来の自分と話している。

 


0 コメント

マイナビ農業の「お肉」の記事が同サイトの人気上位に

 

 昨年11月に「マイナビ農業」に上げた東京食肉市場の記事が人気で、同サイト内のアクセスランキング第11位になっていると聞きました。

 上位10位はほとんど連載マンガなので、通常の記事としては第2位だそうで、たいへん光栄なことです。

 

 編集長からは「サブカル的な匂いに読者が反応したのかも」との分析コメントがあったのですが、サブカルって・・・そんなの意識したことないんだけどなぁ。

 

 読者の側に立って考えると、おそらく野菜や穀物などの植物系と違って、牛や豚など動物系は他のメディアであまり目にする機会がないし、半ば怖いもの見たさ、野次馬的な興味もあるのでしょう。

 

 「興味本位はよくない」みたいな言い方がされるけど、何事もまず興味を持ってもらわないと始まりません。

 

 僕らが毎日口にしているお肉――ハンバーグもハムもソーセージもです――が、どのようにしてできるのか、食べるのなら知っておいたほうがいい。

 

 という思いで、ごく普通にまじめに書いています。

 

 東京にいる人は品川に行くことがあれば、ぜひ一度、食肉市場の「お肉の情報館」に足を運んでみてください。1時間あれば十分に見られますよ。


雪降る日は若き血潮がたぎる

 

 「雪降る日は若き血潮がたぎる」

 というのは別に自分のことではありません。

 子供・若者の話です、やっぱ。

 

 雪やコンコンで庭駆け回ったり、

 惜しいなぁ~、あと一日早かったらホワイトバースデーだったのに。

 とか言ってたのは昔のことで、今やこたつで丸くなっていたい年頃になりました。

 

 が、本日は仕事の打ち合わせなどあり、出掛けなくてはなりません。

 それもドカ雪になり始めた午後。

 

 で駅に行ってみれば、

 「うわー、なんでこんなにいっぱいあるのにつかめないんだ~!」

 と、小学1~2年生の男の子がエキサイティングに手を振り回しながら、雪をつかもうとしている。

 おお、元気な少年だ、と微笑ましく見守っていたら、

 

 「このクソ寒いのにいったい何やってんだ、このガキは。

 ほらほら、ジャンパーの前のチャックが開いてるじゃん。

 おいおい、手袋くらいしろよ、まったく。

 風邪ひかれて熱でも出されちゃ日にゃ困るんだよ、こっちは。

 そう言や、同じクラスのカナちゃんがインフルエンザで休んでるって言ってたじゃん。

 あー、いやだ。もー疲れた。ガキの面倒」

 

 という顔をして若いお母さんが見ていました。

 

 まぁまぁお母さん、あなたの息子はこの雪をつかむとともに、かなたにあるでっかい夢をつかもうとしているんですよ。

 そんなにブスッとしていないで、いっしょに夢を見てやってくださいな。

 と思わず言いかけたが、やめときました。、

 

 で夕方、大学に行くと、大学生の女の子が二人で、こちらも元気にスマホでメイキングを撮りながら、でっかい雪だるまを作っています。

 

 思わず「おお、かわいい」と言ったら、

 「きゃーっ、うれしい!ありがとうございま~す💛」
 と返されてしまった。

 

 たったそれだけのことでそんなに喜んでくれるなんて、おじさん、うれしい。きみたちのほうがもっとかわいいよ。

 

 と思わず言いかけたが、やめときました。

 

 「若き血潮がたぎる」とまではいきませんが、お酒を飲んだようにポッとあったかくなった。

 ああ、いい雪だ。

 

 Have a Happy White Evening.

 


0 コメント

誕生日のコーヒーカップと悪魔と天使

今日は誕生日なので朝、早起きして発掘調査をしました。

 頭の中にあることをノートに書き出してみる。

 ちゃんとした文章にはならないけど、結構オートマティックに腕が動いて、泉のようにいろんな文章が湧いてきます。

 ひと段落したところで、新しいカップでコーヒーを一杯。

 

 先日の合同お誕生会でカミさんからコーヒーカップをプレゼントしてもらいました。

 シンプルなオフホワイトのカップだけど、「ALL I need is・・・」と書いてあって、この言葉が下に敷く木のコースターの周囲にある言葉「You」「idea」「Coffee」「Love」「Break」「Tea」とそれぞれ呼応している。

 しかもこのコースターはそのまま上にかぶせると蓋になる。

 なかなか隠し味が効いていて洒落っ気がある。

 持った感じも、そこはかとなく丸みがあって、最初からとても手に馴染む。

 仲良くなれそうな、良い相談相手になってくれそうなカップだな、という気がします。

 

 先代のカップはなんと十年近く使っていました。

 それも100円ショップで適当に見繕って買ったもの。

 しかし、使っているうちに下半身の丸み、手に持った感じが気に入ってしまって、持ち手が取れても、縁が欠けてもずっと使い続けていました。

 僕は1日平均3~4杯はコーヒーか紅茶を飲むので、単純計算すると、こいつで1万杯以上も飲んでいたことになります。

 まさかこんなに仲が良くなり、関係が持続するとは思ってもみませんでした。

 

 そのモノがどれだけ自分になじむのかは使ってみないとわからない。

 人と人の関係も、最初で決まることもあれば、続けてみなくちゃわからないこともいっぱいあります。

 

 自分との関係も同じく。

 付き合いも随分長くなったけど、まだ使っていない自分、会っていない自分がいつのではないかと思います。

 そう思って書いていると、地底から悪魔がモコモコ湧き出してきたり、空から天使がバシャバシャ降ってきたりします。

 

 ALL I need is Devil.

 ALL I need is Angel.

 

 


0 コメント

孤独担当相の誕生

 人は一人で生まれてこれないし、一人で死ぬこともできない。

 「私は一人で生きてきたから孤独でいいのだ」というのは、その人の驕りだと思います。

 

 孤独担当相。Lonely Minister。

 これはジョークか、ファンタジーか、未来小説か、。

 まず抱いたのはそんな感想。

 政治の世界にミスマッチなこのネーミングのセンスは好きです。

 なんかイギリスらしいなという感じがするし。

 

 先日、政府がこの孤独担当相を新設。

 英国社会に影を落とす孤独の問題に取り組むと言います。

 当初、僕が見た報道では「高齢者の孤独死問題に」という形で採り上げられていました。

 割合的にはそれが大きいのかもしれないけど、それだけに限らず、この孤独の問題は全世代にわたっている社会問題のようです。

 うつ病、引きこもり等、精神疾患にまつわる要素もはらんでいるのでしょう。

 

 もちろん、大きなお世話だ、とも思います。

 そんな個人的なことに政府が介入するのか、とも。

 

 そもそもみんながイメージするほど、孤独というのは暗いものでも悲惨なものでもない。

 

 高齢者の孤独死も、本人にしてみたら可哀そうでも不幸でもないのかも知れません。

 可哀そうだ、不幸だというのは周囲の勝手な思い込みで、その人はやっと煩わしい人間関係から解放され、人生の最後に、自由に、のびのびと孤独を楽しむ時間が出来て嬉しいのかも知れません。

 

 孤独の何が悪いんじゃ。ほっといてくれ。よけいなお節介するな。

 

 日本でも英国でも、若かろうが年寄りだろうが、半分以上はそういう人ではないでしょうか。

 

 でも僕は政府がこうして孤独の問題に向き合うと宣言するのは悪いことではないと思います。

 世の中を動かす政治が、現代の社会の中でそれだけ個人個人の在り方を尊重し、手を掛ける価値のあるものとして捉えている――と思うからです。

 

 近代になって自立精神、独立独歩の生き方が理想とされ、そうアナウンスされ続けてきたけど、もしかしたら、それがもう限界に来ていて、何かケアしないと社会がこのままではもたないのかもしれません。

 

 

 「孤独の何が悪い」「よけいなお世話だ」という人は、また、人間生まれるときも死ぬときも一人なんだと言います。

 

 僕は違うと思う。

 人間、周囲の誰かの手を借りなければ生まれてこられないし、たとえ生まれたとしてもすぐ死んでしまう。

 

 死ぬ時だってそう。

 孤独死するのは本人はそれでよくても、自分で自分の遺体を処理できない限り、結局は誰かの手を煩わせ、迷惑をかけることになる。

 

 僕もべたべたした繋がりや面倒くさい人間関係、形にとらわれた付き合いは苦手で、孤独が好きな部類に入ると思うけど、社会が孤独について意識する姿勢を作る、そのきっかけとして孤独担当相なる大臣が登場するのは、アイデアとしていいなと思うのです。

 フィクションみたいで面白いしね。

 どこまで実効性・持続性があるのか、わからないけど、今後ちょっと注目してみたいです。

 


0 コメント

「美味しいケーキは年一度」の誓いと、追憶のバタークリームデコレーションケーキ

 

 カミさんと誕生日が10日しか違っていないのです(11日と21日)。

 双方の都合が合わなので、じゃあ真ん中の日の夜は空いているので、そこでやるかということで、昨日の晩は二人合わせてお誕生会。

 と言ってもお寿司を食べて、ワインを飲んで、定番のパステルのプリンケーキを食べただけですが。

 

 パステルの回し者ではないけど、やっぱりここのプリンケーキはおいしい。これと対抗できるのは(べクトルは違うが)、赤坂TOPSのチョコレートケーキだけです。

 

 ケーキはいろいろ食べましたが、この2つの頂点に行き着いてしまったと感じ、ここ数年、たまに贈り物としていただく以外は、他のケーキ屋のケーキにあまり食指が動きません。

 

 以前はクリスマスやら誕生日やらの「ハレの日」に燦然と輝いていたケーキ類ですが、最近はスーパーやコンビニでも手軽に安く、いろんなスイーツが手に入ります。

 それもレベルが激アップして、どれを食べてもかなり美味しいんだよね。

 なので、ケーキに対するスペシャル感がなくなってしまいました。

 

 こうなると逆説的に、僕らが子供の頃に食べた、バタークリームを使ったデコレーションケーキが懐かしくなる。

 デコレーションされてて、「うわぁ、美味しそう!」とハイテンションになるんだけど、あのバタークリームって脂をそのまま食べているみたいで、まずいのなんの。

 三口も食べるとうんざりする。

 でも、お父ちゃんがわざわざ子供のために、と買ってきてくれたので、そう嫌な顔もできず、食っていました。

 涙ぐましい子供の気遣い。

 

 それにしても、当時、舌のまったく肥えていなかった僕でも、あれほどまずいと思ったのだから、 今の子供・若者たちは、あのバタークリームは絶対食べられないだろうなと想像します。

 

 そういえば中学生の時、友達と集まってクリスマスパーティーをやって、あのバタークリームのケーキと、こっちも今思えば激マズの「赤玉ハニーワイン」を飲んで酔っぱらって、翌日まで気持ち悪く、胃がムカムカしていたことまで思い出しました。

 人生初にして最悪の二日酔い。

 

 さて。

 日常的においしいものがいっぱいあるということは幸福である一方で、どうも生活にメリハリがなくなってしまう。

 なので、パステルのプリンケーキと、TOPSのチョコレートケーキは、それぞれ年に1~2度の楽しみと決めています。

 

 久しぶりに一度、昭和のバタークリームのデコケーキ、食べてみたいなぁと思うこともありますが、やっぱりまずいだろうなぁ。

 


0 コメント

笑って泣ける人生親子漫才

 

 夫婦漫才、兄弟漫才というのは昔からあるけど、最近は親子漫才も人気のようで、シングルファーザーのお父ちゃんと小学生の娘のコンビがネットでちょっとした話題になっています。

 

 「お父ちゃんがお笑い芸人になる夢捨てきれへんから、お母ちゃんが愛想つかして出て行ってしもうたわ」と、娘が可愛くかまして観客大爆笑。

 だけどちょっとホロっと来て、胸に響いて、ヘタな哲学談義などよりよっぽど考えさせられるのです。

 

 プライベートな話をネタにして、自分を笑い飛ばす。人生を笑い飛ばす。

 僕やあなたをはじめ、ちゃちなプライドにとらわれている人たちにとって、これはなかなかできることではありません。

 

 ベテランの漫才師さんたちを見ていると、自分の病気や体がきかなくなったことさえネタにして笑わせてしまう。

 これぞプロフェッショナル。まったく尊敬ものです。

 

 彼ら・彼女らは死ぬことさえも笑い飛ばして、相方のお葬式でも大爆笑の渦にしてしまうかも知れない。

 そして参列者をみんな体の芯から号泣させてしまうかも知れない。

 

  話を親子漫才に戻すと、これから親と子も相互扶助の時代で、ネタも豊富に作れそうだし、どんどん増えるような予感がします。

 今のところ、娘のツッコミ×親父のボケが主流のようですが、娘×母、息子×親父、息子×母、みんなあっていいんじゃないかなぁ。

 

 さらに男同士、女同士の夫婦とか、LGBTの漫才があっても面白い。

 

 そのうちジジババも交えて3世代のトリオ漫才も飛び出すかも。

 

 「老人ホーム入るために漫才やって稼がなあかんのや。

 おまえら協力しい」

 「何言うてんの、じいちゃん。このギャラは今度生まれてくる、あんたのひ孫のミルク代にするんやで」とかね。

 

 とにかく何があっても笑って生きていきたい。

 


自分の中の文脈を探る冒険

 

 僕の中にも、あなたの中にも、個々の人生の文脈がある。

 生きていかないとそれは発見できない。

 そう考えると、どんな人の人生もその文脈の中から金鉱を掘り当てる冒険だ。

 

 昭和30年代(1950年代半ば)以降に生まれた世代は「モラトリアム」と言われ、成人してもいつまでも自分探しをやっている煮え切らない連中と、上の世代から揶揄されてきた。

 

 上の世代がモラトリアムなどせずに済んだのは、そんな必要がなかったからである。

 頑固とした常識、世の習い。

 食うためだけに精一杯。

 そうした時代・環境なら、常識・慣習・伝統に従っているだけで、たとえささやかなものでも幸福が手にできた。

 

 時代や環境のせいにするな、確固とした信念を持て。

 という言説はカッコいいが、人の生き方・考え方が、時代や生活環境に左右されるのは当たり前のことだ。

 

 言い方を変えると、現代はより良い人生を志せば、自然とモラトリアムにならざるを得ない。

 誰もが一生モラトリアムのまま終わってしまうリスクを抱えて生きている。

 

 自分はいったい何者なのか?

 自分はこの世界で何をするために生まれてきたのか?

 それをいろいろな仕事、遊び、活動、人間関係、情報の受信発信を通して考え続けるのが、現代社会に生を受けた人間のミッションなのではないかと思う。

 

 文脈から金鉱を掘り当て、ゴールドの恩恵に浸れる人はごく少数だ。

 たいていの人は道半ばで「このあたりでいいか」と腰を落ち着け、モラトリアムを卒業したかのように見せかける。

 あるいは、ストックな人は厳しい道を歩き続けて倒れたり、精神を病んだりもする。

 

 反対に卒業したはずだたけど、ふとしたことで文脈探しのことを思い出し、これは卒業ではなく休憩だったのだと思い直し、「よっこらしょ」と重い腰を上げて再びモラトリアムの旅へ出発する人もいる。

 

 いずれにしても、そうして見事、金鉱を掘り当てた人が英雄となって、他の人たちや子供たちに勇気と希望をもたらすのだ。

 

 しかし、そうした英雄も英雄であり続けることに疑問を抱き、また新たな文脈を求めて旅立つかもしれない。

 死ぬまで英雄であり続けることも、どこが自分の最後の到達点か知っている人は、ひとりもいない。

 

 


0 コメント

江戸の歌舞伎戯作者は平成の大相撲のお家騒動をどうネタにするのか?

 

●世界のガラエンタメ

 

 日本が変われば相撲も変わる。

 相撲が変われば日本も変わる。

 

 相撲はスポーツ(格闘技)なのか?

 伝統芸能なのか?

 神事なのか?

 

 こうした質問を聞くと、インドの故事を思い出します。

 3人の盲目の人がゾウとはどんなものか、と聞かれた時に、

 ひとりは耳を触って「ゾウはぴらぴらの団扇みたいだ」と言い、

 ひとりは足を触って「ゾウはぶっとい木のようだ」と言い、

 ひとりは尻尾を触って「ゾウはヒョロヒョロして紐のようだ」と言った。

 

 ひとつひとつは間違ってないけど、どれもゾウ全体とはかけ離れた比喩。

 

 で、上記の質問に戻ると、もちろんどれも合っているんだけど、これらを全部インクルーズしつつ、全体的にはどれとも異質な存在としてゲシュタルトしているのが、日本の大相撲です。

 

 これぞまさしく日本の文化そのもの。

 だから相撲は面白い。

 だから相撲は世界にまたとないガラパゴスエンターテインメント。

 

 昨年11月から12月にかけてテレビのワイドショーは日馬富士の暴行事件、そこから展開した貴乃花親方と協会との確執の話題、さらに白鵬の取り口や態度はいかがなものか?

 といった話題でもちきりでした。

 

 おかげで普段、相撲なんて全く見ないような人も、すっかり相撲ファンに。

 野球やサッカーがいくら人気スポーツとは言え、こうはなりません。

 その人の日本人度は、大相撲を理解し、楽しめるかどうかで計れる、と言ってもいいくらいです。

 

●歌舞伎ネタ大盤振る舞い

 

 相撲が江戸の華なら、歌舞伎もまた華。

 

 江戸時代の歌舞伎は庶民にとって、現代のワイドショーもみたいな役割を果たしていました。

 「忠臣蔵」も「曽根崎心中」も「四谷怪談」もすべて実際にあった事件や人物をモチーフにしたもの。

 

 いや、モチーフなんて生易しいもんじゃない。

 大胆な脚色――というのもまだ足らず、ほとんど捏造。

 大衆という“お客様のために”戯作者が面白おかしく、感動的なお話になるよう捏造――ではなくて創作したものが現代に至り「名作」として伝えられています。

 

 江戸の戯作者が、この一連の相撲をめぐる騒ぎを目にしたら、芝居ネタの大盤振る舞い・バブル景気で大喜びしたでしょう。

 いったい何幕・何段のホンが書けるのやら。

 

 もっと戯作者を喜ばせたいのか、追加で立行司(NHKの「プロフェッショナル」でも採り上げられた人)のセクハラ事件まで加わって花を添え、あっという間に今日から初場所へ突入するくだりになりました。

 

 

●セクハラ事件と貴乃花親方の影

 

 さて、ここまでふざけたことを書いたけど、このセクハラ事件が明るみに出たのは、結構大きいのではないかなと思います。

 

 加害者は行司職のトップ、被害者はこの世界に入って間もないペーペー。

 女性でなく男性だし、それにお酒の席でのこと。

 ちょっと前なら関係者の間で、騒ぐ方がおかしい、と一笑に付された話でしょう。

 

 事件が明るみに出たのは、被害者の若い男性が「自分はセクハラを受けた」と訴えたからに違いありません。

 あるいは誰かの助言があったのか。

 

 いずれにしてもその結果、立行司・式守伊之助は厳罰処分で、日馬富士と同じく引退に追い込まれることに。

 

 角界の若者がそうした行動に出る、古い慣習に立ち向かう。 

 という流れは、もしかしたら改革派&ガチンコモットーの貴乃花親方の影響力が大きいのかな、と思うのです。

 

 表には余り出ないけど、理事を解任されたことによって、若い世代の間では貴乃花親方を支持する動きがより強まったのかもしれません。

 

 今年の初場所初日だけど、まだまだとめどもなく転がっていきそうな大相撲・舞台裏場所。

 戯作者も“お客様”も今後の成り行きを固唾をのんで見守っています。

 平昌オリンピックに負けるなよ~。

 


0 コメント

負けっぱなしでも強く、しぶとく、勝っているやつよりハッピーに生きているぜ

 競争社会では勝者の話はいやというほど聞けるが、敗者の話はなかなか聞けない。

 もっと負けたやつに話してほしい。

 

 ライバルをドーピング疑惑に陥れたカヌー選手にあえて同情してみる。

 いったん引退した後、東京五輪出場をめざしての復帰。

 年齢的にはギリギリ。

 大丈夫、外国の選手で35歳でチャンピオンになった人もいる。

 あきらめるな、カズさんを見ろ。50を過ぎてもまだ現役だ。

 そんな周囲の励ましもあったという。(カズさんの話は僕の付け足しです)

 

 結果論としてはその励ましが仇になった。

 

 子ども時代から全国大会で優勝を繰り返し、国内では常にトップ選手。

 周囲の人たち、地元の人たちにとってはヒーローだ。

 

 でもオリンピックには届かなかった。

 これが最後のチャンスだ、がんばらねば、ここで負けて五輪に出られなければ、これまで人生を賭けてやってきたことのすべてを失う。

 

 そうした覚悟でやったことも結果的に仇になった。

 

 すべて以上のものを失った。

 

 告白するのは恐怖したと思う。

 卑怯者。卑劣漢。アスリートのクズ。

 あらゆる非難・罵詈雑言が頭の中に渦巻いただろう。

 

 でも、黙っているのはもっと苦しかった。

 人間はやっぱり良心の呵責には勝てないのだ。

 そう考えると、ちょっと安心させてくれた面、人間を信じさせてくれた面もある。

 

 被害者となった選手も、彼のおかげで多くの人に知られ、ファン・応援団が増えるかもしれない。イケメンだし。

 そう考えると、ちょっとは救われるかも。

 

 地元開催のオリンピック。

 どの選手も命を懸けてがんばっている。

 見えないところでは、こうした負のドラマもいっぱい生まれそうだ。

 

 こんなことをいうと失礼かもしれないが、早くに脱落した選手はまだいい。

 あきらめがつく。切り替えられる。別の道が見つけられる。

 出場できるかどうか瀬戸際の選手がいちばんきつい。

 

 負けても一生けん命頑張ったんだからいじゃないか。

 みんなきっと労ってくれるよ。なあみんな、負けた人も讃えよう。

 

 これはまったく正しい。

 でも人間の感情は、こうした正論だけでおさまるものなのか。

 

 世の中、勝った人より負けた人の方が圧倒的に多い。

 今日勝った人も明日は負けるかもしれない。

 

 もっと負けた人の声が聞きたい。

 負けっぱなしでも強く、しぶとく、勝っているやつよりハッピーに生きているぜ。

 本でも番組でもいいから、そういう声がもっと聞きたいと思う。

 


0 コメント

うおぉぉぉ おれは燃えているぜ!(追悼・星野仙一さん)

 「うおぉぉぉ おれは燃えているぜ!」

 

 河合じゅんじが小学館のコロコロコミックに連載していた「かっとばせ!キヨハラくん」。

 野球ギャグマンガですが、その初回に「中日ドラポンズ」の「ホジノ監督」が、カチカチ山のたぬきみたいに火のついた薪を背負って、このセリフを言いながら登場するシーンに大爆笑しました。

 

 河合じゅんじは同じ名古屋出身の友達なので、プレゼントしてもらった本にいつもマンガのキャラとサインを書いてもらっていました。

 それでいの一番に書いてもらったのが、カチカチ山のホジノ監督。

 

 数々の栄光に包まれた星野投手&監督だけど、僕の記憶にあるのは、

 

 ルーキー当時、巨人にめった打ちを食らってボロボロになって投げていたんだけど、どういうわけかベンチがちーとも替えなかったこと。

 (ラジオ中継でアナと解説が「どうして交替しないんでしょう?」としきりと言っていた)

 

 完全に打ち取って凡フライに仕留めたのに、そのフライを宇野勝選手が頭に当ててヒットにしてしまい、キレまくったこと。(球史に残るボーンヘッド「ヘディング事件」)

 

 阪神の監督時代の日本シリーズ、甲子園で3連勝して嬉し泣きしちゃったのに、その後全部負けて、結局、日本一になれなかったこと。

 

 本人にとってはろくでもないところが印象的なんだよね。

 けどもちろん、ドラゴンズが優勝した時は僕も泣きました。

 楽天でついに日本一監督になった時も嬉しかったなぁ。

 

 しばし名古屋にいましたが、名古屋のテレビは星野さん追悼のニュースだらけでした。

 やっぱり星野がいた時代のドラゴンズは面白かったでよ~(強かったというより、面白かったという印象が強い)。

 名古屋人にとって、やっぱり星野さんは阪神・日本代表・楽天はオマケみたいなもので、中日ドラゴンズの♪星野仙一、強気の勝負~(「燃えよドラゴンズ」より)なんだがや。

 

 もう一つ、星野さんは女性にもめっぽう人気があった。

 それは愛妻家だったからだと思います。

 妹が、奥さんを亡くした時の、憔悴した星野さんのニュース映像をよく憶えていました。

 野球なんてまったく興味を持ったことがない妹ですが、女はそういうところをよく見ていて、星野人気の隠し味になっていたようです。

 

 野球――特に日本のプロ野球にはすっかり興味を失って、最近は、高校野球と大リーグの日本人選手の活躍をちょろっと見るくらい。

 星野さんが亡くなって、ますますプロ野球が遠くなりそうです。

 

 もう一度、「かっとばせ!キヨハラくん」を読んでホジノ監督の激闘ぶりを笑って偲ぼうと思っています。

 


0 コメント

秋田犬と終活スト―リー

 

年末に秋田犬となまはげとナマケモノの話を書いたら、秋田県から仕事が来ました。

ホントの話。

秋田の終活に関するお仕事です。

 

「月刊仏事」の仕事をやっていると、最近、終活が一大トピックになってきたのが分かります。

特に 昨年は関連ニュースも多く、専門団体の活動なども活発化した気がします。

終活と言っても、相続などの現実的な財産関係から家族の問題、心の問題まで、いろいろバラエティがあります。

そして、お金の問題も心の問題も結局ひとつながりなことも分かります。

 

終活と言うと、やっぱりちょっと暗いイメージがあって引く人も多いのだけど、「個人史」とか「自分ストーリー」の作成みたいな見方をすれば、ちょっと違うかも。

 

人生100年とか、二毛作・三毛作とか言われる時代、誰でも半ばを過ぎたかなと思ったら、終活かどうかはともかく、自分の人生・生き方を振り返ってみる必要があるのかも知れません。

 

秋田の仕事は楽しみです。

秋田を旅する機会があればいいなぁ。

 


0 コメント

いつも心にカメを

 

お正月はのんびりゆったり。

最近はナマケモノの株も上がっていますが、何と言っても日本ではそれを象徴する動物はカメでしょう。

 

平和でのんびりイメージのカメですが、近年はワニガメ、カミツキガメ、ミシシッピアカミミガメなど、南米産の獰猛・凶悪なカメが公園の池にはびこり、ちょっとイメージが変わってしまったかも。

 

昨日の和田堀公園のかいぼりで絶滅寸前とか言われているイシガメがいたのにはちょっとホッとしました。

高齢化社会でそうビシバシGOGOばかりでは立ちいかないのだから、日本の「のんびりゆったりOK」を守りたいです。

 

ところでカメは萬年ということで、単なるのんびり屋というだけでなく、おめでたい動物なのですが、なぜか干支には入っていません。

 

同じく千年でおめでたい鶴も干支に入っていませんが、こちらは酉年(鳥)のカテゴリーに入れられなくもない。

しかし、カメの方は、同じ爬虫類だからと言って巳年(蛇)のカテゴリーに入れるのは無理があります。

萬年生きる寿ぎのカメは別格ということなのか、それとものろすぎて、エントリーもできなかった。除外と言うことなのか。

 

でも別格と言うのなら、龍だってそうです。

そもそも神獣の龍がどうして他の11匹と同じレベルにされているのか?

それに明治時代になって北海道で飼われ始めた新参者のヒツジがどうして名を連ねているのか?

謎は深まるばかり。

この1年かけて勉強します。

 

というわけで、僕も皆さんも干支のことを気にするのはお正月と年末くらいのものなので、きょうは干支の話をしてみました。

 

まだ三が日ですが、コンビニのみならず、お店はあちこち開いているようです。

お正月らしくないと文句言う人もいるけど、やっぱりあいていると嬉しいです。

働いている皆さん、お疲れ様です。

カメ年じゃないけど、心にいつもカメを。

ゆったり余裕でいきましょう。

 


0 コメント

かいぼりの池から「今年の抱負」を捕獲

 

その時、正しいこと、良いことだと信じられていることが、実は大間違いということが、ままあります。

 

今日は書初めなので朝から創作活動に勤しみ、お昼にちょっと外の空気を吸おうと散歩に。

近所の和田堀公園まで行ったら、なんと池の水が干上がっている!

水を抜いてかいぼりの最中です。知らなかった。

 

暮らしていた生き物たちが今、どこにいるのか分からないけど、カワセミも来ることで有名なこの公園、水中ではいろいろな連中がいたようで。

 

在来種では僕も息子がチビの頃、一緒に取った手長エビをはじめ、ナマズとかウナギまでいたらしい。

イシガメも外来種に押されながら頑張って生きていました。

 

さすがにワニガメやカミツキガメのような危険生物はいなかったけど、ミシシッピアカミミガメ(ミドリガメ)は一大コミュニティを築いていたようです。

よく群れになって甲羅干しをしているのを見かけました。

 

外来種の氾濫はもちろん、飼いきれなくなって放してしまう人間の責任です。

 

そういえば僕も小学生の頃、ミドリガメを飼っていたけど、最後どうしたのか憶えていない。

たぶん、近所の公園の池に放して生態系を壊すことに繋がったのだと思います。反省。

 

でもその頃は、ミドリガメなどは大きくなったら狭い水槽では可哀そうだから、近所の池や川に放してあげましょう、自然に返してあげましょうとアナウンスされていました。

 

昭和40年代は、それが正しい行い。

生き物に対する思いやりのある行い。

子どもも大人もそう信じていました。

 

そんな昭和の古い常識を大掃除して、捨てるものと、遺し伝えていくものとをちゃんと仕分ける――そうした時代になっているのだと思います。

もちろん、いまの知識・常識が未来永劫不変のものとは限らないけど。

 

良いことも悪いことも、正義も常識も価値観も、時代によってどんどん更新される。

「知らなかった」では済まないこともたくさんあります。

本質を見抜ける目を養わななくてはね。

自分にとっての、お正月の抱負です。

 


0 コメント

2018年わんダースタート

 

あけましておめでとうございます。

例年通り、大宮八幡宮へ初詣後、参道の材木屋さんの前で撮影。

 

イヌ年なので――というわけでもないのだろうけど、初詣にワンちゃんを連れてきている人がやたら目につきました。

 

どこぞの柴犬と目が合ったので、「今年はよろしく頼んます。パンンパン、ペコリ」とつぶやいたら、「まかせてワン!」と、つぶらな瞳をきらめかせて快諾してくれました。

こいつぁ春から縁起がいいぜ。

 

宗教なのにこんなゆるくていいのか、とワンダリングされる日本の宗教だけど、ペットを大事にする人たちの中には、キリスト教などから仏教や神道に改宗する人が多いとか。

 

初詣にもいっしょに来れるし、亡くなったら丁寧に葬られ、供養してもらえ、天国へ行ける。

キリスト教やイスラム教ではこうはいきません。

そもそも神聖な場所にけものが足を踏み入れることなんて許されないし、死んでも天国には行けません。

動物はあくまで人間の家畜であり、従僕であり、利用するものだからです。

 

もちろん外国でもイヌ・ネコは家族の一員として可愛がられたりするんだけど、日本みたいにちゃんとお葬式をあげるとか、お墓を作って何年にもわたって供養するといった習慣はあまりないようです。

 

そういう文化が、動物好きの人たちには許せないんでしょう。

「わたしの信じてきた神様はそんなに無慈悲なのか!」と、裏切られた気持ちになるようです。

 

どっちがいいとか悪いとか、幸せだとか不幸だとか、の話ではないんだけど、日本人の動物に対するメンタリティって面白いなぁと思います。

 

今年は特にペットお守りとか、よく売れるんだろうな。

ところで普段、お宮の界隈にはネコが何匹かウロウロしているのだけど、ニャンと今日は一匹も会えず。

おイヌ様に遠慮したのかニャー?

まぁ、たまたまだと思いますが。

では皆さんもよいお正月を。

 


秋田犬×なまはげ×ナマケモノ

 

 一昨日は酉年の話をしたので、当然、本日は来年の干支・戌年の話だワン。

 この間、京王線に乗ったら全車両が秋田犬に占拠されていました。

 数年前から秋田県のキャンペーンで大人気。

 戌年を迎えて、ますます活躍しそうです。

 

 その秋田犬の話によると、秋田では大みそかの夜になまはげが来るとか。

 「泣いてる子はいねーが」という、あのなまはげです。

 あんなのがいきなり家の中にドヤドヤ入ってきたら、そりゃ小さい子は泣いてしまうに決まっています。

 

 子供を泣かすのが、なまはげのミッションかと思っていたのですが、なんと、大人にも!

 「なまけものはいねーが」と脅すというのです。

 

 これは知らなかった。

 泣いてる子だけじゃなく、怠け者も糾弾されるとは!

 

 もし今晩、やれやれお疲れさんと一杯やって、ゴロゴロこたつで寝転がって紅白なんかを見ている時に、いきなり「なまけものはいねーが」となまはげが入ってきたらどうする?

 

 「いや、おれは今年一年、一生懸命がんばった。

 だから今夜は疲れを癒すためにこうして飲んでる。自分へのご褒美なんだ。怠けてなどいるものか!」

 

 と、きっとあなたは抗弁するでしょう。

 

 けれども相手はなまはげです。

 そんな言い訳など聞いてくれるわけがありません。

 

 「本当に怠けてなかったか、胸に手を当ててよーぐ考えろ」

 そう迫られたら自信がぐらぐら揺らぐに違いありません。

 

 おれは自分では頑張っていると思ってたけど、それはただの思い込みじゃないのか?

 実はすごく大切なところで怠けていたのではないだろうか?

 自分がやるべきことを忘れているのではないだろうか?

 

 そうなのです。

 仕事の納期や、雑用の期限、支払い期日はしっかり守っているからと言って、人生で自分がやるべきことのタイムリミットまで守れるとは限らない。

 そもそも人生の締め切りがいつなのかは分からない。

 

 でも逆に言えば、毎日あくせく働いてるばかりじゃだめ。

 たまには怠けていないと、そんな心の声を聴くこともできません。

 なまはげとなまけものはナマナマコンビで良い友だちなのかも。

 

 そういえば今年の元旦、僕のブログは「神ってるナマケモノ」の話で始まりました。

 ナマケモノで始まり、ナマケモノで終わる2017年。

 2018年も「翔るナマケモノ、走るナマケモノ、神ってるナマケモノ」を合言葉に怠けつつ、与太話を書いていこうと思います。

 

 いつも読んで頂いている皆さん、どうもありがとう。

 良いお年を。

 


0 コメント

「鳥のように自由に」と80歳になって語れるか?

 

 酉年ももうすぐ終わり。

 先月東京しゃもの取材でお会いした、生産組合の組長・浅野養鶏場の浅野さんは齢80ながら、パラグライダーで空を飛ぶ鳥人でした。

 その浅野さんの言葉が耳に残っています。

 

 「鳥のように自由に生きたかったんだ。

 それを母親に言ったら『じゃあ勤め人にはおなりなさるな』と言われたんだよね。

 だから自分で養鶏をやろうと思った」

 

 いまや大学も就活工場と化す時代だけど、

 戦後の混乱期・食糧難の時代を経験した人が、こんなセリフをさらりと言うとやっぱりカッコいい。

 

 それで尊敬する専門家に話を聞きにいったところ、

 

 空を飛ぶ鳥は体重を軽く保つ必要がある。

 そのため、最小の筋肉で最大の飛翔エネルギーを生み出せるよう、身体の構造が進化した。

 だから常に新鮮な酸素を必要とする。

 飛べなくなった鶏もその生命の原理は同じ。

 なので鶏を飼うなら常に風が良く通る土地でやるべき。

 

 そんな話から現在の秋川の地に養鶏場を開いたといいます。

 その後、日本の市場にブロイラーが入り、席巻されたけど、浅野さんはアメリカが仕掛けたブロイラー戦略に乗らず、国産の採卵鶏にこだわり、やがて東京しゃもの開発に協力。

 今も生産組合の組長を務めています。

 

 昼間は1万羽の鶏たちの世話をし、夜は絵を描き、声楽をやる芸術家的生活。

 厳しいけれども楽しい、楽しいけれども厳しい。

 それがフリーランスの人生。

 

 鳥のように自由に。

 僕たちには空を飛ぶための翼があることを忘れてはいけない。

 


0 コメント

「騎士団長殺し」の免色渉と子供

 

 今年読んだ一冊。 村上春樹の「騎士団長殺し」。

 村上作品の中で最も子供の存在がクローズアップされた作品と感じた。

 

 「海辺のカフカ」は15歳の少年が登場するが、こちらは子供というより自ら主体となって物語の中で動く主人公――主体であり、いわば冒険する若者だった。

 

 片や「騎士団長殺し」では客体としての子供が強調されている。

 なので正確に言うと、「子供に対する大人の気持ち」がテーマと言えるのかも知れない。

 

 それを象徴するのは免色渉(めんしき・わたる)という登場人物である。

 

 髪が真っ白な50代の男で、小田原界隈の豪邸に住み、銀色のジャガーに乗っている。

 頭脳明晰で、常に筋トレをしているので年齢の割に身体能力も高い。教養もあって礼儀正しく、料理や家事もうまく、何でもこなせてしまうジェントルマン。

 

 それも 単なるお金持ちでなく、おそらくはIT関係ビジネスの成功者で、「こうすればうまくいく」とか「免色流成功法則」とかいったビジネス書・自己啓発書の一つや二つは出していそうだ。

 

 まさしく若者も中高年も、現代の人たちが皆、ああなりたいと目標にするような人物、こういう人とお近づきになりたいと願う人物――要するにカッコいいトレンディな男なのである。

 

 ところがこの世間的には申し分ない男が、内部にとんでもないカオスを抱えている。

 

 人生のある日、彼は自分のオフィスで急に姿を現した恋人と交わる。

 その時を最後に彼女とは二度と会えず、別れてしまったのだが、のちに妊娠・出産していたことを知る。

 しかし、彼がそのことを知った時、彼女はすでにこの世におらず、13歳の美しい娘が残されていた。

 

 生まれた時期から逆算すると、その娘は自分の子供に違いないと考えるのだが、確かめる手段がない。

 いきなり現れて自分が父親かも知れないから、とDNA鑑定しろと言うこともできない。

 

 やや下賤な言い方をすると、彼は発情したメスに種付けをさせられた。

 しかし、生まれた子が本当に自分の種からできた子で、自分の遺伝子を宿しているのか、つまり自分は未来に繋がっていけるのかどうか、底なしの不安に陥ってしまったのだ。

 

 人がうらやむほどの富とステータスを持ちながら、その自分の娘と思しき13歳の少女に対する執着心は、ほとんどストーカーのそれである。

 

 普通なら人生で人が求めるもののすべてを得ているのに、それらすべてよりはるかに重いものを手に入れることが出来ず、心に大きな穴があいてしまっている。

 それを埋めるべく、あの手この手を使い、主人公もその手段の一つにされる。

 

 こうした免色のアンバランスは感情と行動が、絵描きである主人公の人生が絡み合って、奇妙な日常とその下――潜在意識の世界との両面でドラマが展開していく。

 

 そこにはいろいろなテーマが読み取れるが、中心に「子供」があることは間違いない。

 出てくる子供は、この13歳の少女と、主人公の、まだ言葉も喋れない幼い娘の二人。

 どちらも女の子で、出番が特に多いわけではないが、とても印象付けられる。

 

 子供が劇中に出てくると、不思議と良い意味での「余白」を感じる。

 その今生きている人間が知り得ない余白が未来を想起させ、イメージを広げるのだ。

 

 この間も書いたけど、やっぱり人間は、子供がいない世界、子供がいない状況に耐えられないのだろう。

 問題は血のつながりにこだわって血縁でないと許せないのか、そうでなくもっと鷹揚に子供を未来として考えられるのか。

 

 村上さんもあと何本長編を書けるだろう・・・と漏らした、と聞いている。

 体も相変わらず鍛えておられるようだし、まだまだ何本も書いてほしいけど、年齢的に子供の存在、今の世界との関係性が気になっているのかも。

 


0 コメント

寅平じいさんクリスマス夜話:三太九郎となってスイーツを振る舞った織田信長

 

 うちのじいさんは明治の寅年生まれで、名前を寅平という。

 出身地は東京らしいが、丁稚奉公とかいろいろやっているうちに、だんだん西へくだり、静岡にいたばあさんと駆け落ちして、豊橋辺りに移り住み、最後は名古屋までやってきた。

 

 その寅平じいさんがクリスマスになると、必ず僕を相手にぶつくさ言った。

 

 「なんで日本人が西洋の正月なんか祝わんといかんのじゃ。腹立たしい」

 

 でもそういう寅平じいさんは、カレーライスとかトンカツとかケーキとかの洋食が大好きで、じつは結構西洋通であることを僕は知っている。

 

 「でもじいちゃん、クリスマスは子供がプレゼントをもらえるから僕は好きだな」

 

 「ああ、三太九郎か」

 

 「三太と九郎じゃない。そんな漫才コンビみたいな名前じゃないよ。プレゼントを持ってくるのはサンタクロースっていうんだよ」

 

 「わしが子供の頃は三太九郎って名前じゃった。北国の翁って言われとってな」

 

 「オキナってなに?」

 

 「じじいという意味じゃ」

 

 「じゃ、じいちゃんもオキナ?」

 

 「ま、そういうことじゃ。どうもおまえはこの西洋の正月が好きなようじゃから、きょうは一つ、わしが三太九郎になって話をしてやろう」

 

 というわけで、この話は僕が5歳の頃、寅平翁が語ってくれたクリスマスプレゼントである。

 

●お茶目信長スイーツ伝説

 

 日本におけるサンタクロース――三太九郎というのは明治時代になって登場したのかと思いきや、その歴史は意外と深く、安土桃山時代まで遡ります。

 オリジナルはなんと織田信長だというのです。

 

 天下統一にまい進していた頃の信長は「荒ぶる神」として怖れられていましたが、その反面、まるで少年そのままのようなお茶目なところもあったという信長。

 甘い物、要するに現代でいうスイーツが大好きでした。

 

 そのお茶目信長スイーツ伝説の白眉が、安土城で徳川家康をもてなした「安土献立」と、それにまつわるエピソード。

 安土城で徳川家康をもてなした「安土献立」によると、美濃柿――今も岐阜県美濃地方の名物である甘い干し柿がデザートとして食膳を飾っておりました。

 

 好物を食べてご機嫌になった信長はパティシエとなって、家康にみずから甘くて香ばしい「麦こがし」(麦を原料としたお菓子)のお菓子をふるまったそうです。

 それが、かの本能寺の変のわずか2週間前。

 天下統一の野望はまさしくスイートドリームとして消えた・・・というところでしょうか。

 

 

●宣教師らのスイーツ布教、コンペイトウ外交

 

 さて、そこからまた遡ること数年前。

 12月の夜に宣教師から耳にしたのが、西洋にはクリスマスなるキリスト生誕のお祭りがあるということ。

 

 ちなみに宣教師らがお土産として差し出す南蛮菓子、特にコンペイトウが信長の大好物だったという記録が残っています。

 これもまさしくスイーツ布教、コンペイトウ外交。

 

 しゃぶしゃぶ、カリカリと甘いコンペイトウをほおばり、かじりながら信長が話に耳を傾けていると、南欧の地ポルトガルから遠く北ヨーロッパに布教に出向いた仲間の話を覚えていた宣教師の一人が、こんなことを伝えました。

 

 「北国の森の中には、仙人のような翁が暮らしており、クリスマスには貧しい女・子供たちに施しを授けて回るというのです」

 

 どうやらこの話は、自分たちの布教活動をPRするための出まかせだったようですが、信長、その翁にいたく興味を持ち、

 

 「してその翁とやらはどんな名だ?」

 

 「はい、サンタクロースと申します」

 

 「三太九郎? そういえばわしが子ども頃の世話役に三太という男がおって、よく柿を食わせてくれた。それに九郎というのは、かの源義経の通り名じゃ。こいつは縁起が良い。

 ではそのクリスマスの夜に、わしが三太九郎に扮して、菓子を配るというのはどうじゃ」

 

 

●信長三太九郎と赤鼻のおサル

 

 そんな、殿が・・・なんて止める家臣が、ワンマン経営の織田家にいるはずがありません。

 木下藤吉郎などはいの一番に賛同の声を上げて、

 

 「御屋形様、それは素晴らしいお考えであります。

 なんならこのサルめが、三太九郎のお供に扮しましょう」と言って跳び上がり、その場にあった朱書きの顔料を鼻の頭に塗りたくりました。

 

 それを見た信長、立ちあがって喜び、

 「よいぞよいぞ。おまえは赤鼻のサルじゃ。ワハハハ・・・」

 

 というわけで、宣教師らに南蛮渡来の赤い衣装を持ってこさせ、白い髭を付け、赤鼻のサルをお供にし、三太九郎となって、城中の家来や女・子どもに南蛮菓子を景気よくふるまったとか。

 

 もとより手柄を立てた家来のご褒美に、また、死んだ家来の子供を慰めようと好物の干し柿をプレゼントしていたという信長ですから、この日の三太九郎はコンペイトウのように目がキラキラしていました。

 

●家康、三太九郎を葬る

 

 この日、赤鼻のおサルとなった藤吉郎は、信長の死後、豊臣秀吉として天下を手中にしましたが、派手なこと・賑やかなことが大好きなので、自分もこの三太九郎に扮する行事を毎年続けていました。

 

 が、この習慣を辞めさせたのが「織田がこね、豊臣がついた餅を、徳川ただ食らう」と揶揄された天下人・徳川家康。

 

 質実剛健、浮かれた騒ぎが嫌いな家康は、この信長・秀吉が続けてきた三太九郎の行事を、まさしく「なんで日本人が西洋の正月なんか祝わんといかんのじゃ。腹立たしい」と、即刻禁止しました。

 これにはもちろんクリスチャンの反乱を抑える目的もありました。

 

 こうして江戸に幕府が開かれて260年、クリスマスもサンタクロースも、まるでそんなののは一切この国に存在しなかったように扱われることになったのです。

 

 

 じつはこの話にはまだ続きがあるのですが、それはまた来年。

 という寅平じいさんの話を思い出した今年のクリスマス。

 皆さん、楽しく過ごされたでしょうか?

 じつはこのこの話にはまだ続きがあるのですが、それはまた来年。

 

 皆さん、楽しいクリスマスを――

 と言っても、日本はイブが終わると、すぐに大みそか・正月モードに移行しちゃうんだよね。

 

 いずれにしても今日いっぱいはまだメリークリスマス。

 


0 コメント

少年アキラ:ガキどもはくじ引きに命を懸ける

 

 この季節になると、どうしたって来年の運勢が気になるのが人情です。

 運の良し悪しは人生を大きく左右します。

 子どもだってそれは同じ。

 てか、そういうことには実は大人よりもうんと敏感に神経をとがらしている。

 

 自分にはどんな能力があって、どう生きていけるのか。

 特に小学生はめちゃくちゃそういうことを気にしていて、悲しいかな、10歳を過ぎるころには自分の力の限界をある程度知ってしまう。

 ケンカでもスポーツでも勉強でも、自分がどれくらいのレベルにいるのか、ある程度見えてきてしまいます。

 

 子供の夢は無限だなんて、無責任に大人は言うけど、そんな話を真に受ける子どもは、せいぜい小1くらいまででしょう。

 サンタって本当は・・・と言いだすのと同じくらいでしょうか。

 もちろん「自分はこの程度か」と悟った後から本当の勝負が始まるわけだけど。

 

 なので、じゃあ運はどうだ?となる。

 僕の愛読書の一つ「少年アキラ」(ゆうきえみ:作)はそれがテーマです。

 

 時代設定ははっきり示されてないけど、どうやら昭和40年代後半(1970年代前半)あたりの、どこかの街。

 なんとなく「ちびまる子ちゃん」と共通する世界観です。

 

 ガキどもが学校帰りにたむろする駄菓子屋に、秋のある日、ドドン!と「金くじ」なる黄金の福引みたいなくじ引きマシンが出現。

 子供らは夢中になり、一等の超合金ロボットを手に入れるために命を懸けてくじ引きに挑むという物語です。

 

 主人公のタカシはちょっと気の弱い、あんまり運も良くなさそうな男の子。

 それにタイトルにもなっているアキラという、ちょっとワルっぽい転校生が絡み、友情のような、そうでもないような関係になっていく。

 なんとか一山当てて逆転を狙う、うだつの上がらないチンピラコンビみたいにも見えます。

 

 出てくるのはなぜか男子ばっかり。

 こういう非合理なことにエキサイトするのは男の専売特許ということでしょうか。

 作者のゆうきさんが女性なので、バカバカしいことに血道を上げる男の気質に憧れるのかも。

 

 「命を懸ける」というのは、けっして大袈裟な表現ではありません。

 大人にとっては「そんな下らないことやってる暇があったら勉強しろ」とい

うようなことも、子どもにとっては自分に未来があるかどうか確かめる大きなイニシエーションのようなものだったりします。

 

 それぞれの家庭の事情なども描かれ、物語に陰影をつけているけど、主軸はタカシやアキラをはじめとするしょーもないガキどもと、その前にぬりかべのように立ちはだかる憎たらしい駄菓子屋の親父との対決。

 

 しかし、クライマックスでその対決が劇的に転換し、何とも言えない切なさとなって胸にしみこみます。

 ああ、こうやって僕たちは子供時代をサバイバルして来た。

 こうやって挫折の痛みに耐えるために心に鎧を着こむことを覚えてきたんだなぁとしみじみ。

 

 児童文学だけど、大人が読むと全然違う楽しみ方ができると思います。

 福島敦子さんの絵も絶妙な味があって、アキラの表情など歪んでて邪悪で、それでいて三下のヘナチョコっぽくて、好きだなぁ。

 

 でも自分は運がいいのか悪いかなんて、実は最後の最後まで分からない。

 けどそれも、何とかカッコだけは大人になって、ここまで生き延びてこられたから言えることなのかも知れません。

 

 いずれにしても皆さんも僕も、新年が良い年になりますように。

 


江戸東京野菜・高倉ダイコン食べつくしツアー

 

 

 現在、日本で生産農家2軒という希少な伝統野菜・高倉ダイコン。

 多摩八王子江戸東京野菜研究会主催の見学&食事ツアーに参加。

 高倉ダイコンは48種類ある江戸東京野菜の一つで、八王子の特産品でもあります。

 

 干し大根に適したダイコンで、大正時代から昭和40年頃まで八王子高倉町界隈では毎年この季節になると、軒並みこうして大根を干す風景が見られ、八王子八十八景の一つに数えられました。人によっては「失われた日本の原風景の一つ」とも。

 

 夜は下ろしてお布団に寝かせてあげると、水分が早く抜けて良い干し大根になるのだとか。

 そしてこの干し大根がたくあんに。

 

 昔はこの八王子周辺や信州の工場で働く人たちのお弁当のおかずとして、たくあんとして需要が多かったのだとか。

 

 その後、高度経済成長時代を経て、安定供給・大量生産に向く交配種(青首大根など)が市場を席巻するようになると、手間ひまがかかるこうした昔ながらのダイコンは作る人が減り、昨年まではここの立川さんが一人でがんばって作っていました。

 

 「もうやめようかと家族と話したこともあるけど、『おいしいよ。また来年も頼むね』」と言われると、やっぱりやめるのやめようと思い直してね」と立川さん。

 

 歩いて10分程度のところにその畑。

 農作物は土が命。昔からここの土――関東ローム層の適度に粘度のある土だからこそ、高倉ダイコンがよく育つのです。

 

 お昼には、京王八王子駅ちかくの料理店「けいの家」(日曜休業だけど、このツアーのために特別貸し切り営業)で、干し高倉ダイコン焼き、高倉ダイコンピクルスのチキン南蛮、十勝広尾鮭と高倉ダイコンの十八鍋など、高倉ダイコンづくしのメニューを賞味。

 

 総勢約30人のツーリストは、伝統野菜、江戸東京野菜ファン、研究家、八王子の地域活動家の人たち。

 お昼からお酒も入って野菜の話で盛り上がり、ベジタブルでな日曜を過ごしました。

 

 詳しいことはまた「マイナビ農業」から発信します。

 


原宿のお米屋さん

 

 マイナビ農業の記事UP。原宿にもちゃんとお米屋さんがある。その名は小池精米店。
 原宿・渋谷・青山・麻布界隈のちょっとおしゃれな飲食店でごはん料理を食べたら、そこはこちらで仕入れたお米を使っている可能性大です。
 日本全国、さらには海外の米農家が頼りにする店主の五つ星お米マイスターは、日本食文化、お米文化を普及させるために日夜、大活躍しています。


0 コメント

安崎暁さん感謝の会 取材

 

先週、日経新聞に建設機械メーカー、コマツの元社長・安崎暁さんが広告を出しました。

 がんに侵され、余命が短いことを医者に宣告されたとのと。

 延命治療はしないと決めて、それならと元気なうちにご縁のあった人たちにお会いしたいので、「感謝の会」を開くという内容。。

 企業のトップを極めた人の、まだあまり前例のない、ご本人主催のいわゆる「生前葬」です。

 

 というわけで「月刊仏事」も記事にしたいというので、今日は赤坂アークヒルズ「ANAインターコンチネンタルホテル」へ取材に。

 大宴会場に約700人のお客さんが訪れました。

 

 メジャーな新聞に広告を出したので(ご本人は広告はやりすぎだったかも・・・と後からおっしゃっていましたが)、このクラスの人になると社会的反響もすごく、ネット上で「カッコいい」とか「豪傑」とか言うこと言葉が行き交いました。

 それだけ終活に興味を持つ人が増えているということでしょうか。

 

 でもご本人はそんな気負った風情もなく、にこやかに宴を楽しまれていたようです。

 中締めで、東京最古の連による「阿波踊り」も登場(ご出身が徳島なので)。会場を巻き込んで大盛り上がり。

 でも途中、お囃子が「ふるさと」のメロディーラインに変わり、長老がソロで踊るシーンがあってちょっと泣けた。

 

 開会中は取材・インタビュー禁止だったので、終宴後、別の部屋で記者会見。

 

 最後に僕が「一個人に戻って何かやり残したことはありますか? この後、残された時間でやりたいことは?」と質問するとゴルフの話になり、「ホールインワンはヘタくそな人ができえるんです。僕は今までホールインワンを4回やった。5回目やったらホテルオークラのが大宴会場を貸し切ってぢパーティーをやる予定だったんだけど・・・・」と笑顔で語ってくれました。

 

 人の顔は本当に好きな事の話をするとき、何とも言えない輝きを放つ。

 幻になった5回目のホールインワンを胸に、充実した最後の日々を送っていただきたいと思います。


子供の声と「人類の子供たち」

 うちの前は車が通れないほどの狭い小道になっています。

 で、日中、2階で仕事をしていると、窓の下からタタタタと、とても軽いリズムの小走りの足音が聞こえてきます。

 「あ、きたな」と思うと、カチャリと音がして門が開き、ピンポーンとチャイムが鳴ります。

 うちのカミさんが受け答えすると、明るい、はしゃいだ子供の声が聞こえます。

 

 うちは1階が鍼灸院になっていて、カミさんが小児鍼をやっているので、営業日はほぼ毎日のように何人か子供がやってきます。

 

 足音のリズムと最初にドアを開けた時に発する声は、みんなに通っていながら、一人一人個性があって楽しい。

 

 僕は診療しているところには、いっさい顔を出さないので、どんな子が来ているのかは、彼女の話を通してしかわからないけど、音と声だけで想像するのも楽しいものです。

 

 僕は結構恵まれた環境にいるんだろうなと思います。

 

 子供を育てたことのある人でも、大きくなってもう子育てと関係なくなると興味を失ってしまい、子供の声がうるさく感じられるようです。

 だから近所に保育園や幼稚園を建てる話が出ると、必ずと言っていいほど反対運動が起こる。

 

 いろいろその人たちなりの事情があるのだろうけど、それでは寂しいのではないかなと思います。

 

 だいぶ前に読んだ小説で、英国のミステリー&SF作家のP・D・ジェイムズ(女性)が書いた「人類の子供たち」という作品がありました。

 

 世界中で子供が生まれなくなった世界を描いたもので、これはすごく面白った。

 子供いない世界――どこへ行っても子供の声を、足音を聞けない世界は、どんなに豊かで便利で娯楽に溢れていても、おそらく氷に閉じ込められた中で暮らしているような絶望感や孤独感に苛まれるのではないかと思います。

 

 自分との血のつながりがあるとかないとか、関係ない。

 「わたしたちの子供がいる」と思えることが大切なのだと思います。

 

 でもきっと、そういうことはこの小説の世界みたいに失ってみないと本当にはわからないんだろうな。

 


0 コメント

36年目の旗揚げ記念日

 

昨日は昔やっていた劇団の飲み会でした。

6年ぶりくらいだったと思います。

声をかけた中から約半分の8人が集結。

全員、外観はかなり劣化しましたが、頭の中はあっという間に30年以上バック。

楽しかったけど、あの頃はこんなふうになっているなんて、まったく想像できなかったなぁ。

もうこの世にいないやつもいるし。

 

たまたまだったのですが、ちょうど36年前の今日(12月4日)が旗揚げ公演の初日でした。

新宿ゴールデン街のすぐそばにあったスペースデンというキャパ100人の小さな小屋で自作を上演しました。

 

当時はパソコンはおろか、ワープロもまだ普及していない時代で、台本はわら半紙にガリ版刷りでした。

後年、メンバーの一人が残っていた台本をパソコンでデータ入力してくれたものが、今、手元にあります。

 

サン・テグジュペリの「星の王子様」をもモチーフにしていて「子供でも観られますか?」という問い合わせがあったのを覚えています。

 

話は「星の王子様」とは似ても似つかぬものだったけど、読み返してみると、今では考えられないほどのエネルギーに満ちている。

この後もいろいろ書いて、構成やら表現技術やら、客観的にうまく見せることは多少上達したと思うけど、どれもこれ以上のものになっていない気がします。

 

いったいなんでこんなものを書いたのか、書けたのか、芝居ができたのか、自分でも不思議でしかたない。

でもきっと、これは仲間がいたから書けたんだな、そのバリエーションで今までもの書いて生きてきたんだな、と思います。

 

もう36年も経っちゃったけど、この際、年月は関係ない。

昨日会った7人をはじめ、死んでしまったやつも含めて、本当にあの頃の仲間には感謝したい。

そして、単なる青春の思い出でなく、なんでこんな話を書けたのか、自分の中にあるものをもっと解明していきたい。

 

 


0 コメント

東京しゃもを狙ってタヌキとともに忍び込んだノラネコ御用

 なんだかトホホな顔のネコ。

 よく見るとニャンと鎖でつなかれております。

 

 今日はマイナビ農業取材で、あきる野市の「浅野養鶏場」へ。

 ここは超ブランド鶏「東京しゃも」の養鶏場。

 

 採卵用の鶏も含め、1万羽が飼われていますが、その鶏を狙って裏山からタヌキが出没すると言います。

 そして、このノラネコもタヌキとともに鶏を狙って侵入したのです。

 

 しかし主の浅野さんと愛犬・番犬のチェリーに見つかり、タヌキは山に逃げたが、ネコは逮捕。

 かわいそうだが、つながれてしまいました。

 

 浅野さんは鶏の声や表情を読み、パラグライダーで空も飛んでしまうという鳥(超)人で、大の動物好き。

 

 鶏に手を出さなければ解放して、可愛がってくれると思うのだけど、野性の本能を抑えられるのかニャー。

 


0 コメント

●子どもや動物にモテる妻と、そうでない夫、そして人生のミステリーとハッピネスについて

 

うちのカミさんは子供や動物にモテる。

べつに子供や動物が大好きというわけではない。

むしろ子どもに対してはいたってクールだし、ペットを飼ったこともないし、ネズミ類などの動物は大嫌い。

 

だけどなぜだか子どもはよくなつくし、言うことをちゃんと聞く。

 

僕は道でネコに会うたびに対話を試みるが、ほとんど相手にしてくれるネコはいない。

なのに、彼女にはイヌもネコもクンクン、ニャーニャー寄ってくる。

 

なんで?

こういうのは生まれ持っての才能なのか?

(彼女はその才能を活かして、小児鍼という、子供を診る鍼をやっている)

 

子供や動物を愛してやまないという人ならわかるが、どうも納得できない。

なんだか不条理だ。

長らく僕にとって人生のミステリーとして濃い影を落としている。

 

なにかコツとか、ノウハウとか、心がけとかあるのかと聞くと、

「そんなもの、あるわけなでしょ」と一蹴される。

思えばこの20数年、そうしたやりとりを繰り返して暮らしてきた。

 

長く生きて、いろいろ経験を積めば、その謎が解けていくのではないか。

なるほど、そういうことだったのかと、いつかすべての霧が晴れる日が訪れるのではないかと漠然と思っていたが、どうもそういうものではないらしい。

 

わからないやつには一生わからない。

バカは死ななきゃ治らない。

これはそういう類の事象だ。

 

ネコにすり寄られようが、無視されようが、人生の大きな損失になるわけじゃないのだが、やっぱりちょっと悔しい。

 

でも彼女が子供やイヌ・ネコにモテた話を聞いたり、目の当たりにするのは悪くない気分である。

 

人間も世の中も理路整然とはしていない。

ロジックにとづいて動いている物事はむしろ少なく、大事なことは不条理だから面白かったりもする。

すべてのミステリーが解決して、空には一片の曇りもなく、影もなく霧も出ない人生はかなりつまらなそうだ。

 

いずれにしても、そういう才能に恵まれなかったぼくも、しゃーないから少しは努力しようという気になる。

 

そしてたまにネコとのコミュニケーションに成功したりすると、得も言われぬ幸福感・充実感に包まれるのである。

 


0 コメント

京都探訪記2017⑥:新選組ゆかりの壬生寺は、ゆりかごから墓場までの下町京都のおへそ

●新撰組と壬生寺

 

 壬生寺と言えば、京都に出てきたばかりの頃の新撰組の駐屯地として知られるお寺です。

 嵐山線・四条大宮の近くにあり、この界隈は京都の下町風情が味わえる地域で、今にいたるまで、地域のコミュニティのおへそとして親しまれています。

 

 境内には資料館があり、その庭には凛々しき近藤勇局長の銅像。

 

 そしてもちろん、全国の新選組ファン巡礼の足跡も。

 最近はゲーム化もされているそうで、やたらアニメチックは美青年隊士が目立ちます。

 

●新選組血風録

 

僕が近藤勇と初めて出会ったのは、司馬遼太郎の「新選組血風録」の中でした。

「虎鉄」という名刀を手にし、それを手に勤王の志士をバッタバッタと斬るのだが、じつはこの虎鉄が真っ赤な偽物。

 

しかし、近藤さんはこの偽物の凡刀を、自分の信念(というか思い込み)で本物の名刀に変えてしまうという、すごいけど、ちょっと笑えるお話でした。

(その後、本物の虎鉄を手に入れるのだけど、「こんな刀はなまくらだ」と言って使わない・・・というオチがついていた)

 

司馬遼太郎氏はなぜか近藤勇を、思い込みは強いけど、ちょっとおつむのキレが悪い、昔のガキ大将みたいなキャラとして描いて、頭がキレまくる策士の土方歳三と対比していました。

 

土方主役の名作「燃えよ剣」はまさしくその司馬流新撰組の真骨頂。

おかげで長らく近藤さんのイメージはダウンしたままだったけど、2004年の大がドラマ「新選組!」で三谷幸喜の脚本と、香取慎吾の演技がそれを払拭したかなという感じ。

 

●昭和歌謡「あゝ新選組」

 

その他、かつて三橋美智也が歌った「あゝ新選組」という歌の歌碑があります。

単に歌詞が書いてあるだけでなく、スイッチを押すと、いかにも昭和歌謡という歌がフルコーラスで再生。

5分近い長尺ですが、ついつい聞き惚れてしまいます。

 

●インドの仏像、壬生狂言

 

資料館の中には、その和装の近藤さんと洋装の土方さんの、あの有名なポートレートが堂々鎮座。

お寺の記録には、新撰組が境内で教練などを行って、迷惑だなどと書かれていたそうですが、それが150年以上の歳月を経て、お寺の繁栄に貢献しているのだから面白いものです。

 

しかし実はこの壬生寺、新撰組だけのお寺ではありません。

古くから伝わるエキゾチックなインドの仏像や、江戸時代初期から根ざした庶民のエンターテインメント「壬生狂言」と、3本立てコンテンツで見どころ満載です。

 

壬生狂言は年に数度行われており、ホームページから日程を調べて予約すれば、観光客も楽しめるとのこと。

 

●保育園・養老院を経営

 

壬生寺の敷地には保育園があり、養老院が二つ建っています。

奥には墓地があり、まさしく「ゆりかごから墓場まで」人生丸抱えという感じ。

資料館の受付をしていたおばさんも子供の頃からお世話になっている、と言ってました。

 

地域に深く根付き、文化を育てるコミュニティ拠点として親しまれる壬生寺。

国宝や世界遺産の寺院もいいけど、こうして庶民と一緒に歴史を重ねる下町のお寺もLovelyです。

 


0 コメント

江戸東京野菜たっぷり取材

 

約2ヵ月ぶりに八王子へ出向。

「マイナビ農業の取材」で、江戸東京野菜を生産・広報している小城プロデュース・福島秀史さんのところへ。

2時間余りにわたってたっぷりお話を伺いました。

 

2020年・東京オリンピックに向けて、地場野菜である江戸東京野菜の存在がぐーんとクローズアップ。

 

実際にその野菜を生産しながら、広報・普及活動を手掛け、江戸東京野菜の情報・ストーリーを発信している同社の活動は注目に値します。

 

けれども、これはけっしてオリンピック景気的な一過性のブームに終わらせない、と熱く語る福島さん。

江戸・明治・大正・昭和と続いてきた時代の食のストーリーが、この伝統野菜には詰まっています。

 

今日はその一つ、「伝統大蔵ダイコン」のB級品(ちょっと傷物)を購入。

 

畑では、希少な品種「高倉ダイコン」も収穫シーズンを迎えています。

 

来月は、失われた日本の原風景の一つ、高倉ダイコンの干し風景を見られる食べつくしツアーにも参加・取材予定です。

 


勤労感謝の日は農業感謝の日に

 

●昭和の勤労感謝はシンプルだった

 

僕が子供の頃、勤労感謝の日とは、働いていない人が、働いている人に感謝する日でした。

「今でもおんなじでしょ?」という声が聞こえてきそうですが、ちょっとニュアンスが違っていて、もっと具体的にその時代のイメージを話すと、

 

働いていない人とは子供や家庭の主婦であり、働いている人とはお父さん。

 

さらにそのお父さんの中でもサラリーマンなどの営利追求型イメ―ジの人たちよりも、消防士とか救急隊員とかおまわりさんとか、社会全体のための奉仕型職業の人たちのほうが感謝の対象の番付で言うと一枚上。

 

さらにちょっと年輩の大工さんとか植木屋さんのような職人も一枚上でした。

 

歌手やら俳優やら芸人やら作家やらは「勤労者」のカテゴリーには入っていませんでした。

 

子供雑誌などには、子供たちが感謝の心を表すために街に出掛けて、おまわりさんや大工さんにちょっとしたプレゼントをしていました。

 

そして家に帰ると、そういえば(サラリーマンの)お父さんも一応勤労者だね、といったオマケ扱いで、特別にお酒を飲ませてもらうという、そんなシーンが描かれていました。

 

●現代の勤労の観念と定義

 

そうした牧歌的な、わかりやすい構図の世界は、今は昔。

 

現代では「家庭の主婦は、働いていない人」なんて言ったら、毎日ごはん作って、掃除して洗濯しているのは労働じゃないのか!」と怒鳴られそうです。

 

いや、家族のためにごはんを炊いて洗濯するのは労働じゃなくて愛情だ、と返すことは出来そうですが・・・。

 

ほとんど身体を動かさずに一日中パソコンやスマホをいじくっている人たちも「働いている人」とは認識されにくいでしょう。

 

金融業でお金を動かしている人たちも、ビジネスをしているとは言えるけど、勤労しているとはあんまり思われないでしょう。

 

歌手やら俳優やら芸人やらも「僕たちは皆さんを楽しませるために働いているんです」と言えば勤労者だし、子供だって、おとなを幸せにするために働いているとも言えるし、そういう理屈だとペットの犬猫だって、ただゴロゴロしているだけでもちゃんと人を癒すために働いている、とも言えます。

 

そう考えると、現代では「働いていない人が、働いている人に感謝する勤労感謝の日」というのは成り立たなくなりそうです。

 

そのうち、社会のためにあれこれ身体を動かして働いてくれるのはAIやロボットだから、1年に1度の勤労感謝の日は、人間がメカに感謝する日にしよう――となりそうです。

 

●行為そのものへの感謝?

 

いや、そうじゃない。

そもそも勤労感謝の日は、働いていない人が、働いている人に感謝する日ではない。「様々な労働・勤労という行為そのもの」に感謝する日なんだ、という意見もあるでしょう。

 

こうなると、では労働・勤労の定義とは何か? といった哲学的命題に関わり、ドツボにはまりそうですね。

 

●11月23日の歴史

 

実は、11月23日は、もともとは飛鳥時代からあったといわれる「新嘗祭(にいなめさい)」というお祭りの日でした。

 

新嘗祭とは、その年に収穫された新米や新酒を天地の神様に捧げ、天皇と国民が一体となって、天地自然の神々に感謝し、収穫を喜び合う国民的な祭典。

 

ところが1945年の敗戦後、GHQによる政策で、国家神道の色が強い新嘗祭を排除し、違う名前の祝日にする、ということで制定されたのが現在の勤労感謝の日でした。

 

なお、新嘗祭は、今でも大切な宮中行事のとして執り行われています。

 

●いっそ農業感謝祭に

 

最近、マイナビ農業の仕事をしているのに加えて、そんな歴史的経緯を知ると、勤労感謝の日は、やたら風呂敷を広げて「働く人に感謝しよう」というよりも、農産物、それを収穫する農業従事者の人たちに感謝する日と、限定したらどうでしょう。

 

僕たちの大切な食糧を作っているわけだからね。

食べ物に、地球環境に感謝する意味合いも含められる。

時代が変わり、ライフスタイルが変化しているのだから、祝日も変えていったらどうなのかな?

 

 


0 コメント

ケロケロっとくだらないことをかんガエル

 

莫妄想(まくもうそう)

妄想すること莫れ。

くだらないことを考えるな。

京都・天龍寺にて。

 

けれども、随想・夢想・空想。

そして奇想、飛躍する発想。

面白いアイデア・偉大な発明・ビッグな事業も

もともとみんな妄想から始まるのではないかと思います。

 

妄想もまた想像力。

何がくだらないのか、実はくだらなくないのか、

先に行ってみないとわからない。

未来のために一生懸命くだらないことを考えよう。

 


0 コメント

カレー屋のペッパー君とAI党・ロボット大統領

 

 この間、麻布のインドカレー屋にいたペッパー君。

 しきりに「秋はセンチメンタルな季節で・・・」などとほざいていました。

 スキルアップしていないペッパー君は、しょせん単なるマスコット人形。

 それをいかに賢くするかは、オーナーの人間次第ですが、あんまり賢くないダメダメペッパーくんの方が愛されるのかも。

 

 その一方でAI・ロボット社会は確実に進行しています。

 経済・産業で十分役立てられ、社会的認知が進んだら政治でも。

 

 利権やらしがらみやら、人間の欲深さにまみれた政治の歴史を一掃。

 世界各国でAI党が設立され、正義を遂行するロボット大統領とその支持者から成る政権が次々と確立され、「民主的賢人政治」に移行していた。

 

 もし不祥事があったら、芸人やらアイドルやらが愛想を振りまいて「ごめんちゃい」と謝るか、涙を流すかして、しのぎます。

 

 ハリウッド映画などではそんな世界になったら、ヒーローが主導権を人間の手に取り戻そうと活躍するドラマが描かれると思いますが・・・現実にはどうか?

 

 今後は真面目にそんなことまで考えて、AI・ロボットと付き合う必要が出てくるでしょうね。

 


0 コメント

「ばんめしできたよ」ができたよ

 

 新しいラジオドラマ脚本「ばんめしできたよ」ができました。

 主役のヒロコちゃん、お疲れ様。最初は男だったけど、途中で性転換しました。

 おかげでちょっと色っぽい話も盛り込めた。

 予定よりずいぶん延びてしまったけど、出来てしまうと何だか寂しい。

 コンペに出したので、とりあえず結果待ちします。

 

 あらすじはこんな感じです。

 

 「あなたは人生最後の食事に何を食べますか?」

 ホスピス「虹の彼方」に入居した余命わずかの人たちに、若き女性天才料理人と中年紳士の給仕人はそう問いかける。

 

 食事は人生で最も大きな喜びの一つ。ここでは最期にその喜びを味わってもらうために「最後の晩餐」を用意する。

 料理人ヒロコが入居者からそれぞれの人生の物語を聞いてメニューを考え、最後にふさわしい料理を作るのだ。

 そして給仕人のモリヤは、その料理に仕上げのスパイスをかけて提供する。

 

 「ただ食うために生きてきた」

 今回、「虹の彼方」に入居してきたのはフジムラという末期がんの患者。

 真面目に会社勤めをして定年を迎えた孤独な彼は、恋も夢も家族を持つことも諦め、ただ働いて生き長らえてきたことを後悔している。

何も欲せず、人を傷つけないようにしてきたのに、どうしてこんな病気になったのかと取り乱す。

 そしてまた、自分は食べたい物など何もないと、メニュー作りに協力しようとしない。

 

 そんなフジムラに対し、ヒロコはホスピスへの思いや将来の展望など、自分自身をさらけ出して奮闘。

 彼の恋の記憶を引っ張り出し、実は彼も料理人になる夢を持っていたことを思い出させ、やっとメニューを作り上げる。

 

 その日。食卓に並んだヒロコ渾身の作品。

 しかしそこでフジムラは、これを最後の晩餐にしたくない、なぜならヒロコに恋してしまったからだと、胸の内を打ち明ける。

 モリヤは土壇場で生への執着を持ってしまった彼を諭し、何とか食事をさせようとする。

 

 そこでヒロコは気づく。以前から心の片隅に抱いていた疑念が解け、確信に変わり、彼女はモリヤと対峙する。

 そしてこのホスピスの成り立ち、最後の晩餐の奥にある秘密、それを取り仕切る給仕人モリヤが本当は何者なのかを問いただす。

 


京都探訪記2017⑤:宗教的空間とインターネットに関する考察

●嵐山・天龍寺訪問

 

 京都ではいろいろなお寺を訪ねました。

 清水寺や金閣寺は外から建物を見るだけでしたが、祇園の建仁寺、駅近の東寺、嵐山の天龍寺などは堂内の空間や庭園もたっぷり楽しみました。

 

 天龍寺では達磨大師の肖像をはじめ、堂内の各部屋、襖絵、さらに庭園など、それぞれの空間そのものが美術のよう。

 広々としていて清々しく、まさに心洗われ、癒される気持ちのいい空間です。

 

 敷地内にある料亭で精進料理を食べましたが、これもまた一種の美術品で、味も雰囲気も大満足。。

 

 仏教寺院としての毅然とした空気は、観光客でごった返していても、なんとかそれなりに保たれています。

 

●宗教における空間づくり

 

 宗教において空間づくりは最重要課題です。

 

 世俗の日常空間の中では届かない言葉・音楽・思念といったものが、寺院とか聖堂の中だとズバッと届きます。

 脳がその空間の気の流れを感じとって、脳波をチューニングして合わせるかのようです。

 

 宗教者はそのことをよく知っており、建築や内部の装飾・調度品、美術におおいにこだわりました。

 

 目、耳、鼻、肌、そして舌も。

 五感を通して、この空間に入った人たちの脳は「信者の脳」になるわけです。

 

●カルト宗教の空間

 

 カルト宗教などはこれと同じ理屈で、目を付けた人間を日常生活の空間から切り離し、自分たちのアジト的空間――一種の密室に引っ張り込むことによって、洗脳します。

 

 日常空間にいれば簡単に見破れるインチキも、そうしたカルト信者だらけのアジト的密室空間に入ってしまうと、脳が誤作動を起こして、たやすく暗示にかかってしまいます。

 

 なにせ多勢に無勢。

 正しいことを言っているのはあっとで、自分は間違っていると思い込まされてしまう。

 よってインチキがホントに見え、あたかも奇跡が起こっているように錯覚してしまうのです。

 

●無宗教の増加とインターネットの普及

 

 世界的に無宗教の人が増えているようです。

 

 現代日本は、クリスマスやバレンタインなどのキリスト教行事をイベントとして楽しみ、葬祭・供養は仏教のスタイルを採り入れています。

 が、内実は無宗教。

 

 こうした日本のやり方を世界各国、真似し出したようで、「都合のいいところだけ持ってきて、パッチワークすりゃいいじゃん」という考え方が庶民の間で蔓延。きちんとした儀式や作法は、身分が上のほうの人たちにまかせときゃOKというわけです。

 

 因果関係は明確にできませんが、どうもその背景にはインターネットの普及が関係しているように思えます。

 

 ネット上にいろんな情報があふれ、誰でもPCやスマホでデータ化された知識を手に入れられるようになると、非科学的な物事はちっとやそっとでは信じられなくなるのでしょう。

 

 なんといっても歴史の中で宗教が人々を支配できたのは、情報を集約し、必要に応じてそれらを求める人に分け与えることができたから。

 だから宗教はありがたいもので、宗教者は偉い人たちだったわけです。

 

 そうした長く保たれてきた虚構は、洋の東西を問わず、科学万能となった100年とちょっと前あたりから次第に崩壊。

 それがこの10年あまりのインターネットの普及によって、急速に進んだ感じがします。

 

 こうした風潮を嘆く声も聞こえますが、僕は良いことだと思います。

 20年あまり前、地下鉄で猛毒のサリンガスをばら撒いたオウム真理教は、教祖が起こすミラクルを見せて信者を集めていたようですが、今のようにネットが発達していれば、くだらないスピリチュアルに引き付けられず、信者も増えなかったでしょう。

 

 ただ、そのスピリチュアルに引き付けられたいと欲している人、洗脳されたいと願っている人が、いつの時代でも一定数いるので、話はそう単純ではありません。

 

 こういう人たちの脳は、いつでも洗脳スタンバイOKになっているので、ほとんど防ぎようがありません。

 

 こうした人たちを狙って、そのうちインターネットが宗教の代わりをするようになり、AI教祖やらロボット教祖が出てくるのではないかと考えると、冷汗が出ます。

 

●これからの宗教の生きる道

 

 カルトは別ですが、インターネットの影響もあって、この先、広く人々を引き付けるカリスマ的な宗教者はもう現れないでしょう。

 

 その時やっぱりものを言うのは、こうした心洗われ癒される、ひろびろ美術空間と設えた宝物。

 そして、その空間を活かした「写経」などの個人的プチイベント。

 そうしたものをいかに世界中にアピールするか――。

 お寺もいろいろ戦略を立てなきゃならない時代だなぁと感じました。

 


秋晴れお米日和 駒場・原宿農業取材

 秋晴れの農作業日和。

 今日は先月、稲刈りを取材した筑波大附属駒場中学の脱穀作業の取材です。

 一昨日の雨のせいで一日延期で行われました。

 昔ながらの脱穀機で、生徒たちが干した稲を脱穀してお米にします。

 

 と、自分で取材したように書いていますが、実はまたもや腰痛に襲われ、急遽、編集者M氏に代理を頼みました。

 自分で行けなかったのは残念無念。

 

 それから先日は原宿・隠田商店街(キャットストリート)の5つ星お米マイスター・小池精米店の取材も行いました。

 メディアで引っ張りだこ。お米ブレンダーの小池さん、原宿・青山界隈のお米の消費事情を語ってくれました。

 

 詳しくはマイナビ農業に記事を書きます。

 

 先月取材の記事もUPされているので、ご覧ください。

 


0 コメント

ぐゎぐゎタオルと世界共通言語

 「うわっ、ここでもチュパチュパやってる!」

 

 最近、スーパーでも電車の中でも、やたら指をしゃぶっている子供が目につきます。

 それもだいたいは親指。訊いてみたことはありませんが、おそらくいちばんしゃぶりがいがあるからでしょう。

 もちろん、何らかの理由があって子供の間で指しゃぶりが流行っているわけではありません。 なんというか普遍的な習癖です。

 

 うちの息子も一時期、これが大好きで、眠くなるとしゃぶり始めます。

 「うわっ、始まった」

 と思ったら、ものの1分もしないうちに寝息を立てはじめるのです。

 

 指しゃぶりの前は「ぐゎぐゎタオル」でした。

 お気に入りのクマの絵柄のバスタオルがあって、洗濯を重ねてかなりくたびれてきて物ですが、そのくたびれ具合が手でつかんで、しゃぶるのにちょうどよかったのでしょう。

 まだ喋れない1歳前後の頃、いつも「ぐゎぐゎ」とそのタオルを求めて端っこの方をしゃぶっていました。

 

 それでいつも不思議に思ったのが、そのタオルを指す「ぐゎぐゎ」という言葉。

 「ぐゎぐゎ」って何だろう?

 「くまクマ」って言ってるのかな?

 夫婦で考えてみましたが、謎は解明されませんでした。

 

 それが最近、妻が外国人から英語圏でも同じようなシチュエーションで[Gua Gua」という言葉を発すると聞いたのです。

 

 どうもこの「ぐゎぐゎ」いうのは食べ物につながる言葉で、世界中の子供が使うらしく、世界共通言語のようです。

 

 幼い頃は国や民族の区別なく、みんな共通の言葉を持っていたのでしょう。

 とくに食べるというのは生存の基本条件なので、それに関する伝達表現はいち早くマスターするのだと思います。

 

 というのはあくまで仮説ですが、けっこう信ぴょう性の高い話。

 幼い頃の息子の友達だった、日本とオランダのハーフの女の子は、話す相手と状況によって、日本語・英語・オランダ語を縦横無尽に使い分けていました。

 プリミティブな脳は、本当にすごいなと思った。

 

  いろんな国の人・いろんな人種の人と言葉が共有でき、対話できる。

 ――そんなオープンでプリミティブな脳の機能が、いつでも取りもどせるといいのになぁ。

 


京都探訪記2017④:地下鉄キャラと観光シーズンの交通事情

 「ねこまる」はNHK京都のキャラクターらしいです。

 どうもネコ化した「どーもくん」という感じがします。

 このねこまるが大河ドラマの登場人物に扮して、乗客に注意を促すポスターがいっぱい。

 貼り出されているのは市営地下鉄・烏丸御池の駅構内。

 新選組をはじめ、歴代の大河ドラマのバラエティがあるので、なかなか楽しめます。

 

 このねこまるとは別に、地下鉄専属キャラとして活躍しているのが、アニメ美少女3人組。それぞれちゃんと京都の地名にちなんだ名前が付いています。

 

 地元の人は見慣れているのでしょうが、旅人にとってはこういったポスター一つとっても地域色があって面白いものです。

 

 この京都キャラ、ただ楽しむためだけでなく、観光客にバスだけでなく、もっと地下鉄も利用してねというメッセージも含まれているのかも知れません。

 

 春・秋の観光シーズン、京都の市内を走る市営バスは多くの路線ですし詰め状態。

 増発させたり、観光スポットばかりを循環するループバスを出したりして対応していますが、なかなか追いつかないようです。

 

 それにバスが増えれば道路の渋滞も起こります。

 

 金閣寺付近のバス停などは、学生ボランティアらしき紫色の法被を着た「観光コンシェルジェ」という若者らが声を枯らして、あふれかえる観光客にバスの案内をしたりしていました。

 

 地下鉄みたいに上り下りする必要がなく、窓から街の景色を見られるバスはやっぱり人気が高いのです。

 

 観光客が増えるのはいいことですが、普段バスを利用する市民らはこうした交通状況にうんざりしているのではないかと推察します。

 なので最近、京都では自転車に乗る人が急増しているとか。

 そういえば、ビュンビュン飛ばしている人をよく見かけました。

 

 今回は利用しなかったけど、レンタサイクルもたくさんあるようです。

 自転車で京都を回るのもいいななぁ。

 


国境なき医師団に遺贈の問い合わせ急増

 

 先月末から今月初めにかけて有楽町・交通会館で開かれた「学べる終活テラス」。

 月刊仏事の取材で出向きましたが、実行委員会の代表に話を聞くと、最近、国境なき医師団の日本支部へ「資産を遺贈したいのだが・・・」というメールだか電話だかが頻繁に来るとのこと。

 それで実行委員会にどうしたものかと相談が来て、その結果、今回のイベントをすることになったのでそうです。

 

 お金も予約も要らず、誰でもフラッと立ち寄れる、というのがコンセプト。そして注力テーマは遺贈。

 高齢者人口の高い有楽町という場所が良かったのが、結構集客できたようで、今日来たメールでは、4日間でのべ約400人が参加したそうです。

 

 どうも貧乏人はお金さえあれば人生OKと考える傾向がありますが、あればあったでいろいろ心配事や面倒なことも多そうです。

 そしてまた、それまで私利私欲に走っていた人も、いざ人生を締め括る段になると、自分がやってこなかったことに関して、あれこれ悩むことになるのでは・・・。

 

 いずれにしてもお金の余っている人、血を分けた家族同士の血で血を洗う「争続」を見たくない人は、すすんでこうした社会活動に遺贈してほしいと思います。

 自分の財産がみんなのために、未来のために生きれば、こんなに幸せなことはないよね。

 


京都探訪記2017③:京龍伝説

  祇園にある京都最古の禅寺・建仁寺の法堂天井画の「双龍」。

 すごい迫力だが、どちらもどことなく愛嬌のある顔をしています。

 京都の神社仏閣を訪ねると、やたらとあちこちに龍がいます。

 思わず「います」と言いたくなる存在感・実在感が京龍にはあります。

 

 このお寺ではほかに桃山時代に描かれた襖絵の雲龍もいます。

 そんな大昔の絵なのにずいぶんきれいだなと思ったら、この寺ができて800年の記念事業の一環で、京都文化協会とキヤノンの協力で、全部で50面ある襖絵を高精細デジタルで複製したということ。

 現代のテクノロジーの力で復活した京龍。まさしく日本のジュラシックパーク。

 

 嵐山にある天龍寺の法堂の天井にも「雲龍」がいます。

 こちらは撮影禁止でしたが、八方にらみの龍で、円に沿って堂内を一周すると、どこに行っても龍に睨まれている感じがします。

 けれども、これもまた睨まれて怖いというより、いつも見守ってくれているという安心感を感じます。

 

 この天井画の雲龍は、もともと明治時代の日本画家の筆によるもの。

 龍は水の守り神。

 海がない代りに豊かな水を湛えた琵琶湖が控えています。

 

 明治維新後、天皇は東京に移り住むことになり、いっしょに公家や大名も去って京都は都の地位を喪失。経済的にも大ダメージを被りました。

 お得意様をなくした町人たちは、自分たちの手で京都の街を再建し、生活の糧を得なくてはならなくなったのです。

 

 敢然と立ちあがった京の明治人たちは、脳も筋肉もフル回転。

 その再建事業の一つとして、永年夢見た琵琶湖の利用開発に着手。

 豊かな水を利用して運河を開いたり、水力発電を行うことに成功しました。

 明治時代に描かれた龍は、この明治の京都人たちの意気地と、琵琶湖疎水の象徴だったのかも知れません。

 

 二つの天井画は、天龍寺の「雲龍」が2000年に、建仁寺の「双龍」が2002年に、それぞれ著名な日本画家によって新しく描き直されました。

 明治の龍がどんな筆致だったのかは分からないけど、豪壮で勇ましく権威を感じさせる龍から、優しくし親しみやすい守り神のような龍に変わったのではないかと想像します。

 

 京都の水はやわらかくて、おいしい。

 だから21世紀の京龍は、Lovdelyなのかなぁ。

 


京都探訪記2017:外国人観光客の群れ、そしてKimono女の大増殖

 

 今回の京都旅行は22年ぶり。

 22年前に行ったときは、カミさんのお腹の中には息子がいました。

 時が経つの速いこと、速いこと。

 

 悠久の古都・京都もこの20年余りの間に大きな変貌を遂げていました。

 その最たる現象が、外国人観光客とキモノ女の大増殖。

 

●グローバリゼーションとITを体感できおすえ

 

 東京でもそうですが、近年やたら外国人が増えたなと思ったら、JapanRailPassという、外国人しか買えない全国のJR共通の切符があり、これを使うと東京・大阪間を新幹線で往復する程度の費用で、1週間日本中のJRが乗り放題。

 僕もかつてユーレイルパスという欧州一帯乗り放題の切符でヨーロッパ中を旅して回ったことがありますが、それと同じようなものです。これはお得!

 

 というわけでオールドジャパンの情緒・風情と、世界遺産の神社仏閣目白押しの京都は東京と並ぶ超人気観光地。

 

 そぞろ歩けば、中国語、韓国語、英語、ロシア語、フランス語、スペイン語、etc.・・・世界中いろんな言葉が四方八方から耳に入ってくるわ、自撮り棒にスマホやタブレットを括りつけてバシバシ写真を撮りまくるわで、21世紀のグローバリゼーションとIT化社会を改めて実感出来ます。

 

●お金かせぎながらお勉強できおすえ

 

 という状況なので、観光地で商売をしている京都のあきんどさんたちは、少なくとも商売に関する英語はペラペラ。

 

 錦市場の丹波の黒豆茶を売っている齢80になろうかというおばあちゃんも「ディスイズ・ブラックビーンズティー。20ピーシーズ・ティーバッグス・イン・1パケッジ。ドリンク・オーケー。プロイーズ・トライ」とか、じつになんとも、いわゆるナガシマさん英語で堂々と丹波の黒豆茶を試飲販売しています。

 

 ビジネス英語なんて、わざわざ月謝払って英会話スクールなんか行かなくても、ロンドンやNYCまで出かけなくても、京都の飲食店や土産物屋でバイトすれば、必要に駆られていくらでも喋れるようになりますよ。いっしょにお金も稼げて一石二鳥です。

 

 語学に限らず、これからはお金払って勉強するんじゃなくて、お金かせぎながら勉強する時代。そのほうが効率的だし、やらなきゃいかんからしっかり覚える。高い教育費払うのなんてバカらしいよね~。

 

●着物で歩きはったらどうでっしゃろな

 

 さてそんな中、うちのカミさんは今回、着物を着て京都を歩くというヴィジョンを持ってやってきました。

 観光ガイドブックなどを見ればわかると思うけど、ここのところ京都では「レンタルきもの屋」が大繁盛。

 

 昔から舞妓さんや花魁のコスプレをして写真を撮る、といったサービスはありましたが、そこから展開して今は、とても安いお値段でレンタル着物を着て街が散策できるのです。

 

 今回利用したお店の場合、インターネット予約割引もあって、1日¥1980で着物はもちろん、帯、足袋(使い捨て)、履物(女物はMとLの2種類サイズ。かなり履きつぶされているものもある)、さらに着付けサービス、お荷物預りサービスも付いていました。

 

 特に祇園・清水寺近辺は大激戦区らしく、いたるところにこのテの店が立ち並び、通りにはまるで真夏の花火大会の会場みたいハデハデの着物に身をまとった娘たちがウジャウジャしています。

 

 ちなみにこのレンタルきもの、基本的に安いポリエステルの生地でできています。

 ポリエステルなので発色が良く、見た目、ほとんどすべて浴衣に見える。

 そして、着終わった後はそのままガガガっと簡単に洗濯できるのが大きな特徴。

 お値段のことを考えれば、そうケチはつけられません。

 

 ただ、素材の性質上、モノはどうしても赤やらピンクや水色やらライトパープルやらの、若い子向きの明るくハデハデなものばかり。

 

 うちのカミさんは、幸いにもなんとか奥ゆかしい(?)柄を選び取ることができましたが、街を散策中の方の中には、結構なご年配の外国人レディが娘の浴衣みたいなのをまとって歩いています。

 ま、彼女らにとっては民族衣装を着ているような意識なので、とくに問題ないでしょうが。

 

 そんな光景を目の当たりにすると、京都では過当競争のこのビジネスも、ターゲットを、頭の中は10代・20代のエイジレス年配者にすれば儲かるのではないかな、と思いました。

 

●表も裏も京都のお味、楽しんでおくれやす

 

 日が暮れるころには、お店の中は脱ぎ散らかした着物でいっぱい。

 ゴミ箱は使い捨ての足袋でいっぱい。

 スタッフはほとんどがお客と同じお姉さんがただけど、1日終わった後の片づけは大変だろうね。

 情緒あふれる祇園の通り、清水の坂道。

 レンタルきものビジネスの舞台裏。

 ひと粒で二度も三度もおいしい秋の京都の旅。

 

 そうそう、日本語出来ない人、日本の文化がわからない外国の人も、舞妓さんにはおさわりしたらあかんどすえ。

 

 


京都探訪記2017:46年目の金閣寺ゴールデンミーティング

  原因不明の高熱、体中に発疹、唇が乾燥して荒れまくり、かさぶたができ、食事が喉を通らない。

 1971年5月、いまだに正体のわからない病気に侵され、10日間ほど伏せりました。

 これが今のところ、わが人生最長の病欠経験。

 それが小学校の京都・奈良行き修学旅行と重なりました。

 

 あとから封筒に入ったお金(積み立てた旅費)を返してもらいましたが、しばらくの間、修学旅行の思い出話や写真に興じるクラスの仲間からはじき出されて、やるせない気分になったのを思い出します。

 やはり思い出・体験はお金に代え難しということを、6年生でしみじみ学びました。

 

 その時、見逃した金閣寺に、11月2日~4日まで2泊3日の京都旅行でご対面。

 京都は成人してから何度か来ているし、金閣寺も割と頻繁に映像や写真で見ているし、三島由紀夫の「金閣寺」もちゃんと読んだので、まったく思いがけないことですが、なんと生で見るのはこれが初めて。

 

 人生初金閣寺。

 46年かけてのリベンジ。

 というほどのものじゃないけど、ちょっとキンキラした気分です。

 

 京都ドラゴンズ。

 新選組VS勤王志士。

 きもの女大増殖。

 日本古来の神社仏閣ビジネス。

 外国人旅行客の大郡団。

 社会問題化する市内交通。

 ホテル・旅館業界VS民泊ベンチャーの対決。

 

 などなど、面白コンテンツいっぱいの旅行だったので、

 今月は随時、五月雨式に「京都探訪記2017」をお届けしていきます。

 どうぞお楽しみに。

 


0 コメント

かわいく楽しく、ずしっとさわやか、瑞高祭

 ピキー、キキキキ、ピー!

 と、バタバタする生後3週間の子豚ちゃん。

 

 べつにいじめているわけじゃないけど、元気良すぎて、だっこされて子供たちが触ると大騒ぎしちゃうのです。

 ちなみに体重は3~4キロくらい。

 小型犬くらいの大きさで、かわいいったらありゃしない。

 

 今日は西多摩郡の瑞穂町にある都立瑞穂農芸高校の学園祭(瑞高祭)。

 例によって「マイナビ農業」の取材に行ってきました。

 

 この学校は都内で唯一、畜産科学科のある高校で、広大な敷地の校内には畑などの農地とともに、豚や牛をはじめとする動物がいっぱいいます。

 

 ちょっと学園祭の様子を覗いてレポートさせていただくだけで・・・と軽い気持ちで出かけたのですが、思いがけず、良い意味でヘヴィな取材になって大充実。

 

 酪農、養豚、それぞれのリーダーの生徒(3年生)、校長先生、社会科の先生にインタビューしたり、牛舎ツアーに参加したりしました。

 

 生徒の皆さんの話はとてもしっかりしていて、ツアーのガイダンスも素晴らしい。

 この学校では動物や植物の世話なども学業の一環となっていて、話を聞くと毎日めちゃくちゃ忙しそうだけど、とても軽やかに楽しくやっているのが印象的です。

 

 この瑞穂祭、人出もものすごく、毎年2日で4千人も訪れるとか。

 畜産科学科のこうした動物ふれあいコーナーの他、手づくりのミルクやキャラメル、トン汁などの販売、園芸科の野菜やじゃがバタの販売、食品加工科の手作りみそやジャム、肉まん・あんまんなどの販売と、美味しいものも盛りだくさん。

 この地域の人たちにとっては秋の大きな楽しみの一つになっているようです。

 

 しかし、ただ楽しく――だけじゃなく、テーマは「生命に学ぶ」。

人間の食糧となる豚や牛を育て、親しんでいる高校の学園祭だけに、言葉だけでなく、お腹にずしっとくるものがあります。

 

 晴れた秋空同様、すごく爽やかな一日でした。

 良い記事にしますぞ!

 


靴みがき少年と有楽町で逢いましょう

 

 取材で有楽町の東京交通会館に出向いたら、何やら行列ができてます。

 覗いてみるとそこは靴みがきスポット。

 僕も似たようなのを被っているけど、キャスケット型帽子のレトロモダンないでたちの「もと靴みがき少年(?)」のおっさんたちが5~6人並んでキュッキュキュとお客の靴を磨いています。

 30分後、取材を終えてもう一度通ると列は倍の長さに。

 

  「おっちゃん、靴みがかせてよ」

 と、靴みがき少年が、たまたま声をかけたのが大会社の社長。

 

 その靴を磨く少年の一所懸命さに胸を打たれた社長、

 

 「小僧、わしの会社で働かんか」

 

 こうして靴を磨いたことをきっかけに少年は丁稚奉公から努力を重ねて、ついにトップに上り詰めた・・・

かつてはそんな物語がまことしやかに語られいました。

 

 どんな小さな仕事でも、まじめに丁寧に、一生懸命やっていれば、夢のようなチャンスと出会える・・・靴が汚れているから、という実用的な目的よりも、そうした古き良き時代(?)の郷愁というかロマンを感じてお客が集まってくるのでしょう。

 

 ましてや、魅惑の低音・フランク永井の歌う「有楽町で逢いましょう」の舞台ならなおさら。

 

 そんな夢とロマンの靴みがき物語に水を差すわけではありませんが、これはどうやらここに店を出している靴屋さんのレトロビジネスの仕掛けのようで1回1100円。

 

 そういえば生まれてこの方、靴磨きなんてやってもらったことがない。

 皆さんがどの程度の腕前かは分かりませんが、床屋で髭を剃ってもらうような感覚でやってもらうのもいいかもしれません。

 と思って列に並ぼうとしたところで気が付きました。

 

 「あ、おれ今日、スニーカーだ」

 残念ながら靴磨き体験はまた次の機会に。

 


eパン刑事、その愛と死とスマホ

 

 スマホを一生懸命いじくっている人を見ると、つい「何か良いニュースは入っていますか?」と訊きたくなる。

 さすがに街中で見ず知らずの人にいかなりそう問いかける度胸はないが、知り合いだと、しばしば実行している。

 

 「うれしい知らせは来ましたか?」

 「すてきな情報をゲットできましたか?」

 「心あたたまる良いニュースはありますか?」

 「幸せになる話は見つかりましたか?」

 「吉報はありましたか?」

 

 そんなふうに訊くと、みんな一様に戸惑ったような表情を見せて

 「いや何も・・・」

 「とくにこれといって・・・」

 「ぜんぜん」

 「ありません」

 「べつに・・」

 

 といった曖昧で、なんだか冴えない返事が返ってくる。

 一度も「はい」とか「うん」とか「来たけど秘密だよ。ウシシ・・」

 といった楽しいリアクションに出会ったことがない。

 

 良いニュースがないのなら、寸暇を惜しんでそんなに一生懸命見なくてもいいのに、と思うが、また次の瞬間には目を画面に戻して、再びいじくり出す人が大半である。

 これはかなり不可思議な現象だ。

 

 そう思っていろいろ考えてみると、これはもしかして喫煙に近い性癖なのではないかと思い至った。

 煙草の場合はつい口寂しくて、スマホの場合はつい手持無沙汰で、その行為で心のすき間を埋めようとする。そうするとストレスも軽減されるような気がする。

 要するに軽い中毒症状である。

 

 煙草を吸っている人に「おいしいですか?」と訊くと、やっぱりたいていは

 「いや、べつに、とくにこれといってうまくもないけど・・・」

 みたいなリアクションが返ってきて、

 「いや、そろそろやめようと思っているんだけどね」

 なんて心にもないことを言いだす。

 

 昔はちょっと違ってた。

 自分はタバコを愛している、という人は多かった。

 「おいしいですか?」と訊くと、

 「あたりめーだ。これが俺の生きがいだ!」ぐらいの啖呵を切るような人は、結構いたと思う。

 

 かく言う僕も啖呵は切らないまでも「うん、うまいよ!」ぐらい明快に応えたはずだ。

 

 僕がタバコを吸うようになったのは、周囲のいろいろな影響があるけど、大きな要因の一つとして松田優作のことがある。

 

 中学生の頃にテレビドラマ「太陽にほえろ!」で、松田優作演じる「Gパン刑事」が活躍していた。

 Gパン刑事は職務中に殉死するのだが、その最期が壮絶だった。

 彼は悪んの組織から一人の男を助け出すのだが、その男は恐怖のあまり錯乱状態になっていて、自分を助けてくれたGパン刑事を誤って撃ってしまうのである。それも何発も。

 

 Gパンン刑事は一瞬何が起こったのか、わけが分らないのだが、激痛のする自分の腹に手をやると、その手がべったりと血に染まっている。

 その自分の手を見た彼は

 「なんじゃ、こりゃあ!」と夜の闇の中で叫び、そのまま倒れ込んでしまう。

 そして仰向けになって、もう自分は死ぬのだということを悟る。

 

 どうして彼がここで、こんな形で死ななくてはならないのか?

 自分が救った人間になぜ裏切られ、なぜ撃たれるのか?

 1970年代前半の映画やドラマは、そうした人生の不条理を表現した作品、「人生に意味や目的なんてねーんだよ」とニヒルにうそぶくような作品が多く、当時の少年や若者はそこのところに心をわしづかみにされた。

 

 でも考えてみれば、人生も死も不条理に満ちているのは当たり前で、時代に関係なく、いつでもそうなのだ。

 

 それで話を戻すと、死を悟ったGパン刑事は震える手で懐中から煙草の箱を取り出す。

そして最後の力を振り絞って、タバコを1本取り出し、口にくわえ、火を点ける。

 やっとの思いで一服し、それで力尽きるのだ。

 

 死に瀕してまで吸いたいという、Gパン刑事のタバコへの偏愛が、僕がスモーカーになった大きな一因であることは間違いない。

 

 それから40年以上が経過し、この殉職シーンは、松田優作のキャリアの中でも名場面として数えられていると思うが、たぶん現代ではこういったシーンは観客に受けないし、優作のようなタバコが似合う俳優もいない。

 そもそもドラマとして成り立たないのではないかと思う。

 

 そこで僕の頭に浮かんだのは、eパン刑事の殉職である。

 暴漢に撃たれたeパン刑事は、自分の死を悟り、震える手を懐中に突っ込む。

 それで彼が取り出したのは愛用のスマホだ。

 彼は最後の力を振り絞ってスマホを見ようとする。

 そこで僕が声をかける。

 

 「何か良いニュースは入ってますか?」

 

 「いや、べつになにも・・・」

 

 その言葉を残して、eパン刑事は息絶える。

 

 現代の死の不条理。

 これはこれで感銘のある、味わい深いラストシーンではないかという気がする。

 (そんなことない?)

 


0 コメント

ナルちゃん万歳! さらば平成(ちょっと早いけど・・・)

 

 昨日、日本橋高島屋前の通りで、「ナルちゃん万歳!」という看板を正面に掲げた大型トラックに遭遇しました。

 「ナルちゃんって誰のこと?」と一瞬思ったけど、皇太子殿下・徳仁(なるひと)親王様のことだとすぐわかりました。

 そのトラックは右翼団体の車だったので(でも街宣車でなく、静かに黙って走行していた)。

 

 それにしても右翼の皆さんが「ナルちゃん」って・・・。

 時代は変わった。

 親愛の情をこめて、ということでしょうか。

 

 皇太子さまは僕の同級生。

 別段ファンでも何でもないけど、やっぱりどんな天皇になるのか興味はあります。

 それももう再来年の話です。

 

 平成が31年3月で終わることが確定して、気になるのは次の元号。

 イニシャルは明治のM、大正のT、昭和のS、平成のH以外。

 手帳やカレンダーに合わせてということか、発表は半年前というから、来年の今頃にはもう決まっています。

 

 どんな元号になるのか、もしばっちり当てたら賞金出しますとか、そんなイベントはやらないのかな?

 

 もう一つ、新元号を発表するのは誰か?も気になるところです。

 

 あの小渕恵三さん(故人)が首相をやっていたことなんて大半の人が忘れているだろうけど、「平成」を発表した人だということはNever忘れません。

 

 ちなみに当時の小渕さんの役職は、竹下登内閣の内閣官房長官。

 

 もしかして娘の小渕優子さんがやるのか?

 それとも未来の総理・小泉進新次郎氏か?

 自民党はそのあたり演出するは結構うまいのではないかという気がします。

 

 そんなの政治に直接関係ないじゃんと思えることが意外と重要。

 魂は細部に宿る。 国民に良い印象を焼き付ける。

 政治も演劇なのです。

 

 小池百合子さんはそれがよくわかっていたと思うけど、民主党が政権を取った時代にゴタゴタ内輪もめしてダメになり、国民のトラウマになっていることを読めていなかったように思えます。

 

 あんなドタバタ劇を見せられれば、誰だってあの時の民主党とおんなじ。それなら自民の方がまだましじゃないの――と思わざるを得ません。

 

 そんなわけで選挙も終わり、ドラフトも終わり、10月も終わりになると、いよいよ平成の締めに入ります(正確には再来年の3月ね)。

 

 


人生の果てに辿りつきたい場所

 

 「自分の夢を話してほしい。いや、夢というより目標かな・・・人生の果てまで行って辿り着きたい自分の場所。」

 

 ラジオドラマを書いていて、こんなセリフを主人公の女が吐いた。

 最初は「自分の夢を話してほしい」だけだった。

 

 意味としてはそうなんだけど、どうも「夢」という言葉がぬるくて気持ち悪い。

 彼女は28歳の料理人で、人生の最期を迎えた男に最後の食事を作ろうとしている。

 それで彼に何が食べたいのか訊いているうちに話が展開し、自分の将来の話をする。

 

 彼女の出したい店は、自分の夢を語ってくれれば、一飯の恩義を施すという店だ。

 それでその夢の話。

 

 子どもなら良い。

 子どもには夢が似合う。

 でも、大人には似合わない。

 

 最近は大人も夢を語っていい――という風潮になっているが、自分も含めて、いいおっさん、おばさんに

「わたしの夢は・・・」

 なんて言われると、子供や若い連中に対するみたいに「そうか、がんばって!」とは素直に言えない。

 

 言い換えるなら、やっぱり「目標」なのではないか。

 けど、この言葉も何だかカッコよすぎるし、きっぱりし過ぎているし、四角四面なニュアンスがある。

 で、出てきたのが「辿り着きたい場所」。

 

 「辿り着く」という言葉には積極的なニュアンスと消極的なニュアンスが両方ある。

 夢を持って進むのだけど、半ばで崩れて、立ち直り、何とか目標を立てて進んでいくのだが、いろんな波風に遭遇して、寄り道したり、ちょっと休んだりしているうちに、いつの間にか潮に流され、漂流してしまった。

 それでも彼方に見え隠れする目標に向かって泳ぐなり、歩くなりしていく。

 

 世の中の大人って言うのは、だいたいそうなのでななのだろうか?

 完全に周囲に流されちゃったり、完全に目標を見失って漂流民になってしまっては困るけど、なんとか自分の場所に辿り着きたい・・・。

 

 人生の最期を迎えた男も、それだったら何か語れるのではないか。

 そう考えた。

 

 そう考えているうちに、ふと中島みゆきの「店の名はライフ」という曲を思い出した。

 

 ♪店の名はライフ おかみさんと娘 

  どんなに酔っても 辿り着ける

 

 中島みゆきがデビューして間もない頃、確か2枚目くらいのアルバムに入っていた。

 ドラマチックな人気曲と違って、ほぼ同じメロディー、同じリズムが淡々と繰り返され、彼女がかったるそうにズラズラと上記のような歌詞を歌っていく。

 

 劇的な世界とコントラストをなす日常的な世界――けれども、とてもタフな心とやさしさと希望を秘めた世界が広がっていた。

 

 なんとか自分が望んだところの少しでも近くに辿り着きたい。

 僕はそう思うし、人生の最期を迎えた男もそう思うだろう。

 28歳の料理人の女にはまだ夢という言葉が似合う。

 

 けれども彼女はこの話の最後に、思ってもみなかったところに「辿り着く」ことになっている。

 一応、そうなる設定:目標を立てて書いている。

 

 


0 コメント

民主化・ロボ化・個別化が進む宿泊ビジネス

 こんど初めて民泊を利用してみることにしました。

 世界最大級という民泊サイト「AirB&B」にアクセス。

 

 夏、カミさんとお出かけの約束をしていたのですが、腰を痛めて叶わなかったので、11月初旬の連休に3日ばかり京都旅行。

ということで、目的地と予定日を入力すると、たちどころに候補の宿がずらっと出てきました。

 

 ホテルや旅館のように「Welcom、ドドーン!」という感じではなく、外観や周囲の環境の一部、部屋の一部の画像がごく控えめに、雰囲気が伝わる程度にはんなり。

 

 京都なので、中には由緒ある大きな古民家をリノベしたところもあって、いいなと思うと、やっぱりそれなりのお値段。

それでもグループで行って、みんなでシェアすればホテルや旅館よりも断然お得だし、ジャパニーズテイストに浸りたい外人さんなどにとっては、こういうところに泊まること自体が目的の旅になりそうです。

 

 で、第一候補の築80年の長屋をリノベしたところが面白そうだったので申し込んだけど、こちらはNG。

 第2候補は川沿いの家。せせらぎを聞きながら京都の情緒に浸れるかと思ったら、部屋の内装がサイケすぎて、こちらもNG。

 そして第3候補。今どきのフツー感が漂うところでしたが、雰囲気は好ましく、中心地で交通の便もよさそうなので、ここに決定。

 パスポートの写真とサイト専用アプリで撮った写真を紹介して申し込み完了したら、秒速でOKの返事が到着。

 その後送られてきたDropBox内には詳細な住所・地図、家の外観、そして鍵を開けるための認証番号が。もちろん、この番号は利用客が来るたびに交換します。

 

 というのが「AirB&B」で民泊を探す際の段取りです。

 よくできたシステムでたたしかにこんなのが蔓延り人気になったら、ホテル・旅館業界は大打撃を受け、ブチ切れます。

 

 しかし、インターネットを活用した、こうした民主主義・市場主義のビジネスの流れはもう止めようがない。

 

 加えて、都心の一部のビジネスホテルのように、チェックイン・アウトはすべてコンピューターで。なんでも自動化・セルフ化して、ロボットホテルまであと一歩というところも増えてきまました。

 

 こうなると、セレブ御用達のみたいな超一流はべつにして、一般的なホテル・旅館はオンリーワンの魅力・個性をアピールし、他にはないユニークなサービスを提供しなくては集客できなくなっていくでしょう。

 

 一般的でなく、個性的でないと、また、お客のニーズ・リクエストにマッチしていないと立ちいかない時代。

 「ゲーシャロイドと楽しむ、昭和の社員旅行」とかね。

 

 業界はたいへんそうだけど、お客にしてみれば、いろいろユニークな宿が増え、面白い旅ができるのは大歓迎です。

 


カカシも応援する中学生の稲刈り実習@駒場野公園・ケルネル田圃

 田圃に入って泥だらけになりながら稲刈り実習に勤しむ中学生たち。

 農作業というよりも子供のドロンコ遊びに限りなく近い。

 すごく楽しい。

 見ているこっちも楽しくなります。

 ずらりと並んだカカシたちも笑ってます。

 

 土曜(14日)の「マイナビ農業」の取材は、じつはダブルヘッダー。

 午前中は、こちら駒場野公園にある「ケルネル田圃」と筑波大学付属駒場中・高校にお邪魔して、中学生らの稲刈り実習の現場を見学してきました。

 

 ケルネル田圃とは、明治10(1877)年に明治政府の肝いりで開校した駒場農学校の広大な試験田の一部で、いわば明治時代の遺産。

 

 水田土壤の研究と稲作肥料の研究によって、日本の近代農学に大きな影響を与えたと言われるドイツ人講師・オスカー・ケルネルの名が冠された田圃です。

 

 ここで駒場農学校の140年後の後輩たちが、毎年、種もみから苗を育て、春に田おこし・田植えを死、秋に収穫・脱穀・もみすりをして玄米にする一連の農業実習を行っています。

 

 駒場中・高校は、農業学校ではありませんが、この田圃の仕事をとても大事にしていて、教育活動全体の柱にしています。

 

 この話もマイナビ農業 https://agri.mynavi.jp/ で今月中に記事UPします。

 

 この田圃がある駒場野公園は、井の頭線・駒場東大前下車徒歩2分。

 

 この季節、駅前ではカカシコンクール(目黒区主催)優秀作品賞の不動明王とスーパーマリオブラザーズもお出迎えしてくれます。

 

 渋谷からわずか2駅、時間にして5分のところにこんな素敵なスポットがあるのはワンダフル!

 


0 コメント

ニクいぜ品川:東京食肉市場まつり2017

 

 品川駅港南口・超近代的インターシティの裏手に広がる巨大市場。

 日本最大級の食肉の加工・流通拠点が東京食肉市場です。

 別名は「芝浦と場」。

 全国から運ばれてきた牛やブタがここで解体・加工されてお肉になり、僕たちの街のお店にやってきます。

 

 昨日・今日(14・15日)は年に一度の食肉まつり。

 今月から始めた新しい仕事「マイナビ農業」の取材でやってきました。

 

 普段は一般人は入場も見学もできませんが、この2日間だけは大開放。

 悪天候にも関わらず、お肉を求めてあちこちから人、人、人で大賑わい。

 

 普段、いろいろ作業している場内にはお店が立ち並び、牛肉・豚肉・加工肉などを大売り出し。

 肉料理の屋台やイベントステージも盛りだくさんです。

 

 牛のモウ汰と豚のトン吉もお出迎えしてくれました。

 が、ブタのほうがでかいのはなぜだブー?

 モウ太は子牛ということか?

 

 市場内センタービルの6階には「お肉の情報館」があり、

 食肉の製造工程や市場の歴史をパネル、ビデオ、模型などで分かりやすく展示していて、面白かった。

 

 この内容は今月中にマイナビ農業(https://agri.mynavi.jp/)の記事としてUPする予定です。

 


0 コメント

安楽死できる国は幸せか?

●安楽死を合法化したオランダ

 

 以前、安楽死を題材にしたドラマを書いたことがある。

 「近未来SF」と評された(その頃はまだ「近未来」という言葉が結構流行っていた。今世紀になって以降、死語になった)が、20年あまりたった今、その近未来は、完全に現実に結びついた感がある。

 

 「月刊仏事」の新企画で「世界のエンディング事情」のリサーチを進めていたら、もうすでに安楽死が合法化されている国があった。

 2002年、すでに15年前、世界で最初に安楽死法を施行したのはオランダである。

 

 オランダは不思議な国だ。ドラッグも売春も安楽死も、悪徳ではないかと思えることをどんどん合法化していく。

 

 自由な意思を尊重している。

 

 と言えるが、見方を変えると、人間はどうしようもなく愚かで弱くて悪徳から逃れらえない存在である、という一種の諦観のような考え方が根底にあるのではないか。

 

 だから、たまには現実なんか忘れてラリりたいし、いろんな女とやりたいし、痛いのや苦しいのをガマンするのはイヤだから、助からないと分かったらさっさと死にたいし・・・といった素直な思いをみんな受け入れましょう、ということで、国が運営されているのかも知れない。

 

 一度、受け入れ、許されたものは再び戻ることなない。

 アムステルダムの飾り窓が観光の呼び物の一つとして定着してしまったように、安楽死もかの国の生活の中に溶け込んでいていく。

 

 そしてオランダに続いてベルギー、ルクセンブルグが安楽死を合法化している。

 ヨーロッパの中でも、どちらかというとマイナーな存在のベネルクス3国がこうした先進的(?)な社会を作っているのはとても興味深い。

 

●家族主体の日本ではやっぱNG?

 

 日本はどうか。これに倣って安楽死合法化は難しいと思う。

 日本の場合、根底に死は個人のものでなく、その周囲のもの――家族あるいは医療者に委ねられるものという暗黙の了解があるからだ。

 

 自分の命は自分の自由にしていい、という考えは許されない。

 

 そもそも安楽死するかどうかを決めるのはその人本人でなく、“させるかどうか”を決めるのは家族だ。

 

 生死を決する際は、家族の気持ちが個人のそれよりも強く働き、尊重されるようになっている。

 そうした歴史が続いてきて、ひとつの文化になっているから変わりようがない。

 

●安楽死の近未来

 

 しかし、それも僕の思い込みに過ぎないのかも知れない。

 

 最近の、人の内面を動かす時計の廻り方はとても激しく、最近は「個人」がずいぶん強調されるようになっている。

 もしかして10年後くらいには安楽死の合法化が、少なくとも検討されるところまではいくかもしれない。

 

 ちなみにオランダでは、安楽死数は2006年に約1900人だったが、2012年には約4200人までに増えているというデータがある。

 これは同国の年間死亡者数の3%に上る数でだという。

 ここから5年経った現在ではどうなのだろう?

 増えこそすれ、減っているとはとても思えない。

 聞くところによると最近では“安楽死専門クリニック”まであるようだ。

 1990年代に書いた僕のドラマの世界は、とっくに追い越されている。

 


0 コメント

三度目の殺人:本当に大切なものを僕たちは見ようとしていない

●この物語はファンタジーであり、寓話である

 

 是枝監督はファンタジー作家、と言うと奇妙な感じがするかもしれない。

 いわゆるスピリチュアルともちょっと違う。

 でも僕たちが生きているこの世界には、普段、目の当たりにしている日常的な「見える化した世界」と、その向こう側にある「見えない世界」がある。

 

 サン・テグジュペリが星の王子様に言わせた「本当に大切なものは目に見えない」の「見えない」。

 

 もともとドキュメンタリー畑出身の人だが、現実の人間と社会の機構をつぶさに見つめるうち、そこを通り抜けて見えない世界に入り込めるようになったのだろう。

 

 この作品は同監督初のサスペンス映画というふれこみで、表面的には確かにその通り。

 だけど、なぜか僕は鑑賞後、8年前の「空気人形」という、ダッチワイフが現実の女の子になってしまうというストーリーの、寓話風な是枝作品と重なった。

 もちろんタッチは全然ちがうのだけど。

 

●弁護士・重盛と犯人・三隅

 

 福山雅治演じる重盛は、べったり「見える化世界」を代表するビジネスライクな弁護士。

 実際に弁護士と付き合ったことはないけど、きっと現実はこういう人が多いんだろうなと思う。

 加えていえば、世間で「デキる人」――いわゆるエリートだ。

 

 これまでいろいろな映画やドラマで弁護士は正義の味方的に描かれることが多かったが、本作の中では彼は、敵役の検察官と、仲を取り持つ裁判官と一緒に法廷という舞台で芝居を演じる役者だ。

 

 そしてそのお芝居の舞台裏で「今回はこのあたりで手を打っておきましょう、シャンシャン」という感じで被告人の生き死にが決められる。

 これもまた、きっと現実はこういうパターンが多いんだろうなと思う。

 

 それに対する役所広司演じる殺人犯の三隅。

 供述一つ一つで重盛を翻弄する。

 一見穏やかで、社会の底辺部近くで朴訥に生きる庶民。

 ではあるが、30年前にも一度、殺人事件を犯している前科者。

 彼は「見えない世界」を体現する人物だ。

 

●僕たちは重盛

 

 重盛のようなデキる人ではないけれど、僕たち見える化世界の住人は、彼の目線でこの三隅と対峙し、ドラマを体験する。

 

 するといかに自分がインチキな世界で生きているか、わかる。

 そして重盛同様、「本当に大切なもの」なんてどうでもいいと思っていることも分かる。

 

 僕たちは毎日忙しい。

 お金を稼ぐために仕事をしなきゃいけないし、家事だってしなきゃいけないし、ごはんもちゃんと食べたいじ、寝る時間だって必要だ。

 とにかくやらなきゃいけないことがいっぱいある。

 

 そんな中で、毎日を少しでも心穏やかに生きていくために――言い換えれば、何とかやり過ごすためには、真実がどうだとか、本当に大切なものだどうだとか、そんなことにいちいちかまっているのは面倒くさいのだ。

 

●神の目線と半神の少女

 

 もっと率直に言ってしまう。

 犯人・三隅は、神、あるいはそれに類する観念のメタファー(暗喩)だ。

 僕にはそう見えたし、きっと多くの観客がそう感じるだろう。

 (劇中、そう感じざるを得ないシーンがいくつもある)

 

 神、あるいはそれに類する存在だから真実を知っている。

 同時に、重盛や僕たちが、そんな真実なんてどうでもいい、と思って生きていることも知っている。

 すべてを見通す三隅の心を唯一動かすのは、広瀬すず演じる少女だ。

 彼女は神と人間の間に立つ半神のような存在に見える。

 

 彼女は足に障害を負っている。

 生まれつきの障害らしいが、なぜか彼女自身は、子供の頃、屋根から飛び降りてケガをしたから・・・と弁明する。

 何らかの社会的抑圧を受けて、そう弁明せざるを得ない・・・とも見て取れる。

 

 なぜ是枝監督は、足が悪い少女という設定にしたのだろう?

 彼女が「嘘つき」なのかどうかを考えさせるギミックなのか?

 それもあるが、彼女に半神としての役割を負わせるための、何かもっと深い意味を込めているようにも思える。

 

●いい話ですねぇ

 

 終盤、是枝作品には珍しく、カタルシスが来るのか、と予感する一瞬があった。

 でもやっぱり来なかった。

 いつも通り、カタルシスもハッピーエンドもない。

 観終わったあとに胸に留まるのは、いったい何だったんだろう?というわだかまり。

 この監督はけっして観客に明快な答を差し出そうとしない。

 

 でも重盛との最後の接見で三隅が呟く「いい話ですねぇ」というセリフがたまらなく良かった。

 あの一言を聞くだけでも、何度も繰り返しこの映画を観る価値がある。

 僕も重盛と同じく、「いい話」を信じたい凡人なのだ。

 たとえその「いい話」が真実ではなかったとしても。

 

 福山雅治も、役所広司も、広瀬すずも、素晴らしい俳優だ。

 


0 コメント

大宮八幡宮・十五夜の神遊びとやさしい闇

 ぶらっと歩いて15分。

 近所のお宮で中秋の名月のイベント。

 17年前から始まり、恒例になりました。

 竹の灯篭は1200基。

 神殿前で松明もたかれて幻想的な雰囲気に包まれます。

 

 ついでにアンパンマンとドキンちゃんもライトアップ。

 つーか、ただ伝統に照らされてるだけだけど。

 

 神楽殿では「月の音舞台」と題して雅楽、そして尺八とバイオリンの演奏。

 バックにシンセを使ってきれいにまとめるのはちょっといただけなかったなぁ。

 素朴で完成度が低くてもいいから生音だけでやってほしい。

 

 でも帰りの参道で、虫の合唱が大きく響く中、離れたところからで尺八とバイオリンの音色が聴こえてくるのは味わい深かった。

 

 都心でもこうした広い杜があると、やさしい闇を楽しめます。

 夜空を流れる雲と、帰り道でやっと顔を出した月。

 久しぶりにゆったりとした夜の時間を過ごした感じ。

 


0 コメント

八王子・冨士森公園のスローバラード駐車場で、ポップミュージックをこよなく愛した僕たちの時代の妄想力について考える

 

八王子緑化フェアのメイン会場である富士森公園の駐車場は、ある一部の人たちにとってスペシャルな駐車場である。

 

 ある一部の人たちというのは、僕を含むRCサクセション、あるいは忌野清志郎の音楽が好きな人たちだ。

 この駐車場は彼らの名曲「スローバラード」の舞台なのである。

 

 ♪昨日はクルマの中で寝た

  あの娘と手をつないで

  市営グランドの駐車場・・・

 

 ここはもともと運動公園で、陸上競技のグランドになっていた。

 おそらく清志郎がこの歌を作った若かりし頃は、こんなにきちんと整備・舗装されていない、土の駐車場だったのだと思う。

 

 そんなイメージを抱きながら、僕は仕事の合間にこの入口に立ち、頭の中にスローバラードの切ないメロディを響かせてみた。

 

 すると一瞬のち、この場所はもう何の変哲もないただの駐車場ではあり得ず、光り輝くロックの聖地に変貌を遂げたのだ。

 

 おそらく僕だけでなく、60~70年代のロック・ポップミュージックに浸っていた輩は、こうした想像力が旺盛だ。

 

 当時はインターネットはおろか、まだミュージックビデオさえもなかった。

 

 僕たちが得られる音楽周辺の情報は、一部の音楽雑誌に載る記事と、ごく限られた写真、ラジオ、ごくたまにテレビ、そしてレコードジャケットのアートワークとライナーノーツだけだった。

 

 現代と比べればごくわずかなそれらの情報をタネに、僕たちは想像力を駆使して、その音楽の中から迸る感情を受け止め、現出する世界に没頭し、ひとりひとりが自分の感性によりぴったりくるよう頭の中でアレンジを施し、「自分の歌・自分の音楽」に育てあげていた。

 

 こうなると想像というよりは妄想に近い。

 

 より情報の少ない海外のミュージシャンのもの、さらにより前衛的なプログレバンドの音楽世界などは、そうした妄想力をますますパワフルにかき立て、際限なくストーリーを膨らませることができた。

 

 だから情報過多な現代とは、まったく聴き方の作法が違っていたのだ。

 

 それは単にミュージシャンから提供してもらった音楽を聴くというより、脳内で彼らの歌や演奏とともに、めくるめくイメージの世界を築き上げる「共同作業」をしていたと言える。

 

 もちろん、はなはだしい勘違いもあっただだろう。

 でも僕たちはそこまで楽しませ、刺激し、生き方の指針を示してくれるミュージシャンたちを心からリスペクトしていた。

 

 そうした情報レスな妄想リスニングの時代は、ミュージシャンとリスナーのとても幸福な関係が結ばれていたのではないかと思う。

 

 ♪ぼくら夢を見たのさ

  とってもよく似た夢を

 

 そう歌った清志郎も、もうこの世にいない伝説の人になってしまっている。

 八王子緑化フェアで賑わう、10月の日曜日の富士森公園の、ただ車を停めておくだけの空間でその歌声が胸にしみこんだ。

 


●八王子緑化フェア―「趣味の園芸・やさいの時間フェア」

 

 1日の日曜日は八王子フェア第3弾でした。

 「趣味の園芸・やさいの時間フェア」。

 ガーデンデザイナー・吉田祐治さんのデザインによるカルチャーステージは八王子の里山を表現したものです。

 

 出演の杉浦太陽くんを見て、幼稚園生くらいの子に「ほら、コスモスだよ」と言っているのを見てびっくり。

 うちの息子が保育園生の時に見ていたので、彼がウルトラマンコスモスをやっていたのってかれこれ15年以上前の話。

 いまはいつだ?っていきなり頭の中がタイムスリップです。いつもビデオでみているのかなぁ?

 

 第2部のトークショーは講師の藤田智さんと地元の「江戸東京野菜」の生産者のお話。八王子は都心に近い農産物の拠点。「江戸東京野菜」という東京ならではの伝統野菜がたくさんあり、最近、都内の一流シェフの間でも人気を集めています。

 「八王子ショウガ」など、八王子独自のストーリーを持つ野菜も人気です。

 この江戸東京野菜や、近郊農業の話は今後もちょくちょく書いていこうと思っています。

 


0 コメント

とんかつ屋はいかにして声優に転身したか

 

 9月も終わり。

 そういえば今年はお祭りの記事を書きませんでしたが、ちゃんとお神輿を担いできました。

 そこで親児の会の仲間に会ったのですが、そのうちの一人はご子息が声優を志していると聞きました。

 

 アニメ、ゲーム、映画の吹き替えのみならず、今の時代、特に日本ではいろいろなところで声優のニーズがあります。

 

 そして顔出しする俳優に比べると割合長持ちする、劣化が遅い、ということで、結構な職業とも言えます。

 が、志す人もそれに比例して増えていると思われるので、競争が大変です。

 

  以前は声優と言えば、お芝居をやって俳優を志していた人が、ひょんなことからこういう仕事もある、こっちのほうが安定して仕事がある、お金になる・・・といったことで、あえて言っちゃうと「俳優くずれ」がなることが多かった。

 

 小劇場をやっていた時代、僕が書いた芝居にチョイ役で出演していた俳優が、たまたまその舞台を見に来ていたプロデューサーの目にとまり、当時始まった某新アニメ番組の主役に抜擢。その作品が大ヒットを飛ばし、その某俳優さんも声優界の大スターに・・・というシンデレラストーリーもあります。

 あれは本当にびっくりしたなぁ。

 

 その頃から声優の仕事が増え、社会的認知度も上がり、中にはそこらの俳優をしのぐ人気を獲得する人も出てくると、いきなり声優を志す人も激増しました。

 

 それにしても、どうやって声優になるのか?

 どんな人が声優になれるのか?

 学校はいっぱいあってイロハは学べるけど、行けばなれるというものでもない。

 前述の某大物声優さんも、その芝居を見る限り、けっして特出して「うまい!」という人ではありませんでした。

 

 そこで思い出したのが、昨年やった仕事でチャンネル銀河の「歴人めし」のナレーションをやってくれた声優さん。

 この番組では歴史上の人物の食い物にまつわるエピソードを小噺風にまとめ、講談調の語りにしたのですが、とても達者にこなしてくれました。

 ヴォイスサンプルを聴くと、いわゆるアナウンサー系の真面目なナレーションから、ちょっとぶっとんだ演技まで幅広くこなせ、なかなか器用な人です。

 その彼が声優になったきっかけのエピソードが面白かった。

 

 収録の際、お昼のお弁当がトンカツだったのですが、彼はなんと実家がとんかつ屋さんで、自身も学校を卒業後、その家業を手伝っていたそうです。

 それがある日、お店で新聞を開くと、ルパン三世の声をやっていた山田康夫さんの訃報が。

 その瞬間、彼が何を思ったか。

 「よし、これで俺のポジションができた」

 

 彼自身はルパン三世の声をやる感じではないのですが、とにかくそう天啓を受けたかの如く感じたそうです。

 

 ちょっと出来過ぎた話なので、人を面白がらせるための作り話?

 とも思いますが、彼がその後、とんかつ屋から声優に転身し、活躍しているのは事実。

 意志の強さとというのとはちょっと違うけど、要はそれだけ自分の才能と運を信じられるか、ということです。

 

 いろいろ聞くと、他の職業から転身したという人は少なくない。

 「とんかつ屋から声優になりました」とか、「美容師から声優に」とか言った方が記憶に残るし、「今回の作品はブタが出てくるし、じゃあ元とんかつ屋を使ってみるか」という話にもなるんじゃないですかね。

 そんなアホな・・・と思われるかも知れないけど、裏事情はそんなところです。

 ぜんぜん「どうすれば声優になれるか?」の答になってなくて申し訳ないけど。

 


失われたPTAコラムとライオンの面倒を見るコアラの話

 ちょっと前、息子の小学生時代のPTA仲間だった女性に、僕が書いたコラムが面白くてずっと冷蔵庫に貼っていた、とお褒めの言葉を頂きました。

 でありながら失くしてしまったので、あれ残っていない?と言われて家探ししてみました。

 

 かれこれ10年くらい前のもので、彼女が読んでいるということは、PTAの広報誌に違いない、それならほとんどファイルしてある(なにせ小中で7年間、広報委員をやったので、30冊以上作った)ので見つかるはずだと思ったのですが、どこのページをめくってもそれが見つからない。

 

 いったいどこに何を書いたのだろう?

 しばらくの間、考え続けたが、そうそうヒマでもないので探すのはやめました。

 

 でも、彼女の話を聞いて、なんとなく内容は思い出した。

 「動物占いについて」です。

 

 「動物占い」は生年月日(プラス血液型もあったかな?)で12か13の動物(タイプ)に分かれる。

 ヒョウとか、オオカミとか、ウサギとかあったような気がするが、うちでやってみたら、妻と息子は同じ「ライオン」で、僕は「コアラ」だった。

 

 ライオンタイプの人たちは、やたら外面が良くて、あの人はデキる人とか、一目置かれるような人たちに見られるらしい。

 その反面、家の中とか、内内ではグテグテにだらしなくて、そのギャップがすごく激しいということ。

 

 僕はコアラなので、外でもうちでもマイペースタイプ。

 しかし2頭のライオンと暮しており、その2頭が揃って「きょうも褒められちゃった~、デヘヘ、グテグテ~」となっているので、子守熊よろしくその面倒を見なきゃいけない損な役回りだ~。

 

 といったことを書いたのだと思います。

 どういうふうにまとめたかは憶えてないけど、だいたいこんな内容。

 しかもその暮らしぶりは基本的には10年経っても変っていません。

 チビライオンがでかくなってしまったので、グデグデしていられると、以前にもまして邪魔でしゃーないけど。

 でもまぁ、ライオンたちに助けられているところもあるので、お互いさま、というか、共依存関係かな。

 

 だけどNさん、面白がってわざわざ冷蔵庫に貼ってくれてありがとう。

 また10年経ってもさらに面白いものが書けるよう精進します。

 


0 コメント

八王子「きょうの料理フェア」

 

  昨日24日は八王子フェアシリーズ第2弾、「きょうの料理フェア」をやりました。

 第1部は番組の公開収録。写真はリハーサル中

 大人気企画の「20分で晩ごはん」に料理研究家のきじまりょうたさんが挑戦し、後藤繁榮アナウンサーが得意のダジャレを交えて、丁々発止の冷やかしを入れる。

 きじまさん、負けずに大汗かきつつも20分で4品の料理を見事作り上げました。

 放送はEテレで27日・水曜日・午後9時から。

 

 第2部はトークショー。

 東京唯一の道の駅「八王子滝山」の惣菜店「はちまきや」のメンバーが来て、後藤アナ・きじまさんと郷土料理の話に花を咲かせました。

 客席の参加者にお惣菜の試食もふるまいました。

 

 ちょっと暑かったけど、おいしい2時間ごちそうさま。

 


●手づくり消臭剤と匂いなき世界の探究

 

カミさんの手作りクラフトシリーズ第2弾。

 と言っても今回のは自分で作ったわけじゃなくて、友だちからもらったらしい。

 ガラス瓶に余った保冷剤の中身を詰めて、ビーズをパラパラっと入れて布切れなんかで口を閉じれば、消臭剤の一丁上がり。 インテリアとしても活用できます。

 

 と、作り方を聞きながらメシを食っていたら、なぜか話が嗅覚のテーマに。

 臭いにおいがなくなるのはいいけど、果たしてにおいのない世界とはどういう世界か?

 目が見えない、耳が聞こえないというのは、なんとなくイメージできるし、実際、その気になれば、真っ暗闇体験、無音状態体験もできるようだが、嗅覚がまったく働かない、においが嗅げないというのは、イメージできない。

 そうした疑似体験も聞いたことがありません。

 

 鼻をつまんでいたって、完全にシャットアウトするのは無理だし、人間もある程度、皮膚呼吸しているので、肌からにおいが伝わってきたりもする。

 

 ちゃんとした研究書を読んだわけではないが、どうやらにおいがないと、世界はひどくのっぺりとた、味気ない平面的なものに感じられるらしい。

 リアルな世界でも臨場感がなくなって、画面の世界に入ってしまった感じになるということだろうか。

 

 視覚や聴覚の場合は失うと、それをカバーするために他の感覚が発達するが、嗅覚を失くした場合は、他の感覚でカバーすることは可能なのだろうか?

 

 鏡や写真で自分の顔を見るように、あるいは録音した自分の声を聞くように、客観的に自分のにおいを知る方法はあるのだろうか?

 

 そういえば、自分のオナラは臭くない。

 いや、臭いのだけど、くんくん嗅いで楽しめるし、なんだか安心してしまいます。

 

 人間もじつは脳を社会モードから個人モードにシフトさてれば、イヌなど、他の動物以上に鋭く、繊細な嗅覚を発揮することが可能なのかも知れません。

 


0 コメント

働くシングルマザーと、生活保護のシングルマザーの価値観について

 

 シングルマザーしている友だちと話していて、「生活保護リッチ」の話になった。

 どうも彼女の知人で同じくシングルマザーしている人の中にそういう人がいるらしい。

 

 その生活保護の彼女には、結婚していない彼氏がいて、その彼氏には稼ぎがあるので、ダブルインカムになるという。

 

 そういうわけで、お金があるので、結構優雅に旅行したり、いい服買ってお洒落したり遊んだりもできちゃう、それってむちゃくちゃ不公平じゃん――と、要約するとそういう話。

 

 片や、シングルマザーの中には貧困にあえいでいる人が大勢いて、にも関わらず、いろいろ制度の問題で生活保護を利用できない、という話も聞いています。

 

 いったいどうなっているのか?

 

 この問題は深入りすると、ズブズブ底なし沼に沈んでいきそうなので、とりあえずここでは、朝から晩までダブルワーク、トリプルワークで働いて食っている人と、ズルして(ズルでなくてもうまいこと手管を下して)生活保護を受けて、結構優雅な生活を送っている人との対立をどうするか?――ということに話を絞ります。

 

 日本経済が長期低落状態に陥って以来、たびたび耳にする話だけど、簡単に僕の見解を記すと、僕のお友だちみたいに、ちゃんと働いて稼ぐということに意義なり、価値なりを認めている人は、生活保護リッチ(あえてそう呼んでみる)の人の暮らしと自分の暮らしを比べて嫉妬したりするのはやめたほうがいいと思います。

 

 そういう人は「じゃあ私も」と真似してみたところで、罪悪感とか、恥ずかしさとか、世の中に対する申し訳なさが勝ってしまい、絶対幸せな生活は送れない。

 

 おそらく子供にもそうした親の罪悪感やら、恥ずかしさやら、申し訳ない気持ちが伝染して、歪んで育ってしまうと思います。

 

 生活保護リッチの人は、たぶん人から後ろ指刺されても負けないで通せる度胸と、自分なりの生き方を持った人なのです。もちろん罪悪感も遠慮もないでしょう。

 そういう意味ではかなり強靭な精神の持ち主と言えます。

 

 子どもを育てるには安定した経済環境が必要です。

 口でいくら「お金じゃ幸せは買えないよ」なんて言っても、今日明日の食事も心配だったり、精神的にも追い詰められるような状態では、まともな子育てなんかできません。

 

 生活保護リッチのシングルマザーは、シングルマザーになった時点で、そうしたもろもろを考え合わせ、子どものために、自分のために、ええい!と開き直ったのでしょう。

 

 また、生活保護でリッチな暮らしなんかして、いつか報いが来るよ・・・とも思いません。

 でも、どこかで顧みなくちゃならない時は来るでしょう。

 子どもだっていつか自立する。

 自分もずっと生活保護で暮らせばいいや・・・と考える子はあまりいないと思います。

 その時に親として胸を張って送り出せるか、お互いに別々の大人としてちゃんと歩き出せるかどうか、だと思います。

 そしてもしかしたら、僕たちも巡りめぐって、成長したその子供に救われることがあるかも知れません。

 

 願わくば、そうした人には、子供のために、自分のために、お金にはならないけれど、大切な仕事――たとえばPTAでも地域ボランティア活動でもやってほしい。

 一種懸命やっていれば、きっと周囲は応援してくれるから。

 

 生活保護、いいと思います。

 なんとか不備な制度を改善して、貧困にあえぐシングルマザーが罪悪感を抱くことなく、気軽に利用できるようにしてほしい。

 先にも書いたように、今日明日の食事も心配だったり、精神的にも追い詰められるような状態では、まともな子育てなんかできないんです。

 

 お金がなければ、働けなければ、もう死ぬしかない――

 そこまで追い詰められなくてもいい国なんです、日本は。

 いろいろ問題はいっぱいあるとは言え、恵まれた国であることは間違いありません。

 そういう国で、貧困のせいで子供やお母さんに死んでほしくない。

 

 というわけで生活保護賛成。

 だから多少、ズルした生活保護リッチみたいな人が出てくるのはやむを得ないとも言えます。

 われながら、ちょっとお人よし過ぎるかなぁ・・・とは思うけど。

 

 でも僕は、お金のこと心配しつつ、子どもの将来だいじょうぶかな?と考えつつ、朝から晩まで頑張って働いて、子供に愛情を注いでいる彼女のことをとても好ましく思っています。

 

 彼女の価値観はとてもまっとうだと思うし、愚痴をこぼしても、なぜか人を明るい気持ちにさせるキャラクターは、きっと子供にも良い影響を及ぼすでしょう。

 

 なんとか応援したいなぁ。

 カネのないやつがそんなこと言ってもしゃーないんだけど。

 


0 コメント

友だちの墓参りへ行って知ったこと

 

 劇団をやってた時代の相棒だった友だちの墓は、東京タワーの足もとにある。

 今日はもう一人のアホ友といっしょに2年ぶりに墓参りに行った。

 

 墓参りを済ませて側面の名前を見ると、いちばん左側、つまり新しい碑銘のところに「平成27年」という文字が彫ってある。

 あれ? やつはもう死んで8年になるはずだが・・・と訝ってよく名前を見ると、彼の親父さんだった。

 

 2年前に親父さんが亡くなっていた。

 命日もたった2日しか変わらないので、見違えてしまった。

 

 19、20歳の頃、保谷に住んでたやつの家に泊りがけで遊びに行くと、時々、その親父さんがいて、何度かいっしょに飲んだ。

 出版社勤めのインテリで酒もたばこも大好きだった。

 見た目の印象はだいぶ違っていたが、今思えば結構よく似た親子だったように思う。

 

 飲むたびに「おまえは大物になる」と励ましてくれた。

 飲んだ勢いで言っているに過ぎなのだけど、単純な若いやつに大人の励ましは嬉しいものだ。

 

 最後に会ったのは、やつの葬式の時だった。

 息子の葬式に出るなんて夢にも思っていなかっただろう。

 話をしようと思ったが、話せなかった。

 ちょっと目と目で挨拶しただけだった。

 

 それに親父さんはフィジカルに話せなかった。

 数年前に喉頭がんで声帯を失ってしまっていたからだ。

 

 

 でも墓の前で手を合わせると、顔よりも声を思い出した。

 息子は低い声だったが、親父さんは高い、よく通る声をしていた。

 酒を飲んで大声で笑い、その甲高い声で激励してくれた。

 

 もう87歳だったので大往生の部類に入るのだと思う。

 が、息子を失って6年間、どんな思いで晩年を過ごしていたのかなぁと思う。

 あの世で親子そろってまた飲んでいるのだろうか。合掌。

 


0 コメント

趣味の園芸フェアinはちおうじ:ガーデンマスターの底力

 

 関東も台風接近で大雨でしたが、八王子緑化フェア開幕。

 本日の「趣味の園芸フェア」も盛況のうちに無事終わりました。

 

 お客さん入るのか?と思いましたが、雨天会場の催事テントは満員御礼状態で、たいへん盛り上がりました。

 

 第一部は「解決!ガーデンマスター」の公開収録。

 第二部は「ガーデンマスターの底力」と題したトークショー。

 僕の仕事は第二部でしたが、内容は簡単に言っちゃうと

 「ガーデンマスター」=ガーデンデザイナーのお仕事紹介です。

 

 造園業でもない、園芸家でもない、植木屋さんでもない、ガーデンデザイナーってどんな仕事をする人?ということで、番組講師でもあるJAG(日本ガーデンデザイナーズ協会)の代表お二人――正木覚さん、吉田裕治さんを招いて、いろいろ根ほり葉ほり聞いていきました。

 

 21世紀突入以降、ライフスタイルの多様化で、いろんな新しい職業がいっぱい生まれているけど、このガーデンデザイナーもその一つ。

 

 単に庭の設計をするだけでなく、クライアントの話をとことん聞いて、その人のライフスタイル――というか人生そのものに適した庭づくりを提案する。

 園芸関連のベーシックな技術・知識・センスにプラス、多方面の技術やカウンセリングというか、精神の医療者のような役割まで引き受け、その人の心の中にあるマイガーデンを具体的な形にしていくというのです。

 

 このガーデンデザイナーに関する詳しい話はまた後日。

 

 来週は「きょうの料理」、再来週は「趣味の園芸・やさいの時間」と、Eテレフェスタの台本と演出3週連続業務。

 この後はお天気よくなりますように。

 


0 コメント

ハーバリウム:ハーブの水族館

 昨日、かみさんが教室に行って作ってきた作品を玄関の飾りに。

 ドライハーブを保存用オイルに漬けたもの。

 ハーブのアクアリウムということで「ハーバリウム」。

 半永久的に保存できるそうです。

 

 外界で生きていた時とは違った命を与えられた植物。

 ただきれいなだけじゃなくて、ミステリアスな雰囲気があってソソられてしまう。なんだかセクシーだ。

 錬金術のような、クローンの培養のような、ちょっと怪しい科学を想起したりもします。

 


0 コメント

八王子の惣菜店「はちまきや」と織田信長とTOKYO-Xの豚バラ大根

 

●はちまきや 

 今日も八王子フェアの取材

 4日開催の「きょうの料理フェアin八王子」に出演する「はちまきや」のメンバーにお話を伺いました。

 

 「はちまきや」は、都内唯一の道の駅である八王子滝山に入っているお惣菜屋さんで、

地元の人たちに大人気のお店。

 メンバーは農家のおかみさんたちで、毎日朝の7時前から入り、地元産の農産物などを使って、いろんなお惣菜やお菓子を作るそうです。

 

 あんころもちの餡なども、毎朝、小豆から煮るそうで、作っている最中からお客さんがやってきて注文し、出来上がりの時間を聞いて戻ってくるそうな。

 

 皆さん、もともと家では手料理を作っていたのだけど、この店を開店するにあたって、プロの料理研究家を招いて、メニュー作りなど、協力してもらったそうですが、その人の作るものは、ちょっとおしゃれ過ぎて味が薄い。

 八王子のお客さんの口にどうも合わまくて、昔から自分たちがやっていた味付けにしたら、そっちのほうがウケて大評判になったということ。

 

●織田信長

 その話を聞いて思い出したのが、織田信長のエピソード。

 尾張名古屋のキングから、日本のグランドキングに上り詰めようとしていた信長が、京の都から一流料理人を呼んで、料理を作らせた。

 ところが信長、2、3品つついたところで、

 

 「こんな水くさゃーもの食えんわ、このくそたーけ!」と

ちゃぶ台――じゃなくて、お膳をひっくり返して大激怒。

 

 なにせ「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」の人なので、

 料理人、真っ青になり、京の料理人のプライドなんかかなぐり捨てて、自分の基準ではありえないくらい味付けを濃くして出し直したそうな。

 

 そしたら信長、

 「めっちゃんこうみゃー。やればできるがや、おみゃーさん」

 と、褒めたたえ、金銀ジャラジャラ褒美をとらせたとか。

 

 あのお方はな、上品な京都の薄味が分からない田舎侍やさかいな――と、

 信長を揶揄した京都人の作り話のようですが、食べ物の好みにまつわる、こうした歴人のエピソードは大好きです。

 

●TOKYO-Xの豚バラ大根

 ちなみにいくつか、このはちまきやの惣菜を買って帰って食べました。

 すっかり有名になったブランド豚「TOKYO-X」も、じつは大半が八王子産。

 このバラ肉(脂身がほんのり甘い!)と大根を煮つけが、めっちゃんこうみゃー。

 信長にも食べさせてあげたかった。

 

 


0 コメント

高橋みなみもサプライズでやって来る確率0.01%くらいはあるかもなぁ~の八王子フェア

●Eテレイベント3連荘

 

 5月に引き続き、今月もEテレ関連のイベントの仕事に取組中。

 今回は八王子の全国緑化フェアの一環で、来週から「趣味の園芸フェア」「きょうの料理フェア」「趣味の園芸・やさいの時間フェア」と10月頭まで週末3連荘で、番組公開収録とトークショーを実施。その台本書きと現場の演出をやっています。

 おヒマがあれば富士森公園の特設ステージにお越しください。

 

●はちおうじフェアWalker

 

 ちなみに東京Walkerで、この八王子緑化フェアのPR版が出ています。

 元AKB48の高橋みなみちゃんが八王子出身(高校生まで住んでいたそうです)なので、表紙と巻頭インタビューを飾っています。

 

 ただ彼女がこの八王子フェアに出てきて何かやる予定はないそうです。

 と言っておきながら、じつはサプライズで登場・・・ということはほとんどないだろうけど、1ヵ月ずっとやっているので、まったくないとも限らないかも・・・でも、やっぱりないだろうな。

 

●タクシーのおばちゃんに叱られた

 

 昨日は出演者との打ち合わせと現場下見に行ってきたけど、盛り上がりはイマイチ。

 駅から乗ったタクシーのドライバーが、ローリング60のかなりキレキレのおばちゃんで、僕ら(プロデューサーと僕)がイベント関係者だと知ると、

 「もっと宣伝しなきゃダメだよ~!うちの会社にもケチって、チラシもこのなんとかWalkerも、ちょこっとしか置いてかなくて、みなで回し読みしてくれって言うんだからさー。回覧板じゃないんだよ~」と、明るく叱られてしまった。

 

 あの、僕たち、広報係ではないんですが・・・。

 でもまぁ、ご意見はごもっとも。

 こういうものの宣伝はやっぱ紙ですよね。

 印刷代節約して、詳しくはウェブサイトで・・・じゃダメだと思います。

 いずれにしても、なんとか盛り上げてもらいたいな。

 トークショーは面白くしますよー。

 


0 コメント

ロボットが社会に出てくるからこそ、人間の在り方について考えられる

 

 先月の「エンディング産業展2017」では、ロボット導師(お経を唱えるお坊さんPepperくん)がセンセーションを巻き起こしました。

 

 じつはここ数日、その提案を行なった企業とやりとりしていたのですが、聞くところによると、反響・問い合わせがものすごく、その大半はかなりネガティブなものだったようです。

 「死者を冒涜している」とかね。

 

 目立つし、エンターテイメンタブルなのでメディアにとっては格好の素材。

 面白おかしく、なおかつ、「これからの葬式はどうなっちゃうんだ~」みたいな煽るような報道をするので、ひどい誤解を受けた、とその企業の人は語っていました。

 

 ゆるキャラ的な領分でならいいけど、やはり人々はロボットが社会に入ってくるのを快くは思っていないようです。

 それが葬儀のような、心に深く関わる領域、人間の尊厳に触れる領域に顕れたので、そういう感情が露呈されたのだと思います。

 

 僕も以前、そのうち、美男美女の看護士アンドロイドとか登場するのでは・・・と書いたことがあったけど、医療・介護・葬祭などの分野では割とロボットが活躍するシーンが多くなるのでは、と考えています。

 

 なんというか、人間よりもロボットに面倒見てもらったほうが気がラクだ~、癒される~という人も結構多いのではないかな。

 お葬式もロボットにやってもらいたいという人だって割といるかも。

 亡くなる本人はそれでよくても、遺族が許さないだろうけど。

 

 人間の心、尊厳に触れる領域で、ロボットやAIを使うのには相当抵抗があるというのが現在の社会通念だけど、坊さんや牧師さんがロボ化するかどうかはともかく、これからIT技術が入り込んでいくことは必至。

 

 だからこそ「人間の尊厳とは何か?」という議論が巻き起こる。

 それって、むしろ良いことだと思います。

 

 というか、これから先は「人間の在り方とは?」「人間にしかできにことって何だ?」を考え、議論するのが、どんな職域でも人間のメインの仕事になるのではないか・・・そんなふうに思えるのです。

 


0 コメント

英国名物フィッシュ&チップスの材料にイカが選ばれるようになったグローバル化現象に関する私的考察

●大好物のフィッシュ&チップス

 

 イギリスの「フィッシュ&チップス」が大好きで、昔、かの地で暮らしていた時はよく食べました。

 いわゆるファーストフードで、要は魚の天ぷらとフライドポテトなのですが、これに盛大に塩とビネガーを振ってかぶりつく。

 

 日本でもたまに見かけるので食べたことがありますが、全然ダメ。

 なんというかお上品すぎる。カッコよく英国風に・・・をコンセプトにするせいかもしれませんが、スカしたラーメン屋がうまくないのと同じで、労働者階級の食物は、あんまり洗練されたアレンジメントでは味が出ません。

 世界一の食大国・日本のセンス・技術が裏目に出てしまうのです。

 

 フィッシュ&チップスの材料は主に白身魚で、タラを中心に、ヒラメやスズキなどが多かったように思いますが、なんでも最近、英国近海ではこれらの魚――特にタラが不漁で、安く提供できなくなっているとのこと。

 

 そこで代わりにメインになりつつあるのが、イカ!

 

●愛するイカ

 

 昔、読んだ本の中に「ヨーロッパ人はイカやタコを『悪魔の魚』として怖れ、嫌うので、食べることはない」と書かれていました。

 

 その頃(30年ほど前?)はまだあんまりイタリアンも広まっておらず、僕は、ふーん、そうなんだ、あんなうまいものを食わないのかと思っていました。

 

 ちなみに僕はイカ・タコが大好物で、名古屋人なので、よく「えびふりゃー好きでしょ」と言われるのですが、えびふりゃーより、イカふりゃーやカキふりゃーの方が断然好きです。

 イカは刺身も寿司も天ぷらも、イカスミスパゲティも大好きです。

 

●イカ・タコを食べるヨーロッパと食べないヨーロッパ

 

 ところが、さにあらず、イタリアをはじめ、スペイン、ポルトガル、ギリシャなどの南欧諸国ではかなり日常的にイカ・タコを食べていることが判明。

 これらの国々を旅していた時は、毎日のようにイカ・タコを食べて命をつないでいました。

 

 なので、その本の中で書かれていたヨーロッパ人とは、イギリスとかオランダとか北欧とか、北ヨーロッパ系の人のことらしい。

 

 確かにイギリス人とイカ・タコはミスマッチという気がするし、ドイツ人やフランス人もあんまりイカ・タコを食べているイメージがない。

 

 イカを食べるヒトラーとか、

 タコを食べるマリーアントワネットとか・・・

 想像すると面白いけど。

 

●地球環境の変化と市場の変化

 

 つまり昔は、北の方の海ではイカ・タコがあまり生息しておらず、漁獲量もわずかだったので市場に出回らなかった。

 見慣れない物は食えるかどうか、うまいかどうかわからない。

 

 皮をむいたウサギや、にっこり笑ったブタの頭が、肉屋の店先にぶら下がっているのは「おいしそー」と思うけど、イカやタコが魚屋にあのままの姿形で並んだりすると、なんだか見た目気持ちわるーい・・・と、かの国の人たちは感じるわけです。

 

 けれども地球の海が暖かくなり、それまで北にいた魚がさらに北へ、そして南にいた魚が北に上ってくる。

 

 すると、英国近海でタラの代わりにイカが大量に採れるようになり、せっかくいっぱい採れるから売ってみるか、ということで市場に出回るようになり、じゃあこれを材料にするか・・・ということでお店で使ってみたら、お客にも好評。安いし、結構デリシャスじゃん、ということで、イカのフィッシュ&チップス(正確にはスクイド&チップス?)がポピュラーになりつつある・・・ということらしい。

 

●日本食やイタリア料理でイカ好き増加?

 

 というわけで、昔ながらの食習慣も環境の変化があれば、割と簡単に変ってしまう。

 フィッシュ&チップスが変わったのも、昔と比べて、日本食やイタリア料理・南欧料理が社会に浸透し、グルメ情報が大量に流通するようになって、イギリスの人たちの間でイカ・タコに抵抗感がなくなったからではないでしょうか。

 

 これもまたグローバル化現象?

 

 いずれにしても皆さん、脂肪たっぷりのお肉の食事は少々控えて、タウリンたっぷりのイカ・タコ食べて、健康になってくださーい!

 

 というわけでイカ大歓迎。やっぱり本場で食べたいフィッシュ&チップス。

 来年あたり、久しぶりに行こうかな。

 

 


0 コメント

初秋の一日

 

昼間は涼しくて爽やか。

夕方からしっとりと雨。

東京の9月の始まりは「初秋」という言葉がぴったりの一日でした。

 

初夏、初秋、初冬、そして初春が来て、早春が来る。

 

この季節、夜鳴く虫の声が心地よい音楽に聞える。

 

タイトで緊張感ある(デジタル風?)漢文言葉と、

やわらかく、のびのある(アナログ風?)大和言葉を

自在に使い分けられる。

 

日本人に生まれて得したなぁと思うこと、いろいろ。

損しているんじゃないのと思うところもいっぱいあるけどね。

 


0 コメント

義弟のアナログレコードと、帰ってきたカレン・カーペンター

 

  30余年前、これからの音はデジタルですよ~!と刷り込まれて、世の中に一気にCDが普及しました。

 そうか、レコードの時代はもうおしまいなんだ~と思いつつ、中学生の頃から約10年余りにわたって集めてきた200枚のレコードを捨てるに捨てられず、段ボールに詰めて押し入れに封印。

 

 今の家に引っ越してから備え付けの棚があるので、それらを出して並べるだけは並べていたけど、結局、聴かないので5年程前に一念発起してだいふ売り払いました。

 

 それからほどなくして少数のマニアのみならず、若者の間でもアナログ人気が高まり、盤もプレイヤーも針も再生産され始めたといいます。

 もはや恐竜のごとく、絶滅の道をたどるのみ・・・と思い込んでいたのに、世の中、何が起きるか分かりません。

 

 それでこの夏、義弟がプレイヤーを買い込み、アナログレコードを聴けるシステムを設えたというので、手元に残っている50枚余りのレコードの何枚かを手土産に実家へ。

 

 アナログ音を愛する人たちのマニアックなうんちくはよく耳にしますが、「百聞は一聴にしかず」。

 義弟にCDとレコードの聴き比べをさせてもらいました。

 

 試聴したのはカーペンターズの「ナウ・アンド・ゼン」から、かの名曲「イエスタデイ・ワンスモア」。

 CDの音が締まってタイトな感じがするのに比べ、レコードの方は柔らかく、のびやかな感じ。

 この曲の持つ清々しさと甘い感傷を際立たせ、ラジオで初めて出会った時のカレン・カーペンターの声により近いのは、やっぱりアナログかなぁと思います。

 

 でも、それは音の問題だけだけじゃなくて、でっかいジャケットを見開きで楽しめたり、黒い円盤がクルクル回っているビジュアルも脳に影響しているせいかも知れません。

 

 ここ30年余りはCDで、最近はもっぱらパソコンで音楽を聴いていますが、若い頃、何千時間と聴いたアナログレコードを聴くスタイルは、身体の芯まで染みついているんだなぁと実感。

 まさにイエスタデイ・ワンスモア。


0 コメント

ヤモリは家守。かわいく、さりげなく守り神

 夜、ぺたっとガラス窓や壁に貼りついているヤモリ。

 年に1~2回はヤモリに遭遇します。

 僕がこれまで住んできた家にはたいていヤモリもいるのです。

 

 ぎょっとする人、はっきり言って気持ち悪いと感じる人は、少なくないと思いますが、僕はけっこう親近感を持っていて、かわいいと感じています。

 

 ヤモリは「家守」。縁起のいい生き物。

 という刷り込みがあるせいかもしれません。

 

 実際、シロアリやカ・ハエなどの害虫を食べてくれるので、そう悪いやつではありません。

 

 それによく見ると、本当に愛嬌のある顔をしていて、

他の爬虫類に見られる「冷血さ」を感じない。

 

 かわいく、さりげなく守り神。

 

 ヤモリがキャラクターとして登場する物語はたぶんあまりないと思うので、いずれ書きたいと思っています。

 


0 コメント

オノ・ヨーコさん「NHKファミリー・ヒストリー」とジョン・レノン「Imagin」の秘密

●レノン=オノの衝撃度

 

 前回(22日)日の続き。

 あの番組で僕がちょっと驚いたのは、最後に「Imagine」がジョン・レノンのソロ作でなく、オノ・ヨーコさんとの共作であったことをアメリカの音楽出版社協会が公認した――ということをNHKが電波に乗せて堂々と言ってしまった、ということ。

 

 「それがどうした?」という声が聞こえてきそうだけど、ビートルズを愛し、よく知っている人達にとっては、これってけっこう大事件ではないだろうか?

 

 ビートルズ解散後のジョンの音楽活動は、「Imagine」という超名曲をで持っていたところがある。

 

 想像してごらん。「Imagine」を歌うことのなかったジョン・レノンを。

 

 ウィングスを作ってガンガンヒットを飛ばしていたポールや、ビートルズ終盤からがぜん注目を集めるようになったジョージに比べて、相当見劣りしていたはずだ。

 

 実際、低迷したり沈黙していた時代が長く続き、作品の量も少ないし、全体的に質もイマイチだ。

 それでもジョンが偉大でいられたのは、20世紀を代表する歌の一つ、と言っても過言でない「Imagin」を作ったからだ。

 

 でもそれが、オノ・ヨーコとの共作だったと言われたら、昔ながらのビートルズファンはかなり複雑な気持ちになるのではないかな。

、彼らはオノ・ヨーコをあまり好きでないから。

 

 かの有名なフレーズ「想像してごらん」は、以前にヨーコさんが自費出版で出した詩集に載っていたものである。

 言ってみればパクリだけど、夫婦間ならそれも許されるというわけで、番組内でも彼女は「あれはジョンへのプレゼント」と語っていた。

 

●ポールの申し出を断った話

 

 余談になるけど、今世紀になってから、ポールがヨーコのところにビートルズ時代のレノン=マッカートニー名義の曲のいくつかを、自分一人の名義に変えてほしい。もちろん、ジョンが一人で作った曲はジョンの名義にして・・・と言ってきたことがあったらしい。

 

 前回も書いたけど、ジョンとポールが作った楽曲は、表向きはすべてレノン=マッカトニー作品、すなわち共作ということになっている。

 ビートルズのスタート時、若き二人の天才は本当に一体化して音楽づくりに熱中していたので、そういう取り決めをしたわけだ。

 

 事実、どっちが歌詞と曲のベースを作って、二人でアイデアを出し合い、アレンジしてその作品を膨らませ、磨き上げるという形で共同作業をしていたらしい。

 

 でも、特に中期以降はほとんどそれぞれ別々に作ることが増え、もはや共作とは言えなくなっており、基本的にジョンのヴォーカル曲はジョン作品、ポールのヴォーカル曲はポール作品ということになっている。

 

 けれども、そのポールの申し出をヨーコははねつけ、認めなかった。

 もちろん、ジョン単独の曲もレノン=マッカトニーのままだ。

 

 最後にポールは「じゃあ、せめて『イエスタデイ』だけでいいから、僕の単独曲ということにしてくれないか」と折れたのだが、それにも彼女は肯かなかった。

 

 1966年の日本公演でも、この曲の時は他の3人は引っ込み、ポールが一人でギターで弾き語ったという、明らかにポール作品なのだが、それでもダメだというのである。

 

 僕も最初にその話を読んだ時は、どうしてそこまで頑ななのか、理解に苦しんだ。

 そこまでして著作権に固執するのか、財産なんか十分すぎるほどあるだろうに・・・と。

 

 でも違うのだ。

 権利とかカネの問題ではなく、彼女の中には彼女なりの仁義があり、いくら頼まれてもそれは曲げられないのだと思う。

 

 おそらくジョンが生きていれば、ポールの申し出に「OK」と言った可能性は高い。

 が、いかんせん、この世にいない以上、彼の気持ちはもう聞けない。

 いくら相続人とは言え、本人から気持ち・意見を聞けなければ、そのままにするしかない・・・というのが彼女の見解なのだろう。

 

●昔ながらのビートルズファン

 

 さて、ここでいう「昔ながらのビートルズファン」というのは、リアルタイムでビートルズを体験した人たち――僕より10~15歳くらい上の、ベビーブーマー世代、日本で言えば団塊の世代を中心にした人たちだ。

 

 このカテゴリーの人たちの中で、ヨーコさんに好意的な人は、少なくとも僕が直接知っている中にも、メディアを通して情報を発信する評論家・専門家・ラジオDJなどの中にも、ひとりもいなかった。

 

 彼らはヨーコさんを「ビートルズを崩壊させた魔女」といって憎むか、でなければ、その存在を無視し続けた。

 「あの人はミュージシャンでもアーティストでもない、たんなるイベント屋さんですよ」という人もいた。

 

 ジョンの死後も彼女の評判は相変わらず芳しくなく、権利金の問題にいろいろうるさいとか、前妻シンシアさんとの息子であるジュリアンに、つい最近までジョンの遺産を分配しようとしなかったことなどもバッシングの対象にされた。

 

 お金の問題が多いのは、人々の中に「なんであれだけカネがあるのに・・・どこまで強欲な女なんだ」といった、口には出しては言えない嫉みがあるからだと思う。

 

●憎まれる条件

 

 番組を見て思ったのは、このオノ・ヨーコさんは、人から憎まれたり、嫉まれたり、疎んじられる条件の揃った人だったんだなぁということ。

 

条件①:日本人(アジア人=有色人種)である

 1960年代の欧米社会では、まだまだカラードに対する差別意識が強かった。

 当の日本人の方も、お洒落でハイソな欧米ライフスタイルをめざしてがんばっていた時代だったので、欧米に対するコンプレックスが強かった。

 

条件②:女である

 女性蔑視もまだ強く、女はかなり見下されていた。

 才能がある上にでしゃばってくるような女は、男たちの嫉妬と陰湿ないじめを受けることが多かった。

 

条件③:主張する自己がある

 ①②でも、従順で可愛ければ許されたが、彼女は欧米人以上に積極的に自己表現し、社会 に相対していた。「東洋の神秘」でなく「ただ不気味」で、魔女呼ばわりもされた。

 

条件④:お金持ちのお嬢様である

 これにはむしろ同じ日本人のほうが反感を持った。みんな貧乏で「ブルジョア憎し」みた いな気分が蔓延していた。

 「めざせ憧れの欧米ライフスタイル」の人々を尻目に、生まれた時からお屋敷で欧米ライフスタイルを送っていた彼女が妬まれないはずがなく、「金持ちが道楽で芸術ごっこをやっているだけじゃん」と捉えられた。

 

 1960年代はやたらもてはやされることが多いけど、現代ではあからさまな差別と思われることが、欧米・日本、どちらの社会でも、まだまかり通っていたのである。

 いわばヨーコさんは当時の社会にあって、完全に異分子だった。

 

●女に弱いジョン・レノン

 

 じつはジョン自身は生前、「Imagine」がヨーコの影響が強く、共作のようなものだ・・・と発言している。

 けれどもマスコミはじめ、周囲がその発言を無視した・・・とは言わないまでも、あまり重要なことと捉えていなかったような気がする。

 でないと、われらがスーパースターであり、ワーキングクラスヒーローであるジョン・レノンの輝きが薄れる。

 そんな社会的心理が働いていた。

 

 つまり、バッシングや無視することで、彼女の存在を否定してきた人たちにとって、あの神がかり的名曲が、ジョン・レノン作でなく、レノン=オノ作として認められてしまったら、それまでの批判がただの悪口だったということになってしまい、かなり都合が悪いのだ。

 

 ソロになり、バンドのボスの座を失って、ひとりぼっちのガキ大将みたいになってしまったジョンには心の拠り所が必要だった。

 そういう意味では、パートナーであるオノ・ヨーコはプロデューサーでもあり、ソロのジョン・レノンは彼女の作品だった、と言えるかも知れない。

 

 いずれにしても彼のヨーコさんに対する精神的依存度はかなり大きかったと推察する。

 若い頃は社会に反逆し、挑戦的な態度を取り続けてきたジョンは、そういう女性に弱いところのある男だった。

 

 そのことは前妻のシンシアさんも著書「わたしが愛したジョン・レノン」の中でも指摘している。

 幼少の頃、母親がそばにいなかったために、厳しい叔母の世話を受けることが多かった彼は、自己のしっかりした強い女に惹かれる傾向があったのではないか・・・と述べている。

 

 なんだかオノ・ヨーコを一生懸命弁護して、ジョン・レノンを貶めるような文章になってしまったけれど、僕は相変わらずジョンのファンである。

 

 今回のテレビ番組を見て、いろいろ考えてみたら、ますますジョンのことが好きになってしまった。

 彼をヒーローだの、愛の使者だのと褒め讃え、信奉する人は多いけど、僕はその根底のところにある、彼の弱さ・情けなさ、さらにズルさ、あざとさなどの人間的なところが大好きだ。

 そして、そこから20世紀の大衆精神やマスメディアの功罪も見て取れる、彼はそんな稀有なスターなのだ。

 

●これも終活?

 

 というわけで今回、「Imagine」が発表後47年目に、レノン=オノ作として広く認められることになったのは、とてもめでたいと思います。

 

 でも、これってアメリカの音楽出版協会のいい人ぶりっこかもしれない。

 ヨーコさんももうご高齢だし、病気を患ったという話も聞くので、最期に花を持たせてやろうか・・・・ということで認めたのではないだろうか?

 

 想像してごらん。彼女が終生認められずに他界してしまったら・・・。

 

 長らく彼女を攻撃してきた人々が、彼女の最期を想像し、良心の呵責に耐えられなくなったということなのかもしれない。

 

 本当に人生、長く生きていると何が起こるかわからない。

 ヨーコさんもこのことは全然期待していなかっただろうし、彼女自身が働きかけたことではないけれど、これも一種の終活なのかな、と感じます。


0 コメント

エンディング産業展2017おまけ:一生消費者で終わらないために

 

 今年のエンディング産業展は、けっこうあちこちでニュースとして採り上げられ、話題になっていたようです。

 「最後の成長産業 年間売上○兆円の大市場」とかね。

 

 マスメディアの採り上げ方はどうしても皮相的になるので、ロボットの坊さんとか、ネットを使った遺影サービスとか、きらびやかなお墓や仏壇とか、やっぱりそういうのになってしまう。

 

 わいわい面白がるのはいいけど、葬式とかお墓の世界がこんなに明るく楽しくなっちゃっていいのか? いったい世の中どうなっちゃうんだ?

 といった違和感を抱く人も多いのではないでしょうか。

 

 僕も業界情報誌のライターという立場上、あちこちのブースを回って出展者と話す会話は、

 「売上、すごく伸びてるみたいですね」

 「ずいぶんシェアが広がりましたね」

 「そんなにそのニーズが大きいんですか?」

 「マーケティング戦略はどうですか?」

 

 といった感じで、改めてふり返ると、なんだかすごい違和感を感じるのです。

 

 ビジネスの世界なんだから当たり前だけど、提供する側も受け取る側も、それだけに終始していると、これらの商品やサービスを使う人はみんな「お客様」であり、「消費者」になってしまう。

 

 僕らは現代の消費社会では、市民とか人間とかではなく、「消費者」と呼ばれるのにふさわしいけれど、最期までそれでいいと思っている人は、そういないはず。

 

 これからやってくるエンディング=死について思いを巡らすことは、今ある生をより充実させることです。

 最期まで消費者として終わって満足・納得だ、という人はいいけど、そうでない人は、自分の人生をこれかえら終わりに向けてどうしていくのか、エンディング情報をきっかけにリ・クリエイトしていければいいのでは、と思います。

 


0 コメント

エンディング産業展2017 3日目:この業界の面白さ

 

 鎌倉新書の仕事を初めてやった5年前には、エンディングやら終活やら、といった言葉がここまでポピュラーになるとは思わなかった。

 

 ここでメインになるのは経済・産業の話だが、そこに文化やら歴史やら宗教やらがかなり濃密に関わってくるのが、この業界の面白いところ。

 

 これまでは「葬式・お墓ってみんなこんなもの」と思っていたけど、最近はお決まりのテンプレートの中にはめ込まれて、「いい人でした」「立派な人でした」「家族思いでした」といった定型文でまとめられて人生チャンチャン!にされてしまうことに、みんな我慢ができないのだ。

 そんなものにお金を払いたくないのだ。

 特に今、70より下の戦後生まれの人たちは。そうですよね?

 

 だから文化やら歴史やら宗教やらに関する知識やら感性やらが、大きな価値になる。

 個人個人の話を聞き、思いに応えられrることが大きな価値になる。

 そうした価値をいかに経済に変換できるか

 

 ・・・てなことを考えた3日間でした。

 でもきっとこれは、この業界に限った話じゃないね、きっと。

 


0 コメント